文教委員会 第6号
- 発言数
- 272 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1980/03/19
会議録
○谷川委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する等の法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。
○嶋崎委員 国立学校設置法の一部を改正する等の法律案について、二、三のお尋ねを申し上げたいと思います。 本来、国立学校設置法の一部改正に伴って学部の新設並びに増設、大学院の新設、こういう一連の国立学校の設置に関しては、四月一日から実施されなければならないのに三月の時点ぎりぎりでいつも議論する立法府の手続が慣習になっておりますが、私たちがたびたび主張しておりますように、新増設については前の年に基本的な態度を決めておいて新設、増設が始まるときには、大学側に迷惑のかからないやり方を今後とも政府提出法案でありますから検討していただくことを最初に申し上げておきたいと思いますが、大臣いかがでございましょう。
○佐野政府委員 御指摘の点は、かねて問題点として私どもも承知をしているところでございます。御案内のように新しく医科大学その他の大学をつくるときには、その設置の時期を十月とし学生の受け入れの時期もさらに必要な期間をとって設定するというような配慮をすでにいたしておりますし、また全く新しく学部を設置をするような場合におきましても、必要なものについてはそのような配慮をいたしております。今回お願いをいたしておりますのは既設学部の改組ということでございますので、事の性質上それなりの対応が大学側でも可能でございますために四月一日をもって学部の改組を行うということでお願いしているわけでございます。しかし、御指摘の点については私どもも十分その趣旨はわかりますので、引き続いて検討さしていただきます。
○嶋崎委員 今後ともいま局長の御発言のような対処を御要望申し上げておきたいと思います。 今回提出されております国立学校設置法の一部改正の一つの重要な柱として、地方の大学の学部の改組に伴う新設学部を設けるということが提案されているわけでありますが、これはすでに高等教育の計画に基づいて地方の大学を充実させるという、そういう趣旨から具体化されたものと判断いたしますが、そう理解してよろしいでしょうか。
○谷垣国務大臣 御指摘のとおりでございまして、地方の大学を整備し、質的にも向上させたい、こういう要望に応じてやったわけであります。
○嶋崎委員 ところが、新潟大学、金沢大学、岡山大学の学部独立に当たって、果たしてその内容が充実する方向に定数その他が行われているかどうかについては大変疑問の節が幾つかありますし、設置審に出された計画や文部省と大学当局との間で今日まで幾つか確認されていることについて、今後とも計画的に大学の充実のために最後まで努力していただきたいというこの問題に関する私の結論を先に申し上げておきたいと思います。そういう趣旨で二、三質疑をさせていただきたいと思います。 最初に、今度新潟大学の法文学部について人文学部、法学部及び経済学部、金沢大学、岡山大学について文学部、法学部、経済学部というふうに設置されたわけでありますが、事務組織が一元化されていることをめぐって各大学で大変混乱か起きていることは御存じですか。
○佐野政府委員 大学で混乱が起きているというようには承知をいたしておりません。ただ、これまでとってまいりました方針に従いまして、今回の法文学部改組に際しましても事務組織の一元化ということを図るために、これまで大学側とも協議をいたしてきておりますので、その間に大学側の方でも一元化された組織のもとでどのように三つの学部の事務を支障なく運営をしていくかということについて御苦心があるということは承知をしております。
○嶋崎委員 国立学校設置法の施行規則に事務組織というのがございます。本部の組織と同時に学部の事務組織というのが施行規則で決められております。この決められている国立学校設置法の施行規則の二十九条は、原則として「国立大学の学部、教養部、分校、附置研究所、附属図書館及びその分館、学部附属の教育施設及び研究施設」等々、こういう全学的な本部の事務局ではなくて、それぞれの出先の学部に対応して「それぞれ事務部又は事務室を置くことができる。」と決め、「ただし、必要と認められる場合には数個の学部等の事務を併せて処理する事務部を当該学部等を置く国立大学又は一個の学部等に置くことができる。」、ただし、必要と認めた場合には、一元化といいますか数個にわたる学部についての事務組織を認めておりますが、今回三つの大学についてどういう理由で一元化をなさったのでしょうか。
○佐野政府委員 国立大学におきます事務組織のあり方につきましては、大学の教育研究組織のあり方との関連を考慮しながら効率的な組織編成について工夫すべきであるという一般的な見解を私どもは持っております。近年も御案内のように、たとえば医学部の事務部と付属病院の事務部を一体化するということを進めたり、あるいは新しい大学の事務機構一元化等の合理化を図ってまいったわけであります。そしてこれまでも従来の一個の学部を分離改組する場合には事務部の分離を行わないで合理的な組織を考えるという措置を講じてきているわけでございます。今回の法文学部の改組に当たりましても、共通的な事務処理が可能なものにつきましては引き続いて一体的な処理体制を維持する、そして効率的な事務処理を図る観点から、事務長補佐等の設置も考えながら事務部の分離を行わない、そのような方針で対応しているものでございます。
○嶋崎委員 事務一元化が行われた時期はいつですか。
○佐野政府委員 正確な年度は……(嶋崎委員「どこの大学から始まりましたか」と呼ぶ)いま現在記憶しておりませんけれども、新設医科大学の関係……(嶋崎委員「それは一つの学部だから、それはだめだ」と呼ぶ)失礼しました。文理学部の改組を進めるに際しまして、その事務組織の一元化を進めたときからだと思います。
○嶋崎委員 これは最近の傾向なんですね。この施行規則の「ただし、必要と認められる場合」というのは、最初から施行規則の中に入っていましたか。
○佐野政府委員 富山大学の文理学部の改組等を実施をした時期にこの改正を行っているものと承知をしております。
○嶋崎委員 そういうふうに、いままでは国立学校施行規則の第二十九条に言う学部の事務組織というのは、一元化の考え方ではなくて、ここに書いてあるように、原則として「学部、教養部、分校、附置研究所」などのそれぞれの大学における学部教授会を軸にして、そしてその教授会に伴う研究教育組織の事務部としてその事務局を置くという考え方をとってきたわけであります。それが最近に至りまして、いろいろ定数法その他の問題もございましょうが、大学というのは特殊な事務組織の機構を持たなければならないだけに、新たにただし書き条項を二十九条に加えることによって一元化の合理化が進んできている、こう判断をしております。 そこで、一つ金沢大学の例を申し上げましょう。昭和五十三年度の概算要求の段階では、事務部は各学部ごとに概算要求をされておりませんか。
○佐野政府委員 御指摘のとおりです。
○嶋崎委員 五十四年度の概算要求のときはどうなりましたか。
○佐野政府委員 五十四年度も同様な措置がとられております。
○嶋崎委員 そこで、五十四年度の概算要求が行われた後に、金沢大学の法文学部に事務組織検討委員会という大学内部での検討委員会ができたことは御存じですか。
○佐野政府委員 私は承知をしておりません。
○嶋崎委員 問題は、五十四年度の概算要求と五十五年度の概算要求との間に、文部省が大学で方針を決めたものに対して一方的に、新潟と岡山と金沢を一律化するという観点から、大学教授会で決めた事務機構検討案をちゃらにしたという経過があるのは御存じですか。
○佐野政府委員 先ほどもお答え申しましたように、学部の分離改組の際に、事務組織についても一元化をし、合理化を図っていくというのは、これまで文部省がとってきた方針でございます。もちろん大学側がそれと異なるお考えを持って大学としての案を考えられてわが方に要求をされるということは一向にあって差し支えないことでございますけれども、最終的にそれをどのような形で国の方針として国会にお願いをするかという段階では、文部省と大学との間で十分な協議をした上で一つの方針を決めるわけでございます。私どもは、その間においては大学側と十分に協議をして、わが方の方針の御理解をいただいたものと考えております。
○嶋崎委員 経過を申し上げておきますと、五十四年度の概算要求に際しまして、学部分離問題が先行しておりますから、教授会の方は事務局のあり方について十分検討しないまま概算要求が行われたことは事実であります。ところが今度、分離するのは五十五年度ですから、そこでその際に、一九七七年の三月二十八日から三十日にかけて、大学側の学部長が上京いたしまして文部省の大学課、名前は言いませんが、担当の課長と係長と交渉をした経過がございます。その際にその係長から言われていることは、事務組織については三分離しても総合事務室でいくんですよということを文部省の方から指示されて、今回の要求はやむを得ないということで五十四年度はやったわけです。したがって、大学の教授会内部に事務組織検討委員会というものを設けざるを得なくなった。そういう経過かあります。そして五十五年度の事務組織検討委員会で出したその案は、私ここに持っておりますが、今度の三学部は、新潟であれ岡山であれ、三学部それぞれについてコース制が導入されておりますし、カリキュラムはかなり複雑でございますから、たとえば教務の仕事といっても、法文系のそれぞれの教務の仕事というのは、一元的に処理するにしては、少ない人間で大変多忙をきわめ、専門性の問題において欠けるところが出てくるという可能性をはらんでいると思います。そういう配慮から、特に図書管理というような問題とか教務とか厚生補導などについて大学側が自主的な、ある意味では概算要求するに当たっての文部省側の考え方も配慮しながら、それ相応の案を持って臨んだ経過があるのは御存じですか。
○佐野政府委員 実際に五十五年度の概算要求を取りまとめる過程において、あるいはそれを政府の原案として仕上げる過程において、文部省と大学当局との間に御指摘のような折衝のやりとりがあったことは承知をしております。
○嶋崎委員 それで、その際に、たとえば事務職員の中で、今度三学部に事務長一人、そして各学部に事務長補佐が一人ずつになりますね。事務長補佐三人の定員というのは、いままでの既存の事務職定員の振りかえで補佐を埋めるということ、これが一つ。それから、それに伴って各学部に、直轄ですから、その組織を見ますと、庶務係、会計係、それから学務係ですかな、幾つかあって、学生係というのは一本化されております。御承知のように大学内部における学生係の仕事は、それぞれ学部教授会に所属している学生の自治会だとか、それの厚生補導とか、それぞれ非常に違った多様な、やはり専攻が違いますから学生の大学への対応はそれぞれ違ってくるわけでありますが、そういうものに対して一本の学生係でいくという考え方がいいかどうか、これはまた大変問題点の一つであります。そういうことから大学側が出したその案に対して文部省の方はどんな検討をなさったか知りませんが、新潟大学でもこれはやっぱり問題になっていますし、それから岡山大学でも問題になっていますが、三つの大学とも三学部事務局は統一するという案で臨むんだからそういう検討をしてみても概算要求には対応できませんよという大変冷たい返事で、それでちゃらになってしまったというような経過があるわけであります。大学は何で文部省がこんなにこわいのか私にはよくわかりませんけれども、実際にはそういう対応になっているわけであります。 そこで、最近こういうふうに事務の一元化——一元化というのは一方合理化ですけれども、たとえば教育研究という観点から見て、図書とか教務とか学生係とかいうものは三学部共通で処理できると文部省はお考えですか。
○佐野政府委員 御指摘のようにそこのところは非常にむずかしさがあると私は率直に思います。非常に困難な定員事情のもとで地方の大学の整備を図っていかなければならないということがまず基本にあるわけでございますし、さらに大学の事務組織のあり方についてもできる限りその効率化、合理化を図りながらこれからのさまざまな大学側の要請にも対応できる体制をとっていく必要がある、そういったことを考えながらいま御指摘のような一元化の方向を出しているわけであります。事務長補佐を三名置いているというのも、そうした点についての配慮をもって行っているわけでございますが、この事務長補佐にしましても、事柄としては庶務なり経理なりあるいは学生関係の事務のそれぞれの担当者としての補佐があるわけであって、その三人の補佐が実際に三つの学部との対応を考えながら仕事をしていくというふうなことになるわけであります。非常に困難な状況ではあっても、一元化された事務組織のもとで各学部のさまざまな要請に対応をしていかなければならないし、そのことは事務長以下のスタッフの努力によって、また学部の教官の御協力を得ることによって可能であると私は考えているわけであります。
○嶋崎委員 いまの局長の答弁にはフィロソフィーがないと思うのですよ。つまり国立大学設置法施行規則で言うところの本部事務局と学部事務局というものを決めた考え方は、大学における管理運営と事務組織の関係を考えた上での規則の制定だったと思うのです。それは教育研究というものを頭に置いているわけでありますから、その学部ごとが持っている性格の違いに応じて、学生に対する指導も補導も教務も図書もカリキュラムの指導もみんなそれぞれ違ってくるわけでありますから、だからこそそれぞれの学部に事務組織を置くという考え方を法律で決めてきたのだ。それを合理化案をもって、能率化しなければならぬというただし書き条項をある時期から入れて、法律には書いてあるのだからこれから何でもできるというふうに画一的に対応されるのはおもしろくないし、法の精神に反していると私は思う。ここに言う「必要と認められる」というのは何ですか。何が必要だから一元化したのですか。能率化だけ考えたのでしょう。どんな必要性がありますか。
○佐野政府委員 もとより行政需要の変化に応じながら事務の簡素化、効率化の実を上げる、そういう上において与えられた分離改組という状況のもとで一元化を必要と考えて措置をするわけであります。
○嶋崎委員 回答になっておらぬのです。学生係だって、法学部の学生と経済学部の学生と文学部の学生の学生組織を見たって、非常に多様なあらわれ方をするぐらい専攻する学生の物の考え方の違いが、そういう学生のあり方の違い、組織のあり方の違いをつくり出してくるわけです。だから、一つの学生係が三つ対応できることはあり得ないから、いままでそれぞれの学部に学生係を設けているわけですよ。図書館の図書の購入でも同じだし、事務手続でも同じだし、教務にあっても同じだと思うのです。だから、「必要と認められる」というのは、たとえば薬学と医学みたいにわりと一元化してもやりやすい富山大学の場合と、今度のような場合とは一律的に考えられるかどうかという検討を少なくともすべきだと私は思うのです。ただし書き条項があるからといって、効率性、能率性だけを考えて一元化に走っていくのは非常に官僚的な態度だと言わざるを得ないと私は思う。そういう意味で、今回の概算要求に伴ってできた事務組織はいまのところこれに伴った事務組織としてあらわれざるを得ないと思いますが、今後それぞれの大学で、大学の事務機構について、この国立学校設置法施行規則の精神に従ってめちゃくちゃに予算要求したり人員要求することはあり得ないわけでありますから、それに対応して学部独立の事務組織をつくる要請が出てきた場合、それを検討する意思がありますか。
○佐野政府委員 先ほどから申し上げておりますように、文部省としては現在の状況を考え、また共通的な事務の一括的処理を中心とした現在の大学の事務組織のあり方の改善ということを考えて分離改組の場合におきましては事務組織を一元化していくという方針で進みたいと思っているわけでございます。もちろん学部の教育研究に支障を生じてはならないことは御指摘のとおりでございますし、一元化された事務部の運用につきましては大学と十分連絡をとりながら事務の円滑かつ効率的な処理が行われるような配慮をしていかなければならないことは当然でございますけれども、基本的な方向としては、私どもはできる限り大学の御協力を得て事務組織の合理化を図っていく努力を今後とも続けたいと思っているわけでございます。
○嶋崎委員 それはもう大学の管理運営における学部自治の原則を意識的に集権化して本部事務局統括のもとに置くという思想に官僚化していくと思うのです。官僚化すると学生に対するサービスは必ず障害が起きてきます。だから大学の自治というものを学生と教官との間のコミュニケーションを支える事務機構として下へ下へと丁寧にやっていく原則を確認しなければ一元化という名のもとに官僚化だけが促進していく、私はこう判断をいたします。そういう意味で、ただし書き条項をこしらえたからその方向でこれから走るべきだという理屈ではなくて、やはり一方で再検討をすることが必要だと思うが、大臣、いかがですか。
○谷垣国務大臣 先ほどからの先生の御意見また私の方の局長の答弁を聞いておりまして、教育研究組織のあり方との関連で問題があることは御指摘のとおり事実だと思います。いまの事務的な一元化が全然悪いというふうにも私たちは考えてはいないわけでございますが、問題点があることは確かに事実でございまして、効率的な組織編成をどうやっていくか、また教育研究組織との関係をどうやっていくか、これは御指摘のように問題点として私たちが始終頭の中で考えていかなければならぬ問題点だと私は受けとめております。 ただ、いま御指摘になりましたような大学の法文学部をどういうふうにするかという問題は、その改組そのもので実は非常に問題がございまして、まずそれをやっていくことが大切だというところに重点を置いて考えていかざるを得なかったということも御理解願いたいと思っております。将来ともにいま御指摘の問題点はほかの大学でもいろいろあると思いますので、問題点として十分考慮する点だというふうに了解をしていただきたい、私たちもそういう考え方で進めたいと思います。
○嶋崎委員 これだけ綱紀粛正の時代ですから昔のようにぜいたくな事務職員の配置は可能でないにしても原則を確認していくことを前提にした上で検討していただきたいと思います。いかがですか。
○佐野政府委員 御指摘の点、学部の教育研究に支障を生じないように配慮をしながら、大学と御相談をしつつ、できる限りの改善の工夫をするという方向で受けとめたいと思います。
○嶋崎委員 そういうふうに事務機構を一元化するということと、文部省の出先機関である学生課長や学生部次長によって大学内部において相当なことが公然と行われていることを御存じですか。たとえば学生部の組織が教授会の中身を検討し情報をつくったり、同時にまた、学生に対してもそういうことを行い、教授会と学生部との間に意見の対立があることに対して、対等、平等で対応しなければならないという、恐らく大学にあるまじきことが公然と研究集会で行われたという事実は御存じですか。局長には事前にインフォメーションしてありますが。
○佐野政府委員 昭和五十年に行われた全国厚生補導研究集会における研究発表の中で、御指摘のように発表者の発言に不適切なものがあったということは、私もつい最近でございますけれども承知をいたしました。
○嶋崎委員 これはたまたま一回ではないのですよ。前の年にもやり、次の年にもやった。ちょっと中身を言いましょうか。将来この学生部のあり方というものについて学生部憲章みたいなものをつくらなければいかぬ。その学生部憲章という場合に「同じ事務機構ではあるが大部分の国立大学で教官併任部長をチーフとした、事務局とは本質的に相違した内容を持っている独自の事務機構であることの認識不足から思い悩み不平不満」を持つことがある。つまり、いまの大学の学生部の諸君は、教官を中心にした学部自治並びに大学の管理運営の学生部対策ないしは学生部の対応に対して大変不満を持っておることがあるという意味で、この精神は非常に善意なんですが、思想がなっておらぬわけであります。 たとえば大学の教官は教育者であると同時に研究者だ。しかし、国立大学の教官というのは教育者を忘れて研究者だけになっている。したがって、こういう人を学生部部長にしたりするから大学の学生部の仕事がおざなりになるのだ。したがって、事務局が前に出なければならぬ。そういう前提に立って、時間がありませんから読み上げませんが、これは第十三回全国厚生補導研究集会です。これは毎年行われています。ことしはいま問題になっています筑波大学の福田副学長が基調講演をやっておりますから、どうもそういう人たちばかり呼んでいるのではなかろうかという気もしないわけではありませんが、いずれにしても全国厚生補導研究集会というものが毎年行われておりまして、四十九年度、五十年度に某大学の学生課長、この学生課長というのは大体功績を上げますと次には必ずどこかの大学の学生部次長になるという特徴が文部省人事の中にありますから、そういう訓練をした学生課長が研究集会でこういうことを公然と言っているわけです。 たとえば一つだけ典型的な例を申し上げましょうか。「どこの大学でも治安対策的発想で対応しなければならない学生集団」が必ずあると言って、日共系、民青系の学生自治会がその対象になっております。それから生協関係グループ、そういうようなものの徹底した思想調査をやる、こういうことを一方で言っています。それで学生の処分問題というのは、学校教育法施行規則にも明確に書いてありますように、これは教授会権限の問題であります。ところが、学生部がどうも教授会の対応がなまぬるいから学生部の方で事前に資料を全部あれして根回しをして、学生処分のための対策を講ずるのが本来の任務だというようなことを強調してみたり、それから教官の個人と教官集団である教授会というものを区別して、そして個人の中にいい人が仮におっても教授会の決定がそれに反して行われるということを事前に調査をして、それに対して理論的に対抗できるための理論武装をしなければならぬとか、最後に学生部のその根回しというのは何だといって、わざわざ一、二、三、四、五と挙げまして、「教官・学生・事務職員のそれぞれの動向を絶えず明快にキャッチする必要がある。」、具体的には教官層、学生、生協、職員組合の革新団体、日本科学者会議などを含め、その「運動方針・闘争テーマ等を事前にキャッチしてその分析・解明をする必要がある。」事務職員がとにかく学内の教官並びに学生の思想調査をやって、そして学生部が処分問題について根回しをして対処すべきであるという基本方針を出しているわけであります。しかも、そのために学生部が全学にインフォーマルな組織をつくって、そして全学的な組織的対応をすべきだという任務を明らかにし、学長、学部長、各種委員長に対してそのような情報を事前に提起してどう対処するかというようなことをやるべきであるとか、学生のいわば懲戒処分その他の問題について素案をもって教授会と対抗すべきであるなどの根回しの条件を提起して、公然と研究集会で大学対策が議論されているわけであります。局長も恐らくお読みになって、これはひどいとお電話でもおっしゃっていましたが、こういうことが全国厚生補導研究集会で昭和五十年前後から行われているということは、ちょうど学生騒動があって、これは落ちついた時期ですよ。昭和四十四、五年が騒動の真っ最中でありますから、それから五、六年たった昭和五十年前後に出先の課長が、しかも公然と研究集会でこういうことが行われているという事実について、局長はいままで御存じなかったのですね。
○佐野政府委員 この全国厚生補導研究集会というのは、国公私立大学の厚生補導に関係した教官、事務官が参加されまして、厚生補導の諸問題について研究発表をされ研究討議を行うものであって、主催をされているのは全国学生補導厚生研究会連合会、それで文部省としてはこれをいわば助ける意味で、文部省も主催者に加わっているわけでございます。 ここでどのようなテーマを取り上げ、どのような研究発表者を選び、どのような研究討議を進めるかということは、もっぱらこの連合会の企画に当たる方々が進められていることであって、事前に私どもがそれをチェックをするということもございません。この研究発表の内容というのは、これまたこの連合会がみずから冊子にして公にしているわけでございます。本来は大学局長はそういった冊子についてすべて目を通す責任があると思いますけれども、申しわけないことでございますが、私はそれを読んでおりませんでしたので、今回初めてこの研究発表の内容は見たわけでございます。
○嶋崎委員 読んだ感想はいかがですか。
○佐野政府委員 非常に本人か仕事に熱心な人なんだなということはわかりますけれども、しかしそれにしてもここで書かれている事柄はきわめて不適切、不穏当であると思います。ことに根回しの問題は、学生部原案どおりに教授会、評議会等において事柄を決定させるために必要な事柄であるという発想でこの研究発表者が自分の見解を述べているわけでございますが、そういった発想自体が学生部のあり方とはかなり離れたものであると私は思います。
○嶋崎委員 しかし、これは一宮崎大学だけで起きた事件ではありません。長崎大学で学生部次長が大学の教官の言動について大変な事件が起きていることは御存じですか。
○佐野政府委員 私はその点は承知をしておりません。
○嶋崎委員 みんな大学自治、大学自治と文部省は肝心なところは逃げてしまいますけれども、恐らく学生課やなんかにそんな情報が入ってないはずはないとぼくは思う。学長は私の先輩であります具島兼三郎教授ですから、長崎大学のことも私存じ上げて詳しい経過も知っておりますが、やはりその学生部次長が学生部の教官に対してあたかも思想的なレッテルを張り、そして発言に対して封ずるようなことを公然と行うような事件が現実に起きているということを局長は頭に置いていただきたいと思うのです。ですから全国厚生補導研究集会でこういうことを出先の——出先と言ったって、実は大学内部の課長にすぎませんけれども、このようなあるまじき言動や討論が公然となされているという事実について、今後とも全国的にこのような動きが起きないようにきちっとした対応をしていただきたいし、このような言動、発言をされている課長に対しては厳重注意をさるべきだと私は思いますが、大臣いかがですか。
○谷垣国務大臣 文部省が大学自治の原則、大学の問題を教授会を中心として意思決定をして進めていくべきだという方針をとっておることは明らかなことであろうと思います。いま申し上げましたような方針のもとで文部省もやってきておるわけでございまして、いま御指摘になりましたような案件があったことを局長自体も、うかつではありましょうが知らなかったということ自体、御指摘になりました大学の方に対して文部省がこの集会に対して指導したとかなんとかいうことのない逆の証拠——証拠というと語弊かありますか、そういうことであったと思います。私たちの方針といたしましては、いま申しましたような態度で進めてまいりたい、こういうふうに考えております。
○嶋崎委員 そこでもとに戻りますが、三学部独立した場合に、出先の対応は三学部の学生係が一つなのです。一つは本部の学生部次長と直結するわけです。三学部の持っている多様な学生の対応に対して、その一つの学生係で、しかも上の学生部次長、上は教官の併任の学生部長がおりますけれども、大学における学生係というものが厚生補導の問題に関連してきわめて集権化していくという可能性をはらんでいる。つまりそういう機構といまの風土です。いまのそういう大学内部にある風土とを絡み合わせてみると、やはり学部自治というものを前提にした大学の管理運営に関連した事務組織という観点を貫いていかないと、そういう問題が再々起こる危険性を私は恐れるのです。ですから、この一元化というのは必ず官僚化を伴うことは必至であります。これは現代社会の法則でありますから、一方で効率性を追求すれば必ず官僚化が起きる、官僚化が起きるとそこに人間疎外が起きるに決まっているのですから、特に学問研究というものを基礎にしている大学の管理運営の組織と機構については、それが最大限にチェックできるような民主的な組織運営でなければならぬと私は思います。 それで、先ほど申し上げました今度の三学部一元化の場合の最初文部省から出てきた案、絵はここに控えを書いてありますが、非常にはっきりしています。本部事務局から直結して、学生係だけは特別の点線で引いてあります。そして庶務部、経理部については、事務長並びにそれを経由で会計、庶務につないであります。こういう絵のかき方そのものが、これは昭和五十四年度の概算要求として大学側が出したのに対して文部省が出してきた案と形であります。これは参考資料としてマル秘の資料であります。私の手には入っています。だから、参考資料とマル秘で出してはいるけれども、文部省の発想は、そもそも本部事務局の学生部と出先の学生部とを直結していくという点線で意識的につないだ機構図が描かれております。これは恐らく公にしなかった資料のはずであります。ですから、そういう新しい学部をつくっていくときに、そもそも文部省側が提示していく案はどうもいま私が心配するような集権化——それからいまのような危険な考え方を持った人は全国そうざらにおるとは私は思いませんけれども、それは単にある研究集会で報告されただけではなくて、ある大学で学生部次長と教官との間にトラブルが起きておる、そういうこと等をにらみ合わせてみて、この三学部一元化という事務機構の中で、単に学生の厚生補導だけではなくて、図書係、教務係その他を含めて、学部自治の感覚、考え方に立った組織をつくっていくように努力すべきだ、こう私は思います。したがいまして、今後それぞれの大学でこの最初の国立学校設置法施行規則二十九条の精神に基づいて、事務の改編について大学自治の観点から要望があればそれにこたえる努力をいたしていただきたいと思います。大臣、いかがですか。
