文教委員会 第9号
- 発言数
- 207 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1977/04/12
会議録
○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る八日、梶木又三君、佐々木満君、大塚喬君が委員を辞任され、その補欠として山崎竜男君、志村愛子君、小野明君が、また九日、中尾辰義君が委員を辞任され、その補欠として内田善利君が選任されました。 —————————————
○委員長(宮崎正雄君) 理事の補欠選任の件についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い、本委員会の理事が一名欠員となっておりますので、これより補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(宮崎正雄君) 御異議ないと認めます。それでは理事に山崎竜男君を指名いたします。 —————————————
○委員長(宮崎正雄君) 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本法律案の審査のため、本日、国立大学協会入試改善調査委員会副委員長で東北大学学長の加藤陸奥雄君を参考人としてお招きいたしております。 加藤参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日はお忙しいところを本委員会に御出席いただきましてありがとうございました。委員からの質疑には忌憚のない御意見をお述べ願いたいと存じます。 それでは前回に引き続き質疑を行います。質疑のある方は順次御発言を願います。
○松永忠二君 お忙しいところを御出席いただきました参考人の先生には、質問の中でひとつお答えをいただきたいと思いますが、大学入試センター及び国大協の共同第一次入試問題等を中心にして、それにしぼってきょうはお聞きをしたいと思っております。 まず大学入試センターの性格というのは一体、法的な性格はどういうものでありますか、簡単に。
○政府委員(佐野文一郎君) 大学入試センターは、国立大学の入学者選抜の一環として実施をされます共通第一次学力試験に関しまして入試問題の作成、採点、その他一括して処理することが適当な業務を行いますとともに、大学の入学者選抜方法の改善に関する調査研究を行う機関として設置されるものであり、国立大学に共通の業務を処理する特別の機関でございます。従来設置をいたしております高エネルギー物理学研究所等の、いわば共同利用機関とかなり似た性格を持ったものでございますけれども、国立大学の入試の一部を一括して実施をするという、そういう性格を持つものとして若干性格を異にいたしますので、法律におきましても章を分けて規定をいたしたところでございます。
○松永忠二君 そうすると、こういう規定でいいんでしょうか、国立大学の独立の共同利用機関だと。いわゆる国立大学の共同利用機関というのが第三章の三に規定されているわけですな。国立大学の独立したいわゆる共同利用機関だと、こういう性格づけでいいんですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 大学入試センターは、文部省との関係におきましては、国立大学や国立大学共同利用機関と同様の関係に立つものでございまして、文部大臣の所轄には属しますけれども、その運営については、いま申し上げました国立大学や共同利用機関と同じように、いわば先生御指摘のような独立性を持った独自の機関ということができると思います。
○松永忠二君 もう少し端的にはっきり言ってください。要するに、第三章の三というところに国立大学の共同利用機関というのがある。そこに、九条の四というのを設けて生物科学総合研究機構というものを置いてある。したがって、もし国立大学の共同利用機関であれば、九条の四というところ、九条の四へ入れてやればいいのを、第三章の四というものを新たにつくって大学入試センターというものをつくってあるわけですから、そうかといって国立養護学校とはまた違うわけです。いわゆる独立の機関だから、そして共同利用機関だから三章の三というものつくったと思うが、それでは、三章の四というものをつくった理由は、やはりこれは国立大学の共同利用機関ではあるけれども独立しておるので特に三章の三というものを設けてやったんだ、だから私たちは国立大学の独立のいわゆる共同機関だと、こういうふうに思うのですが、それじゃ三章の四というものを新たに設けたのはどういうわけですか。三章という中へ入れて、それを四としたのはどういうわけですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 初めに申しましたように、性格としては現在設けております高エネルギー物理学研究所等の共同利用機関と同じ性格を持つものでございます、法律的には。しかし、その業務の内容が、従来の共同利用機関がいわゆる研究のための共同利用機関であったのに対して、入試センターの場合には、各大学の入学試験の一部を共同していわば実施するための機関という、そういう性格を持ちますので、性格において若干異なるところがあります。業務の内容において若干異なるところがありますので別章を設けたということでございます。
○松永忠二君 そうすると、いまの御説明によると、国立大学の共同利用機関だけれども、その国立大学の共同機関の中の列記したものとはやや少し違った性格を持っているのでそういうものをつくったんだ。したがって、いわゆる国立大学の共同利用機関の性格を持っているということですね。それは間違いないわけですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおりでございます。
○松永忠二君 そこで、その大学の共同利用機関の性格を持っているという規定の上に立って、特に国大協の方でも評議員の選出については、評議会が最高の決議機関として国立大学長から選出し、評議会が入試センターの長を選ぶというようなことが報告書に出ているわけですが、文部省にまず聞きたいことは、この入試センターについては組織運営規則というものをつくるだろうと思うのですがね、組織運営規則で評議員の選出については国大協が要望されているような性格の評議委員会をつくるという考え方ですか。それを……。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおりでございます。大学入試センターの組織運営規則を制定をいたしまして、そこで所要の規定を設けるわけでございますが、評議員につきましては、評議員十五人以内を、そして、評議員は、センターの事業計画その他の管理運営に関する重要事項について所長に助言をする、そして評議員は国立大学の学長その他の学識経験者の中から所長の推薦を受けて文部大臣が任命をするというふうな規定を設けることに相なります。これは国大協側の御構想と一致をしているものであると考えております。
○松永忠二君 ちょっと聞こえないのですが、何の議を経て決めるという、そこは何ですか、もう一回。
○政府委員(佐野文一郎君) 国立大学の学長その他の学識経験者のうちから所長の推薦を受けて文部大臣が任命をするという形になります。
○松永忠二君 そういうふうにひとつ、私たちも希望するところです。 それから運営委員会についても、評議会の議を経て国立大学教官から選出されるというようなことを、まあ、国大協の方では言っているわけですが、これもそのとおりになるんですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 運営協議員は二十一名以内を置くことに相なると考えております。そして運営協議員は共通一次学力試験の実施計画に関する事項、その他センターの運営に関する事項について所長の諮問に応ずるという任務を持ちますが、運営協議員につきましてはセンターの教員、国立大学の学長、教員、その他の学識経験者のうちから所長の推薦を受けて文部大臣が任命をいたします。
○松永忠二君 所長の推薦を得て、は評議員会の議を経てというふうにはならぬのですか。ほかのところはみんなもうそういうふうになっておるんですか、前ののは評議員会の議を経て国立大学の学長の中から入試センター長を選ぶという、これはまさに私は、特に共同研究機関であれば、大学の研究の自主権を尊重するというような意味から言っても当然だと思うわけです。どうして、運営委員会だけについては入試センター長の推薦ということを言うんですか。ほかのものは、特にこの国大協では評議員会の議を経てということはどうしていかぬのですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 教育公務員特例法の規定に従いまして、入試センターの所長あるいは教授、助教授の採用選考を実施をするわけでございますが、その場合の手続といたしましては、所長の採用にかかる選考は、評議員会が運営協議員の会議の意見を聞いて推薦した者について文部大臣が行うという手続になりますし、また教授、助教授の採用、承認にかかる選考は所長が運営協議員会議の議を経て推薦した者について文部大臣が行うことになるわけでございます。それから評議員あるいは運営協議員の任命につきましては、これは事の性質上、先ほど申しましたような所長の推薦によって文部大臣が任命をするということに規定上は相なりますけれども、その際には当然所長は国立大学協会の方の意見を十分に聞いて、そうして推薦をしてくるということに相なりますし、また運営協議員の推薦に際しましても、事の性質上、評議員の意見を聞いて推薦をしてくるということに相なるわけでございます。
○松永忠二君 前に言ったものを後からちょっと言葉を変えたりなんかしないように。評議員会については、これはさっきお話しのように、御答弁があったように、いわゆるあれを——さっき答弁されたとおりで私たちはいいと思うのですけれども、運営委員会については評議員会の議を経て国立大学協会から選出される。事実上はそうなるんだが、形の上でその評議員会が推薦をしてきたものについて、いわゆる入試センターの長が推薦をするという形をとると、内容的には同じことだということですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 評議員あるいは運営協議員の任命につきましては、所長の推薦を受けて文部大臣が任命をするということになりますけれども、その際に、先ほど申しましたように、所長は推薦に当たって国立大学協会と十分協議をして文部大臣の方に推薦をしてくることに相なるわけでございます。また運営協議員の推薦につきましては、評議員会の意見を聞いて推薦をしてくるということになることは当然でございます。
○松永忠二君 そうすると国立大学側の意見も評議員会の意見も、運営委員の選出に当たっては十分反映をされるということですね。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおりでございます。
○松永忠二君 じゃ、そこで少し質問進めて……。国立大学の大学入試改善の必要性についてということについて報告書は、最近の受験のための競争が激化して高校が次第に受験予備校化し、したがって高等学校の教育が強いひずみを受けるのじゃないかという憂慮がある。従来の大学入試についてもいろんな批判があり、受験地獄を激化させている。まあ、第三には、高校でカリキュラムの改変とか、生徒の多様性に臨む選択制の取り入れがあるから、これに呼応していわゆるこの新しい機運に対応する改善の必要がある。こういうことで全く、私たちも同じような意見なんです。それじゃ、どうして改善をするかという具体的なことについては、選抜試験を行うことは避けられないという現状判断を前提として、全国共通の第一次試験と、各大学が学部もしくは学科の特質に応じて行う第二次試験を組み合わせる入学試験方式をもって改善をしようと、こういうお話であります。 そこで、加藤参考人にお伺いをするわけでありますが、受験が激化をして高校教育のひずみが出てくるその重要な原因というのは、一つは大学入試のいわゆる学力検査に偏重していくとか、そういう大学入試自身が受験地獄を激化させているという認識を持っておられると一緒に、その他の理由がやはりあるというふうにお考えでありましたら、どういうものがこういうふうなものを激化させておるのか、そういうお考えを持っておられるのでしょうか。
○参考人(加藤陸奥雄君) いまおっしゃるとおり、入試激化の問題が社会の重要な問題でございますが、それが入学試験そのものだけで改善されるとは私も思いません。しかしそれが重要な一つの要件であることは私ども痛感しているわけであります。たとえば、言うところの社会的通念における大学の格差の問題というような問題もそれに絡んでおるかと思います。そういうようなことお互いに改善しながら入試全体のいわゆる激化している状態をどう解決したらいいかというのが私どもの考えでございますが、国大協でも、いま私申しましたいわゆる通念いうところの格差問題が何を意味するか、ということをまず吟味する必要がございますが、そのことにつきましては別に特別委員会をつくっておりまして、それでいま検討を進めておる段階であります。で、それを待った上で入学試験というものを改善するということは一つの理論的には正しい方向でございますけれども、しかしやはり現在当面する入学試験問題そのものも改善していかなければならないというわけでございます。そこで私どもは、その問題を並行審議すると同時に入学試験問題を改善していこうということで、国大協が今度設立以来、特に四十五年以来この問題に取りかかって、いまおっしゃいました共通一次試験方式というので、試験そのものの改善を一歩でも進めていこうという考えをもちまして、この方式を国大協としては考えてきたわけでございます。ただ、国立大学としてこの入学試験そのものをまた問題にいたしますときには、大学全体の入学試験ということがそれに大きなかかわりを持つことは当然であります。ただ、御承知のように、国立大学あるいは公立大学、私立大学というのがそれぞれに設置形態が違っておる面がございまして、同じ土俵で議論するという面にかなり困難もございますし、そのことを待つということでは、またそこでじんぜん日をかすということがありますので、当面できることから改善していこうじゃないかというわけで、共通の土俵を持つ国立大学がお互いに話し合いをいたしまして、特にまた大学入学試験につきましては、国立大学そのものの入学試験が非常に社会的に批判の対象になっておることも国大協として大いに反省をしながら、そこで、国立大学共通の立場でやれることからやっていこうという意味で国立大学における共通一次入試方式というものを考えて今日に至ったわけでございます。
○松永忠二君 お話の中に、いわゆる学校間の格差というものをやはり是正しなければできない。これについては別にまた検討をしているというお話。学校間の格差には質的な学校間の格差もあれば、あるいは経済的な負担についての格差もそこにある。そのほかに学歴偏重というような社会的風潮というものもある。こういうことから有名校に生徒が集中してくるという、この点が一つあるわけです。この報告書の中には、本質的には教育制度そのものの改革と相まって考慮さるべきものということがありますが、これは具体的に内容はどういうことでありますか。
○参考人(加藤陸奥雄君) 教育制度そのものというのには私いま申しましたこともその一つに入ります。もっと大きく申しますと、小中高の、あるいは大学、六三制の問題もさることながら、大学自体の改革だけではやはりこの大学入試問題ということを中心にした一つの社会問題を解決するには至らないわけです。高等学校あるいは中学校における教科課程の改善も必要であるという、そういう非常に広い意味での教育制度ということは大きな背景として持っているんだということは私ども認識しておるわけでして、その点では私ども大学人という立場から直接関与はできませんが、大きな関心を持っているわけです。で、昨年、文部省でも高等学校における教科課程の改善というようなことも図られておるわけです。そういうことをお互いにこう雁行しながら全面的な受験地獄といいましょうか、そういう問題を解決する一つの大きな背景があるんだという意味をそこで含ませて書いておるつもりでございます。
○松永忠二君 そこで、もう少し質問進めますが、今度のやり方で、受験生に対して二重の負担がかかってきて受験地獄の解消に資するところがないではないかというような批判が一部にはあるわけです。事実、報告書の中の専門委員の中にはこういうことを言っている、書いている者があります。一発勝負を防ぐという「いくつかの利点をもってはいるが、果してこれが入試制度の改善にどれほどの積極的意義をもち得るか疑問をさしはさまざるを得ないし、受験生にとって二重の負担になるのではないかという危惧も残る。」「高校側の意見を広く聴取して慎重な検討を望みたい。」ということが報告書にも出ているわけでありますが、これについて国大協側は一発勝負を避けるために、また正常な高校教育という基礎に立って的確な選抜試験を行うということについてやむを得ない負担だ、無用の負担ではない。より適切な入学選抜を行うために高校教育の正常化のための努力であるので、直ちに負担の軽減に結びつかない。受験地獄とは本質的に異なるものだと。こういう相当、何というか、強い調子で二重負担になる面を認めながらも、これはあたりまえのことだというような反論も出しているわけであります。 そこで、私は、主としてこの問題について少し国大協の意見をお聞きをしたいと思うのですが、まず第一次試験の問題についてですね、これは五教科・六科目から七科目、理科、社会は第一次の共通試験で二科目を義務づけられる。これはもう選択させることが適当と考えるというようなことであり、事実そういう第一次試験で出題をしようとしているわけですね。しかし、現行の大学の入試は大体において五教科・五科目、特に理科の基礎理科を受けているものは五教科で六科目になる。こう言っているけれども、基礎理科を選択しているものは高等学校の生徒の中の一・二九%、事実上はほとんど問題にするほどのものはない。それで事実上は五教科七科目というものが第一次試験で行われる、共通試験で。これについては高等学校の校長側は五教科・五科目にしてほしい。それからまた、文部省の五十二年度大学入学者選抜実施要綱の中には必須科目を中心とした五教科・五科目ないし六科目と言っているのは基礎理科をやった場合のことを言ってるんであって、大体五教科・五科目。それに今度は片方では五教科・七科目ということになるわけだけれども、これは過重負担という意味から言って、何らかの検討や考慮がなされるものであるのか、その辺はいかがでしょう。
○参考人(加藤陸奥雄君) いまの御質問の点、非常に重要な問題だと思いますので、少し時間をおかしいただきたいと思いますが、よろしゅうございましょうか。——私ども考えました第一次共通試験、それに各大学が固有にやるところの第二次試験の組み合わせでこの妥当性を持っていこうと考えたわけですが、その一番前段に選抜をしなければならないという一つの前提をまず私どもは置かざるを得ないわけであります。そうしますと、選抜試験を当然のこととしてしなければならない。その選抜試験のあり方をどうしたらいいかというのが問題になったわけでございまして、その点で根本的に絶対的に改善になるということは非常に考えにくい。そのことからすると、現状を一歩でも前進するような改善ができないかということでこのことを考えたわけでございますが、従来よく言われるところの一発勝負と言いますのは一遍だけの学力試験、それに一発勝負といいましても、そのほかに調査書を参考にするとか、そういう点は各大学によってそれぞれのスタイルでやっておられるわけでありますが、それにしても学力試験が一度だけで行われるという点に非常な一つの大きな批判があったわけであります。そういう点で私ども、選抜試験に資料を多くすべきである、志願者諸君に対していろんな確度の高い、多い面からその判断をすべきであるというようなことを前提として考えるわけでございます。そこで、共通一次と各大学が行う二次試験の組み合わせという方式を、そこで資料を多くする、そこで志願者諸君の適切な判断を大学がすべきであるという立場をとったわけでございますが、いま御指摘いただきました一次についての教科科目の問題ですが、この共通一次というのは、私ども高等学校における一般学習の達成度という表現を使わしていただいております。一般的な学習の達成度と私どもが申しております内容は、高等学校において必修科目として設定された科目というふうに考えるわけです。と申しますのは、高等学校において高等学校生であるという高等学校教育については必修的にはこれを履修すべきであるというふうに高等学校側が考えておるわけでして、それの一般的な達成度を共通一次で見るという立場は、国立大学で選抜をさしていただくという立場から考えますと、志願者諸君は高等学校における一般的な必修科目については十分に達成しているということを判断さしていただく必要があろうということでございます。で、それに加えて、高等学校では低学年においてはいま申しました必修科目を全般的に履修した上にだんだんと子供たちが年をとってきますと、そこでそれぞれ子供たちの適正分化が起こってまいります。それに対応して選択科目が設定されてございます。高学年においては選択科目がそれに上乗せして加えられる。そこの立場における達成度というのが各大学における二次試験としてそれをやらしていただく。つまり、高等学校の生徒諸君が高等学校の生徒として全体的に履修すべきであるという共通的な科目については、国立大学としては共通的にそれを判断させる一つの背景があるんだということで、共通的にやれるではないかということで、その問題を共通一次で行いまして、それで子供たちの年齢が進むに従い適正分化は、子供たちがそれぞれ高等学校において理科系にふさわしい人間は、たとえば理科で申しますとI、IIがございますが、IIIの方を選択して、自分の適性をそこにはめ込みながら学習をするに違いない。文科系ですと、それに従ってまた別の選択性を、国語方面なり何なりの選択性をそこに選んで、履修をしているに違いない。それに対応して各大学が、それぞれ性質を持っておりますので、各大学が持っている性質、あるいは各大学の中の学部が持っている性質、それらに対応してそこの部分の試験を、学力試験をさしていただく必要があろうというのが、二次試験として課した趣旨でございます。 で、そういうことから考えまして、いま御指摘の共通一次試験の方の五教科・七科目と申しますと、そこで実は必修科目の上だけではなくて、外国語だけが高等学校までの教育においては必修ではございません。選択でありますけれども、大学における教育という立場をとりますと、外国語については一通りの理解をやはり持っていただかなくちゃ困るということで、あえて高等学校までの段階で、選択科目でありますけれども、外国語だけは加えさしていただいたということでございますが、それ以外の科目につきましては、いま申しましたように、必修科目でございます。その中で、特に基本的になる五教科・七科目をやらしていただくという点は、その点で、高等学校の生徒たちは高等学校教育としてこれだけが必修であると設定されている科目であります。で、その点を選択した科目にまで及んでいるんではございません。必修のレベルにおける科目については、広くやはり判断する、こちらとして、大学として判断してやらなければならないし、判断さしてもらわなくちゃいかぬのじゃないかという点を考えたので、五教科・七科目ということが浮かんできているわけでございまして、そのことが私どもとしては、高等学校の教育の正常化という問題について、もしも共通一次で科目を非常に少なく、たとえば少なくいたしますと、それこそ高等学校が大学というものに対して、いわば学歴偏重、先ほどからのお話によって非常な情勢を起こしている現在において、高等学校の教育を非常にゆがむもとを大学がつくってしまうではないかということを考えたわけでして、いま御指摘いただきました、現在でも各大学の入学試験は五教科・五科目ではないかとおっしゃられますが、その点は、先ほど申しました選択科目までを含んで現在の大学では考えているわけなんで、一遍でやりますので、そこで五教科・五科目という線が出てまいったわけです。そういうことから考えますと、共通一次につきましては一般的な達成度という、いわば広い意味での高等学校教育の達成度を調べさしていただく。それに、大学の二次試験は、そういう立場から言いますと、当然に私どもはガイドラインをつくらしていただいておりますが、各大学が行う二次試験の科目は減っていかなければならない形になってまいります。つまり、選択科目を選ぶわけですから、高等学校の生徒諸君がみずからの適性に応じて選んだ、そのことの内容について調べさしていただこうというので、二次試験の方は科目は当然に減るべきであるというふうに私ども考えているわけでして、ですから、五教科・七科目という点は、そのような趣旨で高等学校の低学年において必修的に学ぶ科目に限っている。しかもそれを縮めたのでは、むしろ大学の選抜試験が高等学校の教育という、高等学校でそう必修であると指定していることに対してゆがみを与えるんではないかというふうに考えているわけです。 そこで、一番大事な点は、その点で従来の批判にこたえなくちゃなりませんのは、そのような共通一次試験の問題の性質なり内容の問題が非常に問題になってくるわけで、従来非常に批判の的になっておりました、高等学校の程度を超した高度な問題があるではないか、あるいは言うところの難問奇問があるではないかという点は、これは極力避けなければならぬ。つまり、必修という立場に立った適切な問題を出すべきであるということで、長い間、科目別の専門委員会でその問題の内容を検討さしていただきまして、過去三回にわたって実地研究をさしていただきました。その問題につきましては、おおむね妥当な線であるというふうな評価もいただいておるわけですが、共通一次を出すという立場からは、もっとその問題の適切化、高度な問題を出したために今度はゆがみを与える、あるいは難問奇問を出したためにゆがみを与えるということは極力避けるべきであるという点は、今後とも引き続き注意していかなくてはならない問題だというふうに考えております。いまちょっとお話の言及なさいました基礎理科云々の問題につきましては、その趣旨とは別個に、基礎理科を履修している高等学校は、御指摘いただきましたように、一・数%しかございませんので、特にこれはあるいは職業課程の問題、あるいは特殊な高等学校においては物理、化学、生物、地学というようなものを分科で与えておりませんで、基礎理科という科目でそれを履修さしておりますのも、これがやはり必修科目として高等学校における一つの一般的学習程度という問題にはまっておる科目ではございますので、特にこの基礎理科をやはり加えるべきである。基礎理科に加えて数学一般というのもございます。それも共通一次の中の科目として設定いたしまして、受験者が基礎理科を選ぶか、こちらの物理、化学、生物、地学を選ぶかというのは、受験者が高等学校における履修というものの背景をもってそれを選ばされるということを考えたわけでございまして、五教科・七科目という趣旨はそういう意味で、私どもが強く委員会で非常に議論になったことでございます。
