法務委員会 第10号
- 発言数
- 105 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1979/04/27
会議録
○佐藤委員長 これより会議を開きます。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 土地家屋調査士法の一部を改正する法律案の審査のため、来る五月八日火曜日午前十時から、参考人として日本土地家屋調査士会連合会会長多田光吉君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐藤委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————◇—————
○佐藤委員長 内閣提出、民法及び民法施行法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。横山利秋君。
○横山委員 先般の質問の続きをいたしたいと思います。 まず、民法十一条の問題でございます。本件は、五十年の六月四日の本委員会での私の質問に対しまして、稻葉法務大臣、川島政府委員から、検討をしてみようというお話がございまして、それでこの政府提案ということになったというふうに理解いたしております。その際にも私は申し上げたのでありますが、これは全国の聾唖者の大会の決議になっておるわけであります。 問題は、念のために、政府の中でこの法案を提出いたします際にどういう議論が行われたかということをお伺いしておきたいと思うのであります。ということは、本当にそれでいいのか、通常人と同じような条件にすることによって問題はないのかどうか、その点がこの決議をいたします際にもいろいろ議論をされたのでありますが、提案をするに際しまして、政府内部におきまして、この法案どおりにすることによって起こり得べき問題点というものは、どういうふうにそしゃくをされて提案をされたか、念のために伺っておきたいと思います。
○香川政府委員 第十一条から「聾者、唖者、盲者」を削除する点について、私ども、一番それでいいかどうかについて検討いたしましたのは、削除することによって、それらの者の保護に欠ける点がないかどうかという点でございますが、この点は、法律行為について保佐人の同意を要するというふうな能力制限的な問題は、今日、聾者、唖者、盲者三者について考えました場合に、そのことだけで保佐人を付するというふうな必要性はない程度にまでなってきておるのではないかということが一つでございますし、それと同時に、たとえば聾者、唖者、盲者につきまして、そういった身体障害によって通常人と同じような弁識能力がないというふうな場合には、当然心神耗弱者ということによって保護を図る道があるだろうということから、保護に欠ける点は懸念する必要はないというふうに考えたのでございますが、そういった点が一番大きな問題でございまして、このことは、結局民法十一条において聾者、唖者、盲者三者を心神耗弱者、浪費者と並んで規定しておる立法趣旨というのはどこにあるかという問題とも関連することでございますけれども、その三者を規定しておくことによる弊害と申しますか不都合というか、そういうものとの比較考量もしなければならないという点で、三者を削除することにいたしたわけでございます。
○横山委員 この聾者、唖者、盲者三者は、民法十一条は長年にわたりますために先入主というものが一般社会の中にあって、これはもう通常人としての権利義務は保有してないのだという法律的根拠を知っておる人、あるいは知っていなくてもちょっと心配だからということによって、実際上の被害を受けておるというのが今日までの状況であり、しかし一方においては、先般私が申し上げたように、聾者、唖者、盲者が実業界においても一般社会においても非常な活躍をしていらっしゃるという二つの現象がありますが、これが法律的に変わったということを一般社会はもちろん、関係諸団体に十分徹底をする必要がある。 そうでないと、私が危惧いたします法律改正に伴う問題が起こりかねないと思うのでありますが、この民法十一条改正による変化というものを、どういう方法で徹底をなさるおつもりでございますか。
○香川政府委員 今日まで、法案の提出そのこと自体につきましても、新聞等にもお願いいたしまして、詳細紹介いたしてもらっておるわけでございますし、法案が成立いたしまして施行されました場合には、特に問題になる市町村の関係は、御承知と思いますが、印鑑証明等について保佐人を要求するという条例を制定している市町村もあるわけでございます。さらにまた金融界におきましても、大事をとるということから保佐人を要求するという事例も耳にいたしておりますので、そういう関係方面に周知するように努めてまいりたいというふうに考えております。
○横山委員 ぜひその点は十分行われるように督励をしておきたいと思います。 次に、今回の改正は、民法法人の実態というものを法務省が立案に当たって十分に精査していないということを先般の委員会で私は強く言ったわけでありますが、別にまた民法の改正をするならば、当然検討をさるべき点が残っておると思うのであります。 その一つは、今後の民法改正はどういう点に焦点を向けられるべきであるかという点であります。たとえば妻の座の問題であります。私どもは従来から、妻の相続を現在の三分の一を二分の一にすべきであるという議員提案をいたしております。また、私どもがいま検討いたしておりますものに妻の居住権の問題がございます。夫婦で住んでおって、お父さんが死んだ。そしてその土地、建物にお母さんだけが住んでおる。しかし、その土地、建物を相続するとするならば、それしかない場合において、別居しておる長男、次男に三分の二を分けるとするならば、お母さんはそこを出ていかなければならぬ。 そういう現実問題は一体どういうふうに考えらるべきか、妻の居住権は相続に当たってどうあるべきかという問題、あるいはまた夫婦別産制の問題等、今後の民法改正に当たって、まず妻の座について再検討を加える必要があるという主張について、どういう検討を進められておるか。そのほか、今後の民法改正についての法務省の作業の進行状況を御報告願いたいと思います。
○香川政府委員 ただいま法制審議会の民法部会におきまして相続法の再検討をいたしておるわけでございまして、その中心は、いま御指摘の妻の座と申しますか、配偶者の相続関係をより合理的にする必要があろうという点が大きな問題点でございます。 その問題としましては、夫婦別産制をとっておる現在の民法を共有制に変えた方がいいかどうかという問題もございますし、また一番の中心は、現在、配偶者と直系卑属、子供が相続いたします場合には、妻の相続分は三分の一でございますが、これを二分の一あるいは三分の二に引き上げるべきではないかという問題。さらに、いま御指摘の妻の居住権の問題でございますが、これは、仮に妻の相続分が二分の一あるいは三分の二という引き上げがなされるといたしますと、遺産分割の協議におきましてもあるいは遺産分割の審判におきましても、それだけいわば配偶者の発言権が強くなるという関係もございますので、それによって相当居住権の保護も図られると思いますけれども、審判で裁判所が遺産分割をいたします場合の基準的な考え方として、主として妻でございますが、その居住権の保護を十分配慮するという基準的な規定を設けることも検討されておるわけでございます。そのほかに妻の寄与分、これは相続分とは別に、特に遺産の増大といいますか維持、増加に功績があったという場合、その相続人を優遇する意味での寄与分の制度を取り入れるということ。これらが妻の座といいますか配偶者の地位の向上、安定という意味から検討されておる主な問題点でございます。 大体の作業といたしましては、本年中にはこの関係の審議が終了して法制審議会から法務大臣にしかるべく答申がなされることが予定されておりまして、それを受けてできるだけ早く法案を国会に提出したい、かように考えております。
○横山委員 御存じの宮城県石巻市の産婦人科医菊田昇氏のいわゆる実子あっせん事件について、そのこと自身は一応の決着はついておるわけでありますが、しかし、そのことが起こしました反響並びに今後の問題として実子特例法というものの提案がされておるわけであります。私は、この実子特例法ということについて、いろいろと検討をしたわけでありますが、菊田氏から国会の方へこういう陳情がございます。 それは要約いたしますと、日本弁護士連合会の二十一回大会で、国際児童年の七九年に向けて子供の権利の尊重と擁護を訴える大会宣言が採択された。大会宣言は、子捨て、子殺し事件の多発や受験地獄など、子供の人権が危機的状況にあると指摘している。国はこのようなことについて十分な施策をしてきたとは言えないとして、日弁連はいろいろなことを要望している。そこで自分は、自分というのは菊田氏のことでありますが、「昭和四八年四月、百例の“赤ちゃんあっせん”を公表し、日本から悲惨な“子捨て”“子殺し”をなくすためには「実母の戸籍に入籍せず縁組できる」いわゆる実子特例法(断絶養子法)を制定しなければならないことを社会に訴えました。その後、欧米先進国が、やはり“子捨て”“子殺し”を解決するために“実子特例法”をぞくぞく制定している事実を知るに及んで、ますます、確信を深めている次第です。わが国でも長野、秋田両県議会が満場一致で同法の早期制定意見書を採択したほか札幌市、藤沢市、男鹿市、気仙沼市、小諸市、飯田市なども同法推進の意見書を決議しています。」だから、不幸な多くの赤ちゃんを救うために実子特例法の制定に先生方のお力添えをお願いする。 こういう要望に含めまして、いろいろな例を挙げて菊田氏が問題を提起し、そしてまた別の人が、自分の体験を含めていろいろな社会的にあります実子特例法への疑問に答えて、その疑問を解明をして、なおかつ実子特例法を制定すべきである、こういうことを言っておるわけであります。 このことは、血縁を中心とする現在の民法から言うと問題はなしとはしませんけれども、ここにございますような現実社会においてなぜ中絶をするか、なぜ赤ちゃんを殺すか、そういうことが現実社会においてきわめて多岐に及んでおることを考えますと、目をそらし耳をふさいでおくわけにはいかぬのではないかということを痛切に考えるわけでありますが、法務省はどうお考えでありますか。
○香川政府委員 いわゆる実子特例法と言われておるものの実質的な中身についてはいろいろな案があるようでございますが、そのうち、いわば実親子関係がない他人の子供を自分の子供であるというふうな形で身分関係を偽って、戸籍上実親子の記載をするという意味での実子特例法というのは、これは親族法、相続法あるいは戸籍法の根幹に触れる問題でありまして、私どもとしては、そういった虚偽を基礎にして身分関係を形成していくというわけにはまいらないのではないかと考えます。したがって、そういう中身の実子特例法については、現在のところ消極的でございます。 ただ御指摘のように、いろいろ問題があるわけでありまして、さような問題を養子制度の中で何とか工夫はできないだろうかというふうなことを考えておるわけでございます。よく実子特例法がヨーロッパにおいてもできておるということが言われるわけでございますが、これは私どもの知る限りにおきましては、先ほど申しましたような意味の実子特例法はいずれの国にもないわけでございまして、いわば実親子関係を断絶させて養親子を独立させるという意味での養子制度というのは、相当ヨーロッパで採用されておるようでございます。 そういったことも参考にしながら、現在のわが国の民法の養子制度というのは、養親子関係と並存して実親子関係がそのまま生き続けておるわけでございます。そこのところを一つの方法としまして、実親子関係を捨ててしまうということも含めまして、養子制度の検討の中でいまの問題をいろいろ考えてみたい、かように考えておるわけでございます。
○横山委員 御存じのように、中川教授が実子特例法の私案を出しておられるわけであります。 いま民事局長の言うように、偽ってということをどういうふうに考えたらいいかということでありますが、中川私案はアメリカの例を引いて「たとえばアメリカでは、子の出生にかかわる生物学的記録を、裁判所が保存していて、その必要があるときには裁判所の特別許可により閲覧することができる。あるいは戸籍管掌者には特別養子であることがわかり、一般にはわからないチェックを戸籍簿その他の帳簿にすることは可能であろう。なおソビエトでは、兄妹があれば共に同じ養親の子とするので近親婚は発生しないとのことだ」と説明をして、そしてその私案の六条では「養親となる者は、夫婦で、婚姻後五年以上を経過し、原則として、血縁上の実子のないことを要件とする」八条では「この縁組には、家庭裁判所の許可を必要とする。家裁は、すべての事情を調査し、子の利益となる場合にのみこれを許可する」として、第五条では養親の側からの離縁は認めないというようにして、この辺の配慮をいたしておるわけであります。 要するに、いまの民事局長のお話は、事実問題として何らかの解決をしなければならないという点については、同意をされておるわけですか。
