懲罰委員会 第3号
- 発言数
- 36 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1976/10/28
会議録
○宇田委員長 これより会議を開きます。 議員紺野与次郎君懲罰事犯の件を議題といたします。 この際、本人紺野与次郎君から身上弁明をいたしたいとの申し出がありますので、これを許可いたします。紺野与次郎君。
○紺野議員 十月十五日の衆議院本会議で、渡部一郎君外一名提出の私を懲罰委員会に付する動議が、わが党と社会党などが反対したにもかかわらず、公明党、民社党、大多数の自民党議員及び新自由クラブによって可決されました。 私は、国会における言論の自由と議会制民主主義を守り、また日本共産党と宮本委員長に対する許すことのできない謀略的反共宣伝を打破するために、私に対する懲罰に断固反対し、一身上の弁明を行うものであります。 本委員会で懲罰の対象となっている私の発言は、そもそも会議録にも記録されていない議席からの発言、いわゆる不規則発言であり、かつて懲罰されたことのないものであり、これを懲罰に付することはまことに不当なものであります。 昨日の当委員会において、渡部君は、本会議での私の弁明に対して、治安維持法、特高警察によって弾圧されたみずからの体験をことさらに強調して行為の正当性を主張しているが、私の行為は民主憲法下においてなされたものだなどと述べております。渡部君の発言のこの論理こそ、まさに私が批判しているところなのであります。 私の抗議発言が現憲法下の行為だというなら、矢野君の質問も現憲法下の行為であります。わが党の宮本委員長に対する治安維持法等被告事件の中から、スパイ挑発者に対する調査状況の問題だけを勝手に切り離して、それがまるで治安維持法事件とは無関係に存在するかのように扱っているのが矢野質問なのであります。こういうやり方で、現憲法が人類普遍の原理に反するものとして排除している治安維持法のもとの暗黒裁判の判決を絶対化しているのが、矢野質問であります。すなわち、矢野質問こそ現憲法の精神に反するやり方で、戦前の暗黒政治下の問題を現憲法下で持ち出しているのであります。私の抗議発言は、まさに暗黒政治に事実上無批判な矢野質問に対してなされたのであり、私の弁明が戦前の暗黒政治に言及するのは当然であります。 渡部君の議論は、私の抗議発言の動機を考えようとはしない態度のあらわれであり、動機についての弁明の権利さえ実際には否定するに等しいものであります。私の抗議発言を矢野質問とは無関係に、したがって、矢野質問に示された暗黒政治に対する態度の問題とは無関係に論じることができると考えるその論理こそ、治安維持法、特高警察、暗黒裁判とは無関係にスパイ調査問題を論じる矢野質問の態度の繰り返しであり、われわれが批判していることなのであります。 渡部君の議論は、結局、矢野質問のように、治安維持法と切り離してスパイ調査問題を論じるのはよいけれども、治安維持法と結びつけて論じるのは悪いというようなものであります。そして、私の抗議発言の動機を頭から無視することで、矢野質問の不当性が問題になることを回避しようというものにほかなりません。 私の抗議発言は、矢野質問に示された暗黒政治に対する態度と密接な関係があります。それを理解しようとしない渡部君のような主張があるので、私は、再度この問題を明らかにしないわけにはいかないのであります。 第一に、私の発言は、矢野君の質問演説に対する、私の体験に基づくやむにやまれぬ抗議の声だったのであります。私は、本会議で述べたように、戦前の暗い時代を二度と繰り返してはならないという歴史の生き証人の一人として、治安維持法や特高警察による犠牲者にかわって抗議の声を上げずにはいられなかったのであります。 すでに、本会議で私自身の体験を述べましたが、当時の暗黒政治と特高警察の弾圧ぶりは、令状によらない逮捕と長期の警察勾留、拷問、虐殺、長期刑と獄中の非人道的処遇、獄死など、言語に絶するものがあり、その結果、岩田義道や小林多喜二らの虐殺となり、わが党の指導者市川正一氏、哲学者三木清氏、創価教育学会の牧口常三郎氏らも獄死させられました。また、数十万の人が検挙され、七万五千六百八十一人が送検され、千六百人以上の人が獄死しました。私は、体験者の一人として、二度と再びこのような人権弾圧の制度を許してはならないとかたく決意しております。 このよう検挙、弾圧は、治安維持法によったものであり、この治安維持法と特高警察による恐怖政治こそ、日本国民をあの侵略戦争に駆り出し、三百十万人の生命を奪い、国土を焦土と化したのであります。日本共産党は、このような治安維持法と特高警察による迫害に抗して、この暗黒政治がもたらす侵略戦争に反対して、一貫して闘ってきました。 今日、日本国憲法は、その前文に示すように、治安維持法や特高警察や暗黒裁判を、国民主権と不可侵の基本的人権という人類普遍の原理に反するものとして、明文で排除しております。しかるに、矢野君は、この暗黒、弾圧政治と侵略戦争を厳しく究明しようとはしないで、これと命をかけて闘った側をさまざまな口実で非難、攻撃する質問を行ったのであります。 矢野君のこのような質問に対し、私自身の体験からほとばしり出た憤りの声で抗議したことは、現憲法の民主主義的原則に立った正義の声だったことを、私は改めて強調しておきます。 この際、私は、懲罰動議の趣旨説明に関して、聞き捨てならない侮辱的な発言について、抗議し反論するものであります。 渡部君は、私の発言が日ごろの「温厚さから見て、」「同君の本意ではなかったのではないか、また、同君は自身の発言にあるいは率直に釈明したかったのではないかとさえ考えられまするが、しかし、それが周囲の状況により不可能になったと思えて仕方がないのであります。」と言ったのであります。私は、四十八年前から暗黒政治と侵略戦争に反対して闘ってきました。だからこそ、矢野君の発言に厳しい抗議の声を発したのであります。 渡部君がその本意でないことを国会で発言しているのかどうかは、私の関知するところではありませんが、この私が本意でもないことを言ったかのように言うことは、日本国民の苦難の歴史の生き証人の一人である一政治家への重大な侮辱であります。 私の抗議の第二の理由は、矢野君が、わが党の宮本委員長に対する治安維持法下の暗黒裁判の判決を全く無批判に扱ったことに対する憤りにあります。 当時、宮本委員長らは、日本共産党の指導者として、暗黒政治と侵略戦争に反対し、主権在民、民主主義、国民生活擁護及び平和のために闘いました。 その際、特高警察が当時、党の中央に潜入させた二人のスパイ挑発者を摘発し、調査したのであります。これは、今日、現憲法で保障されている結社の自由、政治活動の自由を守るために当然の、正当な政治活動、防衛措置であったのであります。それを矢野君は、「リンチ的な行為が」「あったのでしょうか、なかったのでしょうか。」と問い、あたかも宮本氏が治安維持法とは無関係に刑法上の罪名のゆえに重刑を科せられたかのように印象づけようとしたのであります。 矢野君の質問が取り上げた四十三年前の宮本氏らの事件は、すでに参議院でわが党の上田耕一郎君、衆議院では正森議員、諌山議員等の追及によって明らかにされたように、正式には治安維持法等被告事件と呼ばれるべきものであります。いわゆるスパイ調査問題もまたそれに付随した一部をなすものであります。この点でも、矢野君の質問は本末を転倒して、木を見て森を見ないものと言わざるを得ません。 その森とは、当時の暗黒政治の全体制と侵略戦争そのものであり、これと勇敢に闘った日本共産党と宮本顕治氏や私たちの歴史的闘争であります。 この闘争こそ、日本の暗黒政治と半ば封建的な社会体制に対して、より明るい民主的改革を求めたものであり、歴史発展の必然的な方向、人類普遍の原理の実現のために奮闘したものであり、当時における最大の正義であったのであります。これを弾圧した旧憲法と治安維持法の反動的体制こそ、人類普遍の原理に反したものであり、現憲法で排除されたことは国民だれもが知っているところであります。 しかるに、民社党春日委員長も、公明党矢野書記長も、暗黒政治を告発するのではなしに、逆にこれと闘った日本共産党と宮本委員長らにもっぱら攻撃の矛先を向けていることは、平和、民主憲法下の政治家として憤激にたえないところであります。 私はここに、当時私自身体験した治安維持法と特高警察による弾圧の犠牲の総体及び侵略戦争の犠牲の総体について、歴史的告発を行うものであります。 治安維持法と特高警察による犠牲者、特高警察の拷問、虐殺六十五人、拷問、虐待が原因で獄死百十四人、病気、衰弱等による獄死千五百三人、逮捕後の送検者数七万五千六百八十一人、逮捕者数数十万人。 侵略戦争による犠牲者と被害、一、日本 戦死、戦病死者二百三十万人、海外死亡民間人三十万人、国内戦災死亡者五十万人、以上小計三百十万人。焼失、破壊家屋四百九十五尺戦災罹災者八百八十万人。 二、外国 中国人死者一千万人以上、ベトナム、インドネシア、フィリピン、インド八百六十万人。 以上のような治安維持法下の当時の反動的体制と、これに反対する闘いという高度に政治的な問題から切り離して、これに付随する結社の自由をめぐる日本共産党の党組織の防衛に絡むスパイ調査問題だけを、しかも逆さまに針小棒大に大騒ぎをする反共宣伝が、自民、公明、民社の共同で展開されています。 特高警察は、裁判にもかけずに岩田義道や小林多喜二らを拷問で虐殺したが、これこそリンチ殺人ではないのか、その虐殺者はだれなのか、その犠牲者に国家としてどのように謝罪をしたのか、これこそ追及されなければならないことであります。 私はここで、現憲法第二十一条で保障している結社の自由が当時いかに迫害され、特高警察による卑劣きわまるスパイ挑発政策が横行していたかについて、私の体験を申し述べたい。 