P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
80回国会衆議院1977/05/18

建設委員会住宅宅地問題に関する小委員会 第6号

発言数
9
登壇者
4
会派数
1
開催日
1977/05/18

会議録

野中英二自由民主党

○野中小委員長 これより住宅宅地問題に関する小委員会を開きます。  住宅宅地問題に関する件について調査を進めます。  本日は、参考人として日本住宅公団総裁南部哲也君、理事沢田光英君、理事有賀虎之進君及び理事今野博君に御出席を願っております。  なお、参考人からの御意見は懇談会においてお聞きすることにいたしたいと存じますので、さよう御了承願います。  これより懇談に入ります。     〔午前十時七分懇談に入る〕     〔午後一時七分懇談を終わる〕

野中英二自由民主党

○野中小委員長 これにて一応懇談を終わります。  先ほどの参考人のほか、参考人として経済評論家飯田久一郎君、日本経済新聞社名古屋支社長尾関通允君及び日本大学教授谷重雄君に御出席を願っております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、御多用中のところ本小委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございました。ただいま本小委員会は住宅宅地問題に関する件について調査中でありますが、本日は、特に家賃の合理化問題について、参考人の方々の忌憚のない御意見をお伺いいたしたいと存じます。  なお、御意見の陳述は、飯田参考人、尾関参考人、谷参考人の順序で、お一人十五分程度にお願いすることとし、後ほど懇談会において小委員からの質疑の際、十分お答えくださいますようお願いいたします。  それでは、まず、飯田参考人にお願いいたします。

