科学技術振興対策特別委員会 第5号
- 発言数
- 178 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1980/03/26
会議録
○瀬野委員長 これより会議を開きます。 科学技術振興対策に関する件について調査を進めます。 本日は、エネルギー研究開発問題調査のため、参考人として、午前中、株式会社三菱総合研究所取締役副社長牧野昇君、システム技術研究所長槌屋治紀君、池島新燃料研究所長池田憲正君、日本学術会議エネルギー・資源開発問題特別委員会幹事中島篤之助君、以上四名の方々から御意見を承ることにいたしております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席くださいまして、ありがとうございました。 本委員会といたしましては、かねてより、二十一世紀を展望して、石油にかわる各種のエネルギーの研究開発につきまして、深い関心を寄せてまいったところでありますが、八〇年代の初頭に当たり、わが国のエネルギー研究開発の各分野における実情と将来の展望について、それぞれを代表する皆様方の御意見を承る機会を得ましたことは、本委員会の調査に資するところきわめて大なるものがあると存じます。 参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただきたいと存じます。 なお、参考人の方々にお願いいたしますが、御意見はお一人十五分程度に要約してお述べいただき、次に委員の質疑に対してお答えいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、御発言の際には、その都度委員長の許可を得て御発言願います。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。 それでは、最初に、牧野参考人にお願いいたします。
○牧野参考人 牧野でございます。 エネルギーの研究開発の問題でございますが、大きく分けて三点ばかりお話を申し上げたいと思います。 一つは、代替エネルギーというものがこれから必要でございますけれども、代替エネルギーを考える上で、基本的にどういう問題を頭に置かなければいかぬかという問題が一つございます。 二番目に、総合的エネルギー対策として資源エネルギー庁が出しました「長期需給計画」がございますので、これの中での問題点をお話申し上げたいと思います。 三番目に、エネルギーを考える上の違った考え方といいますか、経済効率を中心とした考え方以外のものをいま必要としているという問題を少し補足的にお話ししたいということでございます。 まず第一に、代替エネルギーを考える場合の基本的な視点として、その一としてエネルギーの技術をどういうふうに考えるか、エネルギーの技術には二つのタイプがございまして、一つは、よくアメリカでも言いますように、エスタブリッシュドテクノロジー、すでに確立して余り新しい進歩がないだろうという技術でございます。たとえて言うと、太陽熱発電とかあるいはサツマイモからバイオマスをやっていくとか風力、これはエスタブリッシュドテクノロジーでございまして、これが飛躍的にエフィシェンシーを上げる可能性というのはまず考えられないというのが定説になっているわけでございます。もう一つのタイプは、いわゆるテクノロジーブレークスルーという、飛躍的な非常に大きな進歩というものが考えられていて、いまはちょっとむずかしいけれども、しばらくすると一発すごいのが出そうだというのがございます。これはたとえて言うと、いまの単結晶のシリコンのかわりにアモルファスシリコンが可能になりますと、アモルファスシリコンというのは、いままでの単結晶ですと二百ミクロンのものが一ミクロン、温度も二百数十度、もちろんシリコンに弗素とか水素を入れた合金でございますけれども、これですと大体百分の一という、二けたコストが下がります。こういうのをブレークスルーと言うわけです。また、たとえば超伝導材料というのがございます。現在、これは液体ヘリウムの温度でやっておりますので、エネルギーで言うと、インプットとアウトプットが同じような感じでございますね、メリットがない。ところが、これが液体窒素で可能になりますと大変なものになるわけでございます。いつごろできるかというと、この間江崎玲於奈に聞いたら、一九九〇年代にはできるのじゃないか、こう言っておる。こういうのをブレークスルーと言うんですね。そのように、われわれが考える場合に、エスタブリッシュテクノロジーでもう余り飛躍というのがないか、非常に大きな飛躍があるかということを分けて考えていただきたいということが一つでございます。 二番目の問題は何かというと、二番目の問題というのは、いま私がお話ししているのは、エネルギーを考える基本的な視点におけるその二でございますが、それは日本の国土的な特徴というのを一つ考えておく必要があるのじゃないか、こういうことでございます。言いかえますと、日本では土地が高いわけですね、日本の土地のお値段と面積を掛けました総価格が、アメリカの土地のお値段と面積を掛けた総価格と同じだ。言いかえますと、大体一けた半、数十倍日本の方が高いわけですね。数十倍高いところでわれわれがエネルギーをキャッチアップしようということですから、われわれがコストを考える場合に、土地はただと考えると問題があるわけですね。たとえば例を挙げますと、石油のなる木というのがございまして、アオサンゴ、これがいいじゃないか、これは土地をただに考えますと、かなりの線にいくのですけれども、一エーカーで大体四ないし五バレルと、こう言われているわけですが、日本で一エーカーで四たるないし五たるじゃしようがないわけですね。これは外国で議論をしている場合はいいのです。ただで土地がいっぱいありますからね。そういうことを一つ頭に置く必要があるのじゃないかということで、面積の必要な、たとえば太陽エネルギー、バイオマス、非常に広いところで熱エネルギーを取り出そう、これは確かにいいんですけれども、坪何万円というところを使うのじゃ、これはとてもじゃないが、だめなんだということでございまして、日本的な国土的な特徴がありますよ、これを外国の例を引いては非常にむずかしいことがあるのだ、これが二番目の、新エネルギーを考える視点でございます。 三番目は、三番目といいますか、第一のエネルギーを考える基本的視点のその三でございますけれども、トータルシステムで物を考えていくということを定着させなければいかぬ。たとえば経済収支のバランスがとれるか、あるいはエネルギー収支のバランスがとれるかどうか。たとえば確かにエネルギーは出るのだけれども、収支バランスがどうか。簡単に言いますと、太陽温水器をやりますと、確かに毎日お湯が出てくるわけですね、しかし、それを貯蓄するいろいろな装置から全部入れますと、工事費を入れまして、買ったときのお値段を償却するのに大体十年かかるわけですね。十年たてばもう壊れていますから、プラスマイナスで言えばマイナスだ。エネルギーはどうか、エネルギーも、たとえばそれに使うアルミとかガラス、もともと山から持ってきて製錬してつくって、トラックで持ってきて組み立てて、これは捨てないとまずいわけですから、これを完全に償却して、もとのゼロにまで持っていくエネルギーをとりますと、大体そこから生まれてくるエネルギーは、四、五年たたないともとがとれないということですね。これではエネルギーのむしろロスなんですね。そういうことは非常にございまして、たとえば太陽電池、いまの太陽電池は、二十五年太陽にさらされないと、つくったときのエネルギーのもとはとれないわけですね。 私も最近、聞いて非常にショックだったことがございます。原子力シンポジウムがございまして、専門家がこの間大々的に原子力の問題をディスカッションいたしまして、議長は日本学術会議の伏見さんがおやりになりましたが、そのときに何が一番問題になったかと言うと、原子力発電所が一生かかって生んでくるエネルギーと、原子力発電所をつくったり運営していくために消費されるエネルギーとの間でどちらの方が多いのかという、これについて有名なERDAからのレポートがございまして、十年くらい前でしょうか、そのときは大体二五%、四対一なんですね。 ですから、私が言おうとしているのは何かというと、エネルギーを取り出すためにはエネルギーが要るのだということです。取り出すところだけ見ていると、それはいりもお湯が出てくる、いつも電池から何か出てくる、だけれども、それをつくるためのエネルギーというものが要るわけですね。ところが、そのトータルバランスを考えてやっていくということが現在ないのです。すべてについてないのです。これはだれに聞いてもないのです。いろいろな意味で最も計算できている原子力ですら、それがないんですからね。ですから、この問題というのは、われわれは真剣に考えていかなきゃならない問題なんだということでございます。 したがって、たとえばわれわれが農産物をつくってエネルギーをつくる、これは確かに非常にいい。だけれども、いま日本では三キロカロリーのエネルギーを使って、一キロカロリーのお米をつくっているわけでしょう。アメリカでは一キロカロリーの農産物をつくるのに十キロカロリー、これは運ぶことからトラクターから農薬から全部を入れましてです。そのように十倍のエネルギーを使って農産物をつくっている。だから、それをまたいろいろ加工しながらつくっていって一体大丈夫かいな、こういう見方というものをわれわれは頭によく入れていかなきゃなりませんよと、こういうことです。たとえば液化プラントをつくる、確かにそれはいいけれども、しかし、石炭液化プラントというのは、間もなくお値段が上がるわけですから、いよいよ動き出すときには、採算がとてもとれません、こういうことになる。そういう意味で、トータルでエネルギー収支、経済バランスを見ていく必要がある、これが私の言っている第一のパーツでございます。 第二のパーツは、総合エネルギー需給計画の問題でございます。私、これを見て非常にはっきり言えますことは、資源エネルギー庁が「長期エネルギー需給暫定見通し」、去年の十月でしたか秋に出しましたね、あれは私、かなりむずかしいと思うのです。 どこがむずかしいかということを申し上げますと、まず第一に、省エネルギーの一四・八、これがなかなかむずかしいのです。なぜかと言うと、私も工場で長い間工場長をやっておりましたからわかりますけれども、最初はしぼるとぐっと出るわけですね。しかし、ぬれぞうきんをしぼるような感じで、いまはしぼり切った状態ですから、たかなか出にくい。ところが、国民の民需用のエネルギーというのは減ってこないのです。私は、国民生活審議会の省資源部会の部会長で「国民の生活におけるエネルギーについて」というレポートを昨年出しましたが、なかなかむずかしいのです。ふえる一方です。まあこの一四・八%というのは、いろいろな意味でがんばればできるだろうと思いますけれども、その次の三点はどうも無理ですね。 まず原子力の五千三百万キロワット、これはむずかしいのです。なぜかと言うと、これから立地点を探さなきゃならない分を含んでいるわけです。現在、立地点を探しまして、最初に岩盤に穴を掘る、それの着工までに七年かかっています。私は、この間柏崎へ行ってまいりましたが、いま岩盤に穴を掘ってますけれども、あれは七年前に立地選定が決まった、それがその後また五、六年から六、七年かかります。いまから探したのでは十数年のリードタイムがかかる、だから、できないわけです。そういうように決まったものと、それからいま着工中のものと現在のものを動かすという形をとると、とても五千三百万キロワットは無理で、四千万キロワットまあまあというところじゃないかというふうに私は思います。 二番目の石炭でございますが、石炭の一般炭でございますけれども、これを、五十二年度の九十五万トンを五千三百五十万トンというようにゼロを二つつける、これは無理ですね。無理というのは、大体コールセンターがない、運ぶものがない、港がない。燃したときにどうするのか、燃したときにガスが出ますね、これについて環境庁とコンセンサスを持っているのかと言うと、持ってないと言うわけね。捨てるときにどうするのだ、八百万トン炭がらが出る、この炭がらは一体どうするのだ、こういうような問題というのが未解決のままで載っているわけですね。 その次の新エネルギー、新燃料油三十一万キロリットルを三千八百五十万キロリットルに、これもまず無理だと思います。さっき言ったように、新燃料油というのは、プラントの値段がどんどん上がりますからね。いまエネルギーが、石油がたとえば二倍上がった、三倍上がったといたします、プラントが三、四年すると二倍から三倍上がりますから、同じなんです。競争力というのはいつまでたっても出てこない、これが一番の悩みですね。あるいは新しいソフト・エネルギー・パス、これも私、評価しなければいかぬと思いますが、これはあくまでもバッファーですね。 そういう点で非常にむずかしい問題点がありまして、私、何が言いたいかというと、この計画の基本になるのは何だと言うと、経済企画庁の経済七カ年計画なんですが、最初の七カ年間五・七%、その後五%ということに無理があるわけね。世界じゅう、ヨーロッパ全部入れたって二から三なのに、なぜ日本が五から五・七でこれから十年間突っ走るのかという問題についての再検討が必要なんですね。だけれども、新経済七カ年計画をどうやってつくるかというと、失業率が二%を切るというのが前提なんです。この失業率が二%を切るには五・七が要るよ、五・七が要るにはおまえのところどうしようというので、ここに全部無理なのを押しつけた、こういうことなんです。 だからわれわれは、世界の中でいまヨーロッパ並みのGNPパーキャピタを持ちながら、なお五・七という数字で突っ走るという、そういう計画自身を検討し直さなければならない。私が言いたいのは、エネルギー計画というのは、企画庁から環境庁から資源エネルギー庁、すべてのコンセンサスの上でやはり立てなければいけませんよと、こういうこと、でございます。 あと二分でございますので、パートスリーに入りたいと思います。 私の話をお聞きになりまして、新エネルギーについて何か非常に悲観的だとお思いになるとやはり問題なので、ちょっと補足しますが、私が最後に二分で言いたいのは、いわゆるエネルギーというのは、経済効率とかエネルギー効率以外のファクターが入ってくる。たとえばエマージェンシーですね。効率が悪くても、エマージェンシーが起きたら、セキュリティーのためにエネルギーが要るのだということですね。私は、一昨年アメリカへ行ってまいりまして、DOE、デパート・オブ・エネルギーのトップに話を聞いてきたのですが、なぜ石油をあんなに買うのだ、彼は答えました、セキュリティー・イズ・ペリー・エクスペンシブだと。このセキュリティー・イズ・ペリー・エクスペンシブということは、エネルギーの問題というのは、効率、エネルギーバランス以外のファクターというものを入れなければならない時代に来たということですね。何かあったときにエネルギーがとまった、しかし、おらが村だけは夜、電気がつくよ、御飯だけは炊けるよ、しかし、相当効率が悪いよというような評価の仕方というのがいまや必要になってきたということです。私たちは、これが可能だとかできるとかいうことよりも、われわれにとってみれば、エマージェンシーとセキュリティーのために、かなりむだは多いけれども、かなりつらいけれども、投資はとれないかもしれぬけれども、全体の一割ぐらいのバッファーというものを確保しなければいけませんよというのが、現在におけるエネルギーの基本的問題だということが言えるのじゃなかろうか。 もう一つ、私が評価としてお願いしたいのは、電気というものは非常にむだなエネルギーだ、電気というのは一回物を燃して機械エネルギーにして、電気エネルギーにして、また熱エネルギーに戻すケースが多い。家庭で四五%熱に戻している、こんなばかなことがありますかね。燃して機械にして、電気にして、また熱と、その間に三分の二は全部逃げてしまう。確かに便利ですけれども、われわれは電力中心的な考え方というのも検討しなければならない。 最後に、一言でございますけれども、日本の現在におけるエネルギーの研究開発の政策あるいは研究投資のバランス、大体よくやっていると思いますけれども、さっき言ったように、われわれは原子力以外のところにももう少しウエートを置くというようなことも、これから当然考えていかなければならないというふうに思います。 長時間、恐縮でございましたが、以上でございます。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、槌屋参考人にお願いいたします。
○槌屋参考人 こういう席にお呼びいただきまして、ありがとうございます。私がいままで研究している、あるいは考えている意見を述べさせていただきたいと思います。 私は、先ほど牧野さんからお話のありましたソフト・エネルギー・パスという考え方に日本は立って、これからエネルギー開発を進めるべきであるというふうに考えております。 ソフト・エネルギー・パスというのは、アメリカの物理学者のエモリー・ロビンズという人が、一九七六年に「フォーリンアフェアーズ」というアメリカの海外戦略誌に論文を発表してから、アメリカで非常にエネルギー論争を巻き起こした一つの考え方です。これを簡単に紹介したいと思います。 まず、ロビンズによりますと、先進国が現在とっているエネルギー政策というのはどういうものであるか、これはいまもお話がありましたが、将来の経済成長をどのくらい必要とするかということをまず計画します、その経済成長をするためには、どのくらいのエネルギーが必要であるかということを計測します、これを過去の数値から将来へ伸ばします、そうしますと、たとえば二十年後、紀元二〇〇〇年ごろには、現在のエネルギー需要の二倍ぐらい、あるいは三倍ぐらいが必要になるという幾何級数的な増大が起きてきます。ところが、産油国の温存策であるとか大規模な新旭油田の開発というものが非常にむずかしいということから、石油でこういった大量のエネルギーを供給することができないということになります。 そうすると、方法は何だと言いますど、石炭と原子力を強化するということが行われるわけです。この場合に、太陽エネルギー等の新エネルギー源、これは二十一世紀になってからであろうとか、省エネルギー、エネルギーを減らすということはそうできないであろうというふうなことがつきます。 そして石炭と原子力を大規模に開発しようということを行いますとどういうことが起きるかと言いますと、これは二つとも熱エネルギーとして使う、しかも、密集した居住地から遠く離れたところで使うということがよい、そこで扱いにくい、輸送がむずかしいということで電力を強化するということが生じてきます。石炭と原子力を電力に転換するということが大規模に推進されるということになります。 そうしますと、ここでどういった問題が起こってくるか、幾つもの問題があります。 まず第一は、環境の汚染が増大してくるということです。石炭を大規模にやりますと、NOx、SOx、ダスト、それから二割ほど生じる焼却灰こういったものが大量に生じてきます。それから地球規模では温室効果と呼ばれる炭酸ガスが大気中に滞積するという効果がどんどん進行します。それから原子力を拡大することによって生ずる非常に困難な問題、廃棄物処理がむずかしい、それから核拡散を増大させていくというような問題は、もうすでに皆さんお考えになっていることだと思います。 さらに、大きな問題として技術的な問題があります。電力化を非常に強力に推し進める、それから石炭を使ってこれを液体にするとかガスにするとかいうことを推し進めますと、エネルギーの転換と輸送におけるロス、これが非常に大きくなってきます。先ほどお話がありましたように、電力というのは、一の熱エネルギー源から〇・三%ぐらいの最終的な電力しか取り出すことができないわけですが、これが電力を強化することによって非常に大きくなってきます。現在でも、日本が使っているエネルギーの二割ぐらいは電力をつくるためのロスですけれども、これが現在の計画ですと、相当大きいウエートにどんどん拡大していくということが生じます。 三番目に、経済的な問題があります。いま申し上げましたような石炭とか原子力、これを強化するということを進めていきますと、大規模な集中型の発電所をたくさんつくる、それから合成燃料工場をたくさんつくるというふうなことが進められます。これをやりますと、まず資本の回転率が低下するというようなこと、それからリードタイムが長いために、いつまでたってもそのエネルギー源が手元に入らないというふうなことが生じてきます。こういった大規模なエネルギー源を開発していくということが、果たして労働環境にどういう問題を与えるかというようなことがいま議論されつつあります。経済的な問題の一つに、こういった大規模なエネルギー供給が果たして安上がりなのかどうかということが議論されつつあります。これは後でお話ししますが、そういった経済的な問題があります。 以上の環境の問題、技術的問題、経済的な問題から、こういったエネルギー供給を大規模にふやしていく、それを石炭と原子力でやっていくという方向は、いずれ行き詰まらざるを得ないだろうというふうなことをエモリー・ロビンズという人は論じたわけです。これを一つの強引なエネルギー政策、ハード・エネルギー・パスというふうに彼は呼んだわけです。 そして、もっと別の方法があるはずだということを、さまざまな技術開発の状況を通じまして、いろいろな研究成果を調べまして、彼が提案したものがあります。それを彼は全体としてソフト・エネルギー・パスというふうに名づけました。これが日本がこれからとるべき道であろうと私は考えているわけですが、どういうものかと言いますと、まず、われわれの経済成長とエネルギー需要というのはほとんど関係がないはずだ、われわれが豊かな生活を進めていくのには経済成長が必要である、経済成長をするにはエネルギー需要の増大が必要である、そういう考え方自体を疑ってみる必要がある、ここ数年、これに関しては幾つものレポートが出てきまして、ハーバード・ビジネス・スクールから出た「エナージーフューチャー」であるとか、イギリスのジェラルド・リーチがした研究とか幾つもの研究が出てきまして、GNPを二倍、三倍にするのに現状と同じ程度のエネルギーでやっていけるであろうというふうなシミュレーションが幾つも出始めましたが、こういったことをまず検討するということが必要です。 次に、われわれは、化石燃料資源はいずれはなくなってしまう、ないしは日本には余りこういった資源がない、こういったものに頼っているエネルギー供給システムからもっと別のエネルギー供給システム、自然界にある再生可能なエネルギー、太陽熱であるとか風力であるとか水力であるとか植物資源であるとか、こういったものを開発していくことが重要であるということです。そして、こういったことを開発するということと、エネルギーの需要そのものを低下させていくということ、つまり、われわれがエネルギー効率のいい社会をつくっていくということ、この二つを並行的に推し進めるということが、これからの計画として必要だということです。ソフト・エネルギー・パスという内容の中には、このエネルギー需要をもっと減らしていける、しかも、いままでの生産の水準、生活の水準を下げずにエネルギー需要そのものを減らしていくさまざまな技術がある、この技術を広範に適用することで現状のエネルギー消費の半分とか三分の一とかいう値に減らしていきながら、われわれの生活の水準を下げずにやっていけるはずだということを論じています。 それにはいろいろな方法があります。たとえば住宅の暖房を強化するために、石油や電力を大量につくるというかわりに断熱材を十分入れるということで冷暖房需要というのは四割から六割ぐらいまで減らせるであろう、あるいは建築の構造そのものを変えることでほとんど外部からのエネルギー供給なしで冷暖房をやれるであろうというふうな研究が幾つもあらわれてきています。これはいろいろな分野があります。最近数年間、日本はGNPは大体四%程度の成長を石油危機以来することができましたけれども、その間にエネルギー需要というのをほとんどふやさずにやってくることができました。これは今後も増大していくことができる傾向だと思います。なぜかと言いますと、いままで産業界は一年あるいは二年ぐらいで回収できるような省エネルギー技術に投資しました。しかし、まだまだ生産工程の根本的な変更とか四、五年で回収できる技術であるとか七、八年で回収できる技術であるとか、省エネルギーの技術と機械にさまざまなものが存在します。こういったことをやっていくことによって、われわれのエネルギー需要というのは、もっと減らしていけるという可能性が非常にあります。これを徹底的にやることによって、私がいま計算している限りにおいては、日本の原材料資源、鉄鉱石還元用の石炭であるとか石油化学用の原材料資源、こういったものを除きますと、残りのエネルギーを半減することは、かなり実現可能な値ではないかというふうに考えています。こういったことを進めます。 それから、国内にある自然のエネルギー資源を開発していく、これは言うなれば国家百年の計で、こういうことをやること自体が、エネルギー危機がわれわれに突きつけた問題であろうと思いますけれども、たとえば先ほど言いましたような量を国内の自然のエネルギー資源で供給することは十分可能です。水力発電、これを現在の一・五倍から二倍ぐらいに拡大することは十分可能です。それから地熱、これはいまでは十五万キロワットほどつくられていますが、かなり大きく拡大することが可能です。それから太陽電池、これが五年ないしはその程度の期間において非常に急速にコストダウンがされる可能性があります。日本はこれのコストダウンにもっと研究開発投資をすべきであるし、非常に有望な技術です。これがコストダウンし得るかし得ないかというのは、LSIが最近数年間で毎年二分の一のコストになって二倍の性能に上がるというようなことが行われてきたことからも類推することが可能です。それから風力発電、日本ではまだ大規模な研究がほとんど行われていませんが、三菱総合研究所が出したレポートに「大電力風力発電システムの研究」というのがありますが、伊吹山の頂上に三千キロワットクラスの風力発電装置を置くと、年間の設備稼働率が四五%を上回るであろうというようなレポートが出ています。簡単な計算でも日本では二千万キロワットか久四千万キロワットあるいは五千万キロワットの風力発電がやれるはずです。アメリカでは百キロワットクラスの風力発電がかつて動き出しておりまして、去年は二千キロワットの風力発電の装置が動き出しました。日本は風力資源には非常に恵まれています。こういったことをやることによって電力需要というのを、国内の資源によってほとんど賄うことが可能であるというふうに考えられます。 それから、エネルギーの熱需要がありますが熱の需要に関しましては、太陽エネルギーの広範な利用が考えられます。低温百度以下、それから中程度の温度三百五十度以下、このような領域の温度に対しては、太陽熱を大量に使うことが考えられます。太陽熱は確かに面積を必要としますが、これは別に新しい土地を買ったりつくり出したりする必要はなくて、住宅や公共建築物、それから既存の建物、こういった屋根の上に平米当たり三十キログラムぐらいの荷重でコレクターパネルを載せていけばいいわけで、幾らでもわれわれの国は太陽エネルギーを集めることができます。われわれの国が一年間に使っているエネルギーの約百二十倍ぐらいの太陽エネルギーが国土全体に降り注いでいますので、これを一%の効率で使うことができれば、われわれは、太陽エネルギーによって国内のエネルギー資源を全部供給することすら可能なわけです。 それから、高温用の熱源にわれわれはバイオマス、植物資源を使うことができます。それから自動車用の燃料、こういったものに植物資源を使うことができます。日本国内にある廃棄物としての植物資源の量は非常に多くありまして、ある計算によりますと、有機物のドライ重量で大体五千七百万トンぐらいこれがあるというふうに推定されています。自動車の燃焼効率、こういったものを引き上げていく、あるいは公共交通機関を拡大していくというようなことをしまして、自動車用の燃料需要を減らしていくということをやるのと同時に、こういったバイオマス資源、しかも農林業、有機産業物、都市ごみ、下水汚泥、こういったところから生じてくる有機廃棄物をエネルギーに転換していくというふうなことをわれわれはやれる可能性があります。こういったことをやりますと、電力、熱、それから交通機関用のエネルギーすべてが国内の資源で賄えるというふうな可能性があります。 それで、こういったいま申し上げたような技術は、それぞれがもしかすると原子力や石炭の大規模な新しいエネルギー供給をするよりも安上がりではないかというような疑問がいろいろなところで出てきています。というのは、大規模な集中型のエネルギー供給装置というのは毎年毎年コストが増大していきます。ところが、ここで申し上げましたような自然のエネルギー資源というのは、いま研究開発が進んでいる過程でコストがどんどん下がってきております。それで、こういった技術はよくわかっている技術であって、たくさんの人が同時に参加できる可能性があります。いままでエネルギー供給というのは、電力会社、石油会社、こういったところが一手に引き受けてきたわけですが、自然のエネルギー装置というのは、どこにでもこれを設置することができます。どんな中小企業でもこういったものをつくることができます。個人でもつくることができます。エネルギー危機に対処するのに、一部の専門家だけが対処するのではなくて、日本じゅうの国民が自分でエネルギーをつくっていくというようなことに参加する、それからエネルギー需要を減らしていくというようなことに参加する、そういう機会がたくさんあるはずです。そういった機会をつくり出していくことによって、初めてエネルギー危機というのをわれわれは突破できるのではないかというふうに考えるわけです。 簡単ですけれども、私の話はこのくらいにしたいと思います。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、池田参考人にお願いいたします。
○池田参考人 私は、池島燃料の研究者池田憲正でございます。 私は、いまのお二人の参考人の方が御説明なさいましたように、広い分野のエネルギーに対して申し上げるのでなくて、ただ私が開発いたしました池島燃料についてのみ御説明申し上げたいと思うのでございます。 池島燃料はエタノールを主原料といたしまして、ガソリンエンジンを動かすための条件、それを化学的に与えまして合成しました全く新しい独立した燃料でございます。 アルコールを動力用燃料に利用しようという試みは、御承知のように、近年世界各国で取り上げられてまいりました。特にブラジルにおきましては、これを国策といたしまして、アルコールをガソリンに添加して使用することを義務づけているのでございます。 アルコールをガソリンに対してどのくらい添加することができるか、これはその添加の比率によりましていろいろと解決しなければならない課題があるのでございます。 まず、私の実験によりますと、一〇%以上アルコールをガソリンに混ぜました場合、アルコールの吸湿性によりまして、その混合液全量の約一%ないし二%程度のきわめて少量の水分が漏れ込みますと、せっかく一たん混合いたしました混合液は分離してしまうのでございます。これに対しまして、燃料タンク、また燃料の貯蔵装置、そういうものに完全なる防水、防湿対策を施す必要があるのでございます。また、気化潜熱が非常に高くなります。そのために現在の気化系統、いわゆるキャブレターその他に対しまして気化促進装置を施さなければならないと思うのでございます。そうして混合気形成に当たりまして、空気の必要量が非常に少なくなります。これは理論空燃比と申しておるわけでございますが、このためにでき上がりました混合ガスの容積が非常に小さい、これがエンジンの希薄回転を起こしまして、運転中にエンストとかを起こしたり、あるいはまた瞬間加速ができないというようなことで、これは事故につながる非常に大きな問題でございまして、まず、これも解決しなければならない問題でございます。また、着火温度が非常に高くなります。そのために冷寒時におきましての始動が困難になるはずでございます。これを補ういわゆる始動補足の装置も加えなければならないと思うのでございます。なお、完全燃焼させなければならない、排ガス公害を防止しなければならないというような幾つかの対策を講じなければならないのでございます。 しかし、こういう幾つかの対策を解決いたしましても、ガソリンに混ぜる増量剤でございますから、ガソリンがなければ用をなさないのでございます。そのためにガソリンを全然必要としないアルコールエンジンを開発して実用化する、こういう研究もきわめて強力に推進されておるのでございます。このようなことは、すべてアルコールをアルコールのまま生使いしようという計画でございます。しかし池島燃料は、こうしたアルコールの利用方法とは根本的に違ったものでございます。 ガソリンエンジンを動かすための燃料とはどのような条件を備えればよろしいか、そのことを追求して研究してまいったのでございます。たとえば気化潜熱を、現在のキャブレターでガソリンと同じように気化するためにはどのようにすればよいか、また、空熱比を高めて希薄回転を起こさせないようにするためにはどのような性能を与えればよいか、冷寒時において容易に始動するためにはその着火温度をどうして引き下げればよいか、完全燃焼させるにはどのような性質を与えればよいか、こうしたことの一つ一つを解決いたしまして、今日ガソリンに劣らない性能の池島燃料を開発してまいったのでございます。 次に、池島燃料の特徴を申し上げます。 第一に、ガソリンを一滴も使わずに、ガソリンエンジンを全然改造することなく、ガソリンと同等にガソリン自動車を走行させることができます。 次に池島燃料は、ガソリンと任意の割合で混合して使用することができます。これは燃料タンクにガソリンが残っておりましても、その中へ池島燃料を補給することができますし、また、池島燃料を使用中にガソリンを補給することもできる。このことは車に燃料タンクを区別して装備する必要がないということになるのでございます。 第三に、現在の研究段階におきまして、池島燃料一〇〇に対しまして灯油五〇の割合、つまり十対五の比率で混合いたしまして、その混合液でガソリン自動車をガソリン同様に動かすことができるのでございます。このことは、また別の角度から経済的、資源的に非常に意義ある性質であると申せるのでございます。 最後に、池島燃料は純粋な植物性液体でございますので、その排ガス中に窒素化合物とか硫黄酸化物というような有害成分は含まれておりません。無公害燃料でございます。 次に、私は、池島燃料の効果について一言申し述べさせていただきます。 やがてガソリンはなくなる、そういうことを考えまして、現在、ガソリン自動車にかわる数多くの新しい別の車の開発が強力に推進されておるのでございます。しかし、ガソリン自動車が世に誕生いたしましたのは、一八八六年のことでございました。それ以来九十年間、いわゆる二十世紀人類の知恵と申しますか、研究に研究を重ねまして努力を続け、今日のこのすばらしいガソリン自動車を完成してまいったのでございます。ただいま私たちの生活を支える動脈的役割りを果たして、地球上を走り回っているガソリン自動車は、何億台あることでございましょうか。わが日本におきましても、三千万台を超すと言われております。これを金額に計算いたしてみますと、およそ十五兆円に及ぶかと思われるのでございます。もしこれを全世界何億台かの車に計算いたしましたら、それこそ天文学的数字になると思うのでございます。この天文学的数字に及ぶガソリン自動車がガソリンを失いましたならば、それはただのスクラップになってしまうと思います。もしこのガソリン自動車を、そのまま使用し続けることができる新しい燃料が開発されたといたしましたら、それこそ大きな意義を持つものと考えております。私は、現時点におきまして、それをなし得るのが池島燃料である、そういうふうに確信しておるものでございます。 アルコールは、太陽と水と土があれば、地球上いかなる土地からでも生産することができます。そうして人力によりまして、年々生産を繰り返すことのできる無限の資源でございます。 私は、このアルコールを池島燃料にいたしまして、合成いたしまして、そうして本当にいかなることがありましても、ガソリンにかわって、現在のこのすばらしいガソリン自動車を使用し続けていただきたいことをお願い申し上げて、私のごあいさつを終わります。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、中島参考人にお願いいたします。
