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91回国会衆議院1980/05/09

文教委員会 第15号

発言数
89
登壇者
6
会派数
2
開催日
1980/05/09

会議録

谷川和穗自由民主党

○谷川委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、放送大学学園法案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、これを許します。嶋崎譲君。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 前国会来、放送学園法案をめぐる議論はかなり深まっておりますが、まだ基本的な幾つかの問題が議論されていないような気がしまして、今後ともまだ深めそうな国会での法案の取り扱いの状況でございますので、新しい角度からちょっと議論をいたしたいと思います。  最初にお聞きしますが、政府が放送大学という問題に最初に取り組んだのはいつですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 文部省がこの問題に取り組んだ最初の時点は、昭和四十二年の十一月に社会教育審議会に対して映像放送及びFM放送による教育専門放送のあり方について諮問をいたしておりますが、この時点であろうと思います。この当時、実用化の見通しのついたUHFとFMの電波を一般に開放する計画が郵政省において始められましたので、それに対して文部省では教育放送専用の電波を確保するように郵政省にお願いをすると同時に、社会教育審議会で放送を教育に活用する方策などいろいろな検討をお願いしたわけであります。もちろんこの社教審の答申は直ちに放送大学の構想を示唆したものではなくて、むしろ各大学あるいは教育委員会等の個々の教育機関がみずから非営利の放送局を持って番組の制作、放送に当たることが望ましいという方向を示したわけでありますが、やはり放送大学についての検討の最初の時点はこの社教審での御審議にあったと言うことができようかと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その後に放送大学問題懇談会が内閣の諮問機関としてできたと思いますが、それはいつでしたか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 いま申し上げましたような形で社教審の御答申はあったわけでありますが、その後郵政省が電波の具体的な割り当てを計画され、それを検討されるに至りまして教育の専門放送に割り当てることのできる電波が必ずしも多くないということが明らかになってまいりまして、社教審が御提案なさったような大学、教育委員会等の個々の教育機関が電波の割り当てを受ける余地がない。さらに当時イギリスの公開大学の構想が具体化してきたというような社会情勢の変化もありまして、放送を主たる教育手段とする独立の大学、つまり放送大学が構想されるようになってまいりました。  政府がこの問題について具体的にアクションを起こしたのは、四十四年十月の閣議で放送大学の検討を始めることにつきまして文部、郵政両大臣から報告を行ったときから始まったわけであります。そしていま御指摘の四十四年の十一月に至りまして、放送大学問題懇談会が大学教育を受ける機会を国民各層に提供するための放送大学を積極的に推進すべきであるという意見書を文部、郵政両大臣に御提出になったわけであります。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それを受けて文部省は放送大学準備調査会を設けたのですね。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 御指摘のとおりであります。四十五年の七月に至りまして、御指摘の放送大学準備調査会が放送大学の目的、教育方法、教育内容等のいわゆる放送大学の構想を示した「放送大学の設立について」という報告を文部大臣に御提出になっております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 昭和四十四年、一九六九年が、私の調査と判断では、政府と文部省が放送による大学教育の可能性についての追求を初めた時期だと思いますが、こう判断をしてよろしいですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 御指摘のとおりであろうと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 このときに調査会が行った答申はいつですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 放送大学準備調査会が「放送大学の設立について」という報告をお取りまとめになったのは四十五年の七月でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そこで初めて「放送を主たる教育方法とする新しい大学」という言葉が出たと思いますが、いかがですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 四十四年の放送大学問題懇談会の意見書の中で、すでに放送大学の積極的推進というお考え方は出ていたわけでありますが、具体的な構想が報告されたのは四十五年七月の時点であろうと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 当時は放送による教育、放送を手段として使う教育という問題について、社会教育の観点からいろいろな調査が行われて、その教育専門放送のあり方についての答申を行ったのも四十四年ですね。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 お答え申し上げます。  社会教育、審議会で先ほど大学局長が申し上げました問題についていろいろ御審議をいただきました。その中で学校教育、社会教育を含めての放送利用のあり方についていろいろな御意見が新しい時代の動きを見ながら御検討が続けられ、その結論が出たわけでございまして、その中で専門教育のための機関というものを置くようにという御意見がございまして、これはただ社会教育というだけでなくて学校教育まで含めてでございますけれども、当然その中には社会教育のことも念頭に置いてそういう御意見が出されたと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 社会教育審議会の答申は、ここにある四十四年三月二十九日のこの答申であります。この答申は御承知のように「映像放送およびFM放送による教育専門放送のあり方について」という答申であって、これは乳幼児の教育から大学に至るまでの教育並びに社会教育にメディアを使うかどうか、それの国際的経験は何かということを総括した文書と判断をいたしますが、そうですね。その際、この文書作成のときには新しい放送大学という観念は社教審の方はなかったと思いますが、いかがですか。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 当時の御審議のところでは、要するに各教育委員会とかあるいは大学とか、そういうところで電波を持って、そしていろいろやるということも一つの考え方であるというところまで広く広げての御意見でございまして、ただいま御議論されているような形での放送大学という御議論にまでは、なおここでの御議論はいっていなかったというふうに思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 社会教育審議会の方の答申は、広く社会教育まで含めての一つの教育手段、メディアとして放送、FMその他について今後の教育の近代化その他に利用できるという意味での国際的経験と総括であった。ところが、同じときに文部省の方は放送大学準備調査会というものができて、そしてその準備調査会の答申で明確に「放送を主たる教育方法とする新しい大学」と規定し、そしてその大学は「学校教育法上の正規の大学」と規定し、さらに「生涯教育の機会拡充の観点から、特定の授業科目のみの履修を認め、単位修得証明書を交付する。」という正規の大学であるということと、生涯教育というものに関連して履修を認めるという二つの側面を持った新しい大学ということを調査会は答申していると思いますが、そのとおりですね。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 御指摘のとおりであります。