決算委員会 閉会後第4号
- 発言数
- 199 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 1978/09/01
会議録
○委員長(寺田熊雄君) ただいまから決算委員会を開会いたします。 昭和五十年度決算外二件を議題といたします。 本日は、文部省及び総理府のうち、科学技術庁の決算について審査を行います。 この際、お諮りいたします。 議事の都合により、これらの決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれもこれを省略して、本日の会議録の末尾に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(寺田熊雄君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ―――――――――――――
○委員長(寺田熊雄君) それでは、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○野口忠夫君 まずお尋ねしたいのは、最近の相次ぐ総理、文部大臣の発言についてお尋ねしたいと思うんですけれども、記者クラブの昼食会に御出席になってお話をなさった。これは文部大臣として御出席になられて発言をなすったと、こういうことでございますか。
○国務大臣(砂田重民君) 文部大臣として出席して発言をいたしました。
○野口忠夫君 文部大臣の発言以後大分世論は沸きまして、新聞記事ないしは国会の文教委員会と、それぞれ各社の社説等を見ますと、大臣の意図するところは一体何であったのかというようなことでの疑問を率直に述べているようでありますし、反省を求めるような文章も多いように思うんですけれども、文教委員会における質疑の状況等を見ても非常に問題であったと思うんですが、こういう発言以後の経過を通して、現在の文部大臣の心境はいかがでございますか。
○国務大臣(砂田重民君) 記者クラブで私が発言をいたしました真意というものを、まあ率直に申し上げますと、報道されましたときにきわめて正しくそのとおりに報道してくださった機関もあり、若干私の真意とは外れた報道もあったわけでございます。その後いろいろな御論議をお呼びしておりますことは、つい先だってもこの部屋で参議院の文教委員会がございまして、御質問がございましたので、私の真意を明確にお答えしたわけでありますけれども、どうぞ私の真意を正しく御理解をいただきたいというのがいまの心境でございます。
○野口忠夫君 私も若干お尋ねしたいんですけれども、総理と文部大臣の間に共通した物の見方、考え方、言葉というものがあるんですね。一つは、やっぱり戦前の教育のあり方みたいなものがよかったみたいな言い方、もう一つは、教育勅語という言葉が出ているところですね。これは共通して出ているわけであります。文部大臣が、文教委員会等で意図の表明がございましたけれども、教育勅語という言葉をお使いになられた、この意図は何ですか、お尋ねしたいと思うんです。
○国務大臣(砂田重民君) 教育勅語に書かれております一部分のことについて発言をいたしました。そして、教育勅語が戦前の日本の教育の真ん中に据えられていた歴史的事実について述べました。 ひとつ御理解いただきたいと思いますのは、私が戦前と申し上げましたのは、戦時中だけではなくて、教育勅語が発布されてから戦争が終わりますまでの間の日本の教育の真ん中に教育勅語があったという歴史的事実は、いま申し上げた言葉遣いで申し上げました。それから、教育勅語の中の一部分に、いまの青少年たちにも持っていてほしいと思う好ましい資質について、だれしもが望ましいと考えられるような基本的な資質について教育勅語の中に述べられているという話をいたしました。 しかし、私は教育勅語が国会で二十三年に廃棄手続が全会一致で明確にとられました意義もよく理解、承知をいたしておりますから、教育勅語復活論者ではありませんという言葉も使って、誤解のないように実は御説明をしたつもりでございます。
○野口忠夫君 その教育勅語の部分によいところがあるというのは、どういうところを指すんですか。
○国務大臣(砂田重民君) 私が使いましたのは一部分だけ例示的に申し上げまして、「兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」というような人間の情愛、人間の倫理観、人間の連帯感、このようなことが教育勅語の中に書かれているということをお話をいたしました。
○野口忠夫君 どうも文部大臣の考え方ですがね、教育勅語という言葉と同時に、その中にあるそういう人間の徳性みたいなものが言われた。一体、この部分を抽出して教育勅語がよかったみたいな言い方をされることは、非常にいけないことだと私は思うんです。これはどうも許されないことだと思うんです。教育勅語にあった言葉ではなくて、人間普遍の原理としてそういうものがあるという場合は教育勅語は出てこない。教育勅語にそういうことがあったという、この教育勅語を言われたということです。ここに何かあるんじゃないかと私は思うんですがね。なぜ教育勅語を言われたか。もっと別な言い方があると思うんですよ。大臣のおっしゃるようなそうした徳目があることは私も知っております。しかし、それは教育勅語の体系の中でやっぱりあった言葉でございましてね。 当時の教育勅語による教育体系というのは、国会決議が指摘するとおり、各学校に奉安殿とか奉安庫というようなものを置いて、朝晩、行き帰りの子供たちにこれに敬礼をさせて、儀式があればそれから教育勅語を持ってきてみんなにこれを拳々服膺させると、そういう中で、それらの徳目があの教育勅語の本当のねらいである一たん緩急あれば義勇公に奉ずるような方向の中に子供たちを引っ張っていった、私もその経験者の一人ですけれども。大東亜戦争というものを企画したものはまさに東条さんであったかもしれません。しかし、あの戦争を推進した力、これは教育勅語教育であったということでありますね。死が人間の最高の道徳であるという説き方がわれわれはあの当時の教育勅語教育の基本であったと、その上に立って国会の決議があって廃止が決議されたわけでありましょう。 教育勅語にある言葉という、この教育勅語、これを総理も言われている。文部大臣も言われている。全国民にこれが放送されている中で、砂田さん個人で発言をした問題なら私はいいと思うんです。文部大臣という立場でこれを全国民に与えたということは、一々弁解をしなければならないようなことになるんじゃないだろうか。何としても文部大臣が教育勅語というものを言われたことについて、私はこれは取り消しをしてもらわなきゃいかぬと思うんですがね。もっと言い方があったと思うんですよ。あの全体体制の中でつくられてきている教育勅語教育体系というもの、その言葉を取り上げているということが問題だと思うんですね。人類普遍の原理としてあるものを言うなら他に言葉がある。教育勅語という言葉を文部大臣が全国民に与えてしまったというこの罪は、ああ文部大臣もそういうことを言っているのか、やっぱり教育勅語というのはよかったんだわいということにならないかどうかということですね。 あるいは頭のどこかで大臣はそのことを予期していたのではなかろうか。どうも福田内閣が右傾化、右傾化といわれるような今日的状態の中で、国歌「君が代」というようなものを勝手に挿入したようなことがある。教育というものを通してこれを一定の方向に引きずっていこうというやり方は、教育基本法並びに憲法の精神によってこの不当な支配は排除されているわけでありますから、ことに文部大臣は憲法の番人だと私は思うんですよ。この民主主義社会建設の課題、憲法の理念の具体的な実践は、その力は教育にまつとあるわけです。いやしくも文部大臣がこの立場にありながら教育勅語を出されたということですね、そして全国民に与えたイメージは、教育勅語教育体系みたいなものに文部大臣もやっぱり何らかのあこがれを持っているみたいだと。これは文部大臣としてはどうも理解に苦しむんです。甲子園の野球大会に行かれて、大臣があの一生懸命やっている子供たちの間にスポーツによる日本人の新しい道徳を感じられた――りっぱな始球式でございまして、大変結構でございました。おけいこなすったそうですがね。なぜそういうことをおっしゃったのかということです。私は砂田文部大臣のためにも非常に残念だと思うんですがね。どうもやっぱり一々御弁解なさるよりは、教育勅語というものをああした場において発言したことはどうもうまくなかったというお考えをここでいま御披瀝いただけませんか。あえて今日の日本の民主化体制の中における教育のあり方を、あの言葉一つによって非常に意外な印象を与えていることについては一応取り消しておく必要があると思うんですよ。 指導要領、きょうお尋ねしようと思って持ってまいりましたが、この指導要領の中を見ると、全く道徳実践項目みたいなものが方針に書いてあるわけです。まことにりっぱな方針が書いてあるわけですね、ここに。このことと教育勅語の発言とは全く別ですね、これは。だが、文部大臣がそう言ったということが何かここに影を落とすのではないかということは、教育勅語という言葉を使われたところに問題があると思うんです。実はその中のこの部分だけ言ったのだということの言い方では、この言葉が残したものを私はなくすことはできないのじゃなかろうか。ことに衆参両院で二十三年に国会決議をされていると。捨てて顧みなかったというお言葉を私は新聞記事で拝見しました。この大事なものを捨てたのは過ちであったというようなお言葉があったと思うんですよ。国会決議はこれを廃止を決議しているわけでしょう。だとすると、文部大臣という立場にある砂田さんは、ここで、ああいう発言について私は訂正すると、こうおっしゃっていただきたいと思うんですが、いかがでございますか。
○国務大臣(砂田重民君) 私が話をいたしましたことをどうぞ野口委員にも明確に御理解、把握をしていただきたいと思うんですが、私が教育勅語を、議論の対象として教育勅語を評価するような話をしたり、教育勅語をいまの世の中で見直すような議論をいたしたとするならば、先生の御批判はまさに当たっている御批判だと言うべきだと考えます。 しかし、私はそういう発言をしておりません。教育勅語が発布以来日本の教育の真ん中に据えられてきたということは歴史的な事実でございます。そのことを歴史的な事実としてお話をし、そうして教育勅語の中にこういうことも書かれていたと言って、人間が、青少年が本来的に持っているべき人間としての倫理観、人間としての情愛、人間としての連帯観というようなことを、先ほど申し述べましたが、そのようなことを例示的にお話をした。そうして教育勅語が戦後二十三年、国会で衆参両院で廃棄をされたことも十分承知をいたしておりますし、新しい民主国家になった日本の憲法の意義も、その憲法を受けての教育基本法も私はそのことをよく承知をいたしておりますし、世界に誇るべき憲法であり、世界に誇るべき教育基本法だと、さよう心得ておりますから、教育勅語をこの世の中に持ってこいとか、教育勅語を捨てたのが間違いであったという話を私は決していたしておりません。人間が本来持っているべき倫理的なことが教育勅語の中に書かれていて、それが戦前の――戦前というのは戦時中だけではございません。私の子供の時代もそうでありました、教育の真ん中に置かれて。そういうところから、今日の世の中でだれしもが青少年に持っていてほしいと考えられるような、そういう資質をそういうことで教えられてきたという歴史的事実をお話をしたわけでございます。 ですから、今日でもなおだれしもが考えられる基本的な青少年に持っていてほしいと願うような資質は、これはやはりそういうものの指針というものを、いわば憲法、そして教育基本法の前文、第一条、第二条に書いてあるような、そういう人間性豊かな人に育ってもらうために持っていてほしいと思うような資質は、教育勅語を廃棄をするわけでございますし、国の体制そのものが根幹的に変わるわけでありますから、そこは変わるけれども、人間普遍のこのような人間の情愛であるとか、人間の連帯感であるというものは、これは変えるべきではない。そういうものを、教育勅語を廃棄をする、そして憲法、教育基本法ができた、それを受けて、青少年に持っていてほしいと思われる資質について、そのような指針というものを持って戦後の教育もスタートをしたかったということを申し上げたわけでございます。 ですから、教育勅語を対象とした議論をしておりません。教育勅語の見直し論も、ですから、したがっていたしておりません。教育勅語を評価した議論もいたしておりません。青少年に持っていてほしいと思われる好ましい資質について話をしたわけでございます。 ですから、そういう指針を私どもは持たずに来たわけでありますけれども、今日の青少年の文化、芸術、スポーツ、そういうものが青少年の生活の中に占めるウエートというものは非常に重くなってきて、文化であるとか、芸術であるとか、芸能であるとか、スポーツであるとか、そういったことに触れることによって、そういう場で活動することによって、われわれみんなが考えるような、青少年に持っていてほしいと思うような資質がそういうものから涵養されてきて、正しく育っていっている青少年がたくさんいることをありがたいことだと申し上げたわけでございます。教育勅語を議論の対象には、私は決していたしておりません。
○野口忠夫君 結果的に、道徳の指針を教育勅語のようなものでやってほしかった――たとえば、具体的に私、考えましてね。あの教育勅語のあの徳目だけを新しい民主社会の中でどういうことで一体やっていこうか、これをどうやっていこうか。私は、この学習指導要領の中に当然あのことは入っていると思うんですよ、何もそのことで御心配になる必要はないように。ただ、それが実践されているかどうかの問題は現実的には課題があるでしょう。しかし、あれを残しておきたかったという奥底に、一体あの道徳が国民に守られてきた日本的体制、その体制の中であの徳目は毎日拝まれていたわけですね。そのことを国会決議の中では教育勅語排除の根本的理由にしているわけです。そのことのなかった教育勅語の徳目というものは、人類普遍の原理としてこれはあるわけですね。だから、道徳実践項目みたいなのをつくっておきたかったとおっしゃるその周辺には、民主社会の中における道徳実践項目というのが現にこの指導要領の中でも強くうたわれているわけですね。だから、教育勅語という言葉をお出しになったことについては、その体制の中における道徳実践項目ということを考えないと、その具体的な国民への浸透というようなものは考えられないわけですよ。 あの部分だけを切り離して、その後ろのものと、教育勅語の中にあったという言葉。私はその点で、そうではないというお気持ちは十分わかりました、いまお聞きして。ただ、文部大臣の発言として国民に教育勅語という言葉が残っているわけですね。この教育勅語という言葉を安易に出していかれる過程の中で、私は今日文部大臣がこれを訂正する必要があるんではないかということを申し上げているわけなんです。要らざる誤解と要らざる曲がった考え方をされるわけですから、そういうことは。だから、文部大臣としてそういう言葉を残していくことについて、やはり教育勅語というものの中の人類普遍の原理を取り上げたお気持ちはわかるんですがね。幾ら御説明になっても、教育勅語という言葉を言われたことは消えない。ですから、私は、文部大臣として、やはり教育勅語というような言葉について、国民に疑惑を与えるような問題について、少し発言はまずかったという意味での訂正意思はぼくは持ってほしいというふうに思うわけなんですけれども。 持って回った言い方をしましておわかりにくいかもしれませんけれども、教育勅語という言葉を使われたこと自体に問題があるんです。私はそれを申し上げているわけです。いかがでございますか。
○国務大臣(砂田重民君) 教育勅語というものが存在をしたこと、教育勅語の中に、いま先生も御指摘になりました人間としての普遍の道徳観と申しますか、そのようなものが書かれていた事実、あの歴史的な事実というものは消しようがないと思うんです。同時にまた、民主国家になりました日本に、あの教育勅語をそのまま当てはめられるべき筋合いのものでは全くない。そのことによって、国会の決議によってこれを排除したというまた歴史的な事実、やはりそういう歴史的事実は歴史的事実として、私は、先ほども申し上げましたけれども、教育勅語を論評したのではない。そういう歴史的事実をお話をしたのでございますから、これは取り消しようがないと思います。 ただ、いま野口委員も、心情はわかるとおっしゃっていただきました。その心情をわかっていただく努力はまだまだ私続けなければならぬと思います。心情をわかっていただく努力はしてまいらなければなりません。しかし、教育勅語というものが存在をした。確かに、戦争中にゆがめられたこれの使い方もされ、つらい目に遭われた方もおられることも承知をしております。すべて、これは歴史上の事実でございます。私は歴史上の事実を事実として申し上げたわけでございますから、取り消しようがないという気持ちがいたします。心情はわかるとおっしゃっていただいた、そのことをこれからも努力を積み重ねていかなければならない、それによって真意がもっと広く理解をしていただける、このような気持ちがいたすわけでございます。
○野口忠夫君 大臣、心情がわかったことはわかったんだけどね。あなたの教育勅語と言われた言葉は、もうこれは残っているわけなんですよ。文部大臣という立場の人が軽々しく教育勅語という言葉をお使いになられたこと自身に問題があるということなんですから、それは。心情がわかったからそのこともよかったということを言っているんじゃないんです。一生懸命おっしゃっている気持ちはわかりますけども、あなたが文部大臣として教育勅語をお使いになったことは、これは消えてないです。国会決議の精神から言えば、文部大臣が教育勅語という言葉を何の抵抗もなしにお出しになるところに国民は大きな疑惑を持つんですよ。あの教育勅語のもとに三百万の国民が死んでいったという事実を新しい国会の中では払拭していこうという、そういう中でいま文部大臣が教育勅語という言葉をお出しになられたことは、日本のこれからの民主化の過程の中で大きな疑惑と騒乱を残すと、ここに私は問題があると申し上げているわけなんですから、ぜひ私としては、大臣が、文部大臣として教育勅語という言葉を何か国民によい点でもあるのではないかと思われるような印象を与えたことについて――もう全国各紙に載っているわけですからね。ただ、今日の世の中では入れられないから教育勅語はないけれども、やはり教育勅語の中にはよいものがあって、それをいま生かさなかったのが残念だというようなことを言うことは、どうも私は国民の前で潔く訂正なすった方がいいというふうに思うわけでございますが、まあ大臣、これを訂正の意思がないわけですけれども、あなたの心情を考えると、いやあれはちょっとそういうことを言うべきではなかったというようなことがあっても決して間違いではないのではなかろうかと思うんですがな。 それがどうしても訂正できないということの意味は、何かやっぱり教育勅語という言葉を使ってこれから考えていくようなものの土台を残してしまうおそれはなかろうかと私は思うわけです。戦後の民主社会の中で、私は国政を担当する人から教育勅語という言葉を聞くことは想像しませんでした。これからの日本の社会の中で、教育勅語はよいとか、あの中にはよいことがあったとか、そんなことを言う国政担当者は今後は出現しないのではなかろうか、敗戦の上に立った偽らざる私の気持ちであります。あなたの心情としては、同じですとはおっしゃっておっても、何か国会の中で教育勅語を言うことが何だかちっともタブーでない、これ、平気で使われてきている。こういう中で進んでいくものはぼくは恐ろしいと思うんですよ。で、まあ過ちであったからではなくて、そのことによって与えるであろう影響を考えた場合、軽率に教育勅語なんていう言葉を使ったことは、歴史的事実ではあるかもしれませんけれども、今日の文部大臣の立場では若干反省しているというようなお言葉は出ませんか。まあ、何度聞いても同じですが。
○国務大臣(砂田重民君) 御理解いただこうと思って、一生懸命あのときの発言そのままの言葉を使ってお答えをしているわけでありますけれども、教育勅語を議論の対象としたのではない。だから、教育勅語の評価論をやったわけでもなければ見直し論をやったわけでもない。教育勅語の中にこういうことが書かれていた。一部分の、先生のお言葉をかりれば、人類普遍のものをお話をするときに、先ほどお答えをしたような趣旨でお話をしたのでありまして、それが存在したという歴史的事実は取り消しようがないと思うのです。 ただ、強いて言えば、野口委員が心情だけはわかったとおっしゃっていただけたように、講演の中で言葉が足りなかったところがあったのではないか、そのことは反省をしております。本当の私の真意というものをもう少し時間をかけて、事細かにお話しすればよかった、そうすれば、正しく伝えられた報道、あるいは教育勅語見直し論という評というか、どういうんですか、見出しもありました。私はそれを見て私自身びっくりしたんですが、そういうことなしに済ませるために、もっと時間をかけて私の真意というものをお話しすればよかった、そういう意味では反省をいたしております。
○野口忠夫君 どうもなかなかかみ合わないようでございますが、文部大臣、私は時間がございませんから以上御要望申し上げますが、少なくとも今日の民主社会の中で、悪夢を思い出させるような、そこによいものがあったみたいな教育勅語などという言葉を、日本文教政策を担当している大臣は使うべきではないということ、これは常識ではなかろうかと私は思うんです。砂田さん個人で話をする場合はこれは御自由でございますよ。それは御自由でございます。国会議員として発言する場合も御自由だと思います。しかし、少なくとも文部行政、日本の文部行政を担当する立場では、今後ともその点については意を用いていただいて、この種疑惑を与えるようなことのないようにひとつ御努力願いたい、こういうように御要望申し上げます。 小中学校の学習指導要領が改定されまして、それに引き続いて高等学校の学習指導要領の改定、これが八月告示、五十五年からの移行の措置、五十七年実施、八年ぶりでこれ高等学校教育の見直しが始まったわけでありますが、どうもこの改定の内容には幾多の問題が所在しまして、これが実施されることによっての不安がなかなか国民の中にあるように思われます。ことに高校教育というのは、問題の量、その質ともに、今日の教育問題の中では最も深刻な問題を抱えている高校教育だと思います。無気力な子供たち、青年らしからぬ子供たち、落ちこぼれ、教育にたえない子供たち、非行、入学したと思ったらすぐ退学してしまうような子供たちの高校生。一年間に二学級分くらいずつ退学していくと言われる。夜になると集まって歩き出す暴走族、最近は銀行強盗や殺人など、刑事事件にまでにもこれが発展しているような今日的高校生徒の現状、非常に問題は深いものでありましょう。 高校教育が青年の時期にこれを迎えている中で、今度の指導要領改定は、これらの問題を解決するための方向性を持ちながら改定されたと思うのですけれども、どうにかしてくれという国民の高校教育に対する要請に対して、今回の指導要領の改定は自信を持っておこたえできると文部省はお考えであるかどうか、その自信のほどをひとつお示し願いたいと思うんです。
○国務大臣(砂田重民君) 私から基本的なことをお答えいたしまして、後ほど詳細はまた担当局長からお答えをさせていただきたいと思います。 いまの高校生の一部に見られます残念な事態を御指摘でございました。まずそのことにお答えをしておきたいと思いますけれども、私は先生が御指摘になりましたような、私、いやな言葉でありますけれども、いわゆる落ちこぼれの生徒あるいは非行、こういうことが高校生の一部に見られることは御指摘のとおりでございます。しかし、高校生の大勢は、やはり将来の日本を背負ってくれる頼もしい青少年に高校生の大勢は育ってくれている。そのことを信頼をしながら、一部の青少年に見られる事態というものを解決をしなければならない。教育のことは、もうこれは野口議員は百も御承知でありますけれども、短兵急に事が成るものではありません。相当な長い物差しで取り組んでいかなきゃなりませんけれども、漫然と事態をただ見ていることは許されることではございません。 それと、高等学校の生徒のことを考えますときに、高等学校の場だけで高等学校の問題が解決されません。社会の状態、高校、大学を巣立って出ていく青少年たちを社会がどう受けとめてくれているかという問題、たとえば学歴偏重社会の状態、こういうものの打破、大学の入学選抜の従来のあり方、大学間に残念ながらまだ残されている格差、当然私どもがその解消のために果たさなきゃならない責任もまたございます。こういうものと、小中高の一貫性を持った学習指導要領改定、これらのことが総合的に、スピードは遅くても一つ一つ出発をしてまいりませんと、高等学校の抱えておりますむずかしい問題もまた解決しにくうございます。そして九三%を超える青少年が高等学校に進むように、高等学校というものの内容、環境もすっかり変わってまいりましただけに、やはり高等学校に進みます少年たちの態様も多様化しているわけであります。 それにこたえられる高等学校の学習指導要領改定でなければなりません。そのようなことを踏まえて、大変著しい能力、適性、進路等の多様化にこたえるための学習指導要領として高等学校の学習指導要領改定を今回行ったわけでございます。基本的にそういうことを祈るような気持ちで各方面の御意見を十二分に伺いながらまとめ上げてまいりました高等学校学習指導要領改定でございます。これは国民に対してお役に立てるという確信が持てるかという御質問でございましたが、確信が持てると私はお答えをいたしたい。内容につきましては初中局長から詳細お答えをさせていただきます。
○説明員(諸澤正道君) また御質問に応じてお答えすることとして、簡単に申し上げますと、今回の高等学校の学習指導要領の改定は、小中学校の指導要領について昨年改定しましたその基本的な考え方が、できるだけ教育内容を精選して基礎、基本をしっかり身につけさせるということでありますが、その考え方に立って、高等学校の低学年は十分基礎、基本を身につけることを共通にやってもらう、その上に立って、九三%という進学率は高等学校生徒の資質、能力がきわめて多様化しておる、その多様化に対応して選択履習という形で能力、適性に応じた多様な内容が適切に選択できるようにしようというのが基本的な考え方でございます。
○野口忠夫君 初中局長にお聞きをしますが、今度の改定要額の中で「習熟度別学級編成」という言葉があるんですが、これは耳新しい言葉ですが、私は、あっさりこれは学力別編制と能力別編制という言葉を置きかえたんだなと考えてようございますか。習熟度別学級編制というものは何ですか、これは。
○説明員(諸澤正道君) 高等学校の段階で一人一人の子供の勉強の実態を見ました場合に、私は人間の能力には個人差があるということはこれは認めなければならないと思うわけでございます。したがって、高等学校の子供の勉学の実態を見れば、ある時点において一定の内容についてその理解、習得の度合いが相当違うということがあるわけであり、それを、そういった進度に応じてグループ分けをして適切な教育を施そうとするのが今回の習熟度別学級編制の考え方でございます。 おっしゃるように、それは能力別学級編制と言ってもよいではないかというお話でございますが、私はただ、いま申しましたように、人間の能力に個人差があるということが現実であっても、教育の場で余りにその能力別学級編制というような表現を使いますことは、能力に差があっても、しかし一人一人の子供が最大限に努力をしてその能力を伸ばすその努力、そして教師がまたそれを受けて伸ばしてやろうとするその意欲、そういうものをややもすると能力別学級編制というような表現は否定して、能力という考え方を固定化するおそれがあるということを心配しまして、そこで、一人一人の学習の実態というものを動的にとらえて、ある時点における習熟度という考え方でやるような考え方を示したわけでございます。
