文教委員会 第6号
- 発言数
- 140 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1979/04/11
会議録
○坂本委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、オリンピック記念青少年総合センターの解散に関する法律案及び放送大学学園法案の両案を議題といたします。 まず、両案の提案理由の説明を聴取いたします。内藤文部大臣。 ————————————— オリンピック記念青少年総合センターの解散に関する法律案 放送大学学園法案 〔本号末尾に掲載〕 —————————————
○内藤国務大臣 このたび、政府から提出いたしましたオリンピック記念青少年総合センターの解散に関する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 オリンピック記念青少年総合センターは、昭和三十九年に開催されたオリンピック東京大会を記念し、この大会の選手村の施設を青少年のための宿泊研修施設として管理運営するために、オリンピック記念青少年総合センター法により、昭和四十年に特殊法人として設立され、富来、その施設を青少年の研修活動のために提供するほか、一般の利用にも供してまいりました。 しかるに、近年の社会構造の急激な変化に伴い、青少年の学習要求は多様化、高度化し、これに対応してオリンピック記念青少年総合センターにおける青少年のための研修機能を一層充実強化することが必要とされるようになりました。 また、わが国の青少年教育の一層の振興を図るため、全国的な観点から、青少年教育指導者に対する研修、宵少年教育に関する施設及び団体の連携の促進、青少年教育に関する調査研究等を行う中核的な機関の設置が強く要請されております。 このような状況を勘案し、かつ特殊法人の整理合理化の要請にこたえるため、オリンピック記念青少年総合センターを解散し、新たに文部省の付属機関として国立オリンピック記念青少年総合センターを設置することとし、この法律案を提出いたした次第であります。 次に、この法律案の内容につきまして御説明申し上げます。 第一に、特殊法人オリンピック記念青少年総合センターは、この法律の施行のときにおいて解散するものとし、その資産及び債務は、そのときにおいて国が承継することといたしております。 第二に、新たに設置する国立オリンピック記念青少年総合センターは、青少年及び青少年教育指導者その他の青少年教育関係者に対する研修を通じ、並びに青少年教育に関する施設及び団体との連絡及び協力並びに青少年教育に関する専門的な調査研究を行うことにより、健全な青少年の育成及び青少年教育の振興を図るための機関とすることといたしております。 第三に、オリンピック記念青少年総合センターの解散に伴う所要の規定の整備を行うとともに、必要な経過措置を定めることといたしております。 以上が、この法律案の提案の理由及びその内容の概要であります。 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛成くださいますよう心からお願い申し上げます。 次に、このたび、政府から提出いたしました放送大学学園法案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 わが国の高等教育は、近年急速な発展を遂げ、国際的に見ても高い普及率を示すに至っておりますが、科学技術の進歩や経済の発展に伴い複雑、高度化してきている今日の社会において、国民の高等教育の機会に対する要請は一段と高まり、かつ、多様化しつつあるところであります。 このような状況において、放送を効果的に活用する新しい教育形態の大学を設置し一大学教育のための放送を行うことにより、広く一般に大学教育の機会を提供することは、生涯にわたり、多様かつ広範な学習の機会を求める国民の要請にこたえるゆえんのものであると考えます。 さらに、この大学が既存の大学等との緊密な連携を図ることにより、大学間の協力、交流の推進、放送教材活用の普及等の面で、わが国大学教育の充実、改善にも資することとなることが期待されるものであります。 この大学の設置形態につきましては、種々検討を重ねてきたところでありますが、新たに特殊法人を設立し、これが大学の設置主体となるとともに、放送局の開設主体ともなることが適切であると考え、特殊法人放送大学学園を設立するため、この法律案を提出いたした次第であります。 この法律案におきましては、特殊法人放送大学学園に関し、その目的、資本金、組織、業務、大学の組織、財務、会計、監督等に関する規定を設けるとともに、学校教育法、放送法その他関係法律について所要の規定を整備することといたしておりますが、その内容の概要は、次のとおりであります。 まず、第一に、放送大学学園は、放送等により教育を行う大学を設置し、当該大学における教育に必要な放送を行うこと等により、大学教育の機会に対する広範な国民の要請にこたえるとともに、大学教育のための放送の普及発達を図ることを目的とするものであります。 第二に、放送大学学園は、法人といたしますとともに、その設立当初の資本金は一億円とし、政府がその全額を出資することといたしております。 第三に、放送大学学園の役員として、理事長一人、理事四人以内及び監事二人以内並びに非常勤の理事三人以内を置き、理事長及び監事は文部大臣が、理事は文部大臣の認可を受けて理事長が、それぞれ任命することとし、その任期はいずれも二年といたしております。 なお、この学園の設置する大学の学長は職務上当然理事となることといたしております。 また、この学園には、その運営の適正を期するため理事長の諮問機関として運営審議会を置くこととし、業務の運営に関する重要事項について審議することといたしております。 なお、この法人は、これらの業務を行うほか、主務大臣の認可を受けて、その目的を達成するため必要なその他の業務を行うこともできることといたしております。 第五に、放送大学学園の設置する大学の組織等についてでありますが、この大学が、特殊法人によつて設置される大学であること、放送を利用して教育を行う大学であること等をも考慮し、大学の運営が適切に行われるよう所要の規定を設けることといたしております。 まず、この大学に、学校教育法に規定する学長、副学長、教授その他の職員を置くこととし、学長は理事長の申し出に基づいて文部大臣が、副学長及び教員は学長の申し出に基づいて理事長が、それぞれ任命することといたしております。 なお、学長及び教員の任命の申し出は、評議会の議に基づいて行われなければならないことといたしております。 次に、学長、副学長及び教員の任免の基準、任期、停年その他人事の基準に関する事項は、評議会の議に基づいて学長が定めることといたしております。 また、この大学に、学長の諮問機関として評議会を置き、大学の運営に関する重要事項について審議するとともに、この法律の規定によりその権限に属させられた事項を行うこととし、学長、副学長及び評議会が定めるところにより選出される教授で組織することといたしております。 さらに、この大学においては、その教育及び研究の充実を図るため、他大学その他の教育研究機関と緊密に連携し、これらの機関の教員等の参加を積極的に求めるよう規定いたしております。 第六に、放送大学学園の財務、会計及びこれに対する主務大臣の監督等については、この学園の業務の公共性にかんがみ、一般の特殊法人の例にならって、所要の規定を設けておりますが、この法律における主務大臣は、文部大臣及び郵政大臣といたしております。 第七に、放送大学学園の設立と関連する関係法律の一部改正についてでありますが、まず学校教育法につきましては、この学園が大学の設置者となり得ることを規定するとともに、通信により教育を行う学部の設置に関する規定を設ける等所要の整備をいたすものであります。 また、放送法につきましては、この学園の放送等について、放送番組の政治的公平の確保、広告放送の禁止等所要の規定の整備をいたすものであります。 以上が、この法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますよう心からお願い申し上げます。 ちょっと説明漏れがありましたので、補足させていただきます。 第四に、放送大学学園の業務については、放送等により教育を行う大学を設置すること及びこの大学における教育に必要な放送を行うことを規定するとともに、この学園の施設、設備及び教材を他大学における教育または研究のための利用に供することもできることといたしました。 この点ちょっと説明漏れがありましたので、補足させていただきます。 ありがとうございました。
○坂本委員長 これにて両案の提案理由の説明は終わりました。 —————————————
○坂本委員長 これより放送大学学園法案について質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、これを許します。石橋一弥君。
○石橋(一)委員 御質問を申し上げます。 学園法が成立をいたしまして、そして放送大学が設置されますと、それこそ学問が公開され、さらには大学教育の機会が開放され、そしてまた生涯教育の機会が増大され、たくさんの人々の進学の希望と学を求める家庭人の求めに応じ、さらには大学の閉鎖性をも打破することに相なるわけでございます。 先般の文部省の通信教育専門大学の需要調査を見ましても、放送大学を利用したい人は四五・五%となっていることから考えてみましても、これができることによりまして、茶の間で取れる学士号、だれでも学べる電波の大学ということで、発足当時は三万人と聞いておりますが、全国で放送を開始されますと、四十五万人の学生、二千人の教職員を持つ超マンモス大学となると聞いているわけでございます。しかも、昨年十二月本委員会に設置をいたされました放送教育に関する小委員会では、敬愛する嶋崎小委員長のもとで、放送大学創設の意義と国民的要請にかんがみ、その創設を推進することで与野党は一致いたしておるわけでございます。 そこで、私といたしましては、まず国民的な立場、学問をしようとする人の立場、つまり茶の間にいる人の立場で、まだわからない点を学生の立場に立って聞いてみたいと思います。 学生は五十七年四月に四千人入学します。これは全科履修生のことでございます。要件は高校卒で先着順抽せん、つまり無試験となっております。これはもちろん書類受け付けでございましょうが、どこで受け付けるのか、あるいは郵送なのか、住所要件は対象地域はどうなっているのか。無試験、先着順ということになりますと、それこそ大変な混乱が起きるのではないかと思われますので、どのように対処するおつもりなのか、あるいは入学金は幾らになっているのか、授業料は幾らになっておりますのか、まず、こうした点をお伺いいたします。
○佐野政府委員 御指摘の点は、いずれも大学が創設された後に大学において検討、決定されるべき事柄ではございますけれども、現段階で、これまでの検討の経過等から考えられている方向について御説明を申し上げます。 まず、学生の入学受け付けでございますけれども、これは原則的には大学の本部で行うことが考えられるわけでございます。もちろん、郵送による受け付けのほかに、各都県におきます学習センターでも受け付けができるような配慮が望ましいと考えております。 それから、二番目の住所要件の問題でございますが、放送大学の場合は、御案内のように放送を通じて授業を実施するわけでございますから、通常の大学の場合に学生が授業に出席する必要があると同じように、放送大学の学生は放送を視聴する必要があるわけでございます。したがって、放送大学の受講登録の申請を受け付けるに当たっては、学園の放送を視聴することができるかどうかということを確認する必要があると考えられます。このことは、やはり第一義的には申請者の住所が放送の対象地域内にあるかどうかによって判断されるということであろうと思います。 ただ、多少問題がありますのは、基本計画でも述べられておりますけれども、放送が視聴できないところについてはビデオセンター等を設けて、そこでビデオテープなりオーディオテープによる視聴ということを考える構想がございます。そういったことからいたしましても、入学定員に余裕がある場合に、オーディオテープあるいはビデオテープによる放送の継続的な視聴が可能であり、しかも学習センターへの出席もまた可能であるという場合に、それを住所が対象地域内にないからといって一概に受理しないということは必ずしも適切でなかろう、放送対象地域外の居住者の受講申請についても、それぞれの具体の状況に応じて個別的に対応する弾力的な余地はやはり残しておく必要があるのではないかと考えておるわけでございます。 それから、先着順の問題でございますが、放送大学の場合には御指摘のように学力試験によらないで受講生を登録するということにしておりますから、入学定員の範囲内で先着順なりあるいは抽せんなどの方法によって公正な受け付けをするということになるわけでございますが、画一的に先着順あるいは抽せんということで処理をすることについては必ずしも問題なしといたしません。たとえばイギリスのオープンユニバーシティーの場合には、入学の許可は原則として出願順でございますけれども、コース別の定数であるとかあるいは各地域間のバランスであるとか職業別の割合等を調和するように考えて、やはり先着順の中で対応しているわけでございます。そういったことを考えて、今後放送大学の関係者の間で検討の上、適切な選抜方法が採用されるようになることを期待いたしております。 それから、入学金、授業料でございますけれども、これらの水準については、私立大学の通信教育における授業料等とのバランスを考慮して適正なところに定めるということが考えられるということをかねて申し上げているわけでございます。 なお、ちなみに現在の私大通信教育の授業料等の状況でございますが、入学時の納付金、これは選考料であるとか登録料であるとかあるいは入学金等でございますが、これが平均いたしまして約一万七千円でございます。それから授業料、これは四年間で卒業するとした場合の各年度の授業料等の平均でございますが、これが約六万円。この程度のところを目安として決めていくということになろうかと思います。