有名なスパイM、松村こと飯塚盈延について本会議でも述べましたが、このスパイが党の指導者上田茂樹氏を特高に引き渡し、やみからやみに消してしまい、さらに拷問で虐殺された岩田義道氏や私たちを一九三二年十月三十日の一斉検挙の手引きをして姿をくらましました。このスパイMが十月初め東京大森の川崎第百銀行の強盗事件を特高の指示のもとに計画、実行して、特高警察はこれを日本共産党がやったと大々的に宣伝しました。これは、すでに開始されていた中国への侵略戦争を国民の不満をそらして推進するために仕組まれた権力犯罪であります。 しかも、特高首脳部は、スパイ飯塚盈延に大金を与えて姿をくらませ、その後、飯塚は終生、社会からの逃亡者としての生活を行い、待合に隠れ、北海道と満州を往復し、終戦後偽名で帰国して以来本籍を隠し、偽名を使い続け、元特高らに消されることを恐れ、一室に閉じこもり、昭和四十年酒におぼれて逃亡者としての悲惨な生涯を終えています。しかし、生地の本籍上の飯塚盈延はいまでも生きていることになっています。これはスパイ飯塚が当時の権力犯罪の悪どさを知る生き証人として消されることを恐れた逃亡生活の結果であります。その被害はその家族、子供らに及んでおります。 私は、有名な作家小林多喜二氏を特高に売り渡して虐殺させたスパイ三船留吉を初め、大泉兼蔵その他のスパイを直接体験して見、聞きしてきました。このような結社の自由を破壊する卑劣なスパイ活動は戦前も戦後も断じて許してはならないものであります。 宮本委員長らが当時、特高が党中央に潜入させていた二人のスパイ挑発者を発見して、その調査をし、これを除名にする方針をとったのは、自由と民主主義、侵略戦争反対の日本共産党の政治活動を行うために、避けることのできなかった当然の正義の行動であります。 ところが、たまたまこの調査中スパイの一人が急変状態で発見され、宮本氏らはその回復のために努力したが死亡するという予期しない不幸な事態が生じたのであります。特高警察はこれを利用して、宮本氏らを殺人者に仕立て上げようとしたのであります。 これに対し、宮本氏は暗黒裁判の困難な条件の中で公判で全面的反論を行い、わが党のスパイ挑発者に対する最高の処分が除名であり、摘発された二人が正真正銘のスパイであるだけでなく、持ち逃げ、拐帯等の破廉恥行為を党内に持ち込んだ挑発者であり、調査は全体として平穏に行われたことなどを事実に基づいて明らかにして、指導権争いだとか、殺害を共謀だの、リンチ殺人だのということが特高警察のつくった虚構にすぎないことを明白にしました。 また、急死の原因についても、鑑定書について学問的批判を加え、特異体質によるショック死、あるいは急性心臓死、すなわち内因性急死と見るべきことを主張しましたが、これは最近の専門家の研究によってもその基本的正しさが裏書きされているものであります。だからこそ、殺人や殺人未遂という特高警察のつくり上げた筋書きは、当時の暗黒裁判でもそのまま通すことができなかったのであります。 しかし、当時の裁判は弁護人選任の自由も奪い、証人喚問の要求を拒否し、控訴権さえ剥奪し、一方的に有罪と認定したのであります。 これは結局その大前提に治安維持法があり、これによって、宮本氏が日本共産党の指導者として活動すること自体を頭から重罪と決めてかかる態度があったからであります。 問題の核心は、思想を処罪の対象にしたということであり、したがって転向、非転向の別によって量刑を決めたということであります。宮本氏は非転向の党中央委員であるため無期懲役の判決を受け、転向した中央委員の一人は懲役五年、未決通算九百日になり、スパイの一人も、名目的に中央委員であったため、治安維持法違反とされて懲役五年、未決通算七百日を科せられたのであります。 この事実は、宮本氏らの裁判がまさに思想を裁くもので、刑法上の罪名などはつけ足しにすぎなかったことの有力な証明であります。 宮本氏につけられた刑法上の罪名は、日本共産党の指導者としての活動と一体不可分に伴ったものとされ、治安維持法違反と刑法上の罪名との関係を、一個の行為として数個の罪名に触れる場合、すなわち、観念的競合の関係にあるとして、無期懲役の判決が行われたのであります。つまり、すべてが政治犯という認定で最も重い治安維持法によって処断、弾圧されたのであります。 こうして宮本氏の事件は、治安維持法等被告事件と呼ばれ、宮本顕治氏に対する無期懲役の刑も、当時の暗黒政治体制の打破と日本民主化の闘争に対する治安維持法による重刑弾圧として科され、特に民主的体制への変革と侵略戦争反対の闘争の思想に対して加えられた重刑だったのであります。 このような、現憲法が排除した治安維持法による暗黒裁判を何か公正な裁判であったかのようにみなし、しかもスパイ調査問題が治安維持法事件とは別個に存在するかのように扱う矢野君の発言に対し、私が抗議の声を上げたのは当然であります。 第三に、私は本会議で、私の発言が、宮本委員長の復権に関する矢野君の発言が戦後の民主化措置を正しく理解しないでなされたことに対する抗議であったことを述べました。公明党は、創価学会の初代会長牧口常三郎氏の獄死や、二代目戸田会長の入獄などについて何の教訓も感じていないのでしょうか。また、私が当時の特高警察による迫害の体験を述べると、公明党の諸君が笑ってそれが何の関係があるかと言っているのを見ると、 ————————————————————— この民主化に当たっては、急激で重大な価値転換が行われたのであります。 日独伊三国防共協定によるファシズム、軍国主義同盟に対して、世界の反ファシズム、民主主義の統一戦線が形成されて、日独伊のファシズム、軍国主義の敗北となり、世界の反ファシズム、民主主義の勝利となったのであります。そして、ポツダム宣言受諾によって、専制的天皇制の主権在君と基本的人権否定の憲法の機能は停止され、治安維持法などの弾圧法令と特高警察の廃止解体、すべての政治犯人の釈放などが行われたのであります。この軍国主義の解体と日本民主化措置こそ、ポツダム宣言にうたわれた民主主義の勝利の最大の目標であり、その重要な試金石がすべての政治犯人の釈放であったのであります。 世界における多くの民主主義的変革の歴史において、その転換の重要な指標の一つは政治犯人の釈放であります。戦前の日本の民主主義運動においても、日本共産党の綱領的要求としても、すべての政治犯人の釈放は重要な要求として闘われてきたものであります。 当時の日本政府は、これに抵抗しました。一九四五年十月四日の政治犯人釈放などについての連合軍指令、釈放された政治犯人すべての復権に関する一九四五年十二月十九日の連合軍指令、それを実施するためのポツダム勅令七百三十号は、人類の普遍の原理となっている、反動的体制から民主主義体制への転換に際してのすべての政治犯の釈放という世界の民主主義勢力の意思を示しているのであります。 しかるに、日本民主化に抵抗していた当時の日本政府が、宮本委員長らの復権について勅令七百三十号第一条ただし書き等で抵抗しようとしても、そのようなことは通らなかったことは当然であります。そのことは、宮本氏が一九四五年十月四日指令による釈放政治犯として釈放当時から連合軍に報告されていた事実、それが連合軍と日本政府の十分な検討の上で行われていた事実、釈放によって刑法上の罪名も政治犯として扱われた事実、したがって、勅令七百三十号で公民権を当然回復すべきものとして連合軍から日本政府の法解釈がただされた事実等々、当時の連合軍関係文書などの発見によって明らかとなった事実によって、ますます明確になっております。 矢野質問は、これらの戦後日本民主化の措置の絶大な意義をつかめないことを示し、今日の時代の日本民主化の歴史過程の本質と方向をつかめない政党の弱点をまざまざとさらけ出したものと考えざるを得ません。黒柳議員らが「宮本委員長の釈放はマッカーサー元帥の間違いで釈放になったのだ」等と、当時の日本の司法当局の民主化サボタージュを指摘できない立場の法務当局でさえ言わないようなことまで演説会で言っていることは、これを重ねて証明しております。 矢野君はまた、勅令七百三十号の「将来ニ向テ其ノ刑ノ言渡ヲ受ケザリシモノト看做ス」という規定の法的意味について質問しましたが、これに対し、稻葉法相は、「過去の犯罪事実がなくなったり有罪の確定判決があったという事実そのものまでが否定されるものではありません。」と答えましたが、稻葉法相のこのような見解はすでに前国会でも述べられていたものであります。矢野君の質問が、その稻葉答弁を再度引き出して、今日なお宮本氏に対する判決が有効ででもあるかのような印象を与えようとするものであることは、まことに見え透いており、私はこれに抗議したのであります。 実際、矢野君は一日の記者会見で、「判決が無効だとかを意味していないことがわかった」と述べていますが、これは、今日では判決がすでに効力を失っているということをも無視したものであり、法務当局でさえ言っていないことであります。 大体、稻葉法相の答弁でわかったなどというのが奇妙なことであります。稻葉法相は勅令七百三十号の文言を「奇妙きてれつ」などと言って、民主化法令としての勅令七百三十号の意味を全く解していない人であります。勅令七百三十号第一条本文は、読めばわかるように、治安維持法等によって「刑ニ処セラレタル者」である政治犯を「刑ノ言渡ヲ受ケザリシモノト看做ス」というのであります。これは恩赦令の文言、すなわち大赦の場合に「刑ノ言渡ヲ受ケタル者ニ付テハ其ノ言渡ハ将来ニ向テ効力ヲ失フ」といった規定と明らかに異なるものであります。つまり、恩赦の場合は、有罪判決を受けた事実は変更せずに、今後は有罪判決を失効させるとしているのに対して、勅令七百三十号は、それにとどまらずに、もともとの有罪判決を受けた事実自体をなかったことにするというのであります。恩赦令では、大赦の場合に「未タ刑ノ言渡ヲ受ケサル者ニ付テハ公訴権ハ消滅ス」という規定がありますが、勅令七百三十号の文言は、それと同様に、公訴権消滅と同様の状態にまで戻ったことにするというのであります。したがって、有罪判決を受けなかったのと同じなのですから、当然、有罪判決を受けた事実があるなどと今日言うことはできません。