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80回国会衆議院1977/04/08

沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第6号

発言数
258
登壇者
21
会派数
6
開催日
1977/04/08

会議録

稲富稜人民社党

○稲富委員長 これより会議を開きます。  沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。  去る四月二日から四日まで、本法律案の審査のため沖繩県に委員を派遣し、現地の実情を調査いたしてまいりました。  この際、派遣委員から報告を求めたいと存じますが、私が便宜この席から御報告申し上げます。  われわれは、去る四月二日から四日までの三日間、沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案の審査に資するため、沖繩県に派遣されました。  派遣委員は、竹中修一君、加藤万吉君、池端清一君、斎藤実君、甘利正君及び私の六名でありまして、現地において、委員西銘順治君、上原康助君、玉城栄一君及び瀬長亀次郎君の参加を得ました。  われわれは、初日に、まず沖繩総合事務局から事務報告を受け、引き続き那覇防衛施設局から境界不明土地の土地調査に関する報告を聴取いたしました。次に、沖繩県庁において、県当局及び沖繩の市町村代表と懇談いたしました。  次に、糸満漁港を視察した後に、南部戦跡のひめゆりの塔、健児之塔及び黎明之塔に花束をささげ、参拝いたしました。  第二日は、防衛施設庁所管で土地調査を実施しているキャンプ・マーシー、トリイ通信施設、ボロー・ポイントを視察し、それぞれ土地調査状況について説明を受けました。  次に、海洋博覧会記念公園を視察した後、屋我地の農業開発実験地区の農業構造改善事業と県営の畑地帯総合土地改良事業を視察いたしました。  第三日は、県庁において、商工関係団体、農漁業関係団体、消費者団体及び労働団体の代表の方々とそれぞれ懇談をいたしました。  次に、那覇市内の伝統工芸製造場を視察いたしました。  今回の委員派遣は、きわめて短期間の日程ではありましたが、復帰特別措置等について関係各界の方々と懇談し、その意向を把握するとともに、前期五ヵ年を経過した沖繩振興開発計画の実施状況等を視察することができましたことは、まことに有意義でありました。  なお、今回の委員派遣に際して、沖繩総合事務局、那覇防衛施設局、沖繩県その他関係者が調査について協力されたことに、深く感謝の意を表する次第で価和ます。  時間の都合もありますので、以上の諸点の詳細については、別途報告書を提出いたしますので、  この際省略させていただきます。  以上、御報告いたします。(拍手)  お諮りいたします。  派遣委員報告書につきましては、これを本日の会議録に参照掲載することに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

稲富稜人民社党

○稲富委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。     —————————————     〔報告書は本号末尾に掲載〕     —————————————

稲富稜人民社党

○稲富委員長 次に、質疑の申し出がありますの  で、順次これを許します。美濃政市君。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案、これに関連する問題等につきまして若干の質問をいたしたいと思います。   まず第一にお伺いしたいことは、沖繩が復帰しましたときにこの特別措置というのは相当の件数をやったわけですね。今回、法律事項として改正案が提案されたものはここに出ておるだけでありますが、他のものはどのように処理されるか。たとえば当分の年限ということになって、政令で年限を定めることになっておる特別措置もありますし、二年、三年の措置ですでにもう特別措置は廃止されておるものもありますし、総件数が何ぼで、そのうち今日時点で廃止されたものは何ぼ、それから特別措置の年限が政令で定められることになっておって、なおかつ存続するものが何ぼあるか、これを最初にお伺いしたいと思います。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 お答え申し上げます。  沖繩の復帰に際しますいわゆる特別措置と一般に言われているものにつきましては、これは率直に申し上げましていろいろ見方があるわけでございまして、沖繩開発庁が現在本来の業務としてやっております振興開発計画も、先生御案内のように、沖繩振興開発特別措置法は四十七年から十年の時限法でございます。そういう意味を加えますと、全体の件数把握というのがなかなか端的には御報告申し上げにくいのでございますが、いわゆる復帰に際しましての現地の実情に即した特別措置といいますか、緩和措置といいますか、こういった考え方で見てまいりますと、御案内のように、現在法案として政府が御審議をお願いしております復帰特別措置法の一部改正法案にございますような法律案件、そのほかいわゆる政令事項あるいはまたいわゆる予算措置あるいはまた各行政機関で行います行政の実態的な行政措置、こういうものがいろいろあるわけでございまして、的確に厳格な件数でどの部分までがそれに入るかということがなかなかお答えしにくい面もあるわけでございますが、沖繩県とともに調査をした私どもの手元の資料によりますと、簡単に申し上げますと、総件数が百四十三件、この中にはいわゆる二年物と申しますか、二年間の経過措置というのが十七件、それから三年物と申しますか、三年措置というのが三十九件、四年措置が七件、それから五年措置が三十五件、その他四十五件。その他といいますのがいま先生御指摘の当分の間というものであろうかと思いますが、こういうものを含めまして冒頭申し上げました百四十三件ということに相なっております。  この中で、現在までにいま申し上げました二年措置、三年措置あるいは四年措置というふうなものにつきましては、原則としてすでに経過しておるわけでございますので、いずれも措置が終わっておる、こういうふうにお答えをすべきかと思います。ただし、御指摘のございますように、その中でも、この三年、四年措置の中で現地の実情に即しましてさらに再延長されたものが三件ございまして、具体的に申し上げますと、合併市町村に対します財政援助措置、それから農業協同組合の合併に関する助成措置、これはいずれも経過期限が切れました後に、さらに現状に照らし合わせまして延長が必要であるということで、五十三年まで延長ということに現在取り運ばれておるものでございます。それからもう一件、中小漁業振興計画についての特例措置、これも一応一たん延長をされておりまして、これは五十二年度でもって一応延長が終わる、こういう案件になっておると理解をしております。  なお、冒頭御質問にございまして、重複をするかと思いますが、この項目、私どもが一応取りまとめました重要案件といいますか、三十一項目の中では、いわば法律あるいは政令で期間を含めて明確に定められているもの、あるいは当分の間、こういうものといろいろあるわけでございますが、当分の間という形で決められておるものが五件、それから法律及び政令で五年とうたわれておるものがそれぞれ十二件及び十四件、合計二十六件、こういうふうに理解をいたしております。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 これはいま概要のお話を聞いたわけですが、簡単に、いま御説明になったような内容でよろしゅうございますから、資料としてこれはこの審議が終わるまでにひとつ提出を願いたいと思います。  次にお伺いしたいことは、私から申し上げるまでもなく、沖繩においては、再三私もいままでも過去において質問をしてきておりますが、一番大切な問題と申し上げますか、とにかく沖繩の基本をなす問題で、先ほど調査報告の中にも出てきておりましたが、土地の所在が不明であるという点です。これはもう再々言っておるのですが、日本政府としては、これは不明であるというものがまだ解消されないし、年限がたてばたつほどめんどうになっていくと思うのですが、この関係は一応どういうふうに——いままで明確にてきたものはよろしゅうございますから、いまなお不明であるというもの、特にこの国会にも軍用地法案が出ておりますけれども、恐らく軍用地の相当部分は、土地所有者自身も自分の土地がどこであるか所在はわからぬでしょう。また、親切に所在明示もしていないですね。公簿上ですか、帳簿上の賃借契約で土地の所在というものは全く不明になっておる。軍用地の中だって相当あると思うのです。それ以外でも不明なものがまだまだ多い。これから先何年で、どのくらいの経費で、どういう方法で、これはこのままにしておけぬと思うのです、その計画をひとつお聞かせ願いたい。軍事基地と両方分けて説明してください、軍用地の部分はどうする、以外はどうする。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 軍用地と申しますか、施設、区域内の詳細につきましては、私これから御報告申します中にも触れさせていただきますが、開発庁が当面所管しておりませんけれども、概数でそれを含めて御答弁させていただきますと、先生御指摘のように、この沖繩の戦災その他によります土地の所有の不明問題というのは大きな問題でございまして、県当局を通じて私どもが承知をしておりますいわゆる土地不明地域と言われておりますものは、概略で申しますと、百五十平方キロ程度、これは概数でございます。その中で、いわゆる復帰前に民地として施設、区域から解放されたところを含めました、いわゆる復帰前に一般的に、解放民地といいますか、いわゆる民有地と言われているものが約二十平方キロ、それから復帰後に返還されたところを含めまして、いわゆる米軍施設、区域といいますか、基地関連区域といいますものが約百四十平方キロ、こういうふうに私どもは理解をさせていただいております。  先生からも御指摘がございましたように、この土地の境界不明地域の解決ということは、沖繩の振興開発、土地利用計画遂行上非常に重要な問題でもありますし、かたがたそれぞれ土地をお持ちの方々の個人の所有権の紛争というのが住民生活にも非常に大きな影響を与えておるということにかんがみまして、復帰の時点におきまして県御当局、それから施設、区域を担当しております防衛施設庁ともいろいろ協議をいたしました結果、先生御案内のように、防衛施設、区域内及び復帰後返還になりました区域につきましては、施設の維持管理そのものを防衛施設庁当局が現地でもやっておられますし、かたがた所有者と申しますか、地主の方々との日常の接触も専門にやっていただいておるということで、防衛施設庁当局にお願いをし、残余と申しますか、いわゆる民地につきましては開発庁がこの予算を計上いたしまして、沖繩県当局の協力を得まして地籍の解明に当たる、こういう方式で現在に至っておるところでございます。  民地につきましては、復帰後、まず当初に、復帰前からのいきさつのございました西原村、南部沖繩本島の区域でございますが、西原村を手がけまして、逐次この数ヵ年にわたりましてこの区域を拡大をいたしまして、現在五十二年度予算では、中部で言いますと、読谷村、それから沖繩市の一部一こういった数ヵ町村にこの調査及び測量その他紛争解決のための作業が伸びておるところでございます。  現在までで申し上げますと、この西原村につきましては、細かいところは省略をさせていただきますけれども、ほぼ現地における関係地主間のお話し合いによります合意を見つつございまして、ブロックと申しますか、この作業のもとになるブロック数で言いますと、七十五ブロック西原村には該当地域がございますが、このうちで五十四ブロックにつきましてはすでに全員の合意をいただいております。この合意をいただいておるものの中で、多少事務書類の未整備もある関係もございますが、とりあえず十五ブロックにつきましては先々週正式に県から関係書類の御提出がございまして、近日中に国土調査法によりますところの内閣総理大臣の認証に至る、こういうことに相なっております。残余の二十数ブロックにつきましてはいろいろと県御当局の御努力を現在いただいておりますが、それにつきましてもほとんどの合意をいただいておるようでございまして、それぞれのブロックに若干、一人ないし二人なお御納得をいただかないという方もいろいろな事情であるようでございますが、私どもの見通しでは、県の御努力によりまして、近日中にほぼ西原につきましては全体が国土調査の認証を得るところまでいけるのではないか、こういう期待を持っております。  なお、お尋ねの今後の計画でございますが、五十二年度におきましても、いま申し上げましたような中部地区の読谷ないし沖繩市でも、いま測量等を含めました現地作業に入っておりますので、私どもの期待をいたします予測でいきますと、地元の地主の方々も非常に熱心にこの作業に加わっていただいておるようでございますから、相当スピードを上げて、西原の経過を見ました感じでも、相当早い時期にこれが国土調査による認証までこぎつけられるという自信を持っております。  なお、全体の見通しとしましては、私どもは現在の見通しでは、現年度を含めまして前後五年程度のタイムラグと申しますか、期間を考えまして、ほぼ民地についてはこの解決が終わるように予算並びに実施についても努力をしていきたい、こういうふうに考えております。  なお、防衛施設、区域内の所管につきましては、私お答えをする権限はございませんが、できるだけ早くこれも防衛施設庁でやっておられるように伺っておりますし、ほぼ前後そういった期間をめどに防衛施設庁当局も作業を進めていかれるもの、こういうふうに聞いておるところでございます。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 次に、国有林の関係ですが、これは私ども視察してみて、必ずしも国有林が、ああいういわゆる過去における沖繩の形態から見て、国有林というのは直接林野庁の管理で、ほとんどのものが貸し付けになり、その貸し付けられた森林が、必ずしも林木の生産やそういうものに効率的な運用が行われてないと私どもは見るわけです。もう沖繩に行くたびにそれはそういうふうに見るわけです。この関係はどういうふうに整理するか。それもまた林野庁の問題ですということなのか。それはそれであれば、きょうは時間の関係で、林野庁だとか防衛庁だとか一々省別に呼んでないわけです。やはりこういうものは総括して、たとえば先ほどの土地の境界問題、区分は防衛庁であってもやはり総括は沖繩開発庁でそれらのものはつかんでいなければ、協議、合議というものは絶えず行われてなければならぬと思う。この国有林の問題についても、これはきょう承るのは、所管をしておる林野庁の意見もさることながら、沖繩開発庁としてこの問題は、私は前段に申し上げることは、このまま放置すべきでないという前提に立って今後の計画を聞いておるわけです。これはどのように考えておるか。年限的にはどのような年限で、中には伐採した後の管理あたり、いたずらに国有林が特定な利益にのみ使われて、早くこれは解消しなければならぬという一面もかなり出てきておると思うのですが、こういう問題は、どの場所でどうだということを私が指摘しなくても、すでに開発庁としては十分お考えになっておると思うのです、国の財産ですから。それはどういうふうにこれから措置しようとお考えになっているか。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 林野庁の問題でございますけれども、便宜私からお答えいたします。  現在、沖繩におきます国有林面積は、林野庁統計によりますと、約二万七千ヘクタールであります。そのうち、いわゆる経営林として利用されております人工造林のなされた地域は二千三百ヘクタール、残りは天然林の状態のままでございます。それで、現在の国有林林地の相当部分が沖繩本島北部にございまして、これは福地ダムその他の沖繩に対する上水道供給の水源地がこの中に含まれておる。したがって、私どもといたしましては、この沖繩本島の上水道その他の用水供給源になっております林地につきましては、それがいまの状態で大規模に手を加えられるということは、水源涵養の面ではかなり困る問題でございます。ただ、一般に沖繩の林地がほとんど人工造林的に手を加えられていないで天然林状態であるということは、それは自然保護なり環境の問題としては別の議論がございますけれども、もう少し林産という産業が伸びる余地がある、伸ばしてもいいものではないかと私ども考えております。ただ、その中に杉、ヒノキというような本土でよく使われております用材林を植えていくのがいいのか、別の樹種を選定するのがいいのかというのは、沖繩の気候風土が特殊な条件でございますので、そういう特殊な条件に耐えられるような樹種があればそういう形に育てていって、 林業というものを産業化するといいますか、林業をもっと伸ばすという余地はまだ残っている、こういうふうに私どもは  一般論としては考えております。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 沖繩の林業振興のいまのところへいく前に、その土地の問題ですよ。国有林が沖繩林業ですか、などという公共性のない団体に部分林設定か何かの条件で賃貸されておる。ああいうものは解消できないのですか。それを言っておるわけです。そういうものを解消して、それからいまお話のあったような点はやらなければならぬと思いますよ。自然風致だからといって、生産性の低い自然の灌木で、その方がよろしいというわけじゃないのです。森林の持つ公共性とかあるいは自然環境の機能とかいうのは、人工造林にしたから灌木林より悪くなるというものじゃないわけです。それはその後の問題で、私がいま聞いておるのはいろいろ土地問題を聞いておるわけです。基本的に終戦後の混乱でいま言ったようにいろいろになっておるわけですね。本土においては境界不明などという問題はないわけですから、まだまだ沖繩には後遺症があるわけですね。本土では全然苦しまなくてもいいような問題が、やはり戦争の後遺症として多く残っておるわけですから、それは一年も早く解決しなければならぬだろうし、その解決はやはり全額国費でやるべきだと私は思うのです。沖繩島民は本当に大きな戦争の被害者なのでありますから、全額国費で、そういう後遺症というものは一年も早く治していかなければならぬ。やはり国有林が正常に管理されていないということも後遺症だと思うのです。その後遺症をどういうふうにして、いつごろまでに治すのかということを聞いておるのです。林業の振興を聞いておるわけではない。樹種をどうするかなんという話は、きょうは時間の関係でする予定になっておりません。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 沖繩の国有地、特に国有林野の問題につきましては、先生も御案内のように、主要の地域といいますと、端的にいいまして本島の北部、それから西表の問題があろうかと思います。現在、専門の所管庁は林野庁でございますので、私どもが有権的に御答弁といいますか、御報告を申し上げるのはいささか恐縮でございますけれども、私どもが理解しておりますところは、先生も御案内のように、沖繩の本土復帰の際に貸し付けられておりました国有林野の取り扱いにつきましては、現在御審議をいただいておりますこの特別措置に関する法律の中で、法律の施行の際に公用地に使われておりました国有林野につきましては、昭和五十七年五月十四日まで無償で貸し付けることになっておりまして、また旧沖繩県地方費をもって経営しました国有林野に関する件、明治四十二年の勅令でございますが、これに基づく契約によりまして沖繩県に貸し付けられておりました林野につきましては、この契約期間中は従前と同じ条件で貸し付ける、こういうことに相なっておるところは御案内のとおりであります。また、この法律施行の際に市町村その他法人、個人に貸し付けられておりました国有林野につきましては、五十二年の五月十四日まで従前と同一の条件で貸し付ける、こういうことに相なっております。  現在この復帰特別措置の一部改正法案に関連をしまして、冒頭御質問にも御答弁をした中に入る問題でございますが、いま大きな問題になっておりますのは、先生も御承知のとおり西表におきます旧開拓部落民に対します国有地の問題がございます。これはまさに先生がおっしゃいますように、五十二年の五月十五日で先ほど言いましたような問題が発生するわけでございまして、現在農林省及び大蔵国有財産当局ともいろいろ御相談がありまして、私どもは基本的には当時の入植の歴史的な経過及び現地の実態にかんがみまして、農林省を通じましてできるだけ早く、先生がおっしゃいますような土地の具体的な実態の把握を含めまして調査が行われた上で、しかるべき時期までにこれらの地域ができればそのまま現在使用しておられます住民の方に、いわゆる農地としてお渡しできるということが望ましいということを前提にしまして、いわゆる復帰特別措置の延長と申しますか、その一環で現在協議をお願いしておるところでございます。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 いまの西表のやはり早急に処理を要する問題、これはこの前にも私が質問しておる事項ですが、早期に見通しがつきますか。これは国有林の処分ですから、処分するのは農林省所管、さらに小さく言えば林野庁かもしれませんけれども、やはり開発庁としてはこういう問題は、そのための開発庁ですから、島民の利益を守るということについては積極的にそういう省庁に解決の促進を図っていかなければならぬと思うのですね。その意図は十分お持ちだと思うのですが、そのめどです。もうこの話は何年も前から出ておるので、いまだに処理ができてないというのはおかしいのであります。ことしはもう大分審議はできたはずですから、問題はわかってながめておるというのか、それとも積極的に、問題の処理は遅くともことしじゅうにやらなければならぬというところに来ておるのか、その内容を聞いておきたいと思います。

虎谷秀夫農林大臣官房地方課長

○虎谷説明員 林野庁がちょっと出ておりませんので、私が承知しているところでお答え申し上げたいと思います。  西表島に現在あります開拓用の貸付地は約四百十ヘクタールございます。先生御指摘のように、境界が不確定のために、地元からは売り渡しの希望が相当出ておるわけですが、なかなか作業が進まないということで、鋭意その作業をやっておりますが、最近になりまして約四百十ヘクタールのうち、約百十ヘクタール程度につきましてやっと境界が確定しまして、自作農の特別会計の方へ所属がえをして売り払い手続に入るというふうな形になっております。それから、残の三百ヘクタールにつきましては、鋭意境界確定のための作業を継続しておりまして、この分につきましては、やはり期限切れの五月十四日までには自作農特別会計の方へ所属がえできないというふうな見込みでございますので、この点につきましては従来どおりの無償の貸付の方式でいけるように現在大蔵省等と協議をしておるところでございます。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 他にもお尋ねしたいことが多くあるわけで、こればかりにかかっておるわけにいきませんが、いま申し上げた国有林の管理についても、本来林野庁管理体系にできるだけ多く戻すように、開発庁の側からそういう基本的な問題が整理されませんと後遺症はいつまでも続くわけですから、後遺症をなくするためには、やはりいろいろ問題が整理されて、後遺症が完全に治っていくと思うんだ。またしかし、いろいろの問題が、たとえば土地の境界一つ取り上げても、最終整理をするには五年ぐらいかかるというお話ですが、私もそれはやむを得ないと思います。さあことしじゅうに全部解明せいと言ったってそれは無理な話であります。それだけでも五年もかかるわけであります。だから、答弁は要りませんが、国有林についてもまた別の機会にでも私は林野庁当局にもこの問題を申し上げようと思っておりますけれども、開発庁の立場からも国有林の管理もできるだけ早く正常に運営していく、こういうことに努力をしていただきたいと思います。  次に、いろいろ環境問題やその他について若干お尋ねしたいと思いますが、西表の問題が出ましたので、もう一つ西表の島の問題について申し上げたいと思います。  この中に林道であったと思うのですが、島の縦貫道路の工事をやっておるわけです。ところが、峠になって真ん中で四キロくらい切れておるわけです。そこの切れておる現場まで私どもは行ってみました。これはどうしたんだと言ったら、道路をつけたら、ヤマネコかなんかが生息しているので、そういうものがいなくなるからだめだといういわゆる環境保全協会や環境庁の横やりでこれはとまったんだ。私どもは島へ行ってみて、東を迂回する沿岸道路が最近できたという話を聞いたが、それもできておるのかできていないのか。私ども去年、五十一年に行ったときはできてなかったのですが、いまになったら、短い期間ですけれども、それが貫通したのかどうか。できたとしても東の海岸道路を回るのと、それからさっき話のあったいわゆる開拓部落ですね、四百十ヘクタールなどというこの地帯から島のどちら側というのですか、真っすぐ行くには島の真ん中の横断道路を越えていけば半分ですね。沿岸道路を回れば距離にしては倍以上になる、海辺を回るわけだから。ですから、島に住んでおる島民の利便を考えると、あの道路はヤマネコなどにかかわらず貫通すべきだと思うのです。ヤマネコやオオカミが大切だったら、日本列島至るところヤマネコやオオカミの生息地にしてしまえばいい。それがああいう僻地の島になって、何のために環境だなどと、そういう特定の環境にこだわって、そういうものの保存にこだわって、原始的な生活を島民に強いるかということです。私どもから言うならば、環境は大切です。みだりに環境を破壊していいということを言っているのではないのです。しかし、ああいう現地の環境を見ると、やはり一般社会並みの文化生活、環境条件をまず人間の生活に備えるということが私は大切だと思うのです。特定な地域に原始生活をヤマネコと同じような条件でせいということになったら、そこには人間はいなくなるのです。だから、行ってみたら終戦直後からいなくなっているじゃないですか。逃げ出すのです。それはなぜか。ヤマネコの生活でおまえらがまんせい、ヤマネコが大切なんだ、そんなばかな話ないでしょうが。西表島に住んでおる限りおまえらの文化生活よりもヤマネコが大切なんだ、そういう行政でいいのですか。どうですか。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 御指摘の西表横断林道は、復帰前にいわゆる日政援助で工事に着手をいたしました。全体延長はおっしゃるように二十五キロでございます。そのうち日本政府支出によりまして工事をいたしましたのが十キロ。それで、四十五年ごろからそのヤマネコの問題が出てまいりまして、復帰後は工事を中断いたしております。それでもう一つ、その復帰のときに西表の民生安定のために計画されましたものが、いわゆる西表一周道路の方でございまして、これは大原と白浜間約四十キロ、海岸沿いに走る、これは県道でございますけれども、これにつきましては、五十一年度をもちまして完成をいたしまして、事実上供用されております。落成式という行為はまだ行われていないようでありますけれども、事実上供用されております。したがいまして、西表島の大きな人口は石垣側の大原、それから裏側の白浜でございますので、自動車による交通を考えます限りでは、ことに平地でございますし、新しい道路構造令規格といいますか、各県共通規格でつくられた道路でございますから、その両地点を結ぶ交通として考えますと、時間的には、距離は延びましてもいわゆる一周道路の方がかなり早く到達できる計算でございます。ただ問題は、その横断道路経由地点におきます民生をどうするか。それから、一応国有林地内でございますので、あの林地を経営林として使うのか、それとも原生林として置いておくのかというのは、これはまた別途の判断であろうかと思いまして、私どもは現在、復帰後林道としての工事は中断しております。もう少し、そういう横断道路がもう一本要るか要らないか、要るとしたらどういう道路がいいかという問題を含めまして、検討を将来に持ち越しております。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 私は、その論議はもう尽きておるんじゃないかと思うのですね。私の質問の趣旨は、必要だ。だから、これからああいうところをするときに、ヤマネコよりも人間の生活——やはり原始生活に閉じ込めるような物の考え方でする必要はないんじゃないか。そういうのであれば、そういうことを主張する、たとえば環境庁あたりの中にそういうことを本気になって言う人がおれば、まずあそこに行って、あのヤマネコと生活をしてもらえばいいんだ。自分は東京の中でこれだけの文化生活をして、西表島の人間はヤマネコと同じ生活に甘んじろというばかな話はないと思う、少なくとも役所の中で。そういうことを論ずる人が環境庁の中におるとしたら、あそこへ行ってヤマネコと生活してもらえばいい、東京におらぬで。東京におってそういうことを言ってもらっちゃ困るということだ。ありがた迷惑ですよ。そうじゃないですか、どうですか。環境庁、そういうことを言う人がおらぬのか、どうです。

土屋徳之助環境庁自然保護局保護管理課長

○土屋説明員 先生の御指摘の点は私どもも伺ったことがございますが、西表の国立公園と申しますのは、わが国に残されましだ南方の照葉樹林帯の地域として、また貴重な動物の問題もございまして、環境庁としては、この林道についてできれば廃止させていただきたいというふうに考えているわけでございますが、先生のおっしゃいました北岸道路の完成というのが間もなくあるようでございます。これの完成を待ちまして、県や現地の方々とよく話し合いをした上でいろいろ考えてみたいというふうに思っております。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 そういう点、私はヤマネコが大切じゃないと言っておるわけじゃないのですけれども、やはりその緩急度合いを誤らぬようにしてもらわなければ困ると申し上げておるわけです。あの道路をつけたからヤマネコがいなくなるとか、何かもう一つあそこには特殊のタカがおるようですね、そういうものが山の中に林道一本つけたら必ずいなくなってしまうのか。私はいなくなるものじゃないと思いますね。だから、そういう点をもう少ししてもらわぬと、ああいうところの開発にはやはりそういう点の配慮が払われないと、いま申し上げたように、こういう時代になってきて、特定の地域に、そこにおる住民のみに、東京に住んでおる人が、たまたまヤマネコなんか見たいから残しておくんだという理由で原始生活を強要するというような環境保全というのはあり得ない。そういうことの間違いを起こさぬようにしてもらいたいということを私は申し上げておるわけです。  次に畑地、同じ基盤整備で、これは農林省から来てもらっておると思うのですが、構造改善局にお尋ねしたいと思うが、やはりいま言ったように復帰したとはいいながらも、これも繰り返しますが、農業に関する条件というものは全く劣悪条件で、同じ小さいといっても、やはり本土における農業条件とは比較にならない劣悪条件である。ですから、これはもう一年も早く、特に干ばつの多いところですから、宮古やあるいは八重山群島については畑灌漑の問題はぜひ必要であります。それから、どうしても区画整理が必要だと思います。これから進んだ農業をするのに、経営は小さくてもやはりあの条件ではだめなんだ。畑灌、それから区画整理が当然必要であり、その他基盤整備も早急にしなければならぬが、それには膨大な経費も伴うわけです。これはやはり総合的にどういう計画を立てて、これから何年ぐらいでそれを完成していくか。特に畑灌といっても水源を求めるのが大変だと思うのですね。水源があって、あとはパイプを敷設するとか、そういう工法で目的が達成されるのであれば、金はかかっても完成は容易だと思いますけれども、宮古や八重山群島、ああいう条件の中で、畑灌をするといっても水源がないわけであります。水を求めることそのものに問題がありますから、地下水はかなりあるようですけれども。そういう問題をあわせて、どういう計画になっておるか、何年ぐらいで完成しようとしているのか。

