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76回国会衆議院1975/12/12

本会議 第18号

発言数
14
登壇者
4
会派数
3
開催日
1975/12/12

会議録

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) これより会議を開きます。      ————◇—————  弔詞贈呈の件

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 御報告いたすことがあります。  議員塚原俊郎君は、去る七日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  つきましては、同君に対し、院議をもって弔詞を贈呈いたしたいと存じます。弔詞は議長に一任せられたいと存じます。これに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。  弔詞を朗読いたします。     〔総員起立〕  衆議院は多年憲政のために尽力し特に院議をもってその功労を表彰されさきに運輸委員長予算委員長議院運営委員長等の要職につきまたしばしば国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等塚原俊郎君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます  この弔詞の贈呈方は議長において取り計らいます。     —————————————  故議員塚原俊郎君に対する追悼演説

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) この際、弔意を表するため、石野久男君から発言を求められております。これを許します。石野久男君。     〔石野久男君登壇〕

石野久男日本社会党

○石野久男君 ただいま議長から御報告がありましたとおり、本院議員塚原俊郎君は、去る七日、茨城県那珂湊市公会堂で開かれた自由民主党県連那珂湊支部拡大総会で演説中、急性心不全のため倒れられ、人工呼吸など、手当のかいもなく、ついに不帰の客となられました。  君が、こよなく愛したふるさとの街、圧倒的に敬慕され、支援を受けていた那珂湊の市民の前で、党のため、壇上で倒れられた君。君逝けりといえども、政治家の本懐、これにすぐるものなき大往生というべきか。されど、君、いまだ六十有五歳、いまや円熟の期に入り、潤達の才気に富む君を思えば、この訃報は余りにも突然のことで、ただ茫然として、言うべき言葉もありません。まして、御遺族の御悲嘆を思うとき、まことに痛惜の念にたえません。  ここに、私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し上げたいと存じます。(拍手)  塚原君は、明治四十三年十月、茨城県常陸太田市にお生まれになり、いわゆるきっすいの「水戸っぽ」であります。  塚原君の少年時代は、非常に負けずぎらいで、大変な勉強家であり、反面、とんちのきくきかん坊であったと聞いております。彼は、水戸中学において名校長としてその名をうたわれた厳父末吉氏の薫陶を受け、その後、水戸高校から東京帝国大学文学部社会学科へ進まれました。そして、昭和十年大学卒業と同時に、同盟通信社に政治記者として入社されました。入社のときの彼の作文は、当時の試験担当幹部を驚かすほど完璧なものであったと聞いております。その秀逸さがしのばれるのであります。入社後、総理府官邸詰めの記者となり、郷党の先輩風見章氏の知遇を得たこと、その後、陸軍省担当記者として軍部の事情に精通したことが、近衞内閣から平沼、阿部、米内、再び近衞、東條と政権が軍部中心に推移した時代において、塚原君の取材活動を有利にし、彼の政治情報を一層適確性を持たせたのであります。「塚原の情報は適確だ」と社内の評価を高めたのも当然のことであります。後年、彼が、党内においても、台閣に列しても、常に情報担当の中心に位置づけられたのも、けだし彼の若き日の努力のたまものと言わなくてはなりません。戦時中は南方あるいは中国大陸へ従軍記者として派遣され、またその間、陸軍将校として二度の応召、南方方面を転戦し、足に負傷するなど、多くの苦しみを経てこられたのであります。  戦争終結とともに塚原君は同盟通信社を退社されました。昭和二十年十一月には内務省に入り、情報局情報官となり、次いで世論課長に抜てきされ、その後、運輸大臣、労働大臣の秘書官を務めました。これがきっかけとなって政界入りを決意するに至ったのであります。  当時、占領下のわが国政治は混迷をきわめ、自由党内においても、吉田茂、山崎猛らの確執が伝えられていました。  昭和二十四年一月、第二十四回総選挙に茨城県第二区から出馬した塚原君は、「私は新聞界、官界にあって側面より国政に参加した。今日の醜状見るに忍びず、道義の高揚、信義の保持、政治主体性の確立を期して決起した」と叫んで選挙戦を戦い、みごと初当選の栄冠を得られたのであります。  