内閣委員会 第10号
- 発言数
- 350 件
- 登壇者
- 22 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1977/04/12
会議録
○正示委員長 これより会議を開きます。 恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。新井彬之君。
○新井委員 恩給法等の一部を改正する法律案につきまして若干の質問をさせていただくわけでございますが、何といいましても恩給法というのは百年の経過をもっておりますし、その間にいろいろな状況において非常に変更されておるというようなことでございます。そういうことで非常にわかりにくいといいますか、これは法律全部読んで合わせていくのにはなかなか大変なことだと思うわけでございますが、この附帯決議にも、わかりやすい法律にするべきであるということがあるわけでございますが、こういうことについてどのような努力をされてまいったのか、その点を初めお伺いをしたいと思います。
○菅野政府委員 先生御指摘のとおり、恩給法というのは数ある法律の中でも最も難解のものの一つであるというふうに言われておりまして、私たちもそれは認めざるを得ないわけでございますが、一体に年金関係の法律は、恩給だけでございませんで、どうしても非常にむずかしくなります。と申しますのは、いろいろな改正がございます場合に、どうしてもその方の既得権を保障する等々のことがございまして、改正があるたびに複雑になっていくということでございまして、これも先生御指摘のとおり、恩給は特にその中でも長い年月を経たものでございますので、そういうきらいがあることは否定できないと思います。 そこで、私たちとしては法律を一遍にやさしくするわけにはまいりませんので、たとえばひらがな、口語体で一応もう少し表現できないかということで実効恩給規程などというものをつくって関係方面にお配りしたこともありますが、これも簡略に書くということはなかなかむずかしいものですから、一〇〇%それだけでも意をつくしておらないわけでございます。これからも法律がむずかしい場合には、制度の中身をなるべくやさしく解説をするというようなものをつくったり、あるいはそういうものをお配りしたりして、できるだけわかりいい恩給にしたいというつもりでおります。
○新井委員 いま、わかりやすい法律にすると言われたわけでありますが、いままでもそういうことについては再三努力をされたと思います。事実、いまもお話がありましたように、いかにして利益を守るかということが非常に大切なことでございますから、どうしてもこういうぐあいにならざるを得ないということは私もある程度理解するわけでございますが、いままで努力をされた中で、長年たてばもっとわかりやすい法律になる可能性はありますか。
○菅野政府委員 毎年改正をしておりますので、そういう意味ではなかなか簡単にはならないわけでございます。法律自体をやさしくするというのはむずかしいことでございますので、非常に細かいことをはしょって、大きな枠とか制度というものはこういうものだというような解説と申しますか、そういうものを今後も努力して関係方面等に読んでもらうようにしたいと思っております。
○新井委員 この恩給法の精神を遵守いたしまして多くの方々が恩給にかかわっておるわけでございますが、実際問題といたしまして、そういう該当者の方が市なら市の担当者の方に書類を提出する、それからそれが県に回りまして、それから厚生省の援護局へ来て、恩給局の方へ回る、こういうぐあいに理解をいたしておるわけでございますが、そういうような方々に対してどういう気持ちでやられておるのか、一遍援護局の方にちょっとお伺いしておきたいと思うのです。基本的な精神的なものですね。
○正示委員長 新井委員に申し上げますが、厚生省、ちょっとおくれておりますので……。
○出原政府委員 遅くなりまして申しわけございません。 恩給につきましては、申請の書類は御指摘のように県を通じて私どもの方に参りまして、私どもの方でさらに審査をしまして、それから書類を整えた上で恩給局の方へ差し上げる。その間におきまして書類の訂正を必要とする、あるいは追加を必要とするといったような場合には、都道府県と連絡をいたしましてさらに補充をしていただくというような作業がございます。したがいまして、申請者が出されましてから私どもの方で書類を審査をいたしまして恩給局に差し上げるというので、若干の時間を要するというようなことになっております。
○新井委員 その若干の時間というのは、どの程度かかるわけですか。
○出原政府委員 ケースによって違いますが、平均的に申し上げますと、私どもの手元で約二カ月ないし三カ月で、できるだけ早めておりますので、最近では二カ月程度のものが大部分というように承知をいたしております。
○新井委員 私は具体的にそういう事例を知っておるわけでございますが、二カ月、三カ月でやっていただけるなら問題はないわけでございますが、そういうことじゃなしに大分おくれている。援護局から恩給局へ回りましたかと言えば、まだ回っていないというような書類が多々あるわけですね。その問題点というのは、たとえて言うと、内容の不備があって、そうして一度県なら県に問い合わせをしたりいろいろしているから遅いというのではなしに、やはりそういう審査をする方々の人員が足らないというようなことに起因いたしませんか。
○出原政府委員 お答えいたします。 一時恩給の事務が昭和五十年以来非常にふくそういたしまして、そのために、特に昭和五十一年度は非常に一時恩給の裁定がおくれるということがございました。その点につきましては、昭和五十一年度におきましても、特に重点的に整理をするということで整理をいたしておりまして、相当程度の解決を見てきてはおりますけれども、御指摘の問題につきましては、なお都道府県にもたまりがございますし、私どもの方にもたまりは、非常に減らしましたけれども、まだ若干残っておるという状況がございます。
○新井委員 一般的に見まして、現在申請をされる方というのは非常に遅い、いままで取り残されておったということもありますし、遅いということもあるわけでございます。本来、市町村に出して、それから今度は都道府県に回りまして、その後も大分日にちがたっておるわけですね。そうすると、恩給の手続をしまして、実際問題それをもらえる権利があるにもかかわらず、審査審査ということで、そういうのを全部ひっくるめますと一年以上かかる。ちょっと書類の不備がありますと、書類が戻りまして、また一からのやり直しで非常に長くかかっておるケースというのが多々あるわけですね。そういうようなことがありますので、少なくても三カ月なら三カ月以内には明確にするというようなことは約束できませんか。
○出原政府委員 現在の状況で申し上げますと、昭和五十一年度の状況では、一時恩給につきましては予定に対しまして大体七割以上の進捗をさせるというようなことでやってきておりますし、それからまた、各都道府県でやっていただくための予算等につきましても、明年度は増額を見込むなどいたしまして、できるだけのことをいたしたいということで進捗を図っておりますが、ちょうど三カ月というような形では、私どももなかなかお約束がむずかしい話でございますが、可能な限りの努力はいたしたいというように考えております。
○新井委員 三カ月といいましても、厚生省に書類が届いて三カ月、そうして恩給局でまたやるわけですね。そういうようなことで、全体では三カ月でいかないかもわかりませんけれども、一年以上もかかるなんということは、出した方からすれば、別に市町村でやってもらっても、あるいは都道府県でやってもらっても、援護局でやってもらっても同じですよ。だから、そういうような長い間待たせるというようなこのシステム、これは一遍援護局長、恩給局とも関係があるでしょうけれども——大体どのくらいかかっているのか、市から出てきて、まともにずっと来て、何カ月ぐらいかかっていると思いますか。
○出原政府委員 平均をとっておりませんのであれでございますが、普通に順調に参りますと、県で大体三、四カ月かかっておる場合があるようでございますが、私どもは、これをさらに早めるように県の方にはお願いをいたしております。それから、私どもの手元で二カ月ということで六カ月というのが普通の順調なケースでございます。それを超えるものが御指摘のようにいろいろ出てまいりますので、できるだけそれを避けるようにしたい。それから、先ほど申し上げました一時恩給につきましては、大変数がふくそうするものでございますから、軍歴等の証明につきましても、都道府県の事務をできるだけ軽減するということで様式を簡略化するといったような努力を積み重ねておるような状況でございます。
○新井委員 じゃ、援護局では一カ月で通るわけですか。もう一遍それを確認しておきます。
○出原政府委員 大体二カ月程度で恩給局の方に進達できるというように私どもの方では努力をし、多数のものについてはそのようにできておるというように思います。
○新井委員 私の聞いている範囲におきましては、これは陸軍の普通軍人恩給でございますが、これは具体例でございますが、五十一年十二月六日に厚生省で受け付けておりますけれども、現在、四月七日時点の確認では、これはまだ厚生省にそのまま残っておるということですね。それで、いつごろになりますかと聞いたら、そんなことはわかりません、いつごろ回るなんて、そんなことはわからないという返事ですよ。そういうようなことでございますから、四カ月もたっているものが、今度いつごろ回るのですかと聞いたら、わからない。どういうことなんですか。返事をしている人もちゃんとわかっております。
○出原政府委員 具体的な例につきまして御指摘がございましたので、その点はまたお教えいただきまして、私どもの方でもよく調べましてお答えを申し上げる方がと思います。私もその具体的なケースを承知しておりませんし、よく調べてみないといけないケースだと思いますので、御了承願いたいと思います。
○新井委員 そうすると、たとえて言うと、具体的な例といっても何も特別な例じゃないと思うのですが、いまの答弁では、二月たったら大体回しますというわけでしょう。それならなぜ、じゃ、これからどのくらいかかるかというときに、あと二月ぐらいで回せますということが、四カ月たった後に言えないのかということですね。そういうようなことに対しては一体どのように徹底されているのですか。
○出原政府委員 先ほど私から申し上げましたように、私どもの方といたしましても二月程度をめどにして進達できるというように全体を督励いたしております。ただ、先生御案内のように、恩給種類がたくさんございます。そのときに、一時恩給に全力を尽くしているというような場合にほかのものが若干おくれることがございますけれども、めどが立たぬというのは私も腑に落ちない点でございますので、その点はよく事実を調べました上にさせていただきたいと思います。
○新井委員 じゃ、その件はそのくらいにしまして、とにかく恩給を受けられる方に対しまして、書類が来た場合においては、本当に恩給法の精神を体しまして、その方々に少しでも早く何とかしてあげたいというような気持ちがいま何か抜けまして、ただ書類がどこかちょっと抜けているからどうだというような一つ一つの事例というのが案外多いような感じがあるわけでございます。総務長官はそういうことについてはよく目を通されていると思いますけれども、書類が抜けている場合でも速やかに連絡をしてあげて、そうして、これはこうだからこうすれば受けられますよと一書親切に言ってあげればスムーズにいくものを、これは書類だめじゃないですか——どこがどうためなのだかわからないということで、また一生懸命に集めて回るわけです。極端に言えば、なかなか集められない、現在においてはなかなか立証できないようなものがなければ受けられないとか、客観的には間違いありませんということはありますが、そういうものじゃだめなんだというようなこととか、そういう面では、事実はいまもらっている人と全く同じような状況でありながらもらっておらないような方がおられる。そういうときに、もう少し客観情勢をよく調べ、そして、こうすればもらえるんだということを逆に教えてあげるような精神、そういうものが必要だと思いますけれども、そういうことについては、総務長官、いかがお考えになっておりますか。
○藤田国務大臣 おっしゃるとおりに、公務員として長年社会に功労のあった方々ばかりでございますから、そういうことはできる限り短期に、親切に御指導申し上げるのが当然だと思います。今後注意をいたします。
○新井委員 それで、今回の改正で特に重点として取り上げられたのはどういう点であるのか、それからまた附帯決議が再三にわたってつけられておるわけでございますが、その中で実行されたものと取り残されたものはどういう部分と理解をされておるのか、それをお伺いしたいと思います。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 どれが重点かというのはなかなかむずかしゅうございまして、私どもは今度御提案申し上げているのはすべて重点だと思っておりますが、その中で特に具体的に申し上げますれば、やはり実質価値を維持するということで、公務員給与の改善に伴います諸種の改善、仮定俸給の改善でございますとか最低保障の引き上げでございますとか、そういうものが一点ございます。 それから、戦没者の遺族に支給します公務扶助料とか傷病者の恩給でございますとか、そういうものも普通のアップ以上に大幅に改善をいたしたつもりでございます。 それからもう一つは、応召軍人や遺族などの低額恩給と申しますか、比較的年数が低い方等でわりあい恩給年額が低い方、あるいはずっと前におやめになって老齢の旧退職者と申しますが、そういう方々についてもいろいろな面で改善をいたしたつもりでございます。 それからもう一つ大きいのは実施時期でございまして、これは御案内のように従来十月だったものが昨年までに七月になりました。それを今度はいろいろなこともございましたけれども、四月から実施するということになった等が基本的な問題でございまして、その他御提案申し上げているものはすべて重点だと思っております。 次に附帯決議の検討結果でございますが、附帯決議につきましては私たちは国会の御意思でございますので十分尊重いたしまして、御審議を願っている法案の中にいろいろな形で織り込んでおりますが、たとえば恩給の改善実施時期、いま申し上げましたように年度当初を目途とするということにつきましては今回は四月ということになりましたし、それから最低保障額の問題あるいは扶助料の給付水準を上げる問題あるいは文武官の仮定俸給の格差の問題、旧軍人の加算恩給の減算率等々についてできる限り反映をさせることにいたしました。その他必ずしも十分実現してない問題もございます。たとえば、この前の委員会でも種々御議論がございました給与でスライドするということを制度化するという問題、それから加算年の金額計算への算入等の問題につきましては、いろいろな問題がございまして、すぐには実現できてない問題もございますが、そういう問題につきましても今後とも引き続いて検討してまいりたいと思っております。
○新井委員 いろいろのことをいま答弁なさったわけでございますが、この恩給の改正時期については先ほども話がありましたが、これは議員立法によりまして本来なら十月ごろに支給されておったのがだんだんと一月ずつ繰り上がりまして、本来なら今年度は六月からでございますが、一兆円減税ということがございまして四月から実施されるということになったわけでございますが、来年は当然四月から行われるというぐあいに考えてもいいのかどうか、その辺をお伺いしたいと思います。
○菅野政府委員 ことし私どもが当初御提案申し上げましたのは六月ということでございまして、これは先生いま議員立法と言われましたけれども、十月から九月になったときは議員立法で、それ以後は政府提案で毎年繰り上げてまいったのであります。今回も政府提案において六月ということでございましたけれども、先ほどの御案内のようなことでさらに政府が修正して四月にしたわけでございます。 そこで、来年度のお尋ねでございますけれども、これは恐らくいろいろな議論があるところだと思います。ことしはたまたまああいうことだったのだからまた六月だとか、あるいはずっと一月ずつ上げてきたのだから五月だとか、そういうことがあると思いますが、私たちとしては来年度の予算編成までにいろいろ検討いたしまして、従来の国会の附帯決議もございますので、そこら辺を踏まえまして十分検討してまいりたいと思います。
○新井委員 これは法律的な問題からいきましても、本来ならば国家公務員に準じて改正しなければならぬと思うわけでございます。したがいまして、今年度は四月からになりましたが、それにおいてもなおかつまだ一年間のおくれがあるということでございますので、当然そういうような精神でそのことについては努力をしていただきたい、このように御要望をしておくわけでございます。 それから恩給年額の改定については、昭和四十一年に恩給法の第二条ノ二の調整規定が設けられたわけでございますが、これに伴って昭和四十三年には恩給審議会の答申が出されております。それで、これに基づいて昭和四十四年に恩給審議会方式がとられて、昭和四十八年以降は給与スライド方式がとられてきたわけでございますが、これらの恩給法の第二条ノ二の規定の趣旨と恩給、年金改定方式の変遷の経緯はどのようになっておるかお伺いしたいと思います。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 二条ノ二の趣旨でございますけれども、それまではそういう規定がございませんで、その都度の情勢によりまして年額改定が行われていたわけでございます。したがいまして、二条ノ二というのは恩給の実質価値を維持するために設けられた規定であると思っております。それを政府に義務づけられたものだと理解をいたしております。 その後の変遷につきましては、先生もいまお触れになりましたように恩給審議会方式という形で、物価を中心にし、公務員給与がそれを上回った場合にはその一部を考慮した金額にする。しかしながら、四十八年からは公務員給与が物価も反映しているのじゃないかということで、附帯決議もございまして公務員給与に指標を求めたわけでございます。そのときには、公務員給与の平均をとっておりまして、四十八年、四十九年とそういうことでございましたけれども、公務員給与は必ずしも一律でなくて、むしろその当時はずっと上薄下厚の傾向がございましたので、そういう改善傾向も反映すべきではないかということで、昨年と本年は、一律でなくそういう改善傾向をも考慮した形で仮定俸給の改善をしているところでございます。
○新井委員 附帯決議の「恩給法第二条ノ二については、国家公務員の給与にスライドするようその制度化を図ること。」というのは、当時は高度経済成長政策によって物価が高騰をしていたという経済事情に対応して、恩給額の実質的な価値を維持するために給与スライド方式が最も有利ではないかということでこの決議がなされたと考えるわけでございますが、当委員会の附帯決議の趣旨と恩給法第二条ノ二の調整規定との関連について、もう一度そちらのお考えをお伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 附帯決議は先生おっしゃるように給与は物価も反映しているのだし、もともと公務員であったところの恩給受給者でございますので、給与でやるべきではないかという御趣旨で最近はずっと給与スライドということになっているのだと思います。先ほどの二条ノ二の関係でございますが、二条ノ二は実質価値を維持するということでございますので、実質価値を維持する一番いい方法として給与が浮かび出ているということだと思います。
○新井委員 そうしますと、昭和五十年度においては消費者物価の上昇率は対前年度比で一〇・四%です。これに対して給与のベースアップは民間春闘が八・八%、人事院勧告が六・九四%であったわけです。また本年三月現在では対前年度比の消費者物価の上昇率は全国平均で九・二%、東京都区部で九・三%になっているわけでございますが、民間の春闘の動きは八・三%ぐらいにおさまるのではないか、前年の八・八%を下回るのではないか、こういうぐあいに言われているわけでございます。このように春闘の結果の賃金上昇率は昨年同様に物価の上昇率を下回ることが考えられる、こういうことでございますが、これに伴って本年度の公務員給与の改定率が消費者物価を下回ることが予想されるわけでございますが、不況とかインフレが長期にわたることが言われておるわけでございますが、そういうぐあいになりますと、先ほど答弁ございました、実質価値を維持する場合にどうするかといいますと、非常に賃金ベースが下がっている場合においては、実質価値というものの維持ができないということにもなるわけでございますが、そういうような問題があります場合にはそれをどのようにお考えになるかということをお伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 次の人事院勧告なり公務員給与の改定というのはまだ先の話でございまして、そのときに十分その指標を見てわれわれもまた考えたいと思いますけれども、一般的なお話といたしましては、先生が御指摘になるような問題が確かに存在すると思います。ただ、恩給の従来の過程なり何なり申しますと、指標というものは、そのときそのときで右に行ったり左に行ったり変わるべきものではないと思いますので、少し長期的に見る必要もあろうかと思います。そういう意味では、従来はずっと公務員給与の方が上回っておりましたので、実質価値の維持に差し支えはなかったと思いますし、たまたま昨年なり今年なりそういう懸念がやや出ておりますけれども、これも恩給の実質価値の維持ということでございますが、恩給全体で見ますと、ことしの場合におきましても、その他の改善というのが非常にたくさんございまして、先生方御案内のように、予算では昨年に対しまして一七%を上回るような、一七、八%の改善になっております。そういう意味におきましても、その他の問題も、たとえば一つの問題としては改善に力を注がなければいかぬ、あるいは低額の方の恩給の是正に力を注がなければいかぬというふうに思っております。しかし、非常に長期に物価と賃金の形がそういうことになりますような場合には、やはりそれだけでなくていろいろな面から再検討しなければならぬときもあろうかと思っております。
○新井委員 この附帯決議でございますが、上薄下厚方式をとるべきであるということがあるわけでございますが、今回もこういう方式をとっておると思いますが、そういうぐあいにとられておりますか。
○菅野政府委員 そういうような公務員給与の上薄下厚を映したような方式をとっております。
○新井委員 今回の改正案では六・七%から七%の増額となっておるわけでございますが、昨年の改正では六・八%から一一・五%、こういうことであったわけでございます。昨年に比べ、今回の改正では増額のパーセント幅が六・七%から七%と非常に少ないわけでございますが、確かに前回のを見ますと、軍人恩給を例にとりますと、兵あるいは大尉以上ということからずっと見ますと、上の方は六・六%、下は一一・五%になっておるわけでございますから、少しはそういう方式が活用されているなという感じがあるわけでございます。しかしながら、金額で見ますと、やはり基本が非常に多いわけでございますから、なかなか、縮まるというよりも、ある程度やはり差はずっと開くような状態になると思うわけでございますが、今回の場合というのは、これを計算しますと、〇・三%という非常に少ない形での上薄下厚方式になっているわけでございまして、なぜこんなに去年と比べてパーセント幅が狭まったかということについてお伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 これは、お手本にしております公務員給与と関係があるわけでございまして、昨年の場合の公務員給与の上薄下厚の形と今年の場合の上薄下厚の形が、ことしの方がずっと緩やかであったということによるものでございます。指標を公務員給与にとる以上は、非常に恣意的にやるというのはこれはまた別の問題がございますので、公務員給与の上薄下厚の改善傾向というものを従来の一律ではなくて映していくという基本方針からそういうふうになっておるわけでございます。したがいまして、今度の場合には上薄下厚の程度が薄うございますけれども、しかし、私たちとしましてはできるだけ低額恩給の改善というものにも力を入れたつもりでございますので、最低保障でございますとか、あるいは短期の軍人の方々の加算減算率の緩和であるとか、あるいは文官でも古い退職者の方々について号俸を上げるとか、そういうことをあわせてやっておるわけでございます。
○新井委員 公務員給与のそういうものを右から左に移したということはわかりますが、やはり去年と比べましても非常に少ない。それから、金額面で見てまいりますと、やっぱり去年の例をとりましても、たとえ上の方を六・六%に減らしてみても、やはり金額的に基礎が大きいわけですから非常に多くなるわけです。だから、一一・七%にしましても大してふえたということは言えないというようなことでございますので、上薄下厚方式ということを恩給制度の中で重要視されておるならば、やはりもう少し考慮すべきではないかと、このように私としては思うわけでございます。 次の質問でございますが、軍人について海外での抑留または留用期間の通算に対する加算年の考え方が取り入れられた経緯について初めにお伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 終戦後海外において抑留されましたような旧軍人の方々は、抑留中にも大変御苦労がありまして、精神的にも肉体的にも、その御苦痛というものは在職中に劣らないものもあったと思います。そういうことで、恩給においては従来特殊な勤務に服しましたときには加算年という制度がございまして、実在職ではございませんけれども、仮想の在職年を加えることによって勤務年数の割り増しをしているところでございます。そこで、旧軍人につきましては、昭和四十年であったと思いますが、その改正によりまして、抑留された旧軍人の労苦に報いるためにそういう加算年の手法を用いまして処遇の改善をいたし、さらに、一月について一月という割り増しでございますが、文官についても同じような方々に対して四十八年から抑留期間の割り増しということを行いました。
○新井委員 恩給公務員相当の日本赤十字社救護員として終戦のときに戦地勤務に服していた者が、引き続き海外において抑留または留用された場合には、その期間に対して公務員期間に通算されることになったわけでございます。しかし、抑留、留用期間の通算には加算がついていないわけでございますが、これはどういうことでございますか。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 いま先生御指摘の日赤の看護婦さん等の例でございますけれども、これは今回御提案申し上げまして抑留期間も通算をするような措置をとっていただくようにしておりますけれども、それに加算がついてない七やないかというお話でございます。これは確かにそういう御指摘があるわけでございますけれども、抑留期間のその日赤の方々の身分というのを考えますと、日赤本社の、日赤の職員でございまして、いわゆる恩給公務員ではないわけでございます。しかしながら、その方々が戦時中に戦地に勤務をされた御苦労について特別に算入をするということを拡大して抑留期間にもその考え方を及ぼしたわけでございますので、そういう意味におきましてはやはり本来の恩給公務員期間でない特別の期間を特別に扱うということでございますので、全くそれを恩給公務員と同じように加算まで扱うことはなかなかむずかしいんじゃないかという感じがいたします。この問題、確かにしかし議論のあるところでございまして、かつて恩給審議会というのがございましたが、そこでも御議論をいただいたところでございますが、やはり審議会の結論としても、これは特別にそういうものを認めるんだから加算まではむずかしいという御議論でございました。 また、たとえば同じような例として、外国政府の職員等の通算をしている場合がございますけれども、それも抑留期間に対して加算は従来からとってないところでございますので、そういういきさつでございます。
○新井委員 この日本赤十字社の救護員のことに関しましては、これは本が出たりいろいろありまして、その中でも引き揚げ後国家公務員として勤務しなければならぬとか、あるいはまた日本赤十字社の救護員の中でも、ある部分は公務員として当然恩給がもらえるというようなシステム、いろいろ分かれておるわけでございますが、当然軍人には加算がつくけれども、同じようなことを一緒に命がけでやられた方が、その同じ公務員が加算がつかないというのも、これもちょっとおかしな話でございまして、せっかくこれが通算されるということになれば、やはり加算という問題も当然今後また考えていかなければならないんではないか、こういうぐあいに私思いますので、それだけつけ加えておくわけでございます。 次に、長期在職の一般文官に係る仮定俸給の格づけ是正については、通し号俸六十九号俸以下の者について、昭和二十二年六月三十日以前の退職者に係る者にあっては二号俸、そのうち退職後三十五年を経過した者にあっては三号俸、同年七月一日から昭和三十二年三月三十一日までの退職者にあっては一号俸、それぞれ引き上げることになっておるわけでございますが、六十九号俸以下とした理由はどこにあるのか、お伺いしたいと思います。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 これは先ほどもちょっと触れましたように、なるべく低い方の恩給は引き上げたいという趣旨と、それから長期にわたりまして御在職になった方々でわりあい早くおやめになった方については、やはり何といってもその後の給与制度の変遷なり運用の変遷等で比較すると相対的には不利になっているということもございまして、こういう新しい措置をとらしていただいているわけでございますが、御質問の六十九号以下というのは、やはりそういうことをやりましても、先ほど来お話がありましたように下の方になるべく厚くしたいということでございまして、月額で十万円以上のような方々についてはこの際は御遠慮いただくということで、そういう線で六十九号以下というふうに限ったわけでございます。したがって、低い方に重点を置き、低い方の方はぜひ上げるという趣旨でやったわけでございます。
○新井委員 そういう趣旨はわかるわけでございますが、六十九号俸以下というのは非常に低い感じがするわけですね。だから、それよりまだもう少し上げてよかったんではないかというぐあいに思うわけでございます。余りそれじゃ救済にならぬじゃないか、是正にならぬじゃないかと思いますが、その辺いかがですか。
○菅野政府委員 先ほど申しましたように、恩給の中の相対的なあれで見ますると、月額十万円ということは年額百二十万でございますが、そういう方々については恩給全体から見ますれば、これはかなりな高額であるというふうに思うわけでございまして、しかし先生御指摘のように、そこにはっきりした、きちっとしたボーダーラインがあるのかということになりますと、そういう問題がございます。したがいまして、いまの点につきましては、私たちもさらに勉強させていただきたいと思います。
○新井委員 戦後旧軍人等の不具廃疾の成年の子の婚姻失権の廃止についてお伺いいたしますが、不具廃疾の基準はどういう基準でございますか、どの程度を指して言うのか、具体的に御説明願いたいと思います。
○菅野政府委員 私たちが運用しておりますのは、恩給法でたまたま不具廃疾というのがございまして、不具廃疾の方々には増加恩給が出るということになっております。そして、その増加恩給が出る不具廃疾の程度というのは何項症、何項症というあれでございますが、それは法律の別表の方に程度が書いてございます。一応それを目安にしております。
○新井委員 生計を得ることが困難な人ということで、概算要求としては二百人出ておったわけでございますが、これが所要額が五千万。ところが対象人員としては百人で、所要額が二千万ということで削られているわけでございますね。そうしますと、これは非常に厳し過ぎる基準ということになるんじゃないかと思うのですが、ここら辺のいきさつはいかがですか。