○中島参考人 ただいま御紹介いただきました中島でございます。 私は、現在、日本学術会議のエネルギー・資源開発問題特別委員会の幹事をいたしておりますので、最初に、日本学術会議の、きょうのテーマでありますエネルギー研究開発問題、学術会議ではエネルギー・資源開発問題と言っておるわけですけれども、それに関する審議、検討の状況を御紹介申し上げたいと思います。 日本学術会議がエネルギー問題を組織的に取り上げましたのは、一九七二年以来のことでございまして、石油ショックの起きます二年ほど前の、学術会議の第九期と呼んでおりますが、第九期以来のことでございます。以来、三期にわたりまして、学術会議におられます大変広範な学問の諸分野に関係のある会員が協力いたしまして、組織的な検討を行ってまいりました。その結果、すでに三つの勧告をまとめまして、政府に提出済みでございます。 一番最初のものは、七四年にまとめられたものでありまして、これは「資源・エネルギー関係の研究体制について」と題する勧告を、六十六回総会、一九七四年の秋でございますが、六十六回総会で採択いたしました。この勧告の重要な点は、きょう私、その三つの勧告をお手元にお届けしてあると思いますが、エネルギー問題というのは、非常に重大な問題であるにもかかわらず、わが国でのエネルギー研究の体制がきわめて弱体である、それを確立するための原則はどうあるべきかということを定式化し、特にエネルギー問題というのは、自然科学的な側面と社会科学的な側面を総合し得るような均衡のとれた研究体制を確立する必要があるということを述べたものであります。それから、きょうのエネルギー、特に代替エネルギー問題等にも直接かかわる意見がその甲に述べられております。述べられておるということは、学術会議の中で、たとえば原子力エネルギーをどう評価するかというような問題についても、会員間で率直な意見交換をいたしまして、一定の見解をまとめて勧告をしたということでございますので、ぜひ国会でも御検討をいただきたいと思います。このことについては、また後に触れさせていただきます。 それから次に、この勧告で大まかに出されました構想を具体化いたしまして、一九七七年に二つの勧告を提出しております。その一つは「エネルギー工学研究所の設立について」という勧告でございまして、これは特に大学におけるエネルギー研究の強化を図る、原子力を除く非核エネルギー分野における研究体制を確立するということであります。それからもう一つ、最も重要な問題は「鉱物資源・エネルギーに関する研究センターの設立について」という勧告でございまして、この二つの勧告を七十三回総会で採択して提出いたしてございます。この二つもお届けしてありますので、御検討いただければ大変幸いであります。 特に後者の鉱物資源・エネルギーに関する研究センターと申しますのは、先ほどソフト・エネルギー・パスのお話がございましたけれども、ソフトエネルギーということではなくて、その研究体制としては、工学研究所がいわゆるハードのシステムを構想しているといたしますと、これはソフトシステム、つまり、わが国ではどういうようなエネルギー研究開発方針をとるべきかというようなことを総合的に考える、そういう研究センターが必要である、こういうことであります。 実は一番問題になりましたのは、わが国では、こういうエネルギー問題がたとえば通産省でありますとか科学技術庁でありますとか環境庁でありますとか、いろいろな省庁に分かれて行政が進められておりまして、総合的な体制がない、そうではなくて、どうしても総合的な体制をつくる必要があるけれども、これはわが国の実情では大変むずかしい、そういう過程におきましては、たとえば一つは国会の中にそういうものを設けるというようなことは不可能であろうかというようなことも真剣に議論されたのですけれども、実際にまた国会といたしますと、実はたとえば国会図書館の一つの機構としてそういうことはできないかというようなことも真剣に討議されましたけれども、それは困難であるということになりまして、総理府所管ということで勧告がなされておりますけれども、実はエネルギー問題を考えるときには、いままでの各省庁の縦割りの組織を越えた総合的なシステムを考えないと、正しい解決はできないというふうに学術会議が考えているということを、この機会に申し上げさせていただきたいと思うのでございます。 それからもう一つ、実はきょう御紹介したいと思いますのは、重要な資料がございまして、これは現在の期であります第十一期の最初の総会、つまり昭和五十三年の一月二十日の総会で会員に報告したものでございますけれども、「「エネルギー問題懇談会」の意見について」という文書でございます。これは皆さんも御承知のとおり、一九七七年の四月にアメリカのカーター大統領がいわゆる新エネルギー政策というものを発表いたしました。これは核拡散防止ということを主眼とした重要な政策でありまして、わが国の特に原子力開発は、これによって非常に大きな影響を受けたことは御承知のとおりであります。たとえば運転を開始しようとしておりました東海村の核燃料再処理工場は、このあおりを受けて、しばらく運転開始ができないというようなことがあり、わが国の原子力開発のあり方をも含めて、エネルギー開発の問題を考え直す必要があるということが出てまいりました。 そこで、総会での議論に基づきまして、これは学術会議の現役の会員だけではなくて、諸先輩の会員の方々あるいは会員外の方々にもお集まりを願って、むしろエネルギー問題というのをどう考えるかということについての議論をいたしました。これには亡くなられました朝永振一郎先生、現在東大の総長をしておられます向坊隆先生、それから国際法の田畑茂二郎先生といった学術会議外の諸先輩の方々も含めまして議論いたしました。特に朝永先生は毎回欠かさず御出席くださいまして、非常に熱心に審議に加わっていただきましたが、この報告をまとめられました直後から御病気が悪くなられまして、御承知のように、とうとう不帰の客になられたわけでございます。 この意見の中で重要な点は、非常に簡単なものでありますが、三つほどあります。 まず第一に、エネルギー問題を考える場合の重大な視点としては、単にこれをわが国の問題として考えてはいけない、地球的な規模に立って、それから時間的にも長期にわたって見通しを持って考える必要があるのだということであります。これは、あたりまえのことだと思われますが、いままでの参考人の方がお触れになっておりませんので、申し上げた方がよろしいかと思います。それから、これはお話がございましたけれども、供給の問題だけにどうしても目が行きやすいけれども、消費の問題についても目を向けて発想の転換を行う必要がある、それから、そのことが当然われわれの生活のあり方自体についても反省するということが必要になるであろう、それで、われわれのよりよい生活というのはどういうことであろうかということをまず考えなければいけないだろうというようなことが、ここで一致した点として述べられているわけであります。 それから第二番目に、エネルギーの供給の面で、現在、特に研究を要する課題としてというふうに書いてありますが、核エネルギー利用の問題があることは言うまでもないわけであります。ただ、核エネルギーの問題というのは、要するに、核兵器の問題と密接な関係があるということを、ここではっきりと認識して、取り組むべきである、わが国においては、この点についての考え方が大変不徹底でありまして、原子力というものは、本質的に危険性を持っているということについての論議をどうも避けて通っているのではないか、まず、その面を直視することが必要である、それからさらに、研究開発の過程において、行政の側でも企業の側でも研究者の間にあってさえも、事故などへの対処が常に当座を糊塗し、問題の所在をいつもあいまいにしてきたような点を反省する必要がある、これは単に責任を追及するということで言っているのではなくて、誤りを繰り返さないように、そこから教訓を引き出すような姿勢の確立が必要であるということを指摘したいということをここで強調しております。 実はこれは、昭和五十三年でありますから、私、これを読み返してみまして、皆様も御承知のように、昨年、米国でスリーマイルアイランドの原子力事故という非常に重大な事故が起きました。米国では大統領の任命いたしました調査特別委員会ができまして、そしてケメニーさんという方が委員長になられまして、ケメニー報告というものが出されたことは、御承知のとおりだと思うのですけれども、その中で最も大事なことだ、最も基本的なことだとしてケメニー報告が指摘しておりますことが、実は私どもがもうすでにその一年前に言っていたこういう点である。つまり、原子力というものは、口に出して危険だというようなふうに企業やあるいは規制当局や電力会社の姿勢を、あるいは原子力産業界の姿勢を、そういうふうに転換しなければいけないのだということを言っているのと一致しておるというふうに私は考えておるわけであります。 私がいまこういうことを特に申し上げますのは、エネルギー問題というのは、いま簡単に御紹介いたしましたが、いま言ったような視点で取り組む必要があったのだけれども、従来のわが国のエネルギー開発政策というのは、御承知のとおり、石油の供給が不安になるであろう、石油の供給不安に対しては、核分裂のエネルギー、原子力と申しましても、核融合ではなくて核分裂のエネルギーを代替してやっていけるであろうといった点に非常に重点が置かれた、これは研究投資の面を見ましても、約九〇%ぐらいが原子力に向けられていることは、御承知のとおりでございます。 申すまでもありませんが、今日のエネルギー危機そのものが、一部の先進工業国の資源の乱掘ですとか破壊であるとか浪費の結果として世界的な危機であるという形で生じておるということを、根本的に反省し、再検討するということが、エネルギー問題の研究に当たっての視点でなければならないと思うのであります。 それから、原子力エネルギーにつきましては、学術会議では、最初の昭和四十九年の勧告の中でも、それは当面最も有望な新エネルギー源であるというふうに考えております、最も有望な新エネルギー源であるということの意味は、将来のエネルギー源として、それは科学技術の可能性の問題として安全確保を優先させて慎重に開発を進めるならば、有望な新エネルギーたり得るであろうというふうに、そのときの討論ではなったということでございます。決して原子力を否定しているわけではないわけであります。しかし、原子力エネルギーというものは、先ほども申しましたように、本質的な危険を含むものであるということを直視して、その開発に取り組む必要があるということであります。 これは、いまさら申し上げるまでもございませんけれども、昨年起きましたスリーマイルアイランドの原発事故というのは、大変重大な警告であります。このことは、もう繰り返しませんけれども、アメリカでは少なくとも、さっき言ったように、原子力は危険であるということでやるのでなければ国民の合意は得られないだろうというふうなことを言っておるわけですけれども、私の見るところ、わが国では、このような深刻な反省が見られないのは、大変残念なことであると思うのであります。 時間もなくなってまいりましたが、米国の著名な原子力科名著で、原子力は人類とファウスト的な取引だということを言いまして有名になりましたワインバーグさんは、原子力技術というものは、非常に複雑で、仮借のない技術であるというふうに言っておりますけれども、彼も決して原子力に反対しているわけではなくて、このスリーマイルアイランド後のある論文におきまして、ファウストは結局救われたということを言いました。それはどうして救われるかというと、天使はうむことなく努力する者のみを救いたもうのだという表現をしておられますが、しかし、原子力技術の安全性を保つためには、非常に抜本的な反省と再検討が必要であるということを述べて、ニュークリアパーク構想を初めとする独得の構想を述べております。その構想自身について御紹介する時間はありませんけれども、とにかく、まず改めなければならないのは、原子力といったエネルギーを従来の石油火力のボイラーと同じだと考えるような安易な考え方や開発体制が問題だったのではないか、スリーマイルアイランドの事故の結果として、米国の電力業界は原子力から手を引かざるを得なくなるだろうという予測を述べております。それは十億ドルも費やした資本が一朝にしてふいになり、もし再建できるとしても、二十億ドルの直接損害がすでに生じておる、これは大統領委員会の報告でもそうでありますが、それに対して支払われる。フライス・アンダーソン法、つまり原子力損害賠償法によって支払われる保険の額は六億ドルにすぎないという具体的な数字を挙げて、それをそういうふうに指摘しておるわけであります。 とにかく米国では、このような深刻な反省と再検討が行われつつあるように見えるのですけれども、残念なことにわが国では、この状態が大変悪い。自主、民主、公開というりっぱな三原則を定めながら、米国で開発された軽水炉を、すでに安証された原子炉だというふうに考えて、非常に安易に導入されて、今日その結果はさんたんたるものである、五〇%に満たない稼働率でしか運転できない、それでなおかつ軽水炉にしがみついてそれを最も重要な代替エネルギーとする政策が進められておるということは、私にとっては大変不思議なことであると思うのであります。 言うまでもありませんが、軽水炉燃料は濃縮ウランを必要といたしますし、それは現在、一〇〇%米国に依存しております。エネルギー自立を目指す、あるいはエネルギーのセキュリティーを保障したいということであれば、少なくともこの燃料が、対等、平等の条約によって保障されるというようなことをまずやらなければいけないはずでありますし、さもなければ、原子力を大規模に開発することは、セキュリティーを増さないで、石油への非常に安易な依存がわが国のエネルギー危機を招来したのと同じような、そういう結果にしかならないだろうと私は考えるわけであります。 時間がもう参っておりますので、あと二、三述べたいことがございますが、一言、核燃料サイクルその他をさらに考えれば、もっと事態は深刻であるということだけを申し上げまして、私の最初の意見とさしていただきたいと思います。 どうも時間を少し超過いたしまして、申しわけありません。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 以上で各参考人の御意見の開陳は終わりました。
○瀬野委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。椎名素夫君。
○椎名委員 エネルギー問題というのは、確かに、いま日本だけじゃなしに、世界じゅうが直面しておる非常に大きな問題だと思うのですが、ちょっと振り返ってみますと、人類が出て、まあ人類と言われるようになってから何万年かは、大体まきでやっていたということだと思うのですが、それがわずか二百年くらい前に石炭を使い出して、それから本格的には数十年前から石油というものを使い出した。それで、いま問題になっているこのエネルギー問題の根本というのは、やはり昔の非常に低い生活程度の中で、地球上にどこにもある、汎在しているエネルギーを使うことによって、何とか人間が暮らせてきた、それが産業革命以来、偏在しているエネルギー源に頼り出したというあたりが一つの大きな問題になって、しかもそれが、現在のような非常に突き詰めた形で出てきているのじゃないかというふうに考えるわけです。 それから、日本の戦後の歴史を見ますと、石油が使われ出して非常にいい時期に日本の戦後というものが差しかかったということが、また一つの大きな問題である。言ってみれば、日本は資源がなくて人が多過ぎるという国だったわけですが、この資源がないというあたりが、かえって逆にうまく作用をして、とにかく一応、前提としては資源は大体無限であると考えてもいいというような環境条件に置かれてやってきた。日本の戦後の経済を振り返ってみると、国際収支ということが、いつでも大変な問題になっていた。買ってくるお金さえできれば、何とかかんとか資源というものはよそから持ってこられるという条件がずっと続いてきたわけです。それが狂ってきたわけですが、そこで、石油というものをいつまでも使っているわけにはいかぬ、次に何かかわるものがなければいかぬということで、いまわれわれは騒いでいるのだと思います。 そこで、牧野参考人にお伺いしたいわけですが、ここでわれわれがいろいろ石油以後というものをヘッジしようということで一生懸命になっているが、その中で原子力というものは大きく位置づけられておりますし、また、その先の方では核融合が有望だとかいろんな問題がありますけれども、第一にお伺いしたいのは、原子力の位置づけというか、これでどのくらいやっていけるのか、あるいはやっていけるとしても、さまざまな弊害を伴っているような面もありますから、むしろどのくらいのところまででとめるべきなのか、これはそういうようなことを言う方々もおられるわけですが、まず第一に、この原子力の位置づけについて伺いたいと思います。
○牧野参考人 いま御質問ございました原子力の位置づけでございますが、原子力をどの数字まででとめおくべきかということでございますけれども、大体全体のエネルギー構成の中での比率で言うと、十年後に一〇から二〇の間というふうに見ていいと思うのです。これをそうはっきり言うのは、非常に危険ということがございます。それは繰り返し言うように、日本は五十二年度に四・一億キロリットルの石油を使っている、長期エネルギー需給計画によって五・七%、その後五%で八・四億キロリットル使う、二倍のエネルギーが必要なんだということを前提としていった場合に、かなり強烈な形で追いかけないと構成比が上がらないということがございます。ですから、私の観点というのは、むしろ昭和六十五年に八・四億キロリットルを使うということは、かなり無理のある計画じゃないかなというのが基本にございますので、私たちは、そういうようなことを考えた場合には、ほかの全体のエネルギーが減りますから、原子力の比率というものはもう少し上がっていくのじゃないかなということでございます。 それから、もう一、二点お話したいと思いますけれども、核分裂を使っている限りは、これは石油とそう違いませんので、間もなく枯渇いたします。ですから、やはり高速増殖炉に移っていくという研究投資をやっていくことによって、いま言ったように、比率を上げていくということを考えないと、核分裂だけで上げていくのでは無理だということでございます。 高速増殖炉をなぜ私が評価するかというと、先ほども他の参考人からお話ございましたように、現在われわれは、ウラニウムというのを、ほとんど石油と同じに外に依存しているわけですね。ところが、高速増殖炉になりますと、燃料の寿命が七十倍延びます。七十倍延びるということは、燃料の値段が七十倍高くてもいいということでございますから、海の中に溶けている十七億トンのウラニウムを使う可能性が出てきた、もちろん、これは技術的な今後の研究投資が必要ですけれども。そうすると、エネルギーの自給が可能です。そういう点で、私は、高速増殖炉というもののステップを考えていかなければならない、こう思います。 もう一点でございますけれども、原子力は非常に危険じゃないかということがよく言われるわけでございますが、物理的な数字で言えば、私、実は原子力委員会の環境アセスメント専門部会の専門委員で、五ミリレムという標準を決めたわけですけれども、世界の一応の基準は現在五百ミリレムですね。皆さんがお住みになっている東京で約六十ミリレム、関西へ行くと百ミリレムです。新幹線で三時間、そこで四十の差がある。ところが、美浜へ行っていただくとわかりますが、五ミリレムをはるかに割っているわけです。そういう意味では安全だ、しかし、もしかすると何か起きるかもしれぬという不安がある。ですから、私は、原子力の研究というのは、そういう物理的なものじゃなくてもっと社会的なものとか、もっとソフトとわれわれは言うのですけれども、そういうような検討がより必要ではないか、こう考えております。
○椎名委員 質問した以上のことを答えていたがいてありがとうございました。高速増殖炉のことも伺おうと思っていたのです。 そこで、最後のところでいまおっしゃいましたけれども、これはいろいろなことが言われております。原子力のほかに、先ほど槌屋参考人ですか言われましたソフト・エナージー・パスとかいろいろな提案があります。私も基本的には、とにかくわれわれ先進国は非常にむだ遣いをしているしかしこれから、後進国の人たちの生活程度をだんだん上げるということにわれわれ自身も協力して考えていかなければいかぬというふうに思っているわけです。そうしますと、エネルギーの需要はどんどん上がってくる、それに対してソフトエネルギーというのは、特に第三世界なんかには非常に好適なものであるというようなことが言われているわけですけれども、どうなんでしょうか、槌屋参考人にちょっと伺いたいのですが、これからの第三世界をつくっていくのに、ソフト・工ナージー・パスですっかり社会を組み上げたときに、先進国と言われるわれわれから見て、大変に理想的な社会でうらやましいというようなことになるのでしょうか。
○槌屋参考人 どんな社会が望ましいかというのは、非常に複雑な議論を要する問題であろうと思います。しかし、第三世界の国々が自然界にある再生可能なエネルギーを使うという意味では、先進国より非常に条件がいいということは疑いのないところです。それは、その自然の資源があるというだけでなくて、それ以外に、すでに先進国が持っているような複雑な政治経済の制度、化石燃料資源を大量に浪費していくというような制度を持っていないという意味で非常に適しているであろうというふうに思います。しかし私は、第三世界にソフトエネルギー技術が適当であるというような意見に余り賛成しません。日本にこそ必要であり、日本にとってこういうことが必要であるということを、まず第一に考えるべきだと思います。第三世界のことを考えるほどに日本はエネルギー事情に関して豊かではありません。日本にこういった技術が必要であるし、日本はそういうことを通じて日本のエネルギー問題を解決していく、そういうことがもしできるならば、第三世界に対して何かできるであろうというふうに私は思います。
○椎名委員 牧野先生に伺いたいのですが、いまお話があったソフトパスの問題ですけれども、確かに、太陽というのはいつでも注いでいるし、再生可能なエネルギーであるという意味で非常に望ましい気も一見するのですが、これを本当にエネルギーの形で使うためには、残念ながら取り出すためのハードウエアというものがずいぶん要るだろうと思うのですが、そこあたりはどうなんでしょうか。たとえばエネルギーバランスでいってもコストのバランスでいっても、いま槌屋さんもおっしゃいましたけれども、できることなら第三世界をわれわれは助けてあげたい、そうすると、ロビンズなんかが言っているように、大量生産のメリットでつくれるようなものが非常に手軽に使えるというような話がありますが、しかし、こういう大量生産をやるためにもまたわれわれはエネルギーを使わなければいかぬ、何かそこあたり犬がしっぽを追っかけているような形になって、どこかで計算が合わないようなところが出てくるのじゃないかと私は思っているわけですけれども、いかがでしょうか。
○牧野参考人 私の意見で言えば、槌屋さんとやや違っておりまして、ソフト・エネルギー・パスは、第三国を頭に置いてやって当然いいと思います。 実は私、科技庁に依頼されまして、オイル・ショックの後にアメリカの研究開発機関を回ってまいりましたけれども、いわゆるアプロプリエイトテクノロジーとかあるいはテクノロジートランスファーというのを非常にやっていますね。たとえば台湾で言えば、豚を飼って、そこでメタンをやって大体自分のうちでやっていけます。 私、昨年ドイツへ行ってまいりましたが、ハノーバーの見本市では太陽エネルギー館というのに押すな押すなの人間だった。私、行って聞きますと、太陽エネルギーというのは、寒い西ドイツではなかなかうまくいかぬけれども、これを南へ持っていくと、いつも天気がいいじゃないか、そこへ行くことによって、われわれは逆にいろいろな意味で、経済協力という意味も含めて言えるのだ、こういうことでございます。 もちろん、日本でエネルギー事情がむずかしいということはわかりますけれども、ソフト・エネルギー・パスの基本は、土地が安い、いつも太陽がある、環境問題でもそれほどシビアではないという幾つかの要因がございますし、もっと大きな要因というのは、生活のレベルが高いか低いかの問題ですね。ですから、そういうような比較的手作業でやるものでも耐えられるか。日本の場合、また、よけいなことを言うねと言われるとまずいのですけれども、私、国民生活審議会で約二年間、女性の委員の方数人を含めた会議をやりましてわかったのは、生活の高度化を犠牲にして省エネルギーをやらしているのだ、こういうようなことになるわけですね。現在の日本というのは、生活が非常に高度化しておりまして、不便なエネルギーを、自分の手でつくるということをいやがるわけです。もちろん、これはやらなければいかぬと言いますよ、だけれども、生活の高度化にならされた日本人にはなかなかむずかしい。それはもうお説教をしてみても、言うことは非常に簡単だけれども、なかなかやってくれないということでございますので、私は、やはり第三世界を頭に置いて考えていくということはあり得るのじゃないかなというように考えています。
○椎名委員 原子力の安全性の問題ですが、安全性の技術的な議論というのは、昔から非常にやっておりまして、私も実は、その昔原子力屋で、原子力のコールダーホールが入る前から原子力をやっていたものですから、そのころからの議論もいろいろと承知しているわけです。確かに、いま先生おっしゃったように、非常に社会的要素が強くてかみ合わないような面が強過ぎる。たとえば方々で公聴会をやったりなんかしますが、もともとそんなにむずかしくないのかもしれませんけれども、非常にむずかしい問題だという概念がみんなの頭にしみ込んでいるために、どうしても本当の一つ一つのポイントについて安全性というものを詰めていくというような議論がどこでもされることがないと思うのです。これは科学技術全般に通ずることかもしれませんけれども、しかしながら、われわれが何かやっていかなければいかぬという場合の社会的な物の決め方については、いろいろやり方があるかと思います。最近、ヨーロッパでは、方々で国民投票なんていうのが大変にはやっておりますが、ああいうやり方というか、あるいはさらにいい決め方がもしあるとすればどんなことがあるのか、その点御意見があればお伺いしたいと思います。
○牧野参考人 原子力問題は、大変むずかしい問題でございます。いま御質問にございましたように、直接民主主義というのは、私は反対でございまして、直接投票という形は、私、特に日本人が冷静じゃないとは言いませんけれども、そのときそのときで非常に揺れ動くので、私は、やはり間接的な方法でいくべきだというのが一点でございます。 それじゃ、どういう方法でいくかというと、これは衆議院でもいろいろ言われておりますけれども、私の感じで言うと、やはり正規の手続を、住民参加をどの程度やるかは別として、環境アセスメントという正規の手続を繰り返しやっていく必要があるのじゃないかなという感じがいたします。 第三点は、私、美浜に行ってまいりましたが私の記憶に間違いがなければ、一号炉、二号炉の後で三号炉を建てるときに、地元の人は三号炉が建ててくれと言ったということを聞いております。言いかえますと、あくまでもやってみないとわからないということです。まだ原子力の歴史というのは短いし、原子力を初めて見たという人もおりますからね。われわれは、そのためには、わはり繰り返し、討論会でもいい、公聴会でもいい、いろいろな、そういう場でやっていくことによって納得させていく。私の友達でアメリカのゴールデンゲートの長期計画官をしている佐々木という、技術者でバテル研究所におりました男が数十人の長期計画部門を持っているのですが、彼はこう言いました。われわれが一つの計画をやる、それを住民が知れば住民は反対するのだ、そこでまた繰り返す、住民はここを直してくれと言ってくる、そしてまた繰り返す、そのうちに住民が自分でつくった計画という感じを持ってくるつまり参加ですね、そういう参加の過程を、やはりわれわれは繰り返ししんぼう強くやっていくというのが一番いい方法ではなかろうか、こう思います。
○椎名委員 時間がなくなりましたが、さっき牧野参考人からも、あるいはどなたかからも御指摘がありましたけれども、エネルギーの使い方の効率の問題があると思うのです。たとえば低温度で煮炊きをするようなものに大変に上等な電気を使うのはもったいないということは確かだろうと思うのです。たとえば東京みたいな町で、大きなマンションがどんどん建っていますけれども、一戸一戸に水洗便所があって、そこで大量に流している水が、全部病院でも使えるような水を使っているというあたりが、非常に完璧主義を追い求めてきたわれわれの社会が、そういうふうにしてしまっているわけですが、電気の場合でも、それがそのままコンピューターを駆動できるような質のいい電気を供給するということになっている、それがそれほど質がよくなくてもいいようなエネルギーにも使われるということで、大変なむだがあちこちにできて、しかも、それがちっとやそっとのことでなしに、非常に膨大な量になっていると思うのです。しかし、これが変えられれば、私は、全体としてむだなエネルギーの消費なしに、大変いいかっこうになるかと思います。 一方、国民性もあるかもしれないけれども、先進国の人たちはみんなそうだと思いますが、スイッチ一つ入れれば使えるというようなものから、もう一回かまどをつくって、薪を拾ってきてということに戻るというのは、これはそれこそ核融合の実用化に至るくらいの、それと同じくらいのリードタイムがかかることじゃないか。何か技術的にそういうエネルギーの質を、それぞれの目的に合っだような形にするような、全体のエネルギー供給のネットワークというようなものが考えられるでしょうか。
○牧野参考人 いまのお話のように、確かに、それぞれ個人個人がふろに入って、個人個人がバケツに二杯の水を流すというシステムにいまなっているわけですが、これを、ひとつふろはみんなで入ろうじゃないかというような形、たとえばキュウリは冬食べるのはよしましょう、キュウリ十本で石油をコップ二杯流すんですよ、こう言っても、そのキュウリを冬食べるのが生活の高度化で、夏食べるのだったら戦争中と同じだ、こういうことになりますから、なかなかもとに戻っていかないのです。 ですから、よく言うように、エネルギーを使っちゃけしからぬといってガソリンをとめろと言う人が、陳情に来るときは自分で自動車で走ってきたというようなこともあるので、総論と各論の非常に大きな違いで、総論では非常によく言うけれども、生活をもとへ戻すということをやる場合には、戦争とか非常に大きなショック以外には、われわれはモア・アンド・モアなんですね、ですから、それは私、非常にむずかしいのじゃないかなという感じがいたします。それはむしろ政治家の責任でね、政治家がもう少しその辺のところを厳しく言っていただきたいというふうに感じます。 さて、いまのお話の二番目でございますが、二番目は、トータルシステム、たとえばコミュニティーシステムとか集中冷暖房というようなことをやれば、これはエフィシェンシーはすごく上がるんですね。ただ、問題は二つございまして、地域を大規模に変えていくシステムというのは日本ではむずかしいということです。もう一つは、そういう便利なシステムをつくると、もっとよけい使っちゃうんですね。集中暖房方式は確かにエフィシェンシーですよ、しかし、地域的にはいままでお湯が出せないところにまで入りますから、そうすると、いままでお湯を使ったことない人がお湯を使うようになる。ですから、余り便利にしない方がむしろいいのだろうというふうに私は考えます。
○椎名委員 核融合の話ですが、どうも非常にお金がかかる研究だろう、まだ一体どうなるかわからないような面もたくさんあるかと思いますけれども、あれだけ大きなことになっていくと、だんだん日本の中だけで仕上げるというようなこともむずかしいだろうと思うのです。どうしても国際的な研究体制の中に日本が参加するなり、できることならば主導権をとるというようなことをやっていかなければいかぬと思いますが、そこあたり、先ほど御指摘もありましたけれども、日本はあっちこっちに分かれていて、原子力の問題だけとってみても、通産省と科学技術庁あり、それから核融合の研究などを見ますと、大学あたりでも結構基礎的ないい仕事をしておられるところもある、それから文部省あたりのいろいろな制約で、それこそ頭脳流出みたいなことも少しは見られる。そういうことで日本は、いままでは、大体外でやるのを待っていて、一号機輸入、二号機国産、三号機あわよくば輸出というようなことが言われていましたが、今度は、もしもできることならば、そういうことにならぬようにした方がいいのじゃないかと思うのですが、国際的な研究体制の中に、日本のある程度のなわ張りをつくるというか、そういうためには、どういうようなことを考えていけばよろしいのでしょうか。
○牧野参考人 いまのように、国際協力あるいは官庁と民間と大学との協力という形を進めた方がいいという技術提言というのは幾らでもございまして、私も何回かやった覚えがございますが、この間の経団連の研究開発フォーラムでも言ったのですけれど、結局できないんですね。日本というのは、もともと縦割りでございまして、省庁間、いわゆる官、学、それから民とそれぞれにせきがあるどころか、官庁の中でもある、大学の中でもある。だから、カンカン、ガクガク、ミンミンと言うんですけれどもね。それをわれわれなくせと言っても、だめなのね。もうなくならない。だから、カンカン、ガクガク、ミンミンの中でわれわれがいかに伸びていくかということを考える方が、むしろ具体的なんです。確かに協力という言葉はいいけれども、協力体制は日本人のいまのシステムではとれない。これは何百遍言ってもとれない。そうすれば、われわれは、むしろそれでいいんじゃないか。 コンピューター一つとっても、日本は六社でやって結構もうけているじゃないか。アメリカもハードウエアじゃ青くなっている。ヨーロッパへ行ってごらんなさい。フリップスとCIIとジーメンスという、三カ国の一緒になった、それこそ国を超えての協力でUNIDATAというのをつくりました。ところが、みごと失敗しています。六社でやった日本は全部成功していますね。だから、われわれは、そういう競業下における日本のパターンというのを頭に置いて、技術政策、研究開発政策を考えた方が、むしろいいのじゃないかなという感じでございます。 ただ、先生のおっしゃるように、国鉄の新幹線とか電電みたいにうまくいけば、日本人は頭がいいですから、うまくいく方法があれば、当然やってもいいんだけれども、われわれは、そういう方法の提言とともに、現在のように縦割りの中でどういうふうにエフィシェンシーを上げるかということも十分考えていかなければならない問題じゃないかな、こう考えております。
○椎名委員 中島参考人に伺いますけれども、和が牧野先生に繰り返した質問ですが、物事の決め方についての御意見がありましたら、少しお聞きしたいと思うのです。
○中島参考人 私、時間がなくて少し申し足りなかったことで特に強調しておきたいと思いますのは、エネルギー研究開発をやるのも結局は人である、結局、日本学術会議が申したいと思っておる根本のところは、いかにして研究者を養成するかということをぜひ考えるべきであると思っているわけです。それが、いままでの研究体制ですと大学における基礎研究というのは非常に軽視される。それも、たとえば核融合につきましては、実は例外でございまして、大学が比較的強力で去る。これは少し口幅ったいのですが、学術会議の勧告が、ある程度研究者の支持を得て、そして政府にもこれを支持していただいて、まずプラズマ研究所から始まって、それから科学技術庁の方の核融合研究がそれと並行して行われるという形になりまして、それから核融合研究会議というのがまた省庁間を超えてとにかく組織されておる。これは唯一の例外であろうと思います。成功した例だと私は思っておるのです。その中で大学を重視いたしますから、研究者もかなり育っておるということだと思います。 もう一つは、物事の進め方で根本は、いままでエネルギー問題については、余りに考えなさ過ぎたということを、私は深刻に反省すべきだというふうに思っているわけでございまして、たとえば石炭というものを改めて重視しなければならなくなっているわけですけれども、わが国では大変残念なことに、旧帝大系の教授クラスの方々に石炭の研究者が少し残っていらっしゃいますけれども、もう助教授の方はおられないわけでございます。改めて液化の研究その他をするにいたしましても、そういうものは実は非常に安易な石油への転換政策のために分散してしまっている、こういう過ちをもう一度繰り返してはならないというふうに私は考えておる、そういうことが基本ではなかろうかというふうに思っておるわけです。
○椎名委員 特に私は、学術会議の皆さん及び一生懸命やっていらっしゃる学者の方々に要望しておきたいのですが、いまおっしゃったように、大事なことであるにもかかわらず、やっている人はいなくなってしまったというような、そのときそのときの時流に乗りおくれまいという学者の方が非常に多い。その方々がまた集まっていろいろ議論をなさるわけですが、たとえばお金が余りつき過ぎて、こんなについてしまったけれども、一体どうして使ったらいいのかわからぬという話を私はずいぶん方々で聞いております。ある意味では学者がスポイルされるような体制をおつくりにならないように、学術会議で十分にそういう点も自覚して議論をしていただきたいというふうに考えております。 これで終わります。
○瀬野委員長 石野久男君。
○石野委員 槌屋参考人にお尋ねをしますが、先生は、お話の後でエネルギー危機を国民の全部が背負うべきであるということを申されましたが、そういうこととソフト・パスの問題との関連についてもう少しお話してください。
○槌屋参考人 ソフト・パスで考えている技術というのは、わりあいに小規模で、最終的な需要の質に合っているものが多くて、技術としてはわかりやすい、そういった特性を持っていますから、たとえば大規模な発電所を新しくつくるというようなことと同じ機能を、各家庭に住んでいる人たちが個人個人でやれるというふうな特徴を持っています。 こういった点から、たとえば昨年の六月以降、太陽熱温水器というものが爆発的な売れ行きで、一昨年の売り上げの二倍から三倍を記録した、いまでも注文して二カ月先にならないと手に入らないというふうな状況になっていますが、たとえば発電所を新しくつくって電気暖房をやるのに比べたら、太陽熱温水器を入れた方がずっと安上がりだし、早い、それから、すべての人がエネルギーというものに関心を持つ機会を与えてくれるというふうな意味で非常にいいことであるというふうに考えます。 そういう小規模なわかりやすい技術が、エネルギーに関しては幾つかあります。たとえば風力発電の装置が、一九七三年以降日本でも幾つかつくられています。直径一メートルから五メートル、そういう大きさのものが民間人の手によって幾つもつくられています。そこで、そういったものを強力に推し進めていく政策的な配慮がこれから必要です。そうすると、いままでエネルギーの生産ということにかかわりのなかった人がかかわってくるというチャンスがたくさん開けてくるわけです。いまでは、国のレベルでの活動は私、余りよく知りませんが、地方自治体でソフト・エネルギー・パスというようなものに取り組むということが非常にふえてきています。日本でも幾つもの地方自治体、神奈川県を初めとして県、市、町でいろいろなことが行われています。こういったことが広範に進むということが非常に重要のように思います。
○石野委員 いまのようなお話で、さきに牧野参考人から、いわゆるトータルエネルギーのシステムというものを考える、そして、それのバランスシートがうまく合うようにというような話がございましたが、ソフト・パスでやった場合のそういうバランスがどういうふうにいくと計算されますか。そこのところをひとつ槌屋先生と牧野先生両方から、槌屋先生から先にお願いします。
