文教委員会 第2号
- 発言数
- 211 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1977/02/25
会議録
○藤尾委員長 これより会議を開きます。 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題とし、提案理由の説明を聴取いたします。海部文部大臣。 ————————————— 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案 〔本号末尾に掲載〕 —————————————
○海部国務大臣 このたび政府から提出いたしました国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律案は、昭和五十二年度における国立大学の学部及び大学院の設置、短期大学部の併設、生物科学総合研究機構及び大学入試センターの新設、昭和四十八年度以降に設置された国立医科大学等の職員の定員に関する特例措置並びに国立養護教諭養成所の廃止等について規定しているものであります。 まず第一は、学部の設置についてであります。 これは、岩手大学に人文社会科学部を、富山大学及び高知大学に両大学の各文理学部を改組して人文学部及び理学部を、広島大学に同大学の政経学部を改組して法学部及び経済学部をそれぞれ設置し、これら地方における国立大学の教育研究体制の整備を図るとともに、鹿児島大学に歯学部を設置し、歯科医療需要の増大と歯科医師及び歯学部の地域的偏在に対処しようとするものであります。なお、鹿児島大学歯学部は、昭和五十二年十月に設置し、五十三年度から学生を入学させることとしております。 このほか、新潟大学の人文学部については、これまでの整備状況を勘案し、実態に即して、その名称を法文学部に変更することとしております。 第二は、大学院の設置についてであります。 これまで大学院を置いていなかった九州芸術工科大学、大分大学及び琉球大学に、それぞれ、芸術工学、経済学及び農学の修士課程の大学院を新たに設置し、もって、これらの大学における教育研究の水準を高めるとともに、研究能力のある人材の養成に資しようとするものであります。 第三は、短期大学部の併設についてであります。 これは、群馬大学及び名古屋大学にそれぞれ医療技術短期大学部を新たに併設し、近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に伴い、看護婦等の養成及び資質の向上に資しようとするものであります。 なお、二短期大学部とも、昭和五十二年十月に設置し、昭和五十三年四月から学生を入学させることとしております。 第四は、生物科学総合研究機構の新設についてであります。 これは、基礎生物学及び生理学に関する総合研究を行う国立大学共同利用機関として、基礎生物学研究所及び生理学研究所をもって構成する生物科学総合研究機構を愛知県に設置し、生命科学の研究の推進に寄与しようとするものであります。 第五は、大学入試センターの新設についてであります。 大学における入試の現状を改善することは、今日の大きな課題であり、このため諸般の方策を講ずる必要がありますが、その一環として国立大学関係者が多年にわたり調査研究を進めてきた国立大学共通第一次学力試験の制度を、昭和五十四年度の入学者選抜から取り入れることとし、試験問題の作成及び採点等の業務を行うとともに、大学の入学者選抜方法の改善に関する調査研究を行う機関として、大学入試センターを東京都に設置しようとするものであります。同センターでは、国立大学以外の大学の入学者の選抜に関する業務についても、その要請を受けて協力することとしており、国公私立にわたり、大学の入学者の選抜の改善に資することを目標としているものであります。 第六は、昭和四十八年度以降に設置された国立医科大学等の職員の定員に関する特例措置についてであります。 国立大学については、昭和四十八年度以降、いわゆる無医大県解消計画等による国立の医科大学の創設や医学部及び歯学部の設置を進めており、また、大学改革の方向に即した新しい構想による大学の創設を図っております。これに伴い、職員の定員の需要が大幅に増大しつつある現状にありますが、これらの計画の進行に伴う定員需要に適切に対処していくため、その定員については行政機関の職員の定員に関する法律が定める職員の定員の総数の最高限度には含まれないものとし、当分の間、国立大学設置法において、そのための所要の定員措置を講ずることにより、これらの計画の進行に対応しようとするものであります。 第七は、国立養護教諭養成所の廃止についてであります。 国立養護教諭養成所については、養護教諭の資質の向上を図るため、逐年、これを発展的に教育学部の養護教諭養成課程に転換してきておりますが、このたび、昭和五十年度において転換を行い、以来、学生の募集を停止してきた茨城大学養護教諭養成所及び愛知教育大学養護教諭養成所について、これを廃止することとしたものであります。 以上が、この法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。何とぞ御審議の上、速やかに御賛同いただきますようお願いいたします。
○藤尾委員長 これにて提案理由の説明は終わりました。 本案に対する質疑は後日に譲ることといたします。 ————◇—————
○藤尾委員長 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小島静馬君。
○小島委員 旧臘福田内閣が誕生いたしましたが、その中で三人の昭和生まれの大臣が誕生いたしました。その中で、最も大きな国民的な期待を担って登場したのが海部新文部大臣であろうと私は思うのであります。過去におけるところの官房副長官時代、あるいは労働政務次官の評価というものは、国民的な声望にまで高まっておるわけであります。決しておだてるわけじゃありません。新文部大臣の長い政治活動の足跡の中から今後にかける大きな期待に対して、どうかひとつ思い切った文教行政の施策を打ち出していっていただきたいと思います。そういう大きな期待を持って数点の質問を行いたいと思います。 最初に、羅列的になりまするけれども、当面の諸問題、最後に、時間のお許しをいただく範囲の中で基本問題、基本理念、こういう順序で進めてまいりたいと思っております。 現在の初等、中等教育は、言い古されたことには違いございませんけれども、大変ゆがめられたものであるということが常識的に言われております。それは大臣は所信表明の中で「知・徳・体の基礎と基本を確実に身につけ、人間性豊かな国民の育成を図る」云々と言われておるわけでありますが、このことは古今東西を通じて変わらないところの教育の基本であろうと思います。しかし、とかく幼稚園から大学まで、今日の学制制度の中でもって一番深刻な問題は受験地獄であります。そのことの中で知、徳、体の三位一体の教育が行われておるかどうか、こういう問題に対する学校現場の実態についてどのように認識をなさっておられるのか、またその対策についてどういうふうにお考えになっておられるかをお伺いいたします。 それから先日私の友人が参りました。いろいろ教育問題について、論争などというものではありません、雑談をいたしておったわけでありますが、盛んに乱塾時代という言葉を使われるわけであります。物事が熟れ熟する欄熟だと思って聞いておりましたけれども、どうしても言葉が通じません。そこでやむなく字を書いてもらってわかったわけでありますが、乱れる塾であったわけであります。今日の学習塾、その乱立は目に余るものがあります。その数字はどの程度になっておるか存じませんが、もし御調査があればお聞かせいただきたいと思いますが、東京等においてはすでに六〇%ぐらいにいっているじゃないか、こういうことが言われております。もう一つの同様な問題は、業者テストの問題でございます。こういう花盛りの問題に対しまして、同じく実態をどういうふうに捕捉し、またそれに対してどういうお考えで対処されていかれるのかもお伺いをいたします。 それから所信表明の中で、学習指導要領の改定を行い、その改善に取り組んでいかれるというふうに言われておるわけでありますが、教育課程の改善は具体的にはどのように進めていかれようとなさっておられるのかお伺いいたします。 それから、高等学校の問題であります。高等学校への進学率はすでに九〇%を数%ずつ超えているというふうな各都道府県の実情でございますが、この際、高等学校教育のあり方については基本的にどのようにお考えになっておられるのか。全入制から義務教育へ移行していくのか、新しい教育年限の問題と取り組んでいかれるのか、あるいはまた能力主義的な、学歴是正主義の立場に立って、もっとほかの人格教育の充実の中で多様化の方向を目指していかれるのか、こういう問題にまで言及されることを望みたいと思います。 まず第一点といたしまして以上であります。
○藤尾委員長 小島君にちょっと申し上げますが、質問が非常に多岐にわたっておると思いますので、もし答弁漏れがあるようなことがあってはいけませんから、問題を一つ一つ御質問いただいた方が徹底をすると思いますから、そのようにひとつお願いを申し上げます。
○海部国務大臣 小島委員からせっかくの御激励と御注意をいただきましてありがとうございました。全力を挙げて取り組んでまいりたいと思っております。 御質問の第一は、現在の初等中等教育をどう考えておるのか、知、徳、体の三位一体の人間性豊かな生徒を育てるためにはどういうふうに認識しておるか、こういう御質問であるますけれども、このことは、昨年暮れに教育課程審議会の答申を文部省は受けておりまして、その中に指摘されておりますことは、やはり教育課程というものをもう一度十分精選をして、ゆとりのあるしかも充実した学校生活が送れるようにしなければならない、こういう方向が出ております。ゆとりのあるしかも充実したということは、端的に申しますと、いま小学校なら小学校の段階で教えておる科目そのものが非常に多いのではないか、あるいは中学校へ行ってから理解を深める教育をした方がいいのではないか、小学校の段階と中学校の段階とを一貫して考えて、特にむずかしいようなものは中学校の方に上げたらどうかとか、あるいは教育の課程をつくるときに、授業時間をもう少し少なくして、浮いた時間はたとえば体育に使っていただくとか、いろいろ例は挙がっておりますけれども、ゆとりのある教育体制に持ち込んで、いま御指摘のようなゆがめられておるといろいろなところから出ておる批判を少しでも解消していきたい、こう考えまして、初等中等教育においては教育課程の改善、それについてはただいま文部省はその答申の精神を生かしまして、この答申の精神から逸脱しないように学習指導要領の改定作業を行っておるところであります。 それから二つ目は学習塾のことについてどう思うのか、乱塾時代をどうとらえておるか。おっしゃるとおりであります。塾の実態に関しましてはただいまさらに精細な調査を進めておりまして、近く調査の結果がまとまると思います。その調査の結果を待って正確な判断を下したいと思いますが、ゆとりのある伸び伸びとした子供の育成という面からいきますと、土曜日の午後も日曜日もそういう塾に走らなければならない、また、正確な数字はまだわかりませんば、走っておる人が比較的たくさんいるということは事実でありますので、塾そのものがどういう形態で行われておるのか、たとえば補習塾のような形のもああるいはピアノとか珠算とかいったような専門的なもの、あるいはいまの進学競争にいろいろ地獄とか戦争とかいうわれわれにとって大変いやな言葉がつくような深刻な状況になっておる一因をつくっておるのではないかという進学塾の御批判等いろいろありますから、そういったことを全部踏まえて、どうしたら正常な状態に戻ることができるのか、これについては、調査の結果が近く出ますので、それを待って判断を下していきたいと思っております。 なお、高等学校についてどう思うかという御質問でありますが、このことは高等学校を義務制にしたらどうかという角度の御質問が本会議でもございましたし、また過日の中教審の答申でも、高等学校のあり方について検討を加えろという指摘がございました。しかし、現在、小島委員御指摘のように高校進学率というものは九二・六%に達しておりますし、高校合格率は九八・六%に達しておる今日でありましてもこれを直ちに義務化をするのがいいのかどうか。中学卒業のときに多様な能力と多様な資質を持つ多くの青年の中にいまなお高校進学以外の進路を選ぶ人も現におるわけでありますし、また六・三・三という義務教育の初等教育から今度は後期中等教育の三年間、それが三年間だけでいいのかどうかという角度の検討も確かにございましたが、御承知のように五年制の高等工業専門学校をつくるとか、あるいは専修学校の制度を充実するとか、多様な希望にこたえることができるようにいろいろな施策をいま講じておるわけでありまして、高等学校というのは、制度としてはこれはとりあえず現状のままでありますけれども、その内容とか希望に応じたような方向にいくようにしなければならない。特に理科教育及び産業教育審議会などの御提言などもありまして、産業教育を施しておる高等学校の立場とか地位というものも考えていかなければなりません。そこで、五年制の高等工業専門学校を進路として選んだ人のために、さらに五年制を終わったときに優秀な創造的な技術を持った技術者として伸びていきたいという人のためには技術科学大学というものも設置をいたしまして、いろいろな多様な要請に応ずるような努力をしておるところでございます。
○小島委員 高等学校教育の義務化という問題についてはおおむね私も同感でございますが、従来ともすれば全入制を前提とした義務教育化という方向がむしろ望まれておったのではないか、こんな気がいたします。しかし、高度経済社会、成長社会の終えん、そのことの中から私が実際に感じておりますことは、恐らく委員諸公も同じでございましょうけれども、大卒の就職が非常に困難になっているということであります。引きかえまして中学卒は、金の卵と言われなくなりましたが、依然としてそれに近い状態である。あるいはまた高校卒なら何とか就職ができる。こういう状況の中で、私は、いままでのような高学歴主義というものは猛烈な反省期に立たされておる、こういうふうに理解をいたします。そのことの中で、もちろん職業に貴賎はないわけでありまして、いかなる職業についても本当に温く、豊かな生活が享受できる、そういう社会的な前提に立って、いま言われた産業教育面の充実という面に御配慮をしていかれますように要望いたします。 次に、第二点としてお伺いいたしますのは、教員の資質向上の問題であります。教育の内容を充実をさせるには、施設ももちろん大切であります。あるいはもろもろの教育環境の問題がございましょう。しかしその中で何といっても一番大切なものは、実際に教育に当たる教員の資質の問題だろうと思うのでございます。その処遇改善等については、お述べになっておりますように、教員給与の改善を含めて、いわゆる人確法に基づく第三次の給与改善を進めていきたいというお話がございました。どういうふうにお考えになっておられるのか、具体的に伺いたいと思います。 同じような問題でありますが、主任制の実施状況、これも見てみますと、まあ四つか五つの都府県が未実施のようでございますけれども、軌を一にいたしまして、いわゆる革新知事と言われるところが全部そういうふうな形になっておるわけでございますが、一体どこに原因があるのだろうか。適切な学校の運営体制を確立すべきであると思うけれども、関連いたしましてどうか。 これらの問題と関連をいたしまして、特に大臣にお伺いをいたしたいのは、日教組の問題であります。戦後の日本の教育史を彩ってきたものは一体何であったか。これはもう言うまでもなく、むしろ阻害をしてきたと言ってもいいじゃないかと思いますが、日教組の政治的な方針、それからまたそれに基づくところのもろもろの問題、またこれに対応する文部省側の姿勢というものについても反省が求められるべきではなかろうか。私はごく素朴な気持ちであります。そういう観点から申し上げるわけでございます。これらの今日の教員の資質向上に関連する問題を突き詰めていきますと、必ずこの日教組の問題と突き当たるわけであります。言うなれば、文部省と最も緊密なる連絡協調が保たれなければならない日教組との関係、これは言うなればまさに不毛の砂漠である。対話が全くない。幾たびか試みはあったかもしれませんけれども、これが実っているという事態はございません。新大臣、いかがでございましょうか。何らかのこれらの問題の解決を前提としながら、そういう対話の場というものを定期的にでもよろしゅうございます、求めていかれる必要があるのではなかろうか。何か教育観が違う、あるいは世界観が違う、社会観が違う、そういう前提があり過ぎるのではなかろうか、この辺の問題についてどういうふうにお考えになっておられるか、お伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 第一の教員の資質の向上についての御指摘でありますけれども、教育は人なりと言われますように、教壇に立って教えていただく教員の資質というものが教育効果に大変決定的な影響を持つことは御指摘のとおりでありまして、私もこれは、例は悪いかもしれませんが、人間の尊厳に触れる職業といいますか、お医者さんとか司法官と同じようにやはり人間の将来のすべてに決定的な影響が与えられるのが教育者の立場でありますから、その資質の向上はきわめて大切なことだと思っており、御指摘になりましたように、人材確保法案を通して、教員の給与改善に例年努力を積み重ねてきておりますことも、人材を確保して、効果の上がるいい教育をしてほしいという願いだというふうに理解をいただきたいと思いますし、また教壇に立っていただく前に、裁判官や医者に要請されておるような研修をもっと濃密にした方が立っていただく先生そのものにも自信を持って立っていただける、指導力向上に役立ってこう判断いたしておりますので、今年度新任教員研修のための予算措置も講じまして、鋭意努力いたしますとともに、また毎年五千人に及ぶ教職員の皆さんが海外研修旅行に出て行ってもらっておるのも、外国の事情に直接触れながら資質を高めていただきたい、こういう願いがこもっておることを御理解いただきたいと思いますし、考え方は御指摘のとおりでございます。 それから主任制の問題についての御質問でありましたけれども、この主任制の問題は長らく学校の現場においてこの主任制というものがやはり教育効果を高める上に役立つ仕事である、主任制というものがあってお互いに指導連絡、そういったものが深められていけば、その方がより学校運営という面からいっても、教育指導面からいっても得るところがある、こういう考え方に立ってすでに全国には主任というものが存在しておったのでありますが、文部省はこれを制度化いたしたわけであります。 ただ問題は、これについて日教組との関係でどうするのか、私も実は日教組の委員長並びに幹部の方のみならず、その他教育の現場に関係した多くの方々の代表とお目にかかってこのことについての意見の交換をいたしましたけれども、御指摘の日教組に限って言えば、残念ながら平行線をたどっておる。要するに私どもはこれを学校の教育効果を高めるために、連絡指導のために責任を果たしていただきたい、こう思っておるのでありますが、ややもすると、これが管理者と被管理者というような対決のような形になって、そこへ一線を引いて管理するのはどうもおもしろくないという角度の御反論がありまして、この点については学校教育の中で果たしてきたきょうまでの主任の制度というもののあり方を、もし誤解があったら解いていただきたいと思っておるし、十分これは話し合って御協力をぜひ願いたいと思っておる問題でありますので、私はその点に関してはどうぞ御理解をいただきたいという気持ちでやっております。 なお、日教組の皆さんに対していろいろ御指摘がございましたが、私も就任いたしましたときに、教育の現場は政争の外に置くべきである、大人の世界の雑音やイデオロギーが教育の現場に入っていって騒々しくすることは間違いである、こういう気持ちを持っておりますし、また前文部大臣永井さんから路線を継承しましたときも、これらのことについては十分なお話をしておりますので、そういったことのないように教育の現場に少なくとも大人の世界の政治的なイデオロギーやそういったものが入り込んで騒々しくされることのないように、静かな環境はみんなで協力してみんなでつくり上げていかなければならない、こういう問題だ、すべての立場の方々の御協力を切にお願いしたい、こう考えております。
○小島委員 日教組との対話の問題でありますが、子供を静かな教育環境の中に置きたいから政争の具に供したくない、こういう御答弁が返ってまいりました。恐らくそうでしょう。しかし、日教組との対話の問題を考えれば、直ちに話をしてもむだだという答えが返ってくる、話をすること自体がすでに政争の中に置かれることである、こういうふうな感じがするわけであります。そうでなくて、もう少し何か、同じ日本人じゃありませんか、同じ教育の聖職に携わる身ではありますから、何かひとつ新大臣が日教組の幹部諸公と胸襟を開いて話し合ってみるというふうな、そういうもう一歩先んじた考え方、これはないだろうか。私はそのことが、もしやってみてどうしても平行線に終わったとしても、私の接する教師の方々というものは、非常に善良なまじめな真摯なそういう教育態度を持っておられる方が非常に多いわけであります。一部指導者の偏向を全体として決めつけてしまうようなことにならなければいいが、そういう心配をいたします。もう一度この問題についてお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○海部国務大臣 初めから話にならない、だめだと決めてしまうことは、私には余り自分のとるべき方法として感心した方法ではないと思っております。私自身が対話と協調という永井路線を受け継いでおり、また、協調と連帯という現内閣の基本方針に従って文教行政を担当させていただいておるわけでありますから、誤解があったら解いていただきたいということを先ほど申しましたけれども、話し合いによってすべてがうまくいくかどうかということは、これは私の能力にも限界があるでしょうし、しかし、何か少しでも進歩し、前進し、よしわかったという合意点が見出されるなれば、たとえどんな少しの可能性でもあったならば、やはりこちらの気持ちは率直に伝えるべきではないか、こういう気持ちでおりますので、これは問題解決のために役立つという判断をしましたときは、私は、必要に応じてお話し合いはいつでもしていくつもりでおりますし、またきょうまでも、小島委員御承知のように、日教組の代表の方々ともお目にかかってまいりました。そのほかに日教連とか新教組とか、あるいはそういったものに加盟していらっしゃらない、個人的に現場の先生の意見を聞いたこともございますし、あるいは教育委員会の代表者、教育長の代表者、学校長の代表者、教頭の代表者の方、教育の現場にいろいろな角度から関与していらっしゃらる方々の御意見を十分聞きながらこれは判断をし、前進をしていかなければならぬと、こう思っておりますので、食わずぎらいをしないで、とことんひとつ、こちらの考えておること、真意が正しく伝わっておらぬとするなれば、その真意はこうでしたということを伝えるためにも、やはり話し合いというものはしたいと、私はこう思っております。
○小島委員 次に、特殊教育の充実の問題について所信の中でお触れになっておりますが、特に昭和五十四年度からの養護学校教育の義務制実施の問題、昭和四十七年から七カ年計画で寄り寄り御準備をなさってこられたわけでありますが、その実施を五十四年度に控えまして、具体的な段取りとしてはどういうふうな状況になっておられますか、お伺いいたします。
○海部国務大臣 御指摘のように、特殊教育を充実しなければならぬという大きな方針で、そして、義務化を目の前に控えまして、鋭意努力をしておるわけでありますが、具体的な計画とか経緯とか現状については、詳細にわたりますので、政府委員から答弁させていただきます。
○諸沢政府委員 養護学校の五十四年度の義務制実施を控えまして、まず学校を増設しなければいけないという問題があるわけでございまして、計画策定当時は約二百六十ほどの養護学校があったわけでありますが、それを五百ほどにするということが必要でありまして、そのための施設設備の補助というようなことを計画的に続けてきておるわけでありまして、この計画は、実行におきましても、五十一年度現在においてほほ計画どおり進行しておるわけであります。 ところで、養護学校は、各種の身体の障害がある子供を収容するわけでありますから、その障害の程度、内容等によりまして、普通の学校で就学にたえられる、あるいは普通の学校にあります特殊学級の就学とすべきか、あるいは養護学校へ就学させるべきか、あるいは養護学校へ就学させるとしてもどういうところへ入れるべきかというようなことが、きわめて専門的な判断を必要とするわけでありますので、そのための就学指導委員会というものを各都道府県、市町村に設けるということが必要でございます。そこで、そのような就学指導委員会の設置ということを、これも年次計画を立てまして奨励し、そのための補助金を交付するという仕事をやっておるわけであります。 三番目といたしましては、いまの障害のある子供さんのうちでも最も障害の重い者は、学校へ行けない、家に寝たままでおる、あるいは病院で治療を受けておる、そういう子供もおるわけでありますので、そういう子供に対しましても、義務制実施という観点からいたしますと、これを学校の教師が自宅なり病院等に訪問いたしまして定期的に指導をするということが必要となるわけでありまして、そのために訪問指導教師の充実ということが必要となるわけでありまして、この訪問指導教師の数の充実と資質の向上という見地からして、これまた予算の補助あるいは研修会の経費等を計上いたしてやっておるわけでありまして、そのような措置を講じながら、五十四年度当初におきまして義務制が円滑に発足できるようにということを現在やっておるわけでございます。
○小島委員 次に、幼児教育についてお伺いします。 就学前の幼児教育がいかに大事であるかということは、これはもう言うまでもないところであります。たしかアメリカの非行調査の結果でありますけれども、その七割は実は、一つはできてしまった子供、日本のように優生保護法の拡大解釈をされてないアメリカに起こった事例でございましょうけれども、親が求めずしてできてしまった子供、それからかぎっ子、それから保育器に入っていた子供、これが何と非行青少年の七割を占めていたという数字が実はございます。まさに、胎児教育というものも実は現実的にあるのかなという気がするわけでありますが、そういった状況の中で、新しい第三次学制改革の中でも幼児教育の理想を掲げておられるわけであります。その中で生まれてきております、四、五歳児の希望著すべてを就園させていこうという幼稚園教育の目標、この達成状況はどういうふうになっているか、それから、現実に私ども、これも素朴な疑問でございますけれども、幼稚園と保育園とどう違うのか、もちろんこれは、片方は児童福祉法に基づく保育を必要とする児童に対する施策でございましょうし、片方は学校教育法に基づくところの教育でございましょう。そういうふうな違いはございますけれども、現実の市町村段階にまいりますと、これはどこが違うのだろうか、むしろ保育園の方が措置費が八〇%も出たりいろいろいい面があるし、財政的な面から考えていくと保育園をふやした方がいいんだ、こういうふうな傾向が実はあらわれているのではないかというふうに、これは具体的な、現実的な問題でありますけれども、考えられます。昭和五十年十一月に出されました行管の「幼児の保育及び教育に関する行政監察結果に基づく勧告」これにつきましてもそのことについては触れております。厚生省と文部省とがやはり緊密な連絡を保ちながらその教育的な機能の調整あるいは連絡、それが大変大切であるということを指摘をいたしておるわけでございます。現実問題としてそういうふうな教育的観点の中で保育園の問題をどういうふうに考えるか、また、厚生省あたりとそういった定期的な協議の場を持っておられるのか、あるいは、持っておらなければこれから持たれる御計画があるのか、その辺をどういうふうに整理をしていかれるのか、この点についてお伺いいたします。
