法務委員会 第13号
- 発言数
- 353 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1976/05/19
会議録
○大竹委員長 これより会議を開きます。 お諮りいたします。 本日、最高裁判所岡垣刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大竹委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————◇—————
○大竹委員長 法務行政、検察行政及び裁判所の司法行政に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。八木昇君。
○八木委員 いわゆる狭山事件について若干の質問をいたしたいと思うのでございます。 この狭山事件につきましては、裁判の公正を求めるということで各地方自治体でも相当多数の決議等がなされ、そしてこの事件については多くの問題があるということで、私どもは問題にしておるのでございますけれども、一口に言えば、予断と差別による違法捜査を初めから警察当局がやっておると私は考えております。しかも、一、二審の判決は、そのような予断と差別による違法捜査の結果持ち出してきました起訴内容を全面的に支持し、擁護しておる。私は、憲法違反であると実は考えておるのでございます。事件の内容につきましては、すでに政府当局でも概要は御承知だと思いますので、あらかじめ余り多く説明する必要はないかと思うのでございますけれども、若干申し上げてみたいと思います。 五月の一日の夕刻ごろ、狭山市におきまして中田善枝さんが殺害をされたという事件でございます。その後、死体が発見をされたのですけれども、中田善枝さんが通学をしていた入間川分校、それから未解放部落がございます菅原四丁目、江田昭二宅、佐野屋、そして石田養豚場、中田善枝さん宅、これがずっとほぼ一線につながっており、そして死体発見現場とも近い。そして中田善枝さんを殺害をしましてから、犯人が中田さんのお父さんに、金二十万円を持ってこい、五月二日の午前零時に佐野屋のところに持ってこいという脅迫状を送りまして、しかもそのときに警察当局は取り逃がしておる。その佐野屋のすぐ近くに石田養豚場があるというようなことから、もう最初からねらいを石田養豚場の三兄弟につけ、そしてその後そのアリバイが証明されるや、今度は石川兄弟にねらいをつけ、そうして予断と差別、偏見を持ってあらかじめ捜査をやった、こういうふうに言わざるを得ないのでございます。それはその当時の警察当局のいろいろな発表から私どもは判断をされるのでございまして、すでに犯人逮捕間近、もうちゃんと見当はついている、こういうようなことを事件発生後間もなく公然と警察当局は言っておるわけでございます。 ところで、お伺いをいたしたいのでございますけれども、そういうような予断と偏見を持って捜査をやったと私どもは考えるのでございますが、石川一雄さんを逮捕いたしまして、そうしていろいろな形で自白を強要しておるという疑いはきわめて濃厚でございますが、その取り調べの中で殺人現場やその他を図面でもって示させておるわけです。図面をかかせておるわけでございます。その図面に筆圧痕がございます。後で申し上げますけれども、二枚ざら紙を重ねまして、上の方で図面をかいて、そうして二枚目に薄い筋が写りますが、その上をなぞらせておる、こういうことがあるのでございます。私は、一般論としてこの際はお伺いをいたしますが、要するに、一つの薄い筋なら筋を引きまして、その上を鉛筆でずっとなぞらせて図面等をかかせる、そのようなやり方をやることは、警察のやり方として正当であるかどうか、その点をまず、警察庁の方にお伺いをいたします。
○鎌倉説明員 お答え申し上げます。 本事件は三十八年に起こったわけでございますが、三十九年の三月に浦和地裁におきまして第一審判決がございまして、その後控訴されまして、四十九年の十月に東京高裁で二審の判決が下っております。ただいま御指摘のような点につきましても争点になりまして、種々論議されたわけでございますが、結論としまして二審の判示のとおりの事実で終わったわけでございます。さらに現在、最高裁で審理をされておりますので、裁判中でございますので、当事案について言及することは差し控えたいと思います。
○八木委員 私の質問そのものは一般論として聞いておるのでございまして、いまのように、たとえばボールペンならボールペンのインクが出ないものならインクの出ないもので筋を引くという場合もありましょうし、紙を二枚重ねて、一枚目の紙に図面をかいて、二枚目のところに写った筋、これに筋を引かせるというような形で犯行現場やその他の図面をいわゆる容疑者に作製させるというようなやり方というものは正当であるかどうか、このことについてお答えをいただきます。
○鎌倉説明員 ただいま御指摘のような事実というものは、捜査の過程では私どもはやっておりませんし、そういう方法は適当ではないということは自明のことでございます。
○八木委員 であれば、当然これは証拠能力も無論ない。そのような場合は証拠能力も当然ないということを警察としてもお認めでございましょう。
○鎌倉説明員 裁判の過程におきましては、そういう問題については非常に厳格に審理をされますので、個々具体的な問題について非常に厳格な判断が下されるわけでございます。供述につきましてはその任意性ということが非常に中心になりますので、いま御指摘のようなことはあるはずもございませんし、またそういうことが許されていいものでもないというふうに思っております。
○八木委員 私も、当然そんなことはあろうはずもないと思うし、それはいわゆる自白の、あるいは供述の任意性を全く踏みにじるものでありまして、虚偽あるいは架空のものである、かように考えるのでございます。ところが事実あったわけですね。 御承知だと思いますけれども、二審の裁判のほとんど終わり近く、最終弁論が始まるときに、地図は警察官がかいた下書きをもとにして石川さんがかいたものではないかという重大な問題提起が、弁護団からこの狭山事件についてあったわけでございます。ところが、そのときは、なるほどそういった筆圧痕があります、しかしそれは、この石川被告がかいたところの図面の写しをとるために、その鉛筆でかかれた図面の鉛筆の上を警察官が後からなぞって、そうして筆圧痕をつけたというようなことを検察側は主張をした。結果的に二審ではその主張が取り上げられたわけでございますけれども、この二審の有罪判決後、最高裁に石川さんのかいた地図を見に行った弁護団がさらに注意深くこの筆圧痕の問題を観察いたしましたところが、次のような事実に気づいたわけでございます。多くの図面に、濃い筆圧痕と並行をいたしまして全然別のもう一本の薄い筆圧痕があるということを発見したわけでございます。そのことは石川君本人が主張をしておるのでございますけれども、ざら紙二枚を敷いて上の方から遠藤警部が図面をかき、下の方の紙に写った薄い筆圧痕をなぞらされて図面をかかされたと本人は言っておるのですが、まさにそのとおり、ぴたりこれが裏づけられておるわけでございます。 でございまするから、最初の濃いものは、検察当局が言いますように、かかれましたところのものを後でその鉛筆の筋の上を筆圧痕をつけたものといたしましても、もう一つの薄い筋、これが問題であって、その薄い筋をあらかじめ警察当局がつけて、そうしてその上を鉛筆でなぞらせた、こういうことが明らかであると私は思います。と言いますのは、今度最高裁に上告趣意書を弁護団が出しておりまするけれども、その中で荻野さんという人の鑑定書もつけて出しておるのでございますが、あらかじめつけられたそのような筆圧痕の上を鉛筆で筋をずっと引いていったということが明らかな証拠には、その鉛筆でずっとかいてあります筋の中が空白、白くなっている。要するに、あらかじめつけられたところのそういう筋、その上を後から鉛筆でなぞっていったということが歴然としている、こういうふうにこの荻野鑑定は言っておりますし、だれが考えてもそれはそのとおりだ、私はこういうふうに考えるわけでございます。 そこで、この際最高裁にお伺いをいたしたいと思うのでございますけれども、そのような現在起訴をされておりますところの被告にとってはまさに決定的に重要なこの問題、その他にもたくさん問題がございますけれども、このような決定的に重大な問題が新たに提起をされておるわけでございます。これらにつきましてはやはり口頭弁論、そうして事実審理、これらを行うが当然である、このように私考えるのですが、最高裁の行政当局としてはどのようにお考えでございますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 ただいま問題とされております狭山事件は、委員御承知のとおりに、昭和四十九年十一月十五日に上告になって、現に係属中の事件でございまして、これが将来どういうふうに審理が進められていくかというふうなことは、われわれの立場から申し上げる筋合いではないというふうに考えるわけであります。
○八木委員 この事件そのものについて直接的にお答えはできないかもしれない。それは思います。しかし、参考までに私はいま狭山事件の一つの例を引いてここで説明をしたわけでございますが、たとえばこのような重要な、決定的な新しい事実が提起されておる、上告趣意書の中でもそのことが述べられ、そうして新しい鑑定書もそこに提起されておるというようなケースの場合、今回の狭山裁判について幾つかの疑惑に包まれておるし、しかももしいまのような自白の強要、そして殺人現場等についてあらかじめ筋を引いて、その上をなぞらしてかかせるなどというような憲法違反の行為があっておる疑いがあるという問題提起がされておる場合、今回の狭山事件に限らず、公正なる裁判を期するという最高裁の任務からして、単なる書面審理ではなくして口頭弁論、事実審理、これだけの手数を踏むのが当然であると考えるのだが、どうだということを聞いておるわけです。
○岡垣最高裁判所長官代理者 一般的にどうこうということであれば、最高裁判所の審理の仕方というものは訴訟法の上告編に書いてございまして、そしてこういう条文があるということを申し上げるだけになるわけでございます。事件そのものについては、先ほど申し上げたとおりに、私たちの方では何とも申し上げられないということで御了解願いたいと思います。
○八木委員 事件そのものについての判断を直截的に求めておるわけではないわけであります。それは無理なことは私も十分承知しておるのです。しかし、このような非常に重大な問題提起がなされておる場合に、最高裁判所としては当然口頭弁論、事実審理ということを行うべきではないのかという点を聞いておるのですが、再度お答えいただきたい。
○岡垣最高裁判所長官代理者 先ほどから申し上げておるとおりのことを繰り返す以外にないわけでございますけれども……(八木委員「繰り返すというのは、趣旨がよくわからないからですか。もう一度言ってください」と呼ぶ)先ほど申し上げましたとおりに、具体的事件に関連して何も申し上げられないことは御承知のとおりでございますが、ごく一般的なことで申し上げますと、訴訟法の規定ではこうなっておるという訴訟法の条文を読み上げるぐらいのことしかできないということを申し上げておるわけでございますが、もし、ではその訴訟法の条文はどうかということになりますと、たとえば四百八条をごらんいただきますと、これは、上告裁判所は不適法な上告はその決定で棄却するわけでございますけれども、そうでないものは弁論を開くかどうかということが問題になりまして、「上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。」、こういうことになっております。ですから、上告趣意書その他の書類によって、上告の申し立ての理由がないことが明らかであるかどうかということの御判断になるだろう、こういうふうに考えます。
○八木委員 まあ、押し問答をしてもいたし方ないと思いますから、くどく申し上げはいたしませんが、いまのような重大な決定的な問題提起等がなされておる場合、しかも、これが有罪ということになれば、これは非常な重大犯罪であって、その罪の重さにつきましても非常に重いものになる。その重大なる事件についてのこういった非常に決定的に重要な問題提起があっておるという場合、裁判は、その公正を期する意味でやはり十分に慎重な裁判をやってもらわなきゃならぬということを言いたいわけでございます。 この荻野氏の鑑定書によれば、実に十三枚もの図面に二本以上の種類の違う筆圧痕がずっとついておるという。これは恐るべきことであると私どもは考えておりますので、あえて国会の場でこのことを言っておるわけでございますから、その点を十分にお考えおきいただきたい、かように思います。 そこで、次の点でございますけれども、証拠を警察当局が作為の上でつくっているという疑いがこれまたきわめて濃厚である。で、私自身の判断からいたしますると、疑いではない、まさに虚偽の証拠を作成している、こう考えるのでございますけれども、これまでも多く言われておることでございますけれども、もう一度この場で明らかにしておきたいと思います。 いわゆる万年筆の問題でございますが、私も、実際に現場に行って調査をした上でなければ責任を持った発言もなし得ないと考えまして、ごく最近改めて現場を見に行ったのでございます。この石川一雄さんの家はもう小さな家でございまして、屋根も低い。したがって天井も低い。 それで、五月二十三日と六月十八日の二回、石川被告宅の捜索が行われております。そうして第一回目は、午前四時四十五分から午後七時二分に至るまで長時間にわたって十二名の警察官がくまなく家宅捜索をしております。そうして第二回目の六月十八日は、屋根裏までも捜索が徹底して行われたというふうに言われております。 そこで、万年筆が発見されたという場所の問題でありますけれども、これは玄関の入り口ではなくて、玄関の横のふろ場がありますところの板敷きの部屋、そこに入る入り口のところでございますけれども、この入り口を入りますと、土間ではありませんので、高さ五十センチぐらいの板敷きになっております。板の間でございます。その板の間に上がりますと、板の間に続いてふろ場があるわけでございます。この入り口を上がって、そうしてこの入り口のかもいに万年筆が、第三回目の捜索をやった六月二十六日にあった、こういうのでございます。そのかもいの高さは、私の背よりもほんの二十センチ高いくらいでございますから一メートル九十センチ、二メートルまではないわけです。かもいと言いましても、その木がへこんでおるのではない。ただもう普通の小さな木が横にある。こういう形になっておるわけでございますが、私は、そこに自分の万年筆を置いてみました。そうしたらば、もうその場所で万年筆が見えるのです。そのかもいの木の奥行きは五センチぐらい。石川さんのお父さんの話を聞くと、その五センチぐらいの一番奥の方ではなかったそうですか、一番奥の方に置いて、そうして私の背の高さではっきりと万年筆が見えます。現場に行って見てみれば一番はっきりするのでございますが、前に二回もこのような厳重な捜索をしておって、だれが考えても、その万年筆が見えないということはもうあり得ないです。それが第三回目の捜索の際に発見をされたというのでございますが、まことに奇怪千万だと私は改めて思いました。そのかもいの横幅もわずか二メートルぐらいです。高さは、いま申し上げた程度の高さ。そうして、私の目で、そこに万年筆を置いてみますと万年筆が見えます。かような奇怪なことがあり得るのか。 これは、もう長年仕事をしてこられた警察当局にお伺いをいたしますけれども、警察の家宅捜索というものはそんなものでしょうか。お考えをお述べいただきたい。
○鎌倉説明員 ただいま御質問の万年筆の問題につきましても、控訴審等で非常に取り上げられました問題でございまして、明確な判示がございます。具体的なことは差し控えたいと思いますが、一般論としましては、捜索は徹底してやりまして一度で全部済むというのがベストでございますが、当該事案につきましては、結果的に御指摘のように、二度、三度とやらなければならなかったということについては、非常に遺憾に存じております。
○八木委員 もう少し具体的に伺いたいのですけれども、われわれが常識的に考えまして、いまの土間の部屋と隣の部屋に二部屋しかない、そして天井の低い小さな家です。そこを十何時間も十何名もの警察官が捜索をして、そうしてその万年筆が発見できないなんということが警察当局の体制から見てあり得ると思いますか。しかもそのときに問題になりましたのは、そのかもいの端のところにこのぐらいの穴があります。むろんはっきりと見えるのですが、それはネズミ穴です。そのネズミ穴にかぶせてあった布きれを警察官がとって、そうして臭いと言っていやな顔をした。そしてもとのネズミ穴に入れた。そしてそのときに棧を手でなでて、こんなにごみがたまっておるぞということを言ったという事実も明らかになっておる。そのようなわずか二メートル幅のかもいで、そしてその二メートル幅の一番端っこのところにいまのネズミ穴があって、そしていまのような応答もなされている、警察官の発言があってというようなことから照らしましても、その万年筆が発見できなかった、そんなことが警察官としてあり得ることでしょうか。
○鎌倉説明員 ただいま申し上げましたように、捜索が結果的に一度で徹底して終わらなかったという点については非常に残念に思いますが、内容につきましては判示のとおりでございまして、具体的なことは判決にあるとおりでございます。
○八木委員 常識的に考えてそんな——事実その当時もその万年筆がそこにあったとするならば、発見できないなんというようなことは通常あり得ないというふうに警察当局もお考えになっておるというふうに理解していいですか。
○鎌倉説明員 当該事案につきましては言及することを避けたいと思いますが、一般論としまして、捜索一般といたしましては徹底して一度で終わるというのが理想であるということを申し上げた次第でございます。
○八木委員 そこで、先ほどのような御答弁をされると最高裁当局に非常に質問がしにくいのですけれども、やはりそれはいろいろな法律論で、最高裁の立場とかあるいは議会の立場、議会での言論の限界、最高裁の答弁の限界なんというようなことをいろいろしちめんどうくさく言えば、それはいろいろ議論はあるかもしれません。しかしこれだけ疑惑に包まれており、たくさんの問題点を含んでおるというこの狭山事件でございまして、この場でわれわれは意見を言う以外にないと考えて発言もしておるのですけれども、いまのような重大なる疑惑、警察当局が作為的に証拠をつくっておるのではないか。もしそうだとすればこれは大問題でございますが、そういうことについて、これは裁判としては実地検証、石川さん宅の現場検証といいますか、これをするのが当然だと私は思います。しかる上で裁判所というものは決断を下すのが当然であると思います。と申しますのは、私も実際一週間ほど前に——前に一度行ったことがあるのですが、改めて行ってみまして、本当にこれは現場検証をしてそこで裁判官が見れば、これはもうどんな人でもこれはおかしいということがわかるということを改めて私は感じましたので、どうでしょうか。そういった重大な問題が提起されておるときに、裁判所としては現場検証をやるのが当然だというふうに考えるのですけれども、その点、御見解を述べていただけましょうか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 これはやはり進行中の事件でございますので、どういうふうにするのがいいのか悪いのか、そういうことはここでは申し上げられないと思っております。
○八木委員 これは具体的に現場検証を狭山事件について石川宅についてやるかどうか、どういうお考えかと、こう聞いておるわけじゃないのです。いま申し上げたようなケース、これはたくさんの裁判ではあるのでございましょうが、当然裁判の常識として、そういう場合に裁判所は現場検証をやるべきものではないかという、そういう問いをしておるのであって、それに対して答弁を逃げられるというのはけしからぬと思います。
○岡垣最高裁判所長官代理者 具体的事件から離れますと、訴訟法で上告審はこういう手続でやるべきであるということは決めてございまして、訴訟法によりますと、上告審、最高裁判所というものは、憲法に違反しているかどうか、それから判例違反があるかどうかという点を審査するのが本来でございまして、証拠調べというふうなことは、訴訟法は原則として前提にはしておらないわけでございます。 ただ、ここに特別の場合としまして四百十一条に、四百五条というのが憲法違反あるいは判例違反の事由でございますけれども、それ以外の問題であっても、次のような「事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。」というわけで一号から五号までの事由が規定してございます。たとえば「判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。」とか、そういうふうにその各号に当てはまるかどうかということを、それを確かめるためにある程度の事実の取り調べということはあり得るわけでございまして、よく言われている松川事件で諏訪メモなんかを法廷へ顕出したというふうなああいう形の事実の取り調べはございます。しかし、検証だとか証人尋問だとかそういうことは、現在の訴訟法は予定していないと思います。
○八木委員 最高裁の場合のことを言っておられると思いますが、たとえば地方裁判所あるいは高等裁判所、一審、二審の場合についてはいかがでございましょう。
○岡垣最高裁判所長官代理者 それはその事件を担当する裁判所の裁量によりまして、これは事案の解明上必要であるということになれば当然検証いたすでありましょうし、必要がないとすればしない、そういうことだろうと思います。
○八木委員 それはわかった上で質問をしておるので、裁判所の裁量であるとか、それはわかっておるのです。当然いまのような、たとえば狭山事件のこの万年筆の問題のような——ほかにもたくさんあるでしょう、こういう重大なる決定的な問題提起がある場合に現場検証はやるべきものではないのかということについての見解を聞いておるわけです。
○岡垣最高裁判所長官代理者 これは先ほどから申し上げているとおりでございまして、その事件を担当する裁判官の判断というのはいろいろな事情を考えた上で決めるものでございますから、その前提として、これは必要なものであるから取り調べるべきであると言われる場合に、裁判所が必要であると思えば取り調べる、こういうお答えをするほかないと思います。
○八木委員 実は私は科学技術特別委員会の方でもちょうど時間が競合しておりまして質問しなければなりませんので、これで質問を終わりますが、後で同僚議員からの質問があると思うのですが、いまの万年筆の問題にいたしましても、東京高裁の第七十五回公判におきまして検察官提出のネガフィルムの中に出所不明の万年筆がございました。そしてそれを拡大して見ましたところ、その万年筆には中田というネームが入っておるのでございます。もともとこの石川宅で発見されたという万年筆そのものが果たして殺害されました中田善枝さんのものであるかどうかきわめて疑わしい、あるいはこれは中田善枝さんの姉さんの登美恵さんのものではないのかという非常に大きな疑いがあるわけでございますが、いま私が申し上げましたような東京高裁の七十五回公判において検察官から提出されたネガフィルムの中にある出所不明の万年筆の現物、及びそれに関する捜査書類について証拠開示の請求をいたしております。この件のみならず八十数項目にわたって証拠開示の請求を弁護人からしておるのでございますが、これだけ疑惑に包まれております狭山事件でございまして、検察当局が持っておりますところの一切の証拠等につきましては公にして開示する、そうして明朗にして公正な裁判が行われることを私は強く要求したいと思うのでございます。いま申し上げましたような万年筆問題について、裁判所が石川宅の現場検証要求すらも却下して独断的に判断を下すというようなことは、私は許されないという意見を持っております。最高裁判所に対しまして今後慎重に公正な裁判をやっていただきますように強く要請をするものでございます。具体的には口頭弁論、事実審理を行い、そうして全面的に証拠を開示して、公正な裁判をやってもらいたい、このことを要請いたしまして、私の質問を終わります。
○大竹委員長 和田貞夫君。
○和田(貞)委員 最高裁判所の時間の関係もございますので、まず端的にお答え願いたいのですが、最高裁判所は新しくこちらにできましたね。あれは表玄関というのは一体どっちですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 あれは皇居のお堀の方に面したところだと存じます。
○和田(貞)委員 表玄関から入る人はどなたとどなたなんですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 表玄関から入る人は、事件の関係人から裁判所の関係人から、あそこはだれでも通れるのじゃないかと思います。私は管理の責任者でございませんので、どういうふうな制限をどういう場合にしておるか、これはいろいろあると存じますが、実際の詳細はちょっと存じませんので……。
○和田(貞)委員 いま刑事局長が言われたように、裁判所の表玄関はだれでも通れるというたてまえであろうと私は思うわけです。ところがそうじゃないのです。私自身が裁判所に三回寄せていただいておりますが、ことしに入って一月の二十八日に、出るときに案内してもらった、ここから出なさい、なるほどな、これが玄関だなと思った。入るときにはそこから入れてくれない。まるで建物の外に——もちろん庁舎の管理上必要であろうと思いますが、ぴしゃっと鉄ドアで閉ざされまして、そうして入るのにやっこらさっこら、とにかくあっちに行け、こっちに行けということで、ようやく裁判所の中に入るというような状況が現実の姿なんです。いまあなたが言われたように、玄関はだれでも入れるというたてまえであるにもかかわらず、これはなかなか玄関から入るようには案内してもらえないというのが、現実なんです。そういうことでいいですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 経理局の関係で、私、担当しているわけでございませんので、詳細を存じておりませんから、その点あらかじめお断りしておきますが、ただ私が考えますのは、私も去年は東京地裁におりまして、例の高裁乱入事件というふうなのを担当したことがございます。長官室に乱入して、そして長官に対して暴行したような事件がございましたが、これはちょうど狭山事件言い渡しの前日だったと存じます。そんなふうで、いろいろな、正当な活動をしておられる方のほかにどのような方がまじってくるかもわからないというふうなことが心配されたり、あるいはほかのいろいろな事情で、やはり管理上こういうふうにした方がいいというふうに担当者が考えた場合には、いろいろな規制をすることはあり得ると存じます。具体的に委員御質問の場合に、いろいろ御迷惑をおかけしたということがあれば、私はそれははなはだお気の毒であったというふうに存じますけれども、一般的にそういう規制をすること自体については、ある程度やむを得ないであろうというふうに考えております。
○和田(貞)委員 私は、ちょうど去年の八月十七日の日だったと思いますが、前日まで党の調査団で朝鮮民主主義人民共和国の方に行っておりまして、帰ってきたら連絡がありまして、狭山事件の石川一雄君の体が非常に弱っておるから、保釈について陳情が大阪からかなり来ておられた。もちろん民間団体もありますが、行政官庁の方からも来られておった。連絡がありましたので、一緒に行けということで行ったわけです。ところが、いま申し上げたように、玄関、それから横の通用門、一斉に鉄の格子ドアで全部閉めてしまって、そしてなかなか入れない。裁判所の者かなと思って言いましたら、ガードマンなんです。権威を持たなくちゃならない最高裁判所になぜガードマンを置かなければいかぬのかということを私は一つ疑問に思ったわけです。したがって、直接裁判所の職員じゃないですから、衛士じゃないわけですから、話が通じない。一々ガードマンを通じまして庁舎の管理者に対して連絡する、またガードマンが持って帰ってくる。行ったり来たり、行ったり来たりしている間に、とうとう阿倍さんという職員がやってきました。そして、それだけいろいろ陳情に来られたんだったら、入ってもらうことは困るので、ここで陳情文を受け取りましょうと、こう言うんですよ。どういうかっこうするかというと、その格子戸から手を出して受け取りましょう、ですよ。これはガードマンじゃなくて、あなたの方の職員ですよ。まるで犬かサルみたいな扱いですよ。これ、どこの官庁へ行って、ありますか。いかに三権分立だと言うものの、最高裁判所の姿です。鉄格子から手を出して、ここで受け取りましょう、これが国民に対する姿ですか。そういう姿なんです。そこで、そういう姿をやれということは一体だれが言うたかということでその職員に尋ねました。そうすると、阿倍氏がいわく、第二法廷の本間首席だと、こう言うんです。本間首席、一回ここへ連れてこい、これは上司の命令でありますが、それ以上のことは言えませんと、こういうことであります。そういうばかな、失礼なことあるか、それなら百歩譲ろう、あなたの方の庁舎管理の規定や、あるいはいろいろな理由もあることだから、——そう百人も二百人も来ているんじゃないんですよ。十人足らずの陳情者です。これだけ炎天の中だから、陳情者に早く陳情の用を足すようにしてあげたいということで、私は百歩譲って、建物の中に入ることはひとつ譲りましょう、しかし、われわれがいま立っているところは道路じゃないか——最高裁判所の敷地の一部じゃない、道路だ。職員が敷地の中から手を出して、ここで受け取りましょう、こういう失礼なことはないじゃないか、せめて鉄格子のドアをあけなさい、国民の代表を中へ一歩入れて陳情書を受け取るというような最低限のこれくらいはできぬか、こういうふうに言うた。ところが、そのことについても、なお上司と相談しなければいかぬということで、行ったり帰ったりすること三回、ようやく何やかやと私が言ってから、二時間目に鉄格子をあけるんですよ。二時間たってようやく鉄格子をあけて、最高裁判所の敷地の一部に陳情者を入れて陳情書を渡す、こういう姿、これが最高裁判所の姿です。あなたは直接庁舎管理の責任者でもありませんし、最高裁の長官でもないわけでありますが、きょうは最高裁判所を代表して来ておられるわけでありますから、そういうような最高裁判所の庁舎管理、過剰な警備の中で庁舎管理をするというような姿、これはりっぱな姿であると言えるかどうかということを最高裁判所を代表してお答え願いたい。
○岡垣最高裁判所長官代理者 ただいまの問題につきまして、委員に対してこの当時どういうふうな具体的な対応をしたかということについては、私、的確に存じておりませんが、もしおっしゃったように、委員に対する態度として非常に失礼なことをいたしましたことがあれば、それははなはだ遺憾なことだと思いますが、現在は、陳情の方が来られる場合には、代表を選んでいただいて、事件受付で陳情書を提出するというふうな扱いをしておるようでございます。
