内閣委員会、地方行政委員会、法務委員会、文教委員会連合審査会 第1号
- 発言数
- 325 件
- 登壇者
- 20 名
- 会派数
- 8
- 開催日
- 1979/05/30
会議録
○委員長(桧垣徳太郎君) これより内閣委員会、地方行政委員会、法務委員会、文教委員会連合審査会を開会いたします。 先例によりまして、私が連合審査会の会議を主宰させていただきます。 元号法案を議題といたします。 これより質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○佐藤三吾君 まず自治大臣にお尋ねしますが、現行戸籍法の施行規則によりますと、付録の様式が定められまして、元号がその中で規定されております。さらに、住民基本台帳法第三章で「戸籍の附票」が市町村長に義務づけられております。この法律の施行に伴って事務処理要領というのが四十二年十月四日に出されておりますが、これは法務省の民事局長、厚生省の保険局長、社会保険庁年金保険部長、食糧庁長官、自治省行政局長から知事あてになっております。これによりますと、「戸籍は、身分関係を公証する唯一の公簿であり、住民票は居住関係を公証する唯一の公簿であって、いずれも刑法第百五十七条第一項にいう「権利、義務ニ関スル公正証書」の原本に該当する。」そのため「戸籍の記載と正確に一致しなければならない。」、こう規定しておるわけです。それに伴って元号使用の様式の例示もされております。事実たる慣習ということで義務づけがない、こう言われておるのですが、現行の姿の中でもこのように義務づけをきちっとされておるというように思うのですが、いかがですか。 同時にもう一つは、沖繩が一九七二年五月に復帰した際に、復帰前は西暦を使って復帰後は元号を使いなさい、こういう指導がなされておるわけですが、これについてまずお聞きしたいと思います。
○国務大臣(澁谷直藏君) 御指摘のように、戸籍あるいは住民の台帳、これは強制しておるわけじゃありません。長い間の慣行に基づいて元号を使用しておる、こういうふうに理解をしております。
○佐藤三吾君 これは衆議院の内閣委員会だったと思うのですが、法制局長官にお尋ねしますが、戸籍法の関係については義務づけが出されておるのじゃないですか。
○政府委員(真田秀夫君) 戸籍法の関係の各種の届け出書について、なるほどひな形、様式は決まっておりますが、これはしかし、その様式を決めている趣旨は、特定の年月日をそこにあらわしなさい、こういう意味であるというふうにわれわれ理解しておりますので、仮に不動文字で「昭和」とか「大正」とかありましても、これはそれにとらわれることなく、西暦をお使いになりたい方は西暦の表示をなさってももちろん適法な届け出書として受理するという方針で運営されているはずでございます。
○佐藤三吾君 そうしますと、西暦で届け出た場合には役場の方で戸籍簿については元号に直す、こういう意味ですか。
○政府委員(真田秀夫君) ただいま申しましたのは届け出人が提出する届け出書の問題でございまして、その届け出を適法な届け出として受理した上で行政庁の内部の公文書としてそれを戸籍の原本に記載する場合には、これは事務の統一的合理的な処理という観点から元号に改めて戸籍の記載をするという取り扱いに相なっているはずでございます。
○佐藤三吾君 そういういま法制局長官のお話のように、戸籍簿は付録の法定の記述をする、唯一の公簿としてするのだと。それに伴って、先ほど申し上げました事務処理要領というこの四十二年十月四日付の住民基本台帳法に基づく通達では、先ほど申し上げたように、戸籍は身分関係を公証する唯一の公簿であり、住民票は住民関係を公証する唯一の公簿であり、いずれも原本に該当するので戸籍の記載と正確に一致しなければならない、こういう通達が出されているということは、住民票についても自治大臣、同一の処理をしなければならぬと、こう理解すべきが至当じゃないんですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 御指摘のとおりだと思います。
○佐藤三吾君 だとすれば、事実上、現行の事実たる慣習という中でも義務づけになっておる。むしろ届け出の内容はともかくとして、公簿としてはそれに訂正をしておる、統一しておる、こういうふうに理解していいんですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) それはただいま法制局長官からもお答えしましたように、事務を統一的に処理する、そういった必要性、またそれが合理的である、こういうことでそういう取り扱いをしておるというふうに理解をいたします。
○佐藤三吾君 もう一つ、沖繩の問題についてはいかがですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 沖繩は言うまでもなく長い間米軍の占領下にあった、したがって西暦を使用しておったということだと思います。それが日本に復帰した、名実ともに日本の領土となった、こういう時点から、日本の全国で行われておる慣行に基づいて、同じように元号を使用する、こういうことになったものと理解をいたします。
○佐藤三吾君 そうしますと、元号法が成立した過程ではこういった関係、自治体関係はどのように変わっていくのですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 御案内のように元号法案は元号の使用を強制しないわけでありますから、地方自治団体におけるいろいろな事務の取り扱いは現状と何ら変更がない、こういうふうに考えます。
○佐藤三吾君 現状と何ら変わりないという大臣の答弁でありますが、それでは真田長官ちょっとお尋ねしますけれども、あなたは四月十九日の衆議院の内閣委員会の中で、元号法そのものについては使用規定はないわけだからそのことで公務員に義務が成立するというものではないと。しかし服務規定に基づいて、上司から命令がある場合には従わなければならぬと。それに反する場合には当然懲戒処分の対象になる、こういうようなことが議事録に載っておるわけですが、いかがですか。
○政府委員(真田秀夫君) その問題についてはしばしばお答えをしているわけなんですが、今度の御提案申し上げている法律の中には、使用のことは何にも触れているわけではございません。したがいまして、この法律が成立、施行されましても、この法律の効果として、一般の国民はもとより、公務員に対してもこの法律の効果として直接に元号の使用が義務づけられるという法律関係になるものではないということを強調したわけでございまして、ただ、行政庁の内部における行政事務の統一的なかつ効率的な処理の必要から、まあ私どもの予想では、現状と同じなんですから大体公務員の人は元号を使うと思うんです。使うと思うんですが、もし風変わりな人がおって、おれは西暦でなきゃ困ると、西暦を使いたいとおっしゃって、それで西暦をお使いになって、そのために行政庁の内部における事務の統一的な処理が混乱するというようなことがもしあれば、あればですね、上司の職務上の命令として、少なくとも公文書については元号をお使いなさいという命令を出すことは、これは理論上はあり得るじゃないかと、そういう合理的な理由があってそういう職務上の命令が出た場合にそれに違反をすると、従わないというような場合にはこれは理論上は、国家公務員法で言えば八十二条でしたか、懲戒の事由に理論上はなると。ただ、どういう懲戒処分を行うかというのはこれは懲戒権者、通例は任命権者なんですが、その裁量の問題であって、もしそれが裁量を逸脱して非常に酷な懲戒を行えば、これはそれぞれの手続に従って抗告、争訟の対象として取り消されることもあり得るでしょうと、そういう法理論を述べたわけでございまして、決して、常にそういう命令が出ると、あるいは必ず徴戒処分の対象になるぞということを断言したわけではございません。
○佐藤三吾君 どうですか自治大臣、いま法制局の長官の答弁、非常に回りくどい言い方をしましたが、端的に言うなら、公務員の場合は元号法が通った暁は当然従ってもらわなきゃならぬと、法律そのものにはないけれども、上司が命令した場合には当然そうなる。それに従わない場合には当然、理論上という言葉は使いましたけれども、処分の対象になる。これは国公法八十二条の問題、地公法何条ですか、三十二条との関連を言っておるんだと思うんですが、さっきあなたの言った内容と若干違うんじゃないですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 先ほどもお答えしましたように、この法律が成立をすることによって、元号の使用に関しては現状といささかの変更がないと、こういうふうに理解をしておるわけでございますから、ただいま御指摘の問題についても現在とこの法律が施行された後においても何らその点は変わるものではないと、現状と同じであると、こういうふうに理解をいたします。
○佐藤三吾君 そうすれば、公務員は元号法が通った後でもこの問題については強制されないし、たとえ上司が服務規律に基づいて命令しても従わなくても処分の対象にならないと、こう理解していいですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) これは一つの自治体という団体の中で統一的に事務を処理する必要はあるわけでございますから、現在現実に慣行に基づいて御指摘になった戸籍あるいは住民台帳は元号を使用しておると、こういうことになっておるわけでありますから、そういう中でそれぞれの公務員が、自分は元号を使わないんだということをばらばらにやられたのでは事務の統一的な処理というものは不可能になるわけでございますから、またいろんな意味での混乱が起きてくる。こういうわけでございますから、そういう観点から、事務の統一的処理の必要性ということから元号というものを使っていくと。現にそうなっているわけです。ですから、それに対して公務員という立場にあって、しかしおれはそういう慣行を認めないんだと、おれは西暦を使用するんだということになりますと、これはいわゆる公務執行上の内部の問題として命令違反という問題が出てくることになるわけであります。これは現在でもそうであります。したがって、この元号法案が成立したからそういうことが起きてくるのだということではないわけでございまして、繰り返して申し上げますが、現状と法施行後もそういう点においては何ら変わりはないと、こういうふうに理解をいたします。
○佐藤三吾君 いろいろ大臣言われておりますが、端的に言えば事務の統一をしなきゃならぬということが事由の一つとして、上司が職務命令を出せばそれによって従わなきゃならぬと、こういうことになるんでしょう。なぜ、そういう点はやっぱり素直に元号法が成立すれば、強制はないとそういう言い方じゃなくて、関連する法律との関係でそういうことが出てくると、こういうことはきちっと言った方がいいんじゃないですか。そんなあいまいな態度を示すから、国民の全体の中に依然としてこの法案に対する疑義がある、不安がある。職員はやはりいま法律が成立するかどうかという瀬戸際の段階にきておるわけですからきちっとしてお出しいただきたい、そういうふうに思うんです。
○国務大臣(澁谷直藏君) 繰り返して申し上げて恐縮ですが、とにかくこの法律が施行をされることによって法律上は現状と何らの変わりがないということを繰り返し申し上げておるわけであります。長い間の慣行に基づいて元号を使用するということは国民の間にこれはもう定着をしておるわけでございますから、その状態にこの法の施行によって何ら変更はないと、こういうふうに理解をしていただきたいと思うわけであります。
○佐藤三吾君 自治大臣がそういう主張をするなら、それでまた後の問題で明らかにしていきたいと思いますが、時間がございませんから一つ郵政省にちょっとお聞きしますが、戦後、新憲法下のもとで記念切手がずいぶん発行されておりますが、何種類発行されておりますか。 それから、切手は本来国際的なものだと思うんですが、年表示の中で西暦があるもの、元号と西暦併記しているもの、こういう実態ですね、これはどういう実態になっておるのか。元号併記のものはどのようなもので、併記した理由は一体何なのかあわせてひとつ御質問します。
○説明員(奥田量三君) 戦後における記念切手の発行総数について、正確な総数をただいま持ち合わせておりませんが、三百五十ないし四百種類くらいが昭和二十一年以降発行されているかと存じます。その記念切手の年の表示につきましては、戦後数年間は戦前から引き続いて大半が元号による表示でございますが、昭和二十四、五年ごろ以降のものは西暦による年の表示のものが大半でございまして、戦後におきまして元号による表示をいたしましたものがこれまでに十七件ございます。また元号と西暦の併記をいたしましたものが四種類ということになっております。
○佐藤三吾君 中身は何ですか、四種類の切手。
○説明員(奥田量三君) 元号と西暦の併記をいたしました切手は、天皇御在位五十年の切手、それから昨年発行いたしました国民体育大会の切手が一種、それから本年の年賀用の切手一種となっております。
○佐藤三吾君 五十四年度の年賀郵便の切手が元号併記になっておるというのは、これはどういう理由ですか。いままでの年賀の場合には一切西暦でいっておるのが、五十四年に限って戦後初めて元号が入ったというのはどういう理由ですか。
○説明員(奥田量三君) 年賀はがきの年の表示についての御質問でございますが、年賀はがきの料額印面の下に「年賀」と表示しております。いわば消印に相当する部分。それから下の方にお年玉のくじの部分がございます。これらについては従来から元号で年を表示しておりますこと御承知のとおりでございますが、年賀状の交換が多年にわたって国民生活に定着している慣習であり、かつ利用者の方々の大部分も年賀状に昭和〇〇年と表示されているような実態も考慮いたしまして、料額印面につきましても元号と西暦を併記することがふさわしいと、かように判断した次第でございます。
○佐藤三吾君 いま聞きますと、年賀はそういう理由という説明をいただいたんですが、切手の場合には天皇在位五十年と国民体育大会ですか、天皇が出るということでしたんだと思うんですが、そういうことで、天皇家と関係があるという意味で元号を入れたと、こう理解していいんですか。
○説明員(奥田量三君) たまたま元号と西暦を併記の切手についてのお尋ねでございましたので、先ほどさようにお答えいたしましたが、戦後におきましても元号のみで年の表示をいたしました切手も若干ございます。ただいま御指摘の天皇御在位五十年等につきましては、皇室関係の切手であるということを考慮したことも事実でございますが、そのほか一般的にケース・バイ・ケース、切手のテーマによってふさわしい年の表示の仕方をするというのがこれまでのやり方になっております。
○佐藤三吾君 国民体育大会に元号切手を使ってますね。これはどういう意味ですか。
○説明員(奥田量三君) 国民体育大会につきましては、御承知のとおり、毎年各県持ち回りで、また国民的なスポーツ行事として行われております。それらの国体の名称を呼ぶにつきましても、ほとんどの場合、毎年各県で行われる国体の主催者側において、たとえば昭和五十三年国体とか昭和五十二年〇〇県国体というふうな言い方が一般的になっているというふうなことも考慮いたしまして、これについては元号と上西暦の併記ということがよりふさわしいであろうと、かように判断した次第でございます。
○佐藤三吾君 国体関係は一回だけですか。記念切手出していませんか。
○説明員(奥田量三君) 正確に記憶しておりませんが、過去十年あるいは二十年近くにわたって毎年発行している次第でございます。
○佐藤三吾君 どうして一回だけ元号を入れたんですか。
○説明員(奥田量三君) 先ほどお答えいたしましたように、国民体育大会の切手につきましては今後元号と西暦を併記することがふさわしいであろうという判断に基づきまして、昨年からそのように取り計らった次第でございます。
○佐藤三吾君 やはり元号法案を政府として出さなきゃならぬと、そういう関連で、昨年の国体、ことしの年賀、そこに元号を入れたんじゃないんですか。
○説明員(奥田量三君) お答えいたします。 郵便切手の年の表示につきましては前々から、西暦のみではなく、日本国民の一般的な慣習である元号の表示も取り入れてはどうかというような意見あるいは利用者の声等もございまして、かねてから郵政省としては種々検討を重ねておりましたが、この際今後における切手の年表示について一応の整理をいたしたいと、かように考えている次第でございます。
○佐藤三吾君 この七月の十四日に発行予定で二千六百万枚用意されております検疫制度百年記念切手というのに元号が入っていますね。これは天皇とどういう関係にあるのか。または元号の法制化を先取りすると、こういう意味ですか。
○説明員(奥田量三君) ただいまもお答えいたしましたとおり、郵便切手の年の表示についてかねてから検討を重ねておりましたが、この際一応の整理をいたしまして、今後記念切手で年の表示を行いますものについては、原則として元号と西暦の併記の方向で進めたい、かように省として一応整理をいたしました。ただいま御指摘の検疫制度百年の切手等につきましても、そのような考え方で年の表記を定めたものでございます。御指摘の元号法案との関係につきましては、ただいま申し上げた整理をするに当たって一つのきっかけにはなりましたが、先ほど来申し上げておりますように、かねて検討しておりましたことの結果でございまして、元号法の成否ということと直接つながりを持つものとしては考えておりません。
○佐藤三吾君 五十二年度で約三十四種、五十三年度で三十六種、記念切手が出ておりますが、いまも言われたように、元号記入というのはほとんどない。天皇家に関するものと国体、二つだけですね。で、今後はそういう方向で決めたということですが、明らかにこれは元号法案を想定して先取りしたんじゃないかと私は思うんですけれども、しかし、今後元号法案が成立するということになると、これから二重橋や菊の御紋章と、こういう形で切手を出していくということもその方向の中に含まれておるわけですね。これは時間がございませんから、ここら辺の問題も私はやっぱり元号問題というのが、強制はしないと言いながらも、すでに政府機関である郵便の切手の中に先取りして出されてきておると、そういうふうに思うんですが、こういう点を私はやっぱり総務長官はちゃんと銘記をしていかなければいかぬのじゃないかと思うんです。いかがですか。
○説明員(奥田量三君) 将来における記念切手の意匠と申しますか、デザイン等について元号法案の関連等において何らかの方針的な検討をするということは省として考えておりません。
○佐藤三吾君 総務長官、いま一連の質疑の中で明らかなように、郵政省の切手の問題もしかりでありますが、戸籍法に対する法制局長官の答弁でも明らかなように、結果的には定着しておるんではなくて、定着させておるわけですね、行政を通じて。いままでは法的根拠がなかったものですから、したがって、それを強制的に義務づけるという、そういう方向があらわには出ていない。しかし現実には戸籍法の場合でも付票をつけて、この付票に元号をきちっと入れて、これに公薄として統一すると、住民票は戸籍法との一体のものでなければならぬと、こういう形で元号というのが定着させられてきたと、そういうことが実態だと思うんです。 いままで衆参両院における長官の答弁を見ると、決して、改元手続の規定をしただけであって、使用については強制をしないと、これは総理もそういうことを四月十九日の内閣委員会の中で発言しておりますけれども、しかし実際は他の法律関係の中で強制されてきておると、こういうことが言えるんじゃないかと思うんです。 したがって、国民の場合この審議を通じても、その前の政府の説明を聞きましても、やっぱりそういう不安が二十九文字というこの法文の中における行間ににじみ出ておると、ですから、定着させられておる実態はあるけれども、たとえばこの法案についてはどうかという世論を、各マスコミを通じて発表されておりますように八〇%以上は反対であると、圧倒的にこれは反対ですね。そして慎重審議、できればひとつ継続審議を含めて慎重に審議してもらって、国民にもっと内容を明らかにしてもらいたいと、こういう声が強いのは、そこに私はあるんじゃないかと思うんですが、あなたはこの元号法案の担当長官としてそういった国民世論なり実態というものの上に立って、この法案についての慎重な審議として継続を含めて、今国会で決してあせることではないと、こういう観点に立って臨んでおられるのかどうなのか。 さらにこういった実態について、強制はしないと言いながらも実態は定着させられておるというこの現実の上に立って、法律が生まれればこれは強制になることは明らかでありますから、そういった点についてどういうお考えなのか聞きたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。 大別して二点のお尋ねでございますが、第一点は、使用上の問題についてでございます。この点につきましては自治大臣、法制局長官もお答えしていただいたわけでございますが、現在の実態から超えていろいろなものを使用上義務づけたり、あるいは負担を特にかけたりするものではございません、ということを今日までお答えをしてまいっておるわけでございます。 特に、いま御指摘がございましたように、そういう現在までの事実たる慣習として使用願いました元号について、これが法制化することによってその法律が拡大して、各法律執行等にも関連をしていくのではないか、そういう点についての配慮が必要であるぞという御指摘でございました。特に私どもそういう点を配慮せなければなりませんし、特に主権在民の憲法との関係においてそういうような点で御指摘を再々受けておるわけでございますから、そういう点には特別の配慮をしながら今後の使用について、現在どおりでございますということを特に強調をしてまいっておる立場でもございますし、御制定を願いますれば、今後特段の配慮をしてまいらねばならぬと思うのでございます。 第二点の問題でございますが、この法案審議についてもう少し慎重審議をし、特に今国会というようなことでなくて、継続審議でも考えていくというようなことについてどう考えるかということでございます。そういう方向が望ましいぞという御指摘だと受けとめておるわけでございますが、御意見の趣旨はよくわかります。私どもの法案、国会に提案前もっと国民の方々に御理解を受ける努力も足らなかったという反省もいたしておるのでございますが、しかし国会に法案を提出して御審議を衆参において願っております私ども政府の立場といたしましては、慎重審議を賜ってまいっておることに対して感謝を申し上げておるわけでございまして、しかし担当者といたしましては、ぜひこの国会において審議を議了願いたいと、そういうような切実な心境でもあるわけでございまして、御協力を賜りたいと思うのでございます。
