予算委員会 第14号
- 発言数
- 801 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1976/02/16
会議録
○荒舩委員長 これより会議を開きます。 昭和五十一年度一般会計予算、昭和五十一年度特別会計予算、昭和五十一年度政府関係機関予算に関し、ロッキード問題について、本日は、小佐野賢治君、若狭得治君、渡辺尚次君、以上三名の証人より証言を求めることといたします。 証言を求める前に証人に一言申し上げます。 昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことになっております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあった者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあった者がその職務上知った事実であって黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになっております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは三月以上十年以下の懲役に処せられることとなっておるのであります。 一応このことを御承知になっておいていただきたいと存じます。 それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。全員起立。 〔総員起立〕
○荒舩委員長 小佐野賢治君、代表して宣誓書を朗読してください。
○小佐野証人 宣誓書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います 昭和五十一年二月十六日 小佐野賢治
○荒舩委員長 それでは、証人は宣誓書に署名捺印を願います。——御着席願います。 〔証人、宣誓書に署名捺印〕
○荒舩委員長 これより証言を求めることになっておりますが、証人は証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。なお、こちらから質問をしておるときは着席のままで結構でございますが、お答えの際は起立して発言をしてください。 なお、委員各位に申し上げます。本日は、申し合わせの時間内で国政に係る重要な問題について証人より証言を求めるのでありますから、不規則発言等、議事の進行を妨げる言動のないよう御協力をお願いいたします。 証言を求める順序は、小佐野賢治君、続いて若狭得治君、続いて渡辺尚次君の順序でお願いをいたします。 小佐野賢治君以外の方は控室でしばらくお待ちを願います。 —————————————
○荒舩委員長 これより証人に対して証言を求めます。 まず、委員長より所要の事項につきましてお尋ねをいたしまして、その後、委員各位の御発言を願うことにいたします。 では、委員長からお尋ねをいたします。 まず、私、荒舩清十郎でありますが、委員長としてお尋ねをいたします。 あなたは小佐野賢治君ですか。
○小佐野証人 そうでございます。
○荒舩委員長 住所、職業、生年月日をお述べください。
○小佐野証人 大正六年二月十五日。東京都世田谷区野毛町三丁目九番地一号。
○荒舩委員長 職業。
○小佐野証人 職業は一般会社の役員でございますが、私がやっている会社の職業を申し上げればよろしゅうございますか。それとも会社名を……。
○荒舩委員長 主だった職業をお願いいたします。
○小佐野証人 会社名と。
○荒舩委員長 ええ。
○小佐野証人 国際興業株式会社、日本電建株式会社、北海道いすゞ株式会社、山梨交通、山交百貨店その他の会社でございます。
○荒舩委員長 あなたは全日空の株主と聞いておりますが、あなたの所有株式は何株でありますか。また、全日空で役職または何らかの地位についておられますか。
○小佐野証人 いろいろの会社の株を持っておりますからよく記憶はしておりませんが、千百万株ぐらいだと記憶しております。 それから、全日空の役職員にはついておりません。社賓ということであるのですが、その社賓というものは、私はどういうあれかよくわからないのですが、社賓ということで私はあるようでございますけれども……。
○荒舩委員長 結構です。 あなたは、昭和四十五年以降、全日空においていわゆるエアバスを導入するため、その機種を選定する作業が進められ、そのための委員会が設置されたことを御存じですか。
○小佐野証人 委員会が設置されたことは、全然私は存じません。
○荒舩委員長 結構です。 あなたは、新機種の選定について、全日空の社長やまたは機種選定委員会の委員長あるいは委員の人などに、どの航空機を推薦するとか、どれに反対だとかの意見を述べたことがありますか。あれば、その内容をお聞かせ願いたいと思います。
○小佐野証人 私は、機種選定委員会に対して、どの機種がいいかとか、どの機種がよくないとか、どれをどうというようなことを、ただの一度も全日空に対して、何人にも申し上げたことはございません。
○荒舩委員長 それでは、ロッキード社のトライスターを推薦したことはありますか、ありませんか。
○小佐野証人 ありません。
○荒舩委員長 去る二月四日からあるいはまた二月六日に、米国上院外交委員会の多国籍企業小委員会において、ロッキード社問題について公聴会が行われましたことを知っておりますか。
○小佐野証人 新聞、テレビで知りました。
○荒舩委員長 その公聴会において、ロッキード社のコーチャン氏は、自分は児玉氏から小佐野氏という日本の政界及び財界において大きな影響力を持つ実業家を紹介されたと証言しておりますが、あなたはこのコーチャン氏の証言をお認めになりますか、認めませんか。
○小佐野証人 認めません。
○荒舩委員長 コーチャン氏はしばしばあなたにお会いになったという発言をされているように新聞等では伝えておりますが、そういうことはございませんか。
○小佐野証人 私は、社用のために五日の晩ハワイへ参りまして、そして六日の朝各新聞社からコーチャンと会ったことがあるかとかいろいろ問い合わせがありましたけれども、私は会ったことがないということを申し上げたのですが、その翌日、秘書の者が一緒に行っておりまして、ハワイでテレビを見ておりまして、会長、これがコーチャンという人ですよと言われたので、ああこの人なら二、三度会ったなというふうに秘書の者と話したのです。
○荒舩委員長 なお、その委員会等におきまして、コーチャン氏は、何回も児玉、小佐野両氏と面会し、ロッキード社の飛行機の売り込み戦略について話し合いをした、こういうふうに述べておりますが、このことはお認めになりますか。また、事実ですか、事実でございませんか。
○小佐野証人 事実ではありません。
○荒舩委員長 一度もそういう話をしたことはございませんか。
○小佐野証人 三人でそういう話をしたことはありません。
○荒舩委員長 では、なおお尋ねしますが、コーチャン氏とあなたとお二人でそういう話をしたことはございますか。
○小佐野証人 あります。
○荒舩委員長 その際、あなたはコーチャン氏とどんなふうにお話をなさいましたか。
○小佐野証人 全日空へひとつエアバスを売りたいのだけれども、何とかひとつ大株主として話をしてもらえないかと言われましたけれども、私もそのまま聞き流したものですから、ですからまあ先ほど申し上げましたように、全日空の何人にも、私は、その機種選定、それからロッキードのエアバスを買ってくれ、やってくれないかとかいうようなことは、一切申し上げておりませんです。
○荒舩委員長 そういたしますと、コーチャン氏が委員会で発言していることとずいぶんの食い違いがあるようでございますが、全日空に対しましては、あなたはエアバスの売り込みを督促というのですか、あるいは推薦したとかというようなことは全然一遍もございませんか。
○小佐野証人 一度もございません。
○荒舩委員長 なお続いてお尋ねいたしますが、あなたは、コーチャン氏とお目にかかった際に、政界の人、また日本の政治を動かしているというような人等について、ロッキード社の飛行機を売り込むことについて何かコーチャン氏から推薦を頼まれ、そして政界の人とそのことを目的としてお話し合いをしたことはございますか。
○小佐野証人 一度もありません。
○荒舩委員長 絶対にございませんか。
○小佐野証人 ありません。
○荒舩委員長 さらにお尋ねをいたしますが、米国上院の公聴会の証言で、ロッキード社の日本における第三の代理人は児玉譽士夫という人物であることが明らかであるというような証言をされておるようですが、これをあなたは御承知でありますか。あるいはまた、そういう話を直接あるいは間接にお聞きになったことがございますか。
○小佐野証人 聞いたことはございません。
○荒舩委員長 全然ございませんか。
○小佐野証人 全然ありません。
○荒舩委員長 最後に、私としては最後にお尋ねいたしますが、コーチャン氏が、児玉氏に対して支払われた七百万ドルの一部があなた、小佐野氏に渡ったと思うというような、またそう思われるような、あるいは疑いを持たれるような証言をされておりますが、これについては事実でありますか、あるいは虚偽でありますか。その点をお聞かせを願いたいと思います。
○小佐野証人 事実ではございません。虚偽でございます。
○荒舩委員長 以上をもちまして委員長からの総括的な質問は打ち切ります。 続いて、委員から発言の申し出がありますので、それぞれの持ち時間の範囲内でこれを許します。塩谷一夫君。
○塩谷委員 今回のロッキード社が巨額の政治工作資金を日本に投下したという米議会の資料公開は、わが国民、また政治に関係するすべての人々に与えた衝撃は大変なものであります。特に自由民主党内閣並びに自由民主党そのものが受けた世界的、国民的疑惑と恥辱ははかり知れないものがあります。したがって、アメリカ公聴会の議事録が報道されまして、それを中心として、この際、航空機売り込みに関する内容から、小佐野氏が証人として出頭願ったと思うのであります。 まずここで、証人に、本問題解明に当たって、最初に申し上げたいことがあります。 それは、もし今回のロッキード社の売り込みに、いまや日本の航空界に君臨すると言われているあなたが、直接、間接——いいですか、直接、間接一切関知しない、一片の疑惑も当たらないと天地神明に誓うことができたならば、この不名誉きわまるアメリカ外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会並びにロッキード社コーチャン副会長に対して、敢然と名誉棄損ないしその国際的非礼に対して重大な抗議と法的措置をとるべきであると思うのであります、あなた自身は。 また、わが自民党は、結党以来幾多の経験と困難を克服して、今日責任政党として国民の負託にこたえているのでありますが、今回のような、いわゆる構造的汚職と言われる、政治の根幹を揺るがすような事態を招いた以上は、何としてもその事実を解明し、背徳があるならば背徳を摘出し、腐敗があるならば腐敗をえぐり取って、国民の疑惑を払い、国際的信用を回復しなければならないわけであります。 証人も、長らくわが自民党並びに自由主義を支持し、信奉していただいておるものと思います。どうか、さきにも申したとおり、本件に全く関係がないと言い切るならば、こうしてテレビを通じて幾千万の国民の皆さんが注視しているこの席で、ぜひ、この不名誉と疑惑の一掃のために真実を述べて、協力を願いたいものであります。 私は、常に政治は国民とともになければならないということを信条としているものであります。同時に、未熟ではありますけれども、私のこの目は絶対に狂っていないと確信をしております。また、素朴で聡明な国民大衆の心の目は、今回のこの事件を絶対にうやむやにしてはならないぞと、厳しさに徹して怒りに燃えて見張っていることを知らなければなりますまい。重ねて、証人は国民に対して答えをいただきたいことを要求して、以下、公聴会会議録の事実関係を御質問いたします。 最初に、外務省からの資料によりますると、米国の上院外交委員会多国籍企業小委員会において行われた公聴会で、ロッキード社のコーチャン氏は、「自分は、児玉氏より小佐野氏という日本では大きな影響力を持った実業家に紹介されたが、彼とは、児玉氏と同様、この問題」、それはトライスターの売り込みでありますが、「どのように取り進めるか、だれに会うかということについて戦略的な相談をした。」。小佐野氏とは、「日本滞在中によく知り合うようになったが、小佐野氏は非常に影響力のある人物であるため、大きな助けとなった。」と証言しております。 この売り込みについて「戦略的な相談をした」と証言しているのですが、この相談の内容とはどういうことであったか。その内容は、トライスター売り込みであれば、どういうことであったか。具体的に述べていただきたいと思います。
○小佐野証人 先ほども申し上げましたとおり、私にはそうした、全日空の方へ話したこともありませんし、それから戦略的にどうというようなこともコーチャン氏から聞いたこともございません。 それから、先ほど先生がおっしゃいましたアメリカの上院というのですか、それは私もハワイでそういうことを知りましたから、ハワイの上院の先生を通じまして、私の方でも、ひとつ記録を取ってくれないか、場合によっては私はハワイで名誉棄損罪で告訴するかもしれないということで、私どもの顧問弁護士にも、ハワイにおりますから、話をいたしまして、私の方としても上院のその議事録を取るべくいま手配しておるのでございます。
○塩谷委員 さらに、「非常に影響力のある人物であるため、大きな助けとなった。」とコーチャンは証言しているのですね。ロッキード社に直接的には「大きな助け」と証言している以上、あなたは御否定なさっても、コーチャンの方でも、米議会の委員会で宣誓をして証言している以上は一応の理由があると思いますが、この言葉では、かなり貢献したことを意味するものと世間からは思われますね、この証言を通じますと。したがって、どのような大きな助けをしたか、これまた具体的にお伺いしたい。
○小佐野証人 私は何ら——向こうはどれをどういう意味をして大きな助言とされたか、私にはよくわかりませんが、私としては何ら助言もしておりませんし、全日空に何とか大株主として売ってくれないかと言われたのですが、私は聞き流しにしておきまして、一度もその問題に関与はしておりません。
○塩谷委員 それでは、ただいま伺ったように、一切それに関与していないということならば、この点についてはコーチャン氏に対して抗議をするあるいは法的措置をとるということについては、重ねてお伺いいたしますが、近々なさるわけですね。
○小佐野証人 いまハワイにマツナガさんという上院議員の人がおられるのです。私の方にもハワイには顧問弁護士も先ほど申し上げましたとおりおりますので、それをして、それを翻訳しまして、私どもの方としても名誉棄損罪としてそれ相当の手配をするつもりでございます。
○塩谷委員 次に、同じく外務省の提出した資料によりますと、コーチャン氏は、「児玉、小佐野両氏と何回も売り込みの戦略について話し合った」と述べた後、「当時、日本政府部内のさまざまな段階で、ロッキード社製品の売り込みにとって致命的ともなり得るような誤解があり、両者に対して」、これはあなたと児玉氏です。「両者に対してその誤解を取り除いてもらうように、関係の人々に話してもらうことを依頼した」と証言しています。この中で述べているロッキード社の製品の売り込みについて致命的となるような誤解とは、どんなことを指すのですか。あなたなら知っているはずだということであります。これは、いまの証人のお話しのとおり、関係ないということでありますが、重ねて、向こうの証言は言っておりますから、航空界に詳しいあなたがロッキード社製品の売り込みについて、致命的なものであるロッキード社の製品があることを、その誤解を解いて歩いたということを言っておりますので、この点についてお伺いいたしたい。
○小佐野証人 それは全然ございません。
○塩谷委員 それでは、その誤解を解くということのために、いろいろの人に会ったということを言っておりますが、一切ないわけですね。
○小佐野証人 ありません。私はコーチャンがだれに会われたか知りませんが、その問題については私は何ら関与しておりません。
○塩谷委員 また、「戦略的な相談をして、しかるべき人に紹介してもらった」、この証言は、いつ、どこで、だれを紹介したかということをお尋ねしたい。
○小佐野証人 私はだれも紹介した覚えはございません。
○塩谷委員 この点重ねてお伺いいたします。 先ほど委員長の質問に対しましても、政界人あるいは官界その他の人に紹介したことはないということでありますが、この点は非常に疑惑を呼んでおります。 もう一度重ねてお尋ねいたします。絶対にこれはございませんか。
○小佐野証人 絶対にございません。
○塩谷委員 では、児玉譽士夫氏を御存じですね。
○小佐野証人 知っております。
○塩谷委員 児玉譽士夫氏とはかなりごじっこんの間柄と思いますが、いつごろどんな関係でおつき合いなさったか。その後、児玉氏とこの関係でお話し合いをしたことがあるかどうか、伺います。
○小佐野証人 児玉先生と私は知り合いましたのは、いまは故人となられております正木亮先生の紹介で、いまから十年ちょっと前ぐらいに私は知り合ったと記憶しておりますが、その後、特別にということではなく、普通のおつき合いをさしていただいています。
○塩谷委員 そのおつき合いはわかりましたが、その後ロッキード社に関すること、あるいは全日空に関することでお話し合いをしたことがありませんか。
○小佐野証人 ありません。
○塩谷委員 重ねてこの点をもう一回伺います。断じてありませんか。
○小佐野証人 断じてありません。
○塩谷委員 断じてないということでありますけれども、それではもう一点。児玉氏がロッキード社とトライスターの売買契約、P3Cの契約、また大韓航空へのトライスター売り込みに関する契約を結んでおる、そのことは御存じでしょうか。
○小佐野証人 全然知りません。
○塩谷委員 少し話を変えますが、昭和四十七年十月九日、国防会議議員懇談会がありました。そこで、従来、次期対潜哨戒機の購入に当たって、国産品を購入するということが、ほぼ内定とまではいきませんが、かなりまで進んでおったということでありました。ところが、この国産化が白紙還元ということになって、次期PXLその他の問題を含めて、一切が白紙還元と同時に、今後の輸入に当たっては国防会議事務局に専門家会議を設けるということで慎重に検討するということになった。その趣旨は、非常に今回疑惑とされておりますこの国防会議の決定、要すれば、無期とは言いませんが、延期になった、その真相をあなたは御存じですか。
○小佐野証人 国防会議に何も私は関係ない……。いや、知りません。
○塩谷委員 全く知らないというなら、それはそれまででありますが、したがって、全然その当時この問題は御存じないとするならば、意見というようなものは全然お持ちではなかったですか、そのときに。
○小佐野証人 私にはよくわからないのですがね。国防会議の……。私は一般の民間人ですから、国防会議に入るわけもありませんし、どういう意味か私はよくわからないのですが……。
○塩谷委員 それは、知らないなら知らないで結構です。
○小佐野証人 そうですか。私はちょっとわからないので……。
○塩谷委員 しかし、航空界の権威者で、全日空にも大変な発言力を持っている方でもありますし、私ども素人から言うと、知らないでは通らぬというような考えを持ちますから伺ったわけであります。
○小佐野証人 そうですか。全然関係ございませんから………。どうも済みません。
○塩谷委員 したがって、この問題については全然児玉氏とは話し合ったことはないですね。
○小佐野証人 全然ございません。
○塩谷委員 もう一度本事件の調査の問題に戻りますが、昨晩、アメリカに調査に行っておったわが党の佐藤文生代議士、党の新聞局長をいたしておりますが、帰ってきて、報告によりますると、チャーチ委員長に会ったときに、コーチャン証言を通じて児玉氏に渡った工作資金が小佐野氏に流れているらしいとあった、とはっきり言っておったとのことでありますが、もし——あなたは先ほど来否定しているように、あなたにとっても、このことが報道されただけでも大変不愉快なことだと思う。しかし、一般的にはまことに疑惑の焦点となっているのでありますから、この点をもう一度明快に、はっきりとお答えいただきたい。
○小佐野証人 いまお問い合わせの件は全くございません。
○塩谷委員 世上、あなたと田中総理とは刎頸の友と言われておりまするが、そのとおりの御関係ですか。
○小佐野証人 そればまあ見ようでもありましょうし、またその人によっての見方もあると思うのですが、私は三十年近くいろいろでよく存じてはおります。
○塩谷委員 非常に、刎頸の友というとただならぬ仲でありますが、たとえばPXLのことについて田中総理と話をされたことがありますか。
○小佐野証人 一切ございません。
○塩谷委員 あと一、二問は同僚古屋議員が関連してお尋ねいたしますが、最後に私は、外交委員会の多国籍企業小委員会が——米国の多国籍企業が国際経済においても、あるいはアメリカ全土においても大変な猛威をふるっておるのですね、こういうことで世界平和そのものを揺るがすような政治への介入と癒着が顕著になったことに対して、国民的立場に立って、アメリカのこの委員会は法律的規制をしようとしておる。そのことによって真の自由主義経済を守ろうとしてやっていることは周知の事実であります。その真剣な討議の中から、わが国政府の高官やあるいは政党幹部に疑惑があると証言されたことは、私どもは、最初に申し上げたように、非常に重大な問題だと思っております。したがって、証人は、この重大な段階においてここまで出頭していただいたのでありますから、何ら関係がないということを重ねて言い切れるものかどうか。また、今日の商社を含めての、この言うなれば乱暴な商法がまかり通っていいかどうか。そういう点についてどう考えておられるかを伺って、終わりたいと思います。
○小佐野証人 私はその点についてはもう全く関係ないと断言できます。
○荒舩委員長 古屋君より関連発言の申し出があります。塩谷君の持ち時間の範囲内でこれを許します。古屋亨君。
○古屋委員 証人にお伺いしたいと思いますのは、証人は日本の航空三社で個人としては有力な株主でございます。単なる投機の点からは、航空会社株は利幅が比較的少ないと言われているように私ども聞いておるんですが、にもかかわらず、航空機の株をたくさん持っておられるという何か特別の目的がございましょうか、まずその点を。
○小佐野証人 特別の目的があるとかいうようなことをお尋ねいただいてもあれですが、私は航空会社の株を持ったということは、もういまから二十何年前から持っておるわけです。そうして私も交通事業というものを広くやっておるものですから、これだけ道路が込み、これだけ自動車というものが走れなくなり、世界が本当に飛行機のために狭くなったと申しますか、それで将来の事業というものは航空機事業に移行していくんじゃないかというような点が第一点と、それから、私はホテル事業を相当各地で営んでおりますし、ハワイでも五千ルームぐらい保有しておりますし、それからサンフランシスコにも六百ルームぐらい保有していますし、それからロサンゼルスでも三百室ちょっとある。国内はもちろんのこと、相当あるものですから、ホテルと航空というものは一体のものでなければならないというようなことから、別に他意はございませんが、将来の展望と申しますか、そういうようなことからこの株を私は持っておるわけなんですが、各社とも、諸先生も御承知のとおり、増資、増資をやりますから、最初わずかのものが増資をし、今日までふくれ上がってきたということもひとつ御理解いただきたいと思うのでございますが……。
○古屋委員 その点は私も了解できるところでございますが、次に、今度は別の観点からもう一つお伺いしたいのですが、日中航空協定成立の前後でございます。あなたの航空界再編成の私見なるものが、こういうふうにした方がいいという私的な考えが、ちまたやまた雑誌でこう見られたのでございますが、航空界の現状をどういうふうに考えておられるか。同時に、あなたはどんな役割りを果たそうとされておりますか。その点について御意見を承りたいと思います。
○小佐野証人 航空界というものは、私の知っている範囲では、国際線というものは日本航空で、国内線というものは全日空でというようなことで分野を分かれてといいますか、そういうふうに政府の指導でやっておるようでございますが、私は株主として余り発言することは好きじゃないのです。もちろん日本航空の取締役も私やっておりますし、東亜国内の取締役もやっておりますし、全日空も、先ほど委員長に申し上げましたように、何とかまあということではやっておるんですが、私は大体、いろいろそのほか二、三の会社の役員をやっておりますけれども、ほとんど私はそういう意見を述べないということが私の主義でして、だから、いろいろの今度の日中航空協定とかそういうことに対しても、ほとんど私は意見は申し述べておりません。
○古屋委員 そうすると、そういう点についてはほとんど発言されていない。何かこれをこうしようというような御意見はございませんか。
○小佐野証人 ございません。
○古屋委員 最後に、大韓航空の方につきましても何か株を持っておられるようでございますが、何かこの点につきまして、トライスターを韓国に入れるについて何かあっせん役だとか、そういうようなことは全然ないというふうに考えてよろしゅうございますか。
○小佐野証人 全く韓国航空に対してはそうしたことはございません。 私は韓国エアラインの株を持つようになったのは、いまから四、五年前に、あそこの社長と私は非常に昔めんどうを見たと言っては、ちょっとこういう席で私がぐあいが悪いかもしれませんが、ちょっとしたことから私めんどう見てあげたのです。それで、まあ韓国航空の株を持ってくれないかというようなことで、大蔵省の認可を得まして、全体の約一割ほどを私の方が保有はしておりますが、別に何もございません。
○古屋委員 わかりました。 以上で、質問を終わります。
○荒舩委員長 これにて塩谷君、古屋君の発言は終了いたしました。 次に、楢崎弥之助君。
○楢崎委員 社会党の楢崎弥之助です。 今度起こりました、トライスターの全日空売り込みについて賄賂が政府高官等々に流れたのではないか、大変重要な問題であります。昨年の八月二十五日、アメリカ上院の銀行委員会におきまして、本問題について公聴会が行われた。その際に、当日の議事録によりますと、共和党のジョン・タワー上院議員はこのように言っております。この問題は非常にデリケートな問題である、問題の発展いかんによっては、一つや二つの国の政府をぶち壊す可能性がある。そう本件について指摘をしておるほど重要な問題でありますから、私どもも慎重にこの問題の真相解明に当たっておるところであります。 そこで、証人にお伺いをいたしますが、特に、この機種を全日空がエアバスについて選定をするに際して、当時の昭和四十七年八月三十一日、同九月一日のハワイにおける田中・ニクソン日米首脳会談というのは重要な役割りを果たした、このように私たちは見ておるわけであります。 そこで、このハワイの日米首脳会談の問題についてお伺いをいたしますが、このハワイ会談の時期に、あなたはハワイにおられましたか。
○小佐野証人 おりました。
○楢崎委員 あなたが宿泊されたホテルは何という名前のホテルでございましたか。
○小佐野証人 サーフライダーホテルというホテルでございます。
○楢崎委員 田中総理や一緒に行かれた大平外務大臣が泊まられたのもサーフライダーホテルというふうに当時の新聞は報じておりました。これはあなたが所有し、経営をなさっておるホテルでございますね。
○小佐野証人 そのとおりでございます。
○楢崎委員 このときに、その同じサーフライダーホテルに、あなたがよく顔を見知られておる、たとえば日航の方とかあるいは国会議員等が一緒に泊まっておったでしょうか。
○小佐野証人 そのホテルに泊まっておられたような記憶はありますが……。
○楢崎委員 日航の方というのは、たとえば斎藤進さんなんかそうですか。
○小佐野証人 そうでございます。
○楢崎委員 私どもが羽田の出入国管理事務所を通じて記録を取り寄せましたところ、そのときハワイに飛びました国会議員の方がいろいろおられます。 いまから申し上げますが、もちろん田中角榮総理大臣、八月三十一日JAL特別機、帰国をされたのが九月三日。大平正芳外務大臣、立たれたのは八月三十一日、一緒の飛行機ですね。帰りも一緒でした。金丸信さん、八月三十日JAL〇六二で立たれてハワイに行かれ、九月二日に帰ってきておられます。佐藤文生さん、この方も金丸信さんと同じ飛行機のようであります。八月三十日立たれまして、九月四日に帰られました。竹下登さん、やはり同じ飛行機で同じ日に立っております。帰られたのは九月二日。奧田敬和さん、やはり同じ飛行機で行かれ、九月四日に帰られております。丹羽久章さん、八月三十日、同じ飛行機であります。帰られたのは九月六日であります。 いまお読みをしましたのが、記録上ハワイにその当時行かれた方々のようでありますが、ホテル等々でお会いになりましたでしょうか。
○小佐野証人 いま先生がお読みになった人、全部かどうか、私も古い話ですから記憶がございませんが、その中で金丸先生、竹下先生、一緒に私のホテルへ泊まっておられました。
○楢崎委員 まあ全部は覚えておられないと思います、古い話ですから。結構です。 そのときの首脳会談はどこで行われたんでしょうか。覚えておられますか。
○小佐野証人 それは、首脳会談といいますと、アメリカ側と日本の……(楢崎委員「ニクソンさんと田中さん」と呼ぶ)それは先生、われわれの関係したことじゃないんじゃないでしょうか。
○楢崎委員 まあハワイの新聞等々では大々的に報道されたろうと思いますから、その会談場所ぐらいは、ハワイにお詳しいあなたですから、御存じだと思っておったから聞いたのですが、よろしゅうございます。 で、実は当時の新聞によりますと、たとえば日経新聞の特派員はこういうふうに報じておるのです。会談場所と記者団の宿舎、この記者団宿舎というのはサーフライダーホテルですから、田中総理大臣が泊まられておるホテルと同じです。会談場所と記者団の宿舎が八十キロも離れていたのには往生した、会談場所になったクイリマホテルはニクソン政権のスポンサーの所有だそうだが、そういえば田中首相一行が泊まったサーフライダーホテルと記者団の宿舎は、いずれも角さんと因縁の深い国際興業の小佐野賢治社主の所有である、こんなところにも両首脳の共通点があることも手伝って、トップ会談の方もうまくいったのではないか。これは新聞がそう報じておるわけであります。まあ、わざわざそんな離れたところにどうしてお泊まりになったのかという感じもいたしますが、そこで、実はこのときのハワイ会談で、田中総理、ニクソン大統領、それに大平外務大臣、ロジャーズ国務長官、そういった人たちが加わって、今度の問題の全日空購入のエアバス、これはこのときに機種はロッキードのトライスターをひとつ入れましょう、そしてまた次期の対潜哨戒機のPXLはロッキードのP3Cオライオンを輸入しましょうというような、表に出ない裏の約束がなされたのではないかと私どもは見ておるわけです。 そこで、田中総理等々と知己の間柄であるということはよく承知しておりますが、ハワイでこういう会談の内容等についてお話を聞かれたことありますか。