○槌屋参考人 エネルギーコストというのは、あるエネルギーシステムを建設するのにどのくらいのエネルギーが必要であるか、そして、そのエネルギーシステムが耐用年数三十年とか三十年間動かしている間に回収可能であろうかというような計算をする、そういうものでありますけれども、たとえば最も特徴的なのは太陽電池でありまして、これは石油危機のころの計算によりますと、太陽電池をつくるのに投入したエネルギーを回収するのに八年から十五年ぐらいかかるというような計算でした。しかし、これはシリコン精製の歩どまりの向上と量産技術てどんどん短縮されています.アメリカのピーター・グレーザーという太陽電池研究では、いろいろなシステムを提案している方ですけれども、この人の二年ほど前の計算では、数週間で、太陽電池のエネルギーは、そこへ投入したエネルギーは、回収されるであろうというようなことを言っています。それから太陽熱温水器に投入したエネルギーは、一年以内で優に回収されます。これはどこでも知られている事実です。それから断熱材に投入したエネルギーは、一カ月から二カ月で回収されます。つまり一冬を越えないうちにこれは回収されます。それから風力発電に投入したエネルギーは、どのくらいの期間で回収されるかということに関しましては、ロッキード社の研究がありまして、八カ月ぐらいで回収されるという計算になっています。しかし、これは設備稼働率、風況のよい地点に設置するというようなことが必要ですけれども、大体その程度の値が報告されています。太陽熱発電、これはサンシャイン計画で幾つかやっていますが、これに関する日本でのエネルギーコストの回収期間がどのくらいかというのは、たとえば年間二千時間稼働で非常によく見積もっても五年ぐらいであるというふうな計算が出ています。しかしアメリカでは、これが一年ぐらいで回収できるというふうな計算もされています。エネルギーの質に見合った使い方というふうなことを考えて、それぞれの用途にそれぞれのソフトエネルギー技術、自然の技術を使うというふうなことをやれば、一般的な計算では大体一年から二年くらいで回収できる。これを十年から二十年使うとすれば、投入したエネルギーの五倍から十倍くらいのものが返ってくるということは十分考えられます。現在でも原子力発電が八倍くらいであるとかLNGは投入したエネルギーが一・五倍しか返ってこないというような計算がありますが、自然のエネルギーというのは、一度建設してしまえば、これを運転するための運転燃料が要らないわけで、わりあい早く回収できるという種類のものです。
○牧野参考人 計算は非常にむずかしいわけでございまして、たとえばある太陽温水器から出てきた熱をそのまま全部使えるとすると非常に短いのですけれども、現実にはふろへ使うにしても暖房をするにも、真夏とか昼間は要らないわけですね。お父さんが帰ってきてからふろへ入るわけですし、暖かくしたいのは夜ですからね、使っているその効率の問題を入れますと、これは現在、私が太陽給湯器をつくっている会社の人からのデータをそのままいただいているわけですが、どこの会社かは言えませんけれども、ただ置いておくやつ、これですと大体灯油に対しては償却年限九・六年、電気に対しては五・七年、ところが強制循環式ですと、灯油に対しては一八・三年、電気に対しては一〇・九年ということですが、これは先ほどお話したように、お金の方はもう完全なサイクルを考えるわけですね。終わったときに、それをほっとくわけにいきませんから、それの廃却から工事費まで全部入れる。いま言ったように、使うときには、太陽が出ておりませんので、そういうファクターも入れた状態としていまのような数字が出ています。大きいじゃないかということになりますが、これは繰り返し言うように、そういうデータがあるから繰り返し言うのだけれども、日本ではそういうトータルシステムの研究がないわけですよ。われわれは、ハードな、板はどうだとか燃料はどうだとかいう研究ばかりしているけれども、実はそういう研究こそがわれわれにとって非常に大事だし、そういう研究がちゃんとできれば、われわれはソフト・エネルギー・パスを受けることもできるわけですけれども、全くやられてないということは、私、非常に悲しいことだということでございます。
○石野委員 エネルギー問題で私ども政治の立場から考える場合には、国のエネルギーをどうするかということを常に問題にします。しかし、エネルギー問題は、皆さんがおっしゃられるように、即応の部門だけじゃなくして全世界的な、地球的な問題として提起されている、こういうのが実情だと思いますし、また、そのように考えなければエネルギー問題の解決は出てこないと思います。しかし、国におけるエネルギーの自給率というものは、経済的、社会的あるいは政治的諸般の情勢から言いまして、非常に大事なように思うのです。自給率を無視して地球的に考えたらいいのか、その国のエネルギーの自給率というものをどの程度に考えるべきかということについて、これは各参考人から御所見を承りたいと思います。 時間がありませんので、きわめて短い時間でお願いいたします。
○牧野参考人 自給率の問題でございますけれども、私は、自給率というのが何%かと決めることは、非常にむずかしいというふうに思いますけれども、より上げていくことが必要だということは言えると思います。私が言いたいのは、自給率を上げることよりも、エマージェンシーが起きたときに、いかにリダンダンシーを持つかというふうに、戦争というものは長く続きませんから、そういうことをむしろ頭に置いて対策をとった方がいいのじゃないか、こう思います。
○槌屋参考人 各国が自然のエネルギーを使って自給率を向上していくということと、地球規模の環境、資源問題を解決するということは、全く同じ方向を持っているということを言っておきたいと思います。
○池田参考人 国内で生産できるエネルギーは、本当に国内に定着するエネルギーである、ですから、できるだけ国内の自給率だけは高めておく必要があると考えております。
○中島参考人 石野先生すでに御承知だと思いますが、一九五五年には日本のエネルギーの自給率というのは、たしか六〇%近かったと思います。現在それが、一〇%を切れまして九%ぐらいになっておる。これは自然にそうなったのではなくて、やはり高度経済成長その他の政策の結果で生じたのでありまして、ですから、私が先ほどから申しておりますように、日本に合った、石炭の問題を含めて根本的に反省をするということが自給率を考える上でも大事だ。言うまでもなく、自給率は少なくとも半分ぐらいまでには持っていくべきではないだろうか。それは科学技術の可能性の追求を含めて不可能ではないだろうと私は考えております。
○石野委員 エネルギー問題について、その国の文明の問題あるいは生活の内容の問題が常に関連するわけですが、国民のニーズの問題については、これはもう御しがたいものであるというふうに見られる観点と、それから、それをどういうふうにリードするかという問題で政治をどうするかという問題があると思うのです。 牧野先生のお話の中には、ニーズはなかなか御しがたいものがある、こういうような趣旨の御意見がございましたが、私が余り意見など言ってはいけないのかもしれませんけれども、やはりある程度ニーズというのは経済的にリードされていく側面が非常に多いように思うのです。そこへ政治がどう参加するかということがわれわれにとって非常に大事な問題である、こういうふうに思いますので、エネルギー問題について、どうも御しがたいものだというふうに見るべきなのかどうかということについて、そこのところを、先生先ほどからずいぶん強調されておりますので、余り長くなくていいですから簡単にひとつ……。
○牧野参考人 御しがたいという言葉は使わないのです。現実的に非常にコントロールできてないというのが数字でわかっているわけです。たとえばオイルショック以降、一般の民衆の使っている民生用のエネルギーは、この数年間で大体二割前後上がっていますね。産業用はむしろ十数%減らして八〇%台で、平均してエネルギーの輸入量は横ばいしております。だから、現実にこうであるから、それをどう直すかというようなことがない限り——現実はあれだけエネルギーがないということを騒ぎながらも、やっぱり使っているという事実をわれわれはどう見ていくか、こういうことを言っているつもりでございます。
○石野委員 時間が余りありませんから短くなにしますが、ニーズの問題については、やはり現実をどうするかという政治の課題が一つあることをここで私自身は感じているわけです。 そこで、原子力の問題につきまして、核分裂エネルギーを使っておることと、それから将来、核融合の問題が出てくるというようなときでも、やはり分裂エネルギーは必ず介在するというふうに思います。 そこで、アメリカが一昨年アメリカの下院の政府活動委員会の第二十三報告書の中で、原子力は高いものにつくのだ、原発は高いものにつくのだという報告をしているわけです。いろいろなことを言っておりますけれども、私どもも非常に問題だと思うことの中に、こういうことがあるんですね。そしてまた私たちも、当然この点に着目しなければいけないのだが、なかなかそこへは手が届いていないのが実情だと思いますけれども、この報告の中に「電気料金をいくら高くしたとしても、永久管理費用を満たすための後払い費用には不足をきたすであろう。そして、納税者が、その不足分の差額を払うことになるだろう。」、こういうふうに言っておるわけですね。そして、いろいろな人の意見を出して、年間納税する額、これはイリノイ州のことを言っているのですけれども、「年間納税する額は七万五千ドルになると、見積っている。しかしながら、GE社との契約では、イリノイ州が、正当に要求することができる永久管理のため最大額は、六十二万ドルとなる。「今までは、いったい誰が、原子力エネルギーから出る放射性廃棄物を監視するために、米国の納税者に課せられることになるだろうとの空想をたくましくせねばならないような額について、考えたことがあるのか、私は知らない」とスコットは語った。」と、こういうふうな引用がありまして、将来の廃棄物の処理等にかかわる問題の計算がなかなかできないということと、それから後代の納税者に物すごい負担をかけていくことについて、とてもじゃない、責任はとれないじゃないかという考え方が実はあるわけですね。 この観点について、参考人の皆さんに、お答えのしたくない人はしなくてもよろしいのですけわども、お聞きをしたいと思います。
○牧野参考人 いまの御質問から原子力は要らないというような答えが出るとまずいので、慎重にしゃべりたいと思いますけれども、おっしゃるとおりでございまして、さっきから繰り返し言うように、原子力のトータルの生んでいくエネルギーと、つくっただけのエネルギーじゃなくて、それを捨てるまでのエネルギーというのを全部入れた場合の計算はないわけですね。さっき言ったみたいに、科学技術庁に私、この間委員会で聞いたけれども、そういうことは言わない方がいいかもしれないけれども、ないんですね。いま先生がおっしゃるように、廃棄物まで完全に入れたトータルのエネルギーと、それを生んでいくエネルギー、たとえば温水器でもそうですが、捨てるエネルギー、これは入れていませんから、そういうトータルな意味でのバランス計算をやらなければいけないのだというのは、おっしゃるとおりです。
○槌屋参考人 原子力については、もう本当に考え直すべきときに来ている。日本のエネルギーの専門家、エネルギー関係者というのは、いままで原子力に関与する場合が多かった。エネルギー開発者というのは、ほとんど、たとえば九割ぐらいは原子力に関与していた。いまでは原子力が青春だったというエネルギーの関係の専門家たちがたくさんいる。この状況を変えないといけないように私は考えています。 エネルギー問題というのは、原子力の問題では全然ないし、われわれが一体何のためにそういうエネルギーを必要とし、どういうふうに自然と人間と技術の関係をつくっていくのかという問題であろうと思います。これには原子力以外のたくさんの技術者や科学者や政治家、経済学者、いろいろな分野の人の協力を必要としている問題であるというふうに思います。
○池田参考人 私は、現在の状態の原子力利用方法は、どうしても危険だ、安全性が保障されない、そのように考えております。 といいますのは、たとえば絶対に安全だということで十分に自信を持って建造されました潜水艦「むつ」にいたしましても、結局、その安全性をテストするためのテスト航海に出航いたしまして、ほんのわずかの何かの破綻から多少の放射能が漏れたということだけのために、せっかくつくり上げましたあの原子力潜水艦「むつ」が、戻ってくる母港さえ失ってしまった、こういうことを私はどうしても考える。そして新しい時代の科学者たちによって、この発生する、必ず副生する放射能を科学的にまたは物理的に中和して無害なものにする、こういう技術開発ができるかもしれない、あとは核の融合、これを待つ、それまでは原子力というものは絶対に安全性というものの保障がない、このように考えております。
○中島参考人 放射性廃棄物の、特に高レベルの廃棄物の処理の費用がどうかという御質問でございますけれども、費用の前にまず技術がまだ確立をしておらない、どういう状況にあるかということを簡単に申し上げて、お答えにかえたいと思うのですが、現在、この高レベル廃棄物の処理、処分につきましては、各国の政府のレベルではいろいろな研究が確かになされておるのですけれども、最終的な処分の方法につきまして、結局は国民が合意をするようなことにならなければこれはできない、たとえば地中処分をするにしてもそうであります。 それで現在、国際学術連合、これは日本学術会議も加盟しておる国際的な学術団体でありますけれども、それが最近ワーキンググループを組織いたしまして、各国が行っていることについてのレビューをいまやろうとしております。来年そのレビューが出されることになっておりますが、その結果、いまどなたかがおっしゃいましたように、原子力の専門家でない地球物理学者でありますとか地質学者でありますとか鉱物学者でありますとか、そういう人々が集まりまして、いろいろな問題を検討しておるという状況でございます。
○池田参考人 私は、先ほど潜水艦「むつ」というふうに発言いたしましたのですが、これは原子力船「むつ」の誤りでございましたので、訂正さしていただきます。
○石野委員 それでは、いま一つお尋ねいたします。 いまのお話で、原子力発電の問題は、わが国における代替エネルギーの問題としてやはり政府が強く取り上げておりまするし、それらに対していろいろな意見の違いがあるわけでございますが、牧野先生は、原子力以外に、エネルギーの長期計画についてウエートを置くべきだというふうに言われましたが、主にどういうところへウエートを置いたらいいというふうにお考えでしょうか。
○牧野参考人 一九八〇年代の私のエネルギー路線というのは、非常にはっきりしておりまして、経済成長は三ないし四%、石油の年に入ってくる量は大体二%弱といたします。そうすると、その差は約二%なんですね。ですから、われわれはその二%をどういうようにやるかというと、まず一九八〇年代に三つの方法がある。その一つは、省エネルギーをなるべく進める、それで石炭とLNG、これがかなりふやせます。さっき言ったように、五・七%で十年間で二倍というのはだめですよ。三ないし四%経済成長で二%近い石油が入れば、残りは一、二%ですから、それを省エネルギーと、それから、いわゆる石炭とLNGという形でやる。これを私はインターメディエート・パスと言うのですが、余りいい名前じゃないのですけれども、ソフト・エネルギー・パスに対するインターメディエート・パスをとっていく必要がある。しかし、一九九〇年以降にわれわれはどうしても原子力というものと、それから太陽ですね、特に私は、太陽の光、それから高温岩体を中心とした地熱というものに相当に期待をかけていかなければならない、そういうように考えております。
○石野委員 あと時間が余りありませんが、それじゃ、原子力の問題につきまして、コストの問題でございますが、先ほどもちょっとアメリカの下院の報告書を中心にしてお聞きしたのですけれども、このコストの中で、現在、コストが安いということは発電の段階までのことで、しかも廃棄物の問題については、これはほとんど考慮の中に入ってないんですよね。このことを原発のコストとして考えることが妥当なのか。先ほど来、エネルギーについては、トータルバランスシートというものを出すべきだという意見が出ておりまするし、私も、そういうように思うのです。 そこで、原子力の発電コストという問題については、エネルギーの問題におきましてもそうですし、それから金額においてもやはりそのことを考えないといけない。ことに後世の人たちに、後世の納税者に非常に厳しい負担を残すというようなことは、政治のあり方としてはよろしくない、私どもは、こういうような考え方を持っておるのでございますけれども、そういうことについて、まず、廃棄物処理の問題をコストに入れるべきなのか入れるべきでないのかということについての所見と、それから政治家として私がいまそういうように考えていることについて、皆さんはどういうようにお考えでしょうかということについて、ひとつ皆さんの御意見を承りたい。
○牧野参考人 第一点でございますけれども、私は、廃棄物の処理の値段から建てられた原子力発電所がもとに回復するまでの値段を入れるべきだというふうに考えております。 二番目の問題ですけれども、私は、後にいわゆる高い負担を上げるということはないと思うのです。少なくとも原子力発電所という生産物を残すということは、建設国債か一般国債かの問題と同じですね。道路が残ればいいじゃないか、ただ借金をしてばらまいてはいけませんよ、こういうのと同じでございまして、後者に対して何かしらのものが残っている以上、後者に対しての負担というものは当然高くなっていいのだ、私はこう思います。
○槌屋参考人 原子力の廃棄物処理コストは当然含めて考えるべきだ、しかし、これは技術的にどういう内容のものになるのかわからないわけだから、多分計算は不可能であろうというふうに思います。 それから、将来の世代がそういったものをどう扱うかというのを長期にわたって見たら、これはほとんど扱いようのないものをたくさんつくり出すということになるので、コスト計算という枠外のことを考えなければならないということをつけ加えたいと思います。
○池田参考人 この廃棄物をたとえば空中に放出すると当然大気を汚染する、地中に埋め込んでしまうと大地を汚染する、大海に捨てると当然海水を汚染する、こういうことがありますので、この廃棄物の処理というものは、相当の費用をかけて、何かしら後世に害の及ばないような方法を講じなければならない問題だ、そういたしますと、当然この電力料金に加算してもいいのじゃないか、そうしなければいけないのではないか、そのように考えます。
○中島参考人 私は、経済学ではございませんが、当然コストには入れるべきものであると思います。ただし、申し上げておかなければいけませんのは、現在、高レベル廃棄物を一番抱え込んでいる国はアメリカでございまして、マンハッタン計画以来の廃棄物の量が、一九七六年でたしか八十万立米になっているというふうに言われています。それに比べますと、平和利用の廃棄物というのは実は非常に少ない。これは核兵器として原子力の技術が開発されたために、そういう結果になっているのでありまして、いわゆる平和利用ということを始める前にこの問題を解決しないでいて、現在になって非常にその問題を考えているというのが実情だということを申し上げて、先ほど私がいろいろ申しましたが、核兵器技術から発生した技術だということを直視して考える必要がある、それが非常に重大なことであるということを申し上げておきたいと思います。
○石野委員 もういいです、ちょうど時間になりましたから。
○瀬野委員長 吉田之久君。
○吉田委員 牧野参考人が大変お帰りをお急ぎのようでございますので、私は、ちょっと順序を振りかえていただいて、牧野参考人にだけ先に若干御質問を申し上げさせていただきたいと思うのです。 私ども子供のころに、エネルギー不変の原則とかエネルギー不滅の原則とかいうようなことを習ったように思うのです。山に登るのにカロリーが要るけれども、それだけポテンシャルエナージーをとることができる、そういう法則と、さっき参考人がお話しのブレークスルーテクノロジー、きわめて飛躍的なエネルギーを取り出す、あるいは場合によれば奇跡的なエネルギーが創造される、そういうこととはどういう関係があるのか、あるいはその原則そのものがもう古いものになってきておるのか、この辺をひとつ……。 それから、国土的特徴を考えてエネルギー対策を講じよう、たとえば太陽エネルギーの場合なんかでも土地の価格ですね、おっしゃるとおりだと思います。しかし、イギリスなんかでも、かなりこの辺の研究が進んでいるようですし、イギリスと日本もよく国情は似ていると思います。同時に、太陽エネルギーを中心として大量につくり出すエネルギー、それをつくり出し得る条件と、それから部分的に少量ではあるけれども、個々にこれを利用し得る方法とこれは区別して考えていいと思いますし、またわが国においては、その後者の方は大いにひとつみんなが知恵を働かせるべきではないだろうか。 それから参考人は、当面、ここ十年は省エネルギーと石炭とLNGあたりを主力にしてはというお説のようでございますけれども、たとえば石炭の場合でございますが、私どもの計算によりますと、仮に原子力が思うとおり設置できなくて、それにかわるものとして仮に石炭で二千万キロワットを発電しようとする場合、まず石炭が五千万トン要るだろう。それで、その石炭からの廃棄物である石炭がらが二千五百万トンくらい出てくるだろう。これをダンプ五トンで運びますと、年間に五百万台のダンプが要るだろう。それが国内を走り回る。しかも、このダンプは軽油を必要とするわけでございますね。先ほどいろいろお話ありましたとおり、そういうことで石炭を利用する場合にも、かなり他のエネルギーが消費されていくのではないかというふうな気がいたしますが、この辺のことにつきまして、ちょっとお教えいただきたいと思います。
○牧野参考人 いま三点御質問ございましたので、御質問の内容をそのまま答えているかどうか、もし何でございましたら、もう一回御質問いただきたいと思います。 最初に、技術のブレークスルーの問題でございます。現在、技術の中で飛躍的に、たとえばアモルファスシリコンができて、二けた安、超伝導ができて、液体窒素という非常に容易に得られる温度で電気抵抗ゼロというようなのが、いままでと全く違うエネルギーに還元する方法でございますが、これができますと、いままでの議論というのはかなり違ってくる、これは核融合も同じでございますね。そういうブレークスルーというのをわれわれは期待している。しかし、たとえば植物をつくるとか太陽でお湯を沸かすということにはそれはできませんよ、こういうことを言っているわけでございます。よろしゅうございましょうか。 二番目は、いま全く先生のおっしゃるとおりでございまして、そうは言うけれども、おらが村にはひとつこれだけのことはやろうじゃないかというような分散システムは非常に必要なんですね。いまわれわれにとって必要なのは、余りにも集中システムだと、これは戦争があるとかないとか言ってはまずいかもしれませんけれども、もし一発発電所にぼんぼんと落ちたら、日本は真っ暗やみというのではまずいのであって、やはりわれわれは、そこにそれぞれの土地でそれぞれの水車をつくってもいい、あるいはそれぞれのところで地熱が、温泉が出るからみんな温まろうじゃないか、あるいは廃棄物をなるべく燃してひとつ発電所なり温水を入れてプールをつくろう、こういうようなことで必要なんです。だから私は、コストだけではエネルギー問題は言えません。おっしゃるとおりです。 それから三番目に、先生のおっしゃったように、五千万トンの石炭はできないと私も言っているのです。だから、経済の成長を落とす。五十二年度から六十五年の間にエネルギーが四・一億キロリットルから八・二億キロリットルという形をとるから、原子力を強行するか石炭を五千万トンということになる。だから、私の言っているのは、その成長率をもっと落とせ、五・七%を半分に落とせということなんで、複利計算ですから使用のエネルギーは非常に減ってまいります。その中でわれわれは石炭とLNGを主役とするのじゃなくて、いまの割合からふやしていけと言うのです。しかし、やはり石油も要るよ、原子力も要るよ、けれども、ふやすのは、この二点に重点を置くことがかなり容易にできるのだということで、五千万トン説については私も実は反対でございます。非常にむずかしいと思っています。
○吉田委員 同時に、先生のお説に従いましても、一九九〇年代ではかなり原子力と太陽エネルギーに取り組んでいかなければならない。原子力をその時点でつくり出すためには、リードタイムから考えまして、もういまからでもかなりピッチを上げていかないと間に合わない、現状ではいささかもうすでに遅きに失しているのではないかと私は思いますけれども、先生のお考えはいかがですか。
○牧野参考人 いまのお話のように、リードタイムというのは、大体二つ考えていいのです。一つは、いわゆる地点設定から岩盤に穴を掘っていく着工までと、着工してから運転していくまでと、この二つを足すと、恐らくおっしゃるように十年を超えるだろうということでございます。したがって、一九九〇年代に原子力にウエートを置かざるを得ないというのは、はっきり言って、いわゆるLNGとか石炭というものもどうしても限界が来ます、それから石油も限界が来るというときに、われわれは一体何をしたらいいかというと、太陽でお湯を沸かすということも無理だろうということになりますと、原子力のウエートがどうしても高まってくる、私はこういうことを言いたいわけです。もし原子力を高めなければどういう世の中になるか、私が言いたいのは、原子力発電所を建てなくてもやっていける経済社会のシナリオとやっていかなければならない経済社会のシナリオとを比較して国民に示してもらいたい、そうすれば国民はどっちかを取る。しかし、やらなくても大丈夫だよ、いい生活がどんどんできますよというような表現をかなり強く出されているのじゃないかなという点について問題があるのじゃないかと思います。
○吉田委員 ありがとうございました。後でまた時間がありましたら、他の先生方に御質問いたします。
○瀬野委員長 有島重武君。
○有島委員 槌屋参考人から、ソフトパスのことについて水力の話がございましたし、それから地熱の話もございましたけれども、水力は将来一倍半か二倍くらい日本の国土でもってまだ使える可能性があるだろうというようなお話でございました。これはいままでの概念でございますと、ダムが一つの限界に来ている、ダムが年々浅くなっているという状況もあるわけでございますけれども、槌屋先生がおっしゃった意味は、そういういままでの概念とちょっと違う話なのか。たとえば小さな小川に水車を動かすというようなこともずっとやって、トータルしてみると現在の二倍くらいのことができるのじゃないかという意味で言っていらっしゃったのかどうか、そのことをお確かめいたしておきたい。 それから、人間の生活を支えていくエネルギーのエネルギーミニマムというようなことが考えられていくのか、これもまた生活の程度によるわけでございますけれども、槌屋先生のお考えの中にそういうようなことが入ってくるのかどうか、その辺のことをお確かめいたしておきたい。 それから、地熱の問題もかなり楽観的に言われたように思いますけれども、これは相当その土地土地の住民の反対がございますでしょう、公害の問題もございますでしょう、将来これの地域指定を相当やかましくやっていかなければならないのじゃないかという問題もあると思いますけれども、そういったことを、何かさっきの御意見につけ加えてお話しいただけることがあれば、またお話しいただきたい。 以上、まずこれらの点について槌屋先生から……。
○槌屋参考人 日本で水力発電がどのくらいできるかというのは、幾つかの調査がありまして、数年前に行われた日本の水力包蔵力調査によりますと、五千六百万キロワットまで水力発電をやることができるということが報告されています。これを全部やる必要はありませんけれども、一万キロワット以下の中小規模の水力が非常に可能性が高いということが報告されています。 私は、小川で百ワットや五十ワットの水力発電をしろと言っているのではありません。一万キロワット以下の中小規模水力は、設備稼働率が非常に高いのです。普通水力発電というのは、設備稼働率が大体四〇%程度です。一年間八千七百六十時間のうち四割ぐらいしか実際に定格出力を出さないわけですけれども、この包蔵力調査によってわかっている日本にある一万キロワットの中小規模の水力発電は、設備稼働率が六〇%いくということが報告されています。今後開発し得る可能性がある水力発電の全体量の中で、発電量で見ますと、全体の四〇%近くをこの一万キロワット以下の水力発電で供給することが可能であると報告されています。これは量的なものだけであって、実際にこれを行うということになりますと、先ほど言いましたようなダムの堆砂の問題であるとか農業用水との関係であるとかいうことが生じてくる可能性はあります。しかし、中小規模の水力というのは、その地域の産業ないしは民生用途に使うことを総合的に計画していくことが可能でして、その地域の自治体が中心になってこれをやることが十分可能で、日本では幾つかそういうことをやった例があります。 それで、ダムの堆砂の問題が出ましたけれども、川ないしは日本の急峻な斜面から落ちてくる堆砂というのは、いまのところ手の施しようがなくて、どちらかといえば、ダムがあるために上流でそれを持ちこたえているというのが現状であろうと思います。そして、たとえば幾つかのところで堆砂が非常にふえていますけれども、これはいろいろなやり方によって運び出すことができるし、水力発電というのは、国内にある重要な資源として重点的に開発すべきであると思います。特にたとえば、風力発電等と組み合わせてこれを開発していくときには、貯蔵機能が非常にあって、負荷変動それから季節変動といったものに対応する力があるものです。水力については、そのようなお答えをしておきたいと思います。 それから、エナージーミニマムというような考え方が、私の考えていることの中にあるのかということですけれども、大まかに言えばあると思います。しかしわれわれは、エネルギー量を減らすことだけを考えているのではなくて、同じエネルギーでもっとたくさんの機能を引き出せる、いまやっている一単位のエネルギー消費でいまの数倍——アメリカの物理学会が一九七四年にシンポジウムをしたときの報告では、熱力学的な効率を考慮すれば、理論的にはまだまだ一けたぐらい多くの機能を引き出せるであろう、これは理論的な限界であろうと思いますけれども、数倍の機能を引き出せると思います。そういう意味では、エネルギーのミニマムというようなのが一人一人についてあるかと思います。しかし、いまわれわれがエネルギーを使ってつくり出している生活の水準を下げなければならないということを主張しているのでは全くないことを申し上げておきたい。われわれは、より少ないエネルギーでいま以上のことをやれる、そういう技術をすでに持っているし、知っている、これを政策的に現実にしていくことが大事なのだということです。 それから、地熱に関しましては、これを大規模にやることについては確かに問題があります。住民の反対も出るでしょうし、公害も出るでしょう。幾つもの問題があります。地熱そのものは、完全に再生可能ではありませんし、何十年、何百年のオーダーで見ると、枯渇するという——地球の中側から放射性物質の崩壊熱で地上へ出てくる熱量は、太陽エネルギーよりも密度としては薄いのです。そういう種類のものです。ですから、これを大規模にやることは問題です。しかしながら、いまでは地熱は一番経済性の高いエネルギー供給源で、これから選ぶエネルギー源の中では一番安いものになっています。キロワット当たりの建設コストは二十五万円程度です。これ以上安いエネルギー供給源はないのではないかと思われます。 こういったことを考えますと、住民に受け入れられるような小規模な、その地域での産業や生活向上に寄与するような使い方、発電をするというような使い方でなくて、熱として使う、われわれの国は温泉として使うことを昔からやってきたわけで、これをもう少し高い温度のレベルで使うということを工夫するような可能性がたくさん残されていると思います。 以上です。
○有島委員 池田先生に承りたい。 アルコールのお話でございましたけれども、相当量のアルコールをつくっていかなければならないことになろうかと思いますが、二の量の確保についての可能性ないしは経済性についてはどのようにお考えになっていらっしゃいますか。
○池田参考人 私は、御質問に対しまして、きわめて狭い視野からお答えさせていただきたいと思います。 私は、新潟県人でございまして、常に現在の休耕田対策というものに対して非常な関心を持っております。いまの御指摘にありますように、このアルコールを即ガソリンにかえて利用していただくためには、相当量のアルコールが必要になるのでございますが、たとえばことし、五十三万へクタールの農耕地を休耕させる、休耕しなければならないというふうに承っておるのでございますが、もしこの五十三万ヘクタールの農耕地で、アルコール原料であるジャガイモとかサツマイモ、こういうようなでん粉質植物を輪作していただくことができるならば——昨年、金沢の北陸農政局で東北六県、いわゆる雪国でございます東北大県におきましてのジャガイモとかサツマイモの平均収量を調査して御報告をいただきましたが、この数字から計算いたしますと、この五十三万ヘクタールをそのようにもし活用していただくことができますならば、ここから芋類を千七百五十万トン生産することができます。これから千九十万キロリットルのエタノールを合成することができます。このエタノールから、池島燃料は合成ロスが約七%でございますから、一千万キロリットル程度の即ガソリンにかわる池島燃料の生産が可能である、きわめて狭い視野からでございますけれども、このように計算しております。この一千万キロリットルという即ガソリンにかわる池島燃料は、現在のガソリン全消費量の約三分の一に近い量になる、このように考えます。 また、先ほど他の参考人からもお話がございまして、私も非常に感銘深く承っておりましたのですが、材木の切りくずとか、おがくずとか、それから厨房の廃棄物とか、こういうものを処理いたすことによりましても、相当量のアルコール資源と申しますか、アルコールに利用し得る原材料というものは、考えようによりましてはあるのでございます。こういうものを本当にあわせて活用していただくことによりまして、このアルコール燃料の生産量は、きわめて合理的に獲得することができますし、可能であろう、このように考えます。
○有島委員 あと二つだけ池田参考人に承りたいのですけれども、いわゆる池島燃料、こういうことでございますが、これは、ただのアルコールではないわけですね。何かそこにちょっとしたからくりがあろうかと思うのですけれども、そのことをお差し支えなくばもう少し教えていただきたい。 それからもう一つは、ただのアルコールをいまのエンジンで使うことには無理がある、そのためには、いまのエンジンをちょっと改良すればよろしいわけですね、そういったことの技術的なことも、いま御研究になっていらっしゃるかどうか、また、航空機には使えるのかどうか、こういった点について承っておきたいと思います。
○池田参考人 この点につきまして、先ほど私、ちょっと御説明がどぎまぎいたしまして、大変恐縮でございましたが、私の池島燃料といいますものは、アルコールをアルコールのまま生使いするのではございません。アルコールを原料といたしまして、ガソリンエンジンを動かすために必要な幾つかの条件を化学的に与えまして合成したものでございます。ですから、一言にして申し上げますと、これはすでにアルコールではない、別の新しい燃料であるというふうにお考えいただきたいのでございます。 それから、この燃料の特徴は、先ほど申し上げましたのですが、現在のガソリン自動車を全然改造していただかなくて、ガソリンを一滴も使う必要なく、この池島燃料ストレートで、ガソリンを使ったときと同じ状態でガソリン車を走行させることができます。 実は、こういうことを申し上げてどうかと思いますのですが、私は、今回上京いたしますのに、この池島燃料を携えてまいっております。もし諸先生方の御都合によりまして、きょうに限るわけでございませんが、いつかの機会に、じゃ、そういうガソリン自動車に改造せずに、ガソリンを一滴も使わないで、いますぐに走り回る、そんな妙なのができているかというふうなことに対しまして、私は、先生方のお車を拝借いたしまして、先生方に御自分でハンドルをとっていただきまして、そして東京都内をぜひひとつ走り回っていただきたい、これは本当に私、この席上で心からお願い申し上げるのでございます。 それから次に、航空機燃料に使えないかという御指摘でございましたが、実は私、この燃料はいまから四十三年前、人造ゴムの植物性溶剤を合成するときに、その合成装置の中に蒸留してくる不思議な液体からヒントを得て研究開発をしたわけでございます。その当時、昭和十三、四年でございますか、大東亜戦争勃発以前でございましたけれども、「ガソリンの一滴は血の一滴」と言われた時代でございまして、立川にあります陸軍の燃料廠で、私のこの燃料が航空機用に使えないだろうかということで、発熱量を増加させれば使い得るだろう、このような判断から非常に期待されたものでございました。 その当時、帝国燃料株式会社がドイツのフィッシャー博士の石炭乾留法を導入いたしまして、懸命に石炭の液化開発を行っておりました。そこから抽出されました粗ナフサに私の燃料を半々にまぜてガソリンエンジンを動かしたことがございます。その当時は、地上を走る車は、車の後ろへメタンガスの発生炉を取りつけて、そして木炭とかまきとかを入れて、それを燃やしながら走っておりました。ですから、地上を走るガソリンなら何とか代替できる、だが航空機だけは、後ろへ発生炉をしょって飛んで歩くわけにいかない、こういうことから、燃料廠長長谷川閣下が、この燃料の完成に非常に期待されたわけでございます。ただ、いまのジェット燃料ということになりましたら、ちょっと私にはお答えできかねると申しますか、自信がございません。