○和田(貞)委員 これは内容を聞く聞かぬはあなたの方、陳情するという権利は国民にあるわけですよ。議員であるからというような扱いをしてもらいたくない、国民はひとしく陳情する権利があるんだから。(「主権者は国民だぞ」と呼ぶ者あり)その主権者である国民が陳情するその場合に、代表者であろうが、その陳情者をせめて庁舎の中に入れて陳情書を受け取る、こういう態度が好ましいのじゃないですか。そうあるべきだと私は思います。いま御答弁の中で、私に対して、議員であって失礼だというのじゃなくて、主権者国民に対して今後そういうようにあるべきだという考え方であるかどうかということを明確にひとつお答え願いたい。
○岡垣最高裁判所長官代理者 私の発音が悪かったものですから……。私は「委員」と申し上げたつもりで、御質問になっておる御当人がということで、その間には、国会議員であるからとかそうじゃないからという意識は全然持っておりませんでしたので、その点御了承願います。
○和田(貞)委員 さらに改めてもらいたいと私思いますのは、そこへ行きましたら、こういう張り紙をしておるんです。「陳情のための面会は、あらかじめ約束された場合のみに限ります。約束のない場合には立入をご遠慮下さい。」、これだからだめなんですよ。これだからそういう目に遭うておるんです。陳情というのは、沖繩の果てからあるいは北海道の果てからあらかじめ一々約束をして陳情に来る——そういう場合もあるでしょう。しかし、まさか最高裁判所はそういうことじゃないと思って陳情に来られますよ。陳情に来られたときに、あらかじめ約束しておらないからという、これを盾にしてガードマンなるものが、先ほど私が具体例を挙げましたように排除するんです。国民の陳情権というものを拒否するんです。ここにやはり問題がある。こういう点はどう思いますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 まあ裁判所の庁舎というものは裁判所の用務のために利用するものでございますから、裁判所としては、裁判所に対する正当な用務がない人は入ってもらっちゃ困るということになると思いますが、陳情のためにいらっしゃる方があり、これが面会を求められた人が、いやちょっとお会いするわけにはいかぬというふうに言う場合、あるいは書面を門で受け付けるような場合、その他特段に裁判所に対する正当な用務がないというふうに思われるので入構は遠慮願うというふうな取り扱いにしているようでございます。いま委員のおっしゃった点につきまして主管者によく連絡はいたします。
○和田(貞)委員 「あらかじめ約束」という、これがやはり今後、いま刑事局長が言われましたように、陳情者はそういうことのないように受け入れると言われても「あらかじめ約束」という、こういう言葉が張り紙で張られている限りは、やはり現場におる職員なりガードマンがこれによって処理する、こういうことですから、これは書き改めるべきだと私は思いますが、どうですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 その問題につきまして、私いまここでどうするこうするということのお約束はできないと思いますが、この陳情という問題について、裁判所として考えておりますことは、裁判所は事件を審理するところでございまして、それは訴訟法により当事者が訴訟手続によって提出した資料、証拠なり主張というものを考えて事件を決めるというところでございますので、法律の解釈だとか適用、事件の進行などについて、その事件の当事者以外の人から働きかけられるということは、これは裁判所としてはできるだけ避けたいというふうに考えているところでございますので、その点が裁判所のたてまえと、それからそういうふうに陳情をしたいと思っておられる方との間にずれがあるんだろうというふうに考えております。したがって、それに関連しまして、先ほどおっしゃったような点についてもいろいろな考え方、扱い方の差が出てくるんだろうというふうに考えます。その点を御了承願いたいと思います。
○和田(貞)委員 これは私はひとつ検討してもらって、確かにそれは最高裁判所は最高裁判所としての任務を持った庁舎でありますから、あなたのたてまえは立場、立場があったとしても、国民としては、司法に対しても立法府に対しても行政府に対しても陳情する権利があるんですから、内容をどうせいこうせいというのじゃない、やはりこうしてもらいたいという国民の意思を陳情という形で表明する、そういう権利があるわけですから、そういう権利を遮断するというようなことは問題外だと私は思う。この点は検討してもらいたいと思います。 さらに、先ほどもちょっと触れましたように、ガードマン、裁判所の職員でない外部から雇い入れたガードマン、他の立法府や行政府にそういう姿がありますか。ちゃんと職員としての衛士がおるじゃないですか、行政においても立法においても。最高裁判所だけがガードマンを置く、やはりガードマンによって最高裁判所の真意が国民との間に遮断される、こういう一つの理由もあるわけですね。ガードマンは廃止して、それだけ必要なものであれば最高裁判所の衛士をもって充てる、こういうように変えるべきだと思いますが、どうですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 最高裁のガードマンにつきましては、これは私の聞いておるところでは、新庁舎の移転に伴いまして庁舎の規模が大きくなったので、その構造だとかそれからいろいろな動きに伴う関係、それから庁舎敷地の増加、その他いろいろな事情で警備を要する個所が著しく増加をしたために、守衛は庁舎内の警備で精いっぱいで、結局外周の警備だけを警備会社に行わせるというような措置をとっているように聞いております。警備員を含めまして、そういう庁舎の警備に当たる者に対しては、庁舎の警備方法について経理局管理課でいろいろ立案し実行して、それを警備員にも伝えるように十分に徹底してやるようにして努力しておるはずでございます。
○和田(貞)委員 やはりガードマンは継続して雇用していくわけですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 私、いまのところそれを変えるということをまだ聞いておりません。
○和田(貞)委員 ガードマンを最高裁判所に置くということは好ましいことだと思いますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 その点はちょっといま私だけの考えで申し上げることはできませんけれども、いまのたてまえでは、あの程度、外周程度をその警備員でやるということはやむを得ないし、それでいいのじゃないかというふうに考えていると考えます。
○和田(貞)委員 これは皇宮警察が、その建物じゃなくて外周まで皇宮警士が警備しているじゃないですか。立法府の国会が議事堂という建物の周辺の外周まで衛視が警備しているじゃないですか。行政府においても同じことじゃないですか。日本の最高裁判所が自分の力で警備をしないで請負をさせて、いかに外周といえども警備会社に警備さすというような姿、そういう姿が恥ずかしいと思いませんか。私は無理なことを言うているんじゃないのですよ。外部から見た体裁としても、あるいは外国人が日本に来て最高裁判所に見学に来られて、日本の最高裁判所が請負によって外周を警備会社に警備さしているというような姿を見られたときに、恥ずかしいと思いませんか。私は必要であれば正規の職員によってそういうことをさせなさいということを言うているのですよ。やめてしまえと言うておるんじゃない。そういう姿が恥ずかしいと思いませんか。私は国民の一人として恥ずかしい、それを改めなさいということを私は言うておるのです。どうですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 その問題につきましては、いまここでどうこうというふうに私からはちょっと申し上げかねるので、御了承願いたいと思います。
○和田(貞)委員 検討しないのですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 その問題については、私からここでどうだというふうには申し上げかねるということでございます。つまり、きょう実は率直に申し上げまして、私ここへ最高裁判所の長官代理として来ているわけでございますから、すべての点についてお答えしなければならぬ立場にはございますけれども、しかし実はそういう問題が出るというふうに——私その点でちょっと不用意だったわけですけれども、十分主管者と打ち合わせたりしてきておりませんので、いまここではっきりとどうだこうだというふうにお答えできないので、その点御了承願いたいと思います。
○和田(貞)委員 こういうことで長いことやっていてもどうかと思いますので、あなたの立場上いまそういう答弁をいただくということはできないけれども、指摘いたしましたように、不細工な話です。不体裁な話なんですよ。やはり最高裁判所の権威にかけても、外部の力をかりて最高裁判所を警備するという姿、これはひとつ改めてもらうように、事務総長なり長官に言っておいてもらいたいと思います。 それから狭山裁判についてちょっと触れたいと思うわけなんですが、もちろん三権分立のたてまえから、われわれは決して最高裁判所に対して圧力をかけるとかいう考え方は毛頭ないということを、まず一つ、私は、私の立場から申しておきたいと思う。しかし、私は法律家じゃございませんし、全く素人でありますから、素人なりの考え方についてひとつお答え願いたいと思います。 裁判というのは、公正を期さなければならぬと私は思います。きわめてフェアにやらなければならぬ、こういうふうに思います。そしてまた、国民の一人一人がとかく権力によりまして個人がいろいろと迫害を受ける、あるいは不公正な処置を受ける、そういう場合によりどころとしておるのは裁判所しかない。特に最高裁判所に対しましては、下級裁判所において誤った判断が起こされても、一つのよりどころとして最高裁判所というものを見ておると私は思うのです。素人として私はそういう考え方を持っておるわけでありますが、それには間違いございませんか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 司法というものがいろいろな国民の権利義務関係について最終の判断を持つところであり、その中でも最高裁判所というものがそういう最終の裁判所であるということ、これに対して十分な御信頼をいただくということは非常にありがたいと思います。
○和田(貞)委員 信頼をさせる以上は、やはり一抹の不安も、一分の疑惑も国民の側にないような裁判をやってもらわなければならないと思う。それには、相対峙する原告と被告があるわけですから、あるいは検察と被告という立場が相対峙するわけですから、裁判官というのはやはり検察の意見も聞く、被告の意見も聞く、原告の意見も聞けば、被告の意見も聞く、それを代弁する弁護士の意見も聞く、こういうことで、あらゆる意見を聞き尽くした上で判断をいただく、こういうたてまえをとってもらわなければならないと思いますが、素人でありますから、そういうことである、それがこの裁判所の役目である、立場であるというように私は思うのですが、間違いないですね。
○岡垣最高裁判所長官代理者 ただいまおっしゃいましたとおりに、双方の意見を十分に聞くということは裁判所として当然のことでございます。ただしかし、裁判所というものも現実の制度でございますから、時間的な制約、物的な制約、いろいろな制約がございまして、結局、それじゃどこまで聞けば十分かということは、これは裁判長の裁量に任されている、そういうことでございます。
○和田(貞)委員 そうすると、最高裁判所というのは、下級裁判所のように事実審理をするというのをたてまえにしておるのか、事実審理をしないというのをたてまえにしておるのか、どちらですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 最高裁判所は憲法判断が本来のところでございまして、事実審理はしないというのがたてまえだと思います。
○和田(貞)委員 事実審理をするという場合もあり得ますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 事実審理と申しましても、全然事実にタッチしないかと言うと、そういう意味ではございませんので、最高裁判所の審理の対象というものは、控訴審の判決が正しいかどうかということを判断することにあるわけでございます。ですから、その判断をするために、もちろん記録も読み、その事件でいままで調べられた証拠というものは見るわけでございますから、そのほかに新しく、いままで訴訟にあらわれてないものまで見たり調べたりするかというと、これは原則としてしない。ただし、たとえば有名な例は、例の松川事件などで諏訪メモというのが出ましたけれども、ああいうふうに、どういう事実があったかということを認定するためではなくて、その控訴審の判決というものに問題があるかないかという点を考える程度で、そういうものを法廷に顕出する、要するに法廷に出す、そういう程度の事実調べ、それを事実審理と言えば、そういうことをする場合はあるわけでございます。
○和田(貞)委員 いま松川事件の例をとられたわけでありますが、過去の裁判の中で、松川事件を含めまして、クロだというように判決されておったのがシロになる、こういう場合に、必ずと言っていいほど十分な証拠を提出されておらなかった。いま言われた諏訪メモもその一つでありますが、そういうことが言えると私は思うのです。松川事件につきましても、諏訪メモなり田中メモなり、あるいは木村泰司、小尾史子の各供述書、調書とか、あるいはレールの継ぎ目板とか東芝松川工場の事故後の原簿だとか、こういう証拠が検察側によって出されておらなかったのを、後で提出されて、そして最終審決の結論になっておるというように私は思うわけです。その間無罪判決までに実に十三年七カ月もかかって、そうして裁判が終わっている。あるいは八海事件の場合も無罪まで十七年八カ月かかっておる。そこにもやはり吉岡上申書なるものが証拠として提出されなかった。最終的に提出されてこの事件の決着をつけておる。あるいは青梅事件についても無罪までに実に十五年一カ月かかっておる。これにつきましても、やはり弁護士の側から要求されておった証拠が提出されておらなかった。菅生事件にしても同じことです。芦別事件にしても同じことです。それぞれ弁護側が要求しておった証拠が開示されておらなかった。検察側が提出を拒否しておった。最終的に開示されてシロの判決になっておる。こういうことを考えましたときに、この狭山裁判につきましても、先ほど八木委員が一つの例、二つの例をとって言われたわけでありますが、私も数多くの疑問に思う点があるわけであります。 たとえば、一つの例をとってみますと、事件が起こりましたのが三十八年の五月一日、そうして五月二日の夜に例の脅迫状によるところの犯人が待ち伏せて、そして二十万円持ってこい、佐野屋という酒屋の付近で四十数名の警察官が張り込んで、そして二十万円を擬装して、被害者の中田善枝の姉登美恵が付添人としてきておる、そして犯人と物を言うておる、その中田登美恵が物を言うておるという、物を言い合いっこしておる、きわめて近い距離の中で物の言い合いっこをしている、その周辺には四十数名の捜査員が張り込んでおる、その現場を、真犯人が出ておるのにもかかわらずその真犯人を取り逃がしているわけですね。そうすると恐らくあの茶畑に真犯人が逃げたところの足跡というものは、これはもう数多く散らばっておると思うのですよ。そうすると二日の夜でありますから、普通常識で考えますならば、明くる日の三日に当然実況見分をするというのがこれはもう常識じゃないですか。素人の私がそう考えます。ところが、あえて明くる日の三日に実況見分をやらないで、一日置いて五月四日に実況見分をしている。これは普通の常識で考えられないことでありますから、これは私は国民の一人としても、なぜ一日置いて、明くる日に実況見分をやらないで五月四日に実況見分したのかという疑問を私は持つわけなんです。 私はさらにそういう実況見分をされましたこの概況を読んでもみました。そして捜査当局がその実況見分に添付された写真も見てみました。不思議なことがあるわけです。同じ日であるにもかかわらず、写真によりましては、きわめて晴天で建物に影のある写真をつけておる、それと引きかえて同じ日の写真であるにもかかわらずきわめて曇っておって、曇っておる写真と、非常に晴天で影のある写真と、これが同じ日の実況見分の写真だということで添付されている。あるいはいまは様子が変わっておりますが、佐野屋という酒屋がある、その酒屋の前には大売り出しの広告宣伝用ののぼりが立っておる。のぼりが立っておる写真もあると思えば、同じ日の写真ですよ、のぼりが立っておらない写真もある。あるいは先ほども申し上げましたように、非常に晴天の写真であるにもかかわらず、これあたりはどろんこの道路が写っておる。これを見ますと、一つはいま申し上げましたように、犯人を取り逃がした日が五月の二日であるにもかかわらず、あえて明くる日に実況見分をやらないで五月の四日に実況見分をやっておるということが不思議の一つ。もう一つは、同じ日の実況見分の写真が、いま具体例を申し上げましたように、写真が違う。こういう実況見分があるということを私は国民の一人としてまことに不思議に思うわけなんです。これをどうせい、こうせいとは言いませんよ、疑問の一つとして私は出しているわけです。あなたの方の判断はどうかというふうに私は質問いたしません。例として挙げておきます。 あるいは実況見分の中の写真が全体の写真が写されている、あちらこちらから写されている、ところが不思議なことには、犯人がそこから逃走しておるわけですから茶畑の中に足跡が数多くあったと思うのです。なぜその足跡の写真が写されておらないかということは、私は一つの疑問なんです。そしてもちろん茶畑から出た三つの足跡、石こうを埋めて足跡をとっておられますけれども、その石こうを埋めて型をとった以前の実況見分がされておるわけですから、その写真がない、なぜないのかということです。当初捜査当局は単独犯だというように見ておらなかった、複数犯だというように見ておった、ここにも不思議なところがあるわけなんですが、犯人が逃げた、警察犬を使って、——犯人は、石川一雄君は右の方へ行ったというふうに自白させられておる、警察官が警察犬を使って実況見分をやりましたら、その警察犬が左の方へ走っていった、本人の言うことと警察犬の行くところが右と左と違う、警察がどういうように言うかというと、犬がかぜを引いておったから間違ってその方向へ行ったのだ、こういうようなばかげたようなことを言っておる限りにおきましては、疑問は解けません。 そういうようなことでありますから、先ほど八木委員が言われましたような一つの事例、二つの事例、三つの事例、それぞれ弁護側の方が、こういう私たち素人の国民が捜査の段階で疑問を持つ事件でありますから、弁護側の方から開示請求をしておるそれぞれの証拠品をもう一度検察の方に出すように命令をしてもらって、そしてフェアな立場に立って事実見分もしてもらい、事実調査もしてもらって決着をつけるようにやってもらいたいというのが私は最高裁判所に対するお願いなんです。私の言い分について何かけしからぬというような言い分ありますか、どうですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 これはやはり進行中の事件、係属中の事件のことでございますので、私の方からは申し上げることはできないと思います。
○和田(貞)委員 必ずそういうお答えしか出てこないわけなんですが、弁護側が検察の方、最高検の方と打ち合わせをやりまして実に百件に及ぶところの証拠開示請求をしております。せめてこの弁護側の開示請求を全面的に聞き入れて、そしてフェアな裁判をやろう、こういうような考え方に最高裁は立ってもらえないのですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 これに対しましても、やはり先ほど申し上げましたと同じように、審理係属中の事件についてわれわれからは何とも申し上げる立場にないということだけ申し上げます。
○和田(貞)委員 すべてそういう御答弁でございましたら、なかなか質問しても、最初からテープに吹き込んでもらって、そういう答弁を繰り返してもらうしかしようがないと思うのですが、それでは言わなくちゃなりませんが、たとえばこの物的証拠の一つとしての被害者中田善枝が所有しておったという時計のことでありますが、この時計の発見経過につきましても、素人の私としても非常に不思議な点があると思われる。とにかく、石川被告の方から自白があった、図面もかかせた、こういうことでその自白と図面に基づきまして捜査員六人がかりで六月二十九日、三十日、二日間かかりまして最低四時間以上の捜索をしておるが、ブツが発見されておらない。ところが、一日置きまして七月の二日に、当時七十八歳の小川松五郎という老人が散歩をしておる最中に、同じ場所からブツが発見されておる。先ほど八木委員が言いました万年筆は、二十数名の捜査員が万年筆を捜すのに石川君の小さな家をくまなく徹底捜査したのです。それでも出てこなかったのが、だれもが見えるようなところでぽこっと万年筆が出てきた。それと同じように、この時計につきましても被告石川君の自白とかかせた図面に基づいて捜査員六名が二日がかりで捜査してその場所から出てこなかったにもかかわらず、一日置いて七十八歳の老人が散歩をしているときにそれが見つかった。漫画みたいな話じゃないですか。これが堂々と捜査当局が発表している内容なんですよ。だから、これも私は非常に疑問に思える裁判だなと感ずるのが当然なんです。 しかも発見された時計の状態はどうかというと、その時期はちょうど梅雨でありますから、五十二日間も風雨にさらされておった。にもかかわらず、その老人が発見した時計というものは風雨にさらされたような形跡がない。特にこの五十二日間の中で雨の降った日として記録されておるのは三十二日間もあるのですよ。その間の総雨量というのは二百八十八・三ミリ。しかもその中で十ミリ以上降ったと言われている日は九日間、二十ミリ以上降ったという日が六日間と記録されておる。特に六月三日から六月七日までの間は実に一日平均三十一ミリの雨が連続して降っておるのです。そういう状況の中で時計が発見されておるわけであります。しかも時計が発見される三日前の六月二十九日というのは二十八・八ミリという降雨量で、その付近はぬかるみのような状態です。そういうところから時計が発見されておる。発見された時計は防水でもないのです。しかも五十二日間のうち三十二日間も雨が降っておるわけでありますから、防水のない時計をそういうぬかるみの中にはっておきましたら、当然文字盤がぬれているとか湿っているとか、そういうことになっておらなくちゃならないと思います。しかも時計につけられておるバンドというのはバックスキンでありますから、湿気を非常に呼ぶ皮であります。ところが湿り気もない。そういうような姿の時計が当時七十八歳の老人に発見されて、それが唯一の証拠なんだというようなことでやられているところに私は疑問を持つわけであります。 証拠開示の請求の中でも言われているように、押収された証拠品としての時計は被害者のものではないのだというように弁護団が判断をして、むしろ品ぶれをされておる——その品ぶれも、捜査当局が特別重要品としての品ぶれをやっておられる。その特別重要品としての品ぶれをされた側番号と押収された被害者善枝のものであると言われておる側番号とがれっきとして違う。異質の時計なんです。だから弁護団が、特別重要品として品ぶれをされた時計の現物を出してくれというように言っておるのでありますが、これは二審までには出してもらえなかった。そういう事実を御認識いただきましたならば、当然最高裁としては、フェアに裁判をやる限りにおいては、そういう品ぶれに使った時計も出すように検察側に要請すべきじゃないかと私は思うのですが、どうですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 係属中の事件でございますので、お答えすることはできません。
○和田(貞)委員 これは皆言えませんと言う。冒頭にお断りいたしましたように、決して裁判所の中での論議というように私は思っておらないわけです。国民の一人として、この裁判全体を通じまして、いま一つ、二つの例を挙げましたが、非常に不思議に思っておる。そういう不思議に思っておる裁判であるけれども、結果はどうせいということを私は言っておらないし、結果はどうなるということの希望もしておらない。せめて、先ほど冒頭に申し上げましたように、裁判というものは公正でなくてはいかぬ、国民が納得するような裁判の結果でなかったらいかぬ、そういうたてまえを特に最高裁判所はとってもらいたいのだということをお願いいたしましたら、そのとおりだと言われましたので、具体例を挙げて——私個人じゃなくて、こういう疑惑を持っておる国民がたくさんおる。弁護士自身もそういう疑惑を持っておるわけでありますから、その疑惑を一掃するためにも、最高裁判所の威信にかけても、それではということで、開示請求されておるところの証拠は出させるようにするのが最高裁判所としての当然の任務じゃなかろうかと思うのですが、それでもなおだめだというように言われますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 係属中の事件については、言うことはできません。
○和田(貞)委員 弁護団の方で開示請求がされておることについてもどうするかこうするかわからない、お答えすることができないということなんですが、きょう私が議論いたしましたようなことをあなたがお持ち帰りになって、こういう議論もあったということをお伝えしていただくことはできますかどうですか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判は裁判部でおやりになることでございまして、われわれ司法行政に携わる者がそれに対して口をはさむ余地は全くございません。
○和田(貞)委員 こうすべきであるということは言ってもらわなくても、こういう議論がきょうの法務委員会であったという、この内容を裁判部の方にお伝えしていただくことはできますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 私はお伝えするつもりはございません。
○和田(貞)委員 伝えることもできない。そうすると、きょうの議事録を持っていくしかしょうがない。せめて伝えるということがなぜできないのですかね。伝えるということができないというのが私、素人ですからわからぬ。こうだということを言ってもらわなくてもいいと言っているんですよ。こういう議論があったということを客観的に伝えることがなぜできないかという理由をひとつ聞かせてください。
○岡垣最高裁判所長官代理者 それは結局、裁判は裁判官が自分のお考えでお決めになることであって、司法行政にタッチする者がその裁判についてああだこうだということを申し上げることは、たとえば委員のお考えでは、情報を伝えることは差し支えないではないか決定するのは裁判所だろうから、というお考えかもしれませんけれども、私たちとしましては、そういう事件に関係することは極力避けるという姿勢をもって貫いておりますので、私としてはお伝えするつもりはございません。
○和田(貞)委員 そうすると、これはしゃべりまくるしかしょうがないのですがね、伝えてもらえなかったら。 これも一つ不思議なことを言いましょう。これは、不思議だらけですよ。初めからしまいまで不思議なんだから。先ほどちょっと申し上げましたように、最初は捜査当局が複数犯として見ておったのですよ。そこで、捜査当局がその足跡を写したカラーフィルムを持っておるのです。複数犯だということで断定をして、足跡をカラーフィルムに撮っておる。にもかかわらず、先ほど実況見分の中にその写真が出ておらないから、持っておるものを出せということをせめて言ってもらえないですか。持っていないんじゃなくて、持っておるのですよ。実況見分には、証拠としてその写真は出ておらないけれども、フィルムを持っておるのですよ。だから、弁護側の方がその足跡を写したフィルムがあるはずだから出せということを言っておるのですが、それも聞いてもらえない。何を言うても聞いてもらえない。あるいは六月の十七日に石川君を一たん釈放して、再逮捕しておるのです。当然六月十六日に逮捕状が出ておるはずです。その逮捕状の疎明書類は当然あるわけなんです。これも出せと言ったって出さない。 もっと大事なことは、先ほど八木委員が言われておりましたところの万年筆。当然素人でも考えられるわけですが、善枝さんが所持しておったと言われる、押収された万年筆、その万年筆のインクの問題です。その万年筆のインクと、善枝さんが昭和三十八年の一月一日から五月一日、殺されるその日まで日記を毎日欠かさずつけておる。しかもなお、五月一日に亡くなっておりますが、五月二十日、王選手の誕生日です。善枝さんは王選手の非常なファンでありましたから、忘れぬようにということで、五月二十日の日は王選手の誕生日、ことしこそは王選手に会ってみようというようなことまで書いておる。その善枝さんがつけておった日記と、善枝さんが所有しておったと言われる押収されておる万年筆のインクが同じ質のインクであるかどうかということを、フェアな裁判をする以上は見比べる必要があるのじゃないですか。したがって、その善枝さんが記入しておった日記帳を姉の登美恵さんが任意提出の形で捜査当局に提出しておるのですよ。提出されておる善枝さんの日記を出せと言うても出さない。これはどういうことなんですか。詳しくは言いませんけれども、素人でも不思議に思うでしょう。だから、せめてそういう善枝さんの死ぬまで書いておった日記を出さすべきが裁判所としての当然の任務じゃないですか。出したところが全く一致しておったということになるかもわからないのですよ。その善枝さんの日記を出せと言っても、検察側が拒む、裁判所が出せというように言わない。これは不思議な裁判というように言わざるを得ぬでしょう。こういうような具体例が何ぼでもあるわけなんです。これをひとつやってもらいたいと思うのですが、これでもできませんか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 何度も申し上げましたけれども、私どもの立場として係属中の事件についてどうこう言うことはできません。訴訟というものは大体、それぞれの当事者がありまして、一方は検察官、一方は被告人と弁護人でありますけれども、それが訴訟手続に従ってそれぞれの主張をし、証拠を出す機会というものは、それぞれの審級に応じた形であるのでございまして、それを通じて出たものを裁判官がごらんになって判断される、こういう筋道以外のものは考えられていないと思います。
○和田(貞)委員 そういうことでありましたら、どうですかね、法務大臣、せめて私がいま挙げましたような、私自身が不思議に思うこと、法務大臣もいま聞いておられましたら、これは不思議のように思っておるか、思っておらないかわかりませんけれども、素人判断でおかしいというように思うところはやはり疑問をなくすということが必要でありますから、これは検察側に出させるように努力してもらえないですかね。
