科学技術振興対策特別委員会 第12号
- 発言数
- 169 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1980/04/24
会議録
○瀬野委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法律案、及び石野久男君外四名提出、日本原子力船開発事業団法及び日本原子力研究所法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。瀬崎博義君。
○瀬崎委員 まず、佐世保重工の坪内社長と政府及び自民党との間に交わされました合意の問題で伺いたいのでございます。 先般、坪内社長と自民党の安倍氏及び坪内氏と長田長官がそれぞれ会談を持っていらっしゃいます。この中で、「むつ」が佐世保に入港いたしましてから、事態の進展が一年半有余にわたってなかったわけでありますが、この問題について坪内氏がどういうふうな主張をしたのか、伺いたいのであります。
○長田国務大臣 古いことにつきましては、また担当の局長の方からお答え申し上げますが、私、昨年十一月九日科学技術庁に着任しまして以来、「むつ」の開発の問題は、予定どおり進んでおらない、重要な問題だというふうに考えまして、これの打開の方途などにつきましても、いろいろ関係の向きからの話も聞いたりいたしたわけでございます。 それに関しましては、佐世保重工の再建を坪内社長が引き受けられました当時、事業経営者としての立場からのいろいろな要望などもあった、あるいはまた「むつ」の遮蔽修理の問題に絡みまして、「むつ」が佐世保重工の岸壁につながれて以来のいろいろな問題につきましての経緯なども聞いたわけでございますけれども、そこらにもかなりの行き違いなどがあったのじゃないか。事業経営者として要望したことが十分満たされていないという気持ち、あるいは岸壁に「むつ」がつながれるに至った経緯等につきましての若干の双方の行き違いと申しますか、理解の仕方などの食い違いもあったように思われます。あるいはその後の坪内社長のとられた方針などにつきまして、主として科学技術庁サイドにおきます見方として伝えられたことなどにつきましての、若干名誉を傷つけられたと思っておられたような面、いろいろなものが錯綜しておるような感じがしたわけでございます。 そこで去る四月二日、安倍政調会長の仲立ちもあり、その日の会談におきまして、いままでの問題は、大局的見地からもうこの際一切捨てて、この「むつ」の開発に協力をする、そういうような立場であの了解が成り立った、そのように考えている次第でございます。
○瀬崎委員 単に行き違いであるとか理解の食い違いと言われても、われわれには十分わからないわけですね。そういう多少の行き違い、食い違いなら、こんな長い間、しかも政治的にも社会的にも大きな問題である「むつ」が、長く放置されるわけはないと思うのです。 ですから、具体的に言えば、特に大きな行き違いとはどういうことなのか、これをはっきりしていただきたいと思います。
○長田国務大臣 詳細はさらに担当局長から申し上げますが、いま申し上げましたほかに、私、先ほど申し落としましたが、佐世保重工におきます労使間の問題等におきましても、「むつ」の遮蔽改修に取りかかり得ない事情というものが相当の期間続いた、そういうようなことも、不幸な事情の一つの重要な問題であったと思っております。 なお、従来の経緯などについては、担当の局長あるいは事業団理事長などから申し上げます。
○石渡政府委員 佐世保重工と事業団との係船等の契約につきまして、両者間に意思の疎通を欠くところがあったということは、ただいま大臣からも御説明申し上げたところでございます。 本件につきましては、昨年夏以来、長崎県知事のごあっせんをお願いしていたところでございますが、昨年十一月十四日に至りまして、知事のお取り計らいで佐世保重工の社長あるいは幹部の方と当庁の事務次官以下の幹部の会談が持たれまして、従来いろいろ行き違いがあったということも認め、また今後、意思の疎通も十分改善していこうという運びになったわけでございます。 その後、大臣も直接坪内社長と会談されまして、次第に両者のわだかまりといったものも消えてまいりまして、最終的に四月二日に、ようやく今後は十分意思の疎通を図ってやっていこうという雰囲気になってきたというのが従来の経過でございます。その後、精力的に交渉を重ねまして、四月九日には懸案となっておりました係船あるいは入渠契約が成立した、こういう次第でございます。
○瀬崎委員 特に私が聞きたいのは、四月九日ですか、合意に達した後のことだと思いますが、記者会見では坪内社長がしきりと、SSK、佐世保重工の再建は引き受けたが、「むつ」の修理は引き受けていない、こういうことを繰り返したそうですね。そんな大きな食い違いが起こったそもそもの原因、出発点はどこにあったのでしょうか。
○長田国務大臣 私が御本人から直接聞きましたところでは、佐世保重工の再建を引き受ける際には「むつ」の話は全然出ていなかった、そして佐世保重工の再建を引き受けた後で突如としてと申しますか、御本人の側からすれば「むつ」の遮蔽修理を引き受けるという問題が出てきた、したがって、最初にまず自分はそのつもりで佐世保重工の社長になったのではなかったというようなこともあったようでございます。 なお、係船料の金額などにつきましても、両者の認識というか、そういうものについての当初の見方がかなり隔たっておったということも一つの原因だというふうには考えております。
○瀬崎委員 佐世保重工について言えば、社会的に見れば、この会社が倒産をしたわけではないわけですね。会社は存続をし、経営者が交代した、こういうふうな範疇に入るものではないかと思うのです。したがって、われわれ常識的に考えれば、その前の社長が対外的に会社を代表して約束しておったことは、当然引き継いだ社長なり経営責任者に引き継がれていなければならない、こう思うのであります。これが常識だと思うのですが、その点の大臣のお考えはいかがですか。
○長田国務大臣 法的に見ますれば、そのとおりだというふうに思っております。
○瀬崎委員 五十二年三月十六日の当委員会で、当時の科技庁長官宇野さんは、こう言っているわけなんです。「佐世保に入れるにはSSKしかないわけですから、その点に関しましても佐世保重工みずからも今日ただいま非常に慎重で、そうしてやる以上はりっぱな業績を残したい、こういうふうなお考え方をお持ちであるということを私は仄聞いたしておりますから、その点に関しましては、当然、それだけの自信を持って遮蔽改修並びに修繕に当たっていただけるとわれわれは考えております。」、こう明言をしていらっしゃるわけなんですね。また倉本専務理事も、その後答弁を補足して「佐世保重工におきましては、当然、佐世保市に受け入れられた場合には、自分たちのところでこの工事を受け持たざるを得ないということでいろいろ準備を進めている、」こういう答弁をちゃんとしているわけなんですよ。 この当然受け持たざるを得ない工事について、後任の社長である坪内氏が引き受けた覚えはない、そういうふうな発言の出てくること自身が、私どもは常識的には全く理解ができないのです。確かに、政府から要請がなかったということは、いま大臣の御発言でどうも事実あったのではないかと思う。だけれども、前任、後任の社長の交代の間で、私は普通の会社なら引き継ぎをしているはずだと思うのですが、この点について、大臣は、この坪内氏のそういう発言態度はおかしいとお思いになりませんか。
○長田国務大臣 当然、引き継ぎがあるべきことだと思いますが、その引き継ぎが内部的に十分なかったとした場合に、どちらの側なのか、前者の方が申し継ぎをしなかったのか、後の方があれだったのか、そこらの事情までは、私どもつまびらかにしておらないところでございます。
○瀬崎委員 今日のこういう「むつ」の異常の上にも異常な事態が起こってきたその原因と責任については、大体これで明らかになったと思うのです。大臣もお認めのように、当然法的にも常識的にも前任社長と後任社長は引き継ぎがなければならぬ。引き継ぎをしなかったのは、前任者が悪かったのか、後任者が悪かったのかは別にして、こういう点では、SSKのトップのとった態度は全く無責任だ、この点は明らかになったと思う。 もう一つは、これほど重大な「むつ」の問題について、坪内社長に、政府からSSK再建問題のときに「むつ」の問題を頼まれていなかったと言わせるような政府側の態度、この責任も私は重大ではないかと思うのです。 この点について、政府のはっきりした責任のとり方も聞いておきたいと思います。自分たちの責任を自覚しているのかどうか、いかがです。
○長田国務大臣 当時のやりとりその他、明確な事実を私が認識しているわけではありませんが、その後のいろいろな経緯とか、坪内氏と数回会いましての感じとして、そこらの点でも意思の疎通を欠いたというか、こちらは完璧だったというふうにも考えておらないわけでございます。
○瀬崎委員 この遮蔽改修については、当然、原子力委員会の安全審査があるわけでありますが、その原子力委員会の最初の安全審査の決定では、造船事業者はSSKとなっていたのではないですか。
○牧村政府委員 遮蔽改修のための安全審査の申請が出てまいりましたときには、先生御指摘のとおり、当初予定としては、SSKが実施するという形で出てまいりましたが、その後、遮蔽改修工事を行う社が変更になりましたので、それぞれ必要な変更措置をとって許可をしたところでございます。
○瀬崎委員 いや、私が聞いているのは、最初、造船事業者としては、SSKを対象にして安全審査の申請を出された、それに対する原子力委員会の決定はどうであったかと聞いているのです。そのことだけ答えてください。 大体いま変更の問題が持ち出されたが、それは五十四年十月二十九日のことなんだから、それ以前は一たん造船事業者はSSKと決められたはずでしょう、だからこそ変更申請が出て変更許可になっているのじゃないですか。
○牧村政府委員 造船所の変更が石川島重工に変更になりましたときの諮問の形は、原子力委員会と安全委員会の両方に諮問するたてまえに今度なったわけでございますが、原子力委員会への諮問は、安全審査が安全委員会で行われております間、しばらくおくらして手続をとりました関係で、原子力委員会に出ましたときには、すでに補整をした上で原子力委員会の方に諮問しております。
○瀬崎委員 だから、その補整の前は造船事業者はどうなっておったのかということなんです。単純に答えてください。
○牧村政府委員 補整の前は造船事業者は佐世保重工でございます。
○瀬崎委員 五十二年の三月十六日の科学技術の委員会で、この問題もすでに議論はしてあるのです。 これは私の質問ですが、「原子力委員会のいろいろな審査にいまからわれわれが予見を持とうとか、あらかじめ感触を聞かしてくれというのではないけれども、しかし、佐世保重工で大丈夫工事はやれるような状態が将来生まれるという確信なしに船を入れたかて、ここでまた下手をすると、安全審査等の段階でぶつかって佐世保重工以外のところを探さなくちゃいけない、こんなことになったら、大変なことになるでしょう。」、こう一種の警告を申し上げておったわけであります。 原子力委員会の最初の安全審査で、なぜこのSSKの能力について、安全委員会についても一緒なんですが、われわれの指摘を尊重した的確な判断ができなかったのか、なぜ最初SSKで申請が出たときに、SSKでは問題が起こるかもしれない、一遍これを返すなり再検討を求めるなりしなかったのか、この点を伺っておきたいのです。
○牧村政府委員 私どもの方の立場は、設置者が申請を出してくるのを受理して審査をする立場をとっておるわけでございます。そういう観点から、われわれとしては、それを指導する立場にはない、安全上の問題等で審査を厳正に行う立場であると了解しております。したがって、安全局としては、そういう指導はいたしておりません。
○瀬崎委員 結局、安全審査というものは、設置者の出してきたものをうのみにするだけだ、そういうことなんですね。 それでは、問題はその設置者にあるということですが、その点も過去の国会の議論には出ているわけです。その同じときの委員会でありますが、事業団に対しても政府に対しても、私自身質問したのです。「佐世保重工で一番問題になってくるのは、最後の性能保証を含めてその能力があるかどうかという点だ」、こうお尋ねをしているわけでありますが、これに対して宇野長官は「当然そうしたことは大丈夫だという見通しのもとに今日すべてを進めております。」、こういうここに明言されておるのです。不幸な私どもの指摘が的中したことを決して喜ぶものではありません。しかし、ここまで国会で大臣が答弁しておりながら、その答弁に全く相反する結果になった、この政府の判断の誤り、そしてそれに伴う政府の責任の自覚、これがあるかないかを大臣に伺っておきたいと思います。
○長田国務大臣 いずれにしましても、結果が時間的にこのようにおくれを来したとか、その間のいろいろな事情があったにしろ、個々の事情については、それぞれ理由もあるというふうには考えておりますけれども、いずれにしましても、このような結果になっていることについては、私は、政府側の責任者としてその責任は感じているところでございます。
○瀬崎委員 現在の佐世保重工には、原子力船の研究開発に取り組む意思や体制はとられているのでしょうか。一番よく御存じなのは事業団でしょうか。
○野村参考人 お答えいたします。 先ほど大臣が申されましたように、四月二日に基本的な合意がトップレベルで行われまして、そのときに主契約者にはならないけれども、佐世保重工において「むつ」の修理を石川島播磨等に協力をしてやるということでございまして、その後、事務も順調に現場あるいは本社本部間において進められておりますので、十分意欲的に取り組む考えであると私どもは考えております。