○海部国務大臣 御指摘のように、幼稚園というのは適当な環境を与えて幼児の心身の発達を助長することを目的とした学校でありますし、保育所は保育に欠ける乳児、幼児等を日々保護者の委託を受けて保育することを目的とした児童福祉施設でありまして、文部省と厚生省に分かれておることも御指摘のとおりであります。このことにつきましては、幼稚園そして保育所、その間に何か十分な連絡をしてやりませんと、たとえば設置の場所が両方きわめて混在したり偏ったりしておるというような御指摘もありましょうし、また、保育所の方においても、教育内容に関するような問題は幼稚園でやっております幼稚園教育要領に準拠してやってほしいという連絡等はきょうまでもいたしておるわけでありますけれども、さらに一層これを緊密にしていく必要があるということで、現在事務当局の方では厚生省とその持ち方について話を詰めておりますので、そのように御理解をいただきたいと思います。ただ、これを、また幼児教育の義務化の問題と絡んでまいりますけれども、義務化しますと六・三・三制という制度の根本に触れる問題でありまして、もちろんこのことは中教審の答申以来いろいろな角度から検討、研究はいたしておりますけれども、当面の目標は、入園を希望するすべての四、五歳児が就園できるようにしていく、その努力目標の年を昭和五十七年度ということに置きまして、それまでに希望するすべての四、五歳児が入園することができるように目標を置いていま鋭意努力を重ねておる最中でございます。 細かい数字がもし必要でしたら……。
○諸沢政府委員 ただいま御指摘の、就園率はどのくらいになっているかということでございますが、五十一年度の当初現在で、幼稚園の五歳児の就園率が六四・六%、四歳児が四八・七%、それから保育所の方は、五歳の幼児が二二・九%、四歳児が二三・七%というふうに承知しておるわけでございまして、五歳児をとりますと両者で八七%ぐらいになるわけでございます。したがいまして、障害のある子供さん等を除きますと、相当のところまで就園しておるという現状でございますので、五十七年の目標年度までには、大臣が答弁されましたように、希望する幼児全員が就園できるような体制に持っていきたい、かように考えております。
○小島委員 次に、公共文教施設の整備についてお伺いいたします。 事業量の拡充、単価の引き上げ、児童生徒急増市町村における用地取得費補助等、あるいはまた高校の新増設、努力の跡が認められて結構だと思います。これらによりまして、従来の超過負担の解消とか相当前進したと思います。それは率直に認めますが、その中で特にお伺いしてみたいと思いますが、用地の取得費に対しての補助等が実は急増地域にのみ限られておる、こういう実情でございます。私の直接関係をいたしております地域の例でございますが、たとえば熱海市の小嵐中学、小嵐小学校の建設問題です。用地が非常に狭小であるということから新増設計画を持っておるわけでございますが、そういう状況の中で、実は概算三十億かかる。このうち七億、八億が小学校、中学校の校舎である。十五億が土地の造成費である。土地は七万七千平米に及んでおりますが、その大半は営林署の土地を非常に安くお借りすることができた。しかし、ああいう熱海市のような山岳地帯でございまして、平らなところが非常に少ない。そのために土地の造成費というのが莫大なものである。これが実は十五億もかかる。約半分かかってしまう、こういう状況でございます。 こういう特殊な事例が意外に多いわけでございまして、急増地域において認められたと同じような補助の措置がこういう特殊な地域の用地取得費に関しても考えられないであろうか。急増市町村の指定要件も今度大幅に緩和を見ておりますけれども、これにもはまってこない。しかし、事態はきわめて深刻である、こういうところが意外に多いのではないか。何でもかんでも補助すればいいというわけではございませんけれども、こういう特殊な地域に対する用地の造成費に対する補助の措置というものは考えられないものであろうかどうか、その点についてお伺いいたします。
○犬丸(直)政府委員 公立文教施設に対する補助の中で建物については従来から補助をやっているわけでございますけれども、土地につきましては原則として、これは取得した場合にその自治体の永久的な資産になるわけでございますので補助しないというたてまえが前からとられておりました。しかしながら、急増地域におきましては非常に切実な要請があるということで、特に小中学校につきましては切実な要請があるということで補助が始まりまして、初め緊急五カ年の応急措置ということで始まりまして、五十一年度に二度目の五カ年の応急措置に入ってきた、そういう経緯で実は土地については補助の対象に入ってきたわけでございまして、そういう急増市町村でございますれば、ただいまお話にございました造成費につきましても、その当該年度に行う造成費につきましては補助は回るようになっております。しかしながら、おっしゃいました急増市町村以外につきましては、まだ補助というところまでいっておりません。 その財政措置といたしましては地方債、起債で賄うということで、そのための政府資金は準備するようにいたしております。五十二年度では、起債の原資としての政府資金につきましては九〇%見るということで、多少の前進は見ているわけでございますが、現在のところはそういう段階でございまして、今後の課題かと思うわけでございます。
○小島委員 永久財産については市町村がこれは責任を持って取得をして、それは永久に自分のものであるという考え方ですね。伝統的なそういう考え方というのは理解ができます。ただ、現実の問題としては、やはりこういう文教施設の整備というものが市町村の最も大きな課題であります。そのことが市町村財政に非常に大きな圧迫を加えておるわけであります。私も長く地方議会におりましたが、そのことを身にしみて感じております。そのことの中で、もう長いこと言い続けてきて、超過負担の解消という問題は昔に比べますと非常に進んできたと思います。ようやくここまで来たなという感じがするわけでございまして、用地取得に対して補助金は出さぬ、出さぬけれども、それでは長期低利の政府資金を出そう、こういう答弁が恐らく返ってくるのではなかろうかというふうに私も想像しておったわけでありますが、いま言われました九〇%これで見ていこう、このことを超過負担問題等とも関連をいたしまして過つことのないように、私は満足した答弁として了承いたしますので、そういう形でもって——どうしても縁故債等に頼りますと地方財政はさらに逼迫してまいりますので、幅のある御指導をひとつお願いしたい、こういうふうに考えます。要望でございますから、答弁は要りません。 次に、大学入試の問題であります。大学入試改善のために昭和五十四年度入学者からは共通第一次試験を実施する、長い間の御論議の結果ここまで来ておるように思います。その具体的な手順はどういうふうに進めていかれるのか、そして、それによってどのような具体的な改善ができると考えておられるのか。また、大臣も、国公私立大学を通じた共通学力検査の実現があってこそ効果的であると思うが、と言っておられます。私も全くそのとおりだと思うのです。そういう状況の中で公立大学あるいは私立大学のこの問題に対する対応の現況はどうか、将来に向かってはどういうふうな方向を予測なさっておられるのか、お伺いをいたします。
○海部国務大臣 お尋ねの大学入試の改善についてでありますが、これはずいぶん長い間各界の代表の皆さんに御議論をいただいて、昭和四十六年に大学入試制度改善に関する報告を受け取り、そしてさらにまた、その後各国立大学が実施のためのいろいろな事前の調査や検討をされまして、御指摘のように昭和五十四年度の国立大学の共通一次試験から実施しよう、こういう結論をまとめられたわけであります。 それで、わが方といたしましては、いまの大学の入試制度に伴ういろいろな弊害を少しでも取り除いていくような環境をつくらなければならない、これはもう御指摘のとおりのことでありますし、国立大学協会の方でせっかく長い間の調査研究の結果統一一次試験を五十四年からやろうと決めてもらった、それから公立大学協会の方もこの国立大学協会の一次試験に参加をするという意思表示をいただいておりますので、昭和五十四年度からは国立、公立がまずこれに参加される、ここまでの見通しは立っております。 問題は私立大学でありますが、学生数からいたしましても、学校数からいたしましても、私立大学は圧倒的に多いわけでありますから、国公私立すべてがこれに参加してもらうことが実は望ましいわけでありまして、文部省といたしましては、いま私立大学協会あるいは私大連盟の方で協議、相談を願っておるようでありますが、私立大学もこれに参加していただけることを望ましい姿と考えまして、その方向で御協力願うよういま協議を続けておるところであります。ただ、五十四年からスタートしますのは、いまのところ国立、公立だけが決まっておる、こういうことです。 それから、その効果はどうかという御質問でありましたが、私はいまの大学入学試験が難問奇問から解放されなければならぬという御指摘をいろいろな方から承りますし、それから進学塾が必要以上に問題になってきておるのも実は入学試験のあり方に一つの原因があるのではないか、こう考えるのです。逆に言いますと、高等学校の学生生活というものの中で、高等学校で教わる学習を誠実に努力をしておればその範囲内から大学の入学試験問題が出るということになりますれば、高校生にとっては難問奇問から解放される一つの大変なメリットがあると思いますし、またそういうようなことになってきますと、今度は高等学校時代の三年間の努力の積み重ねである調査書の活用という問題も出てまいりましょうし、ただ第二次試験をどうするかということは、まだ各大学が個々にいま御検討願っておるさなかでありまして、七月ごろに第二次試験の要領が各大学ごとに出てくると思いますけれども、このことに関しましては、受験生の負担を重くしないように、またせっかくそういうねらいで共通一次試験をしましても、第二次試験の方でまた難問奇問になったり大変な負担がふえるようでは、これは趣旨にそぐわないと思いますので、第二次試験のあり方についても、私どもは非常に関心を持っていろいろ国立大学協会の方の作業ぶりを見守り、助言等、協議をしておるという段階でございます。
○小島委員 試験地獄がやはり人間性を非常にゆがめる、そういうことに対する長い間の御論議の中からの御努力が実ってきたものであると思いますし、ただいまの御答弁の方向でぜひ御努力を願いたいと思います。 ただ、最近非常に興味のある提言がなされております。新自由クラブからの入試法をつくってという問題でありますが、これはさらに一歩を進めたものであろうというふうに理解もできます。また、それなりの御批判もございましょう。そういう問題について文部大臣はどういうようにお考えになっておられるか、お伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 目指しております方向は、同じ方向を目指しておるわけでございますが、まだ結論が出ていないグループと、それから国立、公立はもう結論が出ておるわけでありますけれども、法律でもって直ちに国会にこれをいまお願いするというところまで文部省としては直ちに踏み切ることができませんので、その方向は同じでありますけれども、もう少し時間をいただいて、こういう教育の問題というのは関係者あるいは学校当局の理解と納得を得て、より目的を果たさなければならぬと思っておりますので、慎重に努力を続けておるところでありまして、法案を直ちに出すということはいま少し待っていただきたいということです。
○小島委員 了承いたします。ぜひそういう方向でお願いしたいと思います。 次に放送大学についてお伺いします。 これも長い懸案でございまして、先輩諸公の長い御苦心が実りつつあるわけであります。開かれた大学教育、それからこれが幅広く国民各層に与える年齢を問わない教育水準の向上、すばらしい構想だろうというふうに私は拝察をいたしております。しかし、そのスケジュールが大変おくれているようにお見受けをいたしております。来年度は創設準備の段階で、従来のスケジュールよりもおくれてきているというふうに理解をいたしておりますが、今後どのような御方針でお進めになられるかお伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 この放送大学は、いつでも、どこでも、だれでも正規の大学に学ぶことができる、こういうことを理想像として描きまして、生涯教育といいますか、受ける方から見れば生涯学習ということになりましょう、そういう一つの全く新しい構想の大学として文部省は考えておりまして、昭和四十四年以来ずっと調査を続け、たしか昭和五十年から創設準備に入ったと記憶いたしますが、おくれたとおっしゃいますのは、今年度の予算案の原案作成の段階において実は特殊法人の設立をして、その特殊法人を主体として放送大学を出発させていきたい、こういう基本構想を持っておったのでありますけれども、行財政の膨張を防ぐという面、それから今年は特殊法人の新設は一切認めないという全く別の次元からの厳しい原則が決まりまして、御指摘のように今年は特殊法人を設置することができなかったわけでありますけれども、ただ、設置主体の問題は今後引き続き検討するということにいたしまして、その内容といたしましては、たとえば準備室長、副室長の任命とか、あるいは教育課程の編成とか、あるいは試験放送するときの教材の作成とか、いろいろな実務内容が進んでいくような予算措置はできたと思っております。ただ、特殊法人の設置が一年見送りになっております。それだけ現実の放送開始、学生入学の時期があるいはおくれるのではないか、こういう危惧はいたしておりますが、与えられた予算の枠内で全力を挙げて進めておるというところでございます。
○小島委員 放送大学に関連いたしましてもう一点伺います。 東京タワーの届く範囲の中でまず始めたい、こういう御構想だろうと思うのです。これが全国的な規模に完成していくまでにはどういうふうな経過をたどり、どういう手順を踏んでいかれるのか、その構想について具体的にお伺いしたいと思います。
○佐野(文)政府委員 御指摘のとおり、五十二年度の概算要求をいたします時点ではプロジェクトの性質が非常にむずかしいので、第一期の段階としては、東京タワーから電波の届く範囲で対象地域を決めようということでお願いをしたわけでございます。この時点におきましても、どの程度の年月を要して全国的に及ぼすことができるかということについては、第一期の計画中における諸般の実際の大学の授業の進められ方にもよりましょうし、またもう一つの問題としては、放送衛星の開発がかなり進んできておりますので、放送衛星のプロジェクトとのドッキングの問題も検討課題としてはございます。そういった点を考えて、今後の実際の進捗状況を見ながら、全体の全国的なネットワークを完成する計画を立てていこうということを考えていたわけでございます。したがいまして、何年までにどのようなテンポで地域的に拡充をしていくかということが五十年度概算要求の段階で確定していたわけではございません。
○小島委員 まだ全国的なネットワークをいつどういうふうにやるかという具体的なものはできておらないということですが、試行錯誤ですか、まずやってみよう。現状ではあるいはそういうことかもしれません。相当待望されている問題でありますので、早急に対策をお立てになって臨まれたいと要望いたします。 それから次に私学の振興についてお伺いいたします。特に私立大学について触れてみたいと思いますが、私立大学の助成の問題。これも私立学校振興助成法の目標としている二分の一補助を何とか実施をさせていこうということで、逐年その努力の跡が見られるわけでありますが、いまどの程度までいっているのか、今後どういう経過でその目標達成をしていこうとされるのか、この点についてお伺いしたいと思います。 高等教育の歴史的変遷なんというふうな大上段にかぶった言い方をいたしますと、昔の官立大学、これは帝国大学と呼ばれたわけであります。言うなればガバメントユニバーシティー。戦後はこれがナショナルユニバーシティーに変わってきた。つまりガバメントユニバーシティーの内容となっていたものは国家目的のための研究である、だからそのためには国費を使うのだ、基本的にこういう厳然たる認識があったと思うのでございます。しかし、第二次学制改革、終戦を境といたしまして、こういうナショナルユニバーシティーの変遷の歴史をたどりながら民主的指導者の育成、これはもう私学の目標と大差のないことになってきたわけであります。そういう経過の中でもって実は国立大学というものが、量的な拡大というものは恐るべきほど図られたのでありますけれども、反面、実は質的な低下をもたらしているということも否めない事実だろうと思います。これを全体としてどういうふうに高めていくかという問題は別の問題でありますが、真剣に考えられなければならない問題でありましょう。 ただ、そういうふうに国立大学というものが変遷をしてきた。一方、私立大学の方はどうであるかと言うと、戦前の私立大学というのは財団法人であった。十分潤沢にというふうにはいかなかったかもしれませんが、少なくとも相当程度の経営に関する資金的な条件というものを持っていたわけであります。そのことの中で、わが大学はこうだというふうな自由濶達な建学の精神の中に独自の校風が培われるというすばらしさがあったのではないかと私は思います。しかし、戦後は実は、絶対的な権限を持つと言われているところの文部省の大学設置審議会それから私立大学審議会、こういうものの答申によって雨後のタケノコのごとく私立大学というものが全国にふえていったわけであります。資金的な検討は恐らくはなさったとは思いますけれども、実は不十分であったと言わざるを得ない。そういうふうな審議会の答申というものがこれまた絶対なものであって、大臣が許可権を持っていながら大臣はそれを絶対的に尊重しなければならないというふうなものだそうでございまして、そのことの中で同じような資金経営の劣悪化という問題に私学が悩まなければならないという条件が生まれてまいりました。こういう状況の中で高等教育を充実をさせ、推進をさせていくという大前提に立ったときに、私は、やはり私学の目標とする二分の一補助の達成ということは、国立に使うと同じような角度から思い切った資金の増大というものを図っていかなければならない、こういうふうに思うわけでございます。今日、その積年の努力がどの程度のレベルまできているのか、二分の一補助達成にはあと何年ぐらいかかるのか、こういう前提に立ってお伺いを申し上げます。
○海部国務大臣 私立大学に対する補助の問題は、御承知の私学振興助成法ができまして以来、毎年できる限りの増額をしてまいっておりまして、五十二年度予算の中に組み込んでおります額は私立大学に限って千六百五億円、これは前年度予算と比較いたしますと二四・四%伸びておるわけでありまして、財政事情がきわめて厳しい情勢の中でも、私学振興助成法の精神に基づいて少しでもふやしていこうという努力のあらわれだと御理解をいただきたいわけでありますし、私の記憶に誤りがなければ今年度の私学経営に占める国の補助金の比率は二四%、今年度予算が成立いたしますと、今年度はそれによって二六・九%国が補助をするということになっていくわけでありまして、次第にその率が積み重ねられてきておるというふうに理解しておりますが……(湯山委員「何年かかるのだ」と呼ぶ)何年ということになりますと、一生懸命今後とも努力を続けてまいりますということで御理解いただきたいと思います。
○小島委員 ただいまの問題と関連があるわけでありますが、国立大学と私立大学の間、これは大学だけに限られないわけでありますけれども、著しい就学経費負担の格差が生まれておることはもう御承知のとおりであります。予算委員会でも問題になったようでありますが、特に問題となっている、これは大きな社会問題ではなかろうかと思います、医学系大学において公然化している寄付金の問題、そしてこれは実は医学系大学だけの問題ではないのです。内情をつまびらかにすることは恐らくできなかろうとは思います。思いますが、これはやはり御調査を要望いたすわけでありますが、そういう傾向の中でもって、たとえば補欠入学、その補欠入学でもランクが幾つかに分かれておりまして、取りました点が非常に低い場合には金額が変わってくる。こういう傾向が出てきておるということは、逆に言えば、本来ならば正規に入学できる実力を持ちながら金がないために入学ができないという、教育の機会均等の精神に非常にもとるという結果が出てきておると思います。非常に重要な社会問題であります。 実は私の友人であります、これは旧制中学時代の同級生でありますが、子供を医学部に入れたい、子供も医者になりたい、一生懸命勉強をいたしました。これから入学をするわけでありますが、その前提となる寄付金の問題のために、結果はまだもちろんわかりませんけれども、まず絶望視されているという事例もございます。そういう連中は全部国立に行けばいいじゃないかと言ってしまえばそれまででありますけれども、私はやはりそうではないだろうというふうに考えられます。やはり努力をすれば報いられる社会、教育の世界においてそれが実現をされないような今日の傾向というものは絶対に是正しなければならないと私は思います。それは私学経営の問題が余りにも逼迫しているという事実もございましょう。特に医学系には金がかかるということももちろんであります。ですからある程度の寄付金というものもやむを得ないところでございましょうけれども、その格差が余りにも著しく拡大したときにはやはり文教行政として大きな責任を負わなければならない深刻な問題だろう、こういうふうに考えざるを得ないのであります。こういう点についてどういう認識を持っておられるのか。いや、そんなことはありませんよと言われるのか。いや、現実に相当厳しそうだというふうな認識をお持ちになっておられるのか。すでにデータを把握をしておられるのか。そしてその実情の中からどういう方向にやっていかれるのか。そういう意味でも私学助成というものにも一つと思い切った助成を行っていくということが必要ではないか、こういう点についてどういうふうにお考えになっておられるか、お伺いいたします。 同時に、そういう私学助成のあり方の問題といたしまして、非常に切り詰めて良心的に何とか経営をやっているというところもございます。反面、営利的なと言っては言い過ぎかもしれませんけれども、ある程度良心的ではないやり方をしておるところもあるわけでありますが、私学助成のあり方についてもひとつ抜本的な検討を加える必要があるのではないかと考えます。現行の特別助成、傾斜配分方式といいますか、これではなまぬるいと言わざるを得ないんです。そういう点についての御所信をお伺いをしたいと思います。
○海部国務大臣 御指摘のように、社会的に批判を受けるような大変高額な寄付金をしかも入学の条件とするようなことは、これは教育の機会均等の線から言いましても、選抜を公正に行うという面から見ましても望ましい姿ではありませんので、文部省はかねてからそういったことに対しては強く自粛の要望を重ねてきたところでありますが、最近そのようなことで社会をにぎわかした不幸な出来事等もございました。 そこで、実情は調査しました結果、これは政府委員の方から答弁をいたしますけれども、私どもはとにかく私学が、特に医学部、歯学部というのが経営していく上に非常にお金がかかるという実情等も理解をいたしますので、私学振興助成法に基づく資金の配分のときは、これは学校に行った補助金を単純に学生一人当たりのあれで計算いたしますと、法文系の人には年間一人五、六万円、理工系が十一万円というときに、医学部、歯学部は平均しますと九十一万円という大変な力を入れておるわけであります。同時にまた、私学の、これは強制の寄付金でなくて正規の入学金の方もやはり医学部、歯学部は比較的高くなるわけでありますから、それについては学校当局が父兄に対する分割を認める場合には、その分割となるための制度の融資を考えたり、あるいは日本育英会が出す奨学資金も国公立よりも私学の方に額をたくさん貸すことができるような処置をしたり、あるいは私学振興財団の融資の面においても長期低利の融資ができるように、いろんな角度から私学の経営を助けるための環境づくりの努力はいたしますので、私学当局にも私たちはわれわれの趣旨を十分理解してもらって強く自粛を求めておるところでありますし、最近も重ねて私立歯科大学協会、私立医科大学協会の方にはこの趣旨徹底をしてもらうように国もできるだけの努力をしておるわけでありますから、強く自粛を求めてまいりたい、こう思っておるわけです。 調査の結果の数字が御必要なれば政府委員からお答えいたさせます。
○犬丸(直)政府委員 入学時の寄付金につきまして私どもが各関係大学の協力を得まして、具体名は出さないからという了解のもとに調べました結果の数字を申し上げますと、五十一年度におきまして全体で総額四百三億円、納めた学生一人当たりにつきましては千六百六十七万円という大変な高額に上がっております。もちろん二十八大学の中で、医学部の場合でございますけれども、二大学ばかりそういうものを取ってないところもございます。しかし大部分のものは取ってございます。 それから入学者数の大部分、医学の場合に三千二百六十二人中二千四百二十人が何らかのそういうものを納めておる、そういう実態でございます。歯学関係も、多少金額は下がりまして一人当たり千二百五十四万円でございますけれども、おおむね同じような状況でございます。 なお私ども今回の事柄にもかんがみまして、さらに詳しく大学側から実情を報告するように求めております。
○小島委員 文部省に協力をして大学当局から得た数字というものでも驚くべき数字だろうと私は思います。実際はもっと多いんですよ。まだいろいろな名目で出ているのです。もう億に届こうという人も中にはあるそうです。少なくともそんな平均的な数字ではないという状態です。 それからこれは医学系だけじゃないのです。特に医学系の場合にはまだ情状酌量というような、言い方は失礼でありますけれども、幾つかの状況がございます。そうでない学校等においても非常にございますので、そういう点はぜひ御調査を願って善処されたいと思います。 まだ数点でございますので、簡単に御質問申し上げます。就職の門戸開放についてお伺いいたします。 海部文部大臣は労働大臣と先ごろお会いになって、この問題について御協議をなさったというふうに聞いておりますが、大学を出て就職をする際企業がいわゆる学校あるいは学部を指定してくる、こういう実情がございます。これは十分御認識のところでありますので、細かい数字等は申し上げませんが、職業選択の機会均等の本旨にのっとって考え、またこういう求人の際の大学に対する差別あるいは昼間部夜間部の差別等は本人の資質、能力に関係のない形式的な理由によるものである。こういう不利益な取り扱いというものはぜひなくしていかなければならない、こういうふうに考えるものであります。そういうふうなものをどうしたらなくして公平に扱っていくことができるだろうか、そういう対策についてはどういうふうにお考えになっておられるであろうか。特に大臣はその所信表明の中で、学歴社会是正に触れておられます。全く同感でありますが、それには継続的な、たとえば学歴社会是正協議機関、こういったものを労働省と連絡をとって、あるいは企業側の代表者にも同調してもらった形の中で確立をしていく必要があるのではないか、これらの問題にもお触れ願いたいと思いますが、お伺いいたします。