○谷垣国務大臣 これは大学自治と、それからいま申します事務的な組織編成の問題であろうと思います。お話しになっております、何と申しますか一つの思想統制のごとき組織が片一方にあるというふうには私たちは考えていないわけでございます。でございますから、いま御指摘になったような御心配をことさらにいたしますこと自体、問題を極端化したようなかっこうで議論が出てくる。私は、いまは大学の自治が教授会を中心にしつつ確立しておるというふうに考えております。また、この道を文部当局も当然歩んでおるわけでございますので、確かに個々の問題で行き過ぎたことが中には出てくるとか、御指摘になったような問題もあるかと思いますけれども、大きな流れというものは、もう疑う余地のない大学の自治を尊重した形で動いておるというふうに私は考えております。 ただ、やはり考えなければなりませんのは、事務の効率化という面は確かにあるだろうと思います。事務の効率化の問題と教育研究組織との問題は、ある点で矛盾をするものが出てくるかもしれません。しかし、それは矛盾を克服しながら一つの調整作用がなければなりません。具体的には大学のいろいろなお考え方について、文部省として年々の財政、予算を決めます場合あるいはそういう提議とかということをいたします場合に、率直に両方での協議を進めていくという形において調整をしていかざるを得ない、こういうことだと私は思います。御指摘のような点は十分私たちも頭の中に入れまして、重要な問題として意識しながらこの問題に今後ともに取り組んでまいりたい、こういうふうに考えております。
○嶋崎委員 言葉を返すようですけれども、事務機構は文部省、国の予算で教授会と別だ、そんなのじゃないですね。この国立学校設置法施行規則の考え方は学部に事務部を置く。それはなぜならば、教育研究というものの事務局としての意味を持つのですから普通の行政と違うのです。一般事務とは違う。非常に教育的機能を持った事務部なのです。ですから、それだけに教授会と事務局との間を一体にした関係が大学における最も身近な、学生と教官がコミュニケーションもよくて、しかも厚生補導などについて行き届くための組織運営として原則がつくられているのだと思います。そういう意味で、それを変えるに当たっては、その原則を確認した上で効率化も必要でしょう。その際に効率化を行ってみたが、大学の管理運営上その事務機構、たとえば図書とか教務とか学生係などについて独立すべきだということが必ずや起きてくると私は思います。そういう際に教授会で事務機構の検討委員会が行われたのが現にちゃらになっておる経過があるだけに、今後そういう事務機構の改革について大学が自主的に判断をして文部省に概算要求その他をしてくることがあり得た場合に十分に対処してくれるかどうかということを聞いているのです。いかがですか。
○谷垣国務大臣 十分に対処する、そういう心構えでやっていきたいと私は思いますし、従来も、いまこの案件でえらくしかられていますけれども、そんなに無理なことをやっているとは考えていないと思います。
○嶋崎委員 それは大臣、国立学校設置法施行規則二十九条のただし書きというのは最近やったのですよ。長い間、戦後三十年にわたってこの原則でやってきたものにただし書きを入れたのは、確かに効率化の問題かありましょうというのですよ。しかし、その効率化が原則から外れるように運用されるべくただし書きが入ったのではないということです。したがって、二十九条の法の精神に従って大学側が今後とも対処してくる場合には検討の余地があっていいじゃないですかといっているのですから、それを検討しないといったら認めぬということになるじゃないですか。謙虚に答えればいいのです。むずかしいことを言っているのじゃないのですよ。
○谷垣国務大臣 検討しないなんて決して言っていないのでありまして、十分誠意をもって協議をいたします、こういうことを申し上げておるわけであります。
○嶋崎委員 これに関連して、事務職定数の問題について湯山委員から関連質疑がありますから、ちょっとお願いをいたします。
○谷川委員長 関連質疑の申し出がありますので、これを許します。湯山勇君。
○湯山委員 ただいま嶋崎委員から事務組織の問題について御質問がございました。局長の答弁を聞いておりますと、一元化というのは要するに事務組織の改革である、効率化である、そしてまた合理化であるというような言葉が繰り返し述べられました。このことは、平たく言えば定員削減、これは大きな政府の方針で、二〇%の行政職の削減というのが第四次行政改革ですか、とにかく行われた、そういうこととつながっているということしか受け取れないので、それを教育研究のためというような理由づけをしようとしても、それはなかなか困難であって、そういったような要請にこたえるためにやむなくそういう方法をとっているのだということを正直に言っていただいた方が論議もしやすいし、そして理解もしやすいと思うのですが、大臣、そうじゃないですか。簡単に一言。
○谷垣国務大臣 どうも大変抽象的な御質問なのでお答えがしにくいのでございますが、ひとつ具体的な問題で御質問を……。
○湯山委員 大臣のお気持ちはそうだということだと思いますので、局長も大体そういうことだと思いますから、関連質問ですから、余りお答えをいただいておると時間を食いますから……。 そこで、二〇%の削減もやった、今度の国立学校設置法で新しいいろいろな学部等の新設、増設等もあった、しかし基本的にはそういうところへの教官は配置する、金も出す、けれども人はっけない、特に事務系統の人はつけないということがずっと続いておるし、その意図が非常に明瞭だと思います。しかし、いま御指摘があったように、それでは本当の教育研究というものは維持できないし、なおまた教育研究というものがだんだん高度化してくる、それに対応することも非常に困難である。そこで、大学では、一応定員は定員として政府の要請にこたえる、けれどもそれじゃ教育研究が維持できないというので、苦肉の策というようなかっこうで現在採っているのが常勤的非常勤という職員です。これは一九六二年のころは五千名ばかりであったのが、一時一万名にも達し、今日では国立大学に大体八千名くらいの常勤的非常勤の職員がいる。大体全体の傾向としては、一時整理はつきかかったがなお非常にたくさんの人がいるということがこれを証明しております。 しかも、この人たちを採用するに当たって大学当局はこういうことを申しております。これは現にいまそういう常勤的非常勤を数年やっておる人あるいは場合によっては十年もやっておる人に直接聞いたことです。それはどういうことかというと、皆さんをひとつこういう身分でお雇いする、ついては将来は皆さんを定員化する、そして仕事の方も定員内の職員と同じような業務、勤務をやってもらう、しかもすぐやめられたのじゃ困る、長期にわたってやってもらいたい、そしてまた定員化されるまでの給与等については定員並みに待遇を保障します、こういったような条件で常勤的非常勤を雇わざるを得なかった。これはいまのような形で定員内の職員を締めてくる、整理をしていく、二〇%も整理をする、新しいものには人をつけないで一元化とかなんとかというような形でできるだけ人を少なくしていく、そのはね返りであったということを考えざるを得ません。したがって、人事院規則に言う非常勤職員というのは季節的、臨時的な業務に服する職員だというのとは、いまの大学の教育研究に当たる臨時職員は違っている。普通の事務職員も大学の場合は他の省庁と違うということを嶋崎委員も御指摘になりましたが、そういうことですから、たとえば先般会計検査院から指摘になって問題になった東大図書館等につきましても、たとえば図書の選定委員会の委員、こういうのにはいまの非常勤の臨時職員がなっておるのです。それからまた、図書館の月報等を出すその編集委員会がありますが、編集委員会の司会、こういうことも非常勤の臨時職員がやっている。こういう状態です。だから、いわゆる季節的な臨時のものではなくてかなり長期にわたってその業務についている。 そこで大学側としても、そういうことを認識するし当初の約束もありますから、たとえば給与につきましても、当初は一番低い七等級の四号ですけれども、一年半で一号ずつ昇給さす。日給に割ってですけれども昇給もさせます。一年半というのは非常に長いのですが、とにかくそういうことをします。そうした場合に、七等級四号へ昇給した分だけ上乗せの形になりますが、それは給与として出すのじゃなくて今度は上乗せした分は超勤です。差額分を超勤で割ってみて、その超勤の額を毎月に割って上乗せしていくという方法をとっている。つまり給与が昇給していったその基礎額を超えて昇給させた分は、手取りは昇給と同じですけれども、内容的には決められた臨時職員の給与プラス超勤という形で出しておる。これは詳しく説明すると長くなりますが、局長は内容はおわかりでしょう。ああいうことですからおわかりと思います。それから祝祭日、これは有給である。当然です。お祝いのための休みですから、有給にするのは当然だと思います。それから今度は、本来は臨時日雇いですから、そうであれば健康保険にもはいれない。日雇い健保であって、しかも年金は国民年金でなくてはならない。それがそうじゃないのです。他の職場、民間職場の常勤と同じように健康保険に入れています。そしてまた厚生年金に入れておるのです。ですから、当然これは臨時日雇いでないということをこちらからは証明している。こういう待遇をしておった。これが今日までです。 ところが、昨年の九月の六日に、東大の図書館が会計検査院の検査がありまして、そこで超勤払いによって差額支給をすることは経理上なじまない、こういう指摘を受けました。つまり実質超勤をしていないのに給与のいまのような補償をするために超勤で金を出す、こういうやり方というものは、空超勤などが指摘されたそういういきさつもあって、いまのような形態で差額支給をすることは経理上なじまない、こういう指摘を受けた。これは当然だろうと思うのです。そういうやり方というのは余りよくないぞということですから、そういう指摘を受けたことはいたし方ない。ただ問題は、これに対する東大の対応です。 これがあって、十二月の初めに東大当局は以後差額支給、補償、これは全部やめる。こういうことにいたしました。それからまたいまの祝祭日、これは無給にする。それから年末年始に五日間の有給休暇がありましたが、これも無給にする。こういうことを決めたわけです。そうすると、年数の長い人は、とにかく一年半に一号ずつ上がってきていましたが全部カットされる、そうなると大体月四、五万のダウンになる、そういう人が出ております。それから早い話が、大体一日に割ってみると、七等級の四号というのは五千円ぐらいです。年末年始の五日間が有給か無給かだけでも二万円余りの収入減です。これからは祝祭日も無給だ。これは何かの祝日を決める法律のときに論議したのですが、一体祝日というようなものは国民全部がお祝いをする日。だから休みで給料をもらえるというなら喜びますけれども、今度は臨時職員の皆さんは、また祝日が来た、おれはまた一日ただになる。これじゃお祝いすることにならない。祝祭日の趣旨にも反する。だから当時失対の人たちでも朝ちょっとだけ出て、それでもってその日の日給は出すというようなことを決めました。しかももっといい扱いで、出たことにして当日は働いたのと同じ給料を出すというような措置を日雇いについてもやったわけです。これは今日もなお何らかの方法で続いています。ところが、いまの東大の臨時職員の人は、これは一切やらないから、ことし就職した人でもとにかく二万円余りの減収です。一体こういうことが許されてよいものかどうか、このことを申し上げたいのです。 それだけじゃなくて、東大の方では来年度からは人事院規則どおりに季節的臨時的業務に限って任用する。当初の約束と全然違うことを発表いたしました。だから文句のある者はやめてもらう、これです。本当にこう言っておるわけです。しかし、いままでは本来は人事院のやり方から言えば三月三十日で勤務が切れて三月三十一日は無職、四月一日に再雇用、こうなるのが慣例でした。だから、本来から言えば三月三十一日というのは勤務がなかったのですけれども、従来は三月三十一日も勤務してそれで給料は出ておった。これを今度はもう一切出てきてはならない。気に入らぬ者はやめい、こういう態度に出ております。それではこの人たちの生活をどうするのか。いまのように五万円、つまり上積みするといってもわずかのものです。本来一日五千円程度ですから二十四日働いたとしても、土曜日半額ですしね。そういう勤務をしておるのですから十万そこそこの給料。それにまた十五日分引く。またこれを引くというようにしたら一体生活をどうするか。仕方なくそれを本当の超勤で埋めれば一日三時間、五時から八時で終わりますから三時間ずつやれば、とにかく二日に一回超勤しないとこのダウンは取り返せない。しかもいま寒いときに、あそこも寒いです。行ってごらんになったら決して暖房はいま効いておりません。そういうところで夜三時間一日置きの超勤、そうしないと所得が補えない。こういうことが一体許されてよいかどうか。 これに似た問題でかつて大学の非常勤の問題が取り上げられたときに、いまいらっしゃいませんけれども、当時の西岡文部政務次官はまさに人権の問題として認識する、こう言っておるのです。まさにこれは人権の問題である。つまり勤務しておる人は、超勤から補償してくれとだれも要求したのじゃありません。大学が便宜上そうしておった。それが否定されたからといって、いままでの給料を下げて、そしてつけておった手当も一切つけない。一体この人たちは何か悪いことをして、どういう間違いをやったか。そういうことは全然ないのに生活を圧迫され、そしてまたいよいよ次からの勤務がどうなるかわからない、そういう不安に追い込まれている。こういうことを放置しておいてよいのかどうか。現に大学の学長も、文部省に対しては、七等級でとめておくと問題があるから六等級にすることを認めてほしい、こういうことを確かに申し入れておるはずです。直接大学学長の口からそのことは述べられております。それもしない。ただ超勤から出すことが不当であると言われただけで、一体この人たちに何の罪があり、何の責任があってこういう扱いをするか。これは私は人道上も許せない、こういう問題だと思います。これを特に今回関連で取り上げたのは、三月三十一日が迫っておるわけです。そして来年度どうするかというのが迫っている。そこで、これはほうっておけない。何らかの形で従来のように差額の補償はしていく、従来出されておった手当は出す、こういう形にしなければ、こういう人たちがいまのような身分で不安な状態に置かれたならば、それは大学の教育研究に重大な支障を来す。それはこの人たちを任用したいきさつから明瞭であって、このことについて善処を求めたいというのが私の質問でございます。これについて局長なりあるいは大臣からもひとつ御決意のほどをお伺いいたしたい。 なお、このことについては今月中にやっていただかないと間に合わないので今月中に対処をしていただきたいということです。 それから委員長にもお願いしたいのは、そういう実態は大学設置法のたてまえからも放置できないので、場合によっては当委員会で調査するように委員長においてお取り計らいを願いたい。うまくできればいいのですけれども、場合によっては調査をするということを委員長にも御配慮願いたいということをお願いして、関連質問にいたしたいと思います。
○谷川委員長 委員長から申し上げますが、ただいま湯山委員から御指摘の問題につきまして、委員長に対する御要望に対しては、後刻理事会で協議をさせていただくことにいたします。
○佐野政府委員 御指摘の問題については私どもも承知をいたしております。事柄が非常勤職員の任用のあり方の問題なり、あるいはその処遇の問題にかかわる非常にむずかしい問題だと思います。事の性質上どのようにして代替措置をとることができるのかということは、率直に言って大変むずかしい問題があると私は思います。しかし、東大当局の考え方あるいはその実情等につきまして、私どもも調査をして検討をさせていただきます。
○湯山委員 大臣、どうでしょうか。
○谷垣国務大臣 これは大変むずかしい問題であることはいま局長が答弁しているとおりだと思います。ただ、問題がすでにあるわけですから、どういうふうな対処ができるか、少しこちらの方も努力をして、検討してみたいと思います。
○湯山委員 いまの御答弁は、これはほうっておけない、こういう問題はほうっておくわけにはいかないし、もう急迫しておる問題だという御認識のもとでの答弁と理解してよろしいですか。
○佐野政府委員 事柄が年度末を控えて非常に深刻な状況にあるということは承知をいたしております。ただ、その処理がこれまた非常にむずかしい問題でもございますので、私どもも正直なところ大変苦慮をしておるわけでございますが、なお東大当局からも事情を聞きまして検討をいたします。
○湯山委員 関連ですから、これで終わります。
○嶋崎委員 国立学校設置法の三学部分離問題に関連してですが、今度は教官の組織と定数の問題について少しお伺いをしておきます。余り時間がありませんから簡潔にお答えください。 岡山大学の場合と今度の金沢大学、新潟大学の場合をおしなべて見まして、教官定数については、非常勤で当面対応したところと、それから実質的な教官の定数で努力をしたところと非常勤を入れなかったという意味でアンバランスがあるように思います。当面の対応としてはやむなき事情もわかっておりますが、簡潔にそれぞれの三つの大学の学部独立に当たっての特殊性と違いを言ってください。
○佐野政府委員 設置基準に照らしまして必要な職員、教官につきましてはもちろん常勤で手当てをするということで対応しているわけでございます。
○嶋崎委員 では一つ例を挙げますが、いままでの文部省の行政指導による概算要求のガイドラインというのは学生四に対して教官一。これはいままでのやつですね。現行は四対一だと思いますが、今度の学部分離に当たりましてこれを五対一という形でガイドラインが示されたと聞いておりますが、そうですか。
○佐野政府委員 教職員の定員については、申し上げるまでもなく改組によって設けられる学部の学生数あるいは専門分野構成あるいはほかの大学、法文改組の関係大学間における均衡、それらを考えまして各大学との個別の協議を行って文部省要求の全体計画を策定をしているわけでございます。その間において、大学と文部当局とが協議をしている際にいま御指摘のような議論が出てきているのかと思われますけれども、私はその程度に承知をしております。
○嶋崎委員 まず四対一が五対一になったという意味で、大学における教育研究の低下が数字で示されていると思いますが、さらに加えて、たとえば金沢大学の法学部の場合を例にとりますと、設置審に申請された数は何名でしたか。
○佐野政府委員 金沢大学法学部の場合は二十八人だと思います。
○嶋崎委員 そうじゃなくて、現実には定員は三十六ですね。どうですか。
○佐野政府委員 助手を含めて三十六でございます。
○嶋崎委員 これに対して張りつけば三十三名だったと思いますが、そうですか。
○佐野政府委員 三十人ではなかろうかと思いますが……。
○嶋崎委員 設置審に出したのは三十三人です。そうでしょう。そして実際には三十になったのです。そうじゃありませんか。
○佐野政府委員 ただいま申し上げましたように、三十と私たちは承知をしておりますが……。
○嶋崎委員 そうじゃなくて、設置審議会に三十三出して、三が不可だったんです。それで事実上三十になりました。ところが不可だった場合には、当然補充を大学側がする意欲を持ち対応しなければならないと思うのだけれども、その補充は認めたのですか、認めなかったのですか。
○佐野政府委員 いわゆる設置基準上必要とされる数が十四でございますから、設置審議会の議を経て事柄を進めていく上においては十分な数の教官層があるわけでございます。時間の関係等があって補充についての審査を行わなかった事情があるかもしれません。
○嶋崎委員 経過はいいのです、そういう経過は。文部省と大学とのやりとりをやってみますと、文部省がガイドラインを引いた五対一にとてもならないような定数でしか現実には発足しないわけです。この数字はおわかりでしょう。したがいまして、本来百八十名の学生に対して三十六でなければならないのが、実際は三十になるわけですから、今後年次計画の中で当然これが補充されていくものと判断してよろしいでしょうか。
○佐野政府委員 関係の予算と現在御審議をお願いしております法案が成立をいたしまして、この改組を進めてよろしいということになりますと、いま御指摘の全体計画はいわゆる学年進行で整備をするという方法をとりますので、教職員定員については初年度分、いわゆる一般教育担当に必要な教員を措置することになるわけでございます。教員以外の職員を含めまして教職員の全体の数は、通常学部改組が認められた年度の五月から六月くらいにかけまして関係省庁と協議をして全体規模を固める、最終的にはそれぞれの年度の予算で措置をしていくということになるわけでございます。そういう過程をとってまいりますので、その中で大学側との十分な対応は進められるわけでございます。
○嶋崎委員 この件は、この四月、五月、来年度の概算要求その他の段階でさらに少し文部省との間に詰めさせていただきたいと思っています。 そこで、これから金沢大学は移転をする問題が出てくるわけでありますが、今後のタイムテーブルについてアウトラインを説明してください。
○佐野政府委員 五十三年十一月に金沢大学の評議会は、学内の委員会で検討しておりましたキャンパス問題について、五十五年度の法文学部改組発足を前提としながら総合移転の方向で検討することを決定しております。昨年の十一月に至りまして評議会は、これまでの検討を踏まえまして総合移転の方針を堅持するけれども、第一段階としては当面の城内部局の移転を進める、そういう決定を行っております。文部省といたしましては、そのような大学の検討状況を踏まえまして、五十五年度予算に調査経費を計上をして、今後全体計画について具体的な検討を進めてまいることになるわけであります。移転の対象となる部局につきましては、当面は城内部局を中心に検討するのが適当であると考えておりますし、この点につきましては、基本的な点では文部省と大学との間の考え方の相違はなかろうと思います。
○嶋崎委員 そうしますと、来年度、移転の土地購入をめぐって石川県と金沢市との間に準備室が四月一日から発足をいたしますね。そして土地購入の段階のための調査を行い、今後全体的な移転計画に基づいてその移転計画がタイムテーブルに乗ってくるわけですね。大ざっぱにそう判断していいわけですね。
○三角政府委員 用地につきましては、なおいまお話しのようなぐあいで検討を進めなければなりませんし、それにつきましてやはり場所並びに面積等の問題がございますが、これは五十五年度全般の調査の一環として検討を進めるということでございます。
○嶋崎委員 もうすでに移転の土地について大学内部で討議されているということは御存じですか。
○三角政府委員 先ほど大学局長からも御説明がちょっとあったかと思いますが、金沢大学の評議会で二つの地区について大体意見の一致を見ておりまして、それが昨年十一月の時点でございます。
○嶋崎委員 大学内部で「金沢大学新キャンパス周辺地域整備調査」というものが討議されて、二度にわたって資料が配付されているのを御存じですか。
○三角政府委員 いまおっしゃいましたような資料について、私どもまだ受け取っておらない状況でございます。
○嶋崎委員 大学で土地を購入する場合、土地を購入するに当たっての土地のキャンパスとしての適否ですね、いいかどうかについて調査をする際には、どのような機関にどのような手続でやったらいいと思いますか。
○三角政府委員 これはやはり大学自体がそれぞれの場合の状況に応じて考えていただくことでございますが、このキャンパスそのものの造成と申しますか、その土地の状況を見ましてキャンパスをどういうふうに形づくっていくかという問題のほかに、やはり周辺の整備と申しますか、関連する公共事業も必要になってまいりますので、そういった意味合いで、多くの場合はやはり地元の県なり市なりの御協力を願って検討を進めていくということか必要になってくるというふうに思っております。
○嶋崎委員 金沢大学で討議されているこの資料、宅地開発研究所という名称でその資料が配付されて討議されておりますが、宅地開発研究所というのは、事前に調査するように言っておきましたが、どういうものですか。
○三角政府委員 私どもがいま聞いておりますところでは、名称は株式会社宅地開発研究所というものでございまして、本社は東京にあるようでございますが、仕事の内容としては、都市計画の基本調査をいたしましたり、あるいは大規模の団地の計画についての調査をいたしましたり、そういったことを主な業務としておるようでございまして、十六年くらいの経験のある会社のようでございます。
○嶋崎委員 この資料は後で文部省に上げますが、大学で討議するこういう重大な資料が、ただここに「宅地開発研究所」と書いてあるだけなんです。大学側が宅地開発研究所というものに依頼することについて、大学で決めた経過がはっきりしない。それから県や市に依頼してここに行ってこれが出たかどうかについての経過がはっきりしない。教授会の討議の過程では、最初これは伏せて出たのです。伏せて評議会に出たものが後で議論されているうちに、その資料は何ですかという話になったら宅地開発研究所という名前が出てきた。しかし正体不明で、だれがどこで頼んだかわからない。その資料を契機にして、いままで浮かび上がっていなかった土地が浮かび上がったのです。だから、どういう経過か私もわかりませんが、少なくとも国立大学の新しいキャンパスを購入するに当たっての土地購入の調査は、少なくとも権威のあるオフィシャルなもの、県が依頼したとか大学が依頼したとか、そしてそれがどういうものかということがわかるような形で大学内部で討議が行わるべきだと私は思いますが、どうでしょう。この資料を見せます。
○三角政府委員 いま初めて拝見した次第でございますが、私ども大学の方からちょっと聞いたところで承知しておるわけでございます。この会社は昨年の九月に調査の委託が行われて十一月に業務を完了しているようであるというふうに聞いておりますが、その概略の経緯としましては、先ほど申し上げましたが、キャンパスの検討につきましては、どうしても道路でございますとか、特に上下水道あるいはエネルギーの供給等についてのいわゆる関連公共事業と申しますか、それからキャンパス周辺の整備の問題、これが関連してまいります。そういうことで、金沢大学としては、以前から県、市に対しまして協力の要請を行っておったのでございますが、そういうことでやはり地元でないと、全般的な状況についての調査なり、大学自体ではなかなか手が及びかねるわけです。そして県と市が共同してただいま御指摘の会社に調査を依頼した、こういう経緯のようでございまして、そして大学事務当局に調査の結果の概要は来ているようでございますが、まだ私ども文部省までは参っておらないのでございます。そういうことで、県、市の方で調査の結果についての詳細はお持ちになっているというのが私ども今日持っております情報でございます。
○嶋崎委員 私は宅地開発研究所がそういう形で大学に出ることが大問題だと言っているのであって、少なくとも公の機関、大学の評議会や教授会で議論するときに、そんな宅地開発研究所なんて、株式会社なのか、どこに本社があって、権威あるものなのかさっぱりわからない。しかも、最初出てくるときにはそれが伏せて出てきて、大学が調査したのかと思っていたら、討議していく過程で宅地開発研究所なるものが浮かび上がる。それがどういう手続でどうして依頼したかわからないというようなのは、国立大学が少なくとも莫大な金を投資して土地を購入するわけでありますから、不明朗なそしりを免れないのではないかということを恐れるわけであります。今後文部省は、そのような宅地開発研究所なるものに依頼した調査の経過並びにどういう過程で大学が審議に入ったのか、これを調査をして御報告願えれば大変幸いだと思います。 一つだけつけ加えておきますが、その中に金沢大学の今度の移転の角間という地区は、それまでは比較的条件の悪い地区だったわけですが、この資料で埋め立て問題が新たになることによって敷地が広くなるということが議論されるに至って第一候補に浮かび上がった土地であります。したがって、それに関連して金川地区というのが急に二番目に浮かび上がったのであります。そういう経過があるだけに、各学部教授会でもその土地の適否について、各学部でかなり意見の違いが出てきているようでございます。それだけに今後スムーズにキャンパス問題が解決するためには、そこにあるような宅地開発研究所という、そんな名称だけで大事な討議が行われて、その経過がはっきりしないようでは、将来非常に禍根を残してはならないと思いますから、文部省の方で十分に対処をしていただきたいと思いますが、いかがですか。