○松永忠二君 一通りのことは私も読んで存じておりますので、主として私はあと二次試験の問題も後からお聞きをいたしますので、できるだけ質問の点に重点を置いて御理解をひとつ、お考えをいただきたいと思います。 七科目になるというのは、高校の到達度を調べるんだからだと、あるいは慎重な資料を用意するからだと、こういうことでありますね。問題は、その慎重な資料を用意すること結構、到達度を調べることも結構だけれども、過重な負担になれば、過重な準備をしなければできない。そうなることが結果的には受験地獄の解消にはならぬのではないかという観点を持っている人もあるわけです。その点は後ほどまた第一次試験、この問題は触れたいと思うのであります。そうすると、まあ、高等学校の五教科・五科目の要望には沿えない、文部省が五十二年度入学者選抜実施要綱として必須科目中心とした五教科・五科目、ないし六科目というのはいわゆる基礎理科をやった場合のことを言っているわけなんで、それには沿い得ないということだと思うんですよね。 そこで、もう少し第一次試験……。では、第一次試験の内容は非常に準備を必要としない内容なのかどうかということになってくると、まあ、到達度を見るということであれば、ある程度いわゆる大きなばらつきが出ないというのが常識であり、まあ、できるだけたくさんの者がある程度得点できるものでなければならない。しかし、また選抜に役立てようということになれば、これは得点のばらつきが必要だと。まあ、これを予備選抜に使うのは原則じゃないと言うけれども、むしろ足切りに使いたいという気持ちを持ったところも相当あるし、もともと東大からこの問題が出発したいきさつを私たちもお聞きをいたしましたが、一次試験をやるならもっとやり方があるじゃないかという話であった。足切りに適当なものがないかどうかということが出発点になっているように聞いているわけです。そうすると、結局二つは矛盾したまあ、一つの目的を持っているわけです。しかもまた第一次試験を重要視してもらいたいということになれば五対五あるいは六対四、四対六としても相当第一次試験の内容が重要視されなきゃいけない。こうなってくると、第一次試験というものは相当簡単なものじゃないということになる。事実五十年度の実施した平均点を調べてみても、生物は三十八点あるいは地学は三十四点、歴史、地理は五十点、五十四点といって、大体半分から以下だ。第一次試験というのは到達度を見るんだというけれども、この内容はやはり相当重要な内容を持ったものでなきゃならないし、そういうものも期待しているということになれば第一次試験のいわゆる負担というのは相当重いものと考えるのが当然だと私は思うんですが、この点はいかがでしょう。
○参考人(加藤陸奥雄君) 必修課目についての到達度を見るんだとすると、いまの点差は余り出ないんではないかということでの御質問のように伺いますが、実は私ども、いままでやりました実地研究につきまして、一応高等学校の先生方からは適当であるというようなことを言われているわけですけれども、いま御指摘ございましたように、必ずしも私どもが志向しているような点数にはなっておらないということは、問題実施にはまだもっと研究すべき内容を持っているんだということでございまして、私どもはもっと、いわば平均点がもっと上がるというような考え方を持たなければならぬというふうに思っております。 で、おっしゃりますように、高等学校において特別な準備を要せず、高等学校において必修科目として課せられているものですから、高等学校において正常な学習が行われておれば、それに対して答えられるというようなものを私どもは志向しなくちゃならないかと思います。 ただ、それにもかかわらず、そのような問題を出したとしても実際上はやはりもう点差はなくて、おっしゃいましたいわゆる足切りというようなものに矛盾をもたらすんではないかという御批判でございますが、実際上私どもがやってまいりますと、その点ではそのような問題はほとんどございませんで、やはり一つの正規的な分布がとれるように私ども従来考えておりまして、そこの点については、いわばやはり序列といいますか、順序といいますか、そういうものはある程度できる。さらにもう一つ、従来の点数につきましては、従来私どもは高等学校の生徒諸君に随意に応募していただいてテストをやらしていただいたわけですけれども、必ずしもいま高等学校の生徒諸君の、何といいますか任意的な抽出の生徒諸君になっておらない面も中にはございますので、特に基礎理科なり数学一般を志向しておりますので、特にそれを履修している高等学校にお願いしたとかいうようなこともございまして、その点数そのものがすぐさま現在国立大学を受ける、指向している生徒諸君の点数そのものをあらわしてはいないんではないかということも実は考えております。それにしてもいま私ども非常に貴重なデータを持っておりますが、共通一次のいままでのテストの結果は、現在行っておるのと対応して、その生徒諸君が現在の入学試験を受けて大学に入っておられますから、それとの相関現象も調べさしていただいております。それがきれいな相関が出てきておりますので、その点で信頼度があるのではないかというふうに実は考えております。
○松永忠二君 むしろ相関があるということは相当結局いわゆる選抜に使えるということですからね、いまの第一回だけので。問題は、私が言っているのは、第一次の試験が過重にならないのかということについて、まず五教科・五科目が五教科・七科目になるのじゃないか。それからまた、その試験の内容自身も相当程度の高いものにしなけりゃ、だれもができるということでは選抜に役立たないというような気持ちがあるし、それを大学が利用するというところに相当ウエートが置かれなくなってしまう。いわゆる点数的にも相当重んずるということになれば、内容的に相当重要視されるような内容になってくるのじゃないか。ただ普通、高等学校で勉強していればそれでいいという問題、到達度だと言いながら、事実上はその内容は相当重みを持ったものになってこやしないか。もともと矛盾した二つの要素を持っているんじゃないかということを私は申し上げる。その観点でお聞きをしている。その点については、問題がいまの大学入試と関連性があって、相当カーブとしてもいいカーブが出てくるというお話だし、それからまた到達度だったら相当ふだん勉強していればいいような問題を出そうとはしているという御答弁でありますが、やや矛盾したものがあるという感じはいたします。もう少し議論を進めて、一体こういうふうに第一次五教科を普通に勉強している、つまりある意味からいえばこれを点数をよくとるためには教科書による受け身の勉強あるいはオールラウンド的な非個性的な非創造的な努力、つまり優等生的な生徒が第一次試験には相当いい成績をもっていかざるを得ない。五教科・七科目ということになれば、そこに力を入れて勉強していくということになれば、努力の集中点は、個性的、創造的というよりはむしろ優等生的努力をしなきゃできない。 で、しかもまた報告書にも出ておりますけれども、機敏で要領のよいものに有利である。じっくり型は概して不利である。直ちに傾向と対策が編み出される、特別な技術的訓練が功を奏する、共通第一次試験に向ける技術訓練が進行するようになっては将来大きな弊害をもたらすことになろう、と言っているのは、数学専門委員会の人が言っているわけだ。相当重みを持ったこういう五教科・七科目の勉強を集中的にやっていくということはいわゆる個性ある人間をつくるとか、そういうものよりは、むしろどれもが平均にできる子供を中心に考えるような個性的じゃない優等生的な教育に重点が向けられ、努力が向けられていくし、またこれに対する対策などがまた進んでくるのじゃないかという、こういう議論は一体どういうふうに国大協の中で議論されて結論づけられたのか、この点についてお考えをお聞きをしたい。
○参考人(加藤陸奥雄君) 非常に大事なお話をいただきまして、御趣旨につきましては私ども全く同感といいますか、考えるべき事柄と存じております。 で、いまおっしゃいますように、共通一次試験問題が優等生的なものが出てくるんではないか。そしてその人間の個性というものを引き出せないんではないかという御指摘でございますが、おっしゃるとおりその点を十分私どもは注意しなければならない。その点で共通一次試験という問題を設問なり何なりを十分考えなくちゃならない。高等学校において個性が自分の適性分化が起こってくる。そして自分の関心持つ方面が非常に強く出てくるというのは、高等学校の現在の課程の中身からいいますと選択の方に十分に出てくる筋を持っているように思います。それにもかかわらず、やはり共通一次の方で高度な問題を出すということになりますと、いまおっしゃいます優等生的な問題が出てまいりますので、そこの点で共通一次の設問というものはそれにふさわしい一つの適切な問題を考えなくてはならないというのが私どもの強い、将来に向かっても、現在まででも願いであり、将来もその点について気をつけていく必要があろうというふうに考えておりまして、生徒諸君の個性分化というものはこれは十分にキャッチしていきませんと、将来に非常な悔いを残すことになろうと思います。それは重々注意しながらやっていきたいと思いますが、ただ趣旨においては必修として設定されている、その上に自分自身の一つの個性というものが乗っかるんだという、いまの高等学校教育の一つの過程をとっております。それに対応してその趣旨を曲げないように共通一次試験の問題を考えていくという点は十分、非常に注意をしてやっていかなくてはならないというふうに考えております。その点でいまの過重問題というのが中心になっていますから、そういう点を注意することにおいて、高等学校において正常に授業しておりさえすれば、それに対して対応できるという点で、過重という点とは質の違った、物理的には明らかに二度の試験でございますけれども、性質からいいますと、その過重という点は、従来の言うところのゆがめられた過重というものを改善できるのではないかというふうに考えているわけでございます。
○松永忠二君 大体、第一次試験についてはいま言ったような、そういうことのないような問題を、できるだけ全体の到達度がねらえるような、非常な努力をしようとしたようなものにしていく内容によってこういうものを解決したい、というのが大体の御答弁の趣旨であると思うが、しかし同時に、それでは第一次試験の意義が非常に、期待から違うという面が出てくる、一つの問題点が出てくると思うんです。 その次に、同じような問題で第二次試験が過重にならないか、適正に行われる見通しがあるのか。これについてはあなたの方の報告書には二次試験について統一的に規定することはできないが、できるだけ科目を少なくして記述的なものを主として志望学部や学科との資質、適性を見ることが妥当だと、あるいは総会では第二次試験のあり方についてそれぞれ各大学が早急に自主的な検討を進め、当協会においてもこの点につき連絡調査に当たる。それから、七月末に全大学が第二次試験の科目を決定し、試案を国立大学入試の、いわゆる改善調査施設に集めて、それを参考資料として各大学に送って、そうしてそれぞれの大学がそれを参考にしながら入試要項を決定するという、そういうことを言われているわけでございます。 ところが、第二次試験というのは、アンケートによると大体三科目程度、三教科以上としたいというのが大体国大協のいままでの調査です。朝日新聞が調査をした結果非常に細かいものを発表していますけれども、これはよく調べてみると、東大とか一橋が未定だけれども三教科か四教科といっているわけです。それから、東京工業大学が四教科、京都が三教科、医科系は三教科。要するに少ないといっているものよりも三教科、四教科をねらって皆が勉強するわけです。そこに過熱した受験勉強ができるわけです。決してそういう学校はいわゆる三教科以下などとは言っちゃいないわけなんです。アンケートの中心は大体三教科程度、三教科以上。これについても高等学校の校長会は一、二教科にしてもらいたい。これが共通第一次試験の死命を制するほど重要なものだというふうな認識をしているわけです。こういう中で、第二次試験が過剰にならないで適正に行われるという見通しはどうしてそれができるのか、こういう点について御意見を聞かしてください。
○参考人(加藤陸奥雄君) 二次試験につきましては、いま御指摘いただきましたように、昨年の総会で二次試験を厳密に共通的に規定をしろという御意見と、それから二次試験については各大学それぞれのキャラクターがあるので、その点は各大学自身の判断でこの共通一次入試方式というものの趣旨を踏まえた上でそれぞれの大学が判断すべき性質のものであるというふうな議論がずいぶんと出ましたです。筋論としましては、やはり二次試験につきましてはそれぞれの大学、あるいはそれぞれの学部がそれに適切な特徴を持っておりますので、それと志願者諸君の適性というものとのかみ合わせを考えるべき性質のものでございますので、これは理論的には当然各大学が考えるべき性質のものだと思います。 しかしそれにもかかわらず、やはり御指摘いただきましたように、二次試験のあり方がこの入試方式、選抜方式というものの成否を握るかぎだという一面を持っております。そういうことから各大学でこの七月にその内容を公表することにしておりますが、それの検討の途中を国大協が全部集めてそれの連絡調査をしようということで現在集めておりますが、その集まった結果の部分的なものが新聞紙上に出ておるというようなことになっております。 実は、いま集まりました結果そのものにつきましては、まだ私ども現物を見ておりません。実はきょう午前中からその委員会をやる予定でおりましたのですが、私伺いましたので延ばしておりますが、今後その検討を進めてまいりまして、いまおっしゃったような点について十分吟味をしていかなければならぬかと思います。 御指摘いただきますように、私どもとしては、国大協のわれわれ委員会といたしましては、二次試験というものは、全く算術的に言いますと、現在各大学が科目を指定しておりますが、それで共通一次の科目を差し引くとその残りというのがまず最初に全く物理的には出てくる問題ですが、非常に少ない科目になるはずであります。その点で、少なくなった科目で学生諸君の適性というものと対応する意味での試験をするということをやっていただくことに私どもは考えておりまして、いま御指摘いただきました点については、私どもは現実にはその報告書をまだ見ておりません。その点で国大協としてそれを全部整理をいたしまして、もう一度各大学に戻すわけであります。各大学に全国の状態をこうであるということを戻しまして、それにのっとりまして各大学がさらに七月までに向けて具体的にそれを検討してくださることになろうかと思います。そのことにつきまして、私どもはやはりガイドラインにも書いてございますように、その点の趣旨は徹底するように今後とも図っていきたいと思います。 特にここで注意しなければなりませんのは、二次試験において各大学が今度は高度な問題を出す、あるいはいわゆる難問奇問を出すというようなことがあっては何にもなりませんので、その点につきましてはやはりお互いにえりを正しながら対処していかなくちゃならぬというふうに考えておるわけであります
○松永忠二君 その資料の集まった検討の結果によっては、国大協はもう少しいわゆる積極的な発言なりあるいはそういうアドバイスをまとめて出す意思はあるのでしょうか。どこまでもそれは各大学の方なんだからということなのか。もう少しやはり結果を見て非常に、その趣旨と反するようなことが多いというような場合においては、こういう趣旨でやってもらわなければ再検討してやらなきゃいかぬ、という強い意思が国大協で示されるのでありましょうか。その点はどうですか。
○参考人(加藤陸奥雄君) これは先ほどちょっと申しましたように、国大協として各大学に対して表向きといいますか、表向きの上でいわゆる指導的立場をとるとか、こうすべしという態度はやはり大学が持つ特質から直接的には出せないと存じております。やはり各大学自身のいわば良識と申しましょうか、それに待たざるを得ませんが、実際問題としては、いまおっしゃられるような趣旨のことについてはやはり国大協としても考えなければならぬと思いますけれども、強制的に国大協が各大学に対してそれをするという積極的、行動的にはできないかと思います。繰り返しますが、その点の趣旨の徹底は図るということはすべきかと存じております。
○松永忠二君 そこで、こういう議論は国大協にはなかったんですか、お聞きをしたい。全然逆になってしまうというそういう議論、つまり、第一次の五教科・五科目が五教科・七科目になってしまった。二次の一、二教科という希望は三教科・三科目以上、しかも私立の名門校の入学試験というのは三教科または二教科だから、それを相当強く勉強しなければいけないという、そういうこと。教科の面にある一つのいわゆる重さ、負担、それから論文とか記述方式の訓練とか勉強がなされてくるのではないか。あるいはまた、共通第一次に向けての技術訓練というものが相当取り上げられてくる、これもまた勉強する。それから学校にランクづけができるだろう。つまり各大学から第一次入試の大体ランクはできてきて、それがまた高等学校の方面に影響して、一つの一貫性のあるランクづけ、大体あの大学に行くにはこの程度のものの試験を通っていかなければだめだ、それにはこの高等学校だという一つの一貫したランクづけがこれででき上がってくるのじゃないか。それからまた、私たちの日本の国にある異常な社会的な風潮、学歴尊重の機運、事実上ある学校格差の経済的、質的な問題。それから、話が出ている第一次試験を重要視してもらいたいということになれば、この試験の重みというものを考えてみたときに、意図するところはいわゆる生徒の過重負担を避けて、高等学校の正常化を図っていきたいというのに、全然逆に準備教育がむしろ過激化されてきて、高等学校の教育はむしろそういう面から逆に破壊をされてくるのじゃないかという、そういう議論は、つまり意図したところと全然違う現象がそこに起きてくるのじゃないかという、こういう議論は国大協の中でなされたのか。あるいはまた、なされたとすればそれはどういう見解をそこで持っておられるのか、この点をひとつお聞かせいただきたい。
○参考人(加藤陸奥雄君) 激化するという点でいま御指摘をいただきましたのは、たとえば二次試験で論文を課するということになりますと、それについて、あるいは共通一次試験についての技術的な問題で過熱現象を起こさぬではないか、あるいはランクづけという点があろうかと思いますが、そのことにつきましては、私どもとしてはずいぶん議論になったわけでございます。で、後の二つの技術とランクづけの点と論文とは性質が違うかと思いますが、むしろこの論文の方は、選抜ということ、小論文を課してはどうかということを私ども報告書にも書いてございます、二次試験において。これはむしろ現在行われている入試でもその点について欠けるところがあるのではないかという、そういう広い立場の一つの指摘がございます。その点に答えた面でございまして、そのことは、これについてわざわざいわば技術的に答えるというような意味の論文を書かせることにはならないかと思います。その子供たちの能力とか、あるいは性質とか、そういうものが素直に出るようなものを課することになろうかと思いまして、これはむしろ広い意味でこういうことが入試選抜の場合には行われるべきだという一つの考え方がございますので、それに対応した一つのあり方でございます。 さらにもう一つは、この共通一次につきましてはいろいろな研究がございますが、記述なり、思考力そのものを判断する点に欠ける点がございますので、その点でそういう志願者が落とされてしまう、選に漏れるというようなことがあってはならぬということがそれに加わっておるわけで、これに特別な負担をかけるという意図はなし、さらに負担のかかるような論文を課することにはならないかと思います。 それから、いまの技術的な問題でございますが、これは、多分マークリーダー、マークシートというものに伴った問題が指摘されてございます。しかし、このマークシートというものについての技術的な面はないではございません。一応ありますけれども、そのこと自身にしょっちゅうその技術的なものに練らなければならないという性質のものではございませんで、むしろ、これは、一度それをやりさえすればそれですぐさまわかってしまうというような性質のものでございますので、これ自体が年を追ってあるいは重なる状態で過熱を起こすというふうには私どもは考えにくい問題で、むしろ問題の内容がむずかしいとかということについて現在過熱現象が起こっている面がございますので、そういう点は先ほどから申しましたような十分な注意をすべきというふうに考えておるわけであります。 さらにもう一つ、ランクづけという問題は、明らかにその点はございます。つまり共通一次でございますので、志願者諸君の志向している大学、それと点数というものをそのまま突き合わせますと、その点でランクづけあるいは学歴社会の繁栄というものが起こり得ることになろうかと思います。しかし、その共通一次試験の結果というものは、私どもは公表いたしません。いたさないで、各大学にもその点を全部表にして出すことはいたさないことにしてございます。そういうことから、それが社会的な表向きな形には、私どもの共通一次という立場からはしないというふうに考えているわけでございまして、そういう点でいまの点は十分に考えなければならぬかと思います。ただ、今度行います共通一次試験というようなこの方式が、いままで言うところのランクづけと言いましょうか、いわゆる社会通念における格差というものにもつながっていくかもしれませんが、そういう問題を、いままで考え及ばなかった新しい意味での問題がそこから出てくるというようなことが、いまの時点ではちょっと考えついておりませんが、起こるとするならばその時点でまた私どもは真剣に考えていかなくちゃならぬかと思いますが、いままで言われているところの意味ではこの方式がランクづけというものには直結して考えなくてよろしいんではないかというふうに考えておるわけでございます。
○松永忠二君 それから、日本では総合選抜制度というものが定着しないという経験があるわけですね。たとえば、明治三十五年から六年間この総合選抜試験というものをやってみた。大正六年から二年間そういうことをやった。それから二十二年から二十九年に進学適性検査というものをやった。これについては、学力検査の準備に加えて進学適性検査の準備もしなくてはいけない、あるいは進適の結果で学力検査を受けられないという生徒の親たちから非常な非難が出て、結果を必ずしも大学が尊重しなかったとか、いろいろな進学適性検査の問題があった。昭和三十八年から四年間能検テストというものをやってみた。そういう意味で、日本では総合選抜制度というものは非常にいいことだしということで努力はしてみるけれども、結果的になかなか定着してこない。この過去の総合選抜制度のどういう教訓を一体取り入れているんでしょうか、この点をお聞かせ下さい。
○参考人(加藤陸奥雄君) この委員会の審議の経過において、この進適あるいは能検テストというものについてずいぶん議論がございました。 で、おっしゃるとおり、それが全部失敗しているわけでございます。私ども、その点をずいぶんと反省をした結果としていまの方式を考えたということでございますが、その意味はどういうことかと言いますと、共通一次試験、それからあわせて二次試験というのを合わせて一本として選抜試験というふうにさしていただいたということでございます。つまり、各大学がいまそれぞれにやっております試験というものに対して非常に重要な批判がなされておるわけですから、その大学が行う選抜試験というものを一歩でも改善しようとして考えたことで、一次試験と二次試験というものが大学が行う選抜試験であるというふうな考え方でこれがまとめ上げられたわけでございます。それを、共通一次は先ほどから申しましたような性質を持っているので、大学全体が共同してそれをやろうという立場をとったわけでございますので、そういう点で従来いわゆる行っていました進適あるいは能検テストとは、その点で性格も非常に違っております。つまり共通一次試験は大学が行う選抜試験の一部として共同的に行うというような考え方を、立場をとっておりますので、その点でいままでのいわゆる進適云々のようなものとは性質的に非常に違う性質のものだというふうに私どもは考えておるわけでございます。
○松永忠二君 そこで、もう少し一体別の方法というのは議論はならなかったんだろうかということであります。これも報告書の中に記載されているのに、「基本的に競争選抜試験という事実がある以上、試験地獄は必ず存在する。試験の抜術的、形式的改善を試みても、結局枝葉末節のわずかな利益が予想をされるのみで、大勢に影響するほどの効果があろうとは思われない。そのために共通第一次試験のような大規模な計画を行うのは労多くして功伴わないのではないか。参加者三十万、テスト規模の大きいこと、共通作業によって利益が得られる適正な規模を超えている。電算機の制約、事故処理の困難、すべてこれから生ずる。」こういうことは報告書の中にも書いて、「どちらも根本的な問題で明快な結論を出すことは容易でない」という見解を示されているわけですね。そこで、一体どうしたら高等学校の教育の正常化が得られるかというのは、むしろ余り大きな刺激を与えないようにした方がいいのじゃないか。高等学校の教育の正常化は高等学校の教育の中で実現と努力をやってもらうというところに中心を置いていくべきではないのか。 で、さっきから出て、私も話したように、第一次試験の相当な重さを考えてみたときに、これを一生懸命勉強するということによって、その努力の集中が優等生的準備教育をする可能性もまたそこにある。全然意図した逆な結果も出るという、負担が重いということになればそういう結果が出てくるので、一回だけの学力試験をもっと適正なものにするという努力が必要ではないのか。報告書の中でもこういうことを言っているのがあります。「第一次試験のみで、第二次試験における学部の学習能力と適性は十分評価できる」ということを言っている。それから今度朝日が調査した中でも、学科試験を全廃している学校がある、二次のですね。新潟大学なんかそうなんです、医学部。それから、全然共通テストを受けなくても私のところはいいのですよ、と言っているのが、宮城の教育大学がある。そういうふうなことを考えてみると、もちろん総合的な判定で、調査書をどういうふうに取り入れるとか、面接をどうするとか、そういう問題はあるとしても、その負担の重くなる部分をむしろ一回の学力試験そのものをもっと改善していく方法はなかろうか。そういうことによって、できるだけいわゆる高等学校の教育に外部から大きな衝撃を与えるようなことなしに、むしろ、選抜試験はどうしてもやらなきゃいけないわけだから、できるだけその衝撃を少なくする中で、むしろ高校の教育の正常化を期待して努力をしてもらうという方法があるのではないかという一つの考え方があります、非常に結果に確信を持てないとすれば。事実、報告書の中では「少しでも」ということを言っているわけだ。一歩でも前進ならと、こう言っている。これが完全な期待を持てる、という言い方はしてないわけ。そういうものであるなら、むしろ外部的な刺激を多くするよりは、むしろ一回の試験を、どう一体学力試験を適正なものにしていくか、ということについての国大協の検討なり努力を仰いでいきたいという、そういう気持ちも一つの方法としてある。いわゆる到達度の試験で高校教育の正常化を図るというのは少し過言ではないか、これは報告書の中でもそう指摘をしているところがあります。もともとそういうことを大学がやるというのは少し大学としては仕事違いではないか。もっとわれわれのやることはほかにあるのじゃないか、というようなことを言っているところもありますけれども、いや、大学の試験がそういう効果をおさめてくれればそれも私はいいと思うけれども、到達度の試験でそういう正常化を図るということが果たしてできるのか。いま言ったような過重の負担になれば逆な現象も出てくる。だから、むしろ刺激を少なくして一回の試験をもっとよいものに仕上げていくという努力というものが一つの方法としてあるわけです。それからまたもう一つは、初めはこういうことも国大協の中で検討されていたように聞いている。各大学が合否の結果に利用する教科をあらかじめ発表して、その五教科・七科目を選ぶ者、五教科・六科目を選ぶ者、いろいろな自分の学校に必要だと思うものをその中から選定をしてやってもらうという方法で組み合わせをしていったらどうだろうかというような意見も事実ある。一体この方法以外にこの目的を達成し得る方法はなかろうかという議論は国大協の中でどの程度なされたのか、それについてはどういう検討をしておられるか、その点少し伺いたい。
