内閣委員会恩給等に関する小委員会 第1号
- 発言数
- 10 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1975/12/10
会議録
○加藤小委員長 これより会議を開きます。 この際、一言ごあいさつ申し上げます。 私、このたび当小委員会の小委員長に指名されました。はなはだ微力ではございますが、小委員各位の御協力によりまして、この重責を全ういたしたいと存じます。各位の御協力と御鞭撻をお願い申し上げまして、ごあいさつといたします。 恩給に関する件について調査を進めます。 恩給審議会の答申とその後の恩給改善についで、政府より説明を聴取いたします。菅野恩給局長。
○菅野政府委員 お手元にいま読み上げられました題名の資料がございますので、それに沿って簡単に御説明をさしていただきたいと思います。 御存じのように、恩給審議会の答申は四十三年の三月に出ておりますけれども、四十一年の五月に「恩給に関する重要事項」ということで諮問がございまして、約二年間の審議を経て四十三年の三月に答申があったわけでございますが、きょう御説明をせよと言われておりますのは、この恩給審議会の答申がその後どういうふうに改善をされているか、実施をされておるかということだと思います。 そこで、つくりました資料でございますけれども、第一番目には、資料に載っておらない部分でございますけれども、いわゆるベースアップに関するもの、「調整規定の運用に関する意見」というところがございまして、それはすでに先生方十分御存じのことでございまして、大きな問題でございますけれども、その問題はこの資料には入っておりません。 簡単に申し上げますと、物価を中心にして調整をやりなさい。さらに、公務員給与の方がそれを上回ったりしたときには、そこも十分勘案してやりなさいということでございまして、いわゆる恩給審議会方式という調整の仕方が数年続けられまして、四十八年からそれが改まりまして、公務員給与そのものを率といたしましてアップを行っているのは、先生方十分御存じのとおりでございます。その問題はこの資料にございませんので、最初に一言付言させていただきました。 さて、資料に移りますけれども、恩給審議会の答申とその後の恩給改善、いわゆる個別改善と申しますか、調整規定の運用に関する問題以外の恩給問題に関する処理意見と処理状況でございます。 資料の読み方を簡単に御説明いたしますと、そこに書いてございますけれども、一番左に×とか○とか書いてございますが、これは恩給局の方で勝手につけたのでございまして、「問題点」と「意見」のところで、その意見として、積極的にこういうふうにすべきである、こういうことが適当であるというふうに書いてあると思われる分を○にいたしまして、そういうのは適当でない、すべきでないというふうに書いております意見については一応×印を付さしていただきました。そのほか中間的な意見として、この問題は適当だけれどもこの問題は適当でないというふうな言い方のものとか、あるいはもう少し積極、消極の中間と思われるようなものについては、便宜△印をつけさしていただいたわけでございます。それから右側に「その後の恩給改善」と書いてありますので、きょうはそこを中心に御説明をさせていただきたいと思います。 第一番目が「旧文官の恩給年額に関する問題」でございまして、「退職年次による恩給年額の格差に関する問題」、退職年次別格差などという言葉がございますけれども、そういう問題でございます。 第一番目に「問題点」に書いてございますのは、退職時期によって年金恩給に格差が生じているけれども、これについて調整を行うかどうかという問題でございまして、第一番目の問題の「意見」といたしましては、そこに左側に×と○が書いてございますけれども、全般的には、給与制度の改正があれば、同一官職、同一在職年の者であっても、前と後では恩給年額が異なってくるのは避けられないことであって、在職者に対する給与改善をそのまま恩給に反映させることは、在職者の職務と責任に基づく格づけを退職者である恩給受給者にまで持ち込むことになって適当でないという意見でございます。これが全般的な意見でございまして、ただ、「なお、」以下でございますが、二十三年六月三十日、と申しますのは、昔の官吏俸給制度から公務員給与制度への移り変わりの時期でございますが、その前後で著しく格差が出たものについては、これは何回も調整をしているけれども、もう一度よく、二ページの上の方に書いてございますように、「均衡を失しているものがあれば、その不均衡の限度において最終的な調整を行なうことが適当である。」ということであります。 なお、続けて(2)の方を申しますけれども、二十三年六月三十日あるいは二十三年七月一日なんですけれども、いろいろな調整をやりました結果、二十三年の七月一日以後に退職した文官が六月三十日の人よりも逆に低くなってくる場合もある。