○瀬崎委員 私は、何も「むつ」の修理の体制があるかと聞いているのではないのです。将来、原子力船の研究や開発に積極的に佐世保重工が取り組む意思を持っているのか、その体制を拡充しようとする状態にいまあるのか、ここを聞いているのです。
○野村参考人 将来、原子力船に佐世保重工が取り組む意思が現在あるかという御質問でございますが、これは一般的に申し上げれば、非常に大きな課題でございますので、造船事業界全体で考えられて、佐世保重工もいわゆる準大手という立場にありますので、いろいろと考えられてはおると思いますけれども、一般的に、いままでのその面におきまする先達がやはり石川島播磨であり、三菱でございますので、そういう点から、佐世保重工が特に原子力船の今後の開発に他にぬきんでて熱意があるといいますか、そういうふうには私どもは必ずしも思いませんけれども、現時点におきましては、「むつ」に協力をしてやっていくという気持ちであると思っております。
○瀬崎委員 当時の議事録を振り返ってみられるとよくわかりますが、当時は事業団側も、佐世保重工がこの「むつ」の修理を引き受けるのをきっかけに、いろいろと原子力船の問題を勉強して、将来、そういう方面に貢献したい意思もあるというふうな答弁を繰り返していらっしゃるんですね。こういう点で言えば、事業団が佐世保重工にそういう見方をしておることは、今日見方を改めざるを得ない、こういうことなんですか。これは倉本さんが主に当時答弁していますね。
○倉本参考人 ただいま先生がおっしゃいましたように、その当時におきましては、確かに佐世保重工の方も、職員に対して原子力の勉強を大いにやろうということで、原子力についての一般的な勉強から始まりまして、また原子力船、さらには「むつ」そのものについての勉強も、これは幹部並びに職員に対しても、計画をつくり、勉強されるという姿勢でございまして、それに対して私どもも大いに協力をするということで、私どもの職員が頼まれて講師となって、いろいろお話をしたりということでございました。
○瀬崎委員 それはわかっている。その見方はいまはどうだと言うのです。
○倉本参考人 そういう状況にございましたが、その後「むつ」の工事については辞退をしたいという社長の御意思が明確になってまいりましたし、また、佐世保重工の職員等の研修等もございまして、これは新しい佐世保重工業のあり方ということで「むつ」工事室等の職員を初め佐世保の会社としての別途の御研修の方に行かれて、「むつ」工事室の方も、先日社長のゴーサインが出るまでは人数もだんだん減ってきておったというような状況でございます。
○瀬崎委員 結局、大臣が代表して責任をとるという趣旨の御発言ですから、それ以上は私、追求しなかったわけでありますが、政府も事業団も原子力委員会もみんな判断を誤っておる、こういう事態が今日の大きな国費のむだ遣いという問題を生み出したということだけは、肝に銘じていただきたいと思うのです。 佐世保重工の経営者が交代したのは、いつでしたか。
○石渡政府委員 坪内氏が佐世保重工社長に就任いたしましたのは、五十三年六月二十九日でございます。
○瀬崎委員 「むつ」を大湊港から佐世保港に回航したのは、いつですか。
○野村参考人 五十三年の十月十六日に佐世保に到着いたしました。
○瀬崎委員 大体いまごろになって坪内氏は本心を明らかにしたわけですが、もともと「むつ」の修理を引き受ける意思が、坪内体制下のSSKにはなかったわけですね。そしてすでにしさいに調べれば、社内の体制も大きく転換をしておったことも明らかなんですね。そういう意味では、この坪内氏が経営者になってから、なお「むつ」の回航まで四カ月あったのですから、この間にSSKに入れることを中止しようと思えばできた条件にあったわけなんですが、なぜそういうことの検討もしないで、大変な事態になることがわかっていながら、このSSKに「むつ」を入れてしまったのですか。
○野村参考人 先ほど来大臣等がお答えになりましたように、当時のSSKの体制としては、社長の交代がございましたけれども、「むつ」工事室と申しますか、そういう特別の担当の部門ができまして、それから向こうの職員も、技術関係者が私どものところに派遣になりますし、私どものところも、現場に事務所を置きまして、所要の職員を置きまして、「むつ」の改修についての意見の交換、打ち合わせ、いろいろやっておったわけでございます。したがいまして、当時といたしましては、一方では、SSKは入っておりませんが、五者協定を結びまして、「むつ」を回航するという準備も進めておったわけでございますから、「むつ」は当然、SSKの場において、SSKの構内においてSSKが船体部については主契約者になってやるという考えを持っておったわけでございます。 これは、いまになって考えますれば、その当時SSKとの間に文書の合意をしていなかったということは、確かに、私どもの一つの落ち度でございますけれども、何遍も意見の交換はして、向こうもいわゆる受け入れ体制も整えておりましたし、私どももそのつもりで折衝しておりましたので、そういう点につきましては、いまとなってみれば、文書の合意をしなかったという問題は、私どもの大変重大な落ち度であると思いますけれども、最初から「むつ」を受け入れないという、少なくとも会社全体の空気ではなかったのではないかと私は思っております。
○瀬崎委員 そうすると、先ほど大臣が言われた前社長と後任社長との間で「むつ」問題についての引き継ぎがなかったということは、そういう客観的な条件からは言えないはずだというふうにいまの理事長の話では聞けるんですね。もしそういう引き継ぎがない、SSKがいまおっしゃったような「むつ」受け入れの準備を着々と進めるということになると、これは全く矛盾した話で、だれもそれを聞いてなるほどと思えないと思うのです。どうしてそういう社内の体制とトップの考え方の食い違いというものが起こってきたのでしょうか。また、そのことがなぜ事業団にわからなかったのですか。
○野村参考人 引き継ぎの問題については、私は、実を申せば、その当時おりませんでしたので、生のあれとしてはよく存じませんが、要するに「むつ」を受け入れるということについて、私は、SSKの中の体制がどうであったかということはよく存じませんが、私どもとしては、事業団としては「むつ」を佐世保で修理をするということは、これは長崎の県会におきましても、佐世保の市会におきましても、いろいろ論議はありましたが、現地においても、そういう受け入れ体制がともかくできたということでありますし、非常に好意を持って迎えてくださるという空気でございましたので、私どもも、従来からの接触を通じて受け入れてもらうものと考えておったわけでございます。
○瀬崎委員 いまの話をずっと系統的に聞いていきますと、別にわれわれは特定の人を名指しして悪者扱いにしようとは思いませんけれども、結局、坪内社長の大きな駆け引きに政府も事業団も乗せられてしまった、こういうふうな感じがしてならないんですね。そして結局、しわ寄せというかしりふきは、国民の税金や国の財政にきている、そういうふうなかっこうではないかと思います。非常に遺憾だと思う。そして先ほども言われたことだけれども、係船料の問題まで起こっているわけでしょう。 この前の委員会で私はすでに追及したところでありますが、政府は当初月額一千百万円の予算を組んでいたところへ、六倍の六千万円という高い係船料をSSKからふっかけられた。長崎県知事が間へ入って、最初の一年半は月額二千五百万円、その後の三年間は月額四千万円、こういうあっせん案を出した。これ自体が私は根拠のないべらぼうに高い値段だと思います。しかし、三月十八日にこの委員会で私が質問したときの大臣の答弁というのは、この知事のあっせんを尊重し、これに期待をしたい、こういうふうに言われたわけなんです。この知事のあっせん、最初の一年半は二千五百万円以下でなければならぬと私は思っておったところが、今回のこの合意の内容から見ますと結局、「むつ」が佐世保重工に入ったその月から四千万円取られることになったでしょう。こうなってきますと、普通に考えれば五十五年度の予算で不足が生ずるのじゃないかと思うのですが、この点はどうなんですか。
○長田国務大臣 金額につきましての経緯とかそういう点につきましては、原子力局長の方からお答え申し上げますが、先ほどの会社の方の方針転換とも申すべき事態ということにつきましては、私ども推測も入りますが、新しい社長になりましてからは、先ほど申したように一再建を引き受けるときにはその話は聞いてなかったとか、そういういろんなことを総合しますと、新社長の念頭には、会社の再建ということが圧倒的に大きな比重で頭の中というか胸の中を占めておった、そういうようなことから、いろいろな、たとえば係船料の問題にしましても、これは当方も若干見込み違いというか、実態の掌握について欠けるところもあったと思いますが、この方針転換につきましては、一つの経営者としての立場、再建を引き受けたのが自分にとっては最大の任務だったというような意識からだと私は推測をいたしておるところでございます。 金額その他につきましては、また御説明を申し上げます。
○野村参考人 係船料等の金額について申し上げますと、「むつ」が甲岸壁に係船されましてから、いわゆる係船料と言っておりますが、岸壁の使用料それから背後地の利用料、それから建屋をつくりましたその費用、それから、あそこはやはり安全保持上並びに警備上いろいろフェンスをつくったりガードマンを配置したりして、相当それに費用もかかっております。 そういうことも勘案いたしまして、結局、普通の意味の岸壁に係留をする費用ということで、私どもは、それにプラス若干のそういう管理費、警備費的なものを考えて、予算の制約もございますし、当初先生がおっしゃいました月千百万円程度から交渉を始めたわけでございますが、いろいろとこの考え方について……
○瀬崎委員 ある程度の話は、この前の委員会で聞いているのですから、予算が不足をしないか、この点についてだけ答えてください。
○野村参考人 その点につきましては、五十四年度までは、先般の契約で支払いをし、契約をして完了いたしました。五十五年度以降につきましても、この契約を継続するという約束になっております。ただ、金額については、今後双方が話し合うということでございますが、私どもは月額四千万円という金額を基礎にしたいと思いますので、その点については格別の問題はないかと思います。
○瀬崎委員 これは政府側に聞いておきたいと思います。 私が聞いているのは、もともと政府は月額千百万円の予算で出発しているわけなんです。これで予算もこれまで国会の審議を経てきたのです。さらに三月十八日時点の長田長官の答弁でいけば、知事のあっせん案に期待している、これを尊重したい、こういう発言なんです。とすれば、少なくとも今日までざっと約二十カ月になりましょうか、これは月額二千五百万円、こういうことではなかったかと思うのです。ところが、おしなべて月額四千万円。月額ですから、通算しますと大きな額の開きができます。 そこで当然、五十五年度の予算ではその低い額でしか見てないだろうから、せいぜい見ても知事のあっせん案くらいにしか見てないだろうから、四千万円ということになってくると不足が生じるのではないですかと、論理上はわれわれはそういうふうに考えられますから、そこを聞いているのです。これは局長の方、どうです。
○石渡政府委員 五十三、五十四年度の契約額につきましては、久保長崎県知事のあっせん案に示された月額二千五百万円を予定していたわけでございます。しかし、現実に契約の行為が五十五年度に入って契約されることになりましたので、種々の状況から判断して契約額を月額四千万円としたという報告を受けたわけであります。この契約によって、現在、事業団運営上問題となるような予算不足が生ずることはないという報告を受けております。
○瀬崎委員 ということは、予算の編成は恐らくもう去年のいまごろからいろいろなヒヤリングが始まり、去年の暮れになれば大体確定してくるわけでしょう。その予算で五十五年度不足がないということは、何だかんだと言いながら、結局、初めから四千万円のベースを政府は見込んでおった、こういうことになるのじゃないかと思うのです。こうなると、またここで大臣もいいかげんな国会答弁をしているように思うし、あれほどひどい仕打ちを受けた坪内社長のすべて言いなりになってくる、こういう感じがしてならぬのですね。国民の立場から考えれば、全くけしからぬ話だと思うのです。 仮に「むつ」がSSK入りをして改修、総点検が終わるまで四年半として一遍計算してごらんなさい。一千百万円の場合ですと五億九千四百万円で済むのです。ところが、四千万円で計算してごらんなさい。二十一億六千万円かかってくるのです。その差、実に十五億六千六百万円ですよ。本当に大きな国費が出ていくわけでしょう。こういう点について政府側として無反省で済むものじゃない、重大な政治責任を伴う問題だと私は思います。いかがでしょう。
○長田国務大臣 先ほども申し上げたところですが、係船料一千万円ということにつきましても、その後、岸壁の背後地の事情等、こちら側におきましても、実態を十分見ておらなかった面があるというふうに考えております。 なお、知事あっせんの内容と違うという面につきましては、局長からお答えいたします。