○小佐野証人 それは先生、全然もうわれわれが関与すべきところじゃございませんから、全然私らそういう場所へも行ったものではございません。いま先生のおっしゃったホテルでやられたと思うのです。ですから、もうわれわれはそういうところへも行ってもおりませんし、全然われわれが関与すべき問題ではありませんから、全然わかりません。
○楢崎委員 私どもは、このように見ておるのは、実はその九月一日に全日空のエアバスはトライスターにしようという密約が交わされたのではないかというのは、それからわずか一週間後の九月七日の外電でございますが、ホートン会長は、そのハワイ会談からわずか一週間後に、全日空はロッキードのトライスターを六機発注してくれるはずだ、こう確信しておるということを発表されておるのです、たった一週間後に。だから、そのときに決まったのじゃないかというのを、われわれは思っておるのです。ところが、その六機といえば大変正確なんです。これは、全日空がこのロッキードのトライスターを一番最初に輸入したいといって輸入割り当ての申請をしたのは四十八年の二月十二日でございますけれども、このときに六機ます申請しているのですよ。だからちょうど機数が合うのです。このホートンさんが言っている機数とちょうど合うものだから、たった一週間後にロッキードのホートン会長がそんな確信を言われたのだから、それでこのときに約束があったのではなかろうか、このように思ったわけです。 そこで、問題の、いま与党の方からも質問がありました、委員長からも質問があった点でございますが、このコーチャン・ロッキード副会長と、それから証人と田中総理の関係について、今度アメリカに訪米をいたしまして調査してきた川崎委員が関連質問をいたします。お願いいたします。
○荒舩委員長 川崎君より関連の発言の申し出があります。楢崎君の持ち時間の範囲でこれを許します。川崎寛治君。
○川崎委員 簡単にお尋ねいたします。 アメリカの上院外交委員会における多国籍企業小委員会の議事録が日本の新聞に全部出ております。お読みになりましたですね。
○小佐野証人 私はほとんど読んでおりません。
○川崎委員 大変失礼ではありませんか。あなたはこの委員会に証人として出てこられたわけです。当然この上院の公聴会の議事録が基本になることは、あなたが宣誓をされたそういう立場からするならば、この議事録については十分読まれて出席されるのが日本国民に疑惑を解明をする責任だと思います。なぜお読みになられずに出てこられたわけですか。大変なめておると思います。 じゃ伺います。ハワイの弁護士並びにマツナガ上院議員と裁判の打ち合わせをしておられる、こういうことでございますけれども、アメリカの議会では、宣誓をして証言をいたしますと、もしうそを言ったことになりますと、社会の信用を失うという厳しい伝統がございます。私は今回社会党の調査団長として参りまして、仲間の諸君とチャーチ小委員長初めコーチャン副会長その他関係者に会いましたが、このアメリカの議会における証言の厳しさというものを痛切に感じてまいりました。そしてそれは自民党の代表の諸君も各党の諸君も感じてきたことだと思います。そういうアメリカの伝統については御存じですね。
○小佐野証人 大体は聞いておりますけれども、余り詳しいことは、先生、私よくわからないのです。
○川崎委員 それでは次に、この議事録をお読みになっておられないということになりますと、大変お尋ねのしにくい点でもございますけれども、児玉氏が右翼の大物だと、こういうふうに言われておりますが、その点はあなたはお認めになられますか。
○小佐野証人 むずかしい御質問でして、大物かとか、そういうことになりますと、私にもちょっとお答えしかねるのでございますけれども。まことに申しわけないですけれども……。
○川崎委員 この議事録の中で、特にチャーチ小委員長がこのロッキード政治献金問題を取り上げるに当たりまして、右翼の大物である児玉譽士夫氏が大きな役割りを果たしたということに、アメリカの社会では大変厳しいものがあるわけです。そこで、大変厳しい表現でございますが、児玉氏を疑わしい人物だ、こういうふうに強く批判をされております。親しいあなたとして、こういう表現をどういうふうに思われますか。
○小佐野証人 それは、疑わしい人物とかなんとかということになりますと、その人その人の受け取り方でございますから、私には何ともそれは申し上げられないのですがね。先生、まことに申しわけないですが……。
○川崎委員 この点は、じゃ次に移りますけれども、ロッキード本社でコーチャン副会長——恐らくコーチャン副会長としては、会見をしましたのは最後だったと思います、辞任をされましたから。お会いしましたときに、児玉氏並びにあなたの、今回のトライスター導入についての大変高い役割りの評価をいたしておりました。特に、日本の社会では力のある人に個人的なコネをつけるのが大事で、そのことを小佐野さんは有効にやってくれた、こういうふうに言っておられます。その強い権限を持った人というのはだれですか。
○小佐野証人 強い権限を持った人といいますと、それはコネをつけてくれた人ということでございますか。——私は、先ほどから先生に申し上げているとおり、そういうことに対して何の助言は申し上げておりませんとお答え申し上げておるのでございますが……。
○川崎委員 コーチャン氏はたびたびお会いした、こう言っておるのですが、先ほどの話では二、三度会われた、こう言われましたが、いつ、どこで、だれと会われたのですか。それとも、あるいはだれの紹介もなしに自然にお会いになられたのでしょうか。
○小佐野証人 そのコーチャン氏と会ったのは国際興業の本社の応接間でございます。そうして、だれの紹介だったか、私もよく記憶をしておりません。会ったのはたしか二、三回だろうと思います。
○川崎委員 いつですか。
○小佐野証人 いまからもう四、五年前じゃないかと思うのですけれども、私も忙しいものですから、毎日大ぜいのお客さんに会うものですから、いつ、どういうふうにと言われても、記憶が、先生ちょっと急のことでございますから、浮いてこないものですから……。
○川崎委員 先ほどのこの問題、それからあるいは塩谷さんからも御質問ありましたが、児玉氏から幾らかの金が小佐野氏に払われただろう、こういうコーチャン氏の証言に対して否定をされました。そういたしますと、これは前の問題とあわせまして、当然コーチャン氏は偽証罪で、アメリカの議会の証言というのは偽証罪で問われなければならないと思います。そうすると、そのことをあなたは裁判としていつおやりになられるのか。そういう徹底的な名誉のためにどういうふうにやられるのか。伺いたいと思います。
○小佐野証人 先ほども申し上げましたとおりハワイで、そうした、思うというようなことを言って人の名誉を傷つけるということは、私としてもはなはだ遺憾だということで、私の方の顧問弁護士を通じまして、私なども議事録をいま取り寄せつつあるのでございます。近いうちに私の手元に届くと思いますから、私の方でもそれを翻訳しまして、そして私の方のハワイの顧問弁護士とよく相談しまして、この間も相談したのですが、アメリカのあれを名誉棄損罪でやるということは、よほどのあれがないとなかなかむずかしいというようなことも聞いておりますし、まあ議事録を見ましてから——よく翻訳の仕方によって、先生も御承知のとおり、意味が、日本語の解釈が大分違うと思うのです。その翻訳の仕方によって、思うとかどうだということが、その人その人によって大分違うと私は思うのです。ですから、これをやるということになると、相当の専門家を何人か動員しまして、そうしてきちっとした翻訳をしなければ、これはなかなかできないことではないかと思っておるのですが、しかし、それは私の方としても専門家を何人か動員しまして、きちっとした翻訳をしまして、しかるべく手段を考えようと思っておるのです。
○川崎委員 最後に、コーチャン副会長は私たちにはっきり言われたわけでありますが、田中前総理と親しいあなたの仲介で、田中さんが通産大臣の折、田中さんの求めに応じて会われた、こういうふうに言っておりました。そのことをあなたはお認めになりますか。
○小佐野証人 私は、その人に会いにいくのに、前田中総理を紹介した覚えはございません。
○川崎委員 終わります。
○楢崎委員 先ほど委員長からの御質問の中で、全日空の持ち株について、たしか千百万株とおっしゃいましたようですが、それは間違いじゃございませんか。
○小佐野証人 いま、あれは五百円券が五十円券になりましたから。ですから本来ならば百十万株です。それが、五百円券を昨年の四月ごろから五十円券にかえましたから、百十万株持っていたものは今日は千百万株になるということでございます。
○楢崎委員 四十五年度、四十六年度、四十七年度、四十八年度、今日に至るまで、個人株主としてはずっと全日空の筆頭でございますね。
○小佐野証人 全日空ですか。いいえ、私はそんな……。もっと上の方におられると思いますけれども。
○楢崎委員 有価証券報告書によりますと、個人株主では証人が一番上でございます。法人は上にずっとおりますけれども。
○小佐野証人 個人でですか。それは失礼しました。そうかもしれません。
○楢崎委員 PXの点についてちょっとお伺いします。 コーチャンさんと会われたときに、コーチャン副会長、当時は社長でしょうが、会われた言葉の中で、コーチャンさんの方から、PXLあるいはP3Cオライオンといったような言葉を聞かれた覚えはございませんか。
○小佐野証人 全然ありません。
○楢崎委員 それでは、二階堂進氏、それから後藤田前官房副長官、あるいは相沢元主計局長等は御面識はございますか。
○小佐野証人 二階堂先生、それから後藤田さんは知っております。相沢さんは全然存じ上げておりません。
○楢崎委員 それでは大韓航空との関係について時間いっぱい聞いてみたいと思います。 大韓航空の株の持ち分について、証人あるいは証人の身内の方、さらに国際興業としてそれぞれお持ちになっていらっしゃったら御報告をいただきたい。
○小佐野証人 大韓航空の株は、会社として社長名で持っております。
○楢崎委員 たとえばお身内の方でほかに弟さんとか、かれこれお持ちになっている方はいらっしゃいませんか。
○小佐野証人 国際興業株式会社として持っておるものですから、取締役社長が私の弟の小佐野栄でございますから、ですから株主の名前としては小佐野栄と明記してあるかとも思います。
○楢崎委員 大韓航空の社長さんを御存じでしょうか。
○小佐野証人 知っております。
○楢崎委員 日本語読みで言いますと、社長さんのお名前はチョウジュウクンと読むのでしょうか。お名前は御存じですか。
○小佐野証人 名前は知りません。趙趨さん、趙さんと言っております。
○楢崎委員 よろしゅうございます。それでは趙重勲さんだと思います。 それで、この方は韓進財閥の主人公でございますね。この韓進と国際興業の関係はどうでしょうか。
○小佐野証人 韓進と国際興業の関係というものは、私の方が、いまから七、八年前にあちらへ米国の第八軍が駐とんしておりましたときに、バスを私の方で軍の命令で百二十台ほど持っていったことがあります。そのときにいろいろの面で取引がありましたし、またベトナムヘ、トラックを私の方から買ってくれまして持っていったことがあるのですが、そのぐらいのことで、あとは多少の商事で取引があるかもしれませんけれども、それ以上の、余り最近は大きな取引はないのではないかと思います。私もよくわからないのですけれども……。
○楢崎委員 大韓航空の株主でも国際興業はあるわけですが、この大韓航空におけるトライスターの売り込み、商談についてお話を聞かれたことはございますか。
○小佐野証人 全然ございません。
○楢崎委員 時間上最後になろうかと思いますけれども、今度、日本時間では四日の日でございますか、この問題の発表がアメリカ側からあったときに、ちょうど符節を合するようにハワイに飛ばれたわけでありますが、今度お帰りになる際に、新聞の報道するところでは、日本への帰国は、日本時間で十一日午後十時大韓航空〇〇五便ホノルル発、十二日午前八時ソウル着、同日午後一時三十分大韓航空五〇三便でソウル発、同日午後三時十五分大阪着となっていますが、非常にややこしいお帰りのコースでございますけれども、これはどういう意味を持っておるのでしょうか。
○小佐野証人 羽田が非常に混雑するというようなことで、それでソウル経由で大阪へ帰ってまいりました。
○楢崎委員 これで終わります。
○荒舩委員長 これにて楢崎君、川崎君の発言は終了いたしました。 次に、東中光雄君。
○東中委員 時間が非常に短いので端的にお聞きいたしますが、あと引き続く証人の証言の関係もあり、後日のこともありますので、正確にお答えを願いたいと思います。 先ほどの御証言で、コーチャン氏と国際興業の本社で会った、こう言われたわけでありますが、コーチャン氏は何をしに来たのでしょうか。
○小佐野証人 全日空の株主として、全日空ヘエアバスを売ってくれないか、そういうことを助言してくれ、助言してくれないかということで来られたのです。
○東中委員 だれに助言をしてくれということでございますか。
○小佐野証人 別にだれという名前は言いませんでした。
○東中委員 それに対して、あなたの方の御回答はどういうことだったのですか。
○小佐野証人 私は別に、そのときにわかりましたとは言いましたけれども、そのまま全日空の方へは何ら申し上げませんでした。
○東中委員 全日空の方へ助言をしてくれ、と言ってきたんではないわけですね。だれにと言わないで助言をしてくれということを言ってきた、こういうふうに言われたわけですが、そしてそれに対しては、拒否の回答ではなくて、何も言わなかったといまおっしゃいましたけれども、二、三回というのは、同じことで来られておるわけでございますね。
○小佐野証人 そうでございます。
○東中委員 ロッキードの当時の社長コーチャン氏がわざわざアメリカから日本へ来て、そしてあなたに同じことで二、三回——コーチャン氏の証言によれば、もっと何回も会った、そして売り込みの戦略についてあなたの助言を得た、こういうふうに言い、紹介もしてもらった。あるいはロッキード社が後退していくときに、非常なピンチになったようなときに、いろいろさまざまなレベルの政府の人たちに話をしてもらうように頼んだ。こう言っているわけですが、来て、助言をしてくれと言うたというその助言の内容は、子供の使いじゃございませんから、来たらやはりいろいろなことを言うわけでしょう。その内容を言っていただきたいのです。
○小佐野証人 先ほど申し上げましたように、それ以外に私ちょっといまもう記憶をしておりません。
○東中委員 内容を記憶していなかったら、そのときにコーチャン氏がこういう話をしたんだということを言っておるコーチャン氏の内容が、宣誓証言の上で議会に出ておるわけでありますから、あなたはその内容についてはいま記憶していないということになれば、コーチャン氏の言っておることを否定するわけにいかぬわけですね。あなたはいま記憶がないとおっしゃっているのですから。いかがでしょうか。
○小佐野証人 どういう意味か、ちょっと私には……。
○東中委員 意味は明白だと思うのであります。あなたはコーチャン氏と二、三回会った。しかも、助言をしてくれということで会った。まさにコーチャン氏も、助言をしてくれということで来たことは間違いない。この点は一致しています。そしてあなたは、どういう内容の助言をしてくれと言っているのかということについては、古いことだから記憶がない、こうおっしゃっている。コーチャン氏は宣誓した上でちゃんと証言をしているわけですから、あなたの記憶のないことについてコーチャン氏が言うたら、それについて、あなたは速記録も見てこなかったとおっしゃるのですけれども、どっちにしましても、その内容を否定する根拠はないことになる。これはもう論理的にそうなりますので、この点について、あなたは記憶を思い返すように、ひとつぜひ議事録も見て努力をしていただきたい、このことを要求しておきます。 続いてお伺いしますが、あなたは全日空の大株主になられたわけでありますけれども、これは昭和四十五年の三月三十一日で見ますと、四十四年までは株主順位五十位までには入ってなかったわけですが、このときに十万四千三百株で二十八位になっておられます。その次の四十六年は三十七万株、そして個人で筆頭株主になっておられるわけです。それから以後、先ほど言われた、現在では千百万株というふうになっておる。この四十五年に、急に株式を取得されることになるわけですね。五十位以下——なかったのかどうかわかりませんけれども、五十位以下であった。それが二十八位になり、その次にすぐに第九位、個人では第一位と、こうなったわけでありますが、ちょうどこの四十五年の一月十五日に児玉譽士夫氏がロッキードとあのいわゆるコンサルタント契約をやったときなんです。これは符合しているわけなんです。そういう点で、なぜ、このときに急にふやされるようになったのか、お伺いしたいと思います。
○小佐野証人 それは、割引券の関係で名前を社内へ散らしておいたのを一本化したんじゃないかと思うのですけれども……。
○東中委員 社内で散らしておったとおっしゃいましたが、これは個人株でございますね。国際興業で株を持っておられるのではなくて、小佐野賢治氏個人の株がずっと下から急に上がってきて、四十五年、四十六年というふうに上がってきたということを言っているのです。
○小佐野証人 わかりました。それは国際興業株式会社の所有でございますけれども、名前だけは小佐野賢治となっておるのです。ですから、大蔵省の有価証券取引上の報告書を見ていただけばわかりますけれども、国際興業の財産に全部載っております。
○東中委員 私は目的をお聞きしたのでありますが、時間がございませんので、次に移ります。 あなたは、前田中総理の刎頸の友、越山会の後援をしておられることは天下周知でございますが、そのほかに政治家に政治献金をしておられますが、その政治家の、いま思い出すことを言っていただきたいのですが……。あなたがコーチャンの言っているような政界に対する影響力をどれだけ持っているかということについての質問でございます。
○小佐野証人 いま、だれに幾らどういう政治献金をしているかというようなことは、私は記憶がございません。
○東中委員 それも、それでは記憶を明らかにして、これはわかることでありますから、お知らせ願いたいと思います。 昭和四十七年、ちょうどPXLについての国産かどうかということで大問題になっておったときでありますが、その当時のこれは国防会議の問題であります、白紙還元になったという。このときに、当時の防衛庁長官であった増原恵吉氏に三千万円の政治献金を突然やられておるというのが、自治省の登録を調べた結果出ておるわけでありますが、こういう経緯をお聞かせ願いたい。
○小佐野証人 増原防衛庁長官に私の方で三千万円出しているということでございますか。
○東中委員 四十七年。
○小佐野証人 ですから、それは私の方で出しているということでございましょうか。
○東中委員 逆に質問されるとは恐縮でございますが、あなた個人ではありませんけれども、あなたが実権を持っていらっしゃる、これはこの場合は日本電建ですね、岳陽会に出されておるようであります。
○小佐野証人 四十七——私は全然そんなことはないと思いますけど。
○東中委員 あなたは、ないと思われる。しかし、自治省の届けには、増原恵吉さんの関係する政治団体である岳陽会に三千万の献金の届けが出ております。これも非常に客観的に私たちの調査しているのと違うわけですから、これもお調べを願って、ぜひ明らかにしていただきたい、こう思います。 最後に、時間がございませんので、先ほども問題になりましたホノルルでの田中・ニクソン会談、昭和四十七年の八月三十一日、九月一日、この会議のときに、あなたはホノルルにおられたというのですが、いつ行かれましたか。
○小佐野証人 田中総理が出られる一日ぐらい前に、私はホノルルへ行ったんじゃないかと思うのですが。
○東中委員 非常にあわただしく行かれたように聞いておるのですが、御一緒された方はどなたでございますか。
○小佐野証人 私と一緒に行かれたのは、浜田先生が行かれたのじゃないかと思うのですけれども。
○東中委員 昭和四十七年八月二十九日のJAL〇七二便、これであなたが行かれたわけですが、あなたの国際興業の広瀬さんと、そして浜田幸一さん、児玉さんともあなたとも非常にごじっこんの浜田幸一さんが一緒に行かれた。こういうことでありますが、そのほかに丸紅の社員が二人、一緒であったではございませんか。
○小佐野証人 それは全然私にはわかりません。
○東中委員 この丸紅の社員、私たちの調べでは機械課の関係の人と総務課の人でありますが、お二人と同じJAL〇七二便でホノルルへ向かって出国をされております。メンバーがそろうわけであります。 そういう点で、そして先ほどの御証言でございましたように、ハワイでは、あなたの経営されておるサーフライダーホテルに総理がお泊まりになった。そのとき田中・ニクソン会談で、鶴見・インガソル会談というのがあって、そこで取り決めが合意がされたのであります。日本政府は、L一 〇一一トライスターなど、いわゆるエアバスの購入問題について、この契約が「締結され次第、これら航空機の購入を容易ならしめる意向である。」ということがこの文書に出ておるわけでありますが、あなたも航空界に対して非常な関心を持っていらっしゃるわけで、そして、その航空界の機種選定についていろいろな関係が論議されておるわけであります。そして、この田中・ニクソン会談でもそれが出てきている。そして、いま計画されている、たとえば、あなたの方の場合で言えば、トライスターを入れるか入れぬかということについて、契約ができたらそれを進めるように保証するという取り決めが、わざわざなされたということであります。そういう中での丸紅の人たち、あるいはその他の人たちが一緒にあなたのホテルへ行かれた。こういう関係ですが、そういう内容を御存じでございますか。
○小佐野証人 全然、知りません。
○東中委員 時間でございますので。
○荒舩委員長 これにて東中君の発言は終了いたしました。 次に坂井弘一君。
○坂井委員 順次お尋ねをいたしますが、お答えは、ひとつ簡明にお願いしたいと思います。 小佐野さん、あなたは大変多くの政治家をよく御存じなようでございます。先ほどもお尋ねがございましたけれども、あなたが政治献金をされておる政治家もしくは政治団体、おありと思いますが、そういうたぐいの献金はございますか。
○小佐野証人 多少はあると思います。
○坂井委員 あなたの記憶の中にある、はっきりしたものを、ここでお答えできるものがあれば、お答えをいただきたい。
○小佐野証人 いま、ここでは記憶はございません。(笑声、発言する者あり)
○荒舩委員長 御静粛に願います。
○坂井委員 では、このお尋ねにつきましては、後ほど資料として一覧表として、ひとつ御提出をいただくということで実はお願いしたいわけでございますが、いまは直ちにお答えできないということでございます。それでは、政治家以外に、あなたが献金された政治団体ございますか。
○小佐野証人 政治団体といいますと、たとえば何々会とか、そういうことでございましょうか。
○坂井委員 そうです。
○小佐野証人 あるかと思いますけれども、私いま、ちょっと記憶がないのでありますけど。
○坂井委員 では、御参考までに一つだけ申し上げておきましょう。あなたが先生と申されました児玉さん。児玉さんは政治団体をお持ちであります。日本政治資料調査会、それから交風倶楽部、ここに、あなたの方と申しましょうか、国際興業から献金がございます。お調べになってください。
○小佐野証人 はい。
○坂井委員 ほかに、児玉氏とあなたの関係で特に御記憶になる関係、具体的な関係はおありでしょうか。
○小佐野証人 私と児玉先生の関係でございますか。それは、私はいまから十何年ほど前に、亡くなられた正木先生の紹介で知りまして、それ以来おつき合い願っているだけでございます。
○坂井委員 では、しぼりまして、ホテル経営に関しまして御関係はございませんか。
○小佐野証人 ないと思いますが……。
○坂井委員 お答えはできないかと思いますので、お調べになってください。後ほど御回答をいただきたいと思います。 コーチャン氏の話に返りますが、あなたはコーチャン氏と一緒に日本航空、全日空、東亜国内航空、この航空三社いずれかにお行きになったことはございませんか。あるいは、その関係者とお会いになったことはございませんか。
○小佐野証人 記憶がありません。
○坂井委員 全くないと、ここで断言できるでしょうか。
○小佐野証人 記憶はございません。
○坂井委員 会ったかもわからないという含みを持った御答弁でしょうか。話の内容については、まだ触れておりません。会ったか会わないかということについて、少なくとも記憶の中にはあるはずでありますから、お答えをいただきたい、こういうことであります。
○小佐野証人 いや、全く私は記憶ありません。
○坂井委員 東亜国内航空の関係者とお会いになりませんか。
○小佐野証人 記憶がありませんが。
○坂井委員 お答えございませんので、この問題につきましても、後ほど、このことについては、はっきりいたしたいと思います。 問題を変えます。 あなたは金浦空港にハワイからお立ち寄りになりました。先ほどの質問の中で出ました。その際に、大韓航空もしくは韓進商事あるいは韓国の関係者と、あなたはお会いになりましたか。
○小佐野証人 会いました。
○坂井委員 会った人はだれですか。
○小佐野証人 大韓航空の社長と会いました。
○坂井委員 大韓航空の社長趙重勲氏。あなたは大韓航空の株を九・九%お持ちになる筆頭株主であります。確認をいただきたいと思います。
○小佐野証人 私の方で九・九%持っております。
○坂井委員 本論に入ります。 趙社長とは、どういうお話をされましたか。
○小佐野証人 別に、これという話はいたしません。ただ、羽田が混雑するから大阪経由で帰りたいからと言って、趙社長が送ってきてくれました。
○坂井委員 今回、問題になっておりますロッキード献金事件、これに関する話は一切ございませんでしたか。
○小佐野証人 一切ございません。
○坂井委員 あなたは、ロッキード社が児玉氏と交わしました第三次改定合意書、つまり大韓航空に対するトライスターの売り込み契約、このことについて御存じになったのはいつですか。
○小佐野証人 おとといぐらいのテレビか何かで、私もわかったのです。
○坂井委員 大韓航空の社長趙重勲氏は韓進商事の会長ですか。
○小佐野証人 会長か社長か、ちょっと私にはわからないのですけれども、その点は。
○坂井委員 韓進商事の株を、あなたはお持ちになりますか、なりませんか。
○小佐野証人 韓進商事の株は持っておりません。
○坂井委員 あなた自身以外、あなたの関係者でお持ちにはなりませんか。
○小佐野証人 韓国——航空の方でございますか。(坂井委員「商事」と呼ぶ)商事の方は持っておりません。
○坂井委員 実は私の手元に、日韓政財界関係図解がここにございます。綿密に図解されたものであります。かなり詳細に私はこれを研究いたしました。検討を加えました。その間、これで知り得ましたことは、あなたと、これから問題になるでありましょうところの大韓航空、さらに韓進商事、この関係の中で、日本の商社グループ、これらが相関的に、どう結びつくかということを克明に図解したものであります。私は、これをいま直ちに、この人的なつながり、さらに、この人的なつながりの中から起こり得る、あるいは起こり得るであろう今回の一連のロッキード献金事件。このことの真相の究明をしたいというわけで、実はきょう、あなたにお尋ねいたしておりますことは、ます、その手がかりとなり得る大韓航空、これは御答弁ちょうだいいたしましたとおり、あなたが筆頭株主で九・九%お持ちである。さらに韓進商事、親会社であります、御承知のとおり。いずれも趙さんであります。趙さんとあなたは帰路、金浦空港において会われた。ここで一体どういう話が交わされたのか。いま、あなたは、ロッキード事件に対しては一切関係がない、こういう証言でございますが、このようなことで果たしてだれもが納得のいくものではない。このことを私はいま、この場であなたに証言を求めても、そのことについては一切関知していない、話し合いはしていないということでございますから、この場においては、あえて、そのことについては深くは入りません。ただし、この内容については、いかなる話し合いがされたかということについて、私はあなたから重ねて証言を求めたい、こう思っております。 時間がございませんので、さらに一点、お尋ねをいたします。 あなたは三和銀行と取引がございますか。
○小佐野証人 あります。
○坂井委員 村野前頭取とは非常にじっこんの間柄でございましょうか。
○小佐野証人 いろいろ御指導いただいております。
○坂井委員 ある記事でございますが、あなたは三和銀行にSMという架空名義で二百億円の隠し金を持っていた。これが四十七年七月の自民党総裁選、つまり、このときには田中総裁が誕生するわけでございますけれども、相当減ってしまった、こう言われておりますが、このことは事実でございますか。
○小佐野証人 全然そんなことはございません。
○坂井委員 これは、私は風聞によって申し上げたのではございません。活字でございます。事実でないと言うのならば、事実でないことを、あなたは反論される御用意がございますか、何かの具体的な方法をもって。
○小佐野証人 あります。
○坂井委員 村野さんはなぜ突然頭取をおやめになったのでしょうか。あなたは、そのいきさつについて御存じでしょうか。
○小佐野証人 銀行部内のことでございますから、われわれが関与すべきことではありませんから、私は、その人事についてはわかりません。
○坂井委員 もう一点、確認だけをしておきたいと思いますが、あなたは日本航空の株の保有は二・四%、個人筆頭株主で取締役。全日空は一・九%で第六位、社賓。東亜国内航空につきましては実弟の小佐野栄氏の名義で一%弱、これは取締役。こういうことでございますか。確認だけで結構でございます。
○小佐野証人 そのとおりだと思います。
○坂井委員 最初に戻りますけれども、あなたがコーチャン氏と会われた一番最初の日、いつか。御記憶があれば、おっしゃっていただきたい。 それから、もう一つ。何回お会いになりましたか。
○小佐野証人 日にち、その他はよく覚えておりません。 会ったのは二、三回だと記憶しております。
○坂井委員 その際、コーチャン氏から、あなたに対してトライスター売り込みの話が持ちかけられた、先ほどあなたの証言のとおりであります。しかし、それを聞き流した、こうおっしゃっておる。それから、あなた自身が聞かれた、コーチャン氏から依頼された件につきまして、あなたの口から第三者、つまり、だれでも結構であります、そのことについて話をされたことはございますか。
○小佐野証人 別にありません。