○菅野政府委員 これは概算要求の段階からちょっと数字が落ちましたのは、最初は扶助料の種類を問わないでと思っておりましたのですけれども、他の公的年金との関係もございまして、たとえば姉妹法と申しますか、援護法等の制度がございますけれども、その援護法の制度が従来から成年の子の婚姻というものを失権事由としていないということに平仄を合わせる意味におきまして、私たちも長年の懸案でございましたこれを前進さしたわけでございまして、その対象を同法の適用範囲と同じように戦没軍人の遺族というものにまず限ることにいたしたものですから、当初予算を要求しておりますよりは大まかに言って減らしましたけれども、しかし、これは別に厳しくするということはございませんで、そういういきさつと、それから予算上も推定でございますので、特に厳しく削ったということではございません。
○新井委員 遺族の方々の生活の実態については生活実態調査を行っておるはずでございますが、その結果はどのようになっておりますか。
○菅野政府委員 これは恩給局で昨年十一月に行っております扶助料の受給者の生活実態調査をお指しになっていることだと思いますけれども、本年一月に回収が終わりまして、これは郵便で御回答いただく、そういう調査であったわけでございますので、現在集計中でございます。その結果は六月ごろにはまとまるだろうというふうに思っております。
○新井委員 その実態調査を見ていただくとわかると思うのでございますが、そのところからまた出発をしなければならないと思います。普通恩給の扶助料の給付水準の引き上げについては、遺族の生活実態等を私たちもいろいろな方にお会いして聞いておるわけでございますが、遺族の家族構成等に応じて加算額をつけることが昨年新設されたわけでございますが、しかし当初附帯決議をつけた意味というのは、現行の五割を七割ぐらいには上げるべきであるという趣旨であったと伺っておるわけでございます。この点については昨年は没になってしまったわけでございますが、今回はこの点についてどのような改善をされたのか、お伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 扶助料の給付水準でございますけれども、これにつきましては、昨年は結局ほかの年金等の並びもございまして、いわゆる寡婦加算制度あるいは遺族加算制度という新しい制度を設けまして、五割は五割ですけれども、それに加算制度がある、その結果によって五割を上回るというところに初めて一歩踏み出すことができたわけでございます。 それで、本年におきましては、これはまず最低保障という先ほど来御議論がございます低額の方に特に着目をしたいというふうに存じますので、普通扶助料等につきまして、最低保障については五割ということを突破いたしまして、年数によって違いますけれども、三十二万なりあるいは二十四万なり十六万なりということにいたしました。これは普通の五割でありますと、もっとそれを下回るわけでございますけれども、そういうことをやりました結果、そして多くの方々はすでにかなりのお年になっておりまして寡婦加算もおつきになりますので、そういう方々はそれを合わせればほとんどの方が、いま言った最低保障の部分でございますけれども、六割ぐらいの水準に行っている、今回の改善はそこにポイントを置いたわけでございます。
○新井委員 いまのようなことになっているわけでございますが、またそれが非常にわかりにくいといいますか複雑にしている、こういうことでございます。したがいまして、私の考えといたしましてはこれは当然率というぐあいに訂正をいたしまして、七〇%とか八〇%に変えてあげる、こういうことが当然だと思うわけでございます。結果的にはだんだん上がってきて率になるというような方向にいくのかどうかということが一つと、またヨーロッパ等の扶助料等の実態はどのようになっておるか、これを率で言えば何%ぐらいになっておるか、それをお伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 まず、他の国についてでございますが、全部調べているわけではございませんけれども、配偶者をとりますとアメリカが五五%、イギリスが五〇%、西ドイツが六〇%、フランスが五〇%ということでございます。そのほか扶養する子供がいる場合に付加するような制度があるところもございます。 それから、先生もう一つ先に御指摘の、そういう加算制度ではわかりにくいあるいはそれが将来率の方になっていくのかどうかという問題についてでございますが、これは率でする方が非常にわかりいい、はっきりするということはまさに確かでございますけれども、考え方といたしましては仮定俸給の一律アップと同じ理屈で、率ということは、率は同じだけれども上の方は絶対額が高い、下の方は低い、同じことがこれでも起こるわけでございまして、率プラス額ということになれば下の方の改善には役に立つわけでございます。そういう意味で一長一短と申しますか、両方に利点があるように思います。そこら辺は今後の問題としてさらに十分勉強させていただきたいと思います。
○新井委員 いまの例は非常に低いところだけ選び出して言ったようなことがあるわけでございまして、私もいろいろ調べている中では、やはり七割、八割というところも多々あるわけでございます。そういう中で、当然御夫婦で暮らしておられたという中で、これを十割とするならば、御主人が亡くなって後扶助料をもらう方が一人だから半分でいいだろうというような計算は実生活では成り立たないということでございますね。したがいまして、これは電気が要るのも同じですし、家賃も一緒でございますし、水道料も、基本的なものは一緒である、したがって一人ふえたから倍要るというのではないということは、どこの御家庭でも同じことだと思います。したがいまして、やはり昔と違ってだんだんこの恩給制度そのものが見直されていかなければならない段階におきましては、当然そういうことについても考えていかなければならぬということでありますので、この件についても鋭意今後検討していただきたい、このように思うわけでございます。 それから、断続在職年に対する一時恩給の調査費がついておりますが、これは初め概算要求が一千百万円であったわけでございます。ところが二百三十一万円に削られているわけでございますが、一体この二百三十一万円でどのような調査をされるのかお伺いしたいと思うのです。
○菅野政府委員 私たちは現在の予算額でどういうふうにやるかこれから詰めたいと思いますけれども、基本的には、そういう額でございますので、そういう軍人さんの履歴などがしつかり保存してありますような数県に参りまして、恩給局の者がそちらに参りまして、いま言いました軍歴をその県にお伺いして調査をしてまいりたいというふうに思っております。
○新井委員 いまの答弁もちょっとあれですが、ではもう一つ例を出しますと、恩給問題に対する調査研究費というのが概算要求で八百万出てますね。概算要求で八百万円というのは、当然それはそれだけの人員と、こういう調査をしたい、内容的には仮定俸給であるとか、目症者であるとか、公務員の範囲だとか、通算等の問題とか、そういうことを調査されたいということで予算要求がされたと思うのでございますが、これも三百万円に削られてしまった。ということは、実際問題調査をしようと思ってもなかなか調査ができない。したがって、調査ができなければ、こういう問題の問題点を把握して今後それをどのように解決するかということがわからないわけでございますから余り進展がないんじゃないか、こういうぐあいにこっちは心配するわけでございますが、そういう心配はございませんか。
○菅野政府委員 そういう心配はございません。私たちはその与えられました調査費の範囲で十分工夫をめぐらして調査をいたしたいと思います。
○新井委員 そういう言い方をされると非常にいいかげんな概算要求をやったということにもとられるわけですね。だから、こういうことをやりたいからこれだけの予算頼みますよ、わかりました、それは大切なことですからどうぞということで予算が折衝の結果つくわけでございます。ところが、与えられた範囲の中でそれをやりますと言えば、やはりこれは大変なことでございますので、やはり局長も忌憚のない意見をこっち側に言っていただきまして、われわれは一生懸命こういうことに対して協力しようと言っておるわけでございますから、反対しているわけじゃございませんので、いや、これだけならやはり調査はしにくいです、だけれどもこういう事情でこれだけだから全力を挙げますが、本来少なくても五百万が必要であった、こういうようなことを遠慮なくおっしゃっていただきたい。それでないと、いろいろ聞きましても本当の問題というのは出てこないと思うのです。そういうことをひとつお願いをしておきたいと思います。 それから、もう時間がありませんから、いろいろあるんですが、恩給法上の加算年というものの意義と実在職年に対してどういう位置づけをしているかということを聞きたかったわけでございますが、これに対しましても減算率であるとか、加算がされたり減算がされたりしましてずっといろいろあるわけでございますが、戦前の恩給法では実在職年と加算年とを同一に扱って、そして戦後の恩給の復活とともに戦前と同等の扱いに復元さすということが大きな問題として現在まで進んできたように理解をいたしておるわけでございます。したがいまして、徐々にではございますが、この減算であるとかあるいはまた加算率の問題とかということが論じられておるわけでございますが、やはり立法をされたときの趣旨にのっとって、そういうものをもとに戻していくということに対して努力せなければいかぬと思いますが、今回も一部努力はされておりますが、まだまだそういうところまで行っておりませんし、またわかりにくいような状態になっておるわけでございますが、その件についてはいかがでございますか。
○菅野政府委員 先生のおっしゃるとおりだと思います。今回も加算減算率の緩和等につきましてお願いを申し上げておるところでございますので、そこら辺は、なかなか一挙にいかない部分につきましては漸を追うてと申しますか、逐次改善をしてまいりたいというふうに思っております。
○新井委員 恩給の最低保障については、たびたび最低保障額の引き上げということが附帯決議でもうたわれているわけでございます。その中で非常に努力をされてまいっていることはよくわかるわけでごいますが、どう考えてもこの最低保障額が低いんではないか、こういうぐあいに私は思いますが、局長もそのように思われませんか。
○菅野政府委員 最低保障の改善につきましては、先ほど来申し上げておりますように、低額恩給の是正ということで力を入れているところでございまして、私が四年半前に恩給局に参りましたときには、四年半前の話でございますが、長期の最低保障はたしか十三万だったと思います。それが今日六十万になりまして、これはほかの改善のものと比較いたしましても一番大きく上がったものの一つであるというふうに思っております。ただ、先生御指摘のように、まだ低いではないかという御指摘もあるわけでございまして、これは今後とも努力をいたしたいと思います。
○新井委員 厚生省にお伺いしたいと思うのですが、最低生活の扶助基準、これはどのようになっておりますか。
○高峯説明員 お答えいたします。 私どもいま手元に持っておりますのが六十五歳以上の夫婦世帯の資料でございますが、東京などの第一級地の場合、月額で五万四千九百十円でございます。
○新井委員 これを私、いただいた資料によっていろいろ計算いたしますと、生活扶助を受けておられる方であっても、いろいろなものを合算いたしますと、月に七万四千二百四十三円、年に八十九万九百十六円ということになるわけでございます。したがいまして、やはり厚生省の方が考えられて、住宅扶助だとか老齢加算とかいろいろなものが入るわけでございますが、そういう方については当然これだけの生活は必要であろう。私たちは実際問題、いまの物価水準とかいろいろなことからいきまして、これではまだ少ない。いろいろなデータを持っていろいろ言っておるわけでございますが、厚生省が認めているだけでもそれだけのものになっているということです。したがいまして、この恩給の最低保障というものは、その基準として当然生活扶助の費用には見合う程度のものでなくてはならぬ、このように私は考えるわけでございますが、これは総務長官、何回も附帯決議等に載っておる問題でございまして、一体総務長官として、この最低保障というものについての基本的な考え方はどのようにお考えになっているかお伺いしておきたいと思います。
○菅野政府委員 先に私から申し上げたいと思います。 最低保障というのは先生御存知のように、資産なり能力なりそういうものを全部出してもなおその方が最低の生活を営めないときに国が生活扶助等で扶助をする、そういう制度でございます。恩給というのはそういう資産があるかないかということとは関係がございませんで、国に長年功労があったとか、あるいは公務のためになくなったとか傷ついたとかそういう方々に対する保障でございますので、やはり観点は完全に違うのではないかというふうに思います。 それからもう一つは、いまの恩給制度のやり方は在職年と最終俸給というものに重点を置いて金額が出てまいりますので、そういう点では、非常に短い御勤務で非常に低い俸給の場合には生活保護を下回るようなものが出てくるというのはある程度はやむを得ないのではないかというふうに思います。ただ、恩給というのも退職公務員の生活の支えになるものでございますので、非常に低いものについてはやはり問題であるということで、かつての恩給はそういうことをとっておりませんでしたけれども、十数年前から最低保障の制度等を設けたわけでございますので、そういう趣旨から、先生御指摘のように、長期に公務に勤めた方の生活保障という意味におきましては、最低保障の額なども十分頭に入れながらその改善に努めてまいりたいと思っております。ほとんどの長期の方でございますと、生活保護の方は、どこにお住まいになっているか、何人家族であるか等々によって非常に金額が違いますが、長期に勤めた者の最低保障を今度五十八万九千円でお願いしておりますけれども、そういう方々につきましては、一人世帯の方々に比べてはずっと上の方になっていると思います。それを二人世帯とか四人世帯という方に比べると低いこともございますけれども、いま言ったような差がございますので一気にはまいりませんけれども、生活保護の基準というものも十分頭に置きながら最低保障の改善には努めたいと思います。
○藤田国務大臣 ただいま恩給局長が申したとおりでございますが、観点が違いますから。しかしまあ恩給の方にもそういうふうな生活保障という傾向を十分に取り入れながら、いまその厚みを増してきているところでございますので、その点は御理解願いたいと思います。
○新井委員 では、まだ半分も質問してないわけでございますが、時間が参りましたのでこれで終わりたいと思いますが、最後に、附帯決議をやはり遵守していただきたいということ、それはいろいろ内容がございますが、特に私、たくさんの質問の中でも老齢福祉年金の支給制限なんかについては当然撤廃すべきじゃないか、こういうぐあいに思っておりますので、この件については今後また時間をいただいて論議をしたいと思いますが、どうか附帯決議等を本当に守っていただきまして、多くの方々が納得するような恩給法の運用を図っていただきたいとお願いをいたしまして、質問を終わります。
○正示委員長 次に、受田新吉君。
○受田委員 質問時間を特に縮めるようにということでございますので、きょうお呼び出し申し上げた政府の方々全部にわたる質問が満たせないことになって失礼するかもしれませんが、お許しをいただきます。 今度の恩給法の改正案で、私たちの長い議員生活から見ても非常に前進した答えが出ておるようです。長く公務に従事して、私的利益の追求を許されないきわめて厳正な人生を公務にささげてきた皆様に、退職後の生活保障を基本とする国の処遇が前進するということは大変うれしいことでございまして、現役の公務員にしても、やがてわれらも退職者になる、退職した後にはまことに冷遇されておるということであれば、現役で勤務する皆さんだって意欲を失うわけでございまして、まじめに勤務する限りは退職後も誇りある人生を送ることができるという期待を持たせる意味におきましても、恩給、年金の処遇を中心とした退職者の優遇ということはきわめて大事なことである。公務員の意欲を高める意味におきましても、この恩給法並びに共済組合法の精神が、退職後の公務員に誇りあるものを与えるということにおいて非常に大事であることを、まず申し上げたいのです。 そこで、その改正は、少なくとも退職した公務員にできるだけ公正に、現職から退職者に一貫した処遇がかなえられるようにするという必要がある。公平ということは退職者自身にとっても、私は公平に国から守っていただいている、おれは冷遇されてはいないのだという喜びを与えるわけでございますので、この改正案をめぐりまして、いまから、できるだけ公平な扱いがしてあるかどうかということをお尋ねしたいのでございます。 生存しておる公務員と、なくなった公務員両面からお尋ねをいたしますが、現職の公務員に対しては人事院という役所がありまして、そこで他の公労法の適用を受ける職員とは変わった独立の国家機関によって、身分及び給与を守ることになっている。その人事院は七百名の機能を十分発揮して、現役の公務員の処遇に努力しておられる。ところが国家公務員法の第百七条と百八条には、人事院の果たす役割りは現職だけではない、退職者にも及ぶことが規定してあるのです。昭和三十四年の法改正で、この退職者の処遇に対する権限が変わってきました。それ以前の人事院の持っている権能というものはまた変わった形のものであったのですが、退職者の処遇に対する三十四年以前の人事院の持っておった使命と、三十四年の法改正によって新しく与えられた人事院の使命の相違点をかいつまんで御答弁願いたいのです。
○藤井(貞)政府委員 三十四年の法改正によりまして、退職公務員の処遇についての人事院の権限が変わったことは御指摘のとおりでございます。それまでは、やはり退職公務員については恩給というものが制度の中心として運営をされてきておったわけでございますが、その後、いろんな観点、社会保障制度のあり方その他との関連がございまして、長期給付、退職年金につきましてもいわゆる保険数理というものが導入されることが合理的であるというような一般の世論もあり、またいろんな見解もございまして、これによっていわゆる恩給制度というものが改正されて、保険数理をもととする退職年金制度というもの、共済制度というものが導入されたわけでございます。これによりまして人事院の役割りもおのずから変更されまして、その結果、人事院といたしましてはこの年金制度についても調査検討を進めて、公務員の、いま先生が御指摘になりましたような士気高揚というようなことも含めて、大変張りのある公務員生活をやっていくということのねらいから、人事院といたしましても、前とは権限が違いましたけれども、退職公務員についても無関心であってはならないというような観点から、これらの年金制度についても絶えず調査検討を加えて、その結果を意見の申し出その他の方式でもってやるべきであるというふうなことに制度的な改正が行われたものであるというふうに私は考えておるのであります。
○受田委員 健全な保険数理を基礎として年金がされなければならないという国家公務員法の規定があるわけですが、これは人事院はどのように生かしておられますか。
○藤井(貞)政府委員 健全な保険数理というものの考え方、解釈の仕方というのは、それぞれの観点からいろいろあると思います。しかし、おのずからこれは世間一般に通用する学問的な検討の結果から出てくる一つの結論というものがあるわけでございまして、そういう結論に基づきまして、現在の国家公務員の共済制度その他一般の共済制度につきまして制度として国が負担をするということがございますが、それ以外は使用者それから本人が折半負担をするというたてまえ、これがやはり健全な保険数理ということのたてまえであろうというふうに私は解釈いたしております。
○受田委員 この退職年金の問題につきましては、国家公務員法第百八条に、国会及び政府に対して意見を申し出ることができるという権限があるわけです。この権限をどのように行使しておられるか。昭和二十八年だったと思います、人事院が一応国家公務員の退職年金関係の要綱をお出しになられた。当時それをわれわれも関与しておりましたので知っておるのですが、それとは変わった形で今度共済組合法というものが誕生して、各種の共済組合が生まれた。保険数理を基礎にして新しい制度が誕生した。そこで、それまで公務員の退職後の処遇については恩給局がやっていたのに、大蔵省という新しい機関がそれを握ることになった。そこで、公務員の退職後の年金については、恩給局と大蔵省と二つの役所が分離して受け持つことになって、公務員の側から見たら、現役の場合には人事院の擁護によってその立場が守られておる。総理府が——総理府はその当時政府の機関として生まれたばかりのときでございましたが、総理府がその後人事局等を用意して、公務員の現役の側を守ることになった。退職後は共済関係だけ大蔵省が持っていたというので、命令二途に出る状態になったことにおいて非常に不便を感じてきた。人事院という役所は、総理府が一貫して作業を進める上に大変いい役所であったのが、共済に関係しては大蔵省というこぶが一つ出て、大変便利の悪いことになっている。意見の申し出をするといっても、大蔵省と常に意見を交換しながら申し出なければならないという不便もある。そこでその連絡も十分でなくて、とかく退職後の、この第八節にあります年金制度についてはおろそかになるという危険があったのではないか。率直に御答弁を願いたいのです。
○藤井(貞)政府委員 受田先生はこの道の大変な専門家でございまして、日ごろその御論議には私も耳を傾け、心から傾聴いたしておるわけでございます。 いまお話がございましたことは、率直に申して事実だろうと思います。私の個人的な見解で恐縮でございますけれども、退職公務員の処遇といたしましては、私自身はやはり恩給制度の方がよかったのではないかという感じをいまなお持っております。しかし、いまこういうことを申し上げてもいたし方のないことでございますが、そういう見地から、当時人事院といたしましても、先生御承知のように、いわゆる恩給制度を骨子とする退職年金制度というものを立案をして、これを各方面に働きかけたという経緯がございます。しかしいろいろな情勢がございまして共済年金、いわゆる保険数理ということを骨子とする現在の共済年金制度ができたわけでございます。しかし、これがそういうふうになりました結果、いま御指摘のように取り扱いの所管官庁が分離をした。大蔵省というものが共済組合の所管ということになった、従来の制度については恩給局が引き続いて分担をすることになったということから申しまして、事実、問題がなきにしもあらずというふうに私自身も思います。そういう面から、人事院といたしましては、退職公務員の処遇は大変大事なことであるということの観点から常に関心を抱いておりまして、また必要な調査研究も続けておるつもりでございます。しかし、一般から見て、やはり制度がこういうふうになってきたものでございますので、何といたしましても、若干その点手の回らない面がなきにしもあらずという感じは率直なところいたします。しかし、これは制度的に共済組合という独自の法律上の制度ができましたものですから、そういう点で人事院としての見解、人事院としての考え方というものもおのずからそこに限界があるということから、多少物足りない点が出てきたのではないかというふうに考えております。先生よく御承知ですが、人事院といたしましても、やはり何といっても現職公務員の処遇ということを中心にしていろいろやっております。しかし、退職公務員のことについても関心がないわけではなく、また従来から内閣委員会等でもいろいろ御指摘をいただいておりますので、そういう観点から非常に慎重な、また綿密な調査検討は続けているつもりでございます。たとえば退職公務員の生活環境はどうなっているかというようなことにつきましては、実は四十八年から追跡調査を実施いたしておりまして、これは一年限りではどうも実態がわからないということで五年間にわたって追跡を綿密にやるというようなことで始めまして、本年度も、最終になりますけれども、これを続けております。この結果どういうような実態がはっきりいたしますか、その結果を見た上で、人事院は人事院なりに退職公務員の問題についてもさらにどういう姿勢でもってやっていくべきかというようなことにつきましてひとつ真剣な努力を今後も続けてまいるという所存でございます。
○受田委員 総務長官、非常に大事な問題を私、提起したいのです。 この国家公務員法の第百七条、八条という退職年金制度なるものは三十四年に改正されたのですけれども、その前には明確に第百八条に恩給制度の目的が書いてある。そして「恩給制度は、健全な保険数理を基礎として計画され、人事院によって運用されるものでなければならない。」と明記してあったのです。そこで人事院は真剣に取っ組んで、国家公務員退職年金制度なるものの勧告をしたわけです。その後において、組合管掌という立場の国家公務員及び各種の共済組合制度が相次いで誕生して今日に来たわけですが、現役の公務員は全部人事院が一般職で所管しているのです。ところが退職したら恩給局へ行くのと大蔵省へ行くのとがある。現役と退職者は一貫して公務員の処遇を考えるということが国家の目的でなければならぬ、国民全体の奉仕者に対して。そこで退職後の年金におきましても、やめたときの俸給を基礎としてその後の生活を守ってあげるという立場でなければならないというのが恩給の精神であり、また各種共済組合もその恩給法の精神を引き受けて、恩給法の二に相当するものがそれぞれの条項に書いてある。そうすると、私としては、これが三十四年の改正の時点で一つ問題があった。あったものが、いまじっと十八年間の経緯をかんがみたときに、現役の公務員の処遇を基礎にして退職後の年金も決めていく、この附帯決議を十年近くも当委員会で常に私強く提唱して、与党の中に反対する勢力があったにかかわらず、最後は公務員の給与を基準にしてから公務員の給与にスライドしてというところまでこれが発展することができた。私、顧みて悔いがないです。それは公務員の給与を基礎にして退職は決める方が物価その他で決めるよりははるかに現職と退職者を一貫する処遇においては筋が通るわけです。物価は、もう人事院そのものが去年の改定のときに、全国では消費者物価は九%になっているのを六・七%、その他の手当を渡しても物価の上昇に追いつかぬような勧告をせざるを得ぬようなことになっているのですが、公務員の給与を基礎にしておれば、そういう一時的なものはあっても長期展望で、たとえば公務員の給与を基礎にして、退職時点を基礎にしてその後の生活を守るという、これがもう現役にスライドするのが何よりも公務員の恩給年金の基本的体系でなければならぬと思うのです。ところが、その退職後の処遇について、共済組合関係の対象になる方が、その場合、これからそういうかっこうになるのだが、大蔵省に行ったものですから、総理府としても、人事局は総務長官が握っておられる。人事院との接触は非常に密接である。ところが共済組合関係だけは大蔵省に行っているというのは——私にしても一々大蔵省に来ていただくことをきょう遠慮したのですけれども、本当に不便この上ないわけです。公務員の現役と退職者は一貫して総理府の所管で、人事院と一体となって守ってあげるという方が、公務員の側から見ても幸せだと私は思うのです、命令二途に出るようなことでは。現に、恩給法の改正がされて初めて、国家公務員その他の各種共済組合法で、それぞれ恩給法に準じて改正しよる。向こうから先やることはないですよ。恩給法が通ってから国家公務員その他が改正してきよる。その事実を見ても、恩給法が基本になっているということでありますので、私は、制度的にしばしば提唱するのでございますが、あえてきょうもここで申し上げたい。制度的にぜひ、行政機構の上で公務員の現職と退職後の処遇は一貫して総理府の関係の中へ入れてもらいたい。そこで恩給局を公務員年金局と、私はもう当初からこれをあえて申し上げている。この名前が適当かどうかは別として、私はいい名前だと思っている。公務員の年金の中には、恩給もあれば共済組合の適用を受ける人もある。大蔵省から見ても、まま子を抱えたようなものです。財政当局から見たらまま子の組合事務を何十人かがやっておられる。やはり現役と退職は一貫した、国家が守る公務員の、現役も退職者も全体の奉仕者に報いるのだよという基本を示すためには、共済組合担当の職員を総理府へ持ってこられる、その方がよほど筋が通る。坊大蔵大臣は荘然としておられるかもしれぬけれども、おおようなるところもある人物で、新聞記者出身ですから、幅がある。このあたりにおいて、ひとつ世論として——人事院そのものがいまはっきり言っておられる。ひとつ、退職後の年金についても、本当に現役と退職を一貫するという、それを拠点に考えるならば、公務員年金局で一貫して作業していただく方がいいと思います。 大臣、若さと、あなたは純粋なお方ですからね。これは世論でもある。かつて大蔵大臣も、検討すると言うたことがあるわけです。このあたりで、在任中に話をつけていただけませんか。福田総理は大蔵出身で、私からも十分お話ししてあげます。
○藤田国務大臣 いまの受田さんの御理論につきましては、全く異存がございません。ただ、共済組合につきましては、十数年大蔵省が所管をしてきたという経緯もございますので、一挙に、おっしゃいますような年金局というふうなものを設けてできるかどうかというのは、いろいろと話し合いをしなければならぬと思いますので、なかなか、どうかという気がいたしますけれども、実際上考えてみますと、現在の恩給受給者というのが二百六十万からおられますが、これは除々に減っていくわけでございますし、国家公務員の共済年金の受給者は現在二十万おられますが、これは徐々にふえていくわけでございます。そういう、片や減っていく、片やふえていくというふうな関係があって、いま恩給局というものが恩給だけをやっておるわけでございますから、先生のおっしゃるような意味におきましても、制度の簡素化だとか、そういう簡略化ということではなくて、機能化であり、筋としていまのような年金局というふうなものを設けられるのが筋であろう、かように私は思います。 一昨年でございましたか、大平大蔵大臣の当時に、検討するということも言われておることでございますから、また、前々総理府長官もそのようなことを言われておりますので、それらを受け継ぎまして、大蔵当局と話し合いをやりたい、かように思います。
○受田委員 私、これは本論に入る時間に大変なものを用意したわけですが、これはやはり基本的な問題なんです。そして十八年の歴史を顧みて大変な不便もあるわけで、それで今度の恩給改正についても、われわれが多年主張した現役の公務員の給与にスライドするとすれば、現役と退職者が一貫した国家の擁護ということになるわけでございますから、筋も通る。したがって、この現役公務員の給与にスライドした退職者の年金を設けるという附帯決議の精神も、従来設けてきた精神、初めは公務員給与を基準にして、国民の生活の水準、物価等も勘案してというので、公務員給与を基準にするところでスタートしたのが、だんだんとあとのつけ足りを省いて、最後には公務員の給与にスライドまで前進した、その精神も十分踏まえて検討していただきたい。したがって、公務員給与にスライドするということは、現役と退職者の処遇を一貫して、安心してとうとい人生を公務に服するという夢を公務員に与えるという意味でぜひこれを実現する方向で処理するという御答弁をいただけるかどうか。
○藤田国務大臣 いまの筋道はよくわかるわけでございます。ただ、いつまでに年金局を創設せい、これはちょっといま所管が違いますので、そのような方向に向かって大蔵省と話し合いを進め、あるいは行政管理庁とも話し合いを進めていきたい、かように考えます。
○受田委員 法案に具体的に触れます。 恩給法の適用を受ける人々の中に恩給法上の公務員になっていない人がまだ残っている。たとえば教員の場合は代用教員、全く責任を持たされた教師としては同じような勤務の形態を持った職員がまだ残されている。当時としては公務員としては明確な地位ではなかった、准訓導心得、しかしその勤務の形態は、完全に一学級を担当し、りっぱな教師としての責任を果たされております。先生としての尊敬を受ける度合いにおいて平等であった。代用教員だからといって軽べつされたわけではない。真剣に教育に取っ組んだわけでございますので、准訓導までが生きておるのに代用教員が外されておる。このあたりで、勤務の形態は完全にりっぱな一人前の職務を遂行したという人々に対して——非常勤じゃないのですよ、常勤勤務でりっぱな職務を果たした人々をこの際救済する、前進をしていただけましょうか。