○石渡政府委員 久保知事のごあっせんは、三年間を通して月額四千万円というお考えであったと理解しております。しかし、予算の都合もあるであろうから、五十二、五十四年度は二千五百万円としたらどうかということでございましたが、先ほども申し上げましたように、実際の契約が五十五年度に入ったものでございますから、五十三年度、五十四年度は繰り越しておった金を使い、なお五十五年度に不足してくるであろう金額については、事業団の内部努力によって何とかやり繰りをつけるということを考えたわけでございます。
○瀬崎委員 しかも、この莫大な係船料といいますか岸壁使用料のうち、今日までの約二十カ月分、金額に直すと約八億円、これは何にもしない、ただ「むつ」をSSKの岸壁に置いておくというだけで消えていく金でしょう。こんな大きなむだ遣いがこの財政難のときに行われている。このことは幾ら強調してもし過ぎることがないほど政府は重大な責任を負っていると私は思います。 そこで次に、原子力委員会が去る四月一日「原子力船研究開発の進め方について」という新しい方針を出しましたね、これについて伺いたいと思います。 この中で「むつ」の諸計画のおくれについて「諸般の事情」という漠然とした理由の挙げ方をしているわけですが、一体具体的には何を指しているのか。また、ここには責任の所在という点には全然触れていないんですね。この責任の所在については、原子力委員会としてはどう考えているのか、この点を明確にしていただきたいと思います。これは原子力委員長としてお答えをいただきたい。
○長田国務大臣 「むつ」の開発につきましては、先ほども私の責任の問題に関連して申し上げたところですが、最初から地元等の了解が十分に得られていなかったということなどもございまして、出力上昇試験の開始が約二年間おくれ、また、その出力上昇試験に際しまして、放射線漏れという予期しない技術上のトラブルも起こったわけでございまして、また、その技術上のトラブル以後の対応が円滑に進められなかった、そういうような事情が重なりまして、開発計画が大きく遅延するということになったわけでございまして、四月十一日付の原子力委員会決定におきまして、これらの事情を込めまして「諸般の事情」というふうに表現いたした次第でございます。
○瀬崎委員 その「諸般の事情」が、かくも大きな、いわば政府みずから立てた計画に対するおくれを生じた、あるいは原子力委員会の計画におくれを生じた。そのいろいろな責任問題はあるでしょうが、その特に根本となる責任はどうだ、だれが負うべき責任だと考えていますか。
○長田国務大臣 私は、この問題の背景としまして、原子力船の安全性につきましての国民の御理解あるいは信頼、そういう面が一番背景としてあると思っております。 なお、どの段階が一番責任があるかという御質問につきましては、私は、それぞれの段階で関係者はその時点での全力を尽くしてきたというふうに考えておるところでございまして、いまどの点が最大の責任とかということにつきましては、十分なお答えをするだけの分析を私はいたし切っておりませんのです。
○瀬崎委員 これは大分前に出た本でありますが、この際、こういう大臣の答弁に対して、この本の一節を御紹介しておきたいと思います。これは「「むつ」漂流 ある国家プロジェクトの軌跡」という本で、日経新聞社から出ておるのです。これは「むつ」が放射線漏れ事故を起こして漂流した当時の問題です。当時、事業団に吉本さんという部長が現地にいらっしゃいましたね、この方はやめられたでしょう。この吉本部長の辞表提出前後の話です。「辞表は二八日、むつ事業所を訪れた佐々木理事長に提出された。辞表を出すに当たって、吉本部長は理事長に「森山科学技術庁長官が辞任すべきだと思う。が、それは実現しないだろう。こんな事態になった責任を誰もとろうとしないので、私がとります」と言った。」、こういう一節もあるくらいなんですね。私は、こういうことを、時がたつとともに忘れてもらいたくないために改めて申し上げているのです。 こういうことについて、今回の原子力委員会の新たな方針で見ますと、見込み違いであるとか計画のおくれは率直に認めているけれども、しかし、その責任がどこにあったかちっとも触れていない、この点に大きな片手落ちがある、私は、こういうふうに指摘をしておきたいと思います。 さらに、原子力委員会の文書では、原子力船を取り巻く世界の現状についても見込みに反したということは認めております。 ここで、ちょっと言っておきたいのです。といいますのは、三年前、ちょうどこの事業団の延長問題が審議されておりました五十二年三月十六日の科学技術委員会、本委員会で私がこういう質問をしているのです。「諸外国の動向からも現時点では実用原子力船建造の緊急度は薄いと見られる。」という船主協会月報を引用いたしまして、「むつ」を最初に建造する段階で入札指名を受けた七つの造船会社や原子力関係の会社の体制や考え方も、私、直接回って調べてきたものですから、その内容も委員会で説明をいたしまして、原子力船の戦線からはこういう七社が大体において撤退をしてきている、これが一般的傾向じゃないか、こうただしているわけです。これに対して、当時の宇野科学技術庁長官は、こう答えています。「われわれは速やかなる原子力船時代を迎えたいと思います。」、なおこういう希望的観測を国会で堂々と出したわけであります。また、こうも言っています。「業界は、今後の政府の指導方針、また「むつ」の成果いかんによりまして、新しく原子力船時代を迎えなければならぬというふうに痛感をしてくれるであろう。」とも強弁をされているわけです。土壇場に来ても、なかなかこの誤りを認めようとしない、こういう政府の態度こそがこの災いを大きなものにしてきたもとではないか、こういうふうに私は思うわけなんです。 確かに一時期、八〇年代は原子力船時代というキャンペーンが張られたことがありました。やっと八〇年代になって、そうして現に原子力船時代は来ていない、そのときになって初めて、この原子力委員会の文書では「原子力船実用化の動きが顕在化するには至っていない。」と評価しているにすぎないわけですね。こうなってきますと、もう見通しとかなんとかというものではないわけなんでしょう。一つの長期的なプロジェクトの方針を持つためには、やはりそういう客観的な情勢についての見通しが正しくなければ必ず過ちを犯す、こういう点から、そのときどきいろいろと批判的な意見が出てくるけれども、そういう批判にもう少し政府は謙虚に耳を傾けるべきではないか。このことが同時に、一つの教訓として私はこういう原子力委員会の文書に出てほしいと思うのですが、大臣、いかがでしょう。
○長田国務大臣 過去の事情につきましての謙虚な反省と自己批判、そういうものも必要だと思いますが、長い目で見ますと、たとえばただいまお読みになりました宇野長官のさきおととしの当委員会の御説明当時は、まだ第二次石油ショックは起こっていなかった。昨年以来の状況から見ますと、長期的にも短期的にも石油の需給関係とか価格等も相当事情が変わってきておりますし、今後どうなるかということを一概に予測はできませんけれども、少なくとも欧米から五年ないし十年おくれていると言われます原子力船の開発の問題につきまして、早く欧米並みに追いついておく、そうして実用化の時期を迎えても、おくれをとらないような体制を大いに整えておくということがやはり必要ではないか。したがいまして、私は、先ほどお述べになりました宇野長官の見解と途中の判断資料は若干別といたしましても、結論におきましては、大きく隔たりを持っておらない、そのように考えております。
○瀬崎委員 さらに、この原子力委員会の新たな方針の中では、国の手で原子力第一船を建造すれば、第二船以後は民間で開発が進められるだろうという当初の方針の誤りも認めておられますね。そうしてこの文書では「「むつ」の建造、運航に加えて、原子力船の経済性、信頼性の向上をめざした研究開発についても、国が中心となり、相当長期間をかけて取り組む必要があると考えられる。」ということで、つまり今後とも国が中心でなければならぬ、こういう方針を新しく出されたわけであります。これはもう私どもが早くから言っておったことなんです。 さてこれは、抽象的な言葉なのであえて聞くのですが、それでは、われわれはやれと言うのじゃないのですが、政府あるいは原子力委員会のこういう文書からは、いずれかの日には当然、第二船ということが前提になっていると思うのですが、具体的には、その第二船はいつごろ、どのような形で建造されるものと原子力委員会は考えてこの文書を出しているのですか。
○長田国務大臣 具体的にはまだ第二船というものを考えておりません。計画には入っておりませんです。
○瀬崎委員 計画に入っていないということは、今後、国が中心になって経済性や信頼性を研究するというのは、どういう研究を意味するのですか。
○長田国務大臣 原子力を用いました船舶用のエンジンを中心とする開発、その点を指している、そのように考えております。
○瀬崎委員 つまり第二船というものについては現在は全く考えていない、こういう理解でいいわけですね。
○長田国務大臣 現時点におきまして、具体的にはそういう計画は持っておりません。
○瀬崎委員 きょうは運輸省が見えていると思うのですが、運輸省として、「むつ」以後について運輸省自身が何らか計画を持たなければならないという考えがあるのですか。それとも、いまのところ運輸省としては、原子力船については全く関係しないという考えですか。
○野口説明員 原子力船の実用化の見通しにつきましては、先ほど原子力委員長からお話がございましたように、私どもも同じような見方をしてございます。御承知のように、アメリカがサバンナや、あるいは西ドイツがオット・ハーンというようなもので実験航海を終わりまして、基礎的な技術の習得をしたわけでございますが、御承知のように、第二船、これに引き続く実用船の計画が具体化しておらぬということがございますので、これはやはり、なお実用船を建造いたしますためには、それなりの経済性なり運航面での研究が必要だというふうに判断しておるわけでございます。 ただ一方、先ほど来から御答弁がございましたように、船舶用の推進に現在石油が使われておるわけでございますが、この石油エネルギー源に対する非常に厳しい情勢から考えまして、石油の供給不安あるいは石油価格の高騰という面から、いずれはこういうものもだんだん競争力を持ってくるのではないかというふうに考えておりますので、私どもも、そういう技術基盤の確立にはぜひともいまからやっておかなければいけない、こういうふうに考えておる次第でございます。
○瀬崎委員 私は、時間の関係もありますから、これ以上深く論議はしませんが、しかし、いまの答弁からいけば逆に矛盾すると思いますね。恐らく日本の政界、財界ともに予想しないような第二次石油ショックが意外に早く来て、石油危機というものの深刻さがより骨身にこたえている現在でしょう。いまの論法でいけば、むしろ原子力船の必要性、緊急性がクローズアップされなければいかぬのに、逆に遠のくというのですから、いまの運輸省の説明では、われわれは逆に矛盾を感ぜざるを得ないというふうに思っておるのだということだけ申し上げておきたいと思います。 続いて、「むつ」につぎ込まれている費用の問題であります。あるいはこれから必要となるであろう費用であります。「むつ」の遮蔽改修及び総点検と称する一連の作業について、どのくらいの予算を見込んでいるわけですか。
○野村参考人 「むつ」の遮蔽改修につきましては、先般来御審議いただきました予算案の中に、国庫債務負担行為限度額として五十三億が遮蔽改修に計上されてございますので、これを充てたいと思いますが、なおそのほか総点検につきましては、これは単年度予算でやっていくわけでございますので、まだ最終的な数字は決まっておりませんが、ほぼ四十億程度であろうと考えております。
○瀬崎委員 いま言われました遮蔽改修五十三億円、それから総点検四十億円の中には、問題のSSKの係船料、ざっと二十億前後かと思いますが、これは入っているのですか、入っていないのですか。
○野村参考人 入っておりません。
○瀬崎委員 いま言われました以外に、一応のめどを、政府の計画で言う改修、総点検それから機能試験、出力上昇試験、そして第一次の実験航海あたりまで見越して、いま言われた以外にまとまって必要になる経費というのはありませんか。
○石渡政府委員 いまの遮蔽改修、総点検以外を拾ってみますと、「むつ」の運航費及び維持費、あるいは「むつ」関連の研究費及び出力上昇試験、実験航海といった項目が考えられるかと思います。また、それ以外にいわゆる一般管理費が必要になってくる、かように考えるわけでございます。
○瀬崎委員 一応いまおっしゃった項目を金額に直した場合、事業団の一般管理費は別として、どのくらいの費用が要ると見込んでおりますか。
○石渡政府委員 遮蔽改修五十二億、総点検約四十億、それ以外をまとめますと約百億になります。
○瀬崎委員 それ以外をまとめるというのは、事業団の通常の運営経費を除いてもなお百億かかる、こういうことですか。
○石渡政府委員 そのとおりでございます。
