内閣委員会 第9号
- 発言数
- 123 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1979/04/20
会議録
○藏内委員長 これより会議を開きます。 元号法案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。上田卓三君。
○上田委員 元号の法制化が民間の経済活動に与える影響についてお聞きしたいと思います。 元号が法制化され、ある日突然改元ということになりますと、いわゆる債権債務の証書や手形などの日付、あるいはさまざまな書類の日付の変更を迫られることになるわけであります。果たしてこのような混乱は経済活動にも悪い影響を与えないと言い切れるでしょうか、言い切れないでしょうか。 先ほど少し紹介いたしました、と言うよりも、一九五〇年の参議院の議事録でも東京商工会議所の専務理事の吉阪さんという人が証言して述べられておるわけでありますが、「商工業は便宜を主とするものでございまして、特定の時代に極限するということもなければ、特定の天皇に関連するというものでもないと思うのであります。それで一般に通用する暦の外に元号を必ず用いなければならんというような必要はないと思うのであります。債務証書でございますとか、或いは手形等に、いわゆる日附、確定日附というものが行われて、これも契約の確実を期するがために、又法律上必要とされておるものでございまするが、これは元号によらずとも、例えば西暦を以ていたしましても目的を達することのできるものでございます。今日国際的の通信にいたしましても、又契約書等が世界的な西暦を用いられておるということは言うまでもないのでございます。」云々。「むしろ簡單に」紀年法を「一本化された方が、商工業の立場から言えばよろしいのではないかと思うのでございます。」このように吉阪さんは述べておるわけでありまして、そういう点で、政府は民間の経済活動に元号の法制化が与える影響といいますか、そういうものをどのように予測されておるのか、御説明をいただきたい、このように思います。
○三原国務大臣 お答えいたします。 ただいま、ある日突然というお言葉がございましたが、この点についてはかねてからいろいろ申し上げておるところでございますが、改元の具体的な時期の決定に際しましては、いままで申しておりますように、皇位の継承があった場合において、事情の許す限り速やかに改元ということが法の趣旨だと考えておりますけれども、皇位継承の時期でございますとか、あるいはまた国民の感情、ただいま御指摘がございました改元に伴います国民生活への影響、また当時の経済状況等、各般の事情を考慮して、いま国会においても先生方の御意見等も十分尊重しながら、今後慎重に決定をいたしたいと考えておるところでございます。 いま具体的な事実上の例をお示しになったわけでございますが、そういう点につきましても、いろいろな民間のそういう国民生活への影響がどういう場合に出るであろうか、あるいは経済的な問題で混乱を来すようなことはどういう場合であろうかというようなこともつぶさに検討をいたしておりますし、今日まで委員の先生方からいろいろな御指摘もございましたそういう点を参考にして、具体的にはどういう時期に改元をやるべきであろうかというようなことを検討をさしていただいておるところでございます。
○上田委員 ある日突然に改元される、そういうことのないようにということもあるかもわかりませんが、一応すぐされるというようなことになれば、どれだけの損失が起こってくるかということもやはり考えての上でなければならない、こういうように思うわけであります。 たとえば大正天皇の場合のように、十二月二十五日に死去されだとすると、カレンダーやあるいは日記帳、手帳などの翌年向けの印刷出版物のほとんどが全部だめになる、こういうことにもなりますし、中小零細業者の多い、これらの業界に深刻な打撃を与えることはもう間違いなかろう、こういうふうに思うわけであります。その際、大手の印刷業者などがその機械力とかあるいは技術力を利用して巨利を占める可能性もないとは言えない、こういうように思うわけであります。また、各企業は、昭和にかわる次の年号の印鑑を新たにつくる必要に迫られるわけでありまして、判こ屋はもうかるかもわかりませんが、迷惑するのは各企業であろう、こういうように思います。そういう点で、まず大正から昭和への改元の際のこのような経済的被害と損失はどのようなものであったのかということ。 それから二番目には、経済規模も巨大化している今日、それは現在の金額に直してどのくらいであるのか。 それから、元号が法制化されて、このような事態が生じた場合、これらの損害について補償する用意があるのかどうか。たとえば、そういう使用不能のカレンダーを政府が買い上げるとか、そういう方法を考えておるのかどうかというような問題であります。 また、別の問題でございますが、たとえばかん詰めとかびん詰めとかジュースなどの製造年月日については、現在日本農林規格、いわゆるJASによって表示が義務づけられておるわけでありますが、現在では西暦で表示されているこれらの年月日は元号法制化でどう扱われるのか、こういうような問題もあるわけでありまして、そういう点で全部元号に表示がえされるということになりますと、保存性のある食品だけに、いつ製造されたものかわからない、こういうおそれも出てくるわけでありまして、そういう点について一体どう考えているのか、御説明いただきたい、このように思います。
○清水政府委員 私から、共通的な事柄につきまして御説明を申し上げたいと思います。 ただいま最初の御質問の、大正から昭和への改元の際にどれだけの損害があったかという御質問でございますが、この点は、大変申しわけございませんが、数量的に私どもで調査ができておりませんので、お許しをいただきたいと思います。 次に申し上げたいと思いますのは、一つは、改元になりましても、たとえばその前に振り出していた手形とかあるいは契約書とか、そういうもので、もちろん将来の日付を入れているわけでございまして、昔の例で言えば、大正十六年一月何日ということで支払い日を決めてあるというような例はそれはたくさんあったと思いますが、そういうものについては、一々訂正とかその他の手続は一切なくて、それは特定日が十分わかるからということで、当然の変更解釈ということで有効に扱われておるわけでございまして、そのようなことは法律以下の問題につきましても同様でございます。 それは別といたしまして、実際にいろいろと予備の用紙というものが用意されておりますが、これらにつきまして、たとえば現在で言えば「昭和 年 月 日」というのが不動文字として入っている用紙はたくさんあろうと思いますが、このようなものにつきまして、きわめて大量に頻繁に使うということになればそれは別でございますが、そうでない場合には、やはりそれを手で直してさしあたりは使うとかいうような対応をしていただけるものと思うわけでございますし、それからまた、適当な時期には、最近もそうでございますが、昭和というのは必ずしも印刷に刷り込んでなくて、単に「 年 月 日」というような活字だけが入っているというような用紙もかなり用意されているように思いますが、そのようなことも対応の一つの便法かというふうに思うわけでございます。 それからまた、判この問題でございますが、これも御案内のとおり、たとえば私どもの役所で使っております受け付けの日付印というようなものを多少調べてみたわけでございますが、これらにつきましては、現在、昭和というのが入っているのと、それから昭和というのはもう入っておりませんで、たとえば54・4・19というふうな数字がぐるぐる出てくるというふうになっているものもかなりあるわけでございます。そのようなものについては、改元になりましても、その54というところが1に変わるということでございますから、もちろん1に変わるためには、1という数字が必要でございますが、これはその中のバンドをかえるとかいうようなことで、そう大きな損失を招かないでも当座をしのぐという方法はあろうかと思いますし、さらに、場合によっては54とかという、つまり年に当たる部分は必ずしも出てこなくても、その4・19というのが出てくるだけでも間に合うような状況のものもかなりあるだろうと思いますから、そういう場合には新しい判こをつくるまでの間はそういうところを削り取ることによって4・19の方を生かしていくというようなことで使うという手もある、このように思うわけでございまして、趣旨といたしましては、できるだけ既存のものでむだにしないようにやっていくということをお互いに考えていくべきであろうというふうに思っておりまして、その辺につきましては、現在関係省庁との間でも私どもはいろいろと相談をいたしているわけでございます。 共通的なことといたしましては、そのようなことが申し上げられると思いますが、いずれにいたしましても、現在もそうでございますが、この法案を成立させていただいた後におきましても、そもそもふだんにおいてそういう民間の活動なりが、元号の方で年を表示していくか、あるいは西暦の方で表示をなさるかということ自体につきましては、全く現在と同様自由に使い分けていただくという前提で考えているわけでございます。
○上田委員 だから、もうそういう元号の法制化は要らぬということなんです。経済的なマイナスというのは大変なものです。本当に改元されてみれば大変な混乱が起きることは火を見るよりも明らかなんです。だから官公庁のそういう様式などにはもうそういう元号を使用せずに年月日だけ入れておれば一番いいのです。それならいつの日でもこれは役に立つわけですからね。だからそういう点でやはりそうすべきではないか。法制化して国の出先機関あるいは市町村までそういうものを押しつけていくということは、私は、やっぱり日本の経済の発展という意味から、また、そういう国民に多大の迷惑をかける、確かに便利がいいという側面は強調されておりますけれども、そういうマイナス面というのは余りにも見落とされておるのではないか、こういうように考えるわけであります。特に先ほども築地署の牧師さんに対する強要などを申し上げたわけでありますが、そういう省令での書式が昭和と元号が記入されておるわけでありまして、それに従わなければ受け付けぬというようなことになって、そういう意味では、元号の法的根拠が全くないもとで省令でそういうことをしていること自身、私はもうゆゆしき憲法違反だ、こういうふうに思っておるわけであります。 そういう点でもう一度、そういう経済活動に与える影響あるいは教育あるいは文化、そういうものに対する全般的な影響、あるいはさらに、日本の元号というものを天皇制と結びつけないと言いながら、結局はやはり結びつけて、天皇の在位期間はその天皇によって世の中が治まっているのだというように、天皇を神格化させることによって、天皇のおかげでわれわれが生きているのだ、こういうような思想統制といいますか、戦前のそういう天皇主権へ道を開くものとしてわれわれは考えざるを得ないし、「君が代」の国歌化あるいは日の丸の国旗化、そのほか、いま有事立法の問題とかいろいろな形で、本髄にそれらの一連のものが全くそういう右翼的なといいますか、一部の政治家によって演出されていくということで、経済界の方々でもこういう政府のやり方に対して相当批判的な考え方を持っておるのではなかろうか。あるいは自民党の国会議員さんの中でも、やはり相当意見があるにもかかわらず、何かそういうことを言えないような雰囲気、そういうものを感じておるのではないか、こういうふうに思うわけであります。 そういう点で、われわれとしては、元号の法制化に絶対反対であるということを申し上げまして、最後に長官から総括的にお答えをいただきたい、このように思います。
○三原国務大臣 まず、旧憲法下における天皇制の復活ではないかという点でございますが、その点は、そうした旧憲法下における天皇制の復活では断じてございませんということは、もうるる申し上げましたので、ここでは申し上げません。 また、そういう点についていろいろな懸念をされることがあるということは、十分御意見も承りましたので、旧憲法の復活とか新憲法に抵触をしないように、使用あるいは運用上十分な警戒をしてまいることは私どもの責任だと思うのでございます。 なお、元号を法的に制定してまいりますために国民に非常な負担をかける、あるいは経済を混乱させるというような御指摘がございましたが、この点につきましては、先ほども申し上げましたように、そういう過去の大正から昭和の時期等におきまして問題が起こったという御指摘もございましたが、そういうような問題でございますとか、あるいはその他の予想される手持ちの書類あるいはスタンプあるいは手形等に対しまする配慮をどうすればいいのかというような点につきましては、それなりの検討をいたしておりますし、また、本委員会等におきましても、いろいろなそういう御指摘のありましたのも十分貴重な参考として私どもは受けとめてまいっておりますし、今後の元号の制定が、法的な審議が議了をし、その後の選定までの手続等につきましても、十分の配慮をして、国民負担がかからないように、あるいは経済が混乱しないように配慮してまいりたいと考えておるところでございます。御理解を願って、ひとつ法案の成立について御協力をお願いいたしたいとお願い申し上げる次第でございます。