○石橋(一)委員 次に、放送大学についてのパンフレットを見ますと、生活科学、産業・社会、人文・自然の三コースで、たしか百四十専門科目になっているようでございますが、卒業の要件と申しますか、すなわち教養学士になりますにはどのような要件が備わったならば、たとえば単位は幾つとったならばというようなこともお聞かせをいただきたいと思います。
○佐野政府委員 放送大学で大学卒業の資格を取得いたしますためには、大学設置基準の定めるところによりまして、一般の大学の場合と同じように四年以上在学をして百二十四単位以上を修得しなければならないということになるわけでございます。 この場合に、放送大学を含めた大学通信教育に固有の問題といたしまして、面接授業、スクーリングの問題があるわけでございます。この点については、卒業に必要な百二十四単位のうち、原則として三十単位に相当する学習を面接授業で取得しなければならないということになっております。ただ、放送授業を受ける場合には、そのうちの十単位については放送授業の学習をもって代替することができるというような方向で現在大学設置審議会の基準分科会での検討が進められているところでございます。 したがって、放送大学の卒業の要件としましては、いま申しました放送の視聴のほか、学習センターによる面接授業に出席して所定の授業を受ける、それらを通じて百二十四単位を取得するということが必要になるわけでございます。
○石橋(一)委員 結局、所定のものを修得する場合中身はこれだけであって、放送、UHFあるいはFMを使ってやるということでございますが、事実問題として茶の間で聞いている時間は一週間に何時間くらい、あるいは一日に何時間くらい茶の間で座って聞いていればいいわけですか。具体的にお教えをいただきたいと思います。
○佐野政府委員 百二十四単位ということをいま申し上げたわけでございますけれども、放送の視聴時間と単位の計算との関係を申し上げますと、一科目について一回四十五分の番組を毎週二回、十五週にわたって延べ三十回視聴する。時間数にして二十二・五時間になりますが、これを継続視聴することによって四単位の修得が可能であるということになるわけでございます。 四年間で卒業するとした場合に、毎学期放送の視聴によって八ないし十単位の取得が必要となるわけでございますので、毎週四十五分番組を四ないし五回視聴する必要がある。毎日について言えば、四十五分番組を一回程度は視聴する必要があることになろうかと存じます。
○石橋(一)委員 次に、学生の立場になりますと、編入学については積極的に推進するということになっておりますが、ほかの大学への転学等の問題についてはどういうふうになっておりますか。
○佐野政府委員 大学の学生がほかの大学に転学する場合には、その転学先の大学の学則の定めるところによって受け入れが行われているわけでございます。したがって、放送大学の学生がほかの大学へ転学いたします場合も、受け入れ先の大学の自主的な判断によるということになるわけでございますけれども、放送大学は正規の大学として設置をするものでございますから、転学につきましても通常の大学の場合と同じように取り扱われることを期待し、関係の大学にもお願いをしたいと考えております。
○石橋(一)委員 放送大学は、その性質上どうしても一方通行になりがちでございまして、教員と学生あるいは学生同士の人格的な触れ合いというものは余りないと思われるわけでございます。 そこで、学習センターですが、これはどういうところに置くのであるか、そして所長以下教員はどのくらいを考えているのか、また、学生同士の触れ合いという観点に立ってクラブ活動等をどう考えているのか、こうした点についても御答弁をお願いいたします。
○佐野政府委員 学習センターにつきましては、放送大学の基本計画によりますと、各都道府県ごとに設置をすることになっております。 学習センターでは、スクーリングのほかにガイダンスであるとか、あるいはカウンセリング等の学生の教育指導を行います。さらに、そのほかに単位認定のための試験会場ともなりますし、また、放送された教材の再視聴のための設備等も設けることといたしているわけでございます。 文部省の現在の考え方としては、学習センターには、専任の教員として、所長となる教授のほかに助教授四人を配置する。さらに、実験、演習等のスクーリングの実施に当たっては、地元の国公私立大学の教官を非常勤の講師に委嘱して実施をするということを考えているわけでございます。 学習センターは、御指摘のように学生にとっては教育訓練を受ける場であると同時に、教員やほかの学生との交流の場でもございますので、クラブ活動ということについても学生の自発的な意思を尊重して対応しなければならないと考えておりますけれども、放送大学の学生は何分にも非常に多様な方々が参加をされるわけでございますので、一般の大学と比べました場合には違った工夫をしなければならぬだろうと思っております。
○石橋(一)委員 学習センターを置く場所として、いまの都道府県ごとに置くというのは、結局とりあえずは見えるところの都道府県ごとという意味ですか。
○佐野政府委員 放送大学の対象地域の拡大に伴ってそれぞれ地域となったところに置いていくということになりますが、当面、私どもが現在考えている一期の計画では六つの都県にそれぞれ置くことになるわけでございます。——失礼しました。五つの都県でございます。
○石橋(一)委員 放送大学はまことにりっぱな大学になるということでございます。そこで、日本の大学としての水準あるいはまた国際比較の上からも学力水準は十分維持しなければならないと考えます。 そこで、留年と申しますか、これは昔の落第ということであるわけですが、これについての考え方あるいはまた卒業資格の厳格さ、これをより厳しくすることが必要ではないか。特に、この大学は無試験であります。確かに開かれた大学であるわけでございます。私自身、全般の問題といたしまして、かつての旧制中学時代のことを考えてみましても、大体三分の一くらいはいまの言葉での留年、昔の落第であったわけです。ところが、いまの大学は入るときには試験が非常にむずかしいわけですが、入ればとにかくまあ卒業できて、それぞれ学士になってしまうという形であるわけです。ここら辺のところを、かつて何年か前のことでございますが、元文部次官でありましたある方に、ただ入るときの関門だけでなく、卒業資格を与えるということについてもっと厳しくすべきではないか、留年、落第というものをもっと考えるべきではないかということを、私は、高等学校の問題で、市長時代でございますがやったことがございます。そうしましたところ、その方は私の先輩であるわけでございますが、それもよくわかるが、高等学校の生徒をそこまで厳しくすると——とにかくこれほど若い諸君を手厚くいろいろなことでめんどうを見ているのは高校しかないよ、それをやれば、それこそ元気のいい暴れ者がたくさん落第ということになって、学校をやめて社会に出ていってしまう、それはあるいは大変な社会混乱を起こすかもわからないという面もあるんだよと、こういうことを言われたことを私はいまでも覚えております。 そういうことで、ただこの放送大学だけでなく、大学を卒業してやっていくということの中においては、それこそ国際比較でございますとかあるいは教育水準でございますとか、社会そのものが求めているものがやはりあると思います。 そうした観点に立っての留年でございますとか卒業資格を厳格にするという考え方についてはどのようなことをお考えになっていますか。これはひとつ大臣にお願いいたします。
○内藤国務大臣 御趣旨は全く賛成でございまして、入るはやすく出るはかたし——私がもと文部省におりましたときに私がお仕えした天野文部大臣が、独協大学をつくられたときに同じようにおっしゃったのですよ。入るはやすく出るはかたしと。 放送大学の卒業生が社会的評価を得るためには、単位の認定とかあるいは成績の評価は厳重にしないと、卒業生が、何だあの卒業生はということになって、結局社会的評価が落ちると思いますから、この点は厳重にやるべきだと私も考えております。
○石橋(一)委員 ありがとうございます。 そこで、次に、生涯教育として、だれでも学べるいわゆる電波の大学ということで、選科履修生と科目履修生についてお伺いいたします。 初年度六千人となっておりますが、電波で茶の間で学ぶわけでございますが、なぜこの六千人という人数に制限をしなければならないのか、ちょっと私には理解できませんです。 そしてまた選科履修生あるいは科目履修生、つまり奥さん方、そうした方々でございますが、この選抜方法は学生の場合と同じであるのか。そしてまた入学金、授業料等はどんなことを考えていらっしゃるのか。さらに選科生についても履修後の試験等を考えているのか。さらには、そうした試験等を行ったといたしますと、履修後何らかの資格の付与等をも考えておりますのか。お尋ねいたします。
○佐野政府委員 放送大学の放送をそれぞれ一般に国民が視聴をして勉強すること自体は全く自由でございますけれども、選科履修生あるいは科目履修生の場合でございましても、放送大学の学生として大学が開設する授業科目の履修をするわけでございますから、やはり、個々の科目ごとに全科履修生と全く同じように履修の指導を受け、スクーリングを伴う科目の場合にはスクーリングを受ける。そういった指導を受けなければならないわけでございます。 そういったことからして、放送大学の学習センターのキャパシティーその他を考えると、人数の制限も設けなければならないわけでございます。関東ブロックを対象としたときの入学定員は、発足当初の五十七年度におきましては一万人、四年後の完成年度は一万七千人と考えておりますけれども、選科履修生と全科履修生の割合につきましては、「教育需要の予測調査」の結果を参考といたしまして、全科履修生を四〇%、選科、科目履修生を六〇%としてスタートしようということでございます。 選抜方法につきましては、全科履修生の場合と同じように特段の学科試験等は行わないで受けつけることになるわけでございます。 入学金、授業料につきましても、全科履修生の場合と同じように、私立大学の通信教育の場合の授業料等を考え、それとのバランスをとって決めるわけでございますが、選科、科目履修生の場合の授業料につきましては、当然ではございますけれども科目単位で決めることになると考えております。 それから、試験につきましては、先ほども申しましたように、もちろん学期末には単位認定試験を受けるということでございます。 資格の点ですが、一つあるいは数科目の単位を履修いたしましても、大学側はその単位の認定証を交付することはもちろんいたしますけれども、特定の資格がそれに伴って付与されるわけではございません。しかし、放送大学の場合には、選科履修生あるいは科目履修生として取得した単位は、その学生が後に全科履修生として登録を受けた場合には全科履修生として取得したものと認めようということになっております。こういった点もありますので、単位の認定証が職場を含めて社会的にも評価をされる、あるいはほかの大学や短期大学でその大学で修得した単位として認定される、そういった形で社会的に有効に生かされることが期待されるわけでございます。
○石橋(一)委員 次に、大学としての将来構想についてお尋ねをいたします。 まず、教育内容でございますが、先ほど申し上げましたとおり、三コース、百四十科目ということでございますが、将来さらに、国民の要望と申しますかニーズによりまして、あるいは科学技術の進歩等によってほかの科目も加える考え方を持っておりますか。まず、これをお伺いいたします。
○佐野政府委員 放送大学の開設科目につきましては、学習者の動向を見きわめ、国民のニーズあるいは科学技術の進歩に対応いたしまして逐次内容を更新し、追加をしていくということが予定されるところでございます。 現在、放送大学の授業科目については、これまでの準備段階での検討で明らかにされている科目が二百十四科目ございます。「基本計画」によりますと、放送大学の開設科目数は毎学期八十科目、年間で二百四十科目の開設が可能だというような御指摘がございますので、現在検討されている科目とこうした基本計画で想定をしている科目との差につきましては、いま申しましたような今後の国民のニーズあるいは科学技術の進歩に対応して追加をしていくということが当然予想されると考えます。
○石橋(一)委員 次に、放送の聞こえる範囲、見える範囲と申しますか、その問題でございますが、実は私もこれは聞いてみて驚いたわけでございます。 放送大学についてのパンフレットを見ますと、平塚、青梅、館林、土浦、木更津を結ぶ線ということに相なっております。将来は全国ということになると思いますが、茶の間で取れる学士号ということで、国民はこれに相当大きな期待を持っておったわけでございますが、関東地方全体くらいはまずやれるのかなと思ったところが、たとえば私の千葉県にいたしましても、学園そのものあるいは大学も設置をされると聞いておりますが、東京湾岸のごく一部しか見えない、聞こえない、学べないということで、それこそ全国的にはもっともっと失望したのではないかと考えております。 そこで、将来計画といたしましてどんなふうに考えているのか。あるいは放送衛星等を飛ばすようなことをお考えになっているのか。あるいはまた送信所の増を図ってやる考え方なのか。そしてまた四十五万人の学生を考えているのは、一体いつごろ全国がこの恩恵をこうむるようになり得るのか。あるいは私は素人でございますけれども、各県のUHFあるいはFMというものを利用すれば何とかなるんじゃないかなというふうにも考えるわけでございますが、そうしたことにつきましてお伺いをいたします。