○有島委員 代替というような言葉が使われる、ということは、いまの主力は石油であるということが前提としての言葉であろうかと思うわけです。 もう時間がございませんから、最後に、中島先生と槌屋先生のお二人にお答えいただきたいのですけれども、これから、十年後、二十年後、ないしはもう少し長期、この三段階ぐらいに分けまして、私たちの使うであろうエネルギーの一番メーンなもの、主力エネルギーといいますか、これはどういうことになるであろうか、あるいはどういうことにすべきであろうか、このことを承っておきたいと思います。
○中島参考人 大変むずかしい御質問でありますけれども、実は石油というのが非常に特別なものだということは言うまでもないのですけれども、これをわれわれが使えてきたというのは、石油を非常にたくさん産出するけれども、自分の国では使わないという非常に特別な条件、これで初めて現在の石油の消費というのは可能になっておるということを御注意申し上げたいと思います。ですけれども、たとえば中国で石油が非常にたくさん出るだろうと言っても、それを中国が使うということになれば、日本は使うことができないわけであります。そうなんですけれども、実は石油を使ってしまっておるのがわれわれの社会でありますから、先生の御質問のように、今後十年どうかと言えば、私は残念ながら、やはり主力は石油であるということを申し上げざるを得ないと思います。 それで、いろいろきょうお話があったたとえば代替エネルギーというのは、これはどれもこれももっと本気になって研究すべきである。私がきょう学術会議の立場から申し上げたことも、余りにもそういうことについて研究をしてなかったというのが日本の実情ではなかろうか、まず、そういう体制をつくり、人材を育てることが急務であるということを申し上げたいと思うのです。ですから、十年後は何だろうかと言えば、やはり石油が主力であると私ははっきりそう思っております。(有島委員「もう少し先まで」と呼ぶ)もう少し先ということであれば、原子力というようなものは、やはり放棄すべきではなくて、十分な時間をかけて安全性を確保すれば、あるいは使えるか広しれない有望なエネルギーであろうというふうに私は考えておるわけでございます。(有島委員「主力に」と呼ぶ)かなり大きな役割りを果たし得るだろう、ただ、申すまでもありませんが、原子力では自動車を動かしたりなんかすることは不可能でございまして、これは電力をつくることだけしかできませんですね。ただし、電力に使われている化石燃料を置きかえることはできるであろう、そういう可能性はあるはずであると私はいまでも思っておりますけれども、現在進めておるような軽水炉というものは、非常にウランを浪費するだけの原子炉であって、これは本当にそんなに大規模に使うべきものではない、それのほかにいろいろな、もっとエネルギー効率のいい、それから燃料消費の少ない炉が考えられているわけでありまして、そういうものの開発に努力していく必要があるだろうというふうに考えておるわけです。
○槌屋参考人 三段階ぐらいに分けてということで非常にむずかしいのですが、しかも国内に資源がなくて、石油や石炭を主力にと言ったところで海外から買ってくるわけですから、こちらは主力に置きたいのだが、主力に置けるかどうかは相手次第というふうなことであって、簡単に考えられないように思います。 一応短期的な視点で考えた場合には、まず石油や石炭といったものを買うというようなことはある程度必要でしょうけれども、一番優先順位を高くすべきは、エネルギーの効率的な利用方法を進めるということ、これが最も安上がりで、最もリスクが少なくて、最も早いやり方であるということです。いままで短期間で回収できる省エネルギー技術には投資されましたけれども、もう少しスパンの長い時間でこれを考えれば、エネルギー供給をふやすよりも全然安上がりで、効率的で環境に影響が少ない。これに政策上最大の優先順位を与えるべきであるというふうに思います。 それから次に、第二段階、それからさらに長期の視点で考えたならば、石油や石炭、それから原子力資源といったものを海外からいつまでも買っているというのでは、日本という国は工業社会としての資格をいずれ失ってしまうであろうと私は考えます。日本がいままでにつくり上げてきた技術、産業、生活の水準、これを維持し、発展させていくためには、自然と融合したやり方で自然のエネルギー資源をうまく使う、しかも効率よく使うということを、長期的な視点でいまから開発すべきであるというふうに思います。 石油が開発されて自由に使えるようになってからまだ百年しかたっていないわけですが、いままでのエネルギー文明というのは、エネルギー狩猟型、要するに地下にあるものを掘り出してきたわけですが、そういうふうなことからエネルギー工作型、エネルギーを地上で、太陽のエネルギーや風や水力、こういったものを地上で受けとめる、そういう社会に移っていくはずである。これは有史以前の人類が食糧に関して全く同じことをしている。これをいま産業社会が、そういう狩猟型のエネルギーから工作型のエネルギーに切りかえていくということをやるべきであって、日本はまさしくそういうことをやるすべての条件を有している。最も切迫感があるし、それだけの技術力、産業力を有している。現在、産業は何をつくっていいかわからなくなってきているわけだから、こういった自然のエネルギーを捕獲する装置、こういったものに産業の方向を向けていくということは非常に重要だと思います。それを長期的な戦略として、紀元二千年までにわれわれが上手にやりさえすれば、私の計算では、毎年数兆円の投資をきちんとやっていけば、二十年ないしは主要な資本財が交代する、そういう時間が必要ですが、その時間さえかければ、国内にある資源を使って、原材料資源を除いたほかのエネルギー資源、こういったものをほとんど自給できるようになるであろうというふうに思います。
○有島委員 どうもありがとうございました。終わります。
○瀬野委員長 中林佳子君。
○中林委員 本日は、参考人の先生方、お忙しいところをどうもありがとうございました。 いま日本は、一九七三年の暮れ以来の石油ショック以後第二次の石油ショックを迎えた、だからこそエネルギー問題が国家的な問題として論議されているわけなんですが、このエネルギー問題を論ずる場合、エネルギー危機をもたらした原因、これをよく分析して、そしてエネルギー政策の見直しをし、反省をした上でなければならない、私は、このように思っているわけなんです。 中島先生も先ほど陳述の中でおっしゃったわけですが、一部の先進工業国の資源の乱掘、破壊、浪費の結果として生じたということを根本的に反省し、再検討する必要がある、このような趣旨のことのお話があったわけです。 私ども家庭の主婦などは、エネルギー問題あるいは石油ショックの話が出たときに、国の省エネルギー対策の呼びかけにも応じまして、こたつを一つにするとかストーブを一つにするとか、ずいぶんけちけち的な省エネルギーを実施しているわけなんですが、そういう私たちの努力にもかかわらず、依然として石油危機というのは続いていると思うわけです。先ほど中島参考人のお話にもありましたけれども、日本の自給率が一〇%を割っているというような現状なんですね。 そこで、中島参考人にお伺いしたいわけですが、戦後の日本のエネルギー政策に関連して、先進国の中でもわが国は、特にエネルギー危機が深刻になっていると思うのですが、その原因についてどのようにお考えになっているのか、お伺いします。
○中島参考人 私、最初の陳述で申しましたように、日本は一九五五年ごろには約六〇%ぐらいのエネルギーを自給しておったわけです。ところが、いわゆる六〇年の高度成長の始まりとともに、要するにエネルギー革命ですね、低廉豊富でありさえすればいいという経済原則だけを優先したエネルギー政策を政府がとり、そして当時五千万トンぐらい出ていた炭鉱を全部現在では水没させてしまっておるわけです。これは経済効率だけを考えてそういうことが行われまして、そして現在では、石炭は御承知のように千八百万トンが北海道で掘られているのにすぎない。つまり国内にある唯一の資源である石炭に対してさえこういう冷淡な政策をとってしまった。かつては世界でも有数の石炭研究国であったわけであります。戦争中には、先ほど池田さんが言われたように、これは戦争のためではありますけれども、液化燃料の研究もやった。しかしそれ以来、伝統のあった石炭の研究者は全部四散してしまっているのが実情である。これはだれの責任でもないのでありまして、要するに利用しないということになりますから、経済法則だけが働いて、研究者といえども方向転換しなければやっていけないというような結果が、今日われわれが直面している事態であると私は考えております。こういう過誤を繰り返してはならない。 そこで、サンシャイン計画ということで、石油危機以後、通産省が石炭研究を取り上げるときに、われわれの同僚である研究者は、また政府が石炭をやめると言わなければもう一回自分は石炭の研究をやってもいいというふうな話が伝えられているぐらいこれは深刻な問題であります。ですから、学術会議がエネルギー工学研究所の勧告をつくりますときにも、若干残っておられた石炭の研究者から私どもは非常に切々たる陳情を聞いたわけでありまして、いかに無策なエネルギー政策がとられてきたか。しかし現在でも、そういう方々は、まだ石炭によって日本のエネルギー自給率を上げることができるということをおっしゃっておるわけであります。 それからもう一つは、それに続いて原子力につきましても、同じように外国依存の、簡単に言えば、米国のこれは実証済みの原子炉であるということを非常に安易に信じて、そして原子力発電を石油に代替しさえすればやっていけるのだというような政策しかとってこなかった。これは大変困ったことである。 それで、さっき資源の乱掘のことを申しましたが、これは言うまでもなく、戦後の世界の資本主義国の発展を支えたエネルギー源は中東の原油であります。これは戦時中に米国がこの利権を獲得して、御承知のように八つのメジャーズ、大きな石油会社がこれを独占的に支配しておりまして、きょうそういう資料を私、持ってまいりませんでしたが、一九七二年ごろまでは、石油の生産は年率九・五%という非常に正確な比率で増大をしております。これは最近の、例のロッキード事件が解明されました米国のチャーチ委員会の多国籍企業小委員会の資料で私、知ったのでありますが、イラクでありますとかイランでありますとか各国の石油生産量が毎年いろいろな原因で変動するにもかかわらず、全体としては九・五%で石油生産を増大させてきた、メジャーズの支配が圧倒的だったということを示す、あるいはメジャーズの石油生産における調整能力を示すデータがございますけれども、わが国はメジャーズに依存して、その石油をわが国のエネルギー源として使うということをやってきただけだと申し上げても過言でないような状態でありまして、私は、エネルギー政策を考える場合に、その辺についての根本的な反省をして、むしろ学術会議などがエネルギー問題のことなどをやらなくても、心配しなくてもいいようにしていただきたいと実は思っておるわけですけれども、世界各国の比率を見ましても、非常にわずかの研究投資しかしていないということを申し上げておきたいと思います。
○中林委員 続けて中島参考人にお伺いするわけですが、先ほど石炭の例などで、学者あるいは研究者がいなくなっているというお話があって、学術会議の勧告の中でも、研究センターの設立が必要である、このようにおっしゃっているわけなんですが、石炭の例でなるほどということでかなりわかったわけですが、国の研究センターの設立の必要性、その辺をもう少し、具体的な事例でつかんでいらっしゃったら、お話いただければと思います。
○中島参考人 これも大変むずかしい問題でありますから、勧告を十分御検討いただきたいと思うのですけれども、そこで言っている精神は、先ほども申しましたように、わが国では各省庁ばらばらにエネルギー政策が進められていて、本当に総合的に研究していない。たとえば技術的な側面だけが強調されて社会的な側面が欠けているというような点が、そこでは指摘してあるわけでありまして、そういう意味で、ソフトエネルギーではなくてソフトの研究所を、日本じゅうの人材、知恵を集めて、総合的なエネルギー政策をむしろ立てる必要があるということを言っておるということであります。
○中林委員 アメリカのスリーマイル島の原発事故が起きてちょうど一年になろうとしているわけですが、アメリカでは原子力開発政策や体制について、中島参考人の意見にもありましたように、ケメニー報告に代表されるように、非常に深刻な反省をしているわけです。わが国では原子力安全委員会が、TMIからの教訓を五十二項目にまとめただけで、高浜三、四号炉だとか福島第二原発の三、四号炉の公聴会、これも非常に形式的な公聴会を行うなどの安全審査を進めているわけです。 中島参考人に、日米間で原発の安全性あるいは開発政策、そういう体制について大変なギャップがあると思うわけですが、このギャップの生まれる背景についての御所見があったら、お伺いしたいと思います。
○中島参考人 一言で申しますと、やはり自分の国で起きなかった、それからアメリカは、軍事開発の結果ではありますが、とにかく軽水炉というのは自分の国の技術として生み出したものである、ですから、非常にわかりやすく言いますと、日本ではこわさを知らない。 この問も、実は原子力産業会議の年次大会というのがございまして、安全性の問題がいろいろ議論になりましたが、そこで議論されている内容というのは、実は非常に大事でありまして、いままでの原子炉の安全性を確保するための基本的な概念、たとえば深層防御の考え方であるとか三つのレベルの安全性の問題であるとか、そういうことが一応議論されているのですけれども、非常に重大なことは、そういう議論が一方でされながら、それと関係なしに、いままでの基準に従ってどんどん原子炉の設置が進められている。ですから、公開ヒヤリングの問題点というのは、公開ヒヤリングの内容がプアだということのほかに、まだ新しい基準が確立していないのに新しい炉をつくるという矛盾したことが行われているというのが一番問題である。アメリカの場合は、少なくともNRCでさえ、新しい基準を確立するまでは原子炉の設置認可はやらないという当然のことが行われているのに、日本では行われてないのは大変不思議だというふうに申したいのでありまして、これは原子力をむしろ支持する立場から言っても大変おかしいので、こういうことでは国民の信頼は得られないだろうということを私は申し上げたのであります。
○中林委員 中島参考人は、原発の安全研究をよくやっていらっしゃるように見受けられる原研にお勤めなわけですが、先生のお勤めになっていらっしゃる原研での安全研究の体制、あるいはその中での研究に対して不十分さがあれば、おっしゃっていただければと思うわけです。
○中島参考人 日本で大規模に原子力開発をやるに当たりまして、わが国では安全研究が全く行われてないということを最初に言ったのは、実は恐らく私なんかがその例でありまして、私は、非常に具体的に、一九七二年ごろにもう、たとえば反応度付加事故の研究もやっておらなければ、仮想事故のモデルとされているLOFTの実験もやられてない、たとえばアメリカではそういうことをやっておったが、日本ではそういうことがやられてないというふうなことを言ったのでありますが、実はそういう研究は最近やられるようになっております。特に七四年以降、非常に大量のお金をつぎ込みまして原研で研究をやっておるのですけれども、その根本的な弱さといいますか欠陥は、結局、軽水炉が安全であるということの追認試験をやらされておる、つまり軽水炉というのは、もともと安全なんだけれども、さらに安全だ、つまり国民が原子炉の安全性に対して不安を持つ、その不安を、いや、こういうふうに確認されているから大丈夫なんだということを言うための研究で、これは少し悪い表現をとりますと、つまりPR試験になってしまうという点が一つあります。 それから、それがもっと科学的な意味で非常に弱点を持っておると思いますのは、実際の原子炉の運転経験が、原研にすべて直通、つまり事故情報その他が直通になるような体制になっておりません。ですから、その点が最大の弱点であります。 これは昨年十一月に学術会議と安全委員会で共同して開きましたシンポジウムの際でも、そのことがいろいろ指摘されました。これは電力会社から、あるいはもっと申しますと、たとえば日立製作所がおつくりになった原子炉は、日立は事故経験をすることができるけれども、同じ沸騰水型の東芝がつくったものは日立に入ってこない、こういうふうな実情が厳然と存在するわけで、こういうものをまずなくさないと、本当に安全研究は地についたものにならないという点が第二点。 それからもう一つ、この機会に申し上げておきたいのは、原研の研究者の、たとえば原子炉の安全をなるべく早期に発見するような研究というのがございまして、これは原子炉の雑音をはかるとか、その他のいろいろ総合的な原子炉計測をいたしましてその安全性を診断する、原子炉の異常診断技術というものを多少発展させたのですけれども、それが全く評価されておらない。 それからもう一つ、原子炉の故障の、低稼働率の原因の一番大きなものは腐食であります。応力腐食割れ現象ですが、不思議なことに、たとえば百億近い年間の研究費がある研究の中で、応力腐食割れの研究をずっと研究者がやりたいという要求に対しても、予算がつきませんで、昨年やっと二千万円ほどのものがついた。これは結局、基礎研究というか基礎的な機構がわからないというようなことでは、軽水炉が実用炉だということを言うのにどうも支障があるとお考えになったのかどうか知りませんが、なぜかそういうことである。そういうような弱点をまずなくしていく必要があるのではないかというふうに私は考えております。
○中林委員 新エネルギー開発ということでいろいろとやられているわけですが、三月九日の読売新聞に「海水ウラン回収作戦GO」、こういう記事があるわけですが、簡単にこの記事の中身を言いますと、一九九〇年に実用化することを見通しとして総額二十六億円をかけて、海水から年間十キログラムのウランを回収するためのモデルプラ、ントを建設しようというものであるわけですが、実際にこれを読むと、ものすごい装置が必要であるというふうに見受けられるわけですが、これが本当に実用化されるものかどうか、中島参考人の御意見を簡単にお伺いしたいと思います。
○中島参考人 中林先生がお示しになったのは、多分四国の工業試験所のことで、私は、そこの研究者は大変よく知っておるので、大変言いにくいのですけれども、はっきり言って、それは国費のむだ遣いであろうと思います。 海水の中には、確かに四十億トンの——先ほど牧野さんは十七億トンと言われましたが、四十億トンあるというのが知られております。つまり百万分のまた千分の一くらいのウランが含まれていることは確かなんですけれども、これは私よりも前に、学術会議の原子力問題委員会の委員長でありました三宅先生の、海洋学の御専門あるいは地球科学の専門家でありますが、世界じゅうで採掘されている、われわれが使っております有用金属と、それからいわゆる埋蔵量との比をとってみますと、それは大体百万分の一から一億分の一の間に入るという、これは年間の採取量ですが、そういう法則がございます。そういうデータがはっきりあるわけで、百万分の一というのは実は金であります。ですから、金はよくしぼりとっておるということになるのです。ですから、海水から年に四十トンウランをとることは、そういういまの三宅さんの言っておられます法則からすると可能です。しかし、それが経済的に引き合うかどうかというのは、また全く別の問題なんでありまして、私がむしろ問題にしたいのは、ウランをとるのだからと言えば何十億もお金が出るというのは、決して健全なことではないということであります。先ほども椎名先生でしたか、そういうむだ遣いをするようなことには学術会議は目を光らせろということからいきますと、むしろ大変困ったことだと私どもは考えております。 ただ、海水中の有用資源を——むしろあの四国の方は、前から海水中の有用資源の回収ということで御研究になっていたのでありまして、そのうちの一つとしてウランはどうかという試験研究をなさっていた。それ自体は私、大変結構なよいことだと思うのですけれども、ただそれに、原子力であるぞ、未来のエネルギー源であるぞというので、三十億つぎ込んでウランだけをとりなさいと言うのは、余りいいことではないのじゃないか。だから、きちっと評価を——恐らく評価をして出されたのだと思いますけれども、私はうまくないと思います。
○中林委員 それでは最後に、一つだけ槌屋先生にお伺いしたいのですが、ソフトエネルギーの研究は非常に大切だと思っているわけですが、風力だとかいろいろなそういう自然の持っているものを使うということがなかなか実用化されないその最大の原因、それは一体どこにあるのか、そして、もしもそういうことを実用化に向けるための必要な手だて、それについて政府に対して御要望がありましたらお聞かせいただきたい、このように思うわけです。
○槌屋参考人 ソフトエネルギー技術というのが実用化されていないということですが、それは間違いです。過去何百年にわたってほとんど実用的に使われる状態にまで技術は進歩していたし、それから最近でも数段階の技術進歩があって、より使われやすくなってきているということが現実であるというふうに思います。いつでも太陽エネルギーというのは二千年以上にわたって昔から使われてきたし、その段階で石油や石炭が入り込むたびにその開発がおくらされるというだけであったということを認識していただきたい。 それから、実用化を今後進めていくのにどういうことが必要かということですけれども、いろいろなことが必要だと思います。 私はまず第一に、日本のエネルギーの専門家が、代替エネルギーを幾ら開発しても、石油の値段が安くなってしまえば、その意味がなくなってしまうというようなことをよく言いますが、こういったことを考えていること自体が問題だと思います。化石燃料資源というのは、人類にとっての資本であるというふうに考えた方がいい。われわれはこれを上手に、有効に使うやり方を知らないうちに、ほとんど急速にこれを消費し尽くそうとしている、こういうことを考えなければいけないと思います。多分、自動車や飛行機に乗って地球をぐるぐる動き回れるというのは、このままの調子でいくと、われわれの世代がちょうどその中間で、あと数世代で終わってしまうというようなことになってしまうというふうに思います。そうならないためにいろいろなことをする必要があります。 まず第一に、私は、こういうことをしたらいいというふうに考えております。それは日本が国際的な場でこういう宣言をすることです。化石燃料資源を人類の共有の資産として有効に使っていくことを長期的に考える。まず価格を段階的に長期にわたって上げていく。石油中心にした化石燃料資源の価格を長期にわたって上げていく。いつ幾らになるかということをすべての人に明示して上げていく。それを産油国と開発途上国、先進国、そういった国が協議して決める。それから化石燃料資源をどういう用途に使うかということを国際的に取り決めをする。いつの時点でどういう用途に使うということの取り決めをする。長期的にそういうことを決める必要があると思います。それからソフトエネルギー技術を、世界のそれぞれの国で開発研究をして、その知識を共有化する。こういった三点の提案を国際的に日本はすべきである。日本が一番そういうことをしなければならない状況にあると思います。そういうことがまず第一に私は必要のように思います。 それから二番目には、これはいろいろな方向が考えられますが、政府のいろいろな税制、それからさまざまな助成、融資、いろいろな行政指導、こういうものがすべて化石燃料資源を急速に浪費するシステムに振り向けられているが、これを早い時期に取り払って新しい方向に切りかえなければいけない、この制度的な問題が一番大きいということをよく認識していただきたい。化石燃料資源が一見すべての人の手に安く渡るように仕組みがつくられてしまっている、こういう形態を切りかえていくということが重要だと思います。 簡単ですが、このくらいにしたいと思います。
○中林委員 終わります。
○瀬野委員長 林保夫君。
○林(保)委員 参考人の皆さん、本当に御苦労さまでございます。 時間がございませんので、端的にお答えいただきたいのでございますが、中島参考人に一つお願いしたいのは、ただいまも、軽水炉を中心に原子力発電の稼働率が大変落ちて五〇%ぐらいだ、こういうことでございますが、これがどういう原因によるのか。私どもは、一つは検査が非常に厳し過ぎて、そのために何かもたもたしているような印象を外部からは受けております。御専門の立場でその原因と、それから、どういう対策をしたらそれなりの対応があるのか、お話いただきたいと思います。
○中島参考人 技術というものは、必ず時代の制約を受けるものでありますから、私は、軽水炉を一つの工業実験装置として考えることまでも否定するわけではありませんけれども、少なくとも軽水炉に対する私の評価というのは、技術的にははだ未完成のものだったのではないかということです。そしていま、稼働率が低くなっている一番の原因というのは、御承知のように応力腐食割れであります。これは三つの原因で起こります。一つは材料の特性、これはいままでステンレスを使っておったが、これが非常に腐食に敏感である、それから材料に応力がかかっているということ、もう一つは腐食環境、この三つがそろいますと、腐食割れが発生して、たとえばパイプが破断をして、それが大事故につながる可能性があるというので、これが発見されますと、原子炉をとめて、とにかく修理をしなければいかぬ。これが非常に大きな原因で、先生のおっしゃるように、定検期間が長いからというような説を通産省あたりが言っているようですけれども、それは反対でありまして、むしろ定検期間が長いから少し助けられていて、本当はもっと稼働率が下がるのではないかと私は思っておるわけです。 それから、この応力腐食割れと同じような現象で軽水炉のもう一つの大きな問題は、核燃料のベレットと被覆材のクラッドの間で相互作用がございまして、つまり急激に出力を変動させますと、燃料棒が壊れてしまうという現象がございます。そこで現在は、べーズロードとして非常にそろそろと原子力発電を使っておるわけであります。ですから、電力というのは絶えず負荷が変動しているのに対して、その負荷変動は全部ほかの火力であるとか揚水水力とかにしわ寄せして、おんぶに抱っこで動かしているのです。にもかかわらず、そういうことがある。しかも、これは急激に変動させると、燃料が一〇〇%安全なのではなくて一〇〇%壊れるという方のデータがいま出ているという困った状態でありまして、これ一つとってみましても、まだ軽水炉そのものは決して技術的に完成したものではない。 こう申しますと、たとえば最近東京電力では、応力腐食割れの私が申し上げましたことに対して、材料を変え、つまり三〇四を一二〇四Lに変え、それから熱応力が残らないような施工方法をやった。確かに、大規模にそういうことをおやりになったのは、私は評価いたしますけれども、しかし、それは実際に使ってみて、十年たって本当に出ないかどうかということがわからなければ、その成果がよかったということは言えないというのが技術の厳しさでありまして、まだそういうふうに試されてないことをおやりになっているような状況で大規模開発をしていることがむしろ問題なのではないかと私は思っているわけであります。
○林(保)委員 ありがとうございました。 もう一つ、中島参考人にお願いしたいのは、先ほど、時間をかけると原子力発電、原子力エネルギーは大きな役割りを果たすということでございました。また国民的な立場からも、いろいろな面のPRも効いておりまして、核融合に大きな夢を託している、その核融合の危険といいますか、そういうものについても心配をする向きがございますが、先生のお考えをちょっとお聞かせおきいただきたいと思います。
○中島参考人 これは核融合であるからクリーンであるというような話は一私は正しくないと思うのです。 それで実は、核融合のエネルギーというのは、出てくるエネルギーの八〇%は、高速の中性子のエネルギーとして出てまいります。ですから、これを利用するには、いきなりそれを、しかも一億度になっているものを発電するなどということを考えますと、これは変なポンチ絵ができてしまうので、そうではなくて、核融合炉の周りにたとえばウラニウムを置いて、それをプルトニウムに転換するとか、あるいはトリウムを置いてウラン233にかえるとか、これをハイブリッドリアクターと言っておりますけれども、むしろその方が科学的には合理的である。しかし、こういうふうになりますと、そのクリーンさということは、いままで言われていることとは非常に違ってくるのですが、最近ソビエトが大体そういう方向ですし、私どもの会長の伏見先生も大変いやがっておられるのですけれども、やはりハイブレッドリアクターにしなければならないかなということが現状でございます。ですから、進んだ技術は進んだ対策をとって初めて安全が確保されるというのがむしろ原則であろう。それから現在のところは、核融合はエネルギー源ではなくて、科学技術の一つの可能性を、つまり大規模科学研究をやっているのだというふうにお考えいただくべきであろうと思います。これは核分裂のように、とにかく連鎖反応ということが知られ、いろいろ問題はあっても、エネルギーを取り出すプリンシプルがあるというのとは非常に違っていると私は思いますので、そこは区別して考えていただければと思うのであります。 それから、いままで原子力について、すぐ石油のかわりにしようというような考え方をするから、かえってうまくいかない、焦れば焦るほど目標は遠くへ行ってしまうということになっておるのですが、そうではなくて、たとえ発電に使えなくても、原子力というのはいろいろなことが可能になっております。医療の面でも、あるいはその他の非常に広範な応用といいますか、福祉に役立つことがあり得るわけです。たとえは非常に悪いのですけれども、薬というのは毒物でありまして、これは使いようによって薬になるものだということなのでありますから、むしろ発電にばかりしぼって、それを大規模開発しようとしているところからいろいろの無理が生じておるというふうに私は考えておるわけです。
○林(保)委員 続きまして池田参考人にちょっとお伺いしたいと思います。 大変貴重な資料もちょうだいしておりますが、現在コストの面、また、これが本当に一般に普及する、こういう形になりますのは、いつごろを考えておいたらいいか、その点をひとつ……。
○池田参考人 いまアルコールは、専売法によりまして、その価格も生産量もすべて政府が掌握しております。そのために、私の方から、さてどのくらいでできるかということに対しましてのお答えは、非常に苦しいのでございますが、ただ、参考的に一つ申し上げますと、現在、日本で持ち扱いに困っておる古々米でございますが、この古々米が、伝え聞きますところ、六百八十万トンも在庫して、全国の農協倉庫が本当に困っておるということなんですが、これを食糧飢饉、食糧不足の中近東方面へ輸出しておられて、この輸出代金が一トン四万九千六百円と承っておりますが、もしこの値段で池島燃料用と申しますかアルコール原料として払い下げていただくことができますならば、これを池島燃料にいたしますと、約百二十円くらいで一リットルできます。これにガソリン消費税は幾らかかるか、これは私の知ることではございませんが、流通経費その他を加えましても、現在のガソリンの市販価格とそう大差のない値段で実際にお使いいただけると思うのでございます。 それから……(林(保)委員「一般に普及する時期は大体いつごろ」と呼ぶ)これは実は、この場所でちょっと申し上げかねるのでございますけれども、ある大手の石油企業とも連絡はとっておりますが、いずれにいたしましても、この装置だけつくりましても、原料のアルコールというものが、いま申し上げましたように国のものでございますので、国からそれやれと号令をかけていただけるならば、私の燃料の性能は、先ほど繰り返して御説明いたしましたように、きょう現在でガリリンにかわって本当に間違いなくガソリンエンリンを動かしておりますから、ガソリンにかわる価値というものはきょう現在ございますが、これか大量に生産いたしまして、本当に国家、社会のためにお役に立つ、その時期はという御指摘に対しましては、やはりこれは国にお任せするしかたい。国がアルコールの生産というものに対して、本当に一歩踏み出していただく、積極的にその対策を講じていただく。先ほど申し上げましたように、休耕田を活用するとか、また、いろいろな廃棄資源を再利用するとか、こういう政策に本当に積極的に取り組んでいただくことができましたたらば、つまり、ことしの作付からジャガイモ、サツマイモを植えるといたしましたら、来年の春から池島燃料で先生方の車は全部間違いなしに走っていただけます。
○林(保)委員 ありがとうございました。また聞かせていただきたいと思います。
○瀬野委員長 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、長時間にわたり貴重な御意見を承りまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。午後二時から再開することとし、この際、休憩いたします。 午後一時二十三分休憩 ————◇————— 午後二時三分開議
○瀬野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 午前中に引き続き、エネルギー研究開発問題について、参考人として、午後は、東京大学教授大島恵一君、東京水産大学名誉教授佐々木忠義君、石炭技術研究所顧問山村禮次郎君、日本原子力研究所主任研究員・高温融体材料研究室長古川和男君、全国電力労働組合連合会書記長野田清二君、以上五名の方々から御意見を承ることにいたしております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席くださいまして、ありがとうございました。 本委員会といたしましては、かねてより、二十一世紀を展望して、石油にかわる各種のエネルギーの研究開発につきまして、深い関心を寄せてまいったところでありますが、八〇年代の初頭に当たり、わが国のエネルギー研究開発の各分野における実情と将来の展望について、それぞれを代表する皆様方の御意見を承る機会を得ましたことは、本委員会の調査に資するところきわめて大なるものがあると存じます。 参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただきたいと存じます。 なお、参考人の方々にお願いいたしますが、御意見はお一人十五分程度に要約してお述べいただき、次に委員の質疑に対してお答えいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、御発言の際には、その都度委員長の許可を得て御発言願います。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。 それでは、最初に、大島参考人にお願いいたします。