○野口忠夫君 お話を聞きますと、能力別というのは確かに固定しますね、能力別ですから。習熟度別ということになると、これは教師の責任も入ってきますね。文部省の責任も入ってきますね。習熟度別ということになると、ある到達目標、達成させなければならない目標があるわけでしょう。それに対して限界ができてくる、そのことについて教師も責任がある、文部省の条件整備の中にも問題が残ると、こういうことでしょう。落ちこぼれじゃないんですね。高等学校の一年生になってから落ちこぼれ救済なんということは少しこれどうかと思うようですね。百人中九十三人の生徒が高校生であるという今日的現実に立って、困った子が入ってきたなんていう考え方がまだあるんじゃなかろうかということです。 従来までの高校のあり方の中で、大学の予備校的な考え方、高校生というのが一段と上の学校に近づく学校だと、こういう考え方。教師もそう。だから、高等学校の学校評価は大学の進学率の多いところが優秀な学校、優良な学校。どこどこの学校は東大に何人入った、どこどこの高校はゼロだった、こういう評価が行われていたわけですね。百人中九十三人が入ることになったという今日的高校教育の中では、習熟度別学級編制という言葉は、いわばそういう高校から脱皮して、百人中九十三人の子供に対してある到達目標に向かっていかなけりゃならぬと、こういう愛と情熱を持った学校、そして子供たちがそこに喜んでにこにこ笑いながら登校していくような学校、魅力のある学校、そういうものに近づけていこうとしていくあらわれがこの習熟度別学級編制みたいなものだと思うんですけれどもね。 今回、教科内容の取り扱いについては学校の自主性ないしは教師の創意工夫にまつと、長い間教育のあり方についての論争等の問題が、今回はその取り扱いはひとつあなた方にお任せしましょうと、こういうことになっておる。大変結構なことだと思うんですけれども、現行がそういう状態の中でこれだけを持っていったのでは、肝心かなめのある到達度に向かっていくべきそれらの子供たちの一つのあり方が、単なるおまえは落ちこぼれ、おまえは進学組、こういうことになってしまうんじゃなかろうか、与えられた自主性の方向というものが。永井文部大臣のころから言われた高校における学校格差の解消という言葉は、いまも私は重要な教育課題だと思っております。しかし、今回の学習指導要領における、このある到達度によって分けられていくというこの形の中で自主的なあなた方の取り扱いに任せるということの中では、受験校、就職校、就職校と受験校の合併したところと、学校の体制が公認されて三つくらいに区分された形になっていくんではなかろうか。そして学校格差というものが、親の願いの中で、あの学校は大学に行く学校だと、ここはそこに行けない学校だというふうな、到達度ではなくて、何か能力別学校編成が今度の改定の中の公認制の中から生まれてきやしないかという心配をするんですがね。物すごく学校格差を拡大してしまうんじゃなかろうか。 これは大臣にもお聞きしたいんですが、教育の中で進学教育というのは一体これあるんでしょうかね。百人中九十三人入ってきた子供に到達させなきゃならない目標を持った教育が、特にその中の子供の進学教育をするという、そのために特段の教育――私は伸びていく子は自学するんではなかろうかと思うんですよ。自学できない落ちぼれの子供たちに教師はより温かい愛情を注がなければならぬと思う。私らのころの中学校の場合は、大学に行く者は自分で勉強しましたね。先生のところへ行って何か参考書ありませんかと、先生も一生懸命参考書を与えて、教室の中ではそういう差を生まないで私らはやってきましたから、非常にばかな人間でしたけれども、そういう人たちとのおつき合いは私もまあやれてきたわけであります。 今回のことでいきますと、学校ごとに一つの格差ができる。学校の中に格差ができる。エリートと言われる人と残っていく大衆的な国民層というものとの間に、おれはエリートだというふうな、おれはそこにはいけないというふうなそういう失望感、何か人間連帯というようなことを道徳の中で言われているんですけれども、学校教育そのものが、この中から人間連帯関係というものを公認で断ち切っていってしまうんじゃないかというふうな、そういう心配をされるわけなんですけれども、学校格差拡大に将来なっていかないかどうか。 もう一つは、進学制度というものが公認されていいのかどうか。私は、かつて、進学はやらない方がいいということで、進学の教育はやめるような通達を出したときもあったと思います。百人中九十三人になったという一般普通的な高校教育の中に入っている高校の生徒に、教育は一体何を与えるべきか。進学のための教育ではないはずであります。日本の国の民主化のために、民主的な人間形成が行われるような連帯と責任と共同の精神に燃えた子供たちを高校の場においてつくり上げていくというような課題を、今日九十三人の高校生のいる中では私は求められるのが原点ではないかというふうに思うんですけれども、以上のような点で、どうも何かこの指導要領の中にあるものが不安なんですけれども、御説明いただきたいと思います。
○説明員(諸澤正道君) この習熟度別学級編成を適切に取り入れてやることを考慮するということを原案の段階で発表しましたところ、各新聞等も、ただいま先生御指摘のように、この習熟度別というものを、言ってみれば現在の受験体制の強化のような形で組み入れられるおそれがないかという疑問の提出がありまして、私はこれはもっともだと思うわけでございます。 しかし、現実に大学の入学試験というものが相当一部において激烈であり、それに対して学校がある生徒に対して受験勉強のための指導をするということは、これは事柄の望ましいかどうかということはともかくとして、現実であることは否定できないわけでございますが、しかし、いま申しましたような習熟度別学級編成というのは決してそういうことを本来ねらったものでないということを、私どもはそれ以来繰り返し関係の方々に御説明を申し上げておるわけでありますし、もう一つ、現在の高等学校卒業者の進路というものの現実を数的に見ました場合、御承知のように、現在大学、短大等へ進学いたします者は、ここ数年の状況を見ますと四〇%に足りない、三八、九%という横ばいの状況であります。そのことは、要するに六〇%を超す青年が高等学校だけを出て実社会に出ていくということでありますから、私は、一方において一部の生徒が進学のために準備をする勉強をするということはあるにしても、過半数の生徒はそうではないというこの実態にもっと目を向けて高等学校の教育のあり方というものを考えてほしいというのが今回の改正のねらいでございますから、そういう意味で、その習熟度別編成というものもむしろそういった幅広い、実社会に出ていくような生徒も含めての高校生全体の適切な指導のあり方という観点からこれを取り入れていただくように今後とも関係の皆さん方にお願いをし、努力をしてまいりたい、こういうふうに思っておるわけでございます。
○野口忠夫君 私申し上げたのは、進学する子供というものは非常に温かい手が伸べられているんですよ。これは現場に行ってごらんになっておわかりだと思うんですけれども、大学試験の前の二学期間くらい、これはもうほとんど授業はやりません。もっぱら進学指導の授業になっておって――進学校ですよ、ごく少数の受験しない子供たちはあちらこちらでふらふらしているみたいなかっこうの学校の現場が相当あるわけです。ですから、九十三人になった今日の状態の中で、六〇%の高校卒が出てくる。四〇%に与えられたこの進学の一つの子供たちの魅力というものですね。残りの六十人の子供たちにどう魅力を持たせて、非行に走ったり無気力にならないように、これからの高校教育のあり方の原点はそこにあるだろうと思うんですよ。それに対して、こちら側に対して進学の指導というものがある限りは、高卒者の方は差別になるんですよ、これ。ある到達度から言うと、そこを過ぎた者はこっちへ来る、行けない者はこっちへ入れるという、こういう差別というもとにおける子供たちの劣等感といいますか、そういうものが制度的に今度は学校の中につくられていく感じがするわけですね。 ですから、落ちこぼれと称せられる、いわばおくれている子供に対する指導、この方に対する重点というものは相当かけなけりゃいかぬのじゃないかと思うんですよ、もう一般教育、普通教育ですから。この教師がいますか。これを入れる教室が東京ではどのくらいあるんですか。単にいま指導要領で、五十六年までこれいくわけですけれども、ここに要求される教育条件の整備というのは、文部省としては、単におまえたちに任せたと言うだけでこれは捨てておけない非常に大きな問題持つんじゃなかろうかと思うんですよ。このことを十分考えてやらぬと、高校教育が今回ある問題の解決にはどうもならないんじゃないかというふうに思われてなりません。 これはもう実施されようとするわけですから私のそういう要望になりますが、九十三人の高校生の六十人の教育というものがどのような重点をかけて行われるか、そういうふうに学校を文部省はどう指導していくか。そしていまの高校の先生方の頭の中をそういう意味ではある程度切りかえないと、国民の要請、社会的要請によって生まれてきた日本の国民の教育の一般的レベルが高校教育段階にあるというこの現実を私は処理する方向にはならぬじゃないか、こういう考えでいま申し上げたわけであります。時間がなくなってしまいますのでこちら側の意見だけになりますが、もういま実施段階でございますので、なお機会があったらもっとお話し合いしたいと思うんですけれども、その辺で指導要領の問題は以上で終わっておきたいと思うんです。 次に、来年の四月から養護学校を義務化するわけですね。これは私どもも養護学校の設立については御要望申し上げておりましたので、ぜひひとつ順調な運営が進むように御期待申し上げたいと思うんでございますが、一体これ来年の四月に施設は間に合いますか。四十七年を初年に七カ年で二百四十三校、本年は最終年度です。九月段階の進捗状況はどうでございましょうか。 それから、見直しの議論がありまして、余りぽつぽつ遠いところにつくられても意味がないんじゃないかと、もっと近くの方にこれをつくってはどうかというような見直しの話がありましたが、この見直しの方も含めてどんなぐあいですか。
○説明員(諸澤正道君) 五十四年の当初から義務制に移行をすると、その計画を立てましたのは四十七年度でございますが、その時点で養護学校の数は二百六十三校ぐらいございました。そして、当初の計画では、五十四年の四月一日までに二百四十校余をつくりまして、五百校強の養護学校を整備をするという計画でございました。 ただその場合の養護学校の規模は、一校大体百五十名の収容ということで進めてまいったわけでありますが、その後、先生御指摘のように、実際に百五十名収容の養護学校を主要な都市につくるよりは、もっと規模は小さく、たとえば七十名、六十名の学校でも、もっと数を多くして子供の通学の便を考慮した方が適切だという意見が大分ございまして、そこで、すでにことしの五月一日現在で五百四校がもう新設されておるわけですけれども、いま申しましたように規模を縮小いたしておりますので、さらにこの五十三年度中にもう百校余の養護学校をつくる計画を各県に進行いたしております。 ただ、その養護学校は、いま申しましたような趣旨からして全部新設というわけではなく、たとえば児童福祉施設に若干施設を増加して養護学校を併設するという形の計画も含まれておりますけれども、そういうことでもう百校余をいま増設中ということでございまして、先般来関係各教育委員会の所管者を呼んで実情をヒヤリングいたしておりますが、大体私どもの計画としては明年三月までには計画どおり実施され得るという見込みでおるわけでございます。
○野口忠夫君 なかなかこの養護学校の先生というのは、特殊能力を要するし、特殊の勤務の状態になりますね。これは大変な勤務状態になるようでございますが、教師の確保はいかがでございますか。
○説明員(諸澤正道君) 養護学校の先生は、その性格の特殊性からいたしまして、主として国立大学で養成するのがまあ中核的な職員の養成になるわけでございますが、この国立大学の養成数が、一学年の入学定員で見ますと、大体千百名くらいになっておるわけでございます。そのほかに、私立大学におきまして課程の認定を受けて養成し得る数というものが、数から言いますと二千名くらい可能になるわけでございます。そのほかに、国立大学でも一年の課程、臨時養成課程、つまり一般の教員の免許状を持って一年間そこへ入って特殊教育教員の免許状をもう一つもらうというようなコースもございますので、全部合わせますと、養成者の入学定員は四千名くらいになるということでございますが、実際に採用されます数はもっと少ないわけでございまして、ただ、来年度より義務制、初年度でありますと需給の関係は計算上は大体一致するということでございますが、ただ私は、その資格を取れたからといって、現在の免許制度は必ずしも実質的に十分な教育内容を体得していない場合もあり得ますから、そういうことを考えまして、現在普通学校のこの特殊学級でございますね、そこで障害児を教育しておられる先生方も、大分養護学校教育免許状を持っておられる方もおりますから、来年の義務制移行に際しましては、そういう先生方と養護学校との交流というようなことも十分考えていただきますならば、一定の、ある程度資質を持った先生が大体充足できるのではないか、こういうふうに考えております。
○野口忠夫君 いろいろ御苦労なさっているようですけれども、まことに不十分ですね、まだ。四月に義務化するというんだから。これはちょっと――予算どうですかね。皆さん規模は小さくしてくれと、それから数多くつくってくれと、こうなるとやっぱり予算は当初の平方メートル計算の予算では私は不足するんじゃないかと思うんですけれども。今度の補正予算で、大臣どうですか。この点での要求などはお考えでございますか。
○説明員(諸澤正道君) 施設の助成は管理局になりますので私の担当ではございませんが、いま課長からの報告によりますと、本年度の建設につきましては当初予算で間に合うという計画のようでございます。
○野口忠夫君 就学指導委員会というのがございますね。これは全都道府県、全市町村に今年度中に設置すると、こういうわけでございますが、五十二年度の実績はどうですか。それからそれの運営状況はどうですか。 もう一つは、この指導委員会に対する補助ですね。都道府県で二百十八万円の半分、二百十八万円の半分ですよ、二千八百万円ではなくて。それから市町村は二十一万八千円の三分の一と。構成メンバーは医師とか児童相談員とか、相当権威のある人であるわけですが、この指導委員会の活動ですがね。都道府県で年四回ぐらいきりやっていない、市町村は三回ぐらいきりやりませんけれども。これは養護学校で一応やって、ある程度の就学後の児童の成績が上がったら転校するというようなことの措置が行われるようですけれども、そういう際の相談員の仕事というのは非常に重要ではなかろうか、子供本位に考えた場合。それにしてはこの補助が少々少ないようであるし、これじゃ指導委員会何をするかと言われても、二十一万八千円の三分の一というのは約七万円で、一年間これ指導委員会は相当あれでないですかね、特に日の目の当たらない子供たちにやっていく中では。以上含めてひとつお願いします。
○説明員(諸澤正道君) 就学指導委員会の仕事は、ただいま御指摘がございましたように、各市町村、県の段階で、当該区域内の障害児について、この子供はどういう教育をどこで受けさせたらよろしいかということを判断する際の相談役的なポストでございます。したがって、制度的に申しますと、それは本来就学事務を適切に遂行すべき義務を負う市町村ないしは県の仕事と、こういうことになりますので、おっしゃるように金額としてはただいま御指摘があった程度でありますが、これはまあある意味では奨励補助的なものとなるというふうに考えざるを得ないと思うわけでございます。 ただ、実績を見ますと、それぞれの町村の段階で年に二、三回あるいは数回ということでございますが、それはいま申しましたように、その地域内の障害児について、この子供さんはどうしたらよいかというようなことの協議でございますから、実績としてもその程度の回数でやっておるということでございまして、私は、要はその就学指導委員会のそうした判断というものが、回数もさることながら、やはり密度の濃い専門性の高い判断が下せるようなそういう運営をこれから一層心がけてやっていただくようにお願いをしてまいりたい、かように考えるわけでございます。
○野口忠夫君 いや、まことに補助が足りないですね、これは。単なる教育委員会、市町村教育委員会の相談だけではなしに、この子供をどうしようかという親との関係も生まれますよね。やはり子供と親というものを中心にして考えた場合、この相談員、指導委員会というものが相当やっぱりそういう民主的なあり方としてやることではないかというふうに思うので、ちょっと足りないと思うんですがね。 養護学校問題で最後の問題が、特殊学級と養護学校の振り分けの問題です。これは文部省は市町村に任せて自分は逃げたような感じがして仕方ないんですがね、これは。むずかしいところは皆捨ててやっちゃって自分らはせいせいとしたような感じがするんですがね。これは非常に深刻な問題を持ちます。親と子、とにかくこれを分けるときに、現在のところで言うと、一応教育委員会が認定いたしますと、これはまあ親がどんなに願っても聞かないような厳しさを持ってやっていくような傾向があるんですね。それと同時に、特殊学級の編制などもそうですけれども、ある程度の生徒がいないとかっこうにならぬものだから、つくったといっては失礼ですけれども、見つけてきて入れていくようなことになって、何だか子供が特殊学級に入れられるというようなことでの問題なども出たり、要は一般の子供と隔離していくという中で非常に深刻な問題があるわけでございますがね。これはやっぱり親の希望とか子供の考え方というようなものの中では、そう機械的に強制的にやるべきことではないと私はこう思うんですけれども、いかがでございますか。
○説明員(諸澤正道君) 特殊学校へ行くか、特殊学級へ入るか、あるいは普通の学校で教育するかという場合に、御指摘のように一般的に子供さんなり子供の親としては、なるべく普通の子供と一緒にという希望があることはこれはもう事実でございます。しかしまた同時に、教育という作用を考えました場合に、子供の希望あるいは親の希望だけではやはりいかない、教育学校当局としてあるいは医者がどう判断、やはりこの子供さんは養護学校に行った方がいいとか、特殊学級で行った方がいいという判断が冷静――冷静といいますか、客観的に見てあるわけでございますから、そこで教育の場というものはなかなか理屈どおりにいかないという面もございますし、またその判断の基準というものが、いまの学校教育法施行令の中では、養護学校へ行く子供さんは精神発達の遅滞の程度が非常に大きいものというふうな非常に抽象的な表現にならざるを得ないということで、先般も文部省に置きましたところの特殊教育に関する研究調査会で、新聞等でも発表されましたけれども、診断表というようなものをつくって一つの目安を御参考にしていただくことにしたわけでありますが、そういうことを頼りにしながらいまの就学指導委員会等で判断をし、それを受けて最終的に教育委員会が決定をするというこの仕組みでございますから、私はその過程におきまして父母等の意見もよく聞く必要はあるわけでありますが、やはり最終的には、そのよく話し合いをした上で教育委員会の決定に従ってどこで教育を受けるかということを決めていただくようにしませんと、一つの学校運営という組織の中のことでありますから、希望だけというわけにはやはりまいらぬ、かように思うわけでございます。
○野口忠夫君 まあ説得とかそういうことはある程度あって結構だと思いますよ。が、どうしても私はやりたいという親の願いがあった場合に、これが指導委員会に、市町村教育委員会に任せられているところなんですけれども、文部省としては、やっぱりどうしても親が賛成しない者まで無理にやるということではないと思うんですね、これは。そういう強制的にやるべきことではないんではなかろうか。義務化したということの中で、それを強制にすることが義務の履行であると、こういう考え方になるのかとも思うんですけれどもね。やっぱりいまの、この子は養護学校に行け、この子は普通学校、これは特殊学級と分ける場合の判定ですね、この判定が問題ですよ。その判定によって、これは持っていって、確実にこちら側の右翼の方はいいですね、だれが見てもそうだというのはいいでしょうけれども、ところが右翼でなくて、健康児等との間の差がこの判定でわかるのかどうかという疑問が、これでやっぱりあれは養護学校の子供、私は一般の子供という差別観になるわけですね。親たちの考えを聞くと、やっぱり将来嫁さんにいくのに困るみたいな話もあったり、何というか、暗いものがうちの中を全部包んでいるんですよ。それを明るくするのがこれからの養護学校の教育のあり方にもよるだろう。 非常にその点は重要なことだと思いますけれども、ただ問題は最初に決める判定ですね、これがそんなに厳しい条件をもって親に望むべきものかどうかと、それほどの根拠性があるものかどうか。たとえばまねして一直線をかけるような子供といったようなことでしょう、あるいはまねして一緒に三角がかけるかどうかというようなこと、あるいは御飯をはしを持って上手に食べたかどうかと、これはその日その日の状態によって子供というのはいろいろ変化があるわけですから、たまたま判定のときにそれがどうもばたったといっちゃうおそれもあるわけですね。これについてやっぱりこれ、文部省どう考えているのか。あなた方の発達診断表、従来愛知でやりましたけれども、発達診断表でやって、大分そういう項目を並べてあるわけだ。弁当をはし持って食えるかどうかなんというようなことをやるわけですが、どうもこれは児童人権をやっぱり侵すと、この判定は。そういう観点から、臨床心理学会という学会の総会で、この発達診断表については児童の人権をどうも侵害するということで、私どもとしてはこれは信頼できないというようなあれも出ているわけですね、学会から。ですからこの判定の基準というものと親との間、親の方からどうぞというような雰囲気が出れば結構ですが、そうでない場合などに、これは無理にやっぱりやるべきかどうか、非常にむずかしいところであろうと思うんですが、こういう学会の批判などもある判定基準ですけれども、いかがでございますか。
○説明員(諸澤正道君) 確かに親としては、そういう場合普通の学校へやりたいという希望がある場合が多いと思います。ただ、私率直に申し上げまして、たとえば普通の学校ではどうにも教育の対象として運営がうまくいけそうもないような重度障害の子供さんを連れてきて、どうぞこの子を教育してくれと、こういうことを言われて、学校当局も非常に困惑するというような例も聞くわけでございますので、そこで、もちろん親の要望、希望というものは十分しんしゃくしなければいけませんけれども、やはりその希望の中に、愛情いちずではなく、そこに合理的にどうしてもそれはやはり普通学校の方がいいんだという何か合理的な説明がつきませんと、それはやはり学校運営としては困る。たとえば全盲の子供さんでも普通の学校へ行っている例があるじゃないかと、こういうような御指摘はよくあるわけでございますが、私はそういうケースは本人自身の意欲とか努力というほかに、やはり親とか回りの者の理解、そして学校自体のそれを受け入れる態勢、そして教師の協力、友だちの協力と、そういう条件が全部そろっている場合にやはりうまくいくことであって、通常そういうことをすべて期待することは無理でありますから、やはりそこは十分に親と関係者が話し合いをしていただいて、どこへするかということをやはり決めるようにしませんと、希望だけというのはどうも私は賛成しかねるわけでございます。
○野口忠夫君 そういうことだと思うんですよ、義務化はね。だがしかし、これ深刻な問題が市町村教育委員会に残っていくわけです。地元の人たちですから、住民の声ですから、なかなかこれ容易ではないわけなんですよ。文部省はそれは何か基準みたいなものを示してほしいということはあったらしいんだけれども、そういうことは示さないで自主性に任せる、こういうことになっているようですね。この辺ひとつ、よくその辺の事情はおわかりなんだと思いますから、今後ともひとつ検討していただきたいというふうに思います。 時間があと十分になりましたので、五分で第五次教職員の定数増計画について。 大臣は四十人案を指示してことしはやるような――新聞ですよ、これは。大臣に会って話したわけではございません。どこにか消えちゃったわけですけれども、新聞に、一学級四十人の学級基準の編成を含めて第五次定数計画をやると。ずっと前でしたか、そういうことがあったんで、砂田文部大臣さすがに踏み切ったなあと私思っておったわけでございましたが、消えてしまったようでございます。 定数問題ですけれども、いまの今日の雇用の中で、やはり教職員定数というのを増大することは、景気不況に伴う雇用の問題の新しいやっぱり雇用創出の場面として、私はこれはもう定数増は堂々とひとつやってもらいたい感じがするんですがね。ことに、ことしの教職員の試験でございますけれども、山口県などでは採用予定者二十名に対して志願者が千三百三十一人。六十六・五倍、これはいままでの試験の中で最高だそうですね、あらゆる試験の中で。中学校教員の採用で、山口県でそういう調査の結果が出ているようでございますけれども、非常に教員志望が多い。その中でことしはひのえうまだということで若干生徒が減る。それで延ばしたような形になるんじゃないかと思うんですけれども、この雇用、これは国策ですから、国が挙げてやっている雇用の増大、新雇用のものを本来見つける、そういう場合、私はやっぱり教職員定数というものは、本当に子供の幸せ、もっときめ細かいものをやれるための四十人学級編成、それに伴う定数増の第五次定数増計画というのは当然あってしかるべきだとこう思うんですけれども、その辺は三分で答えてください。
○国務大臣(砂田重民君) 三分間でお答えをいたします。 日本のこれからの雇用という立場に立って、それと教育条件の整備をさらに努力をしていかなければならないという観点にも立って、教員の定数改善のことは真剣に取り組む決意をしております。そして、いままでマクロ的に、全国で生徒増が何人だから教員増が何人である、こういうことで長期計画も進められてまいりましたけれども、この次の長期計画というものはきわめて慎重に精査をきわめたものであるべきだと思うんです。そこで、いま悉皆調査を市町村別にやっておるわけで、これは先生御承知のとおりでありますが、その調査を各市町村から求めております調査項目の中の一つに、四十五人学級編成を四十人学級編成にした場合に、あなたの市町村におきます先生増はどうかということも調査対象の一つになっているわけです。こういうことをミクロで十分見きわめました上で、ひのえうまは中学校で今度始まるわけですが、しかし、小中学校を通じての第二次の戦後のベビーブームを迎えますし、それから後の児童減が来ることももう明確にわかっていることでありますから、五年計画でいいのか、それとももっと長期なものがいいのか、そういうことも含めて、学級編成のことも含めて、ミクロの悉皆調査を明確につかんだ上で十分な対処をさせていただきたい、こういうふうに考えたわけでございます。
○野口忠夫君 まことに御答弁うまい。三分で終わった。 これは御質問でなくて、提起をしておきますけれども、中学校の先生にはいま無免許運転先生がいるんですからね、中学校には。音楽をやる先生が体育なんかやっているんですよ。体育をやっている先生が音楽などをやっているんですが、子供より下手だというような先生もいないわけではない。これを見逃がしている。そして附則に寄りかかって――しょっちゅう聞くんですよ。そしてあなた、「当分の間」と言うて三十年もぶん投げてきたというのは、これは当分が大好きらしいんだけれども、当分は何年だなんということがあっちこっちでこのごろ問題になっていますが、もう戦後の教育の中で無免許教師が、本法にはやってならないとあるんですから、それをやっていることを改めるというようなことも、いまの定数増計画などではやはり重大な問題として入れてもらって、ミクロの問題になるかどうかわかりませんが、しっかりしたやつを立ててもらいたい。 最後に、これも国策でございますから、第三次全国総合開発計画というのができて、国を挙げてこの三全総という計画に進もうとしております。この三全総の精神は、過疎と過密をなくそう、そして定住圏構想をつくっていこう。つまり、その場で学べる地域、その場で働ける地域、その場で生きていける、そういう魅力ある地方をつくってやっていこうというものが三全総の精神でありますが、国土開発の中でこうしたことがあるということを私はまことによいことだと思っているんですが、この三全総の目玉の中に教育の問題が非常に大きく取り上げられているわけで、その中では大学ですね、大学をひとつ地方に分散してはどうかという一つの課題があります。大都市圏に密集している大学を地方に分散することはどうかという一つの計画の提案が上りましょう。もう一つは、地方大学というものがございますから、この地方大学の学部を増設して、総合的な大学にして地方の人々の期待にこたえていくようにすべきではないか、こういうことも考えられるわけでございますが、文部大臣に三全総に対する文部省の考え方をお尋ねしたいと思うんです。 それとあわせて、実は学部増設の中で歯学関係の学部というのは非常に少ないようなんですね、医学は多いが。九州、中国、四国あたりにいくと、一県で、あの地方で二校とかなんとかいうぐらい少ないそうで、非常に歯医者さんは繁盛しているわけでありますが、そこに行った患者さんは一日待っていて歯を治してもらうというような現状になっているので、やはりもっと歯医者さんをふやすというような意味で、歯学の増設ということを特段にこれはお願いしたいというふうに思うわけでございますが、三全総の構想、それから大学の分散、学部の増設。実は福島県も学部増設をいま要請中で、知事が先頭に立って全県民挙げてこれはやっているわけでございますが、その意味で申し上げるのではなくて、本当の意味で地域を開発するのに学部の問題もあるだろうし、歯学の問題とあわせてお答えを願いたいと思います。持ち時間がここで終わるわけでございますが、これからは大臣の時間ですから何ぼしゃべっても私の分ではございませんので、どうぞ。
○国務大臣(砂田重民君) 私も昼飯時間、確保したいんです。 三全総のことをまずお答えをいたします。 大学がただいま三五%が大都市にございまして、学生数で申しますと学生の五二%がここで住んで勉強しているわけなんです。このような大学の都市への過度の集中を是正したい、こういう考えをもちまして大学の整備充実を地方に充実していく、そういう基本的な高等教育の計画整備を文部省も続けてきたわけでございます。三全総の定住圏構想におきます学校分散の基本的な方向は、文部省としても全く同じ考えを持っております。そこへ、文部省としても目下昭和五十六年以降六十一年までの高等教育の整備計画をただいま検討中でございますので、その際に、三全総との関連を十分に留意をして、大学の配置の適正化を、私、先生と同じような考えを持つものでございますから、そのことを十分に留意して大学の配置適正化をこの五十六年以降の長期計画の中で取り入れていきたい、そういうただいま検討中の段階でございます。 地方大学のことと学部増設のことは大学局長からお答えさせます。