それをどうするかということでございまして、その「意見」については、一番後ろの方に書いてございますように、「二十三年六月三十日に退職したものとした方が恩給額が多額となるものについては、その恩給を給することができるような措置を行なうことが適当である。」ということでございます。 以上につきまして、その後の改正でございますけれども、その前にちょっと全般的なことを申しますと、二十数項目、ここではやれということが言われました。適当であるという答申があるわけでございますが、それらにつきましては、この答申を受けました後三カ年、すなわち昭和四十四年から四十六年の改正におきまして、ほとんど全部取り上げて改正をいたしているわけでございます。 第一番目の旧文官の恩給に関する問題につきましても、(1)のなお書きのところと(2)のところにつきましては、右の「その後の恩給改善」に書いてございますように 昭和四十六年の法改正によりまして、答申どおり実施をいたしております。 それから、最初の給与制度の改正等があれば違ってくるのはやむを得ないではないかという部分でございますけれども、これにつきましては、これと直接結びつくかどうかがちょっと疑問でございますけれども、その右の(1)に書いてございますように、昭和四十八年の改正で、先生方すでに御存じのように、老齢者の優遇という趣旨も含めたわけでございますけれども、いわゆる長期在職の老齢者、七十歳以上の老齢者等につきましては、仮定俸給を一律に四号俸引き上げる措置をとっております。それが「意見」のところとは違うわけでございますが、そういう措置をとりました。 次に、2の「旧軍人の恩給に関する問題」でございますけれども、第一番目は加算年の問題でございます。これは、普通恩給を受ける権利を取得するための資格期間としてのみ認め、恩給年額を計算する場合には実在職年によって算定をされているけれども、加算年もすべてお金の基礎にしたらどうかという問題点でございます。 これにつきましては、「意見」に書いてございますのは、戦後における改正においては、遺族、傷病者あるいは老齢者ということに重点を置いて、そういう方々につきましては、普通恩給についての最短恩給年限に達するまでを限度として加算年も金商に入っているので、老齢者や遺族と一般若年者を分ける分け方は適当であるという御意見をいただいているわけでございます。 これに対しまして、その後の処理でございますけれども、その後いろいろな事情の変更等もございまして、また国会の御審議等も種々賜った結果、この「意見」は否定的な意見でございますけれども、次のように改善をいたしております。すなわち、昭和四十七年の法改正におきまして、これはこの「意見」に直接は関係ないわけでございますが、いわゆる短期在職者の場合の加算減算でございますけれども、それまでは、七十歳以上の方についてだけその撤廃がありましたのを、六十五歳以上の方について加算減算を撤廃したという措置。それから昭和四十八年の法律改正におきまして、その加算減算率を、一年について百五十分の三・五でございましたのを、六十歳以上六十五歳の方については、百五十分の二・五というふうに緩和をいたしております。これは、いまの問題、あるいは左の「意見」とは直接関係がございませんが、間接的に関係をしておりますので、そこに記載させていただきました。 次に、(3)、(4)でございますけれども、これも先生方十分御存じのとおり、四十八年の改正におきまして、先ほど加算が全部金高に入ってないと申しましたけれども、七十歳以上の老齢者あるいは傷病者、妻子というふうに限りはしましたけれども、いわゆる老齢者優遇あるいは傷病者、妻子優遇という趣旨を含めまして、そういう方々につきましては、四十年を限度といたしまして、恩給の年額計算の基礎に全部加算年も入るような措置をいたしております。そしてその改正を、今度は先般通していただきました五十年の法改正におきまして、七十歳という年齢を六十五歳以上というふうに引き下げさせていただいたわけでございます。加算年の問題につきましては、いま御説明をいたしましたように、答申では言っておらない部分についても、前進をして改正をさせていただいたわけでございます。 それから第二番目の「戦地外戦務加算および各種職務加算に関する問題」でございますが、ここら辺はいずれも〇印でそのとおりやっておりますので、簡単に申し上げますと、いわゆる軍人恩給が、廃止前と廃止後の裁定を受けた者との間に、戦地外戦務加算あるいは各種の職務加算が入っている者と入ってない者とがあるけれども不適当ではないかということで、これは全部入れた方が適当であるという答申でございますので、四十六年の法改正によってそのまま実施をいたしました。 