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 次にお聞きしますが、この段階で新構想大学としての放送大学は、内閣の諮問機関としての放送大学問題懇談会の意見書を受けて文部省が調査会を設置して、その調査会の答申の中でイメージとしてはかなり具体化した、こう私は判断できると思います。ところで、NHKが実験放送をやったのは何年ですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 四十六年度から日本放送協会と日本短波放送に対して実験番組の制作と放送効果に関する調査研究を委託しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 NHKへの調査委託は二回にわたっていますね。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 調査委託は四十六年度から四十九年度までにわたって行われているわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 第一回目の調査実験の完了したのは一九七二年の春ではないですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 四十六年度の調査研究におきましては、モニターを公募して実験放送の視聴を依頼し、さらに番組の内容に対する理解度、番組の水準、放送番組と印刷教材との関係等についてのモニターの意見を徴しております。これらの取りまとめが行われましたのが四十六年度末、四十七年の春であったということはいま御指摘のとおりだと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 なぜそこを二段に言ったかというと、この段階では放送をメディアとして使う高等教育のあり方についてまだタイプが定かではないという時期だったから、わざわざ時期を克明にしたわけです。なぜならば、当時第一回目の実験放送を終わった後NHK会長の前田さんは次のように言っております。「新しい時代の国民的要請に応えて、放送教育の分野では、放送メディアが、その持てる秀れた教育的機能を、新しい試みによって発揮することが期待されている。その中でも、放送大学実験放送は、最も注目される試みの一つである。」こう言ってNHKの実験放送の意義を強調された後に「昨今、「公開大学」「放送大学」という言葉が、急に注目されてきたが、大学レベルの高等な教育放送は、実はNHKの放送教育の今日までの歩みの中で、既に昭和二十五年からの「ラジオ文化講座」、二十七年から三十六年までの「NHK教養大学」や「国際教養大学」に早くもその具体的指向をみることができる。」当時は昭和四十六年段階です。「三十七年から現在も続いているラジオ、テレビの「大学講座」や四十三年からの「市民大学講座」など、この種の放送の実績は、決して新しいものではない。」こうNHKの長い市民大学講座的性格のものの経験を総括した上で、次に非常に微妙な言い方をしております。「「社会に開かれた」大学教育放送の新しい模索は、生涯教育のためにも、今後その利用方法の開発と、教育的機能を高める専門的研究に、さらに力を注がねばならない。」と言っているわけです。  ここで私が言いたいのは、この段階、実験放送を文部省から委託されて第一回目の実験放送をやった後にNHKの会長が総括したのは、大学レベルの高等な教育放送というものはNHKでいままでたくさん経験がある、積み重ねておりますと。ところが、いま言われている公開大学、放送大学という問題に関連して大学教育放送の新しい模索がここに始まっていると片方で言っているわけです。つまりこの段階では、文部省の方は新構想大学としての放送大学を一方で具体的に正規の大学と言い、そして一面生涯教育を受け入れる履修証明を提出するような大学だと言いながら、四年制でもって大学の教育をやっていく、こういうふうに放送大学が片方で前面に出ている。ところが一方で、実験を委託されたNHKの方は、おれのところはいっぱい積み重ねてきたんだ、そこには豊富な経験があって、これからその大学レベルの高等な教育放送というものはどういう道を行くか模索する段階に来ているという大変微妙な発言をしている。この段階は恐らくNHKが担うのか、それとも文部省が推進する新構想大学でいくのか、この切れ目に立っていた時期にあったということをこの発言は示しておると思います。これが私のこの段階の意味を申し上げたゆえんであります。つまりこの段階では、私流に総括すれば、文部省の方は調査なくして放送大学構想を打ち出されたということであります。まだ調査しておりません。調査なくして打ち出されている。その段階では、NHKはこの放送大学に協力する機関になるのか、それともいままでのようにNHKの市民番組の拡大で高等レベルの教育を拡大していくのか、それともNHK立の大学を考えるのか、学園ですね、これはいま高等学校があるわけですから、その上の学園まで含めて大学を考えるか。つまりNHKが文部省の打ち出した大学に協力をするのか独自の道を行くかの岐路に立っていた時期だというふうに言えると思うのです。  そこで社会教育局長にお聞きしますが、昭和四十四年にございました社教審の答申「映像放送およびFM放送による教育専門放送のあり方について」この段階では、高等教育における放送の役割り、こういうものは全世界を総括してみてどんなタイプの放送が採用されていたと答申されておりますか。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 お答え申し上げます。  一つは、たとえば非常に大ぜいの学生を一つのところに集めて講義をするかわりにテレビその他を使って幾つかの場所で学生たちが講義を聞くことができるというような可能性を考える、あるいは幾つかの大学が協力してそういう教材を開発したり相互に同じような講義を多くの大学で聞けるようにする方法を考えるというふうなこと等、その他幾つかの事例が挙がっておるように私ども承知しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 私がこの文章を精読して、もう読み上げる時間がありませんから要約しますと、社会教育審議会が出した高等教育におけるメディアの使い方については、いわば二つのタイプが提起されていたと判断していいと思う。一つはいわゆるクローズドサーキット方式です。つまり閉回路のテレビで、有線でもって、たとえば医学部の実験をやっているところをビデオにしておいてそれをやるというようなやり方で、有線を使用するところの閉回路型の方式、これは当時アメリカで行われ、わが国でも特に医学その他ではすでに始まっていたタイプであります。つまり大学教育を放送でやるのではなくて、専門的教育の一つの手段としてこのクローズドサーキット方式がとられた。これは将来テレビ放送をやるための非常に大きな財産になるし経験になるということは言えますが、当時はそういう段階の型がここで言われています。これを私の言葉で言えば大学放送型、大学放送のタイプのいわばメディアの使い方、これが一つのタイプ。同じくイギリスのオープンユニバーシティーのタイプは、言うまでもなくスクーリングとそれからチューター、チュータラリズムというのか、チューター主義、つまりスクーリングとチューター主義と通信教育というものの中の一つとして、テレビのメディアを使うことによって高等教育における放送教育の方法をとる。言葉をかえて言いますと、オープンユニバーシティーの方式はスクーリングやチューター主義や通信教育が主であって、そして放送利用は従である。二つのタイプがあって、いまのこのタイプがオープンユニバーシティーの一つのタイプだと思います。もう一つは、アメリカでやられているようなもので公開講座、つまり一般の社会教育的な意味で公開講座にテレビを使って不特定多数の人に社会教育的にテレビを使う、こういう場合のケースを挙げながら高等教育におけるメディアの使い方について社教審は答申している、こう私は判断をするわけであります。  そこで局長にお聞きしますが、このいわば社教審答申に出されているところのぼくの言う大学放送型のメディアの利用ないしはオープンユニバーシティー型のメディアの利用は、大学観並びに大学教育という観点からしたら新しいのですか古いのですか。質問がむずかしいかな。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 新しいか古いかというのにどうお答えしていいのかよくわかりませんが、いわゆる閉回路を使っての放送の大学教育への利用というのは、それが大学教育の内容を学生に伝えるものであれ、あるいは公開講座等によって大学開放の手段としてそれを活用することであれ、やはり先生御指摘のようにその当時すでにあったことであったと思います。