○佐野政府委員 放送大学は何分にも初めての試みであり、非常に慎重な対応を必要とするということもございますので、御指摘のように、東京タワーから電波の届く範囲ということを原則的な最初の対象地域として発足をするわけでございます。 この考え方は、「基本計画」におきましても、放送大学構想を着手するに当たっては、まず電波網を整備するために必要な経費が余り過大にならないこと、しかもその地域において各種の資料ができるだけ豊富に得られるような地域を対象として発足をした方がいいという御指摘がございます。さらにそれ以後のネットワークの段階的な整備につきましては、いろいろな条件から生ずる結果を確認しながら、最も効果的にその拡充を図るべきであるというような御指摘があるわけでございます。 そういった点を勘案していまのような形でスタートするわけでございますが、今後将来の対象地域をどのようにするかという点については、第一期の関東地域における放送大学の実施の状況等を十分に勘案し、また、いまの先生の御指摘の放送衛星の問題がすでに実験衛星が打ち上げられ、また、郵政省において実用衛星の管理運用についての具体的構想も明らかにされるというような段階になってきておりますので、今後放送大学の計画構想の中に放送衛星をどのように組み込んでいくかということについては郵政省と十分に御相談をしながら考えていかなければなりませんし、そういったことの関係のもとで、送信所をどのように建てていくかということについても、これまた郵政省あるいは財政当局と十分に協議をしながら検討を必要とすることでございます。 私どもも、事の性質として、このプロジェクトができるだけ早い時期に全国をカバーするようになることが望ましいということは十分に考えておりますし、そのための努力をしなければなりませんけれども、何分にも初めての試みであり、しかも影響するところの大変大きな大事な事業でございますので、現実のいろいろな条件を十分に勘案しながら計画を進める必要があるということも事実でございます。 したがって、現在の時点では、「基本計画」が想定をした四十五万人になる時期はいつかという点については、何年以内にということを申し上げることがなかなか困難だという点についてぜひ御理解を賜りたいと存じます。 なお、各地域における既設の放送事業者を利用することができないかという問題でございますが、現実の問題といたしましては、大学側が考えている放送時間帯が継続的にそれぞれの地域における民放で確保できるかどうかという点についてはきわめて問題があるわけでございます。地域によってはこれが不均衡な状態になるということも懸念されますので、既設の放送事業者を利用してプロジェクトを進めるということについては、私どもは大変問題が多いと考えているわけでございます。
○石橋(一)委員 いずれにいたしましても、国民全体が望んでおることでございますので、早い時期の放送地域の拡大をお願いいたします。 そこで、この学園も、放送大学そのものも、あるいは学習センターも、それから昨年設置されました放送教育開発センターも、いずれも私どもの千葉市幕張の臨海ニュータウン幕張A地区の中の文教地区約八十五ヘクタールを千葉県といたしまして用意をしてあるわけでございます。その中に設置をされると聞いておりますが、これは事実でございますか。
○佐野政府委員 御指摘のように、放送大学学園あるいは放送大学の本部施設、学習センターあるいは放送教育開発センター、これらにつきましては千葉県から幕張地区に設置をしてほしいという御要請がかねてございます。 文部省としては、ここに放送大学学園と放送大学の本部施設を建設したい、放送教育開発センターも同じところに設けたいという計画でおります。目下、千葉県に対しまして、具体に予定地の位置について、それを確定してほしいということをお願いしているところでございます。今後、県側とも十分協議をしながら具体の問題を検討したいと考えております。
○石橋(一)委員 ただいま申し上げました八十五町歩の中には、千葉県が、私立大学の誘致を初めといたしまして、衛生短大あるいは高校あるいは総合教育センター等の設置をもくろんで、いわゆる学園の町として考えております。 そこで、放送教育開発センターを初めとして、一連の放送大学関連施設の面積の計はどのくらい要るものなのか。また、もちろん千葉県が持っておるわけでございますが、借地でいくのか、買い上げをするとすると、それはいつごろであるのか。さらには、幕張地区に建てる電波塔の高さの問題でございますけれども、どの程度の高さであるのか。こうしたことにつきましてもお伺いをいたします。
○佐野政府委員 放送大学あるいは放送教育開発センター等、放送大学関係施設の全体について、文部省の方で現在考えております予定の面積は約四万二千平米でございます。この土地については、当面は千葉県から借用したいと考えているわけでございますが、将来どうするかにつきましては、今後関係の省庁とも協議をし、さらに千葉県側の御意向も伺いながら検討をしてまいりたいと考えております。 なお、幕張地区に建てる電波塔の高さの問題でございますが、放送大学の場合には、幕張の海岸に本部を建てまして、そこから東京タワーに電波を送って、東京タワーで増強して放送するということを計画しているわけでございます。この場合の本部から東京タワーに送信するための電波塔の高さにつきましては、電波法に規定がございまして、地上四十五メートル以上ということが要求をされております。 したがって、放送大学の本部施設に設置する電波塔の高さにつきましては、従来少なくとも地上から四十五メートルの高さにするということで検討をしてきておりますけれども、実際に本部施設を建設する場合にその高さをどの程度にするかということにつきましては、今後本部施設の設計を進めるに当たりまして、千葉県側とさらに十分御相談をして検討をしたいと考えております。
○石橋(一)委員 いま千葉市にいろいろな電波塔がございます。たとえば電電公社が八十七メートル、東電が七十メートル、NHKが六十メートルということでございます。そして、幕張文教地区、先ほど申し上げたところでございますが、ここはいわゆる都市計画法上の高度制限予定地域になってはおります。しかし、この高度制限予定地域に決定をされましても、屋上に建てる塔の高さは、これは都市計画法上高さの制限はございません。そして、建つところの幕張の予定地と東京タワーとの間にまだ膨大な埋立地がございます。これは高度制限地域になっておりません。 そういたしますと、県あるいは千葉市といたしますと、あそこを副都心的なものにしたいということで考えておりますので、その間になっておりますところの埋立地に大きな高いものがどんどん建っていきますと将来これは問題になるであろうと考えられますので、それこそタワーの塔の高さにつきましては、金もかかることでございましょうけれども、できるだけ高いものをぜひお願いいたしたいと思いますが、いかがですか。
○佐野政府委員 先ほどもお答えをいたしましたように、今後具体に設計を固めていく段階で千葉県側とも十分御相談をして、後々支障の起こることのないように検討してまいりたいと思います。
○石橋(一)委員 そこで、次に、いままでは国民の立場と申しますか、あるいはまた学ぶ人の立場に立って細かいことをお伺いを申し上げましたが、学園法そのものについてお伺いをいたします。 まず、その前に伺いますが、昨年開設をされました放送教育開発センターと放送大学との関連はどうなっているのか。そしてまた、いまいろいろなお答えをいただきました放送大学と放送大学学園とはどのような関係になっているのか。さらにはまた、いまお答えをいただきました放送大学はどのような手順で設置されるようになるのか。たとえば名称はあるいは案があるのか。さらには、放送大学は学生が一体主なのか。生涯教育として茶の間の皆様方——履修生と申しますか、履修生とさらには茶の間の皆様方といわゆる生涯教育、こうしたものが主に考えているのか。以上の点についてお伺いいたします。
○佐野政府委員 昨年十月に創設されました放送教育開発センターは、放送を利用して行う教育の内容、方法等の研究開発を行う。さらに広く、放送利用の大学教育に関する研究開発に従事している国公私立の大学の教官等の共同利用に供するということを目的としているものでございます。したがって、放送大学学園の設置する放送大学と放送教育開発センターとは、ともに放送を利用した大学教育にかかわるものとして非常に密接な関連を持つものでございます。この二つの機関が適切に連携協力をする。その連携協力のもとで放送大学の教育活動あるいは放送教育開発センターの研究開発活動が円滑適正に実施をされるということが期待をされているものでございます。 放送大学では、放送教育開発センターの研究開発の成果を十分に活用して教育の実施に当たる。さらに、放送教育開発センターにおきましては、放送大学における教育を実際に実施をした、その結果を十分参考にして教育の内容、方法の改善に関する研究開発をさらに進める。こういった両者の関係によって放送大学の教育の効果的な実施というものが期待できるであろうということを考えているわけでございます。 放送大学と学園との関係は、これは御案内のように、学校は国なり地方公共団体なりあるいは学校法人という法人が設置者となって、その法人によって学校が設置、管理されるということが学校教育法の考え方でございます。放送大学の場合も、法律によって放送大学学園という法人を設立して、その法人が大学を設置するという構成をとったものでございます。学園と大学の関係は、たとえて言えば学校法人と私立大学の関係と同様なものと御理解を得たいと存じます。 放送大学の今後の手順でございますが、放送大学は、放送大学学園の成立後に学園から文部大臣に対して設置認可の申請がなされまして、それを文部大臣が認可するという形で設置をされることになるわけでございます。したがって、法案が国会で可決成立をいただきますれば、その公布施行を待って、文部大臣において理事長となるべき者を指名して、設立委員を任命して、そして学園の設立に必要な準備を進めることとなりますけれども、放送大学の設置認可申請に必要ないろいろな準備もそれと並行して取り進めまして、学園の成立後に学園から文部大臣に認可申請が提出されるということになるわけでございます。 放送大学の名称につきましては、今後各方面の御意見を参考にしながら、学園側でこの認可申請の際に適切な名称を選択し、それを定めて申請をしてまいるわけでございますけれども、それまでの間、各方面の御意見を伺い、さらに文部省としてもできるだけ適切な名称が得られるように学園側と協力をしてまいりたいと考えているわけでございます。 放送大学の対象の問題でございますが、もちろん学校教育法に基づく正規の大学として放送大学は設置をするわけでございますから、大学卒業資格を得ることを目的として入学してくる学生が卒業できるようにカリキュラムを編成し、教育指導を行わなければならないということは当然のことでございます。そういう意味では全科履修生というものが放送大学の学生としてまず大事な対象になるわけでございますけれども、同時に、国民の御要請としては、この大学で卒業資格を取るということではなくて、選科の履修生というような形で一部特定の科目を勉強したいという方の数が非常に多いということも予測されるところでございますし、そういう意味で、先ほどもお答えをいたしましたように、学生の数としてはむしろ選科履修生の数を六〇%にとるというような形で、こうした方々の受け入れについても十分配慮をするということを考えているわけでございます。
○石橋(一)委員 どのような手順で設置されるかということでお答えをいただいたわけでございますが、学園内部で、大学と放送局といいますか、放送する方との対立がありはしないかと思いますが、まず、あったならばこれは非常に困ると思います。いずれにいたしましても、大学と放送局を一体のものとしての放送大学を持つことがよりベターであるということでこの特殊法人の学園ができるわけでございます。そうした中に当然内包をされているものであるわけでございますが、このようなことがもしあったら困るなと思うのですが、一体どうお考えになっているのか。そしてまた、その問題とは別個のことになりますが、たとえば設立認可申請をやる中において、設立委員というものは一体どのくらいの人数になるのか。あるいはいつごろやるのかということです。また、この法律そのものに、文部大臣は、初代のという意味だと思いますが、理事長または監事を任命するということになっていますが、またはというのは両方という意味でありますか。 そうしたことにつきましてお伺いいたします。
○佐野政府委員 御指摘のように、この放送大学の構想の場合の非常にむずかしいかつ大事なポイントとして、教学側と放送側との調整の問題がございます。教学側の教授の自由の側面と放送側の番組の編成という問題とをどのようにうまく調和をしていくかということが、非常にむずかしいかつ大事な課題になるわけでございますが、そういった点の円滑適正な処理ということを期待して特殊法人を設置主体として設けまして、それが大学の設置主体となり、かつ放送局の免許を受ける主体となるという構想をとったものでございます。 したがって、問題の学問の自由あるいは教授の自由と放送の編成権の問題につきましても、一つの法人の中の内部の問題として処理ができるわけでございますし、この法人の中で両者が緊密な連携のもとに意見を交換し、調整を図りながら番組の制作を進めて、それによっていまの困難な問題の調和が図られるように十分学園側の配慮を求めてまいらなければならないところだと考えております。 設立委員につきましては、放送大学学園法案が可決成立を見ました場合、その法案が公布施行されれば、できるだけ早い時期に任命をするという段取りになるわけでございます。 設立委員の数でございますが、これは従来の例を考えますと、十人から二十人程度が適当ではないかということでございます。 なお、設立委員としてどのような者が任命されるかということでございますけれども、これも従来の例等から考えますと、学園の理事長あるいは監事となるべき者、それから国公私立大学の学長等の教育関係者、文部省その他関係行政機関の職員、そのほか放送事業に関して学識経験を有する者、そうした学園の設立に関する事務を円滑適正に処理するために必要な方々をお願いするということになろうと存じます。
