文教委員会学校災害に関する小委員会 第1号
- 発言数
- 75 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1977/04/15
会議録
○木島小委員長 これより学校災害に関する小委員会を開会いたします。 このたび、私が小委員長に選任されました。小委員各位の御協力のほどをよろしくお願いいたします。 学校災害に関する件について調査を進めます。 今日、学校災害は増加の一途をたどっており、その対策が社会の大きな問題となっております。学校災害の対策については、現在日本学校安全会が主体となって行っておりますが、その給付内容や責任体制などについて、いま一度考えてみる必要があるのではないかということが今日的問題の一つとなっていることにかんがみ、本小委員会において調査を進めていくことになったわけであります。 本日は、学校災害の実態とその対応策について文部省より説明を聴取した後、質疑に入りたいと存じます。 それでは、安養寺体育局長より説明を願います。
○安養寺政府委員 学校事故の救済制度の現状並びに数量的な概況を、最初に御説明をさせていただきます。 まず学校側に法律上の責任のある事故、しからざる事故、かようにタイプを分けますと、最初の学校側に法律上の責任のある事故というものにつきましては、国公立の学校の場合におきますと国家賠償法、私立の学校の場合におきますと民法等の関係法規によりまして損害賠償という制度がございまして、現在公立学校で申しますと市長会、町村会、都道府県教育委員会がそれぞれ共同で保険会社と契約を結びまして、それぞれの設置者の責任をそういう保険の制度でカバーをするというような実際の処理をしておるわけでございます。これはあくまで学校のそれぞれの設置者の責任を財政負担、そういうふうな観点からいま申しましたような制度でカバーしていくという実際の運営の工夫をしておるというわけでございます。 いま一つ、学校側に法律上の責任のない事故というのが概念的にあるわけでございます。あるいは責任の有無が明らかでない場合が経過的にもあるわけでございます。そういう場合に、日本学校安全会の災害共済給付というものがつくられておるわけでございます。特殊法人日本学校安全会、これは各都道府県に支部を設けておるわけでございますが、運営費は国が負担いたしまして、共済給付の財源としましては保護者の掛金を原資といたして、死亡見舞い金、廃疾見舞い金、医療費の五年間の給付を現に行ってきておるわけでございます。 なお、保護者の掛金の負担につきましては、義務教育段階の学校につきましては、設置者の掛金の四割ないし六割を負担をする。そしてその財源を地方交付税で裏打ちをしておるということにしておりますし、保護家庭等の困難な家計の児童生徒につきましては、さらに設置者並びに国が掛金の部分を全部肩がわりをするという制度にもしておるわけでございます。これはいわば一種の共済給付の制度で、責任のない場合その損害を補てんをしようということででき上がった制度で、昭和三十五年からやっておるわけでございます。 さらに、他の類型といたしまして、学校側の責任の有無と無関係にいろいろな保険制度ができております。個人的に保険会社と契約を結ぶというようなことはともかくといたしまして、最近の一つの事例としましては、スポーツ安全協会の傷害保険というような制度をつくりまして、財団法人であるスポーツ安全協会と個人とが契約をいたしまして、その掛金を給付財源といたしまして、死亡廃疾の場合には三百万円、医療費も通院、入院それぞれ一定の金額を給付するという保険制度を運用しておりまして、この対象の中には学校の部活動を含むというところまで入っております。あと団体でスポーツ活動をやる場合の事故、災害に備えて保険をするというような趣旨でできて、現に運営をされておるというものでございます。 以上申しましたのが現在の全体的な法制度、これは社会福祉の制度を含めまして、責任の有無を議論をする、その挙証責任がどちらにあるかとかいろいろな態様はございますけれども、事故があった場合の責任の有無を問う、それを識別するというような制度の中で学校の事故の救済制度がどのようにされておるかというような観点から申し上げたわけでございます。 実態を次に申し上げます。 日本学校安全会の給付の件数をもちまして一応学校の事故の頻度というものを想定しておるわけでございますが、昭和四十六年度、数年前の例で申しますと、負傷、疾病が七十二万六千件、廃疾が四百十三件、死亡が二百三十一件という形になっておりまして、総給付額が二十一億七千八百万円強というのが数年前の実態でございます。五十年度現時点で明らかにされております同じ統計によりますと、負傷、疾病の件数が八十九万四千件強、廃疾が五百六十八件、死亡が二百四十七件という形になっておりまして、総給付額が三十九億七千四百万円というように累増いたしております。 現在の日本学校安全会の給付対象になる学校はそれぞれ法規に定めてございますが、小学校、中学校、高等学校、高等専門学校、幼稚園、保育所というのが対象校になっておるわけでございます。 事故の頻度を見ますと、やはり死亡につきましては高等学校が最も多い、そして小学校、中学校、このような形になっております。特に高等学校の場合でございますと、部活動とか相当激しい運動をする時期に事故が多い。それから小学校は休憩時間というようなときに事故が多いというように内容もいろいろでございますけれども、大体以上述べましたように、平均して言いますと、百人に四人が負傷、疾病の給付を受けておる。廃疾というのは年々ふえてまいっておりまして、五百数十件、死亡は大体二百の台で、そうふえてもおりませんけれども、件数が年々見えておるというような実態になっております。 それで、学校事故の救済制度につきまして現行制度では不十分、不徹底である、問題が多いという指摘がございますし、いわゆる学校災害補償法というような趣旨の新たな立法制度を要請される向きも引き続いてあったわけでございます。これにつきまして、私どもといたしましては当初御説明いたしましたように、全体の現在の事故、これは職場であろうとどこであろうと、事故の対応の仕方がありまして、その法制下においては学校における事故、学校管理下における事故につきまして無過失責任、そして財源はすべて公の財源措置、負担で給付をするという制度はなかなかむずかしいというようなことを考えておりまして、それなりに検討はいたしておりましたけれども、むしろ現実的な対応は、日本学校安全会の給付の水準を上げていく、責任の有無にかかわらず、早速にその損害の全部とは申しかねますけれども、一部が給付されるという制度が最も現実的ではないかというような形で、年来給付の水準を上げてくるということで対応してまいってきておったわけでございます。 若干詰めてありませんけれども、いわゆる無過失責任で学校事故の救済制度として対応すべきだということについての問題事項を申し上げたいと思います。 