須恵務農林省構造改善局建設部水利課長

○須恵説明員 お答え申し上げます。  ただいま先生御指摘のとおり、沖繩の農業を振興するためには、その前提となります農業基盤の整備を促進する必要があるということは全くそのとおりでございまして、そのために農林省も鋭意努力をしているところでございます。  先生も御承知と思いますが、土地改良の長期計画というのがございまして、これは四十八年から五十七年までの十年間を期間にとりまして計画が立てられておるわけでございますが、この中に沖繩分として盛られておりますのが千七百億ございます。この達成率が、大体期間にして半分経過したわけでございますけれども、余り芳しくない数字になっておりまして、進捗率がまだ二三・五%という数字になっております。  これは最初、四十八年、四十九年の出だしにおきまして事業の執行体制が若干整わなかったという理由もございまして、出だしがちょっとおくれたということで、進捗率が現時点で余り芳しくない数字になっておるわけでございますが、その後、五十年、五十一年、それから五十二年度の予算というふうに大幅に伸ばしておりまして、ことしの予算を見ますと、農業基盤整備事業の全国予算は、対前年比にいたしまして一二二・四%でございますが、それに対比いたしまして沖繩の農業基盤全体の予算は一五二・五%を計上しておるわけでございます。そのように鋭意予算を伸ばしまして、この長期計画のおくれを早く取り戻したいというふうに考えておるわけでございます。  ちなみに、この長期計画を達成するために五ヵ年間でどの程度の予算を伸ばしていったらいいかということでございますが、年率平均にいたしまして二〇・二%伸ばしますというと、先ほど申しました長期計画が達成できるということでございまして、これは過去の投資実績から申しまして十分に可能であろうというふうに考えております。  それから、先生御指摘の水の手当てでありますが、これがやはり土地基盤整備を進める上で非常に大切なわけでございますが、そのための調査にも調査費として予算を計上しておりまして、農業用水開発調査あるいは地下水の直轄調査等に来年度かなりの予算を計上させていただいております。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 いろいろ困難な情勢もわれわれも察知できますけれども、ことしも若干予算が伸びたようですけれども、私どもから言えば、いままで非常に低かったわけでありまして放置されておったようなわけでありますから、伸度から言うなら  一五二・五%ぐらいでは、それは伸びぬよりはいいですけれども、やはり前年対比であれば倍ぐらいの規模に持っていかなければ、なかなか短い年限で解決できないのではないか。こういう問題はこれから何年も放置しておくと、さっきも申し上げたように、自然条件が劣悪でありますから、そこには定着しないという問題が出てきますから、やはり一年も早く、もっと速度を上げるように努力してもらいたいと思います。  それからあわせて、これはやはり基盤に関係ございますから構造改善局に、サトウキビの振興の問題もちょっと触れたいと思いますけれども、まず先に、特に離島関係、石垣島を中心とした八重山群島では復帰時点は二十万トンをちょっと超えるキビの生産だったけれども、さっき言った西表島へ行ってみても製糖工場はあるのですが、閉鎖してしまっておる。反別が急激に減少してしまった。二十万トン以上生産のあったサトウキビが十万トンを割っておる。ことしはどうですか。ことしも三月でもう大方操業は終わるわけです。全部終わったと思うのですが、やはり九万トンぐらいですか、この八重山群島に限って申し上げても半分になってしまう。しかも、話に聞くと観光業者が土地を買い占めておるということで、行ってみると全部荒廃しておりますね。復帰の前に行ったときには大体この方面の、主として専業的にやっておる農家の所得は千五百ドルぐらいであったわけですね。低い所得でありました。だけれども、非常に暖かいところですから燃料も要らない、衣料も余り要らないということで、それで生活はされてきました。それで十分だということではございませんけれども、そういう状況であったということであります。ところが、いま行ってみると、そういうふうになりました。結局土地は半分以上が観光業者に買い占められ、出かせぎに出ておる。出かせぎ先、飯場地なんかで生活費がかかるから家へ送金する額は千五百ドルか、これだけ物価が高いときでも二千ドル以内である。いまは円でありますからドルで申し上げるのはあれですが、復帰のときは米ドルの地域ですから、いまで言うなら五十万円か六十万円ぐらいしか送ってこれない。五十万ぐらいでしょう。それで家族は細々と——細々ぐらいではない。もっと苦しい生活をしておる。中には若い人が単身出かせぎに出ておりますから、蒸発してしまって行方不明になってしまうという家庭もあるわけです。小学校や中学校の子供さんと妻と年寄りが残っておるわけです。何のための復帰であったのか。とにかく人道問題が起きておるわけですね。それは一〇〇%行政の責任だとは私申しませんけれども、行ってみて私も痛感しますね。何のために沖繩は本土に復帰したのか。復帰した後の行政措置なりそういう面は適切であったのかどうか、起きておる現象というものを見て痛感せざるを得ないわけです。  そういう問題についてまず第一番に、基盤としてどうお考えになっておるか。ああいう特定な地域の相当の反別が観光業者に買い占められて荒廃してしまうということは、国益からいっても、その地域の住民の生活からいっても許しておけないことだと思うのです。ただ、自作農特別措置法のような法律がないから強制介入することはできません。私に言わせたら、こんなことでいいのかどうかという問題なんです。まず、基盤の上からどういうふうにお考えですか。片や、前段に申し上げたように、どんどん国費をふやして畑灌もやらなければならぬ、そういうことをやって沖繩における産業の振興をやらなければならぬ、片や国の大きな投資が行われて、せっかく国民の食糧自給という基本の上に立った大切な基盤が観光業者に買い占められて荒廃していく、そんなことは許しておけないと思うのです。これは政治上の大きな問題ですから、どういうふうにお考えになりますか。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 地域ごとの数字を持っておりませんけれども、沖繩全県下で申しまして、復帰前に農地が四万八千三百ヘクタール、それがただいまの時点で四万一千六百ヘクタールぐらいにまで落ちております。それで、この落ちた原因につきましての調査が、全数調査ではございませんが、沖繩総合事務局で四十六年から四十八年までの期間について調査したものがございまして、この中で農地が買収されて他に移ったものが三千ヘクタール、その他山林原野が買われたというような姿になっております。ただし、これは全数調査ではございませんので、一部の数字に異同があるかもしれません。  確かに、沖繩のただいまの一農家当たりの平均耕作反別が〇・八ヘクタールばかりでございまして、本土平均が大体一ヘクタールでございますので、そういう意味から言いまして、沖繩の農業経営は規模が小そうございます。何かの形でこれを大きくする工夫というのを考えなければいけない段階だと思います。  私ども現在特に沖繩の離島地域について考えておりますことは、沖繩の全農地に占めます離島の農地のシェアが約四割でございます。これに対しまして、予算といたしましては農業基盤の予算の六割ぐらいを投入しておる。そういう形で、程度の問題はいろいろございましょうが、ただいまのところはそういう離島の農地につきましての予算の重点配分といいますか、傾斜配分を行っておる、こういうことでございます。  ただ宮古、八重山、それから本島の付属離島、これは共通の問題でございますけれども、一般的にこれから拡大し得る余地というのは、農地としてはかなりあるわけでございまして、特に八重山地区につきましては水源の確保は他地域に比べて比較的容易でございます。したがいまして、現在でも国営灌排の事業あるいは畜産基地というような国営級の事業が入っておりますし、現在調査中のものがあと幾つかございますので、この地域についての見通しは私どもは比較的明るいものを持っております。ただ、いずれにいたしましても、作目はキビかパインかあるいは畜産かというような形に比較的限定されたものが中心になっていくであろうと思いますし、また、これらに対する政策手段といたしまして、離島のサトウキビにつきましては、特に含みつ、分みつを問わず一段かさ上げされた助成措置を行っておりまして、ただいまのところ、てこ入れをしております。何かそういう形でできるだけ離島の農業人口を復帰させたいと思いますし、Uターンさせたいと思いますし、農家の経営を安定させていくという努力を今後とも続けてまいりたい、さように考えております。

美濃政市日本社会党

○美濃委員 私は、総体的にはいまのようなお話でいいと思うのですけれども、お尋ねしておるのは、離島関係が極端ですよね。離島といっても、いま私が前段に申し上げた場所では特殊な荒廃が起きておりますから、特別の手段を講じなければ、全体がこうなんだからという、そういう予測ではだめだと思うのです。極端に急変する、極端な地域が起きておれば、その極端なものに対応する行政手段が行われなければならない、これを言っているわけです。それを総花的な物の考え方でこういうふうに考えておりますというんじゃいけないんで、起きておることは間違いございませんから、きょうはもう時間がなくなりましたから、いずれまたさらに突っ込んで沖繩のサトウキビあるいはパインの振興の問題これも時間をかけて、やはり方向をきちっとしてもらいたいと思うわけです。  総括しまして、申し上げたように、後遺症は深いわけです。そういう農業一つ見ても、あらゆる面にやはり二十数年続いたいわゆる占領行政の後遺症というものがまだまだ残っておるわけです。ですから、こういう後遺症というものは、やはり前段に私が申し上げたように、全額国費で後遺症の解決だけはするという沖繩開発庁の——他の省庁はさることながら、やはり業務は分担されておっても、総括として沖繩開発庁が、全額国費でもって後遺症だけはここ数年で解消するんだという誠意が欲しいわけです。それなくしては沖繩の本当の戦後復帰した意味も出てこないし、いいかげんなことをやっておれば、これは部分的には復帰せぬ方がよかったという条件すら出てくるではないか、私はそれでは相ならぬと思うわけです。  最後に、その決意をお聞きして、質問を終わりたいと思います。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 おっしゃいますように、確かにまだ後遺症が残っておると思います。また、われわれが考えました五ヵ年間で本土のレベルに達するという点においてもまだまだむずかしい。こういうことをもちまして、今回、特別措置の延期方の法律もお願いするわけでございますので、われわれといたしましては、誠意をもってこの後遺症を早期になくするように努力をいたします。

稲富稜人民社党

○稲富委員長 上原康助君。

上原康助日本社会党

○上原委員 私は、きょうは幾つかの問題についてお尋ねをしたいわけですが、特に、かねてから問題になってまいりました旧日本軍が沖繩県内において取り上げた、強制収用といいますか、強制接収した土地の問題を中心にお尋ねしたいと考えております。  これを中心に取り上げるわけですが、せっかくせんだって本委員会から委員長を初め与野党の先生方に沖繩まで御足労をいただきましたし、先ほど委員長の方から調査結果についての概要も御報告がございましたので、委員長を初め行かれた先生方の御協力に地元の者として厚く感謝を申し上げておきたいと思います。  そこで、そういう関係もありますので、法案の関係と交通方法の変更問題、また絶えず諸悪の根源は基地の存在だと言われているわけですが、その基地が存在するがゆえに派生をしている問題等をできるだけ簡潔にさらっと取り上げて、先ほど申し上げた旧日本軍の強制接収した土地の問題に入りたいと思うのです。  きょうは開発庁長官、いろいろお忙しい中でかなり時間を割いていただいたのですが、まず今回調査に行って、いろいろの関係団体からたくさんの御要望が出されました。先ほど御報告がありましたように、商工関係団体として沖繩県商工会議所連合会、那覇商工会議所、沖繩県工業連合会、沖繩県中小企業団体中央会、沖繩県観光連盟、沖繩県農業協同組合中央会、沖繩県農業協同組合連合会、消費者団体として沖繩県婦人連合会、かしこい消費者の会、そして労働団体として県労協を初めとする各団体、いずれも非常に深刻な復帰後の実情を訴えつつ、当面する諸問題についての解決策を陳情しておられます。さらに、沖繩県庁からも具体的な問題提起などもございました。本来そういうことを中心に議論をすべきかとは思うのですが、先ほど申し上げましたような事情もございますので、きょうはこの点は割愛をいたします。総合事務局の方も立ち会いをしていただいたし、また開発庁本庁の方からも今回の調査団の一行に随行員が同行をいたしておりますが、県庁を含めて各関係団体から出された御要望に対して、今後どのように対処していくおつもりなのか。  私が常に申し上げていることですが、国会の議論というものは、特に野党の私たちの質問に対して、その場限りのものであってはいけないと思うのです。できるだけ議論をかみ合わせて、指摘をしている問題が筋が通り、どうしても解決をしていかなければいけない問題提起であるならば、政府もそれなりの対応をして、誠意をもってこたえていただかなければいけないと思うのです。そういう私の気持ちも含めて、これらの諸問題について、ちょっと漠然とはするかもしれませんが、総体的にどういう認識を持たれ、どのように対処していかなければいけないと受けとめられたのか、その点からお聞かせをいただきたいと思います。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 委員会の冒頭、委員長から現地調査の御報告がございまして、先生からいま御発言がございましたように、当庁といたしましても、復帰特別措置法の一部改正法案の御審議をお願いしておることもございまして、担当参事官をして随行をさせたところでございます。  いま御指摘がございましたように、各階層からいろいろと御要望、御要請をいただいておるところでございますが、沖繩の海洋博と申しますか、大きなイベントを終えました直後の景気の落ち込み、あるいは金融経済問題、明年に控えました交通方法の変更という問題、さらにまた雇用問題等各般にわたりまして各界からの御要望をちょうだいしておるところでございます。われわれ開発庁、といたしましては、本土に復帰しました後五年を経過した現時点におきまして、振興開発計画の中期的な展望をいたしたところでございますが、なお今後、後期五年に対処をする上で、これらの要望を十分に踏まえまして、また当開発庁だけではなかなか解決の困難な問題もあるということも先生御了解いただけるところであろうかと思いますが、なお関係省庁とも十分協議、検討をいたし、開発庁長官とも御相談をいたした上で、できるだけ誠意をもって今後の行政の取り組みに資してまいりたい、こういうふうに考えておるところでございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 特に県民生活と密接にかかわっている問題としては、せんだっての委員会でも私が冒頭に取り上げましたように、消費者米価の問題があります。これは麦価も含めてですが、米麦の問題について、婦人団体なり県庁から、現在の物価騰貴の折において十分配慮をしていただきたいという強い要求が出されたことを、重ねて念を押しておきたいと思うのです。さらに、私はもうせんだっても取り上げましたが、どうも振興開発計画といってみたって必ずしも——必ずしもというより、ほとんど県民各階層各般にわたるバランスのとれた格差の是正といいますか、振興にはつながっていないと私は見ているわけですね。そのことは相当議論してまいりましたが、なかなかかみ合わない点もありますので、きょうは割愛いたします。その中でも、先ほどの美濃先生の御発言にもありましたが、農業問題あるいはいわゆる振興開発と言われていることなどがきわめて不十分な形で進められてきている。その原因はいろいろあると思うのですが、なかんずく海洋博の開催によって強いられたいろいろな圧迫といいますか、被害というものは大きいと思うのですね。たとえば民間調査機関の調査による三月の企業の倒産状況を見ましても、一千万円以上の負債額が、月にしては最高の二十七件に上っている、負債総額も二十九億九千六万円、月にそういうテンポで進んでいるわけですね。さらに、現在の経済状況の不振等から見て、倒産件数は四月から五月にかけてはもっとふえるんじゃないのかという予想さえ出されているわけですね。したがって、こういうことについては運転資金さえ工面すれば倒産を防げるもの、免れるものもあると思うのです。長官もせんだっての私のお尋ねに対して、沖繩の海洋博とか復帰によって起きたと見られる企業倒産とか、そういうものについては特別の手当てを検討していきたい、沖繩特殊の事情においてという表現をなさいましたが、しかし、このことがまだ十分着手されていないのではないかと私は思うのですね。改めてこの点に対しての御見解も賜っておきたいと思うのです。  それと、実はきょうは本題は、沖繩開発金融公庫の融資の問題とか運用状況等をもっと詳しく調査をすべき点は調査をして、お尋ねをして、教えていただきたいこともあったのですが、この開発金融公庫の運用にしても、公庫の性格からいろいろ制限はあると思うのですが、農林漁業に対する融資はきわめて低いのですね。目標額の三分の一ないし四分の一程度、これでは先ほどの美濃先生の御指摘があるまでもなく、農業振興というものができるはずがないのですね。なぜこういう結果になっているのか。この間、現地でお聞きしたところでは、百二十四億に対して七十一億程度ですか、半分ちょっとですね。六〇%程度。これは関係団体の意向も聞いてみたのですが、宣伝も足りない、あるいはまた関係者の独自の努力もまだ十分でない点は認めるけれども、やはり公庫の窓口行政とか手続面、いわゆる無保証、無担保でないものですから、もちろん公金ですからそう簡単にはいかないと思うのですが、もっとそこらの緩和策をとらない限り、この問題は解決しないと私は思うのですね。こういう点は今後どういうふうに改善をしていくおつもりなのか、ここいらの点は今後の振興開発なり県民生活との関係できわめて重要な点だと思いますので、一応御見解をお聞かせいただきたいと思います。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 先般の当委員会でも先生の御質疑にございました沖繩の海洋博後の景気の落ち込み、それに関連をしました金融経済の諸対策の問題でございますけれども、われわれのところにも、経済各団体あるいは特にホテル業界等、経営の諸問題を抱えておられます諸団体からもいろいろの御要請を受けておるところでございます。私どもといたしましては、先生の御指摘のように、今年に入りましてからも業界の不況による倒産、大型の負債発生というようなことについて、深い関心と憂慮をしておるところでございますが、まあ日本経済全体につきまして現在景気の落ち込みという問題もございまして、沖繩だけの抜本的な諸対策の取り組みにはいろいろな制約があるわけでございます。私どもとしましては、新年度当初暫定予算も組まれたところでございますが、何といいましても沖繩の現在の状況が、設備投資については盛り上がりが余り期待をできない状況でございますし、政府ベースの所管としましては公共事業をできるだけ早期に発注し、行われるよう、関係機関とも協力をして取り運びをしたいと思っております。  なお、資金の問題につきましては、現実に復帰後かなりの企業融資というものが、現在のような不況の中でいろいろな問題を発生しておることを理解をしておるところでございますが、地元経済界で心配しておられますのは、各金融機関の融資がかなり停滞をしておる、そういった現象の中から今後の新規の貸し付けが資金的に相当困難を来すのではないか、こういう問題も憂慮しておられるようでございます。  私どもは、現地日銀の機関あるいは関係金融機関、もちろん公庫等を含めましてそういった事態に対処いたしまして、そういった資金の還流と申しますか、回転の滞りによりまして新規の運転資金ないしは新規貸し付けがショートすることのないよう、十分事態の推移を見ながら適切な措置をとるよう、関係機関とも現在協議を重ねておるところでございます。  なお、公庫を含めまして金融機関としては、それ自体の経営の問題、いろいろ業務の制約もあるところではございますが、既往の貸し付けその他につきましても、関係機関の協力によりましてできる限り弾力的な運用をさらに一層図ってまいるよう、われわれといたしましても協力を要請していくつもりでございます。  なお、農林関係の資金の諸問題につきましては、後ほど公庫の理事長から答弁があろうかと思いますが、政府サイドで一言申し添えさしていただきますならば、やはり農林関係金融の内容が、先生も御案内のように、主として土地に関連をしました基盤整備あるいは近代化促進のための諸事業というのが、貸し付けの対象の類別としては大きな対象になるわけでございますので、勢い関連の公共行政上の施策との関係が深いということもございまして、いろいろな貸し付けの計画に伴う準備といいますか、事業の実施計画あるいは県その他関係機関の認証というような、沖繩だけではございません、本土全般のそういった問題がございまして、若干そういった手続上の問題もあるかとは思いますが、公庫サイドにおかれましてできるだけPRあるいは手続の簡素化にも努めていただきまして、有効な活用が図れることをわれわれも要請をする所存でございます。

岩尾一沖繩振興開発金融公庫理事長

○岩尾説明員 農林漁業資金につきまして貸付高が非常に少ないではないかという御指摘でございますが、いま先生のおっしゃいましたように、五十一年度で百二十四億という予定でございましたけれども、本年大体七十一億くらいでとどまるだろうという状況でございます。  これは公庫創立以来、農林資金につきましては大変に進捗が悪いわけでございますけれども、悪いのは目標額に対してといいますか、予算で大体見込んだ額に対して悪いわけでございまして、国全体で申しますと、私の方が代行しております農林漁業金融公庫のお金、このお金は、大体全国、沖繩以外のところの農林資金にも充てられておるわけでございますけれども、先生もよく御承知のように、沖繩の農業状況というのは、日本の五百万の農家に対しまして四万七千戸でございますから、大体一%という見当でございますけれども、そういう見当でいろいろ考えてみますと、農林漁業金融公庫の資金のむしろ二%あるいは一・三%くらいを消化しておるという状況でございまして、これは実際には本土の沖繩と同じような耕地面積を持っておる県と比べますと、むしろ高いという実績になっておるわけでございます。  もちろん、そういいましても、実際の中身の問題になりますといろいろ問題がございまして、貸し付け条件が非常にきついとか、あるいは窓口が非常に不親切であるとかというような批判もありますけれども、実際に貸し付け条件の方は、本土公庫がやっております政策金融の貸し付け条件よりも、沖繩の場合には、従前の貸し付け条件等をしんしゃくいたしまして、大体〇・五から〇・二五くらいの割りでむしろ低いという状況でございます。  それでは、そういう条件であるのに、なぜ先生のおっしゃったように余り目標どおり伸びないのかということになるわけですけれども、いろいろ原因はあるかと思いますが、まず第一には、やはり沖繩は畑地でございまして、日本は大体水田が多うございまして、農業政策というのは水田中心の政策ということになっております。ところが、畑地の方はそう政策的な金融手段というものも余り整備されておりませんし、日本の農業政策というのが、大体行政庁の指導のもとにといいますか、行政庁の協力のもとにいろんな政策金融をやるという手法でございます。それが特に水田の少ない、畑地の多い沖繩で、本土のやり方そのままでうまくいくかどうかという点に大変問題があるわけでございます。  そういうこともございまして、いろいろ本土中心に考えられた構造改善事業とか、あるいは土地改良とか、そういった仕事が沖繩ではなかなか本土のようには伸びないという点が一番大きな理由であろうと私は思っております。この点は、本土にはないような、たとえばパイナップル、砂糖等の合併した場合の合併のお金とか、いろんな新しい資金等につきましてもいろいろと勉強をしてお貸しできるようにしておるんでございますけれども、さっきも御指摘になりましたように、復帰以来現在までは、何といいましても海洋博中心の投資でございましたから、したがって、どうしても農業が後回しになりましたので、したがって、それに伴うわれわれの方の資金というのもなかなか出にくいという状況にあったかと思います。  現在、沖繩の農協の数が大体五十くらいだと思いますけれども、日本全体で千二百くらいでございますから、農協の数も少し多いんではなかろうかという気がいたします。こういう点も、合併をされまして末端の農民の方と本当に接触をする窓口がしっかりしてくれば、私の方のお金もスムーズに流れていくわけでございますけれども、その辺がやや弱体ということもございますし、それから行政サイドにおきますそういった制度資金に対する公共事業、そういうものがいままでは伸びなかったということがあります。今度は来年度予算で、たしか開発庁の方の御予算で九十五億くらいであったかと思いますが、農業関係予算を計上していただいておりますから、これは前年に対して五〇%以上の増加でございます。したがって、これからはかなりそういった基盤整備関係の予算というものがついていくと思いますので、それに伴って私の方の資金もどんどん出ていくのではなかろうか、こういうふうに思っております。  それから、取り扱いその他につきましては、いまも申しましたように、農協の窓口その他を通じまして、できるだけ親切にやるようにというふうに指導はいたしております。  それから、関連いたしまして、先ほど美濃先生の方からのお話もございましたけれども、最近、これは非常にいい傾向ではないかと私は思うのですけれども、本土の商社によって買い占められた土地、これがだんだん本土の商社の方が持ち切れなくなってきておるわけでございます。そこで、今度は沖繩の方では島やあるいは本島で農業をやりたいという方が出てまいりまして、そういう場合に、本土の商社が買い取った土地を買い戻すということができましたならば、これからの農業に対して非常にプラスになるわけでございますから、本土公庫には農地取得資金というのがございまして、そういうものを買い取る場合にはそのお金を利用しておるというのが現状でございますけれども、そのお金を借りるには農業委員会の方の選認定ということが必要になるわけでございます。そういった点で、沖繩で県庁なり、あるいは関係機関の方の御協力が得られるならば、できるだけ農地取得資金をお貸しして、いま申しましたような商社の買い取った土地で持ち切れなくなったものはどんどん買い戻して農地として利用していくということをこれからはぜひやりたい、こういうふうに考えております。

上原康助日本社会党

○上原委員 ずいぶん長い御答弁でしたが、一応しんぼうして聞いたのですが、いずれにしましても、あなたは確かに銀行マンらしく、本土の一%規模の農家戸数や基盤からすると、二%ないしそれ以上いっているのだから、金高にしてはそんなに少なくないのたと——そんな数字で勝負するなら、またこっちも考えがありますけれども……。ただ、一般的にいって、あなたがいみじくもおっしゃいましたように、海洋博先行の運用であったことは間違いないのです。そこをまず発想を転換して改めていただいて、できる面から改善していかなければいけませんよというのが私の主張なのです。その点はぜひお含みをしておいていただきたいと思うのです。  といいますのは、たとえばCTS設置の問題に対しては、本年度も百三十億、また次年度も百二十億の膨大な融資をやっているわけでしょう。一体、開発金融公庫の性格というのが、そういうもので位置づけられていないと思うのですね。したがって、そこいらは、末端の中小企業とか農業を営む、あるいは漁業をやっておられる本当に沖繩の生産基盤にプラスになる、生産基盤をこれから改善をし、消費だけじゃなく、物を生産していく方向に政策なり金融というものを仕向けていかなければいけませんよというのが私の持論であり、指摘ですから、そこいらは申し上げるまでもないと思うのですが、いまの農地取得資金の運用の問題等、積極的に改善を図っていただきたいと思うのです。その点を含めて後ほど長官の方から御答弁をいただきたいのですが……。  次に、交通方法の変更問題です。これもせんだって私は取り上げましたが、今回、県庁なり関係団体から出された要望の中で、いま取り上げました金融問題、あるいは最初に取り上げた米麦の価格の据え置き問題、そうしていま一つは、交通方法の変更というのが非常に重大な関心として提起をされている問題なのです。  そこで、せんだってこの件についてかなり詳しくお尋ねしましたので、きょうは一体運輸省はバス企業の代替問題をどうするのかということと、いま一つは、タクシーの問題についてはどういうお考えを持っておるのか、これをぜひ明らかにしていただきたいということ。  もう一つ、これは総理府になるかもしれませんが、大事なことは、現地でいろいろ聞きますと、せんだって閣議決定がなされて、また本庁の対策室を中心にして進められている問題との関連において現地に設置をされるという連絡会議というのは一体何なのか、どういう権限があって、どういう仕事をするのか。頭の方はこっちにおって、交通方法を変更されるのは沖繩現地なんですよ。責任ある政府の方が沖繩に来て、いろいろ陣頭指揮をするというなら話はわかるけれども、本部の方に、頭の方はこっちにおって、沖繩だけえたいの知れない連絡会議を置いて、作業だけ指示するとは何事か。これは記者の皆さんの方からも強い指摘があったわけですね。沖繩現地も、一体だれが責任を持ってこれを遂行するのかというところに非常に不満を持っておられる。ここいらの点はどういうお考えなのか、もう一度明らかにしていただきたいと思うのです。

桜井勇運輸省自動車局業務部旅客課長

○桜井説明員 お答えいたします。  御指摘のございましたバスの対策でございますが、私どもといたしましては、右側通行から左側通行に変わりますと、御承知のように、バスのドアにつきましては現在右ドアでございますので、そういった意味でのバス車両の改造あるいは代替のための対策が必要になってまいりますので、現地のバス関係者あるいは総合事務局と連絡をとりながら対策を実施するということにいたしております。そのために、五十二年度、五十三年度二ヵ年間にわたりまして、これらの対策の実施に要する経費について所要の補助あるいは財政融資を行うという方針でございます。それで、五十二年度の予算におきましては、バス車両の代替対策といたしまして、補助金十二億九千七百万円余、国庫債務負担行為四十一億八千六百万円余、それから財政融資といたしまして十二億円を計上しているところでございます。  それから、タクシーの対策でございますが、タクシーにつきましては、バスと違いまして車両の確保に要する期間が短うございますので、私ども五十三年度の問題として考えております。地元から先生御指摘のように、要望が私どもの方に参っておりまして、承っておりますが、タクシーにつきましては、バスと構造上違っている面もございます。そういった問題も含めまして、今後業界とも十分意見を交換しながら慎重に検討してまいりたい、かように考えております。

室城庸之内閣総理大臣官房交通安全対策室長

○室城政府委員 現地連絡会議について御質問がございましたので、お答え申し上げます。  先般、喜屋武議員の質問状に対しまして政府としての方針をお答えしましたが、現地の連絡会議について、閣議の御了解をいただいたという形で進められておるわけでございまして、近く交通方法変更対策本部の管理部会で現地の連絡会議設置について明確な方針を決定いたしたいということで、すでに現地の方でもいろいろ準備を進めていただいておるわけでございます。  前回の先生の御質問にもお答え申し上げましたように、交通方法の変更をするということにつきましては、これはもう政府の方針としてそのように運んでまいるわけでございますが、実際の事業の実施責任につきましては、たとえば信号機の設置、管理は、これは道路交通法に基づきまして沖繩県公安委員会の権限にされておるわけでございます。そのほか、道路の改良、維持等につきましては、これも道路法の規定に基づきまして、それぞれ道路管理者が責任を持って実施するというふうな、それぞれの法律に基づきます権限の権限者というものが決まっておるわけでございますので、政府の定めました交通方法変更の方針にのっとって、それぞれの所管の責任者が同じ意思のもとにこの事業を推進していくというような形で実現されるものというふうに考えておるわけでございます。  したがいまして、それがばらばらにならないような全体の統括、調整というようなことにつきましては、すでに四十八年の閣議で、沖繩県交通方法変更対策本部というものを設けまして、その本部長は総理府総務長官が当たるということになっておりまして、全体の調整、統括の責任は総理府総務長官が対策本部長としておとりになることになっておりまして、各関係の所管大臣がそれぞれの所管事項について責任を持ってこの推進に当たることになっております。  したがいまして、現地の連絡会議というものは、だれか一人の責任者がおって、その人があらゆる権能を持って一手にこれを処理するというような仕組みにはなりませんので、それぞれの責任者がこれを一つの事業目的に従って、同時に円滑にこの事業を実施できるような調整をやっていこうということのための現地の組織でございまして、中央の組織といたしましては、前回申し上げましたように、対策本部並びにそれぞれの所管の部会が設けられて、ここで各省庁の準備あるいは実施についての調整を図っておるところであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 この間の御答弁とさほど変わったあれじゃないのですが、そうしますと、まず運輸省にお尋ねしておきたいのですが、バスのこの切りかえに伴う代替問題あるいはタクシーの切りかえに伴う代替等に対する補償というのは、五十二年度予算、さらに五十三年度予算において、関係団体の要求なども十分聴取をしておこたえになるような方向で検討していきたい、そういうふうに理解をしていいのか。  それともう一つは、じゃそのほかの、いま運輸省なり警察庁、自治省、そういう面との関係のない県民生活へのしわ寄せ、その問題はどこが担当するのですか。だれがやるのですか。これは開発庁ですか、それを明らかにしておいてください。この交通方法の変更に伴う県民の受ける損失に伴う補償の問題等は、だれが担当して、だれがこの対策を講ずるのか、それも明確にしておいてください。要点だけ簡潔に御答弁願います。

室城庸之内閣総理大臣官房交通安全対策室長

○室城政府委員 それぞれの所管事務に関しまして法律上補償をすべきもの、またし得るものにつきましては、当然御要望を承りながらそれぞれの所管でこの補償方法を考える。しかし、法律上どこにも該当しないいろいろな御要望が当然出てくるであろうというふうに考えられますが、これにつきましては、そういった御要望を対策本部全体として吸収いたしまして、その措置をどうするかということについて十分検討し、それぞれの所管に応じて考慮すべきものは考慮するというふうな、具体的な補償になじむものとそうでないものと区分けしながら、しかも全体として県民の御要望にこたえ得る、そういう措置を考えてまいりたいというふうに考えております。