○三角政府委員 大学が県と市に御協力をお願いして、県、市におきましても、こういった専門的な技術的な能力のある会社に委託をされたということでございますので、私どもとしてはその調査結果というのをまだ見ておらないのでございますが、やはり客観的な調査としての結果はいろいろな場合の審議、検討の材料として役立ち得るのではないかという気がいたしておりますけれども、なおよく見てから検討いたしたいと思いますし、それから用地の検討を進めるに当たっては当然大学側で十分慎重に協議、御審議をいただくと同時に、私どもの方も実際上随時連絡を受けまして、そして私どもも、これは予算要求をする立場でございますので十分慎重に検討を進めたいというふうに考えております。なお、経緯につきまして、いま概要は申し上げましたが、詳細についてはなお調べさせていただきたいと思います。
○嶋崎委員 では、その点をお願いします。 総合移転という大学の基本方針でありますから、総合移転という全学一致の方針、それから大学の決めた意思に従って今後とも移転問題が進められる、当然のこととは思いますが、そう考えてよろしいですね。これは局長どうですか。
○佐野政府委員 もちろん大学側の御意向を十分に承り、それを尊重して私どもも対応いたしてまいります。
○嶋崎委員 土地について、案としては複数で出すのですか、一つで出すのですか。管理局長、大学側が決めるときに、キャンパス移転に当たって土地は複数で出すのですか、一つで出すのですか。
○三角政府委員 複数で出していただくことになっております。
○嶋崎委員 そのときには番号をつけるのですか、一、二の序列。
○三角政府委員 大学の気持ちと申しますか判断と申しますか、そういうことは十分にお聞きすることになっております。
○嶋崎委員 いま十二時になりましたから、あと三、四分、最後に後の各党の方が御質問されることもあるかもしれませんから、そのつなぎで問題だけを出しておきます。 すでに予算の分科会並びに参議院の予算委員会などでわが党の勝又委員が、筑波大学の副学長の不正入試工作事件、こう言っておきましょう。不正入試工作事件について質問をしてきたと思いますが、参議院の文教委員会で、私が聞き及んでおりますのは、入学試験に当たりまして特定の志願者の入学願書のコピーを作成することは不当であるということ、これは確認されましたね。
○佐野政府委員 コピーなるものが存在をすることは承知をしているということは申し上げました。そして仮に万一それが学内で作成されたとしたならば、このことは現実にはわからないのですけれども、仮にそれが学内でつくられたとするならば、それはやはり学内における入試の事務処理体制についてもう一度検討し、改善を図る必要があろうということを申し上げたわけであります。
○嶋崎委員 現に教官がコピーを持って——ネガを持っているのですから間違いありませんが、コピーが作成された事実が疑わしいということはいま言ったとおりでありまして、もしそういうものが行われたら当然不当なことだと私も思いますし、文部省も考えるのは当然だと思います。それで、そのコピーが某教授に渡されたということ、コピーの写真の撮影をある教授の指示で教官が行って、ある教授にそのコピーが手渡されたという事実は、文部省はまだ確認はされておりませんね。
○佐野政府委員 報道でそのようなことが伝えられていることはもちろん承知をしておりますが、文部省としてそのようなことを確認したことはございませんし、また、これまで学長の意向表明におきましては、いわゆる不正工作はなかったということが表明されているわけでございます。
○嶋崎委員 参議院の文教委員会での勝又委員の質問に、こうした奇妙なことが筑波大で発生しているという表現でお認めになった、奇妙なことということを御発言になったのですか。
○佐野政府委員 私は奇妙なことと申し上げました。ただ、それは筑波大学にそのことが発生をしているということを申し上げたわけではないので、まことに奇妙なことが伝えられているという趣旨で私は申し上げているわけであります。
○嶋崎委員 地球科学系の谷津教授が福田副学長の不正入学工作に関する供述及び要望書というものを出しておられる。この文書は勝又委員からお受け取りになりましたか。
○佐野政府委員 谷津教授が学校あてにお出しになった要望書について、私は勝又委員からはちょうだいをしておりませんけれども、その文書については拝見をしたことがあります。
○嶋崎委員 これだけ一人の教授がコピーを渡したとか渡さないとかという事実について、自分の印鑑を押して文書を残し、そして堂々とどこにでも出る、こう言っているわけでありますから、文部省としては、いままでの委員会での審議を聞きますと、大学当局側の意向としては不正入試はなかった——これはありませんでしたね。しかし、不正入試の工作があったことについて否定されていることを前提としてのみ対処されているようにうかがわれますが、こういう一連の、数名の教授が自分の名前を出して、そしてこれがもし大学自治という名のもとに説き伏せられてしまうということになりますと大変な名誉棄損になる可能性を一方はらんでおります。したがいまして、こういうコピーがだれの手で行われたのか、それから何の目的で某教授にコピーが手渡されたか、しかも手渡されるに当たって、三月七日に谷津教授に対して福田副学長から、物的証拠を部外に出すなという依頼が来ていることも聞き及んでおります。それだけに、疑惑を招く事件でありますだけに、現在まで文部省の対処されたことと、今後この学長の発令問題について、いままで発令するという考え方かどうか、この点をお聞きして質問を終わりたいと思います。
○佐野政府委員 いわゆる不正な働きかけが行われた、そういう事実があったかどうかというその事実関係については私どもも関心を持っておりますが、いま先生御指摘のように、入試そのものに不正がなかったということは関係者が一致をして認めておるわけでございます。そして、そのことを前提とした上で大学がそうした事実はなかったということを公式に表明しているわけでありますから、私どもは本件についての対応については大学の常識を信頼をして、大学の御判断にまちたいと思っております。もちろん学長の発令については、これは大学の自治のいわば根幹をなすものでありますから、大学側から上申が出てまいっておりますので、私どもはそれに従って所定の手続を進めてまいりたいと思います。
○嶋崎委員 国立大学では、いつかもロッキード問題に関連してここで一時間半、局長と討論いたしましたが、そのとき資料を出せと言っていますが、その後資料を出してきておりませんが、国立大学にあるまじきことが筑波大学には多過ぎるわけですよ。少なくとも社会問題としてなっているわけです。これは立法府の中で強行採決した法律案でございまして、大学の管理運営から大学のあり方について、いい面もいっぱいあることを私は承知しております。大学の教育研究のあり方などについて非常にすぐれた前進的な側面を採用していることも承認し、そういうことを認めた上で、筑波大学のあり方については、たとえば学生が選挙に際して買収行為に参加するような、国立大学の学生で新聞記事になる、そんなのはよその大学にありませんからね。そんなことがなぜ起きるのか。今度の不正工作と疑わしいような事件がなぜここの大学で起きるのか。そういう意味で、この大学は国立大学として依然として余りにも問題が多いと私は思う。それだけに今回のような問題が社会問題になっているということは、また大学の設立経過に絡まっているいろいろないきさつもあると思いますけれども、少なくとも国立大学で東京大学と京都大学に匹敵するような大学を膨大な予算をつぎ込んで文部省主導型でつくり上げてきたのですから、そういう大学だけにもつと社会から権威のある信頼のある大学でなければならぬと思います。それだけに、この大学のいまのような疑惑を持たれるような事実については、三人の教授が署名入りでその事実について経過を明らかにして身を張って問題の所在を明らかにしようとしているという事実は、大学側の一方の意見だけでもって処理できるような性質のものではないと私は思う。 それだけに、文部省は、十分慎重な対処の上に、発令に当たっても、大学自治尊重という形式論ではなくて、大学の名誉と権威を回復するためにも、十分説得力のある対応をやるべきだ、こう私は思いますから、そのような対処を切に要望いたしまして、私の質問を終わります。
○谷川委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時十二分休憩 ————◇————— 午後一時二分開議
○谷川委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 国立学校設置法の一部を改正する等の法律案について質疑を続行いたします。鍛治清君。
○鍛治委員 国立学校設置法の一部を改正する等の法律案に関連いたしまして、いろいろとお尋ねをいたしたいと思います。よろしくお願いいたします。 本法律案が改正される願意は、やはり大学ないし大学院等の設置が主な事項になっておるわけでございますが、その願意というものは大学並びに大学院の質の向上ということにもつながる問題であろうかと思います。私は、そういう立場から、主にこの質の問題等についていろいろとこれからお尋ねをしていきたいと思います。よろしくお願いを申し上げます。 昨年の十二月十四日に、大学設置審議会大学設置計画分科会から「高等教育の計画的整備について」という報告が公表されておるわけでございますが、これは前期計画に引き続きまして後期計画が策定をされて、この中で高等教育の質的充実ということに特に重点を置いて計画が策定されておるように思います。この立場から、大学並びに大学院について質的充実ということがいままでいろいろと、この前期計画を進行する中で、また戦後の大学教育の中でさまざまなことが言われておるわけでございますが、この質的充実という点について具体的にどのような施策を講じながらこの計画を実施していかれようとしておるのか、最初にお尋ねをしたいと思います。
○谷垣国務大臣 御指摘のとおりに報告を参考といたしまして、これからの後期の問題その他に質的な充実をやってまいりたいと考えておるわけでございますが、詳しくは局長の方から答えさしていただきます。
○佐野政府委員 御指摘のとおり、後期の計画におきましては、十八歳人口が前期の場合と異なりまして、全体の傾向としては増加に転ずる時期ではございますけれども、量的な拡充よりも質的な充実に重点を置いて施策を進めていくということが計画で示された考え方の基本の柱の一つになっているわけでございます。 質的な充実のためにどのような施策を講じていくかということは、これはまさにそれぞれの施策について考えていくべきことではございますけれども、大きく言えば、一つは、やはり大学がそれぞれ自主的な努力によってその大学の特色を発展させていくことができるように設置基準等の制度的な枠組みというものを弾力化し、その弾力化された基準に従って大学がそれぞれ独自の工夫ができるような措置を講ずるということがございます。これはすでに前期計画の当時からそうした基準の弾力化による大学の自主的な改革の努力のいわば期待ということを進めてきているわけでありますが、後期の場合においてもそうした弾力化された制度というものを活用して、学部あるいは大学院を通じて大学が自主的な努力をしていただくということが基本になります。 それから、全体的な量の問題については、御案内のように、前期計画前は進学率にして年率二・六%、実数にして二万五千から二万七千くらいの量的な拡大を毎年わが国の高等教育は続けていたわけでありますが、前期計画に入ってから、その規模をおおむねこれまでの一年間の増加の規模に相当する三万二千人程度のものを前期の全体の拡充の目途にとり、その範囲において大都市における新増設を抑制して地方の大学を整備するという方針を進めたわけであります。そうした方向というのは、おおむね前期の計画期間は所期の目標に沿って進展をしているわけでありますが、後期の場合においても、十八歳人口増加の傾向は全体としてありますが、なお前期と同じような大学の量的な拡充についての抑制の方針をとっていく。それによって地方の大学の整備を進めるわけでございますけれども、そういう背景のもとに、さらに設置審議会における大学の新増設の審査をいわばより厳密に行うことによって、新増設される大学の質というものが確保されるような配慮をする。国立大学についても、もとよりそういった配慮のもとに新しい学部の増加なりあるいは学科、講座等の増設についても対応していくということでございます。 そのほか、国公立と私立の間に教育研究条件に格差があるということは否定のできない事実でございますから、これらの改善については、私立大学に対する経常費助成の拡充等の措置をもってこれまでも対応してきたわけでございますし、そうした施策を今後とも続けてまいる。さまざまの手だてを講じながら基本的には大学の自主的な特色を発揮するための努力というものを助けていくということに主眼を置いて、われわれもできるだけさまざまの施策を組み合わせて質的な充実に対応しようとしているわけでございます。
○鍛治委員 質的充実ということになりますと、やはりいまのお答えのありました内容のもの、これは文部省の立場からいえば当然おやりになる内容であろうと思いますが、もう一つ私、大切と思いますのは、いわゆる指導する教官の質といいますか、内容の充実ということが大変大切だろうというふうにも思うのですが、この点につきましてどのようにお考えでしょうか。
○佐野政府委員 御指摘のとおり、高等学校以下の段階にとどまらず、高等教育の段階においても、高等教育の質というものを決めていくことについて教育研究条件の整備ということはもとよりでございますけれども、いわゆる教官の質、そこに集まる学生の質というものが高等教育のレベルを大きく規定をしていくということも否定できない事実であろうと思います。三十年代以来大学は急激に量的な拡充を遂げてきておりますが、その反面、大学の教官が常に自分の研究を深め、それを広げる努力をし、そしてその成果を学生に対して常に新鮮な感覚を持って提供をしていくという、そういう努力をしない教官が一部にいるのではないか、いわゆる研究業績の発表等も十分に行われていないで、その研究なりあるいは教育のあり方がマンネリ化しているのではないかというような御指摘があることは私たちも聞いているわけでございます。やはり大学が新しくできるときには大学設置審議会において十分な教員の資格審査をいたしますから、それによって大学の教官の質というものは確保されますけれども、一般的には、どのような大学の教官を迎え入れるかということは大学の自治の根幹の問題として、それぞれの大学の教授会が対応しているわけでございます。そういったことを踏まえて、大学が常に活発な教育研究活動が展開できるように人事の閉鎖性を排するとか、あるいは業績評価についてもっと大学なり各教官というものが真剣に対応するというような、そういう方向がより大学全体の雰囲気として出てくるようにわれわれは大学に対して要請をしてまいりたいと思っているわけであります。
○鍛治委員 ただいまの御答弁の中で大学の自治という言葉が出てまいりました。これは学問の自由ということと並んで、高等教育の中での質の向上ということについては、何といいますか非常に触れにくい点であると思うのでありますが、この点を踏まえながらあと質問をしていきたいと思うのです。 大学院の問題になりますが、五十三年の八月に大学院問題懇談会の報告書として「大学院の改善・充実について」という報告が出されて、いろいろ問題点が指摘されているわけでありますけれども、この中で指摘されておる一つに、戦後の新しい大学院制度の意義や役割りがいまだに十分確立されていない、こういう指摘がございます。さらには「高等教育の計画的整備について」、これは先ほど質問申し上げた昨年の暮れに出たものでありますが、この中でもそれと同じような指摘がやはり大学院についてございます。そしてさらに教育や研究指導が組織的、体系的な計画に基づいて行われていない、こういうふうに指摘がされているわけでありますけれども、私ども素人から考えますと、戦後もう三十数年たっており、また新しい戦後の大学院制度が発足してからもう二十数年たっているのではないか、こう思うわけでありますが、そういう年月を経てなおかつこういう指摘また反省がなされておるということについては大変不思議さを感ずるわけでありますが、ここらあたりどういうわけでこういう指摘がなされているのか、またその指摘をせざるを得ないような原因というのはどういうところにあるのか、こういうことについてお尋ねをいたしたいと思います。
○佐野政府委員 戦前の制度のもとにおける大学院は、御案内のように学部を卒業した者が学内にとどまって特定の指導教官のもとで研究活動を続ける、そのための制度と言ってもよかったものであります。言うなれば、独立した組織的な学校制度としての意味合いが薄かったということが言えるわけであります。したがって、博士の学位も大学院の修了によるのではなくて高度な研究業績を上げた者に授与される、そういう形がとられていたわけであります。これに対して戦後の新しい大学院は、制度上は学部と独立をして一定の修業年限による教育課程を備えた組織的な学校制度となったわけであります。それに伴って学位も、大学院の所定の課程を修了した者に授与されるものとなったわけであります。しかし、こうした制度改正が戦後行われたにもかかわらず、いわゆる新しい課程制の大学院の意義が大学関係者の間で十分に理解をされないで、大学院の教育研究指導のあり方あるいは学位の授与のあり方、これが旧制度当時のような考え方で運用されている傾向がある。これが懇談会の御指摘の点でございます。 こうしたようないわば新しい制度が十分理解されないできた理由として、大学院問題懇談会の報告では、一つには、大学院が組織の上でも、また運営におきましても主として学部に依存をしているということ、それから新しく設けられた制度である修士課程についてはその意義も理解をされているけれども、博士課程の場合には、大学の教官を中心とした研究者の養成機関であるとする見方が依然として大学においては支配的である、そういった点がやはり新しい制度というものがその設けられた趣旨に従ってなかなか動いていない理由であるとして指摘をされております。
○鍛治委員 これはそういう指摘でございますけれども、何か結果のみをちょっと原因として指摘されているような感じもして明確に私もわかりにくいわけでありますが、そういう新しい制度ができたときには、当然小中学校とかのレベルでは大変懇切に説明もし、講習会等もしというような形で伝えられていくと思うのです。高等教育ですから、大学の自治それから学問の自由という立場から言えば、教授会等の運営に任せるとか指導教授の判断によるとか、いろいろそれなりのお考えなり見識を持たれてのことでありましょうけれども、やはりいろいろな検討の中で新しい制度がいいのではないかという結論のもとに実行されたのであれば、早く周知徹底する、また理解してもらうような努力は、行政当局である文部省においてもなされるのが当然ではなかったのか。大学、大学院を担当されておる教官の皆さんはいわば日本を代表される学識経験の方がほとんどでございましょうから、そこらあたりの理解というものは早くできるのではないか。私どもの立場から考えますと全くそういう理解になるわけでございますけれども、二十数年たってみてもそれがこういうふうに指摘をせざるを得ないような状況というのは、もう一つ掘り下げてどういうところに原因があるか、これはもう一度お答えをいただきたいと思うのです。
○佐野政府委員 もちろん小中高等学校の場合のような対応が大学のこのような制度の問題について同様な趣旨をもってできるわけのものではございませんけれども、文部省としてはできる限り「大学資料」その他のいわば雑誌等を通じまして、制度の趣旨の理解を各大学の先生方がお持ちいただくための御協力なり援助はしてきているわけでございます。しかし御指摘のように、事柄はやはりそれぞれの大学、それぞれの大学人のまさにこの制度に対する取り組み方にかかっている面が多いわけであります。「大学院の改善・充実について」の大学院問題懇談会の報告というものも、これは大学人の方々がお集まりになって、これまでの大学院のあり方についての反省を基盤として御提言になっているものであり、そういう意味において、もちろん遅きに失するということは否定できませんけれども、大学院の制度というもののあり方をこの際大学人がもう一度正面から受けとめて検討しようという機運は十分に現在盛り上がっていると思いますので、われわれもそうした大学の努力を助ける方向でさまざまな手だてを考えてまいりたいと思います。
○鍛治委員 先ほど申し上げた報告の中で指摘されておる事項の中に、大学院設置以来博士の授与が全く行われていないもの、それから在学者がほとんどなく実質的な活動の停止をしているに等しいものといった指摘がされておるわけでありますけれども、これらの内容について、具体的な数とかいろいろな問題がわかっておりましたらお答えをいただきたいと思います。また、これら指摘をされました大学院等に対する措置といいますか、指導ということになるのかよくわかりませんが、そういう後の措置はどういうふうにきちっといくように手を打たれておるのか、そのあたりもお尋ねをいたします。
○佐野政府委員 昭和四十九年度までに設置をされた博士課程を持つ大学院について見てまいりますと、百二十五の大学院が博士課程を持っておりますが、そのうち、設置以来博士の学位を授与していないものが十九ございます。また、博士課程の在学状況については、在学者が全くいない大学院は最近新設のものを除いてはないと思いますが、定員充足率の低いところはかなりございます。五十三年度の入学者について見ますと、入学定員に対する入学者の割合が一〇%以下というものが二十大学院ございます。これらの状況については、もちろん大学院の入学定員と在学者の関係は、学部の入学定員と在学者の関係と同じような考え方で考えるわけにはいかないところはございますけれども、いずれにしても大学院が十分に機能していないという場合があり得るわけで、そうした点については、まず文部省に置かれております視学委員が大学院の状況についてできる限りアフターケアをするという努力はしているわけでございます。そういうことと並んで、国公私立の大学が構成している自主的な団体であるたとえば大学基準協会というようなものがございますから、こうした基準協会がより積極的に自分たちの問題として自主的に大学院の現状を把握し、自分たちの問題としてその充実なりあるいは機能の十分な発揮について取り組まれることを私はかねて期待をし、そのようなお願いをしているところでございます。
○鍛治委員 博士号を授与していないから大学院が機能してない、即だめなところだということにはなりにくいかと思いますけれども、新しく発足をし、そして認可されたものであるならば、その意欲に燃えてやっておられるはずなのに、こういう結果というのは私たちも大変奇異な感に打たれるわけで、これについては後でもちょっと触れたいと思いますけれども、しかるべく措置もすべきではないかと思います。 また、こういう状態の中で、私も大学の先生方をいろいろ知っているわけですが、数多くの先生方のお話をいろいろ伺っておりますと、こういう原因の一つには、指導教授などの力量が実際には伴わなくて、やり方もわからぬのじゃないか、これは極論かもわかりませんが、そういうような言い方をなさる方もいらっしゃるわけで、私たちも、現在教授というのは資格を得ると余り勉強しないというような声もよく聞きます。そういった点で大学院としての本来の機能を果たしてないというような面があるのではないかと思うのですが、こういう点についての文部省のお考えはいかがでしょうか。
○佐野政府委員 先ほどもお答えをしましたように、大学院を設置するときには、大学設置審議会におきまして担当教官の非常に厳格な審査が行われます。ただ、大学院が設置をされた後においてどのような教官がその大学院を担当されるかということについては、これは事柄が大学の問題に移ります。大学の問題に移った場合に、もちろんそれぞれの大学はそれぞれの大学院の教官組織については十分に工夫をされ、またそれぞれの研究科の委員会においても真剣な対応がされていると私たちは期待しておりますけれども、中には大学院の教官組織において不備のあるものがないとは言えないと私も思います。そういった点について、先ほども申しましたように視学委員等によるアフターケアをわが方も実施しているわけでございますが、基本的には大学が自分の大学に置いている大学院について真剣に考えて対応していただくということがあるわけでございます。それを踏まえて私どもも設置審議会等にもお願いをして、より慎重な対応をしてまいりたいと思います。
○鍛治委員 最近修士課程、博士課程を修了する人たちの就職状況といいますか社会の進路状況、特に博士課程、ドクターコースを修了した人たちの需給のアンバランスが逐年増加してきているという指摘もあるわけでございますが、これは非常に大切なことではないかという気がいたします。大学院の充実に絡んでこの対策は講じなければいけないのじゃないか。これはいわゆる教育関係だけに関する内容でないことも承知してはおりますけれども、この内容を充実し、またいままでと違った形で方向を指し示していく中で、こういったものの対応もできるのじゃないかという気もしているわけです。これも私の近しいある教授の方が、最近は大学院には一番優秀な人は入らなくなった、いわゆる二番手の人が大学院に来るんだ、こういうふうな言い方をしておられました。さらには、この学生は学部で大変優秀な成績だから大学院に引っ張ってまた自分の手元に置いてと思っても、就職がいいところに決まって相談にくると、心の中では正反対のことを考えているのだけれども、どうしても先行き考えたら就職した方がいいぞ、そう言わざるを得ない。また自分自身も、ドクター課程終了までには年から言えば二十七、八歳になりますから、相当経済的にも悩まされてきたということもある。大学院を修了した方々は学問で、しかも日本を代表する立場で将来伸びていただかなければならない大切な方々ですけれども、それが修了後の進路の問題で今度は逆に大学院を志望する人が少なくなってきている、さらには最も優秀な人が志望しなくなってきている、こういう状況があるというふうにも聞いておりますが、こういう点に対する対策はどのようにお考えになっていらっしゃるでしょうか。
○佐野政府委員 専門分野によって私はかなり状況が違うのだろうと思うのです。分野によっては、最もすぐれた者といj言い方が適当かどうかわかりませんが、いわゆる成績のいい者が学部の段階で外へ出ていく、あるいは修士課程を終わった段階で世の中に出ていく、なかなか博士課程に残らないというような状況があることを私も承知しております。そのことが直ちに現在のオーバードクターと言われている状況に結びついているわけではございませんけれども、いわゆるオーバードクターの問題か現在深刻な問題になっていることは御指摘のとおりだと思います。オーバードクターの定義は必ずしも明確ではありませんけれども、五十四年十二月現在で博士課程を終了して博士の学位を取得した者あるいは所定の修業年限以上在学して必要な単位を修得をしているけれども学位を取得するに至らないで退学している者であって、定職につかないで大学院の研究室等において研究を継続している者、これらがいわゆるオーバードクターと言われているものでございますが、約千四百人ございます。なぜこの人たちが学内にとどまっているのか、その事情は一様ではないと思いますけれども、一般的には、博士の学位を取得している者は主として適切な就職の機会を待っている、まだ学位をとっていない者は主として学位論文を準備している、そういうことのために研究室等に残っているものと思われるわけでございます。また、専攻分野によって状況もまちまちであり、特に多いのは理学系でございます。 こうした問題は、わが国における研究者の需要と供給のバランスの問題があるわけでございますけれども、それとあわせて博士課程が大学等における狭い意味での研究者の養成ばかりでなくて、企業等を含めて広く社会の各方面に進出できるような人材を養成する、そういう観点を取り入れていくことが必要であると思うわけであります。その点は大学院問題懇談会でも指摘をされているところでありますが、そういうことに対応できるように、大学院における教育や研究指導のあり方、進路指導の改善充実について各大学の努力を促してまいらなければならないと思っております。 そうしてもなお現在の状況をどうして打開するかという問題がもう一つあるわけでございますが、これはなかなか私どもも、たとえば将励研究員の増員というような措置ももちろん一方では講じておりますけれども、これといった決め手を持ち得ないところが非常に苦しいところでございますけれども、大学側の努力とあわせて、われわれも何らかそういった改善の方途がないかということを考えてまいりたいとは思っております。
