法務委員会 第1号
- 発言数
- 343 件
- 登壇者
- 20 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1978/10/13
会議録
○鴨田委員長 これより会議を開きます。 国政調査承認要求に関する件についてお諮りをいたします。 裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政の適正を期するため、本会期中 裁判所の司法行政に関する事項 法務行政及び検察行政に関する事項 並びに 国内治安及び人権擁護に関する事項 について、小委員会の設置、関係各方面からの説明聴取及び資料の要求等の方法により、国政調査を行うため、議長に対し、承認を求めることにいたしたいと存じまするが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————◇—————
○鴨田委員長 次に、小委員会設置の件についてお諮りをいたします。 証人及び証言等に関する調査を行うため小委員十三名よりなる証人及び証言等に関する小委員会を、前国会に引き続き、設置いたしたいと存じまするが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 なお、小委員及び小委員長の選任につきましては、委員長において指名いたしたいと存じまするが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 小委員及び小委員長は、追って指名の上、公報をもってお知らせいたします。 次に、小委員及び小委員長の辞任の許可、補欠選任並びに小委員会において参考人の出席を求め意見を聴取する必要が生じた場合は、参考人の出席を求めることとし、その人選及び出席日時等については、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————◇—————
○鴨田委員長 内閣提出、裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する法律案及び検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。 まず、政府から、順次趣旨の説明を聴取いたします。瀬戸山法務大臣。
○瀬戸山国務大臣 裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する法律案及び検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する法律案について、その趣旨を便宜一括して説明いたします。 政府は、人事院勧告の趣旨にかんがみ、一般の政府職員の給与を改善する必要を認め、今国会に一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律案を提出いたしました。そこで、裁判官及び検察官につきましても、一般の政府職員の例に準じて、その給与を改善する措置を講ずるため、この両法律案を提出した次第でありまして、改正の内容は、次のとおりであります。 裁判官の報酬等に関する法律の別表に定める判事補の報酬及び五号以下の簡易裁判所判事の報酬並びに検察官の俸給等に関する法律の別表に定める九号以下の検事の俸給及び二号以下の副検事の俸給につきまして、おおむねその額においてこれに対応する一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける職員の俸給の増額に準じて、いずれもこれを増額することといたしております。 これらの改正は、一般の政府職員の場合と同様、昭和五十三年四月一日にさかのぼって適用することといたしております。 以上が、裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する法律案及び検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する法律案の趣旨であります。 何とぞ慎重に御審議の上、速やかに御可決くださいますよう、お願いいたします。
○鴨田委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 —————————————
○鴨田委員長 この際、お諮りをいたします。 本日、最高裁判所牧事務総長、大西総務局長、勝見人事局長、西山民事局長兼行政局長及び岡垣刑事局長から、それぞれ出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 —————————————
○鴨田委員長 これより両案に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山崎武三郎君。
○山崎(武)委員 まず、今回の一般の政府職員の平均引き上げ率と、裁判官、検察官の平均引き上げ率はどのくらいになるのか、また、それに要する経費はどのくらいになるのか、説明されたい。
○枇杷田政府委員 一般職の今回のベースアップは平均で三・六%ということで現在御審議中であります。本日の御審議いただいております法案によりますところの裁判官、検察官の増加額は、改定の対象になる裁判官につきまして平均いたしますと三・七%でございます。検察官につきましては三・六%ということでございまして、一般公務員と大体同じアップ率ということに相なっております。 その裁判官、検察官のベースアップに伴います所要経費でございますけれども、これは一方で期末手当が減額されるということが予定されておりますので、それとの差し引き計算をいたしますと、裁判官につきまして約四千万円の増、検察官につきましては一億一千万円の増額という予定になっております。
○山崎(武)委員 今回の改正案では、判事八号以一上の者と簡易裁判所判事四号以上の者及び検事八号以上の者と副検事一号以上の者の報酬、俸給が据え置かれているが、その理由は何か、また過去の据え置きの実例はどうか、説明されたい。
○枇杷田政府委員 裁判官、検察官の給与につきましては、いわゆる対応金額スライド方式というもので計算をされておるわけでございますが、その対応金額スライド方式と申しますのは、裁判官で申しますと、最高裁判所長官、最高裁判所判事、高等裁判所長官は内閣総理大臣等の特別職の対応、それから判事は一般職の指定職の俸給表を受ける者との対応、それ以下の裁判官は一般職の行政職(一)の俸給表との対応という形で組まれておるわけでございます。ところが、本年の一般職の関係のベースアップにつきましては、指定職並びに特別職の大部分の方が据え置きということになっております。したがいまして、それに対応して先ほど申し上げましたような特別職並びに指定職に対応する号俸のところは据え置きということに相なるわけであります。検察官につきましても同様ということに相なっておる次第であります。 このような一部据え置きの例があるかというお尋ねでございますけれども、昭和二十四年にやはり今回と同じような形で一部据え置きということがあったようでございます。ただ、そのなった事情は、ちょっと古いことでございますのでつまびらかでございませんけれども、少し今回のとは事情が違う面もあろうかと思いますが、そういう同じような例は過去にもなかったわけではございません。
○山崎(武)委員 一般の政府職員については、今回俸給以外にも扶養手当、通勤手当が増額され、一方十二月に支給される期末手当はその支給割合が減率されており、これらは裁判官、検察官にも適用されることになると思うが、その適用範囲、内容などについて説明願います。
○枇杷田政府委員 通勤手当、扶養手当に関しましては、裁判官で申しますと、今度ベースアップの対象になるところ、すなわち判事補と五号以下の簡易裁判所判事につきましては通勤手当、扶養手当が支給されております。検察官におきましては、検事九号以下並びに二号以下の副検事は通勤手当、扶養手当の支給を受けておるわけでございますが、一般職の関係につきまして今回それらの手当につきまして若干の増額が予定されておりますので、それが実現いたしますと、それに対応いたしまして、現在そのような手当を受けている裁判官、検察官は同様に増額ということに相なるわけであります。 期末手当につきましては、これは全裁判官、全検察官が支給を受けておるわけでございまして、今回の一般職の関係で十二月の期末手当が〇・一カ月分減ということに相なりますと、検察官につきましては当然にその例によることになっておりますために、それが減額と相なります。 裁判官の方につきましては、その例に準ずる扱いで、最高裁判所規則が改正されて減になる運びになろうかと思っております。
○山崎(武)委員 一般の政府職員の給与の改正案では、医師、歯科医師については、昨年に引き続いて、ことしもまた初任給調整手当がそれぞれ一万円増額されておりますが、裁判官、検察官については昭和四十六年以降全然増額されておらず、今回もまた見送られる予定と聞いておりますが、その理由について御説明願います。
○枇杷田政府委員 裁判官、検察官の初任給調整手当は、優秀な人材を裁判官、検察官に迎え入れたい、そのためには弁護士との給与比較をいたしまして、弁護士に劣らない初任給というものが用意されないとぐあいが悪いということで、初任給調整手当が認められるようになったわけでございます。したがいまして、初任給調整手当を増額すべきかどうかということは、司法研修所を出まして初めて弁護士になる人がどのような給与を受けるかということの比較で、初任給調整手当の適正な金額というものが考え出されるわけでございますが、最近の弁護士の給与の実態と比較いたしましても、さらに増額をしなければならないというふうな実態が出てまいりません。本年におきましても、昭和五十三年四月に司法研修所を出ました弁護士の給与の実態を調べてみましたけれども、余り弁護士さん側の方の給与は上がっておらないということのために、今回の裁判官、検察官の給与が上がるということを前提として計算いたしますと、既存の金額で大体いいところ、バランスがとれる金額であろうというふうに考えておりますので、そういうわけで初任給調整手当の増額はことしも見送りになるということでございます。
○山崎(武)委員 終わります。
○鴨田委員長 次に、稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 いま山崎さんから質問があったところですが、司法修習生の場合、見送りになるというような話のようでしたね、ちょっとよく聞いてなかったのですが。そうすると、それはもちろん国家公務員ではないから、増額の場合でも法案には出ないわけですけれども、仮に増額になるとした場合には、どういう形でどこへそれが出てくるわけですか。法案ではなくて、ただ予算書の中へ出てくるのですか。どういう形になるのですか。
○枇杷田政府委員 ただいま山崎先生にお答えいたしましたのは、司法修習生を終了して新しく弁護士になった人と新任判検事との比較のことを申し上げたわけでございまして、司法修習生それ自体の給与はまた別でございます。これは従来からやはり一般職の給与の上がりぐあいを見まして増額しておるわけでございまして、本年も増額の予定となっております。 それがどういう形であらわれるかと申しますと、最高裁判所の規則で司法修習生の給与額というものが決定されることになっておりますので、この一般職の給与法案が成立し、また裁判官等の報酬に関する法律が通りますと、それに応じて司法修習生の給与改定が規則上明示されるということになろうかと思います。
○稲葉(誠)委員 私の聞き違いで申しわけございませんでした。どうもそうでないかと思っていたのです。それでないとおかしいと思うのですが、そうするとやはり三・八四%という形で修習生の——これは何と言ったらいいの、正式には何ですか、修習生に対する……。これは法律的な性格は何ですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 修習生に対する給与は、裁判所法で国庫から支給するという根拠がございまして、現在、先ほど法務省の調査部長からお答え申し上げましたように、最高裁規則にその金額を定めることをゆだねられております。 現在、司法修習生の受ける給与の額は行政職の(一)表、六等級の二号と三号の中間に位しております。このたびの給与改定が実現いたしますとすれば、その六等級二号と三号の上がり幅を現行の形で案分比例いたしまして、六等級二号と三号の間になる金額で規則で定める予定でございます。
○稲葉(誠)委員 具体的にまだこの法案が通っていない段階でこういう質問をするのはおかしいかとも思いますが、それは、一つは最高裁の予算のどういう款項目のところへ出てくるのですか、それが一つ。 それからもう一つは、その三・八四%との関係はどういうふうになるわけですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 まず予算でございますが、最高裁判所の方に司法修習生手当というところに予算が盛られます。それから、現在内閣委員会の方で御審議いただいていると思いますが、先ほど申し上げました六等級の三号と二号が給与改定が実現されるといたしますと、先ほども申し上げましたような計算で、現行は十万八千四百円でございますが、改定額は十一万二千五百円ということに相なります。なお、増し率は三・八%でございます。
○稲葉(誠)委員 言葉はどうでもいいのですが、さっきの話だと、修習生の給与という答えでしたよね。いまの話だと手当ということになっていますね。国家公務員でないのだから、それに対する給与という考え方はおかしいのじゃないですか。だから手当という考え方になってくるのですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判所法の六十七条の二項に、「司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。」という条文に相なっております。
○稲葉(誠)委員 それで予算のときには手当という言葉を使うのはどういうわけですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 予算上の項目の書き方でございますが、この沿革というと現在つまびらかにいたしておりませんが、一応予算上は手当という言葉を使っているようでございます。
○稲葉(誠)委員 それはどうもおかしいな。だって、公務員でないのに給与というものを払うということが第一おかしいということが一つの議論。仮に、給与という言葉が裁判所法にあるとすれば、仮にじゃなくてあるんだから、あるとするならば、予算の方も手当でなくて、手当というのは公務員に払うものではないはずだし、払うとしても副次的なものにしかすぎないのではないかと思うのです。そうすれば、予算上も給与という言葉を使わなければおかしいのではないか、首尾一貫しないのじゃないかな。どっちをとってもいいけれども、首尾一貫しないのじゃないかな。
○勝見最高裁判所長官代理者 言葉の問題に相なろうかと思いますが、広義の意味では給与の中に手当も含まれるというふうに考えられます。予算上どういう名目にするかは、もっぱら予算上の問題でございまして、先ほど申し上げましたようになぜそういうふうになっているかという的確な資料をちょっと持ち合わせておりませんので、後日研究いたしましてお答え申し上げたいと思います。
○稲葉(誠)委員 それは大蔵省は給与という言葉を使うのをいやがるのじゃないですか、どうなの。的確な言葉というのはどこから出てくるのかよく知らぬけれども、それはいつごろわかるの。 委員長、こういう問題があるからやはり時間がかかるのですよ。よく見ていてくれないと困るのです。 それはどうなの、第一の問題だ。さあ、そこのところどうします。
○勝見最高裁判所長官代理者 御指摘のとおり司法修習生は国家公務員でございませんので、いわゆる一般職の給与法に言う給与ということには当たらないというふうに思いますが、裁判所法上は給与という言葉を使っておりまして、予算上は手当という言葉を使っておりますが、予算上用いられている手当という言葉も、裁判所法上の給与の概念の中に含まれるというふうに御理解いただきたいと存じます。
○稲葉(誠)委員 まあどうでもいいことですから、ここら辺にしましょう。 そこで、いろいろの問題があるわけですが、せっかく事務総長おいでになっているので、これは進んでおいでになったという形になっているのですね、こっちからお呼びしたわけじゃないのだけれども。進んでおいでになったという形になっているので……。 判例タイムズのナンバー三六四「最高裁に対する期待と要望」というので、札幌高等裁判所長官の横川敏雄さんがいろいろなことを書いていますね。ちょっと抽象的であれですけれども、これをお読みになって、どういうところがいいところでしょうか。
○牧最高裁判所長官代理者 札幌の横川長官が退官を間近に控えられまして、いままでの裁判官生活を振り返っての所感を御指摘の雑誌に寄稿したようでございます。おっしゃられるとおり、そこに具体的な事実が述べられておられませんし、また特殊な具体的な提案がされておるわけでもございませんので、私どもとしては、それについて特に意見を申し上げるような問題ではないというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 だけれども、これは横川さんに言わせると「正しい裁判の行なわれるべき基地に問題があってはならないと、……裁判所全体の姿をただすため言うべきことは言い、行なうべきことは行なってきたつもりである。」こう言っているのですが、これはどんなことを言ったんですか。裁判所全体の姿を正すため言うべきことは言ったというのですが、これは何か言ったのでしょうか。それから、行うべきことは行ってきたつもりだ、これは何を言っているのですかね。これはどういうふうに御理解——この点は事務総長でもいいし、刑事裁判の方だからむしろ刑事局長の方が詳しいのじゃないかな。
○岡垣最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。 私もあれを拝見しまして、抽象的なお話でありまして、私どもの方としては別に具体的なものとしてああだこうだという感想を持ち得なかったわけであります。私の守備分野は、刑事訴訟の運営といいますか、訴訟法と実体法の運営状況ということでございますので、横川長官たくさん裁判をやっておられますけれども、しかし、それをあれこれ見ているわけではありませんし、どういうふうなことを意味しておられるのか、ちょっと私にはわかりかねます。
○稲葉(誠)委員 「往々最高裁の判例の中に、下級審が苦心惨憺してした事実の認定とこれに対する法的評価を軽々しく被告人の不利益に変更したのではないか、と疑われかねないものが見受けられるのは遺憾である。」こういうようなことを言っていますね。これは高裁の長官が言われることですから、この人は刑事事件をずっとやっておられた方ですから、具体的にどういうようなことを指したというふうにお考えになりますか。全然これはもう根も葉もないことを言った、こういうふうにお考えになられるわけですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判所としまして、裁判所というものはそれぞれの裁判官が各審級でそれぞれ自己の良心に従って、それこそその文章にもありますとおりに苦心惨たんして各審級をやっておられるわけでございまして、それぞれ意見の異なることはもちろんございましょう。ですから、そこに書いてありますことを拝見しましても、私どもとしては、どれがということを考えることができないわけであります。ただ、その高裁の裁判官がおやりになった裁判が最高裁で破棄された、あるいは法律点なり事実点なり、これはいろいろあるかと存じますが、それ以上にはちょっと考えにくいわけでございます。
○稲葉(誠)委員 これは抽象的なことをずっと言っているものですから、具体的なことを言っているわけじゃないし、それからもう定年でしょう、二十二日に定年ですね。定年間際に言ったんですし、なかなかこの人は哲学的なことをいろいろ言っているわけですね。いい意味で言えば哲学的、悪く言えばペダンチック、よくわかりませんが、どっちかですね。 「「真昼の暗黒」という映画の中に被告人が「まだ最高裁がある」と叫ぶシーンがあるが、これは一部の指導層だけの期待でなく、訴訟関係人はもとより、心ある国民総ての期待でなければならない。」こういうふうにあります。この「真昼の暗黒」の最後のところで、鉄格子につかまってやるのは、あれは俳優はだれでしたか、草薙幸二郎かな、だれだったかちょっと俳優は忘れましたが、ありましたが、この「まだ最高裁がある」というのは、いまは一般国民が言っておるのじゃなくて、政府側が言っておる言葉なんだな、このごろになってくると。一審や二審で不利な判決、違憲判決が出ても、最高裁へいけば違憲判決は必ずひっくり返るということで、政府側が「まだ最高裁がある」と言って安心しておられるというふうなことを皮肉っておるのじゃないかと、こう思うのです。 いずれにしても、こういう抽象的な論文ですから、これ以上のことを聞いてもどうかというふうに思いますね。もう少し具体的な何かが書いてあれば何とか質問もできるのですが、これではちょっと無理だろうというふうに思います。 そこで、別なことをお聞きいたしましょう、これでもああだこうだやれば一時間ぐらいやれますけれども。 この前、秋田の簡易裁判所かどっかで、何か執行猶予中の者にまた執予猶予をつけて保護観察をつけた、そうして何か判決が一年二カ月ですか一年六カ月だかの判決を下した非常に勇気のある裁判官がおられるということが出ておったわけですけれども、これはどんな経過なんですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 御指摘の秋田簡裁の瀬谷裁判官のやりました判決ミスにつきましては、御指摘のとおりのミスがございました。これは九月二十四日の新聞に報道されまして、その関係で秋田地裁の所長から最高裁あてに九月二十六日付で報告がなされております。新聞報道にあったような誤判判決があったことは確認されております。
○稲葉(誠)委員 それはどういう点がミスなのですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 この関係、刑事の関係でございますので私から申し上げますと、私どもが承知しておるのはこういうことでございます。 昭和五十二年の六月下旬から五十三年の七月十三日までの間に計九回にわたりまして現金合計五万二百円、物品五百三点等を窃取したというわけで、五十三年の七月二十日付と八月十六日付の起訴状で、秋田の簡易裁判所にこの被告人は起訴されたわけでございます。この事件を担当しておられる裁判官は、公判を二回お開きになりまして、五十三年の九月十九日に判決を言い渡したのでありますが、判決は、これは先ほど申し上げました起訴事実はすべてそのとおりであるというふうに認定された上で、被告人を懲役一年四月に処する、未決勾留日数中四十日を右刑に算入する、この裁判の確定した日から四年間、右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する、こういう内容でございます。 ところが、この被告人は、これよりさきに昭和五十二年の三月十一日に秋田簡易裁判所で、住居侵入罪で懲役三月、執行猶予二年という判決を言い渡されて、この判決は、控訴はございませんで、そのまま確定しておったわけであります。したがいまして、今回の、先ほど申し上げました一年四月を言い渡した判決の場合には、刑法によりますとこれは再度の執行猶予ということでございまして、再度の執行猶予は、これは一年以下の懲役または禁錮を言い渡しする場合に限ってできることになっておるわけでございます。したがいまして、懲役一年四月に処した上で執行猶予に付するということは法律上許されないことでございます。これがこの判決の間違った点でございます。
○稲葉(誠)委員 そこで、いわゆるダブル執行猶予というやつですが、その場合に、一年以下のものでなければダブルの執行猶予ができないというその合理的な根拠は一体どこにあるのですか。法律に決まっておるけれども、合理的な根拠はどこにあるか。そういう合理的な根拠がないというので、この裁判官はそれを無視したのだろうと思うが、非常に先見の明のある勇敢な裁判官ではないかとぼくは思うのですがね。その点はどうなんですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 執行猶予にすでになっているということ、執行猶予ということは、本来これはもう再犯はあるまいという見込みがあってつけるわけでございます。ですから、本来は執行猶予があったものをまた執行猶予にするということは余り考えられることではないわけでありますが、しかし、具体的事情によっては、これはもう一度執行猶予にした方がいいという事案があることも事実でございます。その場合に、その二度目の事件が大きくて刑事責任が大きいというような場合にまでもう一度ということはむずかしかろう、じゃ、それをどこで線を引くかというのがただいま委員の御指摘になった点でございますが、この線の引き方というのは一年が妥当なのか、一年六カ月が妥当なのか、あるいは二年が妥当なのか、その辺のところは私は立法政策の問題だというふうに存じますので、明確な、これでなくてはいけないという一線が引けるものではないというふうに考えております。しかし、一年というところが、実際上運用上それほど不当な線だというふうにも考えておらないわけでございます。
○稲葉(誠)委員 そこで、こういう裁判をした場合には、裁判官の身分上どういうふうになるの。本件については、身分上何か訓告するのかどうするのか知りませんけれども、何かそういうふうな処分があったのですか。処分をしろということを言っておる意味じゃないですよ。これは人間だから間違いがあるわけですからね。
○勝見最高裁判所長官代理者 本件のような明白なるいわゆる誤判の場合につきましては、手続的には当然上級審で是正されるべきことは申し上げるまでもないところでございます。私どもといたしましては、この種の明白な誤判につきましては、従来から司法行政監督上の見地から所長注意ということを行っておるのが通例でございます。本件の場合、きょう現在、秋田地裁の所長からその種の措置がなされたという報告には接しておりませんが、いずれそのような措置がなされるものと考えております。
○稲葉(誠)委員 そこで、簡易裁判所の判事の選考というか任用というのは具体的にどういうふうになっているわけですか。何人くらい応募して何人くらい受かるのか、そういう点が非常にはっきりしないですね。それから一般公募もしないわけでしょう。だから、どこでどういうことが行われておるのかさっぱりわからぬですね。どういう形で簡易裁判所の判事の試験なりあるいは採用ということが行われているのですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 簡易裁判所判事の選考につきましては、簡易裁判所判事選考規則という最高裁の規則がございます。その規則に基づきまして行っているものでございます。 まず最初から申し上げますと、各地に置かれております簡易裁判所判事推薦委員会というものがございまして、その推薦委員会から推薦された者について考試を行っております。 いわゆる公募を行っていないかどうかという点でございますが、公募というものはしておりません。しかし、御承知のように、裁判所法で定められましたいわば要件に当たる方々の申し出がありますと、各地の推薦委員会から選考委員会の方に報告がありまして受験をさせているわけでございます。ここ数年、現実の受験者は約三百名でございまして、約五十名の合格者を出しまして任用しているような状態でございます。
○稲葉(誠)委員 その三百名というのは、毎年大体平均という意味のように聞こえましたけれども、それはほとんど裁判所に勤めていた人で、課長をやっていたとかあるいは首席だとかあるいは事務局長とか、そういうような関連の人ですか。どういう人が応募するわけですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 現在いわゆる特任の簡裁判事になっております者の前歴を調べてまいりましたが、書記官が七割強、それから事務官が二割弱、あと家裁調査官、それからその他の裁判所の職員、それから行政官の経歴を有された方、それから副検事、大体以上のようないわば前歴でございます。
○稲葉(誠)委員 どうも言葉は悪いけれども、内部の救済というような形に使われているような気がしてならないのですが、そういうことではなくて、ちゃんと一般に公募してやったらどうなんですか。それはできないのですか。それから司法修習生を終わってから簡裁判事になるという人もおりますね。それは年齢が大体四十歳以上とかなんとか、いろいろな制限があるようですけれども、まず第一に公募の点。そして国家試験的なものを行うなら行うという形にするとか、いろいろな方法があると思うのですが、そこら辺はどういうふうにやられておるわけですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 まず公募の点でございますが、先ほどもお答えしたとおりでございます。裁判所法の四十五条に「多年司法事務にたずさわり、その他簡易裁判所判事の職務に必要な学識経験のある者は、」いわゆる有資格でなくても「簡易裁判所判事選考委員会の選考を経て、簡易裁判所判事に任命されることができる。」こういう条文になっておるわけでございます。したがいまして「多年司法事務にたずさわり、その他簡易裁判所判事の職務に必要な学識経験のある者」ということになっておりますので、いわゆる公募には親しまないといいますか、そういうことで、委員御指摘のいわゆる公募という形はとっておりませんが、希望される方は、裁判所に参りまして、希望したいのだけれどもどうしたらいいかという申し出がありますれば、推薦委員会の方に上申しなさいという形で教示申し上げておるわけでございます。 なお、司法修習生からの簡裁判事の任命の問題でございますが、司法修習生終了者で特に年齢等の問題で簡裁判事本務を希望する者につきましては、その希望に沿った運用をやっております。
○稲葉(誠)委員 いまのあなたのお話だと、一般に希望する人は裁判所に行って申し出ればいいというようなお話のように聞こえるけれども、一般の人は一体いつそういう試験があるのか全然わからないのじゃないですか。だから応募しようにもその方法がないのじゃないですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 御指摘の点は、毎年一回やっておりますが、それぞれ外部の方からいらっしゃる場合には準備その他もございますので、特に公募という形をとりませんで、随時お申し出がありました場合にそのようにいわば教示と先ほど申し上げましたが、指導を申し上げているような状況でございます。
○稲葉(誠)委員 そこで、私は、どうもその選考方法というものをもっと公の形で、試験制度にするとかなんとかした方が明瞭でいいというふうに思うのですがね。これはまた別な議論になると思います。 そこで、簡易裁判所のことをちょっとお聞きしたいのですが、あるのだかないのだかわからない簡易裁判所がなおあるらしいので、簡易裁判所の建物とそれから看板のあるのを写真を撮って持ってきてもらいたいのです。たとえば大阪にある都島の簡易裁判所というものの看板や何か、写真撮れますか。看板とか建物の写真を撮ってもらいたい。
○大西最高裁判所長官代理者 現在、簡易裁判所は法律上五百七十五庁あるということになっておりますが、この中で合計十七でございますが、いわゆる事務移転ということで、庁舎は現在ございませんで、最寄りの簡易裁判所で事務をとっておる、こういうところがございます。いま稲葉委員御指摘の都島簡易裁判所につきましては、これは大阪簡易裁判所に事務移転をしておりますので、いま仰せになりました庁舎の看板の写真を撮るというわけにはまいらない十七庁の中の一つ、こういうことになっております。
○稲葉(誠)委員 そんなことないのじゃないですか。初めは都島簡易裁判所という看板がかかっていたのでしょう。それも外してしまったんじゃないの。
○大西最高裁判所長官代理者 都島簡易裁判所は、昭和二十二年の五月三日開庁の当時からいわゆる未開庁ということで事務移転をしておりますが、この事務移転をいたしました場合の事務処理の方法といたしまして、事務移転を受けた、先ほど大阪と申し上げましたが、大阪簡易裁判所の名前で処理するというやり方と、事務移転をした方のもともとの都島簡易裁判所の名前で処理をする、そういう処理方法も以前にとっておりましたので、あるいは当初のころ、都島簡易裁判所につきましては、そういう形で最寄りの簡易裁判所である大阪簡易裁判所の庁舎に都島簡易裁判所という看板を掲げまして、その名前で処理をしておった、そういう時代があろうかと思います。
○稲葉(誠)委員 あるいはじゃないよ。そんな答弁はだめ。あるいはじゃなくて、看板掲げておったのでしょう。看板掲げておったのを外してしまったのでしょう。あるいはじゃなくて、なかろうかと思いますじゃなくて、そこを断定的に言ってごらんなさいよ。裁判官だもの、そんなこと言えないわけはないもの。
○大西最高裁判所長官代理者 私、正確にそのときに立っておったかどうかということをあれですが、そういう処理方法、都島以外にもそういうところがあったかと思いますが、そういう処理方法をとっておりましたので、看板はかかっておったのではなかろうか。しかし、いつまで、どういう時期までということは、ここでははっきり申し上げられないわけでございます。
○稲葉(誠)委員 それならちゃんと裁判所管轄法の中で、そういうものは事実上廃庁なんだから、廃庁するということを国会へ出さなくちゃいけないのじゃないですか。それはどうなっているの。
○大西最高裁判所長官代理者 いわゆる未開庁、事務移転につきましては、最近のものもございますが、当初から庁舎の手当てが十分つかないというふうな関係で、事務移転ということで処理をしておったところが、いま申し上げましたような数あるわけでございます。これらの簡易裁判所につきましては、これをどうするかということは従来から大きな問題であったわけでございますが、単に当該の十七なら十七の事務移転庁だけの問題でございませんで、全体としての簡易裁判所の適正配置という問題がございますので、それらをも含めた検討が必要なわけでございます。非常に長い間ほっておいたということでおしかりをこうむるのもまことにそのとおりであると思いますけれども、何と申しましても、この簡易裁判所のそういう適正配置の問題は、単に事務的次元で検討しただけで解決するというわけのものでもございませんで、地元の住民の利便、政治的な影響も非常に大きい問題でございますので、長くかかっておってまことに恐縮でございますが、なおしばらくの検討をさせていただきたい、かように考えます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、十七庁のうちに、事務移転したのだから、またもとへ戻して開庁するという見込みのあるところがあるというのですか。ないのならないではっきりしないと、何か話がおかしくなってくるのじゃないですか。
○大西最高裁判所長官代理者 現時点におきましては、たとえばいま名前を挙げられました都島簡易裁判所などにつきましては大阪市内の簡易裁判所で、事件としてはかなりあろうかと存じますが、一方、非常に交通の便利もよろしい、都島に置くよりはむしろ大阪簡易裁判所で処理した方が当事者に便利だというようなところもございます。また一方、交通が、都島簡裁のような場合ではなくて、もう少し不便なところにありましても、事件数が非常に僅少だというふうなことで、現在その簡易裁判所がなくても、住民の方々にそれほどの御迷惑はおかけしていない、そういうふうなところもあるわけでございます。したがいまして、現時点といたしまして、すぐにそれを建てる必要があるかということになりますと、現時点ではその必要はないのではないかというふうに考えられますが、なおいろいろ社会経済状況の変動等もございますので、いま直ちにその決着をつけるということはどうかというようなことでそのままになっておるわけでございまして、その十七庁の裁判所について、建物を建てる準備をしたかと言われますと、それはしていない。いま現時点においては、それをするという必要性は乏しいのではないか、かように考えておる次第でございます。