繰り返しになりますが、一つは責任の有無という問題がございますし、故意、過失というような原因といいますか、発生の事由といいますか、そういうものが入るわけでございますし、多くの裁判例を見ましても過失相殺というような点が相当判示されておるわけでございますので、そういうような実態的な判断というものが入ってくる、また一応公の責任で対応いたしましても、設置者と雇用者との内部の求償問題というようなものが現にあるわけでございますから、そういうものを一切捨象して無過失責任ということにするというのはなかなか法理的な手順、段階としては直ちにというのは困難ではないかというような観点が一つございます。 それからさらに現実的に申しますと、学校、さまざまでございます。義務教育という制度と任意就学というような、教育を受ける側といいますか、受けさせる側といいますか、対応の仕方が性格的に異になるものをどのようにさばくかという問題がございます。それから、国公立と私立というような設置者、すなわち責任をとる対応の仕方あるいは財源措置というような面からの対応をどうするかという問題がございます。そういうような、保育所というようなものも含めると、あるいは先ほどは省略いたしましたけれども、大学生におきましても同じような問題がございまして、現在、掛金でスポーツ災害の補償をするというような制度を現実に学徒援護会が運用することにしておるわけでございますが、そういう点をどうするかというような問題がございます。それから、そういう学校に在席をする児童生徒、学生の責任を負う度合いといいますが、そういうものもだんだんに違っておるのではないか。高等学校ともなれば、自分で自分の行動を律する判断、弁別力を持っておるのではないか。幼稚園、小学校、中学校ということになるとそうも言えないではないかという問題もございます。そういうものが学校の制度並びにその内容における問題点といいますか、そういう問題がございます。 それから次は、給付の水準の問題でございますが、医療費につきましては、給付期間の延長の問題が在来からございます。現在は延長いたしまして、五年まで給付を続けるというようなことでやってまいっておるわけでございますが、これを年限を取り払ってはどうかというような御要請もあるわけでございます。こういう点についてどのようにするか。さらに死亡、廃疾につきまして、現実に給付する額を他の補償制度との均衡ということでどのように考えるかというようなことも実は技術的にあるわけでございます。よく無過失責任に引き合いに出されます労災法の規定等によりますと、これは高卒で死亡いたしますと死亡見舞い金というのが三百万円程度出るということになっております。そうなりますと、現に学校安全会の水準がここまで高まってきたということで、こういうものとはバランスがとれる。しかし、自賠法というようなことになりますと、千五百万円から出るわけでございますから、あの程度の高額あるいは損害賠償に類するような高額を給付すべきだというような御主張になりますと、一体、そういうような点等どのように考えるかというような問題が出てまいります。 それから廃疾につきまして年金制度を導入することができるかどうかというような問題がございます。現在は一時金でございます。これにつきましても、事故の起きました時点においては学生であり生徒であるということではございましても、それが年金ということになりますと、これは一般の社会保障との関連でどのようなことに相なるかという問題がございます。 さらには、そういうことに連動いたしまして、話は多少ほかの方へ参りますけれども、学校の管理下の事故というのはそうであるけれども、同じ子供が一たん学校を出まして起きた事故というのはどうするかというような問題がございまして、そういうのはすべて親の責任だというようにするのかというような問題がございます。たとえば交通事故などの統計を見ますと、学校から帰って母親に連れられて町に行っておって飛び出して事故に遭うという件数が大変多いわけでございますが、そういうような事故の発生の状態等との関係から、年金というようなこととも相なりますと、一般の他の社会保障制度との関係、費用の負担等の問題がいろいろと出てまいるというようなことがございます。要は、給付の水準といいますか、他の制度との関連においてどのように考え、処理するかという問題でございます。 それからいろいろ掛金の、要するに費用の負担の問題というのがございます。全額公費負担にすべきだというような御意見があるわけでございますが、これにつきましては先ほど申しましたように、無過失補償制度を導入するからそういう議論ということではあろうかと思いますけれども、大体、重複しますけれども、いままで申し上げましたような児童生徒の判断能力、あるいは学校の設置者の経営規模と申しますか、財政力といいますか、あるいは学校事故の態様、原因がさまざまであるというようなこと、いろいろ問題が錯綜しておりまして、このあたりをどのように処理するかによって給付財源の措置の仕方ということについても多様であり得るという場合も考えられ、どのように整理するかという問題がございます。 大変雑駁でございますけれども、現状の制度並びに在来まで、ティピカルに申しますと、無過失責任による学校事故の救済制度の新しい考え方に対応して文部省の体育局としまして検討しておる一端を参考までに申し上げた次第でございます。
○木島小委員長 説明は終わりました。
○木島小委員長 それでは、これから質疑に入ります。 念のために申しますが、きょうは最初ですから、まず文部省がどう考えておるかという説明を聞いて、それに質疑をして、それに基づいて今後さらにどうするかという問題、まず文部省がどう考えておるか、そういうことできょうは説明を承るわけですから、どうぞ御自由に。
○小川(仁)小委員 この前も山原委員が質問なさいましたが、岩手県で小野寺勇治という一関高専の生徒が柔道の時間に投げられまして頭を打って廃疾状態になっている、こういう状況があったわけであります。本人のけがも大変お気の毒ですけれども、実はその保護者の方から学校の教員が告訴されているという状態があるわけです。いまのところこういうふうな形で父兄から教員が告訴されている、賠償を訴えられている、こういう状態は何件ぐらいございますか。
○安養寺政府委員 現時点では三十七件学校事故に関連する訴訟がございます。そのすべてが担当教員なり指導者の責任を追及しているわけではございませんけれども、この関連では三十七件係属中ということになっております。
○小川(仁)小委員 それから教員の指導責任、過失責任という形での刑事事件として告発されているような事件はございませんか。
○安養寺政府委員 ちょっとそれは把握しておりません。
○小川(仁)小委員 そうですか。そういう場合、父兄と教師の関係の問題を文部省でどういう指導をなすっておられるのか。特別の指導というのはないのですか。