○参考人(加藤陸奥雄君) 現在私ども、冒頭に申しましたように国立大学としますと、収容力が八万人でございます。現在志願者が私ども推定しますと三十万弱でございます。共通一次になりますと受験者はもっとふえるのではないかというふうに予想しておりますが、その姿からくるいわゆる受験競争でございます。大体四分の一しか入らぬわけでございます。その点での受験競争というものはどうしてもなくならないわけでございます。つまり選抜試験を行わなければなりませんから、その立場からくるいわゆる受験地獄というものは、そういう定員と志願者というものがある限りにおいては解消できないわけで、そこを私どもは前提と置かざるを得ないわけです。だから、そこからくる受験地獄というものはとうてい解消できない、それが一つでございます。 それから高等学校の正常化というのは、お話ございましたように、当然に高等学校自体がやるべきものだと思いますし、そうでなければならないはずでありますが、現在われわれが行っております試験が高等学校の教育にひずみを起こしているのだという批判をいただいているということを私どもはやはりまともに受けなければならない。その意味で私ども報告書に「正常化に役立つ」という言葉はそういう立場から使わしていただいたわけで、高等学校自体の教育を大学が云々するという立場で言っているのではございませんで、高等学校自体がやるべきは当然のことでございますが、そうあるべきでありますが、いま行っている試験がひずみを起こしていると批判を受けている、それを十分にまともに受けてそれを反省すべきだと。ですから、いま御指摘いただきましたように、試験というものが高等学校にひずみを与えるようなことがあってはならぬというのが一つの前提条件になります。そこで物理的からくる受験競争というもの、受験地獄というものは避けることはできないけれども、「一歩でも」という言葉がそこで出てきたわけで、高等学校側の教育の正常化を乱さないように考えようということでいろいろなことを考えたわけでございます。いま御指摘いただきましたように、各大学で共通一次の科目を大学自身が選んだらいいだろうということになりますと、はからずもいま御指摘いただきましたように、大学によってまた共通一次の科目は皆違ってくる。そこで、一つの刺激が増す形になります。そのことと共通一次でやる必修科目というものの高等学校における教育のあり方というものを考えますと、やはり適切な問題を考えることが一番重要なことだというふうに私どもいろいろな議論の末落ちついて——そこで必修科目における一般的な達成度という意味は大学共通にやはりそれを判断して、それぞれの大学がそれを利用する科目もある、利用しない科目もありということになりますと、その点でまたおっしゃるとおりのはからずも刺激をふやすことになるんではないかというのが私どもの議論の中にあったわけでございます。で、問題は、そういう意味で適切な問題をつくることが非常に重要なんだ。いまの物理的受験合格率ということに加えて、いまの高度な問題、難問、奇問というものが、高等学校に対して大学側の入学試験問題というものが教育を乱している面、それに答えなくちゃいかぬというので、共通一次の問題は適切な問題を出そうと。それにもかかわらず、また先ほどから御指摘いただきますように、今後とも研究を続けていかなくちゃなりませんけれども、まだ不十分な点はあろうかと思いますが、そういうことでいまのような形になったわけで、いま御指摘していただきましたすべての項目につきましては、私どももこれからの進行の途中で常に拳々服膺しながらその趣旨を乱さないように考えていくべきかと思っております。
○松永忠二君 もう少し、その他の問題ですが、これは一発勝負を避けようという結果だが、結果的に一発勝負になるじゃないか。これはもう国立大学の一期と二期が、二回できるチャンスがなくなる。それだけで、じゃ、足切りに使われるということになれば、結果的に学力のある者がほかのところで足切りされて、学力のない者がほかの学校へ入っていくという、そういう矛盾もそれは出てくる。だから、文部省の改善会議でも、志願者の国立大学受験の機会を一回に限定しないという趣旨を十分に尊重しつつ、今後なお慎重に検討する必要があるということを言っているわけです。ところが、これについては国大協の方はこの救済構想は現時点では無理だと、こういうふうに言っていたわけですね。ところが、衆議院の方の小委員会で何かこの検討をするんだと。いわゆる第二次試験的なものを考えようというようなことの少しお話が出たが、先ごろの報道では国立大学ではそんなものは反対なんだという話だ。で、一体これはどういうふうに解決をしていこうとしているのか。これは非常に切実な問題でもあるし、事と次第によると、さっきのように適性試験の失敗というものはそこから出てきているわけなんです。そういう親たちのそういう意見が強く出ている。そういう点からこの問題はどういうふうに一体処理をしていくつもりですか、国大協。
○参考人(加藤陸奥雄君) いま端的に申しますと、一期校、二期校問題ということになろうかと思いますが、いままで二度の受験の機会が、国立大学だけに関しても、二つの大学を志望する、受験をする機会が与えられておったわけですが、その問題につきましては、実はこの入試改善調査委員会と並行しまして、一期校二期校についての特別委員会で、国大協で長い間検討してまいりました。で、一期校、二期校は、結論申しますと、一期校、二期校が現在あるデメリット、メリットが二通りございます。その点をやはり一本化する方がメリットが多いであろうという結論になったわけで、これを一元化しようというように考えたわけですが、一期校、二期校についての具体的なメリット、デメリットにつきましてはいまここで御質問の問題と違いますから外さしていただきますが、しかしそれにもかかわらず、受験者側からしますと、二度の機会があるということは非常な大きなメリットと申しましょうか、であるわけであります。そこでその性質を、今度私どもが考えました共通一次方式にその精神なり何なりをどのように生かすかということをやはり検討いたしました。で、結果的にはこういう方式を考えております。と申しますのは、共通一次試験は、前年の年の暮れに行うことを予定しております。その志願の際には——秋になりますが、その志願の際は、共通一次の志願は二校併願を認めるということでございます。で、ただ、それが非常に時期的に、四月入学を目しますと時期的に半年も前以上になっておりますので志願者諸君の志というものはまだ十分に固まらぬこともあり得ましょうと思いますので、その共通一次の志願に二つを併願することはあっても、それらを固定的には、絶対固定性のものとしては考えなくてもよろしかろうというふうに思っております。そういうことをおきまして、二校併願して共通一次試験の志願者を公表することにしております。どの大学には何名志願があるというようなことを公表しておりまして、そのことはいま高等学校でよく行われております予備登録といいましょうか、あの性質に似ておるかと思います。つまり予備登録的な感覚を志願者諸君はそこで受けられる可能性があろうかと思います。それと、それに引き続きまして共通一次試験が実施されます。実施されますと、その結果は本人には通知はいたしませんが、正解の例は公表いたします。そういうことを、受験生諸君がいろいろな判断を、自己判断と言いましょうか、さらに高等学校側からのがガイダンスも加わる可能性があろうかと思いますが、そういう手続を経た上で二次試験は一校に限って出していただくということの処置をとっておりまして、いま高等学校における予備選抜的な性格を入れて、そうして生徒、受験生諸君の志向するところを十分に自覚をもって選んでいただくという筋道をそこの中に入れさしていただいて、いま一期校、二期校が持っている性格をそのような形で生かすことはできないかというふうに考えたわけでございます。 さらに続きまして、衆議院の場合の参考人として出ましたときに答えました第二次志望、いわゆる再募集ということでございますが、これはいままでの私ども委員会では検討を続けてきたことではございませんが、最近になりましてその点についてはどうであろうかという問題が出てまいりましたので、現在そのことにつきまして検討を進めております。しかしまだ結論は出ておりません状態であります。
○松永忠二君 これは検討しているというお話です。これはまた逆に、またほかの意味で、要するに私立名門校というか、私立の学校が二教科ないし三教科を非常に程度の高いものが出てくるということになれば、一期校を受けて、それを受けるというよりは、もう共通第一次試験もあれもあるので、結果的には私大一本にいくということになって、今度はそういう人に対しても一発勝負的なものを性格づけをしてしまうということにもなる。で、この点については検討するというお話でありますが、相当まあ、具体的なことを言われているんですので、これはこの法案が通るまでにきちっとその考え方をまとめて発表できるということなんですか。 それから、もう一つ大臣にお聞きしますけれども、これはもう文部省の改善会議でもそういうことを言っているわけです。今後なお慎重に検討する、一回に限定しない趣旨を十分に尊重して、というようなことがある。この点については文部省は、大臣は、一体この国大協に対してどういう希望なり要望なりを出して、その検討の参考にしてもらうという、そういう考え方があるのかないのか、まず大臣の方からひとつ聞いておきます。
○政府委員(佐野文一郎君) その……
○松永忠二君 ちょっと待ってください。それは大臣から……。そんなことを局長に……
○国務大臣(海部俊樹君) それじゃ申し上げます。 考え方といたしましては、二度あるチャンスが一度きりになってしまうということは、受験生に与えるいろいろな意味で厳し過ぎるのではないかという問題指摘があることは、かねがね承っております。そこで、入試そのものをどういうように改善していくか、どう実施するかということを、国大協側でいろいろ御検討を願っておるところでありますから、そういったような救済策という言葉はおかしいかもしれませんけれども、一回きりにならずに、あるいは二度そういったことが行われるような可能性はあるのかないのか。あるとすればまたどんなようなことが問題点としてあるのかということは、担当の局長の方と大学協会側と随時協議したり御相談したりしておりますので、方向、精神は、もしあったらどんなことだろうかということでございまして、具体的にどういうことを検討しておるかというのは、直接大学局長より答えてもらった方がより詳しいかと思って大学局長に言ったんでありますが、考え方としてはそういうことでございます。
○松永忠二君 それじゃ局長答えて。
○政府委員(佐野文一郎君) 一期校、二期校の区別を廃して入試期日を一元化をするというのは、入試改善会議におきましても、昭和五十年の段階で共通一次とあわせてその方向でやろうということになっているわけでございます。そういうことで従来作業は進んでいるわけでございますが、現在、国大協の方の共通一次の構想を基礎といたしまして、入試改善会議の方で国立大学の入学試験のあり方の全体についての御検討が進んでいるわけでございますが、その中でやはり一期、二期を廃止をするというその基本的な考え方はもちろん崩すわけではございませんけれども、それを前提としながら、何らかもう少し二次志望を生かす方法がないかということが議論をされているわけでございます。これは少なくとも入試改善会議で議論をされているのは、全大学を通じて定員を二つに分けて、二回にわたって試験をやるというふうなことではなくて、たとえて申しますと、現在でも国立大学の一部には、合格をした者が他の大学へ結果的に入学をして欠員が生ずるというふうなこともあるわけでございますから、そういった状況も考えながら、もし大学が希望するのであれば、その希望する大学にあっては、定員の一部を留保をしておいて、そしていわゆる一般の一次、二次の試験が済んだ後で再募集の形で募集をするということがあってもいいのではないか。それをだめだと言うことはなかろうというふうな議論が行われているわけでございます。私どもも、全体について二つに分けて試験を実施をするというのは、すでにこれは国大協で十分御検討の上で、技術的にもまたいろんな重複合格その他の弊害の面から言っても、必ずしも望ましくないということはすでに明らかになっていることではございますので、全体を通じて二回に分けるということではないけれども、しかしいま申しましたような形で、実情に合わせて、また大学がそれを希望するところがあるならば、その大学の意思を尊重をして、二次志望を生かす生かし方がなかろうかということの検討が行われているわけでございます。
○松永忠二君 法案の通るまでにそのことについては考えはまとまるのですか。
○参考人(加藤陸奥雄君) いま検討中でございますので、私この席で、まとまる、まとまらぬと明確な言葉で申し上げることはちょっと控えさせていただきたいと存じますが、いま大学局長のお話のような点の理解も私どもは持っております。そうしますと、これは各大学の自由意思ということになります。また私ども検討するとするならば、やはり広い立場から、このことがほかの面に対してどのような影響を与えるか、そういうことも検討しなくちゃならぬかと思っております。そういう意味で、いまの局長がお話しなさいました趣旨については、私どもとしては、それ自体そのものは了解できる事柄だと考えております。ただ私ども、委員会をまだ正式に開いてその点の結論まで持っていってはおりませんので、いまここで、できますというような確言はちょっと控えさせていただきたいと思います。
○松永忠二君 この法案はまあ、入試センターの法案ですけれども、それがやる試験については国大協の関係の内容を持つものですから、やはりこの法案のめどがつく段階で、こうした問題もひとつ結末をつけていただきたいということをお願いしておきます。 それからまたその次の問題でありますが、五教科・七科目、必須科目という話ですが、職業高校については、もともとこの試験のやり方は普通高校中心じゃないかということも言っているくらいに事実、農学校では、普通科が五十単位で農業科目が四十単位、その他十単位ですから、これは非常に単位の上においても普通科のウエートが普通高校と違うわけです。したがって、工業、商業、農業、家庭、水産、看護の高校の校長からの要望というのは、いろいろなものが出ているんですね。特に代替科目の問題あるいは推薦入学の別枠の問題というようなことが出ておりますが、こういうことについては一体どういう考え方で進んで、職業高校というものが非常に不利になるという点について、これを除去していこうとされるのか、この点をお伺いします。
○参考人(加藤陸奥雄君) 推薦入学の問題につきましては、現在でも文部省から大学に対していろんなアドバイスがございますし、大学側も推薦については現在いろんな大学においてそのそれぞれの大学の性格に応じてそれを実施しているわけでございますが、この推薦問題につきましては、この共通一次試験方式ということがあったために、それをどうこうするということは私どもとしては特に考えておりません。だから、推薦入学ということにつきましては、現在のあり方というものを尊重するという立場で今後とも進めていくべきではないかというふうに考えておるわけでございますが、特に一番問題になります代替科目という問題でございますが、農業高等学校あるいは工業高等学校、そういう方面からそのような御指摘をずいぶん前からもいただいておりまして、私どももずいぶん長い間検討し続けてまいりましたが、それの一つのあらわれといたしまして——その前に、共通一次試験は、先ほどから申しましたような性格を持っている。さらに二次試験はそれぞれの適性に応じてやるということでございますので、実業、職業高等学校諸君につきましての専門教科は、共通一次としては対象としては考えないわけでございます。その意味で、その点での代替科目は二次試験の方で各大学が考えていただくという筋をとっております。で、そういう点が、各大学として十分にその点を伝えて、その趣旨を過ちないようにしたいと思っております。職業高等学校の専門教科、科目につきましては、事の性質から言いますと、いまの適性ということに関連がございますので、これは二次試験ということに関連して各大学が考えていただくというふうに報告書にも書かしていただいたわけです。で、一般教科というような立場で共通一次がひっかかるわけでございますが、そういうことに関連しまして、実は規定上から言いますと、必修科目は職業高等学校でも履修すべしとなっておるわけですけれども、この実情もやはり私どもは勘案しなければなりません。そういうことで、基礎理科それから特にまた数学一般ということがございますが、その科目をここに加えさしていただいている。さらにもう一つは、外国語につきましても、英語Bというのを一般的には大学としては実施しているわけでございますけれども、英語Aというものについてもわれわれは配慮すべきであろうというふうに考えておりまして、共通一次については、一般教科ということでございますので、そのような配慮をさしていただいておるということでございます。
○松永忠二君 これは一つの大きな欠陥ではあると思うんですね。全く履修の単位の違っているものを同じような評価をしている。その学校にとって見れば、非常に大きな生徒たちのギャップがある。いまはそういうものを前提にやっているわけであります。この点はいま英語Bの問題が出ていますが、それと数学、理科。しかし向こうの言っているのは、数学のかわりに、たとえば商業簿記だとか、そういうものは入れられないのかどうかと言っております。これはやっぱり具体的にも相当考えていかなければならない問題だと思います。 もうちょっとお伺いしますが、私立大学にもこれを参加を求めるというようなことについては、国大協の方は、意見として興味あるものだと、現在の状況では実行不可能であるという、そういうことが出ているわけでありますが、文部大臣の所信表明の中にはこういうことが出ている。「国公私立大学を通じた共通学力検査の実現についても、今後、関係者との検討協議を積極的に進めてまいります。」と、こう出ている。しかし、私はこの意見には必ずしも同調をしません。現実的に私立大学連盟、日本私立大学協会、私立大学懇話会等いろいろな反応を示しているわけでありますが、この中で私たちがどうしても反駁できないのは、私立大学存在の理由の基本的要素であるということ、私立大学が存在する基本的な要素として、これを自分たちの大学は自分たちにふさわしいもののを選ぶということは基本的な権利だというような考え方は、これは、私はどういってもこれをなかなか崩せないという要素がある。 それともう一つ、私がいままで指摘をしたのは、いわゆる第一次試験というのは万能薬じゃないということであります。で、いままだこの帰趨がどうなるのか、この結果がどう影響されるのかというようなことがまだ未確定な段階において、これを文部大臣のような見解で進めるというようなことについては、私はこういう方向はとるべきじゃない、むしろやはり、問題は別でありますよ。そうかといって、私は私立大学の入試の改革は必要でないということを言っているんじゃありません。しかし、この第一次試験と第二次試験を組み合わせるこの国立大学のやり方に、直ちに積極的にいわゆる国公私立同じようなやり方で第一次試験を受けさせていくということについては、やはりもう少し慎重であるべきであり、またその結果をよく見通し、また私立大学側の意向等も十分に考え合わせていくべき筋合いのものだと思うけれども、この点について文部大臣の見解を聞かしていただきたい。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘の点は、私どもも日ごろいろいろなことを判断しますときに、いつも考慮の中に入れておる問題でございますが、私が国公私立を通じてと、こう申しておりますのは、やっぱり大学の入学試験というものがいまいろんな面から世の批判を受けたり、改善をしなければならない問題点があって、改善をし、一歩前進していくためには、やっぱり私立大学も足並みをそろえてもらった方がよりよいのではないかと、私はこう考えているわけです。ただし、その方法につきましては、これを法律でやるとか、あるいはそれを私立大学側の意見が十分まとまらないうちに強行するとかいうようなことではなくて、あくまで私立大学としても、大学側が十分な理解と納得をして、みずから踏み出していただけるような雰囲気、環境ができませんと、これは制度としてうまくいくものではございませんから、大学側に対してはいろいろと問題点もございましょうけれども、でき得ればそういう方向で足並みをそろえていただけたらありがたいという考え方でお話をしかけておることは事実でございますけれども、それはきわめて慎重な態度をとっておることも事実でございますので、先生の御指摘の御意見は御意見として十分尊重しながら、今後も協議を進めていきたいと、こう思います。
○松永忠二君 国公私立を含めて大学入試の改善について積極的な推進をするというなら私は全く賛成であります。それどころか私は、この際、私立大学の入試改革のための必要な措置を私立大学側に求めるということは必要だと思う。研究してもらいたい。これは私立大学の入学試験がこれでいいという状況ではない。だから私はむしろ、さっき話をした一回のいわゆる私立大学の試験が果たしてどういうもので行われたら最も妥当なものかということについて、もっと私立大学側も積極的な態度を示すべきだと思う。また、文部省側でもやはりそれについてひとつ十分考えてもらいたいという、積極的な努力をするということはあたりまえだと思う。また、今度出てくる大学の入試センターが、これに対する協力を掲げているわけでありますから、このことも明らかになっている以上、これは私立大学の参考人が来られたときに私はお聞きをするわけでありますが、積極的にやはりこの際、私立大学側もその入試改善の具体的方策を検討してもらわなければいけない。そういういわゆる社会的な意味の責任は私立大学側にもある。ただ、共通第一次試験を非難するだけでは、これは問題の解決はできないというふうに私は思うのでありますが、ひとつ慎重な配慮のもとで、しかも国公私立いずれもが入試改善の方向で一歩踏み出すようにひとつ努力をしてもらいたいと思うわけであります。 そこで最後に私は、結論として私の意見を申し述べ、御意見を聞きたいわけでありますが、結局、国大協の考え方は、さっき申しましたように、いろいろな批判はあるけれども、現状はもはや放置が許されない段階だ。たとえすべての欠点を解消できなくても、現行の入試に比し、ある程度の優位さが認められれば改善の具体策はとるべきものだという考え方ですけれども、私は、今度の第一次共通試験が大学入試改善について、これを機会に一歩前進し得るのではないかという意味では全くそのとおりに賛意を表するものであります。また、大学入試の一歩前進の機運をつくるのではないかということについても、私はその期待を持つ。同時に、国大協が自発的にこういう努力と総意をまとめたことについても、私は深く敬意を表したいと思うわけであります。 しかし、ここで「かなりの重要問題が残されている」と国大協自身も指摘をしているわけです。五つの項目を掲げて「かなりの重要問題が残されている」。その一つには「出題内容と出題方式に或る限界が生じてくる」、二番が、第一次、第二次の「有機的な組合わせについて検討しなければならない。」と。そのほかはいろいろな事務的な面でありますけれども、こういう問題のほかに予期した逆の現象がここへ出てくる。考えていたのは高校の教育の正常化であり、受験準備の過熱を冷ますためであるとしたけれども、結果的には全然逆の期待と違った現象がここにあらわれてくるということだって私はやはり十分考えていかなきゃできぬ問題だと思うのです。だから、そういう問題を含めて今後具体的に検討を常に加えていかなければならない筋合いのものだ、国大協自身は。 そこで、まずどんな問題を重要な問題として私たちが考えるかといえば、そのいっている「出題内容と出題方式に或る限界が生じてくる」という点については、入試センターができて調査研究をするわけでありますから、それに期待をしたいと思うわけであります。それから第一次、第二次の「組合わせについて検討しなければならない。」という点については、第一次共通試験が五教科・七科目でなければできないのか、五教科・五科目にとどめていく方がかえっていいのではないかというような点についての問題、あるいは第二次試験が第一次の補完的なものとして、一教科ないし二教科で論文、面接を取り入れるというようなこのやり方ができないものかどうか。特にさっきお話がありましたように、七月にこれを発表して入試センターに集約をした上で、検討を加えて各大学に送って、これが最終的に各大学で検討されるということでありますので、これに対する世論の批判を十分に受けとめなきゃできぬと思うんですね。そういう意味から言うと、高等学校の先生方とか受験生とか親たちの意見や批判を受け入れるということが非常に重要だと思うんです。このための機関の中で組織化をやっぱりやっていってもらいたいと思う。単に聞く聞くというのじゃなくて、どこでどういうふうに聞いていくかという点について組織化をやっていく、常にその第二次試験の世論の批判を仰いでいくという考え方、そうして現象いかんによってはその第一次試験と第二次試験の強化についても検討を加えてみるというような、こういうことを私たちは期待をしたいわけであります。で、この点について特に高校受験生、親たちの意見や批判を受け入れるための機関の中での組織化という問題については国大協はどういうふうないわゆる考え方を持ち、まあ、いま申しました重要な問題が残されているという指摘の中でこれを実行するわけでありますので、今後のいわゆる具体的検討について含めて、国大協側のひとつ考え方を聞かしていただきたいと思うわけであります。
○参考人(加藤陸奥雄君) 非常に重要な御指摘をいただきまして非常にありがたいと存じております。で、いま御指摘いただきました出題内容方式の限界につきましては、共通一次についての限界はいままでも研究してまいりましたが、今度設定していただきますセンターの中に研究部を置いておりますので、そこでこれからも研究を続けて、より適切なものに進めていきたいというふうに考えております。 さらに、一次試験と二次試験の組み合わせの問題これが非常にこの方式の趣旨を生かすか生かさないか重要な問題でございます。いままで考えてまいりましたにもかかわらずいろんな御指摘もございますので、そのこともやはり今後の研究部として研究を続けていかなければならない問題だというふうに考えております。 さらに一番最後に、いろんな各方面からのこういうものに対する批判を聞くべき組織を持つのか持たないのか、持つべきではないかという御指摘でございますが、私はこのできますセンターの中にそのようなあるいは高等学校の先生方とか、ほかのいろんな社会全般からの意見をお聞きできるような一つの組織、何といいましょうか、連絡協議会とでも申しましょうか、そういうものはセンターの中に置くべきではないかというふうに考えているわけです。と申しますのは、従来もこの方式を考えてまいりました点で必ずしも十分な心遣いに欠ける面があったと反省しておりますけれども、いままで進めてくる段階においても高等学校長会議あるいは各ブロックの高等学校の先生方ないしはいろんなそれ以外のこれに関心を持つ団体の方々、そういう方々の御意見も伺いながら進めてまいった経緯がございます。しかし、それは一つのそのときの臨時的な考え方としてそういう姿をそういう期待をもって進めてきたわけでございますが、今度これが入試センターというものができますならば、そのセンターの中にそういう組織をやはり置いて、そういう御意見なりなんなりを聞きながら、そして研究部の方にも反映する、さらに各大学自体の意向も徴しながら万全を期すような方向を今後ともたどっていきたいというふうに考えております。
