内閣委員会 第12号
- 発言数
- 221 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1978/04/13
会議録
○村田委員長代理 これより会議を開きます。 去る四月四日及び五日の両日にわたり行政機構並びにその運営の実情調査のため、当委員会から派遣されました委員から報告書が提出されました。 この際、派遣委員から報告を聴取いたします。始関伊平君。
○始関委員 行政機構並びにその運営の実情調査について、派遣委員を代表して、その概要を御報告申し上げます。 派遣班は、私、始関伊平と小宮山重四郎、村田敬次郎、岩垂寿喜男、上原康助、鈴切康雄、受田新吉、柴田睦夫、中川秀直の九委員で構成し、現地において安井吉典委員の参加を得て、四月四日、五日の二日間の日程で北海道に参り旭川営林局、札幌営林局、北海道管区行政監察局及び旭川行政監察局の四行政機関の機構並びにその運営等について実情を調査したほか、北海道庁において副知事等から道有林野事業の概要及び営林局の組織改正に関する所見について説明を受け、また、旭川市及び札幌市において、営林局の組織改正等に関し、地元関係市町村の代表、木材協会等の業界代表及び林野関係等の労働組合の代表からそれぞれ陳情を受けてまいりました。 まず、旭川、札幌の両営林局について申し上げます。 北海道における国有林の管理面積は約三百十万ヘクタールで、全国有林の約四〇%、北海道の全森林の約五五%を占めており、この国有林を旭川、北見、帯広、札幌及び函館の五営林局と八十九の営林署、五百六十四の担当区事務所を配置し、定員内職員九千八百六十五名、定員外職員八千十六名をもって管理経営しているのであります。 旭川営林局は五営林局の一つとして、北海道の中央部から北部にかけて所在している約八十八万ヘクタールの国有林の管理経営を行っているのであります。 同営林局は、昭和二十二年の林政統一により旭川地方帝室林野局の改組によって設置されたものであり、現在の組織は、本局が三部一室十二課から成り、局の下に二十五の営林署と百六十の担当区事務所が配置されているのであります。 職員は、五十二年四月一日現在、定員内職員が二千五百一十一名、常用作業員等の定員外職員が同年七月一日現在で二千五十六名となっております。 同営林局の昭和五十一年度の事業の経営概況は、伐採量が約百四十五万立方メートルで、歳入約百五十三億円、歳出約二百二億円で、収支差約四十九億円の支出超過となっております。 札幌営林局は、旭川営林局と同様、昭和二十二年の札幌地方帝室林野局の改組によって設置されたものであり、現在、北海道のほぼ中央部に所在している約六十八万ヘクタールの国有林の管理経営を行っているのであります。 同営林局の組織は、本局が三部一室一二課から成り、局の下に十八の営林署と百二十四の担当区事務所が配置されており、職員は、五十二年四月一日現在、定員内職員が千八百八十四名、定員外職員が同年七月一日現在、千六十一名となっております。 同営林局の昭和五十一年度の事業の経営概況は、伐採量が約九十八万立方メートルで、歳入約八十四億円、歳出約百五十八億円で、収支差約七十四億円の支出超過となっております。 御承知のように昨年十二月二十三日の「行政改革の推進について」の閣議決定に基づき、今国会に、札幌営林局を北海道全域を管轄する北海道営林局に改めるとともに、その他の四営林局を廃止して北海道営林局の支局とすること等を内容とする農林省設置法の一部改正案等が提出されているのでありますが、これについて、旭川及び札幌の両営林局長から、道内国有林野事業における営林局と道庁等他の行政機関との協調の必要性、国有林野事業の改善を図る上での経営管理面の統一性の確保及び事業運営と地元との対応のため、四営林局の廃止、支局化は必要である旨の説明がありました。 この組織改正に関しては、北海道副知事等から、林野当局より、この改正は、道内国有林野事業の経営に当たり、道庁等との緊密な協調を図り、事業の改善を図る上での経営管理面の統一性を確保しつつ、地元との対応については、従前どおり事業の運営を行うこととしている等との説明があり、道庁としては、道内国有林野事業に対する投資の後退はないこと、地元に影響がきわめて少ないこと、国の経営管理面の合理化のためであること等の諸点を確認したので、今回の措置については異存はないものと判断している、しかし、今後、営林署の統廃合が行われる場合には、地元関係自治体の意見を十分に聞いて対処してまいりたいとの趣旨の所見が述べられたのであります。 また、旭川及び札幌の両営林局において、五営林局管内の関係自治体の各代表、北海道春闘共闘会議等の労働組合の各代表及び日本林業労働組合の代表から、それぞれの立場からの理由に基づき、四営林局の廃止、支局化に反対である旨の陳情を受けたのであります。 なお、北海道木材協会等の関連業界の代表から国有林野運営の能率化及び営林局の組織改正の実現方についての要望がありました。 次に、北海道管区行政監察局及び旭川行政監察局について申し上げます。 北海道管区行政監察局は、昭和二十七年に経済安定本部の外局である経済調査庁の地方支分部局として置かれていた札幌管区経済局及び札幌地方経済調査局を吸収して設置されたものであります。 同管区局は、北海道全域を管轄区域とし、管内に置かれている函館、旭川、釧路の三行政監察局を統括して、管内の対象機関である国の出先機関等千二百六十九機関について行政監察を行うとともに、行政相談のあっせん業務等を行っており、このうち、同管区局が直轄している対象機関は全体の約三九%に当たる四百九十七機関となっております。その組織は二部二課から成り、職員は五十三年四月一日現在、四十八名であります。 昭和五十二年度の監察業務は、北海道全体で中央計画監察が補助金事務の簡素合理化等三十五件、地方監察が貨物運送自動車の運行管理等十二件で、うち、同管区局が実施したものは中央計画監察二十件、地方監察四件となっております。 また、行政相談業務は、道内各地の市町村に二百六十一名の行政相談委員を委嘱し、定例相談、巡回相談等により実施しておりますが、昭和五十一年度の受理件数は九千六百六十七件で、うち、同管区局が受理したものは三千六百三十四件であります。これら受理した事案については、あっせん、説明教示等により処理しているとのことであります。 旭川行政監察局は、管区局と同様、昭和二十七年に設置されたもので、管区局の統括下にあって上川、留萌等の六十九市町村を管轄区域として、対象機関である三百五十七機関について行政監察を行うとともに、行政相談のあっせん業務等を行っております。同局の組織は、局長のもとに総務室及び三地方監察官を置いており、職員は五十三年四月一日現在、十四名であります。 昭和五十二年度の監察業務は、中央計画監察が農業構造の改善対策等五件、地方監察が振動病対策の推進等三件となっております。 また、相談業務については、七十七名の行政相談委員を委嘱配置しており、昭和五十一年度の受理件数は二千二百五十八件で、うち、同年度中にあっせん、説明教示等により処理したもの千八百九十八件となっております。 この旭川行政監察局及び函館、釧路の両監察局についても、昨年十二月二十三日の閣議決定に基づき、これら三局を廃止して管区局の分室とするため、今国会に行政管理庁設置法の一部改正案等が提出されているのでありますが、この組織改正に関し、管区局及び旭川局の両局長から、北海道における行政監察業務は、道庁の行政と密接に関連するものが多いので、これら業務を管区局において統一的に行っても大きな支障はなく、また、地域住民に密着した行政相談業務等については、分室を設置して実施することとしているので、業務に支障がない旨の説明がありました。 これらの調査の内容並びに陳情等につきましては、今後、委員会における質疑等を通じまして明らかにされることと存じますので、省略させていただきます。 なお、各機関より受けました資料並びに陳情書等は、当委員会の調査室に保管してありますので、適宜ごらん願いたいと存じます。 以上、御報告申し上げます。
○村田委員長代理 これにて派遣委員の報告は終わりました。 〔村田委員長代理退席、委員長着席〕 ――――◇―――――
○始関委員長 次に、恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大出俊君。
○大出委員 恩給等にかかわる質問をさせていただきまして、残り時間で、ちょうどいま春闘のさなかでもございまして、特に週休二日制問題が長い懸案でもございますので、それらに触れた質問をさせていただきたいのでありますが、ついては、一時間ぐらいは恩給の質問になると思うのでありまして、人事院の総裁及び関係の皆さんにお出かけをいただきましたが、週休二日制にかかわる問題は後半になると思いますので、お忙しい方方に各省からおいでいただきましたので、その間はお外しをいただきましても結構でございます。あらかじめお断り申し上げておく次第であります。 今回の恩給法を一べついたしまして、私も横浜の市長選挙などというやぼ用のさなかなものですから、斜め三十五度ぐらいに読んでみた感じでありますが、幾つも大きな問題があるような気がいたします。したがって一問題提起をしながら皆さんの御見解を承りたい、こういうふうに思っているのであります。 そこで冒頭に、これまた長い懸案でございます従軍された看護婦さんに対する恩給法の適用という問題がございます。これは、私の党の井上一成議員が従軍看護婦に対する恩給法の適用に関する質問主意書なるものを五十三年三月二日に提出をいたしております。もちろんこれは衆議院議長あてでありますが、これに対する回答が三月十日に福田総理から衆議院議長保利さんあてに出されております。「衆議院議員井上一成君提出従軍看護婦に対する恩給法の適用に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。」ここで「恩給制度は、もともと官吏又は旧軍人を対象としたものであって、このような身分を有していなかった者を恩給法の適用の対象とすることは、制度の建前に照らし困難である。右答弁する。」これを称して三くだり半というのですね。ちょうど三行半書いてありますが、こういう不親切きわまる政府の回答の仕方というのは、国民に対して責任を負う政府のあり方じゃない。なぜかと申しますと、いままでこの種の議論をいろいろ続けてまいりました。私もまる十三年余内閣の理事をやらせていただきましたが、実はこの種の問題は幾つも解決をしてきているわけであります。 ここに恩給法の一部を改正する法律附則第四十一条の二の日本赤十字社の救護員の範囲等を定める政令というのがございます。この政令の中に第一条「救護員の範囲」、ここに「日本赤十字社の職制による正規の職員たる理事員、医員、調剤員、看護婦監督、書記、調剤員補、看護婦長及び看護人長とする。」範囲を決めていますね。これで適用しているわけですよ、金を出しているわけですから。そうでしょう。そうなると、通り一遍にこの中に看護婦を入れればいいだけのことでしょう。簡単に言ってしまえば、この政令の中に一項文字を加えればいい。つまりそれをこういう――恐らくこれは福田総理自身がお書きになったんじゃないんだと思うのですね。恐らく所管である総理府に、井上一成君からこういう質問主意書が出た、どういうふうにお答えするんですかということになって皆さんのところでおまとめになったんでしょう。こういう、しかも各党超党派的に苦心して何とか――戦後処理の最たるものですよ、いままで残しておくなんてばかなことがあっていいはずはない。だからというので出した質問主意書でしょう、少なくとも衆議院議員という身分のある人が。こういうふざけた回答を出すなどということはあり得る筋ではない。総務長官、いかがでございますか。
○稻村国務大臣 御指摘の点につきましては、各党とも大変この問題に取り組み方が熱心であります。そればかりでなく、やはり御指摘のように長い間本当に苦労されて、私は女性兵士と受けとめております。そういう意味から、新聞報道ではいろいろのことを書かれておりますけれども、総理府と申しますか、むしろ私といたしましては、やはりできるだけ御指摘の線に沿うような努力をしたい。しかしながら、きょうまで何十回となく各省関係または部内でも論議を続けてまいったところでありますが、恩給法の適用は何としてもむずかしい。しかしながら、私はこれを一時金によって片づけようという考え方はございません。何らかの方法で、これは予算の伴うことでございますから、そういう意味で概算要求までには必ず決着をつけてまいりたい、こういうふうにお答えをしておきたいと思います。
○大出委員 私がいま取り上げておりますのは、将来のこともございます。議員がその筋に従いまして質問主意書を提出する、これはたくさん例があることであります。議員というのは国民の負託にこたえて議会で物を申し上げているわけでありますから、そういう意味ではやはりそこらのところをしんしゃくをされた意のあるところを明らかにして、それなりの親切な回答でなければならぬ私は筋道だろうと思うのですね。 恩給制度は、もともと官吏または旧軍人を対象としたものだというわけですね。このような身分を有していなかった者を恩給法の適用の対象にすることはできない、こういうことである、こんなことはあたりまえなんです。たとえば外国政府職員であっても満州電電であったり、あるいは満鉄であったり、あるいは満州にはたくさんのその種の委託機関がございました。これは恩給審議会ができる以前から私もずいぶん細かい質問をしてまいりまして、満日ケースあるいは満日満というようなケース、これはみんな救済をしてきているわけであります。これだって厳密に言えば日本の政府職員でない限りは恩給法の適用の対象になり得ない、そんなことは初めからはっきりしているのです。そこらを、ある意味の戦後処理という思想の背景があるから外国政府職員というものを恩給法の適用に取り入れるとか――率直に言ってずいぶん無理なケースもありました。だがしかし、それらをたくさん片づけてきているのが当委員会ですね。そうだとすると、これが総理がお書きになったというなら知らぬから仕方がないということになるんだが、そうでない限りはこういう不親切きわまる答弁というのは納得しようがない。そんなことを言えばここに書いてある、つまり「救護員の範囲」に挙げられている人たちは、日赤の職員である限りは職制におられようと看護婦長であろうと看護人長であろうと、少なくとも質問主意書に対する答弁にあるところの「官吏又は旧軍人」では明らかにないでしょう。官吏または旧軍人でない者を何でしからば恩給法の一部を改正する法律附則第四十一条の二で政令によって解決をしたのですか。このよって来る法的根拠というのは恩給法の一部を改正する法律附則第四十一条の二でしょう。その限りでは、これは恩給法というものを基礎にしていることに間違いがない。そうだとすると、この中に日赤の看護婦さんを入れればいいだけじゃないですか。総務長官がいま、恩給法の適用はいずれにしても困難だということだと言うのだが、じゃ、一体何で恩給法の一部を改正する法律附則第四十一条の二、これに基づく政令でその上の方々の問題を解決したのですか。
○小熊政府委員 お答えいたします。 ただいま先生が挙げられました例でございますが、これは恩給公務員として規定しておる規定ではないのじゃないか、このように考えるわけでございます。先ほど先生も日満目とか満目の例を挙げられましたけれども、これは公務員としてつながっている人たちに対して通算をするという考え方でやられておるわけでございます。したがいまして、ただいま大出先生が挙げられました例、これはそういった日赤の救護員としてお仕事をされた方が恩給公務員として戻られたときにその期間を通算する対象となる人たち、このように理解しております。
○大出委員 答弁をすりかえてはいけませんよ。この恩給法の一部を改正する法律附則四十一条の二というのは何ですか。恩給法の附則じゃないのですか。
○小熊政府委員 そのとおりでございます。
○大出委員 恩給法の附則は恩給法に関連はないのですか。
○小熊政府委員 恩給法の附則ではございますけれども、先生のおっしゃったような例は、先ほどの井上一成先生の質問に対する答弁の中で、恩給公務員ではない、こういうことに当たる、通算期間を考える例である、こういうことに理解いたしております。
○大出委員 恩給法の附則四十一条の二というのは、附則であっても恩給法でしょう。附則は法律じゃないということになればまことに奇妙なことができ上がる。あくまでも法律の附則でしょう。帰ってきて身分が公務員であったとかなかったということは、そこから先の問題ですよ。つまり日赤の救護員である方というのは官吏ではないでしょう、軍人ではないでしょう。その限りで恩給法の適用範囲に入る人ではないでしょう。はっきりしているじゃないですか。満目満なり日満なりのケースを申し上げましたが、満州の電電だとか満鉄だとかというのは、あるいは満州国官吏であった人間であっても明らかに日本の恩給法の適用外でしょう、日本の法律が満州国まで及びやせぬのだから。その限りでは同じじゃないですか。厳密に言って日本の恩給法適用公務員ではないでしょう。それならば日本の恩給法適用公務員でない者を何で一体恩給法を適用したんだということになるでしょう。同じことじゃないですか。そういう小手先で物を言ってはいけませんですよ。これは、大蔵省が資料をぱあっと流して新聞に書かして、私の質問のする日の朝の新聞にはでかでかと、横暴であるの、恩給亡国論であるの、さんざっぱら並べたじゃないですか。それでもこれは、国会は、審議が優先するんだから、ついに全部通してしまった。通ってしまった後からもさんざっぱら私は新聞でたたかれた。しかし、筋は通る通らぬという議論はあっても、冒頭に申し上げたように、戦後処理という背景が思想的にあるから、満州電電やあるいは満鉄というのは明確に日本の恩給法適用公務員じゃないし、あるいはそれに準ずる職員でもない。満州国政府の職員であっても日本の恩給法適用の職員ではない。ないが、しかし何とか理屈をつけたい。帰ってきて日本で官庁に勤めたんだから、あるいは満鉄にいた人間が帰ってきて日本の国鉄に勤めたんだからということで問題の処理をしていったわけです。そうでしょう。これは同じことです。 恩給法というのは、これは次長をおやりになっておられた局長だからおわかりのとおりなんだが、戦後今日まで、恩給法というものは三十幾つも議員立法があるんですよ。だから私は、山中さんが総務長官のときに、恩給法なんというものを世の中の人が読んだって何にもわからぬ、要するにその実務というものをずっとやってきた人間でなければこれはわからないんだ。私も官公労事務局長をやっている、二十四、五のときからやっていたんだから、だからそういう意味で世の中の諸君にわかるようなことにしなさいと言ったら、実効恩給法要諦ですか、みごとにおつくりになった。あれを本気で読めば多少はわかる。そういう長い経過がある。そこで、一つ改正をすれば、一つ救済をすれば、次にもう一つ出てくる。この長い、私が十三年余にわたって内閣委員会をやってくる過程だって、一つ片づければ次の問題が、接点が出てくるんだから、終戦の日にいた人はいいけれども、その翌日の人はだめだと、こうなんだから、それはどうするかという問題は必ず出てくる。あたりまえです。 そうすると、ここで看護婦長あるいは看護人長という人たちを救済しているということになってくると、では日赤の看護婦さんはどうだという問題は当然出てくる。あたりまえのことだ。八年も九年も抑留されていた方々、向こうで仕事をさせられた方だから、帰ってきてすぽんといいポストはない、あたりまえであります。ではその人は除外するのか、そうはいかない、というところに、皆さんの方だって、恩給法が適用できないとすれば何かそれにかわることをなどということを考えざるを得ない心理状態があるんでしょう。そこで、これはもう一遍皆さんに考えていただきたい。私は、この新聞記事しか読んでおりませんけれども、何と言われても、この新聞記事の中で言う、一時金だ云々だというこの問題については賛成できない。なぜならば恩給に準ずるものではないからであります。 そこで、ここで一つ念を押しておきたいと思うのでありますけれども、各党の皆さんがいろいろこの問題を取り上げておいでになった。私も過去何回か簡単な質問を続けております。そこで、昭和五十年十一月の六日でありますが、このときの参議院の内閣委員会で片岡勝治氏が、参議院の内閣委員をやっておりますが、この人は社会党神奈川の委員長でございますけれども、彼が関係の方方とのお話し合いを詰めまして、これまで衆参を通じまして一遍も、内閣委員会に当該の方に御出席をいただいて、みずからの過去の経過、経歴について、あるいは置かれていた立場についてお述べをいただいた例がなかった。そこで、たまたま神奈川県の川崎市にお住まいである岡松八千代さんというお方、これは大変御苦労なさった方でありますが、この方にお話をして、社会党の片岡勝治委員からお願いをして、そして国会に出てきてお述べをいただけないかということで御承諾をいただいて、お忙しい中をお出かけいただきました。初めてここで各党の皆さんがなるほどそうだったのかということになった。このときの理事会は、社会党さんがお呼びになったわけだけれども、各党ともにそれぞれ大きな関心を持ってやってきているのだから、それぞれの質問をしたいという実はお話がありまして、各党の方々が、岡松さんが参考人としてお述べになっていただいた後で質問しているのです。これを私は改めて昨晩読み直してみたのであります。前にも読んでおりますけれども、大変お気の毒な立場においでになったものだということを改めてしみじみ感じたのです。 この方は、川崎市川崎区榎町三の一の五百十一番というところにお住まいでございますが、日赤の看護婦さんとして大東亜戦争のときに召集になった。この人は名目は学校の看護婦さんということで、どうしても勤めてくれというので、当時高知県幡多郡奥内村、ここの学校にお勤めになった。学校看護婦として十六年の四月から十八年の八月まで勤めて、ここで召集なんです。電報で召集令状が来た。子供さんが二人あるから困ると言ってお断りしたら、二回目の電報が来た。行かないと言ったので憲兵が調べに来る。役場の兵事係の人が家族の説得までする、これは兵隊じゃないのですからね。十八年八月にこの方は子供を残して召集になった。まるっきりこの出だしというのは、私も実は召集による出征兵士でございますけれども、変わらないのです。同じです。行かなければ非国民と言われるのだから、憲兵がこの場合だって調べに来ているのだから。そうでしょう。全く変わらない。そのときに三百八十人ぐらいおられた看護婦さん、この方々は、自分で戦争に参加するという気持ちでお見えになった方もあれば、子供さんのある方もたくさんあるのだから、この岡松さんと同じような立場でやむなく出かけてこられた方々の方が、ここでお述べになっている中身からすると、圧倒的に多いですね。二ヵ年という約束なんです。ところが、その二十年八月に終戦になった。そうすると、その後一年間は、日本の兵隊さんの傷病兵がおられたから、やむを得ず牡丹江とハルビンの病院で負傷兵の看護をした。ところが二十一年の八月に、看護してあげた負傷兵の方が治って日本に引き揚げることになった。傷病兵を看護してくれと言われたのだから、看護して治ったのだから、みんな内地送還で帰るのだから、当然一緒に帰されるものと思ったら、いや、どっこいそうじゃないという。看護婦さんは帰っちゃいけない。つまり、衛生兵さんばかりではやっていけないのだという。技術者としていまの新中国、当時の八路軍、御本人はここで「パーロ軍と言っておりました」と言っておりますが、こちらの方の軍隊にすんなり捕虜の形になって、そして捕虜生活が七ヵ年。だから、満州に合計十年いたことになるのです。 さっき、いみじくも稻村総務長官が、女性の方であるが軍人と同じだとおっしゃっておりましたけれども、私にも経験がありますけれども、まさに同じことです。これは何ら変わらない。ずっとお述べになっておりますけれども、ずいぶんと御苦労なさって、御苦労され過ぎたという感じが実はするわけであります。恐らく恩給局長もこれをお読みになっていると思うのですけれども、私はそういう意味で考えますと、軍人に準ずる方々だ、軍人と考えてもいいと思っているのですけれども、実質的にそうならば、本来ならこれは軍人恩給を適用すべきなんですね、加算年がくっついている地域にいるのですから丁最短恩給年限というのは加算を入れて十二年なんだから。それならこの方は当然軍人恩給の適用をしたっていい、準じたっていい。加算年をきちっと考えて計算してあげて一つも悪くない。負傷されていた傷病兵を一生懸命治していて、一緒に戦地にいたんだから。皆さんがどういうわけで恩給法の適用はいたしがたいと言うのかわかりませんけれども、そんなことを言ったんじゃ筋が通らぬ。そこのところいかがでございますか。恩給局長、どう考えますか。一つも変わっていない。変わっていなければ同じようにしてあげるというのはあたりまえでしょう。いかがでございます。