○説明員(佐野文一郎君) 国立大学の整備に当たりましては、御指摘のように、地方における国立大学の特色のある発展を期するということを非常に大事な課題と考えて進めております。現在、地方の大学の場合には、学部、学課構成が不均衡であったり、あるいは専門分野の点から考えても問題のある大学が少なくございませんから、そういったものについて、地域間の収容力の格差であるとか、あるいは専門分野の不均衡の是正、そういう点に資する計画というものを各大学の計画の中から取り上げて対応をしているわけでございます。 いま大臣からお答え申し上げました、五十六年から六十一年までのいわゆる後期の高等教育計画を立て、それに従って大学の整備をしていく場合にも、現在、それぞれの大学でいろいろな将来構想が検討されておりますので、そうした大学のお考えを十分に伺い、そして、全体の計画の中にそれが適切に組み込まれるような、そういう配意をしてまいりたいと考えているところでございます。 それから、歯学部につきましては、現在国立で九学部、公立で一学部、私立で十七、合計二十七の学部がございます。入学定員は全体で三千百六十人。歯学部につきましては、医科大学の場合のような無医大県解消というような計画はございませんけれども、やはり四十八年度に関係の調査会で検討が行われまして、歯学部については、歯科医師が著しく不足していて真にやむを得ない地域に限って設置をすると、そして、その場合には、地域的配置なりあるいは進学の機会の均等ということを考えてできるだけ国公立でつくる。しかし、教官の確保等に非常に困難があるので、できるだけ慎重に進めろということが四十八年の段階で調査会から指摘をされているわけでございます。 これを受けまして、これまで五十一年度に、歯学部のない四国地方に徳島大学の歯学部をつくりました。それから五十二年度に、やはり歯学部がなくて歯科医師が大変足りない南九州の地方に鹿児島大学の歯学部をつくったわけでございます。現在、岡山大学と長崎大学につきまして歯学部の創設準備を行っておりますが、明年度はこれを創設をするということで概算要求をいたしたところでございます。 このように、次々と歯学部をつくり、また、私立の歯科大学もできましたので、全体として入学定員増が進んでおりますので、現在の入学定員の数をもっていたしますと、当面人口十万人当たり歯科医師五十人ということを目標にして計画的な養成を考えているわけでございますけれども、その目標は昭和六十年を待たないで達成をされるという段階になっております。しかし、御指摘のように、なお地域的に歯学部を持っていない地域もないわけではございません。これから先どのように歯学部をつくっていくかということにつきましては、いま申しましたような調査会の報告の趣旨を踏まえながら十分慎重に検討をしてまいりたいと考えておるところでございます。
○委員長(寺田熊雄君) 午前の審査はこの程度とし、午後一時三十分まで休憩いたします。 午後零時三十四分休憩 ―――――・――――― 午後一時三十二分開会
○委員長(寺田熊雄君) ただいまから決算委員会を再開いたします。 午前に引き続き、昭和五十年度決算外二件を議題とし、文部省及び総理府のうち、科学技術庁の決算について審査を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○野口忠夫君 原子力船「むつ」問題について初めにお伺いしたいと思うんですが、当委員会の調査で過日青森に参りまして、停泊中の原子力船の内部までおじゃまいたしまして、しみじみと原子力船を見てまいったわけでございますが、長い間原子力船「むつ」の修理港をどうするかについて期間をかけてきたわけでありますが、七月の二十一日、熊谷科学技術庁長官、野村日本原子力船開発事業団理事長、久保長崎県知事、辻佐世保市長、住江長崎県漁連会長、これらの五者の方々の間でお話し合いが行われて、最終的に合意されて、合意協定書が調印されたわけでございますが、これですべて終わったわけではございませんで、原子力船の問題は佐世保港修理だけではなくて、これからその本当の開発の問題というものがあるわけでございまして、それらの問題を踏まえながら質問を申し上げたいと思うんですが、第一番に、いよいよ佐世保の港に決まって、これから大湊港から「むつ」を回航してくると。これの回航のスケジュールですね、これはどんなになっているんだか、お知らせいただきたいと思います。
○説明員(山野正登君) 「むつ」につきましては、ただいま先生御指摘のとおりの経緯にあるわけでございますが、七月の十八日に、修理のために「むつ」を受け入れようという長崎県と佐世保市の御回答を得ましたことによりまして、ただいま原子力船事業団におきましては、十月の中旬を目標に佐世保港に回航すべく諸準備を進めておるところでございます。このために七月の三十一日に原子炉等規制法に基づきまして、所要の入港届を提出したのでございますが、これによりますれば、十月の十二日に佐世保港に入港するという予定になっております。
○野口忠夫君 これ、佐世保に入ってこれから修理をするわけであろうと思いますが、修理の期間はどのくらいかかるわけですか。
○説明員(山野正登君) 「むつ」の佐世保港におきます修理は、大別いたしまして二種類ございまして、一つは遮蔽の改修工事でございます。いま一つは安全性につきましての総点検工事でございますが、この双方を終了いたしますのに今後約三年間を予定いたしております。
○野口忠夫君 先ほど申し上げました五者協定の一、二を見ますと、新母港の選定はこれは急いで決めると、修理総点検のことが終わり次第新母港に回航をするという協定が一、二にあるわけでございますけれども、三年間に新母港を決定ということですが、従来の経緯にかんがみてこれは果たして自信があるのですか。それと、従来のようなあり方の中で当座しのぎの三年間というようなことではないかと思われるんですが、自信がおありか。あるいは何か心当たりでもあるのかどうか。もしあったらお示し願いたいと思うわけでありますが。
○説明員(山野正登君) 新しい定係港問題につきましては、青森県におきます四者協定によりまして、政府としましては早期にこれを決定する義務があるわけでございまして、今後もその方向に沿って努力をしなければならないのでございますが、過去の経緯をちょっと触れますと、これは四者協定の当事者でございます青森県あるいはむつ市並びに青森県の漁連、この三者とも、新定係港選定に先立ちましてまず修理港問題の決着をつけるべきであるという理解ある御見解を持っていただいておったわけでございまして、その線に沿いまして従来はこの修理港問題の決着を最優先で進めてまいったわけでございます。おかげさまで今回修理港問題につきましてめどを得ましたので、今後は新定係港の選定に全力投球すべく、実は事業団におきまして新しい定係港の選定基準もごく最近取りまとめましたので、事業団並びに私どもともどもに、新しい定係港の選定を今後進めてまいりたいと考えております。これは修理期間三年間かかるわけではございますが、私どもといたしましては、この定係港の選定作業は三年間という期間ではなく、もっと早くできるだけ早期に決定したいと考えておるわけでございます。 それから、何か心当たりの場所でもあるかという御質問でございますが、これにつきましては、過去におきましても幾つかの候補地点につきまして私どもも調査を進めてまいっておりますので、今後そういう地点も含めまして引き続き調査、検討をすることになるわけでございますが、まだただいまの段階におきましては具体的な地名を挙げるという段階まで至っておりませんので、いましばらく選定作業の済むのをお待ちいただきたいというふうに考える次第でございます。
○野口忠夫君 五者協定が締結されました七月の二十一日の翌日、二十二日の読売新聞に、その中の抜粋ですが、「政府筋は二十一日、原子力船「むつ」の〃新母港〃を現母港のある青森県むつ市の大湊港とする方針を決定、すでに河野・むつ市長らと非公式に折衝を始めていることを明らかにした。」と、こういう新聞記事があったわけですけれども、これは本当ですか。
○国務大臣(熊谷太三郎君) 別に新聞の記事をかれこれするつもりはありませんが、そのような事実はございません。
○野口忠夫君 次いで長官にお尋ねしたいんですが、去る八月の一日に、長官はいよいよ佐世保修理港決定ということになりましたので、それの報告かたがたのごあいさつに青森県に参られまして、青森県の地元関係者と御相談をなさったんですが、これはどんなことをお話し合いなされたか、「むつ」出港とか、「むつ」の定係港、現在の段階では四十九年協定でこれは撤去すると、こういうことになっていたわけでございますけれども、むつ市を、現母港をそのまま再び母港にしたいと、そういう意向があればここでの話し合いに出たのではないかと推察されるわけでございますが、そういうことはなかったのでございますか。
○国務大臣(熊谷太三郎君) ただいま八月一日に青森に参りましたことにつきましていろいろお話がございましたが、参りました目的は、その当時からはっきり各方面、関係方面に申し上げておりましたように二つございまして、一つは、「むつ」を出港する期限が四者協定の上では昨年の四月十四日に相なっているわけでございまして、大変遅延しているわけでございます。ただ、したがって非常に申しわけないと思っておりまして、そのごあいさつをしなければならぬわけでございますが、おわびをする具体的なそういう材料がない。ただ済まぬ、済まぬということだけではこれは誠意も疑われるわけであると考えまして、ちょうど一応佐世保に入港するということが公式に決まりましたので、せめてこれだけでも御報告申し上げまして遅延のおわびかたがたごあいさつに上がると、これが一つの訪問しました目的でございます。 いま一つは、原子力船を実は就任以来現実に見たことがございませんので、また施設も見たことがありませんので、素人でよくわかりませんが、それを一遍私の目で見てきたい、そして施設の状態も見てきたい。したがって、原子力船「むつ」並びにその関連施設を視察したい、この二つが私の目的でございまして、その目的以外に別段の言動をなしたことはないわけでございます。このことは当時の地元の新聞等にも私の考えましたことが、いま申し上げましたことが大体そのままに伝えられているかと考えているわけでございます。
○野口忠夫君 佐世保の修理港決定までにはいろいろな御苦労をなすったと思うんですが、この前の委員会でも御質問など申し上げたんですけれども、大変な御苦労をなすって、これ三年以上もかかっているわけですね。今度新母港決定ということになりますと、これもまた容易な問題でなくて、何か修理が終わった三年後の「むつ」が、修理港にはいられないと、何かさまよえる原子力船みたいな姿が――私もあの船に乗ってみましたが、中で勤務なさる皆さん方の姿を見て、まあそんなことがあってはならないなとしみじみ感じさせられてまいりましたが、そういう考えの中で言うと、むつ市母港と思うのは当然のことだと思うんですけれども、新聞報道などを見ますと大分地元情勢が変わってきたと、こういうようなことを言われてもおりますので、しかし、これはまあこれまでの青森における苦い歴史があるわけでございまするから、そうして協約を結ばれているとすれば、これは安易にそれに進むべきものではないのではなかろうか、やはりその場そのときのしのぎばかりで考えますと、いろいろいままでこじらせる原因にもなってきたんではないかと思うのですが、私はやっぱり四十九年協定に基づいて母港は結局約束を推進した方が正しい方向ではなかろうか、新たに母港としての条件、地元との補償、そういう問題も含めながらきちっとした姿勢の中でやらぬと、またいろいろなことが出てくるおそれがあるんじゃないかと思うのですが、お金も使いましたし、時間もかけました、いろいろ問題が多かった苦い経験の中で毅然とした態度でお考えいただくのがいいんじゃないかと思うんですが、長官はどうお考えでございましょうか。
○国務大臣(熊谷太三郎君) ごもっともな御意見ばかりであると考えます。 第一に、いま一修理港を決めますのに大体四年ぐらいを要したわけでございまして、この間に非常な貴重な年月を費やし、また貴重な国費を使い、それから関係者に多大の内外ともに御心配、御迷惑をかけているわけでございますが、これをさらに新しい母港を決めるという問題になりますと決して簡単なものではないと考えているわけでございます。われわれとしましては、できるだけの努力を集中いたしまして、一刻も早く母港というものを決めてまいりたいと思っているわけでございまして、ただ、決めるという問題のためには、やはりどういう方針で新しい母港の選定に臨むかということをまずもってはっきり打ち出さねばならぬわけでございます。 したがって、私どもは実はその大体の選定方針の要綱をつくりまして、そしてよくわれわれと事業団との間にも協議いたしまして、まずこの方針でいこうということを決めたわけでございます。それにのっとりましてこれからひとつ新しい母港の選定を極力進めてまいる、こういうふうに考えているわけでございます。ただしかし、お話にありましたように決して簡単なものではありませんので、私は関係の皆様の御指導と御協力を仰ぎまして、どうか新しい母港が一日も早くでき上がりますように極力念じ上げている次第でございます。 それから、「むつ」の現在の港の問題につきましては、私も前々からいろいろな気持ちを持っておりましたが、現場へ参りましてさらにいろいろな感慨がわいたわけでございますが、ただこの際、われわれとしましては四者協定を一応結んだわけでございますから、これを忠実に履行するというたてまえをとることが最も必要である。まあ政府としてはそうまで思っておりませんが、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、しかし、とかく一般からはいろいろの場合を挙げられまして、政府としてもある場合には不信の目をもって見られている点もないとは言えないと考えております。この際どのようなことを進めますにつきましても、やはり政府に対する不信感がありましてはいろんなことを進めますのに支障が生じます。そのためには、やはり四者協定という一たん結ばれました協定は政府としてはこれを履行するというたてまえをとりまして、政府に対する不信が起こらないように、少しでもその面からも起こらないように努めるべきであると考えておりますので、そういう気持ちで今後も進んでまいりたい、このように考えております。
○野口忠夫君 慎重に構えられた長官のお話でまことにあれでございますが、私も、やっぱりどんなところが最も母港としていいかというこの母港設置の基準ですね、そういう設置のための基準とか、あるいは地元における補償の基準とか、そういうものをやっぱりきちっとつくっておやりになった方がいいんじゃないかというふうに思うんですがね。そういう点では余りにも政治的に決着し過ぎるんじゃなかろうかと。ことに補償は、何か魚にえさでもやるようなぐあいに針に食いついてこないかなんといったようなかっこうになっているのが、大分千葉あたりの問題がどうもそう言われているわけですね。約五百億の金を出すからどうだというような行政というのはこれ一体どういうものであろうかと思わさせられるわけですが、やっぱりそういう意味では、最初から政府の姿勢としてはこうだというようなことでトラブルのないような方向に持っていくべきではなかろうか、あえてこれは御要望申し上げておきます。 次に、今度の五十年度決算の報告に、特別掲記事項として原子力船「むつ」の問題が出ているわけでございますが、これは決算報告の特別掲記事項でございます。三十八年度の事業年度以降研究開発費の総額は百七十四億三千四百三十一万円、五十事業年度の事業団の支出額、これはちっとも動かないで係留されていたわけでございますが、これに十三億五千二百二万円使っていると。開発の成果というものが確認されないままこのように多額の国費が支出されている点は問題であるという問題指摘がなされているわけでありますが、これは五十一年度以降さらに上積みされていくわけでありまして、今後どれくらいかかるかちょっと予想つかぬということになると思いますが、長官にお尋ねいたしたいんですけれども、この原子力船開発というものは、やっぱりこれは将来日本のために絶対に必要なものだと、二船、三船とこれはつくっていくのだというような、そういう継続して将来やっていくというようなお考えが現在あるんでございましょうか、お尋ねしておきます。
○説明員(山野正登君) 原子力船につきましては、単に造船海運といった政策の観点のみならず、最近のエネルギー事情から考えましても、船舶用のエネルギーを多様化するという観点からも、諸外国で鋭意研究開発の進められておるものでございまして、先生御高承のとおり、アメリカ、西ドイツ、ソ連等におきましては、すでに商業用の原子力船が相当程度の開発の成果を上げておるわけでございます。今後恐らく十年ぐらいのうちには原子力船の実用化時代が来るであろうというのが、大まかに申し上げまして諸外国の一致した見解でございまして、やはり造船海運で世界をリードしてまいりましたわが国としましても、ぜひこの分野におきまして今後とも格段の努力を払う必要があると私どもは考えておるわけでございまして、現在の「むつ」に引き続きまして、ぜひ民間等を中心にしまして第二、第三船というものが出てくることを強く期待しておるものでございます。
○国務大臣(熊谷太三郎君) ただいま説明員から申し上げたとおりでございますが、私にも御指名がありましたから一言申し上げますが、私どもは、十年か十五年かその辺の明確な期限はわかりませんけれども、原子力船の必要時代が必ず到来するものと信じまして、一刻も早く自主的な技術で原子力船の開発を進めてまいりたい、このような考えでおるわけでございまして、いま過去のいろいろな扱い方等についての御意見もありましてそれはそれなりに傾聴申し上げておりますが、なるべくむだな経費が省かれてそうしてそういう原子力船開発の目的が達成できますように今後も鋭意努力してまいりたい、このように思っております。
○野口忠夫君 少し山野さんの御発言と私と認識が違うんですけれどもね。商船に利用――原子力船の開発というのは一時的に世界的なブームがありまして、それぞれ取り組んだようでございますが、最近の世界の情勢というのは非常に変わっているんじゃないだろうかと思うんですがね。いわゆる原子力船というのは非常に長期的に運航できるが、一般船舶用というのは荷物を積んでいきますから、それぞれの港にちょいちょいちょいちょい回るのであって、どうも大きく長く歩くなんというようなことよりは、石油をたいて歩いた方がいいのではないかというような見直しがあるんじゃないかと思うんですけれども、現在一般船舶用で原子力船が実用的にあるというのは、私の知るところではソ連の砕氷船くらいではないかと思うんですね。あと持っているものもみんな各国とも一隻ぐらいではないかというふうに思うわけですけれども、一隻ないし二隻くらいで。非常にこの原子力船というものがメリットがそういう意味で一般船舶用としては少ないのではなかろうか。そのために、こういう世界の状態で一時はわっとしましたけれどもこうなっておるのじゃなかろうかと思うんです。現在利用されているのはどうしてもやっぱり軍事利用の方にこの原子力船というのがいっているようで、潜水艦なんていうのは、どこにも寄りませんで海の底を長期的に運動しますから、原動力としては軍事的な利用方面ではあるようですけれども、一般船舶用にだんだんこれがいくのではないかという世界情勢ではないように思うんですがね。 私は科学技術庁もやっぱり常に平和利用を叫んでおられるのでありまするから、少し原子力船開発というものを見直しする、少し頭を冷やして考える必要があるんじゃないかということを御忠言したいような気持ちがするんですがね。私の認識と非常に違うんで、長官は、せっかくできた原子力、そのあとがどうかという問題についてはおっしゃるとおりの発言になるとは思うんですけれども、どうも現状がそういう情勢になっているように思われてなりません。ひとつじっくり検討すべきではないかと思うんですが、山野さんどうですか。
○説明員(山野正登君) 原子力船の特徴としましては、一つは先生御指摘のように、少量の核燃料できわめて長期間にわたって連続運航できるという点もあるのでございますが、これに加えまして非常に高出力の推進機関ができるという点も第二の特徴でございまして、船舶が一般に高速化し巨大化してくるといったふうな現在の状況を考えますと、在来の機関に比べましてコンパクトに高い出力を出し得る機関としての価値というものが非常に重要になってまいるわけでございます。 そういう意味で、原子力船は果たして在来の一般満船に比べて経済性を持ち得るのであろうかという点につきましても各種の機関でいろいろな検討が行われておりますが、この検討結果を見ましても、ある条件が整いますれば十分にこれが一般商船と競合して使い得るという結論が出ておるわけでございまして、ただいま御指摘のように、ソ連が砕氷船として使い、あるいはアメリカが「サバンナ」という船を原子力の貨客船として使っておるといったふうな程度ではございますが、いろいろな諸条件、つまり、相当推進機関が高出力化する、三十万馬力程度まで上がっていくとか、あるいはスピードが三十ノット程度まで上がるといったふうな各種の条件等が具体化されますような時点には、必ず原子力船は経済性を持ち得るというふうに私どもも考えておりますし、またこれは先進諸国の一致した考えであると思っておる次第でございまして、先ほども申し上げましたように、一九八〇年代の後半にはその実用化の時期が来るであろうというふうに見込んでおるわけでございます。
○野口忠夫君 私は、現状から言うと少し頭を冷やした方がいいんじゃないかと思う気がするわけでございますが、私の意見としてそれは述べておくにとどめておきます。 次に、原子力のエネルギー問題について若干お伺いをしたいんですが、私もこのエネルギー開発の問題はまことにこれは重要なことであると思っております。ことに、わが国は非常に資源が少なくて、輸入依存で、わが国における資源エネルギーの開発の政策課題はこれは国民挙げて考えなくちゃいかぬだろうというふうに思っておりますが、現在の科学技術庁あたりの資源エネルギー開発の施策の最重点ですね、これはまあ政府施策と言ってもいいと思うんですが、原子力関係が何か資源エネルギーのすべてであるような感じの進行をしているんではなかろうかと思うんです。 科学技術庁というのは、少なくとも科学技術に係る各省におけるいろんな研究とかなんとかの行政全般の担当行政官庁であろうと思うんですが、現在見ますと、科学技術庁の業務の中の八〇%は原子力に偏っているんではなかろうかと、こういう感じがするんであります。これは一歩利用を誤りますと全人類の滅亡と関連すると言われているこの原子力エネルギーの問題を、ただそれだけのものが未来のエネルギーの研究開発だと、八〇%の努力をしていると、こういうことについては若干私は疑問を持つものでございまして、そういう立場から御質問申し上げたいと思います。 一つは、ただいま申し上げましたが、新しいエネルギーの開発の中心は、わが国のポストエネルギーは原子力が最重点視されていると、何かこれしかほかにはないような方法で進められている印象がどうも強いのです。これがなかったらというような感じの進め方が多いんですが、科学技術庁としても、従来のことはとにかくとして、ポストエネルギーとしては当面原子力しかないと、こういうように考えておられるのかどうか。その辺のところを、本当にそんなふうにきり思っていないのかどうか、お尋ねしたいと思います。
○説明員(山野正登君) 石油にかわります代替エネルギーといたしまして、いろいろあるわけでございますが、近い将来であるまとまった量のものを賄おうといたしますれば、私どもはそれはやはり原子力をおいてほかにないと考えておるわけでございます。そういう意味で、ただいま軽水炉の定着あるいは新型炉の開発、それを支えます燃料サイクルの確立といったもろもろの施策を講じておるわけでございますが、ただこれだけやっておれば十分だという趣旨ではもちろんないわけでございまして、長期的に見ますれば、この原子力に加えまして、同じ原子力の分野の中でも、海水中の重水素を無限に使い得る核融合の研究でございますとか、あるいは非原子力の太陽エネルギーの活用のための研究開発といったふうなものもあわせ行っておるわけでございまして、こういったふうなものは恐らく来世紀におきまして実用化されるものと考えておるわけでございます。 そういう意味で、そういう短期、中期、長期の間を考えまして、少なくとも今世紀いっぱいは原子力エネルギーというものが石油にかわる最も重要な代替エネルギーであろうかと考えております。
○野口忠夫君 私も山野さんと同じく、原子力のエネルギーとしてすぐれていることはよくわかるんですが、また、他のエネルギーを考えるものよりも危険なものであるという事実もまたこれ私は否定できないと思うんです。非常に結構なものではあるが非常に危険性のあるものであると。わが国は悲しい戦争の中で被爆国という経験を持っているわけでありますが、そのために原子力アレルギーがあるなどというような日本人の評価がありますが、私はそう言われることが今日的世界の情勢の中では日本人の誇りではないかというふうな感じがしているわけであります。日本人というのは原子力と言われるとぶるぶるっというと。これは私らが世界に貢献し得る日本人の大きな一つの使命ではないか。最近何かアメリカの方から、日本もアレルギーがなくなってきたと、いよいよ国を守るためにはアメリカと一緒にならなくちゃならないんだみたいになっているというふうな、ああいう報道を受けてわれわれは喜んではいられないと思うんですね。軍拡競争のこの激しい中で、日本人の体験した中から生まれた原子力に対する一つの抵抗感というものは世界の人類に対して日本人が持つ個性ですよ、これは。だから、私はこれは大事だと思うんです。原子力のアレルギーとまで言われる日本人の物の見方、考え方は、単に日本だけではなくて、アメリカや西ドイツ、この中にもこの開発に対する反対運動は非常に多いわけですね。 それにしては、この政府、電力会社等の開発政策を見ますと、まず原子力発電か、そうでなければ電気をとめるか、この二者択一の短絡的やり方ですね、こっちをとるか、こっちをとるかと国民に向かってやるようなこういう短絡的なやり方で果たしていいのかどうかということです。そして、何か住民との間にトラブルが起こってきますと、これまた巨額の金をここに注ぎ込んで、そして金でそのことを実行していこうとする。大都市に対する電力を供給したからそれに対して国がその地域にお返しするんだというのはこれは表面の理由であって、現実は、危険なものであるということを認識しながらも、その中に土地の買収を進められるという現状にあるわけですから、なぜこう強引に進めるのかどうかということですがね。私は、余りにもこれは原子力の安全性という問題を考えた場合、エネルギーとしてはそうではあるけれども、それに偏り過ぎてこの問題を見失っていくことは危険ではなかろうか、こういうように思っているわけですが、大元締めである科学技術庁あたりは、やっぱりこの点については十分なるひとつ関心を持ってこれやってもらわないと、開発か停電かなんというようなことでいくやり方はどうも納得できないんですがね。これはやっぱり長官、ひとつ体を張ってもいいから先頭に立って――それは私も認めるんですよ、原子力というものは。ただ問題は、いまの時期で非常に安全性もまだ不十分な中でやられるということについて十分ひとつ関心を持ってもらいたいと思うんですが、長官のひとつ御見解を承りたいと思います。
○国務大臣(熊谷太三郎君) いまいろいろ原子力の問題について大変貴重な御意見を承っているわけでございます。 第一に、科学技術庁としてはどうも原子力にいろいろ重点を置き過ぎるのではないかというお話でございますが、御承知のように、科学技術庁の任務の一つといたしまして原子力の平和利用という面がございまして、この平和利用という面だけを取り上げますと、これはまあ一応は科学技術庁だけでこれを進めてまいる、こういうことでございますので、勢い原子力発電の開発にいろいろウエートが非常に過大に置かれているというふうな御印象も与えるのかと思いますが、国全体といたしましては、御承知のように石油を初めいろいろなエネルギー開発に力を尽くしておりますし、決して原子力を過重にエネルギー源として考えているわけではありません。たとえば昭和六十年度を目標としますと、大体一億七、八千万キロワットの電力――エネルギー中の電力でございます――供給目途とされておりますが、その中で、原子力発電所の開発目標は三千三百万キロワットでございまして、そのうちの何分の一かにすぎない比率でございまして、決してこの点から言いましても、国のエネルギー政策といたしまして原子力を過重視しているのではないということが言えると思うわけであります。 ただ、この一億七、八千万キロワットの目標達成でございますが、これはこの原子力発電所を除きましたほかの部分の開発、石油あるいは天然ガスその他水力あるいは地熱といったこともありますが、これを、仮に原子力発電所を三千三百万キロワット開発いたしましても、ほかのエネルギー資源、いまの電力資源が果たして開発できるかどうかわからぬ、こういうやはり一応の心配を持たねばならぬと思うわけであります。したがって、原子力発電所としましては、少なくとも三千三百万キロワットをどうしても達成しなければ、この国の電力需給計画に重大な支障が生じてまいる、こういう現況でありますが、しかし、この原子力発電所の三千三百万キロワットということが、これまた現在の状況ではきわめて至難な状況でありまして、達成できないとは言いませんけれども、まあ油断するとそれが達成できなくなる可能性があると考えているわけであります。したがって、そういう意味合いにおきまして、発電という意味では通産省の御関係でありますが、平和利用という面では科学技術庁としても大変な責任がありますので、そういう観点からいろいろ開発に力を入れているということは事実でございます。 そこで、危険なエネルギーであるということでございまして、もちろんそういう危険という度合いは別といたしまして、そういういろんな要素を含んでおりますことは事実でありますから、まず第一に安全性の強化推進、これを第一の目標に掲げまして、より安全性の高くなることを目途といたしまして、これを第一の仕事と考えております。ただ率直に申し上げますが、われわれといたしましては、現在のこの安全規制を忠実に守りまして慎重に運転していけばまあ心配なく実用に供し得る段階にある、こういうこともまた否むことのできない状態であると考えております。 したがって、そういういろんな必要性あるいは安全性に対する、そういうつまり安全第一に進む、しかし、十分気をつけていけばどうにか実用には供し得るという見解のもとに開発を進めているわけでございますが、それであるからといって、二者選一といまお話がありましたが、そのような態度で、そしてそれが片づかないときは物で片づけるといったようなやり方はこれはあってはなりませんし、たまたまそういうことがあるとすれば、そういう点は十分に気をつけまして、よく住民の方々の不安や疑念を解き、そしてひとつ十分な御理解のもとに開発適地における開発を進めてまいりたい、このように考えているわけであります。そういう危険性を無視した物による解決というようなことは毛頭考えていないわけであります。 ただ、やはり原子力に限りませず、新しい施設をどこかにもっていこうといたしますと、やはり多少の、何か来れば地元にそれだけのメリットがあると。これは余り過大になりましては、あるいはごね得とかいろんな問題ができますから十分気をつけてまいらねばなりませんが、やはりその地域におきまして生産できるという条件に対しては、それなりのメリットということも考えてあげなければなりませんから、そういう点を適当にひとつかみ合わせまして、そしてそういういろいろな御心配やらあるいは御非難やら御批判を受けないような態度で一生懸命にそういう開発を進めてまいろう、このように考えているわけでございまして、決して御意見に反対するものではありませんが、私の見解はそのようなことでございます。