ただ、もちろん十分には行われていなかったし、そのこと自体が大学のあり方を整えていくについて現在さらに大きな課題になっているということであれば新しい課題であったということも言えようかと思いますけれども、その時点で全くないものが提案された形のものではなかったと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その回答でいいと思います。つまりこの段階の社教審の答申で出されているところの大学観は依然としていままでの大学です。チューター主義やスクーリングや通信教育で教室の中でやる教育を軸にして、一つの手段としてメディアを使うという方式でありますから、その大学観は伝統的な大学観の中に新しい科学技術を導入して一つの手段としてそれを使った、そういう大学観の上に立っている、そう答えればいいと私は思うのです。  しからば今度は二番目に聞きますが、われわれが盛んに審議しているところのいまの放送大学は、そういう伝統的な大学観の上に立った大学か、それとも新しいタイプの大学ですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 もちろんわが国には長い大学通信教育の伝統があるわけでございます。そうしたこれまでの大学通信教育が展開をしてきた大学教育のあり方というものは、放送大学の場合においてももちろん重要な経験になるわけではございますけれども、いわゆる従来のキャンパスを持った大学というものとは、放送大学の場合には明らかに考え方を異にした大学と言うことができようかと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 私流に言いかえれば、放送教育を中心とする今度の放送大学の大学教育は、大衆の教育要求の向上とその拡大及び情報化時代にマッチしたこれからの大学のあり方の一つである、私はこう言いかえられるのではないかと思う。そうしますと、最初に挙げたタイプの大学のメディアの使い方と今度の放送大学で使うメディアの使い方は大学観を異にしていると私は判断しますが、どうですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 大学観を異にするという言葉の持つ意味が多少あろうかと思いますけれども、やはり大学の考え方、あり方というものが従来の伝統的な大学と大きく異なることは事実だろうと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そのとき二つのタイプがあります。一つは、NHK型の市民教養大学ないしは教養大学型で高等教育レベルの教育をやるタイプの教育機関ないしは報道機関、もう一つは、いまの新構想大学で、正規の大学でメディアを主として大衆に対して教育をやるという型、ここに二つのタイプが出てくると思います。わが法案の選んだ道はこの後者を選んだのであって、NHKを捨象したのであります。そういう意味でいよいよわれわれの議論しなければならない新構想大学は、いままでの伝統的な大学において行われているスクーリングやチューター主義などの教育方法の中の一つという意味でワン・オブ・ゼムです。新構想大学は、テレビを主として、映像を主として教育をやっていくという意味では非常に広範な大衆、ある意味の不特定大衆に対して教養を高め、一定の専門領域の資格を与えるようなものとしていく大学という意味では、既存の大学とはかなりイメージが違う。たとえばキャンパスがないということで、いまの問題でも、大学はできてしまったって、いままでの議論の中でもスクーリングはどうなるのか、地方の教官の参加はどうなるのか、まだ全然わかっていないのです。あるものはただ中央にキャンパスのない大学ができるということだけがわかっているのですから、そういう意味ではこの大学は既存の大学とはかなりイメージの違う大学観の上に立っていると判断せざるを得ない、こう私は思うのです。これは議論しておりますし時間がなくなりますから省きます。  さて、いまのを要約してみますと、四つのタイプの典型が出てきた。放送と大学というふうに問題を立てて放送と大学という観点からしますと、第一のタイプ、いわばアメリカや何かがやっている放送大学型の教育。有線を使うようなやり方。それからイギリスのオープンユニバーシティー型です。それからいまの日本の新しい構想の放送大学。もう一つはNHK型のいわば市民教養的な意味でのレベルとしての大学です。大体こういう四つのタイプが想定される中の一つが放送大学だと私は判断をいたします。これが私のいまの段階の総括です。  それでは次に聞きます。そうしますと問題は、日本でそういう大学をつくるときには、大衆の教育に対する要求は何であるかということを前提にしてつくるものだと思います。そこで、文部省が放送大学をつくるに当たって無作為抽出の放送大学設立に当たっての調査をやったのはいつですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 五十年六月に御指摘の教育需要の予測調査を実施いたしまして、十月にその結果を明らかにしております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それ以前にもう一遍やっているでしょう。いま七〇年と言いましたか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 放送大学に対する教育需要の予測調査という形で五千人のサンプリングによる調査を実施したのは、この五十年の調査が最初であったと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 昭和四十五年の調査は何のためにやったのですか。——では、ぼくが言います。昭知四十五年十月に文部省大学局が「「放送大学」に対する教育需要の予測調査」というのを発表しております。これの二十二ページに昭和四十五年の調査と今回の調査を比較していますね。そしてぼくに言わせると、ここに理屈をつけて、前のものは放送大学設立ということを頭に置かない調査だから大学を希望する人間は少なかったけれども、二回目に調査をやったら放送大学をつくってほしいという世論が五年のうちに急激にふえた、そういう総括が書かれてあります。  そこでお聞きします。文部省が新しい構想大学というものを正規の大学として打ち出し、そして新構想大学を打ち出した時期は何と昭和四十四年ですね。そして大学をつくるかどうかの調査が正規に行われたのはその後ですね。昭和五十年までほうってあったわけですね。いずれにせよその途中に何があったか、いろいろあったことは事実ですよ。NHKにいくとかいかないとか、それからどんな設置形態がいいかとか、議論はいろいろあったでしょう。あったでしょうが、ぼくが言いたいのは、いま国民にどのような学習の要求ないしは学習についての考え方があるかに応じて国の金を使って大学というものをこしらえるところに意味があるわけですから、本来は調査を先にやって、後に大学構想を打ち出すべきではないかと思いますが、いかがですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 先ほどもお答え申し上げましたように、社教審答申の当時想定をした電波の事情というものは、その後社教審の想定されたような形では展開できない、教育の専用の波として確保できるものが著しく限られるということが明らかになった段階で、放送というメディアを大学教育に利用する形として独立の放送大学構想を推進をするという考え方が、考え方として出てきたということが一つあると思います。四十五年の準備調査会の報告書に対しましても、いま先生御指摘の放送をどのような形でだれが行うのかということ等をめぐってもちろん議論が非常にあったわけでございますが、さらにそういう放送を主たるメディアとした大学というものが正規の大学として果たして構想し得るのかどうかという点について、大学人の間にいろいろと御議論があったわけであります。したがって、それを受けとめながら四十八年に至って放送大学設置に関する調査研究会議が検討を加えた結果、基本構想の中間まとめを取りまとめるというようなステップを踏んで事柄が進んできていると考えております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 だから、そこに経過的に本末転倒しているところがあるのですよ。