次に「南西諸島等において抑留された者の在職年に関する問題」でございますけれども、これもし帰国するまでの期間について終戦後抑留をされておりました加算年と同様の加算を行うことが適当であるということで、昭和四十五年に答申どおり実施をいたしております。なお、いまの問題につきましては旧軍人に対する「意見」でございましたけれども、同じような境遇でございました一般文官の抑留加算も、四十八年の法改正によっていたしております。 四ページに移りまして、次に(4)の「旧軍人の仮定俸給の格付に関する問題」でございます。これは巷間、文武官格差という言葉で言われている問題でございますけれども、旧軍人と文官の間に仮定俸給の格差が存するので是正すべきかどうかという問題でございます。それにつきまして「意見」といたしましては、本来恩給というのは、同時期で同じ俸給をもらっていて退職した人には、文武官を問わず同額であるのが相当であるけれども、文官の方には、先ほどもちょっと触れましたように、いわゆる官吏俸給制度、それから公務員の給与制度という移り変わりによるアンバランスのために何回かの是正をいたしておりますけれども、その是正は文官同士のことで是正をいたしたわけでございますが、その結果、今度は昔の文武官というものを比べますと、差ができているではないかということでございまして、その「意見」につきましては、最近の文官の格差是正というのは、文官においても長期在職者に限って行われているので、そういういきさつを考慮に入れて、できるだけの是正を行うことが適当であるというのが「意見」の(ア)でございます。 それから「意見」の(イ)の方には、将官とか佐官とか階級の高い人について格づけが低くなっておるではないか、文官に比して特に将官では二号、佐官においては一号低く格づけされているから、低く押えておく理由が乏しいので是正を行うことが適当であるという「意見」でございまして、それについて処理事項は、四ページの右に書いてございますけれども、四十四年の法律改正によりまして、長期在職の旧軍人の仮定俸給を、この「意見」に基づきまして、准士官以下は三号、尉官は二号、佐官は一号というふうに引き上げを行ったところでございます。 それから、昭和四十七年の改正におきまして、いわゆる短期の方は引き上げておりませんけれども、先ほどもちょっとほかの方にもありましたように、短期ではありますけれども、老齢者あるいは傷病者、それから戦没者の遺族等の仮定俸給につきましては、これは長期在職者並みに引き上げるという措置をいたしております。 したがいまして、この(1)の措置あるいは(2)の措置というようなことにおきまして、ほぼ答申どおりに実施されたことになると考えております。 以上が文武官格差の問題でございます。 それからその次に、旧軍人の特務士官等の仮定俸給に関する問題でございますが、旧特務士官の方々は同じ階級でも俸給が高かった、したがって新しい仮定俸給を設けたらどうかという問題でございますが、意見としては、これは戦前でもそういうようなことをやっておるわけでございますので、特務士官にだけそういう特別な措置をとるのは適当でないという消極的な意見でございます。 それからその次は、一時恩給の問題でございますけれども、実在職が三年以上七年未満の旧軍人に対する一時恩給の問題でございまして、こういう方にも一時恩給を支給したらどうかという問題でございまして、「意見」は、下士官以上の者については戦前でもそういう制度があったのだから、やるべきではないということが書かれてあります。兵の階級の人につきましては、これは戦前でもなかったのだから、したがって現行どおりでよろしいということでございまして、したがって、さっきの○×の表示のところは、訂正してあるかどうかわかりませんが、私たちは、そういう両方の意見でございますので△をつけさしていただいております。 これについての処理でございますけれども、これは四十六年の法律改正におきまして、下士官以上の旧軍人につきまして、答申どおり実施をいたしました。ただし、括弧書きに書いてございますように、下士官になったばかり、いわゆるポツダム下士官ではということで、下士官以上の在職年が一年以上の者に限るという制限はつけましたけれども、四十六年に法律改正をいたしました。そして四十九年には、この一年以上というのを六月以上というふうに制限を緩和いたしまして、五十年、今年の法律改正におきまして、そういう制限は全部撤廃をいたしましたので、下士官以上については、いわゆるポツダム伍長でも全部一時恩給がいくということになりましたとともに、答申の意見では消極的でございました兵の階級の一時恩給でございますが、これもその後の当委員会の審議等の附帯決議等々を総合勘案いたしまして、御承知のように、本年の法律改正におきまして、兵の階級の者にも拡大をいたしたというのがその後の経過でございます。 