○野口忠夫君 何かお父さんが子供たちのことを心配しているような思いやりあるお姿でありまして、まことにどうもそのお人柄には敬意を表しますが、やっぱり申し上げましたことはひとつお考えいただきたいと。どうもやっぱり千葉の市長さんですか、今度のパイプラインの問題で大分取引したことが住民の命の危険と取引したみたいな言い方をされるわけですよ。そういう行政ではやっぱりまずいものですね、これは。そんな点です。 時間がどうも本当になくなりまして、これだけ申し上げなければならないんですが、原子力の安全確保のために安全委員会ができて、科学技術庁の中の業務が片方は開発、片方は安全と、お互いがこうやっていくようになったんですけれども、どんなにやっぱり安全性を考えましても、原子力というものは大量殺人破壊の兵器に転ずる性質は失われないわけでございますね。どんなに安全性を考えてもそのことは失われないわけですが、使用済み核燃料処理問題について、アメリカからこれは核拡散から言われることであって、日本としてはいろいろな議論があるところだとは思いますけれども、やはりアメリカのカーターさんも、まあそのことが意識される中で二年間という期間を切ったと、いよいよ終わることになりますので、長官がお出かけになるそうですが、やっぱり東海で何だか最近また事故がありましたね。長官がおいでになると、これはやっぱりひとつなかなかむずかしいことではないかと思うんです、アメリカ側の見方から言うと。 ことに現在、もうインド、東南アジアあたりでは、日本はもう技術的には原子爆弾をつくる能力があると、こういうことを言われている。それにまあ私どもの言葉ですが、福田内閣は、どうも憲法九条解釈等を見ても何だか核など持っても差し支えないような解釈をわれわれにお示しになっている背景を考えますと、どうも原子力の平和利用というものについては体を張ってひとつがんばってもらわないとだめだと思うのでございますけれども、原子力平和利用については、長官、体を張って科学技術庁もがんばっていくと、そういうことは絶対にさせないと、そういう御決意であられますか。やむを得ないというのか、絶対にそんなことはないのかどうかのお言葉だけお聞きすれば結構です。
○国務大臣(熊谷太三郎君) これは私一人が申し上げるというよりは、全国民がそういうものがいやしくも戦争目的、平和目的以外に利用さるべきものでは絶対ないということは確言しなければならぬと信ずるわけでございます。
○野口忠夫君 そこで、原子力開発ということにそういう意味でのブレーキをかけることは必要ですけれども、だからといって、日本の新しいエネルギーをなおざりにしておくわけにはいかないわけでございましょう、これは。やっぱりここで非核エネルギーというもの、私が申し上げましたのも八〇対二〇で考えている科学技術庁の考えを、そういう危険なものには五〇にして、あとの五〇は非核エネルギーということにもう少し努力すべきではないかというふうに思うわけなんですけれども、五十三年度予算を見ますと、エネルギー対策費として原子力平和利用研究促進費は一千三百二十三億あるんですが、太陽エネルギー開発、新エネルギー技術開発関係費というのは五十四億円きりないわけです。これはまことにどうも予算的にもおかしいと思うんですけれども、この姿勢はやはり改められてしかるべきではなかろうか。 非核エネルギーの開発というようなもの、これはテレビで御承知になっているかと思うんですけれども、民間の中でいま非核エネルギーをやっておりますね。風力を利用して電気をともすと。約三年間かかったそうでございますが、この方はなかなか偉い方で、専売特許なんか取らないらしい。おれと同じようにつくりたいと思う者はみんな集まってこいと言って集めているらしいのですね。若い人たちが皆集まって風車の羽根のかっこうなどもみんなで研究して、三年目で現在は電気を家の中で自分でつけていると。あるいはテレビもこの風力電気で大体大丈夫だと。この人は全国にそういう風力の、何といいますか、扇風機が日本の空の上にアンテナと同じように立ったときが私の夢だと、こうおっしゃっているんですが、これはまことに安全なんです。一軒一軒の家の中の電気は、蓄電するらしいのですけれども、大体それでもつのですね、テレビも。これをやろうというような民間の動きもあるわけです。 ですから、やっぱりいろいろおやりになっていると思うのですけれども、予算から言えば少ない、こう言わざるを得ないと思うのですけれども、ひとつ非核エネルギーのこの問題をやっていただきたいということが要望です。 それから、先ほどからのお話、せめて五〇、五〇くらいにはなるべきではなかろうか。石炭に対しても、やっぱり非常にこれは石油をエネルギーにしたあのときからしり込みになっておりますが、石油ショック以来、石炭対策見直しも世界的に起こってきているんではなかろうか。この石炭の埋蔵量というのは、まことに長期間消費できるという、石炭は危険がないのであります。石炭を使うということも、これはやっぱり考えるべき課題ではなかろうか。そのことのためには、一体これをどうするんだという、やっぱり対策費というものは、もう少し持たれてしかるべきではなかろうか。こういう考え方で私の御提案みたいになりますが、非核エネルギーに対するそういう予算的措置をもっともっとやりなさいと御要望申し上げます。 もう一つは省エネルギー問題です。これはいつの閣議ですか、五十二年九月の閣議ですか、宇野科学技術庁長官が発言されまして、エネルギー節約を提唱なさいましたけれども、これは非常に問題を提起しまして、国民の自覚を促す程度にこれは終わっているような現状であります。これは当然現在の生活から切り下げるような省エネルギー、これは私もなかなかむずかしいだろうと思うんですけれども、科学技術庁の任務としては、未来に対する、何というか将来に対する問題だけではなくて、もっと足元を見た方がどうかと。たとえばいまのクーラーのようなものも、半分ぐらいの電力でクーラーができるというような、そういう省エネルギーの努力。現在の生活をダウンさせないでいま使っているもののエネルギーを少なくしていく。そしてそれを三倍にも三倍にも使われるように、科学技術ですから技術面で改革をしていくと。原子力潜水艦を新しくつくっていくという、新しい将来に向かっての科学技術も結構でございますけれども、いまある足元を、これをどうするかという問題についての科学技術合成ということも大事ではなかろうかと私は思うのですがね。 これから年度の予算もあるのでございますけれども、当委員会において、私はやっぱりその辺のところで科学技術庁というものが、原子力というものと同じくらいなやっぱり考え方で、こういう日本の科学行政全般にひとつ取り組んでいただきたいというふうに思うわけでございますが、以上これは私の提案みたいな要望でございますので、長官のお話を聞いて私の質問を終わります。
○国務大臣(熊谷太三郎君) いろいろ予算関係を通じまして非核エネルギーについてももっと力を入れるべきだというお話でございます。必ずしも予算どおりに、予算が多額にあるからその方に力を入れる、予算が少ないからその方に力を入れないというだけのものではありませんけれども、まあ先生のいろいろ御意見のありますところ、たとえばいろいろ非核のエネルギー、風力でありますとか太陽熱の利用でありますとか、あるいは地熱の発電、あるいは御承知の海洋エネルギー、すなわち波力発電装置でありますとか、そういうものにも、あるいは省エネルギーといった計画にもできるだけ力を注いでいるつもりでございまして、今後はさらにそういう御意見を尊重いたしまして、その方向に少しでも近づけるように努力をいたしたいと、このように考えるわけでございます。
○田代富士男君 私は文部省と科学技術庁、両省にわたりまして質問をしたいと思いますが、質問の順序といたしまして、最初に文部害関係に対して質問を行いたいと思います。 まず最初に、去る八月二十九日、茅誠司東大名誉教授が福田総理を訪問されまして、日中平和友好条約締結の記念事業といたしまして、両国間の学術全体の共同研究を進めるために日中学術センターの設立を要望され、その要望書を提出されたわけでございます。内容は、御承知のとおりに運営資金一千億円、全額日本政府が出資いたしまして、両国の学者で構成する日中学術会議が運営に当たる。そしてこのセンターを鄧小平副主席来日の十月下旬までに設立のめどを立てたいと、このように要望された要望書を提出されておりますが、文部大臣といたしまして、その要望に対してどのように受けとめられるのか。またその構想なり、あるいは今後どのように取り組んでいかれるのか。ちょうど日中平和友好条約が締結された直後でありますし、やはり私はこれはユニークな好ましいことではないかと思いますから、文部大臣から御所見を承りたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) 先生御指摘の、茅先生が総理を訪ねられました日中学術センター、この構想につきましては、民間レベルでの学術交流を進めるため、茅先生が中心になられまして学術経験者が提案をされたものと聞いております。そして、これは繰り返しますが民間レベルでの学術交流という御構想でございまして、中国側との交流について、中国側の情報が今日は大変不足をいたしております。全体の姿がしたがってなかなか私どもとしても予測がむずかしい点でございまして、こういう民間レベルが先発をしてのセンター構想というものが中国との学術交流を進める上で最も適切であるかどうか、ちょっとまだ判断をいたしかねておるのが実情でございます。 私どもといたしましては、中国との学術交流については、率直に申しまして従来の中国側主導のいわば一方通行的交流のまま置いておくことは許されることではないと思っております。したがって、中国の学術研究体制に関します情報の入手に積極的に努めてまいりますとともに、この情報を基礎にいたしまして、国立大学、そして国立で持っておりますところの研究所への中国側研究者の受け入れのあり方についても、十分これと積極的に取り組んでいかなければならないときが来たわけでございますから、こういう観点からも積極的に検討させていただきたい、このように考えているものでございます。
○田代富士男君 いま文部大臣は、中国側のいろいろな情報が不足している、判断しかねる、このように申していらっしゃいますが、いま大臣も申されるとおりに、これは民間団体、財団法人として東京と北京の二カ所にセンターを設立して運営をしていこうという、そういうわけで、情報がまだ不足であるとおっしゃるけれども、いま申すとおりに、日本と中国との長い間の交流関係が新しい時代を迎えようとするし、その第一歩としてやろうということですから、今後検討されるにつきましても、私は一千億程度のこういう資金でこういうことが推進されるならば――中国と日本との関係は五千年からの歴史の関係があります。気まずい思いをしたのはそのうちの百年台です。そういう意味からこれはやるべきではないかと思いますけれども、大臣の慎重な態度は理解できますけれども、これは前向きに取り組むべき検討事項であると思いますが、いかがでございましょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 全く同感でございます。初めから茅先生の御構想を退ける意味は毛頭持っておりません。この茅先生の御構想も積極的に検討させていただきますし、また国立大学研究所等の中国研究者受け入れ、このこともまた積極的に検討させていただきたい、こう考えているものでございます。
○田代富士男君 そうしますと、もう一度お尋ねいたしますけれども、このような日中学術センター、日中学術会議が運営に当たると、こういうような趣旨と違った形で検討されるのか、この趣旨は趣旨として、それに加えていま申されるような学者を日本の大学へ受け入れるという、そこらあたりはいかがでございましょうか。せっかくこれだけの学者の先生方が民間レベルで積み上げてきた問題をこの時期にということで出していらっしゃるんですから、そのところをもう一度お尋ねいたします。
○国務大臣(砂田重民君) 茅先生の御構想も実はまだ細部について御説明を伺ってないわけでございます。総理に提案されましたものも、金額をお示しになったそうでありますけれども、どういうふうにどこで――やはり事務的な作業も必要なものでございますから、茅先生の御構想が、どこにどういう事務局を置いて中国側と話し合っていくか、そしてこの茅先生御構想の民間レベルでの一つの機関が、研究を交流なさると言っても、それは日本の国立大学の場で共同研究ということをお考えになっているのか、全く別に研究所を一つ新設をなさろうとしておられるのか、その具体のことを茅先生と文部当局で御相談もこれからしてまいらなければならないことでありますから、その意味で積極的に検討させていただきますとお答えをしたわけでございます。
○田代富士男君 じゃ積極的に前向きにやるということでございますから、この時期に適した事業だと思いますからよろしくお願いいたします。 次に、日中平和友好条約が締結されまして、中国から日本へ留学生を派遣したいと、こういうようなことがいま煮詰められておりますけれども、日本へ五百人の留学生を送り出したいという希望がありますけれども、これもいま申しますとおりに、新しい時代を日本と中国と迎えまして、次の時代をともに背負っていく中国の若い青年でありますし、こういうような受け入れに対しましては私は前向きに取り組んでいくべきだと思いますが、大臣としての御所見を承りたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) 文部省で従来から留学生事業を実施をしてきたところでありますが、数も少ない、受け入れの内容も決して満足とは言いがたいものがあったものですから、ひとつ五十四年度から思い切ってこれの拡充をしたいと考えておりましたやさきに、中国からの、いま先生御指摘のようなお話があったわけでございます。ただ、中国政府の派遣計画がかくかくしかじかだという具体的な公式のお話をまだ承っておりません。実は、その五百という数も私どもの耳に入った数の一つでございまして、二百という電報が出先の北京の大使館から外務省へ参りましたり、五百という電報が参りましたり、正確な数字をまだ残念ながらつかんでおりません。 しかし、いずれにいたしましても、中国も当然含めまして留学生事業というものを拡充をいたさなければならないことでございますので、それの準備にすでにもう取りかかっているところでございます。そして、中国側に、私ども文部省が持っております留学生受け入れのいろいろな態様というものを、中日大使館を通じて説明を一通りいたしております。教育担当の参事官がいま中国へ帰国されているそうでございます。その資料を持って帰国をしておられますので、日本に帰ってこられるのを実は待っている段階でございます。その参事官が帰ってこられましたならば、もう少し具体的なことがわかろうかと思います。 私どもが進めなければなりません準備は、やはり留学をして勉強していただくその前提になる日本語教育の問題、それと留学生を受け入れる宿舎などの問題、そして日本に留学を希望されるそれぞれの国での学制等、日本の大学への入学資格を確保できる日本での学年資格、こういうもの等をどう解決していくかという問題が幾つかあるものでございますから、それぞれの問題点の検討もただいまいたしているところでございます。それは中国の留学生、相当な数を含めて、特に、東南アジア方面からの留学生の受け入れの数も思い切ってふやすということを前提にしての準備に取りかかっているところでございます。
○田代富士男君 いま大臣から、数字が二百とか五百とか定かではないけれども、また受け入れの準備のための説明も、中国側の大使館に説明をして、向こうの参事官が帰国しているから、日本へ帰ってきたらさらにこれは進むであろうという、このように前向きに取り組んでいただいているわけなんです。 そこでこれは国内問題になりますが、外国人が一年以上国内に滞在をする場合には、外国人登録法の第十四条によりまして、指紋を押捺する問題があるわけなんです。これは日本の国内法です。これは決定しておるわけなんです。ところが、日本と中国との風習の違う点は、大臣も御存じだと思いますが、中国ではそういう指紋をとるということは、犯罪者かあるいは犯罪を犯す危険性のある者に限りその指紋をとられるわけなんです。そうすると、次の中国の世代を背負っていく若き希望に燃えた青年が日本の国へ勉強に来るときに、中国の国内法で言うならば犯罪者扱い的な指紋を押捺されるとなった場合に、非常に印象としては悪い。犯罪者並みにわれわれを扱うのか、こちらの真心よりもそれが先になるのではないか。そういうことであるならば、国内法だから仕方がないということだけではなくして、何とかそういう点も、同じ友好関係、次の世代を背負っていくであろう青年が日本に対するよい印象を持って帰るならば、子々孫々に至るまで友好関係は樹立するわけなんです。そういうところも政治的配慮を持ってやるべきではないかと思いますが、この問題につきましては公明党の同僚議員が去る六月にも申し上げたときに改善をするという約束をしていただいておりますけれども、その後どのようにこれと取り組んでいただけたのか、大臣から御答弁いただきたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) もっぱら外国人登録法に基づく問題でございますから、法務省もお見えいただいているようで、お答えをいただくことになると思いますが、中国の指紋の登録というのは先生御指摘のようなことで指紋登録があるようでございます。しかし、わが国の外国人登録法というのは全く趣旨が異なっていると思うんです。中国には中国の事情があり、日本には日本の事情があって、むしろ日本に長く滞在される外国人を保護することを目的にしているようでございますから、日本事情も中国の側で理解をしていただけるのが一番ありがたい、こう考えるわけでございます。 御承知でございましょうが、この指紋登録を外国人に対して行っております、アメリカ、日本などがそういう法制を持っているようでありますが、中国の伝えられる留学生を大量に海外で勉強させるのはアメリカ、日本を中心にしてということをおっしゃっているようでございまして、日本の外国人登録法というものの趣旨を理解をしてくださっているんではないだろうか、このような実は期待的観測を私は持っているんですが、具体の問題を、先ほど申し上げました参事官が帰ってこれらますと文部省の事務当局と事務的な具体の話に入れると思うものですから、改めての御相談がその時期に始まるものと考えております。
○田代富士男君 そのときに新たに始まるという、大臣そこなんですよ。友好関係をせっかく結んで、じゃ受け入れましょうという折に、国内法ということは私もわかった上に質問をしておりますが、中国は中国だ、日本の日本だと言っても、やはり中国側として、犯罪者として取り扱われる、中国の方の国内法で言ったならば。そういうことは何とか高い立場からともに受け入れるものならば検討をするべきではないか。もう国内法という法の規定によって割り切ってしまうのか、検討する余地はないのか、あるのか、そこらあたりは、いまから相談するとおっしゃることですからどうですか。
○国務大臣(砂田重民君) 私はこれを検討する権限を実は持っておりません。もっぱら法務省の所管される法律に基づくわけなんです。 ただ、私からお答えできますことは、やはりこういう友好的な交流というものはお互いの理解が一番大事であると思います。ですから、私どもいろんな準備を進めておりますと、先ほど十把一からげみたいに簡単にお答えをした中の一つをとって考えていただきましても、中国は六三三ではございません。日本の大学入学資格というものは六三三制を終えて大学入学資格が取れるわけでございます。中国が六二二とも伝えられ、六二三とも伝えられるもので、まだそこが明確じゃないんですが、いずれにしても、十二年間の学業を終えての日本への留学ではないわけであります。そこのところを中国の事情というものも私ども理解をしよう、積極的に理解をしよう、そして日本の大学への、日本の学制とは異なるけれども、受け入れる方法を何とかつくってあげたいものだと、私どもは中国の側のことを理解をしてその問題でいま検討しているわけですから、中国の側にも日本の事情を理解をしていただきたい、お互いの理解を持ち合いたい。 外国人登録法のことですから、私の所管事項でないので、私の感じとしてはそういう感じをお答えをするまでしかお答えができません。
○田代富士男君 もちろん法務省の所管であることはわかっておりますけれども、文部省の方からもそういうような配慮ということを要請していただいて、ともに友好関係を結ぶならば、最もふさわしい関係を申し上げたいと思いますからお願いを申し上げた次第でございます。お願いでございます。 次に、大臣も申していらっしゃいましたけれども、こういう留学生を受け入れるための宿舎も建てなくてはならない、こういうことを申していらっしゃいますが、いま中華人民共和国からわが国への留学生は二十三名おります。御承知のとおりに、東京外語大が十一名、大阪外語大が三名、創価大学二名、東京大学七名、これは中国政府派遣の私費留学生で、国費留学生というものは現在はありません。それで、いま前向きに受け入れをしたいということでございますれば、それに伴いましてやはり財源というものが必要になってまいりますから、今度の補正予算で増額を示す必要があるのではなかろうか。また、いま宿舎等の建設ということを大臣が申していらっしゃいましたけれども、この宿舎の建設をするにつきましても、今度の補正予算で手当てをしていなかったならばこれは間に合わないじゃないかと。そういうわけで、こういう留学生を受け入れると同時に、予算措置に対する大臣の決意をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) もちろん、留学生の問題も含めます公立学校のいろいろな基盤整備のための事業費というものをできるだけ補正で確保していきたい。五十三年度に事業をやりたいというお気持ちを持たれた都道府県、市町村のお気持ちにこたえられなかったようなものは皆拾っていきたい。五十四年度で計画を持っておられるような都道府県、市町村の御事業で、用地その他準備がもう終わっていて、いわゆる補正予算の性格に合致するものはできるだけこれを取り込んでいきたい。こういうことで補正の準備を進めているところでありますけれども、留学生に関連をいたしますことは、いわゆる景気浮揚ということを一つの目的にした補正予算の予算の執行の限度が、時期的なものがございます。どうもこれになじみにくいことが多うございまして、補正では留学生の関係のものは実はそういうことで入れておりません。 五十四年度の予算におきまして、いまやはり留学生の宿舎を、もっと大学に留学生宿舎を持ってもらうことも一つでございます。それだけでは足りないと思います。民間のいわゆる下宿屋さん、こういうところも確保をして、それのあっせんをもっとひとつ幅広くやっていきたい、このようなことで、五十四年度の概算要求の中に含めて、文部省の留学生事業、本年度の約倍増の予算要求を五十四年度予算で概算要求をしているところでございます。この席をかりますけれども、財政当局もおいででございますから、御理解をいただきたいと思うところでありますけれども、さらにいま先生おっしゃった国費留学生、私費留学生というお言葉でございます。これも検討課題としてでありますけれども、国費留学生と私費留学生といういままでの考え方のほかに、先方の国の国費で日本に来られた、いままで私費留学生という範疇に入っていた留学生をもう一つ柱が立てられないものか。これはもう純然たる意味の私費留学生ではないわけで、派遣をしてこられる国の国費で来るわけですから、いままで私ども考えていた国費留学生と私費留学生と、もう一つそういう留学生があってもいいんではないだろうか。そして、もう少しお手伝いができるものならば、そんなふうなことも実は検討いたしておりますけれども、その検討の事項の中にも宿舎問題も含めて検討をいたしているところでございます。
○田代富士男君 よろしくお願いしたいと思いますが、それから私費留学生に対する問題ですが、これも文部省としていろいろ配慮をしていただいていることは私も承知をしております。今年度におきましても、百人余りの私費留学生の月約四万円の奨学金の支給等もなされておるわけなんですが、まだ残りの百人に対するそういう手当てというものがなされてない。そういうところで民間企業に働きかけ、そういうようなところから何とかしてあげたいという働きをしていただいておりますけれども、何とかこういうような私費留学生に対する手厚い措置も国の予算上でできないものか。やはり国費留学生ですから、御承知のとおりに研究留学生でしたら月約十四万六千円支給されておるわけなんですから、こういう点で、相手の国へ帰ればその国の指導者に立っていく人ですから、日本におるときに手厚くこの程度のものをしてあげて、するのとしないのでは今後の友好関係に響いてまいると思いますけれども、こういうような留学生問題を含んで今後の大臣の御決意をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) 私費留学生の学業の非常に進んだすぐれたような人たちに対して学部段階で月四万円の学費の手伝いをしていく、私は民間の方々にももう少し御理解をいただきたいと思います。働きかけておりますけれども、率直に申し上げますと、大企業が余り乗ってきてくれないんです。中小企業で一億円の基金を寄付してくださったようなところもございます。大変ありがたいことでありまして、こういう御協力を民間にさらに求めていく努力をいたしますとともに、今後国費でこの枠を広げていくこと、そうして学部を卒業して大学院に進みたい、その段階から私費留学生を国費留学生に切りかえるということも、五十三年度から新たに始めたことでありますけれども、こういったこともさらに拡充を図っていきたい、かように考えております。 それからやはり母国を離れて遠い日本に勉強に来るのでありますから、いわば家庭的な温かみを求める留学生の気持ちが身にしみるようにわかります。こういうことで、日曜日になると自分の家庭へ連れていってくださって、一緒に御飯を食べてというボランティア活動をやってくださっている御婦人の方が大ぜいおられるわけでございます。本当にありがたいボランティア活動でございます。大阪では、留学生の里親活動というものも始めていただいております。いままではありがとうと口で言うだけでございます。こういうボランティア活動をもっと活発にしていただく方法がさらにないだろうかということもあわせて検討をしております段階でございます。
○田代富士男君 じゃ次に質問を移ります。 定時制高校の問題についてお尋ねしたいと思いますが、最近の現状は定時制高校の学校数あるいは生徒数の減少傾向が非常に目立っております。このような定時制高校に対しまして、文部省としていろいろ対策を講じていらっしゃいます。たとえば、定時制高校設備整備あるいは教科書の供与、教育手当補助金、修学奨励費あるいは修学指導事業費などいろいろな対策を講じていただいておりますけれども、にもかかわらず減少傾向が顕著であるということは、こういうような対策を再検討する時期に来ているのではないかと思いますけれども、いまの対策のままでよいのか、この対策以外に何かすべきことがあると私も思うんですけれども、そこらあたり、大臣から御答弁いただきたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) 定時制高校の生徒数が最も多うございましたのが、昭和二十八年度の五十六万七千人でございます。高等学校生徒数の実に二二・七%を占めていたわけであります。その後、御指摘のとおり減少してまいりまして、昭和五十二年度は全高校生の四・五%に当たります十九万六千人に減少したわけでございます。しかし、定時制筒校が勤労青少年に対しまして高等学校教育の機会を与える場として今後ともきわめて重要な役割りを果たす、そういう期待を持っておりますので、各様なことを考えているわけでございますが、具体の事例について初中局長からお答えをさしていただきたいと思います。