○藏内委員長 栂野泰二君。
○栂野委員 まさしくこの元号法案の審議にふさわしいといいますか、とうとう日付が変わってしまいましたが、私はどうしてこうも審議を急がれるのか、どうしても納得がいかないのであります。しかしともあれ、時間が余りに遅いですから、ごくしぼって、ポイントだけをお聞きいたします。 いままでの質疑を通じまして政府の方は、この法案が成立しても元号の使用に関する限りはいままでとは全く変わらないんだ、こういうことを強調しておられますが、しかし、私は法律というものの本質からいって果たして本当にそういうことが言えるのか、その点でどうしても疑問が払拭し切れないのでございます。先ほど三原長官は、法律については権利とか義務とかということをどうしても連想するけれども、この法案についてはそういうことはございません、こういうお答えでございましたが、私も法律についてはどうしても権利とか義務というものを連想せざるを得ない。恐らく国民も、いま政府はそういうことを言っているけれども、時間がたつにつれて政府の考え方が変わりはせぬだろうか、こういう疑問があるからこそ法制化については反対が多い、こういうことだと思うのですね。 そこでまず、現在の昭和という元号ですが、これは上要するに現憲法の成立以降は事実たる慣習として使用されている、こういうことでございますね。 そこで、この事実たる慣習ということの意味ですが、いわゆる裁判規範としての法源として、慣習法だとか事実たる慣習というのがありますが、元号の使用が事実たる慣習としてやられているという場合、この事実たる慣習というのはそういうふうな意味ではなくて、要するに、単にただ何となく事実上慣習として使われてきているんだ、ある学者は、これは要するに惰性と言っていいだろうという意見もあるのですが、その程度の意味しか事実たる慣習というふうに言われる言葉にはないと私は思うのですが、この点はいかがなんでしょうか。
○真田政府委員 慣習と慣習法との違いについては、いつかここでお話ししたことがあると思いますが、慣習というのは、もともとが人の社会生活におけるしきたりの積み重なったものであって、それが法的な確信を伴えば慣習法になる。現在、事実上の慣習と申しておりますのは、そういう法的な確信を伴うまでそれほど固まってはいない。しかし、単なる惰性と言うよりはもう少し固まっておって、その昭和なら昭和を使えば、これが現在の国内でりっぱに通用するというような意味合いは持っているわけなんです。ただ、それにたがったことをした場合にはもう全然無効になってしまうとか、使わなければ罰則だとか、そういうような意味の法的確信はないので、そういう意味では慣習法とはちょっと言いにくいわけなんですが、先ほど申しましたように、いまの昭和を使えば、これはもう通用して、そしてもしそれが裁判になれば、その主契約の中に昭和というものがあれば、それは特定の年を指すものだということでりっぱに通用する、そういう意味合いはあるのだろうと思うのです。
○栂野委員 さっき言いましだように、時間が遅いし、私も急ぎますから、ポイントだけを、私の問題意識はどこにあるかおわかりだと思うので、そこの点だけをお答えいただきたいのです。 真田長官、そうしますと、長官は、この元号の使用というのを法例二条、民法九十二条にあるような事実たる慣習、そういう意味にとられておるわけですが、それは裁判規範としての事実たる慣習でしょう。この元号の使用というのは、文字どおりそういう意味じゃなくて、法源なんというものではなくて、ただ慣習として事実上使われていた、そういう程度にとっていいことじゃないですか。
○真田政府委員 法例第二条は、むしろ慣習法のことを書いているのじゃなかったかと思うのです。 それから、補足して申し上げますと、これは事実上の慣習としてりっぱに通用しておる。したがって、裁判所でもそれでまかり通るということもありますし、それからいろいろな法律でも政令でも、たとえばこの法律は昭和五十五年四月一日から施行すると書いた場合のそこであらわされているその年の表示、その昭和はいまの事実上の慣習がそこにあらわれているのだ、そういうような感覚なんですね。
○栂野委員 これはちょっと見解が違うようですが、私は元号というものの性格からいって、つまり紀年法としての元号の性格からいって、そういう法源としての事実たる慣習などという意味ではなくて、もっと社会的な意味で、ただ事実として慣習的に使われてきたのだ、この程度にすぎないと思っているのです。そこで、そういう事実たる慣習としての元号使用は、国民一般だけでなくて、国家機関も地方公共団体も全部そういう事実たる慣習として使ってきた、こういうことでございますね。それはいいのですね。長官の言われる事実たる慣習という意味においてでもいいですが、それでいいのですね。
○真田政府委員 いまの憲法が施行になりました昭和二十二年五月三日以後は、まさしく法令の根拠がなくして事実上の慣習として民間においても役所においても、それから国会においても議事録の日付はやはり昭和が使われておりますし、それから議員の方からお出しになる質問主意書の日付もやはり昭和でもってあらわされておるという関係でございますので、民間、官庁、国会、裁判所等を問わず、すべて事実上の慣習として昭和というのは使われておるということでございます。
○栂野委員 長官、もう少し答えを簡潔にしてくださいと頼んでいるんだけれども、そういう長い答え方をされると時間が延びますよ。 それで、現在、元号を使用すべしというふうな、そういう様式があるというようなことがこの審議中に出ましたが、そういうことを決めた通達、訓令なんというものは現在どこにもありませんね、国家機関の中に。それはいかがですか。
○清水政府委員 こういう形のものはむしろかなりたくさんあると思います。たとえば私どもの役所におきましても、公用文の書き方とか公文書の作成要領というようなものは、ある場合には大臣訓令の事務管理規程というような形で定められております。ことに様式のようなものが、たとえば許可書の場合はこうであるとか、報告書の場合はこうであるとかいうようなものがありまして、そこは年月日、記号あるいは発遣者の名前というようなことが場所的に示してあるというわけでございますが、そのようなひな形におきまして、昭和何年何月何日何々第何号というふうな、そういうひな形が示してある、そういうような、いわば事務の様式でございますが、そういうものは訓令の形で持っておる役所もあると思いますし、それから単に事務の手引きというようなことで、いわば経験則と申しますか、まさに慣習的にそういうものが部内的に確立をした状態で日常の事務が運営されておる、こういう状態はたくさんございます。
○栂野委員 西暦の使用も、いまは事実たる慣習として行われている、こういうことですね。これはよろしいですね。 そこで、今回、元号法をつくる必要性というのですか、理由については、これは小林参考人も言われたんだけれども、この法案を見ると、「元号に関する制度を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」こう書いてあるのですね。必要だから必要だと言う。これじゃ何もわからないのですが、結局いままで言われていたことは、要するに天皇に万一の場合があったら、いまの昭和という元号がなくなる心配があるから、そこで改元のルールを決めるにすぎないんだ、ただその一点なんだ、こういうことですね。したがって、使用については何も決めていないんだからいままでどおりでございます、こういうことであります。 それで、この法案が成立しますと、まず政府は、この法案に従って、皇位の継承があった場合に一体改元を義務づけられるのですか。そこはどうなんです。
○清水政府委員 おっしゃるとおりでございます。
○栂野委員 私は、この元号法案を読みますと、ずばりこの文言からはそう読めないのですよ。「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」とありますね。だから、政府が改元をしようと思えば、それは皇位の継承があった場合に限るんだ。しかし、皇位の継承があっても政府は改めまいと思えば別に改めなくてもいい、これはそういうふうに私は読める、これはこの前私申し上げました。この前の政府案はそうは読めないですね。はっきり、皇位の継承があったときには変えなければいかぬと読めるが、この法案はそう読めなくなっている。私は、政府もそういう皇位の継承があった場合に改元の根拠が与えられているだけで、義務づけられないというふうに解釈もできると思ったが、いまの室長の答弁だと政府は義務づけられるのだ、こういうことですね。それでよろしいですか。(清水政府委員「はい」と呼ぶ) そこで、この元号法案が成立しますと、この法律によって昭和というのは法的根拠を持つことになりますね。ですから、単なる事実たる慣習によって使用するという状態から、元号が法的根拠を持つようになってくる。ここで、西暦は依然として事実たる慣習である、しかし、昭和は法的根拠を持った、この違いが出てくると私は思うのです。そこで、この使用については何も触れてないと言うが、果たしてそうなんだろうか、事実たる慣習時代と法的根拠を持った後も同じなんだろうか。法律をつくるということは、国権の最高機関である国会の議決があるということですね。つまり国家意思の表明があるということですね。ですから、国家が国家意思として元号の使用というものを明確にした、こういうことになると思うのです。使用を強制するかどうかは別問題としまして、そういう意味だと思うのです。 そうしますと、いままでの答弁ですと、国家機関も義務づけられないし、ましてや地方公共団体は人格が別なんだから義務づけられることはないが、しかし当然使用するだろう、こういうことでしたね。しかし、国会の議決で法律が成立したという、いま言いました意味から考えて、一体国家機関というのは義務づけられないのでしょうか。この法律の効果として、国家機関は当然使わなければいかぬということになりませんですか。そこはいかがですか。
○清水政府委員 国の機関と申しますか、そういうところは、現在、原則的には元号を使ってやっておるわけでございます。 ところで、将来において言いますと、その元号が今度は、おっしゃいますように、国会の議決に基づくものとしての元号という状態になるわけでございます。つまり、それだけ存在しております元号そのものについて重みが増すと申しますか、わが国の中におきまする紀年の方法の一つである元号がそういう状態になることは、この法律によってもたらされる効果だということは御指摘のとおりでございますけれども、使用の問題ということは、現在の確立された慣習として、原則的に元号によって表示をしておるというその状態が続くことは当然に予想しているわけでございますが、そういう状態で使われている元号が国が公の法律によりまして定めたその元号であるということでございますから、どちらから先に申したらよろしいかあれでございますが、いずれにいたしましても、現在でも使っているその元号、それが法律に基づいて根拠を持つ元号になる、こういうことでございますから、そういうことは当然に、こういう立法をしていただくわけですから、広く使われているということが前提であると思いますし、したがって、そういう重みのついた元号というものは、ますますよく使われるであろうということは当然に期待できる、こういうふうに思います。
○栂野委員 その重みが違うという意味は、やはり法律的な義務を負うということなんですよ。いままでは、国家機関も、地方公共団体も、ただ事実たる慣習で何となく使ってきたという、こういうことでしょう。しかし、法律ができているのに、国家機関が使っても使わなくてもいいなんという理屈は、私はどうしてもこれはわからない。 総理府総務長官、長官の立場で、この元号法ができますね、そうすると、いま事実上使っているからあんまり変わらないという、これはわかりますが、しかし、もし仮に総理府がいままで使ってないとすれば、これはやはり使うようにさせなければ、何のために法律が存在しているかわからぬじゃないですか。そういうことになりはしませんか。そこでやっぱり総理府総務長官は、総理府をして、この元号を使用させる、昭和という元号をですよ、いままでと違って、法律ができた以上、その法律に基づく効果として、義務として使わせなきゃいかぬという立場に立たれることになりはしませんか。そこが法律ができることの決定的な違いじゃないですか。重みとおっしゃるが、法律的にはそういう意味合いじゃないですか。