○海部国務大臣 学歴が必要以上に幅をきかせる社会はよくない、私はそう思っております。そうして、永井文部大臣から引き継ぎを受けましたときに、四つの問題点を指摘されて、初等中等教育については教育課程の改善の問題、大学入試の改革の問題、三つ目が大学間格差の是正の問題、四つ目は学歴偏重社会の風潮を是正する問題、この四つが教育改革の当面の柱であるが、先に申し上げた三頭は曲がりなりにも走り出して小さな芽が出ているが、四頭目の学歴偏重社会の是正だけはどうしてもまだ走り出しておらない、力を入れてほしい、こういうお話もございましたし、私自身が前から感じておりましたことは、やはり世の中へ出て学歴というものがその人の本当の資質、能力と離れて一人歩きしてしまうというのはよくないことだとかねがね思っておりましたが、どこから手をつけていったらいいかということになりますと、あるいは大学間格差の是正が大事だという議論ももちろんありましょう。あるいはまた企業のサイドで一部の意見にありますように、人材の独占を禁止したらどうかというような角度の御意見もございましょう。しかし、私が当面これだけはしなければならぬと思いましたのは、よく学生がある企業を訪ねてまいりましても、あなたは、この学校に学んだのだからうちの会社を受ける資格もないんだと言って門前払いされてくるという話、これはやはり好ましくないのであって、企業の協力はもちろん必要でありますが、就職試験のときの指定校制度だけはやめてもらいたい、こういうことを私も考えまして、過日企業側にいろいろな面で行政指導なさっておる労働大臣にもお目にかかってこのことを強く申し上げましたし、また文部省としては、省内にこの問題に関するプロジェクトチームをつくってもらって、まあきょうまでにも文部省は、たとえば大学卒業生の就職に関する青田刈りの禁止の問題とか、いろいろ企業側に連絡をとって学生のために成功した措置をとってきたこともありますので、それらの経験者に集まってもらってプロジェクトチームをつくって、それから各企業あるいはその業種別団体には、今年度の就職に当たっては門戸を開放してもらって、少なくとも一学校とか学部の差によって受けさせる、受けさせないという差別だけはぜひやめてもらいたいということを強く要請いたしました。
○小島委員 方向はそれでいいわけだろうと思うのですよ。ただ文部省の中にプロジェクトチームをつくるだけでなくて、やはり労働省とかあるいはいろんな経済団体がございますね、そういうものとこの問題についてとことん話し合ってみる必要が私はあると思うのです。できれば継続的定期的にやって企業側の理解を深めませんとできないと思います。そういうものをおやりになるお考えはあるのですか、ないのですか。
○海部国務大臣 最近のいろいろな報道、特にけさも出ておりましたが、企業の側でも自発的に、そういった制度をやめて人材を広く求めようという声が出てきたと聞いておりますが、これは各界の皆さんの御協力が必要でありますので、協力を要請し注意を喚起するために、労働省とも、一回限りであれで終わりというのじゃなくて、またこちらでいろいろなものを考える、こういったことが必要だと思いますときは、これは相談を続けてまいりますし、あるいは企業側に対しましても、どういう機会が適当かまだいまのところ、この機会、何月何日とは申し上げられませんけれども、適当な機会をつかんだら、直接にまた要請もしたい、この気持ちは持っております。
○小島委員 今日の日本のお役所機構というものは非常に縦割りであります。同一の省の中では非常に迅速に事が運びますけれども、お役所の中でも局が違いますと、もう違うというようなことになるわけであります。特に省が違ってしまいますと、なかなか話し合いというものはできないのです。これは文教行政の中でも、この問題だけでなくていっぱいありますよ。学校の問題にしても、産業教育あるいは技術教育、いろいろありますが、省が所管が違うというものもたくさんあると思います。ぜひ新大臣は、そういう面で、従来の陋習を踏襲するだけでなくて、新しい積極的な方向を打ち出してほしいと思います。この問題に限ったことではないわけですけれども。 それから次に、地震対策についてお伺いいたします。 いわゆる東海地震というものをめぐりまして静岡県、私も静岡県でありますが、静岡県などではその対策に苦慮しているというのが現状であります。この地震対策について、本年度も予算措置もあるようでありますが、国の地震予知に関する研究対策はどういうふうになっているか、文部省の立場においてひとつお知らせ願いたいと思います。 それから、もう一つ大事な問題です。これは、地震による破壊そのものは遺憾ながら現在の科学の力では防ぐことはできない。しかし、地震が起こった場合に恐ろしいのは、そういう直接的な一次災害ではなくて、パニック、火災発生、こういうふうな二次災害というものが、実は地震においては非常に憂慮される問題点だろうと思うのでございます。そういう中で、小中学校、幼稚園も入るでしょう、こういうまだ低年齢の児童生徒、幼児、こういうものに対する安全対策というものは、やはりこれは何も東海地震説が起こったからじゃなくて、地震国日本の常に研究していかなければならない問題ではなかろうか、こういうふうに考えます。たとえば新潟沖地震のときに、理科室の薬品が倒れまして火が出た。これは教師の機敏な措置でもって消火ができたそうであります。通常の火災のときですと、実はそんなにあわてません。民衆の消火率というものは非常に高いわけでありますが、こういう地面が揺れているような状態の中では、実はこういう適切な処置というものはなかなかとりにくいのですけれども、事前のこういうふうな知識というものを持っておりますと、適切な処置がとれるということを痛感するわけであります。あるいは木造の校舎はなかなか倒れない。むしろ机の下にでも入っていた方がいい。あるいはこのごろは、戦争中の防火ずきんというものが再認識をされているそうでありまして、その防火ずきんはふだんはおしりの下に座布団がわりに敷いている、いざ鎌倉というときにはこれを頭にすっぽりとかぶって、上から落ちてくるものに対して頭部を防ぐなどということも再認識をされておりますが、若いお母さん方というのはその綿の入れ方を知らぬということで、講習会をやっているところもあるそうであります。あるいは鉄筋の三階建て、これは青森県の地震の事例でございますけれども、このときには、生徒が全部避難をしてからぺしゃんと一階がつぶれたそうであります。こういうふうに予知できる知識というもの、過去の事例もいろいろあると思うのですけれども、そういうものを十分研究した安全対策、避難訓練、こういうものをやはり行政指導として行っていく必要があるのではなかろうか。いまどういうふうにやっておられるのか、どういうふうにお考えになっておられるのか、この二点について地震対策としてお伺いをいたします。
○海部国務大臣 御指摘の東海地震の予測といいますか、起こるかもしれないという学界の論議もいろいろございましたが、政府といたしましては、それに対応するためにはやはりできるだけ予知することが肝心だというので、科学技術庁長官を長といたします会議が関係行政機関によって昨年の十月から内閣に設置されております。文部省といたしましても、文部省測地学審議会において、東海地震の問題に対処するために、昨年十二月地震予知体制を主たる内容とする建議を行いまして、特に大学関係では地震予知のために、後で詳しく政府委員から申し上げますけれども、基礎的ないろいろな研究データをやっておるということです。 それから、二つ目の小学校、中学校についての安全指導はどうかということですが、揺れ始めますと、揺れ始めたときにこの手引きがあってああこうと言いましても、それは小島委員御指摘のようになかなかとっさに行動できない、あらかじめ訓練と申しますか、そんなこと、余り訓練が役立ってはうまくないのですけれども、もし地震があった場合にはどうするのだという訓練も安全手引書に従って各学校で実施してもらうように指導しておるところでございます。 細かい数字は政府委員から申し上げます。
○今村(武)政府委員 二つの御質問の前段についてお答えいたします。 大臣がお答えいたしましたとおり、昨年の十月、内閣に地震予知推進本部ができたこと、昨年十二月東海地域の地震予知体制を主とする内容を持って文部省の測地学審議会の建議があったことは大臣も申されたとおりであります。それに従いまして、いつ、どこで、どういう規模で地震が起こるかということを学問的に研究しあるいはそれを実用化すべく関係省庁が協力して体制をとっておるわけでございます。気象庁が大中小地震の観測を行い、国土地理院が測地測量を行い、大学が微小あるいはごく微小の地震の観測を行って地殻の変動の実態を知り、それから地震の予測の理論を導き、それを実用化するというような体制で研究をいたしておるわけでございます。それらの中でも、特別に東海地域につきましては、それらの仕事を集中的に処理するために、これらの諸観測によって得られる各種データを集中して監視するため、大学等のデータを二十四時間監視体制をとっております。気象庁に連結させる、そういう体制をとるべく目下関係各省と協力しておる段階でございます。そういう関係で、五十二年度の予算は地震関係、文部省関係だけで六億、政府関係で三十六億の予算が計上されておるということでございます。 二つの御質問の前段についてのみ申し上げました。
○小島委員 地震の問題でありますが、実は昔と制度が違うから仕方がありません。学者にしても思うことをどんどん言うことができるでしょう。しかし、実はこれは一般社会に与える、特に地域社会に与える影響というものはきわめて大きいのです。昔ですと、これは人心が動揺するからということで、そういう学説が出たとしても伏せておくことができましたが、いまはそれができないわけです。こういう状況の中で、あした来るのか、三十年先に来るのか、五十年先に来るのかわからない、あるいは来ないと言う学者もいるのです。しかし、そのことが——昭和四十九年に南伊豆大地震が起こりました。それに対する連想から、実は観光地帯、伊豆半島全体、特に南伊豆、奥伊豆については、お客が来なくなりまして、観光事業というものは成り立っていかないような状況になっているのです。これはもし、学術的に統一的な見解がこうなんだ、厳密にいつだということは言えないまでも、当面そんな心配はないというふうなことが言えるような研究が進んでおれば、こういうことがなかったわけでありまして、こういう実情もあるということを御認識願って、この問題と真剣に取り組んでほしい。要望いたしておきます。 それから、近年青少年の非行化が増大の傾向にある。これはもう学校教育の改善はもちろんでありますが、社会教育の面で青少年に対する積極的な施策が望ましいのではなかろうか。教育指導を充実強化すべきであると思います。 そのことの中で、時間がありませんから、一点だけお伺いいたしますが、戦前日本は貧乏国でございました。その貧乏国でも、どんな市町村に参りましても、小さな町でもあるいは小さな部落にでも青年宿というものがありました。これは夜ばい文化などと悪口を言われもする一面もございますけれども、非常にこれが青少年の共同生活、それを土台とするところの社会通念の向上に寄与してきたと思うんです。仲間づくり。いろんな面で社会教育的な大きな役割りを果たしてきたと思うんです。ところが、今日ではもう公民館があるからいいじゃないかと言っておりますが、実は青年が独自のそういうたまり場を持つ、自分たちの集合場所を持つということは、非常に青年の喜びであるということを、私は、幾つかの事例から承知をいたしております。そういう状況の中で、現在の青年の家づくりというのが、非常に大まかなものを奨励していっている。これはこれなりに私は、施策としての意味が十分あろうと思います。それはもちろんやっていかなければなりませんが、同時にそういう市町村単位の青年の家の建設計画、こういうものが必要ではないかというふうに思っておりますが、そういう問題についてどういうふうにお考えになっておるか、お伺いいたします。
○吉里政府委員 御指摘のように私ども、少年の健全育成という立場、それはひいて非行化防止にもつながるわけでございますけれども、青年の家、あるいは少年自然の家の設置、運営に努力をいたしておりまして、御指摘の、実は各県、市町村でもわりとまとまりのあるものを現在つくりつつございます。ただ小さいもので、やはりそれ相当の効果を上げることもございます。 そこで、公民館の補助金等の運用で、そこら辺も実はカバーもできるものはしていきたいと思いますが、いまのところ先生のおっしゃるように、ごく小さな、それもある程度若衆宿的なものに対する補助金の配分というものは考えておりませんけれども、指導面ではそれを青少年教育の施設として中に取り込んで、うんと奨励をしていきたいと思っております。
○小島委員 申し上げたいことはありますけれども、時間がありませんから、どんどん次に行きます。 次に、海外子女教育、それから関連いたしまして帰国子女教育についてお伺いいたします。 今日の世界は非常に狭くなってまいりました。その中で国際的な舞台で活躍する日本、特に経済的な活動の非常に進んでまいりましたわが日本にとりまして、当然企業あるいは官庁等から長期間海外に派遣される邦人の数が、増加の一途をたどっております。これらの邦人が同伴する子女の数も、昭和五十年五月現在で、六歳から十五歳までの義務教育段階の者のみで一万六千三百名を数えております。これは、四年前の昭和四十六年に比べてほぼ倍増の状況にございます。わずか四年間で倍にふえております。これに対する対策はいかん。 それから一方、海外から帰国してくる邦人子女の数もいまや年々増加の一途をたどっておりまして、これも昭和五十年の数字だと思いましたが、三千人を数えている状況でございます。これらに対する受け入れの施設あるいは教育内容の問題も関連をしてきますが、それはそれといたしまして、海外子女の問題、あるいは帰国する邦人子女の教育の問題、この対策について、特に本年度これについては予算化も三億円ですか見ているようでありますが、今後これと関連いたしまして、どういうふうな計画を持っていかれるのか、お伺いいたします。
○海部国務大臣 小島委員御指摘の海外子女教育の問題は、最近特に海外に出てまいります、義務教育相当年齢の子供さんの数がふえておるということは御指摘のとおりでありまして、私どもの手元にあります、昭和五十一年五月現在の数字をとってみますと、総数は一万八千九十二名、そのうち海外において、日本の小学校、中学校で使っております教材と同じ教材で、日本から派遣されておる教員によって教わっておる子供の数が七千 三百三十一人、それから補習授業のような形で、現地で採用した先生によって教わっておる人が六千三百人、こういうような状況になっておりまして、年々ふえてきておるわけであります。 海外におる人に対しては、外務省ともいろいろ相談をしながら、毎年政府派遣の教員の数をふやしてきておりますけれども、教材、いろいろなものをさらに十分に送り届けるために、今年度の予算措置は五億六百万円、用意いたしておるところであります。 それから二つ目の角度の、じゃ海外の駐在が終わって帰国した子女の教育についてはどうなのか。かねてから小島委員に御熱心な御進言等もいただいておりまして、この点は感謝をいたしておりますが、本年度は三億円、とりあえず帰国子女受け入れ高校に対する特別助成というものを用意いたしまして、一校それ専門の特別学校をつくります。 なお、今日まではいろいろな学校に委託をいたしまして、帰国子女の教育を専門的にやっていただく学校ではありませんでしたが、学級を委託したり、学習方法の調査研究等も委託してまいりましたが、この姿は大事なことでありますので、さらにできれば明年度においても引き続きこういう施策を行っていきたい、こういう方向で考えております。
○小島委員 いまの海外子女の受け入れ教育施設の問題でありますが、これは特に日本全体の教育の問題点でもございましょう。追いつけ、追い越せということで、明治の御一新以来画一教育でもって追い上げてまいりました。しかし、日本でも寺子屋時代のよさというもの、あるいは今日イギリスにおきましては百年の歴史を持ち、アメリカにおいては五十年の歴史を持つオープンエデュケーシヨン、開かれた教育、このことが全体としても私は必要ではないかと思われるわけでありますし、そういうすでにいわゆる先行的試行を行っております。そういう数も十校ぐらい上っておりますが、そういう開かれた教育、たとえば英語はペラペラで帰ってきたけれども、帰ってきたら日本語はろくろく通じないでもって劣等感を抱く。一つのいすに縛りつけられた、テーブルに据えつけられた、そういう画一教育の中で拒絶反応を起こす。こういう事例が実は非常に多いようでありますから、そういう意味でこういう学校の選定等につきましても、そういう教育技術的な導入というものが必要ではないか。これは要望でございますけれども、申し上げておきます。 それから、そういう国際化社会の中での要求として、これは当然出てくる問題でありますが、私は今日の初等、中等教育の中で行われているところの外国語教育の問題具体的には英語でございますが、実は日本の英語の実態というものを考えてみますと、なるほど読んだり書いたりというものは相当高度のものを消化しているわけでありますが、実は話をする、会話をするということになりますと、本当に不如意な状態である。これはもう教えておられる高等学校の先生程度で、果たして外国旅行をしてペラペラこれが通じるだろうかというふうな、そういう実践的な、実用的な面から検討してみますと、大変不如意な状態であると言わなければなりません。ですから中には論者は、これはもう英語教育なんかはやめてしまえ、そうして好きな人だけがやればいいんだ、こういう意見が真剣に行われているということも、これも事実でございます。 私は、そういう言い方というのは、むしろちょっと言い過ぎかも知れないと思っておりますが、こういう国際社会の実情の中で、役に立たない英語を一生懸命習得をさしていくということは、これは考えものである。そういう面について、まあ町見て看板を何とか読めるよという程度ではなくて、それはもっと基礎的な問題としていいと思いますが、やはり深度を深めたものにしていく必要があるのではないか。特に安定経済成長時代の中で日本の青年の就業構造というものを考えていきますと、これはいやでも応でも海外へ出ていくしかないと思うんです。海外へ出ていって、自分たちの持っている技術をその地域の人たちと交流の中から、言うなれば職長、職場リーダー、そういう形になって国際親善に寄与しながら、しかも自分たちの生きる道を考えていく。年食ったら帰ってくればいいんです。そういう社会が遠からず私は来ると思います。また識者は、必ず来ると言っております。そういう前提に立ちましたときに、やはり学問というものは、単なる抽象的な理念だけであってはなりません。やはりもっと対社会的な、実用的な、そういう面で考えてまいりますと、今日の日本の英語教育というものは非常に不備である。これについて、やはり教える方がまず研修してもらわなければならないわけであります。実践的な、実用的な語学教育が必要ではないかということを痛感しておりますが、この問題についてどうお考えになりますか。
○海部国務大臣 御指摘のとおりだと思います。 私どもも英語に関しまして、簡単なものなら読んだり書いたりすることができても、それを一たん口に出して話しますとうまく外人に通じないという苦い経験をよくしております。そこで、中学校、高等学校における英語科は、選択題目ではあってもほとんどの学校で履修をしでおって、御指摘のように書くこと、そして読むことに主眼が置かれておるのではなかろうかという批判もよく聞くわけでありまして、教育の実情としてはやはり英語は聞くこと、話すこと、こういう活動力につながっていかなければならぬ点も、これはその御指摘のとおりでありますから、まず聞くこと、話すことの言語活動が十分行われるように、実際に英語を担当していらっしゃる教員の方の研修講座を設けて、現場の先生の英語を話すこと、聞くことの指導能力を高めていただく、あるいは外国人講師を招聘いたしましてその度合いを高めていくような努力を、今年度予算でも措置をいたしまして、御指摘のような方向の改善に向かって努力を重ねておるところでございます。
○小島委員 時間がなくなりましたので、お許しをいただいて、もう二点簡単にお願いをしたいと思います。 第三次教育改革の構想、それに伴うところの諸施策は非常に順調に進行いたしていると思います。その中で、実は忘れられているのではなかろうかという側面がございます。特にこれは学校教育の直接的な問題ではありませんので余り大きな問題が出てきておりませんけれども、実情は全国的な風潮として理解される問題であります。 それは地方教育委員会の問題であります。 戦後三十年たちました。あれは何年でございましたか、まるまる三十年はたっておりませんけれども、いま戦後三十年の教育のあり方というものを再検討しながら、しかも教育改革という問題を考えますと、かつての明治の御一新あるいは太平洋戦争の終えん、こういうものによって象徴される時代的な大きな激動の中で外国の力によって教育改革が行われたという事例とは全く違うわけであります。そういう中で行っていかなければならない教育改革というもの、これは恐らく五年や十年ではできないと思うのです。最低二十年ぐらいはかかるのではないかと思うのであります。しかし徐々に、今日のよさを残しながら、さらに新しいものを付加していく、しかし悪いものはどんどん切り捨てていく、これぐらいの勇気が必要だろうと思うのです。 そういう観点に立っていま見ますと、実はこの地方教育委員会の制度というものは全くぬえ的存在になって形骸化している。たとえば教育委員というのは、終戦直後は直接選挙によって行われておった。これが法律が改正をされまして、市町村長の任命、もちろん議会の同意を必要とするわけでありますが、そういう形に変わってきております。それから、現実の教育委員会の運営の中で、権限があるようなないような、執行機関でありながら実は具体的には何もない。せいぜい学校の統廃合の問題について進言をする程度でございまして、人事でも内申はつけるようでありますけれども、これもないと同じである。人事権も予算権もない。そして市町村長部局から職員が派遣をされるという状況で、しかもその市町村部局の職員というものは派遣をされても何か他人のひさしの中へ来てしまったような形でございますから、その能力を行政面で発揮をすることができない、こういうあってなきがごとき存在になっていると思うのであります。こんなことであるならば、いっそもう昔の学事課あるいは教務課というふうなものを市町村の部局の中につくった方がいいのではないかという声も上がっております。あるいは、この機能をより発揮させるために、もう少し工夫をこらしてそういう法改正を行うべきではなかろうか。大まかに分けて二つの方向があろうと思います。これが全国的な実態でありますが、今日のような実態であってはならない。もう二十数年前のアメリカの占領政策の落とし子である——一面は教育の中立性を保持しなければならぬということから生まれた制度には違いございませんけれども、そういうふうなものに対して再検討を加えるべき時期に来ていると思います。その実情を把握しておられるかどうか、また、把握しておられるとすれば、これをどういうふうな方向に改善していくお考えをお持ちであるか、お伺いをいたします。
○諸沢政府委員 現在の教育委員会制度は、ただいま御指摘がありましたように戦後生まれたものでありますが、その趣旨とするところは、いわゆるレーマンと言われます一般の社会人の中から学識経験、見識といったようなものの高い方を委員にお願いし、この方々の合議制の機関において当該公共団体の教育にかかわる基本の方針を決めていただく、そしてそれを執行するのが教育長以下の事務局職員であるというたてまえでございます。御指摘の町村につきましてはこの教育委員というものが現在三名でございまして、そのうちの一名をもって委員長とするということになっております。そしてその教育委員の選任の方法も、これまた御指摘のありましたように、当初は直接公選をもってしたのでありますが、その後わが国の実情にかんがみまして、この任命を当該公共団体の長が議会の同意を得て任命するといういわば間接的な民意の反映というたてまえをとってきておるわけであります。 ところで、町村の数が全国で三千有余あるわけでございまして、したがってその一つ一つの町村の教育委員会をとりますとかなり規模の小さいものもございますので、その事務局と申しましても職員が一名ないし数名というところも相当あるわけでございます。 そこで、教育委員会そのものの運営を見ますと、一方では先ほど申しましたような合議制の執行機関というものの存在がわが国においてようやく定着しつつあるとはいうものの、また運営の上におきましていろいろ問題がないわけではない。また個々の委員会の実態が、いま申しましたように非常に規模の小さいものであるというところからいたしまして、その運営上必ずしも有機的に機能しないという面もあることは事実でございますが、われわれといたしましては、この制度が戦後発足いたしまして三十年になるわけであるますが、その運営の過去の実態に顧みまするならば、やはりよき面も数々あるわけでございますので、現在のところではそのような問題となる点につきましては改善、工夫につきまして努力をいたすことといたし、制度そのものについてはこれを存続することを前提として改善の方向で考えてまいりたい、かように思うわけでございます。