○坂井委員 それでは、コーチャン氏のそうした要請につきましては、一切あなたが胸の中にしまって聞き流した、だれにも言っていない、こういうことでございますか。
○小佐野証人 そのとおりでございます。
○坂井委員 もし、あなたから、そのようなことを聞いたという人があらわれたときには、あなたは、どういう責任をおとりになりますか。
○小佐野証人 別に私は、そうしたコーチャンに頼まれたということで話したことはありません。
○坂井委員 そこを正確にしてください。コーチャン氏から頼まれたということでもって、他に漏らしたことはない。それは、そのまま聞きましょう。コーチャン氏を、この際は外しましょう。コーチャン氏から頼まれたということは別といたしまして、あなた自身の立場で話をされたことはございませんか。
○小佐野証人 ないと思いますが、私も記憶はないのですが。
○坂井委員 結構でございます。
○荒舩委員長 これにて坂井君の発言は終了いたしました。 次に河村勝君。
○河村委員 いまも話が出ましたけれども、コーチャン氏とあなたがお会いになったときに、コーチャンに対する応対について委員長から最初に質問がありまして、後で東中氏からまた質問がありました。委員長の質問に対しては、コーチャン氏からトライスターを全日空に売り込むことについての工作を依頼されたが聞き流した、と委員長の質問にはそうおっしゃいました。それから東中氏の質問に対しては、わかりましたと言ったが、それについて何もしなかったと、こうおっしゃっているのですね。 これは、聞き流したということと、わかりましたと言ったがそれについて何もしなかったということは、証言の内容に非常に大きな違いがあるのです。おわかりでしょうか。
○小佐野証人 わかりました。私は聞き流しておきました。
○河村委員 しかし、後に述べられたことは、やはり証人としておっしゃったのですね。それで、委員長のときには、ただ聞き流したとおっしゃった。しかし、後の場合には、より詳しく、わかりましたと言ったが、しかし、何もしなかったとおっしゃったので、それをすぐいまここでもって取り消されるというのは、少しおかしいと私は思うし、一般にもそうだと思いますが、いかがでございますか。——いま言われたことが、すぐ取り消されるようでは困るのでありまして、わかりましたと言ったが、何もしなかったということは、日本語でこれはよく翻訳の場合には食い違う場合がございますが、わかりましたというのは、わかったと、こう胸をたたくことですね。だから相手は、これは約束ができたと理解するのが当然ですね。そうですね。 そういうようないきさつであったのですか。
○小佐野証人 私としては、まあどういうことか、頼まれたのかどうか、聞き流して……。聞き流したということで、しょうがないと思うのですがね。
○河村委員 聞き流すというのは、しかし、わかったとか、ほうほうと言ったとか、その辺は私は非常に違うと思うのですね。 しかし、確かにあなたはさっき、わかりましたとおっしゃったのですね。 そうすると、やはり一応内容もわかったし、了解した、というのが日本語としての使い方ですね。そうおっしゃったわけでしょう。——これは返事していただかないと困るのです。さっき証言されたばかりのことですから。それに食い違いがあるのですから、これだけは、はっきり御答弁をいただきたいと思います。
○小佐野証人 私は、聞き流したと……。別に向こうへ頼みにも行っていないから、聞き流したということで、あれですわね。(「そこがおかしいんだ」と呼び、その他発言する者あり)
○荒舩委員長 御静粛に願います。
○小佐野証人 聞き流したと私は……。聞き流したということで、それしか仕方がなかったんじゃないかと思うのですがね。
○河村委員 聞き流すといっても、実際は非常にむずかしいことなんですね。何か言わなければなりませんね。向こうが、ぜひ全日空に対する工作を頼む、と言った。それに対して一言も口をきかないということは、これはできないと思いますね。それで、そうとあれば、やはり少なくとも、わかったと言うか、そうでなければ、だめだと言うか、どちらかしかないんで、黙ってほうほうと、こういうわけには私はいかないと思うのですが、その点は、やはり大事な問題ですから、再度お答えをいただきたいと思うのです。
○小佐野証人 まあ機会があったらば話してみよう、ということでございますね。
○河村委員 まあ機会があったならばというにいたしましても、やはりそうすれば、自分のできる限りはやってやろう、そういう機会があったら私からも口添えをしてやろう、あるいは工作をしてやろうと、そういう意味に理解してよろしゅうございますね。
○小佐野証人 はい、そうでございます。
○河村委員 それじゃ、聞き流したのではなくて、やはり緩い約束であれ何であれ、約束をされた、ということになるわけです。 そこで、あなたは、その後二、三回しかお会いになっていないという話なんですが、コーチャン氏の証言では、これはただ何遍か会ったということではなくて、原文では、アイビケーム クワイト ウエル アクニインテッド ウイズと、何回か行っているうちにきわめて親密な関係になったという証言をしてるんですね。そうすると、単なる二、三遍ということとは違うのではないか。この場合、コーチャン氏はあなたに対しては、何といいますか一般的な工作、何といいますか日本の習慣としてなかなか日本人社会に入っていけないので、それに入っていくってを頼んだのだという非常に一般的な表現をしておるわけですね。ですから、そんなに負担をあなたにかけるような言い方をしていない。それで非常に親密な関係になったと、こう言っているわけですね。ですから、証言の中でも、私は非常に信憑性があると思うのですが……。しばしばではなくてかなり、一、二、三回ではなくて、このロッキード問題を別にしましてもかなり親しくおつき合いになっておったというふうに理解できないのでしょうか。
○小佐野証人 それはありません。ほんの二、三回でございます。
○河村委員 これも、最初の委員長の質問では、政財界の人にトライスター売り込みの目的で、それで人を紹介したことはないかという質問であったですね。それに対してあなたは、紹介したことは一切ないと、こうおっしゃつたわけです。それならば、別段トライスターそのものとは関係なしに、政財界の人にコーチャン氏を引き合わせたということは、これはおありになりますか。
○小佐野証人 ありません。
○河村委員 それではひとつ別の問題をお伺いをいたします。 ダグラス社がDC10の売り込みに結局敗退をして、それが四十七年の十月ですね。それの代理店である三井物産が、多分千二百万株ぐらいだと思いますが、四十七年の暮れから八年にかけて東急にその株を全部売却したという事実は御存じですね。
○小佐野証人 ちょっとそれは聞きました。
○河村委員 それでは、その際、それと一つのセットとして東亜国内航空がダグラスのDC9を導入を決定したということは、これも御存じですね。
○小佐野証人 いま動いておることは知っております。導入したことは。知っております。
○河村委員 三井物産は結局DC10の売り込みに失敗をして怒って、ほかの理由もあるかもしれませんが、それで株を売る決心をした。しかし、東急に売るのにはいろんな抵抗があった。そこで小佐野さんがあっせんの労をとられて、それでこの株の売買とDC9の導入、これをまとめられたということを聞いておりますが、そういう事実はございませんか。
○小佐野証人 全然ありません。
○河村委員 以上、終わります。
○荒舩委員長 永末君から関連発言がございます。河村君の持ち時間の範囲でこれを許します。永末英一君。
○永末委員 先ほど証人は、コーチャン氏と会ったときに機会があったら話してみよう、という証言をされました。だれに話してみようとそのときにお考えになりましたか。
○小佐野証人 話すとすれば若狭社長にでも話そうかとも思ったのですが、別に話はしませんでした。
○永末委員 コーチャン氏と最初面談される場合には、あなたの立場からすれば、しかるべき人の紹介がなければお会いになるはずはないと思います。児玉氏から紹介されましたか。
○小佐野証人 児玉先生ではありません。
○永末委員 児玉先生でなければどなたですか。
○小佐野証人 いま記憶がございません。
○永末委員 小佐野さん、手のひらがあって、こちらは明確に知っておるが、こちらはわからぬということはないでしょう。児玉さんを除くことだけはしっかりしておるが、あとはわからぬということがあるでしょうか。児玉さんがなければ、その他の何者かがあなたの頭にあるとわれわれは判断せざるを得ない。明確にお答えを願いたい。
○小佐野証人 児玉先生ではありません。全くいまのところ記憶がありません。
○永末委員 全く記憶がないということは、児玉氏を含めて全然ないというのならないのであるが、全然記憶はないけれども児玉氏だけはないというのは、記憶はあるということですよ、それは心理学上。思い返してください。
○小佐野証人 いや、児玉先生ではありません。(「だれですか」と呼ぶ者あり)いや、全然いま私としても記憶がありません。
○永末委員 いまの証人の答弁にはきわめて不満足ですが、いずれ記憶が戻ることがあろうと思いますから、私はこの件はひとつ機会を得てしっかり思い返していただきたいと思います。 先ほどから児玉氏とのつき合いは普通のつき合いであると言われましたが、それは二人で会食をしたりするつき合いですか。
○小佐野証人 会食は、ほとんどしたことはありません。
○永末委員 電話で話をする、何遍も話をするつき合いですか。
○小佐野証人 いや、それほどではありません。たまに私のところへふらっと、年に何回か訪ねてくる程度でございます。
○永末委員 あなたは児玉氏の政治団体に政治献金をしているだけのつき合いではなくて、いろいろな問題を話しされるつき合いですね。
○小佐野証人 別にこれという問題もありませんから、話もそれほど親しくはしておりません。
○永末委員 四十七年を中心にして児玉氏からロッキードの、この問題に関する話を伺われたことはありますか。
○小佐野証人 別にありません。
○永末委員 別にありませんというのは、全然記憶はないというのか。いろいろな話をした後のことは覚えておるが、これだけはないというのか。どちらでしょう。
○小佐野証人 そういう意味ではありません。ありません。
○永末委員 一年に何回も会われて、その児玉氏が何も用事がないのに、あなたほどの人のところへ来ることはないと思う。だから話題を持って来ておると思うが、その話題について記憶はございませんか。
○小佐野証人 別に話題というよりも、まあふらふらっと先ほども申し上げたとおり遊びに来て、これという用事はなくて、まあお茶でも飲んで帰ると、こういうことでございます。
○永末委員 お茶でも飲んで、お互いに忙しい人だと思いますが、ふらふらっと会って帰るということは、私どもにはなかなか承服できない。しかも、問題が火と燃えておるときに、そういう証言でははなはだ不満足な印象を国民にも与えると思います。あなたは先ほど、児玉氏がロッキードの秘密代理人であることを知らないとおっしゃったけれども、彼がこのことについて働いておったことは客観的に事実であるとわれわれは思っておる。一度もございませんか。
○小佐野証人 ありません。
○荒舩委員長 これにて河村君、永末君の発言は終了いたしました。 以上をもちまして、小佐野証人に対する尋問は一応終了いたしました。 小佐野証人には長時間にわたり、まことにありがとうございました。御退席を願って結構でございますが、あるいは再尋問の場合もあるかもしれません。その場合は二十分以内に出頭できる場所で待機をお願いいたします。退場して結構でございます。 午後一時より再開することといたし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時十分休憩 ————◇————— 午後一時開議
○荒舩委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 証人尋問を続行いたします。 これより若狭証人から証言を求めます。 まず、委員長より所要の事項についてお尋ねをいたします。 あなたは若狭得治君ですか。
○若狭証人 若狭得治でございます。
○荒舩委員長 住所、職業、生年月日をお述べください。
○若狭証人 府中市小柳町三丁目四番地。大正三年十一月十九日生まれ。全日本空輸株式会社社長でございます。
○荒舩委員長 全日空で新しい機種の航空機を導入しようという計画が始まりましたのは何年ごろでございますか。
○若狭証人 昭和四十五年一月から新機種選定準備委員会というものができまして、私が当時委員長をやっておりましたので、この四十五年一月から開始されたと記憶いたしております。
○荒舩委員長 また、それはどういう理由で飛行機の導入をしなければならなくなりましたか。
○若狭証人 当時、ボーイング社の747ジャンボ機がその四十五年の春から、正確に言いますと四十四年の暮れから就航いたしまして、四十五年の春には日本の国内に姿を見せたわけでございます。したがいまして、従来の飛行機に比べてはるかに大量輸送する輸送力を持っておるわけでございまして、航空界は非常に大きな大量輸送時代に突入したという状態でございましたので、わが社におきましても、当時の輸送需要の増加ということを考えながら、できるだけ早い機会にこの大量輸送の状態に対応できるような体制をとるということを社内として考えたわけでございます。
○荒舩委員長 なお、新機種を選ぶために社内に新しい組織というのですか、選定委員会というのですか、そういう組織ができたように聞いておりますが、その名称は何という名称でございましたか。
○若狭証人 新機種選定準備委員会でございます。
○荒舩委員長 その当時、どのような航空機が新しい機種として、候補に幾つか挙がったのでありましょうが、新機種として候補に挙げられたのはどんな名称の飛行機でありましたか。
○若狭証人 先ほど申し上げましたようにボーイング社の747ジャンボ輸送機、それからダグラス社のDC10型輸送機及びロッキード社の一〇一一型輸送機と、この三機種でございます。
○荒舩委員長 そこで、新機種選定委員会がロッキード社のトライスターというのを採用したその経緯、またどうしてそのトライスターが適当であるかというようなことについて、選定委員会ではどんな方法でそれを選ばれたか。こういうことを聞きたいと思うのですが……。
○若狭証人 お答え申し上げます。 新機種選定準備委員会は、各候補機種の具体的なデータについて技術的な検討を行うということが主目的でございまして、その準備委員会で直ちにどの機種がいいというような総体的な評価、いわゆるそういう委員会ではございません。あらゆる技術的な検討の結果をまとめまして、それを社長に報告し、そして社長が担当の役員と相談しながら決定するという仕組みになっておったわけでございます。 当時、先ほど申しました三機種についていろいろ検討したわけでございますが、まず第一に、昭和四十五年、先ほど申しました準備委員会のできました年は、日本におきまして万博があった年でございます。そうしてその夏までは万博のために非常に旅客の需要がふえてまいったわけでございますけれども、万博終了後、旅客が急激に減少いたしました。当時、アメリカにおきましてもやはり経済の、不況の到来というものがございまして、アメリカの航空旅客も減少しておったということがございました。またもう一つは、当時大型機種として最初に就航いたしました747、ボーイング社のジャンボは、初期故障が非常に多いためになかなか就航成績が上がらないという状態でございました。そういういろいろな状態から考えまして、この選定時期をいつにするかという問題について、これも準備委員会で十分いろいろ検討されたわけですけれども、できるだけおくらしてもらいたいというような意見がございました。 それからもう一つは、昭和四十六年の七月三十日に雫石の大事故が起こりまして、そのために世界航空史上かつてないような大量の死傷者が出たわけでございます。百六十二名の方がお亡くなりになったわけでございます。私たちは当時この事故について、その原因がどこにあったかというような問題についていろいろ検討を追られていたことも事実でございますし、また航空の安全についてもう一度根本的に考え直すという事態に迫られたことも事実でございます。そういうことで、そういう関係からいたしまして、どうしてもどの機種導入というものをもう一度延ばして、その間にやはり安全運航の体制について思い切った措置を講じて立て直していこうということを考えまして、これを延ばしてきたような状態でございます。 その間に三機種とも運航を開始するという状態になったわけでございますけれども、ロッキード・トライスターが採用された第一番の理由は、やはり安全性の問題であったと私は記憶いたしております。と申しますのは、ちょうど最終的な選考過程に入ったときに、ちょうど競争相手でありましたダグラス社の飛行機に三回連続して事故が起こるというような問題がございまして、そういう点が非常に大きく作用したかと思います。 それから第二番目は、騒音の問題でございます。ジャンボ、それからDC10、それからロッキード一〇一一というものを比べてみますと、ロッキードのトライスターの騒音が最も低いということが、アメリカの航空当局によって証明されておったわけでございます。そういう意味で、騒音の最も低い飛行機を採用するということが、われわれ航空事業としては環境問題というものを十分考えるという意味でどうしても必要であったというふうに考えておるわけでございます。 さらにもう一つは、DC10のエンジンが、ロッキード・トライスターのエンジンよりも三メートル高いところについております。このために、たとえば大阪空港へこの大型機が入った場合に、ロッキード一〇一一あるいはジャンボの場合には、ブラストフェンスといいまして後流の排気ガスをとめる壁がございますが、それが現状のままで間に合うわけでございますけれども、DC10の場合には非常にそのエンジンが高いところにございますので、この後流が直ちに部落の中まで入ってしまうというような致命的な問題があったわけでございます。そういうようないろいろな点を総合して、結局ロッキード・トライスターに決定せざるを得なかったというのが実情でございます。
○荒舩委員長 そこで、最終的にトライスターに決定した年月日はいつでございますか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 昭和四十七年の十月三十日であったように記憶いたしております。
○荒舩委員長 あなたは小佐野賢治君という人を知っておりますか。
○若狭証人 承知いたしております。
○荒舩委員長 そこで、小佐野君は全日空の大株主であり、社賓ということですが、新機種の選定に当たって、あなたは小佐野君からどの機種を選ぶべきというような推薦を受けたとか、あるいはどの機種が悪いというような意見を聞かれたとか、そういうようなことについてあなたの知り得る範囲の内容をお話しを願いたいと思います。
○若狭証人 お答え申し上げます。 小佐野賢治さんは全日空の個人の株主としては一番大きい株主でございますけれども、当時売り込みの競争をいたしておりましたのは、たとえばDC10につきましては、これは三井物産がむしろ全日空としては三番目の大株主でございます。また三井物産の関係の方も現役の役員としてお入りになっておいでになったわけでございまして、大株主であるからどうのこうのということは全くわれわれ考えたことはございません。 それからまた、ロッキードがいいとかダグラスがいいとかというような話を小佐野さんから聞いたという記憶は全くございません。恐らく小佐野さんは、どの飛行機がいいとか悪いとかということを御判定なさるだけの技術的な知識をお持ちになっておったとは私には理解できませんし、そういうことを聞いたことは一度もございません。
○荒舩委員長 そこで、アメリカの委員会においていろいろな発言がありました。ロッキードのコーチャンという人が、いかにも、全日空にトライスターを売り込んだ問題については、小佐野氏の非常なあっせんの力が大きかったとかいうふうに証言をされておるようでありますが、小佐野氏からロッキードのトライスターが適当であるというような推薦はただの一度もありませんでしたか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 小佐野さんからそういうお話は一度も承ったことはございません。 そもそも新機種の選定という問題につきましては、これは社運をかけた問題でございます。同時に、私たちは年間千五百万の方々を輸送いたしておるわけでございますが、その方々の生命の安全に関する問題でございます。そういう問題について外部から何らかの示唆があるとかあるいはお願いがあるとかということを私たちは聞こうとは全く思っておりませんし、現実にそういうようなお願いというものは一度も聞いたことはございません。 私は常々、この機種選定につきましては、社内の総意によって、技術的な真剣な検討をやってもらいたい、外部から何らかの圧力があるとかあるいは何かあれば、それを受けとめるのは私の責任であるということは常々申しておりました。たとえ何がありましても私は一切受け付けないつもりでございましたけれども、ただいまお聞きの小佐野さんに関しては一切のそういう問題はございません。もちろん、コーチャンであるとか、あるいは物産であるとかあるいは丸紅の人であるとかという、直接の売買に関係した人たちのお話は何回となく伺っておりますけれども、それ以外の第三者、関係のない方々の御意見というものは一度も伺ったことはございません。
○荒舩委員長 児玉譽士夫という人物を知っておりますか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 私はお顔を拝見したこともございませんし、電話で声をお聞きしたこともございません。
○荒舩委員長 トライスターの購入について、新聞等にいろんな風評が出ておりますが、政府高官あるいは政治家からの、トライスターを買ったらどうかというような推薦等がありましたか、ありませんか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 先ほど申しましたように、そういう事実は一回もございません。
○荒舩委員長 去る六日米国上院外交委員会の多国籍企業小委員会の公聴会において、ロッキード社のコーチャン氏は、航空機一機を売るごとに一定の広報用経費、いわゆるマージンというのですか、あるいは何というのですか、訳すと広報用経費という言葉になると思うのですが、そういうものを提供するというような話がありましたか、ありませんか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 広報用経費というものの性格が明確でございませんけれども、航空機を購入する場合には、そのPRを行う、宣伝を行うための経費について、メーカーからやはり一定の金額を提供して、一緒になってPRをするというような習慣が一般に行われております。しかし、これは契約の中で正規に取り決められて、正規の領収証を出して、その契約の一部分として行っておるわけでございますので、そういうものは契約の中に含まれておるわけでございます。それ以外のものは何らわれわれの記憶にはございませんし、そういうものはあり得るはずはございません。
○荒舩委員長 そういたしますと、ロッキード社から何機買うから一機分幾らというようなことで金が来ているというような風評がありましたが、そういうこととは違いますか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 広告費は、先ほど申しましたように、大体、新しい飛行機が初めて登場する場合にその契約によって決定されるべきものであって、一機について幾らというような広告費の協力というものは私はあり得ないだろうと思います。この点は契約を正確に検査してみませんと何とも申し上げられませんけれども、その契約の中に出てくるものは、当初の飛行を実施する以前に、そのときに広告費としてロッキード社から全日空へ繰り入れられるというものは当然あり得るだろうと思います。しかし、その後において一機ごとに幾らというような契約は恐らくないだろうというふうに私は考えております。
○荒舩委員長 そこは非常に肝心なところで、ないだろうと思いますと——あなたは社長さんですから、なかったのならなかった、あったのならあったと、こうおっしゃっていただかないと疑義を持たれるような気がしますが、そこをはっきり御答弁願います。
○若狭証人 私の申し上げておりますのは、契約書の中に明確に書かれているものは恐らくないと私は思いますが、それ以外のものは全くございませんということを申し上げているわけでございます。
○荒舩委員長 そうすると、コーチャン氏は全日空に対して広報用の金が支払われているという疑いを持たれるような発言をしておったようですが、そういう事実は全くありませんな。ありますか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 そういう事実は全くございません。
○荒舩委員長 以上をもちまして、私からお尋ねすることは終わりました。 次に、委員から発言の申し出がありますので、それを持ち時間の範囲で許します。塩谷一夫君。
○塩谷委員 最初に委員長にお願いいたします。 午前中の小佐野氏の質問のときに、社会党、公明党の質問者から、小佐野氏がハワイにおりましたときにハワイに渡った国会議員の名前等が出て、それを知っているか、知らないかという質問がございました。これはその名前が言いっ放しでありますと、いかにも本事件の疑惑の中にそれらの国会議員が包まれ、また関係しているかのように受け取られる節があります。したがって、これらの提供された資料は間違いないと思いますが、おのおの目的を持って行ったものと思いますので、委員長におかれてはその点を後刻はっきりとお調べいただいて、全然関係のないものであったり、あるいはプライバシーのものであったならばその点は調べてもらうというようなことも要望いたしておきたいと思います。
○荒舩委員長 わかりました。その点は、こういう目的を持ってハワイに行っておったとか、また行ったとかというようなことを理事会の方へ名前の出た人からお届けを願うことにいたします。(「公明党は言ってないぞ」と呼ぶ者あり)公明党は言ってないそうですから……。
○塩谷委員 公明党は、何か丸紅の女性が入っておったと思いましたが、あるいはプライベートの問題であるかもしれない。そういうことであります。 質問に入ります。(発言する者あり)
○荒舩委員長 静粛に願います。
○塩谷委員 いわゆるエアバスの導入は、全日空にとってはいまお話がありましたように社運をかけた大きな事業であった。そのために昭和四十五年一月、新機種選定委員会が設定されているとのことでありますが、これは新機種選定準備委員会が正式な名前でありますか、新機種選定委員会が正式な名前でありますか、お尋ねいたします。
○若狭証人 お答え申し上げます。 新機種選定準備委員会というのが正式な名前でございます。
○塩谷委員 その年の二月には全日空エアバス調査団が訪米しております。しかし、社としても非常に重大なときに、社長が大庭氏から若狭さん、あなたにかわっております。当時これはどのような理由からだったか、お答えいただきたい。
○若狭証人 お答え申し上げます。 当時、全日空社内に特別な融資の問題というものが出ておりまして、これについていろいろ世間を騒がせたということを大庭社長が言われまして、その責任をとって自分はやめさせてもらいたいというようなお話がございまして、そしてこの五月末の株主総会でおやめになったわけでございます。これはエアバスの選定とは全く無関係の問題でございます。
○塩谷委員 全く無関係とは言いますが、世間を騒がせたようなことというのはどういうようなことでございますか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 巨額の融資をしたいという申し込みをされたということでございます。それは実態が非常に明確でございません、そういう金融ブローカーに対して融資の申し込みをしたということでございまして、それが全く間違っておったということが後に証明されまして、そしてそういうことによって世間を騒がせたということについての責任をおとりになったわけでございます。
○塩谷委員 そうしますと、全く金融の問題であって、この機種選定に当たって委員会が設置されて、その一ヵ月以内の出来事でありますね。それには全然関係がない。そのことははっきりしておりますか。
○若狭証人 機種選定とは全く関係のないことでございます。
○塩谷委員 機種選定に当たって、丸紅及びロッキード社から具体的にどのような働きかけがあったのか。きわめて具体的にお答えをいただきたい。
○若狭証人 お答えを申し上げます。 ロッキード及び丸紅は、ロッキード一〇一一の売り込みのために何回となく全日空へ参りまして、もちろんコーチャン社長以下いろいろな技術陣の方々もおいでになって、何回となく説明をしておいでになりました。これは何もロッキードだけでございませんで、ダグラスにつきましてもあるいはボーイング社についても、社内の各部門ですね、整備関係あるいはパイロットの運航関係あるいは地上の取り扱いをする関係、それから営業関係、いろいろなそれぞれのセクションについて多数の人がかわりばんこに来て説明をしておるというのが現状でございます。そういう実情でございました。
○塩谷委員 あなたは昭和四十七年の秋に、当時の田中総理とお会いになりました。これは記録にあるようであります。何月何日ごろ、どこでどういう形でお会いになりましたか。
○若狭証人 田中総理とは恐らく十月の二十日過ぎではないかと思いますが、実はいつも総理がおかわりになりますと、国内線その他におきまして総理に飛行機を使っていただいているわけでございますので、そのお礼あるいは今後ともよろしくというような問題がございます。また当時、中国フライト等にも全日空の飛行機を何回も御利用いただいたというような問題もございまして、そのお礼の意味を含めた表敬訪問でございます。ただ、総理の御日程が非常に御多忙であったために、たまたまそういう十月の末というような事態になったというように記憶いたしております。
○塩谷委員 そのほか田中総理と特別な機会を得てお会いになったことはありませんか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 それ以外に田中総理とお会いしたということは全くございません。
○塩谷委員 昭和四十七年の九月一日に、ホノルルにおける鶴見・インガソルの会談の内容が発表されております。その中に、日本の民間航空会社は米国から約三億二千万ドル相当の大型機を含む民間航空機の購入を計画中であり、日本政府はこれらの航空機の輸入を容易ならしめる意向であるとの趣旨の内容が発表されております。 このことは当然あなたは御存じだと思います。このことについて政府筋と協議したことがありますか。ありましたら、その内容をあなたはどう理解しておられたか、お聞かせいただきたい。