○大島参考人 大島でございます。 私は、本日、エネルギー研究開発の、主として原子力の問題について申し上げたいと思いますが、その前に、幾分一般的なことをちょっと申し上げたいと思います。 それは、研究開発と申しますと、いろいろな問題がありますけれども、私は、いつもこれを中短期といいますか中期の、研究でございますから非常に短期というものはないわけで、中期、すなわち二十年から二十五年、二十一世紀までぐらいの時期と、それからさらに長期の二十一世紀以降の問題と、この二つが非常に性格が違うということをまず申し上げたいと思うわけであります。 それは、今後の二十一世紀までの時期を考えますと、この間においてわれわれのエネルギー問題の解決を担うものは、よく言われておりますように、原子力、石炭、LNGと言われておりますが、その中で原子力というのは非常に重要な役割りを果たすわけであります。しかし一方、二十一世紀以降の問題になりますと、これはいろいろ新エネルギーもありますし、核融合なども非常に大きな期待を持たれている。 ただ、いま私がここで性格が違うと申し上げました一番大きな理由は、この中期の問題、すなわち二十一世紀までの研究開発というのは、実はある目標を立てて、人間と資金とそれから時間をかければ、必ずできるという形の研究開発であるということであります。もちろん、その条件としては、環境問題とかあるいは経済問題その他いろいろな問題がありますけれども、こういった一種の中期の研究開発というのは、その基礎として研究によってわれわれが一つの問題を解決していく、そのために一つの政治的あるいは経済的あるいは国の方策というもののはっきりとした目標を立てて、そしてそこに資金、人材をつぎ込めばできる問題であるわけでありますが、一方、長期の問題になりますと、これは核融合あるいはその他のいろいろな新エネルギーに関して言いますと、これはまだ未解決の問題がたくさんある。それで、そういった長期の問題に関しましては、われわれは、これは日本が人類の将来のエネルギー問題の可能性を広げるという、そういった非常に重要な問題ではありますけれども、一方、日本の持っている経済力、技術力を国際的な形で人類のために使うといった、そういう国際的な協力体制を含めて考える問題ではないかと思う次第でございます。 そういう意味で、私は、どちらかと言いますと、中期の問題について申し上げたいと思いますが、原子力に関して申しますと、言うまでもなく、いまわが国としては、軽水炉それから高速増殖炉という形で問題が進んでいるわけであります。そのほかATR、すなわち改良型熱中性子炉あるいは高温ガス炉という問題もございますけれども、大きな流れとしては、日本のエネルギー問題、これは電力が中心になりますが、電力問題の解決については、軽水炉と高速増殖炉ということで進むべきであると思うわけですが、その場合に原子力の持っている非常に重要な特徴をわれわれは強調すべきで、それは現在すでに原子力のコストは石油よりも安くなっておりますし、一方、国際的な情勢の中で石油がいろいろ不足してくる、あるいは中断されるときに、原子力発電所であれば一年間は燃料を補給しないで運転できるというような形で、安定供給に非常に役立っているということが言えるわけです。 しかしながら、軽水炉の問題を考えますと、この研究開発は何が一番重要であるかと申しますと、私は、軽水炉の安全性というものは確立されたものであるというふうに確信しておりますが、一方、むしろ問題としては、現在の運転、維持に関する技術、あるいは現在、標準化とか稼働率の向上という形でいろいろ研究が進められておりますが、すなわち、いまわれわれの手元にある原子力の技術を産業技術として確立していくというところに非常に大きな重点が置かれるべきであると思うわけであります。それに関連しまして、その背景となる濃縮、再処理、廃棄物処理といったような問題に対する、いわゆる燃料サイクルの確立ということも、同時に重要になってきております。 さらに、高速増殖炉という問題になりますと、これは現在、技術開発の主体が動燃事業団で進められておりますが、一応技術としての形ができ上がっておりますが、これを一九九〇年以降の産業技術として確立していくために一番大きな問題は、どのようにしてこれを産業技術として持っていくか、いわゆる事業主体と申しますか、技術開発の主体から実用化への主体、そしてそれを、どういう事業主体が責任を持って進めるかということが、私は一番大きな重点ではないかと思う次第であります。 それで、長期の問題になりますと、いま申しましたような核融合ということが原子力では大きく言われておりますが、そのほかにも新型の増殖炉、すなわちガス冷却の増殖炉、あるいは多目的のいろいろな原子炉、あるいはトリウムサイクルといった原子力における非常に多くの課題がわれわれの前にあるわけであります。 いま申しました原子力の問題に関連して、私が最後に結論として申し上げたいことは、研究開発というものが、いま申しましたように、特に中期の研究開発というものが総合的なエネルギー政策の一環としてなされるべきだということであります。エネルギー需給計画というものがいろいろ議論されておりますが、その中で日本が原子力開発にもし失敗したら、日本のエネルギーの需給というものは大変大きなダメージを受ける、そごを来すということになっているのかどうか、それを考えますと、多くの場合には、いや日本のものができなくても外国のものを入れるというようなぐらいの感触で研究開発と需給計画との間の関係が見られるのではないかということを感ずる次第であります。 すなわち、私の申し上げたいことは、いわゆる中期的な研究開発というものは、単に新しい可能性を開くということではなくて、きわめて現実的な政策の中の課題として取り上げるべきであるということであります。 それに関連しまして、もう一つの問題は、各省庁間の役割りの分担と連携の問題があると思うわけであります。現在、産業技術ということになりますと、これは通産省ということになっているようでございますし、また大型の技術開発は科学技術庁、基礎研究は文部省ということでありますが、もしこの原子力研究、いま申し上げたような問題が、日本のエネルギー需給の非常に重要な問題として取り上げられるべきものだということを認めるならば、これは各省の分担を、いま言ったような問題があるにしろ、それを総合的にどこかで一つの体制をつくっていかなければ、その効果は非常に問題があるというふうに思うわけであります。 その点では、先ほど申しました研究開発の主体、すなわち動燃事業団とか、新エネルギーでは新しい機構ができるようでありますが、それと実際に実用化していくための事業主体、たとえば高速増殖炉ですと、フランス、ドイツあたりでは、スーパーフェニックスとかそういう炉に関しては、すでに技術提携の形をとって進めているわけでありまして、日本の場合にも、もし高速増殖炉を実現していくとすると、そういった主体がないと、これを実用化していくのにおくれをとるという可能性があるわけであります。 一方、基礎研究に関して申しますと、いま基礎研究というのは、一応文部省の管轄の大学でやっているわけですが、むしろ民間にしても、あるいはほかの通産省、科学技術庁の研究所でも、かなり基礎研究をやっている、こういうのを一貫して横に連携させるためには、何かエネルギー基礎研究財団というようなものをつくって、そこが民間でも大学でも国立研究機関でも、自由に基礎研究の金を、たとえば開発費の一〇%ぐらいを出せる、しかも、その場合に大きな将来の問題を頭に置いて研究費が出せるというような形が非常に望ましいのではないかと思うわけであります。 そして私が申し上げたいのは、たまたまこういう機会を与えられましたので、ぜひ申し上げたいことは、研究開発というのは、非常に長期な問題でありますから、国としての政策をがっちり固めて、途中で右左に揺れないでもらいたいということであります。研究者の方は、大体二十年ぐらい先の問題として考えているわけでありますから、これはぜひ超党派で、細かいことは別として、日本の原子力にせよエネルギーの研究開発の一つの大きな目標は動かさないようなものを、これは大変むずかしいことかもしれませんが、つくっていただきたい。 私が一つ最後に申し上げたいのは、技術力と経済力が日本にいまあるから、国際的にも非常に研究能力が高いわけでありますけれども、これは資源などとは違いまして、一度技術力を失い、経済力を失うと、もう二度とそれは出てこないということであります。資源でしたら、地下からまた掘ればいいわけですが、そういうことができない。そういう意味で、総合的な政策研究というものが非常に重要であって、たとえばいま科学技術庁に資源調査所というのがございますけれども、資源そのものの検討もさることながら、そういうところで政策研究、すなわち研究開発政策というものを、経済的な問題、国際的な問題、場合によってはわれわれの社会生活にも非常に深く関連している問題、そういうような国会で意思決定をされるための政策研究というようなものをやる必要がある。ぜひそういうような形で、総合的な研究開発を進める方向に行っていただきたいというふうなことを感じている次第でございます。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、佐々木参考人にお願いいたします。
○佐々木参考人 佐々木でございます。 きょうは参考人にお招きをいただいて、大変光栄に存じておるわけであります。 私に与えられましたテーマは、海洋エネルギー問題ということでございます。現在、海洋エネルギー、海の自然エネルギーを取り出して、われわれの生産性その他にどの程度役立っているか、将来はどうかというようなことにつきまして、すでに海洋開発審議会では、あらゆる問題を取り上げて、第二次答申を公にしておるわけでありまして、その中にるる書いておりますが、まず海の中の自然のエネルギーを見ますと、海には波がございますが、この波というのは海水の上下運動ですから、海面にブイを浮かせますと、ブイが上下運動をする、その上下運動を回転運動に直す仕掛けがブイの中にあれば、回転運動を利用して発電することが可能であるということで、これはすでに御承知だと思いますが、全国の約六百近い航路標識は、このブイによってランプをともしているわけで、一つのブイで大体数十ワットくらいの電力が出せるわけでありますから、そういう形においては、そういう目的に対しては、すでに十分実用化をされておるということが言えるわけです。 ただ、海からエネルギーを取り出して、われわれがそれを一つの政策として組み込んでいく段階を考えますと、現時点ではまだはなはだ貧弱でございまして、目標といたしましては、一九九〇年代、約十年後、そういう年代においては、少なくとも一万キロワット、可能であれば十万キロワット程度の電力を波の力から生産させたいということでございます。 小規模の問題は、いま申しましたように、すでに実用になっておるわけでありますが、そういう大規模発電というものは、先ほどもお話に出ましたように、石油事情はいやおうなしに逼迫をしてまいるでございましょうから、一九九〇年、約十年先を見ると、そういう海洋自然エネルギーに依存するという社会的要請もいやおうなしに非常に強く出てくる、その要請を受けてわれわれはどうしていくかということで、目標を一九九〇年代というところに置きまして、少なくとも一万キロワット、できれば十万キロワットを一つのセットで取り出したい、こういうことでございます。 すでに科技庁の管轄に属します海洋科学技術センターでは、いま申しました波エネルギーを大規模に一つのセットの形で取り出す研究が進んでいて、日本海で実験を繰り返して、今日すでに約百八十キロワットぐらいの電力を波のエネルギーで生産をしております。その電力を東北電力と共同いたしまして、一部送電に試験的にこれを使っております。 先ほど、一つのブイが上下運動をする、それを回転運動にすれば云々という話をいたしましたが、その装置は名づけて海明と言っておりますけれども、その海明というのは、船のような形をしておりますが、船ではなくて、その船のようなものの底に要所要所にいま言った小型のブイをたくさんつけている、それが、ブイの下に金属のパイプを出しておりますから、波がやってくると、パイプを通って海水が上下運動をする、そうすると空気が圧縮されますから、圧縮された空気で空気ポンプを回すという形にして、それをたくさん一カ所にまとめておく。見たところは船のようですけれども船ではなくて、そういう一つの大きなセットである。それで発電機のボルテージが大体五千ボルト、現在は三アンペア、将来は五アンペアぐらいにしようということですから、大体きわめて近い、一年ぐらいの間に二百キロワットぐらいは、そのワンセットで出せるわけです。 ですから、そういうものが出てまいりますと、航路標識ほど小規模ではない形の小規模、たとえば離島、そういうところで発電をさせるとか、目的によっては十分エネルギーの一部を分担することができるということで、各漁村等の部落部落に——私はかねがね申しておるのですけれども、いまの電気というのは、中央集権主義でございまして、高い鉄塔を立てて、大変金のかかる送電線を張って、それが場末の場末へ電気として送られている。そうじゃなくて、各部落部落にそういうものをつけてやれば、部落の灯がそういうことでともる。しかし、それは部分的でありますから、やはりエネルギー政策という立場で見る場合には、一九九〇年代の初めに、少なくとも可能であれば十万キロワットぐらいはワンセットで出したいという形でやっておりますのが、波のエネルギーを利用する発電であります。 それから、温度差発電というのも、これはずいぶん方々で議論されて、わが国では工業技術院の中に、御承知のようにサンシャインプロジェクトというプロジェクトを持っておりますが、これは一体どういうことかと申しますと、大体海というのは大きな水のかたまりでありまして、太陽エネルギーを食って海面の温度が大体において摂氏三十度、五、六百メートル入りますと大体摂氏七、八度、そこで摂氏三十度の海水を、パイプを通してサクションで引きまして、そして大きなタンクの中に入れて、内圧を二十五分の一気圧に下げてやりますと、水の沸騰点は気圧が下がると下がりますから、二十五分の一気圧に下げますと自然沸騰するわけです。したがって蒸気ができる。当然これは低圧の、低温の蒸気です。摂氏三十度でできた蒸気ですから、摂氏三十度の蒸気です。普通の火力発電というのは、これはクローズされたところに、無理やりに石炭や重油をたいて沸騰させるのですから高圧の蒸気であります。大体温度が五百度ぐらいです。 そこで、その摂氏三十度の、蒸気は蒸気ですから、そういう低温の蒸気でも回るようなタービンさえ開発すれば、そのタービンにぶつければタービンが回って、回転運動があれば発電機が回って電気が出せる、こういうことで、すでにこれは二、三十年前に実用化試験が行われて、西アフリカに象牙海岸という人口二十万足らずのところがありますけれども、そこのアビジャンという海岸で実験をいたしまして、実験そのものは成功したわけです。そして仕事をした蒸気を冷たい海水で急に冷やしてやる、そうすると真水ができる。しかもエフィシェンシーを上げることができる。しかし、それはそういうような熱帯海域に限定されるという地理的条件がありますから、日本周辺どこでもできるかというと必ずしもそうはいかない。 そこで考えられたのが、何も摂氏三十度の海水そのものを減圧して蒸気をつくらなくても、アンモニアというものがある、アンモニアは非常に低温で蒸発するわけですね。摂氏二十度余り、二十数度になりますと蒸発するわけです。したがって、海面の温度が摂氏三十度ぐらいどこでも大体はあるわけですから、その水温でアンモニアを蒸発させて、アンモニア蒸気を同じように低圧タービンにぶつけてやる。タービンが回って電気を起こす。仕事をしたアンモニアの蒸気は、数百メートルの深いところの水温が七、八度ですから、これは海上、大体どこへ行ってもそういう条件があるわけですから、それでもって冷やしてやる。蒸気になったアンモニアをもとに返してやる。そういうサイクルを通して、アンモニアというものを使って発電することができるということで、これはすでに日本のサンシャインプロジェクトはいまやっておるわけで、一九八〇年代後半には、少なくとも二、三万キロワットの発電をしたいというような目標で、ごく最近の新聞報道によりますと、アメリカのハワイで、このプリンシプルですでに五十キロワットの発電に成功いたしております。 そして、さらにこれを大規模にするというので、次の計画を進めておるという段階でありますから、温度差を利用する発電ということも、将来の海洋自然エネルギーによるエネルギー源として私ども十分注目をすべきである。多くの場合が、一九九〇年代には実用化に持っていくべきであるということを標榜して、それに伴う各種の技術開発、基礎研究を急がなくてはならないというのが現状でございます。 それから、日本には有名な黒潮という世界一のものすごくでっかい、海流ですから一方方向に流れるわけですが、そういう一方方向に水が自然の力で流れているわけですから、その流れの中に何か物体を置いてやれば、流れを使って回転させて、回転から電気を起こすということが当然可能なわけです。ただ、そういう大自然の中にいきなり何かを持っていくというわけにまいりませんかち、そこにいろいろな技術開発があるわけですけれども、いまは目標といたしまして、深さ五十メートルから百メートル、そういうところに流れを利用した回転体を設置すれば、回転運動を使って電力を取り出すことができる。こういうことはかって行われたことがないわけでありますから、総合開発としても、最も最後に回される技術の問題点をたくさん含んだテーマになる。でありますけれども、海洋自然エネルギーを利用するということからいけば、そういう海流のエネルギーも当然利用しなければならないだろう、こういうことで、いま申しましたのは、波のエネルギーとか、あるいは温度差、熱のエネルギーとか、大規模な海流を使った形でそれを進めるということでありますが、概念的には、一九九〇年代に一万キロから十万キロという話をいたしたわけでありますけれども、具体的にはどういうようなプログラムを組んで海洋審としては考えているかということになるわけであります。 いま申しました一番困難な海流を利用したエネルギー利用ということにつきましては、実際に実用にするということではなくて、その前提としての実用になるようなプラントをとにかくひとつ完成して発電所を建設しようではないか、その実用のプラントの完成をさせるのが、目標といたしましては一九八五年あたり、その辺を境としてテストプラントの試運転を始めようじゃないか、そういう形で、最後まで手がつけてありませんでした海流のエネルギーというものもこれを取り出すことが可能であるということでございます。 それから、いまの海洋温度差エネルギー利用でございますが、いまやっております海明、そういうものを大規模にして、さらに大電力を取り出すようなことをすべきではないか、こういうことです。この海明は幸いにも、新しい試みではありましたけれども、一つのセットでそれぞれの波力エネルギーを利用するという点では実用化に一歩近づいておりますので、これを大規模化するということはそう困難ではないだろう。それでもいろいろなデモンストレーション等を繰り返して、そういうものの積み上げのもとに送電線に乗せて実用的なプラントにする、その目標が一九九〇年前半というようなことで、それぞれの目標設定をいたしまして進めておるわけでございます。 海洋の自然エネルギーを利用するということになりますと、いまの熱エネルギー、それから波のエネルギー、海流のエネルギー、いまお話いたしました海明というのは、大きなセットにして海面に浮かばせるわけですが、海の波が海岸に寄せてきますと、いろいろな災害を起こすわけですから、その災害を防ぐためにある大きな構造物を海面に浮かべておきますと、その構造物によって波が消されていく、消波ということが考えられる、これは可能でありますが、そういう消波という大きなセットでも、要するにもとが波ですから、いま言ったような原理で消波装置そのものを発電プラントに利用するという考え方のエネルギー利用も実はあるわけでございます。 そういうことを実際にやります場合にも、いま海洋エネルギーの問題だけに限定をいたしてお話を申し上げたわけでありますが、やはり国全体の一貫した一つの組織、指導力、そういうものが基本で、十三省庁ばらばらに研究費を出して、ばらばらに人を集めてやっても、効果の上がることは少ないだろう、やはり一貫した一つの組織として、国の責任においてどれほど力を入れて海洋エネルギーをエネルギーの基本のものとして利用するか、基本的な問題がそこにあるだろうと思います。 以上で終わります。ありがとうございました。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、山村参考人にお願いいたします。
○山村参考人 山村でございます。 本日は、今後のエネルギー需給見通しの中で石炭エネルギーがどの程度に利用され得るのか、また、どういった手段で利用されるのかという問題について、私の意見を申し述べる機会をいただきましたことを厚く御礼申し上げます。 石炭資源は、石油、天然ガス、こういった各種の化石エネルギー資源の中で最も多く埋蔵されている、また偏在しないで広く地球上に分布しているといったことが一般に言われているわけでございますが、これは確かに事実であります。 一九七七年の国際エネルギー会議の資料によりますと、世界の石炭埋蔵量は、理論埋蔵量が約十兆トン、経済的にも採掘が可能な実収炭量が六千四百億トンと発表されております。また、その賦存状況も環太平洋地域の諸国、これはソ連も含めますと実収炭量で四千三百億トン、それから環インド洋諸国も加えますと五千億トンと、大部分の炭量がわが国の経済圏と結びつくことが可能だといったように見られます。 また先月、科学技術庁の資源調査所で発表されました「エネルギー経済から見た石炭・油混合燃料技術の評価に関する調査」という報告書に、これらの石炭の対日供給可能量がどれぐらいかといったような予測を行った数値が挙げられておりますけれども、一九七六年の実績で五千九百万トン、これに対しまして二〇〇〇年の供給可能量は二億ないし二億五千万トンに達するといった予想をしております。これに対しまして石油の確認埋蔵量は、これはよく言われておりますが、一九七八年の発表によりますと千二十億キロリットル、これは石炭換算いたしますと約千五百億トン程度になりますが、こういったような数値でございまして、先ほど申し述べました石炭の実収炭量の約五分の一程度といった数値でございます。 このように石炭エネルギーは、量的にも最も大きな供給力を有しておるわけでございます。しかし、一般には石炭需要が今後大きく伸びるようになりますと、最近の石油の動向と同じような形で価格が一方的に値上がりするのじゃなかろうかとか、あるいはまた量が削減されるのじゃなかろうかといったような危惧する声もよく聞こえてまいります。しかし、この点につきましては、私は、石炭は適正な価格水準で安定した供給が今後とも行われるであろうというふうに考えております。その理由は、その供給源となります国々の経済構造が非常に違っているといった点にあるからでございます。 御承知のように、現代の世界の経済社会を考えますと、非常に高度化した複雑な産業構造のもとに成り立っているわけでございます。したがいまして、原料供給の価格とかあるいは量の変化が生産工程とか流通工程のすべてに深く関係してまいりますので、結果としては製品の価格に反映しているのであります。ところが、中東を中心としますOPEC諸国を見てまいりますと、こういったような複雑な産業構造はまだ全然できていない、単純な経済社会しか存在しておりませんので、最近十年の状況に見られますように、一方的な石油価格の上昇を行いまして、収入の増加を図るというふうにしましても、結果としては、先進経済国の経済混乱が起きまして、そこで石油価格の上昇以上に影響が出てくる。諸物価の高騰が生じまして、石油価格をさらに上げざるを得ないといったような悪循環が生じているというのが事実じゃないかと思うのでございます。 この点、石炭産業は古くから産業活動の基礎原料の供給者として発展してまいっております。現在の石炭資源保有国の大部分が、こういった近代経済社会に直接間接に非常に深くかかわり合っております。したがいまして、結果的に非常に不利になるような、量とか価格の両面で不安定な供給をするということはまずないのじゃなかろうかというふうに私は考えております。 次に、日本のように国内資源が非常に乏しい国になりますと、大量の石炭エネルギーを海外から入手するということが、技術的にも経済的にも非常に困難じゃないかといったような疑問も私はときどき聞くのでございますが、確かに、以前は石炭を基礎原料として発達しました重工業あるいは化学工業といったものは、大体石炭産地を中心として発展してまいりました。たとえばイギリスの産業発展とかあるいはドイツのルールの重化学工業地帯とかあるいはアメリカ東部の重工業地帯、こういったものは、いずれも大量消費原料であります石炭をよそへ運搬しないで、他の諸原料を各方面から持ってまいりまして工業立地をやるといったのが従来常識だと言われていたわけでございます。しかし、一九五〇年ごろから石炭の利用形態を変えたのが日本であります。 日本の鉄鋼業は、鉄鋼石その他についても同様でございますけれども、いわゆる臨海型の特徴を活用しまして、広く海外に原料の供給源を求めるということにいたしまして、従来利用されておりませんでした炭田を調査開発し、生産技術あるいは陸上の輸送技術、港湾の荷役技術あるいは海上の輸送技術、こういったあらゆる分野にわたって最新鋭の高能率な技術を採用しまして、これを組み合わせて石炭資源というものに非常に国際性を持たせることに成功したわけでございます。もちろんそれと同時に、質的に不利な各種の石炭を使いまして、非常にりっぱな製鉄用のコークスをつくり出すという利用技術もつくり上げたことは言うまでもないわけでございます。したがいまして、新しいエネルギー情勢に対しまして、石炭資源を十分に活用するためのポテンシャルは、日本が最も大きく持っているといったふうに私は考えております。もちろん製鉄用を目的とした利用技術と、今後のエネルギー需要から要求されます一般炭に関する利用技術とは、いろいろな相違点があることは間違いありません。しかし、固体燃料であります石炭を大量に生産し、輸送し、加工処理して消費するというほとんどの過程では、非常に共通の要素があるわけでございます。 それから次に、これからのエネルギー需給の中で、他のエネルギーに比べて強く石炭エネルギーに要望されておりますのは、非常に早く寄与してくれるだろうというふうな期待と、それと同時に、またエネルギー源として、それからまた工業原料源として将来にわたって長期的に利用ができるようにしてほしいといったような願望と両方があるのだろうと私は考えます。このような幅の広い石炭エネルギーに対する要望にこたえる利用技術となりますと、非常に広範囲になりますし、また多岐にわたらざるを得ないという状況でございますけれども、これを総合して考えてみますと、いろいろな鉱物成分も含有した固体の化石燃料資源であります石炭をいかにしてクリーン化するか、また、いかにして流体処理を可能にするかという、二つの問題を可能にすることにあるだろうと私は考えます。 そこで、即効的な技術として考えますと、現在使用されております直接燃焼技術の分野でどういったような利用技術があるかということがまず先に出てまいります。 その第一となりますのは、発電用その他に普及しております微粉炭燃焼ボイラーにおきますSOxとかNOx、それから粉じんの発生といったものを最小限にし得るようないわゆる総合排煙処理技術の確立ということが第一にございます。脱じんとか脱硫、あるいは脱硝というような個別の技術につきましては、わが国ではこれは世界でも最高の技術水準をすでに実用化しております。しかし今後、石炭使用がだんだんと拡大していくというふうになりますと、それを総合的に処理してクリーン化を図る、これを徹底させるような技術の開発が非常に必要になってくるわけでございます。 それから第二に、固体の石炭を、海陸の輸送とかあるいは荷揚げ、荷おろし、あるいは燃焼設備へ石炭をチャージする装入といったことで、いろいろな分野を流体的に処理できる技術という面で見ますと、石炭を微粉砕しまして、石油とほぼ等量に混合しまして、これでパイプ輸送とかあるいはタンカー輸送、あるいは貯蔵を可能にするというふうな技術としまして、石炭油混合燃料、一般にCOM燃料と言っておりますが、この技術がございます。これによって、従来非常に発展してまいりました重油専焼発電技術と大体同じような使い方で利用できるといったことで、石炭の大量使用が可能になるだろうと考えます。 それから第三に、流動燃焼ボイラーの技術がございます。これは固体の石炭を燃焼用の空気で流動状態にしながら燃焼させるという技術でございまして、その流動の媒体に石灰石を使いますと、燃焼炉の中で脱硫も可能になります。また燃焼炉内での石炭燃焼が非常に均一になりますので、炉内温度を大体八百五十度ないし九百度程度に抑えながら、しかも完全燃焼が十分にできる、また熱伝達も非常によくなりますから、そういう意味のスチーム発生も可能になってくる、その結果としまして、NOxの発生も抑制できるといったような特徴がございます。 これらの直接燃焼利用技術の研究開発につきましては、通産省資源エネルギー庁の補助金を受けまして、私が所属しております石炭技研あるいは電源開発、それから各プラントメーカーが共同して、現在、実用化を目指して開発を進めているわけでございます。また、流動燃焼ボイラーにつきましては、本年二月にIEAの共同研究グループに参加することに決定いたしました。 次に挙げられますのは、石炭をガス化、液化しまして流体エネルギー化する技術でありまして、その転換過程で鉱物質とかあるいはその他の公害源物質を除去することができますので、クリーンな流体燃料としての利用が可能になります。 このうち、発電所の構内で石炭を空気及び蒸気を使いまして低コストでガス化しまして、低カロリーでありますけれども、ホットなガスのままで発電システムに利用するという、石炭ガス化複合サイクル発電技術の研究開発、これが一つございます。一九七四年以来、これも資源エネルギー庁の委託を受けまして、石炭技術研究所が現在まで北海道の夕張で研究開発をやっております。五トン・パー・デーのパイロットプラントの段階から四十トン・パー・デーの規模に発展いたしまして、ことしの秋から四十トン・パー・デーのプラントの試験が開始されるというふうな予定になっております。 それから次に、広域供給と多目的利用を目的とした高カロリーガス化、それから石炭液化技術につきましては、わが国では工業技術院が中心となってサンシャイン計画の一部として研究開発が進められておりますけれども、特に石炭液化につきましては、先年来、アメリカ政府から提案がありましたSRCIIプロセスの六千トン・パー・デー規模の実証化計画に西ドイツとともに共同参加するという方向で、現在その詳細が詰められている状況でございます。 この石炭液化の企業化計画は、一企業化単位が石炭処理量一日三万トン、製品は燃料油換算で言いますと一日十万バレルというふうに、非常に大規模なものでございまして、この製品になりますのは、高カロリーのガス、ナフサ、燃料油等のいろいろなものが生産されますので、この企業化が行われますと、炭鉱、化学工場、発電所といったいろいろなものが含まれた大規模な企業群が新しく生まれてくるというふうな非常に大きなものであります。したがいまして、高度化されたあらゆる産業技術が再編成されて、産業構造も変革されるといったような大型プロジェクトとなるわけでございます。現実にアメリカは一九九〇年までにその企業化を完成させまして、石油代替エネルギー政策の大きな核にするというふうな決意を持っているように感じられます。 それから、わが国は確かに石油はもちろん、石炭資源も非常に乏しいのでございますけれども、すでに持っております高水準の産業技術をさらに発展、総合させまして、石炭エネルギーの利用技術を完成し、これによってわが国のエネルギー需給を安定化するとともに、世界のエネルギー経済の安定化に寄与すべきであろうと私は考えております。 それから最後に、国内炭資源の活用の可能性について一言申し上げます。 かつては、わが国の産業活動の原動力としまして年産五千万トンを超える供給力を持っていたわけでございますが、現状では、二千万トンを下回る状況に低下してまいりました。しかし断層、褶曲のような地質的な乱れとか、あるいは急傾斜炭層とか、厚さが一メートルにもならない薄層といったような非常に厳しい自然条件、それからまた最近は、深部化に伴いまして、地圧、地熱の増大とか、あるいはガス突出の危険性といったようないろいろな困難な条件があるわけでございますが、これをりっぱに克服して、非常に高い生産能率を現在示しておりますわが国の炭鉱技術は、欧米に比べまして非常に高い水準にあるわけでございまして、今後の海外炭開発に当たりましても大きく役に立つであろうというふうに私は信じております。 また、貴重な国内の資源を有効に活用するということが非常に大事でございますし、また同時に、今後、各種の石炭利用技術の企業化を図ります場合におきましても、その研究開発の場を国内にみずから持っているということが非常に大切でございます。したがいまして、将来のエネルギー需給の安定化の基盤としまして、常に一定水準以上の国内炭の生産体制を維持するということが非常に大切なことではないかというふうに私は考えております。 以上で終わります。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、古川参考人にお願いいたします。
○古川参考人 古川でございます。 溶融塩炉と申します非常に特殊な命題に関しまして説明するチャンスをいただきまして、心から感謝いたします。 私は、現在原研で溶融塩とか液体金属の原子力利用に関する基礎研究をやっておる者でございますが、もともとは大学を出まして乾式製錬をやろうと思っておりました。しかし二十一年前に、こういう溶融塩炉と申します非常にすばらしい原子炉ができることを知りまして、ぜひ生涯の仕事としてこれをやりたいと思いまして原研に入ったわけです。でも、原研で、日本ですぐ取り上げるような状況はまだできておりませんでしたので、ある意味の基礎研究といたしまして、液体ナトリウム技術の基礎づけに専念いたしました。そして、そろそろ十年ほど前から、基礎研究でございますけれども、この溶融塩炉技術に関しますいろいろな研究をやりつつ、溶融塩炉ないし核融合炉の基礎研究をやっております。 こういった形で、この溶融塩は、いま出てまいりましたようないろいろな専門領域に非常にかかわってまいります。そういう意味で、普通のほかの原子炉と非常に違っているわけでございます。また、資源としましても、トリウムという事実上いままで全く取り上げていない人類の新しい資源を有効に利用します道具としまして、今後一層注目していただきたいと思うものでございます。しかし、いまお話しましたようなかっこうで、非常に特殊なものでございますので、十分なお話をさせていただけるか心配でございますけれども、とりあえず重要参考文献というのをちょっと挙げてございますので、また機会がございましたら、こういったもので補足をしていただきたいわけでございます。 そもそも溶融塩炉というのは、溶融塩中に核燃料物質を溶解して均一な液体にいたしました核燃料を使う原子炉でございます。溶融塩と申しますのは、一ページの下のところにちょっと書いたのでございますが、そもそも塩と申しますのは、酸とアルカリを中和してできるものです。その代表例が食塩でございますけれども、食塩はNaCl、八百度Cに上げますと溶融いたしまして、きれいな透明なさらさらした液体になります。温度は高うございますけれども、見たところまさに水と一緒でございます。そういったきれいな液体のものが溶融塩です。一般に空気と全く反応いたしません中性の物質でございますし、また水とも基本的に激しい反応はいたしません、そういった非常に安全な技術でございます。 それからまた、御存じのように熱媒体として非常にすぐれております。これはサンシャイン計画関係でも、蓄熱材として非常に注目され、われわれも一部お手伝いしておるわけでございますが、高温で蒸気圧が非常に低いので、事実上常圧で使えます。一気圧で使えます。さらに、いろいろ溶融塩電解、それからまた、ある意味では溶鉱炉の中の溶融スラグというのもこの仲間でございますけれども、そういった形で化学的な反応媒体として使える。さらに一層おもしろいのは、こういったものは、ばらばらのイオンからできておりますので、幾ら放射線を浴びましても、全く分解したりなんか変質はしないわけでございます。そういったすぐれた特徴をうまく生かしまして、これを燃料に仕立てて利用しようとする非常に合理的な炉型であるわけでございます。当然、動力炉開発の初期から大いに関心を持たれておったのでございますが、何分新しい技術体系でございますので、現在まで二十五年の研究開発の時間を要した、しかし非常にみごとな形でまとまってきておるものでございます。 具体的には、リチウム、ベリリウム、トリウム、ウランの弗化物の混合体ですが、一つの均一な液体です。これを燃料にいたしまして、中性子減速材として黒鉛を使う、そうした熱中性子炉でございます。炉心は、原子炉の真ん中は、原子炉の本体は約八〇%の黒鉛が占めており、その残りの二〇%ばかりのすき間、粗いすき間があるわけですが、そこをこの燃料塩が吹き上げているわけです。二、三メートル毎秒というような、そんな速い速度ではございませんが、吹き上げて、その炉の中でみずから核分裂を起こして、自分の中で熱を生み出すわけです。そして温度が上がったものを外に引き出して水蒸気発電をするわけです。そういった驚くほど簡単なものでございます。 その概要は、たとえば後ろから二番目、ページ八あたりにちょっと図がございますが、真ん中辺の真っ黒な、線が引いたのがございますが、こういった黒鉛のかたまりみたいなものでございます。そういった非常に単純な構造の液体燃料炉でありますから、先ほどから一部を御説明したようなかっこうの、非常に安全で経済性も非常にすぐれ、しかも同時に、トリウムを使いました新しい系列の増殖炉になり得るわけです。しかも、その増殖性能というのが非常に実効的です。それからウランでなくトリウムという全く新しい資源を使うという意味でも、非常に興味ある、別個の新しいエネルギー装置とお考えいただいていいのじゃないかと思うわけであります。 さらに、今後一層社会的に問題にせざるを得ない核拡散、核盗難防止に関しましても、たとえば燃料製造工場が要らない、再処理工場が要らない、それからそこへの輸送、行き来がないというようなことも一つ含めまして非常に防止上有効です。しかもプルトニウムなどは、トリウム利用系列でございますから、事実上有効に消滅させてしまいます。超ウラン元素も同じです。最良な装置ということが十分学問的に証明されております。 それから、開発上の大きな問題はほとんど解決いたしております。事実、実験炉が非常によく動きまして、非常に多大の成果をおさめておりますが、そのほかの研究開発成果及び世界的に、日本も含めまして、多大な投資がなされておるナトリウム炉技術を併用いたしますならば、この炉の開発は比較的わずかな資金と人員と日時でできることが主張できるわけでございます。 また、この溶融塩炉技術を十分熟成させておきますと、将来の核融合炉、それから核融合核分裂複合炉、ハイブリッドと申しますけれども、そういった系列の炉の基礎技術、それから最近急速に注目されております加速器炉の基礎技術として非常に有効に使えることが主張できます。 なお、このより詳細な特徴は、付録一、六、七ページにもう少し詳しく書いてございますが、本日はこれで一応はしょらしていただきますけれども、なお、この炉の開発経過を粗く言わせていただきますと、溶融塩炉は、最初は第二次大戦後に、ジェット爆撃機の推進用にアメリカのオークリッジ国立研究所で取り上げられて始めたものでございます。二千五百キロワットの小さな炉が非常によく動きまして、大いに自信を深めまして、その後は本格的な民間用の発電増殖炉として生かせるのではないかという設計、研究が始まったわけです。 その中心になる作業としましては、七千五百キロワットの溶融塩実験炉が、十年前ぐらい非常によく動いたわけでありますが、それは一九六五年から一九六九年にわたってですから十三、四年前でございます。そして、この四年間の成果というのは、あらゆる実験炉の中で最良の実績を上げたと主張して間違いないというようなみごとなものでございました。 これらの成果を基礎にいたしまして、実用的な百万キロワットの増殖発電炉の設計、研究が一九七〇年ごろに粗くまとまり、さらに、それをアメリカの民間の企業グループ及び電力会社の集団であります溶融塩グループ、モルトンソルトグループと申しておりますけれども、そこでの再検討をさらに踏まえた上で、一九七三年には米国の両院合同原子力委員会で検討されまして、非常に高い評価を与えられ、一時研究開発が半年ほどストップしましたけれども、七四年の一月から再開したわけです。そして特に、一層重要な研究開発上の問題点をみごとに解決いたしまして、先ほど言いましたように、大部分の問題は、見通しを立てた上でいよいよ本格的な開発を待っている状況になっているわけです。 なお、アメリカにおいて、たとえば昨年の九月には、フォード財団の調査報告書で、この溶融塩炉の研究も、やはり十分見直してやっておく必要があるのではないかという勧告が出されております。 米国以外で特に熱心なのはフランスと言えると思います。数年来、数億円以上の予算を投入して、真剣に研究開発の基礎固めをやっております。いざとなったら取り上げる体制を最小限整えておるわけです。それから日本におきましても、われわれのところで十年来、最小限の基礎的な検討、予備実験、基礎実験がやられておりますし、その間、大学等の協力をいろいろ得まして調査研究も進めておるわけでありますが、文部省でも、最近一層関心を高めてくれておることを聞いております。また、そのほか、スイス、インド、ブラジルなどは、トリウム資源を持っている面も含めて、常々非常に関心を持っておるようです。ソ連も、特に核融合、核分裂複合炉の基礎技術として強い関心を示していることは、われわれ研究仲間で知っております。 以上のように、非常にすぐれた基礎開発を終えておるわけでございますが、整理いたしますと、溶融塩炉の炉物理、炉化学、炉安全性の基礎研究に関しては、ほとんど解決を見ております。また、溶融塩燃料の中の核分裂生成物の挙動、それから再処理技術の基礎的な面に関しても、十分なめどが立ってまいっております。あとはこれを、さらに本格的なエンジニアリングを終えて、炉型にまとめていくことが必要なわけです。それか火炉の運転保守の基礎的経験も実験炉で得られておりますが、今後、大型機器の開発及びその遠隔保守技術の確立ということはもちろん大きな課題ではあります、しかし、こういった大型機器に関しましては、ナトリウム機器がほとんど全部流用できるという本性を持っておるわけです。それからトリチウムの環境放出対策については、非常にきれいに研究開発を終えておりまして、あらゆる炉型の中で最も放出を防止できる設計が基本的に掌成しております。それから容器材料に関しましても、たとえばテルルによる腐食問題が一時問題になりましたけれども、一、二%のニオブの添加とかウランの中の原子価のバランスをとることで十分防止できることが確認されております。それから実験炉では、まだ発電いたしておりませんので、炉外の溶融塩発電技術の実証ということがもちろん次の課題であります。 そこで、そういったものをだんだんまとめ上げまして、われわれとしては次のような開発のアプローチが一応提案できると思っておるわけです。 それは、こういった研究開発の成果を小型実験炉というかっこうにまとめ上げまして、総合的な実証研究をぜひやってほしいと思うわけです。小型のものでありましたら、強いて言いますと、恐らく五百億円ぐらいの資金で基本的なものはまとまると思っております。これによってこの炉型が現実に十分役立つものであるかどうか、実感していただけるものだと思うわけです。しかも、これがきれいにまとまっていきますならば、この小冊の炉を発電炉として十分実用に持っていけるだろうし、また、この炉は出口温度が溶融塩で七百度です。だから、実効的に非常な高温が利用できるわけです。高温と申しましても、七百度ですから、中温と言った方がよろしいかもしれませんが、その規模における五百度から六百八十度くらいまでのプロセス熱源として有効に使っておもしろいものだと思うわけです。そういった実用化を小型炉として図ったり、また輸出も図っていけるのではないか。特殊なエリアに関しての熱源ないし電源としておもしろいとだんだん注目を呼んでおります。 それから、先ほども言いましたように、連続再処理についての開発を並行してやっておきまして、今世紀末には、そういった炉工学と再処理施設の開発を結び合わせまして、本格的な増殖炉型として来世紀に間に合わせることも十分可能だと思うわけです。 ごく概略でございましたけれども、以上のようなすばらしい炉は、そもそも昭和二十二年ぐらいから三十年近くをかけて、もっぱらオークリッジナショナルラボで開発され、さらに民間の溶融塩グループの人たちの献身的な努力によって育てられたものでございますけれども、彼らも、これはまさに人類のまれに見る貴重な財産だということを自負しております。われわれも本当にそう思うわけです。この炉が今後の世界にぜひ生かされることを彼らとともに期待したいわけです。 それから、われわれの原研における研究調査は、いろいろ文献にもりファーしたような研究会の協力を得られて進めておりますので、こういった基礎的な研究、さらに開発へと一層の助成をお願いしたいものだと思います。 なお、もう一つお配りしました付帯文書は、学・協会共催の原子力総合シンポジウムでお話したものでございますが、これはアメリカの学術基金を使っての調査研究の内容なども主として紹介してございます。中立的な客観的な資料の一つとして紹介してあるわけでございますが、何か御利用いただければ幸いです。 とにかく、この炉は非常に特殊でございますけれども、液体を使いまして、新しいトリウム資源というものを有効に使って、人類のエネルギー源のウランと並んでの補強にさらに役立たせていただければ幸いだと思うわけです。 終わります。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 次に、野田参考人にお願いいたします。