○稲葉(誠)委員 私の質問が、簡易裁判所の事務移転をしたところを廃止しろというふうに聞こえてはこれはいけないので、そういう意味でやっているわけではございません。その点は理解願いたい、こういうふうに思います。 そこで、また法案に戻りますと、これはあるいは質問があったのかもわかりませんが、俸給がストップしておって、そして年末手当が〇・一削減される人がずっとおるわけですね。たとえば裁判官にしても、八号以上ですか、そういうわけですね。そういう人たちの〇・一削減に伴って、年間どれだけマイナス面というか、それがあるわけですか。何号俸では幾ら、何号俸では幾らと計算ができているでしょう。これはできていないのかな。
○枇杷田政府委員 正確な計算をいたしておりませんけれども、検事で申し上げますと、検事の八号以上がカットされることになるわけでございますが、八号が大体報酬月額が三十万円ちょっと程度だと思います。これに基本的な計算の基礎になりますほかの手当などが加算されまして、それの〇・一でございますから、約一二万五千円か四万円程度のものが下がるという計算に相なろうかと思います。
○稲葉(誠)委員 その計算は違わないかな。まあ、どっちでもいいですけれどもね。これは、その計算ずっと全部やった表ぐらい出すのが当然じゃないですか。きのう質問を聞きに来たけれども、そこまで言わなかった。それはあなた、白頭試問やるのにそこまで答えてしまってはだめだから言わなかったのだけれども、それが各号ごとにできていなければおかしいよ。そんなものは当然計算してみてできているはずですよ。これを全部出してごらんなさい。そのくらいできていなければだめよ。どのくらい減るかということが大事なんだ。だからこれは、ぼくらの方は賛成していいか反対していいかということで迷っているわけなんだから、場合によっては通さないということも考えられるのだ。通さない方がいいという人もいるんだよ、ずいぶん減っちゃって。それが一つ。 それから、三・八四%を基準にして、一般職の場合はそうだけれども、そうでなくて、いまあなたの方は検事の場合を言ったから、検事の場合ならば、九号以下は上がるわけでしょう。上がるけれども、〇・一の期末手当が削減されることによって、実体的にはプラスマイナス一体どうなるのか。どの程度のマイナスになるのかという表をずっと全部出してみなければ、この法案がいいのか悪いのかわからないですよ。こんな法案は通さないでくれと言っている人も実際にはいるのですよ。だから、検事で言えば八号以上の場合、それから九号以下の場合に分けて、プラスマイナスどうなっているのか、〇・一との関係でどうなるのかということの一覧表をずっとつくってごらんなさい。こんなものすぐできますよ。計算機があるでしょう。こんなものすぐできるんだから、そういうのをちゃんと出さなければだめですよ。委員長、だんだんわかってきたでしょう。これだけ質問がやはり重要なんですから。
○枇杷田政府委員 御指摘のとおりの計算をしておらなかったのは私どもの手落ちでございますけれども、お手元にお配りしている資料の中にも、改正前の年額と、それから改正後の期末手当の〇・一を差し引きました場合で計算した年額の合計数字は出ておりますので、その差額を至急に計算をいたしてみたいと思います。
○稲葉(誠)委員 大ざっぱに言うと、八号以上の人は据え置きになって〇・一下がるんだから、全体として下がることはあたりまえな話だ。だけれども九号以下の人は上がるわけですから、上がってもなおかつ全体を計算して、〇・一がなくなってプラスになるのかマイナスになるのか、これは裁判所はできているの。
○勝見最高裁判所長官代理者 恐縮でございますが、手元にただいま持っておりません。
○稲葉(誠)委員 手元に持っておりませんということは、あるけれども出せないという意味の答弁だ、いまの答弁は。そういう意味なのか、あるいはまだやっていないということか、どっちなのか。
○勝見最高裁判所長官代理者 判事補以下の分につきましては、早急に計算して表をつくりたいと思います。
○稲葉(誠)委員 手元にありませんということは、できているけれども出さないというのが、手元にありませんという答えじゃないの。裁判所でそういう答弁をすると、すぐやられちゃうよ。何だかはっきりしないな、これは。八号以上の者が減ることはわかっている。こんなものはあたりまえの話だ。九号以下の人が一体ふえるのか減るのか、どっちなんだ。
○枇杷田政府委員 検事の九号が現行でまいりますと年額五百七十九万五千円に相なります。それが今度の改定によりますと五百九十七万四千円に相なりますので、その差額の十八万円弱が年間に九号俸はふえるわけでございます。 ところが、検事の八号につきましては、現行で年額を計算いたしますと六百四十二万四千円であるものが、今度の改定では六百三十七万六千円強ということに相なりますので、その差額が四万七千円程度減ということに計算されるかと思います。
○稲葉(誠)委員 いまの年額というのは給与をただ十二掛けただけじゃないでしょう。いろんなものが入っているわけですか。どういう計算になるのですか。
○枇杷田政府委員 これは、本俸と申しますか報酬月額並びに俸給月額が変わりますと、それにスライドしていろんな手当の計算が変わってまいります。そういうものを全部改定後で計算をしたものが、いまごらんいただいていると思いますが、資料の四十八ページと五十二ページの表に相なるわけでございまして、したがいまして、この改正案のとおりにいけば、標準的な検事あるいは判事の受ける年額がこういうことになるという計算でございます。 この中には、ごらんいただいてもおわかりだと思いますけれども、扶養手当をもらう対象になる者につきましては、扶養家族が何人おるかというのは個人差がございます。それから調整手当につきましてはどこに勤務しておるかによってまた変わってまいりますので、これは一応東京、大阪に勤務している標準家庭だという前提で計算をしているものでございますので、ただ報酬月額だけで計算されているものではございません。
○稲葉(誠)委員 判事補の場合に一号から十二号まであるわけですが、このほかに一体何がつくのですか。これがまたよくわからないのですよ。調整手当がつくわけですね。それから初任給調整手当というのが、これは五号までつくのですか。まず判事補の場合に——これは調整手当というのが最高裁長官までつくのですね、初めて知りましたが、調整手当というのはどういう性質なんですか。
○枇杷田政府委員 これはかつては都市手当などというふうに呼ばれたこともございますが、勤務地によりまして、いろいろ生活環境あるいは物価の問題などが違うということで、東京、大阪あたりは八%、それからまた中都市などでは六%ととか、そういうように人事院で地域が指定されておりまして、その地域に勤務する者についてつけられる手当でございます。
○稲葉(誠)委員 それから初任給調整手当というのが判事補では五号までですか、この金額のつけ方ですね。五号は三千円ですか。これは二万三千円からだんだん下がっていくわけですね。どうしてこういうふうな数字が出てくるわけですか。具体的な根拠はどこにあるのですか。
○枇杷田政府委員 まず、この初任給調整手当という名前のとおり、一番問題になりますのは、一番最初の号俸が問題になるわけでございまして、これは先ほども御説明申し上げましたけれども、弁護士の人、司法修習生を終わりまして初めて弁護士になった人がいわゆるいそ弁という形で法律事務所から給与をもらうわけでございますけれども、その給与と比較をいたしまして、任官者との間に差がないようにしようということで、弁護士との間の給与差を求めてこの金額を出すわけでございます。それが二万三千円ということになっております。採用のときに差をつけないようにという趣旨でございますので、これが永久に続きますと初任給調整手当というものの性質を失ってしまう。一般の公務員の場合でも、一定年数のうちに逓減していくという方法をとっておりますので、判事、検事の場合にも、それに準じましてだんだんと逓減して、五年程度の間にそれを消化をして本来の金額だけに戻るというふうな措置をとっておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 初任給調整手当が五年間つくというこの根拠はどこにあるのですか。初任給というのは初任給だから、最初だけじゃないの。五年間もそれが続くの。五年以上もっと続くんだな。五年じゃない、七年間続くのか、八年間続くのか。これはどういうわけなの。
○枇杷田政府委員 先ほど五年程度と申しましたけれども、これは昇給期間の問題がございますが、実際上は七年たったところで大体初任給調整手当はなくなるのが実情のようでございます。これはもちろん名前のとおり、初任給調整手当でございますから初任のときだけつければいいようなものでございますが、これをたとえば一年間たったら全くカットしてしまうということになりますと相当な減額になるということになります。したがいまして、一たんつけました手当は逓減をしてならしていくということが必要になってくる性質のものでございますので、数年の間にそれをだんだんと減らしていく、その間に昇給をいたしまして本俸の方が上がってまいりますので、全体としては減らない、少しずつふえていくという形にいたしておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 いまのは七年と言われたけれども、八年じゃないですか。
○枇杷田政府委員 これは判事補でごらんいただくとおわかりだと思いますけれども、判事補に一号から十二号までございます。判事補の期間は普通十年で終わるわけでございまして、初めのころの昇給期間が一年ではなくて九カ月とかというように一年に足らない昇給期間で上がっていくということがございますので、大体七年ぐらいで終わるというふうに承知いたしております。
○稲葉(誠)委員 わかりました。この二万三千円からずっと上がっていくのを、上がり方を一年で一回というふうに見ると八年になる、こういう意味ですね。それは実際には一年たたないで上がる場合があるから七年くらいでなくなる、こういう意味ですね、わかりました。 そうすると、それらのものを全部加えたものの〇・一が減るということですか。何と何を加えたものの〇・一が減るの。
○勝見最高裁判所長官代理者 期末手当につきましてはいわゆる本俸が根っこになりますので、いわゆる報酬額掛ける〇・一が減るということに御理解いただきたいと思います。
○稲葉(誠)委員 おかしいな、これは。違わないかい。調整手当が入るんじゃないですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 訂正させていただきます。 調整手当を加えた額の〇・一ということになっております。
○稲葉(誠)委員 調整手当が入るわけですね。調整手当が入るのはどういうわけなの。本俸に調整手当が入って、それに〇・一の計算をするのはどういうわけなの。
○枇杷田政府委員 給与関係の制度につきましては余り詳しくないのであるいは間違っておるかもしれませんが、先ほど申し上げましたように、調整手当というのはその勤務地における物価とかいろいろな生活環境とかというもので生活費がよけいかかるであろうということから考えられているものでございます。したがいまして、期末手当の場合にもそのようなものを計算に入れた方がむしろ生活補給というような面からして妥当な結果になるということから、調整手当が期末手当の計算の基礎に繰り入れられているというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 そうすると、その調整手当は退職金なんかの計算の場合にもちゃんと入って計算されるの。
○枇杷田政府委員 退職金には計算に入れられないというふうに承知しております。
○稲葉(誠)委員 書記官の場合の調整手当と違うわけですね、そこは。書記官の場合の調整手当の性質と裁判官やなんかの場合の調整手当の性質とどう違うの。
○勝見最高裁判所長官代理者 ただいま稲葉委員御指摘のいわゆる調整手当とおっしゃるのは、いわゆる調整の額といいますか一六%調整のことをおっしゃっているとすれば、いままでここでお話が出ました調整手当とは全然別個のものでございます。
○稲葉(誠)委員 いや、全然別個だけれども、その調整手当を書記官の場合は加えて、そしてボーナスも計算し、それから退職金も計算するんでしょう。裁判官の場合は違うのですか。それはどういうわけ。
○勝見最高裁判所長官代理者 期末手当及びお尋ねの退職手当に関しましては裁判官と同じに考えていただいてよろしいかと存じます。ただ、先ほどのいわゆる書記官等に与えられております一六%の調整につきましては全然別個のものでございます。ですから、もう一度繰り返させていただきますと、先ほどから問題になっております調整手当は一般職の場合も同じだというふうに考えていただきたいと思います。
○稲葉(誠)委員 名前は調整手当というのに、裁判官、判事補の場合と書記官の場合、一六の場合と半分の八の場合とありますわね、それは性質が違うのですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 条文の立て方が非常に紛らわしくなっておりまして、先ほどから繰り返して申し上げますように、ここで先ほどから問題になっております調整手当は、これは書記官が受けている調整額とはまた違うものだというふうに御理解いただきたいと思います。
○稲葉(誠)委員 いずれにしても、給与の関係いろいろ出てきましたけれども非常にややこしいので、裁判官がそんなことを一々やるべき筋合いのものじゃないのですよ。現場へ帰って裁判をやればいいんで、それが本筋なんでね。そういう人たちが法務省あたりいっぱいいるから、だから話がわからなくなってしまうのですよ。いまずいぶんいるんでしょう、充て検というのはどのくらいいる。最高裁の場合は充て検じゃないけれども、合わせると百人近くいるんじゃないかな。それは答えなくてもいいけれども、後でいいけれども、いずれにしてもそういうふうなことです。 だから、本件の場合は、問題になってくるのは、ベースアップするけれども、いろいろな手当を加えたり何かしたものの〇・一が減るということによって、現実にそれらの人々は給与が減るのか減らないのか、減るとすれば一体どの程度減るのか。それから、据え置きになる人は一体各号俸別にどの程度マイナスがあるのかということを、これは一覧表にして出していただきたい、こう思うのです。それは当然できていると思っておったんですが、きのう聞きに来られたけれども、こちらの方は意地悪くその点は質問をするとは言っておかなかったのです。これはこっちも悪いのですけれども、こっちもずるいと言えばずるいのだけれども、そのくらいのことがなければ質問の意味がなくなってしまう。それでやったわけですから。 それはそれとして、そこでもう一つの問題は、東京高裁で衆議院の定数無効の二つの裁判がありましたよね。一つの裁判でどこか間違えたというのは何を間違えたのですか、どうもよくわからないのですが。
○西山最高裁判所長官代理者 九月十一日に東京高裁の民事第九部で言い渡しがありました選挙関係の事件三件のうち二件につきまして、昭和四十五年の国勢調査の結果による全国の総人口数及び全国定数から全国の議員一人当たりの平均人数を割り出すその計算のところにミスが生じたということになっております。
○稲葉(誠)委員 行政局長はまだ新任されたばかりですからあれだと思うのですけれども、そのミスというのはよくわからないのですが、どういう点にミスがあったわけなんですか。
○西山最高裁判所長官代理者 お答えいたします。 先ほど申し上げました三件のうち、千葉県第四区と東京都第七区を扱いました事件の数字にミスがありました。 その千葉県第四区の事件は第百五十号事件というふうに略して申し上げますが、その判決書きの理由十五丁の裏の八行目に三十万四千八百二十四人、こういう数字が記載されておりますが、これは二十万四千八百二十四人のミスであります。このことは、判決書き十五丁の四行目から五行目にかけましての全国の総人口数を、六行目にあります全国定数で割ったものが二十万四千八百二十四人となることから明らかであると思われます。その結果、同丁の九行目にあります一〇二・〇一二三%及び十行目の一・〇二人は、計算上それぞれ一五一・八一七%及び一・五二人になるということになります。 それから東京都第七区の事件ですが、これは百五十一号事件であります。この判決書きの理由十五丁裏の三行目に三十万四千八百二十四人とありますのが、前の事件と同様の理由によりまして二十万四千八百二十四人というミスになりました。その結果、同丁の裏の四行目に一〇七・九九六六%、それから同十六丁の表七行目の一・〇八人とありますけれども、それが計算上それぞれ一六〇・七二二%及び一・六一人になる。この点のミスがあったようであります。
○稲葉(誠)委員 そのミスがどうして生じたかなんていう質問はしませんけれども、司法修習生から裁判官に採用するときにはどういうようなことで試験をやるのですか。あれは何か筆記試験もやったり口述もやったりするんでしょうけれども、どういうことをやるんですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 修習生から判事補採用につきましては、採用の申し出があった者について面接を行います。それから身体検査を行いまして裁判官会議にお諮りするという手続に相なります。
○稲葉(誠)委員 こういう簡単なミスがあると、今後採用試験に簡単な算数でも加える必要があるんじゃないですか。どうですか、その点は。——答えなくていいですよ、そんなことは。それは冗談ですけれども、何でこんなミスが生ずるんでしょうかね。しかし民事は、行政事件の場合でも東京高裁の場合は各部へ配点するわけですね。それほど忙しくはないんではないかと思いますね。それはそれとしておきますが、余りみっともいいことじゃありませんから注意をされたい、こう思うのです。 今度は別の問題になるんですが、近ごろの裁判所の刑事事件のふえ方の問題なんです。 各裁判所によって非常に違うんで、私の調べたところでは、ある裁判所、たとえば私の知っている宇都宮の裁判所は刑事事件がものすごくふえている。いまの段階で去年よりも六割ふえておる、こういうのですね。六割ふえている。一六〇%にいっちゃっているというのですかね。八月現在ごろで去年の事件数に達してしまったというようなことを言っておったんですね。大田原支部というところがあります。これは乙号ですけれども、余り刑事事件がふえたので、いろいろな公判調書や何か書く紙がなくなってしまったなんて書記官がぼやいておったのですが、全体として刑事事件はどういうような情勢にありますか。特に宇都宮がそんなにふえているというのは顕著な例と見ていいんですか。
○大西最高裁判所長官代理者 第一審の刑事訴訟事件は全国的に申しまして昭和四十九年ごろ以降毎年ふえております。 ただいま稲葉委員御指摘になりました宇都宮管内は全国的な増以上に少しふえ方が著しい裁判所と言えるのではなかろうかと思います。 今年度のことでございますが、昨年ですと本庁で七百六十七件の新受がございまして、八月まででとってみますと、ことし六百四十三件ということで去年にかなり近いような数になってきております。そういう状況でございます。
○稲葉(誠)委員 四十九年は減っておったのですね。五十年からだんだんふえてきたわけですが、ことに宇都宮の場合は非常にほかと比べてふえておるわけです。これは検事正の物の考え方にもよることであって、そのことをかれこれ言うわけではないわけです。あそこの検事正は非常に元気がいいですからね。 それはそれでいいのですが、そこで問題になってまいりますのは、裁判官の数が足りないために、ここだけじゃないのですが、ほかの裁判所でも、本庁の刑事の裁判官がおられるわけですが、それがほかの支部から、事件が多いために填補に来るというのはどの程度の裁判所でいまあるわけですか。宇都宮の場合には二つの支部から填補に来ているわけですね。それが二週間に一遍ですから、その人のところへ割り当てられると事件がなかなか入らない、こういうことになってしまうわけです。ほかの裁判所でもそういう例は大分あるのですか。
○大西最高裁判所長官代理者 支部から本庁への填補の問題でございますが、まず宇都宮につきましては、ただいま稲葉委員御指摘のように、真岡支部それから足利支部から填補に来ておったようでございます。ただ足利支部の方は最近何か取りやめになったように聞いておりますが、ごく最近でございます。一方本庁からは、大田原支部の事件がかなりございまして、大田原支部へ填補しておる、そういう状況がございます。 そういうふうに支部から本庁への填補の問題がほかにどのくらいあるかというお尋ねでございますが、そうたくさんはございませんけれども、全国的に見まして、宇都宮を含めて五、六カ庁ぐらいあるような状況でございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、本庁から支部に填補に行くという場合は、たとえば甲号支部の場合は裁判官が三人おられないところがほとんどですね。そのときに法廷合議なんかがあったときには填補に行かなければならないのです。これはいたし方がないとしても、逆に本庁から乙号支部へ填補に行くというのも非常に珍しいのじゃないかと思うのですね。そうすると二週間に一遍というか月に二回しか法廷が入らないわけですね。たとえば第一火曜と第三火曜しか法廷が入らない。だから、そこで身柄が入っている事件はとてもかなわぬわけです。保釈になればいいけれども、なかなか保釈は許さぬということになってくると非常に困ってくる。公判の日が入らない、こういう形になるのですね。これは宇都宮だけの問題ではなくて、ほかの全体の問題としても、裁判官をふやすという形によって、そういうふうな填補でなくてやっていけるように今後当然考えるべきではないのでしょうか。どうなっているのですか。
○大西最高裁判所長官代理者 先ほど宇都宮の問題については、真岡から本庁へ、それから本庁から大田原へという填補状況があるということを申し上げましたが、実はこの真岡支部の方は事件数はそう多くございませんで、裁判官が現在おりますけれども、まあかなり余裕があるというふうに見られるわけでございます。一方、大田原支部の方は、真岡と同じように一人配置されておりますけれども、真岡に比べましてかなり事件が多い、そういう状況がございます。 そういうことで、本来なら余裕のある真岡から大田原への填補が直接できれば一番よろしいわけでございますが、交通事情その他の関係もございまして、真岡から本庁へ、本庁から大田原へ、そういう填補状況が生じておるわけでございます。 そういうことで、実はそれ以外にも、稲葉委員よく御承知のように、裁判官が常駐してない裁判所の填補等の問題もございますが、いずれにいたしましても、支部でそれほど事件が多くないところへ裁判官を一人置くことがどうかという問題がございます。そこへそれをどんどん動員しておけばいいということに相なるかもしれませんが、一方裁判官は、そこだけにおりますと、仕事もそれほどなくなってしまうということがございます。宇都宮について申しましても、本庁と各支部全体を通じて見まして適当な、事件数に相応した裁判官の配置が行われておると私どもは考えておるわけでございます。本庁と支部それぞれの裁判所の事務量が、たとえば一・五人分のところですとか二・五人分のところですとかということが出てまいるわけでございまして、そこで、どうしてもその〇・五人分を余ったところから足りないところへ填補する、そういうことが行われざるを得ないわけでございます。 それで、事件処理の関係では二週間に一度しか行かないということであるいは御迷惑をかけておる向きもあるかと思いますが、私、刑事専門ではございませんが、二週間に一度ぐらいの入り方で普通の刑事事件であれば、検察官、弁護人の御都合等もあるでございましょうが、そういうことでほぼ普通の事件処理は行われておるのではないかと考えます。ただ、それが著しく間隔が延びて御迷惑がかかるというようなことになりました場合には、これはそれぞれの裁判所で、裁判官会議で事務分配を決めますときに、開廷日割りをどういうふうにするかということで、当事者に御迷惑をかけないような配慮を行わなければいけない。そのことは稲葉委員御指摘のとおりでございますが、二週間に一遍ということであればまずまずそれほどの御迷惑をおかけしておることにはならないのではないか。これは民事裁判官としての感覚かもしれませんが、そういうふうな感じを持っております。
○稲葉(誠)委員 これは刑事局長に本当はお尋ねした方がいいのですが、民事ならば当事者間で延期ということもあるからいいのですけれども、刑事で身柄が入っている場合、できるだけ出すようにはしておるようですけれども、いま言ったように二週間に一回ですね。しかも、それの日が、たとえば火曜日なら火曜日として決まっておる。こういうようなところだと、火曜日なら火曜日、その日に入らない場合もあるわけですよ。そうすると事件が延びてしまうわけですね。いま東京でもどこでも、普通は一週間に一人の判事が二開廷やっておるのが普通じゃないですか。どうなんですか、それは。
○岡垣最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。 最後の御質問になりました点の、一般にどれくらい開廷しているかということでございますが、一週間に三開廷やるのが普通でございます。 それで刑事の場合で申しますと、純粋の合議体と純粋の単独体とございます。これは簡単にいきますが、混合合議ということで、合議をやりながら単独をやるということになりますと、もっと開廷回数はふえるということになると思います。 それで、いま大田原支部のことについて、具体的に身柄の関係で、刑事の関係で支障が起きてないかという点について付加さしていただきたいと思いますけれども、確かに、そこにおられて毎日毎日、来たらもう、はいはいと事件の処理ができるという状態に比べれば、それは間隔があくことは申し上げるまでもないことでございますが、それだけ遅くなるという点はございます。しかし、これは裁判所全体の事件処理とのバランスも考えなくてはならないわけでございますが、それで現実の問題としてどうかと申しますと、よく御承知だと思いますが、本庁から大田原支部に填補しておられる裁判官は、令状関係の事務、身柄に関係します、この中では、これは自分が担当される刑事事件の第一回の公判後の身柄に関する事務を処理しておられるだけでありまして、この大田原支部には、これは昭和五十一年の統計でございますが、年間大体五百三、四十件の逮捕状等があるわけでございます。ですから、一日二件ぐらいのものを常駐しておられる裁判官が処理される。それで填補に行かれる方は、自分の担当している事件の第一回公判後の勾留更新であるとかあるいは保釈だとかいう事務をされるわけであります。 公判事件の方の実例をとってみましたところが、たとえば九月二十六日には次のような審理が行われたわけであります。事件は、三件といいますか、人数は別でございますが、三件ございまして、一件は、これは勾留中のものでございますが、八月二日に起訴になったものを九月二十六日に審理されて、そしてこれは冒頭手続から始まり、証拠調べも終了して、次回が十月十九日というふうになっているようであります。それから、その次の事件は、これは九月四日に起訴になった事件でございますが、これは第一回公判が行われまして、これも冒頭手続と証拠調べが終わりまして、次回が十月十九日というふうに私どもは聞いております。それから、もう一つの事件は、これは八月二十三日に起訴になった事件でございますが、これは第二回の公判期日が開かれまして、それで九月二十二日に追起訴があった事件を併合した上で、追起訴事件について冒頭手続と証拠調べが終わった、次回は十月二十四日と指定されたというふうに聞いております。したがいまして、これが常駐しておられる裁判官がおられれば、それこそ本当に一週間ぐらい後に入るということがあるわけでございますけれども、いまのような九月ないし十月に次回が入る。しかし、事件としましては、大体一回開けば証拠調べその他が終わるような事件が多いように思われます。そして、この公判が終了後、この日には被告人の保釈請求が出まして、それでその保釈請求は二十六日に出たものを検察庁の方へ二十七日に回しまして、二十八日に意見書が返ってまいりましたので、担当書記官からすぐに本庁の裁判官の方へ連絡をいたしまして、そして指示を受ける。二十九日に記録を持参した上で、本庁で保釈に関する決定をちょうだいして帰って、それで弁護人の方へ御連絡した、こういうことになっております。 ですから、確かに填補に行く場合とそれから常駐の場合と違うことは違いますが、私どもとしても、まあこの程度の現状をそれほど不当とは言えないのじゃないかというふうに刑事裁判の面から見て考えておる次第でございます。
○稲葉(誠)委員 問題の一つは、本庁で民事の裁判官をやっている方が、それが乙号支部へ行って刑事の事件をやるわけですね。こういうのはきわめて変則なんですね。これが一つ。だから、これは裁判官が足りないということからくるのじゃないか、こういうふうに思うわけです。それをよく考えていただいてやっておられるわけですね。ぼくらも感謝はしているわけですが、たとえばいまの保釈の決定についても、それは一々大田原から本庁まで記録を持っていくのですよ。そういうことをやらなければならないというのはこれも変な話でして、そこら辺のところがちょっと直らなければならないのじゃないか。直すためには、裁判官を大田原支部にもう一人増員する、乙号だから増員もできないかもしれませんが、あるいは甲号にして増員するということもできるかもしれませんし、いろいろな話が出てくる、こういうふうに思うのです。 それから、九月二十六日に三件か四件しかなかったというのですか。そんなことはないですよ、朝からやっていたのですから。朝からやっていて、七、八件裁判があったのですよ。これは何かの報告違い。 それから、十月十九日に刑事事件の裁判が入っているという話だけれども、十月十九日というのは木曜日でこの日なんか入りっこないですよ。十月二十四日に入っている。何かこれは違うのですよ。
○岡垣最高裁判所長官代理者 最初の点につきましては、ちょっとおわび申し上げなければいけませんが、身柄ということが頭にございましたので、身柄事件が三、四件ということで、ほかに在宅尋問がございましたので……。 それから、次回期日の点につきましては、私どもとしていまそういう報告を受けております。
○稲葉(誠)委員 それはいいのです。 そこで、全体の裁判所を通じて事件が非常にふえている、起訴率が非常に高くなっているわけですね。きょうは法務省刑事局長来てないからあれですが、裁判所によって非常に違うと思うのですが、いま宇都宮あたりでは朝九時から裁判をやっていますよ。事件がさばけないから、朝九時から晩の五時過ぎまで裁判をやっているわけです。そういうふうな状態になっておるのと、それから、いままで一時間に一件だったものを、今度は三十分に一件にしているわけですよ、そうじゃないととてもさばけないというわけで。だからどうしても裁判官が過労になる。同時に書記官が非常に過労になるのですね。書記官の担当というものも決めているわけです。この事件に対してはこの書記官と決めているわけですから、その書記官の都合が悪いと期日が入らないという形になって、また事件があれということになるわけですね。これは宇都宮ばかりの例じゃないのですが、裁判官も非常に過労ですね。私たちから見ていると気の毒になるのですよ。朝九時から自転車に乗って来られるのですよ。私の家の前を自転車で通るわけです。朝九時前に通って、九時から裁判をやっている、そういう状況です。東京などは事件が減っているのかもわかりませんから、全体としてのあれをよく考えていただきたい、こういうふうに思うわけです。 起訴率が非常に高いということは、これは検察庁の一つの方針でして、これをわれわれがかれこれ言うべきじゃありませんからここでは言いません。ことに法務省の刑事局長が来てないところですから。あそこは検事正が非常に元気がいい。なかなかりっぱな人です。非常に気持ちのいいさっぱりとした人です。そういう関係で事件がふえるのだろう、こう思うのです。書記官の苦労が大変なんですね。とにかく書記官は調書をつくるだけで非常に大変でのびてしまっておるというわけなんです。いま言ったような関係で、書記官の超過勤務手当なんというのは、きょうでなくてていいのですけれども、ちゃんと払われているのか、どういうふうになっているのか。いまここでというわけにいきませんから……。 それと、宇都宮の場合はちょっと違うけれども、検察庁の場合の書記官、事務官は非常に夜遅くまで働くわけです。その場合、一体超勤手当はどの程度払われているのか、これは後で調べておいてほしいと思うのです。いま言ったような関係ですから、非常に夜遅くまで働いているわけです。超過勤務手当がろくに払われないのでは非常に気の毒です。この前大田原へ行ったら、何か紙がなくなってしまったというようなことを言っていました。余り事件が多いので用紙がなくなってしまった、そういうことを言っておったのです。何の用紙かということを聞かなかったのですが、公判調書の用紙か、証拠調べの用紙なんかがなくなってしまったようなことを言っていました。それほどのことですから、何とか裁判官をふやしていただくようにひとついろいろな面で配慮を願いたい、こういうふうに思うのです。 それから、もう一つ問題になってくるのは、交通事情の変化によって、いままでは郡別に管轄を決めているわけですね。それを全面的にある程度再検討する必要があるんじゃないですか。たとえば宇都宮の例で言うと、宇都宮の隣の塩谷郡というところ、その向こうが那須郡というところですが、たとえば塩谷郡というところ、宇都宮から二、三十分のところで事件が起きる。たとえばそれが塩谷郡氏家町だということになってくると、その関係の事件は全部大田原市へ行くわけですが、大田原市の拘置所は満員だから、あっちこっちの警察へ代用で入れておくわけです。そうするといま言ったような関係で、弁護士も宇都宮から行かなければならぬ場合が多くなってきて非常に困る。それから住民の人たちも、民事の場合でもそうです。宇都宮なら二、三十分で来るのに、大田原へ行くのには乗りかえをしなければならない、そういう関係で非常に不便を受けておる、こういうことがある。これは総務局の担当だと思うのですが、全面的にすぐかえろという意味じゃありませんけれども、検討すべきものは検討して、従来の行政区画にこだわる必要はないのじゃないが、こう思うのです。その点はどういうふうにお考えなんですか。ただ、そのことによって、いままであったところの裁判所の事件がうんと減ってしまってまた困るということも出てくるのです。だからそこら辺を考えなければいけないのですけれども、その辺のところはどういうふうにお考えでしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 現在の裁判所の管轄、いま御指摘の支部の管轄というものにつきましては、旧裁判所構成法当時の裁判所の管轄をそのまま引き継いでいるというような面がございます。稲葉委員御指摘のように、交通事情その他いろいろな事情が変わってまいりまして、必ずしも実情に適しない面が出てきていることは御指摘のとおりであろうと思います。この点は確かに検討しなければいけないわけでございますが、全体としての裁判所の適正配置の問題とも絡むわけでございまして、なかなか急に結論が出るわけのものではございません。個々的には、私どもも、ここからここへ移した方がいいというふうな極端な例も承知しないわけではございませんが、これはやはり個別的に解決するというわけにも必ずしもまいらない問題でございまして、全体の大きな計画の一環として鋭意検討しなければいけない問題、かように考えている次第でございます。
○稲葉(誠)委員 そこで、給与の据え置きということで、〇・一の削減ということになっておるのですが、裁判官で言うと上の方の人、八号以上の人は実際上減俸みたいになるわけですね。この人は全部で何人くらいおられますか。
○勝見最高裁判所長官代理者 約千三百でございます。
○稲葉(誠)委員 検察庁の方で、副検事の一号と検事の八号以上ですね、これはどのくらいいますか。
○枇杷田政府委員 検察官が、検事、副検事全部含めてでございますが、二千百八十六名おるわけでございます。その中で九号以下の検事が四百九十五人、それから副検事で二号以下、上がる方が六百名でございます。合計いたしますと千九十五名が上がり、上がらない方が千九十一名でございます。パーセンテージにいたしますと、上がる方が五〇・一%、上がらない方が四九・九%、大体半々ということに相なります。