○若狭証人 私は面接政府当局とこの問題について協議したことはございませんけれども、私の部下が政府といろいろコンタクトしておったと思います。 と申しますのは、大型機の導入を日本航空と相談の上で、昭和四十九年四月から国内線に導入したいということを相談して決めておったわけでございます。したがって、四十九年四月に導入するとすれば、四十七年の秋にはどうしても決定しなければならぬという状態でございましたので、大型機の導入ということは日本航空もわれわれも早急にその機種を決定して、そうしていまお話のございましたような輸出入銀行の金融によって導入するということを考えるわけでございますので、そういう点について、われわれとしては導入するとすれば何機ぐらい導入したいということで運輸省にお願いしておったと思います。ただ、私自身は直接折衝の衝に当たっておりませんので、明確なことは申し上げることはできないわけでございます。
○塩谷委員 もう一度確認しておきたいと思いますが、田中総理と会った際に、総理からはロッキード社のトライスターを全日空で採用してほしいというような要請は全然ありませんでしたか。
○若狭証人 お答え申します。 総理からロッキード・トライスターを買ってもらいたいというような話は全くございません。その点はっきり申し上げておきたいと思います。
○塩谷委員 先ほど委員長の質問にもありましたが、児玉氏を知っておりますか。
○若狭証人 児玉さんは全く私は面識がございません。
○塩谷委員 新機種選定に当たって、あなたに対して児玉氏からトライスターを採用するようにという何らかの方法で働きかけがあったかどうか。俗に言う圧力的なものがあったかどうか。そのいずれにしましてもそういう交渉があったか、それを伺いたい。
○若狭証人 お答え申し上げます。 私は児玉さん御自身は全く面識がございませんし、また電話を聞いたこともないということを先ほど申し上げました。 また、児玉さんの代理人と、あるいは児玉さんから言われたというようなことで何らかの関係で、あるいはそういうことを思わせるような方からロッキードを買ってもらいたいという話は一度も聞いたことございません。明確に申し上げておきたいと思います。
○塩谷委員 あなたは小佐野氏を知っておられるというお話でありますが、これは当然だと思います。 社賓という会社の地位を説明していただきたい。
○若狭証人 社賓というものは何であるかという御質問でございますが、これは会社と非常に関係の深い方でございまして、たとえば会社の創立に非常に尽力された方々であるとか、あるいはその後も会社のためにいろいろ御忠言をいただく、あるいは御指導をいただくという方々を社賓といたしておりまして、現在十数名社賓としてお願いいたしておるかと思います。
○塩谷委員 相当影響力のある資格といいますか存在だと思いますが、機種選定に当たってこれまた全く影響はなかったかどうか。先ほど小佐野氏は技術的には余り詳しくない人だという話でありましたが、何といっても航空界については、航空界の王者とまで言われておるわけでありますから、必ずしも技術だけでなくて、機種選定にはいろいろの要素を持ちますから、その点について全くこれは関与しなかったかどうか。また社賓という地位を利用してのいわゆる話しかけはなかったかどうか。その点をお伺いいたします。
○若狭証人 お答え申し上げます。 航空界でいろいろな会社に関係しておいでになるということを聞いておりますけれども、私たちはそういう問題よりも航空機自体の技術的な究明ということを第一義にいたしております。先ほどから申しておりますように、安全性の確保というものは第一の問題でございます。それから第二は社会環境への順応、つまりいかに低騒音であるかということが第二の問題でございます。それから第三の問題は経済性の問題でございます。こういう点について小佐野さんが御承知であるというふうには私は全く思いませんけれども、そういういまおっしゃいましたようなトライスターを購入してはどうかというようなお話は一度も聞いたことはございません。 なお、会社の内部のことを申しますと、当時競争相手として非常に売り込みの競争をしておりましたDC10につきましては、むしろ先ほど申しましたように、三井物産が第三位の株主でございます。株式関係からだけを言いますと、そういう問題もございます。したがって、むしろ株主であるからどうのこうのというようなことはわれわれは考えてもおりませんし、また現実問題としてそういうような圧力というようなものは全くわれわれ気づいたことはございません。
○塩谷委員 小佐野氏にしましても、あるいは児玉氏にしましても、そういう点から言うと、技術的にはほとんど素養がない、したがって、機種選定に当たっては口をはさむ余地がない存在だと思います。 しかし、現実にはロッキード社からとにかくトライスターの売り込みに当たっては相当な工作資金が出ているということをコーチャン・ロッキードの副会長は証言をしております。こういう点についてあなたは、児玉氏の、それでは機種選定ないしは売り込みに当たってコーチャンが言うような影響力並びに非常な力をかりたということについてどう思われますか。 〔委員長退席、正示委員長代理着席〕
○若狭証人 お答え申し上げます。 率直に私の感想を言わしていただきますれば、全くむだなことをなさったというふうに私は思います。新機種の選定というものは、たびたび申し上げておりますように、全く技術的な問題で決定すべきものでございまして、そういうような、金を使って何かそれを動かす、それでもって会社の中を動かすというようなことは絶対にあり得ないことだと私は思います。一万人の従業員がおりますが、その人たちが、社運をかけた問題であるということで、三年間の長きにわたって検討に検討を重ねてきた結果選定したことでございます。したがいまして、今日におきましても、私はロッキードを選定したということは絶対に正しかったというふうに思っております。それにもかかわらず、あのようなむだなことをやった、また汚いことをやったということについて、何とも申し上げようのないくらいふんまんを持っております。
○塩谷委員 そこで、去る二月五日の夜、あなたは新聞記者会見で、トライスター導入問題について、むしろボーイング社やあるいはダグラス社が日本の政治家を使って強力に売り込んだということを話されたことを新聞に報道しておりますが、このような事実というものを御存じの上で発表なさったのですか。
○若狭証人 お答え申し上げます。 そのような記事が出ましたことを私も後で読みまして非常に驚いたわけでございますが、私は、ロッキード社から政治家を使うとかあるいは何か他の人を使って圧力をかけるというような事実は全くございませんでした、もし仮にあったとすればロッキード以外のところであったかもしれない、というようなことを申し上げたというように記憶いたしております。それは私は大変言葉が足りなかったと申しますか、大変誤解を招いたというような点があったかと思いまして、まことに申しわけないというように考えておりますけれども、ロッキードだけではなしに、それ以外のところからも、この飛行機を買ってもらいたいというような圧力をかけられたという事実は全くございません。そのロッキード問題が当時焦点になっておりましたので、ロッキードについては少なくともそういうことは全くなかったんだということを強調する余り、言葉が足りなかったというふうに私は考えておりまして、申しわけないというふうに考えております。
○塩谷委員 現在申しわけないと思っておるということはわかりますが、あのさなかに、日本の政治家を使ってとか、あるいは強力に売り込んできたという言葉が出たことだけは事実でしょう。したがって、われわれはこれは聞き捨てにならない。したがって、あなたが、機種選定に当たっては純然たる技術的な検討をしておると言いながらも、よその会社は政治家を使って強力にやっているんじゃないかなどと言うことば、不謹慎であろうと思います。 それで、こういう事態と同時に、これまた昨夜帰ってこられた佐藤文生代議士からの話でありますが、チャーチ委員会の法律顧問であるレビンソン氏から、機種選定に当たって航空界で工作資金を出すということはかなり常識となっているということである。これはトライスター購入に当たってロッキード社が、あなたの言葉をかりると、でたらめな金を使って、なぜこんなむだなことをしたんだということと多少食い違いがあります。何か航空界には相当なメリットがあって、工作資金というものが常識になっているというようなことを法律顧問が言っておられる。これは民間航空ばかりではない、ほかの政府関係にもそうしたものがあると思われると言っております。 いずれにしましても、あなたは絶対に否定しておりまするが、児玉さんが受け取った工作資金というようなものが存在していることだけは事実だと思うかどうか。これはあくまでもむだで先ほどおっしゃったように、ばかなことをしている、ロッキードはめちゃくちゃだ。その裏を返せば、ロッキードは何をしているかわからぬ会社だとも言い得るわけであります。片や航空界ではそういう常識が通っているのか。その両面を解明していただきたい。
○若狭証人 お答え申し上げます。 航空界ではそういう工作資金を使うことが一般的であるというふうにどなたかおっしゃったそうでございますが、それは他の会社のことは私にはわかりません。しかし、わが社に関する限りは、そういうことは絶対にございません。 それからもう一つ。ロッキード社のやったことが全くむだなことであったということを私は申し上げましたが、それはいまも全く変わっておりません。むだなことというより、大変害悪であったというふうに私は考えております。
○塩谷委員 トライスター購入について、その値段の中にロッキード社から児玉氏への政治工作費が含まれているということだけは明らかにされたわけでしょう。そういう点についてあなたはどんな措置をロッキード社にとったか、その点を聞かしていただきたい。
○若狭証人 そういう問題については、今後次第に明らかになっていくだろうと思いますけれども、いまの段階では、まだそういう断定をする段階ではないだろうと思います。ただ、少なくともこの事件によりまして、トライスターのイメージを悪くしたということについて、ロッキード社の責任というものは非常に大きいというふうに私は思います。この事件のめどがつき次第、このイメージをどうしたら返してもらえるのか。われわれはあくまでロッキードの一〇一一という飛行機が技術的に最も優秀である、騒音は最も少ないのだ、安全性は最もよくできているというようないろいろな点を考えて選定したことが大変世界的にも誤解されておる。これをやはりロッキードとしては責任をもって解決する方向でひとつ考えてもらいたいということは、当然お願いするつもりでおります。ましてむだな金を使ったとすれば、それを価格に上乗せしておるというような問題も当然あり得るでございましょうから、当然そういう点は明確にした上でロッキード社との交渉に当たりたいというふうに考えております。
○塩谷委員 明確にした上でロッキード社との関係をはっきりしたい、これはもちろん結構なことでありますが、コーチャン氏に対する抗議を直ちにする気持ちはありませんか。私どもはいま、あの多国籍小委員会の公述に基づいて大変な疑惑を受けておるわけでありますから、そういう点に対して、当事者として名誉棄損に対してどういう措置を即刻やる意思があるかどうか。何らかの措置をやる意思があるかどうか、それを伺いたい。
○若狭証人 ただいまコーチャンに対してどういうふうな措置をとるかというふうなお話でございましたが、むしろ問題はコーチャンだけではございませんで、ロッキード社全体について、このような間違ったことをしたということが事実でございますれば、しかもそれによって私たちは大変な疑惑を受けた、しかも私たちの大事なトライスターというもののイメージをどろまみれにしたということについて、私は何としても許せない。したがって、この事件が一段落しましたら、その問題をどうするかについて真剣にロッキード社と話し合いたいというふうに考えております。
○塩谷委員 あなたの方の名誉も傷つけられたと同様に、私どもも政府高官とかいろいろの公聴会から出た言葉があります。したがって、この問題は本当に徹底的な究明をして、全日空の名誉もさることながら、われわれもこの名誉を解明しなければなりません。 重ねて伺いますが、一切政府高官とか政治家とは関係ないということを言い切れますか。
○若狭証人 改めて申し上げます。 政府高官その他の圧力は一切受けておりません。明確に申し上げたいと思います。
○塩谷委員 きょう、この場はこれで終わると思いますが、本当に私どもも徹底的にこういった点を究明いたしますので、もう一度重ねて断言していただきます。 〔正示委員長代理退席、委員長着席〕
○若狭証人 そのような圧力によってわれわれが意思を動かすということは全くないことでございますし、また、現実にそういう圧力は全くございませんでした。そういうことを改めて明確に申し上げておきたいと思います。
○塩谷委員 質問を終わりますが、先ほど私が公明党の云々ということを申し上げましたが、これは過ちであったようでありますから取り消さしていただきます。 以上です。
○荒舩委員長 これにて塩谷一夫君の発言は終了いたしました。 次に楢崎弥之助君。
○楢崎委員 社会党の楢崎弥之助です。 先ほど塩谷委員の質問中、全日空に対する政治家の働きかけについて、あなたは否定されました。もう一度、その点は重要ですから、お伺いを重ねていたしておきます。 これは二月七日、毎日の朝刊でありますが、六日の午後のあなたの発言としてこういうことがあなたから述べられておりますね。日本の政治家から、ロッキードにしてくれという圧力はなかったかという記者の問いに対して、「正直いって、四十五年秋までは、有力代議士が「なんとかできないか」とか「いま選定作業はどうなっている」という打診はありました」、こうあなたはおっしゃっておる。一体この有力代議士はだれですか。
○若狭証人 四十五年ごろのお話でございまして、ずいぶん過去のことでございますが、たとえばパーティーの席上でお会いしたり何かするときには、新聞紙上でいろいろ機種選定の問題が出ておりますので、一体どっちになるんだとかというようなことは、もちろんマスコミの方々、雑誌の方々、あるいは私たちの知人あるいは政界の方があったかもしれませんけれども、そういうようなことはそのころまではあったかもしれませんということを申し上げたわけでございます。したがって、どなたがどうのというようなことば私は全くございませんでしたし、そしてまた、そういうことがむしろ全くなかったと言った方がはっきりしていいかと思います。
○楢崎委員 あなたは大変なことを、このとき言ったのですよ。いいですか。そういうパーティーの席上でさらっと聞かれたようなことじゃないのです。記者の質問は、日本の政治家から、ロッキードにしてくれという圧力はなかったかという問いに対して、「正直いって」、あなたは正直に言っている。「正直いって、四十五年秋までは、有力代議士が「なんとかできないか」とか「いま選定作業はどうなっている」とかいう打診があった」と、明確に述べられておるのだ。いまのような答弁ではだめです、これは重要なところですから。一体この有力代議士とはだれなのか。
○若狭証人 それは私の言葉が足りなかったという点があろうかと思います。そういう事実はございません。
○楢崎委員 あなたは別のところでも言っておるのです。いいですか、今度はDC10のところでも言っているのですよ。今度はDC10について五日の夕方の発言です。これはサンケイの六日の朝刊に載っております。記者の問いはこうです。「ダグラス社から政治的圧力はなかったか。」、これが記者の問いであります。あなたのお答えは「日本の政治家から、いろんなかたちでDC10型機を考えてくれよ、といってきた。」。この日本の政治家とはだれですか。
○若狭証人 考えてくれよというようなことを言われた事実はございません。
○楢崎委員 言われたことがないことをあなたは新聞記者にどうして言ったように言ったのですか。
○若狭証人 先ほど申しましたように、ロッキードを買ってもらえないかというようなお話がなかったかというような御質問がございまして、それに対しては、そういうことは全くありませんでした、それで、もし何かあったとすればそれ以外の機種についてあったということを言われるのじゃありませんかということを申し上げただけでございまして、それ以上のことは全く申し上げておりません。
○楢崎委員 いまの御答弁については、大変無責任な発言が含まれておる。この点は、すでに記者会見であなたが述べられておるのですから、いずれわれわれはその点を明確にしたいと思います。そして、もしあなたがこういう、新聞に載っておるのを私は披露しましたが、事実と反する場合はあなたは虚偽の証言をしたことになりますが、それでもよろしゅうございますか。
○若狭証人 よく承知いたしております。
○楢崎委員 DC10の導入について、当時の橋本登美三郎運輸大臣と話されたことがございますか。
○若狭証人 DC10の導入について橋本運輸大臣とお話ししたことは一度もございません。
○楢崎委員 もう一度、よく思い出してください。
○若狭証人 そういう事実はございません。
○楢崎委員 L一〇一一トライスターの点について佐藤孝行代議士から何かお話があったことはございませんか。
○若狭証人 そういう事実は全くございません。
○楢崎委員 佐藤孝行という代議士、御存じですか。
○若狭証人 存じ上げております。
○楢崎委員 どうして知られておりますか。
○若狭証人 運輸政務次官であり、また交通部長もしておいでになりましたので、面識は十分ございます。
○楢崎委員 重ねてお伺いします。面識がある。それで、このトライスターの点について佐藤運輸政務次官と話されたことはありませんか。
○若狭証人 トライスターのことについてという御質問の趣旨はどういうことでございましょうか。お伺いさしていただきたいと思います。
○楢崎委員 トライスターの導入の点についてお話がありましたか。
○若狭証人 トライスターの導入をしてもらいたいというようなお話は一切ございません。
○楢崎委員 どういう話がそれじゃ、あったのですか。
○若狭証人 政務次官当時だと思いますけれども、この大型機の導入をいつにするかという問題を日本航空と話し合っておりました。そういう時期の決定について話し合ったことばあろうかと思います。これは日本航空と一緒でございます。
○楢崎委員 日本航空の名前が出ましたが、その点は後で横路代議士から重ねて質問があるものと思われます。 それで、昭和四十五年二月九日にあなたが団長でこのエアバスの調査にアメリカに行かれましたね。この段階では目標は大体DC10ではなかったのですか。
○若狭証人 当時の状況を申し上げますと、まだDC10は現実問題としてできておりません。もちろんロッキード・トライスターもできておりません。できておったのはジャンボ、ボーイング747だけでございます。したがって、まだそういう予見を持ってどうこうするというような状況ではございませんでした。
○楢崎委員 四十五年二月に行かれて、大体それからそう時間を置かずに、DC10のオプションと申しますか、いわゆる製造ナンバーを二、三機押さえられたという事実はありませんか。
○若狭証人 そういう事実は全くございません。
○楢崎委員 当時はあなたは副社長でありました。では、大庭社長がやられたという事実はありませんか。
○若狭証人 そういう事実も全くないと私は信じております。と申しますのは、大庭社長が御退任になりました後でございますけれども、機種選定を真剣にこれから本格的にやり出そうというときに、三井物産、これはダグラスの代理店をしておりましたが、三井物産の社長以下副社長及び担当常務−社長はもうお亡くなりになっておりますけれども、当時同席しました副社長及び担当常務がおいでになりますが、その人を呼んで、過去にいろいろなことを言われておりますけれども、全日空について何か責任はありましょうか、法律的な責任はありますか、いや、それはありません、それでは道義的な責任はありますか、いや、それももちろんありませんということを確かめております。したがって、私はそういう風評は一部流れたことを知っておりますけれども、現実問題としては何らそういう疑わしい事実はなかったというふうに確信いたしております。
○楢崎委員 そうすると、大庭社長が独断で、あなたにも相談せずにそういうことをなされたということがあるかもしれないとお思いですか。
○若狭証人 私は、そういう事実も恐らくなかったろう、ただ大庭社長としては適当な機材をやはり押さえておきたい、できるだけ早く輸入したいというようなお気持ちは持っておられたのじゃないかというふうに推測はいたします。しかし、現実の行動として何らかの契約をする、たとえばオプション契約をするというような事実は全くなかったということだけは明確でございます。
○楢崎委員 私はここで一つの資料を若狭社長にお見せをいたしたいと思いますが、よろしゅうございますか。
○荒舩委員長 いいです。
○楢崎委員 お見せをいたします資料は、DC10をつくっておりますダグラス社のロングビーチ工場における組み立て仕様なんですね。アセンブリー・アンド・ランプ・ステータス。この中にARAという略語があります。このARAとはエアクラフト・リザーブド・フォー・オール・ニッポン・エアウエーズ(全日空予約機)、つまりARAとはダグラス社における全日空の略語であります。 この中に、ARAの記号の入ったナンバー33及びARAの記号の入ったナンバー29というDC10が押さえられております。ちょっとお見せをいたします。——お見せをいたしましたところ確認をされております。つまりこの事実は、DC10の代理会社である三井物産がすでに少なくともナンバー29、ナンバー33、二機は押さえておるというこれは証拠の資料になります。 さらに、その当時の外国の雑誌でございますけれども、ナンバー29、ナンバー33、そのほかにナンバー47、ナンバー50、ナンバー78、この五機が押さえられておるということがエービェーション・ウイーク誌の二月二十八日号、二十六ページに載せられております。 したがって、三井物産はいわゆる先買いをいたしておったわけです。全日空は必ずDC10を買うに違いない、その確信を三井物産に与えたものは一体何であったか、ここが問題であります。実はそこに有力な政治家が介在しておるという事実があります。だから三井物産は確信を持ってその飛行機を、DC10を押さえておるわけであります。 以下、すでに先買いをされておったDC10からどうして問題のL一〇一一トライスターに選定が移行していったか、その過程については横路委員から関連質問をいたします。
○荒舩委員長 楢崎君の発言に関連して、横路孝弘君。
○横路委員 簡単にお尋ねしていきます。 四十五年の一月九日にその選定委員会を発足させたときは、いつ導入ということを予測してこの選定委員会を出発させたんですか。
○若狭証人 当時は四十七年四月導入ということを一応の目標にいたしておりました。
○横路委員 四十七年四月導入のためには機種をいつ決めなければいけませんか。
○若狭証人 遅くても四十五年秋までには決めなければいけないと思います。
○横路委員 どうしてこれが決定にならなかったのですか、四十五年の秋に。
○若狭証人 先ほどちょっと申し上げましたけれども、四十五年の秋から日本の旅客需要も非常に減少してまいりました。また、アメリカの国内の航空旅客も減少してまいりました。同時に、四十五年の春から日本へやってまいりましたボーイング747が非常に故障続きでございまして、正常な運航がなかなかできないという状態で、大型機の運航については、まだとうていわれわれの方で経済的に運航するような状態になっておらないということを考えまして、これを延期することを社内で検討し出したわけでございます。
○横路委員 四十五年の春以来のジャンボの様子並びに万博のお客さんの状況を見て決めたということですけれども、全日空の四十五年十二月につくられた経営五ヵ年計画、この四十五年十二月の経営五ヵ年計画で四十七年度三機導入、五十年度まで十八機導入ということを決めているじゃありませんか、あなた。
○若狭証人 これは、四十七年四月導入ということを会社としてまだ正式に延期するということを決定してない段階でございます。十二月という段階は。ただ航空機の導入につきましては、整備あるいは運航、たとえばパイロットの訓練、非常に長い準備期間が必要でございますので、計画としては一応そういうことを念頭に置いて、いろんな準備をするようにという意味も含めてそういう計画ができておったと思います。会社としてはその時点ではまだ四十七年四月導入を延期するということを正式に決定いたしておりません。
○横路委員 あなた全然それは説明になってないですよ。四月以来の状況を見て、しかも四十五年のお客さんの動向を見てこれはやめたとおっしゃりながら、四十五年十二月の経営五ヵ年計画の中には、四十七年度導入ということは決められているわけです。したがって、この間にさまざまな働きかけがあったのではないかといろいろ言われておるわけです。 そこで、あなたにお尋ねしますが、昭和四十五年の十二月、ロッキードのコーチャン氏とお会いになったことがありますね。
○若狭証人 明確に記憶いたしておりませんけれども、あるいは会ったかもしれません。
○横路委員 質問を変えます。お会いになったのはいつが初めてですか。
○若狭証人 恐らく、私が調査団長として四十五年二月にアメリカに参りましたときに初めてお会いしたのじゃないかと思います。
○横路委員 社長としてお会いになったのはいつが初めてですか。
○若狭証人 私は五月三十日に社長になっておりますが、その以降であることは間違いないと思いますが、明確な日時は記憶いたしておりません。
○横路委員 四十五年の十二月にコーチャン氏が来日いたしまして、十二月十六日に全日空の皆さん方とお会いになっているわけです。そしてチャーチ委員会の領収証によりますと、児玉氏にこの四十五年の十二月十八日に一千二百万渡されているという事実が明らかにされているわけでありますが、コーチャン氏と会ったのは、これはだれと一緒か。だれの紹介か。そういう点はもう記憶はありませんか。覚えておられませんか。
○若狭証人 私は明確には覚えておりませんが、恐らく、コーチャン当時の社長が私のところへ来られる場合には、代理店である丸紅の紹介によって来られたのだろうと思っております。
○横路委員 四十七年導入ということで四十五年秋に決めなければいけないということになりますと、ともかく四十五年の秋から四十六年の春、皆さん四十六年に第二次の調査団を出していますね。したがって、これはまだ決める意思はあったんだと思うのですよ。違いますか。
○若狭証人 大型機の選定は会社にとっては大変重大な問題でございますので、できるだけ綿密な調査をしていこうということを常に考えておったわけでございます。そういう意味で四十六年は恐らくDC10ができ上がった時点の調査ではないかと思いますけれども、それも含めて調査団を出したのじゃないかと思います。
○横路委員 四十五年、四十六年、とりわけ四十六年はロールスロイスが倒産をして、それに伴ってロッキード社においては一時解雇が六千五百名ほど出ている。とてもじゃないけれども、もしこのときにエアバスを選定するということであればロッキードは落とされる、そういう可能性がこの時期あったと思いますけれども、事実の問題としていかがですか。
○若狭証人 恐らくそのときすぐ決定するということならば、まだロッキード・エアバスは動いておりませんからこれを選定するということは不可能であったと思います。
○横路委員 運輸省サイドでエアバスに消極的な発言が出てきたのはいつごろからですか。
○若狭証人 昭和四十五年万博後の旅客の減少、それから先ほど申しましたように、ジャンボエアバスの運航成績の不良という実績を検討した上でもうしばらく情勢を見て決定する、同時に、国内に導入する場合には日本航空、全日空が同時に導入するという方向を打ち出しておったと思います。
○横路委員 当時の運輸大臣はだれですか。
○若狭証人 四十五年末は橋本登美三郎先生ではないかと思います。
○横路委員 そこで、今度四十七年当時の質問にいたしますけれども、小佐野氏を社賓にしたのはいつですか。
○若狭証人 はっきり日を記憶いたしておりませんけれども、四十六年初めではないかと考えております。
○横路委員 それ以後小佐野氏とは年に何回くらい会う関係ですか。
○若狭証人 一回か二回いろいろなことでお会いする機会はございます。端的に申しますと、航空界のいろいろな問題等もございます。たとえば日本航空あるいは東亜航空、全日空の三社関係の問題もあるでしょうし、あるいは就職のあっせんであるとか、あるいは私の方がマニラでホテルを現在建設中でございますけれども、それが小佐野さんが関係しておられるシェラトンの系列へ入ることになっておりますので、そういう関係のお話し合いは何回かやっているはずでございます。
○横路委員 社賓というのは指導、監督、助言をする地位にあるという先ほどの御証言でございましたけれども、三社との関係というのは日本航空、全日空、東亜国内航空でいろいろ国内の旅客機、国際線の関係をどうするかというような話ですね。
○若狭証人 三社間のいろいろな共同的な問題、たとえばどこの路線にどこが行くというような問題とか、まあそういう細かい問題もございますけれども、そういう問題について助言とかなんとかということじゃなしにお話しするという機会はあったかと思います。
○横路委員 先ほど小佐野氏は証言の中で、コーチャン氏からロッキードのトライスターをぜひ全日空に売ってもらいたいと頼まれた、それを引き受けて機会があればあなたにお話をしようと思っていた、ところがその機会が得られなかった、こういう御証言がありましたけれども、いまの話ですと年に何回か会って、しかも指導、助言を受けて航空界全体の三社の中のいろいろな割り振り、そのほかの問題についてもお話し合いが行われておる——話し合いといいますか指導、助言を受けられておるといいますと、そういう機会は当時あったわけですね。
○若狭証人 まあそれはたとえば……(横路委員「あったかないかでよろしいですよ」と呼ぶ)そういう航空界の問題と申しましても大小さまざまございますから、そういう問題はあろうかと思いますが、ただロッキードについてどうこうというような問題あるいはエアバスの機種はどうこうという問題は全くございません。
○横路委員 小佐野氏の方から、あなたと会う機会があったらお話をしようと思っておったという証言があったのですよ。しかも、いまお話を聞くとそういう機会があったわけでしょう。だから委員長、できればここに小佐野さんを呼ばれて、私はぜひ尋問の機会を得たいと思いますが、いかがですか。
○荒舩委員長 若狭君に質疑を続行してください。——後で理事会で御相談しましょう。
○横路委員 いま直ちにここで問題を解明するのが私はいいと思いますけれども、それでは、日本航空と全日空がいろいろと一緒に相談をしておったという場合に、全日空の側からだれが出て日本航空の側からだれが出たのですか。
○若狭証人 日本航空との協議の場合には担当の取締役、部長クラスの者もございますし、副社長段階の連絡の協議も常にやっております。また、社長同士の連絡もやっております。あらゆる段階におきましてこういう問題は議論いたしております。