放送大学という正規の大学をつくるとまず宣言をしてしまって、それで四年制大学だと一方で言い、片一方では生涯学習に対して単位履修を認める大学にするという形だけ先に打ち出して、それがいまの国民の需要にこたえているかどうかというのは全部後回しになっている。ここに放送大学というものは文部省主導型の大学、筑波大学と同じだというふうに言わざるを得ない背景がある。これは私の一方的な通告であります。  そこで聞きますが、社会教育局長、社会教育の観点から、今日日本には大変な勉強ブームがあるということを調査した報告書が出ているはずですが、いつですか。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 ちょっといま手元に資料がございませんので、正確に申し上げられません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 私はこの資料をくれと言ったんだけれども届いていないのですが、昭和五十三年に「民間における社会教育文化事業の概観」という調査が出ていますね。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 そういう調査をいたしまして発表いたしました。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その調査の中身が非常に重要なんです。その調査のねらいはどこにあったんですか。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 社会教育を考えます場合に、社会教育というのは国民各層の自発的な学習意欲というものをできるだけ吸い取る、それには公的な立場での施策だけでなくて、広く民間でのいろいろな学習活動というものがいまどのように進められているかという現状も把握して、そういう広い観点で将来の社会教育というものを展望していく必要があるという観点をもちましてそういう調査をいたしたわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そのことは、たとえば「知的生活の方法」という本が今日ベストセラーになったり、朝日カルチャーセンターが大変なにぎわいをしているというようなことの背景の中で、まさにこの調査報告が出ているんだと私も判断をします。  そこでまたこちらの大学局長、いま日本の国民の中に起きてきているこの勉強ブーム、教育要求というのは何を意味していると思いますか。これは大学局長でも社会局長でもどちらでもいいです。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 いろいろ要素がございますが、やはり一つは、私ども社会教育を考えていく場合に、高齢化時代を迎えまして余暇が非常に多くなってきた。自由時間が多くなってきた。その自由時間、余暇をどのように使うかということから、一つは、単に娯楽だけでなくて学習活動というものに対する社会的な要請がその側から非常に強くなってきた。それからいま一つは、少子家族化であるとか家庭の生活の合理化であるとか、そういうことも踏まえまして家庭の主婦の方々がその自由な時間というものをどのように使うかという中で、やはり自分らの知識、教養の向上ということにいろいろ努めていきたいというふうなこと等が非常に大きな背景となって現在の勉強ブームが起きていると思いますが、同時に産業構造の変化であるとか科学技術の進歩であるとか、そういうものを踏まえての新しい時代へ適応するためのいろいろな技術なり技能なりを身につけようという努力も、それと並行して非常に強く必要性も出ておりますし、またそういう学習をしようという意欲が高まってきております。ただ、これらは専修学校、各種学校、職業訓練所等のいろいろな機関の事業とも微妙に関連をいたしますが、社会教育の中でもそういう面の必要性というものが次第に大きくなってきているということは事実であると思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 どうですかね局長。いままでの日本の青年たちが大学に行きたいということをめぐって学歴主義といういろいろな議論が起きていますね。いま勉強しようとしている人たちは学歴を求めているでしょうか。局長はどう判断しますか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 やはり放送大学の需要の予測調査等を見ておりましても、放送大学を利用することを希望する者の中には、かなりなパーセントで資格をとりたいという希望を持っている者がございます。したがって、そういう意味では大学を卒業したという、そういう資格というものを志向する者がかなりあるということは言えますけれども、現在起きているいろいろな形での学習要求というのは必ずしもそうした学歴の取得というものを前提にしたものではないと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いまのその調査のデータのとり方その他については後で言及します。  そこで、私はここで社会教育局長の言を私流に理解すれば、朝日カルチャーセンターであれ、社会教育的な意味での勉強ブームであれ、これは学習歴の問題であって学校歴ではありません。何を勉強したいかということが今日の国民の要求であります。それが勉強ブームとなってあらわれている、こう判断をしなければならぬと思います。  そこで、いままで文部省は、国民の学習歴的な要求、学校にはなかなか行けないけれどもという人の学習歴的な要求に対して努力をしてきたと言えるでしょうか。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 広く国民各層の希望というものを十全に受け入れるために、社会教育の観点で国、地方公共団体が協力してできるだけの施策を現在まで講じてきておりますが、広い国民の要望を受けとめるためには、なお今後いろいろと努力をしなければならない面もございます。公的な面で努力をする際に、いろいろと民間での動き等も社会教育の場合には十分視野に入れることも必要であるということもございまして、先ほど先生の御指摘がございましたような調査もいたし、その結果も発表いたしたようなわけでございますけれども、これからいろいろと新しい時代に即応した施策については、なお検討を進めていかなければならない余地が非常に多く残されていると思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 文部省としては、社会教育は何も高等教育だけではありませんで、乳幼児からずっと生涯学習です。しかし、いまここで放送大学との関連で議論していますから、高等な専門教育という観点で、大学局の立場から見て広く勤労青年やそういう人たちが勉強しようということに対していままで努力してきたと言えますか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 いわゆる夜間における教育の機会の拡充であるとか、その他必ずしも夜間に限らずに昼夜開講のような形で就学の形態を弾力化することによってできるだけ社会人、勤労青年の勉学の機会を提供する、そういった方向での努力は私どももできる限りいたしてきていると考えております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 学校教育法六十九条では「大学においては、公開講座の施設を設けることができる。」「公開講座に関し必要な事項は、監督庁が、これを定める。」こういうふうに規定していますが、この監督庁の規定はできましたか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 その定めはまだ行われていないと承知しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 学校教育法ができて何十年たっているのですか。最近になってあわてて夜間の問題とか通信教育の問題について少し言い始めたけれども、五十四条の「大学には、夜間において授業を行う学部を置くことができる。」五十四条の二の「大学は、通信による教育を行なうことができる。」この五十四条や五十四条の二並びに六十九条でいう公開講座などについて、この法律ができてから今日までまともな対応をしておらないと私は思う。その反省はありませんか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 通信教育なりあるいは夜間等における教育の振興について、われわれも極力努力はいたしてきております。