○稲葉(誠)委員 これは上がらない人たちは、率直に言うとこの法案を余り歓迎してないのじゃないですか。だから、この上がらないところの裁判官はどうしているのですか。これはもうしようがない、こう思っているのですか。どこにこういう原因があるというふうに考えておるわけですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 主観的にはおっしゃるとおりだと思います。しかし、この点は国全体の施策の問題でございますので、一般職の給与の改善——改善にはならないわけでございますが、一般職の給与の改定等に伴うものとして受けとめておる次第でございます。 なお、先ほどちょっと申し落としましたが、上がらない分を判事だけの数を申し上げましたが、簡裁判事の四号以上が約三百ございます。 なお、立ちましたついでに補足させていただきますが、先ほどの期末手当のいわば根っこになる額でございますが、俸給と調整手当それから扶養手当が入ります。ただ、判事の場合が扶養手当の支給を受けておりませんので、先ほど俸給と調整手当というのだけ申し上げましたが、判事補の場合は扶養手当がさらにその根っこに入るわけでございます。 それから、もう一点でございますが、簡易裁判所判事の選考の問題につきまして、私どもといたしましては相当厳格な試験をやっているつもりでございます。委員には最高裁判事三名、それから東京高裁長官、それから次長検事、それから弁護士の方二人、あと私どもの事務総長と法務総合研究所の所長が委員になっております。筆記試験はもちろん行いますし、それから口述は、この方々の面前で一人約二十分ぐらい行っております。
○稲葉(誠)委員 地裁の事務局長は簡裁判事のあれに当てはめると大体どこら辺が普通ですか。それで、今度の場合にそれはどうなっているのですか。俸給はストップして、〇・一は全部ですけれども、その点はどうなっているのですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 事務局長は一、二等級でございますので、いわゆるストップを食う方には入っておりません。
○稲葉(誠)委員 そうすると、地裁の事務局長と簡裁判事との給与の差がますます広がってしまうのではないですか。いまでさえ地裁の事務局長の方は簡裁判事よりも給与がいいということが一つと、それから、簡裁判事が常置委員会に入っていないでしょう。だから、地裁事務局長の方が位が上のように思っていて、ああ簡判かということで——カンパンかといったって食べるパンではないですよ、ああ簡判かということになってしまうわけです。どうなんですか、また給与が開いてしまうのではないでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 冒頭にお尋ねがございましたように、簡裁判事の採用に際しまして、年齢差それから職歴の差、非常にバラエティーに富んでおります。年齢だけを申し上げますと、最低年齢を現在三十五歳以上ということにいたしております。簡裁判事の、特に初任給の格づけにつきましては十分配慮いたしておるつもりでございますが、端的に申し上げますと、一般職の高い俸給をもらっている者よりも低い俸給しかもらってない簡裁判事も大分おられるわけでございます。簡裁判事の俸給の刻みが御承知のように相当小刻みになっておりますが、少なくとも私どもといたしましては、前職で受けていた給与以上になるように格づけをしているつもりでございます。 なお、簡裁判事に対する一般職員の考え方でございますが、私どもといたしましては、簡裁判事も裁判官でございますので、その意識とプライドを持って仕事をやってもらいたいというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 私の聞いているのは、地裁の事務局長は、普通、簡裁判事のこれでいくとどこら辺に当たるのかということが一つ。いま答弁があったのかもわかりませんが……。 それと、地裁の事務局長は、いまのお話だと今度は給料が据え置きにならないで、やはり上がるわけでしょう。そうすると簡裁判事との差がどんどん開いてしまうんじゃないですかということですよ。いま言われたのは、簡裁判事の方が地裁の事務局長よりも給料が低いのがどの程度いるか、大分いるような話をされましたが、具体的な数字は発表されませんでしたけれども。 そこで、簡裁判事が地裁の事務局長より給与が低いというのは、やはり裁判官としてのプライドからいってもまずいのではないかとぼくは思うのです。どうも地裁の事務局長が優遇されていると言うと語弊がありますが、そこら辺のところはどうなっているのかというのと、それから一般職の中で給与が据え置きになるというのは、裁判所関係、検察庁関係ではあるわけですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判所関係では、最高裁が八名ございます。
○枇杷田政府委員 検察庁関係では指定職以上の者は一般職員でおりませんので、据え置きの者はおりません。
○稲葉(誠)委員 そこで、最後に法務大臣にお尋ねをするわけですが、期末手当が〇・一削減になりますね。これの理由とかなんとかということはここで聞くべき筋合いのものではありませんし、内閣委員会でやられるでしょうからそれは別として、一般の職員やなんか全部こういうふうになってしまうわけで、これを何とか将来復元をしなければ非常にかわいそうだ、こう思うわけです。そこら辺のところについて法務大臣としてはどういうふうにお考えになっておるのか、こういうことが第一点です。
○瀬戸山国務大臣 今度の一般といいますか公務員の給与改定については、御承知のとおりいまの日本の経済、したがって国家財政のむずかしい時期であります。また民間企業等の給与の関係もあります。そういうことで、ざっくばらんに言うと多少しんぼうしなければならない、こういう考え方を人事院がとられたのだろうと思います。 給与を下げるということが必ずしも、下げるといいますか、上げないということが喜ばしいことではありませんけれども、こういう経済、産業の状態でありますから、やむを得ない措置と、かように考えておりますが、そういう事態が解消すればやはり適当な給与あるいは期末手当に返るべきものだ、かように考えております。
○稲葉(誠)委員 これで質問を終わるわけですが、ちょうど時間ですね。問題は、特に裁判官の場合に、検察官は行政官だから別として、報酬を一般職に準じてやらなければならぬという理由はないのじゃないですか。独自の給与体系というものを当然つくっていいはずではないか、こういうふうに思うのですが、ここら辺のところは一体どういうふうにお考えになっておられるわけですか。もちろん法律の改正とかなんとかあるかもわかりませんけれども、裁判官の場合は基本的に別個の報酬体系というものをそれと関係なくつくっていいのじゃないかな、こういうふうに思うのですが、その点についてはどういうふうにお考えなんでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判官の報酬につきましては憲法上にも規定のあるところでございまして、現在は、御承知のとおり裁判官の報酬等に関する法律という単行法で裁判官の報酬が定められているところでございます。それで、いつも申し上げているところでございますが、裁判官の独自の報酬体系が現在樹立されているというふうに考えております。具体的に申し上げますと、比較的刻みが少ないこと、それから、行政官に比しまして相当優位な格づけをしてもらっているということ等でございます。ただ一方、その裁判官といえども公務員でございますので、一般の公務員の給与体系と全然無関係に考えるということはやはり許されないことではないかというふうに考えております。 基本的には独自の体系は保ちつつ、一般の公務員の報酬体系をにらみながら立法していただいているというふうに考えている次第でございます。
○鴨田委員長 午後零時三十五分再開することにし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時十二分休憩 ————◇————— 午後零時四十分開議
○鴨田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。横山利秋君。
○横山委員 先ほど同僚委員と政府側との質疑応答を聞いておりましたが、本法案に関連しまして少し確かめておきたいことがございます。 私どもは、期末手当〇・一の減額が適当でないということで、本委員会のみならず内閣委員会においてもこの主張を強くいたしまして、本法案に必ずしも同意しがたいという立場でお話をし、また御意見を伺うわけでありますが、それにしても、改めて裁判官の身分保障問題について少し確かめておきたいと思うのであります。 御存じのように、憲法七十九条六項、八十条二項、裁判所法四十八条で、裁判官の身分保障についてはそれぞれ規定を置いています。七十九条六項、八十条二項には「最高裁判所の裁判官は、」これはもちろん下級裁判所を含むわけでありますが「すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。」としておるわけであります。なるほど裁判所法四十八条に「その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない。」という条項がございますが、いずれにしてもきわめて厳重に裁判官の身分保障についてこれを憲法及び法律において定義をいたしております。一体この憲法の規定はどういうふうに解釈したらいいのか。「在任中、これを減額することができない。」——「在任中」という意味はどういうことなのか。在任してなかったらということはやめたことを言うのか、どういう場合を言うのであるか。あるいは「減額することができない。」という対象となる報酬というものは一体どういうものなのか。その点についてまず御意見を伺いたいと思います。
○勝見最高裁判所長官代理者 まず、憲法の「在任中」ということは、その者が裁判官の官にある間ということであろうかと存じます。 それから、憲法上の保障と手当の問題でございますが、御承知のように憲法では相当な報酬ということを規定しておりまして、具体的には規定しておりませんが、現在は、裁判官に関しましては裁判官の報酬等に関する法律という特別の法律を設けて、その憲法の趣旨を体現していると思います。裁判官報酬法を見ますと「報酬その他の給与」というような言葉を使っておりまして、報酬はいわゆる基本給である本俸と考えます。その他もろもろの手当が裁判官にも支給されておりますが、手当はいわゆる憲法に言う報酬には当たらないというふうに考えている次第でございます。
○横山委員 官にある間という意味は——官にあらざる間という意味はつまりやめたときというのでありますか。「在任中」と特にここに規定した意味はいかなる意味があると思いますか。
○勝見最高裁判所長官代理者 大変むずかしい問題でございますが、文言の解釈としましては先ほど申し上げたとおりでございます。あえて憲法がそのように掲げてありますのは、いわば司法権の行使に当たる裁判官について特に憲法上の保障を与えたというふうに考えますと、裁判官の職にある間、すなわち司法権を行使している間というふうに解せられるのではないかと考えます。
○横山委員 裁判官にある間——身分は持っておっても、職名としての裁判官を外れたならば減額することができる、こういう意味ですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判官の資格を持って、いわば裁判の職務をとり得る状態にある間というふうに考えます。
○横山委員 それから、減額をするその対象となる報酬という意味は、退職金を含むか、含まないのですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 突き詰めて考えたわけではございませんが、そこに言うものには現行法上の退職手当は含まないと考えてよろしいのではないかと考えます。
○横山委員 この報酬の中に退職金は含まない、そういう解釈だということですね。 一つ進んで伺いますが、一般の職員が期末手当と勤勉手当を受けております。この期末手当と勤勉手当の違いはどうお考えですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 先ほどもろもろの手当があるというふうに申し上げましたが、この期末手当につきましては、法規上こういうものを期末手当と言うという形では規定されておりませんが、私どもといたしましては、期末手当は、生計費が一時的に増大すると考えられるような時期にその生計費を補充するために支給されるものというふうに考えてよろしいのではないかと思います。 なお、勤勉手当は、それぞれの職員の勤務成績に応じて支給されるものでございまして、いわば報賞的な性質あるいは能率給的な性質を有するものと考えております。
○横山委員 多少のニュアンスは違いますが、勤勉手当が報賞的な性格を持つ、期末手当は固定的な性格を持つ、私はそう思うわけであります。期末手当というものが固定的な性格を持つといたしましたならば、これは裁判官の報酬の一部として考えられてもいいのではないか。退職手当につきましては、これまたいろいろな議論がございますが、少なくとも賃金の後払い説が日本では多数意見だと私は思っているわけでありますが、そういう点についてどうお考えになりますか。 〔委員長退席、保岡委員長代理着席〕 これが裁判官の報酬という意味をきわめて小さく解し、そして憲法に規定をする裁判官の報酬は減額することができないという規定を事実上空文化する、こういうことを私は恐れるのでありますが、どうお考えですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 退職手当につきまして横山委員御指摘のような考え方のあることは承知しております。 それから、期末手当の減額によって実質的に裁判官に対する憲法上の保障が損なわれるような事態も考えられないわけではございませんが、現在の法律体系のもとでは期末手当の減額については憲法上の問題は生じないのではないかというふうに考えます。
○横山委員 退職手当と期末手当について若干ニュアンスの相違のあることをおっしゃいました。御存じかと思いますが、最高裁の昭和四十九年十一月八日における九州運送事件の判決で「本件退職金は不確定期限付後払賃金の性質を有するものと認められるので、同法」、同法というのは労働基準法「一一条の賃金にあたると解される。」「「労働の対償」たる賃金に該当する以上同法一一五条により二年で消滅時効にかかるものというべきである、」結局「判旨」は、上告棄却をして、「本件退職金が労働基準法一一条の「労働の対償」として賃金に該当し、その請求権は、同法一一五条に基づいて、二年間これを行使しなかったことにより」云々、これは関係ございませんが、そういう判例を最高裁はしておるわけであります。 それから賞与につきましても、日本ルセル賞与請求事件、東京高裁の四十九年八月二十七日の判例を見ますと「単なる会社の恩恵又は任意に支給される金員ではなく、会社が従業員に対し労働の対価として、その支払を義務づけられた賃金の一部であると認めるのが相当である。」という判例をしておるわけであります。 最高裁がこういう退職金について、あるいは高裁がこういう賞与について判示をしておりますことは、裁判官が自分のことをももちろんここで考えているわけではありませんが、自分たちの基本的な概念として現行の法律に基づいてそうだと信じておる。ただ、裁判官がそう信じているばかりでなくて、判決が確定して実行されておるということとあなたのおっしゃる報酬の定義とにそごがある、矛盾がある、その点についてどうお考えですか。
○勝見最高裁判所長官代理者 最高裁判例をお示しになられまして、そのとおりと私どもも承知しております。 先ほどから申し上げております各種手当類につきましての性質でございますが、まず退職手当につきましては、賃金の後払い説ということが従来から学説もあって、かつ判例もあるということは、先ほど申し上げましたように承知しているところでございます。 〔保岡委員長代理退席、羽田野委員長代理着席〕 一方、期末手当につきましては、民間企業の盆、暮れに支給されるいわゆるボーナスというものに一応当たるというふうに考えてよろしかろうと存じますけれども、公務員に支給される期末手当と民間で支給されているボーナスとはやや趣を異にする面があるのではなかろうかというふうに考えます。翻りまして退職手当を考えてみますと、これは退職を条件にして支給される手当でございますが、現在の国家公務員等退職手当法に言う退職手当を、先ほどお示しの最高裁の判例のように完全に賃金の後払いというふうに考えていいかどうかということについては問題があるのではなかろうかと思います。現在のところ、退職手当そのものは、裁判官の場合に、憲法で言う報酬には当たらないのではないかというふうに考えているわけでございます。
○横山委員 どうもあなたの言っていることはあっち行ったりこっち行ったりするような気がするのですが、私の端的にお伺いしているのは、まず退職金ですが、最高裁の判例とあなたの解釈に矛盾がある。あなたは、退職金については若干そういうような気持ちがする、けれどもまあというようなはっきりしない答弁、あなたがそういうことは答弁し切れないならば、法務大臣に責任のある御答弁を願ってもよろしいのですけれども。はっきりしてくださいよ、憲法の規定でございますからね。憲法で報酬は減額されることはないということ。いまわれわれが議論しておるのは、あれもだめだ、これもだめだ、本当に局限された本俸だけだということでいけば、この憲法の規定というものが空文化してしまいはしないかということを私は言っておるわけですよ。裁判官といえども、いわゆる小さい意味の報酬のほかに調整手当あり特別手当あり、いろいろな手当があるわけですね。期末手当それから退職金、そういうものはすべて報酬ではない、だからそちらの方はどんなにちぎっても憲法に違反することはないという論旨をあなたはいま言おうとしているわけですね。それでいいのか、憲法の規定というものは、もっとおおらかに構えてどっしりとした重みを持たなければいかぬのではないか、そんなことを言ったらこれは空文になってしまいはせぬかということを私は言うておるのですよ。ひとつそこのところは腹に据えてお答え願わぬと、あなたの御答弁が記録に残って未来永劫そういうことになってしまうのですが、それでいいのでしょうかね。
○勝見最高裁判所長官代理者 まず判例についてでございますが、もちろんこんなことを申し上げるまでもございませんが、その点は、公務員の退職手当について判示した判例ではございませんので、当然にそれが公務員の場合の退職手当をそう考えるべきかどうかということは、先ほども申し上げましたように、問題があるのではなかろうかというふうに考えます。 なお、憲法上保障されておりますのは、先ほど在任中という文言をお示しいただきましたが、いわゆる定期に受ける報酬の額ということもございますので、私といたしましては、現在のところ、退職手当は憲法に言う報酬には含まれないというふうに考えると申し上げた次第でございます。 それから期末手当につきましては、これも民間企業におきましては期末手当の定め方に相当差があるかと思いますが、いわば生計費の補充ということと考えますと、職務に対する反対給付という性格のものでございませんので報酬には当たらないというふうに申し上げた次第でございます。 ただ、裁判官に対する報酬の保障が憲法上規定されているということでございますが、これが先ほどからお話がございましたように、仮に手当の名において相当額が裁判官にも支給されているような場合に、少なくとも裁判官だけがこれが減額になるようなことがあるとすれば、そのような場合にはやはり憲法上の問題は生ずるのではないかというふうに考えます。
○横山委員 どうも要領を得ませんな。追い詰めていったら、退職金が現在のところ——現在のところという冠詞がついちゃったわけですね。それから最高裁の判決でも、あなたは回りくどく、これは民間の判決であって公務員とはどうもニュアンスが違うとおっしゃるのだけれども、そんなことはないですよ。この判決は「退職金は不確定期限付後払賃金の性質を有するものと認められるので、」という普遍的原理なんです。この原理は、私ども今日において退職金論争の多数意見だと考えているわけです。大臣、私は、ともあれ憲法の規定なんだから、憲法の規定というものはもっと重みを持ってよろしい。いま話を聞いておりますと、狭義の報酬以外、退職金から手当からすべてのものが減額されたって憲法には何ら違反しないというようなことでは、何のために憲法が規定を置いているのか私は意味がわからない。そう思って心配をしておるのです。大臣、どうお考えになりますか。
○瀬戸山国務大臣 実はこの報酬なり報酬法を改正しますときに、人事院の勧告があって一般公務員も〇・一%の期末手当の削減をする、こういう問題がありまして、この案を検討いたしますときに、裁判所の関係ではいま憲法との規定の問題がありますから、これも実は部内でも検討いたしたわけでございます。 細かい給与理論は私は知りませんけれども、いま憲法に規定してある、最高裁判所判事、裁判官または下級裁判所の裁判官の定期に受ける報酬という規定がありますけれども、これは先ほども話が出ましたが、いわゆる裁判官は法律、規則また裁判官の良心のみに従って裁判をする、この重要な地位を侵してはならないという原則で裁判制度ができておる。その際に、経済的な問題で圧迫といいますか、裁判に影響を及ぼすようなことがあってはならない、こういう趣旨で憲法に規定があるのだと私どもは解釈しております。そういう意味で、先ほど最高裁からも話がありましたが、定期に受ける報酬というのは月々に受ける相当な報酬、これに在官中削るという措置をしてはならない、そういう趣旨に解すべきものであろう、かような見解から今度の措置をとったわけでございます。
○横山委員 いまの大臣の御答弁はやや政治的な答弁です。私が求めておるのは理論的な答弁を求めておるのですが、どなたもどうもはっきりしないという感じを免れがたいのであります。 くどく言うようですけれども、改めて、なぜ一体裁判官のみ減額することができないという規定があって検察官にはこういう規定がないのだろうかということを考えます。この違いは、私はきわめて絶大な違いだと思うのであります。検察官は減額してもいいということに何も賛成をしておる立場じゃありませんけれども、少なくとも裁判官は報酬は減額することができないということを憲法上置いた理論というものは、きわめて大きな意味があると思うのであります。いま伺っておりますと、これは空文です。減額するつもりになれば、何も報酬だけじゃありませんから、期末手当やほかの手当をどんどん減額すれば目的は達するわけでありますから、この憲法七十九条、八十条の規定は全く空文になってしまう。ましてや退職金の問題についても、いまのお話によれば、今日のところはそう解釈しておるというのが最終答弁であります。今日のところというのは一体どういうことなんでしょうか。大臣や総理大臣がおっしゃるならいいけれども、官僚が今日のところはと言うのはどういう意味なんでしょう。私にはよくわからないのであります。ですから、ここのところははっきりしてもらいたい。まず退職金を報酬に含むのか含まないのか、憲法上の規定は退職金を含むのか含まないのか、これは大事なことでございますから、一人二人の御意見ではなくて、もし必要であるならば後刻御答弁願ってもいいのであります。
○瀬戸山国務大臣 結論を申し上げますと、先ほども申し上げましたように、裁判の独立を経済的条件から侵してはならないという趣旨で特別の規定があると思いますが、相当の報酬というのを、これが問題でありますが、相当の報酬は決まりました年額あるいは月額の報酬、かように解しておるわけでございまして、退職金とか期末手当——期末手当というのは、これも私の浅い知識でありますが、これはおよそ日本に独特なものじゃないかと思います。盆や暮れというのは何やかや金の要る時期でありますから特別な手段をとろう、これが官民同じような取り扱いをしておると思いますが、生活給あるいは地位、体面を守る、こういう意味の報酬というのは相当の報酬である、こういうように規定している、かように考えているわけであります。
○横山委員 私が追い詰めて、あなたの方が苦しまぎれに憲法七十九条、八十条による裁判官の報酬の中に退職金は含まない、こういう確定的答弁をなさるようでありますが、そのことはいま例示いたしました最高裁の判決、この判決に矛盾するものとは思わないという解釈でしょうか。それが第一であります。 それから先ほどの御答弁によりますと、この判決は民間の判決だから公務員に及ぼすかどうかわからないという、これまたあいまいな答弁であります。これからのいろいろの訴訟事件におきまして、給与とか賃金とは一体何であるかという争いが公務員なり民間労働者なり、あるいは公社、公団、公庫の職員の争いが今後もいろいろ起こるわけであります。起こるときに、裁判官だけは報酬というものは狭い意味の報酬であって、民間あるいは政府職員については、賃金あるいは給与というものは四十九年の最高裁の判決、四十九年の東京高裁の判決でよろしい、そういう解釈をしてよろしい、そういうふうに考えてよろしいのですか。
○枇杷田政府委員 ただいまの四十九年の判決は私も詳しく勉強いたしておりませんけれども、裁判官の報酬の場合に、裁判官の報酬等に関する法律にも書いてございますけれども、報酬は裁判官に支給する給与の一部という扱いになっております。したがいまして、広い意味で給与とかあるいは民間で言いますと賃金とかいうものの概念で対比いたします場合には、手当類も給与あるいは賃金的なものということは言えようかと思います。しかもそれがいろいろな具体的なケースの場合に、賃金というもので扱った方が妥当な場合にはそれは当然賃金的な要素で考えられるだろうと思います。 ただ、憲法の解釈といたしましては、私どもは、先ほど大臣からも御答弁がありましたけれども、文理解釈上は、憲法に言う裁判官の報酬というのは裁判官の報酬等に関する法律で定めておる毎月毎月の報酬のことである、これは定期にという言葉とか、あるいは在任中とか、それから報酬という言葉等からそのような文理的な解釈をいたしておるわけであります。しかしながら、この憲法の規定の趣旨は、先ほど来話が出ておりますとおり、裁判の独立あるいは司法権の独立というようなものを給与的な面から保障しようという精神に基づいているものでありますから、したがいまして、そのような個々の裁判官あるいは裁判官全体について合理的でない、いわば憲法が擁護しようとしている司法権そのものに何か干渉しようというふうな形で出るようなものであるならば、これは文理上の報酬というものには当たらない給与であっても少なくとも憲法の精神には反する、憲法上の問題が濃厚に出てくる余地が大いにあり得ると考えております。
○横山委員 要するにいまのあなたの話は、裁判官の報酬とそれから判決によるところの賃金及び給与というのは別な問題である、そうですね、そういう論理で両立てといいますか、政府側の答弁と私の質問を双方とも顔を立てたというような感じがするわけであります。しかし問題は残ると私は思います。 繰り返し申しますが、憲法上の裁判官の地位の安定を報酬面から保障したというのですけれども、そういう解釈でいくならば、この報酬面からの保障が何の重みもない。こういうことを私はきわめて大変な問題として警告をしておきます。 この論争を続けておっても仕方がございませんが、出発点は、〇・一%一般職員を下げるのであるから、憲法上にやや疑念があるけれども、裁判官だけ残しておくわけにはいかない、恐らくそういう出発点だったと私は思うのであります。しかし、そういう出発点が憲法の規定を空文化させるという結論を、私が言うように導き出しておる。それは出発点から言えばごもっともなことではあるけれども、結論から言えば本法律案が憲法の規定を空洞化した結果になる。私はそういうふうな心配をここに強く表明をしておきます。冒頭申しましたように、〇・一%削減することについて私は反対でございますから、出発点もまたあなた方と違うわけでありますが、しかし結論として、今回のこの法律案が憲法上の疑いを残したという点について十分力説をしておきたいと思います。 次に、裁判官の問題について、この間横川札幌高裁長官が寄稿されましたことについて質問をしたいと思います。 横川長官は十月二十二日に定年退官の予定で、この寄稿はその前に書かれたものでありますが、現職の高等裁判所長官として書かれたことには間違いがないことでありましょう。各紙が取り上げ、私も全文読みましてきわめて共感を覚えました。率直に私の考え方をまず申し上げておきたいと思うのでありますが、大変これは共感を覚えました。私はしばしば法務委員会で最高裁のありよう、裁判のありようについて苦言を呈しておるのでありますが、その苦言はこの横川長官の寄稿の全文がまさにそのものずばりと言ってもいいかと思うのであります。退職する人といえども、やはりこれだけの意見を言うということは、よほど勇気のある人でなくてはならぬと思います。おれはやめるから、しかられたってどうでもいいわという気持ちで必ずしもお書きになったわけではないと思う。全文、一行一行にまさに説得力のあるお話が脈々と流れておる。毀誉褒貶を離れた率直な忠言として耳を傾けるべきことではないかと思います。 たとえば、こういう批判があるという。裁判官の中には「何事も無難に要領よくと考える優等生タイプのものがふえたとか、第一線でいくら苦労しても容易に道は開けないとか、本当のことをいうと出世できないとか、司法行政面の官僚化が進みつつあるとかいう批判である。これらの批判の当否は暫くおく。」として、今度は自分の考えを述べておられる。こういう司法行政面の官僚化を含めて、私が整理した四つの批判について一体どうお考えになっておるのであろうか。 まず、そういう裁判官、最高裁に対して与えられておる批判、それは自分が言っていることではない、方々で言われていることだというその批判についてどうお考えでございますか。
○牧最高裁判所長官代理者 裁判について各種の御批判をいただくことは、裁判を改善しあるいはよりよきものとしていくことについて、きわめて示唆多きものがあろうかと存じますので、その中でくむべきものは十分くんで、よりよい司法あるいは司法行政というものをつくり上げていこうと努力をしていくつもりでございます。
○横山委員 どうもあなたとは、ここでも会ったし、それから訴追委員会でも会ったのですが、苦情を言って悪いのですけれども、もっと胸襟を開いて話をしましょうや。あなたはいつも、何というか、よろいを着て物を言っているという感じがしてならぬのであります。もっとあなたも裸になって、裸になるといったって全部裸になるわけにもいかぬだろうと思うけれども、少しはあなたの人間味をここで出してもらいたいと思うのです。いつ会っても、あなたはいろいろな委員会でカワズに小便みたいな話ばかりして、公式どおりの話ばかりして、ちっともあなたの人間味が伝わってこないですよ。私はこういうざっくばらんな人間ですから、名古屋弁まる出しであなたに聞くときもある。あなたは本当に標準語で標準どおりの答えをして、優等生タイプの答弁にいつも終始している。それでは説得力はありませんぜ。五月二日の最高裁長官発言の問題のときでも、訴追委員会でも、私があなたに本当に全然悪いと思っておらぬのかと言うたら、あのとき、あなたはまたそんな顔をして、全然悪いと思っておらぬというような意味のことを言った。それでは全然説得力がありません。本当にそうですよ。少し胸襟を開いて、私どもの言うことも間違っておったら、あなたは堂々とおっしゃればいいのですよ。けれども自分の方でまずい点があると思ったら、率直に語り合わなければ実りのある質疑応答にならぬですよ。 横川長官の第二の指摘は、「率直にいうと、現在私が憂慮しているのは、裁判機構の整備・充実に伴い、……知らず知らずのうちに第二義的なことに眼を奪われて……憲法の裁判所に期待する根本が見失われ、第一線の裁判官に対し、より良い裁判への気魄と情熱をかきたて、裁判すること自体に喜びと誇りをもたせるようなフィロソフィが影をひそめたのではないかという点である。」この点はどうなんですか。
○牧最高裁判所長官代理者 横川長官がおっしゃられていることは、従前横川長官がそれぞれ著書なりあるいは論説などにお書きになられたことでございまして、私どももしばしば伺ってはおるわけでございます。しかしながら、具体的な事実の御指摘がございませんので、私としても特にそれについてお答えがしにくいわけでございますけれども、私どもとしましては、一応裁判所の中におきまして、司法行政の面においてもあるいは裁判の面においても、いろいろ活発な論議が行われておるというふうに考えております。それをさらにより活発にしようという御提言に対しては、そのまま私も同感でございますけれども、もしそういう論説があることによって、現在が、そういうことが行われてないような誤解を生むといたしますならば、そこは言葉が足らなかったのではないかというふうに私自身としては考える次第でございます。
○横山委員 具体的な事実の指摘がないから答弁のしようがないとおっしゃるのですけれども、こういう問題は具体的事実の問題じゃないのですよ。あなたも事務総長として、私も一国会議員として、いまの司法行政を全体的にどう見るかの問題で、横川さんも、具体的な事実を指摘したらかえって問題があるから原則的立場を踏まえて言っていらっしゃるので、文句があったら具体的事実を言ってもらいたい、いつでも答弁してやるということは、これまたおかしな話だと思うのです。いまの司法行政をどう見るか、どうあればいいのかという点で、原則的にあるいは全体を見通した話がなくてはならぬと思うのです。 その次には、この基本理念として「ともすれば国家秩序の維持と同視されがちなドイツ流の「法秩序の維持」にあるというよりも、「基本的人権の保障」を核心とする英米式の「法の支配」の確立にあると解する方が妥当であるということと、この観点から裁判の目的はジャスティスの実現にあると考えるべきであるということである。」この点はどうですか。
○牧最高裁判所長官代理者 個々の裁判を考えてまいります際に、基本的人権の問題と法秩序の問題との相克、そういうものが常にあらわれるわけでございます。それをいかに調和するかということにわれわれ裁判官は不断に悩んでおるところでございます。横川長官のように基本的人権ということだけで割り切ると考えるのも一つのお考え方かと思いますが、この点については裁判官ごとにいろいろの御意見があり得ると私は考えます。
○横山委員 言葉を選んでくださいよ、あなたも。場合によってはあなたの答弁がいろいろな論争の焦点になるんだから。横川長官が言ったことを別な意味に取り上げてはいけませんぜ。私が読み上げたように「「基本的人権の保障」を核心とする英米式の「法の支配」の確立にあると解する方が妥当である」と書いてあるのであって、基本的人権だけで裁判をやれ、あなたがいま言わんとしたのだけれども、そういう意味で横川さんは言っているのじゃないのですよ。わかっていますね。 それから、「右の立場からこのさい最高裁に要望しておきたいことは、時の政府から一歩はなれた広い視野と遠い展望に立って、事実の具体性に即して問題の解決をはかられたいということ」である。これなどは私どもが本当にやかましく言っておることであります。 ここにちょうどあなたの方から出された「刑事事件の公判の開廷についての暫定的特例を定める法律案の背景について」こういうものがあります。いまここで内容を議論しようとは思いません。なぜこういうものを出すのですか。 私は前回、五月二日に最高裁長官が弁護人抜き裁判法案について政府の援護射撃をして、これはあたりまえだと言うたことはけしからぬといって、国会で論争になりましたね。そうしたら、決してそういう意味ではありません、一般論を言っただけですと言われたのですが、今度のこのパンフレットは、ずばり別紙に法案まで書いて、まさに法案の宣伝ビラじゃありませんか。きょうこういうものを出されるということは全く政府そこのけで、おれたちが一番よく知っている、この法案は必要なんだ、こういうパンフレットじゃありませんか。あのときの話よりもさらに一歩、政府と全く一体になっていると反省はなさいませんか。
○牧最高裁判所長官代理者 先般お尋ねのときにも私として申し上げましたのは、長官の発言はいわゆる荒れる法廷、その他いろいろ法案を必要とする背景について申し上げた、そしてそういう背景があるので、これを処理するためには何らかの手当てが必要であるということを述べられたのであると申し上げたわけでございます。それで、現在そこにございますパンフレットにもその点は明らかに書いてあると存じますけれども、特例法もこういうことを解決するための一つの手段であろうということで書いてございます。 それから、そのパンフレットを出した趣旨ということのお尋ねでございましたが、前国会以来特例法案の審議におきましていろいろと裁判所の訴訟指揮その他についていわれなき非難と私ども考えるようなものもございます。そういうものについて、部内の者にそういうことはないというわれわれの感じているところ、そういう非難に対しての応答という意味で、そういうことはないのだという事実を明らかにして書いたつもりでございます。