○香川政府委員 いろいろの問題として指摘される事例というのは、実際は世間には、他人の戸籍に実子としてそっと入籍されておるというふうなことが相当あるだろうと思うのであります。 そういった関係は余りそうほじくり出す必要もないことで、ある種の一つの知恵ということだろうと思うのでありますが、正面切ってこの実子特例法を考えます場合には、先ほど申しましたように、どんなに救済する必要があるといたしましても、虚偽の記載を正面から認める救済方法というのは、当を得たものではないだろうと思うのであります。だから法律論でなしに、人情論あるいは社会的ないろいろの制約等々のことで問題があるわけでございますので、それをいかように養子制度の中でくみ取って、法律的に解決するかというふうな考え方を持っておるわけでありまして、したがって端的に申しますれば、そういったいろいろ困った事例というものについて、何とか法律的にうまくいくような方途を相当苦労しても考え出さなければならぬということは認識いたしておるつもりでございます。
○横山委員 次に、先般問題を提起いたしました東本願寺に関する紛争について、文化庁にお伺いをいたします。 宗教法人は、宗教法人法によって定められておるのでありますが、この宗教法人法を見ましても、行政官庁がなし得べき点については限界があると思うのであります。それにしても、私は宗教法人すべてがそうだとは言いませんけれども、宗教法人内におけるある意味の派閥の争い、あるいはそれに介在をする汚職、宗教法人が行っております営利事業、あるいはそのトップが持ちます権力による独善的、独裁的な運営、あるいは一般から受けます寄附行為についての会計の乱脈、それに伴う脱税あるいは会計運営の不明朗、いわば非近代的な要素が宗教法人の中に数多く散見されておるわけであります。 東本願寺の紛争は、いま申し上げました点を大なり小なりすべて内蔵しておると私は思わざるを得ないのであります。現にこの経緯を考えてみますと、一方から、内部規則を無視をして資産を売却をしたのは違法であるというような訴えが出ておりますし、その財産処分によって得た金がどういうふうに使われておるかという点についても疑問を持たざるを得ない、こういうことが考えられます。 昨年の十二月、京都地裁は竹内良恵師の真宗大谷派代表委員としての職務執行停止の仮処分の判決をいたしましたから、竹内良恵師は代表委員ではないということになるわけでありますが、他方、大谷光暢師は真宗大谷派との被包括関係を廃止することを内容とする規則変更の認証申請をしておりますから、勝ったはずの大谷光暢師が真宗大谷派とは縁を切る、理屈を言えばそういうことになる。まことに混沌としたような状況であります。 そこで、時間の関係上簡潔に二、三の点を伺いたいと思うのでありますが、この宗教上の内部的な論争は別といたしまして、宗教法人がかくのごとき紛争をしておることについて、文化庁並びに京都府としては、一体どういう方針を持ってこれに対処をしておられるか、まずお伺いしたいと思います。
○安藤説明員 お答え申し上げます。 御承知のとおり、宗教法人法は、信仰の自由ということを大前提といたしまして、政教分離のたてまえに立っていろいろの規定が設けられておるわけでございます。そしてその解釈規定といたしまして、八十五条に「この法律のいかなる規定も、文部大臣、都道府県知事及び裁判所に対し、宗教団体における信仰、規律、慣習等宗教上の事項についていかなる形においても調停し、若しくは干渉する権限を与え、又は宗教上の役職員の任免その他の進退を勧告し、誘導し、若しくはこれに干渉する権限を与えるものと解釈してはならない。」というような規定がございまして、教団の内部の事柄につきましては、文部大臣、都道府県知事等の所轄庁は口出しをしてはならないというような形になっておるわけでございます。したがいまして、目下行われております東本願寺のいろいろな事件につきましても、それが教団の中で行われる限りにおいては、所轄庁は何ら介入することができないということでございます。 ただし、その教団が社会的な法人としての立場から、たとえば内部規則の変更について、所轄庁に対して認証の申請をするというような段階になりますと、それがいいのか悪いのかというような判断をせざるを得なくなってまいります。現在、東本願寺の住職であります大谷光暢法主から——代表役員でございますが、真宗大谷派から離脱をするというような形の規則変更の認証申請が京都府に出されております。これにつきましては目下京都府において検討しておる段階でございますので、文化庁といたしましても、京都府の考えのいかんを待っておる状態でございます。 〔委員長退席、青木委員長代理着席〕
○横山委員 確かにおっしゃるように、八十五条の規定があることは私も十分承知の上で申し上げておるわけでありますが、しかし一方、宗教法人法といえども第八十一条による解散命令権、これは中身としてはなかなかむずかしいことではありますが、一応法律上の解散命令権、それからいまお話がございました合併の認証だとか規則等についての文化庁あるいは府県知事の権限というものがあるわけであります。 私は、日本における宗教のきわめて歴史的な、あるいはまた国民の日常生活に深く溶け入っておる東本願寺が五、六年も長年にわたって紛争を続けておって、いまもって解決をする兆しがほとんどないことを大変残念に思うわけであります。したがって、宗教法人法における行政官庁の機能を十分に発揮をして、でき得るならば円満な解決に向かうように努力をしてもらいたいと思いますが、その点についてのそういう政治的な判断と努力について、どうお考えになりますか。
○安藤説明員 政治的な判断につきましては、これは行政官庁のなすべきところではなくて、ほかのいろいろなサイドからのことが考えられるわけでございますが、それはそれなりにあっても差し支えないのではないかと考えております。 御指摘のありました八十一条の解散命令でございますが、これにつきましては各号にいろいろの限定がございまして、明らかに法令に違反しておるとか、宗教団体の目的を著しく離脱しておるとかという限定条項がございますので、外部から明らかにこれはおかしいという徴候がない限りは発動ができない。したがいまして、宗教法人法制定以来すでに二十四年になりますが、いまだこれを適用したことがないわけでございます。
○横山委員 文化庁として直接的なことはできないにしても、私が申し上げる汚職や営利事業の弊害、独善的経営、寄附行為にまつわる不明朗、脱税あるいは会計運営の不明朗等々の非近代的なありようについては、それぞれほかの省庁の関係もございますけれども、もう少し何とかしなければならない。 一般の問題につきましては、総理府が行っております会計基準の適用が指導要綱として行われておるわけでありますが、宗教法人それ自体について、法律改正の必要性が果たして本当にないだろうか、あるいはまた、いま指摘したような諸問題について、もう少し改善の要がないだろうかということを痛感をしておるわけでありますが、その点はどうお考えになりますか。
○安藤説明員 ただいま御指摘のような宗教法人の管理運営につきましていろいろと問題があることは、新聞、雑誌等にもしばしば出るわけでございます。 行政機関は、教義上の問題と申しますか宗教上の問題と申しますか、その方面では信仰の自由を最大限に尊重しなければならないわけでございますが、宗教法人に対して指導と申しますか情報の提供とか御意見を申し上げる、そういったことは、特に宗教法人法に基づいた運営を適確に行っていただきたいという趣旨のことにつきましては申し上げなければならない立場にあるわけでございます。 したがいまして、このことにつきましては過去昭和四十二年以来、宗教法人管理運営の研修会というのを持ちまして、各宗教法人の方々にお集まりいただいて、宗教法人に関する制度上の問題点について御説明を申し上げるという機会を持っております。また、ただいま御指摘のありました会計の経理の適正を期するとか、宗教法人の行う事業について、それのあり方を宗教法人自身にお考えいただくという機会を、これも昭和五十二年度から設けておる次第でございます。 〔青木委員長代理退席、委員長着席〕 宗教法人に会計基準を設けてはどうかという御意見もかねてからあるわけでございますが、ただいま、財団法人の日本宗教連盟とか新日本宗教団体連合会、そういった団体が積極的に採用するかしないかというようなことを検討しておりますので、その方面の検討結果を待っておるわけでございます。 以上でございます。
○横山委員 まだほかにもございますけれども、一応質問を締めくくりたいと思います。 私は、両日の質問を通じて、政府に対して次の点を骨子にして質問をしてまいりました。また、それは同時に私の要望でもあります。その点について、改めて最終的に御意見を伺いたいと思うのであります。 第一は、この種の民法の改正が公益法人一般についての実態把握がきわめて不十分である、その対策もこの法案では不十分なものである。したがって私が申しておりますように、各省庁にわたる公益法人について、民法を改正してその基礎法たる立場をさらに強化するか、あるいはまた公益法人基本法を制定して、総理府が適当と思うのでありますが、そこで統一的な公益法人に対する監督指導に当たるべき基礎をつくる必要があるということであります。 第二番目には、特にその中で公益法人の会計の不十分さを歴年指摘をしてまいりました。総理府では会計基準を昨年から指導を始めて、その結果がまだ不十分でありますが、私がかねがね申しておりますように、それはやはり強制力を持たせるべきである。したがって、この会計基準が強制力を持ちますためには、法律をもって公認会計士の監査を必要とするべく改めるべきである。もちろん公益法人にもピンからキリまであり、あるいはまた特別法によって制定されておるものもありますから、すべてがそうだとは言いませんけれども、この国会のみならず歴年の国会で、公益法人のあり方については各委員会で指摘をしておるところでありますから、この際、公認会計士の監査を一定限度以上の公益法人については強制的に行わしむべきである、これが第二点でございます。 第三点としては、先ほど申しましたように、今後の民法改正、特にその中における妻の座について速やかに結論をつけるべきである。 それから四番目に、いま短い時間ではございますが、特に宗教法人について指摘をいたしました。手元にいろいろな材料はあるのでありますが、時間の関係で省略をいたしますが、日本人の心のよりどころとなります宗教、その宗教が教義のりっぱさに比べましてその実態、運営について社会の指弾を受けるということは、きわめて遺憾千万なことでありますから、宗教法人の運営、会計等一連の指摘いたしました問題については、何らかの形で法改正なりあるいは行政指導の強化なりが行われるべきであるということを、私は主張をいたしておるところであります。なお宗教法人の中に、昨年私がこの委員会におきましてずいぶん、二年にわたって追及をいたしました世界基督教統一協会が起こしました諸問題も触れておるわけであります。 以上四点につきまして、それぞれ所管の責任者から、最終的なお答えを願いたいと思います。
○香川政府委員 御指摘の第一点の公益法人基本法の制定の問題でございますが、これは立法形式の問題だというふうに思うのでありまして、私どもは、実質的には民法の法人に関する規定がいわゆる基本法だというふうに思っておるわけであります。その中身につきまして、問題を御指摘になっておられるわけでありますが、私どもとして、決して公益法人の実態をすみずみまで把握しておるとは申し上げる自信がないわけでございまして、さような点も十分反省いたしまして、各省にもお願いして今後ともその実態の把握に努めまして、それをもとにして、さらに民法における公益法人に関する規定を整備する必要があれば、その改正を検討してまいりたい、かように考えるわけでございます。 第二点の会計監査基準の問題でございますが、これもただいま横山委員おっしゃいますように、公益法人にはピンからキリまでありますし、いろいろな形態のものがあるわけでございますので、一律的な会計監査基準あるいは会計基準を設けて、それを画一的に行うということはいかがなものかというふうに考えるわけでございまして、今回の改正におきまして、監督上必要な命令が出せることにいたしておるわけでございますが、この命令の中にも、やはりかかる基準によって、会計を処理するというふうな命令も出せるわけでございまして、御承知のとおり、総理府における協議会におきまして、会計基準がつくられておるわけでございますが、それを参考にして、それぞれの各種、規模の大小の法人に応じて、主務官庁が必要があればこういった点会計を改めるべきだというふうな命令を出すことにいたしまして、その運用いかんを見た上でさらに検討してまいりたい、かように考えておるわけでございます。 第三番目の妻の座を中心にした民法相続法の改正でございますが、これは先ほど申し上げましたように、法制審議会においては本年中には結論を得て答申がいただけるものというふうに考えておりますが、さらにお願いいたしまして、できるだけ早く答申をいただいて法案を国会に提出したい、かように考えておるわけでございます。