○石橋(一)委員 設立委員の顔ぶれというものは結局非常に重要なものに相なると私は思います。そこで、十分な御配慮方をお願い申し上げておきます。 そこで、学園は理事長以下十人の役員と、そして二十人から成る運営審議会によって運営をされます。また、大学そのものは学長と副学長、副学長は二名で、そして教授六人ないし十二人から成る評議会によって運営をされます。この中で、学園の中に非常勤理事を三名置くということになっております。また、常勤理事四名ということになっておりますが、ここら辺の考え方と、その数の根拠でございます。 いやしくも、従来のような関係省庁の天下り組で占められるということになりますと、それこそ開かれた大学ということで盛んにやっているこの放送大学が——これは結局は人事だなという考え方の上に立ちまして、これさえしっかりしておれば、学問の自由の問題あるいは偏向教育の問題というようなものは適正な人事をやるかやらないかということで一切決まるのではないかなと私は考えておりますので、これにつきましてのお考えを大臣からお聞かせをいただきたいと思います。
○内藤国務大臣 石橋先生のおっしゃるとおりなんで、私は、根本は人事だと思うのです。 ここでは文部大臣が理事長と監事を任命することになっておりますけれども、いまお話しのように、これが役人の天下りになったらそれこそ国民の信頼を失うと私は思うので、広く各方面から人材を集めて、さすがにりっぱな学園だと言われるような人事でありたいと思って、私もその点に最大の注意を払うつもりでおりますから、どうぞよろしくお願いします。
○佐野政府委員 非常勤理事あるいは常勤理事等について、補足をして御説明申し上げます。 非常勤理事につきましては、各界の有識者を理事として学園の業務の執行に参画させる、それによってその識見なり手腕なりを学園の業務の執行に直接に反映させることができる、そのことを考えて設けたものでございます。 定数を三名といたしましたのは、常勤理事の定数四人というものとの均衡を考慮して三名以内としたものでございます。 なお、理事の仕事でございますけれども、理事は学園の機関として理事長を助けて学園の業務を掌理するということになりますが、学園の業務は大別をしまして学務と放送、それから総務、財務に関する事項になろうかと存じます。 このうち学務に関する事項は、当然に学長が理事として就任をいたしますので、この事務は学長である理事が掌理をすることになります。学務以外の放送と総務と財務に関しては各理事が分掌することを想定して、常勤の理事として置くことができる数を四人以内というように定めておるわけでございます。
○石橋(一)委員 次に、大学の評議会ですが、これはそれこそ最も重要なことに相なると思います。 たとえば学長の任命でございますが、本評議会の議に基づいて理事長の推薦によって文部大臣が任命をする。そして教員につきましては、同じ手続によって学長の推薦によって理事長が任命するということになっております。ほかの大学と比較をいたしますと、たとえば講師や助手でございますが、これはほかの大学は普通学長の任命ということになっておるようです。これだけは講師も助手も含めた教員全体が理事長任命ということになっておるようでございますが、ここら辺の理由はどういうところから出ておるかという点が一点。 それから、もう一つは、学長、副学長、教員の任免の基準、任期、停年というというようなものは「評議会の議に基づいて」となっておりますが、任期、停年となかなか問題をはらんでいやしないかな、特に他大学との人事の交流等のことを考えますといろいろな問題がありやしないかな、こう考えられます。 そこの点についての腹案がもしあればお聞かせをいただきます。
○佐野政府委員 講師、助手の任命権の問題でございますが、御指摘のように、国立大学でございますと教員の数が非常に多いということがございまして、講師、助手につきましては任命権を文部大臣は学長に委任をいたしております。しかし、放送大学の場合には、学園が設置する大学は放送大学だけでございますし、教員数もさほど多数とはなりませんので、教員のすべてを理事長が任命をするということにいたしましても支障がないであろう。しかもその任命については、御指摘のように評議会の議に基づいて行われるわけでございますから、いわゆる教員の身分の保障という点においても十分な配慮が行われるものと考えているわけでございます。 それから、任期制の問題でございますが、任期制、停年制の採用あるいはその具体的な内容につきましては、評議会の議を経て学長が定めることになっておりますから、任期を何年とするか、あるいは停年を何歳とするかというようなことにつきましては、今後大学においていま申し上げましたような手続によって定められることになるわけでございます。 しかし、その場合の任期につきましては、任期制を採用する趣旨を十分に尊重して、その期間について慎重に検討が行われることが期待されるわけでございますが、一般的に言えば、現段階では五年程度を目途とするのが適当ではないかという考え方を私どもは持っております。 また、停年の問題につきましては、この大学が各分野からすぐれた人材の参加を求めて運営をしていくということを考えますと、従来の国立大学における停年よりも多少長目に決めてもいいのではないか、たとえば七十歳程度というような形で停年を決めるということが考えられてもいいのではないかと思っております。 もちろん、放送大学における教員の任期制が円滑に機能いたしますためには、任期制ということの趣旨につきまして、放送大学にそれぞれ教員を参加させていただく関係各大学の御理解を得、その協力を求めることがどうしても必要でございますので、今後関係者の間で十分な御理解と御協力が得られるように努力をしてまいりたいと考えているわけでございます。
○石橋(一)委員 放送大学の教員数は少ないというお話がいまあったわけですが、将来構想を見てみますと二千人にもなるということを聞いているわけでございます。ちょっと何か違いやしないかなというふうに考えますが、いずれにいたしましても、時間がございませんので突っ込まないで伺っておきます。 次に、いわゆる放送法とのかね合いの問題であるわけでございますが、まず、学問内容を放送する大学、いわゆる学問の自由、学園を設置する目的、大学の目的、これと放送法の番組審議会、ここら辺のところの調整については、先ほどもちょっとお話に出ましたですが、これは非常に重要な問題になると思いますので、まずこの調整の問題についてさらに具体的にお聞かせをいただきたいと思います。
○佐野政府委員 放送大学学園は、先ほどもお答え申し上げましたように、放送大学の設置者、大学の設置者となると同時に、電波法あるいは放送法の規定に基づきまして放送局の免許主体となって放送を行う、いわゆる放送事業者として放送番組編集の責任を負う、その二つの立場を持つものでございます。 放送大学の方は教育機関として教育活動を進める。その放送大学における教育の進め方として教育内容を放送していく。その放送は学園によって行われるわけでございますが、その学園を通じて放送するために番組の素材としての放送教材を制作するということになるわけでございます。大学の方は教学の問題として適切な放送教材を作成する。そのことについて大学は、学長が責任を持ち、その仕事を総括をしていくわけでございますが、一方、先ほども申しましたように、学園の方は放送事業者として番組編集の責任を持っているわけでございますから、その二つが十分に円滑に取り進められるように、放送大学の制作する教材が学園を通じて円滑に放送されていくように、両者の密接な連携を図っていくということが必要になるわけでございますし、また、そうであるから、先ほどもお答え申しましたように、二つの設置主体を同一の法人とするということを考えているわけでございます。 なお、御指摘の番組審議会でございますけれども、放送事業者としての学園には、NHKの場合のような番組審議会は設けないということになっております。
○石橋(一)委員 放送法の四十四条の三項の中に幾つかございます。その中で、特に、「政治的に公平であること」あるいは「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という、この二つが問題だと思いますが、そう定められております。それこそ、教育、学問、いわゆるこうしたことをやると同時にまた真理の探求、つまり研究、これは当然あるわけでございます。そして従来の大学はとかく大学の自治というとりでに立てこもって、残念ながら十分な管理機能を果たしておりません。この放送大学は、学園の運営審議会と大学の評議会とによって適切な、先ほど申し上げましたように真によい人事さえ行えば、管理もあるいは学問の自由も守られると私は考えております。ただ、放送法は厳然として存在をいたしているわけでございます。 そこで、いま御答弁もいただきましたが、学問の自由といま申し上げました放送法との関連、これはどうしてもいろいろな問題を提起するのではないかなというふうに考えますので、これについての基本的な考え方と申しますか、態度と申しますか、こうしたことにつきまして、これはひとつ大臣からお伺いをいたしたい。 さらには、この大学は番組審議会は置かないのだということであるわけでございますが、なぜこっちは置かないのかという理由。運営審議会でやるのだということでございますが、そこら辺のことにつきましてもお伺いをいたします。 それともう一つは、放送内容等につきまして、一般の視聴者あるいは学生からの意見がいろいろ出ると思いますが、それについてどのようなところでそれを受けとめて、この意見に対して対処するのか、これについてもあわせてお伺いをいたします。
○内藤国務大臣 大変大事な問題ですが、確かに放送法四十四条三項の問題との調整でございますが、学問の自由というものはやはり無制限の自由はないので、教育基本法の中に、特定の政党を支持し、反対するための政治教育及び政治活動をしてはならぬということがあるんですよ。これと放送法に言う政治的公正というのは同じ趣旨だと私は思うのです。 それは意見が対立したものを、対立したことをやはり素直に紹介してほしいとぼくは思うので、自分の意見だけを主張して、それを押しつけるということは教育者としてよくないと私は思うので、そういう意味で、私どもは、いまの方式で、これでやっていけると信じておるわけでございます。
○佐野政府委員 番組審議会の問題でございますけれども、御指摘のように、放送大学学園を設置した場合に番組審議会を置くかどうかということについては慎重に検討を要する課題であったわけでございます。 しかし、先ほど来申し上げておりますように、放送大学学園の場合には、その放送する番組というのは大学の授業としての性格を持つものでございます。したがって、番組の制作と申しますか、その素材となる放送教材の作成というものは大学において行われるものでございますし、番組の制作それ自体も大学と十分な連携のもとに行われていくものでございます。したがって、仮にこの学園に番組審議会を設けるといたしますと、部外の学識経験者から番組審議会を構成することになりますけれども、その審議会が放送大学の授業としての実質を持っている学園の放送番組について物を言うということになるわけでございます。 NHKの例によりますれば、理事長に対して番組審議会は意見を述べることができるし、意見を述べた場合には、理事長はその意見を尊重して必要な措置をしなければならないということが定められておりますが、このことは、運用によりましては実質的には大学の講義の内容が大学以外の機関によって審査をされて、その審査結果に基づいて理事長が大学の講義の内容に介入する結果になる懸念があるわけでございます。やはりそういった点は十分に慎重に対応しなければなるまいということで、この法案では、学園の放送番組については、大学の授業としての自主性に着目をいたしまして、その適正化は大学の自律的な規制に期待することが適切であるという考え方のもとに、番組審議会の設置義務を課さないということにしたわけでございます。 もちろん、この法人には運営審議会がございますし、運営審議会には学識経験者が参加をするわけでございますから、この運営審議会で学園の業務の運営に関する重要事項について審議をする。そのときに放送番組のあり方について運営審議会が御審議になるということも、事柄としてはあり得ないことではございませんし、場合によっては、それは望ましいことかもしれませんけれども、しかし、いま申し上げましたような大学の授業というもの、講義の内容というものと直接にかかわることであるということに十分御留意をいただいて学園が運営をしてほしいと思っておるわけでございます。 そういう意味で、御指摘の放送の内容についての一般の視聴者なりあるいは学生からの意見の受けとめという点につきましても、これらの意見については、やはり授業内容に関する大学の自主性というものを尊重するという立場に立って、大学の外において処理をするというよりも、むしろ大学の中において、大学のサイドにおいて適切な委員会のような組織を設けまして、それらの意見を受けとめて大学が自主的に対応する、そういう配慮が望ましいと考えているわけでございます。
○石橋(一)委員 あと五分しかございませんが、大臣、ただいま言われたように、確かに基本的な立場として無制限の自由はない。あるいは放送法との精神は同じだ。そこで、たとえばこれは放送教育であるということです。学問の研究そのものは、それこそ私は無制限ではないとは考えません。ただ、放送教育であるという立場に立っての中において考え方がまとまりはしないかなということを考えております。 それこそ、この大学そのものがキャンパスのない大学である。そしてまたいままでのキャンパスのある大学、いわば閉ざされた象牙の塔的な学問の自由の議論から一歩抜け出して、主婦や職業人がテレビを通じてお茶の間で講義を聞くという点に留意をされますならば、いままでの大学の自治や学問の自由と同じ次元で議論をすべきではないだろうという考え方を持っておりますが、大臣、いかがですか。