○瀬崎委員 さらに、きょうは時間がありませんから、これはまた後日中林議員の方でいろいろ御議論いただけると思っておりますが、いわゆる青森における四者協定、こういうものも厳格に守るとすれば、当然、大湊港は撤去でありますから、新たな定係港を求めなければならない。これはなかなか科技庁がはっきりしたことを言わないし、大湊港自身を、青森県民をペテンにかけて、何とかもう一遍使おうというふうな動きもしているようでありますけれども、しかし、正々堂々と四者協定を履行するものとわれわれは理解をして、新たな定係港をつくる。その場合、大湊港の置かれておる同じ条件のもとで同じ規模、内容の定係港をつくるとしたら、現在どのくらいの費用がかかるか、こう科技庁にただしたら、約五十一億円、こういう資料が出されてきております。 さらに、先ほどの係船料が入っていないわけですから、私の四年半の計算では二十一億円になってくる。 さらに、事業団の一般管理費でありますが、これが五十四年度で十四億円と出ておりますから、もし四年半と見れば、これがざっと六十三億円になるわけですね。 これを全部足したら一体幾らになるだろうか。もう一遍復習しますと、改修が五十三億円とおっしゃいましたね。私もあらかじめ計算しておったのだけれども、それよりはるかにふえました。次に、総点検が四十億円と言われましたね。係船料が二十一億円であります。それ以外の重立った費用が百億円と言われました。それから定係港を新たにつくるとして五十一億円、それから四年半の事業団の一般管理費が六十三億円、合計しますと三百二十八億円、こういう金額になるように思うのですが、大体めどとしては、このくらいの覚悟が必要なんですか。
○石渡政府委員 新定係港の金額は、きわめて不確定な要素が大きいと考えますが、ただいまの数字を合計いたしますと、三百二十億から三十億の間の数字になります。
○瀬崎委員 大臣、これまで「むつ」につぎ込んだのが二百六十五億円と言われている。これはもちろん昭和三十八年当時からの金額をそのまま足しただけです。現在時価に直したら、これで五百億円ぐらいにはなると思いますね。そこへまた三百三十億円前後の費用がかかる。「むつ」は一千億円の船になるわけですね。これを国費の正常な使い方だとお考えですか。
○長田国務大臣 研究開発費というものは高くつきがちなものですが、それにしましても、それを考慮しましても、相当高くついた船だ、そのように考えております。
○瀬崎委員 実際私は、本当にこんなこと笑って済ませる問題じゃないと思いますね。私は、この費用の点からも一遍ここで思いとどまって、一から考え直すべきじゃないかと思うのです。 さらに、ちょっと話がかわるのですが、原子力研究所にJPDRがありますね。これを廃炉にする計画はほぼ確定したように聞いております。それがいいか悪いかは、きょうの議論ではありません。このJPDRを解体処分するとすれば、ざっとどのくらいの予算がかかるのですか。
○石渡政府委員 そういう考えのもとに具体的な計算はまだしておりません。
○瀬崎委員 原研部内から聞いた話では、二百億ないし二百五十億という話をわれわれは聞いているわけであります。原子力船「むつ」の場合も、一たん運転に入ってしまうと、たとえ短期間の使用にいたしましても、原子炉の高度の放射能汚染が生まれるわけですから、これを改めて処理処分しようとすると、莫大な費用が、いま言われた約一千億の上にさらに積み重ねられるというふうなことさえ想像されるわけでしょう。ですから、われわれが素人考えでいますぐこの「むつ」をどうしろと言うのは、かえって過ちのもとになる。ですから「むつ」の研究、開発、建造に当たった専門家、及び「むつ」建造に批判的だった専門家も含めた特別の審議会をこの際どうあっても設ける。そこで、この「むつ」のしばしば指摘されてきた欠陥性も改めて総合的に究明する。果たしてこの「むつ」が研究素材として役立つかどうか、また「むつ」は再生し得るものなのかどうか、さらに原子力船の将来性の問題等も総合的に検討して、そういう専門家の民主的な討議の一致した結論に従って「むつ」の今後の処置を決める、私は、これ以外には正しい「むつ」の処理処分の方法はない、また世論を納得させる道もないと思うのですが、そういう点を大臣に伺っておきたい。いまここで思いとどまって、そういうことをもう一遍やるべきではないかということです。
○長田国務大臣 原子力船の開発の問題につきましては、御承知のように、原子力委員会に、私を除きましては、それぞれ権威の委員の方がおられますし、また担当の部門、原子力船につきましても、その審議に最も適したりっぱな経験と学識を持っている専門部会のメンバーの方々がおられまして、そういう方々が相当長期にわたり、しっかりした検討を加えられた結論が、先ほど申し上げたようなことになっております。まあ相当の反省をも込めましてのあのような結論でございますし、私どもは、その方向に向かってこの開発を進めてまいりたい、そう思っているところでございます。
○瀬崎委員 私は、これまでいろいろな検討委員会、調査委員会がつくられました、そこに参加されておりました学者、専門家の方々は、今後の「むつ」に三百三十億円もかかるだろう、そんなことはまさか聞いてもいらっしゃらないだろうと思うし、政府も説明していないだろうし、予想されていないと思う。こういうことをもし聞かれた場合には、私は考えを変える方も多いのではないかという気もしますよ。 さらに、スリーマイルアイランド事故が起こってちょうど一年有余になるわけでありますが、改めて一つ簡単に聞いておきます。 原子力安全委員会がわが国の原子炉に対して、このTMI事故後、安全確保のためにとった措置についてどういう内容だったか、ごく簡単に説明をしてください。
○牧村政府委員 TMI事故以降、安全委員会では直ちに調査委員会を発足させて、種々の改善策の検討を進めておるところでございますが、先般、昨年末に五十二項目の改善すべき問題点を指摘いたしました。その中には、審査に反映すべき事項あるいは運転管理に反映すべき事項、防災対策に反映すべき事項、それから今後の安全研究に反映すべき事項等が含まれておるわけでございます。そのうち、運転に関します事項につきましては、五十二項目が指摘されましたときに、すでに行われているものもあったわけでございます。特にその後検討を必要とされておりますもの、安全審査等に用います安全基準等に反映すべき事項並びに防災対策に関する事項、この二つにつきましては、いま安全委員会の中の安全基準の専門部会並びに防災対策を検討しております防災対策部会で、それらの問題点の検討が行われておりまして、審査関係につきましては、暫定的な考え方が近く出てまいる予定でございます。防災対策につきましては、これも二月ぐらいの間に出そうとして鋭意努力しておるところでございます。それから安全研究につきましては、専門部会の審議を踏まえまして、本年度すでに予算化したところでございます。 大体以上のようなことで、いま鋭意検討を進めておるということでございます。
○瀬崎委員 そうしますと、その五十二項目の中にあると言われました装置の改善、それから運転に反映させる事項、「むつ」の安全審査に反映させる事項、「むつ」も動く原子炉でありまして、その防災に関する事項等々、当然、これもPWRでありますから、この五十二項目は適用されなければならないと思うのですが、いかがでしょう。
○牧村政府委員 先生御指摘のように「むつ」も小型のPWRでございますので、当然、今後の改善に役立たせていく必要があると考えておりまして、現在、事業団におきまして、安全性の総点検をやっております。その中で、われわれが問題提起しておる問題も含めていま検討を進めていただいております。近く総点検の結果が出てまいりますと、当然、設工認の変更等々の諸手続にそれが反映されていくものと考えております。 また、運転関係につきましては、いまは冷態停止の状況でございますので、要員の訓練等は当然やるにいたしましても、それは若干先になると考えておるところでございます。
○瀬崎委員 「むつ」の原子炉のECCSというのは、どういう方式のものが装置されているのでしたか。
○早川説明員 「むつ」のリアクターの型式は、先ほど局長の方から申しましたようにPWRでございます。したがいまして、原理はやはり陸上のECCSと同じ形のものがついておるということでございます。(瀬崎委員「名称で言ってください」と呼ぶ)名称……。
○瀬崎委員 陸上で言いますと高圧注入系、低圧注入系、それから蓄圧系、そして特殊なものにはUHIというものがつくわけでしょう。「むつ」にはどの方式がついているか、こういうことなんです。
○早川説明員 「むつ」には高圧注入系が一つついております。先ほど御指摘いただきましたUHIはついておりません。
○瀬崎委員 高圧注入系だけなんですね。 このスリーマイルアイランド事故後の五十二項目の点検ということもあるし、それから、それは別として当然、安全審査の体制も、われわれから見れば大変まだるっこいけれども、若干の厳しさも増している。そういう状況のもとで「むつ」の原子炉のECCSは、いま説明のあったとおりですね。この「むつ」の原子炉と同じものを全く新しくつくるということで安全審査が出された場合、これは現在の安全審査の基準でパスしますか、どうですか。
○牧村政府委員 先ほど課長がECCSのあれ身説明しましたが、低圧系もついておりますので、高圧系と低圧系を持っておるということでございます。 それから、いまのお尋ねでございますが、実は船の審査は、かつてかなり前に行われまして、この一基だけでございましたので、船の舶用炉の審査基準というのを、まだ安全委員会も持っていないわけでございます。したがいまして、陸上の軽水炉の指針等を参酌しつつやっておるわけでございます。しかし、もし新しいのが出てくれば、それは最近の技術のあれを入れて、もっとよりよいものをつくる努力をすべきであろうと私は思います。
○瀬崎委員 私の言っていることに素直に答えてほしいのですが、この「むつ」の原子炉の同型のものをつくりたいという安全審査の申請が出たら、現在これはパスするでしょうか。このことについて一遍答えてください。
○牧村政府委員 これは仮定の問題でございます、ので、ちゃんとお答えできないわけでございますが、私は、申しわけございませんけれども、いま全く同じものをつくろうとお考えになる必要はないと思います。
○瀬崎委員 つまり、この「むつ」の原子炉は非常に旧式なんですよね。したがって、私が言いたいのは、少なくとも「むつ」を改修するというのであるならば、私はやれと言うのじゃないですよ、ただしどうしてもやるというならば、少なくとも手を加えて、新しい、より高度の安全基準にレベルアップする、こういうものがなかったら、私は、原子炉としての改修の意味は全くないと思うのです。つまり、安全性の面から見た場合、今度の改修というものは、何にもプラスになるところがない。そういう点では、先ほどの三百三十億は、まことにむだな金だということをここで重ねて強調したいし、また国民が「むつ」に対していろいろと拒否反応を示す、心配をするのは、まさにこの安全性の問題についてなんです。この点が何にも改善強化されないという点では、国民の「むつ」に対する見方、考え方も変わらない、こう言わざるを得ないということを申し上げておきたいと思います。 時間がだんだんなくなってきましたので、先を急ぎますが、次は事業団の体制の問題であります。 今日、事業団の技術責任者のポストと言えば、どうなんでしょう、技術部長、船舶工務課長、技術第一課長、技術第二課長、技術管理課長、この五つかなと思うのですが、いかがですか。
○野村参考人 職員におきましては、技術部長のもとに技術管理課長、技術第一課長、技術第二課長、それから佐世保の工事事務所所長以下おりますし、それから役員には、安全を担当しております役員が一名と、それから原子炉ないし船舶工学の経験を持っております役員が一名でございます。
○瀬崎委員 そうすると、役員と一応出先を外せば、私が申し上げました五つのポストになるわけですね。そうじゃないのでしょうか。
○野村参考人 組織の名前等が変わっておりますが、数としては、部長が一名、課長が三名、そのほか参事役という課長相当の職もおります。
○瀬崎委員 ちょっと一つポストが合わないのですが、まあいいでしょう。この中で、昭和五十年の十月、というのは、このときに私がこの問題で一度質問しているのです。そこで、五十年十月から今日まで、同一の人物、技術者が同一のポストを引き続いて務めているという人は何人ありますか。
○倉本参考人 ただいまのところは、五十年から現在まで続いてやっておる課長はおりません。
○瀬崎委員 それから現在の責任者、部長、課長のポストにいる人で、他の研究機関とか民間からの出向ではなしに、いわゆる事業団プロパーの出身者の方はいらっしゃいますか。
○倉本参考人 この事業団プロパーの者といいますのは、この五名の中にはおりませんけれども、出向してまいりましてから非常に長期間にわたりまして事業団で働いておるという者が、現在そのうち二名はおります。
○瀬崎委員 それは全職員の中に二名いらっしゃるということであって、先ほど技術責任者の立場には五十年の十月以降だれもいらっしゃらないと、自分でもお答えになったわけでしょう。 そこで、この前どういうふうにこれが議論されたか、ちょっと振り返ってみたいと思うのです。 十年やそこらの時限法では技術的な蓄積、完結はとうてい不可能ということについて、これは大山委員会の厳しい指摘があったわけでしょう。「十年間に満たない寿命の事業団に基本設計から詳細設計、建造、運転に至る過程を一貫して担当する人材を固定させることは困難であった」、あるいは「時限立法では、国家事業として推進してきた開発が技術的な完結に達しないまま挫折してしまう恐れが大きい」、また、寄り合い世帯という点では、原子炉の設置、据えつけを終わった昭和四十四年には原子炉部が廃止されている。昭和四十七年からは、まだ試験も終わってないのに原子炉課が廃止されている。さらに昭和三十八年から四十九年までの間に技術関係の責任者である原子炉部長、技術部長は三菱、石播、それから所管庁の出向者ばかりで、二、三年ごとにくるくる交代している。こういう状況で、技術上の主な責任者は開発の段階を通してかわらないことが、首尾一貫した開発の推進のためには望ましいのだが、全くそれに反するような状態だ、こういうことを私が申し上げて、こういうことは科学技術庁としてその誤りを率直に認めているか、こう申し上げているんですよ。 それに対して当時の山野原子力局長が「事務処理機関的な性格に堕してしまったといったふうな御批判は、私ども率直に反省いたしております。できるだけ技術蓄積ができますように、主要ポストにはできるだけ有能な人材に長く座っていただくというような方法等も講じようとしておるわけでございます。」、こう言っておきながら、この五十年十月からわずか三年半しかたっていない今日、同じポストにいる技術者はだれもいない、こういうことなんでしょう。まさにこの寄り合い世帯の無責任事業団体制はちっとも変わっていないと私は言わざるを得ないと思うのです。大臣、そうじゃないでしょうか。