○松永忠二君 お話はわかりました。私たちの期待したいことは、いま言った問題についても本法案が処理されるまでの段階においておよその考え方をまとめて、そしてこういうことで行われる一次試験によって一歩でも改善の方向がとられるであろうということが、見通しがつき得るように急速なひとつその点については御検討をいただいて、そして前進をしていただくようにお願いをしたいと思います。 大変お忙しいところをわざわざおいでいただきまして、ありがとうございました。以上です。
○委員長(宮崎正雄君) 加藤参考人に一言お礼を申し上げます。本日は貴重な御意見を述べていただきまして、まことにありがとうございました。 本案に対する質疑は午前中はこの程度にとどめます。午後一時再開することとし、休憩いたします。 午前十一時五十五分休憩 —————・————— 午後一時五分開会
○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○白木義一郎君 最初に、入試センター設置における共通一次テストについて基本的な問題をまずお尋ねいたします。 で、国大協は、この共通一次テストの実施により入試地獄の解消がなされると言われておりますが、大臣の御意見を初めにお尋ねしておきたいと思います。というのは、先ほどもいろいろと議論がなされたように非常に、この問題については重大な問題が含まれている。しかも七、八年間国大の先生方が英知を傾けてこられた、その上で提出された法案を私たちは伺うと、大変将来憂慮すべき問題が未解決であるというようなことから、果たしてこの法案成立後に、予期したとおりの入試地獄の解消が、試験地獄の解消が期待できるかどうか、万全というわけには当然いかないと思うんですが、そういう危惧を持っておりますので、最初にお尋ねをしておきたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、現在いろいろ問題を提起されております大学入学試験、これは共通一次試験の制度を取り入れることによって、いま先生おっしゃるように万全だとは私も考えられませんし、むしろ、入学試験のやり方そのものとともに、その背景にあります社会の学歴偏重の風潮であるとか、あるいは学校間にあるいろんな格差の問題だとか、そういったようなこともございましょうけれども、しかし、当面受験戦争とか受験地獄とか言われて非常に過熱しておる厳しい状態を、一歩でも二歩でも改善していくためには、入学試験の制度そのものにもやはり手を加えていかなければならない。私はこう考えておりますし、また国大協の長年にわたる御熱心な調査研究の結果、あらゆる角度からいろいろな問題点は討議をされて、その結果、慎重に五十四年度の選抜から可能であると、こういう結論を出していただいたわけでありまして、私はきょうまで指摘された問題点、たとえば難問奇問のようなものであるとか、そういったようなものは、この入学試験の共通一次試験の制度の出題のあり方を十分検討するという先ほどのお話等を承っておっても、改革できるのではないかと私は期待をいたしておりますし、同時にまた学校に非常に過度な競争集中がいろいろ行われておるというような問題につきましては、これは学校間格差の是正とか社会の改革というものにまたなければならない点があろうかとは思いますけれども、高等学校の授業を誠実に履修しておれば、それで解決することができる範囲の出題になるというふうなことになってくれば、間接的な効果かもしれませんが、高等学校の生活にも私はいい面が期待できると、こう考えておりますので、これですべてが一〇〇%解決できるとは思いませんけれども、少なくともいま指摘されておる問題を改善していくために一歩二歩前進になると、こう期待をし、こう信じておるわけでございます。
○白木義一郎君 そこで、一歩でも前進ということであれば、これは当然改善ということになるんですが、その点を私は危惧する。危惧せざるを得ない諸問題を抱えているわけですが、内容についてはまた逐次お尋ねしますが、大学局長さんの御意見はいかがでしょうか。この共通テストが実施されれば、いま大臣が言われたような数歩前進とか、あるいは世間の期待に沿うようになるという、まあ、現時点ではいろいろ問題がありますけれども、これを五十四年度実施を契機として前進の方向へ行くであろうというある程度の見通しをお持ちですか、どうですか、そういう点なんです。私が危惧するのは、これは文部省の責任ではあるわけですが、やはり国大協が中心になると思うんです。で、各国立大学の総長の意見が全部反映されてスタートを切ったということについて、一歩でも前進であればこれはあたりまえと、しかし、数歩後退というような憂いがあるとすると、これは教育問題だけにゆゆしい問題が起きやしないかという危惧を持つわけです。そこで、いわば革命的な方向へ行くわけですから、その点よほど監督官庁である文部省、あるいは局長さんのところで相当腹をくくって確たる見通しに立って進めていかなければ、その憂いが、問題点が解消できないんじゃないか、そう心配するということで、取り組み方についての大学局長さんのお考えを最初にお尋ねしておきたいと思います。
○政府委員(佐野文一郎君) 今回の共通一次を中心とした入試改善の考え方というのは、午前中にも御指摘がございましたけれども、初めて大学側が自分の問題として入試の改善に取り組んで、自分たちの課題としてその改善の方策を打ち出してきたという点に非常な特色があるし、また、私どももその点を特に評価をしてこれまで国大協の調査、研究の推進にお手伝いをしてきたわけでございます。もちろんそういった点は、反面、事柄がすべて大学側の論理で動いていって、高等学校の側あるいは受験生の側の要求というものを十分にくみ上げない結果になるおそれがあるというまた御指摘もあるわけでございますが、その点も国大協側でも入試センターの中に連絡協議会等の機構を設けて十分に対応してまいりたいという意向をすでに表明しておりますし、また、入試センターの中に設けます調査、研究部門におきましてもいろいろとこれまでの御審議で御指摘を受けましたような問題点について、さらに調査、研究を深めるという体制をとろうとしているわけでございますので、そういった点をあわせてやはり大学入試というものは、今回の共通入試の実施を契機としてすべて問題が解消するということにはもちろんまいりませんけれども、一つの大きな前進の一歩を踏み出すことができると考えております。
○白木義一郎君 いまお答えいただいたように、この問題については文部省はお手伝いをさせていただくというような姿勢でいらっしゃるし、あるいはまたそうせざるを得ない点も多分にあると思いますが、それだけに失敗は許されないと、こういう大事な問題であろうと思います。 そこで今度は、結論的な問題になってまいりますけれども、このいま提案されている法案の内容が、片方は学部を新設するという問題とそれから共通テストの問題が一緒に出てきているわけですが、これはもう全然性質の違う問題で、片方の学部の増設というのはもうすでに始まってなければならない問題です。それからもう一方は、これから十分練りに練ってそして過ちのない、それこそ一歩前進あるいはわずかでもという希望が大幅に満たされて、やはり国立大学の先生が集まってそして長年練りに練った対策だけあって、学生もあるいは先輩もあるいは父兄もまあまあこれならというような結論にもっていかなければならない法案と絡めてお出しになるという点が、私は政治的配慮ということもあるし、それから単純に考えれば学部の増設の方だけは期日に間に合うように希望する学生がこの四月から入学してその学部へ入って勉強を開始できるような方向へ速やかに配慮するというのが文部大臣あるいは文部当局の当然とるべき態度じゃないか。にもかかわらず、それと一緒になった、一本になった法案ですと、これはどうしても慎重審議せざるを得ない。そうなれば、片方は新設の方はどんどん時期的にずれてしまうという非常に矛盾を私は感ずるわけです。ですから、分離して早く片方の設置法の方は成立をさせて直ちに準備に入り、学生が進学し学部へ入って勉強開始する、しかる後にこの画期的な共通テストの問題については全勢力を傾けて誤りない方向へ見定めて出発をする、こういうのがごく常識的な考え方じゃないかと。そういう点から見ますとちょっと納得のいかない点が私は考えられるわけです。こういった点についてどういうお考えで文部大臣は、文部省はこの法案をお出しになったか、提出されたか、その理由をお尋ねしたいと思います。
○政府委員(佐野文一郎君) 大学入試センターは国立大学の入学試験について共同して処理をすることになじむ一部分、つまり共通第一次テストの部分についてその問題の作成であるとかあるいはその他の事務を行ういわば国立大学の共同の特別な機関として設けられるものでございます。したがって事の性質上、国立学校設置法の中に他の共同利用機関に準じて規定を設けるのが最も適切であると考え、またそういうものとして大学入試センターを位置づけたいと考えて国立学校設置法の一部改正でお願いをしたわけでございます。また国立大学協会の方でも五十四年度の入学者選抜から実施可能であるという結論をまとめておられますので、それを受けて五十四年度から共通第一次入試を実施いたしますためには、やはり今回の改正の機会に入試センターの設置をお願いをして、入試センターを設け、さらに八万人の試行テスト等を重ねて準備に万全を期したいということを考えたわけでございます。そういう趣旨で、国立学校設置法の中に今回大学入試センターを設けることをお願いをしたものでございますので、よろしくお願いをいたしたいと存じます。
○白木義一郎君 こんなことをあなたに私から言うまでもないことですが、どうしても慎重審議せざるを得ないのと、早くしてあげなければならないのと一緒になっているわけですから、そうしますと、片方はよければ学部の新設はどんどんどんどんおくれるということに当然なるわけです。すると、この提案された設置法の改正で新たに新設される学部が、これ以上期間が延びるといろんな問題が起きてくる、当然起きてくるわけですね。そういう点もあえて目をつぶって、共通テストの方の成立を急ぐと、その点で学部の新設がおくれるということになると、具体的にどんな問題が起きてくるでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) 今回お願いいたしております岩手大学の人文社会科学部のように、全く新たに学部を創設をするというような場合におきますと、これは法案を成立させていただくまでは、大学側はもちろん一切募集等の事務はいたさないでいるわけでございます。したがいまして、法案が成立をいたしましてから直ちに募集の手続に入り、入試を行い、というふうなことを急ぎましても、やはり三十日、あるいはそれを超える期間が学生を受け入れるまでにかかるわけでございます。もちろんそういった場合には、大学側はそういったおくれを取り返すためにその後の教育の内容において格段の工夫、努力はいたすわけでございますけれども、やはりこの学部に入りたいということで待っている学生もたくさんいるわけでございますので、私どもとしては一日も早く学部をお認めいただくことを願っているわけでございます。
○白木義一郎君 いじわるするわけじゃないんですけれども、片方は急ぐ、片方は慎重にしなければならないという、こっちも困るわけですよね。そうすると、これは文部省とか大学の先生方は、学生本位じゃない、あくまでも学校とか文部省の立場に立ってすべて物を考え、運んでいくんだと、こういうことに勘ぐりたくなるわけです。そうすると、入試問題についても、毎年毎年入学試験で大学の教授ともあろうものが何万何千の答案を一々見なくちゃならぬというような重労働というか、単純な作業というか、そういうのは私はもうかなわぬ、これはもう一本でコンピューターでばっとやれば済むじゃないか、なんというような学校側の発想から出たんじゃないかなんということも勘ぐりたくなるわけですよ。やはり教育問題ですから、学生の側に立った物の考え方でいくべきだろうと思うんですが、そういった点について、具体的な問題については日を改めてまたお尋ねします。 そこで、非常に問題があるということはもう十分御承知のことと思いますが、その中で、衆議院の文教委員会で有島議員が質疑をした、それに関する大学局の回答が出されているわけです。で、これを拝見しますと、ますます心配になってくるわけです。そこで、きょうはその点についていろいろとお尋ねもしたいし、お教えも願いたい。少しでも安心感を持たしていただきたい。私たち、これそれぞれの有権者に納得するように説明をしなければならない場がたくさんあるわけです。これは、大学局から出された「客観式テストに伴ない留意すべき問題点について」と。で、読み上げますが、「このたびの共通第一次学力試験は、四十万人を超える大量の受験者が予想されているので、その答案処理のためには、設問方式及び解答方式について、コンピューター処理が可能なよう、マーク・シートによる客観式テストの方法によらざるを得ないが、このマーク・シートによる客観式テストについて、実施に当たり留意しなければならない問題点(いわゆる「落し穴」)としては、次に掲げるようなものがあると考える。」これは大学局の回答ですから、局長さんが落とし穴を認めていらっしゃる。で、こんなに落とし穴があるわけです、とりあえず。で、この一つ一つの落とし穴がどんな落とし穴かという御説明を私はぜひ伺って、さらにこの法案について研究をさせていただきたい、そう思ってお尋ねするわけですが、第一として「マーク・シートによる客観式テストには、正答が偶然性によつて左右される危険があること。」、これは一つの落とし穴です。この点についてどういうぐあいな落とし穴か、御説明を願いたいと思います。あるいは恐らく局長さんはマークシートを何回も何回も御自分で記入してみたり、あるいは結果までよくテストされて、その上でこういう落とし穴があるということを危惧されていると思うんです。
○政府委員(佐野文一郎君) 不用意にいわゆるマークシート方式による客観テストを実施をいたしますと、解答者が十分に事柄を理解をしてマークをするということではなくて、いわば鉛筆の倒れたところにマークをするというふうなことによって、それがたまたま正答に当たっているというふうなことがあるではないかと、そういう意味でマークシート方式というものについては、そもそも試験の方法としては制約があるというふうなことが従来から指摘を受けているわけでございます。したがって、この点についてはそういったことがあってはなりませんので、選択肢をできるだけ多くするとか、あるいは正解の数を限定しないで答えさせるとか、あるいは正解でないところにマークをしたものについては、正解の方にマークされていてもそれは減点をするとか、あるいは組み合わせをしまして複数の設問についてそれぞれ正解でなければ零点とし、あるいは減点をするとか、その他さまざまな工夫ができるわけでございます。また、そういった工夫をするためにこれまで国大協の調査研究は重ねられてきておりますので、そういった偶然性によって正答が左右されるという点は、マークシート方式が持っている一つの問題点ではございますけれども、できる限りそれを避ける工夫がこれまで行われてきているところでございます。
○白木義一郎君 そうしますと、この問題は落とし穴ではないと、こういうことになるわけですね。いまの御答弁によりますと、いまいろいろおっしゃった、こういうふうにすれば心配ないとおっしゃったんですけれども、そうなると、あえてここへ落とし穴として、大学局の回答としてお出しになるというお考えはどういうおつもりなんですか。
○政府委員(佐野文一郎君) これは衆議院においていろいろと御議論がございまして、いろいろな改善、工夫はするけれども、しかし、そういう改善、工夫というのは、本来マークシートによる客観テスト、その大量処分の方式がやはり一つの制約を持っているということを十分に意識をした上でできる限りの改善、工夫をする必要がある。全く問題意識を持たないでただ、大丈夫だということでは、それは結果がきわめて不十分になるおそれがあるという御指摘があり、そういった意味での、本来テストの方式がいわば持っている問題点と申しますか、実施をしていく場合に留意をしなければならない問題点としてどういうものがあるのか。つまり、そこのところを十分に注意をしないと失敗をするおそれがある方式が備えている問題点というのは何か、ということをお答えをしたものでございます。したがって、むしろそういった落とし穴に落ちないで、落とし穴があるということを十分に考えて不用意に前進をしないで、それを避け、できるだけそういった制約を超えたいい問題を出すことを考えるというのが私たちの仕事であり、またこれからの大学入試センターの仕事であるわけでございます。
○白木義一郎君 それですと、この問題に関してはもう落ち込む危険はない、手当てをしていく見通しを十分にお持ちになっていると、ただ問題点として挙げろと言われれば、こういう問題があるんだと、そういうふうにお考えになっているというふうに伺ってよろしいですか。
○政府委員(佐野文一郎君) もちろんそういう性質の事柄のものもございますけれども、たとえば二番目に「マークシートによる客観式テストには、一般に記述力、考察力、表現力等が測定し難いという欠陥があること。」ということを書いてございます。これもそういったことをできるだけ克服するために出題の内容、方法におきまして改善、工夫を加える。たとえば数値を表示させたり、あるいはマークを使ってグラフをつくらせるというふうな方法等が開発されつつありますし、これまでの調査研究でもそれが試みられておりますけれども、しかし、そのような改善、工夫をいたしましても、マークシートで問える能力というのはやはり基本的に制約があるということは免れがたいので、そういった意味では各大学が行う第二次試験やあるいは調査書、等をあわせて活用をしてそういった記述力、考察力あるいは表現力等をさらに十分に問う問題、あるいは出題の方法というふうなものを二次試験のところで考えるという、そういう努力が必要であるというふうに考えております。
○白木義一郎君 マークシートは手がけられましたか、御自分で。
○政府委員(佐野文一郎君) 国大協の実地テストの問題について私も自分でやってみましたけれども、やはり私たちの勉強したときといまやることが違うようで、国語であるとかそういった問題ですと、私も私なりに何とか取り組めますけれども、全教科について取り組むというわけにはまいりません。ただ、できるものについては私もやってみております。
○白木義一郎君 内容はともかくとして、マークシートに記入するというのに大変な苦労した覚えがあるんです。万年筆じゃいけないとか……。大臣は一回やったことありますか。
○国務大臣(海部俊樹君) ございませんです。
○白木義一郎君 ぜひおやりになっておかなければいけませんよ、最高責任者が。画期的なあれをやろうというのに。まずここを突破しなきゃ第二次だなんて言ったって学生としてはどうにもならないわけです。われわれも、答案用紙もらって書けなきゃ白紙でいいし、とにかく勝手なことを書いてもいいんですからね。ところが、これマークシートの記入というのは非常にむずかしいんですね、相手が機械だけに。何か鉛筆でもかたいのはいけない、四Bじゃいけない、何かあるんですよね。それだけでも大変なんです。一回でどれほど大変だか、それが客観性テスト。そのかわり、機械がやることですから、きわめて客観的な答えが出るわけですけれども、当然、いま言われたように第二のこのテストには記述力とか、考察力とか、表現力、あるいは字がうまいとか、まずいとか、あるいは漢字が知っているか知ってないかなんということは全然出てこない。そういうこれもテストとしては欠陥がある、落とし穴がある。先取りして説明されましたからあれですけれども、どうしてもそれは第二次テストで補わなければならない。客観的であるがゆえにこういう欠陥がある。 それから、次に進みまして、「出題の内容・方法とそれによって測定しようとした受験者の能力の側面との間に、往々にしてずれが生ずること。」、恐らく、このテストを受けようという学生はほとんどがマークシートも見たことがないということになると思います。そこで、当然出題問題の内容、方法等についてこれから慎重に検討しなくちゃならぬというような時点で法案として出てきたわけですが、それだけの能力の側面にずれが生じやすいという問題については、局長さんはどうとらえていらっしゃるか。これもまあそのとおりだから第二次だと、こう言ってしまえば実もふたもないんですがね。この三番目のところを具体的にひとつ御説明をし、あわせて、それはあるけれどもこういう手当てをしていけば大丈夫なんだというお答えを願いたいと思います。
○政府委員(佐野文一郎君) ここに書きました趣旨は、たとえば漢字についての知識を問う場合に、普通は書き取りということをやらせるわけでございますけれども、マークシート方式の場合には、書き取りの能力を問うということがなかなかできない。たとえば幾つかの漢字の中から正しい漢字を選択させるというような形でマークシートの場合には問うわけでございます。そうすると、それは必ずしも漢字の書き取り能力を問うたことではなくて、幾つかの漢字の中から正しいものを選択させる能力を問うているわけでございますから、漢字についての知識を聞いているにしても、そこでやはりマークシート方式が持っている一つの制約というものがあるんだということを十分に意識をして、必ずしもその中で正しい漢字を選択したものが書き取りの能力まであるというわけではないぞということを、テストの結果を利用する側が十分に留意をしていく必要がある、そういうことでございます。
○白木義一郎君 次、四番の問題点として、「評価の数量化により、これが直ちに科学的な評価であるかの如く誤解され易いこと。」、これを具体的に御説明願います。
○政府委員(佐野文一郎君) これは、先ほど二番目の客観式テストが持っているいわゆる能力の測定における一つの制約というものがあるわけでございますので、そういったマークシート方式の持っている制約あるいは限界というものを各大学が十分承知をした上でこの結果を活用するような配慮が必要なのであって、マークシート方式によって出てきた結果というものがそのまま科学的な能力全体の評価であるかのように考えられては困る。やはり全体を通じた総合的な評価の中の一つのファクターとして正しく位置づけて使ってほしいという、そういう意味での問題点を挙げたわけでございます。
○白木義一郎君 この問題も当然今後国大協の研究、検討にまつということになると思いますね。 で、五番目に、「高校における通常の教育の範囲内で、しかもマーク・シートによる客観式テストになると、問題が種切れになるのではないかとの指摘があること。」、これはもう報告書にもございますけれども、この点いかがですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 基本的には入試センターにおきまして各科目ごとに出題担当の委員会を設けまして、衆知を集めていい問題をつくるわけでございます。これまでは全大学がそれぞれ個別に出題をしていたわけでございますが、これが共通化されますと毎年一つなり二つなりの種類の問題をつくっていくということで足りるわけでございますし、出題の内容あるいは方法について今後入試センターにおいて継続的に研究を進めることによってよりよい新しい問題をつくっていくということが可能になると思います。また入試センターの出題委員も二年ないし三年を周期として少しずつ交代をしていくわけでございますし、毎年そういう意味では新しい角度での検討が行われていくことになるわけでございます。これまでアメリカで長い間共通テストが行われておりますけれども、アメリカでもそのような形で長年にわたっていい問題が蓄積をされてくる。で、ある蓄積が行われれば相当年数を経た後に前の問題をまた組み合わせを変えて使うというふうなことも行われているし、そのことが決して悪い結果を生んでいないようでございますので、そういったことも参考として努力をしていくことによって問題が種切れになるというふうなことなしで、むしろいい問題を蓄積することが可能になるというふうに考えております。
○白木義一郎君 そうしますと、私の知っている範囲では教科課程の範囲内でこのテストを受けさせるということですと、やはりその問題の範囲というのはおのずから限定されてきて、いまお話しのような注意を繰り返してもやっぱり限定されてくるんではないか。そこで、先日、新聞で拝見したんですが、どこかの自動車の運転の試験で、答えを全部書き込んである鉛筆を何万円かで売って、何遍やってもパスしない人がそれを買って、その鉛筆を持って、みんな試験に受かっていたというのが記事に出ていましたけれども、やはりあれも道路交通法の枠の中での出題になってきてもう何十種類の問題が繰り返し繰り返し出されているわけですが、それをだんだんだんだん真剣にやっていきますと一本の鉛筆におさまってしまう。その鉛筆を持っていれば百発百中だと、こういう事件があったということを伺って、これはなかなか容易ならないテストじゃないかと、こういうように思うわけです。 さらに六番目の「マーク・シートによる客観式テストが、高校教育の内容に波及し、良くない影響を与えるおそれが指摘されること。」、この「良くない影響を与えるおそれ」というのはどの程度お考えになって御心配をされているか。
○政府委員(佐野文一郎君) これはやはり衆議院の御審議でも御指摘を受けたところでございますけれども、共通テストによって全国立大学が一次の試験を共通で行うということになると、その問題の持つ影響力というのは非常に大きいので、よほど気をつけないと、逆に共通入試の問題の内容、傾向というものが高等学校の教育にいわばコントロールを及ぼすということになるではないか。そういうことになっては共通入試によって高等学校教育のあり方の改善に幾分かでも資そうということが逆に動く、そういうふうな御指摘があったので、ここへその点を注意する意味で挙げているわけでございます。これもテストを実施する科目の全領域から網羅的に出題されるように配慮をする、あるいは出題の内容、方法について受験者のふだんの通常の学習の成果が幅広く測定できるように今後改善に努める。出題傾向が固定をするというふうなことがあってはならないことはもとよりでございますし、そういった努力をしていく、あるいは第二次試験の出題についても同じような努力をする。そういうことによって客観式テストのための技術的な準備をしたからといっていい点が取れるわけではない。やはり高等学校における学習を誠実に積み上げていくことによってこの共通一次には対応するのが正しいのだという、そういう認識を高等学校の生徒たちにも、また一般の世の中にも持ってもらうような、そういう努力をやはり大学入試センターが中心になってしていく、そういうことであろうと思います。