○安養寺政府委員 文部省としましては事故が起きないということの方の指導を一生懸命やっておるわけでして、毎年学校にはそういう保険の制度もございますから活用していただくということのお勧めはしますけれども、ともかく安全教育という観点でいろいろな関係者の講習会なり、小学校、中学校などに安全指導の手引きということで各教師にそういう冊子が行き渡るように配付しまして、それぞれの学校の中での教育活動にそういう留意をしてもらいたいということはしています。ただ後は、個々の事例が起こりました上は、各府県に日本学校安全会の支部がございますから、そこでいろいろ相談に応ずるというような対応だけはしております。
○小川(仁)小委員 一関の小野寺勇治の事件の判決文を読んでみますと、柔道の連続わざがその高校生に適応するのかどうか、それから内またをかけて投げたわけですけれども、その内またのかけ方がいわゆる講道館流のえりを持った内またではなくて、奥えりを深く握ってかけた内またであるから無理がある、こういうのが訴えの趣旨になっています。こうなりますと安全教育という観点からいいますと、クラブ活動あるいは正規の格技、柔道等の時間にえりを持つ場所までは指導できないと思うのですが、安全教育というのは一体どういうことなのですか。
○安養寺政府委員 一々のそういう競技につきましてはそれぞれのルールがあるわけでございますから、体育なり保健体育の時間に教師はルールを教えて実技を練磨させるというようなことをしているわけでして、そのときどきの具体的な瞬間的な対応の仕方についてはその人の指導能力ということにもかかっているのではないかと思います。
○小川(仁)小委員 非常に簡単に安全教育ということで逃げられますけれども、具体的に訴状自身、えりをつかんだか奥えりをつかんだかで訴えられた柔道の教師に、責任があったかなかったかということを問われる、こういう状態があるわけです。 それから私の経験ですと、水泳でプールの中で死んだ子供がございまして、その場合に水深が問題になりました。小学校三年生の子供に対する水深と六年生の子供に対する水深と、水の深さに基準がある。三年生の子が死んだのは六年生の水深で泳がせたから死んだのだ、こうなりますと、夏に三年生が入るときはプールの水を下げ、六年生のときは水を足す、こういう状態で一々やらないと教師は過失責任を追及されるわけです。こういう状態がありますと、安全教育と言っても、事実はあなたがおっしゃったように、えりのどこをつかめとか水の深さを何メートルにしろとかいう課題では解決がつかなくなってくる。したがって、どうしても教育全体の流れの中で教師自身の、過失と言ったら語弊があるような、当然のこととして行われるような状態の中で起こってくる事故があるわけです。こういうものはやはりさっきの無過失、過失という判断から言えば無過失に入ると思うが、どうでしょうか。
○安養寺政府委員 係属中の件数は三十七件くらいございますが、すでにいろいろな事件に対応して個別の判例が出ておるわけです。それを見ますと、個々の事例に即して具体的な事実の確認をした上で判示されておるわけですから、一般的に無過失というような議論に直ちにつながるかどうかというのは実は問題であるわけです。いろいろ御専門の方々の御意見を伺いましても、現在の無過失責任というのは、国家賠償法などの関連において適用するには学校の事故については限度があるのではないかというようなことで、危険責任を直ちに学校の場に適用するのは困難ではないかというのが専門家の理屈のようでございます。ですから、弁護士会の方でも国家賠償法の規定の一条、二条の具体的な適用で教師の人権を保護しながら、しかし児童生徒の不利益も守るというようなことを、何か判例をつくるという形でだんだんにやっていくしかないのではないかというような御検討の結果も出ておるわけですから、具体的な事例に即して議論をするという問題ではないかと思います。
○小川(仁)小委員 私は国賠法を含めた無過失という法律論を展開しているのではなくて、さっき申し上げたような事情の中でけがした場合に、あるいは事故が起こった場合に、教師に責任があるだろうか、こういう考え方です。
○安養寺政府委員 私が申し上げているのは、個々の事例に即して議論すべきではないか、やはり教師の指導に手落ちがある場合もあるわけですし、それを責めるのは酷であって、通常の社会観念から言えばそれは免責されるという場合だってございましょうし、それは個別の実態に即しての問題ではないか、こういうことをすべて教師に要求するのは無理だということばかりであるというわけのものではないのではないか、そういうことを申し上げておるわけです。
○小川(仁)小委員 そうしますと、今度はそのために廃疾になった、死亡した子供、これに対して仮に個々の例で教師に責任がなかったという場合でも、訴えられた場合に教師と子供とのかかわりの中で教育がまともに行われない状態が出てくる。一関で言いますと、柔道の先生はわざをかけるのがこわくなったと言っておるわけです。それから、プールで小学校の教師たちが水泳ぎをさせる前に水泳自身に対する恐怖観念みたいなものが逆に出てきている。こういったかっこうで、一つは教育上非常に大きな消極的な、特に体育関係で消極的な現象が出てきている。それからもう一つは、子供たち自身が廃疾になって寝ている、一生どうにもならない、こういう状態が存在するわけです。 こういうのを二つの面から、一つは教育に積極性を持たせるという体育局のこれからの指導性の中でどう生かしていくかという問題と、それから具体的に子供が廃疾になった場合、学校内で起こった事故ですから何とかしてあげなければならないというのに現在の安全会の給付では十分であろうかどうか、こういう二つの問題をいまの文部省の考え方の中から出していただきたいのです。
○安養寺政府委員 最近の子供は柄が大きくなってもどうも弱い、体格はできても体力がないということもございますし、ちょっと転んでも骨を折るとか、あるいは昔は高齢者にあらわれた症状が若いときから出てくる問題とかいろいろございまして、私どもは全体としてもっと健康な元気な子供が学校教育の中に出てくることを望んでもおるわけです。 しかし、不幸にして事故が起こりました場合の対応の仕方として、どういう制度が現在の諸法制の中で最も妥当であって、そして災害に対して充足する度合いが高いかという問題は常に検討しなければならないことだと思います。 それから、事故が起こるということで責任を追及される、そのために教育の現場が何とはなしに虚脱感に覆われて、荒いことは一切抜き、運動もどうも避けがちということは好ましくない。それが果たして災害が起こった場合に責任は全部問わない、あるいは高額の補償がされるということで解決するかどうかということは、私はまた別の問題ではないかとも思いますけれども、しかし、現実にはそういうような事故を契機にしてどうも先生おっしゃるような状態があってうまくないことはまた事実なわけですから、その間にどういうぐあいに、法理論の上でも、法制の立て方としても、それから迅速に十分満たされるものはないかといろいろ考えあぐねており、この問題は古くて新しい問題ですから、当時いろいろ議論されて昭和三十五年に日本学校安全会の制度がいいのではないか、現在もそういうようなことの基本的な考え方に変化はそうないわけですから、安全会の給付の水準を上げていくということで一応対応していく。しかし、これにも掛金を急速に大幅に上げることについてはいろいろ問題もあるものですから、なかなか一遍に上げられない。本年も若干掛金を上げまして、それを契機にということになりますか、死亡見舞い金、廃疾見舞い金の額も上げることにしたわけですが、これもなかなかそれで十分だというわけにはまいらないことは事実だと思います。これはやはりだんだんにそのような手当てを、得心をしていただいて掛金を上げて財源措置をしていくという努力を進めていく、これが一番妥当な方法だというのが現在の立場でございます。