○説明員(諸澤正道君) ただいま大臣からも御説明がございましたように、最盛期の五十六万幾らに比べますと、五十二年度は十九万強でございますから、ほぼ三分の一に減っておるわけでございますが、その理由は何だということですが、これはやはり国民全体の経済状況が、水準が上がったと申しますか、全日制の高等学校へ通う余裕が出てきたということが最大の原因であろうと思います。 しかしながら、働きながら勉強したいという青少年がおりますことは事実であり、そのために定時制高校の果たす役割りはきわめて大きいし、また現在その教育というものを、何と申しますか、生涯教育的な観点から考えました場合に、若いとき勉強する機会がなかったけれども、いまになってから勉強したいという中高年齢層の方々もおるわけでございまして、特に現在、通信制を含めましてそういう方々が修学するということもございますので、そういうことからいまの定時制教育のあり方を見直ししました場合に、御指摘のように、施設設備の助成あるいはそこに勉強する者に対する個人的財政援助の問題もございますが、同様に定時制の教育運営のあり方ができるだけそういう青少年の勉学に都合のいいようにひとつより考えていこうという考え方があるわけでございまして、そういう観点から、たとえば今度の学習指導要領の改定に当たりましても、これは全高等学校に通ずることでありますが、卒業に必要な最低単位数を従来八十五単位とされておりましたのを八十単位にする、あるいは一週の授業時数の標準を三十四単位時間であるものを三十二単位時間にするというような弾力的な運営は、定時制にとってはこれはより運営を容易にさせる一つの方法でございます。 さらに、この定時制の場合につきましては、たとえばある地域の企業等に行って実際に働くという、その工場で働いたその働きの実績というものを、工業なら工業の学科の単位としてこれを評価するということもできますよという方法を今度新たに設けたわけであります。あるいはまた、大学入学資格検定試験というのが現在ございまして、正規の高等学校卒業でなくても、試験によって各科目に合格すれば大学受験資格が得られる。そこで定時制の生徒については、そうした入学資格試験に合格した科目については定時制高校の単位として認めるというような措置も開けるようにしたわけでございまして、そういったような勉学を可能にする措置ということについて今後なお考えるとしますると、たとえば技能連携施設との連携の強化の問題でありますとか、あるいは定時制高等学校の修業年限の最低限をどこにするかというような問題等もありますので、今後引き続きこういう問題を検討してまいりたいと、かように思うわけでございます。
○田代富士男君 いろいろ改革を、単位を減らすとか修学の時間を減らすとか、いろいろいま勤労青年が勉強しやすいように配慮していると申されますけれども、こういう定時制高校が適正化という名のもとに統廃合がそれぞれの地方で行われているわけなんです。そういうことで、どうして適正化という名のもとに行われているか、実情は、都道府県の財政事情によりまして経費節減を求められまして、定時制高校にかかる人件費の問題等が一つの原因にも指摘されているわけなんです。その場合に、やはりいままでの生活水準が上がって定時制高校から全日制へと移った、そういう経過も理解できますけれども、やはりまだ働きながら勉強したいという、そういう青年が多いわけなんですから、そういうような廃止された場合にはどうなるのか、これは大きく考えてあげねばならないと思います。 過日、昨年の十二月ですか、東京都の高校教職員組合の定時制高校の実態を調べた定時制白書というものが出ておりますけれども、これによりますと、定時制に通っている人の七〇%が職場から学校への所要時間が三十分以内である、これが一つの実態になっているわけなんです。働きながら勉強し、一時間もかかるといった場合には恐らく勉強できないんではないか。三十分以内、これがほとんどである。 そうした場合に、経済効率を優先しまして統廃合が行われる、そのために、行きたくても時間がないから行けない、こういう生徒が多く出てくるわけなんです。その場合に、いまさき申し上げましたいろいろな対策を講じていらっしゃるかわかりませんが、それと同時に、働きながら学校に行くんですから三十分ぐらいでしか行けない。学校に行こうと思うならば職場を早退をしなくちゃならない、企業においては残業もしてもらわなくちゃならない、そういう早退をするという者は企業にとっても思わしくない、こういうことを考えれば、やはりそういう対策というものは定時制高校内の対策だけでなくして、企業の側に対しましても、定時制高校生を採用している会社に対してはどういうふうにするかという、そういう対策まで講じながら、働きながら学んで行きたいという青年の若い芽を伸ばしてあげるような、心の通った温い対策を検討する時期に来ているのではないか、私が最初申し上げたのはそういう点でございますけれども、そういう検討をする余地はないのか、あるいは検討していくのか、そこらあたりをひとつ大臣からお聞かせいただきたい。
○説明員(諸澤正道君) いま御指摘の定時制高校の統廃合の問題でございますが、現在定時制高校の最も多い東京、大阪等につきまして私ども実情を調べますと、簡単に申しまして、この学校とこの学校を一緒にしてしまうといういわゆる統廃合ですが、そういうことはやっていないようでございますけれども、しかし現実の問題として、一校に集まる志願者の数が非常に少なくなってきておるというので学級数を減らす、あるいは商業科と機械科と普通科というふうにいろいろ学科がある場合に、きわめて志願者の少ない学科についてその募集を停止するとか、あるいは同じ工業科でも、くくり募集と言っておりますけれども、冶金と化学工業とかというのを学科ごとに募集せず、一括入学者を決定して後で振り分けるとか、そういうような措置を講じておるわけでございますが、いずれにいたしましても、ただいま御指摘のように、事、教育のことですから、ただ財政上経済上合理的な運営ということで簡単にそういう収容力を減らす、あるいは一時募集停止をするというようなことは、働く人にとりまして非常に影響の大きい問題でありますので、われわれといたしましても、設置者であります都あるいは各県の教育委員会につきまして、今後もそういう事態に対応しては、十分慎重にひとつ勉学者の立場を考えて処理をしていただくように御指導してまいりたい、かように思うわけでございます。
○田代富士男君 いまそういう面を配慮して取り組んでいくとおっしゃいますが、大臣にもう一度私は申し上げたいと思いますが、いまも申し上げましたとおりに、教育というものは経済原則を優先とすべきではないと思うんです。私はこのことは明確に申し上げたいと思いますし、そういう意味から、こういう統廃合の問題に対しましては、教育の機会均等ということもありますし、こういう精神を有する意味からも、働く青少年に対して門戸を開いていかなくちゃならない。どちらかと言えば、全日制よりもこういう定時制の高校に対しまして配慮していくと、これが私は人間性豊かな教育ではないかと思うわけなんです。そういうところに、新しい日本を背負っていく青年が、本当に力強く働きながら勉強していくという、これこそそういう青年がりっぱにそろったときに将来の日本は開かれてくると思います。そういうことから考えれば、数が少なくなってきた、マン・ツー・マン方式ということは教育にとって一番理想的な環境ではないでしょうか。そういうように経済原則を優先させるんでなくして、そういうような本来の教育のあり方、そしてそういう恵まれない、働きながら勉強していく青少年に対する温かい文教行政をやっていただきたいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(砂田重民君) まさに定時制高校は教育の場でございまして、特に勤労青少年に高等教育を与えていく大事な機関でありますから、都道府県の財政事情等だけで考慮されては困るという気持ち、私も非常に強くいたします。勤労青少年にそういう教育機会を提供することこそが、政府も、また都道府県の教育委員会の責務でもあるわけでございますから、設置者であります都道府県教育委員会に対しましても、ただいま田代委員御指摘のような基本的な考え方に立って指導をしてまいる、かように決心をいたしております。 〔委員長退席、理事野口忠夫君着席〕
○田代富士男君 次は、国連大学の問題についてお尋ねをしたいと思います。 最初に、国連大学拠出金の問題でございますが、四年前の四十九年九月二十日の当決算委員会におきまして、私は当時の奥野文部大臣に対しまして、国連大学拠出金の問題等、まあ設置される建物、人件費、そういう経費等、そういう問題点を私は質問をいたしました。その当時私が、こういうことは心配ですよという質疑を通じて当時の奥野文部大臣に提起をしておりましたが、まさしく私が心配していたとおりの事態が現在起こっております。 四年前に私は申し上げましたけれども、御承知のとおりに、国連大学の日本誘致に成功しまして、昭和四十八年に大学本部の首都圏への設置が決定したわけでございます。国連大学の目的その他についてはもう大臣も御承知のとおりであると思いますが、問題はこれを運営していくところの基金の問題でございます。自発的拠出による大学基金、これを根本にして運営されるように、基本目標額五億ドル、こういうようになっていたわけでございますけれども、日本の政府はそれなりの拠出をやってきておりますが、ヨーロッパ先進国ももうゼロであります。アメリカに至っては、五十二年九月、上院、下院の両院の協議会で国連大学拠出金初年度の一千万ドルを否決されてしまった。そして五十三年九月までは米国からは拠出は望みを断たれております。今後も期待ができない、こういうような状況になっておるわけでございますけれども、こういうような状態、四年前から私はこのことを言っておりましたけれども、こういう事態をどのようにとらえ、今後どのようにこれを打開しようとお考えになっていらっしゃるのか、ひとつお聞かせいただきたいと思います。
○説明員(小林俊二君) お話にございましたとおり、米国政府からは現在まで拠出を実現を見るに至っておりません。昨年の政府提案の歳出法案におきましては一千万ドルが計上されておったのでありますけれども、お話しのように、議会で結果的にはこれが否決されたわけでございます。ただ、本年におきましても、米国政府は日本政府からの種々のアプローチ等を勘案いたしまして、この国連大学支持につきましては引き続き前向きの見解を維持しておりまして、現在議会に提案されております歳出法案におきましては七百五十万ドルの計上が行われておるわけでございます。この問題につきましては、なお議会で審議中でございまして結論を見ておりません。見通しは必ずしも明るいとは残念ながら言いがたいのでございますけれども、少なくとも米国政府に関する限りは、この問題については日本政府の考え方を了とし、国連大学の意義を十分認識いたしましてあらゆる努力を続けておるというところでございます。米国政府といたしましては議会に対して非常に積極的な働きかけを現在も続けておるというふうに承知いたしております。 私どもといたしましては、もちろんそうした努力が結実することを期待しておるわけでございますが、一方、国連大学に対しましては、ともかく国連大学が一刻も早く目に見えた成果を上げる、そして国際的な評価を高めるということが先決問題であるという観点から、現在使用可能な財源の中でその研究の成果を最も効果的に上げるような方向で努力を続けるように、陰になりひなたになり助言を続けておるという段階でございます。
○田代富士男君 いま努力を続けていらっしゃるということでございますが、これは非常に厳しい面があると思うんですね。国連大学のジェームズ・ヘスター学長は、アメリカの前ニューヨーク大学の学長でありまして、責任上一生懸命にこの人が米国議会等で説明をしていらっしゃるわけでございますが、誘致することは誘致したけれども、これが現在は進んでいないと、こういうことを考えた場合に、日本の文部大臣として、みずから訪来して国連大学の現状を関係者に訴えて、そうして日本に設置された国連大学の機能が発揮できるように文部大臣としてこれは取り組むべきであると思いますけれども、その決意はお持ちでしょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 各国拠出が、特にアメリカの拠出が非常な難関にあります実情でございます。外務省にお取り組みをいただいているわけでありますけれども、外務大臣も、訪米をされましたときに国連の事務総長にこのことをよくお願いもし、実情の御理解もいただく努力を払っていただいているわけでございます。窓口が外務省になっておりますけれども、私どもといたしましても、政務次官が先般アメリカに参りましたときに、関係の議会筋と再度にわたっての実情説明をし協力方依頼をさせたところでございます。また、こういう国連大学に対するアメリカ側の拠出の政府の国会への提案、それを認めてくださいますアメリカ議会の関係者の方々、こういう方々の来日の機会をつかまえては説明もし、お願いし続けているところでございますけれども、この努力をさらに積み重ねてまいらなければならない、かように考えております。
○田代富士男君 こういう資金難のために、聞くところによれば、OPECに働きかけまして、オイルダラーを回してもらうためにそういう働きかけをされているというようなことも聞いておりますけれども、これは国連大学のテーマに天然資源の利用と管理のプログラムもありますし、そういうところからも働きかけされていると思いますが、それならば日本が技術援助とか、そういうようなすべての働きかけをすると同時に、国連大学への協力というものも約束させるような、そういう働きかけもやっていくべきではないかと、私はこのように希望したいわけなんですが、またやるべきだと思いますが、このままいって日本だけが金を出すということになりましたならば、そもそも国連大学の性格というものが変わってまいりますし、いまのまま挫折してしまったならばいままで拠出したお金は税金のむだ遣いになりますし、現状のままでありましたならば、当初予定しておりました拠出金も出なければ、資金の食いつぶしになってしまって、これは現状不可能になる。こういうようなことを考えますと、その責任は文部省並びに外務省が大きくとらねばならないし、その打開策のためにもこれはどうするのか、ひとつ両省から打開策の決意並びに見解をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) 日本が金を出せばいいというものでは絶対にない、私も田代委員の御発言のとおりに心得ております。国連大学というものの性格もそういうものではないはずでございます。したがいまして、国連大学の研究プログラムというものが大変じみなものでもあり、その答えが出てまいりますのに時間もかかることでありましょうけれども、決して国連大学の意義をそれによって損なうものではない、こういう自信を持ちまして、日本の学者、研究者との間の国連大学との共同研究のようなこともいろいろ準備を進めてまいったところでございます。この日本の国内体制、日本の学界と国連大学との連係プレーというものをさらに固めていく努力をしながら、拠出を予定されておられました諸外国に対しまして、外務省が当たってくださることでありますけれども、外務省だけに任せずに、機会をとらえてはひとつできるだけの努力をして説得を続けていこう、このように考えるものでございます。 〔理事野口忠夫君退席、委員長着席〕
○説明員(小林俊二君) 私どもといたしましても、国連大学に対する拠出が何とか国際的な支持のもとで実現するように、あたかも日本だけの機関であるかのごとき現在の状況が打開されるように、あらゆる努力を続けてまいりたいと存じております。 先ほどOPECのお話に触れられましたけれども、OPECは実のところ、現在まで、少額ではございますけれども、わが国以外の国からの拠出のうちの約六四%をすでに拠出いたしておるわけでございまして、さらにOPECについて直接わが国が何かを要求するあるいは要請するということは必ずしも妥当ではないような現状にございます。西欧諸国に私どもとしてはその努力を向けたいところでございますが、現実の国際社会におきましては、何といっても米国の拠出ということがその他の国に大きな影響を及ぼす実情でございます。そこで、米国の拠出にあらゆる努力を集中するという結果になっておるわけでございます。 ただいま、このまま放置すれば資金を食いつぶして雲散霧消するのではないかというような御懸念が表明されましたけれども、現在までに拠出されました資金の大半はいわゆる基金でございまして、これを取り崩しすることはいたしておりません。現在のままでも年間約五百万ドルの利子を生じて、その利子が経常収入として大学の運営に回されておるわけでございます。したがいまして、この範囲内であれば今後ともその活動は継続できるわけでございますから、またそれは多少なりとも増加の方向にあるわけでございますから、その範囲内であらゆる改善の努力を払っていくというところに私どもは最大の期待を置き、かたがた関係各国の関心の喚起に今後とも努めたいという考えでおる次第でございます。
○田代富士男君 私は四年前も国連大学のことについて申し上げましたけれども、ひとつ努力していただくことをお願いいたします。 では、文部省関係は以上で質問を打ち切ります、科学技術庁の問題がありますものですから。どうも。 科学技術庁に対して質問をいたします。余りもう時間がございませんから、要点だけを質問してまいりますからよろしくお願いをいたします。 きょうは、長官、御承知のとおりに防災の記念日でございます。思えば、大正十二年のきょう関東大震災が起きましてから五十五年を迎えた日でございます。それ以来東京の首都圏では大きな地震の経験はございませんが、一月の伊豆大島の近海の地震、六月度の宮城県沖地震を初め、ことしに入りましても列島各地で大きな地震が起きていることは御承知のとおりでございます。いま考えますれば、大都会の都市構造というのは電気、水道、ガスという細かいパイプで生活の基本が支えられておりまして、きわめて安全性からは遠いところにあるわけなんです。こういうことを考えていきますと、人間が安心して生きていくことのできる基準というものが四つ挙げられております。一つは安全という問題、二つ目には健康という問題、三つ目には利便、四つ目には快適という、この四つをWHOで挙げてあるわけでございます。この四つのうち、まず第一番目の安全の問題でございます。他の三つに対してはそれぞれある程度の投資がされておりますけれども、安全に対する投資というものはなかなかされていない。この安全への備えというのは生命への保障にほかならないと考えますけれども、まずこれに対しての大臣の決意をお聞かせ願いたいと思います。
○国務大臣(熊谷太三郎君) 防災に関しまして安全に関する私の決意ということでございますが、もちろん、何よりも人命の安全ということが第一の問題であるということは申すまでもないことであると考えております。
○田代富士男君 いや、それで、申すまでもないことであるけれども、これに対する投資が、WHOが決めた生活に快適な基準の四つあるうちの三つには投資されているけれども、安全に対する投資が少ないから今後どうされるのか、それをお聞きしております。安全というのは大事であることは私も承知の上に質問しておりますから、今後それに対してどう取り組まれるか、お願いいたします。
○国務大臣(熊谷太三郎君) お言葉どおりに受け取りますと非常に広範な関係になるかと思いますが、やはりきょうは九月一日の関東大震災の記念日でありまして、直接地震関係ということについて考えますと、率直に申し上げまして、きわめて寒心すべき事態にあると考えているわけでございます。これを防止しますためにはいろいろな方途があるわけでございますが、特に私は、科学技術庁という立場を離れまして、都市の改造という問題が最も重大な問題であると考えているわけであります。 それから、直接の科学技術庁の関係ということになりますと、何とかして地震の予知といいますか、そういうものを少しでも早くより完全に予知ができるような体制を進めてまいること、そしてそれが迅速に通報されましてそれが少しでも役立つということも必須の問題であると、このように考えております。
○田代富士男君 では、次に予知の状況等についてお尋ねいたします。 国民の私たちにとりまして最も関心のあることは、いつ地震が起きるのか、短期的な予知の情報であります。この問題につきましては、過日成立いたしました地震立法の中に、強化地域といたしまして指定された東海地域におけるものとしまして、気象庁や大学、国立防災科学技術センターなどを結ぶデータの集中、常時監視体制の強化がうたわれておりますけれども、実現の進捗状況はどうであるのか。また、科学技術庁に地震予知推進対策室がありますが、これは何をやっているのか、総合調整をやっているのか、ここらあたりもお聞かせいただきたいし、また、長期的な地震予知関係につきましては、国土全域にわたる測地測量が重視されておりますが、これも大分おくれていたと思いますが、今回の研究では一等、二等の三角点を六千点にわたって大規模に測量し直すことが織り込まれておりますが、六千点を五年間でできるのか。また、短期的な地震予知の可能性が一番先の問題であると言いましたけれども、いま第四次計画が全面的に達成された場合に、この予知の確率はどの程度になるのか。時間がないからまとめて質問をいたしましたけれども、関係各省から簡単に御答弁いただきたいと思います。
○説明員(園山重道君) 先生御指摘のように、地震予知、きわめて防災上重要でございます。文部省に置かれております測地学審議会がすでに第三次、今回第四次の建議をいたしておりまして、五十四年度から第四次の五カ年計画に入るところでございます。こういった地震予知を進めますために、一昨年閣議決定によりまして内閣に地震予知推進本部が置かれまして、科学技術庁長官が本部長を務めているわけでございますけれども、お尋ねの科学技術庁の地震予知推進対策室が何をしておるかというお尋ねでございますが、この推進本部を内閣に設置いたしましたときに、その総括事務局を科学技術庁がやることになっておりますので、この事務局の仕事を一層強力に進めますために、特に地震予知推進対策室を設けたわけでございます。 この地震予知推進本部を中心といたしまして、関係各省庁の御努力によりまして、先生御指摘の短期予知のためのデータを二十四時間監視体制をしいております気象庁に集中するということが着々と進められておりますし、また、御指摘の全国の測地測量につきましても、御指摘のように、第三次建議に示されました進捗状況に対しましては若干おくれをとっておりますけれども、国土地理院で努力をされまして、逐次このペースが追いついておりますし、第四次建議で示されました測地測量を実施するために、来年度の予算要求におきましては飛躍的な倍以上の予算要求がなされておるところでございます。
○説明員(渡辺偉夫君) 先生の御質問、お尋ねになりました二点の点についてお答えいたします。 一点は、現在気象庁においてほかの機関、大学のデータはどういうふうに集中しておるかと、その進捗状況でございます。関係機関のうちで、国立防災科学技術センターの中伊豆、岡部の二カ所について、これは地震と地殻変動のデータがございます。これと、それから国土地理院の焼津、田子の二カ所の検潮のデータは、現在気象庁にテレメーターされてございます。そのほかに東京大学の富士川、これは地震と地殻変動でございます。それから名古屋大学の三河、犬山、知多という三カ所、これも地震と地殻変動のデータでございます。それは現在毎日、一日一回でございますが、電話のテレファックスで送られてきております。しかし、これらのもののデータは、五十三年度の予算で地質調査所にありますところの十二カ所の井戸水の観測データと一諸に、五十三年度中に気象庁まで全部テレメーターされる予定になっております。これによってすべてのデータが気象庁にリアルタイムに入ってきまして、常時監視できる体制を整え得るものと私たちは期待しております。 それから、次のお尋ねの点でございますが、第四次の計画がこれが達成された場合には、その短期的な予知の確率といいますか、それを気象庁はどう考えるか。私たちの方は、現在、東海地域判定会の事務局を担当してございますので、こういうデータを集中し、いろんな地震予知の技術の手法の確立というものは非常に今後大きな問題でございますので、従来も、地震予知の実用化のためのその技術手法は、科学的な基盤に立ってその発生の機構を解明したり、あるいはその研究にも積極的に取り組んでいく。第四次の建議を推進するに当たりまして、特に短期的な地震予知の手法というものが非常に大きな眼目でございますので、私たちはこれが一層の向上といいますか、その中身の向上が図られるものと思うわけでございますが、何せこれはまだほとんど経験のないことでございますので、これを確率的に云々するということは非常にむずかしいものと思います。しかし、特に東海地域の場合には、マグニチュード八のものに対する一つの地震予知情報を出すことが気象庁長官の大きな任務になっておりますので、この際には特に空振りの問題が大きな問題だろうと思いますので、この第四次計画を推進することによってこの空振りを幾分でも少なくする、できるだけ少なくするということを私たちは念願して、それに期待をかけているわけでございます。 以上でございます。
○説明員(林哲郎君) お答え申し上げます。 先ほど科学技術庁の方からお答えのあったとおりでございますけれども、もう少し具体的に国土地理院の分につきましてお答え申し上げます。 長期的な地震予知にとりましては、全国的な測地測量が非常に重要であるということは先生の御指摘のとおりでございまして、全国土にわたりまして一、二等三角点六千点、これが今度の第四次長期計画の中でできるかというような御質問でございますが、いわゆる五年で六千点となりますと、年間千二百点ということに相なるわけでございます。それで、地震予知の第四次長期計画の初年度でございます来年度、昭和五十四年度におきましては、本年度の本計画の達成が可能なように、この計画の趣旨を十分認識して予算要求をいたしているわけでございます。 以上でございます。
○田代富士男君 いま関係省庁からのお話でありましたけれども、きょうは防災の日でありますけれども、防災の中でもこの地震に関係したことでございますが、この地震関連の研究あるいは観測、予知については、ほかでは見られないくらいに種々雑多な取り組みをしていらっしゃる。これも一面から言えばよいことだと思いますけれども、行政面から言いましたら、この地震に関係した問題というものはばらばら行政である、これは一般にこのように指摘されておるわけなんですが、ここで関係省庁の役割りの分担明確化、一元的な常時観測体制の確立、やはりこれはどこかが責任を持ってやっていかねばならない、そういうことを考えるならば、やはり科学技術庁がこういうようなものを調和し、調整し、一元化のこういう常時観測体制の確立に努力すべきじゃないかと思いますが、長官いかがでございましょうか。
○国務大臣(熊谷太三郎君) 全くそのとおりでございます。地震の予知に関しましては、大変残念ながら、世界的にまだ確かな、相当確かな確度のある予知という技術は確立されていないという現状でありまして、これも御承知のように、いろいろの機関におきましてそれぞれの特色を生かしてまして観測に従事いたしておるようなわけでございますが、これらの機関からいま直ちに予知の面だけを引き出しまして、その一元化を、文字どおりの一元化を図るということはこれは非常に困難であるかと考えますが、その点、地震予知推進本部といたしましてできるだけそういう機関の調整、統一を図りまして、かつまたこの情報等については、これは一元化いたしまして気象庁からお願いすることになっておりますが、このようにして極力予知技術の推進に努めますとともに、そういう予知関係の研究をできるだけ調整いたしまして、能率のある予知ができるようにし、そうして一元化されました情報網を通じまして、いま御意見の御趣旨にありましたように、できるだけ努力してまいらねばならぬと考えておるわけでございます。
○田代富士男君 時間がありませんから、具体的な質問をしてからお尋ねしたいと思いましたが、過日の宮城県沖地震によりまして鉄筋ビルの被害等が出ておりまして、その分析が建設省の建築研究所等においてもなされておるわけなんですが、その中の一つといたしまして指摘されていることは、現行の建築基準法では、構造上の耐震性については規定されてありますけれども、その建物の建つ地面の下の地層との関係については考慮されていない、こういうところで鉄筋のビルが傾いたりいろいろしたことが指摘されておるわけなんですけれども、こういう点は今後検討すべき余地があるのではないかと、私はこう思うし、これに対して宮城県沖の地震の教訓としてどのようにとらえていらっしゃるか、お聞かせをいただきたいと同時に、これはタンク建設メーカーの技術者が言っておりますけれども、大型タンクの、消防法で決められている、震度六の烈震でもこれは横すべりせず、転倒せず、円筒形の側壁が折れ曲がらぬような設計、そういうふうに求められておりますが、ところが地震特有の震動現象を考慮されていない。そのために、新潟地震のときもそうだったんですが、特徴的な共振現象が起きておりますけれども、こういうことがこのタンク技術者の話からも裏づけをされていない。また、六月の十二日の宮城県沖の地震でも、東北石油の仙台製油所のタンク三基が壊されまして油が流出した。これは氷山の一角である。 そういうことから考えれば、現在一万キロリットル以上に保有できるそういうタンクが全国で約二千八百基ある。そうした場合に、このようなタンクの安全性について技術的な研究がおくれているのではないかと、そういう意味からこれは非常に改善をする必要があるのではないか。その一つが、いま申したとおりに地質との関係というものを考慮するように、これは科学技術庁としても対策を講ずべきではないかと思うわけなんですが、建設省と科学技術庁の両省から御答弁いただきたいと思います。