桜井勇運輸省自動車局業務部旅客課長

○桜井説明員 お答えいたします。  バスの関係につきましては、先ほど私ちょっと御説明いたしましたけれども、従来から地元バス関係者の方の御要望を伺い、意見調整を重ねながら、五十二年度、五十三年度に所要の措置を講じていくということでございます。  それから、タクシーにつきましては、五十三年度の問題として私ども考えておりますものですから、関係者の方の要望なり意見も伺いながら、今後慎重に検討していきたい、こういうぐあいに考えております。

上原康助日本社会党

○上原委員 結局総理府総務長官であられる開発庁長官が最高責任者なんですね。この交通方法の変更に伴って、最終的にいろいろまとめて、まとめたものをどう御判断なさるかはまさに大臣が結論——もちろんほかの省庁の責任者とも協議の上でのことだと思うのですが、やるわけです。そうなりますと、いま沖繩県の方も、来年の七月、多分夏休みの期間を利用してのことだと私は思うのですが、いずれにしても七月という期限、実施時期はいまのところ閣議で決めた、それに向けていろいろ準備を進めているわけですが、しかし私たちが受けている情報なり、また関係者の意向などをお聞きするところによると、もし十分な準備ができないならば、実施時期については見切り発車的な形でやるべきでないという意見が強いわけですね。もちろん現段階でどうのこうのというわけではありませんが、そういう含みを持ってこの問題に対処していかないと、せんだっても私は申し上げましたが、せっかく復帰ショックも終えて、海洋博後遺症も何とか乗り越えようという段階で、もう一度交通方法の変更によって県民生活に大きなしわ寄せというものがあってはならぬのですね。そういう意味では、実施時期には余りこだわらないで、万全の措置をとるように政府御当局においてもまた県なり関係団体ともお話をしていく、そういうお立場でこの問題については対処しておられると思うのですが、先ほど私が開発金融公庫の問題等を含めていろいろお尋ねした問題とあわせて、長官の御見解を賜っておきたいと思うのです。

室城庸之内閣総理大臣官房交通安全対策室長

○室城政府委員 先に私からお答えさせていただきます。  ただいま進めております交通方法の変更につきましては、これが沖繩県民の生活に非常に大きなショックを与えるものである、長年の習慣を変えるということでございますので、容易ならざる事業であるということは当然でございます。しかし同時に、本土と沖繩との間の交通方法が違うということに伴います交通の混乱あるいは危険というようなものもまた無視できないわけでございまして、私どもできるだけ早い時期にこの格差をなくしたい、本土と沖繩と斉一の交通方法を持ちたいということを念願といたしております。したがいまして、この時期はできるだけ早い方がよろしいというふうに考えるわけでございまして、当初復帰の際にも、少なくとも三年以内にやっちゃいかぬという歯どめがかかっておるほどに、これはできるだけ早くやるにこしたことはないという性質のものであろうと思います。したがって、当面閣議決定の来年七月末をめどにという方向で、できるだけ沖繩の方々にも十分御理解をいただけるような事業計画を進めてまいりたいというふうに考えるわけでございますが、一方、交通方法がいずれ変更になるということは、法律の手当てですぐに県民の方々も十分御承知でございまして、それに備えて右ハンドルの車等もかなりふえてまいっておるということでございまして、こういった中途半端な状態が長く続くということは、別の意味からまた交通上も非常に危険であるということでございますので、鋭意、七月末をめどにという線を実現し得るように努力をいたしてまいりたいと考えておるわけであります。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 先ほど、沖繩におきますところの海洋博の後の空白期間についてどのような処置をとっておるか、こういう御質問だったと思いますが、私もたびたび申し上げましたように、沖繩におきましてはまず地場産業の発達を期さなければならぬ、これが根本方針でございますから、沖繩におけるところの農業関係の農地開発育成、それからまた漁業関係の開発育成、これからも第一次産業としては基本問題として取り扱いたい。それから、第二次産業も、これは大いに、融資の関係がございますけれども、開発金融公庫におかれても今後は第二次、第一次産業には相当な融資額を回すべきだというふうに考えております。それから、ホテル等の宿泊施設が目の前で当面非常に困っておられるということもございまして、これらに関しましては、日航、全日空と交渉いたしまして、いまのところでは本土からの観光客は二五%引きというふうな交渉も成り立っております。これは小さい問題と言えば小さい問題なんですが、当面の問題としてはそういうふうな措置もとってきております。五十二年度予算におきましても、公共事業の開発予算の大幅増加を実現いたしておりますし、そういう意味では海洋博後の情勢に対処してきているというふうに思っております。  それから、いまの交通方法の変更に伴う件でございますが、これを見切り発車をするようなことはあるまいな、こういうことでございますが、これは五十年六月の閣議で決定して今日に至り、そしてまた来年の七月に交通方法の変更の実施、こうなっております。地元の皆様方に支障のないようできるだけのことをいまからやっていきます。それで、どうしてもむずかしいということになれば話は別ですが、いま現在では五十三年七月にやはり実施をいたしたい、かように考えております。

上原康助日本社会党

○上原委員 おっしゃる点、理解できないわけでもありません。ですから、私が申し上げたのも、できるだけ関係者の要望、要求などを勘案をして万全の措置をとることができれば、いつまでもやる、やらぬで、ずるずるべったりで、ああだこうだと言い合っているのも、これもいい結果を生むわけではありませんから、どうしてもやらなければいかないものならそれは早目に決着をつけた方がいいと私も思うのですね、県民生活環境からしても。ただ、申し上げたいのは、せっかく落ちつきを取り戻そうという中で、十分な対策がとれないまま、あるいは関係者の要望なども十分満たされないままに、何が何でももう決まったんだからやるんだという方途だけは講じてもらいたくない。いまの長官の御答弁である程度理解できますが、そこを篤と御理解をいただいて関係省庁進めていただきたいし、県も十一月から十二月にかけて具体的な御提案もしたい。何か六ヵ月前にはいろいろなことを取り決めなければいかないようですね。そういう点もあってやるようですから、その点は県民意思を再び無視して交通方法を変更するということはやらない、やってはいかぬと思うのですね。この点くどいようですが、もう一度長官の御見解を賜っておきたいと思うのです。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 できるだけのことをやりまして、県民の皆様方とも協議の上で、これを来年の七月に実施いたしたい、かように思います。

上原康助日本社会党

○上原委員 ぜひそのようにひとつ、交通関係労働者が要望を出されている点なども、運輸省あるいは交通対策室も御協議をいただいてやっていただきたいと思います。  次に、どうも問題が多くて私が質問したいことの時間がまたなくなりそうですか、これもきわめて重要な問題ですから、施設庁と、外務省も来ておりますか——お尋ねをしておきたいのですが、せんだっても聞いた、というよりも抗議をしたのですが、例のキャンプ・シュワブの海兵隊がやっておる戦車道のことなんですね。これは全く無謀きわまる、占領意識まる出しの戦車道の工事をいまやっておるわけですね。こういう状態を一体放任していいのかということなんですよ。  そこで、私はここに写真を持っていますので長官に見ていただきたいのですが、これがいま私がこれから指摘をするところの山野なんですね。こういう非常にきれいな山と言えば山なんです。これが無残にもこういう形で戦車道がどんどんつくられているわけですね。樹齢も大体二十四、五年、三十年以上のものがあるのですね。幾ら戦争を本職とする兵隊のしわざとはいえ、本当に余りにも無残なやり方をやっている。ちょっと見ていただきたいのですね。  そこで、地位協定の三条三項に、もちろん指摘をするまでもないのですが、「合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行なわなければならない。」という明確な規定があるのですね。同時に、国内法を尊重しなければいけないというのもまた第十六条でしたか、あるのですね。これはまさに公共の安全に妥当な考慮を払っていないどころか、自然破壊の最たるもの、こういうことを放任をしている政府の態度に対して私は抗議をすると同時に、これは即時やめさせるべきだ。さらに、それだけではない。最近、この写真を撮った後、いろいろ調べてみますと、せんだっても指摘をいたしましたが、水源地が相当被害を受けているのですね。キャンプ・ハンセン内の第二松田ダムなんかもほとんど使えない状態になっている。半分以上は土砂で埋まってしまっているのですね。これから四月の末から五月にかけて雨期に入るということになると、周辺のダムやあるいは水源地に至っては本当に使いものにならないことになると思うのですが、改めて政府はどういう対処をするのか。もう少し県民の立場に立って物事をやってもらわないと、これではどうにもなりませんよ。一体どうなさるのですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 お答えいたします。  ただいま先生御指摘のキャンプ・シュワブ並びにハンセンを縦貫する戦車道の建設問題につきましては、先般、当委員会で防衛施設庁長官からお答え申し上げましたとおり、防衛施設庁といたしましては、まず本件戦車道を建設するに際しまして事前に連絡がなかったということ、別言しますと、施設庁がそれを知り得なかったということはきわめて遺憾であるということ、それから先生ただいま御指摘のように、地位協定第三条によって、米軍は施設、区域の設定、管理、警護につきまして必要なすべての措置をとることができるということが規定されておる反面、第三項には、施設、区域内で作業を行うに当たっては、公共の安全に妥当な考慮を払わなければならない、こう規定されておることでもございます。  したがいまして、そういった見地から、施設庁長官は、本件が事前に何の連絡もなく行われたということはきわめて遺憾であるということで、現地局を通じまして米軍に対して抗議をいたしたわけでございます。知り得た時点におきましてはすでに米軍の工事は大方終わっておったということでございます。具体的に調査した結果では、三月十二日に米軍が工事に着工しております。私どもが知り得たのは三月二十五日、名護市当局から御連絡がございまして、いま御指摘のような水源地が荒らされておるという御連絡がありましたので、即日那覇局の課長が名護市の職員と一緒に現地調査をいたしております。それから、ハンセン側のいわゆる松田ダムの汚染の問題につきましては、三月三十日、宜野座村当局から御連絡かあり、これまた即日職員を派遣いたしまして両者でもって現地調査をいたしております。その後、当委員会で先生の御指摘を受けまして、施設庁長官の命によりまして、那覇局の次長が長になりまして四月六日現地調査を行いました。調査結果を現在検討中でございますが、確かに先生御指摘のような水源涵養林の問題、それから水質汚濁の問題、それから土どめ擁壁の破損の問題、そういった問題が出ておることは事実でございます。したがいまして、現在、当方から米軍に対して、所要な工法の変更あるいは手直し、そういうことを強く要求いたしますとともに、今後起こり得るであろう障害あるいは水質の汚濁等については、施設庁でもって責任を持って処理するというふうな態度をもっていま鋭意職員を督励し、対策に当たらせておるという状況でございます。  米軍に戦車道の工事を直ちに中止させるべきであるという先生の御指摘も理解できるところでございますが、十分御案内のとおり、米側の考え方は、基地外の国道あるいは県道を戦車が通ることによって県民に不測の障害を与えるということは好ましくないという見地から基地内に道路を建設するのだというのが米側の言い分でございます。冒頭に申しましたように、政府といたしましては、キャンプ・ハンセン、シュワブはいわゆる演習場として提供しておるわけでございますので、そういった道路を建設することは全くいかぬということは言いかねるところでございます。しかしながら、公共の安全に妥当な考慮を払わなければならないということとの関連におきまして、今後米側とも交渉を続け、不測の事態が起こらないよう、あるいは県民の御指摘が行われないよう十分配意いたしてまいる所存でございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 そんなことを言っても十分な配慮がされてないじゃないですか。県民に現に被害を与えているじゃないか。きょうもう時間がありませんが、そんな損害を与えて、自然を破壊して、どんどん勝手気ままにさせておって、後でダムが汚染されたりあるいはその被害を受けたらしりぬぐいを施設庁がどんどんやっておるから、アメリカは何の気もなくどんどんやっているのです。彼ら自体が犯した罪は自分からぬぐいさせることを政府はちゃんとやりなさいよ。本来基地内であっても、これだけの工事を、二十五キロにわたる道路をつくるならば、やはり政府とも事前に協議をするのが日米関係、あたりまえのことじゃないですか。あたりまえのこともやらぬでおいて、水源地をどんどん侵しておって、何をいまさら被害があったら十分対処します、大きな被害を与えているじゃありませんか、これはけしからぬ。そこで、きょうは大臣お一人しかいませんので、沖繩担当の大臣としても、いま写真をお見せしてもちょっともうひど過ぎるのじゃありませんか。しかも、その地域には簡易水道の水源地があるのですよ。宜野座にしても名護市にしても金武にしても関係している。これから大きな配慮を——あれたけの大きな道路を何の予防策もとらずにやったらやはりその濁流は全部下流に行きますよ。これではたまったものではない。  そこで、施設庁ともあるいは外務省とも十分御協議をされて、この点については申し入れをしていただいて、厳重にアメリカに抗議をすると同時に、直ちにこの被害に対しては政府として責任を持って対策をとるということをここで明確にお答えください。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 水質が汚染された、特に上水道が、これは水道法第四条で、ある基準値があると思いますが、そういうことに抵触するというふうなことであれば、これは大変なことでございますから、それからまた、すでにその工事がほぼ完工しているという現在でありますので、われわれといたしましてはその水質汚濁、特に上水道の問題、こういう問題を注意し、検討し、これを住民の方々に迷惑にならないように今後政府としてはやってまいるつもりでおりますし、いま申されたように、外務省それから防衛庁それから開発庁、この三者の協議はいたします。そして、必要があれば——もうこれは必要があると思いますけれども、米軍に対して厳重に抗議を申し込みます。

上原康助日本社会党

○上原委員 ぜひそのような措置をとっていただかないと、くどく申し上げないでも皆さんおわかりと思うのですが、アメリカはどういう工法でやってもどうせ後は日本政府が、施設庁がめんどうを見てくれるだろう、あなた方なめられているのですよ、本当は。そんな政府であってはいかぬと思うのですね。どんなに条約があろうが何があろうが、守るべきものは守ってもらわなければ相手も困るのだ。沖繩は戦場じゃない。ぜひそのことは篤とお含みの上でひとつ外務大臣なり防衛庁長官にも話されて、大臣の方から処置をとっていただきたい。いま私が申し上げたことについては、これは県民の強い抗議であり、要求であるということを御理解の上で対処していただきたいと思います。  そこで、冒頭申し上げましたが、きょうは本当はこの問題を取り上げてみたかったのですが、かなり時間が経過してしまいましたが、これから約一時間近くありますので、最初に申し上げましたように旧日本軍が強制接収した土地の問題についてお尋ねをさしていただきたいと思います。  そこで、まずどちらでも結構ですが、開発庁でもあるいは大蔵でもよろしいですが、旧日本軍が戦前沖繩県内において強制収用した土地はどこどこだったのか、各市町村別に明らかにしてください。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 お答えします。  終戦間際といいますか、戦時末期におきまして旧日本軍が買収しました、主として飛行場用地でありますが、それはまず沖繩北飛行場、これは読谷飛行場であります。それから伊江島中飛行場、それから伊江島東飛行場、それから沖繩中飛行場、これは嘉手納であります。それから宮古西飛行場、これは洌鎌であります。それから宮古中飛行場、これは野原、それから石垣島、これは白保であります、飛行場。それからさらに、海軍関係で宮古島海軍飛行場、石垣島平飛行場というものがあります。

上原康助日本社会党

○上原委員 それだけですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 旧陸海軍が戦時中に飛行場用地として取得した場所は、いまのとおりであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 西原、与那原飛行場というのはどうなんですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 西原飛行場につきましては、当初そういう旧軍が取得した飛行場ということで、戦後米軍が国有地として管理してきておったわけでありますが、その後、いろいろ米軍の調査の結果、これは民有である、戦時中旧軍により取得されたものでないということで、民有ということで返還されておるわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 西原飛行場は、旧日本軍が接収はしなかったのですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 旧軍が接収といいますか、旧軍の飛行場として建設されたわけでありますが、先ほど申し上げましたように、それで戦後米軍が国有地として管理しておったわけでありますが、戦後行われました所有権確認作業の結果、米軍の調査の結果、その所有権証明書が旧地主に交付され、それで民有地と現在なっておるわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 私がお尋ねしているのは、次長、後のことは私もわかるのですよ。はっきりさせていただきたいのは、旧日本軍が西原飛行場も飛行場用地として接収といいますか、収用したかどうかを聞いているのですよ。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 御承知のように、沖繩本島におきます土地の所有権に関しましては、戦火によりまして登記所がすべて焼失し、そういう関係で土地の所有権、国有地ばかりでなく、土地の所有権に関する公的な記録であります土地台帳とか不動産登記簿等の書類が一切滅失してしまったわけであります。そういうことで、本島におきましては、先ほど申し上げましたように、戦後米軍の指令に基づき土地所有権確認作業というものが行われ、それに基づいて不動産登記簿が作製されたわけであります。その土地所有権確認作業の過程において、ただいまおっしゃいました飛行場につきましては、民有地ということで民間地主に返還されたということであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 そんなすりかえてはいけませんよ、あなた。それはすりかえなんだ。旧西原飛行場も日本軍が強制収用したのは間違いないのだ。それに対して異議申し立てをやったから、いまあなたのおっしゃる結果になったんでしょう。その点明確にしてください。冗談じゃない。そういう答弁では納得しませんよ。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 同じお答えで恐縮ですが、戦時中旧日本軍が買収した飛行場につきましての関係資料が、本島につきましては一切消滅しておるわけであります。そういうことで、その西原につきましては、戦後はそういう旧国有地として米軍が管理してきておったわけですが、ただいま先生おっしゃいましたように、民間地主の方から異議申し立てが行われ、それは旧軍が正式に買収したものではないという所有権調査の結果、民間の方に返還されたということであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 そういうお答えなら、これから逐次明らかにしていきましょう。  そこで、じゃ、いま伊江島とか読谷村とか嘉手納のことをお述べになりましたが、これもぜひもう一度明確にしていただきたいのですが、それぞれお答えがあったこの地域の収用の時期、収用した土地の面積、収用対象になった地主の数、収用された土地の単価、収用された土地の地代及び補償金等の支払いがもしあったとするならば支払い名簿、あるいはそれぞれの飛行場を建設した業者はどこだったのか、さらに当時だれがどのような方法でこれらの土地を接収したのか、その担当責任者はどういう人々であったのか、具体的に明らかにできますか、いま幾つかの市町村を挙げましたが。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先ほど申し上げましたように、沖繩本島の旧軍買収地につきましては、戦火によりましてそういう取得の基礎になります関係資料が一切消滅しておるわけであります。そのために、ただいま先生おっしゃいましたような旧所有者とか、そういうことの書類はわからないわけでありますが、その取得の時期といいますか、そういう点につきましては、当局側の方の資料によりまして大体、たとえば読谷飛行場について着手されたのは昭和十八年夏であるとか、それから伊江島についても昭和十八年夏という、そういうようなことはわかっていますが、いわゆる売買の旧地主の数がどうであるか、そういう売買関係の資料は一切消滅して現在わからないわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 いま私が例を挙げて申し上げたことに対する資料は提出できますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 ですから、本島につきましてはさような資料は現存しないわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 資料が現存しないで、どういうふうに国有地と言えるのですか、皆さん。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先ほど申し上げましたように、本島におきましてはそういう土地の所有権に関する資料、これが一切消滅してしまったわけでありますが、これは国有地だけでなくて民有地、公有地に関しても同様な事情にあったわけであります。それから砲爆撃、それから戦後における米軍施設の建設によりまして地形が大きく変わったというようなことで、従前の土地所有関係を正確に確認することができなくなったわけであります。このために、米軍の指令に基づきまして土地所有権確認作業というのが行われ、一九五一年四月一日付でそれぞれに土地所有権証明書というのが発行されておるわけであります。それで、日本国の国有地についても国有地としてこの土地所有権証明書が発行されておるわけであります。これに基づきまして戦後登記簿が調製され、国有地につきましては米国民政府により管理されてきておるわけであります。われわれとしましては、四十七年五月十五日の沖繩復帰に伴いましてこれを引き継ぎ、国有地として新たに国有財産台帳に登載して現在管理をしておるわけであります。  なお、その際、御承知のように、登記に関しては沖繩復帰に伴う法務省関係法令の適用の特別措置等に関する政令に基づきまして、その戦後米軍の所有権確認作業に基づき行われました登記というものを本土の法令の相当規定による登記とみなすという規定が置かれているわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 そういうことはこれまでも皆さんもうおっしゃってきたのですよ。そこで、私がなぜこの問題をきょう取り上げるかといいますと、実はこの問題は私の方も四十六年二月十六日に本委員会で取り上げております。四十七年の五月十一日にも沖特で、さらに四十八年三月五日に予算の分科会でも取り上げている。そのときに、特に亡くなられた愛知大臣なんかは私の指摘に対して、もっともな指摘であるので、早急に調査をして要望に沿いたいということも御答弁なさっているのですね。その以後、四十八年から約三年かかって皆さんは調査をいろいろやってこられたと思うのですね。その調査結果はまとまっていますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 ただいま先生おっしゃいましたように、復帰後そういう問題がいろいろと国会で御議論になりまして、われわれとしては調査を始めたわけであります。それで、現在も引き続きなお調査を継続中でありますので、最終的にまとまった段階には至っていないわけでありますが、いままでの調査の結果、戦火を免れた宮古、八重山等におきましては旧軍買収地に関する主な物的資料というのが相当収集されておるわけであります。土地売り渡し証書、それから代金領収書等があるわけであります。それから同時に、われわれは旧軍が買収した当時の関係者についても事情聴収を行ってきたわけであります。そういった結果、宮古、八重山等についてはそういう客観的な資料が収集されておるわけであります。  それで、先ほど来申し上げておりますように、本島におきましてはそういう売買の基礎になる資料がすべて滅失してしまっておるわけでありますが、当時の飛行場の建設時期、それからいわゆる旧軍、陸軍、海軍それぞれについてのそういう建設に当たった当局の体制から考えて、同じような方法で行われたであろうということで、正規な売買行為により買収されたものとわれわれは判断しておるわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 法務省、いらしていますか。  簡単にお答えいただきたいのですが、登記申請に必要な書面の主たるものはどういうことになりますか。

清水湛法務省民事局第三課長

○清水説明員 お答え申し上げます。  登記にもいろいろな種類がございますけれども、土地登記の中でも最初にいたします表示の登記につきましては、申請書のほかに所有権を証する書面を添付するということが必要でございますし、それから売買等による所有権移転の登記、これは権利に関する登記と言われておりますけれども、その場合には登記原因を証する書面を添付するということが必要である。もちろん申請につきましては、原則として売買の場合でございますと、売買の当事者が共同で申請をするということになっております。

上原康助日本社会党

○上原委員 いま概略お答えがあったのですが、登記法の第三十六条にいろいろ登記申請書の記載事項が明記されておりますね。「登記原因及ヒ其日附」「登記ノ目的」そういうものは、不動産登記の場合、本来完備をしておかなければいけないわけでしょう。どうなんですか。

清水湛法務省民事局第三課長

○清水説明員 通常の場合ですと、先生御指摘のとおりに、法律で定める要件が記載されていなければならない、そういうことになろうかと思います。

上原康助日本社会党

○上原委員 では、大蔵省にお答えいただきたいのですが、いま私が指摘したようなものは、登記台帳なり国有財産台帳なりまた皆さんが掌握している資料の中には、読谷とか嘉手納はあるのですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先ほど申し上げましたように、沖繩における不動産の登記につきましては、沖繩復帰時に、その沖繩復帰に伴う法務省関係法令の、先ほど申し上げました特別措置政令によりまして、当時米軍の所有権確認作業の結果行われました登記簿、それを本土の法令の相当規定による登記簿とみなすという規定によって現在の登記になっておるわけでございますが、それによりますと、たとえば読谷の場合、地番が書かれ、それから地目、面積というようなことで、そういう程度のことが記載されたというのが実情であります。

上原康助日本社会党

○上原委員 あなたはしょっちゅうすりかえだけやっているが、そういうことじゃないんだよ。登記をする場合には、だれそれと売買契約したというようなそれがちゃんとあってしかるべきで、それはないでしょうと言うんだ。なぜ人の質問に対してあなたは素直にお答えにならないのですか。  そこで、じゃ、聞きましょう。嘉手納の場合は何に基づいて皆さんは国有地とみなしたのですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先ほど来の繰り返しで恐縮でありますが、嘉手納を含めまして沖繩本島につきましては、戦時中の売買を証明する書類そのものは滅失してしまっておるわけであります。それで、戦後米軍によって行われました所有権確認作業、その結果、登記簿というのが作製された、それで復帰時にそれを引き継ぎまして国有地としておる、それで国有財産台帳に登載しておるということであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 あなたが盛んに言っておられる所有権申請認定の証明書は、ではだれが出したのですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 町村長であります。

上原康助日本社会党

○上原委員 嘉手納町の場合、町村長が出した証明書はございますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 ございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 それを資料としていまお持ちですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 いまちょっと手元に現物は、嘉手納のは持っておりませんが、読谷のものはここに写しがあります。

上原康助日本社会党

○上原委員 読谷のことを聞いているのではない。嘉手納町はありますかと聞いているのです。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 失礼しました。嘉手納のものもございます。  一九五一年四月一日付で、嘉手納村長奥間敏雄の名前で、冒頭表示の土地について、「よって一九五〇年四月十四日付琉球軍政府特別布告第三十六号に基づいて嘉手納村長奥間敏雄は日本政府が第一項表示の土地の所有者であることを証明する」という証明書が出されております。

上原康助日本社会党

○上原委員 読谷の場合でも嘉手納の場合でも、この種の証明というのはどういう経緯で出されたのか御存じですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 米軍により行われました土地所有権確認作業でありますが、これはまず一九四六年二月二十八日、琉球列島米国海軍軍政本部指令第百二十一号というのが出されておりますが、この指令に基づいて行われたわけであります。それによりますと、字及び村土地所有権委員会というものがつくられまして、それがいろいろと調査を行い、それでいろいろ所有権の申請の受け付けを行ったわけであります。それで、所有権の申請は、その後さらに一九五〇年四月十四日付で特別布告第三十六号というのが出まして、それに基づきまして所有権の申請は一九五〇年六月三十日までに行うということにされております。それで、調査の結果、その村委員会が所有権証明書を作成して三十日間一般の縦覧に供したわけであります。その間に異議のある者は異議を申し立てることができる。異議のない証明書については、先ほど申し上げましたように、村長がこれを承認して署名捺印し、土地所有権者に交付するという手続によって行われたわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 一応の手続は、そういう形式はとってはおります。  そこで、私はこの問題は相当調査をしてまいりました。特に嘉手納の件と読谷の件は調査をしてまいりました。本来ならこれは決算委員会で取り上げようと私は思っておったのです。さらにまた、戦後処理の一環としての重要な問題であり、軍用地との関係もありますので、私たちが提起をしている地籍確定法案、あるいは政府が何とか基地の継続使用をやろうとしている基地確保法案の審議の過程で具体的に問題提起をしていろいろ議論をしていこうと思ったのですが、私の方の日程の都合もありますので、きょう取り上げたのですが、余りにも皆さんはそういうことだけでこの問題を解決しようとか、あるいはガードを固めようとしたって、しょせん無理ですよ。ここに当時の嘉手納村が一筆限調書をとった資料があるのです。これは実に古いものです。私もずいぶん苦労しましたが、ようやくこういうのが出てきた。嘉手納町を例にとりますが、この中に嘉手納町のものだけをまず、その前に、嘉手納町の場合にとことこが国有地になっているのですか。これをお話しする前に、地番、大字名、小字名、全部言ってみてください。面積も言ってみてください。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 お答えします。  嘉手納に関しましては、所有権証明書が全部で七枚発行されております。それで、土地の表示としまして、一つは嘉手納村字東桑木堂原、それから二番目が同じく字東面玉屋原、次が字東野理原、四番目が字屋良前原、五番目が字屋良当底原、六番目が字屋良亀甲原、七番目が字野里大城原ということになっております。

上原康助日本社会党

○上原委員 余り資料が多いので……。せんだって大蔵省が私に提示した資料には、それは出していませんでしたね。どうしてですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先般、先生の御要求になりました資料は、国有財産台帳の内容ということでしたので、国有財産台帳上は、嘉手納飛行場につきまして口座が二口に分かれておりましたので、それに基づいてその内容の資料を御提出した次第であります。

上原康助日本社会党

○上原委員 そんな言いわけしちゃいけませんよ、あなた。なぜ資料というものはもっと素直に出せませんか。皆さんがせんだって私に提供した資料は、いまおっしゃるように、そういう小字名が入ってないのですね。  そこで、これも食い違っている。嘉手納については、皆さんがお出しになったのは、「所在、沖繩県中頭郡嘉手納町字東野理原四四四−一番地 区分、土地 種目、雑種地 沿革、旧軍の購入 数量、三十六万六千平方メートル」、そうしますと、これ以外は旧日本軍の土地じゃないわけですね。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先生に御提出してあります資料につきましては、台帳上二口ありますので、それが提出されてあるはずでありますが、一つは、いまおっしゃいました雑種地についての三十六万六千平方メートル、もう一つ、宅地につきまして十一万四千平方メートルというのが御提出してあるはずであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 これは宅地ですね。それ以外はないわけですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 戦時中における旧軍買収地につきましては、この二口であります。

上原康助日本社会党

○上原委員 そこで、ここいらも、どうも資料の提出の仕方も、私がいろいろ調査しているのを聞いて、いま小字名などもお述べになったかもしれませんが、全くずさんですね。  いまさっき言いましたこれによりますと、これは昭和四十七年から八年にかけて調査しているのですね。大臣もぜひよく聞いていただきたいのですが、これには全部この旧日本軍に強制接収された地主の皆さんは登記をしようと申請をしているのですね。申請したのです。全部一筆ごとの登記申請をやった。いわゆる四六年に土地資料収集に関する指令が出されて以降、字の土地委員会、村の土地委員会が全部こういう資料をりっぱに収集しているのです。そして、これに基づいてさらにこの資料がつくられている。ここでも明確になっているのですよ。しかし、問題は、先ほど言いましたように、町長の認定ということですが、当時の沖繩の実情ということを考えますと、やはり布令、布告に対しては絶対に服従させられている状況なんですよね。同時に、土地問題というのが非常に社会的問題になりがちなところですから、村長といえども米国の布令、布告に基づいて、あるいは飛行場なんというのは大体公用地と常識的に思いますよね。これを地主が申請をしたように申告をすると、自分の立場がどうなるかというような不安がつきまとっておった、五一年の村長申請という段階では。なぜなら、皆さんは町長が紙切れ一枚出したからといって、それが証拠だということ、盛んに復帰の特別措置法を援用いたしますが、登記は職権でもできるのですか、できないのですか、法務省、お答えください。