○菅野政府委員 お答えを申し上げます。 もともと恩給公務員の範囲の問題は大変むずかしいのですけれども、非常に歴史がございまして、勤務の形態ももちろんでございますけれども、もう一つはやはり戦前からの長い制度として勤務の形態の中に身分というものがさらにもう一つの大きな要素としてあったわけでございまして、そういう意味におきまして従来から訓導はもちろん恩給公務員でございますが、准訓導ということになりますと、これは身分も少し違いますので、准訓導というものは従来は恩給公務員にすぐ入らなかった。引き続いて訓導になりました場合にはこれは通算をするということになっておった。離れておりましたものを理由があるものはまたくっつけるようにした、そういういきさつもございまして、さらにもう一つの、いま御指摘の代用教員ということになりますと、そのまた准訓導を補佐するといいますか、補助するといいますか、そういう体系になっておるわけでございまして、また准訓導よりももう一つ先のと申しますか、そういう身分の方であられたわけでございます。そこで、現在まではそういうことになっておりませんが、そこら辺の問題につきましては先生も御指摘のとおりにいろいろな問題がございまして、非常にむずかしい問題、他の全制度に及ぶような恩給公務員の範囲でございますのでむずかしい問題がございますけれども、いろいろな面から研究をしてみたいと思います。
○受田委員 退職時の俸給を基礎にしてその後の年金が決まる、これが原則であること、よろしゅうございましょうか。
○菅野政府委員 恩給制度は原則としてそういうことでございます。
○受田委員 准士官それから特務士官という制度、戦前は、刻苦精励した軍人さんに海軍ではそういう制度を設けて、俸給は特別の俸給表を用いておりました。退職時の俸給ということになれば、階級でなくして俸給金額によらなければならない。それを階級によって整理している。長期勤続の旧軍人のうちで、海軍特務士官なる者に対しての階級による恩給決定というのは、これは恩給法の精神から言えば逸脱している。このあたりで、もらった俸給を基礎にして年金を決めてあげるという方向に切りかえてしかるべきである。
○菅野政府委員 原則はその最終の俸給月額というふうに申しましたけれども、軍人恩給については必ずしもこれが当たらないわけでございまして、と申しますのは、軍人恩給は従来から、もう戦前からずっと仮定俸給を使っていたわけでございます。したがいまして、文官でございますと最終俸給月額ですが、軍人ですと仮定俸給、実際の俸給と違う金額を使っておった。その実際の金額と違う俸給を使っていたのか——むしろすべてその実際の俸給よりも高いものを仮定俸給としていたわけでございまして、これはそういういきさつがございますので、特務士官等の場合におきましても、これは戦前からやはりそういうことになっておりましたので、軍人における扱いの原則からは従来のままをやっているわけでございまして、いまそれを特務士官だけに違う制度をとれというのは、軍人恩給の中としてはなかなかむずかしい問題ではないかというふうに心得ております。
○受田委員 時代は変わったわけです。旧軍時代はそういう階級意識の濃厚な時代、しかし、にもかかわらず給与だけは長期勤続の軍人に対して特別の俸給を持っておった。大尉、中尉、少尉。大体、特務少尉の一番最高号俸は大尉の最低号俸、年額千四百七十円というのが特務少尉の最高であって、大尉の最下位が千四百七十円。したがって、特務少尉の最高は大尉の最低をもらっておったのです。そういう意味から言えば、長く勤務した軍人さんで、そして営々と努力した人に報いる意味からも、時代が変わっておるのですから、俸給を基礎にするという恩給法の精神に返る時期が来たと思うのです。古い旧軍時代の階級意識を濃厚にする時代ではもうないのです。このあたりで勇敢に踏み切ったとしても、いまや老齢に達したこれらの特務士官、長期勤続者に対してせめてもの補いになると私は思うのです。長官、いい御意見だと思いませんか。
○菅野政府委員 先生御指摘の点は十分わかりますけれども、軍人の恩給制度としては、いま申しましたように階級でずっとやってきた。いまさら階級ではないではないかと言われますけれども、軍人のその仮定俸給というのが、皆さんがもらっているよりも高い額で決められていたわけでございまして、その中で、特務士官についてはまたその中で同じじゃなかったんだという御主張はわからないわけではございませんけれども、なかなかむずかしい問題だと思います。ただ、先生たびたび御指摘をいただいておりますので、われわれもまだ今日まで結論を得ておりませんけれども、いろいろな面から研究させていただきます。
○受田委員 もう一つ、今度出された案によりましても、昭和二十二年六月三十日以前の長期在職者に対する二号俸ないし三号俸の特別措置、つまり例の格差是正、この格差是正というものは、これはまだまだ未解決。私繰り返し申し上げておりまするが、この二号とか三号とか何回かの累次の格差是正措置にかかわらず、現在やめていく公務員と、この二十年、三十年前にやめた公務員との年金額を比較して、まだ相当の開きが依然として残っておるわけです。退職した当時の事情が、以前は校長や教員、警察官、これらにしましても判任官待遇であった。それがいまはもう都道府県の部長クラスの給与のところまで教育職員の俸給表はいっているということを見ると、三十年にやめた一流の学校長と現在の一流の学校長を比較するときに、なおバランスが崩れておるわけです。老先生が、退職一時金ももらわない、そして、つつましやかに誠実に勤務した人たちと、いまは退職年金もしっかりもらうという立場になった人々、年金額も退職一時金も高額であるのと比べたときに、老境に入った皆さんにいま一歩まだ格差是正が完了ではない、まだ、この問題についても考慮の余地があるということを恩給局は考えておられるか、格差是正は完了と見ておられるのか。このたびの是正措置で一般文官の退職年次による仮定俸給の改善措置が完了ではないというところに持っていっておられるかどうかお伺いしたい。
○菅野政府委員 今回御提案申し上げておりますのは、かなり画期的だと自負いたしております。と申しますのは、従来の格差是正と申しますか、従来のものは主として、たとえば二十三年の六月三十日の俸給制度の切りかえ等に伴うそこの部分だけのことをやったわけでございますけれども、今後のものは、全般的に前の人ほど給与制度の運用並びに制度の改正によって低い額に抑えられているというところに着目し、若干の調査をいたしまして古い人は三号俸上げるということに踏み切ったわけでございますので、かなり画期的だというふうに思っております。 ただ先生御指摘のように、これで古い方と、きょうやめる方は共済でございますけれども、その後の方との間に格差が全くなくなったかと申しますと、やはりまだいろいろなものがあります。恩給としてはたとえば三百分の一の加算その他いろいろなことをやっておりますけれども、今日これで全部、一〇〇%終わったという自信はないわけでございまして、今後とも調査をし、研究をしてまいりたいと思います。
○受田委員 まだ終わってないということで、今後も検討するというお言葉でありますので、その問題は引き続き御考慮いただけることを確信しております。 ここで恩給法と援護法——戦傷病者戦没者遺族等援護法、それから戦傷病者特別援護法、未帰還者の援護法、いろいろな援護法があるので、その関連でちょっとお伺いいたします。恩給法で国家のために亡くなった人を処遇する、あるいは傷ついた人を処遇する、こういうときに援護法でもこれに即してやるということになっているかどうかです。
○出原政府委員 歴史的な経過から申し上げますと、戦後昭和二十一年に恩給法の中で軍人恩給が停止をされまして、昭和二十七年に戦傷病者戦没者遺族等援護法がこれらの方々を対象にしてでき上がり、昭和二十八年に旧軍人恩給が復活をしたという経緯がございます。その際に、従来の援護法で措置を申し上げておられた方々が恩給法の方にまたお戻りになったという経緯がございます。 基本的には、援護法は、過ぎた大戦におきます障害者でございますとか、あるいは亡くなった方の御遺族といったような戦争の被害を受けられた方々に対する措置でございますので、その点では一般の普通恩給に類するようなものは援護法では扱わないといったような違いがございますのと、なるべく軍人恩給とは一致をさせたいということで、最近の改正におきましても大体歩調を合わせるというところで進行いたしております。
○受田委員 二十七年四月の戦傷病者戦没者遺族等援護法、当時私はこの審査に当たりましたが、当時はまだ占領下であって、非常に気がねがあった。しかし二十八年八月の恩給法の改正で、従来停止されていた恩給が復活したのです。その時点でこの方へ移行した、それも事情はよくわかります。けれども、戦傷病者戦没者遺族等援護法のときは全部一括して同じ条件でやったのに、一方は恩給法の方で高く救われ、残された方は低くやるということではいけないという主張をわれわれはしてきた。ところがその後、公務扶助料と遺族年金でごくわずかの差を形の上だけでつけてきた、これは許されないという議論をした。最低だけは同額にしよう、公務扶助料の最低と遺族年金は同額にしようということで、やっとこさでこの数年間同じ金額に戻ってきた。いまは同じになっている。その点は、今度七十二万円、同額になってきたわけです。 そこで恩給法でお尋ねしたい。私は、英霊の家族は、おれは上官であったのだ、おまえは部下であったというような印象を与えてはいけないから、公務扶助料だけは階級差をつけないで、せめて中尉の階級にまとめて、中尉以下は全部中尉にせよということを昭和三十三年の臨時恩給等調査会で提唱して、強くこれを要望したところが、八巻恩給局長が、あなたの主張は非常に大事であるので、少尉、准士官、下士官、兵と四階級を下へつけますけれども、その差は二百円にとどめましたと、三万五千円のあの金額が決まるときに二百円の差で整理してくれた。けれども、まだ階級差が残っている。これは英霊になられた方の御家族の扶助料に、おれは将校だ、おまえは下士官や兵だぞというのが残っている。それが最低保障の線でいま中尉まで救われているにすぎないのであって、法律の基礎にはこれは残っている。 どうでしょう、総務長官、国家に殉じた、神様となった人の遺族の公務扶助料は、りっぱに中尉以下は中尉の俸給となる、最低保障で救われるのでなくして、法律的に救ってあげるという精神、英霊に報いることは非常に大事なことだ。委員長も同感でしょう。御答弁を願いたい。
○菅野政府委員 先生御指摘のように、現在中尉のある部分まで同じ最低保障、今度お願いしておりますのは七十二万円ということでございますので、実質的にそうなっております。先生の御主張は、そういう最低保障ではなくて、たとえば金額を中尉にもってくるとか、あるいはずばりとそういうふうにという御指摘でございますので、これは事実の問題と法制度にあらわす問題と両方ございますが、研究をしてみたいと思います。
○受田委員 研究してもらう。それから厚生省、これは時間がないので急ぎますから、端的に御答弁願いたい。 今度、遺族等援護法の改正の中で、平病死遺族年金、例のまた給与金も入りますが、一款症から五款症が今度勤務関連で新として年金九万円、十月が八月になるわけですが、この改善措置の中に、一款症の皆さんは恩給法では七項症に相当するわけです。七項症の部分はすでに五十一年の改正で救われておるわけです。ところが同じ七項症に相当する一款症は、款症だというので一款症から五款症を一括してことしへ改善措置を残してきた、これはどういうことですか。
○出原政府委員 先生もう十分御承知のように、援護法は新しく戦後に立法されましたので、そのときの状況に応じまして不具廃疾の程度につきましてはその当時の文官等の恩給法の体系にあります六項五款の制度を採用したわけでございます。これはさかのぼりますと、昭和二十一年に軍人恩給が停止をされましたときも、重傷者にだけは差し上げるということで六項症以上が重傷ということになりました経緯を踏まえておるのじゃないかと思いますけれども、そういう意味におきまして六項症以上ということで来ております戦後の法体系をそのまま受け継いで、実は昭和二十九年に増加恩給の受給者の非公務死亡の方々に遺族扶助料を差し上げるということにした時代からこの問題はずっと引き続いてきておるわけでございます。若干の相違はございますが、戦後の体系で、ここで整理をされたということでいままで来ておりますので、御了承を願いたいということでございます。
○受田委員 そういう簡単な問題ではないのです。局長さん、私がいま指摘しているのは、恩給法とできるだけ調整をとってもらいたい、成立の趣旨が違うのじゃなくて、二十七年には全く同じでスタートしたのです。二十七年以前の分はもう二十七年で全部まとめた。まとめたときは恩給法の適用を受ける人は皆同じだった。できるだけ同じにしなければいかぬ。六項症五款症、七項四款症、これはできるだけ同じにしなければいかぬ。ところかいまの一款症の人は——戦傷病者援護法の中に六項症までと一款症までをまとめた規定が幾つか出ていますよ。一款症まで含める規定が幾つも出ていますよ。戦傷病者援護法の中に六項症と一款症を含めた規定が幾つか出ておる。なぜ一款症を六項症にプラスをしているかという、戦傷病者の法律の規定の中に一款症、六項症までつけ加えた規定が幾つか出ておる。それから言えば当然、去年一緒に七項症を恩給法で認めた以上は、戦傷病者でも一款症までは救ってあげなければいかぬ。一款症の人だけ独立しておる。問題が一つ残ってきておるわけです。こういうところはいまの御説明は非常におかしい御説明です。七十二万まで一緒に来た、遺族一時金も一緒にきた、そしてこういう改善措置をするときには、七項症が入ったら一款症までは入れてあげましょうとすればいいのです。片手落ちです。弁論の余地がありますか、どうですか。ちょっと配慮すればいいのですよ。簡単ですよ。六項症までと一款症までを含むとすればいいのですよ。 こう一緒に論議しておると、援護法と恩給法の違いが歴然と出てくる。社労委員会だけでは気がつかなかったと思う。こうして一緒に論議しておると、恩給法と比べると至るところに出ておる。だから、きょう私時間が欲しいと申し上げておるのは非常に大事な問題であるから、ここで論議をさせてもらいたいことがいま行き詰まってきておるのです。これはいずれ厚生省設置法のときにこの問題を討議すればいいようなものですが、御説明ができればちょっと……。忘れておられたのじゃないかということをひとつ聞きたいのです。
○出原政府委員 この問題につきましては、先ほど御説明を申し上げたような状況で、昨年の改正の際に項症のみで措置をしたということがあるわけでございます。今年それを追いかけまして新しい措置をとったわけでございますが、御指摘の問題は今後の問題としてよく検討いたしたいと思います。
○受田委員 御指摘の問題ではなくして、ことしは改善措置をされたのです。ことし片づいておる。恩給法の方は同じ症度の傷が去年片づいておる。援護法の方はことし入れておられるのです。検討するのじゃなくして、ことしは入っておるのです。私はそこに一つの手落ちがあることを、同じ公務に従事して亡くなった人、傷ついた人に対する処遇として公平にやってもらいたいということです。これは今度戦傷病者の問題にも波及するのですから申し上げます。 傷病恩給受給者に対する問題並びに傷病年金増加恩給の受給者に対する問題にいまから触れていきたいのですが、これは恩給局長、私がいままで非常に心配をしておった問題で、傷病年金の受給者一款症の人と、それから増加恩給の受給者七項症の人とのバランスの問題で、お二人おられるから、いまから両方に関係することをお尋ねするのですが、例の並通恩給を受ける傷病年金受給者に対する減額措置をようやく二五%から一五%、一〇%となって、今回残った一〇%の五%改善措置をとることになった。この残りの五%は来年改善するということになっているのかどうか。
○菅野政府委員 来年のことでございますけれども、私といたしましては来年全部解決をしたいと思っております。
○受田委員 総務長官、この問題はあなたは予算折衝で努力された問題でございまするが、ことし一〇%を片づけたいというお気持ちが二年間にわたるということになったが、大蔵省は来年のことを予想していないという懸念もあるのだが、これは恩給局長の答弁されたとおり、残りの五%は来年必ず片づけて処理して、この減額措置はなきものとするとお約束できますか。
○藤田国務大臣 恩給問題全般にわたりましてぎゅうぎゅう大蔵省とやりました。非常に財源措置が不足でございまして、これがついに二年間に延びたわけでございますから、一年でやるべきところを二年間に延びたという了解のもとに五十二年度五%、こうなっておりますから、私は五十三年度ではこの問題は片がつく、かように信じております。
○受田委員 もう一つこの間差の問題に触れます。 昭和八年の恩給法の改正のときに、傷痍軍人の間差が昭和十三年の改正のときと比べると、六項症以上においては昭和八年の方がよかった。それ以下は十三年の方がよいということになっているのですが、六項症以上の場合の間差を現行間差から昭和八年の間差に取り戻す、こういう措置をすることを私から要請したい。つまり、昭和十三年の改正で六項症以上の傷痍軍人は既得権を侵害されておったのです。恩給法で既得権を侵害するというのは、やはり憲法二十九条の精神にもとったわけですが、当時は下級を優遇せよということでそこへ行ったが、いまの時点では間差については昭和八年の間差を基準にして現行間差を少しずつ是正する。それからもう一つは、いまの七項症と一款症との関係でございまするが、これは非常に専門的なように見えますけれども、みんなが知っていただかなければならない問題で、減額措置をとった普通恩給を受けた人の、傷病年金を受ける人の減額措置にも関係したわけですが、一款症の皆さんをひとつ——昭和十三年の改善措置のときに一款症以下が生まれてきたわけでございまするが、一款症と七項症の間差を、一款症を二九、それから七項症を三一ぐらいにして、六項症の三三とのバランスをとるということにされてはどうであるか、かように思います。
○菅野政府委員 間差の問題大変むずかしゅうございますけれども、昭和八年のときの傷病恩給の体系と昭和十三年のときの傷病恩給の体系は、先生御案内のとおり大変違うわけでございまして、決して従来のもらっている額を保障しなかったわけではございませんで、そのときには、下の方を上げると同時に上の方も非常に重傷者を優遇するという意味で上げたわけでございまして、したがいまして間差が落ちましたのは、むしろ重傷者を非常に優遇するという形で上げたのに対してそこまでは上がってなかったということでございまして、決して保障をしなかったわけではないと思います。 それから今度の改正を見ていただきますとおわかりのように、今度は定額の加算的な思想も入れましたので、間差としては従来の一〇〇あるいは八一、六五というような間差は、それぞれ八一・八、六五・八というふうに間差の面でも、これはかなり画期的なことだと思いますが、改善をいたしたところでございます。そういう意味におきましても、これからも十分、間差というよりも絶対額を妥当な額にいたしますように努力をいたしたいと思います。 先生、最後に御指摘の七項症の間差の問題でございますけれども、これはちょっと私も十分理解ができないわけでございますけれども、先ほどの普通恩給の併給のもの等のことがございますので、来年、先ほどお答え申しましたようなことに相なりますれば、七項症の間差というのは、現在の間差をまた上げなければならないというふうに思っております。一款症をさらに七項症にまた上げるかということになりますと、またまた新しい問題を生ずるわけでございますので、そこら辺は、十分いろいろな面から研究をしてみたいと思います。
○受田委員 七項症というのは、十三年にできたんですよね。追加されたわけです。したがって、これが六項症と一款症との間でどうするかという問題は残ってきておるわけですから、その問題も一つ、時間の関係で大変残念でございますが、これは款症の一款症二九という間差とそれから六項症の三三という間差、今度われわれが改正を要望する間差です。その間へ七項症を置くという問題をいま提起をさしてもらったわけです。五分か六分の間に残りをやれというのでございますので、大変急ぐことになりますので、間差の改善措置という問題、これはまだ厚生省のやつもあるときにやることにしょう。 大事な問題をもう一つ提起しておきたい。公務扶助料と、もう一つあわせて増加非公死の扶助料というのがあります。傷痍軍人が亡くなられたときの扶助料、これはすでに一般の扶助料を七割にしようという要望も出ている時点で、公務扶助料と同額にするという原則に進んでいただく時期ではないか。戦傷の身となって、長い間苦労された皆さんが亡くなると、急激にその待遇が、増加非公死——公務扶助料の七五%に下がってくるわけですね。そうでしょう。それは、実質的に、一項症に例をとりますと、現行年額が、今度改善措置を入れまして、二百六十一万円という金額になる。それが亡くなられると、今度増加非公死の扶助料、一挙に五分の一以下になりますね。今度、改善措置で七十二万円の公務扶助料のところにも行かない。その四分の三ですから、現に増額措置をされた二百六十一万円の金額から見ると、まさに五分の一ぐらいになってしまう。それから、一番低い七項症の人、これは最低保障の二十九万四千五百円を六十万二千円に加えて、大体これが九十万円、その人に公務扶助料にしても七十二万円、増加非公死でその七割五分ということでございまするから、公務扶助料に皆切りかえても大した問題じゃないことになると思うのです。増加非公死の扶助料は公務扶助料とする。一般扶助料が七割にも上がろうという附帯決議も出ている時点で、公務扶助料と同額とするという提案に対して、御意向を承りたい。
○菅野政府委員 いま先生御指摘の問題は、傷病者が、たとえば増加恩給などをもらっておられる方がお亡くなりになった場合に、遺族に行く額ががくんと減るではないかということでございますが、確かに金額だけを比べますればいま先生が挙げられた数字になろうかと思います。しかしながら、これは特に増加恩給で程度の重い方についてそういう現象が起こるのでございますけれども、これはやはり生前その方が受けておられた金額は何かと申しますと、当然のことながらその方が戦傷を負って、その傷病に対して払われているのが増加恩給でございまして、その方が亡くなった場合に、今度払われる性格の金額は何かと申しますと、これは残られた遺族に対する普通扶助料の性格を持つものでございます。したがいまして、その額が減るというのは、これはもらうその金の性質によりましてやむを得ないのではないかというふうに思います。 しかし、そういうふうに傷病で重い方が亡くなった場合のことでございますので、普通の扶助料よりは非常に高目にいたしまして、公務扶助料の七割五分という金額に、これは特別の措置として上げているわけでございますので、その金額の多寡はいざ知らず、それを全く同額にするということは非常にむずかしいというふうに考えております。
○受田委員 非常にむずかしいとあっさり片づけられたが、一般の扶助料でも今度七割になるというときには、当然この問題が論議されるわけになるのです。むずかしい問題じゃなくして、増加非公死の皆さんの場合は、普通扶助料というような簡単な考え方を対象にせられないで、公務の性格を持っておることにおいてはもう全く公務扶助料と同格であるという観念を私は基礎的に持たにゃいかぬと思うのです。その認識の違いが一つあるわけですが、普通扶助料が七割に上がるというときは、公務扶助料をどうするかという問題にもなってくるわけですよ。だから、私のいまの提案は十分検討の対象にしておいてもらいたい。 時間が来ておるわけで、私、いま残された問題で戦傷病者の関係に幾つかの問題があります。それから国鉄の問題、ここへ来ていただいておる。それから満州開拓義勇隊の問題はこれは非常に大事な問題で、今度の援護法の中へこれを原則として入れてもらいたいという提案をしたいという用意をしてある。そういう問題は厚生省設置法で時間を特にくれますかどうですか、委員長。
○正示委員長 理事会でひとつ御相談をいたします。
○受田委員 それでは残された問題は次の厚生省設置法で厚生大臣をここへ据えたところでもう一度やらしてもらう。恩給局長にそこへまた御苦労を願うという条件を付して、せっかくの御要望にこたえまして、残余の質疑を保留して、きょうは私の質問を終わります。
○正示委員長 続いて、柴田睦夫君。
○柴田(睦)委員 最初に従軍看護婦さんに対する恩給等による救済措置について確認しておきたいと思います。 旧日赤などの従軍看護婦さんに恩給を支給する措置を講じるために、恩給を支給するための法案を提出する準備もし、社会党の方とも相談しておりましたが、八日の恩給小委員会で恩給局長から、恩給法で措置できるのかどうか、できない場合どのような救済方法があるかについて研究し、速やかに何らかの救済措置を講ずるという趣旨の約束がありましたので、これを尊重して、今回の恩給法改正では特例法案や修正案を提出するということを見合わせることにしたわけです。小委員会では、その点速記がとめられていたように思いますので、念のため、ここでその点をもう一度検討状況について確認しておきたいと思いますが、いかがですか。
○菅野政府委員 日赤の看護婦さん等の問題につきましては最近非常に問題になっておりまして、私たちもいろいろな面から勉強させていただいております。いま先生言われましたことにつきましては、私たちとしての、一体これを恩給の中で本当に解決できるのか、あるいは恩給周辺のものとして解決できるのか、あるいはもう少し離れたものでその検討が深められるものか、あるいはそういうことでも非常にむずかしいのか、いろいろまだいまのところ暗中模索でございます。それで、恩給の側から見れば、これは恩給の長い歴史を通じまして、全然恩給公務員の期間を持たない方が入ってくるということは非常にむずかしいんじゃないかという感じを持っているわけでございます。 いま先生、小委員会のときのことを申されましたけれども、恩給以外のことということになりますと私には発言権が全くないわけでございますので、しかし、恩給法でできないのかということでいろいろ提起をされている問題でございますので、私は私なりにこれからも勉強いたしたいと思っているところでございます。
○柴田(睦)委員 この旧陸軍病院の看護婦のうちで、婦長クラスを除く看護婦さん、旧日赤の従軍看護婦さんなどは、恩給相当の公務員じゃないということにされていますけれども、法制の上から、旧日本赤十字社令で、待遇は兵に準ずるとか、あるいは陸海軍の規律を守り命令に服する義務を負うとかいうことが定められておって、また特に兵と同じように赤紙召集令状で従軍させられたのであるわけですから、その救済措置は恩給法またはその周辺で講ずるということが基本になると私たちは考えるわけですけれども、そういう方向で検討がされているのか。要するに、恩給法またはその周辺で救済措置を講ずるということの方向に傾いているのか。その点、お伺いします。
○菅野政府委員 これからの勉強事項の基本でございますが、現在の段階では、恩給法なり恩給法のすぐお隣ぐらいでやれるかどうかという自信は全くございません。いま先生がお読み上げになりました日赤社令その他でございますけれども、これも戦前からずっとそういうのがあったわけでございまして、また、ほかの軍属さんも同じようなことで、兵に準ずるという法令はないんですけれども、その他のことにおいて同じような問題になっている方もおりますし、そこら辺を十分勉強してみたいと思っております。
○柴田(睦)委員 本件は、経過的に見ますと、七十六国会のこの委員会で請願を採択する、そしてまた、参議院の内閣委員会で附帯決議を議決する、七十七国会では、参議院段階で、恩給法適用に関する特例法案と同じ内容の修正案が野党から提出されるというような経過を経ているわけです。それで、今国会では、八日の恩給小委員会で、恩給局長の前向きの約束を条件に法案の提出を見合わせるというような話になっているんですから、恩給局の研究、検討の結論は、次の恩給法改正案が提出される時期までに出すのが当然の筋であろうというように考えます。この点について総務長官はさきに、二年や三年先ということではないという趣旨の発言をされておりますが、これは、反対解釈すれば、来年改正案と同時ごろということになろかと思うんですが、いつまでにいまの検討の結論が出せるのか、そのめどを明確にしていただきたい、こういうことを希望するわけです。
○藤田国務大臣 この問題は各方面から御要望も強く、また私たちとしても理解のできるところでございます。まことに気の毒なお話だと思いますので、何とかいたしたいという気持ちを十分に持っております。 ただ、恩給法の内部でやるか、別の処置をとるかという問題がございます。それで、できるだけ早くやりたい、かように考えておりまして、二年や三年というのではなく、三年か四年という話をしたことがあるかと思いますが、できるだけ早くやりたい、何らかの処置をとりたい、こういう気持ちでおることを御理解願いたいと思います。
○柴田(睦)委員 その点ひとつ精力的に検討されて、早急に結論を出されたいということを要望いたします。 次に、傷病恩給の申請または再申請をする際の指定医の問題についてお尋ねいたします。 具体例で申し上げますが、これは東京都葛飾区東四木に住んでいらっしゃる宮田清一郎さんの傷病恩給の問題についてです。この人は、昭和十九年十一月三日ウェーキ島で爆撃された際、石が腰に当たって負傷され、終戦と同時に帰国して、横須賀の国立病院に入院しました。その後、病状が重いために国立相模原病院へ転院し、昭和二十六年七月まで入院されました。退院後、実家が左官業であったために軽い仕事を手伝っていましたが、昭和三十二年に再発して半身麻痺状態に陥り、現在に至るまで寝たきりという、まことに気の毒な状況にあるわけです。 病状は圧迫骨折で、第二、第三腰椎がつぶれていて、現在もレントゲンに明確に出ています。右手、右足が麻痺していて、いまでも腰が熱いということを訴えられています。右足が手のように細くなって、またかたくなって曲らないという状況になっております。 この方は、恩給については昭和四十八年に初めて申請して普通恩給を受けていますが、傷病恩給については——このような重症患者を女手一つで遠い国立病院まで連れていくことができない。これは東京都の窓口で国立病院の診断書が必要であると言われたからでありますが、国立病院の診断書がとれないためにだめになったということです。そこで、傷病恩給を再申請するためにいろいろな人に相談を持ちかけましたが、日赤のお医者さんが来て診断してくれるというためには五、六万円出さなければならないということを教えられたということです。 そこで、傷病恩給を申請または再申請する際の医師の診断については、特に医療機関は指定されていないと思うのですが、この点。それから、恩給法の立場から検診が必要な場合については、国公立病院または日赤病院などを指定しているようですが、この点はどうかということをお伺いします。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 傷病恩給の申請を出していただきますときには、もちろん、その方の現在の症状あるいは過去のいろいろなカルテ等がなければ、それが公務に基づくものであるかどうか、あるいは程度がどうかということがわからないわけでございますので、そういう診断書等を出していただいておりますが、それが国立の病院であるとかあるいは日赤病院であるとか、そういうところに限られているのではないかという御疑問でございますが、これはそういうことはございませんで、一般の開業医の方でもよろしいわけでございます。ただ、国立病院とか日赤病院とか、そういう公的な病院の方がそういうものを、診断書を書いていただく場合あるいは何か検査をしていただく場合に設備等が十分そろっている場合が多うございますので、そういうところの方が好ましい場合が多いということは言えると思います。 そこで検診と申しまして、一度恩給局に出てまいりますけれども、資料が十分でないとか、もう一度診ていただきたいところがあるというときには、こちらの方でお願いをいたしましてもう一度診察をしていただくのを検診と申しておりますけれども、その場合には、いま言いましたような趣旨から、原則としてはそういうような公的な病院をお願いしているわけでございますが、例外的には、そういうところよりもっと適するような町の病院なり何なりがございますれば、あるいはその方の御都合でどうしてもそういう公的な病院のところまでお運びできないというときには、例外的にそういうところでやるということも道を開いております。