○三原国務大臣 いま清水政府委員が申しましたように、重みというか基礎の明確性、安定性は、確かにそれから生まれてくると思いますけれども、もう一つのねらいが一つはあるわけでございます。 と申し上げまするのは、事実たる慣習というようなのを——改元の必要性がある元号であるということでございます。そうした点において、いつ、だれが、どういう時期にというか場所でやるかということが、基本的なルールがございません。そういう点で、改元ということが慣習の中に含まれておりませんので、そこで私どもは、その基本的ルールを、空白にならないように基本的なルールをつくらねばならぬという、二つの使命を持っておると思うのでございます。しかし、いまのお尋ねといまの返答は必ずしも一致しなかったかもしれませんけれども、二つのねらいでこうした処置に出ておる。 そこで、いままで元号を使っておる使用状況は何も変わりません、運用上は変わりませんと言っておりますが、これから先、元号が法的に制定をされたときに、顧みて改めて指示をせなければならぬようなことがあるのかどうかという御指摘でございますが、いまのところそういうものは私は見当たらない、考えていないということを申し上げておきたいと思いますが……。
○栂野委員 その改元のルールという点はわかりますが、使用については何も触れてない、だからいままでと全く違わないということに私はならぬと思うのですよ。昭和というものが、この元号法が成立すれば法的根拠を持つということの意味は、これは私はやはり決定的だと思いますよ。いままでは単なる事実たる慣習だったが、いま言いますように、たとえば総理府と総務長官との間では、総務長官がそういう法的な使用をさせなければいかぬ義務を負うと思う、この法律ができた以上これは。だから、もしもっと使わせなければいかぬというようなところが出れば、これは積極的に使わせなければいかぬ、こういうふうにならざるを得ないような気がする。 そこで、それは一体だれが具体的には仕事をさせられるかというと、そこの機関に働いている公務員ということになりますね。こういうことになるのです。それで公務員がその公務の遂行について元号の使用を強制されるということがありはしないかということがこの前問題になったわけであります。国公法の九十八条の解釈としては、法制局長官は、法令の遵守というのがあるがこれには当たらないんだ、職務命令として元号を使用するようにということが出てくる、そこで、使用しなければ職務命令違反ということになる、職務命令違反になれば懲戒処分になる、こういう言い方をされたわけですね。 しかし、法令遵守義務違反にならないのかどうかです。やはりそれはこの法律ができて、元号がその基礎を持つわけですからね。いままでは単なる事実たる慣習だったのですよ。事実たる慣習に基づいて、さっきの室長の話では、いま訓令やら通達があるとおっしゃるけれども、そういうものができていた。その段階では法令遵守義務というのは出てこない。上司の職務命令違反ということしか出てこないかもしれませんが、これからは、法令尊重義務、遵守義務というのが公務員はあるのですから、そこで、室長の言葉をかりれば、その重みが全然違ってくる、こういうことになるのですよ。だから、公務員はその場合にいままでよりも格段に元号の使用を強制される、こういうことになってくるように私には思えてならない。そこら辺いかがでしょう。
○清水政府委員 この法律によって直接に公務員が義務づけられるということにならないということは、法制局長官から再々御説明のあったとおりだと私は思います。役所の事務を実際に運営していく場合には、現在もそうでございますけれども、一定の基準があり、様式が定められて、それによりまして、機関としての意思表示の文書なり何なりが作成されるわけでございます。そのような状態というものは、現在も将来も同じであろう、こういうふうに思うわけでございまして、ただ、そこに使われます、現在、元号は昭和が使われておりますが、その元号というものの基礎が事実たる慣習という状態であるのと比べれば、国法によりましてその基礎が与えられた元号というものはそれなりの重みがあるし、いずれにしましても、わが国における紀年法として存在する元号につきまして、法律の形でその存在の基礎があるということでございますから、それなりの重みがあるということを私は申し上げたわけでございますが、さりとて、そのことが直接に個々の公務員に義務づけになるとか、そういうような効果につながるというふうには考えていないわけでございます。
○栂野委員 いまは確かに元号法自体には、使用すべしという、そういう具体的な義務が書いてないから、おっしゃるとおりなんですよ。そうなるのでしょう。しかし、抽象的、一般的にはやはり使用義務がいま言ったような形で入ってくるのですよ、時がたつにつれて。そこがこわいのです。たとえば訓令、通達がありますね、いまの訓令、通達の根拠は何かと言ったら、事実たる慣習ですよ。しかし、これからは元号法が、結局はこの根拠になってくるのですよ。そうしますと、やはり公務員がこういう訓令、通達に対して従わなければならぬという立場に置かれることが考えられる。 そうしますと、そういう状況になった公務員に、特に窓口ですよ、窓口で国民には協力をしてもらうとおっしゃるが、その、国民に対して協力を求めよという、こういう業務命令が出るわけです。それに従わなければ、法制局長官流に言えば、懲戒処分されるかもしらぬという、こういう脅威を受けるわけですよ。そうしますと、公務員が国民に協力を求めるその求め方というのは非常に強いものになってくる、こういうことになるのですね。それと、窓口に行く国民の側からいいますと、私は西暦でやりたいと言う、いやそう言わぬでこの元号でどうしてもやってくださいとそれだけ強く言われて、いやどうしても西暦でと言う、これはなかなか勇気の要ることですよ。そのうちにあれは変わり者だと言われ始める。だんだん非国民だと言われるようになるかもしれないんですね。そういう状態が出てくるのは、やっぱり私はこの元号法というものが法律になるからだ、こう考えるわけです。 もう時間がありませんからあれですが、法制局長官、そういうことで職務命令に対して遵守義務が出るということは、これはまあまあともかく、論議はそれを前提にしまして、それで問題は、義務違反があったときに懲戒処分ができるということは、これは質的に違うんですよね。義務違反は生ずるが、それに対する制裁措置として懲戒処分ができるかどうかというのは、これはまたランクが違うんでしょう、義務違反が生じたからといって必ずしも懲戒処分しなければならないということはないんですからね。そこで、そういう元号の使用をしなければいかぬ公務員が使用しなかったから簡単に懲戒処分ができるというふうに言えますかね。それが先ほども議論になったけれども、思想、良心の自由と密接に絡んでくる問題ですよ。そう簡単に言えますか。
○真田政府委員 九十八条で、合理的な理由があって職務命令が出た場合の話なんですが、それに従わない人が出た場合には、それは理論上は、国家公務員法で言えば八十二条の懲戒事由のうちの「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」というのがありまして、その職務上の義務に違反したということにならざるを得ないので、ただ、懲戒をするかしないかは、それは懲戒権者、普通は任命権者なんですが、その裁量だろうと思います。それから、どの程度の懲戒にするかということも、それも懲戒権者の裁量によって決まることで、ただ制度上懲戒に結びつかないというわけではないということでございます。
○栂野委員 その懲戒権者の裁量によってどうなるかという、そこが問題なんですよ。元号を使用しないということで懲戒処分をするかしないかは懲戒権者の裁量だという、こういうことであってはならぬのですよ、元号というのは。思想、信条にかかわるんだから。そういうものについて仮に使用義務違反が生じたとしても、こういうことで懲戒処分をされたらこれは困る。そういう事態が生じたら困るのですよ。公務員といえども強制しない、強制しないとおっしゃっているが、その趣旨を徹底すれば、いやしくも元号の使用をめぐって懲戒処分なんという問題が発生したら困るんです、これは。三原長官、そうじゃございませんか。三原長官にお尋ねしたい。
○真田政府委員 私は、冷ややかに、純粋に法律論を言っているだけでございまして、それはやはり懲戒ということは大変重要なことでございますから、慎重の上にも慎重にやるべきであって、乱用してはもちろんいけませんし、もし乱用があれば、これは裁判所で取り消される、あるいは人事院で取り消されるというようなことになるわけなのですが、ただ、制度として懲戒に結びつかないということではないということを申し上げているわけなのです。
○栂野委員 職務命令と言ったって、職務命令の内容いかんによって違ってくるわけでしょう。元号を使用するという職務命令違反があった場合に、一体そういうものが懲戒処分の対象になるかどうかと私は言っているのですよ。それは元号使用の態様によって、あなたの意見だと裁量行為だ、こうおっしゃるのでしょう。そうじゃなくて、元号使用という問題については懲戒処分の対象にしてはならないのじゃないか。なぜかなれば、それは思想、信条にかかわってくる、こう申し上げているのですよ。
○真田政府委員 国家公務員なり地方公務員の思想、信条にかかわる事項について法令違反なり職務上の命令違反があった場合に、これは懲戒には結びつけてはいけないのだという御議論のようですが、しかし、たとえばそれは政治行為の禁止と制限という規制もあるわけで、これも本来ならば大変重要な思想、信条の問題なんですね。それを公務員については政治的行為の禁止という人事院規則が出ておって、そしてそれに違反すればやはり懲戒処分になるし、決して懲戒処分に結びつけてはいけないというような考え方ではない。ただ、その場合は、政治的行為の場合でさえもどういう懲戒処分をするか、しないか、それは懲戒権者の裁量であるということであります。
○栂野委員 もう時間がありませんので、論議しているあれがないのですが、結局私は、元号法が成立すると、使用についてはいままでどおりというわけにどうしてもこれはいかぬだろうと思うのです。必ずそういう強制使用という問題が出てくる。特に国民の間ではその公務員を通じまして出てくる、こう思うのです。 そこで、これはもう前から何回も私だけじゃなくて言われているのだけれども、そういうおそれがあるから、それを国民が心配しているから、一言その使用は強制されないのだということをどうして法案に入れられないのかということになるのです。これはやはりそういう必要がないのだという答弁がいままで続いているのです。それから、きのうは大平総理は、具体的な必要が生じたときには通達を出すなどして、これは強制使用にわたらないようにこういうことを配慮する、こういうお答えだったと思うのです。先ほど長官は、そういう統一見解というふうなものを、何か法案が成立してそれからしばらくたって、ちょっと言葉は忘れましたが、そういう段階になったら検討してみたい、こういうことでしたが、この法案が少なくとも成立したとすれば、その成立したそのときに、同時にそういう見解をお出しになる気持ちはございませんか。
○三原国務大臣 先ほど総理もお答えをいたしましたように、この法律それ自体には使用上の義務づけあるいは制約というものは、そういう法律の内容はございません。しかし、どうしてもいま御心配をなさるように、法制化されると強制なり義務づけをするというような傾向が生まれてくるおそれがあるぞという御指摘がございますので、そうした点におきましては、私どもいま国会の審議を通じていろいろな御意見が出ておりますので、この法律が成立後において、いま指摘されたような問題についてはひとつ十分検討をさしていただきます。総理も申し上げましたように、私どもも、そういうおそれがあるかないかという事態を見てまいらねばならぬと思いますが、このままのとおりでございますということを言っておるわけでございますけれども、そういうようなおそれがあるということが懸念されますれば、私どもといたしましては検討しなければならぬという考えでおるわけでございます。
○栂野委員 いま国民が非常に心配しておりますので、それは国会答弁の中では出ましたが、もうすでに訓令とか通達では、むしろ元号を使用する通達や訓令があるわけですね。ですから、逆に総理は通達という言葉を使われたと思いますけれども、これは強制的な使用は絶対しないんだという通達をむしろいま出す必要があるわけで、それはその必要が生じたらということになると、いつのことかわかりません。ですから、これはなるべく早くそういうものを出していただきたいと思う。ほかにちょっとありましたが、余り時間が延びるといけませんから、これで終わります。
○藏内委員長 山花貞夫君。