○小熊政府委員 いま先生のお話しになられた例を見ましても、確かに日赤の救護員の方が非常に苦労されたということはよく私もわかるわけでございます。ただ、先生もすでに御承知と思うのですが、恩給法の適用というのはやはり公務員の身分を持った人あるいは軍人、こういうことに相なっておりますので、その意味で恩給法をそのまま適用するということは非常にむずかしいのではないか、こう考えております。
○大出委員 そのまま適用することがむずかしいとすれば、どうやって適用すればいいのですか。私も、何もそのままと言っているわけじゃない、実質的に同じだから同じようにしてやったらどうだと言っている。そのまま適用することがむずかしいと言うのならそのままでなくたっていいのだが、同じならいいのだから、実質的にどういうことでございますか。
○稻村国務大臣 いま一つの例を挙げられたわけでありますが、それと同じ例と申しますか、それと同じ関係者から手紙で多く参っております。そういう意味から、いままで放置をされておったということにもいろいろな問題があるかと私は思います。そこで、その他の方法とは一体何かということでありますが、恩給法の適用はさんざん詰めてまいったわけでございますが、なかなかむずかしい。そこで、その他の方法ということになりますと、はっきり申し上げて、いまここで一時金ということで打ち切るというようなことはいたしません。しかし、先ほど来も申し上げたように、いまいろいろ詰めておるところでありまして、また予算を伴う問題でございますので概算要求までに、先ほど申し上げましたまうにたれ流しにする、そういったことは今度は一切いたしません。責任を持ってその他の方法で、その他の方法ということになりますと、一時金はしないといま申し上げたわけですから、恩給法の適用は再三再四私も、政令に定められておる、勅令に定められておるああいういろいろな状態から可能なりとも考えて、いろいろと詰めてまいったわけでございますが、やはりいろいろむずかしい点もございますので、恩給法のその枠組みの中ではむずかしい、しかしながら一時金はしない、こういうことでありますから、その他の方法は、恩給のベテランの大出委員の方はここで私が申し上げなくても大体想像できるのではないか、こういうふうにして、ひとつぜひ御了解を賜りたい、こういうふうに思います。
○大出委員 稻村さんと私はきのうやきょうのあれじゃないのだからよけいなことは余り言いませんが、ただ、そう言われると一言ちょっと言っておかなければいかぬのです。いままで放置しておったこともあって、私どもは放置してないのですよ。この岡松さんにおいでをいただいたのも、さっき私がちょっと引用いたしましたように五十年なんです。ことし五十三年でしょう。もう三年たっているでしょう。五十年のこの時代の前に私は質問しているのですからね。何しろ皆さんのやることは、わからぬわけでもないが、ここでやってくれればいいのにと、帰らぬ人になる方だってあるのにといって、私どもは歯がみしてくやしがる時期がいままで何遍もあった。ところがこれがなかなか回転をしない。早い話が、後から申し上げる回帰方式による一律アップ方式というのを傾斜配分に切りかえたわけですけれども、あの問題も私はまる四年かかっているのですよ。一律アップで計算すると、調査室の皆さんにもはじいていただいたら、仮定俸給表を計算していくと、現職の次官より次官でやめた方の方がはるかに高くなってしまう。一律アップだから、末端の方ではそれこそ生活保護の適用を受けている人が八千人も九千人もいる。なぜそうなるかというと、一律配分をするからだ、とにかく傾斜配分をしなければえらいことだということで、そうでなければこの恩給法は通さないといって突っ張ったことがある、大騒動になりましたが。恩給法を通さぬなんと言われて迷惑至極の話だなんということになった。だが、そこに端を発して、確かに言われてみればそこは検討しないわけにまいらぬということで、私が計算方式を幾つか出して、計算して出してみてくれと、とうとう恩給局は計算してお出しになった。そこらから始めて、それでもまる四年かかっているのですよ。私は苦心惨たんした。そうでしょう。だから、決して私どもが放置したんじゃない。指摘もし、取り上げているんだけれども、皆さんの方が放置して今日までおやりにならぬというわけです。だから参議院で附帯決議もついたりしているんだし、衆議院の方でもそうでありますけれども。そういうことなんだから、来年は予算要求をしてきちっとするくらいのことはもうおやりいただかなければならぬ、そういうぎりぎりに来ていると私は判断している。そうでなければ、不本意だがただじゃおかないという。しかも超党派で、ほとんど皆さんがいまおわかりいただいているというわけですから。ここで総務長官に承りたいんだが、来年は予算要求などをしてきちっとした制度に乗せる、そういう御決意がおありですか。
○稻村国務大臣 大変御協力というか御支援をちょうだいしてむしろ私は感謝をいたしております。 ただ、声なき声と申しますか、先ほど来のお話のように、本当に青春をずたずたにされて、いま身寄りもない、こういう一つの環境の中にあることは、私は大変同情にたえない。そういう意味からいろいろ議論、話題を呼んできたわけでありますけれども、やはり今年度だけはどういう形に乗ろうとも、先ほど来申し上げた二つの例は恩給法、それから一時金、その他の問題については必ず概算要求時期までに土台に乗せてぜひ各党の御声援をちょうだいしたい、こういうことを申し上げておきたいと思います。
○大出委員 予算要求にお載せいただくということでございますから、前向きの答弁だと受けとめます。 そこで少し中身に入らせていただきたいのでありますが、この新聞記事等もあるわけでありますけれども、記名国債を交付し、長期間にわたり年金に準じた一時金を支払う特別給付金方式なんというのがあるのですが、これはどういう意味ですか。
○小熊政府委員 新聞記事につきまして私も余りよく読んでなかったのでございますが、私ども、決定したわけでもないし、何もございませんのでちょっとわかりかねますけれども……。
○大出委員 恩給局長、あなた、しらばくれてはいけませんよ、ここまで来て読んでなかったとか。これはとっくの昔に質問が出ていて新聞に載っているので、そんなべらぼうな話はないじゃないか、無責任きわまるじゃないですか。こういう方法だってやろうとすればあるのです。ないわけじゃないのです。内閣委員会というのは、在外財産の問題だとか、戦後駐留軍の皆さんにけがさせられた長期療養している被害者救済に関する内閣委員会小委員会をこしらえて、私ども議員立法で出して通していただいたこともある。金鵄勲章年金法をお出しになったときにつぶしたら、何とかしてくれというので勲章等年金法という議員立法でまとめたときもある。これらの過程には記名国債で払っている場合だって幾つもある。方法だって小委員会で細かく検討してみんなわかっている。やればこれだってできる。だから聞いているので、そこをしらばくれたら議論にならぬじゃないですか。そこはどうなんですか。
○稻村国務大臣 これは局長がしらばっくれておるというのではなくて、そういうことも議題にのっておることは事実であります。
○大出委員 それなら、議題にのっておりますとお答えにならぬと、そうでなければおかしいじゃないですか。そういうことも議題にのっております。記名国債を交付し、長期間にわたり年金に準じた一時金を支払う特別給付金方式、これは、長期間にわたりというのは一体何年ぐらいを考えて、年金に準じた一時金というのは一体どのぐらいを考えておるのですか。私は、さっき、どうしても適用できないというなら、同じになればいいと申し上げたのだが、いかがですか。
○稻村国務大臣 先ほど来申し上げましたように、いま、どういう形で詰めていくかは各省との協議も続けており、それからまた、予算の伴うことでありますから、いまここではっきりしたことを、御遠慮というのではなく、これは今度は絶対逃げないのですから、そういう意味で、これにする、あれにするというのは、ちょっと局長として答弁しかねるのではないか、ぜひこの点で御了承賜りたい。
○大出委員 けれども、議題にのっていると総務長官は答えてしまったのだから、答えてしまった以上は、何もそのものずばり全部おっしゃっていただかなくてもいいですよ。いいですけれども、大体どんなことを考えたんだということぐらいは、概略お話しいただかぬと議論できないでしょう。恩給局の方は、この問題について、再三私どもに知恵をかせとおっしゃっているのだが、私も、きのうやきょう恩給をやっているのではないのですから、二十四、五のときからやっているのだからわからぬわけではないので、いままでいろいろ私の申し上げたとおりになっているものも幾つもあるのだから。だから、そうだとすると、これは決めたわけじゃないんだから、いいじゃないですか。こんな構想なんだと言っていただかなければ、知恵をかせもヘチマもあったものじゃないじゃないですか。恩給局長、いかがですか。
○小熊政府委員 いま先生がおっしゃったように、いろいろな方法を検討はいたしております。ただ、これは恩給法を離れるという意味もありますし、また、長官の非常にかたい決意ということもありまして、ただいま総理府部内で関係の各部局が寄り集まりまして検討いたしております段階ですので、中身は、これをどうするとかああするとかという検討まではまだ至っておりませんので、御了解いただきます。
○大出委員 もう一つここで承りますが、いま申し上げたのは記名国債を交付する、これは在外財産なんかの場合は記名国債ですね。御存じのとおり、そういう例がございます。それだって一つの方法です。それを長期間にわたって、何回に分けてどうするかというようなことになる、そういうことだろうと思うのですね、いままで経験があるのですから。長期にわたり年金に準じた一時金を支払う、一時金を記名国債で払っていくということですね。それだけのことでしょう、簡単に言ってしまえば。それを属人的に、期間その他も、外地に行っていてどうなっていたということが違いますからね。その意味ではケース・バイ・ケースになりますね。しかし、相当な期間にわたって記名国債を一時金で払っていって、そしてこれは結果的には恩給に準じた形にレベルは合わせていこう、こういうことだと思うのですね。そうでしょう、考え方は。
○小熊政府委員 先ほど申し上げた、いろいろな検討をしておる会合でのそういった話は、いま先生のおっしゃった在外財産等の例が、こういうのがあるということで出ております。
○大出委員 在外財産も私はさんざん苦労させられたんだから。皆さんがちょいちょいみんなかわってしまうから困るのですね。 もう一つ、二つ目にこの勤務年限の長短がありますね、つまり在職期間の長短が。在職期間の長い場合、この場合には年金を払おうというわけですね。短期の場合は一時金を交付する、これは言うならば特別年金方式ですね。これは駐留軍の被害者救済にかかわるいろいろな処理をいたしましたが、沖繩が先に決めまして、後を追っかけたりもしたのですけれども、いまだに病院に入っておられる方々がある、この場合は対象人員が非常に多いのですね。そういうときにも考えたことのある方式なんですけれども、これも議題にのせて御議論をいただいておる、こういうふうに理解していいのですか。
○小熊政府委員 ただいまの沖繩の例というのは、私はちょっと存じ上げなかったのですが、検討のあり方としては、やはりいま長官が言いましたように、一時金がだめだということになりますと、先生御承知のように、大体その辺で検討していくということになるかと思いますが……。
○大出委員 記名国債で払っていって、トータルは恩給に準じてというふうに考える。それがだめならば、二番目に、在職期間が長期の場合は年金で、短期の場合は一時金でというようなことのいわば特別年金方式みたいな為のを検討するようなことになってくるかもしれぬという。もう一つ、国が在職年数に応じて一時金を支給する特別一時金方式、これは私は断じて了解できない。これは一時恩給みたいなことになってしまう、これでいくと。私は、いまの一時恩給というあり方は非常にまずいと思っているのです。だから、昔一時恩給をもらっちゃったような方々は、価格変動しておりますけれども、それを返してもいいから、私は各種年金と通算をすべきだと思っているのです。そういう意味で言うと、つまり、もう一つ出てくる方式、国が在職年数に応じて一時金を支給する特別一時金方式というのは賛成できない。しかし、これも議題にあるのですか。
○小熊政府委員 そういうことも議題に上っております。
○大出委員 もう一つ、ここで在職年数を厚生年金、国民年金の在職年数に通算する一般年金通算方式、こういうことも議題に上っているわけですか。
○小熊政府委員 どうもいろいろなあれが出てきますけれども、あらゆる方法をこの際検討していこうということでやっておるものですから……。
○大出委員 そんないいかげんな答弁を――あなたは今度は次長じゃなくなったわけですから、小熊さん。局長なんだから、きちっとしていただきたいのですが、いろいろな方法を検討するのはいいが、それぞれにニュアンスの違う結果が出てくるのです。 そういう意味で承っているので、もう一遍念のために承りますが、在職年数を厚生年金だとか国民年金の在職年数だとかいうふうなものに通算をする一般通算年金の方式、これもやっぱり議題にしておられるのでしょう。
○小熊政府委員 一般年金に、国年とか厚年に通算するというのは、従来もいろいろ委員会で御要望、御質疑があったわけですが、これは非常にむずかしいという考え方でやっております。
○大出委員 非常にむずかしいという考え方でやっておりますと言うんなら、やっぱり議題になっているのでしょう。議題にしていろいろやってみたが、非常にむずかしいといま現在は感じたということなんでしょう。はっきり答えてください。いかがですか。
○小熊政府委員 そのようなことかと思います。
○大出委員 初めからそう言ってくれれば時間がかからぬのです。あっち行き、こっち行きするものだから時間がかかって困るんだが、要するに、記名国債を交付して、長期間にわたって、年金に準じた一時金、年金に準じたと言うのですから、レベルを考えて大体このくらいという、そういう特別給付金の方式。在職期間が長期の場合は年金で、短期の場合は一時金を交付する、そういう特別年金方式、これは一がだめならば二の方式もというふうなところで議題となっていて、皆さんは検討されているという。三番目が、国が在職年数に応じて一時金を支給する特別一時金方式。もう一つが、在職年数を厚生年金、国民年金の在職年数に通算する一般年金通算方式。一番最後の点は、皆さんの方が議題にし検討しているが、非常にむずかしい、こうおっしゃる。その一つの上の三番目のやつは、私の方がこういうものは一切困る、こう申し上げている。 だから、恩給法の適用がどうしてもできないというならば、その理由を明確にしていただいて、その理由については次の機会に討論をしたいと思いますけれども、その上で内容を、戦地に行って兵隊さんと一緒にやっていたわけだから、その実態を踏まえて、まあ幾つかの方式がありますが、実質的には恩給と同じ結果が出てくるようなところに中心を置いて皆さんが御検討いただく。私どもは、恩給法の適用を受けさせるべきである、その方式としては、恩給法の一部を改正する法律の附則などを使って、四十一条の二などを使えば、ここに一つ救護員の範囲等を定める政令なんというものもあるのだから、ここらあたりを使えばやれなくはないという考え方を実は持っておる。ただ皆さんが、ここに一番問題があるのだが、恩給法の適用をするてせよ、あるいは政令その他を使って何とかするにせよ、総務長官がいみじくも言ったのだが、いろいろ検討したんだがむずかしいと言っている意味は、なぜむずかしいかというと、一つ間違うと一波万波を呼ぶということです。だからむずかしい一やってできない芸当じゃない。国会で決めれば、男性を女性にすることはできませんけれども、そうでなければ大変無理なことでも、原子力船「むつ」の例の寄港じゃないけれども、ずいぶん無理なことを国会の名において政府はおやりになろうとするのだから、やってできないことはない。やってできなくはないが、及ぼす影響というものを考えると非常にむずかしいということになる。そうでしょう、いままでずいぶん無理なことをやったのだから。やると必ず一波万波なんだ。それがいやだからというのがあなた方の言い分。私の方は、実を言うと一波万波にしたいのだ、まだいっぱい解決しなければいけない問題があるのだから。これが一つ前に出てもらえれば、あとはみんな右へならえでやれ、こう私は言いますからね。だからあなた方も、そこらは政治的に承知で一波万波になるくらいのことをおやりなさいよ、終戦処理を考えなければいかぬのだから。戦後処理がいまだに終わっていないなんということをおっぼっておくわけにいかないのだから。そういうことで、最終的にもう一遍この点について御答弁いただきたいのだが、幾つか検討している、しかし実態は軍隊の召集を受けた方方と何ら変わらない。これを皆さんがまずお認めになった上で、したがって、本来ならば恩給法の適用なり軍人恩給の適用なりということが至当なんだが、法律の体系上非常にむずかしい。しかし実際は恩給あるいは軍人恩給の適用と同じような結果を想定しながら検討する、ひとつこういうことにしてもらいたいのですが、そこのところはいかがですか。
○小熊政府委員 その辺のことも含めながら、いまの概算要求の問題もございますし、いろいろ検討いたしていきたい、このように考えているわけでございます。
○大出委員 ここで一、二承っておきますけれども、この岡松さんのおっしゃっている召集というのは、日赤にもいろいろな規定がございますが、その根拠は何になっていたのかという点と、そういうケースにおいでになる方々が二百六、七十人と言われたりいろいろいたしますが、期間がたっておりますから、該当者としてどのくらいを想定なさっているのか。二つお答えください。
○手塚説明員 御説明申し上げます。 ただいま先生御質問の点、第一点につきましては、召集ということについては私ども、軍人の召集と全く同じ意味合いかどうか、いろいろ検討しているところでございますが、その根拠といたしましては日本赤十字社令、勅令で出ておりますが、これがその根拠になっておると思います。 また人数の点につきましては、現在、実は最終的な数字はまだいただいておりません。中間報告で日赤の方から伺っているところでは、当時勤務しました日赤救護員は概数で約二万六千名というふうに聞いております。そのうち約一万三千名が外地、残り一万三千名が内地に勤務していた、そういうふうに聞いております。
○大出委員 この岡松さんが、前に五十年のときに参考人でお見えになってお述べになった当時の召集状というのは、これがそうなんですが、「心得」というのが後ろにございまして、やかましいことが書いてあります。「傷疾疾病其ノ他事故ノ為応召スルコト能ハサルトキハ受領証返付ノ後速ニ医師ノ診断書又ハ事実ヲ証明スヘキ書類ヲ差出サルヘシ傷疾疾病治療スルカ又ハ事故止ミタルトキハ本人ヨリ其旨速ニ届出ラルヘシ」なんというのから始まりまして、「召集旅費ノ支給ヲ要スル者ニハ到着ノ上之ヲ給ス」、こうなっているのですね。これは一から、いま三番と五番を読んだのですが、これは行かざるを得ませんですよ、この裏を読んでみたらわかりますように。これは小松三枝子という看護婦の充員召集状実物でございます。「第二八三救護班補充要員トシテ召集ス依テ二月二十五日午前九時高知県高知市西弘小路日本赤十字社高知支部ニ参着シ此ノ召集状ヲ以テ届出ラルヘシ 昭和十九年二月二十二日 日本赤十字社高知支部」、充員召集状と書いてあります。これは赤紙でしょう。私もいわゆる赤紙、召集令状というのをもらったのですが、ぎょっとしましたね。これは大変ですよ。当時の世情、環境、雰囲気からいけば、幾ら子供さんがかわいくても行かざるを得なくなってしまいますよ。後ろにみごとに義務規定が書いてあります。それからマル秘の昭和十七年一月十五日の「陸亜密第一〇三号 救護班派遣ノ件達昭和十七年一月十四日 陸軍大臣東条英機」、なつかしい名前ですな。「日本赤十字社社長公爵徳川囲順殿 南方軍及台湾軍ニ於ケル衛生勤務帯助ノ為別紙要領ニ依リ其社ヨリ救護班ヲ派遣スヘシ」、これは当時の陸軍大臣東条英機さんの命令ですよ。これによってこの召集令が発せられておるわけですね。さっき申しましたように日赤社令というのがございまして、それが根拠と言ったって、戦時中ですから根拠もヘチマもないのですよ。これは一本なんですね。片っ方は陸軍大臣が赤十字社の社長に派遣すべしと命令している。陸軍大臣の印がぴしっと押してある。これは召集された兵隊のわれわれと何ら変わらない。ここに五十三年三月六日で――このときには東竜太郎さんが日赤の社長だったのですね。この中間報告が出されておりますね。この中間報告によると、延べ人員がここに書いてあります。いろいろな方々を入れると、医員、薬剤員、書記、看護婦長、看護婦、使丁、合計三万五千七百五十九人、実人員がその下に書いてありますが、二万六千五百三十五人だった。外地派遣は一万三千四百八十二名であった。この中で外地派遣の看護婦さんは一万九百六十三名なんですね。看護婦長さんは千二百七十六名、こうなんですね。中間報告というふうにここには書かれておりますが、「日華事変及び太平洋戦争において戦時衛生勤務に服した元日本赤十字社救護員の実態調査(中間報告)昭和五十三年二月八日現在」、これは皆さんのところに行っているはずでしょう。
○小熊政府委員 持っております。
○大出委員 ということになれば、これは実態は明らかなんで、総務長官、これはひとつ、さっき私が最後に申し上げましたように、逃げないとおっしゃられた。それで意見の相違はここにあります。私は何らかの形で、先ほど例を挙げましたが、恩給法の枠内にささやかに入れることができる、こう私は考えています。皆さんの方は、一波万波を呼ぶということで検討をしたが非常にむずかしい、こうなっています。そこの相違がありますが、本来恩給法を適用、軍人恩給法を適用してもいい方々なんだから、いま私がここで取り上げました召集令状からいっても、陸軍大臣が命令しているのですから、日赤の社長に。派遣すべしなんですから。当時、陸軍大臣に命令されたら派遣せざるを得ませんよ。そこで、この社令に基づく召集令状が出ているのですから、充員召集状というものが。だから、何ら変わらないのです。もし、どうしてもということに皆さんがなるとしても、それはつまり恩給法を適用、軍人恩給法を適用したと同じ結果が出てくるようにお考えいただかぬと、これは公平の原則を欠きます。しかも、大変におくれているので、そういう意味で大臣からひとつお答えをいただきたいと思います。
○稻村国務大臣 先ほど来からいろいろな議論が出ておるということで、事実そのとおりであります。前の秋山副長官を中心として、あらゆる関係者を含めていろいろ協議をしてまいりました。 そこで、今度また人事異動をいたしまして、秋富副長官を中心として新体制でこの問題を詰めておるわけでございますが、大体大出委員が言われている方向でもう詰めつつある。先ほど来も申し上げましたように、まだここで予算の伴う問題でございますから、ぜひひとつ概算要求までには、恩給法の適用はむずかしいとしても、先ほど来からくどいようでありますが、一時金でこれを処理する、こういうようなことがない、こういうことだけは申し上げて、必ずや今年度だけは決着をつけたいと思いますので、ひとつぜひ御支援のほどをむしろ私の方からお願いを申し上げておきたいと思います。
○大出委員 私の非常に心配しましたのは、一時金ということが新聞にぽんと載ったんですね、一時金が有力だという。これはまことに心外で、じゃいままで私どもは何のために議論したのだということになります。だから、ここに大変な時間を私使っているのはそこに理由があるのですが、それを決したいと思いまして、いまの御答弁でそうではない、こういうことでございますから、ひとつあとまた法適用云々等の問題は、皆さんの方の煮詰まりぐあいをながめまして、もう少し先へ行って議論をしたい。 そこで、これは皆さんは充員召集状というふうなものは御検討になっているのでしょうね、実物ごらんになって。恩給局長見ておられますか。
