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87回国会衆議院1979/04/13

内閣委員会 第6号

発言数
138
登壇者
19
会派数
6
開催日
1979/04/13

会議録

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 これより会議を開きます。  元号法案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、これを許します。山花貞夫君。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 元号法案についてお尋ねをいたします。  すでにわが党の各委員から一世一元の元号制を今日の憲法下で定めることは違憲である、こういう観点での質問がなされました。私も同じ立場での質問ということになるわけですが、できる限り重複は避けなければならないと思います。ただ、重要な問題でありますので、まず冒頭一つだけ基本的な問題について確認的なお尋ねをしたいと思います。  元号問題の本質は、今日の国民主権を掲げる憲法体制とのかかわり及び天皇制をその中でどのように位置づけるかというところにあると思います。今日の天皇制は、憲法上の制度としての象徴天皇制としてあるだけではなく、他面、われわれとしても国民の意識の中にある特別な感情ということを見過ごすことはできないと思うのであります。問題は、国家体制の制度的変革という意味での戦前の天皇制と今日の象徴天皇制との分断されている面と、一方における国民の意識における社会的な、あるいは歴史的な存在としての連鎖の部分、連続している部分というものを意識してのすぐれて政治的な論議だと思うのであります。  さて、そこでこの点に関連しての今日の天皇制の基本についての議論でありますけれども、現行憲法によって、戦前の統治権を総擁する天皇制が完全に否定されました。国民主権のもとにおける、国民の総意に基づく象徴天皇制が誕生したわけですけれども、ここにおける天皇制の否定と新しい象徴天皇制の誕生というものは、単に天皇の地位とか権限、直接天皇にかかわる憲法の規定における変革ということではなかったのだと思うのであります。天皇を中心として構成されている国の統治機構総体、立法、司法、行政全体についての百八十度の変革であった。天皇中心の憲法の規定上だけのものではなく、国の統治機構全体としての変革であったととらえた中で、今日の象徴天皇制の意義、機能というものを考えなければならないと思うのですけれども、この点について法制局長官の見解を伺いたいと思います。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 お答え申し上げたいと思いますが、まさしく御指摘のとおり、現在の憲法が制定されましたことによりまして、旧憲法下におけるような国の基本的な政治機構が根本的に改められたことは確かでございます。つまり旧憲法におきましては、第一条及び第四条に明らかに書いてございましたように、大日本帝国は万世一系の天皇が統治する、しかも天皇は国の元首にして統治権を総擁する。つまり主権の根源は天皇であった。これは確かでございます。それがいまの憲法になりまして、主権は国民にある。つまり主権在民の国柄になったことは確かなんですが、しかしその新しくできた憲法においても、なお天皇制というものは残ったわけなんですね。  ただ中身としては、主権の担い手としての天皇ではなくて、国民の統合の象徴あるいは国の象徴という性格を持った方として憲法上の制度として天皇制は残っているわけなんでございまして、そういう意味では旧憲法と新憲法を通じましてやはり国の中心として、あるいは国民統合の中心としての天皇の性格というものは続いておるというふうに、これは制憲議会における憲法担当大臣の金森先生が言われた有名な例のあこがれ論といいますか、国柄は変わってないということを盛んにおっしゃっておりましたその真意は、私がいま申し上げましたように、日本はなるほど旧憲法時代の天皇といまの憲法が定めている天皇とは非常に性格が違うけれども、しかし旧憲法下におきましてもその統治権者であられると同時に、国の象徴としての性格はお持ちになっておったはずなんで、そういう点をとらえれば、国民のあこがれとしての天皇様の地位というものは変わらない、したがって、国柄は変わっていないのだということを盛んに強調されたわけなんですが、そういう見方も十分成り立つと私は思うわけなんです。  したがいまして、いまの憲法下におきましても、憲法自身が主権の存する国民の総意として天皇を国の象徴であり、国民統合の象徴であるとしているその精神をとらえれば、今度の法案が実質的に一世一元の制度を取り入れたからといって、それは憲法違反になるというふうには私たちは考えておらない次第でございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いまの御説明にもありましたけれども、一面において、政府としては、元号法案の合憲性を説明するために、戦前戦後の天皇制の分断を強調されます。他面において、元号法案の必要性を強調するために、国民感情における連続性を、あこがれ論を紹介されましたけれども、強調されるわけであります。二つの矛盾した問題というものが、政府の主張を形づくっているのではないかというようにわれわれは考えるわけであります。  ただ、この問題について、基本的な問題として、単に憲法上の、明治憲法における規定を中心とした変革があっただけではなく、総体としての変革があったことについてのお答えはいただけたと思いますので、そのことを念頭に置いて幾つかの問題についてお伺いしていきたいと思います。  まず最初に、天皇の国事行為との関連でありますけれども、過日の岩垂委員の質問の最後で触れておりました儀式の関係についてお伺いしたいと思います。  現行の皇室典範によりますと、第二十五条「大喪の礼」に「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。」ことが定められています。また、第二十四条には「皇位の継承があったときは、即位の礼を行う。」と定められているわけであります。旧皇室典範の時代には、皇室喪儀令によりまして、天皇大喪儀に際しさまざまな儀式、内容を見てみますと、形式とか装飾とか出席者の服装から式次第まで、一切が事細かに規定されておりました。また、旧皇室典範によりますと、第十条「天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践昨シ祖宗ノ神器ヲ承ク」、第十一条「即位ノ礼及大嘗祭ハ京都ニ於テ之ヲ行フ」、第十二条が問題の元号に関する部分でありますけれども、そのように定められていたわけであります。  そこで、こうした新旧皇室典範を念頭に置きまして、以下の質問を進めたいと思うのですけれども、まず第一に、過去の経験から見まして、大正天皇崩御後即位までの主要儀式、一応個別説明はいただいておりますけれども、一体、全体としてどのような儀式が行われたのかということについて、宮内庁の方から御説明をいただきたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 大正天皇が御崩御になりましてから御即位礼までの主要な儀式でございますが、践祚ないし御即位関係につきましては旧登極令、それから御喪儀の関係につきましては旧皇室喪儀令というものにそれぞれ規定が設けられていたわけでございます。その点、ただいま先生御指摘のとおりでございます。  まず、御崩御になりましての践祚の関係でございますが、ここには剣璽渡御の儀でございますとか、践祚後朝見の儀でございますとかといったような践祚関係の儀式がございます。それから御喪儀関係が次に出てまいりまして、殯宮の関係の儀式でございますとか、一番中心は、御喪儀関係では葬場殿の儀という大喪の儀式、それから今度は御陵の関係の儀式というのが数多く規定をされております。約二十九項目規定をされている。それから御即位礼及び大嘗祭という関係で二十八ぐらいございますが、それぞれの儀式が規定をされておりまして、践祚関係で申しますと、御崩御の際から践祚後朝見の儀までの間は数日間でございます。それから御喪儀の方は、全部、山陵の一周年祭までというところまで規定がございましたわけでございますから、相当の期間の諸儀式が書いてございます。  それから御即位の方は、喪が明けられましてからと申しますか、一年以上たちましてから御即位礼というのが行われているわけでございまして、また、そういうような意味では非常に時間がかかっていろいろの諸儀式が行われている、こういうようなことになっていると存じます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 大別して、践祚の関係、御喪儀の関係、そして即位礼及び大嘗祭の関係ということで御説明を伺ったわけですが、践祚の関係が四つ、御喪儀の関係が二十九、即位礼及び大嘗祭の関係が二十八、この総計六十一の中で、特に即位礼及び大嘗祭についての各儀式について見てみますと、賢所に期日奉告の儀から始まりまして、たとえば神宮神武天皇山陵並びに前帝四代の山陵に勅使発遣の儀、神宮に奉幣の儀、神武天皇山陵並びに前帝四代の山陵に奉幣の儀などから始まりまして、即位礼当日皇霊殿神殿に奉告の儀、ずっと続いてまいりまして、大嘗祭関係の儀式、大嘗祭当日神宮に奉幣の儀、大嘗祭当日皇霊殿神殿に奉幣の儀などが連続して二十八もお話をいただいたわけですが、こういう儀式について見てみますと、憲法二十条三項との関係ですけれども、国教分離との観点におきまして、これは今日の皇室典範の規定との関連もありますけれども、今度万一のことがあった場合にこうした経験というものを生かしていくことができるかと言えば、ほとんどが憲法二十条三項に触れてこざるを得ないのではなかろうかと思うのであります。  ここに問題とされている国家神道、皇祖皇宗歴代天皇の神霊を祭るというところから発し、天皇が祭司であるという形式、あるいは戦前における国家神道の果たした役割りということを振り返る中で、私たちは憲法二十条三項の国教分離というものが今日の民主的な国家体制をつくっていく上で欠くべからざる要件であると確信をするところでありますけれども、こうした観点からいたしますと、かつての大正天皇が亡くなった後のほとんど主要な儀式につきましては、これは今後採用できないのではなかろうかと思いますけれども、その点について宮内庁の方は検討をされておるのかどうかということについて、できれば幾つか例を挙げました中での具体例に即して御説明をいただきたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 現行日本国憲法のもとにおきまして規定をされております皇室典範二十四条及び二十五条に基づきますところの即位の礼あるいは大喪の礼というようなものになりますれば、これは当然、日本国憲法の枠の中で、その範囲内において天皇の国事行為として行われる儀式である、かように存ずるわけでございます。したがいまして、天皇の国事行為として行われる儀式というものが宗教的部分にわたらないという祭政分離の現憲法下における諸儀式でなければならないということは私どもも当然のことと考えておるわけでございまして、個々具体の儀式がどういうかっこうになるかということは、国事行為でございますから、最終的には内閣の決定されることになるわけでございますが、宮内庁といたしましては、これらの諸行事が伝統的なものを十分尊重しつつ、そして国及び国民統合の象徴である天皇の地位にふさわしい内容を持つべきものだ、こういう考え方で検討をいたしている。  しかし、その際に、当然祭政分離としての日本国憲法のもとにおける国の国事行為としての行事であるという点につきましては、もちろん前提として考えているわけでございますが、個々の文言につきまして、どれをどう、どれをどうという分別というところまでは、いろいろと研究をいたしている段階でございまして、いまここで、これはこれ、これはこれというようにお答え申す段階になっていない点を御了承賜りたいと思います。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま研究の段階でと回答があったわけですが、個々の儀式すべてについてということであるならばなるほどということになるかもしれませんけれども、現行の皇室典範の中におきましても、先ほど指摘いたしましたとおり大喪の礼、即位の礼につきましては規定があるわけであります。そういたしますと、関連してのさまざまな儀式については、これはなお検討中だとおっしゃっていただきましても理解できないわけでありませんが、すでに皇室典範に規定のあるこうした儀式につきましては、形式について当然検討されたと思うのですけれども、この点いかがでしょうか。これはいまお話ありました象徴天皇制にふさわしいというお言葉、国事行為は国民のために行われるものであります。こういう観点が当然反映されなければならないと思うわけですけれども、そんな問題点を含めましてひとつすでに皇室典範に規定のある儀式について、この程度は明らかにしていただきたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 御大喪といい御即位といい、差し迫った問題といたしましていま研究をするという段階には実は達していない、やはり過去の例、それからただいま申し上げました諸原則、その時代時代の考え方、こういったものを踏まえながら、そのときどきにつきまして研究を進めているわけでございます。もちろん、たとえば御大喪であれば、従来で言えば葬場殿の儀でございますかというようなことが中心の儀式になるであろう。あるいは御即位であれば、従来の規定であれば京都で行うということで御大典、これが京都でできるかできないだろうか、そういったような一般的な考え方につきましてのいろいろの議論はいたしておりますけれども、これをこの部分についてこうする、この部分についてこうするというようなところにつきましての詰めといいますか決めといいますか、そういうところまでは達していない、研究中の段階であるということでございますので、どれをどう、どれをどうということを申し上げるのは控えさせていただきたいと思います。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 時間の関係もあり重複は避けたいと思いますけれども、しかし、すでに皇室典範に規定のあるこうした儀式につきましては、それがまさに天皇の重要な国事行為であるという観点からいたしますと、これはすでに検討済みであるということで内容を明らかにしていただかなければならないのではなかろうかと思うのであります。  また、その他の儀式につきましても検討中であるというお話なわけですが、皇室の中における私的な行事ということについてはそれでよろしいと思うわけですけれども、国事行為として行われるものにつきましては、これは皇室典範の二つの儀式との関連におきましてもはっきりさせるべきではなかろうか、特に国事行為ということになりますと、先ほど申し上げました観点から宗教色をなくさなければならない、国家神道との関係が一体どうなっているかということについて関心の対象となるものであります。国事行為としてのこうした儀式については、早急に検討をし、明らかにすべきである、こうわれわれは考えますが、最後にその点についてもう一遍お答えをいただきたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 たびたび申し上げますように、大いに研究をいたしておるところでございますが、ただいま御指摘のございました国事行為と申しますのは、何分にも毎年起こるという問題ではないわけであります。やはりそういうことの必要になる時期、そういう時期におきましての最もそのときにふさわしい行事ということで考えていく必要もある問題であろうと思います。そういうようなことを踏まえながら、しかも日本国憲法のもとにおいて最も適切に行われなければならない国事行為としての儀式であるということを踏まえた上で常に研究をいたしている、こう申し上げたいわけでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いまのお答えの前提にも疑問がありますけれども、質問は先に進めたいと思います。  皇統譜令についてお伺いしたいと思います。皇室典範二十六条の「皇統譜」というのは一体何か、現在これは調製されたものがあるのかということについて、調製の関係もありますので、法制局でも宮内庁でもどちらでも結構ですが、御説明いただきたいと思います。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 ちょっと御質問の御趣旨の真意を理解しがたかったのですが、御存じのとおり、皇室典範の二十六条に「天皇及び皇族の身分に関する事項は、これを皇統譜に登録する。」とございまして、これを受けて現在、皇統譜令という政令が憲法の施行と同時に制定されたわけでございますが、何分草々の問でございましたので、いまの皇統譜令の中におきまして特別に規定を設けた以外は、従前の皇統譜令の例によるという形で現在皇統譜令の施行が行われている関係にあるわけでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 長官に関連していまの御説明のところですけれども、皇統譜令の第一条を見ると、「この政令に定めるものの外、皇統譜に関しては、当分の間、なお従前の例による。」と、いま御説明いただいたとおりであります。同時に、附則の方の二項を見てみますと、「従前の規定による皇統譜は、この政令によつて調製したものとみなす。」とあるわけであります。この点について御説明を伺いたいと思うのですけれども、法律的な取り扱い、解釈は附則第二項についてどのように理解したらよろしいのかということであります。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 先ほど申しましたように、現在の憲法の施行と同時に皇統譜令を政令で制定したわけでございますが、草々の間でございましたので「当分の間、なお従前の例による。」こうやったわけなんですが、この附則の規定がもしございませんと、なるほど皇統譜に関しては従前の例によると言いながらも、なお新しく制定された皇統譜令によって皇統譜をつくり直さなければならないということになるわけでございますので、それを避けるためといいますか、そのつなぎといたしまして附則の第二項で、従前の皇統譜令による皇統譜は、新皇統譜令による皇統譜とみなすということで、新しくつくり直すという手順を省略といいますか、つなぎを規定したという関係になるわけでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 実は大変重要な問題点を含んでいると思いますので、長官にはまた後で伺いたいと思いますけれども、現状ということで、宮内庁の関係、お伺いしておきたいと思います。  皇統譜は現在調製されているのかどうか。それは正本と副本という用語が出てまいりますけれども、正本と副本が作製されているのであろうか。作製されているとするならば、その保管者は一体だれということなのか。保管者がだれかということで明らかにしていただきましたならば、その法的な根拠はいかん。この問題について、宮内庁の関係について御説明いただきたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 皇統譜はもちろん正副両方調製してございます。そうして、それぞれが、正本の方は宮内庁、それから副の方は法務省でございましたかの所管となっていると思います。  それから、宮内庁におきましては、宮内庁法の規定におきまして、第一条の七で、書陵部におきましては、「皇統譜の調製、登録及び保管に関すること。」を所掌をいたしております。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 正本は宮内庁、皇統譜の副本は法務省、正本宮内庁保管の根拠は宮内庁法、皇統譜副本については皇統譜令の第二条、こういうことになるわけですね。そして、そうだとするならば、関連してもう一つ伺っておきたいと思うのですけれども、先ほど長官から伺いましたとおり、旧皇統譜令について、省略かどうかという言葉もありましたけれども、これが恐らく現在作製されている皇統譜の様式などを定めているものというように理解すべきだと思うのですけれども、たとえば、全部でなくて結構ですが、大統譜の関係、この関係につきまして大体全体の形式はどうなっているのか、大要だけでも結構ですから御説明をいただきたいと思います。  要するに、私ども理解するに、われわれの感覚で言いましても、戸籍謄本的なものということだと思うのですけれども、様式、大体大綱どうなっているのかということについて、これは現物をなかなか見るわけにいきませんので、御説明をいただきたいと思います。そして、そういう様式が決まっているとするならば、その様式が決まっている法的根拠は一体どこにあるのかということについて、御説明いただきたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 大統譜におきましては、旧皇統譜令第十二条によりまして、「天皇ノ欄ニハ左ノ事項ヲ登録ス」ということで、「一 御名二 父 三 母 四 誕生ノ年月日時及場所」というようなことで十四の「大喪儀ノ年月日陵所及陵名」というところまで規定がございます。御案内のとおりであろうと思います。皇后につきましても同様の規定があるというようなことでございまして、これらの規定に基づきまして、それぞれの従来の書き方というものを踏襲いたしまして記載をしているというようなことになっております。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま十四のということで御説明いただきましたけれども、省略されたその後について見ると、第六番目「践昨ノ年月日」、第七番目「元号及改元ノ年月日」、第八番目「即位礼ノ年月日」、第九番目「大嘗祭ノ年月日」と続きまして、第十三番目は「追号及追号勅定ノ年月日」、第十四「大喪儀ノ年月日」云々ということで続いているわけでありますけれども、先ほどの御説明によりますと、従来の大統譜につきましては、元号あるいは改元の年月日やいま指摘しました即位礼、大嘗祭以下全部記載されているということでありましょうか。それから、もし今後大統譜をつくるということになりますと、この皇統譜令の第十二条以下に基づいた様式に基づいてつくるということになるのでしょうか。宮内庁としての見解をまずお伺いしたいと思います。

山本悟宮内庁次長

○山本(悟)政府委員 旧憲法下におきまして記載をされました事項まではそのとおりのことでやっておることは御指摘のとおりでございますが、今後どうなるのか。「従前の例」ということによって規定をされているわけでございますが、まあ私どもも、従前の例と申しましても、現在の憲法のもとにおきましての従前の例ということでございますから、これは新しい憲法の精神の枠内であるべきことは当然であろうと存じております。  それとまた同時に、皇室典範の第二十六条の規定によりますと、登録事項は「天皇及び皇族の身分に関する事項」と、こうされているわけでございますから、旧令の登録事項を全部新しく記載をいたします際の登録事項にすべきかどうか、こういうことにつきましては、それぞれの登録事項がどのような性格のものであるかということを個々に考察した上で慎重に検討しなければならないこと、こう存じているところでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 皇統譜令を見てみると、旧皇統譜令を廃止せずに生かしている、こういう形式になり、まさにこれまで議論されてまいりました元号、改元の事項あるいは追号の事項につきまして、これが政令の中に定められているわけであります。実はこの効力について長官に伺わなければならない。  ただ、その前提として、私は、この問題に触れる前に、一般論として長官にお伺いしておきたいと思うのですけれども、憲法における内閣の職務としての法律、政令制定権、憲法七十三条の第六号の関係でありますけれども、ここにおきまして、法律と政令との関係を一般的にどうとらえればよろしいのか、政令によって定め得ることができる範囲についてどのように理解したらよろしいのか、この点をまずあらかじめお伺いしておきたいと思います。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 御存じのとおり、旧憲法下におきましては、いわゆる独立勅令といいますか独立命令と申しますか、つまり法律とは一応無関係に勅令が定められるという規定が幾つかございましたが、現行の憲法では、ただいま委員の御指摘になりました七十三条第六号によりまして、法律と政令との関係で申しますと、政令は法律の委任に基づくか、あるいは法律を実施するため、この二つの場合以外には定めるわけにはまいりません。それはもう当然明瞭なことでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま御説明いただきましたとおり、かつて明治憲法の九条が規定したような独立命令は認められないわけであります。新しい現行憲法が定めておりますとおり、政令の内容というものはこの憲法及び法律の規定に違反したりその規定内容を超えるものであってはなりません。あるいは内閣法十一条が規定しているとおり、「政令には、法律の委任がなければ、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができない。」こういう問題点も当然出てくるわけであります。  さて、そこで問題を先ほどの皇統譜令に戻しまして、皇統譜令によりますと、元号あるいは改元の年月日などにつきまして、これを大統譜に載せろ、あるいは「追号及追号勅定ノ年月日」、今日なお元号、追号が勅定されるということを前提にいたしまして、これを大統譜に載せよと言っているわけであります。  この政令というものが今日有効である、このように取り扱われているとするならば、これはこの憲法及び法律の規定に基づいて政令が有効に存在するといういまの長官の御回答との関係におきまして、今日元号あるいは追号、追号の勅定ということの前提となる憲法及び法律の規定というのは一体何になるのでしょうか。政令の有効性との関係でお伺いしたいと思います。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 現在の憲法が施行されましてから後における政令の効力につきましては、先ほど申し上げたとおりでございます。  そこで、いまの皇統譜令の第一条に、「当分の間、なお従前の例による。」と言っておる解釈でございますが、この規定を解釈するにつきましても、当然上位の法規範である憲法の規定がかぶってくるわけでございますから、憲法の範囲内でなければならない。ということは、この皇統譜令というのは、もともとは法律である皇室典範の第二十六条を実現するためにつくってあるわけでございますから、その皇統譜には天皇及び皇族の身分に関する事項を登録するものであるという制約があるわけでございますので、その範囲を超えて、当分の間にしろ従前の例によるというわけには実はまいらないのだろうというのが法律的解釈でございます。したがいまして、なるほど形式的には「なお従前の例による。」と言って、一応旧皇統譜令を全面的に引用しているような形はとっておりまするけれども、これは項目を一々審査いたしまして、皇室典範二十六条に言う、つまり天皇及び皇族の身分に関する事項に当たるか当たらないかということを決めまして、当たるものについては「なお従前の例による。」という規定にはめ込まれる、はみ出るものについては、いまの皇統譜令の第一条にかかわらず「従前の例による。」という記述が適用されるわけはないというふうに言わざるを得ないわけでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 大変わかりにくい御説明であります。  端的に伺いたいと思うのでありますけれども、旧皇統譜令は今日の憲法の体制のもとにおいては違憲として無効なものでしょうか、それとも合憲としてその効力は存在しているものでしょうか。まずトータルとしての、A条項、B条項ということではなく、旧皇統譜令について伺いたいと思います。端的にその点についてお答えいただきたいと思います。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 端的に申しますと、旧皇統譜令は法形式は皇室令でございます。皇室令はすべて廃止になっておりまして、現在の憲法のもとにおいては皇室令という法形式は存在いたしておりません。したがいまして、トータルとして申せば旧皇統譜令はすべて効力がございません。ただ、個別の条項について現在の政令が中身を引用すれば、それはその限度においてむしろ政令としての効力を持つというふうに御解釈いただきたいと思います。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 まず旧皇統譜令が違憲であるということについてはいま明確になりました。ただ、いまのお話ですと、そのうちの一部分について政令が取り出して生かしていれば有効になることもある、こういう御説明ですけれども、実態はそうではないのじゃないでしょうか。先ほど冒頭に説明をいただきました皇統譜令の第一条と附則の第二項によりますと、これをまるごと生かしているのじゃないでしょうか。先ほどの御説明を修正あるいは撤回されるのでしょうか。いかがでしょう。皇統譜令の一条と附則第二項、この点についてもう一遍御説明ください。いまのような説明では、これは説明がつかないのじゃないですか。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 かみ砕いて申し上げますと、およそ法令は、形式的には効力がなくなっても、新しくつくられた法令でその中身を引用すれば、その引用された限度においては引用した法令と同じ効力があるというのは、これは法学通論の初歩的な考えでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 私はその初歩的な問題について聞いているのではなくて、元号法案の審議について、そして説明いただいたこの皇統譜令について具体的に伺っているわけですから、具体的に答えていただきたいと思います。初歩的な回答じゃなくて具体的な質疑に参加していただきたい。  皇統譜令についてあなたはいま、まず旧皇統譜令については全部無効である、なくなっているはずだとお答えになりました。その中で、引っこ抜いて政令の中に生かすこともできるなどとおっしゃったけれども、現行皇統譜令を見てみますと、旧皇統譜令の中の幾つかを引っこ抜いているのじゃないじゃないでしょうか。全部まるごと生かしているのじゃないでしょうか。「なお従前の例による。」というのが第一条です。そして附則第二項は、「従前の規定による皇統譜は、この政令によって調製したものとみなす。」こうしているのであります。  実は、長官のような答弁が出てくるのじゃないかと思ったから、あらかじめ宮内庁に伺っておきました。現在宮内庁の方が調製して、皇統譜につきましても大統譜につきましても、これは旧皇統譜令の条項に従いまして調製済みであります。正本と副本もある。そして、皇統譜令に基づいてそれぞれ宮内庁と法務省が保管をしている、こういうことであります。いま実態的、実務的には旧皇統譜令が全部生かされて通用しているじゃないか。そしてそのことについて政令の形式から言いますと、先ほど皇室内法と言われた皇統譜令、これは二十二年五月三日の政令第一号であります、これによって政令の中にまるごと生かしているという、これが今日のこの政令の説明ということになるのではないでしょうか。もし一部分についてというさっきの御説明で言うならば、その部分が一体どこなのかを説明していただかなければならないと思います。皇統譜令の一条と附則によって旧皇統譜令というものがまるごと存在している、こういう体裁、法形式が現在なお残っているのではないか、こういうことではないでしょうか。この点いかがでしょうか。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 旧皇統譜令のトータルとしての効力は、先ほど申しましたように、もともとが皇室令ですから、そういう法形式は現在はないわけなんで、そういう意味、また、皇室令はすべて廃止するというのがたしか昭和二十二年の五月二日に出たと思うのですが、そういう意味から言いましても、トータルとしての旧皇統譜令はもう効力はございません。これは明らかでございますが、しかし、現在の皇統譜令という政令、これはもちろん現行憲法下において有効に制定できる法形式でございまして、しかも、それは国会の議決を経たる法律である皇室典範の二十六条を受けてつくってあるわけですから、その二十六条を受けてつくってあるはずのいまの皇統譜令が、その二十六条を受けてつくれる範囲以外にまで前の皇室令である旧皇統譜令の規定を生かせるわけはないのであって、そういう解釈が実はむしろおかしいので、私たちはとり得ないわけなんで、したがって合理的に解釈すれば、政令である現在の皇統譜令で規定し得る事項の範囲内において旧皇統譜令、つまり皇室令であった皇統譜令のうちの当該部分、それを第一条で「なお従前の例による。」という形で引用しておる、これが最も合理的な解釈である、そう言わざるを得ないわけなんで、おわかりだろうと思うのですが……。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いまの御説明を前提としてこう確かめておきたいと思います。「皇統譜に関しては、当分の間、なお従前の例による。」と、こうありますけれども、この「皇統譜に関しては」という部分について、これは旧皇統譜令の十二条以下を指している、こういう趣旨で理解してよろしいわけですか。それが、さっきの御説明の、全体としてはなくなったんだけれども引っこ抜いている、こういうお話になるんでしょうか。この点いかがでしょうか。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 ちょっと御質問を聞き漏らしたものですから御質問の趣旨をいま確認いたしました。  結局、いまの皇統譜令の第一条に「この政令に定めるものの外、皇統譜に関しては、当分の間、」云々と言っているこの「皇統譜」というのは、これは現在の皇室典範の二十六条が予定している皇統譜ということでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 そして、そのできている皇統譜というのは、この附則二項との関連から見ると、旧皇統譜令に基づいて調製されてきている、こういうことではないでしょうか。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 附則第二項は、これは、昔の皇室令であった旧皇統譜令によって作製された皇統譜なんですね。それを先ほど申しましたように現在の皇室典範二十六条による皇統譜とみなすということでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 ということは、要するに、先ほど宮内庁の方からも現在の皇統譜について御説明いただきましたけれども、元号の問題あるいは改元の問題あるいは追号の問題あるいは追号勅定の問題、こういうなくなったはずの、廃止されたというはずの旧皇統譜令、これに根拠を置いて作製された大統譜、皇統譜というものが現在存在している、そして、そのことについての法律的な説明は、今日の皇統譜令第一条あるいは附則第二項によってなされている、こういうことだというように理解してよろしいでしょうか。この点について確かめたいと思います。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 現在の皇統譜令の一条と附則第二項、それから旧皇室令である皇統譜令による皇統譜との関係なんですが、これは、先ほど来しばしば申し上げておりますように、現在の皇統譜令による皇統譜というのは、現在の皇室典範二十六条を受けての政令でございますから、現在の皇室典範二十六条によって有効につくられることのできる範囲内の事項について定めるべきものでございまして、したがいまして、それよりはみ出るような事項のものは、それは、現在の皇統譜令第一条に、なるほど形式的には一括して「なお従前の例による。」と書いてございますし、また、附則第二項でも形式的には一括して「従前の規定による皇統譜は」と書いてございますけれども、これは合理的に読めば、現在の皇室典範二十六条によって現在の皇統譜に登録し得る事項についての話である、こういうふうに読むのは最も合理的な読み方でございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 大変問題のあるところであります。また、大変時間がかかりそうでもありますので、この点だけにかかわっているわけにもいきません。この点については質問を留保しまして、後に相談をした上でまた対応したいと思います。  ただ、一つだけここで問題提起ということで主張したいのですけれども、いまの議論で、解釈についてはそれぞれの観点がありますけれども、どう考えても皇統譜については「当分の間、なお従前の例による。」という現行皇統譜令、政令第一号は、これはなお整備する必要があるのではないか。現在できている大統譜などにつきましては、旧皇統譜令、すなわち元号の問題、追号の問題、追号勅定の問題をも含めた古い皇統譜令に基づいてでき上がっているわけであります。そうしてみますと、冒頭伺った今日の象徴天皇制のその体制に合った皇統譜などにつきましても、もう一遍様式その他について全面的な検討を要するのではなかろうかと思うわけですけれども、この点についてはいかがでしょうか。要するにこの現在の皇統譜令について内容を整備する必要があるのではないか、こういう問題点であります。