○内藤国務大臣 お話のように、放送ですから、全国を相手にやるわけですから、従来の大学とは確かに形態は違うと私も思うのです。しかし、本質的に、いまお話し申しましたように、運営審議会というものはあるし、評議会もあるし、そして大学の自治は守られている、大学の学問の自由も保障している、こういうふうに考えております。 ただ、教育ですから、そこにやはり一つの限界があることはあなたと同意見でございまして、やはり放送法四十四条の三項は守るべきだと、私はこういうふうに思っております。
○石橋(一)委員 もっと時間を延ばしてもよろしいということでございますが、十二時半までということになっておりますので最後に伺いますが、大学を創設するということで、そして文部省所管の特殊法人を一つつぶすんだということで、特殊法人をたくさんふやしていくということはいわゆる安上がりな政府という立場から考えてみて、これは当然うなずけますが、一方、大学をつくるんだからどこかの大学を一つつぶせということと議論が同じになるのだということで、私はどうも批判的な立場を持っておったわけです。 自民党といたしますと、そうした約束事で、とにかくやっとそうした犠牲をも払いながら、教育を受けたいんだという国民の立場に立ってやむを得ずこのような形をのんだわけでございますが、文部省といたしますと、所管の特殊法人の統廃合ということをもうそろそろ発表しなければならない時期になっていはしないかなと思いますので、もしお聞かせをいただけるならばお聞かせをいただきたいと考えます。
○内藤国務大臣 お話のように、国立大学でつくった場合には国の統制が強過ぎるというような意見が出るから、やはり特殊法人の方がいいという結論になる。ただ、特殊法人にするなら文部省はどれか特殊法人をつぶせということになるんですよ。 特殊法人ならどうしてもつぶせと言っても、これは政府の方でもなかなか聞いてくれないから、仕方がないので、やむを得ず、これは五十五年三月三十一日までですけれども、文部省所管の特殊法人を整理するということで、いまのところ学校給食会と学校安全会、これは関係があるわけですけれども、これをひとつ統廃合をしようということでいま準備を進めているところでございます。
○石橋(一)委員 時間の制限等もございまして、とにかく一通りなでた質問をさせていただいたわけでございますが、国民の側に立ちますと、大学ができるのだということで非常に期待、喜びを持っているわけでございます。ただ、残念ながら、放送という手段を使う中において、私自身も先ほど申し上げたとおり、東京湾沿岸のごく少しの地域しかこの恩恵を受けられないということでございますので、どうぞひとつ大臣の絶大な政治力を発揮していただいて、国民が早く全部受けられるように御要望を申し上げまして、質問を終わります。 ありがとうございました。
○坂本委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時三十一分休憩 ————◇————— 午後一時六分開議
○坂本委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。小川仁一君。
○小川(仁)委員 大臣の所信表明をお聞きいたしましたし、それからその後も読ませていただきました。幾つかその中でお聞きをしておくことが、これからのわれわれ教育行政を考える者の立場として必要なことであると思いますので、お伺いをいたしたいと思います。 まず、これに従ってまいりますけれども四行目になりますか、「その後、関係者のたゆみない努力によって、今や学校教育は比類をみない拡充を遂げております。」というふうにお話ししておられますが、比類がないということは比べものがないということですから、もう天下に冠たりということになるかと思いますが、一体、比類がないというのは、いままでの歴史的な教育行政なり教育の発展という中で比類がないという意味か、それともよその国まで含めまして、世界じゅうの国の中で比類なきというお考えなのかという点が一つでございますし、それから「拡充を遂げております。」という、この「拡充」の意味が、単なる施設や建物の拡充なのか、いわゆる教育の質、中身といいますか、そういうものまでの拡充というふうな——拡充というよりも発展といいますか、質的な増加といいますか、こういうふうなものを含めてのお話なのか、この点をまずお伺いしたいと思います。
○内藤国務大臣 私は、終戦直後六・三制を始めるときに、本当に建物もなくて何にもなかったのです。戦前に義務教育は八年にしたのだけれども、それが日本はできなかった。六年で一応終わったでしょう。その中で、それを九カ年の義務制にしたわけです。九カ年の義務制ができて、それから、その後高等学校の進学率は、当時は中等学校でしたが、中学校、女学校、実業学校、全部含めても二〇%なかったですよ。それがいまや高等学校が九三・何%というほどになった。大学はどうかというと、四割近い者が大学に行っている。だから、過去の日本から比べてみて、これはともかく比類のないほど前進したことは間違いない。世界的に見ても、私は欧米諸国を全部回ってみたけれども、日本の教育は非常に普及している。アメリカなんというのは、実際は日本ほど進学率は高くないのです。 そういう意味で、これは決して日本だけではなくて、世界に対しても比類がないほど普及したと言えると私は信じている。
○小川(仁)委員 もう一つの方の「拡充」という問題、中身の問題をお聞きしたい。
○内藤国務大臣 失礼しました。 「拡充」というのは、要するに教育の制度面において非常に拡充を見た。ですから、今後内容の改善も図る。戦前に比べまして、校舎、設備、いろいろな面において内容が相当拡充したことは事実だと思います。
○小川(仁)委員 「拡充」という言葉だったので、施設、設備、制度というものの発展だけに限定されたのか、それとも教育課程を含め、教育のあり方を含めた質的な発展もここの中に入っているのかという意味でお伺いしたのですから、もう一度そこの点を伺います。
○内藤国務大臣 施設、設備の点はもちろんでございますけれども、それ以外に内容面におきましても、とにかく終戦直後六・三制をやった当時に比べましてはるかに内容も改善された、そういうふうに思っておるのでございます。
○小川(仁)委員 わかりました。内容的にも比類のない発展があったというふうな大臣の御理解と理解して次に進めてまいります。 それで、そこに、「解決すべき幾多の課題を抱えております。」ということでございますが、そうなりますと、この拡充とのかかわりでいけば、「解決すべき幾多の課題」というのは制度とか建築とかいうのではなくて、教育の内容という意味だというお考えにお伺いしていいでしょうか。
○内藤国務大臣 解決すべき問題というのは、たとえばいま入試改善をやっていますけれども、試験地獄で悩まされているのですよ。これも一つの課題ですよ。 それから、いま一つは教員の養成ですね。何といったってりっぱな先生でなければだめですよ。終戦後師範学校をつぶして開放制にした。だれでもなれる。教育原理、教育心理、教授法十五単位、四年間に三十時間ですよ。それと二週間の教育実習をやればだれでも教員の資格がもらえるから教員の資格者は多い。ですから、教員の資質の向上という問題もこれからの課題だと私は思うのです。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 それから、もちろん教育内容の改善の点でいま一生懸命やっておりますけれども、おっしゃるように改善すべき点は残っているわけですからそれを改善したい、こう申し上げておるのです。
○小川(仁)委員 そうしますと、施設面よりも内容的な問題に改善すべきことがあると理解をしながら、次の質問に移らせていただきます。 同時に、その次のところに数行を使いまして、「国政の最重要な課題」という言い方で結んでおります文章は、「豊かな教養を身につけ、創造力に富んだ、国際的にも信頼と尊敬をかち得るたくましい日本人を育成することが」と書いてある。これは主として学校教育を通じてと、こういうふうな意味でございましょうか。
○内藤国務大臣 まことにそのとおりでございまして、日本は御承知のように資源がないのです。あるのは一億一千万という人間だけですが、この人間がいま国際的に、アメリカ関係あるいはEC関係、東南アジア各国からいろいろ大変批判をされている。これじゃ困るので、国際的に信頼と尊敬をかち得るようなたくましい日本人をどうつくるかということがやはり最重要課題ではなかろうかと、私はこう思ったわけでございます。
○小川(仁)委員 これは学校教育を通じてという意味でございますかというのが質問の趣旨なんです。
○内藤国務大臣 学校教育だけじゃないです。もちろん社会教育、体育、あらゆるスポーツ、あらゆる面でという意味でございます。
○小川(仁)委員 そして、この「豊かな教養」というふうな立場で表現されている日本人は、学校教育を通じてということになれば、大学教育までを前提にしてお考えになっておられるのでしょうか。初中教育の中だけでこれだけの人間をつくろうと考えておられるのでしょうか。
○内藤国務大臣 初中教育を含めて、大学教育を通じてですよ。そしてそういうたくましい人間をつくらなければならぬと思っております。
○小川(仁)委員 その次のページに参りますと、「初等中等教育については」と書いてあります。この中では、「徳育、知育、体育の調和のとれた創造力豊かで心身ともに健全な国民の育成を期してまいります。」と書いてある。 大臣のさっきからのお話の中でお伺いしたのですが、前に書いてある「日本人」と後ろに書いてある「国民」。初等教育の方は国民をおつくりになる。全般的なものを通じて日本人をつくる。「日本人」と「国民」との使い分けというのはどういうお考えですか。
○内藤国務大臣 別に使い分けたわけではないけれども、国際的に信頼できる場合には「国民」ではなく「日本人」ですから、それは「日本人」と言っただけのことなんで、一般的に「日本人」と「国民」と特に使いわけたわけじゃないです。 国際的に信頼と尊敬をかち得る国民じゃいけない、信頼と尊敬をかち得る日本人、こういう意味ですから誤解のないように願いたい。
○小川(仁)委員 前の文は大学教育を含めてお考えになる日本人で、対外的、国際信用を得られる立場の日本人。ある意味では非常に高度な教育を受け、高度な訓練を受けた人のような感じがいたしますし、初等中等教育の中では、文章も違うですな。「創造力」というのが同じで、あとは「豊かな教養」も入っていないし、それから「国際的にも信頼と尊敬をかち得る」ということも書いてない「国民」なんですよ。この二ページ目の方は、ですね。 私は、ここの考え方の中に差別的な感じがするのですよ。大臣にはないかもしれませんけれどもね。片や日本人、国際的に濶歩できるようなかなり高度な教育を受けた者、そして初等中等教育の方では「健全な国民」。「国民」と言う場合は、国というものを中にして、支配する、支配されるという言い方になったら語弊があるかもしれませんが、ある意味では非常に狭い、一つの体制内の日本人を指して言う場合がある。 したがって、初中教育ではまず最低の程度の、しかも「健全な国民」であってそれが即前に書いてある「日本人」ではないという印象を持ったのですが、この点はどうでしょうか。
○内藤国務大臣 それは誤解でございまして、要するに前は全体的な構想を述べている。初等から大学までの日本の教育界のあり方はこうすべきだというのが前提でして、次の方は初中教育の具体的な問題について述べただけで、別に「国民」とか「日本人」とか区別した意味はないのでございます。
○小川(仁)委員 そういうお考えならいいのですけれども、何か前の文章と後ろの文章の差異——私は、むしろ高校教育の中で目指すのが前に書いてある「日本人」であって、初等中等教育の中では何も事改めて「健全な国民」というふうに書く必要がなかったじゃないかと思う。「たくましい日本人」で後ろもいいじゃないですか。 たとえばほかの文章を見てみても、「高等学校以下の学校」とか、こういうように「以上」や「以下」が使われてあったり、あるいはこういう食い違いがあったりするところに、現在の教育というものに対する姿勢の中で、高等学校以下はちょっとレベル以下みたいな、それ以上はレベル以上みたいな印象がもしあって——ないとは思いますが、もしあって教育というものに当たられるのであれば、やはりこれからの日本の教育政策というものの中に大きなかげりを落とすような感じがしたので、言葉じりをつかまえたような物の言い方でしたけれども御質問したのですが、こういう点については、大臣、いささかの違ったお考えもないでしょうね。
○内藤国務大臣 全然違った考えはございません。 ただ、初等中等教育ではこの前教育課程の大改正をいたしたわけですが、その大改正の趣旨を尊重しながら具体的に述べたわけで、教育全体としては大学と初等中等教育と一貫していますから、そこに区別する考えは持っていません。
○小川(仁)委員 そういうお話を聞いて安心いたしましたけれども、いま国民の四〇%しか大学に行っておりません。六〇%は高校で終わっておるわけです。こういう高校を終わった六〇%の、国民の数で言えば圧倒的な数——圧倒的というほどじゃありませんが、多い数の人たちに対して同じように教育という目で温かいものを感じさせ、同時に初中教育においても、一ページ目でおっしゃっているような教養豊かなこういう日本人をつくるんだという、同じような意気込みでひとつこれからお話しをいただければ私のような誤解が出てこないかもしれません。ただ、いろいろな施策の中にまだまだそういう誤解がありそうな感じがいたしますので、そういうものは施策その他を通じてお話しを申し上げることにいたします。 それで、そこの中で共通的にある言葉の中で、片方は「創造力に富んだ」となっており、片方は「創造力豊かで」というお話がありまして、これを見ますと同じような言葉が二カ所使われてあるのは「創造力」という言葉だけなんです。大臣がこれからの日本人に対して、創造力というものを持つ日本人をつくるということにいかに御苦心をいただいているかということがこれを読みながらわかりました。 さて、この最も創造力の豊かな国民をつくるために必要な制度として現在の学校教育というものが存在するのだろうかと考えてみますと、大臣が力説していることとはうらはらに、制度的その他で逆に創造力の芽を摘むような体制の方が非常に強い感じがいたします。それは受験地獄ですね。国立の附属の幼稚園から始まって、そして受験体制の附属の中学校、高校、大学と、こういう面が逆に創造力というものをつぶしている。詰め込み教育に陥っている。こういう面をどんなふうにこれから創造力豊かな国民をつくるために措置なさろうとするのか、そういうお考えがありましたらひとつ……。