いわんや、判決がかつて認定したような犯罪事実もあったなどと今日言うことは、全く許されないものであります。 勅令七百三十号のこの規定は、治安維持法を初めとする弾圧法令で国民を罰したことが間違いであったとする民主主義の立場、ポツダム宣言や政治犯釈放等に関する連合軍指令の立場に立てば、きわめて当然のものであります。これを「奇妙きてれつ」などと言うのは、民主化措置の意義をよく理解できず、治安維持法で国民を罰したことは当時は間違いでなかったかのように考えているものであります。ところが、革新と自称するはずの矢野君は、治安維持法を日本共産党への対抗手段として当然だったと言い、民主化措置を「奇妙きてれつ」と言うような立場に立つ稻葉法相の答弁を再度引き出すこととなる質問をあえてしたのであります。私がこれに抗議したのは、きわめて当然のことであります。 第四に、矢野君の質問が見え透いた口実のもとになされたことについての抗議です。 矢野君は「前国会、私は余り関心がなかった」と言っているが、公明党は二月十五日、徳島の二宮文造副委員長演説、三月三十一日、東京港区白金小学校での川崎都議の演説、四月三十日の練馬区富士見小学校での矢追秀彦議員の演説、さらに八月以降は一層激しく宮本委員長をリンチ殺人者呼ばわりをしました。八月八日、大阪枚方市で矢追議員の演説で「もし依然としてがたがたやるなら、私たちもいろいろ反撃をしたい。宮本委員長の一番いやなすね傷に私たちさわらざるを得ません。すなわちリンチ殺人事件です。」、同じく八月十八日、大阪交野市で近江巳記夫議員は「共産党はどうかというと、一つは宮本委員長のいわゆるリンチ殺人罪であります。」、九月六日、神奈川県藤沢市で竹入委員長はロッキード疑獄事件と対比して「あれ以上に悪いのは殺人だ。これ以上悪いのはない。いろいろの本を読んでみればわかる。……殺人の刑期が完了しているかどうかわからないと春日一幸が叫んでいる」と演説し、九月十八日、大久保直彦議員は、(「それは国会外での発言だ」と呼び、その他発言する者あり)中野区の演説会で、「今度の国会でこの宮本灰色委員長さんの追及をしなければなりません。……その宮本委員長のリンチ事件までを、国会で徹底的にやりたいと思いますがよろしく。……これからがんばりますのでよろしくお願いします。」と言い、九月十九日、北海道芦別市でも相沢参議院議員も「宮本現委員長の関係したリンチ事件」として共産党攻撃をやりました。 このように、矢野書記長が九月二十八日、国会で公然と持ち出す前に全国各地で日本共産党と宮本委員長をスパイ、リンチ殺人者だとする反共個人攻撃を行ってきた上で、大久保議員が言ったとおりにいよいよ国会を利用したのであります。 このように、前国会以来大いに関心を持っていたというのが公明党の実際の姿であります。それを矢野君のように「余り関心がなかった」などとまことしやかに言うのは、事実を偽るものであり、公明党一流の論法と言わなければなりません。私が矢野議員の虚構に憤りの抗議をしたのは当然であります。 また、矢野君は「共産党の異常なまでの反応ぶり」などと言っているが、これも根拠ある質問理由とはなりません。治安維持法下の暗黒裁判の判決を絶対化して、それをわが党が認めないからといって非難する議論に対して、わが党が国会外の言論によって厳しく反撃するのは当然であり、正当な権利に属することであります。 しかし、国会外で過去の裁判をめぐる論争があるからといって、それを国会に持ち出して裁判の当否について政府の判断を求めることが憲法上許されないことも三権分立の立場からいって明らかであります。 矢野君は、法務当局に対し、「リンチ的な行為が果たしてあったのでしょうか、なかったのでしょうか。あるいは勝手に死んだという意味での異常体質によるショック死なのでしょうか。あるいは外から加えられた傷、外傷性ショックによる死なのでしょうか。」と質問し、「これらの事情について詳細に御説明願いたいと思います。」と国会の壇上で聞いているのであります。これは前国会における民社党春日君の質問の繰り返しであります。 しかし、行政府の一員である法務大臣には、裁判関係の事実認定をする権限も資格もありません。法務大臣が裁判の対象となった事実の存否について答弁することが司法権に対する侵害であり、三権分立の原則のじゅうりんであることは明らかであります。 渡部君は矢野君の質問が憲法違反ではないことを主張するために「矢野質問は、確定された判決の当否に批判を加えたものでもなければ、また、判決によって認定された事実認定の当否を論じたものでもありません」とか「矢野質問は、どういう事実行為に対して裁判所がいかなる認定をしたかを質問しているのにすぎません。」などと弁解しております。しかし、このような弁解が事実に反することは全く明瞭であります。 矢野君ははっきりと「リンチ的な行為が果たしてあったのでしょうか、なかったのでしょうか。」「異常体質によるショック死なのでしょうか。あるいは外から加えらた傷、外傷性ショックによる死なのでしょうか」「これらの事情について詳細に御説明願いたい」ということを、事もあろうに行政府に質問しております。質問はどこでも、判決ではどう認定しているかなどと聞いていないのであります。この質問が判決の記載にどう書いているかを問うものではなく、まさに客観的な、歴史的に生起した事実がリンチ的な行為であったのか、それともそうでなかったのかということを、すなわち、行政府に判決記載事項の当もしくは否を独自に判断して答弁してほしいと迫ったものであることは文理上明白であります。 これが、前国会で法制局長官、最高裁事務総長、法務省刑事局長が「国会において確定判決の当否を論ずることは、国政調査権の行使の範囲を逸脱し、憲法の趣旨に反し、許されない。」と明言しているように、憲法に違反する質問であることは明瞭であります。 渡部君は、衆議院法制局長の法的見解なるものを引用して、自分らの主張を証明するものとしておりますが、これは決して渡部君の主張を裏づけるものではありません。 衆議院法制局長は右見解で、「問題は、政治家の過去の行動がすでに確定判決において認定された事実にかかるものであることから、事実の有無を問い直すことが司法権の独立に対する侵犯ではないか、ということでしょう。」とか、「この点につきまして、つぶさに議事録によって矢野発言を点検いたしましたところ、知りたいという要望は、過去の事実の有無そのものでありまして、その事実に関する裁判の事実認定の当否を問題としているとは認められません。したがって、それが直ちに裁判批判につながり、司法権の独立に対する侵害をもたらすことにはならないと考えます。」などと述べております。 たが、衆議院法制局長の言う「知りたいという要望は、過去の事実の有無そのもの」と言う際の、その「過去の事実」とは一体何を言うのでしょうか。それがただ、過去に判決があったかとか、判決ではどう言っているのかという意味なら、法制局長の言い分もあるいは合理化されるかもしれません。しかし、矢野君の質問がそのような質問でなく、文理上、判決記載とは別の客観的、歴史的事実が果たしてあったのでしょうか、それともなかったのでしょうかと質問したものであることはさきに指摘したとおりです。 あるいはまた、法制局長は、判決記載でなく、客観的、歴史的事実を行政府に聞いても、それが、その事実に関する裁判の事実認定の当否を問題とする形で聞かれなければ、裁判批判でないから、司法権の独立に対する侵害ではないとでも言うのでしょうか。 憲法は三権分立を定めて、刑罰権をすべて司法裁判所にゆだね、刑罰を科する前提となる事実の認定もまた裁判所の専権としております。行政府は、司法裁判所の刑罰権の対象となった事実について、独自に「事実を判断し、」「詳細に御説明」する権限を有さない、許されていないということこそ三権分立を定めた憲法の精神ではありませんか。そうして、矢野君の質問が、法制局長の見解の文章によっても、この憲法の精神に真っ向から反することはきわめて明白であります。 法制局長もその点に気がつかないわけではありません。そこで見解は続いてこう言っております。「最後に、しかしながら、矢野発言を契機として、問題に対する政府の対応の仕方を含む同問題に対する論議の展開の仕方いかんによっては、裁判の事実認定が正しかったのか、それとも誤りであったのか等のまさに国政調査権の範囲を逸脱する危険を生ずる可能性がないとは言えない。」とつけ加えざるを得なかったのであります。この法制局長の「最後に、しかしながら」の部分こそ、法制局長が良心からつけ加えざるを得なかった部分であります。すなわち、遠慮に遠慮を重ねた法制局長見解によっても、矢野君の質問が憲法違反を惹起するもので、憲法問題として仮に黒色ではないとしても、灰色質問であったことは否定されていないのであります。 私が、衆議院の法制局長さえ危惧せざるを得なかった矢野君の質問、そして前国会の内閣法制局長官、最高裁事務総長らの見解では明白に憲法に違反する矢野君の質問に対して抗議したのは、まさに三権分立に基づく民主主義を守るものとしての抗議であったのでございます。 矢野君は、また、「犬は吠えても歴史は進む」という論文の題名に言いがかりをつけて、「戦前の権力者が共産党の諸君をアカ呼ばわりしたと同じ発想で、批判拒否、独善そのもの」などと抗議しております。これはとんでもない誤りであります。アカ呼ばわりは、共産党員に対してだけでなく、それ以外の政府に批判的な者に対して際限なく拡大されました。戦前の侵略戦争の拡大も、日独伊防共協定を武器に際限なく進められて、聖戦として美化されていきました。戦後はアカ呼ばわりでレッドパージや職場における思想差別が行われました。日本共産党は、反共主義に対する思想的、理論的批判を厳しく行いますが、それ自体はあくまで言論戦であって、権力的に言論を抑圧するアカ攻撃とは全く無縁であります。この二つを混同する矢野君の態度こそ、言論の抑圧を招きかねない重大な危険性をはらむものであります。 