ロッキード問題に関する調査特別委員会 第9号
- 発言数
- 316 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1976/06/17
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 ロッキード問題に関する件について大庭哲夫君より証言を求めることにいたします。 証言を求める前に証人に一言申し上げておきます。 昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によって、証人に証言を求むる場合には、その前に宣誓をしなければならないことになっております。 宣誓または証言を拒むことのできるのは、まず、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係にあった者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときであります。また、医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、助産婦、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあった者がその職務上知った事実であって黙秘すべきものについて尋問を受けたるときにも証言を拒むことができることになっております。 しかし、証人が正当な理由なくして宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が偽証の陳述をしたときは三月以上十年以下の懲役に処せられることになっております。 一応このことを篤と御承知おきを願いたいと存じます。 それでは、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めることにいたします。全員御起立を願います。 〔総員起立〕
○田中委員長 では、大庭哲夫君、宣誓書を朗読してください。
○大庭証人 宣誓書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います 昭和五十二年六月十七日 大庭 哲夫
○田中委員長 それに署名捺印してください。 〔証人、宣誓書に署名捺印〕
○田中委員長 御着席を願います。 それでは、これより証言を求めますが、証人は、証言を求められた範囲を越えないように御留意を願います。それから、発言の際は、その都度委員長の許可を得てから発言をするようにお願いします。 なお、大庭証人は、ただいま診断書を拝見をしておりますが、お体のぐあいが悪いようでございますから、着席のままでお答えになって結構でございます。そのままお答えになって結構でございます。 なお、各委員に申し上げます。本日は、申し合わせの時間内でロッキード問題に関する重要問題について証言を求めるのでありますから、かねて申し上げておりますように、不規則発言など、議事の進行を妨げるような言動のないように、特に御協力をお願い申し上げます。 —————————————
○田中委員長 これより証人に対して証言を求めることといたします。 まず、委員長から所要の事項について一言尋ねておきたいと思います。 あなた、大庭哲夫君ですね。
○大庭証人 はい。
○田中委員長 それで、お座りになったままで、住所、職業、生まれた年月日、その三つをちょっと言うてください。
○大庭証人 住所、神奈川県川崎市高津区下作延千九百四十六。職業、東京空港交通株式会社社長。年齢、明治三十六年十二月二日生まれ。
○田中委員長 それから、大庭君、診断書を拝見をしておりますが、体調は、気分はいかがですか、きょうは。
○大庭証人 気分は結構でございます。ただ、持病がありまして、ときどき緊張いたしますと……。
○田中委員長 それで万一御気分が悪くなると、すぐに言うてください。電話をすると、医務室からお医者さんがすぐに来る手順をしておりますから、御安心になって、ゆったりした気持ちで本当のことを述べていただくようにお願いをいたします。 これは証人、五十二年としてあるが、五十一年の間違いだから、後でちょっと直してください。
○大庭証人 はい。
○田中委員長 後でよろしい。 それでは、発言の申し出がありますので、順次これを許します。まず、松永光君。
○松永委員 大庭さん、まず、私の方からお尋ねいたします。 時間がございませんので、私がお尋ねしたことに簡潔に答えてください。いろいろ事情もありましょうけれども、事情について御説明をいただく場合には事情を説明してくださいと、こう申し上げますから、それ以外の場合は簡潔に、そうですとかそうでないとか、結論だけで結構でございます。 大庭さん、あなたは、この三月一日に予算委員会の証人としてここにお見えになって証言をしていただいたわけです。その際のあなたの証言は次のようになっております。全日空が採用すべきエアバスはDC10が望ましい、これが一番いいんだというふうにあなた自身が判断をされて、ほかの重役さんには別に相談をしないで、あなたが昭和四十五年の三月ごろ全日空の社長室に三井物産の人、それからダグラス社の東京駐在員と思われる人に来てもらって、DC10を昭和四十七年の一月に一号機が入るようにそういうことの依頼をして、そしてダグラス社の東京駐在員と思われる人の持ってきた書面にサインをしてオプションをした。あなたのここでおっしゃっているオプションというのは、ある日限を切って製造番号を押さえることで、法的な契約ではないので、こちら側でいつでもキャンセルできる、こういった意味合いの軽いものだ、こういったことを証言されたのですが、その証言は、あなたの記憶に基づいてありのままに申されたことに間違いございませんね。
○大庭証人 証言のとおりでありますが、その前の事情が少しあるわけです。
○松永委員 いま私は前回あなたが予算委員会の証人として証言された趣旨を申し上げたのですが、いま申し上げたことは、事実に相違ないというふうにお聞きしてよろしゅうございますね。
○大庭証人 その前の事情がありますし、後から確かめたところ、サインはしてないようでございます。
○松永委員 サインはしてないが、いま私が申し上げたようなことの話し合いがなされて、そしてあなたのおっしゃる意味のオプションがあったということには間違いございませんね。
○大庭証人 間違いありませんです。
○松永委員 次に、お尋ねしますが、このオプションをするについて、先ほども申したとおり、どなたにも相談をしないでオプションをした、こういうことをあなたはおっしゃっておるわけです。たとえば三浦委員の質問に対しては、「オプション契約につきまして、私はだれにも相談をしないで私自身でやったわけで、後で若狭君がそれを知らなかったということは事実でないかと存じます。」という証言があるわけでございまして、あなたが全日空の人とは相談しないで、あなたの独自の判断でオプションをした、こういうことがはっきりしておるわけです。そしてまた、今度はそのオプションをした後につきましても、社内の人にはそのオプションをしたということの話をしなかったという証言をしておられるわけです。これは横路委員の質問に対してですが、こういうふうな横路委員の質問です。「社長をやめた引き継ぎのときに後任の社長、つまり若狭氏等にお話をしたという証言がありましたけれども、あなたがやめられるというその引き継ぎの以前に社内の人に話をなさったということはないのでしょうか。」という質問に対して、あなたは「ありませんです。」こう答えていらっしゃいますから、オプションをするについても、社内の人には相談せずに、あなた自身の判断でなさった、オプションした後も、おやめになるまで社内の人には黙っておられたという証言をしていらっしゃるわけです。 そこで、お聞きしたいのですが、なぜこのオプションをされた後、全日空の社内の人に黙っておられたのか。おやめになるときに引き継ぎがあったということは後でお聞きいたしますけれども、それまでの間、黙っておられたのは何かわけがあるのでしょうか。わけがあるならあるように、ないならないように、簡単におっしゃってください。
○大庭証人 あります。
○松永委員 社内の人に黙っていらっしゃったそのわけを簡潔に答えてください。
○大庭証人 四十四年の七月の終わりごろだったと思いますが、ダグラスの方から三井物産の灘波担当の方へ、日本航空の方がだめになったから、その機材がいま残っている、したがって、全日空で要るなら全日空に、条件は日本航空と同じような条件で提供してもいいのだがどうかという話があったから、どうなさいますかということで、灘波君に、それではぼくの方がひとつ頼みましょうということで、ひとつ三井物産と会議を持たしてくれということで、三井物産の社長とそのときに来ていましたダグラスの社長と私とで話をいたしまして、そのときに、いわゆる私の方はどこまでもオプションでいく、しかし形式的にはレター・オブ・インデントになっていたわけでございます。 と申しますのは、私としましては、そこで手を打つにしても、前に松尾さんが実はやめられた事情からして、私もある程度やめさせられる危険性がある、したがって、三井物産に頼む以上は三井物産の方で責任をとってもらいたい。と申すことは、私がやめた場合には、その機材を引き継いでやるとすれば、プレミアムでほかの方に売れるだろう、私が継続していて外貨がとれない場合があった場合には、私はそれをリーズして借りよう、外貨がとれた場合にはそこで私は正式の契約をしますという問題で、そこに三者で打ち合わせをしたわけでありまして、為替管理法の問題がありますから、これは一応極秘にいたしておいたわけでございます。
○松永委員 そうすると、極秘にしておこうという約束が、秘密にしておこうという約束があなたと三井物産の人との間にあったのですか。
○大庭証人 いや、三者の間でありました。
○松永委員 重ねて聞きます。 三者というのは、あなたと三井物産と、あともう一人はどなたですか。
○大庭証人 ダグラスの社長です。
○松永委員 わかりました。 次にお尋ねしますが、三井物産の石黒さんが先般この委員会に証人としてお見えになりまして、次のような証言をされました。すなわち、昭和四十四年の七月二十五日、日航がエアバス機種決定を延期した直後に、大庭さん、あなたの方から三井物産に連絡があって、日航がやめたので、その納期の早い分を全日空としては押さえたい、ついてはダグラス社と会う機会をアレンジしてくれ、こういう依頼が、大庭さん、あなたから三井側に対してなされた。そこで三井側では四十四年七月二十九日に三井物産の社長室であなたとダグラス社の人とを会えるようにアレンジをした。そうして二十九日に三井物産の社長室で、全日空側ではあなた一人、三井側では若杉三井物産社長と航空機担当者、それからダグラス社の側ではマクゴーウェン・ダグラス社社長、それから重役のヨースさん、東京駐在のボガードさん、以上六人が会談をした。ダグラス社の方では書類を用意してきておった。その書類というのは、日航に出していたプロポーザルを焼き直したようなものであった。それとレター・オブ・インデント、発注内示書、これを持ってきておられた。それで、あなたがダグラス社で持参されておったこのレター・オブ・インデントにサインすればいいばかりにちゃんと用意してあった。そこで、あなたが押さえるならば、あなたが発注するならばあなたがサインすべきところなんだけれども、いろいろ事情があるので、かわりに三井側でサインしておいてもらいたい、こうあなたがおっしゃったので、若杉社長さんがサインした。あなたはサインはしなかった。三井の石黒さんの言うことによれば、三井の社長がサインしたのであるから、契約上は発注者は三井ということになる。そのレター・オブ・インデントの中身は、確定発注機三機、オプション機四機ということになっておった。それからその後になって、四十四年の九月にあなたが三井物産に対して、確定発注機が三機であるのを四機にしてもらいたい、オプション機が四機であるのを六機にしてもらいたい、こういう要請があったので、三井側ではそのあなたの要請どおりの処置をした。次いでダグラス社から三井に対して、いつまでもレター・オブ・インデントのままでは困るということなので、翌四十五年二月に正式契約になったのだけれども、そのときもあなたに報告をしてあなたの了解を得た。前金を何回か支払ったが、その前金の支払いについてもその都度あなたに報告をしてあなたの了解を得ておる。それから、あなたと三井との間には文書や何かサインしたようなものはないけれども、あなたの口頭による依頼に基づいていま申し上げたような処置をしてきたんだ、まあ、こういう証言をされました。 そうすると、石黒さんの証言は、あなたが三月一日に証言されたこと、いま私があなたに冒頭に確認をいたしましたことと大きく違うわけですね。まず、あなたがおっしゃる言葉で言えばオプションなんだけれども、このレター・オブ・インテントをなさった年月日、これが大幅に違っておる。それからサインのことはあなた訂正されましたけれども、サインしたのは三井の若杉社長だったという点、それから話の内容、取り決めた内容、あなたの前のおっしゃったことは、製造番号を押さえるという軽いものだったんだということでしたが、いまの私の申し上げたことでおわかりと思いますが、実際なされたことは、このレター・オブ・インデントであった。それが進んでいって正式契約にまでなっておる。それはあなたは三井から報告を受けて了承された。それからレター・オブ・インデントがあった後に、確定発注機の増加、それからオプション機の増加というのもなされた、こういうことになっておりまして、大変食い違っておるのでございますが、この石黒さんの証言、これは事実なんでしょうか、あなたのいままでおっしゃったことが事実なんでしょうか、そこをはっきりさせてください。