○佐藤三吾君 私は、先ほどから自治大臣、法制局長官、それに郵政省の切手の問題を含めて幾つか質問してきたんですが、残念ながら質問時間ございませんが、しかしいま総理府長官の答弁聞きますと、やはり依然として法制局長官の答弁とは食い違いがある。したがって釈然としない。あなたが、言うならこの法案が強制はしないんだと言いながら、一方、法制局長官の答弁にあるように、上司が命令すれば、この法案そのものはないにしても、それを統一するという立場、また自治大臣の場合は統一しなきゃならぬと、そういうことで役所としてやっていく場合にはこれはやはり従わなきゃならぬし、それに従わなければ当然懲戒処分の対衆になると。 これは民間でも言えると思うんですね。いま銀行筋の伝票見ますと半分は元号使用ですね。聞いてみますと、やはり会社のそういう方針です。したがってこれが法律として成立すれば、当然元号使用については会社の服務規律の中できちっとなるでしょうし、したがって元号を使用しなければ、公務員と同じような会社の方針において処分ということも起こってくるでしょう。こういう重大な内容を私は含んでおると思うんです。そういう意味合いで、この元号法案が成立するということは、やはり国民一般が予想しておるような不安と、そういったこの背景というものを消すことは私はできぬと思うんで、強くこの法案に私は反対し、同時に、できるなら政府はこれを撤回をして、元号法を、現行の事実たる慣習の中で元号というものの国民的な納得を得る、こういう姿勢になってほしいということをつけ加えておきたいと思います。 時間があればさらにまたこの問題について明らかにしてまいりたいと思いますが、一応時間参りましたから終わります。
○久保亘君 最初に文部大臣にお尋ねいたしますが、戦後のわが国の教育の中で元号という用語が使われているものがあるかどうか、元号という用語を使用されている文部省に関する、教科書を含めて、それがあれば実例を示してお示しいただきたいと思います。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 戦後の教育制度の中にいままで元号というのはないんで、年号と言ってきたんですけれども、それは同じ意味でございます。
○久保亘君 元号と年号は、一般的には同じ理解に立つ場合もありますが、今日元号法として提案をされております場合の元号というのは、年号という言葉でくくってもいいものかどうか。年号という場合には、西暦もこれ年号なんじゃないですか。わざわざ元号という区分をされていること、元号といういままで文部省が戦後一度も使ったことのない用語でもって元号という表現がされていることは、いままで文部省が使ってきた年号という言葉とは厳密には区分されなければならぬのじゃないでしょうか。
○政府委員(諸澤正道君) ただいまの御質問で、まあ文部省が使っておりまする文書、つまり具体的に言いますと教科用図書検定基準実施細則というこの大臣裁定の文書がございますが、この中では教科書における年号の記述という表現を使っておるわけでございます。ところが、それじゃ教科書はどういうふうに書いてあるかといいますと、これは中学校や高等学校の歴史の教科書には、大概学習の初めに当たって、歴史の記述の中で年代の表示はこの教科書ではどういうふうにしますよということを書いてあるわけです。その記述を見ますと、まあおよそその年代の表示には西暦というものと年号、括弧して元号というものがありますと、それで西暦というのはこういうものですと、年号あるいは元号というものはこういうものですということで、まあ言ってみれば教科書によって年号だけというような記述もございますけれども、著者のその書き方によっては年号と元号を同じものと見て記述をしておるという例が相当あるわけでございまして、検定においてはそういうものを妥当なものとして認めておるわけでございますから、まあ結果としましては文部省も年号と元号について、まあこれは担当専門職の者に聞きましても、明治以前から日本には両方の言い方があって、同じような意味で使っておるというふうに理解をいたしておるわけでございます。
○久保亘君 それでは、西暦は年号ではないのですか。
○政府委員(諸澤正道君) これは辞書を見ましても、年号というのを見るとこうこうだと、日本では孝徳天皇の時から始まったと書いて、最後に元号と書いてあるわけですね。それで、元号のところを見ると、やはり同じ説明があって、最後に年号と書いてあるので、まあ元号、年号というのは大体同じ観念で説明されておりまして、教科書などでも、西暦というのはキリストが生まれたと称せられる年を紀年として発する年号の記述方法であるということで、これは年号というのを――まあ私、寡聞にしてたくさん見ているわけではございませんけれども、西暦というのは年号だというふうな言い方は普通はないように思うわけでございます。
○久保亘君 私も、高等学校で歴史教育に携わっておりましたから、多少専門的に知っているつもりであります。 で、元号という言葉には、わざわざ年号という用語を使わず、元号という言葉を使うのにはそれなりに意味があるんです。しかもこの元号というのは、明治に入って旧皇室典範が制定をされた段階からとその前とでは、元号という意味は厳密にはまた違っているのじゃありませんか。大化の改新に始まるいわゆる年号、これは戦前の歴史には年号と書いてあります。で、この元号は明治になってから皇室典範で決めた元号の持つ意味とは違っていると私は思うんです。そういうものを厳密にやらないと、少なくとも歴史教育に責任を持つ文部省としては非常に私は無責任なことになると思うんですよ。旧皇室典範の前と後ろでその元号という概念が違っているか違っていないか、これは文部省としてはどういうふうにとっておられますか。
○政府委員(諸澤正道君) 専門でない私が余りお答えしても御満足のいく答弁はできないかと思いますけれども、先ほども申しましたように、私もこの点はたとえば広辞苑や日本国語大辞典といったような辞典を引きましても、いま申しましたように全く同じという意味に記述されておりますし、ただ制度としては、おっしゃるように、明治の初めに一世一元の制を立てられたということですから、ここで制度として元号というものが出てきたという意味で、まあはっきり一つの元号というものが皇室典範等でいわば法令の用語として定められたという意味合いはあるかと思いますけれども、その内容自体は私は専門職の者に聞きましても変わりないんじゃないかというふうに理解をいたしているわけでございます。
○久保亘君 これは内容的には、この政治、社会で使われるときには非常に違っておるんです。なぜなら、明治以前においては年号というのはこれは一人の天皇の在位期間中に幾つも変わっていくんです。そしてこの年号は天皇の贈り名にはならない。明治になって決められた元号というのはそういう厳密な政治上、社会上の意味を持たせて決められたんです。だからその意味では、旧皇室典範の制定を境にして、元号というものが政治的には意味が違ったものになっているということはお考えになりませんか。
○政府委員(諸澤正道君) 確かに一世一元ということになりましたのは明治時代でありますから、明治という元号に象徴されるものは明治天皇を日本国君主と仰いだ四十五年の期間と即一致をするわけでありまして、そういう意味で、この昔のいろいろおめでたいことがあれば年号を変えるというような、そういうものとその定め方の点において異なるところはあろうかと思いますが、まあ私どもは、教科書において元号を年代の表示の方法として見た場合には、それは戦前、明治以前であろうと明治以後であろうと一つの時代を象徴するものとして大化であれ応仁であれ明治であれ、同じような性格のものではなかろうかと、こういうふうに理解するわけでございます。
○久保亘君 それじゃ文部大臣、歴史の教育をやるという立場から、歴史の継続性とか時代観というのは通し年号というのが基本にならなければ歴史教育という立場からは、はなはだぐあいが悪い。年号、いわゆる元号を意味する年号という立場に立てば、これはある一つの時代を区切ってあらわしているものであって、歴史の継続性をわからせるという意味では教育上は問題が多いのであります。したがって、いままで文部省も指導要領の中で年号と西暦の併記、文部省は決して元号という言葉を使われなかった。このごろ古めかしい言葉が総務長官がお好きだから出てきておるんですけれども、年号ということで文部省はずっとやってこられた。それは年号というのは歴史的事実として存在したから文部省は年号というものを日本の歴史の中で併記さしたのであって、年号というものが必要だからなのではありません。歴史教育の中に年号を取り上げるのは、日本の歴史の中に歴史的現実として年号が存在するからそのことを記述しているのであって、歴史教育の基本というのはあくまでも歴史の継続性に立って通し年号でなければ歴史の正しい教育というのはできないわけです。その点については文部大臣はどうお考えになりますか。私がいま言っていることは大変間違ったことだとお考えになりますか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) いま久保さんのおっしゃることもわかりますけれども、しかし、元号はわが国の文化的遺産として、御承知のように歴史学習においても、大化の改新とかあるいは天平時代、元禄文化、明治維新などの元号に関しては歴史的事実、これはその時代的背景などに十分注意して歴史教育しているんですよ。ですからあなたのおっしゃるように、一貫性をやる場合にはやっぱり西暦と併記する必要が私はあろうと思いますけれども、元号は元号としてその時代を背景にした貴重な歴史的文化遺産だと私は思っております。
○久保亘君 いままで文部省の指導要領にせよ何にせよ、あらゆる文書に年号という表示を使ってきた文部省が急に元号法の審議をするからといってあなたがここで元号と歴史教育上の呼び名を変えることはないんだ。文部省は年号と言ってやってきたんだから年号とやればいいんですよ。それで、いまあなたがそういうふうに言われるけれども、私は歴史的事実として大化という年号が存在したことを否定しているんじゃないんです。大化という年号が日本の歴史のある時期に存在したということを、これを歴史教育として教えることは正しい、そのことを私は否定はしない。しかし、歴史教育というものの一貫性、継続性というものをやっていく上には、通し年号というのを正しく教えなければいけないんです。そしてその通し年号というのは一体、天皇と元号という関係から見た場合に、そういうことであなたがたがもし言われるとするならば西暦と元号とはどこでどう結びつくんですか。
○政府委員(諸澤正道君) 専門家でないのに申し上げるものも恐縮ですけれども、いまの小学校のたとえば教科書ですね、相当長い期間で見た場合、たとえば大化の改新は六百四十何年かですね、それから奈良に都が移ったのが西暦七百何年と、それから京都へいまの平安の都へ行ったのが八百年近くというような、そういうインターバルの歴史の勉強というのはまさに私は小学校でも西暦を使っていますし、そういうことをやっておるわけです。ただ、たとえば明治維新後たかだか四十年かそこらのうちに日本がいろいろな事件に遭遇して、明治の初め、明治二年に東京へ都を持ってきた、そして版籍奉還、四年に廃藩置県があったとか、十年に西南の役があったとか、こういうのはやっぱり私自身もそういう明治という年号で学校で勉強させられましたけれども、やはり明治の四十五年というものはどういうふうな激動の時期であったかというのは西暦で教えても構わないわけですけれども、私どもやっぱり歴史の勉強として明治何年はどうだったという、明治十年の西南戦争とか、十四年の国会開設の請願運動というか、そういうのいまでも覚えているわけですけれども、やはりそれは一つの勉強の仕方として、短い期間の間にいろいろなことがあったという勉強には現在も教科書に使っておるわけでございますから、それはやはり両方勉強の上ではある方が私はよろしいんではないかというふうに考えておるわけでございます。
○久保亘君 それはやっぱりあなたの育った時代、あなたが教育を受けた時代、そういうものが現代の教育行政に携わる責任者としてふさわしく十分に構造改革が行われていないということかもしれませんね。 そこで文部大臣、あなたは先ほど元号は歴史的文化遺産と言われた。元号が日本の歴史的文化遺産だというのはどういう意味で言われるんでしょうか。特に私はいまこの法律に言われている元号に限定してこの歴史的文化遺産の根拠をあなたに述べていただきたいんだけれども、まず提案の責任者である総務長官の方に元号がどういう意味で日本の歴史的文化遺産なのか、それをまずあなたの方にお聞きして、後文部大臣に説明を聞きましょう。
○政府委員(清水汪君) 私から答弁さしていただきますが、私どもが理解しております元号は、約千三百年の当時のまさに大化と言われたその時代におきまして、制度としてはお隣の中国においてすでに発達し、確立していたところのその制度というものを輸入をしたものと理解しておるわけでございますけれども、以後これが大化の後は多少中断したような時期がありましたが、文武天皇の大宝というものが定められて以来は継続して今日に至っているわけでございますが、そのようなものが昔はよく年号の方という表現で言われたことは先生のおっしゃるとおりでございますが、その年号は結局わが国における年の表示の方法というものとして一番代表的と申しますか、そういうものとしてだんだんと定着をしてきた、そうしてその歴史の変遷の中で日本的な発展を続けて今日に至ってきたと、こういう面があろうと思いますし、それからもう一つは、つい先般まではそれが制定権者として言えば天皇の名において決定されてきた、こういうものであったと、こういうふうに理解をしておるわけでございます。 そのような日本の国といいますか、あるいは日本人の社会といいますか、そういうところにおいて結局それによって表示をすればそれが年の表示であるということについては、それが共通に疑義なく認識されるということがだんだんと形成されてきた、そういうようなこととして現在で言えばまさに年の表示方法として定着をしていると、こういう現象であるわけでございまして、そのようなことを全体としてとらえてこれはわが国における独特の文化的な一つの伝統であると、こういうふうに理解をすることも可能であると考えております。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 元号は、わが国では孝徳天皇の時代に大化と称せられたのに始まり、その後、当初わずかな中断はあったが、昭和の今日まで約千三百年の長きにわたって使用され、現在広く国民生活に定着しているところであります。その意味からして、元号はわが民族の歴史に根差した伝統の一つであり、広い意味で文化的遺産と言えるんじゃなかろうかと思います。
○久保亘君 私もこれは歴史的な遺産として事実存在することを否定はしない。しかし、歴史的遺産というものが今日においてなおかつ価値を持つかどうかという問題はこれは別なんです。そのことは明確にしないと、日本の歴史に存在したからこれは価値あるものだというそういう判断に立つことは問題があると思うんです。それならばあなたに聞きますが、神武天皇というのは実在したと思われますか、どうですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 私どもも神武天皇は歴史で習いましたけれども、実在したかどうかは私も調べてないのでございます。
○久保亘君 しかも歴史的遺産と言われる、孝徳天皇に始まるということを言われる、この孝徳天皇というのは神武天皇の末裔として日本の歴史は戦前これを教えてきたんです。だから、皇紀というのは――私たちが小学校のとき皇紀二千六百年祭というのがありました。この皇紀というのはいま歴史的文化的な遺産として価値を持っているんですか持っていないんですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 私は、やっぱりこの二千六百年の歴史というもの、それがどこまで正確かは存じませんがね、われわれの歴史学者の中ではやっぱり重要な意義を持っていると思っています。
○久保亘君 それじゃお尋ねいたしますが、いま日本の歴史上在位をされた天皇の中で百年以上天皇の位についておられたという方が何人おられるか知っておられますか。
○政府委員(諸澤正道君) どうも昔習ったことをいま思い出しながら聞いているわけですけれども、確かに神武天皇が大和の橿原で御即位になってから紀元の二千六百年だというんで、私は中学校の何年のときですか、昭和十五、六年だと思いますが二千六百年祭というのがあって、皇紀というのは西暦とたしか六百六十年違うんでございますね。で、そういうふうに、ですから私の中学での記憶では皇紀から六百六十年引いたのが西暦だということでありますから、いまの大化改新なども両方で紀年が全然違ってしまうと。そこで神武天皇以後数代の天皇のお話はこれはまあ架空だというような歴史上の書物もたくさん研究書があるわけでございますから、そういう意味で逆算していくと、その初期の天皇のうち、人数は忘れましたけれども、何人か百歳以上の御年になられるという方がどうしても出てこざる得を得ないというようなことがあって、恐らく戦前の教科書には皇紀というのが書いてございましたけれども、戦後の教科書はその皇紀を採用しなくなった。ということは、結局その皇紀自身に歴史、科学としての正確性に欠くる点があったということはやはり歴史学者としては、全部かどうか知りませんけれども、おおむねそういう意見が一致した点があるんではなかろうかというふうに私は考えるわけでございます。
○久保亘君 第六代の天皇が百一年、これは百一年生命があったということではなくて百一年在位ですね。十五代の応神天皇は百十年在位です。八十年以上天皇の位にあったという方も三天皇あります、皇紀に従えば。で、こういうことは、この皇紀といわゆる年号というのはある意味では非常に深くつながって戦前の歴史教育の中では取り上げられてきた問題なんです。私は、だから歴史の教育というのはそういう意味では、その時代における価値観というものも正しく取り上げなければ、いまのような、特に明治になってから旧皇室典範が制定をされて、そしてそのときに一世一代、一代一号の制度になったんですね。そしてその年号は天皇の贈り名として使われるようになる、この段階から元号というものは従来使われていた元号とは年号の扱い方において大変違ったものになるのであります。いま出されている元号法案は、まさしく旧皇室典範を復活しようとするものであり、元号に関する限りでは復活しようとするものであり、そのことはやはりいまのわれわれの社会的な価値の前提になっている日本国憲法の精神とは異なると思うんであります。そういうことをもう少ししっかり文部省としては検討をされて意見を述べられなければ、これは重大な問題ですよ。 そこで私は、聞いておきたいと思いますことは、政府に公式制度連絡調査会議というのがございますね。これはいまもあるんですか。
○政府委員(清水汪君) ございます。
○久保亘君 この公式制度連絡調査会議には文部大臣はメンバーですか。文部大臣どうですか――文部大臣に聞いているんです。メンバーですかと、あなたに聞いているんですよ、あなたはメンバーかどうか。知らないなら知らないと言えばいいんです。そんな、教えてもらわなければわからぬようじゃだめじゃないか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 私は聞いていないのでございます。
○久保亘君 それじゃ総務表官、この公式制度連絡調査会議は文部大臣はメンバーになっているんですかなっていないのですか。
○政府委員(清水汪君) この調査会は昭和三十六年の七月二十八日の閣議決定によって設けられておりますが、これの議長は総理府総務長官でございます。で、あとメンバーは国務大臣のような方はおられませんで、議長にかわる代理役に当たりますのは総理府の総務副長官でございまして、そのほかのメンバーは関係数省庁の局長クラスということでございまして、文部省の場合で言えば文部省の官房長をメンバーにいたしております。
○久保亘君 文部省の官房長がこの会議、過去一年出席したことがありますか。
○政府委員(清水汪君) お答えを申し上げます。 過去一年でございますと、一番最近では本年の一月三十日にこの連絡調査会議を行いまして、そのときは私の記憶ではたしか全員出席だったように記憶しております。 それから……
○久保亘君 いや、一年間に何回出たか。
○政府委員(清水汪君) 過去一年の間で昨年のたしか秋だったと思いますが、これは非公式に全員の懇談会の形でいたしまして、そのときも記憶しております、文部省の官房長が出席しておられました。
○久保亘君 その会で元号の問題について協議をされたことがありますか。
○政府委員(清水汪君) ただいま挙げました二回の会議はもっぱら元号問題について協議するために行われたものでございます。
○久保亘君 そのときに文部省から述べられた意見はどういうことですか。
○政府委員(清水汪君) 一番最後の一月三十日の場合におきましては、記憶しておりますが、格別の御意見はなかったように思います。その前の懇談会のときのことにつきましてはいろいろ議論は、意見の交換を自由にやっているわけでございますが、特にいま印象に残っておるような御発言としては、私申し上げるほどのものは記憶いたしておりません。
○久保亘君 文部省からは歴史教育だけではなくて、教育の全体に非常に大きくかかわってくる問題について公式制度連絡調査会議が元号の問題を議題としたにもかかわらず格別な意見が出されておらないということは非常に私は遺憾に思います。 それから、この連絡会議は三十六年に設置されてから定例的にずっと開かれてきたものでしょうか。それとも最近になって元号問題を話題にしていくために生き返ったという会議ではありませんか。
○政府委員(清水汪君) 三十六年の七月に設置をされまして、昭和四十年あたりまではかなり頻繁に活動をいたしております。この間にはもちろん元号の議論もいたしましたし、そのほか一番事績として残っておるものから申し上げますと、たとえば国事行為の委任の問題というようなことを審議いたしまして、これは昭和三十九年に法律を制定していただいておるというようなことでございますが、あるいはそのほか国賓についての処遇のあり方、それからまた、国旗、国歌あるいは国葬の問題、そういうようなことについて議論をいたしてまいりましたが、四十年代に入りましてからいわば中だるみ的な状況で推移をしておったわけでございます。
○久保亘君 その問題は、私は元号の問題が、せっかく文部省は戦後一貫して、元号という用語も使ってないんですよ。それがいま突然また元号という名前で政治的に使われ始めた。年号と元号が同じならなぜ文部省は戦後一貫して指導要領にも使ってきた年号という表現にならないのか。私はそういう意味ではこのことが文教上の問題を抜きにして政治的に処理をされてきた証拠だと、こう思います。 その次に、いま法律で提案をされているこの元号というのは、国際的に通用性があると思われますか、国際的に通用するかどうか、それは文部大臣いかがですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) お答えします。 大部分の国が御指摘のとおり西暦一本でやっていますけれども、しかし、国によっては回教徒の回教暦とか、あるいは仏暦を使っているところもあるわけです。だから、それぞれの国によって違いますから、私は日本は先ほど申しましたように、大化の改新以来千三百年の歴史があるからこの元号は今後も使っていくべきだと思っております。