○白木義一郎君 ちょっと耳にしたことですが、この共通テストの実施で一番手ぐすね引いて待って万全の用意をしているのが業者だと、いまかいまかとこの実施を業者が手ぐすね引いて待っているということを聞きましたけれども、なるほど当然なことだろうと思います。いままでの受験体制に対する学力テストあるいは偏差値の問題等から考えますと、新たに提起されたいわゆる画期的な共通試験、マークシートによるテストということはほとんどの人が初めてな問題ですから、それに対してあらゆる面から参考書その他を総動員してこれを受験者に与えるということは、もう業者としては数年前から用意をしている。そういうことから言いますと、新しい過熱、形の変わった受験体制の過熱が起きるおそれがある。こういう落とし穴を今度は受験生の方が埋めようと努力すれば当然起きてくるということを言うまでもなく予想されていらっしゃると思うんですが……。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように去る二月に、あるいわば進学塾の団体が、全国共通一次模擬試験という名前のもとで模擬テストをやったという事実がございます。また今後も必ずしも計画がないわけではないようでございます。こういった形で、模擬テストの練習によっていわば受験の技術というものをみがかなければ共通一次でいい点が取れないんだというようなふうに生徒に思わせるというのは非常に困ったことであると思います。受験技術によるいまの入試の弊害というものを改善しようとしていま努力をしているものに逆行をするわけでございますから、そういったことが行われないように極力自粛を求めていくという努力をまずしなければならないし、また現にしているわけでございますが、より基本的にはやはり共通一次の問題そのものが、先ほど来申し上げましたように、単に技術的な練習によって偶然性を期待しながら正答率を向上させる、そういうふうなことでは対応のできないものであって、高等学校における基本的な学習を積み重ねるということが一番正しい道であるということを受験生にも世の中にもわかってもらえるような、そういった問題を大学入試センターにおいて準備をし、それを積み重ねていくことによってわかってもらうということが大事だというふうに考えているわけでございます。
○白木義一郎君 局長さんはそういうことで済むかもしれませんが、われわれは、さっきも申し上げたとおり、国民に対して説得しなくちゃならない。これ聞かれた場合に、いま私があなたにお尋ねしたように、あなたが答弁してくだすったような答弁ではわれわれは済まないわけです。これは大臣おわかりでしょう。選挙区へ帰って、父兄から、今度はどういうふうになるんですか、うちの子は五十四年に試験受けなくちゃならないんですけれども、大丈夫なんですかと言われたら、いやいや、これはいずれ大学の先生が頭集めて、日本じゅうの先生が頭脳集めて、知恵を集めてこれから相談していくんですと、そんなこと言ったら大変なことですよ。一遍に落選ですわ、これ。何をやっているんだと。そういう意味でも私は、まだ少し時期尚早の問題じゃないかと。もっともっと煮詰めた上で、ああなるほどそうだと、われわれがまず納得して、そうしてとにかく一歩もあるいは二歩も前進なんだと、こういうわけで、というような問題でないと、これはなかなかむずかしいんじゃないかと思うんです。で、当然いま公式的な答えをしてくださいましたけれども、もうとにかく高校で、ちゃんと学校行って、学校の勉強をしておけば大丈夫なんですよとおっしゃる。そのとおりですけれども、さあ、現実は未知の試験を受けるような立場にあると思うんです。そういう点でまことにこの時期において、この法案を何とか可決をしてスタートをさせたいと、それは私もそういう画期的な方法を思い切って講じなきゃならないということもわかることはわかるんですが、まことに心配です。で、局長さんも立場上そういうことはおっしゃらないけれども、まあ大丈夫だともおっしゃってくださらないで、国大協でちゃんとするはずです、向こうでちゃんとするはずですということなんですが、まことに心配この上もないということです。で、したがってもう少し大学局長として悪い影響のあるおそれがあるということを認めていらっしゃるわけですから、そのおそれの方を幾つかおわかりですから、教えていただきたいです。
○政府委員(佐野文一郎君) まず、共通入試の実施に国大協が踏み切りますまでには四十五年以来の調査研究があるわけでございますが、四十九年からは実際に高等学校の生徒を選びまして、それに対して問題を出して、いわゆる実地調査というものをやってきたわけでございます。それで、これまでにも積み重ねがあるわけでございまして、その問題の内容、質というものについて受験生の側からも、また高等学校の先生の側からも高い評価が与えられている。やはり受験生の側は、昨年度の、五十一年度のアンケートを受験生に行ったところからしましても六〇%程度の者が、問題のむずかしさあるいは時間あるいは問題表現等は、これは普通のレベルにあると、むずかし過ぎもしないしやさし過ぎもしないというふうなことで受け取っておりますし、一般的に高等学校関係からも、この問題については公式的なまる暗記は通用しない、あるいはよく練れている問題であるとか、あるいは全体としてバランスがとれているというふうな評価を受けておりますので、ある意味では共通入試について高等学校側も賛意を表して、ここまで国大協の作業の進捗状況にあわせて御協力をいただいてきているのも、そういったこれまでの実地研究の持っているいわば実際の説得力というものがあったというふうに考えるわけでございます。ただ、先ほど来申し上げておりますように、共通一次の場合には大量の受験生をマークシート方式によって処理をいたしますので、マークシート方式自体が持っているいわゆる出題方法としての制約というものはあるわけでございますから、そういった点に十分留意をしながら一次、二次を合わせた形で適切な選抜ができるように今後さらに調査研究を重ねていってもらうと、そういう趣旨でございます。
○白木義一郎君 趣旨を伺っているわけじゃないんです。この六番の高校教育の内容に波及してよくない影響を与えるおそれがあるという御心配を持っているがゆえにここに列記されているわけです。で、その具体的な悪影響というのはどういうことをお考えになっているか。
○政府委員(佐野文一郎君) 先ほどもお答えしましたように、まあ、全国立大学に共通した一次テストの問題として出るわけでございますから、仮にその出題傾向が固定をしたり、あるいはある範囲からだけ出題されるというふうなことになりますと、高等学校の全体の教育に影響を与えるという意味では非常に好ましくないということになるおそれがあるという御指摘があったわけでございます。私どもは、そういうことのないように先ほど申し上げましたような点に注意をして対応していかなきゃならぬというふうに考えているわけでございます。
○白木義一郎君 どうもさっぱりしないんです。七番の「マーク・シートに記入する方式が受験生に負担を与え、実力と関係のないケアレス・ミステイクを起こさせるおそれがあること。」、まあ、これも私たちが心配している、いままでお述べになった中にも含まれている問題だと思います。 さらに、コンピューターの故障の際にかなりの困難が起き得ると予想されていること、まあ、これも同じようなお答えしかいただけないと思いますので、結局これだけの落とし穴が、局長さんのもとで挙げた落とし穴が、これだけあるわけです。これを今後鋭意検討して正していくということですがね、そこでまた広い範囲でまだまだお尋ねしておかなきゃならない問題がありますけれども、最後に一点だけ。 伺うところによりますと、全国立大学の学長さんが、この方式には全員が賛成をされていると、こういうように伺っておりますが、それで間違いないでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) 昨年十一月の国大協の総会におきまして、五十四年度から共通入試の実施可能であるということを国大協の意見として集約をしたわけでございますが、その点につきましては全大学一致の意見でございます。
○白木義一郎君 ということは、各国立大学が全校賛成ということで全部この共通テストを積極的に受け入れるというふうに受け取ってよろしいでしょうか。あるいはいろいろ聞いてみれば、悪いことじゃなかろう、いまのところはいろいろ落とし穴もたくさんあるようだけれども、これはそのうちに、実施の五十四年までには時間もあることだから何とか係の先生方がしかるべくやるだろう。様子を見てて、どうも余りさっぱり欠陥、問題点が是正された様子もないから、うちの大学はこれはやってもやらなくてもよろしいと。この共通テストに合格しない受験生でもわが校の試験は受けさせて、そして入学させることも、というようなことがあり得るんですか、これはまあ将来の問題ですけれども。
○政府委員(佐野文一郎君) 国大協で全体の意見を集約をして実施ということを決めているわけでございますから、もちろん全大学が共通一次というものを共同で実施をするということに相なるわけでございます。現在、各大学におきまして二次試験の内容をどういったものにするかということで非常な検討が進められているわけでございますけれども、もちろん各大学とも共通一次というものを実施をすることを前提にして、その場合における二次試験のあり方というものを検討しているわけでございます。
○白木義一郎君 そこで、もっと接近した時点で、まあ、結構なことだと言ってきたけれども、さあ、いよいよ実施する段階になったら、まだまだ問題点が解決されてない、残されているじゃないかということで、数ある大学の中で賛成はしているけれども、うちはそれは余り重きを置いてない、うちはうちの行き方で行くんだ、というふうになってもこれは各大学の自治性ということでやむを得ないことじゃないかと思うんですが、その点の御説明を。
○政府委員(佐野文一郎君) 一次試験のいわば結果と二次試験の結果とをどのように評価をする、つまり配点の上でどういうウエートをつけていくかということにつきましては、これは各大学が自主的に判断をすることでございますが、これまでの二次試験の検討の結果として新聞紙上に伝えられておりますところ等を見ましても、一次試験の結果については、やはり各大学ともかなりなウエートを置いて評価をしていこうという、そういう方向にあるように考えます。もちろん理論的には、先生御指摘のように、うちの大学はやらないよ、ということが出てくることはあり得るわけでございますけれども、実際問題としてはそういうことは起こり得ないであろうし、もし万一そういうことが起こりますれば、それは国大協の第一義的には問題になりますから、国大協の方でいろいろと御相談があるでございましょうし、また、私どももそういった大学・学部とは相談をしていかなければならないと思いますけれども、これまでの経緯からしまして、そういったことが生ずることは万々なかろうと思います。
○白木義一郎君 あり得るとか、ないであろうとか、伺っているうちに、だんだんわからなくなってまいりました。お立場の上からやむを得ないことと思いますが、きょうはこの落とし穴の問題だけで時間が参りましたので、また日を改めて細目についてお尋ねしたいと思います。
○小巻敏雄君 国立学校の設置法の一部改正というこういう法律審議の中でかなり質の違う問題を三つ一遍に審議をするというのは非常に骨の折れることであり、私としてみれば、妥当性を欠くというふうに考えられる内容が一緒に出されてきておるわけで、一つは、昭和四十八年度以降に設置された国立大学、これについて医学部の問題あるいはいわゆる新構想大学については総定員法の枠から外す、こういうわけですが、もともとこの定員に関する法律で処理すべきものをこういう姿で学校設置法の一部改正として審議をしていく、こういうことになるわけですし、学校設置法については既定の線を走っておるわけですが、ここに新しく国立大学・学部等の新設、この問題は、内容をつまびらかにすれば、これは教育の発展でありますから、審議の上可決決定するべきものであります。しかし、こういう部分もある。改めて第三章の四として特に第九条の五項というのを設けて、ここに出されておる大学入試センター、この問題については、まことにいままでから見れば、この学校設置法という法律審議の中で考えていく場合に異質な要素が非常に多いわけであります。特に、大学入試センターの問題については、従来からある共同利用研究所、そういうような概念で並んで出てくるかのように見えますし、中を見ると共同利用研究をやるようなところでもなくて、まるで事業団のような、一つの事業を実施するそういう事業体であるというふうにも見えるわけであります。こういう点、日限を付して速やかに可決決定すべきものと、こういう慎重審議を要するものと、これを日切れで合わせて審議するというのは非常にむずかしい問題になってくるわけですが、すでに衆議院の方ではこれを可決してきておりますけれども、実際問題としての大学入試センター設置を決めるのでありますけれども、ここがこの事業を実施する内容についてはいまようやく国民の目の前に明らかになって、漠然と把握しておったものを具体的に掌握するというところで改めていろいろな問題が取り上げられ、これを実施される国大協自身もかなり入念に内容にわたってさらに検討されるというような状況の中にあるわけですね。先ほど松永委員の御質問で二十一日というところまで審議日程を定めておりますけれども、そのときまでに大学協会の方でさまざまな疑問に答えてそれを責任をもって決着をつけるというようなことが可能なのかと言えば、それはむずかしいという話もあるわけですね。そうなってくると、白紙委任をして、そうして国民に対して責任をとって、既定レールをこの委員会で敷いていくということになるわけですから、私は、この点では果たしてあいまいなままで賛成していいものかどうかというような点で非常にいま悩んでおるわけです。こういう状況ですので、とりあえず、本日の質問としては総定員法がらみの問題と設置の問題について、まず二、三の質問をした上で、その上で入試センターの問題についてお伺いをしたいと思っております。 行管庁に来ていただいておるわけですから先にお伺いをしておきましょう。昭和四十八年度以降に設置された医学部、歯学部、そうして新構想大学六千四百三十三人、これを総定員法の枠から外しておく、と。これなぜ総定員法を見直して解決しないで、こういう措置をとるのか。また特別な事情によって定員の緊急増員の際にもこの政令で定めるというような部分もありますけれども、これらの趣旨と意味を述べていただきたいと思います。
○政府委員(辻敬一君) 国家公務員の定員管理につきましては、御承知のように昭和四十四年に、いわゆる総定員法——行政機関の職員の定員に関する法律が制定されたわけでございます。ここでただいま御指摘のございましたように定員の総数の最高限度が五十万六千五百七十一人というのを決めておりまして、公務員の総数の増加を一方において抑制する。それから一方におきまして、その枠内において行政部内でございますので、行政需要が伸びるところもございますれば、比較的停とんしている部分もございます。そういう行政需要の消長に応じまして、定員の機動的、弾力的な再配置を行って今日に至ったわけでございます。 しかしながら昭和四十八年度以降、いろいろと新しい大学の創設を見たわけでございます。一つは、いわゆる無医大県解消計画によります国立の医科大学、あるいは医学部という問題でございます。もう一つが大学改革の方針に即しました新しい構想によります大学、こういうものが創設されてきたわけでございます。御承知のように、こういう大学の創設は非常に大きな定員需要を伴うわけでございます。そしてこの新設の国立医科大学等のことを考えてみますと、一つは、何と申しますか、国家的な重要施策でございますし、それから四十四年に総定員法をつくりましたときには予想されなかった事態でございます。三番目にただいま申し上げましたように、教官を初めといたします多数の職員を必要といたしまして、定員管理上特殊性があるわけでございます。そこで、こういうものまで従来のように総定員法の枠内で既定定員の再配置によって賄うのは必ずしも適切ではないと、かように判断をいたしたわけでございます。そこで新設の国立医科大学等の定員につきまして、当分の問の暫定措置といたしまして総定員法の最高限度には含まれない、つまり枠外とするということをただいまの国立学校設置法の改正法案でお願いをしているわけでございます。 それからなお、お尋ねのございました第四項の「特別の事情により」「定員を緊急に増加する必要が生じた場合」政令で定めるという規定を置かしていただいておりますけれども、その理由でございますが、まあ、特別の事情と申しますのは、私どもから申し上げるのも大変恐縮でございますけれども、国会の解散その他何かの特別な事由によりまして、改正法案の年度内の成立が困難になるという場合があり得るわけでございますが、こういうような場合には学生の方は学年進行に伴いましてふえていくわけでございますけれども、それに伴う必要な教職員定員の増員を行うことができないということになりますと、非常に大きな支障が生じてまいります。したがいまして、そういうような場合には一年以内の期間を限りまして政令で定めることができるようにさしていただきたいと、こういうような趣旨でございます。
○小巻敏雄君 いまの答弁では、一つは、総定員法を法としてつくったときに、これだけの事業の伸びと、需要の伸びと、増員というのは予想できなかったというのが一つですけれども、もう一つは、やっぱり内容が特殊だということが挙げられておるわけですね。新構想大学、医学、学問研究、教官の定員なんかは、いままでの措置でも、削減の措置からたな上げ除外をして取り扱われた。こういうようなことも知っておりますし、その限りで特殊と言われるのは、教育研究というようなものは総定員法の枠全体の中で一律に見ていくべきものではなくて特殊の性格を持っておると、こういうふうに考えられて、それが一つの要因になって措置された、こういうふうに聞いていいわけですか。
○政府委員(辻敬一君) 今回新設の国立医科大学等につきまして、当分の間の暫定措置として別枠をお願いいたしております理由は、先ほど申し上げましたように、第一は、国家的な重要施策、いわばナショナルプロジェクトとでも申すべき性格のものであるということと、第二が総定員法成立当時には予想できなかった事態であるということ、第三番目には教官を初めといたします多数の職員を必要とする。たとえて申し上げますと、医科大学一校つくりますのに九百八十五人、約千人に近い大幅な職員が必要でございます。そういう意味で、定員管理上きわめて特殊性があるというところに着目をいたしまして、別枠措置をお願いをいたしているわけでございます。広く国立大学職員一般を別枠とする考え方は持っていないわけでございます。と申しますのは、先ほど申し上げましたように、総定員法は、一方におきまして総数の限度を定めまして公務員の数の増加を抑制する、一方におきましてその枠内において定員配置を機動的、弾力的に措置をする、かような趣旨でつくられているものでございます。したがいまして、その対象といたします範囲が多い方が本来の機能を発揮できるという点があるわけでございます。先ほど小巻委員が御指摘になりましたように、教育関係の職員はいろいろ特殊性がございますので、ただいま行っております定員削減でも、教官でございますとか、あるいは付属病院の医師、看護婦等の職員につきましては、その特殊性にかんがみまして削減の対象外にいたしておりますけれども、それとは別にいたしまして、その全体を、国立学校の職員全体を総定員法からはずすという考えは持っていないわけでございます。
○小巻敏雄君 特殊の性格を持っておるというその意味づけの中で、ナショナルプロジェクトであってこれだけは何が何でもやらなければならぬという点をいま言われたわけですが、四十八年以降につくられた医科、歯科、新構想、これと、それ以前からある既設の学問研究を行う機関と比べて、ナショナルプロジェクトとしての価値の大小が、差別があるわけではない。既設の医科大学も新設の医科大学も同じ仕事をするわけでありますし、それから新構想大学も東大を初めとする伝統的な大学も、これはあわせて日本の国の学術研究教育のことをやっていくわけですね。ここのところで一つのものに二様の価値づけと取り扱いがされるというのは、これは教育研究に対してなじまない問題であります。現実に大学同士で総定員法の枠内に置かれた大学研究機関と、枠外にあるものという、こういう二様の取り扱いが出てまいりますし、それからもう一つは、同一大学の中での、学部によって総定員法の桎梏のもとに置かれる部分と、そうでない部分というのが現実に出てくるわけですね。いまこそこういう点ではその特殊性にかんがみて総定員法全体を見直すというチャンスであったにもかかわらず、見るところ、五十二年度の予算定員が総定員法の定める行政職員の最高限度を上回った。五十三年度以降はパンクをする。そこで、まあいわばこそく手段で総定員法に手をつけないで、いわばその場逃れに決めたんだというふうに見えるところでありますし、これはいずれまた年がたてば矛盾は累積するわけです。この際とりあえず教育研究に関する部分は、その内容の特殊性にかんがみて総定員法の枠からはずすと、こういうふうに動かれるべきであろうと思うわけです。文部省もそのように主張しておると思うのですね。 ちょうど大臣が立っていきましたけれども、その点今度文部省の方にお尋ねをしようと思うんです。こういう状況の中で、文部省としてはいまの状況でこそ、この総定員法の枠外にこの教育研究機関、大学を外すというふうに進むべきだと考えられておると思うんですが、その点はどうですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、国立学校の教職員を定員法上の取り扱いとしてどのように考えたらいいかということにつきましては、先生御指摘のような趣旨も含めましてこれまで国立大学協会の方でも議論をされておりますし、また私どもも、どういうふうに考えることが適当であるかということを根本的に考えるべきではないかという、そういう問題意識は持っております。ただ、当面は、やはり四十八年度以降いわゆる無医大県解消計画によって始まりましたこういった大規模なプロジェクトにつきまして、暫定的に総定員法の枠外にするという措置をぜひおとりいただきたいというふうに考えているわけでございます。将来、これは暫定的な措置でございますから、当然その暫定的な期間が終わった時点においてどういうふうに総定員法との関係において処理をするかということが問題になるわけでございますが、その時に国立大学の教職員の定員をどのように取り扱うかということについて十分に検討を今後続けてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
○小巻敏雄君 一つ大臣にお尋ねしたいと思うんですけれども、この総定員法の枠から、大学研究機関はその内容の特殊性にもかんがみて枠外に置くべしというのが文部省の在来の立場であったと思うんですが、どうもいま局長のお話を聞いておると、まあ、いわばとりあえず技術的に処理をして、先は先で考えるというようなちょっと迫力のない話なんですよ。この点について大臣の決意はどうなんですか。
○国務大臣(海部俊樹君) ただいま御審議願っております分につきましては、これは総定員法ができました以後の、全く新しい角度からの政策のものでございまして、その必要をお認めいただき、当分の間こういう措置をさしていただくということで法律的にはお願いしておりますが、これ、いま御指摘のように全部を総定員法の枠外にして教育研究機関の定員は別扱いということになりますと、ちょっといまここで直ちに、そういたしますとも申し上げかねる。ということは、いろいろ相談もしてみなきゃなりませんし、ただいま私がここでどうこうというわけにまいりませんので、これは御指摘もございましたので考えさしていただくということにさしていただきたいと思います。
○小巻敏雄君 相手もあることですから、いつまでにやりますということは言いにくいとしても、これは在来の伝統的な文部省の主張であるはずなんですね。その点は承知しておられますか。
○国務大臣(海部俊樹君) これはしばらく時間をいただきまして、私も従来のいろいろなこと等につきましては、やっぱり政府部内の文部省でございますから、政府といろんな面でやはり基本的に考えが一致しませんと、それを文部省の意見だとかどうだとか言うわけにもまいりませんので、やっぱり現在は総定員法の枠の中で忠実にやっていきたいという基本のようでございます。
○小巻敏雄君 まあ、ここで将来ひとつよく勉強していただいて、学術研究教育の立場で閣議の中でももうひとつがんばっていただかなければならぬと思うんです。いままでにでも、すでに教官の定員は一応削減予定数をゼロというふうに計画をして、除外をしておったというふうな取り扱いにもなっておるわけです。行管庁の方でも、今回の措置というのは、これは事業量がふえて定員突破したからといってどこにでも取り扱える問題ではない、状況の特殊性にもかんがみて措置をしているんだというふうに言われておりますし、これは文部省の所轄ばかりでなくて、たとえば厚生省にだって国立病院がありますし、各省庁にも、みんな試験研究所等を持って、教育研究機関は持っておるわけですね。こういったふうなものとあわせて枠外にしていく、同時に、総定員法自身がこういう状況の中で見直されなければならぬということを指摘をしておきたいと思うわけです。ここでとられた処置自身は改良を意味する措置でありますから、そのこと自身には賛成をいたしますが、そういうことですね。 それからもう一つ、行管庁の方にお尋ねをしておきますけれども、今回の措置によって総定員法の上限枠とその現実の予算定数との間に若干のゆとりが出ておるわけですね。こういったものの措置と今後の定員需要の見通し、こういうもののかかわりでこれはどういう効果が上がってくるのか。こういう細かい点ですが、それについてもお伺いしておきます。
○政府委員(辻敬一君) ただいまお願いいたしておりますこの特例措置をとらしていただきますと、五十二年度末におきます総定員法の最高限度五十万六千五百七十一との間におきますゆとりと申しますか、あるいはすき間と申しますか、それは五千七百三十八人ということになるわけでございます。今後におきます公務員の定員管理の問題でございますが、御承知のように昨年の八月に第四次の定員管理計画というのを樹立をいたしまして、五十二年度以降四年間に全体といたしまして三・二%の削減を行う、各年次に割りますと〇・八%でございます。もっとも、文部省につきましては先ほど申し上げましたような特殊性にかんがみまして平均の率よりは低くなっておりますが、全体としてはそういう率でもって削減を行っていく予定にいたしておるわけでございます。それから、もちろん一方におきまして新規の行政需要というのが生じてまいるわけでございますので、そういう分につきましては厳正に審査をいたしました上で重点的に今後とも増員措置をとっていくつもりでございます。このようにいたしまして引き続いて定員の弾力的、合理的な再配置を推進してまいるという考え方でございます。この特例措置をとらしていただきますならば、当分の間は現行最高限度の枠内におきまして定員管理を行っていくことが十分可能である、このように考えておるわけでございます。
○小巻敏雄君 いずれにしても、既設の大学研究機関とこういう新しい措置を受けるところに二様の取り扱いがやられておるという、こういう不正常な状況は、総定員法の見直しあるいは教育研究機関を総定員法の枠外に出すというような抜本的な姿で解決されなければならぬ。これは当面のびほう策であって、ここでいま取り上げるゆとりがありませんけれども、幾つかの矛盾を今日の文部省所轄の大学等の中でも持ち込んできておるものだと。これはまたしかるべき機会にただしていきたいと思いますが、そのことを指摘をしておきます。 それからもう一つは、国立大学の新設に関するものなんですが、高知大学などで文理学部を「人文」と「理」に分割をする。こういう際に、文理学部であったときは一つの事務所でそれで一つの学部と、こうなっておるのですが、分割をした学部に対して共通の事務部が置かれるというような状況であるなら、これは新しい例で、労働強化が出るということのほかに、学部自治のルールの上でも支障が生じるのではないか。それらの問題をどう処理されるのかというのが一点ですね。 それから、改めて生物科学の研究機構を設けるというわけですが、所長のいる研究所が二つできて、その上に研究機構があるというのも初めての姿であって、私としては、概念がうまくすっと頭にこないわけですけれども、「所」の上に機構があるというのは一体どういうものであるのか、これらについて御説明いただきたいと思います。