○鍛治委員 これは大変な問題でございますので、文部省のサイドだけで片づく問題でない要素も大変多いので、ぜひ努力をお願いいたしたい、こう思うわけでございます。 そこで一つだけお聞きしたいのは、兼任教授という形で大学院で真剣にがんばっていらっしゃる先生もおられるようでありますが、そういう先生方にいろいろ伺ってみますと、どんなに努力をしても、兼任である限りは大学院の内容をこれ以上レベルアップすることは無理だ、こういうような声も起こっているようでございまして、大学院については専任教官の必要があるんじゃないかというふうな気がいたしておるわけでございますが、この点についてお尋ねをいたします。
○佐野政府委員 大学院は、これまで原則として十分に充実をした学部の基礎の上に置くということでございます。したがって、教官組織につきましても、学部の教官組織というものが大学院の前提になっていたわけでございますけれども、最近は大学院の教育研究の内容によりましては、大学院の組織を充実をさせて独自性を高めるために専任の教員を置くべきであるというような御指摘もあるわけでございます。現実に、特定の分野につきましては、大学のお考えによりまして大学院専任の教員組織を置く研究科もふえてきている状況にございます。特に学際的な教育研究などを行うために学部の教官の協力はもちろん得るわけでございますけれども、その基幹的な部分については専任の教員組織を持つ、いわゆる私たちはそれを独立研究科あるいは独立専攻という言い方をしておりますが、そういったものが設置をされてきております。まだ実現はいたしておりませんけれども、制度的には学部を持たない大学院だけの大学も置き得るような手当てを法律改正をもってしていただいているわけでございますし、御指摘のような方向は私たちも理解をしておりますし、各大学も問題意識として持っているところでございますから、そういう方向での大学の努力にはわれわれもできるだけ対応してまいりたいと思っております。
○鍛治委員 高等教育の後期計画策定の方針の中で、大学院については内容の改善に重点を置くという形で示されているわけでありますけれども、内容の改善もさることながら、多少思い切ってこの際、現在までに設置されておる大学院については再点検を行うとか、またマル合教授等につきましても再チェックを行って、適当でないと思われる者についてはその資格を取り消すとか、設置を取り消すとかいうふうな、これは多少強い行き方かもしれませんが、このくらいの気持ちで大学院の質というものを高めていくという気持ちがあっていいのではないだろうかという気がいたしておりますが、こういう考え方に対してどのような御意見をお持ちか、お聞かせ願いたいと思います。
○佐野政府委員 大学院の中に、現在に至っては十分に大学院として機能していないものがあるということは、先ほどもお答えをしましたように否定できない点であろうかと思います。そういった大学院の機能が十分に発揮できるような努力を当該大学においてしていただかなければならないということも、これまた御指摘のとおりでございます。 ただ、十分に機能を発揮していないものについて、それを廃止をするということにつきましては、当該大学が自主的に御申請になった場合はともかくとして、文部省の方から廃止のアクションをとるということは事の性質上きわめて慎重を要することではなかろうかと思います。文部省としては、大学院の設置審査に当たっての設置審議会における審査をより厳正にしていただく、これは設置審議会も強くそういった意識をお持ちでございますが、それを進める。それと大学設置審議会なりあるいは視学委員による指導によってそういったケースがなくなるようなアフターケアにより力を入れるということで努力をしてまいりたいと思います。
○鍛治委員 質の充実という点で、ひとつ前向きの姿勢で取り組みをお願いいたしたいと思います。 さらに、引き続いて御質問申し上げますが、近年、特に大学を卒業した人たちの資質について学力が低下しているというふうな声が巷間多いわけであります。さらには応用能力がないとか創造性に欠けるとかいったようなことがいろいろ言われているわけでありますけれども、確かに私も、いろいろ大学を卒業してくる人たちと話し合いをする中で、そういうこともあるようだなという気もしているわけでございますが、こういった点に関する現状の認識と、このようになってきた原因というものはどういうところにあるのか、こういう点をお聞きをいたしたいと思います。
○佐野政府委員 昭和四十年以降、御案内のように非常な勢いで高等教育の規模が拡大をいたしました。進学率にして三八%に達する状況にございますから、高等教育のあり方自体がいわゆる大衆化という言葉をもって言われるように、戦前あるいは戦後しばらくの時期とは態様を異にしているということがまずあると思います。したがって、私は大学がすべて同じようなものでなければならないということはないと考えておりますけれども、しかしそのことは大学が大学たるにふさわしくないような状況で存在していいということではもちろんないわけであります。ですから、それぞれの大学が特色を持って発展できるように各大学が努力をする、そういった努力がしやすくなるような制度的な弾力化も図り、それに対する援助も国としては考えていく。それと同時に、大学はそういった自分の大学の特色というものを十分に高校生等、社会に訴えて、それぞれの大学にはっきりした志望を持った者が、自分に適した学部、学科を選んで進学をするというような方向を何としても育てていくということがまず私は基本にあると思います。 もちろん全体としては、先ほどから申し上げておりますように大学の量的な規模の拡充にはすでにブレーキをかけて、現在の大学の質的な充実に努力をしているわけでございますし、また、私立大学においてもいわゆる水増し入学の実態の是正というものについても非常な努力が払われて、目に見えた効果が上がっているわけでございますが、そういったことを背景としながら、まず入ってくる者がはっきりした目的意識を持って大学に入ってくるように、そして大学に入った後に、わが国の大学の場合には、いわゆる入るのは非常にむずかしいけれども出るのは比較的容易であると言われているような状況というものを、これまた各大学の御努力を願わなければならないわけでありますが改善をする。もっと大学における学生に対する教育のあり方というものを工夫をし、充実をしていく努力をする。それによってこういうことを勉強して世の中に出ていくということが学生自身も、また大学も世の中に対してはっきり言えるようなものにしていく。申し上げていることはあたり人まえのことを申し上げているわけでございますが、そのあたりまえのことがなかなか実現できてこなかったのがこれまでの姿でございますので、そうした方向での努力を文部省も懸命に大学とともに続けるということで対応するしかないと思います。
○鍛治委員 最初御答弁いただいた中で、局長から、教官の一部に勉強しない人がいるとかいうふうな御答弁がございました。私もそうではないかと思われるような状況を見ることがございます。さらに、いろいろあっちこっち回っておりますと、教官の教授と言われる人、助教授と言われる人の中でもそういう方を見受けるのは大変残念なわけですが、そういう方もおられるようです。しかし、大学生の質の向上ということについては、やはりそういう直接教える側に立つ教官の資質というものが大変大きな影響を与えていくというふうにも思うわけでありますが、この点についてはどのようにお考えになるか、お尋ねをいたします。
○佐野政府委員 先ほどもお答えをしましたように、大学の質というものを考えていく場合に、教官の質というのが非常に大きな要素になっていることは、御指摘のとおりだと思います。
○鍛治委員 ひとつお答え願いたいと思いますが、大学で担当していろいろと教えていらっしゃる講師、助教授、教授を含めてでございますが、いわゆる学会、いろいろ専門分野の学会がございますが、教育でしたら教育学会とかいろいろあるわけでございますが、それぞれ専門で学会があり、そこで研究したものを発表していくというふうなシステムがとられているわけでございますけれども、大学の教官の中に、そういう学会のいずれにも所属してない方がおられるというふうにも聞いておるわけですが、これについてどの程度そういう方がおられるのか、お聞きをいたしたいと思います。
○篠澤政府委員 お答えいたします。 国公私立大学の教授、助教授について申し上げたいと存じますか、設置者によりましての差はございますが、平均いたしまして教授は六・七%、助教授が七・一%、トータルでは六・九%が学会に属していない数字でございます。ちなみにこの数字は、昭和五十二年十一月一日現在の数字でございます。
○鍛治委員 これに講師の方の数が入ると相当ふえるのではないかという気がするわけでありますけれども、学会に入ってないからその教官が勉強してない、また研究努力をしてないと即断はできないと思いますけれども、やはり大体大まかに言って、そういう努力をされてない方が多いんではないだろうかというふうな疑いを私ども持つわけであります。 やはり自分でしっかり勉強していく中で、自分の研究成果というものをどこかで発表して、外部にもまれながら自分の研究成果がどういう評価をされるのかというのは、これは当然やるべき問題であろうと思いますが、そういう場所というのは、その主なものは学者であるならばどこかの学会に入り、そしてそこで発表していくというのが一番順当な考え方に立つのではないかというような気がするわけですが、ここらあたりについて、学会に入ってない教官の数、いまこれが教授で六・七%、助教授で七・一%というお答えがございましたが、こういう方々について当局はどういうふうに判断をされ、お考えを持っておられるか、お聞きをいたしたいと思います。
○篠澤政府委員 入っておりません研究者につきましては、先生のお説のとおりであると私どもも考えております。 ただ、これは私どもの推測でございますけれども、大学でたとえば音楽とかあるいは美術を教えるといった方々は、属すべき学会がないということもあるいはあるかもしれません。それから最近の傾向といたしましては、非常に学際的な領域の研究が進んでまいりまして、まだ学会が組織されてない、十数名、ごくわずかの研究者が研究を進めているというような領域もあるいはあろうかと思います。 しかし、いずれにいたしましても、研究者が自分の研究した成果を発表する場で一番評価がされますのは、やはり学会における活動、学会における発表であろうと思うわけでございます。そういう点で私どもも学会における活動状況を常に注目しているところであります。 なお、そういう観点からいたしますならば、入っておられません先生方はどういう場所で一体何をしているかということになるわけでございますが、各大学ではそれぞれ大学あるいは各学部が個別に研究紀要というものを出しておるわけでございます。これに対しましては予算上の措置もいたしておりまして、なるべく研究者の発表の場を広げようということで予算措置をいたしておるわけでございます。恐らくそういう点までチェックをいたしますれば発表されている方ももっと多かろうというふうにも考えているわけでございます。
○鍛治委員 これは確かに大学紀要とか自費出版によるということ以外にないような気がするわけでありますけれども、対外的な評価からいきますと、学会で発表するというのが当然の筋であろう、いまのお答えのとおりであると思うのです。 この点についてもう少し突っ込んで考えてみたいわけでありますけれども、自費出版とか大学紀要とかについてやっていらっしゃる方というのを含めるとすると、先ほどの学会に入ってない人の中で、これは勉強しておるということが言えると思うのですが、大体どの程度になるのか、もしわかるようでしたらお知らせいただきたい。 それからまた、学会でも自分の所属したいという学会というものがなかった場合には、ごく少数の何人かの方々で学会をつくるというようなこともやっておられるようです。場合によれば、学会の中に所属していても余り研究発表もしてなければ勉強もしてない、こういう先生方もおられるというふうに伺っているわけでありますが、そういう点についてはいかがでしょう。
○篠澤政府委員 学会に所属しておられない方で、たとえば個人で本を出版される、自費出版されるというケースも、それはまれにはあろうかと思いますが、私ども実はその数字を押さえておりません。先ほど申し上げました学会に所属している先生方の数を昭和五十二年度から五十三年度にかけまして学術研究活動に関する調査をいたしたわけでございますが、その中でも拾うことはいささか困難かと思っておるわけでございます。ただ、所属してない方々がどういう状況かということは、これはさらに調査表を分析いたしますれば出てくるかと思います。 なお、学会の設立でございますけれども、現在法人格を持つもの、あるいは持たない任意のものを含めまして、非常に数が多うございます。実は千八百五十六という数字を数えるわけでございますが、その学会におきましても非常に活発に動いているところと、それからやや睡眠というような形で学会活動をしてないというものもございます。私どもは、学会を設立するということにつきましては、その学会が設立しました趣旨にかんがみて活発な学会活動をぜひしていただきたいということから、学会活動につきましても絶えず注意を払っているような次第でございます。
○鍛治委員 そこで、学会に論文とか研究成果を発表したことのない教師の方々、こういった点についての調査の結果がもしわかっているのでしたらお知らせをいただきたいと思うのです。先ほどの教授、助教授の六・七%、七・一%というものを数に直しますと約三千三百人程度全国で学会に所属しておられない先生方がいらっしゃる。さらにはもう一段階考えまして、その研究発表なり論文なりを一度も出したことがないという方がずいぶんおられるようにも聞いているわけですが、その点についてお尋ねをいたしたいと思います。
○篠澤政府委員 現在先ほど申し上げました調査の分析をいたしている段階でございまして、つい先般、全体の研究者の個人別の名前とその研究活動の内容を取りまとめました相当膨大な研究者要覧を実は学術振興会から出版した段階でございます。 なお、個別の問題につきましては、ただいま先生の御質問の問題も含めまして今後分析をしてまいりたいと考えております。
○鍛治委員 余り先生のことを申し上げるのは大学の自治とか学問の自由とかいうことに介入し過ぎるというふうな思いもありますし、こういう質問等についてのやりとりは、私としても本来から言えば、先生方が本当に御自身の立場で責任を持って勉強もなさり、いろいろと学生も教えていく、そういった行動とか実績に裏づけされておられるのならばいいのですけれども、いろいろあちらこちら回ってお話を聞いておりますと、大学の自治だとか学問の自由という名前を悪用して、都合の悪いときにはその陰に引っ込んで、事実は何も努力もしない、こういうような先生方もずいぶんいる。だからまじめに真剣にやっていらっしゃる教授や助教授の先生方が大変腹を立てて、けしからぬというような声もお聞きをするわけです。 特に一生懸命やっていらっしゃる先生方にお話を聞きました。教育と研究というこの二つを担当して両方やられるということは大変でしょう、教育の方まで手が回るのですかとお聞きしましたら、そうじゃない、むしろ自分が研究をし、自分が前進して、それに裏づけをされた講義というものをするところにまた喜びがあるし、また学生も生き生きとして受けとめてくれる、自分に進歩がなく研究がないと、敏感にそういうような反応があるんだ、こういうふうに言っておられる先生方もありましたし、また大学というからには何よりもまず学問研究が自由に、しかも着実に進展しなければ教育の部面でも精彩あるものとはならないんだ、こういうふうにも言っておられる方がいるわけです。 ところが、それとうらはらに、いろいろ聞いてみますと、教授になると大変いい商売とは言わないのでしょうが、仕事だという先生もいるらしいのですね。これは伝聞ですから本当かうそか知りませんが、教授というのは、一年三百六十五日のうち、大体六十日ぐらい学校に出て教えて義務だけ果たしておけば、あと三百日はお休みと同じだ、こういうことを言っている先生もいるというふうに聞いております。さらには、ひどい人になりますと、ある学校では一年のうち五日間だけ講義に出て、あとは休講で、そしておまけにお休みということで、一年を五日で暮らすいい男なんというような変な話もありまして、私たちはそういうことを聞きますと大変義憤に駆られるわけです。確かに大学の自治というものはあると思いますけれども、またまじめな先生がおられるだけに、またそういう先生方の中から、裏の話になると思いますが話がよく出てくるわけです。 これは大変な問題ではないだろうか。これは全部の先生とは申し上げませんし、局長答弁にも、ごく一部のというようなお話がございましたから一部かもわかりませんけれども、しかしこういう学会に所属してない、ないしは研究論文も発表してない、こういう先生方が多いとしますとこれは大変なことである。しかし、こういう点についてもっと文部省の方ではしかるべくこういう調査をなさって、何もこれは学問の自由それから大学の自治に踏み込むというのではなくて、その結果ぐらいの発表は十年に一度ぐらいなさってもいいのじゃないか。そしてその判断は国民の皆さんに仰ぐという形で、真にそういう責任をとっていただく中に、本当の大学の自治、学問の自由というものが外に向かっても言えるのではないだろうか、私はこういう気がしてならないわけであります。 ここに御承知かどうかわかりませんが、「日本の学界」という本がたまたまございました。これは文部省から資料を請求して出していただいた後にこの本が目にとまったわけでありますが、これは広島大学の新堀先生が書かれておる本です。いろいろ新堀先生のことをお聞きしましたら、大変権威のある研究をなさっておると伺っておるわけでございますが、その先生が書かれておるこの本の中に、いま申し上げたような調査を教育学関係の担当の教師全員について、これはちょっと古い記録ではあるようですが、「一、九〇九名の教育学担当教師全員について、過去一〇年間に発表した学術論文を国会図書館の「雑誌記事索引」(人文・社会編〈教育・文化〉、累積索引版、一九六五〜六九、同一九七〇〜七四、紀伊国屋発行)」、こういうことになっておるわけでありますが、そういうことによって綿密に一つ一つチェックをして調査をなさっているようです。その資料は幾らか欠落はあるとはここで書かれてありますけれども、上記の資料に基づいて調査した限り、この十年間に教育学部の先生で一編の論文も発表していない人が五〇・四%ある、こういうふうに指摘をしております。 さらには、これは年によって、五年刻みで出しているわけですが、これは大変綿密な調査になっております。そしてその中で仮に十編以上、すなわち、少なくとも年平均一編の論文を書いている人を一貫して教育研究を継続している人、こういうふうに考えるならば、そういう人たちは教師全体のわずか六%にすぎない、こういうふうに新堀先生の本に書かれているわけです。 要するに、約二千名、千九百九名の中でたった百名ぐらいの先生が辛うじて毎年一編ずつの論文を出しておるにすぎない。出してない方は五〇・四%である、こういう結果を調べて出しておられるわけです。 さらには書物、いわゆる本を出版した先生方は、いまの教育学部の先生の中でどれくらいいるか、こういうふうに調べてみましたら、約八割の者が一冊の本も出してない、こういう結果になるようであります。そして三冊以上の書物を出しているのは約六%の方だ、これが大体論文による活動をなさっている方と一致している、こういう推測をされているわけです。 さらに、学会の所属率というものを調べておられます。この結果を見ますと、これは講師も入っているんだと思いますけれども、重複して所属している者もいるし、また会員名簿が入手できなかった専門学会もあるので断定的なことは言えないけれども、少なくとも以上調べた学会のいずれかに所属していないと推定される者は全体の三八・三%に達している、こういうふうに言われております。 さらに論を進めて書いておられますが、「学会所属は必ずしも研究者としての意識の指標にはならないし、所属していても研究活動を行っていない人もあるが、ある程度の示唆は与えてくれるであろう。学会に所属している人と所属していない人との中で、過去一〇年間論文を発表せず、また著書もない無業績者の占める割合を調べてみると、所属者の場合には二四・八%」、これが活躍をしてないようだし、さらに無所属者の場合は六八・九%に達しておる。ということは、やはり学会に所属してない先生方は研究活動をしてないという裏づけがどうも出てくるようであります。 これは国公立、私立まで全部調べているようでありますけれども、学会に所属してない方の率は、国公立で言いますと一九・四%だ、それから私立ですと三四・五%だ、短大では六〇・五%だというふうな割合になっておる。これは教育学部関係だけでありますが、そういうようなことです。 だから結論的に言えば、「過去一〇年間に一回も論文を発表していない人が全体の半分、いままで一冊も書物を著していない人が全体の八割、学会に所属していない人が全体の三分の一という、この教育学教師の状態は他の学問分野と比べた場合、いったい異例であるかどうか。他の分野に関する調査がないので何もいえない。」こういうふうに締めくくっておられるのでありますけれども、これはやはり文部省でいただいた資料は大変漠然として、いま調査中、まとめ中というようでございますから、きちっとまとまった場合にはまた資料としていただければと思いますけれども、こういう状況が学問的な分野でも、私知りませんでしたけれども、今度は私も資料請求した後で、こういう研究をなさっておられるということがわかりましたけれども、現実にこういうことが出されているわけです。ちょっといやみを言わしていただくと、こういう研究というのは文部省で御存じなかったのかというような、答弁の中に出てこなかったのが大変残念であります。 確かに大学の自治、学問の自由ということが言われておりますけれども、繰り返すようですが、やはりこの担当される教師の先生方が責任を持って、自分のやるべきことをやり、なさることをなさって初めてそれが言えるのではないかと私は思います。そういう意味では、教授になられ、いろいろなことになってやる気のない方は、チェックする機能がないというようなことから、やはり学生にとっても、また税金を納めておる国民の皆さんにとっても、日本の将来にとっても、私は大変不幸な出来事ではないか、こういうふうな気もいたすわけでありますけれども、全部が全部そうでないにしても、こういう結果を踏まえながら、これ以上余り言いますと文部省がすぐいろいろなところにタッチして立ち入り過ぎるということにもなるし、立法府が云々という意見も出てきますから、そこらあたりを踏まえながらやりたいのですが、そういう大学の先生方は自覚をしていただきたい。まじめにやっていらっしゃる先生が大変腹を立てていらっしゃるというのもうなづけると思うのです。そういう意味で、文部省もそれ以上介入してどうこうということではなくて、せめていま申し上げた新堀先生がやっていらっしゃるようなことを全教科にわたって文部省でも調べて、十年に一度くらいは、いい悪いは別として発表だけはするくらいのことはなさってもいいのではなかろうかという気がするのでありますが、そういう点についてのお考えをお伺いしたいと思います。
○篠澤政府委員 先ほど申し上げました調査の分析がまとまりました段階で、どのようにして発表いたすかを検討さしていただきたいと思います。
○鍛治委員 以前にも委員会等で議論されたことがあると聞いているわけでありますけれども、大学教授とか助教授の皆さんにそういうことをするのは大変失礼なことかもわかりませんけれども、そういうことを防ぐためにも、勉強していただくためにも、また日本の将来のためにも、そういう資格については十年に一度くらい資格審査で試験みたいなのをやったらどうなんだという考えもあるのですが、そこらあたりのお考えはいかがでございましょう。
○佐野政府委員 大学紛争当時に大学のあり方が問われていた際に、各大学においてさまざまな改革案が検討されましたが、その過程でいま御指摘の研究業績の評価のシステムを導入するということであるとか、あるいは場合によっては任期制を導入するという議論が中で行われた経緯は確かにございます。またそのことは、そういったことをああいう状況の際に大学人がみずからの反省のもとに問題として提起をする、そういう必要を大学人がみずから認めているような状況があるということであろうと私たちも思います。しかし、このことは、現在の段階では、大学の自主的な御判断により、それぞれの教官の組織の問題として御検討を賜るというのが最も適切ではなかろうかと思います。
○鍛治委員 先に進ましていただきます。 次に、科学技術関係のことでお伺いをしたいと思いますが、私はちょっと裏づけになる資料をいろいろ調べてみましたけれども、きょうの質問までに間に合いませんでしたので伝聞の数字になります。実はパテント関係です。これは日本でいろいろ品物をつくり生産をされているわけでありますけれども、その中で一年を通じて考えてみますと、外国からパテントを買い付けて使っている量と、それから日本のパテントを外国へ売って使わしているそれをトータルして比率を見てみますと、五十三年度末くらいで大体外国から来たパテントを買って使っているのが、全体を一〇〇とした場合約六二%だと伺いました。それから逆に日本から外に売っているのが三八%くらいだと伺っているわけですが、この数字の中でいろいろ専門の人たちに聞いてみますと、この差は十年前に比べてずいぶん縮まってきた。大変日本も技術が進んできてうれしい状況だな、こういう話がされておりました。私も数字を聞いてみてああなるほどな、こう思っておったのであります。 ここでもう一つの問題は、最近日本にパテントを簡単に使わせるとすぐに応用していろいろなものをつくってしまってもうけ過ぎて困るということから、聞くところによりますと、いろいろバーター制といいますか、うちのものも使わせるけれどもおまえのところも使わせろという形がだんだんとできているというようにも聞いているわけです。そういうことになりますと、ある人が言っておりましたけれども、これは大変なことになるのではないか。これはいま申し上げた数字が確実でありましたならば、確かに三八と六二の関係ですと、バーターでなければだめだということになると、日本のこれからの科学技術というものは、またいろいろな品物を生産する場合にどうなるのだろうかというふうな気がするわけです。特に日本は資源がございませんから技術を売って食べていかなければならない。そういう意味では、学問の分野での科学技術関係というものは特に力を入れてやらなければならないだろう、こういうふうに思うわけでありますが、こういった点についてどのような考え方を持っておられるか、お尋ねをいたします。
○篠澤政府委員 お答えいたします。 パテントのことでございますが、私ども日本全体を含めましてのパテントの件数等については、実は詳細承知いたしておりません。先生のお話は五十三年度でございましたけれども、たとえば私どもの五十二年の数字によりますと、件数ではございませんで金額でございますが、日本の受取額としては六百二十六億円、パテントを購入した額、支出額でございますが二千七百五十八億円、これは日銀の国際収支統計でございます。この数字を見ます限り、先生の先ほどの五十三年度の数字の方はまだ接近してきているという感じがいたすわけでございますが、国立大学におきますパテントの問題につきましては、五十四年度現在でございますが四百四十四件、これは多いと申し上げてよろしいか少ないと申し上げていいのかちょっと判断に苦しむところでございますが、事柄がいずれにいたしましても基礎研究でございますので、応用開発にもちろん結びついていくものも多々あるわけでございますけれども、パテント即特許を取るということにならないような研究が非常に多いというのが実態ではなかろうかと思っております。