○小野(佐)政府委員 お答えいたします。 先生御指摘の会計基準を強制的に適用する問題並びに公益法人に対します公認会計士の導入等につきましては、五十三年度から実施いたしております会計基準の実施状況、公益法人の実態等を見、関係各省庁とも緊密な連絡をとりつつ、先生の御提言の意を十分踏まえまして検討してまいりたいというふうに考えております。
○安藤説明員 御指摘の宗教法人に対する指導の件でございますが、先ほど申し上げました宗教法人管理運営の研修会、それから五十二年度から始めました包括宗教法人等管理者研究協議会というようなものを通じまして、宗教団体自身の側から積極的に管理運営のあり方について考えるというような形のものを、積極的に進めてまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
○横山委員 質問を終わります。
○佐藤委員長 西宮弘君。
○西宮委員 私は、ただいま提案されております民法及び民法施行法の一部を改正する法律案に関連して質問いたしますが、そのうちで特に私が取り上げたいのは、公益法人について、その実体を備えていないもの、公益法人ならざるものが公益法人たることを名のっておるというものについて、今回そういうことは禁止をするという新しい制度になったわけです。 私は、そのこと自体は大変結構だと思うのですが、むしろ遅きに失したと思うのですよ。それで、なぜこれがいままでできなかったのか。と申しますのは、たとえば株式会社等にしても、あるいはまた各種の協同組合その他等々切りがないのでありますが、それはいずれも、その該当者でないものがそれを名のることは禁止をするという制度になっている。しかるにもかかわらず、この財団法人あるいは社団法人というものが野放しにされてきたというのは、一体どういうわけだったのですか。
○香川政府委員 野放しと申しますか、禁止する規定を民法に設けるのは遅きに失したという御指摘は、まことにそのとおりだと思うのであります。 ただ私ども、民法におきまして、公益法人についてなぜそうでないものの公益法人たる名称の使用禁止の規定がないのかという点をいろいろ考えあぐねてきておったわけでございまして、恐らく一つは、民法制定当時におきましては、おおらかであったと申しますか、さような不心得者がいなかった。その後もそういった事例はほとんどないわけでございまして、そういうことと、それから財団法人、社団法人というのは、むしろその法人の性質、性格を言っておることでありまして、名称という部類には属しない範疇のものだというふうな考え方があるわけでございます。 しかし二、三年前から、いわゆるネズミ講の関係で天下一家の会というのが財団法人という名称を冠しておるというふうなことが出てまいりまして、そういったことがあらわれますと、国民の目から見れば、主務官庁の監督下にある公益法人だということで、いわば信用して不測の損害を受けるというふうな事態にもなりかねないということが懸念されるわけでございますので、そこで今回、性質論は別といたしまして、そういった使用制限ということの改正をお願いしておるわけでございます。
○西宮委員 いまもお話がありましたように、具体的な問題としては、数年前から問題になったネズミ講の問題が大きな刺激材料になったのだろうと思いますけれども、しかし、さっき横山委員がいろいろ指摘をしておったような、まことに内容の芳しくない、あるいはまた、ああいう名前に隠れていろいろ不当な利益をむさぼっているというような団体等が必ずしも少なくなかった、むしろそういうのが非常に多かったのじゃないか。そういうものに対して、公益法人とか社団法人とかそういう名称をそのまま許しているということが、そういう問題をよけい大きくする原因になっておったと思うのです。ですから、そういう点は十分反省されるべきだと思うのですが、私は、いま局長も言われましたネズミ講の問題を、実は別の特別委員会でいろいろ追及をしてまいりましたので、その問題に例をとって若干質問をしたいと思うのです。 特に私が問題にしたいのは、ネズミ講であるところの財団法人天下一家の会、これは全く財団法人でも何でもない。にもかかわらず財団法人を名のる、こういうことになってしまったのだけれども、その原因がどこにあったのかというと、これを登記する際に登記官のいわばミスだったわけですね。そのことは、今日では法務省としても十分認めておるのだけれども、その点が私はまことに重大な問題だったと思う。その点について、いまどういうふうに事実を把握をし、あるいはまた、どういうふうな反省をしておりますか。
○香川政府委員 財団法人天下一家の会と称するものがさようになりましたのは、御承知のとおり熊本県に、これは知事の認可によるものでございますが、肥後厚生会というのがあったわけでございますが、この肥後厚生会の名称変更の登記の申請が出てまいりまして、これはまことに申しわけない仕儀なのでございますけれども、名称変更については都道府県知事の許可が要るということになっておったのを登記官が看過いたしまして、名称変更の登記をしてしまった。これはもう明らかにミスでございまして、したがって、その事後措置といたしまして、職権による抹消の手続をとったわけでございます。 それと同時に、それを機縁にしていろいろ調べてみますと、その肥後厚生会の定款から見ますと、もともと役員の改選手続にも重大な瑕疵がある、明白な誤りがあるということがわかってまいりました。したがって、名称変更のみならず、役員そのものの登記も瑕疵があるということが発見されたわけでございます。 この役員変更の点につきましては、これは決して登記官を弁護するわけではございませんけれども、定款そのものが常に登記の添付書類になっておるわけではないわけでありまして、むしろ各公益法人の事実的な定款にのっとった役員改選手続が履践されることを期待しておるわけでございまして、さような意味で、これは登記官のミスと言うわけにはまいらぬわけでありますけれども、できた登記は、やはり定款の手続から申しまして無効なものであるということが明らかになりましたので、これも職権抹消したわけであります。 こういったことになりました理由は、まず第一には、今回提案申し上げておりますように、休眠法人の買い取りということがあるわけでございまして、肥後厚生会はいわば休眠法人的なものであったわけでありますが、それをいろいろの金銭の支払い等を代償にして役員が変更したというふうなこと、そして名称変更、天下一家の会ということになってきた、こういった経緯があるわけでございまして、したがって、そういった休眠法人が寝ている限りは何ら弊害はないとも言えるわけでございますけれども、それに目をつけていろいろ悪用するというふうなことを防止する必要があろうということで、今回休眠法人の整理もお願いしておるわけでございます。 そのほか、ネズミ講のみならず、いろいろ公益法人の名のもとに国民に迷惑を及ぼすような行為がある場合に備えまして、主務官庁の監督命令についてきめ細かい規定を設けて、実効あらしめようというふうなことを考えておるわけでございまして、さような点で、少しずつでも公益法人のあり方の改善を図ってまいりたいというふうに考えておるわけでございます。 しかし、そういった運用はもっぱら主務官庁がされるわけでございまして、民法としては活用する道を開いておくということに趣旨があるわけでございまして、さような考え方から今後、この法案が成立いたしますれば、各主務官庁においてその運用、活用についてお願いしてまいりたい、かように考えておるわけでございます。
○西宮委員 いま言われた財団法人肥後厚生会、これは社会福祉の仕事をするというので生まれた団体ですから、監督官庁は厚生省、その厚生省の委任事務としての県知事がやっておったということでしょう。ですから、そういう点について監督官庁としての責任問題になると、厚生省あるいはその出先の知事を責めるというようなことにならざるを得ないかと思いますが、そうじゃなしに、私がいまここで問題にしているのは、登記官のミスという点なんですよ。 それは後に、昭和五十二年十一月八日に熊本地方法務局の登記官から「財団法人天下一家の会理事内村健一殿」というので登記を抹消するという通知が出たわけですが、それに明らかになっておるとおり、三回登記の申請がなされて、三回登記を完了しているわけですね。第一回は昭和四十八年四月二十日、その中身は理事就任の登記、事務所移転の登記、資産の総額変更の登記、この三つが内容。それから二回目には昭和四十八年五月十八日、これは名称変更の登記。それから三回目には昭和五十年六月十日、理事変更の登記、資産の総額変更の登記、これだけの内容なんですね。 しかも、いま局長も言われたように、財団法人肥後厚生会が生まれたのは昭和二十二年ですよ。それから全く休眠状態が続いてきて、昭和四十八年に初めて、いわば突如としてそういう登記の変更申請がなされたというのでありますから、これはさなきだに登記官は内容について十分検討するというのは、登記官の当然の任務だと思うのです。そういうぐあいに、昭和二十二年に設立をされた団体が、昭和四十八年に至って初めてこういう基本的な事項について登記の変更をする、こういうことを求めてきたわけですから、登記官としては、これは一体何だろうかというふうに考えるのがあたりまえだと思うのですね。 したがって、その際に、主務官庁の許可を受けておるかどうかというような点も吟味をするのは、登記官としては余りにも当然な責任ではないか。それを三回にもわたってうっかり見過ごしてしまったというのは、私にはまことに了解できないのだけれども、それはどういうわけですか。
○香川政府委員 法人の登記の手続の基本的な考えといたしまして、いわゆる形式的審査主義をとっているわけでございます。 したがいまして、ただいま御指摘の登記のうちで、肥後厚生会の天下一家の会という名称変更の登記につきましては、これは登記官としては、当然、名称変更についての主務官庁、つまりこの場合熊本県知事でございますが、それの許可書が添付されてなければ、登記申請を却下すべきものであったわけであります。この点を看過して、許可書がついていないのに登記してしまった。これは形式的審査主義のもとにおきましても全くの誤りでございまして、申しわけない仕儀なんでございますが、そのほかの登記は、これは主務官庁の許可というふうな問題はございませんし、それぞれの法人におきましての役員改選の手続、それは議事録等がついてくるわけでございますが、そういった形式的に整っておれば登記はせざるを得ないということになっておるわけでございます。 そういう意味から申しますと、名称変更以外の登記につきましては、登記官としては形式的審査権のもとで受理したものでございまして、これは誤りとはいえないわけでございます。ただしかし、一番大きな問題を惹起しましたのが天下一家の会という名称変更の点でございますので、この点はまことに申しわけないことだったというふうに深く反省いたしております。
○西宮委員 形式的な審査主義だ、そのやり方だとしましても、そもそも一番最初に出てきた、昭和四十八年の四月二十日に出てきた役員選任の件、そのこと自体はいま局長の答弁のとおりかもしれませんけれども、これなどは実に重大なミスを簡単に見逃してしまっている。 たとえば、こう書いてあるわけですよ。「昭和二十七年十月十日で前理事有働清松」これこれこれと全部で四人書いてありますが、有働清松外三名「の任期満了に伴ない、上記議案につき議長より、新理事候補として内村健一」等々五名を選任した、こういうふうに書いてあるわけですよ。しかし、これは議事録が添付してあるわけで、この議事録を見れば、議長が有働清松で——やはり名前を言わないとまずいですな。有働清松、緒方喜明、坂口義雄、これが集まって、第一回に申請する役員会を開いているわけです。 ところが、さっき申し上げたように、昭和二十七年の十月十日で前理事の有働清松、緒方喜明、坂口義雄、それからもう一人、その日は欠席をしましたが萩久保何がし、これは任期満了しているわけですよ。任期満了だから、もう理事の資格が全くないわけです。理事の資格の全くない者が集まって、こういう決議をしているわけですよ。だから、このこと自体が全くの無効であることは、これは明々白々じゃないですか。この理事会を構成しているメンバーは有働清松、緒方喜明、坂口義雄、四人のうちこの三人が出席をして決議をした。そしてその三人は、実は昭和二十七年十月十日で任期満了しているのだ、こういうことを議事録に書いてあるわけですよ。 こんなことがわからぬという登記官は、私は、全くどうしているんだろうかと、実にこれだけは奇妙きてれつだと思うのですね。どうですか。