清水湛法務省民事局第三課長

○清水説明員 現行の不動産登記法ですと、土地の表示に関する登記、つまり土地の所在位置、面積等の物理的状況に関する事項につきましては、申請に基づいてするのが原則でございますけれども、登記官が職権ですることもできるという、現在の不動産登記法の規定はそうなっておるわけでございます。

上原康助日本社会党

○上原委員 そういうものなんですね。それは職権でもできるのですよ。そういった社会環境によってはできた。なぜなら、この一九五一年の四月以降につくられた土地所有権証明書交付簿、これは字東のもの、これを長官にお見せいたしますが、各地目なり所有者申請をやろうとする方々のいろいろなものが出ている。しかし、日本政府と書いてあるところには、所有者氏名、日本政府とただ書記は書かされた。書記は、そう書きなさいと言われたから書かざるを得なかった。しかし、証明書交付日も何もないのですね。備考にも何も書いてない。所有者の住所も書いてない。皆さん、こういう資料を持っていますか。これが日本政府です。全然何もない、ただこれだけ。ここも同じですね、印鑑も何も。個人個人の登記については全部証明されている。これは日本政府、全然証明ない。これは屋良もそうなんです。全部あるのです、嘉手納については。これは全部……。これでもって日本政府のものでござるという証拠になりますか。全部そうなんです。  大蔵省、これを見てください。あなた方、こういうことまで調べましたか。これは読谷の場合も例外でないですね。  そこで、こういうずさんなことをやっておって、しかも先ほどからお答えいただいておりますように、沖繩本島については、全く証拠というものは見当たらない。見当たらないのだが、復帰のときに、昭和四十七年の五月十五日にたまたま国有財産台帳に新規に記入された。その登記されたものについては、個人の不動産登記であっても、その復帰特別措置法で、沖繩の返還前のものはその登記としてみなすという特別法があるからということで、いま主張なさろうとするのですが、ここまで具体的な例を挙げられると、皆さんが国有財産だと言うことについての法的根拠というものは余りにも薄いのじゃないでしょうか。  なぜなら、もう一つ例を挙げましょう。こういうことがある。しかし、村長さんはどうしても出さざるを得ないということで、これは職権で出しているのです、読谷も嘉手納もみんな。職権で出させられた。私はその反証があるかということで相当調べてみました。しかし、確かに、おっしゃるように金を受け取ったという証明もなければ、受け取らなかったという証明もないのです。私は、もともと出していないと見ているのです。その出していないという証拠を一つ挙げたいと思うのです。これもずいぶん苦労いたしましたが、これは昭和十八年から十九年にかけての資料なんですよ。個人の土地の売買のものなんですね。家宝みたいに……。この人も、土地をいま嘉手納軍用地に接収されてひどい目に遭っているから、何とか将来この問題を解決してもらいたいということで、私がいろいろ調べてみますと、こういうものが手に入ったのです。これも読みにくくなっていますがね。個人の土地を、たまたま日本軍に接収される前に、土地の売買契約をしているのです。昭和十九年の七月二十二日にこの売買契約をやっているわけです。大湾安盛さんという方と知念さんですかね。後ほどこれをお見せしますが、この中にどういうことが書いてあるかといいますと、こういうことが書いてあるのです。「軍部より植付作物の損料として受取り次第貴殿に対する分は納金すること」一応幾らかの内金は払っているのです。それが一つですね。さらに、「軍部より涙金としてこの地面に対する支給金は全部買主へ渡すこと」「軍部より土地代受取り次第貴殿へ納入のこと」、いわゆる接収された軍用地を売買契約したものですから、一部は払ったのだが、一部は、売った人は軍からもらい次第払いましょうという約束をしているのですね。これが昭和十九年にこういう契約をしましたという証拠で、印鑑証明書も付されておるのです。これもお見せしましょう。いまこれはちょっと見えにくくなっていますが、これは鑑定すれば全部——こういうふうに、見えなくなるから書きかえているのです。したがって、これも大蔵省、こういう資料をお持ちかどうかわからぬが、これを見てください。これはなぜ私がここまで調べたかといいますと、皆さんが、金を受け取った、あるいは正当な売買契約がなされたということを非常に主張なさるものだから、われわれもそれを何とか反証する物的証拠がないといかぬわけですね。しかし、正直申し上げて、それは幾ら探したってないわけですよ。しかし、昭和十九年のあの時期に土地を売った人のこれから見ても推測できることは、軍から金を受け取っていないのですよ。もし、受け取った場合は、あなたに対して不足分は払いますよという一つの重要な証拠にはなるのですね。そういう面でいろいろ探してみたのですが、そういう状況なのです。  そこで、こういうものをずっと調べてみますと、当時日本軍が接収をした嘉手納にしても、読谷にしても、那覇にしても、宮古、八重山を含めて、十分な対価を払われない、あるいは売買契約もなされない、そういう形で強制的に収用されたということは、もううなずけると思うのですね。これを国有財産台帳にあるからというだけで、あるいはまた村長がかつて証明書を出しているからということだけで、国有財産として旧地主の意向を全く無視するということは、道義的にも政治的にも当たらぬと私は思うのですね。いま私がこれだけ指摘をした問題に対して、大蔵省はどうお考えなのか、お答えいただきたいと思うのです。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 いろいろ先ほど来のあれで、強制収用されたのではないかとか、その代金を受け取っていないというお話でありますが、本島につきましては、それを証明する資料が肯定、否定とも存在しないわけであります。  ただ、いろいろ客観的にそれを傍証する資料としまして、土地所有権確認作業が行われ、証明書が交付される過程におきまして、国有地につきましては、民有地主が自分のものであるという申請をするのを差しとめていたのじゃないかというようなことがよく議論されているわけでありますが、われわれがいろいろ調査しました結果では、むしろそういうことではなくて、戦時中買収されて代金を全部受け取りながら、かつ戦後民有地であるという申請が出されるような例もあったということで、そういうことがあっては困るという注意が出され、土地代を一部しか受け取っていない者については、むしろ土地申請をさせるようにというような指導もなされておるということをいろいろわれわれの方の情報としては得ておるわけでありまして、必ずしもその土地代金を受け取っていないままに国有地にされておるというようなこととはわれわれは考えておらないわけであります。

上原康助日本社会党

○上原委員 大蔵官僚というのはそこまでがめつくならなければいかぬかもしれませんが、では口で言わずに、いま私が言ったような、そういう証拠を出せますか。どこのだれがそういうふうな指示をした、そういう報告がありますか。それもないで、あなたここで答弁なさってはいけませんよ。  そうおっしゃいますが、ではもう一つ例を挙げましょうか。たしか皆さんお持ちと思いますが——きょう厚生省も来ているが、厚生省がまた、きのう私が資料を持ってきなさいと言うと、読めもできない資料だけ持ってきた。ああいうことじゃ全くけしからぬ。冗談じゃないですよ。あのぐらいの資料はぼくはちゃんと持っておったが、あなた方がどういう態度を示すかをぼくは聞いたのです。このことに関しては、一貫して何とか表に出さないで自分たちの立場を正当化しようということにやっきになっているけれども、そうはいきませんよ。あなたは盛んに本島にはない、宮古、八重山云々と言いますが、では、一九六五年八月二十七日の琉球土地諮問委員会が出した勧告書をお持ちですか、御存じですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 現在持ち合わせておりません。

上原康助日本社会党

○上原委員 開発庁、それは御存じですか。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 現在のところ持ち合わせておりません。

上原康助日本社会党

○上原委員 現在のところ持ち合わせていないのか、あるいは見たことがあるのか、大蔵省、はっきりさせてください。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 私はちょっと承知しておりません。

上原康助日本社会党

○上原委員 あなた都合の悪いのはちっとも承知しないのだね。土地諮問委員会というのは、皆さんどう評価なさるか知りませんが、もちろん私も批判的な立場はとりますが、しかし、これは権威ある委員会ですよ。この土地諮問委員会の方で、高等弁務官に勧告書が出されているのですね。これは余り長くなりますので、全部は読みませんが、この一ページの後段に、これは宮古の飛行場のことなんですが、「この土地は、国家総動員法(一九三八年四月一日、法律第五十五号)に基づく一九三九年十二月二十九日付勅令第九百二号「土地工作物管理、使用収用令」により所有者から強制的に収用されたものであります。この土地について日本政府が支払った補償の大部分は、強制的に夫々土地所有者の名義で郵便貯金や国債購入のため預託されました。土地所有者達は、米国が、軍政布告第五号及び一九五四年二月十九日付民政布令第百二十八号によってとった処置のため、これらの預託金をまとめて、払戻しを受けることは出来ませんでした。」したがって、この土地は旧地主に返還してもらいたい。いわゆるB円に移行されたので、預託されたものはお金が変わったからできなかったから返しなさいという勧告を、正式に琉球土地諮問委員会が高等弁務官に一九六五年に勧告をしているのですね。こういう宮古の土地において、皆さんが物的証拠があるというところでさえ、こういう状態なんですよ。あなたがそこまでおっしゃるなら、これなども十分なあかしになるんじゃありませんか。しかも、あなた方は国家総動員法による接収でないと言い張っていますが、権威あるアメリカが国家総動員法に基づく勅令でなされたんだ、こういうことを明確にしていますよ、これは。こういう証拠も挙がっているのです。だから、正当な対価を払ってこれらの土地を取得をしたということは、余りにも論拠のないこと、根拠のないこと、それだけではありません。これだって十分な証拠になるんじゃありませんか。皆さん、それをやろうとしたけれども、むしろ控えたんだというようなことを言っていますが。こういう証拠を挙げてみても、なおそうでないということになると、これはあるいは裁判問題に発展するかもしれませんが、私は、それよりか、むしろ実態というものを十分掌握をして、政治的にこの問題の決着をつける段階にあるんじゃないかという気もいたしますが、後ほど長官の御答弁を賜りたいと思うのです。  そして、皆さんはそういうことを調べずに、私が調べたところでは、「土地所有権を喪失した方々の証言」というもの、これは嘉手納町のものですが、確かに一部は受領したという人はいますよ。私も全然何も一文も支払いしなかったとは言ってない。一部は受領したという人はいますよ。しかし、その一部を受領したという人は、先ほど言いましたように、地上物件か、立ち退き料か、農作物の賠償、損失補償なんですね、私たちが調査をする限りにおいては。こういう状態です。これも私は全部集めている。そして、この中で、本土あたりに、熊本県とか、あるいはまた疎開をしておったという人もいるわけですね。では、こういう人はどうするのですか。全然無一文で、あるいは兵隊に行っておって、帰ってきてみたら自分の土地が収用されておった、こういう例もたくさんあるわけですね。これはもう一々挙げませんか。これだけの証拠が挙がると、大臣、この問題についてはやはり考えていただかないといかない問題だと私は思うのです。  そこで、先ほど大蔵の立場では、ああいう事務当局の答弁しかできないかもしれませんが、せんだってから予算委員会なり、あるいは先ほど私が言いましたように、いろいろ私自身も取り上げてまいりましたし、また参議院においてはわが党の鶴園議員が昭和四十五年、復帰前にすでにこの問題を取り上げておられるのですね。その当初からもう実に五ヵ年余り、七、八ヵ年に及ぶ懸案事項として今日問題になってきておりますので、大蔵大臣とも相談をいただいて、きょうは時間が来ますので、この問題についてはもっと証拠もありますので、皆さんが国有財産だと言う根拠が薄いという証明は十分できます。そういう県民の長い間の苦悩にこたえていく、あるいはいま基地問題がこれだけいろいろな問題を醸し出している中において、復帰後の最大の懸案事項であるこの問題の処理においては、ひとつ開発庁長官が中心になっていただいて、大蔵大臣なり関係省庁の責任者とお話し合いをいただいて、早急に政治的に決着をつける。もちろん私は画一的にはいかないと思うのですね。西原の例もあった、あるいはまたほかの例もありますので、全部画一的にはいかない。宮古、八重山の例とは違う。宮古、八重山は現に耕作されてその土地は利用されているんですよ。しかし、嘉手納や読谷は全く地目もわからないで、軍用地として依然として軍事基地に使用されている。そういうことに対してはいま少し実態を把握をしていただいて問題解決を図るべきだと思うのですが、大臣の率直な御見解を承っておきたいと思うのです。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 御承知のとおりに、この問題は私の所管下にはないわけでありますが、しかし、この間から予算委員会また本日も伺いまして、この問題については研究の余地あり、このように思います。そこで、大蔵大臣なり、またこれは防衛庁長官の方にも関連することもございましょうから、両大臣とも相談を申し上げる、研究をするということにいたしたいと存じます。

上原康助日本社会党

○上原委員 直接の所管でないというお答えですが、そうじゃなくして、私はむしろ積極的にやっていただかなければいかない問題だと思うのですね。  そこで、私はこれは委員長にも要望ですが、先ほど理事会でも少し申し上げましたように、またきょう冒頭申し上げましたように、絶えずこの委員会でいろいろ問題を取り上げて、できるだけ調査もして、政府がおっしゃることとわれわれが主張していることと、単なる水かけ論じゃなくして、それぞれの証拠を突き合わしながら議論をしているわけですから、この種の問題については、私はやはりこの法案を通過をさせる、上げる段階までには政府のはっきりしたお答えがないといかないことだと思うのです。もし、また今度検討してみますというだけで、法案がなくなるとまた二、三年も、四、五年も延びるということであってはいかないと思うのです。そこで、場合によっては、私はこの問題については大蔵大臣にぜひ来ていただいて再度質問をしなければいかないこともありますので、その点お取り計らいいただきたいということと、さらに、きょう触れられませんでしたが、VOAの職員の賃金問題、あるいはまだ解決しない軍港湾の労働者の問題とか、そういった当面早急に、五月十五日までに解決をしなければいかない問題等については、ひとつ委員会としても政府に注文をつけて、そういう問題の解決のめどが立たないという場合は、私としてもまた別の考え方もしなければいかない問題でありますので、その点委員長の御配慮もいただきたいと思うのですが、その点伺ってから質問を少し続けたいと思います。

稲富稜人民社党

○稲富委員長 ただいま上原委員よりの御発言の点につきましては、理事会において十分検討いたしまして、上原委員の御期待に沿うようにひとつ取り計らいをいたしたい、かように考えております。

上原康助日本社会党

○上原委員 そこで、きょうこれだけ挙げましたが、委員長、この図面をちょっと利用させてください。  そこで、私がいまさっき挙げたようなことは、これはいま問題になっている戦後の嘉手納飛行場の写真なんです。いま国有地になっているのは、この滑走路の部分なんです。国有地に取り上げられているというのはここなんです。しかも、ここは現在は四千メートルの滑走路が二本ありますから、飛行場の中枢部門なんですね。地籍もわからなければ、昭和十九年の四月から六月にかけて取り上げられて、現在まで何らの地料ももらっていないんですよ。土地の対価も払われていない。こういう証拠も挙がってきているわけですね。そして、嘉手納町としては、これに基づいて、地籍確定の問題等もありますから、これはちょっと大きいですが、いま訴訟を起こす準備で、図面までこういうふうに全部つくってあるんです。だれだれさんが幾らの土地があってどこにあるという地目、図面まで、もう小字マップまではめ込んであるんですね。これだけの準備をして、旧日本軍の取り上げた土地に対しては返してもらいたいということを、これだけの証拠を挙げていろいろやっているわけですから、これについてはやはり政府も十分考えていただかなければいかぬと思うのですね。再度このお答えをいただきたいわけです。いま訴訟の準備も進められておりますし、また読谷においてはアンテナ問題との関連においても、早急に返還をしてもらいたいということが強く出されているわけですから、ぜひ大蔵大臣もしくは防衛庁長官なりと御協議をいただいて、場合によっては、私はこの問題についてはもう一度大蔵大臣のおいでをいただいてやりますが、そこまでいかないでも、大臣の方でこの問題については早急に結論を出す、そして私たちも持っている証拠、を大蔵省ともっと突き合わしていいですよ、本当に反証せよと言うなら。長い間の県民の強い要求でありますので、どうかこれについて解決していただく。改めて所見をお伺いをして、きょうのところ、質問を終えたいと思います。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 もちろん、この問題につきまして大蔵大臣なり防衛庁長官とは早速話をいたしますとともに、上原委員の方で大蔵省とよくお話なさいますような機会なり何なりを私たちの方でつくることは、これはもう大いにやりたいと思います。お互いに、大蔵省は大蔵省なりの一つの意見をいま持っておるわけでございますから、もう納得ずくで、これは期間がないことですから、早急にやらなければならぬと思いますが、お互いに納得ずくでこの話の解決をいたしたい、それが一番いいのではないか、かように思いますから、いまのようなことを申し上げる次第でございます。

稲富稜人民社党

○稲富委員長 この際、午後一時四十分に再開することとし、暫時休憩いたします。     午後一時十二分休憩      ————◇—————     午後一時四十分開議

稲富稜人民社党

○稲富委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。玉城栄一君。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 午前中の質疑で、例の旧日本軍接収の国有財産の問題につきましては、上原先生の方から細かく具体的な資料、証拠を挙げながら質疑が交わされたわけであります。この問題につきましてはこれまであらゆる機会に議論がされてきておるわけでありまして、この機会に何としてでもこの問題が解決されなくてはならない。関係者はもとより、また基本的には憲法二十九条の「財産権は、これを侵してはならない。」というきわめて民主主義社会における基本的な財産権の不可侵という問題にかかわる重要な問題であるわけであります。午前中の質疑の中でもきわめて強く感じられましたことは、いわゆる国家権力によって確たる証拠もなしに個人の財産を国有財産だと一方的に決めつけることができるのかどうか。まさに憲法二十九条の財産権の不可侵という憲法の理念の前にこれが許される行為であるのかどうか。政府としてこの二十九条の精神に恥ずかしいとむしろ感ずる立場に立って、いろいろな角度から政府が国有財産としてきた根拠がきわめて薄弱であるということは明らかになっておるわけであります。したがいまして、午前中の質疑の中からでも感じられましたとおり、去る三月十七日の予算委員会の総括締めくくりの質疑の中でも明らかにされましたとおり、総理もこの問題はきわめて重要である、誠意をもって調査をし、そして調査の結果、国有財産から消すべきものについては消していきたいという考え方もはっきりと示されておるわけであります。したがいまして、去る本委員会におきましてもこの問題はちょっと触れたわけでありますけれども、現在大蔵省とされましてこの件につきましてどういう作業を進めておられるのか、これをお伺いしたいのであります。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 お答えします。  先ほど上原議員の御質問に対してもお答えしたわけですが、ここ三年来いろいろとわれわれとしては資料の収集に努力してまいっておるわけであります。なおその調査を継続しておるわけでありますが、先般予算委員会においてもこの問題が取り上げられ、ただいまおっしゃいましたように、総理もいろいろ検討してみて、ただすべき点があればただすという御答弁をなさっているわけであります。われわれとしては早速その後三月二十四日でしたか、関係省庁の担当課長の会議を招集しまして、いろいろ問題の所在、さらに今後のこの問題の詰め方について協議をしたわけであります。  それで、とりあえずただいまのところ、大蔵省の方のこの問題の担当課長を先般沖繩の方に派遣しまして、いままで現地の総合事務局の財務部で実施しておりましたいろいろな資料の収集状況なり、その他いろいろ今後さらに調査を進めていく上においてどういうルート、それからどういう機関と協議していったらいいかというような点も含めていろいろと相談をさせておるわけであります。  それで、担当課長が帰りましたらその意見を聞きまして、関係省庁と十分協議していろいろと調査の方法等についてさらに検討してまいりたい、こういうふうに考えておるわけであります。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 大蔵省の方とされては沖繩の方に担当課長を調査に派遣をしておられるということでありますけれども、これは午前中の質疑の中でも明らかにわかりますとおり、当時のいろいろな状況あるいは証拠というものがこの調査の中では非常に重要になってくると思うわけであります。したがいまして、いつ調査に行かれましたのか、それからどういう省庁、何名ぐらい、それから何日間ぐらい調査なさるのですか、お伺いいたします。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 去る五日に出発しまして、予定ですと本日までが調査の期間になっております。それで、全体の人員としましては、担当の国有財産二課長とそれから担当の補佐、それから防衛施設庁の方から一名で、三名で行っております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 もちろん今回の調査といいますのは、これまでの答弁にありましたとおり、四十八年から過去三年にわたって調査を進めてきたけれども、当時の状況が特殊な状況であったということから、そういういろいろな物的な証拠は全く収集できないというようなこともあるわけであります。したがいまして、今回の調査ですべてがわかるということではもちろんないと私は思うわけでありますけれども、今後必要に応じて関係省庁のそういう調査団を派遣するということも考えておられるのかどうか、お伺いします。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 その辺も含めまして、ただいま参っておりますその担当課長が帰りましたら報告を聞きまして、今後どういう形でさらに調査を進めていったらいいかという点も含めまして関係省庁と十分協議して検討してまいりたいというわけであります。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 この件につきましては、繰り返しますけれども、いわゆる国有財産として断定した法的な根拠、これはきわめて薄弱でありまして、これまでのあらゆる機会において政府側に言われておるわけでありますけれども、そのような証拠というものはきわめて薄弱である。いわゆる一方的に、これがたとえば宮古あるいは八重山がそういう状況であったから沖繩本島についてもそうであったであろう、あるいは村長が当時発行した土地所有権証明書なるもの、そのものすら国有財産とするにはきわめて証拠としてふさわしくない、そういうことは明らかになりつつあるわけでありまして、大蔵省とされましても真剣にこの機会に徹底して調査をされて、総理の考えの示されたとおり、国有財産台帳から外すべきものについては外していくという方向に向かって真剣に努力していただきたい、強く要望するものであります。  次に、来年七月末日行われますところの交通区分変更の問題につきましてお伺いをいたしたいと思います。  この間、本委員会も現地沖繩の視察に参ったわけでありますけれども、二泊三日にわたりまして、あらゆる関係者の要請の中にもこの問題はあらゆる方々が触れておられるわけであります。最近とみに、果たして来年七月の末日で政府の方針どおり交通方法変更ができるのか、非常に不安が高まっておるわけであります。そういう立場からお伺いをいたしたいわけでありますけれども、まず最初に、文部省の方にお伺いをいたします。  文部省とされましては、この交通方法変更につきましては、学童生徒に対する指導、教育ということの担当になっておるようでありますけれども、そのことにつきましてどのような具体的な計画を現在持っておられるのか、そのことについて御説明を願いたいと思います。

遠藤丞文部省体育局学校保健課長

○遠藤説明員 交通方法の変更に伴います影響というものは、心身が未発達でございます児童生徒につきましては特に大きいであろうということを考えまして、文部省といたしましては、児童生徒に対する安全指導を徹底したいということで、教師、学校で安全指導を担当いたしていただきます学校の先生方に集まっていただきまして、講習会を開きたい。時期といたしましては、五十三年の二月、今年度末ぐらいに講習会を開きたい。それで、その講習会のための指導資料、指導の手引きという名称になろうかと思いますけれども、関係の教育関係者、それから学識経験者等々の御協力を得まして、適切な指導の手引きを作成して、二月の講習会にそれを用いることによって趣旨を徹底いたしたい。なお、その講習を受けていただいた先生方、これは一校お二人くらいずつ講習に参加していただくことを予定しておるわけでございますが、それらの先生方を通しまして、各学校におきます児童生徒に対する安全指導を五十三年度に入りましてから徹底をしていただきたいというふうに計画をいたしております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 先生方に対する、交通方法変更に対する指導を来年の二月に予定をしておられる、その後に児童に対する安全指導というものをなされる、こういうことのようでありますけれども、いわゆる幼稚園生、小学生、中学生、高校生あるいは特殊児童等、多くの児童がおるわけであります。その児童に対する安全指導の教育と申しますか、訓練と申しますか、この時期、あるいはそれはどういうように具体的になさろうとするのか、お伺いをします。

遠藤丞文部省体育局学校保健課長

○遠藤説明員 児童生徒に対しまする具体的な教材あるいはパンフレットといったような、直接児童生徒の安全指導に対しまして必要な器材、教材といったものにつきましては、これからお願いをいたします専門家の協力者の先生方の御意見も聞きまして、五十三年度の予算の概算要求までに考えてまいりたいというふうに考えております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 交通方法変更は、来年の七月の末日であるわけです。私は、なぜその七月にしなくてはならないのかというその理由そのものもはっきりわからないわけですけれども、夏休みとかいろんなことも言われておるようでありますけれども、先ほどお伺いしましたのは、その児童生徒に対する安全教育指導を行う時期をいつというふうに考えておられるのか、それをお伺いしているわけであります。

遠藤丞文部省体育局学校保健課長

○遠藤説明員 一般的な交通安全の指導あるいは学校内における、事故の防止のための安全指導といったような一般的な指導につきましては、本土と全く同様に、従来から安全指導の手引きというものに基づいて沖繩県においても行っていただいておるわけでございます。  それで、それらの安全教育、安全指導の従来の方針をさらに徹底するとともに、今度の類例のない交通方法の変更ということに伴います新しい注意事項と申しますか、留意点といったようなものにつきましては、四月から計画的に安全指導の時間をとっていただいて指導を徹底していただき、また、スウェーデンの交通方法の変更の際のいろいろな記録等を拝見いたしますと、具体的な模擬道路を使ったりしてなどの具体的な訓練といったものにつきましては、切りかえ日の二週間程度前、直前の方がよろしいのではないかというふうに現在のところ考えております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 切りかえ日の直前、二週間あるいは一週間前ということになりますと、七月末日、三十一日ですから、これは夏休みに入っておるわけですね。入る前でしょうか。大体夏休みが七月の二十日ごろからでしょうかね。そうすると、その児童に対する指導の期間というのはどれぐらいですか。何日間ぐらいですか。

遠藤丞文部省体育局学校保健課長

○遠藤説明員 その辺も、具体的な日数とか、あるいは連日行った方がいいのか、夏休みに入ってからは隔日の方がいいのか等々の具体的な問題につきましては、四月から発足いたします協力者の先生方の御意見も聞き、現地の沖繩県の教育委員会あるいは沖繩県の教育関係者の先生方の御意見も聞きました上で計画を立てたいというふうに思っております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 この交通方法変更につきましては、最近県民の側の方から非常に不安感が高まってきているということは、だんだんこの問題が詰めてわかってきますと非常に心配な点が多く出てきているわけです。ただいま幼稚園生から高校生を含めまして二十七万七千名児童生徒がおるわけでありますけれども、ちょうど時期が七月といいますと、夏休みに入っているわけですね。その夏休みに入った直後か入る直前かにそういう安全指導が行われる、といいますのは、これは今回私たちが現地に視察に行きましたときに、PTAや関係者の方々から、いまこの交通方法変更についての指導を子供にするわけにはいかない、これをいまやったら大変な混乱を起こす、したがって、それは直前がいいであろうというような、そういう要望もあったわけでありますけれども、しかし夏休みの期間中となりますと、約一ヵ月、八月いっぱい、当然八月の末日からがらっと変わっていくわけですから、その間児童生徒というものは開放的に遊んでいるわけです。したがいまして、もちろん来年の二月から皆さん方としては教師に対する、児童に対する指導をするための講習会をやるのだというようなことで、そして直前に児童に対しては安全指導をやるのだ、しかし子供は夏休みに入って、いわゆる開放的な気分で路地路地で遊ぶといいますか、そういう状態にあるわけですね。その期間にちょうどこれが変更されるということになりますと、大人でも非常に大変でありますけれども、こういう幼児、児童あるいは生徒という場合は非常に事故のことが心配されておるわけです。したがいまして、その点につきまして、文部省とされて果たしてそれでいいのかどうか、お考えをお伺いしたいと思います。

遠藤丞文部省体育局学校保健課長

○遠藤説明員 切りかえの日を七月末にするということにつきましては、私ども直接ではございませんが、総理府の方で沖繩県当局に検討を依頼し、沖繩県としてはいろいろな団体、関係者の御意向をお聞きになった上で、七月末がよかろう、気候的あるいは交通量の問題等を含めて総合的に御判断をされた上で七月末が適当であろうという御回答をいただいたというふうに聞いておりますので、私どもといたしましては、夏休みに入りました後で、確かに先生おっしゃるとおり、特に小さい子供たちが夏休みに開放的に走り回るということの心配はございますが、そのことは、具体的な実態に即した指導をどのように行うかということを現在検討したいというふうに思っておるわけでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 ですから、そういう具体的な問題にしましても、現在の時点におきましてはっきりとされておらないわけです。それがはっきりするとしましても、あるいは来年の二月とか四月とかということになりますと、実際に交通方法が変更されてやっていくのは地元の住民ですから、いまのような状態になりますと、児童に対してどのような話をしていいのかもわからないし、ますますこれは不安がつのっていくばかりだと非常に心配をされるわけです。したがいまして、現在の時点でも、この児童についての安全指導そのものにつきましても、突き詰めて考えますといろいろな問題が出てくるということは、これは私に限らず皆さん方も御同様にそういう心配は当然持っておられることと私は思うわけであります。したがいまして、特に沖繩の場合は、皆さんも御承知かと思うわけでありますけれども、交通三悪が非常に高い。その上に子供、幼児、小学生、中学生の事故の発生件数というものが、全国の平均が一〇・五%に対して沖繩は三〇・三%と非常に高いわけです。ですから、そういう形で切りかえられていったときに、児童生徒の事故が起きたときの責任を一体だれがとるのか、それは子供が悪かったのだというだけでは済まされないし、これはもう両方、加害者の方も被害者の方も、加害者と言っていいかどうかわかりませんが、全く新しい交通変更された中で起きたそういう事故について、特にこういう生徒あるいは幼児の事故に対する責任は一体だれがとるのかというようなことまで最近は非常に父兄の方々から言われているわけですね。そういうことにつきまして、文部省とされてどのように考えておられるのか、お伺いをいたします。