○小熊政府委員 見ております。
○大出委員 あと問題提起を含めまして、大筋について承ってまいりたいのでありますが、一番私いま心配になっておりますのは、公務員の中で人事院所管でいけば、行政職(-)表の方々が多いわけでありますけれども、いまの経済情勢あるいは周囲の環境等からいきまして、回帰方式と言われる方式を打ち出された恩給局でありますが、今回のこの配分を見ましても、これはもう私が傾斜配分をしろとやかましく言ってきたのだから、大出さんあなたがそう言ったんじゃないかと言われる可能性はありますけれども、七%なら七%という平均数値をとって、千三百円なら千三百円を足すというふうなことでおやりになった場合に、一つ間違うと、これから先を展望すると、人事院の藤井総裁のところで給与の勧告をお出しになった、ところがその給与勧告は実際には消費者物価の上昇度合いよりは下回る、そこで傾斜配分を行うわけでありますから、ある部分から上というところは消費者物価に追いつかない配分をせざるを得なくなる、こういうわけですね。当然そうなります。そうなると、現職でないのですから、定期昇給がございません。あるいは時間外給与というようなものもございません。人によっては、あるいは一定のレベルから上の方はほとんどそうでございましょうが、生活の糧は恩給一本である、それ以外に収入の道がない。細々とやっておいでになる。そうすると、その方の恩給が、人事院勧告のよって来る給与の結果から、あるいは配分の方式の結果から消費者物価の上昇を下回るというところに落ちつく、仮定俸給表の引き上げが。こうなるとこの方の生活というのは、これは私も給与を長年やってきておりますから、給与については詳し過ぎるくらい詳しいのですが、大変苦しいことになる。 ところで、旧来からとってきている方針は、公務員給与に準ずる、こういうことになっておるとすると、恩給受給者一般の生活というものを一体どう考えたらいいのかという。旧来ある論争の中に、物価かあるいは現職の公務員給与なのかという議論も長くございました。二転、三転しておりますが、最近の時点では公務員給与の中に物価その他の変動も含まれているのだということでそれに準ずる、もっと極端に言ってしまえば、どんどん高い人事院勧告が出てくるときには現職公務員に準じた方が得だという。しかし逆に、ろくな勧告がと言うとおかしいけれども、人事院が出せなくなったとなると、今度は物価なら物価の方に行った方が得だということになるのですね、これ。だから、実は大変微妙な議論をいままでしてきておるのですが、そこいらを一体どうすれば救済できるのか、かつほかの国の例等を改めて考えてみて、この時点でどういうふうに考えるべきなのか、そこに来ていると思うのですね、ことしの配分の結果からすると。そこをどうお考えでございますか。
○小熊政府委員 いま大出委員がおっしゃったように、今回の傾斜方式でございますか、これを使いますと一番低いところは七・二一%、それから仮定俸給の一番高いところへ行きますと六%台、こういうようなことに相なるわけでございます。 ただ、この方式をベースアップの基礎として使っておるというのは、先生もすでに御承知のように五十一年から、先ほど例を挙げられたようなどんどん格差が広がっていくということに対する反省といたしまして、この傾斜方式を使ってまいったわけでございます。人事院勧告あるいは公務員の給与ベースによるということにつきましては、先ほど先生がおっしゃったこっちが得だ、あっちが損だという形ではどうもまずいのじゃないか。やはり昔公務員であった人の恩給でございますから、やはり公務員のベースで考えるべきじゃないか、こういうことで四十八年から公務員給与のベースに乗ってきた、こういうように理解いたしておりますので、いましばらくこの方法で考えていかなければならないのじゃないか、このように思っております。
○大出委員 ということと、もう一つはずいぶん苦心をして去年の予算委員会で減税問題が持ち上がって、結果的に四月実施ということに、十月からずっと毎年苦労してこう下げてきて、早めてきてやっと四月になったというわけですね。しかし、現職の公務員から比べればなお一年おくれているというわけですね。だから、二つあるのですね、大きな問題が。そこで、いまお話しの今度の配分からいけば、回復方式なるものからいけば、通し号俸で七十九号、これは六・二九ですかね。それから六十号で七・〇五ですか、四十七号で七・〇八、二十五号で七・一六、二十一号、ここで七・一八。昔は兵の十六号から始まった軍人恩給ですが、最低保障もするからこういうことになるわけですけれども、これは一体どこで物価上昇に合っていることになりますか。消費者物価の上昇にどこで合いますか。
○小熊政府委員 ただいまの、何といいますか、予測数値でございますと、大体六・七%ぐらいじゃないかというように考えております。 〔委員長退席、村田委員長代理着席〕
○大出委員 それを下回る人が出てくるということは事実ですね。そうすると、私が御指摘申し上げている、四年間ということを申し上げましたが、それまでの一律アップというのを手直しをしていく必要はあります。当然やらなければなりませんが、しかしながら、将来に向けて考えれば、ここで消費者物価上昇を下回るということになりかねない部分が出てくる。これをどうするか。あわせて、現職に比べれば一年間おくれているんだが、そこをどう考えるか。外国の例等からいくとこれはどういうことになりますか。たとえばフランスあるいはアメリカ。つまり現職の公務員との実施のおくれという問題、それから現職の公務員に準ずるのか物価かという、かつ、恩給審議会で新居さんのときに物価中心で答申をなさっておりますが、そこらとの関連はどうお考えでございますか。
○小熊政府委員 外国の例につきましては、前に大出先生も委員会で一度お話しになられたことがございますが、アメリカの例でいきますと、年二回ベースアップを行っておるというようなことになっておるようでございますし、フランスでいきますと、給与ベースを基礎にしてベースアップを行っておる、こういうように承知しております。それで、先ほども申し上げましたように、わが国の場合ですと、四十八年以降の経過をたどって、現在給与ベースで大体定着しておるといいますか、公務員同士の比較ということで、また給与ベースというのが物価とか生活水準を総合的に反映しているのじゃないか、こう考えますので、もうしばらくいろいろな社会情勢、経済情勢、こういったものを見ながら考えていきたい、このように考えております。 また、一年おくれの問題につきましても、先ほど来大出先生が言われるように、ようやく昨年、四月になりまして、ことしもいろいろな心配があったのですが、これもようやく四月に落ちついたということで、正直申し上げてほっとしているような感じでございますので、これはほかの年金との関係等もございますから、もうしばらくこのままで考えてみたい、こう考えております。
○大出委員 法律の由来からいけば、厚生年金ができたのが昭和十七年だと思います。だから、恩給というのは一番古い。これは間違いないんでありまして、しかも現在の軍人恩給などというのは特に早いわけでありますが、対象たる人員がいなくなれば、なくなってしまうわけです。明らかに。それから公務の場合であっても、共済に行った人がたくさんいるわけでありますから、ここでも減っていってしまうわけであります。しかし一番古いことは間違いない。今井一男さんのところで前にやっておった審議会がありますけれども、恩給局が――総裁もおいでになりますが、公務員法には恩給の研究の成果を発表しろというふうにずっと書いてあったわけですね。そうすると、こちら側に主導的立場をお考えいただかぬと、私はやはり筋が通らぬという気がするのですね、その意味では。そこで、アメリカの場合は、米連邦政府職員の退職年金制度について合衆国法典第五部第八十三章第三節というところに公務退職という規定があるのですね。ここに規定されているのです。ちょうど、新居さんの恩給審議会のときにはこのアメリカ方式を相当強く強調されておられる。物価なんです。連邦統計局の三%以上上がった場合には自動的にという。だから、これはその意味ではおくれはない。その思想に立てば。それから、イギリスの場合は、私がこの間も言いましたが、この法律は一九四八年だったと思います。文武官の恩給の実施に関する法律、これは公務員に準ずる規定なんですね。しかも、公務員の給与が上がるとこれは連動なんですね。ここに別な資料が一つございますけれども、フランスの場合には「基本給与額は、官吏又は軍人が、恩給のために通算を認められる職務を離れたときまで、引き続き六か月以上現実に占めていた官職、等級、クラース及び号俸につき定められた指数に対応する給与額とする。」こういう指数でいきますからね。そういう意味で言うと、アメリカの方は、公務員退職法第十八条の(b)項「物価指数が基準月の物価指数より三%以上上昇している月が三か月継続するときは、当該継続する三か月の最終月の翌日を初月とする第三月の初日より前に支給開始された年金は、当該第三月の初日から、一%に物価指数の上昇率(ただし、継続する三か月の物価指数の上昇率のうちの最高のものとし、かつ、十分の一%以下の端数は四捨五入する。)を加えた率により増額される。」比率、決まってしまっているのです。だから私はこの辺で、いまここで即答は求めませんが、こういう諸外国の例もあるわけですから、こういうむずかしい経済情勢になってきて、当面の問題として恩給受給者の皆さんの生活をということになるとすれば、恩給局はそこに一つの大きな視点を置いて御検討いただくのが筋だ、こう思っておりますから、一遍これは御検討いただきたいのですが、いかがでございましょう。
○小熊政府委員 このベースアップの指標を何にするかあるいは先ほど挙げられました支給時期をどうするか、こういった問題、これはほかの年金制度との絡みもあるかと思いますが、いろいろ検討してみたいと思います。
○大出委員 かつて私が、昨年でございましたか、恩給小委員会でものを申し上げましたら、恩給審議会の中身だとか外国の法令の話をしましたら、皆さんの方がえらいとんちんかんな答弁をしましてね。だからこれは、実態に即して少し御研究いただかぬといかぬと思っておりますけれども、機会があれば私も調べたいと思っておりますが、ぜひひとつ御検討いただきますようにお願いしておきたいと思います。 ことしの人事院勧告などの推移いかんによっては大変微妙なことができ上がるという気がいたしますので、総裁、こちらにおいでになるのだけれども、ぜひこれは御検討いただきたいとお願いをいたしておきたいと思います。 それから、次に各種改正をしておりますが、改正の時期をいろいろずらしたり何かしておりますけれども、これは余り感心したことでないのですね。平年度一緒になるんだとはいうものの、これは特別な理由がなくて予算がないという大蔵省との関係でやむなくということだけですか、理由は。
○小熊政府委員 国会の決議で、すべて同じ時期にしろ、こういうのがあるのは承知しておりますが、ある枠内の予算で時期をとるかあるいは内容の密度を濃くするかということについてはいろいろ検討した結果、四月、六月といたしたわけでございますが、これは昨年四月、八月であったものを二ヵ月繰り上げて六月にいたしたわけでございます。
○大出委員 恩給局、苦労されて折衝されたわけですから、余り多く申し上げる気はありませんが、時間もなくなりましたので、重点的にあと二つ、三つ承りたいのですが、この加算恩給の減算率の緩和の問題なんですが、実はここに結果がありますから先に申し上げてしまいますが、加算年の恩給年額算入の経過ということでお調べいただいたものによりますと、妻子の扶助料というのは昭和二十八年に減算率が百五十分の三・五だった、四十一年で百五十分の五十になった、最短年限。だから、これは四十八年で完全に埋められている。七十歳以上の恩給、これが二十八年に百五十分の三・五でございましたが、四十八年で同じく埋められている。それから傷病者が、二十八年に百五十分の三・五、これが四十四年でございますか百五十分の五十、それで四十八年でこれも埋まっている。六十五歳以上の方々が、百五十分の三・五のものが四十七年に百五十分の五十ということで、五十年でこれは埋められている。あと六十歳以上、四十八年に百五十分の二・五、こうございますけれども、あと五十一年、五十二年、五十三年で、百五十分の二、百五十分の一・五、百五十分の五十。五十五歳以上の方が、三・五が五十二年で百五十分の三に、こうなるのですね。 加算恩給の減算率の緩和をこういうふうにやってこられているのですが、ここで幾つか問題がございます。この最短恩給年限に達しない人、過去一時金で、一時恩給で一万幾らかもらって終わっちゃったり、多い人で二万幾らもらって終わっちゃったりしている方がたくさんいる。途中で、たとえば下士官の身分がどれだけなければならぬというようなことがあったりいたしましたから動いておりますので、いまだにうっかりしていて一時恩給をもらえる人がもらわないでいたり、世の中にいっぱいございます。加算を入れて十二年、最短恩給年限があったから軍人恩給の適用を受ける。実在職年数との関係を埋めてきた。そっちの方は優遇されているのだが、十一年六ヵ月であった、十一年十ヵ月というのも私の取り上げたケースの中にはございました。そういう方々は、最短恩給年限に達していないからというだけでいにしえの金の一時金をぽんともらって終わり、あとの手直しのしようはない。これは私は大変大きな不合理だと思っているのです。だから、ここで実在職年数との関係でいろいろな優遇措置をおとりになるならば、最短恩給年限に達しない人の場合も洗い直して、何らかの方法を考えなければならぬ時期に来ているのではないかという気がしている。そうでなければ、十二年と十一年十一ヵ月と一体どう違うのだ。川崎先生の二十五年のいきさつじゃございませんけれども、表街道から言えば足りない、足りないけれども議運で決めて本会議で行う、だれも反対しないですよ。大変にこれはお気の毒だというふうにみんなが思うからですよ、生前の御遺徳もございましょうが。しかし、軍隊に行って加算がつく場所にいたということは、身の危険を皆冒してきたわけです。そうだとすると、結果的に十二年にならないという方々の場合だって、これは何らか考えなければ不合理である、こう私は思っておりますが、そこのところを一体いままで御検討くださったことがございますか。
○小熊政府委員 一時金につきましては、先生も御承知と思いますが、昭和二十八年の軍人恩給復活時に下士官、兵とも七年以上ということで定められたわけでございますが、その後逐次制限を緩めていきまして、現在は三年以上の下士官、兵、これに給することにしておるわけでございます。特に兵隊の場合は、戦前にこういう制度がなかったわけでございまして、ただいま先生のおっしゃったように、いまの世の中になって、下士官、兵を分けるということについての意味合いもあったかと思いますが、それで兵も復活してきた、こういう考え方だろうと思いますが、これは御承知のように二十八年の給与、仮定俸給を基礎にして計算されておるわけでございます。これも、すでに二十八年当時ありました下士官の一時恩給、これとの均衡を考えて、そういう定め方がされておる、このように理解しております。年金につきましては、これは相当長い期間国のために忠実に勤めたという功労に対する国の償いといいますか、これをやっておるわけでございますが、現在のいろいろな年金制度等から考えましても、実在職年が十二年に満たないという方については、やはり一時金という形でやむを得ないのじゃないか、このように考えております。
○大出委員 私どもの委員長の飛鳥田が福田総理に今国会の冒頭にお目にかかったときに、こういう年金をもらうところまで達しないような方々は――いま国民皆年金という形で進んでおるわけでございます。一時金で、三年くらい前になりますか四年くらい前になりますか、一件いろいろ問題があったのがございまして、下士官の年数ぎりぎりで、この方は磯部さんというおすし屋さんですが、二万二千円だったか二万幾らだったか忘れましたが、一時金です。昔の自分の勲章だというわけで、神だなに上げて、使わないでここに置いておくのだ、しかしいずれにしても、昔の苦労してきた代償からすれば少ないね先生、という話でありまして、私も一生懸命まとめてみたようなものの、しみじみそう思った時代がある。飛鳥田委員長は、そういうふうなことも含めて、各種年金に通算をすべきではないかということを総理に申し上げた時期があるのです。ことし。 私はいまここに一つの例を持っておりますが、三月三十日に私のところに来ている手紙でありますが、兵庫県城崎郡城崎町桃島一二五七の五、山本房治というのですね。旧姓日下部房治、お婿さんだったんでしょうね。現在の姓が山本房治。この人は昭和十七年四月一日鳥取中部四十七部隊山根隊に入隊した、これは陸軍二等兵、昭和十七年六月一日に広島港を出発した、昭和十七年六月三日に朝鮮の釜山に上陸してシナへ出発した、昭和十七年六月七日に北支派遣第三九一部隊尾尻隊に転属、昭和十七年七月一日陸軍一等兵、昭和十八年四月十日北支派遣戦車二十六部隊山根隊に転属、昭和十八年七月十日陸軍上等兵、昭和十九年十二月十日陸軍兵長、昭和二十年八月十五日終戦、昭和二十一年四月一日北京着、昭和二十一年六月十日内地帰還のため上海出発、昭和二十一年六月十五日佐世保上陸、昭和二十一年六月十八日除隊、帰郷、こういうわけですね。山本房治、旧姓日下部房治。この方のこれを見まして、ちょっと目の子計算をしてみると、最短恩給年限に達するのか達しないのか、ぎりぎりだろうという気がする、ちょっと足りないかもしらぬという感じですね、あと細かぐ当たってみないとわかりませんが。いま私が読み上げましたから、後でお調べいただけばわかりますが、そういう最短恩給年限に達しないぎりぎりのところ、この方は戦地加算がついていますから、そういう意味で言うと、いま私が挙げたこの一例、この加算減算、つまり加算恩給の減算率緩和というのを、一方では最短恩給年限に達している方、もちろん実在職年数との差があって、それをいろいろ優遇措置を講じてきている。ところが、期間ぎりぎりの人、しかし最短恩給年限がなかったという人、これはいまのお話の一時金も、それっきりでもよろしゅうございますということなのか、それじゃ余りひどいじゃないか、好んで行ったわけじゃあるまいし。そうでしょう。ということになると、そこらのところを、この辺まで来たらもう一遍考えてみる時期じゃないのか。本来戦後処理ということで、そういう思想的な背景で軍人恩給の復活以来進んできているわけですから、一応十二年というのがあるからそこはいいとしても、それじゃ一体、十二年にわずか達しない、達しないが規定だから十一年十ヵ月でも十一ヵ月でもだめなんだという。国会じゃ、川崎先生の例を挙げましたが、二十五年に達しないけれども、何とかしようじゃないかという空気になる。これはだれが聞いたってあたりまえ、読んでみたら、気の毒だなということになるのだから。そうだとすると、そこらのところは国民皆年金ならばそこに通算をするなり、さっきの日赤救護員の皆さんの件だって、一番最後の方は、各種年金との通算方式なんかのことを、皆さんだって、非常に困難だがなんと言いながら検討されているわけでしょう。そうでなければ、昔の一時金は返していいわけだから。それなりの恩給制度の中に組み入れることは不可能なことじゃありません。これはたとえば救護施設の問題を私はこの前取り上げていろいろやりましたら、今度の予算折衝で直りました。老人を収容する各種救護施設は全国にたくさんあります。百幾つあります。八十人以上のお年寄りを収容しているところには、栄養士さんを一名配置するという定員がある。七十九名のお年寄りを収容しているところには、だから栄養士さんが配置できないのです。じゃ、七十九名と八十名とどれだけ違うんだということになると、収容している方々の状態から見るというと、七十九名の方が大変なところだってある。そんなばかなことはないじゃないかということで、いろいろやっていきまして、今度はその基準を緩和いたしまして、七十九名でも栄養士さんを置くということにようやくなったわけですけれども、十二年、十二年というのは、私どもの頭の中にぴしっと入っている恩給の観念です。だがしかし、戦後処理ということを考えれば、十一年十ヵ月、十一ヵ月という人のような場合に、それじゃそれを救済したら、七ヵ月はどうなんだ、六ヵ月はどうなんだということになるけれども、段階を経て、さっきの一時恩給だってそうでしょう。七年だ、八年だというものを、下士官の年数が二年あればいいとかあって、詰めてきて、やれ三年だとか減らしてきているでしょう。同じことじゃないですか。そうでしょう。ならば、ぼつぼつこの種のケースは検討しなければならぬと私は思う丁通算をするか、そうでなければ恩給に組み入れるか、年金に組み入れるか、そこらを考えるべきだと思いますが、いかがでございますか。
○小熊政府委員 ただいまのお話の、年金に組み入れるというか、通算するといいますか、これはいろいろ厚年の制度あるいは国年の制度、こういったものと恩給との制度の違いあるいは性格の違い、こういったものから非常にむずかしいというように理解いたしております。 それから、十二年がよくて十一年九ヵ月がだめだというのはおかしいじゃないか、こういうお話でございますが、やはりどこかで切るとなりますと、そういった問題は出てくるかと思います。先生のおっしゃられることもよくわかるのですが、同じ十一年行っても非常に苦労した人あるいは十二年以上でも苦労してない人、それはいろいろ実態から言えばあるだろうと思いますが、やはりどこかの線で切るということになりますと、そういったことは本当にお気の毒なんですが、やむを得ないのじゃないかというように感じておるわけでございます。しかも十二年というのは非常に歴史の長い制度でございますし、そういった期待権、かつて軍人であった人、公務員であった方の期待権ということもございますし、そういった意味からも、十一年の人を救うというような方針をいま出せと先生におっしゃられても、ちょっと無理じゃないかというように感じております。
○大出委員 これはいま傾斜配分改定方式をおとりになっていますが、私が、いまから言えば六年前くらいになりますか、大分苦労して資料をつくったりして質問を始めたときには、長い方式でございますからと、にべもない答弁でしたよ、とてもできませんと言って。それを一生懸命詰めていったら、今度は、技術的に困難だという答弁に変わった。技術的に困難なら、こういう方式でやってみろといって、試算してくれと言ったら、渋々試算をされた。私は幾つかいままで皆さんと意見が対立をして、私の申し上げたようになった、日満目なんかもそうだけれども、なったケースがある。最初の答弁というのは、新しい問題を提起をすると、必ずいまのような小熊さんみたいなけんもほろろ、にべもない答弁をするのですね。ところが時間がたって、だんだん環境が変わって、方方の説得が効き、みんながわいわい言って、何とかしようじゃないかということになってくると、今度は技術的にとかなんとか言って逃げる。そういう経過を経なければ、今回稻村さんが、日赤救護員の皆さんについて、もう逃げませんと言うのだから、いままで逃げたのでしょう。これはそういうことになる。だから、そうにべもないことを言わないで、やはり世情を少し聞いてみるという、そのくらいの気持ちを持っておいていただかないと、もっとも、あなたが恩給局長をやっているうちに私、この問題がすぐ片づくと思っていません。だから、そこのところは、そういう言い方じゃなしに、矛盾は矛盾なんだから、十二年ちょっと欠けたって、いっぱし年金をもらっている人に比べれば、そっちは最低保障もされたり何かして、こんなによくなっちゃうのに、実際には、片っ方の方はさんざん苦労をさせられて帰ってきて、加算を入れても十二年ちょっと欠けるともらえない。そういう方々についてやはり目を向ける時期が来なければおかしいという気が私はするから言っているので、国民皆年金なんと言っているなら、通算方式だってあるのだから、その方のいま持っている年金に通算してあげたっていい。フランスの例だってそうですよ。これは郵便局なら郵便局の職員で恩給をもらう人、一般の年金制度があります。選択権があるわけでしょう。自分の方の郵政なら郵政の恩給が高ければそっちに行けばいい。選択権がある。共済適用をやった後だって選択権という問題が出てきている。だから、方法としてはいろいろなことがある。だから、むげにそうおっしゃらないで、矛盾はお認めになるなら、まあ、これはもちろんすぐに間に合わぬのを承知で物を申し上げているのだから、将来に向かってそこらのところも一遍検討してみたいとかなんとかという気持ちにはなってくださいよ。