また、公開講座についても、御指摘のように、それに関する監督庁の定めがないという点は申しわけございませんけれども、少なくともここ数年において公開講座の拡充については私どもも極力予算上その他の努力をいたしておりますし、大学側も積極的な対応をしていると考えております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 監督庁が定めると法律に書いてあって、定めていないということは、最近になってやり始めたってどろなわ式の話であって、教育の計画の中に、この法律で決められた公開講座について監督庁がその規則を定めるのならば早い時期に定めて、全国的にそれが可能になるように努力すべきだと思います。立法府の法律に対して、行政府がそれに努力をしないでいて最近になってやったからといって、そんなものは対応にはならない、こう私は断定せざるを得ません。  さて、そこでお聞きします。放送大学についての昭和五十年の調査と四十五年の調査を比較したときに、この調査の数字によりますと、放送大学を利用して勉強する希望のある者は全国対象者の中の何%でしたか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 四十五年の時点で二五・四%、五十年の調査で四五・五%でございました。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その下の欄をごらんになりますと、単位取得が四十五年では四・六%で、五十年の調査では九・七%ですね。資格を取得したいというのは一・七%から四・六%に急増していますね。  そこで、昭和四十五年の段階で単位取得だけを希望している四・六%は、数にしてどのぐらいになりますか。同時に、五十年の九・七%も数にすると幾らになりますか。大ざっぱでいいです。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 五十年の出てきた数字を全体の数に伸ばして計算をいたしますと、単位取得を希望する者の総数は、これは推計になるわけでございますけれども三百四十万、資格取得を希望する者の数が二百二十万、そのぐらいの数字だと思います。四十五年のときの数字はいま手元にございません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 今日大学の受験者はどのぐらいですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 入学志願者数を新卒と浪人とで実数でとって、年度によって相違がありますけれども、最近の時点で言えば約八十三万人ぐらいだと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 こうしてみますと、最初に一つ質問したいのは、放送大学の調査のアンケートのとり方です。アンケートのとり方自身について、この二十二ページに皆さん方が解説をしております。「放送大学の利用の可能性と利用方法について」というコメントがありますね。それの真ん中辺から後に「考えられることは、五年間の時代の変化のほか、前回調査では、利用の可能性についての質問をQ三で行い、学習の興味や内容に関する質問はその後で行っていることが、今回の調査と大きく異なっていることである。」こう書いてありますね。つまり四十五年の調査の段階は、ある意味では大衆の高等専門教育に対する中身よりもその漠然とした要求、これの調査をやったわけです。二回目の調査をやったときには、最初に専門的な科目やらいっぱい調査したあとに、一、二、三と書いて、大学に行きたいのですか、単位履修ですか、こう聞くわけですね。そうするとこれははね上がるのはあたりまえでありまして、こんな数字を基礎にして放送大学の客観的根拠があるという統計の根拠にはなりませんよ。そう思いませんか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 確かに御指摘のように、こういう予測調査の場合には、どちらかというと、ことに学習意欲についての数字というのは高目に出ると私も思います。また、前回の調査の仕方と今回の調査の仕方では、かなりその点で違っているということについては御指摘のとおりです。ただ、五十年の調査の場合には、放送大学を利用して勉強をするためにはこれだけの学習上の負担がかかるということを具体的に明らかにした上で、その学習負担に耐えられるかどうかということを考えながらアンケートに答えてもらう形をとっております。したがって、この数字自体が直ちに具体的に放送大学の構想を立てていく場合の実際の数字の基礎になり得るかどうかについてはもちろん検討を要しますけれども、しかしわれわれの計画自体は、御案内のようにそういったことも考え合わせながら関東地域をスタートの際の対象地域として選んで慎重に対応しようとする計画で臨んでいるわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 この調査のときにあなた方は量的測定なんですよ。卒業資格は要らない、だけれども単位の履修はしたいという人と、大学を卒業する資格が要るという者をパラレルに量的比較をやっている。ところが、これには質の違いがあるわけです。単位の取得というのは、さっきカルチャーセンター、社会教育その他で出ているように、学習歴を問題にしている教育要求です。片一方は大学卒の資格が欲しいという要求なんです。これは学歴です。学歴主義に操作された数字と学習歴というものに基づいた大衆の反応とは、そこにはおのずから国民の教育権という観点からしますと違った異質の側面というものを持っているということは考慮されたことがありますか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 その点は私も御指摘のとおりであろうと思います。この予測調査の主たるねらいとしたのは、一体国民がいまどういうことについて勉強をしたいと考えているのか、そしてその勉強したいと考えていることが自由に放送大学の放送を聞きたいと思う人、資格をとりたいと思う人、単位をとりたいと思う人によってどのような差が出てくるのかというような点をいわば調査をしたわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そこで、さっきの社会教育局がやっている「民間における社会教育文化事業の概観」などに出てくる勉強ブームの要求ですね。これは私は学習歴の要求だと思うのです。ある意味じゃ資格は要らぬ、しかしおれはこれだけのことは勉強したいし、これだけのことをやりたいというその要求と、この放送大学の調査に当たって単位取得だけを要求している要求とは、ある意味では同質性を持っていると思うのです。だから、放送大学をこしらえるという前提に立って、大学四年卒業した資格を前提にしたものがこれだけのことをやると取れるのですよといってやったときの、つまり学卒の資格というものを頭に置いて答える青年や大衆の答え方と、単位は要らないが取得だけしたという履修証明でいきたいという要求とは、もちろん学歴社会というものが背後にありますから全く異質とは言わないけれども、おのずからそこには質の変わったファクターが働いているということをわれわれは考えなければならぬと思う。そうしたときに、さっきから言うように、今日高等レベルの教育というものは何も放送大学だけでなくたっていいわけですね。NHKの市民大学講座ないしは教養大学講座でも、高等レベルのものは学習歴的要求ならばそれで満たせられる。そうですね。今度は大学の資格を取るという場合に、放送大学でなくても大学に社会人入学が認められる。このごろのように各種学校、専修学校が物すごくはやっているというのは職業教育の要求です。そうしたら各種学校や専修学校を卒業した人が大学の三年に編入できる。そしてその編入の条件というものを考えてもう少し既存の大学がそういうものに開放する。夜間は言うまでもない。社会教育的な意味で公開講座をする。こういう大学が現に国民の大学として、国立の場合には特に国民のそういう学習歴的要求というものに対してどう開かれなければならないかというのが片一方では文教政策の基本にあるのですね。片一方ではこれもやはり半官半民ですけれども、NHKのような教養大学的なものについてやりたいという要求で満たされている。もう一つは教育産業ですから、これは商品ですね、自分が買おうが買うまいが。ですから、自分が選ぶことはできませんから教育産業は異質だけれども、教育産業にも学習歴を要求する人間がはせ参じている。これを全部広くくくってみますと、私に言わせると、いまの社会教育法という法律は、公民館法律であってもこういう広い社会教育全体をくくれる体制になっていないと思うが、どうですか。