六ページに移りまして、次に「最低保障に関する問題」でございますが、最低保障の制度は、昭和四十一年に初めて恩給制度の中に取り入れたわけでございますけれども、この答申の出ました当時には六万円が最低保障の額でございましたけれども、これについて「意見」としては、「他の公的年金制度における最低保障額を参酌してある程度の増額を行なうことが適当である。」ということでございます。したがいまして、昭和四十四年の法律改正によりまして、答申どおり増額を行いまして、その後、先生方御存じのとおり逐年増額を行っております。御存じのとおり本年の改正におきましては、長期の在職者については四十二万という額に上がっておるわけでございます。 なおその間は、四十九年の法律改正におきまして、それまではいわゆる短期の方、主として軍人さんに多いのでございますけれども、加算年があって普通恩給に達しているという方でございますが、そういう短期の方々につきましても、六十五歳以上という制限はついておりますけれども、短期の在職者の方々にも最低保障の制度を創設をいたして、これも今年も上げさしていただいたわけでございます。 次に、傷病恩給に関する問題に入ります。 傷病恩給でございますけれども、第一番目の「問題点」の(ア)は、傷病恩給の年額は、戦前の普通公務の年額を基礎として算定しているが、これを、戦前の戦闘公務を基礎としたものに改めるかどうかの問題」、それから(イ)につきましては、階級差が撤廃されました昭和三十三年の傷病恩給の改善につきまして、「兵の恩給額を基礎として算定しているが、これを、下士官を基礎とした恩給額に改めるかどうかの問題」でございまして、これにつきまして「意見」といたしましては、現在のそういう考え方を変更する必要はないと書いてありまして、七ページに移りまして、一番上に、しかしながら、その年額そのものは、「障害及び障害の与える影響等の評価についてはなお問題が存すると考えられるので、他の公的年金制度との関連をも考慮して十分な検討を行なうことが必要である。」というふうに書いてあります。 そういう意見でございますので、印は×ではなくて△をつけさせていただいておりますけれども、これにつきましては、これも先生方十分御存じのとおり、昭和四十七年の法律改正におきまして、これは公務扶助料の方も二十四万円という最低保障額が設けられて大きく上がったときでございますけれども、傷病恩給の方も、それとの関連もございますし、この意見を尊重いたしまして、八十数%という大幅な傷病恩給の年額の増額を行っております。 次に、特別加給の問題でございますが、特別加給というのは、非常に重症の方について特別に加給をするということでございまして、昭和三十三年に初めて設けられたものでございますけれども、これにつきまして、これは三項症以上の方についているものですが、三項症以上の方にもつけるかどうかという問題の提起でございまして、それにつきましては、「意見」は消極的な意見でございます。 次に、「特別項症の増加恩給年額に関する問題」でございますが、特別項症というのは、第一項症よりももっと重い方ということでございまして、その年額につきましては、一項症の年額に五割増し以内というふうにその当時法律がなっておりましたのを、さらに増額するかどうかという問題でございまして、それにつきましては、「意見」は八ページの上に書いてございますけれども、「少なくとも十分の七程度まで引き上げることが適当である。」という答申をいただきましたので、昭和四十四年の法律改正により、答申どおり実施をいたしております。 次に、(4)の「増加恩給受給者の普通恩給に関する問題」でございまして、増加恩給という重度の傷病のために恩給をもらっている方についての普通恩給の年額計算の基礎になる仮定俸給の額を、他の普通恩給よりも高くするかどうかという問題でございますが、これにつきましては、「増加恩給受給者に給せられる普通恩給であるか、その他の者に支給される普通恩給であるかによって区別することは適当でない」という消極的意見でございます。 次に(5)でございますけれども、「普通恩給と併給される傷病年金の減額性に関する問題」でございます。傷病年金というのは、御存じのとおり程度の軽い方の傷病恩給でございますけれども、そういう方々が普通恩給をもらっている場合に、普通恩給をもらっておりますと傷病年金の額の方を一律に二五%減額をするという制度がこの当時の制度であったわけでございますけれども、それについて、この減額制を廃止するかどうかという問題でございます。 「意見」としましては、一款症である傷病年金と増加恩給の一番下である七項症の額の逆転の問題等もあって、この制限を廃止することはかえって適当な措置ではないという消極意見でございますが、「しかしながら」というふうに書いてございまして、その「しかしながら」以下のところは、普通恩給の方でいわゆる加算恩給をもらっているという方がたくさんいるわけでございますが、そういう加算恩給の場合には、やはり先ほどちょっと触れました加算減算率ということで減算をいたしておったわけでございますけれども、この加算減算を行わないか緩和することが適当であるという「意見」でございます。