○鍛治委員 いま日本は技術を売って食べなければいかぬというような関係もあるのでしょうが、いわゆる企業関係の趨勢に押されて、日本では確かにパテントの数においては接近してきたけれども、いわゆる基礎的なといいますか、一番基本的な大切な部門、こういうパテントというのは案外少ない。これも私は調べておりませんから、ここでこういう申し上げ方をして間違っていたら大変なことになるかもしれませんが、総じて言えばそういう形になると言われております。ちょうど日本の資源は石炭とか米とかが若干あって自給はできるが、ほかの資源は全部輸入している、そういう関係と何か似ているような感じがしてならないのです。だからある人に極端に言わせますと、いまのパテントやら日本の科学技術の研究は、大学の先生方も含めてという言い方ですが、その方が言うのですから事実かどうかわかりませんが、大衆消費型のそういう応用面での技術というものは確かに非常に進んできているけれども、一番大切なものはないのだという話を私は承りました。 具体的な例になるかどうかわかりませんが、その方面に詳しいある方が言っておりましたけれども、電流を測定する計測器についてこんなことを言っておりました。十のマイナス十五乗クラスの測定計器が最近必要だそうです。ところが日本では、いまの技術をもってすれば確かにそういうものはできると言うのです。ところが、日本ではそういう計測をする機械は売っていない、結局莫大な金を出してアメリカから買っている、こういう現実のようです。その人は、いま私が申し上げたようなことから大変義憤を感じてがんばっておられまして、こんなものを何で外国から買わなければいけないんだ、おれだってできるんだぞということでこの測定装置をいま一生懸命つくっているのですが、大体アンペアでいいますと、十のマイナス十五乗までは測定できるという見通しがついたと言っていました。自分でもできるのだからできるはずだ、ところが、そういうことをやらない体質というものが日本の中にある。これは教育の関係だけではない分野がまざっているとは思いますけれども、大変いまの日本の科学技術のあり方を象徴している話ではないかということで、実ははだ寒い思いをさせられたのです。そこでは実はいろいろな計測の機械をつくっておりますが、IC、集積回路をいろいろ使っております。新しいものを工夫しながらしょっちゅうつくっているのですが、そこでは国産のICは一割くらいしか使っていないというのです。あとの九割は全部輸入品だ。というのは、微妙なシビアなものになってくるとだめだ。それから基本的なICになってくると、国産で同じ物が出ていても使っていてだめだという言い方をするわけです。非常に残念だ。これが全体の傾向であるかどうか私わかりませんけれども、そういうふうなお話も伺いました。 そういうことを聞いてきますと、やはり日本の科学技術というものが大変脆弱な基盤の上にあるのではないだろうか。いわゆるパテントでも、そういう形で入ったものと出たものとの比率がそうなっておりますし、もし外国からそういう基本的なものについてのものは一切だめだぞ、こういうふうに言われると、これはもう日本の技術は舞い上がってしまうのじゃないかというふうな気すら実はしたわけです。これは技術というよりも生産の方になるのかもわかりませんけれども、そういう感じを受けたわけであります。 実はこれはカタログですけれども、実際にその人がIC関係のカタログを見せてくれました。日本では沖電気の分ですが、これは日本でも三位か四位あたりを走っているようで、ICをつくっているところではトップの方に入るようでありますか、そこのカタログを——鍛治さん、あなたは専門的なことはわからぬだろうから厚さでいこうじゃないかということで厚さで話か出てきた。それで、インターシルというのですか、アメリカの会社のカタログがあるのです。これはアメリカでは中程度か小程度に入っていて、そういうのはたくさんあるのだそうですけれども、そこでつくって出しているカタログが日本の沖電気のものに比べると約五、六倍厚みがありますね。しかも、中が詰まって、めくってみただけでもどういう内容かということはわかるのですが、こういう状況ですよと比べて見せてくれたわけです。だからこれはやはり日本にとっては大変なことじゃないでしょうかというふうな話もされておりました。 再度繰り返すようですが、これが全般的に当たるかどうかわかりませんけれども、こういう状況というものは解消していかなければならぬと思いますし、また、そういう大学の先生方がどういう内容でパテントをとっていらっしゃるかわかりませんが、資料の請求をお願いしましたけれども、数が多くてわかりにくいということでございましてそのお答えが聞けなかったのですけれども、その数だけでなくて内容まで立ち入ったときに、やはりそういうものにつられて日本の大学の先生方が持っていらっしゃるパテントにしろ、そういった応用面のいわゆる大衆消費型に流された形のもののパテントが多いんじゃないかという危惧があるわけでございます。こういうことを踏まえながら、私は科学技術についての学問的なものの大学教育についてはもっともっと力を入れてやっていただきたいし、がんばっていただきたいと思うわけでございますが、こういったことを含めて、文部省のこれからのお考えなり、いろいろな現状分析なりをひとつお聞きいたしたいと思います。
○篠澤政府委員 お答え申し上げます。 ただいま先生、パテントの問題からいろいろお話がございました。日本の今後の成長という大変口幅ったいことを申し上げますけれども、それを考えましたときの御指摘であろうかというふうに感じるわけでございます。そういう意味では、研究者の基礎研究を充実するということによりまして新しい技術開発につなげていくということを考えるわけでございまして、そういう意味では、基礎研究がなおざりにされている段階で技術開発が先行いたしますならば非常に国家的な損失であろうかと思うわけでございます。 そういう観点から、今後とも基礎研究の推進につきましては、科学研究費その他もろもろの経費の措置をするなどいたしまして、その推進に努めてまいりたい、こう考えておる次第でございます。
○鍛治委員 これに伴って科学研究費補助金の予算の面で、私は文部省の姿勢が大変よろしくないのじゃないかと思いますのでお尋ねしたいのです。 この科学研究費の予算というものは五十年、五十一年、五十二年、五十三年、五十四年と資料がございますが、昭和五十年度から申し上げますと、五十年度は前年度対比二〇%の増で予算が組まれた。五十一年度は一六・一%増、五十二年度は一五・九%増、五十三年は一七・三%、五十四年は一五・一%ところが、五十五年になりますと途端に六・六%という伸び率です。これは大変問題ではないか。どういうところからこういうふうに——私は、特に科学研究の先生方か、一生懸命なさっていらっしゃる皆さん方がこういう予算面でお困りの点というのは、きょうは時間がございませんからそこまで申し上げませんけれども、諸外国に比較してやはり大変差があると思うのです。そういう中で科学技術というものを進め、またいろいろ先生方が日本の声価を上げていくためにも、こういうものはむしろ削っちゃならないのです。財政的な問題があって全体予算が減っていくときだということは承知しておりますけれども、だからこれは減らしていいんだという内容のものではないと思うのですね。教育予算全体がそうだと思いますけれども、特に科学研究費補助金というのはまさにそうだろうと思います。 同時に、今度の教官の研究旅費ですか、そういうものの予算を見ておりますと、これは全くどういうわけか前年度よりも〇・四%マイナスになっております。どういうわけでこういうことになるのか。ただでさえいろいろ一生懸命やっていらっしゃる先生方にお聞きしたり、助手の方にお聞きしたりしますと、そういう関係の予算がなくて自腹を切って行ったり帰ったりしているというような話をよく聞きます。また私の知っている人を見ていて、事実そうだろうと思うのです。そういう中で、空出張だなんだという議論がずいぶんございまして、各省庁一律に減らされたというようなことも聞いてはおりますけれども、こういう研究に関することというのはちょっと考え方の視点を別にすべきではないか。なぜこういうふうに予算を削り、ないしは伸び率を抑えてきたのか、私はちょっと合点しかねるわけでありますが、この点についてお尋ねをいたしたいと思います。
○篠澤政府委員 基礎研究を推進いたします上で科学研究費の果たす役割りがきわめて大きいということは重々承知いたしておるわけでございます。そういう観点から、五十五年度の予算案編成につきましても私ども可能な限りの努力はいたしました。ただいま先生御指摘のようなことでございまして、対前年度比二十億円増ということで原案を提出させていただいておるわけでございます。今後とも重点的にこの増額を図ってまいりたいという気持ちを持っておる次第でございます。
○佐野政府委員 研究旅費の点でございますが、御案内のように、五十五年度予算の編成に当たりまして、財政事情が非常に厳しいということもあり、行政経費の節減合理化に努めるということが非常に大きな要請としてあったわけでございます。これによって、一般の旅費である職員旅費につきましては、前年度予算額の一〇%程度の削減ということが一律に行われることとなっているわけでありますが、国立学校の教官研究旅費につきましては、いま御指摘の教育研究の特殊性を考慮して五%程度の減とする、ただ学科目制等につきましては講座制との職種間の単価調整なども行っておりますので、予算額としてはおおむね前年同額程度は確保できるような配慮をしながらも、いま御指摘のような対応になっているわけでございます。
○鍛治委員 これはひとつそういう意味で文部省サイドでも——われわれもそれはお願いでありますが、やはり大学の自治、学問の自由という立場を尊重するならば、こういう形のものこそ懸命に努力をして、私たちの旅費は減らされたけれどもここは確保しましたよというような姿勢がまた文部省に対する学者先生方の信頼をなおさら増していくのではないかというふうに思うわけですが、こういった姿勢についてひとつ今後十分に留意をいただいて配慮を願いたいのです。また何らかの方法でそういう対応ができるならば、ぜひ今年度においてもいろいろな措置を行っていただきたい。この点は御要望を申し上げておきます。 最後になりますが、いま早大の入試漏洩問題でちょっと気になることがございますので、御質問を申し上げたいと思いますが、この入試漏洩問題というのは、本質的な問題を考えますといろいろあると思いますけれども、やはりこの大学の中に、先ほどからいろいろ申し上げました実態がそっくり一〇〇%そのままかどうかはわからないにしても、まず教官の先生方の士気が緩んでいるということがもしあるとすれば、そういうふうなことが何でも安易に考えるという姿勢に影響してきたとは言えないこともないと思うのです。そういう意味から、こういうことについては文部当局でも相当な決意で臨まれているとは思いますが、時間までちょっとこの関係でお尋ねをいたします。 まず、中間報告というものが新聞を見ましたら大学局長のところに早大から報告に来たというふうに記事が出ておりましたが、その内容についてひとつ簡単に御説明を願いたいと思います。
○佐野政府委員 三月十七日に常任理事が来省されまして、私がお目にかかってこれまでの経過を中間的に承ったわけであります。 内容につきましては、すでに新聞等で報道されているところでございます。これまでの間においてすでに報道されておりますような事実関係の御報告と、教育学部の市原教授が三月十一日付で解任をされたということ、それから商学部教授会が詳細な調査を現在行っておる、十人程度の不審な合格者が発見されているが、市原教授が関与をした二人については入学許可の取り消し等の措置をすでにとったということ、それから商学部の田中学部長が辞任をされて後任に朝岡教授が選出をされたが、発令手続が済むまでは田中学部長が引き続いてその職務を行っていくということ、それから残された疑問の点については大学を挙げて早急な解明に努めるというような点の御報告があったわけであります。
○鍛治委員 早大でのこの問題の調査委員会で、新聞報道を見てみますと、内覧制度というものが悪用されたというふうなことが報道されておって、これは廃止する方向だというふうに報道されているわけでありますが、この内覧制度について文部省の考え方、またこういう制度がほかの大学にもあるのかどうか、お尋ねをいたしたいと思います。
○佐野政府委員 私も内覧制度というものがあったということは、新聞の報道で初めて承知をしたわけであります。ほかの大学にそのような事実があるかどうかについても私はつまびらかにいたしません。恐らくはないであろうと思いますけれども、現実に調査を行っているわけではございません。いずれにしても、学内の者にだけ事前に合格の状況を明らかにするというのは、入試の事務の進め方としては適切を欠くと思います。大学でもこの点については反省されて、検討されているようでありますけれども、私どもはこういう制度というのは取りやめていくべきものであろうと思います。
○鍛治委員 この不正入試問題というのは、どうも最近毎年新聞紙上をにぎわせ社会を騒がしているというように思うのです。これを改めてお聞きするのもなんですが、文部省としては引き続いてこういうものが起こる理由とか背景とかいうようなものについて、何かそういう原因といったようなものもお考えになっておられるのかどうか、そこらあたりもちょっとお尋ねをいたしたいと思います。
○佐野政府委員 早稲田大学自体の事件が起こった原因等につきましては、現在学部での自主的な調査なりあるいは捜査当局による捜査が行われておりますので、この時点では私どもも何とも申し上げかねるわけでございます。しかし、一般的に入試不正の問題には、まずその大学の入試の事務処理の管理体制に不備があるのではないかという問題があり、さらに大学の教職員や受験生側のモラルの問題があろうと思います。そしてそれをさらに言えば、その背景に学歴に対する過大な期待であるとか、あるいはその結果としての特定の大学への入試の過熱等の問題が指摘をされているところと承知をいたします。
○鍛治委員 各大学において今後こういうことがなくなるように、根絶を期するためにも早大事件が起こってから以後、文部省においては何らかの手を打たれたのかどうか、もし打たれたことがあれば内容をお聞かせいただきたいと思います。
○佐野政府委員 入試の公正妥当な実施を確保するということについては、もちろん非常に根本的な事柄でございます。これについてはかねて各大学に通知をしております入学者選抜実施要綱においてそれぞれの大学の対応を要請しているわけでございますが、そのほか毎年国公私立大学、短期大学の入試担当者を対象として入試関係の説明会を実施しておりますので、その際にもこれまでも入試の公正の確保についてはくれぐれもお願いをしてきたところでございます。今回起こった早稲田の事件を契機にして、各大学に対する特段の措置、お願い等はまだいたしておりません。これはもう少し経緯を見た上で私どもも考えなければならないことだとは思っております。
○鍛治委員 この件で、早大の事件に伴って入試の問題用紙の著作権のことが若干議論をされているようでありますけれども、これについてはどういうようなお考えをしていらっしゃるのか、お尋ねをいたします。
○佐野政府委員 入学試験問題についても、それが著作物である限りは著作権があるということは言えるわけでございますし、従来は試験問題の著作権については、大学の入試問題が問題集等に転載された場合に、いわゆるその大学の入試問題に使われた著作物の著作者、文芸家協会所属の作家等の著作権の保護なり、あるいは大学が著作権を持っている場合がありますから、その大学の著作権の保護ということで問題が検討をされ、実務的に文芸家協会と出版社側との間で掲載をする場合の許諾の取り扱い等が協定されているような事実がございます。 今回は、そのことを一つ超えまして、試験問題が盗み出されて、それがコピーをされた場合に、それに対して著作権法違反というような対応ができるかどうかということが一部の新聞で報道されたわけであります。もとより事柄としては、本来著作権法が予想をしているような侵害の対応とは著しく異なっているわけでありますけれども、この点については文化庁の方で研究はしていただいているところでございます。
○鍛治委員 時間も参りましたので、最後に大臣に、きょういろいろと何点か御質問を申し上げましたが、こういった質問申し上げました内容についての今後の対応について、大臣のお考えなり御決意を総括してお伺いをして、質問を終わりたいと思います。
○谷垣国務大臣 きょうは委員の御質問に対しまして大変傾聴をさせていただいたわけでございます。ことに大学院の問題あるいは具体的にいま提起されておりますいわゆるオーバードクターの問題、ここらの問題には、まだ大学院制度自体の定着と申しますか、あるいは定着しつつあるから評価が低くなっておるということになるのか、そこらはまだ問題がずいぶん残されておると思いますが、結果的にはオーバードクターというような形で問題があるわけでございますので、これをどういうふうに改革していくかはひとつ問題点としてしっかり今後ともに考えていきたいし、何か具体的な方法があるかどうか、真剣に検討させていただかなければならない問題だと感じております。 それから科学研究費の問題、伸びが薄いじゃないかというおしかりを受けまして大変恐縮に存じております。五十五年度予算を編成いたします際に、文部省といたしましてもまた文部大臣といたしましても、科学研究費の問題は、この問題に当たります当初から実は頭の中で非常に重大な問題だ、どうしてもこういう状況でも伸ばさなければならなぬというつもりで取り組んでまいりましたが、思うようにいきませんでした。大変残念に存じておりますが、科学研究費の問題は、御指摘になりましたような、ことに基礎的な研究の段階あるいは総合された研究の問題についてわが国ではもっとしっかりしなければならぬ、そういう反省も私たち持っておりますので、今後ともに努力をさせていただかなければならぬ、こういうふうに考えております。
○鍛治委員 繰り返すようですが、大学の自治、それから学問の自由ということは本当に尊重しながら、それを尊重するにはどういう形が一番いいかということはいろいろ考えられると思いますけれども、尊重しながら、文部省としてできるだけの対応はぜひお願いをいたしたいということを最後に御要望申し上げて、私の質問を終わります。大変ありがとうございました。
○谷川委員長 山原健二郎君。
○山原委員 最初に、早稲田大学の入試漏洩問題について、警察庁おいでくださっておりますから一、二、お伺いをしたいのですが、現在の捜査の状況につきまして、今回の事件に限られて捜査が行われておるのか、あるいは捜査がさらに事前にさかのぼってこういう事態が続いておったというふうな状況が出ておるのかということが第一点です。 それからもう一つは、政治家あるいはその秘書あるいはかつて政治家であった者あるいはまたその秘書等の名前が新聞等に少しずつ出始めておりますが、これらのことについて、すでに事情聴取その他が行われたのでしょうか、最初に伺いたいのであります。
○加藤説明員 お答えいたします。 いわゆる早稲田大学商学部の入試問題漏洩事件でございますけれども、本件のみならず事前に同様な事案がありとすれば、その辺まで捜査をさかのぼってやっているのかというお尋ねでございますけれども、現在までのところ、今回発覚いたしました事案につきまして鋭意捜査を進めておるということでございます。 第二点といたしまして、政治家あるいはその秘書等あるいはそういう肩書きを持っておりましたような人たちについて、今回事情を聴取しておるか、関与しておるかという問題でございますけれども、現在までのところ、本件につきましてそのような人たちが罪となるべき事実、犯罪を行ったというふうなことは浮かんでおりませんので、そういう人からは事情を聴取しておるということはないということでございます。
○山原委員 ただいまのような御答弁でございますが、現在の捜査の進捗状況というのは、大体どういうふうに判断をしてよろしいでしょうか。
○加藤説明員 現在までの捜査の進捗状況でございますけれども、本年三月七日の午後十一時過ぎに早稲田大学側から所轄の戸塚警察署に対しまして、入試問題を印刷した者を含む大学の職員ら三名による漏洩の疑いが濃くなった旨の正式の捜査要請がございました。これに基づきまして直ちに捜査に着手いたしたのでございますけれども、その結果、翌八日の午後に至りまして、試験問題用紙を直接持ち出した者一名を窃盗容疑で、またこれをそそのかした大学関係職員二名と部外の会社役員一名を窃盗教唆の容疑で、それぞれ逮捕令状によりまして逮捕いたしたのでございます。 本件、御承知のとおり入試問題の漏洩という事案が社会的に非常に重要なものでございますので、その重大性にかんがみ、かつまた証拠隠滅等の防止等の観点から、これら被疑者四名を逮捕して、さらに三月九日に被疑者の自宅及び勤務先等計七カ所について捜索を実施しておりますし、また、これら被疑者はいずれも三月十日に勾留になりましたので、引き続きそれらの者の取り調べあるいは供述の裏づけなど必要な捜査を進めているところでございます。 この事案につきましては、大学の入学試験の公正の確保であるとか、あるいは教育関係者のモラルの問題とかを初めといたしまして、広く社会の各般にわたって問題を提起し、論議を呼んでおるところでございますが、きわめてこれは複雑多様な事案でございます。警察といたしましては、その中で犯罪にかかわる事項につきましては全力を挙げて真相の解明に努めるべきものでございますので、本件につきましては大学当局関係者等の御協力も得ました上で懸命に捜査を遂行していくという所存でございます。しかしながら、その余の部門におきましては、事柄の性質からいたしまして、大学当局初め関係者みずからの調査等の適切な措置によって真実が解明され、適切な措置が講ぜられるべきだという部面も多いわけでございます。そのように考えまして、警察といたしましては、犯罪の捜査という観点から全力を挙げて捜査を進めておるということでございます。
○山原委員 もう一点だけ。 今後におきましても、たとえば政治家あるいは元政治家、元政治家の秘書というような者の名前が捜査線上に上ってくるという可能性は現在のところないというふうに理解してよろしいですか。
○加藤説明員 いままでの本件窃盗及びその教唆にかかわります事案につきまして出てきておらないということでございます。ただ、いままで捜査したのですべて解明できたのかというと、まだそうとも言えない部面もあろうかと思いますが、これは具体的に刑事責任を問うべき事案というものが出てまいりますれば、それはそれについて十分な捜査をいたすということでございまして、出てくるか出てこないか、いまのところいずれともそれは申し上げかねる段階でございます。
○山原委員 警察庁、結構です。どうもありがとうございました。 これと関連しまして、今回起こりました——起こったと言っていいのかどうかわかりませんが、先ほど嶋崎委員も取り上げました筑波大学の問題でございますが、筑波大学の今回の、局長も奇妙なという話が出ておりますけれども、この奇妙な事件につきまして大学当局から文部省に対しての報告はどういう報告でしょうか。
○佐野政府委員 この件が二月中旬に新聞に報道されました際に、その日の朝、福田副学長から私のところへ直接に、新聞に報道されているような事実はないという御報告がまず入りました。その後大学当局は、学長が事の次第についてお調べになって意向表明を評議会の議を経てなさったわけでございますが、その評議会のあった翌日、学長から意向表明に沿ってそのような事実がないという御報告を受けております。
○山原委員 当人がその新聞に出た当日文部省に対して、お会いになったのは局長御自身ですか。
○佐野政府委員 当日の朝、電話で私の自宅に副学長から御報告があったわけでございます。
○山原委員 学長からですか。いまおっしゃったのは、学長が新聞に出た翌日、文部省に来られた、そういうことですか。
○佐野政府委員 新聞に出た当日の朝、副学長から私のところに電話でまず御報告があり、その後学長は、意向表明を評議会でお決めになった日の翌日、文部省においでになりました。
○山原委員 副学長というのは福田さんのことですね。その人の名前が問題になって上がっておるときですから、御本人から局長に電話があったという事態もちょっと、しかも、そういう事実がなかったということも、これもまたちょっと奇妙な話だと思うのです。 それから同時に、この問題の原因というのは、御承知のように、経過は申し上げませんけれども、三名の教授の方たちがこういう依頼を受けたということがもとなのですから、事実がなかったということになりますと、その原因をつくった人たちが、そういうのは間違いであったとか、そういうことはなかったということがあれば、これはそういう工作はなかったという結論になると思うのですが、依然としてこの問題は、特に三名の教授の方々は、経過が示しておりますように要望書を出されたり、反論をされたりしておるわけでして、先ほど局長は、事実に対しては関心を持っておると言われましたけれども、事実の解明には全くなっていない。これはだれが考えてもそうですね。だから、もし大学の自治という観点に立つならば、たとえば調査委員会をつくって——御本人はそういう事実はなかったと言っている、それからこの問題の発端になりました三教授の方では、こういうことがあったんだと言っている、その間に誤解があったとかなかったとかいうことが出てこなければ、ただ単に不正工作はなかっただけではこの問題の解決になっておりません。これはどうでしょうか。
○佐野政府委員 私が奇妙だと申し上げていることについて、多少語弊があるかもしれませんが申し上げますと、もし本当に新聞が伝えるように一月の十六日の時点で何らかの働きかけがあったとすれば、なぜその時点でその働きかけがあったという事実が大学の学長の方に直ちに報告をされていないのであろうか。普通の場合であれば、私は当然そういうことがとられると思うのです。それがとられない、ままに新聞報道という形で外に出てきた。それは伝えられる不正な働きかけがあったとされている日よりも一月もたってのことであります。しかも、働きかけのあり方というものが、常識的に考えてもかなり奇妙な形で行われているわけであります。そういう意味で、このことについて大学がもちろん大学の問題として対応されることを私は期待をいたしておりますけれども、文部省がこのことについて大学に対し、ああせい、こうせいと言うような事柄の問題ではない。大学が自分の良識において御対応あってしかるべきだと思っているゆえんであります。
○山原委員 一カ月もたって新聞に報道されたということに対する疑義を持っておられるようですけれども、私はそれに対して答える義務は全くありません、私がやったことではないのだから。憶測はしますよ。たとえば当時学長選挙が行われておりましたから、その学長選挙にこんな問題が絡んではいかぬという三教授のまじめな気持ちが動いておるということも私は少しお聞きしております。 しかもこの問題は、学長に報告する前に、二十三名によって構成されるところの試験選考委員会ですか、谷津先生ともう一人の鈴木先生はそのメンバーであると聞いておりますが、そこへも出されておるということも聞いておりまして、そういう点から見まして、それは必ずしも奇妙な形で出てきたものではないと思います。 さらに、この願書のコピーが、先ほどもお話が出ましたように渡部教授に対して手渡されているということです。それからそれが谷津、鈴木両教授に対して提示されたということなどもあるわけでして、そのコピーの存在については、局長もお認めになっておるかのような昨日の参議院における答弁であったと思うのです。 それから、渡部教授のメモというのが出ておりますが、これは自筆で書かれております。「一月十四日(月) 第一事務区学務の山本氏から「福田先生の用事で学務部長が会いたい、いつお会い下さるか」」という連絡が来ておりまして、その翌日は一月十五日で、成人の日ですから休みです。「一月十六日(水) 学系会議前一時学務部長研究室にくる。「福田先生にいわれ、知人の子息が推薦入学の願書を出している。厳正に行なわれる試験だが」といって「願書、氏名、出身校、受験noのある正規のもの」のコピーをおいていく。学系会議直前であり、五分くらい。」会っているということが書かれているわけです。これなど全く偽造したものではないと私は思うのです。 それから、さらに問題は、学長自身が文部省へも不正工作はなかったという報告をされた後におきまして、三月七日の午後五時ごろ宮島学長から谷津教授に対して電話がありまして、君の書面にあった物的証拠というようなものは絶対外に出してくれるなという連絡があり、これについては谷津教授が、これはどういうことかという宮島学長に対する手紙が出されておるという経過を見ましても、学長が文部省に対して報告されたことはそのまま信ずるといたしますと、この三名の教授というのは、あるいは副学長を陥れるために偽造、捏造したのか、事実にもないことを言ったのかという問題が出てくるわけです。そうするならば、大学当局としてはそれに対する措置もとられなければならぬと思うのです。それはいまのところありません。 そうしますと、この問題は国立大学の問題です。しかも、新しくできた筑波大学という大学に起こった問題でございますから、これについては国民は大きな関心を持っています。ただ単にそういう不正工作の事実はなかったと幾ら報告をしたって、こういうことがありましたと言っておる教授の方たちの声というものは、いまだに消えていないのです。納得して、私たちは間違っておったとかいうようなことがあればわかりますけれども、依然としてそれはすれ違ったままのかっこうですから、本当に大学の自治という観点に立って事実を探求しようとするならば、たとえば大学内部において調査委員会を開くなり何らかの措置をとりまして、少なくとも文部省に報告する場合には、こちらの方はなかったと言っている、こちらの方は私はそういうふうに聞いたと言っておると併記されるくらいの報告でなければ、何ら信用することはできない。ほかのことであれば別ですよ。けれども、この三人の教授の方たちがこういう事件があったということ、これが問題になっているわけですから、その方たちの問題が解明されませんと、だれが考えたって一方的に不正工作はなかったということは断定できないのです。私はそうだと思いますが、この点は大学局長、もうちょっとはっきりさせていただきたいのです。