望月哲太郎文部省社会教育局長

○望月(哲)政府委員 お答え申し上げます。  現行の社会教育の法体系は社会教育法、そのほかに図書館法あるいは博物館法、青年学級振興法等がございますが、御指摘のように社会教育法につきましては、いわばそれぞれの地域の総合的な社会教育の役割りを果たす中核としての施設である公民館を整備をし、それを核に地域の人たちの学習要求を満たし、かつまた開発していくということをねらいに社会教育法は立てられております。それと同時に、図書館法、博物館法におきましてそれぞれ公立の図書館あるいは博物館を整備するという方向づけもいたしておるわけでございますが、今日までのところ学習活動といいますか学級活動あるいはサークル活動、そういうものをできるだけ活発にしていくということで公民館の整備に相当なエネルギーを注いできたことは事実でございますが、最近国民の高学歴化あるいはその他のあれによりまして、個人学習というものをできるだけ進めてもらいたいという意欲が大変強くなってまいりまして、図書館、博物館の整備についての地方公共団体の要望というものが大変強くなってきておりまして、私どももこの動きというものをできるだけ的確に把握をし、公共の博物館、図書館の整備に今後できるだけの力も注いでまいりたい、このように考えておるところでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 社会教育はまたいずれ一般質問で議論しますけれども、法律のつくり方でも、社会教育法が先にできて、後を追っかけるようにして図書館法ができて、後を追っかけるようにして博物館法ができてと、これはヨーロッパから見ると逆なんですよ。つまり博物館とかそういう広範な日本の文化や伝統というものが手でさわって見れて、それがコピーされた図書館でもって読めて、そして最後に公民館に集まってディスカッションするのです。だから、教育に必要な社会教育の背景というのは、まず公民館をつくったり社会教育法から始めるのではなくて、もっと広範な日本の文化や伝統の土壌をつくるということをやりながらそういうものを受け入れる体制をつくっていかなければならないとぼくは思うのです。  それは別の議論としまして、ぼくが申し上げたいのは、そこでさっきから言うように社会教育の観点から日本の国民の教育要求を見たら教育ブームがある。それは学習歴の要求であって、学校歴の要求ではないのですね。ところが、文部省の方で考えた今度の新構想大学は、四年制の正規の大学で放送を媒介にする大学でもって社会教育的に高等専門のレベルの教育をしたいという人間を吸収しようとしているのですね。これはそうですね。間違いないですね。そうでしょう。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 放送大学はもちろん正規の大学として構想をしていくわけでございますけれども、御案内のように、学生を受け入れる場合に非常に大きなシェアをいま御指摘の単位の取得を希望する科目あるいは選科の履修生のために割いておりますし、またそれ以外に大学の学生として登録をしないで自由視聴する人たちがたくさんいるわけでございますから、そういったことを考えながら放送大学の構想は立てられているわけであって、正規の大学として構想するということが直ちにすべての者を学部卒の資格を与えるということを目的としたものとして受け入れるということでないということは、すでに御案内のとおりだと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 きょうは時間の制限がありますから、質問して議論しておるひまはありませんけれども、ぼくが申し上げたいのはこういうことです。学習歴を要求している教育ブームが最近急速に全国に拡大してきている。それを受け入れる器は、公的な機関としては既存の大学の社会人入学という道、働きながら勉強する道、これが一つです。もう一つは、これは地方自治体がやる社会教育です。この社会教育というものを通じてその一定程度それにこたえていく、公的にはこの二つがあるわけです。ところが、先ほどの佐野局長の説明はやっているというのだけれども、大学の社会人開放は法律で決まっておってもいままでまともにやっておらぬわけです。それを受け入れていないわけです。今度社会教育の方の教育ブームにこたえる方は図書館法や社会教育法が発動されているけれども、まともな日本の文化や伝統をさわってみるような芸術や科学技術、そういうものをさわってみるような背景はまさに貧弱なんです。プアなわけです。だから日本の学校教育というのは小中を含めて勤勉だけれども貧しいんですよ。数学ができる、英語ができるかもしれないが、広範な背景の上に立った人間形成というのに欠けているのです。プアなんですよ。そうするとどういう事態が起きているかというと、そういう事態でありますから学習歴の要求というのはどこかで爆発的に突破しなければならないわけです。穴を掘らなければならないわけよ。そのときに文部省が上から放送大学と、こう出してきたわけです。これは飛びつくんですよ。飛びつくが、しかしそのときに大事なのは、ではその放送大学が学習歴の要求にこたえられるような大学のあり方であるか、これが非常に重要になってきます。そうするとカリキュラムの編成というのはどうあるべきか、そういう観点からのカリキュラムの編成を考えなければならぬわけです。そのために調査しているわけですね。それで三コースつくったわけです。そういうカリキュラムの編成がどうあるかということが非常に重要であると同時に、今度は放送法の制約によるところの番組編成とカリキュラム編成というのはどうあるべきか、これがまた放送大学のあり方として問題になってくるわけです。それは次の議論になって、時間がありませんからまたいずれやることにいたしますが、私は一つだけここで、これは大学局長だけじゃなくて文部省全体として大臣に確認していただきたいと思うのは、いまの日本の勉強ブームというのは放送大学だけで吸収できるものではない。放送大学で吸収できるものじゃなくて、既存の大学の社会人開放や社会教育の充実、そういう多くの広い意味のこれら全部を社会教育的なものと考えるべきだとぼくは思うが、そういう中の一つが放送大学ですね。そうした場合に文部省としては、社会教育局、大学局、初中局、学術局全体をひっくるめて、つまり縦割りに物を考えるのじゃなくて、いまや日本の国民の教育要求にこたえるべく——その教育は学歴主義の要求ではなくて、新たな学習歴要求の新しい芽が出てきている。これは八〇年代の教育の課題だとぼくは思う。この八〇年代の教育の課題に文部省が全体としてどうこたえるかという観点を抜きにして放送大学を位置づけてはならない。下手に放送大学だけが走ってしまうと社会教育の方もお留守になり、大学開放もお留守になり、そして放送大学の枠の中だけに青年は取り込まれてしまう。それがもし仮に学問、思想の自由がなかったらこれは大変なことになる。したがって、文部大臣として、いままでの議論を大ざっぱに総括してみて——細かい議論をしている時間がないですからね。ぼくは社会教育法も細かに詰めたいし、博物館法も詰めたいし、それから図書館法も詰めてみたいけれども、そんな時間的余裕がない。貧困であることだけはっきりしておるのだから、文部行政という観点から見た場合に、そういう全体の視野の中で放送大学というものを位置づけなければならぬと思う。大臣の今後の全体の中での放送大学の位置づけについての見解を問う。