遠藤丞文部省体育局学校保健課長

○遠藤説明員 私ども、どのようにして子供たちを守っていくかということの具体的な指導内容あるいは指導計画、切りかえた後も学校に登校させて、とっさのときの行動の仕方、そういった訓練、練習というものが引き続き必要かどうかといったような点につきましても、専門家の方々の御意見あるいは沖繩県の実際に指導に当たっていただきます先生方の御意見等々をお伺いいたしまして計画を立ててまいりたいというふうに思っておるわけでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 私見を申し上げますならば、七月という夏休みの期間中にこういうことをやるというよりは、むしろそういう児童生徒を中心に考えましたときには、四月の春休みあたりが非常にいいのではないかという感じもするわけですね。といいますのは、春休みの期間中は休みが短いわけですから、そして児童生徒を学校に登校させる場合に、父兄が付きっきりで行くなりあるいは緑のおばさんとか、そういういろいろな関係者の協力を求めながらやっていくという形の方が、安全性の面からすれば非常にいいという感じがするわけです。それを七月の夏休みに入って全部開放的に二十七万七千の児童生徒が散らばってしまう、その間、父兄がこれを注意すればいい、本人が注意すればいいというだけではこの問題は済まされないと思うわけなんです。したがいまして、この点については一つ大きな疑問があるという感じがするわけであります。  次に、この問題でお伺いをしたいわけでありますけれども、沖繩の交通方法変更につきましては、五十三年の七月末日と現在言われておるわけですが、当初は復帰しまして三年後というようなことで、五十一年度をめどにして沖繩の交通方法の変更については行うということが言われておったわけです。しかし、それがいろいろな理由で五十三年の七月というふうに延期をされてきておるわけですけれども、その延期された理由についてお伺いしたいわけです。これは総理府の方でしょうか。

室城庸之内閣総理大臣官房交通安全対策室長

○室城政府委員 お答え申し上げます。  当初、御指摘のように、法律で三年、少なくとも三年以内にはやってはいけないということで、三年を経過した時点で昭和五十年以降に実施をするということで検討してまいりましたところ、諸般の準備が十分ではないんではないかというような御意見、あるいは海洋博の前にやることが果たしていいのかどうかというような問題等がございまして、当時の全体の取り組みの体制としては、一応海洋博を終えた後でやった方がよかろうということで延期になったわけでございますが、その間の政府の物の考え方並びに現地沖繩県の物の考え方、こういったものを私どもずっと引き続き見てまいっておるわけでございますが、当時の情勢がまだ十分ではないということにつきましては、やはり全力を挙げてこの大事業をやるについては海洋博等の大事業を控えておるやさきの改正は恐らく無理であろうというような判断は正しかったであろうというふうに思うわけであります。  今日の時点で、それではすべての状態がいつでも切りかえ得るような段階になっておるかということにつきましては、いろいろ御心配を承っておりますが、確かにこの時点で絶対大丈夫だというふうな保証はもちろんないわけでございます。しかしながら、いまから来年七月末をめどに諸般の準備を緻密に進めてまいりまして、最大限の事故防止あるいは交通環境の整備というふうなことを進めてまいりますならば、必ずしも御心配になるようなマイナス面ばかりではなくて、いろいろこれについて十分になし得るという、事業を完遂し得るという見通しも立てられますので、私どもはその計画に基づいて最大限の努力をしてまいりたいということで準備を進めておるわけであります。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 この交通方法変更につきましては、復帰に伴う特別措置によりまして、諸般の準備措置及び当日に予想される交通の状況を考慮して、その変更を円滑に行うことができると認められる日を選定するものとするというような意味の規定がなされておるわけです。したがいまして、先ほどの延期の理由の中に、海洋博の前にこういうことを行うのはどうかというような理由であったようでありますけれども、そうしますと、当然来年の七月に行うということになりますと、ここにもありますとおり、円滑に行うことができるという、それだけの準備体制が整っておらなくてはならない。そこに現地の方では非常な不安感があるわけです。どれをとってみましても、しっかりした準備が政府にとられていないじゃないか。午前中の質疑の中でも上原先生もお話がありましたとおり、いろいろな予想される直接、間接の補償の問題についてすら、どこがどうしてくれるのか、どこが責任をとってそういうことをやってくれるのかということについてすら明確にされていない。先ほどの文部省の、そういう児童生徒に対する安全指導の面につきましても、いまの時点ですらなおはっきりしておらない。あるいは運輸省関係につきましても、バス、タクシー、そういう関係につきましても、まだ関係者の方々が納得しておらないというような状態があるわけです。また、現地の市町村段階におきましても、国の考えておられるいろいろな道路の変更の問題につきましても、その事業量の問題についても、市町村当局の考え方とあるいは政府の考えておられることと大きなずれがある。そういう問題につきましても、これをどこに聞こうかということになると、まだやれ建設省だ、やれどこだというような形で、明確にされておらないというようなことで、これは率直に地元におきましては、われわれも委員の方々も行かれて、そのことを非常に痛感してまいっておるわけです。したがいまして、現在の時点において、県の方でももう一回、果たしてできるのかどうかということで、ことしの十二月をめどにこの問題を徹底してなにしていこうというような考えがあるようであります。したがいまして、政府とされては、そういう準備体制をこれから整えながら、来年の七月をめどに進めていかれるでしょうけれども、現実に、実際問題としましてきわめて無理だということが明らかになってくると同時に、いわゆる地元の県当局が、これはもう少し延ばしてもらいたいというようなことなどが出てきたときに、そういう意見については当然政府としてはこれは尊重されると思うのでありますけれども、その点につきましての、これは非常に大事な問題であります、長官の方からお答えをいただきたいと思います。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 ただいま御審議をまだ参議院の方でいただいております昭和五十二年度予算の中にも、この交通方法の変更に伴う予算が五十数億盛られております。そういうことはまだ表面に出ておりませんが、そういうことで、ある程度の変更に伴う準備も具体的に進んでいくわけでございます。  それからまた、午前中に上原先生の方に御返事を申し上げましたけれども、県民の方々の御協力をいただいて、御納得のもとにこれはやっていくべきものだ、かように考えております。われわれは極力来年の七月に間に合うように努力をいたしますとともに、そのような御協力をいただく、御納得をいただくということも考え合わせながら進んでいこうと思っております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 これは午前中の質疑でも、上原先生の方からもありましたけれども、沖特の委員が現地視察をいたしまして、帰る日、飛行場で記者会見を行いました。そのときに記者の方々は、きわめて痛烈な抗議めいた質問をなされたわけであります。この沖繩の交通方法変更対策本部長というのは東京におって、これが実際に変更されるのは沖繩なんだ。現実に沖繩にいて陣頭指揮をとるぐらいの決意が、当然しかるべきじゃないかというような、きわめて痛烈な、また当然だとも思うわけでありますけれども、そういう意見が記者の方々から出されました。したがいまして、それほど現地では、この問題につきましてはこれからなお一層いろいろな問題が提起されてくると思うわけでありまして、ただいまの私が申し上げましたその考え方につきまして、長官の決意はどのように持っておられるのか、重ねてお伺いをいたします。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 この問題は、各省庁に、現在の縦割り行政の中で多く分かれておりますので、その交通変更に伴う対策の本部長を総理府長官がやることになっております。たまたまその総理府長官なるものが沖繩の開発庁長官を兼ねておりますから、現在では私でございますので、私は、大変この問題については重要な問題である、心からそう思っております。またしかし、これを延ばすことが沖繩県民の方々に混乱も招き、マイナスの点もある。ですから、できればもう来年の七月、五十年の六月の閣議によって決められた五十三年七月にこれをできればやることにこしたことはない。  しかし、午前中も上原先生から、現在は玉城委員からも言われておりますように、いろいろと現地にも不安があるようでございますので、その現地の県民の方々の不安解消のために、ただ口だけではなくて、実際にいろんな諸施設、安全思想の徹底のための運動をどんどんやっていかなければならないと思うのですね。そういう面も、いま申し上げましたような五十二年度の予算が発動してきますと、これらのことに手をつけていける、かように思いますので、必要があれば私はいつにても沖繩に飛んでまいりまして、この交通方法変更に伴うことに対して、関係各層の御納得いくような話し合いはやりたい、かように思っております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 ただいまの問題につきましては、来年の七月の末日に行われるということのみが先行しまして、それに伴う先ほど申し上げましたような円滑な準備体制と申しますか、万全の体制が、個々に具体的な問題を伺っていきますと、はっきりしておらないというようなところから非常に不安感が出てきておるわけです。したがいまして、何も別に交通方法を変更する必要はないのじゃないかというような声すらまた出始めておるわけでして、それだけに政府として本当にそれをなさるのであれば、十分県民の納得のいくような万全の体制が当然いまの時点でしかれていかなくては、この大きな事業というものは成功しないしもしこれが成功しないときに起きるいろいろな問題というものは、また地元の県民が背負わなくてはならないという結果が当然出てくるわけでございまして、その点を非常に心配をするわけであります。  次に、沖繩振興開発金融公庫の運営状況につきましては、午前中も質疑が交わされたわけでありますけれども、私もこの点は現地の開発金融公庫の方から資料をいただきましたときに、これは非常に問題点があるという感じがしました。  指摘がありましたように、農林漁業資金が、これは、例年ずっと、五十年もしかりであります、五十一年もまたしかりであります、当初予算額よりも実績が五〇%あるいはそれにちょっと上積みするというような程度の実績しかないということと同時に、今度は逆に、特に公害企業と言われておりますところの石油基地、CTSですね、そういう関係の大幅な融資が五十一年度、三月三十一日ですか百三十億、あるいは来年も予定されている。御存じのとおり、沖繩の場合は、第一次産業は農業あるいは漁業を振興しなければならないということは、当然地元の声でもありますし、また国もそういう方針に従ってあらゆる手だてをやりつつあるんだというような中で、こういう資金がこのような消化しかされておらない。一方ではそういう公害企業には大型な融資がされていくということを非常に不審に思ったわけであります。  したがいまして、この農林漁業資金の貸し付けが非常に低率な理由としましては、いわゆる貸し付け条件が非常に厳しいのではないか。あるいはいろいろな担保の問題とか、改善をしなくてはならない問題が多々あるようであります。この点につきまして、改めてもう一回、どういうことが原因でこういう状態になっておるのか、お伺いしたいわけであります。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 午前中の上原先生の御質疑に関連しまして、公庫の理事長からも御答弁があったところでございますが、御指摘のように、昭和四十七年に当公庫が発足しまして以後の貸し付けの計画及びそれに対する実績を見てまいりますと、率直に申し上げまして、貸し付け計画に対する実績は、年度によって区分はございますけれども、おおむね五割から六割前後の比率になっておるわけでございます。  理事長からも御答弁がありましたとおり、政府及び金融公庫といたしましては、沖繩の産業開発上に占める農林漁業といういわゆる一次産業の振興というのは、振興計画においても大きな柱となっておることにかんがみ、この資金の活用を非常に重視しておるわけでございますが、何分この資金の具体的内容が、御案内のように、主として農林漁業の経営基盤に対する資金でございますので、本土公庫におきましても、御案内のように、この資金の活用の対象はおおむね農業の基盤整備あるいは構造改善に伴う近代化等の所要資金の需要というのが本来的には大きな役割りを占めるべきものでございます。ただ、午前中にも理事長が御答弁しましたように、沖繩におきましては戦後長期にわたってこういった近代化のための施策あるいは基盤整備というふうな施策が必ずしも十分行われていなかった、こういうこともございまして、復帰後、長官初め関係局長からるる御答弁いたしておりますように、この数年にわたって急激にこの関係予算を政府公共投資サイドで伸ばしてきておるわけでございます。したがいまして、今後の需要といたしましては、こういったオーソドックスな農業基盤等にかかわります資金需要が起こってまいるかと思いますけれども、現実の時期におきましてはまだそこまでの盛り上がりが資金需要的にはなかった、こういうことも一面言われるかと思います。  また、率直に申し上げまして、本土に比しまして沖繩におきますところの基盤整備あるいは近代化のための諸施策は、かなり高率の国庫補助制度をとっておることも御承知かと思いますが、そういった面からいきまして、事業量の伸びに対しまして本土のように必ずしも大幅な地元負担と申しますか、そういった所要資金が比例的には伸びない、こういう面もあろうかと私は思っております。  いずれにいたしましても、沖繩の農業が振興計画に占める割合は大きいことでございますから、今後借り入れの手続等の簡素化その他諸般の問題についてもなお一層公庫を督励し、また一般のPRにも徹することといたしまして、今後の資金の活用については開発庁としても十二分に配慮をして推進をしてまいる所存でございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 沖繩の第一次産業の農林漁業振興ということで、それだけの公庫に対する資金手当てをしてやっておるけれども、現実にはそれだけ活用されておらない、いわゆる余るわけですね。その余った資金というのはこれは大蔵省に返るのでしょうか、それともどこかに流用をされていくという形になるのですか、その点お伺いいたします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 沖繩開発金融公庫は、先生御案内のように、本土におきますところの開発金融資金あるいは農林、住宅初め中小、各般の政府金融機関を統合して一元化をしておる公庫という特色があるわけでございまして、縦割りでない妙味も実はあるかと思います。したがいまして、年度途中におきまして当初の資金計画に乖離を生じた場合には、その都度、おおむね第四・四半期に一度でございますが、これらの所要資金の改定を行いまして、それぞれ需要の伸びる部面にこれを有効的に利用する、こういうことになっておりまして、従来の実績等から申し上げますと、年度末におきますところの中小企業金融あるいは住宅資金の需要増等各般の需要につきまして、政府サイドにおきまして所要の調整を加えた上で資金を有効に活用するということで従来やってきたつもりでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 したがいまして、農林漁業資金が消化をされないで、五〇%としまして約半分が余る。余ったその農林漁業資金というものが他の資金に流用されていく、需要の高いところに回されていくというような御説明であるわけですね。そうしますと、去る三月三十一日、いわゆる年度末ぎりぎりでCTSに百三十億融資をされておるわけですけれども、これは当初からそういう予定をしておられたのかどうか、それをお伺いいたします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 CTSの所要建設資金につきましては、五十一年度の公庫の資金運用計画の中ではある相当額の所要資金は予定はいたしておりましたところでございますが、実は県御当局と関連企業会社におきますところのいわゆるCTS建設に関連をしました公害協定というものが、年度末ぎりぎりになりましてこれが結ばれたわけでございます。しかしながら、所要資金というものはやはり相当の大きな枠にもなることでもございますし、当公庫の業務方法書から照らしまして、CTSに対する産業開発資金は当公庫の所要資金で賄うことは公庫の使命上当然予定されておることでもございますし、五十二年度の新規財政投融資に伴う資金計画自身も新年度予算の関連ですでに確定をしておるという事情もございまして、年度末、中小企業その他各般の所要資金の調整を行いました結果、所要資金の余裕が出ましたので、県あるいは関係機関とも相談の上でこの資金に充当したわけでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 その点がやはりちょっと不審に思うわけです。といいますのは、公庫の農林関係の資金がそういう趣旨で当初組まれて、それが消化されなかったからそういう企業の方に融資をされるということが、しかも、その農林漁業資金の貸し付けのいろいろな条件が厳しいのだとかあるいは担保の要求があるのだとかいうようなこと、あるいはこの資金の活用について一般の農家の方々に余り知られていないというような、努力をすればできる原因がされない状態で、この資金が活用されないで、そして、ほかのきわめて問題であると言われる、沖繩においてこのCTSのそういう石油関係の公害企業と言われるものに大幅に資金が回されていくというようなあり方が、沖繩の公庫のあり方についてこういうことがなされていくというのであれば、これは大きな問題があるのではないかというような感じがするわけです。同時にまた、新しく沖繩ターミナルあるいは沖繩石油精製とか南西石油とかあるわけですけれども、増設の準備がなされておるようですけれども、こういう企業に対しても今後融資をされるのかどうか、お伺いをいたします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 冒頭の御答弁でも触れましたように、この金融公庫の業務内容は、本土におきます開銀、いわゆる産業開発資金を担当しております金融機関及び六政府金融公庫の業務を統括してやっておる金融公庫でございます。したがいまして、当然沖繩の地元におきます設備投資の万般につきましては、その業務の内容によってこれを選別をしてやるというわけにはまいりませんので、当然その業務の性格上、現地におきます石油精製企業につきましても融資をするというたてまえを発足当初以来とっておるつもりでございます。しかしながら、先生御指摘のように、仮にもそういった問題を前提にして農林その他中小企業等の所要資金を圧迫するというふうなことは絶対にいたすべきではございませんことは、当然言うまでもないところでございまして、今後も年度間の計画の中で、そういった中小企業ないし農林等地場の重要な産業にかかわります資金につきましては十分確保するということで運用してまいるつもりでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 どんどん沖繩の農林漁業というものは振興されなくてはなりませんし、当然公庫に組まれておりますところのこういう資金については最大限に活用されなくてはならない、これはもう申し上げるまでもないわけでありまして、そういう意味におきましては県あるいは農協の方々あるいは当然農家の方々についても、この資金の活用について、公庫とされましても当然また開発庁とされましてもこの活用方について周知徹底を図ってもらいたいと思いますと同時に、その貸し付けがスムーズに行われていないそのネックの解消につきましては最大の努力を払っていただきたい、このように思うわけであります。  関連をいたしまして、この中の住宅資金でありますけれども、この資金の活用状況は、ただいまの農林漁業に比べますと、これはきわめてスムーズに活用されておるわけであります。それだけに沖繩の場合、住宅問題というのは非常に深刻なものがあるわけでございます。そういう中で、一、二やはり保証人の問題につきまして、どうしても公庫の住宅資金を活用したいけれども、この保証人を二人そろえるとかいうようなことで活用できないという状態に置かれているという方々がいらっしゃるわけでありますけれども、その点について、開発庁として何らかそういう方々についても当然この資金が活用できるような措置は講じられないものかどうか、お伺いをいたします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 住宅資金につきましては、先生も御案内かと思いますけれども、他の政策金融事業と横並びの問題もございますが、沖繩につきましては特別金利と申しますか、住宅資金の金利も本土より安くなっておるわけでございますし、なお融資そのものの融資率もいろいろな事情を勘案しまして高くなっておるところでございます。  ただ、金融機関であります以上、債権の保全管理ということは公庫の経営上重要な問題でもございますし、特に沖繩だけについてそういった保証制度について厳格にやっておるというふうな理解はしておらないところでございまして、総合的に見まして沖繩の個人住宅融資については、本土に比しかなり有利な取り扱いをさせていただいておる、こういうふうに理解をしております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 そうしますと、本土においては住宅保証協会がそういう住宅資金の活用について保証の肩がわりをしておることについては御存じだと思いますけれども、沖繩がこれを外されているというような状態のように承っておりますけれども、その点につきましてお伺いをいたします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 ちょっと私もその点勉強不足でございましたけれども、私の手元にちょっといま資料の持ち合わせがございませんので、後ほど調べましてお答えしたいと思います。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 これはぜひ、本土にあるそういう制度が沖繩に外されているということは、特にこれは保証の問題、保証人の肩がわりの問題ですから、これは早急にやっていただきたいと思いますし、公庫側の方にちょっとお伺いしましたら、何か今月あたりからぜひそれが活用できるような仕組みにしたいというような話も承っておるわけでありまして、ぜひそういう方向でこの住宅資金の活用がなお活発に行われるように万般の施策を講じていただきたい、このように強く要望をいたします。  次に、午前中に上原先生からも御指摘がありました例のキャンプ・シュワブ並びにキャンプ・ハンセン、二十三・四キロの米軍マリーン、海兵隊の戦車用道路、これはこの委員会でもこれまでも何回も指摘をされて、抗議も防衛施設庁とされては受けておるわけでありますけれども、これはきわめてけしからぬ話だと思います。  問題は環境破壊ということ、あるいは水質の汚濁ということ、これは非常に問題な点があるわけです。午前中の質疑にもありましたけれども、西表のヤマネコの問題、これはヤマネコが大事ということで環境が大事というようなことで、住民の側は第二次、三次になっている。この問題は逆に環境はどんどん破壊されて、そして基地がどんどん勝手につくられていく、そして住民生活はその被害をもろに受けていくというようなかっこうになっておるわけです。したがいまして、これは午前中の御答弁にもあったわけでありますけれども、この地位協定三条三項の公共の云々ということ並びに十六条の国内法の尊重ということを現実には米軍は行っておらないわけですね。  この地位協定につきましては、この環境破壊についての考慮が全くされてない。そういう部面がどの条項を見ましてもないわけですね。そうしますと、これは基地内であればもうどんなことをやってもいいのだ、環境なんかどうでもいいのだというかっこうで、現実にいま沖繩で米軍があの戦車用道路をつくり上げてしまった、こういうことになって、その被害というものは住民がもろに受けていくというかっこうになるわけですけれども、そういう点につきまして、これまで施設庁とされましてこの環境破壊の点について、この基地をつくるときにどういうふうな話し合いを米軍となされたのか、その点をお伺いいたします。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 お答え申し上げます。  一般的に申しますと、米軍が使用しておる施設、区域内で工事を行うという場合には、事前に日本政府すなわち防衛施設庁に通告をしてくるのがたてまえでございます。毎年年度の当初には、全国の施設、区域内における米軍の大規模な工事については通報がある仕組みになっております。  ところが、この問題は、非常に遺憾なことではございますが、いわゆる演習場として提供した施設、区域でございます。そこで、演習そのもの、まあ訓練も兼ねた道路建設というふうに理解されるわけでございます。したがいまして、一般の建設工事等と若干違った面で処理されたというふうな印象をわれわれは受けます。  しかしながら、午前中もお答え申し上げましたとおり、地位協定の三条三項によりまして、周辺の公共の安全に妥当な考慮を欠いておったという事実はこれまた否めないものと思いますので、今後こういうことは絶対にないようにいま厳重に抗議をし、米側の注意を喚起しておるところでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 私は地位協定を別に認めぬとか、そういうことではありませんけれども、現在のような状態で沖繩の基地がどんどんつくられていきますと、御存じのとおりあの付近一帯の山が、演習で火事になりましてどんどんはげ山になっております。この二十三・四キロという長い十メートルの戦車用道路をつくりますときに、あの北部の、中間の沖繩の亜熱帯の緑の環境というものは極度に破壊されておるわけです。それに伴って当然水源地が汚染をされていくというようなことがこれまでもどんどん行われてきたし、これからも現実において行われていく。これについて何らの歯どめもきかない。まあ地位協定の三条の三で云々、あるいは十六条の国内法の遵守ということはかろうじてあるけれども、現実にはそういうことは無視されているというようなことで、果たしてこれでいいのかどうか。私は余りこういう問題に詳しくないのでいろいろな法的な問題はわかりませんけれども、しかし、この環境破壊ということについては、公害防止法とか水質汚濁防止法とか、あるいは公害対策基本法とか、いろいろ公害関係の一連の国内法があるわけです。こういう法の精神も守られないままに環境が破壊される、公害はどんどん出してくるというものが果たしていいのかどうか。これについては私は、防衛施設庁としてはこういう状態は許されないということを米軍側に厳重に申し入れをしないと、本当にいまにあの一帯、沖繩の環境というものはむちゃくちゃな状態になっていくという、これはきわめて感情的な問題になってくるわけですよ。したがいまして、それに歯どめをかけるものをきちっと皆さんにやっていただかないといけないと思うわけでありまして、その点を強く要請をしておくわけであります。  次に、対米放棄請求権の問題についてお伺いをいたしたいと思います。この問題につきましても私の方から御説明を申し上げるまでもなく、復帰後五年を経過した現時点におきましても、なおかつどうなっておるのかということを率直に感じるわけでありまして、これまでの経過と申しますか、それから今後どういう方針でこの問題を解決しようとなされるのか、これは開発庁のことになろうと思いますけれども、お伺いをいたしたいと思います。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 対米放棄請求権の問題につきましては、沖繩復帰後、現地地元からも非常に強い御要請がございまして、いわゆる沖繩返還協定放棄請求権等補償推進協議会というものが結成されておるところでございまして、この推進協議会を通じまして、関係省庁に対し請求権補償の要請がなされておりますとともに、漁業団体からも別途いわゆる漁業補償に関連をいたしました請求が要請されておるところでございます。  復帰後、政府としましても、まずこれの内容と申しますか、請求事案の内容につきまして具体的な実態調査をする必要があるということで、防衛施設庁にお願いをいたしまして、これの現地における実態調査を逐次行ってきたところでございます。しかしながら、先生も御案内かと思いますけれども、何分にも請求の事案が、私の理解で間違っておりませんとすると、件数にしまして十万件を超えておるわけでございます。なお、その態様が非常に複雑でございまして、この実態の把握に現在非常に困難を来しておるところでございます。  しかしながら、これは復帰時点におきますところの政治的にも非常に大きな問題の一つというふうに政府も理解をしておりますし、こういった実態の調査を早急に詰める必要もあるわけでございますが、当面、沖繩開発庁が一応関係省庁の窓口ということで、いま申し上げましたような防衛施設庁を初め関係省庁と協力をいたしまして、残された実態の把握と問題の検討を早急に進めていくとともに、五十三年度ないし五十四年度と、次年度以降政府としてこういった実態を詰めた上で、それの解決の方策、それを推進するための体制等を含めてできるだけ速やかにこの処理の方針を決定したい、こういうふうに考えておるところでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 この放棄請求権につきましては、項目にしまして十三項目、県の方から、いまの協議会ですか、第一次、第二次のもすでに要求が出ておるわけですね。その中でも特に漁業補償関係につきましてはおおよその実態調査は済んでいる、あとは補償の段階というふうにも伺っておるわけですが、この漁業補償につきましては現在どういうようになっておるのでしょうか、お伺いいたします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 ただいま私お答えしましたように、放棄請求権のいわゆる大もととなっております十万件を超えるいわば陸地部と申しますか、相当複雑な内容になっております請求権事案とは別個に、約五百億と聞いておりますが、漁業団体からの漁業補償の請求がすでになされておるのでございます。  この取り扱いにつきましては、実は私の理解しておりますところでは、現実に沖繩地区におきます米軍施設使用区域との関係もございまして、防衛施設庁で現在現実に制限区域についての補償をやっておられるという関係もございまして、一応この要求事案をお預かりいただいておるというふうに私は理解しております。  ただ、全体の問題としては、いま私が申し上げましたように、陸地部という言い方が適当かどうかわかりませんが、協議会の方からお出しなされておりますいわゆる膨大な件数のこの問題を政府として基本的に処理する、そういった基本方針の策定に関連をして、できるだけ早く海上の請求権といいますか、漁業補償も片づけなければならない、こういうことで内閣審議室、それから私どもあるいは防衛施設庁等関係省庁が逐次会議をいたしまして、結論としては、冒頭私が申し上げましたような基本方針の決定を急ぐということで、いま処理を進めておるところであります。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 それでは、その漁業補償につきましては、施設庁の方にちょっとお伺いをいたします。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 お答え申し上げます。  ただいま開発庁の亀谷総務局長から申されたことで尽きておるわけでございますが、防衛施設庁といたしましては関係各省庁との協議のもとに、当庁が現在実施しております漁業補償と非常に密接なかかわりがあるであろうという判断のもとに、当庁においていわゆる漁業関係の請求権についても調査すべきであるというふうなことから、昭和四十八年度以来調査を実施してまいったところでございます。  先ほど亀谷局長さんからもお話がございましたように、何分にも膨大な内容でございます。当庁といたしましては、ただいま申し上げました四十八年度来の調査によりまして、まず米軍の制限状況はどういう状況であったか、それから関係漁業者の操業状況はどうであったか、それから請求権の積算根拠について調査をいたしました。それから、御案内の布令六十号による漁業補償との関係はどうであろうかというふうな項目を主体にして現在まで調査を続けてまいったわけでございます。しかしながら、まだなお細部調査をいたしませんと、その結論は出せないというふうな現状にございます。なおこの調査を続けました上、先ほどお話がございましたように、いわゆる放棄請求権の全体の処理をどうするかという基本方針の一環としてこれも処理されるべきものというふうに考えておる次第でございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 その漁業補償の細部の調査というのは、いつごろまでなさるのですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 昭和五十二年度にこの調査費として千五百万円を計上いたし、現在予算審議をいただいておるところでございます。その成立を待ってこの調査の最終段階に入りたいというふうに考えておる次第でございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 そうしますと、漁業補償に関する限りは、この五十二年度中に調査は完了するというふうに理解してよろしいわけですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 完全に完了するかどうか、ここで確答いたしかねるわけでございます。と申しますのは、先ほど申しましたように、いわゆる請求権をどのような方針でもって処理するかということが非常に大きな眼目になろうかと思います。したがいまして、一応の調査は完了するという見通しでございますが、なおさらに細部追跡調査が必要であるというふうな場合も起こり得るかと思います。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 放棄請求権につきましては、どう処理するかという方針が、現在まだ決まっておらないというようなことになっておるわけですか、これは開発庁の方にちょっとお伺いします。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 先ほど私から御答弁申し上げましたように、十万件を超える件数で、請求権の要請の具体的な内容が十数項という多岐にわたっておるわけでございます。細かい事例につきまして一々の私の見解を申し上げることは差し控えたいと思いますが、事案の内容がいわゆる対米放棄請求権の問題でございまして、いわゆる返還協定に基づく対米放棄請求権の一環として政府も取り組むわけでございますので、そういった条約上の問題、それから国内的な他のこういった請求事案との問題、それから請求権の内容となっておりますそれぞれの具体的な問題、たとえば先生よく御案内かと思いますが、その項目の中は復元補償の問題あるいは入会権の問題あるいは境界確定等各般にわたっておるわけでございまして、そういった問題を含めましてその請求事案というものをどういうふうに判定をするか、また、それをどういうふうな取り上げ方でやった場合に、補償といいますか、具体的な政府の措置というものがどういう形でなされるべきものか、こういったいろいろな問題を法的にもあるいは行政的にも詰めなければならぬ、こういうことでございまして、現在までの段階は何分にも膨大な資料を類別して整理をし、実態を把握するというところまで来たわけでございます。  したがいまして、じんぜんと日を延ばして決定をおくらせておるということではございませんで、冒頭申し上げましたように、防衛施設庁等の御協力もいただきまして、逐次そういった実態の整理をしながら、並行して今後に対しまして政府としての基本的な取り組みあるいは業務の分担等を早急に決めたい、こういうことでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 こういう放棄請求権の問題につきましても、ただいまのお答えを伺っておりますと、こういう状態であったら一向にらちが明かない。これはたとえば漁業補償の問題につきましてもすでに五十二年度でおおよその調査は完了する、追跡調査やいろいろな細かい点はありましょうけれども、そういう状態になってもなおかつこういう問題がまだ方針すらはっきりしないという状態になりますと、これはもういつまでたってもこの問題の解決はらちが明かない。これは本当にやる気があるのかないのかということを言わざるを得ないわけですけれども、こういう状態になりますと私は非常に不満があるわけですけれども、いずれにしましても早急に、先ほど速やかに解決していきたいということをおっしゃいましたので、その線に沿って、全体ひっくるめてでなくて、できるものについては、具体的に個々についてどんどん解決をしていくというようにやっていただくことを強く要請をするわけであります。  次に、これも沖繩の特殊な問題の一つでありますけれども、混血児の国籍の問題なんです。これは法務省の方になろうかと思いますが、まず最初に、沖繩の混血児の方々について、特にこの国籍の問題に関連をしまして実態を調べたことがおありであるかどうか、お伺いをいたします。