○佐野政府委員 いま御指摘のような事実が伝えられているということは、私も承知をいたしております。それに対して関係者の言っていることが食い違うと申しますか、いま御指摘のあった学務部長等はそういったことはないということを言っているということも承知をいたしております。そういった状況のもとでこの問題についてどのような判断をしていくかというのは、これは大学がお取り組みになることであります。再三申し上げるように、関係者は一致して大学の入試それ自体に不正がなかったということは認めているわけであります。そのことを前提として、私は、本件については大学の良識に期待をし、それを信頼をするというのが正しいとるべき道であると考えているわけであります。
○山原委員 局長、私はこう思うのです。不正入学はなかった、結構なことです。これはむしろ筑波大学の教授の皆さんの健全性を示しておると私は思います。だからその点は私も言っているわけじゃないのです。しかし、問題は、不正工作をしたということ、これがあったかなかったか、これは大変な問題です。その結果として不正入学はなかったとかあったとかということは、これはたまたまなかった、こうなっておりますから幸せでございますけれども、それは恐らく筑波大学の選考委員会でございますか、その健全性を示しておるという意味で私は納得しますけれども、工作をしたかどうかということ、これは大変な問題ですね。工作があったけれども不正入学はなかったから大丈夫だというような考え方で大学局長が受け取っておるとしたら私は大変だと思うのですが、この点もう一度聞いておきたい。
○佐野政府委員 私は不正工作があったけれども不正入試はなかったから大丈夫だと申し上げているわけではありません。不正入試がなかったということにおいていわばはっきりした歯どめのある事柄であります。その中で、関係者の言い方がいろいろに食い違ってはおりますけれども、何らかの働きかけがあったのではないかという指摘があるわけであります。そのことを大学が大学の問題としてどのように受けとめるかということは、これは大学にお任せすべきことであると思っておるわけであります。
○山原委員 いま大学当局の意思としては不正工作はなかったということで、それで問題は済めば私も何にも言いません。けれども、この三名の教授の方たち、また他の方たちを含めましてのこれに対する反論も出ておりまして、依然としてこの問題が消えないでいるということについてはほうってはおけないと思うのですね。だから、本当にこのままでほうってそのままほおかぶりをして、しかも先ほどのように学長の任命が行われるというようなことになるのか、少なくともこれらの問題については筑波大学としてすっぱりとした姿勢になってもらいたい。そういうことはもう解決しましたよということまで当然大学としてすべきではなかろうかと思いますが、そういう点について、私が出しております疑問については、もう少し解明するような御指導、筑波大学の大学の自治の立場に立ってこういうもやもやをなくするようなことはできませんかというような御指導もなさらないおつもりでしょうか。
○佐野政府委員 大学としては評議会の議を経て学長の意向表明があったわけであります。大学の見解はそれで明らかになっているわけでありますが、ただ、意向表明の後で先生御指摘のように関係の先生方から学長に対してさらに要請が行われているわけであります。したがって、学長としてはそれを受けとめてそれに対する学長の考え方というもの、大学としての考え方というものを整理をされる、そのようになっていくものと私たちは考えております。
○山原委員 私もそう思います。大学内に起こったことですけれども、原因になっている部分が全然解明されないでそれはなかったというきめつけ方というのは、あったかなかったかという問題ですから、それは一方的だと思うのです。大学当局としての評議会の議に基づいた報告はなされておりますけれども、原因をつくった方たちといいますか、この問題を提起された教授の方たちの意見は依然として逆の立場で動いているわけですから、大学自体が、特に学長がこれに対してどういう対処をするか、あるいはその問題はきちんと整理をされるかどうか、これはもう当然文部省としても期待をされておると思いますが、そういうふうに考えてよろしいでしょうか。
○佐野政府委員 先ほどから申し上げておりますように、本件については、私は筑波大学の良識というものを信頼をしております。
○山原委員 時間がありませんからこれ以上言いませんけれども、幾ら良識と言いましても、良識にはそれだけの根拠がなければ世間の人は納得しませんからね。やっぱり問題があればそれを解明をしていく、あるいは誤解であったとか、あるいは誤りであったとか、あるいは双方突き合わせてみても全くそういう事実はなかったとかいうような道理の通ったものでなければこれは解決にはなりませんから、私もその意味で筑波大学の自治と良識を信頼をいたしたいと思うのです。同時に、ただそれをこういうことは全くなかったのだという一方的なきめつけ方ではこの問題の解決にはなっていない、問題はまだ残っておるということを申し上げておきたいのですが、そういうふうに考えてよろしいですか。
○佐野政府委員 私どもは、再三申し上げておりますように、評議会の議を経て学長の意向表明があったわけでございますから、事柄についてはそのように了解をしているわけであります。
○山原委員 二十五日ということをちょっと聞いているわけですけれども、その閣議で学長の決定が行われるわけでございますが、それに対する文部大臣としての対応の仕方は、いま私が申し上げましたような経過から言いましてどういう態度に出られるか、伺っておきたいのです。
○谷垣国務大臣 二十五日の閣議であるかどうかというのは私ちょっとそれを確かめておりませんのでまだはっきりいたしませんけれども、先ほど来のお話、局長がお答えをしておるとおりでございますし、文部省の方といたしましては、一番大切な人事でございますので、その人事が大学の中で決められましたような形で決定をされてこちらへ来ておるわけでございますので、それはそれとしての手続を進めていくのが筋であろうと私は考えております。
○山原委員 私は実は学長の決定に当たりまして二、三の例を持ってきているのです。きょうはこれを取り上げるつもりはないのですけれども、大学内において学長が決定されましてもなかなか問題があるのですね。いろいろの問題が出てきておることは、もう文部省自体一番よく知っておると思うのです。そんな点から考えまして、これらの問題は、本当に筑波大学という大学、皆さんが本当にこの国会で幾月も論議をして、大騒動をやって、そして新しい大学ということでおつくりになり、しかも開かれた大学ということでおつくりになった、言うならば文部省のとらの子の大学の将来の展望を考えましたとき、こんなにぐずぐずしたものを抱えたままで、しかもその張本人である人が学長になるなどということについていささかも疑念を持たぬなどということは、私はおかしいと思います。それに対して介入せよとかなんとか言うのじゃないのですけれども、しかし少なくとも事態が、この事実関係が完全には明らかにならぬ面もあると思いますよ。でも、そこらのことが学内においてすっきりするような努力がなされるということは当然のことじゃないでしょうか。それは国民に対する大学の一つの責務であり、同時に、文部省としましても、その辺はすっぱりしてきてくださいよと言うぐらいのことは当然の姿勢ではなかろうかと思いますが、この点もう一回伺っておきたいのです。
○谷垣国務大臣 先ほど来お話がございますように、学内の問題として学長が適正な良識を持って判断し行動されることは私たちも信じておるわけでございます。ただ、正規にきちっとした形で手続がとられておりますことは事実でございます。したがいまして、文部省といたしましてはそういう手続をとらざるを得ない、こういうことを申し上げておるわけであります。
○山原委員 どうもはっきり煮詰まりません。そこのところ、一番大学の自治という問題——だから私どもは国会において取り上げまして、筑波大学にそういう点で政治的介入をせよとか、あるいは文部省が介入してこの問題の調査をせよとかいうことを言っているわけではなくて、大学の自治というものの重要性というものをしっかり踏まえながら、同時に国民の納得のいくような大学内部における対処の仕方というものも私はあるんじゃないかと思いますので、そういう意味で少し時間をかけて御質問を申し上げたわけでございます。問題は私はすっきりしません。また納得もできません。恐らく多くの人々も何となくもやもやした形でおるんじゃないかと思いますので、この問題については今後の経過をさらに私ども注目をしていきたいと思います。 次に、国立大学教育学部付属養護学校の定員不足の問題について、昨年二月二十一日に取り上げました。これはちょうど内藤文部大臣のときでございましたが、この実例はもう申し上げません。公立の養護学校では定員二十四名になっておりますが、国立大学の教育学部付属養護学校では、三十六校ありますけれども、昭和四十九年までにできたところはたくさんございますが、金沢、熊本、徳島、宮城、愛知、京都教育大、高知、福井、神戸、秋田、埼玉、愛媛、千葉、三重、大分あるいは山梨、弘前、岩手、静岡、山形というような養護学校ができておりますけれども、この定員が公立学校よりも少ないという点を指摘しまして、大学局長も、五十年度以降については公立学校標準法に定める教員数と同数を配置しておりますけれども、それ以前に設置された二十六校につきましては標準法に定められた教員配置になっておりません、三名ないし六名の不足がありますということをお認めになりまして、内藤文部大臣は、実はびっくりしました、全国に対して模範となるべき学校ですから積極的な努力をする、こうおっしゃったのです。 それで期待しておりましたが、これがいまだに解決をいたしておりません。この点で確かに局長も一両年で全部仕上げるということはむずかしいということも言われておりますけれども、しかしこれはどうも納得ができないことでございまして、これは解決をする用意がありますか。
○佐野政府委員 本件については、これは正直のところ根拠を挙げてこういうことになっているんだからやむを得ないと言うことが私たちはできません。それは何としても早急に改善をしなければ申しわけないことでございます。 ことしは大変苦しい定員の状況でございましたけれども、とりあえず養護訓練担当教諭四名、栄養士一名の増員を行いますと同時に、いわゆる非常勤講師の手当も措置をいたしまして、こういった教員の不足に対して対応できるような配慮をしているわけでございます。大臣からも本件についてはできるだけ急いでこうした不合理を是正すべきであるという御指示をすでに私はいただいておりますので、五十六年度の予算編成以後極力事態の改善に努力をいたしたいと思います。
○山原委員 これはいま局長が率直におっしゃいましたように、根拠としましても学校教育法三条の設置基準、どこを見ましても設置者である文部省、また監督官庁である文部省自体が、この法律にいわば違反をするといいますか、経過的にそうなっておるわけでございまして、しかも義務教育でございますから、また障害児教育の義務化の問題と絡みまして地方自治体に対してはそれに即応するようにやれやれと言っておる文部省が、こういう肝心のところでこれができないということになりますと全く話になりません。したがって、この点はいま局長もおっしゃいましたが、大臣からも御答弁をいただきたいと思います。これは解決する、法律どおりやるというお答えをいただきたいわけです。 それからもう一つは、国立の養護学校のみが小学部が複式ということもけしからぬ話で、どこの公立学校の独立した小学部を見ましても複式でやっておるところはないわけでございますから、これも明らかに学級編制の基準からいいましてもだれが見ましても納得できないところでございます。この二つの問題は直ちに解決すべきだと思いますが、この点について実は私もきょうは一歩も引かないつもりでここへ来ておりますけれども、いま局長が言われましたが、大臣のお答えをいただきまして、場合によりましては、この問題では当委員会理事会にかけまして法律どおりやるということまで持ち込みたいと思っておりますが、まずその前に、そこまで言わないように谷垣文部大臣のきっぱりとしたお答えを賜りたいと思います。
○佐野政府委員 大臣の御答弁の前に、複式学級の点についてお答えをいたします。 御指摘のとおり付属養護学校は設置時の経緯もございまして小学部は三学級編成で、したがって二学年複式になっております。これを単式学級の編制にするという問題につきましては、これは先ほど御指摘のありました定数問題とはやや性質を異にする点があろうかと私は思います。もちろん養護学校側は単式学級を希望いたしておりますし、われわれも付属養護学校の設置の状況なりあるいは定員の整備などを勘案しながら検討していかなければならない課題であると考えておりますけれども、これはこれからの検討課題だというふうな受けとめ方を私たちはしておるわけであります。
○谷垣国務大臣 付属養護学校の教員数の定員の問題について公立学校標準法に定めておるところに右へならえをすべきではないかという御意見でございますが、私ももっともなことだと考えます。五十五年度にはそれが実現できませんでしたことを大変残念に存じておりますが、今後五十六年度の問題も含めまして可能な限り早い時期に実現したい、こういうふうに考えます。
○山原委員 一言委員長に申し上げたいのですが、大臣もお聞きいただきたいと思います。 根拠につきましては申し上げる必要もないと思うわけでして、第一、設立された年次によりましてこういう差が出てくるということは当然許されないことでございますし、またいま複式の問題につきまして局長の方から少し異論が出されておりますけれども、これにしましても、法律から見まして設置法施行規則二十七条、これは別の問題ですが、国立養護学校の場合には普通の公立養護学校の場合と違いまして、研究協力あるいは研究実習の実施、いわゆる大学への協力というものがありまして、本来教員数は加配されなければならぬ状態になっているわけです。それよりも少ないわけですから、よけいに矛盾が出てきておるわけでございます。そういう意味で、これはもう来年度の予算という問題になってくると思いますけれども、またまた来年度になりましたときに、来年の三月のいまごろ私がこれを取り上げてやらなければならないなどということは不都合千万。しかも、法律にあると幾ら言っても言い過ぎることはない。実際これくらいやりよい質問はないのです。 委員長、ぜひ理事会におきましても、これは実行する、これは当然のことだと思いますので、そういう点につきましては、また理事会でも皆さんの意見は必ず一致する問題でありますし、ぜひそういった方向で、早期と言われましたが、少なくとも来年には実現をしていく。特に五年半の猶予期間が義務制の問題であった間にやらなければならぬ問題を文部省が一番サボっておったなどということになりますとこれは大変なことですから、ぜひ委員長にお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
○谷川委員長 かしこまりました。委員長は、そのように取り計らいたいと存じます。
○山原委員 次に、国立学校設置法の問題、本法案についての問題ですが、やはり先ほど嶋崎委員からも出されました複数学部に一事務体制という問題でございますが、これはずいぶんいろいろな問題が出てきております。たとえば五十二年度にできました文理学部を改組しまして理学部と人文学部にしたところ、富山あるいは私の県の高知大学もそうですが、すでに三年になります。そして今年度完成をするわけでございますが、いろいろ問題が出てくるわけですね。たとえば理学部と人文学部との間には、性格も違いますから独自の制度あるいは慣行、風習なども出てきておりまして、そういう点で、たとえば理学部の方が人事のやり方に対して少し変えるとかいうようなことが出てまいりますと、どうしても学部自治のたてまえからいいましても学部に一事務局があるということでなければならぬという声が私の方の大学からも起こっております。 また、富山大学の場合を聞いてみますと、二つの学部になったから事務局の方が二つの問題だけを処理しておればいいというような問題じゃなくて、実は六種類の学生を引き受けなければならぬというのですね。たとえば文理学部の学生もまだ残っておりますから、これに対する対応、大学院の問題、それから教育系ごとの体制もとらなければならぬという事務の繁雑さというものも起こっております。そういう経験からしまして、今度新潟、金沢、岡山が三学部になるわけでございますが、これはもう三学部の問題だけではなくて相当複雑な事務内容が出てくるのではなかろうかということが考えられるわけです。 それから、詳しくは申し上げませんけれども、それによりましていわゆる学部自治という観点よりもむしろ大学事務本部の考え方が透徹をしていく体制をつくることがねらいではないかということを私は感じております。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 先ほど出ました設置法施行規則の二十九条のただし書きですが、大学局長の答弁を聞いておりますと非常におかしなことになるのですね。大学局長は盛んに一元化という問題を将来にわたって推進していくんだということでありますが、これは何といってもただし書きでして、「ただし、必要と認められる場合には数個の学部等の事務を併せて処理する事務部を当該学部等を置く国立大学又は一個の学部等に置く」、こういうことですから、原則は学部事務体制をとる、ただし必要と認める場合、このだれが必要と認める場合かということも問題になりますけれども、しかしこれはむしろ従属した形のものです。ところが、先ほどの答弁を聞いておりますと、このただし書きの方が今後における原則になって、むしろ本文の方が従属した形になるような御答弁をしておったと思いますが、これはけしからぬと思います。この点は見解を伺っておきたいのです。
○佐野政府委員 これまでの学部の事務組織のあり方が、その規定にもございますように学部ごとに事務組織を持っているという状況であることは私もよく承知をしております。ただ、これから大学の整備を進めていく場合におきまして、やはり大学の事務組織のあり方というものについては、これまでのあり方にとらわれないで新しい工夫を大学側と十分に御相談をしながら講じていく必要がどうしてもあると私は思います。これまでのあり方のままで対応していくということは、やはり今後のさまざまな要請にこたえるためにはきわめて不都合な面が出てくると思いますので、こうした分離改組の機会をとらえて新しい教育研究組織に対応する事務部のあり方というものを考えているわけでございます。もちろんそのことが教育研究に支障を与えるということになってはいけません。それでございますから大学側とは十分な協議をしながら進めていかなければなりませんけれども、そういう趣旨のものとして私どもは今回も事務部の一本化をお願いをしているわけでございます。
○山原委員 大学当局自体は改組を要求しております。何物よりも改組することによってより充実した運営をしていきたいというお考えがありますからね。ところが、それを契機にして新しい事務体制をつくるという考え方がまた入ってくるわけですね。必ずしも望みはしないのだけれども、いま文部省の局長がおっしゃったようなことを了承しなければ改組もできなくなるのじゃないかという弱点もあることはあなたもおわかりだと思うのです。そういう弱みにつけ込んでと言っては悪いですけれども、ここで一つの方向に誘導していくという傾向があるのじゃないか。これはやはり厳重に文部省自体も警戒をすべきことではないかと私は思います。こういうふうにいきたいということは、お考えになっていることはわかりますよ。けれども、その改組を契機にして新しい方向に持っていきたいという、これは文部省の意向はわかったとしても、それが果たして大学の運営あるいは学生その他の事務にとりましてプラスになるかどうかということは別問題ですからね。だから、いま三年間の経験を積んでおるところですから、いま三年間の経験を積みまして、その上に立ちまして今度新潟、岡山、金沢というふうに出てきますと、今度はまた三学部の問題の経験が出てくるわけです。その経験の上に立って、実際にあなたがお考えになっておるような新しい方向としていいのかどうかということは、これは私は検討する必要があると思うのです。経済同友会の方が多様化への挑戦ということで学部自治を廃止せよなどと言っておる状況の中で、そういうことにむしろ文部省がこたえているのじゃなかろうかという勘ぐりまで受けるようなやり方ではなくて、すでにいま経験を積み始めているわけですから、そこから出てきた不都合なこと、あるいはプラス面、マイナス面というようなことを十分に出し合っていただいて、文部省もそれに対する検討を加えていく。それが先ほど大臣が誠実に話し合いをしていくというふうなお話をされましたが、そういう態度ではなかろうかと思います。この点いかがでしょうか。
○谷垣国務大臣 先ほど嶋崎先生の御質問のときにもお答えをいたしたわけでございまして、教育研究組織のあり方という問題と、いま申しました事務のあり方という問題との調整点をどうしていくかということは十分に頭の中に入れて今後やっていかなければならぬと考えております。 〔森一喜一委員長代理退席、委員長着席〕 国立大学と文部省と決して敵対をしておるわけじゃございませんので、大きな目的のためには同じ立場に立って議論いたすわけでございますので、大学側の要望その他も十分誠意を持ちましていろいろ議論をし調整をとってやってまいりたい、かように考えております。
○山原委員 確かにこれは全部悪いとか言っていることじゃなくて、新しい体制をもちましていろいろ努力しているわけですね。その中で出てくる意見としまして、やはり事務というのは学問研究、教育の現場あるいは学生等と接触するところにおるのが正しいのじゃないかという声も出ております。私もそう思いますし、いままではそういう形できたわけですから、これを新たなシステムに変えていくというのであれば相当慎重な態度をとる必要があるということを申し上げておきたいと思うのです。 次に、大学における定員外職員の問題でございますが、これも先ほど少し出ましたから詳しく申し上げませんが、いままでもしばしば私自身も取り上げてまいりました。どうしてこれが起こるのか、どうしてこれが解決しないのかという問題ですね。しかも、将来もこの事態が残るとするならば、やはり問題の解決にお互いに積極的に取り組む必要があると思います。この点についてまず伺いたいのですが、文部省自身としまして、この定員外職員の実態、生活の状況あるいは仕事の内容などについて調査をされ、あるいは定員外職員の白書とまではいかぬかもしれませんが、そういったことはやっておられるでしょうか。
○宮地政府委員 お答えいたします。 先生御指摘のように国立学校の非常勤職員、いわゆる定員外職員の問題については、かねて問題として御指摘されている点は私どもも十分承知しておるところでございます。 現状でございますが、国立学校の非常勤職員については毎年七月一日に調査をしておりまして、五十四年七月一日現在では八千三百十四名が在職いたしております。これらは教育研究の特殊性等からその従事する職種も大変多岐にわたっておるわけでございます。そこで、文部省としては、教育研究の進歩発展に伴いましてこれらの業務の遂行上どうしても恒常的に置く必要のある職員として増員を必要とすると考えられる部門については、毎年所要の定員増に努力をしてきております。 具体的に若干申し上げてみますと、たとえば昭和四十七年度以降新規に計上されました事務機構等の整備等に伴う事務系職員の定員増でございますが、四十七年から五十年までに千九十三名、五十一年度で二百四名、五十二年度二百二十八名、五十三年度百九十四名、五十四年度百五十八名ということで、計千八百七十七名の定員増を事務部門についても図ってきておるところでございます。御案内のとおり昨今定員事情が大変厳しい中で、真に必要な部門についてはこのように所要の定員増も図ってきております。 なお、在職中の非常勤職員につきまして、定員増もしくは定員に欠員か出ました場合に、職員の適性その他を勘案いたしまして、可能なものについては毎年相当数の者を非常勤職員から正式の職員としても採用しております。 ちなみに、その数を若干申し上げますと、四十七年度で八百六十三名、四十八年度八百六十九名ということで、五十三年までの累計で申しますと約五千六百名余りが非常勤職員から正規の定員に定員化をしておるというような状況でございます。 こういういろいろな努力を重ねておりまして、片一方、国立学校におきます事務の簡素化あるいは場合によっては業務の民間委託等というようなことで改善合理化を進めまして、非常勤職員の長期化を抑えるということで各大学にも努力していただいております。そういうようなことで、非常勤職員は近年は漸次減少の傾向を見てきております。 具体的に申しますと、四十七年から五十四年度まで毎年、たとえば四十八年度では三百十六名、四十九年度で三百六十一名の非常勤職員の数を減らしてきておりまして、四十七年から五十四年度までの累計で申せば約二千四百名余りの非常勤職員の減少を図ってきております。 このように各般の努力も続けてきておるところでございまして、先ほど申しましたようにどうしても増員を必要とする部門の定員増に配慮をし、さらに非常勤職員の処遇等については今後その改善についても検討してまいりたいと考えております。
○山原委員 詳しい報告をいただきましたか、東京大学の原子力センターの例をお聞きしておりますけれども、定員二十八名、定員外の方が十名と二五%以上になっていますね。しかも、その十名のうち四人ですから四割の方が十年を超す勤務年数を持っておるわけです。こういう状態です。こういう例はたくさんあるわけでございます。しかもここの場合、たとえば横須賀分室というのがございますが、ここには定員外の方がお一人でおいでになります。高崎分室の場合も定員外の方がお一人でやっておられまして、一人でやり繰りしている。そうして共同利用施設をすべてゆだねられて自分で守っておられ、センター業務遂行に必要不可欠な存在となっておるわけでございます。したがって、当然業務内容も非常に重要多岐にわたることは官房長もおわかりだと思うのです。そういう状態でございますけれども、待遇の問題がまずございます。これがお聞きしましても全くやりきれない状態でございまして、たとえば給与の七等級四号の頭打ちの問題、さらには共済組合にもはいれないという問題、こういうことがあるわけです。大事な仕事をしておられ、十年以上もお勤めになっておられるわけですから、それに相応する処遇をしなければならぬと私は思うのです。そんなことを国がサボるということ自体がけしからぬことだと思います。同時に少しでも改善をしていくという努力が続けられる必要があるのではないでしょうか。 そこで、待遇改善の面で例の頭打ちの問題ですが、行政職(二)の場合には三等級十三号までの額に達しておる例もあるわけでございますが、七等級四号の頭打ちを打破することが必要ではないかと思いますが、これについての見解を伺いたいのです。 それからもう一つは、扶養手当支給の問題がございます。例を見てみますと、北海道の東大の演習林の例をいただいておりますが、五十歳近くなられまして家族四名、その給与たるや百五十万そこそこというような状態でございまして、そのほか一切ないという状態が続いておるわけでございますから、この点についての改善ができないのかどうかということが第二点であります。 もう一つは日給額算出の問題ですが、私もよくわかりませんけれども、ここに日給額算出の方式があるわけです。その方式の分母は一年間の週数五十二となっておりますが、この中に祝祭日が年間十五日ないし十六日ありまして、それまで含まれているわけで、これは全く無給でございますので、分母の五十二からこの点は除く必要があるのじゃないか。これは給与改善の本当にわずかな要求ではありますけれども、せめてそういうことはやってもらう必要があるのじゃないかというような声も出ております。私も当然だと思いますが、以上の点についての御答弁をいただきたいのです。
○宮地政府委員 三点ほどお尋ねがあったわけでございますが、まず第一の俸給の頭打ちの問題の点でございますが、先生すでに十分御存じのとおり、非常勤職員というのは本来は事務補佐員、技術補佐員として採用されるわけでございまして、補佐貝としての職務に従事するという基本的なたてまえがあるわけでございます。したがいまして、そういうたてまえからいたしますと、現行の給与制度からいたしますと、先ほど御指摘のように七の四で頭打ちになるというのはやむを得ない点であろうかと思います。しかしながら、先ほど来御指摘のように結果としては十年以上にわたって勤務をするというようなことになっている場合も出ているというのもまた現実でございます。そういうような実態等につきましては私どもも十分配慮いたしまして検討してみたい、かように考えます。 なお、第二点の扶養手当が出せないかというお話でございますが、この点につきましては、非常勤職員の勤務全体に影響をする問題でございまして、これは勤務の実績に対する報酬という観点からいたしますとその点は困難であろうかと思います。 それから第三点の日給額の計算に当たって祝祭日分を分母から控除するといいますか、そういうことで少しでも待遇改善が図れないかというような御指摘でございますが、この点も制度上の問題として出てきます非常に基本的な問題がございまして、たてまえから申しますと、任用期間を一日として雇用され、日々更新するという、そこのところが原則になるわけでございまして、御指摘のようにいろいろ待遇の問題で考えられる一つの点としていま御指摘があったわけでございますが、休日分を分母から控除するということ自身はやや困難であろうかと考えます。 なお、先ほど申しましたように全体的にこういう非常勤の職員の方々の処遇問題のことについては、私どもといたしましても工夫できる範囲内のことは極力考えたい、かように考えております。