○説明員(大田敏彦君) ビル関係についてお答えいたします。 おっしゃるとおり、建築物が建つ地盤のかたいあるいはやわらかいに従いまして、建築物が地震を受けた場合の揺れ方に相違がございます。この点につきまして、現行法でも多少のことは触れておりますが、まだ定量的に十分とは申せません。そこで、この点につきまして、昭和五十一年から建設省で五カ年をかけまして、新耐震設計法案というものの専門的な学術研究が行われまして、その中でも地盤の周期特性等を考慮したいろいろな新しい提案がされております。こういったものを、われわれとしましても、相当高度なものでございますので、実務者の意見を徴しながら行政的に活用してこの問題に対処してまいりたいと、このように思っております。
○説明員(園山重道君) ただいま建設省からの御答弁がございましたが、科学技術庁といたしましても、先生御指摘のこの地盤と地震の関係ということにつきましては、従来から研究をいたしておるところでございます。特に関東地方のような堆積層の厚いところでの軟弱地盤の地震による震動挙動に関する研究ということをいたしております。また、御指摘の今回の宮城沖地震の被害調査等につきまして特別研究促進調整費を支出いたしまして、御指摘の地盤の件についても調査をいたしておるところでございます。また、実際に地震が起きましたときに地盤がどういう揺れ方をするかという記録をとりますために、強震計、強い震度の強震計でございますが、この地盤の強震計を設置すべしという資源調査会からの勧告もございますので、これにつきましても関係省庁で連絡会を持ちまして、今後の強震計の配置等についての検討を進めておるところでございます。 今後とも、御指摘のように、地盤と建物の関係ということにつきまして必要な研究を進めてまいりたいと考えております。
○田代富士男君 まことに申しわけございませんですが、私の持ち時間が来てしまいまして、スペースシャトルの問題、それから科学技術庁設置法について、また特別研究促進調整費について私が質問いたしますからということで通告をして、答弁を用意していただきましたが、時間がなくて申しわけございません。これはまた何かの機会に私は質問をしたいと思います。準備をしていただきまして申しわけございません。 最後に、熊谷長官が訪米をされるわけでございますが、スペースシャトル計画についてるるお聞きした上に最後に長官にお聞きしようと思いましたけれども、時間がありませんから、この計画に対するわが国の基本的な取り組み、また今後どういうふうに対処をしていかれるのか、この宇宙開発に対しましてアメリカと日本とは協力体制をしいていかなくちゃならないし、訪米されたときにそういう宇宙開発関係のどういう機関の人と会って、どういう仕事をなされるのか、最後に長官の訪米の決意を聞かせていただきまして私の質問を終わります。
○国務大臣(熊谷太三郎君) このスペースシャトル計画の進展は、有人によります宇宙活動を可能にいたしますことによりまして、関係各国に大きな利益があるものと期待しているわけでございます。そこで、わが国も昭和五十五年、第一次のスペースラブ実験に参加することになりましたので、今後ともこれを機に、わが国にとって必要な計画にこのスペースシャトルが有効に利用されますように、航空宇宙局長官その他関係者ともお目にかかりまして、その点を特に具体的にいろいろ意見を交換させていただきたいと、このように考えておるわけでございます。
○安武洋子君 私はきょう、サラ金問題と不就学児童それから生徒の問題をまず最初にお伺いいたします。 憲法の第二十六条と、それから教育基本法の第三条、これは機会均等でございますが、第四条の義務教育で、児童、生徒の教育権がうたわれております。ところが、いま日本では、就学猶予あるいは就学免除、こういう児童、生徒を除きましては、教育権を奪われている子供たちというのはたてまえ上いないはずでございます。 ところが、いま全国的にも非常に社会問題になっておりますサラ金の問題の犠牲になって学校に行けない児童、生徒というのが、これは全国的にかなりいるのではないかというふうに思われるわけです。毎日の新聞を見まして、サラ金による事件が報道されていない日はないと言っても言い過ぎでないほどでございまして、その中でも最も悲惨なのは、サラ金の返済で追い詰められて一家心中をするというふうな記事でございますが、八月中だけでも、新聞に報道されただけで十五人の犠牲者が出ております。こういう一家心中の巻き添えにも子供たちがなっているわけです。 私ども赤旗通信網で共産党の生活相談所などに持ち込まれました全国のサラ金被害の実態と申しますのは、この一月から七月までの相談件数が四千二百件でございます。それからその中で解決した件数というのが千二百五十一件、金額は十五億一千百十二万円余り。これは氷山のまことに一角でございますけれども、その被害の実態というのはこれはすさまじいものなんです。自殺とか蒸発とか一家離散、離婚、あるいは妻や娘を売ると、もう惨たんたる状況です。これらの事件に児童生徒が巻き添えを食っているわけなんです。一例を挙げますと、たとえばサラ金業者から殴る、けるの暴行を受けたあげく、払えないのなら女房をよこせと、こう責められた。だから、妻と小学生の子供と一緒に軽自動車に寝泊まりしながら三カ月余り、子供は学校にも行けなかったわけですけれども、逃げ回っていたというふうなことが宮城県で起こっております。千葉では、子供の小学校の門前までサラ金業者が取り立てにあらわれたというふうな問題があるわけなんです。 これはごくごく一例なんですけれども、そこで私はお聞きしたいわけなんですが、こういうふうにサラ金業者に追い詰められてというふうなことで、一家心中などで犠牲になった児童生徒、こういう数とか実態を把握なさっていらっしゃいますでしょうか。それから居所不明になった児童生徒のうちで、サラ金被害のために居所不明になっている児童生徒、それがどのくらいいるかという実態把握をされておられますでしょうか。まず最初にお伺いいたします。
○国務大臣(砂田重民君) 学校への児童生徒の長期欠席、こういう状況、その中で経済的理由による者は、小学校で三百十四各、中学校で五百五十七名、長欠児童の数の経済的理由によるものが小学校の場合が一・二%、中学校で二・二%ぐらいに当たる、こういう数字は判明をいたしておりますし、当然就学奨励費等の支給対象にして、学校へ勉強に来させるようにしなければ市町村としてはなりませんことでありますけれども、サラ金を事情にしてという調査が実はまだできておりませんので、サラ金の借金のために長欠、不就学になっているという児童生徒の数は現在のところ把握いたしておりません。
○安武洋子君 私はやはり早急に実態を把握していただく必要があるのではないかというふうに思っております。と申しますのは、いま文部大臣数字をお挙げいただきましたけれども、実は文部省の方からも数字をいただいておりますし、私、兵庫県の方からも数字をいただきましたし、尼崎市からも数字をいただきましたが、どれもこれも一応この数字としては納得ができないわけなんです。つじつまが合わないわけなんです。 私はやはりこの数字をひとつ申し上げますと、尼崎市の教育委員会で、これは実数でつかんでおります。延べ数じゃございません。実数で五十一年には小学校四十四校中三十六人、それから中学校十九校中五人ということで計四十一名でございます。五十二年になりますと、小学校が四十人、それから中学校が六人で四十六人になっております。これは延べ数にいたしますと、十五日以上欠席した児童、生徒が届け出ることになっておりますから、二百六十一名とかいうふうな数字になってこようかと思うんです。しかし、この数字はよく見ておりますと、五十二年の小学生四十人のうち十二人といいますのは五十一年からの継続でございます。それで、中学生三人のうち二人は五十一年より継続ということで、一年以上も居所不明でございます。しかし、文部省からいただきました数字は、五十一年の一年以上居所不明者というのが二百六十五名でございます。ということになりますと、尼崎四十一名は全体の一五%になるということで、これは一つの県ではございませんですからね、一つの市の数字がここまで占めるというのは少しおかしいわけなんです。またこの兵庫県の数字というのとも非常に私は数字的にもおかしいというふうに思いますので、統計のとり方というものが違っておりましょうけれども、ここで一つお願いしたいのは、私は一定の期間を区切って、この居所不明者がどれくらいいるのかという実数を正確につかんでいただきたい。そうしていま非常に社会問題になっているサラ金による被害者というのはこれはなかなかつかみにくうございましょうが、どれぐらいあるのかということをぜひつかんでいただきたいと思います。 と申しますのは、これは私が調べました中で、担任の教師が、届けもなく休んでいるからどうしているのかと思って家を訪ねていくと、そうすると、居住証明書はそのままに置いているわけなんですが、家の中はもぬけのから。中には家財道具すら置いてそのままどこかに行ってしまっている。だれに聞いてもどこへ行ったかもほとんどわからないというふうな状態なんです。これが全部が全部サラ金であるとは申しませんけれども、実はこれは教育委員会で聞いた話でございますけれども、サラ金業者や暴力団などから、親類だとか知り合いだとか、そういうふうに名のって、児童生徒の転居先はどこなんだという問い合わせが来ているということがあるわけなんです。問い詰めていきますとこれは親類とか知り合いじゃない、サラ金業者とかそのサラ金業者から取り立てを頼まれている暴力団だ、こういうことがわかるというふうなことなんです。ですから、これほどひどい取り立て方をいたしますから、子供の転校先から足がついては大変だということで、居住証明はそのままにして、もうどこにも転出手続をとらずに行方をくらましてしまうという、親たちの犠牲になって子供たちが転校もできずに不就学になると、こういう状態が私は全国的に相当出ているのではないかというふうに思うわけなんです。子供まで使って転居先を探して暴力的な取り立てをするサラ金というのは私は放置できないというふうに思います。 これは七月二十日に報道されております朝日の例でございますけれども、これはサラ金の借金と督促に追われて、幼い子供たちが施設に預けられる例が大変ふえているということが書いてございます。兵庫県に限っても、昨年の初めからことしの六月末までに五十三人という数字が挙がっております。その一つの例といたしまして、五人の子供を連れた母親が神戸市の児童相談所を訪れて、サラ金の借金に追われて逃げ回っている、子供を預けて働きに出たい、こういうふうに訴えた。五人の子供のうち長男十二歳、長女十歳、次男九歳、これは一年半も学校に行っていなかったということなんです。大阪では施設に預けられる子供が昨年だけで四十五人です。このうち二十人が就学年齢の子供で、ほとんど施設に落ちつくまでの何カ月も学校に行けなかったというふうな状態もあるわけなんです。こういうふうな状態、私この全部が全部サラ金だというふうには思いませんけれども、いまサラ金のために行方をくらまさなければならないという人たちがたくさん出ている、それに巻き添えを食って子供たちが本当に就学できないで何カ月とかあるいは一年以上も逃げ回らなければならないと、こういう状態に置かれていると思うので、私はこういう状態を文部省としてもぜひ把握をしていただきたい、こう思いますが、大臣いかがお考えでございましょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 子供たちが就学を何かの理由でしてない、これはゆるがせにできないことでございますから実情把握に努めておりますけれども、その中で経済的理由による者というものも判明をいたしておりますが、さらにその中でのサラ金だけを文部省だけで調査することになりますと、やはり都道府県教育委員会を通じての調査になるわけですが、サラ金を理由にしてということだけの調査ができますかどうか、ちょっと率直に申し上げて確信がございません。ただ、サラ金に対応いたすための準備を関係六省庁がいま進めておりますように聞いておりますから、ここでもサラ金被害の実情を調査するやに承っておりますので、関係六省庁に文部省からも積極的に働きかけまして、一緒になってそういう調査ができるかどうか、ひとつ検討させていただきたいと思います。
○安武洋子君 犠牲になった子供たちの数というのは、これは、私はすぐに調べようと思えばお調べになれると思うわけです。新聞報道でも、サラ金で一家自殺をしたというふうなことで、その中に子供たちも載っているわけですから。そしていろいろと学校なんかでも近所で尋ねあわせると、大体あそこはサラ金ではないかというふうな答えが返ってくるというふうなことで、文部省としてもある程度は私はお調べいただけるのではないか。やはり不就学児童を出さないために、こういう調査をいまのように関係省庁と連絡をとって、私は調査を急いでいただきたいと思うんです。 そこで、一つお願いもあるわけなんですけれども、いまこういうふうに行方をくらました子供たちというのは、住民票を持っていないわけなんです。住民票など書類が整わなくても学校に入れるような、いまそういう措置をとっておられるかどうか、その点ちょっとお伺いしたいんですが。
○説明員(諸澤正道君) 学校へ入るためには、その戸籍をもとにして学齢簿をつくりますですね。そして、学齢簿によってこの子供の住所はどこであるということを確定してその学校を指定するわけでございますから、その学齢簿が信用できるということであれば、私は実態をちょっと正確に把握しておりませんけれども、仮に住民票がないという場合でも便宜やり得ることはあるんじゃないかというふうに考えるわけでございます。
○安武洋子君 住民票を持ってなくても学校にちゃんと入れると、こういうことですか。
○説明員(諸澤正道君) それはたてまえとして、私はそれは学校に入れないと思います、住民票がないとどこに生活の本拠があるかわかりませんですからね。ただしかし、実際の問題として、この子供はこういう事情だから学校で預かってくれという場合に絶対学校が拒むかというと、当然の便宜として、そういうのをお預りすることはあり得るだろうと、こういうふうに申し上げているわけです。
○安武洋子君 そうしますと、そういう場合、学齢簿に載らないとこれは卒業証書を出せないというふうなことになりますね、ただ、校長先生の判断だけでは。私はそれではやっぱり困ると思うんです。ですから、そういうふうな場合も、住民票がなくても、そこにやっぱり住んでいるというふうなことであれば、私は学齢簿をつくってそこで子供をやはり就学させるというふうな、そういうふうな取り扱いをしていただきたいと、こういうふうに思いますけれども、そういうことはいかがでございますか。
○説明員(諸澤正道君) まあ一般的には、その住民票がなくてもとおっしゃいますけれども、ないにはないなりの理由があるわけでございましょうから、それがまあどういう理由に基づくものかということをやはりただして、それで、その住民票を持つようにして、それをもとにまた学齢簿をつくるというのが私は筋だと思いますですね。
○安武洋子君 じゃ、その住民票がないという理由がはっきりして、それで無理だということになりましたら学齢簿をつくって入学をさせると、こう解釈してもよろしゅうございますね。尼崎の場合なんかは、五十三年までに小学生二十六人、中学生十人と、三十六人をやっぱり入学させているわけなんです。そういうふうにして子供たちの権利を守ってやらないといけないというふうに思うんですが、そういうふうに解釈してよろしゅうございますね。
○説明員(諸澤正道君) 私は、その法律上のたてまえはどうかと言えば、それはよろしいんだというふうにはまあ一般論としては言えないと思います、やはり。それはあくまでも本人の立場というものを考えて、やっぱり便宜の、当座の便宜措置としてやるということだろうと思います。
○安武洋子君 もう一つよくわからない。そうすると、便宜措置としてやはり入れるけれども、学齢簿はつくるんですか。つくらなかったら卒業証書は出ないんでしょう。卒業証書をちゃんと出してやるというふうな道を開きますか。
○説明員(諸澤正道君) 学齢簿がないと卒業証書は出せませんし、またそのはっきりした住居の根拠がわからなければ学齢簿はつくれないというのは、これは当然だと思います。
○安武洋子君 それは筋としてはわかります。しかし、いま私が問題にしているのは、この憲法にも教育基本法にもやっぱりちゃんとうたわれている児童のあれは教育権なんですよね。この教育権を奪われている子供たち、これは何も子供の責任じゃないわけなんです。大人の責任でいまこの不就学になっているという経済的な事情というのの中に、逃げ回らなければならない、居住証明を持っていったら大変な目に遭うという、こう社会的なサラ金というふうな例を一つ挙げておりますけれども、こういう事情があるわけなんです。そこのところをもう少しちゃんと考えていただいてそういう道を開いていただかないと、こういう子供たちは救われないわけなんです。ですから、そういうことをせめてお考えいただけませんかということを申し上げておりますから、いかがなんでしょうか。私は、現場の校長の判断だけで授業を受けさせていったら学齢簿に載らないから卒業証書を出せないということのないように指導しているんだというふうに伺いましたけれども、そうじゃないんですか。
○説明員(諸澤正道君) まあその問題は、理屈で言えば、そのサラ金に追われて住民票を持っていけないという、そのことに問題があるわけですから、むしろそっちの方の行政の対応がまず先なんだろうと私は思います、根本的には。およそそういう個人の居住の自由というものを侵すような行為があれば、そこを正すようなことをしないで、ただ、その子供がかわいそうだから住民票はないけれども学励簿をつくりますというんでは、これはまた行政としては秩序を乱る原因にもなりますから、その辺はやはり両々相まって考えないといけない課題ではないでしょうか。
○安武洋子君 大臣にお伺いいたします。 いみじくも根本的にとおっしゃいましたが、政府の私は閣僚の御一員として、サラ金の規制についてやっぱり政府が私は毅然たる姿勢を打ち出すべきだというふうに思うわけなんです。ですから、不就学児童・生徒をもうこれ以上出さないために、犠牲になる子供をこれ以上出さないために、閣僚の御一員として、私はやっぱり閣議に文部大臣としてサラ金の規制をしっかりせいという意見を反映していただきたい。そのことが一点です。 それから、せっかくのこの子供たち、いまの教育基本法でも憲法でもちゃんとこの教育権がうたわれているにもかかわらず、こういう事情のために、先ほどから私がるる申し上げた事情のために教育権を奪われてしまっている。この子供の救済、それを私はやっぱりやるべきではなかろうかと。ここはひとつ文部大臣の政治的な判断で、こういう子供たちがどうしたら救済できるのかということをひとつお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) サラ金規制、サラ金に関連をしております省庁が六省庁あるそうでありますが、文部大臣は入っておりません。ですけれども、サラ金のいまの状態を考えますときに、これを放置するべきではない、私はさように思います。官房長官が中心になって六省庁の意見をいま集めておられるところだと承っておりますけれども、何らかの規制が行われることを私も期待をしております。 ただ、いまの学童の就学のことでありますけれども、やっぱり行政の場にある者としては、初中局長がお答えをいたしましたことが筋論としてはそのとおりでございます。そういうサラ金に対する規制措置を何らかとる、それによって居住を不明確にしているという状態から抜け出さしてあげることが大事でありますから。 ただ、当面入る子供が困るではないか。その点はいま尼崎の例をおっしゃいました。文部大臣としてそれを一般的に認めるというわけにはまいりませんけれども、尼崎が校長判断で当面学校に通わせていることは、私はそれはそれなりに意義のあることだと思います。そうしてあげながら、卒業証書を受け取る時期まで待たないで、居住を明確にできるような生活圏を再確保させてあげる、そのことが大事なことではないかと思います。
○安武洋子君 まあいまの大臣の御答弁で、私はサラ金の規制を、明確なサラ金の厳しい規制を打ち出していただくということと、それからいまの御答弁には私まだ不満はございます。いますぐに校長先生の判断だけにゆだねるというのは非常に無責任だと思うんです。で、そういうことでは卒業証書が手に入らないからということで、文部省の方では、学校が学齢簿をつくりなさいという指導をしているんだというふうにも私は聞いているんです。そういう指導はやっぱり正しいと思うんです。そういうやはり姿勢に立ってもう一度この点は検討をいただきたいということを申し添えまして、ちょっと時間の関係上次に移らせていただきます。 これは、高等学校の定時制及び通信制課程の修学奨励費、この補助についてお伺いしたいわけなんです。 まず最初に、定時制及び通信制高校の修学状況とこの制度の目的、内容、この説明をお伺いしたいわけですけれども、ひとつ簡潔にお願いいたします、要点だけ。
○説明員(諸澤正道君) この制度は、定時制、通信制に入っておる子供で卒業しようという目的を持って修学している者で、一定の経常的な収入を得る職業についておる、しかし、その収入というのは一定の金額以下で、生活、修学を継続するのにかなり困難な状況にあると、こういう子供に対して月々授業料相当額程度ですか、いま約六千円だったと思いますが、貸与すると、こういう制度でございます。
○安武洋子君 そうしたら、昭和四十九年以後の当初予算に対する執行率、これをちょっと年次別にお教えいただけますか。
○説明員(諸澤正道君) いま手元にちょっと資料がございませんので、取り寄せまして……。
○安武洋子君 じゃ私の方から申し上げます。 申請に基づいて貸与するという、こういう制度のたてまえになっておりますから、一〇〇%になるということはこれはむずかしいかもわかりません。しかし、それにしましても昭和四十九年、五十年度は定時制で六七%です。それから五十一年、五十二年度では八七%です。通信制では五十一年度は三六・七%です。昭和五十二年度は四五・六%なんです。なぜこういうふうに執行率が低いのか、原因は一体どこにあるというふうにお考えでしょうか。
○説明員(諸澤正道君) これはまあいろいろあると思いますが、いま申し上げましたように、制度が一応卒業をするという条件で貸与をするということでありますから、中途で退学するというような場合は返済をしなきゃならないというような組織になっております。そこで、まあ金額の少ない割りにいろいろ事務管理が複雑であるということは率直に認めます。そして東京都などはたしか現在もやっていないんです。そういうことがございますから、実績を見ましても、私の記憶では、各県によってかなりその実施率が違うというようなこともございますので、その辺が原因だろうと思います。
○安武洋子君 いまおっしゃったことが、私はやっぱり大きな原因の一つだろうと思うんです。で、定時制高校への入学の動機、これは調査しましたら、第一位というのは地方出身で就職したから、こういうのが三四・九%です。第二位は経済的な理由から二八・七%、こういう結果が出ているわけですけれども、まあこういう生徒は経済的に非常に恵まれてないわけですから、できるだけ多く国や地方自治体の奨励費が貸与されるというふうにしていくのは私は当然だろうと、こういうふうに思うわけなんです。 そこで、私はこの制度につきまして三つ改善を御要望いたしたいと思います。 まず、第一の改善点でございますけれども、貸与の対象者の所得の制限の問題なんです。これは昭和四十九年から五十一年度までの貸与対象者の所得の上限、これは勤労学生の所得税課税最低限、この額に置いておられますけれども、昭和四十九年で八十二万二千五百円ですね。それから昭和五十年で九十六万円、昭和五十一年で、これは所得減税がなかったから九十六万円と、それから昭和五十二年が百二万円と、こういうふうになっておりますね。今年度は、所得減税がなかったけれども、一応百十二万円と十万円引き上げておられることは、私は大変結構なことだと、こういうふうに思うわけなんです。このわずか十万円の引き上げですけれども、ある県に聞きますと、この十万円引き上げのおかげでもうずいぶん救済される生徒が出てきた。つまり百二万円から百十二万円の間の所得の生徒がかなり申請してきているというふうなことなんです。 しかし、いまの所得制限というのは、私はやっぱり依然として現状に合っていない、厳し過ぎると思うんです。今年度の申請状況、これは幾つかの県に聞いてみましたけれども、いまのままではやはり予算の執行率が例年並みかやや上回る程度だろうと、こういうふうなお返事が返ってきております。一年生の場合は四月から入りますから、これは四月から勤めるということで、当然その年の所得というのは低いので所得制限にはかからないというふうになりますけれども、三年生、四年生とこういう状況になりますと、当然所得も上がるわけなんです。ほとんどが所得制限にかかっていくということになってくるわけなんです。これはこの子供たちにとっては、四年間通じてこういうものを受けられるかどうかというふうなことは、やはり将来の計画を立てるとかというふうなことで、非常に不安定で計画も立てにくいというふうな状況がございます。 いまの高校一年生を十六歳、それから四年生を十九歳と、こう単純に見た場合、労働省の賃金構造基本統計調査、これを見てみますと、年齢階層別平均現金給与額、この調査が出ているわけなんです。ここで暦年の所得を見てみますと、一年生の場合は確かにかかりません。しかし、年齢が十八歳から十九歳になりますと、四十九年の所得制限が八十二万円余りで平均が九十三万二千円、それから五十年の九十六万円の場合は百五万五千円、それから五十一年の九十六万円の場合は百十三万一千円です。それから五十二年の百二万円の場合は百十九万七千円、全部上回っているというふうなことなんですね。この所得制限でいきますと、私がいま挙げました数字も、この労働省の調査といいますのは実際に前年の結果ですから、一年ずれてくるんです。これでもこういうふうに所得の制限にかかるというふうなことで、私はぜひこの所得の制限を上限を上げていただきたい、こういうふうにお願いいたしますが、これはいかがでございましょうか。
○説明員(諸澤正道君) ただいま御指摘がありましたように、五十三年度を百十二万円にしましたのは、所得税の課税対象外という従来の所得税法とのかかわり合いにおける制限でなしに、別途にもう少し引き上げたいということで、財政当局と折衝してそうしたわけでございますから、おっしゃるような実情を踏まえながら、今後できるだけその制限を上げていくという努力はしてまいりたいと思います。
○安武洋子君 ぜひ、そういう努力をしていただきとうございます。学年別にスライドするとか、あるいは少なくとも二段階に分けるというふうな御配慮はいただきたいのです。 第二点目を申し上げたいと思います。これは一応貸与という形はとっておりますけれども、生徒が学校を卒業すれば返さなくてよい。しかし、先ほどおっしゃいましたように、卒業しなくて中途退学した場合はこれは返さなければならない、こういう事情でございますね。静岡の繊維会社のように、もう会社自体が倒産するというふうなことになりますと、やっぱり学校を中途退学しなければならないとか、家庭の事情で中途退学しなければならないとか、非常に経済的に追い詰められて中途退学する場合が多いわけなんです。こういうときは返還の義務が生じてくるわけなんです。こういうことでは、私は卒業した人と万やむを得ず中途退学する人と、こういう人との間に非常に不平等が出てくるのではないか。ですから、修学資金の貸与というのは、申請は年度ごとに行われますでしょう。ですから卒業ということではなくて、その申請した年度、その学年を修了したら返還は免除すると、せめてそれぐらいに弾力的な運用をしていただけないものかというふうに思いますけれども、これはいかがなんでしょうか。 といいますのは、この奨励費の申請をする場合に、現場の教師が対象となる生徒に、こういう制度がありますよということを教えて申請の手続を援助する場合があるわけなんですけれども、勉強の意欲がありましてもこの生徒は非常に学業が不振だと、これでは卒業できないじゃないかという生徒がありますと、いかに経済的に困っていても、この返還の義務が生じるというふうなことで二の足を踏む場合があるというふうなことが現場から報告されているわけなんです。ですから、こういう点でも私は返還は学年ごとで、やっぱり一つの学年を修了すればもうこれは返還しなくてよいというふうに考えていただかなければならないんじゃないかと思うんです。 まだ理由はございますけれども、先ほど東京都もやっていないとおっしゃったように、人口の一割がいる東京都がやらないというのは、債権管理というのはどの県もどの県ももう大変な問題になってきているというふうなことですね。行方不明者がこれはどんどん出てきますし、他県から出てきた人がどこかに行ってしまう、他県に移ってしまうということで返済が滞っているケースというのは都市部にもかなり出ているわけなんです。保証人に対して厳しく請求しているところもありますけれども、これは税金のように強制執行ができるわけのものでもないわけなんです。ですから、年度ごとの進級によって返済免除ということになりますと、こういう件数もかなり減るんじゃないかというふうに思うわけなんです。こういう点いかがでございましょうか。