真田秀夫内閣法制局長官

○真田政府委員 その点はおっしゃる中身をよく私も理解できます。それは、この第一条自身が「当分の間」と言っていることからもその点はうかがわれるわけでございまして、先ほど申しましたように、草々の間につくられたものでございますから、「当分の間、なお従前の例による。」とこういうことで実はつなぎをしたわけでございまして、旧皇統譜令の中身をしさいに検討しますと、いまの皇室典範の二十六条のもとで登録し得る事項であるもの、つまり天皇及び皇族の身分に関する事項であるものかそうでないものかよく検討いたしまして、そして天皇及び皇族の身分に関する事項とはとても読めないというようなものがあればそれは削っていくというか、それを外したものを新しいいまの皇統譜令の中に取り入れて規定するというのが正しい行き方だろうと思います。その検討は必要でございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま長官が検討は必要であるとおっしゃった説明の中で触れておられましたけれども、「当分の間」ということで三十年間過ぎた。そして、私はそのことだけを問題にしているのではないわけでありまして、今日元号法案を出すというならば、こういう「当分の間」としてほったらかしにされておったものについて、やはり全面的に整理統合して、その中で国民の議論を待つ元号法案を出すというのが順序ではなかろうか、こういう問題点というものを未整理のままに残しているまま元号法案を性急に出すということは、これはいかがなものであろうかと、こういう観点でいまの問題点を主張したわけであります。  同じ観点で実はその次の問題について触れていきたいと思いますけれども、公式制度連絡調査会議の関係についてお伺いしておきたいと思います。  公式制度連絡調査会議について、この今日までの議論の概要、特に最近における委員会、小委員会の有無、委員会、小委員会などにおきまして元号問題について議論されたかどうか、あるいは元号法制化が閣議決定される以前に一体何回ぐらい、どのような委員会、総会において議論をされたのかという観点で、最近の運営の実情について、若干、時間の関係があるのでまとめて伺いましたけれども、御説明をいただきたいと思います。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 お答えを申し上げます。  公式制度連絡調査会議は、御案内のとおり、昭和三十六年七月二十八日に閣議決定によって設けられておりますが、その活動の対象といたしましては、初期のころは非常に活発でございまして、その審議の結果といたしまして実を結びましたものの主要なものを申し上げますと、一つは、国事行為の委任に関する立法措置の大綱について結論を得まして、これに基づきまして、昭和三十九年五月に国事行為の臨時代行に関する法律を制定していただいているわけでございます。  それから、国賓の接遇基準というようなものにつきましても審議をいたしまして、昭和三十九年六月三十日に「国賓等の待遇について」ということで、その接遇の基準が閣議決定されております。  それから、国葬でございますが、旧国葬令失効後はこれにかわる法律はございません。しかしながら、やはり国の立場におきましてそれに相当すべき場合に葬儀を営むという考え方はとれるのではないかという認識を持ったわけでございまして、具体的な例といたしましては、故吉田茂氏の葬儀の場合に、昭和四十二年十月二十三日の閣議決定によりまして国葬を行っております。  それから国旗、国歌につきましては、これは長年の慣行によりまして国民の間に日の丸が国旗であり「君が代」が国歌であるという認識は広く定着しているというふうに認められるという結論に達しております。したがいまして、その上さらに何らかの措置をとるべきかということについては議論をいたしておりません。  それから、あと国号の呼び方をどうだというような議論もいたしておりますし、あるいは公文の方式についても議論いたしておりますが、大事な元号の問題を最後にまとめて申し上げますと、この公式制度連絡調査会議は、最初申しましたように、主として、設けられましてから四十年代初期までにかけまして活発な活動がございまして、その後四十年代の終わりまでは余り活発に活動しておりません。おりませんが、元号につきましては当初議論をいたしました。最近におきましては、昭和五十年以降について申しますと、総会あるいは懇談会あるいは小委員会という運営で、従前から各テーマごとに小委員会という考え方をとってきておりますけれども、元号に関する小委員会の研究というものは最近におきましてはかなり頻繁にいたしておりまして、私は一昨年の六月から現在の職にあるわけでございますが、この約一年半と申しますか、昨年末までの間におきましても非常に頻繁にいたしておりまして、その間にいろいろの検討を積み重ねまして今日に至っているわけでございます。  一番最後の、今回の元号法案を政府提出の形で決定をいたしましたのは本年の二月二日の閣議であったわけでございますが、その前のたしか一月三十日でございましたが、最後に正式の総会をいたしまして、この連絡調査会議としては締めくくりをつけている、こういうことでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま御説明いただきまして、私は大変実は不満なのであります。せんだってこの公式制度連絡調査会議の開催の状況について御説明をいただきたいということで、政府委員室の方から御説明をいただきました。そのときいただいたメモがあるわけでありますけれども、そのメモには実はいま御説明いただいたようなことは何も載っていないわけであります。そして、元号につきましては、一番最後の日程ですけれども、五十年七月二十八日に総会があった、五十四年一月三十日に総会があった、こういう御説明をいただいただけであります。実は小委員会あるいはその他のテーマ、元号についてということでもお尋ねしたわけでありますけれども、全くそういうことについては事前に御説明いただかなくて、急にいま説明してもらったということでありますから、まあいわばだまし討ち的ないまの回答ということにもなるわけでありまして、これは大変不満であります。  ただ、いま御説明いただきましたことについて、そこだけに拘泥しているわけにはいきませんから質問を先に進めていきたいと思いますけれども、いまのような経過の中で世論調査を四回ほどなさっているということだと思います。世論調査をする場合の、これまで内容その他についてはさまざまな観点から議論されましたから、手続について伺いたいと思いますけれども、この手続、一体どういう機関に依頼することなのか、あるいはどこでどういう機関が調査の方法を決めるのかということについて、まずあらかじめ伺っておきたいと思います。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 一言最初におわびを申し上げますが、ただいま御指摘の、私どもが事前に御説明に伺った際に十分な御説明を申し上げなかったという点につきましては大変申しわけなかったと思いますので、おわびを申し上げます。  それから、ただいまお尋ねの世論調査でございますが、総理府において行いました世論調査でございますので、これは総理府の広報室というところでそのような仕事をいたしております。  元号に関しまして行いました世論調査は、昭和三十六年以来、多少飛び飛びになっておりますが、一昨年の五十二年の八月までで合計四回いたしております。四回いたしておりまして、その調査の方法でございますが、一番最近の五十二年八月の調査について申し上げますと、この調査のやり方でございますが、全国二十歳以上の者を対象といたしております。これを母集団と言いますが、その中から標本数一万人を抽出いたしました。この抽出の方法は、層化二段無作為抽出法でございます。これを調査いたしました時期は、昭和五十二年八月二十二日から八月三十一日にかけての約十日間でございまして、調査の方法は調査員による面接聴取ということでございます。回収率は約八一・七%ということになっております。  それからなお、この問題の作成につきましては、これは広報室の方で作成をいたしております。  とりあえず、手続の概略といたしましては、そういうことでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 公式制度に関する政府の調査は四回やっているけれども、一番最後がいま御説明になりました七七年の八月二十二日から末にかけてのものであった。そうすると、最近はやってないではないか。最近、マスコミが世論調査の結果を発表しているけれども、政府はやってないじゃないか、こういうことについての質疑がありました。技術的な問題その他できない理由について説明があったわけですが、一番最後、四回目の調査をした後ですけれども、総理府の方ではさらに念を入れてもう一回調査をするというようなことについて相談されたことはなかったのでしょうか。今日なお政府でもう一遍やって慎重を期したらどうかという声があるわけですので、この点について確かめたいと思います。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 結論から申しますと、もう一度やろうということは考えませんでした。つまり、一昨年の八月に行ったわけですが、これは当時の総務長官でありまする藤田総務長官がその年の春の国会の質疑におきまして、したがいまして、これは当時の福田内閣の始まったときの状態でございますが、国民世論の動向をもさらにこの夏調査いたしまして、それを踏まえたところで存続の方法については考えたい、こういう御答弁をいたしているわけでございます。それに基づきまして準備をいたし、八月に実施をいたしたわけでございます。それを含めまして過去四回の調査を見ますと、毎々申し上げておりますように、元号の使用の現状、それから次の天皇の代になっても元号があった方がいいかという意味の存続についての希望、この二点、同じような質問を繰り返してきておるわけでございますが、この二点に対する回答はおおむね一貫しておるわけでございます。そのような実態でございますので、お尋ねの昨年におきましてさらに重ねてやるかどうかということは、余り考えなかったというのが実際のところでございます。すでに五十二年の秋以降は、ただいま申しましたような総務長官の答弁あるいは世論の動向というようなものを踏まえまして、かなりその方法につきましては煮詰めて議論を内部ではいたしておったということでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いまの五十二年の総務長官の発言でありますけれども、このときにも、法令化するならば義務づけられるということにもなってくるので世論の動向を調べてみなければならない、こういう国会議事録によって当時の事情を知ることができるわけですが、一つの問題は、ここでも法令化するということは義務づけることである、こういう明確な総務長官の答弁があるわけでありますけれども、私がこの際伺っておきたいと思いますことは、法令化するについてということで世論調査するとしながら、なぜ法令化についての賛否を問うという形での世論調査を、四回やっているんだけれども、元号についてだけはしなかったんでしょうか。従来の答弁の中で何か技術的な問題という説明がありましたけれども、どうもそれだけでは納得できない部分がありますが、この点についてはいかがでしょうか。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 ただいまのお尋ねの点でございますけれども、私どもといたしましては、国民の大多数の方が考えておられる存続という実態的な意思というものが一番基礎になるというふうに認識をいたしておるわけでございます。したがいまして、その存続の方法というのは、つまり法技術的な方法ということになろうかと思いますけれども、この点につきましては、もちろん私ども自身の内部で内閣の告示だけでやるという方法も現に議論しているわけでございますから、いろいろの方法について議論をしておるわけでございますけれども、その点につきましては、同時に法案の内容そのものが国民に示されるという状態は、これまた当時におきましてないわけでございまして、そういうようなことから総合的に考えますと、方法自体について聞くことは技術的にきわめてむずかしいというふうに判断をいたしました。それ以上に別段の他意はないわけでございますが、率直に申しましてそういう判断をいたしましたので、私どもとしてはそれ以上にその方法についての世論調査はいたしておりません。  それから、なお補足いたしますと、昨年の秋以降におきまして政府が提案して法制化を図るという方針を決めたわけでございますし、同時に、その段階におきましてはおおむね法案の中身も内部的には固めていたわけでございますが、そのような状態になりましてから後、それではなぜその法案を、たとえば暮れのうちに発表してそれについての世論を聞かなかったのかというあるいは御質問を受けるかもしれませんが、その点につきましては多少、前にここで申し上げましたけれども、従来から私聞きましたところによりますと経緯がございまして、そのような法案提出の方針を明らかにしてから後は政府の広報室の世論調査という形ではちょっとやりにくいんだ、適当でないという従来の経緯もあるというようなことも伺いましたので、そういう方法も別段とらなかったということでございますので、御了解をいただきたいと思います。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま御説明で、他意はなかった、こういうお話でしたけれども、私はどうもそうではないのではないかと思わざるを得ないわけであります。先ほど来御説明いただきました四回の総理府の世論調査、この中で第二回目の調査の際には日の丸と国歌についても世論調査をされている。これは第一回もそうだったわけですが、日の丸と国歌につきましては、法律ではっきり国旗あるいは国歌として決めた方がいいか悪いかということについて設問をして、世論調査を実施しているわけであります。なぜ日の丸と「君が代」についてはできて、元号についてできないのか、まずこの点について伺いたいと思いますけれども、この点いかがでしょうか。技術的な問題はないんじゃないでしょうか。やると、どうも政府にとってぐあいの悪い結果が出てくるからできないということじゃないでしょうか。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 そういうことでは決してないと私は申し上げざるを得ないのでございます。国旗、国歌につきましての世論調査、いま御指摘のものは恐らく昭和四十九年の世論調査の際のことであったと思いますが、これは国民の一般的な意識調査を広く行ったときのたしか一環だったと思いますが、その場合におきまして、もちろん御指摘のとおり、国歌、国旗につきましては、国歌であるという認識あるいは国旗であるという認識をしておりますかという第一問と同時に、それの認識をしているという人につきましては、それならばそれについていまのままでよいのか、それとも、法律のような形でそれがそうであるということをはっきり決めた方がよいかという質問をしたのが、その法制化の問題でございます。したがいまして、それは法制化といいましても、質問そのものの趣旨と申しますか性格は、元号の場合と必ずしも同じではないと思います。つまり元号の方で申しますと、元号につきましては、その使用の状況と将来における存続についての希望があるかないかということを聞いているわけでございまして、この国歌、国旗というものは現に存在するものについての事実上の認識について聞くということが主眼になっておりますし、それから、その認識された人についてはその認識しておるという内容について、さらに形のあり方としてどっちがより満足がいきますかというような趣旨のこととして、法律の形がいいと思うかどうかを聞いていた、こういうことだと思います。ですから、私その当時の設問がどういうわけでそういう別々のスタイルになったかについては問いただしてはおりませんけれども、推察いたしまするに、事柄のスタンスといいますか、その質問の行われておる性格が違っておったということが一番大きな原因ではなかったかと思うわけでございます。  なお、一つつけ加えさせていただきますと、そのような存続の意思を国民の大多数において持っておられるという問題に対しまして、政府としてどのように措置すべきかということでございますので、その点につきましては先般来総務長官が申し上げておりますように、政府の責任の問題としてこれに対する対応を政府なりに考えてきたというその結論として法制化ということで御提案を申し上げている、このような関連になろうかと思います。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いまのお答えの中で、当時一般的な意識調査の中の一つのテーマとしてと、こういう趣旨での御発言がありましたけれども、それはそうじゃないんじゃないでしょうか。公式制度調査会議がテーマをしぼって、そして私もこの四冊のアンケートについて内容、形式、ずっと拝見させていただきましたけれども、およそ同じような形式、同じような調査方法の中で集めた世論調査であります。したがって、一般的に漠然とした国民の意識の中で、たまたまその問題にということでは明らかにない。具体的なこの問題についてこれを国旗とするか国歌とするか、こういうテーマになっているわけでありますので、その辺については認識が違うのではなかろうかというように思います。  もう一つ、大変根本的な問題点でありますけれども、それでは元号とか国旗、国歌について、これはおっしゃったとおり、元号についてしないで国旗、国歌についてしたということの事情については、当時のさまざまな判断があったかもしれませんけれども、第一回目におきましては、法制化問題については元号についても国旗についても国歌についても聞いていないわけであります。第一回、第二回、同じような取り扱いがなされたとするならば、いまのお話についてなるほどということになるわけですが、第一回は何にもしていない、そして第二回のときにはたまたま国旗と国歌の法制化問題について設問をした、こういうことでありますから、一回目と二回目と調査の方式が違っておりますので、先ほどの御説明につきましてはその点についても納得できない部分があるわけであります。  肝心の法制化部分ということになるわけでありますけれども、まず日の丸の方から見てみますと、「あなたは、「日の丸」の旗は、日本の国旗(国の旗)としてふさわしいと思いますか、そうは思いませんか。」という設問に対して、「思う」と回答した人が八四・一%であります。さて、そういう回答を前提といたしましてクエスチョンが続いてまいります。「「日の丸」の旗は、長年のならわしで、日本の国旗(国の旗)として扱われてきましたが、国民の中には国旗として認めないという人達もいます。あなたは、このような状態についてどうすればよいと思いますか。あなたのお考えは、この中のどちらに近いでしょうか。」ということで、(ア)という設問が「国民の大多数は、国旗として認めているのだから、法律で決めなくとも、いままでどおりでよい」、(イ)というのが「法律ではっきり国旗として決めた方がよい」、こういう設問の方式で、まさに法制化についての設問になっているわけであります。元号について技術的にむずかしいとおっしゃいますけれども、過去において国旗についてはなさっている。そしてこのときの回答が、法制化、法律ではっきり国旗として認めた方がよろしいというのは二〇・三%であります。法律で認めなくともいままでどおりでよいというのが七一・一%という数字を示しているわけであります。  同じように「君が代」について見てみますと、「君が代」が日本の国歌、国の歌としてふさわしいと思うかどうか、そうは思いませんか、こういう質問に対して、「思う」と答えた人が七六・六%であります。これは歌詞の問題その他が絡んでまいりますので、日の丸とはやはり違った数字になってきている、こう思うわけでありますけれども、この「君が代」につきまして、先ほどの日の丸についてと同様の設問がなされています。「国民の大多数は、国歌として認めているのだから、法律で決めなくとも、いままでどおりでよい」、こういう設問と、もう一つは、(イ)として「法律ではっきり国歌として決めた方がよい」、これに対して、法制化賛成が一九・二%、「法律で決めなくとも、いままでどおりでよい」という現状派、法定化反対派が七一・九%、こういう数字を示しているわけであります。  ここで私が大変特徴的だと思いますことは、ここに出てまいりました七、八〇%のそのことについての賛成、元号についての賛成、しかし法制化は反対だという数字が最近のマスコミの世論調査と大体同じような水準を示しているということとの関連であります。すなわち、元号について大体みんな使っているからいいじゃないですか、これが約八〇%前後というところであります。しかし、それを法律で決めるということになりますと賛成は二〇%前後しかない、これが幾つかのマスコミの世論調査の結果でありますけれども、かつて政府の方で法制化問題について調査した日の丸と「君が代」につきましては、全く同じ傾向を示している。日の丸についても、昔からずっと使っているからいいじゃないですか、国旗でいいじゃないですか。「君が代」につきましても、歌詞についてはいろいろここでも議論されているわけでありますけれども、問題はあるがまあまあという人が七一・九%でありますから、八割台というよりは少ないけれども、大体七、八〇%と考えてよろしいでしょう。ところが、法制化賛成ということになりますと、「君が代」ですら一九・二%、二〇%前後の幅の中に考えてよろしいと思うのです。  こういう経過を振り返ってみますと、要するに政府が公式制度として取り上げました元号についても、日の丸についても「君が代」についても、現状肯定、こういう意味での賛成という者が大体七、八〇%である。ところが、法制化する、法律で決めるということになりますと賛成は大体二〇%ぐらいではないか。なお、法律で決めるということによる強制的な効果、ついせんだっての栂野委員の質問に対しまして懲戒問題まで、こういう議論まで出てくるわけでありますけれども、そういうことに対する国民の不安、あるいは元号はもちろんのこと、日の丸、「君が代」についても共通の問題点、そのことが政治的に利用される、こういう不安の中から法律で決めるということについては疑問である、大体二〇%ぐらいの人しか賛成はしないわけであります。したがって、過去の総理府御自身でやった経過の中におきましても、法制化ということになると大体二〇%くらいになる。日の丸についてもそうだった、「君が代」についてもそうだったということになれば、元号について設問することができないのではないでしょうか。もしやって二〇%が出てきたらどうなるか。これが、日の丸、「君が代」については法制化問題について世論調査をやったのだけれども元号についてはできないという本当の理由ということではないでしょうか。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 お答えを申し上げます。  先ほどもちょっと申し上げましたが、国歌あるいは国旗につきましては、現在日の丸があり「君が代」という歌があるわけでございますが、それが国旗であるあるいはそれが国歌であるという認識を大多数の人が持っているということが一つはっきりしたわけでございます。それからそれにつきましては、それを将来そういうふうに歌うなり掲げていくということがあるわけでございますけれども、別にこの際改めてその国旗の形式とかそういうものを法律でしなくたって、もういまそれがあるのだからいいのではないかという意味で、大多数の方は何も格別めんどうな法制化ということは必要ないという御判断を持たれた、こういうふうに思うわけでございます。  他方、元号につきましては、それがあるからいいではないかとかというような点がいささか違うのではないかと思うわけでございまして、現在、昭和という元号につきましてはまさに事実たる慣習として使われておりまして、これにつきましては、卑近な言葉で恐縮でございますが、いわば間に合っておるという状態でございますが、さて、この昭和という元号がいつまで使われる性格のものであるかという点につきましては、先般来御説明がありますように、今上陛下の御在世の間において使われるものだというふうな認識が国民の共通の認識であろうと思うわけでございます。それにつきまして大多数の国民は、その後の元号があってほしいというふうに存続を希望しているわけでございます。となりますと、昭和の次の新しい別の名前の元号というものはいつ、だれが決めるかというルールが必要になってくるわけでございまして、さて、その点のルールをどのように設定するのがいいかという問題としてこの法制化の問題があるわけでございます。  御提案申し上げております法律は、まさにその、どういう場合にだれがということだけについてのいわば手続をお願い申し上げているわけでございまして、逆に言いますと、そのようにしてつくられたものが使う問題につきましては、一切法律のレベルの問題としては触れていないわけでございまして、その点になりますと、ちょうど事実上そういうものが使われていく、慣習的に使われている、そういう状態が現在定着しているわけでございますが、使用の実態面についてはそのような状態が将来とも続いていくということを私どもとしては想定いたし、また期待いたしている、このようなことになるわけでございますので、先ほどちょっと申しましたように、国旗、国歌のケースと元号のケースとの間には、何と申しますか、その局面が少し違っているということがある点を御理解賜りたいと思うわけでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 もし御指摘の問題点があるとするならば、いまその点を踏まえてアンケートをつくる、設問をつくっていくということは、従来のアンケート実施の経過あるいはその、他各種のアンケートの経過から見ても十分できるのだと私は思います。ただそれをしないというのは、この日の丸、「君が代」問題についてのかつて法制化について問うたときの数字というものは、先ほど私が指摘しましたとおり、最近の各マスコミがしているものと全く同じ基調を示している。だから、これは政府としては危なくてできないということじゃないかと私は思うわけであります。  この点についていま繰り返し議論するだけの時間的余裕がありません。ただ私は、いまこうした政府の世論調査あるいはマスコミにおける世論調査、こういうことを根拠としてのそれぞれの立場での立論ということに関連してでありますけれども、この点は総務長官にお伺いしたいと思うのですが、どうも総務長官もこういうものの利用の仕方が自己中心主義的過ぎるのではないかということを、従来からのさまざまな議論の経過の中で感じておるわけであります。  具体的な問題について伺っておきたいと思うのですが、一つは、従来の経過の中で、なぜ元号法制化をということに関しての議論でありますけれども、総務長官の当初の段階の、これは本会議以来、各委員会、そして今日までの経過を頭に置いてでありますけれども、国民世論の把握の仕方につきまして、現状、元号については国民生活の中に定着している、この問題に関連しての世論は強い、こういう発言だったわけですが、委員会が進んでまいりますと、実は法制化についても世論が高まっておりますのでと、こういうニュアンスでの発言になっているわけであります。  実はいまお話ししたとおり、四回の世論調査で、元号法制化については政府としては世論調査をしておらないわけであります。したがいまして、政府の立場の資料はお持ちになっていないはずですから、この法制化についての国民世論が高いとおっしゃるのは、これはいささか正確を欠いているのではないかと私は考えるわけであります。もう一方マスコミの世論調査につきましても、唯一若干例外的な数字が出ましたNHKのケースを除きましては、大体一つの、われわれが主張してまいりましたような経過がなされているわけであります。恐らく総務長官の頭におありになりましたのは、このNHKの調査として報道されたものではなかったかと思うわけですけれども、これは会議録によって確かめて正確にお伺いいたしますと、一つにはこれは三月十四日、予算委員会であります。総務長官の答弁といたしまして、「最近のNHKの、これはちょうど一月前になりますか、最近の世論調査で一番新しい、先月の九日、十日、十一日、NHKでアンケートをとっていただいた結果を見ましても、六〇%近い五七、八%の法制化の御支持をいただいておるわけでございます。」こういう答弁をされているわけであります。  もう一つ、これと関連しての答弁ということになるわけですが、これは三月十六日、過日の本会議の趣旨説明に当たりましての質疑の中でありますけれども、一番最後の部分でありますが、こうお答えになっております。「先般のNHKの調査によりますれば、共産党を支持する者の二〇%近く、法制化に協力を願っておるところでございます。」そういう実情でございまして、決して事をねじ曲げているわけではない、こういうようにお答えになっているわけであります。  ことさらに「共産党を支持する者の二〇%近く」と、こういう引用をされているのでありますけれども、これは私はいささか不穏当ではないかということの気持ちを含めまして御質問いたしたいと思うのですけれども、NHKの調査につきましては、確かに一般のマスコミとはかなり違った数字が出ました。そして、そのかなり違った数字が出たことに関連をいたしまして、実はこの放送というものは、二月二十一日夜七時のニュースでなされたわけでありますけれども、NHKとしても、こういう問題点があるからということでコメントをつけていたはずであります。かつ、コメントをつけるほかに、各政党支持別の賛否についても資料としては持っておったわけでありますけれども、それは内部資料として、総務長官が国会でお答えになりました部分については表に出しませんで、内部資料としておきまして、そしてコメントをつけたこの数字を発表したということだったと思うのであります。ところが総務長官のいまの本会議及び委員会の答弁によりますと、その一番政府にとって都合のいいところだけを、失礼な言い方をすればつまみ食いするようにして、そして取り上げてお話しになっておるのではなかろうか。私は、世論調査などについてのこういう説明の仕方というものは、これはいささか穏当を欠くものではないかというように考えるわけでありますけれども、この点総務長官としてはいかがでしょうか。  なおもう一つ、お答えいただく前に時間の関係もありますので、その問題と関連してもうちょっとコメントをつけておきたいと思うのですけれども、実はこの問題について私が政府委員室を通じて伺ったわけでありますけれども、NHKといたしましてはさまざまな世論調査をいたしましても、それをストレートで生の形で報道に乗せるということが妥当かどうかということについては、これは主体的に自主的に検討されてニュースができ上がるということのようでありますけれども、このときにはこういう趣旨でのコメントをしたようです。先ほど指摘いたしました二月二十一日夜七時のニュースでありますけれども、アナウンサーの方がこうおっしゃったそうです。この調査は法制化の賛否にしぼって二者択一の回答を求めたため、法制化に必ずしも積極的でないものの元号の存続を必要と考える人が賛成と答えて賛否の差がかなり大きく開いたものと見られる。さらに元号問題については個人の歴史観とか体験によってさまざまな反応を示すもので、自民党の支持者の中でも一七%近くの人が反対をし、社会党の支持者の中でも四九%近くが賛成しているというような複雑な回答を示していると、この調査の内容についてさまざまな問題点を配慮したコメントを出しているわけであります。この中におきましても、実は内部資料であった共産党を支持する者のうち賛成が何%ということについては触れておらないわけであります。  大体私が申し上げたような趣旨のコメントをつけてNHKが慎重に報道した。それを一番いいところだけをとって、そして世論はこうだ、こういう総務長官の説明は、そのお立場からして私は適切ではなかったのではなかろうかと思いますが、この点いかがでしょうか。