○横路委員 機種の選定についてはどうですか。両社で調整を行ったでしょう。
○若狭証人 機種の選定についてもお互いに情報を交換し合うということももちろんあったと思いますが、主体はやはり導入時期をいつにするかという問題について両社で真剣な検討が行われたということでございます。
○横路委員 十月三十日に両社一緒に発表になっていますね。この両社一緒に発表するという調整はだれとだれが行ったのですか。
○若狭証人 それは恐らく担当の役員間で発表の時期を明確にしたと思います。
○横路委員 そのときの日本航空側はだれが出てきましたか。役員間というのはどういうクラスですか。専務クラスですか。常務クラスですか。
○若狭証人 最終的にどの機種にするかということについて、両社で会って意思を決定いたしましたのは、全日空も日航も社長、副社長四者の立ち合いの上で、わが方はロッキード・トライスターにいたします、それから日本航空は747SRにいたしますということを両社でお互いに相手に通報し、確認して、それで共同して一緒に路線に導入しようということを決定したわけでございます。
○横路委員 その両社で会って決定した日付はいつですか。場所はどこですか。
○若狭証人 これは日本航空の役員室でございますが、日付は明確に覚えておりません。
○横路委員 非常にこれは大事な点ですよ、あなた。ロッキードから児玉氏に対するお金は十月の二十日から十月の二十六日の間、この間に合計三億九千五百万渡っているのですよ。そして、あなたが田中さんと会談されたのは十月の二十四日。先ほど何か表敬訪問だというお話でありましたけれども。決定は十月の三十日ということですね。これはいつなんですか。九月なんですか、十月なんですか、八月なんですか。
○若狭証人 これは、外部に発表し、全日空の役員会に付議する直前でございますから、十月の二十八日か九日ごろではないかと思います。まだ——これは記録を調べればすぐわかることでございます。
○横路委員 時間が参りましたので、途中ですけれども……。
○荒舩委員長 これにて楢崎、横路両君の発言は終了いたしました。 次に野間友一君。
○野間委員 共産党の野間友一でございますが、機種の選定に関して、このエアバスを最初に選定する時期を、いつを目指してやっておったのか、これをひとつお伺いしたいと思います。
○若狭証人 先ほど申しましたように、七四年四月から大型機を導入したいということを日本航空、全日空が相談しながら準備を進めまして、四十五年一月から、全日空の場合には新機種導入選定準備委員会というものをつくって、準備いたしたわけでございます。ところが、四十五年の万博の終了後旅客が急激に減少してまいりまして、もう一つは先ほどのジャンボの就航の成績が非常に悪かったということもございまして、これはもっと延期すべきであるということで、四十六年の初めにもう一年延期しよう、四十八年四月まで延期しようということを決めておりました。
○野間委員 「ウィング」、これは業界紙ですが、四十五年二月十一日付のこの新聞によりますと、全日空では、同じ四十五年の三月の初めごろにこの機種を決定するのだということをあなたがインタビューで答えておる、こういう報道がありますけれども、少なくとも三月にこれを決めるということが最初の全日空の方針じゃありませんでしたか。
○若狭証人 その報道は間違いでございます。
○野間委員 それじゃ関連して聞きますが、このオプションの問題です。これは先ほども質問がありましたけれども、四十五年の初めごろ、DC10の五機、そのうち三機とりあえず押さえていくということについて、ダグラスの日本駐在の代表との間にサインまで大庭さんがして交わしたということが私たちは調査の結果わかっておりますけれども、あなたはあくまで否定されますか。
○若狭証人 オプション契約というのは正式の契約を結んでやるものでございまして、単なるサインで終わるものではございませんし、また現実にわれわれはそういうもののコピーなり何なりを見たことは一回もございません。これは先ほど申し上げましたように、三井物産に確かめましたところ、そういうものは一切ございませんということを明確に言っておりますので、われわれはなかったものというふうに考えております。
○野間委員 あなたは当時副社長ですね、四十五年当初。
○若狭証人 そのとおりでございます。
○野間委員 私が聞いておるのは、このオプション契約について、契約の当事者が三井物産でなくて全日空の大庭さんが代表して、それから相手がダグラスの日本駐在代表、こういう中で結ばれたということが私たちは調査の結果判明しておりますけれども、あなたは副社長ですから事実はおわかりだろうと思うのです。お隠しにならないでお答え願いたいと思います。
○若狭証人 私は全く存じておりませんが、先ほどから申し上げておりますように、もしそういう事実があるとすれば、これは社長でありましょうと、あるいは担当役員でありましょうと、全日空としてはやはり責任を持たなければいけませんので、選定作業に本格的に入る前に三井物産の責任者を呼びまして、そういう事実があったのかなかったのか、あったならばわれわれは損害賠償の責任に応じなければいけない。したがって、法律的な責任はまずございましたか、それは絶対にありません、それでは道義的な責任はありませんか、いやそれも全くありませんということを、私は二回にわたって確かめております。したがって、そういう事実は全くなかったと私は信じております。
○野間委員 これは後日、関連する証人を一応私の方では準備して、あなたの証言の信憑性を確かめたいということで、私は続けますけれども、大庭さんが退陣されたのは四十五年六月、これは間違いありませんね。
○若狭証人 そのとおりでございます。
○野間委員 この理由については、あなたは融資に絡むいろんな問題を出されましたが、実はこのオプション、この件が原因で退陣された、こういうふうに私たちは調査の結果わかっておりますけれども、それでもあなたはそうでないとおっしゃいますか。イエスかノーか簡単にお答えください。
○若狭証人 オプションに関連したものじゃ全くございません。
○野間委員 トライスターに決定された、この時期については四十七年の十月三十日、これは正式に発表されました。これはわかっております。内部でこれを決定されたのはいつなのか。特にその選定委員会ですね、ここで決定されたのはいつなのか、その内容はどうか、これをお答え願います。
○若狭証人 選定委員会で決定するというようなそういう役目の委員会ではございません。先ほど申しましたように、具体的な各機種についての特徴、技術的なデータを全部そろえて提出するのが準備委員会の役目でございます。 ただ、当時の状況を申し上げますと、先ほど申しましたように、四十九年四月に導入するとすれば四十七年の八月ないし九月には決定しなければならぬ、こういう段階へ来ておりましたので、その準備委員会の作業は、四十七年の四、五、六、七月ぐらいが最終の山場を迎えておったわけでございます。ところが、そのやさきにDC10が、第一番は、貨物室のドアが外れたために客室の底が抜けたというような事故がありました。また、エンジンの脱落事故が二回にわたって六月、七月に起こっております。それが非常に技術陣については大きな疑問を抱かせることになって、しかもそして最後までそれについての技術的な対応措置はダグラス社から出てこなかったというのが一つございます。 それから、さらに騒音の問題でございますけれども、これは……(野間委員「聞いているのは時期だけです、委員会の。決めたかどうか。決めたとしたらいつの時期か。」と呼ぶ)いや、まだそれは決めておりません。
○野間委員 四十七年の八月三十日に機種選定委員会が開かれております。これはハワイでのニクソン・田中会談、この直前になるわけですけれども、これは間違いありませんね。
○若狭証人 恐らく事実は、そういう八月末ということを目標に選定の準備の作業を進めておったかと思います。
○野間委員 八月三十日に委員会が開かれたということに間違いはないですね、こういう質問です。
○若狭証人 恐らくそのとおりであろうかと思います。
○野間委員 このとき、この機種の選定についていろいろ意見が出たと思うのです。たとえば、私たちの調査では、トライスター以外にいまのDC10あるいはボーイングの初、これらについてそれぞれ委員会の中で意見が出た。そして結局、これについて先ほどから出ておりますトライスターには決まらなかった、最終は社長であるあなたに一任してほしい、こういう発言をされて、その結果一任した、こういうようなことになっておると思うのですけれども、いかがですか。
○若狭証人 いろいろな意見が出たということではございませんで、いろいろな長所、短所をそれぞれについて明確にして、その結果を社長に答申するということになったというふうに私は聞いております。
○野間委員 あなたは委員会の委員長でしょう。社長であると同時に委員長でしょう。この委員会の席上で、私がいま言ったように、いろいろと意見が出て、これはまとまらない、最後は社長であるあなたに一任するということでこの委員会をお開きになったのではありませんかということです。もう一度……。
○若狭証人 私が委員長をいたしておりましたのは昭和四十五年の五月まででございまして、それ以降は副社長の渡辺尚次君が委員長として準備委員会を統括いたしておりました。
○野間委員 少なくとも、委員会の状況についてはこういう状況で、最後はやむを得ないからあなたに任すということでけりがついた。何度も聞いておりますけれども、それは間違いありませんね。
○若狭証人 やむを得ないからというお言葉については多少問題があろうかと思いますけれども、社長に一任するという結論についてはそのとおりでございます。
○野間委員 ですから、少なくとも内部では田中・ニクソン会談、この時点以前においてはいろいろと論議があり、しかも最終意思統一ができなかったということがこれで明らかになると思うのですけれども、しかもハワイ会談——時間がありませんから、これらの中身について、あるいはその同行はだれかということについては触れませんけれども、少なくともこの会談の四日後には外国紙がいろいろな点で報道した。全日空が六機、このトライスターを決めたというのがどんどん報道されております。特に当時のロッキードのホートン会長、この人も明らかにして、後でまたあなたの方からの抗議で訂正するという一幕もあった。これは間違いありませんね。
○若狭証人 はっきりした日時は記憶いたしておりませんけれども、そういうことがあったかと思います。ただ、お断りいたしておきますけれども、その時点で決まっておったという事実は全くございません。と申しますのは、昭和四十七年の十月中旬になりまして、ダグラス社の方から、騒音についてもう一度アメリカ政府のテストをやってもらう、そしてもしトライスターと同じような数値が出たら、あるいはそれより低い数値が出たら、ぜひダグラスにしてもらいたいという話がございまして、私は、それではその結論が出るまで決定を延期いたしますということを申し上げたことをはっきり記憶いたしております。
○野間委員 十月三十日の発表ではトライスター六機、こういうことになっていますね。
○若狭証人 そのとおりでございます。
○野間委員 十一月一日、この発表直後に「社員各位」というあて先で「新機種決定にあたって」、こういう書面を発表されておりますね。
○若狭証人 そのとおりでございます。
○野間委員 この中には「本決定は巷間流布されておるいろいろのデマに類するものとは全く無関係に、」云々という文言があるのは御記憶がありますね。
○若狭証人 いまちょっと記憶いたしておりませんが、そういうことがあったかもしれません。
○野間委員 ちょっとこれをお見せしてよろしいですか。
○荒舩委員長 はい。
○野間委員 ここで言われておる「巷間流布されておるいろいろのデマに類するもの」というものは、いわゆるエアバス、これの導入をめぐる、先ほどから論議をしたこれらの点についてのことを指しておるというように私たちは理解しておりますけれども、間違いありませんね。
○若狭証人 そういう誤解がやはり当時からあったというふうに私は思っております。
○野間委員 特にこういう、社員の皆さんに、という文書まで出さなければならないということについての私たちの理解が——これは事実、いままでずっと申し上げた経過がそのとおりであるから、わざわざこういう弁明をしなければならぬというふうにしか私は考えようがないと思うのです。 もう一点聞きますけれども、鈴木専務、この方は選定の準備委員に入っておられましたね。元専務です、いまやめておられますが。
○若狭証人 当然入っておりました。
○野間委員 この方が、四十八年六月に、会社から退隠されましたね。
○若狭証人 そのとおりでございます。
○野間委員 この鈴木さんはDC10を推しておった、そして役員会の中でトライスターに決めるという問題が煮詰まったころ、そういう論議をされたころに、それにサインをすることができない、署名を拒否して、そのことでやめられた、こういうふうに聞いておりますけれども、間違いありませんね。
○若狭証人 ダグラスを推しておったという事実は全くございません。それからその署名を拒否した、そういう事実も全くございません。
○野間委員 それから、児玉さんとの関係について一言聞きますけれども、児玉さんとはお会いになったことはない、こういう話ですけれども、電話も手紙も一度もございませんか。
○若狭証人 そのとおりでございます。電話もありませんし、手紙もいただいたことはございません。
○野間委員 それでは小佐野さんとの関係で、先ほど、年に二、三回忠告や指導をいただいておるという証言がありましたけれども、直接お会いされたのは別にして、電話とかあるいは手紙、こういうたぐいで連絡は常にされておったということについてはいかがでしょうか。
○若狭証人 いろいろな仕事がございますから、それは電話で連絡するようなことはあったかと思いますけれども、手紙でどうこうというようなことは全くございません。しかも、ロッキードに関して云々というようなことは全くございません。
○野間委員 じゃ、最後に一点だけですが、丸紅の大久保専務とそれからコーチャン氏があなたのところに来られたと思うのです。これは新聞記者会見の中でもそういうふうに言っておられますけれども、それについてコーチャン氏から実は小佐野さんにもお願いしておるのだというような話、こういうものがあったのかなかったのか、どうでしょう。
○若狭証人 それは全くございません。
○荒舩委員長 これにて野間君の発言は終了いたしました。 次に近江巳記夫君。
○近江委員 全日空のL一〇一一トライスターの購入につきましては、ロッキード社と児玉氏との間にはマーケッティングコンサルタント契約があることは御承知のとおりであります。その中におきまして、三機ないし六機の契約が成立しましたときは、受注と同時に十二億二千万円の歩合を児玉氏は手に入れることができることになっておるわけであります。これらの事実が米議会で公式に発表されたわけであります。全日空は四十八年一月十二日に六機の購入契約をいたしまして、児玉氏はそれに前後して、四十七年一月二十六日から四十七年十二月十九日までで、実に二十二回にわたって合計十一億七千二百万円をロッキード社から受け取ったという領収証が公表されたのであります。これに四十八年六月十四日と四十八年八月十一日の領収分を入れますと、十二億二千九百万円となるわけであります。すなわち、ロッキード社と児玉氏の契約どおりの金額が、全日空のL一〇一一の六機購入契約締結の時期に前後してロッキード社から児玉氏に渡っていることになるわけであります。全日空のこのトライスターの購入契約済みは現在十八機ということを聞いておるわけですが、あと順次二十一機までになろうかと思いますが、七番機以後もちゃんと歩合の単価の契約も結ばれておるわけであります。これら全部のロッキード社に出した領収証の金額は、全く契約の歩合金額と一致しておるわけであります。 そこで、若狭さんにお伺いしたいと思いますが、当事者としてこの客観的な事実を認めないわけにはいかないと思うわけでございますが、この点についてはいかがですか。
○若狭証人 伝えられるようなことが真実とすれば、まことに遺憾なことでございます。 私は先ほどから申し上げておりますように、ロッキード・トライスターの選定ということは社運をかけた問題でございます。また、社会の方々に対しても安全性第一ということを考えておりますし、また一ホンでも少ない騒音の飛行機を購入するということがわれわれ航空会社の責任であると思います。そういう意味から決定したものを、そういう全く理解できないような、また汚れたことでやっておったということについて、心中から怒りを感じております。そればわれわれの技術者だけではございません。恐らくロッキードの技術者も同じ気持ちを私は持っているに違いないというふうに考えております。今日でも、先ほども申しましたように、あの飛行機は決してどこの飛行機と比べても劣らない飛行機であると思いますし、そのような不合理なことをやる必要は全くなかったというふうに感じておるわけでございます。
○近江委員 ロッキード社と児玉氏との契約というものは、今日だれ一人知らない人はおらないわけであります。この購入契約時点と児玉氏の領収時点との、私がいま示しましたこの事実につきまして、国民が非常に大きな疑惑を抱いておられるわけであります。あなたは潔白であるというようなことをおっしゃっておりますが、この事実は間違いありませんか、どうですか。
○若狭証人 私の潔白であるということは当然のことでございますし、どこからでも調べていただきたいというふうに思いますけれども、この事件が現実に持ち上がっておるわけでございますから、この全体を明確にしていただかないと、私たちがロッキードというものを選定したという努力が水泡に帰してしまうのだという気持ちを持っておりますので、できるだけ早く真相を明確にしていただきたいということをお願いしたいと思います。
○近江委員 先ほど示しましたこの事実というものは、全日空のL一〇一一の決定が、児玉氏が取得しました十二億ないし、言われております二十一億円の歩合金の影響下にあったことは、それがどういう形であれ争われないことじゃないかと思うのです。そういう影響下という問題につきまして、あなたは全然もうそういう影響はないということをおっしゃるのですか。
○若狭証人 そういう不正な手段についての影響という御質問かと存じますが、これは先ほども申しておりますように、ロッキードというものの品質についての疑問を抱かせるということはわれわれとしては耐えられないところでございます。したがいまして、こういう点を明確にしていただきたいということは重ねてお願いしたいと思います。
○近江委員 私はアメリカの方に調査に参りまして、一昨夜帰ってきたわけでございます。ちょうどコーチャン氏が辞任される直前に会ったわけでございますが、そのときにもコーチャン氏は、私がチャーチ小委員会で表明したことは全く事実であるということを重ねて強調いたしております。 そのコーチャン氏の証言の中で、いろいろこういうような金が出ておりますが、その金につきましては、それはわれわれの生産品が購入決定に積極的に携わる人々によりよく受け入れられ、そしてよりよく考慮される土壌をつくり上げるためでした、こういう証言をいたしておるわけであります。そういう点からいきまして、私が申し上げておりますこの金につきまして、この土壌づくりにコーチャン氏はいろいろこういう金が使われておるということを確信しているということを言っているのですね。その土壌づくりがあったということをあなたは先ほどから否定されておられるわけですが、コーチャン氏が言っているわけです。コーチャン氏も宣誓をして議会でそのことを表明しているわけです。その土壌づくりということにつきまして、ひとつもう一度あなたにお伺いしたいと思います。
○若狭証人 日本においてそういう土俵づくりが必要であったとは、私には考えられないわけでございます。これは、日本の技術力に対する私は重大な侮辱であろうかと思います。そういうようなことじゃなしに、ロッキード自体の、トライスター自体の技術水準というものは決してどの飛行機にも劣るものじゃないということが立証できれば、全日空はそれを買うわけでございます。したがって、そういう土俵づくりというものは全く無関係なことであり、また、それが日本においてもし必要であるというふうに理解されたとしたら、私は日本国民として耐えられない恥辱であるというふうに考えております。
○近江委員 ところで、あなたは四十七年十月三十日のこのトライスター機の購入決定公表までの過程におきまして、田中前総理と会っておられるわけですが、まず確認をしたいと思うのですが、どうですか。
○若狭証人 十月の終わりごろであったかと思いますけれども、総理官邸へ表敬訪問にお伺いしたことはございます。
○近江委員 あなたが会われた日にちは十月の二十四日です。総理官邸でお会いになっておる。そのときの内容はどういう内容だったのですか。
○若狭証人 田中総理は総理御就任以来、総裁として日本の国内各地を演説に歩いておいでになる場合には全日空の飛行機をよくチャーターされました。そういう関係もございますし、また、中国のフライトも当時何回か行われたわけでございますが、その場合にも全日空はこれに協力をしておるという関係についてのお礼を申し上げに行ったわけでございます。
○近江委員 それだけですか、この一〇一一の話はなかったのですか。あなたはきょうは宣誓をして証言席に座っておられる。本当のことを私は言ってもらいたいと思うのです。
○若狭証人 そういう話は全くございません。
○近江委員 田中前総理は、このハワイ会談後、少なくともアメリカから航空機を購入することにつきましては相当気にされていたと思うわけであります。全日空としては、一週間後にはこのL一〇一一の決定を公表したわけですね。十月二十四日の時点でこのトライスターの話が出ることは、これは常識的に言って当然ということが言えると思うのですけれども、重ねてお聞きしますが、確かに出ておりませんか。
○若狭証人 十月中に決めたいと申しましたのは、先ほど申しましたように、四十九年四月に導入するためにはどうしても九月ないし十月に決めざるを得なかったわけでございます。したがって、これは総理のところに御訪問したということとは全く無関係に、できれば九月中には決めなければいけなかったし、遅くとも十月にはどうしても決めなければいけなかったという、そういう日時の関係がございました。しかし、その席上でロッキードを買ってもらいたいというようなお話は一切承っておりません。
○近江委員 そのときは美土路さんは一緒だったのですか、どうですか。
○若狭証人 私の方の副社長の渡辺君が同道いたしております。
○近江委員 そこで若狭さんは、社内におきます機種選定の技術的検討を四十七年の八月には終わって、社長としての決定を一任されたということを聞いておるわけであります。そこで、若狭さんが実際にこの一〇一一でいかれようと決意されたのは——決定、公表されたのは十月三十日であるわけですが、その何日ぐらい前ですか。
○若狭証人 先ほどからたびたび申しておりますように、私自身はむしろ自分の意見というものを表面に出さないということに全力を尽くしておったと言う方がいいかと思いますけれども、あくまで社員諸君が決定したものに従っていきたいというふうに考えておったわけでございます。そして、各機種についてあらゆるデータをそろえた上で判定してもらいたいというふうに思っておりました。先ほど申しましたように、十月の中旬でございますけれども、ダグラス社から、騒音についてもう一度アメリカの航空当局に騒音証明をやってもらうんだ、だから選定を待ってもらいたいというお話がありましたときも、それは待ちましょうということで、恐らく二十四、五日、あるいはもう少し後であったかもしれませんけれども、ぎりぎりまでそれを待ったわけでございます。そのときにもし新しい事実が出ておったとすれば、私はそれをまた選定準備委員会に差し戻して、その騒音についての新しい検討を行って、その結果導入がおくれるということになったかもしれませんが、そういう決意をしながらあらゆるデータのそろうのを待っておったわけでございます。したがって、私が決めたというような、私は決してひきょううで言うわけではございませんけれども、そういう個人の感覚で物を決めるということは全く考えておりませんでした。
○近江委員 あなたが社長としましてこの一〇一一の決意をされる前後の状況につきましてお聞きしておきたいと思うのですが、そのころ美土路昌一氏と橋本登美三郎氏が会談をしたということをあなたは報告を受けておりませんか。そういう話は聞いておりませんか。
○若狭証人 そういうことは全く聞いておりません。
○近江委員 これは一応ずっとお聞きしておきたいと思うのです。 全日空がこのL一〇一一を決めるまでは、ダグラスは三井物産、ボーイングは日商岩井がやっておったわけですが、丸紅とともに抗争して自社の売り込みをしておった。これは先ほどからも何回もおっしゃっておられるわけですが、四十七年の十月二十日、あなたは二十四、五日ごろということもおっしゃっておりましたが、あなたが大体そのようにお決めになった時点で、以後もうこの丸紅以外の三井物産あるいは日商岩井の働きかけがなくなったということも聞いておるわけですが、あなたは十月三十日に公式に発表されたわけでございますが、三井物産や日商岩井はもうその一週間ないし十日前ごろに自社機の機種の売り込みをあきらめておる、こういう事実があるわけですが、他の二社にだれが通告したのですか。どこから漏れているのですか、こういうことは。
○荒舩委員長 時間が来ていますから……。
○若狭証人 そういう通告は一切いたしておりません。いま一週間ないし二週間前というようなお話がございましたが、先ほどから申しましたように、騒音の新しい証明ができるというので、それをぎりぎりまで待っておった状態でございますから、そういう状態のときに、どれに決めるというようなことを外部へ対して言うということは絶対あり得ないことでございます。
○近江委員 じゃあ、時間ですから……。
○荒舩委員長 これにて近江君の発言ば終了いたしました。 次に河村勝君。
○河村委員 初めにお伺いをいたします。 先ほど委員長の冒頭の質問で、一般的なお答えがあったと思いますけれども、具体的にアメリカ上院の証言の中で出ております問題をひとつ明確にお伺いをしていきたいと思います。 〔委員長退席、正示委員長代理着席〕 それは、コーチャン氏の証言の中で、一九七四年九月二日付の領収証——議事録はお読みになっていますね。その中で、日本円にして三千三十四万円、その領収証は判読はできないが、イニシアルがSというのだけがはっきりしておる。もう一つ六千万円という領収証があって、それは佐藤というものになっている。これは、日付はちょっと違います。大体同一性格のものだろうという証言がありますが、この三千万円口の方についてコーチャン氏の証言は、全日空に対して追加の八機をファームアップするためにパブリックリレーションズ・アローアンスとして払ったものだと思うという証言がございますね。この証言についてはあなたはどう考えておりますか。
○若狭証人 いま河村先生の御質問は、帳簿外の金銭の授受についての御質問かと思いますけれども、そういうものは一切ございません。 それから、追加八機というものは、むしろ全日空から、事業計画というものをつくりまして、そして内部で十分なディスカッスを行った上で決定して、向こうへ申し入れているわけでございます。したがって、その間にそういうものは出てくるという余地は全くございません。
○河村委員 先ほど、一般的な問題としては新しい航空機を導入する際にはそうしたものがあるというお話でしたが、ここでは具体的に、あとの八機の契約をまとめるためにこういうものが出ている、こういう証言ですね。そうすると、そういうものは本来ない、とこういうことなんですか。
○若狭証人 先ほど私がお答え申し上げましたのは、パブリックリリーズというものをどういうふうに理解していいのかわかりませんが、広告費というような問題でございますれば、新しい機種を購入する際にはそういう契約を、どれだけの協力をするか、一千万円の協力をするか五千万円の協力をするかということについて正式の契約を結ぶわけでございます。そうして、たとえば日本の国内でトライスターなり何なりの宣伝をしてもらうという、これは両社の利益のためでございますから、そういう正式の契約を結ぶことはございますということを申し上げたわけでございます。したがって、いま先生の御質問の八機の追加についてそういうものは何かあったのじゃないだろうかというお話については、恐らく私はなかったであろう、正式な契約はなかったであろうと思いますし、契約以外のものがあるということは全く理解できないことでございます。
○河村委員 理解できないというのはどういうことですか。そういうものはないということですか。わからないということですか。
○若狭証人 そういうものはあり得ないということでございます。
○河村委員 あり得ないというのはあなたの見解ですね。あるかないかは別段——この議事録というのはすでに前からごらんになっているはずであります。しからば、この点は確認をされているかどうか、それを改めて伺います。
○若狭証人 そういうものは絶対にございません。 〔正示委員長代理退席、委員長着席〕
○河村委員 それから次に、先ほどから問題になっております三井物産がダグラス社とDC10についての仮発注といいますか、そういうものをした件についてお尋ねをいたします。 あなたが社長に就任されたのは四十五年の五月ですね。社長になられた当時、この仮発注というものの性格、法律的な性格は別として、そういうものが存在して、現にアメリカにおいて三井物産がこれはたしか十機仮発注したのだと思いますが、そういうことが存在するという事実は知っておられましたか。
○若狭証人 そういう仮発注が行われたとは私は思っておりません。思っておりませんが、ダグラス社におきまして、見込み生産というものをやった可能性はあるんじゃないだろうかというふうに私は思っております。もし、オプション契約というものがありますれば、それは正式な契約でございまして、もちろん両社の明確なサインが必要でございますし、また部内においても十分検討された上で締結さるべきものでございますので、そういうものは全くないというふうに私は思っておりますし、また、三井物産に再度にわたって確かめましたところ、そういうものは一切ございませんという明確な答えを聞いておりますので、私はいろいろ世上伝えられておりますけれども、全日空はそれには全く無関係であったというふうに考えております。
○河村委員 私は、まだ全日空との関係を聞いているのではありません。だから、この仮発注というものの性格は別にして、この航空機の発注で、いまあなたは航空機製造会社が見込み発注したんだろうとおっしゃったけれども、そういうことはないわけですね。間に代理店がある場合には、代理店の判断抜きで航空会社が見込み生産なんかするわけはないので、事の性格は別にして、三井物産が介入していることはこれは間違いないのです。実際、そういう事実が存在しているかどうかを、あなたに知っているかどうか、その点を私は伺っているのです。