○山花委員 まず初めに、本論に入るに先立ちまして長官に一、二点お確かめしたいと思います。元号法案についての本質に係るさまざまな問題点について、私たちは納得のいく御説明をいただけませんでした。そのすべてについて触れる時間はとうていありませんけれども、伺ったお話の中で、特にここだけは確かめておかなければならないという点が一、二あります。 まず第一点は、きのうの八百板先生の質問の中で、明治憲法と現行憲法との間の国体に関して質問がありました。長官の方は、戦後一時期のいわゆる国体論争を意識されて、大変回りくどい説明をされておりましたけれども、その中で、今日の憲法体制について、象徴天皇制のもとに主権在民の原則がある、こういう説明をされた部分があったのであります。国体にかかわる説明の中で、象徴天皇制のもとに主権在民の原則があるという説明は、これは憲法解釈として根本的に誤っていると思います。主権在民の原則のもとに、国民の総意に基づいた天皇の地位がある、こう理解すべきではないでしょうか。この点について、まず確認をいたします。
○真田政府委員 それは憲法の明文のとおりでございまして、天皇は象徴たる地位をお持ちになっていますが、その天皇の地位は、主権の存する国民の総意に基づくものでございます。ですから、主権は国民にあって、その国民の総意の上にといいますか、総意に基づいて天皇の象徴たる地位が憲法によって認められておるというのが、憲法の条文のとおりの御説明ということに相なります。
○山花委員 長官は直接は答えられませんでしたけれども、私が言わんとした趣旨は、主権在民の憲法原理をさておいて、まず象徴天皇制を強調された、そのもとに主権在民の原理がある、こういう御説明でありましたから、私はこの点は重大だと思って、伺った次第です。いまの説明で、趣旨は先ほど私が質問したのとは変わっていると思います。 もう一点伺いたいと思います。 〔委員長退席、唐沢委員長代理着席〕 先ほどの上田議員の質問に関連してですけれども、公務員の場合には、基本的人権について制約されることがあり得るということにつき長官からお答えがありました。判例の日時については明確でないけれどもと言って、最高裁の裁判例を引用して説明されたわけですけれども、説明の内容からいたしますと、雇用関係につきましての昭和二十七年二月二十二日の第二小法廷の判決だと思います。 その判決要旨は、長官の説明されたとおりでありますけれども、しかし、長官の先ほどの説明はきわめて一般論的に、公務員に就職すれば包括的に基本的人権の黙示の放棄というものが擬制される、こういう趣旨の説明に伺いました。もしそうだといたしますと、いまの栂野委員の説明の部分、すなわち公務員の職務命令との関連も出てまいりますし、一般論として基本的人権が尊重される、こういう議事録が残りますと、影響するところが大きいと思います。あくまでも引用された裁判例は個別政治活動に関連してのものであり、一般論として何から何まで基本的人権が制限されるのは当然であり、これが擬制されるという趣旨にとられる説明は適切でないと思いますけれども、この点はいかがでしょうか。
○真田政府委員 公務員も基本的には基本的人権を享有しておりますが、しかし、何でもかんでも職務命令でその思想、信条なり表現の自由が制限されても、それは放棄したものとみなすんだということは私の言っている趣旨じゃございません。私が公務員についての使用の義務、つまり職務上の命令の話をする都度、合理的な理由があってということは必ずつけ加えておるわけでございまして、行政庁における行政事務の統一、かつ効率的な運営を図るためにぜひ必要であるというような合理的な理由がある場合の話をしているわけでございますので、おっしゃるように、一般的に何でもできるんだというふうにおとりになっていただくと実は困るわけなんです。
○山花委員 先ほどの答弁の中では、まさに一般論として包括的な権利の事前放棄がある、こういう趣旨のお答えであったものですから、いまの点をお確かめしたわけであります。 さて、本論に入りまして、元号法案は、まず「元号は、政令で定める。」とされています。だが一体、政令で定める部分がどの範囲、いかなる項目に及ぶのかということについて、はっきりした説明がされなかった気がいたします。政令にゆだねる部分が、元号の名称あるいは時期ということについては触れておられたようですけれども、その他一切の事項を委任することもあり得るのではないか。いま申し上げた項目以外にも、政令事項として出てくるものがあるのではないか。この点について、お伺いしたいと思います。政令で決めることは、名称と時期だけなのでしょうか。改元の時期だけなのでしょうか。
○清水政府委員 私どもは、そのように法律を解しております。
○山花委員 そういたしますと、これまでの議論で、元号法案に基づいて生ずるさまざまな問題点について出たもの、それは恐らくすべてが閣議決定によって決まっていくのではないか、こういう問題点が出てまいります。たとえば、かつて吉田総理の国葬に関して、そのような取り扱いがなされました。皇位継承に伴いまして、現皇室典範には第二十四条に即位の礼、二十五条に大喪の礼が掲げられておりますけれども、その他、どんな儀式があるのかということについて、過去の大正天皇が崩御された後の大嘗祭などを含めて約六十も四年間にわたって展開した儀式を念頭に置きながらお伺いいたしましたけれども、それについてはなお検討中であるということで、一体どんな儀式があるのかということについて御説明はいただけませんでした。私どもはそうしたさまざまな儀式について、今日の憲法との調整を考えつつという御説明はありましたけれども、閣議決定によって違憲のおそれがある、二十条三項とのかかわりで心配されるような儀式が行われるのではないか、こういうことを考えざるを得ないわけであります。 もう一つ、儀式が行われるとするならば、それは憲法のいわゆる国事行為として行われるものであるか、あるいは皇室内の私的な行為として行われるものであるか。この点についてもお確かめしておかなければなりません。 以上の点について、答弁をいただきたいと思います。
○山本(悟)政府委員 大喪の礼、即位の礼の具体的内容、これはただいま先生おっしゃったように、その内容につきましては、いろいろと研究をいたしております。その際には、当然のことながら、現行憲法のもとにおいて行われる国事行為としての国の行事というものにつきましては、現行憲法との関係におきまして十分な配慮のもとに研究をしている、こういうことをこの前のとき申し上げたわけでございますが、皇室典範の第二十五条の大喪の礼あるいは第二十四条の即位の礼、法律であります皇室典範に根拠を持っております、掲げられました行事と申しますのは、これは憲法第七条の第十号にございます天皇の国事行為としての儀式を行うということで行われる儀式を指している、このように存じております。
○山花委員 私的行為として行われる儀式は考えられないのでしょうか。
○山本(悟)政府委員 全体といたしましてのこれらの儀式というのは、やはり伝統のあるそれぞれの行事でございますから、伝統を踏まえながら考えていかなければならない部分があるわけでございます。しかしながら、そのうちでどの部分が国事行為としての儀式になり得るか、あるいはなり得ないか。なり得ないものということは、結局国の行事といたしまして関与し得ないもの、そういうものを皇室の行事として行うか行わないか。これらはどの部分が国事行為である儀式になるかということとの関連において決まっていかなければならないものということでございまして、どの部分かということは、先ほど申し上げましたように、国事行為の部分というのも現在研究いたしておるわけでございますので、何とも申し上げられる段階ではございませんけれども、皇室の、国の行事でない部分の私的な行事というようなものもそれはいろいろなものがあり得ると思っております。
○山花委員 御説明でわからない点がありますけれども、問題点だけを抽出して伺いたいと思います。 先ほど皇室典範にある二つの国事行為について私は指摘しましたけれども、国事行為として、このほかにも儀式があり得るということでしょうか。それとも国事行為としての儀式は、この二つだけということでしょうか。
○山本(悟)政府委員 先ほど来申し上げておりますように、この大喪の礼なりあるいは即位の礼なりは、具体にどの部分が国事行為として行われるかが決まっていないわけでございますが、やはり従来の即位なり大喪なりの関係でいろいろの、先ほどおっしゃいましたようなものを合わせますと六十近くになるような儀式が書いてある。この儀式のうちでどの部分、この皇室典範にあります大喪なり即位だけでなく、たとえば従来で言えば践祚という儀式があったわけでございます。践祚というのは、即位されて直ちに行われる一連の儀式、あの場合には四つ書いてございますが、四つ全部が全部国事行為になるということを申し上げるわけではございませんが、やはりそのうち、即位をしたということを中外に宣明されるといいますか、そういったような一定の儀式が要るのじゃなかろうか。また、そういったものは、即位されれば直ちに象徴天皇としての各種の国事行為も行われ、外国に対する関係もできるわけでございますから、そういう意味では、皇室典範の二十四条にございます即位の礼というのは、御案内のとおり、従来の例から申しますと、喪が明けましてから一、二年たってからの儀式でございますが、それよりも前に、即位されてすぐにも一定の儀式が要るのではなかろうか、こういうようなことも考えられるわけでございまして、そういったものはどういうものを充てるべきか、あるいはどういう形式のものをすべきかというのは慎重に検討いたしているところでございます。
○山花委員 結局、はっきりした説明はいただけないわけであります。前回、皇統譜令、同じく政令に関連してお尋ねしたときもそうだったのですが、この種その先のことは一切明らかにしないで元号法案だけを急いでいる。このことを天皇の国事行為、私的行為との関連でも痛感いたします。天皇の行為については後でもう一点伺いたいと思いますけれども、その前段に総務長官にお伺いしたいと思います。 きのうも大平総理に対する質問で一部出ましたけれども、この十九日に東条英機元首相らA級戦犯が靖国神社に昭和殉難者として合祀されていることが明らかになりました。きのうの夕刊の各紙はこの問題を大変大きく取り上げています。それは同時に、国民の関心がそれだけ強いということのあらわれでもあると思います。新聞の中には各関係者の意見が出ておりますけれども、たとえば靖国問題についてこれまで取り組んでこられた木村知己先生などは、 「宗教家としてはたとえ戦犯の人であっても死者を丁重に葬ることは当然なことだと思う」としながらも、「靖国神社に合祀する、ということは、普通の宗教的な供養や追悼とは全く性格が違う。戦争で死んだ人を“神”にし、多くの国民におがませることになる。とくにこれまで残されてきたA級戦犯の人を靖国神社にまつるというのは、戦争責任を解消することにつながり、歴史の逆転という動きで重大な意味がある」 と意見を述べておられます。多くの国民が感じている問題点を指摘していると思います。 また、靖国神社には戦没者遺族からも抗議の趣旨での電話がたくさんかかってきている、こういう内容も指摘されているわけでありますけれども、昨日、大平総理は、こうした状況のもとにおきましても来る二十一日、春季例大祭の参拝はやめない、こうお答えになりました。 まず、総務長官に伺いたいのですけれども、この東条英機元総理らが合祀されているという事実は、従来から知っておられたでしょうか。それを知ったのは一体いつだったでしょうか。それを知った中で、今日これだけ関心を集めているこの時期に総理が靖国に参拝するということにつき何らかの配慮をしようとすることは、相談されなかったのでしょうか。 以上の点について、総務長官に伺いたいと思います。
○三原国務大臣 お答えをいたします。 靖国神社に合祀されるそうした手続、あるいはそうした資格と申しますか、そういうものについては、私はつまびらかにいたしておりませんし、このことは靖国神社の氏子の方々の中でそういうことを審査されるのではなかろうかと私は想像いたしておるわけでございまして、そうした合祀される資格というようなものについて、よく承知をいたしておりません。 なお、東条さんが合祀されておるということは、きょう初めて私も承知をいたしたところでございます。きのうでございますか、そういうお話を承って、承知をいたしておるところでございます。 次には、大平総理が今回の祭典にお参りになることについて君はとめないのか、何か作為を起こさないのかということでございますが、全く大平総理個人の信条と申しますか、そういうものに基づきますことでございますし、特に総理がそういう行動に出られることをとめようというような行為を私がいたす考えは現在のところございません。