○内藤国務大臣 本当に私はこの教育を見て、これでいいのかと思うのですよ。あなたはお孫さんがおありかどうか存じませんけれども、私は孫を持っていますけれども、私自身小学校の六年の教科書がわからないのですよ。それで、子供は暇さえあれば塾に通っているでしょう。全国に学校教育法にない塾が五万もあるというんだから、子供はかわいそうですよ。私は、これは教育課程がむずかし過ぎるという意味で、今度教育課程を大改正して、基礎的、基本的なものに整理したわけですよ。これで十分かどうか私もわかりませんけれども、ともかくもっと教育内容を整理しなければいかぬ。昔は読み書きそろばんでやったですよ。それでもちゃんと皆さんが一人前になっている。それで皆さんのようなりっぱな人間が得られたわけですから、いまのはむずかし過ぎるのじゃないかというのが私の率直な気持ちなんです。ですから、基礎的、基本的な問題にもりとしぼって、そこから何か覚えるだけじゃなくて、物をつくる、創造力豊かな人間をつくらなければならぬと思うのです。 私は、きのうかな、ベネズエラの能力開発大臣に会ったのです。何だ、能力開発大臣とはと言ったのですが、いや、能力開発大臣は私のところは文部大臣だと言うのですよ。だからおまえに会いに来たと言う。私のところは能力開発をやるのだよということで、私は何かベネズエラの文部大臣から教えられたような気がした。教育じゃないのだよ、能力開発だよと言うのです。そういう創造力豊かな人間をつくることがこれからの大きな課題ではないかと私は思う。
○小川(仁)委員 大臣のお話を聞いておりますといろいろなことが思い出されてまいりますが、それは別として、塾という制度なんですが、これは別に学校教育法にはないわけです。民間のどなたもの、自由といえば自由だと思うのです。しかし、五万もあったら、しかも子供を教えるということが具体的に存在しているなら、文部省としてはこれに対するお考えというものをやはり明らかにしておく必要があると思うのです。 それは制度ということをあえて言うつもりもありませんし、内容的にどうということもありませんが、非常な大きな関心を持っておられると思うので、その中で特に大臣は塾に対するお考えといいますか、関心というものをこんなふうに持っておられるということをお話しいただきたいと思います。
○内藤国務大臣 とにかく、いま一番困る問題はいわゆる試験地獄なんですよ。ですから大学入試改善にいま取り組んでいるわけなんで、これも十分とは言えないかもしれませんが、今後改善して何とか試験地獄から子供たちを解放せぬ限りは、塾は制度的にどうのこうのと言ったってなくならないのですよ。 そういう意味で、教員の資質の向上も大事ですけれども、やはり、まず第一に入試改善の問題に取り組みたいと思っていまやっているのです。
○小川(仁)委員 そうしますと、結局、幾多の課題あるいは重要課題等を解決していくには大学入試を含む受験地獄というものが一番最大の課題だ、この解消が文教行政にとって最大の課題だ、こんなふうにいままでのお話をお伺いしていいでしょうか。
○内藤国務大臣 いや、それが最大の課題というわけじゃないのだけれども、一つの課題だと私は思う。やはり大きな課題ですよ。それから、ともかく塾へ行かなくてもいいように先生がよく指導してくださることですね。 そういう意味で、子供たちが塾へ行かなくても、伸び伸びとして学校へ行っていればもう大学へも行けるというふうに、やはり楽しい学校でありたいと思う。
○小川(仁)委員 入学試験があって、競争社会で、しかも学歴社会の中で、学校の教員がよく教えればそれでよくなるというふうな単純な発想になりますと、これはむしろ問題になる。 私は塾を規制しろと言っている意味じゃないのですよ。だけれども、大学入試を含む入試改善というものについて、新聞発表等によれば、入試センターは来年もことしのままやると言っておられまして、そこの中に言われている問題は、たとえば時期がどうとか、時間がどうとか、雪が降るとか降らないとか、そんな技術的なことばかり言っておって、教育というもののあり方の中における大学入試のあり方というものについての反省とか、あるいは大学入試小委員会の中で私の同僚の嶋崎さんが御提案なすったところの、いわゆる青年の希望をどう取り入れてそれをどう指導するかといったような青年に対する指導の面とか、そういったようなものが全然欠けているわけですが、こういうことについて改善の方向性をお持ちでございましょうか。
○内藤国務大臣 まだいまやったばかりですから、いま検討されておりますが、具体的に詳細は大学局長から御説明します。
○小川(仁)委員 詳細のお話はまた別な機会にいたしますから、大臣の方向性だけをお話し願っただけで結構ですが、いま詳細はわからないけれども、さっきからの考え方の中でいけば、かなり力を入れてこの問題にお取り組みになるという方向があるというふうにお伺いしてよろしゅうございますか。
○内藤国務大臣 まことにそのとおりでございまして、私が六・三制を始めるときに進学適性検査というのがあったのですよ。これは司令部がやれと言ったからやったんです。進適というやつですね。ところが、その後二重負担だということでとうとうこれがやめになっちゃったんですよ。それから私は何とかしてこれを改善したいというので能検テストというのを始めたのですよ。文部省時代に、ですね。これも大変いい成果を得たけれども、これもとうとう実施できなかった。それで、今度の入試改善が三回目なんですよ。 ですから、第一回でございますから不十分な点もあろうかと思いますし、一遍に改善はできないけれども、これからだんだん改善して、子供たちが本当に創造力の豊かな人間になるように教育改革をしてまいりたいというのが私の願いです。
○小川(仁)委員 きょうよりはあしたがよくなるということを期待させるのが行政でもあり、政治だろうと思いますから、そうすると、大学入試を含めて現在の受験地獄の学校教育体制というものは今日よりも来年はよくなるという方向でお取り組みをいただき、御努力をいただける、しかも具体的には各部局でそれぞれそういうものが検討されてわれわれにも御提示いただける、こんなふうに考えてよろしゅうございますか。
○内藤国務大臣 それで結構でございます。
○小川(仁)委員 それから、先ほどお話がありましたが、「教育は人にあり」ということでございまして、このことには別に異議を申し立てませんが、それで、教員の養成問題その他がございました。 大臣、結局教育は人にあるわけで、なかなか大臣のお気に召さない教員もかなりいるわけでございまして、私などもその一人だったかと思いますが、いままで大臣は、大臣におなりになったのは別、議員になられたのは別として——いや、その期間も含めてでもいいですが、いままで文部省は全国の教員を何人ほど処分しておられますか。おわかりになりましたら、これは大臣じゃなくても結構ですから伺いたい。
○内藤国務大臣 私も何人かいま存じませんけれども、教員というものが一番大事なことは間違いないのですよ。そういう意味で、いまでも新構想の教員養成大学を上越と兵庫に、それから鳴門にもつくろうということで準備をしているところでございますが、教員養成というのは大事なことです。 そこで、何人先生を処分したか私は具体的に存じませんけれども、問題は勤評闘争だ、きょうは湯山先生もいらっしゃるけれども、こういうことなんですよ。あのとき私は本当は知らなかったのですよ。勤評なんというのは。そうしたら法律に書いてあるというので、じゃやったらいいじゃないかということでやったけれども、いまの知事の白石さんがちょうど議長のころでしたよ。大西君が教育長でして、そのときに貧乏県だから月給が上がらないのですよ。だから、まじめにやったやつだけでもせめて月給を上げてやれというので勤評が入り込んできたわけですよ。 私も正直言って局長になったばかりだから、勤評って何だろうと言ったら、地方公務員法に書いてあると言うから、法律に書いてあるならやったらいいでしょうというわけでやって、そうしたら、当時あそこに日教組がものすごくお金をつぎ込んで大変な混乱が起きちゃったわけです。それで全国の教育委員会が立ち上がって勤評が始まったわけで、そのときどれだけ処分されたのか、私はその数字はいま覚えていないのですけれども、そういうことで、そういうことになったことを私は非常に遺憾に思っております。
○小川(仁)委員 どうも私の質問もピンぼけかもしれないけれども、大臣は思い出話をいろいろしておられるようですが、私が言いたいのは、端的に言えば、確かに勤評もありましたが、私が処分された学テもあります。その他ありますが、処分された数というのがいまの教員の中に一体何人いるかということは、「教育は人にあり」という場合にやはり大きな内容的なものを持つのじゃないか。 それは皆さんの方の論理で言えば、違法だから処分をしたとなさるでしょうが、しかし、たとえば一時間なら一時間ストライキをやったとか、あるいは何か自動車のスピード違反をやったという処分は、それはそういう違反に対する一つの処分であったという皆さんの筋が通ったとしても、実は、その処分が給与から年金まで一生ついて回るのですね。だとすれば、これはやはり教育が人にあるとするならば、その一生ついて回るものをそのままにしておくということの中に、本当の教育がその人たちによってできるだろうか。 逆に、一回の行動があったとして、一つの処分を受けて、それでその次からまたやろうとしても一生給与や何かについて回っていくということになれば、やはりそこにはその人の心の問題がありますだけに、処分なんというのは、一つのことをおやりになったとしても、それが一生尾を引いて死ぬまで、年金まで影響するなんというふうな方式はお改めになった方がいいじゃないでしょうか。考え方の問題ですがね。ここで何々をしろという意味じゃないですよ。考え方として私はこういう考え方を持っているのだが、大臣、どうでしょうか。
○内藤国務大臣 私も、お説のとおり、一生ついて回るようなことはさせたくない。 だけれども、あなたも御存じかと思いますけれども、私は終戦後非常に無理をして義務教育費国庫負担法をやったのですよ。ずいぶん反対があったがとうとうやって、あとの半分は交付税で保証したのです。一〇〇%保証して、定員もきちっと……。そのころは日教組の諸君からも大変喜ばれ、教育界から非常に喜ばれてきたわけですが、いまの、勤評以来そういう問題が起きたということは私は非常に残念に思って、お互いにもっと話し合いで解決できなかったかなと思って、いま私は後悔しています。
○小川(仁)委員 まあ、後悔の結果の新しい措置に期待を申し上げながら、これは別にその問題についてここでお話をしようという意味じゃありませんので、打ち切らせてもらいます。 次は、これの中に、二ページ目でございますが、「教職員定数についても所要の改善を」というお話がありましたので、それに関連しながら、これは大臣でなくても結構ですから、いろいろお聞きをしたいと思います。 あそこで幾つか話し合われたこと、たとえば四十人学級とかいろいろなことがございましたが、大臣も御存じのように、戦前は小学校に専科教員というのがありました。主として高等科を対象にしたと思いますが、いまの小学校の教科内容や教職員定数の中にこの専科教員といったような存在がないわけなんですよ。多分今度の定数改善の中にお考えをいただいているとは思いますが、小学校の方に専科教員制というものをお考えになる方向がおありでしょうか。
○内藤国務大臣 ただ、小学校の場合は、子供たちを育てるところですから、原則としては全科担任の方がいいんじゃないか。しかし、音楽とか図工とか体育なんかというような問題は、これはやはり特殊技能を持った人たちでないと教育できない。 あなたも先生をおやりになったそうですけれども、子供は朝から晩まで一緒にいるのが一番大事ですよ。時間だけ教えるだけでは教育はできないと私は思うので、少なくとも初等教育の場合は、専科教員というのは例外で、やはり学級担任というものが本当にいいんじゃないかと私は思うのです。 またちょっと局長から答弁させます。
○諸澤政府委員 小学校の教育を専科担任にするかどうかということは、一つは……(小川(仁)委員「いや、全部専科担任にするという意味ではなくて、専科担任制を入れるということはどうかということです」と呼ぶ) 現在の教員免許法のたてまえから言いますと、小学校の先生になるためには、小学校の八教科全部について教材研究は勉強しなさい、それでないと免許状を上げませんとなっていますが、実際の実技の勉強は、音楽、図工、体育のうち二教科をやればよろしいということですから、これは音楽、図工、体育のような特殊技能を要するものについては、ただいま大臣が申しましたように、特定の先生にいわば専科担任してもらうということもあり得るという前提で制度ができておりますから、したがって、私どもも今後専科担任というものを考えていく場合にも、音楽、図工、体育とそれからもう一つ、免許法上は家庭についても特定の中学校の免許状を持っている人は小学校の先生になれるという規定がございますから、それに加えて家庭というのと、つまり八教科のうちの四教科ぐらいについて専科担任というものを考えていこうというふうに思っているわけでございます。