○小熊政府委員 先生の話、本当によくわかるものですから、今後とも勉強させていただきたいと思います。
○大出委員 そう言っていただかぬと、どうも時間がかかっていけないのですけれどもね。 もう一つは、老齢福祉年金の増額並びに同年金と恩給年金との併給限度の改善、これは大きな問題で、老齢福祉年金と普通恩給との併給制限ですね、今度は三十三万円から三十七万円に引き上げた、こういうわけですね。ところが、どのくらい、どういうことになるのかというのを、ちょっと目の子で当たってみて、たとえば三十三万七千九百円というのが、これは六十歳以上の人ですね。これが四月改定で、六月改定では三十六万になるとかいうのですね。そうすると、差額が出てくる人はその差額だけもらえるわけですね。つまりその限度まではもらえないから、併給しないから、損をしてしまう、こういうわけですね。これは私は少し矛盾があるのじゃないかと思っている。これで長い議論をする時間もないので、実は週休二日制の問題に行きたいものですから、時間がないので長い議論はいたしませんが、これは一般の町の皆さんが、私どもが町でしゃべっておりますとそばへ寄ってきて、大出さん、ときに老齢福祉年金とささやかな定額普通恩給をもらっているんだけれども、この併給制限というのはひど過ぎますよ、恩給をもらうにはもらうだけの理由があったというわけですね、下っ端官吏で長年苦労してやってきてもらう理由があったというわけですよ。それだけじゃ生活ができない、年もとった、老齢福祉年金という制度があってくれる、やれやれと思ったら併給制限、これでもってだめです。これ何とかしていただけませんかと言う。娘に婿もらったが、娘が早く死んでしまった、孫のめんどうを見ているんだなんてしんみりこぼされちゃって、言われてみると、確かに長々と私に説明するその人の気持ちがわかるのですよ。下っ端官吏で一生懸命十年一日のごとく働いてきて、残ったものは恩給だけです。それも大変に低い。そこへ老齢福祉年金という制度ができた、やれもらえると思ったら併給制限とこうくる。だからここのところは努力されてないわけではないことは認めるが、どこかで、これは共済その他厚生省との絡みがありますから、重点がどっちかわかりませんが、厚生省においでいただいたんだけれども、ひとつ厚生省の方、恩給局の方、両方でこれに対する御見解を私に聞かしておいていただいて、時間がありませんから深い論議はいたしません。そのお答えに基づいて私は私なりに調べてもみ、検討もしてみたいのでございますが、いかがでございますか、御答弁願いたいのです。
○長尾説明員 御説明申し上げます。 老齢福祉年金と恩給等との併給のお話でございますが、国民年金ができましたときに老齢福祉年金制度というものができたわけでございますけれども、先生よく御承知のように、国民皆年金になります前にすでに老齢であられた方、また国民年金に入られましても必要といたします拠出期間を満たすことができないという方を対象にいたしまして、福祉年金というものを支給するという仕組みになっておるわけでございます。この考え方からいたしますと、公的年金を受けておられます方につきましては、福祉年金は併給をしないということが原則的な考え方としてやってまいったわけでございます。 しかしながら、ただいま先生お話がございましたように、具体的には定額の公的年金しか受けておられないという方がおられることも事実でございますので、そのことに着目いたしましてある一定額を限度といたしまして併給をする、こういう考え方をとっておるわけでございます。いま先生のお話は、いわばこういった一定の限度を設けるということを考え直してはどうかという御指摘であろうかと思うわけでございますが、御承知の各公的年金制度それぞれが抱えております問題の中でそれぞれの額を充実していかなくてはならない、私ども自身、たとえば国民年金におきましてはこの老齢福祉年金の受給者に続きます五年年金受給者、十年年金受給者というものが相当数に出てまいっておりまして、現実には老齢福祉年金該当、すなわち七十歳という年齢に到達いたしております。これらの方々につきまして、現実にはこれは恩給と違いまして全く併給はいたしておりません。つまり同一制度の中でございますので、二つの老齢給付を給付するということができませんので、併給をいたしておらないわけでございます。そういう観点からいたしますと、現在の限度額というものを撤廃するということは非常に困難である、こういうふうに承知をいたしておるわけでございます。
○大出委員 これは恩給局の所管というよりは厚生省の所管でしょうな。実はいまのお話はよくわかっておるのですが、つまり三十三万を三十七万に今回は引き上げるというわけですね。そうでしょう、一例を挙げれば。そうするといまのお話からいって、その三十三万というのは科学的に一体どういう水準をねらったのか、じゃそれを三十七万に引き上げたというのは科学的にどういう水準をねらったのか、大変にむずかしい問題なんですよ。たとえば二百一万五千円というのが四人世帯の国税の課税最低限ですね。あるいは百四十一万八千円というのは地方税の課税最低限でしょう。何でこんなに違うんだ、科学的にどこに根拠があるんだ、この話は支離滅裂ですよ。国際的に見て生活費に税金をかけないというのはあたりまえのことだ。これは例を挙げて言えばそういう例もある。つまり、どこが一体限度であり、どこが基準なんだということになると、今回三十七万に引き上げたが、三十八万じゃ悪いのか、三十八万で悪いという正当な理由は出てこないと私は思う。だから、いまおっしゃる国にも予算の関係もあり、腰だめで物を考えてこの辺だということもあり、いろいろするでしょうが、そうでなくて、もう少しこの辺は根本的に物を考え直してみて、制度が十七年の厚生年金以来いろいろなことが出てまいりましたが、これだって天達忠雄さんのような学者に言わせれば、戦争の金集めにつくった厚生年金だという意見が出てくるので、そうすると厚生年金にまず入って、駐留軍に働く人のように二十何万もいたものか全く小さくなってしまった、厚生年金をみんな途中でやめてしまった、そういうこともあるわけですね。だから悪ければ変えればいいのです。今回だってこれはつまり国民年金法等の一部改正から出てきている問題だけれども、恩給局の方でも、こういう経済情勢の中だから、若い人が対象じゃないんだから、そこらのところはもう一遍ここで考えてみなければならぬ、そう私は実は思っているので、いま課長さんからるる御答弁いただきましたので、時間がございませんから、将来に向かって私の方も検討さしていただきたい、こう思います。 まだ幾つもあるのですけれども、私、時間を間違っておりまして、時間がなくなっておりますので、週休二日に関して少し承りたいのであります。 そこで冒頭に承りたいのですが、人事院総裁お見えいただきましたけれども、二回目の試行――仏の顔も三度ということがありますが、二回目の試行をやったら三回目も試行だなんというばかげたことをよもやお考えではなかろうと私は思うのですが、仏の顔が何回になるのですか。試行をやった、また今回は試行だ、また試行だなんということになると、これは穏やかでない。そういう意味で、まずもって総裁の御決意のほどを今回の試行に当たってお聞かせをいただきたいのですが、いかがでございましょう。
○藤井(貞)政府委員 週休二日制の関係につきましては、事柄はきわめて重大でございますので、はなから本格実施ということはいかがかというようなことで、第一回の試行を一昨年の十月から一年間にわたってやったわけでございます。これは初めの試行でございますので、そう密度を濃くしてまいるというわけにもまいらないというようなことから、あのようなことでお願いをしたわけでございますが、これを踏まえましていろいろ検討いたしました結果、前回の試行においてはもうちょっとやはり密度が足りないのではないかという点と、それからもう一つは、いろいろな事情から実施ができないところも少数ではございますが、現実にあったわけであります。こういうところもやはりいろいろ御事情はあろうけれども、いろいろな点をひとつ御工夫をいただいて、できる限り困難を排除してやってもらう、やってもらうことによってそこに問題点が浮かび上がってくるのではないか、そういう点をやはりもう一遍詳細に具体的に検討し、その結論を見きわめながら次のステップということを考える必要があるのではないかということで第二回の試行ということに踏み切ったわけでございます。幸い今回は第一回のときと違いまして、各省とも大変御協力をいただくような姿勢でもって、こちらが書簡を出しましたのを受けてわりと早く御決定をいただきまして、四月から一年ということで目下第二回の試行が行われておるという段階でございます 試行ということでございますので、これは紋切り型で恐縮でございますが、やはりやってみた結果というものを見て問題点を把握し、検討して、次にどうするかということになるわけでございます。ただ、そういう面から申しますと、試行の結果を見てからということに相なると思いますが、常識的に言って、試行を何回も続けていく、極端な例を言えば三回も四回も続けていくということは、試行としての意味合いから申して常識的でないということは事実でございます。 しかし、いずれにいたしましても、これから一年間の期間がございます。その間にいろいろ問題点も出てくると思いますけれども、結果を見きわめた上で、次のステップというものを考えざるを得ない時期が来ると思います。これは来年の勝負ということでございます。これを取り巻く環境というものは、いろいろ厳しいものがございます。また、現在こういう民間の不況ということもありまして、われわれに対する風当たりも大変強いことは事実でございます。しかし、それとこれとは別問題ということで、私は踏み切らざるを得ない時期が来るのではないかという覚悟はいたしております。そういうつもりで対処していきたいということでございます。
○大出委員 いまの御答弁、大変前向きでありがたいのでありますが、私が何回か藤井さんに質問をしてきた過程で、試行というのは何のためにやるのだ、実施を前提にしなければ試行ではないではないかと言ったら、それはそうですという御答弁が返ってきまして、そのことが当時そういうことではなかったではないかとか、いろいろな意見が出たことがございましたが、総裁の気持ちは、試行というのは実施が前提で試行をやっているのだ、こういうお気持ちであることを何回も実は御確認をいただいているわけでございます。その上で、いま私の質問に対してのお答えは、試行という限りは実施ではない、しかしそう試行試行というわけにもまいらぬ、つまり三回も四回もという試行は常識的でない、こういう御答弁です。三回も四回もというのは常識的でないという御答弁に三回が入っておりますので、いま二回目でございますから、そうすると、二回おやりになって三回目に行くというのは常識的でないのですから、いまの総裁の答弁の結論は、今回の試行の結果に基づいて、本来お話しになっている、実施が前提の試行だという意味での実施に入るということになる。つまり、この後さらに三回も四回もというのは常識的でないという御答弁ですから、そこのところは実は大変前向きに受け取らしていただいて、ありがとうございますと申し上げたのですが、これはひとつお変えにならぬでいただきたいのです。 そういう前提で承りたいのですが、試行は、いま四月から始めて一体いつ終わりますか。
○藤井(貞)政府委員 一年間ということでございますので、来年の三月末日までということでございます。
○大出委員 試行が三回、四回というのは常識的でないのですから、ごく常識的に考えれば、来年の三月末で二回目の試行が終わる。前回のときにはいろいろありましたが、各省それぞれおやりをいただいているということでありますから、素直に考えれば、そこから先は本格実施の段階だというふうに理解をしたいのですが、いまここで確約はいただかなくてもいいのですが、そういう方向での精いっぱいの御努力はお願いできますね。いかがでございますか。
○藤井(貞)政府委員 第二回の試行に入っておりますので、試行の結果を見た上で次のステップということになるというのは、これは紋切り型の御答弁でございます。いまの段階では、それ以上に申し上げることは差し控えた方がよいのではないかと思っております。 ただいまもお話しになりましたように、私も申し上げておりますように、試行ということに踏み切りましたのは、やはり天下の大勢として、本格実施ということにいずれ踏み切らざるを得ないのではないか、そのための問題点の把握ということを前提にやったわけでありまして、それでなくて、試行をやってぐあいが悪いからみんなやめだ、私は、そういうばかなことはないというたてまえに立って試行に踏み切ったというつもりでございます。その点はひとつ御了解が賜りたいと思います。 ただ、いろいろやってまいる段階において問題点が出てくることも予想されます。第二回の試行の結果何か非常に大きな重大な問題が起きてくるとかいうようなことに相なりますと、その段階においてまたいろいろ事柄を考えてまいらなければならぬという面もあるかと思います。しかし、大体第一回の試行ということの結果で、やれるところは何とかやれる。むずかしいところはなかなかむずかしい点もございますけれども、そういう点も今回の第二回の試行では、さらに積極的に、何とかして一緒にやろうじゃないかというような風潮が出てきておることも事実でございます。一番むずかしいのは、御承知のように病院、診療所ですね。こういう点でもって、これらをどうしていくかということは、方針が決まる段階においてやはり確たることをやっていかなければならぬと思いますけれども、全体の方向としては、やはり世界の大勢であり、公務員につきましてもその点は全然放置はできないのではないかという前提に立って、これを行っておるわけでございます。 さらに、今年の民間給与実態調査の際には、大体足踏みだろうと思いますけれども、さらに追いかけまして、民間の実施状況等もさらに詳細に把握をいたしたい。そういう点も参考にして、次のステップということを考えていかなければならぬと思っておりますが、いまのところは、三月いっぱいで終わったその後の段階におきまして、いろいろな点を検討した結果、次のステップ、これはやはり前向きのステップということで、少なくとも私はやっていきたいというつもりでおります。
○大出委員 後から承ろうと思った点まであわせてお答えいただきましてありがたいのでありますが、この試行の過程で、三回、四回というのは常識的でないというこの言葉の中に、総裁の気持ちがよくわかるわけでありますが、それだけに、今度の試行の過程でチェックポイントはわかっているわけでありますから、いまもお話がございました病院だとか、航空部門で言えば管制だとか、あるいは前から問題のございます海上保安庁だとかいろいろありましたが、この人事院がお出しになった書類に幾つか書いてありますが、そういうポイントはわかっておるわけですから、そこらをひとつ慎重に細かくチェックしながら、大体試行が終わるそのころまでには全体の把握もきちっとできていく、そういう段取りが必要なのではないか。おやりになっているのだろうと思いますけれども、そこらもあわせてお願いを申し上げておきたいわけであります。 あわせてもう一つ承っておきたいのは、厚生省の援護だとか、海上保安庁の警備救難だとか、運輸省の航空管制だとか、文部省も入りますからいろいろ問題がありますけれども、そこらを細かくチェックしていただいて、それで今度の計画は一年間十二回やってもらえないかということを、私は何遍か当時担当の局長さんにはお話ししたのですが、四週間を一ヵ月として六ヵ月間に六回、前は三回だったのですから今度は六回で倍ですね。これは全職員を二つに分けるわけですから、そういう意味で言うと、たとえば一万人を五千人、五千人に分けて半舷上陸になるわけであります。だから、その限りでは六ヵ月間で六回になるのですね。前回は三回ですから、倍になるわけであります。年間では半分しかやりませんから六回なんですけれども、実施期間が半年だから、半年に六回、こうなるわけですね。ここでやむを得ぬというふうに私が思ったのも、実はいま挙げた幾つかの官庁、病院を含めまして、そういうところの難易の度合いということもあり、年十二回ということを固執してみても、御参加いただけぬ官庁が出てきたのでは意味がない、そういうことも考えて、この辺かなという気になったというのが、われわれの側の気持ちでもあったわけです。したがいまして、難易の度合いのわかっている第一回の試行の後でございますだけに、ぜひひとつそこらを十分チェックしていただいて、何としても三回、四回という常識以外のところにいかないようにひとっこれはお願いをしておきたいわけであります。 そこで、周囲の環境厳しいものがあるという御指摘がわからぬわけではありませんが、逆にわれわれの見るところ前進している面の方が多い、こう考えなければならぬ点が幾つもございます。 時間もありませんから、そこの点を幾つか承っておきたいのでありますが、藤井労働大臣に組合の方々が何遍もお目にかかって話をしておられるようであります。労働大臣のおっしゃっている中身からすると、「私が労働大臣に就任して最初の仕事が中央労働基準審議会の「労働時間対策のすすめ方」の建議をうけとったことだった。労働時間短縮・週休二日制は前向きに検討すべき課題であると思う。特に「日本人は働きすぎだ」という海外からの批判もあり、また、日本の産業構造の改善、低成長の中で雇用をふやす、という立場からも、時間短縮・週休二日制をすすめるべきであると考えている。この不況のなかで、遊ぶ時間をふやすというのはどうか……という考えもあったが、頭の切りかえの時期にきていると思う。」というふうに価値観の相違、その他も述べられて、まさに決断のとき来る、あるいは決断のとき近づきつつある、こういう労働大臣の御答弁が中心になっているのですね。 ここで一つ出てくるのに、銀行の週休二日制について、銀行法、手形法などの関係がある。郵便局との関係がある。これは農協の関係もあるのです。そういう意味で、そこらのところのコンセンサスをどう得ていくかということが腹を決めようとすれば当然出てくるわけですが、そこらにまで触れて物を言っておられるわけですね。だから、労働大臣自身のお考えというのは相当前向きになっている。先頭に立ってやりたい、こう言っておられるわけです。「労働省が先頭に立って“大臣談話”などマスコミにもとりあげてもらい、国民的合意をめざして前向きにやっていきたい。」と言っておられる。先頭に立ってやりたい。歴代労働大臣でここまでおっしゃったのは初めてでありまして、私もその都度チェックして見ておりますが、これはどういうことかというと、周囲の状況が、諸外国の事情もあります。大臣をしてここまで言わせる状況になったのだろうと思います。ここらはその後どういうふうにお考えかは、労働省からおいでをいただいておりますから、この答弁を受けて承りたいのであります。 そこで、いま御指摘申し上げた労働大臣答弁を受けて、去年の十一月の中央労働基準審議会の建議、ここで行政指導なら行政指導という面で労働省が先頭に立ってやるというのですが、何をやるのかという問題がある。中央あるいは地方の地域ごとに産業あるいは労働、つまり中央は中央、地方は地方の地域ごとにどういう産業を、あるいは地域の労使協議、あるいは中央の労使協議、どの地域でどういう労使協議をつくるか、こういうような具体的な問題が残されていると思うのです。そこらは一体労働省としては、以後どういうふうにお進めになろうとお考えになっているのか、コンセンサスが要るわけでありますから。 それからもう一つ。最近の労働省調査、新聞で見る限りは、別に後退しているわけではありませんが、週休二日制の進展の度合いが旧来よりは落ちている。それはできるところはやってしまっているから、落ちているのです。そういう意味で、この中身を見ると、繊維だとか機械金属だとか構造不況産業、ここらのところで多少ふえているところもある。全体的に新聞の表題は、足踏み続くというのだが、必ずしもそうとらぬでもいい面も出てきている。ここらを踏まえて、いまのところ労働省はどういうふうに、コンセンサスを求める意味で、行政指導等の面を含めて御努力を願っているのか、あるいは御努力をなさろうとするのか、ちょっとお答えいただきたい。
○宮川説明員 昨年九月末日現在での調査ということで労働時間制度調査がございます。いま先生御指摘の多少足踏みではないかということでございますが、私どもといたしましては、五十年を底とします今回の不況が非常に長い時間続いておりますが、それを考えてまいりますと、もっとはっきり後退するのではないかという危惧がむしろございました。そういう点からいたしますと、本当の未曽有ではございますが、多少前に動いたということは、それなりに評価されていいのではないか。特に、この調査の中で見てまいりますと、どうしてもやらなくてはならない、比較的近い将来やりたいと考えている企業が前回調査と比べますとかなり目立ってふえておりますので、週休二日制の進展につきましても機運は決して衰えていないというように理解しております。 それから行政指導につきましては、昨年十一月末に中央労働基準審議会の御建議をいただきまして、藤井労働大臣が就任されましてから大いに積極的にやろうということで、いま御指摘がございましたような業種別あるいは地域別の会議等の開催を通じて機運の醸成を図るということを中心に指導を進めてまいりたいと思っておりますが、どういう業種あるいはどういうグループを選ぶかにつきましては現在検討中でございますが、いずれにいたしましてもこの五月、六月ぐらいまでにははっきりしたものを世間にお示ししたい、それが大臣の御指示でもございますので、そういう目途で現在検討を進めているところでございます。
○大出委員 もう一つ大蔵省関係の皆さんに承っておきたいのでありますが、三月二十八日に大蔵委員会で決議等が行われていますね。金融機関が実施するのには銀行法十八条を緩和、改正の必要があるというようなこと、あるいはそのために利用者の理解を求め、かつ、郵便局だとか農協だとかそういうところと一緒にやるような方向で、あるいは三番目に、利用者の理解を求めるPRを全銀協、銀行協会ですね、ここらに大蔵省から働きかけて行政的なプッシュをする、あるいは円滑実施の具体的な諸問題を検討させるようにしたいとか、一番最後のところが、金融制度調査会の審議に関して公務員あるいはその他の皆さんと一緒にというのがあるのですね。これは実は一にかかって藤井さんのところにぶつかっちゃう。人事院総裁のところに、一緒にとこうなると、公務員が踏み切ってくれよ、こういう言い方になりかねない面がある。周囲の環境が厳しいという総裁の御判断もありましたが、これは、環境が厳しいというよりは、やっぱり国に踏み切ってもらいたいという気持ちがより強くなっている、こういう理解だと私は思うのですね。そういう意味で大蔵省は、金融制度調査会の内部の十二月十三日のいきさつもありますが、ここまで来たら、そこらを少し前向きで、三者三すくみではしょうがないのですから、どこかが踏み切って前へ出るという、人事院のバックアップをするならするというそういうふうなところまで行っていただきたいと思うのです。郵便局、農協その他を含めてひとつやっていこうじゃないかというふうな方向に踏み出していただきたい気がするのですが、大蔵省、いかがでございますか。