○安原政府委員 裁判所当局から御返答がございますように、いま現に係属中の事件の、しかも事実認定に絡みます問題につきまして、御意見に対しましてお答えをすることはきわめて適当ではないと考えております。 なお、一般論といたしまして、このような証拠開示をしろということを法務大臣が命ずるということは、まさに具体的な事件の指揮権の発動でございますから、極力避けるべきであると思います。
○和田(貞)委員 しかし、あなた、それだけ検察側の方が自信を持っておるのであれば、弁護側の方から開示請求された——疑問を持っておるから開示請求しておるのですから、その証拠を出すことを拒むというところが私はわからぬわけですがね。これは出さす努力をやはりすべきじゃないですかね。
○安原政府委員 係属中の事件の検察官の公判活動に関することでございますから、検察官の独立公正な活動に期待すべきでありまして、法務本省として大臣を通じ指揮するということは適当ではございません。
○和田(貞)委員 そうであれば、私は言いたくないけれどもあえて言わなければいかぬわけですが、この裁判というものは公正を欠いておるということだけではなくて、全くの差別事件であるというように私は思っておる。差別裁判であるというように思っておる。一審、二審を通じまして、差別判決である、しかも政治判決であるというように私は言わざるを得ない。 当初、その出発からさかのぼりますが、善枝さん殺しという事件がありまして、必要以上にわざわざ狭山市にあります菅原二丁目という部落、柏原という部落、この二つの部落に対しまして見込み捜査をやっておる。部落以外の地域に見込み捜査はやっておらぬじゃないですか。そこに一つの問題がある。ひょっとすると部落のやつはやりかねない、こういうことが頭にこびりついておるために、脅迫状によるところの筆跡、あるいは殺された善枝さんの方から出てきた血液、この血液型、実に二つの部落から百二十人の部落青年を見込み捜査によって捜査をやっているじゃないですか。こういうやり方、しかもそれが進んでまいりまして、石田養豚場に出入りしておった青年を二十人、これも部落の青年ばかりです。そのアリバイを徹底的に聞き込み捜査をやっておる、そしてそのうちの四人を当初任意出頭の形で調べておりましたが、石川一雄君を含めましてその四人を善枝さん殺しというんじゃなくて、その容疑というんじゃなくて別件で逮捕しておる、そして最終的に複数犯人から石川一雄君個人を単独犯として仕立て上げて、今日まで延々として続いてきたというのがこの狭山差別裁判じゃないですか、狭山裁判の実態じゃないですか。あえてそのことを言いたいわけだ。 そのことを私たちはあえて言うまでもなく、先ほど具体的に申し上げましたように、せめて裁判というのは公正に裁判をやってもらわなくちゃならない、国民が納得できるような裁判の結果というものを出してもらわなくちゃならない、それがこの裁判所の、特に最高裁判所の姿じゃなかろうか、こういうふうに言いましたら、そのとおりだと言うにもかかわらず——私は、この裁判の結果をどうしてくれというようなこと、裁判所に圧力をかけるというような考え方は毛頭ございません。私個人のみならず、非常に不可思議な点がたくさんあるわけでありますから、その不可思議なことを納得できるような裁判結果を待ちたいために私は先ほどからしゃべっておるわけでありますが、検察にいたしましても、裁判所にいたしましても、そういうことは受け入れない。せめて私がここでしゃべったことを、こういうようにしゃべっていたということを伝えてくれと言いましたら、それさえもできない、こういうことでありますから、私はいまこういうことを申し上げたわけであります。こういう事実を曲げるわけにはいかないわけでありますから、法務大臣、非常に恐縮でございますが、きのう私は内閣委員会の方で差別の問題をしつこく言いました。この狭山裁判もこういうところから出発しておるというところに、なぜ一般地域のところまで見込み捜査をやらないで部落だけを対象にして、部落の青年だけを対象にしてこの事件の出発に当たったかというところに非常に問題があるわけでありますから、こういう裁判なんだ、こういう捜査が手始めなんだということを私は述べさせていただいたわけでありますが、法務大臣、どういうようにお考えになりますか。
○稻葉国務大臣 和田さんのおっしゃったようなことについて、裁判所は公正に判断すると思いますよ。それは被告人の主張もあり、弁護団が、きちんとした人がついておって、そういうことは当然述べられ、それに対し検察庁や警察の捜査の方もいろいろ主張するでしょう。その主張の結果、裁判所が判断することでございまして、私がここで意見を申し述べる問題ではないでしょう、裁判の問題ですから。これは当然両方とも、攻撃、防御の立場から一生懸命みんなやって、そうして真犯人を追及する。それは追及して裁判所が公正な判断を下すという仕組みなんでございますから、そういう仕組みについて法務大臣が干渉がましいそんな意見を申し述べる立場ではないと思います。
○和田(貞)委員 いや、法務大臣、裁判に対して私は法務大臣の意見を述べてもらいたくないのですよ。私は、申し上げたように、声を大きくしましたけれども、捜査の初めからとにかく差別性のある捜査をやっておるわけです。なぜその部落だけを対象にして捜査を始めたかというところに問題があるわけです。それを私は申し上げたわけです。この事実を曲げるわけにいかないわけですからね。だから、あえてこの裁判は差別裁判であるというように私は言いたくなるのです。そういうようなことがあってしかるべきかどうかということを、これは法務大臣の見解をお聞きしておるわけなんです。
○稻葉国務大臣 裁判所は差別なんかするわけがないと思いますね。捜査の段階で差別があったかどうかということについて、私はここで申し上げることはできない。私には差別はいかぬということが心の底から身にしみているのですから、そういう点については差別があってはならぬことは当然でございます。それは憲法の条文に明記されていることですから。それは言うまでもないことで、差別があってはならない。何事にも、教育においても捜査においても裁判においても立法においても、それは当然でございます。
○和田(貞)委員 時間がありませんのでなんですが、捜査の段階で非常に差別性に満ちた捜査をやってなさる、それを踏襲して裁判の方に持ち込まれてやってきているから、私は差別裁判だというように言っておるわけです。捜査の段階から誤っておる。法務大臣、言えば数限りないのですよ。これは中田善枝さんが殺されたという雑木林、私も何回も行きましたけれども、そんなばかなことありますか。被告の石川一雄君と中田善枝さんが出会った場所、それから殺されたという雑木林、高校一年生の善枝さんが見知らぬ男と出会って、自転車を押しながら雑木林について行って、そこで強姦されたというのでしょう。しかもその雑木林に行くまでの間に、石川君が善枝さんに、おまえのところお父さん何という名前だ、家はどこや、初めて会っておるのですよ。家はどこや、そういうようなことを聞いて、そうして雑木林で強姦する、こういうようなばかげたことが常識的に考えられますか。あるいは雑木林、その当時雨が降っておるのですよ。雨が降っておるにもかかわらず——そこで先ほどから八木委員が言いましたところの中田善枝が所有しておったと言われる押収されておる万年筆、その万年筆で中田家にほうり込まれた脅迫状の一部を訂正しておるという。雨が降っておってインクで書いたら、もうすでに書いておる文章も水に流れるじゃないですか。現場は私も行きましたけれども、雨が降れば雨宿りができて身体がぬれぬというようなところじゃないですよ。しかもインクが散るだけじゃなくて、訂正した脅迫状というのは雨にぬれて、きちっとした紙片になっておらないと思うのです。ところが中田家に投入された脅迫状というのは、ぴしっと折り目正しい脅迫状じゃないですか。こういうような非常に理解できない点があるのです。 善枝さんの友達が、学校で善枝さんがその昼に何を食べたかということも証言しておる。カレーライスを食べたということを証言しているのです。ところが、この善枝さんの検死をした結果、胃袋の内容を調べたらトマトが入っておった。カレーライスを食ったというように友達が証言しているのに、トマトが何で出てくるのですか。ここにも不思議なところがあるでしょう。一々それに対して捜査当局が言いわけをしておるのです。 そういう不思議なことを、検察もその捜査のことをそのまま受け入れて主張する。裁判所がそういうような検察の言うことをそのまま受け入れる。こういうようなことじゃなくて、私はやはりそういう不思議なことがあれば、その不思議なことを解明する。国民に疑惑を持たれない、そういう結果の裁判に持っていくという努力があってしかるべきだと思うのですが、やらないということであればしようがないわけですが、それじゃ最高裁判所の威信というものは落ちてしまいますよ。最高裁判所というのは、国民が権力によって受ける被害というものをせめて裁判所に守ってほしい、裁判所を信頼するから何とか裁判所よ、おれたちを守ってほしい、こういう切ない気持ちを国民が持ってしかるべきであると私は思いますし、そういうような裁判所でなくてはいかぬ。そうすると、この裁判にかかわらずどの裁判もすべてやはり公正を期する、裁判というのはフェアでやる、だから仮に結果がどうなろうとも、弁護士側、被告側が言っておる証拠というのは全部出してしまって、その上で結論づけたらいいじゃないですか。これが裁判だと思うのです。そういうような裁判をぜひともやってほしいと思いますし、特にこの狭山事件というもの、狭山裁判というものは、差別から始まった捜査から今日まで延々として裁判が継続されたが、私たちは被告石川一雄君が無実だというように信じ切っておる。 昨年の十二月の二十四日でありますが、お隣におります吉田法晴委員とわれわれ七名の者が東京拘置所で石川一雄君と会ってまいりました。少し身体は弱っておりますが、しかししごく元気です。石川君、何か言うことはないかと私は言いました。石川君は、決して自分をかばうためにこうしてほしい、ああしてほしいということを言わなかったです。石川君が私に言いましたことは、ただ一言です。捜査の段階でいろいろと調べられた証拠物件を、捜査の段階にもう一度戻してもらって、全部出してほしい、その結果どうなろうとも私は惜しみません。捜査の段階に戻って、捜査の段階でいろいろと取り調べられたやつをもう一度裁判の段階で出してほしい、これだけが私の切ない願いです、そういう努力をしてほしいというのが石川一雄君の私に対する発言の内容であったのです。こういう石川一雄君の気持ちというものは、私は大事にしてあげたいと思う。裁判所は大事にしてやってほしいと思う。検察側も大事にしてやってほしいと思う。このことを私は先ほどからお願いをしておるまでであります。 時間も参りましたので、私はやめますが、ここでお答えすることはできない立場にあるとしても、せめて私が先ほど来おしゃべりをいたしましたその内容を、大きな声でなくてもいいのですから、ささやきでもいいのですから、ぜひともひとつ最高裁判所の関係者に対しまして、最高裁判所の刑事局長、お伝え願いたいと思います。あるいは法務省の刑事局長にお願いしたいと思いますが、検察側の方にせめてこういう話があったということをお伝えいただきたい、こういうことを強く要請いたしまして、私の質問を終わります。
○吉田委員 関連して。最高裁の刑事局長、これで帰られるわけですので、私が質問をするときにはおられません。そこで、法務大臣と二人おられるときに、いま二人質問をいたしましたが、裁判に関連して具体的に意見を述べられないことはよくわかっております。わかっておりますが、常識で考えて納得のできない事実を挙げてこういう見込み捜査、それから起訴状の中にはやはり私が問題にするような言葉が入っている。そこで、裁判は一審、二審と経てきましたけれども、その裁判で見込み捜査あるいは差別裁判だと言われるようなことを解明をいたしませんで、それをそのまま判決の中で認めた。そこで公正裁判を求めあるいは証拠の開示等を要請している。 しかし、具体的には最高裁から、あるいは法務大臣から答弁ができないにしても、どうしたらいいのかをせめて和田君なり八木君等にお示しをいただきたい。裁判の公正を守りたい、あるいは日本の裁判制度の民主的な基盤を守りたい、こういう心情は、法務大臣あるいは最高裁刑事局長といえども通じなかったわけではなかろうと思う。それでは、民主的な裁判制度を守るのに、いまの憲法なりあるいは民主主義を守る裁判所として、あるいは最高裁としてどうあるべきかという所信だけはひとつこの際お述べをいただきたいと思います。あるいはどうしたらよいかということをひとつ法務大臣としてお示しをいただきたい。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判というものは、裁判官が憲法と良心に従って行うものでありまして、このことは御信頼いただきたいと存じます。
○稻葉国務大臣 それはやはり仕組みとしては、弁護団を通じてそういう主張をなさり、これに基づいて裁判所が公正な判断を下す以外にないと思います。
○大竹委員長 この際、本会議散会後委員会を再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時三十分休憩 ————◇————— 午後一時三十八分開議
○大竹委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。沖本泰幸君。
○沖本委員 私は、主としてロッキード問題に関しまして法務大臣並びに刑事局長に御質問したいと思います。 まず、せんだっての法務委員会でもいろいろ御質問し、お答えがあり、それから大分いろいろなお話が、大臣からのお言葉、各所からの記者会見なり委員会でのお話で少しずつ進展と言っていいのか、何かがわかってくるような状況にあるわけで、いろいろ取りまぜた御質問をいたしますけれども、お答えいただきたいと思います。 これは刑事局長にお伺いしたいわけですけれども、一応単純収賄罪は三年が時効ということでありますけれども、時効にかかる問題あるいはかかっておるような問題は、捜査当局としては余りおやりにならないんじゃないだろうか。事件の焦点というのは四十七年あるいは四十八年にかかる問題が多くなっている。それでその重要な問題に絡む問題がこの間で時効になってしまうんじゃないかというのがやはりわれわれが灰色の問題として取り上げていく最大の焦点でもあり、またそういうふうになって、わからないままに時効として捜査当局が発表しない、時効だからということで関係性あるいは捜査の及ばない問題だ、こういうふうにされて消えてしまうんじゃないだろうかという心配があるわけですけれども、それに関しまして時効にかかったものも捜査をずっとおやりになって、それでこういうことで時効であって、これは罪を問われないのだ、しかし、事実関係はこういうことがあったのだということも明らかにしていただけるのか。そういう内容のものは、取捨選択というのは当局がやるのかどうなるのか。あるいは法務大臣はその辺をどういうふうにお考えになっておるのか。脱税に関しては、児玉の分でも時効になるということで急いで事件にしたということもありますけれども、すでに時効にかかっているものもあるということは考えられるわけです。そういうことで、主としてトライスターに関する問題にしぼっていった場合、あるいはPXLという問題もありますけれども、そういう内容について捜査をおやりになるのか、やっていらっしゃるのか、あるいは時効にかかったものはもう発表しないのか、あるいはそういうものもやはり一応は発表する、あるいはいろいろ選択しながら国民に明らかにしていくという点、これは時期の問題なりいろんな問題が絡んできますけれども、そういう内容もお考えになっていらっしゃるのかどうか、その辺をお伺いしたいと思います。
○安原政府委員 沖本委員御案内のとおり、検察官の捜査というものは犯罪の訴追、処罰を求める公訴提起をすべきかどうかということを目的としてその捜査というものが進められるわけでございますから、御案内のとおり、時効が完成いたしておりますれば公訴権はなくなるわけでありますから、捜査の過程において時効が完成していることが明白になれば、本来捜査権の対象にならない、してはならないことに相なるわけでございます。そういう意味におきまして、時効の完成していることが明白なものについては捜査権の対象にならないという、法律論としてはさようなことになるわけでございます。 なお、断っておきますが、これは一般論を申し上げておるわけでございます。ただ、従来の経験に徴しましても、場合によっては時効も完成しないというような関連する犯罪の類型があります場合には、一見明白に時効が完成しているということが言えるケースが非常に少ないのではないか。やはり、事柄の真相をきわめて、その最後にこれは時効が完成しているかどうかということを判断するというようなことに、通例は相なるものでございますが、理論的には、時効が完成しているとわかれば、そのことの範囲においては捜査権の対象にならないのですけれども、実際の実務の運用からいけば、ある疑わしい事柄を、真相を解明することによって初めて時効が完成しているかどうかがわかる。理論的には先ほど申したとおりでありますが、実際問題としてはやはり捜査を尽くしてみないと時効が完成したかどうかはわからない。特に、贈賄、収賄罪のようなものにつきましては、場合によっては時効が完成しないような犯罪類型になる場合もあるというようなことになると、なおさらのことだと思います。 それから、そういう場合で時効が完成しておれば不起訴ということにならざるを得ないのでございますが、そういうものを含めて、いわゆる公表の問題につきましては、従来から申し上げておりますように、具体的なロッキードの問題につきまして、いまから時効が完成していることを前提として発表するのどうのということを申し上げるべき段階ではないということでございます。これもまた一般論としては、公開しないことによる捜査、裁判あるいは人権上の利益というものと、公開することによって得られる利益との比較考量の観点から、後者の利益、公益が大であるという場合には公開することもあり得るという一般論でもってひとつお答えをさせていただきたいと思います。
○沖本委員 一般論ではそういう御見解も出ると思うのですけれども、先日諫山さんがお使いになりました藤木論文に従いましても、事はいわゆる政治家が関連しており、国の重大事項がこれに絡んできているということになっていけば、そういうふうな内容を明らかにしても名誉棄損にも問われないというふうな内容も含まれるのだという議論も、理論の上からはあるわけです。そういう点からいきますと、この問題についてある程度のことは国民が理解できるというふうな方向で内容的なことを、全部明かすということではないけれども、この程度のことはやらなければ、国民は納得しないのじゃないだろうか、また、捜査当局としても国会としても国民の疑惑に答えられないのじゃないかというふうなことになるのじゃないかと考えられます。そういう観点から、刑事犯を訴追していく当局の立場と政治責任を追及していく国会の立場という両方を考えていくときに、これは両面を考えた内容のものを御検討していただかなければならないと私は考えるわけですけれども、そういう角度から何らかのことをお考えいただきたいというふうに考えますけれども、その点いかがでしょう。
○安原政府委員 どこかでお答えした事柄でございますが、検察の使命は刑事責任の存否ということに存するわけでございまして、決して政治責任の存否あるいは道義的責任の存否というようなことは、検察がこれを解明すべき義務もなければ権利もないわけでございます。したがいまして、そのような問題点からの公表の可否ということになりますれば、これはどうも検察当局で考えるということよりも、むしろいろいろの方法といたしまして、もちろん検察も良識を持っておりますから、国民がその内容を知りたいという絶大な要求というものは無視するわけではございませんけれども、刑事訴訟法の規定は、あくまでも犯罪捜査の目的のために得られた資料は非公開だよということを原則として言い、そして場合によってはそれを開示してもよろしい、差し支えないというように許容していることでございまして、ただし書きは決して権利ではないというようなたてまえになっております関係から見ましても、捜査当局が開示する場合というのはきわめて限定されるのではないかということは、その使命から考えましても、思われるわけでございます。 そこで、捜査当局が公表することも理論的にはあり得るわけでございますけれども、もう一つは、昨日も申し上げたわけでございますけれども、法務大臣は検察の運営につきまして指揮監督の権限をお持ちでございますから、重要な事柄、たとえば捜査の経過、結果につきましては報告を受ける立場におられますので、重要な事件につきましては、その報告を受けられた範囲において、法務大臣の御判断で、何らかの適当な機会にそれを公にされるということは、刑事訴訟法の四十七条そのものではなくて、法務大臣の責任において開示するということも、たとえば国会での御質問というような形の場とか、いろいろございますけれども、そういうこともあり得るのではないか。ただ、法務大臣は、検察官を指揮監督する立場におられます以上は、検察官の指揮監督をする一つの態様といたしまして、刑事訴訟法を守れということは、まさに法務大臣の指揮監督をせられるお立場上当然のことでございますから、仮に公表なさる場合におきましても、検察官を指揮監督する立場にある法務大臣といたされましては、四十七条の精神を踏まえて開示すべきかどうかということをお考えになるものと私どもは考えております。 なおまた、法務大臣を通じて行政各部を指揮監督する権限を持たれる総理大臣におかれても、同様なことが考えられるのじゃないかというふうに考えておる次第でございます。
○沖本委員 その場合に、議論がいろいろあっちこっち行くわけですけれども、法務大臣がいま御説明の角度から国会で御答弁なさる、あるいは記者会見なさるというような形で御発表になるということも、これは一つの方法として言えますけれども、国会がこの問題を国会の委員会の場なり何なりを通して究明していくという立場をいまとっておるわけでございますから、その場合に検察当局としてもあとうる限りの協力はおやりになるということも理解できるわけです。その協力の仕方ということになりますけれども、協力の仕方は、むずかしい議論ではありませんけれども国会の議院証言法に基づいて証人喚問で検事総長なり何なりを国会へお呼びして、そこで細かいお答えをいただくという形でやる場合もありますでしょう。その場合大臣の方は、いまはそういう時期でもないし、いま国会でそういうことをやってもらったら非常に捜査に支障を来すというような御発言をしばしばおやりになっておるわけですけれども、そういう国会に対する当局の協力の立場、協力の仕方もあるでしょう、あるいはそういう内容は、いわゆる捜査終了時というような時点とか、ある程度その捜査の内容が明らかになっていってもう公判維持に心配がないというふうな事態になった時点、そういう時点を想定しながら言えるわけですけれども、その段階としてある程度の、いわゆるただし書きから判断できるような資料を国会の場所にお持ちいただけるという形で御協力がいただけるような形がとられるものか。あるいはそうでなくて、はっきりした法律に基づいていわゆる証人喚問という形で細かな内容を示していただくか。そういう方法をとる以外に国会としては十分な調査資料を持っていないわけですから、国会のいろいろな質問や国会の場所で細かい内容というものは解明のしようがないわけですね。各党派なり何なりが独自の立場で調査した結果で得られた資料があれば別で、そういうものがあればそれに基づいて質問はできるわけですけれども、そういうものが全然ない。しかし国民の皆さんに、いわゆる汚職の構造なりそういうふうな腐敗の内容をただして、それで政治的あるいは道義的な責任を明らかにしていく、そして政治というものが信頼を取り戻すという形で問題がいろいろ議論されていく場合に、どういう形で協力が得られるものであろうか、どういう形をわれわれは考えたらいいんだろうかという点にかかってくるわけですけれども、その点についてお答えいただけませんか。
○稻葉国務大臣 形はいろいろありますね。この間藤木論文をどなたか読まれましたが、いろいろな形があると思う。望ましい形としてはこの間刑事局長が答弁したような形が一番いいんじゃないかと思います。
○沖本委員 そこで、たとえばですけれども、アメリカの生資料をいただいたときと捜査が終了したときというのは、その生資料の重みというのはずいぶん変わってくると思うのです。その資料は最後まで捜査当局がお持ちなのか。最終保管責任というのはそこにあるのであろうか。その重みの比重がいろいろ変化していく段階からいくと、極端な言い方をいたしますと、たとえばいろいろなちまたの犯罪でたれ込みがあって、そのたれ込みに従って捜査をして犯人を検挙した。そういう段階になってくると、たれ込みの内容というのは必要はなくなってくるわけですね。そうすると、その内容というものは明らかにしてもいいんじゃないだろうか。そのたれ込んだ人の氏名は後難を恐れて言わないけれども、こういうたれ込みがあったのでこの捜査は完了したんだということも言えるというふうな点から考えると、その生資料というものは、ある段階に来れば捜査終了段階では公表してもいいんじゃないかというふうなことも考えられるわけですけれども、それはどうでしょうか。
○稻葉国務大臣 それは法務省とアメリカの司法省との間で実務取り決めをやっておりまして、それによりますと、その段階へ来ましても生そのままでは公表しないというふうになっていると記憶しておりますが、なお正確には刑事局長に答弁させます。
○安原政府委員 大臣のおっしゃるとおりでございまして、この取り決めの第三項に、この提供を受けた資料は捜査、調査並びにそれに伴う刑事上、民事上、行政上の裁判、審理のためにのみ使用することができるとありますので、そのほかの目的、たとえば国政調査のために使用するということは、取り決め上はできないということになっております。
○沖本委員 それでいまのようなことを申し上げたわけです。そういう段階になってくると、時代が変わってくるわけですから、いつまでも取り決めということに置いておかずに、その段階ではアメリカの方とさらに再交渉して、こういう事態になったので公表したいけれどもどうだろうかと言う余地は十分あるのじゃないか、柔軟に物事を考えていった場合にこういうふうに考えられるわけです。ただこっちはそういう取り決めを破ろうとして言っているわけではありませんですよ。重みが非常になくなって、もう生資料の価値がなくなった段階においては、やはり日本の司法当局がアメリカの司法当局に、日本の国内事情は捜査も終了したし、公判維持だけの材料はみな整ってしまったんだ、だからいただいた資料についての使命は終わりましたという段階で、ある程度のことは国会なり何なりにこういう資料をもらったということを教えたいと思うんだけれどもというふうな再交渉の余地はあるだろうと私は考えるわけです。その辺はどうでしょうか。
○安原政府委員 この実務取り決めは、決してわが法務省とアメリカの司法省との間で初めてこれを創設したものではございませんで、いわゆるフォード書簡あるいはそれの前提となっておりますインガソルの声明というようなものの中に、こういう資料はお互いに秘密扱いにしなければならないということがございまして、真相究明のためには秘密取り扱いという制約を受けてもこの資料を入手することが必要であるという内閣の方針にのっとり、つまりフォード書簡を受け入れるという方針が決まりまして、具体的なフォード書簡の枠内、日本国の法律の枠内で法務省よ実務取り決めをしてこいということでございますから、再交渉の余地と申しましても、これはわれわれ事務当局、法務省だけということになりますと、法務省だけの問題でなくて、むしろフォード書簡といいますか、アメリカの連邦政府の一つの方針との絡みでございまして、私どもが法務省のレベルで再交渉の余地があるとかないとかいうことをここで言う具体的な資格はないわけであります。秘密というものには、ある意味においては時間を限った秘密もありましょうから、絶対に永久に秘というものではないものも出てくるでありましょう。しかしいまの段階で法務省当局から再交渉の余地があるということを具体的に申し上げることはいかがかと思いますので、その辺はひとつ御判断にお任せをしたいと思います。
○沖本委員 閣僚の御一人として政府を構成なさるわけですから大臣としては、その辺のお考え方としていかがでしょう。
○稻葉国務大臣 刑事局長も言ったとおりでございますが、フォード返書によるものとは申せ、ここに「捜査・調査のために並びにこれに伴う刑事上、民事上及び行政上の裁判又は審理に関する手続においてのみ使用するものとする。」とありますから、起訴、不起訴が決まりましても、これから裁判が継続しているその間においては、ちょっとその交渉の余地とかそういうことはないわけですね。全部済んでからというのですから、いまあなたのおっしゃる生の価値が軽減するというのは、遠い先の話ではないんでしょうか。しかし、遠い先の話をしておられるんだったら、あなたのおっしゃる意味もあると思います。ただ、そういう遠いことをいまここで私の口から、再交渉の余地があるとかいうことは、閣僚の一人とは申せ、ちょっとまだ断定的に申し上げるのは早いということを申し上げておきます。
○沖本委員 これは遠い向こうだとも考えていないわけですけれども、私たちが考えたのは、捜査終了段階で……。
○稻葉国務大臣 裁判の終わるまでは遠い将来です。
○沖本委員 ですから、事の重大性、いわゆるアメリカで評価することより以上に、日本の国内では、国会も挙げ、政府も挙げ、国民も挙げてこれは重大視している。日本の民主主義の根幹に係っていき、政治の根本に係っている問題であるために重要なんだということで、一審大事なことは、だれが一番汚い金をもらったかということで、それで完全に罪が成立する者は徹底的にその犯罪を追及するけれども、それ以外にやはりそれを構成するだけの働きをした人たちの内容あるいはその事実関係も明らかにして国民の前に示すことが重大なことなんだという観点から見ると、そういうものは次第次第に国民にわからせていってあげる。別の意味からいくと、政府と政府の間では、こんな重大な関係の資料をアメリカは提示してくれたんだ、われわれはそれをもらって最大限それを有効に使った捜査をやったんだということにもなるわけですから、そういう点はやはりその両面からいろいろお考えいただきたいと思うのです。