彼は政界入りのその当初から、政権の帰趨にかかわる任務を負わされていたかに見えます。自来、連続して当選すること十回、一昨年十二月には、君は永年在職議員として、はえある表彰を受けられ、今日まで在職二十七年に及んだのであります。  本院に議席を得られた塚原君は、ジャーナリストとしての体験によって培われた鋭敏な感受性と、将来を見抜く洞察力を生かして議会活動のスタートを切られました。若い政治家としての実力と識見を高く買われた塚原君は、議席を得て二年に満たない一年生議員で、早くも建設政務次官に抜てきされたのであります。そして、その後労働委員として戦争直後に制定された労働関係法整備のための諸法案の審議に加わって、労働行政の本質を見きわめ、また、予算委員として国政の各般にわたって研さんを積まれたのであります。やがてその研さんは君を有為の政治家として成長させ、数々の政治体験を重ねるに従って君の存在は大きく光彩を放つに至りました。  君の二十七年間にわたる本院議員としての御活躍は華々しいものがありました。  本院にあっては、行政監察特別委員長、運輸委員長、予算委員長、議院運営委員長に御就任、自由民主党にあっては、副幹事長、広報委員長、国会対策委員長など枢要な役員を歴任され、また、台閣に列すること三たび、第一次及び第二次佐藤内閣の総理府総務長官、第三次佐藤内閣の労働大臣として国務に参画されたのであります。また、サンフランシスコ講和会議全権委員に同行して活躍されました。さらに、列国議員同盟の会議に国会代表として二度に及ぶ出席など、国際外交史上にも多くの業績を残されたのであります。  君は、議院運営委員長や党の国会対策委員長として国会運営の衝に当たり、議会政治の悩みとむずかしさを、身をもって味わってこられたのでありますが、常に恬淡として、小細工をしないで堂堂として野党に接したのであります。君は、終始議会制民主主義の本義に徹し、あくまでも論議を尽くして事を決するとの信念を持してこられました。  君の総理府総務長官当時、沖繩問題に示された行政手腕や、青少年問題と献身的に取り組み、「青年の船」を初めて実施した熱意は、君の国務大臣在任中の数々の業績とともに高く評価さるべきものと存じます。  かくのごとく、塚原君は国政の各方面に大きな貢献をいたされましたが、また、郷土の発展にも骨身を惜しまず尽力されました。  一方には、時代の最先端をいく原子力の開発、研究が行われながら、他方では、後進性にあえぐ産業が併存している郷土、特に漁業の立ちおくれの目立つ郷土を調和のとれた豊かなものに改善し、射爆場跡の平和利用や、河川や港湾の改修等を着実に、地元の要望にこたえるための実行に種々奔走されたのであります。  塚原君は、周囲の人々から「ツカちゃん」という呼び名で親しまれ、敬愛されていたことは、皆さんのよく知っているとおりでございます。議員生活二十数年の風雪に耐えてみがき抜かれた人柄は、近年いよいよ円熟味を加え、常に柔和な笑顔をたたえ、夏冬かまわず使っていた扇子のその骨底には、「水戸っぽ」の根性と、正しいと信ずるところはずばり貫き通す激しさを秘めておられたのでございます。  塚原君が、自由民主党の公労法問題調査会委員として、公共企業体職員の労働基本権問題に文字通り身を粉にして取り組み、関係諸機関と連絡をとりながら意見の取りまとめに努力しておられたことは、私とは立場が違い、意見も違いますが、君の火の玉のような情熱に感嘆せざるを得ないものがあります。(拍手)  塚原君は、那珂湊市の公会堂で市民に語りかけながら倒れました。思い起こせば、那珂湊市は君が初めての選挙で最初に演壇に立った地であります。君は、「おれは畳の上では死ねぬぞ」と、日ごろ御家族の方々に語っていたと聞き及んでおります。その言葉のとおりに政治家としての生涯を党のために殉じたのであります。しかも、政治家としての出立ちの地で倒れられたのはいかなるえにしか、まことに壮烈と言うほかありません。自由民主党が党葬をもって遇する、君の真価を躍如として示すものと言えるでありましょう。(拍手)  政治家としての一挙手一投足が常に世人の注目の的になることは当然とは申せ、家庭にあっては親であり夫である君が卒然として他界されたということは、御遺族の方々の悲しみはいかばかりかと、察するに余りあるものがあります。  塚原君と私とは、政治的に主義、主張の上では堂々の闘いはいたしましたが、そのことを離れては、きわめて親しいつき合いをいたしてまいりました。清廉潔癖であった塚原君は、近時選挙に金がかかり過ぎるということを憂え、「石野君、何とか金のかからない選挙をしようや」と、口癖のように言っておられたのであります。その言葉にこたえねばなりません。  いま、その塚原君、保守党政治家として円熟、練達の域に達し、一層の御活躍を期待していた塚原君をこの議場から失うことの痛恨は、言葉に尽くせないものがあります。  ここに、塚原君の長逝を惜しみ、その事績をたたえ、追慕の言葉を述べ、心から御冥福をお祈りして、追悼の言葉といたします。(拍手)      ————◇—————