○柴田(睦)委員 この宮田さんの場合ですが、昨年主治医の診断書を添えて申請して、申請は受理され、現在恩給局に書類が回っていると思いますが、そうなっていますか。
○菅野政府委員 御指摘がございましたので、私のところまではまだ上がってきておりませんが、調査をいたしてみましたが、昨年また新しい資料等をつけていただきまして、自後重症と申しまして、もっと重くなったという御申請があられたわけでございますので、現在それを整理いたしまして、恩給局に置かれております専門の先生でございます顧問医の先生の鑑定を間もなく受けるという、そういう段階でございます。
○柴田(睦)委員 主治医の診断によりますと、戦時中の負傷が原因で、半身麻痺状態に陥っている。因果関係はそうなりますと明白ということになるわけですが、この場合、係官を派遣するなどして実情を調査して、速やかに処理するのがまさに行政であろうというふうに考えるわけです。 〔委員長退席、木野委員長代理着席〕 こういう気の毒な方をいつまでも放置しておくことは、人道上も許されることではない。これは当然です。そういう意味で、速やかに実情を調査して、傷病恩給の受給ができるようにしなければならないと思うのですが、当然そのように考えておられると思いますが、いまの段階から見た場合に、いつごろまでに結論が出せるのか、そのめどを言っていただきたいと思います。
○菅野政府委員 宮田さんの場合には、現在も四款症というところは認めているわけでございますけれども、それはどういうところで認めたかと申しますと、第二、第三腰椎が完全に癒着をしているというところに着目をして、お認めをしているわけでございますが、現在寝たきりの症状でありますところの結核性脳脊髄膜炎あるいは右半身麻痺と診断されておりますけれども、そのような状態が戦争中の公務とどういうふうにつながっているのかというところがポイントでございまして、現在の症状が非常に重いということは十分理解をいたしております。資料を出していただいておりますし、必要ならば先生がいま言われましたように、実地に赴くなりいたしまして、そこらの判断をできるだけ早くやりたいと思います。
○柴田(睦)委員 そういう場合に、三カ月とか半年とかあるいは一年とか、そういうめどは立てられませんか。
○菅野政府委員 一般的に申し上げますと、傷病恩給の場合には、必ず恩給局に入りましてから十二カ月以内にやろうということで基準を私たち設けております。したがいまして、この方の場合も、約半年になっておりますので、そういう意味におきましてはできるだけ早くやりたいというふうに思います。
○柴田(睦)委員 先ほど具体的に指摘いたしましたけれども、この恩給受給者やあるいは地方自治体の恩給担当者の多くが、実際は指定医の診断書がなければ申請または再申請ができないのだ、こういうような誤解があるのじゃないかと思うのです。そのために傷病恩給受給の道が閉ざされたり、あるいは来診を求めるために過重な出費が出たりというようなことがあるようであります。そういう意味で、地方自治体の窓口や広報紙などを通じて恩給受給者や申請者にこの指定医の問題について実際の正しい知識を周知徹底すべきであると思うのですが、この点についてどう考えておられるのか、お伺いします。
○菅野政府委員 先ほど来お答え申しておりますように、町のすべての開業医の診断書でもよいわけでございますので、そういうことは従来からも申しておりますけれども、いま具体的な例が出ましたので、都道府県の職員に対する周知につきましては、毎年会議等も持っておりますので、そういう際に徹底をしたいと思います。
○柴田(睦)委員 それから、検診の際の指定医の問題についても、重症者や、指定医療機関に出向きたくても行けないというような特別な事情がある者、こういう人については、近所の医療機関または主治医の再診でもよいという取り扱いをする必要があると思うのです。お話によりますと、そういう扱いもしておるということですが、この点についても地方自治体の窓口などを通じて関係者に周知徹底させる、そういう措置が必要であると思うのですが、この点もお考えですか。
○菅野政府委員 先ほどお答え申しましたように、ごく例外的にはそういう公的な病院でないところでやっていただくこともございまして、そういうこともあるのだということを担当の都道府県の方々にも知ってもらう必要もあろうかと思います。
○柴田(睦)委員 それから、いままで採択されました請願や議決した附帯決議の処理状況の問題ですが、きょうのために、第七十一国会以降採択されました請願及び附帯決議の処理状況というものを資料として提出するように要望しておきましたけれども、請願の処理状況についてはちょっと間に合わないということで出してもらえなかったわけです。こうした請願の処理状況を明らかにするということは、国民の請願権にかかわる重要なものであって、採択した国会の意思にもかかわる問題であるわけですですから、速やかに整理して提出していただきたい。これは要望になりますが、そういうことができるかどうか、お伺いします。
○菅野政府委員 お話ございましたのは、きょうまで間に合わなくて申しわけございませんけれども、これは全部処理をしていくのですけれども、まとめが時間がなくて、附帯決議の方だけお届けをいたしたような次第でございますけれども、請願につきましても、どういうぐあいになっておるかということをできるだけ早くまとめまして御説明に上がりたいと思います。
○柴田(睦)委員 それから現行恩給法について、第六十三国会の参議院内閣委員会において「現行恩給法は極めて難解であるため抜本的検討を加え、その平易化を図る」ということの附帯決議がされております。先ほども、わかりやすい法律にするということでの御質問がなされておりましたけれども、この平易化を図ることについての検討作業の概況をお伺いします。
○菅野政府委員 先ほどもお答え申し上げましたとおり、恩給に限りませんで、年金制度というのは改正を追うたびに非常に複雑になってまいりまして、これは処遇をよくするために改正するわけでございますので、またやむを得ない部分もあるわけでございます。したがいまして、本則よりも附則、附則ということで、附則の改正が毎年毎年あるということで複雑になっていくということでございます。お読み上げいただきました国会の附帯決議にありますような問題も確かにあるわけで、私たちとしても法律改正とはまいりませんけれども、現在のかたかな、文語体の恩給法をもっと平易に読めるように、ひらがな、文語体ということで実効恩給規程というものをつくらせていただきまして、それを関係方面にお配りしてその一助にしたわけでございますが、これからにおきましても、法律自体がむずかしいことでございますので、制度がどうなっておるかということを、制度の解説みたいなものをできるだけわかりやすい形でつくっていく努力を重ねたいと思います。
○柴田(睦)委員 解説の問題ではなくて、やはり法律自体を、いいところはちゃんと残しておきながら、法律自体が国民にわかるようにするというのが趣旨であろうと思うのです。そういう本格的な検討をお願いしたいと思います。 この決議の処理は、これは恩給局を中心にして進めるべきものであるとは思いますけれども、これは人事院にもやはり関係があると思うのです。国家公務員法の百八条は退職年金制度に関して「調査研究を行い、必要な意見を国会及び内閣に申し出ることができる。」と定めておりますけれども、恩給法を平易化するということについては人事院は何か検討されているのかどうか、御説明を願いたいと思います。
○藤井(貞)政府委員 いま御指摘になりました国家公務員法の規定でございますが、これは御承知のように、第一義的には保険数理、先刻もちょっと申し上げましたが保険数理を主体といたします年金制度というものがその主眼でございまして、また対象でございます。したがって、現在の共済組合制度というものがその対象に相なっておるわけでございますので、第一義的には恩給制度というものがこれには含まれないというふうにわれわれは解釈をいたしておるのであります。しかしながら、退職公務員の処遇の問題ということでは、人事院といたしましても大変関心を持っております。そういうことでいろいろ実態も調査をしたり資料の収集を図ったりいたしまして、改善措置等についても鋭意検討をいたしておることは先刻も申し上げた次第でございます。ただ、恩給法自体の改正の問題は、これはいま申し上げましたように直接のわれわれの所管ではございませんですが、率直に申して私自身も多少は従来から法律には携わっておるわけでございますが、恩給法は御指摘のようにこれは大変むずかしい法律でございます。そういう意味では、いま恩給局長、当面の責任者といたしましてるる御説明がありましたとおりでありまして、御検討いただいて、国民全般にもわかりやすくなるような改善措置が講ぜられることはこれは人事院といたしましてもはなはだ結構なことでございますので、その検討については今後も注目をしてまいりたい、かように考えます。
○柴田(睦)委員 人事院に来ていただきましたので、最後に一点ですが、この内閣委員会に出されている法案に関連いたしまして女子公務員に対する育児休業給付の問題について人事院と総理府に伺っておきたいことですが、昭和五十一年の四月一日から育児休業法が施行されましたが、これに伴う育児休業給については、学校主任手当導入の人事院規則と連動させるということになって教員給与とセットされたために、教育労働者を初めとするいろいろな反対運動があって、今日に至るもまだ実現していない。育児休業給は教員給与とは制度的には別個のものであるわけです。現に私たちの手元には、育児休業給を給与法の改正案と切り離して、この国会において何としても実現してもらいたいというようなたくさんの要請が来ているわけで、この育児休業給については与野党間に異論のないものであるというように考えますが、この教員給与と切り離して必要な立法措置を講ずれば、法案の成立は当然この国会においても見通しがあるわけで、そういう意味でこの育児休業給を支給する法案を、それだけを切り離して提出し直す、そういう考えがないかということ、これを恩給局に。 それから、この育児休業給は五十一年四月一日から支給されることになっていたのですが、五十一年度予算は結局不用額としてたな上げされてしまいました。 〔木野委員長代理退席、委員長着席〕 こうした事態があるわけですが、人事院には、国家公務員法の第三条二項の規定でも明らかなように、「職員の利益の保護」という任務があり、国公法第二十二条、二十三条で「人事行政改善の勧告」、「法令の制定改廃に関する意見の申出」こういう権限があるわけです。育児休業給を教員給与と切り離して単独立法で措置するように、人事院として必要な勧告または意見の申し出を行うべきであるというように思うのですが、人事院としてはその意思があるかどうか、総理府と人事院にいまの点についてそれぞれお答えを願いたいと思います。
○藤井(貞)政府委員 御教示のように、昨年三月にいわゆる人確法に基づく教員の給与改善の第三次の勧告をいたしたのであります。なおそれと同時に、いまお話のありました育児休業について何らかの給与措置を講ずべきであるという熾烈な要請もございましたので、それにこたえる意味で育児休業給についても同時に勧告をいたしたのでございます。人事院といたしましては、御承知のように確信を持って出した勧告でございますので、いずれもその勧告の内容ができるだけ速やかに実現をいたすことを期待をいたしておるのであります。ところが、この点につきましてはいろいろ諸般の情勢もございまして、今日まで成立をいたしておらないのであります。ただ、衆議院におきましては昨年の秋の国会で通過をさせていただきました。この点大変感謝をいたしておるのでございますが、いろいろな情勢で参議院では審議未了ということで、再度今国会において提案の運びに相なっておるということでございます。人事院といたしましては勧告の内容が実現をいたしていただければそれで幸いでございまして、それを強く期待をいたしておるわけでございますが、法案の形式なりというものは、これは政府でお決めをいただくとことでございます。ちょうど時期的にも、給与改正法案ということで、教員給与の第三次勧告とそれから育児休業の関係、これは同時にわれわれの方で政府並びに国会に御勧告を申し上げたこともございます。そういうことで、形式といたしまして給与法の一部改正案ということに相なりますので、政府といたしましては、これは一本の法律として御提案になったということであろうと思いまして、私は私なりに、それはそれで十分の理由があり、根拠のある措置ではなかったかというふうに考えております。すでに、衆議院において去年通過をさせていただいておるということもございます。今度も同じような形式でもって御審議をお願いしょうとしておることでございますので、ひとつよろしく御審議の上、速やかに通過をさせていただきたい、これが人事院の率直な希望でございます。
○秋富政府委員 人事院勧告は尊重するということが政府の基本的なたてまえ、姿勢でございます。 いま御指摘の二つの人事院勧告でございますが、これは昨年の三月十一日に、同じ日に内閣、国会に対しまして行われたものでございまして、いずれも職員の給与改善を内容とするものでございまして、給与に関する基本的な法律であります一般職給与法の改正によりその実施を図るべきものでございます。したがいまして、政府といたしましては、昨年、委員会でも御審議をいただいたのでございますが、一般職給与法の改正を一本の法案として提出したわけでございまして、特に二つに分離して行うべき特別の理由もございませんし、また同一会期におきまして同じ法律の一部改正法案を二度に分けて提出するということは、従来の慣例にもかんがみまして適当でないと考えまして一本化して提出した次第でございます。 なお、ちなみに、四十九年でございますが、人事院が二つの勧告、これは今回と違いまして時期は約十日ばかり違っておったのでございますが、勧告がございまして、これにつきましても一本の一般職給与法改正法案といたしまして提出したといういきさつも過去にございます。
○柴田(睦)委員 育児休業法は全世論の問題ですから、これだけは成立させるように政府も努力すべきであるということを申し上げまして、終わります。
○正示委員長 続いて、中川秀直君。
○中川(秀)委員 恩給法一部改正案、当委員会の恩給小委員会におきまして大枠の議論はさせていただきましたので、本日は残された細かい問題について若干のお尋ねをさせていただきたい、こう思います。 私どもは、やはり未来というものを考える上でも、国やあるいは自治体、いわゆる公共というものが、公務に殉じた人たちに対して十分責任をとるというところから初めてそういった未来というものも考えられる、こういう立場に立っているのでございます。総務長官は私と同じ広島御出身でございますけれども、広島は御案内のように被爆した唯一の県でございまして、その被爆当時、県立病院の看護婦として防空業務に従事していた看護婦さんが多数被爆死をしているわけでございます。この防空業務というのは、県あるいは国の、当時の状況の中で、まさに一つの公務として走り回っておられたわけでございまして、当然これは援護法に適用されるのが当然のケースだろうと私どもは考えているのでございます。しかし、戦後三十数年たってなお公務の関係が不明確であるとかというようなことで、この援護法の適用は一切行われていない。厚生省の援護局へ何回も御陳情したり、具体的なケースとして県から書類をあげたり等もしているのでございますが、一年半くらい前に私がお伺いをした限りでは、近々結論を出したい、確かに援護法の適用はできないという一言のもとに片づけられる問題ではない、大いに前向きに早急に結論を出したい、こういうようなお答えだったやに記憶をするのでございますが、この防空従事の看護婦に対する援護法の適用、一刻も早く結論を出すと言っておられましたが、その後一年半たってなお出ない、当時に比べればもう三十数年たっているという問題について、厚生省、どういうふうになっているのか、ひとつ御答弁をまずいただきたいと思います。
○佐藤説明員 お答えをいたします。 二十年八月六日の原爆投下の際に、広島県立病院の看護婦、お医者さん、それから看護講習生と称しておりますが、これらの方々が防空法に基づく救護活動という形で業務に従事しておった、あるいはする態勢にあったということで、御指摘のとおり遺族援護法に基づきます遺族年金の請求が出ております。 当該防空法の防空従事者というのは、昭和四十九年の改正で援護法に取り入れた対象でございまして、その後請求が出たわけでございますが、何せ、当時の状況等につきまして、資料等についてはほとんどもう残っておらない、あるいは灰じんに帰しておるというようなこと、それから当該実際の活動された看護婦さん方が県立病院の所属であったというようなことを踏まえまして、種々の資料等を整備して鋭意審査中でございますが、最終的に防空法の防空に従事しておった、あるいは従事する態勢にあったということについて認定いたしますのにはもう少し資料が必要であるということで、県等の資料というので往復いたしておりますが、当該残された遺族の心情等にもかんがみまして、できるだけ早く当該審査について進めてまいりたい、こういう所存でございまして、鋭意、そういう形で臨んでおるわけでございます。
○中川(秀)委員 御確認をさせていただきたいのですが、鋭意調査検討を続行という御答弁はいいのでありますけれども、粗々した大体のめどをつけてお仕事に取り組まないと、いつまでたっても——法改正でそういうふうになった、遺族の人たちは改正したのだから書類を出したら当然裁定がおりてくるだろう、こう期待しておるわけですね。ところがなかなかそうならない、いつまでたっても返事が来ないということではやはり私はいけないのではないか、こう思うのであります。したがいまして、いつごろまでに結論を出すというようなやはりめどをはっきりさせた方がいいのではないかと思いますが、その点、いかがでございますか。
○佐藤説明員 御指摘の点、確かに努力が若干不足はしておるわけでございますが、事実の確定ということにつきまして、やはり身分、それからその方々の年金その他の年金等の受給状況とか、あるいは活動の状況、それから防空活動と申しますと救護班をつくって活動する、それから県立病院から何か当該地域等に出ていくというような態勢もあったというようなことなどが徐々にわかっておるわけでございますが、そういう点についてさらに不備の資料を現在広島県に照会中でございますので、これらの回答を待って早急に決断をしたい、こう考えておるわけでございます。
○中川(秀)委員 早急にお願いを申し上げます。 次に、いまたった一つの例を挙げたのですが、これはもう援護法のみならず恩給法でもそうなのでございますけれども、私のささやかな体験でも、当時の資料がないために大変な苦労をして遺族がようやく扶助料なり年金なりの裁定を受けたというケースがたくさんあるわけでございます。 一例を申し上げますれば、たとえばある未亡人が、主人が上海で戦病にかかって、すぐ内地送還されて大阪の衛戌病院に入った、そしてその衛戌病院で死亡したというケースでございますが、それが戦地で公務に従事しておるときにかかった病気であるかどうかということについて、当時の衛戌病院のカルテがなかなか見つからない。十五年もかかってようやく当時のお医者さんの下でやっていた主任の看護婦さんがいらっしゃることがわかって、その看護婦さんから、そのカルテならば実はこういうところにあるはずであるという御助言をいただいて探したら、現実にそのカルテがあった。ようやくこれで資料の何がしかが取られまして、恩給局に再申請をして、ようやく裁定がおりた。これが実に御主人が亡くなってから二十七、八年たっているというようなケースが相当たくさんあるのでございます。 あるいは、これはもう一つの例でございますけれども、やはり昭和二十年八月以前に結核にかかった。すぐ復員してきて近所のお医者さんにかかった。半年ぐらいかかった。なかなか治らないから国立療養所へ行った。そこで国立療養所の先生に診てもらってわずか半年後に、つまり復員してきて一年後に死んでいる。療養所の所長は、この方の病気はかなり重症であって療養所に来たときからすでに相当の結核菌が出ているという診断でありながら、死亡診断書の発病時期というところには療養所に診断を受けに来た日にちが書いてある。受けに来たときにもうすでに重症で結核菌が相当出ておれば、そのはるか前に病気にかかっておるということは医学的にかなり推定ができるはずなんだ。ところが一片の死亡診断書の発病時期が療養所に来た日づけになっているがために、すべての推定資料、民間のお医者さんの診断書や何かをつけても、カルテがないからだめであるといったことで却下になっておるというようなケースもたくさんまだ残されておるわけでございます。 私、少なくとも先ほどの大阪衛戌病院のような当時の官公立の病院のカルテあるいはそういった資料ぐらいは、いまもし残されている部分があったら残しておくという配慮をしてあげなければいけないんじゃないか、こう思うのです。年金や扶助料や恩給の挙証責任というものは確かに遺族にあります。あるけれども、一介の老婆が走り回ったところでどれほどのことができるか。少なくともそういう資料については国や自治体においてできるだけ残す工夫をしてあげる。何も昭和三十年や四十年のカルテを残せと言っているのではありません。昭和二十年、二十一年くらいのカルテは、残っているものがあるとするならば残しておく工夫をするということが、こういったケースを救済するためにも大変必要なのではないか、こう思うのであります。ひとつ政府の御意見を伺いたいと思います。
○佐藤説明員 御指摘の点は、恩給法かあるいは遺族年金のことか、両方ともありましたので、私どもの方の観点からお答え申し上げますが、確かにおっしゃるような形で実際の発病あるいはその死亡、それとの相当因果関係というようなものにつきまして、真実を究明するというようなことの要求が一つございます。 それから、先ほども広島の例でも申し上げましたように、資料等についてはほとんどなくなっている部分があるということでございまして、これらについてできるだけ真実に近いものを究明したいということで、たとえば遺族年金あるいは障害年金等の請求がございますと、具体的にはお医者さんで構成しております小委員会とかあるいは審査会等にかけるというような努力も払いまして裁定を進めておるわけでございます。先ほど御指摘ありました、実際に診断に来たときの診断日が発病日であるというようなこともあるかと思いますけれども、それだけの判定ではなくて、具体的ケースを拝見しないとちょっと正確にはわかりませんけれども、そういうことを総合的に判定して発病との相当因果関係がなかったということで棄却された例ではなかろうか、こう思うわけでございます。 それから資料等の配慮でございますが、一部でございますけれども、一応県といろいろ話し合いをいたしまして、たとえば死亡診断書等につきましては、古いものについて、相当たちますと法務局等で廃棄処分をするというようなこともございますが、それらの保存等については私どもも努力をいたしております。 それからカルテ等につきましても、特に旧陸海軍病院等においては戦災とかあるいは事故とかがない場合については相当保存されている部分もあるということでございますので、これらにつきましては私どもからも直接文書等をお送りしまして、できるものについては回答をいただいておるものもあるということでございますので、その点御了承いただきたいと思います。
○中川(秀)委員 そういうものが大分なくなっておるようでありますけれども、残されている部分があるとするならば、できる限り引き続き残しておくように工夫をしていただきたいと思います。 時間がありませんからあと三点残された問題をお尋ねいたしますが、これもやはり厚生省の援護法の関係だと思いますけれども、従軍文官、たとえば逓信省の野戦業務とかそういった方々に対する旧陸海軍部内の文官等に対する特別弔慰金の要求がこのところ毎年出ております。五十二年度の今度の恩給改善措置案には漏れたわけでございますけれども、五十三年度に向けてこの点どのようなお考えを持たれているのかお尋ねをしたいと思います。
○佐藤説明員 御指摘の点は、従軍文官の特別弔慰金の支給に関する予算要求と、それからその後の結果の点ではなかろうか、こう理解するわけでございます。 ポツダム勅令におきまして恩給が停止になったのは軍人関係でございまして、軍人の遺族扶助料とかあるいは軍務に絡む障害年金でございますか、そういうもので、それ以外の公務員等につきましては一部停止にならなかった部分がございまして、これらの扶助料等を受けておった主として文官の方々につきましては、そのまま支給が続けられたということで処遇がなされておった意味も込めまして、その後特別弔慰金法というような特別の法律が、厚生省所管でございますが、この関係では一応除外されておった経緯があったわけでございます。しかしながら現在戦後三十数年を経まして、残されたそういう直接の扶助料なりあるいは遺族年金を受けられる遺族等が亡くなりまして、いわば二親等、三親等まで拡大して遺族が霊を守っておられるという例が非常に多いわけでございまして、その点確かに五十二年度の予算要求といたしまして、厚生省の方で一応二十万円の国債をいま御指摘の従軍文官等に出してほしいというような要求をいたしましたが、種々の折衝の結果今回は見送りという形になったわけでございます。 なお特別弔慰金につきましては、そのほか三親等内の親族に転給をする一つの柱、それからこれまでの日華事変の遺族をさらに満州事変まで拡大するというような点については、二つの改正でございますが、援護法等の政正でお願いいたしておりますので、来年度につきましてはまた慎重に検討の上処遇をしたい、こう考えておるわけでございます。
○中川(秀)委員 前向きにお取り組みいただきますようお願い申し上げておきます。 それからもう一点、これは恩給のみならず公的年金全般に言えることでございますけれども、現行制度においては公的年金、恩給は所得税法に定める給与所得ということにみなされているわけでございます。しかし、そもそも公的年金及び恩給は、国民の退職、老齢後の生活の安定というもののために設けられたものでもありますし、また受給者は多年にわたって保険料を納付しておるわけでございますから、本来これを所得として課税すべき対象の性格のものではないと私は思うのでありますが、これは大蔵省の問題でもありましょうけれども、恩給局としてこの問題について御努力をなさっておられるのかどうか、あるいはこの問題、こういった議論そのものが御賛成でないのか、ひとつお考えを聞かせていただきたいと思います。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 傷病者や遺族に対する恩給というのは非課税になっております。あと、普通恩給は他の給与所得との均衡上課税になっておりますけれども、これも給与所得控除その他のいろいろな一般的な控除のほかに、六十五歳以上の者については老齢者の特別年金控除というのを設けていただいているわけでございます。そういうことでございますので、さらに高い方については、これは私がお答えする筋ではございませんけれども、やはり他の課税の均衡等の問題で、問題としてはあるのではないかというふうに思います。恩給局としては、いま言いましたようなことで、たとえば特別措置がありますけれども、そういうものを延長していただきたいというようなことで、たびたび大蔵省の方にもお願いをしているところでございます。
○中川(秀)委員 引き続き御努力をお願いしまして、時間もないようですから私の質問はこれで終わります。
○正示委員長 続いて、大出俊君。
○大出委員 採決の時間もあるようでありますから、急いで聞きますから、急いで答えてください。 この間、週休二日に関する長い質問を続けましたが、まずもって大蔵省に承っておきたいのでありますが、金融制度調査会に数々の諮問をしている、この順番がある、したがっていつ審議ができるかということについての見通しが立たない、こういう趣旨の答弁でございましたが、それじゃ困るのでありまして、諮問をしたのは少なくともこれは政府、大蔵省でございますから、諮問した側の意思によって、やろうとすれば左右できないはずはない。そこで、恐らく公務員の方の週休二日の問題も進んでいるわけでありますから、試行もやっているわけでありますから、大きな関連がございます。これとの関係もございまして、特に十八条を切り離してここで御審議を願うというふうなこともやっていただかなければならぬ時期が来るかもしれないと思って私は聞いているわけでありますから、まずもってそこらのところは一体御検討いただいた結果としてどういうことになったのかという点をはっきりしていただきたいのでありますが、いかがでございますか。
○徳田政府委員 お答え申し上げます。 先生御指摘のように、銀行法の改正自体は四十年の五月に金融制度調査会に諮問をいたしまして、現在審議を続けているわけでございますけれども、御承知のとおり、銀行制度と申しますのは一国の経済、金融の基礎でございますので、かなり審議には時間がかかると考えられます。しかしながら、一方金融機関の週休二日制の問題は、先生も御指摘のように世界の七十カ国余りで実施されている問題でございますし、この問題につきましては他方一般経済取引あるいは国民生活に非常に大きな影響を及ぼす問題でございますので、閣僚懇において検討をお願いしておりまして、さらに事務レベルで関係省庁会議でいま検討が進められているわけでございます。したがいまして、その閣僚懇におきまして検討の結果が得られましたならば、銀行法全体がたとえ審議中でございましても、銀行法十八条だけを取り上げまして、別途金融制度調査会で御審議願って改正の方向に向かうということは考えられる、そういうことを考えております。
○大出委員 実はそこがポイントでございまして、私も長らく藤井人事院総裁等と週休二日制問題の議論をして詰めてまいりましたが、それだけに、片っ方せっかく四月の十五日ごろに試行措置に対する中間的な報告を集めて検討したい、ここまで実はこの間答弁をされているわけでありますから、だとすると、片や閣僚懇があり、事務レベルの会議もあります、部会があるわけでありますから。そことの兼ね合いでどうしてもそこのところをはっきりしたかったわけでありまして、いまの答弁でおおむねはっきりしたように思います。つまり、閣僚懇等で話が進んだ、あるいは決まった、こうであれば銀行法全体の審議は審議として、十八条をそこから引き抜いて十八条だけの決着をつけるということも将来展望としてはないわけではない、あり得る、こう考えていいということになりますな、もう一遍念のために承っておきたい。
○徳田政府委員 その点につきましては先生の御指摘のとおりでございます。
○大出委員 ようやくはっきりした気がするのでありますが、もう一点承っておきたいのでありますが、この間、実は私が代表者で行政機関の職員の週休二日制に係る法律を提案をさせていただきまして、諸般の事情がございましたから取り下げた形になっておりますけれども、これを印刷してお配りをした中で、行政機関職員の週休二日制に関する法律案というようなことで、土曜、日曜を休みとする、こう法律上うたった。この場合に、これは行政機関の職員に係る週休二日に関する法律でありますけれども、当然銀行との関係が出てまいります。なぜならば郵便局がございますから、諸外国の例もございまして。その場合に、この種の法律の、名称はどうでもいいのでありますが、たとえば旧来話がございましたように、週休二日制の推進に関する法律なんということを考えたらどうかという時期もございました。あるいは私が提案をいたしておりますような行政機関職員の週休二日制に関する法律というものもございますが、この場合に、こちらの方が進んでいくということに政府の意思等が働いてなってきた場合に、その附則で銀行法十八条の手直しをする、改正をする、そして法的に支障のない銀行の週休二日というものをあわせて進めるということも法律技術的にも考えれば考えられるわけでありますが、この辺についてもはっきりした御見解を承っておきたいのでございますが、いかがでございますか。
○徳田政府委員 この問題につきましてはあるいは法制局からお答えすべき問題なのかもしれないと存ずるわけでございますけれども、法形式的には先生のおっしゃるような形で、つまり何か週休二日制に関する総合的な法律で銀行法を改正する、こういうことも可能かと考えおります。