○安原政府委員 申し落としましたが、再交渉論の前提といたしまして、今度のフォード書簡の内容としてそれが実務取り決めにも反映しておりますのは、あくまでもアメリカにおける法律の基本原則を反映しておるわけでございまして、人権を侵害するようなおそれのあるような公表、あるいは不確かな証拠に基づく公表、これは英語でプリマチュアディスクロージャー、未熟なというか不確かな証拠に基づく公表というようなことは差し控えるべきであるし、捜査、裁判に影響のあるような時期における公開も禁ずべきだというのがアメリカの法制の基本的な原則でありますし、これはまた、しばしば御説明申し上げておりますように、わが刑事訴訟法の原則でもございますから、再交渉と申しましても、そういうプリンシプルを曲げるような交渉はできないわけで、その枠の中で公表になじむかどうかという再交渉というのは理論的には可能ではないかということを申し上げたわけであります。 それともう一つは、いまもらっております資料が必要でなくなった段階というのはいつなのかということがございまして、要らなくなったという判断をする時期は、先ほど大臣が申されたように、相当長期にわたって必要であるということが考えられますので、実際問題としては、そういう原則にも縛られ、かつ不必要ということの判断をする時期というのは未確定であり、相当長い将来にわたるのではないかと思われますが、生の資料を公表する余地というのは非常に狭いというふうに私どもは判断しております。
○稻葉国務大臣 沖本さん、あなたのような目的で、この資料をある段階に来たら出したらどうかと——あなたのような目的、国民の知りたいことを知らせるということのためにこの資料を使わなくても、知りたいことを知らせる段階はあり、また知らせる方法はいろいろな方法があるということを、さっき刑事局長も答弁しておりますから、そっちの方の方法でいかがでしょうか。 私が先に答弁すると何を言い出すかと思って心配しているのです。法務大臣でなくて、これは途方もない大臣だなどと言っているやつもいる。心配はないのです。
○沖本委員 心配ないことないのです。第一、大臣は資料を見ないということを公言して、ごらんになってないわけですね。そうすると、資料の重さというものは大臣はおわかりになっていないわけですよ。その段階でわれわれと同じだということは言えるわけです。そういうところも一緒に含めて伺っていると御理解していただきたいと考えるわけです。 そこで、いまアメリカに超党派の議員団が派遣されております。あるいは特使も行かれたわけで、いろいろ交渉の経過というものは秘密にできることと——派遣の特使の場合、いろいろな内容のものが報告されてきておるとは思いますけれども、報道関係によりますと、派遣議員団に対して国務次官補は、日本の事情はよくわかったということで、できるだけの協力はするというお答えがあったように報道されております。 そういう関係からいきまして、その前の段階で、アメリカにおる証人の喚問ということがいろいろ問題になったわけですね。国会で喚問するということは無理だということがわかり、司法当局によって日本の方へお呼びして証言してもらいたいというふうな事柄は、アメリカ側の方は、それは結構だけれども、本人の意思次第だということで、結論はコーチャン氏にしてもクラッター氏にしても、本人は応じないという意向が明らかになったという点と、それから当局側から堀田検事がアメリカに派遣されて、いろいろそういう内容のものを交渉してこられたということになりますので、アメリカの方では、裁判所の方へそういう日本側の司法当局の意向を伝えて、そのかわりに強制喚問して証言を求めるという方法があるということも聞いておるわけですけれども、堀田検事の渡米中にそういうものの交渉があったのかなかったのか、あるいは司法当局としてそういう要請をお考えになったのかならなかったのか、あるいは公式文書でそういうことをおやりになったか、あるいは公式文書でやるお考えがあるのかないのか、これはまた非常にむずかしい内容になるかもわかりませんが、お答えしていい範囲内でお答えいただきたいと思います。
○稻葉国務大臣 これは堀田君が帰ってきて、私、生で報告を受けてないので、報告を生で受けたのは刑事局長ですから、刑事局長からその点をお聞きになって、それから後、これから何をするかということは、その上でお答えいたします。
○安原政府委員 堀田検事はいまや東京地検の特捜部の検事でございますから、いま大臣は報告を受けたと申されましたが、直接報告を受ける立場に私はおらないわけであります。 いずれにいたしましても、その堀田君が帰ってきた結果の内容については、ある程度の報告は受けておりますが、要するに彼が行きました目的は、わが国の捜査官によります米国内に居住しておる関係者の事情聴取と、いま御指摘の裁判所による証人尋問の嘱託、つまり司法共助というものの実現に関しまして準備のために行ってきたというのが彼の使命であり、またやってきた事柄でございます。 それから、本件の特殊な性格にかんがみまして、アメリカ国内に重要な証人となるべき人、参考人となるべき人がおることは事実でございますから、アメリカにおるいわゆる関係者から何らかの方法で事情を聴取することが事態の真相究明のためにきわめて有力な手段であることは、否定すべくもないことでございますので、そういう人たちからぜひ事情聴取したいという願望を捜査当局が持っておることも否定すべくもないことでございます。しかしながら、いまお尋ねの、そういうことの関連において司法共助のようなことをすることに決定したかどうかということになりますと、事実決定はいたしておりませんし、また、そういうことを有力に考えなければならぬ時期も来ておると思いまするが、具体的な日時とか、そういうことにもし進んでまいりましても、ちょっとその辺はいわば捜査の段階における証拠収集の方法でございますので、方法あるいは場所というものについて申し上げることは恐らくはできないのであろうと思います。
○稻葉国務大臣 刑事局長の申したとおりでございます。
○沖本委員 それで、先日御質問した中に、大臣は、一切報告を聞いてないし、また資料も見てない、それは、捜査に当たっている人たちを励ます意味合いでそういう形をあえてとったんだ、指揮権を発動するように見えたらいかぬ、自由にやらせたいというお答えがあったわけですけれども、しかしながら、三長官訓令に基づけば、当該の担当者から報告をしなければならない義務がありますし、また大臣はその報告を受けなければならない責任も出てくるということになるわけです。それに基づきまして、先日申し上げました国政調査権、行政監督権の重さですね、そういうものの比重を考えていきますと、刑事訴訟法四十七条にかかわりなく、大臣が受けとめられた内容については国会に報告しなければならない。それがすなわち国民に報告することになるという形になるわけですけれども、きのうの御答弁なり何なりを新聞紙上で伺いますと、刑事局長は三回ぐらい報告したというようなことも、これは確かではないんですけれども、聞きましたし、またこの次報告するときが中間報告になるんだというような刑事局長の御答弁もあった。それから大臣は、これは碁でも、いまの近代の碁は時間制限があるんだ、だから、それがいついつまでも長いものであっては困るんだ、だから、あと三月もあれば何らかのことがわかるんじゃないかというようなお話、あるいは百人を超える事情聴取、捜査状況、そういう中に児玉譽士夫に匹敵するような大物もいるというような示唆、あるいはその前の話で、イワシや小サバばかりじゃないんだ、この前の一網打尽的なお話と関連して、大臣のお心がうかがえるわけでございますけれども、しかし、国政調査権なり国会の比重ということをお考えになると、もう二十四日、国会会期末を目前に控えているわけですが、これだけの重大な問題で国会が紛糾して空転が続いたというのは、ロッキード問題なんですね。そのロッキード問題が、大臣もこの辺までお話が、個人的な見解にしろ何にしろ出てきておるわけです。ですから、そういうものをおまとめになって、国会の終了までに何かの形で国会へ報告なさることがやはり大事なことだ。でなければ、紛糾させたままで終わってしまう。なければないでいいし、いまの段階ではこの程度のことしか言えないんだ、しかし、いま鋭意捜査をやっておるから、あとどれぐらいのことは、みんながお考えになっておればその辺の段階でわかるんじゃないか、あるいははっきりした数字は言えないけれども、捜査当局としては概略このくらいの人の範囲内は調べているようだ、そこである程度事件の核心にまで行っている、相当な段階まで捜査がまとまってきている、だからそう遠くないときに結論が出るんじゃないだろうか、あるいはそれよりもっと超えた段階の中間報告を法務大臣として報告なさる義務がある。またそういうことについて当局側から報告をお受けになっていなければ、大臣として国会に対して責任回避に当たる。この間の質問にあわせて私はそういうふうな考え方を持つわけでございますけれども、その辺は、刑事局長からの御報告がどういう段階で、中間報告なり何なりが期待できるか、あるいは大臣はすでに報告を受けていらっしゃるかいらっしゃらないか、あるいはどういう過程で報告なさるか、またとうていこの国会ではどうしようもないので、もし直ちに臨時国会があるということになれば、臨時国会で報告のチャンスも出てくるわけですけれども、もし臨時国会が相当向こうというようなこと——そういうようなことは閉会になってみなければわからないわけで、いまの段階ではもう二十四日でこの通常国会が終わってしまうという段階ですから、そこへ何らかのけじめをおつけになって、一つの方向をお答えになっていただく必要があると私は考えるわけですが、その点はいかがでございましょうか。
○稻葉国務大臣 ロッキード問題は今国会の非常な大問題でございます。ですから、今国会中に起きてこれだけ大騒ぎをした問題だから、今国会の終了の段階では差し支えない範囲で法務大臣は報告をすべきじゃないか、政治判断としてごもっともな御意見として尊重しなければならぬ。しかしこれはそういう段階、国会が終了するのはあと四、五日ですね。そういうときにどの程度報告ができますかね。それで、仮にいままでの御答弁で申し上げたような程度であるとしても報告すべきじゃないかということになれば、これは政治判断ですから、そういう質問があったということを重大に受けとめまして、総理ともよく相談をして、善処をしたいと思います。
○沖本委員 当然、総理と御相談なさって、会期内に何らかのチャンスをおつかみになって御発表の場をおつくりになってしかるべきだと私は考えるわけでございますけれども、これは参議院側でそういう方法をおとりになって、それで両院ということになるわけですが、いろいろ技術的な面があると思います。しかし、それがもしかなわなかったという事態が起こった場合、その場合はやはり何らかの形で、記者会見なら記者会見で、公式に国会に報告をするかわりに、このことを国民の皆さんに報告いたしますというような内容の中間的な報告をおとりいただきたいと思うのですけれども、その点はいかがですか。
○稻葉国務大臣 記者会見をして国民にこういう段階ですと言うことも、法務大臣としてはやはり国民の知りたいということに対して答える一つの方法と御示唆いただきまして、ごもっともだと思います。そういう際にはきちっとしたものを書いて、間違って書かれないようにきちんと気をつけてやりましょう。(笑声)
○沖本委員 そういう形で、いずれにしましても、うやむやになってずるずるずるずるいかないと大臣絶えずおっしゃっているので、これは任してほしい、このことは絶対にうやむやにしない、大臣の責任で十分一網打尽で明らかにするということをおっしゃっておられ、われわれ国会に属する者は国会の立場でそういう面を明らかにしていかなければならない国民に対する責任があるわけですから、両面をお考えになっていただきながら、いまお述べになったことは必ず実現していただきたいということをお願いしまして、質問を終わります。
○稻葉国務大臣 ちょっとお答えしておきましょう。 沖本さん、大変いろいろなことを示唆していただきまして、教わるところがあります。私としてはあなたの気持ちはよくわかるし、私も同じような気持ちではないかと思います、全部わかっているとは言わぬですけれども。それで、ただ沖本さんに申し上げたいのは、この間の自由民主党のロッキード問題調査会、それからその明くる日の記者会見で、いろいろ問われますから、どんなことでしたということで。早くやれ早くやれというロッキード問題調査会の気持ちは国民の気持ちでもあるし、それはもうそのつもりでいるというふうに答えておきました。そうしたら、一体どうなるんだろうと言うて、委員の中からセミの鳴くころだろうかと言うから、まあねと、こういうようなことを言うたのがああいうふうに出ているわけですね。それから、たくさん調べたんだろうけれども雑魚ばかりかと言うから、さあイワシやサバばかりではあるまいねと、こんなことなんですね。その報告が活字になるとああいうことになりまして、多少誤解を与えたかもしれませんけれども、その辺のところは御了承願いたいと思いますが、とにかく一生懸命やっておって、やはり捜査ですから、私ども初め国民はじりじりしているけれども、こんなこともやっている、こんなこともやっていると言って、やっているやっていると言うやつに本当にやっているやつはいないんだからね。静かにじりじりとやっているのが本当のやっているやつなんですから、その辺のところをひとつこの際私からしかと申し上げて、御了承を得ておきたいと思っているのです。
○沖本委員 それでは私も一つだけつけ加えておきたいのですがね。さっきから申し上げていることの中では、やはり中間報告をきちっとなさると、こういう意味合いから、当局に対して報告をお求めになっていただいて、そしてその報告の内容は発表していいものと悪いものとの区別があると思います。その点は大臣の方で十分御検討なさっていただいて、ここからここまでこれだけの内容は発表していいという選択をなさって中間報告をなさるべきである。
○稻葉国務大臣 沖本さん、お言葉ではありますけれども、最初から検事総長は、重大な段階が来れば進んで報告をしますと言っているのですから。まあ刑事局長を通じて捜査当局からいろいろなことを、この間の起訴のときも前もって報告がありました、それは。検事総長から報告をすると言っているのだから、こっちから催促をしないということをずっと申し上げてきたのです。ですから、国会が終了する段階で報告をしなければならぬと自分が判断したときに検事総長に報告を求めるということも、この際少し静かにしておいてやりたいというつもりで私はおりますので、沖本先生、法務大臣から検事総長に報告を求めて、こっちへ報告せいという方法はひとつ御勘弁願いたいと思います。報告が向こうからあれば別ですよ。
○沖本委員 それは向こう向きの話で、この間も申し上げたように向こう向きの話、向こう向きの姿勢とこっち向きの内容と二つあるので、そういうことを申し上げたのです。だから、こっち向きの内容をよくお整えになっていただきたいということです。向こうの方にお聞きにならないなら、いま重要な捜査段階にかかってきている、いま焦点に入っている、だから国民や国会への報告はいましばらく差し控えたい、この心情を察していただきたい、こういうことなんだということがもう中間報告の一つになるんじゃないですかということになるわけです。その点だけ申し上げておきます。
○稻葉国務大臣 私はあっち向いたりこっち向いたり器用にうまく使い分けできないものですから、それでさっき言ったように、検察庁に法務大臣が報告を求めて、こっちへ報告しますという言い方でないことにしてもらいたい、こう申し上げておるのです。
○沖本委員 ですから国会の方に、国会が空転したんですから、空転した国会に対して法務大臣として、ロッキード問題の衝に当たっている行政監督権を持っている法務大臣なんですから、司法当局に対して。だから国会に対する御責任があるわけなんです。ですから、そういう立場から何らかの表示をなさらないと、今度国会軽視になることになり、それがひいては国民軽視になっていくことに当たるということになるわけです。
○稻葉国務大臣 それはよく承知しております。
○沖本委員 以上で終わります。
○大竹委員長 野坂浩賢君。
○野坂委員 質問する前に、稻葉法務大臣初め皆さんの御出席をいただいておるわけでありますが、最高裁判所の長官を御要請申し上げたのでありますけれども、退任に当たっての裁判官会議だとかいうことで御出席がございません。したがって、それらの問題に触れないように質問いたしますけれども、法務大臣に全般的なことをお尋ねをしていきたいと思っております。 まず一番初めに、一般的な考え方を大臣にお尋ねをしたいと思うのでありますが、たとえば裁判所、たとえば検察側、こういうような裁判なり捜査というものについては公正妥当なものであろう、またそうならなければならない、こういうふうに私どもは考えておるわけでありますが、法務大臣も、裁判所なり検察は常に公正妥当にすべての問題を処理しておると、こういうふうにお考えでありましょうか。
○稻葉国務大臣 そう考えております。
○野坂委員 警察庁もそのとおりでありますか。
○三島説明員 そのとおりでございます。
○野坂委員 そうしますと、たとえば裁判で第一審は有罪で第二審は無罪である、こういう決定がしばしばなされておるというのは大臣もよく御存じのとおりであります。それは公正妥当で、どれも一審も二審も公正妥当であると、こういうことに、私たちは弁護士やあるいは裁判官でありませんから、一社会人とし、一政治家としてながめた場合に、そういう点についてはいろいろな問題があるだろう、こういうふうに思うわけでありますが、最初御答弁いただいた問題といまの事例と比較して、どのようにお考えでしょうか。
○稻葉国務大臣 裁判なり捜査なりにいたしましても、人間のやることでございますから、神様の目から見て、自分は主観としては公正妥当にやっているつもりでも、客観的に公正妥当でないという場合があるわけで、そこを慎重にやろうというのが三審制度なんです。したがって、下級審で有罪、上級審で無罪となれば上級審の判断をもって公正妥当という、こういう仕組みになっておるということを申し上げておきます。
○野坂委員 わかりましたが、そういたしますと、傍証といいますか、証拠というものはできるだけ広く集めて、公正妥当に進めるというのが裁判所なり検察側の当然の任務だ、こういうふうに考えてもよろしゅうございますか。
○稻葉国務大臣 そのとおりと私も思います。
○野坂委員 私は、午前中いろいろと質疑がありました、昭和三十八年の五月一日狭山市において発生いたしました中田善枝さんの殺人事件、この問題についてこれからお尋ねをしていきたいと思うのであります。 特に、石川一雄青年が逮捕されて、大臣も御承知のように、一審においては死刑になりました。二審においては無期懲役の判決を受け、現在最高裁に上告をしておるところであります。いま本人並びに弁護人は、公正な裁判を訴えております。また、無実を主張しておる。 それで、いまもお話がありましたように、一審においても二審においても、すべてのありとあらゆる証拠書類というようなものは明らかにしながら裁判の公正を期すべきが本旨である、こういうふうに大臣からお話がありました。検察庁は、石川青年の有罪、無罪をこれから明らかにする重大な証拠を持っておるということは、午前中の論議の中でも明らかであろうと思うのであります。したがって、この証拠書類というようなものは、やはり裁判の進行上、あるいは公正を期すために開示をする必要があるのではなかろうか、こういうふうに思うのであります。したがって、刑事局長にお尋ねをいたしますが、そういうものは法務大臣が言われるように、進んで開示をして、世の人たちが、国民が、すべての人たちが理解と納得のできる公正な裁判を進めるべきだ、私はこういうふうに考えております。したがって、そういう開示というものは原則的にやる必要があるではないかというふうに思うのでありますが、いかがお考えでありましょうか。
○安原政府委員 いまの野坂委員のお尋ねは、今回の狭山事件に関してなお検察官が証拠を開示すべきかどうかということで、開示すべきだと思うがいかがかというお尋ねであれば、そのことにつきましては、具体的に係属中の事件でございますから、検察の公判活動について、これ以上開示するのが妥当であるとか妥当でないとかいうようなことは、申し上げることは厳に差し控えたいと思います。 ただ、一般論といたしまして、公益の代表者である検察官がその手持ちの証拠を開示するということにつきまして、いささかも公正な裁判を妨げるような立場で終始してはならないわけでありまして、そういう意味におきまして、被告側の請求のあったものでありましても、それが被告人の防御のために重大な関係のあるもので、しかもそれを開示することによって証拠の隠滅とか証人を威迫するというようなおそれのない場合におきましては、できる限りそれを開示していくというおおらかな態度で証拠開示に臨むべきだということは、一般的な方針としては、常に大臣からも指示されておるところでございます。
○野坂委員 証拠隠滅その他のような懸念がある場合を除いては、そういうことは一般的に大臣からも指示があるので、やるということであります。 それで、かつて造船疑獄のときに法務大臣の犬養さんが指揮権を発動したことがあります。これは検察庁法の十四条かどうか知りませんが、法務大臣は検事総長を指揮し、監督する、こういうことになって、七条に従って検事総長は部下職員を駆使をするというかっこうになっておるわけです。法務大臣のお言葉なり刑事局長のお話では、証拠の隠滅というようなものが考えられない限り大丈夫だということであります。 私は、午前中の質問に重複する考え方はありませんが、そういう御答弁がございましたので簡単に触れておきますが、たとえば万年筆の問題が出ております。二回捜査をし、二時間も十二名も十五名も来て捜査をしておる。そして、六月二十九日には兄の六造さんをして小島警部がここに自白をしておるからとれといって、とらしめておるということになります。それが、和田君も言っておりましたが、インクの色がどうとかいうことになりますと、一番問題というのは日記ということになるわけですね、日記をずっと書いておるわけですから。そういうことになると、たとえば中田善枝ちゃんの日記というものは証拠隠滅の材料その他になることはない、私どもはそう一般的に思います。検察側もこれで証拠隠滅になるというようなことはないと思います。そういうものは一般的にいって出し得るものでしょうか。どうでしょう大臣、一般的に答えてください。
○稻葉国務大臣 刑事局長に答弁をさせます。
○安原政府委員 野坂委員のお尋ねは、一般的のようであって実は具体的な事件に関係しての御意見について私どもの考え方をお求めになっているものと理解せざるを得ないわけでございまして、先ほど申しましたように、具体的な問題については検察の公判活動が公正、独自に行われることを保障するために、いまこの段階で、私どもからそれは証拠隠滅のおそれがないのだ、だから開示すべきものなんだということだけは、ひとつお答えすることを差し控えたいと思いますが、あくまでも私どもは、先ほどの大臣、それから検事総長が指示しております証拠開示における一般の方針に従いまして、公正妥当に検察官が行動するものと期待をいたしております。
○野坂委員 憲法でも保障されておりますように、基本的な人権というものがまず憲法の中心になっております。言うなれば人の命にかかわる問題であります。第一審ではすでに死刑を宣告されておるわけでありますから、石川青年にとりましては、最高裁判所の裁判というものが、無実であってもどうなるかわからないという重大な事態、それを踏まえて弁護人が証拠開示を要求する、当然だと思うのです。この委員会では、大臣でも局長でもなかなか御答弁になれないということでありますが、私たちが疑惑を持ったままこの裁判が執行されていく、遂行されていくということになると、国民の世論というもの——世論を非常に法務大臣等も気にされると思うのでありますが、それでこそ最高の責任者でもあろうと思うのですが、それらを踏まえて、一般的であるようだけれども具体的だということですけれども、そういうような点は、弁護側は二審でも請求をしておると思うのですね。それを出していないということは、やはり世の中に疑惑を持たせることになる、私はそういうふうに思えてならぬわけであります。そういう証拠隠滅はもう全然考えられないわけですから、それらの点については開示をしてもいいじゃないかというふうに思うわけなんです。局長からは係争中のものはすべて答えられぬということでありますが、私はそれでは、出す出さぬは別にして大臣に答えていただければ非常にありがたいのですが、たとえばそういう日記は証拠隠滅につながるものかどうかという点についての考え方はどうでしょうね、大臣。局長ではなしに大臣に答えていただければありがたいと思います、命の問題ですから。
○稻葉国務大臣 現実にこの問題の係属中の捜査当局が判断すべきことであって、私がそういうことになるとかならないとかの判断をここで下すことは適当ではありません。
○野坂委員 この狭山の裁判について重要なかぎを握っておる品目が三つあります。たとえば時計であるとか、万年筆であるとか、そういうことを言われております。私は警察庁にお尋ねをしますが、この時計の問題についてですけれども、時計の保証書は鈴木明という警官が領置をしておるというふうに証言をしておりますね。これは警察にあるのですか、検察側にあるのですか。
○三島説明員 前もってお断り申し上げておきたいと思いますけれども、この事件は現在最高裁で審理中の事件でございますので、具体的な事実に関する問題につきましては、答弁を差し控えさせていただきたいと思います。
○野坂委員 でも裁判所でちゃんと答えておるものまで御答弁できないわけですか。そんなものですか。鈴木明氏が、時計の保証書は領置をしております。こういう答えをしておるのですよ。それは明らかにこの裁判の中で証言をし、新聞等が発表しておることでも、ここでは何にも答えられないということですか。
○安原政府委員 領置をしているということでございましたら、当然に事件の送致とともに検察庁に送られてきているはずでございますから、検察官において保管しているものと、これはあくまでも推測でございますが思います。なお、担当官の者に聞きましてもその点の細かい、領置した品目についての標目は知らないようでございますが、いま野坂委員御指摘のように、関係者が領置をされたと言うのであれば、恐らく検察庁が保管しているものと思います。
○野坂委員 非常にやりにくいですね。具体論についてはすべて答えられないということがはね返ってきて、非常に遺憾に思っておるわけですが、大臣以下皆さんに聞いてもらいたい。 石川青年が中田善枝さんの時計をとって、そして自白をした。六月二十四日に自白をして、六月の二十九日と三十日に捜査をしております。その捨てたというところから、その近所を土を掘らんばかりに捜しに捜しておるわけでありますが、それでも時計は見つからなかった。七月二日に七十八歳になる小川老人、目が不自由でありますが、自白地点から七・八メーター離れた地点で発見されております。私は、警察官というものは公正妥当にしかも綿密に、慎重に捜査をするものであろうと確信をしておるわけですが、二日間も捜してわからない。しかもその三日、四日後に目の悪い老人が見つける、こういうことがあるだろうかということを非常に疑惑を持つわけであります。これについてもお尋ねをしたいのでありますけれども、またそれは捜査中だ、こういうふうな答弁が返ってくるような気がしてなりませんが、できるだけ綿密にやったものだろうかということは非常に疑惑が残りますので、この辺だけでも警察庁から御答弁をいただきたい。そういう自白に基づく捜査というものは、映画やテレビやその他をどんなに見ても非常に慎重に、非常に綿密にやられる、こういうふうに私たちは今日まで理解しておったわけでありますが、そんなことはないわけですか。きわめて形式的なものですか、それとも慎重に綿密なものですか。
○三島説明員 私どもとしましては、最善を尽くして捜査したものと信じております。
○野坂委員 そうするとやっぱり見つけておらなければならぬ、こういうふうに思うのであります。特に疑惑の点は、この発見をされた時計は五月十一日に捨てて七月二日に拾い上げた。この五十二日間のうち三十二日間は雨であります。この間に降った雨の量は二百八十八・三ミリ降っております。十ミリ降ったのが九日間、二十ミリ降ったのが六日間、こういうふうに相当の雨が降っておるにもかかわらず、時計は湿っていない、革バンドもぬれていない、こういうことになっておるのはいよいよ疑惑が深い、納得できない、こういうふうに私どもは推理をいたします。特にそういう疑惑があるものについては、そうではないんだというように証拠開示を検察官が開示請求にこたえて出してくれるものと私は確信をしておるわけでありますが、この委員会から検察官の皆さんに訴えたいと思うのであります。聞こえて必ず来ると確信をしておるわけでありますが、特に警察側で将田さんという副本部長がおりますね。これがこの時計については、岩淵という警部補にメモを出しております。そして五月八日に警察官あるいは検事が五人東京都の上野の御徒町の金栄社というところに行って品ぶれをつくっておるというかっこうになっておりますね。その品ぶれ書をつくっておるのは、この見本が出されておる。品ぶれ書をつくるというのは、それがなかった場合にどういうぐあいにしてつくるものでありますか。これは一般的な質問として受け取ってほしいと思うのでありますが、品ぶれ書を作成するというのは、どういうぐあいにしてつくるものですか。
○三島説明員 品ぶれ書をどういうぐあいに作成するかにつきまして、一般的に作成する仕方につきましてお答え申し上げますと、ある事件が起きまして、被害者側からこういう被害に遭ったというお届けがありました際、たとえば時計なら時計につきまして、被害者から一通りその時計の型なりあるいはいろいろな特徴点なりはお聞きできると思います。また、その時計をどこからお買いになったかということもお聞きできると思います。したがいまして、その時計の購入先につきまして、いろいろ事情もお聞きしますし、また、その時計と同種のものをお見せいただいて、それらを参考に品ぶれ書を作成する、こういう段取りになっております。
○野坂委員 たとえば保証書というものがある場合は、それを持っていって、同じ型、番号はわかりますから、そういうのを見本を出してもらってつくる、こういうことになりますか。
○三島説明員 そういうものも当然参考にすることになろうと思います。
○野坂委員 型や番号等を聞いて品ぶれ書を作成するのだと。その品ぶれ書の見本というのは、この場合は型はシチズンのコニー型ですね。番号は申し上げても長くなりますから失礼しますが、コニー型です。話も聞いて、保証書も見て、メモを受けて品ぶれ書をつくる、その品ぶれ書に基づいて捜査を進める。一般的に、その品ぶれ書に基づいて捜査をする、こういうことになりますね。
○三島説明員 そのとおりでございます。
○野坂委員 この小川老人というのが拾った時計は、シチズンコニーという型ではなしにシチズンベッドという型なんですね。型が違うわけですね、もちろん側番号も違いますが。そうすると、違っておるということになってくるわけです。この辺が私たち社会人といいますか、一般民間人というのはよく理解ができぬわけです。 そういうことになれば、たとえば、普通の場合、売ったお店に行って見本品も出してもらうわけですから、その売ったものの見本品というもので品ぶれ書をつくるということになりますと、ほとんどどこのお店でも、売ったものについては、時計なんかはいわゆる高級品ですから、帳簿がありますね。そういうような帳簿ももちろん見せてもらうことになりますか。
○三島説明員 やはり品ぶれ書をつくる場合にはできるだけ正確を期する必要がありますので、必要ないろいろな資料はお見せいただきますし、またいろいろな事情をお聞きして、できるだけ正確を期するということに相なろうと思います。