飯田久一郎経済評論家

○飯田参考人 ただいま御紹介いただきました飯田でございます。本日は、住宅公団の空き家対策というような問題を中心に、住宅問題についてお話をしてみたいと思うのでございます。  御承知のとおり、公団の新築空き家というものは、五十一年度末現在で一万四千二百戸、そのほかに、ほとんど完成しているが、まだ募集をされていないという、いわゆる空き家予備軍というものが一万二千八百戸、合計しますと二万七千戸という大量の住宅が空き家のままになっているわけであります。この数字は公団が一ヵ年閥に建設する住宅のほぼ半数に当たっておりまして、公団の経営に大きなマイナスとなっているばかりでなく、住宅政策全体にとっても重大な問題と言えるわけであります。そこで、その原因は一体どこにあるのか、それを解消するには、どうすればよいのかというようなことを考えながら、公共住宅ひいては住宅全体について、また、その家賃の問題について、お話をしてみたいと思うのでございます。  ところで、公団住宅の最近の不人気の原因というのは、一般に遠、狭、高、すなわち、その場所が遠過ぎる、あるいは住宅の広さが狭過ぎる、あるいは家質なり分譲価格が高過ぎるという点にあると言われておりまするが、結局のところ、近ごろ、つくられております公団住宅の大きな部分が、幾つかの点で経済的に不利だ、家賃や価格に比べて割り高である、こんなふうに国民から考えられている、そこに不人気の主要な原因があるように思われるのでございます。  その第一の点は、公団住宅の交通事情がよくないということであります。  都市の中心から距離が遠くなり不便になるにつれまして、家賃や分譲価格は、もちろん安くなるわけであります。しかし、その一方で世帯主や家族の通勤あるいは通学あるいは買い物などに必要な時間は長くなり、また、その費用も多くなる。あるいは夜おそくなった場合にタクシーを使うという場合の運賃も非常に高いものになる。また、通勤時間が長いために休息時間というものも減ってくる、あるいはレジャーに使う時間も減ってくるというようなマイナスが大きくなるわけであります。住宅を求めている人にとっては、ただ家賃が安いとか価格が安いということだけでなく、その家賃や価格に、いま申し上げたようなマイナスを加えた合計を考えて、住宅を選んでいるわけでありますが、その合計というものは、距離がある限度を超えて遠くなる、あるいは交通時間がある限度を超えて長くなるということになりますと、次第に、あるいは急速に、ふえていくわけであります。ところが住宅公団の場合は、用地の関係がある、あるいは家賃や価格はできるだけ低く抑えたいという考え方がありますために、建設場所がだんだん遠くなってきた、遠くなり過ぎてきた、そこに不人気の第一の原因があると思われるわけであります。  第二の点は、面積が狭く間数が少ないということであります。  もちろん面積が狭いほど家賃や分譲価格は安くなります。しかし狭い場合には、近い将来に子供が生まれる、あるいはふえる、あるいは成長するというようなことがあると、新しく広い住宅に移る必要が出てくるわけでありますが、その場合には、これまでの経験からいいますと、どうしても面積当たりの単価が、いまよりも相当高いものを借りたり、あるいは買ったりしなければならない。それならば、一時は損なようでも、初めから広い住宅に住んでいる方が得である。狭いということは結局、割り高である、こんなふうに考える人が、いまでは非常に多いのであります。ところが公団は、やはり家賃や価格が安い方を望んでいる人が相当いるのではないか、こんなふうに考えて、そういう住宅をたくさん、いままでつくっております。そこにも不人気の原因があるように思うのであります。  また第三の点は、賃貸住宅というものが多過ぎるということであります。  地価とか物価とか、したがって住宅の価格というものが上がらないということであれば、これは住宅を借りるのも買うのも、実は経済的に見て大した違いはないわけであります。むしろ公団の場合は、賃貸住宅の方が安い金利の資金を使っているというような点がありますので、借りる方が得だということにもなるわけであります。しかし、物価や地価が、これから先も相当早く上がっていくということになりますと、事情は変わってまいります。分譲住宅の場合は値上がり益というものが相当出てくる。ところが賃貸住宅には、そういう値上がり益というものは期待できない。そればかりでなく最近、公団住宅の家賃引き上げということが問題になっておりますように、いわゆる傾斜方式による初めから決まっている家賃の引き上げだけでなくて、さらに別の形で家賃が引き上げられるというようなおそれもないわけではない。そういうことを考えますと、やはり買うよりも借りた方が損だということになるわけでありまして、国民の大部分は、やはり、いままでの経験から見ますと地価や物価というものは、まだまだ、これから上がっていくのではないか、そうなれば、やはり借りるよりも買う方を選ぶようにしたい、こんなふうに考えているわけであります。  ところが、住宅公団の方は、設立の趣旨からも、これまで賃貸住宅と分譲住宅というものは大体、同じぐらい、つくっておるというわけであります。それがやはり不人気の原因になっている。たとえば現在、空き家が一万四千二百戸ほどあるわけでありますが、その中の一万七百戸というものは賃貸住宅というものである。分譲住宅の空き家よりも、はるかに多いということは、そういうことを示しているのではないかと思うわけであります。  第四の点は、同じ分譲住宅であっても中高層住宅が非常に多い。