○説明員(諸澤正道君) おっしゃるように、一年間一生懸命勉強したんだからその分はいいじゃないかという考え方もあろうと思いますけれども、やはりこの制度の趣旨は、定時制高等学校をいろいろな困難の事情を克服して卒業する、そこまで行くんだということを前提にして考えたのでございまして、おっしゃるように、本当に続けたいけれどもどうにもならないと言って涙をのんで去っていく者もあろうと思いますが、現在卒業までの脱落者というのは、全国的に見ますと恐らく三〇%から四〇%ぐらい四年間では卒業できない方がおられるように聞いておるわけですけれども、そういう実態を見ました場合に、本当にやむを得ないという人もあると同時に、また必ずしももう努力を放棄して途中でやめてしまうということもありまして、その辺の区別が外観的にはわかりませんから、私どもはちょっといまの時点ではこれは卒業を前提として考えていくというのがまあ妥当だろうと、こういうふうに思っているわけでございます。
○安武洋子君 だから、せっかくの予算がありながら執行率が大変低いというふうな、御自分でもそういうふうにおっしゃったわけです。この債権管理というのが本当に大変な問題になってきているし、先生も、この生徒はこの奨励費を受けさせたいと思っても、やっぱり卒業できるかどうかということで非常な不安を抱く、学業が不振だというふうなことで二の足を踏むという問題もありますし、本当に個人の責任でなくて、会社が倒産するというふうなやむを得ない事情もあるというふうなことも私申し上げているわけなんです。ですから、この点は私はぜひ考え直していただいて、年度ごとの申請なんですからね、四年間を一挙に申請するわけじゃないわけなんです。年度ごとに申請をしてこれを受理しているわけですから、せめて年度ごとに、進級すればこれはもう返済しなくてもよいというふうにすればずいぶんとこの利用が私は増進するんじゃなかろうか、本来の趣旨が生きるんじゃなかろうかというふうに思いますけれども、大臣はいかがお考えでございましょう。一度検討していただけませんでしょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 修学奨励費の貸与条件の一つに、経常的収入を得て職についている者であることという条件が一つついているわけでございます。しかし、いま安武委員がおっしゃいましたような企業倒産のようなところにぶつかった気の毒な勤労青少年に対しましては、倒産で離職をした生徒を、失業保険法に基づきます失業の認証を受けた場合は貸与対象者にするというふうな特例も設けてあるわけでございます。こういう特例を設けながら、初中局長がお答えをいたしましたように、いますぐ制度を変えるということはなかなかむずかしい面があろうかと思います。しかし、申請者の数が少ないというような実情もこれあることでございますから、将来問題としての検討はさせていただきたいと思います。
○安武洋子君 そして私は第三点の改善点をお願いしとうございますが、いま文部大臣がおっしゃいましたように、恒常的収入を得る職業についている者であることというのが条件になっているんです。ところが、親が病身で看病とかあるいは家事に携わっている、それで生活保護で生活している、こういう生徒の場合とか、あるいは弟や妹のめんどうを見ながら生活保護で生活している、こういう生徒もあるわけなんです。こういうときはこの奨励費の貸付対象にならないわけですね。それからまた、漁業とか農業とか、こういうのを手伝いながら定時制とか通信制の高校に教育を受けに行っている者も、これは自家営業の場合と違って、雇用関係が証明できないというふうなことでこれも対象にならない、こういうことなんですね。それから、不況の影響で勤め先が倒産したり、就職先がなかったり、あるいは採用を見合わせてくれと言われたりというふうなことになってちょっとアルバイトに行こうというふうになりますと、経常的とは言いがたいというふうになってこれも対象にならない、こういうふうになるわけなんです。こういうふうなケースに対しまして私はもっと弾力的に考えていただきたいと、こういうふうに思いますけれども、こういう生徒たちに対してもう少し弾力的な運用をしていただけないものでしょうか、いかがでしょうか。
○説明員(諸澤正道君) 先生の御指摘は、その辺を弾力的に考えて、たとえば親が農業なり漁業をやっている、その手伝いをしているような青年は、実態としては勤労青年なんだからそれを助成したらどうかと、こういうような御指摘だと思います。その生活保護を受けながら実際に特定の仕事を持っていない、あるいは本当のアルバイト程度で経常的な収入と言えないというような者も含めまして、私はやはりこの趣旨が、働きながら学ぶ青少年に対する助成であるということからしますと、そこのところを余り弾力的に考えますのはどうであろうかというふうに考えておるわけでございます。ただ、いま申しましたような親の仕事を手伝う、あるいはおじさんの仕事を手伝うというようなことであっても、外形的にその者が一定の収入をそこからもらっているんだという形をはっきり証明させますればそれは一つの方法だと思いますけれども、そうでないと、やはりそのたてまえは余り崩さぬ方がよくないかというふうに私は考えるわけでございます。
○安武洋子君 この制度が発足しましてちょうど五年目に入っているわけですね。私はもういろいろとやっぱり実情を調査していただいて、実情に合わせて検討すべき時期が来ているんじゃないかということできょうは三点ばかり申し上げたわけですけれども、いまのも、働きつつ学ぶというふうにおっしゃいましたけれども、やっぱり定時制高校に通ったり通信教育を受けたりしている子供たちの中には、先ほど申したように、生活保護で生活しながら両親の看病をしたりあるいは家事の手伝いをしたりというふうに、非常に経済的に困っている子供たちもいるわけなんです。ですから、私はこういう子供たちに対しても、それから漁業や農業を手伝っている子供たちは、民生委員かそういうふうな人たちの証明があればやっぱり働いている子供たちだとみなして運用するとかというふうなことをしていただかないとだめだと思うんです。といいますのは、やっぱりこのままでまいりますと、各年を通じまして私はさっき執行率を申し上げましたけれども、こういうふうなことを続けておりますと、大蔵当局から逆に私は予算の減額を迫られるというふうなことになりかねないと懸念をしているわけなんです。もっと実情に合わせてこういうものの運用をやっていただきたい。ほしい人はたくさんいるわけで、もっと実情に合わせていただきたい、そういう検討をお願いいたしとうございますが、これは大臣に御答弁をいただきとうございます。
○国務大臣(砂田重民君) 制度を発足いたしましてもう五年目を迎えたわけでございますから、先ほど御指摘の点も、所得制限についての実情、それらの該当いたしますような勤労青少年の所得等年々変化もすることでございますから、実情把握に努めまして、この制度が有効に青少年たちのためになるように努力を積み重ねてまいりたいと思います。
○安武洋子君 時間にせかれておりますので次にまた移らせていただきますが、校舎の建築の問題なんですが、大都市の周辺、特に人口急増地域で小中学校の建設、これは大変重要な問題になっているわけなんです。特に土地の取得が困難だというふうな問題があります。限られた土地をどう有効に使うかというふうなことでさまざまな方式の校舎がいま建っているわけですけれども、中にはT字型とかロの字型とかいうふうな校舎が建っております。校舎の構造というのが子供の教育に大きな影響を与えるということは、これは言うまでもないことなんです。まして、一日のうちのほとんどの時間をこの学校というところで子供たちは過ごすわけですから、一層重要になってくるというふうなことなんですけれども、今後都市化が一層進みまして、従来と異なったさまざまな形の校舎というものが建っていくんではないかということで、私はきょう一つ問題を提起したいわけなんです。 校舎というものは学習効果の向上と健康を維持し、また情操の向上を図るということが第一義的に保障されるようなものでなければならないと、これは文部省の学校施設設計指針、こういうことで私はつくられているというふうに思いますけれども、その点は間違いございませんね。学習効果の向上と健康を維持するということと、情操の向上を図ると、こういうことで間違いございませんでしょうか。
○説明員(三角哲生君) いまおっしゃいました学校施設設計指針は、設置者が国庫補助を受けて建物を計画、設計するに当たっての、一般的な学校としてふさわしい建物ができますような留意事項を記述いたしました指導資料でございまして、ただいま安武委員がおっしゃいましたようなことはその観点の中に込められておるわけでございます。
○安武洋子君 一例を申し上げます。宝塚市に安倉中学とそれから美座小という二つの学校が建っております。これは一棟回廊式校舎、いわゆるロの字型校舎と言われておりまして、ことしから開校いたしております。ロの字校舎といいますのは、従来二棟でございますと、校舎と校舎の間隔、これは三十メールぐらいあけると、それを渡り廊下でつなぐと、こういうふうになっておりますけれども、今度のこれは棟と棟を十二メートルまで接近させるというふうなことで、この各階を渡り廊下でつないでちょうどロの字型にしてしまうというふうなことなんです。そうしますと、この渡り廊下のところに階段とトイレを組み込むということで、二二%の校舎面積と、それからこの美座小学校の場合、建築費が九億五千万円のところ、二億四千万円ほど建設費が節約されて七億一千万円で建設ができるというふうなことなんです。 このロの字型の校舎の設計は、父母の間とかそれから現場の教師、これは設計段階からいろいろ意見が上がっておるわけなんです。といいますのは、棟と棟の間隔が十二メートルと、こういうことになりますと、冬になりますと、南の棟の陰で北の棟というのは、これは一、二階は一日じゅうもうほとんど日が当たらないと、こういう状態になります。それから、棟と渡り廊下に囲まれている中庭というのは、これは全く日が当たらない。そして通風も悪い、そして音がこもる。これは大変騒音が激しくなるわけです。お便所と階段というのは渡り廊下のところにあるわけですが、これは非常に教室からも遠くて数も少なくなる、こういうことになります。当然のことながら、こういうロの字型にしますと問題が出てくるわけなんです。 これは教育上、防災上、子供の健康上というふうなことから私は好ましくないというふうに思うわけなんですけれども、校舎の面積と建築費の節減のためにこういうことがやられている。これは宝塚市の広報でも、子供の健康を思ってやりましたとは書いてないわけです。「少しでも国の補助金の基準面積に近づけたなかで、少しでも多くの特別教室などを確保して、そのうえで市単独で負担しなければならない面積を減らすよう工夫したものです。」というふうにも書いてあります。これは明らかに建築費を節減するためにこのような建物を建てたというふうなことなんですけれども、これでは――学校施設設計指針、これを読ませていただきました。これは「校舎の配置は、採光、日照、通風、音響その他の環境条件を考慮」することと、こういうふうになっているわけなんです。ところが先ほど申しましたように、建物の高さは三階では普通十一メートルぐらいです。ですから二倍程度どころか十二メートルというのはわずか半分なんです。それから採光も悪い、日照も悪い、通風も悪いと、すべてに問題があるというふうなことですね。昇降口の位置というのは、「普通教室又は保育室との距離がなるべく短くてすむように考慮して決める。」というふうになっておりますけれども、これは遠いというふうになるわけです。 こういうふうに経費節減を優先してやるというのは、私は第一義的にやっぱり先ほど申し上げましたように、それでお聞きしましたように、子供たちのためを思って校舎というものは建てなければいけないというふうなことと反してくるというふうに思うわけなんです。私はこれは宝塚市だけを責めるということはできないと思うんです。と申しますのは、非常にこの宝塚市の場合、一年間に人口が急増しておりますから、毎年小中学校を三、四校も建設していかなければならないというふうなことで、市の一般会計の中で文教費の占める割合が三分の一なんです。で、文教費の中でも学校建設費の占める割合というのが七四%にも達しているんです、これは五十二年度の当初予算に対してです。ですから、学校建築費というのが市財政を圧迫しまして、市の財政危機を一層深刻にしているわけなんです。だから、市は建設費を節減すると、こういうことを優先させてしまっているというふうなことなんですね。ですから、校庭面積――土地を取得するにもその建物に合わせて土地を取得する。できるだけ土地の取得も少なくするというふうになってしまっている。このように児童、生徒の教育という観点が私はなおざりにされていると思うんです。 文部大臣は、校舎に壁画や彫刻をというふうなことで、来年度から国立大学でモデル的に実施するというふうなお考えで概算要求をなさっているらしいですけれども、公立については、この壁画とか彫刻なども地方自治体から申請があればモデル的に実施をしようというふうなことらしいです。しかし私はその前に、こういうふうな校舎を建てなくてもいいようにもっと校舎に対して補助をするべきではないか、こういうふうに考えておりますけれども、一体こういうロの宇校舎についてはどういうふうにお考えなんでしょうか。こういう点もあわせてお伺いいたします。
○説明員(三角哲生君) 学校の設置者がどういうふうに学校を建設するかということにつきましては、当該設置者が最終的に適切妥当な判断のもとに行うということでございまして、文部省といたしましては、その際に当該設置者が、ただいまおっしゃっておられます私どもの指針を参考にしながら、当該学校の置かれております地域の実情や、それからその学校の教育方針、計画等に応じた適切な設計計画を決定していただくということを期待しておるわけでございまして、先ほど申されましたように、宝塚市のように都市及び近郊で人口が非常に急増しておりますようなところは、どうしても用地を有効に利用する、できるだけ与えられた条件のもとで運動場等もなるべくはとりたい、そういったようなことから、いわば限られた条件の中でいろいろな工夫をしていただくということで、これは必要なことであると思っておる次第でございます。もちろんお話にございましたように、ロの字型校舎といったような、いわばコンパクトな形の建物の場合には、教室の中の採光でございますとか通風でございますとか、そういった点には十分に留意を払う必要があるわけでございます。 ただいまの安倉中学校でございますか、この例で私どもとりあえず調べましたところでは、十八学級規模としての計算をいたしますと、五十二年当時の補助基準で四千四百九十平方メートル程度の数字が出ますが、実際の校舎面積としては五千八十二平米をおとりになっておられますので、いわば全体の姿としては非常にコンパクトにつくっておられますが、その中でいろいろと工夫をなさって、学習上に支障がないような配慮をされておるというふうに私どもは拝見しているのでございます。
○安武洋子君 学校の施設設計指針と照らし合わせて私は先ほど申し上げました。通風も採光も、そしてここに書いておられる騒音の音の問題ですね、こういうふうなものはみんなだめなんですよ。環境についてもいろいろと書いておられますけれども、これに照らし合わせても好ましくないということははっきりしている。市自身も、何もコンパクトにすることが子供のためにいいからコンパクトにしたんだというふうには書いていらっしゃらないんです。広報でははっきりと建築費を節減するためなんだということを書いていらっしゃるんです。 だから私が申し上げたいのは、校舎というものは一度建設しますと数十年これを子供たちが使うわけなんです。子供の教育環境に大きく影響を与えるわけなんです。だから、宝塚市でも十年ほど前に丸型の校舎を建築しております。しかし不評判でこれはもう一校で建設を中止しているんです。しかし、この丸型はいまでも使わないといけないわけですよね。新しい型の校舎というものをつくる場合というのは、あらゆる角度から慎重に検討しなければならないというふうに思うんです。新しい建築方法に教師とか父母とかいろんな意見が出てくるのはあたりまえでしてね。専門家の意見も聞かなければならないでしょうし、いろんな意見も聞かなければならないと思うんです。こういう建て方をして教育上、防災上、衛生上いろんな問題が出ている中で、先生とか父母とかそれから建築の専門家とかいうのがいまいろいろな意見を挙げておられるわけなんです。そういう人の意見を聞き、見解を求めて、今後新しい校舎についてはどうあるべきかというふうな、文部省としてもやっぱり一つの見解を出していただいて、一つ一つ慎重に検討していただかなければならないと思うんです。 私は、補助基準も上げていただきたい。というのは、市がそういうふうにして、子供たちのためでなくて、ただ経費を節減するということを優先するというふうなことになって、これは大変だと。こんなことがずうっと先行していきまして全国的に広まればこれは大変だと思うんです。ですから私は大臣にお願いしたいのは、校舎を一つ建てるにしてもいろいろと問題が指摘されているということを総合的に検討していただいて、一つ一つやはり慎重にやっていただいて一つの指針を出していただきたい、こうお願いをいたしますが、いかがでございましょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 戦後第二次のベビーブームを迎える重要な、大切な時期でもありますので、政府としても、都道府県、市町村と協力してこれに対応していかなきゃならない時期でございます。このような学校建物の環境条件について、問題点とその対策に対します実は調査研究を昭和五十一年度から始めてまいりまして、五十三年度まで、ことしまで三カ年計画でこの調査研究をやっているところでございます。三カ年計画でございますから、間もなくその調査研究の成果が出てまいりますので、その成果を踏まえまして、今後、学校の設置者に対して良好な環境の学校建物の設計について適切な指導をしてまいります。そして相当量の学童増にも対応しなきゃなりませんから、十分関係省庁とも相談の上で、学校建物の良好な環境の確保を目指して設置者であります市町村に指導をしていこう、このように考えております。
○喜屋武眞榮君 私、質問を申し上げる前に、二つの点を御理解を求めたいと思います。 まず第一点は、喜屋武が質問するとまた沖繩のことかと、そういうお気持ちを持っていらっしゃるのではないかなという気持ちを絶えず持つんであります。ところが、私といたしましても、国会議員の立場から国の問題として広く取り上げて論戦も展開いたしたいのでありますが、何しろ沖繩におけるもろもろの問題は、複雑怪奇と申しますか、幾ら取り上げても尽きることがない、こういう深刻な問題がいっぱいあるという立場と、もう一つ制約を受けておりますのは、持ち時間がいつでもわずかでございますので、広げ過ぎますというと収拾がつかなくなりまして焦点がぼけてまいりますので、そういう意味で、常に結論的に沖繩の問題を取り上げておる次第でございます。 第二点は、沖繩の問題はどれ一つとらえても、沖繩が戦場になったというその立場から派生した問題である。いわゆる戦争の犠牲である。ならば、戦争の犠牲のすべての問題解決は国の責任においてなさるべきである、こういった一貫した私は考え方を持っております。 そういう立場を御理解願いましてひとつ大臣に最初にお聞きいたしたいことは、先ほども御質疑があって大臣の御答弁もあったわけですが、八月二十八日の日本記者クラブにおける御講演が非常に大きな反響を呼んでいることは御存じだと思うのでございます。それで、大臣とされて、あれが――先ほどのいろいろの御趣旨から必ずしも真意でない、こういうお話もあったわけですが、真意であるかないかという、私はその記者会見をされて、もう一遍、大臣の真意はこれなのだと、こういうことをしてもらった方がよくはないかと、こう思うわけですが、いかがでしょう。
○国務大臣(砂田重民君) 明確にしておきたいと思います。私は教育勅語復活論者でもなければ、教育勅語を対象にしてお話をいたしておりません。教育勅語というものが戦前の――私が戦前と申し上げますのは戦争中だけではございません。教育勅語が発布されてから戦争が終わりますまで、日本の教育の中心には教育勅語が据えられていたという歴史的事実に触れたわけでございます。教育勅語の中身のことについては、その中に書かれております、いまの青少年にも持っていてほしいと思われる資質についても教育勅語の中には書かれておりました、こういうことを申し上げたわけでございます。ですから、私は教育勅語復活論者ではありませんという言葉を使って、明確にそこのところをはっきりしてお話をしたつもりでございます。そして戦後の民主社会であります日本で新しい憲法もでき、その憲法を受けての教育基本法というものも明確に成立をいたしました。教育勅語は昭和二十三年の国会におきまして衆参両院でそれぞれ廃棄の手続がとられた、事実上その意味を十分理解をしております。なぜ廃棄をされたかということはもう御説明の必要はないと思います。私は理解をいたしておりますと申し上げておきたいと思います。 そして、今日なお青少年に持っていてほしいと思われる資質というものを、青少年たちは、文化活動であるとか芸術活動であるとかスポーツ活動であるとか、そういうものを通じて、人間の情愛、人間の連帯感等の私どもだれしもが必要と思われる資質について、文化、芸術、スポーツ、そういうものを通じて会得していってくれているのは幸せであるとお話をしたわけでございます。どうぞそのことを御理解をいただきたいと思うのでございます。
○喜屋武眞榮君 あれほど大きな反響を呼び、またいろんな立場で疑惑も持たれているわけでありますので、その内容の上からも、またタイムリミットの上からも、私は問題があったと、あるのではないかと、こう思われるわけなんです。 この問題を深入りする時間がありませんが、ただお聞きしたがったのは、大臣とされて自分の真意が曲げられておると、必ずしもそうではなかったと、こうお思いならば、記者会見でもされての談話、あるいはお話し合いをされて、何らかの方法でそれを国民に解明される必要があるのではないかと、こう痛感いたしておるわけなんです。タイムリミットと申しますのも、例の有事立法の問題やあるいは元号の問題や、あるいは靖国法の立法の問題、いろいろと賛否両論あるわけでありますが、そういった騒然たる中でこの問題を打ち出されたということはこれはただごとではないのではないか、こう受けとめる国民の層も多いと、私はこう思うからであります。この問題はそれで終わります。 次に、中学浪人の問題、これは日本全体の問題であり、社会問題であり、大きな問題であるわけなんですが、これも日本全体の立場から取り上げて論じたいんですけれども、私はしぼって結論を先に申し上げます。 まず、全国の高校進学率が九三・一%、沖繩の高校進学率は八六・一%、差があることは当然ですが、沖繩の場合全国最下位であります。ビリであります。もし間違いがありましたら後で訂正してください。次に、全国の中学浪人の数は一万七百四十八人、これは五十二年の文部省統計によります。全体の〇・七%。沖繩の場合千百五十三人、――これは五十三年度です――六・三%。大きな開きがあることは当然でしょう。これまた全国一であります。全国一ということは悪い意味における全国一、いわゆる最下位であります。そこから言えることは当然高校増設の問題が考えられると思います。 そこで、文部省とされてこの実態を踏まえて、私は重点的に高校増設の計画がなされなければいけない、こう思うんですが、文部当局の高校増設、中学浪人との関連において――特に沖繩の場合には全国で一番悪いので、その御計画を承りたいと思います。
○国務大臣(砂田重民君) 沖繩と本土の間にそのような格差のある数字は、喜屋武委員御指摘のとおりの数字でございます。ただ、学力のことがその間に問題があるのかどうか。これを比較する資料は正直に申し上げてございません。しかし、児童、生徒の学力の向上については沖繩県が非常な御努力をなさっておられることを承知をいたしておるところでございまして、文部省としても、教育指導委員派遣でありますとか、沖繩研究教員研修、沖繩教員の特別研修事業を通じて教員の指導力の向上等に努めていることが一つございます。 それから、いま先生もう一つ御指摘の、高校の新増設を当然考えていかなきゃなりません。沖繩県におきまして、昭和五十二年度から五十六年度までの間に六校の高等学校を新設をする、そういう計画をお持ちになりまして進学率の向上に努めようとしておられるわけでございます。国といたしましても当然これを御一緒に取り組んでいかなきゃなりませんから、建物の設置経費等について補助率三分の二の補助を行いまして、この六校を完全に五十六年度まで建設し終わる、そういうことで援助をしていこう、こういうふうに決めているわけでございます。
○喜屋武眞榮君 戦後三十二年、復帰後六年、この長い間の下積みで格差がある。復帰を起点として一気に解決してもらいたいというのが切なる願いでありますけれども、遅々として進まない。なるほど沖繩自体もよくなりつつはありますけれども、沖繩だけがよくなるのでなく、本土もさらによくなりつつある。だからその格差は遅々として縮まらない。これをどうしても、本土並みという大前提がありますから格差をなくしてもらう。このことが訴えたい結論であります。そのためには、やっぱり並み大抵の平常論ではこれはもう解決はできません。どうしても政府、文部省自体も、決意を新たにして一気に解決してみせると、こういう意気込みがなければ、私は毎年この差を担って、そうしていろんな形で沖繩の若者たちがそのしわ寄せを浴びるだけである、こう思うんです。 そこで、五十四年度における解決策に沿うところの予算規模はどうなっておりますか。
○説明員(三角哲生君) 沖繩の公立学校の整備の予算の中におきまして、高校の建物につきましては、本年度といたしましては二十七億八千万余を計上いたしました。これは前年度に比べて一二・四%の増で計上したわけでございます。これに対しまして、沖繩開発庁の方でおまとめいただいております明年度の概算要求額といたしましては二十二億六千七百万余でございまして、まあ今年度に比べまして約二四%の減になっておるわけでございますが、これは今年度の計上いたしました金額のうち一部が、県の御事情で今年度執行ができなくなりまして明年度に繰り越したというような事情が絡んでおりますためにそういった予算計上上の数値になっておるわけでございます。ただ、先ほども大臣が申されましたように、沖繩県では非常に御努力をなさっておられまして、そして今年度も、まあほかに養護学校を整備するといったような事業と競合したとか、そういった事情から先ほど申し上げました繰り越しといったような事情になったわけでございます。 先ほど大臣が申されましたように、五十六年度までに今年度以降六校をつくるという計画でございますので、これには私ども沖繩開発庁と御協力をいたしまして、県の計画にぴったり寄り添って事業が円滑に進むように対処いたしたいというふうに考えておりまして、これは一つの試算でございますが、五十五年度までにいま沖繩県の持っておられます計画が進捗いたしますれば、五十二年度の進学率八二・九%というのが九一・一%になる、そういう試算のもとでの計画になっておりまして、したがいまして、五十六年度まではまだそれほど正確な試算ができないわけでございますが、まず九三・一%、同じかあるいはそれを若干上回る程度にまで整備が進められるのではないかというふうに見ておるわけでございます。
○喜屋武眞榮君 まあ一年も早くひとつ本土並みに持っていっていただきたい、この実情はもう皆さんも唖然とされるのではないかと思いますが、生徒数からしましても、沖繩の場合過大校が多くて生徒数が千二百人を上回っておる。全国平均は八百十六名、沖繩千二百四十三名。しかもマンモス校、千二百名以上の学校が十六校ある。最高が二千一百十名。これは恐らく日本一のマンモス高校だと思うんですが、生徒数二千百十名、四十八学級、教員数が百十六名。しかも日本一のマンモス学校に養護教員がたった一人しかいない。こういういろんな形でしわ寄せがいっておるんであります。これで若者たちの健康や、保健、学力が向上するはずがありません。守れるはずがありません。いろんな形で犠牲になってあらわれていくわけなんですね。この点ひとつおくみを願いたいと思います。 なお詳しいことを申し上げたいんですが、これからだと思っておりましたら時間も迫っておるようでございますので、それでは一括して問題を簡潔に私申し上げますから、関係の方々明確に答えていただきたい。 次には、学校用地の買い上げ。これも沖繩ならではない。すなわち、沖繩が戦場になったために、地主との何らのかかわりなしに学校敷地に接収されて、それが今日まで続いておる。それがだんだん地主から地料を上げてくれ、できれば買い取ってくれと、こういう要望が強くなりまして、いまその学校用地、借地面積が七十五万六千九百平米、その借地料が二億一千一百二十八万と、年間地主に地料を支払っておる。このことが非常に沖繩の教育の進展に財源の面から支障を来しておるという、このことをひとつ銘記して、これももう十年一日のごとく、毎年のように陳情、要請がなされておりますが、なかなかこたえてもらえない。 次に、老朽校舎の解消。危険校舎は本土にもいっぱいあるわけですが、沖繩のものは質と量が違います。質、量ともに違います。戦争前にあった校舎で幾分残ったのが、今日爆弾破片の災害を受けた跡を修理をして使っておったんです。それがもう使用にたえない。それから終戦後、いわゆる琉球政府時代のがあったわけですが、そのときにできた校舎はもう二十年超すわけですね、これももう危険校舎でつくりかえなければいけない、こういう状態に迫られております。そこで、この老朽危険校舎の解消、これもひとつ十分に配慮してもらわなければいけない。結論は新築の校舎と同様に扱ってもらわなければいけない、こういう要望であります。 次に、琉球大学の医学部の設置につきまして、これも結論だけ申し上げます。きのうの決算委員会でも、大蔵大臣に私、いずれ文部省からその計画が上がってくるでありましょうから、上がりましたらすいすいと通してください、こういうふうにお願いをいたしたわけでありますが、五十四年の十月に開学、そして五十六年に学生受け入れ、この既定方針は崩してもらっては困る。そこで、予算計上がどれだけなされたか。もうきょうの次元ではそれがはっきりお答えできるのではないかと、こう思っておりますので、そのように。 最後に、これはきのうも実はただしましたが、幸いにきょうは文部大臣もいらっしゃいますので、沖繩の例の交通世変わりと言われておる交通変更の七・三〇ですね、これに伴って後遺症がもう多発しております。このことについてももう述べる時間がないのできょうは遠慮いたしますが、きょうはぜひここで文部省、関係大臣にもお耳に入れたいと、こういう気持ちもありまして、きのうの質問を再びやるわけですが、スクールゾーンの標識。これであります。標識はこれであります。これが七・三〇以前、これは学校安全会法に基づいた、法に基づいて、そして県当局、市町村自治体がそれを受けとめて、交通弱者の救済の面から、児童保護の面から真剣に検討して立ててあったんであります。ところが、七・三〇以後は警察庁がこういう標識で結構じゃないか、こういうことで、これは要らないということでいまやっさもっさしておるんです。ところが、それはいけない、こういうことできのう総理府をただしましたら、警察庁とも関係があるような言辞でありましたので、きょうは警察庁に来てもらって確認したいと思っておりましたら、これは警察庁の直接の関係じゃないので総理府に聞いてくれぬかという実は連絡が昼後にありました。こういういきさつがあるわけなんです。 そこで、これをなぜ七・三〇後――しかも市町村長、地方自治体が教育的立場からも考慮し、そして法の精神をくんで、しかも児童の安全という立場からりっぱなものをつくったのだから、これはいいんじゃないか、これにしたらどうかという標識です。それで現地が納得をすればいいんですけれども、県も反対、地方自治体も反対、そして学校ももちろん反対、こういうふうに反対をしておるのにもかかわらず、どうしてそれを押し切ろうとしておるのか。しかも事前の話し合いも、考慮する、検討するという覚書までも取り交わされておるんです。それを守らぬということは、まさに背信行為である。その場限りのいいかげんの約束であったということになるわけですが、そういうことで、きょう再びこれを取り上げたわけであります。これが解決しないとするなら、私は引っ込むわけにはいきません。この切実な要求をぜひ実現させなければいけない、国にこたえてもらわなければいけない、こう思って実は満を持しておる次第であります。 以上一括申し上げまして、結論だけそれぞれの関係から答えていただけば私の質問を終わりたいと思います。