○渡辺(喜)政府委員 金融制度調査会の本問題審議の状況については、この委員会で御説明をしたと記憶いたしておりますが、そのときのおおむねの方向といたしましては、現時点ではまだいささか時期が尚早である、全般的な国民の理解といいますか、あるいは他の一般産業における週休二日制の実施の状況とか、現実の金融機関の窓口における土曜日の繁忙というふうなことから見ましても、現時点ではまだ時期尚早だ、しかし長期的に考えればこれはどうしてもやるべき問題である、そういう意味から銀行法十八条を弾力化するということは、これは適当であろう、大体こういうふうな感触であったと思うわけでございます。 いま先生御指摘のとおり、この三月二十八日に衆議院の大蔵委員会の小委員会におきましてやはり十八条の改正が必要である、ただいろいろな条件がありますから、そういう意味で早くそういう条件もあわせて促進するようにすべきだ、こういう考え方であの決議が行われた、こういうことだろうと思います。現に私どももさっそく全銀協その他関係者を呼びまして、こういうふうな決議があったのでひとつ今後ともPR、あるいはもっと積極的に利用者の理解を得ていくということに努力すべきであるということを申し渡してあるわけであります。すでに全銀協におきましては、このための特別の委員会のようなものをつくりまして、具体的にどういう対処をしていくか、あるいはどういうPRを講じていくかということの検討に入っておるわけでございます。
○大出委員 じゃ、これで締めくくりにいたしますが、金融制度調査会の佐々木会長が十二月十三日の総会で、私としては、週休二日制についてははっきりいつからということはなかなか決められないにしても、実施の方向へ努力すべきだという気持ちは持っている、今度の取りまとめの中でも一つの試みとして月一回の土曜日閉店制から段階的に実施していったらどうかと、問題を一つ提起しているんですね。銀行が月一回、土曜日閉店、ここからやっていったらどうだ。外国にもそういう例があります。西ドイツなんかそうでありますが、銀行法十八条だけを切り離して検討することも考えなくてはならないとされている、こういう問題はみんながただ意見を言いっ放しでは進行しない、関係者が集まって、具体的にどうすれば実現できるかということを相談しなければならないということまで言って、果たしてここが適当な場かどうか、このために別な小委員会みたいなものをつくったらどうかというようなニュアンスのことまで会長みずからが提起されているわけですね。そういう意味では環境が非常に前に向いてきている、つまりこの国の官庁相互の関係というのは。 そこで、最後に郵政省の方に、郵便局がございますから、逓信委員会でも何回か米田東吾君等から意見が出ておりますが、いま人事院総裁もああいうふうに言っておるわけですが、一緒でなければ困る、ここのところを全部閉めるわけにはいかない、いかなければ、貯金部門なら貯金部門だけという方法だってなくはないので、非常に微妙な答弁を皆さんの方はされておって、そこが逃げになっては困るので、どういうふうにお考えかを――むしろ逆に、大蔵省に郵政省も協力をする、また人事院をバックアップする、こういうところまでいっていただきたいと思っているのですが、いかがでございますが。
○大友説明員 ただいま郵政事業におきます週休二日制の実施ということにつきまして御質問があったわけでございます。 先生すでに御案内のとおり、郵便局におきましては、ほかの金融機関と比較して取り扱う業務が若干異なっておる点がございます。郵便業務あるいは恩給、年金、児童福祉手当の支給というふうな、他の金融機関で取り扱っていない、郵便局だけでしか取り扱っていない事務があるというふうなこともございますし、また全国各地に置かれております郵便局の窓口を閉めるというようなことになりますと、同時に郵便の窓口をも停止するというようなことも絡んでくるわけでございまして、そういった面でサービス面におけるいろいろな問題がございます。こういった面について広く社会的コンセンサスが得られなければならないというふうに私ども考えておるわけでございますが、同時に交代制勤務の職員あるいは配達部門あるいは奨励部門の職員の扱いをどう扱っていくか、あるいは郵便、貯金、保険、三事業を一体として運営していくということを基本といたしておりますので、三事業全体を総合した形の中で考えていかなければならないというふうな、週休二日制を実施していく場合のいろいろ困難な問題があります。 これらの問題について、いずれも労働条件の基本にかかわる問題ではございますけれども、同時に、国民の社会生活に与える影響も非常に大きい。社会的にも影響が大きいというようなことで、事業サービスのあり方とも深くかかわる問題でありまして、かねてから労使間で専門委員会というものを設けて検討しているところであります。今後も引き続き労使の専門委員会の中で、一般国家公務員の動向等につきましても十分見きわめながら総合的に慎重に検討してまいりたいというふうに考えております。
○大出委員 これで終わりますが、これは郵政省の方に申し上げますが、私も自分で郵便局の窓口をやってきた経験を持っていますから、貯金の窓口を閉めることは大して困難じゃない。ただ、貯金の窓を閉めたときに、郵便だ、保険だとございますから、そこをどうするかという問題がある。だが、その三事業一緒で、三つの窓を閉めなければならぬという言い方で逃げちゃいけないと私は言うんです。全体がこういう雰囲気なんですから、だから、ほかがやるんならやはり郵政省も合わせてやりますというかっこうにして、技術的に、じゃ郵便の窓をあけておく、ほかを閉めている場合だってあるんだから、だから、貯金の窓を閉めることは簡単なんで、一緒にやっていく。あと技術的な点は労使協議なり何かで決めていくということにしていただかぬと、やはりせっかくの全体の空気がおかしくなるんで、服部大臣がそこを逃げるから申し上げたんだが、ひとつそこのところは、ほかがやるんならばやはり一緒にやる、こういう方向はそれでいいんでしょう。いかがでございますか。
○大友説明員 ただいまお答え申し上げましたとおり、種々検討を要するいろいろな問題がございまして、従来から検討を続けてまいったわけでございますが、今後も一般国家公務員の動向というようなものも見きわめながら、一般国家公務員が実施される場合、私どもやはり国家公務員でございますので、それにおくれないようにということでの考え方は基本には持っておりますけれども、なお解決しなければならない問題というのは多々あるということで御理解いただきたいというふうに考えております。
○大出委員 どうも大変ありがとうございました。 総務長官にひとつ前向きにこの問題は進めていただきたいのですが、一言最後に何か言っておいてください。
○稻村国務大臣 先ほど人事院総裁からいろいろ話がありましたが、問題は、先ほど来郵政、大蔵、労働省と三つの意見を聞いておりましても、いろいろの意見があるわけです。そういう意味から、やはり行政としてはこれに対応するという、こういう立場から第一回目の試行には問題点が多かった。また、参画をしなかった官庁も多い。そこで、第二回目の要請を受けまして、四月から実施をすることになったわけです。雇用関係から見る場合と、また経済の推移の情勢、あるいはまた民間のこれに対するなじみぐあいと申しますか、それから世論、こういったものがやはり試行に当たっての大変重要な問題ではなかろうかと思います。 そういう意味で、御指摘の点につきましては、来年の三月いっぱいまでに出てくるわけでございますから――しかしながら、ここで申し上げておかなければならぬのは、行政という立場から対応するということで、本格実施ということを目的としてやっておるのではない、こういうことだけを申し上げておかなければならぬ、こういうように思います。
○大出委員 終わります。
○村田委員長代理 これにて大出俊君の質疑は終了いたしました。 午後三時三十分から委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時五十九分休憩 ――――◇――――― 午後三時三十分開議
○始関委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 恩給法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。新井彬之君。
○新井委員 初めに、恩給の実施時期についてお伺いをいたします。 昭和五十三年四月一日から恩給年額の増額、扶養加給の増額、最低保障の改善措置、昭和五十三年六月一日から公務関係扶助料の最低保障額、傷病恩給等、寡婦加算、遺族加算、特別加給、仮定俸給の改善等、昭和五十三年十月一日から加算恩給の減算率の緩和、断続在職年三年以上の旧軍人の一時金支給、こういうことで今回法律が出ているわけでございますが、これは御存じのように、第八十回国会の附帯決議におきましても、「各種改善を同時期に一体化して実施するよう努めること。」こういうことで、いままで徐々にではありますけれども合わせてきたことはわかりますけれども、今回、こういうことになったことについてはなぜそうなったのかお伺いしたいと思います。
○小熊政府委員 お答えいたします。 いま先生がおっしゃったように、従来は十月から一ヵ月ずつ繰り上がってきたわけでございますが、いろいろな事情がございまして、昨年、ベースアップについては四月実施、その他の改善については八月実施ということに相なったわけでございます。今年もベースアップ分につきましては、いま先生おっしゃったように四月実施ということになりまして、その他の改善につきましては、昨年の八月よりも二ヵ月繰り上げまして六月実施にした。それから、軍人恩給の制限撤廃といいますか、加算減算率の緩和と、それから、断続三年以上勤続の兵に対する一時金の支給を十月に実施する、こういうことに相なったわけでございます。 私ども、国会の附帯決議については十分存じておるつもりでありますし、いろいろ努力しておるわけでございますが、ある枠内の財政で、実施時期を繰り上げるか、あるいはその財源で内容をもう少し濃密にしていくか、これについていろいろ検討いたしたわけでございますが、二ヵ月繰り上げ、もちろんそれでもいろいろ問題はあるかと思いますが、内容の濃密なものをつくり上げていく、これが後々いいのではないか、こういうこともございまして、四月と六月、それから、いまの兵隊の制限緩和については十月、こういうことに相なったわけでございます。
○新井委員 これは、何回もこの委員会で言われているのですけれども、恩給というのは、至るところで手直しをやりまして計算の仕方が非常にわかりにくいでしょう。局長だって急にぽんと言われたらなかなかわからないですよ。そんな恩給局しかわからないようなことをするよりも、やはり一定限度にしてきちっとした一つのスタート時点を決めるということは大事なことですから、それでそう言っているわけです。だから、一歩前進しているということはわかりますけれども、これについては、今後ともこの附帯決議のとおりひとつ努力を願いたい。 それから、恩給の実施時期については、現職の公務員の給与より一年のおくれがある。これはやはり八十回国会での附帯決議でありますけれども、これについてのおくれに特段の配慮をしなさいという附帯決議でございますが、これについてはいかがですか。
○小熊政府委員 いま申し上げましたように、昨年からようやく四月実施というところにたどりつきまして、今年も、従来の経過から言いますと、一ヵ月繰り上げ、一ヵ月繰り上げというようなことがございまして、昨年はずいぶん繰り上がったわけですから、あるいは五月とか六月とかいう話も出たのですけれども、まあどうやら四月に繰り上がったということで、一応四月にベースアップを実施するということは大体定着したのではないか、このように考えております。今後、これをもっと繰り上げていくかどうか。これはほかのいろいろな公的年金との関係もございますので、附帯決議の趣旨を体しながら今後とも検討してまいりたい、このように考えております。
○新井委員 局長、これは一年のおくれがあるのですよ。ほかの年金との関係があるから、一年おくれているから、これはきちっとしなければいけないということもあるわけですからね。だから、そういうことから考えて、やはりそういうことじゃなしに、もっと真剣にこのおくれは取り戻していかなければいけない、ついては、そのやり方についてはこうこうこういうような方法を考えておるというようなことでないとちょっと困るのです。それでなかったら、幾ら附帯決議をつけてこんなことを言っても、いまみたいな答弁だったら解決しないと思うのです。これについても、そういうことで鋭意努力をしていただきたい、このように思います。 次に、恩給法第二条ノ二の規定等の問題について質問いたしますが、恩給法第二条ノ二の規定の趣旨と恩給年額改定方式の変遷の経緯について、どういうぐあいになっているか、まずお伺いしたいと思います。
○小熊政府委員 恩給法二条ノ二というのは、恩給年額を社会生活の水準とか、あるいは公務員給与とか、あるいは物価に合わせて著しく低位にあるようなときは改めなさい、こういう義務を政府に課した規定かと思います。この規定は、たしか昭和四十一年に置かれた規定と思いますが、それ以前は、恩給増額の基準といいますか、指標といいますか、こういうものが必ずしも明確ではなかった。それで、この規定によりましてその後、昭和四十七年までは大体物価を基準にして増額改定を行ってきた。先生御存じのように、その間、審議会答申というのが出まして、いわゆる審議会方式という方式を使ったこともございますが、要するに物価を主として、公務員給与と物価との差のある部分を補てんしていく、こういったやり方でやっておったわけでございますが、昭和四十八年以降は、国会の附帯決議の趣旨もございまして、公務員給与によってスライドする、こういう形に相なったわけでございます。 なお、四十八年から五十年までは平均アップ率を使っておったわけですが、五十一年以降は、公務員給与のベースアップの傾斜を加味しまして、いわゆる傾斜方式と呼んでおりますが、上薄下厚の形でこれを行うという形になり、今回御審議いただいております法案においても、その方式でアップ率を考えておるわけでございます。
○新井委員 これは発表されておりますから、一度確認をしたいのでございますが、昭和五十三年度の消費者物価指数というのは、政府は何%と見込んでございますか。
○山田説明員 お答えいたします。 昭和五十三年度におきます消費者物価指数の上昇率は、年度平均で見まして、五十二年度に比べまして六・八%程度上昇するものと見込んでおります。
○新井委員 そうしますと、昭和五十年度の消費者物価上昇率は、幾らと見込んで、幾らになったのですか。それから、昭和五十一年度の消費者物価指数は、目標が幾らで、幾らになりましたか。
○山田説明員 物価関係に関しましては私所管外でございまして、詳細存じておりませんので、後ほど調べて御返答さしていただきたいと思います。
○新井委員 私、ちゃんときのうこういうことを聞きますよということを言ってあるのです。決して所管外の人が出てくることないのですよ。 では、こちらから申し上げますと、昭和五十年度の消費者物価上昇率というのは一〇・四%、これに対しまして五十一年度の公務員の給与改善率は六・九四%、それから昭和五十一年度の消費者物価上昇率が九・四%で、昭和五十二年度の公務員給与改善率が六・九二%ということになっています。こういうことになりますと、現在春闘で、きょう回答が出たところもございますが、物価は上がるけれども賃金が非常に低い、こういうような状況というものが今後考えられてくるわけです。それで、指標というものは、そのときそのときに右に行ったり左に行ったり、変わるものではないと思うのですが、少し長期的に見る必要がある、こういう昨年の答弁があったわけでございますが、少し長期的に見るということは一体どのぐらいを想定して言っているのか、お伺いしたいと思います。
○小熊政府委員 お答えいたします。 昨年、国会の席上で確かにそういう答弁があったと覚えておりますが、この増額改定の指標といったようなもの、これは、いま先生がおっしゃられたようにそう軽々に、ことしは物価が高いから物価、次は給与が高いから給与、こういった性格のものではないであろうというように考えておるわけでございます。先ほど申し上げましたように、五十一年にようやく給与ベースというところに、これも国会の決議に基づきまして給与ベースの傾斜方式というのを採用して、今度御審議いただいております改正案で第三年目になるわけでございます。 最近ここ二、三年の傾向を見ますと、先生が申されたように、確かに物価の方が給与を上回るというような状態もあるかと思いますが、長い目で見ますと、かつては物価の方がずっと給与よりも高かったという時期もございますし、さらに、この指標は、昔公務員であった人の実質価値の維持という意味からは、公務員ベースというものがある意味ではいろんな生活の水準とか、物価とか、あらゆるものを総合した指標ではないか、このように私どもも考えておりますので、やはりもうしばらく社会経済情勢の動向を見守っていくという態度がしかるべきではないか、このように考えるわけでございますが、これをいまから何年だ、こう言われましても、ちょっとこれから五年先とか三年先とかということは申し上げにくいわけでございます。恩給そのものが国のために尽くされた方々への国の償いという意味を持っており、かつ、ある種の生活の支えになっておるという点から考えましても、もしそういう状態が非常に長く続くというようなことがあれば、これはまた考えなければならないんじゃないか、このように思うわけでございます。
○新井委員 恩給法の第二条ノ二で「国家公務員ノ給与、物価其ノ他ノ諸事情ニ著シキ変動が生ジタル場合ニ於テハ変動後ノ諸事情ヲ総合勘案シ速ニ改定ノ措置ヲ講ズルモノトス」、こういうように言われておるわけでございますが、この調整規定に伴うものは、まず生活保障としてのものなのか、あるいは一つの年金制度というようなものとして考えておるのか、そういうものをやっぱり明確に考える必要があるのじゃないかと思うのですけれども、年金そのものが生活を保障していくのだということのためならば、当然そういうことに合わせていかなければいけないということになるわけですね。 これからの状況を見ますと、昨年の十月からことし三月までの半年間に日銀が買い支えたドルは約百億ドル、一ドル二百二十円と換算しても約二兆二千億円です。これが市場に出回っておりますね。それからまた、公債なんかの発行においてこれも非常に金が出てきてインフレ傾向にあるというようなことが指摘をされているわけです。そういうわけで、一つの例を挙げると、金相場は昨年暮れで一グラムが千三百円だったものが現在は千四百十円になっている。あるいはまた、土地の上昇も、国土庁の発表によりますと全国平均で二・五%くらい上がってきた。こういうような状況があります。それから、さっき国債のことを言いましたが、昭和五十年度から五十二年度までの三年間で十二兆四千億円の国債を発行している。さらに五十三年度は十一兆円の国債の発行ですから、そういうことから考えまして、確かに物価指数が低ければそれなりの賃金でもいいわけでございますが、非常に安い賃金で、そうして物価だけはどんどん上がるという状況が何年か続くということになりますと、実際問題、恩給なら恩給という一つの問題についても、これで生活をされている方というのはとてもじゃないけれども生活はできなくなる。これはやっぱり非常に大事なことですね。そういうことで私は質問をしておるわけでございますけれども、そういう意見については、先ほども長期か短期かという話がありましたけれども、今後そういう状況が来たときはいつでもこれを速やかに改定しなければいけないわけですから、そういうことのために少しでも恩給生活者が安心して生活ができるのだというような考え方で進む気はございますか。
○小熊政府委員 私ども、恩給法の二条ノ二でいま先生おっしゃったようなことを義務づけられている、このように考えておりますので、今後とも、どんな指標が恩給を受ける方たちにとって一番ふさわしいか、こういったことを常に考えながら検討してまいりたい、このように思います。
○新井委員 これはちょっとまだ早いかもわかりませんが、自民党の労働問題基本調査会、ここでも人事院勧告の見直しとして民間給与の実態調査の調査対象に小企業も入れるというようなことで出ておるわけでございます。そうしますと、小企業を入れた場合というのは非常に低いベースになるのではないかということが予想されますけれども、そういうことについては人事院は何か検討されておりますか。
○角野政府委員 お答え申し上げます。 いわゆる春闘がこれからという時期になっておりまして、私ども例年のようなスケジュールでこれから調査を始めるという段階にございます。ところで、ここ一昨年、昨年あたりから始まりました不況の関係で民間企業の中の規模別の格差が出てくるというような関係もありますのと、反面、好況のときには大きな企業に合わせてくれという希望が出ますが、公務員は平均で比べております関係上、どうしても人が来ないというような状況が一方にございます。かたがた、またその反面を申しますと、現在のようなところですと、小さなところまで含めて平均をとりますと水準が低くなるという、こういう規模別格差の関係に立つということは当然のことでございます。しかし私どもは、調査の基本原則といいますか、これはそんなに軽々に動かせるものではない。好況の場合でもそのまま、不況の場合でもできるだけそのままということで、基本線を維持しております。ただ、客観情勢の変化を見守りながら、昨年来も一つの宿題として、規模別の変動がどのように賃金に影響するかということは、よく注意して研究している次第でございます。 本年の調査もいま申し上げましたようなことで、例年のような仕組みと段取りで調査をこれから始めたいと思っておりますが、一般に、現在新聞に出ておりますような状況、まだ憶測でございますが、去年に比べて低いというような関係が一つございます。私どもは職種別に全体の比較をやっておりまして、職務の段階というものを考えてみますと、やはり公務に対応するようなそういう職務の段階というのは、余り小さいところにはございませんということもありまして、そういうことを含めて従来のような方針で検討したい、こういうふうに思っております。したがって、出てきました較差がどうなるかということはこれからの問題でございますが、水準が低くなるとか高くなるとかいうことは結果でございまして、大体従来方針で進みたい、こういうふうに考えております。
○新井委員 次に、恩給の最低保障についてお伺いをしておきたいわけでございますが、保障額の引き上げの指標というのは何でございますか。
○小熊政府委員 最低保障額の引き上げにつきましては、ほかの年金制度における最低保障額等をいろいろ横並びに勘案しながら決めておるわけでございます。
○新井委員 そうしますと、昭和五十二年度においての普通恩給の最低保障額というのは、六十五歳以上の者、月額四万九千八十三円ですね、今回ちょっと上がるわけでございますが。それから六十五歳未満の者が月額三万六千八百十六円、こういうわけでございますが、昭和五十二年度における標準世帯生活扶助基準月額が、一級地の九万五千百十四円、四級地の六万九千四百二十円、こういうぐあいに比較をしましても、非常に少ない。だから、これは当然生活ができるようなものではないということですね、最低基準というのは。これはもう再三にわたって言われておりますが、恩給そのもので生活ができるような方向に持っていくべきではないかというようなことをわれわれいつも主張しておるわけでございます。 ここで、昭年五十二年度の公務員給与の改善を基礎とする恩給の仮定俸給の約七%増額等ということが出ておりまして、二十一号俸が七・一八%、四十七号俸が七・〇八%、七十三号俸が七・〇三%、これは四月実施、こういうことになっておるわけですね。ところが、普通恩給等の最低保障の改善については、これは長期、老齢者の場合五十八万九千円、これが六十二万二千円、こういうぐあいになるわけですが、アップ率としては五・六%でしかないわけです。さっき言った、上に薄く下に厚くやるんだというようなことを言われながら、なぜこういう最低限のものをもっと上げなかったかということですね。これはどういうわけですか。
○手塚説明員 御説明申し上げます。 ただいま増額資源の問題ずいぶん問題になっておりましたが、実は恩給の増額の中でも、必ずしも公務員給与にならって上げてない分野がございます。その一つが、いま先生御指摘になっている最低保障の増額でございます。これはいま局長も答弁いたしましたように、むしろ他の年金類の最低保障、端的に申しますと、同じ公務員、古い、新しいの違いはありますが、新しい公務員は共済年金を適用されております。そこの最低保障制度、それに追いつくということを四十一年以来やってまいりまして、現在ほぼ追いついている。そういうことで、今回も共済制度の方でほぼこういう最低保障になるであろうというその額を推定いたしましたものが六十二万二千円、したがって結果として五・六%というものが出ておるわけでございます。この差が出ますのは、実はそれはむしろ物価調整でその系列はやっておるわけですが、厚生年金などの三年ないし五年ごとの見直し、それによって大きく上がるという過程になっているわけでございます。したがって、単年度で見ますとギャップは出ますが、やはり相当年数で見ますと、それなりに追いついているものだというふうに考えております。