○横山委員 ぬけぬけとそういうことをよくおっしゃると思うのだ。わざわざ結語として「政府提案」——なるほどあなたのおっしゃるように「方策の一つ」だとは書いてある。けれども、だれが読んでも、最後にこの法案までつけて結語まで書いてあるのだから法案の援護射撃だということはだれが見たってわかるですよ。そういう遁辞といいますか、方策の一つと書いてあるのだから法案の援護射撃じゃございませんとか、ぬけぬけそんなことをおっしゃるなよ。あのときにあなた方も政府も、最高裁長官は決して法案に直接タッチしたわけではないということを千万言を費やして言っておいて、ぬけぬけとこういうものをよう出した、その人の顔が見たいと思っておったのです。撤回しなさいよ、こんなばかなもの。少なくとも、あなたが言うように誤解を与えたと思われる裁判の実態はどうであったかということで、結語はなしで出されるならまだわからぬでもない。結語をつけて、しかも特例法まで後ろにつけて、それで何で一体これは関係ありませんと言えるのですか。省みてあのときに答弁したことについて恥ずることはないのですか、こういうものを出して。なめた仕打ちだと私は思うのですよ。ばかにしていると思いますよ。しかも、私は訴追委員でございますが、大臣も訴追委員長をやっておられたが、訴追委員会に集まってくる裁判官の訴追請求の中で、なるほどめちゃくちゃな言い分もある。しかし首切りには当たらぬけれども裁判官も少しやり方がひどくないかという意見はしばしばあるわけです。岡原長官の発言についても、訴追委員会の結語をあなたごらんになったと思うのですが、訴追請求はしないけれども適当ではない、首は切るに当たらないけれどもああいうことが誤解を与えたとか適当ではないというのが圧倒的意見ですよ。あなた、そういうことを知らないのですか。全く反省が足らないと思うのですよ。どうなんです。——何であなたが出てくるのか、事務総長に答弁を求めているのに。(岡垣最高裁判所長官代理者「それは私から」と呼ぶ)いま事務総長が答弁しているのだから。下僚が答弁することじゃないですよ。あなたの方が偉いのか。
○牧最高裁判所長官代理者 先国会において私が申し述べましたことと今回のパンフレットを出したことについては、私はちっとも矛盾しておらないと考えております。異常な事態があるということについて、片方でそういうことはないのだという御議論もございます。そういうことで、われわれとしては、私どもが信じているところをそのまま実態はこうなんだということで部内の裁判官その他に知っていただこうというつもりで出したわけで、これは裁判所として当然してよろしいことだと私は考えております。
○横山委員 全くカワズに小便だな。もう腹が立ってしようがない。 横川さんの最後のところに「往々最高裁の判例の中に、下級審が苦心惨憺していた事実の認定とこれに対する法的評価を軽々しく被告人の不利益に変更したのではないか、と疑われかねないものが見受けられるのは遺憾である。」とずばり言っていますね。「「真昼の暗黒」という映画の中に被告人が「まだ最高裁がある」と叫ぶシーンがあるが、これは一部の指導層だけの期待でなく、訴訟関係人はもとより、心ある国民総ての期待でなければならない。」まさにこれほど痛烈に最高裁に言われていることは私はないと思う。しかも前段は、私の推察するところ、岡原長官が五月四日でございますか記者会見をして、下級審の判例を批評をしたことも一つの原因ではないかという感じが私はいたします。こういう「まだ最高裁がある」という国民の絶叫が——いま果たして一体国民の期待を集めているのであろうかどうか。私は必ずしも判例だけで言っているわけではありません。しばしば言っているように、最高裁に権力の集中が行われて、官僚的な司法行政がいつの間にやらでき上がってしまっておる。少なくとも各省の中には国会が常に関与し、あるいは国民の監視の目があるいは批判の目がわりあいに行き届く。ところが、司法行政の中にはそういう監視の目なりあるいは国会なりあるいは主張なりがなかなか行き届かない。そういう点から司法行政の官僚化、最高裁への権力の集中、そういう冷たい感じというものが判決の中にも司法行政の中にも出てきて、国民の中に批判が起こっておる、そういうことについて謙虚に最高裁としては考うべきではないか。 この横川長官の全文を引用しておりますけれども、ひとりこれは横川長官の批評だけでは絶対にない。私どもが前から言っておることでもある。この横川長官の全文及び私の意見を含めて言ったのでありますが、今回のこの問題について最高裁としては総合的にどうお考えになっておりますか。
○牧最高裁判所長官代理者 横川長官の論説、いまお読みいただきましたように、裁判についての心構えあるいは裁判についての理念というものを述べられたわけでございまして、それらの個々については私も同感と感ずるところが数多くあるわけでございますけれども、それはそれぞれの裁判官がその論文を読んで心にとめおくべき事柄であって、最高裁判所としてその論文についてどうこうという問題ではないように考えております。
○横山委員 この横川長官の意見が出ましてから各マスコミなりいろいろなところで長官についての感想、批判、意見が出ています。最高裁批判に胸のすくような思い、敬意を表したい勇気ある発言、波紋投げる最高裁批判——あなたが言っているのと違いますよ。国民が、あるいはマスコミが取り上げておりますのは、まさに最高裁の司法行政について取り上げておる、そう考えなければおかしいじゃありませんか。最高裁は関係ない、個個の裁判官が考えればよろしい、そういう無責任なことを言ってはだめですよ、あなた。私は、できれば一遍最高裁長官と懇談をしたいと思っております、ここへお出になっていただくわけにいきませんが。一遍言っといてくださいよ。もう少し最高裁から出てわれわれと胸襟を開いて話をする機会を持ちなさい、少しは自分に反省をしなさい、そして率直に悪かったら悪かったと言いなさい。人間性ある最高裁長官であってほしいし、人間味のある最高裁であってほしい。ここしばらく司法行政の反動化が言われて久しいんですよ。そして政府との癒着が全くこのように行われているという批判が実に濃厚なんです。そういうことについて、きょうあなたの答弁はいささかも反省がない。 〔羽田野委員長代理退席、山崎(武)委員長代理着席〕 「政府から一歩はなれた広い視野と遠い展望に立って、」問題を処理してもらいたい、まさに同感です。何が政府と一歩離れているか、全く政府と癒着しているじゃありませんか。少なくとも最高裁が司法の独立を言い、正義の殿堂であり、そして国民が最後によるべきところであるという信頼の大殿堂であるならば、そのような姿勢を謙虚に、しかも勇気ある行動をもって、行政をもって示さなければだめだと思うのです。あなたがいまここで答えておることについて国民の皆さんば決してそうだと思わないですよ。私に答えるのではなくて、そういう不安と疑念を持っておる国民にもう一度あなたは呼びかけて、最高裁の責任者として答えてください。
○牧最高裁判所長官代理者 司法行政につきましては、私どももいろいろな意見を十分くみ取って、改善していくべきところは改善しなければならないというふうに考えております。 ただ、先ほど横山委員の御質問の中に、最高裁集中ではないかというお話がございましたが、司法行政の一番中心になるところは人事、会計というようなところにあろうかと存じますけれども、そういう面についてはそれぞれの高裁にそれぞれの権限をゆだねているところでございまして、最高裁判所はむしろそれらの調整というような立場で後見的な活動をしているという部面が非常に多いわけでございまして、各高裁、地裁にそれぞれ職務権限の分担を与えて適正を期しておるつもりでございますし、これは今後もそういう方針で続けていくつもりでおるわけでございます。
○横山委員 あなたの御答弁は、初めからしまいまでまあ間違いありません。しかし、言われていることについての弁解で、前向きにこの批判を正しく受けとめて、そういう誤解があるならば誤解を解くようにするとか、あるいはこういうふうにしたいという前向きの答弁が一つもありませんでしたね。言った覚えありますか、あなた。ないでしょう。前向きの答弁が一つもありませんでしたね。私は大変残念だと思うのですよ。こういう批判が起こったのを、誤解は誤解としても、そこに一つの、部内からの告発という言葉を私はとりたくありませんが、少なくとも司法行政の中にあって地位ある、キャリアもある、歴史もある、人柄もりっぱな人がじゅんじゅんと訴えているのです。去り行く者であっても、現職の中でここまで発言をされたことについてあなたはけしからぬと思っているのじゃないですか。言わずもがなのことを言いやがったと思っているのじゃないですか。やめていくのだから、そんなもの知っちゃいねえやと思っているのじゃないですか。そういう考えではなくて、もっと謙虚にとらえて、至らざるところがあったかもしれぬが、この御指摘の点についてはこういうふうにしたいとか、国民の誤解を解くようにしたいとか、まさにその中のこういう点については自分も至らざるところであるけれども断固是正したいとか、最高裁としては政府との癒着というようなことについては今後絶対にいたしませんとか、そういう前向きの答弁が一つくらいあってもいいのですがね。もうおっしゃることがなければこれでやめますが、ありますか。
○牧最高裁判所長官代理者 裁判所におる者としては、政府と一線を画した裁判の自主独立的なことを行っていきたいということを考えている点においては横川長官もわれわれも、裁判所に職を奉ずる者は全部一致しておることだろうと思います。そしてそれは、今後もそういう方針でまいりたいと思っております。 横川長官の言葉として述べられているところには私どももちろん聞くべきところがあり、その点については十分取り入れて、一つの意見として私どもも反省すべきところは十分考えて、今後の司法行政の改善に資していきたいというふうには考えているところでございます。
○横山委員 法務大臣はこの点について所感ありませんか。なければ結構です。ありますか。
○瀬戸山国務大臣 横川札幌高裁長官の発言そのものについて私はとやこう言う立場にありません。ありませんが、裁判所に限らずいろいろな場合にいろいろな意見あるいは批判がある、これは当然なことでありまして、いかなる立場にあってもそういう批判に耳を傾けてみるということもこれは非常に必要な、大事なことだと思います。 よけいなことでありますけれども、私どもここに座っておって、皆さんの意見に非常に反省をさせられるところ、また注意をしなければならぬという反省をしながら拝聴しておる、こういう立場であります。しかし先ほども横川長官の話がありましたが、具体的にどういうことだったか、われわれに想像もつかないことでありますから、これをとやかく批判し得る立場、そういう材料もありません、意見を言う立場にありませんが、やはり横川長官は横川長官で、長い経験の中からいろいろの所感、感想を持っておられると思います。しかし、それがすべてであるとは私は考えておりません。やはり人の意見、おっしゃることについては一応耳を傾けて、反省すべき点があれば反省しなければならぬ、私の感想といえばそのくらいでございます。
○横山委員 次の問題に移りたいと思います。 再審の問題であります。委員長並びに同僚諸君も大変恐縮でございますが、しばらく耳をおかし願いたい。といいますのは、法務委員会の理事会におきまして、私は、再審制度に関する調査小委員会を設置してほしいと提案をして、各党でいま御審議を願っておる最中でございます。その意味で、短い時間ではございますが、各党の皆さんにも私の意のあるところをお聞取りいただきたい。 ここ数年来、再審事件で無罪となりました著名な事件は、まず吉田岩窟王事件、大正二年の強盗殺人事件、再審請求五回、そして三十八年名古屋高裁で無罪判決、実に五十年の岩窟王の闘いでございました。 金森老事件、昭和十六年放火事件、そして再審請求をして、四十五年大阪高裁で無罪判決、三十年の苦闘であります。 弘前大教授夫人殺し事件、昭和二十四年殺人事件発生、再審請求をいたしましてようやく五十一年に開始決定、仙台高裁で五十二年無罪判決。 小平事件、昭和二十六年放火事件発生、そして再審請求、昭和三十八年長野地裁で無罪判決、十二年の闘い。 米谷事件、昭和二十七年強姦殺人事件、再審請求を続けてまいりまして、五十三年に青森地裁で無罪判決、二十六年間の苦闘であります。 これらは、多少抜粋して事例を出したわけでありますが、再審についてのこれらの人の悪戦苦闘は全く、その記録を見ますと、涙なくしては読めないような苦闘であります。 なお、吉田岩窟王事件に対する無罪判決で、有名になった裁判官の言葉がございます。「当裁判所は、被告人、否、ここでは被告人と言うに忍びず、吉田翁と呼ぼう。われわれの先輩が翁に対して犯した過誤を深く陳謝し、翁が実に半世紀の久しきにわたって、あらゆる迫害に耐えて無実を叫び続けてきた崇高な態度、その不撓不屈な驚嘆すべき精神力、生命力に深甚なる敬意を表し、翁の余生に幸多からんことを祈る。」その五十年の闘いをした吉田翁も、判決後身体の自由を失い、九カ月後に生涯を終わっておることは皆さん御存じのとおりであります。 このような再審の闘いについての記録を読み、経過をいろいろ検討してみますと、いかに再審の門が狭いかということが痛感をされるわけであります。 ちなみに調査いたしますと、再審の開始決定があったのは、昭和四十八年、七十四件の請求で決定が三十件、昭和四十九年、八十九件の請求で二五件、昭和五十年、九十三件の請求で決定が二十件、昭和五十一年、百三十五件の請求で五十二件の決定、五十二年が八十三件の請求で二十六件の再審決定がございます。私どもが予想するよりもはるかに多くの再審の請求があり、また予想以上に再審の決定があるのであります。もっとも、この再審決定の中には交通事犯がかなり含まれておりますから、いわゆる刑事事件として重要な問題については、この数字で判断するわけにはまいらないと思うのであります。 そこで、この再審についてのあり方について、もう数年来各方面で議論が尽くされてまいりました。すでに昭和五十一年、最高裁の第一小法廷は、いわゆる財田川事件の特別抗告決定中で「刑訴法四百三十五条六号の無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであるかどうかを判断すれば足りる。強盗殺人事件の再審請求に対する審判において申立人の自白の内容に強盗殺人の事実を認定するにつき、妨げとなるような重大な疑点があり、新証拠を既存の全証拠と総合的に評価するときは、確定判決の事実認定を動揺させる蓋然性もあり得たと思われるなどの事情のもとでは、再審請求を棄却した原原審及びこれを是認した原審には審理不尽の違法性がある。」としています。つまり、明らかにこの五十一年の財田川事件におきます刑訴法四百三十五条の無罪を言い渡すべき明らかな証拠という文章については、この判決によって解釈が拡大されたと言うことができます。 五十年の最高裁第一小法廷は、いわゆる白鳥事件の特別抗告事件でも「当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきである」とし、また「再審開始のためには確定判決における事実認定につき、合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、疑わしいときは被告人の利益にという刑事裁判における鉄則が適用される」としています。 このような最高裁の判旨が、その後、弘前事件や加藤事件、米谷事件の再審開始のきっかけになったと私どもには判断をされるわけであります。 そこで、最高裁のこれらの判決を受けて、国会において私どもがしばしばこの質問をしておるわけでありますが、稻葉前法務大臣は五十一年の十月十四日「この再審制度のことにつきましては、先ほどもお答えしたように、これからも法務省としては真剣に取り組んでいくべき問題ではあると、法曹三者のうちの弁護士連合会がああいう考えをもう打ち出しておられるのですから、それにやっぱり歩調を合わせるような方向で検討するというのが法務省の姿勢ではないかというふうに存じます。」こういうふうに法務大臣が答え、越えて昭和五十二年三月十二日、予算委員会第一分科会で社会党川口大助君の質問に答えた安原刑事局長が「いま御指摘のように、再審開始決定をするにつきましての手続におきまして、貧しい人は弁護人も雇うのに大変だ、あるいは決定をするのが全くの書面審理であって、そして書面審理でなくても、いわゆる再審を請求した人あるいはその弁護人が立ち会うようになっていないというようなこと、あるいはそういう再審開始決定をした以上は、たとえば刑務所におる者でありましても、弁護人との間に刑事訴訟法の確定判決前のような秘密交通権を認めることはできないかというような、つまり国選弁護人制度を再審開始決定手続についてもやる、あるいは事実調べの立会権を認める、あるいは秘密交通権を認めるというような、開始理由ではなくて、開始をするまでの手続の中に被告人の権利をもっと主張できるようなことを考えてはどうかというようなことが、われわれ事務当局としてはさしあたり検討すべき課題であるというふうに考えておる次第でございます。」引用いたしますとまだほかにもございますが、そのように政府答弁が続いてきておるわけであります。 そこで、これらのことを考えてまいりますと、少なくとも政府及び日弁連それから国会側との間に共通点が幾つかあるというふうに私は考えておるわけであります。しかし、この再審制度の改善というものが確定判決、いまの地裁、高裁、最高裁の確定判決に至るまでの制度、システムに大きな動揺を与えてはならぬという考え方も一部にはございますが、しかしそれとの調整もまた可能ではないかという考え方をいたしますがゆえに、直ちにということではございますまいが、少なくとも情勢は熟してきたのではないか、それが私が理事会において各党からなる再審制度調査小委員会を設置して、多少の時間はかけてもこういうような情勢のもとにおいての再審制度の改善の研究を国会側としてもやるべきではないか、まあこれは政府に言うばかりではなくて、委員長初め各党の皆さんに時間を使って御説明をしたわけでございますが、まず委員長に恐縮ながらひとつ御答弁を願いたいと思います。理事会におきまして私の説明を詳細にいま敷衍をしたわけでございますが、あなたは与党の理事でもございます。本日は委員長の要職におられるわけでありますが、本再審制度の調査小委員会を法務委員会の中に設置することについて、委員長の見解を伺いたいと思います。
○山崎(武)委員長代理 与党の他の理事の先生方とよく相談して決めたいというぐあいに思っています。
○横山委員 結構でございます。 それでは次に、法務大臣にお伺いをいたします。先ほど申し上げましたように、稻葉前法務大臣はきわめて前向きな答弁をしていらっしゃる。しかも稻葉前法務大臣がお答えになった後の最高裁の判決、また前刑事局長が、いま申し上げましたようなきわめて注目に値すべき答弁をいたしておるわけであります。さらに、昨年は日弁連が多年の成果を踏まえて再審法、刑事訴訟法及びその規則の改善案を提起いたしておることも御存じのとおりでございます。 わが国の裁判制度は、あらゆる意味において私は多年の歴史を積み重ねて今日に来ておるとは思いますが、しかしながら、先ほど申し上げましたように、再審を請求して無罪になった著名な事件が事典としてあり、かつはまた毎年毎年再審請求の行われている事実は、これは事実問題としてわれわれが考えなければならぬことである。そしてまた、現行法の制度におきましては余りにも再審の門はあかずの門と言われておるわけであります。この際、再審制度に検討を加えるという点について、法務大臣の御意見を伺いたいと思います。
○瀬戸山国務大臣 いわゆる再審制度の問題については、いま横山委員からもいろいろ御発言がありましたが、前々からもう少し改善すべきではないかという御意見はよく承知いたしております。私どもの方としてももちろん御意見のあるところをよく承知しておりますから、この問題を取り上げて真剣に検討を続けておる。検討は続けておりますが、いまの刑事訴訟法に定めてある再審事由等について、諸外国の例等も総合して考えてみますると、わが国の再審制度における再審請求の事由、こういうものが狭きに失するということばないという判断をいまいたしております。しかし、いまお話が出ましたが、再審請求する人、おおむね拘束されておる身柄の人が多うございますから、その再審の事由その他について活発にその事由を明らかにすることができない場合もあるのじゃないか、そういう意味で、いまお話に出ましたが、再審請求に対する、あるいは国選弁護人制度をやるとか、あるいは弁護士との交通権をもう少し何かの方法を考えて、その事由を発見することに努められ得るような状況をつくる必要がありはしないか、こういう点を目下検討しておるわけでございまして、検討の状況については刑事局長から御説明させます。
○伊藤(榮)政府委員 ただいま大臣からお答えがありましたとおりでございます。先ほど稻葉前大臣の御発言、安原前局長の発言をお読み上げになりましたけれども、私もまさに同じ認識を持っております。ただ、これも御質問の中にございましたが、再審請求の門を仮に非常に大きくいたしました場合には、現在の第一審、第二審、第三審という構造、その中で全力を尽くして真実を発見する、こういう手続を経て確定判決に至るというこの構造に対して、第四審というものを設ける結果になるような、そういう広げ方は、いずれにしても不適当ではなかろうかと考えておるわけでございます。しかしながら、これまた御指摘ありましたように、昨年一月、日弁連から粒々辛苦御研究の結果が発表されておりまして、その中には私ども拝見しましても同感を覚える面が相当あるわけでございます。そういう点を踏まえまして、現在私どもといたしましては研究に関する予算措置も講じていただきまして、鋭意検討を続けておるところでございます。先ほどもちょっとお話に出ておりましたが、この問題は非常に国民的な関心の深い問題でもございますので、私ども事務当局の考えとしても、各界各層で活発な御議論を聞かせていただきまして参考にさせていただければ、私どもの作業もなお一層円滑かつ迅速に進むのではないか、かように思っておる次第でございます。
○横山委員 私が冒頭に法務委員長にお願いいたしましたように、われわれ国会側におきましてもきわめて関心の強いことでございますから、本委員会に再審制度に関する調査小委員会を設けて、多少の時間をかけても、いま大臣並びに局長からおっしゃったような点を国会側としても検討いたしたいと思いますが、その点について大臣は御協力をしていただけますか。
○瀬戸山国務大臣 もちろん国会あるいは国会の委員会で検討していただくことは非常に適切であると思います。先ほど申し上げましたように、これは非常に裁判の根本に触れる問題で、また人権にも重大な関係があることでございますから、われわれとしても皆さんの御研究が進めば非常に幸せである、かように考えております。
○山崎(武)委員長代理 飯田君。
○飯田委員 まず最初に、裁判官の報酬、検察官の俸給あるいは裁判官以外の裁判所の職員、検察官以外の検察庁の職員の給与、こういうものを定めるに当たりまして、どういうものを根拠として決められたのであるか、そのことをお伺いいたすわけでありますが、一般論として、一般職の人に対してはどういうものを基準として決められたのか、これにつきまして人事院の方にお尋ねいたしたいと思います。
○橘政府委員 所掌外でございますけれども、一般職の給与につきましては、一般職の職員の給与に関する法律というものに基づいて決定されております。
○飯田委員 私がいまお尋ねしましたのは、一般職の給与表をつくられる根拠です。一体何を根拠にしてああいう表をつくられたのか。つまり生活費がかかるとかあるいは物価が高いとかいう問題があるでしょう。そういうような問題です。
○橘政府委員 一般職の給与法の俸給表は、国家公務員法の規定によりまして生計費、民間における賃金その他、人事院が適当と認める事情を考慮して定めるということになっております。毎年民間の給与等を調査いたしまして、これに基づいて俸給を定めております。
○飯田委員 それでは、裁判官の報酬とかあるいは裁判所の職員についての給与についてはどのようにお定めになっておるでしょうか。最高裁の方にお尋ねをいたします。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判官の報酬につきましては、先ほど横山委員からお話がございましたように、まず、相当な報酬を保障するという憲法上の規定がございます。裁判所法にも規定がございまして、裁判官につきましては裁判官の報酬等に関する法律という単行法が設けられまして、いわば独自の給与体系を盛り込んだ形で裁判官の報酬が決められております。 なお、裁判所の一般職につきましては、御承知かと存じますけれども、国家公務員法上は、裁判所の職員は特別職ということにされております。この理由は、人事行政につきまして内閣及び人事院の管下にないということを、司法権の独立のうらはらの関係で、特に特別職という形になっているものと思われます。ただ一般職の場合に、一般の給与体系につきましては、裁判所職員臨時措置法で一般職の給与法を準用いたしております。勤務体系その他につきまして、一般職員とほとんどの面で変わりがございませんので、現在臨時措置法を根拠といたしまして、一般の行政職の給与法を準用している次第でございます。
○飯田委員 いまおっしゃいました裁判官の報酬の根拠、どうもお聞きしてもはっきりわからないのですが、一般の公務員のものと変わらないようにおっしゃったように思いますが、何か特別の裁判官の場合はこういうものがたくさんかかるから、一般の職員よりはたくさん与えるとか、そういう特別のものがあっての俸給でございますか。
○勝見最高裁判所長官代理者 先ほど申し上げましたのは、裁判官につきましては独自の報酬体系が盛られております裁判官の報酬等に関する法律が現行法としてあるわけでございます。 裁判官の給与体系の特徴といたしましては、御承知のように、一般の給与法につきましては等級、号俸の刻みが非常に多うございます。裁判官の場合には、その職責の特別性にかんがみまして、非常に刻みが少なくしております。一般職の場合は昇格という形で昇進するわけでありますが、裁判官にはそういう制度がございません。それから、給与水準が裁判官の場合には高くなっております。この二つが、いわば裁判官の給与体系につきましての非常に大きな特徴であると思われます。 それから、裁判所の一般職員につきましては、繰り返しになりますが、一般の行政職の職員とそう本質的に異なるところはございません。それで一般の給与法を準用しているわけでございます。ただ、たとえば書記官などの職務の特殊性にかんがみまして、俸給の調整額という形で優遇措置を講じていただいているというような次第でございます。
○飯田委員 どうも質問と答弁とかみ合わないので、ちょっと問い方を変えて質問申し上げますが、たとえば国会議員については歳費を支給するとなっておりますね。それから裁判官は報酬となっております。検察官の場合は俸給となっております。そのほかのものについては給与となっているのです。そういうようになぜ呼び方を変えるのか、それは内容が違うから変えるのではないでしょうか。同じものについて変えるということは、憲法が同じ内容について呼び方を変えるというのはおかしいし、法律で変えることはおかしいでしょう。何か違うところがあるからじゃないでしょうか。どうでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 全体につきまして私が答えるのは適当かどうかは存じませんが、一応裁判官だけについて申し上げさせていただきますと、裁判官につきましては憲法にその規定がある。憲法が報酬という文言を用いているわけでございます。 先ほどから申し上げておりますように、裁判官の報酬につきましては裁判官の報酬等に関する法律ということで、いわば基本給は報酬という文言を用いているわけでありますが、裁判官に対する給与の独自性といいますか特殊性から、検察官も含めまして、ほかの官職に用いられている文言と画なった文言を用いているものというふうに考えております。
○飯田委員 私は、ただいまの御答弁はずいぶん不満なんですが、国会議員の歳費の性質は、普通の給与じゃない。給与とは違ったものを内容として含んでおる。また、裁判官の報酬も同じだろうと思うのですよ。裁判官は御承知のように勤務状況が一般職員とは違いますし、また一般職の立場から言うならば、非常勤ではないけれども、非常勤のような性質を持っておるように見えるようなものですね。何も役所に出て勤務しなくても、裁判のときだけ裁判所に出てきて、あとはうちで研究して一向差し支えない、そういう職務内容を持ったものでありまして、しかも国民を裁くのですから、裁くといったようなものは非常に地位の高い、尊敬される人たちであるはずなんです。そこで、そういう方々に差し上げるものであるから、その御労苦に対して報いるという意味で報酬という言葉が使われておるのではないかと考えるわけですね。上から下げ渡すというのじゃなしに、差し上げる。差し上げると下げ渡すは違う。 そこで、なぜ私は特にこんなことを取り上げるかといいますと、報酬につきまして、先ほどの同僚議員の質問につきまして最高裁の方の御答弁によりますと、報酬というものは裁判官に支給する給与の一部なんだ、こういうふうにお答えになっておったのです。本当にそうなのか、私は疑問に思うのですね。報酬というもの、この中にたとえば期末手当だとかあるいは勤務手当だとかというものは含めない、そういう思想ですか。いただきました資料を持ってきております。これを見ました。ところが、ここに一つ疑問がありますのは、報酬というものは、裁判官が仕事をしてくださる、裁判をしてくださることに対するお礼のものなんですから、そういうものである以上、その支払いをする時期が、毎月決まってやろうが、年末にまとめて上げようが、あるいは三月ごとに上げようが、それは一向差し支えないことであって、憲法にはどう書いてあるかといいますと、「すべて定期に相當額の報酬を受ける。」とあります。これは俸給を授けるのじゃない。裁判官は俸給を受けるのです。それほど裁判官の地位というものを憲法は高く見ているわけですね。高く見ているからこそ、すべてこういう報酬を差し上げるのだ。しかもそれは「定期に相當額」を差し上げるのだと書いてあります。しかもこの「定期」というのは一回ということじゃないのです。毎月ごとにということじゃないのです。毎月ごとにもあるでしょうが、同時に半期ごとにもあるでしょう。それは異例のもので、とにかく定期であればいい。定期じゃないところのもの、臨時にくれるものは憲法上の報酬に入るのかどうかはわかりません。しかし、年末にくれるのは臨時じゃないのです。定期であるはずですね。そうした定期に報酬を受ける、それは元来報酬なんです。年末にもらうところのものも報酬だと解釈すべきものである。これは憲法の文言から見てそうじゃないか。しかもこの憲法によりますと、わざわざ、この報酬は「減額することができない。」とあります。つまり定期に与えた相当額の報酬は減額できないとある。そういうふうに読めますね。そういうふうに読まない人もおるけれども、この憲法はそういうふうに読めるわけです。法律を読む場合に、利益を受ける人の不利益の方向へ向かって読むのが正しいのか、利益の方向へ向かって解釈するのが正しいのか、そういう問題がここに一つあります。 そこで、最高裁のお考えは不利益の方へ読むという立場をおとりになるのかどうかということをお尋ねしたいのです。
○勝見最高裁判所長官代理者 最後の点からお答えさせていただきますが、私ども先ほど横山委員からの御質問に対してお答え申し上げましたのは、特に利益に解しあるいは不利益に解するという観点で申し上げたつもりはございません。憲法の解釈として先ほど申し上げたとおりであるというふうに考えているわけでございます。 なお、裁判官の報酬の性質でございますが、御指摘のように、国会議員の方々に対する歳費とはやはりちょっと違う面があろうかと思います。言わせていただきますと、裁判官の報酬でも、やはり職務に対する反対給付ということであろうと思います。それを定期的にどうするかというのは立法政策の問題でございまして、現在、先ほど申し上げております裁判官報酬法は、いわば月給の形で報酬を受けているということになっているわけでございます。 なお、期末手当が憲法に言う報酬に入るかどうかの点でございますけれども、これも繰り返しになりますけれども、現在の給与体系から見まして、私どもといたしましては、憲法に言う報酬に当たらない、これは先ほど冒頭に申し上げましたように、決してわざわざ不利益に解してこうなったのだという趣旨のことではございません。
○飯田委員 これは憲法の解釈の問題ですので、議論がかみ合いませんからこのぐらいにしておきますが、定期に支給するものは何回やられても差し支えないし、そういうことは一つの方法だ。報酬を差し上げる方法の問題であって、その本質を決める問題ではない。年末に差し上げるから報酬でないとか、毎月差し上げるから報酬だとかいったような、報酬の性質を決定するものではないと思うのですよ。要はその方法にすぎない。そうであるなら、この憲法の八十条が、あるいは七十九条が決めておりまする、俸給は減額しないのだというこの規定は、裁判官の俸給が少しでも下がるということになりますと職務がおろそかになります。おろそかになったのでは国民は困るわけです。ですから、特に裁判官だけこういう規定を置いているのですね。憲法のどこを見ましても、国会議員の歳費を下げないとは書いてないのです。国会議員の歳費を下げても憲法違反ではない。ところが、裁判官の場合は下げてはいかぬと書いてある。それからまた、一般職の場合については何も書いてない。だから、私どもは憲法がわざわざ七十九条、八十条において、報酬減額禁止規定を置いたその意味を高く見るわけです。これはゆるやかに解釈するのではなしに、裁判官の身分保障という点から厳格にむしろ解釈すべきではないかというふうに考えますのでこの質問をいたしたわけです。しかし最高裁の方で、残念ながら私の憲法解釈と違った解釈をおとりになる。これは憲法の解釈の違いだからしようがない。しかし将来において私の解釈をおとりになるように希望しておくわけであります。 それから次に、期末手当とかあるいは勤勉手当というものの性質について先ほども御答弁がございましたが、この期末手当、勤勉手当というものは、一体どういうわけで最高裁では裁判官にお支払いになるのでしょうか。期末手当というものは報酬でないのなら、報酬でないものをわざわざ払う必要はないではないかという質問であります。
○勝見最高裁判所長官代理者 ただいまの御質問に対しましては、現在の支給根拠は裁判官の報酬等に関する法律の第九条を根拠として支給しております。現在の体系によりますと、判事、判事補それぞれ違った形といいますか、判事が受けなくて、判事補しか受けてないもの等々の手当がございます。非常に技術的な形になっておりますが、一応のお答えといたしましては、現行法下におきましては、裁判官の報酬等に関する法律の第九条を根拠として手当を支給しているというふうに御理解いただきたいと思います。
○飯田委員 ただいまお挙げになりました法律は、期末手当を支給するということは、裁判官の報酬が、もしこれを支給しなければ普通の公務員に比べて比較的、相対的に低くなるから、それを避けるために、裁判官の報酬の高さを維持するためにこれを設けたのではないかと私は考えるわけです。だからそういう法律をつくったのじゃないか。法律によって支給するのではなしに、そういう法律をなぜつくったのかということをお聞きしているのですが、それはどちらでもいいのです。 そこで、勤勉手当はどういうわけで支給されるのでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 これは先ほどもお答えいたしましたが、各職員の勤務成績に応じまして支給されるものでございまして、報賞的な性格を有しているものと考えております。現在は判事には支給されませんで、判事補だけに支給されているような実情でございます。
○飯田委員 勤勉手当は判事には支給しないで判事補以下に支給する、法律はそういうふうになっているのですけれども、そういう法律をおつくりになった意味が実はあいまいとなってくるわけです。 そこで、その問題は法律論ですからさておきまして、具体的な問題として、勤勉手当を支給される場合に、勤務評定をして支給されておるのかどうか。つまり勤勉手当であるという以上は、勤勉であるかどうかをよく見てからでなければわからないはずでありますが、これが報酬であれば、一般的な生活給の名前を変えただけだ、こう見ますので問題にいたしませんが、勤勉手当は報酬ではないんだということであれば、これは勤務評定をして一々支給なさるのかどうかをお尋ねするわけです。
○勝見最高裁判所長官代理者 先ほど申し上げましたように、勤務成績に応じて支給されるもの、そういう性質の手当でございます。現実には病気で長く休んでおる者とかいう者に対しましては減額しておりますが、実際の運用といたしましては、ほぼ均分して支給しているというふうに御理解いただきたいと存じます。