三原朝雄自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○三原国務大臣 お答えをいたします。  法制化の世論あるいはそれの私の取り上げ方、例示の仕方等について適正を欠く点がありはしなかったかという御指摘もございましたが、これは壁頭私自身率直に申し上げますが、そういう御指摘を受けることについて、私自身そういうことを受け取られる状態もあったかなという、みずからの発言に対する反省は十分いたしておるところでございます。  ただ基本的には、御承知のように私どもといたしましては、これほど国民の方が存続を期待をしておられる。それは国旗、国歌と違って、先ほども政府委員から申し上げましたように時期的な制約がある。一方はそうした期限的な制約は現在のところございません。そういうような問題等があって、そこで政府としてはそうした存続を希望される国民の実態を踏まえて、何とかそれにこたえなければならない。そして、やはり一応時期的な制約も諸般の情勢を見て判断せざるを得ないという事態に逢着いたしていることは御理解願えると思うのでございます。そういう立場で考えてまいりますと、何らかの基本的なルールをここでつくっておくことが、国民の存続要望に対する責任が政府にあろうということを私はまず考えるわけでございます。そうした基本的なルールをつくろうとすれば、いろいろ検討を今日まで何年間かかかって進めてまいっておるわけでございますが、その間には過去における総務長官等が申し上げましたように、内閣告示でもよくはないか、あるいはまたその他の方法はないかという検討を進めてまいったことも事実でございます。  しかし、昨年の中盤ごろから、政府におきましては、そうした内閣告示等については、それで果たして政府の十分な責任という問題において、それを果たし得るかどうかという検討等もなされてまいりました。そういう点においては、その基礎を明確にするについては、一つの制度的な法律でお願いをすることが適当ではないかということが、昨年の暮れあたりにまとまってまいった経過があるわけでございます。そういう点で、存続の手続上基礎的なものを明確にし、安定する体制とするには、内閣告示よりも法律をもってするがよろしい。なおまた、それは一面におきましては、法律でございますから、国会において御審議、御決定を願うわけでございますので、これはひとつ法制化の道を選ぶべきであろうということで方針が決まったと私は承知をいたしておるわけでございます。  そうした経過を踏まえてまいりまして、そこで問題になりますのは、先ほど御意見がございましたように、世論の調査という問題が一つ出てきたわけでございます。それについていままでは、存続等について世論の調査等から踏まえておるけれども、法制化についてやらなかった、この点については、先ほど来論議がございましたように、法制化についても世論調査をするかどうかということは、当然話題になってきたことも事実でございますが、実際上は、委員会においても御回答申し上げておりますように、事実なかなかなじまない点もあるぞという御意見等があり、また新聞等におきましてもそうした世論調査をしていただき、その結果等も、いま御指摘のように、NHKを除きましては、他の数社の世論調査等が、法制化賛成というか法制化を御了承願えるのは二〇%台であるということも承知をいたしておるわけでございます。しかし最終的には、結局そうした事態を踏まえて、客観的ないろいろな諸条件等を踏まえてまいりまして、私どもといたしましては法制化の問題について世論に問う処置をしなかった、そして国会に法案を提出したということは、現時点においては、先ほどもるる申し上げましたような経過からでございます。それで、私どもといたしましては、そういう世論調査等あるいは諸般の情勢等を踏まえて、最終的にはあくまでも政府の責任において判断を下さざるを得ないということでございますから、世論調査等のいろいろな調査の結果等を踏まえて、最終的には政府の責任において法制化に踏み切ったということでございます。  その間、私が世論調査等のことについて、こういうこともあるではございませんかというようなことを委員会あるいは本会議等で御答弁申し上げたことが、いかにも自己本位の偏見に基づく結論が出たのではないかというような率直な御指摘がございましたけれども、決してそういうことではなくて、先ほど申しましたように、結論的に申し上げますならば、国民のそうした存続希望に対しまして、それを責任ある政府としてどういう形でやるがよろしいか、その点においては最も民主的な立場に立って法制化し、そしてその基礎も明確になり安定する、法律によって国会の場で審議を願うということが最も民主的な方法ではなかろうか、そういうことで、最終的には政府の責任において決断を下したということであります。るる申し上げましたが、最終的には政府の責任でそういう決断を下し、国会の場で審議を願うことにいたしたということでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 いま御回答をいただきましたけれども、基本的には議論はすれ違いであるということを痛感せざるを得ないわけであります。  ただ、いまの問題について、もう重複するつもりはありませんけれども、従来から指摘されておりましたとおり、最近に入りましてからの世論調査ということになれば、昨年の七月十九日、これはもう昨年といたしましても、三月二十七日の中日新聞、賛成二三・三、反対五五・一、そしてその際のコメントは以下のとおりであります。  今回の調査では、元号存続の意見が八割近くを占めたが「法律で決めることに賛成だ」とする意見は国民の四分の一にも達しなかった。むしろ国民の過半数は法律で決めるまでもないことだと受け止めているようだ。   ちなみに法制化賛成の意見は自民党支持層の三分の一、民社党支持層の四分の一程度で、元号法案に賛成の立場をとっている公明、新自由クの支持層でも二割に達しておらず、法案をゴリ押ししてまで成立させるような性質のものではない、というのが多くの国民の偽らざる心境といえよう。 これがコメントであります。  三月二十九日の東京新聞、賛成が二〇・一%、反対が四二・六%、内容についてはすでに当委員会に出ておりますから繰り返しません。コメントは以下のとおり。   一方、法制化への賛否の態度では「反対」(四二・六%)が「賛成」(二〇・一%)の二倍以上もある。しかも、国会では法制化推進を唱える自民、公明、民社三党の支持者のうち、現実にはいずれも反対派の方が多い点は興味深い。自民党支持者の場合「反対」「どちらでもよい」「賛成」の順で元号に対する価値観が政党レベルの意識ほど整理されず、多様化していることを示している。 こうなっているわけであります。  四月二日の毎日新聞、法制化二一%、内閣告示一一%、慣習四四%など、これもすでに当委員会において内容については紹介されました。省略をいたします。そして、まとめとして以下のとおりです。「問題の元号法案は」云々ということで、「その過程で「社、共両党が反対すれば、強行突破も辞さない」という意見もないではない。しかし、」要するにたった数日間の審議で  国民の疑問に答えられるものかどうか。国民の半数、が「もっと時間をかけて」と望んでいる以上、慎重に審議すべきだろう。もしゴリ押しでもすれば、かえって“元号不信”、が増幅しかねない――調査結果はそれを示している。 これがまとめの解説であります。  こうして政府につきましては、とにかくいま議論がすれ違いになりましたけれども、法制化ということについてはもうされない、するつもりもないということのようです。マスコミはまさにそのことが焦点となった世論調査を最近において次々と行った。その結果がいま御紹介したとおりであります。われわれはこれを今日のように、先ほどは政令の関係で、その政令の整理もできていないのに出してくるのは性急ではないか、こう申し上げましたけれども、こうした世論の関係からいたしましても、この出し方は大変性急に過ぎるのではないか、さらに議論を尽くすべきではないかということを、これは繰り返し主張するところであります。  こういう経過からいたしますと、実は今国会における内閣法案の提出の経過につきましても、いささか異常ではないかという経過が見えるのではないでしょうか。これは大臣じゃなくて結構ですけれども、実は法案が、今国会におきまして内閣の第二番目の法案として二月二日に閣議決定されたわけであります。何といっても、通常国会の冒頭だから予算について審議しなければならない、まず予算が最優先である、そして予算関連のいわゆる米印とされている法案、これがその次に優先される、こういうのが常識ではなかったでしょうか。昨年の例も実は調べてみたわけでありますけれども、八十四国会におきましては、内閣委員会に係属いたしました法案が、内閣の提出法案につきましては十一あるようであります。そして環境庁設置法の一部を改正する法律案から始まりまして、最初に一月十八日以降提案されました八つの法案のうち、真ん中に一つ科学技術庁の設置法がはさまっておりますけれども、すべていわゆる米印の予算関連法案であります。まず予算について審議をしていく、これが通常国会における最大の国会審議のテーマではないでしょうか。従来ずっとそうであった。去年だってそうだった。ところが、ことしは違うわけであります。内閣委員会に出てきた一番最初の法律、内閣閣議決定二月二日、第二号法案というのがこの元号法案である。このほかにそれでは米印がないのかと言えば、そうではないわけであります。いま審議中の議案を見てみましても、いわゆる予算関連法案というものがたくさんある。恩給の法案、年金の法案、さまざまなものがあるわけであります。たとえば恩給などについてどうなるかということについて国民の関心が大変高い。その他米印法案はたくさんあります。たくさんあるのだけれども、そういうものについては、いわばあらゆる犠牲を払ったって元号法案であるというのがどうも今国会における政府の態度ではないか。これは従来から私が指摘してまいりました、一貫して余りにも性急にこの問題にすべてをかけて押し通してしまおうとする、総務長官は内閣の責任でとおっしゃいましたけれども、そこもいささか自意識過剰的に内閣の責任で押し通してしまう、米印法案が仮に飛ぶことがあったら一体どうなるかということを考えながらも、しかし元号法案だ、こういう経過になっているのではないでしょうか。こうした審議の手続が従来と比較しても大変違っている。特に今国会は、まず内閣委員会は元号だけが最優先である、こういう現状について、予算国会、米印法案との関係について一体総務長官はどうお考えになっているのかということを伺いたいと思います。

三原朝雄自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○三原国務大臣 お答えをいたしますが、これは決して私はごり押しをし、元号法案を当初から無理やりに出すというような意図のもとに出したものではございません。  御承知のように、私自身、過去におきましては国会対策をいたしたり議運などを長くいたしておったのでございますが、そういう点から見ましても、決して予算審議に優先して法案をやるというような仕組みになっておりませんし、特に法案を出す場合には、予算法案はひとつ早く出すようにしなさいというようなことで、国会が政府にそういう要請をしてまいっておる経過もよく承知をいたしておるわけでございます。  元号法案を二月二日に提案をしたということで、いま特にそういうごり押しをしておりはしないかということでございますが、決してそうではございません。昨年におきましても、昨年の臨時国会で元号法案を出したいという意思表示が党内から出てまいりました。その際にも、私は各党の国対委員長さんに申し上げたわけでございますが、元号法案というのは長い間審議を政府部内でもやってまいりましたし、また国民の方々にもある程度元号問題については論議をされてきた経過もあるわけでございますけれども、私はやはり、この案件というものは国民全体がこれを使用しておるし、存続を希望しておられるという重要な案件でもあるし、短期間の臨時国会で出すことは適当でないと思うということを党内にも御理解を願い、政府にもこれを連絡をし、そしてまた各党の国対委員長さんにも、臨時国会は出させないように私から要請をいたします、しかし、次の国会には準備をいたしておるようでございまするので、出させていただきますということで、その当時からそういう発言もいたしてまいっておる経過もあるわけでございます。したがって、法案ができておるということでございまするので、私は主管大臣として、できておるならば、審議の手続等は、国会で一切日程等は組まれるはずであるけれども、ひとつできておる法案であれば予算法案とともにこの法案もお出しすることについては規則違反でもなし、慣例を無視したわけでもないから、一つのこういうものをお出しいたしますということを、総理大臣も所信表明の際にそういう発言もいたしておるところでございまするし、私は決裁をして提出をお願いしたということでございまして、決してそういう予算を無視したり、あるいは前例を無視して、強引にこの提案をしたわけでもございませんし、またその審議も、私は早く出して、皆さん方の国会において審議の時間も長く与えていただきたいというようなところから実は提案をいたしたことでございまするので、この点につきましては御理解を賜りたいと思うところでございます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 了解できないところでありまして、実は、たとえばきょうの午後は参考人の先生方に御意見を伺うということになっているわけですが、かつて国会におきまして元号問題が議論された場合には、二十五、六人の先生方から御意見を伺ったというような過去の経過もあるわけであります。私は、各党一人とか、さまざまな経過の中で最終的に煮詰まった午後の日程ということではあるわけでありますけれども、過去のこうした元号法案をめぐっての議論、決着をつけないまでも、さまざまな議論を闘わした経過からするならば、もっともっと多くの皆さんの意見を聞く必要があるのではなかろうか、こういうことを痛感する次第であります。  この点につきまして一つだけ伺っておきたいと思うのですが、特に一九五〇年の参議院の文部委員会におきまして元号に関する調査が行われました。そして多くの参考人の皆さんから意見が出ました。中には、当時、調査してみますと、書面によるというものもあったようでありますけれども、実は最近の学者の論文などにもこのときの委員会の様子というものが引用されているわけですが、時間の関係もありますので、大体そのときの議論の概要について御報告いただきたいと思います。

清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長

○清水政府委員 簡単に御報告申し上げます。  第七回参議院文部委員会における元号に関する調査でございまして、参考人の方が全部で二十六名御出席になっておられます。うち四名の方は書面でございまして、もう一名の方は、第一回目は書面でございますが、第二回目に御出席になって重ねて意見を述べられております。  意見の概要でございますが、結論的に、これは私の方の理解ということで御容赦をいただきたいのですが、私が読みましたところ、二十六名の中で、当時のテーマの設定の仕方としましては、元号を廃止するということについて調査をするというような感じが強かったように思いますが、したがって、その廃止ということに賛成であるという方がちょうど半分の十三人ぐらいだったというふうに理解をいたします。それから、廃止にはっきり反対であるというふうにお答えになった方が約八名でございまして、あとの差の五名はいわば役所の方でございまして、宮内庁次長とか法制局長官ということでございまして、これらの方々は中立的な立場で意見を表明しておられる、こういうふうな分布かと思います。  この主な論点でございますが、廃止をすることに積極的に賛成意見を述べておられます方々のポイントといたしましては二つ、三つございまして、一つは、元号はときどきに変わって計算をしていくのがめんどうであるということが一つございます。その点が西暦の方は一貫しているから勘定がしやすい。それからもう一つは、これからは国際社会の中に入って生きていくというような、そういう認識のもとに、日本だけが特殊になるよりは、世界共通の紀年法をとっていった方がいいのだということでございまして、いわば西洋暦は国際的なものであるということの認識のもとにそのような見解を述べられているように思います。  それからもう一つ、元号の方を積極的に存続すべきであるという方々の御意見は、元号は長い歴史を有して国民生活に強く根を張っているということ、あるいは新憲法の趣旨に反するものではない、その他あるいは外国にも独自の紀年法をとっている国があるというようなことが述べられております。  以上、ごく簡単でございますが御報告申し上げます。

山花貞夫日本社会党

○山花委員 あと二、三分しか残っていないのでありますけれども、いま説明されました意見の整理につきましては、それぞれの学者の先生方も受けとめ方が若干ずつニュアンスが違っておるようであります。私も、分類といたしましてはそれぞれの意見が出るということを感じましたので、それはそれとして、皆さんの整理として伺っておきたいと思うわけですが、ここでは書面という形式も採用されておるわけでありますけれども、かなり幅広く各界の専門家の皆さんにお集まりいただきまして議論を集中しているわけであります。私は、これこそまさに大変大きな政治的テーマについて議論がある場合の国会、委員会のとるべき態度ではないかということを重ねて強調しておきたいと思います。  この際に参考人として出席されておりましたこの二十六人の中の一人の宮澤先生が当時、憲法論、天皇制とのかかわりにおいて一世一元の制度についてきわめて明快な御意見を述べていらっしゃいました。  一世一元の精神は、天皇が日本を統治せられた統治権の総攬者として日本の国に君臨せられたということにあるのであって、大正十年というのは、大正天皇が日本を統治せられた大正天皇の御代の十年と了解しておりますから、そういうような意味におきまして、私はその一世一元は、皇室典範の廃止によって廃止されたと見るべきではないかと、 解釈している、こういうお考えであります。一世一元というもの、その本質から見まして皇室典範、明治憲法の消滅すると同時に消滅したと理解すべきである、こういう意見を述べておられるわけでありますけれども、基本的には私たちはまさにそのとおりだと思います。  冒頭に、戦前の統治権の総攬者としての天皇の地位を中心とした国家体制と、今日の、なお象徴という形で存続させられている天皇制、そのことを含めた今日の国家の体制、ここにおける基本的な変革の観点をお伺いし、実はその象徴天皇制の機能、国事行為とか公的行為、私的行為の関係についてずっと伺いたかったのでありますけれども、残念ながら時間がなくなりました。われわれの基本的主張について、これはもう従来、岩垂、栂野両委員からも主張したとおりでありますけれども、われわれは今日、一世一元の天皇制が明快に憲法違反の判断がなさるべきものと考えています。そして、その問題についてなお時間をかけて多くの専門分野の皆さんの意見を聞きながら、慎重を期すべきである、こう意見を固持いたします。この問題について、また新たな提案とか議論ということも必要になってくるものと思うわけでありますけれども、きょう私は、余りにも性急に事を進めるきらいがあるではないかという観点から幾つかのテーマについて質問をいたしました。こうした観点につきましてはいろいろすれ違いの議論として伺いましたけれども、なおそういう立場というものを堅持して今後の議論を続けていきたい、こういう気持ちを表明いたしまして、ちょうど三分という時間でありますので、私の質問を終わりたいと思います。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 午後一時から委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。     午後零時四分休憩      ――――◇―――――     午後一時二分開議

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  元号法案を議題といたします。  本日は、参考人として、国学院大学教授坂本太郎君、青山学院大学教授小林孝輔君、駒澤大学教授林修三君、慶應義塾大学講師村上重良君、筑波大学教授村松剛君、以上五名の方々に御出席を願っております。  なお、村松参考人は、所用のため少々おくれて御出席になりますので、御了承願います。  この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、御多用のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  本委員会におきましては、目下元号法案について審査を行っておりますが、参考人各位におかれましては、本案について忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の審査の参考にいたしたいと存じます。  御意見をお述べいただく順序は、坂本参考人、小林参考人、林参考人、村上参考人、村松参考人の順序で御意見をお一人二十分程度お述べいただき、次に、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を受けることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきを願います。  それでは、坂本参考人からお願いいたします。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 私は、いまからちょうど三十年前の昭和二十五年三月に参議院の文部委員会にお招きを受けまして、元号に関する意見を陳述いたしました。当時の情勢は、元号は新時代に即しないものであるから西暦一本にすべしという意見が大勢を占めていたのでありますが、私は、あえて元号はぜひ存続させていただきたいという意見を陳述いたしたのでございます。恐らく因循固陋な意見であると嘲笑されたことと思いますが、それから三十年たちまして時世が変わってまいりまして、今度は政府が元号法案を御提出になる、国民の大多数も元号の存続を望んでおるというようなことになりまして、深い感慨を覚えている次第でございます。元号に対する私の意見は、三十年前と少しも変わっておりません。したがって、私は、このたびの元号法案に賛成いたすものでございます。  歴史を顧みますと、日本においては、年をどのようにあらわしていたかといいますと、最も古い方法は、十干十二支の組み合わせによる干支、甲子とか乙丑とかいうもので六十年を周期とするものでございます。  次には、天皇の治世によって数える仕方でございまして、たとえば神武天皇元年とか神武天皇二年とかいうものでございます。  第三は、孝徳天皇の元年に初めて採用されました元号によるあらわし方でありまして、すなわち大化元年、その後に白雉元年とありまして、しばらく中絶しまして、文武天皇のときに大宝の元号を建てまして、それからはずっと今日に至るまで、そのような元号による年のあらわし方が定着いたしまして、一年の断絶もなく今日に続いている次第であります。大化から数えますと千三百三十四年になりますし、大宝から数えますと千二百七十八年間ということになります。  元号は、天皇の代がかわりますときとか、あるいは瑞祥がありまして天皇も国民もともに喜びを分かち合うときとか、あるいは災害がありまして国民生活が困窮しているときに害を払って幸福な世にしたいという願いを込めて改めるのが例でありまして、これを改元と称しております。したがって、今日まで元号は二百四十六ほど数えられます。明治改元の際に、それまで一代にしばしば改元がありまして煩わしかったのを改めまして、一世一元ということに定められたのでございます。  もともと、元号の制度は、中国に始まったものでありまして、日本はそれを採用したものでありますけれども、本家の中国が清朝まではこれを用いていたのでありますが、中華民国になりまして廃止いたしました。したがって、今日元号を用いている国は日本だけと相なりました。こういう長い伝統を持っている制度は、私は一種の無形文化財であると考えるものであります。われわれの先祖の長年にわたる英知と経験の結晶になる文化遺産であると考えるのでございます。今日、文化財の保護につきましては、国民一般の関心が大変高まりまして、特に地中から出てまいりますいわゆる埋蔵文化財というものについては、新聞などは驚くばかりの情熱を持ってそのことを報道し、その保護の必要なことを述べております。それは歴史の徴証となり、先祖の足跡が知られるという学術的な価値を重んずるからでありましょう。元号も文化財であるということにおいて、その埋蔵文化財と同じ一面を持っていると思うのであります。ただ、一つ違うことは、埋蔵文化財はすでに使命を終えて死んだものであります。けれども、元号は、今日なお生きているものであるということであります。また、将来もこれは生かしていかなければならぬという点で大きな相違があると私は思うのであります。  元号が日本における貴重な文化遺産であるということについては、恐らく何人も御異存はあるまいと思いますが、ただし、将来これを生かしていかなければならぬということになりますと、恐らく反対論が起こってくるだろうと思うわけであります。そこで、なぜ将来も生かしていかなければならぬと私が考えるかという点について愚見を申し上げるのであります。  まず第一に、元号は、現憲法の定める象徴天皇制下において天皇と国民とを結ぶきずなとして最も適当な制度であると考えるからであります。現憲法は、申し上げるまでもなく「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。」と定められております。象徴というのは、大変含蓄ある言葉であります。かつて、この憲法制定のことを担当せられました金森国務大臣は、これをあこがれの中心というように敷衍しておられたことを思い起こすのであります。終戦直後におきまして大多数の国民は、天皇が政治上の権能を一切失われたことを認めましても、なおこれを景仰し、尊敬するにやぶさかではなかったのであります。今日におきましても、日本文化の中心、日本の道義の中心として天皇を仰ぐのが大多数の国民の心理であると存じます。その天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなは、いろいろな行事、たとえば新年の歌御会始めの行事であるとか、各地への御巡幸であるとか、いろいろとございますが、最も深い意義を持つ制度は、天皇の代のかわるごとに元号を改めるということであると存じます。  元号は、新天皇が国家の繁栄、国民の幸福を祈念する心を体して定められるはずのものでありまして、新元号によって国民の耳目を一新する効果があるでありましょう。そして申すまでもなく、これはあくまで精神上の問題でありまして、政治上の問題ではありません。元号を法制化することが天皇主権の復活につながるなどという議論は、これが精神の問題、文化の問題であるということにことさらに目をつむったところに起こるのであります。また、元号は存続してよいが、天皇の一代ごとに変えるのは不便だという議論もありますが、これは元号の本質を理解しない誤った考えであります。元号は、天皇との深い関連を持ってこそ意義があるのでありまして、その関連を失ったら元号の名に値しないのであります。  第二に、主として歴史上の事実から申すのでありますが、東洋諸国におきましては、中国が常に中原に統一帝国を形成して、周囲の国々を属国とみなしておりましたから、その属国が独自の元号を持つことを許しませんでした。朝鮮の新羅は、初めは独自の元号を持っていましたが、付庸の国で自国の元号を持つというのは不遜の至りであると唐の太宗にしかられまして、それ以来唐の元号を用いました。これは後に朝鮮半島を統一した王氏の高麗、李氏の朝鮮も同様でありまして、それぞれ時の中国王朝の元号を用いております。この意味で、日本が大宝以来一度の断絶もなく独自の元号を用い、中国から何の干渉も受けなかったという事実は、軽々に見逃すべきことではありません。それは独立国として極東に光栄ある地位を保持しました証左であります。今日の元号にそういう意味は薄れてはいましょうが、しかし、私は、国がその国独自の年の数え方を持つということは大切なことであると思います。歴史と伝統に基づく自信として独自の紀年法があることは当然であろうと思います。  西暦採用論者は、こういう考えを国際観念を欠如した独善の思想と笑うでありましょう。しかし、いかに国際化の時代でありましても、世界の各国は民族も風土も歴史も文化もそれぞれに違うのであります。日本のように同一民族をもって一国家を形成し、二千年来変わることのない皇室を中心として独自の文化をはぐくんできました国は、むしろそういう独自の文化を発展させていくことこそ、国際社会に伍して世界の平和と文化に貢献する道であると思うのであります。日本が独自の文化や制度を持つことは、決して国際化の時代に対応しない固陋な考えではないのであります。まして私は、日本が国として独自の紀年法、すなわち元号を公には採用するにしても、西暦を使いたいと思う人がこれを使うことを否定しようとするものではありません。使いたい人は、これを使えばよいわけであります。  ただ、国の正式の紀年の法は西暦であってはならない。これは絶対に西暦にすべきではないと思います。なぜならば、西暦は世界暦だとか国際暦だとか言いますけれども、キリスト誕生の年から数えたキリスト暦であることは間違いがありません。キリスト教国でもないわが国がキリスト暦を日本の正式の紀年の法とすることは、それこそ憲法の信教自由の原則を侵すものと思うのであります。キリスト教を支持する人は、日本固有の習俗ともいうべき神道的な行事には目くじら立てて、ささいなことまでも取り上げて信教自由の憲法を振り回しますけれども、最も根本的な西暦採用の問題については何もおっしゃらないのは、はなはだへんぱな見解であると私は思うのであります。  第三に、実際の便利の点からも元号が挙げられると思います。およそ無限に続く長い時間を区切るには、一年という単位の上にさらに適当な上級の単位があるのが望ましいのであります。西暦は、そこで百年ごとに区切って世紀という観念を取り入れております。しかし、この世紀は単なる機械的な区分でありまして、内容のないものであります。これを元号制により天皇の代によって区分すると、おのずからその期間の特色があらわれまして、これを使うにも覚えるにも大変便利であります。特に後世から歴史時代として見る場合、その効果は著しいのであります。明治時代と言えば、明治天皇治世下に日本が近代国家として躍進した輝かしい時代をたちどころに思い起こすことができますけれども、これを一八六八年から一九一二年までの時代であったなどと言うのは、およそナンセンスであると思います。こういう例は枚挙にいとまもありませんが、それは省略いたします。  歴史に関連して、元号では西暦との対照が不便であるという説をよく聞きますが、それは、基本的な事件と西暦の年数とを若干覚えておけば十分用は足りるのであります。たとえば年号を始めました文武天皇の大宝元年、これは西暦では七〇一年、関ケ原の戦いは慶長五年で西暦一六〇〇年、北清事変が明治三十三年で一九〇〇年、こういう基本的なところを押さえておけば、あとは年表という便利なものがありますから、それを見ればたちどころにわかるわけでありまして、西暦との対照を必要とされるような方は、年表ぐらいはごらんになる労をいとわれるはずはないと思うのであります。  最後に、このことに関連いたしまして一言蛇足を加えますが、戦後の指導的な言論や政府の施策が合理主義ということに重きを置きまして、何事でも事を一本化する、AでなければB、CでなければDと、同類のものが共存することを拒絶する傾向があることを、はなはだ私は遺憾とするものであります。尺貫法とメートル法は併用して一向差し支えないのにメートル法に一元化する。あるいは国語国字政策などは最近大分緩和されましたようですが、いろいろに読んでこそ妙味のある漢字の音訓を一つにする。地名なども都市では画一化して、旧地名を抹殺して、新しい東とか西とかの一丁目とか二丁目とかというようなものに変更する。これら一連の政策は、ことごとく文化の伝統の破壊でありまして、合理主義の履き違えであると思うのであります。年の数え方にも由緒正しい元号を本筋として、これに西暦を併用するという柔軟な態度が望ましいと私は考える次第であります。(拍手)