○新井委員 共済年金の最低保障額の算定方式というのがずっとありまして、時間がかかるから言いませんが、その報酬比例部分というものの基礎となっているのが三万円ですね。そうしますと、現在三万円ということ自体がちょっとおかしいんじゃないかと思うわけです。たとえて言いますと、公務員はずっと二十年以上勤めていてそれで平均給与が三万円であったなんということは、ちょっと考えられないことでありまして、この最低標準報酬月額というものの改定等をしなければいけない。 そこでちょっとお伺いするわけですが、ある程度数少なくいるらしいんですけれども、いまこの報酬比例部分が三万円の人というのは何人ぐらいおりますか。これは年金を呼んでありますが、来ていませんか――これは〇・何ぼでしょう。これは厚生省が答弁すればいいんですけれども、〇・幾らですよね。非常に少ない人しかもう適用がないのに、恩給はそれを基礎としてやっておる。これはやはり改定すべきではないかと思います。 それからもう一つ、今度労働省にお伺いしますが、最賃法におきまして第十六条に基づいて各県別の最低賃金の決定があるわけですけれども、代表として一番高い東京、それから一番安い鹿児島、これはいま幾ら上がっておりますか。
○小田切説明員 お答えいたします。 ただいまの御質問の最低賃金の金額でございますが、日額で申しますと東京が二千四百七十八円、それから鹿児島が二千八十六円、こういう金額になっております。 〔委員長退席、村田委員長代理着席〕
○新井委員 そうすると、厚生年金の最低標準報酬月額の三万円というのは、日額にすると、月に二十五日間労働した、日給でございますから、そうすると千二百円にしかならないということです。そうすると、いま言われた最低賃金、東京でも二千四百七十八円です。二十五日として六万一千九百五十円。それから鹿児島におきましても二千八十六円、これも五万二千百五十円、こういうぐあいになるわけでございまして、これについては当然今後考慮をしていただきたい、このように思うわけです。 それから最低保障額が最短恩給年限以上の人、九年以上、九年未満と、実在職年数により三段階に区分して定められておりますけれども、これはどういうことですか。
○小熊政府委員 最低保障額をなぜ九年で分けているか、こういう御質問かと思いますが、この最低保障額というのは、やはり相当長期間忠実に公務に尽くした方についての老後のといいますか退職後の生活の支えをする、こういう趣旨でございますので、たとえば下士官あるいは兵隊さん、こういった方はきわめて短い期間で、加算年のために恩給がついておるという方もございますので、その辺を分けるのに九年という年を入れたんだと思います。
○新井委員 どうもその点が余りはっきりしないのです。だけれども、きょうはいろいろたくさん問題がありますので、順番にいきますが、こういうこともひとつよく検討していただきたいと思います。 それから、加算恩給については減算率が緩和されて、六十歳以上は最短恩給年限まで、六十五歳以上は減算を行わない恩給が支給されることになったわけでございますが、これについても、加算というものがどうしてついたかということから考えますと、減算率があって、またそれを緩和するとかというむずかしいことをやめまして、加算がついたものについては加算だけでいくというような形に当然私はすべきだと思いますが、その点はいかがですか。
○小熊政府委員 加算年につきましては、戦後軍人恩給が復活しました際には加算年は単に資格年としてだけ見たわけでございますが、その後加算年の意義といいますか、これで申しますと、相当長期間特殊な勤務についたというような方々に対して国として労に報いるという意味で従たる期間を加える、こういうことがその趣旨かと思いますが、これもきわめて短い方といいますか、実在職年が十二年に満たないような方、しかも若い方、こういう方については、ほかの年金との均衡もあるかと思いますが、これを若干割り引きする、こういう考え方でできておるわけでございます。
○新井委員 だからなかなかわかりにくいのです。激戦地であった、これは大変であったということで加算をして、それがだんだん充実されてきたわけでしょう。そしてだんだん減算の方も緩和されてきたわけですね。そういうことからいきますと、全体的には、もうそういうものをなくすという方向が当然だと思います。 それから、大蔵省も呼んでいますので、これは聞いておきますが、公的年金とか恩給というのに税金を取っておりますね。それは理由は何ですか。
○矢澤説明員 一般の公的年金につきましては、給与の後払いと申しますか、過去の勤務に対する報酬であるということで、給与所得として課税することにしております。ただ、遺族年金でございますとか障害年金につきましては、社会政策的な配慮から非課税としているというのがただいまの課税の現状でございます。
○新井委員 年金というのは、たくさんの年金が入って生活できているときは、それはそれでいいかもわかりませんよ。しかしながら、そんなみみっちいような計算をして、実際問題は生活もできないような年金を支給して、それになおかつ課税をするということはわれわれとしては納得ができないことですね。そういうことも含めて今後の税制のあり方についてよく検討していただきたい、このように思います。 時間がないから次に行きます。 これは長官、よく御存じで、もう長官も先ほどの午前中の答弁で、やりますというような答弁をしていただいたようでございますが、日赤の看護婦さんの問題でございます。この問題については前の国会で、藤田総務長官のときでございましたが、そういうことがあるので調査費をつけますということで、三百三十万円ですか調査研究費をつけましたね。それは何に使ったのですか。
○手塚説明員 御説明申し上げます。 私ども、恩給問題についてはいろいろたくさんの問題がまだ残っておりまして、やはり役所としても研究しなければいけないということで五十年から調査研究費なるものを計上しております。その中の一つの大きな問題が範囲、通算問題ということで、恩給法については、やはり時代が変わってきたために恩給法の適用を受けられなかったような人からの、私たちも受けていいのじゃないかという声は多々あるわけでございます。その問題の一つとして実は日赤の問題も研究してまいったわけでございます。したがって、これは調査研究と申しましても研究が主でございました。ただ、日赤などにもお願いして、いろいろな資料を集めて、日赤の救護員の方々の身分関係、実態等いろいろわかる限り調査をした、そういうことでございます。
○新井委員 そうしますと、その調査というものはまだ続いているのですか。一応調査の結果は出ましたか。
○稻村国務大臣 この問題については午前中もお答えをいたしましたように、副長官を中心としてこの問題について広くいろいろな情勢を分析しながら、また情報情報と申し上げては大変恐縮ですが、過去の実績、過去の情勢等々を踏まえて、そして先ほども申し上げましたように、恩給の制度の中にはきわめてむずかしい点もある、しかしながら一時恩給、こういう形では解決をしない、長い間本当に御苦労されまして、私はいつも申し上げますように、女性兵士、こういうような考え方で取り組んでおりまして、予算の伴うことでございますが、それではどういう制度でいくのかということについては、もうしばらくお待ちを願って、必ず今年度にはその土台に乗せて、概算要求をしたい。そのときにぜひひとつ御協力をお願い申し上げたい、こういうふうにお願いをしておきます。
○新井委員 もう一つ、調査研究をやられたというのでお伺いしておきたいのですが、外国のこういう従軍看護婦さんなんかの処遇、こういうことについては調査されましたか。
○手塚説明員 御説明いたします。 私ども直接ではございませんが、これも日赤に依頼いたしまして、数ヵ国そういった西欧のドイツ、アメリカ、イギリス、そういった国でそれぞれの国の赤十字の人たちが戦時中勤務した場合それの処遇がどうなっているかという点を文書で照会した回答をいただいております。
○新井委員 そうすると、その内容については余りはっきりしませんか。
○手塚説明員 ただいま手元にございませんので明確には答えられませんが、大体各国を通じまして、特にイギリス、フランス、ドイツあたりははっきり申しますと、日本と似たような体制になっております。すなわち戦時勤務の際に死亡または負傷した場合には、それについて特別の援護法的なもので救済をしているということになっております。その間の年功的なものがどうなっているかという点につきましては、いわゆる恩給的なものでは必ずしも見ていない。フランスですと一般年金で見ているということのようでございます。イギリスも一般年金のようでございます。ドイツはちょっとその回答でははっきりいたしません。アメリカではその点は全く見ていない、そういう回答だったと記憶しております。
○新井委員 世界のそういう先進諸国は非常に年金等も発達をしておるし、最低保障というものも非常に十分にある、日本とはちょっと状態が違うと思いますけれども、少なくとも日本の、日赤の従軍看護婦の方々の戦いというものは、これは大変な戦いであった。これは新聞なんかにもたくさん出ておりますけれども、ちょっときょうは時間がないから読みませんけれども、そういうことも総理府総務長官はよく御存じで、先ほども女兵士であるというお言葉になったと思います。 私も、ここでもう一度経過だけをお話をしてみたいと思うのですけれども、まずこれは、一つ一つ本来時間を持って詰めなければいけない問題なんですけれども、もうおわかりだと思いますので、こちらから言いますが、旧憲法、大日本帝国憲法の第二十条におきましては、「日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス」ということで、兵役法には「帝国臣民タル男子ハ本法ノ定ムル所ニ依リ兵役ニ服ス」、こういうことで、赤紙一枚で兵隊に行ったということがあります。女子は、兵役ではなかったけれども、それと同様に、令状でもって、赤紙一枚でもって駆り出されたのが日赤の従軍の看護婦さんであったわけですね。日本赤十字社令、これは勅令でございますから特に人権にかかわる問題というのは法律も同じでございます。そういうことで、旧憲法の第三十一条「本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ」、こういうことで、天皇の大権事項としての勅令であり、これは全く現在で言う法律であるということです。この勅令に基づいて、陸海軍大臣の定むるところによって日赤の社長が看護婦を召集した、これが日赤社令第一条ですね。この日赤社令第一条には「日本赤十字社ハ救護員ヲ養成シ救護材料ヲ準備シ陸軍大臣海軍大臣ノ定ムル所ニ依リ陸海軍ノ戦時衛生勤務ヲ幇助ス」、こういうことになっているわけです。そういうことで、とにかくその内容におきましても、これは全く兵に準ずると第十条でうたっているわけでございますが、またそのほかにも、軍の紀律、命令下にあることも全く法律でうたってある、それから給与も官給である、それから陸海軍の刑法及び懲罰も適用されておる。それから、終戦後は捕虜になったりあるいは抑留されて、本来帰れるところがまだ病人がいるから残れとか、あるいはまた兵と全く同様の扱いで帰ってこれなかった、したがいまして、昭和十二年からずっとそれが始まって、一番最後に帰ってこられた方が昭和三十五年、非常に長い間かかって帰ってこられた方もあるわけです。 こういうことであるわけですが、特に戦地にありましては、本来ならばそういう従軍看護婦という立場でございますけれども、実際の戦闘の状態においては、弾を運び、兵士以上のあらゆる辛苦をなめて戦ってきた。ただ一点、現実にこれは軍属だということだけで、本来法律のたてまえからいったら、軍属ではなくて女兵士、先ほど総務長官が答弁されたと同じことなんです。ところが、女性兵士だということになっているのに、それを軍属だと言ったために、一般のほかの方と同じように見られて、そうして現在まで来ておる、これはやはり当然考えなければいけない、こういうぐあいに私は思うわけです。 総務長官は非常に前向きな答弁をされておるわけでございますが、そこで、今度は具体的にちょっと考えていただきたいことは、兵隊さんと同じように、やはり日赤の看護婦さんも勤務状態というのがあるわけですね。そういうことについては調査、研究をなさっておりますか。
○手塚説明員 お答えいたします。 実際の実態というものを調査することはなかなかむずかしいことでございます。ただ私どもも、日赤の救護員を初め従軍看護婦の方々の手記など、このところずいぶん出版されておりますので、全部それらも買い集め、目を通しているつもりでございます。 〔村田委員長代理退席、委員長着席〕 そういった意味で、特に敗戦状態になった時期、それから戦後さらに留用された時期、その間、大変な状況であった、あるいは兵と全く同じであった、そういう意味では全く同感でございます。
○新井委員 いまも、実際の状態はわからないけれども、まあこんな状態だったと言うのですけれども、やはり初めからの法律もよくわかってもらわなければいけませんし、現実にどういう形で勤務されたかということも見ないと、これはどういう支給をしていいかということもやはり考えられませんよ。 そうすると、兵隊さんはどうなっておるのですか。
○稻村国務大臣 問題はいろいろ過去議論をされてきたこともよく承知をしております。ただ、実態の調査につきましても、いまいろいろ細部についてお答えをするということはなかなかまだむずかしい段階ではありますけれども、大体二万六千人、その中で従軍された人が一万三千何百人、まだ具体的にその詰めがなされていないわけであります。 しかしながら、過去のいろいろな議論は議論として、きょうからは、この問題は、先ほども申し上げたように、過去の他の軍属との相違はある、こういう確信を持って私はお答えをいたしておるわけであります。
○新井委員 そこで、私はもう一歩突っ込んで、いまもお話がありました二万六千人、それから外地に行った一万三千人、そういう方々について適用する場合に、どうしても考慮しなければならない問題というものは、さっき具体的にはわからないということなんですけれども、大体召集令状で、赤紙を受け取った人というのは、これは兵隊の場合ですが、二年間務めて一度帰る、そしてまた赤紙をもらって二年間というようなことで行っておるのが普通であったようでございます。日赤の従軍看護婦さんの場合も全く同じような状態で、二年外地に行きますと一遍帰ってくる、それでまたその令状でもって二年間行く、こういうことでございますから、たとえて言いますと、その期限なんかの調査をよくやっていただかないと、それが三年以上だ、あるいはまた四年以上だというようなことになると、非常にまた――これは内容の調査がまだ、どういう実態かということがわかりませんから、やはりそういう勤務の状態に合わせて本当に苦労をしてきたということについては同じだ、だから、なるたけ多くの方々に当然そういう適用がされるような形でやってあげていただきたいということでございます。 だから、普通兵隊の場合というのは、戦地戦務加算あるいはまた内地勤務の通算という形で、最低十二年以上ということになるわけですけれども、そういうこともいろいろ計算をされて、そうして、いままで本当にがんばってこられて、青春時代を本当に国のために尽くされた方々に対して、一人でも多くの方にそれを適用していこうという、そういうひとつ調査もされて、なるたけ――いまその時期を言いましても、午前中の答弁では、概括の予算のときに決着をつけるという総務長官の答弁でございますので、どうかその件については、そういうこともひっくるめてひとつよろしくお願いをいたしたいと思いますが、いかがでございますか。
○小熊政府委員 先ほど総務長官からも申し上げましたように、いまあらゆる角度からこの問題を検討しておりますので、もうしばらくお待ちいただきたいと思います。
○手塚説明員 先生いま御指摘になった人数、それからそういった人たちが何年行っていたか、こういう問題につきましては、現在日赤の方で悉皆調査を行っておりまして、そう間も置かずその結果が出るというふうに伺っておるものですから、私どもそれも検討材料に加えたいと考えておりますので、つけ加えておきます。
○新井委員 次に、老齢福祉年金の支給制限についてお伺いしたいと思うのですけれども、制限額の引き上げは今度は幾らになりましたか。厚生省のそういう関係の方は来ていませんか。――それなら結構です。 では次にお伺いしておきたいと思うのですけれども、今回軍人恩給で一時金を支給するということになっておりますね。いままで断続して三年以上の人、こうなっておりますが、まずこれは幾ら支給されるのか、そうしてその金額は何によって算定したのか、これをお伺いしたいと思います。
○小熊政府委員 先生いま御指摘されたように、従来は継続して三年以上の軍人に一時恩給を出しておったわけでございますが、今年度予算及び今回の法案におきまして、ただいま御審議いただいておるわけでございますが、断続しておっても、たとえば二年、二年、あるいは二年、一年、こういった場合でも一時金を出す、こういうことになったわけでございます。その金額はすべて一万五千円、こういうことに相なっております。
○新井委員 その一万五千円になった計算の根拠は何ですか。
○小熊政府委員 これはただいまの一時恩給の兵隊さんの基準、これは昭和二十八年の仮定俸給を基準としておるわけでございますが、これを基準といたしまして一万五千円という計算を出したわけでございます。
○新井委員 その二十八年の仮定俸給を基準にしたというのは何ですか。
○小熊政府委員 これは軍人恩給が復活いたしましたとき、これが二十八年でございますが、このとき、下士官、兵の勤続七年以上の者に一時恩給が出ることになったわけでございます。その後その範囲が逐次広まってまいりましたが、ずっとこの二十八年を基準とした金額で一時恩給を計算しておるわけでございまして、この下士官との均衡を考えての算定でございます。
○新井委員 それでは、いままで何年何月にこういうことで出しましたということの日にちと金額を教えてください。
○手塚説明員 これは何度も改正いたしておりまして、先ほど局長も答弁いたしましたように、下士官であれば下士官として一年以上いなければいけないというような条件がついておったわけでございますが、逐次改善していったわけでございます。 それで、ちょっと手元にございますのは、実は四十六年度以降の裁定件数しかございませんが、四十六年度には約八千件の裁定をしております。四十七年度には五万件、四十八年度二万二千件、四十九年度は約八千件、五十年度が一万四千件、五十一年度、これは兵の一時恩給を出すようにいたしましたためにぐっとふえまして十三万八千件、五十二年度が十四万三千件、大体このような傾向で来ております。
○新井委員 いまのそれは人数でしょう。それに対して幾らの金をどういう基準で払ってきたかということです。全額じゃないですよ。個人に対してですよ。
○手塚説明員 これは二十八年当時の仮定俸給の金額を基礎にしておりますので、たとえば兵であれば五千五十円というのが俸給金額になるわけでございます。それに年数を掛ける。したがって最低の三年である場合には一万五千百五十円ということになるわけでございます。
○新井委員 そうすると、いままで昭和二十八年から五千五十円というのは変わってないのですか。
○小熊政府委員 変わっておりません。
○新井委員 そうしますと、これはちょっと変な話になるわけでございますが、それは昭和二十八年当時にそれを一時金としてもらったというなら、確かに五千五十円に年数を掛けたお金の価値もそれだけあったと思いますよ。あったと思いますが、その基礎が変わらないということになると、それが後になるたびに、これはもうこの前も東京都ですか、受付で、実はこういうものが来たんだけれども、名前をいろいろ調べたり何かするときに、何だ、こんな一万五千円くらいのものだったらもらえないというようなことで、それを出すというのもまたちょっとおかしな話だと思うのです。やはりある程度物価上昇率であるとかそういうものを考えて出さなければ、まあこれでまた次に出しましょうというときに三年を今度は二年にしましょう、あるいは一年にしましょうということがあるかもわかりませんけれども、そのときに子供だって取りに行かないような一時金になってしまうのじゃないですか。そういうようなことはどういうぐあいに検討されるのですか。
○手塚説明員 ただいま先生御指摘の問題は、五十年に兵の一時恩給を出す際に大分問題になったわけでございます。実は年功恩給の一つの系列であるごく短い人に対する一時恩給というものが、退職の際に出るものであれば確かに意味があるのですが、それが相当程度たってから出るということが果たして退職給付と言えるのかどうか、そういう議論もされたわけでございます。そこで実は一つの踏み切りとして兵の一時恩給が出されたわけですが、そのときの議論はむしろ、戦争中苦労した人たちが戦後何ら国から言葉もかけられない、それに対する不満が強いんだ、金額の問題ではない、そういう声が強かったために、金額的にはたしか行政当局も悩みながら、それを出すことに意義があるということで踏み切ったものでございます。
○新井委員 そうすると、行政当局は金額的には非常に悩みながら、そういうことで出しておけば事足りる、だからほかのことについては余り考慮しなかった、こういうことでございますか。
○手塚説明員 いま申し上げましたように、退職給付として考えるのではなくて、表現は悪いかもしれませんが、国としてたとえば感謝状とかいったものを仮に出すといたしましても、うちの恩給局としてやれるとすれば、恩給的な手法を借りて一時恩給という制度があるではないか、そういった点も考慮して、あのような兵の一時恩給を出すに至ったわけでございます。
○新井委員 現実問題としてはこちらは余り納得ができないのですけれども、こういういろいろな意見がありますね。たとえて言いますと、著述業をやっておる北川桂太郎さんですか、この方は、ずっと戦地に行っていたのだけれども、その日にちが短いということで現在恩給の適用がない。同年兵の友達がいろいろおるようでございますが、そういう方々はみんなもらっておる。そこで自分たちと差がついた原因というのは一体何だろうというのですね。 そうすると、現在の違いを申し上げますと、まず、旧軍人の恩給差別の事実というのがある。恩給法改正附則第十条普通恩給、第十二条の二、一時恩給で在職年数により違いがある。普通恩給の場合は第十条で在職十二年以上、加算年数を合算する、こうなっていますね。それから一時恩給の場合は第十二条の二で在職十二年未満、加算年数を合算、こうなっているわけですね。これは間違いありませんか。
○手塚説明員 一時恩給は実在職年に着目しておりますので、加算年は入れておりません。
○新井委員 その方が言うのに、これはほとんどの人がみんなそう思っているということで、たくさんの方が手紙をくれたりして、いろいろあるようでございますが、法律でございますからどこかで区切らなければいけませんね。区切らなければいけませんが、たとえて言うと、自分らは一緒に戦争に行って同じように危ない目をして戦ってきたのに、十一年十一ヵ月と十二年の差、たった一月の差でそれが違いが出てきたんだ、なぜ十二年というものができたのかという根拠がまずわからないと言うのですね、現実に行った人の気持ちからいいますと。そういうことについてはどういう経過をたどって十二年と決められているのですか。
○手塚説明員 現在、兵について十二年ということでございます。これは昭和八年前は十一年ということでございまして、明治当初、恩給百年という歴史を誇っておりますが、その当初、軍人恩給から始まっておりますが、その海軍退隠令が十一年になっております。ただ、その際に御指摘申し上げておきたいのは、その当時は定限年齢まで務めなければいけない、それが第一原則です。たとえば大佐で言えば六十歳だったかと思いますが、それまで務めなければいけない。その際に、実在職十一年勤務していれば恩給を給す、実は大正十二年の恩給法までずっとその系列が来ていたわけでございます。引き続いて大正十二年の恩給法では、定限年齢という要素は外して、十一年というのを兵についての最短年限というふうに定めて、それが八年に変わり今日まで至っている、そういう経過でございます。