私たちがお配りしました資料には、その(5)のところは、たしか○というふうにお書きした思いますけれども、お配りしましてからちょっと反省をいたしておりますけれども、いま申しましたような「意見」でございますので、あるいは△の方が適当ではなかったかというふうに思い直しております。ごめんどうですが、私たちの気持ちとしては△の方が適当だと思いますので、御訂正を願えればと思います。 その「意見」に対しまして、どういうふうに改正をしたかと申しますと、「しかしながら、」以下のところをそのまま法律改正さしていただきまして、傷病年金に併給されている加算恩給については、加算減算をしないということを昭和四十四年の法律改正で行いました。なお、上の方の消極意見でございます二五%減という問題につきましては、その後いろいろ検討をいたしました結果、四十九年の法律改正によりまして、この減額率は少し高過ぎるのではないかということで、二五%から一五%減というふうに緩和をいたした次第でございます。 次に、(6)のいわゆる特例傷病恩給でございます。特例傷病恩給というのは、内地等におきまして、公務そのものではないけれども、職務に関連をして負傷、疾病した場合の問題でございまして、これは古くから特例扶助料というものがございました。亡くなった場合には特例扶助料が出ていたわけでございますが、特例傷病恩給というのはこの時代までなかったわけでございます。そこで、この問題が問題点として諮問といいますか、検討をされました結果、九ページに「意見」が書いてございますように、そういうものについても「傷病恩給の処遇に準じた措置を講ずることが適当である。」という意見でございまして、昭和四十六年の法律改正によりまして、答申どおり実施をいたしました。 次に、「扶養家族加給に関する問題」でございまして、(7)でございます。(ア)の方は、その当時年額は四千八百円でございましたけれども、これを増額するかどうかという問題でございまして、「公務員給与における扶養手当の改善が行なわれてきた事情等を考慮して相応の増額を行なうことが適当である。」という御答申をいただきまして、四十四年の法改正により実施し、その後毎年、公務員給与の扶養手当の増額にあわせまして増額をさしていただいている次第でございます。 それから(イ)の傷病年金扶養家族加給で、いわゆる程度の低い方の傷病年金の扶養家族の加給は、これは受給者の妻の分だけが支給されているわけでございますけれども、この制限を廃止するかどうかという問題について、答申の「意見」は、その(イ)に書いてございますように、これは妻だけを特例として認めたのだからそのほかに拡大をすることは適当でないという御答申でございました。十ページの上の方に書いてございます。 (8)でございますけれども、増加恩給の受給者が公務でなくて死亡した場合に、そういう場合でも公務扶助料を給するかどうかという問題でございます。これは「意見」としてそこに書いてございますように、公務扶助料というのは、公務のために死亡した者の遺族に給されるものだから、増加恩給を受けていたといっても、公務外でそのほかの御病気なり何なりで亡くなられた場合には、これは公務扶助料を支給することは適当でないという意見でございます。そこで「しかしながら」という後段がございますので、印は×と〇にさせていただいておりますけれども、「しかしながら」というところは、「しかしながら、増加恩給受給者が非公務により死亡した場合に給する扶助料の年額については、昭和二十八年当時におけるその年額と公務扶助料の年額との給付の均衡等を考慮して必要な改訂を行なうことが適当である。」というふうな意見でございますので、後段につきましては、四十五年の法改正により答申どおり実施をいたしたわけでございます。 次が「目症程度の傷病者に関する問題」であります。目症といいますのは、項症、款症、その下のもう少しさらに程度の低い傷を受けた方、病気になった方の問題でございますが、「目症程度の傷病者に関する問題」につきましては、「意見」に書いてございますように、これは戦前においても、一時金のみで年金の支給はなかったし、他の公的年金制度にも、こういう程度の年金はないので適当ではないという意見でございます。 次に、「傷病年金受給者の遺族に関する問題」でございますが、これは巷間、款症妻などという言葉で言われている場合がございますけれども、程度の軽い傷病年金を受けている方が公務外で亡くなった場合の扶助料の問題でございますけれども、「意見」といたしましては、普通恩給を受けていなかった傷病年金受給者について、公務外の原因で死亡した場合には扶助料を給することは適当でないという消極意見でございます。 