○野田参考人 電力労連の野田でございます。 エネルギーの研究開発に関しまして、私は、原子力発電について、所属しております電力労連の方針を踏まえ、私の意見を述べさせていただきます。 意見を申し上げますに当たりまして、あらかじめお断りを申し上げておきたいと思いますが、私は、原子力の専門家ではございませんし、技術的、専門的見地から申し上げるのではなくて、労働運動の一環としてエネルギー問題に取り組んでおります立場から、意見を申し上げさせていただきたいと思います。 いまの原子力発電は、あのTMI事故のショックからいまだに抜け切れない状況下にございますが、私はまず第一に、原子力発電の安全性と必要性について明快な見解を示す必要があるのではないかと思っています。権威ある明快な見解が示されることを期待するところでございますが、この点について最初に私の所見を申し上げたいと思います。 電力労連が原子力問題に取り組み、原子力発電を推進する立場をとっていますのは、われわれ電力労連にとってみずからの損得勘定や打算に根差すものではございません。その理由は、まずエネルギー問題に対する基本認識について次のように考えるからでございます。改めて申し上げますまでもなく、エネルギー問題は、国民生活の基盤をなすものでございますが、わが国経済の安全保障にかかわる事項でもございます。 第一次石油危機以降、エネルギーの安定確保のための新たな対応が国家的命題となり、それなりの施策が講じられてきたと思います。エネルギーの安定確保ということから、当初は量の側面に重心が置かれていましたが、今回の電気料金改定に象徴されますとおり、価格の面からも特定のエネルギー資源に偏って依存している現状は、わが国経済にとって致命的な弱点でありますし、いまや量と価格の両面から脱石油を一段と促進さす必要が高まっていると思っています。 いま、石油消費の抑制と削減は、わが国でも国民的課題としてその対策が進められていますけれども、これまでのところ、電力のGNP弾性値は一向に低まる気配が見られませんし、今後も、省エネルギーの相当の促進とともに、石油代替エネルギーの新しいものが実用化されるまでは、総エネルギー中に占める電力の割合は現状よりも高まっていくのではないかと思っています。もちろん、今回の料金改定による高価格がどのように影響するかという新たな要素がありまして断定できないかもしれませんけれども、傾向としては、私はそのように思っている次第であります。それだけに、石油依存を低めていくためには、電力の脱石油をどうしても図らねばならないところであり、またIEAの動向からも、石油火力に依存できない国際情勢からいたしまして、電力の脱石油は、避けて通れない課題だというふうに認識しているところであります。 電力における石油代替エネルギーで当面において実用可能なものは、石炭、LNG、原子力でございますが、今後の増大する電力需要を賄っていくためには、原子力を中心にして、その他を有機的に組み合わせる政策をとらざるを得ないものだと考えています。 われわれ電力労連は、原子力発電について、これの推進を図ることそれ自体が目的ではなく、わが国のエネルギーの安定確保こそが目的であるという見解に立っています。 原子力発電よりすぐれたもので当面の戦力となる実用可能なものがあるのかどうか、それが見出せない限り、エネルギーの安定確保という目的を果たすために、原子力発電への取り組みは避けて通れないのだというふうに考えているものです。しかし原子力発電は、安全を第一義として初めて選択の対象たり得るものであることは言うまでもございません。 そこで、原子力発電の安全性についてであります。原子力発電の安全に対する信頼は、TMI事故によって決定的なダメージを受けましたが、私は、このTMI事故とわが国の原子力発電の安全性の関係について次のように考えています。 第一に、わが国の原子力発電の安全を高めるためには、重層的安全化を徹底的に行うべきであり、その点、TMIの事故は、内容や理由のいかんを問わず、教訓として徹底的に生かすべきだと考えております。 第二に、安全であるかどうかについては、個別の相違点なども評価しておく必要があると思います。わが国の発電所とTMIの発電所などの個別の相違点などについても評価しておく必要があると考えます。 細部の事象については省略いたしますけれども、一つは、設計思想において経済性がより重損されていると思われるTMIの原子力発電と、わが国のそれとは、同じPWRでありましても、発つかの重要な相違がございます。 その二つ目は、電力会社の経営体制においてであります。TMIの場合は、小さな三つの会社の共同所有でございまして、経営基盤の弱さ、設計に際しての意思決定における問題点、つまり妥協の産物として一つの意思決定がされるというような問題点などが指摘されているやに聞いております。 その三つ目は、人的な面についてであります。一人一人の運転員といいますか従事者の個々の技術レベルや教育内容はさておきましても、各ポジションの相互の連携の欠如が指摘されていますが、わが国の場合は、終身雇用制ということ、そして包括契約であるということなどから、補機担当から主機担当、そして中央制御室を担当するというコースが一般的な昇進ルートでございまして、相互の連携はすぐれて緊密であります。伝統的に、外国の場合には、職業別労働組合とか非常に区分がはっきりしておりまして、相互の仕事の関係の調整というのは、いろいろな点で日本の場合と違う側面を持っているわけですが、そういう点について、私は、日本の場合は伝統的にずいぶんすぐれているというふうに考えている次第であります。 原子力発電の安全性を一層高めていくには、いま申し上げました三つを中心にしたこれらのゆえをもって改善の必要なしとすることは許されるべきでありませんけれども、安全性の評価においてはそれなりの意味を持つものだというふうに考える次第であります。TMI原子力発電所と、あり得ないこととは思いますが、たとえ同じ事象が起こりましても、わが国の原子力発電の安全性には確信を持てるというふうな見解を電力労連が表明いたしましたのは、これらのことからでございます。 第三に、わが国の原子力安全委員会が、TMI事故を踏まえて安全確保対策に反映させるべき五十二項目を示されましたが、これによってわが国の原子力発電の安全性はさらに高まると私は考えています。 以上、わが国の原子力エネルギーの安定確保における原子力発電の役割りを踏まえまして、原子力発電の安全性と必要性について明快な見解を示す必要があるのではないかという考えのもとに意見を申し上げましたが、国民の理解と合意を広めていくことをあわせ行う必要があると思っています。 私は、特に立地点の福祉向上、地域振興策について抜本的な改善が必要ではないかと考えるものであります。 次に、わが国原子力発電の安全を高めるに当たりまして、労働組合の立場でいま取り組んでいる事項について申し上げたいと思います。 私ども電力労連は、TMI事故やその他の教訓を踏まえ、近く、三労連原子力研究会議、つまり電力労連と電機労連と造船重機労連、メーカーとユーザーの三つの産別でございますが、この三労連でつくっております原子力研究会議で、原子力発電の安全性向上のための提言をまとめて関係各界に要請を行う予定でございます。 その骨子について申し上げたいと思いますが、第一の原子力行政と安全性向上について国に求めるものとして、その一つ目は、行政機能の充実についてであります。そして二つ目には、安全審査指針等の法的な位置づけについてであります。三つ目には、工事計画認可と品質保障体制についてであります。四つ目には、運転員の資格要件についてであります。五つ目には、運転訓練施設の充実と総合保守訓練施設の設置についてであります。六つ目には、放射性物質の放出実績等の公表と放射線相談室の設置についてであります。七番目には、各種データの公開についてであります。八番目には、安全確保対策に反映させるべき事項についてであります。九番目には、放射線の生物学、疫学上の研究体制についてであります。そして最後の十番目には、常駐検査官制度についてであります。 以上十項目について国に求めるものとして提言を第一にまとめるつもりをしております。 第二には、設備の安全設計と安全運転確保について産業界に求めるものとして、一つ目は、品質保障体制についてであります。二つ目は、日本電気協会規程等民間基準のあり方についてであります。三つ目は、社内自主監査機能の強化と自主点検のルール化についてであります。そして四つ目に、産業界の情報交換と公開についてであります。五つ目に、運転員の教育訓練体制についてでございます。最後に、六番目として緊急医療体制の確立についてであります。 以上、六項目について産業界に求めるものとして提言をまとめる作業を行っているところであります。 最後に、防災対策について国と地方自治体に求めるものといたしまして、一つ目は、防災にかかわる諸基準の設定について、二つ目は、避難にかかわる損害の補償措置について、三つ目に、実質的な防災訓練の実施について、四つ目に、緊急時の情報活動についての四項目について提言をまとめる作業中でございます。 以上、提言の骨子について申し上げましたが、成案を得次第、関係各界にいろいろ要請を行っていく所存でございますけれども、お力添えをいただきたく要請に参上いたしました節は、よろしくお願いを申し上げたいと思います。 以上、簡単でございますが、一応私の意見を申し上げます。
○瀬野委員長 ありがとうございました。 以上で各参考人の御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○瀬野委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。椎名素夫君。
○椎名委員 いろいろお話がございましたけれども、とにかく日本の国全体としてのエネルギーというものを何とか考えなければいかぬというのは、だれしもの共通な考え方だろうと私は思うのですが、その中で、いろいろな考え方がありますが、ここのところで原子力に与えられる重要性というものは非常に大きなものがあるのじゃないかというふうに考えております。 先ほどもお話がありましたが、スリーマイルアイランドの事故、それからもう一つ、これは重要な要素かと思いますが、アメリカで核不拡散の問題が非常に大きく政策の中で取り上げられてきた、この二つの要素から、アメリカの原子力政策というのは、一九七〇年ごろの非常に勢いのいい時代から大幅に後退をしたということがあるというふうに考えております。この原子力の平和利用ということで非常に勢いよく来たものが、アメリカでそういうブレーキがかかった。これこそ未来のエネルギーだというようなある時期の感じから、日本でもいろいろな意味で勢いよくやってきたわけですが、燃料の供給その他の体制でアメリカとの燃料協定その他非常に重要な要素を持っている、そこで、そういうアメリカの動向というものから、先ほど大島先生がおっしゃったように、日本の軽水炉、それから先へ行って高速増殖炉というふうに進んでいく、当面軽水炉でございますけれども、こちらの進め方について、非常に大きな影響を持ってくるというふうに考えております。 大島先生は、あちらこちらの、たとえばお聞きするところによると、四十九年から五十一年まではOECDの化学工業局長をやられたり、また現在の御研究を通じて国際的な知識が豊富であるかと思いますが、アメリカの原子力に対するこれからの動向というようなものについて教えていただければ幸いだと思います。
○大島参考人 ただいまのことにお答えいたしますが、いまおっしゃるとおり、TMIだけじゃなくて、むしろ核不拡散の問題その他でいまアメリカの原子力が非常に停滞をしている。私どもが非常に心配しますことは、アメリカの原子力産業そのものが、たとえばうわさではGEがもう撤退するのではないかというような話が聞こえてきたりするわけであります。もちろん私どもが接触しておりますアメリカの識者と申しますか原子力関係者は、資源国だと言われているアメリカにおいても原子力の重要性を非常に強調し、また、これは間もなく流れが変わるのだということを言う人けたくさんいるわけでありますけれども、何しろアメリカの場合には、国内のいろいろな政治問題と申しますか、今回の大統領選挙でも原子力問題というのは、たとえばケネディなどがモラトリアムを言っているというふうに非常に政治的な扱いになっておりますので、私は、アメリカの今後の問題というのは、非常に予断を許さないという状況にあるのではないかと思うわけです。 一方、御承知のとおり、国際的に見ますと、フランスは非常に積極的に原子力を進めておりますが、ドイツあたりでも政治的な問題で、技術的には非常に高いものを持っていながら、また御承知のように、ドイツの原子炉は非常に稼働率が高いにもかかわらず、いろいろな問題が起こっているということが実情ではないかと思うわけです。 それに関連しまして、今度は日本の現状から見ますと、先ほどもお話がありましたように、日本で原子力をやらないということは、むしろほとんど日本の経済成長をとめざるを得ない。特に日本での原子力の計画は、最近は需給計画のたびにだんだん下がっているわけでありますが、産業エネルギーとしての原子力の役割りというのは、非常に貴重で、豊富で安定的であるとすれば、いま原子力の立地できる場所で得られる電力というのは、日本にとって大変貴重なエネルギーであり、電力であるということと、もう一つは、アメリカがそういう状況になっております以上、私がちょっと先ほど申しました標準化とか稼働率の向上という問題を、もちろんスウェーデンとかドイツなんかとも協力しているわけですが、日本の力で相当研究をし、確立しておかなければいかぬという情勢にあるのではないか。 いま申しましたように、アメリカにおける原子力産業の行き先が、少なくとも当面非常に暗い状況があるとしますと、アメリカが原子力の標準化とかあるいは稼働率向上に大幅の研究開発投資をするということは、かなり——いまでも高速炉などの、実はカーター政策としてやらないと言っていながら、研究開発投資は、アメリカが世界で一番大きいわけです。アメリカの研究開発投資というのは、非常に膨大でありまして、絶対量では非常に高いのです。ただ、日本はそれに依存できないという点が非常にあるのではないかと思うわけです。 ただ、いま申しましたのは、現在の状況でありまして、アメリカの人たちも、この形が変わるという見方をしている人もかなり多いということを申し上げます。
○椎名委員 少し話は細かくなりますが、いま産業技術としての原子力技術の確立の中で、稼働率の向上その他ございましたけれども、原子炉を設計するに当たって、最初は、とにかく本質的に危険性があり得る技術であるということから、なるべく簡単なやり方でやろうというのが最初の考え方じゃなかったかと思うのですが、そのうちにだんだん電力のネットワークの中などに組み入れていって、できれば早いスタートアップとか、あるいはとめたり動かしたり、負荷を急激に変えたりというようなこともできるものであるというようなことで、各メーカーがいろいろな工夫をして、TMIの事故なんかも幾分はそういうことがあったのじゃないかと私は思いますけれども、これから日本である程度独自の産業技術としての開発をする場合に、そこあたりの設計の基本的な姿勢というのはどうあるべきか、その点について……。
○大島参考人 全くおっしゃるとおりでありまして、たとえば初期の段階の原子力発電所は、出力が倍になったというようなことで、大変効率が高いという自慢をした時期があるわけであります。ところが、設計したものよりも出力が倍になるというのは、設計がまずいわけでありまして、いまのような形は、いろいろな点で私、初期の原子力の発電炉というのは、スポーツカーみたいなものだったのだと思うのです。それは、石油が非常に安いときにつくられたわけですから、実用的にパフォーマンスの非常に高いものをつくってみせるということに重点があったわけです。ところが、いまお話のように、実際の産業技術として言いますと、一回だけ、ある時期非常に性能がいいというのではなくて、安定した運転が必要になってきているということ、それからもう一つは、私も先ほどちょっと申し上げましたけれども、いま石油発電に比べますと、いろいろ計算の仕方がございますけれども、原子力ではコストは大体半分ぐらいになっているというふうに言われているわけです。そうなりますと、いままでのような形のパフォーマンスの非常に高いものでなくて、保守的な設計をやっても十分に競争できるということになってくることが必要なわけです。 それで私は、その意味では現在の軽水炉が、いますでにそういう方向で標準化とか稼働率向上ということが言われて、その方向に研究開発を進めてきておりますけれども、もっと積極的に、そういう非常に安定した、標準的で、しかも余裕のある軽水炉の設計という方向が、これから積極的に追求されるべきだろうというふうに考える次第であります。
○椎名委員 もう少し原子力のお話を伺いたいのですが、高速増殖炉、アメリカではいまおっしゃったようなことで、日本でも手がけているわけですけれども、これができますと、燃料サイクルの問題でも非常に楽になってくるし、一九九〇年以降、これに相当頼るような体制をつくるべきだというのが大体通説になっておるかと思いますが、あと残っているその技術的な問題というか、実用化されるのはいつごろになるか、あるいはその将来性というようなものについて、まとめて大島先生からお願いします。
○大島参考人 将来性の問題ということになりますと、高速増殖炉というのは、先ほどちょっと申しましたスーパーフェニックスというような形でいますでに実証炉の建設段階に立っているわけでありますが、やはり高速増殖炉の問題というのは、これが実現しますと、天然ウランの利用効率というのが、百倍とまでいかなくても七十倍ぐらいになりますし、また、そうなれば低品位のウラン、たとえば海水からのウランも使えるということになりますと、資源問題は一挙に解決するということでありまして、資源的な意味で言えば、これがもう本命であるということは間違いないわけです。 ただ、いまお話の実用化という形になりますと、技術開発の問題と、それから実用的に実用炉として使われる問題と二つに分けて考える必要があるのではないか。と申しますのは、いま一番大きな問題になっておりますことは、コストの上で、もし天然ウランの供給が豊富であって、天然ウランが非常に安く入ってくるということであれば、高速炉でなくても相当長期間やっていけるのではないか。一方、もし天然ウランの価格が非常に上昇してまいりますと、きわめて早い時期に高速増殖炉が経済的になってくるという見方になるわけです。 そういう意味で、実は高速増殖炉というものの技術の確立というのは、いまの段階は、完全に商業炉としての高速増殖炉をつくり上げていくということと、それから高速増殖炉の導入の時期ということになりますと、大体一九九〇年から二〇〇〇年というふうに言われているわけでありますけれども、もし天然ウランが非常に安く入ってくるようであれば、これはむしろ幸いなことである。ですが、高速増殖炉の導入は二〇〇〇年以降にたるだろうということになるわけです。 これは実は、いまお話のINFCE、いわゆる核拡散防止の燃料サイクルの国際的な検討委員会でも、そこのところの見解はいろいろ問題がありまして、アメリカあたりは、天然ウランが安く、豊富にあるから、もっと先でいいじゃないかと言っているわけです。しかし、日本のような国にたりますと、再処理を含めて高速増殖炉の技術というのは、実際の実用的な発電炉としての技術を確立しておかなければ非常に不安であるという形になると思います。 そういう意味で、私は、実用化の問題に関しましては、経済性と非常に関係がございますけれども、一九九〇年から二〇〇〇年という時期、その十年間くらいの問がわりあい早い見通し、遅くても二〇〇〇年の初期という時期になると思います。
○椎名委員 いま大体軽水炉が技術としてもほとんど確立をしている、そのほか、やはり原子力は新しい技術ですから、いろいろな組み合わせで開発というか、思いつきの段階のものもありましょうし、研究段階もあるし、あるいは開発段階もあるかと思うのです。先ほど古川先生からお話があった溶融塩炉などというのも、その一つじゃないかと思いますが、やはりこの技術というのは、先のことを考えておくと、リードタイムもずいぶん長く要るし、いろいろなものを取り入れてヘッジしておかなければいかぬという要素も原子力に限らずあるのじゃないかと思います。 そういう意味で、いろいろなものに目をつけ、あるいは手を出していくということと、それから、それにはどうしてもお金がかかるものですから、資金なり資源なりの配分の問題もある、どこかである程度しぼり込んでいかなければいかぬということだろうと思いますが、どれだけヘッジしておくか、あるいはどれだけしぼり込んでいいかというのを、一応原子力の範囲の中に限って評価をしていただければと思います。
○大島参考人 これは大変むずかしい問題でありますが、いまの問題に関して、一つは、やはりヘッジという問題になりますと、国際協力ということが非常に大きな問題になるのじゃないかと思うわけであります。 それで、実はいままで日本はいわば外国でうまくいっているからやるというのが多かったわけですけれども一外国でうまくいっていても金が続かないでやめている炉というのはずいぶんあるわけです。いま申されますような溶融塩炉も、その一つであるかと思います。 それからもう一つは、高温ガス炉が日本でも相当部分的な研究をやっておりますが、これがいわゆる電力以外の用途に使えるということで非常に重要性が高いわけです。七五%の一次エネルギーはほかに使われているわけで、熱に使われているものは七五%までまいりませんけれども、五〇%ぐらいのエネルギーがそうだ、そうすると、非電力に使われるいわゆる多目的な高温ガス炉というのは非常に重要性があるわけですが、それがまた非常に重要性があるにもかかわらず、国際的には必ずしも積極的にやられていない。 それからもう一つの形は、トリウム利用ということであれば、いわゆる水均質炉というようなものがアメリカで開発をされて、これも現在とまっているのがあります。 それから、高速増殖炉でありますと、ガス冷却の高速増殖炉というのがやはり非常に重要性を持って見られているわけです。 いま申し上げたのは、ただ例だけでありますけれども、いまの技術の問題については、二つの点、いま申しました国際協力ということと、もう一つは評価の体制をつくるということ。先ほどちょっと簡単に申し上げましたけれども、総合的な技術評価の研究といいますか、グループをつくっておくということが非常に大事ではないか。わずかな応用研究といいますか、ある程度の普通の原子炉を一つ開発するとすれば数百億ですが、たとえば数十億の金をつぎ込んでそういう基礎的な問題をやっておけば、可能性の評価というのは相当できるわけです。ただ、そのためにはいま言った体制としての評価体制をつくっておく。ですから、国際協力ということと、もう一つは国内における評価体制というものがあるのじゃないか。大ざっぱに、たとえば開発投資の一〇%ぐらいは、いまのヘッジの方向へ出したらどうかなんという説もありますけれども、一〇%というのは一体意味があるのかどうかわからないので、そういう数字を言っている人もおりますけれども、そういうことも大事ではあるけれども、やはりバランスの問題ということではないかと思うわけです。 お答えになってないかもしれませんが……。
○椎名委員 いまの問題に関連して、古川先生は大変に溶融塩炉の信者のようにお見受けしましたけれども、たしかあれはワインバーグが大変好きで、かっこうから言っても物理屋好みでもあるし、それから例の核不拡散なんということでもこれはいいじゃないかというようなことじゃないかとも思うのですが、非常に推進なさろうと思っていらっしゃいますが、この原子炉全体の、これから十年、二十年ぐらいの中での溶融塩炉の位置というか、それについてはどういうふうにお考えでしょうか。
○古川参考人 簡単に言いますと語弊があり過ぎるようでございますが、一部は先ほどの話でも触れさせていただいて、たとえば今後どのように進めたらいいかということに関しまして先ほど一部お話いたしましたけれども、そっちから言わせていただきますと、とにかくこういった技術は、実は非常に異質でございますけれども、決してほかの技術体系と全く離れているわけじゃございません。ただ、組み合わせ方や使い方やら、それから得られた本質が、性格がうんと変わってきている、でも個々の技術は、いろんなものから支援されて組み立てられ得るものでございます。だから、決して不必要に多大な資金や人員を要するわけでございません。しかも一部先ほど言いましたように、結果的な成果に非常におもしろいものがあり得るとしますならば、最小限の投資をいたしまして、これが本当に期待され得るものであるか、実態を確認願いたいと思うのです。 その粗い基礎研究の時点は終わっておると言えると思うのですが、そうすると小さな炉型にまとめ上げまして、全体の生き物といいますか、総合された装置として吟味するほかもう判定のしようがない段階に来ているので、それをぜひやっていただきたい。 そのときに、もちろんやってみたらいろいろ新しい研究開発の要素も出てくるわけでございますが、それに関してあえて補足させていただきますと、そもそもこの炉はここまでみごとに育ってきておりますけれども、それに要した資金は一九四七年からで、昔の金も含みますけれども、一・五億ドルにすぎないのです。これの全開発費は一・五億ドルなんです。いまの金ですと五百億円になってしまいます。もちろん実質の金額はその何倍かにせねばいけませんけれども……。それから最大の人員で二百人です。初期には百人ぐらい。だから、驚くほどわずかの金と人員でここまで育てられた。 それはなぜかと申しますと、一つは、先ほど大島先生言われたように、たとえば均質炉の一つで水均質炉というのがございますが、これもオークリッジで非常にやりまして、そちらの開発の技術能力を大いに援用しているのもございますが、本質的には溶融塩技術というのが非常にすぐれた学問的内容を持っているのです。 それで、先ほど言いましたように、イオンの集合体ですので相互作用は静電気力です。だから、これは結論的に申しますと物理化学でやれるのです。量子力学的ないろんな非常に複雑な考察を要しないで、基本的な性格、この溶融塩炉の中の物理的ないし化学的な挙動が予測できるのです。ただし最小限の実験を要しますけれども……。そうすると、後はみごとに内装ないし外装できて、次々に改善をし、最適化をしてここまで育ったわけでございます。こういう体質を持っておりますので、最小限の資金で基本的なめどを立て得る体質を持っている点を御注目願いたい。 それからもう一つ、私が、それからワインバーグも、なおワインバーグは物理屋でございますけれども、ある人がこの炉は物理屋がやったものだからというようなことで、いま何か聞き間違って物理とおっしゃったようでございますが、あの六も何か書いていて、ぼくは反対したのです。彼は理論的な指導者で、ありましたけれども、実際育てたのはもう圧倒的に化学屋たちです。 少し長くなって申しわけありません、簡潔にいたしますけれども、体質は非常に化学的なもの外ございます。それは一つは、本質的に再処理その他と絡まって液体燃料のいいところを絡めているわけでございますが、そういうことを踏まえて非常に実効的な増殖炉に育てられようとしているわけでございます。この新しいナトリウム冷却高速炉でウラン資源を利用する増殖炉、これはもちろん来世紀からの命題で、今世紀はもう非増殖炉の方が経済性が高いし、この炉も増殖炉で使うべきでございましょうが、来世紀に入ってだんだんたてば、どうしても増殖炉であるべきだと思います。そうすると、ウラン資源はナトリウム冷却高速炉などで大いに有効に使い、トリウム資源はこの炉で使うことで最も実効性ある増殖炉になることが基本的に証明されておる点を強調したいわけでございます。
○椎名委員 時間が大分来てしまいましたけれども、少し遠い話で核融合のお話を、大島先生はどのくらい御承知か私、わかりませんけれども、ちょっと伺いたいのです。 いつでも、昔からこういうすばらしい技術はいまから三十年の技術というようなことが言われて、いずれも三十年ということで、先へ先へ行くような感じがありますが、一体いつごろになったらめどがつきそうかという、おか目八目でも結構ですからお教えいただきたい。 それから、これは非常に基礎的な実験をやるだけでも大変に金を食うことじゃないかと思いますが、そこで、先ほどの長期の計画というお話の中でありましたけれども、不確定な要素がまだたくさんある中で一つの方式、あるいはたくさんパスがあり得ると思うのですが、その中で、さっきのお話に似てきますけれども、余りしぼり込んでしまっていいものかどうかということを私はちょっと思っておりますけれども、そのあたりの感触を、まことにあいまいな質問で申しわけありませんが、お教えいただければ幸いでございます。
○大島参考人 これを語るのは大変むずかしいのです。私、専門ではございませんが、かなり専門に近いものですから、余り無責任な発言をいたしますと、後でいろいろな人からとっちめられるわけでありますが、いまの後の方から申し上げますと、トカマクが臨界条件に入るのが非常に早いだろうというお見通しがあるわけですね。一方、実際に実用化したときに、ああいうパルス的な炉が実用的な発電炉になるかということについては、疑問がかなり大きいわけです。ですから、いまのいろいろなものをやるのか、一つでいくのかということについては、明らかに二つの意見がございまして、一つは、核融合というのは、いろいろ喧伝されておりますけれども、実際に臨界に達するといいますか、外から入れたエネルギーよりもよけいにエネルギーが出てくるという状態に達するものがまだできていないわけですから、何でもいいからそれを実現するのに集中的にトカマクでいこうという考え方と、それから将来いろいろな可能性がまだまだそこにあるのだから、両方やろうという考え方と両方あるわけですね。 ただ基本的には、そういう意味で実際に果たして核融合が可能かどうかということがわかるのが二〇〇〇年近くになる。一九九〇年とか二〇〇〇年になるだろうと私は思いますが、もっと早い見通しを持っている人もおります。 ただその場合、もう一つ重要な点は、いま御指摘のいろいろなものをやるとしますと、これはお金が大変かかるわけでありまして、いま言われているのは、国際的にも、アメリカでさえも、とても実際の実用化段階のいろいろな形のものをやることは不可能だろう、だから、何とか国際協力の形をとらざるを得ないという意見もあるわけです。この意味で核融合の問題は、私は、OECDにいたので、そういう考えが強いのかもしれませんが、いまの段階から相当国際協力の体制で進めるということが前提で、何かオリンピックみたいにどっちが先に勝つかという形で競争することは、競争しているかどうかは別として、幾分そういう傾向があるのですが、そういうのは、ことにこういう大きな技術開発の場合には非常にロスが大きいのではないかと考えております。——いまのこんなお答えでよろしゅうございますか……。
○椎名委員 先ほど評価の体制とか政策をつくる体制のお話がありましたが、こういう非常に複雑な技術を含んだ話は、政策としてまとめていくためにも、あるいはいまの日本の原子力の安全性というような問題の議論においても、なかなか純粋に客観的な話が成り立ちにくいような要素が非常に強いわけです。民主主義ですから、みんなの意見を十分に聞いてそれで決めていかなければいかぬということはあるわけですが、しかしある程度は、識者という言葉であらわされるような人たちの主導がないことには全然動かないような分野である等々、いろいろ困った末かどうかは知りませんけれども、ヨーロッパあたりでは国民投票というようなことも一つの流行のように行われているが、こういう物事の決め方についてどういうふうにお考えなのか、大島参考人の御意見を伺いたいと思います。
○大島参考人 この点に関しては、私は、専門家というものが責任を持って技術内容の評価をしなければ、実際には物事は進んでいかないと思います。 ただ、先ほどの国民投票で決めるということに関しては、これは完全に政治的な問題を決めているのであって、今度のスウェーデンの問題も、原子力をやるべきかやるべきでないかという形はとっておりますけれども、それは必ずしも実際にやるべきかやるべきでないかという議論をしているよりも、かなり政治的な立場の間の問題として扱われていると私は思うわけです。 それで、その問題に関して言いますと、たとえば先ほどちょっと申しましたアメリカの場合でもドイツの場合でも、本来技術的に、あるいは客観的にと言った方がいいかもしれませんが、内容を踏まえて物事を決めるべきものが、政治的な形になると、いろいろな意味で本質的なものが見失われていく危険性があるのではないか。 たとえば、これはドイツの科学省の人の話ですが、いまフランスとドイツでは、平均的な電力価格がフランスの方が三六%安い、ドイツの方が三六%高いのだ、それはフランスが原子力を進めているからであって、ドイツの経済的な競争力がこれでだんだん失われていくのではないかということが言われているわけです。ところが、投票とか政治的な議論をしているときには、果たして原子力のコストが経済的な問題に影響を与えるかどうかというところまでは明らかにされていないという形で問題が提起されているのではないかと思います。 私は、その意味では技術開発、特に大きな技術開発というのは、非常に明確な意思決定がなされていないとなかなかうまく進まない、かなり政治的な決定だと思うのですが、その政治的な決定をする材料として、私は、もっと客観的な政策研究あるいは評価というものを提示する機構がなくてはいけない、それがいま欠落しているのではないかと思う次第です。
○椎名委員 時間がなくなりましたので、ほかの問題も伺いたかったのですが、非常に残念でございます。特に野田参考人の非常に現実的な明快な御陳述に対しては、敬意を表するものでありますが、これからつくられるという御提言、そのできるのを楽しみにしております。どうもありがとうございました。