○大庭証人 大部分は同じでございますが、一部違ったところがあります。と申し上げるのは、三井の社長とダグラス社の社長と私の間で話し合った問題は、先ほど申したとおりでありますが、それを三井物産のニューヨークの方の店でダグラスと正式の契約をする、したがって、私の方はどこまでもオプションであって、契約は三井のニューヨークの支店とダグラスとの方で正式の取り交わしをするという話し合いで、それは先ほど申しましたように為替管理法に触れるから、そういう話で、私の方はどこまでも正式のものはオプションだけだということで進みますという話し合いでやっていたわけです。 したがって、先ほどの話の途中でありますが、九月に三機、四機というものを四機、六機に改定したのは、これは三井物産の方で自由に改定したのだと思います。したがって、三井物産のニューヨーク支店が正式の契約をしたのは、恐らく四十五年の二月ごろでなかったかと思います。その後、三月に入りまして、ダグラスの説明団というものが来ましたと同時に、そのときにダグラスの社長が見えたものですから、ダグラスの社長と若杉君と私の間で最後打ち合わせをいたしたわけでございます。その打ち合わせは、先ほど申したようなことをそこで再確認をしたわけでございます。それが頭にありましたものですから、私はオプションはしていますが、サインをしたことが、それだけしか頭の中になかったものですから、そのときにサインをしたと間違って申したわけでございます。
○松永委員 大庭さん、あなたが三井との間にオプションをした、三井に頼んでオプションをしたのになるかもしれませんが、その日付は、あなたは以前は昭和四十五年の三月ごろ、こうおっしゃっていたんですよ。ただいまの石黒証人は、四十四年の七月二十九日、こう言っているわけでして、あなたのおっしゃるのよりも半年以上前になっておるのですよ。日付の点はどうですか。
○大庭証人 日付の点は、先ほど御説明したように、四十四年の七月の終わりごろであったと思いますが、ダグラスの方から三井の担当の灘波の方に申し入れて、私のところへ来た。それで私は、それはよかろう、ひとつ皆を集めてもらいたいということで集めて、そこで話をまとめたわけでございます。
○松永委員 そうすると、あなたが三月一日の日におっしゃった、昭和四十五年三月ごろオプションをしたというのは、訂正をされるわけですね。四十四年七月の二十九日であったというふうに訂正なさるわけですか。
○大庭証人 オプションは、いろいろそのときどきによって機数が変わったり何かしますが、私がこの前証言いたしましたのは、先ほど説明いたしましたように、三月に私と若杉君とダグラスの社長とが最終的に打ち合わせた日にちのことを申し上げたわけでございます。
○松永委員 あなたが最初に三井物産を通してダグラス社との間に何らかの取り決めをしたという最初の日が、四十五年三月というふうに、大体前の証言からはとれるのですよ。あなたがオプションをしたというのは、四十五年三月ごろというふうになっているのですよ。 では、それは前にそういうことがあったのですね。
○大庭証人 いまのは、もしも前の関連でお聞きくださったら、そういうように御説明しておったと思います。
○松永委員 レター・オブ・インデントの段階からファームコントラクト、正式契約、そこまでしましたという報告は、三井側からあなたにありましたか。
○大庭証人 ありました。それは先ほども申したように、ニューヨークの三井がやったことを連絡がありました。
○松永委員 三井が契約に基づく内金を何回かにわたって払った、こういうことの報告はありましたか。その報告に対してあなたは了承を与えましたか。
○大庭証人 はい、報告はありました。了承しています。それは、先ほど申したように、三者の合意の上で三井が単独にやっているわけですから。それは為替管理法に触れますから、三井のニューヨーク支店が単独にダグラスと契約をしてやっているわけです。
○松永委員 三井が実際にやっておった契約の内容は、三井物産、正確に言えば、米国三井物産のようですが、それがダグラス社との間に、軽い意味のオプションじゃなくして、もう正式契約になっておった、その代金も払われておったということですね、実際には。しかし、あなたの方では、軽い意味のオプションだというふうに、あなたと三井の間はそうだというようにあなたは理解しておられたのですか。
○大庭証人 私は、三者の話上、私としてはどこまでも軽い意味のオプションで通すという話し合いでずっときているわけですから、そういうように御説明したわけでございます。
○松永委員 そうすると、あなたと今度は三井の関係でございますが、三井物産が、先ほどのお話にありましたようないきさつで、もう確定契約がしてあるその飛行機について、あなたの方では軽い意味のオプションにすぎないというふうに理解しておられたそうですが、それはどうなんでしょう、三井物産が確定発注をしていた飛行機について、全日空の側に責任が及ぶんじゃないでしょうか。あなたは及ばぬと思っていらしたのでしょうか。
○大庭証人 それは最初の三者の話し合いで、全日空は全然タッチしない、全日空はオプションだけでよろしい、三井物産とダグラスとの間に話し合いでそれは全部始末するという話し合いで進んでいたわけです。
○松永委員 先ほども聞きましたが、三井物産が正式契約までいって、そして内金も払われておったということをあなたは承知しておったわけですが、しかし、それは三者の話し合いで秘密にしておく、こういうことだったというのですね。
○大庭証人 はい、そうでございます。
○松永委員 次に、お尋ねいたしますが、全日空で新機種を採用するという計画を立てて、新機種を選定するために、調査研究をするための新機種選定準備委員会というものを、あなたは昭和四十五年一月九日に発足させましたね。
○大庭証人 そのとおりであります。
○松永委員 新機種選定準備委員会を四十五年一月九日に発足させたのに、その半年以上も前の四十四年の七月二十九日に、それはないしょにしておくことではあったでしょうけれども、三井物産がレター・オブ・インデントから正式の契約まで進んでいくことを容認しておられたというのは、どういうわけなんですか。準備が合わぬですね。あなたが新機種選定準備委員会を発足させたのは四十五年一月九日でしょう。しかし、それよりもずっと前から、半年以上前からDC10について三井物産の方に話をして、実際においては三井物産の責任においてDC10に関して確定契約までなされておるようないきさつになっておるのですか。そこのいきさつはどうなるのですか。
○大庭証人 これは新機種選定をするためには、一つの道程といいますか、行程を踏むのが常識になっているわけです。したがいまして、私としましては、いろいろな検討の結果、DC10が最適だと考えてその方向に全部を進めていたわけでありまして、したがいまして、一度各担当の職員を十分検討さした上で調査団を派遣するというのも、新機種を選定する道程の中の一つの項目でございまして、したがって、その項目を踏ましたにすぎないのであります。
○松永委員 形式的には四十五年一月九日に新機種選定準備委員会を発足させていたが、実際は社長が、社長のあなたが独断でといいますか、あなたの独自の判断で半年以上前にもう飛行機は決めていらっしゃった、こういう結果になるわけなんですね。
○大庭証人 私はそう思っています。
○松永委員 もう一つお尋ねいたしますが、あなたが社長を退陣するのやむなきに至ったその前日ですか、若狭氏と渡辺氏をお呼びになって、そこでオプションの引き継ぎをしたということでございましたが、若狭、渡辺両氏は聞かないと、こう言っているのですけれども、あなたが引き継ぎをされたというのは、三井物産が実際にやっていたこと、あなたは承知はしていらっしゃったのですけれども、そのことを引き継がれたのですか。それとも、軽い意味の番号押さえ、オプション、そいうことをしておったという、そういう引き継ぎをなさったのですか。どっちなんですか。
○大庭証人 実はそういうようなむずかしい関係にあったものですから、引き継ぎとして、よく三井物産と話し合って事情を聞いた上で善処してくれ。という意味は、ある程度三井物産の方で賠償金を取られるかもわからないというような懸念がなきにしもあらず、しかしそれは、先ほど申したように、全日空には迷惑をかけない、自分のところの単独でやるんだという話し合いのもとに進んでいたから、恐らく迷惑はかからないにしても、一応そこで三井物産とよく話し合った上で、若狭社長として線を切るならそこで切ってもらいたい、切った結果、三井物産がどういうような方向で出るか、そのときには会社として善処してもらいたいということを申していたわけです。
○松永委員 あなたが承知していらっしゃることをすべてお話しになったのですか。それとも、秘密のこともありますので、ただあなたが考えていらっしゃる軽い意味のオプションということだけをおっしゃったのですか。どっちですか。
○大庭証人 私がオプションと申せば、彼らはほとんど、何と申しますか、御承知のはずだということで、その後始末をお願いしますと言っただけであります。
○松永委員 そうすると、オプションということをしてあるということで、その後始末と、こういうことですか。
○大庭証人 そうでございます。
○松永委員 ところで、そのオプションという言葉の法的な意味といいますか、航空業界における慣習といいますかね、そういうものについていろいろ調査もしたし、また、証人としておいでになった方にお尋ねもしたんですが、それによると、オプションというのは、あなたがおっしゃるような製造番号を押さえるだけで軽いものなんだという、そういうオプションは通常はない。正式の契約に伴って確定発注機が何機、オプション機が何機というふうにあるのが通例なんであって、正式契約なしに、軽い意味のオプションだけあるという例は通常ない。日航の朝田社長さんも、日航としては製造番号だけを押さえるというふうなオプションということは伝統的に行っていない、コンコルドについては例外であるが、それ以外には製造番号だけを前もって押さえておくという意味の、そういうオプションをしたことはない、こういったことを証言されたんです。どうなんですか、航空機の購入に伴うオプションというので、あなたがおっしゃったような製造番号だけを押さえておく、レター・オブ・インデント、それから進んだ確定契約、そういったものに伴ってのみオプション機というものが存在するので、そういう契約を離れて製造番号だけを押さえるという意味合いのオプションは通常はないんだというふうにお聞きしたのですが、あなたの見解を簡単に言ってください。
○大庭証人 私の考えは、レター・オブ・インデントの前がオプションでございます。したがって、その後、確定機数が決まりますとレター・オブ・インデントになりまして、その次が正式の契約に移っていく。
○松永委員 次に、お尋ねしたいことは、あなたはこの三月一日に証人としておいでになったときには、午前中に証言をされて、それからお休みになっていて、そして夜になってからもう一回証人としてこの場においでになった。そして二度目の証言をなさる冒頭で、三月一日の午前中のあなたの証言の中にあった、鈴木明良というのをあなたに紹介した人がだれか、紹介名刺があるんだけれども、その紹介名刺の中の原田代議士さんの分について、その紹介名刺は誤りの紹介名刺ではなかったかと思う、こういう意味、夜になってから、午前中の証言、特に原田代議士の紹介名刺があったという午前中の証言と夜の証言を冒頭で訂正されているというか、それは偽りの名刺じゃなかったかと思う、こういったふうに訂正をなさったわけですね。 それは御記憶あると思うのですが、今度は、その訂正をなさったいきさつなんですけれども、そのいきさつについてちょっとあなた記憶を喚起してもらいたいのですが、あなたがホテルでお休みになっているときに、予算委員会の理事の山村代議士からあなたに電話があって、原田代議士は鈴木明良を紹介したことはないと言っておられますが、大庭さんどうなんです。こういう問い合わせがあなたになされた。あなたは、いやそれは証拠があるというふうにおっしゃった。それに対して山村さんが、ちょっと待ってくれ、原田さんに聞いてみたら、そんな証拠などあるはずはないと思うんですがということを山村さんが重ねて言ったところが、あなたが、ちょっと待ってください、調べて返事をします。こう言って、山村さんのところの電話番号をお聞きになって、そして電話が一たん切られた。それから四、五十分か小一時間たって今度あなたの方から山村さんの方に電話をされて、あれは間違っておりました、どうしたらいいでしょうというお尋ねが山村さんにあったので、そこで山村さんが、間違っていたならば適当なときに訂正されたらどうですか、こういうサゼスチョンがあった。それで夜の二度目の証言の冒頭にあなたが訂正する、こういう経過じゃございませんでしたか、お尋ねいたします。