○大出委員 これは実は、内閣法制局ではなくて院の法制局には旧来ただしたことがございまして、法律技術的にはできるという見解でございましたからこの間法制局に承ったのですけれども、このときの質問は二つありまして、銀行の労使間で、時間がありませんから正式名称を申し上げませんが、銀行労使間で話がついたあるいは協約を締結をした、この場合にILOの団結権条約その他もあって、どうも松岡三郎さんの見解じゃないけれども、法制局の立場から見て労使間の団交権の阻害になりはせぬかという質問をいたしましたら、銀行法十八条というのは銀行の営業権にかかわる問題であって、片や団体交渉で銀行労使間で話がついたというのはまさに団交権の問題だ、次元の違う問題でございますという話でございました。 この回答をさらに進めれば、いま問題になっておりますように、銀行労使で話がついているのだから、総合的な法律ということになった場合に、その附則で十八条に手を触れる、つまり改正をする、そうして銀行が適法に土曜日休日になる、これは可能だということになる。この点をくどいようでございますけれども、この間法制局に出席をいただいて聞いておりますので、もう一遍ひとつ当局である大蔵省側から承っておきたいのですが、そういう方法は技術的には可能である、よろしゅうございますね。
○徳田政府委員 お答えいたします。 これは実態面とも関連するわけでございますが、閣僚懇において結論が出、それが国民全体のコンセンサスであるということになれば、そのような形で法技術的には可能か、このように考えております。
○大出委員 大変重要な問題でございまして、近い将来に問題になるべき筋合いのものでございますから、再質問をし、お答えをいただきました。 そこで人事院の総裁に承りたいのですが、その前に総務長官に承っておきたい件がございます。閣僚懇という話がいま出たわけでありますが、正式には「週休二日制・定年制延長問題関係閣僚懇談会について」ということで、内閣官房長官が発言をし、閣議口頭了解ということで昭和四十七年九月十四日に閣議決定を見ております。もう一遍申し上げますが、週休二日制・定年制延長問題関係閣僚懇談会を置く。構成員は、大蔵大臣、文部大臣、厚生大臣、農林大臣、通商産業大臣、運輸大臣、郵政大臣、労働大臣、自治大臣、総理府総務長官、国家公安委員会委員長、経済企画庁長官、内閣官房長官。「懇談会の庶務は、労働省の協力を得て内閣官房において処理する。」こういう中身であります。これがいま話に出ております閣僚懇なのでありまして、実は植木総務長官の時代に大変にお骨折りをいただいて、行政機関職員、つまり公務員の週休二日にかかわる試行について踏み切っていただいたわけであります。したがいまして、いま大蔵省から改めて答弁がございましたように、閣僚懇で意見が一致する、話がまとまるということになるとすれば、片や金融制度調査会に審議を委嘱している銀行法の中から、銀行法全体のことということになると何年かかるかわかりませんが、十八条のみ取り上げるということは可能であろうという、この間の質問の結果改めて御検討いただいて、いましていただいた回答、お聞きのとおりでありますが、問題は銀行法十八条に触れるか触れないかという問題はこの閣僚懇と絡んできたわけでありまして、総務長官に先般御答弁いただきまして、四月半ばに試行の中間的な総括をしてみて前向きでというお話がございましたのですが、あわせて閣僚懇等を通じて進める努力をひとつお願いをしたいと思っておるのでございますが、御答弁いただきたいのでございます。いかがでございましょう。
○藤田国務大臣 四月中旬に人事院の方で各省庁から集められまして、中間的に試行の結果を御検討なさる、それにつきましていろいろ御報告があろうと思います。その際に閣僚懇が開かれるであろうということも予想されます。しかし試行の期間は九月末日まででございますので、恐らく結果としての最後的などうするこうするということは、この九月の試行期間が終わってからのことであろう。ですから、中間的な報告において一度は閣僚懇が開かれるであろうことも十分予想されておりますが、先生おっしゃいますように、世界の趨勢なり日本の大勢なり、そういう方向に進んでいることは間違いございません。いろいろまた一部に強固な反対があることも、わずかではございますがこれも間違いないのでございまして、この間申し上げたように、政府が率先してどうということはなかなかむずかしい点もございますので、その辺は十分に留意しながら、おっしゃいますように検討を進めていきたい、かように思います。
○大出委員 私も長い時間をかけて詰めてきた問題でございますので、ここまで参りまして急ぎたいのはやまやまではございますけれども、しかしそれなりの順序も手続も必要でございましょう。そこらをお踏みをいただきますようにということが前提で申し上げているのでありまして、中間的に開かれる機会があれば、この席で大蔵省に、御検討の上再答弁をいただきました趣旨等を踏まえていただいて、委員会の審議としてはそういうふうに進んでいるんだということを閣僚懇の中でも、各閣僚諸君にも御理解をいただきたいという、実はそういう趣旨で申し上げておりますから、ぜひそういう趣旨を御徹底いただきたいのであります。 あわせてもう一点承っておきたいのです。二、三分で終わりますから。 この前に私、細かく聞いておりますので、よけいなこと申し上げませんが、部会ができているわけですね。第一部会は非現業公務員、第二部会は三公五現、第三部会は教育、第四部会は民間、こうなっておるのですが、おのおの窓口の省庁は決まっております。この部会あたりはさっき大蔵省からもちょっと話がありましたが、現在どういうふうに取り扱われ、かつ進んでおりますか、簡単で結構でございますが、ちょっと触れておいていただきたい。
○秋富政府委員 私の方は非現業国家公務員を担当いたします第一部会を預っているものでございますが、この問題につきましては、一昨年でございましたか、大出先生にもお答え申し上げたことがございますが、現在人事院からの申し出もございましたし、昨年の七月に関係閣僚会議もございまして、十月から試行に入っておりますので、そのためには何回かいたしておりますが、試行に入りましてからは現在は特段の動きはいたしておりません。
○大出委員 最後に人事院総裁に承りたいのでありますが、この問題は私は長い議論を続けてまいりました。大蔵大臣大平さんにも何遍もこの席で承ったこともありますし、森美秀政務次官等も、川の流れには逆らえないので銀行の週休二日制についても協力をする、こういう答弁もこの席で述べられておりましたし、数々ございました。しかし、ただ一つだけ問題になっておりましたのは銀行法十八条に触れた問題でありまして、大蔵省の物の考え方が、十八条に手をつけることは即銀行法全体に手がつくことになってしまう、となるとこれは二、三年かかってしまう問題なんだというところにいつもこの問題はそれてしまっていたわけであります。ところが大蔵省からの再答弁で、閣僚懇の方で了解がつくことであるとすれば、十八条を取り上げて切り離して改正をするということも可能であるという御発言等も出てまいりました。ようやく総合的な体制が整うやに考えられる時点なんでありますが、これも世界のあるいは国内の大勢のしからしむるところだと考えております。 そういう意味で旧来と少し違った角度になってきたという気がするのでありますが、世論とは何だ。やはり国会というのは世論を代表していると解釈できますので、国会を構成する政党政治でございますから、各政党間での意見が一致するということは、ある意味で世論の方向ということにもなるわけでありまして、そういう意味でひとつ特段の決意を持って、四月の半ばにおやりになろうとする試行の検討段階、ここを、人事院のこの次の勧告とも絡みますので、御決意を持ってひとつ処理をしていただきたいという気がするのでありますけれども、総裁から、いまの大蔵省答弁等も踏まえまして最後に御見解を承っておきたいのでありますが、いかがですか。
○藤井(貞)政府委員 週休二日制の問題は、一つの時代の流れとして今日まで推移をしてきておるわけであります。そういう段階の一歩として、いま御指摘のありましたテストを現在やっております。これはテストでございますので、この結果を見て、内容を分析をして最後的な結論を下したいという考えを私は持っておることをいままで累次申し上げたのであります。中間的な調査として今回一回やりますが、あと一年経過をしました段階において最終的な調査をやりまして、その上しさいに検討した上で結論を下すということにいたしたいと思います。 銀行法の問題については私がとやかく申すべきことではございませんが、これもまた、一つの動いていく方向というものは、社会情勢の一般的な動きというものの一環としてとらえてまいりたい、かように考えます。
○大出委員 これは最後でございますが、重ねて、本年の人事院勧告が例年のように八月ごろになるとすれば、九月の試行の最終段階を待ったのでは勧告の時期に間に合わぬことになるわけであります。かつて、藤井人事院総裁が就任をなさいまして間もなく、世の中の状況をながめてみて試行というこの件について各般の反対もこれあり、あえて人事院がもう一遍表に立って物を言わなければならぬかもしらぬという、実は私どもから見ると相当悲壮な御決意のほどのあった時期がございました。それを乗り越えて今日になっておるわけでありますが、それだけに、片や労働省の調査も終わっているわけでありまして、少しずつではあっても前進をしております。そうなると、この八月の人事院勧告の時期は大変大切だと実は私考えております、週休二日に関して。ところが、九月まで試行が行われる、その最終結果を見てと言われたんじゃ、間に合わぬわけであります。そこの関係をもう一歩踏み込んで、私は、四月に中間的な総括をなさった後で、九月の最終的な段階を踏まえる前に勧告という時期が来るんだから、そこに間に合うような手だてがあってしかるべきであろう、当然それはその責任がここまで来ると人事院にあるのじゃないかという気が私はする。だから、そこのところを一体どういうふうにお考えなのか。 かつまた、隔週二日であるとかあるいは三週四休であるとか四週五休であるとか、世の中にはいろいろな形態があります。四週間で土曜、日曜を一週間だけ休みにしたというようなところもあります。あるいは三週間で一週だけ抜いて休みにしたというところもあります。あるいはまた隔週をやっておるところもある、いろいろな形態があります。しかし、やはり一つの制度というものを考える場合に、いずれになるにせよ試行というものが実施を前提にしているのならば、けじめが必要、決断が必要、その時期がことしの八月の勧告であろう、こう思うわけでありますが、そういう意味で、心配なので、九月まで待ったんじゃ間に合わないんだから、そこのところをどうお考えなんですか、もう一ぺん聞いておきたい。
○藤井(貞)政府委員 この点は、この制度について非常にお詳しい大出さんですから、簡単に申し上げます。 結論的に申して、一年の試行であります。一年の試行でございますので、やはり一年の結果は見守りたいと思います。給与勧告と同時にやらなきゃならぬことはございません。その点はこの間も申し上げましたように、意見の申し出なり勧告というようなものに踏み切らざるを得ないかもしれません。その場合はそのときで、これは重大問題ですから、別に給与と一緒にやらなければならぬことではないという点だけは申し上げておきます。
○大出委員 別に週休二日制に対する勧告というようなこともあり得るというふうに受け取りますが、よろしゅうございますか。——こっくりを三回ぐらいしましたから、そういうふうに受け取りましょう。
○正示委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○正示委員長 この際、木野晴夫君から本案に対する修正案が提出されております。 提出者から趣旨の説明を求めます。木野晴夫君。恩給法の一部を改正する法律案に対する修正案 〔本号末尾に掲載〕 —————————————
○木野委員 ただいま議題となりました恩給法等の一部を改正する法律案に対する修正案につきまして、その趣旨を御説明申し上げます。 案文は、お手元に配付いたしておりますので、朗読は省略させていただき、その趣旨を申し上げますと、原案のうち、公務員給与の改善に伴う恩給年額の増額等の措置は、昭和五十二年四月一日から施行することといたしておりますが、すでにその日が経過しておりますので、これを公布の日から施行し、本年四月一日から適用することに改めようとするものであります。 よろしく御賛成くださいますようお願い申し上げます。(拍手)
○正示委員長 これにて修正案についての趣旨の説明は終わりました。 修正案について、別に発言の申し出もありません。 —————————————
○正示委員長 これより本案及びこれに対する修正案を一括して討論に付するのでありますが、討論の申し出もありませんので、直ちに採決に入ります。 まず、木野晴夫君提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○正示委員長 起立総員。よって、本修正案は可決いたしました。 次に、ただいま可決されました修正部分を除く原案について採決いたします。 これに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○正示委員長 起立総員。よって、本案は木野晴夫君提出の修正案のごとく修正議決すべきものと決しました。 —————————————
○正示委員長 ただいま修正議決いたしました本案に対し、竹中修一君、大出俊君、新井彬之君、受田新吉君、柴田睦夫君及び中川秀直君から、附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 提出者から趣旨の説明を求めます。竹中修一君。
○竹中委員 ただいま議題となりました自由民主党、日本社会党、公明党・国民会議、民社党、日本共産党・革新共同及び新自由クラブの各派共同提案に係る恩給法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議案につきまして、提案者を代表して、その趣旨を御説明申し上げます。 案文はお手元に配付しておりますので、朗読を省略させていただきます。 本案の趣旨につきましては、先般来の当委員会における質疑を通じて、すでに明らかになっておることと存じます。 なお、恩給に関する小委員会の調査においても、今回の恩給法改正案に対して、附帯決議を付すべきである旨の要望があり、案文に対しては、小委員各位の意見の一致を見ているものであります。 よろしく御賛成くださいますようお願い申し上げます。(拍手) ————————————— 恩給法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、次の事項について速やかに善処すべきである。 一、恩給法第二条ノ二について、国家公務員の給与にスライドするよう法律上の措置を講ずること。 一、恩給の実施時期については、現職公務員の給与より一年の遅れがあるので、遅れをなくすよう特段の配慮をすること。 なお、各種改善を同時期に一体化して実施するよう努めること。 一、恩給の最低保障額については、引き続きその引き上げを図ること。 一、扶助料の給付水準については、七〇%にするよう法律上の措置を講ずること。一、恩給受給者に対する老齢福祉年金の支給制度を撤廃すること。 右決議する。 —————————————
○正示委員長 以上で趣旨の説明は終わりました。 本動議に対し、別に発言の申し出もありませんので、これより採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○正示委員長 起立総員。よって、竹中修一君外五名提出の動議のとおり附帯決議を付することに決しました。 この際、藤田総理府総務長官から発言を求められておりますので、これを許します。藤田総理府総務長官。
○藤田国務大臣 ただいまは恩給法等の一部を改正する法律案について慎重御審議の結果、御可決をいただきましてまことにありがとうございます。 ただいま御決議になりました附帯事項につきましては、短期間には困難な問題もございますが、御趣旨を体しまして十分検討してまいりたいと存じます。ありがとうございました。(拍手) —————————————
○正示委員長 なお、ただいま修正議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○正示委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○正示委員長 午後四時三十分から委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後一時五十六分休憩 ————◇————— 午後四時五十八分開議
○正示委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 厚生省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。栂野泰二君。
○栂野委員 私はスモンについて伺いたいのですが、今月の八日に参議院の予算委員会でスモン患者の数の違いで問題になったようでありますが、これはどういうことだったのですか。
○佐分利政府委員 神岡町のケースは、東京新聞がスクープのような形で、神岡町にございます三井金属鉱業の神岡病院が県に報告した患者数と、また名古屋大学の祖父江教授を通じて報告した報告数が違っているではないかということを問題にしたわけでございます。 そこで、私どもも地元の衛生部、保健所にお願いをいたしましていろいろ調査をしたわけでございますけれども、結論から申しますと、三名だけ患者の数が食い違っておりました。結局、神岡町の鉱山病院の患者さんは五十七名でございまして、私どもが研究を委託しておりますスモン調査研究協議会に報告されておりましたものは五十四名でございました。その差の三名は何かと申しますと、一名はすでにお亡くなりになっております。また一名は前回の調査の後他の市から神岡町に転入なさった方でございます。最後の一名は前回の調査のときにはまだスモンではないであろうと言われておりましたが、その後の経過また現在の病状を見ますと確かにスモンの患者さんであるということがはっきりした方でございます。したがって、私どもとしては余り大きな違いはないものと考えております。
○栂野委員 三名の差ではなくて、五十七名と二十四名、つまり三十三名の差じゃないのですか。
○佐分利政府委員 スモンの調査は大きく分けますと三つの調査に分かれているわけでございまして、四十四年の暮れから四十五年の初めにかけての全国スモン実態調査、これが第一調査でございます。また四十五年の秋に行われましたキノホルム内服調査、これが第二次の調査でございます。また、その後四十五年の暮れから四十六年の初めにかけて、前回の全国患者実態調査の追跡調査と申しますか、補足調査を行っております。この三つの種類の調査がございます。 また調査をいたします方法といたしましては、大きく分けて二つのルートがあったわけでございまして、一つは厚生省が委託いたしましたスモン調査研究協議会の学者のグループの方々がそれぞれスモンの症例を報告なさるというルートが一つと、それからもう一つは、各医療機関から都道府県の衛生部に報告をさせて、スモン研究協議会に持ち上げていただくというルートと二つあったわけでございます。 そこで、先生のおっしゃいました二十四例というのは、第一回の調査のときに鉱山病院が県の衛生部に提出した患者数でございます。で、五十四例との間に三十例の開きがあるではないかという御指摘でございますが、これは第二回のキノホルム服用調査、これに祖父江教授から、五十四例全部握っていらっしゃいましたけれども、そのうちスモンとはっきり診断のされた四十七例が本部の方に報告されたわけでございます。 なお、四十五年度のスモン調査研究協議会の報告の中に五十四例全部の報告が含まれておりまして、これは四十六年三月にでき上がりました四十五年度の報告書にも載っておりますし、またその後の医学雑誌にも一、二掲載されております。
○栂野委員 私聞いたところによりますと、その差の三十名の方は最近までスモン患者として救済制度を受けていなかったというふうに聞いているのですが、そうじゃないのですか。
○佐分利政府委員 そのようなことはございません。それらの患者さんたちも、現在の難病対策では治療研究という名称で医療費の公費負担をしている制度がございますので、申請をなさった方にはすべて医療費の公費負担を行っております。
○栂野委員 いま厚生省が把握しておられるスモン患者の数はどのくらいですか。
○佐分利政府委員 私どもは国会ではこれまで一万一千余りというように御報告してまいったのでございますが、正確な数字は一万一千七名であったと思います。
○栂野委員 私が聞いたところでは、国立病院あたりでもキノホルムの投薬証明を欲しいという患者が行っても、なかなかその証明が出してもらえないという、それで訴訟にも参加できなかった人があるようですが、病院なり医者なりが責任を逃れるということでそういうふうなことをするというおそれは多分にあるわけですが、その辺の対策はどういうふうになさっておりますか。
○佐分利政府委員 確かに先生御指摘のように、今回の神岡町の事件でも二人の患者がキノホルムの内服証明を病院に申請いたしまして、一人は内服したという証明書をもらったけれども、一人は内服しなかったという証明書をもらったというような事態が起こったわけでございます。この場合は、よく調査した結果、病院側のカルテの点検ミスであったというふうに私どもは聞いておりますし、またそのように信じております。しかし、全国各地においては、先生が御指摘なさったような、医療機関側が証明を渋るというようなこともないことはないのじゃないかと思うのでございますけれども、これは基本的には医の倫理だとかあるいは医道の問題でございますので、その辺に訴えて、主治医の方々、医療機関の方々に大いに協力をしていただくという方法しかないものと思っております。
○栂野委員 その医の倫理に期待するだけではなかなか問題は解決しないので、実際患者数は一万一千どころじゃなくて二万ないし三万いる、こういう説もあるわけなんで、今後とも厚生省が強力な行政指導をやっていただきまして、確実な実態を把握していただきたいと思います。 ところで、このスモンは現在法廷で争われているわけですが、この裁判は原告数が約三千百名、裁判所も十八、全国各地に散らばっている。それから原告のグループも三グループに分かれている。被告も国それから製薬企業、病院、医師と、大変大規模な、しかも複雑な事件でありまして、深刻でもありますが、恐らくこれは日本の裁判史上例のない事件だと思うのであります。したがって、この裁判をどういうふうに解決するか、その解決いかんがこの薬害だけではなくてすべての公害問題に大変大きな影響を与えるわけであります。これに対して政府がどういう姿勢をとるのか、大変注目されるわけでありますが、そこで、厚生省はこの三月十五日に東京地裁のスモン訴訟に和解のテーブルに着いたわけであります。これは当初慎重な態度をとっておられた。その結果やっと和解のテーブルに着くということになったわけでありますけれども、この動機といいますか理由といいますか、これはどういうところにあるのですか、大臣にお答え願いたい。
○上村政府委員 スモンの問題は、いま御指摘になりましたように、大きな社会問題でございます。そこで、東京地方裁判所において、裁判所の方から和解の勧めがございましたので、それに応じて和解の席に着くことにしたものでございます。
○栂野委員 それはそうでしょうが、この和解については、裁判所が和解案提示についての所見というのを出しておるようでありますが、大体裁判で、まだ判決に至る前に裁判所がある程度心証を明らかにする、しかも、こういった文書で明らかにするというのは、大変異例なことなんですね。そこで、厚生省でも内容を十分検討した結果、和解手続に参加せられたということだと思うのですが、この裁判所の和解案提示についての所見と、ただいまお話がありました和解参加との関係はどういうことになりますか。
○上村政府委員 この一月に裁判所の方で和解案提示についての所見と第一次案というものを示されたものでございます。和解案提示についての所見では、被告である会社の一つが裁判官を忌避しておる関係もあって、もっぱら国の責任について裁判所が考えられることを述べられたものでございます。そして、先般、製薬会社の責任についてさらに所見を述べられたのでございますが、私どもが和解の席に着くことにしましたのは、さっきも申し上げましたように、これは非常にむずかしい問題でございまして、裁判史上例のない、しかも原告も分かれ、被告も分かれておるという状況でございますが、とにかく和解の席に着いて、裁判所の方にもいろいろお話も聞き、そして話を進めてまいりたいというつもりでございます。したがいまして、裁判官が一月に述べられました和解案提示についての所見の考え方を前提にしたとか、あるいは裁判所が提示されました第一次案を前提にしたというものではございませんで、和解の席に着いてそういう話を進めていくという腹でいった、こういう問題でございます。
○栂野委員 これはいま裁判進行中ですから、なかなか微妙な点はあろうかと思うのですが、いま、この所見を前提にしたものではないとおっしゃいますけれども、それにしても大変異例な所見が出されているわけで、この所見を読んでみますと、これはいろいろ解釈がありますが、国の責任をかなり厳しく指摘しているわけですね。これが国の法律的な責任まで指摘したのかどうかという点は多少議論のあるところですが、この点、厚生省はどうお考えですか。
○上村政府委員 法律的な責任の問題についてどう考えるかというお話でございますが、はなはだ恐縮でございますが、現在、東京地裁でも争っておるわけでございますし、それ以外の十九の裁判所でも訴訟が係属中でございまして、それに大きな関係がある問題でございますので、意見を述べることは差し控えさせていただきたいというふうに思うわけでございます。
○栂野委員 私も二十年近く弁護士をやってきたので、これを見ますと、仮に判決が出るとすれば、これは間違いなく国の敗訴、国が法律的責任を問われると思うのですね。 そこで、この点は今後いろいろ御検討いただくとしまして、ただ、先ほども申し上げましたように、この裁判はグループが三つに分かれている。和解についても患者側は全部が必ずしも賛成じゃないので、実はこの間私のところに「スモンニュース」という、こういうものが送られてきたのですが、これを見ますと、こういうふうなことも書いてあるのですね。 私はもう平均寿命を越えていますよ。いつおむかえが来るかわからない体です。けれどもスモンになって十三年間、体の苦しみと生活の苦しみをいやという程なめて来ました。この苦しみを私達スモン患者以外の人に味あわせたくないんです。わずかの和解金で体を売って、子や孫がまた薬害になったらどうするんですか。薬害をなくすための第一歩として国の、そして製薬会社の責任を判決で書いてもらいたい。判例として残したいんですよ。判決を求めてこそ、薬害がなくせると思うんです。私が死んだら、私の子供があとをつぐと約束しています。私は年寄りですけど生きてゆく限り斗っていくんです」 また「たとえ判決を求める人間が、たった一人しかいなくなってもやり通します。どうせ死ぬなら厚生省で死んでやりたい。」こういうのもある。 失業、高年令、生活保護、超重症者、全盲、車椅子、それぞれの人が、決心して判決を待ちのぞんでいます。皆スモンになって以来失うものはすべて失って、職もなく金もなくつえにすがってやっとのことでここまで来て、和解ならすぐにもお金が出そうなことを裁判所にほのめかされ悩みになやんだすえ、歯をくいしばって「自分がここまで苦しみぬいたことを、他の人に再び味あわせることは出来ない。自分の苦しみの深さは、ゆずり合いである和解などでは決して救われない。すじを通して、国の責任、企業の責任、を判決でかちとってこそ、今まで痛みをこらえてやって来たかいがあるのではないか。」という結論を出した こういうふうなことがるる書いてあるわけですが、私は、どうしても判決をと言っておられる患者の皆さんにも、今回の裁判所が積極的に和解に乗り出しだその真意は、必ずしも金でこの事件を片づけてしまえということではなくて、まあ和解の方が恒久対策なりあるいは薬事行政、医療行政の改善その他、そういった問題も盛り込めるという利点もあるし、裁判所としては精いっぱいいろいろ考えたんだろうと思うのですね。だからその点では、判決派といいますかの患者さんに多少誤解もあるような気がするのですが、しかし、ともかく国の責任、製薬会社の責任があいまいなままでこの和解ができるということは絶対に許さないという気持ちは、十分尊重しなければいけない。実は和解を希望しておられる原告患者の皆さんも、その点では同じ気持ちだろうと思うのですね。ですから、この和解は、国も責任をはっきり認めるという態度を打ち出さない限り、和解成立の見込みはもうないと私は思う。ただ何となく裁判所がそう言ったから出てみようというだけでは、これはかえって裁判を遅延さして、それだけまた患者に迷惑をかけることになると思うのです。 国の責任について、裁判所の「和解案提示についての所見」を見ますと、四十三年の五月七日の参議院の社会労働委員会で、当時の園田厚生大臣の答弁が長々と引用されております。特にこういうことを言っているのですが、これは園田厚生大臣の国会答弁です。「それで、まずこの際に第一に明確にしなければならないことは、いままでずいぶん調べてみましたが、正直言って、許可した場合、それからその後の措置について、あいまいな責任のがれのことばを言っておりまするが、たとえ訴訟になっておりましょうとおりませんとも、政府と製薬会社がその責任をとって今後の処置をそれぞれやるべきだ、この点をまず第一に明確にいたしておきたいと思います。」これが大臣の答弁ですね。 そこで、裁判所は「薬務行政のあり方として彼と此」つまり、これはサリドマイド事件のときの答弁ですが、サリドマイド事件とこのスモン事件との「区別のあるべきいわれはなく、もし被告国が現行薬事法制上およそ国に責任はありえないとの見解をとるものとすれば、少なくとも行政の姿勢に一貫性を欠くとの譏りを免れないであろう。」こういうふうに言っております。 そこで、大臣にお伺いしたいのですが、渡辺厚生大臣も官僚出身じゃない党人派の政治家、大変歯切れのいい大臣だということで評判ですが、どうかこのスモン事件の和解に臨むに当たっては、サルドマイド事件のときの園田厚生大臣と同じように、あれこれと責任逃れはしないということで、国の責任をはっきり認めるという割り切り方をして、患者なり国民の期待にこたえていただきたいと思う、その点いかがでしょうか。
○渡辺国務大臣 先生御承知のとおり、これは非常にむずかしい事件でございます。 そこで、学問的な立場、純法律的な立場、これは専門家がみんないろいろ意見を持っておるわけですから、私のような素人が大臣になったからといって、専門家の意見を否定をするということはなかなかむずかしい。しかし、私といたしましては、これで、法律一本で争う、判決が出たらまた控訴、こういうようなことでは、長いこと争っておるのだし、これはもう実際重症の患者の方に、結果がどう出るかわからぬけれども、大変お気の毒ではないか。厚生省という立場からすれば、法律一本で争うということはどうも厚生省としての姿勢ではあるまい。しかしながら、これにはいろいろございまして、それじゃ示談にするとしても、かなり多くの人が絶対示談をしないと言ってがんばっているのだから、その人たちとはどうするのですか、示談をしないと相手が言っているのだから裁判はやめちゃうのですか、これはむずかしい問題が残ります。裁判が残るのならば、裁判でやったって同じじゃないですかという議論もあるのです。 それから、まあいろいろむずかしい問題がございますけれども、じゃ仮に示談が調ったと仮定したらば、日本じゅうの裁判所がそれに右へならえで判決をくれますかという議論もある。これは検察庁ならある程度統制がつくでしょうけれども、裁判官はみんな独立ですから、可部裁判長が仮に裁判を出そうと示談のあれをしようと、ほかの裁判所が同じ右へならえするかどうかは実際はわからない。後で別な無罪の判決が出たときは厚生大臣はどうするんだという議論もあるのです。あるのだけれども、せっかく、ともかく裁判長が示談の勧告をしてきているのですから、それを全面的に、はい、わかっていました、いままでのいきさつもあるし、学問上の問題もあるから、できないだろうけれども、極力患者の救済というものを旨として、ともかく法律の許す限り温かい心を持ってこの問題に対処すべきではないかということが、ともかくこれは閣内でも話し合いになったのです、実際のところ。その結果、ひとつ示談に応じる、それてテーブルに着いて——こちらで言いたいこともあるんですよ。ですから、それは言うべきことは言って、それで積極的にその話し合いに応じていこうじゃないか、そういうことがいまの段階でございます。裁判所とも何回かお会いをしています。お会いをしていますが、その細かい具体的な問題については公表すべき立場にございませんから、それは差し控えたい、かように存じます。