宮崎直見法務省民事局第五課長

○宮崎説明員 お答え申し上げます。  法務省において特に混血児の国籍について実態調査というものをやったことはございません。ただ、沖繩の県の教育振興会で沖繩の混血児についての実態調査をやったことは聞いておりますが、法務省でやったことはございません。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 沖繩の場合、混血の方々が多いわけです。私たちも地元にいるときにそういう方々の実態を調べたことがあるわけです。福祉の問題等いろいろな問題がその中にあるわけですけれども、特に国籍の問題で、現在、アメリカの国籍を、父親の国籍を持っておるわけですね。しかしながら、二十八歳までの間にアメリカで二年間の市民生活をしないとその国籍が喪失といいますか、なくなるわけですね。そういうふうにアメリカの制度はなっておるようです。しかしながら、実際問題としましては、二年間アメリカで生活をするということは、いろいろな経済的な問題あるいは受け入れる側の父親の問題とか多くの問題がありまして、二年間アメリカで生活をすることがむずかしいというような状態で、すでに三十名ぐらい、アメリカの市民権あるいは国籍を失うというような状態にすでにもう該当する方々が出始めておるわけです。今後まただんだん出ていらっしゃるわけですけれども、そういうことにつきまして、法務省としてその実態を御存じであるかどうか、お伺いします。

宮崎直見法務省民事局第五課長

○宮崎説明員 私は民事局第五課でございまして、国籍の関係だけでございますので、無国籍者あるいは在日外国人の実態については入国管理局の方で把握しているわけでございます。  それで、私どもが推測していることは、先ほど申し上げた沖繩県の教育振興会の実態調査によりますと、昭和五十年十二月現在で就学児童千二百五十一名中アメリカの国籍を持っている混血児童が二百五十五名いるという状態でございますので、御存じのように、アメリカ合衆国の移民及び国籍法によれば、二十六歳までにアメリカの本土に居住しない以上は当然アメリカ国籍を失うという結果になりますので、当然そのような無国籍者が今後ふえてくるということは予想されると思います。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 したがいまして、そういう方々について、そのままでいいのかどうか。いわゆる日本の籍もなくなるし、そしてまたアメリカの籍もなくなる。もちろん日本の籍はもうない。母親は日本籍ですけれども父親の籍に入っているわけですからね。ですから、そういう問題をほうっておくわけには決していかないと思うわけです。したがいまして、出てくることが予想されるというだけでなくして、政府とされてこういう問題についてどのような対策を持っておられるのか、お伺いをいたします。

宮崎直見法務省民事局第五課長

○宮崎説明員 これは国籍の問題は、本人の希望によって国籍を選択させるというのが原則でございまして、日本国籍を選択するようにというようなPRとかいうようなことはやはり国籍の自由選択ということからできない。しかし、日本の国籍を希望する者については、帰化手続によってやるということになっております。特にこの沖繩の混血児の場合には、母が日本人という場合でございますので、国籍法第六条二号該当ということで、日本に住所を有するというだけが要件で、ほかは素行要件だけで帰化ができるといういわば緩和された帰化要件になってございます。そういうことで、日本に帰化を希望する者については、これはその手続その他については十分配慮しながら受け入れていきたいというふうに考えております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 そういうことで、関係者の方々は日本国籍の取得、帰化手続をしたい。そのための手続の繁雑さとか——これは特殊な例てすから、無条件でそういう手続ができるような方策をぜひ講じてもらいたいという強い要請があるわけです。したがいまして、その趣旨に沿っていただきまして、ぜひこの関係者の方々についての解決をしていただきたいと思いますし、同時にまたこの前行きましたときに、総合事務局長の小玉さんも、領事館の方から非常に要請もあるというようなことで、局長御自身も非常に立場は違うけれども一生懸命に努力をしておるというお話もありましたし、開発庁とされましても重大な関心をお持ちになりまして、そういう方々の救済をやっていただきたいと要請をする次第でございます。  まだありますけれども、時間が来ましたので、以上で質問を終わります。     〔委員長退席、西銘委員長代理着席〕

西銘順治自由民主党

○西銘委員長代理 稲富稜人君。

稲富稜人民社党

○稲富委員 私は余り時間がありません、短時間をいただいておりますので、沖繩の開発の問題を主体といたしましてお尋ねいたしたいと思うのであります。しかも、復帰後五ヵ年間の実績をたどりまして、今後沖繩の開発をどうするか、こういう点にしぼりまして二、三開発庁にお尋ねをいたしたいと思うのであります。  私は、沖繩の開発を期するためにまずいかなる産業に重点を置くかということ、これが一番必要な問題である伊かように考えます。そういたしますと、今日私たちが取り組むべき最も必要なものは何であるかというならば、やはり沖繩に期待するものは、わが国ただ一つの亜熱帯地帯であるということ、この条件を生かした農業、畜産、水産業というものをどうするか、ここに私は沖繩開発の非常な重点があるし、目標がある、かように考えますが、これに対して開発庁はどうお考えになっておるか、承りたいと思うのであります。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 沖繩の産業開発を長期的に展望いたします場合には、よく言われていることでございますけれども、一次、二次産業間のアンバランス、特に三次産業のアンバランスというものを手直ししなければならない。また、これは雇用面で考えましても、現在の失業状態、それから現在の沖繩の人口の年齢別構成、今後の出生率の見込み、こういうものを考えていきますと、雇用の場を確保するという意味では、長い目で見れば二次産業の導入育成ということはやはり非常に重要なことであると考えます。  しかし、いろいろな経済環境その他を考えますと、当面の経済開発というか、地域振興の主軸はやはり農業に求めるということになろうかと思うのであります。その場合の物の考え方といたしまして、ここ二十年ばかりの間、サトウキビとパインに非常に特化した農業になっているわけでありますけれども、それよりも沖繩の地理的特性、あるいは気候的特性を生かしました早出し野菜あるいは早出し園芸果実、そういうふうな形で、本土の他府県の生産時期あるいは供給時期とのずれを活用した、いわば高密度農業とでもいいますか、そういう形が非常に望ましい形ではなかろうか、さように考えます。  それからまた、畜産について物を考えますと、確かに輸送費の問題で本土との関係についてはいろいろ問題点もございますけれども、何といっても牧草の生育量が本土の他の畜産地域との間では非常に差がございます。牧草の育ちが早い、そういうことを考えますと、畜産というものの可能性は非常にございますし、またある程度畜産業をてこにいたしませんと、いわゆる有機質肥料の関係で地力の維持ができない。やはり農業そのものの振興にも支障が来るということで、畜産をこれから大いに伸ばすという必要はございます。  それから、あと海水の養分の問題で、これも多分にいろいろ制約要件はあるとは考えますが、東シナ海に近い、あるいは南方漁場に近いということでの水産業振興の可能性というものは今後まだ非常に残っておりますし、ことに一番未発達なのは沖繩におきまして養殖漁業の将来についての検討が不十分でございまして、これらにつきましても大いに力を入れていくべきであるという点で、全く先生の御指摘のとおりでございます。

稲富稜人民社党

○稲富委員 ただいま局長からお話がありましたが、沖繩に工業団地等の計画等もあると承るのでありますが、あの水の少ないところで工業団地をつくり、どういう工業を持ち込むか、非常に重大な問題である。特にこの工場のいかんによっては海を汚されるという公害問題等も生ずる。こういう点から、やはり沖繩というものは、いま局長も言われたような特殊の気候を生かした、条件を備えた農業、水産業あるいは畜産、こういうものが必要であると私は思うのであります。  そういう点からまず考えなければいけない問題は、私は、こういうような特殊な沖繩に適した農業及び水産業を将来発展させるとするならば、やはり農業に対しましては国立の農業試験場というものが必要ではないか、あるいは水産試験場も必要ではないかと思う。この間行きましたときも、農業試験場の希望は農業団体からもあったのでありますが、やはりあの特殊の亜熱帯地方としての農業はどういうものに取り組むか、こういうことに対しては、何と申し上げましてもやはり農業試験場並びに水産試験場の設置が必要ではないか。水産業については後からまた申し上げますが、何しろこういう農業試験場の設置に対してはひとつ特段の手を打つべきではないか、かように考えますが、いかがでございますか。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 現在、農業につきましては石垣島に農林省の試験研究機関がございまして、サトウキビその他についての研究をやっております。ただ、水産につきましては、御指摘のように、南西海区の試験場の管轄区域でございまして、沖繩にずばり試験研究機関が進出していないと思います。しかし、いずれにいたしましても、試験研究機関が現地にあるのとないのと——これはいろいろ考え方があるらしゅうございまして、管轄区域はできるだけ広くまとめてあった方がいいという考え方もあるようでございますから、この辺は農林省の専門的な考え方に従いたいと私たちは思っております。  ただ、沖繩の農業につきましてのもう一つ別の問題は、先ほど申し落としましたけれども、たとえばパイナップル、サトウキビ等の新品種の導入というようなことを考えます場合に、国内だけの問題ではありませんで、そういう知識といいますか、ノーハウといいますか、技術といいますか、そういうものをむしろ他の、日本以外の地域から求めるという配慮が非常に必要になってくるだろうと思うのでございます。この点につきましては、私ども将来の研究課題として勉強してまいりたいと思っております。

稲富稜人民社党

○稲富委員 それで、まず私は農業の問題を取り上げたいと思うのであります。  沖繩で農業というものを定着させ、本当に農業の発展を期するというならば、一番最初にやるべき問題はやはり土壌の改良でございます。その次に考えなくてはいけないことは、灌漑水の問題でございます。この二つが備わらなければ沖繩の農業の発展ということは、これはあえて期待することはできない。土壌の改良をやるといたしますと、当然起こってくるものは、やはり畜産と併立した土壌改良というものが必要である。この点においても、私たちは畜産というものが気候的にもいいし、いま局長が言われたような牧草の関係等、こういう点から土壌改良と並行する意味での畜産の発展性が非常に必要ではないか。さらに、灌漑水の問題でございますが、この問題につきましても私たちは——この問題は後からにいたしまして、まず土壌改良と畜産の必要と同時に起こってくる問題は、構造改善事業の問題でございます。  これは今日私たちも現地を見てまいったのでございますが、従来は土地改良に対する負担は、全額負担をやっておられます。将来においては、県営等に対しては国が七五%、県が一二・五%、あるいは受益者が一二・五%の割りで土地改良を行うという計画のようでございますが、私は、今日まで長い間、沖繩の農業に対しては日本としては何ら手を尽くしていない、それがために沖繩の農業というものは本土よりもすでに数十年おくれておると言ってもいいと思う。これを本土並みの農業水準に上げるためには、現在のような経済事情にある農民にその土地改良費の負担をさせるということよりも、全額これは国庫負担によって土地改良等はなすべきである、こういうことを私は深く考えるわけでございますが、これは農林省の所管だとおっしゃれば農林省の所管かもわかりませんけれども、開発庁としてはそういうような考え方でまず農林省に要求をしてやっていく、こういうことで進めることが妥当である、かように考えますが、これに対してどういう考えを持っておりますか。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 沖繩の土壌要件が非常に特殊な土壌要件でございますので、これを補強いたします意味で畜産と両立させ、かみ合わせなければうまく進まないという御意見は、私ども全く同感でございます。  それから、あと沖繩の土地改良の問題でございますけれども、午前中にも農林省から申し上げましたけれども、四十九年度予算でたしか二十八億程度でございました農業基盤構造改善事業費が、ただいま御審議いただいております五十二年度予算ではほぼ百億ということで、毎年四割、五割というオーダーで伸ばしてきたわけでございます。伸ばしてくる過程では、消化体制の問題で大変いろいろ問題もございまして、今後この勢いで伸ばし得るかどうかということについてはいろいろ見通し上の問題もございますけれども、私どもは引き続きこの予算の増額に努めてまいりたいと考えております。  ただ、御指摘の土地改良系統の事業の補助率といいますか、国庫負担率の問題でございますけれども、先ほどおっしゃいました全額国庫負担でやった事業と申しますが、復帰記念といたしましていわゆるPP事業、パイオニアプランテーション事業ということで五ヵ所に試験圃場、試験農場みたいなものをつくったわけでございまして、それをおっしゃっているのだと思いますけれども、復帰記念として選定いたしました五つのプロジェクトが終わっておりますので、現在沖繩で全額国庫負担でやっております仕事は、国営の土地改良につきましてダムの部分について全額国庫負担をやっているという以外は、地方負担がかんでおります。  これにつきまして、確かにいろいろ考え方はございます。個々の事業につきまして、国の負担率、県の負担率、あるいは受益者負担率をどうするかというのは確かにいろいろ考え方はございますけれども、一般論といたしまして、農業基盤の場合には当該農地の所有者も受益するということが非常にはっきりしておりますので、それにつれて受益者負担がかむというのはほぼ全国的に受け入れられている考え方であろうかと思います。もちろん沖繩の場合には、農業基盤につきましても、御承知のとおり補助率の特例がございまして、他の地域の補助率に比べて格段にかさ上げにはなっておりますけれども、ならして大体二割数分の負担はかかっておる、こういうことでございます。ただ、現在のところでは起債充当率その他いわゆる裏負担に対応する財政措置がかなり十分に行き届いておりますので、現実の問題としていま程度の負担を受益者にお願いするのは、私はやむを得ないことではないかと思います。  ただ、公共事業全般についての補助率の特例はあと五年続く特例でございますので、やがてまた、どういう形にせよ、この補助率についての再検討という時期が参るわけでございまして、そのときまでの間にこの問題についての勉強を進めなければならない、さように考えます。

稲富稜人民社党

○稲富委員 ただいま御答弁のありましたことは十分承知をいたしながら私はお尋ねしているのでございますが、ただ私が申し上げますのは、過去約三十年の間、沖繩の農業に対しては国としては何ら手を尽くしていない、それが沖繩農業が今日本土並みに達していない、おくれている原因であると私は思う。私たちはこれを早く本土並みに水準を上げようとするならば、いま言うように、土地改良に対する予算が増大することは結構でございますが、沖繩の農民の経済状態からいって、そういう負担をさせることではいつまでも沖繩の農民経済というものはよくならないのだ。  こういう点からいって、やはり復帰に対する大幅な補助率ということを考えながら、沖繩には沖繩独特の土地改良に対する補助というものがあってもしかるべきではないか、こういう意味からこれは全額国が負担すべきものであるのではないか、そういう方向で進まなければできないではないか、こういうことを私は申し上げているので、この点に対しては後ほど最後に締めくくりで申し上げますけれども、沖繩開発庁として、そういう方向でいかなければ沖繩の第一次産業の開発はできないんだ、こういう立場からこれは強く主張していただきたいということを特に私はこの機会に申し上げておきたいと思うのであります。  さらに、先刻申し上げました灌漑水の問題でございますが、今日北部の方にダムの建設がなされているということは承知いたしております。この北部のダムの水を果たして南部の灌漑水にまで引いてこられるかどうかということが一つ。さらに、いま一つは、御承知のとおり南部の方は相当に雨量は多いけれども、その雨がほとんど海に流れてしまうという状態がありますので、これを利用して海近くにため池をつくるとか、そういう雨水をため得るような施設をして水の問題を解決することは非常に必要ではないか、こういうことを考えますが、こういうことに対して政府並びに開発庁としてどういうお考えがあるか、この点も承りたいと思います。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 ラウンドナンバーで申し上げまして、沖繩本島における農業用水の需要量は年に大体二億トン程度要るのではないかと考えております。御参考までに、現在の沖繩の飲料水その他の都市用水の総供給可能量が年に一億トンでございます。その一億トンがしばしば賄い切れませんで、断水その他の現象を起こすということになっておりまして、しかも、これが年に一割四、五分程度のかなりのハイピッチで都市用水の所要量が増加しております。現在、私ども北部にダムをつくっておりますけれども、御承知のように、毎年ダムが完成してくるというわけにまいりません。二年置きあるいは三年置きに年間千万トンから二千万トン程度の水を新しくつくり得るという状態でございまして、残念ながらただいまの状況では都市用水を賄うのに精いっぱいで、その二億トンといわれる農業用水を賄うところまでとても手が届きません。仮に手が届きましたところで、水の供給源は北部でございまして、その水に輸送費をかけて中南部の農業地帯に持ってくるということは、それこそ農民が耐えられるかどうかはまた別の話になるわけでございまして、ある程度の水源の整備が整いましたところでは、一種の水源転換を考える以外に中南部の農業用水を供給する具体的な施策はないかと考えます。たとえばいま飲料用水として地下水をくみ上げております。そういう地下水源は飲料に使わないで農業用に使う、そういう水の切り回し方が一つございます。あるいはいわゆる下水処理水をダイレクトに農業に使えないかどうか、これはいろいろ問題がありますので、私ども数年かかりまして非常に慎重に実験を繰り返す以外にないと思っておりますけれども、そういう下水処理水を農業に直接使うことができるならば、これはまたある程度農業用水についての展望が開けてくるか、さように考えておりますけれども、いずれにいたしましても、そういうことについての見きわめをつけます時期は、都市用水の確保についての成算を得た時期ということに相なろうかと思いますので、まことに残念でございますが、これからかなり遠い将来の話ではないかというふうに考えております。

稲富稜人民社党

○稲富委員 この水の問題は、もう非常に必要な問題でございますから、北部の方から水を引いてくるということが不十分であるとするならば、私は中南部に対して、さっき言いましたように、海岸近くに雨水を蓄積するようなため池をつくる、こういうことによって、雨量は多いのですから、あの雨水が直ちに海に流れ込むという実にもったいない話なんで、これを蓄積するような施設をやればいいのではないか。もちろん相当の金もかかりましょうけれども、本当に沖繩の農業というものを考え、沖繩の灌漑水の必要を考えるならば、私はこれに対しては相当の財政投資をしながらも、そういう下流にため池をつくる、こういう方法も一つの方法ではないか。ただこれを何とかなるだろうでいつまでも待っておったのでは、なし得ないことなんですから、そういう点に対しても積極的な計画をお立てになったらどうか、こういうことを申し上げておるわけであります。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 御指摘のとおりでございますけれども、いわゆる中南部にかなりため池が使われないままの状態であるものがあるわけでありまして、私ども活用を考えておるのでございますけれども、いずれにいたしましても、沖繩の照りぐあいを考えてみますと、干害の年には少々のことでは手の打ちょうがないということで、むしろいままで利用されていたため池が未活用になるのではないかというふうにも思うわけでもありますが、私どもの方でも未活用ため池についても手を入れて、何がしかの水供給の施設とするということは十分研究しております。

稲富稜人民社党

○稲富委員 これはもう本当にいまやらなければできない段階に来ていますから、やはり一日も早く海岸近くに要ると私は思うのです。降った雨というものがどこかに流れていくような道をつくってそこに蓄積する、こういうような施設をいまからやる必要があるのではないか、この機会に計画をすることが必要ではないかということを、まず強く私は申し上げたいと思うのであります。  さらに、先刻も話がありましたが、先刻、農事試験場も提唱いたしたわけでございますが、やはり沖繩に古来からありますパイン、あるいはパパイア、あるいはレイシというようないろいろな特別な果物等もあります。こういうものの品種の改良等をいままでほとんどやっておられないということなんです。これはやはり試験場等があって種子の改良をやり、あるいは海外からいい品種を持ってくることも一つの方法でございましょう。この点がほとんど今日まで沖繩のパインにいたしましても改良されてない。沖繩のパインといいますと、かん詰めの方がうまい、こういう考え方を持っている。非常に繊維が多い。これは品種の改良をやればいいパインができるんだと私は思う。パパイアのごときものも、大きさにおいてはハワイのパパイアと変わらない。ところが、沖繩ではパパイアは生で食べるのですか、あれはつけものでなければ食えないでしょう、こうなる。これなんかも私は品種の改良がもっとなされたならば、このパパイアのごときものも亜熱帯地方としてのパパイアができると思う。こういう問題に対してもっと積極的に品種の改良をやる、こういうことに取り組むためにも農事試験場等の必要が非常にあるのではないか、こういうようなことを私は考えるわけでございます。  さらに、私はこの機会に、もう時間がありませんから申し上げたいと思いますが、沖繩の農業を見まするときに病虫害の問題があります。この病虫害の駆除に対してはもっと積極的に政府は専念すべきではないかと私は思う。これがために沖繩の農産物が防疫検査によって本土に持ってこれないということ、同じ日本の国でありながら、防疫検査によってこれを本土に持ち込むことができない、こういうような矛盾は一日も早く除去しなければいけない。病虫害があるためにできないとするならば、病虫害に対する対策というものを早くやらなければいけない。こういう点から申し上げましても、農事試験場等の活用というものが非常に必要である、こういうことを私は特に考えるわけでございます。  この点に対しましては、いま申しますような品種の改良、さらに病虫害の駆除、さらに本土に持ってくる農産物の防疫検査の廃止、こういうことに対していかなる考え方を持っておられるか、この点承りたいと思うのでございます。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 いわゆる品種改良につきましては、先生のおっしゃるとおりでございます。非常に立ちおくれております。その理由はいろいろございましょう。小量生産であって、大量にそういうものの需要が出なかったというふうに考えてやらなかった分もございましょうし、あるいは海外情報の入手が不十分で、よそでどういうことが行われているかということが十分フォローしてなかったという問題もございましょうけれども、サトウキビの品種にいたしましても、パインの品種にいたしましても、おくれておるといいますか、もうぼつぼつ新しい品種を入れるべき時期に来ているということは確かでございます。いずれにいたしましても、非常に息の長い仕事になりますので、しかるべき組織によって十分な研究がなされるべきであろうというふうに私どもは思います。  それから、植物防疫の問題でございますけれども、ミカンウリミバエ、ミカンコミバエという二つの虫、そのほかにも幾つかの害虫がおりますけれども、そのものの存在のために沖繩から本土への農産物の持ち込みというのが非常に制限されておる。そのために、本来もっと振興されておるべき農業そのものが非常に低いレベルにあるということも確かでございます。これにつきまして、五十二年度予算でいいまして三億弱の予算を導入してその防除をやっているわけでございますけれども、いずれにいたしましても、これも非常に根気のいいというか、非常に長い時間をかけて根気よくしていくという方法を現在とらざるを得ません。そのやり方でやっておりますけれども、おかげをもちまして、大体久米島におきましてテスト的にやっておった防除がかなり成功してまいりました。久米島でのウリミバエの防除は大体成功したのではないかという段階に参りました。同じ手法を使いまして沖繩本島でこれから繰り返し繰り返しやっていく、できるだけ早く所期の目的を上げる、こういうことになっていくものと考えております。

稲富稜人民社党

○稲富委員 それから、今後沖繩として非常に指導的立場でやらなければいけないのは、沖繩の農産物を本土に共同出荷するということ、私一ヵ月ばかり前に沖繩に参りました。本土ではキャベツ一つが二百円しております。沖繩に行きましたらキャベツが十円なんです。私は畑に入りまして農家の人といろいろ話をした。これほど一生懸命つくっておりますけれども、これが十円にしかなりません、こう言う。しょうがないからそれをスーパーに行って売ってくる。スーパーではこれを三十円に売っている。農民の手取りは十円なんです。しかも、本土におけるキャベツというものはビニールハウスの中でつくったキャベツです。沖繩のものは自然の中に生じたりっぱなキャベツです。こういう点を見ますときに、もっと共同出荷の対策をやり、何とかして沖繩の農民が報いられるような方法がとれはしないか、こういうことをやらないからますます沖繩の農業がおくれる、こういう実態になってくるのであるから、こういうことに対しても積極的に取り組む必要があると思いますが、こういうことに対する指導はどういうふうになさっておるか、その点開発庁から伺いたい。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 現在沖繩で生産されております農作物の中で、一番本土への出荷率の高いのはたしか含みつ糖であろうかと思います。それ以下最近有望なものとしてはいろいろあるわけでありまして、カボチャその他の野菜類、蔬菜類に有望なものがありますけれども、共通して言えますことは、流通がむしろ本土側の人たちによってなされていて、沖繩側でのマーケットリサーチ及びそれに基づく流通体制の整備というのが行われていないということでありまして、私どもいまの状況で考えますと、そういうマーケットリサーチ及び流通機構の整理整とんといいますか、そういうのは、やはり現在の状況では農協系統のお役目としてお願いするべきであろうということで、主として県の農林水産部及びいわゆる経済連等にお話をしているところでございます。

稲富稜人民社党

○稲富委員 この問題については、将来やはり農協あたりに対する指導をもっと強くして、共同出荷等の便宜を図る、こういうことになって、沖繩の自然の農産物が本土に入ってくることになると、沖繩の農業の開発というものもまた非常に前進するのだ、かように私も考えます。  次に、時間がありませんから、漁業の問題でお尋ねしたいと思いますが、先刻局長も言われましたように、沖繩の養殖漁業、こういうものは、気候から言って非常に将来性のあることは当然でございます。たとえばクルマエビにいたしましても、クルマエビの養殖をやっておりますが、御承知のようにクルマエビは、本土では一回しかとれないけれども、沖繩では二回とれる。この点から申し上げましても、クルマエビの養殖は非常に有望であるし、ウナギも養殖をやる。ウナギは冬眠をしないから成長が早い。ただ、ウナギの場合は、シラスがなかなか手に入らない。ウナギの養殖をやるというならば、このシラスのあっせんをどうするかということもあわせて考えなければならない問題だ。こういうことから、沿岸漁業の発展策の一端といたしましての養殖漁業というものは、あの水のきれいなところであるし、暖かいところであるから有望だと私は思うのです。ただ、このうち考えなくてはいけないことは、最近、養殖漁業に対しましては、非常にえたいの知れない病原菌がつくことがある。これはなぜかというと、日本の漁業というものは、動物、植物というものは検疫制度がありますけれども、魚だけは検疫制度がないのです。それで、最近フランスウナギとか、変な外国からの病原菌を持った魚が輸入される。これがえたいの知れない病気を発生する。ところが、けだものその他に対しては獣医学という学問がある。魚医学というものは日本は進んでいない。それで、えたいの知れない病原菌が入ってきたら非常に困るという問題が起こってくるんで、こういうことも加味しながら、沖繩の養殖漁業というものは非常に将来性があるということで、これに対してはやはり積極的な助成をし、取り組んでいく、こういうような方法をとることが非常に必要である、私はかように考えております。  さらに、次に私が申し上げたいと思いますことは、漁港の問題でございます。  私たちは先日糸満漁港を見てまいったのでございますが、御承知のとおり糸満漁港は、今日第二種港なんでございます。第三種港にいたしますと、補助率も将来当然ふえてくる。今日は補助率が多いから第二種港でもいいということになっておりますけれども、沖繩の糸満漁港というものは、単に沖繩の人たちが利用するだけじゃなくして、全く日本全土の、本土の全部の漁業者が南方漁業の基地として寄港しているというのが現状であるのであります。  それで、この糸満の漁港を二種漁港から三種漁港にすること、そうして幸いにあそこは非常に広範なる土地を持っておりますから、冷蔵庫、冷凍庫をつくると同時に、やはり加工業まで伴ったいわゆる南方漁業の基地としてこれを生かす、こういうような特段の措置をやることが私は非常に必要である、かように考えております。これに対して、ぜひひとつそういう点から、沖繩開発の一端としての開発庁の努力を私は要望したい、こう考えておりますが、いかがでございますか。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 糸満の漁港の種別の問題でございますけれども、御指摘のとおりただいま補助率は、漁港につきましては、一種、二種を通じまして全額国庫負担でございますので、いわゆるその方の問題は出てまいりません。ただ、現在の糸満漁港が三種に格上げできるかどうかというお話になりますと、水産庁の全国基準で、四つの条件のうち三つを満たす、たとえば陸揚げ高でありますとか、漁獲高でありますとか、漁船の入港隻数でありますとか、それから施設の水準でありますとか、そういう四つの条件のうち三つを満たせば格上げになる、こういう一種の行政的な基準が設けられております。ただ糸満の場合、四つのうち三つを満たすというところまでまだ参っておりませんで、四つのうち二つを満たす、こういうのが現状でございます。  ただ問題は、施設水準とそれから漁獲高というか、陸揚げ高の問題であるわけでございますけれども、この陸揚げ高の方は、とれました魚の流れ方の問題がございますので、そう急にふえるということはあるいはないかもしれませんけれども、施設水準の方は、これは努力によって、整え方でありまして、これを整えましたら格上げが実現するわけでありまして、私どもその方向で努力をしておりますし、水産庁の方にも格段に糸満の格上げに反対だというお考え方はないと聞いておりますけれども、あるいはお確かめいただければ幸せだと思います。