多いというよりも、いままでは全部それであったというところにも、公団住宅の不人気の原因があるのではないかと思われるわけであります。  地価はここのところ、しばらく鎮静しておりますけれども、国民の地価の上昇に対する確信とか、あるいは期待とかいうものは相変わらず大変強いものがあります。その場合に分譲住宅を買うとすれば、やはり土地に対する権利が非常にはっきりした一戸建て住宅の方が、そういう土地に対する権利が何かはっきりしない、どこまでが自分の土地か、よくわからないというような、いわゆる中高層分譲住宅よりも得じゃないか、その方が値上がり益が十分に期待できるのではないかといようなことを考えている人が非常に多いわけであります。  たとえば現在、ミニ開発というものが非常にはやっておるわけでありますが、これは火災に非常に弱い、あるいは環境も決してよくない、あるいは価格も、むしろ非常に割高なものが相当あるように思うのでありますが、そういうものに対する需要が非常に多いということも、やはり、いわゆる土地に対する権利の非常にはっきりしている住宅を欲しいという考え方が強いということをあらわしているわけでありますが、公団住宅の場合には、それがいままで、なかった。最近、昨年の暮れですか、初めて二階建て式のいわゆるテラス住宅というのですか、タウンハウスというのですか、そういうものをつくったところが、これは非常に人気があった。九倍ぐらいの競争率になったということは、やはり、そういう面をあらわしているように思うわけであります。  ところで、公団住宅の不人気の原因というものが、いままでお話ししたようなものであるとすれば、公団運営の方針を大きく変えるということをしないで、単に空き家を減らそうということであれば、結局、次のような方法しかないと思うのであります。  その第一の方法というのは、家賃や価格が高くなっても、できるだけ便利なところに住宅をつくるようにする。第二の方法は、やはり同じように家賃や分譲価格が高くなっても、面積の広く間数の多いものを、できるだけたくさんつくる。第三には、賃貸住宅を減らして分譲住宅をできるだけ多くする。しかも、できるだけテラス方式のものをつくるようにするというような方法であります。そうなりますと、やはり建設費が高くなるというようなことがあって、建設戸数というものは、ある程度、減ってくると思うのでありますが、しかし今日では支払い能力が相当ある、あるいは持ち家熱が高いということを考えますと、公団住宅の不人気というような現象が、そういう方法によって、ほとんど解消されてしまうのではないかというように考えるわけであります。  また実際にも、政府当局あるいは公団当局というものは、そういう線に沿って建設の方針を変えていこうというふうに考えられているのではないかというような気がするのであります。たとえば最近、五十一年度の建設予定を一万戸削ったというようなことがありますし、また五十二年度は二DKはつくらない、賃貸は三DK、それから分譲は三LDKを中心にしていく、あるいは長谷川建設大臣のお考えではタウンハウスというもの、そういう庭つきのものを、できるだけ、よけいにつくっていきたい、そのために第三次五カ年計画の戸数が減っても、やむを得ないのではないかというふうに考えておられるというようなことを考えますと、いま申し上げたような形でもって公団住宅の空き家というものをなくす、不人気を減らすというようなことを考えておられるのではないかと私は考えているわけであります。  しかし、そういう方針が、それでは適切であるかということになりますと、私としては、わが国の住宅の現状あるいは公団の持っている公共性、公共的使命というものから見て、かなり疑問ではないかと思うわけであります。そういうやり方をいたしますと、公団住宅というものは勤労者の中でも、所得とか資産とか、あるいは資金の借り入れ能力というようなもので、ある程度、恵まれている人たちにとっては、そういうふうな新しい型の公団住宅というものは非常に魅力があって得なものであるというふうに考えられる、そこで人気も回復するということになると思うのでありますが、そうでない人も勤労者の中にはたくさんいるわけであります。所得も少ないし、勤め先その他の関係で、なかなか借り入れのための信用もない、もちろん資産もない、そういう人たちにとると公団住宅というものは、いまでも、かなり縁が薄いのでありますが、ますます縁が薄いものになってしまうというふうに考えるからであります。  わが国の住宅事情というものは確かに近年かなり、よくなっております。たとえば住宅の戸数というものは世帯の数よりも、最近では、かなり上回っている。また質も、かなり向上したということは確かに否定できない事実でありますし。しかし、そういう量、質の向上ということは、あくまで住宅を全体として平均してみて考えた場合の話であって、所得や資産が少ないとか、あるいは勤め先などの関係で信用度が薄いという人たちの住宅事情というものは相変わらず非常に悪いわけであります。特に大都市の場合それがはなはだしいということが言えるのであります。  たとえば東京都の場合を考えますと、いわゆる木賃アパートというものに住んでいる人は、四十八年の数字でありますが百六万世帯もある。しかも、その後ふえているということが言われておりますけれども、その家賃というものは、住宅専門紙の住宅新報というのがございますけれども、その記事を見ますと、ことし二月十日現在の調査では、通勤に大体四十分くらいかかるというところのものであって一DKが二万七千円から三万七千円ぐらい、また二DKが三万五千円から四万八千円というように非常に高い。