○小島委員 少し認識が足りないと思います。いまの実情そんなものじゃありません。よく御研究なさって対処してほしいと思います。 時間がありませんから、最後に、教育の基本理念について海部文部大臣にお伺いいたします。 いまから百七十年前にドイツの偉大なる哲学者フィヒテは、ナポレオンの馬蹄にじゅうりんされたベルリン大学の講堂で硝煙の中でもってドイツ国民に告ぐという偉大なる名講演をなさったことは御承知のとおりであります。そしてその中で言われたことは、教育こそは国家興隆の根元である、このことを説き続けました。教育がいかに重要であるかということは古今東西を問わない問題であります。腹いっぱい食っているがら教育を一生懸命やろうとか、減速成長であるから教育の方は少しおろそかにしてもいいんだ、こういう時代ではなくなってきていると思います。日本の今日かち得たところの戦後三十年の歴史と成長の中で、やはり私どもはそのことを非常に認識を強くいたします。教育投資という言葉は不穏当かもしれませんけれども、わが国の教育に対する熱度というものがあればこそ——資源有限時代なんということを盛んに言いますけれども、私は資源有限時代なんというそんな憶病な言葉を余り使う必要はないと思うのです。鉱物資源には恵まれておらないかもしれませんけれども、実は、日本ほどこれだけすばらしい人的資源に恵まれた国はありません。水資源もたくさんあるじゃありませんか。そういう角度の中で、もっと前向きな理想に燃えたそういう教育理念というものを、そういう夢というものを青少年に与え続けていくことが実は大切なことではなかろうか。こういう観点に立って、実は、日本のきのうときょうの間にあったものは教育そのものであったと私は叫びたい。同時に、きょうのこの日本とそしてあしたの日本、そのきょうとあしたの間にあるものもやはり教育だろう、こう思います。高福祉高負担とかいろいろ言われます。あるいは教育ももっともっと高めていかなければいけない。それには金がかかります。そのかかる金に、じゃ、みんな若い者が幾らでも出していきましょうという、これもやはり国民意識、教育の問題だろうと思うのです。 もう一つの面からながめますと、実は、戦前の教育というものはああいう全体主義、軍国主義の機構の中でもって、そういう政治体制の中で、全体に奉仕をする国民をつくり上げるということが理想とされておりました。その中で、全体のために個人は埋没をいたしました。天皇陸下の御ためならば、つぼみの命をすら戦場に散らしていくことを悔いなかった時代であったのであります。教育というものは恐ろしいものだということをつくづく感じます。しかし、その反動として戦後の教育の問題としてどうだろうか。実は私は、やはり国家観あるいは民族意識というものが著しく欠如してしまって、個人の自由が尊重される余り、実は本来的な個人の自由というものがなくなってしまって、功利主義的な傾向が助長されてまいりました。そのことの中に、実は全体はどうであってもいいんだ、自分さえよければいいんだ、こういう風潮が生まれてまいりました。戦前が心の時代であったというなれば、戦後は物の時代であったと言わざるを得ません。これからの新しい方向というものはそういう極端な一方に偏るのではなくして、物と心のバランスあるいは全体と個人のバランス、それをどこに求めていくかということが大変重要な教育の基本理念だろうと思います。帝国憲法は新憲法にかわりました。それから教育勅語は教育基本法にかわりました。しかし、教育基本法を見ましても非常に抽象的なとらえ方ではなかろうか、そのことを痛感をするものであります。もちろん基本理念というものは、言ってみれば抽象的な言い方しかできないかもしれませんけれども、そこに何か一本筋が入ってしかるべきではなかろうか。価値に対する認識はどうなんだろうか、理想というものはどこに求めていったらいいんだろうか、自分の人格形成の中における最終の目標はどこにあるんだろうか、いまそれが非常に混迷をいたしております。現実に子供たちの傾向の中にそれはあらわれているわけであります。 こういう中にあって、最後の質問でございますが、大臣の教育に対する基本理念を明快にひとつお聞かせをいただきたいと思います。
○海部国務大臣 小島委員御指摘の精神は、私もいまここで承っておりまして本当にそのとおりだという感じがいたします。同時に、いま日本の教育は、では基本理念をどこへ置いて何をしようとしておるのか。私は基礎にあるべきものは日本国憲法と教育基本法でありますけれども、やはり自主的な精神に満ち、勤労と責任を自覚し、そして心身ともに健康な国民を育成していく。それはただ単に読み書きそろばんと言われておるああいったものだけじゃなくて、御指摘のように人間の心の持ち方、心の問題、そういったものもともに一人の人間の素質として、資質として持っておってもらわなければならぬのは当然のことでありまして、教育の目指しております基本理念はまさに御指摘のようなところにある、私もそう考えております。
○小島委員 終わります。
○藤尾委員長 午後一時三十分より再開することとし、この際、休憩いたします。 午後一時二十四分休憩 ————◇————— 午後一時三十五分開議
○藤尾委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について質疑を続行いたします。木島喜兵衞君。
○木島委員 先ほど小島さんから大臣大変ほめられましたけれども、確かに国民はそう思っておるだろうと私は思います。それは、福田明治三十八歳内閣の中の最弱年であり、また昨年のスト権ストのときには、あなたのその美しい顔だちとともに、あの早稲田の弁論部で鍛えた中でも、藤波孝生委員や西岡武夫委員なんかと比べてはるかに雄弁な、そして一方においては対話と協調を言われ、一方においては、先ほどお話がございました指名校制度等の行動について、若さと知性というものを国民が皆感じているだろうという気がします。しだがって、私もそういう意味では、大臣の所信表明に対する質問でありますから、一般質問とは別個でありますから、そういう意味できょうはこの所信表明についてのみ承りたいと考えます。 ただ、これをお聞きいたしまして、そして配付されましたこの所信表明を見ますと、全体で九ページですけれども、一ページの最後の一行「以下、当面する文教行政の諸問題について申し述べます。」以下は言うなればこれは予算説明ですな。政務次官のおっしゃったのと大体同じですね。そうすると、大臣の、いわば海部文教行政の基本的な主張というもの、あるいはあなたの教育哲学というようなものはこの第一ページの四百字に足らない程度のそこにすべてが含まれておるように、個々のものは別にしますと感じます。そうすると、あなたの高邁なるところの教育哲学はこの四百字ぐらいの中にあるのでありますから、いかに含蓄があるものかということになるだろうと思います。そういう意味では、きょうはこの四百字くらいの中で聞くのでありますから、したがって、決して言葉じりをとらえるのじゃございませんけれども、国語の先生に私がお聞きをするというようなことになるかもしれません。ただ、そのことを通してこれからのあなたの基本政策、基本方針というものをきちっとわれわれが理解をすることがこれからの審議における一番基本だろうと思いますし、そしてまた、私も数日後には予算委員会の一般質問でもって教育問題を質問することになっておりますから、したがって、そういう意味では、きょうは個々の問題に触れることなく、あなたの基本的な方針だけを承っていきたいと思うのであります。 その前に、これはあなたがお書きになったと理解していいですな。
○海部国務大臣 そのように御理解願って結構でございます。
○木島委員 とかく役人の書いたものをお読みになる場合もありますから……(「いや、そんなことはないよ」と呼ぶ者あり)いや、藤波政務次官のときにはそうでありましたから。そこで、この一ページの最後の三行に「私は、このたび、文部大臣の重責を担うに至りましたが、先人の業績を継承しつつ、広く国民の理解と協力の下に、この国民的な重要課題である文教の刷新充実に渾身の力を傾けてまいる決意であります。」とありますが、そうしますと、この「先人」とは一体何ですか。
○海部国務大臣 これはまさに御関係になったすべての先人を意味するものでありまして、私の頭の中に浮かんできます先人、たとえば江戸時代において庶民教育のために力を注ぎ意を用いていただいた人も先人でありますし、歴代の文部大臣も先人でありますし、また、いろいろ学校教育に携わって現場で教えていただいた先生やあるいは文教行政を担当した方や文教問題についていろいろ御検討願ったすべての先輩の方々、それを包含して私は先人とこう理解をしております。
○木島委員 あなたが就任なさったときに、永井路線の踏襲ということをおっしゃいましたね。したがって、永井路線というのはこの先人の中に入るのでしょうけれども、いまおっしゃったように、歴代大臣の業績を継承すると読めますね。そして、永井路線を継承される。歴代の大臣と永井とは並列的なんですか。それとも永井さんは特にというようなものなんですか。
○海部国務大臣 これは一連の大きな流れの中で歴代大臣がいらっしゃったわけでありますが、私が特に永井路線を継承すると最初の発言で申し上げましたのは、私は実は永井文部大臣が就任されて以来約二年間、私も官房副長官という立場で横から非常に関心をもってながめさせていただいておりましたし、それから永井さんが私に言い残していかれた例の四頭立ての馬車の教育改革の問題点にしましても、それは永井大臣以前の大臣のときに種がまかれたり、あるいは芽が出たりしてきたものがそこで編成されて受け継がれたもので、たとえば大学入試の問題であるとか教育課程の改善の問題であるとか、そういったものもすべて含まれておりましたし、また大学間格差是正の問題のお話等もいろいろ聞いておって、これはもう前々どころかずっと長い間こういった問題は御議論願っておることでありますから、私としては永井路線の踏襲ということは、すべての人の流れを永井さんは受け継がれて、私自身もやはり永井さんのたいまつを受け継いだわけでありますから、その路線を継承する、こういうふうに申し上げたわけでありまして、言葉で、この大臣はこうおっしゃった、この大臣はこうおっしゃった、この違いはどうかというような細かい微に入り細にわたったことにはちょっと考えつきませんけれども、流れとしては、精神、方向性、そういったものが一貫して受け継がれ流れておった。私はそう理解して永井路線を継承する、こう申し上げたのです。
○木島委員 いま微に入り細にわたったというお話がございましたけれども、私もきょうは余り専門的な微に入り細にわたったようなことはなるたけお聞きしないつもりでおります。だから、局長は初中局長ぐらいでいいやと言ったのも実はそこなんでありまして、したがって大臣、まさに先ほど申しましたあなたの基本方針と申しますか、あるいは政治哲学、教育哲学、そういうものを聞きたいということでございます。 そうすると、いまお話聞きますと、特にということはないけれども、しかし、あなたの前が永井さんだったからということと理解してよろしゅうございますね。そういうことでしょう。 ただ、三木内閣が生まれたとき、ちょうどいまの福田内閣のあなたが目玉であるがごとく、民間の社会人の永井さんを登用したことはまさに目玉であったし、そして広い国民の歓迎を受けたこともまた否めません。そのときあなたは三木内閣誕生に至る参謀のお一人でもあったやに承っており、そしてまた、いまおっしゃるように官房副長官としてのお仕事もなさっていらっしゃいますけれども、あなたは民間学者大臣を登用することについてのそのときのあなたの御見解はいかがだったのでありましょうか。
○海部国務大臣 参謀というほどの役割りは持っておりませんでしたけれども、民間大臣が登用されることによって、やはり教育の場が静かに勉強のできる雰囲気ができていくということは、方向としてはいいことだと私は率直に感じました。
○木島委員 つまり、民間の方がいいとあなたは判断なさった。
○海部国務大臣 比較対照で民間の方がということじゃなくて、あのときああいう発想が出てまいりました。その発想が出てまいりましたときにそのことだけながめて、やはり教育の現場というものに政治の争いが持ち込まれたり、いろいろイデオロギーの雑音が入っていかれないようにするためには、やはり民間大臣を起用されるということは、そのこと自体をながめて私はあのときはいいことだ、こう思っておりまして、その比較対照の問題をとらえているわけではございません。
○木島委員 そのときは政争の場から静かな場にすることに民間がよかった。しからば現在はどうですか。
○海部国務大臣 私は、就任のときの、先生御指摘になりました会見でも申し上げましたように、文教行政を担当するということは、いろいろな意味で大きな目に見えない重く大きい責任があるということを申しましたが、同時にその一環として、民間人文部大臣から政党に所属する私が任命されたわけでありますから、永井さんに私が私として期待した面があったわけですから、私には永井さんになかった面、すなわち政党人が文部大臣になったからまた大変なことになってきたと言われないように、厳しくみずからを戒めてやっていかなければならない、こういうことを感じたわけであります。
○木島委員 そうすると、やはりあなたも、基本的には政争の場から静かな場へという永井さんが文部大臣になったときの、その登用された最大の任務を、いままた受け継いでいらっしゃると理解できるわけですね。そうしてあなたは政党人であるけれども、そうならないように努力をしたいといまお答えになりました。そこで、現在それでは政争の場になっておるから、ならないように、あるいは静めるためにということでありますけれども、いまというのは現在という短期間、きわめて短い時間という意味でありますね。この政争の場になっておるという現状をあなたはまずどのように御理解になっていらっしゃいますか。
○海部国務大臣 きょう現在とかきのう現在とかいう問題じゃなくて、少し長い物差しで振り返らしていただきますと、いろいろ問題がありますけれども、たとえば新聞の投書に出てきておる国民の声とかあるいは週刊誌等に取り上げられるいろいろな教育の現状とかあるいは私自身が情報として聞かされる問題とか、必ずしも現在完全に静かで平穏であろうかということは日ごろ疑問を持っておるわけであります。ですから、少しでもこの理想に近い形になっていくようにみんながやはり協力をして、みんながそういったふうにしていこうという目標を決めて、お互いに自粛自戒していってもらわなければならない、私はそういうふうに考えております。
○木島委員 いまおっしゃる長い歴史的な認識が必要であろうと思います。したがって、政争の場から静かな場というものが永井さんもそうであったし、あなたもそうであるならば、現在もしそうであるならば、その原因は一体何か。その原因を排除せざる限りにおいては、静かな場にならないでしょうね。その政争の場になった歴史的な原因というのは一体どのように御理解になっていらっしゃいますか。
○海部国務大臣 これは率直に申し上げますけれども、たとえば社会的に教育の場に関する関心が急激に集まる一つの例として、いわゆるストの問題がございます。ああいったものが起こると、すべての人々が学校の場、教育の場でこういうことが行われていいのだろうか、それに対してはやあいけない、やあいい、やあどうだというようないろいろな意味の論争が巻き起こってまいります。これなどは、やはり教育の場が静かな状況を保てなくなる一つの投石だというふうな感じがいたしますので、そういった、たとえば法律で禁止されておるストをやるということによって一石を投ずるというようなことを勇気をもっておやめいただくと、今後そのことを中心にしての議論とか論争という面は少なくともなくなっていくのじゃないか。ほかにもいろいろございます。たとえば落ちこぼれなのか落ちこぼしなのかという議論、論争も、このごろはよくいろいろな討論会なんかでなされておりますけれども、そういったような全体を通じて手のひらを返したような、これだからこうだという一点解決主義はないかもしれませんけれども、少なくとも私が目につく問題、そうして騒々しくなってくるきっかけをつくるような問題は、お互いにみんながそういったことをしないように一歩踏みとどまって、教育の場をみんなで静かにしていこうという自覚に満ちた行動をとっていただけたらいいのではないか、私はこう願っております。
○木島委員 かつての労働政務次官、スト権ストの花形的存在でありましたからストについてすぐ出てまいりますけれども、私は歴史的というのはもう少し長い目で見たい、さっき流れとおっしゃいましたが、先人という明治時代の流れとしてでありますけれども、そういう流れでもって実はお聞きをしようと思ったのです。奥野文部大臣がおやめになる直前でありましたけれども、奥野さんは御案内のとおり日教組諸悪の根源説をお持ちのようでありましたが、そのときに私は奥野さんに代議士として聞いてもらいたい、かつて文部省と日教組の蜜月時代があったのですよと私が申し上げたら大変驚かれました。終戦直後、新しい教育を求めて日教組も文部省も、あるいは国民全体もかもしれませんが、そういう新しい教育を目指していったときにはまさに蜜月時代であった。それが今日かくのごときことになったという歴史的な原因は一体どこにあるのでしょう。そのことを、その原因を明確にしないと、その原因を排除しないと政争の場から静かな場に持っていくわけにいかない。その認識がまず必要であろうと思うからお聞きしているわけであります。
○海部国務大臣 戦後の長い歴史を振り返ってみましても、私はそういう教育の場というものは国民全部が、すべて各界各層の人が次代を育成する子供の教育の場としてながめておるわけでありますから、それがなぜそんな騒がしい状況になってきたかというと、やはり心と目のすべてを、そこに子供がいるから子供に向けた教育をする、教育に情熱を持ち、そして専門職という自分の立場に使命感を持っていただく、実はそこまでにとどまっておっていただいて、学校運営というものはそういうふうに行われていくなればよかったであろう。戦後のいろいろな紛争の中で、やはり学校教育の現場には法律が許しておらないストライキが行われる、そういったようなことからゆがみが出てきておるのではないか、騒々しさが行われるのではないか。しかもそれが毎年毎年繰り返しいろいろ行われてきたというような過去の事実を見ますと、やはり一番最初にこちらも教育の場は政争から外して静かなものにしていきたいという気持ちで全力を挙げてやっておるわけでありますから、そういうような教育の現場にいらっしゃるすべての先生方とは決して申しませんけれども、一部の人々がそういったことを常に考えて、悪法ならばそんな法律は守らなくてもいいではないかというお考えのようにとれるような行動をなさることは、私は原因の一つではないだろうかと思っております。
○木島委員 大臣、さっき私は、奥野さんが日教組と文部省の蜜月時代があったと言ったら驚かれたと申しました。終戦直後であります。そのときは、いま言われる意味の静かな場でした。静かでないとするならば、新しい教育を求めてのみんな一緒になっての騒がしさはあったかもしれませんけれども、蜜月でした。それがなぜこうなったかということを私は聞いておるのです。そういう流れの一こまにスト権があるのです。それをスト権だけがという観点に立つと、政争の場から静かな場に持っていくところのきっかけがありません。本当に静かになるなら、本質的に——後でお聞きしますけれども、対話と協調なり協調と連帯なりということの政治を求めるとするならば、そうしていまの政治情勢はそういう情勢を、国民が求めておるところの結果をこの議会の政治問題の中で出しておるのですから、そうであるならば、やはりそのことを明確にしなければならぬだろうと私は思うのです。戦後、戦前の反省から民主教育を目指して、先ほど言った蜜月時代が過ぎました。しかし、やがてそれは数年で消えていきます。それは世界の冷戦構造であります。その冷戦構造の中でもって、やがてそれが中国の毛沢東政権が成立し、朝鮮戦争が起こる。そのころからアメリカからの再軍備の要請あるいは憲法改正の要請等があった。しかし、日本には憲法第九条があるからなかなかできなかった。だが、最初ちょっと申しましたけれども、昭和二十七年までは学者、民間大臣が八代続いております。それは先ほど永井さんを出すことがいいと言った、あなたが政争の場からとおっしゃった意味でしょう。党派に干渉されない、党派の支配に服しない純粋な教育行政を求めた姿であったでしょう。けれども、そういうアメリカの要請によって昭和二十七年岡野清豪が政党大臣として登場して以来、永井さんを除いてあなたまで続いておるわけです。そして、その要請の中でもって、たとえば昭和二十八年十月に池田・ロバートソン会談等が行われて、これは「日本政府は教育及び広報によって日本に愛国心と自衛のための自発的精神が成長するような空気を助長することに第一の責任を持つ」ということを確認され、そしてもう詳しいことは述べませんが、先ほど小島さんの御質問にありますところの、昭和三十一年には教育委員会が公選制から任命制になる。当時はほとんどは無所属であったけれども、無所属というのは保守党の代名詞でありました。その保守党の代名詞の知事や市町村長が任命をし、保守が大部分を占めるところの議会で同意する。それは政府の、文部省の意思の通ずる教育委員会に持っていかれました。そしてその翌年、勤評によって文部省の物の考え方、意に沿わぬところの者、意に沿う者、それを勤評として勤務評定をし差別待遇をしようとする。そして、文部省、県の教育委員会、市町村の教育委員会、校長を通してその支配のルートができてきた。教頭が規則でもって制定をされる。そして、文部省の指導要領が法的拘束力を持つということになり、そのことが子供にどう影響しているかを学力一斉テストでもって、学力でもってそれをはかろうとするというような一連の流れというものがずっときた。そういう歴史というものの中に、いまあなたがたとえばストならストということがある、そういう中にあった、そういうことを根本的に理解をし、認識をし、この認識は永井さんと私の認識は一緒でありますけれども、だからあなたは永井路線を踏襲されるというのでありますからその認識というものにもそう差はないのだろうと思うのでありますけれども、そういう認識を前提にして、しかしそれではすぐにあの蜜月時代に返るということは困難でありましょうけれども、そういう認識の中でもって何をいまなすべきかを考えていくというその基礎の認識というものが明確でなければ私はならぬだろう、政争の場から静かな場へ持っていくことはできないだろうという意味で実はさっきからお聞きをしているところであります。
○海部国務大臣 物の見方にいろいろな角度がございますように、私も一例としてこのストの問題を、これはよく国民の皆さんから言われるわかりやすい例だからと思って申し上げたわけでありますけれども、教育委員会の制度の問題にしても、あるいは六・三・三・四の制度の問題にしても、戦後一貫していろんな立場の議論というものを拝見しますと、まるっきり相異なる結論が出てきておる場合にもよくぶつかってまいります。しかし、木島先生おっしゃるように、それがすべてそういったことにゆがめていったんではなくて、第三の教育改革とも言われる戦後のいろいろな試行の中でだんだんに生まれてきたものでありますから、ただいまも教育課程を変えようとか大学入試制度を改革していこうとか、そういったものは一連の動きとしてずっと続いておるわけでありまして、それはまさに各界の人々の御意見を聞いてやっておるわけでありまして、そして教科書を編成しますときにもいろいろどうしたら妥当ないいものができるかという審議、工夫も重ねておるわけでありまして、長い間にわたって積み重ねられてきた動きの中で出ておるものである。私が申し上げたストの問題等は、そういうところからまたよけいに騒々しいものとして出てきたものでありまして、そういったことを互いに自粛して、一歩身を引いて、そして各界の人々の議論され目指される方向、そういったものを日本のあすの教育のためにきちんとした路線に乗せていきたい、こういうことだと思いますが、いかがでしょうか。
○木島委員 きょうはあなたの教育哲学を聞く質問でございますから、そう深い討論はいたしません。 いま私の聞いたこととお答えは、あなたの政争の場から静かな場へという、その政争の場の原因、歴史的な原因、そのことの認識なくして、そのことの除去のためにどういう順序、過渡的な措置をするかは別としまして、それがなければ静かな場になっていけないだろう。それが、先ほど申された静かな場へというのがあなたの一つの任務であるとするならば、その点をお聞きしようとしたのでありますけれども、それは結構でございます。 その次、国語の時間であります。その次の「先人の業績を継承しつつ、広く国民の理解と協力の下に、」とあります。これは福田内閣の「協調と連帯」と同じように理解してよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 これはやはり、考えております精神においては協調と連帯、それは「広く国民の理解と協力」をいただくというふうにつながると思います。
○木島委員 協調も連帯も同じようでありますけれども、辞書を調べてまいりましたら、協調というのは「利害の対立した双方がおだやかに相互間の問題を解決しようとすること。」連帯とは「二人以上が連合して事に当り責任をともにすること。」とありました。大変似たような中身でありますけれども。すなわち、対立があるから連帯と協調によって統一を求め、思想の統合を求め、そして統一され統合されたからこそ、両者があるいは全部がそこに責任を持つというのが、「協調と連帯」あるいはあなたのおっしゃる「国民の理解と協力」ということとも同じだろうと理解するのですが、よろしゅうございますか。
○海部国務大臣 おっしゃるように、協調というのは平行線をたどっておる相対立する者が、どこかで合意点を見出すことができないだろうかという気持ちを抱きながらお互いに話し合う、あるいは連帯というのは、御指摘のように二人以上の者が同一の使命、目的の達成のために努力をすることである。それをするためには、そういう国民の理解、国民の協力が必要だ、私はこう思っておるわけでありまして、御質問の意味のようにとっていいと思います。
○木島委員 このことは率直に言って、統一を求め責任をともにするということは、なかなか容易なことではありません。それだけにこの四百字に足りない一ページの中にあなたの、海部文政とでも言うべきものが含蓄されているわけでありますから、相当な熱意を持って情熱を持っておやりになるというように理解してよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 能力には限界がありますが、努力には限界がありませんので、誠心誠意努力をする決意でおります。
○木島委員 誠心誠意努力をされるというあなたの態度をいま、一つの例でもってしばらくお聞きしたいと思います。 いまの時点、短時間の現在の時点で政争になっておるという文教行政では、主任制度の問題、主任手当等の問題があります。これも対立がありますね。政争になっております。しかしあなたは統合を求め、ともに共同の責任を持てるような統一を求めるということで、あなたの情熱を持って粘り強くやるとおっしゃったのでありますけれども、そういうように理解をさせていただきますと、実は人確法は、御案内のとおり議員立法であります。そして満場一致であります。各党全部一致した法律であります。そして人材確保をしようとしたその議院の満場一致のやり方について、あるいは予算の配分について、このようにもう一年半かの政争が続いておる。この二、三年の中でもって、永井さんが登場して以来の政争というのは、行政の中でこれ以外ありませんと言ってもいいでしょう。しかしいま言いますように、議員立法で議会が決めて満場一致なのです。ただ配分でそうなっているのですね。配分もまた統一されなければ、人確法という原則論、その各論で分かれるような措置をするということは議会の軽視であります。議会民主主義の軽視です。母法でもってみんなが一緒にこうしようとした、そのこうしようとしたそのことの中でもって、議員が、各党が分かれるようなこと、こういうものの提案というものは、国対や議運のベテランでもいらっしゃった海部さん、どう思いますか。