○瀬野委員長 石野久男君。
○石野委員 山村参考人にお尋ねいたします。 石炭の問題については、エネルギーの危機と言われておる今日の日本で、私どもも、石炭の見直しをすべきだと考えているわけです。いまいろいろなお話をお伺いしましたが、問題になるのは、日本には石炭はあるけれども必ずしも十分ではない、当然海外炭を輸入しなければいけないが、その海外炭を輸入することについての諸般の段取りとか、そういうようなものが当然考えられなければいけませんし、また、それを含めてエネルギーのトータルバランスがとれるかどうかということも考えなければならぬだろうと思うのです。 そこで、そういうことも含めまして、先生がいろいろ申されてれましたことで、なおこういうようなところに力を入れるべきじゃないかということがございましたら、ひとつお話をお聞かせいただきたいと思います。
○山村参考人 お答え申し上げます。 ただいまお話がございましたように、国内炭は、従来非常にたくさん掘っていたのが、現在は非常に低下しているということ、これは、先ほども申し上げたのですが、しかし、これに対して先ほどは、もっぱら技術的な面で日本の炭鉱は非常に高い水準を持っているということを申し上げましたが、これは技術だけの問題じゃないと私は考えております。と申しますのは、炭鉱の経営あるいは石炭鉱業という企業経営を考えますと、これは単なる個別の高い技術の水準だけで成り立つのじゃなくて、炭鉱の経営といいますのは、いわゆる炭田の探査から、それを開発調査して開鉱計画を立てる、そして、それに対して周辺的な地域の問題も当然全部包含されてまいりますが、またその掘りました石炭も、それぞれの炭質に応じまして、製鉄用とか、あるいは一般炭としましても電力用その他、いろいろ広範囲な市場を当然持っているので、それに対して最も適切な形で利用されていくということで初めて石炭というのは生きてきますし、また石炭産業自身が成り立つのだと私は考えております。 その点でちょっと余談のようなことを申し上げますと、かつて石炭のことが非常に叫ばれながらも、どんどん斜陽化していったという時点で、私がある程度強く感じておりましたのは、従来の炭鉱会社のように、石炭を掘って売るというだけじゃだめなんじゃなかろうか、たとえば石狩とか筑豊には石炭がまだ相当豊富にございますので、それを最も利口な形でエネルギーを顕在化さしていくというやり方をもっと考えていけば、その山ももっと生きてくる面が当然あり得るのじゃなかろうかということです。 その一つとして考えられますのが、一時叫ばれてはおりましたけれども、山元発電という問題がございます。これはいろいろ叫ばれましたけれども、大部分はそれっきりで実現されませんでした。それは当時、石油がとうとうとして流れ込んでくる、そういった流体燃料を使っての電力製造というのを大容量化し、高能率化することが最も経済性が高いのだということで、わが国の電力業自身も大容量化、集中大容量化で新鋭火力といった方向にほとんど変わってしまいました。ところがその場合に、たとえば石狩とか筑豊に十万キロクラスの発電所を考えるというふうにしますと、その地域の持っています石炭を、非常に安定した状態で十五年、二十年十分供給力として生かし得るわけです。ところが、百万キロワットとか百五十万キロワットの発電所に対して、石狩の現在の炭鉱が二十年分の供給力を持っているのかと言われますと、恐らくそれは非常に困難だと言わざるを得ないと私は思うのです。 ただいま電力を一つの例として申し上げましたけれども、いわゆる国内の石炭資源の存在の仕方を十分に理解して、その資源を有効に活用する形態として、産業構造の中で石炭をどういうふうに生かした方が得か、それがトータルの面でエネルギーの需給の安定に役に立つかといったようなことまで当然考えなきゃいけなかったのじゃなかろうか。こんな昔のことを私がいまごろ申し上げて、繰り言のようで非常に申しわけないのですが、しかし、これからの問題としてもある程度そういう要素が出てくるのじゃないかと私は考えております。 それで、日本のエネルギー需要がどんどん大きく伸びてきましたために、国内炭というものの位置づけが非常に小さいものになってまいりましたけれども、国内の石炭資源をいかに上手に活用していこうかということで、炭鉱を一定水準に維持しておきますと、それがひいては、先ほど申し上げた海外の開発にも役に立つ、あるいは海外に進出する場合に、こちらで利用技術をいろいろ開発しておきまして、そういったものを技術提供することで海外の産炭地もどんどん経済的に伸びていく、その結果として海外の石炭も安定して入ってくるといったような組み立てになるわけでありまして、それをやるためには国内にそれの十分な基盤を持っていなければいかぬ、そういった要素も含めて生かす必要があるのじゃなかろうかというふうに考えております。
○石野委員 お聞きしたいことはたくさんありますけれども、時間の関係で佐々木参考人にお聞きいたします。 海洋をエネルギーの面で活用しようということについては、先ほどお話を承りましたし、海明が一定の成果を上げつつあるなどということもわかっておりますが、海洋の活用ということは、ただ電気を起こすということだけでなく、全体としてのエネルギーを、資源の面におきましても、その他いろいろな面でエネルギー源として活用するために、海洋の汚染の問題等は当然やはり関係をしてくると思うのです。 そこで参考人には、非常に専門の立場から、簡単でいいですから、そういう点について御所見をお聞かせいただきたい。
○佐々木参考人 いまの先生の御指摘の問題でございますが、海洋開発をする全体の問題の中の一環といたしまして、非常に大きな中身として汚染問題が出てくるわけでございます。 私ども、一汚染という表現はいたしますが、海洋環境保全という言葉をよく使うわけです。海洋環境を保全するということは、海を汚してはならない、汚染さしてはならない、そういうことでありますが、その海洋環境を保全するという前提であらゆる海洋資源を開発するということが基本の姿勢でございます。したがいまして、海洋開発審議会でも絶えずそういう姿勢で一貫をしたわけでありまして、海洋を開発するということは、当然、海洋の環境を保全して、それと競合しない形で海洋資源を開発する、そういうことにいまなるわけでございます。 それで問題は、そういう理念は理念でありますけれども、現実問題としては、いやおうなしに非常な勢いで海洋が汚染をされておるわけです。たとえばいま、日本の海で一番過密に近いというくらい開発利用されておりますのは三大湾、つまり東京湾、伊勢湾、大阪湾並びに瀬戸内海ですね。これはもうきわめて汚染が進行した状態にある。にもかかわらず、さらにこれ以上に海洋空間を利用したい、あるいはレクリエーションの場をつくりたいという要求は、国民全体、社会的ニーズとしていやおうなしに出ておるわけです。そういうことを考えましても、そういうニーズを、過密の状態のそういう海洋環境の中でどういうように取り入れていくかという問題一つとりましても、海洋汚染防除の問題というのは、非常に基本的な、重大な問題でございまして、汚染ということでありますけれども、汚染問題一つ考えましても、先ほどのエネルギー問題一つ考えましても、海洋開発に対する国の姿勢というものを、この辺で明確な方向づけをしていただくことが必要だということだと思います。
○石野委員 大島参考人にお尋ねしますが、大島さんにはイタリーでいろいろお世話になりましたが、原発の問題でございますけれども、先生は先ほどから、原発の問題については、いろいろの観点で、特にコストの面ではもう石油よりも安いということを言われておりますし、それから安全性の問題につきましても、軽水炉の安全性は確立している、こういうようなお話でございました。私どもも、核分裂エネルギーとしての原子力発電の持っているその力量というものは非常に高い、これは評価すべきものがあると思っているのですけれども、ただ、安全性の問題についてどうも後々問題が多くなるのじゃないか。それはただ安全性という問題だけでなく、やがては経済性の問題にも及んでくる、そういう観点できわめて強い危惧を持っているわけです。 そこで、コストが石油よりも安いと言われている一般の風評、そのことについてでございますが、発電コストの問題で、原子力の場合、ただ発電所におけるところのそのもののコスト、そのものだけの計算でコストを出すということになりますと、私どもとしては、どうも偏っているように思うのです。やはり核分裂をした残りのものの処理をどうするのだという問題、それからまた、炉は一定の時期が来れば寿命が来る、その寿命が来た炉の処理はだれがやるのだ、それは電力料金とはどういうように関係するのだというような問題をもうちょっと深く掘り下げませんと、しかも、これは非常に将来にわたる問題ですから、現状ではなかなか把握できない数字がたくさんあると思うのです。しかし、そこらのところに非常な不安定感を持っているのです。 したがって、コスト問題で安いと断定されるということについて、若干意見の違いがございますので、ここでは論争するつもりも何もございませんけれども、先生が安いとおっしゃられる観点はどういうことなのかということをひとつ……。
○大島参考人 いま私が申し上げたコストというのはもいまの先生の言われた直接的な発電コストです。そういう意味でございます。
○石野委員 直接的なコストはよくわかりました。 そこで、将来にわたって残るものについてはどういうふうにお考えになっておられるか、この点についての所見を、これは大島参考人と野田参考人に、なお後でまた野田参考人にはいろいろなことをお聞きしたいのでございますけれども、コスト問題についてどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、お聞かせいただきたいと思います。
○大島参考人 将来にわたるコストに関しましても、私は、いま細かいことを申し上げませんけれども、廃棄物の問題並びに廃炉の問題を含めても、また廃炉の問題は場合によっては意見がいろいろあるところだと思いますが、むしろ電力会社のコストの中に計算をして入れるべきだという意見もあるわけですが、それを含めましても、現在の石油の情勢から言って、原子力の方がコストが安くなる。それからもう一つ重要なことは、先ほどちょっと申しましたコストという意味の中に、いわゆる安定供給という問題が非常に大きな問題としてあるのではないか。長期にわたって電力価格というものが非常に上がったり下がったりするというのは、産業全体から見ますと非常に重要な問題です。その場合に、原子力の場合には、そういった意味では非常に安定的なコストを与えるというふうに私は考える次第であります。
○野田参考人 私どもいま組合でいろいろな諸費用にかかわる関係についての考え方をまとめておりますが、研究開発にかかわる費用については料金原価の中に入れるべきでないという考え方に立っております。したがいまして、今後、廃棄物といいますか、そういうものがどういう形で処分されていくのかということがまだ明確になっていない段階でございますので、それをどう扱うかというのは組織的には決定をしていないというのが状況でございます。 関連しまして、石油と原子力の関係で、発電コストにいろいろなものがあると思いますが、石油などが値上がりをすると、当然ウランも値上がりしていくので、同じことではないかという御意見も確かにあるわけですが、そういう戦略物質になるものとそうでないものとがコストの中にはいろいろ構成されて入っていると思います。現在の火力発電所の火力発電による発電コストのうちの、はっきりした数字ではございませんが、約八〇%は燃料が占めているのではないか、原子力の場合には約二〇%ぐらいではないか、私は、たしかそのように記憶をしております。したがいまして、石油とウランの関係が相互関連してお互いに値上がりをしていきましても、発電コストに与える割合というのは二〇と八〇でございますので、料金の安定ということについて、あるいは経済性ということについて、戦略物質という面から見て安定性があるのではないか、低まっていく要因というのは持っているのではないか。ただし前段の未解決の問題が一つございます。
○石野委員 これはもうちょっとお聞きしておきたいのですが、やはり火力における直接的なコストとしての原料費といいますか燃料費といいますか、その比率から言いますと、確かに八〇、二〇というような形の実情になうていると思うのです。ただ、その燃料となるべきウラン燃料というものが、将来にわたってだれがその関係経費を負担するかという問題になってきました場合には、やはり経済的な側面から言っても大変大きいものになるであろうというふうな見方が一般的にございます。 これは大島参考人もおわかりだと思いますが、アメリカの下院政府活動委員会が一昨年第二十三報告書というもので出した中で「コストの側面で、永久管理費用を満たすための後払い費用にも、どんなに電気料金を高くしても、不足するであろう」、こういうようなことを明確に報告しておるわけですね。そして決して安くはないというなにを出しているわけでございますが、この観点について所見をちょっとお伺いしておきたい。そしてまた、こういう見方がよいのか悪いのかという問題は、今後またいろいろあると思いますけれども、一応御参考までに……。
○大島参考人 詳細は申し上げられませんけれども、いまおっしゃったような意味で、どういうところをいわゆる電力コストの原価にするかということについてはいろいろ問題がある。それは将来のたとえばいまの永久廃棄という問題を含めまして、それを全部いわゆる商業的なコストにするのかどうかという点については、これはもっと具体的な検討をどういう形でどうするかという問題との関連もございますけれども、いわゆる永久廃棄というものとそれから廃棄物のマネージメント、管理という問題を分けて考える必要があると思うわけです。それで、管理の段階においてはこれは一つの費用として考えるべきであるにしても、いわゆる永久廃棄のところまでをコストに考えるというのは現実的ではないというふうに考えておる次第です。
○石野委員 もう一度、永久管理の問題について適切でないということの意味は、それはやはり企業体が持つべきでなくて、政府なり何なりそういう公共的な機関でやれという意味でございますか。
○大島参考人 そういう意味でございます。
○石野委員 この問題はいろいろまた意見がありますけれども、ありがとうございました。 そこで、原子力問題について特に野田参考人にお聞きしたいのですけれども、やはり安全性の問題とそれから安定供給やコストの問題と、これは双方相関的な関係を持っておりますが、最近、日本における原子力問題で私ども一番注目しなくてならないと思いますことは、炉の安全性の問題にかかわることとして労働者の被曝の問題がございます。 この被曝問題、安全の問題というのは、単に直接そこに働いている労働者だけの問題でなくて、近在に所在する多くの住民の安全ももとより含んでおるわけでございますが、当面する問題として、そこで働く労働者の被曝、こういう問題について、最近とみに被曝の量が多くなってきておる。資源エネルギー庁が出しました統計から見ましても、二年目ごとに倍率で増加しているという人レムの関係になっているわけでございます。そういう問題について、組合の方では労働者の側としてどういうふうにごらんになっていらっしゃるか。
○野田参考人 御指摘のとおり、マン・レムはここ近年ふえていると思います。これはいろいろな改修工事なんかが伴いますと、そういう状態になってくるわけです。軽微な作業の場合はいいのですが、たとえばひび割れ等が入りましてかなり大工事をやる、大がかりな改修工事をやるということになりますと、どうしてもマン・レムが多くなるわけです。 われわれ組合の場合といたしましては、まず被曝の問題は、一人一人の許容線量というものを、ICRPの勧告で示されておりますレベルより低く労使で協定して、それで抑えていくということを第一にやっておりまして、人体への影響を極力少なくするためのそういう労使間での決定に基づいてやっているわけです。 御指摘の二倍、三倍になっているといいますのは、つまり総量がそうでございますから、そういう意味では従来は二人であったのが四名にふえる、さらにそれが八名で作業するといういわば人海戦術で、一人一人の健康上の影響が出ない形で作業をこなしていくという現実的な対応がされております。 しかし、いずれにいたしましても、私どもとしては、一人ずつの被曝線量が一定の範囲でキープされているとしても、トータル・マン・レムがふえていくということは、たとえ少ない量であってもたくさんの人が被曝をするわけでありますので、そういうのは極力抑えていくという方針をとる必要があるということから、自動化、機械化、さらにはロボット化という問題について促進していく必要があるのではないかと思っております。 あわせまして、内容については、私も、専門的なことで、きょうはちょっとそこまで全部掌握してきておりませんが、近々提言いたします中に、いわゆる疫学上の研究体制の確立なども申し上げておりますのは、法律で決められるものからははるかに低い被曝であっても、それの人体に及ぼす影響は十分に研究しておく必要があるのではないかという立場で対処していかなければならない、こういうふうに考えております。
○石野委員 総量の問題もさることながら、一人一人の被曝線量が法的な規制以内におさまっておればという御所見はよくわかりました。しかし、これには私は意見がありますけれども、わかりました。 そこでいま一つ、組合の立場でどういうふうにお考えになっていらっしゃるかお聞きしておきたいことは、被曝線量の実態を見ますと、正社員と下請労働者との関係に著しく違いがある、特に下請労働者の被曝線量が非常に多いのだということが統計上出ておりますが、こういう問題につきましてどのようにお考えになっていらっしゃるか、また労働組合としては、こういう問題にどういうふうに対処するつもりでおられるか、その点をお聞きします。
○野田参考人 現在電力の場合は、原子力発電に限らず、業務の請負化というのが、合理化の一環として、三十年代あるいは高度成長時代の大変に電力需要が伸びる中で、一定の人員でやっていく一つの方策としてやられております。ですから、この町並みに立っております電柱などでも、設計とか巡視点検は直営でやりますが、電柱建てかえ等は業者に出す、火力発電所でも一定の部門を全部業者に出す、こういう形になっております。結果としてみますと、何か手の汚れる仕事を全部外へ出しているのじゃないかというようなことがございますが、一元的にそういうものをやる効率性などから請負に出すものは出します。そういう点では原子力発電でも同様でございます。したがって、担務します仕事の内容によって被曝線量というのは、巡視点検だけでございましたら、仮に管理区域内でございましても、必ずしも放射能レベルのあるところに行かない場合があるわけでして、そういう点からやはりどうしても被曝の状況が変わってくるだろう。ただし私どもとしましては、社員で結んでおります協定は、業者を含めてその発電所は一元的に適用していくということを労使で協定しておりますので、業者の人につきましても、三レム以下という一つの基準でこれをやっていくという取り扱いをしているのが実情であります。
○石野委員 なお、その点につきまして、また細かくいろいろお話し合いをする機会を持たしていただきたいと思いますけれども、実は私も、いまここにおいでの上坂君同様に先般福島の原発一号炉に入りました。それで、きわめて短い時間ですけれども、炉内に入った方は、十分間ぐらいで十八ミリレムぐらいのなにを受けてきておりますし、私どもは、外におりましても、大体五ミリレムぐらいのものを受けてきているわけです。したがって、中で一時間ないし二時間作業するということには、当然のこととして相当な被曝がある。と同時に、あそこの作業では一日千ミリレム、一レム以上受けているということも、具体的に政府答弁の中に出てきている、こういう実情でございます。しかも、それは主として下請の方々に該当することになってしまうんですよね。したがって、労働組合が会社と結んでおられる労働協約の内容を下請の方々に適用するということが額面どおりに行われておれば、問題はまた違ってきますけれども、必ずしもそうでないという、こういう問題についての組合としての着眼といいますか対策といいますか、そういうようなことはどういうふうにお考えになっていらっしゃいますか。
○野田参考人 結局契約が、私どもとしては、電力の場合は電力会社、A会社に下請に出せばA会社とA会社の労働組合ということになる点についての仰せだと思うのですが、原子力発電を管理運営しているのは電力会社でございます。その中で仕事をするに当たっても、特にこの被曝の問題については、会社と確認をしておりますので、それに基づいてやられておりますし、安全対策委員会等でそういう被曝実績なども全部報告をさすわけでございますので、これは組合の方で抜かりなくチェックされていると思います。 あわせまして、私どもでは、先ほども三労連原子力の問題を申し上げましたが、建設とか定期検査においては、たとえばメーカーの関係がございまして、そしていま御指摘のございます下請は、電力関連産業労働組合協議会という形を全国あるいは各電力ブロックごとにつくっていまして、その協議会の中でも安全対策上のいろんな取り組みを決めたり、相互で情報を交換しながらそれぞれの持ち場で取り組む、こういう体制をとっております。 ただ、大変むずかしいと思いますのが、下請からさらに孫請にいきましたときに、その下請の組合がそこまで十分にできるかという問題がございますので、私ども電力の組合としては、管理運営している電力会社に責任を持ってそういうことを守らしていく、こういうところに重点を置いて取り組んでいるのが実情でございます。
○石野委員 ありがとうございました。
○瀬野委員長 有島重武君。
○有島委員 私は、溶融塩の炉というお話について少し質問させていただきます。 古川先生のお話、大変興味深く伺いましたが、この溶融塩というものを増殖炉でもって使う、そうすると、再処理がそのまま接続してといいますか、連続して行われるというようなことになるということが、この資料の中にもあったように思いますけれども、そうすると、再処理工場というのは別につくらなくてもよろしいということになるのでしょうか。 それから、最終的に廃棄物といいますか、灰といいますか、こういうものはどういうふうになるのだろうか、この点をひとつお教えいただきたい。
○古川参考人 お答えいたします。 まず、先ほど連続再処理のことを一部述べたわけでございますが、これはまさに炉室の中でや必るわけでございます。粗く言いますと、原子炉本体がございますと、その横の部屋、ただしドームの中において全部再処理がやれます。それは大体十メートル四方ぐらいの感じの空間にみんな本体は入ってしまうわけです。だから、再処理工場はそういう意味ではほかには一切要らないわけです。 ただし、なぜそんなに小さいものがそこに入ってしまうかと申しますと、それは、燃料塩は原子炉の中は大体毎秒四立米くらいで流れておるの外ございますけれども、それのほぼ六万分の一の捕れを分流したら再処理にちょうどバランスがとれるのです。こういうことで、まさに原子力というのは魔法のエネルギーだということに象徴されるような時代になってまいります。毎分で言いますと、三・五リットルくらい流せばいいわけです。これは大体鉛筆の太さくらい水道の水を流した程度の流量なんです。それが百万キロワットの発電所とバランスがとれます。したがって、非常に小型の装置を横につけておけばいいわけです。 しかし、そう言いますと、何か非常にがっちりと、一種の発電装置としての原子炉と、それかし再処理装置が非常に密着していて、ある意味では動きがとれないのじゃないか、たとえばちょっとでも再処理装置がぐあいが悪くなったら、もう炉はとめなければならぬのじゃないかということを普通考えるわけでございますが、それは間違いなんです。実は、ある意味では非常にルーズに原理的にも機能的にもつながっておりまして、もし再処理装置がとまったとしましても、原子炉は見かけ上は全く影響を受けません一実は再処理装置があることによって増殖炉としての機能を果たしますので、その機能は長い目でみると失われますけれども、炉を運転することに関しては一切直接の影響はないのです。 しかも、ついでに申しますと、まだそういった再処理装置が完成していないときには、連続再処理装置を持たない溶融塩炉だけ、これは溶融塩転換炉と言ったらいいと思いますが、これまた非常におもしろいもので、普通の転換炉、増殖炉でないものでございますね、そういったものよりもはるかに増殖炉に近い性能を持ってきます。したがって、資源節約上も非常に有効ですし、また溶融塩炉の本質的な安全性、経済性、単純性を生かせますので、増殖炉以上に発電コストの低い合理的な単純な炉になって生かせるわけです。そういった性格がございます。少しごちゃごちゃいたしましたけれども……。 そのポイントは、ほんの一部言わせていただきますと、実は液体であるというのは、単に再処理施設、再処理作業とつなぎ得るというところに唯一のねらいがあるのじゃなくて、液体燃料をあえて使います理由は非常に多面的です。少なくもそれによって、燃料体などもうコック一つで入れたり装荷したり取り出したりできるわけです。そういう機能が液体燃料にまずあります。 それから次は、熱除去に流用できるわけです。燃料そのものが一次冷却材を兼ねておる、そういうところに大きな利点がある。 それからもう一つ、一種の再処理機能がもう原子炉の中にそれ自身であるのです。それは希ガス元素、これは粗く言うと、核分裂生成物の中の大体三分の一近くを占めるものでございますけれども、これが普通の固体燃料ですと、皆さやの中に閉じ込められていつも炉心の中にあるわけです。そうすると、これは一般に中性子を非常によく吸いまして、中性子等でございますから、原子炉の性能が落ちていくわけです。ところが、そういった希ガス元素は、溶融塩の中に全く溶解いたしませんから、粗く申しますと、二、三十秒くらいで皆炉外に出てしまいます。炉心にとまることがないために、この核分裂生成物が再処理されるわけです。だから、炉の性能が非常によくなるし、また安全性も高まることになります。なぜならば、希ガス元素は外の環境へ放出されて、事故時などに一番問題になるものでもあるからでございます。そういったいろいろな要素を含めまして、液体燃料が非常にすぐれた点を保証してくれておるわけでございます。 不十分かもしれませんが、とりあえず……。
○有島委員 最終的な廃棄物の問題について……。
○古川参考人 連続再処理装置がついているものから言わせていただきますと、完成して増殖炉になったといたしますと、そのときは再処理工程の中で最終的に核分裂生成物は皆ばらばらに分けて集められます、化学処理をされて。そして基本的にきわめて安定な弗化物になりまして、燃料塩と一諾めような仲間でございますが、そして高放射能物質は、皆原子炉本体の下に当たる地下室に貯蔵することにしております。せいぜい三十年の寿命で数十立米と勘定されておりますけれども、それを炉室の地下に置いておいて、三十年たってから持ち出して始末すればいい、そうすると、よほど放射能も減衰してしまいます。また姿も、弗化物という最も安定した化合物、これは大体安定した酸化物類と同じような仲間と考えていただいていいわけです。しかも、そういう形でドームの中で維持できる、保持できるということは、非常にすぐれた点でございます。
○有島委員 余り専門的になり過ぎて、よくわかりませんけれども、もう一つ、炉をとめていろいろ掃除をするといいますか、補修をするというのが一般であろうかと思うのです。それから原子炉の場合には、すべてリモコンといいますか遠隔操作でやる、これは当然だろうと思うのですけれども、この炉の場合、運転をしてその補修といいますか点検といいますか、あるいは改修をするだとか事故が起こった場合だとか、こういったときの被曝問題ですね、こういうことが、とにかく一番大きな問題になろうかと思うのですけれども、そういった点についてはどういうものでしょうか。
○古川参考人 お答えいたします。 非常に膨大な中身を含んだ話題でございますので、簡潔に言い切れるわけではございませんけれども、一部輪郭的なお話をさせていただきますと、先ほどお話いたしましたように、この炉は非常に構成が簡単です。たとえば燃料体の出し入れ、そういったものは一切コックだけでできるわけです。そういう意味で、本質的に人間は近寄らぬでいいわけです。遠隔操作でやれる。コックといいますか、弁を開閉するようなことは人手を要さぬわけです。したがって、それに関連しての被曝は、輸送中とかその取り扱いに関しましては一切ないと言えるわけです。それが液体の特徴でございます。 それからまた、本質的に液体燃料がぐるぐる一次系を回っておりますから、その炉体自身に近寄ることはもともとできません。しかもその構造が、内部は黒鉛のかたまりがあるだけで、少なくも四年ないし六年に一遍一部の黒鉛を取り出せばいい。タービンなどは定期点検が必要だと思いますけれども、そういったものを兼ねて四年か六年に一遍とめてやるだけだ。しかも点検する要素というのは、配管とか炉容器そのもので、中の細かい構造としては基本的にないと言っていいぐらいなわけでございます。そして制御棒も恐らく一組で十分です。極端に申しますと、専門家たちも、この炉は、念のために炉を停止するための棒はあってもいいけれども、制御棒はなくていいのだと言うぐらいに制御性がよろしい炉です。事故制御性の強い炉でございますので、そういったいろいろなからくりは付帯的にほとんど要らぬわけでございます。そういった性格がありますので、点検要素も非常に少ない。 それから、もともと単純な構造で、一次系は全部遠隔で操作する。もちろん、先ほど野田さんもおっしゃいましたように、こういった放射性の機械、放射能を含んだあらゆる機械は、今後一層遠隔操作になっていくべきだと思いますが、そのときには、これは本質的にそういうねらいで構成されておりますので、まあ液体であるから、そもそも普通の運転は一切遠隔でできる本性を持っている、それから構成が単純である、めったにいじり回さないでいいという本質を持っている、そういうように組み立てられた炉型でございまして、広し事故がありましても、全部リモートで処置できるような構成を積極的に設計に取り込んでいるそういう意味で、被曝問題の回避を先取りしたような炉型と言えると思います。
○有島委員 原子炉といいますと、溶融事故というかメルトダウンと言われているものですね、そういう心配を私は一番するわけでございますけれども、これは燃料が固形ではなくて、初めから熱い何か液体になっておるわけですね、そうすると、メルトダウンというようなことについてはこれはどうなりますか。
○古川参考人 お話をさせていただきます。 まず第一に、事故の問題一般でございますが先ほど言いましたように、燃料はいつでも必要かとき出し入れできますので、炉心には最小限の熱料物質しかございません。それから核分裂生成物、いわゆる死の灰でございますが、それは常に取り除き続けておりますから、そういった放射性物質も炉心には最小限しかないわけです。そういう性格をそもそも持っている意味で、原子炉の事故に対するいろいろな配慮はうんと軽減されているという本性を持っております。 それで、いまお話になられた一番シビアな事故は、普通固体原子炉ですとメルトダウン、炉心溶融事故とか、場合によってはSF用語とでも申しますか、チャイナ・シンドロームなどという言葉が、ある意味では少し安易過ぎるかっこうに出てきたりいたしておりますけれども、そういったシビアな事故について、もう少し考えさせていただきますと、一番厄介なのは、当然、最大限に防ぐべきものは、一次系の液体の燃料塩が漏れることでございます。これは基本的に構成がうんと簡単なので、徹底的な検査をしておいて防ぐべきものでございますけれども、厚い配管などからもし破れたといたします、そうしても、まず主張できることは、実はこの燃料塩というのは、実際の原子炉の中は酸素を五%以下ぐらいに下げることにしておりますけれども、当然、空気ないし雰囲気とは一切反応いたしません。もちろん、密閉した容器の中での漏出事故でございますけれども、何ら燃焼、爆発なんかも起こさないし、変質もしないまま、温度を下げない限りは、受けざらに受けて、皆ドレーンタンクに自動的に自然に集めてしまいます。この炉型は、本質的に、一次系は全部融点以上の温度に保持する高温室の中に入れておきますので、そういったことが自動的に安全に行われてしまうわけです。そうしますと、何が起きるかと言いますと、炉心の中には燃料体がなくなりますので、当然、発熱体がなくなるわけです。ところが炉心は、八〇%ぐらいは黒鉛のかたまりです。約百万キロワットで三百トンぐらいの黒鉛になるわけですが、これは熱容量の非常に大きな物体で、しかも崩壊熱は知れております。したがって、ちゃんと評価されているのですが、基本的な問題は起きないことが証明できます。 それから、燃料塩が下に漏れていくわけです。そうすると、集められると言うと非常にこわいみたいですが、固体燃料ですと、それが溶けて再びどこかに集積して再臨界事故を起こすのではないかということが、非常に厄介な、仮想事故の一番主体でございますけれども、この炉ですと、幸い炉心は黒鉛が大部分占めているわけです。そして臨界になるわけですが、それから離れてしまっておりますから、全部集めても決して再臨界になることがない。そういう意味でも、炉心溶融というようなかっこうの事態へと次に進展するような契機を含んでおらないわけでございます。
○有島委員 時間がなくなってしまってあれですが、もう一つ聞いておきたいのは、これはすでにどこかで実用に近いような炉もやっているのでしょうか。またやっていないとすると、大変いろいろな利点があるようでございますけれども、どうして余りやらないのか。ぼくたちも原子炉と言いますと、すぐ軽水炉だ、あるいは増殖炉だ、あるいは重水炉だということになっていて、これは余り有名ではないのじゃないかというふうに思うわけでございます。この点は大島先生に承っておきたい。こんなにいいものであるなら、どうしてこれが有名でないのか、いかがでしょうか。
○大島参考人 やっていないといいますか、実験は先ほどのお話のオークリッジでかなりやったことがあるわけですが、この溶融塩炉がそれだけいい性質を持っていながら、なぜやられなかったのかというのは、大変むずかしいかと思うのですが、最初、原子力開発の初期の時代にはいろいろな炉をやられたわけです。溶融塩炉もありますし、水均質炉とかその他、溶融塩でなくて溶融金属の炉もつくられたというか、計画といいますかあったわけです。 それで、その中では、この溶融塩炉というのは、オークリッジで一九七〇年代くらいに相当やって、いい結果を出しているわけです。ただし、アメリカの方針として、発電炉ということに関しては、たとえば高温ガス炉などに関してはもうやらないで、軽水炉がもう実用化されているから、それでいいじゃないかということが言われたわけです。 それからもう一つは、原子炉というようなこれだけ大きなものの開発の場合には、単に基礎的なことができたというだけじゃなくて、関連している技術が非常にいろいろあるわけで、御承知のように軽水炉というのは、アメリカにおけるいわゆる潜水艦の船舶用炉から発足しているわけです。ですから、そういう技術的な基礎的なところで、特に関連技術に関しては初期の段階に非常に集中的に軽水炉がなされたということがあるわけです。それ以外の炉が出てくる可能性については、そういう意味でいますぐコマーシャル、商業的にやるということについては、かなりむずかしいということで、各国ともその資金が限定されている中では、むしろ軽水炉、高速増殖炉という路線をとったということが実情じゃないかと思います。
○有島委員 どうもありがとうございました。 それでは、最後に佐々木先生、海洋のエネルギー、特に私は、最初にお話がありました波浪エネルギーには興味を持っておりまして、六、七年前から、ブイができるころから、ずっと注目をいたしておりました。また、この間も海明を見てまいりました。 それで一つは、いま上下でありますけれども、上下運動と横の運動でございますね、この横の運動というのは、いわゆるスウェリングというのですか、うねり、大きいものは津波というのでしょうか、これは上下運動とはちょっと違う要素を持っているかと思うのです。それで、波浪エネルギーの実験式ですか、上下運動の実験式というのは、わりあいと出やすいのじゃないかと思うのですけれども、それがいまのところ、学説としては水の粒が回転しておるのだから、縦運動も横運動もひとしい、こういうふうになっておるようであります。だけれども、実際には破壊力その他というようなことを考えまして、これは違うのじゃないかと思うのですけれども、この波浪エネルギーの実験装置というものが開発されていかなければならないのじゃなかろうか、そういうふうに思います。そういった点について御意見があったら、それが一つ。 もう一つは、私ども、今後の海洋開発について、いまいろいろな問題があろうかと思いますけれども、海洋開発基本法というようなものを定めていくべきじゃないかと思っておるわけであります。それと今度は、人の面で申しますれば、海洋開発委員会というようなものを設置していかなければならないのじゃないかと思っておるわけでございますけれども、もう私の持ち時間は余りないのですが、時間の許す限り御意見をいただければ幸いです。