羽田孜自由民主党

○羽田孜君 議事日程追加の緊急動議を提出いたします。  すなわち、この際、日程第一とともに、参議院送付、社会保障の最低基準に関する条約(第百二号)の締結について承認を求めるの件及び千九百七十一年の国際小麦協定を構成する小麦貿易規約及び食糧援助規約の有効期間の再延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件の両件を追加して、三件を一括議題となし、委員長の報告を求め、その審議を進められんことを望みます。

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 羽田孜君の動議に御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 御異議なしと認めます。よって、日程は追加せられました。     —————————————  日程第一 日本国と中華人民共和国との間の漁業に関する協定の締結について承認を求めるの件  社会保障の最低基準に関する条約(第百二号)の締結について承認を求めるの件(参議院送付)  千九百七十一年の国際小麦協定を構成する小麦貿易規約及び食糧援助規約の有効期間の再延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件(参議院送付)

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 日程第一、日本国と中華人民共和国との間の漁業に関する協定の締結について承認を求めるの件、社会保障の最低基準に関する条約(第百二号)の締結について承認を求めるの件、千九百七十一年の国際小麦協定を構成する小麦貿易規約及び食糧援助規約の有効期間の再延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件、右三件を一括して議題といたします。  委員長の報告を求めます。外務委員長栗原祐幸君。     —————————————  日本国と中華人民共和国との間の漁業に関する協定の締結について承認を求めるの件及び同報告書  社会保障の最低基準に関する条約(第百二号)の締結について承認を求めるの件及び同報告書  千九百七十一年の国債小麦協定を構成する小麦貿易規約及び食料援助規約の有効期間の再延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件及び同報告書     〔本号末尾に掲載〕     —————————————     〔栗原祐幸君登壇〕

栗原祐幸自由民主党

○栗原祐幸君 ただいま議題となりました三件につきまして、外務委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。  まず、日中漁業協定について申し上げます。  本協定は、昨年五月以来、日中両国政府間で漁業に関する協定を締結するための交渉を行ってまいりました結果、合意に達しましたので、本年八月十五日東京において署名されたものであります。  本協定の主な内容は、黄海・東海の漁業資源を保存し、合理的に利用するため、協定の適用水域、両国がとるべき保存措置、取り締まり及び違反事件の処理、操業秩序の維持、海難救助及び緊急避難、共同委員会の設置及び任務等の事項について規定しております。  本件は、十月十一日外務委員会に付託され、十二月五日宮澤外務大臣から提案理由の説明を聴取し、質疑を行い、引き続き採決を行いました結果、全会一致をもって承認すべきものと議決いたしました。  次に、社会保障の最低基準に関する条約について申し上げます。  本条約は、一九五二年に国際労働機関の第三十五回総会で採択されたものでありまして、その内容は、医療、傷病給付、失業給付、老齢給付、業務災害給付、家族給付、母性給付、廃疾給付及び遺族給付の九部門について最低基準を定めたものであり、各部門の給付事由、保護対象者の範囲、給付内容等について規定しております。  なお、わが国は、これら九部門のうち、本条約の批准に当たり、傷病給付、失業給付、老齢給付及び業務災害給付の義務を受諾することになっております。  次に、一九七一年の国際小麦協定の再延長議定書について申し上げます。  一九七一年の国際小麦協定は、本年六月三十日まで有効期間が延長されておりましたが、本議定書は、同協定の有効期間を一九七六年六月三十日までさらに一年間延長しようとするものであります。  なお、食糧援助規約の有効期間の再延長に関する議定書に基づく食糧援助を、わが国としては米または農業物資で行う方針でありますので、同議定書にその旨の留保を付しております。  両件は、十二月十日参議院から送付され、同日、本委員会に付託、本十二日、政府から提案理由の説明を聴取し、質疑を行い、引き続き採決を行いました結果、社会保障の最低基準に関する条約は全会一致をもって、小麦協定の再延長議定書は多数をもって、いずれも承認すべきものと議決いたしました。  以上、御報告申し上げます。(拍手)     —————————————

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) これより採決に入ります。  まず、日程第一及び社会保障の最低基準に関する条約(第百二号)の締結について承認を求めるの件の両件を一括して採決いたします。  両件は委員長報告のとおり承認するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 御異議なしと認めます。よって、両件とも委員長報告のとおり承認するに決しました。  次に、千九百七十一年の国際小麦協定を構成する小麦貿易規約及び食糧援助規約の有効期間の再延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件につき採決いたします。  本件を委員長報告のとおり承認するに賛成の諸君の起立を求めます。     〔賛者成起立〕

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 起立多数。よって、本件は委員長報告のとおり承認するに決しました。      ————◇—————

前尾繁三郎無所属議長

○議長(前尾繁三郎君) 本日は、これにて散会いたします。     午後二時二十六分散会      ————◇—————  出席国務大臣         外 務 大 臣 宮澤 喜一君      ————◇—————

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