○若狭証人 その内容はまことにさだかではございませんけれども、先ほどどなたかおっしゃいましたように、第二十九号機、これが金日空のためにつくっている飛行機であるということを言われたことはございました。しかし、そういうことは本当にあったのかなかったのかということについて、三井物産に聞いて確かめたところ、それは全く全日空とは関係のないことであるということが明確になったわけでございます。したがって、われわれとしては、メーカーが見込み生産をしたということしか理解できないわけでございます。
○河村委員 それはあれじゃありませんか。専門家としては余り用心深過ぎる返事だと私は思うので、これは何もいままだ全日空のことを私は聞いていないのですよ。三井物産から先のことを聞いているのですよ。後のことはこれから聞くので、そのくらいのことを知らないで世界をまたにかけて仕事をしていながら、実際、仮発注であれ何であれ、そういうものが何かの形で注文があってつくられつつあるということを知らないとしたら、それこそ全日空の社長として怠慢だと私は思うんだが、どうですか。
○若狭証人 ダグラス社の担当の人から、この二十九号機というのは全日空のためにつくっているのだということを言われたことはございます。しかし、そこでそういうことは全くあり得ないことでございますから、それを確かめたということを私は申し上げているわけでございます。
○河村委員 それで、あなたは就任直後、三井物産の社長以下とお会いになってそこで話をしたところが、三井物産側から、法律的にも道義的にも何ら全日空側に責任はありません、そういう回答を得たということですね。私もそれは事実だと思います。だけれども、こういう航空機発注の商慣習として、大体先ほどあなたも言われたように、実際発注をしてから就航できるまでは一年半もかかるわけですね。ですから代理店をやっているものは、おおよその、自分たちも相当なリスクは持つ。持つけれども、ある程度の感触を得て、それでこうしたことをやるという習慣が一般的にあるということは御存じでしょう。
○若狭証人 一般的にあるとは考えられません。ごくまれなケースとしてはそういうことが考えられ得るというふうに思います。
○河村委員 そこで、まれでも何でもあるにはあるわけですね、とにかく例として。そこであなたは、道義的、法律的責任はないという回答を得られた。それはそれでよろしい。だけれども、本当に白紙に戻すというつもりなら、そこでもってそういう仮発注みたいなことをしても責任負えませんよというぐらいのところまで言っておかないと、本当はやはり期待権をそのまま持たしていくということにはなるんじゃないですか。
○若狭証人 それは当然のことでございますけれども、代理店の方で一切の全日空の責任はないんだということを明言している段階でございますし、また会社の中では、このボーイング、ダグラス、ロッキード三社についての検討を進めている段階でございます。したがいまして、私は三井物産に申しましたのは、もし選定の結果、ダグラスということになればこれは問題ないわけです。もし違ったものになった場合には、損害賠償の責任をわれわれ負わなければいけない。それについて責任あるのかないのか、道義的な責任あるのかないのかということを明確に確かめたわけでございます。
○河村委員 それじゃ次に導入時期の問題について、先ほど佐藤孝行代議士とそれからあなたのところと日本航空と、これと合同で、一緒で会合を持って話をしたというお話が出ましたが、これは公のものですか。
○若狭証人 公のものというわけではございませんが、当時の状況を思い起こしてみますと、この導入を同時にしましょう。そしてそれをいつにするかという問題について、両社でずっと相談を続けておったわけでございますが、最終的に四十九年四月にしようということについてほぼ合意ができた段階で、恐らく私や朝田社長自身ではございませんが、私の担当者が政務次官のところへ御連絡して、こういうことにしていきたいと思いますという御報告をしたんではないかというふうに思っております。
○河村委員 この時期の、公であるかないかちょっとはっきりしませんが、導入時期の決定について、どういう意見の、それぞれの意見の相違があって、それでどういうような運輸省側の調整が行われたか。この会談の内容、相互の意見がどういうものであったか、それを聞かしてください。
○若狭証人 導入の時期につきましては、御承知のように、日本航空はボーイング747を早期に導入いたしておりまして、国内線の大型化はいつでもできる体制にあったわけでございます。ところが、全日空はその準備が当然なかなかできない。しかも、そのやさきに雫石の大事故が起こったわけでございまして、この事故の直後に、私は日本航空に対して、世界的な、世界航空事故のうちで初めての百何十名という大事故が起きて、全日空社内は、とうてい新機種の選定に力を注ぐということができない状態であるから、どうしても導入を延期してもらいたいということをお願いしたわけでございます。その結果、日本航空としても具体的にそれでは導入時期をおくらせるという検討をしていこうということになったわけでございますし、運輸省の方は、国内線で公正な競争をするためには、両社相談し、協力して同時に入れるのが一番適当であるということを常々申しておりましたので、そういう線に沿って日本航空との相談をしてきたわけでございます。
○河村委員 以上で終わります。
○荒舩委員長 これにて河村勝君の発言は終了いたしました。 以上をもちまして、若狭証人に対する尋問は一応終了いたしました。 若狭証人には、長時間にわたりまことにありがとうございました。御退席を願って結構でございますが、再質問の場合もあるいはあるかと存じますので、二十分以内に出頭できる場所に待機をお願いいたします。
○荒舩委員長 ただいまから渡辺証人の入室を求めます。 これより渡辺証人から証言を求めます。 ます、委員長より所要の事項につきましてお尋ねをいたします。 あなたは渡辺尚次君ですか。
○渡辺証人 そうでございます。
○荒舩委員長 住所、職業、生年月日をお述べください。
○渡辺証人 私の住所は、横浜市磯子区洋光台四丁目十四の十五でございます。 職業は、全日本空輸株式会社代表取締役副社長でございます。 大正三年七月十日生まれでございます。
○荒舩委員長 あなたが全日空の新機種選定委員長になったのはいつでございますか。
○渡辺証人 昭和四十五年の五月の末だと思います。
○荒舩委員長 その当時どのような種類の航空機応候補に挙げられておりましたか。
○渡辺証人 お答えいたします。 その当時の一応候補機といたしましては、ボーイングの747SRと、それからダグラスのDC10、ロッキード一〇一一と、この三種の機種が候補に上っておりました。
○荒舩委員長 選定委員会においてはどのような方法で審査を行われましたか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 ただいま委員長が選定委員会とおっしゃいましたけれども、正確には選定委員会でございませんので、選定準備委員会という名称でございますので、申し上げておきます。
○荒舩委員長 では、選定準備委員会の模様について、審査の方法等、行われたことをお述べください。
○渡辺証人 この新機種選定準備委員会の目的は、わが社が将来使うであろう候補機をいろいろな角度から客観的に十分検討調査をいたしまして、そういう結果を社長に報告をする、こういうのがまず目的でございます。 飛行機の選定と申しますのは、航空会社にとりましては、一回決めますと、これはもう相当長期にわたって使いますし、会社の本当に命運にも関係する非常に大切な仕事でございますので、会社といたしましては、この選定には非常に厳重な態度で最初から当たっておりまして、この飛行機の性能というのにつきましても非常にいろんな専門の分野がございまして、操縦性能とか、あるいは整備関係のこととか、あるいは地上ハンドリングのこととか、あるいは営業から見た関係とか、あるいはコスト関係がどうなるだろうか、そういうようないろんなことを専門的な角度から検討しなければなりませんので、会社といたしましては、この選定準備委員会の中に、いろいろ十分に検討する必要がございますので、まず、一番最高の委員会としては本委員会というのをつくりまして、これは会社に関係のある専門の代表の人が本委員になる。それから、その下に総括部会というものをつくりまして、これはいろんなセクションの責任者にこの総括部会の部会長になってもらいまして、さらに、その下に専門部会というのをつくりまして、整備の専門部会、それから運航の専門部会、それから営業、ハンドリング関係の専門部会、それからコスト面の専門部会、それから契約面の専門部会、こういうような専門部会を設けまして、会社のそれぞれの専門の者をこれに任命いたしまして、そういう者にこの候補機につきましていろんな角度から十分調査をさせまして、そういう調査を、しょっちゅう会合を開きまして持ち寄りまして、大体におきまして、昭和四十七年の機種決定に至る前までには、前後を通じまして、私の記憶では大体三十五回だと思っておりますけれども、三十五回そういう専門部会あるいは総括部会、本部会、その上にまた、全部集まりまして合同部会というようなことを重ねまして、そうして本当に会社の専門的分野の人が十分に時間をかけまして、それで、いろいろな角度から調査研究した結果を社長に答申したわけでございます。 そういうものを社長が踏まえまして、最終的にはまた会社の各セクションの幹部の意見なども十分に聞いた上で、最終的に全日空の使う機種としてロッキード一〇一一を決めた、こういうようなわけでございます。
○荒舩委員長 昭和四十六年の初めのころは、三種類のうちどれを選ぶかというので、トライスターよりほかの飛行機の方が有力な候補だったというように聞いておりますが、そういうことはありませんですか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 最後までどれが有力だというようなことは、この委員会の総意としては全然ございませんでした。
○荒舩委員長 そこで、ロッキード社のトライスターに決定した時期、その理由等について、あなたの知り得る範囲のすべてをひとつ個条的にお話しを願いたい。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 先ほど申し上げましたように、私が選定準備委員会の委員長をやりましたのが四十五年の五月末だと記憶しておりますが、それから何回もやりまして、昭和四十七年三月の大体、日にちは覚えておりませんが三月末ごろに、それまで集めましたいろいろの調査報告をまとめまして、社長に一応報告書を出してあります。それからなお、補足的に調査団をアメリカへ出しまして、前に第一回に出した調査団に引き続きまして、また第二回それから第三回、そういうものもその後また出しまして、それで何分新しい飛行機でございますから、時期が違ってまいりますといろいろな新しいデータが出てまいりますので、実地に専門家を現地へ出しまして飛行機に乗せたり、またいろいろな新しいデータを聞かせたりしまして、そういうことを三月に出しました報告の後にやらせまして、その後さらに今度は、ダグラスのDC10とそれからロッキード一〇一一、おのおのの会社が日本にこの飛行機を持ってまいりまして、東京とかあるいは大阪の飛行場とか、そういうところで実地にいろいろデモンストレーションフライトをやったわけです。そういうような結果もいろいろまた新しく参考にいたしまして、多分八月の末ごろだったと思いますけれども、三月に出した報告書の後にいろいろ調査した結果をまとめまして、それで社長に報告をいたしたわけでございます。 その三月から八月までに至る期間におきまして、実地に調べに参りましていろいろ報告が出ておりますけれども、率直に申し上げますと、ボーイングの747、これは、その当時の状況といたしましては、飛行機の性能そのものよりも、ちょっといまの国内線の需要からいくと大き過ぎる、全日空が国内線に使うにしてはこれは時期尚早であるというようなことになり、それからダグラスDC10とロッキード一〇一一につきましては、大きさなんかはほぼ同様でございまして、性能もいろいろ一長一短ございまして、どっちが絶対的に有利だというようなところはなかなか見受けられなかったわけでございますが、ちょうどそういうような現地調査をやったり、最終段階の約半年ぐらいの間に、いろいろダグラスDC10の方に飛行中に事故が何回かございまして、そういうようなことで非常に安全上不安な気持ちに駆られたことは事実でございます。そういうようなことが、やはり最終的な機種決定に相当大きな影響を持ってきたというようなことも考えられるわけでございますが、その他私どもとしましては、同じような性能であれば騒音の問題が非常に気になりまして、特に大阪空港は御承知のように非常に騒音問題が大変なところでございまして、これは少しでも騒音の少ない飛行機ということが常時私どもの胸にあったわけです。それで、公式のアメリカの連邦航空局の記録、証明等によりますと、その当時私どもが調査、検討いたしましたところでは、ロッキードの一〇一一が一番騒音が少ない、こういうことが証明されておりました。そういうようなことも大きな影響があったと思いますが、そういうことを取りまとめまして社長に報告しまして、その上社長が各役員重立った者の意見を聞いて決定を見たものでございます。
○荒舩委員長 選定準備委員会で審査を進めている間に、社の内外から特定の機種を推薦するような運動、あるいはあなたに対してこういう機種を推薦するというような推薦あるいは圧力というようなことが加えられたことはありますか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 私に関する限りは、一切さようなことはございません。
○荒舩委員長 あなたは、小佐野賢治君を御承知ですか。
○渡辺証人 存じております。
○荒舩委員長 小佐野賢治君から、トライスターを推薦するようなことがありましたか。
○渡辺証人 お答えいたします。 さようなことは一切ございませんでした。
○荒舩委員長 児玉譽士夫という人を知っておりますか。
○渡辺証人 名前は聞いたことございますけれども、一回も見たこともお会いしたこともございません。
○荒舩委員長 いわんや、推薦を受けたということもありませんな。
○渡辺証人 全くございません。
○荒舩委員長 そのほかに、政府あるいは政治家等から、トライスターを推薦されたとかあるいは圧力をかけられたというような事実がありますか。
○渡辺証人 お答えいたします。 全くそのようなことはございませんでした。
○荒舩委員長 以上で、私の総括的な質問は終わりました。 次に、委員各位から発言の申し出があります。それぞれの持ち時間の範囲でこれを許します。塩谷一夫君。
○塩谷委員 質問の前に、委員長にお願いをいたします。 東中委員の発言に対し、増原参議院議員より、左記の要旨の発言取り消し要求がありました。 一、増原議員の政治団体として岳陽会なるものなし。そのようなものは初めて聞くものである。一、増原氏は日本電建より、個人としても後援団体としても、一切寄付を受けたことはない。一、小佐野氏と増原議員は全く未知の人である。したがって、東中氏に取り消しを要求する。 という要求がございましたので、委員長におかれましては、善処をお願いいたします。
○荒舩委員長 適当な処置をとります。
○塩谷委員 では、質問に入ります。 ロッキード社にトライスターを発注したのはいつですか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 私は、実は選定準備委員会の委員長をやっておりましたが、契約の担当はいたしておりませんので、正確な日時等は覚えておりません。 〔委員長退席、正示委員長代理着席〕 ただ、四十七年の十月末に決定いたしまして、それからそれぞれ契約の担当の方でいろいろ契約の中身につきまして交渉した結果、恐らく四十八年の一月の下旬ぐらいには契約したと思います。しかし、私は担当でございませんので、はっきりした日にちは覚えておりません。
○塩谷委員 機数、単価、引き渡し時期、その他主な契約内容について述べていただきたい。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 これも実は私は担当でございませんので、詳細な金額とかそういうものを覚えておりませんけれども、大体最初の年に六機入れてこれを使うということになっておりまして、その次に八機を入れる、その次に七機入れて、三年間で総計二十一機入れるというのが最初の考えだったわけでございます。それで、最初の六機は、先ほど申し上げましたように四十八年の一月の幾日でしたか、契約したと思います。それからその次の八機は、恐らくそれから大分おくれて契約したと思います。三回ぐらいに分けてやっていると思います。 それから、値段につきましても、これは納入される時期とかあるいは国際線用のいろいろな装備をした飛行機とかあるいは国内線用だけの装備のものとかいろいろ分かれておりますので、必ずしも同じ値段じゃなかったというふうに記憶しております。大体、大ざっぱに申しますと一機千九百万ドルぐらいだったと思います。それが契約の過程で値引きとかいろいろな交渉がございまして、実際に購入した契約というのは大体千八百万ドル前後。先ほど申し上げましたように仕様とかデリバリー、納付される時期なんかによって多少違いますが、大体そんなところじゃなかったかと思っております。
○塩谷委員 現在までの引き渡し状況並びに就航状況について述べていただきたい。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 ただいままでに十四機納入を受けまして、それで十四機が現在全日空で使用されております。 なお、さらに二機、すでにロッキードの会社からアメリカの現地において引き渡しは受けたのでございますが、まだ持ってくる時期が少し早過ぎるということでいまアメリカに置いてありまして、これは大体ことしの三月には入ってくる予定になっておると思います。
○塩谷委員 いままでに事故はなかったかどうか。あったら、その概要について述べていただきたい。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 いわゆる事故と称するものはなかったと思っております。ただ、これは去年、おととし、ちょっとはっきりいたしませんが、おととしの九月でございましたか、エンジン関係で、エンジンを包んでおりますケースがあるわけでございますが、そのケースにひびが入りまして、それによって飛行中にエンジンをとめておりてきたということがございまして、その後その問題につきましてはいろいろ調べましたけれども、本質的な故障というよりも材質が少し弱かったというようなことがございまして、その材質を変えたりいろいろなことをいたしまして、現在は心配はないようになっております。
○塩谷委員 機種選定に当たって非常な苦労をした、技術的な徹底的な研究をした結果ロッキードに決まった、その結果、現在社の内外においてトライスターの評価は、厳密に言って、どうですか。
○渡辺証人 私は、実は新機種選定準備委員長になりましたときに、本当にこれはもう私の責任というものはまことに大変なものである。これは航空会社というのは、一たび機種の選定を誤りますと、これは幾ら社員が努力してもその後仕事がうまくいかぬわけでございます。そういう例はいままでいろいろ聞いておるわけでございますが、それだけに、このいろいろ調査した調査研究が不十分であったがために将来会社が非常に困るというようなことになったら、これは自分の責任として一体どうしたらいいだろうかということを、委員長になったときにまず真っ先に考えたわけでございます。しかし、私は専門家でございませんから、飛行機のいろんな専門の分野というものは、同じ会社にいましても、操縦、整備一つとってもいろんな分かれている専門がありまして、一人ではまいりませんから、そういう先ほど申し上げました専門部会を構成しているメンバーに首脳部がどんなことを考えておるというようなことは絶対言わないで、もう本当に真剣に自分の専門の分野で客観的に調査研究してもらう、委員長というのはそういうふうにみんなに調査研究してもらうのだ、それが自分の役目である、というふうにして私は委員長としてリードしてきたつもりです。 そうして、入れた結果につきましても、これは飛行機というのは、私も全日空創立以来初めからやっておりますから、飛行機もいろいろな飛行機を使ってきております。新しい飛行機は、これが就航いたしますと、必ずと言っていいくらい、二、三年の間はいろいろな、初期故障と申しますが、ふぐあいな点が出てまいります。そういうものをその都度、いろいろ世界的に共通のトラブルを改善いたしまして、本当にいい、安全な、どこから見てもトラブルがないというようなことになってまいるわけです。それで、ロッキードにつきましては、いま申し上げたように、このインターメディエートケースというケースにクラックが入ったことがございますけれども、現在まで使っておりまして私どもの選定したことは間違いでなかったと私は確信しております。また、これはお客様の評判でございますけれども、私ども、会社におりますから、外部の御意見というものは、中で判断するのもなかなかむずかしいわけでございますが、その後、これによるお客さんの乗りぐあいとか各方面の御意見を聞いてみますと、非常にいい飛行機だという御評判を得ておるものと私は確信しております。 そういうことで、あの飛行機が決められたということは私はいまでも間違っておったというふうには考えておりません。
○塩谷委員 あなたは入社以来非常に全日空に詳しいわけでありますが、先ほど来問題になっておりますDC10からトライスターに転換した、軌道修正した、その前後に社長がかわった。大庭社長も技術的な感覚の全然ない人だったのですが、この人は世間で言われているように、あくまでもダグラスDC10を推奨しておったということを言われておって、そうしてわずか数ヵ月の間に、その機種選定委員会の技術的な調査研究をしておったとはいうものの、トップが世間でうわさされているように、先ほど若狭社長は金融関係だけだと言っておりましたが、決してそういう話よりも、公にされて、ほとんど大変な社長交代劇であると言われているのは、この軌道修正にあったという。しかも、その軌道修正のときが、昭和四十七年の田中・ニクソン会談の前日にあなた方が若狭社長に一任をして、そして若狭社長のもとで決定した。その前後に田中総理に若狭社長が会っている。したがって、そういうことが非常に疑惑を招くわけですね。疑惑を招く。 さらに私の言いたいことは、盛んにいまになって、機種選定委員会は絶対に良心に恥じない技術的なものを専門にやっておった、航空機は人命を尊重するからそれに専念しておったと言うけれども、経営者のこの転換ぶり、あるいは経営者が田中総理に会ったとか、あるいはまたロッキードの契約の仕方がでたらめだとか、そういうことを吐くわけですけれども、さっき若狭社長はそう言った、ロッキードという会社はめちゃくちゃだということを言うが、飛行機はいいんですね、飛行機は。そういう点においては総合的に、乗る人の身になってみますと、これは大変なことなんですよ、実は。同時に、経済的に見ても信用という点から見ても、ロッキードがやった今度の行為、並びに工作資金と称して児玉氏に渡しておった二十数億というものは、いずれにしても知らぬはずはない。そうでしょう。 そういうことをひっくるめて、あなた自身は新機種選定委員長であって、絶対に恥ずかしくない選定をしてきて社長に答申をしたと言っておられまするが、いまや副社長という立場で、経営的に見てもこういう点について、単に技術的には全然心配ないといって言い切ったり、あるいはまた社長の言うとおりにロッキード社はめちゃめちゃだと言って、他の会社を涼しい顔をして批評しているというようなことだけでいいだろうか。その間に、軌道修正したところに非常に疑惑を持たれているということをもう少し明快に解明していただかないと、この疑惑は解けない。その点をあなたは責任持ってお話をしていただきたい。
○渡辺証人 お答えを申し上げます。 何かただいまの御質問でございますと、大庭社長がダグラスに決めておった、途中で軌道修正がなされたというような御質問が第一点じゃなかったかと思いますが、私どもは全くいまそういうようなお話を伺いましてびっくりしているわけでございます。これは大庭社長当時に、やはり飛行機の機種選定というものは航空会社にとっては生命だ、したがってみんなでひとつ調査研究をして、それで候補機をしぼっていこうじゃないかということで、新機種選定準備委員会というものが大庭社長のもとにできたわけでございます。それで、社長がそういうものの委員長というのは、これはやはりいろいろな面から見て穏当を欠くであろう、やはり社長の諮問機関として副社長ないし別な役員が委員長として、そういうものの取りまとめの推進役になって、それでいろいろな角度から研究を進めて、そういう上でひとつ方向をみんなで相談して決めていく、そういうことで準備委員会ができたわけです。それで、大庭社長はその年の五月の株主総会でおやめになったわけです。それで当時副社長でありました現在の若狭社長が社長に就任した。そこで、やはり社長が準備委員長ではいろいろな面で穏当を欠くじゃないか、これはやはり社長にかわってだれか別な人が委員長になるべきだ。私は当時専務取締役でございましたが、そこで当時の若狭副社長の後を引き継いで委員長になったわけでございます。それで社内も全部、自分たちが本当に真剣になって新しい機種を決めなければいかぬということで、本当にまじめにやって、時間をかけて、それで決めたわけです。 したがいまして、途中で軌道修正があったとかないとかいうことは、全く社内においてはそういう事実はございませんでした。それは個人として、調査研究をやる段階でいろんな考えを持った人がいるかもしれませんが、これは会社全体としてみんなで相談して調査して決めていこうということでやったことでございますから、そういうような途中で軌道修正とか、それ以前に時間をかけて調査研究をしてその結果決めたわけでございますから、そういう事実はございません。 それから大庭社長が、先ほどの御質疑の中に、これは私の聞き違いかもしれませんが、何かダグラスDC10に決めるような考えをお持ちで、その軌道修正の関係で社長交代、そうおっしゃったのかどうか、ちょっと私聞き間違いかもしれませんが、大庭さんが社長をおやめになりましたのは、そういうこととは全く関係のないことでおやめになっております。これは私はもう非常にそのことを知っておりまして、そんなこととは全く全然関係のないことでございますから、これはひとつ御理解願いたいと思います。 それから、ちょっといましゃべっておりましてあとの御質疑の事項があれいたしましたけれども、そんなことでよろしゅうございますか。(発言する者あり)
○正示委員長代理 静粛に願います。
○塩谷委員 あなたは初めてだということを言いますが、新聞に出ているのですよ、この大庭社長はダグラスDC10を推進しておったということが。それを、初めてで全く知らぬ。全く知らぬなんて、国民は納得いたしません。別な理由というのは、先ほど金融的な理由ということを社長は言われましたが、それにしても全く期を同じゅうしてそのことが行われているのでありますから、それはあきれるのはこっちの方なんです。国民の方なんです。あなただけがそういうことを詳しいはずなんだから、私は国会へ出て弁解するのを楽しみにしていると言って、これも新聞に談話が出ている。いまの返事で、全く知りませんと、そんなところに力ばかり入れていたってだめですよ。国民の方が絶対これは納得がいかぬ。こういう点が本当に疑惑の種と言われているのです。焦点なんです。 そういうことと同時に、先ほど来、トライスター導入について何か陳情、工作があったか、絶対ありません、あるいは丸紅並びにロッキード社から一これは書いてあるから全部読まなければならぬが、もう聞くのがいやになった、同じことを。会ったことはありません、児玉さんは知りません、小佐野さんについては全然そういう要求はありません、意見を聞かれたことさえもありませんというようなことを先ほど来言われておる。あなたも同様の返事をされると思う。 しかし、私はもう一回申し上げたい。航空機会社というものは、あのようないわゆる工作資金というものをロッキード会社が使っているということ、それは全日空に関しては全然関係がないとは言わせない、そういう点についてどうでしょうか。あなたは、一切無関係だ、知りませんと言ってきょうは押し通すかもしらぬ。知らぬ存ぜぬで押し通すかもしらぬ。しかし、私が昨日佐藤文生、わが党の新聞局長から聞いた話でも、航空機界の一つの常識であるというこういう工作資金が動くということと、現に児玉書士夫氏に対してはいわゆるロッキード社から二十数億円という金が出ておる、あるいは領収証が出ておる等々の関係からいっても、またアメリカの公聴会で政府高官の云々とか、政治家の云々とかいうことが出ている以上は、何としてもこれを解明したいわけであります。トライスター購入について、その値段の中にロッキード社から児玉氏への工作費が含まれているということは明らかです。したがって、そういう点についても、重ねて伺いますが、選定に当たって断じてそういう外部の力あるいは助言、そうしたものがなかったかということを伺いたい。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 ただいま先生から、このダグラスDC10の問題で、何かそれがその方向を向いていたのが途中で軌道修正になった、そういうことを私は知らないということに対していろいろ御質疑ございましたが、率直に申し上げまして、社内ではそういうことは一切なかったわけです。 ただ、いまいろいろ記憶をたどってみますと、若狭副社長が社長になります当時、その当時、私どもには当時の大庭社長から話なんか全然ありませんし、どこからも話はないのですけれども、どこからとなく、ダグラスの工場に全日空向けと称する飛行機が何号機から何号機まで、これは全日空のためにいわゆる生産計画しているんだというようなことがあるようだというような話を聞きまして、まことにおかしなことだと思っておりました。しかし社内では、社長のもとに新機種選定で何とかひとつ調査してもらいたい、こういうことでやっていたわけです。それで、若狭社長も恐らくそういうことを耳にされたのだと思うのです。私は、日にちははっきり記憶しておりませんが、若狭さんが社長になりました後で私と話したときに、この間実は三井物産の社長さんに、自分も社長になったのでお会いした、社長就任のごあいさつを申し上げた、そのときに、実は全日空においてはいま新機種選定準備委員会というのがあって、機種についていろいろ調査検討しておるところであります、ただ、よそから聞くと何かいろんな話も聞く、それから大庭さんが社長をおやめになるときに、この飛行機の問題で何も引き継ぎを受けておらぬ、そこで、自分も非常に気になることなんだがということで、三井に何かそういうようなことはあるんでしょうかということを、全日空として何か責任のあるようなことでもあったんでしょうかというようなことを聞いてみたところが、いや、そういうことは全日空から何ら話を受けておりません。自分としては非常に心配なんで、法律的あるいは道義的に見ても何か全日空の方に問題があるようなことがあるんでしょうかと重ねて聞いたところが、一切そんなことはありませんということを当時の三井物産の社長さんがおっしゃっていたということを、若狭さんが社長になりました後、幾日ごろか記憶しておりませんが、君ね、こういう話がありましたよ、だから、いろいろなことを耳にしていたけれども、あれは全日空は全く関係ないことだ、これは要するに、商社がどういうことをやったか私ども存じませんけれども、全日空としてはこういうことは一切何も関係ないということを相手の三井物産も言っておるよ、ということを私聞いたことがございます。そういうことで、もう初めから、何かいろいろなことを聞かれておりますけれども、社内としては、そういうことでわれわれが本気になってこれを決めていくということで進めたわけです。 それからロッキードの会社につきましては、今回このようないろんなことが報道されまして、私どもとしても本当に、一体どういうことでこんなことをしていたんだろうかと私ども本当にびっくりしております。しかし、今回のこういうようなことがあるまでは、使うのは私ども民間会社の飛行機でございまして、この飛行機の選定のよしあしによっては会社の命運を左右する、そういうことでやっていることが外部でどういうふうに利用されておるとか何かということは夢にも思ったことございません。こういうことが報道されまして初めて、とんでもないことがもし事実だとすれば、まことにとんでもない話だ。一体ロッキードという会社は何をやったんだろうかという気持ちはいま持っておりますけれども、しかしあの工場は、私も参りましたけれども、それは工場も非常にりっぱな工場、また技術もりっぱ、飛行機に罪はないわけです。非常にりっぱな飛行機だったと私は思っております。