○山花委員 靖国神社側は、こう言っています。すでに二十年も前に合祀については決まっていたけれども、国民感情として適当な時期を選ぶべきだということで今日まで待っていたというのであります。 いまこの時期にこの問題を明らかにするということは、まさに国会において元号法案が審議されている時期、まさに今日の元号法案を一つここで大きく利用していこう、こういうような動きと見られる。これがこの経過から見て、われわれは明らかだと思います。大平総理は、イデオロギーなどとは関係ない、そして、そういうことについての懸念はないと答弁されてきたけれども、しかし、現実にはこういう問題が起こってきているわけです。 しかも、ついせんだってでありますけれども、三月二十二日、山口の地裁が自衛隊合祭拒否訴訟におきまして、憲法二十条三項の政教分離に関して画期的な判決を出しました。国としては争う方針と伺ってはおりますけれども、まさにそうした時期である。となれば、首相の参拝は再検討すべきではないでしょうか。先ほど来の御説明では、私人としての行為ならいいと説明されているわけですが、主観的に私人と考えたとしても、客観情勢がそれを私人と認めない、まさに今回の首相の参拝については、そういう客観情勢があるということではないでしょうか。 かって三木内閣の時代に、稻葉法相が改憲を主目的とした集会に出席したことに関して、三木総理は、個人と閣僚との資格は区別することができないという趣旨の答弁をされた後、政府の統一見解も出ました。それから福田総理の時代、建国記念日の政府後援から始まって、靖国神社参拝が、従来の客観的条件を取り外して、私的行為だということで強行され続けました。たとえば今回の場合でも、全閣僚が打ちそろって公用車に乗って随員を連れて参拝したとしても、たまたまそこで私人が落ち合ったということならば、先ほどの御説明によれば、それはあくまでも公式ではないという理屈になると思います。主観的な基準だけで判断することはできないのではないでしょうか。この点について、総務長官のお考えを伺いたいと思います。
○三原国務大臣 お答えをいたします。 元号法案審議に結びつけて、諸般の出来事と関連があるという御見解でございますが、私はそういうことを毛頭考えておりません。また、そういうような元号法案の審議と時期的に軌を一にいたしたからといって、そういうことが考えられて、計画されて行われたものだというようなことは絶対ございませんので、御理解を願いたいと思うのでございます。 次に、私は、総理の参拝なり閣僚の方の靖国神社参拝というのは——私自身もこれで毎日運動を兼ねてお参りをいたしておりますが、それは国家のために身命をささげられた方々に対して感謝の気持ち、お祈りの気持ちで参っておるわけでございます。それが旧憲法につながり、あるいは新憲法に違反するとかいうようなことは毛頭考えておりません。私は、現憲法をあくまでも守らねばならぬという気持ちでございますが、しかし、国家のために命をささげられた方に敬虔な祈りをささげるということは、今日生き長らえておる者としてやるべき措置ではないかということで、宗派を超えてそういうものは私は行っておるところでございますが、総理の心境もそうした心境であろう。ただ、言われますように、総理大臣であるという地位というようなものがいろいろ考えられるかもしれませんけれども、総理自身の心境はそういうもので、すべてを超えたそういう祈る気持ちでお参りになるのではなかろうか、そう受けとめておるわけでございます。私自身、そうした御心境の総理をいまとめようというようなことは考えておりません。
○山花委員 長官は、私の伺った問題点をすりかえておられる、そう思います。 法制局長官に伺いたいと思いますが、問題は、憲法二十条三項、政教分離の原則にかかわる問題であります。 政教分離の原則に関しましては、たとえばアメリカ合衆国の連邦最高裁判所の判例におきまして、いわゆる国家の影、あるいは外観性の理論、国家の影が背後にある場合には問題が生ずる、こういう、ほぼ確立された判例理論がありますけれども、長官は、この政教分離に関するアメリカ連邦裁判所の判例について、どのように理解されているでしょうか。まさに、今度のような大平総理の参拝などは、この理論からいって違憲のそしりを免れないのではないでしょうか。長官の御意見を伺いたいと思います。 なお、長官も、私人ならばよろしい、こういうことなのか、この点についても、念を押して伺いたいと思います。
○真田政府委員 憲法二十条三項と、国家公務員が公式に神社仏閣にお参りすることとの関係については、きのうの当委員会において説明を一応いたしました。重ねて申しますと、ただお参りするだけならいいではないかという意見と、それから、お参りすることは一切憲法二十条三項に照らして問題があるのだという意見と、またその中間の意見として、おはらいを受けたり、祝詞を上げてもらったり、神官が立ち会ったり、そういう行為を伴わなければいいのだというような中間説といいますか、いろいろあるわけなんですけれども、政府としては最もかたい見解をとりまして、公務員が公の資格で神社仏閣にお参りをすることは、やはり憲法二十条三項に照らして問題があるという考えで一貫しております。 ただしかし、私人としての場合には、これは憲法のタッチするところではありません。ありませんというか、むしろそれも禁止するということになりますと、総理大臣なり国会議員の方なり、あるいは私でもいいのですが、職にある間は神社仏閣へお参りしてはいかぬということになってしまうのでありまして、それではかえって憲法の信教の自由を阻害することになる、逆の結果になるのではないかというふうに考えます。 それから、先ほどの三木総理大臣のお言葉で、法務大臣としての地位の重みから、公の立場と私の立場とは区別ができないのだというふうにおっしゃったことがございます。先ほど御指摘になったとおりですが、私、それを合理的に考えますと、それは第三者から見て、公の立場か、私人の立場かの区別がなかなかつけがたいぞという御趣旨だろうと思うのです。 〔唐沢委員長代理退席、委員長着席〕 もともと実態的に区別がつかないのだということになると、先ほど申しましたように、総理大臣の職にあられる間、あるいは国会議員であられる間、あるいは総務長官であられる間は、公私の区別がつかないのだから、憲法二十条三項の問題が起きるから、もう一切神社仏閣にお参りしてはいけないというような結論にどうも理論上なりそうなものですから、三木元総理の御発言の趣旨は、第三者から見て、法務大臣、国務大臣という地位の重みによって公私の区別はつきにくいから、それで今後は慎みなさいよということをおっしゃった趣旨だろうと私は解釈しているわけでございます。
○山花委員 最後の問題点、時間ですので伺いたいと思いますが、総務長官と長官のお話を伺いますと、私人の資格ならばよろしい、結論はそこに尽きると思います。もしそうだとするならば、天皇が靖国神社に参拝することについても、公式参拝ではなくて私人ならばよろしいということになるのでしょうか。この点について長官から伺いたいと思います。
○真田政府委員 陛下が靖国神社にお参りになるのは、もちろん私的な立場でお参りになっていることだと私たちは理解しております。
○山花委員 要するに、一天皇が私的な立場ならば、春季例大祭あるいは八月十五日に参拝することも違憲ではない、全く二十条三項の問題は起こらないというのが長官の解釈でしょうか。 もう一つ、宮内庁の方には、天皇が私的な資格で靖国神社参拝をする予定があるかどうか、あるいはそのことについてこれまで相談された経過があるかどうか、御両所に伺いたいと思います。
○真田政府委員 私に対する御質問につきましては、先ほど申し上げたとおりでございます。
○山本(悟)政府委員 天皇陛下の靖国神社への御参拝につきましては、戦後八回ございます。日本国憲法になりましてから、二十七年を最初にいたしまして七回やはり私的なお立場で御参拝になっております。
○山花委員 八月十五日という日にちで、私、伺ったのですが、その点、いかがでしょうか。
○山本(悟)政府委員 いままでの過去の例におきましては、八月十五日はございません。八月十五日は、たしか厚生省が主宰して、政府の行っている慰霊祭の方に御出席になっていると思います。
○山花委員 これで質問を終わりますけれども、いまのお話を伺いますと、問題は天皇の国事行為、私的行為、それと公的行為に係る部分ですけれども、私的行為という理屈がつくならば八月十五日の参拝を含めて自由である、こういうことになってくるわけであります。われわれは、まさにそうしたことが、元号法案が通ったらこの八月十五日にあるのではないかという点を心配するわけでありますけれども、これまでの幾つかの問題点から出てきましたとおり、まさに全体のそうした動きの中で、天皇を賛美する思潮的潮流の中心にあるのが、私たちは元号法案だと思っております。われわれの基本的見解については、この法案については過日飛鳥田委員長が大平総理に申し入れたとおりであります。元号が事実たる慣習であるとすれば西暦も事実たる慣習である。したがって、その使用を法律で強制することなく国民の自由な意思に任せるべきなのであります。これまでの討論の中で総理は、政治的な利用について否定され続けましたけれども、実際には政治的に利用しようとする動きがこれからたくさん出てくるのではないか、そういうことを懸念せざるを得ません。話題となりました最高裁元長官の軍人勅諭賛美の発言に国民は不安を抱きます。先ほど質問がありました、国会に参考人として出ただけで脅迫状もどきものが送られてくるという事態の中に元号法案の正体を見る気がいたします。われわれは、この法案について撤回を要求して、私の質問を終わります。
○藏内委員長 柴田睦夫君。
○柴田(睦)委員 私は、一貫して、この審議について慎重かつ徹底した審議を要求してまいりましたが、私の要望は入れられておりませんし、保留質問の時間も非常に制限されておりますので、ひとつ簡潔に答えていただきたいと思います。 まず資料の問題ですが、臨時法制調査会速記録、これは元号制の法的根拠が失われたことと憲法との関係を解明する上できわめて重要な参考資料の一つで、本法案の審議に欠くべからざるものであります。もう一つの一九四六年の元号法案が断念された際の一連の文書、これにはGHQとのやりとりのメモを含むわけですが、元号法案と憲法との関係を解明する上での重要な資料であって、これも欠くことのできないものであります。これらの資料を提出するよう要求したことに対して、臨時法制調査会の第三回総会の速記録の二ページと六ページ、そのコピーしたものだけを持ってきてお茶を濁そうとする政府の態度は許せないと思うのです。 当時、法制局長官の故入江俊郎文書によりますと、七月十一日第一回総会、七月十二日から八月二十日、各部会は小委員会を設けて毎週二、三回の会議を開き、右小委員会案を基礎として要綱案を立案審議する、八月二十一日、二十二日、第二回総会、八月二十三日から九月の二十日、皇室典範案等のごとき、第二回総会に中間報告をなすに至らざりし要綱案の立案審議を続行す、九月の二十二、二十三、二十四日、第三回総会、第一回総会以来会議回数は総会、部会、小委員会を通じて七十六回に達する、こういうふうに記録されているわけです。皇室典範案要綱案を審議した総会、部会、小委員会の速記録をすべて出すように重ねて要求いたします。 また、一九四六年の元号法制化を断念した際の一連の文書については、当時法制局次長の故佐藤達夫文書によれば、これが政府部内に現存していることは明らかであります。これらについては、何一つ提示していないわけであります。これらについても資料として提出するように重ねて要求いたしますが、いかがですか。
○真田政府委員 昭和二十一年に一度元号法案を提出すべく準備をして起草をし、そして枢密院にかけたことがあります。そこで、それが司令部との関係で出せなくなったといういきさつについては先日お話しいたしましたし、そのときの正式の資料は、私の役所には現在ございません。で、佐藤さんの何か残されたメモの中にあるいはあるんじゃないかという気もいたしますが、その佐藤達夫さんの残されたいろいろなメモなり資料は、現在まだ整理がしてございませんで、しかも、それは私の役所にはございませんで、人事院総裁になられた後に人事院の方に持っていかれまして、それから佐藤さんが亡くなられてから国会図書館の方に移管いたしまして、国会図書館で目下残されたいろいろな資料の整理をやっているようでございます。したがいまして、私の方の手元にはございませんので、提出することはできません。
○柴田(睦)委員 国会図書館にあれば、それを整理して出すべきだというように考えるわけです。これは強く要求いたします。 それから二番目に、天皇のメッセージの問題ですが、これは上原委員など、私も一昨々日質問いたしましたが、現憲法のもとで天皇が国政に直接関与するというような事態はきわめて重大な問題であります。沖繩を四半世紀以上にわたって米軍の軍事占領下に置く、北方領土を放棄する、日本をサンフランシスコ条約と安保条約による対米従属下に置くなどという、日本の命運にかかわる重大な国際問題に天皇が直接関与するということは見過ごすことのできない重大な問題であります。この事実関係を解明しないで天皇元首化につながる元号法案をごり押ししようというのは、はなはだけしからぬことであります。そういう意味で、私もこの真相を徹底的に明らかにして、国会に報告してもらうように重ねて要求しておきます。 次に、右翼による脅迫の問題ですが、これも出ておりますが、この審議の真っ最中に元号法制化に反対する多くの人々のところに脅迫状が突きつけられております。家永三郎、佐野洋、松島栄一、高橋しん一、永原慶二、さらには十三日の本委員会参考人意見聴取で法制化反対の意見を述べた小林、村上両氏らのところにまで脅迫状が来ているわけです。これはゆゆしい事態であります。元号法制化はまさに暴力と脅迫を伴って推進されているわけであります。政府は厳重な対策を講ずる必要があると思うが、この点について長官の見解を伺います。