○海部国務大臣 それこそ皆さんの理解と協力をいただいて、前回同様全会一致で成立することを心から期待をしておるわけでありますけれども、基本はやはり先生おっしゃるように、すべての人々が人材確保法、これを通そうということで御支持願った、それを学校教育の現場に生き生きとした教育効果が上がるようにしていくためにはどうしたらいいか。お金さえ出せばいいというような考え方ではないだろうと思いますけれども、しかしそれも大事だということで皆様方の合意ができたと私は聞いておりますし、それから実はこの主任制度のことについて木島先生にも御意見を聞いたこともございますし、ほかの各界各層の教育関係の代表の方々と何回も会って私はお話をしておりますけれども、きょうまでそういった制度が現に必要だと認められてあったわけでありますし、またそれは反対だとおっしゃる意見もあれば、やはりそれはやらなければならぬ、やりなさい、こういう御意見もあるわけでして、ですから議会の意思としても、もしいけないところがあったらどういうところがいけないのだろうか、誤解があるならば解かしていただこう。管理と被管理という線が何か一本ぴしっと引かれることはよくないではないかというようなことなれば、そのようなことを考えておるのではないわけですから、やはり両方とも話し合って、両方とも歩み寄っていただかぬと、一〇〇%こちらは合意があったものだから人確法はいいけれども、配分の方はもう反対が一人でもおるからだめだというようにかたくなにお考えいただかないで、どうしたら学校の教育の中で、きょうまでもありました主任制度がこれからもより教育効果を上げるためにどうしたらいいんだろうかという角度でこれは考えられ、設けられたというものでありますので、その点をひとつ、いまはまだ距離がありますけれども、ぜひ歩み寄って御理解をいただき、御協力をいただきたい、こう思うわけでございます。
○木島委員 主任問題で、きょう、さっきも言いましたように、私、あなたと細かい議論をしようと思っていないのですよ。私には私の見解があり、それからたとえば先ほどもちょっと休憩中に初中局長とお話ししたのですが、法的にも実は何回かやっておる対立というものはあるのです。しかしいま大臣にそのことを聞こうなんて思ってはいません。ただ、私がいまお聞きしたのは、議員立法で、政府が提案したものの満場一致じゃないですよ、議員立法で、こうしようじゃないかといって満場一致で出したものを、その配分について政府が出したことによってこう政争になっておること、その一般論はどうかといって聞いているのです。
○海部国務大臣 一回国会を通ってしまいました法律に関しましては、議員立法だからどうの、政府提案だからどうのということを議論して法律の内容について云々する気持ちは毛頭ありませんけれども、政府提案だそうでございます。
○木島委員 いずれにしても満場一致で、ずいぶんと議論があった。それを各党の中でもってずいぶんと苦労して、そしてつけるべき意見はつけて、こうしようという中の相談をして、その意思というものはみんなが一緒になったもの、それが今度その実施に当ってこんなになるということ。私はだから引っ込めろなんていま求めているのではないのですよ。だから、おかしいでしょう。
○海部国務大臣 私はその点をむしろ御理解いただきたいと思うのでありますけれども、第三次の給与改善の内容の中で主任の制度というものは、主任という人になってもらうとそれだけやはり指導、助言といいますか、普通の授業だけよりも幾らか時間的にも、気持ちの上でも御苦労願うわけでありますし、うまくやってくださいという期待も込められておるわけでありますから、労働慣行に従っていろいろお願いしてやってもらったならば、それに対するできるだけの処遇はいたさなければならぬのではないか、こういう角度から出てきておる配分の問題である。それなれば、そうこれは絶対だめだとおっしゃらないで、やはりそういう主任という制度を設け、その仕事をやっていただくことに対する処遇の改善といいますか、できる限りの処置をするということでありますので、差別というふうにお考えをいただかずに、御苦労願うことに対する処遇であるというふうに御理解願ったら、あの問題でそんなに対立がいつまでも引き続くことはないとぼくは信じておるのですが。
○木島委員 あなたの考え方の対話と協調の情熱というのは大変おかしい。対立があるから、だから対話と協調があり、そして統一を求めようとするのでしょう。あなたいま聞いていると、おれは絶対なんだ、おれは善なんだ、わからない野党、木島喜兵衞は悪なんだ、ばかなんだ、わからないやつは、という思想につながりますよ。独善ですよ。私は多分に、国会の議運のもうベテランですから正直に言って、国会の討論というのは不毛の議論ですね。初めから決まったやつを国会で幾ら議論したって、こっちが幾ら正しくたって、朝うちを出るときそう決めてきたら幾ら議論して正しくたってちょっとも変わらぬのだから、こんなの不毛の議論ですよ。私があなたにさっきその情熱を聞いた対話と協調なり、協調と連絡というのはなかなか容易じゃない。というのは、いますでにそれはあなたはあなたとして何でわかってくれないのだろう木島のやろう、このばかやろうと思ったところで、しかし対立はある、だから思った陰にはおれは善だ、おれは神だという思想ですよ。独善ですよ。対話と協調の陰には、そう思っても、討論の結果統一されるためにはお互いに変化がある。理論的にはお互いゼロか一〇〇%、あるいは一〇〇%譲歩していかなければならぬこともあるかもしれない、あるいは一〇〇%主張していかなければならぬこともあるかもしれない、あるいは合わぬかもしれない、それが対話と協調ですよ。だのに私はまだ聞いていないんだけれども、あなたはこれをなんでわかってくれないんだという姿勢では、対話と協調は、あなたの言うのはこれは言葉だけのものになるんじゃないかと私はいま印象を持ちつつあるのでございますが、まだ断定しませんよ。その辺どうなんですか。
○海部国務大臣 これは私の立場、私のいま考えておることというのもきちんと申し上げませんと、何を考えておるのか、どこが食い違っておるのか御理解いただきにくいと思いまして申し上げておるので、決して私が独善で、私が善で木島委員が悪でなんということは毛頭考えておりませんから、そういうことも誤解の一つでありますので、それはお解きいただきたいと思いますし、それから、そういうふうにどこがどう違ってどこに問題があるかということも、やはりお話し申し上げないと御理解いただけないと思って私は申し上げたわけでありますから、独善ではございませんので、その点はどうぞお願いいたします。
○木島委員 ですから私はいま、主任制度の是か非かということ、そういう議論はしませんと言っているのです。ずいぶんやってきたし、それは協調か何かで非常に細かくなりますから、このわずかの時間で解決する問題じゃないし、ずいぶん根が深いです。そして思想も深い。ですが、ただ私が言っているのは、満場一致でもって成ったのにその配分でもってこんなになって、ばかげた話でしょう。おかしいでしょう。 さっき、たとえばあなた、いままでもあったんだし、必要だし——そうなんです。いままでみんな各学校で自主的にやってきて、全国で平穏にみんなやっておるのに、何でまた制度化したり手当を出すということからこんな騒ぎをしなければならないの。政争の場から静かな場と言いながら、静かな場から政争の場へ持ち込まなければならないの。そうでしょう。日教組も日教組ですよね。日教組という待遇改善を第一の目的とする団体が、銭くれるというのにストライキをやって要らぬと言うのだから。みんな金が欲しい。みんな金が欲しいけれども、その金さえ要らぬといって拒否するにはそれだけの理論がある。なければならない。だからさっき言ったように、対話と協調というのは、ゼロから一〇〇%の間においての対話というものを実らせなければ、この教育を、野党も与党も政府も、あるいは教師集団も、共同の責任を持って進もうじゃないかということにならない。そういう意味でいま聞いているのです。
○海部国務大臣 いずれこの法案はやはり国会の御審議を願うわけでありまして、いろいろな国会の意思の決定というものにこれは当然従うわけでありますけれども、政府といたしましては、いろいろなことを考えた結果こうするのが一番ふさわしい、それから処遇を改善してできるだけのことはした方がいいという基本に立って、要するに学校教育を効果を上げていくためにはこうした方がいいと思ってお願いをしておるわけでありまして、それで何が静かか静かでないかということでありますけれでも、これはやはりそのことを教育の現場へ持ち込んで、いいとか悪いとかの議論をするのではなくて、この国会の場の議論だけに願わくばおとどめいただけば、このことをお願いしてこのことの議論がなされておるということだけで教育の現場が騒々しくなるとは考えたくないのです。
○木島委員 考えたくないったって、なっているのよ。考えたくないといったってなっておるのには、原因がある。あなたの方は、これが一番いいだろう、主任制度をつくればいいだろうとおっしゃったところで、それくらいわからぬわけはない、こんなにいいことはないじゃないかとあなたがおっしゃったところで、それに対して静かな場から紛争の場へなってしまっているとすれば、あなたの方にも反省がなければいかぬでしょう。でなかったら対話と協調にならぬです。 さっきあなた、私の意見も聞いたとおっしゃったけれども、私の方が言ったのであって、あなたの方から聞きに来たことはないよ。さっきは対話と協調のために情熱をとおっしゃったけれども、あなたは、あのやろうと幾ら話したって平行線で、とてもうんと言うわけはないやと思っておるかもしれませんけれでも、しかしそうであったって、あなたが対話と協調と言う、それがあなたの政治哲学であるなら、さっきおっしゃったのだから、どうあろうとそのことに対する努力というものが一番大きく紛争になっておるこの問題についてちょっとも見ることができない。あなたの対話と協調はまさに誇大広告か、看板に偽りありかとすらだんだん思ってくるようになってしまうかもしれませんが、まあ、まだそう断定はしません。 そういう意味で、私はいま一つの例をとって言っておるのです。きょうは、さっき申し上げたように、あなたのこの四百字に足らないところの国語の時間でありますから、その一つの例として、主任なら主任でいま問題になっておる対話と協調は一体どうなんだ。この文章に書かれたものは、あなたはそれを通して一体どうなさるのです。むしろ大臣がかわったことがチャンスですらある場合もありますね。そういうあなたの決意、熱意というものをお聞きするために、個々の問題ではないのです、あなたの政治姿勢を、あなたの基本的な所信をいま私は聞いておるのです。
○海部国務大臣 対話と協調は口先だけではないわけでありまして、私もきょうまでできる限りの時間を割いていろいろな各界の人々の御意見を承りながら、きょうまでの経緯等もいろいろ研究したり振り返ったりしておるわけでありまして、これからもその方針できちんとやってまいりますから御理解をいただきたいと思います。 〔委員長退席、藤波委員長代理着席〕
○木島委員 これはちょっと別問題になって恐縮ですが、ついでですからね。社会党が衆議院にあるいは参議院の文教に、そしてこれは事務的な手続もありまして、公明党さんあるいは共産党さんからの御同意をいただいておるところでありますけれども、育児休業法の方だけのをいま議員立法で出しております。これはなぜかというと、母法である育児休業法というのは、これまた議員立法で満場一致でありますね、四月から実施されております。三月までにこれが通らぬと支給すべき金も出ない恐れがあるわけですよね。ところが、これは元来母法も違う。ともに満場一致の議案です。そして予算も違う。主任手当にかかわるものと育児の場合、母法も違う、予算も違う、そして勧告は同じであったかというと別々です。別々の勧告なんです。ただ時が同じだったから、そこで便宜的に同じ給与であるから給与法という中で二つを盛り込んだだけであります。ところが育児の方はみんな全体は問題ないのです。しかしもう一つの第三次配分のことの主任にかかわるものですから、したがってこのことが前回廃案になった。このままじんぜん日を通したら、さっきから言っているように、主任に絡む第三次のは政争の具になっておるのですから、われわれの心ならずもそっちから出ちゃったのです。このために、何も育児の方が、議員立法で通したところの満場一致の法案が、そして四月から現に実施しておるものがその恩恵を受けないということはないだろう。だから分けて出したのです。いまの見通しでは、政府が出したところのあの二つを一緒にしたところの法律は三月末までに通るという見通しは非常に困難でしょう。あなたの希望とは別に困難です。だったら何もそれを人質にしなくたっていいじゃないか。子種にしなくたっていいじゃないか。別個に分けて、それはそれとして、母法も違う、予算も違う、勧告も違うのだから、全然別個の性質のものなんだから、それを分けてその方はその方で議論すべきものは議論する、議論のないものは議論のない問題でもって国民に恩恵を与える、これが政治の姿勢だろうとして出しておるのです。このことについて私たちに対するあなたの御見解を承れれば幸せであります。
○海部国務大臣 衆参両院に御提出になったことは私も承っておりますが、前国会で廃案になりましたものと同じ内容の給与法を政府としては衆議院の方へお願いしておるわけでありまして、これはあくまで国会の御審議を待つということでありまして、希望を言わしていただくなれば、やはり人事院の勧告に基づいてつくり上げた法律でありますし、その中に書いてあります二つの柱はどちらもわれわれとしては実現をしたいことであるし、そう思って法律にまとめて出ておるわけでありますので、先生御指摘のいろいろな問題等もございましょうが、政府といたしましては前国会同様の姿で提出をした。後は国会の御審議にまつということであります。
○木島委員 それは、おたくとしてはそういう態度しかありませんからいいですよ。けれども、いま言ったように、ではそこで国会運営のベテランであるあなたは見通しはどうかというと、もう十分御理解になっておられる。だから、より安全な道をとって、小異を残して大同につくという言葉がありますけれども、まさにそれが小異であるのか大きなことなのであるかは別としまして、異なるものは異なるものでもって残して十分に国会の中で議論をするにしても、合意できたものは合意できたもので、すべて基礎は違うのだから、簡単に言えば便宜的に二つ合わせただけなんだから、その案を通していくことが、この育児は議員立法であり満場一致であるだけに、議会の意思を尊重するということになるとわれわれは考える。その意味で、あなたは現にあの法律を出していらっしゃる、前回廃案になったところの法律を出していらっしゃるからそれはそれしか言えないけれども、あなたは国会のベテランである。それが対話と協調というものの一つの中身になりはしないのか。一致したものから通すなら通していく、出したことは二つ出したけれども。そういうものが対話と協調という中身に具体的にはなるのじゃないのかと思うのですが、いかがでしょうか。
○海部国務大臣 見通しのことについてはこれは何とも申し上げられません、国会の御審議をまつわけでありますから。私としては、あの法案が年度内に成立するように心から願って出しておるわけです。それでは対話と協調の中身はどうかとおっしゃいますが、これもいろいろの長い間の経緯があった問題でありまして、それぞれの立場からいろいろ議論をし尽くして前回の国会にも出し、今度も成立を願って出しておるわけでありますから、いまここで直ちにそれをどうのこうのということを申し上げるわけにはまいりませんので、御了解をいただきたいと思います。
○木島委員 国会へ出したのだから、国会のことは大臣になられたらとやかく言えないということはわかりました。もし三月末ぎりぎりになって国会の中でもって政府提案の方が通らないというような見通しが明らかになったときに、育児の方を分ければ、これは満場一致でもって何も問題ないのでありますから——いま委員長席の藤波自民党の文教部会長は首を振っておるけれども、それは子種にとっておこう、人質にしようという魂胆以外にないのでありますから、そういう意味では、さっきから言いますように、小異は残しても合意したものだけは通す、そうして一刻も早く恩恵を与えていく、議員立法で満場一致ですから、それをやっていこうということにその時点になれば御賛成になられますね。
○海部国務大臣 その時点がどういうことになりますか、注意深く見守っておらなければならぬと思いますし、私の方としては、その時点になっても、いまの法律の真意を御理解いただいて、よし、わかった、通してやろうと言っていただけることを期待しないわけにはいきません。その時点、その時点、どうなるか全く予測のつかない仮定の問題では、ああなるこうなる、ああするこうするということは申し上げられませんので、これは御理解いただきたいと思います。
○木島委員 一番若い大臣が、仮定のものには答えられないなんという古い運営の感覚、国会に臨む感覚は余り賛成できませんが、まあいいです。きょうはあなたととことん議論するのでなくて、さっきから繰り返しますが、あなたの物の考え方というものを私が理解することでありますから、いいですよ。 ただ、もう一つちょっと聞いてください。第三次の第二次分ですね、この主任手当の問題も人事院に対する文部大臣の要望書から出発しているんですよ。この第三次の第二次分の予算につきまして、厳密に言えば三月からですからいまの状態でありますけれども、人事院は勧告をしなければならぬ時期なんですよね。人事院に何か要望する意思がありますか。それとも要望するならばどんな内容になりますか。
○海部国務大臣 第一次の分はおっしゃるように要望をしてあるんだそうでありますが、その法案の見通しその他についてどうなるか全くわからないという現状でありますので、第三次の第二次分というのについては要望がしてないということだそうであります。なお詳しいことは政府委員から聞いてください。
○木島委員 その辺についても聞いていけば少し基本的な、たとえば教員の賃金のあり方は一体どうあるべきかという問題と文部省の要望、そしてことにこの人確法に基づく第一次、第二次、第三次の配分は——人事院というのは御案内のとおり一般ベースの平均的賃金の引き上げが中心でしょう。こういう特殊な法律はないわけですよ。教員だけ上げましょうという法律はないわけですね。教員の法律というのは、これは教育界の問題で言えば政策ですからどういうものが一番いいか。これは素人の人事院が決めるということは元来なじまないのです。だからそれだけに文部省の要望というものが実は大きく作用するのは当然だろうと思うのです。形の上では人事院勧告というものを通さざるを得ない現在の法体制でありますけれども、人事院の任務というのは一般の民間との関係とか、物価とかそういうものでやるわけでしょう。個々の問題でどうあるべきかということになると、ことにこれは政策的ですからね。きわめて教育政策的法律でしょう、その他の賃金でしょう。教員の賃金は一体いかなるものかということにかかわってくると、これは専門外の人事院よりも文部省の方がより専門的ですから、本来責任を負うべきなんです。それだけに第三次の第二次分も私は本来どうあるべきかということは議論にしていいところだろうと思うのです。そこが議論がなかったから実は主任手当——そういう国会全体が一致するものを出せば主任なんて出なかったでしょう、一致しないんだから。母法において満場一致なんだから、それは配分において満場一致をするようなことをすればいいんだ。そういうものの中にぶち込んできたからこうなっちゃった。だから第三次の二次分にしても、そういうあたりが私はあなたの対話と協調という中においては議論をしたいところでありますけれども、しかしそれは少し細かくなりますから専門的になり過ぎますからきょうはお聞きいたしませんが、そういう点もひとつ御勉強いただくことが望ましいことだろうと思っております。 それでその次、また国語の時間にもどります。「私は、このたび、文部大臣の重席を担うに至りましたが、先人の業績を継承しつつ、広く国民の理解と協力のもとに、」までは終わりました。「この国民的な重要課題である文教の刷新充実に渾身の力を傾けてまいる決意であります。」という「この国民的な重要課題」、「この」とはこの場合何を指します。「先人の業績を継承しつつ、広く国民の理解と協力のもとに、この国民的な重要課題」という「この」というのは何を指すのですか。
○海部国務大臣 これは教育全般をどう改革し、どうして国民全部の期待にこたえていくかという角度からの受けとめでありますから、これはやはり教育行政を担当するという、そしてその担当しておる教育そのものはすべての国民が大きく関心を持っておる課題であるというふうに私は考えますが。
○木島委員 この文章で言うと、「この」というんだからどこかにあるのよ。そうでしょう。するとその前の、すなわち六行目から「資源に恵まれないわが国が、今後、幾多の試練を乗り越え、世界諸国との協調のもとに、発展を続け、世界の平和と繁栄に貢献していくためには、教育の普及充実と刷新に一段と努力を傾注し、未来を切り開く、創造的英知を備え、かつ、国際的視野に富んだ日本人の育成を図るとともに、新しい知見を開く基礎的科学研究の推進が何よりも大切であると確信いたします。」というのが文章上は「この」になるんじゃないですか。
○海部国務大臣 それだけかどうか、やはり教育全体が目指しておるものということがこれに出てくるわけでありまして……。
○木島委員 「この」というのは何もない。いま国語の時間ですからね。
○海部国務大臣 だから「この国民的な重要課題」という「この」というのは、いままでずっと述べたことを指すものだと思いますが。
○木島委員 もし入学試験でもって問題が出て、この場合の「この」とはどこですかということになれば、いま私が読んだところになりませんか。
○海部国務大臣 そういうことでございます。
○木島委員 そこを言っているんですよ。 そこでお聞きいたします。すると、いま私が読みましたまん中のところ、「資源に恵まれないわが国が、」今後やっていくためには、「教育の普及充実と刷新に一段と努力を傾注し、未来を切り開く、」云々と、こうなるわけですね。だからあなたの「教育の普及充実と刷新」というのは、資源に恵まれないわが国の今後のためにあると文章はなりますな。大変つまらないことを聞いて恐縮でございますけれども、この四百字足らずの中であなたの哲学をみんな含んでいるものでありますから、そこで私は忠実にこの文章を国語学的に勉強さしていただいておるつもりでおりますけれども、そうなるんだろうと思いますね。だからこそ私は最初に、これはあなたお書きになったのと聞いたわけです。
○海部国務大臣 これはやはり資源に恵まれないわが国が発展していくためにはいろいろの教育の普及充実がもちろん必要でありますし、新しく開発されてくる科学技術についても研究を一段と深めていかなければならない、そういった意味が含まれておることはそのとおりだと思います。
○木島委員 ですから、これは余り争いません。争いませんが、この文章で見る限りは、あなたの「教育の普及充実と刷新」というのは、「資源に恵まれないわが国が、今後、幾多の試練を乗り越え、世界諸国との協調のもとに、」云々のために充実、刷新するんだ。そして「未来を切り開く、」云々という、そういうことに具体的にやっていくんだということにこの文章で読めるわけですね。しかしさっきあなたはおっしゃったように、これだけではないとおっしゃいますから結構でありますが、これだけ見ると、何か教育の目的は資源に恵まれないわが国、その国民のために教育の普及、充実、刷新があるんだというように読めますね。いや、あなたが首を振ったからもう少しその前にいきましょう。三行目、「本年は、戦後、新しい学校制度が発足してから三十年目を迎えます。この間、国民の教育に対する熱意と関係者のたゆみない努力によってわが国の学校教育は、着実な普及発展を遂げ、今日のわが国経済社会の礎を培ってまいりました。」、「国民の教育に対する熱意と関係者のたゆみない努力」、そのことは経済社会の礎を培ってきたという物の見方、教育は経済のもとに隷属し経済のためにあるのか。教育の目的は、経済社会の発展のためにあるんだろうかというように、表面だけ読んでいきますと読み取れるものでありますから、実は海部文教行政の基本理念を聞くこの所信表明の質問でありますから、そしてあるものはこの四百字足らずの文章でありますから、言葉じりみたいなものをつかまえて言っておりますけれども、そういうものであってはならぬと思うから聞いておるのです。
○海部国務大臣 もし御指摘のようにそういう産業経済のことばかり考えておるようなことを願っておるとすれば、「世界諸国との協調のもとに、」という協調は図れないと思いますし、「世界の平和と繁栄に貢献していくためには、」この日本がどうなっていかなければならぬか。ここには書きませんでしたけれども、当然中の当然として、教育基本法の第一条に教育の目的は人格の完成にある、こう書いてあるわけでありまして、そういうことからまいりますと、私は、その当然中の当然のことが言葉としてここに出ておらないでも、そんな産業だけ一辺倒に考えるような教育では世界諸国との協調もできないし、「世界の平和と繁栄に貢献していく」日本国民を育成しようということになれば、とてもそんな経済のことだけ考えておるわけにはまいりませんので、ここにはそういった深い意味が、活字にはなっておらぬでも全体を流れる精神の中に出てくると御理解をいただいておくみ取りいただきたいと思います。
○木島委員 四百字足らずの文章でございますから、全部の意をお尽くしになったと思いません。ただ、表面上読んでいくとそういう感じがしたからお聞きしたということにしておきましょう。 いま、教育基本法、これが中心だとおっしゃいましたが、まさにそうだろうと思います。そうすると、このように理解してよろしゅうございますか。いま私がこの文章から、あなたの教育の目的は経済かと言ったら、そうではない。そうすると、教育基本法の前文、第一条、目的、第二条、教育の方針、これが教育の目指す教育像、人間像あるいは基本理念と考えていらっしゃると理解してよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 日本国憲法と教育基本法の目指すもの、それが教育の基本理念である、私はこう理解をいたします。
○木島委員 時間がなくなってきましたから、もうはしょりましょう。 したがって、いま私は教育基本法前文と一条、二条、これを総合的に見て教育像、人間像、基本的理念と見ると申したのでありますが、先般、予算委員会等でもって教育勅語論争があったようでありますけれども、この部分が教育勅語にかわる部分だろうと私は理解をするのです。戦後の流れ、この制定の過程——というのは、教育基本法というのは他の国には余りない法律であります。これがなぜつくられたか。すなわち、戦前の明治教育の反省からでしょうね。その明治教育の反省の中にいろいろあります。もう余り細かく聞きませんが、しかしいずれにしても教育勅語というものがその頂点にあった、これにかわるべきものというのが教育基本法で、いろいろ条項はありますけれども、その中でもことに中心は前文の文章であり、けさの小島さんの質問の中に出たけれども、これはわりあいに具体的なんですよ、前文と一条、二条を読んでいきますとね。それが教育勅語にかわるものだと私は理解しておるのですが、私とあなたのお考えは一致していると考えてよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 教育勅語が衆参両院でそれぞれ失効、排除の決議を受けてすでに存在しないことは自明の理でございますし、それを受けて、いまの教育基本法というものがあくまで教育の基本的なものである、こういうふうに私は理解しておりますから、その点においては全く一致しておると思います。