○大庭証人 経過はちょっと間違っているように思います。
○松永委員 どの点が違いますか。
○大庭証人 あれは夜の八時過ぎ、八時半前後だと思いますが、山村さんの方からお電話があって、どうしてもきょうもう一度証人台に立ってもらいたいんだというお電話があったわけです。ついては、いまあなたが証言をなさった原田代議士の方で相当異論があるようだが、大庭さんとしてそれを御訂正なさるような御意思はありませんでしょうかというお尋ねでございました。私としましては、いろいろ異論があるというようなことはラジオで聞いた人間から報告は受けています。しかし、私には、築地署で鈴木が調書をとられている中に大石君と原田さんの名前が出たという記憶を持っているんで、それを確かめていただきたいということを申し上げたわけでございます。それでは確かめてみましょうということで確かめたところが、調書の中には大石さんだけの名前はあるが原田さんの名前はないようだ。それでは私の記憶の二つがつぶれるから、それでは訂正をいたしましょう、ついては、どういうように訂正の方法をとったらよろしゅうございますかということで、いろいろそこで電話で話し合っているときに、委員長の方から、大庭さんが訂正をなさる御意思がおありなんなら私の方から質問をするから、そういうくどい言い方はおやめになったらどうでしょうかということでありましたので、それでは結構です。私は御質問に答えましょうということで、出てきたわけです。 ただし、私はその席が若狭君と同席の席であるということは一つも通知を受けないでここへ出てきたわけでありまして、その点だけは今後そういうことがないように十分御注意願いたいと思います。
○松永委員 山村代議士から圧力みたいなものを加えられたでしょうか、あなたが圧力と感じるようなことがあったでしょうか。
○大庭証人 山村さんはあのとおりなお方で、実に言葉やさしい言葉つきなんでございまして、私は圧力というものではないと思います。ただ、招集するにつきましては、こういうような問題もありますから、御意思を訂正なさる御意思がないかというような御質問ですから、私にはもう一点先ほど申したような根拠があるので、根拠を確かめていただきたいというように申し上げたわけです。
○松永委員 荒舩委員長もちょっと話をされたようですが、荒舩さんの方から圧力みたいなものをあなたは感じましたか。
○大庭証人 先ほど申し上げたとおりに、山村さんと私との間でどういうような方法を講じるかということで話し合っていたときに、そこから委員長のお声で、そういうようなむつかしいことを考える必要はない、大庭さんが御意思を翻すお考えなら私の方から質問をして訂正をしていただくということでございましたから、全部方法、手段をやめまして、出席してきたわけでございます。
○松永委員 圧力を感じたかどうか、その点だけです。
○大庭証人 私は圧力というものは感じませんでした。
○松永委員 終わります。
○田中委員長 大出俊君。
○大出委員 どうも御苦労さまです。社会党の大出俊でございます。大庭さんがここにお見えになるというのも当委員会では最後になるのじゃないかと思いますので、大変重要な問題を含んでおりますから、率直、簡単に、真実は一つしかないわけでございますから、ぜひひとつ国民の皆さんの前に御解明をいただきたいというように思うわけでございます。 そこで第一に、いまお話がございました三月一日の大庭さんの証言が終わりました夜の原田代議士をめぐります御発言の訂正、この件についてちょっと重ねて承っておきたいのでありますが、この電話は、荒舩予算委員長も電話口に出て大庭さんと話をしたということなのか、あるいは荒舩さんの声が聞こえたということなのか、いずれでございましょうか。
○大庭証人 いま御証言申し上げたとおりであります。
○大出委員 荒舩さんが電話に出て証人と話をした、こういうことになりますか。
○大庭証人 そうでございます。
○大出委員 いま、そうでございますという御答弁でございましたが、はっきりこれは記録にとどめておいていただきたいのであります。つまり、先ほどのお話によりますと、よけいなことは要らぬというわけで、訂正してくれ、こういうことでございました。 そこで、もう一、二点この件で承りたいのでありますが、大庭さんがこの日の夜の再度の証言で、荒舩さんの再三の御質問に答えて訂正をなさいましたが、長谷村から会社の方に連絡があったから、それで訂正をする、こういう言い回しになっていますね。実際、長谷村さんの証言にはそれはないのでありまして、会社にもあなたにもお電話をしていない、こう言う。この部分だけは大庭さんが真実でないことをお話になったことになる。 もう一つ申し上げておきますが、鈴木さんという方が築地署で調書を取られていて、それで原田さんの話をしているから取り消せない、一遍明確にお答えになったといういきさつがございますが、そこのところ二つ……。
○大庭証人 ちょっとそこのところ……。
○大出委員 一つずつ伺います。 つまり、長谷村氏から会社に電話があった。そして原田さんは、どうも長谷村が調べた結果、御本人が了解していないようだということで、ここに議事録ございますけれども、あなたの御発言で取り消しておられる。長谷村氏はあなたにそういう連絡をしたことはないと言っておるわけでありますが、これはどうでございますか。
○大庭証人 長谷村君のとおりでございます。ただ、私といたしましては、山村さんとどういう方法で訂正したらいいかという話の中にいろいろ出ていたものですが、いろいろ委員長がお困りになっておって、山村さんがその方法でやるよりしようがないんだろうということで、方法を選んだわけで、いずれそれが正しければ、恐らく長谷村もそういう考えに違いないということで、私はそう申したのですが、間違っていたようであります。
○大出委員 はっきりしました。山村さん、委員長さんから話があったので、お困りのようだし、どういうふうに訂正しようかと思って考えて、こういう言い回しになった、相談の上でこうした、こういうことでございますか。
○大庭証人 そうでございます。
○大出委員 それではもう一点承りますが、もし山村さんや委員長からお話がなければ、大庭さんは訂正発言をなさるお気持ちは全くなかった、こう理解してよろしゅうございますね。
○大庭証人 ただ人の名前を出したもので、いろいろ私のところにクレームが来ていたのは事実です。ただし、私としましては、名刺というよりも、もう一つは築地署の調書というものに根拠を持っておったわけですが、その根拠がつぶれたものですから、証言を翻さざるを得なかったということです。
○大出委員 そこで、承りたいのですが、築地署の調書が、築地署で鈴木さんがしゃべっておって、はっきり取られておる、だから取り消せないということを一遍お答えになっておりますね。間違いございませんか。
○大庭証人 だからしたがって、それを調べていただいたら、大石さんの名前しかなかったということでございます。
○大出委員 そうしますと、山村予算委理事は築地署の調書を調べたと、はっきりそういうふうに大庭さんに話しましたですか。
○大庭証人 話されました。
○大出委員 これは大変重大なことでございまして、各党の申し合わせもこれあり、証人が再度の証言をするということもございまして待機中でございますから、接触はまかりならぬことにもなっておりますし、証言法等との兼ね合いで法律的な検討も要る、これは重大な問題だというふうに存じます。しかし、時間の関係もございますから、この件はこの辺にさせていただきたいと存じます。 次に、先ほどのオプションをめぐる問題、これは大変に混乱をいたしているように私は思います。そこで、これが一つ大きな焦点でございますから、順を追って整理させていただきたい。 そこで、まず松尾さん、つまり日本航空の前社長さん、故人におなりになりましてお気の毒でございますが、松尾さんもDC10を日航として採用したいというふうに、大変御執心であったはずだと私は思うわけでございます。また大庭さんも旧来、御発言なさっておりますように同じわけであります。そこで、松尾さんが、四十三年から四十四年にかけてDC10のオプションをしていたのではないか。つまり、三井物産あるいはダグラス——ダグラスと直接話ができるようでございますから、松尾さんの方は直接か間接的にか知りませんが、ナンバーを押える、あるいは押えていた、あるいはきわどいところまで行っていた、こう考えられる状況証拠がございますが、オプションは松尾さん、つまり日本航空の社長さんとダグラス、三井物産等々との間でどこまで行っていたのか、親しい大庭さんでございますからおわかりだと思うのですが、いかがでございましょうか。
○大庭証人 私は、何と申しますか、松尾さんから、やられたということは聞いたわけですが、後の細かいことは一向に存じませんでございます。
○大出委員 私もあせらずに承りますが、やられたということは聞いたのだがという、その前にもう一つあるのですね。つまり、日本航空の計画があって、松尾さんは四十四年三月に機種決定をしたい、四十六年の後半に日航がDC10の導入をするという手順をお考えになっていたのですね。だから、それに間に合うようにしなければならぬのですね。だから、あったかなかったかは知らぬが、やられたということは聞いたとおっしゃるんだが、もうナンバーを押えるという、形はどうか知りませんけれども、そこのぎりぎりまでした、こう考えたいのでございますけれども、いかがでございましょうか。
○大庭証人 それは御自由でございますが、私は存じません。
○大出委員 そこで、二九番、三三番という番号が当時松尾さんの頭に浮かんでいたようであります。そこで、そこまで考えておられた松尾さんですから、機種選定を突然おやめになった、つまり、四十四年三月に機種決定をし、四十六年後半にDC10を導入をしたい、こうお考えになっていたのを突然あきらめた。おやめになった故松尾さんの心中というのは、大変これはもう無念残念という気持ちだったのだと私は思う。人間というのは、そういうときにだれかに話したくなるものでございまして、私なんかもそうでございます。そうすると、その真相をだれかに打ち明けたい、そういう気持ちのときに、一番身近においでになるのは大庭さんのはずでございます。だから、やられたという話をお聞きになった、こういうわけだと思うのであります。 そこで、先ほどの御発言で、松尾さんがDC10をやめさせられた事情がある、だから自分もやめさせられるかもしれない、だから秘密にしておこうという御発言になった。このところは問題の焦点でございますから、ぜひその真相をお知らせいただきたいのでございますが……。
○大庭証人 私は、実は真相はできる限り申し上げているわけで、うそは申していませんです。したがいまして、いまのことは全然私は存じていません。
○大出委員 実はここに国会の議事録がございまして、質問が出ているのですよ。国会の議事録の質問なんかにもございます。これは昭和五十一年五月十二日の運輸委員会の質問なんですね。取り上げている委員の方に御迷惑かけてはいけませんから黙っておきますが、この中に、つまり松尾さんがあきらめたときに大庭さんに、まあこれは本当かうそか、それはわかりませんよ、児玉にやられたと、DC10はだめになったと。お互いにおたくの方も私どもの方もむずかしい関係いろいろございましょう。だがしかし、お答えいただきにくれば、まあ、概略そういうふうなニュアンスの話とか何かの形でお答えをいただきたいのですが、非常にこれはむずかしいところでございますから、やられたという中身、一体どういうことでございましょう。
○大庭証人 私は、やられた、そして実は飛行機のやりくりに困っているのだ、どうしたらDC10を採用しないでやっていけるか、どうしたらいいだろうということでございましたから、日航としてはDC8の61を持っているじゃないか、あれは国内に回す予定だったものを一時香港線に使っているようにしたわけなんです。だから、したがって61を国内にお入れになったらいいじゃないですか、そうすれば二、三年たって747のSRというものを入れればちょうどつないでいける。ただし、私の方は727からSRに飛ぶわけにはいかぬから、私としてはDC10で進みます。しかし、そういう危険があるなら私も危険を覚悟してやりますと言っただけでございまして、松尾さんの日航がどういうような状態であったかというものは、知りませんでございます。