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 次に、小林参考人にお願いいたします。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 元号問題につきましては、政治学的な、あるいはいま発表なされましたような歴史的な、あるいは社会的なさまざまな問題がございますけれども、私は、及ばずながら憲法学を勉強しておりますので、憲法学的な見地からに限定して、若干私の考えを述べさせていただきたいと思います。  憲法論的に扱うと申しました場合には、ここで申し上げたいことは、大きく分けますと二つございます。一つは法制化の問題と、もう一つは現にあらわれております法案の問題と二つございます。  まず、第一の法制化の問題でございますが、これについては、さらに三つの問題があると思います。  第一は、広い意味のでありますが、なぜ法制化が必要であるのかという問題であります。この点につきまして、きのう当局から渡されました元号法案を見ますと、ここに立法理由がございます。この立法理由を見ますと、「元号に関する制度を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」というのであります。つまり必要があるから必要なんだというのでございまして、いささかわかりにくい理由、必要性でございます。  そこで、さまざまなところにおいて言われております必要であることの理由を見ますと、たとえばでありますが、元号法制化実現国民会議というところがございまして、そこで申しますのには、天皇は日本国の象徴であり国民統合の象徴であれば、天皇の交代とともに定められるのは、もちろん元号でありますが、きわめてふさわしい、こういうような理由になっております。この意見は、いささか憲法原理の上から再考されるべきではないのかというふうに思うのであります。つまりここで言いますのは、いわば一世一元は必要だということなのでありましょうけれども、これは明治憲法の君主主権主義という憲法原則と一体をなすものであって、国民主権主義を原則とする現行憲法のもとでは同列に論じ得ないのじゃないか。  その理由でありますが、一世一元は一八六八年、すなわち明治元年の九月八日、行政官布告とともに始まり、その日の詔書でもって、朕がみずから万機の政をとるに当たり「海内億兆」とともに「更始一新」を図るため「明治」と改元するとあり、この文言は明治元号から大正元号へ、大正元号から昭和元号へとか変わるたびにおおむねこの文言どおりに使われていて、つまり万機の政をするに当たって元号を変えるというふうに詔書されているわけであります。言いかえれば、元首天皇制、君主主権制とイコール一世一元制ということになるわけであります。  しからば現行憲法の政治原則あるいは統治原則あるいは国政原則というのは何か。これはいまさらここで申し上げるまでもないことでありますが、国民主権の原則が基本的人権尊重の原則及び平和主義の原則とともに三大原則とされている。この点については、もはや憲法学界では全く異論がないと言っていいのではないかと思います。これは言いかえれば、天皇は元首ではない、君主ではないということであります。明治憲法の一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」という原則ではなく、また三条の「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という規定でもないのであります。しかしながら天皇制というものは、国民統合の象徴云々と先ほど申しましたように、残っております。そこで、この国民主権の原理と、天皇は元首でないということのいわば調整的なものとして天皇象徴という規定があるというわけであります。つまり象徴天皇制というのは国民主権制、非元首天皇制と対するものであるということは、二つ、三つでも憲法書をごらんになれば明らかなところであります。したがいまして、一世一元というようなことをするということは、つまり元号と象徴天皇制というものが矛盾するということはほぼ学界の有力説であります。私がここで有力と言いますのは、そういった意見を否定する意見がないという意味ではございません。たとえば、どんな憲法学者でも論文を書く場合には必ずそれを披見する、見ないではいなく、司法試験の委員もなさっているという方、まさにこれは指導的憲法学者と言っていいと思いますが、そういう憲法学者もそういうふうに言っているわけであります。  以上が、なぜ必要かということに対する私の感想であります。  第二番目の問題で、元号があってそのまま認めた方がいいというのは、私の手にした一番最近の世論調査では、毎日新聞の四月二日号でありますが、八八%の者が存続がいいと言っております。もっとも、法制化については二一%が賛成であり、二つあるとややこしいというのが存続がいいという者よりも上回っているということでありますけれども、それはややこしいから一応おきます。そのようにして現実には使っております。私自身も大正っ子と言ってみたり、大正デモクラシーと言ったりしているわけであります。  そこで、しからば残すにはどういう方法がいいのかという第二の問題であります。これについては、いまのところ学界で発表されている意見では、内閣の告示による方法、それから政令による方法、もちろんこれは内閣でありますね。それからまさに法律化という三つの方法があるようであります。  第一の告示の方法でありますが、これは、五十年には植木長官、五十一年には参議院内閣委員会で西村長官が発言したりして、一時期、政府でもこういった考え方があったようであります。が、この点については、学界の意見では反対論があります。その反対論というのは、幾つかあるのでありましょうけれども、主なことを言いますと、後から申しますように、政令でやるべきではないということが、いわんや下級法でやるべきではない、ここのところちょっとわかりにくいのですが、とにかく政令でできないものをするというのはおかしいと言うのであります。それからまた、多かれ少なかれ、国民が使うものを四十一条の国会規定を否定して、そして内閣が行うというのはいかがなものであろうかというのが学界の意見でございます。  もう一つの意見としましては、御承知のように、国家行政組織法の十四条には、「各大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、公示を必要とする場合においては、告示を発することができる。」とございます。内閣法にはございませんけれども、告示で行うということが全く許されないという積極的な規定はまたないようであります。恐らくそういうところから、たとえば当用漢字のように内閣で告示をし、それをかなりの者が守っている。またこれは守らなくたって別に罰せられないという、いわば強制力なき現在と同じような事実たる慣習ということになるわけでございましょう。こういった方法があるわけであります。  二番目には、政令という方法でありますが、これは全く許されないと思います。といいますのは、憲法七十三条六号にありますように、政令というものはその根拠法である、上級法である法律が必要である。法律がない場合には、これはできないということになるからであります。  三番目に、法律的な対策はいかがか、それはまさに当面の問題かと思われますけれども、この点についてであります。これはいまもちょっと申しましたように、国民の権利義務に何らかの関係があるというような場合に、これは国民の代表機関であり、国民が選挙で国会へ送り出した人たちの意見によるべきだという、憲法四十一条から言うと筋が通っていると言えると思うのであります。つまり形式的には四十一条、法律的手段の方が、ほかより望ましいと言えると思います。  ただ問題は、実質的にいかがかということでございます。実質的にはかなり問題があるのじゃないか、それは大きく分けますと、二つ問題があると思います。  一つは、先ほど申しましたように、象徴天皇制、言いかえれば国民主権制というものと抵触するからであります。第二番目は、一昨日も政府側からありましたように、法律化しますと、強制化がなされるということであります。  そこで、強制化に伴って、国民主権論というのは、いわば政治構造の方の問題でありますけれども、憲法第三章の人権問題と抵触することが起こるではないかと思われるわけです。特に憲法十九条、二十条、二十一条と関係するところが多いのじゃないかと思います。  若干の例を挙げますと、十九条に関しましては、元号を使わない、逆に言えば西暦を使うということでございましょうけれども、そうすると、法律で決まっていることに従わないというのは反法治国家的である、反法治国家主義であるというようなことを言われるでしょう。そうしますと、たとえば私、教師なもんですから、しょっちゅう学生の就職問題に関係するわけですが、学生が就職のときに、昭和を消して西暦を書いたなんというと、この男はどうも余り従順じゃないななんていって、あるいは就職取り消し、そこまでいくかどうかわかりませんが、そういうこともないではないと思います。  ごく最近の二月二十三日でありますが、ある資料によりますと、元号の法制化は反対であるというのか、あるいは考えようというのか、そういった趣旨の集会をやっている街頭の運動に対して、非国民めというのでもってある人たちが殴り込んだというようなことを聞きましたけれども、こういうのを見ますと、十九条、思想、良心の自由というものと無関係ではないということがどうも気になって仕方がないというのが正直な私の感想であります。いわば元号の問題を慎重にしたいというのは、むしろ現在の法治国家、国民主権制、象徴天皇制というものを大事にしたいというからこそ元号に対して考えようというわけでございますのに、それに対して神を恐れぬ振る舞いというふうに飛躍するのはいささかわかりにくいと同時に、非常に憂慮にたえない。  それから第二点の二十条、これは信教の自由でございますけれども、信教の自由とは直接結びつきにくいのでございますけれども、最近、神社神道の方で出しています神社新報という刊行物の二月五日号に、元号をぜひ通せということを主張している論説がございました。ですから、読売、朝日、毎日といったふうな全国紙の論説と少し違った方向ではありますけれども、この神社教というのは、いままでさまざまな最近の判例をめぐる問題でも政教分離に対してはかなり批判的でございます。政教分離原則という憲法二十条の原則に批判的なグループが非常にこれを応援するということは、やはり憲法二十条とどうも無縁ではないというふうな気がいたします。  それから二十一条のいままでの問題、たとえばこういう非国民だというのも、これはいわば元号を考えようとか、あるいはもっと突き進んで反対であるとかいうような――私は反対という意味じゃありませんけれども、そういうような議論を暴力的にふさごうとすることも、これはまさに二十一条の問題でございますけれども、公務員に対する強制は行われざるを得ないということは公な発言として見られております。そこで、そういったいわば官公署を相手にするところの書類なんかを国民が出そうとする場合に、これじゃぐあいが悪いのだと言われることは十分に考えられるわけでございます。そうすると、これは言論、表現権とも密接に絡んでくるというよりも、むしろ言論権というような法益を侵すような契機をはらんでいる、こういうふうに言える。もしこれがいきますと、さらに私の杞憂を言うならば、これは違憲ではないかというような、憲法問題にまで発展するということも言われ得ると思われるわけです。  以上が一番初めに類別しましたところの第一の問題、法制化をめぐる問題でございます。  次は第二の、法案そのものについてでございます。  これはいろいろあるのでございますけれども、一つだけ申し上げますと、法案の一に「元号は、政令で定める。」と、こうございます。非常に単純明快な表現でありますけれども、単純明快であるために非常にわからないところが出てくるというふうに思えるのであります。政令で定めるということは、政令に法律が委任するということでございましょうが、一体どういう範囲でこれは委任するのであろうか。現行憲法は旧憲法と違いまして、政令というものはすべて法律の委任でなければだめだとして、法律と離れた、独立で歩くような政令はいかぬとしていることは、もうその理由については説明するまでもないことですけれども、国会尊重、国民主権という原則から出ているわけでございましょう。そこで、そういったいわば政令のひとり歩きを防ぐためには、政令で決める範囲というものを限定しなければならない。そこで、ここで言う「政令」というのは一体どういうふうな限定がなされているのだろうか。その点が不明であるというところに私は疑問を抱かざるを得ないのであります。少なくとも政令がひとり歩きしない、つまり適憲法的な政令であるためには二つの問題があると思うのです。  要件がありまして、一つは、どういうことを政令に任せるというふうに個別的、具体的に限定する必要があるであろうということ。それからもう一つは、法律では決め得ない問題、地域的な特殊事情などを一般的な法律で決め得ないというようなことでもって別個に決めるというようなことでございましょう。とにかく、そういった限定が必要であるにもかかわらず、これが限定してない。つまり、これから昭和にするのだ、あるいは大正にするのだというような名前の宣言だけであるのか、それとも名前を選ぶについてのプロセス、手続、機関というふうなものまでも政令で決めるものやら――もしそうであるとすれば、これは政令として許されている範囲の限界を超えているというふうに見るべきだというのがおおむね学者の通説のようであります。この点は明治憲法時分の行政法論からも変わらないようであります。  以上で終わりますけれども、あと二分ございますので、結論を申します。  結論といたしましては、では一体どうしたらいいのかというような問題であります。これは憲法論の範囲からは外れて政治的な問題になるわけですから、私は、ここでは発言する気はないのでありますけれども、ただ、憲法と矛盾しないようなことを考えたいと思うのであります。  公明党が、皇位継承の翌年ということにしたらどうだろう、つまり即座じゃないのだというふうにしたらいかがかというような議論があって、これも学界では評価する向きもございます。けれども、ただ、これに対しては、たまたま改元をしなければならぬような事件が年末に起こったというような場合には、一世一元と結果的には同じになってしまうのではないかというようなことで、疑問を持つ先生、学者もおられます。  それからまた、ある学者、これは憲法学者じゃございませんけれども、それは、来年でしょうか、一九八〇年がちょうど区切りがいいから、それから二十年ごとに改元したらよかろう。これはどういうことでそういうことになるのかわかりにくいのでございますが、いずれも一世一元というのだと憲法上ひっかかってくるということを考慮して、しかし、元号が欲しいというような向きもいるからという、二つのいわば理論的な要求と実際上の要求との妥協理論ということ以上には評価のしようのない議論だというふうに私は思います。  そこで学界の意見としましては、とにかくいま申しましたように憲法論的に非常に疑問が多いところであるからもっと考えたらどうか、しかるべき委員会を設けるなりして、どういうことが現行憲法の体制にふさわしい、まさに現行憲法秩序を尊重するような元号としていかにしてそれは生まれるべきかということを考えるべきじゃないかというのがおおむね学界の結論のようでありますが、私もそんなふうに考えるわけであります。ただ、こういう議論に対しては、そんなこと言った日には間に合わない場合もあり得る、これはとっさに必要が起こる場合もあるのだから、そんなまごまごしてはおられぬという議論もありましょう。それはそうでありましょうけれども、しかし、元号を持つかということと憲法秩序を尊重するかということと一体どちらが重要な問題かということを、やはりこの辺ではしっかりと考えることがまず大事ではないのかというふうな気がするわけであります。  以上で私の話を終わらしていただきます。(拍手)

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 次に、林参考人にお願いいたします。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 私は、この元号法案に賛成する立場で意見を申し上げたいと思います。  私は、憲法あるいは法律一般を専攻しております。主としてここで申し上げますのは、やはり憲法及び法律的な立場でこれに対する意見を申し上げたいと思います。  わが国の元号の歴史については、先ほど坂本先生からもお話がございました。私が繰り返す必要もございませんけれども、すでに約千三百年の歴史を持って続いてきておるわけであります。ただ明治以前においては、いわゆる改元、元号を変えることは吉凶禍福というふうなことを原因として頻繁に変えられたわけでございますが、それが明治元年の行政官布告で、慶応を明治に改元すると同時に、今後は、天皇一代の間は一つの年号でいく、いわゆる一世一元のことを決めたわけでございます。これは一つは便利だということもあったと思います。それから元号の手本になっておりますお隣の中国でも、あれはたしか元の時代、あるいは明からは非常にはっきりしておりますが、明、清と一世一元をとっておったわけでございます。そういうことを見てやったものであろうと思うわけでございます。明治憲法下においては、行政官布告がまず第一に法的な根拠としてできたわけでございますが、明治憲法が制定される際に、同時に皇室典範、いわゆる旧皇室典範でございますが、これができまして、この中に元号についての規定が第十二条で入っております。     〔委員長退席、竹中委員長代理着席〕 それからその後、明治憲法下において、元号を変える、いわゆる改元の手続については、皇室令である登極令で決められました。  明治憲法下においては、法的根拠はそういうことで続いてきておったわけでございますが、現行憲法になります際に、旧皇室典範及び登極令は当然に廃止されたわけでございます。行政官布告については、特に改廃の手続はされておりません。したがいまして、この行政官布告の効力はどうなったかということについては、いろいろ意見があるわけでございまして、現在でも若干の意見があるわけでございますが、これはやはりその内容から申しまして、現行憲法下においてはそのままの形では存続し得ない、そういうのが有力な見方でございます。現在、私が昔おりました法制局もそういう見解をとっておるようでございます。私、法制局長官時代にこの国会で答弁をしたことがございますが、そのときは、非常にどちらともつかないあいまいな答弁をしたことを覚えております。これは金森国務大臣が当時、前にも言っておられまして、そういうどちらとも解釈がつくという趣旨のことを言った記憶がございます。しかし、現在においては、これはやはり効力を持ち得ないという見方の方が私は正しいだろうと思います。そういうわけでございまして、明治憲法下において元号制の法的根拠になっていたものは、現在は廃止されたか、あるいは効力がなくなった、こう考えられるわけでございます。  ところが、昭和二十二年憲法施行後もずっと、国家機関あるいは地方団体、あるいは国民の多くも昭和の元号をそのまま使ってきております。これについて法的にどういう説明をするかということになりますが、これはいわゆる事実たる慣習として続いてきているのだ、そういうように解釈されておるわけでございます。事実たる慣習として続いておるならばそれでいいじゃないか、わざわざ法制化する必要がどうしてあるのかという議論がそこで出てくるわけでございますが、この事実たる慣習の内容についてまたいろいろ議論があるわけでございまして、現在の昭和は、確かに旧皇室典範と登極令に基づいてできたものでございまして、この昭和の年号については、できるときにまさに法的な手続をとっているわけでございますが、これは今上天皇御一代については問題はない。そういうふうな事実たる慣習は続くであろう。ただ、それで事実たる慣習は終わるのではないかという考え方と、いや、やはり天皇の代がかわった場合には新しい元号がつくられる、そういうものも事実たる慣習の中である、そういう考え方と両様の考え方がございます。しかし、いずれにいたしましても、昭和だけで終わるんだという考え方をとれば、いま国民の多くは元号制の存続を望んでいるようでございまして、これは世論調査の結果でもそれが出ております。  そうなりますと、やはり天皇の代がかわりました際に新しい元号をだれがどういう手続で決めるかという問題がどうしてもそこで出てくるわけでございます。事実たる慣習は昭和で終わらないのであって、天皇がかわられた後でもやはり新しく元号をつくるという事実たる慣習はあるのだ、そういう考え方を仮にとりましても、その場合、一体だれがつくるのかという問題はございます。行政官布告とか旧皇室典範のように、天皇が勅定されるということは現在の憲法下ではあり得ないわけで、しからばだれが、どういう手続で決めるかという問題がそこで出てくるわけでございます。したがいまして、この元号を将来も存続させるというような、また、大部分の国民が支持しているということになれば、やはりこの際、元号を将来も存続させる意味で法制化する必要があるだろうということになるわけでございます。これは元号でなくて、仮にそのほかのいわゆる紀年法、年の数え方をわが国で採用する場合でも、同じ問題はやはりあるわけでございます。仮に西暦を採用しようという場合でも、やはり法制化の必要は当然にあるわけでございまして、その点は、別に元号だけについて法制化の必要があるという問題ではございません。いま元号の法制化は、元号を存続させるという意味の法制化ということになっておるわけでございます。  そこで、元号を法制化する方法としては、いままで言われておるのは内閣告示あるいは政令でいいんじゃないかという考え方と、法律がいいんだという考え方と両方があるわけでございます。  なぜ内閣告示とか政令でもいいんじゃないかという議論が出てくるかと申しますと、これは元号あるいは紀年法というものは、その性質上、仮に法制化した場合でも、いわゆる宣言的、告示的と申しますか、あるいは訓辞的と申しますか、要するに、国民にそれに違反することを許さないというような、法的拘束をするような性質のものではないと考えられます。つまり、私的な関係で、仮にそういう元号なりあるいはほかの紀年法がつくられた場合でも、それに従う、従わないということが一般の国民の問で法的強制を伴う、そういう性質のものではない、いわゆる宣言的、告示的なものである。たとえ話は余り適当でないかもわかりませんが、たとえば当用漢字とか、かな遣いというようなものとそれほど違わない、つまり国民に基準を示して、こういうものを決めましたから使ってください、そういう性質のものだと考えられます。  これは、明治憲法下においても私はそうだったと思うのであります。明治憲法下においても、仮に元号を使わずに西暦を使ったからといって罰則があったわけでもございませんし、何らかの法的な不利益を受けたということは、一般私人間においてはあり得なかったわけでございます。これは同じことだったと思うのであります。したがって、そういう性質のものであれば必ずしも法律を要しないのじゃないか。つまり内閣告示とかあるいは政令――政令については若干の議論がございますが、政令もいわゆる内閣告示と同じような意味で、内閣が決めるという意味で、いわゆる法律に基づくという意味じゃなくて、法規、命令という意味じゃなくての政令というような形もあり得ないわけではございません。そういう意味で政令が言われているのだろうと思いますが、政令とか内閣告示でやることも法的に不可能ではございません。一時政府が考えたのも、内閣告示あるいは政令というようなものを考えていたようでございます。これは法的には別に不可能な問題ではないわけです。しかし、それじゃ法律では悪いのかということになりますと、法律で悪いはずがないわけで、法律は、国権の最高機関である国会が決められるわけでございますし、また、国会は唯一の立法機関でございますから、法律で決めるのがよい、その方がいいということは多言を要しないところだと思います。つまり内閣告示とか政令でもいい、場合によってはそれの方法もあり得るということでございまして、法律がベターである、あるいは法律によるのが普通の行き方であるということは、もう議論の余地のないことでございます。  それで、しからばなぜいまこの法制化をそんなに急ぐのかという問題になりますが、これは仮に天皇の代がかわるというふうな事態が起こった場合においては、やはり何らかの法制的な措置を講じておくのがいい、そのときになって急にあわてるのではやはり困るのじゃないか。そういう趣旨でこの法制化がいま出てきているのだと思います。また、これは私は適当なことであろうと思います。戦後三十数年たちまして、いろいろ議論がございましたけれども、この際区切りをつけるということはいいことであろうと思います。  これはずっとさかのぼりますが、明治憲法からいまの憲法に移ります際に、昭和二十一年の暮れに、当時の内閣で元号法案を用意したことがございます。ところが、当時は占領中でございまして、当時のGHQから、占領が終わってからにしてくれというような要望がございまして、あのときは見送られたといういきさつがあるわけでございますが、そういう事情が解消してからすでに二十数年たっておるわけでございます。この際元号制を将来も存続させるとすれば、その決まりをつけるということは、私はいま適当な時期じゃなかろうかという気がいたします。これは蛇足でございますが、仮に元号をとらないならば、別にかわるものを決めるという措置は当然要るのだろうと思うのであります。そういう問題としてでも、元号というものを存続させる趣旨であれば、これを法制化するのは適当な時期だ、かように考えるわけです。  この元号法案の内容でございますが、元号は政令で決めるということと、皇位継承のあった場合に限って元号を変えるということの二つが決められております。元号法という法律でやることは適当だと申しましたが、しかし、具体的に元号を法律で決めるというのは、なかなか性質上無理だろうと思います。また、急場の間にも合わないという問題もございます。したがって、これはやはり政令に委任するということが適当なのだろうと思います。これは具体的な名前をどうするかということでございます。  あと、元号の改元の手続につきましては、一つは、皇位継承のあった場合に変えるということがこの法律案で条件としてついております。これはいわゆる一世一元と大体同じ、実質的には同じことだと思います。皇位継承があった場合に変えるということであります。ただ、具体的に、皇位継承のあった場合に即時にやるのか、あるいは一日ぐらい置いてやるのか、あるいは若干日にちを置いてやるのか、そういう問題は一つの問題点としてあるわけでございますが、やはり元号法、いわゆる一世一元的な考え方が憲法の趣旨に違反することは、私は絶対にあり得ないと思うのでございます。これは後で申し述べます。したがって、やはり一世一元的な、つまり皇位継承とともに変えるということであれば、なるべく早い時期に決めるのが適当だろうと私は思うわけでございます。そこらの手続が具体的には決まっておりませんけれども、やはりこれは政府の適宜の措置でやるべきような性質の問題じゃなかろうか、かように思うわけでございます。法案の内容は、ごく簡単でございますが、こんなことで私は適当だろうという気がいたします。  そこで、元号法案について、憲法的ないろいろな異論が一部にあるようでございます。それから法制化した場合のいわゆる強制問題、これがあるようでございますから、この二点について若干私の意見を申し上げたいと思います。  この元号法が憲法の趣旨に反するという意見は、私はどう考えても理解はできないのでございますが、これは、確かに明治憲法時代の元号は天皇が勅定するということでございました。それは、主権を有する天皇がみずから決められるということであったことは間違いございません。しかし、いまつくろうという元号がそういう性質のものでないことは明らかである、また、そういうものができるはずもございません。ここに書いてございますように、元号の根拠は、国会がこれを決めようということでございます。その具体的な元号は内閣が決めるということでございます。これは別に天皇の権能に何らのプラスをするわけでも、何らのマイナスをすることでもございません。また、こういうことを決めたからといって、天皇に元首的性格がふえるとか減るとかというような問題でもございません。そこに何らのかかわりはないわけです。  しからば、いわゆる一世一元的な考え方で天皇の在位と結びつけることが憲法の趣旨に反するかという議論でございますが、これは天皇の象徴制の問題でございまして、憲法第一条で「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴」であるということがはっきり書いてございます。元号を、日本のいままでの国民の考え方、つまり多数の考え方だと思いますが、それと天皇の象徴的性格からいって、これに結びつけることは、私は、むしろ象徴制に最もふさわしいことじゃないかと思います。象徴制については、いろいろなところに象徴制があらわれると思いますけれども、元号を天皇の在位と結びつけるということは、天皇の象徴制ときわめてふさわしいことであろう、これはどうして憲法の趣旨に反するのか、私にはどう考えても理解できません。これによって天皇が元首的なものになるわけでも何でもないわけでございます。憲法に関しては、私はそういうように考えるわけでございます。  それから、あと法的強制の問題と関連して憲法問題もございますが、それも後でちょっと触れます。  法的強制の問題でございますが、これは前にも申しましたように、元号とか、およそ紀年法、年数の数え方を仮に法制化した場合に、それが国民の一般の私的関係において強制力を持ち得ない、持ち得るような性質でないということは、これは性質上明らかでございます。これは宣言的、告示的というような言葉でわれわれ表現しておりますけれども、一般の私的な関係においては、それを使わなければならないという拘束は生じません。これは、今度の法律案でもその点ははっきりしております。これは、先ほど申しましたように、明治憲法下の元号でもそうだったと私は思います。そういう意味においては、これはそこに何らの法的拘束力、強制はないわけです。  問題は、国家機関なりの問題でございますが、国家機関は、こういうものを決めた以上はこれを使うということは当然のことであろうと思います。また、地方団体も公的な機関でございますから、こういうものを使うというのも、これは当然のことであろうと思います。それから国とか公共団体に文書を差し出す場合、これもやはり一応はこういう元号を決めた場合にはそれによるというのが、私はたてまえだと思います。これも元号に限ったことではございませんが、こういう紀年法を法律で決めた場合に、法律で決めるというのは、要するに、いろいろな年数の数え方についてばらばらでは、国の事務でも地方の事務でも、これは困ります。事務処理上も困りますし、あるいはいろいろなことの証明をする上でも困るわけで、やはり統一が必要であるということになります。統一が必要であるとなれば、やはり法律で決めたものによるというのがたてまえでございまして、そういう意味においては公文書、あるいは国、公共団体へ差し出す文書については、これは原則としてそれによるというのがたてまえで、公文書でも外交関係のようなものは、これは明治憲法時代からそうでございますが、西暦を使っている例もあるわけでございますが、それは事態によるわけでございますが、公文書とかあるいは国、地方団体に出します文書は原則としてそれによるという、また、それによらないと混乱を生じます。各自ばらばらのものを、ことに国の機関とか地方団体の機関に差し出す文書について、西暦ならまだいいのでございますけれども、たとえば自分はヘブライ暦を使うとか、神武紀元を使うとか、それは自分の自由であると言ってやられたのでは、やはり事務処理上も非常に困ります。あるいはいろいろなことの後で文書の証明をするような場合でも困るわけでございます。なるべくならばそれに協力してほしいというように言うのは、これは当然のことであろうと思うわけでございます。そういう意味においては、この元号なら元号を決めれば、そういう意味の、法的にそれを使わなかった場合に何らかの不利益を受けるというようなことは普通は考えられませんけれども、事実上の強制力的なものは、そこに働くことはあり得ると思います。これは、仮に西暦というものを日本が採用した場合だって同じことでございます。  ただ、その場合に、それが一体憲法の十九条とか二十条とか二十一条の問題になるかということでございますが、元号を決めたこと自身は、私は、思想、表現、良心の自由とは直接関係ないと思います。どういう内容を決めたということが、すぐ表現の自由とかなんとかいう問題に直接関連はない。むしろ西暦の場合には、信教の自由の問題が出てくる可能性がございます。自分はキリスト教はいやだというようなことで、それを使うことに非常にこだわる人がないとは限りません。西暦は、日本人はいまキリスト教との結びつきをそんな明確にはみんな感じておりませんけれども、しかし、もとを正せば、キリスト暦であることは間違いない。外国の表記を見れば、ADとかBCという表記がございますね。ADとは主の年であり、BCはキリスト以前ということでございまして、明らかにキリスト教との結びつきがあるわけで、そういうものがいやだと言う人は、これは必ず出てくる可能性がございます。むしろそういう場合にこそ憲法二十条の問題なんかが出てくる。それもそんなことにこだわる必要はないと私は思いますけれども、そういう議論は出てくる可能性はございますが、元号自身について、十九条とか二十条、二十一条の問題が出てくることはちょっと考えられないと思います。そういう性質のものじゃないというような気がいたします。しかも、私的関係において使うことは、何を使おうと自由でございますから、その点についても問題はない。国、公共団体に出す場合には、これはやはりいわゆる公共的な理由で余りばらばらのものを使われたのでは、役所の事務も混乱するばかりでございます。なるべくそれに協力してほしいということになることは当然なことであろう、そういうふうに考えるわけでございます。  大体時間になりましたので、私の賛成意見は、以上のとおりでございます。(拍手)