○栂野委員 確かにこれは裁判進行中ですから、私も余り多くは申しませんが、しかし、判決派とか和解派とか言っても、やはり患者の皆さんも微妙に揺れ動いておりますから、満足がいくならば、なるべく早く解決した方がいいと私も思う。それは、結局和解に臨むこれからの裁判所の態度いかんにかかっていると思いますので、先ほど私が申し上げました要望をひとつ十分くみ取って、この和解に臨んでいただきたいと思うのです。 そこで、医薬品の製造承認の問題ですが、これは現在どういう根拠で、また、どういう基準で承認が行われておりますか。
○上村政府委員 まず、医薬品の製造承認、これは薬事法の規定に基づきまして厚生大臣が承認をする、そして厚生大臣が承認するに当たりましては、当然、有効であること、安全性を考えて承認するわけでございますが、中央薬事審議会という、専門家から成る諮問委員会がございます。そこにお諮りをして、そして承認をする、こういう手続をとっておるわけでございます。
○栂野委員 この有効性、安全性については、薬事法十四条ではこの規定がない、これが厚生省の見解のようですが、ただいまおっしゃいました有効性、安全性についての根拠になる法令というのですか、これはどういうものですか。
○上村政府委員 私どもの見解は、医薬品というのは、有効であり、かつ安全でなければならないと考えておるわけでございます。もちろん、医薬品でございますから、よく言われておりますように、人の体にとって異物であることが多い。したがいまして、副作用というものも避けられない場合が多いわけでございます。したがいまして、医薬品の製造承認に当たりましては、得られる効能とそれから副作用というものをはかりにかけまして、それで、得られる効能に比べて副作用が少なければ、これは有用性があるということで承認をするわけでございます。したがいまして、医薬品の製造承認そのものの中に有効性なり安全性、それを総合いたしました有用性という観念が含まれておるというふうに理解しておるわけでございます。
○栂野委員 時間があれですから進めますが、いま大体薬品の承認申請というのは年間どのくらいありますか。
○上村政府委員 年によって違いますけれども、毎年承認しております医薬品が同種同効品を含めますと約二千くらいございます。いわゆる新薬と言われるものは、年間に直しますと、承認いたしておりますのは約三十くらいでございます。
○栂野委員 新薬とそうでないものとの承認の手続といいますか、これは違うのですね。
○上村政府委員 手続も抽象的に言えば同じでございますが、審査する手続、それから要求しております資料というものは相当違いがあるわけでございます。
○栂野委員 まず窓口ですが、この二千件というのはどこに来るのですか。
○上村政府委員 まず医薬品の申請から承認までの経路を申し上げますと、申請者は都道府県の薬務の主管課というのが県庁の中にあるわけでございますが、そこを通じまして厚生省の薬務局に参るわけでございます。それで局の組織になるわけでございますけれども、医薬品の種類によりまして審査課という課で受け付けるものと、それから生物製剤課という課で受け付けるものがあるわけでございます。さっき詳しい数字を申し上げなかったわけでございますが、たとえば昭和五十年の場合に製造、輸入で申請のありました品目数が三千三百ほどございまして、五十年中に承認いたしましたものが二千四百ばかりでございます。
○栂野委員 審査課と生物製剤課ですか、これのスタッフというのはどのくらいおられるのですか。
○上村政府委員 現在の定員でございますが、担当職員が審査課と生物製剤課を合わせますと四十三名、この四十三名の中で二十名が薬学なり医学を専攻した者でございます。
○栂野委員 そうしますと、二十名で大体二千件をさばくということになるように思われますが、これだけの陣容で大丈夫なんですか。
○上村政府委員 同時に、先ほど申し上げましたように、中央薬事審議会という審議会を持っておりまして、この審議会というのが臨時委員を含めますと約五百名から成るわけでございます。この五百名の方々の事務局的な役割りを果たしながらこの課でやっておるわけでございまして、いまのいろいろな条件から考えますと妥当な数ではなかろうかというふうに思うわけでございます。
○栂野委員 未熟児網膜症というのがあるのです。これも御承知のとおり訴訟になっておりますが、国も被告になっている事件です。この未熟児網膜症というものの原因は、未熟児が入っている保育器の中への酸素供給量、これが間違ったために発生した、この原因ははっきりしていると思うのですが、この点はどうなんでしょうか。
○石野政府委員 未熟児網膜症の発生でございますけれども、未熟児そのものがすでに機能的には全般的に未成熟の状態にあるわけでございます。したがいまして、未熟児網膜症という観点からとらえました場合の未熟児というのは、網膜そのものが未熟性を持っている、その上に酸素の過剰投与によって起こるのではなかろうかというふうに言われているわけでございますが、網膜の未熟性そのものにつきましては、実は六〇%以上は自然治癒という形で正常な状態になるわけでございます。残りのものがいわゆる未熟児網膜症の発生原因になるわけでございますけれども、その際に、御指摘のとおり酸素の投与が適当でございませんとそういう問題が起きる、こういうことでございます。ただこれは五十年度に行いました心身障害の研究報告がございまして、慶応大学の植村教授の報告によりますると「必ずしも酸素を投与しない場合においても未熟児網膜症が発生した」こういう報告があるわけでございますので、学問的にはまだまだなお未解明な点が多いというふうに私どもは考えておるわけでございます。
○栂野委員 しかし、いずれにしても酸素の過剰投与が最も重大な原因であるということははっきりしているわけです。そこでアメリカでは、大体四〇年代の後半から五〇年前半にかけてこの未熟児網膜症が多発したようでありますが、その後早くこれが食いとめられておる。これは結局アメリカでは適切な対策があったからなので、未熟児網膜症というのは流星のごとくあらわれて流星のごとく消え去った病だ、こう言われているわけであります。 そこで、アメリカの小児学会の勧告というのがあるようですが、これを見ますと、五四年から七一年にかけて四回勧告が出ております。大変詳細な勧告指示になっている。いま問題になっています酸素の投与についても「動脈血酸素分圧は百ミリバール以上とすべきでなく六十−八十ミリバールの間に維持すべきである。」ということがはっきり書かれている。恐らくこういったことが早期にアメリカでは未熟児網膜症の発生が防げたということにつながってくるだろうと思うのですが、日本の場合には、四十三年の九月一日に出た日本小児学会の「未熟児管理に関する勧告というこれでは「酸素投与は医師の指示によって行う。保育器内の酸素濃度は定期的に測定、記録されなければならない。」、これだけしか書いてないんですが、これ以外に何かこの酸素投与の割合について詳細に医者に勧告、指示したようなものはあるのですか。
○石野政府委員 ただいまアメリカにおきます勧告問題が提起されましたので、その背景についてちょっと御説明しないと、日本の実情がおわかりにならぬと思いますので、やや専門的になりますけれども、アメリカにおきまして勧告がなされました経緯についてちょっと申し上げたいと思います。 実は、アメリカにおきまして、昭和二十年から三十年代でございますが、そのころに保育器が開発されまして、全国的に保育器の使用が行われたわけでございます。その際にはやはりまだよくわからなかったものでございますので、高酸素、非常に高い酸素を供給しておりまして、そのために網膜症が多発いたしました。それの反省といたしまして、実は第一次の勧告が一九五七年に出されたわけでございます。これが第一回の勧告でございます。そこで、高酸素の時代から逆に、その勧告がございましたので、低酸素の時代に移ったわけでございます。そうしますと、逆に網膜症の多発は防げましたけれども、同時に新生児死亡あるいは脳障害という問題が増大してまいりました。そこで、この時期はまあ高死亡時代と言っておりますけれども、再び一九六九年ごろから酸素の濃度というものを高める方向に移ったわけでございます。つまり、時計の振り子のような形で右から左、左から右へ移ったという状態でございまして、そのときに出されたのが第二次の勧告であったわけでございます。ようやく一九七一年の勧告で始めて時計の振り子が中間の位置に位してきた、こういう状態になっているわけでございます。たまたまそれは、アメリカの場合は保育器そのものが開発が早く進みましたのでそういうことになったわけでございますが、日本の場合は、幸か不幸か保育器の開発というのはおくれておりまして、アメリカのそういう実態を見ながら進めてまいりましたので、幸いなことに網膜症の発生も非常に少なくて済んだ、こういうことでございます。 したがいまして、日本でいろいろこの問題が検討されましたのは一九七三年ごろからでございまして、このころに未熟児網膜症の問題というのは、学会内部で次第に注目されたわけでございます。そこで私の方は、この研究開発をしようという形で、実は四十七年度からいままで、五十一年度までに約一千六百万円ほどの研究費を投入いたしましてその原因の究明に当たったわけでございます。しかしながら、まだ学問的には必ずしも統一した見解もとれない。特に酸素の濃度の濃さ、薄さによりまして、濃ければ網膜症が起こる、薄ければ死亡ないしは脳障害が起きると、非常に薄い幅の中でこの医療を進めなければなりませんので、その基準が非常にむずかしいわけでございます。そういう意味で、わが国ではそれ以外の新しい勧告あるいは報告というのはなされていないというのが実情でございます。
○栂野委員 この未熟児網膜症について、厚生省では各年度ごとの患者数は把握されておりますか。
○石野政府委員 実は各年度ごとの把握はいたしておりません。いままでの未熟児網膜症の発生率というものをいろいろ心身障害研究という形で把握してまいりましたけれども、それによりますと、その千五百グラム以下の低体重の子供でございますが、これの未熟児につきましては、後遺症を残した者が約一%、それから二千五百グラム以下の未熟児で後遺症を残した者が約〇・〇八%という数字になっておるわけでございます。 そこで、もっと全国的な視野で私どもこの関係をとろうと思いまして、実は五十年の十月に身体障害児者の実態調査を行うことにいたしたわけでございますが、その際に、私どもが視覚障害と未熟児どの関係の項目をつくりまして、それによってその網膜症の実数がつかめる、こういうふうに判断いたしたわけでございますが、まことに残念なことに、この実態調査の反対運動が起こりまして、東京とかあるいは大阪、京都、そういうところで実際上、これは障害者の方からの人権侵害という問題から、ついに調査ができなかった。全国六〇%の調査はできましたけれども、大半の大都市を含めた四〇%というところでできませんでしたので、その数字がつかめないというのが実情になっておるわけでございます。
○栂野委員 今後鋭意実態を調査していただきたいと思うのです。 それから、保育器の製造承認に際して、未熟児網膜症を予防するような措置、たとえば酸素濃度計の設置を義務づけるというふうなことはやっておられますか。
○上村政府委員 保育器の製造承認の際に、いま御指摘になりました酸素濃度測定器の設置というのは義務づけておらないわけでございます。と申しますのは、保育器というのは薬事法に従いまして製造承認、あるいはJIS規格に該当します場合にはそれも要らないということになるわけでございますが、元来、未熟児なり新生児を保育するために一定の温度と一定の湿度、それを維持することと、それから病気の感染の予防、それが目的でつくられた、俗な言葉で言えば箱でございます。したがって、必ずしも酸素を使用するものとは限らない。したがって、そういった箱に入れた赤ちゃんに酸素を使うかどうかということにつきましては、それぞれのケースごとに専門の医師の判断ということによって行われるものである、そういう性格のものでございますので、保育器というその箱を承認する場合について、そういった測定器の設置というものは義務づけておらないということになるわけでございます。
○栂野委員 これは万一のことがあれば大変なことになるので、こういった計器の設置を義務づけた方がいいと思うのですが、これは大変厄介なことなんですか、義務づけるのは。どうなんでしょう、それは。
○上村政府委員 義務づけること自身が厄介だというふうなことでやらないわけじゃございませんで、そういった保育器そのものについては、温度なり湿度を一定に保つために、一種のJIS規格でございますが、四十三年、日本工業規格を定めまして、その品質の確保を図っておるわけでございますが、その箱に入った患者さんにどの程度の酸素を入れるかどうかにつきましては、先ほどの答弁と同じでございますけれども、未熟児の置かれました条件によって千差万別でございますので、それをそのケースに従って判断をする医師の知識、経験にゆだねざるを得ない、そういう性格のものではないかというふうに思うわけでございます。
○栂野委員 その医師の知識、経験に対する信頼感の問題だと思うのですが、これが余り信頼できない場合がしばしばあるのでこういった医療過誤が発生する、そこのところが実は問題なわけです。その辺どうも厚生省は、医者を大変信頼しておられるのかどうか、信頼し過ぎじゃないかと思うのです。 そこで、こういうのはどうなんでしょうね。各病院に、いまの酸素投入の関係で動脈血の酸素分圧測定器というのがあるんだそうですが、これは、備えつけているところと備えつけていないところとあるというのですが、この辺はどういう実情でしょう。
○石丸政府委員 動脈血の酸素分圧測定器の設置の問題でございますが、ただいま先生御指摘のように、これを備えている病院と備えていない病院があるわけでございます。一般的に申し上げまして、医療機関の整備、特にその医療機関の中におきます医療機械等の整備につきましては、やはりそれぞれの地域の疾病の状況あるいはその医療機関の規模等に応じまして、それぞれの医療機関の判断に任せておるところでございますが、われわれといたしましては、やはり国民の医療を確保するという観点から申し上げまして、救急医療施設とかあるいはがん診療施設あるいは小児専門病院、そういった特殊な病院につきましては、そういったいろいろな優秀な機械を整備するように努めておるところでございまして、この動脈血の酸素分圧測定器につきましても、これは未熱児だけの問題でなく、一般医療にも非常に大きな効力を発揮するものでございますので、われわれといたしましては、こういった機械が整備されることを期待いたしておるところでございます。ただ、先生御指摘の血中酸素分圧の経皮測定装置は、昭和五十年九月に初めて輸入が承認されたものでございまして、スイスのロシュという会社がつくっておるものが世界で唯一のものでございまして、価格等も一台三百二十五万円というような非常に高価なものでございまして、そういったいろいろな隘路もございますが、われわれといたしましては、今後そういったものの整備にも努力してまいりたいと思います。 ただ、小児医療の問題に関して申し上げますと、この動脈血の酸素分圧測定器のみでなく、そのほか心電図とかあるいはいろいろな医療電子機器等を集中的に備えましたいわゆるNICUという装置がございます。これは日本語で申し上げますと新生児集中監視装置とでも申し上げたらいいかと思いますが、このNICUが現在開発されておりまして、われわれといたしましては、そういった一つのユニットとして開発されたものの整備ということに今後努力してまいりたいと考えておるところでございます。
○栂野委員 終わります。
○正示委員長 続いて、受田新吉君。
○受田委員 だんだんと夜も更けてくるわけでございますが、きょうは、同僚各位の御友情もありまして、遅く質問をするかわりに、どれだけ時間をとってもいいというお許しをいただいておるわけです。ただ、それぞれの御都合もありましょうから、最後に私が一人残るだけでも結構でございますから、友情を私は知っておりますから、委員各位は適宜御退散相なってよろしゅうございます。 厚生大臣がおられる機会に、午前中審査をさしていただきました恩給法並びに戦傷病者戦没者遺族等援護法関係の質疑を、厚生省設置法に関連して、行います。 厚生大臣、目下社会労働委員会でも審査をされている戦傷病者戦没者遺族等援護法という法律、もう通りましたかね。
○出原政府委員 衆議院の社会労働委員会で御審議を願っておりまして、まだ御採決をいただいておりません。
○受田委員 そうしますとちょうどいいわけで、恩給法と兄弟関係にあるこの法案を、厚生省設置法というお役所の関連の重要法案として私から質問を続けます。 長い戦争で痛手を受けられた戦傷病者並びに戦没された方々の御遺族や御家族を守ろうという目的をもって、占領がまだ終わっていない昭和二十七年の四月から施行された法律が戦傷病者戦没者遺族等援護法でございます。それにひっかけて、間もなく二十七年四月二十八日から講和条約が発効して、占領下から独立国になりまして、そこで、惜しみなく戦争の犠牲を受けた方々を守ろうという世論も起こりまして、二十八年八月から恩給法が復活した。終戦直後の勅令第六十八号により停止された恩給が日の目を見ることになって、戦没された御遺族に対しても本格的な補償の道を開けることになったのです。その後におきまして、昭和三十一年に恩給特別法、それから三十三年の動員学徒等を含む援護法の改正等が順次積み重ねられて、今日援護法では、軍人、軍属、準軍属とも、遺族年金及び給与金は公務扶助料の最低と同額になったわけです。ようやく、祖国のために殉ぜられた方々に、そうした職種の分か砧なく国家のために生命をささげた御遺族と、その傷病者に同等の処遇をするという原則ができたわけです。けれども、その原則の中になお恩給法と援護法の間に多少のアンバランスがあることをさっき援護局長は仰せになったのでございますが、公務扶助料と遺族年金だけは七十二万ですかっと一緒になっている。遺族給与金も同額。そこで、私指摘したいのは、この援護法の中の法律の適用を受ける方々の中になお漏れている者はないか、恩給法の中にもなお漏れている者はないかということでございます。 私、長い経験から大変気の毒に思っている方々があります。それは元満州開拓青年義勇隊に尽くしてくださった方々で傷痍になられ、あるいは死没された遺族に対する処遇が、軍人のあるいは軍属の遺家族と同等にまだ処遇されていない。昭和二十年八月九日にソ連参戦後におけるこれらの方々に対しては、戦闘参加者の意味をもって昭和四十二年でしたか、これを援護法の中へ入れることになりました。また、これらの方々の中で、昭和十四年の時点から大東亜戦争の勃発までの間に、義勇隊開拓者の名をもって満州の地域で活躍され軍事協力をしたという理由で、これも対象になりました。 もう一つ、その真ん中にある、つまり開拓期間の者もまた検討されることになって、都合三回にわたる改善措置がされたわけでございますが、にもかかわらず、この適用を受けている数は、なお依然として少数である。もともと満州開拓青少年義勇隊というものは、例の大東亜戦争前の支那事変勃発後の祖国の風雲急を告げる時点におきまして、国策に基づきまして満州の開拓に出かけた方々です。私、これらの内原の訓練所で養成されながら出かけた方々の総数が、八万有余あることを聞いておるのでございますが、私も昭和十五年、十六年と山口県の県庁で青少年教育のお手伝いをする公務員の末端を汚しておったもので、下関で満州開拓青少年義勇隊の皆さんが、あの下関の埠頭を出ていかれる前に、整列した十五一六歳の可憐な少年たちがびりっとした服装で、きりつとした敬礼をして、行って帰りますという、その姿を何回かお見送りに行きました。祖国を離れて十数歳の若い少年たち、夢を満州の開拓に託して祖国の繁栄のためにがんばってスタートされた、その可憐な少年たちの姿がまだ私の眼を離れません。諸君よ、健康でね、がんばってねという声援を送って、下関の埠頭にお送りしたいまからもう数うるところ三十数年も前の話です。これらの人の中には帰らぬ人がたくさんあり、また傷ついて帰った人もある。帰って後はばらばらで消息の不明の人もあるという、わずか数年間に本当に、戦争の勃発する前と敗戦の直後では大変な相違をもって厳しい現実がもたらされたわけです。しかも、これらの人々を送るのには、各地域とも出征軍人の扱いをいたしました。大東亜戦争中は、亡くなって帰られた人のためには市町村葬をもって戦没軍人と同じ待遇をいたしたわけです。いわば軍に協力し、国策に協力し、軍人軍属と同じ仕事で働いてきた皆さんでありますが、結果として今日なおその処遇が取り残されているというこの問題につきまして質問をいたします。 私も過去において幾たびかこれにも触れたのでございますが、戦没者の御遺族と戦傷病者及び生存軍人に対する処遇が漸次進歩する中で、同じ運命で祖国の先頭に立って働いた皆さんが放置されているということは大変残念なことでございます。厚生省として、この問題にどう取っ組んでこられたかの経緯と、これからどう扱おうとするかの計画を御答弁願いたい。
○出原政府委員 満州開拓の青年義勇隊の皆さん方が大変御苦労になっておりましたこと、そして特にその送出の当初においての御苦労は非常に多かったというように私どもも聞いておりますし、また承知もいたしております。 ただ、私どもの所管をしております遺家族等援護法の本旨としますところは、要するに軍事に関する業務に従事をするということで、そのために国から強制的にそういう仕事に従事させられた、それによって障害を受け、あるいは亡くなられた方に対する国の方の補償としての措置をとるということが基本でございますので、満州開拓の方々が出られる当初におきまして、皆さん方が非常な決意を持って出られたという事実はあるのでございますが、そういう意味におきまして、軍事業務との関連が出てきたのはなお遅い時期になるという意味におきまして現在の取り扱いになっておるということでございます。
○受田委員 現在の扱いをひとつ指摘していただきたい。
○出原政府委員 満州開拓青年義勇隊につきましては、現在、昭和十四年十二月の閣議決定が行われましたそれ以降におきまして、軍事に関する業務に基づき障害を受け、あるいは亡くなられた方についての御処遇を申し上げるということになっておるわけでございます。これの改正経過は、先ほど先生に御指摘になったとおりでございます。
○受田委員 軍事に関係のあるということですが、満州の原野は満州軍総司令官の指摘下で、もう完全な軍の統制下にあったわけです。そして、昭和十四年十二月二十二日の重要国策の基本要綱に基づいてこれらの皆さんが送出されたということであって、別に満州軍の計画とは別の単独行動をするわけにはいかなかったわけでございまするし、いわんやソ連参戦後におきましては、満州の原野は全部ソ連の侵略のもとにさらされたわけで、軍も開拓者も区別のない戦塵に荒らされたわけでございます。そういう意味におきましては、国策決定によって満州に出かけたこれらの諸君が同時に満州軍の、日本にある関東軍の支配下にあると同じ仕事に当たったと見て過言でない。農業振興、増産、これらを全部軍への協力であるという意味でいいましたならば、形式が軍の直接の参加者であるというものでないからということで片づけられない問題です。大東亜戦争の様相そのものが——内地で行動しても、内地病死にも恩給法上の処遇がされるような時代も来たわけでございまするし、そして同時に、日・満・日と来た公務員に対しても、満州の国の公務員であった者さえもこれを公務として通算するような時代が来ておるのです。そういう時代に余り区別を厳重にすることは問題があると私思いますし、顧みて、亡くなった人の家族、そして傷病の身となって祖国に帰った人々のことを思うと、出征兵士と同じ立場で送られ、帰ったときは戦没勇士と同じ処遇を市町村で受けておるということであるならば、余り厳しい制約を——援護法というものはそういう厳しいことを制約しないところに特色があるという趣旨を局長もお考えのとおりでございますので、ひとつこの問題についてはさらに前進的な検討をする時期が来ておると思うのです。いまこの満蒙開拓青少年義勇隊の中で援護法の適用を受けている人が死没者及び傷痕の身となった人で一体何人おるのか、ひとつ数字をお示し願いたい。
○出原政府委員 昭和五十一年十一月までにおけるこれまでの累計でございますが、弔慰金を差し上げた方が二千八百七十二件、それから給与金、遺族の方でございますが、二千二百六十八件、障害年金の方が四十二件でございます。
○受田委員 この数字は余りにも少数でございまして、私ちょっと指摘さしてもらいたいのですが、この満州開拓青少年義勇隊の実態を厚生省は把握しておられるのですか。何人送出され、何人現地で死亡し、そのうちで、死亡した人の中で、これだけの二千八百七十二名、二千二百六十八名という死亡したり傷ついた人に出したというのか。実態の把握をしておられるのかどうか。
○出原政府委員 昭和十三年から昭和二十年までの間に三百七十個中隊、八万六千人の方々を送り出しております。その中で六万四千名の方はすでに義勇隊開拓団の方に移行されまして、訓練中隊に終戦のときに残っておられたという方々は二万二千人と承知をいたしております。
○受田委員 この亡くなった方々が何人あるか、数字をお持ちですか。
○出原政府委員 二万二千人の青年義勇隊の方々につきましては承知をいたしておりまして、亡くなった方は三千九百九十人、お帰りになった方が約一万八千人というように承知をしております。
○受田委員 開拓団に属した方々はわからないのですか。
○出原政府委員 開拓団につきましては、一般の開拓団の方と含めて私どもは数字的に承知をいたしておりますので、それを申し上げましょうか。——二十四万七千人の一般の開拓団の方がおいでになりまして、その中で亡くなった方は七万四千人でございます。
○受田委員 青少年義勇隊として現地へ送られたその皆さんが、軍事訓練期間、軍の支配下にあった期間を過ぎると開拓団に変わってきた、その青少年義勇隊の立場から見た開拓団が何人おるかということです。つまり、昭和十四年から訓練期間を経て開拓団に転移した。その転移して、最後には二十年八月九日からソ連参戦ということになったわけですから、そのちょうど青少年義勇隊から転移した開拓団というものは、やはり数字を明確にっかんでおられると思うのですが……。
○出原政府委員 その六万四千人の方々のその後の状況につきましては、私どもは一般開拓団と同様に考えて集計をいたしておりますので、これだけを取り上げた数字は持っておりません。
○受田委員 取り歩げた数字がない。だから前と後ろと真ん中と、この三つの段階をつないだ数字というのは、送出した数字と帰ってきた数字とを比べればわかることだし、そしてその中間で亡くなった人も自然にわかってくると思うのです。つかんでいないということはあり得ぬことだと思うのですが……。
○出原政府委員 私どもの方の統計数字として現在それは持っておらないのでございますが、開拓団が二十四万七千人のうちの七万四千人が亡くなっておられ、十二万五千人が帰還しておられるということがございますので、一応推計するのはこの比率でということは考えられますが、正確な数字は承知をいたしておりません。
○受田委員 最初の義勇隊が満州へ行くと三年間の訓練期間があったですね。訓練期間は把握しておられる。それで訓練期間が終わると今度は開拓団ということになって五年間のさらに訓練するという目標であったわけです。その実態がつかめてないということは、私どうもおかしいので、いま御答弁をいただくと、送り出された青少年義勇隊は八万八千人といま明確に御答弁になった。その数字が最後にどうなってきたかということは、これは当然わからなければならぬですが……。
○出原政府委員 この人たちが開拓団に移った数字は、先ほど申し上げました六万四千人というところまでを把握しておるわけでございます。ただ、その方々が戦争が終わりました後で亡くなっているか、あるいはお帰りになったかということにつきましては、これだけを取り上げて私どもの方は調査をしておらない、こういうことでございます。
○受田委員 この調査は不可能ですか。各府県にもそれぞれ指導者たちが——中隊長として出かけた人々は各府県でわかっているはずです。それらを集計していけば自然に全国の数字がわかってくる。そう困難な問題ではない。しかも開拓青少年義勇隊の人々は経済的にも豊かでないのでございますから、これをみずからの力で実態を把握するのにもなかなか困難であるのです。それに対してある程度、軍人軍属の実態を把握するための国の財政的支援をしたと同じようなかっこうで協力してあげるならば、これらの人員の実態が明確になり、だれが亡くなり、だれが祖国へ帰られたということが明確になってくるのですよ。そうむずかしい問題ではないわけなんです。政府として財政的な支援によってこれらの実態調査に協力してあげる、調査費その他を出してあげてこの実態を把握してあげることが、出征兵士と同じ気持ちで送出された十五、六歳、高等小学を卒業したばかりの可憐なる少年たちにも報いることになる。これらの諸君がもし生存して祖団に帰ったならば、いまや社会の中核的存在として活躍してくれたであろう。それが満州の原野に散っていった、若き桜が散っていったということも考えまして、いまわずかな二千数百名の処遇だけにとどまっている、この問題の処理を、抜本的な対策によって解決する手があると思うのです。 渡辺大臣、私、こういうことを感じているのです。一般軍人、傷痍軍人、それから動員学徒、このうちで傷いた方々で不幸な運命になっておられる傷痍軍人、それから動員学徒の皆さんも準軍属として昭和三十三年以後援護法の対象になってこられた。傷痍軍人には傷痍軍人会館がすでに国のお手伝いによってりっぱにでき上っておる。また、動員学徒にも炎路島にそれらに準ずる施設が設けられてきておる。満州開拓義勇隊の方は同じ若さをもって満州の広野に行った皆さんであって、何らのそうした施設もなければ記録もない。できれば記念誌——日本の歴史に、繰り返してはならぬことであるが、満州の広野に青少年義勇隊が派遣されて、あの広野で農産に従事し、そして祖国の運命を双肩にして働いてきたんだ、これはやはり後世に記録として残して、若き先輩よ、御苦労さんであったという、歴史の上に日本人の後に続く者から敬愛をされる必要があると私は思うのです。そのためには何らかの記念館とかあるいは記念誌とか、これらを設けまして八万数千の開拓青少年義勇隊に報いてあげなければならぬ。私はこれを本格的に政府が取り組んでほしいと思うのでございまして、ひとつ渡辺さんのようなこうしたことに理解のある大臣のおられる機会に青少年義勇隊の実態調査、いま各府県別のほうはいと組織化が図られておりますが、財政的にちょっと手だてをしていただければ、拍車をかけてその結論がよく出ると私は信じておるのです。厚生大臣から御答弁願いたい。
○出原政府委員 大臣がお答えをいたします前に、私から一つ申し上げたいと思います。 一つは満州青年開拓義勇隊の皆様方の現在の状況でございますが、現在無事お帰りになりました方の組織もでき上がっておるようでございます。その人たちと私どももお目にかかったりしておりますので、さらに詳しい事情をお聞きしながら私どもとしても調査は進めてまいりたいというように考えます。 それからなお、旧開拓団の方々あるいは義勇隊の方々と満州地区で亡くなられた方々の慰霊の措置の問題でございますが、先生御案内のように昭和四十年代の後半から私どもは海外の各地におきまして戦没者の慰霊碑を逐次建設をするという順序にいたしております。満州地区は非常にむずかしい特殊な事情もございますが、私どもは逐次そういう方向に向かっていきたいというように考えております。将来の問題として出てくると思いますが、本法の中におきましては千鳥ケ淵の墓苑が亡くなられた方のすべてに対します弔意を表する場でございますので、そういう意味におきまして、私どもは千鳥ケ淵の戦没者墓苑を中心に物を考えていきたいと考えておるわけでございます。