○大出委員 まあ、そういう危険があるなら私も覚悟してやりますとまで大庭さんが親しい松尾さんに口に出さなきゃならぬということは、そういう危険があるならと大庭さんがおっしゃるのですから、松尾さんの話の中にそういう危険の中身があったのだと私は思うのですよ。ここを抜いてお話しになると真実からそれる。あなた先ほど真実を話しているとおっしゃいましたが、真実からそれる。 そこで、児玉にやられた、DC10がだめになったということが一つと、四十四年初めから複数の政府筋がDC10をやめるようにとの示唆を何回も続けていたと、この辺のことを松尾さんが大庭さんに話したのだというふうなことを述べている議事録があるのですよ。 そこで、いまの、そういう危険があるならという、一体それはどういう危険なんだ、松尾さんはどうお話しになったのか、この真相をどうしても承りたいのですが、いかがでございますか。
○大庭証人 危険性というのは、先ほど申しましたように、やめさせるような、やめさせられるような危険を感じたんだ、だから、したがいまして自分はDC10を採用するようなことがもうできなくなったということでございます。
○大出委員 つまり、やめさせられるというのは、日本航空の社長さん、航空界の天皇と言われる松尾さんです。これはよほどの圧力がなければやめないでしょう。つまり、やめさせられるような事情があった。それは一体何かと私は聞いているわけですよ。どうしてやめさせられるのか、あれだけ執心していた、信念を持っている松尾さんが。残念だったんだと、いまでもそうだと思うのですよ、私は。だから、この際どうしても明らかにしたい。何とか大庭さん、これは言い回しはかまいません。私はいま二つ言いました。児玉にやられた、だめになった、複数の政府高官に再三四やめろと示唆を受けたと口に出しました。私も前回の質問で大きな声を出したものですから、殺してやるの、政治生命を断ってやるのと、調子に乗って、まあ電話だらけです。大庭さんの周辺だっていろいろあると思う。あっても何でも、やはり真実は真実、一つしかないんだから、これは言っていただきたい。おっしゃってください。
○大庭証人 児玉にやられたと言っていました。
○大出委員 ありがとうございました。 あともう一つの政府筋云々というのは、どうですか。そこまでお話しになったんですから、それもそんなふうな意味のことを言うたぐらい、あるんじゃないですか。
○大庭証人 児玉と政府筋にやられたと言いました。
○大出委員 大変明確になりました。それだけを言っていただきたくて承りましたのに、重ねてもう一点、深追いをするのは大変どうも恐縮なんですけれども、お許しをいただきまして、これはまげてお許しをいただきまして、ひとつ政府筋とおっしゃったその政府筋とは、運輸省あるいはその関係、あるいは議会筋、まあその辺のところをもうちょっと、せっかくお話をいただいたんですから、おつけ加えいただけませんでしょうか、恐縮でございますが。
○大庭証人 そこまではおっしゃりませんでした。記憶にありません。
○大出委員 私が幾ら何でも、ここまで承りましたが、それでも実は不用意に人の名前をここから先、挙げられません、したがって筋で聞いたんですが、それはお話しいただけないというお言葉でございますか。
○大庭証人 違います。それはおっしゃりませんでしたということであります。
○大出委員 故人におなりになった松尾さんがおっしゃらなかったというのであれば、いたし方がございません。次の焦点に移ります。 そこで、大庭さんが三月一日の証言で、サインをしたように思う、一言で言えば、オプションについてサインをしたように思う、こうおっしゃった。これは実は大庭さん、お考えいただいて答えていただきたいのですが、二つあるのですよ。状況証拠をずっと調べたり、警察関係あるいは検察関係いろいろ調べたりしました。明確に二つあります。しかもその調べておられる方も二つ調べて、見当つけています。 そこで申し上げます。一つは、松尾さんとさっき大庭さんが話した機種、機材をどうするかという話、それもおっしゃられたときに詳しく私も調べて知っております。その上で、まあ、どちらがどう話したか知りませんが、さっきの灘波さんの話ですね。三井物産の灘波さんの方からおたくに、大庭さんに、日本航空がDC10をあきらめた、断られた、ところで、その同じようなプロポーザルその他いろいろ持っております。だから、そんなような条件で大庭社長さんの方で、どうですかという誘いがあった。もらおうと、あなたはとっさにお答えになった。松尾さんとの話もあった。とっさにお答えになった。そうでございますね。
○大庭証人 その、後の松尾さんとの話があったということはわかりませんよ。私はダグラスから灘波の方に、日航がだめになったから、日航の方へ提供しようとしておるなにが、いまならそのまま全日空の方へ回してもいいんだという話があるがどうするか、それではひとつそれに乗りましょうということで、招集をしてもらったわけです。
○大出委員 そこで、二つと私が申し上げましたのは、日航のDC10無期延期は四十四年の七月二十五日でございます。日本航空のダグラスDC10無期延期、つまり正確には機種選定無期延期ですね、これは四十四年の七月の二十五日でございます。その後の七月の二十九日、これはいまの話のやりとりなどからアレンジを、三井にあなたがダグラスの社長その他とのあっせんを話して、そうしてこれは三井物産本社の社長室なんです。つまりこのときの話の中身というのは、二九番、三三番という機種ナンバー、これは松尾さんの時代からのやつ、それに四七番というのをつけ加えて、ほほ三機のオプションのようでありますけれども、つまりダグラスの社長マクゴーウェンさんとヨース、これは重役であります。それからボガート。ボガートさんの実はメモが後から出てまいりました。これは東京駐在員です。それに三井の若杉社長、石黒さん、大庭さん、こういう方、六人でお集まりになった。これは四十四年七月二十九日、三井物産の社長室、レター・オブ・インデントです。注文内示書、これを用意してきた。この場面が一つあった。お認めになりますな。
○大庭証人 覚えています。 ただ、そこに石黒さんがおいでになったかいないかは、私はちょっと疑問だと存じます。灘波さんだけでなかったのかと思います。
○大出委員 この点は石黒さんもここで説明をいたしました。実はその後がございます。翌年の四十五年の三月、つまり第一次調査団が行って帰ってこられた直後というふうに前に証言をなさっている。ここでもう一遍皆さんが今度は霞が関の皆さんの方の、全日空の本社に集まっておる。四十五年三月へ千代田区霞が関ビル三十四階で開らかれた。出席者は全日空側が大庭さん一人、三井物産若杉社長ら二人、ダグラス社はマクゴーウェン社長、ボガート日本ダグラス社社長の四人。このときのやりとりがございまして、このやりとりのメモを詳細にボガートさんがとっておられた。そしてここで話がついたわけですよね。ついて、このときにはもう少し進んでレター・オブ・インデントじゃないのですね。そして翌日、この三十四階で開かれた会議の翌日、ボガートさんが詳細にとったメモを、翌日大庭さんを訪問して、全日空がDC10を間違いなく買うということを示す文書を本社に残したいので、このメモに大庭さんのサインがどうしてもほしいと頼んだ。それであなたがそのメモにサインした。それがこの間の日にちとぴったり合っております。四十五年の三月にサインしたように思うとおっしゃっている中身。このメモはけさの新聞にも出ておりますが、前から私、ずっと追っておりましたが、警視庁にございます。このけさの記事も実は推定記事じゃない、断定しております。あなたのサインがある。だから、前回の御発言は間違いではないし、記憶違いではない。最初の灘波さんとのやりとりが四十四年七月二十九日にあって、これは三井物産の社長室です。これはレター・オブ・インデント。それから年改まった三月に調査団が行って帰ってくる。その後であなたが、あなたの会社で三者会談をおやりになった。そのメモをボガートさんがおとりになって、翌日あなたを訪ねてサインを求めた、あなたがサインをされた、こういう経過です。だから、先ほどのあなたの証言は間違っている、お認め願いたいのです。思い出してください。
○大庭証人 私の記憶では、その説明団と申しますか、たくさん来まして、私の社長室の横の応接室で説明を受けました。そこで、一応お帰りになってお昼か何かにその社長と若杉社長と私と、それと先ほど申された方々が寄りまして、そこで確認をしたように思っているわけです。そして、翌日またマクゴーウェンが私のところへ灘波と一緒に来まして、昨日のメモはこういうとおりだ、これをひとつ確認していただきたい、どうもありがとうございましたと、そこで私がサインをしたかしないかというやつはよく覚えていないのでございます。
○大出委員 大体しかし実情は明らかになってまいりましたから、この点はこれで打ち切らしていただきまして、先ほど児玉さんにやられたという話が出てまいりましたが、つまり結果的に日航もDC10を買えなかった、全日空も買えなかった。つまり圧力は一貫して動いていたことになる。さっきの御発言からすれば、そう考えなければ不自然です。そこで、大庭さんのおやめになったその後で、この長谷村さんに電話をなさっているのですね。長谷村さんに電話をなさっておる。長谷村さんはきのう、五月二十九日午後八時から九時に大庭さんから電話をもらった。社長をやめることになった、若狭君に後を引き継いだ。このときに若狭、渡辺両君から三井物産のオプションをどうしましょうかと言われた。おたくが言ったのです。言われた、ここのところを一つ承りたいのです。
○大庭証人 私は証言のときに、私から申したということを申し上げましたが、帰ってから長谷村と話しているうちに、あれは私はこういうように聞いているんだ。大庭さん、それはおかしいじゃないか。しかし、それは僕の記憶であって、ただし僕はそういうように記憶しているんだ、しかし、君に言ったことが事実とすれば、どちらが事実であるか、その点は私の記憶の中には、どちらが事実であるかちょっとわからぬ。しかし、長谷村君がそう言うのであれば、長谷村君の方が本当でないかとは思いますけれども、いまのところそれをどちらが真偽であるか、ちょっと迷っているところであります。
○大出委員 この電話の中で、おやめになった事情があるのですけれども、言われているのですけれども、二十九日に上森子鉄とおっしゃるのですか、この方ともう一人の方が、二十九日の例の東京新聞の記事、これなとを一つの——再現したわけですからね、例のM資金問題が。飛んで来られた。そしてあなたは若狭、渡辺氏たちに会う前にお会いになった、上森さんと一人の方に。西山さんというのだそうですが、この事実をお認めになりますか。
○大庭証人 それは私が松尾のところでいろいろ話した結果、やめる意志をもって会社に帰ってきたところが、どうも上森君とかその他の方が副社長室でいろいろ議論をしていたようでございます。それが私が帰ってきたもんですから、面会を求めて私の部屋に来た。そのときに、上森君ともう一人、何か総会屋がいましたが、それと副社長と何か渡辺君なんか一緒に入ってきたわけであります。したがって、そこで上森君が、こういう問題では引き受けられないから大庭さん、やめたらどうか、それでやめましょう。もうそういうことなら、私は何もあえて、松尾さんからもこう言われているのでやめましょうということで、それではやめる手段を講じましょうということで、二人を残して、そうして二人には帰っていただいたわけでございます。そこで引き継ぎ事項になるわけです。
○大出委員 これで終わりますが、先ほどの児玉さんの話がちょっと出ましたのから一貫しておりまして、上森さんの話が出てまいりました。西山さんというのですか、もう一人の方は。御存じあるかないか。そうして上森さんの話というのは、あした株主総会は大変なことになるぞ、おまえがいたのじゃという話で、おやめになる意思を決めるほどですから、相当これはどぎついと言うたら言い過ぎかもしれませんが、話になっておったのだと思うのですが、そうでございましょうな。
○大庭証人 私はもう松尾さんとの話で、大体やめる意思で帰ってきたのですが、それにハッパをかけられたというのが事実だと思います。
○大出委員 お体悪いところ、大変どぎつい質問をいたしましてかえって恐縮でございました。 後は楢崎さんにかわります。
○田中委員長 楢崎弥之助君。
○楢崎委員 三月一日にホテルでお休みになっておったときに、山村予算理事から電話がかかってきたのは午後の八時ごろであるとおっしゃいましたが、それをもう一遍確かめるのですが、電話は一回だけでございましたか。
○大庭証人 大体八時から八時半前後だと思います。はっきりした時間は覚えておりません。したがって、あれは何時ですか、長谷村も来ておったのですが、それが帰った後でございます。大体私の記憶では、八時半前後だと思います。
○楢崎委員 一回だけですか。
○大庭証人 電話は、最初は先ほど申したようなことで、一応それでは調査するからということで切られたわけです。その次にかかってきたわけです。二回です。
○楢崎委員 私どもの常識では、その築地署にあるという調書を山村理事が確かめる、どういう方法で確かめたのかわかりませんけれども、すでに不起訴になったものだと思いますし、その点は非常に疑問がありますから、もし山村理事が言ったことが本当ならば、調書が築地署にあるはずですから、私は資料としてぜひ、山村君が見れるか聞けるかできるぐらいの調書だったら、当然ここに出せるはずですから、これはひとつ重要なところなので、ぜひ資料としてお出しをいただきたい。