第五に、私が公明党矢野書記長を犬扱いしたという非難について、すでに本会議においてそれが意味のとり違いであることを私は明らかにしました。 矢野君が「犬が吠えても歴史は進む」という「文化評論」臨時増刊号、一九七六年四月、ナンバー一八〇の「赤旗」党史班の論文の表題を取り上げて、「みずからに対する批判者を犬扱いにする体質」ではないかと疑問を持つのであえて以上の質問をしたと言い、この表題の意味することをまさ に自作自演しました。 本会議でも指摘しましたが、この表題は、中央アジア、シルクロードの地方で行われていることわざ、「犬が吠えてもキャラバンは進む」という言葉からとったものであります。ここで犬というのは、中傷、誹謗などの雑音のことで、犬にたとえているのであります。ことわざの意味は、中傷、誹謗などの雑音によっても真理と真実は曲がらず、みずからを貫き通し、歴史は進むべき方向に進むということであります。 いまの問題に即して言えば、わが党や宮本委員長に対してリンチ殺人事件などという謀略中傷宣伝をしても、真理と真実は曲がらず、歴史は暗黒時代から民主的時代へ進むことは避けられないことを意味しているのであります。 ところが、矢野君は、このことわざの意味を理解せず、誤って共産党を批判する者を犬扱いにする言葉だと理解し、事もあろうに、このことわざが戒めているとおりのことを自作自演し、国会壇上から、治安維持法下の暗黒裁判の判決を絶対化し、日本共産党と宮本委員長を非難する質問を行ったのであります。 私は、矢野君が「犬が吠えても」云々に言及しましたので、そのような反共宣伝はするなと言い、このことわざでたとえて、たしなめている中傷宣伝、すなわち反共の犬が吠えるようなことはやめろと抗議して、たしなめたのであります。これを公明党書記長が犬と言われたとして私を懲罰に付そうというのは、国会における言論の自由を抑圧する暴挙というべきであります。 公明党がかつて公明党を批判した刊行物の出版妨害を行い、世論の強い指弾を受けたことは世間周知のことであります。公明党は、今度は国会の中で言論の自由を懲罰でおどし、その上、正木良明議員が私の発言に対して議場で暴力をふるうという事態までしでかしました。 正木良明君が私に対して暴力をふるった事実について、渡部君は、カメラの角度などがどうのと言ったあげく、正木君の暴力行為というのは共産党のでっち上げだとまで言っておりますが、日本テレビのビデオを見れば明らかなように、正木議員が猛烈な勢いで私の上半身を数回突き飛ばしていることは否定しがたい事実であります。当の正木議員は、十六日の神奈川県相模原市の演説会において、自分の暴行について、「こりゃやっぱり一発かましておかな、いかぬぞと。これがそもそもあれでしたなあ。」と言っております。いま問題になっている自分の暴行は否定せず、しかも一発かますなどという暴行の意図を持って行動したことを事実上自認したとさえ言える発言までしておるのでございます。公明党の諸君はわが党に対してでっち上げと言って非難していますが、私は正木君が率直かつ明確に事実を認めることこそ、公明党の諸君の事実認識の誤りを正すためにいま重要だということを強く訴えるものであります。私はこれこそ国会議場における言論に対する暴力行為として懲罰に付することを要求するものであります。 最後に、私は私に対する懲罰問題に重大な関係のある新たな事実の暴露について述べるものであります。 私は、本会議における弁明の中で、治安維持法下の暗黒裁判の判決を国会の場で蒸し返すことがわが国の自由と民主主義にとってきわめて重大な危険であることを指摘いたしました。私のこの憂慮がまさに現実のものであることは、鬼頭判事補をめぐる事件によってきわめて明らかになったのであります。治安維持法等被告事件で投獄されたわが党の宮本委員長の身分帳——人権上からも厳重な秘密扱いをされている身分帳につづられた諸記録が、現職裁判官によって法務省の一部当局者の違法な関与のもとで不法にも閲覧され、写し取られて網走刑務所の外部に持ち出されたのであります。しかも、その同じ裁判官は、検事総長の名をかたって三木首相に謀略電話をかけた事件にも深く関与しているのであります。これはロッキード隠しと反共個人攻撃とが一つの黒い手によって仕組まれた一大政治謀略であるという疑惑を生んでおります。このような政治謀略こそ、本会議における渡部君の言葉をかりて言えば、議会政治を崩壊させる行為であります。 特に注目すべきことは、宮本委員長の獄中資料——正当かつ適法な手段ではとうてい入手できないはずの資料の一部が単行本や雑誌などに公表されていることであります。中でも、民社党春日委員長はこの種の資料を所持している旨をみずから明言しており、同党の他の幹部は民社党独自の調査活動によって入手した旨を最近わざわざ明らかにしております。これはまことに奇怪千万なことであります。 司法部、法務行政、一部政党にまでわたるこれらの疑惑の徹底究明こそ緊急の課題であります。鬼頭判事補の事件と国会での違憲質問との関係の問題に対しても国民は注目をしております。私はこのことを議会制民主主義を守るために強く訴えるものであります。 私は、日本共産党と宮本委員長に対する反共個人攻撃を国会においてすべて停止すること、矢野質問に対する私の抗議の発言への懲罰を撤回すること、正木良明君の私に対する暴力行為を懲罰に付することを強く要求するものであります。そして、ロッキード疑獄事件の徹底究明と鬼頭判事補らの暗黒勢力の徹底究明をこそ速やかに行うべきであると主張するものであります。 以上をもって私の身上の弁明を終わります。(拍手)
○宇田委員長 これにて紺野君の身上弁明は終わりました。 なお、ただいまの紺野君の弁明中不穏当と思われる発言がありましたならば、後刻速記録を取り調べの上、適当に処置いたしたいと思います。 午後二時に再開することとし、この際、休憩いたします。 午前十一時休憩 ————◇————— 午後二時九分開議
○宇田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 これより懲罰動議提出者に対する質疑を行います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山口鶴男君。
○山口(鶴)委員 過般の本会議におきまして、紺野与次郎君を懲罰委員会に付するの動議が可決になりまして、このような形で懲罰委員会が開かれておりますこと自体について、私ども残念に思っております。 私ども、今度の第七十八臨時国会の主要な任務は、一つは、この構造汚職と言われたロッキード疑獄、これを徹底的に解明、究明することが何よりも重要である、このことを徹底的に解明、究明することによって国民の皆様方の御期待に沿いたい、これが私どもの第一の願いであります。第二は、西日本を中心とする水害、東日本を中心とする冷害、さらには倒産の憂きめ目に遭っている中小企業の皆さん、さらには、いまなお仲裁裁定の完全実施がなされていない、さらには公務員給与の改定もいまだ実施されていないわけでございます。この働く勤労者の方々の生活。政府の統計によりましても、名目賃金は確かに昨年に比べて六%くらい上昇しておりますけれども、物価の上昇分を差し引けば実質賃金は二・八%も低下しているというのが政府統計局の発表でもあるわけです。したがいまして、これらの課題を解決する、これがやはり今国会の重要な任務である、かように考えております。 したがいまして、これらの課題を達成するためには、社会党、共産党、公明党、民社党の野党が協力、結束いたしましてこれらの課題に立ち向かっていくということが何よりも重要ではないか、かように考えておる次第であります。 先ほど来、紺野与次郎君の一身上の弁明も拝聴しておったわけでありますけれども、「反共のイヌ、イヌがほえている」というような不規則発言が問題になったわけでありますけれども、この語源について、「犬は吠えてもキャラバンは進む」とかいろいろなお話がありました。しかし、そういう形で野党同士がいがみ合っていることによって喜ぶのは一体だれなのか、これを私はやはり考えたいと思っております。先ほども私、当委員会で不規則発言で申しましたが、結局、犬論議をしていて一番喜ぶのは自民党ではないのかということを私ども考えざるを得ないわけであります。そういう意味で、実は一つの提案がございますので、渡部委員にお考えをいただきたいと思うのです。 それは、この問題が発生しました際、わが党の平林国対委員長が何とか、先ほど申し上げたような趣旨で両党間のあっせんをしたいということで、あっせんをいたしました。その後、衆議院の議院運営委員会理事会におきまして懲罰動議の扱いについていろいろ議論をいたしました。 その際私が申し上げたのは、この不規則発言で懲罰になった例といいますと、前の吉田総理が予算委員会におきまして不規則発言をした。内容について私がここで申し上げることは不穏当な言辞でありますから避けたいと思いますが、とにかく不規則発言が問題になりまして、懲罰委員会に付されました。この際は、委員会ですから、速記者の席と近いわけでございますので、その不規則発言が速記録に載っておったわけですね。不規則発言で速記録に載ったものは懲罰委員会にかかった例がある。それからいま一つ、調べてみますと、有田二郎君が本会議において不規則発言をやった。本会議は、これを御案内のように、速記者の席と発言者の距離が遠いわけでしょうから、この議事録を見ますと、結局、その不規則発言は明確に載っていないわけであります。「発言する者多し」というような形になっているわけですが、この場合は、懲罰委員会にはかからなかったわけですね。有田二郎君が発言した言葉も不穏当でありますから、私はここで申し上げることは避けたいと思います。しかし、議場が騒然となりまして議長が休憩を宣告しました後の再開後の本会議で、有田二郎君は陳謝をいたしております。