○小川(仁)委員 いま、たとえば四学級ずつの学校で、四年生なら四年生の学級に五人教員を配置されています。そこで教師が時間数の調整と教科の調整をしながら、教科担任的運営を研究しながらやっている学校が幾つかありますが、そういうものに対してどんなふうな評価をしておられるでしょうか。それがもしありましたらお聞きしたい。そういうことについてまだ十分御調査をしていなければ、また後で結構ですけれども……。
○諸澤政府委員 調査は、全部調査しておりませんので、どろなわ式ですけれども、先生のところだから岩手県はどうだろうということでちょっと聞かせましたけれども、おっしゃるような意味で、全教科を専科制にしているところはやはりないようでございます。 特定の教科についてほかの先生が引き受けてやるとか、あるいはもっぱら音楽、図工、体育を担当する先生というようなものを全国的に見ますとこれはかなりある、こういうような実態でございます。
○小川(仁)委員 そういうものもありますけれども、ほとんどの学校の教員を教科に分けて授業をしている学校もあるのですよ。これは何も岩手県だけではないのです。全国的にあるわけです。ほんの一部の学校ですが、したがって、そういうところは試みにやっているわけです。私はそれに賛成して物を言っているつもりはありませんが、ただ、明治以来百年、小学校の教員は教科担任ではなくて学級担任で、全教科担任だ。全教科担任と学級担任がイコールに結びついたような固定観念というものがあるんですね。 私は、小学校の中に、さっき言った幾つかの教科を含めて専科的に教える教員をもう少し配置することが非常に大事じゃないかと思っているんです。理由は、一つは、たとえば体育ですと、一定の年齢をとってきますと子供たちの若さに対応できない年齢というものが率直に言ってあります。いま現場を聞いて歩いてみますと、一番欲しいのはやはり体育の専科担任だということが一つであります。しかし、もう一つは音楽ですね。音楽はやはり特殊技能がありまして、いろいろな社会的な環境等から言っても子供たちの耳は大変肥えてきております。家庭教育や何かの関係ですばらしいお子さんをお持ちの方もあるわけでございます。そういう中で音楽はどうしても専科が欲しいといったような声が学校の現場の中にもあるし、父兄の中にもかなり率直に希望としてあるわけであります。 ですから、何々教科とあえては言いませんが、少なくとも技術的なもの、あるいは体力を要するもの、あるいは実験的なものを要するもの、そういう教科についてすべての学校に置くということはかなりむずかしいにしても、できるだけ多くの学校にそういうものを配置するようなことを定員計画をつくる過程の中で御考慮を願えないだろうか、こういうことであります。
○諸澤政府委員 いま、小学校の教員の配置率でございますけれども、これは先生も御承知と思いますが、六学級の小学校ですど校長を除いて七名、十二学級で十四名、十八学級で二十一名ということで、そこで一名ないし三名のいわば学級担任を一人ずつ張りつけたとしても、学級担任がない先生が出るというようなことで、実態としては、いま御指摘にあった音楽とか体育とかいうようなものは、それぞれの学校教員養成の実態等を見ながら、ある特定の先生が相当大部分を引き受けてくださるというような運営をしておるのが実態だろうと思います。 そこで、今後どうするかということなんですけれども、いま冒頭にお話のありましたように、次の年次計画を立てる最大の課題は一学級の生徒の児童数をどのくらいにするかという課題でございますが、われわれが検討しておりますのはもちろんそれだけではなしに、中学校の免許外教科担任の問題をどうするかとか、あるいは単級学校、複式学級の生徒の定数基準をどうするかとか、いろいろあるわけで、その一環としていまのそういう専科担任の問題も検討はしてみたいというふうに考えておるわけでございますが、どうしても財政的に制約のある定員の問題でございますから、その全体の中でどういうふうに考えるかという今後の課題にしたいというふうに思うわけでございます。
○小川(仁)委員 御検討いただけるということで非常にうれしく思いましたが、私も小学校の教員をいたしましたが、事音楽になるとバンザイをしたりということになるわけです。それから図画なんかのときも、生徒がかいたものが上手だか下手だかくらいは言えたにしても、ではその能力を伸ばしてやれるというだけの力があったかということになると内心じくじたるものがあるわけであります。 こういう技能的なものは、これからの教育の中で非常に大事なことは情緒豊かな日本人をつくることでもあるとすれば大変大事に考えたいと思いますので、学級数だけではなくて、教育の中身を向上するという意味でぜひ十分お考えを願いたいとお願いを申し上げて、一応これは終わります。 続いて、週休二日制の問題になりますが、人事院の方においでを願っておりますので、先にそちらの方を御質問させていただきます。 人事院からの通達、通知あるいは試行期間の結果等を見せていただきましたが一まず、これは人事院にお伺いしますが、すべての公務員を一応対象にしていると、こんなふうに考えてよろしゅうございますか。
○金井政府委員 前回の試行、それから本年の三月に終了いたしました試行におきましても、私どもの方といたしましては全職員を一応対象に考えてお願いしたわけでございますけれども、一部第一回目の試行の際には特定の省庁あるいは特定の部門の参加がなかったことがございます。 それから、第二回の試行におきましては全省庁が参加いたしました。ただ、部門別で若干参加していないところもございます。 そういう状況でございます。
○小川(仁)委員 これは公務員の場合ですから、民間の実施率が非常に高まったので公務員についてもそういう考え方を出されたと思いますが、ただ、民間との比較で実施をするというのではなくて、週休二日制が持つ労働とか国民生活というものを含めた意味というものがあって、目的的に週休二日制というものを実施されるよう準備をされていると思いますが、そのことについてお伺いしたいと思います。
○金井政府委員 人事院は、御承知のように、職員の勤務条件につきまして、これはお預かりしているわけでございますので、まず一義的には、公務員の勤務条件として週休二日制というものがどういうふうにあるべきかという観点でまず考えておるわけでございます。 その場合には、給与の問題と同様の方式、すなわち百人以上の規模の事業所、わが国内における事業所の週休二日制の普及の度合いというものをまず考える、あるいはそれらの企業における年間の休日数あるいは週の所定労働時間数、こういうもののまず比較をいたします。さらに、先生がおっしゃるように、週休二日制というのは世界の大勢でもございますし、職員の勤務条件あるいは勤労意欲というものにも結びつく問題でございますし、あるいは種々の国内情勢というものを見ながら、国民の理解というものを得ながら進めるという観点もございますし、いろいろそういう状況というものを総合的に判断しながら進めていくべきだというふうに考えております。
○小川(仁)委員 勤務条件の民間対比の中でお考えになっておるというふうな趣旨にいま承りましたが、週休二日制が世界的な傾向、世界的な方向に向いてどんどん実施されているということは、これは人事院のそういう狭い考え方から、もう一つ人間生活を含めた大きな立場があると思うのですよ。そういう点については全然お考えになっていないのですか。
○金井政府委員 先ほど申しましたように、まず勤務条件という観点から、国内の民間の状況というものを中心にまず考えますけれども、御指摘のごとく、その他のもろもろの条件、情勢というものも当然考慮、判断いたしまして進めていくということでございます。
○小川(仁)委員 これは順序が違いますな。週休二日制の考え方というのはもう少し大きな目的を人事院がお持ちになって、地球上に住んでいる人類の幸せのために、その上でなお国内の公務員に実施する場合には、民間なら民間との対比の中で実施の時期とか何かをお考えになる、そう考えていただきたいと思います。 なお、国際的なものを見てみますと、おたくからの調査ですが、諸外国の国家公務員の週休制度等という調査の表を見ますと、やっていない国というのは余りないのですね。この中には、これは公務員ですが、調査の中に教員も含まれていますか。
○金井政府委員 これは直接外務省の方を通じまして私どもで調査した結果でございますので、どういうふうな構成公務員を対象にしての調査という、細かいところまで実ははっきりしておりません。
○小川(仁)委員 民間の調査をなさいましたが、民間の週休二日制というのは、工場とか事務所というものを休ませるような形で週休二日制にしておるのか。それとも、その仕事を、工場も事務所も稼働しておって人数の勤務状況を合わせて週休二日制にしているのが多いのでしょうか。どちらでしょうか。
○金井政府委員 民間の週休二日制のやり方と申しますか、実は非常に細部までは承知しておらないわけでございますけれども、と申しますのは、民間企業の場合は業種とそれから地域的なものといろいろばらばらでございまして、的確にこういう理由だからこういう形でやったということはちょっとわからないわけですけれども、概して申しますれば、生産性というものを落とさないで労働条件の改善という形の組み合わせでいろいろやっておるということだと存じます。
○小川(仁)委員 そうしますと、開店していて休ませる——開店という表現がいいかどうかわかりませんけれども、いわゆる仕事をとめないで、そして勤務時間やなんかの割り振りで週休二日をつくり出しているというふうな傾向が多いということですか。
○金井政府委員 最近は、週休二日制のいろいろな形態と申しますものが、民間企業におきましては、いわゆる完全週休二日制、閉店でございますが、そういうものから、非常に少ない、たとえば月に一回とか不定期にやるとか、そういうものまでの間分布しておるわけですけれども、だんだん厚みのある方向、つまり一番厚い場合は閉店になるわけでございますけれども、厚みのある方向に、わずかではございますが徐々に進んでおるというふうに承知しております。 勤務時間の点から申しますれば、中には週休二日制をやるために休んだ土曜日なら土曜日の勤務時間を他の日に振り向けるというものも中には少しはございますけれども、大多数は週休二日制の導入によりまして週の所定労働時間というものが漸減するという傾向でございます。
○小川(仁)委員 それに関連しますけれども、官庁の週休二日制のあり方ですが、いま試行しておられますが、人事院が考えておられる方向性というのは開店休業ですか、閉店休業ですか。
○金井政府委員 官庁の場合の、開店といいますか、閉庁、開庁の問題でございますけれども、これは実は職員の勤務条件という面で検討をするよりも、まず先に国民に対して行政サービスを提供しているわけでございますから、そういう官庁を閉めておくか開くかということは、行政施行体制の問題ということでまず考えるべきだというふうに私ども考えておりますので、人事院の方で直接閉庁ということを現在は考えておりません。これはむしろ政府の方でお考えになるなら先に考えていただくことではないかというふうに考えております。
○小川(仁)委員 すると、考え方としては、開店と言ったのは悪いな、閉店休業、閉庁休業という考え方で、業務は続けるが働く人たちには一定の週休二日制に対応するような考え方で勤務時間を変更していく、こういうふうな考え方、これが人事院の考え方、こう伺っていいわけですね。
○金井政府委員 閉庁ということではなしに、まあ土曜日なら土曜日という、特定の土曜日にある職員が勤務しない、現在までの試行もそういう形でテストしてきたわけでございますけれども、そういうところを志向している次第でございます。
○小川(仁)委員 一次、二次の試行をやられたわけですが、三次の試行はおやりになる予定ですか。
○金井政府委員 三月に試行が終わりましたので、現在試行の結果につきまして各省庁に報告を求めている段階でございますので、その報告をいただいて、私ども分析検討した上でその後の方策というものを考えるという筋道に一応なっておるわけでございますので、現在のところ三次の試行をやるとかあるいはやらないとかというようなことを余り決めているわけでもございませんので、いずれにしましても報告の結果をとり、それを十分に分析検討し、その後の方策というものを決めるという立場でございます。
○小川(仁)委員 そうなりますと、三次は一応ないとすれば、八月の人事院勧告あたりには、一つの勧告になりますか、報告になりますか、あるいは一つの方向ということはないだろうけれども、この前の引き続きで何かはお出しになる、こういう考え方ですか。
○金井政府委員 仰せのごとく、今回の試行の結果を検討いたしまして、いろいろな条件も考えて何らかの措置、見解というものを出すめどといたしましては、御指摘のごとく夏の給与の報告時期を目安に置いております。
○小川(仁)委員 どうもありがとうございました。 大臣、終戦後は週休二日制というのはありましたね。アメリカの占領軍の指令によりまして、ね。私はあのときは反対したんですが、いまはちょっと違いますけれども、あのときの反対理由というふうなものはまたこの場合の情勢とは違うんですけれども、あの当時大臣は、あの時点においてはどういうふうなお考えをお持ちでしたか。御経験の中にございませんか。
○内藤国務大臣 あのころはとにかく司令部の命令だから、命令どおりやらなければいけませんから、やったことは記憶しておりますが、どの程度だったか、私はいまちょっとはっきりした記憶はないです。
○小川(仁)委員 私はかなり明確な記憶があるんですよ。反対したために呼び出されましてごっつくおどかされたことを覚えておるんですが、それでもついには反対して押し切ったんです。 あの時点の考え方というのは、終戦後の混乱の中で、これからの日本というのは教育、文化国家しかないという考え方と、それから戦争中に子供たちが十分な教育を受けていない、特に学徒動員とかいうこともありましたんで、だからどうしても子供というそっちの方が中心だったんですが、いまの比類なき拡充を遂げた時代の現場との間ではやはり考えが違っていいかと思うのです。 私は、もうそろそろ学校自体の中で週休二日制という問題を真剣に検討してもいい時期に来ているんじゃないかと、あの時点と違った考え方を持っているんですが、大臣、いかがでしょうか。