しかも、その前の調査である五ヵ月前に比べまして、いずれも二千円から五千円くらい上がっている、かなりの上昇をしているわけであります。その上、こういう木賃アパートの場合というのは、御承知のとおり二年すると契約更新を要求される場合が多い。その場合には家賃も相当上がるし、また、そのほか礼金等も、さらに取られるというようなことで、そこに住んでいる人というのは非常に苦しい状況に置かれているわけであります。それで、そういうところにいる人たちというものは、同じ勤労者の中でも一番、所得水準が低い、資産の少ないというような人たちでありますから、そこの家賃が、いま申し上げたように非常に高いということになりますと、結局そういう人たちというものは、極端に狭いところに妥協して、がまんするとか、あるいは、そうでなければ、ほかの、たとえば食事とかレジャーとかという面で非常に大きな犠牲を払うということが必要になる。  そういうようなことで、結局、住宅という問題に関する限り、いまのわが国では、いわゆる憲法二十五条の条項というものが守られていないのではないかというふうに私は考えるわけであります。そこで私としては、そういう人たちのために、生活の面で極端に、ほかのことを犠牲にする必要がないような程度の家賃で、先進国にふさわしい水準の住宅を早急に整備するということが、いまの政治にとっては最も緊要な課題の一つではないかと思うのであります。  ところが、この人たちよりも恵まれた立場にある人たちの住宅事情というものは、住宅金融政策というようなものが最近、非常に充実改善されてきておりますので、質、量ともに著しく改善されております。それほど必要でないと思うような改築、建てかえというものも結構、見受けられるわけであります。それらは、もちろん住宅の質の向上ということになっているわけでありますが、しかし一番肝心な恵まれない人のための対策というものは、残念ながら、はなはだ立ちおくれているというように思うわけであります。  そういう人たちの中でも特に恵まれない、いわゆる所得の少ない人たちのための住宅でありますところの公営住宅というものの建設は、御承知のとおり近年、非常に不振である。たとえば東京都の場合を考えますと、その実績というものは、四十九年度は二万戸の計画をしたにかかわらず千二百二十九戸しか着工していない。五十年度は八千戸に対して五千二百二十九戸、五十一年度は七千戸の計画に対して五千三百戸しか着工していないというように極端にふるわない。そのために、そういう公営住宅ができますと、入居の競争率というものは大抵四、五十倍のような高いものになっておるということがあるわけであります。  また、同じ住宅困窮者と言われている人たちでも、ある程度、経済力がある人たちのために住宅をつくるというような意義のあると思われます公団の賃貸住宅というものの場合は、前にも申し上げましたとおり家賃は一応、安いというようなことがあっても結局、場所が非常に悪いために、ほかの費用が非常にかかって、実質的には木賃アパートよりも、むしろ割り高なものが多いというようなことがありますために、こういう階層の人たちの住宅事情の改善には、いまの公団住宅というものは余り役に立っていないということが言えると思うのであります。それから同じ公団でも分譲住宅の場合は、ある程度以上の資力があって、しかも借り入れの能力も高いという人でなければならないという点で、本当の意味での住宅困窮者のためのものとは言えなくなっている点がある。それで、そういう分譲住宅の人気がないという理由は、住宅困窮者の間で人気がないというのじゃなくて、むしろ、それよりも一段上の階層の人たちの間の人気がないというふうに考えても、いいように思われるのであります。  こういう現状を考えますと、いま必要なことは、国と自治体とが力を合わせて、いまでも勤労者の中で非常に大きな部分を占めていますところの、本当の意味の住宅困窮者のための住宅というものを早急に、しかも大量につくる。そして、いま御承知のとおり日本の住宅事情が悪いということは、外国から貿易問題に関連しても非常に非難されておるわけでありますが、そういうような面を解消するということだと思われるのであります。そのためには公共住宅というものをつくる場合の国と自治体との間の役割りの分担に対する、いままでの観念、こういうものは自治体がやるのだ、こういうものは公団がやるのだというようなことについての既成観念というようなものを捨てて、自治体の能力も、あるいは意欲も足りないという分は、国の機関であって、非常に大きな組織も能力も経験も、あるいは信用力もあるという住宅公団が、これを肩がわりするということが必要なのじゃないかと思うのであります。  具体的に申しますと、一番所得の低い階層の人たちのための住宅と言われます第二種公営住宅というものは自治体に任せる。しかし、その上の階層のための第一種公営住宅というものは公団の方で建設を肩がわりする。それから所得は第一種よりも、もう少し多いけれども、やはり住宅困窮者という部数に入っている人たちが、ずいぶんいるわけでありますが、そういう人たちのためにも所得制限つきの賃貸住宅を公団がつくっていくというように、この際、公団住宅の性格を大きく変える必要があるのじゃないか、こう思われるわけであります。  そういうことをすることによって公団は、住宅困窮者の現状を相当大幅に改善することができるような住宅、具体的にいいますと比較的、便利な場所にあって余り狭くもなく、しかも家賃の養い住宅を大量に建設するという役割りを担うことになるわけでありますが、そのためには、もちろん公団住宅の建設に対して、いま公営住宅に対して行っているように相当の援助をやる。