○三原国務大臣 お答えをいたします。 元号法案は、法制化を企図して御提案を申し上げておる理由、経過等につきましてはいまさら申し上げる必要もなかろうと思いますから、この点は返答をいたしません。 次に、元号法案が暴力によって推進されておるというお言葉でございましたが、断じてそういうことはございません。これはわが党もそれから公明党、民社党、新自由クラブの方々もこれの推進を図っていただいておるわけでございまするし、また都道府県、全国の市町村議会等におきましても、これが推進を進めておられるわけでございまするし、そういう暴力によって推進されておるというようなことは断じてございませんから、その点は、御理解を願いたいと思います。
○柴田(睦)委員 現実に、いま私は具体的に脅迫を受けた人の名前まで挙げて、それから前回にはそういう暴力を受けたことまで挙げて言っているわけです。それをほおかぶりする、これは非常にけしからぬ態度だと思います。 昨年、毎日新聞が欄外の年表示を西暦主体に変えましたら、その後さまざまな脅迫が毎日新聞に相次いだわけです。元号が法制化されれば、元号を使用しない者に対して暴力行為、脅迫が行われるおそれが十分予想されるわけで、国民がこうしたことに不安を持つのは当然であると思うのですが、そういう点については心配はしていないのですか。
○三原国務大臣 まず、前段のことについて申し上げますが、一部脅迫的な行為が元号反対者に出ておるというようなお話でございますが、これは事実とすればまことに遺憾なことであると私は考えております。 次には、元号使用について毎日新聞その他でいろいろな問題があるということでございますが、実は総理府におきましても、御承知のように政府広報を担当いたしておりますが、政府広報の際には西暦と元号を併用いたしておりまするし、また北方領土のポスターなどは、私が検討してみますと、西暦だけを使っておるということでございますので、他におきましてもそうした点で西暦、元号の併用をなさっておるものだと思うのでございまして、それを義務づけたり、強制的ないろいろな処置をしたりするというようなことは現在までもございませんし、将来もいたしません。御理解願いたいと思います。
○柴田(睦)委員 要するに、毎日新聞が西暦表示を主体にしたら、それだけで脅迫があった。だから国民がそういうことになりはせぬかということを心配しているわけです。政府の方は、こうした暴力行為に対して無関係だというような答弁を繰り返しているわけで、国民の不安を解消しようとする態度に出ていないわけです。その一方、法制化を進めるというのはきわめて無責任な態度であると思うのですが、見解を伺います。
○三原国務大臣 そうしたことが事実行われておるといたしますならば、きわめて遺憾であるということを申し上げましたように、そうした点につきましては、今後起こらないように、取り締まり省庁あたりとも連絡をして、処置してまいらねばならぬと考えておるところでございます。
○柴田(睦)委員 元号法制化運動の中心になっているのは、元号法制化実現国民会議であります。この議長の石田和外氏や中核になっている勢力が天皇元首化を叫び、元号法制化を憲法改悪の一里塚としておりますし、暴力集団も参加していることは明白な事実であるわけです。政府は、この国民会議に総理大臣がメッセージを送ったのは、元号は存続で一致したからだと答弁されました。実際にはそんな浅い関係ではないわけです。現職の三原長官の直属の部下である住栄作総理府副長官が賛助員で参加しておりますし、福田前総理も賛助員で参加しておりますし、昨年十月三日の総決起国民大会には、自民党国会議員も二百名以上参加しております。政府と国民会議との癒着関係、これははっきり認めるべきだと思うのですが、いかがですか。
○三原国務大臣 お答えいたします。 元号法制化の国民会議に、わが党の国会議員やその他個人的に参加しておられることについて、私はとやかく言う立場でもありませんが、しかし、それがすべて推進役というわけではございません。先ほどから申しますように、全国的なネットを持つ各政党において、あるいは都道府県議会、あるいはまた地方市町村の議会等においても、これが推進をやっておられるわけでございますので、そうした一方的な見解でなく、そうした全国的な運動、国民の要望等も御理解願いたいと思うのでございます。
○柴田(睦)委員 この推進会議の中身を見てみますと、全く右翼勢力、これが中心になっているということです。だから憲法の改悪、元首化ということを主張している、そういう右翼が中心になっているわけです。この事実は率直に認めなくてはいけないと思うのです。天皇主権、天皇の統治権と不可分の一世一元の元号制は、主権在民の現憲法施行のもとでその法的根拠が失われ、元号制度そのものはなくなってしまいました。現在の元号は、慣習的に使われているにすぎない、これが政府の見解であるわけです。そうであるならば、元号を法制化するということは、元号存続の根拠がすでに失われているわけですから、元号存続を目指すものではなくて、政治制度としての元号制度を復活させるものであるということになると思うのですが、いかがですか。
○三原国務大臣 この点につきましては、何回となくもうすでに申し上げたとおりでございまして、旧憲法時におきまする天皇政治の復活とかいうことでは断じてございません。現憲法に抵触するものでもございませんことは再三申しておりますので、いまさらこれ以上申し上げません。
○柴田(睦)委員 そういうことでなくて、昔は制度として元号制度があった。ところが根拠がなくなって慣習的に使われている。それを今度法律制度としてつくるということですから、元号制度が一たんなくなったものがまたできてくる、そういう意味で復活であると考えるのですが、法制局長官に法律上の見解をお伺いします。
○真田政府委員 旧憲法のもとにおける元号と、現在事実上の慣習として行われており、かつ今度の法案が成立すれば、その法律の基礎のもとに行われるであろう元号制度とは、紀年方法の一種であるという役割りは全く同じなんですが、その性格は非常に違う。それは制定権者が違う。旧憲法下の元号制度は主権天皇という制度と不可分の関係にあったものでありますし、今度の新しい元号は国会、つまり国民がつくるものであって、きのうですか、中川委員が天皇元号か、内閣元号か、国民元号かという表現でおっしゃいましたが、まことに非常に当を得た表現であると私も思った次第でございます。
○柴田(睦)委員 いまの長官の言葉をかりても、結局昔あった元号がその制定権者は違うけれども元号制度としては新しくできる、そういうことでしょう。元号制度というのは、日本の制度として昔あった。その一遍切れたそれをまた元号制度をつくるということですから、これはもう復活だということでしょう。 各種の世論調査で多くの国民が元号存続に賛成している、これは慣習としての現在の元号の存続に賛成しているということであって、元号制度の復活を求めるということではないということになります。各種の世論調査の結果で、多くの国民が元号存続に賛成でも法制化には賛成していないという結果が出ているのはその証拠であるわけです。多くの国民が元号の存続を望んでいるから法制化する、つまり元号制度を復活させるというのは、国民の世論という面から見ると、まさに白を黒と言いくるめる性質のものではないかと思うのですが、見解はいかがですか。
○清水政府委員 国民の大半の方々が存続を希望しております、その元号の存続のルールを決めるというのが、それだけがこの法案の内容でございます。 世論調査との関係について申し上げれば、再三繰り返しになりますけれども、存続はしたい、その方法はどうかということでございますが、その方法につきましては、るる御説明申し上げましたように、この法案でいくのが一番よろしいということで政府として御提案申し上げているわけでございます。
○柴田(睦)委員 多くの国民が慣習としての元号の存続を望んでいるわけですから、これはわが党がかねてから主張しているように、この事実を素直に尊重して、現在の慣習的使用の延長線上で、当然憲法に反しない範囲でその存続の方式を検討すべきであるわけです。これこそ多数の国民の願いにこたえる最も道理ある道ではないか、私はこう主張しますが、いかがですか。
○清水政府委員 現行憲法に適合する法案として御提出をし、御審議をお願いしているわけでございます。
○柴田(睦)委員 大平総理が社会党委員長との会談で、この法案を審議すれば際限がないと言われたというように報道されておりますが、審議すればするほど政府の言い分が怪しくなって、疑惑や問題点がますます深まってまいります。こうした疑惑や問題点を解明することは国会が国民に負っている責務であります。 大平総理は、しばしば国民的合意を口にされてきましたが、政府は、政府みずからが議論に際限がないことを認め、元号法制化が国民多数の合意を得ていないことが明白になった以上、本法案は直ちに撤回すべきではないか、また際限がないからこそ、わが党が繰り返し指摘をしてきたように、歴史と国民自身の選択にゆだねるべきではないか、これこそ多数の国民世論にこたえる最も道理ある措置である、こう考えるのですが、いかがですか。
○清水政府委員 総理は、非常に順調に審議が行われているという趣旨のことを御回答なさったように承っております。(発言する者あり)
○藏内委員長 静粛に願います。
○清水政府委員 そういう趣旨でございますから、政府としてこの法案の御審議をお願いしているわけでございます。(発言する者あり)
○柴田(睦)委員 まだ時間も大分ありますから、まだやります。強制の問題です。 現在でも強制されている、法制化後はもっと強制されるという問題で、そこで私は実態調査を要求したのですけれども、これをやらないということですから、質問できなかった点について質問いたします。 教科書の問題ですが、教科書での元号使用の現状と法制化後の使用のあり方について、内藤文部大臣と諸澤初中局長は、去る二月二十日の本院の予算委員会でわが党の山原委員の追及に対しまして、内藤国務大臣は「これは著者の判断でございますから、大体西暦と元号を併用しているように思いますが、著者の判断に任せてありまして、文部省は特別な指導はしてないはずでございます。」それから諸澤政府委員は「千編一律に年号については全く物を言わないというわけではございませんけれども、基本的な考え方は、従来の著者の判断にまつという立場に立って、ケース・バイ・ケースで、教育上どういうふうに表現したら最も妥当かというような指導をいたしておるわけでございます。」こう答弁しております。 教科書での年表示の方法は、著者の判断にゆだねる、これが大原則である、こう理解してよろしいですか。
○上野説明員 これは、教科書検定制度というのは民間の著作本でという趣旨でございまして、当然まず著者の判断を尊重させていただいておるわけでございますが、ただ、これは日本歴史の関係でございますが、この関係につきましては、歴史という学習の目的なり内容なりの観点から、重要なものについては、やはり西暦だけじゃなく元号も併記していただきたいということでお願いしておるわけでございます。日本の歴史関係についてだけは、そういう定めをやっております。
○柴田(睦)委員 そうすると、予算委員会での答弁といまの答弁とは食い違いませんか。
○上野説明員 私は、全く食い違いはないと考えております。
○柴田(睦)委員 著者の判断に任せるのが原則だ、特別な指導はしていない、こう言っているのです。それを食い違いないというのはおかしい。 やはり同じ委員会で総務長官は、「使用につきましては義務づけも強制もいたしませんということを申し上げております。」と答弁しているのですが、教育分野については憲法、教育基本法の精神からいって、たとえ国の機関、公の機関であろうとも、当然元号を原則的に使用されるとは言えない。教科書での年表示は著者の判断にゆだねる、学校教育の現場においては教師の判断にゆだねる、これが大原則ではないでしょうか。
○上野説明員 これはあくまでも教科書というものでございまして、多数の児童生徒あるいは学校で使われるわけでございまして、たとえば非常に単純な教育的例で申し上げますと、教科書の活字等につきまして、あるいは教科書の大きさでございますね、こういうものにつきましても当然一様の定めをさしていただいております。そういうものと必ずしもぴったり同じじゃございませんが、そういう教育目的といいますか、ねらいから見まして、必要なものにつきましてはそういう定めをしておるわけでございますが、これは別に著者の判断なり何なりを制限しておるとは考えておりません。