○久保亘君 私が聞いているのはその元号が国際的に通用するかどうかということを聞いておるんです。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 国際的に通用する場合もあるし、しない場合もある。というのは、日本の歴史を調べる場合には、やっぱり元号を抜きにして日本の歴史はわからないんですよ。そういう意味では国際的に大部分の国がいま西暦一本でやっていますけれども、先ほど申しましたように、仏暦を使っておるところもあるし、回教暦を使っておるところもあるから、日本も元号を使って長い間やってきたのだから、それは決して私は国際的に矛盾しないと思うんです。
○久保亘君 内藤さんほどの賢い人がわざと答弁そらしちゃいかぬ、あなたを私は尊敬しておるんだからまともに答えなければいけませんよ。元号はそれは特殊な日本史の研究家などにとっては、私がさっき言いましたように年号が歴史的に存在した事実はあるんだからそれは必要でしょう。しかし国際的な通用性というのはそういうことを言うのじゃないんです。国際的に、いま決められようとする元号が通用するかしないかということをそれはしないならしない、国際的にも十分通用すると、こう言ってもらえばいいです、そのことをはっきりしてもらえれば、いろいろ注釈は要りませんね。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 私のこれは所管じゃないですから、むしろ外務省あたりから言ってもらった方がいいんじゃないかと私思うんですよ。それはおっしゃるように国際的には西暦で動いていることはこれは事実でございます。
○久保亘君 まあ文部大臣、私もあなたをこれ以上別にいじめるつもりじゃないから。ただ、いまあなたが言われたように、これはお互いにこの場所を離れて話せば元号が国際的に通用するなんていうことを日本の文部大臣が言ったら笑い物だからそんなことは言われぬと思うんです。ただ、私なぜそんなことを聞いたかというと、大平総理大臣もあなたも、この通常国会の冒頭に本会議並びに委員会でこれからの政治の重要な課題として国際的に通用する人間をつくらなければいかぬ、こういうことを述べられておるんです。それで国際的に通用する人間というのは、私がさっき言ったように歴史の見方、歴史のとらえ方という点について国際的に通用する歴史を読ませなければいけないんです。その中に私はあえて文化的遺産などとは言いませんが、歴史的に年号が存在したその事実を歴史教育の中で注釈を加えることについて、私も歴史教育に携わった者としてそのことを否定はしない。しかしあくまでも歴史教育の基本として貫かれるのは通し年号として国際的に通用する西暦の年代によるのが、国際的な人間を養成をしていく趣旨に合致するのではないか、いかがですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) いや、私はあなたの趣旨よくわかるんですけれども、やっぱり私どもは日本人を育成するのですから、そういう意味から考えると西暦も大事ですよ。同時に元号も日本の歴史を教える場合にはやっぱり私は日本人に知ってほしいと思って大事だと思っておりますよ。
○久保亘君 元号が、私が言っていることはあなたよくわかっておらぬのだね、元号が年号として存在した事実を私は否定してないんですよ。そのことを歴史教育の中でこういう年号が使われていたということを指導することは、このことは日本史の教育の中において何ら私は反対をするものじゃないんです。しかしこのことが、あなたの言われる日本人教育には絶対に必要なことであって、この元号が現在もなお価値を持ち今後も価値を持ち続けるというところへ至れば、そこは大変国際的な人間を養成していくというあなたの言われる立場とは大きな問題を生じてくるわけです。だからその点を私は指摘をしておきたい。 時間が余りありませんからそれでは聞いておきますが、初中局長、年号と西暦の併記というのはどちらにどちらを併記するのですか。
○政府委員(諸澤正道君) いまの教科書を見ますと、大体歴史的部分を扱った社会科の教科書では西暦が先に書いてありまして、一八六八年(明治元年)というふうな使い方をいたしております。ただ、今度は現代の公民的分野なんかを勉強する場合の教科書の記述は、記述の中身がたとえば子供の郷土史を勉強すると、で子供の作文を取り入れてあるというような場合に、その作文の中身としては昭和何年ごろにこういう災害があったというところで括弧して逆に西暦を入れるというようなこともございますんで、一概には言えませんけれども、検定の立場としては、著作者がそれを扱う主題をどう判断し、どういうふうに書いた方がよろしいかというその判断を一義的には尊重いたしまして記述をさせておりますんで、格別の原則を立ててあるわけではございません。
○久保亘君 そのことについては今後も一切文部省が一つの型を決めて強制することはない、こういうふうに理解をしてよろしゅうございますか。
○政府委員(諸澤正道君) 教科書の記述は元号の問題に限らず全般的に教育用の教材として適当かどうかというのを判断するのが検定でございますから、具体的事例をなしに申し上げるのはちょっとむずかしい場合もございますけれども、要は検定として教育上の配慮が適切かどうかという観点から御意見を申し上げることもときにはあろうかと思いますけれども、その趣旨はあくまでも単純一律に西暦よりも元号を先にしろとか、そんなことは絶対ありません。
○久保亘君 時間がなくなりましたので最後に総務長官にお尋ねしたいことがありますが、戦争責任を問うた国際裁判における有罪の判決は国内的にはどういうことになるのでしょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) 国際法に基づくものでございますから、外務省からお答え願った方が適当と思うわけでございますけれども、私国務大臣としてどうこれを受けとめておるかということでございますけれども、やはり戦勝国が戦争裁判を実施して、わが方はこれに服従をいたさねばならぬ立場でございましたので、それはこの戦勝国の、そうした戦争責任者としての裁判については、国としてその裁判の判決は受諾をしてまいるべきであると、そう受けとめておるわけでございます。
○久保亘君 私は、世界の歴史の中で軍事裁判というものについて、軍事的な裁判についてこれを全部認めるわけではありません。しかし、少なくとも日本のこの戦争指導の最高責任を負ってたくさをの国、たくさんの国民の生命、財産を犠牲にした、こういう戦争指導の責任というのは自分の国においても明確にされなければ、私はこの戦争そのものを後世に生きる人たちに教育的にも指導することはできないと思います。だから、少なくとも国の方向を誤らせて、そうしてたくさんの国民を犠牲にしたその戦争指導の責任というのは歴史教育上も明確にされていかなければならない問題だと思いますが、文部大臣はどうお考えでしょうか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) お説のとおりであります。 しかし、それと元号とは私関係ないと思っています。
○久保亘君 私の主張を認められたんで――元号とは関係ないって、いまからあるんですよ、だからぼくは言っているんだ。それを認めてもらったら結構。そういう立場で文部省は歴史教育の基本というものを貫いてもらいたいと思う。そうなれば、そういういま文部大臣が認められたような戦争指導の責任を自国の国民、世界の国民に対して問われなければならない人たちが国際裁判において有罪の判決を受けた、その有罪の判決について、事実に照らして何らの免責の措置もとられず、名誉の回復も行なわれないまま靖国神社に合祀をされる。このことは総務長官、どういうことになりましょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) 先ほど申しましたように、戦争責任者の法的な問題については私、明確に御答弁することは差し控えてまいりましたが、そこで、戦争責任者が先般靖国神社に祭られたということについてどう思うかということでございますが、このこと自体は靖国神社という神社が御決定をなさったことでございますので、それをどうこうすることは私は差し控えたいと思うのでございます。しかし、いま言われましたような政治責任なりあるいは道義的な責任という立場で国民的な受けとめ方でどう思うかというようなことであろうと思いますが、この点については、これは将来歴史が、あるいは国民がこれを判断をするものと思いますけれども、現在の国民の一人である私といたしましては好ましい処置ではなかったなという受けとめ方をいたしておるところでございます。
○久保亘君 私は、そういうような行為が、総務長官も政府の責任者の一人として好ましいことではなかったとお認めになるようなことが行われて、その直後に総理大臣が私的か公的かは別にして参拝をされる。そして一方では軍人勅諭が称揚される。教育勅語が礼賛される。そういう中で旧皇室典範の復活とも見られるような、その前の元号とはまた違った意味を持った明治新政府後の日本の一つの統治の手段であった元号が、いま平然とこれらの動きを背景にして生き返ってくる。このことについて国民の間に大きな疑問が上ってくるのは当然なことだと思うのです。私、まあそういう点について、政府が慎重な取り扱いをされることが後世の歴史の審判にたえる道だと思いますので、このことにあなたのお答えを求めても無理だと思いますから、私の意見にして質問を終わります。
○矢田部理君 この連合審査は法務委員会として内閣委員会にお願いをいたしましたので、主として私は法務にかかわる問題点について伺いたいと思いますけれども、その前に二、三基本的な問題についてお尋ねをしておきたいと思います。 その一つは、総務長官、明治憲法下の元号と新しい憲法のもとにおける元号とはおのずから位置づけが違うと思いますが、どういう点でどのように違いますか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、先ほど久保委員の元号の歴史的な御意見がございましたが、清水室長が答えましたように、元号の歴史的な回顧をしてまいりますと、これ自身が中国から参ったものである。その当時は中国的なものであったと思いますが、それから自来千三百年以上の経過があるわけでございますが、そこで、明治憲法下におけるものと、それから新憲法下におけるものと、そういう点におきましても歴史的に私は変遷があったと見るわけでございます。その中に特にこの旧憲法下と新憲法下におきましては、主権在民という基本的な問題があります。天皇の統治の大権というようなものが廃止をされておるということでございますから、そういう中においての元号でございますが、そこで新憲法時代には一つの皇室典範など法制的なものに基づいて存在をいたしました。しかし、旧憲法下におきましてはこの元号そのものが一つの政治的な使命と申しますか、機能を果たしてきた、紀年法とともにそうした一つの私は機能を果たしてまいっておった旧憲法時代、新憲法下におきましては、天皇のいま申し上げました地位、使命が明確に変わってまいりましたのと、なお元号そのものにおきましても、法的な根拠のないものであるし、また元号そのものが政治的な一つの機能を果たしてきたという点において、私は天皇がこれを新憲法下においてこれに関係をされるものではない、そういうところが大きな違いである。したがって、事実たる慣習として新憲法下においては、これが国民の間に使用されてまいったというところに大きな違いがあるのではないか、そう受けとめておる次第でございます。
○矢田部理君 どうも伺っても論旨がよくわからぬのですけれども、一つの違いとして明治憲法のもとでは法制的根拠があった、今日はないと、つまり事実たる慣習として機能をしているということは、一つの違いかもしれません。それならば同じ昭和という元号、戦前と戦後でどういうふうに違いますか、意味、内容、性格づけ。
○国務大臣(三原朝雄君) 新憲法下においての昭和でございますが、法的な根拠によるものではない。なおまた天皇が御決定をなさった勅定のもので、あるいは詔書によってできたものでもない、そういう大きな違いがあるわけでございますから、昭和におきましても、新憲法下における元号というのと、それから旧憲法下における元号というには大きな違いがあると思うのでございます。ただ、国民が使用し存続を希望する紀年法としての私は機能におきましては変わりはない、そう受けとめておるわけでございます。
○矢田部理君 法的根拠のあるかないかということはさっき伺いましたから、それ以外に質的な変化、内容的な違いはないんですか。――いや総理府総務長官の認識を伺っている。
○国務大臣(三原朝雄君) 私は機能の内容といたしましては、原理的というか、には天皇が勅定された、天皇の大権に基づくものであったというところに大きな一つの違いがある。その他の年の紀年といたしましては、国民が使っておられる紀年としては変わりはございません。大きくはそういう受けとめ方をいたしておるということでございます。
○矢田部理君 どうも意味がわかりませんね。昭和というのは最初天皇にかかわらしめてつくったわけでしょう。ところが敗戦になった。旧憲法及びそれに直結するようなさまざまな法令は廃止をされ新しい憲法ができる。同じ名前でも性格、意味、内容が本質的に違ってきているのではないかとも思われるのですが、その辺はいかがお考えかと聞いているんです。
○国務大臣(三原朝雄君) 先ほどから申しておりますように、本質的には天皇が直接元号をお定めになるというところに本質的に違いがあるということを申し上げている。その他の機能的には私は紀年法的な、紀年、年を数えるものといたしましては変わりはございません。本質的に違うのは天皇との関係である、そう思うわけでございます。
○矢田部理君 そうだといたしますと、元号の改廃と申しますか、これを皇位の継承に時期的にかかわらしめるというのはどう説明するんでしょうか。――いや、総務長官に聞いている。
○国務大臣(三原朝雄君) 天皇の皇位継承に関係をしてやっておるではないかということでございますが、それは基本的な元号改元の一つの手続を今回の法律は決めるわけでございます。そういう点において、憲法第一条に明記してありますように、主権を持つ国民の総意によりまして国家並びに国民の統合の象徴として天皇制が新しく定められておるわけでございまするから、そうした国民の総意によって象徴天皇が存在しておられる、その天皇の、何というか、皇位継承の時期に改元をするというようなことに結びつけても、現新憲法に抵触するものではないという判断のもとに法案を策定をいたしたところでございます。
○矢田部理君 戦前の元号は、天皇主権の時代でありますから、天皇にかかわらしめてつくられた。しかし戦後は、とりわけ新憲法下のもとでは主権が国民にあることが厳粛に宣言をされた。その後も元号の改廃を天皇の皇位継承にかかわらしめるという論理はつながらないんじゃありませんか。説明にならぬのじゃありませんか。その点をいまの説明でも納得できませんので、もう一遍伺っておきたい。
○国務大臣(三原朝雄君) 元号に対します国民の心情と申しますか、理解というようなものを、その実態をそのまま私どもは受けとめて今回の法制化に踏み切っておるわけでございまして、国民自体は元号の存続を希望される。そして、その元号につきましてはいつ改元をし、だれがするかというような点について明確でない。国民のそうした期待なり願望にこたえるためには私どもは一つの元号改元の基本的なルールを策定する必要があるというところから、このルール策定の方法として元号法を提案を申し上げておるわけでございます。しかし、このこと自体が旧憲法時代に天皇が勅定をされたというものとは本質的に違う、主権を持つ国民がやられるわけでございますし、それで決めておられまする象徴天皇の在位期間、これは国民自身が、元号の改元からそして終末というのは、大体天皇の在位の期間であろうという、そうした私は意向をお持ちの方が非常に多いという立場から見て、いま申し上げますような新憲法下における天皇の皇位継承のときを改元の時期に設定をしていくというようなことにいたしたわけでございますから、直接天皇との関係はございません。新憲法に対して違反をするものではございません、そういう立場に立っておるわけでございます。
○矢田部理君 明治憲法の終末といいますか、廃止と言っていいかしれませんけれども、に伴って、旧皇室典範が廃止をされましたね。その皇室典範十二条に「践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト」という規定がございますが、それと今度の元号法との違いをどのように長官認識されておりますか。
○国務大臣(三原朝雄君) 旧皇室典範におきましては、元号が典範の中に明記してあったことは御指摘のとおりである。しかし、元号そのものが国事に関する行為であるということになってまいり、国政に関することであるということで、天皇の新憲法下におきまする天皇の地位、使命と申しますか、機能というようなものの中にはそれは含まれないということに相なって、そうした結果になったものと考えておるのでございます。
○矢田部理君 なぜこの皇室典範は廃止になったんでしょうかね。
○国務大臣(三原朝雄君) 皇室典範なりあるいはそれに付属するこの政令的なものまで廃止になったというのは、私は新憲法の精神なり、あるいは法の内容に照らして適当でないものについてこれを改廃をする、そういうことで改正をされたものと受けとめておるわけでございます。
○矢田部理君 新憲法下のもとでは主権在民の思想に反するような制度、法令は一切効力を持たない、そういうことで廃止になったわけでしょう。それと本質的に同じものが今度の元号法で復活する、基本的には同一内容のものが復活をするということをどう説明されますか。昔は天皇が決めた、今度は国民の意思だということだけでは説明つかないんじゃありませんか。
○委員長(桧垣徳太郎君) 清水審議室長。
○矢田部理君 ちょっと、総務長官の認識を聞くんだから待ってなさい。私、終わってない、まだ質問。 しかも皇位の継承にかからしめるということになれば、ますますその色合いが濃くなってくるわけですね。そういうことから見て、私は敗戦の苦しい経験あるいは戦争の教訓の中から引き出した新しい憲法、これを基本的にやっぱり遵守する立場と違う方向が今日あらわに打ち出されていると受けとめざるを得ないのですが、そこをどう説明するんでしょうか。
○政府委員(清水汪君) 先ほど来の大臣からの御答弁で、一般的な問題をお述べいただいているわけでございますが、旧皇室典範十二条にあった元号の規定が新しい皇室典範に入っておりません。その点につきましては、これはよく議論されてきたところでございますけれども、一番基本的な考え方といたしましては、新しい皇室典範は、憲法に基づく法律という形で、皇室のいわばまあ身分的な関係のことを規定すると、こういう性格のものになったと、こういうことがあったと思います。で、そのようなこととの関連におきまして一つ。 それからもう一つは、元号自体をやはり天皇が定めるということであれば、それはすでに二十一年の十一月三日に公布されておりましたその憲法そのものの国事行為の中にはそれはございませんので、そういうことはいまさらあり得ないわけでございます。ですから、当時の政府としては別の法律でこれを処理するという考え方を持っていたわけでございます。つまり、申し上げたいことは新しい皇室典範というのは場所としても、それからまた、いまの天皇がどうこうおやりになるというようなことは考えておりませんので、そういうことからいいましても、新しい皇室典範には無縁でございます。そういうことで入っていない。入ってないというのは、そういうことだというふうに理解をいたしておるわけでございます。それで別の法律ということで当時も考えた、それがまあいろいろの事情で実現をいたしておらないまま今日に至っていると、こういう経過であると存じているわけでございます。 なおまた、皇位継承との関係につきましては、これは先ほど総務長官の言われたとおりでございまして、さらにまあやや卑近な表現で恐縮でございますが、そういう紀年法としての元号の切りかえの時期を、皇位継承の時期というところに一つのきっかけを求めたと、こういうふうに私どもとしては考えているわけでございます。
○矢田部理君 単なる紀年法であり、皇位継承に一つのきっかけを求めるというようなほど軽い意味合いで考えているわけじゃないんじゃないでしょうか。一つの単なるきっかけだというならば、いろんなきっかけのつくり方あるでしょう。 次の質問に入りますが、年号の使用に関して伺います。年号の使用は自由だという原則は長官確認できますか。
○国務大臣(三原朝雄君) 御提案を申し上げております法案の中には、元号の使用については触れておりません。そこで、いまのお尋ねがあるわけでございますが、したがって、私どもが法案を御提案を申し上げますときの考え方というのは現状のままでございます。この慣習によって使用されておる現状のままでございます。したがって西暦併用も考えております。また使用されることも義務づけられたものでなくて自由でございまして、現状のまま御使用願うことでございますということを今日まで申し上げてきておるわけでございます。
○矢田部理君 それは議事録等読んで存じておりますが、つづめて言えば、したがって、年号の使用については自由である、これが原則であるというふうに確認できますか。端的にイエスかノーかをお答え下さい。
○国務大臣(三原朝雄君) 原則的には御意見のとおりだと思っております。
○矢田部理君 そこで、今日まで新憲法下のもとで昭和という元号が事実上使用されてきた、これは事実たる慣習だという説明をされておりますが、そのとおりでしょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。そのとおりでございます。
○矢田部理君 法制上は全く何らの根拠も今日までなかったというふうに承ってよろしゅうございますか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、蛇足的なことを申すようでございますが、新憲法下におきましては法的な裏づけはございませんです。
○矢田部理君 そこで法務省に伺いたいと思いますが、法務大臣、新憲法のもとで旧皇室典範が廃止をされた、登極令もなくなった、そういう条件のもとで戸籍の法令関係で法律上あるいは法令上義務づけをしたのはどういう意味でしょうか。
○政府委員(香川保一君) 新憲法になりまして御承知のとおり戸籍法が全面的に改正になりまして、旧戸籍法にも、旧戸籍法の施行規則にもあったことでありますが、新戸籍法の施行規則におきまして戸籍簿の記載例として省令が幾つかの代表的なものの例を示しておるわけであります。で、その中に日付を記載いたします場合に「昭和」という文字を使っておるわけでございまして、で、一方国民の方からの届け出書に関しましては、省令上は元号の使用を強制するというふうなことはもちろんやっておりませんし、法令上何らないわけでございますが、やはり国民の便宜のために戸籍の届け出の様式のかくかくの欄にはこういうふうに記載するというふうな記載例を通達で示しておるわけでありますが、その中に国民が多数使っておられる元号といいますか、日付を記載する場合に昭和というものを用いて記載する例を示しております。