○渡辺国務大臣 まあ援護法の関係は横並びの問題で非常にむずかしいことがございます。実際は先生の方が私より詳しいのですからね。私の方が聞きたいぐらい先生の方が本当に詳しい。 御承知のとおり、この満州開拓青年義勇隊が三年の訓練を経て、それで開拓団に行った。開拓団に行った後は一般の開拓団とは特別に差別をしてない。軍の命令を受けてそういうふうな戦闘配備とか何かにきちんとついたということがわかっておる者は、それはいまでも援護法の対象にするということになっておるわけです。その実態のところがよくわからないというのが本当のことのようなので、私は人情論としても私の気持ちとしても先生と同じ気持ちなんですよ。何かそこのところが実態がもっとわかって立証ができるというようなことがないのかといって事務当局にもいい知恵がないかということは言っておるのです。さらに検討をしてみたいと思います。
○受田委員 大臣、青少年義勇隊の皆さんは、あちらへ渡って三年間の訓練期間、さらに開拓団としての五年間、こういう問題は関東軍の隷下にあったのです。関東軍司令官の隷下にあって行動したわけで、関東軍と別個の行動ができない当時の事情はよくわかるはずなんです。だから、軍の命令であったかないかわからぬということよりも、関東軍の隷下で行動したという意味から言えば、そうかれこれ議論をするべき問題でなくして、特殊法人であった満鉄とか満州電業の皆さんでさえもすでにこれが公務として完全に見られて通算されておる、満州軍の軍人という立場であった皆さんでさえもそういう処遇を受けておる。そういうときでございますから、関東軍の命令に従った義勇隊という意味から言えば、これは軍の完全な協力者ですよ。余り細かく議論すると関東軍の隷下であったかなかったかというふうに、この議論は、当時の大東亜戦争を遂行する過程でございますから非常にむずかしいことになってきますので、関東軍がすべてを掌握したその傘下にあった部隊ということになれば、これは局長さん、余りむずかしく考えなくてもいいんじゃないかなと私は思う。これは義勇隊そのものが実際の訓練、実務が関東軍の支配下にあってやったということで言えば、もう明確に軍の支配下にあっての行動をした部隊、こう解釈していいんじゃございませんか。もういまは戦後三十年たっている。むしろそういう好意的な解釈でやってあげていい時期が来たと私は思うのです。
○出原政府委員 昭和十四年十二月二十二日の満州開拓民に関する件という閣議決定及びこれに伴いまして出ました公の記録、文書等によりまして見ました場合に、これらの義勇隊の方々がさらに義勇隊を卒業してから開拓団に移行された後においても軍事に関する業務に直接従事されるということについて、それをはっきりさせるものを私どもは持っておらないということがございますので、そういう意味におきまして、それまで軍に関する業務という形で取り上げるのはいかがなものかということで従来とも取り上げておらない、一般の開拓団と比べても特別にこれを取り扱う理由が出てこないというのが現状でございます。
○受田委員 義勇隊の諸君は満州に配属された軍人の諸部隊よりもむしろさらに奥地の方へ配属されて非常な苦労をしておるわけです。これは義勇隊、訓練隊が当時の井上陸軍中将の支配下にあった、と同時に、そうした開拓団の皆さんの方は満州開拓公社の陸軍中将二宮治重さんの傘下にあって行動したわけでございまして、北辺の鎮護とか北進政策という意味からは、関東軍の予備的な役を果たしておったということは世間周知のとおりになっている。それで、関東軍司令官の事実上の隷下にあった、余り入っておったか入っておらぬかの議論でなくして、関東軍よりもさらにむずかしい奥地に追いやられて北辺の警備に当たったという解釈をすれば、関東軍よりもさらに苦労をされたあの若い青少年だということは余りにも痛ましい。そしてソ連参戦のときには戦塵の中で真っ先に苦労をしたのが開拓団の方です。義勇隊の方です。それから後から軍人がソ連軍を迎えたわけです。一番痛手を受けたのがこの可憐なる青少年義勇隊だということでいけば、このあたりで、ひとつ局長さん、この問題をもう少し掘り下げて検討して、各府県にすでにスタートしているそうした開拓団の組織へ財政的な支援でも与えて、もっと厳密な調査をしてあげる、調査費の応援などをしてあげて、せめて亡くなった人たちと傷ついた人たちには何とかしてあげましょうや、これは。
○出原政府委員 先ほども申し上げましたように、義勇隊、開拓団に移行された後のお方で現在お元気な方がおいでのようでございますので、その皆様方から事情をよく承って判断をさせていただきたいと思っております。
○受田委員 事情は局長も承っておられると思いまするし、それからもう年数がたってきたわけでございまして、これをかれこれ議論するほどのものでもない時点に来たわけです。だから調査費ぐらいを出されて、各都道府県でこの消息を明確にするために政府自身がお手伝いをしてあげたらいいと思うのですがね。それもいま関係者と話をして後に決めることにしますか。
○出原政府委員 予算措置を伴う問題でございますので、十分お伺いをした上で検討をしなければならない問題であると考えます。
○受田委員 大臣もそういうことでこれは十分検討する、十分検討に値するというのか、検討を大臣もするという御決意があるのか。開拓青少年義勇隊に関する限り戦後は終わっていない。ひとつ渡辺大臣のもとにおいて、戦後の終わっていない義勇隊の諸君で亡くなった人とそして傷ついた人、これだけはまず守ってあげましょうや。
○渡辺国務大臣 亡くなった人と傷ついた人は、これはできるだけのことはしてあげなければならぬ、私もそう思っているのです。心情的にはあなたと同じなんですよ。ただ法律問題になりますと、ちょっと私も弱いもんだから、それはどういうふうなことかと言って——私は心情的にできるだけ見てやった方がいいと思っているのですが、そこはやはり法律があるから、これは党と党の話し合いなんというのも案外早く解決がつくかもわからないことでありまして、一緒になってそれはできるだけ十分に検討する、そういうふうにいたします。
○受田委員 それじゃ大臣、ひとつこの問題は真剣に取り組みましょう。問題の解決を図るためにもう一度掘り下げて、政府と各党とも相談していきたい。各党にもいまそれぞれ理解と協力をいただいておる問題でございますから。 次に、これは恩給法にも関係する問題ですが、すでに厚生省において調査をされておる問題と思います。あえてこれを指摘します。戦傷病兵の中に、戦時中、ドイツの政策に係るといわれるエックス線用の放射性物質トロトラスト、この注射によりまして約三万人の皆さんがいろいろな異変を起こしている。そして異常な発病、死亡率を招いておるという問題があるわけです。このトロトラストの問題処理に厚生省が責任を持って当たっておると聞いております。御答弁を願いたいのです。
○出原政府委員 傷痍軍人の方々でトロトラストをお受けになっておられるか、おられないかということ自体が現在の段階では明瞭でございません。したがいまして、厚生省では昭和五十二年度及び五十三年度におきまして、傷痍軍人の方々でその疑いを持たれる方につきましては全部診断をして差し上げるということをいたしたいということで、その予算措置をいたしております。 なお、医学的に技術的な問題を伴うことでございますので、昭和五十一年度で東京及び名古屋におきまして、その調査のための基本的な研究を専門の先生方に御依頼をいたしております。
○受田委員 恩給局はこのトロトラストの問題処理にどう取り組もうとされておるのか。特に傷病恩給の裁定基準の改善には大変影響力のある問題です。らい病、ハンセン氏病、これらの皆さんは三項症という形がとられておるのでございます。これは機能障害がなくてもそういうところへ行っておるわけですが、トロトラストの影響を受けた方々について、いま厚生省でやっておられる結果によってその基準を決めようとされておるのか、すでにある程度この裁定基準にトロトラストの影響を受けたとおぼしき者を採用しておられるのがどうかお答えください。
○菅野政府委員 お答え申し上げます。 たとえば薬物による第二次療法の結果また障害が出たというようなときには、これはやはり公務関係の傷病であるということでそれを見ているわけでございまして、これは一般的な原則でございますが、事トロトラストに関しましてもそういうつもりで取り組んでおります。 すでに事例といたしましては、昔の全部をひっくり返すわけにはいかないものですから必ずしも正確ではございませんけれども、すでに傷病恩給あるいはこれによって亡くなられました方につきましては公務扶助料でございますが、そういうトロトラストの障害として認定した者がそれぞれ十件あるいは三十件程度出ておるわけでございます。 厚生省の方で、ただいま援護局長が御答弁申し上げましたような調査のこともございますので、私たちとしましても十分関心を持ってその調査の結果を承りたいと思いますし、恩給局に顧問医が十人ばかりおりますけれども、そういう先生方にもすでにこの問題について特に関心を持ち、御研究いただくようにお願いをしておるところでございます。
○受田委員 援護局長さん、いま恩給局長から、すでにトロトラストの患者とおぼしき者に対する手だてがかくかくだという御答弁があったわけです。これについて厚生省はどのくらいの期間に解決ができる見通しでございましょうか。
○出原政府委員 私どもは昭和五十二年度及び五十三年度におきまして傷痍軍人の皆様方の中からトロトラストを注入された方をはっきり見つけ出す、その上でそれぞれの方々につきましての年金等の措置につきまして、あるいは医療の措置につきまして遺憾なきを期したいというように考えております。
○受田委員 恩給局長さん、トロトラストの障害を受けた皆さんというのは、さっき申し上げたハンセン氏病などで三項症をいただいておる皆さんと比較するとさらに重症であるという判断は一応しておられるわけですか。
○菅野政府委員 トロトラストのことにつきましては勉強はいたしておりますけれども、まだ学問的に完全に解明されない部分もあるやに聞いておるわけでございまして、そういう点についてさらに医学的な研究の成果が進むことを私たちも心から望むわけでございますけれども、ハンセン氏病の問題との絡み等がございますが、現在のところそういうような分野でもございますので、トロトラストの障害の患者の方が実際に障害が出てまいります段階においてつかまえておりますけれども、いま先生の御指摘のたとえば裁定基準をどこら辺かに設けたらどうかというようなことに関しましては、これから十分研究をしてみたいと思います。
○受田委員 同時にここでお二人、援護局長と恩給局長一緒に関連する問題でお尋ねをしたいのでございますが、戦傷病者の妻に対する特別給付金また特例傷病恩給の改善措置の中で、昭和十六年十二月八日以降の傷病に係る制限、これを廃止する問題に触れていきたいと思うのです。 今度戦傷病者や戦没者の妻の特別給付金を満州事変までさかのぼらせるということになりますね。
○出原政府委員 昨年の改正で満州事変にまでさかのぼるようにしたわけでございます。
○受田委員 満州事変というのはもう大体いま考えてみて五十年近いので、これまでで大体妻は包含されるとお考えでしょうが、その三年前に済南事変があっておる。それからさらにシベリア出兵等もあるわけで、よわい八十、九十の人には満州事変以前の該当者があるはずです。戦没者の妻においてまたしかり。これらをどう御処置されましょうか。人数が少なくても、一人でも存在する以上は満州事変以後の戦傷病者、戦没者の妻には処置された、それ以前のすでによわいごく老齢に達している人は外されているという、これは片手落ちということになりますので、その時限の撤廃という措置をとる、一向差し支えない、予算的には問題ないということでございます。
○出原政府委員 戦没者の妻あるいは父母に対する特別給付金でございますとか、あるいは今回満州事変までお願いいたしました特別弔慰金につきましても、いずれも今次の大戦による被害を受けられた方々に対しまして、国としての特別の微意を表するという性質のものでございますので、今次大戦の発端をどこに持っていくかの問題でございます。そういう意味におきましては、満州事変がその発端としてはとり得る最も遠い時期ではなかろうかという意味におきまして満州事変ということにしたわけでございます。
○受田委員 いまの妻に対する特別給付金と弔慰金が一つあるわけで、これは今回その弔慰金の措置が満州事変まで上がってきたわけですが、それから上、余りそれからさかのぼっても大した人数じゃない。それをいまさら——満州事変までさかのぼった以上は、済南事変、シベリア出兵まで入れても一向差し支えないと思うのですがね。
○出原政府委員 御指摘のように金額的にそう大きい問題ではないと思いますけれども、今次大戦におきますそういった方々に対する微意を表するという意味におきましては、これ以上さかのぼるというのはなかなか無理ではなかろうかというように考えます。
○受田委員 いままでは大東亜戦争であった。それからシナ事変にさかのぼった。そして満州事変まで行った。累次そのときそのときは常にさかのぼる必要がないことを理由にされてきたのですが、現実にはだんだんと上へ行って、とうとう満州事変まで行ったのですよ。そうすると、その前のごく少数の人へさかのぼらすことは一向もう差し支えない時点に来ておる。いままで皆そういう理屈でずっと抑えてきたのですが、大東亜戦争からシナ事変にさかのぼって満州事変まで来たのですよ。もう一息。一息。もうそれでおしまいですよ。いかがでしょう。これは大臣、御判断してください。——それじゃ大臣にはきょうは遠慮しよう。もう一息ですよ。私、余りむずかしい問題でないと思う。
○出原政府委員 同じ御答弁の繰り返しになるわけでございますが、先生の御意見は私どももよく承っておきたいと思います。
○受田委員 承っておくということであります。 それから恩給局長さん、すでに厚生省の調査費の中へ入っているのか、恩給局と一緒の調査になっているのか、あるいは恩給単独の調査か、目症者への傷病年金の支給とかあるいは一時金とかいうもの、それらを総合的に調査する調査費が八百万円組まれている。それらによって、かつて目症者で一時金をもらった人にも年金を出す可能性があるということが考えられるかどうか。
○菅野政府委員 目症者を調べるという形のそういうふうなことがはっきり書いた調査費ではございませんが、約三百万ちょっとでございますけれども、今年度の予算の中に、恩給局の研究調査費としてあります。それはいろいろな問題がたくさんございまして、いま先生が挙げられましたものもその中の一つとして調査をし、かつ研究をしてみたいと思う項目の一つでございます。そういうことでございますので、いろいろむずかしい問題が入っておりますけれども、いろいろな角度から調査をし研究をした上で、その結果をどういうふうな形で反映をするか、そういうことができるかできないかということも勉強してみたいと思います。
○受田委員 特例傷病年金の改善措置につきまして、昭和十六年十二月八日以降の傷病に限る制限というものを廃止するということに努力をされますかどうか。
○菅野政府委員 この問題は、先ほどお話の出ておりました厚生省の関係の方ですでに処理をいたしておりますので、そちらの方にゆだねるということで、最近はそういう考え方のもとに進んでおります。
○受田委員 援護法で救うことにして、恩給法は関係ないということでございますか。
○菅野政府委員 金額も同じでございますので、そちらの方で救っていただけておりますので、恩給の方では特別の措置をしないということで、そういう考え方で最近は進んでおります。
○受田委員 しばしば問題になっている有期恩給——有期恩給の無期化という要望かしばしは出ているわけでございますが、これはお取り扱いを検討されておりましょうか。
○菅野政府委員 いま先生が御指摘になりましたのは、障害が将来軽くなるかもしれないあるいは治るかもしれないという種類の傷病に関しまして五年間という有期の期限をつけて、五年いたしますともう一度診断書等を出していただいて判定をするということになっているわけでございますが、このこと自体は、軽くなったりあるいは治るという可能性の含まれているものについては、やはりこの制度があるべき姿であるというふうに思いますが、傷病者の方々も相当老齢になってきておられますので、なかなか治りにくくなっていることも事実でございます。そういうときに五年ごとに出てまいりましたものを十分審査し、お年のことも十分考えまして、無期にすべきものは積極的に無期にするということでこの数年非常にふえておりまして、すでに傷病者の中では無期になっている方が八割以上に及んでおります。
○受田委員 ついでに、それぞれ片づけたい問題を指摘します。 きょう午前中に質問残りであった問題で、傷病恩給受給者に併給する普通恩給年額の特別措置でございますが、長期在職の普通恩給の支給についてどういう配慮をするか、お答えを願いたい。
○菅野政府委員 先生の御質問、長期と申されましたのですが、そこら辺がちょっとよくわかりませんでしたけれども、普通恩給と併給されるところの傷病恩給のことでございますれば、午前中申し上げましたように、普通恩給とたまたま併給されるからということでその傷病年金の方については減額制を逐次廃止をして、来年をめどに廃止をするということにいたしておるわけでございますが、これは午前中にお答えしたとおりでございますが、私の受け取り方が違っておりましたら、もう一度答弁させていただきます。
○受田委員 普通恩給を受ける傷病年金受給者、それを今度の措置で来年は全部減額措置をなくするということです。それはそれで一応了解をさしてもらうのですが、普通恩給の年額特別措置ということは、長期在職者、それから短期在職者でこれを加算することによって普通恩給を支給することができる実在職九年以下、それらのバランスの扱いはどういうことになりますか。
○菅野政府委員 それは恐らく傷病者についての最低保障をどうするかという問題だと思いますけれども、これも傷病者でお年の若い方については、最低保障の制度を及ぼしておらなかったわけでございますが、現在は最低保障の措置を六十五歳未満の方と同じように、そういうところまで上げてきたわけでございまして、その後さらにもっと上げるべきかどうかという問題については、いろいろな面から検討してみたいと思います。
○受田委員 厚生大臣、一つだけお尋ねして、あなたの御退席を許して差し上げることにいたします。 これは厚生省設置法に直接関係さしていただきたい問題点として私は取り上げたいのです。 今度、循環器の特別の患者たちに対するセンターをつくろうという補助機関の設置が厚生省設置法の改正目的でございますが、医療問題を取り上げる厚生省の改正措置に関係して、医療類似行為、これをちょっと取り上げてみたいのです。つまり、一般医療とそれから医療類似行為と二つある。一般医療をいまから大臣がいなくなったら質問しますが、医療類似行為の中には、あんま、マッサージ、指圧、はり、きゅう、それから柔道整復、もう一つ療術行為をする業者とあるわけですね。その中で療術行為をする方々の場合は、旧法の第十九条によって終戦直後これが禁止されることになり、猶予期間として昭和二十二年から三十年まで許された。三十年にそれに対して国会の意思で三年延長され、さらに三年延長され、さらに三年延長されると同時に、療術行為をやられる方々が生涯やってよいという法改正になったわけです。その療術行為の方々の国民的支持は、すでに総理府の調査によっても、最近の調査によって五五%は、療術行為に何らかの試験免許制をとることによって継続すべきであるという答えも出ている。さらにあんま等の、中央審議会で答申を求めて、昭和四十九年までに答えを出せよという四十七年の法改正もあったわけです。その四十九年の法改正ぎりぎりの要求についに審議会の答申が得られなくて、厚生省は研究班をつくって答えを出すことにしました。ところが、すでに三年たっている今日、答えが明確にない。療術行為はすでに国民の中に定着している。医療関係を広く見ても、医療関係で葬られた人が療術行為で救われているという事態もあるし、また医務局長の先般のお話によるならば、療術行為には有害の実績はない。また最高裁でも、業務を侵犯することはいけないという判決が出ておることでありまして、すでに国民の中に定着し、多くの人が愛用しているこの療術行為の中で、継続すべきものは十分これを温存して子孫に継承せしめるべきである。医療供給体制と医療類似行為と両方が相まって、国民の保健、生命の維持を図るということは、私は大変大事な国策だと思うのです。大変種類が多いというので厚生省医務局も苦労されておりますが、すでに戦後三十年間議論され、すでに国民の中に世論として定着したこの問題は、このあたりでりっぱな実績を持つ、しかるべにものはこれを採用して、適当な試験免許制度あるいは教育によって後世に残していく、こういう扱いをすべきである。ただ研究職だけにゆだねると、医者専門の方々が十一人そろっておるので、高い観点から国民の要請にこたえるというよりも、ただ単に医学だけから判断するという危険もあるわけで、大所高所からの判断による継続という問題は、厚生大臣として十分指導、督励をされて答えを出すことに留意されても決して間違いではないと私信じます。御答弁をいただきます。
○渡辺国務大臣 医療類似行為の問題については、これも先生の方がずっと前からやっておられて非常に詳しい。各党にも熱心な人がかなりおるのです。それで、内容はいまおっしゃったとおりで、厚生省でも研究調査班をつくって二年間やってまいりました。いつまでもずるずるやっても仕方がないことですから、これもひとつ結論を急いでもらいたいということで、近く結論が出るということを聞いております。この結論が出ましたならば、厚生省案をつくりまして、各方面にひとつお示しをしたい、こう考えております。そう遠い話じゃない、近くです。いましばらくお待ちください。
○受田委員 大臣の配慮はよくわかります。ごく近いうちに答えを出す、いま私が申し上げた方向で努力して答えを出す、かように了解してよろしゅうございますか。
○渡辺国務大臣 話を継ぎ合わせると、大体そういう方向になるのじゃないだろうか、かように考えております。
○受田委員 大臣、お帰りをいただいて結構です。 余り長時間にはいたしませんから、良識をもって質問を続けます。議員各位にも余りひんしゅくを買うような扱いはしません。私これからひとつ局長の皆さんと論議をさせていただくことにします。傷疾の身となった方の中に、非常に気の毒な人がある。たとえば、生殖器をもぎ取られた傷痍軍人さん、これはお嫁さんが来ない。そこで、お嫁さんにかわってごきょうだいとかあるいは心ある人がお手伝いをしておられる、あるいはお母さんがそのかわりをしておられる。こういう方々に対する配慮が欠けておる。私、今度の恩給法関係で、家族加給の改善で、孫、実際の介護者、世話人、傷病年金の受給者に対する加給の是正措置等に十分配慮すべき問題がまだ残っていると思うのですが、御答弁を願いたい。
○菅野政府委員 傷病恩給に関しまして、加給の問題は、従来から公務員給与の扶養手当、これに準じまして金額を逐次改正をしているところでございまして、今年もそういう改正をあわせて御審議を賜っておるところでございます。
○受田委員 軍人さんの場合は、戦地で生殖器に弾が当たって生殖器障害が起こってくるというのは、ほかの公務員とはちょっと違うのです。軍人さんの場合は、どこに弾が当たるかしれないのです。そういうことで奥さんがもらえないような立場になった人をそのかわりにごきょうだいとかお母さんとかが大事に守ってあげておる、そういう実情を私——終始そばにおって手伝いをしてくださる人たちが、恩給法上の家族と見られない人もおるわけです。そういうときに、介護人等もその家族加給の対象にしてあげてしかるべきじゃないでしょうか。それは、単にいま一例を挙げましたけれども、ほかの公務員とは変わった立場に置かれているのが傷痍軍人にいらっしゃるのですよ。
○菅野政府委員 傷病恩給のいろいろな体でございますけれども、増加恩給等については特別加給等の制度もございまして、普通の増加恩給のほかに特別加給を見るということもございますし、その他、年とった御両親がかわりにそういう看護をしているという場合には扶養加給が出ておるわけでございますが、いま先生が言われましたようなもっと広い意味の介護の方々につきましては、必ずしも先生の御指摘のようなことでは出ておりませんけれども、いま例を挙げられました問題等についてはこれから勉強してみたいと思います。
○受田委員 戦傷病者の妻に対する特別給付金という制度、これは厚生省の関係、いまと同じような問題があるわけです。よろしゅうございますか。戦没者の妻に対する給付金は六十万円。そういうときに妻を求めることができない方々に対して妻の代理をしている人への何らかの措置をとる必要はないかということです、援護局長さん。
○出原政府委員 これは戦傷病者の妻としての置かれました特別な境遇に対しましてその御苦労に報いるという意味において出しておるものでございますが、現在の段階では妻の範囲をさらに広げるということは考えておりません。
○受田委員 実際問題ではそうした不幸な方々があるわけです。奥さん以上の苦労をして傷痍軍人を守り、今日の生存を維持さしてあげておる人々に対する配慮としては何かの特例を設けてしかるべきだ。法律では妻でなければならぬとなっておるけれども、それに対する特例、これこそ本当の特例であって、私もそういう人を知っておるのです。本当に私お気の毒であると思っております。私は現実にその家庭を知っておる。奥さん以上の苦労をしておられる方がそばにおられる。措置なしということですか。検討をすることができるか。法律一本で考えると、なかなかこれはむずかしい。大体戦傷病者の妻に対する特別給付金なるものが愛情から出た法なんですからね。答えがないですか、答えのしようがないですか。皆さん、委員各位、ちょっとおわかりでしょう。本当にこういう傷痍軍人の家庭で不幸な家庭があるのです。何らかの方法をとってしかるべきである。 それから、この障害年金を受けておる人の受給権調査に対して、援護局から五十一年六月二十一日までに各県に文書発送をしておられます。それは、診断書を添付して出せという通達を出しておられる。そのとおりですね。ところが物理的に七月一日までに出すということが不可能であるという現実もあるし、恩給の場合は診断書が不要になっている。こういう問題があるのですが、この問題は提出していない者に対しての何らかの方途を講ずる御用意があるかどうか。
○出原政府委員 この調査につきましては、ここ十年来援護法関係では実施をしておりませんでしたので、そういう意味におきましてお願いをしたわけでございます。 ただ、関係者の御指摘等もございまして、診断書を提出する場合におきましても、具体的に申し上げますと、すでに片手を失われた方についてそれが再び手ができるということはないわけでございますので、そういう意味のものは診断書につきましては簡単なもので結構でございますというようにその後措置をしたケースがございます。
○受田委員 きょうは厚生省の方で国鉄乗車券の問題は単独に御説明いただけましょうか。——できますか。ではひとつ、昨年以来の懸案の国鉄乗車券に関する問題をここで取り上げさせていただきます。 昨年、当委員会で、傷痍軍人四項症以上の方々の配偶者に対する国鉄無料乗車券の単独使用に関して私、提起いたしました。それについて、援護局としては何らかの措置を講じたいという御意思でございました。これは特別急行料金、新幹線を含む免除問題等も兼ね合わせて起こってくる問題でございますが、これについてその後運輸省等で横やりが入って、途中で渋滞をしている実情でございます。少なくとも、特項症、一項症、二項症という重症の方々はなかなか旅行ができない、それにかわって、奥さんが御主人にかわって靖国神社に参る、あるいは傷痍軍人の会合へ出ていく、こういうときに奥さんがこれを使用して一向差し支えないではないかという提起をしたわけです。私、実際問題として、重症の方々に対してはそういう措置をしてあげることが国鉄無賃乗車証を発行する趣旨にも合致するものだと思うのです。現に国鉄無賃乗車証を使っておられる枚数とその金額は、実際に交付された数から比べると三分の一程度で、三分の二は使っていないのです。三分の二が使ってないとなれば、その使ってない三分の二をせめて四項症以上という重い人に、御主人にかわっていま申し上げたような旅をされることに使わせてあげていいじゃないか。無賃乗車証を発行する数の三分の一しか使ってないという現実から見ても、これは無賃乗車証を発行した趣旨は奥さんに単独で使ってもいいという内意を持ったものと解釈していいと私は思います。局長さん……。
○出原政府委員 先生御指摘のように、援護局におきましても、戦傷病者の妻の単独旅行に対しまして国鉄の無賃乗車船の対象にできないかということでずっと検討を続け、また関係の当局ともいろいろ相談をしておる段階でございます。 そこで出てきました一つの問題は、現在の援護法の体系では、重度戦傷病者が旅行する場合に、本人が不自由なく旅行することを保障するために同行する介護者についても無賃乗車船の扱いをするということでございます。 ところが、御指摘のように、戦傷病者本人のかわりにその妻等の介護者が単独で旅行するということになりました場合のことでございますが、現行の援護法の趣旨からして、まだ解決が私どもとしてはできておりません。しかし、御指摘のようなニードが現在ある、特にいろいろな意味においてそれが切望されておるということも私どもも十分承知をしておりますので、こういった基本的な問題に対処する方針をさらに検討するとともに、事務処理あるいは財政負担のあり方につきましても、私どもとしては引き続き関係省庁と十分協議しながら、前向きに検討を進めてまいりたいというように考えております。
○受田委員 関係省庁との折衝を去年から一年間やられて話がまとまっていないというのは、何かここに大きな壁がありますね。これは私、昨年せっかくの厚生省の御好意に感謝をしておったわけでございますが、それから一年たって、まだこれから関係省庁と相談をするというような運びのようです。これは何らかのかっこうで政令を出すのに障害があるのでございますか。
○出原政府委員 先生にも非常な御期待をいただいておりながら、まだ十分解決をするところまで至っておりませんので、その点については私どもも申しわけなく存じておりますけれども、これは法律に関する問題も大きな問題として残っておりますので、なおしばらくの御猶予をいただきたいと存じます。
○受田委員 なおしばらくの御猶予ということでございますから、猶予ということで期待をすることにしておきます。 戦傷病者の妻、これは御主人にかわって御苦労が多いだけに特別の配慮をしてもらってしかるべきだ、長い人生を傷疾の御主人と一緒に苦労してきた奥さんを何らかのかっこうで大事にしてあげる、そのことでもう一つ追加して傷痍軍人の方の質問を終わりますが、四十八年四月二日以降の裁定をされた、これらの方々、婚姻者除外の制度の撤廃を当然考えてほしいことと、さっき申し上げましたこの昭和六年九月十八日以降の傷病に限るとしたものの撤廃、あわせて申し上げます。 それから、妻本人が戦傷病者である場合の配偶者への配慮、これはどうですかね。奥さんが戦傷病者で御主人は戦傷病者でない、その場合は御主人の方へ妻に対するのに準じた——恩給も「配偶者」ということで御主人へも来るようになっているのです。戦傷病者の妻に対して特別給付金が支給されておるのですから、妻本人が戦傷病者であった場合に逆に配偶者の御主人に出すということ、これもひとつ検討して、大変妙味がある、妙味と言っちゃ失礼ですが、恩給法は完全に御主人に来るようになった、六十歳以上の人には。したがって、奥さんが戦傷病者、その戦傷病者の奥さんを抱えて支えてきた御主人を大事にする、これは異論ないですね。
○出原政府委員 最近なりたての援護局長よりは先生の方が大変お詳しゅうございますので、そういった問題につきましてもさらに私勉強をさせていただきたいというように考えます。
○受田委員 それじゃ援護関係を終わらせていただきます。恩給局長さん、ここでおきます。御苦労でございました。 では、一般厚生問題でしばらく質問をさせていただきまして、御答弁いただくことにいたします。 今度の法改正の趣旨、先ほどから質疑応答を通じて私自身もある程度理解をさせていただいたんですが、成人病、高血圧その他の障害に対して厚生省が非常に配慮していただいてこのセンターをおつくりになるということ、全く賛成です。この法律案そのものに賛成をしますが、いまから指摘する問題についてひとつごく簡単に、たくさんの質問をひっかけていたしますので、お答えいただきましょう。 都市であればこういう循環器のセンターができて大変便利でしょうが、辺地におられる方々はお医者さんがいない。こういう方々に対する配慮がないと、せっかくこのセンターが設置された意義がないわけでございます。非常に急迫をして生命が絶たれるような高血圧などの場合に、都市周辺の方には恩恵を得やすい、離れたところの人はそのうちに死んでしまうということに対しての配慮、どうされておりますか。