○木島委員 もうあと十五分しかありませんから……。 そこで、福田さんはやはり明治三十八年かなと思うんだけれども、あなたもお聞きになっていらっしゃると思うんだけれども、たとえばあの速記録を読んでみると「父母ニ孝ニ」とか「兄弟ニ友ニ」というのを君は否定するのかというようなことを言っていましたね。その考え方をあなたはどう思うか。あなたは賛成か。
○海部国務大臣 私はこう思うのです。教育勅語は失効し、排除されても、教育勅語によってできたものではなくて、それ以前からあった。やはり親孝行とか兄弟仲よくしようということは、教育勅語が制定されるもっと前からあったものでありまして、だから教育勅語に書いてあったから守らなければならぬ、書いてなかったからどうのという角度で私は物をとらえてはおりません。したがいましてあのこと自体は、兄弟仲よくとか親に孝行ということは私は間違っていないと思いますから、そういったことは堂々と言っていいのですけれども、また現に学校教育の中でも親を大事にした方がいい、友達とは仲よくしなさい、いろいろなことを教えておるわけでありますが、それは教育勅語に書いてあったから、そこから出てきたんだというんじゃなくて、教育勅語ができるもっと以前からあった人間と人間の関係を律するモラルだ、私はそう考えております。だから直接教育勅語にあるからどう、ないからどうという関連じゃなくて、あそこに出ておるああいった徳目はどう思うかと言われれば、それはやはりいまも受け継ぎ守っていかなければならぬことだろう、こう思っております。
○木島委員 だから福田さんの教育勅語をこのごろ軽視しているのはけしからぬとか、そういうものはもっと大事にしなければならぬという物の考え方とあなたの考え方とは違いますね。そういうことでしょう。もうちょっと言いましょう。要するに、なぜそれじゃ国会でもってあの決議がなされたかということを私は私なりに解釈いたしますと、新しい憲法は三つの特徴を持っています。すなわち、主権在民と基本的人権とそして平和主義であります。ところが教育勅語というのは、これは一つには、「爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ」、臣民の道徳であります。主権在民と違います。基本的人権ではありません。「爾臣民父母ニ孝ニ」、そして「知能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」だから平和主義に反し、かつ「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」、これこれ、「父母ニ孝ニ」とずっとやっていって、そして「一旦緩急アレハ」、そして「天壌無窮ノ皇運」、この倫理観は臣民の倫理であります。主権在民の倫理ではありません。基本的人権から出発するところの倫理ではありません。そして平和主義ではありません。その新しい憲法に反するから、こういう失効の決議が出てきたんでしょう。だからその「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ」は、この勅語にあるからというのではなく、いまあなたのおっしゃったように、それはそれ以前からずっとあったし、いまもあります。夫婦の仲がいいなんということはよきことなりであります。人間は動物である限り種族の繁栄のためにもそのことが必要でありました。それはずっと前からあった。しかしここに書かれておる教育勅語というのは何かというと、臣民の道徳なんです。「爾臣民」、そしてずっとやっていって「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という臣民でしょう。だからそういう中にはさまれた「父母ニ孝ニ」というものと、教育勅語にあるこれを軽視しちゃいかぬと福田さんの言うのと、あなたがさっきおっしゃったのとは、私はあなたの方が正しいと思う。教育勅語にあるんじゃなくて、昔からあったんだから、教育勅語で取り上げなくったって昔からあったんだから、そしていまもあるし、だからというあなたの方が正しいと思うのです。
○海部国務大臣 私は最初申し上げたように教育勅語全体を、すでに失効、排除の決議も行われ、そのときに存在がなくなっておるものだ、こう理解をし、認識をしておりますが、福田総理も、教育勅語をもう一回大事にしろとか、そんな角度で物を言っているのでは決してないと思います。 それから、私がいま申し上げたことは、教育勅語に初めて出てきて、そこから始まった道徳ではなくて、教育勅語以前のものであり、自然法的なものといいますか、教育勅語に書いてなくてもその前からあったもの、人間として守っていくべき徳目だと私は理解しておりますから、教育勅語に書いてあったとか書いてなかったということを別にして、それ以前から続いておったいいものであるというふうに理解しておるのです。
○木島委員 だから、教育勅語にあるかないかじゃなくて、「父母ニ孝ニ」それはそうです。しかし教育勅語だから、これがいいことだったから、だから教育勅語をということになると、教育勅語にあるそのことをとなると、問題は全然別だと私は思うのです。その点があなたと福田さんとの見解の違いでありますから、文部大臣は福田総理大臣によくそういう教育をする必要があるようでありますが、これを何も内閣の不統一だなんて、いまここでは言いません。 いずれにいたしましても、憲法、基本法というものをあなたが基本に置くということは——私は何でそういうことを聞いているかと申しますと、協調と連帯と言い、対話と協調と言うときに、一つの基本的な土俵の上に乗らなければ、共通の土俵に乗らなければ成果が上がらぬですから、われわれもそう思っておりますし、いまあなたもそうおっしゃった。したがって、そのことを基礎にしてこれからあなたはやられる。われわれもそういうことをもとにして、その土俵の中でもって対応し、できるならば統一を求める。連帯し、ともに責任を負おう。そういう文教行政。少なくとも教育は国民的合意というものを前提にすべきだと深く思っておりますから、そういう意味で私はさっきからずっと聞いておる。さっきの主任のこともそうなんですよ。だから、あなたはいろいろなところのことをわかってくれなければいかぬということもおっしゃったわけでしょう。そういうあなたの教育政策というものをきょう聞くことが一番大事だったのだろうと思うのです。 それで、さっき小島さんから教育委員会の話が出ました。その点、あなたも憲法、教育基本法から同じ土俵に乗った。同じ土俵に乗ったのだけれども、その基本法の解釈が大変に違っておったので、また同じ土俵に乗らなくなりますね。そういう意味で、さっき小島さんから教育委員会の話がありましたから、ちょっとそのことで教育基本法の十条「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接」責任を負う、まず前段の方。その次に、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」もう時間がありませんから簡単にしますが、これは四権分立の思想と御理解になっていらっしゃいますか。
○海部国務大臣 これは、いまの日本国憲法は三権分立でやっておるわけでありまして、いまの日本国憲法に準拠し、教育を立てていく上において、教育を第四権というふうに直ちにとるわけにはいかぬと思いますし、その思想をあらわしておるのではないのではないか。なぜならば、憲法をもとにしてできた教育基本法だと思いますので、憲法にない第四権を前提にして物を言ったり条文をつくったりはされておらないというふうに私は理解しております。
○木島委員 あるいは私の言い方が悪かったかもしれないが、四権分立的思想と言ったのです。なぜかと言うと教育委員会は——この基本法以来、文部省は指揮、命令する官庁から助言、サービス官庁になりましたね。すなわち、県の教育委員、市町村の教育委員は中央からは分権、そして知事部局や市町村部局からは独立でしょう。それが不当の支配に服しないためでしょう。議院内閣制でありますから、いまならあなたも自民党です。その自民党の政策で、自民党の圧迫で、自民党の教育支配になったのではいかないから、だから、さっき言いましたように昭和二十七年まで学者や民間人が大臣に起用された。それが冷戦構造から——その点はまたいずれ申し上げたいと思いますけれども、それはきょうはやめます。だから教育委員会の話がさっき出たから、教育委員会というもの一つを見ても、それは四権分立的思想です。それで直接民主主義の形なんです。国民全体に直接責任を負う。政治はすべて国民全体に責任を負います。直接責任を負う。この成立の経過をつぶさに見ていけば、これは公選制というものを前提にしたのです。ですからそういう意味で四権分立的な思想でしょうと私は思うのですが、あなたもそのように御理解になっていらっしゃいますかというのです。
○海部国務大臣 確かに第十条の考え方を読んでいきますと、一部の人に奉仕するのではなくて、国民全体に対して直接に責任を負うということになっておりますが、これはぼくはそこでもって直ちに四権分立だとは、最初申し上げたように……(木島委員「的思想を含んでいる」と呼ぶ)ですから、これを司法、行政、立法から比較的独立性の強いものであるというふうに考えれば、まさに教育というものはそういうふうに中立を要請される、全体のために奉仕するものでありますから、四権という言葉が適当かどうかぼくはわかりませんけれども、そういうような考え方で教育行政というものは携わっていかなければならぬ面もある、こういうことであります。それは政党が自分たちの利益とか自分たちの要求をそのまま押し込むことがいけないということを、教育を政争の場から外せということを私は言ったのですけれども、教育委員会のいまの制度というものは各界の教育に理解を持っていらっしゃる人々を議会の同意を得て選んで基本を決めていただき、国民全体に直接責任を負っていただくということでありますから、教育委員会の果たしておる役割り、機能というものは、そういう意味ではあるいは少し特殊性があるだろうと思いますが、四権というものが私にはありませんので、直ちに四権的と言えるかどうかはわかりませんが、特殊な立場、特殊な問題が含まれておるだろうということは理解できます。
○木島委員 その四権という言葉にあなたが——いまおっしゃるような四権でなくてもいいのですが、いずれにしても中央からは分権あるいは知事部局、市町村部局からは独立の教育委員であることは間違いありませんね、それは公選であれ、任命であれ。そういう意味では他の行政と違う。なぜそういう制度ができたかと言うと、不当の支配に服してはならないからでしょう。そこのところをきちっと踏まえないと、最初からずっと一貫して私が言っているのは、政争の場から静かな場というときに、あなたが悪い、文部省が悪い、社会党はいいのだ、野党はいいのだという意味じゃありませんが、政党なら政党の支配というものが入ってきて、そこから政争の場になっていってはならないわけでしょう。静かな場にするためには、そのことを抜きにしてはあり得ないわけでしょう、政争なんですから。その不当の支配というものをあなたがどの程度に御理解なさっていらっしゃるかということを、きょうの段階でまずお聞きしなければならないことであったからであります。 そこで時間が来ましたから最後に……。ところが、いまあなたは憲法、基本法をもとにして教育行政を行うとおっしゃったのでありますけれども、しかし教育基本法を改正しようとする動きがあるやに聞いておりますけれども、御存じでございますか。
○海部国務大臣 教育基本法改正の問題については私は何も聞いておりません。
○木島委員 これはたびたびここでも取り上げておりますけれども、五十年十一月に島原でもって当時の自由民主党文教部会長西岡さんが、「教育基本法については改正という考え方はございません。現在の教育基本法を廃止して新しいものをという考えでありまして、ですから全面的に書きかえるということでございます。実はいま私は重大な発言をしておるのでございますが、近い将来にこの方針を自民党文教部会として発表するつもりでございます。」とおっしゃっていらっしゃいます。五十年十一月です。その翌年の二月にロッキードが起こって国会はやや開店休業になっておりますから、このような動きはあるいは消えておったのかもしれませんけれども、近い将来に自民党文教部会として発表するというほどになっておるわけでありますから、国対やその他の重要な役割りをなしていらっしゃったところの海部文部大臣が御存じないわけもないのではないかという疑念もないわけでもないのでございますが、いかがですか。
○海部国務大臣 立法論としてどのようなことが議論されておったかということを私は全部知っておるわけではございませんけれども、いま幾ら記憶をたどってみても、私が国対委員長在任中もそのような話を聞いたことはありません。先ほど申し上げたとおり、いまはもちろんございません。
○木島委員 時間が来ましたから……。そこで、その意味では、あなたはそんな意思もないし、また自民党の党員である文部大臣としてはそういうことを好まないし、逆に言うならば、あなたが憲法、基本法をもとにして海部文政をやる限りにおいては、そういうようなことはあり得ないと理解してよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 私は憲法と教育基本法の上に立って進めていきたいと思っています。
○木島委員 それで最後に、またもとに戻りますが、「本年は、戦後、新しい学校制度が発足してから三十年目を迎えます。」という中には教育基本法も入っている。教育基本法制定三十周年のことしであります。記念行事というのは何も式典のみを意味するわけではありませんが、戦前の教育の反省に立ち新しい教育を創造しようとしたところのその三十年の一つの区切りとしてことしから新しい一つの教育計画に基づいた新しい発想で何かやろうというようなことがあってもいいのではないかと思うのでありますけれども、いかがでございましょう。
○海部国務大臣 おっしゃるように三十年目を迎えており、そして第三の教育改革とも言われるほど、いまいろいろなところに、小さい芽ですけれども教育改革の芽が出始めておる。これは戦後三十年、各界の人がいろいろ議論をされたその議論の結晶が出てきておるわけでありますから、当面問題になっております芽を大事に育てていくことが私はその趣旨にこたえる道だ、こう思っておりまして、当面とりあえず三十周年記念でいろいろなことをいうことは、現段階では何も計画がありませんが、出始めている芽をじみちに大事に育てていこう、こういう態度であります。
○木島委員 せっかくあなたの文教行政が憲法、教育基本法をもとにして、対話と協調の中で同じ土俵の中でもって連帯、すなわち責任をともにしよう、そのために統一をしよう、そういう意見が一致をすれば、まさに海部文部大臣のときに、これは一つの区切りなんだから、いままでの継続なら何もここに三十周年なんてこんなこと書く必要はない。それは三十年前の三月三十一日であります。たとえば、さっきの話の教育委員会の準公選、任命でいいんですよ。準公選にもいろいろ幅がありますが、そういうようなものを構想して、新しい発足がすぐできなくてもそういう研究に入る。さっき言った十条の四権分立的な思想、そこから出るところの教育委員会、それが形骸化されておるとするなら、たとえば準公選なら準公選を目指してその研究会を出発するとか、何かそういうふうなことは考えられませんか。
○海部国務大臣 やはりいまのままでよほどいけないところがあるなれば、いろんな角度から研究をしたりしなければいけませんけれども、三十年を踏み台にそのテーマをしほられてやるという考えは、せっかくのお申し出でありますがいまのところございません。
○木島委員 時間が来ましたから終わります。 ただ、これで大体海部大臣の教育行政の基本的方針というものの一端がうかがえましたので、このことを基礎にしながら今後いろいろと審議の材料にさせていただきます。どうも失礼しました。 〔藤波委員長代理退席、委員長着席〕
○藤尾委員長 池田克也君。
○池田(克)委員 私、本委員会で初めて質問をさせていただくわけでございまして、委員長初め答弁をいただく大臣また政府委員の各位、さらには同僚の委員諸兄の方々に、ふなれのため御迷惑をおかけすることがあるかもしれません。そうした点、よろしくお願いをしたいと思います。 最初に、先ほどの社会党の木島委員もあるいはまた自民党の小島委員も指摘をされておりましたように、海部文部大臣が新しく就任をされまして、私ども同じ世代として大変期待と申しますか、新しい戦後教育を受けてこられた大臣として同じ気持ち、新しい時代に対する教育が変わっていくんじゃないか、大変な時代に文部大臣になられたという感情を持つわけであります。もうどこを見ても、新聞の投書にしてもあるいは町の声にいたしましても、教育の改革を望む声は非常に高いわけであります。そういう状況の中で、つい先ごろ本委員会で私、新しい文部大臣の所信表明を伺ったわけでありますが、どうも海部文部大臣の味が出ていないのじゃないか。文教行政は、どちらかと言えば多くの国民の関心事であります。私がこの席で質問をさせていただく立場は、全くの文教行政の素人として、多くのお子さんを持ちそして子供を学校にやっている父兄が、それぞれの立場で教育に対する考えを持っております。もう百人百様の個人的な文教改革案というものを持っていると思うのであります。したがって、だれにもわかりやすい、そして国民に理解をされるというような姿勢を持つ必要があるのじゃないか。そういう意味で、前の永井文部大臣が四頭立ての馬車ということを言われました。きょうもその話が幾つも出ておりました。一つには、現在の社会の雇用形態を変えていくように呼びかけていくこと。あるいは、東京大学中心というのではなくて地方にある各国立大学を充実していくこと。第三番目には、国立大学協会が共通学力テストの具体案をつくっているけれども、これを実施していくこと。第四番目は、指導要領を変えていくこと。これは繰り返し言われているわけでありますが、ある意味では大衆に浸透していった四つのキャッチフレーズだと思うのです。私はこの際、海部文政というも・のがこれを越えた新しい方向というものを何かお考えになっていないかどうか、その点をまず最初にお伺いをしたいわけでございます。
○海部国務大臣 私がいま考えておりますことは、永井文部大臣時代に整理された学制改革の四つの柱は、私なりにもこれは間違っていないと理解をしておりますし、先ほども申し上げたように、これは永井文部大臣よりもっと前の大臣のころ、各界の人々の審議、御協力を経て芽が出始めてきた問題もあり、教育の問題は、御承知のように手のひらを返すように直ちに、短期間で解決できるような問題はないわけでありまして、いろいろな積み重ねがあります。しかも、きょう現在、学習指導要領の改定の問題にしましても、大学の入試の問題にしましても、あるいは東京大学中心の一つの峰より、地方大学を育成する八ケ岳方式といいますか、あるいは国立と私立との格差是正の問題とか、いろいろ芽が出始めてきて、さあこれをみんなで推し進めよう、推し進めることはいいことだという雰囲気が私には感じ取れますので、現在はこれを後戻りさせないように、方向を見失わないように、私も一生懸命に取り組んで前へ押していこう、おまえの新しく加えるキャッチフレーズはないかと言われましても、強いて言えば教育は真心で当たらなければいけませんから、真心を込めてやらしていただく。答えにならぬ答えでありますけれども、私はそういう気持ちで取り組んでいきたいと思っております。
○池田(克)委員 新しいキャッチフレーズはない、こうおっしゃるのでございますが、私、所信表明を拝見いたしまして、一番最初のページの四行目でございますが、「わが国の学校教育は、着実な普及発展を遂げ、今日のわが国経済社会の礎を培ってまいりました。」こうおっしゃっておられるわけであります。 先ほども申し上げましたが、今日教育の場でいろいろな問題が起きている。ついこの間も、岐阜の方の歯科大学に受かった、しかしながら多額な寄付金を苦にして自殺をされたという、まことに悲惨な実情が報ぜられております。また、幼稚園に入りたくても入れないお子さんのことを、私ども地元で選挙区を歩きますと頻繁に伺うわけであります。これからまた大学入試のシーズンになりますし、いろいろな意味で教育の現場というものが混乱をしておる、あるいは荒廃という言葉が適当かどうかわかりませんが、そういうことが出てきております。本当に文部大臣は「着実な普及発展を遂げ、」というふうに思っていらっしゃるのかどうか、この辺の率直なお気持ちをお伺いしたいのであります。
○海部国務大臣 明治の初めに学制改革が最初に行われまして以来、義務教育の普及率が世界で一、二を争う、すでにもう九九%を超える普及ぶりである。養護学校の義務化によってこれが一〇〇%に到達すると思いますし、それから中等教育の後期である高等学校には九二・六%の人が進学できるようになった、合格率が九八%を超えたことは御承知のとおりでございます。それから、大学、短大、そういった高等教育へ行きます者が、同世代年齢層の四〇%に近くなったということを考えますと、これは、着実に日本の教育が普及されてきた、そうして戦後六年間の義務教育が九年制に変わりまして、九年制の義務教育がだんだん普及してきた、この成果をやはり正確に評価をし、受けとめたいというのがこのことでございます。 ただ、きょう現在、それではいま先生の御指摘のようにいろいろ問題がありはしないか。ですから、質的な充実といいますか、内容の整備といいますか、改めなければならない問題点は、教育の場にはいっぱいあるわけであります。 私は、就任してからこの二カ月の間に、いろいろなものを読んだり、聞いたり、関心を持って記事なんかも読むのですけれども、どこの一つをとらえても問題点がございます。入学試験に地獄とか戦争という言葉がつくのも心が痛いことでありますし、例として出された私立大学の入学金の多額の強請によって命まで失う人がある。前途有為の青年がこういう問題で自殺をするということは、これまた心痛む問題であります。どこにどういう欠陥があるのか、いろいろ問題はありましょうが、そういったものの改善、充実、整備は今後も行ってまいりますし、着々とやっておりますけれども、ここに書きました着実な拡充、普及をしたということは、最初申し上げたように、国民の中の多くの人が能力に応じて、資質に応じて教育を受けることができるようになってきた、このことを評価しておるわけであります。
○池田(克)委員 私、四頭立ての馬車につけ加えるものがないかと伺った一つは、従来、入試地獄というものは大体大学入試ということに焦点がしぼられていたような感がするわけであります。ですから、この四頭立ての馬車の中にも、国立大学協会がいわゆる共通学力テストという形での一つの改善策をうたったわけであります。ところが、昨今の実情を見ておりますと、どうも中学の入試、あるいは高校の入試というところにまでその実情というものが大変厳しくなってきております。したがって、中学、高校、いわば初等、中等教育という部類にまで塾がはんらんをし、公立学校よりも私立の方へ希望者が殺到する、こういう実情というものを、四頭立ての馬車の中に含まれている入試制度、入試地獄解消ということの一つのアルファつき、ダッシュつきというような形で具体的なところまでおろしていかれるというお考えはないか、あえて私の胸のうちを申し上げればその点なんですが、いかがなものでしょう。
○海部国務大臣 簡単にそういうふうに表明されますけれども、大学入試制度がわれわれの願っておるとおりに変わっていくことによって、そして国公私立すべての学校が共通第一次試験に参加してくださると仮定をいたしますと、その出題範囲が限定されれば、今度は高校生活というものがいまのように受験術といいましょうか、正常な学校の授業だけでは解くことができないような難問、奇問にぶつかる、それがために塾へ走るというような面も是正されていくでしょうし、それから高校の進学率が、申し上げましたように希望者の九八%を超えるところまで来ておりますと、今度は一部有名校選びをしないような風潮にしていったならば、これはその面からまた是正ができていくのじゃなかろうか。そう考えますと、四つの柱は全部お互いに関連があるわけでありまして、一つ大変出おくれておったものが学歴偏重社会の壁でございますが、この間うちの高校生のある討論会を聞いておりますと、なぜ大学に行くのだ、いい学校へ行かなければいいところへ就職できないではないかという答えが返ってきたことに象徴されておりますように、社会がその人の能力とか素質というものをもう少し公平に平等に評価して、少なくとも就職試験のときに門戸を開放してくれる、入ってからは学歴偏重ではなくて実力尊重になってくれる、そういうような四頭目の馬車の社会の雰囲気をつくり変えていくということも緒についてきますと、みんなそれぞれ連動しましてうまくいくようになるだろうと願いつつ、またそうしなければならぬということで、先生御指摘くださいますように、大学入試だけを考えておるわけでは決してないわけであります。それはそれで象徴的に出ておりますけれども、それは高校あるいは一部は中学にもそういう状況があると聞いておりますので、その問題は全部関連の中で解決をしていかなければならぬ、これはそういうふうに心がけております。
○池田(克)委員 一体いつになったら大学入試の地獄状態が解消されるのか。ちょうどいま春の受験シーズンです。親の身にしますと、先行き五年先、十年先変わるかもしれないけれども、いま自分の子供をどこの学校へ入れれば一番有利なのか、これが非常に重要な問題です。ですから切実であって、いま大臣がおっしゃるように四頭立ての馬車を整備すればやがてはよくなるだろう、それはそのとおりかもしれません。しかし施策としては、よく五カ年計画とか十カ年計画とかいうことを聞きますが、一体いつをめどにして入試地獄の解消、特に中学、高校レベルまでいまのような状態から脱却できるとお考えなのか、このめどをぜひお聞かせいただきたい。大変むずかしいことだと思いますが、ぜひお願いしたい。
○海部国務大臣 これはもう長年にわたり各界の方の御議論をいただき、そしてようやく国立大学協会のいろいろな調査研究の努力の結果の積み重ねが実ったわけで、ここへ至るまでにも十年を超える期間があったことは御承知のとおりでございます。そうして、五十四年の第一次試験からこれができるという確信を国立大学協会と公立大学協会は表明をして、参加を願うわけでありますから、五十四年の国立、公立の第一次試験はこれで必ずできると信じますし、第二次試験については今年の七月までにそれぞれの学校で受験生の負担の超過にならないように決めていくと決めてもらっておりますから、これは昭和五十四年度に目標、焦点を置いておけばそれがめどだというふうに御理解願っても結構だと私は思うのです。私立大学につきましては、われわれもいま鋭意努力をして、その方向へ向かって協力方、協議したり助言をしたりしておりますが、まだこれは、それでは私立はいつからということはめどが立っておりませんけれども、これはやはり一日も早くそういうような結論を出していただきたいということを、私どもは私立大学側にはお願いをしておるところでございます。