○田中委員長 楢崎君、いまのお申し入れは理事会で相談をいたしまして、善処します。
○楢崎委員 ちょっと確かめておきますが、二回あった。最初の方が午後の八時か八時半ごろ、二回目は何時ごろでございましたか。
○大庭証人 よく覚えていませんが、二、三十分後だと思います。
○楢崎委員 いわゆるやみ金融の問題についてお伺いしますが、大体この金融問題は四十四年度中に一応の決着がついておるはずですね。その問題は年が明けてもずっと社内で尾を引いておったのでしょうか。
○大庭証人 私は大体年度内に終わったという報告を受けています。
○楢崎委員 その問題が四十五年五月三十日の株主総会の前に再燃をしたわけですが、いつごろからどういう形で再燃したんでしょうか。
○大庭証人 再燃したとおっしゃるのはちょっとわかりませんが、それは東京新聞に前の日に出たというのがそうでございますか、御指摘の点がちょっとわかりかねます。
○楢崎委員 このやみ金融問題であなたの責任を追及するという問題です。
○大庭証人 それはこの前の証言でお話ししたと思いますが、十日の取締役会では私が継続してやるということで問題が起きなかったわけですが、十四日か五日でありましたか、名鉄の社長の方から松尾あてに来た手紙の中に、そういうようなことをやるようでは困る、ひとつ会長に格上げしたらどうかというような手紙が来て、初めてそこで再燃したんでないかと思います。
○楢崎委員 ちょっと別の角度からお伺いしますけれども、もうこれははっきりしておる事実ですからお答えをいただきたいのですが、その五月三十日の株主総会の前に、いわゆるあなたを社長として留任させようというあなたの支持派と申しますかの主な株主及びそれを合わせた支持の持ち株の全体における比率、おわかりでしたら……。
○大庭証人 名前はまだよくわかりませんが、大体聞いたところでは五〇%を超している、だから闘えるというところまでは聞いていました。ただしそこに未知数のものがあった。だからそれがこちらにつけば闘えるし、それがつかなければ闘えないというような報告を受けています。
○楢崎委員 間違いでしたらひとつ訂正をいただきたいのですが、あなたの支持派と申しますかそういう立場にあったのは東急、日航、三菱重工等、それからあなたを会長の方にたな上げしようという派は、社外の関係だけ申しますと名鉄、日立造船、宮崎交通等々、そのように理解してよろしゅうございますか。
○大庭証人 挙げられた名前はそうだと思います。
○楢崎委員 そうすると、結局先ほど名鉄の社長さんから松尾日航社長の方に話があった。このとき名鉄の社長さんはどなたですか。
○大庭証人 土川……。
○楢崎委員 土川元夫さんですね。
○大庭証人 はい。
○楢崎委員 そうすると、土川さんの方は、言うならば、あなたを会長にたな上げしようという、そういう派の方ですから、そうしてそれが松尾さんの方に話をされた。昨日の渡辺証人の話によりますと、このやみ金融問題を社外の株主に話したのはだれかと聞きましたら、美土路さんだ。そうすると、美土路さんが結局それを聞いて、そういうあなたをたな上げしようというようなグループに話をされて、そうしてそのグループが結局これを役員人事問題に絡まして、これがまた出てきた、そのように理解せざるを得ませんが、どうでしょうか。
○大庭証人 美土路さんもその一人だと存じますが、ほかの方にも社内からだれかが連絡したんでないかと思います。
○楢崎委員 結局、このいままでのお答えを聞きましても、この問題があなたを社長から会長にたな上げする、もしくはやめさせるという、その運動に利用されたと思いますが、そうですね。
○大庭証人 そう思います。
○楢崎委員 結局、先ほどのお話をお伺いしますと、そういうあなたを支持する方の株主あるいは株の率から言うと、あなたはやはり二十八日までは社長でいけるという自信をお持ちになっておったわけですね。
○大庭証人 第一証言でお話しいたしましたとおりに、二十六日に取締役会をもう一回やったわけでございます。ところが、ある方から大庭を格上げしたらどうか、そこで松尾さんが憤慨をして席を立ったということであります。
○楢崎委員 ある方とは、どなたでしょうか。
○大庭証人 多分、いま記憶でございますが、日立造船でなかったかと思います。
○楢崎委員 日立造船といいますと、松原与三松会長のことですか。
○大庭証人 さようでございます。
○楢崎委員 ある程度その辺の姿はわかってまいったわけです。 ところで、決定的にあなたがやめざるを得ないとお考えになったのは、もちろん先ほどもお話しのとおり、あなたが信頼されております日航の松尾社長から言われたということ、そのほかに、たとえば二十九日の朝、新聞報道がなされてこのやみ金融の問題が明らかにされた、あるいは上森という総会屋の人が責任を持てないと言った。決定的な、あなたが社長をやめるというその決意をなさったのは、いま挙げたようなところのどの辺なんですか。
○大庭証人 私は、最後に決意いたしましたのは、松尾さんと最後に会った、パレスホテルで最後に会ったときが私の最後の決意でございました。ただし、それから会社に帰って、いまのように総会屋が押し込んできていろいろ申されましたので、私はなお決意をかたくして、そこでやめるという話をしたわけです。
○楢崎委員 あと二問だけ。一緒に聞きますが、全日空の総会対策ですね、これは上森氏もそうでしょうが、そのほかにどういう方々がおられましたか。——間違えました。総会対策をやっておった全日空の社内の担当者、責任者と申しますのは……。
○大庭証人 それは下は株式課でありまして、上は総務部長だと思います。それからその上は総務担当だと思います。
○楢崎委員 ちょっと名前を、最高責任者の名前を言ってください。その担当者の、総会対策の……。
○大庭証人 渡辺だと思います。
○楢崎委員 渡辺いまの副社長ですね。
○大庭証人 そのときの常務だと思います。
○楢崎委員 わかりました。 最後に一問だけ……
○大庭証人 失礼、専務だと思います。
○楢崎委員 一問だけ。あなたはこれはひとつ率直に言っていただきたい。渡辺さんが、L一〇一一トライスターの全日空では推進派の筆頭であるというようなことを聞かれたことがありませんか。
○大庭証人 聞いたことがありません。
○楢崎委員 終わります。
○田中委員長 三浦久君。
○三浦委員 大庭証人にお尋ねをいたします。 先ほどの御証言によりますと、昭和四十四年の七月にDC10についてオプションをいたしましたときに、そのオプション契約を極秘にした理由として、松尾がやめさせられた事情から私もやめさせられることもあり得ると思った、こういうような御証言がありましたね。松尾がやめさせられた事情というのは、どういう意味なんでしょうか。たとえばDC10の採用をやめさせられたという意味なのか、社長をやめさせられたという意味なのか。
○大庭証人 DC10の採用をやめさせられたという意味です。
○三浦委員 私もやめさせられることもある、こういうふうにおっしゃいましたが、それは社長をやめさせられることもあるという意味でしょうか、DC10の採用をやめさせられることもあるという意味でしょうか。
○大庭証人 私は両方でございます。
○三浦委員 昭和四十四年の七月当時、DC10を採用すれば大庭さん自身が社長をやめさせられることもあり得るとお考えになったその根拠は、どういうことでございましょうか。
○大庭証人 四十四年の五月末だったと思いますが、私が社長に昇格するということについていろいろ問題があったわけでございます。そのときには森村さんが会長になり私が社長になるという予定で進んでいたわけでありますが、そこにいろいろ複雑な問題が起きてきたわけであります。したがいまして、それがいろいろ話の結果まとまって、森村さんは日本航空へ移られるし、私がどうやら社長に残された。それも実は社長に残されたが、不本意な状態において社長に残されていたわけであります。したがいまして、私自身としては、仕事には努力いたしますが、どうも職位の面で不安定さは常時持っていました。
○三浦委員 そうしますと、大庭証人がやめさせられるかもしれないというふうに思ったのは、だれからやめさせられるかもしれないと思われたのでしょうか。
○大庭証人 だれからというより、社外の重役連中だろうと思います。
○三浦委員 どういう理由からでしょうか。もう少しお話しいただけませんでしょうか。
○大庭証人 私が日本航空から移った、そうして相当強引に全日空の改革をやったわけでございます。したがいまして、ある程度私の考え方では部下たちは全部ついてきておったと思っておったのですが、重役連中は自分の能力外のことをぼくがどんどんやってしまうもので、追いついてこれなくなったのが事実だと思うのですよ。したがいまして、何かありますと、私の何を社外の重役に言いつけて、そうして反駁してくるという状態でありましたので、私は私自身仕事に精を尽くして夢中でやってきましたけれども、そういう面ではずいぶんいやな思いをしつついたわけで、松尾さんに言われたから、言われた面の責任だけは果たしてきているわけですが、私、どうやら管理的な能力がなかったようでございます。
○三浦委員 証人は松尾社長の例もあり、私もやめさせられる危険を感じた、こういうふうに言われているわけですね。先ほどの御証言ですと、松尾社長は児玉の圧力でDC10の採用をやめさせられた、こういうことなんですが、そうしますと、あなた自身もいわゆる全日空に対して、大庭社長自身に対して児玉や政府高官の圧力がこのまま続けばあり得るというふうにお感じになったのではないでしょうか。いかがでしょうか。
○大庭証人 私、そのときに私にまで児玉の圧力がかかるというようなことは全然考えていませんでした。ただ、先ほど申しましたように、社長になるときに相当これは私がけつをまくったのですが、やってくれということで妥協してやったわけなので、次の期内のいわゆる四十五年の三月にもう一回何か起きるなという感じを持っていましたから、三井との問題につきましても、三井に迷惑をかけないようにというのが一つの念願でしたのです。したがいまして、三井とダグラスと私との三者会談で、私はどうも身の危険性はあるのだ、しかし、どうしても全日空としては四十七年に入れざるを得ないのだ。ということは四十五年に万博があって、これは思いも寄らぬ増加をしているわけです。そのために機材をリースでふやしているわけです。それは四十七年に返すはずなんです。返せば、決して申されるような旅客の減はしていないはずなんでございます。だから、したがいまして、私は身の危険が起きたときに全日空並びに三井物産に迷惑をかけないような方法においてオプションをしているのだということをやったわけでございます。
○三浦委員 しかし、その当時、松尾さんが児玉の圧力でもって採用を断念をしたということは御存じなわけでしょう。そうすれば、大庭社長にもそういう圧力がかかることがあり得るということはお感じになっていらしたのではないでしょうか。
○大庭証人 松尾さんは政府だからかかったのだ、ぼくは民間だからかからない、民間でかかるとすれば重役連中だという考えしか持っていませんでした。
○三浦委員 そうすると、大庭証人がDC10のオプションをしたとき、一応引き継いだかっこう、引き継ぎというと余り正確じゃありませんが、紹介があってDC10のオプションをいたしましたね。そのときに、松尾社長は全日空の社長のおまえなら首にならぬからおまえの方でやったらどうかと、そういうようなお話があったのではないでしょうか。
○大庭証人 それは逆でございます。私は全日空の社長なんだ、したがって、児玉とか、官庁ですか、政界ですか、そういうところの圧力は私にはかかってきても、これは民間なんだ、松尾さんはしょっちゅう圧力をかけられていたので、しかしぼくはかけられることない、ならぼくはやりますよと言っただけでございます。
○三浦委員 そうすると、松尾さんの方から言ったんじゃなくて、大庭さんの方から言われた、こういうことなんですね。
○大庭証人 そうでございます。
○三浦委員 あなたが社長をおやめになるときに、DC10のオプション問題について引き継ぎをされたと言われましたね。 〔委員長退席、大橋(武)委員長代理着席〕 そのときに、二人で相談をして善処してほしい、こういうふうに言われたわけですね。何かちょっと遠慮したような引き継ぎの仕方だとわれわれ感ずるわけですね。 というのは、DC10をオプションしているから、そのオプションをちゃんと実行するように、そうして正式契約まで持っていくように、こういうふうに引き継がれるんなら大体話はわかるのですが、二人で相談して善処してほしいというのは、少し遠慮したような引き継ぎの仕方だと思うのです。 そのときに、大庭さんが社長をおやめになって若狭社長になったら、DC10のオプション問題は白紙に返ってしまうのではないかということは予想されましたでしょうか。