○新井委員 そうしますと、そういう方々に話をするときに、十二年となっている根拠は何だということを聞かれた場合に、どのように答えたらよろしいのですか。
○手塚説明員 私は、確かにこれは政策的な問題だと考えます。十一年に絶対的な根拠があり、十二年に絶対的な根拠があるとは思いません。ただ各国の軍人恩給を見ましても、現在でも二十年といったところがほとんどでございます。しかも加算年制度をとっていないアメリカ、イギリス、そういった国も多いわけです。それからドイツなどでは年功年金、年功に応じての年金恩給を出すのは職業軍人に限られておりまして、そうでない一般の召集軍人などにつきましては、たとえその人が十年以上いても年金には結びつかないという制度になっております。
○新井委員 いまの答弁を聞きますと、外国等のことも勘案をして、十二年というのは別に確たる基礎ではないけれども、とにかくいまのところは十二年になっているのだ、こういうことでございますか。
○手塚説明員 先生仰せのとおりでございます。ただ一つ言っておきたいと思いますのは、恩給法はいわばもうすでに死んだ制度と申すのはちょっと言い過ぎかもしれませんが、新陳代謝はいたしません。古い人だけを対象にしているわけです。したがって十二年というのは当時の約束だった。そういう約束で、約束した年に達した者には恩給を出すのだとわれわれ考えております。それをいま新たに何年が適当か設定するというのには、制度自体がちょっと古いものになっているというふうに私は考えております。
○新井委員 その問題はちょっと保留して、もう一度お伺いしますが、一時恩給の計算には、さっき言いましたように在職加算というのは認めていませんね。――そこで、普通恩給の場合は第十四条で六十四歳までは実在職年数、六十五歳以上は加算を合算した在職年数により計算をする。一時恩給の場合、第十五条の実在職年数により計算をする。こういうことですね。これは変わりありませんか。
○手塚説明員 そのとおりでございます。
○新井委員 そうしますと、本来ならば加算を認めなければならないのじゃないかと思うのですね、現場に行っている人については同じでございますから。ところがそういうような加算を認めていない。これはどうもわからないと言うのですが、この理由は何でございますか。
○手塚説明員 確かにこれも政策的な問題かもしれません。また外国の例を引いて申しわけないのですが、たとえばフランスのように、必要年数に達した者について、その場合にはその恩給計算をするのに加算年を認めるといったような制度をとっている国もございます。日本でも昔はそうであった。したがって、一時恩給なり一時金という性格と普通恩給という年金恩給の性格の違いもございますので、これは政策的に差をつけているということでございます。
○新井委員 そうすると、別に確たる基本はないけれども、政策的にそうなっているのだということですね。 もう一つ恩給額の計算方法が異なっている。普通恩給の場合は第十四条で仮定俸給の百五十分の五十ですね。それから一時恩給の場合は、第十五条で昭和二十八年時の俸給の十二分の一に実在職年数を乗ずる、こういうぐあいになっているわけですね。これについてはどういうように考えますか。
○手塚説明員 これも一般的な年金の例でも同じような計算式をとっていることが多いと思います。ただ先生が御指摘になりたいのは、年金恩給たる普通恩給の場合は仮定俸給が改善されているが一時恩給は二十八年のものを使っているという点かと思うのですが、その点は、先ほど局長から答弁した次第なわけでございます。
○新井委員 それでは、もう一遍局長にお伺いします。これは、たくさんの方々が今回一時金をもらうについて、われわれはなぜこういうぐあいに違いがあるのだろうという物すごい疑問を持って質問しているわけです。これは何も悪い意味の疑問じゃないかもわかりませんね。一緒に戦争に行って戦って、片一方はこうだ、片一方はこうだということの違い、同じ苦しみあるいはまた命をかけてやったのに何でこんなにも違いがあるのかということがわからない。そのわからないものを一つずつ挙げていま聞いているわけですけれども、そうすると、いま言ったように、普通恩給の方は改定の仮定俸給の百五十分の五十。ところが、一時恩給の場合は、昭和二十八年時の俸給の十二分の一に実在職年数を乗ずる、こういうことになっているのですけれども、何でこういう違いができたかということです。
○小熊政府委員 先ほども申し上げましたように、恩給制度は非常に古い制度でございまして、年金恩給の方は十二年以上と昔から決めまして、そういう期待感を持った人たちが現在恩給を受けておる。先ほど手塚君から言いましたように、この恩給を受ける方というのは三十四年以降は出てきていないわけでございます。そういう古い方方、期待感を持っておられた方に年金を出す。ただ、一時金の方は、先ほど申しましたように、二十八年軍人恩給復活当時、やはり同じような苦労をされた下士官、兵、こういう方に出した、そのときの基準単価を使っておるということでございますが、先生のおっしゃられるのは、その後もらう人は、物価も上がっているのじゃないか、こういうお感じかと思いますが、これは、こういう年金に至らなかった人でも、やはり国のためにいろいろ苦労されたのだ、これに対して国として微意をあらわすという気持ちでお出ししておる、こういう考え方でございます。
○新井委員 これは確かに両者の言い方がございます。現実に自分が行って命がけでやった人と、片一方では国策として何とかそれに報いたいということについては、制度上、いままでの長い歴史がございますから、それはどこまで行っても納得ができない問題かもわかりませんね。しかし、それについては北川さんも前の恩給局長のところに再三足を運びまして、自分も別にへ理屈を言っているとか文句を言いに行っているのじゃないのだ、多くの方々から聞かれて、自分もわからないし、自分も疑問を持つから、そのことについては一遍よく聞きたいということでございますので、わかりやすいようにお話をしていただきたいと思うのです。 最後に、恩給の計算の基礎となる仮定俸給が普通恩給と一時恩給と異なっている。これは、普通恩給の場合は第十三条及び法五十一の第十条による改定俸給年額、五十二年度の裁定は、兵の場合は五十八万七千五百円。ところが、一時恩給の場合は第十五条で、昭和二十八年時の俸給年額、兵の場合が六万六百円、こういう違いがありますね。これはさっきのことからいくと当然ですけれども、これについてもちょっとわかるように答えておいていただきたいと思います。
○小熊政府委員 これは、先ほど申し上げましたように、いま年金を受けている人たちは増額された後の仮定俸給で計算される、一時金の方は二十八年当時の仮定俸給で計算される、そのことから出てくる差である、このように理解しております。
○新井委員 そこで、要望といいますか、こういうぐあいにしてほしいという希望をその方が言っておりますから、一遍お伝えだけしておきたいと思いますが、これもひとつよく検討していただきたいと思います。 「一、在職十二年未満の旧軍人等に対し一時恩給とせず、普通恩給の支給項目の中で裁定することに改める。二、普通恩給同様加算年数を合算した在職年数を以て計算することに改める。三、一時恩給の計算を俸給月額を基準とせず、普通恩給同様俸給年額とすることに改める。四、恩給額計算の基礎となる仮定俸給を普通恩給、一時恩給共に改定仮定俸給とすること。」こういうことが出ておるわけです。 そこで、一万五千二百円、これは確かに総務長官の御努力によって、いままで出ていない人に通算をして出してやろうということででき上がったものだと感謝をするわけでございますが、そういうことで、十一年十一ヵ月の方もおりますし、あるいは本当にいただくにしましても、昭和二十八年のときの給与が中心になって何年たっても変わらない、これも変な話だということもございますし、また、いま言いましたようにいろいろなことがあるわけでございます。いろいろなことがあって大変だろうとは思いますが、そういうこともお考えをいただきたい、こういうぐあいに思いますが、いかがでございますか。
○稻村国務大臣 御指摘の点につきましては大変同情を申し上げなければならぬ点がたくさんあると私は思います。しかしながら、基本的な原則というものは軽々に変えるべきではない。御指摘の点につきましては、社会情勢の推移等々も考えて、今後慎重に検討してまいりたいと思っております。
○新井委員 では、厚生省が来たようでございますので質問をしたいと思います。 老齢福祉年金の支給制限についてちょっとお伺いしたいのでございますが、今回の制限額の引き上げは幾らになっておりますか。
○長尾説明員 お答え申し上げます。 福祉年金と公的年金の併給制限の限度額につきましては、先般御可決をいただきました本年度の予算において三十七万円ということになっておるわけでございます。
○新井委員 そうしますと、その三十七万円という額の算出根拠は何でございますか。
○長尾説明員 従来、この併給制限の限度額につきましては、恩給等の支給額を勘案して定めてきたという経緯があるわけでございます。前年度は三十三万円という限度額になっておるわけでございますが、具体的な引き上げ等の状況を考えましてほぼ一割アップの三十七万円ということにいたしたわけでございます。
○新井委員 これは私、本当にわかりにくいのでございますが、たとえて言いますと、三十七万円の年金というのは非常に少ないですね。これで生活ができるということは当然考えられない。これはもう御存じのように、生活保護基準がございますから、一級地で九万円ですか、四級地でもやはり六万円ぐらい出ています。そうしますと、これからはほとんどの方が年金をもらうようなことになってこようかと思いますが、そのうちに老齢福祉年金というのも自動的になくなる。もうほとんどが厚生年金なり国民年金なり、何らかの年金に入っていくわけでございますから、なくなるわけでございますが、これに対してはたびたび裁判問題にもなるということでございますね。そうすると、本来ならばもっと支給制限額を上げるということが当然じゃないかと思いますが、たった三十三万から三十七万円、一割上げたと言いますが、本来あれでしょう、課長とすれば、こういうものは撤廃したいとお考えになっているのじゃないですか。
○長尾説明員 お答え申し上げます。 老齢福祉年金の性格論になるかと思うのでございますが、ただいま先生お話ございましたように、福祉年金自体は、国民皆年金になりました三十六年以降、すべての国民は何らかの形で年金制度に加入していただく、こういう仕組みになったわけでございますけれども、その当時すでに高齢であられました方、またそれぞれの加入期間が確実に短い、老齢になられますまで十年という期間がないという方々を対象といたしまして、この福祉年金ができたわけでございます。そういう経緯から申しますと、年金を受けることのない方のために福祉年金を出す、こういう性格でございましたので、本質的には公的年金との併給はいたさない、こういう考え方をとっておるわけでございます。 しかしながら、先生御指摘がございましたように、年金と申しましても、いろいろな事情で少ない額の年金しか受けておられないという方もあるわけでございまして、御承知かと思いますが、この額につきましては、たとえば福祉年金相当額まで併給をする、いわば福祉年金というものを七十歳時点の一つの最低の年金の額として考えていくというような考え方をとってきた経緯があるわけでございまして、それが現実には、多くの方を、この制度の中で併給していくということができませんために、こういう額で上げてきたという経緯があるわけでございます。先生御指摘のように、この額を撤廃するという御要望があることは十分承知しておるわけでございますが、それはある意味では福祉年金のあり方というものをどう考えていくかということにつながるものだと思うのでございますが、現在のような、経過的な制度として福祉年金を考えているという段階におきましては、私どもといたしましては、一定の限度額を設けるということはやむを得ないのではないか、こういうふうに考えておるわけでございます。
○新井委員 第七十八国会の五十一年十月十九日の恩給小委員会におきまして、厚生省の高峯年金課長、この方がお話をされていますのは、支給制限の完全な撤廃という問題になると福祉年金の性格の問題に波及するので、現在福祉年金を含めて年金制度の根本的な洗い直しをやっているので、その一環として考えていきたい、こういう御答弁をされておるわけでございますね。よく御存じだと思いますが、そういうことで、その後どんなような検討になっておるかお伺いしたいと思います。
○長尾説明員 先生お話しの福祉年金の根本的な検討の際にということは、御承知かと思いますが、年金制度全体を通じまして公的年金給付のあり方ということについて基本的に見直しをすべきではないかという御意見を、各方面からいただいておるわけでございます。私どもでは、厚生大臣の私的諮問機関という形で、基本懇が、昨年の十二月に中間報告という形で、基本的な洗い直しについての御検討のいままでの結果をまとめていただいたものを御提出いただいておるわけでございますし、また、総理府に置かれております社会保障制度審議会からは、夫婦それぞれ三万円、夫婦が御一緒の場合は五万円という基礎年金をそこに据えました上で、現在の公的年金をその上に乗せるという形で、年金制度の改革を考えてはどうかという御意見もいただいておるわけでございます。 確かに、先生御指摘のように、すべての年金受給者にある一定額を、その財源は一般財源または特別税で賄うといたしまして、一定額をすべての年金受給者に支給するという考え方が世の中にあり、また一つの有力な御意見として私どもも参考にさしていただきたいというふうに思っておるわけでございまして、この基本的な問題の検討、これは実は、いまの基礎年金といいますか、そういうものの問題以外に、現在のそれぞれの加入の仕方、特に婦人の問題をどう取り扱っていくか等、年金制度のすべての問題にわたりまして全般の検討をいたしました上で一つの結論をつけたいというふうに思っておるわけでございまして、基本懇の中間報告というものは、ある意味で、具体的な方向というものについてはまだ御示唆をいただいておる段階ではないわけでございます。私どもといたしましては、これは私どもの大臣が社会労働委員会等で御答弁をいたしておりますように、本年度中約一年をかけまして私どもとしての具体的な案を検討いたせという命令をいただいておるわけでございまして、その中でいま先生のお話しの問題も含めまして検討さしていただきたいと、こういうふうに思っておるわけでございます。
○新井委員 もう約束の時間が参りましたので終わりますが、まだたくさんありますが、長官に二つの点についてお伺いしておきたいわけでございます。 いま御答弁のあった老齢福祉年金の支給制限についての問題等にありましても、恩給とは一体どういう定義でどういうことになっているのかということをきちっとしないと、これはやはりいけないのじゃないかと思うわけです。これも恩給局からいただいた本を読みますと、いろいろ定義がございまして、どれがいまの定義で用いられているのかちょっとわからないのでございますが、いろいろと考えられる。そういうことで、やはり内閣委員会といたしましても、この併給制限という問題については、附帯決議等も出ているわけでございまして、長官としてもひとつお考えをいただきたい、このように思うわけです。 それから最後に、台湾人の元日本兵士の補償問題について現在裁判をやっているということでございますが、これは、裁判やっておりますから、別にいまのところで総理府がああだこうだと言うことはないかもわかりませんけれども、台湾に行った人からいろいろ聞きますと、本当に手足をもぎ取られたり、非常に気の毒で、それ以後生活のしようもないというような方も多々おるようでございます。そういうことで現在裁判になっておりますが、こういう問題についてどんな考えをされておるかお伺いして、質問を終わりたいと思います。
○小熊政府委員 いまの台湾の方の、これは死亡された方でしょうか。
○新井委員 裁判やっておりますね、それでどのように……
○小熊政府委員 軍人になられた方ですか。――この方々の恩給でございますが、恩給そのものしが、先生御承知のように、これは日本の国籍を持っているということが大前提になっておりまして、いまのような台湾の方の場合ですと、昭和二十七年の日華条約発効後日本国籍を失っておられることになりますので、この方々に恩給法を適用するのはできないのじゃないかと、このように考えております。
○新井委員 終わります。
○始関委員長 柴田睦夫君。
○柴田(睦)委員 すでに同僚議員から質疑がありましたが、まず最初に、旧従軍看護婦さんの恩給法適用の問題です。 総務長官の積極的な御答弁によりまして、いまこの方向づけの作業が具体的に進められている段階だというように考えますが、長官自身が現在この方向づけということについて基本的にどのような認識を持っておられるかという問題です。 私はここに、旧従軍看護婦さんよりお借りした戦時召集状、それから救護員手帳を持ってまいりました。長官もこれをごらんになっていたく感激をされたというように伺っておりますけれども、召集状はまさに兵士と同じ赤紙になっております。そしてまた、ここにあります救護員手帳、これは当時の従軍看護婦さんたちの苦労がしのばれるようにぽろぽろになっているわけです。 この手帳をあけてみますと、一番最初に教育勅語がありまして、その次にあの軍人勅諭が全文載せられております。さらにずっと先を見ていきますと、勅令として日本赤十字社令があって、その十条の最後に「看護婦及看護人ノ待遇ハ兵二準ス」と、はっきりと書かれているわけです。しかも、ちょっと戻って第五条を見てみますと、「陸軍大臣海軍大臣ハ日本赤十字社救護員ノ服制ヲ認可シ之二帯剣セシムルコトヲ得」、こういうことも書いてあるわけです。さらにずっと後の方にいきますと、日本赤字社救護員召集規則というのがあって、その第八条では、「救護員召集を受けたるときは指定の日時に到着すべし若し傷疾疾病其の他事故の為応召すること能わざるときは傷痍疾病に在りては医師の診断書其の他の事故に在りては事実を証明すべき書類を添え速に共の旨届出ずべし」と書いてあって、その次には「応召員傷痕疾病其の他の事故の為召集地到着の期日に後れたるときは其の始末書を差出すべし」、こうなっております。 そしてこの赤紙召集状の右半分ですけれども、これは召集状の受領書になっていたようで、この手帳にもその様式が書かれております。そこにもこの召集に対する返答として「応召す」と「傷痍疾病(事故)に依り応召し難し」の二つしか書いてないわけです。つまり通常の状態では召集を拒否することはできないようになっているわけであります。このように召集が非常に厳しいものであったということがこの手帳から推測されます。 〔委員長退席、村田委員長代理着席〕 そして、このようなことは他の軍属には全くなかったというように考えますし、このことを考えれば、恩給法適用について従軍看護婦さんの場合特別に考えなければならないということが強調できると思うわけです。総務長官はきょうも女性兵士と受けとめると述べられて、従軍看護婦さんたちは任務も行動も兵士と変わらなかったと認められたようですが、これらの方々に恩給法適用あるいはそれに相当する救済措置を講ずるのは当然なことだと思うのですが、改めて長官のお考えをお伺いします。
○稻村国務大臣 長官に就任早々、日赤の従軍看護婦の方々から当時の模様をいろいろ承りました。もちろん召集令状も拝見をさせていただきました。あるいはまた従軍手帳の内容等々も拝見をさせていただきました。各党とも長い年月と申しましょうか、こういったものが日の目を見るようにということで大変努力されてこられたわけでございますが、それが解決をできないというころに何か大きな問題があるのではないかと、私も私なりにいろいろ調査をさせていただき、また私は私なりに考えて、いろいろ事務当局にも命じまして論議を重ねてまいったわけであります。今年度は特に意義深い年である、国際赤十字社創立のアンリ・デュナン氏の生誕百五十年でもある。戦場に博愛を、こういう意義のある年でもございますので、私はことしこそはこれは何としても解決をしたいという情熱のすべてを尽くして現在に至っておるわけであります。 その結果といたしましては、副長官を中心といたしまして各省庁の連絡あるいは各省庁の協議を重ねながらいろいろな議論が出てまいったわけでありまして、ようやくそれが煮詰まりつつある。それではその煮詰まったものをここで報告しろ、こういうことでございましょうが、恩給制度の中にはいろいろな問題があってむずかしい。しかし、先ほど来も申し上げたように一時恩給では、各党あるいはまた従軍、これに参加された看護の方々も納得されるものではない、こういうような関係からその中間――そういう物の言い方は果して適当かどうか知りませんが、何かその制度に属するような形で解決をして、私は声なき声と申しましょうか、本当に青春を奪われ、青春をずたずたにされて、しかもまた頼る身もない、こういう人たちの多くの方々からの陳情をちょうだいいたしまして、やはり真心を持ってこれに処する、こういうかたい決意でおることをまず申し上げておかなければならぬと思います。
○柴田(睦)委員 では少し立ち入って伺いますが、一部の報道で一時金方式というようなことが伝えられております。従軍看護婦さんの中にも、あるいはもともと恩給相当の年金を受けるには余りにも在職期間の短い方が何人かおられるかもしれません。そしてこのような方には、いまの制度の上において一時金ということが考えられるかもしれない。しかし、弾丸の飛び交う戦地で数年間にわたり勤務し、戦後も十年近く外地に強制的に抑留され、ようやく帰還された多くの従軍看護婦さんたちに対し、非常に積極的な前向きな決断を下された長官ですから、もちろん一時金ということは考えられるはずはないわけです。いま御答弁を聞きまして非常に心強く思うわけです。先ほど読みました兵に準ずるということから考えてみましても、軍人恩給並みの処遇をする、そういうことで解決を図っていただきたい、それも早急に解決を図っていただきたいということを申し上げたいと思います。 さらに立ち入ってお聞きするわけですけれども、恩給並みの年金ということで従軍看護婦さんを救済するには、兵士と同じように戦地加算、さらに外地での抑留加算を認めるということをやらなければ恩給並みの年金ということが考えられないわけですけれども、この点では長官はどのようにお考えですか。
○稻村国務大臣 先ほども申し上げておりましたが、副長官を中心としていろいろ煮詰めてまいっておりまして、実施の段階には必ず基準というものが作成されることは間違いありません。そういう意味から、過去の論議の中では、先ほどの一時金であるとかあるいはまたその他特別給付金であるとか、国債であるとか、その他また別の問題も種々論議されたことは、それは事実であります。しかしながら、いろいろな諸条件を踏まえて、召集令状というか、あるいは従軍手帳であるとか、あるいはまた政令に定められてこれに従軍されたとかいろんなことを踏まえながら、私の考え方はやはり女性兵士である、こういう考え方にはいささかも変わるものではありません。
○柴田(睦)委員 さらにもう一点ですが、従軍看護婦さんの中には、日赤の看護婦さんだけではなくて、陸海軍病院の看護婦さんもやはり戦地あるいは外地で全く同じような境遇にあったわけですが、この方々についてもやはり同時に救済されるんではないか、私はまたそうあらなければならない、こう思っておりますけれども、長官のお考えはいかがでしょうか。
○稻村国務大臣 これも大変恐縮ですが、陸海軍の看護婦の方でございますから、これもいろいろな話題の中にありましたが、これはやはり日赤の救護看護婦の方々と違う、こういう結論に達しているわけであります。――ちょっと訂正をさせていただきます。結論に達したと申しましたが、まだ結論には達しておりません。いまいろいろまだ論議中である、こういうように御訂正をちょうだいしたいと思います。