竹中修一自由民主党

○竹中委員長代理 次に、村上参考人にお願いいたします。

村上重良慶鷹義塾大学講師

○村上参考人 私は、宗教を中心とした日本文化の研究に携わっております。その立場から、元号法案に反対する理由を申し上げます。  現在、元号法案が審議されているわけですが、私は、二つの側面からこの元号法案に反対をしております。第一点は、元号が持っております歴史的な本質、性格、つまり元号とは何なのかという問題、それから第二は、元号が持っております紀年法としての欠陥でございます。二つ目の方はいわゆる便利さ、実用性からの反対論でございます。  初めに、元号の本質ということを考えてみたいと思います。言うまでもなく、元号は年の数え方、紀年法の一種でございます。およそ年、すなわち時間ですが、時間というものは物理的な範疇に属するものであります。そして人間は、社会生活を営む上で、適宜一つの起点を定めて、それから何年後、その起点から何年前というような尺度をつくって年を数えてきたわけでございます。そして、歴史的に見ますと、時間に対する観念は、非常に漠然とした近い昔、ずっと昔、大昔というような認識、それから自分たちの住んでいる生活圏で使うだけの時間の数え方、そういうものがだんだんに古代社会に入りまして発展をしてまいります。そしてその歩みは、全体として見ますと、時間のとらえ方の尺度が次第に長くなっていくという傾向、それから広範な地域でもって同じような年の数え方が行われるようになる、そういう傾向が認められます。そのような発展の中から、人類の歴史にはさまざまな紀年法が成立し、使われたわけでございます。  いろいろな分け方があると思いますけれども、たとえば政治的紀年法、つまり何々大王が国を始めてから何年というような、古代国家の広い版図を持った帝国などで使われたそういう数え方とか、あるいは最初のオリンピックがあった年から何年というようなオリンピック紀元というような数え方とか、あるいは自然認識、世界認識に基礎を持つ十干十二支の組み合わせで六十年単位で年を数える干支、いわゆるえとのようなものもあらわれました。  そしてまた、もう一つ大きなグループといたしまして、いわゆる宗教的紀年法というものが成立しております。これは宗教学の方で創唱宗教とか世界宗教ということを申しますが、キリスト教とか仏教とかイスラム教というように、原始社会や古代社会の宗教と違って、特定の創唱者が教えを述べて、そして人々に内面的な救いを呼びかけて布教していく、そういうタイプの宗教が古代社会の末期に成立いたします。そして、このような創唱宗教は、それ以前の人類の文化にはなかったような、たとえば人種の違いとか言語の違いとか国境とか、そういうような境目というものを越えて広がっていき、一つの信仰で結ばれた社会集団を形成するという特徴がございます。つまり、キリスト教について言えば、アフリカの人でクリスチャンもいれば南米、ラテンアメリカの人でクリスチャンもいる、日本人にもいる、ベトナム人にもいる、そのように人種とか言語とか国境とか、そういうこととかかわりなく広い普遍的な宗教で結ばれた世界をつくっていくという特徴を持っております。そして、このような文化現象は、創唱宗教以前には見られないわけでございますが、このような宗教が発展していきますと、必然的にその宗教の教えに立った紀年法というものが生じてまいります。大変普遍的な年の数え方の基盤としては、世界宗教というものは非常に似つかわしい性格を持っているということであろうと思います。  一般に今日も生きておりますものに、ゴータマ・ブッダの亡くなった年から数えていく仏滅紀元、いわゆる仏紀というのもございます。これは南方仏教諸国では現に用いられておりますし、日本でも仏教の集会などで使われることがございます。  それからイスラム紀元というものがございます。これはイスラム教を開いた予言者のムハマドがメッカからメジナへ移った、ヘジュラと申しますが、その年を第一年とする数え方でございます。これはやはりイスラム圏の諸国で国際暦として現に用いられております。ただ、イスラム暦の場合は太陰暦でございますので、これから触れますような日本とかキリスト教紀元を使っている国の暦法とは違いまして、きれいに一年ずつ対応するというわけにはまいりません。しかし、そういう独自の国際暦が現に生きております。  それからもう一つ大きなものとして、いま問題のキリスト教紀元がございます。これはキリスト教に起源するわけでございますが、歴史上のイエスの存在とはもちろん一致しない数え方でございますけれども、大体紀元五二五年ごろからヨーロッパのキリスト教世界で用いられて、今日に及んでおります。  そして、キリスト教紀元は、いわゆる西暦でございますが、他の宗教的紀年法とちょっと性格が違ってきております。それはキリスト教が世界的な規模に宗教改革の時期から広がっていきます。ヨーロッパ、オリエント、西南アジアの宗教であったものが、アフリカ、新大陸、アジアというふうに広がってまいるわけでございますが、このキリスト教の世界的な発展というものと、世界の市場が資本主義によって単一化されていく歩み、つまりそれぞれの地域単位社会が近代化していく歩みというものと不即不離の形で、つまりキリスト教紀元を基準として年を数えている勢力というものが世界の近代化を触発し、植民地化などを通じて実現していった、そういう近い歴史的な過去がございます。  そのために、キリスト教紀元の場合には、確かにその淵源は言うまでもなくキリスト教の教えにあるわけでございますが、実際には事実上の最も広い国際的紀年法という地歩を獲得してきたわけであります。そのために、今日たとえば二十世紀という言葉にキリスト教を直接結びつけるということは、実際にはほとんどございませんし、それからまた、キリスト教と全く関係のない社会主義国であるソ連とか中国、ベトナム、そういうところでも、西暦を公元などという名前で採用しております。つまり、紀年法というのは一つの起点を決めて、年をプラス、マイナスして数えていくという方法に尽きるわけでございますから、比較的に言えば世界で最も広く共通のものが使われているものに国際的な普遍的な性格が生じてくるということになるわけでございます。  そういう意味で、私は、西暦というものをことさらにキリスト教の暦と考える必要はもう今日ではないというふうに考えております。そして、この西暦はいわゆるグレゴリオ暦で暦日を定めているわけでございますが、日本におきましては、明治六年の改暦の際に西暦と全く一致する年月日の設定を改暦で採用しておりますので、実は日本で言う一年は国際的に最も広く使われている西暦の一年と全く同じものという現実がございます。そして、仏教紀元を持っていたり、イスラム紀元を持っていたり、またまれに何々建国何年というような数え方をする国におきましても、多くの場合、実用上の必要から西暦が併用されております。西暦に全く無縁という文明国は現実にはないわけでございます。  それに対しまして、もう一つの紀年法であります元号というもの、これはすでにほかの参考人の方もお触れになりましたが、中国の古代で成立した政治思想に基づく年の数え方でございます。紀元前一四〇年ごろから漢の武帝が建てたと伝えられております。その背景となっておりますのは、中国古代の政治思想の天の思想でございまして、天が命令を下して、天子がその命を受けるわけですね。そして天子は、国土、つまり空間と同時に時間をも支配する、そういう考え方から、天子はみずから元号というものを建てて、それを版図の人民、それから隷属した者たちに使用させる、そういう制度が生じたわけでございます。そして、この考え方は元号というものの本質に根差しているわけでありまして、日本では八世紀初めぐらいから中国にならって元号を採用したわけでございます。     〔竹中委員長代理退席、委員長着席〕 そして、日本におきましては、天皇に元号を定め、元号を改める権限が属しておりました。しかし、実際には、元号というのは多分に呪術的な意味を含んでおりまして、代がかわったとか、あるいはめでたいことがあった、不吉なことがあった、あるいは十干十二支で言う革命、革令の年、辛酉・甲子と申しますが、そういう年には元号を改めるというようなことが行われてまいりまして、実に頻繁な改元が明治維新まで続いたわけでございます。こういう頻繁な改元は、結局、年の数え方としては大変不自由でありまして、多くの場合、日本の一般の人々は、酉の年とか戌の年とかいうような、えとによる年の数え方で、六十年単位でその前後を覚えて使っていたわけでございます。また、公の文書などにも元号と干支を併記するのが慣例でございました。このような形で幕末まで来たわけでございますが、明治維新の際に、いま問題の一世一元制が、これも中国にならって採用されたわけでございます。  これは言うまでもなく、元号はもともと天皇が定め、改めるものであったという関係にあったものを、今度は元号そのものを天皇その人と直結するという結果になったわけでございます。つまり、頻繁な改元を避けるという一種の合理化の要求もあったわけでありましょうけれども、同時に、それは天皇の存在というものと元号とが全く一体化する、そういう結果をもたらしたわけでございます。ですから、現在、問題になっております事実上の一世一元制というのは、比較的近い時代に日本の歴史にあらわれてくるわけでありまして、それをもって何か手を触れることもできないような伝統というようなことは全くないわけでございます。そして、このような考え方は、結局天皇と元号とが一体であるということから、天皇が治める日本の国という観念と切り離しようのないものとして続いてきていると言うことができると思います。  そして私は、第二の問題、つまり紀年法としてのこの元号というものは、どういう点で欠点があるのかということを、次に申し上げてみたいと思います。  つまり、時間というものを一定の起点をつくって、そしてプラス、マイナスというふうにその前後に数えていく、こういうのが一般の紀年法でありますけれども、元号制度というものはちょっと性格が違いまして、その起点がたくさん生じてくるわけなんですね。もちろん頻繁に改元していた時代には、幕末のように十数年間に六回も起点が変わる、そういうようなことになってきますと、実質的な年の数え方としてはまことに不自由であると言うことができます。そして、同時にその起点の定め方も、皇位の継承、つまり天皇の死というようないわば予測できないところに置かなければいけない、そういう不安定で偶然な性格というものがつきまとうという問題ができます。たとえ話のようでありますけれども、去年ローマ法王が亡くなって、また次の法王がすぐ亡くなって、次に現在の法王が登場したわけですが、仮にバチカン市国が一世一元制を使っておりますと、昨年は三つ元号があったということになります。理論的にはそういう不安定性というものを避けられない、つまり欠陥のある紀年法だということがまずございます。  そして、将来を見通す場合でも、法律などの文書で昭和八十年とか昭和百二十年なんという記載が事実あるのですけれども、そういう年はないであろうけれども、論理上はそういうふうに表記する以外にない。しかし西暦で言うならば、十年後が千九百何年になるというようなことがはっきりしておりますけれども、昭和で言うならば、一体十年後が昭和六十四年になるのか、それとも全く別の元号になるのかということはだれも予測できない、そういう問題がございます。つまり尺度として短いのですね。そして恣意的に起点が来てしまう。そういう点で足したり引いたり、こういう計算が著しく不自由である。これは元号を賛美される方も認めざるを得ないだろうというふうに思います。  そしてもう一つ、これは、私はやや偶然的な要素があると思うのですが、一世一元制が登場しましてから、明治が四十五年間、大正が十五年間、昭和が五十四年目に入っているわけですが、これはいわば帝王の治世としては比較的長期の例が続いたのですね、大正を除けば。つまり昭和に至ってはもう半世紀を超えておりますので、機能的には干支の六十年周期に大分近い機能をすでに持ってしまっている。ですから、元号が便利だというのは、たまたまそういう比較的長期の単位が現在、明治と昭和において続いたということが大きく錯覚を与えているのでありまして、これは数年単位で変わることだってあり得るという不安定な紀年法だということを特に申し上げたいというふうに思います。そして、元号が便利だという意見があり、定着しているということでありますけれども、これは定着していると表現すべきではなくて、昭和について言えば、昭和二十年まで元号を強制的に国民に使用さしてきたわけですね。そしてその後も事実上元号使用でないとスムーズにいかないような慣習というものが張りめぐらされてきて、国民には半ば強制的に元号が使われてきて、そういうことが定着という結果を生み、しかもたまたまそれが五十年以上にわたって一貫しておりますので、直接の不便というものを余り意識しないで済む、そういうものが重なり合って現在に来ているというふうに思います。  しかしながら、翻って考えてみますと、紀年法の要件というものは、これは物理的な範疇のものを決めていくわけでございますから、やはり安定した合理的な紀年法であるべきだということ、それから特定の単位社会で使われるだけでなくて、広い普遍性、国際性を持っているものであるべきだ、この二点は、およそ文明国家としての日本国が年を数えることを決めるというならば必ず配慮しなければならない問題であろうというふうに思います。現在、元号法案が問題になっており、そして法制化が非常に急がれているように伝えられておりますけれども、私は、このような問題は十分に国民の意見を徴し、それからまた、さまざまな角度からの慎重な検討を経て、何らかの形に落ちつくことが望ましいのであって、やみくもに天皇主権の復活を呼号するような人々が法制化、法制化ということを主張して動いているようでありますけれども、そういう興奮した態度ではなくて冷静に、もともと国民にとって最も使いやすくそして特定の、たとえば日本国憲法と相反するような天皇主権というような思想と結びつくことのないような合理的な紀年法というものが将来とも日本においては生きていくと思います。  それからまた、こういうことは実際に使うということにポイントがあるわけでございますから、現状のような状態に任せておけば、おのずから紀年法として機能のすぐれたものが生き残り、そして欠点の多いものは次第に使われなくなるであろうと私は考えております。  以上をもちまして私の意見陳述を終わります。(拍手)

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 次に、村松参考人にお願いいたします。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 村松でございます。  元号の法制化に関しましては、私は三つの点からこれを行った方がいいと考えております。  簡単に申し上げますが、第一点は、現在の状態が続きますと、将来、天皇に万一のことがあった場合に、今後の暦年法をどうするかという何らの根拠もない。皇室典範は廃止されておりますし、その前の明治初頭に出されました行政官布告も皇室典範と一緒に廃止とみなされているようですから、したがって暦年法を決定する何らの法的根拠がないことになり、現在の昭和という年号が無限に続いていくのか、それともやめてしまうのかよくわからないという状況が発生する。これがまず第一点であります。  第二点は、元号反対の方々は、キリスト教の西暦を使うことが天下の大勢である、世界の大勢であるということを往々にしておっしゃいますけれども、それは、すでにこれまでの参考人の方々がおっしゃったと思いますが、事実とは相反するのであります。キリスト教世界にはキリスト教暦があり、これを回教世界に押しつけたら多分回教世界は激怒するでありましょう。そのほか、仏教暦とかあるいはユダヤ教暦とかいろいろなものがございます。現在は国際社会だから、したがって固有の暦法というものはやめた方がいいのだ、そういうものを続けることは閉鎖的な考え方だということをおっしゃる方もおいでです。  個人的なことを申し上げますが、私は、商売は外国文学、ヨーロッパ文学を専攻している人間でございます。ですから、当然西暦もしばしば使います。しかし、国際化の時代ということは決して国籍の喪失を意味するものではないのであります。国際化の時代ということは、それぞれの固有の文化を国際社会に持ち寄ることによって初めて成立する。日本は日本にしかないものを持参金として国際社会に持ち寄ることによって初めて評価を得るのであります。  暦というものの中には、その民族の文化の背景が息づいております。日本の元号は何も明治帝国の専用のものではないのでありまして、大化以来でございますから、いろいろな制度の時代を経てきております。これはもともとは大陸から来たことは周知の事実でございますが、日本の場合は多分、唯一と言うと多少語弊がございますけれども、大陸の元号をそのまま使わなかった、独自の元号を常に通してきたという点で際立っている国です。もとは中国だったでしょうが、日本人はこれを自分の血肉の中に消化してきた。それが千数百年、その間には王朝時代もあれば封建時代もある。ある時期には京都の朝廷が全く無力化していた時期もございます。そういうさまざまな時代を経て日本人の中に生きてきている。ときには、朝廷とかかわりなしに民間で勝手に元号を製造した時代さえございます、もちろんこれは流布しておりませんが。流布していないにしても、民間で勝手に製造したということは、それだけ元号というものが国民生活の中に生きてきたということでございます。  人間にとって時間というものは決して必ずしも普遍的なものではない。一人の人間がある時間を非常に長く感ずる。一日千秋のごとしと思うこともあれば、光陰矢のごとしと思うこともある。そういう個人的なかけがえのない時間の集積が人生というものです。ただ、そういうことを言っていたのでは、お互い同士、時間感覚が合わない、約束もできないということになりますから、別に共通の時間をつくりました。それがたとえば振り子の振動であり、あるいは分子の振動であるという物理学的な時間です。つまり、固有の時間感覚と共通の時間感覚と、人間は二つのものの上に立って生きている。  これは国際社会に関しても当てはまるだろうと私は思います。国際社会の中に生きるということは日本人であることをやめることではないのでありまして、日本としての固有の文化を持ちながら国際社会に参加することであります。それぞれの国が持っている、文化圏が持っている暦年というものはそれぞれの歴史の中に息づいているのでありまして、キリスト教にしてもあの暦年ができていく経緯を考えますと、キリストがいつ再臨するか、この期待感がほとんど千年にわたって生きておりました。その中からキリスト教の暦年というものができてきた。日本もこれは長い歴史、三百年、五百年ではございません、千年以上の歴史の中で民間に根づいてきたものである。これを使いながら、同時に世界で比較的多く使われているキリスト教暦を併用する。それで何が悪いのだろうかというふうに考えます。  第三点は、日本では短い尺度での暦のはかり方がどうも日本人には体質的に合っていたみたいでございまして、皇紀二千六百何年というふうな数え方も片一方でございます。これは昔からどうも余りはやらなかったようです。キリスト教暦ですと、いまは一九七九年になります。これは余りにも長い尺度ですので、西洋人でもこれだけでは日常生活に不便を感ずるらしい。ですから、たとえばエリザベス朝時代とかルイ王朝の時代とかあるいはベルエポックとか、これは第一次大戦の前を指しますが、そういうふうにして短い尺度を別につくって併用しております。日本の場合は、何かいやなことがあると全部御破算にして、また新しく始めるという感覚があるものですから、そこで短い尺度の元号が民間に浸透して使われてきた。長尺がないものですから、先ほどちょっとお話に出ましたような十干十二支組み合わせて六十年、これがせいぜい昔ございました長尺でした。そこにキリスト教紀元が入ってきたものですから、現在の日本人は大部分の人は、長尺を使う場合にはキリスト教暦を使い、短尺を用いようとすれば元号を使う、こういう二重生活を行っております。私は、これは民族の非常に健康な知恵だと思うので、これを廃止する必要がどこにあるかと思います。  そういう意味で、元号をはっきり定めておいて――繰り返しますが、これは、天皇を象徴とする現憲法があるのですから、それによって元号を使うということが直ちに明治帝国に復活するというふうなことでは全くないのでして、法的にも問題はないように思われます。これを使いながら、しかも時に応じて、必要に応じて西暦を併用することは、国際社会に生きる道として当然のことではなかろうかと存じます。  偶発的な事柄によって紀元を決定することはおかしいのではないかというふうな御意見は、それはあり得るでしょうけれども、歴史、暦年というものをすべて合理的に決定することが一体できるのか、歴史というものはそんなに簡単に切れるものではないのであります。また、一年間に何回も元号が重復するという危険性が感じられるのであるならば、その昔やっていたように、踰年改元の方法を用いる、つまり陛下が亡くなられた年は改元しない、翌年に改元するという方式でもって技術的にこれを解決することは可能でございます。  その昔は確かに支配者が空間のみならず時間をも決定する、時間をも支配するという目的で元号を考えたでしょう。しかし、現在私どもは元号を使うことによってだれかに支配されていると一体感ずるのかどうか。もしそれを感ずるのだとすれば、ここでキリスト教紀元を持ち込むということは、一体国民全体をキリスト教にするつもりかという逆の理屈があらわれてくることになります。そういう問題と、すでにわれわれは離れたところにいる。離れたところにいるということを前提として、この国際化時代の中でいかにして伝統を守っていくか、こういう角度から元号問題は処理していただきたいと存ずる次第でございます。  以上です。(拍手)

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 以上で各参考人の意見の陳述は終わりました。     ―――――――――――――

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 これより各参考人に対する質疑を行います。  なお、委員各位に申し上げます。  林参考人は所用のため四時に退席されますので、御了承願います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。村田敬次郎君。

村田敬次郎自由民主党

○村田委員 五人の参考人の方々から大変貴重な意見を承りました。ありがとうございました。  私は、自民党でございますから、元号制定に賛成という立場でございますが、それぞれ五人の御意見をきわめて興味深く承ったわけでございます。したがって、逐次御質問を申し上げたいと思います。  まず青山学院大学の小林先生にお伺いをいたしたいと思いますが、先生は、憲法学的な見地から限定して元号法制化に反対の立場を述べられたわけでございます。十分傾聴に値する御意見だと思いますが、私は、その中で小林先生の言われた、この元号法制化は元首天皇制、君主主権制というものが一世一元につながるものだという考え方、これは私は大変独断的な御意見ではないかという印象を受けました。このことにつきましては、林修三参考人からお述べになられたことによっても明らかでございますが、君主主権であるならば旧憲法によるような定め方に当然なるはずでございます。  御参考までに申し上げますが、佐藤功上智大学教授の意見の中に、「国民主権の日本国憲法の下では、」旧憲法のもとに行われたような「勅定」すなわち「天皇の意思」ということで元号が定められておったのとは違って、「法律」すなわち「国民の意思」で元号が決められるのであることは言うまでもない。「すなわち、具体的にどのような名称の元号を定めるかは、内閣がしかるべき学識者の機関の意見に基づいて決定し、政令で定める」としても、「その根拠は国民代表たる国会の制定する法律によって定めるべきは当然であろう。」と述べておるわけでございまして、したがって、旧憲法下では天皇の勅定になっておりました元号が、新憲法すなわち国民主権を定め、そして象徴天皇制を定めておる新憲法下では、いま申し上げたように、法律すなわち国民の意思によって元号の法制化を決定をし、そして政令で定めるというこの考え方は、私は象徴天皇制たる現憲法にふさわしい定め方であると思うのでございますが、それが天皇元首制、君主主権制に基づくものであるときめつけられるその理由は、どういうことでございましょうか。  それから第二に、法案そのもので政令の決めることが限定をしてない、はっきりしないからこの法制化の考え方というのはなかなか賛成できないと言われておりますが、それは、国会の討論、本会議、この委員会を通じて政令の決め方その他について具体的な決め方が政府その他で示されておるのでございまして、これによって明らかであると思いますが、いかがでございましょうか。これがまず小林参考人に対する質問二点であります。  時間の関係で一括して申し上げまして、一括してひとつお答えをいただきたいと思います。  それから、私は、林修三参考人の御意見は非常に賛成でございます。したがって、私も国会討論を通じていろいろそのことを明らかにしておりますから、きょうは特にいますぐ質問は申し上げません。  慶應大学の村上重良先生に御質問をいたします。  村上先生の御所論は、私大変傾聴いたしました。特に宗教を中心とした日本文化の研究に携わっているお立場から元号法案に反対の立場を表明をされたのでございますが、先生自身もお述べになりましたように、いわゆるキリスト暦、いまの西暦についての歴史というものをお述べになった中で、いわば近代資本主義の発展と結びついて紀年法を単一化をしていく歩みというものを認め、世界の近代化、植民地化というようなものとも関連があるということをはっきり指摘をしておられるわけであります。同様な観点から言えば、当然、日本の長い歴史そして自然、風土、日本民族、日本の伝統というものと結びついた紀年法である元号というものには、それ独自の歴史、そして重んじなければならない点がたくさんあると私は思うのでございます。したがって、私どもは元号だけを用いよと言っておるのではございませんで、西暦を用い、そして元号を併用する、そういった意味でその元号を用いることに日本民族としての意味が大いにあると思っておるのでございますが、そのことに対して、村上先生はこれを否定されるのですか、お答えをいただきたいと思うのが第一点。  それから第二点は、先ほどの林修三さんの御意見によれば、事実たる慣習として現在の昭和という元号が用いられてきたということは通説になっておるわけでございますが、これに対して村上参考人は、終戦後も慣習が張りめぐらされておって、事実的には強制的に元号が使用された、こういう表現を用いられました。これは、私はとうてい納得することができません。  西暦と併用をして行っていくというのでございますから、元号そのものの持っておりますいわゆる紀年法としての弱点が仮にあるとしても、西暦と併用すればその弱点は十分補われるのであって、その意味で日本民族の持っておる元号というものは重視すべきであるということが第一点。  それから第二点は、戦後三十年間強制的に使われたというお考え方は、これは学者として明らかに物事を間違って見ておられます。強制的に使われている部分は全くないのでございまして、この点についてのお答えをいただきたいと思います。  それから村松剛先生の所論につきましては、私は実は朝日ジャーナルで拝見をしておりまして、そして先生のおっしゃる意味は非常によくわかるわけでございます。したがって、物理的な時間のほかに、いわゆる国際社会に生きるということは日本人をやめることじゃない、キリスト教紀元にもいわばキリストの再臨という理想があったということを指摘をされまして、そして日本の元号は、日本の長い歴史で本当に民間に根づいてきたものだということを言われておるわけでございますが、その意味で今回の元号の法制化というものが、村松参考人も御指摘になりますように、本来はシナ大陸から入ったものであるとしても、日本独自の自然、風土、歴史、伝統、民族等に根差しておる、だから元号を主体にして西暦をこれに併用すべきであるというふうに承ったわけでございます。大変結構だと思うわけでございますが、今後この元号の使用について、何か格別いままで使っていたのと違った使用法をこの法律案で認めようとしておると考えておられるのかどうか、これについて村松さんから承りたい。  それからもう一つだけ、最後に林修三さんにも承りたいと思います。  元号の強制問題でございますが、この元号の強制問題は、明治憲法下の元号でも強制力はなかった。今回の元号法によるものによって強制力は出てこないのは当然でございますが、いま事実たる慣習として使われている使用方法と、今回の元号法によって定められたことによる使用方法とが、何らその強制力というもので変わることはないと私は思っておりますが、変わることがあるとお考えですか。  以上、各参考人から御意見を承りたいと存じます。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 私に対する御質問は二つあったようでして、一つは、元号制定は君主主権制とイコールであるというのはおかしいのではないかという御質問のようにお聞きしましたけれども、私の申しましたのは、一世一元ということは君主主権論を背景にしているということでございます。これは先ほども私申しましたように、この元号法によりますと、「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める。」というふうに二項に、これは条項がついていませんので第二と申しましょうか、元号法案の第二に「元号は、皇位の継承があった」とありますところから、これは一世一元の意味であろう。とすれば、現行憲法の基本原則と抵触するという意味で言ったのであります。  それから第二番目の問題は、佐藤功氏の主張についてはちょっとおっしゃることと違うようでして、佐藤功氏はむしろ私の意見と同じじゃないかというふうに私は論文を読んでいるわけですが、それはそれといたしまして、もし政令の範囲が、これは申すまでもなく法律あっての政令でございますし、法律で決めている範囲以上のことをしてはならないというのが政令でございますが、その点については、この法案は「政令で定める。」というふうにして何ら範囲を限定していない、そういうところに疑問があるというのが私の意見でございます。

村上重良慶鷹義塾大学講師

○村上参考人 二つの点についてお尋ねでございます。  一つは、元号というものが日本の民族的な伝統、歴史、風土などと結びついているという御指摘でございますが、歴史上の事象、事柄というものは、それぞれその国なり歴史的な伝統、風土、そういうものと結びついて存続するわけでございまして、元号が長く使われてきたということは歴史上の事実でありますけれども、一つの観点は、日本の特定の知識層とか支配層ではなくて、日本の民衆が実際に用いてきた紀年法は先刻も述べましたように干支、えとが主体でありまして、改まった場合に元号というものが記されるというのが江戸時代までの大体実態のように思われます。そういう意味で、古くから続いているもの、存在したものすべてが高く評価され、意味づけられて、永遠に使わなければならないというようなことはないわけでございまして、元号というのは、一定の歴史の発展段階で中国から輸入して、たまたま律令制国家としての公式な紀年法になったという経緯があるわけでございまして、それ以上の思い入れといいますか、意味づけというものを私はことさらする必要がない、歴史の発展とともにこういう紀年法そのものも次々に、人類の知恵の結晶でありますから発展し、変わっていってよいものだというふうに思います。  それから第二の点の、戦後強制云々ということでございますが、私が申し上げましたのは、もちろん法的な強制があったというのではなくて、事実上の強制というものが生きていた。たとえば諸届けなどにおきましても明治、大正、昭和とあるところにマルをつけて年月日を書くように事実上なっておりまして、これに異を唱えますと、かなり紛糾する場合もあるのですね。私の友人なんかで大変そういうことにやかましいのがいまして、やはりトラブルを起こすということでございます。まあ長いこと議論して強引にがんばれば、もちろん西暦でも受け付けてくれるのだそうですけれども、一般の人はお忙しいし、それからまたそれほどまでして争わないということで、こういうことで事実上ほかの紀年法が使えないような状態が続いてきておるということがあると思います。  それから、一部でありますけれども元号による記載というものを決めている場合もございます。たとえば私の友人の雑誌の編集者で、何としても元号はいやだ、全部西暦で通すんだと言ってがんばっていたのですが、国鉄承認特別扱い何号というのは昭和何年と書かないと承認の記載にならないのだそうです。それで泣く泣く一カ所だけ昭和何年というのを残したということを言っておりましたが、そういうことが随所にありまして、定着している、生きていると言われますけれども、そういう全体の状況の中での元号使用であるということを私どもは忘れてはいけないというふうに思います。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 大変恐縮でございますけれども、さっきの御質問の意味でちょっとわかりかねるところがございましたので、恐れ入りますが、もう一遍繰り返していただけますか。