○大庭証人 それは若狭君が社長になれば、若狭君としての考えで進むべきではないか。私は若狭君に私の考えを押しつける気持ちは一つもありませんでした。したがって、白紙にするかどうかということは若狭君の考えでやっていただきたい。しかしほくとしては、若狭君に、これだけの複雑な問題を抱えているんで、これをひとつ引き受けてくれ、そして全日空として善処してもらいたいと言ったわけでございます。
○三浦委員 そうすると、社長が交代したら白紙になる可能性もあると、そのときお考えになっていたわけですね。
○大庭証人 若狭君の考えによるわけですから、若狭君が白紙にしたいんなら、これは白紙になっていいんじゃないかと思います。
○三浦委員 先ほど、引き継ぎのときに大庭さんの方からオプション問題の引き継ぎを言い出したのか、若狭、渡辺の方から引き継ぎを言い出したのかどうも真実がはっきりしない、迷っておる、こういうことを言われましたね。五十一年の三月七日というと、あなたが証言をされてから一週間たった日ですけれども、あなたの自宅でもって長谷村さんと大庭さんとお会いになっていますね。そのときに長谷村さんの方から、若狭、渡辺さんの方からオプションの引き継ぎの問題を言い出したのではないか、こういうお話があって、それに対してあなたは、そのとおりだ、それじゃ、なぜそういうふうに証言しなかったのですかと言われたら、あなたは、武士の情けだ、こういうふうに言われたというのですね。これはきのうの長谷村証人の証言であります。そうすると、武士の情けだというのであれば、それは若狭さんや渡辺さんをあなたがかばってそういう証言をされたということになると思うのですね。私は、あなたがどちらが真意か迷っているというような先ほど御証言がありましたけれども、あなたの本当の腹の中は、若狭、渡辺さんの方からオプションの引き継ぎを申し出たんだ、そういうふうに思っていらっしゃるんじゃないでしょうか。それをあなたがまだ若狭さんと渡辺さんをかばっておられるので、こういう発言をされておるんじゃありませんか。私は、もうここまで来ているのですから、国民の前に真実を申し述べるというのが、大庭さん、あなたの正しい態度ではないかと思うのですね。かばうという気持ちはわかりますけれども、やはり事実を国民の前に明らかにするという意味で、本当にあなたがいまお感じになっていらっしゃることを述べていただきたいと思うのです。
○大庭証人 私の記憶をたどってきているわけでありまして、第一次証言のときにはそう申したわけでございますが、長谷村といろいろ話しているうちに、大庭さん、違うのじゃないかと。私はそこまで考えていなかったわけでありますが、言われてみると、確かにそのようにも思うわけでございますが、いまどちらが正しいのかと仰せられても、私としては一応証言のときにはそういう記憶であったんでありまして、長谷村君と会ったらまた記憶はもとに返ったということはありますが、その間いまのところは、判定しろとおっしゃっても、ちょっと判定はしづらいのでございます。
○三浦委員 すると、長谷村さんとお話しになったら記憶はもとに戻った、こういうことですね。それで、そのときに武士の情けだということを長谷村さんに言われたことがありましたか。
○大庭証人 そういう武士の情けだという記憶は、私ないのでございます。しかし、それは私が記憶がよみがえって、まあ、ぼくはああいうように記憶していたんであって、それが君のような言われ方をすると、確かにそうも思うが、もうそれはいいじゃないかと言って、私は別れたと思います。
○三浦委員 引き継ぎをする以前に、若狭さんと渡辺さんがこのオプションの問題を知っておったというふうにいま思われますか。
○大庭証人 私は知っていたと思います。
○三浦委員 どういう事情からそういうふうに思われるのでしょうか。
○大庭証人 この前の証言で、常務会でいろいろ話を出していた。したがって、何かこの間、私、記憶になかったのですが、検察庁へ行って検事にいろいろ質問されている中で全日空から出した常務会の記録が読まれまして、その中で大庭は、私はDC10がいいと思うが、ひとつ君たちで出ていって確かめてきてもらいたいというように私は話しているようでございます。それともう一つは、担当常務の松田調達部長には、実は私はそういうことは常時連絡はしてあったわけでございます。したがいまして、松田がどういうように渡辺なり若狭に連絡をとったかということについては私は承知していませんが、松田は常時その中間に立って彼らの意見を私に申しますし、私の意見、処置というものは彼らに報告をしておったはずでございまして、DC10を私が採用するんだということは、社内で大体皆承知しておったはずです。ということは、あのときの状況からして、ロッキードなんということを考える余裕はなかったわけでございます。 〔大橋(武)委員長代理退席、委員長着席〕 ということは、四十七年にどうしても採用するとすると、もうその順序でいく以外方法がない。四十七年には手に入らなくなるわけです。だから、それ以後、四十七年に入れないということになって初めて状況が変わったのではないかと思いますので、私は四十七年に入れるとすると、私の方法、手段しかなかったと思います。
○三浦委員 そうすると、先ほどの御証言で、オプション問題は極秘にしておったというふうに言われておりますけれども、全く極秘ではなくて、松田常務には話をしておられた、そういうふうに御証言されたわけですね。
○大庭証人 私のやっている仕事は、相当松田と打ち合わせながらやっていたわけでございます。 ということは、ちょっといま申しましたように、私の秘密にある程度属するものについては松田に話していたわけです。一つの念書とかその他については長谷村に話していたわけでありまして、大体二人を私は使ってやっていたわけですから、そういう意味におきまして、松田がある程度報告はしていたんでないかと私は考えられますが、それは正確でないものでいま申し上げなかったわけですが、私の記憶は、松田にある程度は話していたという記憶でございます。
○三浦委員 あなたの三月一日の証言の訂正の問題についてお尋ねしますけれども、このときあなたは調書、いわゆる山村代議士が鈴木明良の調書には原田さんの名前はないよ、こう言われたので、自分の根拠が崩れたので証言の訂正をした、こういうふうに言われましたね。いま私ども調べました、電話で。築地署には三月一日現在鈴木明良関係の書類は全くない。したがって、書類に大石、原田名があるとかないとか言うはずがない、当日山村さんから電話はかかっていない、報道関係者からはいろいろ電話があるが、山村さんからは電話はない、こういうふうに言われているわけですね。もしかこれが真実であれば、あなたは証言の訂正をする必要はなかったわけですね。
○大庭証人 私は私の証言したとおりでございます。
○三浦委員 次に、あなたの会社で機種決定をするに当たって、いろいろ運輸省関係から干渉がありましたでしょうか。
○大庭証人 この前も御説明したとおりに、私に干渉はありませんです。
○三浦委員 ちょっとよく聞いてくださいね。昭和四十五年四月十三日、衆議院の決算委員会の議事録で、当時の橋本運輸大臣が答弁をいたしておりますが、こういうことを言っているのです。全日空の機種選定の問題について、いま急いで機種を決定することも危険でありますから、運輸省が中心となって御意見のようなぐあいにしたいと思っております。ここ一、二カ月の間に決定することはありません。運輸省とも相談し、かつ関係方面の意見も聞いた上で慎重に決定いたしますので、その点は御理解願いたい。はっきり述べておるのですね。結局その当時、三月か四月にはもう機種が決定されるという状況にありましたね。それで、そういう早く機種を決定されては困るじゃないかという質問に対して、お説のとおりです。この一、二カ月の間に決定することはありませんと運輸大臣が述べているわけなんですね。こういうことから見ると、当然この機種決定について運輸省と全日空との間でいろいろと話し合いとか指導とかいうものがなされたというふうに考えるのはあたりまえだと思うのですけれども、大庭さん自身にはそういう働きかけ、ないしは行政指導、そういうものはございませんでしたか。
○大庭証人 私はそういうことはなかったと思っています。ただし、私は役員会を終って新しく社長になれば、即座に運輸省と交渉を始めたいというように考えていたわけですから。
○三浦委員 終わります。
○田中委員長 坂井弘一君。
○坂井委員 物事には事の発端というものが大変大事だと思いますので、この際明確にしていただきたいと思いますが、さきの石黒さんの証言では、日本航空が四十四年の七月にエアバスの機種決定を延期したその直後、大庭社長の方から連絡がありまして、日航がやめたもののDC10の納期の早い分を全日空として窟押さえたい、ダグラス社と会う機会をひとつアレンジしてもらいたいと、あなたの方から三井物産の方に要請をした、こういう証言でございましたが、一体、三井物産に大庭さんは最初お願いしたのでしょうか。
○大庭証人 先ほど証言いたしましたとおりに、ダグラスの方から三井物産の灘波のところへ連絡があって、灘波から私のところに連絡があった。したがって私は、三井物産とダグラスを招集してもらいたい、そこへ私も出て話をしましょうというので、三井物産の社長室に集まってもらったと思います。
○坂井委員 わかりました。この話は三井物産の方から最初は来た、こういう経緯であります。 四十四年の七月二十九日に米国三井とダグラス社の間でDC10の契約になるわけでありますが、その後四十四年の十二月当時にダグラス社からあなたの方に対して、何とか早く正式な契約をしてもらいたいという強い要請が文書によってなされたというような事実はございませんか。
○大庭証人 その事実はありました。三機——三機であったと思いますが、文書が来ましたから、私の方はまだその時期ではないというので、返したように考えています。
○坂井委員 文書が来た。その文書に対してはまだ決定する時期ではなかった。そういう経緯をくぐりまして、明けて四十五年の三月に至りまして、先ほどから大庭さんが証言されるとおりでございますけれども、正式な契約に至るという過程をたどっているようでございますが、この四十五年の三月の時点で大庭さんは、四十五年の九月ごろには役所の承認もとれるので、そのときには注文書を出します。心配するな、こういうことを言われたということでございますが、それは事実でしょうか。そしてその明くる日にボガートさんがおいでになって、そしてそのメモに大庭さんがサインをされた、こういうことでしょうか。
○大庭証人 三月だったと思いますが、先ほど証言いたしましたように、ダグラスの方からいろいろ説明団が参りまして、社長室で細かい説明がありました。その説明が終わってから三井クラブで三者寄りまして、いままでの事情について再確認をいたしたわけでございます。その再確認の中に、いまおっしゃったような、全日空としてはこれから政府の了解をとる、たとえば機種を決定する了解と外貨の了解をとって、大体九月か十月には正式の契約ができるつもりだ、ひとつそういうように了承してもらいたいということは申しました。
○坂井委員 大庭さんがDC10のファームオーダー、確定発注、それからオプションをしておった、そういう事実については、当時松田調達部長によく話をしてある。三井物産あるいはダグラス社から何がしかの打ち合わせなりDC10の契約に基づく作業が進行する、そうした内容等についても逐一松田調達部長には話をされたようでございますが、松田さんにお話をされた一番最初はいつごろからでしょうか。それから何回にもわたっておるのでしょうか。
○大庭証人 いつごろかわかりませんが、私が全日空に入りまして以来、松田とはいろいろよく話していますから、その間ダグラスの問題が起きましたら、ダグラスの問題についても話してあるわけです。
○坂井委員 そうすると、先ほどの御証言にも触れられたかと思いますが、当然若狭さんや渡辺さんは松田調達部長を通じてその事実については、そうした行為については聞かれておったはずだと思いますが、いかがでしょうか。具体的に若狭さんやあるいは渡辺さんが聞かれた、知っておるはずだというように私は思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。
○大庭証人 先ほど証言したとおりに、相手は聞かないと言いますし、私はそういう件で連絡をしていてくれていたものと思いますが、確認はしていないわけですから、その点はわかりませんです。
○坂井委員 石黒さんの証言によりましても、四十四年七月二十九日にファームオーダー三機、それからオプションが四機、その後の経緯については、金の支払いもございますから、一々大庭さんのもとには報告をした、相談をした、了解も得ておる、こういうことでございます。そうした三井物産を通じての了解事項、報告、相談等々については、その都度大庭さんとしてはどなたかには御相談されたと思いますが、相談されたのはやはり松田調達部長さんでしょうか。
○大庭証人 相談はしませんが、話はしたと思います。
○坂井委員 四十五年の二月に若狭調査団が出発前の常務会におきまして、大庭さんはこの調査団の目的について話をされた。その際、あなたは機種選定の手順としまして現地の工場を見るのであって、これは一つの形式にすぎないのだ、私としてはDC10がいいともう思っておる、そのつもりで調査をしっかり頼む、三月までには結論を出したい、こういうお話をされたようでございますが、いま一度確認をしておきたいと思うのです。