○飯田委員 それでは、勤勉手当に一・一カ月分と書いてありますが、これは具体的に支給する基準ではなくて、予算基礎でありますか。予算基礎として書いたのかどうかお尋ねいたします。
○勝見最高裁判所長官代理者 一般のことにも関係いたしますけれども、一応平均的な予算の組み方が一・一カ月分という形で積算されているわけでございます。
○飯田委員 それでは、予算基礎だということになりますと、実際には一・一カ月分よりも多く支給する者、少なく支給する者が存在するのでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 一般職員につきましては、差等を設けております。
○飯田委員 それでは、この問題につきましては、残念ながら最高裁と憲法上の解釈が違いますのでたな上げにしておきますが、この期末手当、勤勉手当を判事補以下につきまして増額されたですね。これにつきまして、増額の比率というものはどうしてお出しになったのでしょうか、お尋ねいたします。
○枇杷田政府委員 裁判官の報酬月額並びに検察官の俸給月額につきましては、従来から一般職の対応する金額のものと合わせて、片っ方の一般職の方が上がればそれにスライドして上がるという方式をとっております。これは先ほど来御意見ございますけれども、一応いろいろな面から裁判官、検察官の給与はこの程度が相当であろうというふうに格づけした後、それに見合う一般職の給与が上がればそれに準じて上げていこう、それが一番合理的な方法ではないかということでやっておるわけであります。 〔山崎(武)委員長代理退席、横山委員長代理着席〕 そういう観点から、判事補あるいは五号以下の簡裁判事というのが対応する金額、行政職の第一の俸給表のアップに合わせまして増加金額を定めたわけであります。その結果、三・六%ないし三・七%のアップ率ということになっておるわけであります。
○飯田委員 これはただ漫然と法律を勝手に決めてそれで支給するんだということでは困りますので、そういう増額をした以上は何らかの根拠がなければならないと考えるわけです。 そこで、人事院の方でおやりになった方法は一体何をもとにされたか。たとえば会社の給与だとか生活費だとか、そういうような問題があると思いますが、それはどの程度と見て一般職の場合はお決めになったのか、お尋ねいたします。
○橘政府委員 給与は所掌外でございますので、答弁を差し控えさせていただきます。
○飯田委員 裁判所の方におきましても、最高裁におきましても、検察庁におきましても、当然ただ漫然と一般職に合わせて号俸を決めたということではなかろうと思うのです。裁判所の裁判官の報酬、それから職員の給与、こういうようなものにつきまして幾ら支給するかということを法律で決める以上は何らかの根拠を置いておやりになっていると私は信ずるわけでありますが、そのように職務熱心に、非常に合理的に、また良心的におやりになっていると考えますのでお尋ねするわけです。 ことしと昨年度で生活費その他の出費は多いのでしょうか、少ないのでしょうか、お尋ねいたします。これは最高裁、法務省どちらでもいいです。人事院でも結構です。
○枇杷田政府委員 手元に正確な資料を持ち合わせてまいりませんでしたけれども、昨年に比べますとやはり若干消費者物価は上がっておる。それに伴いまして生計費も上がっておるわけでありますが、また一面民間の給与が凍結ぎみと申しますか、下がりぎみだということに合わせて一般的な生計費の支出それ自体は必ずしも上がっていないという面もあるようでございますが、全体として若干去年から比べれば上がっている傾向にあろうかと思います。
○飯田委員 実際問題として去年よりもことしは生活費が上がっているということがわかっているのに、たとえば判事以上の者、あるいは検察官でも中等以上の者については月額も年額も現在よりも減るという俸給表をおつくりになった。これはどう考えても事実問題として了解がいかないことではないかと思うものであります。現在もらっている額と同額ならば、これは話がわかります。まあ同額でがまんしろ、みんな税金も少ないからがまんしろというなら話がわかりますが、減らすということは相当の根拠がなければならないと思います。そこで、こういう減らした案を提出されたその意味はどういう意味でしょうか、お尋ねいたします。
○枇杷田政府委員 まず包括的なことを申し上げますと、先ほど来御説明申し上げているとおり、裁判官については、裁判官の報酬等に関する法律の第九条で、他の公務員の例に準じてということに決められておるわけであります。検察官の場合には、その例によるということで、他の一般職員の例がそのまま適用されるという形になっておるわけでございます。したがいまして、現在内閣委員会の方で御審議いただいております一般職の給与法において、減額といいますか、期末手当の〇・一カ月分の減少がありますと、それを受けて裁判官、検察官の方も下がるという結果になるわけでございます。 そのような結果になることがいいかどうかということにつきましては、これは先ほど申しました裁判官の報酬等に関する法律の九条の立法趣旨の問題にもなろうかと思いますが、大体裁判官、検察官といえどももちろん生活をしているわけであるから、他の公務員並みの割合で、暮れあるいはお盆のころにそういう特別な手当があってしかるべきだ、それに準じていこうという精神で決められておるものだと思いますので、片方が下がれば、ひとり裁判官、検察官だけ下げないでそのままでいいというわけにもまいりませんので、したがって、先ほど申しました九条の改正というふうなことは考えないで、そのまま受けとめるということに考えたわけでございます。
○飯田委員 一般職の号俸が人事院の方で決まったから、それにならって法務省も裁判所も決めたのだという、非常に形式的なお答えですが、そういう形式的なお答えがまかり通るのなら、もう特別職はやめて全部一般職になさったらいいと私は思うのですね。一般職の方が変わったら全部それにならってやればいいのだ、そういう安易なやり方であれば、何も特別職を決める必要もないし、また検察官の俸給等に関する法律といったような特別の法律をつくる必要もないではないかと私は考えるわけです。裁判官の報酬だとか検察官の俸給について特別の法律をつくっておられるゆえんは、一般職と職務内容が違うから特別の給与を支給しなければならぬということであろうと思います。そうであるならば、その俸給表をつくる基準というものは、当然一般職の場合とは違ったものがなければならないはずであります。それを研究なさらないで、ただ一般職のものが変わればそれに準じて変わるというやり方では困るのではないか。ことに裁判官の場合、明らかに、裁判官に不安な心境を呼び起こさせないために、つまり裁判官の生活を保障するために、わざわざ憲法で減額禁止の規定を置いておる、そういうものに対して、一般職が下がったからこっちも下げるのだといったようなやり方が一体正しいのかどうか。つまり、報酬という言葉をどう解釈するかは別にして、私の解釈とあなたの解釈と違うのですが、違っても構わない、とにかく生活費は去年よりもことしは多くなったのに、ほかの一般職の場合はいろいろの手当があるが、そういういろいろの手当を支給されない裁判官あるいは検察官に対して、号俸上も右へならえというやり方で一体職務を忠実にやっていくだけの保障ができるのであろうかということを私は憂うるものであります。この点につきましてどのようにお考えになるか、最高裁並びに法務省の御意見をお伺いします。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判官につきまして独自の報酬体系を法律で決められておるということは先ほど申し上げたとおりでございます。もろもろの手当につきましては、これも繰り返しになりまして恐縮でございますが、判事補、判事、それぞれ違った形で支給を受けております。判事につきまして申し上げますれば、一般の行政職の指定職、全部指定職相当の金額になっておりまして、手当等も指定職と全く同じになっているわけでございます。一方、独自の給与体系と申しましても、裁判官も公務員の一部でございまして、公務員の給与でございますので、国の財政の問題から、一般の公務員の給与につきまして改定が加えられた際にそれと相応じた改定をするというのは、やはり公務員の一部である裁判官に対する報酬の考え方、すなわちそれが先ほどから申し上げております報酬法の九条にあらわれておる考え方ではなかろうかと思います。 ただ、御心配いただきますように、このことによって裁判官がいわば安んじて職務を行い得ないというような事態に立ち至りましたならば、確かに御指摘のような憲法問題を生ずる場合もあり得るかと思いますが、このたびの改定につきましては、先ほどから申し上げておりますように、憲法問題はないというふうに考えている次第でございます。
○飯田委員 では、次の問題に移ります。 検察官は今日特別職とされておりません。そして、検察官の報酬につきましては、一般職の職員の給与に関する法律によらないで、特別な法律として検察官の俸給等に関する法律、こういうのがつくられておるわけです。特別職としないで特別の俸給表をつくるというのはどういう意味なのか、大変私は疑いを持つものです。元来特別職というのは、給与関係においてあるいは勤務関係において普通の職とは違うので特別職にしておると思います。職務の内容、勤務関係が違うということは、もちろんこれは俸給の内容でも給与関係においても違ってくるのは当然なんだから、だから特別職としておると思います。検察官は裁判官と同じように特別職とする方がいい理由が、そういう条件が整っておるのではないか、あるいはそういう条件は全然ないのか、ないならないでその理由を教えていただきたいわけであります。法務省にお尋ねします。
○枇杷田政府委員 御指摘のとおり、国家公務員法上検察官は特別職とはされておらないわけであります。したがいまして、一般職として国家公務員法の規定の適用を原則的に受けるということに相なっておるわけでありますが、検察官の場合には、裁判所と違いまして政府に属する職員でございます。したがいまして、人事院その他のいろいろな規制を受けるとか公務員法上の一般規定を受けても別に差し支えがないという規定がかなりあるわけでございます。そういう意味で一般職にはいたしておりますけれども、しかしながらまた反面、検察官につきましてはその職務あるいは任用、勤務条件といったようなものが一般の職員とは違う面がございます。そういう面をとらえまして検察庁法あるいは検察官の俸給等に関する法律で特別の定めをしておる。原則的に国家公務員法の適用を受けるようにしておいて、その特殊性のものを特別法で規定するというやり方がいいのか、あるいは最初から特別職という形にしておいて一般公務員法に当たってもいいようなものは一般の例によるという形でやった方がいいのか、どちらがいいのかという問題に結局帰着しようかと思うのでありますが、現行法のたてまえは、原則的には政府の職員であり、一般の公務員の原則が適用されていいものだというたてまえでできておりますし、現在においてもその制度を維持しても差し支えないというふうに考えておるわけであります。
○飯田委員 それでは、一般職の職員に支給されております超過勤務手当だとか夜勤手当だとか休日給だとか宿日直手当、こういうものは検察官には適用になっておりません。検察官は非常に忙しくて当然休日にも出てきて仕事をするし、日直もやるし、あるいは夜の勤務もある、事実あるようでございますね。そういう人であるのになぜ超過勤務手当だとかそのほかの夜勤手当等の支給がないのか、お尋ねいたします。
○枇杷田政府委員 御指摘のとおり、検察官につきましては宿直手当、超過勤務手当は支給されておりません。これは検察官の職務自体が早朝、深夜に及ぶという事柄がもともと予定されている仕事でもございますし、また先ほど裁判官について報酬という言葉で先生御意見を述べられましたけれども、検察官の場合は報酬という名前ではなくて俸給という言葉を使っております。しかしながら、検察官の仕事もいわば裁判官に準ずるような性質を持っておるというような意味で、時間に対する、何といいますか、対価というふうな観念よりは、その職務を全体として遂行するための対価として検察官の俸給というのは決める方がその職務からいってふさわしいであろうということから、宿直であるとか超過勤務手当に当たるようなものの要素は本俸といいますか俸給の中で評価をすることにして、一々の時間刻みによる手当の支給といったようなものはその反面しないということで、かような制度になっておるものと理解しております。
○飯田委員 政府の職員でありましても、自衛隊は特別職になっておるのではないでしょうか。これやはり夜も働くし、時間的な際限がないのでああなっておると思いますが、検察官の勤務状況と自衛隊員の勤務状況と比べてそれほど大きな差があるわけではないわけです。一方は特別職となっており、検察官は一般職だ。しかも、一般職になっておるために超過勤務手当ももらえないというのは平等の原則、公平の原則に反しませんか、いかがでしょうか。
○枇杷田政府委員 それは、同じ検察官の中でも一日八時間の勤務で帰られる人もあるでありましょうし、あるいは十時間、十一時間仕事をして帰る者もあるでありましょう。しかし、それでも同じ俸給であるという面で考えましたら、実質的な不公平があると言えばあるかもしれません。しかし、検察官の職務というのは、先ほど申し上げましたように時間的な面からとらえた対価というよりは、職務の遂行全体からとらえていく方が仕事に対する評価としては正しいであろうという考えでございます。したがいまして、検察官の内部でも、実質的な勤務時間に差がありましても俸給が同じて不合理だという意識は一つも持っておりませんし、またほかの自衛隊等の職員と——自衛隊の職員がどういう給与か私知りませんけれども、ほかのものと比べましても、先ほど申しましたように俸給の中でその事柄も評価されているというふうに考えておりますので、実質的な意味での不公平はないものと考えております。
○飯田委員 いまのお話ですと、それならば勤務状態は裁判官と余り変わらないのですね。一方、裁判官は特別職で検察官は特別職でない、これはどうしてこういう差別をされたのでしょうか。政府に属しておるかどうかというのはもう差別の理由にならない、政府に属するものでも特別職はあるのですから。いかがでしょうか。
○枇杷田政府委員 立法論としては特別職にするという考え方もあろうかと思います。しかし、国家公務員法の規定がたくさんございますが、その規定を原則的に適用さしてもおかしくないというのであれば一般職にしておいた上で、検察官の特殊なものを特別法で修正をしていくというやり方が法律のつくり方としては賢明なやり方ではないかと思います。自衛隊というようなことになりますと、これはもともと国家公務員法の諸規定をむしろ原則的には適用しにくいという面があるというところから特別職にされておるのではなかろうかと思いますので、観念的にはどちらでも——先生のおっしゃるとおり特別職にして悪いということはなかろうと思いますが、そうしますと反面、特別職でありながら一般公務員の公務員法の規定がいろいろ準用されていくというようなことが多くなってしまうわけでありますので、原則的に国家公務員法の規定の適用があっていいという面がある以上は、一般職で差し支えないというふうに考えます。
○飯田委員 国家公務員法の第二条の第三項の十三に「裁判官及びその他の裁判所職員」これは特別職とする、こうあります。裁判所の職員は特別職なんです。これは昭和二十六年法律第五十九号で追加して決めた規定であるわけであります。わざわざ裁判所の職員は特別職とした、しかも給与関係その他については一般職を準用する、こうなっていますね。それで検察官の場合は、一般職を準用することが多いからこれは特別職にはしないんだ。しかし裁判所の職員は、勤務形態は検察庁の職員と余り変わらないものだと思いますが、これがわざわざ特別職とされたのはどういうわけでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 裁判官及び裁判所の職員を特別職にした理由につきましては、先ほど申し上げたとおりでございますが、いわば内閣ないし人事院の傘下にない職員ということで特別職ということに決められたものと考えます。 〔横山委員長代理退席、山崎(武)委員長代理着席〕 ただ給与の面につきましては、裁判官につきましては先ほど来から申し上げているとおりでございますが、裁判所の一般職員につきましては、その勤務形態において一般の行政庁の職員とそう異なるところがないので一般職給与法を準用させていただいておる、特に書記官の職務の特殊性に応じて俸給額の調整をしていただいているというようなことと考えております。
○飯田委員 では、次の問題に移ります。 このたび裁判官の報酬等に関する法律の一部改正法律案、それから検察官の俸給等に関する法律の一部改正法律案、この二つだけお出しになった。そのほかの裁判所の職員とか検察庁の職員に対しては法案の提出がございません。それは全部一般職を準用するからそういうことになったのでしょうか。
○枇杷田政府委員 検察庁の検察官以外の職員は、これはもう最初から一般職の俸給表の適用を受けるものでございます。それから、裁判所の裁判官以外の職員につきましては、これは裁判所職員臨時措置法で一般公務員の給与法を準用するということになっておりますので、その規定を間におきまして、一般職の給与が改定されれば当然に上がるという形になるために、特に法案を出すということは必要ないわけでございます。
○飯田委員 国家公務員法という法律は、これは政府の職員でなければ適用してはいけないという基準がある。日本の国の国家公務員に対しては全部国家公務員法というものが適用になるような、そういう国家公務員法をつくることが間違いであるかどうか、あるいはそれが間違いでなければなぜそうなさらないのか、お尋ねいたします。
○橘政府委員 国家公務員法は、国家公務員の職を特別職と一般職に分かっているわけでございますが、公務員法の適用は一般職の職員だけに限っております。特別職には適用されておりません。それは国家公務員法が一般職の職員に何を期待しておるかということもあるわけでございますが、公務員法の内容といたしまして、一般職の職員に対しましては、いわゆる成績主義によって任用を行う、平たく申しますと試験で採用される、そして、採用いたしました職員につきましては、その占める官職の職務と責任に応じて処遇をしていく、そして、それを内閣のもとにおける中央人事行政機関が一元的に管理いたしまして、終身勤務するいわゆる職業公務員を育成し、保持していく、こういう法律でございますので、国家公務員の職といいましても必ずしも皆そういうものには適するかどうかわからない。中にはどうもまずいというものがございまして、そういうものは適用除外ということで特別職になっているわけでございます。
○飯田委員 国家公務員法は政府の役人にだけ適用するというふうに決める必要はないわけですね。これは裁判所の職員に国家公務員法を適用することも可能でしょう。国家公務員法というのは国の法律であって、政府の法律ではない。政府の法律なら政令です。これは国家が決めた法律ですから、裁判所の職員といえども一般職の国家公務員としていかないという理由はないのじゃないでしょうか。どうでしょうか。
○橘政府委員 特別職を設けましたそのいろいろな基準の中には、職によって異なるものがございますけれども、立法府と司法府につきましては三権分立の趣旨を確保するということで、裁判所の職員の方も、これは裁判官を直接補佐する立場におられるということから公務員法の適用を除外したものでございます。
○飯田委員 それでは結局、裁判所の職員は実質は一般職と同じ職務内容だけれども、三権分立の立場から特別職にしたにすぎないんだ、だから俸給表は一般職の俸給表を準用するんだ、こういう御趣旨でございますか。
○橘政府委員 給与の問題は、これはまた別でございますが、特別職とされております職員の職務の中に一般職の職務と非常に似た内容のものがあるということは御指摘のとおりでございます。
○飯田委員 それでは次に、裁判所のほかの職員の問題についてお尋ねをいたしたいと思います。 裁判官の報酬等に関する法律第十四条には、司法修習生の給与について定めております。司法修習生というのは裁判所の職員になっておるのか、それともそうでないのか、お尋ねいたします。
○勝見最高裁判所長官代理者 司法修習生は国家公務員ではございませんので、いわゆる裁判所職員の中には入らないと考えております。
○飯田委員 司法修習生は裁判所職員の中に入らない、こういう御答弁でございましたが、司法修習生の給与についてどういう根拠に基づいて支給されておるのでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 まず、裁判所法の六十七条二項に支給根拠規定がございます。「司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。」ということに相なっております。先ほど御指摘の裁判官の報酬等に関する法律第十四条でその関係を規定し、現在、最高裁判所規則でその額を定めることになっております。
○飯田委員 そうしますと、司法修習生というのは国家公務員ではない、国家公務員でないんだけれども、国家公務員でない者を国で訓練をいたしまして、訓練期間そういう人たちに給与を差し上げるんだ、こういうふうに承ったわけですが、そういう国家公務員ではない者に国の予算から給与を支給するということは、何か業務をしてくれたそのお礼としてならともかく、逆に月謝でももらわなければならぬところの状態の者に給与を支給する、これはどういうわけでしょう。
○勝見最高裁判所長官代理者 修習生に対する給与の意味は、御指摘のとおりいわば職務に対する反対給付という性質はないというふうに考えております。それならばなぜ国庫から給与の形で支給するかということになるわけでございますが、新しい憲法で司法の地位というものを非常にはっきり高く位置づけまして、その司法を担うべく育てられるべき司法修習生について、国庫からいわば補助の形で給与の形を持った金を支給して、よく勉強してほしい、そして将来の司法を担ってほしいという立法政策というふうに考えております。
○飯田委員 司法修習生につきまして、先ほど御引用になりました裁判所法ですが、その裁判所法の六十六条によりますと「司法修習生は、司法試験に合格した者の中から、最高裁判所がこれを命ずる。」こうなっております。最高裁判所が命じて司法修習生というものをつくり上げるのだ、こうなっておるのです。しかも、その「修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。」こうなってますね。こういう形ですと、どう見ましても国家公務員のように見えますが、国家公務員じゃないのでしょうか。
○勝見最高裁判所長官代理者 公務に従事する者でございませんので、いわば定義づけといたしましては、国家公務員の中には入らないというふうに言わざるを得ないと思います。
○飯田委員 政府が持っておりまする訓練機関というのは、いろいろな訓練機関がございます。自治省が持っておる訓練機関もあります、運輸省が持っておる訓練機関もありますが、訓練機関に収容された学生というものは勤務をしていない。勉強しているだけです。勉強も勤務とおっしゃればこれは別ですが、そうであるならば、司法修習生も勤務しておることになるわけですから。そうなりますと、政府の訓練機関に入れて勉強さしておる者につきまして、国家公務員でない者と国家公務員である者と出てくるようですが、これはどうしてそういうふうになるのでしょうか。たとえば、警察学校へ初任で入りますと、これは警察学校で訓練をしてくれます。しかも、これは月給をくれる。それから、海上保安大学校も同じくそうです。そのほかいろいろの研修機関でこういうものはあると思います。司法修習生も司法研修所ですか、ここで訓練をしてくれますね。司法研修所の所長さんがそうじゃありませんか、こういう問題はどうでしょう。
○勝見最高裁判所長官代理者 立法論といたしましては、司法修習生を一たん国家公務員として採用して、ほかの行政庁の職員の研修と同じような形で修習を行わせるということも可能であろうかと思います。しかし、新制度発足の際にいろいろ議論が闘わされたようでございますけれども、司法を担う者の一翼として弁護士というものがありますが、その弁護士はあくまでも民間人、在野法曹ということでございますので、司法修習生に国家公務員の身分を与えるべきでないという考え方から、恐らく国家公務員にしなかったのではなかろうかというふうに考えます。
○飯田委員 それでは、裁判官とか検察官を希望する者を司法修習生として訓練する場合は、国家公務員としてもいいのではないか。これから裁判官になる、検察官になる——ただ、弁護士を希望して、検察官とか裁判官にはなりたくないという意思表示をした人を国家公務員にするのは不都合でしょう。そういう二つに分けて、国庫から一定額の給与を支給するのが正しいのではないでしょうか。裁判官、検察官を希望する者は、司法修習生になったときから恩給計算上の始期が始まる、つまり計算が始まる。弁護士の場合それはありません。しかも、これから裁判官、検察官になる者に対して、弁護士になろうとする者と同じ給与を支給するというのはどうかと思われるわけです。むしろ優遇した給与を支給するのが正しいのではないかというふうに考えられますが、この点についてはいかがでしょう。
○勝見最高裁判所長官代理者 お尋ねの御趣旨は、いわゆる言われております分離修習をおっしゃっているのではないかと思います。御承知かと存じますが、戦前は判事、検事になる者につきましては試補制度というのがございました。一方、弁護士につきましては弁護士試補という制度があったわけでございます。しかし、戦後司法の地位が高まりまして、その司法を担っていく裁判官、検察官、弁護士の養成は一緒にやるべきである、一つが不十分であっても司法の健全な運営は望めないということから、本来、法曹は一体であり、一元であるべきであるという考え方から、現在の司法修習制度が始まったものというふうに考えております。したがいまして、修習生になりました時点におきまして、裁判官になるか検察官になるか弁護士になるか必ずしも確定しておりません。その希望先によってその待遇を変えるということも、立法論としては考え得るところかと存じますけれども、いま申し上げましたように任命当初は志望も確定しておりませんので、先ほど申し上げました法曹一元理念から、一律に給与という形で国庫から支給をしているというふうに御理解をいただければと存じます。
○飯田委員 ただいま、司法修習生制度をつくった意味合いは、法曹一元という問題を重視するからだというお話でございました。それでお尋ねいたしますが、法曹一元ということをよく言われるのですけれども、一元の元というのは一体何を意味するのでしょうか。法曹というものは一元だとおっしゃるのですが、一体何を一つにするかお尋ねいたします。これは司法修習制度だけの問題でしょうか。
○枇杷田政府委員 法曹一元の制度というのが戦後ずっと今日まで議論の対象になっておるわけでございますが、その内容につきましては必ずしも確定したものはございません。ただ、最大公約数的に申し上げますと、法曹一元の制度というのは、裁判官は、弁護士資格を有する裁判官以外の職務をした者の中から任命するのを原則とする制度だというふうに考えられておるわけであります。したがいまして、一元という元は、要するに法曹三者、裁判官、検察官、弁護士の法曹三者が、いわば裁判官になったり検察官になったり、あるいは弁護士になったりする、どれにでもなれる、一本のものなんだという意味での一元という言葉ではなかろうかと思っております。
○飯田委員 そうしますと、裁判官とか検察官とか弁護士が、交互にいつでも好きなときにどれにもなれるのだということになりますと、検察官とか弁護士とか裁判官の基盤というものは一つのものであって、分かれておるのはただ表面上の枝葉だけが分かれている、このようにとれるのですが、そう解釈するのでしょうか。
○枇杷田政府委員 法曹一元の制度をとれという論者の立場からすればそういう考え方に相なろうかと思います。ただ、弁護士になる資格、検察官になる資格、裁判官になる資格は、原則的に司法修習生の修習を終了した者という意味では全部一本でございますけれども、現状では、先ほど申し上げましたような意味で、裁判官というものは弁護士等の職務をした者の中から選んでいくという意味では一本というわけではございませんで、修習生を終えた者が判事補になり判事になっていくというケースの方がむしろ多いわけでございまして、実情から申しますと、先生がいまおっしゃったように、ただ枝葉の問題だけという状況とは少し違う感じがいたしております。
○飯田委員 よく戦前の制度についてお話を聞くわけですが、戦前は裁判所が一番偉くて、検察官はそれにくっついておって、それから弁護士は裁判所、検察官の両方からやられた、こういう制度であったということですが、それはもう明らかに一つのものなんだ、裁判所、検察官、弁護士は一つの国家機関としての内部機構のようなものになっているわけですね。しかし、そういう制度では裁判の公平が期されないので、したがいまして、裁判所と検察庁、弁護士というものははっきり区別して、別個の機関にするという制度が新憲法下において確立された制度であると私どもは聞いておりますが、特に戦前のいわゆる法曹一元の悪い面を持ったそういう制度を改革して、今日の明確に三者を区別する制度をつくった、それを再びまたもとに返そうという考え方、またもとの法曹一元で三つのものは同じなんだ、こうしてしまおうという考え方、復古主義、そういうことに対して世間の人は疑問を感じておると思うのです。つまり、よく私どもが田舎の方へ参りまして聞くことは、裁判に対する不信、それは何かといいますと、裁判というのは結局検察官も裁判所も弁護士も同じ穴のムジナで、これは適当に相談してやっているのじゃないか、だからわれわれは満足いく裁判が受けられない、こういう不平を聞くわけです。こういう不平が出てくるということは、実はそうしたものではなくて、実際はまじめに裁判がなされ、検察官も弁護士もまじめになされておるのだけれども、これがお互い相談をして、行き来して裁判を行うというふうに一般の人に思われるようなことが多い、そこからくる庶民あるいは国民のそうした国家機関に対する不信感があるのではないか。つまり、庶民あるいは国民は、そうした裁判所、検察官、弁護士というこの階層というのは、ひっくるめて国民に対する司法的支配の道具にすぎない、こういうような疑いを持っておるということをよく聞くのであります。 こういう疑いが生ずるのは、私は余り道理がないと思いますけれども、そういう疑いが生ずること自体について、どのようにお考えでしょうか。お尋ねいたします。
○枇杷田政府委員 私、いまの先生のお言葉を聞き違えたかもしれませんが、戦前はむしろ判事、検事が一つのグループで、いわゆる在野と言われております弁護士との間に、いわばみぞがあるといいますか別物だというのが、戦後むしろそれが一つの司法研修所というところで二年間の修習をすることによって、同じかまの飯を食うといいますか、お互いにお互いを理解し合うようになる、またその修習のやり方も、志望のいかんを問わず、裁判所、検察庁、弁護士会というところを実務修習で回って、三者の仕事の実態というものを理解するということになってきておりまして、しかももとが同じであるということから、偉いという言葉が出ましたけれども、人間的な偉さは別といたしまして、何といいますか、そういう意味での偉いとか偉くないとかいうことはない状態にする、ただ、職責の上では裁判官は裁判官、検察官は検察官、弁護士は弁護士としての職責として大いなる自覚を持ってやるということに徹しようということで現在きておるわけであります。 〔山崎(武)委員長代理退席、保岡委員長代理着席〕 ただ、先生御指摘のように、あるいは外から見ますと、いわば法廷を一歩出ますと友人関係にあるというふうなこともそれはないわけではないのでありまして、そういうようなところから、悪い言葉で申しますと、いわばみんなでぐるになって適当に裁判をやっているのじゃなかろうかというふうな誤解を招くというようなことが、私はないと思いますけれども、そういうふうに思われる方が万が一にもあろうかと思います。しかしながら、私の承知している限りでは、いかに親しい友人同士でありましても、いざ法廷に立って判事、検事、弁護士という立場になりますと、これはもう友人関係を離れて、まさにその職責に徹して堂堂と論争すべきところは論争するというふうなことでやっているものと信じております。別にいまのような制度だからといって、先生の御心配になるようなことは、客観的には存在しないものと確信いたしております。
○飯田委員 法曹一元化ということは、私も大変理想的な問題だと考えております。が、ただここで、そういう法曹一元化ということを今日なぜ声高く叫ばねばならぬのか、また、法曹一元化をいま声高く叫んで実現するように運動しなければならないそういう必要性があるのか、あるとすれば一体それは何だろうかということについてお尋ねをいたしたいのであります。
○枇杷田政府委員 法曹一元の制度は、外国の例といたしましてはイギリスとかアメリカとかで行われておるわけでございまして、戦後英米法的な考え方がわが国に入ってまいりましたときに、そのような制度を日本でも考えるべきじゃないかというふうな声が高まってまいったわけであります。その日本の現状に照らして、法曹一元化をすべきであるということを主張する立場の方々は、結局、裁判官は法律だけではなくて、いろいろな社会の動きというものから、いわば人情の機微というものも十分にわかり、また当事者の苦労というものもわかった上で裁判をするのが一番いい裁判を生み出すゆえんである、それを職業裁判官と申しますか、学校を出てからすぐ修習生になり、そのまま裁判所に入って判事補、判事という経歴をたどっていく場合には、なるほど法律学はできるかもしれないけれども、いま言ったような人情の機微であるとかあるいは当事者の苦労であるとか、そういったものまでよく考えた裁判というものができなくなるのじゃないか、また、そういうことのために裁判所というのが国民の中からだんだん離れていくというふうな結果をもたらすのではないか、そういうことを除去するためには、先ほど申し上げましたように、裁判官というのは弁護士等の職務を経た者の中から任用していくことがいいのだ、そういう意味で法曹一元化を推進すべきだという論になるわけでございます。 それに対しまして、それも一つはそうかもしれないけれども、しかし、一概にいまの裁判官がそれじゃ弁護士の経験をしていないからといって、結果的に実情に合わない裁判をしているとは言えないじゃないかというふうなこととか、また、法曹一元というものを実施していくためにはいろんな条件が成就しなければ実現は困難であるというふうなことで、一元化反対論あるいは尚早論というものがあるわけでございまして、先生も御承知だろうと思いますが、昭和三十七年に臨時司法制度調査会というものが設けられまして、そこで主として法曹一元の問題が議論されたわけでございます。その中でも、結局、一つの理想としては、考えられる望ましい制度とも言えるかもしれないけれども、わが国においてそれを実施するには、いろいろな意味での条件が整っていないという意味で一元化はやるべきでない、ただ、法曹一元を主張する論旨にも理由があるので、現行制度の中でもそういうことを考えながら運用でやっていくべきであろうというふうな結論に達しておるわけでございます。
○飯田委員 ただいまのお話でいきますと、法曹一元化というものは、結局、最初司法修習を終わったら弁護士にして、それから弁護士を一定期間やってから判検事に登用すれば一番理想的にいくのではないか、そういう考えであるというお話でございました。そこで、そういうことを現在行い得るかどうか、行った場合どういう現象が生ずるかをお尋ねいたします。
○枇杷田政府委員 現在直ちに法曹一元をやるという条件は熟していないというふうに私ども考えておるわけでございます。 これは、ただいま申し上げました臨時司法制度調査会においても指摘されたところでございますけれども、そのような制度が実施されるための条件としては、一つには、法曹人口がもっと多くなければやれないだろう、ことに現在のように弁護士の地域的分布が偏っておるというところでは、地方の裁判所の判事になるために弁護士から任用していくということは実際上行き詰まってしまうのじゃないか、そういう弁護士の地方分布の是正という問題もできてこなければいけないだろう。それからまた、弁護士さんで長年事務所を経営しておられたわけでありますから、したがって、それが裁判官になってもいいように、いわば給与の面でも裁判官の給与が飛躍的に考えられなければならないし、また同時に、何年かして事務所に戻ってきたときにも困らないように弁護士の事務所の形態、共同化というようなものができていないと、実際問題として弁護士から裁判官になる人はいないんじゃないか。 それからもう一つ、弁護士さんに対する国民の信頼度合いというものがもっと高まる、そして、このような弁護士さんの中から裁判官が選ばれていくのならば非常にいいことだというふうな国民的な、何といいますか、賛成的な空気というものが盛り上がってこなければいけないんじゃないか。現に弁護士さんに信頼性が客観的にないというわけではございませんけれども、国民側の方でそのように思うというふうな信頼性が根差していかなければいけないんじゃないかといったようないろいろなことが、臨時司法制度調査会においても指摘されておるわけでございます。 その他にもいろいろございますが、そういったような条件は確かに必要であろうと思うのでありますけれども、まだわが国においては必ずしもそういうものは十分にできておらないわけでございます。したがって、私どもとしては、現在その一元化の問題に取り組むべき時期には来ていないというふうに考えておる次第でございます。