○長田国務大臣 御指摘のような点も、私は、詳しい事情は知りませんが、なかったとは言えないような感じがいたします。同時に、それが個々の人の責任あるいは事業団の責任というばかりでなく、この法律上の事業団という存在の法的性格、期限の問題その他、そういうことも若干関係しているのではないかなという感じもまた否めないわけでございますが、今回のこの御提案申し上げている法律を可決していただきますならば、研究機能等についての存続性という問題は非常にはっきりといたす、そういうことで若干プラスの方に働くのではないか、そのように考えておる次第でございます。
○瀬崎委員 政府の論理に立って考えても、今度御提案なさっているのは、この事業団をわずか五年間延長して、改めて残すという時限立法の提案じゃないでしょうか。
○長田国務大臣 少なくとも研究面におきましては、後への引き継ぎということが考慮されているわけでございまして、実験航海という面につきましても、きのうもお尋ねがございましたけれども、その面での存続ということも考えられるわけで、主たる目的が、開発という面につきましては、ある程度期限つきとも申せますが、研究の面につきましては、永遠性と申しますか永続性というものが、法的にも規定されておる次第でございます。
○瀬崎委員 よその研究機関と統合することによって、永続性といいましょうか永遠性が保障されるというのなら、なぜ最初からそこの研究機関のもとで原子力船部なり原子力部なりつくってやらなかったのですか。全く理屈が合わないじゃないですか。
○長田国務大臣 既存の研究機関というものとただいま事業団が持っております使命とは、実験航海とかそういう原子力船の開発という面に相当主眼が置かれているということで、性格的にも若干異なる面がありますので、当初からなぜ置かなかったのか、そちらに統合しなかったのかという点につきましては、私は、これはこれなりの意義があったというふうに考えております。
○瀬崎委員 いま統合を予定している相手方と言えば、結局、原子力研究所か動燃事業団くらいしか考えられないのじゃないですか。
○石渡政府委員 科学技術庁所管の原子力の研究開発機関ということでございますので、候補としては、その二つになると思います。
○瀬崎委員 先ほど大臣は、事業団という特別な組織が要る理由を、実験航海をやらなくちゃいけないからだとおっしゃいましたね。それではいま局長が言った統合の相手方、動燃事業団とか原研は、実験航海というものを任務としているような機関ではないと思うのです。そこへくっつけるということは、実験航海というものは、その事業団が、研究という名前がちょっとくっつきますが、存続する五年間に限るのだ、統合後はそういう実験航海というふうなことは考えない、こういうふうに理解しなければ、これまた話が合わなくなってくると思うのですが、そういう理解でいいのですか。
○石渡政府委員 現時点で原子力研究所なり動力炉・核燃料開発事業団が実験航海といった研究行為になじむかという点については、必ずしもそういう状態じゃないと考えます。したがって、そこに若干の時間が欲しい。また、その間にそういう体制もとり得るということが、五年間ということをお願いしている一つの理由になるわけでございます。
○瀬崎委員 結局、統合を受ける相手方に何らかの研究機関あるいはいままでの事業団の性格とは違ったものがくっつけられることかなと私、思ったりするのですが、それはまた後日、同僚議員の深い議論に譲るといたします。 先ほども話がありましたように、結局、第二船は全然考えていない、計画にも上っておらぬ、今後の原子力船の実験開発の仕事というのは、舶用炉の開発を中心とする研究開発を長期的にやることだ、こういうことになっているわけですが、この点について五十二年三月十六日の当委員会で、山野原子力局長がこういう発言をしているのです。「舶用炉開発につきましては、民間の協力もございますけれども、政府機関といたしましては、運輸省の船舶技術研究所が中心になって行っておるわけでございます。」というふうなお答えなのです。 だから、もし今後この「むつ」以後が舶用炉の研究開発の推進が中心課題だというのなら、そうやれと言うのじゃないのですが、統合の道を選ぶとすれば、むしろ船舶技研を相手に検討する方が、過去の国会答弁からは筋が通っていると私は思うのです。しかも「むつ」という船の存在も考えれば、これは船なんですから、なおさらのこと船舶技研の方がなじみやすいのじゃないかな、こういった気もいたします。 こういう点については、まず科技庁の方は過去の答弁に照らしてどう考えますか。
○石渡政府委員 先生のお考えも確かに一案かと考えますけれども、結局、実際の炉を動かすという点におきまして、舶用炉といいましても原子炉でございますので、むしろ先ほど申し上げた機関の方が適当ではないかと考えている次第でございます。
○瀬崎委員 今度の原子力船事業団を五年後原研ないし動燃に統合させるということで、では一方の船舶技研の方の役割りといいましょうか、立場が一体どう変わってくるのか。今回のこの五年先の統合問題は、政府の昨年末の行政改革計画の中で生まれてきているわけでありますが、そうすれば、船舶技研も原子力船関係の研究体制の一環を担っているわけですから、当然、これをどう位置づけるか、これを含めての行政改革でなければ、行政改革そのものが片手落ちというか一貫性がないように思うのです。 運輸省の方に伺いますが、こういう行政改革の中で、そして原船事業団の新たな統合という問題の中で、船舶技研の原子力船研究体制の位置づけは一体どうなるのでしょうか。
○野口説明員 船舶技術研究所は、御案内のとおり、造船技術に関する基盤になるような技術、根っこになるような技術と申しますか、そういう基礎的な技術あるいは応用研究をやっておるわけでございます。先生御指摘のように、ここで原子力船の問題等に関する研究も取り上げておるわけでございます。 一方、今度の日本原子力船研究開発事業団というところでやろうとしておる業務は二つあるわけでございますが、一つは「むつ」の改修運航実験、もう一つは舶用炉の開発を中心とする原子力船の研究開発というのをやろうとしておるわけでございますが、こういう特定の開発目標を持っておりますような研究というのは、やはり船舶技術研究所のいままでの研究の性格というのとは少し違っておるというふうに私どもは理解しております。 それからもう一つは、原子力船「むつ」のただいま申し上げましたような業務、たとえば船舶の建造とか運航とか線源の管理というふうなものは、やはりこういう基礎的な研究をやっております国立研究所で維持していくのは、非常に無理があるのではないかというふうに私どもは考えております。
○瀬崎委員 きょうは直接研究にタッチしていらっしゃる中田部長にもお見えいただいておるわけであります。中田部長には、私も、かつて船舶技研での舶用炉の研究開発の実態をお聞きしたことがありますが、そのときの御答弁も含めまして、その後、船舶技研が主としてどういうふうな研究開発に取り組んでこられたのかということが一点、それから昭和四十一年から船舶技研での原子力船関係の研究が始まったと思いますが、今日まで総トータルでどのくらいの研究費が予算化されてきたのか、そうして今回の行政改革問題について、中田部長の方には何らかの相談があったのかどうか、さらに、そういうやっていらっしゃる立場、それから船舶技研での予算、人員等、先ほど 「むつ」の修理にこれから三百二十億つぎ込まれるという話が出たわけでありますが、そういうものを比較されてどういう御感想をお持ちか、伺ってみたいと思います。
○中田説明員 御質問が大体四つあったかと思います。 初めに、研究テーマが変わったかという御質問に対しまして、従来やっておりました研究、五十一年度の御質問のときにお答えしました当時持っておりましたテーマが大体そのまま引き続いてきて、五十三年度、五十四年度とだんだんに終わってきまして、新しいテーマを立てております。大体五十一年度の当時は、一体型舶用炉、つまり「むつ」の次に出現するであろうと思われる舶用炉の、実際にこれが船に乗るように成立するかどうか、どこに問題点があるのかというのを当時洗っておったわけです。模型実験をしておりました。それが大体見当がつきましたので、当時五十一年から五十二年にかけまして、もう少し大きいサンプルをつくりまして、問題点と思うところを洗ってまいりました。その計測の結果が、大体五十四年度でつけるものをつけて、また、この五十五年度、今年いっぱいでデータを出すというところでございます。それで、次の舶用炉として一体型炉が成立するかどうか、その限界はどの辺にあるだろうかというのが見当がつくと思います。 それにかわりまして現在計画しているのが、この一体型炉が事故を起こしたときに、原子炉の事故でなくて、座礁したとか衝突したとかいうことで船体が事故を起こしたときに、原子炉が安全に収束するかということを解析する技術、これを進めたいと考えております。これはまだ、五十四年度この一年間まず調査から始めまして、これから後三年ほど実験していきたいと思っております。原子力船に関する主要な研究の主体はそこへいくと思います。 それから、予算でございますが、昭和三十二年度から五十一年度までの合計としまして、原子力船関係におよそ十一億円原子力予算をいただいていると申し上げました。その後、五十二年から五十五年までの四年間の予算が、原子力予算として原子力船に関しては二億三千万円くらいでございます。合計しまして、この二十四年間で十三億三千万円くらいになります。もっともこれは、原子力予算だけでございまして、このほかに経常研究費とか普通の管理費というものは別についております。(瀬崎委員「今回の統合問題で相談を受けられましたか」と呼ぶ)別に原子力船部としての意見というものは、聞かれてはおりません。ただ、うちの研究所長のお供をして、あちこちで相談をされる際に、成り行きは伺っております。そういう外の話を内部で伺っているというのにすぎません。(瀬崎委員「「むつ」の修理費三百三十億、どうお思いになりますか」と呼ぶ)そのくらいはかかるのだろうと思います。それしかわかりません。
○瀬崎委員 実は質問が中途なんですが、時間が来ておるということの通告を受けておりますので、後日に譲らしていただきたいと思うのです。 最後に委員長にお願いだけしておきたいのですが、すでに社会党の委員の方からも昨日参考人か何かの御要求があったと聞いております。私もやはり、三年前まではなかった新たな方針が今回提起されてきている、それは原研とか動燃などとの統合問題なんですが、当然、受け入れる側の意見というものはどうであるか、これは重要な問題なので、原研、動燃、この当局側の責任者の方及び実際に研究に当たっている技術者側の代表の方々の意見を聞きたいということ、それからSSKと政府、事業団との関係がどうも私どもには余りにも不明朗過ぎるので、原研、動燃の代表及びSSKの社長の坪内さん、これを本委員会に参考人としてぜひ呼んでいただきたいと思いますので、御協議をお願いしたいと思います。
○瀬野委員長 ただいまの瀬崎委員からの要求に対しては、いずれ理事会を開いて協議をして決定することにいたします。
○瀬崎委員 終わります。
○瀬野委員長 田畑政一郎君。
○田畑委員 まず、長官にお伺いしたいと思います。 先ほどからるる御質問がございましたように、この原子力船「むつ」を原子力船として使用いたしまするために、昭和三十六年に原子力委員会がこの計画を決定いたしました。また昭和三十八年の六月に日本原子力船開発事業団法が成立をいたしました。同じく三十八年八月に日本原子力船開発事業団が成立をいたしました。以来ずっと今日に至っておるわけでございまして、当初は、九年間ぐらいの間にこれを何としても実用化したい、こういう予定でございましたが、本年に至りましても、なおかつ多額の費用をかけてこれが佐世保において修理中である、こういう状況でございます。そしてその間、相当多額の国費をつぎ込んでまいったわけでございます。もちろん現在の長官が、いわゆるこうした日程の全期間、長官をしておられたわけではないわけでございまするが、その間、国民に対しても非常に論議をかもしてまいりました。私は、そうした意味では国家的にも非常に大きな損失をかけてまいったのではないかというふうに考えるわけでございます。 したがいまして、質問の冒頭に当たりまして、政府の責任者として、この間の問題について政府は一体どう考えているかということをまず厳粛に一つお聞きして、それから質問に入りたいと思います。
○長田国務大臣 原子力船の商船としての意義というものにつきましては、特にその時期につきましての判断におきまして、いまから反省してみますと、若干判断に誤りと申しますか、早く原子力船時代が到来すると思っておったことはあったと思いますし、また、その以後におきまして、現実に着手いたしてからも、先ほども私がお答え申したところでございますが、船舶用の原子炉の安全性についての認識がかなり厳しいと申しますか、実態以上の不安感も国民の間にあったのではないか、それに対して十分な信頼を得るような体制について十分でない点があったとか、さらに佐世保重工の岸壁につながれて以後、労使関係等による若干の、数カ月の問題とかいろいろ重なりまして、このようになったことは、まことに遺憾なことでございます。 私どもとしましても、今後の物事の計画について、この教訓は十分生かしてまいらなければならないと痛感しているところでございます。