谷垣專一自由民主党文部大臣

○谷垣国務大臣 きょうは嶋崎先生のいろいろなお話を私も大変傾聴しておったわけでございますが、御指摘のように放送大学が、いわゆる生涯教育なりあるいはそういう表現によって表明されておる新しい学習の期待にこれだけで全部こたえられるというものであってはならない、もっと広い形でこたえていくべきであるというのは当然のことだと私は思っております。ただ、私も余り経験がない立場で教育の問題を考えてみました場合に、教育の場に放送という新しい手段、方法をどうしても取り入れていかなければならぬということも、先ほどからの先生の御意見の中でも言われておるようにむしろ当然であろうと思います。  それから、確かに学習を期待するという機運が、いろいろな原因があったんだろうと思いますが非常にほうはいとしておることは事実でございますけれども、またこの新しい放送大学というような形における分野において、学歴と言うと非常に悪い表現になるかもしれませんが、一つの資格を得たいという、これは数はあるいは少ないかもしれませんが、そういう期待にもこたえていけるような運営があってほしい、現実に夜学にも通っておる方々もあるわけでございますので私はそういう期待を持っておりますが、嶋崎先生が強く御指摘になっておりますような一概に言えば社会教育という表現になるのかもしれませんが、学習に対する意欲が非常に大きいということに対し文部省といたしまして単に放送大学をやったからそれで事足れりという形であってはならないという御指摘は、まさに私もそういうふうに考えていかなければならぬと思っております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 時間がありませんから、いまの議論でぼくの考え方だけを申し上げますと、放送大学について皆さんが調査された世論というのは実は大衆の非常に健全な世論が出ているとぼくは思うのです。四年制大学の資格を求めるというのは確かに一定の数はいます。実際やってみると何%残れるかわからぬ。しかし、その他単位を取得したいという人間を含めたら三百四、五十万の人間が要求しているということは、つまりいまの日本の既存の大学は別としても、資格はなくても教養というような問題だとか専門的な実務とか、そういうものの向上に役立つ高度な社会教育というようなものを放送機関を利用してやりたい、こういう要求が出ているんだとぼくは思うのです。これは健全な要求です。しかし、それを放送大学で抱え込んでいいかどうかは大衆の世論とは別なんです。区別しておかなければならない。だから放送大学の側は、今度はそれを受け入れるに当たってはその健全な要求を健全に伸ばすようなものとして放送大学というのを位置づけなければならないと私は思うのです。  そこでお聞きします。筑波大学と放送大学はどこか似ているところはありませんか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 筑波大学はもちろん新しい構想の大学として既設の大学の持っているいろいろな問題にいわばチャレンジをしてスタートをしてきているものでございます。放送大学もまた新しいこれからの高等教育の課題に対して一つの方向を求めていこうというものでございますから、そういう点においては確かに同じような意欲を持ってスタートをしていこうという大学だと言えると思いますけれども、大学としての性格というものは、先ほど来の御議論にありますように明らかに異なるわけであって、直ちに両者を比較してどこが同じだということは言いにくいのじゃないかと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 法律で評議会を決めた大学はどことどこですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 筑波大学の場合には、御指摘のように全学的な自治を実現をするということで評議会の規定を設けております。放送大学の場合にも、その特殊性に基づきまして評議会の設置を規定をしているわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 放送大学は特殊だから評議会は法律事項、筑波大学も特殊だから評議会は法律事項、だから学長選挙をやってみると全学教官の意思とは違って、評議会で決定するとひっくり返るのです。この間村山委員が質問したとおりです。今度の放送大学の構成メンバーというのは非常に複雑です。地方の大学の教官も参加するのです。客員教授もいるんです。専任の教授、助教授もいるんです。プロデューサーたちも入ります。そういうときに、法律で起こした評議会が大学の重要な問題や人事を決めるという規定をしておったときに、非常に共通した問題が起きる可能性が表面的ではあるけれどもあり得るとぼくは思うのです。これはぼくの一方的判断です。全国にいままである大学の中で、国立大学設置法の中で筑波大学は評議会を法律で起こした。今度のまた新構想大学も評議会を法律で起こした。教授会は学校教育法に書いてあるから当然だ、こういままでの答えです。筑波大学に教授会がありますか。形だけあったって実質はないじゃないですか。何も権限はないですよ。あの学校の規則は、もう細かい議論はしませんけれども、全部あれはトップマネージメントですよ。トップマネージメントというのはある意味では行政の合理化、そういう意味の一つの側面なんです。全部悪いと言っておるのじゃないですよ。しかし日本の社会でトップマネージメントの大学管理機構をつくったら、これは学問、思想の自由や人事権の問題で必ず問題を起こす。これが日本の風土なんです。したがって、この放送大学の場合にも、まずこの評議会を法律事項で起こしていて、教授会との関係があいまいになっているというままで、いま恐れられているのは、先ほど言いましたように学習歴を要求している大衆が放送大学で勉強したいというときに、その学習歴を要求している大衆の教育要求というのは、ある意味では自由な選択と教育の自由みたいなものと、もっと広く言えば、社会教育ならば自治というような問題を含めた要求を内包しているものです、単なる学校歴じゃないですから。学習歴という要求は、そういう意味でかなり基本的な人間の要求に基本を置いている考え方です。そのときに放送大学の方が学問、思想の自由というものが危惧されるような事態になると、おのずから電波を使う。これを主とする大学でありますから、人間の放送大学的囲い込みになってしまうおそれがある。そういう意味で、片一方筑波大学は膨大な設備と膨大なスタッフ、そういうものをつぎ込んで新構想大学をつくった。こっちも物すごく金をかけるわけです。金はかけるが、ある意味では筑波大学というのは既存の大学と違った新しいタイプの大学で、文部省主導型で新しいタイプの大学をつくりたいということでスタートした。これはわれわれは強行採決されたんですから。今度の新構想大学はどうかは知りませんが。エリート大学的な意味の筑波ではなくて、今度は大衆レベルの教育要求を新構想大学で囲い込んでしまう。そのときに筑波と同じような学問、思想の自由が問題になるようなことになると、これは非常に大変な重大な意味を持ってくることを恐れるわけです。そうなると言っているのじゃないです、まだ教官がだれになるかわからないのですから。  そこで聞きますが、放送大学と学問の自由との関係において、放送大学というのは大学レベルの教育をやるのですか、それとも大学における教育をやるのですか、どっちですか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 これは前回の国会でもいろいろ御議論がありましたように、放送大学が行う放送というのはまさに放送大学の教育内容を放送によって学生に伝えるわけでありますから、放送大学の教育課程に準拠した大学の教育が放送されるわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 区別しないのですか。大学レベルの教育と大学における教育というのは本質的に違うのです。そう思いませんか、局長。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 そういう意味では、私は、大学レベルの教育ではなくて大学における教育が放送の内容になると考えます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうですね、大学レベルの教育だったらNHKでやったっていいのですね。しかし、大学における教育だから放送大学、正規の大学にしたのですね。その区別をはっきりさせておいて、そうしますと、大学における教育が放送大学ならば、憲法二十三条の学問、思想の自由が大前提ですね。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 御指摘のとおり、学問の自由というものをこの大学についても保障することが必要でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 では、今度は電波局長。大学レベルの教育はNHKでできますね、やろうと思えば。そのときには法律の前提は何ですか。