○飯田委員 法曹一元化は理想ではあるけれども、実はこれは、実際に行うためには非常な障害が多くて不可能に近いほど困難だというふうにお伺いしたわけですが、そこで、その一番の根本は給与関係にあるようにお聞きしました。 給与関係が根本であるということになりますと、裁判官あるいは検察官の給与というものに対しては相当深い考慮が払われなければならぬ問題であろうと思います。それを一般的な一般職の方にならってやられるという考え方、思想、これについては私は非常に疑問に思うわけです。しかし、きょうは時間がありませんので、これぐらいにしまして、次の問題に移ります。 調停委員というのがございます。民事調停委員ですが、民事調停委員というのは非常勤の公務員である、その任免権は最高裁にある、こういうふうになっておりまして、法定の手当とか旅費とか日当、宿泊料を支給することになっております。こういう人たちに対する手当等につきましては、このたびは増額なり減額なりの御考慮はなされていないのでしょうか。
○西山最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。 飯田先生の御指摘のように、調停委員は非常勤の裁判所の職員でありますので、手当が支給されるということになっております。それと、旅費、日当及び宿泊料も支給されるということになっておるわけでありますが、手当の関係につきましては、裁判所職員臨時措置法によって準用されます一般職の職員の給与に関する法律、これが適用されることになるものですから、その非常勤職員の給与を定める規定に基づく手当が支給されるということになっております。その額の範囲内で、五十三年の四月一日からは、一万一百円というのが現行の手当として支給されております。これは、先ほど申し上げました一般職の給与法の二十二条一項にあります「一万九千六百円を超えない範囲内において、各庁の長が人事院の承認を得て手当を支給することができる。」という規定に基づきまして、その範囲内で支給されておるわけであります。したがいまして、その一万九千六百円という一般職の給与法の規定は今回も改正されるかどうかということになりますが、指定職の給与改定が見送られているという関係で、あるいはその額自体は変わらないということになるかもしれません。 それから旅費、日当、宿泊料の関係につきましては、旅費法の改正に伴う同じような改正が行われるということになっております。
○飯田委員 では、次に移ります。 執行官についてお尋ねをいたしますが、執行官は現在裁判所の職員とされております。がしかし、給与は支給されていないわけです。執行官の仕事というのは、刑事で言うならば行刑に当たるような問題、裁判所の判決を執行したりあるいはそのほかの事務をやるものですから、こういう人たちは明らかに一般職の公務員なり、あるいは裁判所の職員ですから特別職であろうと思います。そういうものとして存在すると思いますが、本質的には、その行われる仕事の内容からいきますと、法務省の管理下に置かれる一般職公務員とするのが正しいのではないでしょうか。この点についてお伺いいたします。
○枇杷田政府委員 確かに判決の内容を執行するという面におきましては行刑と比較し得る余地はあろうかと思います。しかし刑事の場合には、もともと刑の執行といいますのは国家の刑罰権の実行でございまして、これはまさに国そのものの仕事でございます。したがって国、まあ政府が、内閣でそのことについてやるということが筋道になるわけでございますけれども、民事の関係につきましては、本来が私人間の権利関係の問題でございますので、その実現そのものもやはり私人間の問題に本質的には帰着するわけであります。ただし、判決の内容、判決その他の債務名義でございますけれども、そういうものを実現するときに、やはり自力救済的に行われたのでは、これまた秩序を乱すことになりますので、いわばそういう面で私人の後ろ盾といいますか、法秩序を守るというふうな面で裁判所がこれに関与していくというのがわが国の制度でございます。また諸外国もいずれもそのとおりでございます。したがいまして、その民事におきます強制執行というのは裁判所が執行するというたてまえになっております。執行官が動産執行などはみずから執行機関としてやることはありますけれども、それでもやはり、いわばその不服についての裁判というようなものは執行裁判所が行うことになっておりますし、全体として執行官は、そういう執行の裁判所の補助機関といいますか、その一部といいますか、そういう形で現在の強制執行法その他の法律ができ上がっておるわけでございます。 そういう面から申しましても、またその仕事自体の性質からいって、監督すべきものはやはり裁判所がやるのが適当だということで、執行官は裁判所の職員ということにされておるわけでありまして、それは民事と刑事との性質の違いからくるものだというふうに理解しております。
○飯田委員 私がこの質問を申しましたのは、一っには、執行官がもし一般職になし得るものなら一般職の俸給表で俸給を支払ったらいいし、特別職であるならば特別職に対する給与をするのが当然ではないか。民間の民事問題を扱うから、そういう扱う公務員に対しては給与を支給しないという原則は、国家公務員ですから、やはり疑問があるのではないか。それがその仕事の内容によって、国家公務員が給与を受けないというのは問題ではないだろうか、こう考えますので、私は御質問を申し上げた次第です。 執行官について現在手数料制度をとっておりますが、この手数料制度をやめて俸給制度、給与制度になさる御意思はないかどうか、もしないなら、何ゆえそういうことをする御意思がないのか、御説明をいただきたいと思います。
○枇杷田政府委員 ただいまも申し上げましたように、執行官は、法務省の職員にすることは適当でないので裁判所の職員であるのが相当だというふうに申し上げましたが、それは給与とはまた別の問題でございまして、執行官が受けるべき給与といいますか、収入といいますか、そういうもののあり方が現在の手数料制でいいかどうかということはまた別個の問題になるわけでございます。 御指摘のとおり国家公務員であって、公務を執行しておるのに手数料制というのはおかしいのであって、俸給制にすべきではないかということはかねがね議論もされておりますし、当委員会におきましても御指摘を受け、また、かつて附帯決議の内容になったこともあるわけでございます。確かに筋論から申しますと、執行官が公務員である以上、俸給制であるということが一番形がいいということは私どももそのとおりだと考えております。ただ、これを手数料制から俸給制に切りかえます場合に、かなり実際上の克服しなければならない問題があるように思っております。 その一つは、執行官の仕事というものは、御承知のとおり、どちらかというといやな面がある仕事でございます。そういう仕事について執行官が誠意を持って大いに仕事をしておるということの中には、やはり収入面で、自分が一生懸命仕事をすればそれに見合った収入があるという形になっておることが一つの魅力といいますか、支にえなっておるということも否めない事実でございます。したがいまして、俸給制ということになりますと、現在のように早朝あるいは深夜に及ぶような執行ということもあえてしなくなる、というと語弊がありますけれども、勤務形態がはっきりしてまいりますとなかなかむずかしくなるというような面から、かえって執行関係に当たる必要人員がふえていくという傾向にもなるでございましょうし、また、そういうことはないのかもしれませんけれども、いやな仕事については、どちらかといえば避けたがるというふうなことになってはいけないという心配もございます。 それからまた、現在の執行官の収入というのは、これは細かな数字は私承知いたしておりませんけれども、ところによっては少ないようでありますけれども、一般職の給与から比べますとわりかたいい収入を得ている人もかなりあるようであります。それを俸給制に切りかえるということになりますと、実質的な収入がダウンするというふうなことにもなりかねない面もございます。したがいまして、現実問題として、形としては俸給制がいいのだけれども、手数料制であった方がむしろいいという希望の現実の執行官もかなりおられるように聞いておりますので、そういうふうな問題を考えながら、一部俸給制、一部歩合制といいますか、そういったような折衷説も考えられるのではないかというふうな議論も一部には出ているわけでございまして、そういう実情をいろいろ総合しながら、俸給制への切りかえ問題を検討してまいりたいと思っておるところでございます。
○飯田委員 時間が来ましたので急ぎますが、これについては補助金制度をとっていますね。補助金というものは執行官法の二十一条で、手数料が政令で定める額に達しない場合には支払う、こうなっておりますが、もしこの執行官というものが裁判所の職員であって裁判所の事務を行うというのであるなら、それは司法事務処理ではないか。司法事務処理に関する事項に関しては政令で決めるのではなくて、最高裁判所規則で定めるということに憲法ではなっておりますが、それをなぜ政令で決めたのでしょうか、お尋ねします。
○枇杷田政府委員 執行官の国庫補助金の基準を決めるのを最高裁判所規則で定めたらどうかというお話でございますが、立法論としては別に最高裁判所規則で定めることがいけないというわけで政令にいたしておるわけではございません。ただ、国庫補助金の問題でございますので、結局国の財政からの支出をどうするかという問題になります。したがいまして、そういう財政的な責任を持つ政府がその基準を決めるのが適当であろうということで政令という形になっておるものと承知いたしておるわけでございます。 ただし、内容は非常に裁判所の司法行政に近い面を持っておるところでございますので、実際の形は政令でございますけれども、いざその政令の内容を決めるときには最高裁判所と十分協議をいたしまして、最高裁判所の意見を尊重して政令の内容を定めておるという実情でございます。
○飯田委員 私は実は、時間が来てしまったのですが、保護司について五分間ぐらい質問してもいいでしょうか、お許し願えましょうか。
○保岡委員長代理 はい。
○飯田委員 それでは次に、保護司の給与についてお尋ねをいたします。 保護司は、保護司の使命からいいまして国家公務員の資格を有するものと思われるわけですが、これはそのように政府では理解しておられるのかどうかお尋ねをいたします。 それから、もう時間がないからついでに言いますが、保護司には給与を支給しない、こうなっております。なぜ国の仕事をやる者に給与を支給しないのか。しかも実際には、支給されておりますのは指導実費というのが出されておるようです。指導実費と実施研修費、こう出ております。ところが実際問題としまして、保護司会というのがございまして、その保護司会が一括して受け取って個々の保護司に渡しておるようです。したがいまして、保護司会で全部取ってしまって一・四半期分だけを各保護司に配付しておるというのが実例のようでございます。しかも、この指導実費というのは、指導する刑余者を担当しておる人にだけ支払われるわけですが、それを一括して保護司会が集めまして、これを保護司会の費用にしており、あるいは慰安旅行費に使っておるということになっておりますので、実際に指導実費を受ける、人たちの間で不平があるように聞いております。こういう問題につきましていまどのように御指導なさっておるのかお伺いをいたしたいわけです。 しかも、保護司会は任意団体でありますけれども、保護司は強制加入をしなければならないというように決められておるということを聞いておりますが、これにつきましても、実態はどうかお尋ねをするわけでございます。 この保護司に関する問題につきましてお答えをいただきまして、私の質問を終わります。
○稲田(克)政府委員 保護司は御指摘のように非常勤の一般職公務員でございますが、保護司法十一条一項の規定によりまして給与は支給されておりません。このように規定されております根拠といたしましては、何と申しましても保護司の職務というものがやはり社会奉仕の精神に基づくものである、奉仕の精神が非常に強いウエートを持っておるというふうな観点から、このように給与の支給というものをしないというふうに法が規定したものというふうに理解いたしておるわけでございます。 ただいま実費弁償金の点について御指摘がございました。これは御指摘のとおり、補導費あるいは環境調整費、犯罪予防活動協力費、あるいは研修に出席した際の実費とか保護観察所等へ出頭いたしました際の実費の弁償をいたしておるわけでございまして、このような実費弁償というものを充実することによりまして、保護司に無用の費用の負担を強いることのないように今後とも努力していきたいというふうに考えておるわけでございます。 この実費弁償金なるものが個々の保護司に渡らないで、各地区の保護司会が一括これを受領し、保護司会の経費に充当されているのではないかという御指摘でございますが、この点につきましては、私どもとしましては、この実費弁償金なるものは個々の保護司に現実に支給されまして、それから領収証を徴しておるわけでございます。ただ、保護司会によりましては、その中から保護司会の会費あるいは寄付金といったような名義のもとに保護司会へ拠出させているような実情があるやに伺っております。しかし、これも保護司会と個々の保護司との間の自主的な協力関係といいますか、あるいは保護司の承諾のもとになされておるものというふうに理解いたしておるわけでございますが、もしこれが強制にわたるようなことがありますとすれば、われわれとしましてもそのようなことのないように指導に努めたいというふうに考えます。 最後の、保護司会は強制加入じゃないかという点でございますが、これは任意団体でございますし、強制加入ということはないのでございまして、現実にはほとんどの保護司が保護司会に入会いたしておりますが、入会していない人も、これはごく一部でございますが、あるやに聞いております。
○飯田委員 最後に、実はきょうは大臣の御意見を承りたいことがたくさんあったのですが、時間の都合で追われましてできませんでした。まことに残念ですが、法曹一元の問題、それから裁判官の給与を減額することがいいかどうかという問題、こういう問題について大臣の御所見を承りたいと思います。
○瀬戸山国務大臣 後でおっしゃった裁判官の報酬の減額、こういうふうには、しばしばここで応答がありますけれども、考えておらないわけでございます。これは、裁判の独立を維持するためにああいう憲法の規定があると思いますが、今回の〇・一のいわゆる期末手当の削減、これはそういうものに入っておらない趣旨だと解して処置をいたしております。 それから法曹一元の問題ですが、先ほど来いろいろ御議論がありましたが、これは理想といたしますと、そうあればいいのだろうと私も考えておりますが、私もさきの臨時司法制度調査会にも出ておったのですけれども、なかなか現実問題としては行われ得ないというのが現状でございます。そういうことを実現するということは、具体的にはなかなかむずかしい問題だ、かように考えております。
○飯田委員 これで終わります。
○保岡委員長代理 山花貞夫君。
○山花委員 私は、最近そのことが計画されている五日市簡易裁判所の事務移転の問題についてお伺いいたします。ただ、簡裁問題というのは、今日の裁判制度の中における簡易裁判所の果たす役割りあるいは機能というところと大変深くかかわっていると思いますので、最近の国会の議論の中に出てまいりました関連について事前に一つお伺いしてから、五日市の簡裁問題について質問をさしていただきたいと思います。 ついせんだっての予算委員会におきまして、最近話題となっておりますいわゆるサラ金問題について法務省の見解が明らかにされました。この問題については、きょうの朝刊におきましても、警視庁が十二日までにまとめました貸金業をめぐる実態調査の中で、八カ月間に自殺者が百三十人、家出人が千五百二人、また内容の重視すべき点としては、暴力団が関係した貸金業が三千五百四十六社ある、こういう報告が報道されているところでもありますので、法務省の側でこの問題について態度の表明があったということについては、私どもとしてはそのことの実効性ということに期待ができるならば敬意を表する次第であります。 まず初めに、この問題についていかなる方式をもって対応しようとされているのかということについてお伺いしておきたいと思います。
○香川政府委員 お尋ねの御趣旨は、サラ金の問題に関連しまして支払い命令の制度のPRのことだと承ったわけでございますが、この前予算委員会におきまして、サラ金の関係で交通事件における例の切符制のような簡易な制度が設けられないだろうかというふうな御趣旨の御質問がございましたのに対して、すでに支払い命令という制度がございますということを申し上げまして、裁判の性質上、令状の簡素化したと申しますかそういうものは、ちょっといまのところつくりようがないように思います、こういう答弁を申し上げたわけでございまして、サラ金の問題に関連しまして支払い命令の制度がどの程度活用されておるか、あるいはまた活用し得るものであるか、この辺のところは必ずしも見通しを持っておるわけでございませんけれども、相手方が異議がない場合に、きわめて簡易、迅速な支払い命令の制度があるわけでございますから、一般的にそういういい制度があるということを何らかの形でPRする必要はあろうというふうにいま考えておるわけでございます。 〔保岡委員長代理退席、羽田野委員長代理着席〕 はなはだ怠慢のそしりは免れないかもしれませんけれども、具体的にどういうふうにすればPRができるか、ただいまのところいろいろ考慮中でございまして、ここで具体策を申し述べることができないのは申しわけないと存じます。
○山花委員 いまのお答えの中にもあったわけですけれども、具体的に役立つかということについて考えてみるならば、過日の予算委員会における局長の答弁の内容を検討いたしましても、実際に利用できるかどうかということについてはこれはむずかしいんじゃなかろうか、実はそういう気がしてならないわけであります。ただ、法務省がせんだって御説明されましたとおり、弁護士なしだってできるのだ、口頭でも申し立てすることができるのだ、この問題を通じて救済に少しでも役立ちたい、したがってPRもこれからやってまいりたいと、きわめて具体性を持ったような見解としてお話が出たものですから、一般的にこれに関した報道を読んだ現実に被害に遭った人たちは、ここに期待するというところが出てくるのではないだろうか。私は、そういう意味では、具体的な問題について全く無視されて、実効性を無視されて局長がお話しになったものとは思えないわけですけれども、その点は一体どのようにお考えでしょうか。
○香川政府委員 確かに法律手続的には一般の訴訟と違いまして口頭による申し立ても認められているわけであります。その限りはきわめて簡便という感じがするわけでございますけれども、さてしかし、実際問題といたしまして、いわばサラ金の被害者がかくかくしかじかでございますということを口頭で申し立てることが果たしてできるであろうか。これは御承知のように、サラ金の問題でも一番ややこしいのは利息計算と申しますか、最高裁の判例の言われるように、どの程度、幾らの額が元本に組み入れられてきたことになるのかというふうな問題も、実際問題としましてはなかなか計算がめんどうだろうと思うのです。しかも、実態から申しますと、領収証もしっかりと取っておるというふうなことでもない場合もあるようでございまして、そうなりますと、口頭で自分の返還請求をする債権がこれだけあるのだということを根拠づけて申し立てるということは、なかなか容易でないことだろうと思うのであります。 そういう面を何とかお役に立つようなことを考えるといたしますと、たとえばいろいろの計算方式をわかりやすくしたものを裁判所の窓口に備えるとかいうふうなことも必要になってまいるわけでありまして、これもしかしなかなか容易でないことだと思うのであります。しかも、弁護士なしにできると申しましても、現在簡易裁判所の窓口にはそういった制度をPRするためのパンフレットと申しますか書類と申しますか、手続のそういうことがわかるようなものを備えておいていただいているわけでございますけれども、率直に申し上げまして、裁判所というところはなかなか近寄りがたいと言っては言い過ぎかもしれませんけれども、そういった書類を手にすることもなかなか簡単にはまいりませんし、とにかく行けば簡単に手に入るのですけれども、行くこと自身をちゅうちょされる面もあろうかと思います。また、弁護士さんのところへ相談に参られれば、それは弁護士さんとしては的確な判断をされると思いますけれども、そうなれば弁護士報酬の問題もございますし、それやこれや考えますと、結局は一般の国民が裁判制度を利用する場合のいろいろの面の手当てということになってくるだろうと思うのであります。 だから、単に利息制限法がこうであって、したがってこういう場合にはこういう返還請求ができることに法律上はなるのだということだけPRいたしましても隔靴掻痒の感があるわけでございまして、その辺、手続面も含めて——しかも計算が、相談すれば、あるいは口頭の申し立ての際に資料として出せばわかりやすくなるようなそういうたとえば受取証を取るということも現実にはうまくいっていないようでございますので、いろいろの周辺を考えますと、法律手続的には簡便な制度にはなっておりますけれども、これを活用することは相当むずかしいことであり、PRの方法もなかなか容易でないというふうに認識しておるわけでございます。
○山花委員 PRの問題はありましたけれども、具体的にこういうことを計画している、相談している、こういうことはありますか。いまそういうものは全くない状態でしょうか。いかがでしょうか。
○香川政府委員 まことに申しわけないことでございますが、全く考えあぐんでいるところでございまして、具体的な案をまだ素案的にも詰めてはおりません。
○山花委員 実はいまのお答えからきまして、私はこの種問題についてそれぞれの立場から対策を出すことが求められているという現状だと思いますが、あちこちでアドバルーンを上げましていわば政治の無策を糊塗する宣伝であってはならないということだと思います。実は今度の問題につきましても、きょうの局長のお話の中では、なかなか大変むずかしいという趣旨のお話があったわけでありますけれども、従来のお話ですと、たとえば口頭で申し立てすることができる、弁護士抜きでもできるんだ、これについてPR、こういうお話があったわけでありますけれども、実態から考えまして、口頭で簡裁が事件を受け付けるということは事実上全く不可能ではないでしょうか。確かに法律の条文を読んでみますと、口頭でもできるというたてまえにはなっておりますけれども、今日の職員の配置、窓口の実情から見て、これはまず一〇〇%不可能ではないかと私は考えます。 実は質問に先立ちまして幾つかの簡裁の窓口に問い合わせをしてみました。現実にたとえばこの一年間口頭で裁判所の窓口の事件係が受け付けているというようなケースがあるかないか、もしあるとするならば、一体それは今後も可能であるか、特にサラ金問題についてPRするということになりますと、多くの被害者がいらっしゃいますから、ここにもし何人かあるいはたくさん押しかけてくるような場合があったならば、事務機能が一体どうなるかということについて実際に私も問い合わせをいたしましたし、あるいは幾つかの代表的な簡裁事件係については調査をして、その結果についても伺いましたけれども、現実については口頭受け付けというのはほとんどないのではないでしょうか。きわめて例外的にあるといたしましても職員が暇な時期、三十分なり一時間なり二時間なり、聞いて書き取る例が皆無ということではないようでありますけれども、現実にはほとんどないというのが実情ではないでしょうか。そして、もし局長のおっしゃったとおり、仮に何らかの形でPRをいたしまして、そこにこの相談者がやってきたということになれば、いまの事務処理の実態から申しますと、ほとんど処理が不可能になるということになるのではないでしょうか。 そういった観点から、こうした問題について法務省が救済のために努力をしたい、何かやらなければならない、こういう方法があるということについてぜひ御検討をいただけるならば御検討いただきたいと思いますけれども、従来のこのお話だけではとても無理ではないかという気がいたしますけれども、その点いかがでしょうか。
○香川政府委員 簡裁における口頭受理が非常に少ないということは私も聞き及んでおりますが、これはやはりPRが足りないせいもございましょうけれども、なかなか口頭で裁判所に対して理路整然と法律的に整序された言葉で言うということは実際はむずかしいことでございますから、その辺のところも少なくしておる理由の一つだろうと思うのであります。ただ、簡易裁判所は全国に相当数ございますけれども、小規模のものが相当あるわけでございまして、これは私の方から申し上げることではありませんけれども、やはりある一定の大きさの規模を持った簡裁でないと、おっしゃるとおり、少人数の簡裁では、どっと押しかけてこられたらどうしようもないということになることは明らかだと思うわけでありまして、そういうことから、先ほど初めに出ておりましたような小規模の簡裁の統合ということも裁判所として考えておられるんだろうと私は理解いたしております。
○山花委員 時間の関係がありますので五日市簡裁問題に入りたいと思いますけれども、ただこの問題については、PRその他ということについてもすでにおっしゃっておりますので、もし計画を具体的にお進めになるということであれば、そうした事務量の実態についても十分把握されまして計画についてはお立ていただきたい、このことをひとつ要望しておきたいと思います。 次に、五日市簡裁の問題ですけれども、実は五日市簡裁について事務移転が行われる、こういうことが計画として進んでおるようであります。実はこの問題について、五日市の簡裁ということになりますと、四カ市町村がその管轄ということになるわけですけれども、従来の裁判所のこれまでの経過、いきさつにつきまして、これは何かだまし討ちに遭って裁判所を取り上げられてしまうのではないか、こういう地元の受けとめ方が強いというように伺っています。実は私も若干の資料を拝見したりした経過の中で、確かにそうした主張についてももっともであるというようにも考えられるわけですが、まずこの経過について御説明をいただきたいと思います。
○大西最高裁判所長官代理者 五日市簡易裁判所の事務移転、進行中ということになるのかもしれませんが、一応事務移転といたしましては東京地方裁判所の裁判官会議におきましてすでに九月の初めに決定しておりまして、ただ施行日が十月十六日から、もう数日後に来ておるわけでございますが、十月十六日から施行ということに相なっておるわけでございます。 いま、だまし討ちに遭ったというような声があるというふうなお話がございましたが、どの点がだまし討ちか、どうもよくわからない面がございますが、東京地方裁判所といたしましては、六月から七月にかけまして八王子支部長等を中心といたしまして管内の市町村その他関係機関にも御説明に上がり、御説明もいたしました上で、その案を裁判官会議にかけて決定をした、こういう経緯であるというふうに報告を受けております。
○山花委員 今回の簡裁事務移転の法律的な根拠はどうなるでしょうか、その点、一言お答えください。
○大西最高裁判所長官代理者 裁判所法三十八条によりますと「簡易裁判所において特別の事情によりその事務を取り扱うことができないときは、その所在地を管轄する地方裁判所は、その管轄区域内の他の簡易裁判所に当該簡易裁判所の事務の全部又は一部を取り扱わせることができる。」こういう規定がございます。この規定に基づきまして、管轄地方裁判所であります東京地方裁判所が、五日市簡易裁判所について特別の事情があるというふうに認定して、先ほど申し上げましたような裁判官会議によって事務移転を決定したものでございます。
○山花委員 いまおっしゃった特別の事情の中身は何でしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 五日市簡易裁判所について申し上げますならば、庁舎が腐朽しまして使用に非常に困難をしておる、早急に改築の見通しが立たないということが特別の事情でございます。
○山花委員 実はその理由と関連するところでありますけれども、地元に対する了解の工作と申しましょうか、言葉の適否はさておきまして、そうした経過の中で、実はこういう文書が地元市町村に配布されたわけであります。表題は「五日市簡易裁判所の事務移転について」、日付は「五十三年七月十日」、名義は「東京地方裁判所八王子支部」 一 五日市簡易裁判所の庁舎は、開庁以来すでに三十年を経過して老朽化が著しく、使用上不便を来たしているため、かねてより上級庁に対し改築の上申を行つているが、諸般の事情でその見通しが立たないので、暫定的に同簡易裁判所の事務を八王子簡易裁判所へ移転したい。 二 右庁舎改築の予算措置については、今後とも上級庁に対し早期実現を図るよう要望する。 三 市町村の住民と密接な関係を持つ民事調停事件の処理については、事務移転後必要に応じ現地調停を実施するなどして、住民への不便を避けるよう配慮する。 なお、過去五か年における調停事件の受理件数は次のとおり。 そうして受理件数の表示がありまして 四 このたびの措置は、事務を庁舎の改築が実現するまで暫定的に移転するだけのものであつて、裁判所を廃止するというものではない。 若干長くなりましたけれども、こういう文書があります。 この文書などを拝見して、またこの文書をもとにしての地裁側の説明についてもおよそ推察がつくわけでありますが、今度の事務移転については改築が実現するまでの暫定的なものである、予算措置についてもこれまでも努力してきたし、これからも努力していく、こういう内容でありますから、この文書を一見いたしますと、半年か一年事務移転して、後また戻ってくるのではなかろうか、こういう期待を持つのは当然だと思います。 ところが、実態はそうではないのではないでしょうか。過去の事務移転の例から見ましても、またそこに事務が戻されたという例はないのではないのでしょうか。過去の十幾つかの例を見ましても、大体が行ったきりになってしまっている。実際には、未来永劫と申しますと大げさかもしれませんけれども、帰ってくる可能性がない。恐らく裁判所でもそのことについては承知しておられるはずであります。帰ってきっこないのだけれども、しかし暫定的にちょっと待ってくれ、そうしたらまた戻ってくるからというような文書であるとするならば、これはやはりだまされた、ごまかされた、こうした不満が出てくるのは、これまた無理からぬものがあるのではないかというように考えます。この点についていかがお考えでしょうか。過去に同じような事例につきまして、一たん事務移転をして戻った例があるのでしょうか、あるいは五日市について戻る可能性があるのでしょうか。ないとするならば、こういう文書を配って説明するというのはきわめて穏当を欠くということではないでしょうか。いかがでしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 まず、過去において事務移転をして戻ったところがあるかというお尋ねでございますが、これは厳密に申しますならば、現在までに二十数カ庁事務移転をやっておりますが、その中で七庁でしたか八庁でしたか戻ったところもあることはございます。ただしかし、それは先生が御承知と思いますが、現在すでに庁舎改築計画が立っておって、そうして事務移転をして一年とか二年とか三年とかで戻ったというところがあるということでございます。改築計画が具体的になっていない段階において事務移転をしたところで戻ったというところは、現在までのところはございません。古いのもございますし、新しく事務移転したところもございますが、それはございません。ただしかし、一方においてこれを廃止したというところもないわけでございます。 それから先ほど御朗読になりましたメモでございますが「東京地方裁判所八王子支部」というふうに書いてはございますが、もちろん支部長の署名捺印があるわけでもございませんで、裁判所の正式文書というものでもございません。先ほど申し上げましたように、八王子支部長が管内の市町村を逐一回りまして、市長さん、町長さんに御説明をいたしました。口頭で御説明をいたしたわけでございますが、そのときに、やはり誤解があってはいけない、それから町長さん等がほかへ御説明になるときの便宜というようなことを考えまして、いわばよかれと思って、メモ的な意味でこれを差し上げながら口頭で御説明を申し上げたということでございます。したがいまして、このメモだけを取り上げて仰せになりますと、確かに暫定的という言葉がございますので、若干誤解を受けるおそれがないわけではございませんが、また一方におきましては、この改築の点につきましては諸般の事情でその見通しが立たないということもはっきり書いてあるわけでございまして、文言不適当なところはございますけれども、全体として口頭の説明の中でのこのメモということで御理解いただきますならば、それほど誤解を起こすような説明ではなかったのではないか。もちろんこれは私直接御説明申し上げたわけではございませんけれども、報告を受けております限りではそれほど誤解を起こすような御説明をしたのではないのではないかというふうに考えておる次第でございます。
○山花委員 ただいまのお話ですと、改築計画なしで移転をしたという過去の事例については、戻った例はないという、こういうお話でした。五日市の簡裁の場合に現在改築の計画があるのでしょうか、あるいは予算措置についての手続をしているのでしょうか。もしないとするならば、将来それをなさる計画があるのでしょうか、その点についてお伺いしたいと思います。
○大西最高裁判所長官代理者 現在具体的に庁舎改築の計画があるかという御質問でございますと、現時点においては具体的計画はないというふうに申し上げざるを得ないわけでございます。将来それでは確実に改築するかということにつきましては、裁判所庁舎新営につきましては、まだまだ未整備庁がたくさんございまして、全国的な視野に立って逐次整備を進めていくということでございますので、現時点において確実に建てるかあるいは建てないかということをはっきり申し上げる段階ではございません。ただしかし廃止ではございませんので、管内の事情等まだまだこれから見守りながら将来検討することがあり得る、こういうことでございます。
○山花委員 廃止ではないとおっしゃいますけれども、廃止ということになれば法律改正ということになってまいりますから、お答えとして廃止であるということは口が腐ってもおっしゃれないということだと私は思うわけです。将来の計画ということについて、この諸般の事情から見て、いまのお話の趣旨から申し上げましても、ちょっと今日の時点では将来改築が実現して戻ってくる可能性というのはまず見込み薄、実現薄である、こういうように考えなればいけないのが今日の事態ではないでしょうか。いかがでしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 現在の時点におきまして改築の見込みがないのではないかという仰せでございますが、ないというふうにはっきり申し上げるわけにはいかないわけでございます。改築することもあり得るわけでございますが、あるともないとも現時点においてははっきり申し上げられないとしかお答えできないわけでございます。