○石丸政府委員 僻地医療の問題は非常に大きな問題でございまして、ただいま先生御指摘の循環器障害のみでなくて、あらゆる疾病に対してやはり同じ問題があるわけでございまして、われわれといたしましては、特に僻地に対します医療機関の設置等について従来から努力をいたしておるところでございますが、やはりなかなか解決がつかない問題でございまして、むしろ僻地中核病院等を設置いたしまして、そこに機動力を持たして、医師を随時派遣するという方法と同時に、また患者の輸送ということを考えまして、そういった僻地に患者が発生いたしました場合に最寄りの設備の整った病院に患者を輸送するという、そういった手段を講じておるところでございます。
○受田委員 これは救急医療体制に関係する問題にもなりますので、いまからその点でお尋ねをいたします。 最近、たらい回しなどと言って社会で騒がれておるのでございますが、医療救急体制、これは大変問題があるわけです。特に日曜、土曜などはお医者さんがおってくれない病院が多い、当番医のところに行っても断る、国立、公立などでも冷淡である、ついに搬送の途中に亡くなっていくという事実がたくさんございますね。これを解決するためにどういう措置をおとりになっておるか。
○石丸政府委員 救急医療体制につきましては、昭和五十二年度の予算におきまして最重点項目としてわれわれ措置をとったわけでございまして、約百億を超える予算、昨年度予算に比較いたしますと約四倍というような多額の予算を獲得しておるところでございます。 その内容でございますが、やはり一次救急、二次救急、三次救急というような段階に分けまして計画を立てておるところでございまして、従来から行っております一つの方法といたしましては、休日夜間急患センターの設置でございますが、これを従来人口十万以上の都市に設置いたしておりましたのを五万以上の都市まで拡大をする、そういった措置をとっておるところでございます。それと同時に、従来から行っておりました在宅当番医制度という、これは医師会の協力を得まして実施いたしておるものでございますが、この普及定着化を図るために郡市医師会に対する助成を考えておるところでございます。 それから第二次救急医療につきましては、やはり従来特殊な病院がその地域の救急を担当いたしておったわけでございますが、この医療資源を有効的に活用するというような点から考えまして、その地域におきます病院の輪番制ということを今回新たに考えておるところでございます。 それと同時に、また地域によりましては医師会立のいわゆる共同利用型病院の設置等も考えておるところでございまして、これは医師会が病院を設置いたしまして、そこに当番医が勤めると同時に、必要に応じては電話によって在宅の医者が駆けつける、そういった共同利用型病院の設置を第二次救急医療体制として考えておるところでございます。 それから、非常に重症な、たとえば心筋梗塞あるいは脳卒中等の急激な死に至るような疾病に対する対策といたしまして、昭和五十一年度を初年度といたしまして救命救急センターというものを設置いたしておるわけでございますが、この救命救急センターを今後三カ年計画で各県に一カ所設置するように計画を立てておるところでございます。 それと、ただいま先生御指摘の、いわゆるたらい回しと言われる事件でございますが、こういった事象が起きますのは、患者を搬送いたします消防の方のいわゆる救急車の方とそれから患者を受け入れます病院との関係が、連絡がスムーズにいかないためにそういった事例が起きる例が多いわけでございまして、そういった意味におきまして、患者搬送の部門と患者の医療を受け持つ医療機関との間の情報を密にするということで、救急医療情報網の設置ということも考えておるところでございまして、こういったいろいろな計画を三カ年で完成するように、昭和五十二年度を初年度といたしまして予算を考えておるところでございます。
○受田委員 局長さん、非常に明快な対策をいま御答弁になりました。ある程度私たち期得できる御答弁があったのですが、ただ、国立、公立、私立、こういう医療施設というものはなわ張りがあって、セクト主義があって、その連絡協調に事を欠いている。福田内閣は協調と連帯の責任を明確にしておるわけで、ここにこそそうした国公私立医療施設なるものが完全に一体となって、特に地域では完全に連絡協議機関が加わって効力を発揮しないといかぬと思うのですが、そうした地域的な、それらの国公私立を通じての医療機関が協議会を設けて、代表者による的確な答えが出るようにする配慮はどうしておるか、それに対する財政措置等も考えてしかるべきだと思うのです。
○石丸政府委員 まさに先生御指摘のとおりでございます。われわれといたしましても、それぞれの地域の医療を確保するために、その地域に存在する医療資源、たとえば病院とか医者、従業員の問題、そういったその地域に存在する医療資源を最も効率的に、国民の健康保持のために活用するという観点から今回の計画を立てておるところでございまして、そういった意味におきまして、地域医療計画というものを根幹として、今後進めてまいりたいと考えておるところでございます。 先ほど御説明申し上げました病院の輪番制というような点につきましても、やはり輪番を行うためには各医療機関の横の連絡が十分でないとその輪番制もできないわけでございまして、そういった意味におきまして、各県に横の連絡協議会というものを設置するよう、現在各都道府県に指示をいたしておるところでございまして、各県につくられますそういった連絡協議会の費用等につきまして、五十二年度から助成をする所存でございます。
○受田委員 医務局長さん、厚生省設置法によるならば、「医務局の事務」で、第十条「医務局においては、左の事務をつかさどる。」「一 医師及び歯科医師の身分及び業務について、指導監督を行うこと。」「二 医療の指導及び監督を行うこと。」こうあるわけでございますが、国立病院の方はおたくで処理ができるか。文部省所管の国立大学病院の医師を、この医務局長の権限でやることができるのですか、どうですか。
○石丸政府委員 非常にむずかしい御質問でございますが、御承知のように、医育機関の付属病院、いわゆる医科大学の付属病院というものは二つの使命、あるいは三つの使命と言ったらいいのかもわかりませんが、一つは教育、一つは研究、一つは医療という三つの機関を持っているのではなかろうかと考えます。その機能のうちの医療に関する機能、医療に関する部門につきましては、やはり厚生省の所管に属するものでございまして、大学付属病院といえども医療法の適用を受けておるところでございます。
○受田委員 国立大学の付属病院などが、一般患者に対して冷淡であるということを聞いておられますか。
○石丸政府委員 私もかつて大学の付属病院にいたことがございまして、そういった一般の患者さんに対して——結局、大学の付属病院というのは、重症の患者さんを目的にいろいろな診療を従来から行っておると思いますので、一般の非常に軽症な患者さんについては、ただいま先生御指摘のような事例もあるように存じております。
○受田委員 ここに一つ問題がありまして、国立大学病院へ救急治療を受けに行きたい、そこでも断られるというようなことがあったとしたならば、これは国費で賄われる大学病院として許されないことだと思うのです。この点につきましては厚生省として、大学病院そのものは、大学研究は別として、医療については厚生大臣の所管であるということであるならば、国立大学病院も一般の公立病院も私立病院も、ここにある、医師及び歯科医師の身分、業務、医療の指導監督の線で、これは一本の立場で強烈にひとつやってもらいたい。そうした大学病院と一般病院との関係について、いままでとかく所管事項の関係でこれを敬遠をしておった傾向はないか。この際、国全体の医療体制という意味から、ひとつ国民の医療については厚生省がしかとした措置をとってもらいたい。
○石丸政府委員 先ほどお答え申し上げました地域医療計画というものを今後のわれわれの仕事として、重要な問題として考えておるところでございまして、そういった意味におきましては、地域の医療資源として大学付属病院も非常に大きな役割りを担っているものと考えておるところでございまして、文部省の方とも連絡を十分とっているつもりでございますが、さらに今後文部省の方とも連絡をとりながら、この大学付属病院が地域医療にますます貢献するよう指導してまいりたいと考えております。
○受田委員 もう一つ、搬送体制についてですが、われわれ沖繩を視察するたびに思うのですが、救急患者の搬送は自衛隊のヘリコプターがやっておるのです。自衛隊に託して離島の患者が輸送されて治療に当たっておる。これは、原則的には筋でない、こう思うのです。しかしやむを得ない措置であって、生命を救うために自衛隊が進んでやっていただくことには私は非常に感謝しておるのですが、搬送体制については消防庁その他の消防関係が協力する以外に、別に国家として搬送体制の強化を図るための措置は何らかの方法でとられようとしておるのでしょうか、いまのことを含めて。
○石丸政府委員 救急患者の搬送につきましては、従来から消防庁の方にお願いをいたしておるところでございまして、消防庁の業務といたしまして救急患者の搬送、特に家庭内に発生いたします急病人の搬送につきましては、これは消防の方の業務ではないところでございますが、従来からいろいろ話し合いによりまして、消防の方にこの搬送をお願いしているところでございます。 ただ、消防の方の搬送で一つの問題になりますのは、搬送隊員の衛生教育の問題にあろうかと思うわけでございます。特に最近、脳卒中とか心筋梗塞等の循環器の急激な発病という患者さんが問題になるわけでございまして、そういった患者さんの搬送にはやはり専門の人が必要だというふうに考えておるところでございます。先ほどお答え申し上げました第三次救急医療のいわゆる救命救急センターにはドクターズカ−、これは医師が乗り込む自動車でございますが、そのドクターズカーを設置いたしまして、しかもその車の中にはICUとかCCUというような特殊な機械を積み込みまして、患者の搬送に今後医療機関の方も積極的に出ていこうというふうに考えておるところでございます。
○受田委員 私は沖繩で、自衛隊のヘリコプターが救急患者を、もう連絡を受けるとすぐやって、大半が救われておるというのを聞いて、これはよかったと思うのですが、日本にも各所に離島がある、山間僻地がある。そういうところへ、厚生省として救急患者の搬送体制についてはもっともっと徹底的にやってもらいたい。 そしてもう一つは、僻地に医師を配置する、無医村を解消するという体制について、厚生省は十分配慮してもらいたい。 いまから八年たった昭和六十年に、十万人につき百五十人の割りの医師を用意しようとされております。また、人口十万人につきまして五十人の歯科医師を配置しようとしている。看護婦については十万人につき少なくとも五百人を配置すべきだと私は考えているのですが、厚生省は看護婦養成に対する対策としてこの五百人という数字を用意していない。これについてお答えをいただきたい。
○石丸政府委員 まず、前段の離島におきます救急患者の搬送の問題でございますが、これは沖繩におきましては、先生御承知だと思いますが、西表にヘリコプターを配置いたしておるわけでございますが、やはりその維持費等が非常に多額な費用を要するというようなことで、自衛隊にお願いしている例もあろうかと思います。今後、われわれといたしましては、この救急患者の搬送について、消防庁の方とも十分連絡をとりながら万遺憾なきを期してまいりたいと考えております。 それから、医療従事者の確保の問題でございまして、先生ただいま看護婦の必要数を、人口十万に対して五百人という数字を出されたわけでございますが、われわれ、昭和四十九年度を初年度といたします看護婦需給五カ年計画を設定しておるところでございまして、この計画によりますと、五十年末、人口十万に対して三百六十七人、五十三年末、人口十万に対して四百二十四人ということでございまして、先生御指摘の五百人には七十六人足りないという計画になっておるわけでございます。 この需給計画は昭和四十九年に設定いたしたものでございまして、その当時の状況のもとにこの数字を設定いたしたわけでございますが、この計画策定後いろいろな周囲の状況の変化があるわけでございます。わが国の人口の老齢化に伴いますいろいろな問題、特にその老齢化に伴っての疾病構造の変化、いわゆる重病人が非常に多くなっている、あるいは老齢化したために介護をより必要とする、こういう新しい情勢があるわけでございまして、今後そういった新たな変化等も加えまして修正を図ってまいりたいと考えております。
○受田委員 ここでちょっと変わった質問をするのですが、お医者さんの確保ということは結構ですが、ある程度僻地、辺地でも強制的に診療に当たらしめる必要がある。防衛医科大学、自治医科大学にはその制度が一応採用されているのですが、無医村が余りにも多い現状、いまのような救急搬送をしなくてもある時点で片づけられるような体制をしかないと、文明国家としての日本の国民の生命、身体を守るには余りにも残念です。そこで、医師の配置について厚生省がある程度強権が発動できるような措置をすることができないのか、都市集中主義をやめさせてある期間を辺地に赴任せしめるという措置はできないのか。 私はこれは大変大事なことだと思うのです。つまり、お医者さんに恵まれない地域に住む人、不幸な、生命の危険にさらされておるような国民がおることは、連帯と協調を図る福田内閣の精神からいっても間違っておるのです。これは非常に大事なことで、厚生大臣がおるとおもしろいのですが、大臣がおられないのですが、官房長はおられますか。大臣にかわる答弁はだれができるのですか。政務次官はどうなんです。
○石丸政府委員 政務次官もおられませんので私からお答え申し上げますが、わが国は御承知のように自由開業医制をとっておるところでございまして、その勤務地等についてもやはり自由になっておるところでございまして、これを法律をもって強制するということはわが国の実情ではむずかしいのではないかというふうに考えております。 それで、それにかわる方法としまして、辺地に勤務するように誘導をするという政策を従来からとっておるわけでございまして、その一つの方法が、ただいま先生御指摘のような自治医科大学の設置というところにつながってまいったわけでございます。 厚生省といたしましては、さらに、将来僻地に勤務するということを条件に就学資金の貸与を行っておるところでございまして、そういった誘導策を従来からとっておるところでございます。ただ、これも借りた金を返せばそういった勤務をしなくてもいいというようなことにもなっておるわけでございまして、われわれもその僻地勤務医師の確保ということには従来から非常に苦労いたしておるところでございますが、今後ともさらにそういったわが国に従来からございますいろいろな制度を活用いたしまして、僻地勤務医師の確保に努力してまいりたいと考えております。
○受田委員 いま、日本の国で離島等に就労している外国人の医師の人数は何人ございますか。
○石丸政府委員 わが国で診療に従事いたしております外国人医師は約九百名でございまして、そのうち離島勤務の医師というのが何人おるかわかりませんけれども、わが国におきましては、外国人医師がわが国で診療に従事するのは特殊の医療機関か僻地以外では勤務できないことになっておりますので、この大部分が離島等の僻地に勤務しているのではないかというふうに考えております。
○受田委員 九百人——そこで、一つ名案かあるわけです。 医科大学を卒業した、されど医師の国家試験には合格しない、こういう人々を何らかの便法によって準医師の扱いによって——これは衛生検査技師のような資格を得ることはできるのですが、大学に六年間も学んで、ただ国家試験というペーパー試験と実技に合格したかしないかというようなことで医師になるならぬとなっておるのですから、この皆さんを国家人材活用において放置してはいけないのです。厚生省は、大学を出たが医師国家試験に合格しない者が現にどのくらいあるか、さっき質疑通告を言うておいたのですが、文部省でなければわからぬという話ですが、そうじゃないですよ。国家試験を受けるのは、厚生省が試験をやるのだから、厚生省でわかっておるわけてす。不合格者——来年はということもあるが、医師国家試験を受けて落ちておるのが現に何人おるかです。ことし何人受けて何人落ちたか、それですぐ計算が出ると思います。
○石丸政府委員 医師国家試験は御承知のように何回でも受けられるものでございますので、過去のものが非常にたくさんだまっておりまして、現時点において……(受田委員「ことし落ちておるのが何人おるか、何人受けて何人落ちたか」と呼ぶ一昨年の試験でございますが、五千十五名受験いたしまして四千三十四名の合格でございます。したがいまして、差し引き約千名の不合格者が出ております。率で申し上げますと八〇%の合格ということでございます。
○受田委員 だから二〇%落ちておるのです。現実に落ちている。一発でよう通らぬ人を含め、何発も発射して最後には一発も当たらぬのもおるわけですが、大体二割落ちておるのです。それで、何回やってももうだめだということで最後に試験を受けることをやめた、自来受けなくなったという人が出てくるわけです。その人はずいぶん苦労して勉強しておるのですから、これは医師に準じた扱いをしてあげていいと思うのです。冷酷に試験で生涯を片づけるような行き方——助言は受けなくても局長でやられるようですから——局長、私は非常に局長さんを敬愛します。あなたは非常に明確な御答弁をされる、近来にない名局長でいらっしゃる。私はあなたに非常に期待しておるのですが、これは一つの対策として、つまり昔はインターンという制度があった。インターンに準じた扱いて——インターンが診療するのは間違いてあったが、事実診療しておったのです、これは。それと同じ扱いで考えてあげれば、辺地でしばらく勉強の意味で診療に当たらせる。これは法律改正が要るわけでございますが、長いこと医学を勉強して、大学で六年間学んで、ただ国家試験を通らないというだけの人材を有効に使わにゃいかぬと思うのです。平均して二割は落ちるのですから、最後は二割が結局残るようになるのですよ。ずっと積み重なって、最後にそれがどうしてもいかぬのが出てくる。その人々を活用しようじゃありませんか。これは国家の医療供給体制における非常に重要な人的資源である、この活用をおろそかにして日本の医療行政なし、こう判断します。
○石丸政府委員 確かに先生御指摘のように何度受けても通らないという人もいることは事実でございまして、昨年の試験におきましても昭和二十三年卒の人が受験しておりましてこれが不合格になっているという、こういう事例もございますので、そういったいわゆる不合格者がたまっておることも事実でございます。ただこういった人をどういうふうにわが国の医療、マンパワーと申しましょうか、医療資源としてどう活用するかという問題でございますが、僻地の医療、医師にかわるべきものとして考えるということについては、これはいろいろ検討しなければならぬ問題があろうかと思います。外国人医師につきましても、これは日本の医師免許証を持った人たちでございまして、そういった医師免許証を持った外国人医師についてもいろいろなことが言われておる段階でございまして、医師免許証を持たない人を僻地で利用するということは、逆に今度は僻地の人から見ると、どうもわれわれ僻地の医療をないがしろにしているのじゃないかという、こういう批判も出るのではないかというふうに考えるわけでございまして、われわれといたしましては、やはり僻地の人たちの医療もりっぱな医師がこれを担当するように、そういう体制をつくるということに努力をしてまいりたいと考えておるところでございまして、医師国家試験の不合格者の利用についてはまた別途ほかの方法で医療資源として考えてまいりたいと思っております。
○受田委員 別途の方法て考えたい。——これは大事な人的資源ですよ。それで事実、国家試験に合格したお医者さんが医療過誤をやっておる。手術で間違いをやっておる。試験に合格しなくても実にりっぱな手術をやる医大の卒業生もおるわけです。医療過誤、そこで訴訟が起こる、事故防止をどうするかというような厄介な問題を厚生省は抱えておるわけです。医療過誤で間違った手術をして訴えられた件数がいまどのくらいあるか。国家試験に合格したお医者さんでも間違いをしておるのです。ただ国家試験の基準だけで判定するのにも一つの問題があるわけなんです。医療過誤で事件を起こしておるお医者さんがどのくらいあるかをひとつ。
○石丸政府委員 ただいま資料を持ち合わせておりませんので、また今後よく調べまして御報告申し上げたいと思います。
○受田委員 医療過誤には薬剤を含むものもあるわけなんです。そういうようなことで、手術を間違え、薬を間違えるというふうにいろいろ公害が起こってきておるのです。これは非常にややこしい問題が含まれておるのです。 もう一つ、非常に大事な問題だけ触れておきます。お医者さんでいま医薬分業をどう判断しておられるか。お医者さんは薬を一緒に扱うことで、医薬分業でなくて、特に地方の開業医などは医療をやっておられる。医薬分業ということについて一体厚生省はどういうふうに促進をされておるのですか、一言。
○上村政府委員 医薬分業自身は専門技術の分離という点から見まして医療の向上が期待できる制度であるというふうに理解しておるわけでございます。ただ、こういったものを進めていく場合に、処方せんを発行する医師の団体と、それからその調剤をいたします薬剤師の団体というのが協力をすることによって初めて効果が上がる、国がそれを援助するというふうなことを考えておるわけでございます。四十九年の十月に処方せん料が五倍に引き上げられまして以来、医薬分業の機運というものが関係団体の中にも高まってまいっておりまして、処方せん料が改定されました四十九年十月の一カ月前、九月でございますが、その当時五十七万枚くらいしか発行されなかった処方せんが、昨年の十二月では約二百万枚近く、率にいたしまして三・五倍というふうに伸びつつある、そういう状況でございます。
○受田委員 処方せんそのものは二%程度でしょう、件数よりも。
○上村政府委員 外来患者に対して発行されておる処方せんの比率というものを推定してまいりますと、いま御指摘になりましたように二・数%ということになるわけでございますが、さっき申し上げましたのは、ここ数年の努力の跡として処方せんの発行枚数というのは三・五倍になってきたということを申し上げたわけでございます。
○受田委員 きょう、ここにおられる皆さんに予告しますが、私質問を八時には打ち切る予定でございまするから、いましばらくがまんを願っていくということでテンポを速めます。おなかの都合も御用意があろうと思いますので予告をさせていただきます。 私非常に心配していることは、世の中に金がなくて治療が十分できない病人がたくさんあるわけです。これは医療費の問題につながる問題ですが、いま新聞等で騒がれておる精神異常者、障害者等が急に発病して事件を起こしている。しからば、その患者を病院に入院させるのにしても三万なり五万なりの負担をしなければならない。普通の家庭ではその治療費を負担することができない、家へ連れて戻っておる。連れて戻っていて事件が起こっておる。こういう実情、これは精神異常者、精神障害者によってたくさんの人が犠牲になっておる。橋本登美三郎先生が先般慈母観音で精神異常者に刺されたわけです。これは刺されたときに橋本さんの周辺に護衛がついてなかったということは、注目された人の場合には護衛をつけなければいかぬわけですが、それがちょうどついていなかったところをねらわれたわけです。それがなかなか非常にデリケートなことですが、そういう事件が起こっておる。そして本当に愛する父母がその愛する子供のために子供を擁護してついに殺されるという事件もたくさんある。それらは国が何かのかっこうで十分守ってあげることで救われる問題が放置されているのです。この問題についてどういう措置をされるべきか。私非常に大事な、医療費とそれから厚生省の対策との頂点にこういう問題があるわけです。
○佐分利政府委員 その件は公衆衛生局が精神衛生法に基づいてやっておりまして、そのような自傷他害、つまり自分を傷つけるとかあるいは人を傷つけるというおそれのある方たちは、精神衛生法の二十九条によって措置入院をいたします。措置入院をいたした場合には、本人がよほどお金持ちの家族の方でない限りは、全額を公費で負担することにいたしております。そのための予算が、いま御審議を願っております五十二年度の予算案では、約七百九十億あるわけでございます。 そのほか、措置入院させるほどではないけれども、在宅で通院医療を受けるべきだというような方々には、通院医療費の二分の一の公費負担をいたしておりますが、その予算は約三十億でございます。
○受田委員 その予算が幾らで片づく問題じゃないわけなんです。現実に社会にそういう事象がたくさん起こっている。事実、事件が続発している、その続発防止策は医療関係と無縁ではないわけです。
○佐分利政府委員 まず精神障害者の犯罪でございますが、あのように新聞等に報道されますので大変目立つわけでございますけれども、実際に精神障害者のうちどれくらいがああいうふうな犯罪を犯すかというようなことを一般の場合と比較してみますと、精神障害者の犯罪率の方が低いわけでございます。 また、かつてはライシャワー事件等がございまして、少しでも自傷他害のおそれがあれば強制的な措置入院をやっておりましたけれども、精神医学も発達いたしてまいりましたし、また一方においては人権尊重というような大きな問題も起こってまいりましたので、最近においては、できるだけ命令入院、措置入院はしないという基本的な方針で臨んでおります。
○受田委員 精神医学の進歩でこのような悲劇を繰り返さないような努力を厚生省も指導していかれるべきであるということと、そして、これに対するいまのお話でよくわかったのですが、一般の人間の暴れるのに比べたら比率は大したことじゃない、逆に少ないというのですか、これは事実ですか。そういうことであるならば、私ある程度了承しますが、これは医療を十分徹底せしめて、治療費の負担のできない家庭には十分公費負担の枠を広げていくようにして、進歩した精神医学の成果が上がるように努力をしていただきたい。 もう一つ——幾つも飛ばして結論の方へ進ましてもらいましょう。 心身障害のかわいい子供がおります。このまだ就学時期でない子供たち、これに対して厚生省はどういう措置をされておりますか。
○石野政府委員 心身障害児の対策でございますけれども、これは二つに分けておりまして、在宅の対策というものと、それから、どうしても施設へ入れなければならないという場合の施設対策、この二つでやっておるわけでございますが、従来施設対策が非常におくれておりまして、四十五年以降特に社会福祉施設の整備計画を立てまして、四十六年度から五十年度までの五年間で必要とする入所者については措置をする、こういうことで整備をしてまいりました。大体、心身障害児につきまして申し上げますと、施設へ入所を必要とします子供につきましては、大体入れるような状態になりました。 ただ問題は、在宅の心身障害児、これがまだ対策が十分にございませんので、特に五十二年度では新しい、いわば在宅のままで親御さんとの一体の運営によります援護施設、そういうものも実は予算化いたしたわけでございます。したがいまして、今後ともこの在宅対策につきましては、さらに強化をしてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
○受田委員 これは就学、義務教育の学校へ入る前と後との問題があるのです。これはこれらの子供たちを学ばしめる施設をできるだけ充実させなければならぬ。それから同時に、成人に達した心身障害児は、今度は成人になってくると家庭に引き取られる実情が非常に多くなってくる。この成人の心身障害者というものに対する対策というのは、これは非常に大事になってきておるのです。これはどういうようにやりますか。
○石野政府委員 心身障害といいましても、実は身体障害と、それから知恵おくれの精神薄弱、こう二つに分けてまいりませんと御理解願えないと思いますけれども、身体障害児につきましては、御存じのとおり、必要なものは身体障害児の施設に入れる、それから、場合によっては養護学校等に通う、こういうことでやるわけでございますが、それが大人になってまいりますと身体障害者の施設あるいは身体障害者の在宅対策という形で進められてくるわけでございます。 精神薄弱になりますと、これは精薄児から者への一貫的な援護措置をとっておりまして、子供の場合は精薄児施設、それから大人になりますと精薄者の施設に入れる、こういう形にいたしております。 そこで問題は、心身障害ということでダブルハンディの方もかなりいらっしゃるわけですね。これは重症心身障害児あるいは重症心身障害者と言っておりますが、これにつきましては、重症心身障害児施設におきましても、さらに年齢が二十歳あるいは二十五歳になりましても、その重症心身障害児の施設に在所するような道を法律上つくっておりまして、それによって援護いたしております。 ただ、余り大人になりますと、援護の仕方が非常にむずかしゅうございますので、できればそういう大人の重症心身障害者なりあるいは大人の精薄者の施設というものをこれからどんどんつくっていかなければならないのじゃないかというふうに実は考えておりまして、各県の方にもそれぞれ計画を出すように実は指導いたしておるわけでございます。
○受田委員 われわれの目指す社会は、老人、身障の方々、母子家庭、そういう皆さんが、せめて人間として生まれてよかったなという喜びを感ずるためのあらゆる措置を講ずるところに意味があるので、そこに厚生行政のポイントがあるわけです。この世に生をうけた者よ、その生涯にせめて再生の幸せをという扱いを、いま特に児童に入れましたし、また、これから老人、母子家庭、身障者の一般にも及んで、豊かな国の政治というものへ私は期待をかけておるのです。それらについて一応質問を用意しておったのですが、情勢のしからしむるところ、非常に真剣にお聞きいただいているので、別にお差し支えなければ九時まででも十時まででもということでありましたが、いま医務局長も体をふるわしておられますので、ひとついまの厚生行政のポイントは人を幸せにすることにあるというところへ力点を置かれて、大臣不在の場合は政務次官が必ず出席するというのが筋であるにかかわらず、政務次官は行方不明になっている、大変大事な問題が起こっております。 医務局長さん、もう一つあなたにどうしてもただしておきたいのを一つほど取り残すわけにいかぬことがある。これは薬務局の関係ですな。 例の医薬品の製造特許制度の問題を製品特許制に改めていきたいというわれわれの要望があるのですけれども、丸山ワクチンというワクチンがあるのです。こういうワクチンとか血清とかいうものの扱い、特に丸山ワクチンなるものを厚生省はどう見ておられるのか、そしてこれは今後どういうふうに扱われるのか。一般的に相当に期待され、また効果があると言われておる。これらのワクチンを打つことで命が救われたであろうということを死の瞬間まで口ずさむ人もあるということでございますが、厚生省はがんビールスの問題や丸山ワクチンの問題というのは一体どういうふうに処理しておられるのですか。
○上村政府委員 丸山ワクチンは現在製造承認の申請が厚生省に出されておりまして、中央薬事審議会の中にあります調査会で検討中でございます。その検討の結果を待って最終的な判断をしたいと考えております。
○受田委員 こういうものの検討に時間がかかり過ぎる。もうすでに長い間にわたって世間で注目されている問題を検討しているというようなことは時期的にも遅きに失しておると思うのです。国民医療上効果があるものは進んでこれを採用してよろしいというような結論を厚生省が出して、とにかく日本の医療体制、社会福祉、一貫して勇敢に厚生行政を進めていくべきだと思うのです。 これをもって質問を終わります。どなたも御苦労でございました。
○正示委員長 どうもありがとうございました。 次回は、来る十四日木曜日午前十時理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後八時一分散会