平野正雄郵政省電波監理局長

○平野政府委員 NHKは、先生御承知のように、放送法によりまして、特に放送法第三条によりまして番組の自主性というものが保障されておるわけでございまして、その番組の自主性に裏づけられまして総合的な放送あるいは教育的な放送をやっておるわけでございます。  ただし、教育的な放送の場におきましても、御承知のように放送大学学園の場合とは異なりまして非常に広範な、たとえば幼稚園から大学に至るまでの教育であるとか、あるいは先ほど来先生おっしゃっておりましたような社会教育であるとか、そういったものをきわめてバランスよく放送する必要がございますので、したがいましてNHKは、なるほど先生がおっしゃるような教育放送もできないわけではございませんけれども、現在のところはNHKはだんだんそれが少なくなってきておるという実情でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 つまり、こう聞いているのですよ。大学レベルの教育はNHKでも経験があるからできる、しかしその大学レベルの教育は大学における教育じゃないわけですね。これはあくまで番組編成権という枠の中での一定の知識を提供するだけなんです。ところが佐野局長。放送大学は大学における教育ですね。大学における教育ならば学問の自由の方が先行する。その方が上ですね。その限りにおいて放送法の枠を検討すると考えざるを得ないのではありませんか。

佐野文一郎文部省大学局長

○佐野政府委員 御指摘のとおり、大学における学問の自由あるいは教授の自由の課題と、しかも放送でございますから、放送における番組の自主編成の問題等をどう調整するかということが非常にむずかしい問題になります。先国会でもるるお答え申し上げましたように、私どもは放送局と大学とを同一の設置主体が設置をするという形のもとにおいて、実際に番組をつくっていく過程における両者の努力によりその調整は可能であると考えているわけであります。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 余り時間がありませんから問題だけ指摘しておきます。これは今後もう一遍論争しなければなりませんから。  放送法というのは公共性を前提にしている。大学というのは学問、思想の自由を前提にしている。放送法で言う公共性というのは、放送番組の編成権というかっこうで担保されている。大学の方はカリキュラムの編成権という形でお互いに担保されております。そのときに学問の自由が優先すれば、カリキュラム編成権の方が優先しなければならないですね。ところがそこでは、大臣も本会議で、ぼくが質問したら、これは自主的に調整できる——東大の教授もそう言った。できるでしょうか。カリキュラムを作成していく権利に対して番組編成権が優位になるということはないかどうかを恐れるわけです。  そこで一つ例を挙げます。最後ですから。これでもうぼくは読みっ放しにします。放送技術者はこう言っています。この言葉は非常に含蓄のある言葉ですから、委員会における今後の討論の材料にしてほしいと思う。「放送が単に通信教育の学生だけでなく、広く一般国民を対象とするものならば、当然そこにはより有効なアプローチの方法を考えるべきです。」その後が大事なんです。「最高の知識を少しでも多くの人に伝達するような配慮、」これが一つある。「すなわちテレビ的手法による加工が必要になります。」わかりますね。番組編成権にのせるときには、広くやるために配慮をしなければならないし、技術的に加工しなければいけないのです。そうしますと、大学というのは学問、教育研究の自由ですから、教授の自由というものとその配慮、加工との間でどっちが優先するかといえば、電波によって番組編成が行われる限りにおいては常に配慮と加工は行われる。行われざるを得ない。そうしますと、番組編成権の方がある意味で優先してしまって、学問、思想の自由が軽視されるということが起こり得る。だから、つまり放送大学というのが普通の大学がメディアを使うようなやり方、さっき言ったアメリカ型とかオープンユニバーシティー、あの型ならばどういうことはないのだけれども、この放送大学は放送法の枠があり、学問思想の枠を持っているという世界にない大学だから、学問、思想の自由の侵害のおそれは多分にあると私は思う。したがって、いままでの答弁ではきわめて抽象的であって私は納得することができない。今後ともこの問題を今度は制度論と機構を含めてもう一度詰めていく必要があると思う。  以上で質問を終わります。

谷川和穗自由民主党

○谷川委員長 次回は、来る十四日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午前十一時五十一分散会

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