○内藤国務大臣 私もそれは検討すべき時期だと思っておるんですが、学校はなかなかむずかしいんですよ。特に、あなたも御存じのように、父兄が、子供に家にいられると親が困るという問題もあってなかなかむずかしいんですよ。 どういうふうにしたらいいのか、それはお説のとおり検討すべき課題だと、私も真剣にそう考えております。
○小川(仁)委員 文部省でも苦労しておられるようですが、私もかなり大変なことだろうと率直に思います。 それで、国立の学校の方にお出しになった通牒がございましたね。週休二日制の検討ですか、試行ですか。ああいう結果どんな答えが返ってきておるんでしょうか。
○佐野政府委員 附属学校の教員につきましては、昨年の三月まで一年間にわたって十八校を選びまして試行を行ったわけでございます。 詳細な結果はなお取りまとめ中でございますけれども、実行率は五四%余りでございまして、一般の職員に比較をいたしますとかなり実行率が低いということでございます。
○小川(仁)委員 問題はどこにございましょうか。
○佐野政府委員 やはり、いわゆる開庁のままで実施するわけでございますから、児童生徒の教育なり、あるいはいろいろな会議なり、そういったものとの関係でなかなか予定したようには職員は休暇をとることができない。 ことに附属学校の場合には教育実習を担当いたしますので、教育実習の前後の一週間は事前事後の準備等があって非常に実施が困難であるとか、あるいは学校行事と重なっては非常に実施が困難であるとか、さまざまな状況が出ているわけでございます。
○小川(仁)委員 初中局の方から地方に週休二日制を試行してみるようにという御通知を出したと思いますが、あれの調査結果みたいなものがありましたらお知らせ願いたいのです。
○諸澤政府委員 初中局では、国立の附属学校が試行をやるという、そのことを踏まえて五十二年度と五十三年度にそれぞれ試行を検討してくれという通知を出したわけでありますけれども、結果としては小中学校を中心とする公立学校について試行を実施したところはなかった、こういうことでございます。
○小川(仁)委員 これは定員の措置も含め、さっき大臣がおっしゃった地域の受け入れ体制も含めて非常に大きな問題があると思いますが、具体的に県教委とか地教委あたりでそういう問題に取り組んでいる状況というものはあるのでしょうか。検討だけの段階でもいいのですけれども、検討し始めているというような状況はありますか。
○諸澤政府委員 ちょっといま資料を手元に持っておりませんけれども、去年の通知を出しますときに検討のための協議会等を設けてやってくれということを申しまして、県においては、全部ではないかと思いますけれども、そういう協議の場を持って検討してきた、こういうことでございます。 三十四県が何らかの形でそういう協議の場を持って検討してきたのであります。
○小川(仁)委員 三十四県が検討の形に入りつつあるわけですけれども、それについて特段にそれを前進させるような方向での御指導といいますか、あるいは地方からのいろいろな御相談に応ずるといいますか、そういうふうな形はございましたでしょうか。
○諸澤政府委員 もちろん県とよく連絡をしながらやっておるわけですけれども、ただ、学校の週休二日制の問題は、先ほどお話がございましたように、国家公務員一般について政府の方針としても土曜日をあけておくのだという前提ですから、学校も学校を五日制にはできないのですね。それですからどうしても六日やる。 しかもこの試みは予算も定員も新たにつけ加えるものではありませんよと、こういう制約を課せられておりますから、私は初めからこの話について、学校をやるというときに、人事院にそれはなかなかむずかしい問題ですよということを申し上げてきているわけで、しかも一方、これをやることによって小中学校の教育が、言ってみればサービスが低下するようなことがあってはならないわけですから、私どもは御相談に応じながらも片っ方ではブレーキをかけるという、率直に言ってそういうかっこうになっていますので、これは非常にむずかしい課題であります。
○小川(仁)委員 私も非常にむずかしい課題だと思いますから、ここで直ちにどう結論を出すというふうな考え方でお話をしているつもりはないのです。むしろ公務員全般が大きな方向を向いているときに、教育という場がこういう場だからといってそこをゼロにしておくわけにもいかないとすれば、どういう形でこれを検討してみる方向がいいのかというふうなことを率直に私自身も検討してみたいという立場でお話を申し上げているのです。 そういう立場からなんですが、教育課程というのは、仮に週休二日制を実施したとしても、余りそれには影響がないような感じでつくり上げられているというふうに教育課程を見ているのですが、そう考えてよろしゅうございますか。
○諸澤政府委員 いまの小中高の学習指導要領は、御承知のように去年高等学校を、おととし小中を改定いたしまして、そのために教育課程審議会で三年くらい検討していただいたわけですけれども、その検討の過程で週休二日制のことが入ってきましたけれども、今日の学校教育の実態、日本の社会の実情から見て、学校は六日やるのだという前提でいまの学習指導要領のあり方は答申をいただいておりますので、今度できましな学習指導要領、その週当たりの授業時間その他を見て、五日に詰めることができるかできないかということは、簡単に機械的に言えばできないことはないと思いますけれども、しかし、やはり一定の余裕を持って教育活動を展開するということが今度の改善の趣旨でございます。 そうしますと、いまの学習指導要領を前提とすれば、五日でこれをこなすということはそう簡単に言い切れないのじゃないかというふうに私は思うわけでございます。
○小川(仁)委員 五日でこなすことができるかできないかという問題になると思うが、しかし、週休二日制というのは、さっきの人事院の言葉をかりて言えば一つの世界的な流れなわけですね。世界的な流れですから、それを教育の現場でも、時期の問題はいまとかなんとかいうことじゃなくても、受け入れなければならない状況が出てくるということを感じます。 そうなりますと、教育課程から、これは定員の問題も加わるかもしれませんが、それらを含めて今後検討してみるという前向きの検討の形というものは文部省にあるのですか。それとも、学校というのは週休二日制は不可能だ、したがってこれはもうらち外にしておこうや、教員は除外しようかと、こういうようなお考えなのですか。どちらかはっきりしておりましたらお知らせ願いたいし、はっきりしておらなかったら、まだ検討してなかったらそれでもいいのです。これは大臣にお伺いしたい。
○内藤国務大臣 私は、十分検討しなければいかぬと思っております。
○小川(仁)委員 では、これはぜひいろいろな形で御検討願いたい。 さっき諸澤局長がお話しになったが、ときにはブレーキをかけることもある。しかし、ブレーキをかけるというのはつぶすという意味のブレーキではなくて、そうやったらこういうマイナスが出るのじゃないかというときに、しかしこういう方法もあるのじゃないかというふうな、一つの案に対してお出し願ってブレーキをかけるというように、ただブレーキのかけっぱなしじゃなしに、そういう方向で今後は御指導願いたいというふうにお願いをしておきます。ぜひそういう立場をおとり願いたいと思います。 それにつきましても、国立の方の状況は、ことしは人事院は試行をやられないのだそうでありますけれども、これは研究校でございますから普通の学校とはわけが違うのだそうでございますから、こういうところで思い切ってやってみて、それで教育課程にはどんな影響が出たとか、父兄とのかかわりはどうなったとかいうことを、あそこの学校は普通学校と違ってこういう制度でございますよということを初めから内容を公開して、それでも入りたいという人がいっぱいいるうちから選んで入れているのですから、どんどん実験していいと思うので、局長、国立の附属を中心にした実験を思い切ってやっていただけますか。
○佐野政府委員 今後附属学校について週休二日にどのように対応していくかということが、他の職場の場合と同じように非常にむずかしい課題になるわけでございます。 全体としてどのように週休二日に政府が対応していくかということは、これからそれぞれの省庁で御検討の上で決められることでございますし、その中で私たちも附属学校に対する対応を考えなければならないわけでございますが、先ほど申し上げましたように、前回の試行は十八校という非常に限られた学校を対象として、しかも実施の条件としては全職員の四分の一が必ず対象になるように、毎週一回休むようにというようなことをかなり厳しく条件として示した上での試行でございます。 したがって、まだ大学局限りの判断でございますけれども、もしそのことが許されるのであれば、もう少し附属学校の対象校を広げて、そして実施の仕方についてももっと基準を弾力化して、いろいろな対応があり得るということも考えてやってみることはどうかということを大学局限りでは検討はしているわけでございます。
○小川(仁)委員 一般の公立の学校で研究的にやるなどと言っても、広い県の中のどこかの町の学校が一つやるなどということは大変なことです。それこそ問題が大き過ぎますので、ぜひ国立の附属小中高でおやりを願いたい。 さっきも言いましたように、この学校は初めから特殊な学校で、試験的にしかも実験的にやることを前提にした学校ですから、ここが本格的に取り組んでいただかないといろいろな問題が出てこないと思いますので、改めて大学局長に、さっきのお話を聞きながらお願いをしておきたいと思います。 では、以上で週休二日制の問題を終わりまして、最後に、大臣の所信の「文化の振興について」という部分について、お願いを含めたいろいろな考え方を申し上げてみたいと思います。 現在の日本の学校その他建物を見ますと、確かに機能的にはよくできております。しかし、あの建物に、ここで言えば文化的な感じが余りしないのですよ。それで、文化の振興ということで東京に第二国立劇場をつくるとか、あるいは国立の民俗博物館をつくるとかという、特定の場所にそういうものを置くということも必要でございましょうが、全国にできている小中学校とか高等学校とか、そういう学校に非常に文化的なにおいが感じられるような施設というものがあった方がいいのじゃないか。 たとえば十億で学校をつくるという状況があったときに、それに一%ないし二%の文化施設費みたいなものを上乗せをしてその建物を完成させるということを文化庁を持つ文部省として考えていいのではないかと思うのですが、いかがでございましょうか。
○内藤国務大臣 私も大賛成です。何かマッチ箱みたいな学校では、これは文化とは言えないと思うのです。機能的にいいかもしれませんけれども、やはり学校というものは楽しい学校でなければいけないし、家庭にいるよりも学校の方がいいという、そういう学校が望ましいと私は思う。 実は私が非常に感心したのは、湯山さんの近くに徳島県の鳴門というところがあるのですよ。あのところへ行ったときに、本当に学校は広々としておって、そして楽しいですよね。家庭にいるよりも子供が学校の方がいいと言うのです。建築もやはり文化的なんですね。それで建築を見て、ああなるほどね、これなら家にいるよりも学校にいる方がいいなと思って私は非常に感心した。どうしてそうなったかというと、あの市長さんが私は教育に命をかけているのだというので大変御熱心でして、競艇の収入が三十数億あるけれども全部教育につぎ込んでいるのだとおっしゃって私は非常に感心したことがあるのですけれども、学校教育も、校舎もただ教室があればいいというのじゃなくて、やはりもう少し文化的なそして楽しい学校に、子供たちが本当に喜ぶ学校のようにしたいなということが私の願いでございます。
○小川(仁)委員 これは学校じゃないですけれども、昔の私たちの先祖は道路をつくれば並木をつくりましたよ。いまでも松並木というのは名所みたいに残っているわけですが、人間が使う一つの機能性のあるものに自然との調和とか文化的な施設とかということを加えた先輩のよさといいますか、すばらしさというものもあるわけです。 ですから、大臣、いま御賛成をいただいたのですが、これからたとえば学校をつくるときに、補助があった、市町村五億、こっちが五億出してつくり上げるのだというときに、二千万なり三千万なりちょっと足していただいて、これは文化費用にお使いなさい、たとえばだれかのすばらしい彫刻を買って玄関に置きなさいとか、あるいは校庭の周りに思い切ってすばらしい、国会の前にあるようなその土地の県花といいますか、県の花を植えなさいとか、あるいは校門をいままでみたいに石のがっちりしたやつを二本立てるのじゃなくて、ここに文化的なにおいを持つような施設をつくりなさいということで、文化庁の方なりあるいは学校建築の補助の中に初めから一%か二%枠をとった予算をつくるようにして、いわゆる行政が文化だという考え方で、学校建築にしても、いろいろな文部省の行政というものもこれからお進めになるという方法はいかがでございましょうか。
○内藤国務大臣 ともかく予算の問題でむずかしい問題ですけれども、大平内閣は文化重視の内閣とおっしゃるのだから、御趣旨の点は私もよくわかるし、及ばずながらできるだけ努力してみたいと思います。
○小川(仁)委員 大平内閣の話が出てしまいますとまたあれでしょうが、四十年教育一筋に生きた大臣、ここに書いておられますが、最後に、文部行政というのはこれは文化だと言われるような施策をひとつ来年度予算から早速つくっていただくようにお願いを申し上げて、私の質問を終わらせていただきます。
○森(喜)委員長代理 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後二時二十四分散会