村田敬次郎自由民主党

○村田委員 この元号法制によって、今後元号を使用していく上に何か特別の御注文というようなことがございますかということです。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 元号を制定する以上、公的な部分に関しては、これは基本的には元号を使うというのはあたりまえだと思います。ただ、国民の方ではこれはいまでも併用しておりますから、国民一般での併用はある程度大幅に許してもいいのではないか。そこのところのけじめをはっきりするということが一つです。  それからもう一つは、先ほどちょっと申しましたが、明治以前にも一代一元という例はなかったわけではございません。若干ですが、ございます。ただ、これが制度化されたのが明治以降でございます。ただ、その明治以降制度化するに当たって、前の陛下が崩御された直後に元号を変える、そこで昭和元年が一週間足らずしがなかったりという、同じ一年が二つの元号を持つということが発生いたしました。一代一元というのは、これはある意味では易の呪縛から外すという意味での合理化でございました。もちろん明、清が一代一元ということをやっていた、その影響もある程度あったかと思います。しかしその影響だけではああいうふうにはならなかったと思いますので、これはやはり合理化の一段階でございました。ただ、その合理化を行うについて、昔ございました踰年改元ということを捨ててしまった。昔は崩御の年には改元しないのが普通でして、翌年改元しております。これは古法でございますが、こういうやり方を復活することによって、一年が二つに、あるいは極端な場合を想定すれば三つにも四つにもなるという、これを防ぐことは可能だと思います。そういう技術的な事柄は配慮していただく必要があるのではないかと存じます。

村田敬次郎自由民主党

○村田委員 村上参考人に申し上げますが、佐藤功教授の意見と違うとおっしゃいましたけれども、私が特に申し上げましたのは、先ほども申し上げたように、旧憲法においては元号は勅定をされるシステムであった。しかし、新憲法になって、いわゆる象徴天皇制にふさわしく、国民の意思を尊重した法律の形によって元号を定めることを決め、そして「政令で定める。」となっておるのでございますから、この点は明らかに違うのだということを私は申し上げたかったわけでございます。よく御検討いただきたいと思います。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 いわゆる強制問題についての御質問でございました。  先ほども申し上げましたけれども、元号が私的関係において強制的な性質を持っていない、これは明治憲法時代もそうだったろうということを申しました。現在もそうでございまして、これは今度の法律ができても同じことだと私は思います。それから、公的な関係では元号が使われることが原則である。これも、現在もそういう扱いをしておるわけでございますね。今後も、元号を法制化した以上はそういうことであると思います。その点も私は実質的な違いはないと思います。ですから、いわゆる強制と申しますか、事実上、若干国、公共団体が使うあるいは国、公共団体に勤務する公務員が実際上使う、そういう点は現在と同じことだと私は思います。ただ、一般の国民の受ける感覚から申しますと、現在はいわゆる根拠法規がない、いわゆる事実たる慣習として続いている。それがちゃんとした法律的根拠ができた、そういう意味の重みと申しますか、そういうものは違うかもわかりませんが、実際上国民が受ける影響は同じことだ、かように考えます。

村田敬次郎自由民主党

○村田委員 終わります。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 上原康助君。

上原康助日本社会党

○上原委員 きょうは五名の参考人の各先生方、大変貴重なお時間をとっていただきまして、目下本委員会で審査を進めております元号法案について、それぞれのお立場で御意見を開陳していただきましたことに心から感謝を申し上げたいと思います。  私は、日本社会党に所属しておりますので、元号法案に反対である立場から、先ほど御意見をお述べいただきました小林先生、村上先生にまずお尋ねをして、さらに坂本先生、時間があれば林先生にも一言お尋ねをさせていただきたいと思うのです。  先ほど小林先生から、現行憲法の立場からいろいろ御意見がございましたが、私たちも、先生がお述べになった御意見の大半に同意をするものです。そこで、象徴天皇制の問題と憲法とのかかわりについてもう少し先生の御見解を述べていただきたいのですが、いみじくも、先ほど最初に御意見を述べていただきました坂本先生は、いわゆる元号制というのは元号を法制化するということ、あるいは元号というのは天皇と国民を結ぶきずなである、こういう御意見を述べたやに伺いました。さらに、天皇と国民を具体的に結びつけていくには、天皇の代がかわれば元号も変わることが望ましいのだ、これが日本の歴史的な伝統、文化にも合致するというような御意見だったかのように私は拝聴したわけですが、これこそまさに現行憲法下において問題にすべき本質的なことじゃなかろうかと私たちは見ておるわけです。  なぜならば、憲法原理の立場からいろいろ小林先生御指摘をいただきましたが、一世一元制の元号制を法律によって新しく施行していこうとすることは、現行憲法の構造のすべてのあり方が、天皇の主権、いわゆる権力というものを実質的にも形式的にも否定をしたことに新憲法の基本的な概念といいますか、理念、原理というものがあると私は考えるわけですね。そういうことからしますと、国民統合の象徴であり、日本国の象徴であるべき天皇というのは、一世一元制という旧憲法下における総攪者的な形での元号制というものを新たに復活せしめていくということは、国民主権を大きく、完全に侵害するとは言わないにしましても、侵害していくおそれが十分あると思うのですね。そういうところが、私たちがこの元号問題について非常な疑問を持ち、憲法原理、理念の面から今日まで問題点を指摘してきたことなのですが、ここいらの点についてもう少し小林先生と村上先生の御見解を、十分お時間がなかったと思いますので、開陳をしていただきたいと思います。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 ただいまの御質問で、聞き違いかもしれませんが、現行憲法が天皇制を形式的にも実質的にも否定したのだとおっしゃったように伺いましたけれども、憲法からはちょっとそういうふうには見られないのではないか。形式的には天皇の地位を認めている、実質的には認めていない、こう見るのが憲法の三条、四条、つまり国事行為は認めても国政権能、政治的、法的権限は認めない、儀礼的なものは認めるというふうにしてあります。それがいい悪いは全然別問題で、事実としてそうでありますが、このことは、言いかえれば、形式的には存続しているのではないかと思います。  それで、一世一元というものは、その形式的な天皇制というものを、制と言っていいかどうか、実質的なものにしていくというふうな意味を持つところに問題点があるのではないか。じゃ、どういうことが一世一元が実質的かといいますと、それは先ほども申し上げましたように、この法案にありますように、天皇が皇位の継承につれて元号を変えるということ、それが私の言うところの一世一元でございますけれども、それのもとといいますのは、天皇がみずからの万機のお仕事、政治万般をつかさどる、これを機会に元号を改めるのだというふうにして従来改めてきたものですから、言いかえれば国事、国政権能を持つことを機会にして、元号を変えるというのが一世一元なのでございますから、実質的な天皇制を否定して、そして国民主権というものを原則にしている憲法と矛盾する、そういう意味でございます。

村上重良慶鷹義塾大学講師

○村上参考人 お答えいたします。  一世一元制が天皇の戦前の権力、地位と一体のものであるということを申し上げたわけですが、敗戦前の近代天皇制と申しますが、天皇とはどういう存在であったかということを考えてみますと、世俗的な次元では政治大権と軍事大権、つまり政治の総攪者であるとともに、軍の大元帥、統帥権を持った存在であり、それから宗教の次元におきましては祭祀大権、つまり国家神道の最大の祭司として祭りを営む、そういう性格をあわせ持っていたわけです。しかもその持っている天皇そのものは人間ではなくて現人神、つまり生きている神であるという位置づけをされておりました。ですからこの原理からいけば、政治、軍事の大権を持ちながら、神であるために無党籍であって、すべての責任は輔弼の任にある者にあるという構造が導かれますし、また同時に、神であるということから至高の真理、最高の道徳を体現する存在として、教育勅語のように命令として道徳を国民に出すということも可能であったわけでございます。そして太平洋戦争の敗戦によりまして象徴天皇制が生まれたわけでありますが、どこが変わったかといいますと、政治大権と軍事大権はなくなって、そして形式的、名目的な国事行為が具体的に憲法で挙げられて定められております。つまり実質的な政治大権、軍事大権は消滅したと考えてよいと思います。それから祭祀大権は国家的、公的意味を失って、天皇の私的な行為として事実上温存されて、現在に至っております。しかしながら、法的にはあくまでも私的な行為であるという位置づけでございます。そして現人神という属性は否定されまして、象徴である人間という属性になったわけでございます。  そして一世一元制は、大正天皇においてのみ実現した制度でありますけれども、その基本的な原理は、いま申しましたような世俗の次元での政治大権、軍事大権、宗教の次元での祭祀大権、これを一身に兼ね備えた神である天皇というものと分かちがたく、一体化した制度であったわけです。ですから、このような思想的、原理的に全く現在の日本国憲法と相入れない制度が、その制度だけ法律として再び復活し、国民に事実上強制されるという状況は非常に危険な傾向であると言わなければならないと思います。これは歴史の逆行であり、そして究極的には国民主権民主主義に対する脅威にならざるを得ない、そういう性格のものと考えております。

上原康助日本社会党

○上原委員 私が申し上げたのは、憲法上天皇の政治権力は形式的にも実質的にも否定というふうな意味で申し上げましたので、その点補足しておきたいと思います。  そこで、時間の都合がありますからもう一つ小林先生にお尋ねしますが、要するに、この法案の内容も問題ですし、まだ十分審査しておりません。中途ですが、政令への委任の範囲、限界というのがどの程度かという指摘もこれはごもっともだと思うのです。そういう議論はできませんので、お尋ねできませんが、要するに国民に対する拘束の問題、拘束を受けるのかどうかということ。政府の御説明は、この法律が仮に制定されるにしても拘束されないんだ、義務づけもされないんだということで非常にいわゆる逃げの、失礼な言い方をするとそういう答弁で、できるだけ円満とまではいかないでも穏便に事を運ぼうというのがありありと見受けられるわけですね、残念ながら。しかし私たちは、国権の最高機関である国会が一つの法律を制定すれば、他の法律もそうですが、当然国民は拘束されると思うのですね。義務づけられるのですね。しかも公務員は地方、国を問わず当然これは拘束されるし、義務づけられる。そして、ひいてはますますいろいろな政令なり省令なり、あるいは服務規律というようなことで制約を受けていって、だんだん非常な制約を受ける。そうしますと、先ほど御指摘がありました憲法十九条、二十条、二十一条の問題に当然関連をしていくと思うのですね。こういったことについて私たちは、国民主権という面あるいは基本的人権の擁護というか保障という面で、密接にかかわってくるおそれがある。私はそういう法律を詳しくはありませんので、断定するということは性急過ぎるかもしれませんが、十分おそれがあると見るわけですね。この点について、少なくとも公務員なり地方公務員なり国民は、公的にはこの法律ができることによって義務づけられ、拘束されると見るのが順当だと思うのですが、この点について簡単に御所見を承っておきたいと思います。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 先ほどもちょっと佐藤功教授の議論が出ましたですけれども、佐藤功教授も同じでありますが、法律で決めろと言っておられる趣旨は、少なくとも政令や告示では不都合で、決めるのならば法律であるという意味で言っている。つまり、いまさっき私が申しましたように、形式的なことを言っているわけでございます。しかし、では形式的に正しいとするということは全面的に正しいかどうかということになりますと、それは問題でございまして、実質的には問題が多いと思うのであります。それはまさにいま質問ございましたとおりでございます。  まず、法律になりますと、繰り返すことになりますけれども、第一には、先ほど申しましたように、憲法の国民主権原理というものとかかわります。憲法では、国民主権原理と平和主義と基本的人権尊重が三大原理でして、二番目には、そのもう一つの原理である基本的人権の問題にかかわるということになると思います。そのうちの一つ、いま公務員の問題と一般市民の場合とを考えますと、公務員についてはもうすでに御説明ありましたように、法律ができてしまったらばそれに従うということになると思います。その意味では、公務員の使いたくないという人が使わなければならないという意味では、思想の自由なり言論の自由なりというものが制限される。しかし、公務員については特別権力関係だからというので、これを違憲である、不都合であるということは言えないのだとする一つの意見があります。かなり古い伝統的な意見とも言えます。が、近年の議論では、少なくとも思想の自由というような内在的な自由については、特別権力関係というふうなものにあったにしても、それは憲法的法益を阻却できないのだ、つまり言論権、思想の自由は主張できるのであるというのが、大体私ども同世代から以下の現在の憲法学界のむしろ支配的意見のように私は思います。ですから、公務員といえども、仮に法律ができた場合に強制力を持つということは考えられないと私は思います。それから一般市民にとってはいわんやでありますけれども、しかし、公務員について強制力があるんだという考え方をとりますと、一般市民に対してもこれは直接、間接に私は人権侵害ということになると実は思います。  といいますのはどういうことかと言いますと、直接的には、先ほども何回か議論が出ましたけれども、さまざまな意味で、家をつくったが、登録すると税金を払うとかあるいは子供が生まれたとか、私も免許証を持っていますが、その中に昭和とあります。これをある学生が、私はきらいだなんといって書きかえたところが、これは変造だとか偽造だとか言われて問題になったということ、これはちょっとここではふさわしくない話題でございますけれども、そんなふうにして、公務員は国民の公僕であるとは言いながらも、大体権力は向こうが持っていますから、そこで彼らが受け取らないとなったらば、それに従わざるを得ないという意味で、つまり直接的に関係があると思います。それから間接的な関係といいますのは、先ほどもすでに申しましたように、普通の市民関係において、たとえば就職において西暦を主張して云々という場合に、この人間はおもしろくない人間だというふうに恐らく採用する側から思われないとは言えないと思われる。これは元号問題ではございませんけれども、それに似たケースは幾らでも例は挙げられます。  それから、先ほども申しましたように、いまのような時代になりますと、元号反対だというふうなことを言うことが何かはばかられるような妙な空気がございます。ですから、強制はしない、元号を決めたからといって国民は何にも痛痒を感じないと言っても、元号を批判しようとするような言論に対して暴力がふるわれたというような現実が実際にあるわけでございますから、それをもって無関係であると言うのは余りにもしゃくし定規な、形式的な理論であって、社会の権力の実体というものから目を閉ざしているというふうに言えるのではないか、こう思うわけです。そのことは、同時に言論権でもありますので、二十一条の問題についてまたここで繰り返すことはないと思います。  以上でございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 あと一点、簡潔にお尋ねいたします。  法律というのは、一たん制定されるとひとり歩きする危険性が十分あり得るわけですね、これまでの日本の歴史あるいは流れを見ましても。そうしますと、公務員なり地方公務員なりが、この法律が制定されて、いろいろな服務規定ができたと仮定をした段階で、懲戒なりあるいは処罰の対象というものはどういうふうにお考えなのか。これは林先生と小林先生に簡単にお答えいただきたいと思います。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 処罰の対象という意味が私ちょっとわかりませんのですが……。

上原康助日本社会党

○上原委員 元号法案が制定されて、仮に公的機関では元号を使用しなさいという何らかの示達なり公文書が公務員、地方公務員に上司などから出たという段階で、それに従わなかった公務員がおったという場合はどうなるか。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 それは先ほども私が申しましたが、特別権力関係論だと思います。たとえば政治運動をしてはならないという者が政治運動をした場合に、憲法上の利益を受けるという者と受けないというところでの争いが例の特別権力関係でございまして、ですから、これは裁判問題を必ず頻発させる。頻発と言うと語弊がありますが、起こさせる可能性があると先ほど言ったのはそういう点でございます。  つけ加えて申しますと、したがいまして、この法案がそもそも初めは告示と考えられて、そして、それがそうではなくて法制化するということから考えてみますと、無理な注文というふうに自分では考えるわけなのですけれども、つくるのならば強制はしないのだという文言をどうして入れられないかというところが、私、非常な疑問でございます。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 あるいは御質問の趣旨を取り違えたお答えをするかもわかりませんけれども、いまの御趣旨でございますが、この法律自身が一般の国民に強制力がないことは先ほども申しましたとおりでございまして、それを聞かなかったからといって、何も一般的な罰則も不利益も普通ないわけでございます。ただ、いまの御質問の趣旨は、あるいは国、公共団体は元号を――現在もそうでございますが、元号というものが法制化された場合には、外交文書なんかは除きまして、それを公文書には使うというのがたてまえであるだろうと思います。それから役所に差し出す文書も、原則としては元号を使ってほしいということになるだろうと思います。これは、法制化した以上はそういうものだろうと思います。  そういう場合に、公務員個人の問題は全然別の問題ですが、公務員に対して、元号で出てきたものを受け付けろ、あるいは公文書を作成するのに元号を使えという職務命令を出したというふうなことがあると、そういうことは、いまはなくても大体皆そうやっていると思いますけれども、仮に出して、それを理由なしにあくまでも聞かないということになると、それは別に元号そのものの効果ではございません、職務命令違反という問題が起こる可能性はあると思います。これは別に元号だけの問題ではございませんで、先ほどから申しますように、何らかの紀年法を法定化した場合には、西暦であろうと、あるいは神武紀元であろうと何であろうと、同じ問題は起こるわけでございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 時間があればいろいろお尋ねしたい点があるのですが、大変残念です。村松先生にもちょっとお尋ねしたい点があるのですが、時間がありませんので、あと一点だけ坂本先生に端的にお尋ねします。  歴史上の面から元号の必要性をいろいろお説きになられた点は、それはそれなりにわからぬわけでもございませんが、便、不便さの問題だけで元号問題を議論することは、私個人は余り重要な要点ではないような気がいたします。  そこで、しからば、賛成者の方々は日本の伝統、歴史をいろいろおっしゃるわけですが、たとえば平安時代ということを聞かれた場合にどういうふうに年の表示をなさいますか。それともう一つ、江戸時代とは歴史的に一体どうかということを言われた場合にどういうふうに説明なさいますか。そのことをお聞かせいただきたいと思います。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 平安時代というのは、桓武天皇が都を平安京に移してから武家の幕府が鎌倉に開かれましたまでの間を平安時代と言っております。それから江戸時代は、その起点についてはいろいろ説がありますが、たとえば徳川家康が征夷大将軍になりました慶長八年であるとか、あるいは関ケ原の戦いに勝った慶長五年であるとか、それから明治の始まる前まで、明治維新の前まで、こういうように言っておるわけでございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 これで終えますが、先生のように大学者になると、いまのようなお話で大体時代感覚というのが想像できると思うのですね。恐らくここで傍聴なさっている皆さん、先生方にしても、一体何年前の話だろう。まあ明治の始まるころまでという江戸時代はわかりますよね。私はそこに元号推進論者の、伝統文化とか、あるいは便利だということで非常な御無理をしておられる点があるやに私の非常に不勉強な中でも感じられる。  これにいろいろ書いてありますが、平安時代とは、八〇一年から一一八五年の文治元年ですか、そういうところまでだ。どうしても西暦を引用しないと日本歴史もようわからないわけですよ。これは高校三年の、しかも文部省検定の日本史の本なんです。  これはいずれ議論しますが、江戸時代といっても長いわけでしょう。それを何か西暦はキリスト教暦だということで、それこそ憲法に抵触するのだというような御発言もございましたが、私は、西暦というのは必ずしもキリスト教暦じゃない、太陽暦ということで社会的に通用する一つの紀年法だと思うのですね。どうもそこに、推進論者の方に思想的あるいはイデオロギー的に元号問題を立証しようという非常に無理な点があるということも指摘をしておきたいし、もしキリスト教暦、西暦が全然だめだと言うなら、いま使っている月曜から日曜までの曜日も問題ですよ。どうしてもキリスト教暦は否定なさるというなら、日曜日お休みになるのもこれは否定せぬといけないという議論も決してこじつけではなくなるわけですね。  そういう点を指摘をして、きょうのところ、ありがとうございました。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 鈴切康雄君。

鈴切康雄公明党・国民会議

○鈴切委員 公明党の鈴切康雄でございます。  本日は、参考人の五人の先生にはまことに御苦労さまでございます。  わが党は、元号存続、法制化に対し賛成の立場に立っております。問題は、政令にゆだねられる改元方式についてどうするかということであります。皇位の継承のあったとき改元するということについては、現在は明治憲法と違い、平和憲法下にあって主権在民の定着している今日においては、私はさほど問題ではないと思っております。  それではいつ改元するかと言えば、皇位継承の即日あるいは翌日、遡及方式あるいは踰年方式等いろいろあります。元号が国民のためにあるとするならば、国民生活の利便、合理化、国民感情等を考えていかなければなりません。私ども日常生活の中においても、近親の方が死亡のときは喪に服するという慣習があります。またお年賀を差し控えるという風習もあります。まして、国民統合、象徴の天皇も人間にほかなりません。天皇百年の後のことがあった場合、皇位継承の即日とか翌日では、悲しみと喜びをともにするという割り切れない気持ちになるのは当然であろうかと思います。大正、昭和の改元方式には、昭和元年が七日しかなかったという事実もありますし、大正と昭和とが重複しております。  そこで、わが党は、年が改まって一月一日から新しい元号を使用すればよいというふうに思っております。新しい元号は、民主的な手続により、可能な限り早く決めて発表していただければよいと思いますが、新しい元号の使用を即日、翌日にしますと、やはり国民の中に何らかの混乱を来すことは間違いありません。そういう観点に立って、わが党の主張しております翌年一月一日の踰年方式につきまして、参考人のうち、賛成の立場に立っておられます坂本先生、林先生、なかんずく、先ほど拝聴いたしておりましたところが、大変に御理解ある御意見が出ました村松先生に、もう一度参考人として御意見をいただければ幸甚に思います。  なお、小林先生からは先ほど御意見をちょうだいいたしましたので、必要ないと私は思っております。そういうわけで、賛成の先生から、ひとつよろしくお願いします。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 踰年改元ということは、先ほども村松参考人もおっしゃいましたように、歴史の上では大変多いのでありまして、むしろその方が普通のようになっておりました。代がわりのあった翌年から改元があるということは従来はやっておりました。明治もそうでございますね。明治の改元も踰年改元の例にはなりますが、明治以後は、大正天皇のときで、大正天皇の崩御とともにすぐに改元になったというわけでございますが、ただしその踰年改元の場合も、翌年の正月一日から変わるということでは必ずしもないのでありまして、明くる年の何月かと、それは歴史の上では非常にまちまちでありまして、どういう原則であったかということはまだ調べておりませんが、明くる年の正月一日からという例はほとんどないのではないかというぐらいに思っております。ですから、踰年改元ということの公明党の御主張は確かに一理あると思います。便利であると思いますが、なお、この点につきましては、それぞれの機関において十分御審議があってしかるべきであろうと私は考えます。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 御質問の点は、これはなかなか、いろいろ考えてみるべき問題であろうと思います。  坂本先生のような大歴史学者を前に置いていろんなことを申すのもおこがましい話でございますが、過去の例を見ますと、確かにこれは必ずしも厳格な一世一元ではなかったわけでございますが、天皇が崩御された後、たとえば大嘗会なんかがあった後に、あるいは即位式があった後に改元している例がわりあい多いわけでございますね。しかし、それは大体年の途中にやっている例が多いわけです。ただ、年の途中にやりましても、これもどうも余り私たちにもよくわからない点があるのでございますが、改元した年はその年の初めから、たとえば万延が、あれは文久でございますか、あるいはその前の安政が万延に改元したようなときに、年の初めから改元した年で呼んだのだというような説もございますね。そこらは私どもも十分な知識を持っておりません。  それから、いまの、大正になったときと昭和になったときは、これは例の登極令で行われました。登極令では、御承知のように践砕の際に変えると書いてあります。践祚の際に変えると書いてございましたから、非常に急にやったわけでございますね。  それで、一世一元というものを、いわゆる実質的な一世一元と申しますか、それを非常に厳格に言えば、践祚のときにやるというのが一つのたてまえだろうと思います。昔は践祚のほかに即位式、即位と践祚が分かれておった時代もございます。その場合には即位という時を基準にした例もございます。いまは、践祚というのは皇室典範にはなくなりましたけれども、明治憲法下では践祚と即位は同じに扱っていたようでございます。それで即日にやったようでございますが、そこいらの考え方として、いわゆる天皇の代がわりに密接してやるとすれば、その日にやるとかあるいは翌日やるというような考え方も出てくるわけで、それから、いまおっしゃったように、大正から昭和のときみたいに一週間しかないというような場合には、そこで年を越えてやるかというような問題も確かにあるわけでございまして、そこいらは十分に、いま坂本先生も言われましたけれども、国会でもよく御論議を願ったらいいんじゃないかと思うわけでございます。どうなくちゃならぬというほどのものではないような気が私はいたします。どちらかと言えば、やはりなるべく皇位継承の時点に密着してやった方が私はいいとは思いますけれども、ただ即日やるということは、これはなかなか無理でございます。やったって、後から告示をしてさかのぼるというようなことになりますから、そこいら、適当な時期を置いた方が実はむしろ一般の便宜であろう、そういうような感じはしておるわけでございます。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 幕末に、弘化の後に嘉永が来て、嘉永の後に安政が来て、安政の後に万延が来て、それから文久と元治、慶応というふうに、非常に立て込んで年号が変わりました。これは幕末に黒船が来たり、地震があったり、いろんなことがあったものですから、そういうことで、ちょっと珍しいほど立て続けに年号が変わった。そこで、明治になりましたときに、できるだけこれを簡略化しようと、明、清の例も先ほど申しましたようにちょっとございましたけれども、そこで一代一元という方式が合理化という角度から出てきたわけです。ただ、これが崩御の日の翌日から始まるということになりますので、そこでいろんな問題が生じてくる。これをもう一歩合理化するという意味で、一月一日からの改元というのが、私も余り例は知らないのでございますけれども、大体踰年改元の場合には喪が明けるとか、そういうことで改元していたようです。しかし、そういう一代一元が伴う一方での複雑さがございますから、御検討の要はいろいろな技術的な面であるとは存じますけれども、私は踰年改元の方が実際的なのではないかというふうに考えております。  なお、これに関連いたしまして、一つの暦を強制するというのはいけないのじゃないかという御意見がございましたけれども、では暦がなくなってしまったらどうするのかという問題があるわけでございまして、暦というのはやはり何らかの形で強制力を持つものでございます。それをやる場合に暦をどう書いてもいいんだというわけにはやはりいかないのでして、市民レベルではもちろんいろいろな暦が可能でしょう。しかし、たとえばキリスト教暦をもし採用した場合に、日本にも回教徒はおります。その全部がというわけではないでしょうけれども、その一部は多分署名拒否するだろうと思うのです。その意味で、元号の方が二ユートラルな性格を持っている。一神教とくっついておりません。そして先ほどこれは私申しました、長距離的な尺度としては西暦を日本人はいま使っております。それと短距離的な尺度としての元号と併用するのがいまわれわれがやっていることでして、その点は先ほどちょっと御指摘がありましたけれども、私の発言と何も矛盾することではございません。  また、日本では暦を変えることが政治を動かすことだというふうな議論を伺いましたけれども、それもどうして暦と政治がくっつくのか、私はよくわからないのでございまして、日本の歴史を見ておりますと、天皇あるいは朝廷が実質的に政治権力を持たなかった時期の方が、少なくとも平安朝の後半からは多いのです。しかし、暦は形式的に、実質的に必ずしもそうだった時代が全部とは限りません。形式的に朝廷で決めて、そしてそれを国民が使ってきた、こういう時代を超えた習慣をなぜ変える必要があるのか、そこに日本の文化というものがあるのではないかということを申し上げてきたのです。その意味で、崩御とともに元号を変えるということは結構ですけれども、その変え方について、踰年の方式ということを十分考えていただく必要があるのではないかと存じます。  以上です。

鈴切康雄公明党・国民会議

○鈴切委員 時間の都合がございますので、これで参考人の意見聴取は終わります。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 吉田之久君。