次に、(11)の「有期の傷病年金でございますが、これは法律制度の問題というよりも運用の問題だと思いますけれども、有期、すなわち、五年ごとに程度を見直す制度がございますが、そういう傷病恩給はすべて無期にしたらどうかという問題点でございますが、「意見」といたしましては、「医学的にみて将来その症状の程度が低下し、またはその症状が回復すると認められるものについてまで無期の傷病恩給を給することは適当でない。」という御意見であります。 次に、5の「外国政府職員等の恩給に関する問題」でありますが、まず、そのうちの(1)は、外国政府職員あるいは外国特殊法人等の公務員を退職して、その後にいわゆる恩給法上の公務員にならなかった人の最終俸給月額の計算の仕方についてでありますけれども、これは現在の法律制度におきましては、その前にこの方は当然恩給法上の公務員があるわけでございますので、その公務員を退職した当時の俸給年額を、一年について四・五%ずつふえていくという計算で現在計算をする制度になっております。その四・五%というのを増率するかどうかという問題についてでありますけれども、この四・五%という率は、戦前における一般公務員の昇給率を考慮して定めたものであるから、これを増率することは適当でないという御意見であります。 次に、(2)の「外国政府職員または外国特殊法人職員としての在職期間の通算に関する問題」でありますけれども、これにつきましては消極意見が、十二ページの上から数行目に書いてありますように、ありましたけれども、これは議員修正でありましたけれども、四十三年の法律改正によってそういう制限は廃止をされております。したがってこれは消極意見でございましたけれども、そういう修正の法改正がございました。 (3)の「外国政府職員等の抑留または留用された期間の通算に関する問題」でありますけれども、これは、外国政府職員等が終戦後において抑留されたようなときに、その期間も通算すべきかどうかという問題で、これは積極的意見で通算することが適当ということでございまして、昭和四十六年の法改正によって答申どおり実施をいたしております。 (4)の「普通恩給権を得て外国政府職員等となった者の通算に関する問題」でありますけれども、これは、外国政府職員等の在職期間の通算について、すでに最短恩給年限に達している人についてはそういう措置がとられてなかったわけでございますけれども、それは不当ではないかという問題点でありまして、これは「通算上差別して考えることは適当でないので、この要件を廃止すべきである」と、十二ページの終わりから十三ページの初めにかけて書いてありますような御意見でありますので、昭和四十六年の法改正によって答申どおり実施をいたしております。 それから(5)は、外国政府職員等の在職期間を恩給公務員期間に通算をいたします場合に、昭和二十年八月八日まで外国政府職員としていたという要件がございましたが、これについて、八月八日まで在職していたという要件を廃止するかどうかという問題点につきましては、消極意見でございまして、十三ページの真ん中に書いてございますように、「二十年八月八日前に自己の意思により外国政府職員等を退職した者についてまで通算の措置を及ぼすことは適当でない。」ということでございました。しかしながら、これにつきましては、右の処理意見に書いてございますように、これもちょっと(1)の方はそのケースと違うのですけれども、二十年八月八日前に外国政府職員を退職したけれども、引き続いて恩給法上の公務員になって八月八日までいたというケースの方も、これは外れてしまっていたわけでございますけれども、そういう人については四十七年の改正について通算をいたしましたし、それから四十九年、昨年の改正におきまして、これは消極意見と申しましたけれども、これは「自己の意思により」と意見の方にも書いてございますので、あるいはそのとおりということになるかもしれませんけれども、自己の意思によらず退職した者についても、八月八日という厳密な線がございましたので、従来は通算されておりませんでしたけれども、八月八日前であっても、たとえば、命令でよその方に行かされる、あるいは公務傷病的な病気やおけがでその職から離れたというふうな特別な場合に限りまして、自己の意思によらず退職した外国政府職員等の在職期間についても、昨年の改正で改善をさしていただいたところであります。 (6)は外国政府職員等の在職期間の通算のもう一つのケースでございますけれども、そういう職員になるためにこちらの公務員を退職したという要件がございます。