○矢田部理君 経過と内容は存じておるわけでありますが、新憲法のもとで旧皇室典範等が廃止をされた、その段階で昭和という元号は法的根拠を失ったのです。事務的に失っただけでなくて、新しい憲法にそぐわないということで失わしめたのであります。 そこで、戸籍法も法律のレベルでは生年月日や届け出の日付等について元号を使うべしという議論はありません、法律上は。ところが、省令である施行規則で、しかもその付録で元号使用を戸籍の記載例として強制をする、法的義務づけをする、これは憲法と皇室典範や登極令を廃止した趣旨に反するんじゃありませんか。省令でそういうことをやる、これは自治省も同じでありますけれども、これはどういうわけなのかと、こう聞いたんです。単なる使っている経過とか状況を伺っているわけではありません。
○政府委員(香川保一君) 私どもの理解では、新憲法になりましてなくなったと言われるのは、つまり皇室典範に根拠を持っておった改元そのものの法的根拠がなくなったということでございまして、現に新憲法が制定、公布されました時点において使用されておる昭和という元号を使用する関係はこれは事実上の慣習として生き続けておる、そういう認識でございまして、で、戸籍の届け出書の記載例として通達で示しておりますのは、やはり国民が大多数昭和という元号を用いて日付を記載しておるという実態にかんがみまして、さような意味から例示的に昭和という元号を示しておるだけでございまして、したがって、法的には届け出人が元号を用いずに西暦を用いてまいりましても、その届け出が不適法ということで受理しないというふうなことではないわけでありまして、現に受理いたしております。
○矢田部理君 まだ少しく問題の視点が違います。事実たる慣習であるとすれば、つまり法的根拠が全くないものであるとすれば、届け出だけではなくて、公簿に記載するに際しても、それは強制力はないはずであります。施行規制の付録で昭和で記載することを義務づけている、これは事実たる慣習と違うんじゃありませんかと、こう言ってるんです。
○政府委員(香川保一君) 御質問の趣旨が十分理解できないためかもしれませんが、何らかの日付を公簿に記載するという場合に、やはりその公簿は国民のためのものでございますので、大多数の国民にわかりいいという、いわゆる年号を用いて記載するのが一番妥当だろうと思うんであります。で、なるほど元号というものは法的根拠がないから、したがって公簿に記載すべきでない、あるいは役所の方で職員にそういうふうな公簿の記載を強制するのはおかしいじゃないかということになりますと、現在日本で改元に関しましての、あるいは年号を使用する関係についての法的な根拠のあるものは何一つないわけでございまして、西暦でも法的根拠はないわけでございますから、全く年号を書けないということになってしまうわけであります。それはおかしいわけでありますので、多数の国民がなじんでおる元号を用いて記載するというのは、国民のための公簿の性格から当然のことだろうというふうに考えております。
○矢田部理君 そういうふうにしないと年号が書けなくなってしまうというのは少しく答弁としてはおかしいんでありまして、年号は西暦でも書けるし、そういう表示ができない性質のものでもないはずでありますが、いずれにしても法的根拠がない、事実たる慣行だ、慣習だと言いながら、戸籍法では、あるいは住民基本台帳の記載についてもそうでありますが、法律レベルではなくて省令レベル、これも一応法令の一つと考えられますけれども、ここで決めてしまうんだということは大変問題だと思う。単なる事実たる慣習ではなくて、法的拘束力を持ったものを決めてすでにいる、こういう実態があったのではないか、これを自治大臣どういうふうに説明されますか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 先ほど民事局長がお答えしたものと私は全く同じ考えを持っております。
○矢田部理君 省令である付録の記載例に特別元号を冠した根拠、理由を自治大臣からもう一回説明してください。
○国務大臣(澁谷直藏君) やはりその根拠は法律の根拠はないわけでございますから、長い間日本の国民の間に元号が使用されてきたというこの事実たる慣習と言った方がいいかもしれませんが、そういった実態を踏まえてそれが一番国民のために適切である、こういう判断で使用されてきたものと考えます。
○矢田部理君 その事実たる慣習だということと、省令で縛るということとは質が違う問題になってくるんでありまして、従前総理府筋は事実たる慣習だ、事実たる慣習だと説明しておきながら、法律はただ生年月日を書けと書いてあるのに、省令になると今度は昭和、元号を冠するべしというふうにしてくるのは、事実たる慣習論とは矛盾をするという議論にならざるを得ないわけでありますが、届け出は自由だということですね。年号の使用が自由だという原則を先ほど総理府総務長官が確認をされましたが、その重要な一つとして、今度は戸籍とか住民登録とか、そういう届け出はこれはいかなる年号を使っても自由だと、こういうふうに承ってよろしゅうございますか。法務省並びに自治省にお伺いします。
○国務大臣(古井喜實君) あなたの御質問に的確に満足いくように答えられるかどうかしりませんけれども、まあこの届け出が強制されていない、強制されていないことはいままでもそうでありますし、それから新しい元号法ができましてもこの点は変わりはないと思うんであります。強制されていないことはですね。ところで、届け出はやっぱり今後もそうなるわけですけれども、さあその戸籍の原簿あるいは登記簿というものにどういうふうにこれを表現するかと、その原簿の中が昭和になったり一九〇〇になったり、生まれたときは昭和でござる、今度は結婚して戸籍に記入するときは一九〇〇になるとか、あるいは権利の移転があって移転登記をする、そこにもそういうことが起こる。また逆に、次の移転があるときは今度は昭和が出てくると、これではこういう公簿というものの性格上うまくないんですね。で、多数の使うような形に統一しないと、権利義務の関係にしましても混乱が起こってしまう。こういう公益的な必要が一方にあるから従来もそうなっておるし今後もそうなる。この公益上の必要は否定できないんですね。だから使用の自由という問題とは別の理屈の公益的な必要、こういうことがかみ合ってこういうことになっているんだと私は思うんです。これはどうなってもいいというものじゃないと思うんです。そういうことになっているんだから差し支えない。これをだから国民も認めてきておる。きょうまでも認めてきたし今後も恐らく認められる、こういうふうに思っております。
○矢田部理君 そのとおりかどうかは別として、私そこは全然質問してないんです。質問をよく聞いて答えてください。届け出の自由について私は伺っている。記載の自由の問題については触れていないんです。時間がありませんからよけいなことはしゃべっていただきたくないのであります。 そこで、この届け出が自由だというのは、戸籍法の二十八条の規定に基づくのですか。それとも、もともと基本原則に基づくんですか。
○政府委員(香川保一君) 戸籍の届け出、これは国民に義務づけておるわけでございますが、その年号の記載として自由だと申し上げるのは、これは法律は元号を用いなきゃならぬという規定はございませんし、したがってそこまで国民に強制するのは適当でないという考え方でございます。
○矢田部理君 この戸籍法二十八条は届け出の様式という項目でありますが、「届出は、当該様式によってこれをしなければならない。」こう書いてあるわけですね。「当該様式」というのは、先ほどから問題にしております施行規則等に様式が出ているわけです。この施行規則で元号を付するという様式になっているわけでありますから、ここから言うと逆に縛られてしまう危険性がある。そこでこの戸籍法二十八条は「但し、やむを得ない事由があるときは、この限りでない。」、この「やむを得ない事由」として、届け出の自由を認める根拠にするのかどうかなという質問なんでありますが、その辺はどう考えられますか。
○政府委員(香川保一君) 先ほど申し上げましたように、戸籍簿の記載、公簿の方の記載は省令で元号を使う様式になっておりますけれども、届け出書の方はことさらと申しますか、様式の中で昭和という文字は使っておりません。ただ、一般国民がどういうふうに記載するのかということのサービスといいますか、便宜のために通達で示しておる届け出書の記載例に元号を使っておるということでありまして、省令上は届け出書は初めから元号のところは空白になっております。
○矢田部理君 そうしますと、ここで言う「当該様式」というのは省令上は決めていない、元号を使うかどうかは。しかし現場に備えつけられている届け出様式には元号にマルで囲んだり消したりという形になっている、これはどういうふうにつながるんでしょうか。
○政府委員(香川保一君) 戸籍の届け出は御承知のとおり義務を課しておるものでございますので、その届け出が簡便に円滑にできるようにということから、できるだけ届け出人の方で文字を書くことも少なくするというふうなことで、不動文字的なものは一切印刷してあるわけであります。さような関係でございますが、この趣旨は元号を使わなきゃならぬというふうな法的根拠を持つわけじゃないのであります。現にまた今日におきましても西暦で書いてきたものはそのまま受理いたしておるわけであります。
○矢田部理君 今後元号使用は自由だと、国民には強制しないという立場から見れば、現場で行われているその種様式、これも抹消して国民に真の自由を与えるべきだ、保障すべきだと考えますが、いかがでしょうか。これは法務大臣。
○国務大臣(古井喜實君) 抹消することにするか、これはまあ多数の人が希望し使用する形を便宜のために用紙には使うとかいうことも、これは便宜の上からいって考え得ることであります。しかしこれが強制するものでないという趣旨は十分徹底していく、こういうふうにやって、便宜とそれから原則、そこを両方立てていくようにするのが実際的じゃないか。ですから、ちょっとおっしゃるとおりにすぐしてしまうとまでは、考えてみると言い切れないと思うんです。
○矢田部理君 自治省どうですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 法務大臣と同様に考えております。
○矢田部理君 そこら辺が現場では少しく混乱をするといいますか、事実上元号記載を強制するといいますか、誘導するというか、こういう問題がこれからいろんな問題で、元号問題がこれだけ際立った問題になっているだけに起こってくるだろうと思うんです。そういう点で、窓口を預かりかつ公簿上の記載を責任を持って処理しなければならない自治体なり戸籍の関係なりについては、現場における届け出の年号使用の自由を十分に保障できるような体制を両大臣とも心がけてほしいというふうに思います。そのことについて最後に両大臣から答弁を求めて、時間が参りましたので、私としては質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(澁谷直藏君) 元号の使用を法的に強制しないというたてまえに立っておるわけでございますから、御指摘の点につきましては、十分そういった趣旨を体して努力をしてまいりたいと考えます。
○国務大臣(古井喜實君) 自治大臣と同じ考えであります。
○上林繁次郎君 いろいろと論議されてまいりましたので多々ダブる点があるかもしれませんが、ひとつあしからず。 まず最初にお尋ねしたい点は、元号法制化と内閣告示の相違について御説明を願いたい。
○政府委員(清水汪君) お答えを申し上げます。 政府といたしましては、ただいま御審議をいただいております法案を御提出を申し上げているわけでございますが、ここに至るまでの過程におきましては、国会の質疑の際におきましても、いますぐに何か必要を生じた場合においてどういうような対応ができるかというような場面におきまする質疑であったように私は思いますが、その際には、一つの考え方として内閣の判断で決める、決めたものは当然広く知らしめる必要がありますので、その形式としては告示をするというような意味において、つまり昭和の次の元号に対する方法としては内閣告示という形での処理も考え方として成り立つというようにお話を申し上げてきた経緯があったと思います。しかしながら、そのような経過も含めまして、政府といたしましては何がよりベターな方法であるかということについて、今日までと申しますか、つい先般まで検討を重ねてきたわけでございます。そのような結果といたしまして、今回法律の形ということでお願いをするに至ったわけでございます。 その違いについてごく要約して申し上げますれば、法律という形によって元号をだれが決める、いつどういう場合にだれが改元をするということを法律の形で決定をしていただくということの方が、そもそも元号というものが明確なものになるし、また制度として安定性を増すということは当然言えるわけでございますし、それからまた、そのような形で、つまり国権の最高機関である国会の議決する法律という形によって、そういう広く使われるところの紀年法という性格を持つその元号の基本的なルールをお決めいただくということ、そしてその法律に基づいて具体的な元号名称の決定は政府に御委任をいただくということの方が手続として憲法の趣旨にも合致しているように考えるわけでございます。したがいまして、それとの比較では、内閣告示という方法の方は、ただいま申し上げたような幾つかの点におきまして比較すれば、やはりどちらがよりベターであり妥当な方法かということはおのずから御理解をいただけるものと思うわけでございます。
○上林繁次郎君 読売新聞報道の政府統一見解によりますと、国の機関及び地方公共団体は、法制化により、特に理由のない限り元号を使用することは当然である、こういうふうに言われている。そこで特にお尋ねをしたいのは、「特に理由のない限り」とはこれはどういう意味を持っているのか。特にいわゆる理由のない限り、これはどういう意味を持っているのかですね。
○政府委員(清水汪君) いま御指摘になりました報道につきましては、私どもが改まってそういう見解として発表したわけでもございませんので、その点についてはそういうふうに御了解を賜りたいと思いますが、私どもの考え方といたしましては、この法律自体は使用の面につきましては面接には何らの規定もいたしておりません。これは毎々申し上げているとおりでございます。したがいまして、この法律ができた後におきましても、その使用の点について法律的な問題は変わりがないわけでございます。 申し上げておりますことは、現在でも、これは公務の世界においての話でございますが、公務の世界におきましては、原則的には元号という方法によって年の表示をしているということは確立された慣行だと私は申し上げられると思います。ただ、具体的に言いますれば、たとえば公務の中におきましても外務省が外交関係を処理するような場合とか、その他の省庁におきましてもいろいろの場合にすでに元号によらないで西暦によって処理をしているということは事実としてございます。そのような状態というものは、自然のうちに、やはりそれなりの合理性のもとにそういう使い分けが進んできているというふうに理解をいたすわけでございまして、そのような点を含めて、現在公務の世界においてでき上がっているそういう一つの慣行、こういう実態が将来もそのまま続いていく。格別に何か支障でも新たに出てくれば、そういうときにはまたそれは変わっていくだろうというふうに考えておりますけれども、一般的、基本的な言い方で申し上げれば、現在確立しているその公務の世界における使い方の慣行、これが今後も続いていくというふうに考えている、こういうことでございます。
○上林繁次郎君 そうすると、いままでと何ら変わりがないんだということですか、処理について。
○政府委員(清水汪君) 大筋で一般的に申し上げればそのように御理解をいただいて結構でございます。
○上林繁次郎君 大筋といういまお話ですけれども、われわれはやっぱり細かいところを知りたいわけです。大筋と細かいところ、そう分けるとどういうことになるんですか。大筋――非常に大ざっぱです、それこそね。その点ひとつもう少しはっきり。
○政府委員(清水汪君) 私が申し上げております真意は、法律が今度できたから特にどうというふうに、政策的とか意図的にどうというようなことは政府として考えておりません。そういうことがありますけれども、個々のいろいろの事例とかケースにおきましては、これは将来の予測でございますから、公に責任のあることを申し上げるという立場にもないと思いますが、それぞれの省庁において常識的に判断をしていく、そのことの中であえて言えば元号を使うケースがふえるものもあるでございましょうし、逆に減るものもあるだろうというようなことは、いろいろケースによってはあり得ると思いますけれども、そういう一つ一つのことは予測の問題でもございますから具体的には言いようがないと思いますけれども、考え方といたしましては、基本的に、現在原則的に元号によって公務を処理しているという状態、そういうものが続いていく、こういうふうに申し上げているわけでございます。
○上林繁次郎君 そうしますと、元号が法制化されることによって国及び地方公共団体、これらの団体が元号使用を義務づけられるというようなことはまずないんだと、こう考えていいんですか。
○政府委員(清水汪君) この法律の制定によりまして、法律的にそのような拘束なり効果が出てくるというようなことは全くございません。
○上林繁次郎君 その点については先ほど澁谷自治大臣からも三原長官からもいろいろとお話がありましたけれども、何か矛盾点を感ずるようなところもありますし、後でそういった点についてまたただしてみたいと思います。まずそれまで先へ進めていきたいと思います。 国や地方公共団体においては住民からの申請、国民からと言ってもいいでしょう。この申請されてくる書類は非常に数多くあるわけです。本人が西暦で提出した場合これは受理しましょう、で、原簿には元号で記載をする、こういうふうにいままで言われていますが、これらの規定は何かに定められるのかどうか。いまのお話からしてもこういった点でどれだけかの矛盾を感じてくるわけですね。この点はどうですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 届け出は自由でございますから、私は西暦で届け出をしますという場合はこれは当然西暦の届け出を受理するわけであります。ただこれを原簿に記載する場合、これは事務処理の都合、統一的に処理しなければならぬという実際上の必要がございますから、その場合は元号で転記する、こういう取り扱いをしておるわけでございまして、これはもう実際上の事務的なあるいはまた広域的な必要性からそういう取り扱いをしておる、こういうことでございます。
○上林繁次郎君 先ほどのお話を聞きますと何も拘束をされないという感じが非常に強いわけです、答弁の中では。ですからまことに自由である、こういう感じがするわけです。しかしいまのお話を伺うと、やっぱり事務処理上というお話になってきた。そうすると、この法案が制定されなければそういう心配がないわけです。この法案が制定されることによってそういった問題が派生してくるわけですから、だとすると全然関係がないという、全く自由だ、いままでどおりだというわけではないのじゃないか、こんな感じがするわけです。非常に単純ないわゆる疑問かもしれないけれども、国民の皆さんはそういうところに疑問があるだろう、こう私は思いますがね。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えいたします。 この法案につきましては使用上のことは現在の実態そのままどおりでございますということでございます。したがってそれには触れておりません。ただ改元についてのルールがないものでございますから、そこで改元の手続と申しますか、ルールを法制化したということでございますので、いま御指摘の点につきましては、そうした立場で御理解願えますれば私は御理解願えるのではないか、そう思うわけでございます。
○政府委員(清水汪君) 大臣の答弁のとおりの基本的な考え方でございます。それにつきましてもう少し補足説明をさしていただきたいと思いますが、この法律が成立した後におきましてもあるいは現在時点、つまりこの法律がない現在におきましても実態的には同じであるというふうに申し上げているわけでございます。つまり行政庁と申しますか、公務の文書処理におきましては現在原則的に元号によって年月日の表示をいたしております。そのような状態はこの法律の前であれ後であれ同じであるというふうに考えているわけでございます。 なお、公務の方がそのように処理をしておるということとの関係で、役所に対しまして届け出なり何なりの書類を御提出いただく国民の方との関係の問題が先ほどからも問題になっているわけでございますが、国民の立場でお書きになることについては、これは先ほど来の御答弁がありましたようにこれまた自由でございます。ただ、ひとつその間においてさらに説明を申し上げておかなければならないと思います点は、公務の方が原簿なり何なりを先ほど来のように元号という系統によりまして処理をいたしておるわけでございますので、公務の立場から言いますれば、できるだけ国民の方がお書きいただいて出していただくときにも元号の方でお書きいただくように御協力をいただけないものか、こういうふうに念願をしておるわけでございまして、そのことは今日ただいまがそういうふうに考えておるわけでございますし、その点も今後とも同じである、この法律によって特に変わるということではないわけでございますので、御理解を賜りたいと思います。
○上林繁次郎君 その辺のところがすれ違いみたいな形になる。先ほど三原長官が、これはいわゆる元号をルール化するだけだということ、ということは日本国に、わが国に元号というものを今後いわゆる定着をさしていく方の立場から、たったそれだけなんだと、日本国ではこういう元号を使いますよというだけなんだと、何の意味もないんだ、だからほかに波及性というものは何もないのだ、こういうようなふうに受けとめられるんです。ところが澁谷自治大臣の話を聞くと、また長官の話を聞きますと、やはり改元されることによって公共団体に対してはその元号使用というものは、いろいろと今後事務的に処理していかなくちゃならないその上に立って必要だから、やはりそれを使用した方が事務的処理に便利だから、簡単に言えば。だからそれは使用さしていくようにするんだと、その辺がどうもはっきりしない、こんな感じがするんですよ。だから、先ほども言ったように元号が法制化されることによってその影響がやっぱりそういうふうにあるんじゃないか。そういうふうにあるということは、いまこの場でもってこれだけのことでやっているわけですが、これからの実生活の中ではいろいろなことが派生してくるだろうということが考えられるわけですね。ですから、そういった言うならば法制化されることによっていろいろな混乱がなされてはならない、そういう立場からこの委員会を通してはっきりさしておかなければいかぬだろう、こういうふうに考えるのでお尋ねをしているわけです。どうもその辺がはっきりとのみ込めない。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、国民の方々で法制化についていろいろ御批判があり、反対を唱えられる方々を大きく分けまして二つの見方があるのではないか、いろいろありますけれども、その中で大きくは二つであろう。一つは現憲法に抵触するのではないかというのが一つでございます。いま話題になっておりますその他の項で、元号法案を制定すれば国民に新しく義務づけが行われるのではないか、いろいろなそうした拘束が生じてくるのではないかという点でいま論議が行われておったわけでございますが、その点につきましては、先ほど来お話をいたしておりまするように、それはそうではございませんということを自治大臣も法務大臣も、現在の実態を見ていただきますれば実態どおりでございますと、決して拘束したり義務づけたり新しくそういういうものが付加されるとか、それを特別にそういうことにいたしますということではございませんということを自治大臣も申し上げられたわけでございます。そういうことであるわけでございますので、御理解を賜りたいと思うのでございます。