したがいまして、「反共のイヌ、イヌがほえている」というこの不規則発言、不穏当だとまでは私は申し上げません。不穏当な言辞ということになれば、これは当然懲罰の対象になります。私は、議運の理事会では、穏当を欠く発言ではないかということを私どもも考えておるということを申しました。しかも、これは議事録には記載されていない。したがって、有田二郎君の例にならいまして、何も本会議で陳謝とまでは言わない、いわば一党を代表する書記長の発言に対して穏当を欠く不規則発言があったということであるならば、遺憾の意を表するなり、釈明をするなりということをひとつ共産党の側からいたしたらどうか、そういたしましたならば、公明党さんそれから提案者であります民社党さん、両方の党においてはこの懲罰動議を取り下げないかということを申し上げました。 現在はすでに本会議で懲罰委員会に付するの動議が可決をされ、この懲罰委員会に付されております。議題となっております。この場合、取り下げの方法がないかといえば、これはあります。その場合は、この懲罰委員会また本会議の議場においてこの懲罰の取り下げを許可すれば、取り下げの方法は国会法、衆議院規則においてあるわけであります。 いかがでしょうか。この際、共産党さんの側において遺憾の意を表するなりあるいは釈明をされました場合において、提案者である渡部さんとしては、手続は今回は必要であります、委員会の許可という手続は必要でありますが、取り下げの御用意があるかどうか、この点をまずお伺いをしておきたいと存じます。
○渡部(一)議員 ただいま山口先生から情理ともに備わる御指摘をちょうだいいたしまして、恐縮をいたしております。 今国会におきまして、ただいま仰せになりましたように、多数の国民生活に関する緊急の案件を抱え、私ども、国政の審議に対し集中的にかつ執心に討議することは、議会制民主主義の確立のためにも、また私ども国会議員に対する、国政審議に対する国民の信頼を回復するためにもきわめて重要なことではないかと考えるわけでございます。 今回問題となりました紺野与次郎君の問題にいたしましても、本会議における懲罰委員会に付するの動議の趣旨説明の中におきまして、私は、本案件がこうした形で議題になりますることはきわめて不幸なことであり、私個人としてもきわめて不本意である、と同時に、同君の深い反省と今後の立ち直りを期待してこれを述べたいきさつがございますし、また、この動議を提出するに至る前にかなりの時間と余裕をとり、議院運営委員会におけるさまざまな交渉、あるいは、率直に申して御質問者山口さんの所属される社会党のさまざまな調停のようなお働きにつきましても、それを見守っていたわけでございます。紺野君御自身としても、こうした発言についてはふだんの言動から見て穏当を欠くものであることについては理解のできる人格と私は信じましたし、その意味で山口さんの所属される日本社会党のさまざまな働きかけというものを私どもは謙虚に聞き、動議提出を見合わせる用意も含めて検討する旨、わが党の国対委員長がすでに述べているところであります。 本日、私はこの場に立ちまして、再度重ねての同趣旨の御発言でございますのでお答えいたすわけでございますが、本日は本会議からすでに当懲罰委員会に付せられている動議のお取り扱いの問題でございますし、また本日の御提案は私どもに対して突然お話がございましたことでございますから、こうするということの確定的なお答えはできないのではございますけれども、もし陳謝の意思が紺野与次郎君の方から表明され、遺憾の意、釈明等の意思表示が行われ、また動議提出者における合意が得られ、また懲罰委員会各理事の御了解が得られるような段階であるならば、十分に検討すべき余地がある有望な、かつ合理的な御提案ではなかろうかと私は敬意を表するものであります。 これにつきまして、私はこのような働きかけがいままで行われた経緯から拝見いたしますと、日本共産党の機関紙あるいはその他の宣伝物から拝見いたしまするときわめて可能性の薄いことではなかろうかとは存じますけれども、ただいまの山口さんからお話をいただきました趣旨につきましては、十分わきまえつつ、今後の参考にさしていただきたいと思うのでございます。
○山口(鶴)委員 懲罰委員会に付され、しかも懲罰委員会での議論がすでに開始をされているわけであります。したがいまして、現在の段階は、この懲罰委員会に付するの動議をどう扱うかという、議院運営委員会理事会の段階とはおのずから違っていることについては私どもよくわきまえております。また、懲罰動議が提出をされ、まだ議院運営委員会理事会で相談も始まっていない段階でわが党の国会対策委員長がいろいろ努力をいたしました段階とももちろん状況が変わっていることは、私どもよく承知をいたしております。 しかし、内閣提出の議案でありましても議員提出の議案でございましても、撤回の方法はあるわけですね。国会法の五十九条、衆議院規則の三十六条に規定がございます。その場合におきましては同意が必要なわけであります。というのは、委員会なら委員会、本会議なら本会議における許可が必要なわけでございます。その点が手続的には違っておりますが、方法としてはないわけではない。そういう点を考えまして、一つの考え方を申し上げた次第です。十分検討したいということだそうでございますが、ひとつ提出されました公明党、民社党において十分御検討をいただきたい、このことを強く要請をいたしておきたいと思うのです。 その場合、私としましては、陳謝ということまでは申しておりません。議運の理事会でも実は申したのですが、釈明ないしは遺憾の意ということを私は申しました。これはもちろん、陳謝をしようということであればそれでも結構であります。陳謝ということを明確に私は議運の理事会では申したわけではないので、遺憾の意ないしは釈明、国会ではいろいろ方法があるわけでありますから、その方法はひとつ当事者間で御相談をいただいたらいいんじゃないかというつもりです。また、紺野与次郎君本人が遺憾の意を表明するなりあるいは釈明するなりということまで私は明確に言っておりません。御本人なりあるいは共産党という一つの党が、問題を起こしました御本人なりその党が、いわば当事者である矢野書記長でもいいし、あるいは公明党さんでも結構だと思うのです。人対人でもいいでしょうし、党対党の関係でもいいのではないかと思うのです。 要は何らかの形で政治的な解決ができないだろうかというのが私の真意でございますので、その点ひとつ十分踏まえました上で、この委員会におきましても一日や二日のうちにすぐ結論が出るということではないだろうと思いますし、私どももそういう意味では犬馬の労をとっても結構だと思っているわけでございますので、ひとつ渡部さんにおかれましても私の意のあるところを十分おくみ取りいただきまして配慮いただきたい、このことを重ねてお願いをいたしておきますが、いかがでしょうか。
○渡部(一)議員 ただいまの御発言につきまして敬意を表する次第でございまして、先生があえて犬馬の労までおとりになるとまで御発言いただきましたその御情熱に敬意を表したいと心から思う次第でございます。 どうか先生のそのお気持ちが本日対象となっております紺野君に対して伝わりますることを私は切望し、一祈念するものであります。
○山口(鶴)委員 先ほど犬馬の労と申し上げたわけですが、私は穏当を欠く発言だと申しましたのは、やはり「反共のイヌ」という、この「イヌ」という言葉、取りようによってはいろいろな意味合いがあるのだろうと思っております。よく権力のイヌとか、あるいは労働争議等で会社側のイヌとかいう言葉を「イヌ」ということで使いますと、何か回し者だとかいうような、聞きようによっては当事者は大変憤慨する内容も含んでいるのではないかと私は思います。そういう意味で、(「回し者だ、回し者に間違いがない」と呼ぶ者あり)このような言葉を、不規則発言でありましても一党の書記長が演説をしている際に使うということは決していいことではないと私は思う。そういう意味で穏当を欠く発言だというふうに申し上げているわけです。ただいまの不規則発言も聞きようによっては非常に私は不愉快な気がいたします。そういう点は、やはり私ども社会党が懲罰動議については反対をしているその理由はどうだということを私は誠意を持って申し上げているつもりなんですから、(「いや、いや、あなたの質問に対して言っているのじゃないよ」と呼ぶ者あり)その点はよく理解をしていただきたいと思います。
○宇田委員長 不規則発言は禁止いたします。
○山口(鶴)委員 さて、そこでさらにお尋ねをしたいのは、矢野公明党書記長さんの本会議における代表質問、違憲かどうかということが議院運営委員会理事会でも問題になりました。議院運営委員会理事会の席上、衆議院の川口法制局長の見解なるものが示されました。私ども、これはおおむね妥当な見解ではないかと思っております。裁判の当否について立法府である国会が議論することは、これはまさに立法府の司法に対する干渉であり、三権分立のたてまえを崩すことであって、違憲であるということについては私ども認識をいたしております。 私も、ここに議事録を持っておりますが、矢野書記長の発言ずっと拝見をいたしまして、川口法制局長の見解にもありますように、「主として、ある政治家の過去の行動に関する事実の有無について政府に対し報告を求めた」というのが趣旨であるだろうと思っております。裁判の当否についてそれを議論するというつもりは矢野書記長にはなかったんではないかと思いますが、私がこの議事録を拝見した限りにおいては、私もそう思っております。渡部さんは、当然、矢野書記長とは同じ党に所属をし、矢野書記長の発言の真意というものについてもよく確かめておられるだろうと思うのでありますが、この点に対する提案者の御見解もあわせてお伺いをしておきたいと存じます。