○正示委員長代理 次に古屋亨君。
○古屋委員 時間がございませんから一言だけひとつお伺いしますが、副社長は選考について非常に安全性その他を考慮されておるというお話でございます。ところが、私の聞いた話で、昨年パリで墜落いたしましたアリタリアの飛行機のDC10という旅客機でございますが、これは全日空向きに予定されたものであって、貨物室のドア取り扱い要領が日本語で書いてあった。だからパリではその日本語がわからぬために——中から開くか外から開くかということがそこに書いてあった、で事故を起こしてしまった。こういう話がありますが、そういう話はお聞きでございますか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 それは私聞いたことございますが、私の聞いたのは、アリタリアじゃなくてトルコの航空会社じゃなかったかと記憶しておりますが、これはトライスターじゃなくてダグラスのDC10でございます。それで、これは事実かどうか知りませんが、何か内部の表示が一部日本語で書かれておった。 私先ほど申し上げましたように、ダグラスの工場で全日空向けのものが生産過程に入っていたか何かということは、一番最初のころにうわさに聞いたことがございます。いま申し上げましたように、三井物産も一切全日空に関係ないことですと言っておりますから、そんなことは選定の過程におきましては私どももう全然頭に入れておりません。ですから、あるいはそういうときに予想されたような形である程度進行されたものがそちらに回ったのかどうか、これは知りませんけれども、全日空には一切関係のないことでございます。
○正示委員長代理 これにて塩谷君、古屋君の発言は終了いたしました。 次に楢崎弥之助君。
○楢崎委員 社会党の楢崎弥之助です。 昨年八月二十五日のアメリカ上院銀行委員会公聴会におけるロッキード社製L一〇一一トライスター、これの外国への売り込みについての賄賂問題がここでも論議をされておるわけであります。その際に、プロキシマイヤー銀行委員長は、政府がロッキードに二億五千万ドルの緊急融資保証をしたんだ、その中からそんな賄賂を使ったとすれば、アメリカの国民がその賄賂を負担することになるではないかというような質問をやったのですね。これに対してホートン会長はどう答えているかと言いますと、これは昨年八月二十五日の上院銀行委員会の公聴会議事録でありますが、これの二十五ページにそれに対するホートン会長のお答えが述べられております。議事録の中に。こういうふうになっているんですね、ホートン会長のお答えは。「外国政府高官に直接または間接的に支払われるコミッションは」、これは賄賂のことです。「法令のもとに米国から保証されているローンから出ているのではないかとの疑問についても、これは契約によって支払われる金額に含まれ、自然還元の形で戻ってきておる。であるから、いかなる契約においても売った先」、たとえば全日空からもらう前払い金は、われわれが賄賂を支払った、それを取り返した上にさらによけい取り返しておるんだ、賄賂分も。つまり、分けて言えば、その賄賂分をまずトライスターの製造費の中へすでに入れておる、そして今度は、その製造費を含む最終的なトライスターの販売価格の中にも入れておるのです。二重取りをしておるのですよ。これに対して若狭社長も、こんなことをおっしゃっていますね。これは六日の午後、毎日新聞との記者会見の中で、「金を全日空首脳に贈った事実はないと確信しているが、もし他のだれかに贈っていたとしたら憤慨します。その金は、わが社が払ったことになるからね。」。わかりますか。そこで結局は、このトライスターに乗る日本国民が運賃を払いますね。その中にこれは結局含まれることになる。後でちょっと詳しく言いますけれども、結局は、その賄賂は結果的に日本国民が負担しておるということになる。こんなばかな話はないと思うのですけれども、あなたはこのトライスターを、新機種選定準備委員会の委員長でありますから、そういう価格の点についても適正かどうかいろいろ検討されたと思う。そういう賄賂というものが製造費や最終的な購入価格の中に含まれておるということを見破ることができませんでしたか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 私どもは、いままで過去におきまして、飛行機は何もロッキード・トライスターだけじゃなくて、ボーイング727、737あるいはバイカウントとかフレンドシップ、ずいぶんいろいろ飛行機を買ってまいりました。しかし、その過程で、民間の会社が飛行機を買うのに何か政府の高官に賄賂が払われて、そういうようなものが原価に入っているのだというようなことは、夢にも考えたことございませんで、疑ったこともございませんでした。いまになっていろいろなことが報道されて、こういうようなことを知らないで買ったのはおまえ大ばか者だ、あるいは、まことに軽卒千万じゃないかと言われれば、そこまで見破ることができなかったということは、それはいかなる御批判も受けますけれども、私ども民間会社で育ってきておりまして、自分の会社の飛行機を買うのに何も人から金をもらって買うわけじゃありませんから、そういうようなことがあるということは本当に予想もいたしておらなかったことでございます。 右、お答え申し上げます。
○楢崎委員 いろいろ言われましたが、結局見破ることができなかった、こういうことですね。そして、その賄賂の金が含まれた購入費を、減価償却として今度は運賃にかけて、それをおたくが回収をなさるわけですね。この運輸省決定の国内定期航空運送事業の運賃原価算定基準の中に、価格構成の中に航空機減価償却費というのが入っております。これは航空機材の減価償却費、結局航空運賃の中に、トライスターの運賃の中に入っているのですね。そして、運賃を適正なものとして利用者に押しつけた運輸省も運輸省だと思うのですけれども、きょうは運輸省、おりませんから——そういう仕組みになっておるのですね。これは私は非常に責任のあるところだ、このように思います。 そこで、先ほど若狭証人にお伺いいたしました。いまも塩谷委員の質問を聞いておりまして、もう一遍DC10のオプションの点を明確にしてもらいたいと思うわけです。 私が先ほど若狭証人には、ダグラス社のロングビーチ工場におけるこのDC10の組み立て仕様をお見せしました。ARA、これはダグラス社における全日空の略語であります。つまりさっきも言いましたけれども、エアクラフト・リザーブドフォー・オール・ニッポン・エアウエーズ、つまり全日空先約機であります。これが、二十九と三十三という番号がその仕様書の中に載せられて、あるわけですね。この仕様書は、先ほどちょっと抜かしましたけれども、実は昭和四十六年九月二十日の仕様書なんであります。いいですか。それは後ほどあなたにも資料としておあげしてもよろしゅうございますが。そこで結局は、先ほどもあなたは、大庭社長からそんなDC10をオプション、つまり製造番号を二、三機押さえるというようなことは絶対なかったと、証人自身が大庭さんからお聞きになったのですか。
○渡辺証人 当時、大庭さんから飛行機のことにつきましては一切私に話ございませんでした。
○楢崎委員 それじゃ、大庭さんが念書を交わされたかもしれないということは、あり得るわけですね。
○渡辺証人 私は大庭さんから聞いておりませんからわかりませんけれども、大庭さんは全日空の社長でございますから、社長としていろいろおやりになったことであれば、少なくとも、常識的に申し上げますならば、副社長とかあるいは重立った者にそういうことをしたというふうなことをおっしゃるのが常識だと思いますけれども、私は当時そういうことを一切聞いておりませんでしたし、また若狭副社長も当時、私には大庭さんから全然聞いてない、それで自分が社長になったときにいろいろよそから風聞が入ってくるので相手の三井物産に聞いてみるのが一番いいだろうということで、社長に就任したときに先方の社長に聞いたら、そういうことは一切ございませんということを聞きましたので、私は若狭社長の言を信用いたしております。
○楢崎委員 このDC10のオプションのことに関してはずっと論議されまして、非常に疑問の点が現実に出てきておる。そこで、大庭前社長なり三井物産の当時の責任者等々をお呼びしてお聞きしないとその辺の食い違いというものが明らかにならない。私は物的な証拠を先ほどお示しをしてその点をお伺いしたわけであります。 実は、大庭前社長は、私ももう一遍念を押そうと思ってお電話をしましたら、大島におとといから釣りに行かれておって、きょう六時半ごろしかお宅に帰られぬそうですから、これはもうお聞きすればすぐわかることであろうと思います。 そこで、「全日空ニュース」というのを出されておりますか。
○渡辺証人 「全日空ニュース」というのは、私存じませんが、まあ会社では社内報、それから広報が、たとえば新しい機種が決まると、あるいはその他いろいろなときに、この広報資料として配るものはございますが、おっしゃる「全日空ニュース」というようなのは、ちょっと存じません。
○楢崎委員 これは全日空広報室の発行でありまして、四十七年十月三十日付、まさに機種をトライスターに決定をされた日でありますが、この四十七年十月三十日付を見ますと、いろいろな経過が述べられた中に次のような記事があるはずであります。「運輸省、導入時期の延期を指導」「備考欄 供給過剰、資金、性能確認等時期尚早、四十九年度以降導入時期再検討」といった、備考欄にそういうことが書いてある。つまり、われわれは重ねて言いますけれども、DC10に一度オプションされておる。三井物産はすでにダグラス社に対してそのDC10を先約、先買いまでしておる。それがどうしてL一〇一一に移っていったか。この辺は問題を解くかぎになりますから、この点について、なおこれらを中心にして横路委員から関連質問があります。
○正示委員長代理 次に横路孝弘君。
○横路委員 そうすると、あなたが選考の準備委員会の委員長になったのは四十五年の六月ですか。副社長になられたとき……。
○渡辺証人 副社長になったときじゃなくて、若狭副社長が四十五年の五月末の総会で社長になりまして、私は当時専務取締役でございますから、専務取締役の時代に委員長になったわけです。翌年副社長になっております。
○横路委員 あなたが選考委員長になった当時は、いつまでに機種を選定するということで作業を進められておったのですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 その当時、いつまでに作業を終わるということはございませんでした。
○横路委員 そうすると、いつまでに作業を終えるという目的なしに選考委員会というのは発足して、あなた方一体何の作業をやっておったのですか。
○渡辺証人 これは選定準備委員会をつくったときには、当時の旅客の需要増というような問題をとらえまして、昭和四十七年ごろにはこれはやはりお客が相当ふえてくるだろう、そのときにはやはりこの大型機を何機か入れるのがいいんじゃないだろうか、そういうことで至急に検討を開始する必要があるだろうということで開始したわけです。ただ、いつまでに調査をまとめるとかそういうようなあれはございませんでした。
○横路委員 四十七年までに入れるということであれば、機種決定の時間というのはおのずから限定されるんじゃないですか。先ほどの若狭社長の証言ですと、その時期というのはいつまでに決めるという時期は何か決まっておったようですよ。あなたは御存じないのですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 四十七年に需要から言えばやはり必要になるんじゃないか、そうしますと一体決めてから入れるまでにいろいろ準備はどのぐらいかかるかというようなことも、その当時ははっきりしてなかったです。ただ大ざっぱに言えることは、やはり相当な期間が要るだろう、まあ大体二十ヵ月程度は要るんじゃないだろうかというようなことが言われておりまして、一応そういうことで選定は開始したわけです。ところが、選定を開始いたしましていろいろ調査を進めているうちに、大体半年もたつかたたないうちに需要が非常に激減してきたわけです。 そういうようなこともございまして、この需要の見通しというようなものについてもっと見直す必要があるというようなこと。それから社内のいろいろ準備体制も、やるのに思ったよりも時間がかかるんじゃないか。ですから、いつ入れるかという時期を含めて、この新機種選定準備委員会でひとつ十分議論を尽くして調査検討しようじゃないかというようなことが経緯でございます。
○横路委員 そういうことに、いまあなたの御発言のようなことになったのはいつごろなんですか。
○渡辺証人 明確な日時は私記憶しておりませんけれども、大体四十五年度、私が五月の末にこの委員長になったと思いますが、その年の大体年末ごろには、これはやはり時間をかけて需要面その他いろいろな社内の体制面ですね、もっと真剣に考慮して選定を進めるべきであろうというような空気が委員会の中に非常に強くなってまいりました。
○横路委員 なぜこういう御質問をするかというと、いわゆるアメリカ上院の証言の中にロッキード社のコーチャン氏が、要するに、ライバルの747とDC10に大分おくれたというのでその決定を延ばす、つまり、われわれは要するにわが社の航空機がどんなものであるかを見るために待つべきだということを、対日工作として一生懸命説得をやった、そして時間かせぎが必要だったのだということを言っているわけですよ。いいですか。したがって、この辺のところがいま問題の焦点になっているからあなたにお尋ねをしているのです。 四十五年の末にはもうそういう延期をするということを決めておったというお話だったけれども、全日空で四十五年の十二月に出された昭和四十六年から昭和五十年度までの経営五ヵ年計画、この経営五ヵ年計画を見ると、四十七年度には三機入れる、昭和五十年度までに十八機入れるという契約が、各年度別、路線別に全部出ているじゃありませんか。あなた、そういうでたらめを言っちゃだめですよ。こういうものがあるでしょう。これは御存じでしょう。
○渡辺証人 お答えいたします。 いま御指摘になりました事業計画書は、これはやはり需要の見通しなどをいろいろ検討しまして、それによって会社が全部そのとおりにやるという計画書ではございませんで、長期の見通しを立てるためにそういう計画をしたわけです。 それから、その当時われわれが選定準備委員会で検討しておる時期に初が就航を始めておったわけです。日本航空でも大体四十五年の多分七月だったと思いますけれども747を使い始めたわけです。先ほど私が航空機の初期故障ということを申し上げましたが、もうあの当時はボーイング747は毎日のようにエンジントラブルがありまして、あれを使い始めたパンアメリカンにしろあるいは日航にしろ、そういうような事実がたくさん出てきたわけです。ですから新機種選定準備委員会としては、やはりこういう飛行機を決める、特に新しくできる飛行機というようなものについては、これはやはりいろんな実情を踏まえながら、実績も見ながらよく慎重に検討していく必要があるということが大体皆の空気でございました。
○横路委員 あなたはこれを御存じなんでしょう。社外秘になっていますけれどもね。いいですか。ちょっと確認してよろしいですか。
○正示委員長代理 ええ。
○横路委員 機体計画のところですね。御存じでしょう、これは。知っていますね。
○渡辺証人 知っています。
○横路委員 知っておるようでありますから、そうすると何もこんなものは、あれでしょう、きちんとした五ヵ年計画でしょう、これは。だからそういうでたらめをおっしゃっちゃ困りますよ、この場で。
○渡辺証人 私はでたらめを申し上げているわけじゃありませんので、わが社の事業計画、長期計画はそのとおりに全部実行されているわけじゃございません。ただ会社として長期的にいろいろ仕事を展望しながらやっていかなきゃいかぬということで、いろいろな需要予測をいたしまして、そういうものを一応基本に描きながら実情に応じて毎年毎年の計画を立てていく。そういう一つの計画でございまして、そのとおりに全部わが社の計画はいままで実行されてはおりませんので、念のために申し添えておきます。
○横路委員 私がなぜ言っているかというと、あなたは、四十五年の十二月までにもう延ばすということを決めたというわけでしょう。四十七年導入ならば機種の決定は少なくとも十八ヵ月前ですから、十八ヵ月前というと四十六年の一月、二月までには機種決定しなければいけないのですよ。そういう段階であなたの方の作業は動いていたはずです。ところが、今度のアメリカ上院の証言によると、児玉氏に対してロッキードから、四十六年の一月、二月、三月というのは大量なお金が出ているのですよ。と同時に決定が延期になったわけです。四十九年かどうか、それはまだわからぬけれども、先に延びているのですよ。したがって、その辺のところをあなたにお尋ねをしているわけです。 時間がありませんので次の質問に移っていきますけれども、ロッキードのコーチャン氏には会ったことがあるかどうか。会ったとすればいつ会ったのか。それからあなた方と丸紅との間の窓口は一体だれだったのか、これを明らかにしてもらいたいと思います。
○渡辺証人 お答えいたします。 ロッキードのコーチャン社長には会ったことはもちろんございます。最初に会ったのは、はっきり日にちは記憶しておりませんけれども、会社にやはりロッキードについてのPRにお見えになったことがございまして、これは社長初め会社の幹部と一緒に会社でお会いしたことがございます。それから、何かこっちへ来ている間にどこかでパーティーか何かございまして、それに、これはまあ全日空だけじゃなくて、いろんな航空関係の人が招待されまして行って、そこでお会いしたことがございます。また、機種が決定されましてから、私はロッキードの工場に製作状況を見に行ったことがございまして、そのときにコーチャン社長からこの製作の実態を、工場をずっとついてもらいまして、案内を受けて、自分のところの飛行機がつくられている状況を見せてもらったことがございます。あと一、二回東京でお目にかかったことがあるのじゃないかと思いますが、これはいずれも会社で、何人かでお見えになって、私一人じゃなくて、当方も会社幹部何名かでお会いした記憶がございます。
○横路委員 丸紅の窓口は、ちょっと簡単に答えてください。
○渡辺証人 お答えいたします。 丸紅の窓口は、私は、全日空の調達施設部というのはこれが購入の手続をやっておりますから、調達施設部の責任者だと思っております。
○横路委員 大久保氏や伊藤氏には会ったことがありますか。
○渡辺証人 お答えします。 伊藤さんという方には会ったことございません。それから、大久保さんには……(横路委員「あったかないかだけ」と呼ぶ)会ったこと一回くらいございます。
○横路委員 それから小佐野氏との関係なんですけれども、あなたは年に何回くらい会っていますか。
○渡辺証人 小佐野さんには年に一、二回お会いした程度でございます。
○横路委員 先ほどの若狭さんの証言ですと、全日空のいろいろな会社の運営そのほかについて指導、助言をいただいている。とりわけ航空三社の関係ですね、たとえばこのエアバス導入の時期に問題になっていたのは全日空が国際線に進出するかどうかというようなことですけれども、そういうようなことを含めていろいろと指導、助言をいただいているという証言がありましたけれども、この機種選定について日本航空との間に調整を行いましたね。これは事実あるかどうかお答えください。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 大型機の導入問題につきましては、政府から、相なるべくは日航、全日空、国内線に使う大型機はできるならば同じ型式の方が非常に合理的、能率的にいくんじゃないか、よく話し合って決めてもらったらどうか、ただあくまでも民間の会社だからいろいろ事情があろうから、これは会社の御随意であるけれども、まあよく相談してやってくださいというお話があったと思います。それで、日本航空会社との間では、私が窓口になりまして、何回か大型機の問題でお話し合いをいたしたことがございます。
○横路委員 そのときの日本航空側の窓口はどなたでしたか。
○渡辺証人 日本航空のその当時の窓口は現在の高木副社長さんだと思っております。
○横路委員 機種選定の具体的な作業についてそういう日本航空と打ち合わせを始めたのはいつごろからですか。そして最後の会議はいつですか。
○渡辺証人 日にちは私実ははっきり覚えておりませんが、数回お話し合いしたことがございまして、最後はこれは恐らく四十七年の多分十月ぐらいじゃないかと思っておりますけれども、はっきり記憶しておりません。
○横路委員 それは日本航空の高木さんとあなたと二人だけでお会いになったのですか。
○渡辺証人 いや、これはいつも二人だけじゃなくて、私の方は私が責任者になりまして、先方は高木さんが主になりまして、大抵一人か二人係員がついてお会いしたと思っております。
○横路委員 それは、そのときの内容は、機種選定についてお互いにどんなふうな話し合いをしたのですか。選定を進められておるわけでしょう。
○渡辺証人 これは、お互いにできれば同じ飛行機がいいに越したことはないけれども、自分の方はいろいろな角度から調査している、向こうも調査しているということで、両方とも最後までどの機種に決めたという話し合いはなかったわけです。
○横路委員 この辺の質問も、実はアメリカ上院の証言の中で、使用している、つまりトライスターを使用している航空会社ばかりでなくて、複数挙げておって、先ほど来の証言の中では、現実に日本航空と全日空とのいわば作業は共同で行われて、十月三十日それぞれの機種の発表になったということがあるものですから、その辺のところをお尋ねをしておるわけです。 最後に二つほど。二月四日、今月の四日ですね、この前アメリカ上院の証言の中に名前が出ておりますエリオット氏が全日空にお邪魔をして、次の日に帰国になったということでございますが、これはどういう用事で来たのでしょうか。あなたは会われましたか。
○渡辺証人 お答えします。 私、全く会っておりません。——全く会っておりません。
○横路委員 だれが会ったかわかりませんか。
○渡辺証人 私は、エリオットが来たことも知りませんから、だれが会ったかも知りません。
○横路委員 最後に、ID社というのをあなたは御存じですか。
○渡辺証人 全く存じません。
○横路委員 先ほどの質問にちょっと戻るのですけれども、型式証明が出たのが四十七年の四月ですね、トライスターについて。それから、そのトライスターについてのFAAの型式証明が出た後で、当時の佐藤運輸政務次官が入って日本航空との間に機種の話が始まって、そして四十九年導入というのはそこで決められたというふうに聞いておりますが、これは事実間違いございませんか。 〔正示委員長代理退席、委員長着席〕
○渡辺証人 お答えいたします。 佐藤政務次官の関係の運輸大臣通達というのが出て、これは機種だけじゃなくて航空政策全体にわたるいろいろなことが書かれておるわけでございますが、その中に、大型機は四十七年の四月以降とするというように書かれておったと思います。それまでは、いつ入れるかというようなことにつきまして日航ともいろいろ話し合っていたわけでございますが、四十七年以降ということで、大体これは四十七年度以降に入れればいい、こういうことでございます。
○荒舩委員長 時間が来ていますから、簡単に願います。
○横路委員 それを結局勝手に、運輸政務次官の方から出てきたのじゃなくて、あなたの方と日本航空で初め話し合いをして、運輸政務次官も入って、そこでそういう四十九年導入という時期を決めたのではないのですか。
○渡辺証人 導入の時期については日航とずいぶん話し合いました。これは、全日空といたしましては、需要の問題それから社内体制の問題、準備がいろいろ要る。日本航空は、また国際線用の747を持っていまして、いつでもそれを入れられるような情勢にありましたので、私どもは、そういうものを国内線には急に入れられると困るのだ、だから、国内線専用に大型機を入れる問題については十分話し合って、同じ時期に入れてもらいたいということは、これは前々から日航に申し上げておりました。
○横路委員 これで終わります。
○荒舩委員長 これにて楢崎君、横路君の発言は終了いたしました。 次に東中光雄君。
○東中委員 最初に一言申し上げますが、小佐野氏に対する私の質問の一部について、塩谷委員から委員長に対し取り消しの要求がありましたので、この際、私の質問の趣旨を明らかにしておきたいと思います。 政治団体である岳陽会が日本電建から三千万円の政治献金を受けていることは自治省への届け出で明らかであります。岳陽会の代表者は、増原恵吉氏の政治団体、内外政治経済研究会の会計責任者でもあります。また、ここに持ってまいりましたが、この「政治資金全書」というのがあるわけですが、これによりますと、この政治団体岳陽会は増原恵吉議員一人を挙げていることであります。そういうことを根拠にして質問したものでありますので、この点を申し上げておきたいと思います。
○荒舩委員長 いや、ちょっとお待ちください。後で調べて、ちゃんと黒白をつけます。
○東中委員 それで本来の質問に入りますが、御承知のように、アメリカの上院外交委員会の多国籍企業小委員会で、フィンドレー氏は、あのピーナツ百個一億円問題に関連をして、政府当局者と得意先の航空会社の双方に支払いが行われていると聞いていると、こういう証言をし、チャーチ委員長が、日本政府当局者と、ロッキードから買い入れるかあるいは買い入れる予定の日本の航空会社の代表の双方に支払いが行われたのだねと聞いたのに対して、イエス・サーというふうに答えております。これは、この証言は、明白に全日空に対しても支払ったんだという趣旨であることは明瞭でありますが、そういう点について、全日空の副社長としてその事実についてお聞きしたい。
○渡辺証人 お答えいたします。 私は、そのような金は一切受け取っておりません。
○東中委員 会社にと言っているわけですが、あなたじゃなくて、会社にという表現でありますが、その点はいかがですか。
○渡辺証人 私は受け取っておりませんし、また会社も、そんな金は受け取っているとは私は思っておりません。
○東中委員 思っていないとおっしゃったのですが、受け取っていないと断定はされないわけですね。
○渡辺証人 お答えいたします。 社内でそういうことはだれからも聞いておりません。
○東中委員 事は、国会における宣誓証言であります。一方はアメリカの国会におけるアメリカ国民、世界が注目しているような証言でありますし、ここでもまた、いま日本国民がその点について非常な関心を持って注目している中での宣誓証言であります。だから、真実を述べることを強制されるこの宣誓証言で両方が完全に食い違っているというのでは、これは疑惑は依然として消えないということになります。この点についてあなた方はどういうふうにされますか。特別にロッキードの関係者から全日空がそういう不当な攻撃を受けるような、そういう条件というようなものでもあるのですか。その点いかがでしょう。
○渡辺証人 お答えいたします。 ただいま申し上げましたように、私はそういう金を受け取っておりませんし、また、会社の中でそういう金を受け取ったというようなことはだれも申しておりませんし、私もまたそういうことはないと確信しております。 なお、ロッキードに何かあるかというお話ですが、ロッキードには私どもは正々堂々としていろいろな交渉をして、品物も見せてもらい、調査研究をして買ったものでございますから、ロッキードに対して何にもひけ目も感じませんし、私どもは、ただ飛行機を買った立場から言えば、あの会社のお得意さんであるというふうに考えております。
○東中委員 それならロッキードが不当に偽証までしてあなた方を攻撃するような証言をする理由はないということになるわけです。理由なしにそのロッキードが自分の会社の存亡にもかかわるような、あるいは社長、会長が辞任するというようなことにもなりかねないような、そういう不利な証言をわざわざなぜやったのか。そういうことは考えられないわけであります。ですから、どちらも同じことについて何ぼ声を大にして言っても、その点は疑惑はどうしても残るということを申し上げておきたいわけです。その点についての事実をはっきりとされるべきじゃないかというふうに思います。
○渡辺証人 お答えいたします。 繰り返して申し上げますが、さようなことは全くございませんし、全くロッキードの会社がどうしてそういうようなことを言ったか、私も全くわかりませんし、まことに残念至極だと考えております。
○東中委員 機種選定の経過についてお伺いしますが、昭和四十五年の初め、一月ごろに大庭社長がオプションをダグラスの来日代表に出した。そして大庭社長自身がサインをしたという事実を私たちはつかんでおるわけでありますが、三井物産ではなくて、大庭社長が直接やったんだということでありますが、そしてそのことは、当時の若狭副社長も関係の人たちも知っておるはずだというふうに聞いておるのですが、あなたはそれを御承知ですか。