稲富稜人民社党

○稲富委員 この間、この問題につきましては、漁港法が出ますときにも、水産庁に対しては糸満漁港は三種に格上げすべきじゃないかということを話したのでございますが、これは整備すれば水揚げというものは多くなってくると私は思うのです。しかも、二百海里問題等が非常に今日北洋等で問題になっておるときに、南方漁業の寄港地として、基点として、日本全体が利用する漁港になるということを私たちは考えておりますので、これは当然これを格上げしてやれば十分その目的を満たし得るような状態になるということを特に私は考えております。  それで、時間がありませんのでもう一点だけ、これは先刻もお二人から御質問のありました農林関係の公庫の借り出しの問題でありますけれども、先刻もお話がありましたように、非常に農漁業に対する貸し付けが少ない。借り出しが少ない。お話を聞いてみると、非常に借り方がめんどうだ、こういうことを言っております。それで、これはどういう貸し方をしておるか知らぬが、公庫がもっと積極的に指導をしなくちゃできないんじゃないかということ、さらにまた担保その他に対する非常な難点がある、それならば、やはり一つの保証協会等による貸し付けをやるということ、それから直貸し制度をどのくらいやっているかということなんです。これを他の金融機関を通じての取り扱いをやっていると、よく公庫によって歩積み両建て等が行われるという点も非常に多いので、こういう点をずいぶん警戒しながらやらなければできないと思いますので、この問題は、これは公庫、ただいまお見えになっておりませんから、いずれその機会に公庫にお尋ねしたいと思いますが、その点も十分ひとつ開発庁として注意をしながら、できるだけ農漁民の諸君がこの公庫資金によりてその仕事の発展ができるような方法を講ぜられるように意を尽くしてもらいたい、こういうことをお願いするわけであります。  最後に私は、これは長官に特にお願いしたいと思うのでございますが、ただいまいろいろ申し上げましたように、沖繩の産業の開発のためにはいろんな各般の予算というものが必要でございます。ところが、沖繩開発庁としての予算はあるとしても、各省に分かれた対策予算というものを持ってこなければできないというような、こういう状態があるのであります。これは本来からいうならば大蔵大臣に言わなくちゃいけないことでございますけれども、機会を見て、やはり予算編成に当たって沖繩に使用する予算というものは沖繩開発庁においてみんな取得する、沖繩開発庁が各省の枠内の予算を、農林省とかあるいは文部省とか、そういうところから分けてくるんじゃなくして、沖繩の開発に必要な予算というものは前もって沖繩開発庁が全部これを取得しておく、そして、それによって計画して沖繩開発庁が仕事をやるんだと、こういうような予算の組み方が、本当に私は沖繩の開発を期する上においては非常に必要であると思います。それで、これに対しては、今後の問題でございますから、ひとつ開発庁長官として、閣議においてもあるいは大蔵省にこの点を強く要望して、その点だけは実現してもらいたい。これが沖繩開発の非常に大きな問題である、かように考えますので、これに対する長官の御意見を承りたいと思うのでございます。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 先ほどから稻富先生には、農業、漁業に関しましてまことに示唆の多いお教えをいただきまして、大変ありがとうございました。われわれといたしましてはぜひ実現をいたしたいというふうな項目を本当に何項目も挙げていただきましたことを、お礼を申し上げます。  最後の御質問でございますが、御承知のとおりに、いまは縦割りで、御指摘のように、沖繩開発庁から各実施官庁に予算が行って、それがまた沖繩総合事務局に返ってというふうな曲折をたどった予算の獲得の仕方、あり方、まことにおかしなことでございまして、一本化できれば、おっしゃるように、沖繩の開発そのものを非常に促進を図ることができる、かように思います。ただ、従来までの各省のそれぞれの伝統、行政組織の中の縦割りという長い習慣、こういうものに対して、そう簡単に、一非力の私なり何なりがやりましても、なかなか思うようにはいかぬとは思いますが、ただ先生のおっしゃることはそのとおりでございますし、沖繩県民にとってもその方が非常にプラスになることも確かでございますので、私はまじめにこの問題を、稻富先生の御意見をただ単にお伝えするというのではなくて、実現するように総理以下によく話し込みます。

稲富稜人民社党

○稲富委員 この問題は、北海道開発庁におきましてもそういう前例もあると思いますので、その点を踏まえてひとつお願いしたい。ただいま申しましたようなことで、沖繩の開発のためには、やはり十分な国としての財政投資というものが必要であるということです。  最後になりますが、ここで特に私はお願いしておきたいと思いますことは、沖繩の県民の伝統的な特質というものは、沖繩県民は非常に勤労精神に富んでいるというのが沖繩県民の伝統でありました。それがために、沖繩の県民で海外に進出した人はほとんど成功しております。ところが、ややもしますと、今日沖繩県民の中に、そのかつての沖繩の県民の持っておった伝統である勤労精神がどれほど保たれておるか、こういうことに対してはなはだ、おしかりを受けるかわかりませんけれども、われわれは憂慮すべき問題もあると思うのであります。どうかこの点に対しましても、本当に沖繩の開発を図ろうとするならば、政府がこれに対しては積極的な財政投資をやると同時に、この受け入れをする沖繩県民全体が、その国の金を十分生かして使えるという、この勤労の精神に徹してこそ真の沖繩の開発ができるものである、かように私は考えますので、この点は教育の面その他の面において十分ひとつ県民の指導に当たり、県民、国一体となって、一日も早く沖繩が本土並みに開発されますことを心から私はお願いを申し上げまして、私の質問を終わることにいたします。(拍手)     〔西銘委員長代理退席、委員長着席〕

稲富稜人民社党

○稲富委員長 瀬長亀次郎君。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 質問の資料を委員部に預けてありますので、関係大臣に渡してもらいたいと思います。  私は、最初に沖繩の土地問題、主として旧日本軍によって接収された土地問題、それから二番目に米軍の戦車道路による水源地の汚染の問題等、最後に、この前も長官にお願いいたしました軍港湾労働者のストライキの解決の問題、この三つについて質問いたします。  その前に、実務的な問題でございますが、大蔵省に資料の要求をいたしましたが、いまだに資料を出してくれません。この資料は読谷村長から出された資料の中のいわゆる土地所有権証明書、これなんですが、これはどうして出せないのか。ないのか、あるのか、まずこれから説明してもらいます。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先生の御要求の資料としまして、沖繩県に所在する国有地の所有権証明書の例と、それから沖繩県に所在する国有地の民間貸し付けについての資料というのは、三月三十日付ですでに提出してあります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 私が要求したのは土地所有権証明書、これは読谷村長の當山眞志から出ておるのを私は持っております。ほかにも本島の村で、たとえば伊江村、嘉手納町、佐敷村、与那原町、那覇市、与那城村、勝連村など、沖繩本島の各市町村では、こういったことで所有権の認定をしたという説明がありましたものですから、読谷村は私は持ってきたんです。むこうからもらってきたんです。それで、あなた方もこれは送ったわけです。そのほかの当該市町村における土地所有権証明書、これがあると言われました。あると言われましたので、出してほしいと言ったわけですが、なぜ出さないのですか。あるのか、ないのか、簡潔に答えてもらいます。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 その他の町村につきましても、もちろん所有権証明書はあるわけであります。それは大体形式が同じものですから、その代表的な例として読谷の分を提出したというようなわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 あるなら、きょう出せますか。私はそれを重視するのは、ただ単なる実務ではなしに、あなた方はこれをもって国有地として類推しておるんですよ。類推した唯一の証拠はこれなんです。だから、読谷だけではなしに、いま私が読み上げた、宮古、八重山の町村は別として、沖繩本島の当該市町村では全部この形式をもって出されておる。だから、これは出してほしいと言ったのです。ありますか、ないのですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 個々の所有権証明書を全部といいますとそれは膨大なものでございますから、さらに、じゃ、その読谷以外のものをある程度、代表的なものとして適当なものを提出することを検討したいと思います。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 膨大なものを要求といっても、一枚ですよ、各村一枚。そうでしょうが。この村長の土地所有権証明書によって読谷の飛行場はやられておるわけなんです。ですから、伊江村の村長もこれを出しておるはずなんです。また、出しておると言っておりました。あるでしょう。ないのですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 伊江村の村長から出された所有権証明書は、もちろんございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 伊江村と言いましたが、沖繩本島関係市町村ですよ、私が申し上げました。あなた方はいままでの答弁の中で、宮古、八重山、これは合法的に大体契約されておるので、それで本島は戦争の惨禍によって資料が焼けた。だからわからぬ。だがしかし、時期が同じであり、状況も同じであるから多分宮古、八重山のように行われたであろうという類推を何遍も使っております。ですから、私が申し上げておるのは伊江村ですね、読谷村はよろしゅうございます。嘉手納町、佐敷村、与那原町、那覇市、与那城村、勝連村、これだけです。これは一枚ずつでいいのです。ありますか、ないですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 各村ともその所有権証明書はありますので、提出するようにいたします。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 それで、きょうは土地接収といいますか、強奪もやられましたが、沖繩における土地接収の経過について簡単に触れまして、長官は初めてでありますから簡潔に触れたいと思います。  最初に行われたのは、いわゆる日本の軍事権力であります。これは一九四一年から大体四四年、四五年に米軍が上陸して四月にニミッツ布告が出ます。その四一年から四四年、旧日本軍により第二次世界大戦中接収された土地が、別紙の配ったものでありますが、大蔵省にその前に聞きたいのは、接収されているのは戦争に入る前なんだ。その接収された前に日本軍が契約接収しましたね。これを国有財産に載せていたのか、載せていなかったのか、これを聞きたいと思います。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 お答えします。  午前中もいろいろ御質問があったわけでございますが、沖繩本島の分につきましてはいろいろそういう戦時中の資料が滅失しておりまして、登記の原本も現存しないわけであります。ただ、当時同じ時期に同様な体制のもとにつくられました宮古、八重山におきます飛行場用地につきましては、戦時中の買収につきましての証拠書類が現存し、当時の登記簿というものもそのまま残っておったわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 アメリカ軍が上陸する前に、いわゆる平時であれば当然宮古、八重山は登記されて、国有財産台帳に載っていたわけなんですね。載っていましたか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 その当時の国有財産台帳の点はちょっとつまびらかにしないのですが、登記簿上ははっきり国有地として登記されでおります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 いまは登記されておりますね。私の聞いているのは、その当時なんですよ。一九四四年までに大体終わっております。四五年の四月に侵入してきて、いわゆる占領されて、六月二十三日に沖繩戦は終わります。ですから、私の聞いているのは、いま台帳に登記されているのかというのではなくて、いわゆる戦争前ですよ。アメリカが侵入する前に台帳に載っていたかどうか、本島はいいです、焼けたというのですから。宮古、八重山について……。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 宮古、八重山につきましては、アメリカ軍が占領する以前の戦時中、日本軍時代に登録されていたその登記簿が現存しておるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 その登記簿というのは、民法に基づいて正常な状態でやられたものでありますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 その登記簿によりますと、取得原因は売買ということになっております。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 宮古、八重山が果たして一九四四年に登記簿に載っていたかどうか、これは国有財産として証明できますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 ただいま申し上げましたように、一九四四年当時の登記簿がそのままありますので、それに国有地として登記されておるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 あなた方の答弁の中で、国家総動員法は発動していなかったということですが、国家総動員法どころか、それ以上の軍事権力をもって宮古でも八重山でも本島でも行われているということが現実にあるのですよ。しかも、民法による売買契約だと金を払わなければいかぬでしょう。金を払われていませんよ。  これは後で資料に出してありますから申し上げますが、実はこれは言いたくありませんでしたが、沖繩の人からいわゆる物を買う、土地だけではないのです、こういった場合にどのようなことが行われたかという問題ですね。これを見るとき慄然とします。  この点については、これは沖繩の南部、知念村というところでありますが、その知念村における状態なんです。これは知念村の収入役もしたという人がまきを売り買いをしていた、そのまき代を取りに行ったがために銃殺されております。これは現在沖繩県会議員、共産党の県会議員でありますその奥さんの証言です。こういう証言をしております。   戦争中の日本軍の行為についての親川久子さん(知念村在住46歳)の証言   部隊名 第四十四旅団 井上大隊   駐とん地 知念村字知念   前城常四郎氏(当時五十歳くらい)は、知念  村の収入役も経験した知名士であった。前城さんは、薪を井上部隊へ販売していた。   与那城氏(名不詳、年齢は前城氏より上)は、南米(おそらくペルー)から帰った人で、スペイン語が話せた。   昭和二十年三月下旬、米軍の艦砲射撃が始まったころ、前城さんが部隊へ薪の売掛金を取りに行ったら、軍への非協力者だということで捕らえられた。   与那城さんはスパイの容疑で捕らえられた。米軍と連絡を取り合っていたということをでっち上げられたものだった。   二人はほら穴に捕らえられていたが、部隊の移動で連行される途中、前城さんは身体が衰弱して、大里村内で銃殺された。与那城さんも那覇市の壷屋で、前城さん同様、五月下旬銃殺された。  親川さんは、当時県立第一高等女学校二年生で、ひめゆり部隊員であったが、年齢が若かったため井上部隊に従軍していた。親川さんは、銃殺の準備をしていた現場を目撃している。  私がこれを申し上げますのは、アメリカ軍が上陸する前に、いま申し上げました井上大隊にまきを納入しでいたわけです。さあこれは早く代金を取らなければいかぬと思って代金を取りに行ったら、捕らえられて洞窟内に入れられた。移動する、衰弱して、このやろうといって銃殺されたというのが事実なんです。事実そういった異常な状態の中で土地の接収が、売買というものが行われていた。  さらに、あなた方はもうこれは国有地だ、国有地だと言っておりますが、アメリカ軍が四五年に侵入する前に日本軍が収奪した土地は、軍事権力、これなんです。これは前にまた部隊もあって、最後は第三十二軍、いずれにしても日本の軍事権力があります。それは治安維持法がある、国家総動員法がある。こういった制度のもとで、国民は全部戦争に協力しなければ非国民、国賊と言われていた時代であり、労働組合は産業報国会がある、そして翼賛会ができる、そして国防婦人会、そして翼賛壮年ができる。そういったように一切の国民ががんじがらめに戦争に協力しなければならないような状態に置かれていた。協力しないのは売国者だといって逮捕し、投獄し、虐殺もするという状態、こういう異常な状態であるからこそ、その当時すぐは国有財産にできなかったわけであります。そういったことは皆さんが出しているものにも全部書かれているのですよ。「沖繩方面陸軍作戦」、防衛庁防衛研修所戦史室が出しております。飛行場を伊江島から北、中、南、さらに宮古、八重山、徳之島までつくるために何月何日までにこういうふうにしろということも全部書かれておる。そして、県民はいやおうなしに自分たちの土地を売らなければならないような状態に追い込まれただけではありません、自分たちの土地を飛行場にするために駆り出されたのですよ。これが実態なんです。  さらに、県行政は一体どうなっていたのかというと、これは浦崎純という人、当時人口課長をやっていて、人口課長になる前は知事の秘書官をやっている人が書いた「沖繩かく戦えり」という本の中に、たとえば県行政は戦時体制に突入してきたという事実、そして、県民は日本軍部隊の食糧の供給源にするということまで決意する。沖繩に県鉄がありました。那覇−糸満、那覇−嘉手納、那覇−与那原、三つの県鉄は軍が全部管理下に置いていやおうなしに接収した。輸送力が足らないものだからガソリン車のほとんどが軍に接収される。そういった状態で、まるで事実上日本軍の軍事占領下にあった、これも事実なんです。  この異常な状態の中で、果たして民法に基づくような売買行為ができたかということになると、これはとんでもない法の解釈だと思うのですよ。民法でたとえ売買契約したと仮定しても、その不法行為、この効力は後ろに脅迫力というものが控えている。軍事権力だ。ちょっとでも反抗すると捕らえられる。売ったまき代を取りに行って捕らえられて銃殺されるという状態の中で、一九四一年から四四年までの沖繩の土地の旧日本軍による接収が行われている。この事実は否定することはできません。しかもこの中で、第三十二軍の長勇参謀長が釜井参謀あてに出した指令などは、何月何日までにどうあってもこの飛行場を建設しろという命令まで出しておる。  さらに、資料にもいま出しましたが、アメリカ軍の土地の強奪と旧日本軍による土地の接収、略奪との違いがあります。それはいま言いました一切の法的、制度的にがんじがらめになって協力せざるを得ないように追い込まれた、そして協力した。協力したということもちゃんと軍が書いてあります。沖繩県民は非常に協力してくれたので、いわゆる完成予定時までにこの飛行場はでき上がったんだということまでちゃんと証言しております。こういった異常な事態の中で起きたのが接収であります。  ですから、あなたがいま言った宮古、八重山、これは米軍が侵入する前にすでに国有財産として登記されていたというふうなことを信ずる人がおるかどうか、こういつたような答弁はいまあなた方は初めてやるんですよ。  さらに、これは県庁が調べ、私も行って懇談会をやったりして調べておりますが、あなた方が言う宮古、八重山の話をしてみましょう。  これは平良市、宮古であります。これは飛行場。昭和十八年から十九年までに接収されて、そして「地代受領の状況」を「受けとった」「一部受けとった」「受けとっていない」「わからない」という条項に分けて書いてあるが、平良市のごときは二百四十三名が「わからない」というのです。これは全地主二百四十三名全部に総当たりして、受けとった人はいない。  さらにひどい話は上野村、宮古であります。八十九名の地主のうち八十九名が全部受けとらない、これなんです。  さらに、嘉手納町は百二十八名が受け取っていませんとはっきり答弁している。  それから、あなた方がいま問題にしている読谷村、これは地主全部で五百二十四名おる。このうちで四百五十六人調査した結果、「受けとっていない」というのが百十名、「わからない」が二百十八名、合わせると三百二十八人、これが「受けとっていない」「わからない」。さらに「受けとった」「一部受けとった」という者は何を受け取ったのか。いまあなた方に資料を出したこれを受け取っている。債券であります。これは戦時貯蓄債券、七円五十銭であります。さらに、これは日本勧業銀行特別当座預金通帳、これに全部入れられている。軍が後ろに控えておる。農協、市町村が協力する。そうして接収事務をとる。右から左へ現金は債券に変わっていく。通帳に変わっていく。これは受け取った人の話なんですよ。受け取らなかった人は何も受け取っていない。  こういった実態が果たして民法に基づく土地の売買であり、それに基づいていわゆる登記されて、そして国有財産になったということが言えるのですか、皆さん。次長、どうなんですか。これが実態なんです。県が調べたものです。那覇だけあいておる。那覇を調べると全部わかる。この実態をどう見るのですか。さらに債券の問題まで含めて……。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 確かに現在のこの平和な自由の時代から、あの戦時中の非常事態というものをいまの常識でもって考えますと、現在のような形の自由な売買であったか、こう言われますと、それはすべてああいう異常事態でありますので、国策に協力する、お国のためということでやむを得ず土地を売ったという地主の意識であったろうと思います。ただその際に、いろいろ先ほど来申し上げておりますように、宮古、八重山というところにつきましては、売買証書なり代金の支払い書、受取書というものが相当収集されておるわけであります。それによりまして、正式な売買が行われた、法律的には正当な売買が行われたというようにわれわれは判断しておるわけでありますし、先ほど申し上げましたように、当時の登記簿にも、取得原因としては売買、こう記入されておるわけでありますので、法律的にはその売買によって取得されたものと判定しておるということでございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 その登記簿に記載されるまでの経過、これは後でまた質問いたしますが、現実にいま私が申し上げました、これは沖繩県庁の調査なんですよ。そして、登記簿に記載されておるとすれば、売買ですから金を受け取っているわけでしょう。金を受け取らないで売買契約ができるのですか。どうなんですか。ここら辺、ちょっと話してください。略奪じゃないですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 ですから、それは売買で、代金も正当に受け取っておるということに基づきまして正式な登記がなされておるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 そうなりますと、これは地主が虚偽の証言をしておる、これが一つ、もう一b考えられるのは、強権があるものだからしょうがなしに判を押した、このどっちかなんです。しかし真実は、いまあなたも一応認めた、常識ではちょっと考えられぬようなあの戦時状態、この中で取り上げられたわけですから、軍事権力、これが後ろに控えていたというあのときの事実は、これはだれも否定することはできぬわけなんですよ。たとえば伊江村でも、あなた方類推と言うのですが、二百四名を調べた結果、百八十一名の地主が取っていないのですよ。地代を払わないで売買契約というふうなことを国が押しつけることができるのかどうか。これは押しつけられぬと思うのですね。異常な状態の中で、こういったような契約の形で土地が取られたということは事実が明らかにしている。皆さんはこういう地主に当たって調べたことがあるのですか、ないのですか、どっちですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 われわれの方でも、現存する物的資料の収集に努めると同時に、その当時の軍関係者だけでなくて旧地主等からも事情聴取を行ってきております。それで、旧軍関係者等の証言の中では、代金は全部正式に払っておるという証言が多いわけであります。それから、旧地主等からの意見としましては、一方で、売買代金の支払いというのは確かにあったと肯定する者があると同時に、ただいまおっしゃいましたように、これを受け取っていない、それから一部しか受け取っていないというような陳述のあることも事実であります。  ただ、これらの証言をどう判断するかということは非常にむずかしいわけでありますが、すでに戦後三十年以上を経過しておる現在、世帯もいろいろ変わっております。それから、現実に事情聴取の段階で同じ人から聞きました場合、前は肯定していた人が後から聞いた場合は否定するというように、聞いた時期で証言の内容も変わっておるわけであります。そういうことで、そういう事情の陳述内容についてはわれわれはなかなか判断がむずかしいわけでありますが、先ほど来申し上げていますように、宮古、八重山という戦火を受けなかったところにおける物的資料に基づきまして、われわれは、本島におきましても同様な状態において取得されたもの、こう判断しておるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 三月十七日の衆議院の予算委員会で、岩瀬理財局長はこう言っていますね。「沖繩の問題につきましては、あの悲惨な戦争の結果、すべての記録が消滅しておりまして、そういう段階から、先ほど御説明申し上げましたような八重山、宮古の状況から類推したということ、あるいはまた村長さんの証明とかいうようなもので判断をすることによって、私どもとしては国有財産の認定をしてやったわけでございますが、」云々とありますね。これ、覚えておられますか。これは十七日です。  この類推の問題ですが、類推によって登記し、国有財産にするということが、法的に言って普通の人が果たして理解できるのかどうか。どうなんですか。類推でしょう。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先般の十七日の予算委員会に岩瀬局長が答弁しておりますのはそのとおりで、大蔵省はそのような理由に基づいて国有地として正当に取得されたものと判断しておるわけでありますが、その類推といいますのは、物的資料の点に関しまして、本島につきましては戦火によりすべての物的資料が消滅しておる、ただし宮古とか八重山等については売買の証書なり代金の支払い証書、受取書というものが現存しておるので、同じ時期に同じような軍の体制のもとでつくられたものであるから、本島についてもそのように正当な手続によって取得されたものと類推するということでありまして、われわれがこれを国有地として国有財産台帳に記載しております理由としましては、これも午前中の質疑で大分お話し申し上げたわけでありますが、本島につきましてはそういった関係上当時の資料が滅失していますために、戦後米軍によって所有権確認作業というのが行われた、それで、その所有権確認作業に基づいて国有地については国有地としての証明書が出され、それをもとにして当時の登記がなされておるわけです。それで、沖繩復帰の際に、その登記を復帰後の日本の現行法令に基づく登記とみなすという規定で引き継がれておるわけであります。そういうことを総合して、われわれは戦時中旧軍が取得した国有地を現在の国有地として国有財産台帳に登載して引き継いでおるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 すべて戦争に責任を負わせて、不当不法に個人の財産を接収したものを正当なものにしようというのがいまの政府の本当の獅子奮迅な努力なんですよ。私は、憲法にちゃんと規定されているのです、私権を侵されちゃいかぬ、守るという立場から、これは解釈しなくちゃいけない。そういった意味では少し前進面もありますね。  これは三月十七日に衆議院予算委員会で岩瀬理財局長、こう言っていますね。「現状で返すべきものと返すべきでないものとをやはりよく分別いたしませんと、これはまた国有財産の行政につきまして御批判を受けてもいけませんので、」こういったことを言っております。いわゆる黒もあれば白もある、あるいは灰色もあるということ。ところが、現状で返すべきものもある、それをすぐ返したのではどうも、また返してはまずいのもある、こういったような白も黒も灰色もあるから、いわゆる国有財産の行政については後から批判されてもいけないのでというふうなことも答弁しております。さらに、大蔵大臣の坊さんはこう言っていますね。「非常に間違ったところといったようなものは、これを是正してまいりたい。」やはり前進面が出ているわけです。福田総理大臣「これは調査をいたします。そうして国有財産台帳から消す必要があるというものにつきましては消す、かように考えております。」  この三名のものを総合しますと、類推なるものがどのようなものであるか、法行為としてこれが一つ非常に問題になるわけです。さらに、一番の原点は、旧日本軍がいわゆる軍事権力をもって戦争のために土地を、何のためでもありません、すべて戦争のための基地を構築する、この目的で接収した。売買行為、鉄砲を持っている。機関銃を持っている。大砲を持っている。戦車も持っている。銃殺された人もおる。だから、これが類推の中から国有財産というふうなことになるとどうもあいまいさが残るので、この三名の答弁が出ておると思うのです。  ここで理財局長が、沖繩では国家総動員法が発動された形跡が皆無なので、旧日本軍が買収したものであると判断しているといったようなことも述べております。国家総動員法が発令された形跡がないというのはどういう根拠に基づいてこれが言われているのか、ここら辺わかりますか。これは同じ日の理財局長の答弁なんです。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 当時の国家総動員法に基づく土地の収用に関しては、所定の手続が定められておったわけであります。  まず、主務大臣が土地の所有者に対して収用令書を送付する。それから、それに基づきまして、土地の所有者または占有者は指定時期にその土地を主務大臣へ引き渡す。それで、その土地等を引き渡した者に対しまして受領調書を交付する。それで、その土地等を収用した場合の所有権移転登記については、遅滞なく主務大臣において登記所に委託するわけでありますが、その場合、当該登記の嘱託書には収用令書及び受領調書の謄本を添付する。それから、もちろん別途、被収用者に対しては収用に対する損失補償が行われるわけでありますが、先ほど来申し上げていますように、現在までの調査結果では沖繩においてこのような手続がとられたという資料、形跡が一切見当たらないということでありますので、国家総動員法に基づく収用によって行われたものではない、こう判断しておるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 いま申し上げました類推の問題と関連いたしますが、宮古、八重山の軍用地、買収したというこの登記ですね、これは何年の何月に大蔵省の国有財産台帳に載りましたか。四四年前でしょう。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 米軍が占領する前にもちろん登記されておるわけでありますが、いま手元にその原本を持ってきておりませんので、場所によってその取得の時期、登記の時期が違うと思いますが、ちょっと具体的には申し上げかねます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 私はあったとは思いませんが、あったと言うのだから、これを委員長にお願いしたいのですが、一九四四年なら四四年——四五年にはないはずです。四五年、もうアメリカが侵入していますからね。そして、四四年の何月何日に宮古の白保あるいは平得、これはどういうこと、八重山は、上野はこういうこと、それで申請者ですね、だれか売買をするでしょう、軍がやるのであれば軍はいわゆる主計関係の大尉がやったのか、何かそういったような登記した主体ですね、さらにあなた方だれがそれを受けて台帳に載せたかということまで、資料を私にではなくて委員会に提出してもらえますか。約束できますか。

稲富稜人民社党

○稲富委員長 出されますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 登記簿に関しては、これは一般の登記簿と同じように閲覧できるわけでありますから、その当時以来の経緯が掲載されておるかどうかというのは、宮古、八重山それぞれの登記所においてごらんいただければはっきりすると思います。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 いわゆる宮古、八重山は登記されているが、本島はない、本島はその類推だ。ですから、いまあなた方が類推している一番の大もとは宮古、八重山なんだ。これは戦後、復帰後の話を言っているのじゃないのですよ、私は。復帰後どう処理されたかという問題を言っているのじゃないですよ、誤解されないように。復帰前でも、米軍が一九四五年の四月に侵入して、ニミッツ布告が出ます、その侵入する前です。四四年以前にどのような形で売買が行われ、どのようなところから金が出され、どういうふうな処置をされ、登記されて、そして国有財産台帳に載ったか、これをぜひ出してもらいたい。いいですか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 ただいま先生のおっしゃいました経緯を、資料といいますと非常に膨大なものになりますから、別途具体的な資料をお示ししながら御説明いたしたいと思います。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 これは資料を出してもらって、それに対する説明でないと、あっちにいったり、こっちにいったり、答弁がわけわからない。いま言ったように、黒もありますよ、白もありますよ、灰色もありますよ、だから分析して整理しなくちゃいかぬとあなた方は言っているわけだ。実態は、そういった実態なんだ。ですから、私が言いました資料、自信があれば出せるはずだ。一九四四年ごろ、事実陸軍がいわゆる陸軍の会計規則で出したんだとか出さぬとかいう話もあります。これが行われて、正当に大蔵省の台帳に載ったかどうかということがわかると、あなた方は非常に力強くなるはずなんです。あなた方が力強くなっていないのは、そこら辺が明らかでないからなんじゃないですか。どうなんです。復帰後の話じゃないのですよ。アメリカの侵入前の話なんですよ。それをここではっきり約束してください。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 先ほど申し上げましたように、その旧陸海軍の台帳というのは残ってないわけですが、登記簿の方は、当時米軍が占領する前の登記簿そのものが残っておりますから、それはお示しして御説明することはできるわけであります。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 これは宮古、八重山だけではなしに、全部ありますか。