○渡部(一)議員 ただいま御発言になりました、矢野書記長の発言に関しまして憲法違反というような主張が弁明の際に行われているようでありますが、これは全く憲法違反との批判は当たらないものであると存じます。 当日における、すなわち九月二十八日午後二時から開かれた本会議の席上、共産党の金子君がまずこの問題に対して次第を述べ、そうして政府側の見解をただしたのであります。しかし、前国会以来、この問題については民社党及び共産党との間で厳しい応酬が続けられ、中には事実関係についてまでその本質的な意見が分かれているという観点から、矢野議員はあくまでも冷静、客観的に、法務当局関係に対し事実を問いただしたものであり、それは当日の議事録を官報等においてごらんいただければ、十分御理解いただけるところではないかと思うのであります。また、衆議院法制局長の法的見解が、先日、十月十五日、文書によって提出されておりまするが、それにおきましても、「矢野議員の発言は憲法違反ではない」と明瞭な結論が下されているものであります。したがって、私どもは、ただいま御質問のございましたこの矢野さんの御発言に関して、憲法違反という批評は全く当たらないものと思うのであります。 矢野質問は、事実関係の食い違いを今日的な課題として質問されたものであり、確定された判決の当否を問うものではなく、確定判決上どうなっているかを問いただした、つまり事実の有無を問いただしたものであります。ゆえに、確定された判決の当否に批判を加えていない以上、憲法違反との批評は全く当たらないものであります。したがって、法制局長の御答弁の中でも、「この点につきまして、つぶさに議事録によって矢野発言を点検いたしましたところ、知りたいという要望は、過去の事実の有無そのものでありまして、その事実に関する裁判の事実認定の当否を問題としているとは認められない」旨、表示が行われているものであります。私どもはその観点から、ただいまお話しくださいました御意見は全く事態を正確に御認識いただいていると思うものでございます。
○山口(鶴)委員 いわゆるリンチ査問事件、まあ呼び方はいろいろあるようでありますが、これは四十年も前の出来事であり、しかも現在の憲法下においては許されるべきでない、治安維持法下のきわめて不幸な事件である、このような事件、内容につきましては、すでに文藝春秋その他いろいろな出版物等によりましても、その間の事情、事実の有無等についてはおのずから明らかになっている問題です。こういう問題を、先ほど申し上げたように、ロッキード疑獄の徹底究明、解明、さらには国民生活を防衛する重大な議題を抱えておる第七十八臨時国会において、この貴重な本会議における代表質問あるいは予算委員会等の議論に供すことが果たして妥当であるかないかということにつきましては、私ども率直に言って否定的な見解を持っております。しかし、各党の代表質問はそれぞれ各党のお考えに立っておやりになることでありましょうから、私どもこういう議論をすることが現在の事態にふさわしい議論だとは思いませんけれども、しかし、あえて特定の党がそういう議論をされるその自由というものはそれぞれの党にある、かように考えております。要は、問題は憲法違反の議論であるかないかということになれば、事重大であります。したがいまして、この点につきましては重大な課題であると思いまして、私も矢野質問の内容を検討させていただいた次第であります。 ただ、そこで川口法制局長がこの最後に述べておられる言葉は、やはりお互いが自戒をしなければならぬだろうと思っております。「しかしながら、矢野発言を契機として、問題に対する政府の対応の仕方を含む同問題に対する論議の展開の仕方いかんによっては、裁判の事実認定が正しかったのか、それとも誤りであったのか等のまさに国政調査権の範囲を逸脱する危険を生ずる可能性がないとは言えない。事は挙げて今後の良識ある議事運営にまつのみであります。」と、こう述べております。私は、やはりこの言葉はお互い十分かみしめる必要があるのではないかというふうに思っております。したがいまして、最後私が述べました川口法制局長の見解について、もし渡部さんの方においてお考え方があるならば、お述べをいただきたいと思います。
○渡部(一)議員 先生、ただいま御指摘をいただきましたさまざまのポイントでありますが、私は、ただいまこの場所において、代表質問に何を各党が取り上げられたか、当否を論ずる場所ではないと存じます。問題は、「イヌ」と発言されたその問題につきましての当否が論じられているところでありまして、議会の品位を革正するところに問題があるわけであります。したがって、私は、法制局長の出された文書の最後の部分につきましての御見解につきまして、私どもも十分の自戒を遂げていきたいと思っておるものであります。しかし、私は、今回の懲罰委員会にこうした形で問題が提起されたことは、この法制局長のお話と背反するものではない、むしろ議会制民主主議を確立するためには、あのようなたぐいのばり雑言というものを許容する方が、より大きな危険性に対する引き金を迎えるのではないかと思うものでありまして、先日から申し述べておりますとおり、本委員会に提出された懲罰事犯につきまして、ぜひとも御賛同賜りたくお願い申し上げる次第でございます。
○山口(鶴)委員 御賛同いただきたいということでありますが、議会におきまして数々の懲罰事犯が今日まで起きております。もちろん、吉田元総理のきわめて不穏当な不規則発言につきましては、私ども当然これは懲罰委員会に付するべきものだという態度を示したことはございますが、それ以外の問題につきましては、言論の府でありますから、できる限り懲罰というようなことを避けた方がいいという意味で、私どもは懲罰委員会に付するの動議についてはほとんど反対という態度を歴史的に堅持をしてまいった、それが私たちの党としての基本的な態度であるということを申し上げておきたいと思います。したがいまして、そういう意味から、穏当を欠く不規則発言だとは思いましたけれども、しかし懲罰委員会に付するの動議については、これは私ども反対である、こういう立場を堅持いたしてまいりましたことも、渡部さんのよく御存じのとおりだろうと思います。 ただ、私はここで各党が行います代表質問の当否を論ずるつもりではありません。だから、私どもの考えはこうだけれども、しかし各党においてそれぞれ代表質問をおやりになるわけですから、問題の取り上げ方については自由だということは申し上げました。しかし、私どもは、たとえばかつて共産党の、あれは金子議員だったと思いますが、当時狂乱物価のさなかに、代表質問の相当部分をお使いになって、八鹿高校事件なるものを取り上げたことがございます。また、引き続く予算委員会におきまして、村上議員が発言時間の大半をお使いになって、これまた八鹿高校問題に終始をされたということを私ども忘れることはできません。やはり私どもとしては、当時狂乱物価のさなか、八鹿高校問題に集中して質問をおやりになる、それはその党の自由ではあろうけれども、そういうことが果たしていかがかなという考え方を持ったということは、この際申し上げておきたいと思っております。 さて、先ほど紺野議員の一身上の弁明を拝聴いたしておりました。それぞれの議員の名前をお挙げになりまして、院外における演説の内容をずいぶん引用されておったのであります。私は、この際憲法の規定というものをもう一度確認したらいいのではないかと思います。憲法第五十一条には、両院「議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」こうなっております。これは私ども国会議員の持つ大きな特権であり、また、国民を代表する議員が院内において責任を持ってやる議論というものについてはそれなりの保障がされなければならないという、これはきわめて重要な憲法の規定だ、かように思っております。したがって、私どもも院外における行動あるいは院外における言論というものについては、当然これは責任を問う道はあるわけですね。さらにまた、院内における演説、討論というものについては、責任は問われないわけですから、したがって、院内の秩序を守るという意味で、憲法五十八条には、院内の秩序を乱した議員を懲罰に付することができる、こうなっているわけです。ですから、私は、そういった憲法の規定等考えました場合に、この院内で起きたこの事案を論議するこの懲罰委員会におきまして院外で行いました議論を数多く引用するということについては、この憲法の規定からいかがなのかという認識を持たざるを得ないわけであります。このような私の認識について渡部さんの方からお考えがあるならば、念のため承っておきたいと思います。
○渡部(一)議員 ただいま先生から重大なポイントにつきまして御発言をちょうだいいたしまして、私は、憲法の諸規定を遵守するためには、私ども議員は事あるごとに憲法の規定を制定いたしました原点にさかのぼり、その起点を再考慮する必要があるのではないかと思うのであります。 ただいま御発言になりましたように、議会制民主主義の運用に関しまして、これをなれない人々がことさらに憲法の条項に背反するおそれのあるがごとき態様をとられているという点は、私はきわめて遺憾に存ずる一人でありまして、ただいま先生が御指摘になりました当委員会における発言中そうしたことがありとすれば、私は多くの問題点を将来に含むものではないかと思うものでありまして、今後におきましてもこうした点はお互いに相戒めて、本院の品位の確立のためにがんばっていきたいと思うのであります。(「何を言うか」と呼び、その他発言する者あり)
○宇田委員長 静粛に願います。
○渡部(一)議員 先ほども委員長からも制止されましたけれども、山口委員の御発言中、「権力のイヌ」の御説明中、回し者などという、回し者だからそんなのはあたりまえだというがごとき不規則発言がございましたけれども、そうしたものは実際に現在の同党の体質そのものから生ずるものではないかと思われるがごときものでありまして、私は懲罰委員長がそれに対して制止を加えられたのは当然のことだと思うわけであります。したがいまして、議会民主主義の運用に関しましては、今後ともわれわれは勇気をもって、その明快な、かつ品位ある運用に関してお互い思いをいたすべきものと考えるものでございます。