○大庭証人 私はその点について十分記憶がなかったのでございますが、検事の方からいろいろ資料を見せられて、大庭さんはこういうことを話したと議事録に載っているということを言われましたので、はあ、やはり私は言っておったなと思ったわけでございます。
○坂井委員 そういたしますと、私がいま前段申し上げました事項につきましては、すでに検察庁に提出をされましたいわゆる常務会のメモによって検事から確認をされた、その確認事項については、一々大庭さんはなるほどなるほどと、こうして確認をされた、こういうことでございましょうか。
○大庭証人 そうでございます。
○坂井委員 四十六年二月に全日空の調査団が江島団長以下八名で三月六日まで訪米をいたしまして、ダグラスの工場にも行っております。当然その時点で全日空向けの飛行機がつくられておったはずだと思いますが、そうした内容等につきましては、調査団が帰国後、大庭さん、社長に報告をされたのかどうなのか。あるいはされていないとしましても、大庭さんとしては、四十六年二月時点でございますから当然全日空向けの飛行機はすでに生産過程に入っておる、こういうふうな御判断はお持ちでしたでしょうか。
○大庭証人 そのときの報告には別に生産過程に入っていたというようなことは報告はありませんでした。生産過程に入ったのは、恐らく私の考えでは四十五年の初めごろだろうとは思いますが、まだまだ形態の整っていないときの生産過程でありました。そのときには特別にオーダーされているということは話をしなかったのでないかと思います。灘波の報告によりますと、灘波はついていなかったということでございますので、先方のダグラスでどの程度調査団に話したということは報告を聞いていませんでございます。
○坂井委員 融資問題でお尋ねをいたしますが、例の香港からの国際電話がございますが、その際、渡辺さんから大庭さんに対して報告がなされたはずだと思いますが、その報告の内容、これを簡単にひとつおっしゃってください。
○大庭証人 報告は、築地署からこういうものが来ている、あるいは三井物産からこういうものが来た、こういうものを大庭さんやっておったのですか、やっておったとすれば実に困るじゃありませんかという話が私のところへ来ました。 ただし、その前に、私は、彼が鈴木専務と二人で鈴木にある程度の、おれが社長にかわって引き継いでやるんだということを言ったものだから、リトルの者が香港へ出ていって金融をやって、その報告、できたという報告が渡辺のところへ二、三回ですか、電話がかかってきて困っているんだということは秘書から聞いていたわけでございます。したがいまして、おまえ、どういうんだ、おまえ、何か香港のことをやっているそうじゃないか、おれは知らぬぞ、リトルとかなんとかいうものを持ってきても、これはぼくの関与するものじゃないんだ、ぼくの関与するものは全部終わってしまっているんだ。そりゃあ、ぼくは関与した、しかしぼくのやったものは長谷村が全部回収してしまっているんだ、その後のことはおまえたちが何かちょこちょこやっておったんじゃないか、ぼくは知らぬ。しかし、何か回収に困っているようですから、長谷村を呼んで、こういうことで困っているようだから、おまえ回収はうまいんだから、おまえひとつ回収してやれと言って、長谷村に回収さしたのは事実でございます。
○坂井委員 そうしますと、この香港の金融問題というものにつきましては、これはむしろ渡辺氏が関係をしておった、それを大庭さんは長谷村氏に命じてその回収作業に当たらした、これが事実でしょうか。
○大庭証人 昨日長谷村から御報告したと思うのですが、鈴木の念書の問題は大体解決していたわけであります。ところが、佐藤何がしというのが出てきた。そして長谷村に、何かおれはもう解決したというのであきらめていたところが、全日空でまた始めたんだと、とんでもないというのでどなり込んできたのに長谷村はぶつかったんだ、というのが私は長谷村から聞いている事実でございます。そういうように私は記憶しています。
○坂井委員 このときの香港からの国際電話というのは、指定でかかってきたはずだと思いますが、指定の相手はだれだったのでしょうか。大庭さん指定ですか、渡辺指定ですか。
○大庭証人 私は、秘書から聞いているのは、渡辺指定だったと思います。
○坂井委員 そうしますと、大庭さんは、香港の融資の処理の問題、これは何ら関係しないことで、その前にはもう一件済んでいるわけですね。しかし、この処理については長谷村氏に命じたということで、長谷村氏はその後アイデアル工業の錦織、大畑、徳永、この三人らと一緒になって警察に行きまして決着をつけた。その報告を大庭さんは受けられましたか。
○大庭証人 受けました。
○坂井委員 そのときの報告の概略、概要、どういう報告だったでしょうか。
○大庭証人 リトルというのですか、そこのなにの説明に一応立ち会って話を聞こうということで、何か警視庁のところで会おうというので、警視庁のところで会って、そしていろいろ聞いて、そしてそこで納得して回収したという話でございました。
○坂井委員 この三千億の念書の回収の際に、アイデアル工業の錦織から、水上さんを通してならばこの念書は返しましょうと、こういう話があった。そこで大庭さんは水上さんに電話か何かでこのことを依頼されましたか。
○大庭証人 私はじかに水上さんのところに参りまして、こういう事情になっているんだ、まことに申しわけないが、錦織があなたに会わないとこういうものを返さないと申しているので、ひとつお会いになって事情を聞いてやっていただきたいということで話しまして、お会いくださって、そこで水上さんの方からその念書のコピーをもらって、私の方へ返してくれました。
○坂井委員 水上さんを仲介させたのにはどういう意味があったのでしょうか。それから水上さんはこのことについて事前にこの融資問題、知っていらっしゃったのでしょうか。あるいはアイデアル工業について水上さんは何かの御関係がおありでしょうか。
○大庭証人 先ほど三井物産の総務の方から私の方の総務の方へ、錦織からこういうような話がある、コピーを持っているそうだというような話が、渡辺のところへ三井物産の総務の方から来ているわけです。そこで錦織に会いましたら、錦織としてはひとつ水上さんに会わしてくれ、いろいろ私は——普通行ったらなかなか会ってくれないのでひとつ大庭さんから頼んでくれ、それが条件だというものですから、私、水上さんのところへ行きまして、いろいろ事情を話しまして、これはざっくばらんに私は話しました。そして、ひとつ会ってやってくれませんかと言ったら、快くよかろうと言うので、お会いくださったそうでございます。
○坂井委員 なおお聞きしますが、いまお尋ねしましたアイデアル工業と三井物産なりあるいは水上氏との関係について、大庭さんは御存じないでしょうか。
○大庭証人 私は、余り存じよりしていません。ただ、水上さんの話では、錦織はもとからよく知っている男だというような話はなさっていました。
○坂井委員 水上さんは錦織については大変よく御存じなはずだと思います。そのことにつきまして、時間がございません、関係があるという御証言を得たいということで了解をしておきたいと思いますが、最後に一点お尋ねしますが、先ほど山村氏が築地署の調書を調べてみた、そうしたら原田さんの名前がなかった、こういうことだった。ところが、事実、築地署にはその調書がない。調書は存在いたしませんことをわれわれも実は確認をいたしました。 そこで、実は四十四年の九月末に築地署から連絡がございまして、どうも大庭さんとそれから長谷村さん連名のこの念書のコピーが築地署の手に入ったということの連絡があった。そして明けて十月の二日に、このコピーが全日空に返された、こういう経緯であります。ところが、その後、実は私もきのう申し上げたのでありますが、十月の二十三日に渡辺氏が運輸省にこの融資事件の報告をしておりまして、これがいま捜査二課に提出をされておる。その十月の二十三日に提出されましたメモあるいは報告書に基づきまして、長谷村氏はいろいろと聞かれておるようであります。一々確認されたようでございますが、実はこの内容につきましてあるいは内容に至らなくてもその前に、この報告書、十月二十三日の報告書のことについて捜査二課で、私は事情を聴取されたというようなことを長谷村氏からお聞きになったことがございますか。あるいはまた、その内容等についても大庭さんは聞かれたでしょうか。
○大庭証人 私は、その件は長谷村から聞いていません。また、捜査二課には私は参っていませんから、存じませんです。
○坂井委員 大庭さんは、検察庁の方には何回事情聴取というか、参考人で行かれたでしょうか。
○大庭証人 二回参りました。
○坂井委員 時間が参りました。
○田中委員長 永末英一君。
○永末委員 大庭さんは先ほど、三月一日の証言で原田代議士と大石代議士の紹介状を鈴木明良が持って来たという証言をされ、そのことについて夜の証言では否定をされるということがございましたが、築地署の調書にその二名のことが記載してあったはずであるからそう言ったんだが、これをお調べ願いたいと山村代議士に言ったと申されました。その築地署の調書というのは、あなたはどういう機会にごらんになったのですか。
○大庭証人 築地署から私の方の経理でしたか総務でしたか忘れましたが、連絡がある前に、長谷村のところに、二日ぐらい前だったと思いますが、ある人間から築地署にこういうような人間が挙がって、そして問題になっているが、至急築地署に行って様子を見てみろということを言われて、長谷村はすぐ築地署に行って様子を聞いたわけであります。そうすると、私の方のコピーを持っていて、そしてコピーを持っているから自然に調書を取られた。その調書の中には大石さんと原田さんが紹介をしたんだということが書いてあったということを、そのとき報告を受けているわけであります。
○永末委員 それは長谷村氏からの言葉での報告ですね。
○大庭証人 そうでございます。
○永末委員 あなたは現実に四十四年の八月の二十五、六日ごろ、鈴木明良から紹介状を示されてお会いになったはずですね。したがって本委員会におけるあなたの証言は、いずれに基づいて、最初の段階でやられたのですか。
○大庭証人 私は、原田さんと大石さんから紹介状をいただいているということは存じています。記憶に残っています。ただし、それが御承知のように、私がここであえて名前を申し上げたのは、そのときには御両者とも納得されたという報告は長谷村から受けていたわけであります。と同時に、いまの築地署の調書から二人の名前が出ているということを聞いているもんですから、私はあえてお二人の名前を申し上げたわけであります。ところが、申し上げたために、大石さんの方では御納得なさったらしいですが、原田さんのところではそういう事実はないということと、先ほど証言しましたとおりに、築地署の調書の中には名前がないということでありますので、私の記憶の二つがつぶれたもんですから、私は長谷村に相談をしようと思いましたが、相談する時間がないものですから、一応私としてはこの際意思を翻して、証言を変えますという申し出をしたわけであります。
○永末委員 最初に鈴木明良氏と面会されたときに、二名の代議士の名刺をあなたは示されたと記憶されておりますか。
○大庭証人 記憶しています。
○永末委員 それでは第一回の三月一日の御証言は、そのときの御証言だと承っておいてよろしいですね。
○大庭証人 先ほど申したとおりに、そのときの状態と、築地署の状態から私は申し上げたわけであります。
○永末委員 鈴木明良という人があなたの方にこの金融話を持って来たときには、六月の中旬から話がございました佐藤という人の持って来た五百億円の金融話は、これは信用ならぬと言って、すでにあなたと長谷村氏とは御相談されて打ち切りを決めておられた後でしたですね。
○大庭証人 後というのは、その打ち切った後が鈴木だという意味でございますか。
○永末委員 第一回目の佐藤という人の金融話には乗るわけにはまいらぬということをあなたと長谷村氏とが打ち合わして、出しておる書類等は回収にかかるという御方針を決められた後で、鈴木の金融話は持ち込まれた、こういう時間的順序ですね。
○大庭証人 失礼いたしました。そういう順序でございます。
○永末委員 大庭さん、あなたはなぜその金融の話にこれは乗られるのですか。
○大庭証人 乗ったんです。
○永末委員 大庭さん、全日空という会社は大きな会社でございますね。そして第一回目の六月でございましょう、その佐藤の話というのがまゆつばものである。これは全日空の責任者である大庭社長としては乗るわけにはまいらぬというので、これはやめようということを決められた直後に、もっと金額の大きい三千億円というような話を持ち込まれる、またそれにも乗ろうとされた。なぜそう思われたかということをちょっとお聞きしたいんですね。