○池田(克)委員 五十四年に一次試験の共通テストが行われる、これはわれわれも報道で承知をしておるわけです。ところが、いわゆるお母さんたちの素朴な感情は、この一次試験をやったってまた昔の進適みたいなもので、二次試験、ここでもってやはりふるわれる、場合によっては、一次試験のマークシートは大体の高等学校で教わっている内容を使っての試験であろうが、それでふるいをかけていくとなれば、今度は恐らくスピードで勝負をしなければならないだろう。国立大学の統一一次テスト用の塾がまたできるんじゃないか。実に教育状況の改善に対する疑いというものは国民各階層にわたって私は根深いと思う。したがって、いま、大変苦労をされてここまでこぎつけられたことはむだじゃないと思うのでありますけれども、仮にこれが五年でも十年でもいいと思うのです、いま小さなお子さんを持ってこれから幼稚園へやろう、あるいは小学校へ入れよう、どうしようかと言っている父兄に対する一つの目安として、何年後にはきちっとこれが解決されるというめど、一つの目標、努力目標でもいいでしょう、何らかの形で文部省として国民に対して一つの大きな希望を与える、そう言っては何ですけれども、方向づけが示されないものか、何かその辺の決意を私は伺いたいわけでございます。
○海部国務大臣 でき得る限り早くということは私も肝に銘じておるわけでございますが、一つ言えることは、その五十四年のためにことしも八万人の人を対象に統一一次試験の試行をいたします。そういたしますと、高等学校の教育課程を誠実に努力しておれば必ず解けるんだなという安心感を与えることができればそれも一つの前進だろうと思いますし、それからもう一つは、昭和四十六年の大学入試改善会議の答申の中にも、この第一次試験が受験生の負担過重にならないようにするために小中高等学校の教育課程は精選をして、簡単に言えばちょっと教科書を薄くして、そして遊ぶ時間といいますか、ゆとりのある時間をつくる、そのかわり基礎的なこと、基本的なことは十分教えるようにということで、教育課程の改正作業も進んでおるわけです。そうしますと、片方で進んでいる教育課程の改定作業によって、今度は幾らかゆとりのできた高校でその学習を誠実に努力しておれば、いわゆる一点一発主義になってしまったということもない、その範囲から必ず出る、あるいは術にたけていなくても解決できる問題が出るということになりますと、いまの地獄とか戦争という言葉は必ず少なくなっていくと思う。 それからもう一つ、学科試験の方は一次試験と二次試験との総合で判断いたしますけれども、調査書を活用しろということも入試改善会議の報告で指摘されておるわけでして、それは試験の当日一回だけのテストで選別されるのはかなわぬという声もあるでしょうが、逆に高校三年間の毎年毎年の努力の積み重ねというものが調査書で評価されるようになれば、毎日毎日の学校生活の中における誠実な努力というものもあわせ評価されるということになっていきますと、地獄や戦争からは遠のいてくる。まじめに、誠実に努力した者が報われるんだということになろうと思います。それが昭和五十四年度からスタートするのですが、たとえばことし八万人に試行する問題、そういったようなことで、ああこういう問題が出ればこうなんだなというふうにわかってもらえることは、やはり徐々に理解を深めていくことになるのではなかろうか、こう考えて、その方面に向かって努力をいたします。
○池田(克)委員 いま伺いますと、共通テストあるいは調査書の活用によって緩和する、ところが現実に調査書の重視というのは現在でもかなり叫ばれております。じゃあどうなっているかといいますと、調査書が重要視されていることによって、逆に、おまえはこういう状態なんで、調査書はこういう内容だからこの学校しか受けられぬぞというふうに先生が受験校を、自分はここへ行きたい、力は及ばないかもしれないけれども一遍挑戦してみたい、こういうような子供の意思に反して、おまえはこの辺だ、偏差値はこうだ、調査書の内容 はこうだというふうに、逆にそれが子供の希望——それが本当にいいのかどうか私はよくわかりませんけれども、現実の声としては、いま文部省がいろいろ指導され考えていらっしゃることが裏目に出る。総じて言えば、教育に対する国民の不信といいますかいろんなことがあるんですね。いろんなことがあるのですが、それによってよくならないでだんだんこれがおかしげな方向になっていっている。私、その点何も調査書を否定するものではありません。が、抜本的に五年でも十年でも先にこうするという一つのめどを立てる、ぜひそのことを文部大臣としてもお考えいただきたい。 繰り返すようでありますが、国民の受験に対する不信というものを除去するための思い切った、プロジェクトチームでもいいあるいは文部大臣としての国民に対するアピールでもいい、こういうことをするのだから国民も協力してほしい、あるいはまたこれから先の見通しとして希望を持って子供たちの教育に当たってほしいという、アメリカの大統領じゃありませんが、それこそテレビを使ってでもいいでしょう、新聞を通じてでもいいでしょう、この状況を打破する一つの国の熱意というものを何か示していただきたい、こう私は思うのですけれども、どんなものでしょうか。
○海部国務大臣 このことに関しては、熱意においては人後に落ちないつもりでおりますが、いろいろな問題がいっぱいございまして、それじゃどこからどう手をつけたら手のひらを返すように変わるかという問題になりますと、いろんな角度からの御意見がございます。そこで私どもとしては、それらの御意見を聞きながら、しかも現状凍結しておったのでは物が進みませんので、最初申し上げたように、出てきておる芽は大事に育てていこう、こういうことでございますから、入試地獄の解消のためにはまだ打たなきゃならぬ手がいろいろあると思いますけれども、私が学歴偏重社会の打破のために、まずその取っかかりとして指定校制度の問題に取り組んでおりますのも、あるいは大学間格差の是正のためにいろいろな施策を講じておりますのも、やはり入学試験問題とこれは間接的に関連を持ってくる問題でありまして、遅々たる進みかもしれませんけれども、後退しないように、必ず前進させてまいりますから、お見守りと御協力をいただきたいと思います。
○池田(克)委員 アピールを何とか私はお願いしたい。これは繰り返すようですけれども、教育の場合はいま大体十六年間、小、中、高、大学、大変長い間教育に投資をしている。このために国民は食べる物を詰め、アルバイトをし、奥さんは内職をして一生懸命子供の教育につぎ込んでいる。後から触れますけれども、いま大変な物価高の中でありますが、何に一番お金がかかっているかといえば教育費ですね。お子さんを持っていらっしゃらない方はこれは別かもしれませんけれども、二人、三人学齢期のお子さんを抱えていらっしゃる家庭の経済というのは非常な苦しさです。これは大臣もわれわれと同じ世代でいらっしゃるので、まあ御経験があるかないかわかりません、恐らく実情はおわかりにならないかもしれませんが、この人たちの暮らしというものを救っていく。福田内閣は、一票差である、大変失礼な言い方かもしれませんが、対話と協調ということを繰り返しておられます。国民に対して、暮らしを何とかしようという気持ちがあるのであれば、私はこの教育状況の脱却ですね。家を建てるのも差しおいて、ちょっと待って子供の教育、こういう状態になっているのです。土地を持っているけれども家を建てられない、子供が何とかなるまではと思っている人たちが多いのですね。 こういう人たちのことを考えますと、繰り返すようですけれども、私はいま大臣のおっしゃる、着実におやりになると言うのですが、これは別に、将来それができない、できないから大臣の首をとる、そういうものでもないと思うのです。私は一つの基本的なアピールというものを文部省でお出しになったらどうか、どうしてもこれは出せないとおっしゃるなら別ですけれども、私はそんなものでもないと思う。予算が幾らかかるという種類のものでもありません。当然これは裏づけの必要なことだと思いますけれども、この改善に対する一つの時限的な歯どめというものがなされて初めていろいろなところが動き出す。いまの状態でいえば二年、三年で政権がかわる、そういう状態で、毎年毎年文教行政が変わっていく、そのたびごとに少しずつ少しずつという御答弁であると、不信はつのるばかりだと私は思うのです。 この際どうでしょうか、思い切って入試地獄解消の十年計画、必ずやるというような御答弁は出ないでしょうか。
○海部国務大臣 これは、先ほどから申し上げておりますように、いろいろな問題の中で、まず入試地獄とか入試戦争というようなものを解消しなければならぬというので、五十四年から国立大学、公立大学の共通一次試験に踏み切っているわけでありまして、十年かからないでも、その五十四年の成果を見ていただけば、それは大学入試のみならず、高校の学校生活、高校入試というふうに下の方へ連鎖反応が続いていくものと私は期待しております。 また、その効果をより高めていくためには、なぜ一つの大学を選ぶのか、なぜ有名校に集中するのかという問題の背景になっておる社会の学歴偏重の弊風を打ち破っておかなければならぬという要請もありますので、あえて言えば、昭和五十四年の最初の統一試験が皆から喜ばれ成功するように、それまでの間に体系整備もするし、また学校の教育課程も変えるということでありますから、まず当面の目標は、二年先の五十四年の統一テストを成功させるようにいま状況整備をやっておるということです。十年かからないうちに、ああ少しはよくなってきたなとみんなが喜んでいただけるようなものにしたいという気持ちは、先生と私と変わりがあろうはずがございません。
○池田(克)委員 再三お伺いをするのですが、アピールについては明快な御答弁をいただけない。五年でできればなお結構だと思います。 そこで、きょうは私は塾の問題について、先ほどもお話が出ておりましたが、若干これから触れたいと思います。 その前に、いろいろな塾の実情を調べてみますと、いろいろな塾か一つの目標校としている——私がきょう問題とするのは、大学入試じゃございませんで、中学、高校の入試というふうにしぼってお話ししたいと思います。この中学、高校の入試という点にしぼって、いろいろな塾が目標校がいろいろあるのでありますが、教育大学附属駒場高校、俗に教駒と言われております。また学芸大学附属高校、この二つの高校は東京にございます。そのほか、広島大学付属であるとか、全国各地に教育大学もしくは国立大学の付属高校、中学というものがございます。この学校がやはり非常に試験がむずかしい。また、合格をした場合に東大を初めとする国立大学に入学の率が高いと言われており、目標になっております。私は、この国立大学の付属高校というものの設立について、どうもおかしいのではないかと考える節がいろいろある。 これは大臣にお伺いしたいのですが、国立大学付属高校というのは一体どういう趣旨で設立をされているのでしょうか。その点、大臣ではなくて政府委員の方でも結構でございますが、お伺いしたいと思います。
○佐野(文)政府委員 国立の教員養成学部等に付設をいたしております付属学校は、その性質上、学生の教育実習を受け入れること、それから学部における教育研究に対して協力をすること、そういった特別な任務を持ったものでございます。
○池田(克)委員 いま御答弁がございましたように、国立大学の付属の中学、高校というのは、教員を養成する大学あるいは教育を研究する課程の大学の機関として日常の授業を行い参考にするということだと私は理解しているわけです。そうであるならば、勉強のできるお子さん、できないお子さん、いろいろまざっていて、こういうふうにできないお子さんには教えた方がいいという研究がなされるべきだし、またいろいろな家庭のお子さんが集まっていて初めてその効果というものがあり得ると私は思うのです。ところが現実には、教駒にしても学芸大付属小学校、中学校、高等学校にいたしましても、全くのエリート集団です。ここへ入るために高い塾の授業料を払い、親の勉強部屋なんというのも塾にあるんですね。子供も習い、親も習って、家へ帰って両方でやりなさい、こういうひどい状態です。それだけのゆとりのあるような方でなければ、教駒にしても学芸大付属にしてもはいれない。これは受験地獄を、国の施設がそのピラミッドの頂点に立って助長しているのではないか、私はあえてこう断言できるのではないかと思っているわけなんです。 これを国が、いま文部大臣がおっしゃるように、あと五年ぐらい待て、大学の方はおさまるぞと言われるのであるならば、まず手をつけられるところとして、この国立大学の付属の各学校の入試制度の改善というものをやるべきじゃないか、こう私は思うのですが、大臣の御所見をお伺いしたい。
○佐野(文)政府委員 御指摘のとおり、付属学校の入学者選抜のあり方については問題がございます。 かつて、昭和四十四年に教育職員養成審議会から建議がございまして、幼稚園、小学校、中学校については、もちろん付属の幼小中でございますが、これについては、選抜のためのテスト等は、素質、能力の点で特別の取り扱いを必要とするので、付属学校の任務を全うするために支障をもたらす者を除く範囲にとどめて、その他は抽せんによることが適当だというような形で、中学校以下については抽せんの導入ということを建議で求めております。 そこで、鋭意指導をいたしまして、たとえば中学校で申しますと、四十三年度におきまして抽せん制度を導入しておりましたものが一八・七%でございましたものが、五十一年度には七五%まで抽せんを導入をするというような形で改善が行われております。小学校は五十一年度で九五・八%、幼稚園は一〇〇%全部抽せん制を導入いたしております。 問題は、現在十七校ございます付属の高等学校でございます。全部が全部受験校であるとは必ずしも思いませんけれども、御指摘のような非常に問題のある状況があることは私も率直に認めなければならないと思います。この点については、付属学校連盟の方に改善の検討を強く私の方からも申し入れておりますし、あるいは教員養成大学でつくっております協会もございますので、その教育大学協会の方へも改善方を申し入れております。問題のあることは十分に承知をいたしておりますので、さらに指導を強めてまいりたいと思いますが、しばらく時間をおかしいただきたいと思います。
○池田(克)委員 いま、四十四年にそうした建議があったと伺いましたが、もうすでに八年を経過しているわけですね。この建議というものは、一体時間的に限るというのは、どの程度拘束性があるのかどうか私知りませんが、四十四年に何とかしろという建議があって、八年たってまだそれが何ともならない、十七校ですか残っている。これは行政の怠慢としか私は思えない。先ほど来申し上げておりますように、この教育受験地獄という問題は焦眉の急であって、国民は毎日日にちこの問題で頭がいっぱいで、受験する子供を持つ家庭というのは、お父さんのサービスも弟たち、妹たちのことも一切なし、もうその受験するお兄ちゃん専門になって、うちじゅうぐるみで血眼になってやっている状態なんです。こういう問題を四十四年に建議されてから八年間も、言うならば結論が出ないのですから、ほったらかしと言ってもいいと思うのですけれども、これは、私今度は大臣にぜひお伺いしたいのですが、八年間ほってあるということは御存じでしたか。
○海部国務大臣 八年間ほってあったということは残念ながら知りませんでしたので、きょう、御議論を聞いてさらに研究をし、やることがあれば当局とよく相談をし指示をしてやっていきたいと思います。
○池田(克)委員 ですから、先ほど大臣が五年もあれは何とかなる——私十年と申し上げたのですが、大臣は五年とおっしゃるのです。それは大変結構なことなんですが、私はあちらこちらにこういう問題があるのじゃないかと思うのですね。一遍この中学、高校の受験についてのさまざまな情報を大臣のところで集めていただいて、ぜひこの問題の改善のために何らかの活動というものを大臣としてお始めいただきたい、そのことを要望として強くお願いを申し上げておきたいと思いますので、御決意のほどを伺いたいと思います。
○海部国務大臣 御指摘のように、各界におけるいろいろな弊害をできるだけ取り除いていかなければならぬことは御承知のとおりでありまして、そういったものを調査して取り寄せて、総合的に一回、どこをどうして、どう改善していくかということは十分に検討さしていただきます。
○池田(克)委員 いまの問題と若干関係はありますが、教育大学の付属駒場に関してですが、これは、筑波に大学が今度移る、こういうことと関連してどういう処置がなされるのか、ちょっと参考までにお伺いをさしていただきたいと思います。
○海部国務大臣 移転します跡の利用の問題だと思いますが、そうじゃありませんか。
○池田(克)委員 そうじゃありません。ちょっと質問が誤解されたので補足しますが、教育大学附属駒場高校という高校がございます。これは農学部の付属ということで出発をしていたのだと思いますが、教育大学の農学部そのものは筑波大学に伴って移転をする、こういうわけです。ですから設立の趣旨からいけば、親元がなくなるわけですから、筑波の方へ行っちゃうわけですから、東京のそこになくてもいいんじゃないか、これは素朴な私の感じなんです。詳しいことは私もよくわかりません。これは前もって申し上げてなかったので、おわからにならなければ後からお答えいただいても結構です。わかっている範囲でお答えいただければと思います。
○佐野(文)政府委員 教育大学の付属学校は、駒場高校のほかに大塚地区にもございますけれども、筑波大学の計画におきましては、付属高校は筑波大学の付属高校になって現在の地点に残すということにしております。
○池田(克)委員 わかりました。 さて、塾の問題に入るわけでございますが、先ほどの他の委員からの御質問にも出ております。塾にもいろいろございますが、塾という問題が社会問題化しております。文部省でそれを担当される部局というのはどういうところなんでしょうか。大臣ひとつ。
○海部国務大臣 直接塾を担当する部局というのは、ちょっと私はいまぴんと思い起こせませんが、大臣官房の方で塾の実態の調査等のことは所掌しておると思いますので、官房からお答えをいたします。
○吉久説明員 いわゆる学習塾の調査につきましては、大臣官房の調査統計課の方で本年度予算でもって実施いたしているところでございます。
○池田(克)委員 その調査の話は後からするのですが、塾というものが今日社会に存在をする、そこで子供たちの教育ということを扱っている。これは少ない数じゃないのです。今日、受験を目指す子供だけでございませんで、いわゆる補習塾というものもあるのです。先ほども塾の俗っぽい話が出ておりましたが、この間、私の友人が未塾児なんという話をしておりました。何だろうと思ったら、未塾児の塾は、いわゆる塾へ行かない方なんですね。塾へいかない、だから乱塾とか未塾とか、きょうはいろいろなキャッチフレーズが出てまいりますけれども、半分以上のお子さんが何らかの形で塾へ通っておる、こういう状況ですね。したがって私は、文部省の中でこの問題に関心を持つのがどこだかわからない、たまたま調査は大臣官房でおやりになった、こういうことでは大変なまぬるいと思うのですけれども、大臣いかがでしょう。
○海部国務大臣 学習塾というものについて、どこが管轄をして、どこがどうするかということが確立をされておらぬわけでありまして、まことに申しわけありませんけれども私もそういうふうな理解しかしておりませんでした。しかし、学習塾というものが現にあって、いろいろな社会問題になっていることはよく理解しておりますし、討論会とか新聞の投書等を見ましても、いろいろな角度から議論がなされております。それは一体いいことなのかあるいは悪いことなのか、あるいはまた、いろいろ言われておるように公教育の落ちこぼれがあるのか、そのために塾があるのか、あるいは入学試験が難問奇問だから術を教えるために塾があるのか、いろいろな角度からの問題が出ておりますので、文部省としては大臣官房の方でその議論をしますためにも、進学塾あり、補習塾あり、専門のたとえばそろほんとか絵画とかお習字の塾等もあるようでありますから、それが一体、現実にどんなふうで、どんな状態でどれくらい行われておるかということも正確に把握する必要がありましたので調査をいたしたわけであります。その調査結果ももうじき出ると思いますから、それが出ましたら、きちんと調査結果を分析しまして、それによってまた対処をしていかなければならぬ、こう思っているわけです。
○池田(克)委員 どういう部局があるか、これは何も部局がある、なしということを私はあえて責めるわけではございません。しかし、何もいまに始まったことではないのです。この塾の問題は。ここに「首都圏有名進学塾年鑑」こういうのが出ています。これは首部圏だけです。全国に及べば相当な数の塾の問題が出ております。またつい先ごろなどは、塾一一〇番という、千葉県の方のある御熱心な方が自宅の電話を開放されて、塾の相談という窓口を広げられた。こうなりますともう、御飯を食べる時間がないというくらい、ひんぴんと電話がかかってくる。 社会問題として教育が当面している問題の中で、恐らくこの塾の問題が一番大きいんじゃないか、広い階層にわたって大きいんじゃないか。私はそういう意味で、これから調査の結果が出る、そうしたらどこか担当部局を決めて動き出そうというのは遅いんじゃないかと思うのですけれども、これはどんなものでしょうか。大臣のこれからの御決意というものをまずお伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 就任しましたときに、すでにそういう実態調査が行われており、そしてその結果の集計がまとまるという話を聞きましたので、私は一刻も早くその調査の結果がまとまり、実態を正確に把握して、それに対処する方策を検討していきたい、こう思って、調査結果が早く出るように待っておるところでございます。
○池田(克)委員 調査は確かになされております。私が手にいたしました調査票の控えもございますが、五十一年の九月十日までにと、十一月十五日までにそれぞれ文部省に提出をすると、こういう状態でございまして、この調査の調査票は集まっていると思います。集計の段階だと思うのでありますが、私、せっかくこの五十一年度において学習塾の調査をなさったのであるならば、その発表の時期というのがあると思うのです。この教育の問題に関しては、やはり春というのが一番のタイミングですね。四月から新学期が始まりまして、五月、六月となればもう一つの山を越える。塾へ行かせるべきか行かせるべきじゃないか、どういう悪い塾があるか、国民が一番関心を持つのは一月から三月、四月くらいまでの段階だと私は思うのですね。そうでなければタイミングを失ってしまう。 ちなみにお伺いしますが、この塾の実態調査の実施にどのくらい費用を投じていらっしゃるのでしょうか。政府委員の方で結構でございますが、お伺いしたいと思います。
○吉久説明員 ちょっと、正確な数字はきょう資料を持っておりませんが、たしか七百万程度だったと思いますが、これは後刻また調査いたしまして御答弁申し上げたいと思います。
○池田(克)委員 ぜひ、この費用等もお調べいただいて、後ほどで結構ですからお出しいただきたいと思う。七百万という金額は決して安い金額じゃございません。やはりこれは国費でございまして、有効に使われなければならない。まあ六日のアヤメ十日の菊ということもありますけれども、去年の塾の実態が調べられて、さあこれが五月に出た、六月に出た、意味がないと私は思うのです。ともかく三月中。四月新学期でも遅いかもしれませんが、それでも試験に落ちた、浪人をした、次にどこの塾へ行く、四月から問題になってまいります。また、いろいろな状況を父兄が聞き込んで塾の判断をなさる。この実情というものは、やはりせいぜいおそくて三月いっぱい、この辺に何らかの、中間でも結構ですから、報告をお出しいただくべきだ、そうしなければ、せっかくの七百万なら七百万使った調査の意味がない、このように私は考えますので、ぜひ御見解を伺いたいと思います。
○海部国務大臣 御指摘のように、タイミングが必要であることはよくわかっておりますので、全力を挙げて努力して、三月中に何らかの形でまとめを御報告できるようにいたします。
○池田(克)委員 この塾の実態は文部省がいま調べていらっしゃる。私はずいぶんとなまぬるい話だなと正直言って思うわけであります。 実情を若干、私ここで御披露するのもなんですが、首都圏における塾の年鑑がありましたので、私一応の表をまとめてみました。 これによりますと、小学校の六年生の行っている塾の月謝が一番高いもので二万円、安いものでも七千円、平均すれば一万三、四千円という状態でございます。しかも一、これに教材費がかかります。教材費が四、五千円。さらに必ずしも近いところだけとは限りません。こういうふうな状態で非常に家計を圧迫している状態なんですね。しかも、入会金が三万とか、あるいは二万五千とか、最近は途中でやめる方もあるので、最初にごっそりといただいちゃおう、こういうような状態だそうでございます。こういうようなことは文部省の調査で出てくるかどうか、私、これからのことで予断ができません。できませんが、私、一刻も早くこの実態というものは国民の皆さん方の前にも明らかにし、手を打つべきものは手を打たないと取り返しがつかない、こう考えるのです。 それで、教育関係のことなので、これは前もって申し上げてなかったのでおわかりいただけないかもしれませんが、文部省としては、一世帯当たり家庭でどのくらいの教育費を出しておられるのか、この辺の何か概括的なものでも結構ですが、おわかりでしたらちょっと参考までに聞かしていただきたいと思うのですが。
○吉久説明員 ただいまの御質問につきましては、数字は出してございますが、本日資料をお持ちしておりませんので、大変恐縮でございますが、後刻また御報告さしていただきたいと思います。
○池田(克)委員 これは私、前もって申し上げてなかったのでお出しいただかなくても結構でございます。 私どもの方で調べましたのによりますと、教育関係費これは総理府の統計でございますが、家計調査年報、昭和五十年でございますが、一年間で十万七百円、四十九年と比べてみますと名目で二七・五%増加をしている。消費支出の増加率に比べてかなり高い。教育関係費の消費支出に占める割合は、四十九年の四・六%から五・一%へと高まった。内訳を見ると、遊学仕送り金が五五・四%増、補習教室が三八%増、高い増加率を示している、こういう状態なんです。 私、なぜ塾の問題をこれほどまでに言うかというと、どんどんふえるのです。塾もふえているのです。そして、ここにいま申し上げたのは五十一年のことでございまして、平均して一万三千円ぐらい、こう申し上げましたが、ことしの春でもっと上がっています。一般家計を見てわかりますように、大体小学校の六年ぐらいのお子さんをお持ちの方々、三十五歳ぐらいからそれ前後の方々でございますが、統計の上では十五万ぐらいの収入でしょう。その中で一万五千円とか二万円とかという塾に対する出費というものが非常に大きなウエートを家庭の中で占めているわけですね。ですから、われわれが一兆円減税と言いますけれども、いろいろな生活を守るために私たちもがんばり、議論をしなければならぬと思うのですが、いまここで私が塾の問題を取り上げるゆえんのものは、一つには激しい受験競争です。しかし、もう一面、家計費というものをこれほど圧迫をする塾の実情というものについて、ぜひとも文部省当局の認識——本来ならば、小学校六年と言えば義務教育であります。この義務教育の過程にある子供たちが余分にこれだけ金がかかっている。私は義務教育というものはゆがめられていると思うのです。やはり金をかけてそっちの方へ行って何か習えば、学校へ帰ってきてその効果がどうなのか。うちの学校の教室の先生より塾の先生の方がおもしろいよとか、それは向こうは授業料を取っているわけですから、サービスがいいかもしれません。また、何らかの技術を教わるかもしれません。私は、この塾というものが学校教育、小学校あるいは中学校の教育というものをゆがめていやしないかと思うのですね。これは調査結果を待つというふうに言われますが、いますでにその段階以前の問題として、この初等、中等の教育というものについて塾というものが望ましいことなのか、あるいは教育をゆがめるような状態になっているのか、概括的なことで結構でございますので、文部大臣の御意見を聞かしていただきたい。