○山口(鶴)委員 いま渡部さんからせっかくお話がありましたが、私の真意は、そういった犬論議をすれば喜ぶのは自民党さんではないのかということを実は私どもは申し上げたいのであります。そういう点が私ども社会党の一番の懸念する点であるということを御理解を賜りたいと思うのであります。 私、もうこれで終わりにいたしたいと思うのですが、最後に、過去の事例を私は引用をいたしました。不規則発言で議事録に載ったものにつきましては、懲罰委員会に付され、また懲罰が決定をされたという事例はあるわけでありますけれども、不規則発言でこの議事録に載っていないものについて懲罰委員会に付された事例はないし、またこういうものを懲罰にすることは私は反対であり、そういう意味で、本会議におきましても私どもは採決によって意思表示をいたしましたし、また扱いを相談しております議院運営委員会理事会の中でも、また委員会の中でもそのような趣旨を私は申し上げました。懲罰に付することによって問題が解決するとは私は思いません。そうではなくて、こういった懲罰になじまぬ問題を懲罰委員会に持ち込むのではなしに、この際、野党同士が手をつないで、そうして重要な課題について立ち向かっていかなければならない現在の状況を考えますならば、先ほど来私が申し上げたような政治的な解決の方法こそが最善であるというのが私どもの考え方であります。冒頭、渡部さんに対しまして私の考え方を申し上げました。どうかひとつその趣旨を十分おくみとりをいただきまして、そしてこの問題が懲罰という形で決着がつくのではなしに、両党間の、あるいは当事者間の話し合いによる円満な解決というものを私どもは心からこいねがっている、このことを十分おくみ取り賜りたいと思います。 以上申し上げまして、一応私の質問を終わっておきます。
○宇田委員長 次に、三塚博君。
○三塚委員 まず、今回の懲罰案件について、その核心になっております問題からお聞きをしてまいりたいと思うのでありますが、渡部さんの提案の説明、さらに紺野さんの身上弁明、両日にわたりましてお聞かせをいただいたわけであります。 核心は、「無礼の言」があったかどうかという、懲罰に値する事犯があったかどうかというのが本委員会の審査の中心であります。先ほど紺野議員の身上弁明、まさに過去の判決の経過を詳細、執拗に展開をされました。そういう意味で、まさに当委員会がかつての判決をめぐって論議を展開されるのではないだろうかというような感じまでなりましたことは、先ほど来の憲法論議の実態にかんがみまして、きわめて遺憾なことであったというふうに思います。 私は、そういう意味で、二つの観点からお聞きをしてまいりたいと思うのでありますが、まず実態となりました犬論議であります。 この犬という言葉でありますが、文学的な表現で、シルクロードの何とかはほえるけれども何とかは進むという、こういう話もあったようでありますが、本来、犬というのは、紺野君の言うような解釈も一方にありますことも、それはそのとおりであろうと思います。しかし、社会一般上、犬ということになりますと、それは嫌悪感を催す、先ほどの不規則発言にありますようなことであります。そういう意味で、きわめて今回の事件は残念なことの一語に尽きるというふうに私は思うのであります。 そういう意味で、身上弁明の中で文学的な香りのあるものだという、どうも聞こえぬのでありますが、提案者の方では、これは文学的な香りのあるものと受けとめられるのかどうか、そうであれば、本件の審査はこれを必要としないことに相なります。 ちなみに、せっかくでありますから、私も共産党の好きな広辞林の辞書を読んでみました。「犬とは、大昔から人間に飼育されてきた家畜。柔順なので、家、羊などの番をしたり、嗅覚が鋭いので、狩猟、犯人の捜査に協力したり盲人を導いたりする。」この辺はいいことですね。例として「警察の犬」これはスパイ。「権力の犬、自分の立身出世と地位の安定を願い、上司の命令を忠実に聞く人。煩悩の犬となる、修行が至らぬため欲望のとりこになる。犬の遠ぼえ、憶病者が虚勢を張ること」であります。こんなことが以下たくさん書いてあるわけですよ。 そういう点からいきますと、私も大変嫌悪感を、犬というものについて発言の場所、発言の脈絡によりましては、大変なものだというふうに思うのでありますが、文学的な表現でもあるという身上弁明もありましたものですから、渡部さんの方でどうこれを考えられておるのか、ひとつお聞かせをいただきたいと思います。
○渡部(一)議員 ただいまお話をいただきました文学的な香りの部分は、私はこう申したわけでございます。「「イヌ」呼ばわり発言について、日本共産党・革新共同の代表は、「犬は吠えてもキャラバンは進む」という言葉からとった文学的な香りのある表現であると、へ理屈を展開しているようであります。」と。つまり、これは日本共産党・革新共同の代表が述べている表現を指しているものでありまして、私が文学的香りのある表現と申したわけではございません。文学的香りとは、同党文献において表示せられたものであります。
○三塚委員 それで、先ほど山口君からも、いろいろ不規則発言、速記録によらぬものが懲罰の対象になったことはないというようなことがございました。しかし、不規則発言は現実に、先ほど来のお話のように、二回にわたって懲罰の対象になっておりますことは御案内のとおりでございます。 そこで、この不規則発言が行われた状況、また、不規則発言でありますからこれを懲罰の事犯にするということ自体がおかしいのではないかという、こういう考え方につきまして、見解をひとつお聞かせをいただきたいと思います。
○渡部(一)議員 当日、本会議場における代表質問中、日本共産党・革新共同の諸君によるやじはかなり猛烈なものがございまして、声の大きさよりも、むしろその内容の下品さで言うに忍びないものがあったわけでありますが、そのやじの応酬の際に一時期静まった時点におきまして、紺野君から「イヌ、イヌ、イヌ」という連呼がありまして、「反共のイヌ、イヌがほえている」というような声が上がったわけであります。これは御当人の予期せざる印象をわれわれに与えたのかもしれないと思うわけでありまして、多数の応酬の間で聞こえなかったのとは異なり、かなりの範囲に御当人のこのやじは聞こえたのであります。 この不規則発言が私どもにとりましては——日本共産党・革新共同の諸君には別かもしれませんけれども、公党の書記長を指して「イヌ」というレッテルを張る、その演説に対して「イヌがほえている」と発言することは、少なくとも政治的な意味合いを持つ発言というよりも、本院の品位を欠くことはなはだしいものであると考え、私どもはその場で抗議をし、取り消しを要求したのであります。 ところが、御当人は、当初何も言わずに青ざめておられたにもかかわらず、後に同党議員から鼓舞激励されたためか、開き直られて種々の弁明をせられたのは、まことに遺憾なことであります。私は、こうした点に関しましては、はなはだ遺憾に存ずるものであります。 不規則発言だから何を言ってもいいということにはならないのでありまして、先ほども山口議員がお話しいただきましたように、最大の懲罰事犯と言われている吉田茂総理の懲罰事犯は、まさに不規則発言そのものであります。それが議事録に掲載されているかどうかは、問題の本質から言ってさしたる差異はないものと私どもは考えるものであり、不規則事犯というものもまた同じく問題になるものと考えるものであります。 また、有田議員の御発言がやはり不規則事犯の問題になったケースでありますが、議長は規定に基づかれて審議を停止され、そうして当人の反省を求められ、当人が再開後の議場において謝罪されたケースがございます。これは事実において御当人が、不規則発言ではありましたけれども、本院において正式に謝罪をされたケースでありますから、不規則発言であるから何を言ってもいいという議論にはなり得ぬものと思うのであります。
○三塚委員 そこで、ちょっと論点を変えて、本事犯の発生の基本を考えてみますと、矢野書記長の代表質問、これに端を発したわけであります。先ほども質疑がございましたとおり、あるいは法制局長の見解等が示されておるわけですが、そういう点から申し上げますと、この事実の有無、あったかどうかということに論及することは憲法違反ではない、山口委員からもそういう意味の話があったわけであります。そういう点で、この基本はまさにそういうことであるわけで、私ども、今国会を通じ、稻葉法務大臣あるいは関係の政府委員から、本問題の質疑に対する答弁という形でその解明が行われております。 念のため整理をしてみますならば、問題は、傷害致死なのか、ショック死なのか、この有無の質疑が行われ、これに対して答弁が行われております。古畑鑑定書に基づいてこの判決が言い渡されたものである、こういう判決文などもあるわけでありまして、この辺、ここは別としても、さらに大変なものだということで、共産党の紺野議員の釈明にもありましたとおり、この宮本委員長の復権の問題がきわめて疑義があり、法令の上から解釈いたしますとそのような解釈が成り立たぬのに、それが復権をされたのはどういうことかというような、これまた予算委員会を初めそれぞれの委員会において質疑が交わされたところであります。 この点につきましては、言うなれば、昭和二十年、先ほど紺野君の身上弁明にもありましたとおり、十月、GHQの指令で、訴訟中の、裁判中の思想犯、政治犯を対象として釈放せられた。このGHQの指令には、思想犯罪、政治犯罪のほかに刑法犯は含まれない、こういうふうになっております。この指令に基づいて同月十七日に出た大赦令でも、刑法犯罪を含むものについては刑の赦免と復権は行われず減刑だけである、こういうことになっておるのですね。減刑は行われたのでありますが、しからばなぜ釈放が行われたのかというのが春日委員長の本院における質問の一つのポイントでもあったわけであります。