○野坂委員 そうすると、品ぶれ書で確実なものをつくって、捜査官が全部それを持って歩くわけですね。歩いていろいろと調べると、調べるものと違ったものが出てきたという場合には、これは一般的に言ってそのものではないということになるわけですか。
○三島説明員 一般論としてお答えいたしますと、できるだけ品ぶれ書は正確を期するわけでございますけれども、何分にも現物を見てつくるわけじゃございませんから、一〇〇%正確を期し得ない場合もあり得るかもしれません。
○野坂委員 正確を期し得ない場合もあり得る。そうすると、一般的に言って、それは本当のものでない、間違いがあるということに通じてまいりますか。
○三島説明員 間違いだということでなしに、似通ったものである、同種のものであるという参考にはなってこようと思います。
○野坂委員 すると、非常にあいまいな状況になりますか。たとえば帳簿も見る、そして話も聞く、保証書もある、そういうことになると、少なくとも型というようなものについてはまず間違いがないものがでできますね、三つ符合すれば。そうすると、それを持って歩くということになって、違ったものを持ってくれば、これは似通っておっても違うということになりませんか。
○三島説明員 やはり一般論としてお答え申し上げたいと思いますけれども、最初の品ぶれ書そのものが一〇〇%正確であれば、違っておるということになりますけれども、先ほど申し上げましたように、品ぶれ書はあくまで現物を見て作成するわけではございませんので、できるだけ正確を期するわけでございますけれども、一〇〇%正確を期し得ない場合もあり得るわけでございます。
○野坂委員 その辺がはっきりしないのですけれども、 〔委員長退席、小島委員長代理着席〕 一〇〇%正確は期し得ない、しかし、参事官もよく知っておられると思うのですけれども、こういう角型の時計と丸型の時計、これはわれわれでもよくわかりますね。だから似通っておるけれども、一〇〇%同じものでないかもしらぬという、そういうお答えはわからぬでもありません。だからこれと同じようなもので何の型ということになれば、専門家に持ってきて見せればよくわかるわけですね。そうすると、これが見本品のものか、いわゆる番号その他、型も同じものか同じでないかというのは、そういう場合は警察としては専門家に持っていって鑑定をしてもらうとか見てもらうとか、そういう措置は公正を期するためには当然とるわけですね。
○三島説明員 できるだけ正確を期すように努力するわけであります。
○野坂委員 私は、いままで一般的な状況で聞いたわけですから、一般的にお答えをいただいたと思うのです。 いま私は具体的に申したわけでありますが、これは雨にもぬれておりませんし、コニーとベッドでは型が違うわけです。したがって、これらの時計そのものについては非常に問題があるということに、一般的に言ってもなり得る、こういうふうに思わざるを得ません。こういう見本とかあるいは捜査報告書とかいうものは、東京や埼玉を歩いたそういう捜査報告書なり、あるいはその買った店、たとえばここで言えば金栄社というようなものの帳簿、これはみんな証拠書類として検察側が持っておるということになるであろうと私は思うのです。そういうものは一切合財——まあ一般的でないと聞くことできませんから、買った店の帳簿とか保証書とかそういうものは、全部大体、検察側の方に警察庁としては送り込むわけですか。
○三島説明員 普通、品ぶれ書を作成する場合、その基礎となる資料を全部送るということはないと思います、必要なものは送る場合もあろうと思いますけれども。
○野坂委員 それでは、必要なものというのは、いま私が言うと、たとえばそこの店の帳簿あるいは帳簿の写しとかあるいは保証書とか、それから捜査の報告書とか品ぶれによって捜査しますね。そういうような報告書というものは送るものですか、送らぬものですか。
○三島説明員 その事案、事案によって違ってくると思いますけれども、抽象的なお答えで恐縮でございますけれども、やはり必要なものは送るというたてまえになっております。
○野坂委員 いま私が言ったものは必要なものですか、必要なものでありませんか。
○三島説明員 具体的な事件に当てはめないとちょっと御答弁しかねる問題でございます。
○野坂委員 具体的に言うと話せぬと言われるし、一般的に言うと具体的に言えと言われるし、どう言って御質問申し上げたらいいか、非常に苦慮しております。 それでは、たとえば時計の問題について、副本部長から岩淵という警部補にメモを出す、そして店に行く、店に行って帳簿を見る、見本品を出させる、品ぶれを作成する、それで捜査をする、たとえばこういう段取りになります。これが事件の一つの山場になってくる。証拠書類としての山場になってくるという重要な問題だ。私は、警察や検察とは違いますから、一般的に見てそういうふうに思うのです。その場合に、保証書とか買った時計店の帳簿とか見本品とか、あるいは五月八日——五月八日といいますか、その店に行っていろいろと話し合った、品ぶれの報告書を作成するに至る捜査報告書、そして品ぶれに基づく捜査の報告書、こういうものができておるわけです。それは検察側に送るものかどうか。事件の性格で、人を殺した証拠品というようなものについての取り扱いは、これは重要なものであると認定をするか、そして、その認定したものは検察側に警察側としては送り込むのかどうか。
○三島説明員 この事件の具体的な事実関係に関する部分につきましては、最初に申し上げましたとおり、答弁を差し控えさせていただきたいと思います。ただ、一般的に言いますと、必要なものは送るということでございます。
○野坂委員 ちょっと質問をどうやっていいのかよく——やりにくいものだということを痛感をしておるわけですが、答弁する方は楽かもしれませんね。具体的に言えばこれは関係があるからだめだ、一般的に聞けば具体的に言え、こうおっしゃるわけですから、非常に弱るわけですが……
○小島委員長代理 野坂君、裁判の進行中ですからそのつもりで……。
○野坂委員 委員長、それはよく承知しておりますから、一般的に聞いたつもりなんです。しかし、一般的な問題については答えられないし、具体的だということになれば答えられないと言われれば、どうやって聞いたらいいのかということを、私は委員長に聞きたいくらいです。 だから、さらにこの問題について——時間もありませんから次に進みたいと思うのですが、たとえば犯人が金を要求する目的である少女を殺した、そして脅迫状を送る、そして何月何日に持ってこいということになる。そこに出ていく。出ていって話をするけれども、慎重にしてかつ公正な、そして迅速果敢な警察官がその犯人を捕らえることができなかった、逃げてしまった、しかし足跡その他はある、こういう場合はそういう足跡については警察としては一体どういうふうに処理をするものでありますか。
○三島説明員 一般的に申し上げますと、犯人の足跡と思われるものにつきましては、当然証拠保全を図るということでございます。
○野坂委員 そういう場合は写真を撮りますか。
○三島説明員 やはり写真を撮ったり、あるいは石こうその他で足跡そのものを採取するというやり方をするのが普通でございます。
○野坂委員 石こうというのは、そこに石こうをはめて足跡をとる。その場合は、当然写真も一緒に撮るということになりますか。
○三島説明員 そういうことでございます。
○野坂委員 その写真なり石こうに基づいていろいろと捜査をするわけですね。その地下たびの足跡がだれが見ても十文三分なり十文半ということを断定をする場合、それを持ってきたものが九文半であるということになれば、それは一般的に言って証拠品なりそれと違うということに常識的にわれわれは感ずるわけですが、そのとおりでありますか。
○三島説明員 御質問の趣旨がよくわからないのでございますけれども、足跡を鑑定する場合には、その足跡と対照する必要のあるくつを持ってきてそれとの比較をするということが足跡の鑑定でございます。
○野坂委員 足跡というのは、踏みつけますからふくれる場合だってありますね。それを写真に撮る。九文半ぐらいなものを持ってきて、合いませんから、たとえば十文三分の足跡だ、こういって判断をするという場合がありますね。鑑定人その他、あらゆる角度から検討して十文三分だ。たとえば九文七分の地下たびを持ってきてそれに合わせても、違いますね。その場合は、その九文七分の地下たびというものは犯人のものでないということになりますか、一般的に言って。
○三島説明員 それが直ちに犯人のものであるかないかということは言えないのじゃないかと思います。その対照資料と合っているかどうかだけを鑑定するのが足跡鑑定でございます。
○野坂委員 初めに返りますが、狭山事件ではなしに、一般的に言って、私ども日記をつけるわけです。その日記というようなものは、本人が最近どういうことを書いておるかというようなことが、死亡した場合は証拠書類として必要ですね。それらについては十分に検討されるものでありましょうか、警察側としては。インクの色とかそういうことまでやられますか。
○三島説明員 捜査段階においては、捜査上必要な資料につきましてはあらゆる角度から十分検討するということになっております。
○野坂委員 時間もございませんが、いま私は質問に非常に苦慮しておるわけでありますが、たとえば時計の問題をまず挙げます。 すべてのものは検察側にあるということははっきりしておるわけです。いま私が素人的な立場で、型が違っても、あるいはぬれてもいない、雨が降っておるのにぬれていないという非常識なことが盛んにある。それでも、なかなかここでは御答弁ができない。しかも、公正妥当な裁判を信頼しておる、こういう法務大臣の御答弁であります。私は、恐らく請求があれば開示されるであろうことを信じてやみませんが、そのように当然ならなければならぬ。 また地下たびの問題についても、この狭山事件の場合は、善枝さんのお姉さんの登美恵さんが五月の二日に犯人と声をかけ合って会話をしております。その足跡を三個も石こうでとっておる。ところが証拠書類として出されるものは、バケツや木の枠というものが、農道において——遠景はありますが、近景はない。しかし、いま三島参事官がおっしゃったように、その生の足跡の写真というものは、普通常識的に一般的に、写すんだと言われておる。ところがこれには出てこない。だから私たちが調査すると、確かにあなたがおっしゃったように、地下たびの足跡がいっぱいついておる。それを出してこないというのは、やはり国民に疑惑が残る。まして石川青年にとっては命にかかわる問題でありますから、これらの問題は、公正妥当に進められると言う裁判所はやはり明らかにして、裁判の公正を期していかなければならぬと私どもは思います。 それから、万年筆の問題については恐らく八木さんがいろいろ話したと思うのですが、鑑定は、日記等調べて、万年筆は二十一日と二十二日までしか鑑定をしていないわけですね。和田君が言ったように、善枝さんの使用しておったものはライトブルーだ、かもいから出てきた万年筆は、ブルーブラックだ。なぜ二十二日までしか鑑定をしていないかというのは——二十四日の日に同僚の中根敏子さんがブルーブラックのインクを彼女に貸してやった、こういう証言があったと言っておるわけですね。これは発表されておる。そうすると、二十四日以降の鑑定というものが、その万年筆で、そのインクの色というものが必要になってくる。それには、日記にやはり書いておりますから、ライトブルーかブルーブラックかというものがその辺で出てくる。それを二十二日までしか鑑定をやらぬということになると、ますます疑惑が残ってくるということが私たちは言い得ると思うのです。 ちなみに、第二審の寺尾判決というのは、こういうことを言っておりますね。被告人は不当な誘導によって供述させられたと言うけれども、それは信用できぬ、捜査官の証言からも当局の作為をうかがわせるようなものを見出すことはできぬ、捜査当局に作為のあったものではないかと推測せしめるような被告人及び家族の各証言は信用できぬ、こう言って、いま私が申し上げたいろいろなことの証拠を明らかにしないまま、寺尾裁判長はこのようなことを判決の中で述べております。 しかし、その判決とうらはらに、いま申し上げた時計にしてもあるいは万年筆にしても、そういうものが出されていかなければ、石川一雄青年はこの最高裁判所が最後のチャンスなんですから、すべて国民の前に、あれだけの世論の高まりがあるわけですから、やはり出してもらわなければならぬ、こういうふうに私は思うのであります。 特に、数えれば疑惑の点は数限りなくあります。たとえば脅迫状の文字にしてもそうです。鑑定人の鑑定によれば、これは違っておるんではないか。あるいは封筒の問題にしても、身分証明書にしても、万年筆にしても、腕時計にしても、自転車にしても、どれからも指紋というものはとれていない。こういうこと。あるいは頭部に裂傷があって、それを石川青年が引きずったということになっておりますが、石川青年の衣類にはそういう血のついた跡、血痕というものは全然ないというような点。あるいは、先ほど和田君が言っておりましたように、胃の内容物と死亡時刻というものの関係を、昼ライスカレーを食って二時間後に死亡しておると鑑定人は言いますけれども、死んでおるのは四時三十分だ、四時間半もある。 こういうたくさんの問題が私たちの目の前に広げられて、本当に公正妥当な裁判が行われるだろうか、そういうことを国民は注目しておると私は思います。 きょう最高裁判所の皆さんはおいでになっていただいておりませんが、こういう一、二の例を挙げて、きわめて制限された時間の中で申し上げました内容でも、私は石川青年の今日までの判決については疑義がある。しかも弁護人が百点にわたる開示請求というものを行っておる。それをこの委員会では検察の最中であるからそれらについては答弁ができない、こういうことに終わることを非常に残念に思います。皆さんが取り次いでやるというようなこともされないと思いますが、私は最高裁判所を信頼をして、この委員会でいろいろ議論のあったそれぞれの問題は必ず最高裁判所の中で判断をされるし、明らかにされるであろうということを疑いません。ぜひそういうことをしてほしいと思っておるところであります。 最高裁判所に対して私は質問をしたいと思っておったのでありますが、最高裁判所は憲法違反とか判例違反は義務的にやらなければならぬ、こういうことになっております。一般的に言って、法務大臣に聞きますが、たとえば狭山の問題については、その部落に見込み捜査、こういうかっこうでそこに集中されておるというのは、憲法第十四条に差別をしてはならぬということがありますが、差別のように見えて、一般的に言って——ここでごらんになりますように「狭山差別裁判」というふうにまで書いてあります。そういうふうに見られがちだ。そういう意味では、私は、この十四条に基づいて最高裁は事実の審理と口頭弁論、こういうものを行って明らかにしながら、事の真相をきわめて結審が出ると思うのでありますが、憲法十四条とのこの関係は、法務大臣はどのようにお考えでしょうか。
○稻葉国務大臣 憲法十四条は、たしか国民は法のもとに平等であって、人種、信条、性別、社会的身分及び門地によって差別をせられないというわけですから、捜査に差別があったり行政に差別があったり、また国民の一般社会生活において差別などというものがあれば、十四条違反だと私は思いますが……。
○野坂委員 十四条違反ということはわかりますが、この裁判そのものについては差別があるんではないかという疑義があるわけですから、そういう点については最高裁は事実審理、口頭弁論等を行って真相をきわめることが必要ではなかろうか、こういうふうに思うが、どうでしょうということです。
○稻葉国務大臣 そういうことをなさるかどうかは最高裁判所の判断でお決めになることであって、私はそうあるべきだとかなかるべきだとか言う立場にございまません。
○野坂委員 時間が参りましたから最後に、石川さんは昭和三十八年以来十三年間獄舎生活を行っておる、最近健康を害しておるというふうに聞いております。本当に病気をしておりますか。そしてまたどこで治療を受け、どういうふうに暮らしておるのか、健康は大丈夫なのかということだけをお尋ねをしておきます。どなたでも結構です。
○稻葉国務大臣 狭山事件被告人石川一雄は、昭和三十九年四月三十日、東京拘置所に入所して以来、独居拘禁に付しておりますが、処遇上特に変わったところはなく、ただ一昨年五月二十九日、糖尿病により病室に収容して投薬及び食餌療法を実施したところ、経過が良好であり、昭和五十年十二月一日をもって投薬を中止し、体重はほぼ五十四キログラムで一定しております。また尿所見及び血糖値は正常化しており、自分で食事カロリー制限(千八百カロリー)ができれば病室に収容するほどのこともない良好な状態になっております。
○野坂委員 わかりました。 これで、私の質問を終わりますが、法務大臣以下、法の問題をつかさどる検察側なり裁判所の皆さん、特に一月二十八日に上告をいたしました石川一雄氏はいわゆる最後の裁判であります。したがってその無実というものについて彼は訴え、真実なしかも公正妥当な裁判を要求しておるという声は多くの国民の共感を呼んでおるところでありますし、またそうあらなければならぬ、こういうふうに思います。それが法をつかさどる者の役目だと考えておるところでございます。したがって弁護人の諸君たちが現在百点にもわたる証拠開示を要求をして、そして公正で慎重で、法の権威を守るためにもあるいは日本の民主主義を守っていくためにもこの裁判を、真実の追求のためにもこの証拠開示というものはやってほしいということを述べておるわけでありますから、いま私が二、三の例を申し上げたように、それらの問題は最高裁判所で必ず開示をされるということを確信をしながら、検察側の良識と良心を喚起をしながら、私の質問を終わります。 ありがとうございました。 〔小島委員長代理退席、田中(覚)委員長代理着席〕
○田中(覚)委員長代理 井上泉君。
○井上(泉)委員 法務大臣にまず最初にお尋ねしたいと思うわけですが、法務大臣は弁護士でもあるし法学博士でもあるし、しかも長年の政治家としての経験、全く私どもとは比較にならぬ大人物であるわけです。 そこで国会の大先輩の法務大臣に、この国会は日本のいわゆる最高の権力機関ということをよく言われるわけですが、これは法務大臣も間違いなく国会は国権の最高の機関であるという認識をお持ちでしょうか。
○稻葉国務大臣 持っておるつもりでございます。
○井上(泉)委員 持っておるつもりであるということは持っておるということでしょう。 そこで、そうすると国会の権威というものは他の司法、行政の権力にも、これは三権分立といっても、最高ですから、表現は悪いかもしれぬけれどもこれが一番上にある、こういうことになるでしょう。
○稻葉国務大臣 「國會は、國權の最高機関であって、國の唯一の立法機関である。」ことは憲法四十一条に書いてあることでありますけれども、別に行政権は内閣に属し、司法権は裁判所に属し、ことに司法権につきましては裁判所の独立を強く憲法は規定しておりますから、幾ら国会は国権の最高機関といえども、裁判の内容についてくちばしを入れるということは憲法の禁ずるところであるというふうに理解しております。
○井上(泉)委員 私、そこまでは問うてはないです。裁判のことに国会がくちばしを入れるとかいうことはまだ問うてはないですが、そこでいま野坂君の質問に対するあなたの答弁を聞いておる中で、裁判所のことだから、最高裁のことについてとやかく言えない、最高裁のことにとやかく言えなくても、狭山事件というものはどういうものであり、そうして狭山事件がいまどういう形で争われておるのか、そのことについては認識はお持ちでしょう。
○稻葉国務大臣 いろいろ聞いております。
○井上(泉)委員 いろいろ聞いておるでは、これは余り間口が広いのですから、それでいろいろ聞いておる中での狭山事件というものはどういうことを指して言っておるのか、そのことをひとつ大臣のいい頭で要約をしてお答え願いたい。
○稻葉国務大臣 どういうことをお聞きになるか知りませんが、罪名は強姦殺人事件ということになっております。
○井上(泉)委員 いや、それはだれがどこでということはもう常識としてあなたはお持ちじゃないかと思うのですが、強姦殺人、それはどういう状況のもとで行われたかということを聞いておるのですが。
○稻葉国務大臣 公訴事実の概要は、私の承知しておりますところでは、昭和三十八年五月一日、狭山市内の山林において高校生中田善枝十六歳を強姦した上その首を締めて殺害するとともに、腕時計、万年筆等を強取し、さらに同女の死体を付近の麦畑に埋めてこれを遺棄したもの、他に右被害者を誘拐したように見せかけてその両親から身のしろ金を喝取しようとした恐喝未遂、窃盗、森林窃盗、傷害、暴行、横領の事実もあわせて起訴されておるわけです。
○井上(泉)委員 それで、この石川青年が部落出身者であるということ、これはあなたは承知をしていますか。
○稻葉国務大臣 その事実の真偽については承知しておりません。ただそう言われておるということは、新聞等で承知しております。
○井上(泉)委員 新聞等で承知をしておると言うて、真実かどうかということはわからない、こう言うのですが、それじゃ安原刑事局長にお尋ねしますが、同和部落の青年であるということは、あなたは承知をしておるでしょうか。
○安原政府委員 私は、検察庁の報告でそういうことは承知しております。ただ、よく集会等あるいは新聞紙上等で、差別裁判反対ということでいろいろの集会があることから、そういうことかなということは推察はしておりますけれども、検察庁の公式の報告でそういうことは一切承知しておりません。
○井上(泉)委員 部落差別というものはどういうものであるか、そのことについて法務大臣がどれだけの認識を持っておるのか御説明願いたい。
○稻葉国務大臣 所管でありませんので、正確に承知しておりません。
○井上(泉)委員 所管でなくとも、これは、あなた国民の人権を預かる大切な法務の所管大臣ですから、差別、同和問題ということについての認識がないと言うが、あなたはかつて文部大臣もやったんじゃないですか。文部大臣もやって同和問題についてのことも全然聞いてないんですか。いま差別問題でこんなにやかましいのに、同和問題について全然認識がないんですか。
○稻葉国務大臣 それはございますよ。(井上(泉)委員「それなら言ってください」と呼ぶ)それはございますがね、実際に日本のある地方でどの程度の部落差別が行われているかにつきましては、実態をよく把握しておりませんというだけであります。
○井上(泉)委員 その地域ではどういうことが具体的にあるかということは把握はされてないが、ごく一般的に同和地区というのは、いわゆる富める層が多いのか、あるいは富める層でない層が多いのか、そういうことについての認識はありますか。
○稻葉国務大臣 それは地方によって違うと思いますね。私、新潟県ですけれども、貧富に差は余りありませんようです、私どもの方では。
○井上(泉)委員 それじゃ差別問題というものもまだ今日現存をしておる、差別観念というものがこの社会にあるという認識を持っておるのか、理解をしておるのかどうか、その点。
○稻葉国務大臣 事実としてあると理解しております。
○井上(泉)委員 これは非常に大事なことで、法務大臣としてそういう差別という、人間としてひとしく平等であるべきものが差別というものが存在をするということは、一日も早くそういう差別を解消するような手だてを講じなければならないのですが、あなたは国務大臣としてそういう差別をなくするためにはどうせにゃいかぬかという、具体的なものはなくとも差別が現存しておる、差別というものが好ましくないことであるから、この差別をなくさなければいかぬということについてのあなたのお考えを承りたい。
○稻葉国務大臣 政府としては極力そういう現実を踏まえまして、差別のあるという現実を踏まえていろいろな方策を講じてこれに対処して差別をなくしていく、同和政策を推進するという方向でいま総理府が中心となってやっておりますことは、先生も御承知のとおりです。
○井上(泉)委員 そういうことであるならば、この石川青年が同和部落の出身であるし、そして同和部落というものに対する差別意識というものが根強くあるということ、そういう中で、この問題が一面差別裁判と言われて——これはあなたの解釈では差別裁判としないかもしれませんよ。しかし、世間一般これは差別裁判と言われておる。そういう場合にやはり事件の本質というもの、ただ客観的にながめるということだけではなしに、やはり国務大臣とし法務大臣としてこの事件の内容が、ただ検察庁の起訴状だとかあるいは裁判長の判決文だとかいうことだけを正当なものとして問題を見るということは、あなたは弁護士という立場から考えてもこれはどうも適当じゃないんじゃないか。 そういう点からも事件に対して、これは最高裁でやっておるからそれに対して何らの意見を言うことはできないということではなしに、やはりこの事件に対しては、これは一つの差別問題というものがこの事件の骨格をなしておるわけだから、だからそういう点からもこれをもっと真相をあなた自身が究明をするという考え方の上に立つならば、最高裁にこうせよ、ああせよとは言わなくとも、法務大臣としてこの問題はこうだ、この事件はこうだと思うがというくらいのあなたの考え方というものは、これは出てくるのが当然じゃないかと、こういうふうに思うわけですが、そうはならないですか。
○稻葉国務大臣 そうはならないんです。
○井上(泉)委員 それは非常に残念ですが、一人の犯人を逃しても罪のない者を罰する、十人の犯人を逃しても一人の無事を罰することはいけないということはよく言われることで、そのことはあなた承知をしておるでしょう。それから物で——いわゆる口で言うのではなしに、口で言ったことを証拠としてやるのではなしに、物によって真実というものを明らかにせにゃならぬということは、人権裁判あるいは裁判とかまた事件等でもよく言われることだということは、これはあなたも私は承知をしておるんじゃないかと思うのですがどうですか。
○稻葉国務大臣 口というのは自白のことだと思いますが、自白を唯一の証拠としてはならないことは当然でございます。
○井上(泉)委員 その場合に、狭山の高裁の判決文、これはあなたはごらんになったんですか、なってないですか、まずそのことから……。
○稻葉国務大臣 判決文を読んではおりません。
○井上(泉)委員 非常に正直なことで、その正直さというものはこれは評価するわけですけれども、やはりこれだけ社会的に問題が多いのに、しかもあなたは法律の専門家であるし、それできょうは狭山問題の集中審議をやるというのに、やはりそれくらいの、判決文くらいは読んできておっていただきたかったんですけれどもね。これはロッキードで頭がいっぱいで、そういう間もなかったですか。
○稻葉国務大臣 しっかりした事務当局がおりますものですから、そういう際に——判決文全部を読んでくれば一番いいんです。それにこしたことはないのですが、その点については不勉強と言われてもしようがありませんけれども、私、刑事局長は全部読んでいるものと思いますから、そういう点について何か御質問があれば刑事局長からお答えさせます。
○井上(泉)委員 私は、刑事局長はきわめて事務的に処理をするのですから、やはりこういう一つの差別というものが中にあっての事件であるので、これは政治的な考え方というものが支配をすると思うのです。だから寺尾裁判長の判決文の全容が、いま大臣も言われたように、物で語らずして人の口で語っておることを中心にしておる。これは法律の専門家のあなたが判決文を読めば、これじゃ物に頼ってないじゃないか、こういう理解が十分得られると私は思うわけですが、帰られて読む気はありませんか。
○稻葉国務大臣 いまの寺尾判決文を見れば、あなたの御説によれば、それは口で判決している、物では判決していない、だからと、こう言って私に聞かれましても、そのとおりでございますねなんて言う立場にはない。(井上(泉)委員「ぼくは、そのとおりであるということでなくて、あなたに読む気があるかどうかと聞いている」と呼ぶ)それは時間があれば読んでみますよ。けれども、いま係属中の事件で、最高裁判所はわれわれよりももっときちんとした裁判をするものと信じております。ですから、二審の判決があなたの言うような御判断であれば、それについての判断は当然最高裁がやってくれるものと——私は、法務行政をたくさん抱えておるものですから、そっちの方は裁判所がやってくれる、こういうふうにお任せする以外にないのじゃないかと思います。
○井上(泉)委員 しかし、最高裁判所の長官は内閣が任命するのじゃないですか。だから、法務大臣であるあなたの意見というものは、直接最高裁長官にこうしなさい、ああしなさいということは言わなくても、世論を代表する、しかも日本の法務を担当する大臣は、やはり精査する必要がありはしないか。これは、聞くところによると、いままでいろいろな最高裁の裁判なんかで、そういう記録なんか全部見ておったら大変なことだから、もういいかげんなところで片をつけたというようなことがよく書かれておるわけなので、そういう点からも、最高裁の権威を高めるためにも、やはりこの際は、寺尾判決というものをもう一遍あなた自身も読んで、これは物で語らずして人でつくったものだという見解くらい、あなたが発表されても、私は何も裁判に対する干渉とかいうことにもならぬと思うのですが、どうですか。
○稻葉国務大臣 職務権限がたくさんございますし、いま一生懸命に職務権限を行使しているわけでありまして、最高裁判所の職務権限を侵す考えはございません。
○井上(泉)委員 私は裁判所の職務権限を侵せとは言ってないですよ。侵せとは言ってないけれども、日本国の中の一つの権力形態の中における裁判所でやったことが憲法の精神、憲法の本旨とするところの人権を無視している。人権を差別した意識の中でこの事件が起こっておる。こういう非常に大切な問題だから、あなたが裁判所にどうこう言えということではなしに、やはり法務大臣として、日本国民の人権を守る最高の責任者としてのあなたが、この狭山事件、石川青年の事件というものがどういうものであり、そして寺尾裁判長の判決文がどういうものであるかということを——暇があれば見ようと言うても、暇というものはつくらなければあるわけないですよ。だから、少しの暇でも見つけてこの問題をひとつ研究をしてみようかというくらいな心があってしかるべきだと私は思うのですが、その気持ちもないですか。
○稻葉国務大臣 どうしてそういうお尋ねを私になさるのか私は理解できない。(井上(泉)委員「あなたは法務大臣だから」と呼ぶ)それは法務行政の最高責任者でありますけれども、私は裁判官でありませんしね。ですから、いま最高裁判所に係属されている事件について、第二審の判決が差別であるか差別でないかなんということをここで申し上げるわけにはまいりませんよ。また読まなければ差別裁判であるかどうかもわかりませんわね。差別であるかどうかということは最高裁の判事が判断さるべきことであって、法務大臣が判決文を読んでそのくらいのことは言えないかと言っても、申し上げかねます。