○香川政府委員 これは常識的と申しますか、社会現象として考えれば、妙なことだということでございましょうけれども、法律的に申しますと、登記官の立場というのは、形式的に法律上間違いがなければ受理、登記するという立場であるわけでございますが、任期満了いたしましても、後任の理事が選任されない場合には、選任されるまで理事がその職務を行わなければならぬというふうな関係にもあるわけでございまして、したがって、いつ幾日任期満了しておるから、現在全く縁もゆかりもない人になってしまったというわけにはまいらないわけでございまして、その際に一番問題なのは、登記の申請書の添付書類として、その時点における定款が出てまいりますと、その辺のところの手続違背が明らかになったわけでございますけれども、現在定款それ自体が添付書面にはなっていないわけでございまして、したがって形式的審査のもとにおきましては、そういった定款にのっとって適法に手続が行われたものと登記官としては判断せざるを得なかったというふうに思うわけでございまして、そういった意味から、まあ結果論でございますけれども、形式審査のもとにおいてはやむを得なかったことだというふうに言わざるを得ないように思うのでございます。
○西宮委員 それはおかしいですね。そのことを後で発見して——これは発見したのは実はわれわれが別な委員会、特別委員会で小委員会をつくって、いろいろ検討している中で発見したわけですよ。発見して、したがって今度はそれを理由にして、さっき申し上げた昭和五十二年の十一月八日には職権抹消をしたわけですよ。そのときの登記が全く無効だったということに気づいて、それぞれの項目について、これこれしかじかの理由で無効である、これこれ無効であるということで、全部無効であるという結論を出していったわけですよ。 だから、いま局長の答弁で、形式審査なんだからそんなこと問題ないのだと言うのならば、この昭和五十二年十一月八日のこういう職権抹消はできなかったはずだと思うのですよ。それはどういうわけですか。
○香川政府委員 法人登記手続としまして、先ほど申し上げていますように、形式的審査主義をとっておることから、たとえば名称変更の点についても同様なんでございますが、これは登記の手続としては、名称変更については主務官庁の許可が要るということは、法律論としてはっきりしているわけでございます。したがって、そのときに知事の許可を証する書面を申請書に添付しなければならぬことになっておるわけでございますが、それがついてないときには、添付書類が欠けておるということで、その登記申請を却下するわけでございます。 しかし、それを登記官が看過いたしまして名称変更の登記をしてしまったという場合には、単に添付書類がついてなかったということだけでは職権抹消はできないわけでございまして、実体上知事の許可を得ておったかどうか、もしも、添付書類はなかったけれども、実体上知事の許可を得ておったということであれば、その名称変更の登記は有効でございますから、したがって職権抹消はできないわけでございます。そこのところで、結局、登記を済ましてから問題になったときに、いわば実質的な審査をしまして、そして知事の許可を得てなかったという実体的な判断もした上で、職権抹消するということになってくるわけでございます。 それと同じことが役員の改選の関係にも出てくるわけでございまして、したがって定款を調査してみれば、寄附行為の手続違背の役員改選、それが議事録上明らかになっておるということでございますので、そうなれば形式的審査ではなくて、実体的な判断として、そもそも役員改選の実体的な側面が無効だということになりますので、間違ってというか、あるいは登記の形式的な手続では適法にされた登記でも、実体を欠くものとして職権抹消ができる、こういうふうに登記法はなっておるわけでございます。 さような関係で、登記の申請のところでチェックできないことでも、それが問題になったときに、後でいろいろ実質的な調査をしてみて、それが無効だということがわかれば職権抹消していい、こういうふうな構造になっておりますので、先ほど申しましたような職権抹消の手続をとった、こういういきさつでございます。
○西宮委員 最初のうちは、知事の認可を受けてないということをわれわれは問題にしたわけですよ。したがって、受くべき知事の認可を受けてないのだから、これは当然に職権抹消すべきだ、こういうことで商業登記法百十条に基づいてやるべきだということを、小委員会でわれわれは主張したわけです。それに対して法務省の民事四課長は、知事の許可を得ていないという積極的な証明する材料がない、したがって、それが発見できない以上は、一たん登記されたものは抹消できないと言って拒んでおったわけですよ。 そうしたら、だんだん調査をしているうちに、さっき申し上げたような、そもそも合法的な理事会が構成されていない、そこで議決をされたのだということを発見して、それを基礎にして、今度はさっき言ったような昭和五十二年十一月八日に職権抹消をしたわけですよ、それを発見して初めて。だから私は、さっき局長が言うように、それは理事が任期満了になっておろうとも後まで継続しておるのだ、——これはちょっと伺いますが、そういうことになるのですか、任期満了になっても。昭和二十七年十月十日に任期満了になった。それから後昭和四十八年まで、その間ずっとその人が理事の資格、権限を持っているのですか。
○香川政府委員 これは各寄附行為とか定款におきまして、どういうふうにそこのところを制限しておるか、個々によって違う問題があろうかと思いますけれども、一般論として申し上げますと、たとえば理事が任期満了して全員が理事でなくなってしまいますと、その法人を代表する者はだれもいなくなってしまう、こういうことになるわけでございます。したがって通常の場合は、その後任の理事が選任されるまでの間は、理事と同じような職務権限、義務もあるというふうなのが通例であるわけでございます。 そういった関係が、果たして当該法人の実体的な手続で任期満了でほうってあったのか、あるいは実はそうではなくて改選されておったのか、その辺のところが、登記官のその段階での形式的審査ではわからないということになるわけでございます。そういったことで、議事録が一応できておりますと、そういった権限をなお持っておって、こういう理事会といいますか、理事会に準ずるものでございますが、そういったものを形成して手続が進められたというふうに登記官が判断したのも、そう責められることではなかろうというふうに考えるわけでございます。
○西宮委員 もし局長の言うことが正しいなら、それじゃ、なぜこれで昭和五十二年十一月八日に職権抹消ができたのですか。昭和二十七年で任期満了で役員ではなくなった。そのなくなったという役員が、その同じメンバーが集まって理事会を開いて、いろんなことを決議しているわけですよ。だからそれがおかしい、おかしいというか、それは全く無効だという判断のもとに、この職権抹消をしたわけですよ、昭和五十二年に。それが局長の言うように、昭和二十七年に任期満了になっても、延々として昭和四十八年までその状態は継続するというのならば、この職権抹消はできないじゃないですか。
○香川政府委員 先ほども申し上げましたように、問題になりましたので、そこで当該肥後厚生会の寄附行為を調査したわけでございます。 その寄附行為で役員選任の手続が決められておりまして、その手続から見ると、その議事録でなされておる手続は全く違法なものだということになってまいりましたので、無効という判断をして職権抹消した、こういう経緯でございます。
○西宮委員 常識的に考えても、有働清松以下三名の者が集まって決議をしている、そうしてその有働清松以下、全体では四名になるわけだけれども、これは任期満了に伴い新しい理事を改選した、こう書いてあるわけです。昭和二十七年十月十日で任期満了した、こう書いてあるわけですね。そうしたら、それじゃその寄附行為を取り寄せてみようということになるのはあたりまえじゃないですか。 理事会を開いたといって申請をしてきたその人間が、われわれは昭和二十七年に任期満了になっているのだ、だから次の理事を選任するのだ、こういうことをこの中に書いているわけですよ。これはちょっとおかしいじゃないかと言って寄附行為を取り寄せてみるというぐらいのことは、いやしくも登記官ならば当然やるべきことじゃないですか。少なくともそれを怠ったというだけでも、これは大変な職務怠慢だと思うのですね。どうですか。
○香川政府委員 ありていに申し上げますと、形式的審査のもとでパスするようなものでありましても、常識的に考えまして非常に奇妙なものというときには、なお慎重にいろいろ、いわば行政指導的にと申しますか、そういった寄附行為も提出させた上で、間違った登記の出現を防止するというふうな配慮はすべきであろうと思うのであります。 しかしこれは、確かに結果論としては、この事件についてはそうした方がよかったということになるわけでございますけれども、ただ登記の形式的審査というのはなかなか運用がむずかしい問題でございまして、あらゆることにつきましていろいろの角度から、そういった形式的には整っているけれども、なお疑問があるというふうなことで慎重を期するということになりますと、登記の迅速性を害する面もございますし、また行き過ぎの面もあるわけでございまして、その辺の運用が非常にむずかしい点だろうと思うのでありますが、しかし結果論として考えますと、この肥後厚生会の場合には、少なくとも登記官の独自の判断でなしに、もう少し行政的な運用という意味で、上司に相談するなりして、かような結果にならぬような配慮をすべきであったというふうには考えておりますけれども、そうしなかったことをもって私どもとして、その登記官を責めるというわけにはなかなかまいらぬわけでありまして、その辺のところを十分今後とも運用についてはケース・バイ・ケースで適宜の措置をとるように指導してまいりたいというふうに考えております。
○西宮委員 局長が部下の立場をかばうという気持ちはわかります。 これは大臣もぜひ聞いてほしいと私は思うのですけれども、そういう一登記官のミスから、それは悪意であろうと善意であろうと、故意であろうと過失であろうと、そのミスから起こった結果は、実に重大な結果を生んでいると思うのですよ。あのネズミ講の被害が蔓延をして、それだけでもこれはもう——正しい名称は何といいましたか、内閣総理大臣が会長になっております消費者保護会議というのが年に一遍開かれるわけだが、これは昭和四十九年から、ネズミ講を何とか規制をしなければならぬということで、総理大臣が会長になっているこの会議で毎年毎年議決をしてきたわけですよ。四回繰り返してきた。あるいは特に学校にこれが大きく蔓延をしてまいりまして、たとえば昭和五十三年には、立命館大学の学生部長が学生に対して警告をした。さらに、単なる一大学ではなしに、昭和五十三年の六月二十三日には、文部省の大学局長が全国の各大学に対して通知を発しているわけですよ、このネズミ講にだまされるなということを。 そして、国内ではこのために、ネズミ講に入る人はみんなサラ金から金を借りるわけです。サラ金と一緒にくっついているわけですから、タイアップしてやっているわけですから、サラ金から金を借りる。したがって、そのために自殺をするとか、そういう悲劇が至るところに発生したわけですよ。それで、われわれが国会の中でこのことを問題にして、別の特別委員会で新しい議員立法の法律をつくって、ネズミ講の大もとを根本的に断ってしまったから、今日ではなくなったのだけれども、非常に広範にそういう大きな被害を国民に与えた。 しかもこのネズミ講は、財団法人であることを一〇〇%利用したわけですよ。「この方は四九年十二月に社団法人の」この法人というのは第一相互研究所、こっちは社団法人ですね。「まあ株式会社、有限会社、合資会社等は、ある一定の役員構成をおいて金額さえ積めば、どなた様でも設立出来ますが、いやしくも此の宗教法人、財団法人、社団法人は是はあくまでも国の認可です。これは、私が申す迄もなく御承知の通りと思います。」というようなことで、その財団法人であるということを極力一〇〇%利用して、これは国が認可した団体なのだ、国の仕事をわれわれがかわってやっているのだ、こういう言い方で宣伝これ努めたわけですよ。これがあれだけの被害を生んだ大きな原因であったわけです。 そのもとはと言えば一登記官のミス。そのときの判こがここに押してありますが、ちゃんと名前も書いてあります。故意か過失か知らないけれども、一登記官のそういう重大なミスからそういうことが起こったということについては、これは法務省としても強く反省をしてもらわなければならぬ。これから一定の登記事務を何年かやっていると、例の司法書士の資格を与えるとか、いろいろな問題があるわけでしょう。こういう人がそういうことになったのでは実に大変なことだと思う。もう少し勘ぐってみれば、あるいは相通じてこういうことをやったのかもしらぬ。向こうは何百億という金持ちなんですから、何かその辺に不正なことがあったのではないかということも勘ぐりたくなるわけですよ、何も根拠がないからそんなことは申しませんけれども。 だから、こういうことで天下の良民を惑わした責任はまことに重大だ。法務大臣のこれに対する御答弁をひとつお願いします。