○上林繁次郎君 どれだけかの疑義が残りますけれども先に進みます。 従来、西暦で提出された書類の受理件数、これは全国でどのぐらいありますか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 法務省も自治省も、政府委員が首をかしげておりますから恐らくその資料を持ち合わせておらぬと思います。調査の上で御報告をいたします。
○上林繁次郎君 少なくても連合審査をやろうというですから、で、その元号を法制化する。しかしそういう必要はないんじゃないか、あるいはまた西暦というものもいわゆる慣習化された元号とともに定着してきているじゃないか。だから西暦を用いるという考え方、これも一つの方法ではないか、いろいろなことで言われてきているわけです。ですから相当いわゆる戦後は西暦というものが定着してきているわけでしょう。当然やはりどのくらいそういう西暦を用いる国民がいるのかくらいのことはわかって出てきてもらいたかったと思うんですね、それだけ言っておきます。 それで、先ほどからのお話を聞いていると心配する必要はないのかもしれないけれども、しかし、こういうところにやっぱり心配があるということは、いままでの論議を通しての中でいろいろと疑義が生まれてくる。そういう立場から念を押すような意味でお尋ねをしてみたいんですけれども、国は今回のこの元号法制化、これを機に将来元号の一本化、わが国においては。そういうねらいを持っていないと思いますけれども、その点ひとつ明確にしておいてください。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、全くそういう別途な考え方は持っておりません。
○上林繁次郎君 西暦でもって届け出がなされる。そうしますと公的機関の窓口ではその場合にどういわゆる処理をするのか。西暦で書類の提出があった場合に公的機関の窓口ではどう処理をするか、この点はどういうふうに考えていますか。
○政府委員(清水汪君) 一般的にと申しますか、これは各省にいろいろ似た現象があるから一般的ということで私の方から御答弁を申し上げるという意味でございますが、一般的に申し上げれば西暦で記入された届け出書なり、そういうものについてもそれは有効にもちろん受理をいたすわけでございます。そういたしまして、物によりましては国の方で作成をいたしておりますいろいろの諸帳簿あるいは原簿、そういうものに記入をして原簿としての作成をするという仕事が、これは役所の仕事になるわけでございます。その役所の仕事のやり方といたしましては年月日の表示は元号によって表示をしている、記入をしている、こういう事務の一貫したやり方でございますので、担当者におきましては、それを元号の方の数字で記入をして処理をしていく、こういうことになるわけでございます。
○上林繁次郎君 いままで衆議院の段階での審議、またいままで参議院におきましても審議されてきた。そういう場合には窓口はいわゆる元号使用を要請する、こういう発言もあったんじゃないですか、その点どうなんですか。
○政府委員(清水汪君) そのような説明も申し上げております。それはもう一度申し上げさせていただきたいわけでございますが、この法律と直接に結びつく問題ではございませんで、現在時点の状態において申し上げた方がおわかりいただけるかと思いますが、現在におきましても役所側の内部の書類の作成、原簿なり帳簿の作成記入というものは元号によっていたしております。したがいまして、そのことについて国民の側から届け出なり申告なりをお出しいただくときにも、できることならば元号の方で、つまり昭和五十四年五月三十日なら三十日と、そういうふうに書いておいていただいた方が処理をする場合においては、その方が能率的と申しますか、便利であるということはこれは実情の問題として御理解いただけると思います。そういうことで、公務の処理の立場からしますれば、お出しいただく方々に対してもできるだけ元号の方で御記入をいただきたいということを、これはつまり公務の斉一的な処理、その要請というものはそれなりに合理性があると思いますが、そのような立場に御協力をいただくという問題だと思いますが、そういう御協力をいただくという趣旨においてできるだけ元号の方でお書きいただきたい。事実上は大体が元号で書くというのが、そういういま申しましたような理屈を言わなくても一つの慣行になっているとは思いますけれども、なおそこに理屈として説明的に申し上げれば、御協力を要請する立場にあるしということでございます。そのような実態はこの法律がない現在でもそうでございますし、この法律ができた後もそういうような同じ状態でいくだろうというふうに私どもは考えている、こういうことでございます。しかしながら、再々申し上げておりますように、自分は西暦で書きたいんだという場合においては西暦で記入をいただいたものももちろん正当なものと申しますか、適法なものとして受理をするということも再々申し上げておるとおりでございます。
○上林繁次郎君 いまのお答えについて二つ考え方があるだろうと思う。で、この問題をお尋ねする前に、いわゆる元号というものを今後将来にわたって一本化するんじゃないかなというような質問をしたわけですが、これは現段階ではこういう元号が法制化されていませんから全く自由なんですね。窓口としてもそんなことを言う必要もない。あるいは書類のただし書きにそういうことが書いてあっても、おれはいやだよと言って、いまいろんな人がおりますからね、へそ曲がり、ひねくれ、いろいろありますよ。私もそのうちの一人かもしらぬ。だもんだからそういったことが事実起きる。それを元号ということについて、いわゆる雷いてもらうことについてはやはり窓口は説得、要請をしなきゃならぬ。それが皆さんが言っているように簡単に、元号に協力してくださいよと言って、そうですがとささっと済めばいいけれども、それが窓口のまるで責任みたいになって、将来だんだんそれが厳しいような状態にならないとは言えないんです、いままでの例から言ったって。そういうことを心配する。 だから、私はそんなことを一々書いたり言ったりする必要はない、窓口で説得する必要はない。そんなことをやればやるほど何とか元号に一本化しようというようなねらいがあるんじゃないかという疑いを持たれるようなことをやる必要はないんじゃないか。全く自由というならば、そんなことをあえてただし書きみたいに皆さんが言わなくちゃならないという問題ではない。ほったらかしておけばいい。どちらを使おうとも自由、こういうことになるんじゃないかと私は思うんですがね。
○政府委員(清水汪君) おっしゃいますことはよく理解できるわけでございまして、したがいまして私どもといたしましても、一般的な立場としてただいまのような考え方を御説明申し上げたわけでございますが、やはりこれは元号なら元号というものについての国民一般の理解と申しますか、そのようなことが一番やはり基本になるべき事柄だろうと思います。そうした一般の理解の上に立って個々の窓口における現象が出てくる、こういうことだろうと思いますが、心がけといたしましては、やはりそういう全体の趣旨を一般的にやはり理解を求めて説明していくということが大事だろうと思います。個々の窓口において余りぎくしゃくするようなことはできるだけ避けなければいけない、これもまた必要な配慮であろうと、このような考え方でいるわけでございます。
○上林繁次郎君 いまも申し上げたように、いろいろなそういった窓口でもって混乱を起こすという可能性はないとは言えないんです。ですから私たちの立場からすれば、そういう混乱を全く防がなきゃならない、なくさなきゃいけない。それをモットーにしているわけです。だからこそ聞くわけです、言うわけです。ですから、やはりそういったことの窓口への徹底ですね。私は地方行政の立場でございますので、いわゆる地方公共団体の立場からすれば、その窓口からすればやはり国の考え方というものが明らかでないために混乱を招くという可能性は十分にある、こういうふうに感ずるわけです。これは全国的な問題ですから、このことについてはやはりそういった趣旨というものをもっと、自由なんであるという、その自由なんであるというその趣旨というものをもっともっと何かの形で明確にしなきゃならぬだろう、こう私は思うんですけれども、どうですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 私は、上林委員のただいまお述べになった御意見、もう同意見なんです。現在、元号と西暦を併用するということで全国的に何らの支障もなく進んでおるわけでございますから、それが今度元号が法制化されたというこれをきっかけに窓口でことさら元号を使用しなさいというようなことを干渉するということが出てきますと、私どもの期待しておるのとは全然別な混乱が起きてくるわけでございますから、そういう点のないように十分地方に対して指導してまいります。
○上林繁次郎君 いままでのお話の中で大体出てくる答えとそう変わりはないと思いますけれども、念のためと申しますかお尋ねをしてみたいんです。 元号の使用、運用について、先ほども申し上げましたように国民に対しては特に強制をしない、これはわかりました。では地方公務員の立場からしますと、この法律によって拘束されるのかされないのかという心配もあるわけです。先ほどの話を通しても多少そういった憂いを残すわけですから、その点をひとつ明確にしておいてください。
○国務大臣(澁谷直藏君) 繰り返しお答え申し上げておりますように、現状と法律が施行後と基本的に変わるものは何もない、現状と全く同じである、こういうことを繰り返し申し上げておるわけでございますから、地方公務員についても何ら変更がもたらされるものではございません。
○上林繁次郎君 先ほど矢田部委員に対してお答えになったと思うんですけれども、やっぱり事務処理上、地方公務員――国はもちろんですが地方に対していわゆる元号使用に対する要請といいますか、これは事務処理上というような表現を使っておりましたけれども、そういったことになりますと、やはりそれ自体が元号ができたことによって、いわゆる元号ができたというか法制化されたことによって起きてくる事態、こういうように考えられるような気もするんですけれども、その点はそんなことはありませんか。あくまでもこの法は、先ほど三原長官が言われているように、わが国においては元号を法制化いたしますよと、それはいわゆるもう戦後の慣習から言ってもそれが適当であろうということで法制化をする、だけれどもこの法律はそれだけのことです。ですから、たとえわずかであってもそのことによってほかの事務面においても、そのほかのいろいろな面でも支障を来すような影響が出てきてはならないと、こう思うわけです。 ですからこんなことを聞くわけですけれども、全くそういったことは、もう一つ突っ込んで言うならば、たとえば事務処理上元号を使ってくれと、こういうことになりますね、国の方から。そうすると地方自治体ではそれを受け入れなかった。これはたとえばの話受け入れられなかったという場合があったとしますと、これはそういうひねくれた市長さんだとか町村長さんなんというのはいないかもしれない。だけれどもそれはわかりません。いわゆる起きてくる可能性、こういったことはどうなんだろうということで聞いているわけですからね。そういう場合に、これはもし国で元号を事務処理上使ってくれということに対して使わなかった場合に、この公務員の立場としては何らかの罰則を受けるのかどうか、こういった問題がありますね。この点はどうですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) 御質問は二つの御質問になっていると思うんです。一つは当該の自治体が自治体として元号を使わないというそういう方針を決めたという場合と、それから自治体としては従来もやっておるように元号を使用していろいろな事務処理をやっておる、そういう中である特定の地方公務員が自分は元号は使用しないんだ、したがって西暦で事務処理をするんだという場合と二つあると思うんです。これは仮定の問題ですから、とにかく現在において元号の使用は強制しておらないそういう法の状態のもとで全国的に何らの支障もなく円滑に、繁務が取り進められておるわけでございますから、今度法律が制定されて、その制定された法律は現在と同じように元号の使用は全然強制しない、現状と変わらないわけでありますから、そういうことを考えますると自治体として元号は私の町は使わないというようなことが起きるとは私は考えておりません。しかし、これは将来の問題ですから起きるかもしらぬ。起きた場合はこれはもう法律の問題ではございませんから、やはりそれは話し合いで混乱が起きないように、事務処理に支障が起きないようにあくまでも話し合いで私は解決すべき問題だと思います。 それから、個々の公務員につきましては、言うまでもなく地方公務員というものはその自治体に採用されておる者でございますから、その自治体の長というものの指揮監督を受ける、命令を受けて仕事をやる立場にあるわけでございますから、その命令に違反して、町や村がこういう方針でやれと決まっておるにもかかわらず、その特定の公務員が私はそれに従わないということになりますと、これは元号の問題とは別個に一般的な問題として服務規律の問題が出てくるのはもう当然でございますから、そういう場合に国家公務員も地方公務員もそれぞれの該当する規定を定めておるわけでありますから、その該当の法律の定めに従って処理されるべきものと考えます。
○上林繁次郎君 大臣の言っていることはわからないわけじゃないんです。わからないかち聞くということではないんだけれども、大臣も一般的ないわゆる服務規程に基づいていわゆる罰則を受ける、こういう立場から後の話はそういうことだと、私の聞いているのはいわゆる元号が法制化されて、そしてその地方自治体に対して元号を使用してくれよと、こう国の方からある。ところが、それがいわゆる国の言うとおりにやらなかった、自由だよということで。その場合に一般公務員でいいですよ、その場合にどういう、どういうというよりも罰則があるのかないのか、服務規程に抵触してくるのかどうか、抵触すればそれは罰則を受けるわけですから、その点を私は聞きたいわけです。だから一般的な問題は私もわかっています。問題は事新しくこの元号が制定されようとしているわけです。それをいわゆる中心にして論議というものが進んでいるわけなんですからそこを私は聞きたいわけです。いま言っているところですね、いわゆる事務的に、何回もくどく言いますけれども、国の方から要請をする元号の使用をやらなかった、そのときに罰則を受けるのかどうかということですね。
○国務大臣(澁谷直藏君) 御質問は個々の公務員ですか。
○上林繁次郎君 地方自治体も公務員の場合も両方を言っている。
○国務大臣(澁谷直藏君) 両方でございますか、とにかく元号の使用は法的に強制しておらないわけでありますから、自治体が私の町は元号を使用いたしませんということになりましてもこれは処罰する法規はありません。ただ、そうなると非常な混乱が起きることはこれは当然予想されますので、していままでもそういった事態は起きたことは絶無でございますから、私は先ほど申し上げたように、そういった事態はまず起こらないだろうと、こう申し上げたわけであります。ただ個々の公務員になりますとこれは事態は違ってくるわけでございまして、町としては現在やっておりますように、元号を使っていろいろな事務処理をやっておる、その方針は変わりはない。ところが特定の公務員だけが私はその命令に従わないということになれば、これはやはり服務規律の関係から処罰という問題が起きてくる、こういうふうに考えておるわけであります。
○上林繁次郎君 そうしますと、現在もそうやっていますとあなたは言っているわけです。現在はそうやっていますといって、もしこの昭和という元号を使わなかったらやっぱり罰則を受けるんですか。
○国務大臣(澁谷直藏君) それは特定の個人の場合ですか。
○上林繁次郎君 個人の場合。
○国務大臣(澁谷直藏君) 個人の場合、それは現在ただいま私が申し上げたとおりでございまして、現状においても処罰の対象になります。
○上林繁次郎君 私はこの程度で終わりますけれども、とにかくいままで言ってきたことは、元号が法制化されて、そのことによって将来また暗い時代に逆戻りしてはならない。これは国民の声である、これは間違いない。同時にそれは、まずとめなきゃならないと同時に、やはり新しく法制化されることによっていろいろな機関にいろいろな弊害、障害というものを波及してはならないという立場からどれだけかお尋ねしたわけで、十分にその点を踏まえて、そういったことのないようにひとつ対処してもらいたい。このことを要望いたしまして終わります。ありがとうございました。
○白木義一郎君 最初に法制局長官に伺いますけれども、あなたのお考えそれからあなたから見た閣僚並びに自民党の諸君の考え方ですね。ということは将来、いま問題になっております元号と西暦とどちらの方に重点が日本人として、わが国として置かれていくであろうか長官にお尋ねするのですが、われわれは将来西暦の方を使わなければならないような方向へいくのか、あるいはいま皆さんがどうしてもとおっしゃっている元号の方向へ国民は進んでいった方が好ましいかという長官の個人のお考え、見通しですね、それから自民党の重立った方々の長官からごらんになったお考えをお聞かせいただきたいと思います。私ども公明党は、この法案に基本的には賛成という立場でお尋ねするわけです。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。 現状におきましては、国民の使用状況は元号の方が使用者の量というのは多い結果が世論調査等で出てまいっておるわけでございます。 将来の問題についてでございますが、私は元号には元号の価値また重要性というようなものを認めておりまするし、西暦は西暦としての価値なり重要度というようなものを認めて、併用をいま私どもは認めてまいっておるわけでございます。将来問題として両者はどうなるのかというお尋ねでございますが、いま私がそういう両者の重要度というようなものをおのおの考えておると申しましたが、将来、両者の消長をどう判断をするかということでございますが、私はこのことは民族の英知、時代の流れというようなものが決定をしてくれるものだと思っておるわけでございまして、いま私自身がどちらから見ていくだろう、どちらがどうだというようなことをお答えすることは慎みたいと思うのでございます。
○白木義一郎君 そういう御答弁をなさるから何十時間でも、うだうだうだうだしていかなきゃならないわけです。先ほどの自治大臣も、窓口はどうするんだ、国民は心配しているわけですよ。ということはサービスが悪いからです、つっけんどんなんですよ。ですから幾らいままでとちっとも変わりありませんよという答弁をされても信頼性がないですからね。まあそう言っちゃなんだけれども自民党政府に対しても、それから公務員の姿勢についても、国民はいやというほどこの権力のあれにこりていますからね。ですから、いままでとちっとも変わりないんですよと言われても、そうですかとは素直にうなずけないものがある、そういうことを御承知いただくといいと思うんですがね。それじゃ自治大臣も、いや役所の窓口で西暦を使おうがあれを使用しようが両方、この参議院の手帳みたいにこういう表をつくって置いておけばいいんです。それで親切に、西暦で来た人はそこは年号でやりなさいとか、西暦を使う自治体はそれに換算して親切にしてあげるようにしますと、こういうふうに言っていただけば、あとはそれ以上はいやがらせということになるわけです。そこでぜひひとつそういう方向へ指導をしていただきたいんです。公務員のあり方、主権在民とはよく言われることでございますけれども、あそこへ参りますと決して国民は主権者じゃない、こういうことから申し上げるわけです。 そこで端的にお伺いしますが、年号と元号と全く区別がないという先ほどからのお話でございますが、であればなぜ文部省がずうっと教科書に元号という言葉を使わずにきたにもかかわらずここへ来て元号という名前をお使いになったか、その意味を明快にひとつ。実は地元へ帰ると聞かれるわけなんです、どうして元号でなきゃいけないんだと、どうして元号なんという古くさい言葉を使わなくちゃならないんだと聞かれたときに困るわけです。いや、それはどっちでも同じなんだというんじゃ困るわけです。ひとつ、私は困っているわけですから、そのときはこうおっしゃってくださいとずばりとお教え願いたいんです。
○政府委員(清水汪君) 御指摘のとおり、過去の長い間で考えてみますと、年号という表現の方が事実上多かったように思います。しかし、最近においては実際問題として元号という言葉がずっと使われていたとも思えますし、私どもといたしまして今回法案をつくるに際しまして考えました点を申し上げますと、元号という言葉の意味といたしましては、「元」が物の始まりであると、こういう意味を持っているわけでございますが、そこで、この元号とか年号とかいうものの一番特徴的なことは、ある時点におきましてその一つの区切りをつけましてそこから再スタートして計算をしていく、こういうことで、その初めになる時期におきまして今後はどういうふうな呼び名で呼ぶと、こういうことをそこで決めるわけでございます。決められたものが大正とか昭和とか、こういう名前として決められるわけでございます。そういう関係から考えてみまして、その名前のこと、昭和とか大正とかいう名前のことを元号というふうに呼ぶ方がよりふさわしいであろう、こういうふうに判断をいたしましてこのような法案の用語にいたしたわけでございます。
○白木義一郎君 じゃ文部大臣は教育の最高責任者の立場から、元号という呼び方がいいか年号の方が適切であるか、正面にひとつお答えいただきたい。教科書は全部年号だとおっしゃいましたね。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 御指摘のとおり、いままで文部省では年号としてまいりましたけれども、今度元号法案ができましたので、私も閣議で賛成いたしましたから元号と改めたいと思っています。