○山原小委員 ちょっと関連しますけれども、一つは、ILO、ユネスコの勧告によりましても、教員は児童の安全を守らなければならぬということと、同時にその教師の賠償責任から教師を守らなければならぬという二つが混在しているわけです。それは当然のことだと思いますが、そういうふうに国際的にも出てきた中で、しかも先ほど説明がありましたように、最近漸増というよりもむしろまあ激増的なふえ方だというふうに考えます。その中から裁判事件も起こるし、各種団体もこの問題を取り上げて何とかしなければならぬという状態のときに、文部省としてこの問題について、たとえばどういう機関というかあるいは機関的なものをつくって精力的にこれに対処していくとか、そういう姿勢があるのか、それともいままでどおり体育局を中心にして検討を進めるのか。何か文部省としての対策を立てる組織が必要ではないかと思うのですが、それはあるのでしたかね。
○安養寺政府委員 文部省の従来の問題意識なり対応の仕方は先ほど来御説明申し上げたとおりですが、学校現場のこういった事故をなくすること、不幸にして起こった場合の補償、救済をどのようにいまよりよくしていくかということの検討課題は常に意識して、今後も検討すべきだというぐあいに考えております。在来は、このことに限って何か法制的な新しい議論をすべく形を整えて、中で検討するようなことをしたことはございません。それぞれに識者の御意見を聞く、あるいは任意に学校長なり関係の体育の専門家にお集まりをいただいて現状をいろいろお聞かせいただいたり、こうしろというような御希望を聴取しておったということでございます。 しかし、これは今後も検討すべき課題である、とりわけ最近いろいろの関係者の専門的な御意見もだんだん来ておりまして、私どもとしては、学校で大いに体力づくりが振興される一つの突っかい棒といいますか条件整備としてこれは得心のいくような充実を見るべきだということで検討したいと思っています。
○山原小委員 特に最近は日本弁護士連合会の意見、決議というものが出ましたし、さらに日本教育法学会の法案要綱も出ているわけです。また各党においてもいろいろ法案化の問題を検討し、社会党などもまた案をつくって出したこともあるわけです。そういうふうにかなり具体的に問題が提起され始めたことに対して、そういう体制で対応できるのかなという感じがしますが、その点どうでしょうか。たとえば、国会として考えますと、立法機関としての国会も検討はしておるのだけれども、それよりも先にいわば今日の情勢に対応して日本教育法学会から法案要綱まで出ている。これはまさに国会として突きつけられたかっこうになっていると思うのですね。そうすると文部省としてはそれらに対してどう対応していくのか。あるいはそれらの意見をもうすでにお聞きになって、この要綱に対しては文部省はこういう見解だ、まあそれは先ほどおっしゃったことに含まれておると思いますけれども、そういう今日の情勢に即応した対応の仕方はやはり考えなければならぬのではないかと思いますが、その点どうですか。
○安養寺政府委員 繰り返して申しますけれども、いろいろ体力科学なりスポーツ医学なり、そういう基本的な問題をいろいろやっていかなくてはならぬというような問題もあることではありますけれども、それはさておきまして、毎年毎年数百に及ぶ死亡、廃疾の事案が出ているわけでございますから、これ自体に納得のいくような対応をしなくてはならぬということに関連して、いろいろ専門家の意見を聞き、検討もしております。いまお話しのような具体的な提案も現にあるわけでございますから、文部省としてもそれについて一つの考え方を持たなくてはならぬわけです。私自身の考え方を申しますと、現在いろいろ判例も出ております。いまに起こった話ではございません。現に係属中の、各裁判所で検討が続けられておる問題もあるわけです。それを見ます限りは、個々の事案についての事実の認識から起こってくる差もございましょうけれども、やはり責任をどのように識別するかというような点に争点を置いていろいろ考えられておる。したがって、いま提案がございましたような、無過失責任論で学校の教育というものを考えていいのではないかという提案には、にわかに賛同しがたいというような考え方で、しかし、そういって、ほうっておくわけにいきませんので、では何か現在的に考えられる案はないか、これは検討したいと思っておるわけです。
○山原小委員 たとえば法案化の場合に無過失責任ということは全く重大な問題になってくるわけで、常にそこへぶつかりますし、また法制局の方でも、その辺を出してくるとなかなかなじまないとか、他の法律や救済措置との関係とか、いろいろ困難な問題がいっぱい出てくるわけですね。しかし考えてみますと、たとえば私学助成の問題にしても、まさに一番困難な憲法違反だという論理との論争が続けられて、いわゆる私学助成という問題に国会としても発展をしていき、政府も私学助成を行ってきておるというようなことから考えますと、困難はあっても法制化の問題は一つの国民的な世論になりつつあるということは否定できないのではないか、そういうふうに思うわけですね。そんな点から考えますと、この段階で、国会ももちろんですが、文部省としても、隘路になっている点をどう克服していくかという問題として考えていくべきではなかろうかというのが私の考えですが、一方いまの文部省の考えですと、お聞きすると、いろいろやってみたけれども、結局学校安全会の給付をふやすとかというところにいま到達しているわけですね。それでは学校安全会の給付をたとえば死亡の場合とか廃疾の場合にどの程度にするとか、あるいはいつごろまでにその結論は出すとかというふうなことは、今日の段階としてお考えになっているのですか。
○安養寺政府委員 その都度その都度機会を得て改善すべきだということで、今度、年度がわりに安全会の給付の水準を上げることをしたわけでございますが、上げることにつきましても、在来でございますと、掛金を上げるということがかなえられての、あるいは上げるために掛金を上げるというような相関関係での処置をしているわけでございます。そういう点を今後十分検討していきたいというようなことは大切なことだと思っております。ただ、そういうことでは不徹底、不十分であるというお話がありますし、私どももそういうような世論なりお気持ちに対応すべく、クリエイティブであるべきだというような問題意識と意欲は持ち合わせておるつもりでありまして、いろいろな社会保障制度の中で、学校の事故あるいは学校外の年少者の事故にどのように対応するかというようなことも含めまして、いろいろなことを検討してまいりたい。ただ、現実にいま、これはどうだと言われていることに関連する限りは、無過失責任主義をにわかにそれだというわけにはいかぬ、こういうことを申し上げているわけです。