たとえば建設費に対して直接、相当の補助を行うだけでなく、関連公共施設に対しても、かなりの程度の補助金を与える、あるいは使用資金に対する金利の補給を思い切って、やるというようなことをする必要があると思うのです。そういうことをやった場合の額は、建設戸数がどれぐらいになるか、あるいは援助の程度を、どの程度にするかによって相当、違ってくるわけでありまして、それは戸数が多くなり補助の程度が大きくなれば、当然ある程度の大きな額になると思うのでありますけれども、しかし、これは、たとえば道路事業費、道路整備費に対して一兆円以上の資金が投じられている、あるいは住宅金融公庫に対する金利補給も相当額になっていることを考えますと、ある程度の大きな金額を支出することは、財政的には決して不合理なものでもなければ過大なものでもないのではないかと私は考えるわけであります。  それから最後に申し上げておきたいことは、いま公団の新築住宅の家賃は高過ぎる。それを下げるためには、古い住宅の家賃を大幅に引き上げることによって、いわゆるプール家賃制度を採用することによって、新しい住宅の家賃を引き下げることが考えられているわけであります。これは私としては相当、慎重にされる必要があるのではないか、そこには、かなり疑問もあるのではないかと考えるわけであります。もちろん公団の古い住宅の家賃も管理費用などが上がってくるわけでありますから、これをある程度、上げていくことは当然のことであります。しかし、新しい住宅の家賃が、古い住宅の家賃の引き上げによって相当程度、下がるという程度の大幅な古い住宅の家賃の引き上げは、これは実際問題としても、公団の入居者はいま非常にたくさん、いるわけでありますから、そういう人たちの反対によって実行は非常にむずかしいという点もあると思うのでありますが、私は理論的にも、かなり疑問があるように思うのであります。  古い住宅の家賃の引き上げが当然だという考え方の理由は、いろいろあると思うのでありますけれども、その一番大きな理由は、私から言いますと、たとえば二十一年当時には、その当時の適正家賃として四、五千円の家賃を払って入った。しかし、その後、物価も地価も非常に上がったために、いまでは同じようなものに入ろうとすれば、それの八、九倍も高い家賃を払わなければならないし、また現に払って入っている。もちろん住宅が老朽化しているということで、その間の違いは割り引いて考える必要があるのでありますが、しかし、相当大きな得をしている。これは公団入居者の中でも、新しく入った人たちの間からは、何か古い住宅の人は非常に得をしているのではないか、不公平じゃないかという意見がたまたま出てくることもあるようであります。これは結局、入居者が何も自分で努力をしないで、ただ単に入っていたということだけで非常に割り安な家賃を払って住んでいる、得をしている、いわゆる不労所得を得ていることになるから、こういうものは引き上げるべきだという考え方だと思うのであります。  これは、いわゆる借家権に対する大幅な否定につながるわけでありますが、しかし、そういう考え方がもし正しい、これをすぐ実行しなければならぬということになると、たとえば地価が上昇して借地人が非常に大きな利益を得る。地価が上がっても地代はほどんど上がらない。そこで借地権の価格はどんどん上がっていく。たとえば銀座の場合は、価格の九割は借地人のものであると言われているわけであります。地価が何十倍、何百倍に上がったときに、借地人は何も自分は努力しないで莫大な借地権価格の上昇による利益を得ている、これは、はなはだけしからぬじゃないか。それならば、むしろ地代も地価の上昇に従って上げるのは当然じゃないか、借地権の否定ということも出てくるわけであります。また、もっと広くいいますと、土地の所有権についても、やはり同じような問題があるわけであります。たとえば坪千円で買った土地が百万円になったということは、よくあるわけであります。しかし、その千円が百万円になったための利益というものは、これは土地の所有者の努力にも何にも関係がない、全く、いわゆる不労所得の典型的なものでありますけれども、労せずして利益を得ている、既得権の上に、あぐらをかいているということが問題であるとすれば、そういう土地所有権者、地主の、いわゆる値上がり益も問題になるのではないか。むしろ土地の値上がり益というものは、物価上昇率ぐらいはかげんしてもよろしいが、その他は全部、取り上げるべきだ、税によって徴収していくべきではないかというような議論が出てくることになるわけであります。ところが、そういう地代とか、あるいは地価の上昇による利益については現状のままにしておく、あとは手を触れない。それで一番弱い人たちが多い借家人の、そういう不労所得というか労せずして得た利益というものを問題にする、そういう考え方には私は大変、疑問を感じるわけであります。そもそも、そういう労せずして利益を得るということ全体が決して好ましい現象ではありませんので、私としても、そういうものは、すべて、できるだけ少なくすることが望ましいわけでありますが、しかし、その中の一部だけ取り上げて、しかも最も弱い階層の人の部分だけを取り上げて問題にするということには大変、疑問があるのではないか。したがって、先ほども申し上げましたとおり、むしろ公共的な、いわゆる国の援助というようなものによって家賃の高さを是正することが必要なのではないか、こういうふうに考えるわけであります。  私のお話は、これで一応終わりたいと思います。