○山花委員 たてまえから言うとそういうお返事になると思いますけれども、実態的にはまずないと考えるケースではないでしょうか。全国的な例を見ても、これまで開聞以来この種ケースで移転事務がまたもとに戻ったというのはないわけでありますし、今度の諸要件についても全くそういうものはありません。そうして見ると、これは実質的には廃止なんだけれども、形式は事務移転という形をとっているということではないでしょうか。いまのお話からいたしますと、どう考えても暫定的に移転するだけという文書は、やはりこれはだまし討ち的な結果になるということじゃないでしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 もう一点付加して申し上げたいと存じますが、裁判所法三十八条に基づく事務移転ではございませんが、昭和二十九年の裁判所法の改正がございまして、事物管轄が変わりました時点におきまして、簡易裁判所のうちで民事訴訟事務を取り扱わない簡易裁判所というのをつくったことがございます。裁判所法の附則によりまして、最高裁判所規則に委任がございまして、四十数カ庁の民事訴訟事務を最寄りの本庁または支部所在地の簡易裁判所に移転したことがございます。五日市もそのうちの一つでございまして、八王子簡易裁判所へそのころから民事訴訟事務につきましては移転しておるところでございますが、これも当分の間ということで、いわば暫定的ということで移転しておるわけでございますが、この方につきましては四十数カ庁のうち数カ庁は解除いたしまして、もとへ戻したところがございます。確かに、三十八条の事務移転につきましては、具体的計画があるものについて戻した例はあるけれども、それ以外のものについてはないと申しましたが、民訴事務移転についても同じような問題があるわけでございまして、これは絶対に解除することはないということも言えないわけでございます。
○山花委員 もう一つだけ先ほどの問題の文書について伺っておきたいと思いますが、先ほど指摘申し上げましたとおり、過去五カ年間調停事件の受理件数について一覧表が出ています。それを見ると、たとえば五十二年十件というように調停が年に十あるだけである、こういうことで町長さんに説明されているわけであります。ただ実態を調べてみますと、こうした調停事件十件ということのほかに、過料事件が合計五十二年度で二百三十三件ある、刑事の第一審事件が五十二年十五件、あるいは略式事件が三百六十八件ある、その他八十七件。こういうように事件としてはほかにもたくさんあったのではないか。そういたしますと、その中で民事事件だけを抽出いたしまして、たった十件だからこれは向こうへ移したって心配ないじゃないか、こういう説得の材料に使っているのはこれまたおかしいのじゃないでしょうか。いかがでしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 五日市簡易裁判所の事件といたしまして、調停以外に略式命令でございますとか過料事件でございますとか、ほぼいま先生がおっしゃいましたような数に近いような数の事件があることはそのとおりでございます。それで、先ほど申しましたように、そもそもこの五日市簡易裁判所におきましては民事訴訟事務は取り扱っておらない。先ほども話題になりましたような支払い命令すら取り扱っておらないわけでございまして、民事関係では調停と過料、刑事関係では通常訴訟事件と略式ということでございます。刑事関係事件でも付加して申し上げますならば、いわゆる道路交通事件の関係は、昭和四十三年でございましたか一年でございましたか、そのころから立川裁判所で統合処理をしておりまして、そういう事件もこの簡易裁判所では現に取り扱っておらない、こういう状況のもとにあったわけでございます。それで、八王子支部長がこのメモを持ってまいりました際の意図といたしましては、これらの事件のうち、まあ住民の方々にこの事務移転によりまして仮に御迷惑をかけるといたしますれば、それは最も御迷惑をかける可能性のありますのは調停である、したがって、調停については、このメモにもございますように現地調停を実施するというようなことをいたしまして住民に御不便をかけないようにしたいということで、調停事件を取り出して御説明をしたようでございます。いま仰せになりましたそれ以外の事件、たとえば略式命令の事件それから過料の事件につきましても、すべて書面によるものでございまして、書面の送達を受けるだけ、罰金とか過料を納めるにつきましても郵送すればいいというふうな事案でございまして、必ずしも当事者の方々が裁判所へ一々出向かなくてもいいというふうな事件でございますので、これらの事務が移転されましてもそれほど御不便をおかけすることはないだろう、御不便をおかけするのは調停であるということで、調停を取り上げて御説明したようでございます。 しかも、御説明に上がりましたときに、支部長等三つ、四つ一度に回っておりますので、どこで申し上げたかということは記憶してないようでございますが、やはり御質問もございまして、ほかにこういう事件もあるということも申し上げるところもあったようでございまして、それについても、こういうものだからそれほど御迷惑をかけないというふうな事情も御説明を申し上げているというようなことでございまして、そういうようなことで、調停事件を特に取り上げたということにつきましても、決してそれをうそをついて事件数を過小に申し上げて御了解を得よう、そういう意図に基づいて書いたものではないということをひとつ御理解いただきたいと存じます。
○山花委員 八王子支部長を大変かばってお答えがあったという気がいたしますけれども、ただ、この手文書でありますから、調停事件のこの全体の一つのケースだけを、こんな少ないから大丈夫だというのは、住民に対する説明の仕方としてはやはり妥当性を著しく欠くのではないかというように私は考えますし、同時に、先ほど香川局長の方からお話がありました、仮にサラ金問題について窓口で相談をする、あるいは口頭で事件を受理する、こういうようなことが仮に従来の発言どおりPRが行われて実態としてスタートするということになりますと、そうした簡裁の地域における役割り、一つの住民に対する利便、サービスという面から見ても、五日市あるいは四カ市町村だけはそういう利益を受けることができないということにも通ずるわけでありまして、これは将来の問題としても、従来のこの説明の仕方についてはやはり妥当性を欠くのではないかという気がいたします。 時間の関係がありますので、もう一つだけ伺っておきたいと思いますけれども、先ほどからお話しの裁判所法三十八条の関係ですけれども、実はこの「特別の事情」ということについては具体的、例示的に挙げているものではありませんので、それなりの解釈があると思いますけれども、今件のような庁舎老朽化といいますか朽廃といいますか、こういう場合には、この三十八条には該当しないのじゃないでしょうか。この「特別の事情」には入ってこないのではないでしょうか。実はその解釈について、裁判所法三十八条、同じような、まあ中身と問題点は違いましても、民訴法二百二十条とか二十四条の一項一号であるとか、あるいは刑訴法の十七条であるとか、場合によりましては特別の事情、こういう言葉を使っているのもありますけれども、天災その他の事故というような形で表現しているものもあります。要するに天災地変、火災、こういったものについてはまさにこの特別事情に当たるかもしれませんけれども、本件のような場合には、三十八条の特別事情には当たらないのではないか、私はそのように理解いたしますけれども、この点いかがでしょうか。
○大西最高裁判所長官代理者 裁判所法三十八条、文言自体といたしましては「特別の事情」というふうに表現しておるだけでございますので、いろいろの解釈があり得るかと存じます。ただしかし、いま裁判所といたしましては、従前から庁舎の腐朽、確保困難ということもこの「特別の事情」に入るという考え方をとっておりまして、五日市だけではなくて、従前も同じような状況のもとにおきましてこの条文を適用して、それぞれの地方裁判所の裁判官会議で事務移転を御決定になったという場所もあるわけでございます。
○山花委員 裁判所の解釈がお入りになる、こういうことでありましたけれども、たとえば臨司意見書の中で、結論として、こうした問題については最高裁判所が担当しろ、「最高裁判所は、簡易裁判所の調停を除く事務の全部又は一部を他の簡易裁判所に取り扱わせることができるものとすること。」こういう意見が出ているはずであります。このことについて、意見が出てきた経過といたしましては、そうした場合要件として特別の事情ということに限られている、人口、交通事情、裁判所の事務量、裁判官の充足状況等の要因を加味することが不可能であるから、地裁にその権限を委ねられているのでこうした措置をする必要がある、こういう解釈も出てきているわけであります。したがって、こうした意見書の問題の提起とか、従来の議論からいたしますと、三十八条にはこの問題については入らないのではないかというふうにわれわれは理解するわけでありますけれども、時間が来たという御通知がありましたので、その点について私どもの主張だけを申し上げたいと思います。 ただ、最後に一言だけ要請したいと思うのですけれども、十六日にということになりますと、これは物理的に再考するあるいは延期することはなかなか不可能なのかもしれません。私たちは基本的にはそういう要求を持っているわけですけれども、そうした場合に、これは裁判所側としてあるいは法務省の側としておとりいただきたいと思うことですけれども、従来から地元市町村自治体の長に対して説得といいますか、事情を説明する機会を持たれてきたようでありますけれども、今日だまされたという不満が残っているわけでありますから、今後ともそうした不満解消のための努力はひとつしていただきたい。あるいはまた、今度の問題はたまたま五日市の簡裁の問題ですけれども、きわめて短期日の間に問題が提起されて結論が出るということになっているわけです。こういう問題については十分こうした努力を、事前のPRということになりましょうか、努力をされた上で、一方的に強行するということのないような御努力を払っていただきたいということを要望いたしまして、私の質問を終わらせていただきたいと思います。
○大西最高裁判所長官代理者 この五日市の問題についても、先生御指摘のようにそういう声もあったということでございますので、その後関係市町村の理事者等東京地方裁判所へも何度もおいでになっているようでございますし、私どもの方へもおいでいただきまして、その節には喜んでお目にもかかりまして十分御説明もその後も続けている次第でございます。今後地元民には誤解のないような説明をするということは心がけたいと存じます。
○羽田野委員長代理 西宮弘君。
○西宮委員 大分時間が遅くなりましたけれども、もうしばらくおつき合いをお願いいたしたいと思います。 伊藤刑事局長が先ほど、日本の裁判制度はいわゆる三審制度をとっている、したがって再審という制度を設けることによっていわゆる四審制度になってしまうことは好ましくないという見解を述べておられましたが、私もその点は全く同様であります。むしろ再審なんという問題が、あるいは再審なんという制度が全く必要ない状態であることが一番望ましいことは明らかです。私もぜひそうあってほしいと基本的には考えるわけです。 しかし、実態は必ずしもそうではないということが問題だと思うのでありますが、去る七月六日の読売新聞の社説でありますが、私にとりましては大変ショッキングな社説でございました。冤罪問題について取り上げた社説でありますけれども、その冒頭の書き出しが「えん罪の疑いを持たれている事件が、また一つ、最高裁によって、あっさり有罪間違いなしとされた。」こういう書き出しであります。つまり、冤罪の疑いのある事件が最高裁によってあっさり簡単に有罪間違いなしという判決が決定されてしまったということであります。これは俗称布川事件と称する、昭和四十二年八月三十日に茨城県の布川というところで六十二歳になる老人が殺害をされたいわゆる強盗殺人事件ということで、桜井昌司、杉山卓男、この二人が犯人として挙げられたという問題であります。 さらにその点に関連をいたしまして、これは「法学セミナー」という法律雑誌の今月号でありますけれども、これには「わが国における再審必要事件のリストにまたまた新たなる事件を加えることとなった。いやもっと強くいうならば、わが国の裁判所の歴史にまたまたもう一つの新しい誤判の汚辱をつけ加えることになった。」こういうふうに言われておるわけであります。先ほどの読売新聞の社説といい、あるいは「法学セミナー」——「法学セミナー」には清水誠、小田中聰樹、この二人の教授が執筆をしているわけでありますけれども、その二つがまことにショッキングな書き出しでこの問題を訴えておるわけであります。特に清水、小田中両教授の指摘はまさに断定しているわけですね。「わが国における再審必要事件のリストにまたまた新たなる事件を加えることとなった。いやもっと強くいうならば、わが国の裁判所の歴史にまたまたもう一つの新しい誤判の汚辱をつけ加えることになった。」こういうことで、この読売新聞の社説の書き出しと本と共通した言い方でありますけれども、両方とも冤罪事件との疑いが濃い、そういう事件について最高裁がいわば誤判をしたということを指摘しているわけであります。 一体誤判という問題は、今日までも幾たびか議論をされてまいりました。私もこの席をかりて幾つかの問題を取り上げてまいりましたけれども、いままでわれわれが触れてまいりましたのは、たとえば終戦直後の混乱の時期にあるいはまた連合軍の占領下にあって、そういうきわめて不自然な状態の中で終わった事件、あるいはまた刑事訴訟法の新旧法律の改正、制度の改正の切りかえの時期に、あるいはまた国警、自治体警察というものが一緒に行われた時代に、たとえばなわ張り争いであるとか、そういったことが原因になっているということが今日まで私どもが触れてまいりました誤判の大部分であったわけであります。ところが、そうではなしに、昭和五十三年の今日、こうしてまた最高裁の誤判が表面化したというのを見ると、私は非常なショックを受けると同時に、かつてのようなそういう異常な事態の中で起こった事件というよりも、整然たる裁判制度が運営されているはずの今日、また同じようなことが起こるということに対しては、私は非常な驚き、同時にまたこれが事実ならばきわめて強い憤りを感ずるわけであります。ただし、私の知識は「法学セミナー」の今月号、あるいはまた昨年の同じ雑誌、あるいは一昨年の同じ雑誌、それで指摘されていることを材料にいたしておりますから、もし私の認識していることが間違いであるならば間違いであるということで御訂正を願いたいと思うのであります。 この法学者は、いまここに申し上げたのは清水、小田中両教授でありますけれども、昨年の七月二十八日にこれらの法学者が、全部で二十八名でありますけれども、その連署をもって最高裁の第二小法廷に要望書を出しているわけであります。さらにその署名に加わった人がその後二百十九名にふえたので、そのとき再度最高裁の第二小法廷に要望書を出しております。 そこで、お尋ねしたいのでありますが、こういういわば裁判所以外の者が、たとえ学者であろうと何であろうと、そういう人が目下進行中の訴訟事件について外部からかれこれ意見を述べるということはまことに好ましくない、そういうふうに裁判所はおとりになるかどうか。つまり、たとえばそういうことをやられると裁判官が予断に陥る危険があるとかいうことで、こういうことはまことに不当だ、けしからぬ、そういうふうにおとりになるのかどうか、まず伺いたいと思います。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判というものは、すべての人間が神様であるならばそれでだれかが決めれば終わるわけでございますけれども、同じ平面で皆ああだこうだ、おれはAだ、おれは非Aだと争っておったのでは結論がつかない、あと残るのは、実力で殺し合うか何かする以外にないという現実をもとにして、だれかの判断に任せようということでできているものだと存じます。したがいまして、その任せられる裁判所というものがあって、その裁判所が任された範囲内で判断をする、それができるだけスムーズにいくように、できるだけ妨げられないでいくように、そういうことをわれわれとしては望んでおるわけでございます。 ただしかし、ではそれが世の中のすべてかと申しますと、そこにはやはり言論の自由といいますか、裁判所外の人からのいろいろな批判、声というもの、これもまた現在の制度のもとではあり得るわけでありまして、ただ、その間にどの程度のところで線を引くかというのは、これはある意味では立法政策の問題だと存じます。国によっては、あるいはそういうことをいたしますと裁判所侮辱ということで処罰するということも理論的に不可能とは思いません。しかし、現在の日本ではそういうことは考えられていないのでありまして、それでいろいろな文書なりそれから論文なりを、確定以前であろうと何であろうとお書きになること、それは御自由だろうと思います。ただ、その自由にもやはり限界があるというふうに存ずるわけであります、事実上の問題として。つまり、実際の裁判官の裁判のやり方、それからその結論を出す過程に障害を与えるような、これは事実問題としてどういう場合でもあるわけでありますから、障害を与えるようなことはできるだけ避ける、そういう良識でもって臨んでいただきたい、ただこれだけのことだと存じます。
○西宮委員 要するに、国民の言論の自由ということでかれこれ言うことは勝手だ、あえてそれまで拘束はしない、しかし、裁判所としてはそういうものには耳をかさないんだ、こういうことでしょうか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 その裁判というもののやり方をどういうふうなやり方でやるか、これは法律で決まっておるわけでございまして、法律では、裁判所は判断をするのには当事者が提出した証拠を法廷で調べて判断する、これが一審、二審ということになります。それから最高裁であれば法律審ということでございますから、その訴訟記録に基づいて判断する、こういうことになっておりますので、ほかのルートから入ってきたもの、本来の訴訟手続に乗ってこないものは考慮の中に入れてはいけないということになっております。
○西宮委員 こういう学者グループのいわば学究的な論文、しかも具体的な事件を対象にする、そういうのもあろうし、あるいはまた具体的な事件についてその被告人なりあるいはその他そういう関係者から裁判所に陳情書なり要望書なりを出したり、そういうこともあり得ると思うのだけれども、そういう問題について、無論要望書として訴訟上の一つの記録として提出をされるというようなものもあるので、いまあなたのお答えだとそういうものは考慮の対象にする。しかしそれ以外の、そういう手続を受けて出された書類以外のものについては、何を言っても、言うことは自由だけれども、われわれはそれは聞く耳を持たない、こういうことですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 委員の締めくくられました言葉の、聞く耳を持たないというのは少しどぎついものでございますから私どもちょっと抵抗を感ずるわけでございますけれども、要するにルート以外から入ってきたものを考慮して判断するということは裁判官には許されていないわけでございます。
○西宮委員 そうしますと、この人たちはまことに愚かにも全く無意味なことをやっているわけですね。第二小法廷に要望書を出しているわけです、二回にわたって。しかも、渡した相手は調査官ですけれども、調査官は受け取っているわけですね。それならばなぜそのとき、こういうものはわれわれは受け取る筋合いではない、持ってお帰りなさいということを言わなかったのでしょうか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 ただいま問題として取り上げられました事実関係につきましては、私ども実はここへ来るときに調べておりませんので、どういうふうにそのときに話があって実際にどうなったのかということを存じませんので、適確な御答弁ができないのは残念であります。
○西宮委員 全然予備知識を持たなかったというお話でありますが、私は、最高裁から係の方が来られたので、あしたは布川事件についてお尋ねをしますということは申し上げているんですよ。それはお聞きですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 それは確かに承っております。
○西宮委員 それならば、いまのような答弁では私は納得しかねるわけです。私がお尋ねをしたのは、そういうルート以外のものは全然対象にしないんだということであれば、持ってきたときにこれは全く筋が違うということでお断りするのが当然であると思うのですが、どうしてそれをなさらないのですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 先ほど申しましたとおりに、そのときの調査官なり持ってこられた学者の方、それとの事実関係を存じませんので、その点についてはお答え申し上げることはできませんけれども、委員の問題としておられるところをこちらの方で自分勝手に推察しまして抽象的な問題として申し上げますと、そうすると、ある具体的な事件について裁判所がそういう裁判をしておる、そうするとその裁判の弁護人なりあるいは当事者である検察官なりの方から、訴訟法に乗って出てこないもの、これをどういうふうに扱うかということが問題だと思います。その場合に厳格に言って、厳格にといいますか事実上もそうでありますけれども、法律に基づくきちっとした訴訟手続、その中での判断という分野と、もう一つ全然無意味な分野、それから個々の中にあるもう一つ中間領域というものは何物にもあると私は存じます。たとえば、この間ここで御質問を受けました丸正事件でございますか、その事件のときに、委員の方から、鈴木被告人でございますか、それの上申書を読んでおいてくれというふうに私どもにおっしゃいました。そしてそれをお送りいただいたわけであります。そして私ども読んだわけであります。そういう分野というものは、では何の意味があるかということになるわけでございますけれども、やはりそれは本来の訴訟事件の中での当事者それから裁判所、証拠に基づく判断、そういう筋と、もう一つの中間領域というものがあるだろうと存じます。そこでいろいろなことがあるだろうというふうに思いますが、それについて私としてはいまここで確定的にああすべきであるこうすべきであるというふうには言えないと思いますし、それからもう一度初めに返りますと、具体的に布川事件の場合の調査官とそれからそのほかの人の関係がどうであったかというようなことについてもちょっと何とも申し上げようがないということでございます。
○西宮委員 はっきり納得できない答弁であります。学者グループのこういう人たちももちろん専門家ですからこういうことは十分心得ているわけですよ。ですからこう書いているわけですね。「弁護は本来弁護士の仕事である。研究者がやたらに首をつっこむべき筋合いのものではない。だが、単なる個人の救済ではなく、問題が国民の自由と人権とにかかわるとき、そしてそれが普遍的な価値を持つとき、学者も一市民として、さらには一法律家としてこれを坐視するわけにはいかない。」こういうことで問題を提起しているわけですね。しかも具体的には、持ってきた要望書は二度にわたって受け取っているわけですから、それはやはりそれなりに十分そこに盛られている内容等については聞くべきだと私は思う。ことに要望書なるものはさっき申し上げたように昨年の七月に出しているのですけれども、そのもう一つ前に、一昨年の十月には布川事件の問題点と称するものを相当詳しく雑誌の中に指摘をしているわけです。ですから、そういうことは、裁判所で判断する際に問題がどこにあるかというようなことについてはかなり詳細に、立場は違いましょうけれども、学者の立場で検討しているわけですから、私はもっとそういう点には謙虚に耳を傾けるべきだというふうに考えるわけです。ですから、この人たちも最高裁に対する期待というようなのを大きく持っている、持っていればこそそういうことをあえてしているわけです。 こうも書いております。「誤判救済において、最高裁が果たしてきた役割は大きい。新刑訴においては、上告審は高度の法律審として当初構想されたが、その実際において誤判救済に不十分とみるや、あえてストレートに事実問題に入り、人権保障の最後のとりでとしていくたびか国民の期待に応えてきた。本事件と同種のものにかぎってみても、二俣事件、八海事件、仁保事件などまだ記憶に新らしい。本事件においても、「疑わしきは被告人の利益に」の大原則にもとづいた公正な審判が期待される。」そして最高裁こそが最後のチャンスだ。まだそのチャンスは残っているんだということで冒頭に書いているわけです。これがその残された最後のチャンスだから、ぜひそのチャンスを生かしてもらいたいということで訴えているわけですからね。私は、そういう点はもう少し、もう少しというか、ぜひ謙虚な態度で聞いてもらいたいと思う。もしそうでないと、恐らく読売新聞が指摘するように、あるいはまたこの学者グループが指摘をするように、またしても最高裁判所が誤判を犯す、そういうことになる懸念が多分にあると考えるので、そういう点については十分慎重に考えるべきだ。ですから、その要望書も、昨年の七月に出した要望書は何もむずかしいことは言ってないのですよ。ぜひ口頭弁論を開いてもらいたいということと、慎重にやってもらいたいということと、疑わしきは被告人の利益に、そういう鉄則に従ってやってもらいたい、こういうことを言っているだけで、そういう点になると一番初めの口頭弁論云々というのについてはあるいはひっかかるかもしれないけれども、第二、第三の慎重にやってほしい、あるいは疑わしきは被告人の利益にというのは鉄則だということを白鳥決定で最高裁が認めたのですから、したがって、それに従ってやるべきだということはきわめて当然な主張で、私はあえて最高裁に対して、不当な司法に対する干渉というようなことにはなっていないと思うのです。ただ、残念なのは、口頭弁論等が行われなかったということです。これは読売新聞も同じようなことを言っているわけです。だから、私はこの法律研究者たちもそういう点は十分に了解していると思います。 では、もう一つ、ついでに伺いますが、例の丸正事件の際に、正木ひろし弁護士が調査官、名前もちゃんと書いてありますけれども、名前その他の詳しい説明が載っておりますけれども、この調査官のところに訪ねていきました。五月二十四日、第二回の上告趣意補充書を出した。それを読んでくれましたかということで尋ねたらば、同調査官は横を向いたまま、「“まだ読まないよ”と、ブッキラボウに答えた。」「そこで私は、“どうか、ゆっくり読んで下さい。めんどうな事件ですから”と前置きし、」今度の調査開始はいつですかと聞いたらば、「“六月十五日までに、報告書を出すことになっているんだ”」と言われた。それで私はびっくりして、訪ねていったのが五月二十四日でして、六月十五日までには報告書を書くんだ、しかもその上告趣意補充書を読んでいないというので、とてもそれでは間に合わないんじゃないかと考えたので、その点もまたお尋ねをすると、その調査官は、書いてあるとおりに読むと、「“弁護人の趣意書を読むと先入観にとらわれるからネ、僕は読まないことにしているんだ。判決と裁判記録とが合っているかどうかを、調べることが先決問題だからナ”といった。」これではあなたのおっしゃるちゃんとルートに乗ってきた書類、それさえも、そんなものは読まないんだ、読むと先入観に陥る、こういうことを言ったとちゃんと書いてあるんだけれども、そういうことがあり得るのですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 いま御質問の点も、私としてはそういう具体的事実があったかなかったか確かめておりませんので、何とも御返答をできないわけでありますけれども、しかし、裁判所は正規の訴訟手続に乗ってきたものを全然一顧だもしないということはあり得ないと思います。一顧だもしないということは、結局採用するかどうかはまた別問題でございまして、裁判所はみずからの判断と責任においてやるわけでございますが、正規の訴訟手続に乗ってきたものを乗ってこないかのように扱うということは、これもまた法律上できないことだと存じます。
○西宮委員 そうでなければならぬと思うのだけれども、こういうふうに調査官さえも読まない。「読むと先入観にとらわれる」、こういうのでは、一体最高裁の裁判というのの実態はどうなんだろうということでわれわれはきわめて深刻な疑問を感じざるを得ないのです。大変膨大なたくさんのケースを抱えているのでしょうから、非常に忙しいことはわれわれにも想像できますけれども、そういうことでは私どもはきわめて不安だと言わざるを得ないのであります。 先ほど来同僚議員からいろいろ意見なり質問なり出ておりましたように、何といっても国民の側から見たら最高裁だけが最後の頼みの綱なわけですよ。これはもうみんな神様に祈るような気持ちで最高裁に期待をしておると思う。ところが、それがいまのように扱われる。ましていわんやこの調査官が、これが事実だとするならば、そういうことでは最高裁は国民に対する信頼を失っていく。したがって、裁判全体について信頼を失っていくということは、これまたきわめて当然なことだと思うのですね。いまの日本の裁判構造は、申すまでもなく、いわゆる官僚司法ということになっておるわけですから、そうなる限りにおいては最後の頼みは最高裁だ。しかも、さっきほかの方も指摘をされたように、例の八海事件のときに、最高裁があるぞと言うてそれに最後にすがりつくあのシーンですね、あれはまさに国民の共感を呼んでいると思うですね。それが、最後にしがみつくその最後の段階でこんなふうに軽く扱われてしまうということでは大変なことだと思う。この中に、最高裁が大変りっぱな庁舎になったけれども、それに比例して国民から遠ざかってきたのではないかというようなことを書いているのだけれども、そんなことありますかと言ったら、ありませんとお答えになるだろうと思いますけれども、そういうことを言われると、何となくわれわれもあのりっぱな庁舎が単に権威主義の表徴だというふうに感ぜられてならないのですけれども、そうではなしに、あくまでも最後の頼みの綱だ、そういう最高裁であってほしいとただひたすらにわれわれ念願をするのですが、感想だけ聞かせてください。
○岡垣最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。 最高裁に限らず、裁判所は、簡易裁判所から地方裁判所、高等裁判所全部通じまして、国民の信託にこたえて独立の司法権というものを与えられているわけでございます。ですから、その国民の信頼にこたえるように皆努力しなければならぬというふうに考えております。
○西宮委員 これはちょっとエピソードみたいなものですけれども、この布川事件については、第一審の判決がなされるときに、いままで被告人として送り迎えをしておった看守が、きょうは無罪放免になるだろう、だから荷物をみんなまとめてこいと言うので、この二人の被告人は荷物をまとめて看守に連れられて行った。恐らくいままでいろいろ話を聞いておって、直接本人から話を聞くわけでしょうから、あるいは裁判の調査の状況等もある程度聞いておりましょうから、これはもう当然無罪だというふうに看守は感じ取っておったと思う。だから、もうきょうは荷物を持ってこいということを言われて行った。あるいは家族はもうきょうは無罪になるんだというので赤飯の準備をして待っておった。ところが、全く予想に反して無期懲役を言い渡されたというので二人は非常に愕然としてしまったということです。 同じようなことでもう一つ指摘をしたいのですけれども、それはその二人のうちの一人の桜井昌司でありますが、おっかさんが病気で、数カ月間重体だというので、ぜひおっかさんに一目会いたいというので、最高裁の第二小法廷に対して勾留執行停止の申請をした。ところが、それはあっさりけられてしまった。そして、おっかさんは五十一年三月二十一日に死んでしまった、こういうことなんですがね。これなどはもう最高裁にいってからでも三年ぐらいたった時点だと思いますね。こういうのは逃亡とか証拠隠滅とか、そういうおそれがあるということからですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 いま御質問の事件につきましては、これはどういうわけでどうなったかということは私どもとしてはお答えするわけにはいかないと存じます。 ただ、一般的に申し上げますと、勾留している者に対して執行停止なり何なり申請がありますれば、先ほど御質問のとおりに、裁判所としてはいろんな事情、その犯情やら被告人の状況やらいろんな事情を総合判断して、認められる場合もあるし却下される場合もあるということ以外にはちょっと申し上げにくいのでございます。
○西宮委員 私はきょうこういう問題についてお尋ねをするということは通告しておいたので、そういうことをみんな書いてあるわけですから、できれば調べておいてもらいたかったと思いますけれども、しかし、いまの御答弁で、その許可をする場合もあるししない場合もある。確かにそうだろうと思いますけれども、だけれども、この人は昭和四十八年の十二月二十日に上告をしているんですから、ちょうど三年ほどたっているわけですよ。もう恐らく調べるところは調べてあるんだろうし、その時点で証拠が隠滅をするとか、そういう懸念などは、常識的に考えて、ないんじゃないか。そういうときに、おっかさんが重体で死にそうだ、一目会わせてくれと言ったら、それを簡単に却下してしまうというようなのは余りにも悲情だと思うのですね。そういうところに何となく最高裁の権威主義というのが露出をしているんではないかというふうに私は言わざるを得ないと思います。 最高裁には昭和四十八年十二月二十日に上告をして、それからことしの七月に決定がなされたわけでありますから、四年七カ月かかっているわけです。なぜこんなに長くかかっているんでしょうか。口頭弁論はもちろん開かれておりません。事実調べなどについて何かやったんだろうと思うのだけれども、私もここへ決定書を持ってきましたけれども、これで見る限りにおいては、特に時間を費やして事実調査をしたというようなことはどこにも一つもないわけですね。なぜそんなに長い期間がかかるんでしょうか。この青年たちは逮捕されたときは二十歳と二十一歳の青年です。あたら青春をそうして獄窓の中に葬ってしまうということはこれまたきわめて非人道的なことだと思うのだけれども、なぜそんなに長くかかるんでしょうか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 最高裁判所へ係属しているいろいろの数多くの事件を各部へ、小法廷へ配付してあるわけでございますが、その配点してある部で、それぞれの来ている事件の性質その他をいろいろごらんになって、そして一番効率的にできるように順序立てておやりになるものというふうに考えておりますが、その場合に、これがどういういきさつで、事件の中でどういう位置にあって、どういうところに時間がかかったのか、そこのところは私どもとしては承知しておらないわけでございます。