○山原小委員 最後に、いま小川さんがおっしゃったように学校教育の場の問題です。だから一方は、過失というものを立証しなければならぬ。まさに師弟関係がここで完全に崩れてしまって、相克の場所になるわけですね。これは教育の場から言えば全く耐えがたいことであって、小野寺さんの場合にしても、今度近野君の場合は勝訴しているのですね。近野君の方が勝訴していますが、これなどもすさまじい立証をしなければならぬ。立証するためには、親はその場にいないわけですね。そして学校側はこれを防御しなければならぬ。攻撃と防御とのすさまじい闘いというようなことが、もうすでに現在係争中の裁判だけでも、三十何件がそういう状態に置かれている。これは何とかなくさなければならぬということを考えますと、やはりここで一つは、諸外国でどういうふうにやっておるかという例とか、あるいは裁判の記録。これは私ども自分で勉強しなければいかぬことですけれども、たとえば小野寺君と近野君の場合の裁判の中身、一番のポイントですね、そういうものなども文部省としては検討されておると思いますが、きょうは文部省を呼んでお話ししているのですけれども、後はまた自由に討議しなければならぬし、参考人を呼ばなければいかぬということを小委員長は恐らく考えておられると思いますが、そういう点から考えますと、これから文部省としても、できるだけこの委員会に持っておられる資料を出していただきたいと思います。その点どうですか。
○安養寺政府委員 そのようにさせていただきます。
○木島小委員長 いまの山原さんの諸外国の例とかあるいは判例の類型別と言うのかな、そういうものを早急に出してください。
○安養寺政府委員 承知いたしました。
○小川(仁)小委員 それに付随して資料ですが、いまのものが民事だけの資料という意味だったとしたら、刑事事件になっている部分の資料も一緒に出していただけませんでしょうか。学校側が告発されている事件の判決の資料です。
○安養寺政府委員 若干時間をちょうだいしまして、整理させていただきます。
○木島小委員長 なるたけ急いでください。いま山原さんからいろいろ御質問がございましたけれども、その御質問の中にあるごとく、文部省が少し取り組みが弱いからこそ、本委員会をつくらなければならぬということなのですよ、いろいろ問題があるけれども。そういう意味では、ひとついま御要求の資料をなるべく早く出していただきたいと思います。 あと御質問はございませんか。
○山原小委員 ほかになければ……。 たとえば死亡、廃疾の場合、いま安全会が三百万出したりしていますわね。あれは和解ですか。何か基準があって和解の形態をとるのですか。たとえば植村忠司君の場合は、たしか最終的に三百万の和解金だったように思うのですが、安全会の規定じゃなくて、何かそういう配慮をしてやったのですか。現在どうやっているのですか、そういう死亡、廃疾の場合ですね。
○安養寺政府委員 安全会の給付は共済制度による見舞い金ということですから、裁判上の和解とかそういうこととは全然無関係に給付されるものです。
○山原小委員 大体ケース・バイ・ケースでですか。
○安養寺政府委員 はい。
○山原小委員 それと、裁判の中身などは文部省としてはかなり綿密に検討されていますか。
○安養寺政府委員 一応手に入るものは整理はしております。
○山原小委員 実際問題として埼玉県の大宮市を初め地方自治体も、いわば件数がふえますし、その処理に実は皆困っておられると思うのです。だから先ほど局長が説明されましたように保険会社等との契約によってカバーするとか、そういうかっこうになっているわけですね。もうすでに自治体としてはカバーの方向をみずから考えざるを得ないというところがあるのでしょう。だから数だけでも二百数十という自治体がすでに決議したりしておるわけです。 そうしますと、私、局長にお願いしたいのですが、国会ももちろん精力的にこの委員会で取り上げていくことになると思いますけれども、この問題は政府としても何らかの機構が必要だと思うのですよ。法律の問題とか、予算の問題とか、それから学校教育の問題とかということを考えますと、幾つか関連してくる省庁があると思います。そういうことで機構をつくる必要があるのか、ないのか。ないかもしれぬと思ったり、むしろ思い切って国会の方がこういう案を出した方がいいのかもしれぬと思ったり、官庁ではもう限度があるのではないかという感じもしたり、そんなふうなことをお話を伺いながら感じておったのですが、その点どうですかね。
○安養寺政府委員 いずれにせよ、必要な財源措置をしなければならぬことですから、そういう通常の関連省庁というのは出てくるわけでございますし、学校事故を救済するという場合に、先ほど若干申し上げましたような学校の対象の選別であるとか、あるいは事故の態様でございますとか、あるいは措置の期間の問題とか、給付の水準の問題とか、いろいろなことになりますと、それぞれのまた違った角度から同じような年代層を覆うような制度もございますし、それを所管する官庁もございますから、あるいは関連が出てくるかもしれませんし、これはいろいろこれからやろうとすることの度合いなり程度の問題にかかわってくると思います。 しかし、第一義的にはいろいろお知恵を拝借しながら、専門家の意見を伺いながら文部省自体としてまず考え方を整理すべき問題だと思いますし、先ほど来あるいは前回も山原委員から御指摘ございましたように、大臣がお答えしたように、文部省としてともかく検討したいということで在来以上に力を入れていきたいと思っております。
○小川(仁)小委員 学校教育、特にスポーツ関係の教育ですが、実は東京では臨海学校をやらなくなってきた。それは海難事故が原因だということが一般的にいわれています。その中で責任を追及される、刑事事件で告訴される、あるいは父兄から損害賠償で告訴される、こういった形が教育の中に非常に広がってきているという事実をお認めになりませんか。
○安養寺政府委員 私ども、これは部分的かもしれませんけれども、学校の先生方や校長先生方の話を聞きますと、そういう事故が起こったときはやはり一時停滞をする、これは事実のようですが、そのままにはなかなかほっておけない。父兄全体、子供自体が希望して、クラブ活動は従前のようにちゃんとやってくれとかいろいろな話は聞かされているわけです。それがたまたま臨海学校だとか山の家だとかそういうことについて、個別に事情は知りませんけれども、全般的にそのために教育活動が劣っているということよりももっと違った面で、どうも子供が運動をしたがらなくなっているというようなことは憂うべき現象だと思っております。