野中英二自由民主党

○野中小委員長 ありがとうございました。  次に、尾関参考人にお願いいたします。

尾関通允日本経済新聞社名古屋支社長

○尾関参考人 尾関でございます。  私は、今日の住宅公団の問題を、日本の当面しております経済の状況下で、どう位置づけるかというところから考えていくべきではなかろうかと思います。日本の経済社会は、すでに御承知のように明らかに低成長へ移行していく、画期的な困難な状況に直面しております。住宅も、その圏外には立ち得ないと思いますし、それから住宅自体に内在する問題が、たまたま時を同じくして、そこへ重複的にあらわれておる、それが、この住宅の困難を激化しており、その関係の影響が、住宅公団の今日のむずかしい状態にもあらわれているのだと思います。  経済の低成長移行については申し上げる必要もございませんので省略いたしますが、住宅の需給自体が基本的には、もう緩和してきている、これは非常に重要なことだと思います。四十八年の住宅調査、数字は少し古いのでありますが、ここでは、すでに空き家率が相当な高い数字になって出てきております。しかも最近はといいますと、所得水準が上昇したのにつれて庭つき一戸建て住宅を志向する人々がふえている。それを反映いたしまして高成長の末期に宅地並びに建設費が非常に上がった。その後、成長は非常な勢いで鈍化するというような関係で、今日の住宅需要者である国民の所得から見ますと、宅地とか建築費の水準というものは先行的に上がってしまっておる、こう考えていいかと思います。  ところが経済の低成長移行につれまして所得水準の上昇のテンポは明らかに鈍ってきております。その低成長移行ということで過渡的に異常な不況が出てきますと、当然のことでありますけれども金融は緩和し金利も下がる。これは住宅需要者の、これから住宅を取得していこうという人たちにとっては明らかに好材料でありますが、しかし低成長移行でもって将来の所得について確信が持てないということになりますと、おのずからローンの利用にも限界が出てくるというような関係が働きます。以上のような、いろいろな理由から住宅取得能力が伸び悩み段階に入っておる、しかも先ほど申し上げましたように住宅並びに建築費は先行的に上がってしまっておる。この間のずれが、経済の低成長移行に伴ういろいろな摩擦現象が経済社会の各部門で起こっておりますけれども、そういう住宅部門以外の他の部門で起こっている摩擦以上に住宅部門で強く出ているということだろうと思います。  もちろん住宅公団も、その圏外には立ち得ないわけであります。住宅は端的に言いますと、もはや戦後、長い閥続きました売り手市場から、明らかに買い手市場へと質的な変化を遂げつつあるという基本的な認識が必要だろうと思います。つまり別な言い方をいたしますと、住宅も低成長時代へ明確に移行しつつある。しかも、その移行への過渡期で、さまざまな困難に直面している、こういうことであります。  そのことは、とりもなおさず住宅供給者間の競争が激化しているということを意味すると思います。そのことは需要者側から見ますと望ましいことでありますが、問題は、良質、高コスト住宅ほど売れ行きがむずかしくなっているということだろうと思います。経済のいろいろな部門で、高コストしかし販売価格がそれに伴わない、したがって経営難、倒産あるいは失業が起こっておるということは、すでに御承知のとおりでありますが、住宅部門におきましては競争激化の関係で、良質、高コスト住宅の売れ行きがむずかしくなり、将来でなくて、もう、きょうあすの問題でありますが、スラムをつくるような、そういう住宅の建設、販売が活発になっているというところに根本的な問題があろうかと思います。しかも、それが政策的に、その方向を是正するというよりは実は良質住宅の高コスト化を助長するような、そういう政策が現実に行われている。これは申し上げるまでもなく国土利用計画法による各種の規制が、その典型的なものであります。  それを公団に移して考えますと、公団の場合、地方団体による制約というものが非常に大きい。しかも住宅の需給緩和あるいは経済の低成長移行というような関係がありますので、かつてのような規模の利益を追求していくことが困難だ。ある程度コストが上がりましても規模の拡大の中で吸収していけるというような条件がありますと、これは販売価格、住宅公団の場合でありますと、分譲なら分譲価格、賃貸の場合は家賃、これをそんなに上げずに済むのでございますけれども、今日は規模の利益を追求することも困難だというような状況になっております。そうなりますと、はっきり政策による新たなてこ入れが必要な段階に来ている、こう考えなければならないと思います。  と申しますのは、基本的に住宅の需給が緩和したと申しましても、住宅水準ということから見ますと、まだ非常に立ちおくれておる。これは日本は日本なりの国土条件があります。気候、風土あるいは土地の状況あるいは居住というものに対する国民の需要、欧米に比べて相当に私は違うと思います。特に気候条件が、もっと北に位置するヨーロッパ各国に比べますと格段に違う。ある程度、住宅に対する考え方が甘くなるといいますか、たとえば北欧ですと、いいかげんな住宅では冬は越せない。日本の場合ですと、北海道、東北の寒冷地は別といたしまして、そんなにヨーロッパにおけるほど住宅を厳格なものにしなくても、まあまあ冬は越せるというような関係もあります。しかし、それにしても居住水準はかなり低い。今日のような状況のままで、ほっておきますと、この居住水準の向上というものは困難である。しかも良質な住宅ほどコスト高についている、それが売れにくいというような状況を放置いたしますと、もうスラムがふえていくばかりというようなことでありますので、私は明らかに新たな政策的てこ入れを考えるべき段階に来ていると思います。  それを住宅公団に当てはめてみますと、やはり家賃プール化による公団入居者の負担の平準化、それから、それによる新設住宅の家賃高騰の抑制ということが第一の政策として必要ではなかろうかと思います。それは負担の公平化につながると同時に住宅公団の競争力の強化にも結びつくわけであります。住宅公団は政府の機関でありますが、これも競争力なくしては立ち行かないのは当然のことでありまして、その競争力を奪うようなことをしておいて、しかも空き家ができたから、やり方が間違っておったんだというようなことでは、これは通らない、非常に無責任な議論だろうと思います。  それから、もう一つ重要なことは、やはり公共公益施設に対する公的支援を強化するための財源確保、これも競争力強化につながりますし、さらに、これらを通じて住宅公団の競争力が強くなれば、住宅公団は日本の住宅政策の現実の強力な担い手のはずであります。その力が強められることによって居住条件の改善あるいは、さらに住宅公団の持っている機能を、もう少し修正いたしまして、都市の再開発に、もっと強力な手の打てるような方向へ持っていきますと、都市の再開発、改良にも私は結びついていくのだろうと思います。  公団の家賃は、もちろん政策家賃であります。この政策家賃は、安ければ安いほどいいというものではないと私は思います。高くては困るのは当然でありますけれども、安ければ賢いほどいいというものではないと思います。と申しますのは、今日のような低成長期移行下で、しかも戸数で見る限り住宅の需給は緩和している状況で、住宅公団が低家賃でいきますと、これは家賃というのは価格でありまして、非常な価格競争力を持つわけであります。公団が非常に強い価格競争力を持って、大量に住宅を供給するというような事態を想定いたしますと、民間の良質の住宅供給産業は恐らく競争に立ち向かっていけない、たえていけないということで脱落する。いま起こっておりますミニ開発による小規模の粗製乱造型の住宅、これは実際に開発をやっている人の話を聞きますと、中には、われわれのつくっている住宅は、六、七年もてば、いい方ですよというような人さえあるのが現状であります。そういうものだけが残る。これもまた、これなりに強い価格競争力を持っておりますので、そういうものが残るというようなことになろうかと思います。したがって、住宅公団の政策家賃、住宅公団だけでなくて公営住宅もそうでありますけれども、政策家賃は、民間の良心的な住宅産業の活力を減殺しない、むしろ競争意欲を刺激する程度において安いということが必要であろうと思います。これは抽象的には言い得ても現実の算定は非常に困難でありますけれども、しかし理念としては、そういう考え方に立つべきだろうと私は思います。そういう政策家賃を実現するためのいろいろな措置が必要だ。それは先ほど申しましたプール化による平準化と、それから公共公益施設に対する公的支援という乙とで、できるのではないかと思います。  いま一つ、問題を指摘いたしますと、今日のような住宅産業も低成長期へ移行していく、住宅供給者の間の競争が激化しているような状況のもとでは、市来地主はどういうことをするかといいますと、土地コストをほとんどゼロと評価して家賃を算定することができるわけであります。その上に住宅を建設するということになりますと、それが市場に参加してきた場合、非常に強い競争力を持つのは当然のことであります。ミニ開発は、繰り返すことになりますけれども、その典型的なものだろうと思います。乱開発は、したがって、さらに進んでいく。都市の立体化もできない。住宅公団の住宅あるいは公営住宅等の公的住宅の役割りは、そこで解消せざるを得ない、そういう事態が現実に起こっているわけです。それを直すためには、やはり特に、このような住宅政策の中心的な担い手である住宅公団の競争力を強くする以外にない。  それから、いま一つ大事なことがあります。それは住宅公団を第二の国鉄にしてはならないということだろうと思います。国鉄については、もう、これも皆々様が御存じのとおりでありますが、現在、国鉄が持っている輸送力さえ維持できるかどうかという危機に直面しておりますし、国鉄の従業員が非常にモラルを低下させておるというのが現状であります。住宅公団に、その危機が訪れようとしている。それを避け得るかどうかというのは、一にかかって、これからの住宅部門に対する政策的なてこ入れが強力かつ適切であるかどうかにかかっていると思います。  以上でございます。