○田畑委員 ただいまいろいろお話がございましたが、そうした安全性の住民に対する正しい宣伝がなかったことについては、多くの識者から、きょう今日に至りましては指摘をされておるところでございます。 ただ問題は、単にそうしたことに政府の責任を求められることについては、私は、いささか異論があると申しましょうか、不満があるわけでございます。 この経過をながめてみますと、政府がこの原子力船「むつ」を建造するに当たりまして、これに対する十分な準備、心構え、研究費というか財政上の措置等についても、十分な体制をとってこなかったところに大きな原因があるのではないか。この責任は、単に政府のみならず原子力委員会それ自身も背負わなければならぬし、あるいはまた科学技術庁のみならず運輸省も背負わなければならぬと私は思います。なかんずく事業団はその中心でございます。この責任を痛切に感じない限り、これはいろいろ方法はございますが、今後の原子力船に関する行政のあり方は進展をしていかないのではないか、進展しても問題が残るのではないかと私は考えざるを得ないわけでございます。まず、その点を強く申し上げておきたいと私は思うわけでございます。 そこで、結局のところ、原子力船「むつ」は、むつ市大湊港を母港として一たんは太平洋上に出航いたしたのでございますが、これが洋上において漂流をし、今日に至る、その最大の原因は一体どこにあったのかという点について、ここで皆さん方から解明を求めたいと思うわけでございます。
○石渡政府委員 いろいろな原因が積み重なってああいう太平洋上での実験で放射線漏れ事故が起きるということになったと思います。 当時、いろいろ準備的な、基礎的な研究が積み重ねられ、その上に立って船の建造に踏み切り、そして出力上昇試験という段階になったと思うわけでございますが、少なくとも確実に申し上げられることは、当時の技術力として、遮蔽に対する知見が十分でなかった、また実験でそういう現象があらわれていたにもかかわらず、それを現実の技術に生かし得るだけの技術的レベル、また、その実験のマネージメントと申しますか、その辺に欠陥があったことは、大山委員会等の報告ですでに指摘されているところでございます。
○田畑委員 もちろん、そうした技術的な問題について十分な対策が講じられておらなかったということについては、「むつ」放射線漏れ問題調査委員会の大山報告に明らかになっておるところでございますが、その前に私は、この問題に取り組む政府の姿勢が安直過ぎたのではないかと思うのであります。 その証拠として、これは昭和四十年当時のことでございますが、「むつ」を建造するに当たって入札を行うという際において、政府が予定いたしましたところの入札価格を大手造船会社七社が全部けった。そうでしょう。これはなぜけったのですか。 その後、随意契約によって石川島播磨重工と三菱原子力工業とをそれぞれ分割して、船体と炉とを分割して契約した。そのときの契約は、政府が予定した金額の約倍額になっているんですね。ということは、そもそもこの原子力船をつくって、それを国産で行おうとする場合に、国産で行おうということ自体も、当時としてはかなり冒険でございましたが、非常に安直な考え方でもってこれを進められたという、まず出発点に問題があるのではないか。 しかもそれほど、政府が予定した最初の契約の倍額以上の金額がかかったにもかかわらず、なおかつ、それでもおさまらないということからいたしまして——当時の記録によりますと、最初は観測船ですからヘリコプターの搭載を予定しておりましたが、ヘリコプターの搭載を取りやめにいたしました。そして観測船を取りやめてこれを貨物船に変える、そして二次遮蔽構造の検討、格納容器構造の検討、制御棒の材質の変更、そういった問題を全部変えたわけです。それが結局のところ、先ほど御説明のございました遮蔽上の設計ミスという問題になって後ほどあらわれてくる。 そうすると、この問題は、考えてみると、当初以来政府の、あるいは事業団側のこの問題に対する安直な取り組みということが、結局後から、「むつ」を洋上において漂流させなければならない、あるいはまた佐世保において修理しなければならないという事態を巻き起こした、多くの住民に対しても迷惑をかけた最大の、最初の原因になっておると思うのでございますが、その点いかがでございますか。
○石渡政府委員 「むつ」の建造開始の当時、当初予算の三十六億円では値段が折り合わなかった、そして予算を相当増額せざるを得なかった、また船・炉分離の契約を行ったという点についての御指摘、その後船種の変更があったという御指摘の点も、事実そのとおりであると私ども理解しております。ただ、船種変更に伴いましての設計の変更につきまして、遮蔽部の材質変更があったことは事実でございますが、遮蔽能力に関する基本的な設計は変更されておりません。したがいまして、この仕様変更によって放射線漏れが生じたというものではないという点だけを特に申し述べさせていただきます。 ただ、先ほども申し上げましたように、遮蔽に問題がありまして、高速中性子のストリーミング現象が起こったということは明らかな事実でございます。
○田畑委員 遮蔽能力について設計の変更を行わなかったという話でございますが、たとえば遮蔽の上部遮蔽部分、ここを重コンクリートにするということについては当初から計画があったのじゃないですか。当初はそういう計画じゃなかったのですか。——後から写真を見たっていかぬよ。初めはそういう計画だったんだよ。それを軽くしたのでしょう。それが原因だよ。
○倉本参考人 先生の御質問のところは、恐らく三菱が設計をやりましたときに、ウエスチングハウスにチェック・アンド・レビューをしてもらう最初のときの設計のお話ではなかろうかと思いますが、それはこの図面でまいりますと、ちょうど圧力容器の上の方に当たります緑色のところの上部一部遮蔽体の部分で、現在ここには、鉄の遮蔽リングがついておるのでございますが、ここが当初は重コンを使う予定になっておったわけでございます。その点につきまして、ウエスチングハウスとチェック・アンド・レビューをやってもらいました最初のときに、向こうからもこれにつきましては、リモナイトコンクリートにした方がいいであろう、その方がベターであるというような御指摘がたしかあったわけでございますけれども、その後、また第二次のチェック・アンド・レビューをやってもらいますまでの間に設計変更等がございまして、この部分を鉄の遮蔽リングにかえておった。それで、それをかえまして後、チェック・アンド・レビューをもう一度やってもらったという時点で、先方では、その説明を聞いたところ、この設計には基本的に問題はないであろうというような回答が返ってきたという点であろうと思います。
○田畑委員 いまおっしゃったように、それでは一体なぜそういう変更が行われたのかということになれば、これはやはり資金の理由なんですよ。初めから安く上げようというようなそういう見積もりでございますから、そういうことになる。 それから、またもう一つは、ポリエチレンも御案内のとおり今度のものに、新しく修理をするところにつきましてはかなり取り入れておりますけれども、これも、いわゆる遮蔽上非常に重要であるということは、当初の計画ではそうなっておったはずであります。そういうものも結局、何というか取り去ってしまう、もちろん部分的には取りつけておりますが、取り去ってしまうというような設計上の節約ですね。これを行った結果、行ったそのものだけではないかもしれませんけれども、行ってきたという事実はそうである。結論として、ちょっといわゆる原子炉を使ってみたらすぐ故障が起きる、こういうことに相なってきているのであります。 そういうことを考えると、結局、最初からこの計画というものについて非常に安易な考え方を持って臨んだところに最大の原因がある。それは政府を初めとする事業団も含めてすべての責任であると私は考えておるわけでございます。そういった意味で、この問題については皆さん方は強く反省をしていただかなければならないと思うのですが、どうですか。いまのポリエチレンの問題については間違いないでしょう。
○倉本参考人 その点につきましては、私、ちょっとまだその当時どういうことであったのかという点については、現在承知しておりません。いろいろそういうところがあったかどうか、その点についてちょっとわかりませんので……。
○田畑委員 わからぬものを答えたってしょうがない。遮蔽について設計上のミスがあったと理解せざるを得ないが、どうかという質問書をあなたのところに渡してあるのです。だれかに答弁してもらってもいい。
○倉本参考人 ただいまの遮蔽問題について設計ミスがあったかということにつきましては、御指摘のとおりでございまして、この点については、大山委員会での御検討にもはっきり述べられておるところでございますが、これはそれと並行いたしまして、事業団でこの設計について原子力研究所及び船舶技術研究所との共同研究、また私どもの方で、その後、改修設計につきましての遮蔽の模型実験等におきまして、明らかにその当時の技術不足であったというようなことで、高速中性子の挙動等についての当時の理解が足らなかったという点からの設計のミスであったということは、はっきりいたしております。
○田畑委員 そうしますと、あなた方が青森県民に対して、絶対いわゆる遮蔽上間違いないということを、再三繰り返しパンフレット等によって宣伝をしてきたことは、実は間違いであったということになりますね。そうでしょう。そして今回もう一遍やり直そうというわけですね。修理しようというわけですね。今度は絶対大丈夫だ、こう言い切れるのですか、もう一遍答弁してください。この前も大丈夫だと言っていたんですよ。私どもは、社会党が非常に疑問に思っておることは、今度は大丈夫だと言ってもまた出るのじゃないか、また故障になるのじゃないか、そういう不確実なものは、もう少し十分研究したらどうだというのが私ども社会党の言い分なんですよ。どうです。
○倉本参考人 この遮蔽の点につきましては、先ほども申し上げましたように、確かに当時の高速中性子の挙動についての知識が十分なかったというために、結果的に設計がミスであったということでございまして、この点につきましては、今回の遮蔽改修に当たりまして、現在の私どもの知る限りの遮蔽についての技術また遮蔽に関しましてのわが国の権威者等の智恵等も拝借をいたし、この遮蔽改修のために必要な実験、さらに実物大での遮蔽実験、さらには材料そのものにつきましても、各種の実験等を行った上でその基本設計をいたしておるわけでございまして、今回の改修を行いますれば、遮蔽については全く問題を再び起こすようなことはない、かように確信をいたしております。 なお、その他の点につきましては、大山委員会等の御指摘もございまして、遮蔽外の分につきましても、設計の見直し等の総点検を現在進めておるところでございまして、これらの点につきましても、問題を起こさないということで、そういう覚悟で私どもも現在取り組んでおるところでございます。
○田畑委員 いまおっしゃったこと、私はここに議事録を持ってきております。昭和三十八年第四十三回国会の衆議院科学技術振興対策特別委員会会議録でございまして、この内容を見ると同じことが書いてある。わが国でそうした原子力船「むつ」に原子炉を据えつけるのはいいけれども、しかしながら、その原子炉と同じ実物の形をつくって研究するところの研究機関というものはありません。したがって、その点は非常に不安だということは委員会において議論されておる、参考人もそう言っておるのです。それから二つ目には経費の問題です。経費が果たしてこれで間に合うかどうかということについて各委員がそれぞれ質問しておる。その二つの問題を政府は当初において見誤った、そこに今日のこの「むつ」の状態があらわれてきたのじゃないか、こう私は思うのです。 だから今日、社会党の言っておることは、政府に言わせると突拍子もないことかもしれません、しかし、われわれが言っていることは、やはり十分なる研究といいますか、そういうものを知るという立場がなかったら、この種の問題は大変なんですね、いわゆる混乱を社会に引き起こすことになるわけでございますから、そういう点はどうかということを、くどいようでございますが、ここに再三にわたって質問しているという状況なんです。 昭和三十八年でさえも、そういうことは議論になっておるんですよ。それを等閑視しているからこんなことになる。だから、この問題は、単にPRとか宣伝とか合意とかという問題じゃないと私は言うのです。それもあるかもしれぬけれども、まず第一に政府の姿勢がなっておらぬじゃないかということを指摘しているわけなんですよ。その点の反省がない限り、この原子力船「むつ」の行政は進まないというふうに私は思うのです。長官、もう一遍繰り返して答弁してくださいよ。
○長田国務大臣 ただいま御指摘になりましたような点をも含めましての反省をしっかりしていく必要がある、そのように考えております。
○田畑委員 それじゃ再度お伺いいたしますが、結局、遮蔽上において設計上の欠陥があったということをお認めになったわけでございますね、それじゃもう今後は絶対起こらないということならば——これに対して専門家が十分おらなかったということが大山委員会の報告に出ております。あなたの方で専門家をちゃんと委嘱して十分な体制をとるというのであれば、いま事業団にはそういう専門家は何人いるのですか。一体現状はどういうことになっているか、どういうふうにやっておられるのか、一遍その状況を聞きたいですね。