○小川(仁)小委員 それは二つの要因があると思うのです。 一つは、やはり遊び場がないということから子供の体育に対する熱心さがなくなるという問題が確かに一つあると思います。 もう一つの問題は、やはり学校事故によって父兄から訴えられる、検察から訴えられるという面からの影響というのは無視できない状態まできているということを私は感ずるのです。 したがって、どうしてもこれからの日本人、特に体位、体格というものを大事に考える上においては、一つ一つの指導の中で教師も安心してある程度やれる、こういう状態をつくり出すことが絶対に必要だ、こう考える立場から、やはり学校事故等に対する父兄からの訴えその他を防いでやる方法、これを考えなければならないと思うのです。現在の学校安全会の金額では父兄が満足しなくなってきているのですよ。 そういう関係で、これは当然文部省の責任だと思いますがね。まだそこのところを無過失責任論やその他の関係で一線をお引きになりますか、それとも思い切って、こういう小委員会が開かれたので一緒になって乗り込んで発展的にお考えになっていただけるという体制はとれないでしょうか。
○安養寺政府委員 学校の現場でいろいろ活発に教育が行われるということは最も望ましいことですから、それの阻害要因というのは排除しなければならぬと思います。 現在の事故というものがいろいろな原因によって起きておる。その事故の原因自身にいろいろ問題がたくさんございますが、それはそれとして究明する。仮に起こった事故がどのような形で治癒されるかということについて、最善の方法はこれからも検討して具体化していかなければならぬということについては、もう異存はございません。 ただ、いままでの考え方を固執しているわけではありませんが、多少オーバーに言いますと、現在の日本の社会保障を含めての法制度の中で、学校だけににわかに無過失責任というような道理を導入することはきわめてむずかしい。したがって何か他に方法はなかろうかというところで、事柄が重大なものですから、文部省としては時間をかけて取り組んでおるという状態を申し上げておるわけでございまして、いろいろ関係者からたくさんお知恵を拝借する機会があればあるほど私どもとしてはありがたいことだと思っております。
○山原小委員 これは無過失責任の問題になると思うのです。そうしますと、無過失責任の立場をとらないということの理由として、先ほど幾つか挙げられたわけですね。先ほど言われた数項目が、大体無過失責任ということに対する反論としての個条として考えてよろしいですか。
○安養寺政府委員 そういうような具体的な御提案も意識に上せながら、学校事故の救済制度の検討事項はどんなものかという御説明をしたつもりでございます。
○山原小委員 たとえば全体の事故の対応の仕方として、無過失責任と財源の問題が出ましたね、公の財源を見出すことはむずかしいという。そういう幾つかの問題が重なって無過失責任ということが非常になじまないとか、あるいはむずかしいということになっているのだろうと思いますが、大体いま挙げられたのが文部省としての法制化についての見解でしょうね。
○安養寺政府委員 大体体育局レベルで議論をしておりますことの梗概を申し上げたわけでございます。
○木島小委員長 体育局長どうなのですか、余り厳密に過失責任か無過失責任かということにこだわることがそれほど大切ですか。逆に言うならば、たとえばいまの安全会だって公費半分ですね。その半分に関する限りは無過失責任ですね。
○安養寺政府委員 余り法のロジックばかりということで対応できなければ、できないなりに違った面で手当てをすべきだということに当然なるわけですから、両面あわせてどういう検討が必要かという取り組み方をしたい。 ただ、片一方の無過失責任をこの段階で学校教育の場に直ちに導入するということはむずかしいのではないかという一つの判断を申し上げておるわけです。 たまたま在来、そのような経過もございまして、日本学校安全会による共済制度のスタートを見たい、その水準を上げていくことで努力をしてきたわけですが、委員長おっしゃいますように掛金を財源とする、その掛金の四割ないし六割は義務制の学校に限っては設置者が負担をするということになっておりまして、この性格をどう見るかというのは議論はございますけれども余り詰めた、法制化の意見を聞いたわけではございませんけれども、私は、これは何か就学援助というような形のものではなかろうかという感じがします。したがって、もっと徹底的に言えば、貧困家庭の保護者には掛金は一切公費で肩がわりをするという部分までカバーしたということになって、委員長からいまお話のありましたように、その部分に関しては無過失と言いますか、何か違った意識、意見、法理が入っておるかということについては、ちょっと私も、見舞い金というのは就学奨励ということではないのではないか、こういうぐあいに思っております。
○木島小委員長 だから過失賠償責任か無過失賠償責任かということの法理論だけで言えばいろいろ問題がある。けれども具体的には、どういう理屈をつけようとも現実的にはそういう性格の金が現に出ておる。たとえば労災保険なら企業は出しておりますけれども、これはその限りでは無過失ですね。金額の多寡は別です。しかしそれも、だから無過失賠償責任なのかどうかという議論になれば、またいろいろ議論がある。しかし、受ける者からすれば、結果的にはそうなっているのです。だから、その法理論にとらわれておれば確かに問題はいろいろあろう。 ことに義務教育の場合には、国賠法では公権力の行使に当たるという言葉がありますね。教育そのものは公権力の行使ではない。しかし親からすれば、多分に公権力の行使によって子供を就学させる義務を負っているわけですよ。とすれば、それを無過失賠償責任であるか否かという法理論だけにとらわれることなくして、実質的にはそういう形というのはいろいろ横並びではあるわけですよ。法理論というのにちょっととらわれ過ぎているのではないですか。
○安養寺政府委員 現在の安全会による給付も義務制も任意でいいという前提になっておりまして、これは九九%加入はしておるわけですけれども制度のたてまえはやはり任意である。そして、掛金を持ち寄って共済制度でやろうということですから、その点がいま問題になっている論点からすればちょっとずれておるわけですね。違ったところにあるわけです。ですから、そういうものを含めて発想を変えるという議論の方にむしろ問題提起がされておるのではないかというわれわれの認識があるものですから、そこはひとつ法の理屈を一回究明をしてみたいものだというので、いま委員長御指摘のように多少窮屈な対応の仕方をあるいはしているかもしれません。
○木島小委員長 たとえば教育法学会から出ているとかそういうものに皆さんの方がとらわれ過ぎておる。現実は深刻な問題がある、その問題意識はさっきおっしゃったようにある。けれども、そういう教育法学会等から出ておるものに余りとらわれ過ぎておるから、そのことを基準に考えていらっしゃるから発想が限定されるのではないのかという感じがするのです。