○西宮委員 承知しておらないならば、お尋ねをしても的確な御返事はいただけないのはやむを得ないと思いますけれども、何かそういう非常にむずかしい事実関係の調査とか、そういうものなどがあって長い時間かかるというならやむを得ないと思うのだけれども、ただ要するに収容されてそのままほうりっ放しにされているという状況以外の何物でもないと思うのですね。私はこういう扱いを見ると、さっきのおっかさんが死にそうだというようなときのそういう問題とか、いろいろ見ると、どうもいかにも非人間的な扱いだというふうに感じてならないわけです。しかし私は、裁判所にしてもあるいはまた検察官などにいたしましても、何も私どもからいわば糾弾をしなければならぬというようなことだけがあるわけではありません。特に私は、今度のロッキードの問題等について非常な熱意を持って、今度の事件にいわば体当たりをしているというような状況を新聞等を通じて知って、そういう点については私どもは深く敬意を表するということに決してやぶさかではありません。それに比べて、つまりあのロッキード事件のごときは対象になる人物がみんな社会的に有名な人ばかりで、ですからそういう点については非常にかたい決意をもって当たっている。同時にまた、その手続等についても落ち度がないようにというようなことで慎重な配慮をしていると思うのです。 ところが、今回の事件のごときは、これはきわめて平凡な事件なんですよ。茨城県の一寒村で一人の老人が夜殺されてしまった、そしてその被疑者として、あるいはまた被告人として扱われた人間というのは、どうも余りふだん素行がよくない、いわばすねに傷を持ったそういう若者二人であります。ですから、こういう人間ならばまあ大したことはないというような感じで扱っているのではないかというふうにしか考えられないのですが、いま私ロッキードの問題もちょっと引き合いに出しましたけれども、こういう問題ではいわゆるデュープロセスというか、そういう手続の面等では一切落ち度がないようにと慎重な配慮をもって臨んでいるということは新聞報道等を通じてもよくわかるわけです。ところが、いま申し上げたこの事件のごとき、とるに足らない二人の若者です。そういうのに対しては決してそういう扱いをしていないということが問題で、私はその点にこそこの問題の重要な問題点があるということを強調しなければなりません。 まず第一に、この二人は、ずいぶんあっちこっち当たったのだけれども、みんなつかまえた被疑者が該当者じゃないということになってしまって、事件が発生してから四十日余りたってから、まことにささいな別件で二人とも逮捕されたわけです。そしてその別件については簡単に自白をいたしました。ところがその別件については自白をしてしまったにもかかわらず、なおかつ勾留が続けられて、この殺人事件について追及をされてきた。そして十一月の四日に至って本人が自白をしたというので、捜査本部は解散をいたしました。そして本人二人の身柄は拘置所に移されました。それが十一月の四日。十一月の十三日には検察官の取り調べを受けました。そこで検察官に対しては、われわれは全く無実であるということをるる主張をいたしました。それでその検察官もその状況が理解ができたのでしょう、それで別件についてだけ起訴をして、本件については否認の調書をつくりました。ところが、ところがが問題なんだけれども、ところがそれでは困るというので、十二月の一日になってもう一遍もとの警察署に、それぞれ二人別々の警察署に逆送をしてしまったわけです。そしてそこには検察官が出向いて、その検察官というのは、前の先ほど申し上げた別件だけを起訴して本件については否認の調書をつくったという検事ではなしに、別な検事が担当をして、そしてこの検事が警察に出向いていって、前の自白を土台にして迫ったということで、彼らは一週間がんばっておったけれども、とうとう最後にはもう一遍同じことを自白せざるを得なくなってしまった、こういうことなんですね。だからそういうふうに、われわれはしばしば代用監獄の問題を取り上げてきましたけれども、これなどはまさに代用監獄の弊の最たるものだというふうに考えるわけですけれども、こういう逆送するというようなことが結構なのかどうなのか、私ははなはだしく問題だと思うのですね。 どうでしょうか。最高裁のこの決定を見ますと、逆送というその問題について、そのこと自体をとらえて違法ということはできないということで簡単にそれだけで決定をしているわけですけれども、そのことだけで違法だということが言えるか言えないか議論があるとしましても、そういう取り調べの方法というのはないと私は思うんですね。そういうことが許されていいはずはないと思う。したがって、この決定が行われた後に出た、先ほど引き合いにしました今月号の「法学セミナー」その中に清水、小田中両教授が書いている言葉をそのまま引用すると、「最も不公正で醜悪だと私たちが考える事実について、なんらの問題をも感じることのない最高裁決定から、私たちは一片の良心の存在をも感じとることができない。」こういうふうに書いているわけです。ずいぶん極端な極論をしているわけですな。私は、いまのようなもう一遍逆送してまたもとの自白をさせる、拷問したかしないのか、そういうことはいまここでは私も実態がわからないから議論をいたしませんけれども、そういうやり方そのものも、単に逆送ということ自体で違法ということはできないという一言で片づけてしまうというのには余りにも問題は重大だというふうに私は考えるのだけれども、これもあなた方からごらんになると、これは全く局外者のいわれなき誹謗だというふうにおとりでしょうか。
○伊藤(榮)政府委員 先生が、およそ一人の無事をも罰せられてはならないというそういう御信念に基づいて種々御指摘をいただいておりますことを私としても心からありがたく、また敬意を表するものでございます。 しかしながら、先ほども最高裁判所の刑事局長もおしかりを受けておったようでございますけれども、ただいま先生がお述べになっております事柄は、弁護人の非常に御熱心な訴訟活動によりまして上告趣意書その他でるる陳述され、一審以来争われてきた事実に関するものでございまして、それにつきましては、ただいま御指摘もございました最高裁が異例の長い決定書きをもって判断の結論をすべて示したところでございます。この具体的な布川事件というものをとらえまして、その間の捜査上の諸問題あるいは裁判上の諸問題についてお尋ねをいただきましても、結局は最高裁の判断に対する批判をしろというようなことに帰着するのじゃないか、そういうふうに考えますと、一般論についてお尋ねいただくならば格別、具体的事件、それも遠くない過去において最高裁が一応の最終的な判断を示した事件につきまして、その判決決定の中で判断をされました事柄に関連してお答えを申し上げることは、私の立場としても、また恐らく最高裁の事務当局の立場としてもできかねることじゃないかというふうに思うわけでございまして、そのことを申し上げてお答えにかえさせていただきたいと思います。
○西宮委員 私も、ここは裁判所じゃありませんから、そのこと自体について、いわば裁判の誤りがあったのかなかったのか、そういうことについてお答えがもらえるというふうには全く期待もしておりませんし、そんな場所ではないということを十分心得ていますよ。しかし、問題の重要性について、いま違法ではないというのだけれども、そういう捜査の仕方あるいはさらに長時間の深夜にわたっての捜査というようなことが許されていいのかどうか。 たとえばこれで見ますと、被告人としての桜井、杉山両氏の取り調べでありますが、桜井について申しますと、十一月十三日は八時間五十七分、終わったのが十時十五分。十四日は十一時間五十五分、終わったのが十時十分。十五日は十時間二十五分、終わったのが十時。それから、さっき申し上げたように逆送されてきて、もう一遍十二月一日から調べが始まった、それが七時間二十分、八時十五分まで。二日は七時間五十五分、八時十五分まで。三日は八時間十五分、九時五分まで。四日は九時間三十分、八時五分まで。そして四日に再度自白をするということになるわけですね。それから杉山について言うと、十月の十六日にいわゆる別件で逮捕されたわけですが、これが午後七時から午後十時四十分まで取り調べ、十七日は午後三時十五分から午後十一時四十分まで取り調べ、十九日は十時間四十分、十一時四十分まで取り調べ、二十一日は十二時間二十七分、夜の十一時二十二分までの取り調べ、二十二日は十時間十五分、夜の十時三十分までの取り調べ、二十三日は八時間七分、十時七分までの取り調べ、二十四日は九時間、十時二十五分まで取り調べ、こういう長時間の、しかも深夜にわたる取り調べをしておるわけですね。そもそもこういうことは許されないたてまえではないのですか。
○羽田野委員長代理 ちょっと記録をとめて。 〔速記中止〕
○羽田野委員長代理 速記を始めてください。 西宮弘君。
○西宮委員 私が冒頭にお断りをしたように、私の知識というのはいわゆるこの法学者の書いたものから得た知識だけしかありませんから、間違っておったら訂正してもらいたいということを言っておるのと、もう一つは、そういう具体的な内容についてお答えをもらう場所ではないということも十分承知しておる。だから、それを前提にしてお尋ねしておるので、委員長が心配されるようなことには私はならないと思う。つまり、もしこれが事実ならば、日本の裁判というか、その捜査段階から行われてきたことが事実だということであると、これは軽々に見逃することのできない問題だ、そういうことを私は強く言いたいので、だから、その点は恐らく委員長だって十分理解してもらえると思うのですね。どうですか、いいじゃないですか。——それじゃお尋ねをいたします。 公判廷における供述あるいは自白——自白というのはいずれも密室の中において行われた自白ですね、これは抽象論としてお尋ねをしますが、公判廷における供述といわば密室の中で取り調べられたその際に本人が行ったところの自白ですね、裁判所はどっちに重点を置いて判断されるのですか。一般的な抽象論としてお尋ねをしたいと思います。
○岡垣最高裁判所長官代理者 もし審理の過程でどちらも証拠として提出され、証拠能力があると判断しました場合には、証拠価値の高い方をとることになると存じます。
○西宮委員 次には、その取り調べの過程で取り調べする方の側がいろいろうそを言うことがあるわけですね。それば許されるのか、差し支えないのかということをお尋ねしたいのだけれども、たとえばこの布川事件の例で言うならば、ポリグラフを使って、まあポリグラフを使うことは結構でしょうけれども、それでいま君の言ったことは全部うそだということがあらわれたということで、だから本当のことを言えと言っていわば圧力をかけているという問題、あるいはまた、その杉山と桜井の間で、これはもともと親しくつき合っておったらしいので、その事件の当日は、桜井の兄貴が、私のうちに泊まったということを証人として述べているのだけれども、ところが、取り調べの過程では、その桜井の兄は、杉山は十五日以降は来たことがない、そう言っているんだということを言っているということなんだけれども、これなんか明らかに完全に逆なことを言っているわけですね。あるいは、先ほど最高裁の刑事局長も読んでくれたそうですけれども、この前の丸正事件においても、その取り調べの過程で、いわゆる警察の科学でもうはっきりしているんだ、そういうことを執拗に言っているわけですね。これは例の問題のトラックが極東商会という前にとまっておったということを言おうとしているわけですが、そういう注進が警察にあったというのでそれをぜひ自白をさせようとして圧力をかけているんだけれども、警察の科学——恐らくこれは皆さんに読んでいただいたが、まず第一にお読みになって気がつくことは、実にほとんど全部誤字、当て字の羅列だと言ってもよろしいほど文章としてはまことにお粗末な文章なんですね。ですから、この程度の要するに学力知識を持っている被告人ですよ。それに対して警察の科学、警察の科学というようなことでおどかす、そういうことは差し支えないのかどうか。 あるいはまた、しばしば共犯者がある場合には、一方の被告人に対して、相手はもうとつくの昔に自白をしたんだ、もう悪かったと言って謝っているんだからおまえも早く謝れというようなことを言うということも、これもほとんど常識みたいに行われていることじゃないのですかね。こういうことは一体、そういう意味でうそを言うということは差し支えがないのでしょうか。
○伊藤(榮)政府委員 うそを言うことが差し支えないかどうかというお尋ねに関しまして具体的事件の例を二つ、これがそうであるという趣旨でお引きになりましたけれども、いずれの事件もその御引用になりました主張に対して裁判所が任意性ありという判断をしておりますので、ここで具体的事件に触れてお答えをしたような印象を与えるようなお答えは適当でないと思います。 ただ、一般論として一点申し上げますと、先ほどお述べになりましたことの一番末段の方で、共犯者がある場合に片方が自白したぞと言ってだまして、もう一方の共犯者を自白させることはしょっちゅう行われておるという趣旨のお話がありましたが、そういうことは全くございません。なぜかならば、過去に一件そういうことがあって、最高裁判所によりまして、そういう方法で得られた自白というものは任意性がないという判断がはっきり示されておりまして、以後、そういうことをやったのではせっかく仮に自白を取りましても証拠能力が否定される結果になるわけでございますから、すべての捜査官はその辺はよく心得てやっておるはずでございます。
○西宮委員 すべての捜査官がそういう心がけでやっているというならば何をか言わんや、大変結構なことだと申し上げるほかありません。 これは出射義夫さん、申すまでもなく検察官の大先輩で、いまは大学の教授をしておられますが、この人の書かれたのに、これは例のけさほど来問題になった横川さん、あの当時はどこにいたのか知りませんけれども、昭和三十二年の「刑事裁判官の使命と役割」というのに対する反論として書かれたものでありますが、その中にこういう文言があります。「捜査官に対する被疑者の供述と公判廷における被告人の供述を同じと考えて、「捜査の行きすぎ」ありとされているのであれば、それは大変な認識不足であるか、刑事訴訟法の研究不足に由る誤解である。公判廷で、裁判官が被告人の供述を求めると同じ程度でなければ強制があると考え、論者の使命観に立って決然とその供述の証拠能力を否定されたら、それこそ社会は一大混乱に陥ることは火を見るより明らかである。裁判所はそれでよいかも知れぬが、とんでもない結果になる。」こういうことを言っているのです。これは何を意味しているのかよくわかりませんけれども、私は今様のことを言っているのじゃないかと思います。つまり横川さんは、いわゆる「刑事裁判官の使命と役割」という中で、そういうことはおよそあってはならぬということを言っているのだけれども、この検察官出身の出射さんは、そういう横川さんが言うようなことをやっておったのでは、つまり公判廷の供述みたいなそういうことをやっておったのではそれこそ社会は一大混乱に陥る、つまり捜査の場合はそんな手ぬるいことをやっているわけにはいかないのだ、もっと思い切ってぎゅうぎゅうとっちめられたらとっちめるのだ、そういう言葉は使っていないけれども、恐らくそうしなければ社会の安寧は維持できないのだという、裁判所はそれでよいかもしれないが、とんでもない結果になる、こういうことで反論をしておるのですけれども、いかにもこれを見ると、取り調べをする方の側では思い切ってやるのだというふうにしか読めないのですけれども、そういう実態はいま刑事局長はいやしくも絶対にありませんというお話だったのだが、そういうふうに安心してよろしいでしょうか。
○伊藤(榮)政府委員 どうもはなはだ申しわけないのでございますが、出射元検事の本というのは私どもも何回か読んだ本でございますが、何かぎゅうぎゅう言わせて調べなければいかぬというようなことはちっとも書いてないのでございまして、公判廷で被告人が裁判所から質問を受けると同じような状態で被疑者を質問して、果たしてこの世の中の悪というものが完全に剔抉できるかどうかということを言っておられるわけで、たとえば一つの例でございますが、大規模な贈収賄事件の被疑者を逮捕いたしましてこれを調べる際に、たとえば贈賄側でございましたらその贈賄側の被疑者の会社の人たちが全部傍聴しておるというような状況で一問一答いたしまして果たして真相の解明ができるかどうか。捜査というものはそうではなくて、一対一で心と心の触れ合いによって、悪いことをしてしまったということで自白をする、こういうようなところから真相というものが次第に解明されてくるというのが普通であろうと思います。私は、出射元検事はそういうことを言っておるのじゃないかと思います。
○西宮委員 もちろん、被告人を調べる際にはどういう方法でもいいからぎゅうぎゅう言わせて白状させろというようなことは、いやしくもこういう論文ですからそういうことは全く書いておりませんけれども、そういう表現はしていないけれども、その横川さんの説に対して真っ向から反論をしているのですから、裁判官のようなやり方ではとても社会は混乱に陥ってしまうというようなことで強く反論しているのだから、そうすると、いかにも私が言ったようなことが想像できるというふうに私は思うのです。しかしこれは出射さんの論文ですから、それをあなた方にお尋ねしても責任ある御返事は得られないでしょうから、これ以上論じても仕方がないと思うけれども、さっき伊藤刑事局長が言われたようなそういう、たとえば共犯者の場合に、片方に向かって相手はとっくに自白しているんだというようなことを、いわゆるうそを言うことばもう絶対にありませんということが果たして言い切れるかどうかということについては、少なくともその御答弁だけではなかなか納得できない多くの不安を私は持っております。ですから、これから先いやしくもそういうことがないように、そういう態度で臨んでもらいたいと思います。 さっき、いままで出された各種の記録等を見て、それが十分に論議をされて証拠能力のあるものが採用されて今回の、ことしの七月三日の決定になったんだ、私が読み上げたようなあるいはこの雑誌が指摘するようなことは全部論議された結果この決定があったんだと言われたけれども、少なくとも私が今回のこの決定を読む限りにおいては、証拠能力問題あるいはさっきの逆送の問題などきわめて簡単に触れている、また、長時間にわたる取り調べとかそういうことについては一言も触れてないわけですよ。そういう問題を一切無視しちゃって簡単に結論だけを出しているのじゃないかという疑いを私は持たざるを得ないわけです。いずれにしても、この事件も全く自白偏重あるいは若干の証人がありますけれども、自白と証人の証言だけで決められてしまっておるというところに問題があるわけですね。私は、そのことは大きな問題だと思います。 先ほど申し上げた読売新聞の社説は、ああいう形で書き出しましたけれども、その中に「布川事件も、えん罪事件の定型的な要素を含んでいる。その上、事実関係でも、アリバイ、目撃証人、物証、供述の矛盾など、疑問に満ち満ちている。」と書いている。その次に「一つだけ例示してみよう。」と言って実例を一つ挙げているわけです。私は、新聞の社説等で冤罪問題を論じたのをたくさん読みましたけれども、これほどまで具体的に突っ込んでそういう事実を例示して社説を書いているのを見たことがありません。したがって、それだけに私は問題の重要性を痛感するわけです。 「一つだけ例示してみよう。被告人が奪ったとされる金のあった場所と額、分配の場所と額など、肝心の金に関する自供は、実にあいまいなのである。それは、捜査官が知らない事実だから、えん罪の被告人には供述させようがなかった、とみるのが自然ではないだろうか。決定は、「一般に、捜査官が被害金額を確認しえない案件では、故意に金額等についての供述を変転させ、後で犯行を否認する足がかりにする」という。「厳しい追及を受けず」「自発的に」事実について自白を始めた、と最高裁が認めているような犯人が、なぜ、うそをつく必要があるのか。しかも、その反面、捜査官があらかじめ知っている事柄については、明確に供述しているのである。こうした場合、捜査官の誘導によって供述調書が作られた、と判断する方が、理にかなってはいないだろうか。」こう書いてあるわけですね。つまり、これは強盗殺人事件ですから、一番問題は金の問題、殺人はつけ足しなんです。殺人しないで済むのならしたくなかったのだろう、欲しいのは金なんですから。それならその金の問題についてもう少し明確な自白があっていいはずだ。ところが、奪ったとされる金のあった場所、額、分配の場所、額、そういう肝心の金に関する自供は実にあいまいである。だからこれは読売の解説に従えば「それは、捜査官が知らない事実だから、えん罪の被告人には供述させようがなかった、とみるのが自然ではないだろうか。」つまり捜査官もついにこの点については調べ得なかったわけですね。もし捜査官が他の方法でそういう額なりその他を明確に断定することができるということになれば、恐らくこの刑事被告人に自白としてそのことを述べさせたに違いないだろうという意味ですね。 さらに社説は「決定は、「一般に、捜査官が被害金額を確認しえない案件では、故意に金額等についての供述を変転させ、後で犯行を否認する足がかりにする」という。」これはしょっちゅう出てくることですね。つまり供述なり証言なりがくるくる変わる、特に本人の自供がくるくるかわるのは、後で追及されたときにあれはうそだったのだという足がかりにするためにわざわざ全くでたらめなことをたくさん言うのだ、裁判所の判決を見るとこういう点はついてはほとんど例外なしにこういう説明をしているわけですね。そういう点、読売新聞は、決定書の中では、被告人は要するに自発的に、あるいは厳しい追及は一切受けないで自白したのだと書いてあるのだから、それなら何もうそを言う必要はないのじゃないか、こういう指摘ですけれども、肝心かなめの金の問題、彼らが犯罪の目的とした金の問題について何も明確な自白が得られていないという一事をもってしても、私もこの決定には不安を感じないわけにはいきません。 伊藤局長も読んでくれましたか。この中で、警察官は盗んだ金、特に三通の預金通帳と判こをどこへ隠したのだ、隠した場所を言え言えといって執拗に責めているわけです。これは私は当然だと思うのですよ、李得賢と鈴木一男が盗んだと思っているのですから。その預金通帳と判このあり場所はどこだ、隠した場所はどこだということをやかましく追及している、これはきわめて当然だと思うのです。しかしそれは李得賢にしても鈴木一男にしても全く答えることができないわけですね、とっていないから。私はとっていないと思うのだ、あれは誤判だ、冤罪だと思っている、そう信ずるのだけれども。それを捜査官が一生懸命追及するのは当然だと思うのだけれども、そこから何も出てこないで、それほど大騒ぎをして追及した預金通帳——たしか金額は二十万円だったと思いました。昭和三十年の事件ですから二十万と言えば相当な金額だ。それと判こが後で被害者の実家の仏壇の下からあらわれたというのでしょう。全く奇怪千万だと思う。こんな奇怪な話はないと思うのだ。ところが、それに対して裁判所の第一審の判決は一言も触れてない。私は、こういう裁判判決があり得るだろうかということをつくづく不審に思わざるを得ないのですね。第二審においては若干触れていますけれども、これもただもう本当に形式的に触れているだけで、その被害者の実家からあらわれてきたということについては特別なせんさくは何もしていない、こういう状況なんですね。私は、この読売の社説が唱えているようなことはまことに不思議なことだと思うのですけれども、しかし、いまそれについてお答えをもらうわけにはいかないでしょうから、私はそれ以上申し上げません。ただ、私は、市民の一人として非常に深刻な疑問を感ずるということだけを表明するにとどめておきたいと思います。 それからもう一つは、本人の自白のほかに、目撃したと称する証人のことについて、これまた例の法学者の指摘の中ではかなり詳しく書いております。そして、これまた裁判所には大変いやな言い方かもしれませんけれども、こういうふうに述べておるので、これも御披露だけしておきます。「虚心に検討しても、「目撃」証言のみで有罪としうるというのであればその裁判官はもはや裁判官に相応わしい判断力をもつとはいいがたい。」また「「自白を離れて」云々」——被告人の自白を離れても有罪は明瞭なんだというふうにこの決定の中には書いてあるわけですね。「「自白を離れて」云云としているのは、あたかも自白以外に有罪としうる客観的な証拠があるかの如き印象を与えて自白裁判の非難をそらそうとする巧妙、狡猾なやり方であるといわなければならない。」こうまで言っているわけですね。まあ、お尋ねをしても、先ほど来のお話で大体答えはわかっておりますけれども、特に裁判官は弁明せずというのでありましょうから、そういう問題についても弁明はしないでしょう。しかし、いやしくも最高裁で判決をするとか決定をするとかいう場合には、もっと国民一般に説得力のあるものにしてもらいたいということを私は言いたいと思うのだけれども、その点なら何とかお答えをもらえるでしょう。最高裁、いかがですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判官は、判決する場合に判決文あるいは決定する場合に決定文を自分の全精力を込めて書くわけでございますが、それを評価する人はいろいろあると存じます。もちろん、できるだけ多くの方ができるだけよくわかるように書くのが至当だろうとは存じます。
○西宮委員 要するに、とにかく決定をして決定書を渡せば、被告人に対する関係ではそれで終わるわけです。しかも、その被告人は先ほど申し上げたような人たちですから、大したことはないというふうにお考えかもしれないけれども、国民全体が十分納得できるような説得力のある判決ないしは決定をしてもらいたいということを強く要求をしなければならぬと私は思います。 大分時間がなくなりましたので、最後に言いたいのは、これは法務大臣にももしお答えいただけるならお答えを願いたいと思いますけれども、何といっても自白偏重、自白に頼るという考え方、態度ですね、これはいまになっても依然として改まっていないのではないか。古い時代には、どんな拷問をしてでも自白をさせようというような時代もあったわけですが、これはその当時からの因襲といいますか、とにもかくにも自白させる、そしてその自白を根拠にして公判を維持する、こういう考え方がいまでも抜け切っていないというふうに思うのです。だから、今度のこの布川事件についても物的証拠というのは皆無なんですよ。こういうふうに書いてあります。たとえば、この中には「指紋が一個も検出されていないことや足跡痕が発見されたとする資料がないことをもって直ちに被告人両名の犯行でないとすることはできない」と書いてある。それはそのとおりだと思いますね。そのとおりだと思うけれども、ただ、これは、犯人は桜井と杉山という二人だということを特定する論拠には何にもならないわけですね。ただ、指紋もとれないし、足跡も見つからないということに対する弁明だけで、それだけで「被告人両名の犯行でないとすることはできない」というならだれでもひっかかるわけで、西宮でも構わない、だれでもいいわけですよ。そういう程度の扱いでは、さっき私が申し上げたような、国民に対して説得力を持ったというふうには言えないんじやないかと思います。 ついでながら申し上げますけれども、大臣にも数カ所指摘をして、せめてここだけは読んでいただきたいということを言っておいたのですが、その中のたとえば丸正事件なども、一人の鈴木一男君は自白をしたけれども、主犯と言われる李得賢氏は終始一貫、捜査の段階から全然否認し続けているわけです。あるいは刑務所におる間も終始それを主張しておったわけです。だから片っ方の自白が基礎になっている。もう一つ、物的証拠といえば手ぬぐいが一本あるわけですけれども、これは殺人のときに被害者のさるぐつわに使ったと言われているその手ぬぐいでありますけれども、それが李得賢氏がもらったという証拠はどこにもない。ただ、一緒に行ったときに助手がもらったから、助手がもらったんだからいわんや運転手はもらっているだろうということだけしか判決の中にはないわけですね。そういう不完全なというか、それがいわば唯一の物的証拠になっているわけです。あるいは、私はしばしば赤堀政夫君のことも指摘をしたことがありますが、これなども物的証拠というのは完全にゼロです。ただ石っころが一つあったので、この石っころで殴ったんだろうということが言われているだけですね、物的証拠というのは。そういう物的証拠ゼロというものについて自白と証人の証言だけで判断をするということはまことに危険きわまりないと思うのですけれども、どなたでも結構ですから答えてください。大臣でなくても結構です。
○瀬戸山国務大臣 丸正事件に関するいろいろな記録を、目を通せということで預かりまして拝見をいたしておりますが、いま御指摘になったような問題点が指摘されておるわけでございますが、御承知のとおり、これは現在再審請求中でありますから、それがどうであるこうであるとかいうことは、ここで申し上げる立場にもありませんし、言うことを差し控えたいと思います。 それから、自白の云々がありましたが、御承知のとおり、いまの刑事訴訟法は自白のみによって有罪とすることはできない、こういうことでありますから、自白だけで裁判が済むとは考えておりません。ただ、事件がありました場合、それを一番よく知っておるのは犯行を行った本人でありますから、できればその犯行者から真実を聞きたい、これはもう捜査の当然のことであります。一番知っておるわけでございます。 それと同時に、もう一つは、やはりみずから犯した、もし犯しておるとすれば犯した事実を明らかにして、明らかにするということは改悛の情があるということ、過ちを犯したという反省があるからこそ事の次第を自白といいますか供述するわけでありますから、やはりそういう意味においても自白というものは軽んずるべきものではない。しかし、自白のみによって裁判ができるというものではありません。捜査をする人は、それがまた真実であるかどうか、捜査官は第三者でありますから、それが真実であるかどうかは、あらゆるその他の情況証拠あるいは物的証拠等を集めて、これはなるほど真実だ、こういうことの確信を得なければ人を起訴したり裁判をすることはできない。ただ問題は、自白をおっしゃるように、過去においては徳川時代あたり、これは本当かどうか知りませんけれども、芝居なんかによう出てきますけれども、いわゆる強制力をもって、本人の自発的な悔悟に基づかないで、強制力に耐えかねて自白するなんということはやってならないことであります。現行法はそういうことを禁じております。したがって、現在はそういう捜査をしておらない、これだけは御理解を願っておきたいと思います。
○西宮委員 自白も、いま大臣言われたように、もしそれが間違いない犯人であるということであれば、だれよりも一番よく知っておるということはもちろんだし、したがって、そこから真実を発見したいというふうに考えることは結構だと思います。しかし、私どもが非常に恐れることは、自白に頼ろうとする、自白させるためにいろいろとあの手この手と使われるわけですよ。先ほど読み上げた出射義夫さんの言っていることが、そういうこととは違うのかもしれないけれども、検察官の大先輩が、とにかく裁判官とは違うのだ、裁判官みたいなお上品なことをやっておったのではわれわれの仕事は何もできない、あるいはそういうことをやったら社会は大混乱に陥ってしまうというようなことを言っているのは、いま私が憂慮しているそういう気持ちが何となく根底にあるのではないかというような不安な気持ちがしてならないわけです。 そこで私は、忙しいところ恐縮でしたけれども大臣にも読んでいただいた私のその一番の願いは、どうして彼らがそういうことを自白してしまうのだろう。鈴木一男君の例に見ても、自分が人を殺したというようなことを、いやしくもどんなに責められてもたたかれても言うはずはないのじゃないか、そう考えるのが普通の常識だと思います。だから、そういう大それた大犯罪を犯したというようなことを自白するというのは、これはもう全く本人がやったに違いないというふうに考える人が多いのも事実だろうと思います。しかし、私が読んでいただきたかったのは、どうしてそういうふうに自白をさせられてしまうかということを、まことに稚拙な文章ではありますけれども、彼が心魂込めて書いたと思うのです。こんな長い文章をあの不自由な刑務所の中で一生懸命こつこつこつこつ書いたんですから、字はでたらめだし、何カ所も重複をしているし、そういうまことに読み苦しい文章でありますけれども、その中で彼が訴えていること、したがって私も法務省の皆さんに知っていただきたいと考えたことは、どういうやり方で、どういうことでそういうことになってしまうのだろうかということが、彼の上申していることがそのとおりであるとすれば、私は非常によく書かれていると思うのですね。返事ができないでまごまごしている、そうするといつとはなしに自分がやったように、そうしてまた、はたからもそうだそうだというようなことを言われて、結局署名捺印してしまうということに追い込まれていくというくだりを私はぜひ理解をしていただきたいというので特にお願いをしたわけであります。 今度の場合なども、この布川事件の二人の被告なども、さっき申し上げたように、もともとすねに傷を持った青年たちなんですね。だから、警察官なりあるいは検察官なり、そういう人の前に出るとこれはもう全く小さくなってしまうと思うのですね。ですから、もう本当に簡単に取調官に対して迎合するというような態度に陥ってしまうんではないかというふうに考えられるので、だから大臣が言われたように、自白も貴重な資料であるという点については私ももとより否定はいたしませんけれども、ただ、自白を得るためにそういう手段が用いられる、いま私がいろいろ例に挙げたそういうことが用いられてでき上がったのが自白である。無論、全部が全部そうだというわけではありませんよ。りっぱな自白がたくさんありましょう。全部が全部そうではないと思うけれども、いま冤罪だと称してみずからもう長い間無罪を主張している。さっきもお話に出ましたが、あるいは三十年、五十年とその冤罪を晴らすために終始がんばっているというような人たちはみんなそういう点について世間に訴えたいというつもりでおるわけですから、そういうからくりなどが行われてはならぬということを私は強く指摘をしているわけです。 それで、もうこれで終わりにいたしますが、こういうことを私はあえてこの際指摘をいたしましたのは、冒頭に申し上げたように、本来的には再審なんという制度はない方がいいんだ、ぜひとも三審の中で慎重に審判をされて、したがってもう三審で問題が完全に片づく、そしてもう世間一般がそれを承認するという状態であることが望ましいことは申すまでもありません。ぜひ私はそうであってほしいと思うのだけれども、ところが私どもが古い事件だけをいろいろ論議している間に、今度はいままたこういう新しい事件が出てきている。さっき申し上げたように、読売の社説の冒頭は、「えん罪の疑いを持たれている事件が、また一つ、最高裁によって、あっさり有罪間違いなしとされた。」あるいはさっきの法学者の指摘はさらに痛烈でありますけれども、そういうことがいま・現に行われておるというようなことを、これが事実だとするならば、私どもは実に寒心、戦慄にたえないと思うのです。ですから、そういうことのないようにということを厳重に、裁判所においてそういう間違いがあったらこれを看破するという明察なり努力なりを裁判所に期待するということと同時に、いやしくもそういうことが、もし疑われる問題が起こったとするならば、それはやむを得ない、再審という制度で救う以外に道がないのです。したがって再審の制度を改善して、もっと的確な判断が再審の場合においては行われるようにしてもらいたいということを指摘するわけです。 特に再審についてはいまの刑事訴訟法に規定がありますけれども、再審の第一段階についてはいろいろな規定がありますけれども第二段階の再審のやり方についてはわずかに三カ条あるだけです。しかもそのうちでいわば実質的な規定というものは、四百五十一条でしたか、一カ条だけだと言ってもよろしい。そういう意味で、第二段階の再審の判断をする場合の規定としてはきわめて不完全だと言わざるを得ないわけです。ですからそういう点をぜひ改正をして、一刻も早くみんなが安心して、国民がこぞって日本の裁判に信頼をし、期待をするということができるようになってほしいということを念願をしてやまないわけです。 これについて大臣からもし何かお答えがいただけるならばお答えをいただいて、終わりにいたします。
○瀬戸山国務大臣 先ほど読売新聞の社説のお話がありました。あるいは「法学セミナー」に学者の布川事件についての相当長文の記録があります。それについてとやかく言うわけではありませんけれども、法廷外で、直接審理に関係しないで、第三者の立場で、これは先ほども出ましたが、研究して言論、文章を発表されることは自由ですけれども、それだけで問題は解決しないと私は思います。 読売新聞のいまお読みくださった社説を聞いておりますと「法学セミナー」に書いてある文章、一節とほとんど同じであります。でありますから、そういうことに惑わされてはならない、かようには考えますが、しかし、おっしゃるように裁判というものは本当に真実を発見して間違わないようにする、これが第一の要諦でございます。しかし、しばしばお話に出ますように、人間のやることでございますから、全然間違いがないんだというわけにもいかない。でありますから三審制度を設け、しかもそのうち万々一ということもあるから再審の制度を設けておる。その中で再審の事由、七項目か何か書いてありますが、それ以上に広げてやるというものでもない、しかし手続等については検討を要する、こういうふうに考えでおりまして、先ほど申し上げましたように、現在検討を続けておる、改めるところは改めたい、かように考えておるわけであります。 最後でありますが、西宮さんの常にこういう問題に取り組んでおられるその態度については深く敬意を表しておることを申し添えておきます。
○西宮委員 たった一言。 大臣、読売の社説にしてもあるいは「法学セミナー」にしても、そんなものに惑わされてはならない、いまこう言われたので、言葉じりをあえてつかまえるわけじゃありませんけれども、この「法学セミナー」にしてもこの学者にしても、ここに書いてあるとおり、これは全く最高裁が使ったと同じ訴訟の記録を見てわれわれはこういう判断をしているんだ、その材料は最高裁で審査をされた材料と全く同じものを使ってこういう結論を出しているんだということを彼らは言っているわけです。そして彼らはそこに問題を指摘しているわけでありますから、私はそんなものに惑わされてはいかぬというようなことでは困ると思うのですね。やはりそういうことも十分貴重な意見として、聞くものは聞く、こういう態度でなければいけないと思うので、いまのお言葉はちょっ言葉が不用意に出たのだろうと思いますけれども、一言だけ申し上げておきたいと思います。
○羽田野委員長代理 次回は、来る十七日火曜日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十五分散会 ————◇—————