○井上(泉)委員 私は差別裁判であるかどうかということを言えとは言ってないのです。寺尾判決というものがどういうものであるかということくらいは、読めば、この裁判は物で語らずして人で語って——聞いてくださいよ、のれんに腕押しみたいでしんどいですから。法務大臣として、こういう社会的関心の高い問題をまじめに検討するということを——私は差別裁判であるという認識を持てと言っているのではないですよ。あなた自身がこの問題についても見きわめる必要がありはしないか。そういう必要は法務大臣としてない、こういうお考えであるがために、私にどうしてそんな質問をするのか、こういう言い方をなさるのですか。——それではもう一回、私の質問が下手なのかもしれませんから。 狭山事件について、これだけ社会的関心の高い問題について、法務大臣として、ただ事務当局に研究させておるとか、あるいは事務当局がいろいろ意見を言うてくれるとかいうことで、あなた自身がこれを研究してみる、こういう意思がないと言うなら、私が幾ら言っても仕方がないですわ。しかし、私は、法務大臣として少なくともそれだけの意思は持つべきだ、こういうふうに思うので、しつこく質問をしているわけです。
○稻葉国務大臣 井上委員が、法務大臣としてそういう意思を持つべきであるという御意見を持っておられることをよく承知しました。
○井上(泉)委員 そのことを承知しておっても、あなたがしようとしなければ、ただ言葉としてここで発言したことをあなたの耳の中へ入れたというだけであって、これは何にもならぬわけです。
○稻葉国務大臣 それにこしたことはないですね。(井上(泉)委員「それにこしたことはないとは」と呼ぶ)あなたの私にそうした方がいいという御意見に対し、それにこしたことはないとは思いますな。
○井上(泉)委員 寺尾判決文の内容についてここで論議をしても、いまの野坂君のようなもので、係争中の事件であるし最高裁判所に移っているから答えられない、答えられないということで済まされるわけですから、そういう点につきましては後の者にお願いするとして、いまここで法務大臣が言った差別をなくするということ、これは非常に大事なことであるわけですが、文部省の初等中等教育局長おいでになっておると思うのですが、文部省の初等中等教育局長は、文部省では同和教育というようなものをどういうふうに把握をして指導なさっておるのか、その点を承りたいと思うのですけれども——来てなければ後にします。 総理府の同和対策室長にお尋ねをするわけですが、国の同和行政の総括的ないわゆる調整役というか、総括のもとである同和対策室長としては事務的に処理をするということだけではだめだと思うわけですが、いま世上問題になっている、いまここの委員会でも問題になっている石川青年の裁判についてどう考えておるか、その点お伺いしたいと思います。
○今泉政府委員 ただいま最高裁判所に係属中の問題でございますので、行政府の職員として意見を申し述べることは差し控えさせていただきます。
○井上(泉)委員 それでは、その石川青年の居住しておった地域の同和部落の状態というものは大まかに言ってどういう状態であるのか、説明していただきたい。
○今泉政府委員 これも私どもが調べたということではございませんが、狭山市の地区でございます。これは農村部落地区であるということを承知しております。
○井上(泉)委員 農村部落ということですけれども、これは大体平均耕作反別で農村部落としてやるのに稲作に重点を置いておるのか、あるいは養豚とか養鶏だとかいう畜産に重点を置いた部落であるのか、それと生活状態、この石川青年の居住しておった部落の中でのたとえば生活保護を受けておる人がどれくらいの割合であるのか、そういうふうなことは御調査なさったことはあるのですか。
○今泉政府委員 その地区についての数字は私つまびらかに承知しておりませんが、全般的なことでよろしければ——まだ四十六年の資料でございますが、たとえば農家につきましては、平均耕作面積等につきましては、一般に同和地区の平均耕作面積はその他の地区の人たちに比べてその六割程度であるということ、あるいは一般的に生活保護の受給率は一般の五倍ないし六倍程度のものになっているというようなことが、これは今回の五十年調査の結果でも出ております。
○井上(泉)委員 法務大臣、新潟では余り貧しいような状態ではない、こういうことを言われたのですけれども、新潟の場合はそうかもしれぬけれども、いま同和対策室長が言ったように、全体的に見れば、一般地域から見れば生活保護は五倍も六倍も多いということ、というのは部落というものはかなり生活が苦しい、こういう理解をされると思うわけです。そしていま差別があるということもあなたも言われたのですが、差別をなくするためにはどうしたらいいとお考えなのか、その点大臣。
○稻葉国務大臣 余り多くの知識を持ちませんけれども、これは憲法の精神をよく踏まえて、それから法律制度、そういうものをよく踏まえて国民みんながこれに協力していかなければならぬ。それからそういう差別的人間観というか人生観を差別する方も持ってはいかぬし、差別されたと感ずる方も被差別感を余り持たないという努力、そういう啓蒙の運動も必要でしょうし、いつまでもその啓蒙運動だけではまどろっこければ、きのう実は内閣委員会で和田さんからいろいろな具体的な事件を挙げられた中に、面と向かって公衆の面前で口にすべからざる侮辱を与えたということになれば、これは侮辱罪の現行犯でそこに警官がおれば逮捕したらどうだ、こう言うから、逮捕されるべきものではありますね、いままでそういうことを知らぬ顔しているというのは、やはり憲法の精神が警察官に徹底していないな、国民にも徹底していないのだろう、運用を改めるよりしようがないな、こういうことを御答弁申し上げたわけですが、そういう名誉棄損や法の運用についても改めなければいかぬ。また、それで足りなければ、やっぱり差別撤廃のための法制の整備というのですか、人権じゅうりんに対する法の不備、欠陥があれば立法府としてお直しいただく、また、行政府としてもそういうことを立案して立法府の御審議と御裁可をいただく、議決をいただくということも必要でしょうし、どうやれば差別をなくせるか、憲法第十四条の精神に沿うた国民生活が行われていくようになるかということについてみんなで一生懸命に努力をすべきだ、こういうふうに思います。
○井上(泉)委員 これは安原刑事局長にお尋ねするわけですけれども、いま法務大臣は判決文も読んでないということですが、あなたはこの判決文は読まれたのですか。
○安原政府委員 前に読みましたが、今回の場合には関係部分だけを読んでまいりました。
○井上(泉)委員 関係部分というのを読んでどうお感じになったですか。
○安原政府委員 先ほど御指摘のような供述の信憑性ということについて種々議論がなされております。そして結論といたしましては、石川被告の自供は任意性があるという判断であるということ、それから先ほど井上委員が御心配の点についての差別云々のことについては、この判決は何ら触れておらないというようなこと等が目につきました。 なお、供述が中心の判決は過ちが多いという趣旨の御議論がございましたけれども、供述は、先ほど大臣が申されましたように、自白だけを証拠にしてはいけないというのは、拷問のおそれがあるというようなこと、往々にしてうそをつく場合があるからという誤判のおそれというようなことから来るわけでありますが、逆にまた供述が信頼できるものであれば、これほど真実に合ったものはないという面もございますので、供述を証拠に多くとったから裁判として問題があるということには一般論としてはならないように思いますが、余り具体的な問題には触れたくありません。
○井上(泉)委員 そうすると、あなたはこの寺尾判決というものをもっともだという理解の仕方で見ておるのですか。
○安原政府委員 そうではなくて、判決を読んだかとおっしゃいますから、この判決にはさようなことがあったということが印象に残っておることを申し上げたので、冒頭から申し上げましたように、判決の内容が正しいかどうかということは、私は述べる立場にはないということを御理解いただきたいと思います。
○井上(泉)委員 判決の内容についてはそれを述べる立場ではない。しかし、自白がいわば物的な証拠の裏づけがあっての自白なら、これは自白の信憑性というものは認めることが十分できるわけですけれども、この場合には物的な証拠というものがその自白の背景の中にない。もともとが別件逮捕でやってきて、そこで拷問をしたかと言ったら、したとは絶対言わぬでしょう。したとは言わぬけれども、衆人環視の中でやるわけでないですから、これは警察官が幾ら殴ったところで、殴っておりませんと言えばそれまでのことで、ちっとも殴ったということを証明するものがないから、だから、あなたたちは、そういう場合にはやはり警察官の意見あるいは取調官の意見というものを信用するでしょう。信用するんですから、やはり裁判の公正を期するためには、本人の自白というよりも物的証拠というものを中心に事件というものの処理に当たらなければならぬと私は思うのです。そういう点でも、寺尾判決というものは物的証拠というものを余りにも軽視をしておるというふうに私どもは指摘をせざるを得ないわけですが、それについてもやはりどうとも言えないという言葉で御返事が返ってくるんですか、どうですか。
○安原政府委員 先ほど申し上げたのは、私は供述を証拠にとることの一般論を申し上げただけでございまして、遺憾ながら、本件寺尾判決が正しいかどうかということについては、それを申し上げる立場にはございません。
○井上(泉)委員 正しいか正しくないかというようなことを言えなくても、やはり最高裁としては、これだけの社会的な波紋を投げかけた問題であるし、そして弁護陣も二百人に余る弁護陣で上告書も出されておるというようなものを、一遍の事実審理も行わず、あるいは口頭弁論も行わずにこの問題を処理することは、常識としてあり得ないのではないか、こういうふうに思うのですが、弁護士で法学博士の稻葉大臣はどう思いますか。これだけ社会的に問題を起こした事件であるわけだから、そうして物的な証拠をもとにしてやってない、あくまで石川青年を、肉体的な拷問を加えなくとも精神的な拷問はこれは受けておると思うわけです。精神的な拷問は、一ところに何年も閉じ込められたらだれだってまいるんですから、そういう中で自白というものを中心にこの事件がやられているんだ。こういうことによって、この寺尾判決——最初は死刑であり、今度は無期懲役。その判決文というものも、依然として石川青年の自白に信憑性があるということに基本を置いておるわけだから、それに対してこれこれの証拠がありますよ、この証拠に基づいてこれを検討すれば、石川青年にいかに冤罪をかぶせておるか、こういうことになるので、そのことを弁護士は最高裁判所に出しておるんで、これだけのものが出ておる事件を、口頭弁論も開かず、事実審理も行わずして、それを書類だけで処理をするということは、常識としてはあり得ないことではないか。そういうことがあった場合には、これは最高裁判所としての権威いずこにありや、こう言わざるを得ないと思うわけですが、このことについて法務大臣としてどう考えるのか、私は承りたいと思います。
○稻葉国務大臣 おっしゃったようなことは、すべて最高裁判所がお考えになり、これに対して処断をされることであって、法務大臣がそういうことについてどう思うかと言っても、いま係属中の事件について私の意見を申し上げる立場ではありません。
○井上(泉)委員 それは最高裁判所の権威を高めるためにも、やはり法務大臣としてこれだけのことはしなければならぬと思うというような——それは心では思ってはいるけれどもここでは言えないということですか、心でもそんなことは思う必要はないと考えておるのですか、どっちですか。
○稻葉国務大臣 最高裁判所は権威が高いというふうに思いますね。最高裁判所は権威が高いんだから、いまあなたがおっしゃったようなことについて抜かりのあろうはずはない。最高裁判所はますます非常に充実して、努力をして、権威を高めていただくはずであるということでございます。
○井上(泉)委員 それでは、私がいま言ったようなことは、これは最高裁判所としては当然考えるべき問題である、こういうふうに理解をしておっていいですか。
○稻葉国務大臣 私は、当然考えるべき問題である、考えなくてもいい問題だ、そういうことを言うべき立場にはないじゃないですか。それはすべて最高裁判所がお考えになり、御処置をされるべきことじゃありませんか。
○井上(泉)委員 いや、そうだけれども、大臣は、ぼくが言うようなことは当然最高裁判所は考えるべきことであって、大臣としては何も言うべきことではない、こう言っておるのですから、私が言うことは誤った意見ではない、当然最高裁判所の判断の中にあるべき意見だ、こう理解をしておるのかどうかということ。
○稻葉国務大臣 あなたの御質問になること、なかなか微妙、厳しいことを言っておられるのです。それについてごもっともですとかごもっともではありませんとかということを言うたら、それは困るのですよ。そういうことをあなたは言わせようとしても私は言わないもの。(笑声)
○井上(泉)委員 仮にあなたが、いま世上問題になっておるロッキードの児玉さんの弁護士をやる場合には、やはり頼まれた依頼者のいいように考えるでしょう、弁護士としては。やはりあなたは弁護士だから、石川青年の弁護士をあなたが頼まれた場合には、これは法律の専門家としてどうあるべきかという考えがあろうし、言うべき立場でないとかいうことではなくて、むしろあなたは、こういう社会的な大きな問題になっている、しかも、この世の中にあってはならない差別というものがこの事件の根底の中にあるというこの冷厳な認識の上に立ったならば、やはり最高裁判所は、あらゆる証拠というものを出して、そうしてその上に立って事実審理を行い、やるべきである、私はこういう考え方というものを、あなた自身が持っておるか持っていないかということも言わないということではなかなかこれは結論がつかぬわけですが、私は、これは硬骨漢のあなたに対してもっと腰のすわった気概のある御意見を承りたいと思う、法を守る最高の責任者としての誇りを持った。どうですか。
○稻葉国務大臣 法を守る最高の責任者として、法秩序を維持する最高の責任者として、また人権を擁護する行政の責任者として、権威を持たなければならぬからこそ、そういうことについてはお答えできない、こう申しておるのです。あなたは人のことをおだてて、おだてれば豚でも木に登るというけれども、木に登った豚がどういうざまになるかということは大抵御承知のとおりだ。
○井上(泉)委員 それは大臣もいろいろと内外ともに苦労をなさっておると思うわけですが、これはいわゆる十人の無実を罰するとも一人の犯人を逃すなという言葉、それと反比例して、これは十人の犯人を逃がしてもそういう一人の無実な者を罰することがあってはならぬという、いわば日本の法の一つの格言のようなものがいま石川青年事件に問われておるわけなんです。私は、やはりこの石川青年のこの無実の事件というもの、これをあらゆる証拠、材料というものを国民の前に明らかにして、そうして国民の前にこれをやって、その一つ一つの証拠の積み重ねの中にこの事件の解明や真相を明らかにして、石川青年の無実を立証するような、そういう措置を裁判所が——それで、裁判長の判断はそれはまた別といたしましても、やはり最高裁判所としてのとるべき道は、これだけそろった証拠物件をもとにして、これはやはり事実審理を行い、公開裁判をしてやらにゃならぬ、こういうふうに思うし、またそのことをすることが日本の最高裁判所の権威を高める道ではないか。私は陣がさながら、同じ国政に従事する者としてはそういう気持ちを強く持つものです。持つものですけれども、大臣がんとしてお気持ちを言わないので、私は非常に残念に思うわけです。 いま文部省の教育局長がお見えになっておりますが、同和教育というものがなぜ必要なのか、それからどういうふうなことに重点を置いてやっておられるか。私はこの際、日本の文部行政の中でどうやっておるのか、お聞きをしたいと思うのです。
○諸沢政府委員 文部省におきましては、同和教育の推進に当たりまして、およそ学校教育の究極の目的とするところは、憲法及び教育基本法の精神並びに学校教育法に定めてありますところの教育の目標、これらの趣旨に基づきまして、特に同和教育につきましては次のようなことを基本として指導しておるわけであります。 それは、一つは、法のもとの平等の精神に基づきまして、社会の中に今日でもありますところのいわば不合理な差別というものをなくしまして、人権尊重の精神を貫く。二番目に、教育の中立性を確保し、どのような不当な支配にも屈することがないようにする。三番目に、地域や学校の実態及び児童生徒の発達段階に即して、教育活動の全体を通じてこれらのことを適切に実施していく、大体以上のような考え方でやっておるわけでございます。
○井上(泉)委員 それはごく一般的な回答ですから、その一般的な回答のもとにおいて、狭山問題というものをあなたたちは同和教育を進める中でどう認識されているのですか。
○諸沢政府委員 狭山問題というのは一つの裁判に係属する問題でございますから、この扱いにつきましては一般が非常に強い関心を寄せておるわけでございますが、私どもといたしましては司法の公正な立場を信頼してその成り行きを見守っていく、こういうことで来ておるわけでございます。
○井上(泉)委員 それでは、この問題について一般がなぜ深い関心を寄せておるのですか。殺人事件なんかたくさんあるのに、なぜこの問題には関心を寄せておるのか。
○諸沢政府委員 一つの刑事事件でございますから、その関係者がどういうふうに事件にかかわり合ったのであろうかというようなことが新聞あるいはテレビ等で広く報道されておりますので、それについて関心を持っている、こういうことだろうと思います。
○井上(泉)委員 刑事事件もたくさんあるのですよ。殺人事件とか強姦事件とかなんとかあるんですよ。ところがこれがなぜこんなに世間的な関心を呼んでおるのか。これは私が言うんじゃないですよ。あなた自身もいまお答えになったように、非常に関心の高い問題であるからということですから、なぜこういうふうに関心が高いのか。そこに背景があるでしょう。その点について御説明願いたい。
○諸沢政府委員 私は、社会的な関心が高いということにつきまして、その関心がなぜ高いかというのを分析し、説明する立場でもないかと思いますけれども、私の想像いたしますのに、この点につきまして被告となっておられる方が部落の出身者であるということが、やはり一つの関心を呼ぶもとになっておるかと考えるわけでございます。
○井上(泉)委員 これは、事件の当事者が部落の出身であるということが関心が高いということでしょう。というのは、部落差別というものがこの社会の中に非常に根強く残っておるということから、これが関心が高まってきておる、こういうわけでしょう、あなたの御意見どおりに整理をしても。そうなれば、なおさらこういう関心の高い問題というものは、部落の出身であるということによって世間の関心が高くなっておるという中には、冤罪であるということがあるわけです。物的な証拠も何もない中でこれをでっち上げて、そこに一つの犯罪行為があった、これをやったのは部落の若い者じゃないかということから石川青年を引き出してきて、そして別件で逮捕して長い年月の間閉じ込めて、詰問をして、そこで言ったことを唯一の証拠として殺人犯として起訴し、極刑を科しておるということから大きな社会的な関心を高めておる問題だと思うのです。 そういう点から考えても、私はこの狭山の石川青年の問題というものは根強い部落差別の中において起こった不幸な出来事であるし、この無実を立証することをしない限りにおいては、この部落差別をなくする運動というものは大きな衝撃を受ける、こういうふうに考えるわけです。このことの与える社会的な影響の余りにも高いことに対して、文部省あたりにおきましても、いまあなたは教育基本法とかあるいは憲法がどうのということを言ったのですけれども、教育基本法にしても憲法にしても、人権を大事にしなければいかぬということが骨になっておるわけですから、そういうものをないがしろにしたこの事件のでっち上げについてもっと検討してもらいたい。つまり、同和教育を進める中でも私は大きな問題を含んでおる内容だと思うのです。その点で、たとえば寺尾判決あるいはそれに対する世論、そういうようなものを検討されたことがあるかどうか、お伺いしたいと思うのです。
○諸沢政府委員 ただいま先生から、この事件は部落出身者の起こした犯罪である、でっち上げであるという御指摘があったわけでございますけれども、この問題は現在最高裁に上告されておるという、いわば司法の手にゆだねられた問題でございますので、私ども行政当局者としては、いまはその成り行きを静かに見守るという態度でいるべきではなかろうか、こういうふうに考えるわけでございます。
○井上(泉)委員 司法にゆだねられた問題ではあるけれども、これは私どもが言っておるだけではなしに、あなた自身もこれが非常に関心の高い問題である、なぜ関心が高いかと言えば、この石川青年が部落出身であるから、部落差別との関係があるから関心が高い、こうあなた自身もお認めになっておられるのだから、この問題の成り行きというものは、日本の同和教育を進めていく上においても、また一般的な教育行政を進めていく上においても、私は非常に大切なことだと思うわけであります。そのほかいろいろと質問したいことがありますが、時間がないのでもう文部省の方はいたしません。 そこで、いま石川青年が高裁の判決を受けて、しかも上告中であるわけですが、いま大臣が言ったように、糖尿をやって、現在は元気だというような話もされておるわけですけれども、やはり十何年も獄舎に留置をしておくということは、これは青春を台なしにしておるわけですから、私も二回石川青年に面会に行ったのですが、その石川青年の体というものは、なるほど年齢的には三十歳をちょっと過ぎた年齢ではあるけれども、一見四十歳以上の、本当にもう気力のなくなったような状態にあるわけです。このまままだこれをああいうところに拘置をしておくということは、死刑を与えていると同じようなことじゃないかと思うのです。むしろこの際、私は、仮釈放して、石川青年を現実の社会で生活をさせるような条件というものをつくってやるべきだと思うわけですが、裁判所で係争中の者ではあるけれども、そのことを抜きにしてでも石川青年を釈放さすところの法律的な根拠というものはないでしょうか。私は専門家じゃないからわかりませんが、ありとするならひとつ釈放していただいたらどうかと思いますが、どうですか。
○石原政府委員 先ほど病状につきましては大臣から御答弁申し上げたとおりでございますが、現在のところではそれほど拘置に耐え得ないという悪い健康状態ではないと聞いております。法律的な点になりますと、保釈あるいは勾留の執行停止という方法がございますが、拘置所におきましてはお医者さんも非常に注意いたしましてたびたび診察を行っておりますし、現在のところ拘置を解かなければならないという病状には至ってないという報告を受けております。
○井上(泉)委員 勾留を解かねばならないという健康状態ではない、こう言いましても、健康というものは一日一日むしばまれておるわけで、勾留するにも耐えられないような状態になって執行停止をしても、これは私は執行停止の意義というものがなくなるのじゃないかと思います。一歩譲って、仮にこの石川青年が病気で、それでもう拘置に耐えられないからということで執行停止になって出ても、それは私は法の価値を生かすものではないと思うわけです。 それで、石川青年をあくまで拘置をすることによってどういうプラスがあるんですか。いわば、高裁の裁判を終わって最高裁で争っておるという時期で、それをあそこへ閉じ込めておかなければいかぬという何か特別な理由でもあるんですか。
○石原政府委員 勾留を現実に執行いたしておりますのは拘置所でございますが、勾留を決めておりますのは裁判所でございます。一般的に勾留は、逃走のおそれ及び証拠、罪証の隠滅のおそれある場合になされるのでございまして、それらの判断を刑事訴訟法によりまして裁判所がなされているものと考えます。
○井上(泉)委員 恐らくいまあなたがおっしゃられるようなおそれはないと思うわけですが、これは人権尊重の意味からも、もう大臣の孫ぐらいの石川青年ですが、どうですか、大臣もひとつ人情の厚いところを見せて釈放の働きかけをしたらどうですか。ひとつ大臣の見解を承って、私の質問を終わります。
○稻葉国務大臣 裁判所の決定でそうなっているんですからね。(井上(泉)委員「だから、それを改めなさいというんです」と呼ぶ)あなた、裁判所のことに私がかれこれ言ったら三権分立はどうなりますか。(井上(泉)委員「それは、政治家として意見を言うことは自由でしょう」と呼ぶ)そんなことはないんだな。それは非常に紛淆を来します。幾ら人情があっても、法律を破るわけにはいかないんだ。
○井上(泉)委員 私は、法律を破れとは言ってないですよ。いま局長が言われたような証拠隠滅、逃亡のおそれのない場合に、裁判所が認めた場合には釈放することもできるということであるから、石川青年にはそういうおそれというものはいささかもない、つまり自分でやってないのですからいささかもないはずなんだから、やはりこの石川青年をいつまでも拘置をするような残酷なことは一日も早くやめさせるようにするのが政治としてのとるべき姿ではないか、裁判所のやることだから一切物を言うてはならぬ、意見を言ってはならぬとかいうようなことはあり得ないことだと私は思う。裁判所のことであろうと、検察庁のことであろうと、だれのことであろうとも、やはり政治の中でただすべきものはただして意見を言うのが、これは政治家とし、あるいは行政府の責任者としての任務じゃないか、私はかように思うわけですけれども、幾ら言ってもらちが明きませんので、以上申し上げて、私の質問を終わります。
○田中(覚)委員長代理 吉田法晴君。
○吉田委員 私は弁護士ではございませんが、法律は幾らか学びました。学びましたけれども、この事件についてはどうしてもやはり納得がいかぬ。きょう車の中で運転手と話をしてきた。これは国民の世論と比較をしてお尋ねをいたします。 まず、一般問題ですから法務大臣にお尋ねいたします。 あのロッキード事件について、私の郷里のお医者さん、政治には何の関係もございません、普通のお医者さんが、小佐野さんの名前が出たからこれは田中さんに関係がありますね、こう言っておりました。それから、きょうの運転手さんもそう言っておりました。ところが、ロッキード事件のいわゆる黒い高官名は出そうにありませんね、こう言っておる。新聞紙の報ずるところによると、アメリカから来ました書類の中には大物の名前はあるいはないのではなかろうか、最高の大物については。最高の大物がだれかということは国民の常識ですけれども、そういうことが言われておる。そうして三木さんよりも前にアメリカから来た書類を見得る人が、その中に自分の名前がないということを知って、途端に元気づいて、その派閥では激励をする話をされた、こういう記事が出ている。これは国民の中にあれだけの黒い霧——ピーナツという言葉がはやっておりますけれども、ピーナツ一つが百万円、これは何十億という汚職事件、その汚職事件の真相は明らかにならないが、この狭山事件、本人が犯したものでないということは、常識ある者はすぐわかります。先般のときに、法務大臣に朝日ジャーナルを一つお上げをいたしました。その後どういうふうに雑誌だとか報道機関で報ぜられているかは、先ほど法務大臣がアサヒグラフを見ておられたということですから、御存じだと思います。あるいは雑誌「世界」が取り上げる。「現代の眼」六月号はいま市販されているそうですか、これも特集をしておるということです。なぜそういう特集をするのか。あるいは総評がこの問題を部落解放運動の問題だけでなしに、全国の労働者の問題として、あるいは労働の中における差別と関連するか、あるいは労働運動を弾圧される刑法改正の動向の一つとして取り上げるのか、理解はとにかくでありますけれども、全国の労働者が取り上げてこれを自分の問題としている。一千万、三百の未解放部落の同胞が、自分の一人一人の問題として理解しているだけでなくて、世論の大方が、あるいは良識ある人が、弁護士やあるいは事件の関係者だけでなしに、あるいは国会でもどうしてこうして集中的に取り上げるのか、これはおわかりになっていただけるでしょう。一方ではだれが見ても明らかなあれだけの事件が、ロッキード事件という問題が、概貌といいますか、詳細な点はわかりませんけれども、証拠は出ておらぬけれども事件があったことだけは、アメリカの議会から明らかなんです。しかしその犯人は、あるいは政府高官名を含んで出てこない。どうして出てこないか、検察庁まで影響を受けているんであろうかという疑問と、他方では自分がやってもいない事件について別件逮捕されて警察から誘導された。あるいは別件逮捕の中では、後で申し上げますけれども拷問に等しいことまでやられている。そしてその証拠として挙げられたものは、自白と客観的な事実とがいろいろ違う。しかるに、それはなぜ明らかにされて無罪にならないのであろうかという世論の大きな疑問が投げかけられておることは御否定になるまいと私は思うのです。新聞雑誌の一、二はごらんになったと思いますが、こういう点については法務大臣としてどう考えるか、まずお伺いしたい。
○稻葉国務大臣 どう考えるかと言われましても、もっともだと考えるとか歯牙にもかけないとか、そんなこと言える立場じゃ私はありません。 それから重要なことをおっしゃいましたが、私もまだ見ておらぬものを、見た人があってというのか知ってというのか、漏らしたやつがあって聞いてて言うのか知らぬけれども、それをある派閥で元気出した人がいるなんていうことがあり得ようはずがない。そんなことは重大ですよ。これはもう検察庁の威信にも関しますから、私は強く否定しておきます。あり得ようはずがありません。
○吉田委員 ロッキード事件について真相を期待している国民の中からは、もどかしさあるいは焦燥というものがあって、いろいろなことを言うことは否定はできません。どう言われておるかを一端を申し上げた。私が責任を持ってここで証拠として挙げているわけではございません。 それに反して狭山事件については、常識的に考えてみても、いろいろな話を聞くとそれはやはり冤罪だと思われる。自白と客観的な事実が違うということは、幾らか調べただけで、あるいは現地に行っただけで——あるいは法相もこの間朝日ジャーナルお読みいただいたと思う。きょうはアサヒグラフをごらんになっておったという。なぜ世論が取り上げるのか。そしてその客観的な事実と違う事件、裁判事件だから裁判の内容については触れられぬと言われるけれども、これは最高裁が来ておられませんから法務大臣に聞くしかありませんけれども、刑事訴訟法の条文を引いても、この間最高裁の刑事局長は、憲法判断あるいは判例違反の審理をするだけでなくて、著しい事実の誤認があるならばそれは最高裁といえども事実についての判断もせぬことはありませんと言われた。先ほどあなたは、最高裁のことですから公正な判断をすると信じます、期待いたします、こう言われました。そういう一般的な言い方でもいいけれども、本人にとっては最後の機会、それから関係者にとっても最後の機会。一審は死刑の判決、二審は無期懲役。しかし無期懲役ももちろん有罪。そしてその判決の問題も、先ほど井上さんも引き合いに出しましたけれども、起訴事実に挙げられた本人がやったということについての反証は、ほとんど取り上げられなかった。そういう事実があるものですから裁判の内容を問題にするわけです。民主憲法のもとにおいては裁判批判は許されることだと私は思います。法務当局だから、最高裁にかかっているから、意見は全然言えぬというのではなく、先ほど申し上げましたような大きな事件は大抵うやむやになるけれども、しかし弱い者は無実でも最後まで最高裁でも救済されないのじゃないか、もしそういうことがあったらというのは、これは裁判所であろうと法務大臣であろうと、そうあってはならない。それは最高裁において必ず冤罪は晴らされる、あるいは、事実と著しく違った判断があるならば破棄して差し戻すという方法もあるし自判をして無罪という判断もできるというぐらいのことは、われわれお互いに言い得ることです。また論じ得ることだと思います。そういう限りにおいて、裁判批判を含んで国会で問題にし得ると私は思いますが、どうでしょうか。