○海部国務大臣 塾の実態の一部について、特に進学塾については、私は望ましいことだとは受け取っておりません。そして、できればこれは、塾というものは必要性があっていまあるわけですから、どこにどういう必要性があったのだろうか、なぜそれだけの出費を負担してまで親は子供を塾に通わせるのだろうかというような角度のこともいろいろ私なりに考えてみたのですけれども、結局公教育だけでは受からないような入学試験の問題とかあるいはついていけるかついていけないかという、落ちこぼしか落ちこぼれかというような指摘された問題点が幾つか浮かび上がってきておりますので、塾のことをそれでほっておくというわけでは決してありません。調査もし、検討もし、研究もしますが、塾がどうしたら必要以上に過熱状態にならぬように済むだろうか。逆に言うと、なぜ塾が生まれたのだろうかという必要性の方から検討しますと、やはり学習指導要領の改定の問題も一つは大事でしょうし、あるいは教壇に立っていただく前の先生に指導力を十分身につけていただいて、そしてそこで全部終わる、落ちこぼれはない、あるいはそういうような必要以上にむずかしい教科があったら精選して除いていったらどうかとか、いろいろな角度の投薬をしておりますけれども、やはり進学塾、特に御指摘の小学校、中学校の段階で貴重な日曜日の時間をほとんどそれに奪われておる状況は、私はその角度から見ても望ましいものだとはどうしても考えませんので、これは改める方向でいろいろ検討していきたいわけです。
○池田(克)委員 塾の実態を改める方向でと大臣おっしゃるので、私は期待をしたいと思いますが、もう一つ状況として、医科系の大学を目指すための、またその高校へ入るための中学の塾、こういうのがあるのですね。しかも月謝十五万円。ある例では、佐世保のあるお医者さんのお子さんが毎土曜日に飛行機で大阪へ来られる。お母さんと二人です。そして関西のあるホテルに泊まって、日曜の塾を受けて深夜に飛行機でまた佐世保へ帰る、こういう状態ですね。大阪から東京へ出てくるという塾の実態もあるのです。これは皆医科系の大学を目指すのだそうですね。そしてどんなに高い費用を塾にかけても、東大医学部を初め国立大学の医学部へ入れば元は取れるというのだそうですね。私はあきれて物が言えない。国立大学の医学部というものはそういうものなんだろうか。確かに大きな差があります。私立と国立との間の一番大きな差は医科系学部じゃないかと私は思うのです。ですから、そういうふうな判断をされてまいりますと、まじめに勉強している人たちは一体どうなるのか。お金があって初めて塾へ行けるのです、月に十五万円という。親がついてジェット機で飛んでくるという、こういうような家のお子さん。私は国立大学を設置した趣旨というのは違うと思うのですね。しかしながら、このままほっておきますと、お金持ちがどんどん国立大学へ入れる。貧乏人は高い私立へ入学金を納めて入る、そしてお金持ちは塾へふんだんに行って国立大学へ入る、こういう状態に私はなってくるのじゃないかと思うのです。危険なことだと思うのですね。時間がありませんので、この問題は余り深く申し上げませんで、その調査にまつといたしますが、一言だけお伺いしたいのは、国立大学の医学部というものを目指して大変激しい受験競争が行われております。この大きな国立大学と私立大学の医科系の格差、この問題をどうお考えになっていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 御指摘のように戦後一時期医科系の大学の新設がなかったがために日本における医師の需要といいますか、それが数において不足をしておる。大体私どもが目標としておりますのが、人口十万人に対して百五十人というところに一応のめどがあるわけでありますけれども、それを達成するために国立の医科大学を全国に整備をして、医科大学のない県はないようにしようという無医大県解消計画が現在進行中であることは御理解賜っておると思いますけれども、そういうところは先生おっしゃるように、何も日曜日に十五万円使って塾に通ってもらった人に入ってもらおうという目的では毛頭ないわけでありまして、国の責任においてその程度の医師は充足しなければならぬということを考え、そのために地方に医科大学をいま鋭意設置しておるさなかでございまして、むしろ逆に言いますと、だからこそ高等学校の教育課程を精選をして、基礎的、根本的なものを高等学校できちんと勉強すれば塾なんかへ行かなくても入学試験というものはその範囲から出て通ることができるんだという安心感を持ってもらうことと、制度的な保障をすることと、これは両々相まってやっていきませんとなかなかそういった、例外的なことであろうとは思いますが、状況がなくならぬと思いますから、これは昭和五十四年度を目標に必ずやっていきまして、お金持ちの子供でなければ入れないような仕組みには絶対にしたくないし、またしないようにいろいろな努力を積み重ねます。
○池田(克)委員 塾の問題はいま申し上げたような状況を御要望しまして、問題を移します。 教育大学の農学部跡地の問題でございます。 最初にお伺いしたいのは、東京の目黒区駒場というところにありますが、筑波大学ができましたことによって、この農学部も移転をすると言われておりますが、これはいつ具体化されますのでしょうか。その時期を、これは政府委員の方で結構でございます、お伺いしたいと思います。
○佐野(文)政府委員 御指摘の駒場所在の東京教育大学農学部地区約七万六千平米でございますが、そこでは現在約二万平米に及ぶ建物がございまして、教育研究活動が続けられておりますが、筑波大学における学系棟の建築状況等から見まして、従来の研究を直ちに筑波大学において継続することが困難であること、あるいはなお在学している者がございますので、その在学生に対する教育活動は学生数が減りましても当然同じように続けなければならぬというようなことがございまして、逐次移転はいたしておりますけれども、なお筑波大学創設以前の施設の利用状況とそう違わないであそこではなお農学部が使って教育研究活動をやっているわけでございます。ただ東京教育大学は昭和五十三年の三月三十一日限りで閉学と相なるものでございますから、農学部がその日を超えて敷地を使うということは農学部としてはあり得ないことになります。しかしその農学部の教育研究活動は計画に従って筑波大学に引き継がれますので、教育大学をその日までに卒業できなかった学生等につきましては引き続き筑波大学の学生としてその教育を行うというようなこともございます。したがって私どもとしましては、東京教育大学と筑波大学の両方に対しまして、速やかに移転をするように指導もし助言もいたしているわけでございますけれども、残留する学部あるいは大学院の学生の教育研究活動の必要性であるとかあるいはそのために必要な図書設備等の移転のテンポの問題であるとかあるいは筑波の側での受け入れの体制の整備等の問題がございますので、三月をもちろん目途とはいたしておりますけれども、その三月でびしっと移転が終わるというふうなわけにはまいらぬかと思います。しかし両大学を督促をいたしまして、できるだけ早く農学部の実際的な移転のめどをつけたいというふうに考えております。
○池田(克)委員 そうなりますと、五十三年の三月、ぴしゃっとということじゃないかもしれませんが、その前後にということで理解をさせていただきます。 跡地ができるわけでございますが、この処理はどのようにお考えになっていらっしゃるのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 跡地につきましては、文部省としては先ほど来お話の出ております大学入試センターの用地として使うこと、あるいは入試センターで必要といたします面積は跡地の約四分の一程度でございますので、残余の部分につきましては第二国立劇場の用地として利用をしたいというふうな希望を持っております。そのことは関係省にも申し入れを行っておりますけれども、それを実際にどのような形で利用することができるかは大蔵省における関係審議会の御審議の結果によるところでございますので、私どもはその理解を得るように努めているところでございます。
○松岡説明員 大蔵省からお答えいたします。 お尋ねの跡地でございますが、およそ筑波研究学園都市へ移転いたします各種機関の跡地すべてにつきましては、現在国有財産中央審議会に大蔵省から諮問中でございます。どういうふうにその跡地を有効に活用するかということにつきまして諮問中でございまして、この審議会はその中に筑波移転跡地小委員会という専門の部会を設けまして、現在審議中でございます。 それで大蔵省といたしましては、この審議会の答申を得ました上でいわゆる土地問題あるいは都市問題の解決に資する方向で適切な利用計画を策定してまいりたいと考えておりまして、御指摘の駒場の農学部の跡地につきましても同様な考えでいるわけでございます。
○池田(克)委員 そういたしますと、五十三年の三月に学校が移転をして跡地ができる、それは大蔵省の方で処分をする、それについて審議会に諮問している、こういう状態なわけですね。いまのところ何も決まってない、このように考えていいのでしょうか。
○松岡説明員 大蔵省に対しましては関係各方面からいろいろの御要望が出てきておりまして、ただいま文部省から御説明のありました御要望も文部省から大蔵省へお話は承っているわけでございますが、現在は一切白紙の立場から総合的な検討を進めている段階でございます。現在のところ未定である、こういう状態でございます。
○池田(克)委員 この問題について地元がいろいろな考え方を持っているわけでございます。公園にしてほしい、都立高校にしたい、そうした希望が出ているわけですが、大蔵省としてはそれを御承知でございましょうか。
○松岡説明員 公園あるいは教育施設すなわち都立の高等学校というふうな用途についての御要望が非常に強く出てきていることも事実でございます。東京都、目黒区あるいは跡地の周囲の住民の方々からいろいろな角度からの御要望が出てきておりまして、ただいま先生御指摘のような御要望につきましても検討中でございます。
○池田(克)委員 先ほど文部省からそれを入試センターに使いたいという要望があるというお話を伺いましたが、その要望と地元の住民や東京都が要望しているのと、比重は大蔵省としてはどういうふうにお考えなのですか。五分五分で考えていらっしゃるのか、文部省の方を先に考えておるのか、その辺をお伺いしたい。
○松岡説明員 ただいまの段階では白紙の状態で、一つ一つの要望をそれぞれ検討中でございます。そういう意味におきましては文部省からの御要望もその他の関係筋からの御要望もいわば並列いたしまして、平等の関係において検討中である、こういうふうに御理解いただきたいと存じます。
○池田(克)委員 今度は文部省にお伺いいたしますが、大学入試センターの予算が十二億九千万円今度はついたということでございますが、これで何をお買いになるのか、お伺いします。内訳でございます。
○佐野(文)政府委員 五十二年度予算案に計上いたしております十二億九千三百万円の内訳でございますが、一つは管理運営の関係の経費、これはいまお尋ねの点でございまして、電算機のレンタル料とマークリーダー二台購入の経費、これが二億七千八百万円でございます。その他の費用は、人件費あるいは先ほどお話の出ました八万人を対象とする試行テストの実施関係の経費等が主要なものでございます。そのほかに本試験の実施準備の経費等も若干計上いたしております。
○池田(克)委員 マークリーダーというのは機械ですね。そのレンタル料をお払いになるというのですから、その機械をどこかに据えつけなくちゃならないと思うのですね。ところが、いま大蔵省に伺いますと、駒場の教育大農学部跡地はどこにもまだ決まってないということですが、これはどこへお据えつけになる御予定なのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 共通一次の調査研究と準備を行うために五十一年度から東京大学に国立大学入試改善調査施設を付設いたしております。この調査施設はただいまの農学部校舎の一部、これはプレハブの大学院校舎の一部でございますが、そこを借用いたして業務を行っているわけでございます。そして入試センターができましたときにも、当面の暫定措置といたしまして農学部の既存建物、これは農学部本館の一階の一部と、それから引き続き大学院のプレハブ校舎の一部ということに相なると思いますが、これを借用して設置することにいたしておるわけでございます。したがって、マークリーダーとコンピューターはそちらの農学部本館の方に暫定的に入れるということを考えているわけでございます。
○池田(克)委員 暫定的にとおっしゃるのですが、マークリーダーとかそういう機械を据えつけて、そう暫定的にというものでもないと思うのです。ですから、先ほど、教育大農学部は移転する、移転した跡は白紙の状態だと言われながら、文部省に対しては前の関係で使わせるというのであれば、それはまた議論しなければならないところなのですが、いつの間にか、この新しい活動である入試センターがずるずると居座る。プレハブを借りる、古い本館の中に据えつけると言われます。しかし、私たちから見ると入試センターは新しい施設です。いま大臣がおっしゃるところの、入試地獄を解消するための全く抜本的な新しい改革の案ですね。それならそれで堂々と場所を決め、国民の理解を得、住民の理解も得てやるべきだと思う。いつの間にか、ずるずるっとどこかに入り込んでいくというのは余り好ましい姿じゃないと私は思うのですが、その辺、大臣のお考えをちょっと伺いたいのですけれども、どうでしょうか。
○海部国務大臣 これはきょうまでのいろいろな経緯があったようでございますので、その間の経緯等を踏まえて、タッチしております政府委員にお聞きいただいた方がよくおわかり願えると思いますので、大学局長からお答えいたします。
○佐野(文)政府委員 私どもはもとより、正式に大学入試センターがスタートした場合の本施設について、東京教育大学の農学部跡地が距離あるいは全国の大学との連絡の関係で最も適当であるというふうに考えてお願いをしているわけでございます。もちろん本施設は、いまの暫定的な建物ではなくて、いずれ改めてつくることを考えた上で農学部跡地ということをお願いしているわけでございます。
○池田(克)委員 大蔵省はどうなんでしょうか。その使用問題については白紙だと言われながら、いつの間にかそこへ入っていかれるような形跡に見受けるのですが、どんなもんでしょう。
○松岡説明員 跡地が発生した後におきますその恒久的な活用方法につきましては、先ほど申し上げましたように現在審議会で審議中でございまして、全く白紙でございます。方針が決まるまでの間暫定的にお使いになるということについては大蔵省も承っておるわけでありますが、その暫定的な使用がその後の本格的利用を決定するに当たって何か先取り的既成事実のような関係になるものでは一切ない、こういう理解のもとに現在進めさせていただいているわけでございます。
○池田(克)委員 先取りじゃないと言われるのですね。しかし、この土地問題は、そこに一つ施設をつくって機械を据えつけるというのは容易なことじゃない。それで機械をどこかへ動かすとなれば、また金がかかるのです。何の金でやるかといえば、国の金でやることになるのです。確かに文部省はそこがいいとおっしゃる。それはこれから皆さん方が御判断になると思いますが、いま審議会に諮問して跡地をどうしようかと言っている最中に、文部省がそれを——言うならば文部省の考えでしょう。ほかの考えもあるのです。それを暫定使用という名目でそこに機械を据えつけるというのは、私は余り適切な措置じゃないと思う。どうせならもっとフランクな形で、機械を据えつけるのですから将来もっと適切なところに検討し直すべきだというふうに考えるのです。これは大臣にお伺いしたいところなのですが、どうでしょうか。大蔵省がそう言っているのですが、どうも文部省のその使い方がちょっと私は納得できないのですけれども……。
○佐野(文)政府委員 先ほども申し上げましたように、五十一年度において調査施設をつくります際に、いわば国立大学協会の会長校である東京大学の付属施設ということで設置をし、また、その実際の運用につきましても、教養学部の教官の協力、応援を得ながら、かつ全国の大学の先生方の共同作業によって調査あるいは準備が進められてきているわけでございます。そういった経緯がありまして、教養学部に最も近接をしている、また、その他の点でも最も適当と思われる駒場の地に調査施設を暫定的に置いたということでございます。そのような事情は、大学入試センターになっても変わりませんので、われわれとしては、大学入試センターも駒場の跡地に置きたいというふうに切望しているわけでございます。ただ、先ほど来お話にありますように、跡地の帰趨が決まりますまでは、わが方の使用というのは暫定的なものでございます。
○池田(克)委員 ですから、私納得できないというのは、大蔵省に処分が移されて、そうして審議会にかけられているというのでしょう。その審議会にいろいろな意見が出ている。いま確かに佐野さんおっしゃるように、文部省として熱望していることはわかります。けれどもほかに熱望しているところもあるのですね。国の土地です。どこかが先に何か行動を起こしてしまって、また後になって、せっかくあそこにいるのだからという人情論もあります。先にそこにいた、居住権じゃありませんけれども、先にそこに居座ったということもあります。私はどうもその辺、跡地の利用という問題について不明朗だと思う。はっきりと審議会なら審議会が了承したというのならばいいと思うのです。確かに、いまおっしゃるように、国立大学の先生方が集まって協議をするその場所としてあそこがいい、こう御判断になるのは結構でしょう。しかし、この大学というのは、付近の住民にそう大した恩恵を与えてこなかったと思うのです。病院があるわけでもありません。広大な土地で、それこそ人々はそのへいの周りをずうっと遠回りをして交通をしていかなければならなかった。また、駒場地域は、大変狭い道路の入り組んだ、何かあれば大変危険な地域です。災害の問題も叫ばれている今日、公園という地元からの声も強い。私はそういう点で、あえてこの席でこの問題を取り上げましたのは、何かいつの間にかずるずるのうちに、文部省の要求どおりあそこに施設が建ち、大学入試センターができていく、また第二国立劇場ができていく、これは大蔵省のこの審議会というものが何か軽視されているような気がする。この辺大蔵省の考え方を聞かしていただきたい。
○松岡説明員 跡地の本格的利用がどういうふうに決まるかは白紙でございますが、仮に公園あるいは第二国立劇場、高等学校、入試センター、どういうことに決まるにいたしましても、恐らく現在建っております教育大学農学部の建物は取り壊しになりまして、新しい観点から長期的な利用が始まるものだと思われます。 ところで、現在進められております入試センターとしての暫定的な利用は、現在建っております校舎、しょせんは取り壊されるべき校舎を使っての暫定的なプロジェクトでございますから、そういう意味で、その校舎の中で何か始めたことが既成事実となって、そのまま居座るということになるという御心配は必要ないのではないか、こういうふうに私どもは考えているわけでございます。
○池田(克)委員 どうも納得できない話ですが、ちょっと時間がございませんので、また後の機会にこの問題に触れさせていただきたいと思います。 最後の質問になりますが、図書館の問題でございます。総合的な図書館というのはいろいろとございますが、私きょう取り上げたい問題は、日本の文化を守っていくために、ある部門を限った図書館というものがございます。きょうは、大宅文庫という大宅壮一さんをめぐる文庫の問題なのでございますが、個人が持っているそうした資料を使った民間の図書館もしくはそれに類する施設につきまして、国としてはどういうお考えを持っているのか。たとえば、それを守ってあげようとするのか、あるいはほっぽっておくのか、その辺の、概括的なことで結構でございますが、個人が持っている資料、文化財というものをどのようにお考えになっていらっしゃるかということのお考えを聞かせていただきたいということでございます。
○吉里政府委員 総括的なお答えをいたします。 図書館の仕事というのは住民の、あるいは各年齢層にわたっての、生涯教育の一つの大きな拠点だと思っております。その働きは、国の図書館であれ、公立の図書館であれ、私立の図書館であれ、同じだと思っております。 ただ問題は、国のあるいは公共団体の援助の問題がございますが、資料のいろいろな助言とかいうようなことはやりますけれども、援助の問題につきましては、図書館法がございまして、いろいろな理由からでございますけれども、援助はしてはならない、こうなっておりますので、他の方法で、図書館の網の中で大いに助長をし、活用していただくという努力をしておるところでございます。
○池田(克)委員 私、時間が余りありませんので、急いでお話をさせていただきますが、大宅文庫という大宅壮一さんの残された資料をもとにした文庫がございます。これは後ほど大臣のお考えも伺いたいと思いますが、現在雑誌の資料を専門にここは集めているわけであります。国立の国会図書館、これは国の法律によって最も力を込めて集められている資料だと思いますけれども、雑誌は、どちらかと言えば、その検索につきまして十分な状況にない、どちらかと言えば書籍優先ではないか、私はこういう概括的な感想を持つのです。あらかじめこの問題についてはお話を申し上げておきましたので、国会図書館における雑誌の扱いの方向について御所見を伺えればと思います。
○吉里政府委員 実は、国の図書館というのは国会図書館しかございません。これは国会の方の所管でございます。とは申すものの、私の方のいわゆる地方の図書館行政と大変関連がございますから、関心も持ち、またいろいろな接触を申し上げております。深いことはよく存じませんけれども、雑誌その他の問題についても、国会図書館なりに非常に苦労しながら努力をされているように聞いております。
○池田(克)委員 確かに、雑誌というのは非常に種類も多いし、また単行本と違いまして、見出し一本でそっくりわかるというものではありません。何ページかに記事があって見出しがついている。しかし、この雑誌というのは、風俗、国民の生活というものを研究するのに大変有効なものですね。むしろ単行本よりも、これほど目まぐるしく移り変わっている社会の実情というものをよく映していると私は思うのです。そういう意味で、雑誌というものを中心として収集をしているこの大宅壮一さんの文庫、今日財団法人でありますが、約十八万冊、これはマスコミではかなり利用されております。大臣初め政府委員の方々は御存じじゃないかもしれませんが、私この際ここで取り上げたいのは、大変重要な資料である。特に戦後のさまざまな変動期における雑誌が、今日もうここしかないというものがたくさんあります。しかし、御承知のとおり、紙が悪かった関係で、風雪に耐えかねて、もうばらばらと引き抜けば落ちるような状態である。そして、多くの人たちに公開をされておりますし、大宅さんがつくっていた当時の検索カードというものが残されて、非常に有効な活動をされている。今日、新聞はどうか知りませんが、雑誌編集の場におきましては、ここがなくてはならないというような大事な存在になっておる。しかし民間でやっております、非常に乏しい資金のものですから危険なんですね。非常に火事にも弱く、また、これから先何らかの手を打っていかなければこれはもうだめになってしまう、こういう状況なんであります。私は一番心配するのは火災あるいはまた地震等で、これだけ貴重な資料というものがなくなっていく、こういうことを心配をしているわけであります。文化行政を担当されるこうした官庁におきましてこういう問題を——法律上いろいろあるでしょう。これはやる気になってやっていただかなければならない問題でございますが、あえて私ここで取り上げました。ぜひ調査をいただきたい。そして、あとう限りそうした面でこれを守っていくような方向というものを御研究いただきたい。この問題について御答弁いただければと思いますが……。
○吉里政府委員 この財団法人大宅文庫、まさに先生の御指摘のように貴重なものをたくさんそろえて活用されておると聞いております。ただ、東京都の台帳で図書館になっておるものですから、先ほどお答えしたようなことでございますけれども、別な観点で、文化財の保存とかあるいは文化資料の希少価値とかいうようなことで関係の文化庁ともよく実態を調べてみたいと思っております。
○池田(克)委員 最後になります。時間がございませんので一言だけお伺いをしたいと思います。 先日予算委員会で新自由クラブの西岡幹事長から国立大学の昼夜開講の問題が出されておりました。文部大臣も大変前向きのような御答弁を私印象として受けたわけでございます。今日新聞にも勤労者の大学が大変必要である、こういうことが投書欄をにぎわしております。不況が長引いて、大学へ行きたいお子さん、親御さんの生活状況も必ずしもよくない。いわゆる夜間大学という問題でございます。しかし、私立の大学は年々都市の過密から逃れて遠くへ移っているような状況も出てきております。そういう意味から考えて、私は国がやはりこの勤労学生というものについてもっと力を入れるべきだと思う。特に有名大学の二部、いわゆる夜間部でありますが、中には昼間寝て夜来るという、勤労してない学生まで今日実態としては収容しております。これも仕方ない。別に勤労していることだけが条件じゃないと思いますが、私はそういう意味で、この間の西岡幹事長に対する大臣の答弁を改めて確認をし、この問題についての御所見を伺いたいと思います。
○海部国務大臣 勤労青年に高等教育を受けてもらう場をできるだけ設けていく、これは私は方向として全く正しい方向だと思っておりまして、現在夜間部を設置しておりまする国立大学あるいは昼夜開校制という実験的な制度をとりました大学がございますけれども、そういったところでいろいろな研究とか試行が行われておるわけでありますから、それがいい方向であるということになるなれば、これはこの前御答弁したとおりに、現在も前向きに積極的に取り組んでいきたい、そして勤労青年に高等教育を受ける機会を少しでもふやしていきたい、こう思っておるところでございます。
○池田(克)委員 いま前向きにという御答弁がございました。この勤労者のための大学、特に国立大学、現在七つ、八つ、第二部も開学されているようでございますが、ぜひこれを充実していただきたい。 数々まだ問題もございますが、時間が参りましたので、そのことを要望して、私の質問を終わらしていただきます。ありがとうございました。
○藤尾委員長 次回は、来る三月二日開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十五分散会