吉田之久民社党

○吉田委員 先ほどから五人の先生方のお説を傾聴いたしまして、私は大変よかったと思うのです。  と申しますのは、賛成の先生方もその元号の歴史的、文化的な意義を高く評価されながら、かつ今後国民が、ロングランではかるときに特に西暦を使っていくことをいささかも拒否なさっていない御意向を承りました。同時に、いわば反対の側に立たれる先生方の御意見も、紀年法的なものの意義というものを必ずしも否定なさっていない。ただその決め方については、もう少し冷静に時間を置いて考えたらどうか、こういうことがお二人の共通した結論であったように思うわけでありまして、まさにそういう点で、五人の先生方の御意見というものの中には、いろいろ賛否あるいはそれぞれニュアンスの差はございましても、この元号問題に対する決定的な分裂はないというふうに私は感じ取ったわけでございまして、国民が望んでおりますのも、まさにそういうことの中でよりよき元号をどう制定していくかということだろうと思います。  そこでまず賛成側の先生方にお聞きしたいのでございますけれども、坂本先生にお伺いいたします。  追号問題、贈り名の問題につきましてどうお考えでございますか。  それから林先生にお伺いいたしますけれども、あるいはこれは村松先生からもお答えいただきたいのでございますが、現在の元号で一番国民が不便に思っております問題は年のダブリでございます。したがって踰年方式の問題も先ほどから鈴切委員の質問に対してお答えがございましたけれども、私は思い切って、この際元号というものをさらに民主的に近代化して制定していく方法はないものか。あるいはその決め方も、あくまでも急に、秘密裏に決めるのではなしに、一定期間を置いて、できるだけ民主的に、国民の参加を求めながら、そしてそれを公開していく。要するに、今度できた元号はみんなが考えてつくったものだ、こういう意義を持たせることは、元号の将来についても国民のなじみ方についても大変いいことだ、こう思うわけでございます。したがって、これは私見でございますけれども、たとえば天皇の交代がその年の初めに行われざるを得ないという場合には、むしろその年の在位期間の長さで優先する。たとえば二月に新しい天皇が即位されるという場合には、その年は全部新しい天皇の元号で呼ぶ、あるいは年末にお亡くなりになる、次の新しい天皇が即位される、しかしそれは前の天皇の元号でその年は呼ぶ、こういういわゆるダブリを解消させる方法をこの際採用することはできないだろうか。つきましては、即位されて即日、あるいはその翌日に決めるという決め方ではどうしても大変忙しい決め方になりますので、たとえば三カ月とかあるいは百日間とかいったような期間に、できるだけ多くのこうしたことに関連のある学者の意見を聞くとか、あるいは全国の知事からそれぞれ一つの案を一代に限って出してもらうとか、あるいは衆参両院の全国会議員がそれぞれ、自分でいやだという人は別として、出そうとする者は皆自分の一つの意見を出す。昔のように四書五経の字はずいぶんあるのでしょうけれども、それだけにこだわらないで、本当に国民がなじみやすい文字をつづり合わせて新しいイメージをつくり、そしてそこで一つの意欲をわかせる、こういう方法を問を置いてとることによってそれは可能であります。間を置くことによって、先ほど申しましたようにダブリを解消する、こういう前提に立つならば何ら支障は来さないわけであります。新しい元号が決まれば、その元号を全部その年に使うとすれば、前の元号は新しい元号に読みかえる、こういう方法もこの際思い切って進歩的に改めていくべきではないだろうかというように考えるわけでございますが、この点につきまして林先生と村松先生の御意見を承りたいと思います。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 元号と天皇の追号についての御質問でございましたが、これは明治天皇、大正天皇二代はすでに元号を追号にしておられますので、その慣例を採用すれば、昭和の年号は現天皇の御追号になるのかもしれませんが、それはまだ先のことでございますが、私個人の意見といたしましては、年号を追号にするということは大変失礼な言い方なんですが都合のいいことなんで、もし別に年号以外に追号を選ぶとすれば、またそこで別の文字を選ばなければならないということで二重の手数がかかります。すでに明治、大正の例が成立しておりますので、昭和の場合も昭和天皇ということにいたしますと、文字もよい文字でありますし、いろいろな点で大変都合がいいことであると思います。これは別に法案にうたってあるわけでも何でもないわけでございますが、個人の意見といたしましては、将来も元号が天皇の御追号になるのだと考える方がよろしかろうと思うわけであります。――これでよろしいでしょうか。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 いま御質問の点については、いろいろの考え方があるだろうと思います。私も必ずしもいまこれにした方がいいと言うほどのまとまった考え方はございません。確かに一つの年が二つの年号にわたることは、後から考えますといろいろと不便なこともございます。先ほども申しましたように、これは必ずしも確かめたわけではございませんけれども、昔、慣例的に、たとえば改元のあった年はその年の一月から改元後の年号で呼んだ例もあるようでございます。ですから、いまおっしゃったような初めに遡及するというような例も過去になかったわけじゃないような気がいたします。  それから、年が明けてから改元するという例は、先ほど申しましたように昔は、従前は即位式は大分後でございましたから、天皇は代がかわりました後大分時間がたった後に即位式が行われて、そこで改元された例も過去にあったわけでございます。いまはそういう例はすぐ持ってくるわけにもまいりませんけれども、そこいらで国民生活に余り不便を与えないで、しかも天皇がおかわりになったときになるべく密着してやる、その両方の要請をどう調整してやるか、これは今後考えるべき問題であろうという気がいたします。  それから、どういう年号にするか、元号の決め方の問題でございますが、これは政令で決めることになって、結局内閣が決めるわけでございますが、内閣が決めるについては、なるべく広い学識者の意見を聞くのが私はいいだろうと思います。明治憲法下では登極令で枢密顧問に諮詢してやることになっておりまして、枢密院に出すもとは漢学者なんかがいろいろ選んだようでございますけれども、非常に秘密に行われたわけでございます。いまはそんなに秘密にする必要はないわけで、意見をいろいろ広く聞いてやられる――余り時間をかけるのがいいかどうか問題がございますけれども、広く意見を聞かれることはいいと思います。  これは昔の元号について、明治以前でございますが、天皇が決められるについても広くその当時の学者の意見を聞いております。森鴎外に「元号考」という論文がございますけれども、あれを見ますと、各元号について非常にたくさんの学者が意見を出しております。それを恐らく宮廷の会議で議論して採用したのだろうと思うのです。昔からいろいろな人の意見を聞いてやったものだろうと思います。だから、元号は過去に二百幾つかございますけれども、四書五経から出たにしてはみんな案外やさしい言葉になっておりまして、むずかしい字を使った例はきわめてまれでございます。そういう意味でも、今後はやさしい字を使うことは当然必要だろうと思います。  おっしゃることは一々ごもっともな点が多いと思いますので、そこいらは私もいままとまった考え方があるわけではございませんが、十分に皆さん方の御論議で方針を決めていただいたらいいと思っております。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 踰年改元の問題については先ほど申し上げましたので、ここでは省略させていただきます。  元号を広く国民に諮って決めることは、私は結構なことだと存じます。元号の評判が悪くて、民間の評判が余り悪いので変えたという例も江戸時代にはございますから、特にこういう時代ですから、できるだけ広く国民に諮ることは結構だと思います。  昔の元号の決定の仕方は、明治以後はいま林先生おっしゃいましたけれども、それ以前の場合には一応文章博士、大体菅原家から出ているのですが、文章博士に諮りまして、これを公家の討議にかけて決定するという手続を踏んでおります。  民間に諮ることはもちろん結構なんでございますが、余り品位の悪いのも困るから、やはり相当の学者、昔ほど大ぜい漢学者がいるかどうか、ちょっと自信がないのでございますけれども、とにかく学者にある程度諮ることが必要であろう。  それから、これはちょっと追号問題と関係してくるのでございます。いまは元号がそのまま追号になっている。これは明治以後でございまして、したがって大体、法律も何もございませんけれども、何となく元号がそのまま今後も追号になるだろう、国民一般そう思っておりますし、それはそれで結構だと存じます。そうすると、もし元号がそのまま追号になるんだということになりますと、そのときの陛下は、自分の追号はこれなんだということを御存じであるということになるわけです。歴史上自分で追号を決定されたのは後醍醐、後村上の、たしか二代だったと思います。これは御自分で決定されたんだからよろしいですけれども、この追号じゃいやだとおっしゃる方もおいでになるかもしれないので、そうすると、追号問題ということはいま申しましたこととちょっと絡んでまいりますね。そうすると、もし追号をそうするんだということになれば、何らかの形で陛下の意思も伺わなければならないということになってくるのではないでしょうか。人権問題じゃないかと思います。だから、そこのところはちょっと手続上もう少し考慮の余地があるのではないかと存じます。  以上でございます。

吉田之久民社党

○吉田委員 時間がございませんので、さらにちょっと簡単に村松先生にお伺いいたします。  いま国民は元号を、大変なじんで、かつ現代に合わせながら使っております。たとえばいろんな文書でも、公の文書は別といたしまして、明治、大正、昭和というのをM、T、Sで書いてマルをぱっと打つようになっておりますね。だといたしますと、次の元号というのもそういうイニシアルの面からなんかもきわめて工夫もしてやらないと国民が困る。  私は、この元号問題というのは大変大事な国民の文化遺産ではありますけれども、同時に、これから現代の中で生きていく元号として多分の工夫が配慮されなければならない。だからそういう点で余り字画にこだわったりいろいろ古い判断でこだわったりするのじゃなしに、それから余り政治的な言葉が出てくるとちょっとこれも問題があります。何か世代を代表するような、国民が生き生きとしたバイタリティーを感ずるような、民族自身が何かハッスルできるような、そういう意味も持たせたものに大いに工夫されてしかるべきではないかと考えるわけでございますが、いかがでございますか。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 おっしゃるとおりでございます。これは、実は古い時代の元号決定でもその点はずいぶん工夫していたようでございます。ですから、元号決定についてはすんなり決まった場合もございますが、ずいぶんもめてもおります。ですから、そういう意味での工夫は確かに必要なのでございますが、余り工夫して何か週刊誌の表題みたいになってしまっても困るので、その点は先ほど申しましたような学識経験者の意見も十分くんでいくことが必要なのではないかと存じます。  おっしゃることは賛成でございます。

吉田之久民社党

○吉田委員 時間の関係でこれで終わります。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 栂野拳二君。

栂野泰二日本社会党

○栂野委員 きょうは五人の参考人の先生方、それぞれ貴重な意見をいただきまして、ありがとうございました。  私は、林先生とそれから坂本先生、小林先生にちょっとお尋ねしたいのですが、林先生四時までということでございましたので、先に伺わしていただきます。  なお、一言でございますので、申しわけございませんが、私の後、柴田委員がお尋ねしたいということでございますので、一たん林先生のお答えをいただいて、交代さしていただきたいと思います。  先ほど明治元年の、いわゆる一世一元の行政官布告でございますね、その効力が現憲法下であるかどうかについては、法制局長官時代にはどっちともとれるような意見を言ってきたんだが、現時点で言わせてもらえば、その布告の効力はないという御意見でございましたが、その理由をお述べになりませんでしたので、なぜ現憲法下ではこの明治元年九月八日の行政官布告は効力がないとお考えになっておられますか、その点をお伺いいたします。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 これは、たしかいまの憲法ができるときの議会だと思いますが、金森国務大臣も答弁しておられるわけでございますが、行政官布告について効力があるとかないとかいう説が出ましたのは、天皇がみずから元号を決められるというような趣旨のところは、いまの憲法では、これは当然にそういう効力を持ち得ないことははっきりしております。ただ、いわゆる一世一元的なというだけのことでございますね。つまり、現憲法においては、だれが決めるがふさわしいかという問題を含めて、一世一元というところだけではまだ効力はあるという見方もあるんじゃないかという議論が当時ありました。私は、当時そういう紹介もしたわけで、必ずしもそれがいいとは申したわけではないわけでございます。しかし、これをよく考えてみますと、そこだけ取り外して言うのは余り意味がないわけで、行政官布告は全体として、いわゆる明治的な天皇体制のもとにおいてできた詔書でございますから、やはり一世一元のところだけ切り離して考えるのは必ずしも適当でない。とすれば、少なくともあの詔書は、現在の憲法と同時に失効したと見るのがいいんだろうということでございます。  ただ、もう一つの考え方といたしましては、旧皇室典範ができたときに、旧皇室典範で行政官布告を引用して同じ趣旨のことを書いたわけで、あのときにもうすでに吸収されて、実際は抜けがらになったんだという考え方もあるわけでございます。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 柴田睦夫君。

柴田睦夫日本共産党・革新共同

○柴田(睦)委員 五人の先生、どうも御苦労さまでございました。共産党の柴田でございます。林先生の時間の関係で、林先生に対する質問を二点まとめてしたいと思います。  いまの質問に関連するわけですけれども、元号問題を法律問題として見た場合に、法律家の間ではさまざまな学説、見解があって、通説というようなものは確立していないというのが現実の姿だと思うのです。たとえば、現在の元号の法的性格について見ても、林先生自身が書いておられますように、明治元年の行政官布告をめぐって有効説と無効説があり、さらに両説とも幾つかのパターンに分かれております。昭和元号の詔書の効力についても、元法制局次長の故井手成三氏のように有効説をとる人もおれば、無効説をとる人もいる。政府は、現在の元号は事実たる慣習にすぎないとの見地をとっていますが、慣習法としての性格を持っていると主張する人もおれば、かつて日本学術会議が明らかにしましたように、単なる惰性にすぎないという学説、見解もあるわけです。慣習説をとる場合でも、その慣習の中身として、天皇が勅定するということが含まれるという説と含まれないとする説、一世一元制が含まれるとする説と含まれないとする説、改元が含まれるとする説と昭和という名の年号が慣習的に使われているにすぎないとする説、こういったさまざまな学説、見解があるわけです。このほか、元号制と憲法との関係、昭和後の元号をめぐる法律問題、元号制度化の方法論などをめぐってもさまざまな学説、見解が対立しているわけです。  元号問題は、国民世論という点でも、法制化を急がず、国民的論議にゆだね、歴史と国民自身の選択にゆだねるべき問題であるというのがわが党の考えですが、法律問題としても、特定の見地を性急にとるのではなく、さらに議論を深めるべき問題であると言わなければならないと考えているんですが、林先生のこの点についてのお考え。  それからもう一つは、先生が、「月刊自由民主」のことしの三月号で、元号制をとるか西暦制をとるかは、国民の要望に従って決めるべきであると書いておられます。この点に限って言えば、まさにそのとおりです。現在わが国では、西暦であれ元号であれ、生活上の便、不便、生活体験や生活環境の違い、歴史観や天皇観の違いなどによってさまざまに使われております。こうした中で、多くの国民が、慣習としての元号の存続に賛成しています。しかし、昨年七月の読売新聞の世論調査や、ことし一月の時事通信社の世論調査、ことし三月の東京新聞と日本世論調査会の調査、四月の毎日新聞の世論調査などでも明らかなように、多くの国民は、元号の法制化には賛成していないわけです。これこそ大多数の国民に定着した、国民の要望であると考えます。この国民の要望を前提にすれば、元号法制化は急ぐべきではない、法制化は政策論としては妥当ではないということになると思うのです。ところが先生は、元号法制化の是非を問うていない総理府の世論調査結果を前提にされていらっしゃると思うんですが、法制化することは政策論としては妥当であるという、筋の違った結論になっているんですが、これは元号の慣習的使用と法制化とがすりかわった結論になっていると思うのです。  そこで、現在の段階で、そうした世論調査を踏まえて、元号法制化が政策論としてなぜ妥当であるか、以上の二点についてお伺いしたいと思います。

林修三駒澤大学教授

○林参考人 どうも私勝手な都合を申しまして、御迷惑をかけて恐縮でございました。  ただいまの御質問でございますが、第一点の元号の法的性格、これについて、御指摘のようにいろんな議論があるわけでございます。しかし、いろんな議論につきましても、整理していけば、やはりおのずからそこに大体の考え方は出てくるわけでございまして、先ほど申しましたように、明治憲法下で元号制の法的根拠になっておりました旧皇室典範あるいは登極令、これも廃止されております。それから行政官布告もやはり効力がなくなったと見るのが妥当だろうと思います。そうすると、現在は法的根拠はないということになるわけであります。しかし、実際使われているこの現状、これを慣習法と見るか、事実たる慣習と見るかという議論があるわけでございますが、やはりこれはまだ事実たる慣習と見るのが妥当であろう、そう思うわけでございます。法的見解については、いま申したようなことでございます。  それで、事実たる慣習といたしましても、その事実たる慣習の内容について、先ほど申しましたように、昭和だけについてそれがあるんだ、現今上天皇一代に限ってあるんだという考え方と、将来にわたっても一世一元的な元号制というものはあるんだという事実たる慣習、そういう考え方もあり得るわけでございます。ところが、その後者の考え方をとりましても、しかし、天皇がみずから決められるわけには、いまの憲法上いかないことは、これは明らかでございます。したがいまして、だれが、いかなる手続で決めるかという必要は当然に起こってくるわけでございまして、事実たる慣習についてどっちの考え方をとりましても、元号制存続を前提といたします限り、ここで何らかの法制化の必要は出てくるわけでございます。そこで、これは法制化の必要はあるだろうということでございます。  そこで、いま法制化する問題でございますが、確かに、いろいろな世論調査を見ますと、元号の存続には賛成である、これは圧倒的の多数でございます。しかし法制化には必ずしも賛成していないようでございますね。しかし、これはどうも私は質問の仕方によるのじゃないかという気がいたします。つまり、いま申しましたように元号を続けていくについては、いまの天皇のもとにおいてはそれは確かに慣習として続いてまいりますでしょう。しかし天皇の代がかわった場合には、どうもその根拠が非常に怪しくなる。そこまで考えて果たしてどう考えたかということを聞きませんと、本当の結論は出てこないと私は思います。  それで、そうなるときにはどうしたって何らかの法制的措置が要るんだ。その法制的措置が必要ないというのは、それは元号制を存続させない趣旨とは私は考えられません。そこで、これは恐らく質問の仕方に関係があるんだと私は思っております。それは世論調査を勝手に解釈したというおしかりを受けるかもしれませんけれども、私は少なくともそう考えておるわけでございます。  したがって、元号制の存続にあれだけの圧倒的な賛成がある以上は、いま申しましたように、法制的に非常にあやふやな点が、少なくとも天皇がおかわりになった場合には出てくる。それについてはほうっておいてもいいという意味では私はないと思うのです。そういう意味においては、現在の段階では元号制存続が圧倒的な国民世論であればその法制化措置をするのは妥当だ、そういう意味で私は賛成しているわけでございます。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 林参考人に申し上げます。  本日は、御多用のところ御出席をいただき、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。  御退席いただいて結構でございます。  引き続き質疑を続けます。栂野泰二君。

栂野泰二日本社会党

○栂野委員 坂本先生にお伺いをいたしますが、先生は、いまも昔も天皇が文化の中心、道義の中心であるという点については変わりはないんだ、こういうお説であったように伺いますが、そこで、いまは象徴天皇と国民とを結ぶきずなが元号である、こういうことでございましたけれども、そういたしますと、昔、つまり明治憲法時代も統治権の総攬者である天皇とその臣民である国民とを結ぶきずなが明治憲法時代の元号である、こういうことになってまいるのでございましょうか。つまり、明らかに天皇制は一つの政治的な役割りといいますか、政治的な性格がございますが、そういうものと全く切り離して、明治憲法下の天皇とそれから現在の天皇、明治憲法下の国民と現在の国民、それを全く同じように事元号に関して天皇と国民の間を結ぶきずな、こういうことになるのでございましょうか。その点が私はどうしても理解しがたいのでございますが、つまり天皇の政治的な性格というものは絡んでこないのかどうか、そこの点をお伺いしたいと思います。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 明治憲法下の元号も確かに国民と結びつけるきずなであったと思いますが、むしろ明治のことよりも、天皇が本当の統治権をほとんど失っておりましたような鎌倉時代以後、江戸時代までの間の元号と天皇との関係をお考えいただければわかりますように、そのときでも元号は朝廷が決めていたものでありまして、そしてそれはやはり国民とを結びつけるきずなであったわけでありまして、たとえば南北朝に王朝が分かれましたときには、南朝の支配下にあった武士たちは南朝の元号を用い、北朝の支配下にあった武家ないし百姓たちは北朝の元号を用いる、こういうような関係にあったわけでございまして、必ずしもこれは政治的なものと言うよりも、やはり文化の中心と申しますか、そういう意味で元号がきずなとなっていたと私は思うわけなんでございます。現在、もちろん象徴天皇でありますから全く国政の権能は失っておられますことはもう当然なわけでありますが、ただ天皇と国民との関係は昔からずっと変わらないで来ていると思うのでありまして、それを最も制度の上であらわしているものは元号であろうかというのが私の考えでありまして、ただいま明治憲法と比較してみると、そこでまた同じようなことになってくるという御懸念があるようでありますけれども、もうもちろん憲法は変わっておるわけでありますから、そういう元号を今後継続していっても、天皇が昔のような統治権を総擁するようなものになるわけではない。しかしながら国民の象徴であるという意味においては、国民との間に何らかのきずながあって当然であると思いますけれども、それが元号だというのが私の考えでございます。

栂野泰二日本社会党

○栂野委員 恐れ入りますがもう一度質問させていただきますけれども、先ほどからお話に出ておりますように、行政官布告が出て一世一元になったそのときの布告は、万機の政をするに当たって元号を定めるということでございますから、天皇親政と一世一元というのは、私はもう離れがたく結びついているというふうにこれは考えざるを得ないわけです。ところが、戦後の天皇は象徴天皇でございますから全く国政とはかかわりがない、こういうことです。  いま先生おっしゃいますように、元号を法制化したからといって、直ちに今度は天皇が統治権の総攬者のような性格を持つようになるなんということはあり得ないとおっしゃいます。それはそれで十分理解できますけれども、同じ天皇ではございますけれども全然天皇の政治的性格が違うわけですね。その政治的性格の違う統治権の総攬者としての天皇と、それから臣民たる国民とのきずなとして元号があり、それから戦後は、今度は象徴天皇と国民とのきずなとしての元号ということになりますと、元号の性格というものはやはり違ってこざるを得ないと思いますが、そのときにそういう政治的な意味を全く捨象してしまって、文化と道義の関係ということで説明することは、私はどうしても無理があるような気がして仕方がないのですが、そこの点をもう一度御説明いただけぬでしょうか。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 私は少しも無理はないと思いますので、それは見解の相違でございますのでいたし方ありませんが、もともと元号というのはよい文字を使いまして、そして国民の生活の幸福、安寧を図りたいという趣旨で始まっているもので、それでありますから、代がかわったために新天皇のときに元号ができる、あるいは災異があった場合に、よい年号を使って国民の幸福を増すように図るというような、そういう意味合いのものでありまして、もともとはこれは天皇の政治に関係があるわけでありますけれども、しかしそれは先ほども申しましたとおり、実際は政治上の権能を失っていた時代でもそうでありまして、これは全く精神上の問題でありまして、天皇としてはそういう責務も持っているんだという気持ちでやっていられるわけなんで、今後も象徴としての天皇は、やはり国民の幸福を願っておられるわけだと思いますので、そこでよい元号を用いて新しい時代をここでまた開いていこうというようなことになるのが、象徴天皇として明治憲法下の天皇と一緒であると考える必要は少しもないと思うのでございます。

栂野泰二日本社会党

○栂野委員 小林先生にお伺いしたいのですが、公務員がその意思に反して元号の使用を強制されるようになる場合、特別権力関係にあるのだからやむを得ないんだ、こういう意見もあるけれども、しかしそれは現在の学界の多数説ではなくて、思想の自由、良心の自由というふうなことにかかわる場合には、たとえ特別権力関係説をとっても強制されないんだ、つまり使用しなくてもいい、こういうことだろうと思います。そこで先ほどのお話で、憲法十九条、二十条、二十一条をお挙げになりました。この三つの条文のうちで、強いて言えばその十九条、思想、良心の自由と、それから二十一条の表現の自由、こういうことになろうかと思うのでございますが、この元号が仮に十九条あるいは二十一条といたしますと、その元号使用を強制されるという、それを使用しないという公務員の立場が具体的に――具体的にといいますか、なぜ十九条、二十一条の問題になるとお考えなのか。つまり、元号の使用は思想の自由、良心の自由に絡むんだ、表現の自由に絡むんだ、こういうことだと思いますが、そこの辺をもう少し御説明いただけないでしょうか。つまり、先ほどの林先生のお話でも、職務命令として出される、こういうお話がございましたね、元号の使用というのが。職務命令として出されれば、これは断るわけにいかぬだろう、こうおっしゃいましたが、職務命令として、たとえばどこかへ出張しろとか、それから出動時、退勤時にはタイムカードを使えとかいう、こういう職務命令は何も法律的な根拠があり、そこの拘束力がなくたって公務員はそれに従うということに私はなってくるだろうと思いますが、そういうことと、元号の使用という問題は質的にやはり違うと私は考えますが、その辺についての先生の御見解を述べていただきたいと思います。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 公務員法によりますと、公務員は上司の命令に対してはいわば忠誠義務がございます。ですからいま法律で元号がこう決まっているんだ、したがって、これを使えというのに元号を使わない、書類を突き返すというようなことが起こり得るわけでございます。だけれども、それは職務に従わなかったからであって、元号問題ではないと言いますけれども、それはちょっとわからないのでして、元号がなければそういう問題は起こらなかったわけですから、これは全く問題が違って、非常に形式解釈と言いましょうか、私はどうもうなずけないことでございます。  それから十九条の問題と元号の問題がなぜかかるかということでございますが、この点は私先ほど申し上げたつもりでございますけれども、つまり元号を使わない、いま言ったようなぐあいで公務員なり私人なりが使わないという場合に、どういう意味で使わないのか。これは先ほど申し上げましたように私は私なりの議論がありますし、またぐんと簡単に言えば、その字を知らなかったからという場合もあるでしょうけれども、字を知らなかったからという場合だったら問題になりませんけれども、ある私人が――たとえば先ほど私の考え方がちょっと誤解されたようなので、時間を費やして申しわけないですけれども申し上げますと、私自身は、個人としては元号を使うことの必要性がわからないという一人であります。なぜ元号が必要であるかわからない。むしろわからないというのは、はっきり言うならば、必要ないのではないかということなのでございます。と言いますのは、先ほど申しましたように元号というのは元首天皇制と絶対にくっついているものだということであります。だからこそ、いわば天皇親政復活とかあるいは現行憲法反対とかというようなことを主張とする一群の人たちが元号問題を言うと、それに対して投石運動をするということになるわけでして、これが全く無縁ということはどう考えても考えられないのであります。そういう意味であります。象徴だから、象徴天皇があるのだから、それをいわば亡くなったとか、あるいは生まれたとかいう場合に元号を変えるということはいいじゃないかと言うのでありますけれども、私は天皇元首制ではなくて象徴元首制であるからこそ、そういったことを契機にして元号を考えるのはおかしいのではないかというのが私の考えでございます。  これが第一ですけれども、そのほか考えてみますと、いわばいまのこととつながりますけれども、日本独自のものを使うと――せっかく西暦もなじんだことだしするから、ならば、国際的にわかりいい方がいいじゃないかという考え方が一つの理由であります。  第三番目には、多数の意見は存続だからと申しますけれども、たとえばこれから大体十九世紀の末にできたものを、同じ年月だけ元号なしで歴史が経過したあげくに、元号をつくるべきか否かということを世論調査をしてみたらばいいと思うのでございます。その場合に、やはり昔はよかったという議論があれば正しい資料になると思います。これは極端な議論でございますからあれでございますけれども、そういったことであります。  ただし、私は、だからといって西暦を法定しろという意味ではございません。各人は勝手に、大きなスケールも要るだろうし、小さなスケールも要るでしょうし、時計屋さんに建築屋さんの物差しを使えと言ったって、これは無理なことでございますから、勝手に使えばいいんで、天気が変わっても、戦後初めての暖かい温度とかというふうにして戦後というものをスケールにする場合だってあり得るわけで、それは勝手でございます。ですから、西暦のみを使えというのも私は反対でございますし、そうかと言って、元号をどうしろということも問題。各人がそれぞれいろいろな考え方がある。ですから私申しましたように、私個人としては元号は使わないというだけの話でございます。  そこで、つまりそのようにしていろいろな理由があるわけですけれども、いま言った第一番目の理由なんかからして元号を使わない。そして使わないがためにきさまはけしからぬというふうになりますと、これは十九条の条文に関係する法益侵害ではないか、こういうことであります。若干説明が長くなって申しわけありませんが、また同時に、それを発言したことでもって、どうだ、こうだというふうになりましたらば、これはもちろん、二十一条の問題になる、こういうことでございます。