○古井国務大臣 お話しのように、いろいろなことで悪用されたり過ちが起こったりしたことも、過去においてあるのではないかと思うのでありますが、それなりにそれぞれの分野で議員立法をやっていただいたり、またそのほかの立法をこれからやろうというのがありましたり、整とんをしていくわけでありますけれども、法律の整とんだけで十分にいくかどうかわからぬ。やはりそれのほかに、それ以上の行政上の指導や監督や努力をしなければならぬ分野もたくさんあるのだろうと思いますので、そこはよく心得ていきたいものだと思います。
○西宮委員 この機会に、民事局所管の問題で質問したりする機会が余りないものですから、全く別の問題ですけれども、ちょっと一つだけお尋ねいたします。 これは、けさの朝日の一面にかなり大きく報道されておりましたけれども、例の文部省の所管の当用漢字から常用漢字に変えるという問題に関連して私がお尋ねしたいのは、いわゆる戸籍に使う漢字の問題です。いまこれはどういうふうに審議をされていますか。
○香川政府委員 文化庁のいわゆる国語審議会におきまして、御承知のとおり、当用漢字表から常用漢字表に切りかえると申しますか、そういった審議がされておるわけでございまして、中間報告等にもあらわれておりますように、従来のような規制的なものではなくて、目安とするというふうな答申がされるやに承っておるわけでございます。 そういう実質論と、それから当用漢字表が常用漢字表に変わるというふうな形式、二つの改正があるわけでございますので、そうなりますと、戸籍法の施行規則の六十条で子供の名に用いる字の制限をしておるわけでございまして、これは法律の方は常用平易な文字を用いなければならぬ、そうして常用平易な文字とはどういう文字かということは、法務省令で決めることになっておりまして、それを受けて、ただいま申しました戸籍法施行規則六十条で、当用漢字表と、それから人名用漢字追加表でございますか、そういったものを制限的に決めておるわけでございますが、そういった先ほどの国語審議会の動きから正式答申されまして、内閣としては、恐らく告示等の形式によって、これをどういうふうに扱うかお決めになることだろうと思うのであります。 そうなりますと、当然形式的には戸籍法施行規則の改正をしなければならぬという問題があるということ、それからさらに問題として、一体その子供の名を現行法のように制限的なものとして続けていくかどうか、自由にしてしまうかどうかというふうな問題も根本問題としてあるわけでございます。 そういったことがございますので、法務大臣の諮問機関である民事行政審議会を今年当初から発足してまいりまして、そこでこの問題を現在討議していただいているわけでございまして、片や国語審議会の答申が若干おくれるようでございますが、本年中には出される、それを踏まえて民事行政審議会において結論を出していただいて、それによって対処しよう、かように考えておるわけでございます。
○西宮委員 戸籍法の第五十条には「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。」第二項に「常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。」こういうことになっているわけですね。 ここに、渡辺三男という駒沢大学の教授、この方の書かれた「名づけ事典」というのがありますが、これは見ただけでずいぶん大変な努力を必要とした書物だと思いますけれども、この中に非常に興味のあることがたくさん書いてあるのです。この人は、名前には識別性、つまりほかの人と混同されないようにという識別性。それから平明であるということ。三番には詩美豊なことというようなことを三つの条件として挙げているわけです。その中の識別性、平明性というのは、戸籍法の五十条で言うところの常用平易なということと共通すると思うのです。同じことだと思うのですけれども、それに加えて詩美豊かという条件もあるわけです。親として当然そういうことを考えるだろうと思うのです。 いろいろなことがこの書物の中にあって、御紹介すると、たとえば鈴木三郎という名前は非常に平明な名前なんです。しかし識別が困難であるというのには、東京の電話帳で数えると、鈴木三郎が二百五十あるというのです。しかし、それにちょっと一字加えると、たとえば「次」という字を加える。そうすると、鈴木三郎次という人は一人しかいない。鈴木三郎平という人は一名しかいない。あるいは仮に鈴木三郎助というのを加えたらどうかと思うのですが、これは一人もいないというようなことで、ちょっと工夫をすれば識別がやりやすくなるわけです。私は、ついでにちょっと電話帳を見てみたのでありますが、三郎の前に何か簡単な字をつけるということで、ちょっとめくってみたらば、鈴木栄三郎というのが九名、重三郎が二名、弥三郎というのが五名というふうに、電話帳で数えたわけです。ですから、ちょっと工夫をすると、識別性という点でも簡単になると思うのであります。 ついでに、私のことを申し上げて恐縮だけれども、電話帳で西宮という姓を拾ってみると百四十八あるのです。私と同姓同名がたった一名。字が違って博と書いたのが二名。その他三名、二名、二名というようなことで、第一、西宮という姓が余りありふれた名前ではありませんから少ないのだと思いますが、それでも仙台の電話帳には七、八名あるのです。その中には、西宮弘という全く同姓同名が、しかも私は七番町、彼は八番町というところに住んでおって、郵便がしばしば間違って来るわけです。その人が交通事故で亡くなって、私のところにたくさんの見舞い電報が殺到してしまった、こういうことなんでありまして、いわゆる識別性というのも大変大事なことだと思うのです。 そんなことは余談でございますけれども、私が言いたいのは、この法律で強要する、つまり第二項は必要ないのじゃないか。文化庁の従来の当用漢字にしても、あれは告示だけですよ。法律的に強制されるわけではない。にもかかわらず、あの当用漢字というのがあたかも法律で強制されているかのごとく、今日国民に与える心理的な強制力というものはかなり強いと思うのです。だから、それと比較してみても、その名前を法律で決める、法律でその範囲を限定するという必要はないと考えるのですけれども、その点について、一言答えてください。
○香川政府委員 この問題は非常にむずかしい問題だと思うのであります。 全くの自由にしてしまうという考え方、それからただいま御指摘のような、常用平易な文字を使わなければならないという規定だけを設けて、省令を廃止してしまう考え方、そして現行のような制限的なやり方、いろいろ考え方はあろうと思うのでありますが、実質的にどういう考え方がいいかは別といたしまして、私ども戸籍行政を預かっているものの窓口事務のありようから考えますと、法律で常用平易な文字でなければならないという、いわば訓示規定と申しますか、そういった規定を設けて、それを窓口事務でそのとおりやれ、こういうことに相なりますと、市町村における戸籍の窓口事務は、とうてい煩にたえないだろうと思うのであります。したがって、その関係を争いのないように明確にするという意味で、その文字は命令で定めるというふうに現行法はなっているわけでございます。 だから、実質論はいろいろございましょうけれども、私どもとしては、戸籍行政特に窓口事務の円滑な運用を考えますと、全くの自由にしてしまうか、現行法維持にするか、どちらかにしていただきたい、私個人的にはそういうふうに思っているわけでございまして、中途半端と言ってははなはだ行き過ぎかもしれませんが、法律で常用平易な文字を使わなければならないという規定を設けられて、それを戸籍束員が窓口で判断しろということになりますと、これは相当トラブルが起こって、とても窓口事務の円滑な運用は期待できないだろうというふうに懸念されるわけでございます。
○西宮委員 法律で常用平易の文字を使えということを決めておいて、それは要するに国民に対する訓示規定で、それだけでいいじゃないですか。それを窓口事務の人が判断して、君の名前はこれからはみ出しているというようなことを一々指導するというのは、大変に困難なことだと思うのです。だから、窓口にはそういうことはやらせない、つまり、それはあくまでも国民に対する訓示規定ということで、そういうふうに理解すればいいのじゃないかと思うのです。 なるほど局長の言われるとおり、これは戸籍事務を担当している人たちに対して、去年雑誌社の行ったアンケート調査でありますが、その調査でも、戸籍を担当している人は、そうされては困る、つまり、いままでのように法律で限定してくれ、こういうことを希望する人が非常に多いわけです。これは当然だと思うのですが、しかし窓口事務だけで、それで名前の範囲を決めてしまうというのは、私はまことに僭越だと思うのです。親としては、本当にいい名前を子供の幸せのためにつけてやりたい、これは当然な願いなんですから、そう奇妙きてれつな名前をつけてくるという人はないと思う。 たとえば同じアンケート調査でも、親への質問に対する回答としては、いまの制限された漢字以外の名前をつけたいと思ったかという質問に対しては、九三・七%の人が、ありませんと答えているわけです。だから、あれで結構です、こういうことを言っているわけです。そんな奇妙きてれつな名前をつけようという親は、まあまあいないと思うのです。だから、そこは親の良識に任せて、どうせ文部省の定めるところの当用漢字ないしは常用漢字、これは今後も継続するわけですから、それが名前の場合にも大きな参考になるということは当然考えられるのです。だから、恐らく名前をつける親は、あの常用漢字の範囲内で普通の人は考えると思うのです。しかし文部省の方も、今度はあれを目安にするというのだから、少し弾力性が出てきたわけですけれども、さっき申し上げたように、いままで当用漢字として告示されただけで、それで法律的な効果とほとんど変わらない心理的な効果を上げてきているのですから、私はそれにとどめて十分だと思う。親はそういう勝手なことは考えないという、親の立場を十分理解してやってもらいたいと思います。 それからもう一つ言いたいのは、人の名前は変遷していくわけですね。だから、その時代に応じて、いろいろ変わっていくことも考えておかなければならぬ。これは省令を変えるときに考えるのかもしれませんけれども、そういうことも当然考えるべきだと思う。 それから、もし非常に奇妙きてれつな、書きにくい、読みにくい名前をつけたらば、迷惑をするのは本人ですよ。無論世間も迷惑しますよ。たとえば取引の円滑を欠くとか、いろいろそういう点がありましょう。しかし、取引の円滑を欠いたらば、結局その被害は本人にはね返ってくるのですから、恐らくそういうばかなことはやらないと思うのですね。昔はずいぶん読みにくい名前がたくさんありましたけれども、いまはそういうことをやる人はまずまずないと見ていいと思います。もし仮にそういうことをやったとすれば、その被害は自分にはね返ってくるのですから。あるいは、われわれ選挙をやる人間がむずかしい名前をつけたらば、それは投票人に迷惑をかけますよ。しかし、投票人に迷惑をかけるということは、イコール候補者が迷惑することなのですから、候補者としてはそんな名前は使わない。 だから、むずかしい字はひらがなで書いたり、いろいろなことをしているわけだけれども、これから先、選挙でもやろうと思う人は、生まれるときから名前を選択してくるだろうと思うのですけれども、とにかく被害は自分にかかってくるのですから、役所でその範囲を限定する、国家権力で限定するというようなことは、どうもいまははやらないのではないかと思うので、お答えがあったらお答えを聞かせてもらいたいと思います。