○政府委員(佐野文一郎君) まず御指摘の文理学部の改組に伴う事務の取り扱いの問題でございます。 国立大学の事務組織につきましては、もちろん、大学における教育研究組織のあり方との関連を考えなければなりませんけれども、同時にやはり一般行政組織における効率的な組織編成に関する保護改善というものをしていかなければならないというふうにかねて考えているところでございます。最近でも、たとえば医科大学における医学部の事務部と付属病院の事務部とを一体化するというふうなそういった試みも行い、またそれはいい結果を上げております。今後、各大学においてそれぞれ事務組織のあり方について全体的な見直しなり、あるいは改善の努力が望ましいわけでございますけれども、当面これまで一学部でありました文理学部を改組をするわけでございますので、そういった場合には共通的な事務処理が可能なものについては引き続いてその体制を維持するという観点からもちろん事務長補佐等の増員は行いますけれども、そういった事務機構の整備は行いますけれども、事務部の分離を行わないで対応するということをそれぞれの大学と御相談をして方針としてとったわけでございます。 学部の分離改組に伴う所要の事務職員の増員につきましては、事務部の場合でありましても、もちろん教育研究補助職員についても従来の例に準じて手当てはしていくわけでございます。 それからもう一点の生物科学総合研究機構の設置の問題でございます。 生物科学総合研究機構は基礎生物学と生理学に関する総合研究を行う国立大学の共同利用の機関でございます。そういうものとして研究機構を設けるわけでございますけれども、研究上の基本となる組織としては二つの基礎生物学研究所と生理学研究所を置くこととしたものでございます。最初はこれら二つの研究所を別々に設置することも考えられたわけでございますけれども、これらはいずれも生物科学の分野を研究の目的といたしておりますし、また設置の場所も岡崎という同一の地区でございますので、二つの研究所から構成される総合的な研究機構として五十二年度に創設をするということを考えたものでございます。
○小巻敏雄君 機構ということで設置されるわけですから機構庁というのがあるんだろうと思うわけですけれどもね。こういうものの性格、権限あるいは人事権とか、管理運営の問題と所長権限なんかとの関係はどうなるのかというようなこともお伺いしておきましょう。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように機構——研究機構ということでございます。これは、この機構に置かれます二つの研究所が相当程度の独自性のある運営を行うということを予定しておりますので、研究所の連合体的な意味合いを出しますために研究機構という名称を用いることとしたものでございます。 機構庁の職務は文部省令で機構の構務を掌理するというような形で規定をすることを予定しているわけでございますが、具体的には機構を代表すること、両研究にまたがる事項について連絡調整すること、機構の職員を統督すること、所長及び教官の人事について文部大臣に推薦をすること、国立大学共同利用機関の長に委任された事務を処理すること、あるいは両研究所の共通の施設を管理すること、こういった事務を行うことになるわけでございます。
○小巻敏雄君 そうすると、機構の場合には所に対する関係は基本的に連絡と調整を行うものだ、それから固有の施設等については直接管理をする、こういうことで理解をしておけばいいわけですね、基本的には。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおりでございます。
○小巻敏雄君 それから事務部と学部の関係も既設のものであれば、一つの学部に一つの事務部があるというのが通常の状況でありますが、増員を若干とも行えば労働強化の問題は解決できるとしても、大学自治あるいは管理運営に対する教授、事務部の参加、交流、こういうような点で共通の事務部というのが一体どういう効果になるのか、わかりにくい点もありますので、その辺のところは大臣も覚えておいて、ひとつこの点で新しく置かれるものは従来のものに比べて自治その他の問題について安易な取り扱いがされないようにひとつ留意をしておいていただきたいと思うわけです。 続いて問題の入試センターについてお伺いをするわけです。 もともと入試センターの問題は、前大臣も今日の受験過熱による教育荒廃、これを解決していくために行政がどういう柱を立ててこれにアプローチをするのか、こういう状況の中で大きく取り上げてこられたところであった。予算委員会等でも、その点はひとつ芽の出たものと現実に進行しておるもの、大臣はこれを継承しながら発展させるのだという決意を述べておられるわけです。受験過熱、教育荒廃の問題になってきますと、これを生み出す原因と生まれた結果とが因果錯綜して、これは現実によほど因果関係を整理して準備をしてかからないというと、これはおできを悪くいじったようなことになってしまうわけですね。その点で、学習指導要領、それから大学入試、大学格差、学歴社会というふうに挙げられている問題自身については、国民の今日の苦しみに対して解決を図る中でそれぞれ重要な柱であるということは、国民的な確認があると考えていいと思うんです。この中で特に大学入試の問題について今度法律案を出してこられたわけですけれども、当然これは四つについて言いましても、ほかの柱と並行をして進んで初めて効果が期せられるものだ。入試自身が果たす役割りというものはごく部分的なものになる、そういうふうに思うわけですけれども、どうでしょうね、ここのところは大臣。
○国務大臣(海部俊樹君) 現在指摘されております問題のそれぞれがやっぱり相当な相関関係がございまして、どれ一つだけとらえても完全に解決することができずに、みんなが、全部が改善に向かって前進をしていかなきゃならないという点については、私もそういうような感じ方をしております。今度やっておりますことは、たとえば学習指導要領の改定作業は現にそれは進めておりますし、それから学校間の格差是正という問題もございますが、これに関しましては、今日までも努力を続けてき、また、今後もいろいろと検討を加えながら努力を続けていかなければならない問題でございます。入学試験の問題というのは各大学の自主性を尊重しながら行っていかなければならない問題であり、昭和四十六年の入試改善会議以来、国立大学協議会の方でいろいろと調査研究なさって指摘されておりますようないろいろな問題点も議論をされ、また何回かの実施と予備的な実施等もされて、その結果、五十三年度の入学生から実施可能という結論に到達をしたわけでありますので、これにつきましては、やっぱりいろいろな問題点を十分考えながら一歩前進していくことが入学試験制度の持っておる、指摘されておる問題点の改革に役立つ、こう考えておるわけでありまして、これ一つだけですべてが片づくというような発想ではなく、他の掲げております目標についても同時に進めていかなければならないことは御指摘のとおりだと私も考えております。
○小巻敏雄君 いま挙げられた問題の学習指導要領は文部省が直接決めることですから、これは文部省の責任にかかっているわけです。学歴社会というようなことになりますと、文部省ががんばってみても、ごく部分的な役割りであって、永井文相は、ブルーカラーを大事にせぬといかぬと言われましたけれども、労働大臣なわけじゃありませんから、これは一つの評論になってくるわけです。これを文部省の所管のことの中でどのくらい模範的に進めていくかということが問題になるだろう。大学入試もまた、これをやるのは、文部省が決めて全国一斉にやるわけにいかないわけですね、これは。もともと大学に入る学生を選抜するのは大学の責任であります、権限でもあるわけですね。高校に入るのは、やっぱり高校長がこれを入学を許可するというふうになっておりますし、大学の場合には大学が決めるんだと。こういう中で文部省が、この四本柱の中で文部省の責任で進め得るものは、私は学習指導要領の改訂とそれから大学格差の是正ということであろうかと思うんですね。これは大学の格差是正を、どっかほかから出てきてやるわけにいかないでしょう、これ。文部省がやるわけでしょうね、国立大学については。私学については影響を与えていくということ。 まあ、ひとつそこで私は、法案に入るに先立って、大学格差の問題についての大臣の認識と、これに対する処置、方法について二、三お伺をしておきたいと思う。一般に大学格差というふうに言うわけですけれども、大学の格差というものの中身は一体どういうものであるのか、これをお伺いしたいと思う。
○国務大臣(海部俊樹君) 国立大学においていわゆる大学間格差として意識されておりますものには、施設、整備、経費、定員など予算措置の違いに直接起因しますものと、それからその大学の持っております歴史とか沿革あるいは社会的評価など、長い年月にわたって培われてきたものとが混在しておると、こういうふうに考えるわけでございます。
○小巻敏雄君 まあ一番大きな格差は国公立大学と私学との格差である、同時に、同じく国が設置をした国立の大学の中にも格差が存在をする。七帝大あるいは一橋、蔵前等を初めとする従来からあった十一の官立大学、こういう大学と昭和二十四年度以降新制度で設置をされた旧高専が昇格をしたもの、あるいは新たに設置された大学との間に格差があるということは常識的にみんなが言うことであるが、その点については大臣も触れられたし、その格差が伝統によるものと、もう一つ、やっぱり文部省の方で措置をする財政上の措置、教育条件の整備上の措置、これらのものの格差によるものだと、こういったふうなことも言われておるわけですね。実はそれについては、国立大学協会自身が、一方で入試制度の問題も委員会を設けてやってきたわけですけれども、格差是正についても国立大学協会大学格差問題特別委員会というようなのを設けて、みずから具体的に格差の内容を明らかにしておるわけですね。ここではかなり明確に格差の具体的内容を明らかにし、柱を立てて是正措置を要求しておる点があるわけです。そこの具体的な問題点について、これは局長からで結構ですからね、御説明いただきたいと思うんです。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘の格差是正に関する国大協の中間報告でございますが、五十一年六月に特別委員会で中間報告をまとめまして総会に報告するに至っております。この報告の中では、基本的な考え方といたしまして、平等な基準による組織・編成ということを考えるべきだということを指摘しながらも、同時にそういった平等な基準による組織・編成ということが、いわば各大学を特色のない一律平板なものにしてしまうことに対する反省と申しますか、危惧ということを十分に考えて、それと並んで伝統、特色を尊重をしたそれぞれの大学の発展ということを考えていくということを基本の考え方といたしております。そして教官当たり積算校費、教官研究旅費、あるいは学科編成、学生定員、施設の面積基準、教員養成系の大学学部のほかの学部との同様な措置の問題、あるいは教養部の問題、そういった点について、たとえば教官当たり積算校費につきましては、学部は一律に修士講座並みとしてはどうか、あるいは教官研究旅費についても博士講座制を基準として一律にしてはどうかというような提案をしているわけでございます。
○小巻敏雄君 私がいま手元に持っている報告書というのは、昭和五十一年一月の日付がしてあって、そしてこれが総会に報告をされた内容であると思っているわけですが、同様なものですか、いまのは。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘の五十一年一月のものは、委員会としての報告案であろうと思います。で、それについて特別委員会は各大学に送付をいたしまして意見を求めた結果、それらをさらに取り入れまして、六月の格差是正に関する中間報告がまとめられているものと考えます。
○小巻敏雄君 おおよそ同様な内容を持っているものだろうと理解をしておるわけですが、具体的に国立大学における格差というのは、大学と大学の格差というのが一つある。それから同一大学の中で、大学内格差というのが存在をして、学部ごとに具体的な格差がある。それからさらに教員養成課程等に見られるように、特定のものは学部においても非常に大きな格差がもたらされているし、それがどういうシステムから生れているのかというようなことも明らかにした上で、決して画一的にせよと言うのではなくて、同様条件であるものはそろえるようにということを中心にして挙げておるわけですね。まず、大学と大学の格差というのは、具体的にはどういうものなんですか。
○政府委員(佐野文一郎君) この中間報告の中にも盛られておりますけれども、いわゆる旧設の諸大学、旧七帝大等につきましては、学部学科の編成においておおむね博士講座制がとられている、したがって学部、学科、講座等が質量ともに充実をしているけれども、二十四年以後に発足をした新制の諸大学は、学科目制なりあるいは修士講座制、課程制をとる学部が多い。大学院も修士どまりということであるために、講座制と学科目制、課程制との間における定員の基準であるとか、あるいは積算校費の基準等による差があって、それがいわば大学間における格差というものが生じているゆえんだというような指摘があるわけでございます。
○小巻敏雄君 具体的にはこの定員基準が、博士課程の講座では一講座六人であるのに対して、学科目制では十人になっておる。こういう点が具体的に定員上の格差であるというような点を挙げて、博士課程が置かれたところと置かれないところには、定員上の措置あるいは科研費の措費、それらにさまざまな問題点があるということを指摘しているわけですね。特に問題であるのは、それは博士課程のあるところとないところとに差があるのは、中身が違うんですからね。それはまあ、違うのを画一化せよとは言わないけれども、博士課程のあるところの学部とそれから修士課程のところと、あるいはそれを擁しない学部だけのところにおいて、同じ学部でも何もかも違いが出てきておるというところの問題を指摘して、学部なら学部の均質を保てということを強く主張しているというふうに私は読み取っているんですけれども、どうですか、その点は。
○政府委員(佐野文一郎君) 中間報告の基本的な考え方は、御指摘のように、たとえば教官当たり積算校費で言えば、学部については一律に修士講座並みということで統一をして、その上にそれぞれ大学院については別途積算をすればいいではないか。そういう基準のところ、基本のところは同一にしてかつその水準を上げてはどうかというのが考え方であろうと思います。
○小巻敏雄君 この際に格差を是正をし、そして受験過熱についても、学問をやっていく上では均質な条件の上に個性を出すというふうなことを保障する点では非常に正当な要求かと思うんですけれども、これについての今後の是正方向、考え方等を持っておられるのかどうか、それをお伺いしておきましょう。
○政府委員(佐野文一郎君) 現在の積算校費等の考え方は、やはり博士講座、修士講座、学科目というふうな形で積算の基準を分けているわけでございまして、これはいわば大学院の負担というものを考えました積算の方式であって、それはそれなりに合理性を持っているわけでございます。したがって、当面はそういった現行の積算方式でその内容の充実を図っていくということを考えていくわけでございますけれども、やはり私どもも問題として大学院がさらに整備をされてまいりますと、先般の大学院設置基準でも考えておりますように、大学院として独自の設備なり、あるいは施設なり、教官を持つということが出てくるわけでございますし、そういった事柄とあわせて学部、大学院を通じてどのように考えていくかという点は、やはり今後の重要な検討課題であるというふうに考えております。 それから、もう一つは、そういった講座制、学科目制ということにかかわりなしに、たとえば教官研究旅費のようなものにつきましては、同一職種の間であれば格差があるというのはこれはおかしいと思います。現にそれは積算の基準においては違っているわけでございますけれども、これはやはり年次計画をもって同一職種であれば同一の単価になるように改善をしていかなきゃならないところと考えて、五十二年度からも一部年次的な改善に着手をしたところでございます。
○小巻敏雄君 教官研究旅費にもいま言及されたわけですけれども、教官研究旅費というものの基準がしっかりしていないところに今日の問題があるのではないか。それから学生研究旅費というようなものが特に設けられていけば、これもぐるみのような考え方で旅費が配当されておるとすれば一見差異があらわれてくるわけですから、こういう問題についても解決される必要があろう。それから教官当たりの積算校費では、運営費が別の費目で計上されていない問題等も含めて、この積算校費の問題は問題に挙がっているんだと思うわけですが、運営費は別の費目の予算措置を講じた上で、学部段階では一律に講座制教官当たりの積算校費の基準をつくる、こういうようなことは当然行われていくべきだと思うわけですが、そういう方向で努力をされるというふうにお聞きしてよろしいですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 教官当たり積算校費におけるいわゆる補完的な経費の問題につきましては、私どもも、いわゆる光熱水料であるとか、あるいはその他のいわゆる研究の補完的な経費の充実ということについては、これまでも努力をしてきているところでございます。また、先ほど御指摘のございました学生のための旅費というふうなものにつきましては、これは私どもはかなり問題があると思いますので、これは慎重に対処をしなければならないと思います。いずれにいたしましても、いま御議論をいただいておりますこの中間報告は、まだ各国立大学において検討を続けている最中でございます。その検討の結果を特別委員会の方で取りまとめて総会に報告をした段階で本来は公表されるべき性質のものであって、資料としてはまだ恐らくは国大協としては未公表の扱いをしているものではなかろうかと思います。そういう意味で、私どもも、今後とも国大協の方の意見あるいは各国立大学の意見を伺いながら、指摘されている問題点等については国大協の方の作業の煮詰まり方も見ながら検討をいたしてまいりたいと存じております。
○小巻敏雄君 大学の問題というものは深く立ち入ってみると、必ずしも見かけほど、たとえば東大と地方大学との格差の意味が見かけと同じ比例で出ておるのかどうかと、いろいろ問題もあるようです。それから内容別に見ないとそれは画一的に言っても解決できないというところがあるのは理解できるわけですね。しかし、基本的に眺めて、校舎の面積から研究費から旅費に至るまで、必ず歴然たる差異があることもまた巨視的に見て確かなことでありますので、ぜひこれは、一面で大学入試問題等を進めるとともに、国大協とも協議された上で、この底上げといいますか、各地方にそれぞれ大学院を有する総合大学を充実をさしていくという方向で計画を立ててお取り組みを願いたい。それがなければ、いわば原因の方を正さないで末の方をいじっても、実際は空回りになってしまうということを申し上げておきます。 そこで、この法律案の入試センターの問題に入るわけでありますが、この法律案、改めてお伺いをするわけですけれども、これはこの設置法の中で今度設けられる機関というのはどういう性格を持つものなのか。しばしば共同利用研究機関的とか言われるわけですけれども、そういうものなのか、研究機関であるのか。実施というのはどういう位置づけになるのか、この点について改めて御説明いただきたいと思います。
○政府委員(佐野文一郎君) やはり入試センターは国立大学の共同の機関であるということは、共同利用の研究機関と同じような性格を持つものでございますけれども、同時に、共通第一次学力試験について試験問題の作成、採点その他一括して処理することが適当な業務を行う、さらに、大学の入学者選抜方法の改善に関する調査研究を行うという機関でございますので、従来の高エネルギー物理学研究所等とは同じいわば系統に属するものではございますけれども、仕事の中身が違っているということであろうと思います。
○小巻敏雄君 「共通第一次学力試験の問題の作成及び採点その他一括して処理することが適当な業務を行う」ということと、それから「選抜方法の改善に関する調査研究を行う機関」と、「研究を行う機関」というものが併記をされておるわけなんですけれども、どんな研究をやるわけなんですか、「選抜方法の改善に関する調査研究を行う」というのは。
○政府委員(佐野文一郎君) 入試センターには研究部が設けられるわけでございますが、この研究部におきましては、当面、情報処理部門として、電算機あるいはマークリーダー等による情報の処理についてそのシステム等の研究をする部門と、それから追跡部門、もう一つ評価部門と、三つの部門を設けます。これらはいずれも共通一次の試験につきまして、その結果の評価であるとか、あるいはその第一次試験が行われた者がその後大学に入ってどういうふうな状況にあるのかというふうな点の追跡であるとか、そういった点を研究してまいるわけでございます。しかし、この入試センターにおいて調査研究をしなければならない事柄というのは、そういった直接共通一次試験に関係をした問題に限るわけではなくて、むしろ、より基本的にわが国の入試制度のあり方と申しますか、そういった点についての検討をする必要があるというふうに私どもは考えておりますし、またそういう御指摘もかねていただいているわけでございます。今度の予算、五十二年度の予算でお願いをしておりますのは、いまの三つの部門でございますけれども、将来はそういった試験方法なりあるいは試験制度に関する研究部門というものも整備をしていきたいというふうに考えております。
○小巻敏雄君 業務を行うことと調査研究を行うことが併記されておりますけれども、いまの説明であれば、業務を行うことが先に決まっておって、それのために必要な技術的な部門を、これを調査研究機関と称しておるわけであって、根本的な性格は業務を実施する機関である、これが大体大学入試センターの性格だというふうに聞こえるわけですけれども、そういう把握では間違っておるわけですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 大学入試センターを設けますときに、国大協の側でも非常に強く要望もし、また私どもも必要であると考えましたのは、最初から研究部を設けて大学入試改善に関する調査研究を行うということでございました。その要望に沿いまして最初から研究部を設けまして、共通第一次学力試験が信頼性と妥当性をさらに高めるように、常に調査研究の裏づけをもとに試験問題の改善を初めといたしまして評価方法等に改善を加えていこうという、そういう体制をとったわけでございます。
○小巻敏雄君 すでに国大協の方で六年にわたって共通第一次の学力試験の問題について検討してこられたことには敬意を表するものでありますけれども、そういう基礎の研究の部分、これが引き続き研究機関として継承され進められていって、その上に立って広くこの選抜を介して大学に人をとる問題とか、あるいはテストの性格の問題——外国でもそれぞれ、ヨーロッパでもアメリカでも問題に行き当たっておりますし、日本にも一定の歴史的な経過があり、下にも高校もあれば小中学校もあるわけです。さまざまなかかわりの大きな影響力を持つ問題で、基本的に調査研究を行う、このことについて私どもは大きく賛意を表するものでありますけれども、聞いてみれば、この調査研究というのは、研究の結果いまから何をやるのか決めるのでなくて、やる方が決まっておって、それの手続とか道具とか、反復繰り返しやっていく上での技術的なデータ、評価等の問題について調査研究を行われるということですから、これは法律の中でも九条の四あるいは三に挙がっておる研究機関とは全く異質のものと、まあ、強いて言えばこれは鯨と魚が似ておるぐらい共通点があるのであって、組み立ても内容も異質のものだというふうに考えるわけですけれども、そうじゃないでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、実際に共通入試実施の中心的な機関となるという点におきましては、既存の共同利用の研究機関とは異なった性格のものではございますけれども、同時に、やはり各大学共通の問題として大学入試の改善を推し進めるための研究というものを進めていくという点におきましては、既存の共同利用の研究機関に近い性格も持っているわけでございます。
○小巻敏雄君 そして、この設置をこの議会で認めてこれが発足すれば、すでに秋には試行テストをやって、その翌年には実際に共通テストが実施されるというプログラムも決まっておって、この点は間違いなくやっていくんだという段取りができ上がっているわけでしょう。これもいまから……。もしこの法律案が通されたら間違いなくこの一次試験は昭和五十三年度から実施をすると、こうなるわけですね。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、設置をお認めいただきますと、ことしの秋以降に実施をいたします八万人の試行テストによりまして、各大学における大規模なテストについての十分な準備の体制をとりまして、それを経て五十四年度の入学者選抜から共通第一次試験を導入をするということを考えているわけでございます。
○小巻敏雄君 すでに前質問者も幾つかの柱を挙げて、これのもたらす教育効果ですね、一つは、今日の教育荒廃と言われる受験競争に対して鎮静をさせる効果があるのか、激化をさせるのか。それから、従来から持っておるテストの性格に対して新しい要因が出てくるのかこないのか。幾つかの問題があるわけです。これもいまようやくマスコミを初め国民はこの内容の問題を具体に当たって一つずつ検討をしてながめようとしておるわけであり、いま出てきておるところでも、まさに賛否半ばすると申しますか、メリットとデメリットというのが錯綜して意見が述べられておるというふうに思うわけですが、まず、客観テストというあり方について私も御質問をしておきたいと思うわけです。 このコンピューター処理であり、解答がマークシートでやるというやり方は、必然的に記憶力と理解力の評価になる。判断力、総合力というものにはなじまないテストたらざるを得ないと思うわけですけれども、その点は確認されるわけですね。
○政府委員(佐野文一郎君) 基本的にそういう制約がマークシート方式にあるという点は御指摘のとおりであろうと思います。しかし、これまでの国大協の実地研究を通じまして、そういった制約を持ちながらもかなり、いわゆるこれまでマル・バツ式と言われていたものとは違った、さらに一歩踏み込んで、記述力あるいは考察力、そういったものについてももちろん制約はあるわけでございますけれども、踏み込んだテストができるような方法が開発をされてきているわけでございます。そういった点はやはりこれまでの実地調査を通じての一つの成果として高等学校側からも評価をされているところであると考えます。
○小巻敏雄君 記述力、考察力等についてマークシート方式で可能だというのをひとつ見せていただいて実際に当たってみるとか、この点はかなり責任を持ってこれを発足しようと思う前にはやっぱりよく見ておかなければならぬと思うわけです。しかし基本的には、協会自身が限界を認め、文部省でもそう言われるように、どうしても記憶力と理解力を評価する上ですぐれていても判断力、総合力の評価では不十分だ。言いかえれば、暗記、詰め込みと、それから、テストプロと申しますかな、受験技術というものが大きな比重を占めるということ自身からは脱し切れないわけでしょう。だから二次試験で判断力、総合力等を見ようというふうになっているんじゃないんですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 基本的には、そういった客観式のマークシート方式の持っている制約というのを考えて、二次試験の場合に一次試験ではとらえられない能力というものをテストをする。ことに一次の場合には高等学校における基礎的、一般的な学習の達成度というものを見るのに対して、二次の場合にはそれぞれの学部、学科の特性に応じた能力、そういったものを見ようというわけでございますから、その際に、特にそういった一次の場合の制約ということを考えて出題方式、出題方法に工夫を加えるということであろうと思います。