○白木義一郎君 じゃ文部大臣は、閣議では文部大臣として教育の立場から御意見をお述べにならなかったわけですか。みんなが言うからじゃしようがないと、野党が何を言うかと、国民が何を言ってもこれで押し切るんだということで賛成をされたんですか。それとも、いや、元号を使う以上はこれからは子供たちの教育には全部年号は使うなと、元号でいくべきであるというお考えで賛成されたんですか。
○政府委員(諸澤正道君) ちょっと済みませんけれども、教科書の扱いですけれども、先ほど先生、文部省は全部教科書は年号であるというふうな御理解のようでございましたけれども、私が先ほど説明しましたのは、検定を実施します際の文部省事務当局の検定実施細則では年号の取り扱いは云々という書き方になっておりますけれども、現実の教科書の記述は、たとえばその年代の表示としては元号あるいは年号を使いますよという書き方で、教科書自身には元号という使い方もありますし年号という使い方もございますが、文部省としてはその両者が同じ意味に使われておるというふうに判断しまして従来もその両方の記述を認めておると、こういうことでございます。
○白木義一郎君 そこで、どっちでもいいということなんです、結局伺っていると。どっちでもいいのならすんなり、この昭和から次の時代に移る名前を決める法律についてわざわざ元号とか皇位継承とかという言葉をお出しにならなければそんなにひっかかりはしないと思うんです。私は試しに参議院要覧という写真の入った、略歴の入っているあれを見ましたら全部昭和、明治、大正何年生まれ。ただ一人だけ社会党の田中寿美子議員、あの方は全部西暦です、一九〇〇何年生まれ。全部西暦で、そうしてただ最後にいくと当選回数のところだけ昭和何年。あとは全部の皆さん――ですから、これは昭和から次への新しい年号があった方が当分は便利だと思うんです。ただその年号で、まあ昭和二十年までは元号で、終戦後は年号で国民はきているわけです。それをあえて元号にしたいというところにみんなの心配があるということでお伺いをしたわけです。 そこで、私ども公明党は先ほど申し上げたとおり賛成という立場ですが、若干の不安もなきにしもあらずでございますので、どうかひとつこれからの法案成立後の事の運び方を国民のできるだけ多数がそれでよかろうというような事の運びにしていただきたい。その点もいままで伺ったところでは明確ではないように思いますし、あるいは国会へ報告をしていただいてすんなりと新しい年号で出発ができたら、あるいはまた、いろんな議論がありますけれども、われわれは年の初めから、むずかしく言うと踰年方式と言うんですか、年の初めから年号を新しいものに変えて出発した方がより便利であるというようなこと、それから同じ一部の、ほんの一部の学識経験者のみでということではなくて、できるだけ広い立場で原案をつくってそうしてそれを総理大臣が国民に示してそして出発をする、そういうようにぜひとも事を運んでいただきたいということを要望を申し上げまして質問を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
○橋本敦君 まず最初に長官にお伺いしたいと思うんですが、三原長官もまた法制局長官もこの元号法案というのは、国民に対しては将来ともその使用を強制するものでないということを繰り返し御答弁になりました。そういう考え方は、これは長官だけじゃなくて大平内閣全体の考え方、閣僚すべての考え方、こう伺ってよろしいわけですか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、大平内閣全体の考え方でございます。 〔委員長退席、地方行政委員長永野嚴雄君 着席〕
○橋本敦君 そういたしますと、現在の閣僚の中にはこの元号法案の制定によって事実上元号の使用に強制力を持たせようというお考えの方は一人もいないと、まあこういうお話のようですが、もし仮にそういう閣僚がおられたとしたら、これは内閣としてのこの問題について、大事な問題について意思が統一されていない、不一致だと、こういうことにならざるを得ませんね。ところが私はそういう心配があるんです。ここに自民党さんの自由民主党政務調査会元号に関する小委員会の議事録がありまして、この問題を研究するために私もずいぶん読ましていただきました。この中でいろんな重要な事実が言われておりますが、この速記録を読んでみますと、そこにいらっしゃる内藤文部大臣が委員の一人で発言されておるんです。どう言っておられるかといいますと、この元号法案を制定する趣旨、目的について、「それからもう一つあるんだよ。これを強制しないなら閣議決定だけでいいんですよ。だけどある程度強制しなきゃまた意味はないんですよね。」こういう御発言があります。まあそういう論議があって、他の委員が、たとえば君が代でも日の丸でもどうだろうと、あれは一応通用してんじゃないかと、こういう御意見があった後で内藤文部大臣――当時の委員は、「いやいや、それがその通用してないんだ。それで日の丸を上げないやつもおるし、」ちょっと言葉よくないですが、書いてあるとおりですから……、「上げないやつもおるし、式で“君が代”を歌わんところもおるから、それは私はできればやっぱり法制化したほうがいちばんいいと思いますよ。」はっきりこうおっしゃっているんですね。これはもうどう考えようとも、この元号法案というのは元号の使用をやっぱり強制しなきゃ意味はないんだ、こういうはっきりしたお考えでこの法案に先ほど言ったように閣議で賛成をされておる、そのことをりっぱに示しておる。長官はだれもいないとおっしゃったけれども、内藤文部大臣はこういう考え方の持ち主である、これは議事録からはっきりしております。これはお言葉と事実とが違いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。 自民党におきましての審議の過程の中にはおのおの意見はあったと思うのでございます。最終的には、先ほど申し上げましたように統一された形で結論を出しておる。なお、それが閣議において再確認をされたわけでございますが、先ほども内藤文部大臣も申されましたように、閣議においてはおれも異議なく賛成をしたのであるし、その方針のもとにやっていくんだという御意見もございましたから、私は審議の過程の中ではいろいろな御意見もあったと思いますけれども、統一された形でいまはまいっておる、そう信じておるものでございます。
○橋本敦君 長官、恐らく私はそうお答えになるだろうと実は予想しておりました。 〔委員長代理永野嚴雄君退席、委員長着席〕 しかし考え方というのは、音に聞こえた内藤先生はそう簡単にお変えにならぬと私は思いますね。内藤文部大臣、いかがですか。あなたはこの法案が出るときにある程度強制しなきゃ意味がないんだよと、強制しないというのなら閣議決定だけでいいんだよと、こうおっしゃっていた。この考え方は変わったんですか、変わったらおかしい。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 私も自民党の部会でどういうことをしゃべったか、いまはっきりした記憶はないんですけれども、御指摘のようなことは言ったかもしれません。
○橋本敦君 言っています。
○国務大臣(内藤誉三郎君) そこで、私も閣僚の一人として、これは閣議で決定いたしましたからね、私はいまの元号法案については賛成でございますし、文部省としてもこれで強制するようなことはしていないと思いますから、御理解をいただきたいと思います。
○橋本敦君 文部大臣、あなたのお考えがどうして変わったんですかという質問なんです。ここに示されている考えがどうして変わったんですかという質問なんです。こういう基本的な考えは、私は、基本的に変わるものじゃないんじゃないでしょうかね。
○国務大臣(内藤誉三郎君) それは世の中の変遷ですからね、別に、いやそれは法制化して義務づけることもそれは一つの考え方ですよ。私は、たとえば国旗も君が代でもここまで慣習的になってるものを法制化しなきゃできないんだという考え方を持っていないんですよ。だから元号もここまで発達して、千三百年の歴史があるんだから、まあ法制化しても、これが強制力を必ずしも持たなくても国民が信頼してくれると私は信じているんです。
○橋本敦君 世の中が変わって急に考えが変わるほどまだ世の中は変わっとらぬです。あなたはそうおっしゃるけれども、こういう考え方は、この法案にひそむ危険な考え方としてはっきりしておかなくちゃならない。あなたは文部大臣として強制するつもりはないとおっしゃったけれども、もともとあなたはこの法案の作成過程で、なぜこの法案が要るのか、必要なのか、推進すべきなのか――それは強制しないなら閣議決定だけでいい、いままで政府は閣議決定という話もあったでしょう。それを法案にしたというのは、あなた自身の御意見ではある程度強制しなきゃ意味がないんだと、こういう考えで議論された事実はこれはお認めになって、その上で考えが変わったと言っておられると私は思うんです。そういう基本的な考え方というのがなぜ変わったのか、もっと具体的に説明できますか。この法案は、いいですか、あなたがもともと持っておったような考え方は一切とってはならないという、そういう性格としてはっきりした文言の規定がありますか。いかがですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 御指摘のとおり、法制化する以上はやっぱり義務づけるのがたてまえですけれども、法制化した場合に義務づけなくてもいい。それは国民の総意としてやろうということになった場合は私は必ずしも義務づけなくてもいいと思っているんです。法制化することに意味があるんだから。ただ閣議決定で簡単にやるのもこれも一つだけれども、やっぱり国民の理解を得て法律化したというところに非常に意味があるんだから、そういう考え方も私はあっていいと思います。
○橋本敦君 国民の総意と言うなら、世論調査の動向で国民の総意でないということはあなた方は御存じのとおりですよ。国民の総意とは何か、むずかしい問題ですよ。この元号法案が国民の総意だとは絶対に言ってもらいたくないですよ。 そこで真田長官に聞きますが、使用は強制しないということを繰り返しお述べになったけれども、この法律自体が使用については何一つ書いていない、触れていない、法で定めていない。いいですね、この法自体。だから、したがって使用は強制しないというそういうことをおっしゃっても、この法自体の解釈として出てくる法解釈ではありませんね。
○政府委員(真田秀夫君) ただいま御審議いただいておりまする法案の内容につきましては、お手元にあるとおりでございまして非常に簡明な内容でございます。全然使用のことは触れておりません。それで法律の解釈ですが、まずその法文に即して解釈するというのが、これがもう大原則でございますから、その全然使用のことに触れておらない法律の解釈として、その使用の問題がそこから出てくるおそれがあるというふうにお考えになるのはどうかなというふうに私は思う次第でございます。
○橋本敦君 長官、正確な答弁じゃないんです。全然使用についてこの法案は触れてないですよ。触れてないということの意味は、全然使用問題について法で決めていないから、だから、したがって使用を強制しないというこの見解は、法に使用問題は何も書いているんじゃないんだから、法に触れていないという事実からおっしゃっているだけで、法解釈そのものじゃないということを私ははっきりさせたいんですよ、そうでしょう。逆に言いますと、この法は使用について何も触れていないから、統一的に政府が官公庁において元号の使用をいろいろな方法で明確にするということも禁止はしていないですよ、認めますか。
○政府委員(真田秀夫君) 繰り返して申し上げますが、法律の解釈はまず第一義的には法文の内容によって決まるわけなんで、全然その使用については書いておりません。もしその使用について将来強制にわたるというようなことが仮にあるとすれば、それはその法律の解釈がそうだというのじゃなくて、運用が間違っておるというふうに御理解願いたいと思います。
○橋本敦君 間違った運用が起こらないという保証は、この法律で歯どめがありますか、ありませんね。
○政府委員(真田秀夫君) それはとりもなおさず、その使用について全然触れていないということは、つまりその使用を強制するという趣旨がこの法律にはないんだということにほかならないわけなのでございまして、そこに使用を強制してはならないということが書いてないから、その解釈上使用の強制の余地があるんだというふうにお考えになるのは、それはどうも法案を立案した私たちの気持ちから見ればほど遠い解釈だというふうに思います。
○橋本敦君 あなたが言ったんですよ、長官。あなたが将来間違ったことが起こればそれは運用が間違ったことだとおっしゃったんです。そういう間違った運用を起こさないという保証がこの法自体にありますか、何もありませんねと確認している、それだけですよ。あなたがおっしゃっている間違った運用というもの、チェックはないでしょう。
○政府委員(真田秀夫君) 法律の解釈としては使用については触れておりません。で、将来もしその使用について強制にわたるようなことが仮に行われるとすれば、それは運用が間違っておるんであって、それはこの法律に限らず、あらゆる法律について立法のときの意思、あるいは正しい法律の解釈にそぐわない運用が行われるおそれはこれは観念としてはあり得るんですが、しかし、それはすべての法律に、運用が間違っていかぬよということを書かなければ、その運用についての将来の正しいあり方の保証がこの法律上ないんじゃないかということにはならない。
○橋本敦君 答弁を横へそらしちゃいかぬですよ。法律一般が全部歯どめがなきゃ法律にならぬなんて言ってないですよ。この法は使用について何にも書いてない、だから将来運用を誤ることがあり得る、あなたは認めた。それをチェックするという法の規制自体もない。法の規制自体がないことははっきりしているじゃありませんかと、これだけです。法一般を言ってはいません。法自体にないでしょう。
○政府委員(真田秀夫君) ただいま御審議願っておりまする法案の中身については、非常に簡潔にできておりまして、将来の運用についての心構えのようなことが書いてあるわけではございません。
○橋本敦君 心構えもないしチェック機能もないから危険があるという指摘を私はしているんですよ。 そこで三原長官に伺いますが、総理府には内閣及び総理府本府関係訓令通達集というこういう分厚いのがございますね。これは訓令で規則によって定められる、たとえば総理府本府文書管理規則という膨大な規則がございます。この規則の制定権はこれは当然総理府長官にあるわけですが、この文書管理規則で元号を総理府所管の公文書には使用することという規則を制定することは、これは規則制定権の範囲として可能でしょうね、どうですか。可能かどうか。
○政府委員(清水汪君) 私ども役所、大臣において公文書の作成要領等につきまして方針を決めるというようなことはもちろん可能でございます。
○橋本敦君 いや、元号を使用することと決めることは可能ですね。
○政府委員(清水汪君) 元号というものは年の表示の手段でございます。したがって年の表示の手段としては、たとえば昭和何年何月何日というふうに書きなさいと、こういうふうに決めるということももちろん可能でございます。
○橋本敦君 ということで法制局長官、総理府も文書規則で昭和あるいはその他の元号を総理府が作成する文書にすべて書くようにとはっきりと規則で制定することも可能だと、総理府外のすべての官庁も規則制定権の範囲で可能だと、こうなります。それは可能であることは法制局長官も御異存ありませんね。
○政府委員(真田秀夫君) すべての官庁においてとただいまおっしゃいましたが、官庁にもいろいろございますので、合理的な理由のある場合には、それはそういう内容の規則を、つまり一種の指揮監督権の作用だろうと思いますが、そういう規則をつくることは可能でございます。
○橋本敦君 ずいぶんこの論議の中で事務処理の統一という問題を言われました。事務処理の統一上、申請者がどうであれ受理はするけれども元号で公文書に記載する、これは実際の現実もそうだし今後もそうだ。そのことを、いいですか、総理府を初め事務処理の統一性ということで元号を公文書は使用することということを決めるなら、総理府だけじゃなくて内閣全体、各省庁にわたって事務処理の統一性ということで決めることも法的には可能になりますね、いかがですか。
○政府委員(真田秀夫君) 先ほど留保をつけましたように、各省各省と申しましてもいろいろな種類の仕事をやっているわけでございますので、たとえば外務省の渉外関係の文書とか、あるいは科学技術庁の国際的な関連のある研究の報告書とか、そういうものについてまで全部元号を用いなさいというような網羅的な規則をつくることは、それは事の合理性からいって行き過ぎの場合があり得るというふうに考えるわけでございます。
○橋本敦君 そういう行き過ぎの場合を除いて、各省庁が規則で元号使用を定めることは法的に可能ですねと確認します。あなたのおっしゃる行き過ぎを除いては。
○政府委員(真田秀夫君) 事務の統一的な効率的な処理のために必要であれば、そういう規則をつくることは可能であります。
○橋本敦君 法的に可能だと、いままではそれはやっていないが、今度この元号法案ができれば、いままでの政府の答弁から言えば、この一世一元制度のより重みと安定性を持たせるところに意味があるとたびたび答弁されてまいりました。そこで政府が、この法案が通れば事務処理の統一性、この一世一元の制度のより安定性のために、各省庁が規則でみずからの文書その他の関係で、いま法制局長官が言ったように法的に可能なんですから、元号の使用を規則で一斉に決めるということが起こり得たとしても、長官、先ほどあなたがおっしゃった、この法の運用が誤った、行き過ぎだということにはなりませんね。
○政府委員(真田秀夫君) 先ほど使用について申し上げましたのは、これは一般国民に対する関係でございまして、役所の中の服務規律としてどういう規則を決めるかという場合には、これはまた別の法理が働く、これはもうよくおわかりだろうと思うんです。
○橋本敦君 できるんでしょう。
○政府委員(真田秀夫君) 合理的な理由があればできます。
○橋本敦君 長官、その合理的な理由としてこの元号法案が成立した、だから、したがって一斉に各省庁がそれを定めるということは合理的理由があるじゃありませんか、合理的理由はないと言えますか。
○政府委員(真田秀夫君) 合理的な理由があるかないかはこれは実態の問題でございまして、今度の法案の成立の前後を問わず合理的な理由があれば服務規律を定めることは可能であると、こういう趣旨でございます。
○橋本敦君 したがって、あなたは斜めにそらした答弁をされるが、私の質問意図がおわかりだからそらされるんですけれども、この元号法案ができたことによって、いまでも規則制定で、文書管理規則その他で各省庁が元号使用をやれるという、そういう法解釈ですから、元号法案が通ればなおさら一層そういうことが将来やられてももちろん違法ではないし、運用上行き過ぎではないし、むしろやられるそのことに重要な法的根拠を、また合理的理由を与えるようなこの法案は役割りを果たす、間違いないですよ。 そこで長官に伺いますが、将来内閣がどうかわるかわかりませんよ、長官もいつまで長官でいらっしゃるかこれはわかりませんが、この元号法案が通っても将来日本の政府の各省庁はそれぞれの権限に基づく規則制定権の範囲で、それぞれの文書規則等に元号の使用をするというそういう定めを将来とも一切しないというような保証もなければ約束もあなたはできませんね。
○国務大臣(三原朝雄君) 確かに御指摘のように、私が現在から将来に向かって元号の使用について規制をしたりするようなことはなすべきことでもないし、できないと思いますが、しかし、私は法律というのは立法の精神あるいは機能というようなものがやはり尊重されてまいるものと思うのでございます。そうした立場で元号法というようなものがその時代時代において読み取っていただけるのではないか、そう考えておるのでございます。
○橋本敦君 御意見はわかりました。しかし、私が指摘した将来の重要な問題について、そういう体制にならないという保証がない、またそういうことも明言できる人はだれもいないこともわかりました。 そこでもう一つ伺いますが、国民が元号の使用を自由にやる、役所へ申請をする、それは受理します。しかし事務の統一処理のために、西暦の申請があっても事務処理上は元号に改めて部内処理をする、こういう御答弁がございました。これは国民に対して元号の使用を強制するものでない、申請は受理するからだと、こういう御意見のようです。ところが元号の使用を、自分の考え方として正しいと考えている人がその趣旨に基づいて申請したのに、自分が戸籍謄本をとってみると、あるいは役所からその他の写しをもらってみると、自分が書いた西暦は消されていて昭和ということで文書が出き上がっておる、これはどうでしょうか長官。国民は元号についてどの元号を使うかという自由を持っている。これは表現の自由であり、思想の自由であり、信条の自由の一つにかかわる問題です。 ところが、その自由があなた方の事務処理統一ということによってみごとにその自由は奪われておるじゃありませんか、また奪われるじゃありませんか。使用は強制しないとおっしゃるが、国民の自由を事務処理統一の名においてこれを奪い去ってしまう、この国民の自由との関係について長官はどうお考えでしょうか。
○政府委員(真田秀夫君) いま御指摘の問題が実はまさしく衆議院の内閣委員会の段階で出まして、戸籍なら戸籍の謄抄本あるいは戸籍記載事項の証明書を申請して交付を受けてみたら、それは元号の表示になっておる、これは自由を侵害したじゃないかという、そういう観点からの御質問だったのですが、これは私の考えでは、事務の統一処理上受理した西暦の表示を元号に直すということは、それ自体やはり全然根拠がないわけじゃなくて合理性があるんだろうと思うわけなんです。かくして公の公文書ができ上がるわけなんで、そしてそれの謄抄本ということになりますと、これは原本と違った内容の文書ではこれは謄本と費えないわけなんですね。それはもう橋本先先はよくおわかりだろうと思うんですが、謄本とも言えないし抄録謄本とも言えなくなるわけなんで、だからそれはもうやむを得ないんじゃないかという気がするんです。 その場合に私が例として挙げましたのは、いまの戸籍の場合には当事者はなるほど一人なんですね、だからいまのような問題になるんですが、これがもし訴訟の場合の原告、被告とか、あるいは行政庁や委員会に対して不服申し立てをして、相手方がいるというような場合に、その両当事者が片方は元号を信奉している、片方は西暦を信奉していると、そういうような、たとえば訴状と答弁書とが同じ年月日を表示する表示の仕方が違っている、しかも最近のようにマンモス訴訟などのようになりますと、これはもういまの例で申せば、裁判所の事務処理としては何の太郎兵衛は昭和を使い、何の次郎兵衛はということになって非常に困るわけなんで、これは統一しなければ判決を書けないわけなんですね。したがって判決の抄本は、それはかくしてでき上がった判決が両当事者に送達されるわけなんで、そうすると一方の当事者はそれで満足するでしょう、しかし他方の当時者は非常にその意に満たないということになるだろうけれども、これはやはり事務の処理上いたし方がないんじゃなかろうかというふうに考えるわけでございます。