○香川政府委員 西宮委員と同じような意見を開陳される方もたくさんいらっしゃるわけでございますが、それと同時に、いまおっしゃいますように、被害は本人にかかってくるという、そのかかってくる本人が親ならいいのですけれども、名づけ親ではなくて何も知らない子供にかかってくるわけでございまして、そういう子供の保護のためには、やはりそこのところは制限しておいた方がいいという御意見もあるわけでございます。 その辺のいろいろな御意見も承りながら、この問題は慎重に検討してまいりたい、かように考えております。
○西宮委員 質問を終わりにするつもりだったのですけれども、最後の点だけ一言申し上げておきます。 名前をつけるのは被害者本人ではなしに親だということですが、だからといってその親に、子供を愛するならば名前の漢字はこれだけだということを言わなくても、それは子供を思う親の愛情に任せていいではないですか。親に子供のことを心配させるということは結構だけれども、それまで法律で決めなければならぬという筋合いのものではないと私は思うのですよ。それは、たとえば漢学者の親なんという人が、非常にむずかしい字をつけたりすることがあるけれども、過去には少なくともあったけれども、恐らくそういうことはこれからは当然なくなっていくだろうし、特に国学者、漢学者というような人であればなおさらのこと、文部省が決めるいまの常用漢字などを尊重しながら考えるに違いないと思うのですよ。だから、そこまで親の気持ちをそんたくしてというか、子供の幸せのために親を法律的に規制して、それによって子供の利益を守るというのは、少し親切が過ぎるのではないかと思うのです。 それだけ申し上げて終わりにします。
○佐藤委員長 長谷雄幸久君。
○長谷雄委員 私は、民法及び民法施行法の一部を改正する法律案について質疑を行います。 今回の改正案はきわめて実務的でありますし、しかも、これまでの改正案につきましての質疑において、山崎委員が幾つかの点について条文に即して質問をいたしておりますので、私は、これと重複をしないように質問してみたいと思います。 まず初めに、十一条の規定についてでございます。今回「聾者、唖者、盲者」を削ることになっておりますが、この点につきましては、聾、唖、盲という、これによって心神耗弱となる場合を除き、独立に無能力の原因とする必要はほとんどなくなっているということから、この削除の規定が当然視されていたのはかなり古いときからであったと思います。 そこでお尋ねしたいのは、聾、唖、盲ということだけを理由にして準禁治産宣告をした例は、それほど多くはないと思うのですが、これまでどのくらいあるか、掌握している数字があれば、お答え願いたいと思うのです。
○香川政府委員 家庭裁判所での昭和五十年、五十一年、五十二年の三カ年間を調査していただいたのでございますが、準禁治産宣告の合計が百二十ございまして、そのうち、いま御指摘の聾者、唖者、盲者というだけで準禁治産宣告をしたというふうに考えられるものが七件ございます。 〔委員長退席、鳩山委員長代理著席〕
○長谷雄委員 いま、この三年間で七件ほどおありということですが、そうしますと、この七件の宣告を受けた方は、今回の改正法が施行されました後には、これをそのまま準禁治産として置く理由はなくなってくると思うのです。その場合は、民法のその事由がやんだときというのに当たると思うのですが、そう解釈してよろしいかどうか。
○香川政府委員 十三条で禁治産宣告の取り消しの十条の規定を準用いたしておるわけでございますが、その準禁治産の事由が「止ミタルトキ」というのに、法改正によってこの三者が除かれたことが該当するというふうに解釈して、取り消せると考えております。
○長谷雄委員 その場合、その宣告の取り消し手続でありますけれども、これはたてまえからすると、申し立てを待って行うことになると思うのです。 今回こういう改正が行われることによりまして、実はこれまでこういう条文があったこと自体が余り適切ではなかったということからすれば、責任はその宣告を受けた人にあるということではなくて、むしろこの法自体の欠陥であったということからすれば、申し立てによるということのほかに、今回の改正の場合に限って職権でやるという考え方については、どうお考えでございますか。
○香川政府委員 これは実は現行法の十一条の解釈にもつながる問題でございまして、つまり民法十一条自身が、聾者、唖者、盲者ということだけで準禁治産宣告ができるというふうに考えた立法趣旨か、あるいは、いわば心神耗弱的なものの例示と言っては語弊がございますけれども、そういったつもりの規定だったのかということが問題になるわけでございますが、字句から申しますと、そのことだけで準禁治産宣告ができるように読むのが素直な読み方だろうと思うのであります。しかし、趣旨から言うと、それではおかしいという感じはするわけでございまして、私どもとしては、身体障害から心神耗弱になっておることを考えての規定だろうというふうに思うのであります。 したがいまして、ただいまその聾者、唖者、盲者ということだけで宣告したと思われるものが七件あると申しましたけれども、これはなぜそういうふうに考えるかと申しますと、印鑑証明がもらえないというふうな関係、あるいは銀行取引において銀行から保佐人を付してこいと言われたというふうなことで申し立ててきて、裁判所もやむを得ずと申しますか、そういうふうな経緯も見受けられるものですから、聾者、唖者、盲者ということだけでというふうに申し上げたのでございますけれども、これはそれぞれのケースをよく調べませんと、それだけで準禁治産宣告をしているというふうには簡単には言えない問題でございます。 したがって、職権で取り消すというようなことを考えるにいたしましても、裁判所としては、ちょっとその判別に困るのではないだろうか。確かに身体障害それだけでは準禁治産宣告する必要はないとしても、身体障害から来る若干の心神耗弱的なものがあるということでございますと、いま言ったような職権取り消しということもちょっと問題があろうかと思いますので、やはりこれは申し立てを待ってやる方が間違いがないだろうというふうに考えるわけでございます。
○長谷雄委員 この準禁治産宣告の対象になっていたこれまでの聾者、唖者、盲者については、十一条の規定それ自体につきましてはまさに本人の保護規定である、こう考えるのですけれども、こういう今回の改正によって、実はこの規定が本人の保護のほかに、もう一つ、取引の相手方から見て、この相手方の保護に欠ける点はないかという問題もあろうと私は思います。 いま局長の御答弁の中にもありましたけれども、銀行取引の話も出てまいりましたけれども、たとえば取引の当時に現に聾者、唖者、盲者、こういう人たちが心神耗弱状態になっていたということで、この取引行為が遡及的に取り消しされる事態が起こりかねないというような場合に、遡及的にそういうことになったとすれば取引の安全を害する。そこで取引の相手方から見て安全を確保するためには、しかるべき任意代理人の選任があれば非常にいいと思うのですけれども、選任ができない事情がある人も結構いるわけですから、そういう場合の取引の相手方の保護については、ちょっと欠ける点が起きないかという問題については、どのようにお考えでございますか。
○香川政府委員 法律解釈としましては、準禁治産の宣告ができる要件と申しますか、心神耗弱であるということでございましても、その宣告がされてない場合には、これは完全な能力者として法律上扱われるわけでございます。したがって、第三者がそういった人と取引をした、後になって心神耗弱であったということになりましても、これは、その法律行為を取り消すということはできないだろうと思うのであります。 ただ、おっしゃるように心神耗弱の実質があったとしますと、詐欺されたとかあるいは強迫を受けたとかいうことでトラブルが起こるということはあり得るわけでございますけれども、これはそういった心神耗弱だけには限らない問題でございますので、そういう意味から、十一条の規定というのは、相手方保護ということを考えたものではないだろうというふうに理解いたしております。
○長谷雄委員 ちょっと質問のあれがはっきりしなかったのですけれども、この聾者、唖者、盲者ということが、今回はそのことだけで宣告ができなくなったということはいいとして、ところが、実はこういう身体障害があるということが、取引の当時に心神喪失程度までなっていたとした場合のことも含めてのいま質問だったのですが、そうした場合に、これはそのことを証明すれば、当然法律行為としては遡及的に無効にならざるを得ないのではないかと思うのです。そういうことも含めて取引の安全、こういうことを申し上げたわけです。
○香川政府委員 聾者、唖者、盲者、そういった身体障害のある方と取引される方は、やはり大事をとれば、そこのところはむしろ親切に申しますか、そういう人が法律行為を判断するのにできるだけ便利なような、親切なやり方をするということを配慮する必要があろうと思うのであります。 しかし、そういうことがないといたしましても、後で、そういった身体障害がある者との取引ということで、法律上有効か無効かという問題が生ずることはなかろうと考えておるわけでございます。
○長谷雄委員 そこで、この無能力者制度について、一般的な問題でありますけれども、未成年者のほかには、こうした精神障害者についてだけこの制度を残しておくにとどめて、禁治産者と準禁治産者とをより一層統一的な制度にするべきだ、こういう見解が大変強いと思うのですが、これについてはどうお考えでございますか。
○香川政府委員 まことに不敏でございまして、そういった考え方はいま初めて御提示を受けたわけでございますが、私は、禁治産と準禁治産はおのずから差別があった方がいいと思うのでございまして、これを統一的にというのは、むしろ立法論としては妥当でないのではないかという感じがするわけでございます。
○長谷雄委員 先ほど申し上げたのは我妻教授の「民法総則」の中に書いてある見解を紹介したのです。 それでは次の質問に移りますが、三十四条ノ二の規定でございますが、この中で「社団法人又ハ財団法人ニ非ザルモノ」こういう規定がありますけれども、これはどういうものを含むのか、権利能力なき社団、財団についてはどう考えておるのか。 〔鳩山委員長代理退席、委員長着席〕
○香川政府委員 権利能力なき社団、財団はいずれも「社団法人又ハ財団法人ニ非ザルモノ」ということに該当すると思います。
○長谷雄委員 この条文では「社団法人又ハ財団法人ニ非ザルモノハ其名称中ニ社団法人若クハ財団法人ナル文字又ハ此等ト誤認セシムベキ文字ヲ使用スルコトヲ得ズ」と、こうありますが、この「誤認セシムベキ文字」を使用している実態について、どのような把握をしておられますか。
○香川政府委員 これは先ほどもちょっと西宮委員の御質問でお答えしましたように、財団法人天下一家の会というものが出現しまして、それを機縁として、やはりこういった規制立法をしなければならないというふうに考えたわけでございまして、遺憾ながら、それに現在該当する名称使用の実態は把握いたしておりません。
○長谷雄委員 そうしますと、この「誤認セシムベキ文字」を使用しているような、そういうものというのは世間ではそれほど多くない、こういうお考えでございましょうか。そういう実態把握でしょうか。
○香川政府委員 恐らく数少ない事例だろうと思うのでありまして、一般の方は、そういった詐称といいますか、そういったことはないのが通常のことだろうと思うのであります。
○長谷雄委員 本条につきましては、これは禁止規定でありまして、罰則については八十四条ノ二に規定が新設されて、ここでは十万円以下の過料ということになっております。 私はお尋ねをしたいのは、十万円以下の過料で果たして阻止できる効果があるかどうかということ。これについてはすでに聞いた人がおりますが、これとあわせて、過料の制裁を受けながらなお違反を継続する場合、これに対する阻止の実効を上げるためには、どういう方法がとられるかということですね。一つにはさらに過料を科すということ、これはいわば間接強制的なことだろうと思うのですけれども、そのほかに、直接強制的な方法でこれを差しとめしてしまうというような、そういうお考えについてどう考えておりますか。
○香川政府委員 十万円以下の過料一回ぐらいではなお詐称を継続しておるというふうな場合には、何回も続く限り過料を科していくという以外にはやめさせる有効な手段はないわけでございまして、それ以外の強制的な差しとめ等の手段は準備いたしておりません。
○長谷雄委員 七十一条について尋ねをしますが、この中で、一項のところで主務官庁の監督上の命令ということがうたってありますが、その命令はどういう内容を想定したものでしょうか。