○小巻敏雄君 採用する方の側から言えば、一次と二次とあわせてみればこれはまあ両方の力を見ることができると、こう言えば済むのかもしれないけれども、受験する方の側から言えば、一次試験が過熱をしてみればたちまち従来以上に暗記と詰め込み、こういうのが高校の教育も含めて過熱をしていく。それから受験技術については、受験産業がコンピューターも買い込んで、これに対して手ぐすね引いて準備をしておるというような状況下で、いままで以上の過熱が出てくるということは当然心配をされるわけですし、二次試験の方では学力試験を行うなら二重負担になるということと、ここでガイドラインを設けられるとしても、やっぱり難問奇問問題は制度的にはチェックをできない、こういうことがあるんじゃないでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) 一次試験の場合に、受験技術的な練習をすることによって正答率を高めることができるという性質のものではないということを受験生その他社会一般に理解してもらうという努力をしなければならないということは先ほどもお答えを申し上げたところでございます。また、そのための基礎としてできるだけいい問題をつくるということが実際的に最も説得力を持つことであろうというふうに考えて、これまでの実地研究も進められてきたわけでございます。そういった努力を今後とも続けなければならないということがまずあるわけでございます。 で、二次の場合は確かに御指摘のように、二次試験のやり方そのものを法令をもって規制をするというような形でわれわれが割って入るということはできないし、また、すべきでないことであると思います。それは各大学の自主的な御努力にまつ以外にないわけでございますけれども、それについてもやはりガイドラインに従った努力というものが各大学において現在行われているわけでございますので、その結果をわれわれとしては見守ってまいりたいと考えております。
○小巻敏雄君 続いて、入試期日の一元化に伴う不安の問題。まあ、これについてただしておくわけですけれども、これは一発勝負であることは間違いないわけで、一発勝負ということに伴うメリット、デメリットを整理をしていただきたいと思います。
○政府委員(佐野文一郎君) 入試期日の一元化によってわれわれが期待をいたしておりますメリットというのは、まず一期校と二期校との間に格差があるかのように従来から印象が持たれていて、二期校コンプレックスというふうな言葉さえも使われていた。そういった状況がございましたけれども、それを解消することができる。また、一期校、二期校の区別を廃止をして一元化をすることによって本当にその大学を志望する者が受験するような傾向を助長することができるであろう。さらに現在一期校と二期校の重複合格者がかなりたくさんございまして、それによる国立大学の欠員の問題というのがこれまた指摘をされているわけでございますが、そういった欠員問題というものを少なくとも、一期校、二期校のような形での国立大学間の重複というようなかっこうでは解消することができる。あるいは、従来二期校に非常にたくさんの見せかけの志願者が殺到いたしまして三十倍、四十倍というふうな形になるところさえもあって、非常に過熱をした状況を表面的に見せていたわけでございますが、そういったものを静めることができる。そしてこれによって国立大学、ことに従来二期校であったところの入試というものを従来よりも丁寧に行うことができることになりますので、そういった入試業務の改善という点からもメリットを期待できる。そういった点があるわけでございます。デメリットとしては、やはり受験生に対して従来は二度のチャンスを与えるということが一期校、二期校によって行われていたわけでございますけれども、そのチャンスが一回に原則としてなるということでございます。この点については午前中に加藤参考人も申しておりましたように、一つは共通入試を実施する際の一次と二次との間における志望校の変更を認めるという措置、あるいは志願大学の中で、工学部の中においてたとえば第一次志望が機械、第二志望が電気、そういうふうな形で二次志望をとって、それをできるだけ志望大学の中で生かしていくというふうな方法、あるいはもし大学が希望をするところがあれば、その大学では定員の一部をリザーブをしておいて、二次試験が終わった後で再募集という形でいわば二次志望を生かす方法を考えることもあっていいのではないかとか、そういった点が現在検討されているわけでございます。
○小巻敏雄君 実際には二回のチャンスというのは、これは私学とこの国立との二回チャンスということになるに違いないと思うわけですけれども、これが私学の方にもたらす影響というのはどういうふうに想定されるわけですか。受験の全体像というのは国公立と私学と両方のテストを通じてあらわれてくるわけなんですがね。
○政府委員(佐野文一郎君) 確かに国立の一期、二期の一元化と同時に、公立大学が参加をしてくるということになりますと、公立大学の中の芸術系とか幾つかのものは期日が違うかもしれませんけれども、原則的には公立大学も国立と同じ期日に入試をやる、二次の試験をやるという方向へ動くと思います。そういう意味では国公立を受験する者と私立を受験する者との間の重複という関係が現在よりもより多くなるのではないかということが考えられると思います。で、もちろん入試のチャンスというものが一回だけでは困るという、そういったこともわかりますけれども、反面、現在のように七つも八つも重複をして受験をするという傾向がいいかと言うと、これまた決していいことではなかろうと思います。やはり国公私を通じた全体の改善の問題にはなりますけれども、それぞれの生徒の進路というものが十分に考えられて、そしてあるしぼられた範囲のものについて受験をするという形になっていかなければならないんだというふうに考えるわけでございます。 私立との関係で非常に問題になりますのは、共通一次の時期とそれから二次の時期をどの辺にとるかということでございます。で、高等学校との関係、高等学校のカリキュラムとの関係を考えたり、あるいは国立大学だけの立場を考えますと、共通一次の時期というのは、むしろ遅ければ遅いほどいいということにも相なるわけでございますが、反面、私立の入試ということを考えますと、やはり現在行われている国立と私立の入試の関係というものは考えておかなければなりませんので、国立だけをそう遅くするというわけにいかない。そういったこともあって共通一次は十二月の下旬に実施をする、二次は三月の初めの現在の一期校の時期に実施をするというふうなことが考えられているわけでございます。
○小巻敏雄君 これで私の頭にとりあえず浮かんでくるのは、私は長いこと高校教育にかかわってきておったんですけれども、まあ、高校の受験と相似た姿になるんだということが浮かんでくるわけです。いま難問奇問がなくなるという点では、高校の受験生は、都道府県立の学校を受ける限りでは大体共通統一テストを受けているわけですね。そこでは難問奇問というたちの問題は原則的に出されない、時には問題のあるようなこともありますけれども。しかしながら、それでは受験競争激化はしなくなったのかと言うと、大体小中学校の塾通いというのは、いきなり大学を受けるためにやっているのではなくて、高校受験のためにやっておるわけですね。私学の方がその点は網にかかっておりませんから、東京などのような場合には学区制をやろうとしても、学校群をやろうとしても、私学とのかかわりで大体ちょっと始末がつかなくなっているような状況なんですね。京都はかなり古典的にやっておりますけれども、それでも公立では上澄みを皆私学にさらっていかれるとか、いろんな問題が出ておりますし、大阪ではいまもって単独選抜制をしいて特定の高校が阪大、京大に対する入学のシェアの高さを誇っておるというようなことがあります。しかし、ここは、受験産業と偏差値の一番幅をきかす地域になっていることもまた事実なんですね。こういう状況が大学の方に次第に新しい秩序として生まれてくるとすればちっとも楽しいイメージは生まれてこないわけですね。こういったふうな問題についてもつぶさにこれらのマイナス点を大学でも是正をし、高校でも是正をするというようなことが浮かんでこないと、これに手をつけてやっていくという点のメリットがはっきりしてこない。大学については、これはまあ一定のメリットがあっても、学生の方にメリットが来なければプラスにならぬだろう。 私はここで心配をするのは、一つは客観テスト、第一次共通テストが行われるということと、入試期日の一元化によって、恐らく自分の近くの大学にみんな行くようにしようというふうにならないで、一年また一年と、自分の力相応の大学に行こうとし、入学試験をやる前に大体入学試験が決まる、進学指導と旺文社などの指導が志望大学を決定していくという方向に作用するようになるということが浮かんでくるわけなんです。偏差値による進学指導、それから受験準備、特に微少な差を大ざっぱに分けて一流と二流と三流というのならまだしも、一流と一・五流と、二流と二・三流と二・五流というふうに微少差——人間能力としていまから発達する上ではどっちが上かわからないような差をその時点では明確に点数にして分けようとするようになると、大体いま高校にあらわれておるような状況が出てくる。こうなれば大学の格差は、いままでには流動的であった大学の存在がかえって一流から五流までというふうにきれいに選別をされて、入学試験の前に決着がつく、それで年を追ってこれが整理をされていくというような高校型の格差にとりわけ地方大学は移行をしていく。こういうことが考えられるわけですけれども、その辺はどうでしょうね、わかるじゃないですか、大臣どうでしょう。
○国務大臣(海部俊樹君) 一次試験だけという面を限定しますとあるいはそのような比較検討の問題、御心配の出てくる余地もあろうかという感じがお聞きしておってふらっとするんですけれども、しかし、その弊害をなくするために各大学で二次試験とか、あるいはまた調査書の活用とか、いろいろなことを組み合わせ、それからまた、一次試験の方もただ単なるマル・バツ式じゃなくて、マークシート式の持っている壁はございますけれども、その中でもやはり出題等については十分検討をし、研究を重ねてこられた問題でございますので、私は、それらのもうちょっと幅広く、奥深くその人間を対象に選抜がされるようになるんだと、こう理解をしておりますので……。いま御指摘のような弊害が起こらないように今後とも二次試験とか調査書の活用の問題等を総合的に判断して考えていかなきゃならぬ問題だと理解をいたします。
○小巻敏雄君 足切りの問題が非常に大きく問題になっておるわけですけれども、一次試験で足切りが行われるということになれば、いま二次試験問題でこれの補正をするとか言われましても、これは一次試験の意味がやっぱり大きくなってきますから、足切りの有無というのはそういう点では非常に大きな意味を持つものです。しかし、試験というのはやっぱり通るのと落ちるのを分けるために試験をするんですから、どだいが、もとはこういう切るという性格を持っておるわけですね。この辺のところは、いまのところどこまで来ておるわけですか、話は。足切り問題について。
○政府委員(佐野文一郎君) 国立大学の方も、基本的には、共通入試を実施をする趣旨というのはいろいろの資料を総合的に判断をして適切な選抜をしようということにある、そういう点を考えて足切りというのは行わないでほしいというのが、国大協の基本的な考え方であり、私たちもそう考えているわけでございます。ただ、非常に受験生が殺到をするというふうなことでどうしても足切りを行わなければならないという事情があって、やむを得ず行おうとする場合には、やはり定員の三倍くらいは残して総合的な判断をしてほしいというのが国大協の考え方でございます。
○小巻敏雄君 これらの問題もすべて衆議院では小委員会を設けて一つずつ当たっておって、参議院からもし戻ってきたらそのときまでに改めて確認した問題を含めて責任を持ってもらうというようなことでやっておるようですね。私どもが、これから参議院として独自の検討をしていく場合に、その点では非常にむずかしい状況になってくる。このままであれば、私は、高校型の一つの大学の系列化、それから格差の固定化、今日は流動しておるものが、この措置によって固定化をされていく。いまからさき、大学に対して設備の均等化とか、あるいは地方大学に対するいわば大学院の設置とかやっていこうとする場合に、ときには先生の規定がなくて大学院を設置するのがなかなかむずかしいなんというところがあるわけですね。ここのところに系列化が一流から四流、五流と、こうやられたら、いまから格差を是正しようとするのがかえって学生の偏差値別格差できれいに整理されてしまう、文部省の方の責任ではなくて自主的に選んだ格差のようになってしまって、かえって格差が固定化をして拡大をするし、文部省の格差解消の責任も免責をされるような姿が出てくるのじゃないかというような点についても心配をするわけです。人為的につくり出された伝統と言いますか、こういう格差、これらの問題が進んでしまえば、これはやろうとした趣旨と出てくる結果が背馳することになる。高校の格差だって、昭和二十五、六年なんというのはそんなことは大したことはなかったわけですよね。私は京都府立宮津高校というところで二十年代に教鞭をとったんですけれども、ぼくの卒業させた学年から東大には三人入ったし、京都大学には十二人入ったんですよ。いまは三年に一遍ぐらいしか入りませんわ、京都大学などでも。これは、たくさん高校ができたということもありますけれども。これは受験というのは特別の技術になってしまって、競馬の馬のように訓練されなければ、普通の素質の子が自分相当の大学に行けなくなっているんだというふうにも見ることができます。こういうものは十数年の間に進んだのであって、地方大学のレベルアップとか、それから個々に完備したものを育てていこうとする上でそういうようなマイナスをもたらさないようにするということとはずいぶんと考えておく必要のあることだ。私は、何も、これは否定的な材料を挙げるのを目的として言っておるのじゃないんですよ。ただ、具体的に容易に想像できることです。その点で、いま討論をいただいた点でも、客観テストで、暗記物にならないように記述、考察のテストをやる用意もある……。これは問題の要旨で、問題を見てみぬとわからんですね。あるいは二次試験のもたらす役割りで、格差の固定をカバーしていくというような問題とか、私学の有名校の受験競争の激化というのはどうされるのか、答弁を聞いておりませんけれども。こういったふうな問題はもう少していねいに調べていく必要があり、この問題について文部省からの答弁では、これは責任持てないわけです。やっぱり大学協会、私学協会等から、やる立場の人から返事を聞いた上で判断をする必要があると思います。きょうのところではマスコミ等で知っておるところでは、大学の当事者も学部の中まで立ち至ってみれば、アンケート調査の結果は、先生方がことごとく賛成しておるわけではないですね、国立大学の内部においても。それから私学の立場からは、どっちかといえば批判的な立場の意見が強く述べられておる。こういうような状況を見ますと、明後日の参考人招致以降も考えていきたいと思うわけですけれども、参議院の方でも集中審議をやるなり、小委員会なりを持って、やっぱり問題点を、可否を決める委員が熟知をするという必要があるのじゃなかろうかということを強く感じておるわけですね。賛否相半ばする中で衆議院にげたをあずけるなどといって、無責任に賛成していくという気分には、私としてはとうていなれないわけであります。この点については委員長、ひとつ理事会等でそういう問題について協議をする機会についてもお考えをいただきたいと思うわけです。まあ、引き続いて審議を進めることにして、本日はここで終わります。
○委員長(宮崎正雄君) ただいまの小巻君の意見につきましては、理事会において検討いたしたいと思います。
○中沢伊登子君 私はまず、高等教育の進学率について伺いたいと思います。 年々高等教育の進学者が増加してまいりまして、五十一年度現在では高等教育の進学率が三八・六%、約四〇%近くに達しておりますが、大臣はこのように高等教育が普及したことをどのように考えておられますか。また今後どの程度まで進学率が上昇するとお考えでございましょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) ただいま御指摘のように高等教育が普及してきて四〇%に近いところまで達しておるということは、私は、これは基本的に考えますと国民が豊かな知識を身につけ、教養を身につけ、高等教育の場に参加することができるようになったということは、これはいいことであると、こう受けとめております。やっぱりそのためには開かれた大学とか、大学の大衆化というような現象が起こってきて、それに伴いなお高度な学術研究をどうして維持し継承していくかとか、その継承者をどうして育成するかという問題等もございますけれども、私はそういう問題はその問題ごとにやっぱり解決をしながら進んでいくべきであって、ふえてきたということはいいことであると、こういうふうに受けとめております。
○中沢伊登子君 今後どの程度まで進学率が上昇すると見ていらっしゃいますか。
○国務大臣(海部俊樹君) 現在のところは、各界の方々の御意見をまとめていただく高等教育懇談会でも、量的な拡大ということは、もうこれ以上いまの段階では力を入れないで、むしろ、先ほどちょっと申しましたように質の充実と申しますか、いろいろ抱えておる問題点について配意し、改善をしていくべきではないかというような御指摘もございますので、昭和五十五年までぐらいの間は、むしろ量の拡大よりも質の充実に向いていかなければいかぬと、こう考えております。
○中沢伊登子君 私も、いま大臣のおっしゃったように、今後の拡充整備の力点はやっぱり質的の充実に置くべきだと思います。いまおっしゃったとおりだと思います。 そこで、この質的充実についてお伺いをいたしますが、まず、いまおっしゃった量的の拡充の抑制ということですね、これは、国立大学の新増設についても今後抑制をされるのかどうか。その点はいかがですか。
○政府委員(佐野文一郎君) 現在私どもが、いま大臣が申し上げました五十五年までの間の国立大学の規模を考えていく場合の目途として考えている数字は、年間入学定員にして二千名の増ということを考えております。ことしの予算では二千十名の増をお願いしているわけですが、そういった規模でこれからを考えていきたいと思っております。この二千名の規模というのは、過去の国立大学の伸びてきた傾向から考えますと、これまでの四、五年をとりますと、多いときで二千五百くらいは伸びておりますが、まず平均すると二千二百くらいのことでございます。したがって、国立大学についても全体としてはやはり量的の抑制という形で考えるわけでございますけれども、やはり全体としての地域間格差の是正であるとか、その他国立大学で対応しなければならないことがございますので、それらについては五年間であっても、いま申しました二千人の規模ということを目途として対応していきたいと考えております。
○中沢伊登子君 現在のわが国の高等教育において、国公立と私立との教育条件とか授業料の負担が大変著しい格差があるわけですね。しかも、国公立の学校が絶対的に少なくて、大多数の生徒が私立に進学しなければならないというこの現実を、大臣はどう見ていらっしゃいますか。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、私立の大学、これはもう数から言っても、そこで学んでおります学生の数から言っても、約四分の三以上になりまして、非常に多いという事実はよく理解しておりますし、また御指摘がありましたように、授業料その他の格差が大変あります。やっぱりそういった格差を是正していくということが大切であるということで、私立学校に対します、たとえば私学振興助成法に基づく助成であるとか、あるいは私学振興財団を通じての融資であるとか、あるいはまた奨学金の場合等も国公立に通う学生よりは私学に通う学生に月々の貸与額を差をつけるとか、すべてこれで解決できておるとはまだ言い切れない点もございますけれども、年々努力を積み重ねまして、少しでもこの格差是正には寄与していきたいという基本的な考え方で取り組んでおるところでございます。
○中沢伊登子君 そこで、このような事態を招いたのは、高等教育に対する国民の要望に対して何ら積極的な対策を国としては講じてこないで、もっぱら私学に任せきりだったということに責任があるのではないかと思います。私学振興助成法というのも、ようやく昨年成立をしたばかりでございます。六〇年代の大学ブームのときに、学生数は六〇年から七一年までの十年間に六十二万人から約百四十七万人へと、二倍以上にふえています。その増加の八割が私立大学が背負ってきたわけでございますね。この間の私立大学生の数は四十万人から約百十万人という、二倍半を超える高度成長を遂げてまいったわけでございます。また学校数においても、同じ期間に学校数は百四十校から実に二倍の二百八十一校に増加しているわけですね。しかし、これに対して国立学校はわずかに三校しかふえていないのです。この事実は国民の高等教育への要望に対する国としての責任を果たさずに、私立大学にそれを転嫁してきたということを示しているものではないかと思いますが、この事実を大臣はどう見ておられますか。
○国務大臣(海部俊樹君) 大変厳しい見方をしていただきますとそういうことにもあるいはなろうかと思いますが、国立大学といたしましても、全国の県に国立大学のない県はないというように配置もし、整備もしてまいりましたが、ただ、私立大学の方が非常な勢いで教育の一端を担っていただくというか、大学がたくさんにできてまいりました。それに御協力を願うといいますか、教育という重要な部分でありますけれども、私学というものの独特な校風とか、建学の理想とか、そういうようなものの中で、いろんな自由な校風の中で教育をしてもらうということは、これは別に差をつけるべき問題ではないという考え方もございました。またしかし、最近におきましては、たとえば問題が今日は非常に大きくなっておりますけれども、計画的に養成しなきゃならぬ、しかも、非常にたくさんの経費のかかるというもの、たとえば医科大学のようなものは、全国の無医大県解消計画等もつくりまして、国の方で責任を持ってこの分は達成していこうという計画等も努力をしておる次第でございます。
○中沢伊登子君 確かに、ずっと前は、私立大学というのは建学の精神というものがあって、やっぱりそこを好んで受験をしていった。そういうこともあったし、生徒もあったわけですが、最近は、これだけの高等教育を志願される方が多くなってくると、建学の精神よりも何よりも、とにかく大学に入らなくちゃいけない、こういう中で、昔の様相とは相当変わってきている、こういうふうに私は考えているんですね。 そこで、先ほど大学局長が国立大学を志願される方が平均二千二百名ぐらいだと、ふえてくるのがですね。そういう意味じゃなかったですか。もう一遍ちょっとそこを言ってください。
○政府委員(佐野文一郎君) 不十分なお答えで恐縮でございましたが、これまで国立大学の入学定員を予算あるいは法律を通じましてふやしてきたのが過去四、五年をとってみますと毎年平均で二千二百名増程度でございます。それをこれから五年間は、目標としては毎年二千名程度の増ということで、五年間で一万人程度の増ということを考えて対応していきたいと考えておるわけでございます。
○中沢伊登子君 それは、いまの現在の国立大学で皆収容することができるということですね、五年間に一万人というのは。
○政府委員(佐野文一郎君) 入学定員の増を図るわけでございますから、それは、新たに学部をつくりましたり、あるいは既設の学部に学科を増設をいたしましたり、あるいは既存の学科の定員増をいたしましたり、そういう形で二千名程度の定員増を毎年考えていきたいということでございます。
○中沢伊登子君 わかりました。 それから、いまのまた私立の件でございますけれども、今後の高等教育の拡充整備の基本は、第一に、私学への経常費に対する二分の一の国庫補助制度を確立すること。そして私学の教育条件の向上と授業料負担の軽減を図ることであると思います。それから第二番目には、授業料の負担が軽くって教育条件のよい国立大学を今後大幅に増設していくことが必要ではないかと思います。そして第三番目には、大都市に偏在した大学の地方分散を図り、高等教育の地域間の機会均等を図ることにあると思います。そこで、特に第二の国立大学の増設問題について大臣はどのように考えておられますか。そして今後これにどういうふうに対処されるお考えでございましょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) 当面はやはり、質的な充実等申し上げましたけれども、先ほど大学局長申し上げましたように、今年度のお願いしております定員の配置につきましても、東京というような大都市に定員増をするんじゃなくて、そのほとんどを地方の国立大学に振り向けておるところでございますが、今後の方針としては、やはり専門分野の地域の適正な配置と申しますか、あるいは学生収容定員の地域の不均衡の是正といいますか、そういうようなことを計画的に行いまして優秀な人材が養成できるような整備をしていかなければならない、こういう取り組みでございます。
○中沢伊登子君 この大学の地方分散の件でございますけれども、現在、大学生の八〇%が東京を初めとする八都道府県に集中しているようでございますが、残りの三十九県には二〇%の学生が散在しているだけだという非常に極端な大都市集中の状況でございます。このような大学の大都市集中が地方の子弟の大学進学の道を狭めていると思います。東京の子供は十人に対して約六人が進学できる、北海道の子供は十人に対して約二人弱しか進学できない、こういうような地域格差を生んでおるわけですね。こうした地域格差を生む原因は、大学の都市集中のほかに県民所得の地域格差とか、産業構造や労働市場の地域性、または教育に対する考え方の違い、そういったようないろいろな問題があるとは思いますけれども、都市の大学へ進学するということは、とりもなおさず県外へ流出するということになって、これは過疎の原因にもなっていると思います。で、こういうことですから、大学の地域分散をどうしてもやらなければならないと思いますし、大学間の格差是正、先ほどからずいぶん問題になっておりますけれども、それをやらなければやっぱり大学の大都市集中ということになってこようかと思います。その辺はどう考えられますか。
○国務大臣(海部俊樹君) これは、いろいろ当時の社会全体の心理と申しますか、学生が勉強するなら東京へ行こうとか、大阪へ行こうとか、京都へ行こうとか、そんなような心理があったことも事実だろうと思いましたし、またもう一つ率直な反省をするなれば、たとえば私立大学を認可しますときに、大学設置審議会とかございますが、それは施設はこれで十分かという基準、一定の基準がございまして、それに合うかどうか、教授陣の内容は十分かどうかという面から十分に審査をするんですが、地域的に片寄り過ぎはしないかということまではたしか審査の対象にしておらなかったんじゃないかと、私はそう思うんでありますけれども、しかし、できてしまって、こうなってしまっておるものでございますから、今後は、当面大都市には大学の新設は認めないという方針で、なるべく地方に整備充実をしていくようにして、いま御指摘になったような問題点はわれわれとしても十分これは考えなきゃならぬと思っておる点でありますから、気をつけて対処していくつもりでございます。