○柴田(睦)委員 その問題もありますので、これはまたいろいろこれから申し入れすると思いますので、深い御検討をお願いしたいと思います。 この問題の最後に、特に従軍看護婦の皆さんが長い年月の間にもう年もとられた、そして一日も早くこの結論が出るということを期待され、そのための運動もやってこられたという問題を踏まえて、長官といたしましては、この予算措置、来年度の概算要求のときには実現させたいということも言われましたけれども、この予算措置、それから法案の提出という問題も含めて五十四年度から実施するということの約束、これははっきりできるかどうか、ひとつ明確な答弁を伺いたいと思います。
○稻村国務大臣 先ほども申し上げましたように、予算措置を伴うことではございますけれども、五十四年度の概算要求のときには必ず概算要求ができる形でやってまいりたいということを申し上げておきたいと思います。 ただ、法律の問題でありますが、これは事務当局から説明をさせたいと思います。
○小熊政府委員 日赤救護員の方々に対する仮に給付を行うとして、どういう給付を行うかによってまたいろいろ法案の形等も変わってくるかと思います。ただいま長官の命によっていろいろ検討しておる段階でございます。
○柴田(睦)委員 それでは次の問題で、一時恩給格差の是正問題についてお伺いしたいと思います。 一時恩給受給者の問題で、長官も御存じのことと思いますけれども、いろいろある恩給のうちに、他の恩給は年々ベースアップによって支給額が増額されているわけですが、一時恩給については、いまから二十五年も前の昭和二十八年当時の仮定俸給を基礎として計算されるということで、当時から、ずっと据え置かれております。現在もきわめて低額な一時金の支給が行われているわけです。昭和二十八年当時の仮定俸給は兵で六万六百円という額になっております。この額が支給されるというのではなくて、この十二分の一掛けの勤続年数ということですから、実在職三年の兵士ということではわずかに一万五千百五十円という額にしかなりません。これが昭和二十八年当時に支給された額であったならば、当時の国家公務員の平均給与が、人事院の数字で見ますと一万二千八百二十円となっておりますから、一ヵ月分の給与ちょっとということで、これは一時金の名に値するとも思われるわけです。しかし、二十五年もたった現在の一万五千百五十円は、国家公務員の給与の十分の一から二十分の一ぐらいにしか相当しない。そこで私は、仮に一時恩給が他の恩給と同じように年々ベースアップされたと仮定して、今回の改正案の仮定俸給表を用いて計算してみましたところが、実在職三年の兵士では二十万一千円余りになるわけです。これくらいあれば一時金の名に値するかもしれないわけです。 このように、一時恩給のみが二十五年間も低額で据え置かれているという不当な格差があるのですが、一時金という性格のため、これまで全く顧みられなかったというのが実情であると思うのです。この現実に対して、長官は、これは非常に不合理であるというようにお考えになっておられるかどうか、お答えをいただきたいと思います。
○小熊政府委員 いま先生がおっしゃいましたように、二十八年当時の仮定俸給で一時恩給が支給されておるということは、これは一時恩給の性格といいますか、いま先生がまさにおっしゃったわけですが、これによるところが大きい、こう思うわけでございます。 さらに、いま先生の例を挙げられた兵の一時恩給でございますが、これは戦前にはなかった制度でございまして、本来なら、恩給の上では年金受給資格のある十二年以上の方ということになるわけですが、国としていろいろ御苦労なさった兵隊さんに感謝の気持ちをささげるというような、国の微意をあらわす形のものであるかというように考えております。
○柴田(睦)委員 官僚的答弁といいましょうか、二十八年にもらった人が一万五千百五十円、それをいまもらおうとすればやはり一万五千百五十円、どう考えても不合理だと思うのですけれども、長官、不合理だとお思いになりませんか。
○小熊政府委員 この制度自体、一時恩給、仮に二十八年に受給資格の生じた方、これはその後のベースアップの恩恵に浴さないのは当然でございますし、先ほど申し上げましたように、この問題の裏に合理性を求めるということが――いま非常に官僚的、非合理性と言われましたけれども、どうも合理性を求めること自体、あるいは無理な問題なのかもしれませんが、国としては何らかの感謝の意をあらわしたい、こういうことで受け取っていただくというのがこの制度ではないか、このように考えております。
○柴田(睦)委員 私は、世の中で生活していながら貨幣価値が年々減少しているのに二十五年間も据え置いているというのは、これは常識人ならば不合理であると思うわけです。一時恩給受給者の団体であります。時恩給格差是正促進協議会というのがありまして、ここからもこの関係条文の見直しをぜひ行ってほしいという強い要望が出されております。 私はそこで長官にぜひお願いしたいのですけれども、これは従軍看護婦さんの恩給法適用に匹敵するというような切実で道理のある要求でもあると思いますので、関係条文の見直しを含め直ちに検討されることをお願いしたいと思うのです。いかがでしょう。この点長官からお願いしたいと思います。
○稻村国務大臣 御指摘の点につきましては慎重に検討してみたい、こういうふうに思っております。
○柴田(睦)委員 もう一点。この一時恩給受給者の中には、ほんのわずかの期間不足で普通恩給の資格年限に達しなかった方が多いのでありますが、ただいまの計算方法の改正のほか、実在職三年以上という資格年限の引き下げ、在職期間の他の年金への通算、戦地加算の地域指定の見直し、こうした問題についても強い要望が出されているわけです。これらの点についても、いままで検討されているのか、あるいは今後検討される用意があるのか、お伺いしたいと思います。
○稻村国務大臣 御指摘の点については大変同情申し上げる点もたくさんあると私は思います。私は、先ほども申し上げましたように、基本的な原則というものはそう軽々しく変えるべきではない、しかしながら、御指摘の点につきましては社会情勢の推移等も見きわめつつ慎重に検討してまいりたいと思っております。
○柴田(睦)委員 次に、今回の改正案についてお伺いします。 まず、上厚下薄という問題があってそれを是正するということと、最低保障という制度の問題ですが、恩給年額の上厚下薄の是正につきましては、公務員給与の改善傾向を反映させることによって一定の改善は見られるわけであります。しかし、今回の改正案でも、仮定俸給年額において、大将は四百九十八万七千二百円、兵は七十六万四千五百円、この間まだ約六・五倍の格差が捗ります。このような上厚下薄の是正には、引き続き仮定俸給年額の是正を図るということが必要であると思うのですけれども、そのほかに最低保障金額の大幅な引き上げによる底上げが必要であるというように考えております。今回の改正によりまして実在職十二ないし十三年で最低保障を受けられる人はだれもが大尉クラスの恩給が保障されるようになったということでありまして、こういう点からも上厚下薄の是正が行われているように見えるのですけれども、この最低保障を受けられる人が非常に限られておりまして、恩給受給者全体の中ではきわめて少ないという問題があると思うわけです。そこで現在最低保障を受けられる人は長期在職者及び六十五歳以上の短期在職者のうち実在職九年以上の者及び傷病者に限られていると思いますけれども、これらの人たちは恩給受給者全体の何%ぐらいになっているのか、お伺いします。
○手塚説明員 今回の予算で計上しておりますその数字でまいりますと、普通恩給、それから普通扶助料で最低保障を受けている方は、普通恩給、普通扶助料の受給者の三六・二%になります。内訳を申しますと、文官の場合には二四・五%、軍人の場合には三七・四%ということになっております。
○柴田(睦)委員 それでは六十五歳未満の短期在職者及び六十五歳以上の短期在職者で実在職九年未満の者は、最低保障を受ける対象にはならないということになると思うのですけれども、この人たちは全体的に見るといま挙げられた数字を一〇〇%から引いたその数字になるわけですか。
○手塚説明員 正確に計算しておりませんので失礼いたしますが、大体感じとしては先生のおっしゃる方式でよろしいのじゃないかと考えております。
○柴田(睦)委員 最低保障の対象者は先ほど三六%と言われました。大体三分の一ということですが、短期在職者の実在職九年以上ということとかあるいは六十五歳以上とかという年限を引き下げるなどにより対象者の枠をさらに拡大すること、これもいろいろ要望が出ている問題ですけれども、恩給局はこの問題については検討されておりますか。
○小熊政府委員 最低保障制度につきましては、これも歴史といいますか、いままでの経過がございまして、先生御存じと思いますが、昭和四十一年にこの最低保障制度ができまして、その後四十九年に、老齢者あるいは傷病者を優遇するというような趣旨から、短期在職者でも差し上げたらどうか、こういうことで九年という線が出てまいったわけでございます。いま言ったような歴史を踏まえまして、いま先生の御指摘のような点、一体六十五歳の線の切り方が妥当なのか、九年というのはいいのかという点、あるいは若干問題があるかと思いますが、その点についてはまた私ども勉強してまいりたい、こう考えております。
○柴田(睦)委員 次は、扶助料の問題ですが、昨年の附帯決議でも、扶助料は本人の支給額の七〇%にするよう法律上の措置を講ずること、こういうふうにされているのですが、今回の改正案では何%になりましたか。
○小熊政府委員 普通扶助料につきましては五〇%ということになっております。ただ、これも先生御承知と思いますが、いろいろこれには寡婦加算とか遺族加算とか何かがついておりますから、全体として五〇%ということにはならないと思います。
○柴田(睦)委員 いや、それを聞きたかったのですが、それは計算されていないわけですか。加算されたものについて。
○手塚説明員 扶助料につきましては、確かに割合を変えろという声もありますし、ここ数年いろいろな形で改善を行ってきています。一昨年、寡婦加算という新しい制度を導入いたしましたし、昨年最低保障について、扶助料の一部の方ですが、二分の一という原則を打ち破って増額する。さらにことしはその両者を合わせて、寡婦加算も増額し、それから二分の一を超えている者をさらにふやすという措置をとっているわけでございます。それで参りますと、今回御提案申し上げている案によればですが、普通恩給についての最低恩給年限以上の方の遺族の場合ですが、六三・七%という数字になります。もっと短い方になりますと、もちろん数字はこれよりもさらに上回ってくる。たとえば一番低い九年未満の方であれば、六十歳以上の方の場合ですが六九・五、ほぼ七〇%に近い数字になります。恩給では数の上では例は少ないわけですから、私たち挙げませんが、理論的には子供二人を持っている場合がございます。その方の場合であれば、長期であればやはり六九・五、もし九年未満の方であれば八一%という数字になるわけでございます。
○柴田(睦)委員 恩給局で調査されました扶助料受給者生活状況調査報告書を見てみますと、生活費の出所先では年金、恩給が子供の収入に次いで多くて五五%を占めており、この点から見ますと年金、恩給が受給者の生活の大きな支えになっていることがうかがえると述べております。また恩給に対する意見、要望としては、いずれの受給者も扶助料の増額を要望する者が多く、七割から八割を占めていると述べられております。このように、恩給局の調査によっても扶助料をさらに増額する必要は明らかであります。そしてまた請願でも、本人支給額の八〇%という請願が採択されております。厚生年金など他の年金でも八〇%支給の要求が出されております。五十四年度及びその後について、将来の問題として、恩給局としてはこのような要求を踏まえて扶助料の増額についてどのように考えていらっしゃるのか、具体的に伺いたいと思います。
○小熊政府委員 扶助料の給付割合を五〇%以上にするかどうかという問題でございますが、これはほかの年金との並びの問題もございますし、また一律にそういった上げることについての問題点といいますか、もし仮に同じ財源を使うとして、そういう一律がいいのか、あるいは老人とか小さな子供さんのある世帯とか、そういうところを考えた方がいいのか、そういったいろいろな問題があるかと思いますので今後勉強はしてまいりたいと思いますが、いますぐこの五〇%を上げるということはなかなかむずかしい問題ではないか、このように考えております。
○柴田(睦)委員 国会の附帯決議の関係もありますので、いますぐむずかしいという答弁ですが、やはり積極的に考えていただきたいと思います。 次に、恩給支給事務の改善についての問題です。 実は、きょう持ってきませんでしたけれども、私のところに昨年、東京の八王子に住む七十歳を超える恩給受給者からの手紙が参りました。それを見ますと、昨年の四月一日から恩給の改定があったのに、自分の手元に届いたのが十月になってからであるということです。自分のような老齢者は恩給のみが生活の頼りになっているのに、即刻支給すべき恩給を半年もおくれて支給するとはどういうことか、原因を調べて国の責任を明らかにしてほしいという趣旨の手紙でありました。 そこで私のところで恩給局に問い合わせましたところ現在恩給証書、二百五十万枚あるということですけれども、これが職員、アルバイトを総動員して手書きで作成しているということです。証書の作成が完了したのがこの場合は八月の中旬で、それから郵政省の地方貯金局へ発送する。恩給の種類によって扱い地方貯金局が決まっておるので、この人の場合は文官恩給なので、全国的に文官恩給を扱っている仙台地方貯金局へ回された。地方貯金局はこの四分割の支払い額を計算した上、本人指定の最寄り郵便局へ発送する。この人の場合、仙台地方貯金局から八王子郵便局へ回されて、通知が来たのが九月の末、したがって支給日が十月になったということでありました。 受給者の数が多くて恩給局や貯金局の職員の方方も大変であろうと思いますけれども、一方すぐに支給を受ける権利があるという受給者の声はもっともであって、恩給局も当然改善策を考えられていると思うのですけれども、今年度あるいはそれ以後についてどのような対策をとろうとしておられるのか、お答えをいただきたいと思います。
○小熊政府委員 いま先生のお話しになられた、十月に届いたというお話でございますが、これは恐らく一番遅い方ではなかったかと思います。 と申しますのは、いまの先生のお話の中で八月中旬完了、こうなっておりますが、実は恩給証書ができ次第どんどん送っているわけでございまして、それの最終が八月の大体中旬になるような計画でございますから、それ以前にできた分についてはどんどん送っておりまして、早い人は七月支給のときに受け取っているのではないかと思います。ただ、いずれにしましても、四月改定の証書を、とにかく一日も早くと待ち焦がれておられる受給者の方々に早く届けたいというのが私たちの気持ちでございまして、そのために、いま先生もおっしゃったように、アルバイトあるいはパートを入れまして大車輪で作業をしてお送りしておる、こういう状況でございます。 今年度につきましてはすでに改定作業の計画もできまして、この法案が上がり次第早速作業に取りかかる、こういう段取りになっております。
○柴田(睦)委員 具体的に聞きますが、コンピューターを入れるというような計画はないのですか。
○小熊政府委員 ただいま申し上げましたような状況でございまして、二百五十万枚の証書を全部手書きでやっておる現状でございますので、これの、単に一番単純な作業である証書に書き入れるというだけでも数千人の人手が必要である、こういう状況でございます。 そこで、これを何とか早くお届けできるようにしたいということで、一昨年から調査研究費をいただきまして、これを機械化するための研究を続けてまいったわけでございますが、今年度の予算におきましてその準備費が計上されました。これに基づきまして今年度からいよいよコンピューター導入の準備に入る、こういう段取りになっておるわけでございますが、コンピューター導入といいましても、二百五十万枚のものをインプットしなければならないという問題がございますし、そのためにはパンチカードにするかあるいは光学読み取りにするか、そういった問題もございますし、いろいろ検討しておりますが、ただいまはその準備段階、このように御理解いただきたいと思います。
○柴田(睦)委員 恩給は現在一月、四月、七月、十月の年四回、三ヵ月ごとに支給されているわけですけれども、これに対して当月分当月支給に改善してもらいたいという要望が私のところにもたくさん来ているわけです。こうした受給者の要望を考えて、恩給局も機械を入れるということについて検討されているということですが、仮にコンピューターが入っても、あるいはその時期が早くなるとか、軌道に乗るまでには若干の時間がかかるというように思うわけです。受給者は、支給のおくれを国は当然のように考えているんじゃないか、その証拠には、何ヵ月おくれてもおわびの一言も言ったことがないんだ、こうして憤慨している人もいるわけです。特に受給者の方には老齢者が多くて、一日も早く恩給証書を手にしたいと思っている人が多いわけです。 そうしたことを考えてみますと、この支給が早くなるというときまで、実際におくれているという人に対しては積極的に事情をPRしなければならない、ことしからでも、おくれる人に対してそういう事情の釈明をしなければならないと思うのですが、長官、どんなふうにお考えですか。
○小熊政府委員 恩給に関するPRの問題でございますが、確かに受給者の方が非常に遅くなったと言ってお怒りになるという気持ちもわかるわけですが、この方々に、本当にこういう事情で遅くなったんだということを、一人一人に何か差し上げたいという気持ちはありますが、これまた二百五十万枚の手紙を書くというようなことになりますと、また大変そのほかの作業にも影響してくるということもあるかと思います。そこで、私どももいろいろ新聞とかラジオとかあるいはポスターとか、こういうことで昨年度もPRをやっております。もちろん受給者の方のお目にとまるということば少ないとは思いますが、一番遅い方で十月には証書が入りますということもお知らせしてあるんですけれども、なかなかそれは受給者の目に入らないと思います。そこで、ことしもいろいろPR費を計上されておりますし、できる限りのPRをやっていきたい、このように考えております。
○柴田(睦)委員 それから、機械化されるということでちょっと不安を持つ問題は、職員の首切りや強制配転というような問題がいつも問題になるわけですけれども、恩給局の場合はそういう事態は起きないかどうか。まあいまの段階ではまだ言えないかもしれませんけれども、検討されておればお答え願いたいと思います。
○小熊政府委員 先生いま申されたように、いまの段階で確たる約束、そういうことば絶対ありませんと言うことはなかなかむずかしいとは思いますが、ただ、先ほども申し上げましたように、この恩給改定事務は、いまのところ大体パートとかあるいはアルバイトを中心に付加分の作業をやっておりますので、コンピューターが仮に入りますれば、こういったパートとかあるいはアルバイトといった方にかかる仕事、これはなくなってくるかと思いますが、ただいまの計画では職員を少なくするというような計画はございません。
○柴田(睦)委員 この際、恩給局職員の処遇の問題について伺っておきます。 昭和二十八年に旧軍人恩給が復活した当時に大量の職員を採用されたわけですが、この方たちが現在では中堅職員としてむずかしい恩給業務の処理を中心に行っていらっしゃるというように聞いております。ところが、この年代の在職者が多いために、ほかの省庁の本省と比較してみますと、全体の昇格が非常におくれているという問題があるということです。国家公務員全体を見ても中堅職員の処遇というのは大きな問題になってきているわけですが、特に恩給局は他省庁に比べてひどい状態にあると思うのですけれども、国家公務員全体を見ておられる人事院の方にお伺いしたいと思うのですが、恩給局職員のこの状態をどのように認識されているのか、この実情を知っておられるのか、お答え願いたいと思います。
○角野政府委員 人事院からお答え申し上げます。 恩給局の職員の年齢の中高年化、それから二十八年ごろの採用者の山があるということは存じております。それの等級別の職員構成がほかの省庁あるいは本省庁に比べてどうなのか、等級の格づけについてどうかということは、具体的には、つぶさには存じておりませんが、本省庁、各省を通じて見ましても、省庁の性格によって非常に企画的なお役所である、あるいは非常に現場的な――現場といいますか、そういう作業をやっておられる部局であるとかによって一概には言えないと思いますが、全体的に見まして特段のおくれということはないと思います。 やはり職員構成の問題としては、私ども、広い意味の処遇の問題の中のお金の問題と、等級の格づけといいますか、位置づけの問題と両者あると思いますが、毎年、来年度予算の中の等級別定数の策定のときには、職務内容と、そういう職務の専門的なものを配慮しながら具体的によく拝見しておるという状況でございます。ただ、数的に見まして、ほかの本省庁に比べておくれているかどうかという比べ方は余りやっておりません。
○柴田(睦)委員 これは恩給局の職員の処遇をめぐるやはり重大な問題になっているわけです。つぶさには知らないということも言われました。そしてまた一般的にはそんなひどいこともないじゃないかということも言われました。やはり実態を詳細に把握していらっしゃらないというのが実際だと思うのです。そういう意味で、ひとつ人事院としては実態を把握して、ほかの省庁と比べて常識で考えられないような格差ができている面、そういう面については早急な是正の対策を講じてもらいたいというように思いますが、いかがですか。
○角野政府委員 お答え申し上げます。 給与問題として私どもとらえますときに、一方ではお金の問題がございます。それから一方では、現在の給与法が職務給のたてまえをとっております関係上、職務と責任、これは等級で評価しておりますが、その等級、要するに、位という言葉は適当ではございませんが、そういう位置づけの問題と両方になるわけでございます。 それで、初めに申しましたお金の問題につきましては、これは俸給表のカーブそのものの問題でございます。たとえば係長さんでありますと、本省では五等級におるということでありました場合に、五等級の号俸でございますが、俸給表の金額カーブそのものをどのように高くするかという、俗に言いますと折れ曲がり是正という言い方を一般にいたしておりますが、俸給表の等級の中の金額のカーブを直すという方向が、これがお金の問題でございます。 ところが、もう一方の等級の位置づけの問題というのは、これは組織とか職務の数の問題でございます。したがいまして、いわば、これもちょっと言葉が雑でございますが、仲間が非常に多いという場合に、組織になじまないふくれ上がりが起こった場合には、そこで摩擦的な状況が起こるということも存じております。そういう場合には、一方で、そうは言いましても、やはり長年勤務をやっておりまして一つの仕事に習熟してまいりますと、専門職としての能力が非常にふえてまいりますので、それを評価して、処遇の問題としてだけではなくて、そういう専門的な評価として格づけを考えておるということも事実でございます。両々相まってやっておるわけでございまして、俸給表のカーブの問題につきましては、毎年夏の勧告をいたしますときに考慮している問題でございます。 それから等級の格づけのときには、これは予算の等級別定数の策定のときに、総理府なら総理府内の部局別の分解をいたしまして、よく実情を見させていただいている次第でございます。ただ、省庁全体として平均的に数がどうかと言われましたら、いろいろな性質の省庁がありますので、一概には比べられません。そういうふうにいまお答えしたわけでございますが、そういう意味で問題意識としては十分持っておりまして、今後ともよく検討していきたいというふうに考えております。
○柴田(睦)委員 以上で終わります。
○村田委員長代理 これにて柴田睦夫君の質疑は終了いたしました。 次回は、来る十八日火曜日午前十時理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十二分散会