野中英二自由民主党

○野中小委員長 次に、谷参考人にお願いいたします。

谷重雄日本大学教授

○谷参考人 谷でございます。きょうは、主として公団住宅の家賃問題について意見を述べるようにということでございましたので、大体それに限りまして申し上げたいと思います。  最近、空き家問題が大変にぎやかになってまいりました。空き家というのは古い昔から公団にもございまして、いまに始まったことではないのですけれども、ただ最近、量的に非常にふえてきたというところで非常に関心を呼びまして、同時に、狭、遠、高といったような問題が提起されております。私なりに理解したところを申し上げますと、三つか四つ、その原因といいますか、よって来るところがあるように思います。  これは、いまに始まったことではないのですが、家賃の関係で申しますと、建築費とか地価というのが、国民の所得収入水準の上がり方に比べて相対的に、いつも高く上がってきた。したがって、家賃も相対的に高くならざるを得ないという状況にあったわけでございます。そういうところへもってきまして、これは逆の見方になりますと、いまの収入水準では、この家賃は払っていけないのじゃないか。確かに四万円、五万円という家賃になりますと、収入も二十万以上、必要だということになります。おのずから入れる階層というのは限られてくる、こういうわけなんです。  ただ、ここで収入というのは一体、何をとるかという問題があるのです。われわれは収入というと、すぐ月給のことを考えますけれども、年収の月割りに対して幾らということになりますと、まだ若干、余裕はあろうかと思います。しかし、そういう臨時収入を除きまして消費支出の中で考えてまいりますと、大体、全国の平均は民営も入れまして一〇%くらい出している。これは戦前に比べますと非常に少ない数字でございます。ただ、そういうものが定着しております。いまの家計行動としまして、そういう生活をしているのだ、逆にいいますと、住生活の方を犠牲にして、ほかの水準を高めていく、こういう生活水準といいますか、そういう家計行動を行って、やっている。いかにも生活水準は上がったように見えますけれども、事、住宅に関する限りは余り上がっておらない。外国に比べて日本の住宅は非常に惨めだ、これは外人もよく言いますけれども、しかし、平均値で見ますと、所得水準に比べて平均的な住宅の水準というものは決して悪くないのです。日本よりもまだ悪い先進国が、フランスとかスウェーデンとか、いろいろございます。しかし、だから、いいじゃないかという問題にはならない。むしろ日本の場合には大変、偏りが大きいのが問題でございまして、平均で見るか、モードで見るか。われわれが、じかに見るときにはモード、並み数ですが、一番多いのは、たとえば二室住宅のパーセンテージといったようなもので計算いたしますと、日本は大分悪くなります。もちろん先進国にお連れはありますけれども、よその国はどうでもよろしゅうございます。やはり日本のそういう平均は、わりあい高くても偏りが大きい。特に低い方の階層の住宅として質の惑い住宅の構成比がかなり大きいということ、これはやはり住宅政策の基本に据えなければいけないのじゃないか、こう思います。  そういう点で、公団が良質の住宅を、いままで、つくってこられたという功績は軽視すべからざるものがあるだろうと思います。しかし、家計の方から見ますと、そう家賃は出せないという制約がありますので、やはり2DK。大変、嫌われているようでありますけれども、それ以上になりますと、また家賃が上がってくる。狭、遠、高というのは、そうだろうなと思うのですけれども、あれは矛盾した概念でございまして、近くすれば家賃が上がります。広くすれば家賃が上がります。そういうことで、これは、どれ一つとってみても、そう簡単にいかない問題なんですが、それと同時に、お二方からもお話が出ておりましたが、いままでと時代が違っておりまして、確かに昭和三十年代から四十年代の中ごろまでだと思いますが、絶対量が不足しているということで、何でも家があれば、がまんして住もうじゃないかという時代でなくなりました。いま選択性が始まっております。これも前から、やはり高くて遠いのは応募者が少ないといったことで選択性が出ておりましたが、最近それが非常にはっきりしてきた、こういうことですから、それでは、どういうところへ立地して、どういう家賃で、どういう広さだ、そういうプロジェクトを考えなければいかぬわけなんですけれども、口で言うのは簡単ですけれども、先ほど申し上げたように狭、遠、高という問題は、そう簡単に解決できる問題ではない。むしろ、そうなるべくして、なってきたということだと思います。ですから、これをどういうふうにやったらいいかということになりますと、そもそも住宅政策とは何かというところまで入らなければなりませんが、これは時間がございませんので、公団の家賃を中心にして、問題を限って申し上げたいと思います。  広くすれば家賃が高くなる。しかし、住宅政策としては一番根本に据えなければならないのは、やはり質の向上になると思います。質の向上というと、口で言うのはやさしいのですが当然、家賃は高くなる。コストダウンだとい地価の抑制とかいうことで、そういう努力をして少しでも引き下げるということは、これは必要でございます。しかし、おのずから限界がございまして画期的な効果は望めない。そうだといたしますと質の向上を図って、しかも家賃が安いということになりますと、公的援助しかないのじゃないか、こういうことになってまいります。  公的援助としますと、公営住宅では建設補助を出しております。公団住宅でしたら、また利子補給が大きく物を言っております。そういうふうにして利子率を下げて家賃を抑える、こういうことをやっているわけです。それを、もっと大幅にやるかということもありますが、それも結構だと思いますけれども、そうなりますと一つ、ここで考えておかなければならないのは、特に公団の場合、考えておかなければならないのは、そういう援助を受ける資格という問題が出てくると思うのです。