○山原委員 先ほども図書館の例が引かれまして、湯山委員の方から相当切実な問題が出されたわけでございますが、それに対しましても、文部大臣としましてはかなり心を動かされた御答弁があったように思います。そういう点から考えまして、これも毎年毎年この問題は取り上げられながら、どうしてもこれが一歩前進をしない。いまおっしゃったように少しは−全体的な流れをお話しになりましたけれども、しかしどうしても全体として解決できない問題がございます。そういう点を考えますと、本当に実態としては同じことをやっておられるわけでありまして、その点から考えましてこの改善にはやはり全力を挙げるという必要があると私は考えておりますが、大臣もこの点についての御努力をぜひともお願いをいたしたいのでございますが、いかがでしょうか。
○谷垣国務大臣 先ほど官房長の方からお答えをしましたことに結論的には尽きると思いますが、この定員外の非常勤職員問題は今度に始まっておる問題ではございませんで、ずっと前からこういう問題が議論をされてきたわけでございます。経過的にはこれは全官庁あるいは国家公務員全体にひっかかってくる問題で広がりがございまして、経過的にはある年度にこれを全部解消してしまおうということでそういう措置をとったこともございますが、その後またこういうものができてきておるというのが現実の姿でございます。いろいろ制度上の問題がございますので制約がございます。その制度上の問題をどういうふうに根本的に解決すべきかということは、これは実を申しますと、一文部省の仕事には大き過ぎると申しますか、各省庁みなつながってくる問題になると思います。しかし、文部省は文部省なりの先ほど来申し上げましたように定員化その他の努力を進めてきておるわけでございまして、現実の、現在の非常勤職員に対しましての山原先生が御指摘になりましたような数点につきましては、官房長か指摘し、またお答えをしましたような努力を極力やってまいりたい、こういうふうに考えます。
○山原委員 総定員法の問題第五次削減の問題などございますから、これは抜本的に改正しなければならぬという考え方を私ども持っております。同時に、いま私が本当にささやかな要求として出しているわけでございますから、たとえば七等級四号の頭打ちの問題にしましても、私は省内措置として解決できない問題では必ずしもないと思っています。そういった点で文部省内におきましてできる限りのことはやはり一つ一つやっていく。そして全体的な問題の解決にやはり大臣としても今後当たっていただきたいということを御要請申し上げたいと思うのです。 それから次に、農学部における助手の問題でございますが、これもいわゆる万年助手というような形で来ております。実際にこれもやっておられることと申しますと、本当に大事な仕事をされておるわけでございまして、この学位の取得者を調べてみますと、京都大学の場合が、たしかこれは数字を私が間違って書いたかもしれませんが、学位取得者が五〇%を超しております。ある大学では六一%というような助手の方がおられるわけでございますが、これが長い間助手という形でおられるのですね。せめて講師という道を開くべきではないかという要請もございますし、国立大学協会の場合も待遇面だけではなくて処理しなければならぬというような御意見も出ておるようでございます。また法的にも講師を置くことができるとなっておりますから、この点につきましての改善をお考えになっておられるかどうか、伺います。
○佐野政府委員 御指摘のとおり大学の助手の待遇改善の問題といたしまして、従来から助手を講師に昇格させる道を拡大するために、助手の定数を振りかえて講師なりあるいは助教授の定数を増員をする、あるいは助手と講師の定数の運用を一本化するというような、そういう要望があることは承知をいたしております。しかし、助手と講師はそれぞれ職務を異にするものでございますし、それぞれの職務の必要性に基づいてそれぞれについての定数が措置されているわけでございますから、したがって助手の定数を安易に講師あるいは助教授の定数に振りかえるということは適当ではないわけでございます。助手の定数の講師定数等への振りかえにつきましては、毎年大学からはかなりの数の御要請があります。それらについて個別に慎重に検討いたしまして、適切と思われるものについては従来から若干ずつ定数の振りかえ措置は講じてきているところでございます。
○山原委員 安易にということではないのですけれども、この実態から申しまして、そういう場合の前進的な検討をお願いいたします。 最後に、予算の問題ですが、まず旅費の問題です。これは今回マイナス五%というようなことで去年の五%の伸びに対しましても非常に問題が出ております。実質上一〇%以上の削減だということでございますし、また海外出張にいたしましても、円安の関係がありまして十二カ月を十カ月にせよというような話が事務当局から出ておるというような問題も出てまいりました。 それから、一月に出された朝日新聞の記事を見ますと、筑波大学の場合だと思いますが、出張を命じましても旅費が出ないために年休または欠勤扱いになる。年休または欠勤扱いで行きますと、事故がありましてもそれに対する補償もないというような問題も出ております。結局正規の旅費が出ぬ場合には出張を認めないというようなことでございまして、とにかくこの旅費の問題は深刻な事態だと思います。しかもまた、研究調査にしましても、地学あるいは発掘、こういったことに携わっておる先生方の旅費などというのは全く話にならないというような実態で、これは日本の学術研究にとりましても大きなマイナスになるんじゃないかというように思うのです。 それからもう一つは光熱水費の問題でございますが、これがもう目の前に値上がりが続々と来ておりますから、これに対しては当然補正予算を組まなければ運転できないだろうという問題が出ております。 それからもう一つは図書費の問題でございますけれども、これもたとえば雑誌の場合、為替レートの変更によります円安の関係で、本年十月ごろ図書の申請が行われるようでありますが、恐らく相当の図書のカットが出てくるのではなかろうかという心配が出ておるわけでございますが、この予算上の問題についてお伺いをしたいのです。 関連質問といたしまして栗田さんの方から、これに関連しまして浜松医科大などの例を挙げまして質問をいたしたいと思いますので、ひとつよろしくお願いします。
○谷川委員長 関連質疑の申し出がありますので、これを許します。栗田翠君。
○栗田委員 初めに、今度の国立学校設置法は浜松医科大学その他に大学院を設置するということになっておりますけれども、大学院という格にふさわしい予算の配分がされているかどうか、学術研究ができるようになっているかということで相当いろいろな問題がございます。 私きょうは時間がありませんので、ほんの幾つかにしぼって伺いたいと思います。たとえばこの浜松医大大学院設置に伴う特別要求額のうち、設備費が大学側から一億五千八百七万三千円要求されていると思いますが、このとおりでしょうか。これに対しまして実際にはどのくらい予算をつけられているんでしょうか。
○佐野政府委員 浜松医科大学の場合に、大学院設置に当たって大学から一億五千八百万余りの設備整備費の要求があったことは事実でございます。これに対して五十五年度におきましては大学院設置に伴う設備費として、他の新設医科大学の場合と同様に一千四百五十万円を計上しております。しかし、すでに浜松医科大学の場合には創設以来学部、付属病院の教育研究、診療関係設備の整備に努めておりまして、すでに総額六十七億円以上の設備を整備しておりますから、これを基礎として教育研究体制を整えて大学院を設置するということは十分に可能であると考えているわけであります。
○栗田委員 文部省側は十分可能だとおっしゃっておりますが、大学側が出しました要求項目は全部で三十二品目になっておりますが、いま出されたような予算ですと要求額の一割足らず、三品目か四品目しか購入できない金額になっているわけです。大学側は基礎的なものを要求しているのだということを言っておりまして、もしこのようなわずかな額しか出ないとなれば、買えるものからぼつぼつ買っていくよりほかないし、これでは教育研究の水準を停滞させていっても仕方がない状態になるということを言っております。 大学側が要求しました中身を見ますと、大変基礎的なものばかりであると私は思います。分離用超遠心機だとか分光光度計、凍結乾燥機、万能顕微鏡、分娩監視装置その他、こういった種類のもので、非常に基礎的なものが要求されております。これが十分の一以下に削られていったときに大変教育研究水準が下がるということは、大学側に言われなくとも想像がつくことでございます。 そこで大臣に伺いますけれども、大臣は最初の所信表明のときに学術の振興についておっしゃっております。「学術研究の推進は、我が国のみならず世界の進展を支える上においてもきわめて重要」だということをおっしゃって、「このため、研究所の整備等研究体制の充実と科学研究費の拡充を図り、世界に貢献し得る独創的、先駆的な学術研究の振興に努める」ということをおっしゃっておりますけれども、大学側が一番基礎的だといって要求したものの十分の一以下の設備費しか出ないというこの実態についてどうお考えになられるでしょうか。
○谷垣国務大臣 大学側あるいは要求をいたします方は、いろいろな要望が出てくることだと思います。浜松医科大学は今度大学院を設置するわけですが、これは浜松だけの問題ではございません。ほかの方もいろいろな要望が出てまいりますものがそのとおりはなかなかいきかねておる今日の財政状況でございますから、それぞれ話し合いをして、査定をして、そしてお願いをしておるわけでございます。これは十分ということでいきますといろいろ議論が出ることでございますが、これでやっていけるし、ぜひやってもらいたい、こういうふうに考えておるわけであります。
○栗田委員 やってもらいたいとおっしゃいますけれども、この浜松医大も新設大学でして、いままで投入されている予算も新たに学校がつくられていく中で使われているわけですから、実態は非常に厳しいし、大学側は基礎的なものを要求しているのだと言っているということ、このことを十分お考えいただきたいと思うわけです。 さて、そのほかの予算の問題ですけれども、たとえば積算校費ですが、伸びがいま物価上昇率以下になっております。そういう中で、いま山原委員も言われましたように、電力料金を初めとする公共料金の大幅な値上げが予想されます。その実態がどんなふうになっていくか。浜松医大ではいままで水光熱費は全体の二八・一%ぐらいに当たっていたそうですけれども、今度五〇%アップされますと全体の四一%が水光熱費に使われていくだろう。これは実際には伸びの少ない積算校費をさらに食いつぶしていくということで、教育研究の停滞を招くだろうということを言っております。 また、静岡大学などの例を見ますと、たとえば理学部では、もしこのような公共料金のアップがされますと七百万円の赤字が出ることは確実であると言っています。いままで学部から図書費など一部回しておりますけれども、それも出せなくなる実態だということが言われています。今度はその図書館自身がどうかということを聞きましたら、電気、ガス、暖房費の値上げでざっと五百七十八万八千円くらい支出超過になると言われているわけです。これがいまの実態でございます。これは山原さんも言われましたように、何としても補正予算を組んで、このような公共料金の値上げ分を補っていくことなしには、教育研究を停滞させていくことに必ずなると思うわけです。 もう一つ実情を申し上げさせていただきます。研究旅費が五%下がりました。さっき、こういう大学の実態を考えて五%減にとどめたのだとおっしゃっておりましたけれども、いままででも旅費というのは非常に少ないわけでございます。いま私のところに投書が来ておりますけれども、こういう投書です。「“大学の先生”というけれど」「教官旅費がまた下がったよ」と、夫が帰るなりいう。「へええ」と、もう声もつけない。人は“大学の先生”という目でみる。それに共働きだし、という。でも、きいてください。学会、調査、研究会と月に二、三度は大都市へ出ていく。月一度は県内に出かける。出張にならないものも多い。書物。円高も円安も関係なく洋書のねだんはおそろしい。論文。自分で出したものは自分で印刷費などを払う。そういっているうちに調査に出向く装備が古くなる。夫の給料は、ほとんどこれでなくなってしまう。かくしようのない収入。今までだって、全額もらったことのない旅費。カラ出張なんてどこの話だろう。」というようなことがずっと出ているわけです。これが実態で、実際に私もいろいろ伺ってみましたけれども、たとえば静岡大学の五十歳の教授の方ですが、年間に九回出張しておられます。学会に三回それから資料採集に三回、県下の調査に一回、結局公費で旅費が負担されているのは何とこの中で岡山に学会出張で行かれたたった一度だけというのが実態で、あとは全部私費のようでございます。五十六歳の教授の方は、十二万八千円を自己負担し公費で出されたものは四万円だけ、こういう実態ですし、また三十五歳の助教授の方などは、二十一万九千円を出張旅費で払いまして、その中で公費で出ているのは四万円だけという実態でございます。いままでこういう実情の中でまた出張旅費が切り下げられていくということがどんなに深刻な問題かということを私は訴えたいと思います。お答えは後でまとめて山原委員の方にしていただきますけれども、このような実情を訴えまして私の関連質問を終わります。
○山原委員 いまお話があったような実態についてどういうふうにお考えになるかということが一つです。旅費の場合は運賃その他の値上がりがありますれば、これは当然補正をされると思いますが、その点が一つと、それから光熱水費につきましてもどういうふうになるかということはほとんどわかっているわけですね。これは当然補正しなければ大学の運営にも大きな支障を来しますし、研究にとりましても重要な事態が起こってくると思いますが、この点はお考えになっていると思いますけれども、お伺いをしておきます。
○佐野政府委員 これまでも国立大学の教育研究の遂行に必要ないわゆる経常経費につきましては、諸物価の値上がりも考えながらできるだけその充実に努力してきたわけであります。五十五年度の予算におきましても、財政事情からきわめて困難な状況のもとにあったわけでありますが、教官当たり積算校費、学生当たり積算校費の増額を初めといたしまして、特定研究経費のような特別教育研究経費を増額したり、あるいは光熱水料等の管理経費の増額を図るということで、全体として必要経費を確保充実するようにできるだけの努力をしたわけであります。 旅費につきましては、先ほどもお答えいたしましたように五%の減ということは行われているわけでありますけれども、こうした校費、旅費を通じまして御指摘のように今後電気料金等の値上げあるいは国鉄運賃の値上げといった状況が予想されるわけでありますが、そうした場合には、現在の時点におきましては、私どもは既定の予算を執行するに際して工夫をする、それによって伝えられる値上げの影響に対処してまいりたいと思っているわけであります。
○山原委員 今度アメリカのカーターが基礎科学研究について非常に強調しておりまして、一八%の予算の伸びということが出ております。その中身がどういうものであるかは私はわかりませんけれども、とにかく一国の責任者が基礎科学というものを重要視するという点は傾聴に値すると思います。それからまた、いま栗田さんからもお話がありましたように、大平首相もまた文部大臣も所信表明の中でそういう立場をとられております。けれども、実際は一方は一八%という異常な伸びを示すぐらいの具体的関心を示しておるのに対して、こちらの方は、予算の面から見ますと、財政事情が厳しいとは言いますけれども、日本の学術研究教育にとりましての予算は相当厳しい状態に置かれているという逆の傾向が出ておるわけでございまして、この点については相当努力をしなければならぬ問題だと思いますが、文部大臣の御見解を伺います。
○谷垣国務大臣 先ほどお答えいたしたようなことでございますが、五十五年度の予算、この基礎研究に対します研究費が二十億程度しか伸びなかったということで残念だと申し上げたわけでございますが、これはしかし今度の国の予算全体の中で、国債費でありますとか特別交付税の問題でありますとかいうものを除きましたいわゆる一般予算の伸び率が昨年に比べて五・一%であるという状況からいたしますと、二十億の増加ではございますが、平均よりも実は上へ行っておるわけでございます。ただ、私たちはこれをもっと伸ばしたいと思っておりましたので、残念だと申し上げておるわけでございます。 それから、ただいま御指摘になりました電気、ガス等の値上げ等に伴う諸経費のしわ寄せ問題をどうするかという問題でございますが、具体的に補正予算を組んでやるのかということになりますけれども、いまのところはまだ五十五年度の予算が通過していない段階でございますので、先ほど局長の方からお答えしましたような努力をいたしてまいっておるわけでございます。いまのところ私たちは、いまの状況でがまんをして工夫をしながらやっていくというお答えしかできないと思います。今後いろいろな状況の変化によりまして対策が講じられましたときには、研究費等の重要性は十分主張したい、こういうふうに考えております。
○山原委員 最後に、最初に出しました早稲田の問題と筑波の問題に関連しまして、筑波の問題は政治家が介入しておるというようなことはないと思いますけれども、この入学業務あるいは入学試験に関係しまして、いままでの例から見ましても必ず政治家の影がちらちらするという状態が出ております。これは入学試験の公正の面から申しましてもなかなか重要な問題でして、たとえば議員などをしておりますと、あるいは大学へ入れてくれる、そういう世話ができるのじゃなかろうかというような感覚もあるわけですね。しかし、こういうことはこの際きっぱりと断ち切るという決意が文部行政としても必要だと思います。そういう意味で、私は入学試験に関するものに対して政治家が利用されたり、あるいは政治家が積極的に立ち入ったりするようなことは絶対にさせてはならぬという点で、これはどこが決意するかというとやはり文部省がそういう立場を貫く必要があると思いますので、これはどんな方法があるかもちろんわかりませんけれども、この点についてはぜひ大きな関心を持っていただいて、そういうことが今後も起こらない保障をお互いに確立していく必要があると思いますが、これについて文部大臣の見解を伺いまして、私の質問を終わります。
○谷垣国務大臣 これは政治家が特に介入をするしないという問題は、私の口からお答えするのはいささかおかしなことになると思います。入学試験の問題でございますので、これはどんな外部からのあれでございましょうとも公正な入学試験が行われるように、今後ともにそれぞれ努力をいたし、また大学にもそういう注意を促す機会を持ってやってまいりたい、こういうふうに考えております。
○山原委員 終わります。
○谷川委員長 三浦隆君。
○三浦(隆)委員 国立学校設置法の改正に伴いまして定員増が図られるということは、一つには受験地獄を解消することに役立っているということ、そしてまた、私学に比べ比較的安い教育費で大学に学ぶことができるという点で父兄の教育費の負担軽減化につながるであろうということ、そしてまた第三番目に、私学に比べゆとりある教育を受けられるであろうという点において民社党として賛成をしたいと思います。 しかし、このままの姿勢で続けていくことが果たしてよいことかどうかとなると問題があるように思うのです。一つには、日本の大学は入るのにむずかしく出るのにやさしいという評価がありますが、入るのもやさしくなって出るのもやさしいとでもなりますと、大学そのものの本質が問われやしないかという点が一つと、それから国立学校が大変ふえていくということは、一つには私学の地位が低下することであって、場合によっては戦前的な文部省への指揮監督権あるいは権力的権限の集中化というものが図られはしないかというふうな不安もあるかと思います。 ここではきょうは主に二つの問題にしぼりましてお尋ねをしたいと思っております。一つは外国人の学校設置の問題と、現在話題になっております早稲田大学の入試問題の漏洩事件についてお尋ねしながら、文部省の今後のあり方、姿勢についてもお尋ねしたいと思います。 そこでまず初めに、法改正の形式的側面からの検討という点で、第一に、国立新潟大学等の学部の増設は、昭和二十四年法百五十号国立学校設置法第三条第一項に基づき、国立学校設置法は、昭和二十四年法百四十六号の文部省設置法第十六条に基づき、文部省設置法は、昭和二十三年法百二十号の国家行政組織法第三条第二項に基づき、国家行政組織法は、昭和二十一年の日本国憲法第六十五条に基づき、また、これらの教育事項に関します基本的なものとしましては、昭和二十二年法二十五号の教育基本法及び昭和二十二年法二十六号の学校教育法が憲法の理念を具体化するものとして存在しています。 その教育基本法には、昭和二十二年三月十三日の衆議院本会議における教育基本法提案理由の中で、「教育宣言であるとも見られましょうし、また今後制定せらるべき各種の教育上の諸法令の準則を規定するという意味におきまして、実質的には、教育に関する根本法たる性格をもつもの」であり、学校教育法は教育基本法とともに米国教育使節団の勧告書の線に沿うもので、同使節団に協力するための昭和二十一年勅令三百七十三号によって設置されました教育刷新委員会の改革案を骨子として成立したものであると言われておるわけですが、この国立学校設置法と、その周辺の教育法令の流れをこのように理解してよろしいかどうか、大臣に御答弁をお願いしたいと思います。
○佐野政府委員 大要御指摘のとおりだと考えます。 なお、憲法の条文に関しては四十一条も御引用になる方がよろしいかと思います。
○三浦(隆)委員 では、次に入ります。 日本国憲法は、一七七六年のアメリカ独立宣言あるいは一七八九年のフランス人権宣言及び一九四八年、昭和二十三年の世界人権宣言と同一の自由と平等を骨子とする流れにあります。そしてその前文に国際協調主義と政治道徳の普遍性を掲げ、第九十八条第二項で条約の遵守を規定し、第九十九条で、かかる憲法の尊重擁護義務を国務大臣及び国会議員等に課しております。 第一次アメリカ教育使節団報告書が昭和二十一年三月三十一日にあるのですが、その中に「文部省並びに地方庁教育課の職員は、学識には如何に富んでいようとも、教育及び教授に関して、専門的な訓練若しくは経験をほとんど全然持っていない」と認識しており、続きまして「古い型では、教育は天降り式に組織された。その本質的な特徴は官憲主義であった」と指摘しておりました。 教育基本法は、この報告書を受けまして、昭和二十二年三月十八日、第九十二帝国議会衆議院教育基本法案委員会での高橋誠一郎文部大臣答弁で、文部大臣の行政的権限の縮小、地方分権の方向の確立、教育の機会均等等について検討しまして、同法第十条の教育行政及び同法第三条の教育の機会均等等を定めたわけです。 学校教育法もこの路線を継承しまして、そこには昭和二十五年法百五十六号の住宅金融公庫法及び昭和二十六年法百九十三号の公営住宅法のような国籍条項を有しませんで、教育の機会均等と男女の差別撤廃及び学制の単純化等を定めたわけです。ちなみに、昭和二十年十月二十二日付の「日本教育制度ニ対スル管理政策」B第三号では「国籍ヲ理由トスル学生、教師、教育関係公吏二対スル差別待遇ヲ禁止スル」と日本政府あてに覚書か出ているわけです。 そこで、閉ざされた考え方から開かれた考え方へ、権威主義から民主主義へと憲法以下の法が大きく変わったのである。したがって、文部省の役割りも、戦前と戦後は変わったものであると理解していいかどうか、それをお尋ねしたいと思います。
○佐野政府委員 先生御理解のとおり、基本的にそのように考えております。
○三浦(隆)委員 続いて第三問に入らせていただきます。 外国人が法規を無視して大学名を呼称するのは違法ですが、外国人であっても学校教育法第二条及び私立学校法第三条及び第三章の規定に基づき、正規に学校法人を設立し、私立学校の認可申請をなしたならば、その扱いは現在どうなさるのでしょうか。
○三角政府委員 外国人が私立学校の設立代表者となったり、あるいは当該私立学校を設置する学校法人の役員となることは禁止されておらないのでございます。ですから、外国人が私立学校をつくるということはできるわけでございます。
○三浦(隆)委員 この場合の設置認可というのは法規裁量でしょうか、自由裁量でしょうか。
○三角政府委員 必ずしもきちっと割り切れた御説明ができるかどうかでございますが、一般的には覊束裁量行為というふうに解釈されておると思っております。
○三浦(隆)委員 覊束裁量行為というのは学説的には少ないような感じがいたしますけれども、先に進ましていただきます。 外国人がたとえば私立学校法の規定に基づき学校法人を設立しまして、そして学校を設立することはできるといういまのお話ですが、では、なぜ現実に韓国朝鮮の方あるいは中華民国の方などの学校が各種学校となっているんでしょうか。
○三角政府委員 これは実際上はその学校を設置する方々が各種学校という形で学校を設置しょうということで都道府県の認可を得てやっておられるわけでございまして、いわゆる学校教育法の一条学校と申しますか、そういう形で学校を設置しようとする場合には、また各種学校とは異なる内容あるいは構成等が必要になってまいるわけでございます。
○三浦(隆)委員 では、私の理解の過ちかもしれませんが、朝鮮大学校ができましたときに大変もめたいきさつがあったわけです。そのときに、かなり多くの人の中から、正規の届けを出したらどうであろうかと言ったときに、通らない、受け付けてくれないというふうに聞いたような気がするのです。現在も日本の私学でありましても大変な経営難でして、国の補助金をいただいたり、また学生は育英資金をいただいたりしながらどうやらやっているわけであります。そういう意味では、韓国人あるいは朝鮮人あるいはまた中華民国の人も、正式の学校教育法に言う学校に入りたいという願いを持っている人がまずほとんどだと思うのです。現実にはいわゆる各種学校の英語や簿記の学校や何かとはわけが違いまして、実際に小学校六年の課程、中学校三年の課程、高校三年の課程など日本のカリキュラムにほとんど準じたものを行っておるわけですね。ですから、確かにお認めいただけるならば、これでこの質問は私は全部打ち切りまして先へと進ましていただきたいのですが、もう一度確認させていただきます。外国人の方が学校法人を設立して正規に認可申請をしたら通るんだというふうな理解でよろしいですね。
○三角政府委員 先ほどお答えいたしましたのは、法律上外国人でも学校の設置者であるところの学校法人の役員とか、あるいは設立代表者になれるということですから、申請をすることはできるわけでございますが、どういう学校をつくるかという具体のケースになりますと、大学は大学あるいは高等学校は高等学校それぞれ学校の設置基準というのがございますから、その設置基準に適合した設置計画をもって申請をされるということが必要なわけでございまして、そしてその基準に照らしての審査が行われるわけでございます。でございますから、いわゆる一条学校のカリキュラムに準じたカリキュラムを行うというあたりが問題になるのであろうかと思いますが、そこのところが、準じ方の次第によっては、場合によっては、これは一条学校として認められる場合もあれば、認められない場合もある。それから学校というのはわりとオープンなものでございますから、一つの国籍の方だけに限るような学校は果たしていいかどうかとか、いろいろ具体的には審査の上でいろいろ問題が出てくるであろうと思いますので、申請をすれば必ず認可されるということにはならないと思います。
○三浦(隆)委員 お答えが少し矛盾してきたように思います。先ほどは覊束行為だとおっしゃられたかと思います。覊束行為であるならば、法律の所定の手続にぴたりと合った書面を出せば、それで通らなければならない。すなわち行政庁でそうした判断をなすことはできないというふうに思いますが……。
○三角政府委員 学校教育法の規定等に基づきまして設置基準あるいは認可の際の審査基準というものが定められておりまして、それらは一般にもお示ししておるわけでございます。そういう基準に照らしまして、基準に適合しておれば、これは認可を可とするということになるかと思いますが、基準に外れておれば、これは認可をすることはできない、こういうことでございます。