○倉本参考人 放射線漏れが起きましてから、この遮蔽改修のために、その当時、確かに事業団には遮蔽関係の専門家がおらなかったわけでございますが、その遮蔽改修に当たりまして、遮蔽の専門家にその後関係の民間会社あるいは研究所等から御出向をお願いいたしまして、私どもの方では技術第二課というところで、この遮蔽改修を専門に当たるということでまいりました。また、この遮蔽改修に当たりましては、やはり事業団の職員だけでは力が十分ではないということで学界、業界等の遮蔽の専門家を集めました遮蔽専門部会というものを私どもの団内につくりまして、そこへその団外の学識経験者の方々にお集まりいただきまして、私どもの方の進めてまいります方策、また、やってまいりました解析あるいは設計等につきまして、これらの方々の御意見をお伺いしながら改修を進めてまいったという状況でございます。
○田畑委員 これは大変重要な問題なんですよ。大山委員会の報告に、わが国には遮蔽設計の専門家がほとんど育っておらぬと、こうなっておる。事業団に育っておらぬと書いてない。「わが国には」と書いてある。これをよく読んでみなさい。そして遮蔽材の能力についての判断力の足らなかったことが原因であるということが一番最初に挙がっておる。わが国に遮蔽の専門家はおらないわけです。そうでしょう。今度は専門家を入れてやっているのだとおっしゃるけれども、それじゃ、その専門家というのは一体だれだと聞きたいのです。これに「わが国には」と書いてあるところに私は疑問を持っておるわけです。外国の方でも雇って——雇ってと言っては表現が悪いが、委嘱されているならこれまた別ですよ。大体どういう人がなっておられるのか一遍聞かしていただきたい。
○倉本参考人 わが国に遮蔽の専門家の数は確かにそう大ぜいではございませんけれども、この「むつ」の開発と相前後しまして、原研にJRR4という遮蔽の実験を行いますための遮蔽実験炉というものが建設をされまして、原研の遮蔽研究室、また、私から御答弁申し上げるのはなんですけれども、運輸省の船舶技術研究所の遮蔽関係の研究を、その東海支所で原研の遮蔽実験炉を使ってやられる研究部門がございまして、ここらで遮蔽の御研究をやっておられる。この両部門はずっとその以前から継続をしておられまして、また「むつ」の当初の設計のときもここでいろいろ実験を行った。それから、ほかの大学におかれましても遮蔽関係の勉強をしておられる専門家もございます。確かに数はそう多くはございません。ほかの部門とは違いますけれども、現在、大型計算機等の開発によりまして、遮蔽の方の解析コード等の開発も進んでまいりまして、そういった面で遮蔽の勉強は、知識等も含めて進んでまいっております。
○田畑委員 これは大山委員会の報告に反しますね。わが国には遮蔽設計の専門家はほとんど育っておらずと書いてあるんですよ。そうでしょう。運輸省の船舶局もいいですけれどもね。私、運輸委員の一人ですから、運輸省はりっぱだと思います。しかし、この種のものにつきましては、大山報告書がこう指摘している以上は、しかるべき権威者を招いてお話を聞くなり、あるいは見てもらうなりというようなことくらいはしなければいけませんよ。国産だと言ってそういう人も排除するのじゃいけないですね。それから、いまあなたの話を聞くと、大学にも頼んであるわ、原研にも頼んであるわ、運輸省船舶局にも頼んであるわということで、御答弁が非常に抽象的なんですね。これは内部的には専門委員会か何か設けられているのですか。もし、設けられているなら、その委員になられている人の所属と名前を私の方に提出してください。これをお願いいたします。
○倉本参考人 私どもの中に遮蔽専門部会というのを設けて、その先生方にいろいろお知恵を拝借しております。 また、専門部会の先生の名前、現在、皆さんすべて記憶をしておりませんけれども、はっきりいたしませんが、十数名おられたと思います。一、二挙げますと、原研におられました宮坂先生、それから京都大学の兵藤先生、それから船舶技術研究所の、ここにおられます中田部長さん等を含めて入っておられます。
○田畑委員 次の質問に移りたいと思います。 これは遮蔽に設計上のミスがあったということだけで足りるのかどうかということについては、世上相当疑問がございまして、もともと原子炉の内部に欠陥があったのではないか、こういう指摘もあるのでございますが、その点についてはいかがでございますか。
○倉本参考人 原子炉と申しますか遮蔽以外の部分につきましては、出力上昇試験を行います前の時点で、これは運転状態にまで温度を上げまして試験をいたし、また、その段階で各種の機器等についての機能試験等も行っておりまして、他の部分については、その時点で何らの欠陥は見出されておらなかったのでございます。 また、これらの点につきましては、その後、先ほど申しましたように、大山委員会の御指摘もございまして、この設計また機器等についての総点検を実施いたしてきておる状況でございます。
○田畑委員 炉の内部につきましても、炉自体が相当昔のものでございますから、現実のものに適合しないのじゃないかというような疑問もございます。 それから、中性子が出てきたのは、炉内における欠陥が原因しているのじゃないかという説もございます。その一つの例といたしまして、燃料の被覆器、これにステンレスが使用されておるわけです。今日各原子力発電所、軽水炉型のものにつきましても、ジルカロイが使用されておるというのは常識でございます。この辺にも問題があるのじゃないかというような点があるわけでございますが、この点についてはいかがでございますか。
○倉本参考人 原子炉の内部に問題があるのではなかろうかというようなお話があるようでございますけれども、原子炉の内部と申しますと、結局燃料体になるわけでございます。それから燃料設計につきましては、具体的な炉心の設計をやるに当たりましては、臨界実験等をやりまして、その点については問題はなかったと思います。 それから、また中性子が出る問題につきましては、これは先生も御存じのように、炉心で核分裂が起きますと、そのときに中性子が出てくるわけでございますが、その中性子は水等で減速をされるわけでございますけれども、それが圧力容器の外へ漏れてきたものが、「むつ」の場合には、圧力容器と遮蔽材との間のすき間から上の方にこれが漏れてきた、それを抑えるための遮蔽材がそこのところになかった、また、それがなぜわからなかったかという点につきましては、先ほどお話がございましたように、この高速中性子というものが、当時は直線的に動くというような説がございまして、むしろそういう考え方が非常に強かったわけです。その後、設計を終わりまして建造が大分進みました時点で、海外等におきましては、高速中性子の挙動というものがだんだんわかってきて、クモのごとく行くというような問題があったというようなことでございます。 それから、またこの被覆材にステンレスを使っておるという点でございますけれども、燃料の被覆材には、原子力船では先発のアメリカでつくりましたサバンナ号、ドイツのオット・ハーン号等もステンレスでございますし、また原子力発電所等におきましても、初期の原子力発電所はステンレスを使っているものがございまして、これがだんだん出力が上昇してくる、また経済性の問題が出てくるという点から、ジルカロイという被覆材を使った方が、燃料経済上はるかに有利であるというようなところから、だんだんステンレスからジルカロイに移行をしてきておるわけでございます。サバンナの場合には、ステンレスで最後まで いっておりますが、オット・ハーンの場合には、第一次炉心はステンレスでございますけれども、第二次炉心でやはり次の世代の原子力船により経済性を持たせるという点から、ジルカロイの被覆材を使用いたしております。
○田畑委員 私は、前回の事故について炉内に問題があるという説があるということを申し上げた わけです。 ところで、いま皆さん方は、いまの炉をいろいろな意味で修理をしようというわけだ。ところが、おたくの話を聞いていると、炉内には問題はない、いわゆる遮蔽施設だけはこれは直さなければならない、そこだけなんだ、こういう点で主張が一貫しているわけです。私は、この問題を根本的になぶろうという場合においては、遮蔽をなぶる以上、炉内についても問題はないのかということを、もっとみっちり研究をされたらどうかということを申し上げているのです。それで聞いているわけです。 だから、今回のこの炉の問題は——原子力発電所も問題があります。しかし、これは舶用炉でございまして、もっぱら船に使用するところの新しい形なんです。いまあなたはアメリカの問題を言われました。私はアメリカのことは詳しくないけれども、アメリカのサバンナ号というのは、私ども持っておる資料を見ますと、いま係船しているのじゃないですか。そうでしょう。ドイツの船はどうですか。ドイツの原子力船は動いているのですか。しかしアメリカのはとまっておりますね。(「ドイツもとまっている」と呼ぶ者あり)ドイツもとまっているのですか……。 そういうことを考えてみますと、日本はそういうところも十分研究して、この炉内の問題についても、この際、徹低的に研究をやるという姿勢があってもいいのじゃないかと思う。聞くとすぐ大丈夫だと言うのだけれども、大丈夫だと言われても、事故が起こっている現実でしょう。だから、そうした点についても十分な対策をとったらどうか、こう言うわけなんですよ。それが私の質問の趣旨なんです。 そして被覆管につきましても、今日ではジルカロイが常識化しておるのにかかわらず、なおかつ今日でもステンレスを使用しているということについてはどうか。これはジルカロイの方がいいのでしょう。悪いのですか。
○倉本参考人 ただいまお話のございましたように、すでにアメリカのサバンナ号とオットー・ハーン号とは、それぞれ八年ないし十年の実験航海等を終えた上で係船ということになっておるわけでございます。 それから、ただいまステンレスとジルカロイのお話でございますが、これは確かに経済性という面を非常に主に考えてまいりますと、ジルカロイの方が有利であるということになっておりますが、出力の低い原子炉の場合に、ステンレスでどこまでいけるかというような点につきましては、まだはっきりした答えは出ておらないのではなかろうかと思っております。
○田畑委員 話が長くなりますので、簡単にお伺いしたいと思います。 一つは、前回の事故のとき、出力をわずかいわゆる二%程度上げただけで事故が起こっているわけなんですよ。一〇〇%まで上げる、八〇%まで上げたら、一体どういう結果を招来していくかということを思うわけです。そうすると、単にこれは遮蔽壁が十分でなかったことは、もちろんそうなんでしょうけれども、やはりこの際、炉内の問題についても十二分の検討をすべきではないかという疑問を私は持っておるのです。私、専門家ではありません、しかし、それはだれでも率直に言って持ちますよ。その辺、あなた方の、間違いないのだ、これは絶対大丈夫ですよと言う一片のお答えでわれわれは引き下がっていいものかどうか。それにしては余りにも、誇大宣伝にもかかわらず、簡単に事故が起きているという実績があるわけですから、だから、そういう点の検討をやる気があるのかどうかということが一つです。 それから、これはどなたにお伺いしていいのか私、わかりませんが、アメリカ、西ドイツでは、それぞれ原子力船をつくっていますが、みんなとまっている。そうでしょう。動いているのはソビエトのものだけですが、これはどういうわけですか。
○倉本参考人 先生のおっしゃいますように、炉内と申しますか、先ほど私が御答弁申し上げましたのは、炉というものをむしろ小さく考えておったのでございますが、やはり原子炉という大きなあれで申しますと、原子炉プラント全体ということにつきましては、先ほど申し上げましたように、大山委員会の御指摘もございますし、原子炉プラント全体についての設計及びその健全性等についての点検、検討につきましては、現在私どもの方で、これを進めておるところでございますが、これは先生おっしゃいました線に沿うべく、私どもも現在努力をいたしておるということでございます。 それから、いまのアメリカのサバンナ、オットー・ハーンがとまっておるという点につきまして、私から簡単に御説明申し上げますと、サバンナにつきましては、すでに八年間の運転を実際に行っております。それからオットー・ハーンの方も、これは十年間にわたりまして運航を行っております。その間に燃料をサバンナの方はたしか一回取りかえておりますが、オットー・ハーンの方は一度ステンレスからジルカロイにかえ、またジルカロイについては一部分燃料取りかえというようなことで、もう十分なる検討、試験等を行った上で役目を一応終わったということでございまして、ドイツの場合には、ただ第三次燃料というものを考えておったようでございますけれども、やはりすでに技術的な面は終わって、後はバラ積み貨物船として運航しておったというようなことで、経済性の面からこれ以上運航するのはむだだというような意見が非常に強かったようで、資金の方もどうも集まらなかったということでございます。
○田畑委員 運輸省船舶局がお見えになっていますが、この原子力船の建造ですけれども、これは単に今度の「むつ」だけでなくて、将来に向かっての建造について、造船業界というか、造船業界というよりも船主ですね、いわゆる船主協会、船主は一体どれほどの熱意を持っているのですか。私は、余り熱意を持っているように聞いたことがないのだけれども、どうですか。