○説明員(三角哲生君) まず第一の学校用地の借用の問題でございますが、これは喜屋武委員よく御存じのとおり、小中学校の校地の取得の補助としまして、沖繩におきましても、本土と同様にいわゆる児童生徒急増市町村につきましては三分の一の国庫補助を行っておる。それからそれに加えまして、沖繩県につきましては、復帰前の児童、生徒の急増を要因といたします非常に過大規模の学校を分離する場合に必要な校地の取得費につきましても、これは本土にはそういった例はないのでございますが、三分の一の補助を行いますほか、さらにもう一つ、基地に提供した施設に係る代替借用校地の購入費についても、これは二分の一の国庫補助を行いまして、こういったことで該当の市町村の財政負担の軽減に配慮しているわけでございます。 そこでもう一つ先生がいまおっしゃいましたのは、那覇市その他におきまして、終戦直後の特殊な状況下で、当初地主の了解といったことなしに学校が設置されました。その借用地について、これを基地に使用された、基地に提供された場合の代替借用地の購入費の例にならって購入費の補助をしてほしいという要望は、私どもも大変強い要望として承っておりまして、そしてそれに当たる面積は約十三万六千平米余であるというような資料もちょうだいしているわけでございます。 この問題につきましては、やはりまずもって沖繩開発庁におきまして御検討をいただきまして、その御検討にまつべきであると存じますが、当該の借用校地は、土地の所有権が戦争直後で必ずしも明確でなかった時期に市町村が学校用地として接収いたしまして、そして引き続き現在まで使用してきているといったもののようでございますが、昭和二十六年ごろからはそれぞれの市町村と地主との間でいわば通常の賃貸契約というものが、先ほど地代のお話もあったわけでございますが、そういったことで契約が行われまして借用が行われておるわけでございまして、この点では本土にございます一般の学校が借用校地をもって運営しておるという状況と変わりがない状況になっておるわけでございます。そういったことから、このいわゆる接収用地について、ただいま購入費の補助制度を設けるということは考えておらないわけでございまして、そしてこういった用地をもし買収いたします場合には、現在起債が認められているところでもございますので、起債の財源で買収するということにしていただきたいというふうに考えておる次第でございます。 それから、第二点の老朽校舎の解消の問題につきましては、沖繩県につきましては、木造の老朽につきましては、昭和五十三年五月一日現在で見まして要改築面積はほとんどまずございませんといいますか、非常に少のうございますので、この解消についてはまず問題はないというふうに思っております。これは早急に解消ができるということで考えておりますが、喜屋武委員おっしゃいましたように、木造でない非木造建物のうち、特に昭和三十九年以前に建てられました鉄筋校舎等につきましてはいろいろ問題があるわけでございまして、それは設計の問題あるいは建て方の問題、あるいは施工上、コンクリートに海の砂を使っているといったようないろいろ問題がありまして、老朽化が著しいのが事実でございます。 したがいまして、私どもとしましてはすでに昭和五十年度からこれらの改築には手をつけてございますが、これをなお一層早急に、かつ計画的にやっていきたいという考えに基づきまして、目下沖繩開発庁や沖繩県の教育委員会と協力いたしまして実情の調査をし、かつ要改築面積が一体県全体でどのくらいあるかというようなことを調査をしているところでございます。
○説明員(佐野文一郎君) 琉球大学の医学部につきましては、先生御指摘のように、五十四年の十月に設置をし、五十六年の四月に学生を受け入れるということを予定をいたしまして、それに必要な創設費の概算要求をいたしております。この医学部の創設につきましては、解剖体の収集、確保の方策の問題であるとか、あるいは現在の保健学部付属病院の跡利用の問題であるとか、さらに県の協力を得ながら詰めていかなければならない問題が残っております。それらを詰めながら、関係省庁と十分に協議をしてまいりたいと考えております。
○喜屋武眞榮君 創設費は幾らというふうになっておりますか。
○説明員(佐野文一郎君) 初年度の創設費として要求しておりますのは三千三百五十九万円でございます。
○説明員(三島孟君) スクールゾーンの標識の問題につき、お答え申し上げます。 昨日も申し上げましたわけでございますが、スクールゾーンの標識といいますのは、いわゆる標識令によります正規の標識ではないわけでございます。したがいまして、どのような形式であってもいいわけでございますけれども、要するに学校、幼稚園、保育所が近いから十分注意してくれるようにという運転者に対する呼びかけのいわば広報板みたいなものでございます。しかし一般的には、本土の各府県でも沖繩県でもそうでございますけれども、いわゆる標識令の中に警戒標識という正規の標識がございます。それは先ほど申し上げました学校、幼稚園、保育所が近いという標識でございます。そのデザインはいまお写真でお示しございましたとおり、学童が手をつないでおります文様と、それから「通学路」という文字が入っております。大体、各府県ともこの警戒標識のデザインとそれから「通学路」という文字を大体いわゆるスクールゾーンの標識に利用いたしまして掲示しているのが普通でございます。沖繩県においてもそのようにやっておられるわけでございます。 今回、沖繩の方ですでに設置しておりますスクールゾーンの標識につきましては移設の措置は講じておりませんけれども、警察の方におきまして、先ほど申し上げました正式の警戒標識の学童が手をつないだあのデザインと「通学路」という文字を大きく取り上げた標識をつくって、学校周辺に必要な数設置したわけでございます。今回警察の方で設置いたしました、いわばこれも注意喚起標識と言っていい性格のものだろうと思いますが、その標識と、これまで沖繩県が右側の方に設置しておりましたいわゆるスクールゾーン標識と相まちまして、運転者に対しまして安全運転の呼びかけを行っておるという効果は、従前と比べましても一つも効果そのものがいままでのものよりも低いということはないと思いますし、私は交通安全対策上実質的には支障がないんじゃないかというふうに考えておるわけでございます。
○喜屋武眞榮君 ちょっと一言いいですか。
○委員長(寺田熊雄君) 時間がもう大分過ぎていますので簡単に。
○喜屋武眞榮君 あなたがどうおっしゃろうが、現地は、学校側も市町村側も県もこれにしてほしいと。この選択権はあなたが押しつける必要はありません。現地が求めるものに応じてもらうべきだと私は思います。その効果はあなたが判断するのじゃなくして、現地が教育的立場から、そうして、その交通安全法の趣旨に沿うて検討した結果がこのように出されておる。それを、何ら変わらない、効果は変わらない、これでやれと言う。現地がそれでよろしゅうございますというならいいけれども、どうしてもこれでなければいかぬということで、きのうもおとといも、強くそれは要望してくれということを私に言ってきておるんですよ。そんな一方的なことでどうします。これ、絶対に承服できません。あなたが何と言おうと、そういうことで承服できません。このとおりにしてください。これが教育というものなんです。このとおりにということは、私が無理であるなら、無理を通すんなら、十九の春に返してくれというのは無理かもしれないが、これを守ってくれということ、これにしてくれということはきわめて当然な、筋の通る、教育的な、民主的な要望ではないでしょうか。それに従って再検討してもらいたいと思う。
○説明員(三島孟君) 先ほど申し上げましたように、一般的に使っておりますのは、学童が手をつないだデザインと「通学路」という文字の表示を使っておるのが普通でございます。いまお示しのは文字でこう書いておるわけでございますけれども、私はその点、よく沖繩県と御相談いたしまして、研究さしていただきたいと思います。
○野末陳平君 日中平和友好条約の締結に伴いまして、日中関係がさらに新しい段階に入ったことはもう当然なんですが、教育面においても、中国との関係については、表現あるいは教え方など当然変更すべき点が幾つか出てきたと、そういうふうに思います。この点については大臣も異論はないと思うんですけれども、そこで大臣にお伺いしますが、現在、中学校、高校で使用されております文部省検定済みの教科書なんですけれども、特に社会科におきまして、二つの中国を前提とする記述がいまだにかなり目立っているんですよ。大臣はこの事実を御存じだったかどうか、そこからいきましょう。
○国務大臣(砂田重民君) 承知しております。
○野末陳平君 いや、大臣はいつごろから承知なさってたかどうか知りませんが、ぼくは最近になって教科書に全部目を通しまして初めて気がつきまして、まだこんな表現があったのかと、まあ実は驚いたわけなんです。そこで、具体的な例に基づきまして善後策を一々お伺いしたいと、こういうふうに思うんです。 まず、小さい例からなんですが、中国の地図――中国の地図じゃなくてもいいんですが、これは外務省が出しているやつなんですが、まあこういう地図がありますね。この地図で中国大陸の中ほどを流れる大きな川をわれわれは普通揚子江と、こう言っているわけです。しかし、中国では揚子江ではありませんで、長江と言うわけですね。長い短いの長い方の長江ですが、揚子江では通用しない。ですから、固有名詞として地図に載せる場合には、われわれは揚子江が耳なじんではいるけれども、長江と書くのが当然ではないかなと思っているんですが、外務省にお聞きしますが、どういう理由で揚子江をそのままお使いになっているか。
○説明員(田島高志君) お答えいたします。 揚子江という名称は、より厳密に申し上げますと、江蘇省の江都というところから鎮江に至るまでのその部分の広い川を揚子江と中国では呼んでおりまして、長い川全体は長江というふうに呼ぶようでございます、より厳密に申し上げますと。しかし、わが国ではかなり昔からあの川を揚子江というふうに呼んできておりますし、外国でもあれを揚子江、ヤンツーリバーという、あの川全体を呼んでいる、そういう習慣がございますので、それに従って記載をされているということでございます。
○野末陳平君 そこで、中学、高校の教科書を新たに見ますと、大臣、本文では揚子江という表現がわりと多いようですね。それから、地図などを調べますと、長江というのもありますね。それから、揚子江ももちろん多いんですよ。それから、丁寧なのは長江と書きまして、括弧して揚子江と、こういうふうになっている。どうも表現がばらばらでして、われわれが揚子江と呼んでいるからと言って、中国で正式には使われていないというこの揚子江で通していいのか、これから将来。不統一であることもどうも気になる。そこで、やはりこの際、長江という中国における正式の呼び名に直すべきではないかと、こういうふうに考えますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 教科書の記述につきましては、客観事情の変更に伴いまして誤りとなった事実の記載を発見いたしましたときには、発行者は文部大臣の承認を受けて必要な訂正を行わなければならないということになっているわけなんです。決められました法令等を書いてあるとおりに表現いたしますと、この手続に従って日中平和条約締結に伴う所要の訂正を文部大臣は認めるということになるんですが、具体の問題としては、御指摘のようなことがいくつかあると思いますので、出版の自由というものを教科書発行会社は持っておりますけれども、文部省から積極的にお話し合いを教科書会社に進めることは差し支えないことだと思いますので、話し合いを文部省からも積極的に働きかけてこの問題の訂正方に取り組んでいただこう、このように考えております。
○野末陳平君 ぼく自身の個人的な考えでは、揚子江という名になじんでもおりますから、その点も考えまして、長江と書いて、括弧して揚子江というのが、ややこしいようですけれども当面いいんではないかと、そしていずれは長江に統一していくべきではないかと、そう考えるんですよ。よその国がどうあろうとも、やはりわれわれにとって中国の地名を正確に教えるということは大事だと思いますから、その点でひとつ大臣からも話し合いをしてほしいと思います。 さて次は、もう少し基本的な問題になるんですけれども、教科書における台湾の扱い方ですね。これがまた実にばらばらでどうもまずいという印象を受けますね、本文の記述が。中学、高校における社会科の教科書ですね。中華民国あるいは国民政府という表現が随所に出てくるわけですね。外務省にお聞きしますけれども、この中華民国とか国民政府というような表現は日中平和友好条約から見てもおかしいと思うのですが、外務当局は台湾をどういう表現で扱っているか、まずそれを確かめておきたいのです。
○説明員(田島高志君) 政府といたしましては、台湾に言及する場合には台湾という表現を通常使うことにしております。
○野末陳平君 台湾ということになりますと、当然中華民国とか国民政府は使っていないんですが、実務上の必要に迫られた場合に台湾ということだけで済ましておるという意味ですか。
○説明員(田島高志君) 御存じのように、わが国と台湾との関係は、一九七二年の国交正常化以来地域的な関係ということになっております。したがいまして、あの地域を指す呼称として台湾という名称を使っております。
○野末陳平君 まあ国や政府ではないんですから当然だと思いますが、そうなりますと、外務省サイドから見まして、中学、高校の教科書に中華民国あるいは国民政府という表現があるということはどういうものでしょうか。
○説明員(田島高志君) それは場合によると存じますけれども、いまあそこの台湾という地域には、中華民国という名前を使っている当局が現実に行政を執行しておるという事実関係はあるわけでございます。したがいまして、政治的な意味合いを持たせる観点からではなく、そういった現在のその事実関係を説明する場合には、中華民国あるいは国民政府という名前が出てき得る場合があると思いますけれども、それは、それが適当かどうかということは場合によって判断しなければならないというふうに一般的に感じております。
○野末陳平君 個人的な手紙とかそんなところで、あるいは論文などで使うのはいいんですが、この教科書の記述というものは、やはり場合によってはというようなケース・バイ・ケースでそれぞれ解釈は違うというふうにとっていいかどうか。歴史的な記述の場合はこれはいいんですが、地理でもって現在の台湾を説明する場合に、ここは中華民国政府だというようなことはそれは全然本当に構わないんですか。二つの中国になりませんか。
○説明員(田島高志君) 詳しく教科書の内容を私も点検しておりませんけれども、あすこにそういう国があるとか、わが国と外交関係のある政府が存在しているというような意味合いで使っている表現はないというふうにいままで聞いております。したがいまして、さらに具体的な点は検討さしていただきたいというふうに存じます。
○野末陳平君 まあ教科書の内容について外務省があれこれ言及は直接にはできないと思いますので改めて文部当局にお伺いしますけれども、教科書をいろいろ持ってきたんですが、大臣が当然御承知だと言うならばもう言わずもがなかもしれませんが、こういうような表現があるんですね、これは、台湾は、「現在、中華民国政府の統治下におかれています」と、こう書いてある。これは中学の地理ですね。それから同じく地理なんですが、「台湾は中華民国政府によって統治され」と、こういうふうに出ているわけですね。それからまだいろいろありましてね。「台湾は国民政府の中華民国が支配して日本と密接な関係を続けてきたが」というような、こういうような記述もありますね。 それから地図も見ますと、つまり、教科書に出てくる地図ですね。明らかに台湾と書いて中華民国と、こう書いてあるんですね。そして現に、こちらの大陸の方は中華人民共和国と、こうなっている。これは明らかに二つの中国が存在する地図ですね。あるいはこれは別の教科書ですが、これも中華民国とこうなっている。 ここまではっきり書いてありますと、外務省の見解は別としまして、大臣それから局長にもお伺いしますけれども、これはちょっとまずいと、こういう表現を残しておくべきではないというふうに考えますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 実はそのことも承知をいたしておりまして、中学校の地理的分野の教科書三つについて御指摘のようなことがあるわけでございます。先ほど御答弁をいたしましたようなやり方で検討をしたいと考えておりますが、内容をどう表現するかにつきましては、それぞれ学者、専門家等もおられることでございますので、いましばらく時間をいただいて、どう改めるかの内容についてはもう少し検討をさせていただきたい。教科書発行会社に対しては、先ほどお答えをいたしましたように、出版の自由を妨げるものではありませんけれども、文部省から積極的に働きかけてもそれは差し支えないんじゃないか、このように考えて、そういう姿勢で対応をしようともしているところでございます。
○野末陳平君 どうも大臣は出版の自由について少し神経質にお答えになっているようですが、これはもちろん当然大事なことですがね。わが国の外交上の基本姿勢に関する部分で出版の自由、表現の自由ということを余り強調されると、何か教科書でも著者の主観でどう書いてもこれはやむを得ないと受け取れかねない。ちょっとその辺が私は物足りないと思いますね。ですから、重ねてお聞きしますが、少なくも中華民国政府が統治しているという表現は適切ではないと、好ましくないということについては、全く異論はございませんね。
○国務大臣(砂田重民君) 出版の自由というものを尊重しなければなりませんがというのが前提であって、文部省から積極的に働きかけても支障がないと思いますというのがその後ですから、ですから、表現が好ましくないと思えばこそのことでございますから、御理解をいただきたいと思います。
○野末陳平君 同時に、国民政府というのがあるんですね、これについてもぼくもいろいろ考えたんですがね、やはりどうも「政府」というのがまずいような気がして、これもひとつ具体例を読みながら大臣並びに当局のお考えをお聞きしたいんですがね。 これは中学の社会科ですね。現在では国民政府が治めていると、まあ表現は違いますけれども、先ほどと同じですね。あるいは「台湾とその周辺の島々は、タイペイを中心とする国民政府の統治下にある。」と、こういうふうにはっきり書いてありますね。それからこちらも、第二次世界大戦までは日本の領土であったが、現在は国民政府が支配していると。これは国民政府が支配しているとなると、われわれは中国とどういう基本姿勢で今回条約を結んだのか、あるいはかつて共同声明を出したのかということが非常に疑問になってくるような表現ですが、この国民政府という表現、これもぼくはまずいと、こういうふうに思うんです。先ほどの中華民国政府と同じで、これもやはり直すべきである、適切でない、こう思います。いかがでしょうか。
○国務大臣(砂田重民君) 文部省の事務当局、すべてこういうことを、問題があるんではないかと思われるものをもうまとめておりまして、先ほどお答えをいたしましたような姿勢で対処をしてまいります。
○野末陳平君 そうなりますと、いままでぼくも気がつかなかったんですから、これは余り大きなことは言えませんけれども、文部当局並びに大臣がお気づきになっていながら、なぜこれが直らずにこのままになっていたのかというようなことも気になりまして、別にこれ以上言及するつもりはありませんが、やはり速やかにやってほしいと、こういうふうに考えます。 そこで、台湾の扱い方というのを、今後検定する場合に一つの物差しでもって縛れということを言っているわけじゃありませんから、大臣の考えと同じですけれども、少なくともこの不適切な表現をいままで放置しておいたということはまずい。こういう表現が教科書から除かれるよう努力をしていただきたいと同時に、どうでしょうかね、台湾の扱い方は著者にいろいろあってむずかしいと思うんですね。だから、統一した書き方というのはちょっととてもできないが、文部当局が外務省と相談をして、やはり表現上余りにも教科書によってばらばらであっちゃまずいんで、何かほぼ統一されるような表現というサンプルを出すぐらいのところまでいかないと、結果的には今度は著者の方が、どういうふうにやっていいのか困っちゃうんじゃないかと。外務省にははっきりした線が出ていますね、地域を指すんだからあくまでも台湾あるいは台湾当局だというようなことになりますが、地理の教科書で、ちょっと統一してこの程度の表現をというところまで踏み込むべきだと思いますが、そこはどうですか、大臣。
○国務大臣(砂田重民君) 大変むずかしいことだと思うんです。そこで、先ほどお答えいたしましたように、中身についてはもうしばらく時間をいただきたいと申し上げたのは、やはり各方面の御意見も承り、その上で考えたいと思うからでございます。このままに置いておくわけにはいかない、積極的に対応してまいりますと、こういうことで、内容をどう書くかということについてはもうしばらく時間をちょうだいしたいと思います。
○野末陳平君 それでは、同様な問題まだ幾つかあるんですけれども、特に気になるといいますか、これも微妙なんで、大臣のこれは意見をお伺いしたいんですが、同様に中学校、高校の教科書あるいは小学校の教科書でもそうですけれども、特に地図を見ますと、東シナ海、南シナ海というのがあるんですよ。これは当然なんですね。もうぼくらもずっとこれで覚え込んじゃって、なじみ深い名称としてもう定着しているんです。そのせいか天気図、これも天気図なんですが、天気図なんかでも、これみんな東シナ海、南シナ海ですけれども、これについてもぼくは特に疑問を持っていなかったんですが、ちょっと最近考えるところがありまして、シナという表現のいわれから、それから戦後における漢字で支那と書かなくなったあの辺の事情を調べてみたんですが、その結果として言えることは、東シナ海、南シナ海とかたかなでシナと書いてはありますが、外務省の出している地図もそうなっているんですよ。そうなってはいますが、シナという呼び名は漢字で書いちゃいけなくて、かたかなであればいいんだということが果たして言えるのかどうか、そんな点ですね。 まず外務省にお聞きしましょう。中国と外交関係の上ではこの海をどういうふうに呼んでいるか、どういう表現でこの海を指しているか、お願いします。
○説明員(田島高志君) 特に地域の、この海域の呼称について統一的にこのように呼ぶというような一般的に約束をしているということはございません。ただ、漁業協定――たとえばそれは一つの例でございますけれども――では、東海、黄海というふうにあの辺の海域の名前を使ったことはございますけれども、それはすべてどんな場合でもそういう呼称を使うというふうに約束をしている意味とは異なります。
○野末陳平君 その漁業協定におきまして東シナ海と言わずに東海というのを使ったのはどういう理由ですか。
○説明員(田島高志君) これは、その前の民間の漁業協定時代にもこの海域のことを東海という名前で呼んでおりましたし、日本の漁業関係者の間では東海という呼び名が広く使われてきておりますので、それをそのまま使ったものでございます。
○野末陳平君 中国の地図、そして中国もまたこれを東シナ海とは言わずに東海と呼んでおりますね。南シナ海と言わずに南海というふうに使っておりますから。ですから、しかも漁業関係者も東シナ海でなくて東海ということを使っているとなれば、どうもここにもシナという表現を何の気なしに使っていて、これがあたりまえだと思ってぼくもいたんですけれども、やはりこれは国名にはシナという言葉は使わなくなっていながら、海だけに関してこれは相変わらず使い、しかもかたかなに直したと、この辺がやっぱり再検討すべきときではないかと、こう思うわけですね。外国の地図を見ますと、これはチャイナシーですから、チャイナを訳せばシナだと、こういうわけにもいかないと思うんですね。それだったら国名の場合も、リパブリック・オブ・チャイナをシナ人民共和国と、こう訳したって何らおかしくないだろう、漢字はまずいがかたかなはいいんだと、そんな議論も通用しないと思いますから、そんなことで、外務省は東海という表現を現実に使い、片方でわれわれに示す地図においては東シナ海が使われている、漁業関係者は東海で通っているということになりますと、さて大臣にお伺いするんですが、これはやはり、中国側で使っているような呼称をそのままわれわれも使うべきだなんて全然思っていませんよ。思っていませんが、ここにシナという言葉が出てくるというのをこのままほうっておいていいかなあと、そんな疑問を持つようになりまして、これについて大臣にちょっとお考えをお聞きしたい。
○国務大臣(砂田重民君) そういうこともありますので、教科書の文言にしても地図の上の言葉にしても、どうすればいいか、結論はもうしばらくお時間をいただきたいと先ほども申し上げたわけでございます。世界地図でやはりイーストチャイナになっていると思うものですから、そこらをどう決めてかかればいいのか。関係の学者等だけではなくて、外務省ともちろん十分な協議をいたしまして決めてかかりたい。もうしばらくお時間をいただきたいと思います。
○野末陳平君 何か突然もうしばらくと、いままでも検討なさっていただろうと思うんで、その辺があいまいですから、ちょっとぼくの方も一体もうしばらくと言われていつまでこうなのかその辺わかりませんが、少なくも大臣、いまの東シナ海について言いますと、ぼくもこだわるようですけれども、やはりシナというのが好ましくないとわれわれが判断してそれをなるべく使わないようにしてきたという経緯がある。それから、中国側はこれを喜ばないですね、確かにきらいますね。そんなことも含めると、海だけにこれが残っているというのがやはり不自然だということで、かといって、ここまでなじんだ名前を、天気図まで出てくるこの東シナ海をすぐあしたから変えろと言ったって、これまたいろいろ戸惑いがあると思うのです。ですから、東シナ海でもいいですから、もしそれならそれでいいから、しかるべくやはりちゃんとした理由をつけないと、何かぼくはよくないと思いますよ。海は外国の地図にもチャイナシーと書いてあると言っも、それチャイナをシナと訳しますか、これおかしいでしょう。あれは音訳すればそうともとれるけれども、チャイナはやっぱりシナじゃありませんからね。ですからやはり無理がある、そう思うのです。まあ大臣も、いろいろな点について教科書の記述を再検討して、これが適切でないものを直すということですからそれに期待しておりますけれども、中国問題というのは非常に微妙な点もありますが、少なくも教科書にこういう適切でない、あるいは誤れる表現がずっといままであったということはやはりよくないと思いますので、改めてひとつできるだけ早い機会に細かい配慮のもとに、こういう表現をばらばらでないようにしてほしいと重ねてお願いします。
○委員長(寺田熊雄君) 他に御発言もないようですから、文部省及び総理府のうち、科学技術庁の決算につきましてはこの程度といたします。 次回の委員会は来る九月十四日午前十時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後五時四十九分散会 ―――――・―――――