○橋本敦君 国民の自由や権利というのが、役所の事務処理上の統一性という、そういう役所の行政目的の遂行という事実上の便宜の範囲でゆがめられてよいかどうか、やむを得ないとおっしゃったが、これは実は大問題なんですよ。併記をすればいいんです。 文部大臣に伺いますが、教科書ではいままでのところ、いままでの文部省の「元号に関しての教科用図書検定基準上の扱いについて」というこういう文部省の書面によりますと、たとえば社会科では「日本の歴史の紀年については、重要なものには年号及び西暦を併記する。」こうなっておりますね。これは今後とも変わらないと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 今後とも変わりません。
○橋本敦君 いま教科書を執筆なさっている百三名に上る教科書執筆者の有志の皆さんが、この元号法制化に非常に心配をされて、教科書執筆者による反対の声明を出されております。私はこれを読みましたが、本当に教育者の立場としてこれは当然だという気がしてこの内容に十分敬意を払っておるんでありますが、いま実際教科書検定ということの中で、指導基準、これは教科書執筆者がどのような紀年を使うか、つまり西暦、元号、これを併記するかどうか、その執筆者の自由な判断に任せられるべきものだと私は思いますが、大臣のお考えはいかがですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) お説のとおり自由な判断に任せますけれども、大事なものについては元号と西暦を併記するように指導しています。
○橋本敦君 文部省がおやりになるところの教科書検定の指導ということでいろんな条件の指示があるんですが、その一つに社会科でB条件というのがあります。西暦と元号を見開き初出に併記というB条件があります。この本を開きまして見開きで初めに出てくる西暦、これに元号を併記すればいいのか、その中に出てくるすべての紀年について併記をするということなのか、これは画一的にやらないで、あなたのおっしゃったように重要なものについてだけ併記するということにとどめるのか、その点はどうなんですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 原則として西暦で書いて、元号は括弧書きで書くんです。ところが大事な問題、歴史上の重要な、子供たちにとってこれだけは知っておかなければならぬ大事な問題は併記させると、こういうことです。
○橋本敦君 それは従前の体制と基本的に今後変わらないということですが、もう一つ確認しておきたい。私は将来の不安をいろいろ提起したんです。この元号法案が通った場合にいままでの扱いと文部省としては何ら異なるところがない。たとえば学習指導要領の中に元号使用が望ましい、つまり君が代は国歌である、これを歌わせることが望ましい、こういう指導要領が出ましたが、元号について、学校の教室でのいろんな教育諸活動について元号を使用することが望ましいといったようなこういう指導、これは一切しないとお約束なさいますか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) そういうことはいたしません。
○橋本敦君 それはいまはっきりあなたからそれはやらないということを聞いたわけですが、私が心配するのは、真田長官がおっしゃった懲戒処分の問題なんですよ。たとえば窓口で文書を西暦でもって国民が申請をした。公務員は上司から、できるだけ国民に説得をして協力してもらいなさいという指示をされていたが、どうしても私はこの申請書は引っ込めません、西暦で出しますと国民は納得しなかった。それを受理しました。これは上司から言われた、国民に協力を求めよといったそのことを十分に果たさなかったという意味で、職務上上司の命令に十分に従わなかったというそういう趣旨で職務懈怠あるいは懲戒処分の対象、こんなふうになりますか。
○政府委員(真田秀夫君) 窓口でいろんな書類の受理をする際に、西暦の表示があった場合にはなるべく元号に直してもらうように協力を要請しなさいという、そういう窓口の事務担当者に対して職務上の命令が出たということになれば、これはやはり理論上は職務上の命令なんですね。ですから現実にそれに従わなかったからといって懲戒をするかどうかそれはわかりませんよ。わかりませんが、純理論上は、これは上司の職務上の命令に従わなかったという、国家公務員法八十二条の第一号の規定に該当すると言わざるを得ないというふうに考えるわけでございます。
○橋本敦君 これは大問題ですな、委員長。国民に協力を求めよと言っているんでしょう、国民は協力義務はないんですよ。協力せよとおっしゃったけれども、わしはいやだ、どうしてもこれ受理してくれと言えるんですよ、国民は。そういう自由があるとあなたおっしゃった。そういう自由があるのにその公務員が、おまえは協力の求め方が足らぬ、職務上の指示を実行しておらぬと、こういうことでその公務員が懲戒処分の対象に理論上なるんだとしたら、逆にこれは国民に対して使用の事実上の間接強制ですよ。重大ですよいまの答弁。元号法案が通ったらもっともっときつうなりますよ。 長官に聞きますけれども、いまでも公文書については公務員に元号を使用しなさいという職務上の命令が出せるとおっしゃった。その法的根拠は、具体的に法律はありますか、その職務命令が出せる根拠法律。
○委員長(桧垣徳太郎君) 質疑の応答について委員長から申し上げます。 先ほどの橋本君の質問に対する法制局長官の答弁には、質疑と応答との間に食い違いがありますから、法制局長官として正確にお答えをいただきたいと思います。
○橋本敦君 委員長、食い違いはないんです。きっちり答えている。
○政府委員(真田秀夫君) 正確に申しますと、窓口の事務担当者に対してこうこういう場合には協力を求めるという努力はしなさいという職務上の命令が出たにもかかわらず、その協力を要請するということすらしなかったという場合には、これは職務上の命令違反に該当すると言わざるを得ないでしょうということ、よろしゅうございますか。
○橋本敦君 私の質問に答えてください、長官、次の私の質問に答えてください。つまり、そういう職務上の命令が出せる具体的な根拠法律はどこにあるのか教えてください。
○政府委員(真田秀夫君) 公務員関係の法律はいろいろたくさんありますから一々条文までは覚えておりませんが、一般職の国家公務員について言えば公務員法の九十八条に職員は上司の職務上の命令には従わなければならないと書いてありますので、それの一つの適用の問題であろうというふうに考えます。
○橋本敦君 いまこそ食い違いなんですよ。私はそんなことは知っているんです。その国家公務員法九十八条に書いてある職務命令を上司が出せる、国民に協力を求めよとか元号を使えとか、それが出せる根拠となる法律は何ですかと聞いているんです。国家公務員法じゃないですよ。私の質問はわかりませんか。九十八条に基づいて上司は職務上の命令を発することができる。これは結構です。その職務上の命令というのは、今日の民主的公務員法制のもとにおいて、いわゆる特別権力関係論というのは大きく排斥されていることは長官も御存じのとおりで、その職務上の命令は一つは違法であってはならない、そうですね、違法な職務上の命令に従う義務はありません、適法でなくちゃならない。そういう職務命令は法的根拠を要する、また法的根拠があって職務命令を出すという場合、たくさんあるでしょう。そこで本件の場合に元号について国民に使用協力を求めなさいとか、元号を書きなさいとか、こういう職務命令が出せる具体的な法的根拠は、一般論としての職務命令論以外に元号について特に現在ありますかと、こういうことです。
○政府委員(真田秀夫君) 特に元号の使用について特記した条文はございません。これは九十八条の一つの適用関係になるというふうに思います。
○橋本敦君 それでいいわけです。 そこで、今度この元号法ができますと、元号の協力を求めなさい、あるいは事務処理統一のために公務員は作成公文書で元号を使用しなさいということを職務命令として上司が出す有力な根拠法規の一つというように考えられるようになってまいりますね。間違いありませんか。
○政府委員(真田秀夫君) それが公務員法上は九十八条第一項の条文として出てくるわけなんで、もちろんおっしゃいますように適法でなければならないし、合理性がなければ命令を根拠にして懲戒というようなことには結びつかない。
○橋本敦君 だからこの元号法案ができますと、いま長官がおっしゃった合理性、そしてまた職務命令の合理性と、それからいまおっしゃった根拠ということで、この元号法案は公務員に対する懲戒処分、いまでもできるとおっしゃったんですが、いまなら私はやったら違法だということで取り消される可能性は十分あると思いますが、この元号法ができることによって、懲戒処分を公務員に付してまで元号の使用を事実上強制し得る法的根拠が一段と政府の側に備わってくるという、こういう問題が出てくるんです。 ちょうど時間が参りましたから、私はこれ以上の議論ができないのは残念ですけれども、また私の見解についてお伺いすることもあると思いますが、そういう意味で私は慎重にこの法案を検討しなければ、あなた方が使用は強制しないとおっしゃっても、そうはならないという心配を申し上げて質問を終わります。
○田渕哲也君 まず総務長官にお尋ねをしたいと思います。 この年の数え方といいますか、名称といいますか、そういうものは一般に使われておるのは西暦、日本では元号あるいはその他あるわけでありますけれども、確かに国際的な便利さから言うと西暦というものが一番便利であることは間違いがありません。しかしながら、西暦というものはキリストの生まれた年から数えられるという、まあキリスト教徒でない人たちにとっては理論的にはなじみにくい。それから私は、便利であるからといって国際的に何も画一化をする必要はない。むしろそれぞれの国が独自の固有の伝統とか慣習とか文化、そういうものはやはりできるだけなくさない方がいいのではないか、こういう気がするわけであります。便利だから画一化するというのは、何となく最近の管理社会の傾向が国際的に広がるような気がするわけであります。そして日本の場合に、そうすると何を使ったら一番いいかということを考えてみますと、やはりこれは国民の大多数が一番なじんでおるものがいい、こういう気がするわけであります。まあ事実、世論調査によりましても、国民の大多数が元号というものの使用の存続を望んでおる、こういう観点から私はこの問題が提起されてきたと思うんです。 ただ、昭和が終われば次の元号を決める法的根拠がない。したがってこの法制化の問題が出てきておるわけでありますけれども、われわれはこの元号法案については一応賛成の態度をとっておるわけでありますが、その背景の考え方としては、あくまでもそういう慣習や伝統や文化的な観点からであって、これが国の体制というものに影響を及ぼさない、たとえば元号法案が成立することによって現在の憲法に定められた象徴天皇制というものをいささかも変更することがあってはならない。こういう理解を持っておるわけでありますけれども、この点について総務長官に確認をまずしたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。 いま御指摘のように、便利であるからどうだ、あるいは国際性があるからどうだということだけで、私は元号の存続性について決定的な決め方をすることは適当でない。やはり日本が長い間の歴史的な、まあ伝統とも言えるわけでございますが、文化財とも考えられます元号というものは日本としては尊重さるべきである、そういう立場を踏まえて元号法制化に踏み切っておるわけでございます。しかし、だからといって新憲法に抵触をし違法の結果をもたらすようなことがあっては相ならぬということは十分注意をしてまいりたいと考えておるところでございます。
○田渕哲也君 私は元号というものを伝統とか慣習とか文化の観点から考えた場合には、これそれほど大きな問題法案ではないと思うのであります。しかし、現在熱烈にこの元号法案を推進しようとする一部にはきわめて右翼的なグループがいる。これは天皇制というものを元号法案を足がかりにしてもっと強化してもとに戻そうというような意図が含まれておるわけであります。それからまた、元号法案に強い反対をされる人たちの中には、この元号法案が通ればやはり逆行して、天皇制が強化されて現在の憲法の体制というものが変更される、そういうおそれを持っておるからだと思うのであります。したがって、私はこの元号法案の審議に当たっては、そういうことは全くないということを前提にしてやらないと、これはいつまでも論議がすれ違いになると思うんですね。だから再度そういうことは絶対ないんだということを大臣から御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) 御指摘のとおりでございまして、現憲法に違反をし、旧憲法時代の天皇制を復活するというような考え方は毛頭ないということをここではっきり明言をいたしたいと思うのでございます。
○田渕哲也君 次に文部大臣にお伺いをしますけれども、現在の学習指導要領の中では、元号というものについてはどう扱われておるか、お伺いをします。
○政府委員(諸澤正道君) 現在の小中高等学校の学習指導要領では、元号それ自体を、たとえば歴史の教育の中でどういうふうに扱いなさいというような記述はございません。ただ、それを受けまして具体的に民間著述者が教科書を編集いたします。そうしてその教科書を文部省が検定するわけでございますが、この検定実施細則の中において、歴史の分野の教科書の記述における元号の扱いは、歴史上重要なものについては元号と西暦を併記しなさいと、こういうような形になっておるわけでございます。
○田渕哲也君 元号と似たような問題に国歌の君が代、国旗の日の丸の問題があるわけです。これは昨年学習指導要領に明確化されたわけです。国民の祝日に儀式などを行う場合には、児童に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに、国旗を掲揚し国歌を斉唱させることが望ましい、この学習指導要領が出されたわけでありますけれども、その後現実に教育現場においてはそれがどのように措置をされておりますか。
○政府委員(諸澤正道君) 国民の祝日等で儀式を行う場合というのは、祝日のほかに学校の入学式、卒業式あるいはもう少し広く解しまして運動会というようなものがあるわけでございますが、今日各小中高段階におけるこれらの儀式等の場合における国歌、国旗の扱いは県により学校によりまして多少ばらつきがございますけれども、全国的に見ましたならば国旗の掲揚というのは大体八〇%以上の学校がやっているのではなかろうか。それから国歌の斉唱ということになりますと六〇%から七〇%くらいかというふうなことでございまして、指導要領の趣旨が望ましいとしてございますから、われわれはその望ましい方向に学校が運営されるように教育委員会を通じて指導をしておるわけでございます。
○田渕哲也君 元号法案が成立した場合には、元号に対して国歌とか国旗の例にならって何らかの指導要領を出される予定はありますか。
○政府委員(諸澤正道君) 元号につきましては、先ほども申しましたように、これは主として歴史そのほかに一般社会あるいは地理等でもございまするけれども、教科の教育を進める上で、ある意味では特に歴史などは不可欠なものであろうかと考えられますので、それらをどういうふうな記述をするかということは、今後とも指導要領には特別に規定を設けませんけれども、教科書編集者の工夫創意にまって、教科書に適切な記述がなされることを期待するという態度でまいりたいと思います。
○田渕哲也君 現在、この元号法案の審議をめぐって、この元号の法制化をめぐって、教職員団体から元号の法制化は軍国主義教育復活の危険な動向と根を一つにするものである。元号はそのまま国民主権と基本的人権の抑圧、国家主義と支配維持に基づく戦争繰り返しの歴史であった。このような理由から元号法制化反対の決議が行われておるわけです。これについて文部大臣はどのように考えられますか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 一部の教職員団体からそういうような反対があることは私も聞いておりますけれども、そういうことは毛頭ないのでございますので、よく十分御理解をしていただくように私も願っております。
○田渕哲也君 私は元号について、文部大臣のそういう考え方と現場の教職員の考え方と全く違う理解ではこれはちょっと困るのではないかと思うんですね。たとえば教職員団体がそういう考え方に立たれると、元号の使用についても教育上やはりきわめて否定的な考え方というものはにじみ出てくると思うんですね。ところが国会で元号の法案を可決する、そういうものが教育現場でそういう扱いを受ける可能性がある。しかも文部大臣の考え方と現場の考え方とが全く食い違っておる、これは私は教育というものが非常に混乱すると思うんです。この点についてはどう考えておるわけですか。
○国務大臣(内藤誉三郎君) 私は教育団体にもよくお話しして、そういうことではやっぱりいい教育を行えないと思いますから、私はそういう人は一部の人だと思っていますから、軍国主義復活なんかとんでもないと私は思っていますから、十分御理解をいただくように私もお話ししたいと思っています。
○田渕哲也君 次に元号の決め方について若干質問したいと思います。 大化から昭和まで二百四十七の元号があるようでありますけれども、これらの元号は、ほとんどが中国の書物から引用されたというふうに伺っておるわけです。将来、改元の際にはどのようなものに出典を求めるのか、またどのような基準、考え方で元号を定めるのか、いかがですか。
○政府委員(清水汪君) その点につきましては、私どもとしてはまず学識経験者の何名かの方々を選定いたしまして、その方々に新しい元号の候補名を御考案いただいて御提出いただこう、こういうふうなことを考えているわけでございまして、その出典というような問題は、第一次的にはそのような御考案をなさる方々のお考えによる問題だろうというふうに考えております。 また、そのことに関連いたしますが、学識経験者を選定するに際しましては、できるだけ広い視野に立ちましてふさわしい方を選任するように心がけねばならない、このように考えております。ただ御提出いただきましたものを、結局はまた政府内の慎重な吟味を経まして、最終的には閣議決定ということに到達するわけでございます。したがいまして、その過程におきましては、政府内においても当然にどのような考え方で吟味に臨むかということは、あらかじめ考えておかなければならないことということでございますが、その点につきましては、これは私の個人的な意見とかなんとかということではなくて、むしろ申し上げられると思いますが、これはやはり元号というものが広く国民の間で年の表示の手段として使われる、こういうものでございますので、それは読みやすいとか、あるいは書きやすいとか、あるいは使いやすいとかいうものであることは、これはもう元号の性格から見まして衆目の一致するところだろうと思いますし、さらにそれにつけ加えて申し上げれば、やはり国民と申しますか、あるいは国家社会と申しますか、そのような見地から見て望ましいような意味を持つ言葉である、そういう名称であるということがやはりふさわしいのではなかろうか。これも意見の一致するところだろうと思います。なお当然のことながら、かつて使われたものとダブらないことは当然必要なことだと思っております。
○田渕哲也君 元号の使用について、国民に協力は求めるけれども強制はしないという答弁を再々いただいておるわけであります。そうすると、元号以外のものと言えば、大体西暦ということが予想されるわけですけれども、西暦以外のものを使った場合にはどうですか。たとえば戦前使った皇紀二千何百年とか、あるいは回教暦とか、そういうものを使った場合にもやっぱり受理されますか。
○政府委員(清水汪君) 個々の国民の私生活というような面におきまして、どういうものが使われるかということにつきましては、私どもがあえて干渉すべきことはないと思っております。ただ、現在公務の立場におきましては原則的には元号でやっておりますし、しかし受理をする範囲といたしましては、元号は当然ですが、西暦によりましても受理をするということは申し上げているわけでございますが、これは現実のいわば通用と申しますか、それからまた慣習と申しますか、そのようなことの問題でございまして、具体的な考え方としては元号それから西暦、これが基準になるんだろうと思います。その他のものについては現実問題としてはちょっと受け付けかねるというふうに考えております。
○田渕哲也君 元号が法制化された場合、いままでの経過から見るとそんなに支障は起こらないと思うんです。別に強制しなくてもそんなに問題は起こらないと思うんです。ただ、この元号問題は、これだけ世論の中で扱われてきますと、逆にそれがおれは元号は書かないというような主張をする人がふえるかもわかりません。そういうことを背景にして地方自治体が業務を処理するために混乱をする、そして混乱を防ぐために地方自治体で条例をつくる、こういうことが当然予想されるわけですけれども、この点についてはどう考えられますか。
○政府委員(柳沢長治君) 元号法案が使用を強制しない、こういうことでございますので、地方自治体が条例で元号の使用を義務づけるというふうなことはできないと思います。
○田渕哲也君 それから、先ほども論議になっておりましたけれども、中央官庁と地方自治体との間でこれはいろいろ文書のやりとりがあるわけですが、この場合も事務の簡素化という面から見るならば、やっぱり統一するのが望ましい。これについては元号の使用というものを地方自治体つまり役所に対しては義務づけをされるのかどうか、いかがですか。
○政府委員(柳沢長治君) 中央各省と地方公共団体の間の文書でございますが、これは書式が法令あるいは各省の要綱等で決まっているものがございます。あるいは機関委任事務の場合にも書式が決まっておりまして、これは問題がないと思います。ただ、それ以外の地方公共団体の任意の事務につきましては、地方公共団体の独自の判断で決めるべきであるというふうに思います。ただ、公の機関を通じまして文書の統一性あるいは能率性を図るというふうな観点からは、各省と地方公共団体が合意をするというふうなことであれば書式の統一というふうなことが行われると思いますが、これは各省と地方公共団体との関係でございまして、そこら辺の問題は十分勘案して留意しなければならない、このように考えております。
○田渕哲也君 終わります。
○円山雅也君 まず、法案自体の解釈と申しますか、取り扱いに関して一、二点確認をさしていただきます。 今度の元号法案の第二条ですか二項でしょうか、これは皇位承継がありましたならば必ず改元をする。つまり改元しなければならないというふうに理解をしてよろしいでしょうか。その点まずお伺いいたします。