○野口説明員 先生御承知のように、第二次石油ショック後、石油の供給不安とそれから石油の価格が非常に急騰いたしまして、海運、造船界がいま非常に苦況にあるわけでございますが、それと先ほど来御説明がありましたように、外国での実験船の実験航海というのが一段落して係船されておる、あるいは原子力船「むつ」の放射線漏れ事故があったというようなことがございまして、確かに海運、造船界の実用化に対する見通しというのは、一時のような楽観的なものではないというふうに私どもも承知しております。 ただ、先ほどもお話申し上げましたように、船舶の推進源として石油を使っておるわけでございますけれども、こういうふうに石油事情が非常に悪化してきておるというようなこと、それから、わが国の海運、造船界が、今後とも、世界の大勢におくれないように競争力を維持していかなければいかぬというような観点から、やはりこういう原子力船の技術の基盤を確立しておく必要があるのだというような点につきましては、やはり従来と同じように十分認識しておるというふうに私どもは理解しております。
○田畑委員 もう一回、業界から何か要望書でも運輸省あたりに最近出ておりますか。
○野口説明員 この前の原子力船懇談会ですか、そのときに、あるいは原子力産業会議、そういうような席で、海運代表から、ぜひそういう実験研究というものを国でやってほしいというような要望は出ております。
○田畑委員 結局、お話をお聞きした限りにおいては、試験研究をやってほしい、そうでしょう。いまそう言われた。しかし、これを実用化するということについては、あるいは造船業界にこれを適用して、商船隊をこれによって組むということは、これはいまの段階においては実用の段階じゃないんですね。これはもうはっきりしておるように、原子力委員会におきましても二十一世紀のものである、こう断定をしているわけです。 私は、先ほどからアメリカ、ドイツの例もお聞きいたしましたけれども、いわゆる就航期間が十年余りでもって全部使命を終わったとされておるということを考えますと、これは必ずしも効率がいいとは言えませんですね。 私は、そういった意味において、わが国がこれに対して開発を急ぐというよりは、十分な研究の方をとられた方がいいのじゃないかと思うわけです。 また、それじゃ外国においては、原子力船をつくろうという意欲がどの程度出ておるのか、私は存じませんけれども、そういった問題だって、そんなにたくさんはないのじゃないかと思うわけでございますが、そういう点を考えて、これを研究の分野にとどめて、実用化という問題については、もう少し慎重に、後に延ばすという形を考えられた方がいいのじゃないかと思うのですが、いかがでございますか。
○石渡政府委員 まず、原子力船の実用化の時期が、当初「むつ」が計画された時期に見込んでおりました時点よりも先に延びておるという点は、原子力委員会も先ごろ率直に認めたところでございます。この点は、先生御指摘のとおりでございます。したがいまして、この原子力船の研究開発につきましても、いきなり実用化が云々というよりは、やはり経済性あるいは安全性をも考慮した形での舶用炉の研究を着実に、息長くやっていくべきであるという方向が大事であるという点も、原子力委員会の見解として公にされたところでございます。したがいまして、そういう意味で、現在の「むつ」も実験船として十分活用していくのだという方向で考えているわけでございまして、そういう意味におきまして、先生の御指摘の方向に沿っているものと考えている次第でございます。
○田畑委員 原子力船は、いわゆる原子力というエネルギーを使用している、そういう利便さというものを求めているわけですが、それとはうらはらに、原子力船なるがゆえに核汚染の問題がございまして、世界各国の港々において厳格な審査を必要とするという不便さもあるわけですね。だから、そういった点が原子力船をどんどんと大量に開発していくということになっていない世界各国の原因になっておるのじゃないかと私は思うわけでございます。 したがって、そういった点から申しましても、これを余りに普及するということは、いまはおもしろくないのじゃないか。そういう手続の繁雑さというものがつきまとっておるということを考えるわけですが、この点についてはいかがでございますか。
○野口説明員 船の安全に関します条約といたしまして「海上における人命の安全のための国際条約」というのがございますが、この条約の中で、外国を訪れる原子力船につきましては、その国の政府に対して前広に原子力施設あるいは船舶の安全性を評価できるような安全説明書というものを提出することが義務づけられておるわけでございます。したがいまして、先生御指摘のように、一般の船に比べまして相当繁雑な手続があるというふうに私ども思うわけでございます。 ただ、いままでの例から申しますと、たとえば米国のサバンナ号が就航中に二十六カ国に入港しておりますし、西独のオット・ハーンという船も二十二回外国の港に寄港しておりますので、繁雑ではありますけれども、これが決定的に阻害要因になるというふうには考えておらないわけでございます。
○田畑委員 いや、それは何回寄港しているか知りませんが、商船隊——やはり商船ですね、商船としましては、これは何と言っても一般商船よりは一定の制約があることは事実ですね。だから、幾らでもつくればいいというものじゃないわけです。それはいま実験船を一隻つくるというなら、なるほど各国はある程度受け入れるかもしれませんけれども、これを幾らでもつくったら大変なことになります。また日本の港だって、原子力潜水艦が入ってきただけでも、いろいろ問題が生じているじゃありませんか。こんな原子力の商船隊が続々と入港するということになったならば、これは大変なことです。 だから、そういう意味で、これについては一定の制約があるということは事実です。その制約の最も大きいものは何かと言えば、母港の問題ですね。基地の問題です。現にむつ市の大湊港を追われているという今日の状態です。しかし、これも経緯から見ますと、事業団がいわゆる原子力船「むつ」を建造する、その建造のゴーサインを出し、設計契約をする前に、まず母港を決めてから設計契約なさるのです。そうでしょう、あのときの経緯から見ますと。むつ市が決まった、直ちに石川島播麿工場とそれから三菱重工とに印判を押して契約書を出されたわけです。それまでは心は急いでも契約書を出せなかった。今度はどうですか。今度はどこへ入るかわからぬのに修理させている。もう一年半たったら、あれは出ていくんですよ。どこへやるのですか。この入るところが決まらなければ船はつくれないのです、この原子力船に関しては。その入るところが決まらないのに修理を三年間という期限で急いでおられるのです。これは一番最初に出発されたときと今回の修理の問題とは、ここが基本的に違うと私は思うんですよ、姿勢が。 これは一体どうなさるおつもりなのか。大臣に聞いた方がいいのですか、事業団ですか、責任者が答えてください。
○長田国務大臣 新しい母港の問題につきましては、関係者それぞれ検討を進めておりますし、佐世保の方のが一応軌道に乗りました事情も背景といたしまして、できるだけ早くその取り進めをしてまいる所存でございます。まだはっきり確定はしておりませんが、そのつもりでおります。
○田畑委員 母港確定には条件があるんですよ。たとえば燃料交換施設が必要でしょう、それから核燃料貯蔵室が必要でしょう、廃棄物の処理施設が必要でしょう、放射線管理施設が必要でしょう、あるいは岸壁も必要ですね、そういうものを一式そろえるのにあと一年半でできるのですか、まだ場所も決まっていないで。そんなこと不可能でしょう。だから結局のところ、この「むつ」を修理して再生をするというのならば、まず母港を決定して、その決定をすると同時に佐世保重工に注文するというのが、一番最初のときの行き方なんですよ。今度は、ああいう問題が起こったからかもしれませんが、佐世保重工に持っていく、そして半分の期日が過ぎたにもかかわらず、いまなお母港の選定については手をこまねいておる。実際船はできるであろうけれども、やがてかつての「むつ」と同様に漂流せざるを得ないのじゃないかというふうに思わざるを得ませんね。 私は、この問題に関する姿勢なり事業団のやり方というのは、まことに無責任きわまるやり方だと思わざるを得ないんですよ。これは聞いたって押し問答になるのじゃないかと思うのですが、そういう印象ですね。国民もみんなそう思っておると思うのです。 第一にむつにおきましては、御案内のとおり、「むつ」の港、いわゆる大湊港近辺におきましては、これは決して原子力によって船は動かしません、補助エンジンによって沖合いまで出て、沖合いで初めて原子力の炉を稼働させますという約束がしてあるのです。それぐらい問題が起こっておるんですね。今度母港を決められる際にも、いわゆる港内においては補助エンジンで動かされるつもりがあるのかどうか、むつ市民に約束したことを、これはまた次の母港が仮に決まった際に、そのまま実行されるおつもりがあるのかどうか、その辺のところはいかがでございますか。
○野村参考人 一般論としてお答えいたしますと、いわゆる定係港におきましては、出力上昇試験は、その港の岸壁において行うということをたてまえにして考えております。
○田畑委員 むつ市民が承知しなかったように、どこの港でも、その問題は大きい問題になるのじゃないですか。しかし実際は、あなたのおっしゃったようにしなければ、原子力船というのは価値ありませんわね。沖合いに出てから初めてがたがたと原子力の力を利用していくというのでは、港を出るときから原子力で出ていかなければ、ある程度の準備をして出ていかなければ、これは問題にならぬのですよ。引き船で引きずられていくのではね。しかし、実際には「むつ」では、そういうことをせざるを得ないほど混乱が起こったし、地元の要求もあったのです。 そして考えてみれば、今日日本の港の中で、いわゆる修理が成り立った後の「むつ」を受け入れる場合に、やはりこの大湊港と同じ条件が出てくることは間違いないと思う。そういう可能性がありますよ。それぐらいこの原子力船というのは不自由なんだ。そのことを認識しないで、ただある期間を区切って直して動かせばいいのだという、計画は計画でいいんです、しかしそれでは、実際には実行できない。もうそういう不安は常識ですよ。来年の秋に完成した後に、一体どこが受け入れをするのですか。住む家がないのに生活していこうというのと同じなんです。 だから私は、最初この問題について申し上げましたように、政府の準備、事業団の準備、心構え、そういったものが十分でなくてこの問題を処理しようとしておるところに、たとえば、設計ミスが起こってみたり、あるいはまた住民から排撃を受けたり、そして今後もそうなるであろうということを指摘申し上げておるのでございます。 だから、これらの点について、どの程度の確信がおありになるか。なるほど長官は何とかするとおっしゃる。しかし、何とかするだけでは、きょうこの場は切り抜けられるかもしれませんが、一年半後には、これは大問題になりますよ。船はできたけれども、入る港はないということになる。その辺をどういうふうに厳粛に考えておられるかということを、これは事業団からも、政府からも、きちっとしたお答えを聞きたい、こう思うのです。
○長田国務大臣 幾つかの問題点はあるかと思いますが、私は、一つの重要な問題として、原子力船の安全性についての国民の御認識の問題が非常に背景として大きいものと思っております。 その点につきましては、先ほどからるる御指摘がありまして、関係者その面につきましての十分な措置をしなければならないと、私も、御指摘の点を伺っておりまして、そのように考えたところでございますが、そういう点も十分な措置をいたしまして、そして国民の方々に安全性についての十分の御認識、御理解と、その上に立ちましての御協力もお願いしながら、定係港につきましての措置を関係者一同で努力をして進めてまいりたい、そのように思っているところでございます。
○野村参考人 ただいま大臣からお答えになったとおりでございますが、安全性と特に環境への悪い影響を及ぼさないということについて、できるだけ努力をし、また、それを各方面の方々に広く御理解いただくようにやっていきたいと思っております。(田畑委員「港をどう考えているのか」と呼ぶ)港における安全と、それからその環境への悪影響を及ぼさないということについて、当然、これはもう最大限の配慮を払って努力すべきことだと思いますので、そのようにいたしたいと思います。
○田畑委員 もう私、これで質問は終わりますが、しかし港の問題は、もう準備しておかないと、現実の問題として、そろそろ提起をしておかなかったら間に合わないですよ。そんなこと目に見えているのだ。目に見えていることを、この場で言い逃れをされるということは、私はこれは問題だと思う。 だから社会党は、この問題はしばらくたな上げと言ってはなにですが、研究という方向に向かわしてはどうかという、これはまことに建設的な案を出しているんですよ。しかし、あなた方のように、このままずるずるといきますと、来年は大変なことになりますよ。委員会ではもっともっと鋭い質問を浴びなきゃならぬということになるのではないかと私は思う。 結局、そうした十分な体制というものをつくった上で、そしてわれわれに対してこの期間を延ばしたいという提案をされているならいいですよ、何もなしに提案をされているということに、私は大きな不満を抱か、ざるを得ないわけでございます。そうした点をひとつ十分な御検討いただくようにお願いしたいと思います。 私の質問はこれで終了いたします。
○瀬野委員長 次回は、来る五月七日水曜日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時三十七分散会