○佐々木参考人 いま二つの問題を提起されたわけでありますが、まず、最初の波のエネルギーあるいは波浪エネルギー問題、いま先生御指摘のように、波の運動というのは、まさに水の分子がこういう運動をしているわけです。ただ、海明等でやっておりますのは、そういうすべての運動のエネルギーを全部吸収して有効利用するということではなくして、その中の上下運動のエネルギーを取り出す、そのために、できるだけそういうセットにしたものを、余り広い範囲に動かないようにある程度固定する、固定しなければ上下運動の分力が余り能率よく取れませんからね。そしてその固定をするために、いまの海明でも、日本では最大と言われるような大きなアンカーをつくったりしまして、それを固定するチェーンもべらぼうに大きいものをつくったりというようなことで、一生懸命波のエネルギーに対抗しながら、その中から上下運動を取り出そうというかっこうになっているわけです。 そこで、むしろ御指摘のような波の全体のエナージーを、コンポーネントをいろいろな形で吸収するようなそういうものができれば一番理想的だろう。もともと海明の前身は、先ほど申しましたように、ブイのきわめて小型な上下運動を利用するということを大規模に取り入れて一つのセットにするという形をとりましたので、そういう形での技術開発をいま急いでいるということであると思います。 それから、もう一つの大変重要な問題の御指摘をいまいただいて、私の方がむしろ大変いい機会を与えられてありがたいと思っているのですが、いまの海洋開発基本法並びに海洋開発委員会につきましては、若干の身近な問題を取り上げて、そういう問題のお話をさせていただくのが一番わかりいいのではないか、私自身も頭の中をそういう方向で整理しておりますので、そういう形で申し上げたいと思います。たとえば、いやおうなしに海洋空間というものをお互いに利用するわけでありますが、この海洋空間を利用するという場合に、まず沿岸でございますと、われわれの生活の場としてこれを利用するということ、それから、すでに既成の都市がありますけれども、さらに海域と陸域とを加えた、そういう形における新しい再編成の都市を形成するとか、それから先ほどちょっと申しましたように、いやおうなしに国民の海洋性レクリエーションの場というものが非常に求められているので、そういうものをいたします場合に、現在の日本の官庁の組織といたしまして、たとえば海洋性レクリエーション一つとりましても、そういう施設を整備しようといたしますと、それにかかわります省庁は、環境、農林水産、運輸、建設等の省庁が当然協力をしてやらなければ、これはできないというような状況でございます。さらに廃棄物が出ますから、その廃棄物処理というものに海洋空間を利用するという考え方に立ちますならば、廃棄物処理の場としての海洋を考える場合にはどういう省庁が関連するかと申しますと、環境、厚生、農林水産、通産、運輸、建設、こういったような省庁が全部関連をしてくるというように、いろいろな問題で関連事項がたくさん出てくるわけでございまして、たとえば海洋空間、沿岸の海洋生物資源を開発したいということになりますと、どういうところが関係をするかというと、これをやりまするためには、当然、いろいろな事前の調査あるいはいろいろな問題がありますから、いま申しましたような関係省庁のみならず、地方の自治体というものが当然一体になってこれを遂行しなければできるはずがないというようなことになるわけで、いまのある限定された海域を利用するというようなことにいたしましても、先ほど申しましたように、三大湾あるいは瀬戸内海、そういったような問題を取り上げて、いかに海域を総合利用しようかという海洋の利用に関しまして、現在の省庁において法令が運用されておりますのは十三省庁ございます。十指を超えております。 そういうような形で、それぞれの分野において一生懸命それを進めていただいておるわけでありますが、たくさんの問題がありますので、そういうような観点から見ますと、国としての総合性、有機性と申しますか、一体性、そういうものが実は確立をされていない。にもかかわらず、今後、新しい海洋秩序の国際関係の中において、そういうバウンダリーコンディションの中において、われわれ日本の国としては、どういうような位置づけで能率よく国際協力の責任を果たしてやるかというような問題になるわけです。そういたしますと、日本の沿岸でございますと、日本の国民にとっては、その沿岸というのは非常に貴重な財産です。しかし、海洋全体、海洋資源全体を見ますと、世界人類共同の財産でございます。そういうような点で、わが国といたしましても、この新しい海洋秩序というものに立脚をいたしまして、そして海洋の資源あるいはエネルギーあるいは空間利用、そういうものの開発の促進をいたしますときに、国民の生活の基盤としてそういう問題を取り上げることが必要である、そういうような新海洋時代に対応いたしました海洋開発の理念というものが、いま申しましたように、世界人類共有の財産であるという非常に高邁な理念を持ってやっておるわけですから、その理念の基本的方向に向かって、国民の総意に基づいて、官、学、民が一体になりまして、総合的かつ効率的に海洋開発を推進することが何といっても必要であって、そういう体制こそいますぐつくっていただかないと、先進国から見ますと、体制、法案整備というものがわが国はかなりおくれているのじゃないか。そういう観点から、とにかく海洋開発基本法、これは仮称でございますけれども、そういうものをまず制定していただく。海洋開発基本法という日本の基本理念を制定していただいて、それの実際に実効ある運営をやっていかなければいけませんから、その実効ある運営機関としては、仮称として海洋開発委員会といったようなものを設けて、その海洋開発委員会の責任において、言いかえれば国の責任において海洋開発問題に対処して処理していくというような姿を一日も早くつくっていただくことが必要であろうというので、海洋審において、さんざん議論いたしまして、第二次答申でそういう結論を実は出したわけでございます。
○有島委員 終わります。
○瀬野委員長 中林佳子君。
○中林委員 きょうは参考人の先生方、お忙しいところをありがとうございました。 八〇年代あるいは二十一世紀のエネルギー問題を考えるときに、これまでとってきた日本のエネルギー政策、その点をよく検討してみなければならないと思うのです。いまエネルギー危機だと言われておりますけれども、このエネルギー危機をもたらした最大の原因が一体どこにあるのか、その点を各参考人の方々から、それぞれできるならば手短に御所見を伺えればと思いますので、よろしくお願いします。
○大島参考人 これは大変むずかしい問題でありますが、いろんな見方がありますが、なぜ今日エネルギー危機が到来したかということは、エネルギーの供給構造というものが、一九五〇年代になりまして、国際的に石油というものに依存するという形をとってきた、各国ともそれまでは、石炭といういわゆる国内の資源というものの上に立って産業ができていたわけですが、石油が出てまいりますと、実はその資源の方が向こうからやってくるという形になって、エネルギーの供給構造というものが非常に大きく変わってきた、そのために、いまのエネルギーの構造というものが、そういう基本的な非常な脆弱性を、これは日本だけではなくて各国が持ったわけですね。その場合に一番大きな問題は、エネルギー供給というものが、ただ単なるいわゆる商品で、売り買いで話が済むと思っていたのが、いわゆる地下資源という形で産油国がその中心と申しますか、それに象徴されるわけですけれども、地下資源の帰属は、その地下資源を持っている国の主権の問題であるという形で変わってきたために、産業並びに社会の非常に基本的な財であるエネルギーというものが、そういう形で非常に不安定なものに変わったというところにあると思うのです。ですから、なぜエネルギー危機がもたらされたかというのは、私は、大変抽象的な言い方をいたしますけれども、そういった石油に大きくエネルギー供給の構造が転換したときに、その本質的な政治性というものについての認識が非常に薄かったのではないかというふうに言えると思います。
○佐々木参考人 私にとりましては、大変むずかしいテーマでございますけれども、いまお話がございましたように、振り返ってみますと、いまの石油文化と申しますか、そういう石油文化の今日を築いた過程に、御指摘のような点があるということを私も考えるわけで、まあ湯水のように使えた時代がありましたけれども、その前は日本でも海底炭田等でずいぶん石炭を使ったものですが、非常に安い便利な石油が入ってくるというので、その炭田は全部もう廃坑にするといったような事実が確かにあったと思うのです。現実は、またあわてて石炭を掘らなければいかぬとか、いろいろ言っていますけれども……。 そういうことはそういうことでありますけれども、私どもは、海洋自然エネルギーを開発する、利用するという立場から、以前から物を見てきたわけでありまして、海洋の無限の自然エネルギーだけで、いまの石油文化に匹敵するようなエネルギー源が容易に出せるとは思いませんけれども、やはりそういうあらゆる分野のエネルギーを他のものに依存するエネルギーと組み合わせて、そして必要なエネルギーを確保していく。先ほどお話がありましたように、いろんな海洋問題を国が方向づけをしていただくと私は非常にいいと思うのですが、そういうようなことを、とっくに実は十年、十五年前に行っておくべきものが、今日ようやくやかましくなってくるという背景がやはり一つあると思うのです。 そういう点において、私どもお互いが、やはりそういう方向づけを必ずしもうまくやっていかなかったのじゃないか。しかしいまや、いやおうなしに石油はああいう形になりますから、そういうものをあらゆるエナージーの組み合わせによってやっていく。もう一つは、私ども自身の生活の姿勢というものを通してそういうものに対処していくという一つの物の考え方も従来のような考え方を改める。資源有限という言葉が最近非常にはやっておりますけれども、無限の資源もありますけれども、まさに資源有限時代だから、それに対する対応が余りにも遅かったというように考えるのです。御指摘の点のお答えにはなっていない点が多いと思いますけれども……。
○山村参考人 私も、なかなか説明はむずかしい問題だと思いますけれども、非常に大きな問題だとして私が考えておりますのは、第二次大戦後の世界の情勢が非常に変わって、エネルギーの需要が伸びたということをまず考えておかなければいかぬと思います。 と申しますのは、第二次大戦後、御承知のように、先進経済国自身もどんどんもちろん成長しましたけれども、それ以上に従来の未開発国地域がどんどん独立をしました。これは政治的な問題だけじゃなくて、民族自身が自分たちの生活の水準を上げようとかあるいは政治的な水準も上げよう、そういったものが非常に世界的に伸びてきた。これが恐らく、産業エネルギーだけじゃなくて、民生エネルギーの需要の増加にもつながって世界的にエネルギー需要を非常に高めるもとになった。ですから、これは私、人類の幸福を高めるという意味では当然なことだと思いますけれども、それの背景として第二次大戦が非常に大きくあったと思います。それに対する供給源となりましたのは、確かに、いまほかの先生もおっしゃいましたように石油でございます。これは私が最初の陳述のときに申し上げましたように、そこにたまたま中東の石油供給という非常に豊富なものが出てまいりまして、エネルギー需要をカバーするに足るような豊富な供給があらわれた。ところが、その供給国自身がいわば経済的な水準の非常に低い、言い方は非常に悪いのですが、ちゃんとした経済社会を構成していないところで、それがいわばどんどん結果的には搾取されるような形で安い石油が供給されたのでしょうけれども、ところが、それでは成り立たないということでどんどん石油の価格を上げようという動きが出たというのが、どうも一九七三年の石油危機のもとじゃなかろうかと私は思っております。 その点、ちょっと別の方でお話を申し上げてみたいと思いますが、アメリカがいわば一九六〇年に石炭研究法をつくりまして、石炭研究局を創設するということで石炭研究開発が一九六〇年から国策として動き出しておりますが、そのベースになりましたのは、一九五五、六年から七、八年ころにかけて、学界それから産業界、いろんな人たちが集まりまして、アメリカのエネルギー経済の将来の姿はどうだということを非常に真剣に調査しておりまして、そのときの論文を私はずいぶん昔に見たわけですが、そのときには、はっきり一九七〇年代の初期にはアメリカのエネルギー需給のアンバランスが起きるということを指摘しております。それは、いわばアメリカのエネルギーの需要としては、当然、流体エネルギーとしての石油とか天然ガス、こういったものが非常に伸びてくる、ところが、それに対する世界のエネルギーの供給力の面で言いますと、当然、それに対してギャップが起きてくる、それをカバーするためには、アメリカの国内で豊富に持っている石炭をいわば流体化するといった方向をやらなければいかぬのだということが官民ともの一致した意見になって、そういった研究法が一九六〇年にアメリカにできているわけです。 私がこういった石炭の利用技術の問題について関心を持ち出しましたのは、その辺がきっかけでございまして、そういったような動きは、いまの石油がどうのこうの以上に当時からある程度予測された問題だったような感じがします。ただそれに対して、わが日本とかあるいはヨーロッパは、いや石油はまだ当分大丈夫だというふうな見方が恐らく強かったように感じます。そこに大きな、いわば石油危機を招くようなギャップが生じ出したのじゃなかろうかというふうに、非常に荒っぽい、大胆なことを申し上げますけれども、私は、そういったような感じを持っております。
○古川参考人 一応考えを言わせていただきます。 大島先生も触れておられたと思いますけれども、とにかく安い石油に依存し過ぎて、本質的にエネルギーの技術開発をやっぱり怠ったということに、何はともあれ原因があると言っていいのじゃないかと思うわけです。 たとえばその間に、すでに戦後から少なくも原子力という、第三とか第四の火とかいう非常に新しい石炭の何万倍の力を持つということを言われるような新しいエネルギー源が知られてきたわけですけれども、結局、せいぜい石油と対比できるか、場合によっては負けるくらいの経済効果しか発揮できぬかったために、本当に真剣な研究開発は行われなかったように思います。少なくも日本においてもそうだったように思うわけです。ところが原子力——実は原子力という言葉が非常にまずいわけで、原子の力ではなしに、御存じのように原子核力で、原子核エネルギーというものは、核分裂でも核融合でも一緒ですけれども、言うまでもなく核化学反応装置であるべきです。そうすると、これはもう本質的に、必然的に化学反応装置でなければいかぬわけですが、それを名実ともに生かすような形の技術開発ということがいろいろな意味からなおざりにされてきている。これはもちろん非常に長期を要することであって、たとえば溶塩炉でも、ここまで何とか姿が明快に皆さんの関心事になるまでに来るには容易でなかったわけでございますけれども、非常に本質的な突破をしてきたわけです。 そういった本質を生かした研究開発を着実にやりまして、それをプロモートして、そういった化学装置としての本性を発揮できるように完成させること、それからまた同時に、核化学——化学ですから、放射能を含んだ装置です。これは放射能物質ないしは放射線をふんだんに振りまく装置になるわけです。その本性を生かしたような体質を持った、単純な遠隔操作が十分できて、化学的に単純な構成を持ったものを持ち込みまして、もちろん、これはすぐ短期に間に合うわけじゃございませんけれども、より真剣にこういった合理化されたものを、本性に沿うて開発して、核エネルギーを安全に経済的に早く生かすように持っていくことにおいて、過去の反省を含めて打開さるべきなんじゃないかと思うわけです。
○野田参考人 高い次元での御見解を全部言われましたが、私は、もっと身近で電力の立場で申し上げてみますと、結局、国民のニーズに端的に言って沿ったということでしょうが、かつて電力は豊富、良質、低廉ということで、電気代を安くするためにということで、第一次エネルギー危機による第一回目の料金改定まで十九年間料金改定がされなかったわけであります。その十九年間も、長いところは十九年間ですが、料金を改定しないために徹底的に安くするためにどうしていくかということで、石炭から石油、効率よくそして安く発電できる方に切りかえていったと思います。そのことが結局は、バランスを崩して今回のエネルギー危機、そして料金の大幅改定ということにつながっていったのではないか。したがって、これからはたとえ原子力の安全がますます高まっていったとしても、一つのエネルギー源に多くのウエートをかけていくというよりも、その構成のバランスということを考えていかなかったら、一つにはやはりいかぬじゃないか、これが教訓ではないか。 もう一つは、公益事業というのは、どうしてもリスクに対して大変憶病であるが、これは将来のためのことを考えて、必要なリスクであっても、公益事業というのは、いろいろな責任の問題とかいうのが一般の純粋な民間よりもその辺には大変過敏ではないかと思いますので、したがって、現実に、ある高度成長時代から最近に至るまでも、技術はもう極力技術導入、みずから技術開発をするということでなしに、でき上がった完成品を入れてくるという姿勢がやはり強かったのではないか。そのことが結局、今日の原子力における自主技術というものに対する立ちおくれを招いているのではないか。これが結局は、ひとえに安くしていくということにウエートを置き過ぎて、いま言いました体質なども加わった結果が、こういう危機を電力の側面で見ると招いているのではないか、こういうふうに思います。
○中林委員 どうもありがとうございました。 もう時間が非常になくなりましたので、原子力発電所の問題で少しお聞きしたいのですが、原子力発電所開発の問題で一番重大なのは、やはり安全性の確保の問題であると思うのですが、昨年のアメリカのTMI事故からの教訓を引き出すということ、これはもうきわめて大切なことだと思うのです。 で、アメリカではカーター大統領の命令で設置されたケメニー委員会が六カ月もかけて検討を加え、報告書を出して、現在アメリカではそれに基づいて深刻な反省がなされているわけなんですね。 その中で一番中心的な問題は、原子力発電所は安全だ安全だと言っているのが確固とした信念になっていったことで、本来危険だということを口に出して言うべきことが最も大切だというのが、あのケメ二一報告の本質を貫いているものであると私は思うのですが、その後の日本の安全委員会だとか政府の対応というのは、依然として日本は大丈夫なんだ、安全なんだという立場を貫いていらっしゃるんですね。 ですから、そういうことで原子力発電所に関係していらっしゃる大島参考人それから古川参考人、お二人にお伺いするわけですが、このTMI事故からの教訓、とりわけケメニー委員会の報告などをどのように受けとめていらっしゃるのか、その見解をお聞かせ願いたいと思います。
○大島参考人 いまの点にお答えいたします。 私は、安全性というものに、ちょっと一般的に申しますけれども、分けて考える必要があると思うわけです。私は前から、実は技術というものは神様がつくるものではなくて人間がつくるものですから、必ず何か事故とかそういうものが起こるわけで、もし絶対に安全なものをつくれるという技術者がいれば、それは本当は安全でないということになると思うのです。人間がやるものが完璧であるということはあり得ないわけです。 ただそのときに、いままでの原子力の場合に一つ大きな問題がございましたのは、いままでの安全というのは、どういうことを基準にして言っていたかというと、設計上の安全、すなわち、いろいろ事故が起こっても、その放射能が外部の第三者に一切——一切といいますか、ある許容量以下の被害にとどめる、そしてそういう形で安全という問題をとらえていた。すなわち、人間の要素を抜きにして、完全にその設計上の安全という形で、また事実、いまのスリーマイルアイランドの経過を見ましても、そういう意味では、いままでの設計が、いろいろの点で非常に問題があったにしても、いわゆる最終的な安全基準という形では、それを満たした形になったと思うのです。ところが、技術というものは、本来そういうものではなくて、運転していく人間、また実際にいろいろ新しい技術が生まれていくのは、いろいろな経験に基づいて、その上に積み上がっていくという形で技術というものは出てくるわけでありまして、たとえばスリーマイルアイランドのケースを見ますと、その運転並びにその維持といいますか、そういう問題に関しての配慮が非常に欠けていた。私が先ほど、原子炉の安全が確立していると私は思っているという意味は、そういう意味であります。 で私は、スリーマイルアイランドの結果をどういうふうに考えているかと言うと、まず第一は、あの結果、われわれは事故というものは起こるのだという前提で物を考える必要がある、しかし、事故が起こるという意味は、それがどの程度周りに影響を与えるかということとの関連において考えるべきで、その意味で、あの結果は原子炉が安全であるという結果をむしろ示したと私は考えるわけです。 しかしながら一方、それでは実際に運転していく原子炉というものを考えますと、それはいま言いましたような稼働率とか維持とか、そういう問題に関連して、あのケメニー報告の中にも、スリーマイルアイーフンドの事故が一番大きな影響を与えたのは、社会に対するダメージであって、物理的なダメージではないということをあの中にも書いてあるわけですが、その意味は、たとえ外にいわゆる物理的な被害が出てなくても、社会的な損害というのは非常に大きな損害が出てくるというのがあのケースではないか。 そういう意味で、私は、技術的な原子炉の安全性というものと、それから日常の運転と人間の要素というものに対する配慮というものが、そのいまのスリーマイルアイランドの結果の教訓であると同時に、技術が産業技術として定着していく過程において、それはむしろ非常に重要な一歩を踏み出しているのだというふうな見方をしておるわけでございます。
○古川参考人 いろいろな観点があると思いますが、一言だけ触れさせていただきたいと思うのです。 多分に大島先生のお話にも絡まるかと思いますけれども、とにかくいろんな装置を支えているのは、つくった技術者それから動かしている技術者たちの水準の問題でございます。それを本当に育てるのは、もちろん体験的なもの、量、質の広がりというものがしょせん必要でございますけれども、同時に、技術として独立してあるものじゃなし、科学として独立しているものじゃなし、科学技術というものであるわけです。技術というものを科学的な裏づけでより成熟させ、しかも学問的な裏づけを強めることで技術がより高度になっていくわけです。 そういう意味では、先ほど椎名さんでございましたか、触れられていたと思いますけれども、アメリカはある意味では原子力離れしていると大なり小なり言えると思います。やはり基礎研究開発についてはよほど手薄になっている。これはアメリカ以上にいわゆる原子力が必要な日本においては非常に重大な事態です。アメリカの後についていっているなら、大なり小なりアメリカはやりますから、それで間に合うのです、過去のように。今後アメリカが少し手控えるならば、より早く日本としましては基礎のところから、たとえば核データから、核化学的なこと、もちろん炉物理、炉化学的なことを含めましてしっかり基礎を一層育成してほしいと思うのです。原研、動燃、大学関係、そこいらをがっちりして、真の技術の成熟化を立体的に図っていただくことが必要だということを、ああいったものを通じまして改めて思っているわけでございます。よろしくお願いいたします。
○中林委員 どうもありがとうございました。終わります。
○瀬野委員長 吉田之久君。
○吉田委員 私に与えられました時間は十五分間でございまして、各先生方に簡単にお答えいただきたいと思いますので、その辺を御配慮いただきまして、よろしくお願いいたします。 まず、大島先生にお伺いをいたしますが、先生最後のあたりで、要するに今後、各省庁の役割りの分担というものをもっと総合的に集めなければと言われましたが、われわれも全くそのとおりに思っております。特に今度、電源開発促進税をさらに積み上げて、それを充当しようとする、いろいろ政府の考え方の中にも、非常にばらばらに配置していこう——よってきたる沿革、経過はわかるのですが、この辺で、やはり一つのプロジェクトにまとめるためにはそういう組織が要ると思うのです。同時に、それは役所だけではなしに、学者あるいは産業界、官界、そこらが一体とならなければならない。ところが、そういう点でいろんな機関がこれから要ると思うのですが、いままでの審議会とか委員会、私も一度いろいろ研究したことがあるのですが、学者の方で出てこられます方々、特に産業界から出てこられる方々は、古色蒼然たる大長老が全部出ていらっしゃるんですね。それはそれなりに敬意を表しますけれども、また、そういう出し方がその団体としては安全な出し方かもしれませんけれども、非常に新しい、若い研究課題に取り組んでいくためには、きょうここにいらっしゃる参考人の方々のような方に全部やはり集まってもらわなければならないと私は思うのですけれども、その辺について何かお考えございますか。
○大島参考人 先ほどちょっと申しましたように、一番大きな問題は、いままで日本の技術開発というものは、実は先ほどお話もありましたように、最後は外国から導入すればいいというような形で、個々の問題は本気であったかもしれませんが、大きな政策の流れの中においてそれだけの強力な位置づけがなされていなかった。それでいま、具体的にはいろいろなことを私も考えたことがあるのですが、しかしいずれにせよ、いまの御指摘のように、本当に研究開発に携わっている連中の、直接近いところの人間がそこへ出てくるということが大事であると同時に、それからもう一方、そういう政策的な問題で、これはいままで、すべての科学技術がそうかどうかは別として、少なくともエネルギーに関する科学技術に関しては、そういうことが研究者自身の発想にも非常に大きな影響を与えるという意味で、研究者の側から見ても、いまおっしゃったように、余り若い人はやはり研究室で没頭してもらわないと困りますけれども、やはり四十代ぐらいの連中がそういう実際の政策問題の中で、また、私どもみたいにほとんど毎日やって、研究してないのは困るわけでありますけれども、実際に何がしかの時間を割いて、そういった政策問題の中で議論をし、考えるということが日本の研究開発を非常に具体的、しかも自主的にするという意味で、私は非常に大きな効果を持つと思うわけでございます。
○吉田委員 くれぐれも最も適当な人が前へ出てくださいますように、この機会にお願いをいたしておきます。 次に、佐々木先生にお伺いいたしますが、離島の発電とかいまいろいろ御研究いただいておりますそういうものを実用化していく、大変重要なことだと思うのですが、いろいろそういうものでそれぞれの漁村等に灯をつけていく、これは果たしてコストの面でどのようなことになりますでしょうか。 それからいま一つは、潮流でございますね、海の潮の満ち引き、こいつを利用してという説もいろいろ私ども聞いているのでございますけれども、これは落差は知れておりますけれども、量としてはかなりのものだと思うのです。やり方によっては、落ちていく水、入ってくる水も利用できるのじゃないかと思うのでございますが、その辺はいかがでございますか。
○佐々木参考人 コストの問題が、やはり幾らエネルギーを取り出すことが可能になりましても、実用になりにくいわけですから、いかにコストを下げるかというコストダウンを、やはり年次計画を立てまして、八〇年代の前半がどうで後半がどうとか、九〇年代の前半、後半というような幾つかの区切りをつけまして、その区切りの中でだんだんコストダウンをしていくというような試算を海洋審は全部いたしまして、まとめております。 それから、いまの潮流のお話で、私、うっかり海洋エネルギーの中で先ほど申すのを忘れて、機会があったら、これを追加せなきゃいかぬと実は思っておったわけですけれども、御指摘のとおりで、潮流のエネルギーというのは非常に大きなエネルギーである。私は、非常に困難な海流の方のお話をいたしましたが、潮流は御承知のように、すでにフランスのランスというところで、深さ十メートルの海底に一万キロワットの発電機を二十四基並べている。あの辺は潮の差が非常に大きいのです。大潮の差ですと十三・五メートルあるのです。小潮でも四・五メートルある。したがいまして、潮流ですから行ったり来たりするわけですが、その流れを使いまして、一方方向に潮流が差し込んでくる場合に、タービンを回して発電機を回す。それからダムをつくっておりまして、そこにたまった水を今度は逆に、そういう形で十年かけて大変な金をフランスは投資いたしまして、すでにそれが動いて、年間五・四四億キロワットアワーの電力をそれで生産して、そしてフランスの北部、それからパリ等に——潮流でございますから、その潮流の現象そのものに月の運行が圧倒的に大きく影響しております。ところが、人間の生活リズムは、太陽の運行によって大体リズムを決めておりますので、そのリズムの合わないところがしばしば出てくるわけです。したがいまして、潮流は非常に大きなエナジーで、いま言ったように実用にもなっておるわけですが、それは今後も非常に開発すべき大きな問題でありますけれども、やはりエネルギー源としてはわき役だと思うのです。わき役として、しかし人間の生活のリズムに合うような形で、電力が非常に足りないときはそれで補う。いまでも原子力発電その他の発電が、夜間電気が余って困る。簡単にこれはセーブできない。それで、みんな揚水発電にしてためて、そういうような形のわき役としては、非常に大きな見逃してはならないものだと思います。 御指摘いただきまして、御説明できる機会を与えていただきまして、どうもありがとうございました。
○吉田委員 山村先生にお伺いいたします。 石炭の活用は大変大事な問題だと思いますが、午前中も申し上げたのですが、これを運送するのに大量のトラックが要り、それにまた軽油を食うとか、あるいは液化する場合に、やはりかなりのまた別のエネルギーを必要とするのではないか。この辺、エネルギーをつくるためにエネルギーが要る問題をどう薄めていくかということにつきまして、ちょっと一言……。
○山村参考人 お答え申し上げます。 確かに、固体の石炭をある個所で使うというためには、そこに相当なエネルギーをさらに使いまして輸送せざるを得ないわけですが、これにつきましても、最初の陳述に申し上げましたように、それを経済的に非常に有利な形で輸送の取り扱いをするということは、もう一つ別の面では、非常に効率のいい形で、つまりエネルギーとしても消費を最小限度へ持ってくるということなんでございます。 それで、具体的なことは先ほど申し上げませんでしたけれども、たとえば日本の鉄鋼業界では、原料炭としてアメリカ、カナダ、オーストラリアから石炭を現在まで大量に入れております。現実には六千万トン近いものが日本に入っておるわけですが、それの輸送の形態として、一つは、たとえばカナダのロッキー山脈の付近にあります石炭をバンクーバーの港まで持ってくるというのも、ユニットトレーンというシステムで運んでおります。これは一列車が大体一万トン以上でございます。そして炭鉱の山元で選炭されました石炭が、連続されました列車が全然とまらない形でどんどん貨車に積み込まれて、それがノンストップでバンクーバーの港まで運ばれる。バンクーバーの港も石炭の専用港になっておりまして、そこはループになっておりまして、全然停車せずに、貨車け取り外しもなしでぐるっと回しておろす、それがそのままベルトコンベヤーで専用船に積み込まれるといったような、非常に高能率な状態になっております。そういうことでエネルギー消費も非常に少なく、コスト的にも安くやっております。 それから、先ほどちょっと紹介しました石炭油混合燃料というふうな輸送形態も、これは使用上の問題だけではなしに、輸送のメリットも非常に高く買っておるわけです。これは流体処理ができますから、パイプ輸送あるいはパイプで船からの荷おろし、荷役をやるとかいうような形で、エネルギー消費も最小限にする形で使っている。それの理想形態が液化だと思いますけれども、これはまた技術開発が非常にあるので、将来の問題としてお考えいただければ結構だと思います。
○吉田委員 古川先生にお伺いいたしますが、先ほどお聞きいたしまして、夢の新しいエネルギーと申しますか、大変御期待申し上げているわけなんですけれども、アメリカでは二十五年間でわずかに一・五億ドルの資金を投じただけでこれだけの成果を上げられた。かつ承りますと、わが国では今日まで計約一億円弱の経費しか基礎研究費として援助をしていないように聞いております。これでは大変申しわけないと思うのでございますが、今後さしあたりどのくらいの研究費を必要とお考えになっているか。あるいはそういうことによっていつごろ試験段階というのが終わり、実用化が訪れてくるとお考えになっておりますか。
○古川参考人 お答えいたします。 非常に好意的、積極的といいますか、具体的な御質問をちょうだいして、恐縮いたしておりますが、ただ、余りゆっくり丁寧にお話しする時間がないかと思いますと、かえって非常に苦しいのでございますけれども、余り安易に言うのもあれですが……。 いろいろと御存じのように、大学の方々も特にこの二、三年非常に関心を高めておりまして、基礎研究がいろいろな形で精神的ないし定性的に幅が広がってきておりますので、これをぜひ一層助長願いたいと思うのです。それはいろいろ非核的なものを、大学関係などはみんなおわかりいただけると思いますが、たとえば通産省の方でも、サンシャインに関係しまして溶融塩発電みたいなことも大いに助長願って、そういうのとつないでいったらいいのではないか。しかし、そういうものは原研でやる必要はないと思うのです。ですから手分けを願いたいと思うのです。しかし肝心な燃料塩化学についてはどうしても原研でやるべきだと思うのです。そして大学の方々が寄り合って、いろいろ細かい学問技術的なバックアップを得つつ、共同で開発するという体制を立体的におつくり願いたい。それに対してのアプローチの仕方はいろいろありますが、やはりもうかなり育ってきておりますので、先ほど言いましたように、総合的なターゲットを持ってやるべきではないかというように言っているわけです。 私も一年前に、勧められて機械家会誌に書かせてもらいまして、一言言ったのですけれども、コンパクト・パワーリアクターというのをとにかくつくってみようよ、できたら実用化も図ろうよというようなことを言ったことに対して、皆さん非常に賛成してくださっているように思っております。ですから、そういうものはある程度コンパクトなターゲットをつくりましてやっていく。そうするとある人に、では何年かかるのだ、でき上がるまで、動き出すまで大体何年かと言われているのですが、可能な限り、アメリカの連中ともいろいろ論議したり、彼らの資料もせいぜい吟味しているのでございますが、ずばり言いまして、うんと小型の炉を七年くらいでつくるというのは十分可能性があると思う。じっくり構え、しかも十分陣容をすぐりまして最小限の精鋭で合理的にやりますと、前に言いましたように、学問的に非常に支持されている技術でございますので、ぜい肉なしにやるとして、そのためにどれだけの金がかかるかと言うと、日本だと人件費を余り入れないのでへたすると狂ってしまいますが、五百億円くらいで小型の炉をつくり上げる。基本的にはRアンドDをチェックして、まだやっていないのを最小限炉外でやりまして、基本研究開発に三年くらい。それから最終的な詳細設計を終えてつくれば、小型だから二年そこそこで建設できる。それまでに十分法規的なものの体制をつくっていく、そうすると、真剣に実質的な内容のすぐれた体制をつくりますならば、いま言ったようなことで決して不可能ではないというようなことをだんだん話し合ったり、精度を上げつつあるような状況でございます。
○吉田委員 時間がなくなったようでございますが、最後にちょっと野田さんに……。 先ほどから承りますと、多岐にわたりまして、現実的な対応をなさっておられますことに深く敬意を表するわけでございます。 スリーマイルアイランドの場合も、また最近のわが国における若干の原子力のトラブルにいたしましても、私は、これが完全に化学の壁にぶち当たっての問題ではない、化学の世界の破綻ではない、むしろバルブをあけるべきところが忘れられておったとか、あるいは部品が規格のものでないものがたまたま使われておったとか、あるいはむしろ冶金学と申しますか、金属学と申しますか、その辺の分野とのマッチがうまくいっていないというふうな気がするわけでございます。 そこで、すぐれた企業とすぐれた労働組合がさらに一体となって、そういう運営上の、あるいは部品等のチェック等にわたりまして、細心の一層の努力を払っていただきますならば、初歩的なミスとかトラブルというものがかなりなくなるのではないか。そのことによって原子力発電に対する信頼や評価がうんとふえてくるし、また現実的に稼働率も高まり、確かな増産に結ぶつくのではないか。その辺で一層御期待を申し上げたいと思うのでございますけれども、一言御発言があれば……。
○野田参考人 私も、全文を詳細に読んでいるわけではないのですが、TMI事故に対するケメニー報告の中でも、人的な面に対する指摘というのは非常にあると思います。これは一例で言いますと、私どもでもいろいろな交流で外国へ行きました場合に、仕事をやっている同僚の人に、なぜそんな仕事のやり方をやっているのだ、非常にむだでやりにくいじゃないかと言いますと、そういうのは経営者が考えることで自分たちはそうではない、こういう気質だと思います。日本の場合には、提案制度とかいろいろな形でも、企業の中に入って、人的な面の土台というのがずいぶん違うと思うのです。だから、そういう意味においてはケメニー報告で指摘しているような人的な面については、はるかに私どもがすぐれているのではないかという自負がありますが、反面、そういうすぐれた面が犯す過ちというものは、たとえばアポロ計画などのように、そういう過ちを犯すかもしれないことを前提にして、人を信用しないで組み立てていくチェックシステムというのは、アメリカの場合には抜群だと思うのですが、日本の場合には欠けるきらいがあるから、バルブが間違ったりする。人を信用し過ぎるんですね。ですから、これらを含めて両面から見た教訓というのは、にらみ方によっていかようにでもくみ取れると思いますので、私どもは、今回のTMI事故を労働組合の立場でそういうふうにとらまえながら、前段で申し上げました提言にまとめて関係各界にお願いに上がろう、こういうふうに思っております。そういうものをやっていけば、安全性はさらに高まるという確信のもとに、運動を進めているというのが実情でございます。
○吉田委員 ありがとうございました。 以上で質問を終わらせていただきます。深く敬意を表します。
○瀬野委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、長時間にわたり貴重な御意見を承り、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 次回は、明二十七日木曜日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時四十八分散会