栂野泰二日本社会党

○栂野委員 ありがとうございました。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 柴田睦夫君。

柴田睦夫日本共産党・革新共同

○柴田(睦)委員 村松先生と坂本先生にお尋ねいたします。  村松先生は「元号と文化」という一文で、年号の問題は天皇の問題と結びついていると言っておられます。元号反対論者は、天皇と国民とを結びつける巨大なきずなである元号の破壊を目指すものであるという言い方で、元号法制化を天皇元首化と結びつけて考えておられるというように読みました。坂本先生もいろいろなところで、元号制は象徴天皇制にふさわしい、法制化して決めるべきだ、こういうことを書いておられます。  元号制の歴史でも明らかなように、元号制は君主体制に特有のもので、特にわが国では明治になって一世一元制が制度化されて以降、絶対主義的天皇制の専制支配を支える役割りを果たしてきました。戦後、日本国憲法は天皇を象徴と位置づけ、天皇主権、天皇の統治権を否定し、国民主権原則を高らかにうたい上げました。主権天皇制と不可分の戦前の元号法制を象徴天皇制と結びつけて復活させることは、象徴天皇制を主権天皇制に一歩近づけようとするものであって、法制化推進派の最大の眼目はまさにこの点にあると思います。  法制化推進派が「天皇を国民統合の核として力強い存在にするためにはいろいろな問題がある。元号法制化はその一つである」、これは神社本庁です。「戦後失われたものを取り戻すためにけんかをしなければならない。元号法制化は、そのけんかの第一号である」、清水幾太郎さんだとか中曽根康弘さん。それから「元号法制化は、天皇の権威をより高からしめるところに一番の眼目がある」、これは日本青年協議会。「元号は国民統合のシンボルである」、これは石田和外さんなど、こう言っているわけです。  そこで質問の一つは、元号法制化が、天皇の存在を国民統合の核として力強くする、天皇の存在に権威を与えることを目指すものであるというようにお考えであるかどうかということが一つ。  それからもう一つは、坂本先生と村松先生がいろいろなところで、西暦はキリスト教と結びついたもので、これを公的機関が採用し、国民に押しつけることは、憲法の政教分離の原則や信教の自由の原則に反する、こういうことを言っておられます。林先生もやはり同じようなことを言っておられるわけです。起源的に特定の宗教と結びついたものをすべて憲法違反だというようなことは、これはちょっと脱線していると思うのです。今日、西暦紀年が宗教的性格がなくなって、世界共通の紀年法となっていると思うのです。わが国では外交文書などでもっぱら西暦を使っていますが、これも憲法違反になるというようなことを言われるはずはないと思うのです。たとえば七曜も起源的にはキリスト教やユダヤ教と結びついていますが、ほとんどすべての国民が常用し、公的機関でも公式に使っております。これはお二人の先生のお考えによれば憲法違反となるかどうかということ。年の数え方でも、先生方は、西暦は起源的にキリスト教と結びついているから憲法違反になるというようなことを言っておられますし、数え方としての暦法については、起源的にキリスト教と結びついたグレゴリオ暦を何も文句も言わずに使っていらっしゃるのですが、これは一体どういうことであるかという問題をお答え願いたいと思います。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 たとえば回教国では回教暦とキリスト教暦とを併記しております。そして正式な文書には回教暦を用いております。ユダヤ教のイスラエルでは正式の文書はやはりユダヤ教暦を使っておりまして、便宜上キリスト教暦を併記しております。  先ほどちょっと申し上げましたが、私自身はヨーロッパの文学が専門の仕事でございますから、西暦を使うことは多うございます。その使うということ自体には何の抵抗も感じておりません。ただし、日本にも回教徒は、先ほど言いましたように大ぜいおります。そういう人たちにキリスト教暦を使えと言えば、それこそ一神教ですからいやがる人が当然出てまいりますでしょう。一神教というのはそういう性格を持っております。だからその一神教の背景を持っている暦を使うよりも、ニュートラルな暦を使う方が、現にあるんだから、妥当ではないかということを私は申し上げているのです。  それからもう一つの問題ですが、どうも先ほどからの御意見、いまの御質問も含めまして、伺っておりますと、元首とか元首制とか天皇制とかいうことを言います場合に、明治以降近々百年にも満たないその時代のみを問題にしておられる傾向が強いように思われます。日本の君主制というものは、これは千何百年続いてきたのか、正確なところはわかりません。そして元号を使い始めたのは、前にも申しましたように大化以降でございますから、その間には律令制度もあれば、摂関制度もあれば、武家制度もある。その間ずっと天皇は君主だったのです。そしていまも君主です。その間に明治帝国という、歴史的に見ると短い時間が入った。長い歴史から見れば、君主と国民との結びつき、これは特に武家時代が始まってから以降、君主としての天皇は政治的権力を失われていた時代が大部分でしたよ。その間も元号を通じて国民と結ばれてきた。そして日本が独自の元号を保ち得たのは、外国の植民地にならなかったということが大きいのです。朝鮮半島に関して申しますと、独自の元号を持った時期はそう多くないのでして、大体にシナ大陸の元号を踏襲しておりますし、インドシナ半島についても同じであります。日本は植民地化されませんでしたから、独自の元号を建てられましたし、これはキリスト教世界による征服に対しても同じであります。ここに日本の独自の文化というものがあらわれてきているわけです。元号というのはその伝統の一つの表現であります。ここで、昔からやってきたこと、つまり摂関政治のときもやってきたし、武家政治のときもやってきた、いわば象徴天皇であった時代の方が、日本の天皇家というものは長いのですから、その時代の習慣をそのまま維持するということは、何ら明治帝国に復活するということではないのです。本来の姿を保存しようではないかと言っていることです。  以上です。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 たびたび申しておりますように、元号法制化という、何かこう、妙に格式張ったことになってきまして、それで、それが天皇元首制への布石であるとか、その核になるものをつくるんだというような御指摘でございましたが、私どもは全くそういうことは考えておりません。ただ、今日使われておりますようなこの昭和のような年号が今後も、次の天皇の時代にもまた新しい年号で建てられていくことだけを思っているわけでありまして、それは結局千三百年来の日本の伝統であり、無形の文化財であるから、これをあくまでも尊重していきたいというだけのことでございます。  それからもう一つ、何でございましたかね。(柴田(睦)委員「キリスト教」と呼ぶ)キリスト教の問題でございますが、これは私どもも、西暦は併用して一向差し支えないという意見でございます。ただ、国が公式に定める紀年の法としては元号であるべきであって、西暦は、併用することは一向差し支えない。ましてや外交文書などには当然西暦を使うべきであると思います。それは何もキリスト教とかなんとかいうことにこだわるものではありませんが、ただ、国の公式な年号として西暦を使えと強制されますと、やはり私どもはキリスト者ではありませんから、これには大反対をしなければならぬという立場にあるわけでございます。それを強調するわけでございまして、別に併用であればそんなことは言うつもりはございません。  ですから、私どもの立場は非常に柔軟なものでありまして、元号は古来の伝統であるからこれは将来も残していくべきものである、ただ、残していくには何らか政府で決めてもらわなければならないものだから、これは政府が決めなかったならば各自がめいめい勝手の年号を使いますから、これはいわゆる私年号と申しまして、中世、政府の政治力が衰えた時代にはこういう私年号がたくさんできまして収拾に困った時代もあったのでございます。これは一面で言えば、元号を使うことが国民の間に非常に望ましかったということにもなるわけでありますけれども、元号を使う以上は政府が決めてもらわなければ困るので、そのためにいまの法制化という措置を政府はお考えになったと思うわけであります。  西暦はもちろん併用して差し支えないのでありまして、私どもも必要な場合は西暦は使います。先ほど平安時代なんと言って笑われましたけれども、やはり必要な場合には、平安時代は八世紀の終わりごろから十二世紀までであるとか、あるいは江戸時代は十七世紀から始まったとか、そういうふうなことは言っておりますので、これは併用しておるのでありまして、決して日本の元号一点張りでしなければならぬなんという、そんな偏狭なことを言っているわけではありません。むしろ西暦一本でやれと言う方がはるかに偏狭な意見だと私は思うのであります。  以上であります。

柴田睦夫日本共産党・革新共同

○柴田(睦)委員 ちょっと時間が超えましたが、小林先生と村上先生にお伺いしたいのですが、元号を含む紀年法の今後のあり方についてはさまざまな意見がありまして、大多数の国民が法制化に賛成していないという事実を重視して、法制化を急がず、歴史と国民自身の選択にゆだねるのが道理であると考えるものですが、先生方はどう考えていらっしゃるのか。そのことと関連して、いまの国会の審議のやり方についての御意見があればお聞かせ願いたいと思います。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 私は、先ほど申しましたように、元号については必要がない、と同時に、ない方がこれからは国際的にもいいんではないか、あるいはまた国内の憲法政治の健全化のためにもいいんではないかということでございます。  しかし、繰り返しますけれども、いろんなスケールが欲しい人もいることでございますから、そのスケールをつくる分に意見が多ければそれでよかろう。ただ、一世一元的な元号というのは、少なくとも現行憲法がある限りにおいては不適当である、だから別なものが考えられるべきではないのかという気がするわけです。その意味で、一番初めの私の意見陳述の最後に申しましたように、また同時に多くの学者も言っていますように、またがつての政府も言ったように、審議会などを設けて、そして篤と議論をすることが必要であろう、こういうのが私の結論であります。  つけ加えて言いますならば、たとえば、私は僧籍を持っている仏教徒でございますけれども、仏教徒には仏教徒の仏暦がございます。それから、そのほか大学には創立何年目なんというようなことから、何々行事をしようなんということもございますししますから、元号のお好きな方は、財団法人元号設立委員会というものをつくって、そこでもって元号を発明なさるという形でもいいと思います。これは私見でありますけれども、いずれにしても、おのがじしつくってもよろしいし、また、さっき言ったように法律的には疑問がありますし、政令についても疑問がありますし、それから告示についても疑問がありますけれども、疑問のないような方法、となりますと結局いま私が言ったようなことになるかもしれませんけれども、そういったことをとにかく熟慮して、そうして、何といってもこれは国民主権の国家でありますから、国民の意見を聞いて、そして落着させてほしいということを切に希望します。

村上重良慶鷹義塾大学講師

○村上参考人 私は個人的な意見としては、元号が日本の社会からは行く行く消えていくであろうと思っておりますし、私も自分としては元号を使うという意思はないわけです。  それで、現実の問題としまして、現在元号の法制化が切り離されて出ているのではなくて、いわゆる政治の右寄りの攻勢、つまり紀元節の復活から始まりまして、伊勢神宮の神体、八咫の鏡の皇室所有の確認、あるいは靖国神社法案、それから靖国神社の天皇、首相の公式参拝の要求、大嘗祭の復活の要求等、一連の戦前の近代天皇制への回帰現象、復帰の現象の中でこの問題がにわかに出てきているわけです。そして元号法制化そのものが、どのような説明が行われたにしても、やはり一世一元制をここで確立したいという線上にあることは、これは否定できないと思います。  そういう点で、私は行く行くの日本社会における紀年法というのは、現在は大体のところ元号昭和と西暦の併用ということでありますが、こういう問題は法によって強制するという性質のものではなく、現状の状態にゆだねて、そして国民の大多数が使っていく紀年法というものにおのずから落ちついていくことが望ましいというふうに考えます。そのためには、現在の国会の審議につきましては、時間をかけて、広範な国民各層の意見を徴して慎重に進めていただきたいということをお願いしておきます。

柴田睦夫日本共産党・革新共同

○柴田(睦)委員 ありがとうございました。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 中川秀直君。

中川秀直新自由クラブ

○中川(秀)委員 御苦労さまです。私は新自由クラブの中川でございます。  私どもは元号の、理由はくどくど申し上げませんが、存続というものに賛成の立場であります。文化的伝統、そういうものの価値を尊重して、何よりもまず国民の大多数が元号の使用を希望している、あるいは西暦との併用を望んでいる、こういうことに立って賛成をするものでありますが、と同時に、元号というのは何よりも国民のための元号でなければならないということを常々考えているわけでございまして、現下の提案をされております法案の今後の運用についても、幾つかの問題点があることもわれわれは指摘をしているところでございます。そんな立場から若干のお尋ねをさせていただきたいと存じます。  まず、小林先生にお伺いをしたいのですが、先生は、象徴天皇制と元号とが矛盾をするという御意見のお立場とお伺いをいたしました。同時にまた、国民主権という現下の憲法にも矛盾をする、こういうお立場、御意見のようにお伺いをしたのでありますが、先ほどお帰りになった林参考人は、そうではないという御意見を言われましたですね。つまり、明治憲法下ならば、天皇が勅定をするという元号であったけれども、いまはそうではない、少なくとも今度の元号法案にいたしましても、国民の負託を受けた国会、その負託を受けた内閣の権限で元号は決めるのだ、その定め方について天皇の権限と結びつけている点は今度の法案でも全くないのであるから、この点からいっても国民主権制には違背はしない、矛盾はしない、私はこの意見に賛成であります。昔のように天皇がみずからの権能として行うものであるならば国民主権制に違反するかもしれないけれども、いま法案が提出されているこの事態を御理解をいただきましても、国会で法律をつくってやるわけでございます。これが国民主権制に違反をするということが私にはどうしても理解ができないのでございますが、この点についてお尋ねをしたい。  もう一点、象徴天皇制と矛盾をするということでございますが、そうすると小林先生は象徴天皇制というのはどういうふうに御理解になっているのか、この点をちょっとお伺いをしておきたいと思います。元号を天皇の在位と結びつけることによって、つまり一世一元ですね、これが象徴天皇制と矛盾をするというのであるならば、私は現行憲法の象徴天皇制というのは、その内容は全くゼロに近いものでなければいけないということになってしまうと思うのです。象徴天皇制を小林先生はどういうふうに御理解になっておられるのか、私はお伺いをしたいと思う。これがお尋ねでございます。  それから、同じように小林先生にお伺いをするのでありますが、先生は、元号法制化をすると強制することになるから、憲法十九条、二十条、二十一条、いわゆる思想、良心の自由、信教の自由あるいは言論、表現の自由に抵触するおそれがある、こういう御見解をお述べになりました。  まず、法制化して元号使用が強制されるという御見解のその一部は、国民には強制はしないとしているわけでありますから、行政内部において、もちろん法律になれば国会も裁判所も含まれるとは思いますが、たとえば統一的な行政事務の立場で仮に職務命令等があっても、そのこと自体が思想、良心の自由に抵触はしないんだという最高裁の判例があるのも先生は御存じではないかと思うわけでございます。そうすると、直ちに元号法制化が思想、良心の自由を侵す、こういうふうに結びつけられるのは短絡であるというふうに私は考えておるのであります。  それから、信教の自由についての先生の御意見はどうもいささか論理に飛躍があると私は思います。先生がおっしゃったのは、神社庁の新聞論説、これは政教分離に批判的である、こういうグループが元号法制化をプッシュしているから二十条と無関係ではないという気がする、こういうお話でございましたが、単にこれだけの御意見では相当飛躍があると言わざるを得ないと思うのであります。この点についてお伺いをしたいと思います。  時間がありませんから先に進ませていただきますが、村上先生にもお伺いをしたいことがございます。先生がおっしゃったことの御趣旨は大変よく理解ができるわけでありますが、しかし、ただいまの質疑の中でも先生が繰り返しおっしゃっておる中に、結論部分でありますけれども、今後わが国も安定した合理的な紀年法を持つべきで、元号、西暦について自然に現状のまま放置しておけば国民が自然に選択をしていくであろう、こういう御意見が結論であったように思うわけであります。しかしこれにもちょっと異論があるわけであります。  お尋ねをしたいと思いますのは、たとえば国民には元号、西暦双方使いたいという意見、併用論が九割近いわけですね。この背景には、時代をはかるのに、先ほど村松先生もおっしゃったのですけれども、いわゆる短い物差しとしての暦年紀年法を持っていたいという希望があると私は思うのです。これについては先生もお認めになるのではないかと思うわけであります。  とすると、現状のまま元号が事実たる慣習として法的根拠なしに続いていって、昭和が続いていって、万一の場合が起こった際には昭和という事実たる慣習が無限に続くことになるかもしれない。法的根拠も何もないわけでございますから、新たなる元号を制定するわけにはいかないでありましょう。そうすると、事実たる慣習として昭和が続いていくということになる。そんなことは国民意思としてあり得ないと先生がおっしゃるとするならば、暦年紀年法は全くなくなってしまうということになるわけであります。おわかりになると思いますが。そうすると、先生がおっしゃった、自然のままに現状のまま放置しておくと、国民が西暦でいくか暦年法をとるか元号をとるかということの選択をするであろうというその選択の方法もなしに西暦一本になる、そういうふうに私は理解をするわけでありますが、暦年法がなくてもいいと先生はお考えになるのか、そしてまた現状の世論の中で、国民が何ら選択の方法もなく西暦一本だけを受け入れなければならなくなることについて問題は全くないとお考えになっておられるのか、先ほど先生は国民が選択するだろうとおっしゃったから、お伺いをするわけであります。  最後に、坂本先生と村松先生にお伺いをするわけでありますが、先ほど私は、この元号の問題を考えるときには何よりも国民のための元号ということを考えなければいけないということを申し上げたわけでありますけれども、現在の法案はきわめて簡単なものである。これは先ほど意見陳述にもあったと思いますが、その簡単な法案の中身に立ち入って、たとえば元号の名称をいつ、だれが、どうやって決めるのか、あるいはいつからその使用開始をするのか。先ほど踰年方式の問題もございましたが、それについては御意見を伺いましたので、改めて伺いませんけれども、いつ、だれが、どのようにして決めて、いつから始めるかという問題は、実は将来にわたって国民がこの元号を使っていくわけでありますから、愛される元号にならなければいけない、不人気のものになってはいけないということで、非常に重要な問題だと思うわけであります。  そこでお尋ねでありますけれども、元号選定のための具体的な準備をどのようにしてお始めになったらいいとお考えになっておられるのか、両先生にお伺いをしたいと思うのです。  何も天皇陛下が御不例の後崩御なさるというばかりではない、脳溢血のような突然の御崩御という場合だってあるかもしれません。いずれにしても、相当前から具体的に準備していくことが私は望ましいと思うのです。たとえばこの次の元号には当てはまらないかもしれないけれども、次の次からは次期天皇が即位されたら早速次の元号選定の具体的準備に入る、あるいは場合によったら皇太子の御結婚の日から始める。いずれにせよ、そういうおめでたい日をトして準備を始める。こういうことをやるのは決して私は不謹慎なことではないと思うし、かつ元号の選定方法も明確になり、国民の意見を取り入れるという余裕も生まれると思うのです。こういう意見についてどのようにお考えか、お伺いをしたいと思うのです。  それと同時に、決め方でありますけれども、政府は速やかに皇位継承のときには改元を行う、学識経験者に相談をして最良のものを選択をするというふうに答弁をしておるわけでございますけれども、先ほどたしか村松先生でございましたか、国民に親しまれる元号をつくる、そういう意味では何らかのそういう工夫があってもいいというような御趣旨の御発言があったと思いますけれども、中には国民公募案もあるわけであります。あるいは国会で相当議論をすべきであるという案もあるわけであります。こういうことについてどうお考えか。  あるいは仮に学識経験者に意見を聞くという場合でも、少なくともその案ができる経緯あるいは決定に至る経緯、選定の理由、解釈、こういうものが国民にわかりやすく発表され、公表されるべきだと私は考えるわけでありますけれども、その点についての御意見を坂本先生と村松先生にお伺いをいたしまして、これですべてのお尋ねにかえさせていただきたいと思います。よろしくどうぞ。

小林孝輔青山学院大学教授

○小林参考人 私に対する質問、二つありまして、一つは象徴天皇制と元号制とは矛盾しないのではないかという点でございますけれども、明治憲法秩序と現行憲法秩序というものは一体断絶したものなのか継続したものかというところで、これはここに実は基本的な問題がございます。ですから、これは継続しているんだというふうに見るならば、御説のような疑問も出てくるわけでございますけれども、末端私から大家の憲法学者に至るまで、まず明治憲法の憲法原則と現行憲法の憲法原則とは違うんだというのが、これが通説であります。どこが違うかといいますと、元首天皇制と象徴天皇制の違いであります。元首天皇制というのは日本の国政を統べるということであります。それから象徴天皇制というのは国政を統べるのは国民であり、国会であるということであります。これは憲法明文に明らかだ、私の主観ではございません。元号は、前に申しましたように、天皇がこれからわしが国政を握ったんだというときに改元したのが始まりでありますし、現在の法案を見ますと、「皇位の継承があった場合」とありますので、従来の元号的なものを承継しているわけであります。言いかえれば、これは現行憲法と旧憲法とが継続しているか断絶しているかというような設問に対しては、継続しているという観点からのみ理解できる法文である、こういうふうに言わざるを得ない。そういうことで、私はさっき言ったわけでございます。  それから二番目に、人権の問題、公務員に強制するということと、今度は国民の人権侵害ということとは別問題であろうというのでありますけれども、これは非常に私どもの解釈、学術用語では非常に法論理実証主義的である。言いかえれば、社会的観点を全くゼロにしているというような学説の一つであります。  第一の、これはおとといの新聞を見ましても、法制局長官でしたかが公務員には強制するんだ、前には強制しないとありまして、このごろは元号使用は公務員に強制し得るということを真田法制局長官が言っていることが各紙に出ております。ところが、この強制は判例でも認めるところというのがいま質問者の仰せでありますけれども、確かにそういう判例もございます。それはまさに特別権力関係論でございますが、これについては、十九条というような内面的自由については、公務員であろうと、つまり上司の命令であろうとその命令は届かないという解釈もありますし、また元号そのものが現行憲法の理念と矛盾するとするならば、むしろ従わない公務員の方が憲法九十九条の憲法を擁護するという条項には適合しているということに法論理的にはなる、こういうように考えます。  それから国民に対しては人権の侵害にならないというふうに言いますけれども、この点はどういうところのどういう面をつかまえておっしゃっているのか、私の言ったこととまた違っているのかもしれませんですけれども、たとえば先ほど申しましたけれども、公務員のところに、自分は元号は使わない、仮に自分の誕生をもって一年としている、二年とすると言った場合に、ことしは生まれて五十五年だから五十五年であるというふうなことを言った場合とかあるいは西暦で言った場合には、こういうものは受け取れないということが上司の命令なんだから、私は受け取れないとなりますと、これは途端に国民の側にはね返ってくるというふうになるわけでありますから、公務員というものは国民の公僕でありまして、国民の意見に従えと言うんだけれども、それは法律的に従わざるを得ないわけでありますから、法律がそうなっていますと、いわば国民の要求とは違ったことになりかねないというふうになるわけでして、公務員だけの強制であるということは、国民に対する強制とは無縁であるというのは、これはいわば言葉の遊びでありまして、実態に合わないというふうに私には思えます。  以上です。

村上重良慶鷹義塾大学講師

○村上参考人 お答えいたします。  現在国民の実際の紀年法の使い方というのは、確かに昭和と西暦の併用ということだと思います。  しかしながらきょうも大分議論になっていますが、西暦は長い物差しである、それに対して短い物差しが伝統的に必要だという説もありますが、私は必ずしも短い物差しがなければ紀年法というものは成り立たないというような性質のものではないと思うのです。長尺の物差しの中でも、たとえば六〇年代とか七〇年代というような言い方で、十年刻みに一つの時代を思い浮かべるということも現に行われておりますし、いろいろな短いとらえ方も同時に可能なもの、これが一般の紀年法であろうというふうに思います。  そして私は、一番のポイントは国民の使っている現状というもの、これは決して固定して考えるべきものでないと思うのです。たとえば私自分自身を考えてみましても、元号で言うと昭和三年の生まれですから、生まれてからずっと太平洋戦争が終わるまでは昭和何年という言い方しか許されないというか、それしか知らないで生きてきて、その後は事実たる慣習で、いやと思っても、事実上は昭和と年月日を書かざるを得ない状況で三十数年生活してきているわけです。そういう結果として現在の昭和の定着があるということは言えると思うのです。  しかしながら、そのような状況は時代とともに変わっていくはずでありますし、決して固定して考えることはないと思うのです。そういう意味で私は、まず第一に、事実上の強制を意味する法制化というものはすべきでない、これは私の一番中心的な意見、主張でございます。  そして新しい天皇が出た場合どうするかというお尋ねもあるわけでございますが、そういう法によって一世一元制を固定化するとか、事実上、公務員も含めてですが、国民に使用を強制するということを避けた状態で国民の選択にゆだねるというのが一番賢明であり、建設的な方法ではないかというふうに思っております。  以上です。

坂本太郎国学院大学教授

○坂本参考人 年号の名称が親しみやすいものである、そうありたいという第一の御質問だと思いますが、私も元号はそういうようなものであるべきものであって、本来国民の生活の幸福を願って昔からつくられたものでありますから、今後においても、そういう国民生活の豊かであらんことを願った、希望を込めたものであって、同時に国民にもよくわかりやすいものである、ですから、なるべくやさしい文字を使ったようなものであるということは、今後の時代においては特に必要であろうと私は思います。  それからその選定の手続の問題について御質問でありましたが、これは政府の方で担当の係の方がおいでになって、いろいろと御研究になっておいでになることと思いますので、私が申し上げることはないのでありますが、もし個人の意見を言えとおっしゃれば、これはやはり学識ある人々に政府からお諮りになって、そしてそれぞれよろしいと思うものを幾つか出させて、それについてこれも適当な機関で選定せられて、最後は総理大臣や何かで御決定になる、そういうことになるんじゃないかと思うのでございますが、その間に国会の方々も御関与になるのも当然かと思います。ですから、かなり前から準備はしておく必要があるので、急にやるわけにはまいりませんので、相当早くから準備をしておくということは、これは別に不謹慎のことではないので、政府としては当然しておいでになるべきことであろうかと思うのであります。

村松剛筑波大学教授

○村松参考人 いずれにしても、暦というものははっきりしなければいけないのでして、ほったらかしておくというわけにはいかない。にもかかわらず、こういう議論が起こりますのは、日本の場合、たとえばキリスト教世界でしたら、初めからこういう問題は起こらなかった。回教世界だったら、初めからこんな問題は起こらなかった。そういう世界と独自なところに生きているのが日本でして、ここにこういう問題が起こってきている根本があるでしょう。  そこで、日本の伝統を守りながら、しかも、かつ大衆に親しまれやすい元号をつくっていく、これが大事なポイントだと思います。これの、しかし具体的な選考の仕方と申しますと、これはいろいろ技術的な問題でございまして、ただし御質問でございますので、私見を述べさせていただきます。  過去の例で見ますと、大体において公家の会合で発議がありまして、それを式部省、特に先ほど申しましたように、文章博士が幾つかの案を出す。これは一つではございません。明治以降になりますと、これも枢密院がいろいろなところに諮りまして、そしてやはり幾つかの案が出ております。大正の末、昭和の初めに、新聞が昭和ではない別の元号をスクープしちゃって大騒ぎになった事件もございまして、幾つかの中から選ばれるという形式をいままでもとってまいりました。  手続としては、昔からやってきたように、まず学識経験者に幾つかの候補名を選んでもらって、そしてそれの中から選択する。国民投票でどれにするかと言ったって、ちょっと見当がつかないわけですから、まず第一に、幾つか、これは比較的多くてもよろしいと思うのです。そして、それを何らかの方法で国民の意見を徴して決めるという手続がまあ妥当なんではないか。これは日本の古くからの歴史から見ても妥当なんではないかと思われます。ただし、御不例があったから急いで探したのでは間に合わないということもございますでしょうけれども、いまおっしゃいましたように、立太子のときから決めてしまうというのは、これはどんなものだろうかと思います。これは、ある外国人が私に申しましたのですが、日本という国は不思議な国である、まだ御不例がないのにその後のことを考えて議論しているのは失礼だとわれわれは思うのだけれどもと。こういう見方をする人もやはりあるだろうと思いますし、それからさらに、日本人の感覚からいって、何かこの次にこういう新しい時代が来るんだ、この期待がいままで元号の改元にはあったわけですね。それをずっと前から決めちゃっていると、こういう国民の何か新しい名前を持った時代が来るんだという要望にこたえにくいんではないか。多少おくれても、御不例のころから研究し始めるのがまあ常識的ではないかと思います。「ころ」というのは、前後という意味ですが……。余り早くからというのは、どうもぐあいが悪いんじゃないか。そして、古い文献を見ましても、元号が変わります、変わった元号が使われていて、古い元号が何月まであった、何月改元というふうになっております。ですから、多少元号決定がおくれましても、一日にさかのぼって使うんだというふうなことで処理できるのではないかと存じます。  以上でございます。

中川秀直新自由クラブ

○中川(秀)委員 終わります。

藏内修治自由民主党

○藏内委員長 以上で各参考人に対する質疑は終わりました。  参考人の方々には、長時間にわたり御出席をいただき、また、貴重な御意見をお述べくださいまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、厚くお礼を申し上げます。(拍手)  次回は、来る十七日火曜日午前十時理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後五時十五分散会

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