公団は入居資格が一番上の階層になっておりまして、資格としては上の方は青空になっております。公的援助を受けなくても十分やっていける人まで、そういう利子の補給をしなければならぬかどうか、こういう問題がそこに伏在しているわけでございます。  そういたしますと、できるだけ家賃の支払い能力というものと、それから実際に沖繩する上に必要な、仮に経営家賃と申しますか、経営上必要な家賃というもののギャップが大きい者ほど援助を手厚くするというふうにしませんと、せっかく財政的に国民の税金をつぎ込むわけですから、あるいは別の言い方をしますと間接的な所得移転でございますね、そういうものが効果的にならない。現在でも、そういう意味で下ほど手厚く上ほど、それが薄く、あるいは全然しなくてもいい場合もあると思います。そういうふうにやりましたら、よほど下の方に公団に入ってもらえる。たとえば四万円を一万円下げる、三万円にするということになれば相当、需要もあるようですが、そういうことは、わりあい簡単にできると思うわけです。  プール制というものも一つあるとは思うのですが、これは新旧のアンバランスというものを、ある程度、是正するということだけでございまして、一つの方法として結構だと思います。ただしかし、それだけで、いまの問題は解決できないと思います。経営家賃というものは一体どのくらいにとるかということも、一つの大きな問題がたくさんございます。現にプール制の問題の中にも、そういうのが含まれております。しかし現在の状況は、実は非常に大事な住宅資産、これは社会資本と言われたり社会資産と言われたり、国民の一つの財産であるわけです。特に公団の場合には当然そうなると思います。公団を含めて日本の住宅というのは食いつぶしで何とかやっている。家賃の支出が一〇%内外というようなことは、これは食いつぶしの上に成り立っている。個人も、それから国も自治体も、みんな、そういう形でやっていっている。そういうことは計算上出てまいります。そして、現に公団の住宅の維持にしましても、古い住宅の家賃では賄っていけない。これはいわゆる原価主義、私は本当の原価主義だと思いませんけれども、原価を賄えないような家賃で、修繕費も何とかしなければいけない。しかし結局は、新しく建った家賃の中から、その収入の中から、そちらの方へ回す、一種のプールをやらざるを得ない状態になっているわけですから、もし、これで建設そのものが減ってしまえば、もう、いままで建った住宅というのは食いつぶしは、なお、ひどくなるわけでございます。  利潤はもちろんいいませんけれども、維持経営できるだけの家賃はといいますか収入が、経営者側には当然なくてはいかぬ。民間になりますと、それは利潤も含めて、なくてはいけない。ところが、きょうは、その方は申し上げませんが民間でも、なかなか利潤というほどのものはないわけでございまして、日本の住宅全体にとってみて、これは憂慮すべき問題だと思います。  では、どういうふうにして下の方に手厚く援助するか。これもやはり国の責任とは何か、そして自治体の責任は何かということを明らかにした上でないと、具体的にできない問題もございますけれども、しかし、とにかく公共的に、そういう補助をするということになりますと、そのギャップがどのくらいかという計算を個別の世帯ごとにしなければならぬ。大変な仕事でございます。生活保障の方、生活扶助では、そういうことで一定のルールをつくったりして、やっておりますが、それに似たような細かいことをしなければいけないということで大変でございますが、しかし税金を、そういうふうにつぎ込むということになれば、そのくらいのことをやらないと本当の意味での住宅政策の理念というのははっきりしない。また、政府の責任というものは何か、そういうことで、いま一番、政府にとって大事なことは、そして保障しなければならぬことは何かといえば、最低居住水準を保障するということだろうと思います。その水準を確保するために、これだけの援助はしなければならぬという理屈も、そこから出てくると思いますので、わりあい、その計算はしやすくなると思います。  また、そういたしまして、これも生活扶助と同じようなことになりますけれども、家賃は、実際に支払う家賃と申しますか、あるいは補助を受ける額といってもよろしいのですが、そういうものも毎年、改定していく。これは個別の世帯の収入の状態が変わってまいりますから、固定しないという考え方これでよろしいのではないかと思います。家賃というのは、どうも物についているのであって、そういう人についているものではないという意見もございますけれども、日本でも住宅の場合には大体、物についておりますけれども、しかし歩合制で家賃を取っているケースも、ほかの用途に充てる建物では、かなりございます。必ずしも物にこだわる必要はない、こういうふうに考えております。  時間でもございますので、ちょっと中途半端でございますけれども、いまのところは、この程度にさせていただきます。

野中英二自由民主党

○野中小委員長 それでは、これより再び懇談に入ります。     〔午後二時八分懇談に入る〕     〔午後三時一分懇談を終わる〕

野中英二自由民主党

○野中小委員長 これにて懇談は終わりました。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  長時間にわたり貴重なご意見を承り、本小委員会といたしましても、この御意見を国政に十分反映させる所存であります。本日は、まことにありがとうございました。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後三時二分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