○渡辺証人 私は、その事実をその当時全く聞いたこともございません。
○東中委員 それは別の方法でまた明らかにしたいと思うのでありますが、次いでお伺いします。 昭和四十四年の十月七日、当時の手塚良成航空局長が記者会見をやって、日航、全日空が検討を行っている次期大型旅客機の導入問題について、両社が次期導入機について機種統一を行うよう強力に行政指導を行う方針だということを記者会見で言っていることが報道されております。そういう記者会見があったこと、あなたの会社に直接関係することですから御承知だと思いますが、いかがですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 私は全く記憶いたしておりません。
○東中委員 あなたは御存じなくてもこういう記者会見があったことは事実ですが、この立場でいきますと、強力に行政指導を行う方針だということを政府は、運輸省は発表しているわけですから、その後、当然強力に機種統一を図るための行政指導があったはずなんですけれども、ございましたか。
○渡辺証人 ございません。ただ、(「あった」と呼ぶ者あり)いや、強力にとおっしゃいましたので、そういう強力の行政指導というものはございません。ただ、当時運輸省から、大型機は相なるべくは日航と全日空が同じ機種を選べばいろいろな面で効率的にいく、だから十分相談してやっていただきたい、ただおのおの会社としては路線の構成も違うからそれは自主的に判断してやっていただいて結構なんですと、こういうお話がございましたことは事実でございます。
○東中委員 そういう行政指導は、いつまであったのですか。
○渡辺証人 なるべく同じ飛行機がいいということは、四十七年にあってからもあったと思います。それで、日本航空と私の方はいろいろ、できれば同じ飛行機にならぬかというようなことでずっと相談していたことはございますから、ですからそういうことは四十七年まであったと思います。
○東中委員 四十七年といえば、その間にいろいろなことがあるわけですが、まさか四十七年の暮れにあったわけじゃないと思うのですが、いつまであったのですか。
○渡辺証人 いや、それはしょっちゅうあったとかなんかいうのではなくて、役所で一番最初のころに、相なるべくは同じ飛行機がいいんじゃないかと、しかし、先ほど申し上げましたように、これはあくまで会社のことだ、だから十分研究してやってもらえばいい。それを何回も何回もあったという意味ではございません。
○東中委員 あなたの証言はいま食い違っています。現在、いま言われたのは最初のころと言われた。その前の証言のときは四十七年まで、こう言われた。四十四年から四十七年までと言ったら、四十七年はもう最初のころじゃなくて終わりのころでしょう。証言が食い違っています。だから、四十七年のいつごろまでそういう指導があったのか、こう聞いているわけであります。
○渡辺証人 四十七年に入ってから特別に呼ばれてあったというようなことはございません。前にそういうことがあって、両社でよく相談してやってくれというお話があって、引き続いて日航と相談してやってきまして、四十七年の、はっきりした日にちは覚えておりませんが、最終的に、両方の会社いろいろ相談してみたけれども同じ機種を選ぶわけにはいかなくなりましたと、せっかくのお話でございましたがそういうことになりましたのでということを報告したことはございます。
○東中委員 四十七年の三月二十四日の予算委員会現在では、当時の内村航空局長はやはり機種統一の方向でいきたいということを答弁していることは御承知のとおりだと思うのです。だから、その段階ではそこまでいっているということだと思うのでありますが、いずれにしましても、あなたは行政指導があったと言われた。だれからあったのでございますか。
○渡辺証人 私、名前はもう記憶しておりませんが、当時のやはり、私ども監督を直接受けるのは航空局でございますから、航空局のどなたかからお話があったと思います。
○東中委員 国会で答弁をしていること、そういうことについて実際にやられておる内容が、だれかわからぬ人が何かちょっと言うたんだというふうな形で、あなたは、政府はそういう姿勢でおったということをいま証言されていることになるのですが、そんなものですか。
○渡辺証人 私、何分、前のことでございますので名前を一々覚えておりませんけれども、当時の航空局の幹部の方からそういうお話があったと思います。
○東中委員 きわめて無責任な証言で、はなはだ遺憾であります。一方でそういう行政指導があって、そして四十七年の七月三十一日、全日空の機種選定委員会では結論は出なかったわけですね。その点はいかがですか。
○渡辺証人 全日空の機種選定準備委員会におきましては、四十七年の八月の末に最終的な報告を取りまとめまして社長に出したわけです。それまでは準備委員会としての最終の報告は決まっておりませんでした。
○東中委員 八月三十一日は結局社長一任ということになったと思うのですが、昭和四十七年の七月二十五日から開かれました日米通商協議では、エアバスの買い付けについては、日本側は日航などのエアバス投入計画は未確定要因を含んでいることなどから困難であるということになりました。未確定要因を含んでいる。ところが、九月一日のハワイにおける田中・ニクソン会談——インガソル・鶴見会談ですか、ここでは航空機の購入を計画中であるというふうにもうなっているわけですね。そしてこれが締結された際は、これら航空機の購入を容易ならしめる意向であると日本政府の態度を示した。また三十一日、一日前にそういう不確定要素はあったのが、この田中・ニクソン会談ではもう計画されて確定したものとして、日本政府の援助といいますか購入を容易ならしめる意向を表明している。この田中・ニクソン会談、鶴見・インガソル会談でこそロッキードの方向へ進めていくことが決定された、決定づけられたというふうに見ざるを得ないわけですが、この経緯にかんがみて、どういうふうにお考えですか。
○渡辺証人 お答え申し上げます。 その選定準備委員会で不確定と申し上げますけれども、その新機種が要らないとか、これは五十年になってもいいとか、あるいは五十一年度に入れてもいいとか、そういうことでなくて、これは四十八年度に入れたらいいか、四十九年度に入れたらいいか、そこら辺のところは十分検討する必要あるだろう。しかし、機種は二つの機種にしぼられてきておりまして、それで報告書を最終的に社長にいたしましたときには、準備委員会としてはこの飛行機がよろしい、そういう断定の仕方は、これは行き過ぎたことでありますからやっておりませんが、いろいろ調査研究して、この項目は片方の方が分がいい、この項目については片方の方があるいは分がいいとか、そういうことははっきり表にいたしまして出したわけでございます。
○東中委員 時間がございませんので……。
○荒舩委員長 これにて東中君の発言は終了いたしました。 次に近江巳記夫君。
○近江委員 先ほどの若狭社長、そしてまたあなたの答弁を聞いておりますと、機種の決定については全日空として自主的に決定をした、このことを何回も重ねておっしゃっておられるわけでございますが、いままでのこうした経過を見てまいりますと、きわめて政治的なそうした動きによって決定されておる、こういう疑いが非常に強いわけでございます。 いままでのこうした経過を一応申し上げてみたいと思うのですが、四十五年の一月の九日、全日空はエアバス選定委員会、若狭委員長を発足させた、四十五年の六月に若狭社長が就任、四十七年七月七日、田中内閣誕生、そして四十七年八月三十日新機種選定委員会で技術検討を終了し社長に一任した。これは先ほどからあなた何回もおっしゃっております。四十七年の八月三十一日から九月一日までハワイにおきまして田中・ニクソン会談、日米間の貿易不均衡是正のためエアバスなどの緊急輸入を決定しております。そして全日空は、この四十七年十月の三十日に一〇一一の導入を決定、発表いたしておりますが、その間、ハワイから帰ってきてから四十七年の十月十四日田中・檜山、これは丸紅会長でございますが、会談が行われている。これは田中総理の私邸で朝の七時から行われているわけです。さらに十月の二十四日には田中・若狭会談、そしてさらに先ほど私が申し上げましたように、美土路会長と当時の橋本幹事長の会談が行われておる。自主的に決定をするのになぜこうした政治的なそういう動きがあるのですか、これ。また若狭さんに質問したときに、あなたも田中総理のところに同行された。若狭さんは、あくまで表敬訪問である、そのようにもおっしゃっておったわけですが、もう一度お聞きしますが、そのときに一〇一一のそういう話はなかったのですか。また、この田中・檜山会談のことについてあなたはどう聞いておりますか。また美土路・橋本会談についてはどういう報告を受けておりますか。
○渡辺証人 田中総理に若狭社長と一緒に参りましてお会いしたときに、私は同行いたしております。これはちょうどその年は中国との国交が回復されまして、中国フライトが何回も実行されまして、私どもは多年国際線に出たいという宿願をこのチャンスにどうしても実現したいという気持ちがありまして、いろんなお願いをいたしまして、中国側にも御了解も得たりなんかしまして、御承知だと思いますが、何回も日本航空と同じように運航をいたしまして、中国に飛行機を飛ばしております。そういうようなこととか、それからちょうど田中総理にお目にかかる二ヵ月前ぐらいから、これは自民党の総裁としてのお立場だと思いますが、遊説に各地に行かれるのに、いろいろ時間的な関係がありまして私の会社をチャーターしておいでになったことがございます。そういうようなことがございましたので、私どもは中国フライトというものは全日空にとっては将来国際線に対する非常に重要な事業、これがこの何ヵ月間にいろいろやってきたので、やはりお礼を兼ねて、まだ一回もお目にかかっておりませんし、表敬訪問すべきであろうということでお目にかかった。私同行して参りました。ただ、たくさんの方がお待ちになっておりまして、何か入りまして、ほとんどもう、座ってすぐ立ち上がったという程度で、お礼を申し上げて出てきたというふうに私は記憶しております。
○近江委員 それであなたは、田中・檜山会談、また先ほど申し上げました美土路・橋本さんの会談については知らないのですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 その件については全然知りません。
○近江委員 知らないということを考えてみますと、あなた方が依頼しておる商社の丸紅の会長が会っておるわけでしょう。その人が田中総理と会っておるということにつきましては、当然こうした問題についての話が行われておることは間違いないと思うのですね。そういう点におきまして、あなた方の最高責任者としての立場というもの、非常に無責任であると私は言わざるを得ないわけであります。 まあこのように一〇一一の導入を決定発表するまでにあわただしくこうした政治的な動きがある。先ほどから自主決定でやりましたということを言っておりますが、客観的に見ましても、これは非常に疑惑があります。そして、この児玉氏が受け取っております莫大なそうした資金、あるいはまた丸紅を通じ、IDを通じ、巨額のそうした工作資金が流れておるわけであります。そうした土壌づくりということ、これは先ほど若狭さんに私質問したわけでございますが、そのときにも、この児玉さんの契約では最初に六機。三機から六機すれば十二億二千万という契約があるわけですね。そうしますと、この全日空がなぜ最初に六機を導入する。これは余りにも数値が合うじゃありませんか。なぜ六機というようなこういう数値が出たのですか。はっきりした、どういうわけで出たかという、その基準をひとつお示しいただきたいと思うのです。
○渡辺証人 お答えを申し上げます。 私はここに数字を持ってきておりませんが、機数はこれは事業計画、そういう会社のいろいろ計画に基づきまして、何年度に何機を入れるということをいろいろな角度から検討して決めたものでございます。 それから一言、私ども本当に残念でたまらないんですが、全日空が自分の会社の使う飛行機を決めるのに、これは大ぜいの方の生命を預かって運航する飛行機です。それからこの飛行機を決めるのに全日空全体の人間が本気になって研究して決めた結果が、これは外部の——どういうことがあったか私今度聞いていろいろびっくりしているわけですが、こういうようなことが、われわれが何にも知らないところでやったこと、それが、社外でいろいろ日にちが合う、そういうことで疑われているということは、私どもは本当に残念でたまりません。
○近江委員 副社長は残念でたまりませんということをおっしゃっておるわけですが、これは国民の皆さん方がだれ一人として払拭することはできませんよ。 それから、三井物産がいわゆるダグラス機を扱っておった、当時恐らく三機入れることができるであろう、ところが、それが白紙になって、ロッキード一〇二に変わってしまった。当時、この三井物産は全日空の株を相当持っておった、それを東急に売却しておるわけですよ。あなたのように、先ほどもお話がございましたが、正式な契約も何もなかった。相手が腹を立てた——私は株を売却したということは、腹を立てたという証拠だと思うのですね。そこには大きな政治的なそういう圧力があってひっくり返った、そこに示した一つの抵抗の姿だと思うのです。この株の売却問題についてあなたはどういう見解を持っておられますか。
○渡辺証人 お答えいたします。 三井物産に何かいかにも全日空が先に頼んだようなことがひっくり返ったために、三井物産が怒って株を売買したというようなぐあいに伺ったわけでございますが、全日空においては、いままで新しい機種を決めるときに、社長一人が単独で決めるようなシステムは、いままで私の知っている限り、創立以来そういう決め方は一回もしたことがなかったわけです。ですから、大庭さんが当時社長でございましたが、三井物産にどういうことを言われたかということは、私どもは大庭さんから何にも言われておらなかったわけですから、存じないわけです。ただ、巷間伝わるところによると、何か全日空向けの飛行機がダグラスの工場で生産の計画に入っているというようなことを耳にしたので、若狭さんが社長になりましたときに、三井物産の当時の社長さんに、何かいろいろなことが伝わってくるけれどもどうなんですか、自分としてはこの問題については大庭社長から何にも引き継ぎも受けてないし話も聞いてないんだ、しかし、いろんなところから話が聞こえてくる、どうなんですかと聞いたら、何にも全日空から頼まれておりませんよ、法律的にも道義的にも何にもありませんよと、これはやっているとすれば、三井があるいはどうしたのか知りませんけれども、そういうことを若狭社長が当時聞きまして、そして聞いてから私に、この間三井の社長に会ってですね、心配ですから聞いてみた、そうしたら三井の社長さんはこうおっしゃっていました、ですからこの件については、われわれは、これを決めるのは何も全日空が頼んだわけじゃないんだから、これでみんなで相談して決めていく、こういうことでございますから、私どもはそういう考えでやってきております。ですから、三井さんがどういうお気持ちで株をお渡しになったかは、私はその後三井の責任者に聞いておりませんから存じません。
○近江委員 関連で坂井委員が質問がございますので、お許しいただきたいと思います。
○荒舩委員長 坂井弘一君。
○坂井委員 きわめて重要な問題でございますので、最初に委員長に申し上げまして御配慮を煩わしたいと思います。 実は小佐野氏の証言、これに食い違いの事項がございます。大韓航空の趙社長の点につきまして先ほど私は証言を求めました。実は趙社長は小佐野氏と一緒に日本にやってきたという事実でございます。十二日、大韓航空五〇三便、ソウル一時三十分、大阪国際空港三時十五分到着であります。なお、M・オサノ氏、趙氏、これは入国管理事務所において確認をいたしております。したがいまして、理事会等におきましてどうか御協議いただきまして、証人の再喚問を含めてひとつ御配慮をお願いいたしたい、最初にお願いを申し上げておきたいと思います。
○荒舩委員長 趣旨はわかりましたが、理事会で相談します。
○坂井委員 そこで、趙社長と同道したという小佐野氏につきまして、小佐野氏が十二日午後七時に新横浜に着いております。渡辺さんにお尋ねいたしますけれども、十二日以降、小佐野氏にお会いになりましたか。
○渡辺証人 会っておりません。
○坂井委員 趙さんにはお会いになりましたか。
○渡辺証人 会っておりません。
○坂井委員 お二人から電話等で連絡がございましたか。
○渡辺証人 ございません。
○坂井委員 ジャパン・パブリック・リレーションズ社長の福田太郎氏を知っておられますか。
○渡辺証人 存じません。
○坂井委員 ロッキード・アジア・リミテッド日本支配人の鬼さんを知っておられますか。
○渡辺証人 存じております。
○坂井委員 存じていますね。
○渡辺証人 はい。
○坂井委員 三十三年、FX商戦から鬼氏がずいぶん活躍をされております。ハル、エリオット、クラッター氏、この席に児玉氏が同席をいたしております。この事実について、あなたは御存じですか。
○渡辺証人 全く存じません。
○坂井委員 では、もう一人聞きます。 ユナイテッド・スチール社のシグ・片山社長を御存じですか。
○渡辺証人 全く存じません。
○坂井委員 そのまま信用をして、この際は聞いておきます。 もう一点ございますが、最後にお尋ねいたします。 全日空の政治献金、あなたは御存じですか。
○渡辺証人 まあ政治献金というのは、ちょっとどういう意味か私わかりませんが、要するに後援会、いろいろございますね。ああいうものは社内でしかるべき稟議を経まして、そういう後援会などに会費を納めるというようなことは従来やっております。
○坂井委員 三十七年以降の全日空の政治献金、つまり政治家及び政治団体に対する献金一覧表を御提出いただきたい。提出いただけますか。
○渡辺証人 これは、帰りまして、そういう資料はあると思いますから、社長にもよく話をいたしまして——ちょっと委員長にお伺いいたしますが、おっしゃったような資料というものは、全部おっしゃったように出すのが国会のたてまえでございますね。
○荒舩委員長 それは……。
○渡辺証人 まあ会社としては、別に秘密にしているわけではございませんので……。
○荒舩委員長 私も法学博士でないから知らない、そんなことは。わかりません。
○渡辺証人 私は会社の社長でございませんので、おっしゃった趣旨は帰りまして社長にもよく話をいたしまして、その上で、また御連絡申し上げます。
○坂井委員 提出されるように理事会において御協議いただきたいと思います。
○荒舩委員長 理事会で相談します。 これにて近江君、坂井君の発言は終了いたしました。 次に河村勝君。
○河村委員 渡辺さんは、先ほどから機種選定問題について軌道修正はなかった、その理由づけとして、三井物産の社長以下と会ったときに、全日空側に法律的にも道徳的にも責任がないという言質を得たということを理由にして、それでDC10に対して何も決まらなかったのだから軌道修正もなかった、そういう主張をしておられますね。それは少し勘違いではありませんか。法律的、道徳的責任がないということと、しかし、何らかの形で機種選定に近いものが行われていたということが必ずしもないとは言えないわけですね。そうでしょう。あなた、伺いますけれども、三井物産があなた方から正面切って責任があるかというふうに聞かれれば、それは法律的にも道徳的にも責任はないと言うでしょう。しかし、あなたも航空業界で長く仕事をしてこられた人であって、一体代理店である商社が何にも根拠なしに、ただ完全なる自分たちだけの見込みで、それで十機に上る仮発注、これは相当なリスクを伴うものですね、そういうものをやるとお考えですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 私ども航空会社の常識からいきますと、新しい飛行機、しかもいま問題になっておるDC10とかあるいはトライスターというものは、従来の飛行機と違いまして第三世代の飛行機というので、設計から騒音の問題その他、従来の飛行機から相当飛躍した飛行機でございまして、こういうものを決めるときに、まあ二月や三月でそんな簡単に決まるものじゃないわけです。会社としては本当に時間をかけて、新しくこれからできる飛行機でございますから、できてきてからのいろいろなデータだって出てくるわけです。ですから、そんな簡単に決まるわけは社内の常識からいけばないわけです。 それで、四十五年の一月に新機種選定の準備委員会ができまして、それで会社としてはそこで初めて会社のあらゆる専門機構を動員して、これから慎重にやっていこう、こう言っておるときに、その場合に三井にDC10がいかにも決められたとかなんとかという話は、私どもの常識からいくと全くこんな非常識と申しますか、そんなことはあってはいかぬはずなんでございます。ですから、そういうはずは万あるまいとは思っておりましたけれども、念のために若狭社長が社長になったときに聞いたら、そういうことだ、こういうことだったわけでございます。
○河村委員 あなた方の社内の常識ではそうかもしれません。だけれども、私さっき聞いたのは、一般の商慣習として、さっき私も若狭さんにその点を聞きましたら、まれにという注釈をつけましたけれども、まれにはそういうある程度のサゼスチョンによって、それで見込み発注をする場合があるということをおっしゃいました。だから、この場合、会社の責任者、相当な責任者が、何らかの示唆を与えないにもかかわらず、そんなに大変なリスクを冒して三井物産が仮発注をするわけはない。そういう社内の常識ではなくて、一般の商売の常識としてあなたはどう考えるかということを私は聞いておるのです。
○渡辺証人 私は何回も繰り返して申し上げておるわけですが、社内で本当に機種を決めようと思って真剣にやっておるわけです。ですから、社外でどういう行動をとったか、私ども全然知らないことでございますから、何とも申し上げようがないわけでございます。
○河村委員 あなたは少し勘違いしておられるので、軌道修正したということは絶対言いたくないという決意を固めておられるようだ。しかし、軌道修正そのものがちっとも悪いのじゃないのですよ。軌道修正はあったって構わないのだ。それが正しい方法でDC10がトライスターに変わったのなら一向に構わないんですね。だから、そこにこだわり過ぎるから不自然な答弁をされるのです。 機種決定の権限があるのは社長でしょう。そうですね。
○渡辺証人 最終的に決定するのはもちろん社長でございます。ただ……。
○河村委員 いや、もういいです。 ですから、さっきも言ったように、大体いけそうだとか、まあ考えておりますとか、そういうような示唆くらいはなくて、それも責任者と言えば多分社長でしょう、そういうものがなくて、こういう見込み発注、大規模なものをやるはずはないという、そういう商売常識すらあなたはやはり否定されるのですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 私は、商社のことは内部にいたこともありませんし、推測で申し上げるわけにもまいりませんので、お答えいたしかねますけれども、あれだけの金額のものを、そう簡単なことで見込み発注というようなことも非常にこれは異常なことであるというふうに常識的には考えます。
○河村委員 まあそれ以上は言いようがないと思いますから、それで結構ですよ。 今度は別の問題を伺います。トライスターが正式に就航したのはいつですか。
○渡辺証人 ちょっとはっきりした日にちはあれですが、四十九年の三月だったと思います。
○河村委員 就航して間もなく、九月に、あなたの方のトライスターがエンジンが二つも一遍に故障して、それも引き続いて、そのために緊急着陸をしなければならなかった。それによって二週間ぐらい就航停止になったという事実がございますね。
○渡辺証人 お答えいたします。 そういうことはございました。
○河村委員 いろんな気象条件とかあるいは接触とかそうしたものではなくて、自然にというのかな、そうした外部からの要因がなくて三機のうち二機、エンジンが故障してしまって緊急着陸というのは異常な事態ですね。それで、エンジンそのものに対する疑いをかけられても相当仕方のない事故だと、われわれは技術者ではありませんから詳しいことはわかりませんが、常識的にはそう思います。先ほどからあなたは、また社長もそうでありますけれども、技術的にあらゆる検討をして、その結果トライスターを選んだというお話であったが、就航して間もなくこういうような事故が起こるというのは、本当に公正な調査をやられたのかどうかということについて疑いをかけられてもやむを得ないんではないか、そう思いますが、あなたはどうお考えですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 私どもは本当に十分調査して、調査の報告をまとめたつもりでございます。ただ、先ほども申し上げたんですけれども、新しい飛行機が出ますと、大体二、三年のうちにいろんな初期故障というものが大抵の飛行機は出てまいります。たとえば747、ジャンボですね、あれはやはり出た当時はパンアメリカンでも日本航空でも、もうひっきりなしにエンジンのトラブルがあって困ったのです。しかし、これはその都度その都度改善されましてりっぱな飛行機になっております。それからダグラスのDC10は、われわれが決める前にエンジンが二回吹っ飛んでいるわけです。それから、貨物ドアが飛びまして床が沈んで、操縦桿が切れそうになって危うく墜落しそうになったこともあるわけです。やはり飛行機というものは、そういうようなことがなければ一番いいのですけれども、そういうのがあって、それを改善してりっぱな飛行機になっていくわけでございます。
○河村委員 しかし、先ほどあなたも社長も、ボーイングやDC10にそういう事故があったので、だからトライスターを選んだと、そうおっしゃったはずですね。
○渡辺証人 初期故障というものはいろいろございますが、決める前にそういう非常に大きな故障があったわけです。特に貨物ドアの問題とかエンジンが吹っ飛んだというようなことについては、相当深刻な気持ちを受けたことは事実でございます。
○荒舩委員長 河村君の時間の範囲内で永末英一君の発言を許します。永末英一君。
○永末委員 証人に伺います。 大庭前社長の出身はどちらですか、全日空へ来られる前。
○渡辺証人 全日空へ来られる前は、日本航空の専務をやっておられたと思います。
○永末委員 DC10が問題になりましたのは、日航がボーイング747を採用するというような事態になったので、そしてそのためにダグラスを全日空で使いたいという趣旨のもとに、大庭社長から三井物産に話をかけたと聞いておりますが、事実ですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 大庭社長からそういうふうなことを聞いたことは一回もございません。
○永末委員 大庭社長の時代、あなたは専務でしたね。
○渡辺証人 私は、大庭さんがおやめになるころは専務でございました。
○永末委員 全日空は、こういう重大な話で社長が専務、副社長に相談しないのですか。
○渡辺証人 私は相談しなければいかぬものだと思っておりますけれども、相談されなかったということはまことに残念に思っております。
○永末委員 先ほども同僚議員から質問が一つございましたが、三井物産があなたの方の第三位の法人株主であったがその株を売ったということについて、三井物産がどう思っていると判断されますか。
○渡辺証人 私は、三井物産の方どなたからもこの問題について聞いておりませんので、私の推測になりますから申し上げかねます。
○永末委員 その経過から見れば、ある力が加わって軌道修正が行われたとわれわれは判断せざるを得ないのであります。 別の問題に移りますが、あなたは、ロッキードがこの問題について代理人を複数以上、三つ持っておるという事実について、アメリカの公聴会でお知りになったと思いますが、そういうロッキードのやり方についてどう思いますか。
○渡辺証人 お答えいたします。 どうしてそんなことをする必要があったのか、まことに不思議に思っております。
○永末委員 その主たるエージェントである丸紅の社長室長である伊藤宏氏が書いた領収証、ピーナツ百個ということに関して、あなたの会社に金が渡っているという証言が、ロッキードの会計監査人であるアーサー・ヤング社のフィンドレー氏から言われているのである。もしこれが事実といたしますと、あなたの主たる——あちらがでございますが、あなたが交渉されました丸紅という商社について、あなたは一体どういう評価をされますか。
○渡辺証人 私どもは丸紅がロッキードの代理店ということでいろいろ折衝しておりまして、私は契約の担当でも何でもございませんから、そんな丸紅の方にお目にかかったこともございませんから、どういう方かどういうことをおやりになったか全然承知いたしておりませんが、ああいうような、何か伝えられるようなことにサインというようなことは、ちょっとわれわれの常識ではおかしいんじゃないかというふうに考えております。
○永末委員 会社の社長室長という人が個人の名前の領収証を書く会社が、相手方の代理人としてあなたの方と折衝せられる、これはこういうケースですね。したがって、あなたの方にはそういう種類の会社が代理人としてふさわしいとお考えですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 いままで飛行機を決めるまでにいろいろ折衝したりお会いしたりした限りにおいては非常に仕事に熱心な方ばかりのようでございましたし、特に信頼できないというようなことは毛頭思っておりませんでした。ただ、今度何かこういうようなふうに発展しまして、巷間いろいろなことが伝えられておりますが、こういうようなことが私は事実じゃないというふうに信じたい気持ちでいっぱいでございます。
○永末委員 これで終わりますが、ロッキード社並びにその会計監査人であるアーサー・ヤング社の言明があります。これに対して全日空としては何らかの処置をとるおつもりですか。
○渡辺証人 お答えいたします。 私、社長ではありませんから、私一存でお返事いたすわけにまいりませんが、いままで国会に呼ばれるということで、いろいろな発言一切外部に対してやってまいりませんでしたが、今後こういうようなことが起きた後におきましては、会社におきましてこういうような事態にどういうふうにいろいろ関係のあるところに対処していくかということは、社内で十分検討して対策を練っていきたいと思っております。
○永末委員 終わります。
○荒舩委員長 これにて河村君、永末君の発言は終了いたしました。 以上をもちまして、渡辺証人に対する尋問は終了いたしました。 渡辺証人には長時間御苦労さま。 これにて本日の証人に関する議事は終了いたしました。 次回は、明十七日午前十時より開会いたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後五時二十一分散会