○稻葉国務大臣 国会議員の諸先生がおっしゃられることはできるのでしょうけれども、それも余り適当ではないのじゃないでしょうか。現在係属中の事件について——国会議員というのは相当影響力がありますからね。ましていわんや行政府の当局である、しかも司法と密接な関係にある法務大臣として、いまあなたのおっしゃったようなことは、同感ですとか、いや私はそうは思いませんねとか、そういうことを言うことは私は重大だと思います。言うべきじゃないというふうに考えているのです。
○吉田委員 法務大臣として言い得る点について具体的に条文を挙げて最高裁の刑事局長がこの間言いました。それから、裁判について国民の期待に反するようなことがあってはならぬ。恐らくそれは、最高裁においてはもし冤罪ならば、その冤罪は無罪が証明をされるだろう、あるいは自判することもできるし、破棄差し戻しをすることもできる、この程度のことは言えるはずだと申し上げているのでありますが、どうですか。
○稻葉国務大臣 最高裁がそう判断なされば、そういう御処置もおとりになると思います。
○吉田委員 それじゃもう少し一般的な言い方でお尋ねいたしますが、世論の中でこの問題が取り上げられた。そして差別裁判と言う。それから、あれは冤罪だと言う。自白は客観的事実に反する、こういうことが主張されている。あるいは朝日ジャーナル、アサヒグラフ、雑誌「世界」、「現代の眼」、それぞれに書いてあります。法律雑誌にも書いてございます。これは別件逮捕と自白の任意性ということで論じられております。狭山裁判もその一つとして取り上げられております。それから、全国のたくさんの市町村議会で、狭山裁判について公正裁判を要請する決議がなされていることも御承知のところだと思うのです。あるいは、それほどではございませんけれども、幾つかの府県議会でなされていることも御承知のところだと思うのです。市町村議会であろうと府県議会であろうと公正裁判を要求するのが私は当然だと思うのですが、いかがですか。
○稻葉国務大臣 国民が——私も国民の一人であります。ことに司法に最も近い関係にある法務大臣でございますから、公正な裁判を求める、公正な裁判がなされなければならぬということを考えているということは当然でございます。だれが不公正な裁判を期待する者がありますか。
○吉田委員 問題は、一般的に裁判の公正を要請するだけでなしに、狭山裁判に関連をして裁判の公正を求める決議が地方議会でたくさんなされている。その狭山裁判について公正を求めるのは当然ではないですかということを申し上げている。あるいは裁判所の権威と申しますか、そんなところまで及んだわけでありますが、時間がございませんから重ねて同じ答弁を求めません。 なおもう一つ。これは御存じのことだと思いますが、先ほどは文部省も参っておりましたが、同和問題あるいは同和政策の相当行われておるところで全国の小中学校の相当な者がこの五月二十二日には狭山裁判の公正を求めて、子供がストライキをやるということが報ぜられている。もう文部省は帰られましたから文部省には質問をいたしませんけれども、なぜ子供までが狭山裁判に関連をして公正を求めてストライキまでやるのか、これに至っては文部大臣もそうですか、あるいは法務大臣においても、一般的に裁判は公正であるはずだということで済まされますか。
○稻葉国務大臣 裁判が公正でなければならぬことを求めることは当然でございまして、ただ、具体的にいま一審、二審が済んで最高裁に行っているいわゆるこの狭山裁判について、特にこれを取り出して公正を求めるという発言を私がすれば、どうでしょう、それは一審、二審が不公正な裁判であったと言わんばかりのことになって裁判批判になりますから、法務大臣としてそういうことは言えるものじゃない、こう私は判断します。
○吉田委員 それでは、この間、私は部落解放運動の関係者から出ました資料でなしに、朝日ジャーナルが特集をしておりましたのを法務大臣に届けました。お読みいただいたことだと思います。それから、先ほどはアサヒグラフをごらんになっていただいた。そういうものを見ながら、裁判批判ではなしに、あの朝日ジャーナルやアサヒグラフに書いてあることを見られて、関係者があれは冤罪だと主張しておる、あるいは狭山裁判については問題があると言っておりますが、それは具体的な事実が裁判の争いになっておりますから判断ができぬ、こういうことになりますが、個人として見て、やはり言うのももっともだなという程度の御理解はいただけましたか。
○稻葉国務大臣 個人としてと言われますけれども、私、実際は去年の五月三日に個人として行ったつもりがそうならないのですよ。だめです。
○吉田委員 個人として行ってそれにこりられたものだから、あつものにこりてなますを吹くじゃありませんけれども、個人としての見解もお述べいただけぬようです。それは了解いたします。 それでは一般的に、これは法律関係者で論ぜられております別件逮捕と別件逮捕による自白の任意性ということについてお尋ねをいたします。これならお答えができるでしょう。 別件逮捕で問題になっておりますものを特集された雑誌を読みました。松川事件も入っております。狭山事件も入っております。あるいは幸浦事件等も入っております。まあ幸浦事件のように直接関係のない事件なら、あるいは後で狭山事件に関連をするかもしれませんけれども、お答えがしやすいと思ってその部分を引き合いに出して申し上げます。 別件逮捕は、起訴に値しない事件で逮捕、勾留して取り調べる。そしてそこで自白をさせる。そういう起訴に値しないような事件あるいは逮捕、勾留して取り調べる必要がなかった者を逮捕し勾留をして取り調べた、その自白の任意性がそれを裏づける証拠、客観的な事実が得られない場合については、その別件逮捕は不法である。それから別件逮捕によって勾留をして自白をさせたその自白は任意性がない、こういうことになっておると思いますが、これらの点については、法務大臣、それから安原刑事局長はどう考えられますか。
○安原政府委員 いま吉田委員の御指摘の別件逮捕というものをもう少しこちらの理解で申し上げますと、もっぱら重大な犯罪、これを本件と言えば、もっぱら重大な犯罪について取り調べるという目的で、いま御指摘の逮捕、勾留の必要性のない犯罪、これを別件と言えば、別件で逮捕、勾留して、本件である重大な犯罪についてのみ取り調べるということでありますれば、それは違法であるということについては、およそ判例も学説も実務においても一致したところでございますし、その間において得られた証拠については一般に証拠能力を否定する。その証拠能力の否定の仕方として、自白に任意性がないというようなとらえ方がされているのが通例でございます。
○吉田委員 法務大臣、自分でなくて安原刑事局長にと言われますが、幸浦事件というのはその好例だと思われますね。静岡県磐田郡幸浦村の、これはHと書いてありますが、昭和二十二年十一月二十九日の夜何者かがそこの「夫婦と子供二人を絞殺し、現金七万円、衣類二十数点および自転車一台を強奪し、死体を海岸の砂地に埋め、被告人Dは贓品を故買した」ということで起訴をされておる。その七万円という金額もいまで言えば相当の、何百万という金額になるでしょうが、そういう金額をそのHという人たちが持ち得たかどうかも疑問がある、あるいは盗難に遭ったという客観的な事実も出てこなかった。それで、世間の警察についての非難が高まったから、地元の素行不良者を洗い出した結果、三名の名前が浮かんだ。それをA、B、Cと出してありますけれども、その中のAがC方に忍び込んで懐中時計一個と現金を盗んだ、そういう聞き込みがあったというだけで逮捕をした。そして逮捕をして、逮捕は懐中時計をとったという窃盗容疑、これは客観的な事実が後で証明されたわけでありませんが、そういう聞き込みがあったというだけで窃盗容疑で逮捕をして、そしてすぐに殺人事件の取り調べをしたわけです。 この狭山事件について言いますと、窃盗ですとかあるいは森林窃盗の疑いで逮捕をして、そして起訴当時証拠があったわけではございませんが、これは先ほどいろいろ問題になっておりますように見込み捜査をやって、そして雑誌に書いてあるところを言いますと、いろいろほかを調べたけれどもほかにないから、結局「手拭、タオル、スコップをしぼって範囲をせばめていくと、残るのは石川だけということ」になったという程度のもので別件逮捕をやっております。 幸浦事件についても、それからこの狭山事件についてもそうですか、訴訟法百九十九条の二項によりますと、「明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、」逮捕状の発付を拒否することができると書いてある。しかるに狭山事件の場合について言いますと、最初の逮捕は軽微な、逮捕をしなくても任意出頭でも取り調べられるような事件について逮捕したことは明らかであります。それから、二遍目の逮捕のときには、裁判所はその所轄の裁判所じゃなくて離れた簡裁に持っていって令状をとっている。そうすると、令状主義で、憲法の大原則に従って、有力な証拠があり、そして逮捕、勾留をしなければ、先ほどお話しのように、証拠隠滅だとか逃走のおそれがあるということが明らかにならなければ逮捕してはならない。あるいは検察庁が逮捕して勾留するにしても期限があります。ところが、それを全然事情を知らない簡裁に持っていって令状をとって、盲判を押すしかないじゃないかといったような状態で令状がとられる、別件逮捕で別の大きな事件を調べる、あるいは本件の事件で再逮捕をするということになるならば、勾留期間の制限はそういうやり方で脱法される、憲法の精神、刑事訴訟法の精神と制度とは空文になるではないか、こういうことが言われておりますが、いかがですか。
○安原政府委員 別件逮捕の弊害といたしましては、先ほど申し上げましたように、本件について逮捕、勾留の嫌疑がまだ十分でないのに、それを取り調べる目的で、本来逮捕、勾留の必要性のない者について逮捕状をもらって逮捕、勾留して、そしてもっぱら本件について取り調べるということによる逮捕権の乱用ということがあるから、そういう場合には、これは違法として、およそその間に得られた証拠能力は否定さるべきだということが一般に別件逮捕で言われているわけです。そのほかに、いま御指摘のように、本件については逮捕、勾留の令状が出る状態であるのに、まず長期間調べるという意味で、逮捕、勾留期間を長くするつもりで、本来軽微な事件について逮捕、勾留をしておいて、その間に取り調べをしながら、また本件について逮捕、勾留するというようなことによる乱用というようなことの弊害もあると言われておることは大体いま御指摘のとおりでございます。
○吉田委員 狭山事件についての取り調べの模様、あるいは再逮捕の令状が所轄の裁判所でなくて簡裁からとられたということは御存じのところだと思うのです。もし逮捕、勾留されておる人について——石川君の場合には再逮捕されたわけです。その再逮捕は、一応釈放して未決を出るところで再逮捕されたわけでありますが、刑事訴訟法の条文に示されたところによると、同一犯罪事実または現に捜査中である他の犯罪事実について、別に逮捕状の請求または発付があるときは、その旨とその犯罪事実を逮捕状の請求書に記載しなければならないように法百九十九条三項あるいは規則百四十二条、百四十三条等に書いてありますが、この石川君の場合に、そういう請求の事由、あるいは別の犯罪事実について逮捕状の請求あるいは発付があったときは、その旨の犯罪事実の記載があったかどうかについては、安原刑事局長は御存じですか。
○安原政府委員 刑事訴訟法の百九十九条によると、「同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。」ということでありまして、御指摘の本件につきましては、客観的な事実といたしましては、最初に出て逮捕、勾留したのは、先ほど吉田委員御指摘の窃盗、恐喝未遂等でございますし、その次に出た逮捕状は強盗強姦殺人、死体遺棄等の罪名による逮捕状でございますから、客観的事実としては、同一犯罪事実について逮捕状が二回出たということではないように思います。
○吉田委員 最初の逮捕状のときは、理由はどういうことですか。
○安原政府委員 最初の逮捕状は、先ほど申しましたように、逮捕事実は昭和三十八年二月十九日に発生いたしました暴行事件、それから昭和三十八年……(吉田委員「最初のです」と呼ぶ)最初の逮捕状の被疑事実は、暴行と窃盗と恐喝未遂でございます。
○吉田委員 最初の逮捕をしたときには、窃盗云々と恐喝未遂があった。二番目の逮捕をしたときには、恐喝云々という点はなかったのですか。
○安原政府委員 ございませんで、強盗強姦殺人、死体遺棄による被疑事実の逮捕状の請求でございます。
○吉田委員 そうすると、法に書いてある同一犯罪事実または現に捜査中である他の犯罪事実についてというのはなかったということですか。
○安原政府委員 したがいまして、刑事訴訟法百九十九条の「同一の犯罪事実について」ということにはならない関係でございますから、百九十九条三項の適用の余地はないというふうに理解すべきものと思います。
○吉田委員 その辺はちょっと理解が違うようですが、こだわりません。時間がございませんから調べておいてください。 それからもう一つ、これだけは雑誌にも出ておることですから申し上げておきたいと思いますが、 別件逮捕当日、いきなり「善枝さんを殺しただろう」と聞かれたと被告は訴えている。 ポリグラフの使用、唾液の採取、狭山事件当日の行動、弁護人でない弁護士という人や狭山市長と名乗る人物の来訪、取調官が狭山事件自白を迫って被告の髪の毛を引張ったり、肩を小突いたり、台を叩いて物凄い威喝を加えたり、被害者の絵を書いた紙を示しハサミで腕や足を切ってみせたり、お前が善枝さん殺しをしていなくても他の者がお前がやったと言っているから裁判に行ってお前がやったことになる、と言われたり…… と書かれておりますが、こういう事実と、それから川越署分室の模様は佐々木さんも取り上げられたし、この間私も申し上げましたから御存じのところだと思う。こういう客観的な状況と、にわかづくりの川越署分室の身柄の拘束状況、その中で行われました、いま申し上げましたようなこと、これは法に許されたことですかどうですか、お尋ねいたします。それを拷問あるいは拷問に近い事実だと理解しても差し支えないと私は思うのですけれども、刑事局長の答弁を求めます。
○安原政府委員 具体的な問題についての客観的な事実ではなくて、いささか価値判断を加えた問題についての回答を求められておりますので、その点については私は答える立場にはない。ただ、申し上げることは、客観的な事実だけは申し上げるということで、先ほど逮捕状の発付の事実、被疑事実の内容を申し上げたわけでございまして、そういう意味におきまして、いまのことが拷問に当たるかということについては、私はいま申し上げる立場にはない。 それから、これは当日取り調べたとすれば、それが別件逮捕として違法な取り調べになるかということにつきましても、これは具体的な判断の問題でございまして、一般論といたしまして、別件逮捕の場合に逮捕、勾留中に本件について全然取り調べてはならないというような判例、学説の傾向にはないということは言えますし、なお客観的な事実として、いま御指摘の点が一審、二審で問題になりまして、一審、二審の判決では、いわゆる違法な別件逮捕ではないということになっている客観事実がございますことをつけ加えさせていただきたいと思います。
○吉田委員 別件逮捕であるかどうかは私は言えないことで、裁判所の判断されることということならば、それ以上の追及はいたしませんが、先ほど申し上げました川越署分室の状況は、前に、問題のある点等は参議院の法務委員会で取り上げられて、これは釈明がなされている。いわばよかったとは言われなかった。いま申し上げましたが、その中で「ポリグラフの使用」以下「被告の髪の毛を引張ったり、肩を小突いたり、台を叩いて物凄い威喝を加えたり、被害者の絵を書いた紙を示しハサミで腕や足を切ってみせたり、お前が善枝さん殺しをしていなくても他の者がお前がやったと言っているから裁判に行ってお前がやったことになる、と言われたり」ということ、こういうことが許されるかどうか。これについては、裁判についての事実判断じゃなしに、そういうことが許されるかどうかだけはひとつ承りたい。
○安原政府委員 要するに自白を強要するような言辞は用いてはならないということでひとつ御勘弁願いたいと思います。 それから、狭山警察署から川越警察の分室に移しました事情につきましては、先般吉田委員の御質問に対してお答えいたしましたので、重ねて申し上げる必要はないと思いますが、もしお求めでございましたら、前回お答えいたしたことを申し上げたいと思いますが、いかがでございますか。
○吉田委員 分室の問題を聞いているのじゃなくて捜査、刑事訴訟法には、当事者主義なり客観的な事実によって証拠を調べる、こういうことがはっきり貫かれていると思うのです。ところが、警察なりあるいは検察庁の実際の行動の中には、事実をつくろう、犯罪をつくろうとする態度がある、あるいは自白を強要しようという態度があるということを申し上げ、自白中心主義でなしに証拠主義を貫かなければならぬ、それを言いたいわけでありますが、時間がございませんから、その点は、いまここで長くは言いません。 最後に、法務大臣にお尋ねをいたしたいのですが、この裁判について、見込み捜査をやったということは先ほど来何人かが申し上げました。それから、この起訴に関連をして、起訴状には書いてございませんけれども、論告の中に問題になるような言葉があるということはいつか申し上げました。きのう、これは法務省の刑事局長だと思いますが、その言葉の中にも、刑罰法規に照らして人種差別の問題は厳正に適用していきたいと、こういう差別問題を人種問題と間違えたような答弁がなされており、後から取り消したい云々というようなことであったそうでありますが、私は、これは差別裁判だといっても——あるいは論告の中で、被告人は貧困であるために小学校へも満足に行けなかった、だから家庭的な愛情にも恵まれて育たなかったから、「被告人に対して、社会の秩序に対する遵法精神を稀薄ならしめる素地を与え、それが被告人の人格形成に影響を及ぼしたであろうことは想像に難くない。」、こういう言葉があります。私どもが、やはり未解放部落の人間に対しては差別観念があると申し上げて、そして犯人を検挙するについて、未解放部落の人間ならばそのくらいのことはしかねない、こういうことで見込み捜査をやったのではないか。いわばやっていないこともやったように自白を強要して、そして事件自身がでっち上げられた。それから、この法廷の論告にさえそういう思想が出ている。そのことが私は法務省の、きのう内閣委員会で、これは速記がまだでき上がっておりませんので要領ですけれども、刑事局長にさえそういういわば差別という問題がはっきりしていない、あるいは同和対策事業特別措置法の精神がわかっていないような事態があるから、この問題について私どもが論議をするにしても、十分な公正な判断、あるいは法務省として憲法のもとにおいて当然あるべき判断がお示し願えないのではないか、こういうことを考えるのですが、法務大臣に、最後にお尋ねをいたします。
○稻葉国務大臣 そういうことはあってはならないし、またありませんと申し上げるよりないのです。きのうの和田さんの御質問のときにもお答えいたしましたが、われわれ法務省で局長クラスの会議をし、また人権擁護局長を中心として人権擁護の問題についていろいろ論ずる場合に、私は、きのう和田さんに申し上げたような人生観を吐露して、差別があってはならない、なくするためにどういう努力をすべきかということをるる言うております。それに対しては刑事局長も全く同感である、こう申しておるのでありますから、きのうの発言は全く心にもない、全くうっかりした発言である、真意ではないということを御了解願いたいと思います。
○吉田委員 先ほど来、見込み捜査のことについて同僚委員の方から尋ねられました。これは捜査の状況を見れば、筆跡鑑定もあるいは血液も、先ほど言われておりますけれども、二つの部落に集中してなされた。ほかは全然しない。そういう見込み捜査という事実は、これはお認めにもなりませんか。なぜそういう見込み捜査、特定の部落に限ってこの見込み捜査がなされたかという、その根拠に差別があると私どもは申し上げるわけでありますが、それについてはどう考えられますか。 それからもう一つ、論告の中に「このような環境は、被告人に対して、社会の秩序に対する遵法精神を稀薄ならしめる素地を与え、それが被告人の人格形成に影響を及ぼしたであろうことは想像に難くない。」こういうこと、これは差別精神に基づいておると私どもは申し上げておるわけであります。法務大臣あるいは刑事局長の答弁を願いたい。
○安原政府委員 もう具体的な事件につきましてのお尋ねでございまして、見込み捜査というようなことはあってはならないし、そういうことはないと信じておりますが、もう一つ、検事の論告の中にいま御指摘のようなことがありましたのは、いわば被告人の生い立った環境と犯罪との関係を客観的に叙述しただけでございまして、差別を肯定して論告したものではないとかたく信じておりますし、さように御理解願いたいと思います。
○吉田委員 時間が来ましたからやめますが、この人権擁護の責任者の法務大臣の答弁を最後に聞いて、私の質問を終わりたいと思います。
○稻葉国務大臣 人権を尊重し、これを擁護すべきことは、これは憲法の命ずるところであり、日本国憲法が施行されて三十年、いまだに十四条のこの憲法に違背するような社会の不平等、差別的事実の存在することは、まことに遺憾千万、残念であります。私どもは、総力を挙げてこういう差別をなくすために努力してまいりたい。もし先生がおっしゃるような、部落の人間だからというようなことで調査に差別をつけたり裁判に差別をつけたり、そんなことができるわけがないと私は思っております。 これ以上お答えするわけにはまいりませんが、御了承願います。
○吉田委員 時間が足りませんから、他日に譲ります。
○田中(覚)委員長代理 正森成二君。
○正森委員 私は五月十二日に、わが党の宮本顕治氏の釈放、復権問題について質問をいたしましたときに、戦前の治安維持法というのが、結局のところ思想を対象として処罰するに至る法律である、また、治安維持法下の裁判というものが、具体的な例を挙げて問いただしましたところ、明治時代に比べれば、やや明朗ではあるけれども、現在の裁判体系から見れば暗黒裁判である、暗黒であると言えば言えるという答弁はあったと思います。 そこで、そういうことを前提といたしまして、さらに数点にわたってお伺いいたしたいと思います。 まず、稻葉法務大臣に伺いたいと思います。法務大臣は、昭和五十一年一月三十日の民社党塚本委員の質問に対する答弁の中で、こういうように答えておるのですね。 もし、それがでっち上げだとかなんとか言うなら、再審を申請して、それが受理されて、再審の手続が終わって、前の判決がだめだと別な判決が下されたときに初めてでっち上げを主張するならそれはいいですけれども、その前に勝手にでっち上げだ、でっち上げだなどと言って 演説をされるのは、民主主義的な司法制度上の法の支配ということを否定する考えではないかと思って、私は不当だと思っていますね。 こう言っておられるわけであります。ただいま速記録を正確に読んだつもりです。 そこで、恐らくこの発言は、十分にあらゆる場面を想定してお答えになったものではないのではないか、こう思われるわけですが、もし大臣のおっしゃるお言葉を文字どおり解しますと、たとえば再審で最終的に前の判決が間違っていたんだという結論が出るためには、再審の申し立てをしなければなりませんね。再審の申し立てをするためには、周りの人にあれは間違っているんだということを訴えるというようなことも当然必要になってまいりますね。それが、大臣のこの答弁を文字どおり解しますと、前の判決がだめだと別な判決が下されたときに初めてでっち上げを主張し、あるいは演説をされるのはいいけれども、それ以外は不当だと読めるのですね。そうなると、論理当然的に、再審の申し立て自体もいかぬ、再審申し立て前にいろいろ人に訴えたり、そういうこともいかぬというように読めてしまうのですね。ですから、そういう趣旨ではないのだということでございましたら、それについての御答弁をいただきたいと思います。
○稻葉国務大臣 いま正確にお読みになった、私がさきに塚本議員の質問に対してお答えした答弁の趣旨は、国会の場において、司法権の独立を侵害することとなるような形で、確定判決の当否を論じたり、みだりに過去の裁判をでっち上げであるというような論議をすることは相当でないということであります。国会外における一般的な憲法及び民主主義のルールに即した言論の自由の範囲内における裁判批判をも一切許さないというような趣旨で申し上げたのではありません。
○正森委員 いまの御答弁は、国会内と国会外を分けて、国会内において、判決の当否について行政当局に有権的な判断を求めるとか、そういう目的でいろいろ論議をするということを是認するという立場で言ったのではないので、国会外で正当な言論の自由で言う、あるいはもちろんその中には再審申し立ても含むわけですけれども、そういうものを不当だと言ったのではない、こう伺ってよろしいですね。
○稻葉国務大臣 さようでございます。
○正森委員 私が最初に申し上げました中に、明治時代に比べればより明朗だけれどもと言ったかのように思いますが、大臣は、それは徳川時代に比べればとおっしゃったのですね。徳川時代に比べればより明朗だけれども、現在から見れば暗黒であると言えば暗黒と言える、こういうようにおっしゃっていたというように、もし私の言ったことが間違っておれば、言い直させていただきます。 そこで、それでは大臣の一月三十日に塚本委員に対して答えられた意味は、そういう意味で言われたのだ、もし言葉の足りない点があればそういうぐあいに判断してもらいたい、こういうように伺っておきます。 そこで、次にもう一つ伺いたいのですが、一月の三十日にわが党の不破委員が質問をされたのに対するお答えで、言葉のやりとりの中で、たとえばわが党の小林多喜二が虐殺されたとか、あるいは岩田義道が虐殺されたというような例の後のやりとりでありますが、 あなたは先ほどいろいろな人の名前を挙げ、そして警察が虐殺したとかいうことを何遍も言われましたから、そんなことは私がいま突然言われても虐殺であったのかどうであったのか、そういうことは答弁しかねる、答弁いたしたくない、こう言うのは当然じゃないですか。警察の権威に関する問題です。民主主義の権威に関する問題だもの。 こういうぐあいに答えておられるのですね。私はこの点についても、特定の名前を挙げてこれがいま虐殺であったかどうかということを言われれば、それはよく調べてみなければわからぬということは、これはあり得ると思うのですね。 しかし、同じように、その後四月二十七日に参議院でわが党の上田耕一郎議員の質問に対して、稻葉法務大臣は、 当時の法制はこういうことであった、だからそういう近代民主主義思想の時代には合わないから改正されたのじゃないですか、そうでしょう。改正されたんです。改正された今日においては、治安維持法などというものはあってはならないということは、法制局長官も総理大臣も言っているとおり、私もそのとおりだと思う。 ということを言われて、ここでも治安維持法というのは、近代民主主義思想の時代には合わないから改正された、こう言われているのですね。 そこで、そういう前提で私は伺いたいのですが、繰り返しますが、ある人が死亡したのが虐殺であったかどうかというのは調べてみないとわからない、こういうことはあり得るとして、しかし、「答弁いたしたくない。警察の権威に関する問題です。民主主義の権威に関する問題だもの。」こう言われますけれども、しかし、戦前の治安維持法というのは、大臣もここで言うておられるように、近代民主主義思想の時代に合わない、こう言うておられます。私の五月十二日の質問に対する答弁でも、刑事局長も含めて、究極的には思想を対象として処罰するに至る法律だった、そしてその時代の裁判というのは、徳川時代に比べれば明朗だったかもしれないけれども、現代の目から見れば暗黒と言えば暗黒と言える、こういうことも一般的には言っておられるわけですから、そういうことを一般的には言っておられるにもかかわらず、虐殺というようなことについて、答弁いたしたくないとか、警察の権威に関する問題だとか、民主主義の権威に関する問題だということで一概に全部排除されてしまうというのはいかがだろうか。つまり、その時代は大臣自身も一〇〇%の民主主義ではなかったということを言うておられるわけですから、そういう点を指摘されたら、その指摘されたこと、あるいは答えることが民主主義の権威に関するとか、警察だって現代でも、まれでございますけれども拷問というものがあったということは裁判上問題になっておるわけですし、まして戦前の場合にはいろいろあったわけですから、それを論議すること自体が警察の権威にかかわる、民主主義の権威に関するとまで言われることは、これは言い過ぎではなかろうか。個々の具体的な問題について、いま虐殺だということは調べてみないとわからない、こう答えることと、一般的にそういうことを言うのが警察の権威に関する、民主主義の権威に関するということで答弁自体をいたしたくないというように言われるとすれば、これもそういうぐあいにとられるとすれば、それは大臣としては真意をあらわしていないというように言うてもいいのではなかろうか、こう思うのですが、それもいかがですか。
○稻葉国務大臣 まず第一に、現在の裁判と明治憲法治下の裁判と比較した場合に、あなたの言われるように、暗黒だと言えば暗黒かもしれません。しかし一般に暗黒裁判とかいう言葉はヨーロッパ中世の魔女狩りみたいな裁判を言うので、余り適当な言葉じゃないですね。民主主義的な裁判制度という度合いにおいては、いまの方がはるかに民主主義的である、こういうことなんです。 それからもう一つの不破議員に対する私の答弁です。不破議員は虐殺が行われた、こう言うから、拷問があった程度ではないのだ、警察が人殺しをした、それもひどい残虐な殺し方をしたということが虐殺という言葉じゃないですか。虐殺したというのに、そういうことを答弁をする限りでしょうか。いまの裁判制度に対して比較的民主主義の度合いが薄かったという意味で暗黒と言えば暗黒と言えるということは言うても、虐殺だということに対して暗黒だから虐殺だ、そういうふうに短絡して答えるわけにはいかない、こういう意味です。