○香川政府委員 二、三例を申し上げますと、業務あるいは財産の状況について報告してもらいたいという命令、あるいは財務会計上の処理をこういうふうに改めるべきだというふうな命令だとか、あるいは付随的なものとして収益事業をやっている場合に、それが相当行き過ぎだというときには、その終えん命令と申しますか改善するように命ずるというふうなのが考えられると思います。
○長谷雄委員 この命令に関しまして、法人が監督上の命令自体についての違法を争うということについて、これはそれ自体実績はほとんどないだろうと思うのですけれども、理論的にはこの命令を争うことの余地はあるのではないか。これについてどうお考えでございますか。
○香川政府委員 その点は確かに一つの解釈上の問題と思いますけれども、この命令そのものをいわゆる行政処分として、行政訴訟の対象にはならないだろうと思うのであります。 ただ、命令に従わなかったということで過料の制裁があるというふうなことになりますと、その過料の裁判において、あの命令は違法だということを争うことは十分できることだというふうに解釈いたしております。
○長谷雄委員 この条文の中ほどに許可の取り消しがうたってありますけれども、許可の取り消しの場合ではなくて、監督上の命令を告知するについて、この告知というのを一つの処分と考えれば、この命令について、民法施行法の二十五条には聴聞の規定がありますけれども、聴聞ということが考えられていいのではないか、その手続は適用されていいのではないか、こう思うのですが、それはどう考えますか。
○香川政府委員 民法施行法の二十五条の聴聞の規定における聴聞すべき場合と申しますのは、民法七十一条またはこの民法施行法の二十三条の規定による処分をする場合でございまして、これは民法七十一条の監督上の命令を出す場合ではなくて、その命令に違反したということ等によって設立の許可を取り消す処分をする、設立許可の取り消し処分に際して聴聞をする、かような趣旨でございます。
○長谷雄委員 同じところに「公益ヲ害スヘキ行為ヲ為シタル場合ニ於テ他ノ方法ニ依リ監督ノ目的ヲ達スルコト能ハザルトキ」とありますが、他の方法というのはどういうことを考えておられるのでしょうか。これとあわせて、いま私が読み上げたような、こういう文言をここに並べて、許可の取り消しにいわばしぼりをかけているように思われるのですが、これはどういうことでしょうか。
○香川政府委員 一般的に申しますと、ある命令を出して、そしてそれに従わないというふうな場合、またさらに他の命令を出して、それで改善されるならば、他の方法によって目的を達することができるということになろうかと思うのでありますし、また、公益を害すべき行為をしておる場合に、業務の改善命令を過料の制裁のもとに出すことによって目的が達せられるならば、それによるべきだということでございまして、したがって実際の運用といたしましては、いろいろの角度から何とか改善のためにということで命令を出して、それでも全然効果が上がらない、かような場合に初めて許可の取り消しをする、こういうふうな手続になろうかと思うのであります。
○長谷雄委員 この二項の「正当ノ事由ナクシテ引続キ三年以上事業ヲ為サザルトキ亦同ジ」と、こうありますが、同じ条文の一項では、事業のところに「目的以外ノ事業」と、こういう事業についての限定句が入っておりますね。ここでは単に「事業」と、こう書いてあります。 ここで言う事業というのは、それではかなり広い範囲の事業と考えられると思うのですけれども、ここで言う事業とは果たして何であるのか。つまり、法人の目的たる事業に限るのか、それとも付随事業も含むのか、また、何でもいいからとにかく何かやっておればいい、こういうことなのか、その点いかがでしょうか。
○香川政府委員 これは必ずしもその法人の目的たる事業には限らないわけでございまして、その目的を達するために必要な付随的な事業をやっておっても、この規定には該当しないというふうに考えております。
○長谷雄委員 そうしますと、事業ということからやや離れるかもしれませんが、広い意味では事業に当たるということですけれども、法人が法令上は義務づけられている主務官庁に対する報告や届け出、これさえやっておれば、いわばそれも一つの事業だ、こう考えれば、許可の取り消しを免れるのではないかとも解釈できるのじゃないか。こんな解釈はちょっと私邪道だと思いますけれども、とにかく何でもいいからやっていればいいのだということになると、相当この条項が働く場合は少なくなってくるように思うのですが、それはどうでしょうか。
○香川政府委員 ただいまの報告だけをしておればそれも事業かということでございますが、これは何もしておりませんという報告でございますので、この事業をなしておるということには該当しないだろうと思いますが、しかし、この七十一条の考え方は、先ほどもちょっと申し上げましたように、目的事業あるいはそのための付随的な事業以外に、全く縁もゆかりもないようなことをやっておるというふうな場合には、やはり七十一条の一項によりまして改善命令を出して、そしてそういったことをやめさせるということで、それも効果がないときに、この七十一条の一項の規定によって設立許可を取り消すということにすべきだろうと思うのでありまして、何かの事業をやっておる、それが必ずしも法人の目的に照らして適当でないものでありましても、それをばっさり設立許可を取り消してしまうということは若干問題がございますので、むしろその前に改善命令を出して、その上で許可の取り消しをするということが妥当だろうと思うのであります。
○長谷雄委員 附則の一条についてお尋ねをしますが、この一条では施行期日について「公布の日から起算して六月を経過した日」こういうぐあいに書いてありますが、特に六月とした理由は特段あるのでしょうか。
○香川政府委員 過料の新設規定もございますし、過料の額を上げておることもございますし、また主務官庁におきましても、この法律の改正後の運用等についても、いろいろ工夫をこらさなければならぬというふうな面もございますので、さような意味から、まず一般に周知をした上で施行するということが適当であろう、かような意味で六カ月を経過した日から施行するということにいたしておるわけでございます。
○長谷雄委員 一条との関係でこの二条を伺いますが、一条では六月経過を規定しておりますけれども、二条によりますと「法律の施行前に生じた事項」について適用がある旨の規定でありますが、この二条によると、改正法の施行前から事業を行っていない法人について、三年の期間の計算についてでありますけれども、改正法の施行前からの期間も当然算入される、こういう解釈ができると思うのですが、そういうぐあいに解釈してよろしいのですね。 〔委員長退席、青木委員長代理着席〕
○香川政府委員 お説のとおりでございます。
○長谷雄委員 やや改正法から離れますけれども、民法全般についてお尋ねをしたいのですが、民法全般について私も改正すべき点は幾つか持っておりますけれども、現在、法務省内で民法全般について改正すべき点について何らか検討しているところがあれば、お尋ねしてみたいと思うのです。
○香川政府委員 法務大臣からの諮問は、民法全般について改正すべき点があれば、その要綱を示されたいというのが法制審議会に対する諮問内容でございます。 それを受けまして、現在もっぱら法制審議会民法部会において審議いたしておりますのは相続法の改正でございまして、これは先ほど横山委員からも御質問がございましたような妻の地位の向上と申しますか、そういったことも含めての相続法の改正を現在検討中でございます。 それから財産法の関係におきましては、本年から例の建物の区分所有に関する法律についての改正を検討いたしております。
○長谷雄委員 これとの兼ね合いでお尋ねしますが、民法全般を通覧しますと、民法の財産法については、明治三十一年に施行された法律が基盤になって、いまなお生きております。ところが身分法につきましては、戦後の憲法が改まったことに伴って、民法第四編と五編、これが全面改正になっておりまして、この改正の仕方が、これまでのかたかなを改めてひらがなにし、文語体を口語体にしている。非常に読みやすいし理解しやすい、国民に一歩近づいた規定だ、こう言えると思うのです。 ところが財産法については従前のまま、改正は従前のベースに合わせてこれを踏襲しているということですけれども、この際形式だけ整えるということは無意味だという意見も一部にあるかと思いますけれども、私は必ずしもそうは思わない。この民法の財産法については、素人の方が読むと非常に読みづらい、漢字も正確に発音のできる人は非常に少ない、そういう条文の字句も散見されます。そういうことで、この財産法についての文字の書きかえだけでも私はやる必要があるのじゃないか。これをやるということは法律、特に民法というのは一般市民生活で準拠すべき基本の法であるし、また裁判法としても基本法でもあるということから、そういう方向での検討というのは私ぜひ必要だろうと思うのです。その点についてはどんなお考えを持っておられるのか。
○香川政府委員 実は数年前から、そういったことの作業をやるべく準備はいたしておるのでございますけれども、率直に申し上げまして、かたかなをひらがなに書きかえればいいというわけにはまいらぬ部分が非常に多うございまして、なかなか容易でない作業だと思うのでありますが、さらに実は、これはまことに女々しい言い方かもしれませんけれども、次々といろいろの法律改正の問題が出てまいりまして、実はやるべく準備はしておるのでございますけれども、まだかたかなをひらがなに直す作業は緒についてないというのが偽らざる現状でございまして、何とか少し本腰を入れてやらなければならぬとは思いますけれども、それをやるためには相当の人手、陣容を整えなければならぬというふうに考えておるわけでございます。
○長谷雄委員 私は、法務省が改正作業をどう進めるかということをお尋ねしているのではなくて、民事局長の御見解を聞いておるのです。 私はいま申し上げたような、そういう考えを持っております。それは法律がもっと庶民に近づいていかなくてはいけないということを申し上げているわけで、そうしますと、基本的には、いま私が申し上げたような方向で、そのことに賛成いただけるのではないかと思うのですが、その点いかがでしょうか。
○香川政府委員 迂遠な答えをいたしまして申しわけございませんが、そのこと自身は私も賛成でございます。
○長谷雄委員 その方向でこれから改正を進めていただきたいと私ども考えております。そのことが、さっき申し上げたように、要するに法律というものは、私たち法律専門家であれば非常に理解は速いのですけれども、法律と余り接触のない方が大多数の国民だろうと思うのですね。ところが、いざ何か事が起きたときには、どうしても法律の世話になる。その場合に自分が六法全書を広げてみても、全然チンプンカンプンということが非常に多いというのがこれまでのことだろうと思うのです。 そういうことで、私が申し上げた方向で、ぜひとも改正作業はこれからやらなければいけないと思いますが、この点についての法務大臣の御所見を伺いたいのです。
○古井国務大臣 少々時代離れのした条文が残っておるわけでありますし、いまの方の受けとめ方から言うと、距離のある法律になっているのじゃないかということは重々わかります。われわれみたいな昔者は、存外「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」なんというのは簡潔でよくわかるような気もいたしますけれども、これは今日では少数の人間だろうと思います。 ただ、一言一句おろそかにできぬ、書きかえるといいましても、おろそかにできない問題ですから、始めてみるというと、これはずいぶん手数がかかるのだろうと思うのでありますが、確かに問題はある。それだけの作業というか、仕事にたえられるか、早く進むかという問題はありますけれども、問題はある、こういうふうに私は思っております。
○長谷雄委員 そうすると法務大臣、私のいま申し上げたことに基本的に御賛成いただけますか。
○古井国務大臣 これは御趣旨には異論のある者はないだろうと思うのです。それを実際問題でやるかやらぬかということになると、いろいろななにがあるだろう、腰の重い向きもあるだろうと思いますけれども、御趣旨には、私のみならず、異論は恐らくないだろうと思います。
○長谷雄委員 最後にちょっとお尋ねします。 先ほど局長の答弁にもありましたが、相続法の改正問題が論議されて、かなり進んでいるようでございます。配偶者を優遇するための措置、それの一つが相続法の改正だろうと思いますが、その中で特に配偶者の相続分の引き上げ、それから代襲相続権を認めるということ、その他夫婦財産制についての検討を加えること、これは非常に重要な問題だろうと思います。配偶者といっても、主として妻の地位にかかわりが事実上は多いと思うのですが、その点について法務大臣、ぜひそういう前向きな方向で御検討いただけるかどうか、御所見を伺いたいと思います。