○柴田(睦)委員 それから、教科書検定基準実施細則では、「日本の歴史の紀年については、重要なものには年号及び西暦を併記する。」こうしているのですが、法制化後、この細則は変更されますか。
○上野説明員 これは先ほど来申し上げさしていただいておりますように、日本歴史を学習する上において、全く変えるつもりはございません。従来どおりやらしていただきたいと思います。
○柴田(睦)委員 いまのあれには「年号」と書いてあるのですが、これは元号には変えないわけですね。「年号」のままでいくわけですね。
○上野説明員 いま御指摘の「年号」という用語につきましては、元号も全く同じ意味でございますので、技術的な意味で変えさしていただきたいと思います。
○柴田(睦)委員 教科書での年表示の方法を歴史的に見ますと、一九六五年版から元号併記のものがふえ始め、一九七五年版には最もひどくなり、軽微なものについても元号がことごとく併記されるようになっております。その後、この行き過ぎを、教育的配慮から若干の手直しが施されるようになってまいりました。中教出版社の「中学歴史」一九七五年版と七八年版を比べてみますと、明治初期の歴史を記述した部分について見ると、七五年版は二ページに五カ所、年を表示した個所があるのですが、これらはいずれも元号併記となっているのに対して、七八年版は、二ページ中、年表示をした個所が五カ所あるが、元号が併記されているのは一カ所だけであります。現状を変えるものではないという答弁ですが、そうなりますと、教育的配慮から元号併記の個所を減らしていくという現状についても変えるものではないということになりますか。
○上野説明員 これは、まず著者の判断でそういうふうに書いてきていただくわけでございますが、先生御指摘のように、それぞれある程度時代背景なんかもあろうかと思いますが、改訂版等において幾らかずつ変わってくるということはございます。
○柴田(睦)委員 教科書検定基準細則に、重要なものについて併記するとあるわけですが、この「重要」というのはどういう意味か、この客観的な判断はだれが下すのか。当然著者の判断に任せるというのが原則でなければならないと考えるのですが、これはいかがですか。
○上野説明員 これはそれぞれ児童生徒といいますか、小学校段階、中学校段階、高校段階で配慮が変わってこようかと思いますが、基本的には審議会でいろいろ検討いただくわけでございまして、現状としましては、たとえば小学校の場合は、江戸以前といいますか、これは原則として元号を要求しておりません。ただ、著書によりましては、たとえば大化元年とか和銅三年とか、それぞれその著者の判断で元号が併記されておりますが、検定の審議会の大体のやり方としましては、従来江戸以前といいますか、これは元号の用字が、低学年にとりましては当用漢字にないというようなこともございますが、原則として何ら意見をつけておりません。
○柴田(睦)委員 教科書の種類によっては、見開いたページの最初に出てくる年表示部分だけ併記しているものと、見開いたページのうち、同じ年を表示するものについては、最初に出てくる部分だけを併記するが、違った年が幾つも出てくるときには、その年が初めて出てくるということで、全部併記するというものが出ているわけですが、文部省の指示はどちらを意味しているわけですか。
○上野説明員 これは、それぞれの著者の判断でそういうふうな現状になっております。 補足さしていただきますと、たとえば高校の教科書等におきましては、それぞれの著者の判断で、ほとんど全部併記しております。
○藏内委員長 柴田君に申し上げます。 理事会の協議による時間が経過いたしました。結論をお急ぎください。
○柴田(睦)委員 あと、もう最後の質問にいたします。 「中学社会 歴史的分野条件指示一覧」、この中で、全体の条件、指示内容、そのBに「西暦と元号を見開き初出に併記」ということがあるのですが、これは法令上の根拠があるかどうか。どういう根拠があるのか、お伺いします。
○上野説明員 いまの御質問で中学というのはちょっと私わからないわけですが、たとえばことしといいますか五十三年度にやりました小学校の例で申しますと、五十三年度は実は中学の検定はやっておりませんものですから、小学校の検定の例だと思いますが、その小学校の場合だといたしますれば、これは先ほどいろいろございますように、もちろん著者の判断で元号なり西暦を幾らでも書こうと思えば書く場合があるわけでございますが、少なくとも見開き二ページに一カ所程度併記すればよろしいですよというような趣旨で運用させていただいております。
○柴田(睦)委員 もう時間を言われておりますのでやめますけれども、時間さえあれば、いまの問題でも資料を見せながらもっとちゃんとやれるわけです。だから、その点から見ても、この審議というのは非常に不十分であるということを申し上げて、終わります。
○藏内委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○藏内委員長 これより討論に入ります。 討論の申し出がありますので、順次これを許します。唐沢俊二郎君。
○唐沢委員 私は、自由民主党を代表して、元号法案に対して賛成の討論を行いたいと思います。 元号は、千三百年以上の歴史を持ち、国民の日常生活において長年使用されて、広く国民の間に定着しております。政府の世論調査によっても、日常元号を用いている者が約九割に上り、将来にわたる元号の存続を望む者が八割近くにも達しておるのであります。 しかしながら、元号について、旧皇室典範及び登極令が廃止されて以来、法的根拠がなくなり、現在の昭和は、事実たる慣習として使用されている状態であります。 このような事実を踏まえるならば、元号は将来にわたり制度として存続させるための方策をとるべきことは当然であります。 元号を将来にわたって存続させるために、だれがどのような場合に改元を行うかを明確に定める必要があります。 その方法としては、国民を代表する国会の定める法律によって行うのが最も民主的であることは言うまでもありません。 一世一元の元号は国民主権を定めた憲法に反するとの反対論もありますが、憲法は主権の存する国民の総意に基づくものとして象徴天皇制を定めており、年の表示方法の一つである元号を天皇の在位期間と関連させることは、むしろ象徴天皇制を定めた現憲法の規定に最もふさわしいものと確信するものであります。 また、一部には法制化は元号の使用の強制につながるということから、法制化に反対している向きもあるようでありますが、元号法案の国会審議における政府の答弁から見ても、そのようなおそれがないことは明らかであり、反対は根拠のないものと言わざるを得ません。 このような見地から、元号を制度として、明確にして、かつ、安定したものとするため、その根拠を法律で定めることは、まことに適切なものであると考えまして、本法案に賛成の意見を表明する次第であります。(拍手)
○藏内委員長 岩垂寿喜男君。
○岩垂委員 日本社会党を代表して、元号法案に反対の立場から討論を行います。 最初に私は、去る十八日、わが党の飛鳥田委員長が、総理大臣であり、自民党の総裁である大平さんに対して行った申し入れを朗読させていただきます。 現在、衆議院内閣委員会において元号法案の審議がおこなわれていますが、この審議を通して元号問題について国民の関心がたかまっております。 最近の新聞社などの世論調査は、元号の法制化に賛成する人々は調査対象の二〇%前後に過ぎないことを明らかにしています。 これは、元号に賛成する人も「法制化してまでやる必要はない」ということを示すものであります。 しかも、政府がこの法律を「国民には強制しない」と強調しながら国会答弁では「公務員にそれを強制することを通して官公庁の窓口では事実上国民に強制すること」を言明しています。 もともと、一世一元の元号法案が天皇主権の復活をめざす一部勢力の要求に応えたものであり、これは憲法の国民主権に対する重大な制約となりかねません。日本が国際化の方向に進まねばならないときに、これに逆行して世界中で日本でだけしか通用しない不合理で不便な元号を押しつけることは国民のためになりません。 私どもは私どもの時代感覚だけで、未来に生きる子供や孫たちに法的拘束力をもって元号をおしつけることは許されません。また、それは歴史に禍根を残すものです。 以上の立場にたって次の点を申入れ御回答を 要求します。 一、元号が事実たる慣習であるとすれば、西暦も事実たる慣習であります。 ですからその使用を法律で強制することなく国民の自由な意志にまかせること。 二、国民に元号を強制するこの法案は撤回し、年号が必要と考える場合には内閣の判断で行うこと。 というものであります。 私は、このように条理を尽くした申し入れに対し、政府・自民党が誠意をもって対応しなかったことをはなはだ遺憾とし、政府に反省を求めざるを得ません。 率直に申します。戦前派、戦中派と言われる人々は、その教育や社会生活を通して明治、大正、昭和という年号になじまされてきました。かくいう私もその一人であります。そしてその時代は、天皇陛下のために身命を賭すことを強制され、聖戦の名のもとに侵略戦争に駆り出され、アジア侵略の先兵として戦わされた歴史でありました。一世一元の天皇の時代は、私どもにとって暗黒の世代でありました。 戦後の平和憲法は、主権在民と平和主義、基本的人権の思想を特徴として制定されたことは申し上げるまでもありません。だからこそ行政官布告や旧皇室典範が違憲無効の存在となったのであります。いま元号法案が提案され、戦後違憲と断定された行政官布告や旧皇室典範と同じ一世一元の元号が国民に押しつけられようとしています。 しかも、重視しなければならないのは、これを推進してきた勢力が天皇主権を要求し、戦後民主主義を形骸化し、天皇を政治的に利用しようとし、そしてさらに防衛思想というか、軍国主義思想の普及強化を図ろうとしている勢力と共通であるということについてであります。私どもは、このような政治的背景と動機が元号法制化を促してきたことに対し、平和憲法の名において反対せざるを得ないことを主張したいわけであります。 天皇という一人の人間の死によって中断する紀年法が、国際化の時代にそぐわない、きわめて不便なものであることは言うまでもありませんが、改元が国民生活に及ぼす影響の大きさを考えるならば、それがいかに不合理なものであるかということは明白であります。 このような不条理、不合理で、その上に大変不便な元号を、公務員にそれを強制することを通して、官公庁の窓口で事実上国民に強制することは、憲法の保障する思想、信条の自由という国民の基本的人権に背くものであることは明白であります。歴史を後戻りさせ、民主主義と平和に逆らう元号法案が国民の理解を得られていない事実を、マスコミを含めての世論調査を通して政府がいま改めてみずからに問うべきであります。 三原長官、いま私たちは、私たちの子供や孫たちの時代にまで法的拘束力を持って元号を押しつける決定を下そうとしているのであります。このような政治的決断にかかわりを持つことに人間としての恐れを感じませんか。もしその責任を感じないとすれば、それは傲慢だと言われてもやむを得ないと強調せざるを得ません。 私は、いま衆議院内閣委員会の審議を終わるに当たって、本法案に賛成なさる皆さんに対しても、歴史と未来に対し、もっと謙虚であることを心から訴えつつ、元号法案に対する反対討論といたします。(拍手)
○藏内委員長 新井彬之君。