○正森委員 私の質問を法務大臣は混同して答えておられる。私は、暗黒だと言われたのは暗黒だと別に言っておって、それから虐殺云々については、その事実についていま直ちにそれをそうだと答えるかどうかとは別にして、そういうことを問題にするというのが、これは警察の権威にかかわるとか民主主義の権威にかかわるとか直ちに言えないのではないか、こういうことを言うておるのですね。それに対する直接のお答えがなかったように思いますけれども、ただわが党の立場から言いますと、小林多喜二は逮捕されてから七時間目に、体じゅう真っ赤にふくれ上がって額はかたいもので殴られた跡があって、そして留置場から出てきた、そういう状況なんですね。これは単に拷問があったということではなしに、拷問があってその結果、表現はいろいろありましょうけれども、むごたらしく死体となって七時間後には、元気だった若者が出てきた、こういうことなんですね。これは文学を多少読まれた方、あるいは明治時代の歴史を読まれ、昭和の歴史を読まれた方は知っておられることなんですね。だからそういうようなことも挙げて、そして結局一概に警察の権威にかかわる、民主主義の権威にかかわるとは言えないんじゃないか、それはあり得ることなんですから。そして民主主義の程度の問題だと言われますが、治安維持法というのは、民主主義を言えばそれが犯罪になったのでしょう。たとえば美濃部さんが、天皇機関説という当然の民主的な憲法解釈を言えば、それが犯罪になるような時代でしょう。貴族院議員をやめなければならないような時代でしょう。だから程度の問題ではなしに、民主主義がまさに主張されてはならなかった時代だったのでしょう。だから私は、そういうことも考慮に入れられた上で質問に対して、「民主主義の権威に関する問題だもの。」というように言われて、答えたくないというように言われるのは妥当でないんじゃないか、こう言っているのです。
○稻葉国務大臣 不破議員はいろいろな事例をたくさん挙げて、三つ四つ挙げられたですな、そして明治憲法下における裁判は治安維持法以外の普通の裁判でも全部暗黒裁判だ、そういうふうにとられるような、イメージダウンをなさるような、そういう言い方だからそれに対してオーイエスと、こう答えたのでは、それは余りにも法務大臣として無責任じゃないかという意味です。
○正森委員 オーイエスというように非常に流暢な英語までお使いになられたのですが、しかし私、記録を全部読んでみましたけれども、私どもは一般的に明治憲法下の裁判が全部暗黒裁判であったと言うているんじゃないので、不破議員の速記録を見ましても、少なくとも私の質問については、治安維持法下の裁判というように限定をしておるつもりでございます。そうだとしますと、私はいまの大臣の答弁を逆に反対解釈すれば、治安維持法下の裁判についてはこれは暗黒裁判と言えば言えるとか、あるいは民主主義そのものが場合によっては犯罪になったのだということを必ずしも否定なさらなかったというように考えて、次の質問に移らしていただきたいと思います。——いまうなずかれました。 そこで次に参りたいと思います。 宮本委員長の釈放の問題についてでございますが、わが党の内藤功議員がこの間アメリカへ調査に参りました。そしてアメリカで資料を入手してまいりましたが、その入手した資料によりますと、これは刑事局長に伺いたいのですが、「政治的、市民的、宗教的自由にたいする制限の廃止について 中央連絡事務所三三二号 一九四五年一〇月二二日」という書面があります。それを見ますと、 右記の件にかんする連合国最高司令官から日本帝国政府あての、一九四五年一〇月四日付覚書にもとづいて、政府のとった施策についての最初の報告は、一〇月一五日付中央連絡事務所二七一号で提出された。最高司令官覚書AGO九一(一九四五年一〇月四日付)の七節、日本帝国政府一〇月一〇日付CISにもとづいて、中央連絡事務所はここに、一〇月一五日このかた入手した情報を含む新しい報告を提出する。 という文書がございまして、その一は、「覚え書きの第一節、aおよびbにもとづく、法律、布告、勅令、命令、規則の廃止にかんしてとられた措置」の報告です。これは全部省略いたしますが、その二に、「政治犯の釈放と「保護・監察」の停止にかんしてとられた措置」、この報告が載っております。その「拘留中の政治犯の釈放」という項目があります。 それを読みますと、 現在までに釈放された政治犯の総数は四百三十九人、うち三百五十三人は前報告書のなかで述べられており、八十六名については、その後関係地方機関から報告がおこなわれている。(司法省追加報告書付属書類番号二十一の追記を参照) 現報告書で言及されている釈放された政治犯の氏名、年齢、国籍、人種、職業、釈放日、釈放後の仮住所、起訴内容の詳細については司法省追加報告書付属書類番号二十二の付記を参照されたい。 云々、こういうような文書が出ているわけです。これは英文を私どもが日本訳したものですから、おたくにある書類と正確に日本語が一致しているかどうか、それについては強くは申しません。 そこで私が伺いたいのは、こういうように、中央連絡事務所から報告されている政治犯として釈放され、そういうものとして報告された人名の中に宮本顕治氏が入っているのかどうかお答え願いたいと思います。
○安原政府委員 十月十日までに釈放されたいわゆる政治犯人の氏名リストが司令部に出されておりまして、四百三十九名でございますか、その中に宮本氏の氏名が登載されております。
○正森委員 宮本顕治氏が政治犯として釈放された氏名の中に登載されているということは明らかになったと思います。 そこで、私はもう一点伺いたいのですが、昭和二十二年五月二十九日に宮本顕治氏及び袴田里見氏に対して勅令七百三十号の第一条本文を適用して、「将来ニ向テ其ノ刑ノ言渡ヲ受ケザリシモノト看做ス」ということで復権が行われたことは事実であります。その過程にはいろいろあったと思いますが、最終的にこのような措置が連合軍の法的な措置、あるいはこれを受けたわが国政府の法的な措置として行われたということ、それは単に政治的な扱いとしてではなく、法的な決着がついた問題であるというように私どもは思いますが、その点はいかがでしょうか。
○安原政府委員 正森委員のおっしゃる法的決着ということが何か法律を適用して決着をつけるという意味での法的決着ということでありますと、前回にもお答えいたしましたように、宮本氏の復権は、それを勅令七百三十号そのものに該当するものとして、該当するという判断が司令部の指示でなされたということではなくて、七百三十号の条文には直接には当たらないけれども、七百三十号に当たるものとして取り扱いなさいという超憲法的な指示が司令部からなされたということでございまして、そのことはそれなりに占領下においては適法な措置であるということになるわけでございますから、そういう意味で、そういう特別の指示に基づいて宮本氏が今日復権をしておられるという意味での法的決着はついておる。確かに公民権は回復されておるという意味においての法的決着はついておるということは間違いありません。
○正森委員 法的決着がついておるということをお認めになりましたが、何となく奥歯に物がはさまっておるような、そういう点がございますので、私は再度申し上げたいと思います。 それは、メリーランド州スートランドの米国立公文書別館に保管されてありました一九四七年五月十五日付民政局覚書、件名「日本人の政治犯の復権」と題する書面でございますが、私は論議をするのでなしに、その一節を読ましていただいて、そういう見解であったのだということを記録にとどめたいと思います。 その部分を読みますと、これは一、二、三項から成っておりますが、長いものでございますから、二以下を読みます。 「2 本官は佐藤氏に対し、」——佐藤というのは当時の司法省の刑事局長であった佐藤藤佐氏であります。「本官は佐藤氏に対し、前に説明した通り、これら二人」——二人というのは宮本顕治氏と袴田里見氏であります。 これら二人の復権を民政局が決定した理由は、本件が恩赦法の条項に該当するからではなく、次のようなものである、と述べた。すなわち日本政府は、SCAPIN93号が出された直後に、この指令に基づいて釈放された二人を逮捕しなかったが、このことによって二人が単に政治犯罪のみで有罪であり、同時に問われていた一般刑法犯については無罪だということになったのである。 日本政府が連合国軍最高司令官に対し、二人を再逮捕しない旨伝えたことにより、二人は政治犯の故にとらえられていた、という意味が成立する。 二人は単なる政治犯として釈放されたのであるから、その公民権はSCAPIN458号によって回復されねばならない。かくて本件は、恩赦適用の問題ではまったくなく、SCAPIN458号に基づき発布された勅令(730号)によって処理されるべき問題である。 3 佐藤氏は、司法省がただちに、二人に判決を下した法廷の当該検察庁に対して、この件については連合国軍最高司令官の解釈に基づいて勅令(730号)を適用し、二人の公民権を当然回復させるよう通告する、と述べた。 これはハワード・マイヤーズ民政局法律顧問の言明であります。私は、これが最終的な昭和二十二年五月十五日段階の連合軍司令部の考え方であるということを記録にとどめておきたいというように考えております。 そこで、この問題についてはこれくらいにいたしまして、もう一点伺いたいと思うのですが、ロッキード問題について一点だけ伺っておきたいと思います。 一九七六年三月二十三日にワシントンで、「ロッキード・エアクラフト社問題に関する法執行についての相互援助のための手続」というのが結ばれたことは、法務大臣も御承知のとおりであります。この問題については、最近数多く論議がされておりますので、重複することは一切避けさせていただきます。 ただ一点私が伺っておきたいのは、この第九項を読みますと、「被要請国によりとられることとなるすべての措置は、その国内法に定めるすべての制約の範囲内で行われる。要請されている援助を行うことが被要請国において現に行われている捜査・調査又は刑事上、民事上及び行政上の裁判若しくは審理に関する手続の支障となる場合には、これを延期し又は拒否することができる。」、こういうぐあいに書いてあるのですね。これは具体的にはどういう場合を想定してつくられた条項なのか、それを伺いたいと思います。
○安原政府委員 この第九項は、結局双方で資料の提供をするわけでありますが、要請を受けた国におきまして現にその当該証拠を使用中であるとか、提供いたしますと直ちに提供された国の公判で公開されて、提供する国としての捜査、調査の支障になるというような場合には延期あるいは拒否することができるということでございまして、それ以上の何ものでもございません。
○正森委員 そこで私は伺いたいのですけれども、第六項を見ますと、「当事者は、この手続に基づき提供される資料を使用しようとする刑事上、民事上及び行政上の裁判又は審理に関する手続を開始する前に、その旨を事前に通知するものとする。」、こうなっております。これは事前に通知するだけで足りるというように、一般的には解釈されているのです。ところが第九項にこういう条項文言があり、その条項文言の解釈が安原刑事局長がいま説明されたようなものでありますと、これはアメリカ側が何かそういうぐあいに証拠を使おうと思っておる、あるいは手続をしようと思っておるときに差し支えがある場合には、これは英語の原文を見ますと、ポストポーンとデナイという言葉を使っているのです。いま裁判で使われたら、こっちがやるので困るからもうちょっと裁判で使うのを延ばしてくれ、あるいはこれはいまは困ると言えるようにも読めるのです。そうすると、第六項が「事前に通知する」、事前通知だけでいいように読めるのが実はそうではなしに、それについてもアメリカ側に延期もしくは拒否という権能がある、こう読めないこともないですね。もしそうだといたしますと、わが国の刑事訴訟の進行そのものが外国の意向によって左右される、これは一国の主権の上で非常に重大な問題であります。ですから、その第九項の解釈というのはきわめて重要なことになってくる。安原刑事局長のいまの御答弁では、これはそういうようなおそれが十分にあると思うのです。それについて法務大臣、いかがお考えになりますか。
○安原政府委員 正森委員の御心配の点は、実務取り決めを決めるときに非常に意識したところでございまして、すでに提供を受けた資料を公判廷で使う、公にする場合には相手方と協議をしなければならないというような規定になりますと、まさにおっしゃるように縛られますので、通知をすれば足りるということに意識してここはつくってあるのでございます。そういう意味において、決して使用を拘束されるわけではありません。 ただし、先方からいわばいただきました資料を使って公にすることでございますから、公にすることとなる場合には、事前に、近く公になりますよということを予告しておく。それによって向こうに御覚悟願うという趣旨でございまして、いただいたものの使用については何ら拘束を受けるものではないということは、取り決めに当たりまして私ども十分に意識してつくったつもりでございます。 ただ、これからいただくものにつきましては、いただくわけでございますから、向こうの都合で、裁判等に使うのに支障があるから待ってくれとかというようなことで少しお待ちいただきたい、あるいはおっしゃるようにデナイ、拒否することもできるという自由は向こうは持っておるということでございまして、いただいたものについてはこちらに使用の自由を持ち、ただ、相手方からいただいたものでありますから、お知らせをして、向こうに覚悟していただくという規定でございまして、決してそのような御心配は要らないと思います。
○正森委員 そういうことであるなら私どももよいと思います。 では再度伺いますが、この第九項の規定は第六項にはかからない、つまり、すでに提供を受けている資料については事前通知だけでいいので、それについてさらに米側の刑事、民事、行政の裁判について支障があるから延期もしくは拒否ということは起こらない、そう読んでよろしいですね。
○安原政府委員 御推察のとおりでございます。
○正森委員 そこで法務大臣、それは結構ですが、もう一つ私が老婆心ながら心配したいと思うのは、田中伊三次現派遣団長が第六感だが——あの方は第六感という言葉を金大中のときにもお使いになりましたが、もっと重要な資料があるのじゃないかということを現地で記者会見をされているわけですね。そうしますと、そういう大事な氏名が入っている、あるいはもう少し直接的な資料があるとして、それを今度受けるというような場合には、この第九項が該当するというのは安原刑事局長のいまの言明でも明らかでありますから、結局いま提供を受けているものよりももっと政府高官の究明に役立つような資料については、先方側のいろいろの都合によって拒否されたりあるいは延期されたりする、そういう可能性が十分にこの第九項で残っているということになると思うのです。そうすると、いままで提供されたもので何から何まで全部終わりなんだというのでなければ、何か残っているとすれば、やはり第九項で真相究明について非常に支障が起こってくるのじゃないかというように思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。
○安原政府委員 田中伊三次氏がどう言われたかは別といたしまして、将来ともに資料を入手する可能性は残されておる協定でございます。 ただ、御心配のように、この協定だけを文字どおり読めば、意地悪く読めば——正森さんが意地悪いと言うのじゃありませんが、悪いように悪いようにと解釈しますと、真相究明についてアメリカ側に熱意がなければそういうこともあり得るでしょう。しかし私どもは、信頼の問題でございますので、そういう心配はないとかたくかたく信じております。ただし、協定としてはそうなる可能性はありますが、そういうことは運用上はないとかたく信じておりますし、信じたいと思います。
○正森委員 それではこれで質問を終わりますが、私も法律家の一員でございますから、法律家というものはやはり最悪の場合を想定して決めるのですね。最悪の場合でもこれだけの権利はあるということで決めるものでございますから、その場合には第九項というのは非常に問題になり得る場合がある。それを政府当局としてはよく配慮されて、真相究明が阻害されないようにやるべきであるというように私は思います。 以上で私の質問は終わります。
○田中(覚)委員長代理 諫山博君。
○諫山委員 わが党のスパイ調査問題が最初に国会に持ち出されたのは、ことしの一月二十七日の衆議院本会議です。そこで民社党の春日委員長は、裁判所のあの判決は真実に即した正当なものであるのか、それとも天皇制裁判によるでたらめな判決であったものか、その真相をあいまいにしておくことはできない、事実関係を国民の前に明らかにする必要がある、政府の見解はいかがでありますか、こう言っています。 この質問自体が憲法違反であります。裁判の当否を国会で論議させようとする質問です。犯罪事実の存否を行政機関に不当に介入させようとするものであります。だからこそわが党の不破書記局長が一月三十日の予算委員会質問で、裁判の当否を国会が判定せよという議論を持ち出すのはまさに司法権と立法権との関係をめちゃくちゃにするものである、判決の当否を国会として判定するというやり方に私たちはまず反対する、こう指摘しています。この違憲の春日質問に対して法務大臣がどのように対処するか、これは憲法に照らしてきわめて重大なことであります。稻葉法務大臣は、参議院のわが党沓脱タケ子議員の質問に対して、戦前の裁判所が下した判決の内容の当否について意見を申し述べる立場にはありませんと答えています。この問題については、さまざまな論議の経過があったわけですが、いまこの論議を振り返りまして、法務大臣として答弁できるのはこれが限度ではなかろうかと考えるのですが、法務大臣、どう考えておられますか。参議院で沓脱質問に答えた以上のことを言うべきではなかったのではないかというふうにいま考えておられるのかどうかです。
○稻葉国務大臣 御存じのとおり、私はときどきいまの沓脱さんに対する私の答弁以上のことをはみ出して言うていますね。それはどういうことかと言うと、確定判決でございますから、確定判決に書いてある事実は、一応それは事実を事実として容認していくという立場をとるのが法務大臣じゃないでしょうか。こういうことは法制局長官や安原刑事局長の答弁よりも一歩踏み出しています。それに対しての御非難だろうと思いますけれども、そんなことを言えば、はみ出し方というか踏み出し方というか、あなた方の方が幅が広いですよ。みんなでっち上げだ、うそだというはみ出し方ですからね。そうでしょう。不破さんにしても上田耕一郎さんにしても、初めに言っておられるそこまでが限度だと言っている御本人が、あの裁判は暗黒裁判ででっち上げだ、こう言うのはどうですかね。私よりもひどいじゃないですか、どうでしょう。
○諫山委員 法廷外でのさまざまな裁判批判と、国会の中での裁判批判が別物だということはさっき法務大臣が認められたとおりです。さらにこの問題を最初に国会に持ち出したのは、いま指摘しましたように、民社党の春日委員長です。そしてリンチがあったのかなかったのか、こういう問題を提起しながら、いかにもリンチがあったかのようなことを言う。これに対して正々堂々と反論するのはあたりまえのことです。 そこで、稻葉法務大臣の答弁が安原刑事局長あるいは吉國法制局長官よりもはみ出したものであるということは御自分で認められているようです。たとえば針金で縛った云々というような質問に対して、そういうことがございましたというような答弁をしているわけです。この問題はもうさんざん議論してきたことですから私は蒸し返そうとは思いません。しかし、稻葉法務大臣がはっきり心にとめなければならないのは、吉國長官の発言、最高裁判所当局の答弁、さらに刑事局長の発言は、法務大臣の行き過ぎを暗に批判している、このことをやはり大臣自身はじっくり考えてみなければならないと思うのです。明らかに法制局長官の答弁とあなたの具体的な説明は食い違っている。そして、吉國さんはあなたの行き過ぎをたしなめる立場から答弁をされたというふうに私たちは理解していますが、あなたはそういう反省はしていませんか。
○稻葉国務大臣 私はそうは思いませんね。法制局長官や安原刑事局長の答弁は、まあ、そんなところだろう……。裁判の確定判決の既判力というものは、その判決に書いてある事実は認めていくんだ、そういうのが私の法律常識なんで、そういう意味では、はみ出すということはあれだけれども、もう一歩踏み込んだ答弁をしてきた、こういうことです。それに対して、全く既判力を無視してもう全部でたらめだ、こうおっしゃるから、そんなことでは確定判決があっても事態はいつまでたっても限りなくおさまらないで決着がつかないのじゃないだろうか、こういう法律常識で踏み出してはいますね。
○諫山委員 もう国会も終わりかけたこの段階ですから、私は議論をいろはに戻って蒸し返そうとは思いません。ただ、行政機関が判決を尊重するというのは、判決の内容が正しいか正しくないかということを判断しながら尊重するというのとは違う。たとえば、死刑の判決が確定した、これを執行しなければならない、その場合に、あの死刑判決は正しいから執行するというのじゃないわけです。死刑判決が確定しているから、その判決の是非にかかわらず行政機関はこれを執行する、これが確定判決と行政機関との関係です。行政機関が確定判決を尊重するというのはこの意味であって、それを踏み出してはいけないわけです。 私はここであなたと議論しようとは思いません。ただ、この問題を通じて、三権分立をどう見るのかということが大いに議論されました。裁判における事実認定、刑の量定、これが憲法、法律、そして厳格な証拠法に基づく証拠に基づいて行われなければならない、それ以外のいかなる力も裁判に影響を与えてはならない、これは民主主義の原則です。まして、国会における政治的な多数で裁判の事実認定を云々するというようなことが許されるべきはずはありません。そういう立場から三権分立が保障されているわけです。その意味では、私たちは、三権分立の原則というのは、人類が生み出した価値ある積極的な遺産だと考えております。 この問題について違憲の質問、違憲の答弁が続けられている間に、私たちの党は何回か公式の態度を表明しております。たとえば三月二十六日、わが党の宮本顕治委員長は、記者会見の中で次のように述べています。法務大臣、ぜひ聞いてください。(稻葉国務大臣「聞いています」と呼ぶ) いわゆる権力の分立は、資本主義国家の成立期に形成されたものだが、それは資本主義国家だけに特有のものではない。将来、社会主義日本の国家形態を考える場合でも、権力の分立という形態には、国家権力の民主的な運営と執行という見地から、合理的な形でひきつがれなければならない多くの積極面がふくまれている。 日本の現状には、国会が事実上軽視され行政権が不当に優位にたつとか、春日質問のように、自民党と呼応して国会に戦前の判決の是非の議論をもちこんで三権分立を破壊するとか、 司法権の独立が政府や国会の側からの不当な干渉で侵害されるとか、実態的には多くの問題点がある。しかし、独立・民主日本でも、社会主義日本でも、「名実ともに国会を国の最高機関とする」人民主権の体制をいっそう強化しながら、立法権、行政権、司法権の相対的な独立性と相互規制の関係は、権力の乱用を防止する民主的な保障の一つとして、発展的にひきつがれるだろう。 こういう立場を表明しております。 さらに、ことしの憲法記念日にわが党の不破書記局長が憲法問題で記念講演をしていますが、その中で、 三権分立の原則も、われわれが将来の日本の政治にひきつぐべき大切な原則であります。いまの日本では国会は「国権の最高機関」と規定され、国会の優位のもとではありますが、政府が相対的には国会から独立して行政を執行する、また司法権の独立も保障される、そういうことが憲法上規定されています。このことは私たちが、将来の日本を考えた場合にも、権力の乱用を防止するという点では積極的意義をもつ民主主義の一つの保障である、と考えています。 と述べています。さらにこの立場は、ついこの間開かれました中央委員会総会の中で確認されました。 私たちは、そういう意味から言うと、国会や行政機関が判決の当否を論ずるようなことはしない、この三権分立、これは現在の憲法で保障されているだけではなくて、将来とも守り抜かねばならないいわば人類の貴重な遺産だ、民主主義的な原則だというふうに考えております。 こういう立場から考えますと、今度の国会で行われた憲法違反の質問、さらに、明らかな憲法違反の答弁というのはきわめて重大だと考えております。稻葉法務大臣は現在の憲法には非常に批判的で、去年の憲法記念日でもいろいろ問題になったわけですが、こういう私たちの基本的な立場に照らしまして、一連の国会での質問、さらにあなたの憲法違反の答弁に対してどういうふうに考えているのか、反省しておられるのかどうか、簡単に説明してください。
○稻葉国務大臣 三権分立ということは近代憲法を持っている各国の憲法に明記するところであって、これをさらに発展していくということは特定の権力が横暴になることを相互に抑制していく大変にいい制度だと宮本委員長が言っておられ、それから不破書記局長が言っておられることは正しいですね。モンテスキューの集大成した「権力抑制の理論」はいまの時代にもずうっと引き継がれているわけですね。それと、私の発言が、三権分立を踏み破って裁判の当否を論じているというふうにおっしゃいましたが、私そうではないのです。そうではないのですよ。裁判の当否を論じているのは不破書記局長であり、上田耕一郎さんであって、あの速記録を見てごらんなさいよ、それはとんでもない話なんだから。私のは、いい裁判だとか悪い裁判だとか評価をしているんじゃないのです。裁判の既判力というものは、その裁判に述べられている事実は事実として容認すべき態度を持つのが既判力に従う憲法上の態度だ、こういうことを言っているんであって、安原刑事局長の答弁、法制局長官の答弁が間違っているとは言ってないんです。そこのところまで説明が足らないのではないか、足りないところを補ってやろうかというのが私の答弁なんです。
○諫山委員 これ以上押し問答しようとは思いません。しかし、いままでつくられた会議録をやはり冷静に読んでいただいて、あなたのような発言がとうてい成り立たないものであるという点は反省していただきたいと思います。 さらに、私この議論に深入りしようとは思いませんが、先日衆議院の荒舩予算委員長の求めに応じて、法務省がこの問題に関する幾つかの資料を提出しました。そこで、要求があっても提出しなかった資料は何だったのか、それはなぜ提出しなかったのか、そのことを説明してください。
○稻葉国務大臣 刑事局長に説明させます。
○安原政府委員 提出いたしませんでした資料は、宮本顕治氏の執行停止を受けることになった医師の診断書、それから宮本氏に交付された復権証明書、これはございませんので出しようがないということでございまして、出したのは、判決原本と連合軍司令部から発せられたメモランダム等の関係文書だけでございます。
○諫山委員 私は、ずっと以前の衆議院予算委員会で、民社党がなぜ資料提出を求めているのか、これを春日委員長の発言、塚本書記長の発言を引用しながら指摘いたしました。いろいろなことが言われているけれども、結局判決の当否を争うという立場から資料提出を求めているのだ、そうだとすれば、法務省の立場からしても資料提出はできないはずではないかということを言いました。それに対して法務大臣は、そういう立場から資料提出を求めているのではないと思う、さらに私が追及しますと、どういう気持ちで資料を要求したのか御本人に聞いてみないとわからない、こういうことを言いました。そこで私は、国会というのは言論の府ではないか、腹でどういうことを考えているかではなくして、資料提出を求めている人がどういう目的で資料が欲しいと言っているかが問題ではないか、判決の当否を争うという立場で資料提出を求めているなら出すべきではないではないかというふうに言いました。覚えておりますね。そうすると、いろいろな経過があったわけですが、どういう目的で資料提出を求めてきたと法務大臣は判断したのですか。
○稻葉国務大臣 わからなかった。わからなかったから、しかし国会からの資料要求でございますから、これに抵抗するわけにはまいりませんから、念のため念書をつけて提出しました。 念書を読みます。 今回当省から提出する資料のうち、宮本顕治氏に対する判決原本の写しは、同氏が右判決の言渡しを受けた事実及びその判決内容並びに右判決原本にその後資格回復に関する付記がなされている事実を明らかにする趣旨で提出するものであるからその旨御了承願いたい。 この意味は、あなたの御質問にあった、あなたが言われたとおりの意味なんです。判決がいい判決だったか、悪い判決だったか論評するために出すのではありませんよと、御注意もありましたから、念のためにこういう用意周到にやっているところでございます。
○諫山委員 資料は国会に提出されればひとり歩きするわけです。あなたがどういう目的で提出しようとも、利用者側は別の目的で利用することがきわめてあり得ます。また、もともとなぜこの問題が国会に持ち出されたのか、これはリンチがあったかなかったかを明らかにするためだ、こういうことはさまざまな機会に民社党側から公式に表明されております。私も、この場に及んでこの問題にさらに深入りしようとも思わないのですが、ただ、この一連の論争を振り返りますと、私たちとしては憲法上きわめて重大な問題であった、そして、ちょうど浦和充子事件が現在でも三権分立を論ずる場合の一つのテストケースとして残っているように、この問題における春日委員長、塚本書記長の質問、さらに稻葉法務大臣の答弁というのは、悪い意味で日本の歴史に残されるのではなかろうかと私は思っております。 また、私たちは、荒舩予算委員長の資料提出を求めたこと自体、国会法百四条に違反していると思っております。これは委員長が独断でやった越権行為であります。そして、正式な委員会の議を経ていないということは、恐らく当時法務省にもわかっていたはずだと私たち考えております。この問題については、荒舩委員長に対する共産党国会議員団の公開質問状も出されているし、これは赤旗に掲載されていますから、ぜひ検討してください。 この手続問題は別としまして、とにかく判決の当否を論ずるということのみを決定的な目的としてこの問題が国会に持ち出された。そして、それに手をかすような形で資料が提出された。この点は、私たちは荒舩委員長に抗議すると同時に、法務省にも強く抗議いたしました。しかし、考えてみますと、この憲法違反の質問、憲法違反の答弁に対して、私たちは憲法の民主的な原則を守る立場から、国会の中でも、国会の外でも、いろいろ闘ってきました。たとえば「犬は吠えても、歴史は進む」という論文があるのですが、この論文の掲載された雑誌は七十五万部も販売されるというような非常に大きな反響を呼んでおります。 私は、法務当局、とりわけ稻葉法務大臣に要望したいのですが、憲法の三権分立の原則というのはきわめて重いものである、人類が長い間つくり出してきた遺産である、将来も引き継がれなければならない、そういう点を改めて検討しながら、やはり今度の国会で繰り返されたとんでもない憲法違反について深刻に反省すべきであるということを要望いたしまして、質問を終わります。いいですか。
○田中(覚)委員長代理 諫山博君の質問は終わりました。 次回は、来たる二十一日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後六時八分散会