吉岡孝行大蔵省理財局次長

○吉岡(孝)政府委員 もちろん本島には、先ほど来申し上げておりますように、そういう登記簿は一切現存しておりません。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 次の委員会までにその説明資料になるものを、一九四四年何月何日、どういうふうな手続に基づいて法的に適法にこれが登記された、それで幾坪、坪当たり何円、二円五十銭とかいろいろあるでしょう、どういうふうに払ったということまでわかるような資料をぜひ委員会に出してもらいたい。  それから、米軍の侵入によって土地が略奪された問題に簡潔に触れて、村長が出したいわゆる所有権証明書は、きょうは触れる時間がありませんので、改めてその問題は質問したいと思います。  アメリカがやってきた。それで、日本の軍隊が使っていたもので、占領目的達成のために必要な飛行場とかあるいは通信施設、これは全部アメリカが使用しました。これは馬乗りになってそれを拡大していく。これは一九五三年から始まります。那覇の銘苅、これは全部機関銃であります。これは畑と墓地です。墓地はブルドーザーで全部壊して、白骨まで出したのです。沖繩は怒りが爆発した。さらに五三年は同じく小禄の具志部落、これは機関銃隊二個中隊が行った。催涙ガスまでまいてやった。それから、伊江村の真謝部落、これも同じような形で、全部ブルドーザーで敷きならした。宜野湾の伊佐浜、辺土名、これはVOAのあるところ、これはすべて強奪です。武力をもって拡大していった。これが沖繩における悲惨な土地強奪の真実の歴史である。それを受け継いだのが日本政府である。そういった強奪をする中でつくり上げられた布令百二十一号なるものの本質は何か。この布令百二十一号に基づいて、村さらに字に至るまでのいわゆる土地の所有権認定の委員会ができる。だんだん上にいって村長がぽんと判を押して、これがそうでございますということになって所有権認定の基礎になっている。いずれにいたしましても、この問題は後日触れます。  いま最後にこの問題で申し上げましたのは、いままで申し上げましたように、この前は内閣委員会で民法に基づいてやったんだというふうな答弁もありましたが、だんだんだんだん真実に近づきつつあります。いま言ったように、たとえば理財局長ですね、これなんかの答弁は、やはりあいまいのものがあるという前提のもとに、分けなくちゃいかぬ、そして返すべきものは返す、あるいは返してならぬものもあるのでいわゆる行政管理上そういったことをやっちゃいかぬと言い、さらに坊大蔵大臣も前向きな答弁をしておる。そして、福田総理大臣のごときは、調査の上消すべきものは国有財産台帳から消すというはっきりした答弁までやっている。この答弁自体にあらわれているものは、やはり旧日本軍の接収した土地、この状況調査なんですよ。これが原点です。その上に立ってアメリカの占領軍がいわゆる軍事権力をもってやった。あれは強奪です、接収ではありません。全部武力なんです。その後に布告、布令、指令、口頭命令という四段階がありました。これについては後ほど触れますが、その意味で返すべきものは返さないと、いまの土地問題は解決しない状態なんです。まあ調査すると言われましたね。  私、最後に大臣に御意見を承りたいのは、私が申し上げました経過は、これは事実であって、別に誇大に言ったのではありません。それであるから、沖繩の関係の主務大臣として、積極的に、やはり憲法にちゃんと規定されておるように、人民の財産はそういった混乱な時代に過って登記されたものは正しくする。しかし、もし現在の法律でこれはできないとすれば、特別な立法も考える必要があるんではないか。私、特別立法を考えろといま言いません。いずれにしても、沖繩の問題は、特別措置法なとのあることを考えましても——ほかの県ではこういった実例はないんですね。なぜ沖繩だけにこれかあるか。戦争の十字架を沖繩県民は背負わされている中でこの土地問題が出ている。だから、人民のものは人民に返し、国のものは国ということを明らかにしてもらいたいと思います。担当大臣としても、主務大臣でありませんから、別に責任を追及したりしませんが、そういったことをはっきりさせる上からぜひ協力体制をとってほしいということを要望したいと思いますが、いかがでしょう。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 大蔵大臣に協力申し上げまして、土地台帳といいますか、そのような大蔵省の調査を今後やると言っておりますから、それに協力いたしまして、速やかにやるようにいたします。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 時間がありませんので、次に、米軍の戦車道路建設によってダムが無残に切り裂かれておるという実態ですね。これは大変なことなんです。これは現地の新聞ですが、「米軍の戦車道建設 水源地の山々、無残に切り裂く」「住民用の第二松田ダム 半分埋まるすでに使用不能の状態」「ほぼ完成 汚染の拡大は必至」——防衛庁来ておられますか。これは防衛庁関係だと思いますが、いま行われておる戦車道路の建設、キャンプ・シュワブ、キャンプ・ハンセンをつなぐ戦車道路は全体で何キロぐらいになっていますか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 お答え申し上げます。  米軍は三月十二日、キャンプ・ハンセン及びキャンプ・シュワブ内の既存の道路の一部につきまして拡幅改良工事を実施いたしますとともに、一部区間について道路の新設を行っております。これは両施設を縦貫する道路として計画されたものと承知しております。  御指摘の全延長でございますが、米軍の当初計画は二十三・四キロメートルでございます。これをさらに分解いたしますと、既存の道路部分が十四・六キロ、それから改良拡幅部分が三・三キロ、新設部分が五・五キロというふうに計画されたということが今度の調査で判明したわけでございますが、その現状についてさらに調査をいたしましたところ、現在すでに工事を実施したところは、名護市の辺野古地区から宜野座村の城原地区までの間約十八・九キロ、うち新設部分は約七・六キロということが判明いたしております。さらに、城原地区の以西につきましては、まだルートが未定である、したがって延長も不明であるということで一部計画が残っておるという状況でございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 水源地はどこどこで、その水源地は多目的ダムであるのか、あるいは飲料水専用のものであるのか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 この道路に関連いたしますダムは六ヵ所ございます。なお、間接的に関連するということになりますと、八ヵ所になろうかと思いますが、私どもはいま六ヵ所ということでとらえております。  御指摘の多目的ダムであるかということにつきましては、多目的ダムの部分もあるし、全く飲料水だけのダムもあるということでございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 これが汚されている点については御存じですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 防衛施設庁では三月二十五日名護市、それから三月三十日に宜野座村からこれが汚濁の状況にあるというふうな連絡を受けまして、即日、当該地方公共団体の職員の方と那覇防衛施設局の職員とが現地調査をいたしました。その結果判明いたしましたことは、松田第二ダムが汚濁しておるという実態が出てまいりました。ダムの湛水敷及び水たたき部分に工事による土砂が入り込んでおる。それで水源の汚濁を生ずるおそれがあるということが判明いたしました。そこで、早急に村当局等関係者と協議をいたしまして、現在どのような防止工事の措置を講ずるのが適当であるかということを鋭意協議しておるところでございます。早急に解決いたしたいというふうに考えております。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 米軍がいまの戦車道路をつくるというときに予告か何かありますか。知らせがありましたか。それとも新聞記事か何か見て初めて気がついたのですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 全然予告はありませんでした。最初私どもが承知いたしましたのは、先ほど申し上げました名護市から三月二十五日、それから宜野座村から三月三十日に通知を受けて承知をした次第でございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 これは安保条約に基づく基地の提供といっても、安保条約なるものがいかに危険なものであるかという証拠なんですね。実は田中内閣時代に沖繩の福地ダムそのほか、これは外務省とアメリカとの日米合同委員会で決めた、そのダムができたら湖上訓練をするというわけだ。水がめですよ、その中でアメリカの兵隊が泳いだりボートを出したり、それから波乗り訓練をやったり、十八種類の訓練をやることがわかった。そのときに質問したのですよ。  実は、水の汚染というものについての罰則はひどいのですよ。これは最高裁の判決ですが、ある人が井戸に口紅を入れた。別に飲んでも死ぬことはないわけです。ところが、口紅を入れたということの心理的状況、どういう状況を及ぼしたかというふうな精密な検査の結果、結局有罪と決定した。それほど飲料水に対する国内法は厳罰の方向でいっておる。  いま言ったように、飲料水、ダムですよ。すでに汚されておる。しかも、汚すような道路の建設を、防衛施設庁も知らないうちにアメリカ軍がやっておる。もちろん森林の破壊とか自然の破壊もあります。緑を大事にしなくちゃいかぬというのは、これは県民だけじゃありません。私いま申しましたように、命に関係する飲料水が汚されて、しかもわからぬということについては、私はもちろん御承知のように、安保条約破棄の方向、日米軍事同盟反対の方向ですが、安保条約を百歩も譲って認めたにしても、こう書いているのですよ、いわゆる地位協定の三条三項にあるのですね。「合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行なわなければならない。」これなんです。これは勝手に何でもやってもいいということではないのですよ。この協定を百歩譲って認めたにしても、公共の安全は実に脅かされている。これを日本政府はわからぬ。それで、現地の名護の市議会で全会一致で決議して、さらに沖繩県庁も動き出して初めてわかるという状態になると、安保条約の本質、日本国民の安全、極東の平和は何だということにしかならない。もう現実にそこまで来ている。  時間が余りないので急ぎますが、こういったよな状態が続いた場合どうなるか防衛施設庁ではどう考えるのですか。つまり、対策はこうだということよりも、防衛施設庁に何も知らされないでこういったことが起こる。そういう場合、どういうふうになるのですか。何か抗議でもしたことはあるのですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 今回われわれが何らの通知も受けずに戦車道がつくられたということが、三月十二日の工事に対してわかったのが二十五日というふうな状況でございます。直ちに、先ほど御説明申し上げましたように現地に調査団を派遣いたしますと同時に、三月三十日、事態をつかんだ上で米側に厳重注意を喚起したところでございます。  先生ただいま御指摘のように、三条三項には、米軍は「施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行なわなければならない。」という明定があるわけでございますので、米軍側もその条項を当然遵守しなければならないところでございます。米側もよくわが方の抗議に対しまして改善措置を現在講じておるところでございます。  問題は今後でございますが、今後かかることのないように厳重に注意を喚起するように長官からも指示を受け、現地局にもそのような指示をしておるところでございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 もう少し具体的にお聞きしますが、この安保条約というのは、あなた方の説明では日本国民の安全を守るというわけでしょう。極東とかアジアの平和を守るということでしょう。平和は別にして、安全じゃないのです。実に危険でしょう。安全の反対は危険、これが安保条約の本質ですね。施設部長、本当にあなたが飲む水がもし汚された場合には、このやろうというわけでしょう。沖繩の人の飲む水だなどという調子になると、これはとんでもないことになるのですね。だから、基本的人権にまさる国際条約はないとかいう話も三木さんは言ったことがありますが、これは人間の命に関係することなので聞きますが、いつ抗議されたのですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 三月三十日でございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 抗議した返事は、どんな返事ですか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 一般的にこのような工事をする場合には、当然日本政府に連絡すべきである。そして、地位協定に明記されておるように「公共の安全に妥当な考慮を払う」ということが前提でなければならないということを申し述べたことは当然でございますが、具体的な問題といたしましては、水源地の貯水池に土砂等が流下するおそれのある区間で山腹に投棄しておる土砂を米軍の手で取り除くべきであるということ。第二項は、水源ダムの水たたき部分に埋没している土砂を取り除くとともに、水たたき部分の近くを通っている道路を下流に変更してほしい。それから、沢の横断部分の盛り土区間については適当な暗渠を設けるとともに、盛り土の流出を防止するため適切な土どめ擁壁等を設けてほしい。それから、四番目といたしましては、布設されている水道管上に盛り土をする場合には、管の保護のためコンクリートを巻き立てろということを申し入れてございます。  これに対しまして米軍側からは、十分日本政府の言い分はわかったから、そのような工事をするよう努力するというふうな回答がございまして、現在わが方としては米側のその改良についていわば監視をしておるという状況でございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 いま施設部長の話によると、何とかやりましょうということをアメリカは言っているようですが、アメリカは非常に癖が悪いですからね。そう簡単に直るものじゃないのです。実際県民の要求、特に関係している名護市民の要求は、戦車道をつくるなという要求なんです。それから、すでにやられて土砂が崩れ落ちてしまったものをもとどおりに早目に復元しろ、これが一つ。それから、森林保護のために一切このようなことを今後行ってはいかぬという問題、水源地や簡易水道の汚染防止を徹底的に講じ、さらに自然、立木の復元補償、これを講じなさい、木を植えるとか自然を本当に守って初めて貯水能力が出てくるわけです。こういった面を要求している。それについて、施設部長は本当に腹を据えて米軍に言う勇気がありますか。

高島正一防衛施設庁施設部長

○高島政府委員 先ほど来お話申し上げておりますとおり、水の汚濁が生ずるということは生活に関する重大な問題であるというふうに承知しております。したがいまして、今回の問題につきましては、米軍に先ほど申し述べた改良をぜひ実行させるとともに、もしそれが仮にうまくいかない場合であっても、政府としての責任はとらなければならぬというふうに考えております。  現在どのような工事をどのような方法でいつまでにやるかということは、名護市当局及び宜野座村当局、特に許田地区の部落の方との御相談がいま主になっていると承知しております。これらの方々とよく御相談の上、御納得のいく措置を講じたいというふうに考えておる次第でございます。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 時間がありませんので、二つの点だけ長官にお伺いしたいと思います。  一つは、いまの水の問題です。これは非常に大きい問題だと思うのです。人命に関する問題ですので、これは一防衛庁とか施設庁とかいうふうなものではなくて、安保条約の本質に関係する問題なんです。三木さんが大臣の時代に、基本的人権よりまさるような条約はないんだという答弁をされたことがあります。安保条約はわれわれは必要だと思うが、その運用、これが問題だということを言われたことがありますが、この問題は沖繩県民の飲料水に関係する問題であるので、ぜひこの問題については政府として閣議の問題にしていただいて、早急に政治的な解決を行わないと、現地と軍とだけのあれでは私は根本的解決は見出せないのではないかと思う。いま申し上げました安保条約に基づいても、公共の福祉の問題、これを抜きにして勝手にやってはいかぬというふうなこともちゃんと枠をはめられて規定されているわけです。そういった意味で、ぜひこれは閣議にかけて、政治的にも大きい問題として取り上げてもらいたい、これが一点。  時間がありませんので、もう一つ加えて申し上げたい。  これはこの前お聞きしたことと関連していますが、那覇の港湾労働者が実にもう四ヵ月、本当に長期のストをやっていて、私この前は長官に、われわれは一体だれを頼ればいいのかという悲痛な声さえ上げているということを言って、ぜひ長官は、別にこの人たちは労働省、運輸省、施設庁でもない、結局対請負師ということであるので、特段に長官として指導力を発揮されて、ぜひ解決のために当たってもらいたいと要望しましたら、そういう方向で努力をするということを言われましたが、これまでどういったことをやられ、さらに解決の展望はいまどこまで展望されるのか、その二点について御答弁をお願いしたいと思います。

藤田正明自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○藤田国務大臣 水の問題につきましては、午前中も上原委員から御質問を受けたときに答えたのでございますが、確かにこれは飲用水としたら大変なことでございます。外務、防衛両大臣と私もよく相談の上で対策を早く練りたい。いま防衛庁が主力になって、先ほど防衛施設庁の方から御説明があったとおりでございますが、なおフォローアップをしていきたい、かように思っております。  それから、港湾荷役の問題でございますが、これにつきましては総務局長からその後のことを説明させます。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 先般の先生の御質問に長官がお答えをされました後、長官から直接御指示がございまして、私の方で運輸省の港湾局長とも相談をいたしまして、外務省を通じまして米大使館、さらには米軍司令官の方に善処方を要請したところでございますが、その後最近の現地からの報告によりますと、米軍から去る四月一日に現地におきます二つの業者に対しまして、年間の取り扱い貨物の見込み量を内示した上で、改めて入札に応ずるよう連絡が来たというふうに聞いております。業者側も一応応札の意向だと聞いておりますので、私の感じでは近くこの問題は解決を見るものだと期待をしておるところでございます。  なお、近々の問題でもございますので、これらの事態の推移を見守った上で、適切な対応を、長官の指示を得て、関係省庁とも詰めたいと考えております。

瀬長亀次郎日本共産党・革新共同

○瀬長委員 ぜひいまの港湾労働者の問題については、解決するまでひとつ大臣努力してもらいたいことを要望しまして、私これで終わりますが、いまの旧日本軍の接収した土地の国有地の関係については、次にはきょう私が要求した資料を出してください。  占領時下における布告、布令、指令、口頭命令もあったのですよ。四つありました。この口頭命令というのは、たとえば一例は監獄法というのがあるでしょう。軍占領当時やはり日本の監獄法はそのまま適用されていた。ところが、アメリカの口頭命令で変えてしまった。受刑者は文通はさせてはならぬとか、あるいは監獄法によると入浴も一週間に二回以上はやらぬといかぬとか、御飯は麦三、米七とか、いろいろあったのですよ。アメリカの軍事権力で口頭命令でそんなものやる必要はないということで変えられたこともある。これは口頭命令ですよ。それから指令、布令、布告、これに基づく所有権認定の法的根拠についてもっと深く追及する場合に、私はあなた方に責任追及するという意味ではないのです。あなた方も日本人だから、憲法に基づく本当の所有権がこれはいかぬということになれば、当然のことながら変えるにやぶさかではない。その場合に特別立法というものが必要であるならば特別立法をもして国民の私有財産、これを本当に守っていくという国の温かさ、これが必要だと思うのですよ。いま国民が要求しているのは、政府が国民をどう温かく迎えて、不安なく暮らせるかという問題、経済の問題がだんだん大きくなったために、所有権についての国民の要求は非常に激しく、だんだん憤りに変わりつつあるということも現実なんです。いま読谷が一番地主が結集しておりますが、次第次第に、地主が全県的に二千人余りいます、これが全県的な組織の方向へ移行しつつある。  この現実を踏まえてやる場合に、調査される場合には、いままで軍用地、国有地になっていたものを変えるということは政府の体面にも関係するのだとかというふうなことは抜きにして、いま申し上げましたように、人民の財産を守る、国民の私権、これを尊厳なものとして守り抜くという姿勢、これがないといかぬと思うのですよ。  平和憲法、われわれはこれを五原則持っておると思います。国民主権と国家主権の問題はこの中にあります。さらに、基本的人権の問題恒久平和の問題、民主主義の問題、地方自治の問題、この五つは現在の憲法の五原則なんです。この憲法の原則に基づいて、調査する場合には、やはり黒、灰色、白とあるのであれば区分けして、これはやはり外さぬといかぬなという場合に一体どうして外すのか、いまの法律で外す方法がなければ特別な立法というものが必要になってくる場合もあり得るかもしれない、そういう点なんかまで触れまして次の機会に質問を続行することを申し上げて、私の質疑を終わりたいと思います。

稲富稜人民社党

○稲富委員長 甘利正君。

甘利正新自由クラブ

○甘利委員 私は、消費者米価等に関する問題、農業土木等に関する問題、以上二点について質疑をいたします。  せっかく沖繩復帰に伴う特別措置がとられておるのでございますが、この特別措置が物価に反映しない。たとえばお母さま方からバナナが高いわ、お父さま方からガソリン安くないじゃないかという率直な声、この声に対しては明快に回答を与えなければいけない、私はこのように思うわけでございます。そうして、もし企業努力が足りないためにそのようになっておるのだという結果が誘導された場合には、企業に一層の企業努力を続けなければならないという指導をしていかなければならない、このように考えておるのでございます。  いま沖繩県においてお医者さんが、ホテルの経営者が、中小企業の方が、農家の方が、お金をお借りになる。貸している側から、このお貸ししたお金がすべて満足に計画どおり回収できるだろうか、この結論を求めた場合に、まずすべて満足にお返しいただけるのはお医者さんだけではなかろうかというような結論になってまいるということも言われておるわけでございます。したがいまして、県民生活にとりましてその家計簿の中に占める主食のパーセンテージは低いほどよろしいわけでございます。ところが、そう遠くない将来に消費者米価が本土並みになる、こういうことでございますが、さて、このことだけをとらえずに、それならば一体本土の消費者米価、これはどうなるんだ、こういうことをまず先にとらえてまいりますと、食管制度の改善についてかなりうるさく言われておる昨今でございます。これを敷衍して説明いたしますと、食管制度の改善は、末端逆ざやの解消によって食管会計の赤字の段階的縮減を図ることが当面の急務である、このように言われておるのが、これが常識ではないか、このように考えるわけでございます。したがって、本土において消費者米価は高くなるんだ、このように理解してよろしいと思うわけでございます。  第二に、生産者米価をとらえなければ消費者米価は見通しがつきませんので、生産者米価につきましては、少なくとも一般物価の上昇、労賃の上昇に見合う程度の引き上げというものは必要になってきやしないか、これもまた常識ではなかろうかと思うわけでございます。したがって、それにつれて今度は消費者米価についても、末端逆ざやの段階的解消を考慮して、適当に引き上げることが必要である、こう申し上げても、これは私は常識であろうと思うわけでございます。  そうなってまいりますと、本土並みの数年後における消費者米価というものはどのような数字になるかということは、計算では出てくるわけでございますが、この数字に沖繩県の消費者米価がなったときに、その家計簿に占めるパーセンテージが大幅に多くなってしまった、こういうことになりますと、主食のことではございますので、生活上の不安ということもあるわけでございまするから、開発庁におかれましてはこのことを十分注意していただきたい。そして、これに対して沖繩県経済の状況、県民生活の実態等を把握しながら処理していただきたい、このように私は考えておるわけでございます。これで御答弁いただけますか。

亀谷礼次沖繩開発庁総務局長

○亀谷政府委員 今次一部改正法案を御提案させていただきまして、御審議をいただいておるわけでございますが、先般の当委員会におきましても、法案に盛られておらない予算関連の事案その他行政措置の事案につきましても御質問がございましたが、何と申しましてもいま御質問がございました予算関連の事案といたしましては、消費者米価の問題が非常に大きな問題であると思っております。  先生も御案内のように、沖繩の消費者米価は、現在精米十キロにつきまして千四百五十円ということでございますので、これは本土の米価二千七百四十円の約五三%という水準でございます。この消費者米価につきましては、復帰特別措置におきまして、この格差を五十二年度以降三ヵ年で本土並みにするということになっておるわけでございますけれども、ただいま先生の御指摘にもございましたように、今後本土におきます消費者米価等の推移と非常に重大な関係があることは当然でございます。したがいまして、沖繩県当局からも食糧庁を初め関係省庁に対しまして、この三ヵ年でこれを本土並みにならすのには、非常に負担が、激変が大きい、こういうことでございまして、これを八年間で解消するような形でやってもらいたいという要請をいたしておるわけでございます。いまの消費者米価の特別措置の仕組みが、復帰の時点におきますいわゆる負担の格差率を前提にいたしまして、本土の消費者米価のアップに合わせてスライドをするという特殊の方式をとっておりますので、この問題をいずれにしましてもある時期までには解決をいたしませんことには、本土の消費者米価が上がるにつれて格差は結果的には開いていく、こういう事態にもなるわけでございまして、県当局としては、いずれにしても近い将来本土並みの水準といいますか、格差を解消せざるを得ないというはっきりとした認識のもとに、その期間を調整をしてもらいたいという要望でございます。  したがいまして、先般の委員会でも食糧庁を初め御答弁いたしましたように、できるだけ沖繩の県民生活の実態を勘案いたしまして、県の要望をもとに慎重にこの問題の解決をなるべく早い時期に図りたいというのが開発庁の現在の考えでございます。

甘利正新自由クラブ

○甘利委員 よくわかりました。  次に、農業土木等の問題について質疑をいたすわけでございますが、その前提といたしまして、沖繩県においてはその立地条件から他県との労力のやりとりが非常に困難である、こういうふうな認識のもとに私が質疑をいたしますので、なにそれは簡単なんだということでございますと、またその点は御指摘を願いたいと思うわけでございます。  沖繩県の農業振興のための農業土木事業でございますが、これは諸般にわたるわけでございますが、生産集落が幾つあるかということを完全に把握して、その生産集落の力の及ぶ範囲の地域の農業を振興させる、そうして地域農政を展開する、こういう方法がとられることが一番よろしいと私なりに認識をするものでございますが、そうなりますと、その地域における農業土木事業を行うことによって圃場の体質を改善していく、そうして、その中に国有林野等があるならば、これも取り入れて面積の拡大も図っていく、そうして圃場の大型化を図って機械農業適地としていく、こういうことが基本のようでございまして、この点についてすでにこの計画を半ば実施いたしましたところを見せていただきますと、まことにそのとおりだとうなずけるわけでございまして、基幹作目その他の作目等についてはさらに研究の余地はあると思いますし、畑灌まで進むことがいいか悪いかという点については、私にはまだ結論は出せないわけでございますが、いずれにしろ農業の機械化を図っていくということになれば、それが非常によろしいというふうに私は理解するわけでございます。  そこで、圃場生産は三〇%上がるということでございました。と同時に、三〇%の省力が行われるということであったわけでございますが、その三〇%の省力、その労力をどの方面の生産にどのように向けていくかということ、これはやはり大きい課題でございまして、この課題に明快な回答が与えられなければならないわけでございますが、この回答はどのような答案を御用意になっているか、これをお尋ねしたいと思います。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 最初に、前提としてお置きになりました他府県との労働力移動の話でございますけれども、現状では沖繩県の人口移動の状況を見ておりますと、県内における移動率が非常に高い、そのわりに他府県との移動率が低い。これは全国的な傾向とはかなり違った姿である。そういうことから考えますと、ただいまのところは、実際の動きから推しまして、いわゆる那覇周辺に非常に集まってくる。農村地帯は急激な過疎化を続けておる。こういうことが一つの前提として考えられるかと思います。  それで、御指摘の農業生産力をどうやって上げるかというお話でございますけれども、私どもきょう朝から申し上げておりますように、農業基盤の予算を毎年急ピッチに伸ばしてまいりました。おかげで五十二年度予算が成立いたしますと、約百億という予算が使える、こういう状態でございます。耕地面積が全国の〇・六%ぐらいでございますが、予算は大体全国の農業基盤予算の二%弱を使わしていただく、こういうことになりますから、その限りにおきましてはかなり沖繩全体に傾斜的な農業投資が行われている、こういうことでございます。  さらに、これを沖繩の地域別に割ってみますと、離島の、つまりある意味では人口送り出し元といいますか、流出しております地域の農業基盤投資が全体で約六割、耕地面積は四割でございますから、その限りにおいて傾斜性投資されております沖繩の中で、また過疎化しつつある離島部分に大きな農業投資を傾斜的につけておる、やっておる、こういうのが現状でございます。  ただいまのところ、これは前回ここの委員会で申し上げたと思いますけれども、沖繩は一部の地域を除きまして農業用水が十分でございません。したがいまして、その農業基盤投資をやってまいりましても、そういう意味で両輪がうまく動いておらないということは正直言って事実でございます。いわゆる灌漑排水というところまでいかない。現在のところ、いわば区画整理的な圃場整備、それに農道をつけていく、こういうことが仕事の主体でございます。それでもかなり、いわゆる土地生産性が上がってまいっておりまして、数字で先ほど先生お用いになりました三〇%ということ、これはそのときそのときの気候条件その他がありますから確認はできませんけれども、ことしあたりの状況で見まして、いわゆるサトウキビの反当収穫量が、従来われわれは試験場の圃場の中での収穫量だと考えていたような収量が、現実に農家の実際の収量として出てまいった地域が確かにございます。そういう意味ではかなり生産性は上がってきたんだ、こういうふうに考えます。ただ、残念ながら、農業用のトラクターその他のコンバイン等の機械は、全国で大ざっぱに言いまして約四百万台あると思いますけれども、沖繩はまだとてもその域に達しませんで、沖繩全県でまだ一万台を割っております。そういう意味では沖繩の農業の機械化というのはかなりおくれておる、こういうふうに考えます。  したがいまして、これから農業基盤投資をやってまいりましても、農業機械化の方がおくれてまいりますと、というか、これについてまいりませんと、ことに沖繩の離島におきましてただいまわれわれ六割の投資をしておるわけでございますけれども、その地域において労働力が余ってくるという状態にはとてもならない、むしろいまの過疎化しつつあって崩壊しかけている農業を食いとめるのだ、これから何年かかかって前向きに持ち上げるのだという基盤をいまつくっておる段階だというふうに申し上げた方がいいかもしれないわけでありまして、目下私どもはそういうことによって、ことにいままでの沖繩における人口送り出し元であった離島の農村地域でさらに労働力が余ってくるというふうには考えていないわけであります。  では、その受け入れ側の沖繩本島側での農業はこれからどういう形になるんだろうかということでございますけれども、これはやはり基盤整備をやり、水の問題を何とか解決してまいりますと、かなり別の都市近郊型農業という形が出てまいるかと思います。沖繩は御承知のように、野菜がすでに自給不能でありまして、他府県から野菜を入れておる状態であります。そういうことを考えますと、都市近郊型農業、逆に言いかえますと労働集約型農業というのが沖繩本島においては入ってくるのだ、そういうことを前提にして考えますと、この地域においても農業労働力が余ってくるということにはならないというふうに考えておりますので、ちょっと食い違うようでございますけれども、先生の御心配になっているような点は、私どもとしては心配をいたしておりません。

甘利正新自由クラブ

○甘利委員 御答弁でほぼわかったわけでございますが、ポイントとしましては、広範な農業土木事業を、その集落を中心とした生産基盤をつくるために行うとき、それは農業法人になるか土地改良区になるか、いろいろあるでしょうが、その中に国有林等があった場合に、それもその農業土木地域の中に入れるということが可能なのか、またそういうことがあるのかということがポイントとして聞きたかったわけです。  それから、二番目のポイントは、大体わかりましたが、そうしますと、沖繩県においてはすべての農業集落において、むしろ農地をもてあましちゃってる、労力が足りないんだ、したがって、そこで機械化によって三〇%の省力化が図れた、しかし、それでちょうどいいのだ、その三〇%の労力が余ってしまってということはないんだ、すべての地域でないんだと、こういうふうに理解してよろしいのかどうなのか、こういうことなんです。

井上幸夫沖繩開発庁振興局長

○井上政府委員 答弁漏れをいたしまして、まことに失礼をいたしました。  沖繩の農耕地の減り方を統計的に見ますと、ここ数年で約二割近い農地の減りがございます。その全部がいわゆる転用ではございませんで、売買されたものもまたその一部でありますから、統計的に見ますとかなり大きな土地が、いわば耕作放棄といいますか、無耕作状態になっておると見るべきだと思います。  そのような原因が那辺にあるかということになりますと、結局は離島部分におきましては四十六年の大干ばつ以来、農業の将来に非常に不安を感じて世帯の全部または一部、一部の方が多いと思いますけれども、そういう部分の方々が都会の那覇市周辺に流出したのだと、こう考えます。したがいまして、労働力がありさえすれば放棄されなかった、無耕作状態になっていなかったと思われる土地は沖繩全域にございます。それを利用いたしますと、当然その中には国有林の中で経営林地として使われないものも含めまして、そういう土地を活用いたせるというふうに考えますと、現在本土の農家一世帯当たり一ヘクタール、沖繩〇・八ヘクタール、この耕作面積の格差も詰めることができますし、農業所得の一世帯当たりを上げることができる、私どもはさように考えているわけでございます。

甘利正新自由クラブ

○甘利委員 せっかくの御努力をお願いします。  質問を終わります。

稲富稜人民社党

○稲富委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後五時二十八分散会      ————◇—————

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