○安養寺政府委員 教育法学会の案というのは最近出てきたわけでございまして、たまたまそのような考え方を整理をされたのだろうとは思います。ですから、それを引用させていただいておるわけでございますけれども、この問題はもうすでにずいぶん古い話でございまして、日本学校安全会法をつくる場合に、国会でも議論になった考え方がございました。それ以来、われわれとしましては検討の課題であったわけでございますけれども、安全会のスタートとそれによる給付で一応御得心をいただいてきたのではないか。ただ、世の中いろいろ変わりますし、学校教育活動の実相も変わりましてだんだんに、このこと自身の事故件数が激増したわけではございませんけれども、対応の仕方についてもう少し適切な方法が求められつつあるということがあったものですから、引き続いてずっと検討しておったということでございまして、余り何かにこだわっているのではなしに、われわれとしては広く考えたい、しかし大変事柄が大切でむずかしいということを御説明しておるわけです。
○木島小委員長 ちょっと済みませんが、先ほど資料を配りましたのは、公的に出ておったのではいま局長から説明ありましたように、安全会が出る前に国会で法案が出て、その三十一年に出た法案が安全会に発展したということでその資料と、それから日本弁護士会が出しました資料と教育法学会の資料、これは公的なものでありますからいまお配りしたわけであります。
○山原小委員 いろいろ論議してきましたが、大体文部省のいまの見解もわかりましたし、文部省もかなり積極的に検討するという立場をとっておられることもわかったわけです。 それで、ちょっと事例が違いますけれども、たとえば種痘の問題についての閣議決定による補償という問題も出ていますし、それからたとえば災害の場合、川がはんらんして死亡者が出たとかいうような場合は、これに対する、これは見舞い金という名前ですけれども、かつてはなかったわけです。それがずいぶん国会で論議されてついに見舞い制度が確立をして、現在では死亡について、金額はまだ問題がありますけれども、毎年、去年も五十万円上げて百五十万円というふうに、いろいろ法律上の問題は論議されながらも救済措置というのはやはり前進しているわけでして、そういう点から考えますと、学校安全会というものは一つの大きな役割りを果たしておることは事実でありますし、中で問題になっている裁判例など、非常に大きな問題となっておるのはやはり死亡、廃疾というのが問題ではないかというふうに考えてみますと、非常に困難であればしぼったところで問題の解決の見通しも出てくるのではなかろうか、こういう感じもするわけです。死亡が五十年で先ほど御説明のあったような数字。それから廃疾の問題ですね。これは家族にとっても大変なことなので、だから裁判問題で過失の立証をしていくということに発展していくわけですが、これらのしぼられた範囲に対する救済措置というのはできるのではなかろうかという感じは私はしているのですが、そういう検討をされたことはあるのでしょうか。
○安養寺政府委員 いろいろ考え方がございまして、いまお話しのように、廃疾、死亡に限って扱うという考え方も検討はしています。 他の療養費の給付というのは、これは大体社会保険の関連で動いているわけでございまして、このこと自身に創意工夫という余地はまずはないわけでございます。現在は、五百円以上かかった給付は出すということですから、お医者さんにかかればその療養費はほとんど給付されるということでございますから、これは財源の措置さえどういうことであるかという議論をすれば足りるわけです。しかし、いろいろ問題として大きな問題はやはり廃疾なり死亡の対応の問題でございますから、これだけをどうかするというような考え方はないかという検討はしています。ただ、その場合は、まあこれは極論で、まとまった現時点の結論ではございませんけれども、安全会というような考え方からは飛び出してしまうのでないかというようなこともあるものですから、もう少し、飛び出すのだったら、飛び出した先に一般の社会保障の制度というものとの関連がどんなかっこうで出てくるのかというような問題も想定されますので、いろいろ検討はしております。
○小川(仁)小委員 さっき御説明の中で、設置者が保険会社等と契約をしてやっているということを御説明になりましたね。また、岩手県ではPTAが安全互助会というものを県教委と一緒になってつくったのです。こういうものに対する文部省の見解をひとつお聞かせ願いたいと思います。
○安養寺政府委員 繰り返しの御説明になると思いますが、それぞれの公立学校の設置者である市、町、村が国家賠償法の一条または二条の責任を追及されて、あるいはみずから公の責任として認めて損害賠償金を支払う、それがいつ起こるかもわからないし、一たん起これば一時に多額の財源を必要とするという問題があるわけですから、それでは町村会、市長会、都道府県教育委員会ということが連合して保険に入って、そして給付を円滑にやろうではないかという制度でございまして、この考え方はあくまで公の損害賠償責任を追及されたときの対応の具体策ということになっておる。いまの岩手県のような話は、すでに相当多額のお金を出す制度は五つぐらいございます。これは全く任意で、いわば日本学校安全会給付の私的版といいますか、法律なり特殊法人というような形で賄うのではなくて、各府県の範囲内でそれぞれの府県もあるいはいろいろな援助をすることになっておりますけれども、父兄の掛金を拠出してもらってそれで日本学校安全会の給付の上積みをするというようなことをやっておるわけでございます。
○小川(仁)小委員 岩手の場合で申しますと、子供の掛金、いわゆる保護者の掛金が中心になって運営されるわけです。すると、掛金を掛けない子供、その会に入っていない子供というのは事故が起こった場合にも対象外になるわけです。したがって全員ではないわけです。こういう形で父兄が自己防衛をしなければならないという状態、やはり余りいいことではないでしょうね。
○安養寺政府委員 この前も岩手県の方々から、こういう仕儀であるので学災法を早くつくっていただきたいという陳情を私受けました。そのときに、岩手県ほどの御熱意が四十七の都道府県に広がれば、およそ日本学校安全会の給付の財源措置として掛金の上積みはそこでかなえられるのだから、その方でやらしていただいたらもっとよくなりますのにと言ったら、はあと言って帰っていかれたのですが……。
○小川(仁)小委員 私が言っているのは、掛金を掛けない子供は給付の対象にならないのです、岩手の場合は。幼児一人二百円、小学生四百円、中学生五百円、高校生五百円です、掛金は。こういう事務は、みんな学校の教員が子供たちから金を集める。これだけでもまた大変な仕事が出てくる。学校がそれに協力できない場合はPTAが集めて歩く。ですからPが自発的にやりますと、参加しない父兄がかなりあるわけです。子供の事故というのは参加するしないにかかわらず出てくるわけですから、そういう状態で入っていない子供の事故が起きるとこれは対象にならない。これにはこういう課題が一つありますよ。 それからもう一つは「第三者加害により損害賠償の支払いを受けた者あるいは受ける見込みの者に対しては」というので、これは見舞い金を抑えているわけです。これもいわゆる過失があるかないかという課題の中で、過失があれば加害者が出すのだからということで、争いが起こってくればやはり見舞い金の対象にならないわけです。保険関係も私は大体そんなふうに理解しているわけです。 ですから問題が二つあるわけです。先に言った掛金を掛けなかった者は対象にならぬということと、もしこの会または保険会社が、これは加害者が存在する、過失が存在するということになると、やはり争いが起こってそこに補償という問題が出てこない、こういうふうな形で、全面的な解決にはなっていないのです。やはり教師と父兄の間の争いがそこに起こってくる可能性を持つわけですから、こういう部分をなくしていくためには、こういうものに頼っていては文部省は笑われませんかね。