○古井国務大臣 法制審議会の議論も、妻の相続分、妻の地位というものを改善する方向が大多数のように私も聞いておりますし、これはやはりそういう方向で改正をするという方向が正しい、私はそういうふうに思っております。
○長谷雄委員 最後に、この問題につきましては、また日を改めて一般質疑の中でじっくりお尋ねをしたいと思います。 本日はこれで終わります。 ————◇—————
○青木委員長代理 この際、横山利秋君外五名提出、最高裁判所裁判官国民審査法の一部を改正する法律案、次に、ただいま付託になりました横山山利秋君外五名提出、最高裁判所裁判官任命諮問委員会設置法案、西宮弘君外五名提出、刑事訴訟法の一部を改正する法律案の三法律案を議題といたします。 提出者から、それぞれ趣旨の説明を聴取いたします。横山利秋君。 ————————————— 最高裁判所裁判官国民審査法の一部を改正する 法律案 最高裁判所裁判官任命諮問委員会設置法案 〔本号末尾に掲載〕 —————————————
○横山議員 最高裁判所裁判官国民審査法の一部を改正する法律案について、提案の趣旨を御説明いたします。 憲法第七十九条は最高裁判所の長官及びその他の裁判官について、国民に直接その適否を問う国民審査の制度を規定しています。これは、主権者である国民の監視によって、民主的で公正な裁判を保障する重要な制度であります。つまり憲法が内閣に最高裁判所長官の指名権及びその他の裁判官の任命権を認めながら、直接国民の審査に服さなければならぬとしたことは、最高裁判所が憲法と人権の守り手として非常な重要な役割を担っていることから見ても当然のことであります。 ところが、公正中立であるべき最高裁判所が時の政府の党利党略的選任による裁判官で占められ、政治権力に追従、迎合する判決が近年目立っており、司法の反動化はいまや黙過できない状況に至っています。 このような司法の危機を打開するためにも、不合理な投票方法をとっている現行の国民審査法を改め、主権者である国民の権利行使の一つであるこの制度を充実させることは焦眉の急であります。すでに、第七十一国会の本委員会において、「政府は、最高裁判所裁判官国民審査の方法等について検討すべきである。」との全会一致の附帯決議を採決しているのも、この制度の改善が国民の大きな要求となっているからであります。 右の理由により本法律案を提案するに至った次第であります。 次に本法律案の要旨を申し上げます。 第一は記載方法の改善であります。 現行国民審査法は罷免を可とする裁判官に×印を記載することを認めているだけで、その他の白票はそれがたとえ棄権の意思を込めたものでも、すべて罷免を可としない票とみなされるというきわめて不合理、非民主的な方法であります。 そこで本法律案は、国民の意思を正しく反映させるために、罷免を可としない裁判官には〇印、罷免を可とする裁判官には×印を記入することとし、無記入投票は棄権とみなすことにより、棄権の自由を保障するものとしています。 第二は点字投票の改善であります。 点字投票について、現行では視力障害者の審査権が行使しにくい面があるので、これを是正するため点字で印刷された用紙を準備し、通常の投票に準じて決められた記号を記入するだけで意思を表示し得るものとしています。 第三は罷免成立の有効投票率の引き上げであります。 投票方法の変更に伴って、罷免が成立する有効投票率を改め、現行有権者総数の百分の一を、百分の十に引き上げることにより、棄権が大量に出た場合、少数の罷免票で罷免されることの弊害を除いています。 以上が本法律案の提案理由並びに要旨であります。何とぞ御賛同あらんことをお願いいたします。 〔青木委員長代理退席、委員長着席〕 次に、最高裁判所裁判官任命諮問委員会設置法案について、提案の趣旨を御説明いたします。 最高裁判所は、終審としての違憲立法審査権、規則制定権、最高の司法行政権を有する司法裁判所であり、司法権の独立と裁判の公正を保持し、基本的人権を保障すべき責務を全うするために、当然の事理として最高裁判所裁判官の選任人事は慎重かつ適正に行われなければなりません。そしてその選任人事が慎重かつ適正に行われたことを国民が理解し、納得するのでなければ司法は国民的な基盤を失うことになり、その権威の保持は期待できません。 しかるに、現行法上最高裁判所裁判官の指名または任命は、内閣の自由裁量であり、しかも国民はその選任人事が慎重かつ適正に行われたかどうかを知ることができません。これらは明らかに法の不備であり、重大な欠陥であります。 よって、この法の不備、欠陥を是正する必要があります。 なお、一九四七年に、裁判官任命諮問委員会が設置されたことがありますが、その委員会の構成及び運営は政令にゆだねられていたため、その成果は期待に十分こたえるものではなく、翌一九四八年に同委員会は廃止されるに至りました。この経緯を踏まえ、任命諮問委員会の設置はもちろん、その構成と運営についても法律をもって定めておく必要があると考えます。 右の理由により本法案を提出するものであります。 次に本法案の要旨を申し上げます。 第一に、最高裁判所裁判官任命諮問委員会の設置だけでなく、その組織、運営についても法律をもって具体的に規定しております。 第二に、裁判所法第三十九条第四項として、内閣は、最高裁判所裁判官の指命または任命を行うには、最高裁判所裁判官任命諮問委員会に諮問しなければならないこととしております。 第三に、任命諮問委員会は、委員二十人をもって組織することとしております。 その内訳は、衆参両院議長、最高裁判所長官、検事総長、日本弁護士連合会会長及び最高裁判所指名の裁判官五名、日本弁護士連合会指名の弁護十五名、さらに内閣指名の学識経験者二名、日本学術会議指名の学識経験者三名、以上のとおりとなっています。 第四に、任命諮問委員会が答申する候補者の数は、内閣の任命権と同委員会の権威保持との調和を考慮して、最高裁長官については二人以内、最高裁判事については任命予定者の二倍以内としています。 第五に、任命諮問委員会は、裁判官の適任者として候補者を推薦するに至った理由を、内閣に答申すると同時にこれを広く国民の前に公表することとしています。 以上が本法案の提案理由並びに要旨であります。何とぞ御賛同あらんことをお願いいたします。
○佐藤委員長 西宮弘君。 —————————————
○西宮議員 刑事訴訟法の一部を改正する法律案について提案の趣旨を御説明申し上げます。 わが国において人権意識はようやく高まりを見せているとは言うものの、国内の人権保障の現実には、なおはなはだ危ういものがあります。身に覚えのない事件のために逮捕され、裁判でも有罪の判決を受ける者、場合によっては死刑の執行におびえながら無実を訴え続ける者も少なしとしないのであります。もしも無事の者が国家権力により処罰されるとすれば、およそこれに過ぐる不幸、これにまさる残酷があり得るでありましょうか。このような冤罪者を救済することなくして、人権擁護も民主主義も存在しないのであります。 一般世人からは、神のごとく至公至正と見られる刑事裁判においても、不幸にして誤判の数の決して少なくないことを裁判の歴史は示しています。著名な冤罪事件として知られる松川事件、八海事件、仁保事件にしても、三審制の中で二度ないし三度にわたって有罪・死刑の判決がなされた後に、辛うじて最高裁の段階で救われたのであります。また、三審制度の中ではついに有罪が確定し、服役を終わった後において、再審の結果無罪を獲得したものに、最近においては弘前事件、加藤老事件、米谷事件があります。これらはいずれも厳正を生命とする裁判においても、時に誤判のあり得ることを例証しています。しかも弘前事件、米谷事件は、真犯人がみずから名のり出ることによって、ようやく再審開始に至ったのであります。 もって再審開始のいかに困難なるかを想像し得るでありましょう。 日本国憲法は全文百三条のうち、第三十一条から第四十条に至る実に十カ条にわたって、被疑者・被告人の人権保障を規定しておりますが、これは戦前・戦中の司法のあり方を根本的に改善する必要に迫られたからであります。憲法の規定を受けて一九四九年に施行された新刑事訴訟法も、個人の基本的人権保障の観点から抜本的な改正がなされていますが、刑事訴訟法の「第四編 再審」については、不利益再審の廃上を除いて、旧刑事訴訟法をほぼそのまま引き継いだ形になっております。 これらの理由により、再審法の改正は焦眉の急を要するものと思われます。 したがいまして、再審法を無辜の救済の立場から正しく運用し得るよう、以下のような改正をしようとするものであります。 第一は、再審要件の緩和及び理由の拡大であります。 再審請求事件の大部分は、刑訴法第四百三十五条第六号によるものでありますが、その要件である証拠の新規性と明白性について、従来裁判所の解釈は厳し過ぎ、そのために再審は「開かずの門」となっておりました。 そこで「再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用される」という最高裁・白鳥決定の趣旨を踏まえ、刑訴法第四百三十五条第六号を全面的に改正しようとするものであります。 具体的条文は、現行法中「明らかな証拠をあらたに」を「事実の誤認があると疑うに足りる証拠を新たに」に改めることであります。 第二は、再審請求人の手続面における権利保障の明確化及び前群関与の裁判官の除斥をしようとするものであります。 再審手続は二段階構造をとっておりますが、第一段階が非常に重要であるにもかかわらず、現行法ではその手続はすべて裁判所の職権にゆだねられておりますので、これを改め、再審請求段階の国選弁護人制度、弁護人の秘密交通権及び記録閲覧権・謄写権、記録及び証拠物の保存、審理の公開及び請求人・弁護人の再審請求理由を陳述する権利と事実取り調べ請求権の保障等を導入することであります。 また、前審に関与した裁判官は除斥される旨の規定を設け、審理の公正を期することであります。 第三は、検察官の反対立証の制限及び不服申し立ての禁止をしようとするものであります。 再審制度は「有罪の確定判決を受けた者」の利益のためにのみ存在する制度であり、これを具体化するため、再審請求段階における検察官の立証を一部制限し、そのため検察官は新たな事実の取り調べ請求ができないこととし、ただ請求人・弁護人側から出された新証拠の取り調べに際し証拠の証明力を争うため必要とする適当な機会を与えられるものとしております。 また、再審開始の決定に対する検察官の不服申し立てを禁止することとしております。 第四は、訴訟費用の補償についてであります。 再審で無罪が確定した事件につきその訴訟費用は、現行法では再審開始後の公判に要した費用のみ補償されるにとどまっており、一例をあげれば加藤新一老の場合、最も困難な闘いを要した再審請求段階の費用補償は全く認められず、再審開始後の費用を対象とし、しかも所要経費の一部が認められたにすぎません。 これを改め、再審請求より再審開始決定に至るまでの費用も補償することであります。 第五は、確定判決にかわる証拠についてであります。 有罪確定判決の証拠となった証言・証拠等が偽証もしくは偽造である等の理由で再審請求をする場合、現行法では、偽証・証拠偽造等の事実が確定判決により証明されなければならないとし、確定判決が得られない場合はその事実を証明して再審の請求ができることとしています。この際に刑訴法第四百三十七条ただし書きの解釈として検察官により、偽証・証拠偽造の事実につき公訴提起がなされなかった場合は、再審請求の道を閉ざしているのであります。 これは全く不合理であるのでこれを改め、検察官により公訴提起がなされなかった場合にも再審の道を開くこととすることであります。 第六は、理念規定の創設及び刑の執行停止を規定しようとするものであります。 再審制度は、無事を救済し、その人権を尊重するためにある旨の理念規定を設けるとともに、再審請求がなされた場合は、請求人等の申し立てにより、刑の執行を停止することができることとすることであります。 第七は、その他として、不服申し立て期間及び旧刑訴法下の事件について、所要の改正をしようとするものであります。 以上が刑事訴訟法の一部を改正する法律案の趣旨であります。 何とぞ慎重に御審議の上、速やかに御可決くださいますよう、お願いいたします。
○佐藤委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 次回は、来たる五月八日火曜日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後零時五十七分散会 ————◇—————