○新井委員 私は、公明党・国民会議を代表して、ただいま議題となりました元号法案について賛成の討論を行います。(拍手) 賛成の理由を以下簡単に申し述べますと、第一に、元号は国民生活に定着しているということであります。 国民の年号に対する考え方はさまざまであり、賛成から反対、さらには西暦との併用から西暦一本化まで幅広い意見が出されています。しかし、元号に関する世論調査等を見ると、積極的にせよ、消極的にせよ、八割近くの人が元号の存続に賛成しております。もちろん、元号存続賛成の人たちは、現状の西歴との併用を当然と考えていることは、いまさら指摘するまでもありません。 すなわち、国民は長期にわたって物事を考えるときや国際社会に対応するときは西暦を用い、自分の年齢など身の回りのことを考えるときは元号を用いるというように、西暦と元号を自然のうちに調和させて、うまく使い分けているのが実情であると思うのであります。長い尺度としての西暦、さらには短い尺度としての元号を巧みに使い分けているのは、日本人の生活の知恵ともいうべきものであろうと思います。ゆえに国民の生活に定着している元号を存続させる必要があると考えます。 第二に、元号を法制化により存続を図ることが望ましいあり方と考えるからであります。 元号存続に賛成する人の中には、法制化までする必要はない、内閣告示でもよいのではないかとの意見を述べています。政府も、三木内閣当時は内閣告示を主張していました。しかし、元号は、歴史的な背景と日本文化の長い伝統に根差した国民の感情や生活上の利便と密接に関連することから考え、元号問題に対する論議を国民にわかりやすい形でオープンに行える方法こそ最良の方法であると思うのであります。すなわち、国権の最高機関である国会で十分に審議し、法制化することが最も望ましいあり方であり、内閣告示方式ではかえって国民の意思も反映されず、政府の恣意的判断にゆだねられるおそれが生ずると考えるのであります。 一方、元号法制化に反対する人は、元号存続を望む声は多いが、法制化を望む声は少ない点を指摘しています。確かに、最近の一部マスコミの世論調査では、そのようなデータが示されています。しかし、元号存続のためには法制化と内閣告示しかない以上、法制化により存続を明確化、安定化させることが最も望ましい方法であると思います。もしも何の手だてもしなかったならば、新憲法の発足とともに法的根拠を失い、事実たる慣習として使用されてきた昭和の元号はなくなり、次の新しい元号を制定するルールもないまま、大化以来続いてきた元号は完全に消滅してしまうのであります。このような事態は、元号存続を望む国民の世論に反するものであり、避けなければなりません。 旧憲法下における元号の制定権者は天皇でしたが、元号法案は国会で決め、それに基づき元号の選定を内閣にゆだねるわけですから、制定権者は国会であり、国民が制定権者であると言っても過言ではありません。元号の呼称は同じであっても、戦前の元号とは決め方も中身も全く異なるものであります。私どもは、現行の平和憲法を強く擁護するものであり、元号法制化が国民主権侵害、旧天皇制への回帰という意見には全く理解しがたいものであります。 以上の観点から、私どもは、元号法案に賛成するものであります。 最後に一言つけ加えるならば、元号法案自体はきわめて単純な内容であり、元号の具体的決定の仕方、運用は政令で定めることとなっています。そこで政府に強く要望しておきたいことは、法律によって強制されるのではないかという国民の不安に対しては、あくまでも現在の状態、すなわち、元号を自然のうちに調和させている国民の日常の慣習を尊重し、強制するということによっての混乱の事態はあくまでも避けるべきであります。 最後に、公明党の主張している改元の実施時期に関しては、国民の利便という観点に立って、翌年の一月一日から実施するよう強く要望し、私の元号法案に対する賛成の討論を終わります。(拍手)
○藏内委員長 吉田之久君。
○吉田委員 私は、民社党を代表して、本元号法案に賛成の意見を申し述べます。(拍手) いまわが国で使用されている元号は、われわれ日本人にとって長く定着した年の呼称であり、今後も持続されるべき多くの理由と背景を持っております。したがって、本来もっと早い時期にこの元号問題は結論を出しておくべきものでありまして、戦後三十四年間、事実たる慣習として法的裏づけもせず、いたずらに時日の経過に任せてこられた歴代政府の態度は大いに反省されるべきであると考えます。ともあれ、今後の国民生活に混乱を与えないために、明治、大正、昭和に続く元号の制定を法律によって定めることは、国民の要請にこたえたものとして今日的意義を有するものと判断いたします。 同時に、いまわれわれに課せられている重要な課題の一つは、この法律によって定められるであろう新元号が真に国民に同意と共感を得るためにどう工夫されなければならないかということでありましょう。その点では、新元号決定の過程が民主的に進められ、参加と公開の原理を取り入れ、かつ、時代にふさわしい近代的なものとすることが必要であり、そのための思い切った創意工夫を取り入れられるべきであることと強く期待いたします。 また、元号の使用については、決して国民に強制しないという政府の気持ちはわかりますが、権利義務を伴う一定の文書についての年月日の記入は、統一性を持つことが国民生活にとってすこぶる重要なことでありまして、この点の国民の理解と協力を求める努力を払われるべきであると考えます。 以上の所見を述べて、この法案に賛成するものであることを表明いたします。(拍手)
○藏内委員長 柴田睦夫君。
○柴田(睦)委員 私は、日本共産党・革新共同を代表して、元号法案に対して断固反対するものであります。 まず第一に、本法案は、憲法の主権在民の原則に逆行するものであり、断じて認められないことであります。元号制が中国から移入された君主体制と不可分の政治制度であり、明治以降制度化された一世一元の元号制が天皇主権、天皇の統治権と不可分の政治制度であることは、本委員会審議において政府自身が認めたところであります。戦後、主権在民の現憲法のもとで元号制の法的根拠が失われ、元号制度がなくなったのは当然です。元号法制化が現憲法の主権在民原則に逆行することは、新皇室典範から元号制定の項が削除されたことや、一九四六年の元号法制化の企てが断念された経過などによっても明白であります。 第二に、この法案は、各種右翼勢力など法制化推進者たちが天皇元首化、憲法改悪への一里塚、解釈改憲と位置づけて策動してきたことに呼応するもので、戦時立法、教育勅語・軍人勅諭礼賛、「君が代」国歌化、靖国神社問題などとともに対米従属下の軍国主義復活の路線に立った重大な政治・思想反動の一環をなすものであり、政府も明確にこれを否定できず、事実上認めているとおりであります。 第三に、各種世論調査の結果、多数の国民が法制化に反対し、法制化に賛成しているのがわずか二〇%前後にしかすぎないことは、政府自身が認めたところであります。それにもかかわらず、元号存続を希望する多数世論にこたえるのが政府の責任であるとか、その存続の方式については国民を代表する国会に決めてもらうのが最も民主的であるなどと称して法案をごり押しするというのは、国会と国民を愚弄するものであります。また、敗戦後、元号制度がなくなり、現在の元号が慣習的に使われているにすぎないことも政府みずからが認めているところです。多くの国民が希望しているのは、慣習としての元号の存続であって、元号制度の復活などではありません。存続の要望にこたえるのが政府の責任であるなどと称して元号制度を復活させるのは、まさに白を黒と言いくるめるものであります。 第四に、政府は、法制化しても一般国民に強制しないなどと繰り返し、強弁し続けてきましたが、国民の不安と危惧はなくなるどころか、この不十分な審議だけでも国民の不信が高まり、国民の御協力をという名の事実上の強制が行われようとしていることはきわめて明らかであります。 元号問題については、わが党が繰り返し主張してきたように、慣習としての元号の存続を希望している多数の国民世論を素直に尊重して、現在の慣習的使用の延長として適切な措置を検討すべきであり、将来にわたって固定的に法律で拘束すべきものではありません。いかなる紀年法を国民が用いるかは歴史と国民自身の選択にゆだねるべきものです。これこそ大多数の国民の願いにこたえる最も道理ある措置であります。にもかかわらず、提起された問題点を国民の前に十分解明せず、また徹底審議のためにわが党が行った連合審査、公聴会や使用強制問題についての実態調査、さらに、必要とされる参考人意見聴取や資料提出など、道理ある提案を無視し、採決を強行することは、国会の民主的運営を踏みにじるものと言わなければなりません。 わが党は、広範な国民の反対世論に挑戦して、憲法の主権在民原則と逆行する元号法制化に断固反対し、多数を頼んで法案をごり押ししようとする政府・自民党と、公、民、新自ク三党の反民主的姿勢に対し、その責任を明らかにして、私の討論を終わります。
○藏内委員長 中川秀直君。
○中川(秀)委員 私は、新自由クラブを代表して、内閣提出の元号法制化のための元号法案に、主として次の三つの見解を表明し、賛成の討論を行います。(拍手) 第一に、元号は、長い伝統を有し、千三百年の間国民が共通に使うことによって、同一の社会文化に帰属している意識を持つのに大きな役割りを果たしてきており、次代に継承さるべき文化的価値を有していると考えます。 第二に、元号は、国民の使用存続の要望が八割を超えており、広く国民生活の中に定着していると考えられます。 第三に、そうした元号ではありますが、昭和以降も存続する場合、現状のままではその手続が不備であります。すなわち、現在、元号の法的根拠はなく、民法九十二条の事実たる慣習として使用されていますが、その次の元号制定、つまり改元の手続は事実たる慣習たり得ておらず、事実上、元号を存続させるための制度は、失われていると考えられるからであります。 これら三点から、元号存続のための制度を確立するため、いまこそ何らかの措置が講ぜられなければなりません。そしてこの場合、元号のような国民の日常生活にきわめて大きなかかわりを持つ問題は、憲法の主権在民の原則からも立法府たる国会での十分な論議を尽くした上で定められることが望ましいとわれわれは考えます。 以上のような見地からいたしますれば、元号は法制化によって存続することが最も望ましい姿だと考えられるのであります。また、法案の内容となっております皇位の継承のあった場合改めるとのいわゆる一世一元も、旧来の勅定元号とは異なる意味として、現行憲法の象徴天皇の在位期間に合わせて紀年方式の一つである元号を改めるもので、憲法は、主権の存する国民の総意に基づいて象徴天皇制を定めており、違憲の問題は全く起こり得ないと考えられます。さらに、元号の使用は国民に一切強制しない内容になっておりますのも評価をしなければなりません。 しかし同時に、われわれはこれからの元号は、何よりも国民自身の元号、国民に愛され、親しまれる国民のための元号、つまり、かつての天皇元号でも、また単に内閣が定めるだけの内閣元号でもない、いわば国民元号として新たに出発をしなければならぬと考えております。 政府は、われわれの主張する国民元号という立場に十分留意していただきたいと存じます。このため、われわれは、この際政府に対する要望の意味を込めた提案をしておきたいと存じます。 第一に、次期元号を選定するための具体的準備に相当な時間的余裕が生まれるように、一定レベルまでは早期にとりかかること、また、次の次以降の元号選定については一定の準備開始のルールをつくること、これによって最良の元号が選ばれる可能性が出てきます。また、元号の選定が秘密主義にならないためにも、元号選定の経過並びに選定理由、趣旨を国民にわかりやすく公表すべきだと考えます。さらに、これからの元号は、新しく国民元号として出発するということから、従来のように出典を中国の古典や史書に限らず、国民が日常使用している日本語で定めるべきであります。 第二に、新元号の使用開始は、国民生活の混乱を避けるという見地から考慮されねばなりません。このことから、われわれといたしましては、平安朝以降の歴史上はほとんどその方式にしている踰改元の方式を政令公布の時期の工夫等によって採用し、実質的にそうなるような方向へ検討すべきだと存じます。 第三に、文化の国際交流の視点からも元号の使用は国民に絶対に強制してはいけません。公的機関への国民の元号使用に対して、政府は単に協力を求めると述べるだけでなく、西暦、元号の使用は自由意思であることの理解を求める、それだけの誠意を国民に示していかなければなりません。また、教科書に関しても法制化とは無関係に、これまでどおり西暦、元号併記の基本方針を守り、柔軟なる姿勢を維持していただきたいと存じます。そしてこれまで政府は、元号の法制化に対する国民の理解を得るための努力に必ずしも十分でなかったため、これからも不断に国民の理解を求める努力を行っていく必要があろうかと存じます。こうした点もあわせて国民元号に向けての政府の一層の努力を要望しておきたいと存じます。 以上、元号法制化へのわれわれの立場表明と政府への要望を述べまして、賛成の討論といたします。(拍手)
○藏内委員長 これにて討論は終局いたしました。 —————————————
○藏内委員長 これより採決に入ります。 元号法案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○藏内委員長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 この際、総理府総務長官から発言を求められておりますので、これを許します。三原総理府総務長官。
○三原国務大臣 御提案申し上げました元号法案につきまして、深夜に及ぶ審議を含め、長時間にわたり御熱心な御審議を賜り、これが可決されましたことに対し、衷心より厚くお礼を申し上げます。 ありがとうございました。(拍手)
○藏内委員長 なお、ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○藏内委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○藏内委員長 次回は、来る二十四日火曜日午前十時理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午前二時四十八分散会