これについては、政府からは、事実に基づいて説明があった点によりますと、病気による刑の執行停止、こういうような答弁がなされております。 そして、昭和二十年十二月二十九日、GHQの指令に基づいて、いわゆる問題となっております勅令七百三十号というものが出されたわけであります。この背景は、迫りくる総選挙、これに選挙権、被選挙権を与えるという意味合いが、この勅令の出された大きな根拠であったというふうに言われておるわけでありますが、これについては「政治犯人等ノ資格回復ニ関スル件」ということになっておりまして、これを見てみますと、将来に向かって刑の言い渡しがなかったものとみなす、こういうことも書かれております。 この場合、ずっと追って見てまいりますと、将来にわたって刑の言い渡しがなかったものとみなすということの解釈が、共産党と政府側からの答弁とは完全に対立するものであります。過去の判決があったことまでは、稻葉法務大臣は、これは消滅するものではございませんと、こういうことになっております。これは法務大臣の答弁でありますから、そこで勅令七百三十号は、しからば復権でありますから、直ちに他の政治犯、思想犯の諸君と同じように宮本委員長は復権が行われたのかというと、そうではないのですね、これを見てみますと。私の調べによりますと、一年五カ月後に行われておるのであります。この辺が実はきわめて大きな論議を呼んだところであります。この点については法務大臣は、言うなればこういう表現をされました。超権力がここに作用して、やってはならぬ法令を超えてこれが行われた、こういうことになっておるわけでありますから、この事実関係は、先ほどの身上弁明とは——考えてみますと、やはり事実の有無という観点から言えば、このことはこのこととして了解をされるものでなければならぬというふうに思います。(発言する者あり)
○宇田委員長 静粛に願います。
○三塚委員 そこで、紺野君が身上弁明の中で言っております特に大事なポイントとしてありますことは、この事件はまさに治安維持法、特高その他によって無謀にも、いろいろな表現を使われておりましたが、でっち上げられた暗黒裁判であって、このことを取り上げることに対して、自己の体験から感じ、抗議の声を上げざるを得なかったものであって、どうしようもない正義の声だ、こういう言い方をされております。 このことは、本事件は一党の委員長にかかわる問題でありますから、いろいろいま答弁を聞いておりましても私自身も推測できる点はあるわけでございますが、正義の声、やむにやまれないそういう気持ちで出したものであるということで、何らこれは「無礼の言」にも当たらぬし、何ら懲罰にも値しないし、反省をすることなどというのはとんでもない話であって、反省をするのは提案者の方である、こういう言い方をするわけでありますが、この点について提案者の所見をひとつお伺いをしたいと思います。
○渡部(一)議員 今回、国会法第百十九条の「各議院において、無礼の言を用い、又は他人の私生活にわたる言論をしてはならない。」また第百二十条、「議院の会議又は委員会において、侮辱を被つた議員は、これを議院に訴えて処分を求めることができる。」あるいは衆議院規則の各条項等を考えますと、紺野君の御発言はまことに「無礼の言」であり、かつ、国会において「議員は、議院の品位を重んじなければならない。」というような明確な規定に対し、頭から背反すると思うものでありまして、私は、そういう意味からこの懲罰事犯に関して皆様方に御賛同をいただきたいとお願いをいたしておるわけでございます。
○三塚委員 そこで、この治安維持法に基づく裁判についてここでいろいろ論及してみても、当委員会の問題でありませんから、またその懲罰の事犯について具体的にお聞きをさせていただきます。 本件については、紺野議員は逆に正木さんから暴行を受けた、こう言っておるわけですね。それで、何とかというテレビ会社がちゃんとそれを写しているのだ、こう言うわけであります。暴行を受けて何回か胸を突かれた、こういうことであるわけです。暴行を受けて、懲罰さるべきはこの正木良明議員であって、自分が受ける理由は何もない、こういうことを言っておるのでありますが、この暴行ということについて提案者はどういうふうに理解をし、把握をされておるか、その辺についてお聞かせください。
○渡部(一)議員 私は、ただいまお話しになりましたような事実は、全くないものと了知をいたしております。
○三塚委員 私も、本会議場の中ごろでありますから、あの騒動がありましたとき見ておったわけでありますが、本会議場で議員が手を振り上げるとかどうということは、これはあり得べからざることであり、ないと私も思うのであります。 でありますから、これは後ほどわれわれもいろいろ調査をしてみなければならぬわけでありますが、えてして、反対論という立場に立ちますと、いろいろな理屈が当事者の争いの場合にはつくものであります。表現が悪いのでありますが、どろぼうにも三分の理なんという言葉が昔からあるわけですね。そういう言葉などもあるわけですから、両当事者間の争いというのはそういう意味で、民事におきましては裁判所において厳正公平な裁判官によってこれを判定をしていく、私ども懲罰委員会におきましても、委員各位はやはり冷静に物を考えて判断をしながら、どちらに正しさがあるのかということを見きわめていかなければならぬわけであります。 そういうことでお伺いをするわけでありますけれども、公明党さんが特に「無礼の言」として並べておるこの言でありますが、紺野議員は、提案者の説明にありますように、「反共のイヌ、イヌがほえている」こういう言葉、これはこういうことであるとすれば大変な問題ですよ。「反共のイヌ」——共産党の場合は、共産党の政策、体質に関する言論に対しては大変に鋭敏でありますことは天下周知の事実であります。わが党なんかは悪口を言われつけているせいか寛大だと思うのですよ。そういう意味でも寛大です。議会政党としてきわめて鍛練をしておるので、そういう点で余りそのことについて気にもかけませんし、いい言葉であれば謙虚にこれを受け入れて分析をし、それを考えて政策に実行していくということになるのでありますが、日本共産党の場合はどういうのか、党に寄せられる批判は絶対聞く耳を持たぬ、そういう言動があるやに見られるわけであります。そういう意味で、反共ということはまさに今世紀に存在する最大の悪のように考えられておるのではないかというふうに私は、主観でありますけれども、思っておるわけであります。 そういう点から言いますと、もっとやはり日本共産党の諸君も、こういう問題が起きたときに一方的にこれを言うのではなくして、謙虚に、山口議員が先ほど来申されておりましたが、私も議運の委員として——ここに東中理事がおられますが、事態解決についてはいろいろ御苦心をされました。これは数度にわたって御苦心をされ、公明党の大久保理事さんも、そういうことであれば本件は党に持ち帰り善処してもよろしいですということであったのであります。私ども、あの当時はまだ動議提出の前でありますから、第三者としてその議論を聞いておりましても、やはり本院の権威のために歩み寄りというものがあっていいはずで……(東中委員「動議提出後だ」と呼ぶ)その前、理事だけの懇談で。そういうことであったわけであります。この場合はぼくの方が正しいのです。東中理事さんが言っていることは間違っていると思うのです。(発言する者あり)
○宇田委員長 静粛に願います。
○三塚委員 大変自分の言うことは正しくて他人の言うことは全部間違っているというふうに、先ほど身上弁明を聞いていましても、本院の問題をこれだけお騒がせを申し上げ、これだけ懲罰委員会を開きやらなければならぬ、大変な時期にやらなければならぬということについて、一言の反省も聞かれなかったことはきわめて遺憾であるというふうには思うのです。 これはこれとして、その点から申し上げますが、この「反共のイヌ、イヌがほえている」こういうことが実は本動議の問題になっておるわけであります。紺野さんは、「反共のイヌがほえている」というのではなくて「反共宣伝をやめろ」と言った、そして「反共の犬がほえるみたいなことはやめろ」、こういうことなんですね。「反共のイヌ、イヌがほえている」これではニュアンスが若干違う。しかし、「反共の犬がほえるみたいなことはやめろ」、こういう趣旨だったのか、「反共のイヌ、イヌがほえている」ということであったのか、その辺、事実関係だけをお聞かせください。
○渡部(一)議員 紺野君の席と私ども公明党との席は隣接をいたしておりまして、正木君との間は約五十センチであり、私の席からいっても約二メートルしかないのであります。私は、紺野先生とは全く違って、かなり耳はいい方でありまして、よく聞こえる耳を持ち合わせております。そんな複雑なことを先生が述べられたのでは全くなく、「イヌ、イヌ、イヌ」と大声で叫ばれ、そしてそのうち「反共のイヌ」と言い、それから「イヌがほえている」と言ったことは、私ども周辺にいた者がひとしく認めている点であります。
○三塚委員 以上で終わらせていただくわけでございますが、いまの話を聞いて、この懲罰委員会提案の説明、身上弁明などを聞いておる点につきましては、特に共産党リンチ事件が、きょうは時間がありませんから申し上げませんでしたけれども、本問題の大変な核心になっているわけです。これが原因となってこの懲罰委員会開催にまでなっているわけでありますから、実は私もこの問題については調べておるわけでありまして、紺野議員を今度参考人として次の機会に来ていただきまして、紺野議員にお聞きをしてまいりませんければならぬと思うのでありますが、この辺も善処をしておいていただきたいと思います。 終わります。
○宇田委員長 次回は、来る十一月二日、火曜日、午前十時より理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時二十三分散会