○政府委員(清水汪君) そのように解しております。
○円山雅也君 次に、確認と申しますか、取り扱いの第二点でございますが、法案の一項ですが、これまでの政府の御答弁をお聞きしますと、従来の即位があった、今度は直ちに改元ということじゃなくて、別途政令でもってできるだけ速やかに改元をするんだというふうにお答えになっています。そうしますと、当然に即位と改元との間に時間的なギャップを生ずると思いますけれども、この時間的ギャップは、これまで、何か私の不勉強のせいかわかりませんけれども、どのくらいあるのか御答弁がなかったようでございますけれども、どのくらいを予定されておられますか。
○国務大臣(三原朝雄君) 非常に即答のむずかしい御質問でございますが、法案に盛っておりますように「皇位の継承があった場合」という言葉で表現をいたしておるわけでございます。「場合」という字句を使っておりまするのは、いま御指摘のように、多少の時間的なずれがありはしないかというものでございますけれども、やはりできるだけ速やかにということにつきましては絶えず申し上げておるところでございます。したがいまして、じゃどういう判断をしてその改元の時期を決めるかということになりますが、大体皇位継承が行われました時点、時期、それから当時の国民の感情と申しましょうか心情あるいは国民生活、社会生活、経済生活に及ぼす影響等を考慮いたしまして、政府において慎重な態度をもって決定をいたしたい、そういうような考え方でおるわけでございます。時間的にはどのくらいかということになりますると、そうした点を判断しながらできるだけ速やかにという一つの方針でおりますので、そういう点を勘案して決めてまいりたい、そう考えておるところでございます。
○円山雅也君 そこで、そのような二つのいま確認の前提としましてこれから御質問したいのでございますけれども、いずれにしても理論的に即位があった、すぐ改元ということでなくて、即位それから政令で改元となれば理論的には完全に、たとえば突然の、大変申しわけないんですけれども、突然の即位なんという事態が起これば、いま長官が言われたように慎重にいろんなことを考えていれば、どうしたって一週間とか十日とかという場合も出てくると思うんです。そうしますと、これも大変申しわけない仮定ですが、その皇位承継と改元との間にもう一回皇位承継があった場合にはどうなるんでございましょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) 御指摘の点一つの問題だと思っております。そういう事態は起こっては相済まぬというような、相ならぬというようなそういう悲願もございますけれども、過去の歴史的に回顧いたしましてもそうしたことがあったことを承知をいたしておりますが、したがってそういうこともあり得るということも考えながら、それに対して対処いたしたいということをただいまのところ考えておるところでございます。
○円山雅也君 私が一番最初に確認をいたしました、この法案の第二項でいきますと皇位承継があれば必ず改元するんだというのがこの二項だということになりますね。そうすると、皇位承継と改元との間にもう一回皇位承継の事態が生じた場合には前の方のあれは改元がなくなっちゃうわけです、不可能なわけです、次の方をやらなければならないから。そうしますと法案の第二項に違反することになる。つまり必ず改元しなければならないという解釈ですから、改元ができなくなっちゃう、事実上。そうすると二項にみずから違反するという、つまりこの法案自体矛盾がある法案になっちゃうんじゃないでしょうか。 たとえば、こういう法律の解釈論として、皇位継承があって改元がある、改元した以上政令で遡及さして皇位継承のときまでさかのぼるとなれば、一世一元は法案第二項の要件は満たしますけれども、さかのぼるということがない限りはいまのような事態が起これば必ず一世一元の制度が崩れちゃう。皇位継承があったら必ず改元しなければならないという条文に違反する結果をはらんでいる条文なんでありますけれどもね。その点、つまりその場合はもう法案の二項に違反しても改元しなくてもしようがないんだということになるんでありましょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) 先ほども申し上げましたのでございますが、重ねて申し上げますけれども、そういうこともやはり想定をしながら法律制定後においては対処してまいらねばなるまい、そういうことでおるわけでございます。
○円山雅也君 お答えになっていないと思うんです。 じゃあ、たとえば二項に固執されて、皇位継承があれば必ず改元するんだという解釈を前提としまして、そうすると遡及させるよりほかないか、つまり改元の効力を皇位継承のときに遡及させるしかないか、またはもう一つは昔のように皇位継承即改元と、どっちかにとらない限りは二項違反の問題が必ず起こるんでございますけれども。それはいま申し上げたそういう遡及とか即改元とかをとらないで、かつ二項違反で処理しようと、つまり政府みずからが法律違反を犯しても構わないんだということに、どちらの御見解をとられますか。
○政府委員(清水汪君) 全く予期し得ないような事態についての仮定の御質問でございますので答弁を十分申し上げられないかと思いますけれども、私ども政府の立場といたしましては、とにかく法の基本を踏まえ、あらゆる場合に対処してまいらなければならない、このように考えておるということをただいまの段階としては申し上げさせていただきたいと思います。
○円山雅也君 この問題はどうやらすれ違いみたいなんでこの辺でやめます。 次に、この元号法案と天皇制とのかかわり合いと申しますか、関係と申しますか、これに関して少しお尋ねをいたします。 五月八日の参議院の内閣委員会における原委員と政府関係者のやりとりを議事録で拝見いたしますと、原委員は、この法案は、非常に元号というのは天皇制とかかわり合いがあるんだと、その点をむしろ遠慮しないで堂々ともっとはっきりさせたらどうだという御質問をされて、それに対して長官を初め政府関係者はわが意を得たりとばかりの御答弁、たとえば、だからこそ一世一元制度を取り入れたのだというような御答弁をされております。としますと、政府関係者のお考えとしては、今度の法案に言う元号と天皇制――天皇制というのは昔の主権天皇制じゃなくて象徴天皇制でも結構なんですが、象徴天皇制と密接不可分なものとしてとらえて考えておられるのか、つまり学者の言うたとえば今度の元号を象徴天皇制にふさわしいものまたは象徴天皇制を象徴するものというような、そちらの考えに立たれてこの法案を提案されているのかどうか、その点をまずお伺いしたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、この法案の一世一元の問題についてお尋ねでございますが、私どもといたしましては、あくまでも天皇制と元号が結びつかねばならぬというような原則に立って法案を制定しようということではございません。実態的なことからそういう決意をしたわけでございますが、あくまでも国民自体が年の紀年法でございます元号というようなものの存続を期待されておる。しかし現在のところルールはございませんので、そういう立場でルールを決めてまいりたい。それにつきましては新憲法下における象徴天皇制というものが確立をいたしておりまするので、そのことを踏まえて私どもは皇位継承があった場合ということで結びつけてその改元の時期を決めてまいりたいということで考えておるのでございます。
○円山雅也君 いま三原長官はお答えになりましたけれども、五月八日の参議院の内閣委員会の議事録を拝見いたしますと、とにかく元号と天皇とのかかわり合いというのは否定できないんだ、大変強くつながっているんだ、これは国民の感情なんだと、だから私どももこの元号法案についてはその意味から、それを前提として一世一元制を取り入れたんだという御答弁をされておられます。ということは、明らかに元号法案は、主権天皇制はもちろんそんなことはお考えになってないでしょう、象徴天皇制との結びつきにおいて取り上げられているということは否定できないと思うんでございますよ、その点では。主権天皇制と結びつくとなればそれはもちろん御反対になるんでしょう。少なくとも象徴天皇制と結びついているというお考えは政府関係者の御答弁からどうしても随所に出てくる。たとえば千三百年の歴史があるとか。 そこで、この法案の原案を拝見する限り、そういうような結びつきをして解釈したり提案をなさる何らの必要がないわけです、この法案は。なぜそのような無理をなさるのか。それだからこそそういう結びつきがさらに輪を広げて誤解を招いていくんではないのか。たとえば、これは釈迦に説法でございますけれども、憲法学者の見解は、有力なたとえば東大の奥平教授それから宮澤先生だって、みんな今度の元号法案だけ見た限りは何も日本古来の伝統である元号を手続として再現するために、手続法として今度の元号法案を理解するんじゃなくて、そんなものとは全く関係なくて全く新しい年号の、元号でも結構ですけれども、全く新しい角度からの年号の制度をつくった法案なんだというふうに理解を私どもはしますよということもおっしゃっているくらいでございます。とするならば、なぜ天皇制にこだわって提案をされたり御答弁をされるのか。私ども新自由クラブは基本的には消極的賛成と申しますか、とにかく基本的にはこの法案について賛成をしております。私どもが賛成をするのは、それは国民の多くの方々が率直に、つまり天皇制とかなんとかむずかしい理屈はなしに従来使っておったと、たくさんの方が使っておってなくすよりもあった方が便利だという素朴な国民の多数の意思があるから、じゃ国民の多くの方がそうやって便利だと望むならばこの法案に賛成しようということで賛成をしておる。決してそれ以上のものではないわけです。 ですから、政府の方々がこの元号法案をどうしても天皇制に結びつけて提案をされるというなら、私ども新自由クラブも反対をせざるを得なくなってきます、そういう形ならば。しかもいまの元号法案は、そうやってもう憲法学者の多くはそんな無理なこじつけをしなくても、いま私が申し上げたような国民の多くが望むんだと、それならばそれを生かそう、生かすためにはどういう法律が要るんだというだけでもって処理は十分できるし、この法案自体からも解釈できると思うんでございます。それをなぜ天皇制に結びつけて天皇制にというあれが出てくるんでございましょうかね。その辺を御説明をいただきたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、先ほどのお答えと重複するような形になると思いますけれども、御指摘のように国民の大多数の方がその存続を希求されておるということ、そういう実態でございます。これらの方々に率直にその心情を承ってみますと、この元号の終末というのはいつごろであろうかということになりますと、大体現天皇に次の皇位継承があるそれまでであろうというのが国民の大方の私は心情だと思うのでございます。そういう点を踏まえて、実は象徴天皇制ということは主権在民の国民の総意によって決定をしていただいたものでございますから、それを踏まえながら、皇位継承があった場合ということで、代始でございますか、そういうことで元号の改定の時期を設定してまいりたいと、そういうところから出ておるわけでございまして、旧憲法当時のような天皇制の復活を希求するというようなことでは断じてございません。それならば御理解願えるのではなかろうかということで、改元の時期をそこにとらえて進めておるわけでございます。
○円山雅也君 長官の御理解の前提をもう少し分析しますと明らかな間違いがあると思うんでございますよ。というのは、確かにいまの御答弁もそれから五月八日の内閣委員会での御答弁も同じなんですけれども、たとえばこういう御答弁ですね。「国民の元号に対する心情と申しますか、理解というようなものは天皇とのかかわり合い、そうしたものから強くつながっておるということは否定できない事実だと思います。」と、こういう国民のそういう気持ちは否定できない事実だと思いますという前提から御出発をされていますけれども、国民が元号制の存続をやれ八〇%だ、八十何%が望むというのは、さらに分析をすれば、天皇制との結びつきにおいて存続を望むのではなくて、逆に従来使っていて便利で急になくなっちゃ困るからというので望んでいるかもしれないわけですね。そうしますと、それを持ってきて、国民の多くが存続を望んでおるということを即国民の多くは天皇制との結びつきにおいて存続を望んでいるんだというふうに御理解をして、だから天皇制と結びつけてこれは一世一元制なんだという御答弁になってくるわけなんです。だけれども正確な統計をもう一回とってみて、じゃ賛成する方だけ集めて、あなた方は何で、つまり象徴天皇制だからやっぱり元号はあった方がいいというのか、それともいや天皇制なんか関係ないと、単なる便利だからあった方がいいのかというふうな質問をしたら、恐らくは後の方が多くなると思う。つまり長官が前提とされた国民の多くが天皇制と強く結びついて存続を望んでいるという答弁はうんと少なくなっちゃう。そうすると前提が全部崩れちゃう。そんな無理をなぜなさるのかわからないんです。それは結びつけなくたってりっぱにこの法案は、そんなことの意味がなくたって、便利だから残そうじゃないかというだけで、それだけでいいんじゃないでしょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) 御指摘の御意見につきましては私も理解できるわけでございますが、ただ先ほどからるる申し上げておりますように、天皇制との結びつきというようなことで舌足らずであったと思いますけれども、ただ改元の時期をいっとるかとかいうことを考えてみた場合に、国民の方々は大体改元の時期はこういうときでなかろうかというようなことを承ってまいりますれば、皇位継承があった場合というようなことで一つの時期を把握すべきじゃないか。したがって、それはそれにすぐつながって即時改元とかいうようなことは考えておりませんと、場合というのは相当な、たとえば踰年改元なんという御意見もあるわけでございますが、そういうことで天皇自身と結びつけるということは、いま御注意がありましたようにできるだけそういう点を御理解願わねばなりませんので、私どもも慎重な検討を進めていかねばならぬという立場に立っておりますので、決して天皇そのものと結びつけて、先ほど御指摘が他からありますように、天皇制の復活とつながるぞというようなことにならないように私どもも注意をしてまいりたいと思いますが、その改元の時期はこういうところから始めるべきではなかろうかというようなとり方をいたしてまいっておるのでございます。
○円山雅也君 結構でございます。 つまり、皇位継承問題は単に改元の時期だけを目安というふうに御答弁がいただければ、あんなめんどうな問題が起こらないんです。それを従来皇位継承は単なる改元のきっかけだけなんだという御答弁がはっきり出ていれば問題がすっきりしたんです。それをさらに何かあこがれの的だからとか、国民の感情だからといって結びつけていくから、この法案自体がゆがめられていくんじゃないか。その点ぜひひとつ今後御検討いただきたいと思います。終わります。
○江田五月君 長帳場の最後の十分ですので、どうぞ御勘弁を願います。 賛成の立場からでも、ただいまの円山委員のようにたくさんの疑義が出てくるわけでありますが、私はこの元号法案に反対の立場から、しかしそれほど肩をいからせ、イデオロギー的になることなく多少の質問をいたしたいと思います。 最初に、現在の国民が用いております紀年法について政府が、内閣がどういう認識をしているかということを確認をいたしたいと思いますが、まず、現在紀年法としては元号と西暦と二つの種類のものがあって、それがいずれも事実たる慣習として用いられておるのだ、こういう認識をされているということでよろしいわけですか。
○政府委員(清水汪君) 結論的にはそのとおりでございます。ただ、ちょっとつけ加えさせていただきますと、その場合におきましても多く用いられているのは元号の方だと思います。それからまた、元号には西暦と違いましたわが国における多くの歴史的な背景を持ってきたというようなものであるということは言えるかと思います。
○江田五月君 その元号についてですが、元号がどういうものであるのか、どういう価値をこれに付与するのかということについて国民の中でいろんな意見がある。ある人は元号というのはもう日本古来の非常に貴重な文化遺産であって、いわば何といいますか、拝み奉らなければならぬものだというような意見もあるかもしれない。逆にいわば封建制度の残りかすで早く捨てることができれば捨ててしまった方がいいというような感じもあるかもしれない。あるいはそういうものと全くかかわりなく、いわば価値的には特に何という価値を与えるのでもなく、こういう制度としてずっと使われているからこれを続けていけばいいんだというような感じかもしれない。そういうことについて内閣として、一人一人の大臣あるいは政府部内の方の御意見ではなくて、内閣として元号というものに何か特別の価値を付与されて、こうして元号法案を出されているのかどうか、その点を伺います。
○政府委員(清水汪君) 私ども現時点におきましては、元号というものは紀年の方法であるというふうに受けとめております。ただ、この紀年の方法という意味におきましては、長い間かかってだんだんと定着をしてきたというような歴史がございますし、またある意味ではきわめて便利なものだというような長所も持っている、こういうようなものとしての元号の機能に着目していると、こういうことでございます。
○江田五月君 先ほど元号よりも西暦の方が使い方はやや少ないようだという認識であるというお答えでしたが、それにもかかわらず西暦の方も相当に頻度が高いわけですね。 ところで、西暦が一般に紀年法として国民の毎日の生活の中で用いられるようになったのはいつごろなんでしょうか、お教えください。
○政府委員(清水汪君) 国民の間に一般的に用いられるようになった時点というものは、なかなかその事の性質上から言いましても、一時点を明確に指し示すということはある意味で困難かと思いますが、明治の半ばなどから次第に多く使われるようになったというふうに理解をいたしております。
○江田五月君 そんなに古くから一般に使われているかどうか、どうもにわかに私は生まれていないのでわかりませんが、いまはもちろん昭和何年ということもよく使われていることはあたりまえでありますが、西暦の方も本当に通常幾らでも用いられておりまして、七九年と普通の会話の中で言えばだれでも一九七九年と思うわけであります。そういうような状態にまで使われ、いわば熟してきているのはどうも戦後ではないかという気がするんですが、いかがでしょう。
○政府委員(清水汪君) そのようなおっしゃいました意味において非常に熟してということであれば、これはごく近々のことではなかろうかというふうに私も理解をいたしております。
○江田五月君 紀年法も一つの文化であることは間違いない。しかし文化というのもいまの西暦の使われ方の熟し方を一つとってみても大きく変わっていくわけです。戦後国民の間にいろいろな事情から使われ出した西暦が、いままだ元号の方が多いにしても、元号にそれほど負けないほどどんどん使われているような、こういう大きな変わり方をするものが文化であると思いますけれども、そしていまこの紀年法が事実たる慣習で西暦と元号と両方が用いられていて、何かこれで大変な不安定があるようなことをお考えなんでしょうか。国民は何かいまの紀年法にそんな不安定を感じているんでしょうか、長官いかがでしょう。
○国務大臣(三原朝雄君) 大方の国民が元号の存続を希望いたしておるということは事実でございます。しかしこの問題について、さて元号はこれは改元されるものであろうということもある程度の理解を願っておると思うわけでございます。改元はだれがいつの時点にやられるであろうというところまでお尋ねしてみますと、実はそれは政府なりだれかがやるだろうということでございます。そういう意味ではやはり元号の存続を希望する国民の方におきましては不安というよりもそういう点を明確に把握しておきたい、そういう願望があると私どもは受けとめておるわけでございます。
○江田五月君 願望のあるなしは別として、いまの元号の使われ方に国民は別に何も昭和がいつなくなるのかということを不安に思って、この昭和を使っていいものか悪いものかというようなことで非常に精神が安定しないというそういう状態は全然ないんじゃないでしょうか。むしろこの皇位の継承があった場合にどうするか、その手続がまあはっきりしていないというだけのことじゃないかと思うんですけれども、そういうようないわば安定的に国民の中でいま使われており、しかも時代の流れによって大きくどういうふうに動いていくか、国民が一人一人毎日の生活の中で変化をさしていくべき文化の一つの要素としての紀年法を法律で何か固定しなければ安定したように思わない、法律で固定すればそれが安定してみんなの不安がなくなるように思うという、何かそこに非常に法律に対する過信といいますか、法律至上主義といいますか、法律がなければだめだというような妙な信仰があるんではないかと思うんですが、もうちょっと国民の毎日の生活の中で、国民が次第につくっていく歴史といいますか、そういう歴史をつくっていく英知といいますか、そういうものにもつと信頼を置いていいんではないかと思いますが、私は十分しか持ち時間がなかったものですから、もうこれで質問が最後になりますが、その点について長官の御意見を伺って終わりにします。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。 国民が元号の将来を考えて不安、動揺いたしておるとまでは私は考えておりません。しかし、先ほども御指摘がございましたように、いつかの時期にだれかが決めてくれるものだという考え方であろうと思うのでございます。したがって、その心情なり事情を踏まえてこれを処置していきますのは、私は政府の行き方だと思うのでございます。したがって、その改元のやり方には、いま御指摘のように、文化の流れ、国家の動向、国民の動向というようなものが、あるいは国民の英知というようなものが、そういうものをおのずから解決する一つの歴史的な見通しというようなものも私は考えておるわけでございますけれども、そういう点でこれを考えてまいりますれば、現在時点において国民の代表機関である国会の場においてこれを審議願うということが、最も民主的なやり方ではなかろうかということで、法案としてここに提案を申し上げ、それから、それはまた国民が期待されるいつの時点にだれが変えるかというような、そういう点も明確にここですることができるというようなことで、法案制定に踏み切った次第でございます。
○委員長(桧垣徳太郎君) 他に御発言もなければ、本連合審査会はこれにて終了することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(桧垣徳太郎君) 御異議ないと認めます。よって、連合審査会は終了することに決定いたしました。 これにて散会いたします。 午後五時四十二分散会