○三浦(隆)委員 もちろん学校をつくる人というのは、全面的に基準に合うからこそ認可申請を行うのでして、最初から通らない書類を出す方はまずないと思います。従来それがひっかかっておりましたのは国籍の問題ただ一つです。外国人なるがゆえにということで書類が受け取られなかったんだというふうに理解いたしております。といいますのは、憲法上外国人の人権の享有の点につきまして、私的なものはともかく、参政権その他公共的なものに参画するというか、そうしたものに対しては外国人は除外されるという見解が通説としてかなり強まっておりましたし、教育もそうした公共的なものだからだめなんだといふうな認識があったかと思うのです。しかしいまのお答えは、それからやはり時代の変化かうかがえまして、大変進んだ御見解であるというふうに思います。所定の手続さえ整えば外国人でもよろしいというふうに理解させていただきまして、先に問題を進めさせていただきたいと思います。 では、次の問題に入りまして、法改正の実質的側面からの検討についてお尋ねいたすことにいたしますが、大臣は所信表明の中で、大学の量から質への充実を述べられたのですが、大学院の定員増や国立新潟大学並びに金沢大学及び岡山大学の学部増設は即入学定員増につながり、量的増であり、所信表明と矛盾されるようにも思われますので、その御関係を承りたいと思います。
○谷垣国務大臣 量的拡大よりも質の充実を図るという方針は、申し上げましたとおりとっておるわけでございます。いま御指摘になりました三つの大学について学部の増設をいたしますことについてのお話でございますが、量的拡大よりも質の充実を図るということは国全体の教育の状況で判断をしていただく必要があろうかと思います。御存じのとおり、大都市におきまするものよりも、地方の教育施設、大学施設を充実すべきだ、そういう立場もとってやってきておるわけでございますので、それらの諸方針にのっとりましてこのたびの法律改正をお願いしておる、こういうことでございます。
○三浦(隆)委員 法文学部ですから、文学部ないし人文学部と法学部とに分かれるのはすぐわかるのですが、そのときになぜ経済学部を増設されるのでしょうか。ほかになぜ史学部というか、そうしたようなものが生まれなかったのでしょうか。
○佐野政府委員 国立大学の組織について予算を編成し法案でお願いをするに当たりましては、高等教育の全体をどのように計画的に整備をしていくか、いま大臣からお答えを申し上げましたように、地方の大学の整備というようなことについて重点を置いて取り進めていくわけでございますが、そういった基本的な方向を考えながら個々の具体的な内容をどうするかについては、これは大学の自主的な検討の結果を尊重しながら大学と協議をして決めていくわけでございます。新潟、金沢、岡山のそれぞれの法文学部を改組して三学部を設置するというのも、大学及び地域の要請に基づいて、いわゆる複合学部が持っているさまざまなこれまでの課題を解決する、それとともに地方における国立大学の整備充実を進めるという観点に立って、大学側の御検討の結果を尊重しながらそのように措置をしようとするものでございます。法文学部の中には、いずれもこれらの大学は現に経済学科を持っているわけでございます。経済学部はやはり社会科学分野においてきわめて重要な分野を担当するものでございます。それぞれの大学が経済学部という形で従来の経済学科の教育研究をより充実させたいとお考えになったことは私たちも理解のできるところだと考えているわけでございます。
○三浦(隆)委員 確かにこの法文学部の中には経済学科もあるのですが、同じように史学科もあるわけです。現実には入学試験を受ける学生たちは日本史で受けるという学生が社会では圧倒的ですし、それから成人教育その他の一般の市民層も日本史を選ぶというか歴史を学びたいというのが大変に多いわけです。そういう意味では、経済学科もある、史学科もあるというときに一律に三大学そろって経済学部となった。ここに経済学部でなければならぬという発想には、これまでの経済優先の高度経済成長期の考え方が依然として惰性的に続いておるんじゃないのか。むしろ現状時点では、人文、社会と合わせますと社会系列の学生数が統計を見ましても大変に多くございまして、人文の方がむしろ少ないわけで、この流れをこのままでよろしいというふうに御判断されるんでしょうか。
○佐野政府委員 大変むずかしい御指摘だと思います。大学はそれぞれ文学部をつくる際にいわゆる哲学科、史学科、文学科という従来の哲史文の構想を基本として考えておられるわけであります。新潟大学の場合にはそれと考え方を異にして、より広い形で課程制をとり、人文学科の構成をお考えになっております。これらについては、やはり先ほども申しましたように、大学がそれぞれの大学の考え方なり地域の要請というものを受けとめて、それぞれの大学の教育研究をどう前進させるかということをお考えになる、それについてわれわれも国の全体の計画を考えながら対応をしてまいるということであろうと思います。これまでも文学の系統の学科、学部等について、大学の方で従来の哲史文というかっこうではない、人文学科のような構想で対応されておる例も幾つかございますし、やはり私どもは基本的にはそうした大学における学部、学科の構成というものについては、もちろん国全体としての人材需給の問題等を考えなければなりませんし、学術研究の進展ということも考えなければなりませんが、そうした全体的な配慮のもとにではありましても、大学側の対応というものを尊重していくということではなかろうかと思います。
○三浦(隆)委員 いま私学の方では、あるべき学部の姿として、国際学科をつくってみようとかあるいは生活科学科をつくってみようとか、いろいろと考えているわけです。国立の方ではそういうふうなお考えがなくて、言うならばいままでと同じような学科、学部がずっと配列されておりまして、いわゆる新しさというものが何らそこには見られないような気が私はするのです。文部大臣は所信表明の中でも、世界に聞かれるような大変にすばらしい御意見をお聞かせいただいたわけですか、ひとつ文相の求める一九八〇年代以降のビジョンとして、いかなる学部の増設を望ましいものとお考えになられているか、もし御意見がお聞かせいただけるならばお願いいたしたいと思います。
○谷垣国務大臣 申し述べましたことは、単に大学だけではございませんで、教育全体としての意見を申し上げたわけでございます。もちろん大学におきましても開かれた形のそういう教育が整備されますことは望ましいことと期待をいたしておるわけでございます。国立の大学におきましても、それぞれの分野におきましてそういう動きはあるわけでございます。今回お願いをいたしておりますこれらの大学の学部その他の増設の問題は、なるほどそこで教えようといたしておりますものが法学であり経済であるということでございましても、それは開かれたそういう大学であってほしいという私たちの願いは十分こなせることだと思います。必ずしも国際学科をつくっていくからどうこうと、こういう問題ではない、もうひとつ底に流れております考え方がそういう考え方であってほしいということを申し上げておるわけでございます。
○三浦(隆)委員 先に進ましていただきます。 大学院生の増加に関してですが、人文社会系列の場合などに多く大学院を終了した者の受け入れ体制が整っていないという声がよく聞かれるわけです。そこで、現在大学院終了者の就職状況はどうなっているか、おわかりいただける範囲で御意見を承りたいと思います。
○佐野政府委員 先ほどもほかの委員の御質問にお答えをしたわけでございますが、大学院の終了者の進路につきましては、それが修士課程であるか博士課程であるか、あるいは専門分野がいずれに属するかによってかなり様相が異なっております。むしろ人文社会系の場合には、全体的な傾向としては、かなりしぼって学問的な後継者の養成ということに各大学の関心がございますので、ある意味では、これから人文社会系の学部等がつくられていく場合の教官層の確保について、従来の人文社会系の修士課程なり博士課程の対応では果たして大丈夫であるかというような危惧を逆に私たちは持ちます。そのことはまた、人文社会系の場合には、必ずしも社会の要請にこたえて専門的な職業人という形で世の中に出ていく人材を十分に修士課程等で養成をしていないということにもつながるわけであります。修士課程でありましても、工学部の系統はいまや修士課程を終了して社会に出ていくということが一般的になっており、このことはまた、社会の側でもそのことを期待をしているというような状況にございます。 問題があるのは、博士課程の卒業生にいわゆるオーバードクターと言われているものがあるという点でございます。学位を取得した後になお大学に残って研究している、あるいは所定の修業年限を終えて学位を取得しないまま大学に残っているというのがオーバードクターと普通言われるわけでありますが、その数がかなりの数に上ります。これも分野によって違いますけれども、特に理学の系統にオーバードクターは多いわけでございます。これについては先ほどもお答え申しましたように、やはり一つには大学院の側がもっと教育研究の内容について、あり方について工夫をするということが必要でございましょうし、また、大学院の学生自体がすべて高等教育機関における教官を志望するということではなくて、もっと積極的に社会に出ていくということを考えなければならないというような進路の選択における学生側のなお考えなければならない点というものがある。さらに社会の側においても、大学院を修了した者に対する受け入れということについて必ずしもスムーズでない面がある。いろいろな要因がございます。そのことは、基本的には、戦後のわが国の大学院の制度というものが新しい制度のもとで十分に成熟をして機能していない点にあるということも先ほど御指摘のあったところでございます。 いずれにしても、そういった状況を非常に即効的に是正をする方法というのはなかなか見出しがたいわけでありますけれども、いま申しましたようなそれぞれの点についてそれぞれの側が努力をしていくということで対応する、それがいいのではないかと思っております。
○三浦(隆)委員 ただいまのお答えは、恐らく事実調査をされていないお答えだと思います。大変に現実と離れておるわけです。大学では、いま新規の教員を採るのは、各大学各学部一人毎年採れるか採れないかでございます。採るだけ採ってしまっておりまして、もう採らないという状況です。一方、大学院を卒業する人たちはいま量産で出てきてしまっておるわけです。いずれ是正措置をとりますと言いますが、そのいずれと言っている間にも毎年のごとく量産で出ているわけです。ですから、本来は学問の後継者たらんとするぐらいの高度な研究をするというのが当初はほとんど大学院の主たる目的だったと思います。いまや現実は全然違った方向に流れてしまっているわけです。いま中卒の子を採りたいけれども、みんな高校生になっているから、仕方がないから高卒の子に中学の仕事をさせよう。高校でいいのだけれども、女の子はみんな短大に行くから、短大は要らないのだけれども短大の子を採ろう。同じようにして、大学院生は別に要らぬのだけれども、大学生で間に合うのだけれども、まあまあ大学院生を採っておこうか。かりそめにもそうなると大学院という存在が泣いてしまうのじゃないか。もっと大学院なら大学院らしく、人数をしぼって、本当に大学では学ぶことのできない高度な教育研究がなされるような、そしてそこをドクターで出たならば引く手あまたで、そのすばらしい力が発揮できるようでなければ、ドクター出といったもののプライドがなくなってしまうし、いま一生懸命そうした自分に合う職業を探そうとしながらあえてがまんしている人もたくさん知っておりますが、それも限界でありまして、いずれはマスター、ドクター出の連中が安売りをするようになってしまうかと思うのです。そうした場合の大学院というものが、大学院ならぬ大学科というか、価値が下落することは大変悲しむべきことだと思います。文部省としては、確実な調査を速やかになされまして、大学院は大学院なんですから、大学院らしいものが行われますようにひとつお改めをいただければよいと思います。 そこで、その次の質問に入ります。 毎年のごとき入学定員の増加で、大学そのものの存在意義が問われようとしております。昭和二十三年度大学生在籍者一万一千九百七十名に対しまして、昭和五十三年度大学院生在籍者五万三千名、以下、大学生百八十六万二千名、短大生三十八万名に及んでいるわけであります。大学院生だけでも穏やかな数ではございません。 これに対して、夏目漱石が明治二十八年に彼が先生をしましたときに、その学校の校友会誌に載せた愚見数則というのがございますが、その中で教育に触れております。漱石によれば「昔の書生は、笈を負いて遊歴し、この人ならばと思う先生のもとに落ちつく。ゆえに先生を敬うこと、父兄に過ぎたり。先生もまた弟子に対すること、真の子のごとし。これでなくては真の教育ということはできぬなり。いまの書生は学校をはたご屋のごとく思う。金を出してしばらく逗留するにすぎず、いやになればすぐに宿を移す。かかる生徒に対する校長は宿屋の主人のごとく、教師は番頭でっちなり。主人たる校長すら、ときにはお客のきげんをとらねばならず、いわんや番頭でっちをや。薫陶どころか解雇されざるをもって幸福と思うくらいなり。生徒の増長し、教員の下落するはあたりまえのことなり。」とあるわけです。 何か今日のことを言われているような気もしないではありませんが、明治二十八年という時代は、教員も生徒も学生もまことに少なかった時代であります。ここではまさに一対一ぐらいの発想があります。あるいは松下村塾的な発想と言ってもいいのかもしれません。まさに教育の本質に迫ります子弟間の相互信頼と教育への質的追求の厳しさがそこには見られるわけです。だからこそ、当時大学を出るというと一目も二目も置かれたのだろうという感じがいたします。 さて、これに対しまして、今回の早稲田大学における不正入試事件は、まさに信頼度の高い大学での事件でありますだけに波紋もまことに大きく、われわれは改めて、入試制度のあり方だけにとどまらず、大学における教育とは何かという基本的命題について再考すべきときに来たように思われるのです。 そこで第一問ですが、早稲田大学入試漏洩事件につきまして、文部省当局の知り得た情報で公表してよい可能な限りの経過報告をしていただきたいと思います。
○佐野政府委員 早稲田の入試問題の漏洩につきましては、文部省はこれまで大学の自主的な対応を期待しております。そしてそれを見守るという基本的な立場に立ちながら、事件発生以来、教務部長を通じて逐次報告を受け、また先般は常務理事から中間的な御報告をいただいたわけであります。内容はすでに新聞等で報道されていること以上には出ませんが、一応申し上げますと、すでに御案内のように、商学部の試験問題のうち、英語、国語及び日本史、世界史、地理Bの三教科五科目のものが事前に外部に漏れた事実がある。このほか、選択の関係で社会と数学は一緒の問題用紙になっておりますから、数学Iも漏れたと見ざるを得ないと思います。 それから、早稲田大学の職員二人と早稲田大学印刷所の職員が問題漏洩に関与しており、さらに外部の者数人がこの事件にかかわっている。大学は、大学の手の及ばない外部の事実については捜査当局に処理をゆだねているということであります。 早稲田大学の職員二人については、大学は査問に付しております。したがって、身分としては現在は休職の形になっております。教育学部の市原教授につきましては、受験生二人に試験問題を見せていたことが判明いたしましたので、教育学部の教授会が三月十一日に同教授の解任を決定し、理事会も十四日にこのことを決めて、三月十一日付で解任をいたしております。商学部の教授会は、商学部の合格者の答案について詳細な検討を行っておりますが、その結果十人程度の不審な者を発見しております。このうちの二人については市原教授のあっせんにかかることが判明いたしましたので、三月十五日の教授会で、入学手続をとっていた一名については入学許可を取り消し、他の一名は入学手続をまだとっておりませんので合格を取り消しております。その他の者については、現在さらに調査が続行されております。 また、同日の教授会で田中商学部長が辞意を表明して受け入れられまして、三月十七日の教授会で朝岡教授が次期商学部長候補者として選任されております。 大学としては、疑惑とされている諸点につきまして、今後さらに商学部教授会、教育学部教授会を中心に自主的に徹底した解明を継続していくということをわれわれは聞いておるわけでございます。
○三浦(隆)委員 今日の入試は学部長一人が責任を負って済むような、そんな単純なものではございませんで、どこの大学もきわめて神経過敏なくらいに入試については大変慎重な配慮をなしておるわけです。そういう意味では、学部教授会の何回にもわたる会議の結果、問題がつくられて出てきておりますので、たまたま事件があったからといって、学部長は本来はやめられる必要も恐らくなかったんだろうと思います。また、かかる事件がありますと、よく汚職事件では自殺される方がおりますけれども、自殺したからといって事件が本質的に解決がつくわけではないわけです。 そこで、事件の解明とともに、大学として社会的に納得される処置を講ずることは当然のことでございますが、それは対症療法として不正にかかわった教職員の処分や不正入学者の取り消しの処分に終わるだけのものであってはならないと思うのです。そこで、大臣として今回の事件についてどのようにお考えになられているか、大臣としてのお考えをお尋ねしたいと思います。
○谷垣国務大臣 大変入試の問題が公正に行われなければならない性格を、ことに現在のわが国の状況では厳しく期待していい問題だと思うのでありますが、そのことにつきましてこういう問題が起きましたことはまことに遺憾に思っております。残念に存じております。 経過は先ほど局長の方から御報告をいたしましたとおりでございますが、大学当局もこの問題の解決にはきわめて重大に感じて取り組んでおられることを私たちは認めておるわけでございます。もちろん御指摘がありましたように、今度の事件そのもの、管理体制のどういうところが欠けておったのか、あるいは職員その他の問題に対しましての監督等がどういうところが欠けておったのかというような問題につきまして、真相を明らかにしてそれの対策を講じていかなければならないことは当然であろうかと思いますが、さらにもう一歩進めて入試のやり方全体において今後どういうふうな考え方をもって進めていったらいいかということも、今回の問題の処置だけにとどまらないで検討していって、具体的な対策を立てていきたいものだと考えております。早稲田の当局も、そういうことはすでに早稲田大学当局としてお感じになっておるように私は見ておるわけでございます。
○三浦(隆)委員 今日、情報公開法の制定の話も出ておりますほど、あらゆる面で不正を根絶せよという声が高まっているわけです。大学もかつての象牙の塔のごとく聖域ではもはやございません。入試における不正事件は、私学ばかりでなく、昭和四十六年の国立大阪大学、同四十九年国立長崎大学でも起こっておりまして、国公私立大学ともども国民の多大な税金をかけていることですから、国民に納得のいく姿勢がなされなければならないと思うのです。したがいまして、問題は早稲田大学だけのことではなく、全大学の問題として受けとめなくてはならないと思います。この事件を契機としまして、早稲田大学はもとより国公立大学もでき得る限り入試の仕組みをガラス張りにしまして、国民のだれにでもある程度わかるようにすべきだと思います。大学の自治にかかわらない範囲で、問題用紙の印刷過程など、文部省による適切な指導助言を各大学あてに行い得ますように早急に文部省は対策を立てた方がよいと思うのですが、これについていかがお考えでしょうか。
○佐野政府委員 すでに国公私立各大学とも今回の早稲田大学の入試問題の漏洩をきわめて深刻に受けとめて、それを警鐘としてそれぞれの入試の管理体制のチェックに入っていると私は信じます。しかし、そのことはそのことといたしまして、これまで文部省は、どちらかと申しますと、入試の公正というのは特に教授会において責任を持って、教学の責任において大学に迎え入れるべき者を公正に選抜をすることというような点に重点を置いた指導を必要な場合には行ってきたわけでありますが、御指摘のように問題の印刷、保管等の過程を含めてその体制を整えるように、もう一度再点検をして改善すべきものは改善をするようにという要請を各大学に行う必要があるのではないかと私どもも考えております。各大学は、もちろんそのことについては言われるまでもなく御留意になっているとは思いますが、それであるからこそ私どももその点について重ねてこういう点に御注意を願いたいということを申し上げる方がよろしいかと考えておりまして、現在それについてどのような機会にどのような方法で注意を喚起するのがいいのか検討をいたしているところでございます。
○三浦(隆)委員 大臣は特色ある大学ということを言われたのですが、入試をすべて成績順により決定するというだけでは、このごろ国立も私立も余り違いがなくなってきまして、その点ではきわめて画一的でありまして、決して特色あるとは言えない。私学も独自性というか、特色のある私学とはだんだん言えなくなってきているところが多いようにも思います。そこで、特色ある大学となり得るような入試制度の検討というものをこの辺でもう一度何かあるかどうか考えてもいいように思うのです。これは別に質問とは申しません。 そこで、続けさしていただきまして、私学補助金につきましては私立学校振興助成法が昭和五十年、法六十一号で成立しておりまして、その第五条第五号によりますと、「管理運営が適正を欠く場合」「当該学校法人に交付する補助金を減額して交付することができる。」あるいは次の六条では、進んでもっとひどければなくすこともできるというふうにあるのですが、今回の事例ではそれはどうなるのでしょうか。
○三角政府委員 いまおっしゃいました管理運営が適正を欠く場合というのは具体的にどういう場合かということになりますが、補助金の取扱要領というもので一応定めてあるのでございますが、これまでありました具体的な事例としては、入学者選抜の不公正ということで、入学に関する寄付金の収受等により入学者選抜の公正が害されたと認められるものというようなことで、刑事事件などに伴いまして補助金の返還を求めた事例はございます。 今回のいま御指摘のケースでございますが、これは申すまでもなく経常費補助金は私立学校振興助成法の目的でありますところの私立学校の教育条件の維持向上、それから修学上の負担軽減ということを目的として交付しておるわけでございます。管理運営不適正というようなことに今回の事例が当たるかどうかでございますけれども、これは私学振興財団が補助金の交付の事務を行っておりますので、同財団において慎重に検討をするという事柄でございます。でございますから、事実関係の解明でございますとか大学当局の対応の措置等を見守った上で今後きわめて慎重に対処すべき事柄であるというふうに考えるわけでございます。 ただ、一言つけ加えますならば、学校が組織として不適切な管理運営で不正な——不正なと申しますか、入試の公正を害したということとはかなり様相を異にする事例ではないかというふうに私は見ておりますが、結論は私学振興財団の方で慎重に検討の上、出していただくということになるわけでございます。
○三浦(隆)委員 入試は大学だけではありませんで、中学にも高校にもあるわけで、その一つとして、公平に選びたいということからペーパーテストを厳格に行うというのは、確かに一つの有力な手段であるというふうには思っております。しかし、特に低学年あたりになってきました場合に、成績のよい子をとり、性格の素直な子を学校がとっていたら、言い方を変えれば余り教育は要らぬのではないだろうか。ふできな子供をとり、ひねくれた子供をとって預かっている三年なり六年の間に見違えるばかりに素直な子なり、あるいは勉強好きな子に持ってくるというのが、場合によってはこれこそ教育ではないだろうかという気もするのですけれども、このごろはネコもしゃくしも入試の公正ということでペーパーテスト一本やり。そうすると、子供にはおくての子もあれば、はやての子もありますから、必ずしもその子供の評価でないものが先に出てしまって、将来伸びそうな子まで萎縮してだめにしてしまうということになるかもしれないなというふうに感じます。 さて、それとは逆に、早稲田大学の入試とは全然逆ですが、放送大学法案に言う放送大学への入学は、入学資格といい、入学方法といい、余りにも今度はやさし過ぎまして、大臣の言われる量より質への質の点で問題があるのではないかというふうに思いますが、いかかでしょうか。
○佐野政府委員 御指摘のように、放送大学はもちろん正規の大学として教養学部を持つ単科の大学をつくろうとしているわけでございますが、入学資格については他の大学と同様に高等学校卒業程度というのが入学資格になります。ただ、事の性質上高等学校卒業資格は持っていないけれども、高校卒と同等以上の能力があると認められる者について何らかの方法によって放送大学の門を開きたい、これは率直にそう考えて現在検討いたしているところでございます。また、入学者の選抜につきましても、この大学の場合には学力試験によらないで定員の範囲内で先着順あるいは抽せんというような方法で公正な選抜を行うことを考えているわけであります。そういう意味では、他の大学と入り口のところの対応はかなり異なると思います。しかし、放送大学で継続して放送を視聴し、学習センターにおけるスクーリングに出席をして一つ一つの単位の取得を重ね、そして大学卒業に必要な百二十四単位以上の単位を積み重ねて卒業していくという努力は、私は大変なものだと思います。これは通常の大学を卒業する以上に非常な熱意と努力がなければなかなかできないことであり、この大学の場合にはまさにそうした努力を重ねて卒業していく卒業生の資質というものを社会が適切に評価してほしいし、また評価していただけるだけの卒業生が出ていってくれることを期待をしているわけであります。
○三浦(隆)委員 先着順にとるということも公平の一つですし、そうして入ってから、入った人の努力と熱意によって物になるんだというお答えです。東京大学はそういうことをやる気力はございませんでしょうか。
○佐野政府委員 先生御指摘のように私どもも大学に入る者がいわゆる学力試験の成績順だけで選ばれることがすべて公正であるというように考え過ぎない方かいいと思います。それはいろいろな学力試験以外の資質というものを持った者を大学がどうやって迎え入れるかということをもっと工夫すべきである。ただ、そのことは、絶対に公明正大にそのことを明らかにした上でおやりにならなければならないことだと思います。先日の某新聞に投稿されていた某国立大学の経済学部の例でございますが、これも共通一次の試験、二次の試験、その場合における小論文の成績というようなものをきわめて大学で工夫をされて、必ずしも成績順に一連に入れるということでない、小論文で出てくるその学生の特性というものを何とか拾い上げようというような努力をされている例がありました。私はそういうことは大変結構なことだと思います。東京大学が具体的にどのように対応されるかは、これは東京大学の問題で私は何とも申し上げられませんが、一般的にはそのように思います。
○三浦(隆)委員 いま一案として申し上げたわけですが、わが国では官尊民卑ということが東京大学を頂点として現実に抜きがたくあるわけです。そういう意味では官立大学の方に面接による採用なり、小論文による採用なり、先着順による採用なりをお任せいたしまして、私学の方はペーパーテストをもってやるというふうなのも一つの行き方ではないかと思いますが、しかしそれは個々の大学の教授会で決めることですので、そういう意見もあるかもということにとどめさしていただきます。 まだ時間は大変余っておりますが、きょうは最初の外国人大学の設置の問題に実は力点を置いて調べてまいりましたが、意外と簡単にいきましたので、きょうはこの辺で終わらせていただくことにいたします。
○谷川委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。 —————————————
○谷川委員長 これより討論に入るのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決いたします。 国立学校設置法の一部を改正する等の法律案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○谷川委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決いたしました。 なお、ただいま議決いたしました本案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○谷川委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
○谷川委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時五十七分散会