○安養寺政府委員 文部省は安全会をよくするということで、全国的な組織立った事故防止並びに事故の起こった際の補てん策を考えていきたいと一貫しておるわけでございます。ただ、それに対するいわば批判というような形のあらわれとして、数県でPTAの拠出金というようなかっこうで見舞い金制度が上積みされるというようなことがあるのは事実でございます。しかしわれわれとしては、そういうことを大いにお勧めするという立場にはないと思います。たまたまいまはそういうものを超えた大きな問題がございますから、一々こういうことについて、任意でおやりになることによしあしというようなことをこちらから一方的に申し上げるということは控えるべきでございますから、控えておりますけれども、そういう状況にございます。 それから、いまお話しのように、第三者加害が明瞭になって、その加害者によって損害賠償金が支払われれば、こういう見舞い金は出さない、もしくは出しておればその部分は返還を求めるというのは一般の法理でございまして、日本学校安全会でも現にそのような規定を設けてやっております。これは参考までに申し上げておきます。
○小川(仁)小委員 いまのように他の団体に頼ってしまいますと、幾つもの欠陥が出てくるわけです、会費を払わない者は対象にはならないとかいったような。子供たちはやはり教育を受ける権利があって、しかも学校へ行かなければ処罰をされるという状態で、義務制の学校には通っているわけですよ。こういうふうに国の力でもって学校に子供たちを入れておいて、そこの中で学校の設備の不十分あるいは施設の不十分、あるいは教育上の無過失、場合によると過失もあるかもしれませんが、そういう状態で子供が死亡し、廃疾になった場合に、やはり国は教育上の責任の立場から補償する、こういう考え方をお持ちになるのが当然ではないでしょうか。教育を受ける権利、子供を学校にみんな収容する、こういう中で起こった事故ですから、それを子供から掛け金を取るという考え方自体に間違いがございませんか。
○安養寺政府委員 現在の制度で学校の設置者が、これは国公私を問わず、すべて設置者が預っておる児童生徒のそういった事故に対しての責任のとり方というのは決められておるわけです。現に国公立でいえば国家賠償法の一条、二条という対応の仕方をしておるわけです。しかし、それではなお足りないのではないか。教育現場がその事故のためにえぐられるというような事態が放置されるのはおかしいのではないかという議論がございまして、どのように対応にさらにプラスすべきかということで、そのプラス要因として安全会による給付制度、見舞い金制度をプラスしようではないか、こういうような発想に出ておるわけです。ですから、それがなお不徹底ではないかというような御指摘に対して今後どう対応すべきかという大変むずかしい問題を基本的に、あるいは追加して、方法はありましょうけれども、検討しなくてはなるまい、また現に検討しておるということもございまして、おっしゃるような教育の現場がどうこうということについて異論を申し上げているわけでもなし、ただ、方法論として現在制度がこうあるということで、不十分なのは何かという問題の整理がむずかしい、検討しておりますということを申し上げておるわけです。
○小川(仁)小委員 現行制度ではむずかしい、こういうことですね。
○安養寺政府委員 さようでございます。
○小川(仁)小委員 そうすると、制度を変えていくということの可能性はありますね。
○安養寺政府委員 可能性はあると思います。どのような可能性かを検討しておるということです。
○小川(仁)小委員 それでは、今後これを検討いたしましょう。
○木島小委員長 局長、いまのお話の続きで言うと、国賠法だけだと、それは子供のことですから挙証はなかなか困難ですよね。そしてさっき山原さんがお話しのように、教師と子供が法廷では敵味方になるわけですからね。そしてそういうことを恐れるから教師は教育が消極的になる、教育的な観点からすれば何らかの方法をということを考えるわけですね。そこで安全会だ。とすれば、もう一歩進めれば、設置者負担による共済制度というものはありませんか、たとえば国立は国が、公立は自治体がという、いまの話に限定すれば。
○安養寺政府委員 いろいろ勉強さしていただきます。きょう、何か同じようなことを言っておるようでございますけれども、これはわれわれの方も検討しておりますので、私どもの考え方なり立場を御理解をいただくいい機会だ、並びにお知恵を拝借するいい機会だと思うものですから、多少いろいろ説明が過ぎるかもしれませんけれども、今後の可能性は大いにどこにあるかということについてお教えいただくために申し上げておるわけです。いま委員長のおっしゃることにつきましても同じことでございまして、私ども大いに勉強さしてもらいます。
○木島小委員長 大変失礼なことを言っているようでありますが、局長おっしゃるように、古くて新しい問題だとおっしゃるごとく、古くからあるわけです。そしてなお検討すべき事項は、さっきからおっしゃることは、これまた古くして新しいのですよね。古くから問題点は同じなのです。そして結論が出ない、出ないけれども、現実は深刻さを増してきている。いま局長がおっしゃるような事例だけを言っておれば、常に古くて新しくて時間だけが経過して結論が出ないということになるわけです。そこにこの委員会がつくられたところの趣旨があるわけです。だから、さっきからお聞きしていると、局長は古くて新しくて問題があるのだ、問題があるのだという弁解だけで、ちょっと前向きの姿勢が見えない。しかし、いま最後に、一緒に研究をしましょうというようなことで少し前向きになったような感じがしますけれども、古くて新しいのですから、これはどこかで踏み切らぬければだめです。どこかで割り切らぬければだめです。割り切らない限りにおいては問題は常に存在しながら放置されることになる。 それでは、もういいですか。御質問ございませんか。
○山原小委員 そうですね、この後どうするかお話しして……。文部省の意見としては大体わかったように思うのです。
○木島小委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○木島小委員長 速記を始めて。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時三十九分散会