○大庭証人 実は、昨日長谷村も証言したと思いますが、ある程度こういうものは危険性があるんだ、また危険なんだ、したがって、銀行へ入れさしてみろ、銀行へ入れさしたら本物だ、本物なら話に乗ろうというので、銀行へ入れてみろと言ったわけでございます。だから、したがって最初は興銀へ入れた。そうしたら興銀の頭取が、これは危険だ、おまえ注意しろと言われたので、三菱銀行の方へ変えたというふうな手段を講じて、これが危険であるかどうかというのは十分調査はさしたわけでありますが、実際、社長としてまことに申しわけなかったということで、社長はやめたわけでございます。
○永末委員 三月一日の御証言では、いまの金を入れる指定銀行として興業銀行と三菱銀行を指定したという御証言がございました。しかし、その融資申込書は興業銀行だけが印刷されてあった、こういう形でございます。いまの御証言では、当初興業銀行であったが、後で三菱銀行を追加した、こういう御証言ですが、いまのが正しいんですか。
○大庭証人 最初は興業銀行でございます。そして長谷村が興業銀行へ行って頭取に聞いた結果、そいつは相当まゆつばものだということで、それではもう一つ三菱銀行に変えてみたらどうかというので三菱銀行に変えてみた結果、やはり同じような状態だから、全部撤回をしたわけでございます。
○永末委員 鈴木明良の持ってまいりました融資申込書にあなたはすぐに判こを押されたわけですね。
○大庭証人 押しました。
○永末委員 その融資申込書にはすでに日本興業銀行が印刷されてありましたね。
○大庭証人 最初のものにはそうなっています。
○永末委員 あなたがおっしゃったこの銀行を指定したという意味は、あなたの方が自由に指定されたものを相手にのましたのではなくて、すでに印刷されてあったことを、この銀行について言われた、こういうことなんですか。
○大庭証人 それは逆でございます。私の方が銀行を指定したわけでございます。そして銀行に入れれば常務会を通して正式の契約をいたしますという話し合いになって、そこに、文書にもそうなっているはずでございます。
○永末委員 その話を鈴木明良が持ってきましたときには、すでに融資申込書、印刷されたものを持ってきておったんでしょう。
○大庭証人 それは私よく記憶はしていませんが、長谷村はどう申していましたか、私のなにでは、何か手書きのようなものを持ってきたので、それを本印刷ですか、それに直さしてなにしたと思いますが……。
○永末委員 鈴木明良という人とは、何時から何時ごろまで合われたんですか。
○大庭証人 記憶がありませんです。
○永末委員 長谷村氏はきのう、午後二時ごろ社へ帰ってきたら、すでにあなたと鈴木明良との会見が終わっておったという証言をされました。午後二時といいますと、昼時間、オフィスではとりますね。そうしますと、恐らく、あなたのそのときの習慣はどうなっておったか知りませんが、外でお食事をされれば相当後だし、食事をもしともにしたということであれば、午前中かもしれません。しかし、これだけの話をされるのに、初対面の人でございましょう、だとしますと、相当時間がかかっておると思いますが、思い返してお答え願いたいんです。
○大庭証人 それであれば、大体十二時ごろまででないかと思います。来られたのはいつごろであるか知りませんが、大体十二時前後だと思います。までだと思います。
○永末委員 そうしますと、午前中にこの話が持ち込まれて、そして昼前に決められてお食事をされた、それで後で長谷村氏が帰ってきた、こういう順序ですか。
○大庭証人 そうだと思います。私は余りその点についてはよく記憶していませんです。
○永末委員 社長印を押されることに何ら抵抗はございませんでしたか。
○大庭証人 余り抵抗はありませんです。
○永末委員 先ほど他の同僚議員が触れましたが、この香港融資の件について、渡辺氏が関与しておったことを秘書に聞いたと言われましたが、その秘書はだれの秘書ですか。
○大庭証人 電話がかかってきたのは秘書室の者であったと思います。
○永末委員 電話だけではなくて、二回あなたは秘書のことを言及されているわけでありまして、電話のこともさることながら、その渡辺専務と相手方との交渉についても秘書から聞いたと言われた。その秘書というのは、秘書室ではないわけで、具体的な人間があなたに話したに違いない。それは社長秘書ですか、専務秘書ですか、あるいは他の秘書ですか。
○大庭証人 電話の件は秘書だと思います。それから渡辺がそういうようなことをしていたというのは、長谷村から聞いたわけでございます。
○永末委員 電話の件の秘書というのは、いま私がお聞きしているのは、あなたの秘書か、渡辺専務の秘書か、どちらでしょうか。
○大庭証人 秘書室には秘書はいますが、だれの秘書というのは大体いませんです。まあ、特に私の分は決まっていたかもしれませんが、ほかのは全部共通でございます。
○永末委員 松田常務に三井との関係についていろいろ話をしてきたと言われましたが、オプションという言葉を使って松田常務と話をされましたか。
○大庭証人 したと思います。
○永末委員 そうしますと、オプションという言葉を使われておれば、当然その言葉が社内でも流れておったと私も思いますが、さて、あなたはいつオプションというものを全日空の社長としてやったとお考えですか。すなわち、四十四年の七月二十九日か、それとも四十五年の三月なのか、いずれの記憶であなたはそうお考えでしょうか。
○大庭証人 最終的にオプションしたのは四十五年の三月です。ただし、最初にオプションしたのは四十四年の七月前後だと思います。
○永末委員 最終的と最初と言いますけれども、大体つばをつけるということが、あなたの言う意味の軽い意味でのオプションだといたしますと、四十四年の七月にあなたはオプションした、こういうことで自後松田常務とも話をしておられたと見てよろしいですね。
○大庭証人 そう思いますが、ただ、機数の点がちょっと違うところがあるわけですから、それは三井物産として単独に機数をふやしているところがあるわけですから、それは報告は聞いていますが、それは三井物産が勝手にやられるなら勝手にやられてもいいということで、承知はしています。
○永末委員 機数は別として、オプション行為に入ったのは四十四年の七月二十九日、これでよろしいですね。
○大庭証人 日にちは覚えていませんが、七月の終わりごろであったと思います。それが最初のオプション行為でございます。三者の話し合いでやったわけで、実際はレター・オブ・インデントの形式になっているわけでございます。
○永末委員 三月一日の証言では、三井物産は、あなたとダグラス社との関係において正式に仲に入ってはいなかったと思うと証言をされました。正式に仲に入っておったとは思わない、こういう証言をされておるのです。通訳の仕事等であったという証言をされております。しかし、いまの、きょうはどう思われますか。やはり正式に入っておったと思われますか。
○大庭証人 いまの御質問かちょっと——正式に入っておったかどうかというのは、どういう意味でございますか。
○永末委員 このオプション行為は、最初はあなたはダグラス社との関係でやったような表現をとられましたので、私の方の河村委員から三井物産との関係についてあなたにお伺いいたしました。そのときに河村委員の質問は、「三井物産はこの場合には、通訳としては入っていても、正式には間には入っていなかったわけですか。」と伺ったところ、あなたは、「入っていなかったと思います。私とダグラスとの間に取り交わしたのでありまして、通訳として立ち会っておったと思います。」こういう御証言でございました。しかし、その後本日のこの段階では、この御証言どおりだと思われておりますか、いかがですか。
○大庭証人 それは先ほど証言したとおりに、三月の、ちょっと日にちは忘れましたが、ダグラスの方から説明団というのが社長引き連れて来たわけでございます。それは私の社長の応接室で説明を聞いたのです。それから私と三井物産の若杉とダグラスの社長の間で、三井クラブで昼飯を食いながらいろいろ打ち合わせをして、最終的な打ち合わせの書類をそこでつくり上げたわけでございます。それを持って、明くる日ダグラスのマクゴーウェンと灘波とが来たわけでございます。そこで私はその書類にサインしたかどうか、ちょっと記憶が薄いので、サインしたように思うと申し上げたんですが、先ほどのお話では、大庭さんがサインしているという話なんで、サインしたんだろうと思います。
○永末委員 したがって、このくだりのあなたの証言は、その最後のマクゴーウェン氏と灘波氏とがあなたのところへメモを持ってこられてサインしたか否かのくだりである、こういうことですか。
○大庭証人 そうです。
○永末委員 それでは、その他の間には、やはり三井物産が正式にいわゆるあなたの言うオプション行為に介入しておったということをお認めになりますね。
○大庭証人 三井物産は常に介入していました。三井物産なしにはやっていませんです。
○永末委員 あなたは昭和四十五年五月、総会の開かれる前に、松尾さんとパレスホテルで会われたときに、社長辞任の決意を第一段階として固めたと御証言されました。松尾さんはあなたを責められたそうですが、どういう理由であなたを責められたんでしょう。
○大庭証人 松尾さんが私に話されて、長谷村と一緒に会ったときは、そのときではありません。前か前の日です。二十六日に会って二十七日ごろじゃないですか。
○永末委員 その松尾さんと会われた結果、あなたが辞任の決意をまず固められたというのは、松尾さんがどういうことを言われたんです。
○大庭証人 余り細かいことは申せませんが、おまえのためにいろいろ尽力をしてみたが、どうももう手がつかない、おれももうここで手を上げるからおまえもひとつ善処しろというだけでございます。やめろとは申しませんです。
○永末委員 それは大庭社長が社長としてDC10の導入に努力をしてこられたこと、そのことを松尾さんとしてはもうバックアップする余力はない、こういう意味でしたでしょうか。
○大庭証人 そういう意味では全然ありませんです。恐らく、先ほど証言しましたように、名鉄の土川さんからの書類によって皆が動き出したわけですから、松尾さんもしたがって、こういう書類が来ているが、大庭はひとつ社長にしてやってくれというので奔走されたんだと思います。ところが、二十六日の取締役会で再び——再びと申しますか、そのときに先ほど申しました松原さんの方から会長にしたらどうかという話が出たものですから、松尾さんはそれはとんでもない、私はもう中座するということで席を立たれたわけであります。その後、いろいろ私のために奔走していただいたわけですが、あれは二十九日の昼過ぎだと思いますが、パレスで松尾さんと会ったときに松尾さんの方で、尽力したがもう手がつかない、もうおれとしてはこれ以上のことはできない、おまえはおまえとしての腹を決めなさいということだったのです。私は一応松尾さんに全部をお預けしておったわけですから、そこでもう私の腹としてはこれはとてもだめだ、やめるべきだという腹で帰ったわけでございます。
○永末委員 あなたはそのときに、松尾さんの話いろいろ伺われながら、あなたの進められてきたDC10も松尾さんと同様にこれで邪魔されたなという印象をお持ちになりましたか。
○大庭証人 それは最初からの証言のとおりに、私はDC10で邪魔をされたということはそのときには少しも感じませんでした。念書の問題だけで、私の行為が至らなかったというだけでありまして、DC10というものについて、先ほど御質問がありましたように、私はDC10を採用して進んでいけば危なくなるかもわからぬという懸念はありましたけれども、そのときに私は、やめる理由としては、DC10というものは一つも考えていませんでした。念書の問題で追い詰められたんだ。それがある程度、念書の問題は会社に迷惑をさしていないんだ、したがってやればやれるんだということは、各方面から激励の言葉はありましたけれども、私は四十四年度に一応そういう目に遭っているわけで、ここでまたそれをあえてやる気持ちは起きませんでして、私はそこでやめたわけでございます。
○永末委員 終わります。
○田中委員長 大庭証人に対する発言はこれをもって終わりました。 この機会に、証人に一言ごあいさつを申し上げます。 御病気中、長時間ありがとうございました。御苦労さまでした。 暫時休憩いたします。 午後零時三十八分休憩 ————◇————— 午後三時三十五分開議
○田中委員長 それでは、休憩前に引き続いて会議を開きます。 この際、証人の出頭要求についてお諮りをいたします。 ロッキード問題に関する件について調査を行うため、来る六月二十三日、水曜日であります。午後一時に内村信行君、二十四日、木曜日、午前十時に松田功君、同日午後一時三十分に渡辺尚次君、長谷村資君、午後二時四十分に舟津良行君、江島三郎君、以上六名の諸君を証人として本委員会に出頭を求めたいと存じますが、これに御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田中委員長 御異議なしと認めて、さように決定をいたしました。 衆議院規則第五十三条の規定により、その手続をとることといたします。 次回は、来る六月二十三日午前十時より委員会を開会することとし、本日は、これにて散会をいたします。 午後三時三十七分散会