○中沢伊登子君 私もこの間から兵庫県の田舎の方を回ってみますと、大学へ子供をやりたいんだけれども、とてもじゃないけれども、都会の大学にやるわけにいかない。農業をしている者が大学に行って都会に出ていくともう帰ってきませんのやと、こういうような話を実は大分あちこちで聞いてまいりました。そこで、大都市の大学に進学をしますと、まず困ることは下宿を探さなくちゃいけないことですね。そうすると、その下宿代とか生活費などが過大な費用負担を父兄に課してしまうことになるわけです。で、この下宿代とか生活費は一体いまどれくらいかかると大臣は見ていらっしゃいますか。大臣は御経験がございますか。
○政府委員(佐野文一郎君) 大学生の学生生活に要する経費につきましては、四十九年度に学生生活調査を実施をいたしております。そのときの数字をまず申し上げますと、授業料等の学費と食費、住居費等の生活費との合計額を見ますと、自宅通学者の場合、国立大学の学生で年額三十二万四千円、月額で二万七千円でございます。私立大学の学生で年額四十八万八千円、月額四万一千円でございます。そして、下宿、間借りをしている者は、国立大学の学生で年額五十四万八千円、月額四万六千円、私立大学の学生で年額七十二万八千円、月額六万一千円でございます。これをその後の物価の上昇の状況によりまして五十二年度に引き直して推計をいたしますと、月額にいたしまして、国立大学の場合は自宅の場合に三万七千六百円、下宿、間借りの場合に六万二百円、私立大学は自宅の場合に五万八千円、自宅外の場合に八万二千円、そういった状況であると考えております。
○中沢伊登子君 これは授業料が入っているんですね。——この間、私がある学生に聞いてみましたら、それは姫路から京都の学校に出て下宿をしているんです。それで四畳半を一間借りて一万二千円、下宿代が。下宿代ですよ。一万二千円もなかなか払えないからということで友達と二人で折半をして四畳半に二人生活をしているわけですね。ところが、授業料なしでその他の生活費、つまり下宿代六千円を足して七万円でやっております。ところが、七万円ですと、とっても食事代がいまは足りませんので、たまにうちへ帰って——土、日ぐらい帰るんでしょう。土、日ぐらい帰りますと、母親が言うのに、かわいそうなほどがつがつと食べます。そしてどんなものを出しても、おいしいおいしいと言って食べますと、こういうことですね。それでお金がなくなったら、どうするのかと言ったら、ぼくはソース飯を食います、こう言うんです。ソース飯というのは、御飯だけ取れば、大抵の学生食堂に行けば、ソースとか、塩とか置いてあるものですからソースだけかけて食べると言うんです。これを聞いておりますと、たまたまこの学生は京都から姫路ですからわりあいに近くて土、日ぐらい帰れると思いますけれども、食べ盛りですね、大学生というのは。それがこういうようなことで栄養のバランスがとれないんじゃないかと思うことと、それから大学生ですのに四畳半で二人で下宿をしていると、机が全然置けないと言うんです。ぼくら机がありませんと言うんです。これで大学生活というのは学生生活ができるのかどうか、この辺が大変私はやっぱり問題だと思うんです。いま交通費も高くなったし、それから食事代も高くなっているものですから、これは月謝なしで下宿代六千円と生活費で七万円かかります。こういう話です。またほかの人に聞いたら、七万円でようやるなあ、ということです。大体いま平均が九万円ぐらいだと、こういうふうな話を実は聞いてまいりました。それですから、いま自宅通学で一カ月五万八千円とか言っておられましたけれども、それは月謝込みであれば相当な格差であるということです。いま大変に私学には、田舎から都会に出ている人の、学生の費用負担というのは非常に大きなもので、父兄の負担というものは莫大なものになってまいります。だからなかなか、田舎から都会の大学には通わせられないと、こういうようなことを言っておりましたので、結局はやっぱり地方への移転を希望するような大学に対して、特に私学でしかないと思いますけれども、私立大学に対しては経常費に対する通常の補助を上回る補助をしなければ私学は田舎に移転ができないのではないか。この辺を、もしも私立大学が移転を希望するようであれば、それには相当の便宜を図ってやらなければならないのではないか、こういうふうに思いますが、その点はどうなんでしょうか。
○政府委員(犬丸直君) 私立大学が地方に移転をしたいというような場合、現在のところ直接補助金の制度がございませんが、私学振興会の融資で多少その場合に有利な取り扱いをするというようなことが可能であろうかと思っております。
○中沢伊登子君 それはやっぱり施設費についても大幅の補助を行うことが必要だし、用地の取得についても便宜を図るなど、特別の措置を講ずる必要があろうかと思いますが、その点を今後考えていただきたい、このように思いますが、どうでしょうか。
○政府委員(犬丸直君) 施設費の補助につきましては、やはり施設費そのものが団体の財産になりますので、できるだけ私学の自主的な基盤の上に経営していただくという趣旨からもっぱら長期低利の融資ということを重点にやっております。それでなお、それに伴う、たとえば、債務償還費等も含めました経常費につきまして経常費助成の方で充実していく、そういう方向でいっておりますので、今後も当分の間、こういう方向で努力してまいりたいと思っております。
○中沢伊登子君 最後に、これは質問の通告を申し上げていないのですけれども、法案にもございますように、養護教諭の志願者というものはふえているのか、減っているのか、横ばいなのかどうなんでしょうか。通告しておりませんから、調べていただいていないと思いますが、おわかりでしたら……。
○政府委員(佐野文一郎君) 養護教諭でございますね、養護教諭につきましては、現在、大卒等の新卒者で養護教諭の免許状を取得する者が毎年四千人から四千五百人くらいございます。それに対して当面養護教諭の需要数は毎年三千名程度というふうに考えられているわけでございます。逐年養護教諭に対する希望者が増加しているかどうかという、そこのところについては、私ども資料をいま持っておりませんけれども、状況はそういう状況でございます。
○中沢伊登子君 実はこれ大臣にお聞きしたいのですけれども、最近身体障害児が養護学校へ行くのではなくて、普通教育を受けたい、普通の学校に行きたい、こういう希望が非常にあるのです。私もそれは要望されて、さて、どっちが本当に子供の幸せなのか、親の虚栄と言ったら悪いですけれども、体だけが悪い——たとえば、最近出てきた病気に未分脊椎症というのがある。背骨が何か曲がっているのだか、折れているのか、何かそういうのですが、子供さんは頭は非常に正常なんです。だから、子供を養護教育に入れてしまうと、高等学校だの、大学に行けないから——頭はお母さんたちから見れば普通よりもまだ優秀だけれども、背骨が生まれたときから何かおかしいものですから、排尿の感覚がないわけです、たまっているとか。だから、何時間か置いては親が行って、大小便の世話をしなければ自分では感覚がないわけです。神経がどうかなっているのですね。だけれども、そういう子供の将来を考えると、頭は正常なんだから、普通に高等学校へやって、大学へやって行かせれば、あるいは大学教授にもなれないものでもない。こういうふうなことまで言ってこられるわけです。だから、養護学校で養護教育を受けるよりも普通の学校に入れてほしい、こういうことで、ある地方の教育委員会も非常に困っている例が多々あるわけです。私なんかにもそれを言われるのですけれども、せっかく養護教諭というものをつくられて、そうして養護学校をつくって、そこにはいろいろな設備があるわけです。だから、むしろ私は子供のことを考えたら、その方がいいんじゃないんですかと言うのですけれども、非常な反発がある。その点を恐らくこれは兵庫県だけの問題でなくて、いろんなところにいまにそういう希望が出てくると思いますね。だから、その辺は大臣はどうお考えになられるでしょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) これは突然の御質問でございますから、私もいまふっと思ったことを申し上げるんですけれども、養護教育を義務制にしたということは、そういういろいろな御不自由を持っていらっしゃる方々もやっぱり国としては、義務教育、そして教育を受ける権利を持っていらっしゃる人の権利をやはり実質的に保障する意味で、国も努力をしてやっていくんだということで、いま計画的に施設、設備等の整備に年次計画をつくって努力をしておる最中でありまして、そういう取り組み方の姿勢というものは、私は完全な義務教育を果たしていく上において正しい方向だと思っておりますが、さて、じゃいかなる方を養護学校に入れるべきか。あるいはテレビなんかで見たことがあるんですが、普通の学校へ入っていって、かえって朗らかになったというような報告例もありますし、あるいはまた、そのためにかえって伸びるべきところが伸びぬようになったというようなことになってもいけませんので、それこそ専門的のお医者さんとか、専門家のいらっしゃる集まりが、各地方の教育委員会等で、この子供さんは養護学校へ行ったらいいのか、あるいは普通の学校へ行ったらいいのかということ等もいろいろ相談をしてば進学を勧めていらっしゃる。こういうふうに私は今日まで聞いておりましたので、いま直感として思いますことは、それはケース・バイ・ケースでございますから、先生御指摘の例のようなときは、じゃ、二十四時間つきっきりでだれか、親がそこにおります、とでもいうような、いいすばらしい条件があれば、またそれもあるいは可能になるかもしれませんし、またそうでない場合もあるかもしれません。そのときそのときの、やっぱりいろんなそのケースに応じて、どうしたらその本人のためになるかということを一応の基準に置いて、御相談をし、いろんな専門家の御意見等も聞きながら考えてあげるのが筋ではなかろうかと、私はこういま思いました。
○中沢伊登子君 ありがとうございました。結構です。
○有田一寿君 予告申し上げておりましたのは入試センターのことということでございますので、あるいはその他のことに及びましても、別に数字等はいただかなくても結構でございます。 足切りということが大変問題になっていますが、この足切りというのは、私もまだはっきりわからない点がありますので教えていただきたいんですが、たとえば一次共通テストのときに足切りをする。それからもし足切りというのをそのときしないで、二次試験のときに、いわゆる予備選抜をやりますがこれは足切りとは言わないんでしょうか。局長、足切りというのはどういうあれでしょうか、教えてください。
○政府委員(佐野文一郎君) 俗に足切り足切りと申しておりますけれども、その、いわば私どもは足切りという言葉を使うのではなくて、いま御指摘の予備選抜という言葉を本当は使うべきところだと思います。これは従来行っておりますのは、一次試験と二次試験をやりまして、そうして一次試験の結果によって予備選抜をいたしております大学と、それからいわゆる一次試験をやらないで調査書によって予備選抜と申しますか、足切りを行っておりますものと、国立大学についてはタイプが二つございます。いずれも五校ずつございますが、やり方は二つあるわけでございます。これはいずれもその二次の試験を受けるべき者を、ある程度志願者が多いということがございまして、精選をするという意味で行っているものでございます。
○有田一寿君 たとえば一次試験のときに点数で結果がまとめられるとした場合に、たとえば二十点以下の者を足切りした、普通、大学教育に大体たえられる者は五十点以上くらいであろうというようなときに、二十点以下をいわゆる足切りをしたということも、いまの風潮から言えば非常に批判を受けると思いますが、そういう場合もやはり足切りをするということはいけないことでしょうかどうでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) 現在の入学試験において行われております予備選抜、足切りと申しますのは、いま先生御指摘のように、一次試験を実施をして、その試験の結果を見て、それがとうてい大学の教育にたえられないという趣旨で落としているというのではなくて、やはり入学定員の原則として二・五倍までに予備選抜をするとか、あるいは定員の五倍以上となった場合に、調査書を使って予備選抜をするとか、そういった形で実施をされているものでございます。
○有田一寿君 今度のいわゆる国大協による共通第一次のテストについて考えた場合のいわゆる足切りという場合、これを大学の入学資格試験というふうに整理して考えた場合には、いまおっしゃいましたような、二次試験において定員の三倍を採るという意味とまた違ってまいりますね。で、この一次試験でいま最初私が申し上げたような、たとえば二十点以下のようなとうてい大学にははいれないという者は、これはいわゆる国公立大学入学資格がないんだというふうに落とした場合、これが私、問題になっているんじゃないかと思うんですが、そういう意味の足切りということをした場合、それは可能なことか、不可能なことか、あるいはなすべきことでないのか、そこら辺の感触を伺いたいと思いますが。
○政府委員(佐野文一郎君) 基本的には、先ほどもお答え申しましたように、共通一次とそれから二次あるいは調査書その他の資料を総合的に判断をして適切な選抜を行うというのが今回の趣旨でございますから、どのような形のものであっても、一次試験の成績をもって足切りをするというのは避けるべきであるという、そういう基本的な考え方があると思います。もちろん、事の性質としては、それはどのように一次試験の結果を利用するかというのは、最終的には各大学の自主的な判断にゆだねられていることでございますけれども、考え方としては、全体のいろいろな資料を総合的に判断をして、適切な者を選んでほしいという、そういうことをわれわれは期待しているわけでございます。
○有田一寿君 国大協の入試改革案をいろいろ詰めていきますと、結局、制度改革の問題にもつながってくるような気がするわけでございますが、たとえばその中の入試時期あるいは第一次共通テスト実施の時期というもの、これを考えてみますと、これを十二月にやるということは、現在の制度のもとでは、私はやはりそういうところになろうかと思いますが、先ほどいろいろ各委員からお話が出ておりましたように、高校教育を二年半、だから到達度というものを二年半の到達度と割り切って考えれば、これも一つの考え方だと思いますが、もし高校三年間というものを充実した教育をなすべきだということを強く考えますと、入試あるいは入学の時期というものをうんとずらすということになると思うんです。大正年間ごろ、たしか、卒業が三月か七月か知りませんが、要するに入学の時期は九月という時期もあったように思います。そのときの長所短所というのを私はわかりませんが、いま議論されておりますようなことを詰めていきますと、高校教育というものを大切に考えるということになると、やはり入学時期を九月、それ以前に二つの試験を行うというようなことに帰着するような気がするわけです。したがって、今度の五十四年から実施するやつに間に合うとか、間に合わないとかということは別として、基本的に入試時期並びに入学の時期というものを考え直す、たとえば九月を入学時期にするというようなことにすれば、どういう結果が出てくるでしょうか。私はそういうことも検討する時期に入ったんではないかという気がするんですけれども、大臣どうでしょうか。私も根拠があってお尋ねしているわけではございませんから……。
○国務大臣(海部俊樹君) 高校生活を三年間きちっと充実をさせてというその面と、それから、いまの国立大学の一次試験というところだけをとらえて考えますと、あるいは先生のおっしゃるようなことにした方が三年間の到達度が完全に見られるというメリットもございますし、それから試験をやる時期の問題等も十二月という気ぜわしいときにという御批判もいろいろな面から出ておるわけですが、しかし、これを実施しますためにはどうでしょうか、すべてのやっぱり私学から、すべての大学のまず合意といいますか、基本的には賛成が必要なわけでございますし、共通一次試験だけのためにそういうことをしますと、九月にスタートする国公立大学と四月からの私学ということになってはこれは大変なことでございます。できませんし、それから学校教育のみならず、他に与えます影響、たとえば高校を自分は卒業するけれども大学進学以外の進路を選択するんだという人とどういうことになるんだろうか。いろいろこう研究をしてみなきゃならぬ問題がたくさんあると思いますので、せっかくの御発言、私も十分いま伺っておったわけでありますので、今後の検討課題として受けとめさせていただきたいと、こう思います。
○有田一寿君 もちろん共通一次テストのためだけに入学時期を変更するということではございません。私学も、これはすべての小学校からもうすべての学校について入学時期を九月にするということに変更した方がいいのではないかとも思うけれども、それもいろいろ私も深い根拠があって考えているわけでございませんので、まあ、そういうこともあり得るのではないか。現に大正年間にはそういうことでやっておったということ。だから、長短ありましょうが、こういう機会にそういうことも長期的にひとつ検討してみることも意味のないことではないのではないかという意味でお尋ねをしたわけでございますから、いまの大臣のお答えで結構で、十分でございます。 昔——話は変わりますが、東大の法科の入学試験は、英語が英文和訳で余り長くないのが二題だった期間が大分ありますね。私が受けたときもそうで、私はみごとに落第をした方なんですが、佐野さんが受ける——局長のころはいかがでしたか、ちょっと、それ聞かしてください。試験は何でしたか。
○政府委員(佐野文一郎君) やはり問題は英文和訳と、それから論文と申しますか、作文と、それだけだったと思います。かなり長い英文和訳の問題がたしか二つやはり出たと思います。
○有田一寿君 それはたぶん私どものとき、私の方が年長ですから、私のときは英語二題だけだったんです。それに対して批判が起こって小論文を課したのではないかと思うわけで、これが現在だったら大変な非難ごうごうであったでしょうね、それはあらゆる意味で。しかしながら、あの当時ですから、それでそういうものかと思って受け、通る者は通り、落ちる者は落ちたということだろうと思うんです。 で、私は、これはちょっと話が違いますけれども、昔、盲学校に見せてもらいに行ったことがありまして、そのときに、これ小学部でしたが、一年、二年、三年生の女の子が、あれはたしか冬の二月ごろ、寒いときに、二階で、目が見えないんですから、こうふいて、ふけたところは手でさわればわかるわけで、そうして水が汚くなると手すりにつかまりながら下に行って水をくみかえてまた上がってきてやる。それを先生がぼやっと立って見ているわけですよ。それで非常に私——そのとき福岡県の教育委員をしていたんですけれども、ちょっと不愉快になりまして、その先生に、あなたもひどいじゃないかと、あれだけ手を赤くして小学校の子供が一生懸命手すりにつかまって水をかえながらあれふいているが、水をかえるぐらいのことは上級生にやらせるか、先生が加勢するかしたらどうですと言ったら、私が言ったか言い終わらないぐらいのうちに、校長先生が飛んで来まして、私を引っ張って下の校長室に連れて行って、私大変怒られたんですよ。あなたはわからずにそういうことを言うけれども、ああしてだれも助けてくれないと思うから自分で一生懸命になってふいていくんですよと。それをなまじここで同情したら、あの子の将来にだれが手を差し伸べてくれるんですか、やっぱりああやって自立心をつけていくことがその子の幸せにつながるんですよ、だから、心ないことをおっしゃっては困ります、と言って大変——その校長は半盲の先生でしたけれども、そういう注意を受け、そのとき、帰るとき、またショックだったのは、やはり五、六人ずつ連れ立って——それは八幡だったんですけれども、電車道を帰って行くわけですよ。そのときに、先生ははるか後ろの方からついて行っているんですね。そして危ないと思ったときに、さあっと走って行って何か注意してやる。そしてまたさようならと言って——さようならと言っても帰るんじゃない、やっぱり後ろからついて行っているんですけれども。そうしてだれも助けてくれないということで帰って行く、そうする間にだんだんだんだん勘が発達して、自分でだれの助けをからずともちゃんと道を歩いて帰れるようになるんです、という話をいまも思い出すわけですけれども、甘やかし甘やかしいけば子供はなかなか伸びない。そしていつまでも頼る心が起こる。だから、これは本当の教育にならないんだ。ときに厳しい面が、突き放す面がないといけないんじゃなかろうか。 そういうことをいろいろ考えますと、この入試問題について考えましても、もちろん制度的なものをなるべく完全に近づけるようにしますけれども、いつも私がしつこく申し上げるように、この入試問題に関しては完全ということはあり得ない、どういう案をおつくりになられても必ずわっと批判と反対が起こるであろうと。だから、結論を申し上げますと、今度の国大協のこの案、これは数年かかってここまでたどり着いた。いままで大学はなかなかそういうことに耳をかさなかったけれども、ここまでまとまった。だから、決してこれが完全な案とは思わないけれども、やはり二歩か三歩か、まあ、その程度ですね、前進しておるような感じが私にはしますから、だから、これはいろいろなマイナス面があればそれを極力修正しながらよりベターなものに持っていくしかもうない。そして何年かやってみればその評価というものはここで出てくるだろう。だから、余り欠点をあげつらうという気持ちは私にはないわけです。ただし、いま申し上げたように、少しでも完全なものに近づけるために、気のついたところはいろいろ国大協の方としても、入試センターに将来関係する人も、虚心坦懐に意見を聞きながら、よりよきものに仕上げていく必要はあるであろうという感じがいたします。 まあ、そういうことからもう一つお尋ねしておきますが、一次共通テストのときは、高校の到達度を見たいのだと、したがって、科目は五教科・七科目ということになっておる。これをもうちょっと少なくした方が負担が軽いんじゃないか、あるいは個性的なものがそこに出るんじゃないか、あるいは文科と理科にそれぞれ進む者について同じことをやる必要があるのかという批判が現に出ております。それに対するいわゆる反論としての問題なんですけれども、これは一次で適性科目をもう少し重点的に見て、これを成績結果にあらわして判定する方がベターだけれども、具体的な方法として、なかなかそれは不可能だと、繁雑になり不可能だということなのか。それとも、そういう見方をすべきでない、やはり七科目を完全にやっぱりやって、高校の到達度、言いかえれば平均的人間というものを目標に置いて高校段階までは考えるべきだという教育理論の面から来ての、いわゆる弁護論であるのか、いろいろ議論が過程にあったのではないかと思いますけれども、そこら辺のところ、佐野局長の方からちょっとお聞きしたいと思うんですが、いかがでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) やはり共通一次のところは、高等学校における一般的、基礎的な学習の到達度を見るということで、共通必修の科目を中心にして、外国語は別でございますが、それ以外のものは共通必修科目を中心にして、基礎的な能力を見る。そしてそのことと並んで、二次試験の方では各学部、学科の特性に応じた能力、適性というものを見ようと。したがって、二次の段階では、それぞれの生徒たちが、自分の進路に応じて選ぶ、たとえば、理工系へ行くとすれば数IIBなり数IIIなりを選ぶわけでございますから、それを二次試験で、勉強してもらって、その成績を見る。その両方を合わせて適切な選抜をしようという趣旨でございます。
○有田一寿君 文科、理科ということもありますが、職業科、農業、工業等についても、今後いろいろな意見が出てくるのではないかという感じがいたしまするのでお尋ねをしますが、推薦あるいは代替科目というものは第一次のときは一切配慮せずに、二次でそれぞれ代替科目を考えるということで、職業科の卒業生等は公平な処置を受けたということになるかどうか、あるいはどういう救済措置があるかですね、職業科。まあ、二次試験のときは当然考えるのでしょうが、一次のときは全部一緒にいくとした場合、必修で同じなんだよということでしょうか。
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおり、共通一次のときに、代替科目を認めるかどうかというのは、国大協の場合にも非常に大きな議論になった点でございます。結論としましては、選択をする者は、実際にはそう多くないわけでございますけれども、数学一般あるいは基礎理科というような、職業高校等で主として選択をされている科目というものを共通一次のときに入れる、さらに英語Aの履修者についても不利にならないような取り扱いを考えるというふうな形で、職業高校に対する配慮が一つば行われたわけでございます。 もう一つは、御指摘の二次試験の場合における代替科目というものをできるだけ取り入れていくということ。それからもう一つは、推薦入学が幸いにして国立大学におきましても逐年取り入れられるようになりまして、五十一年で申しますと、推薦入学を実施しているのが二十八校で、推薦入学で入ってきた学生が八百六名おります。このうち職業高校だけから推薦を求めているものが十三大学十四学部ございます。ここに百六名入っている。これは農業高校が主体で、それに一部工業高校がございますが、そういった実態がございますので、そういった推薦入学の方式は、共通一次を採用してもなお推進をする、そういったことを全体として考えながら職業高校の出身者に対して不利益な取り扱いにできるだけならないように配慮をしていくということでございます。 なお、共通一次のときの代替科目というのは、検討いたしましたけれども、非常に、たとえば工業でございますと十科目くらいになりますので、それを全部出題をしてそのいずれかを選択させるというのは技術的にきわめて困難なことになりますので、そういった面からも共通一次のところでは、数学一般、基礎理科、英語Aに対する配慮にとどめたわけでございます。
○有田一寿君 私も考えて、そう完全に同じようなことは無理ではなかろうかと思うんですよ。ということは、工業にしても農業にしても、これはその高等学校に入るときは一応完成教育を目指し、職業につくことを目指して入る。カリキュラムもそういうことで組まれておりますね。ただ、一年か二年になって、家庭に余裕もできた、あるいはまたおくてであったけれども、そこからまた別な才能が芽生えたから行きたいというふうに、いわゆる変心した場合に、天井を抜いておかないと機会不平等にならないかということでいろいろ最近議論が始まっておるように思いますけれども、これはなかなかむずかしい、相反する立場のことでありますから、完全平等ということは、言うべくしてこれはなかなかむずかしいだろうと。ただしかし、いまのような議論が将来とも起こってきましょうから、それに対して可能な限り、まあ可能な限りですね、やはり配慮をするということが必要なのであろうと思うわけでございます。 時間は残っておりますけれども、また後日がありますので、きょうはこれで終わらしていただきます。ありがとうございました。
○委員長(宮崎正雄君) 本案に対する質疑は、本日はこの程度にとどめます。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十六分散会 —————・—————