勝手にやめて勝手に行ったのではいかぬということでありまして、そういうふうになるために退職をしたという要件がございましたけれども、これについての問題につきましては、そういう場合でも、「意見」に書いてございますように、「従来実情にそぐわない面もあったので、事実上外国政府職員等となるため公務員を退職したものと認められる事例については、通算措置を講ずるよう配慮すべきである。」という御意見でありました。これを、そういう事実上全く同じように考えられる者については認められるように、法律改正を四十六年にいたしました。 なお、やはりこれと関連があると言えばあるのでそこに書きましたけれども、(2)に書きましたように、昨年の法律改正によりまして、こちらの公務員を退職した後本属庁その他の官公署の勧めがありまして、そういう勧めに従って、要請に応じて外国政府職員等となった者についても在職期間の通算をするように改正をさせていただいたところであります。 (7)の「外国政府職員として公務死した者の遺族に対する公務扶助料の支給に関する問題」でございますけれども、これについては「意見」は、やはり恩給制度というものは公務員を対象とした年金制度なんだから、それは無理であるということで消極意見であります。 それから次に、「旧北支新民会および在外国策会社等の職員期間の通算に関する問題」は、外国政府あるいは外国法人、あるいは特殊機関ということの拡大の問題でありますけれども、例として北支新民会、北支那開発株式会社、満州農産公社、拓殖公社、農産物検査所、開拓保健団等の在外国策機関及び在外国策会社の職員期間の通算であります。これらにつきましては審議会の意見は、恩給制度というものは公務員を対象とした年金制度だからやはり適当ではないという消極意見でありましたが、四十七年の法律改正におきまして、こういうものの中でも、いわゆる公社組織をとっておりますもの、それからすでに入っておりました上海工部局等とのバランスから入れるべきであるということで、コロンス共同租界工部局、この組織につきましては、やはり行政機関的な、代行的な色彩が強いということで通算をするような措置をいたしております。 それから次に、満鉄社員に対する恩給の問題で、これは満鉄そのものは、もちろん先ほど申しました特殊法人ということで、外国の法人ということで入っているわけでございますが、初めから終わりまで満鉄にいた人という例でございますけれども、そういう方についても恩給を給するべきかどうかという問題、これにつきましては、やはり全然公務員の経歴を有しない方でございますので、恩給を給することは適当でないということで消極意見であります。 大きな第六番目は琉球政府職員の問題でございまして、(1)は「琉球政府職員についての恩給の基礎俸給に関する問題」であります。これにつきましては(ア)と(イ)の問題がございまして、先ほど四・五%の話がありましたけれども、琉球政府の職員の場合の計算の仕方についても同じような措置が行われておりますが、これを改めるかどうかという問題が第一点。第二点は琉球政府の特定郵便局長の恩給年額の問題であります。これに対して「意見」は、その恩給年額も本土の公務員に準じて、琉球政府の職員を退職したときの俸給を基礎とすることが合理的であると思われるけれども、四十三年の答申でありますが、その現状においては技術的な困難な問題もあるので、今後十分検討することが適当であるという意見でありまして、したがって△をつけましたけれども、その後のその処理についてでありますけれども、昭和四十五年の改正によりまして、琉球政府職員の恩給の仮定俸給を一律に三号アップをいたしております。それから四十七年の法律改正におきまして、「琉球政府職員の恩給は、本土公務員と同様に、原則として琉球政府職員を退職したときの俸給を基礎とする」というふうに改正をいたしました。したがいまして、もちろん沖繩が本土復帰してからはこちらと全く同じでございますが、その当時の「意見」につきましても、いま言いました二点によりまして、答申の趣旨を生かした改正がなされたというふうに思っております。 それから、本土の公務員であった人が戦後沖繩に引き揚げまして琉球政府職員となった場合の公務員期間の通算でございますが、それまではそういうことがなかったわけでありますが、これにつきましては、その意見が十五ページの下の方に書いてございますように、同じようにそういうものの通算をする措置を講ずることが適当であるというふうな答申でございまして、四十四年の改正によりまして、答申どおり実施をいたしております。 それから(3)は、普通恩給権がすでにありました方が琉球政府職員となったという、そういう旧外地の官公署の職責の通算の問題であります。十六ページに入らしていただきますが、これは公務員期間がすでに普通恩給の年限に達している方については通算を認められておらなかったわけでありますけれども、これは「通算することが適当である。」という御意見でございましたので、昭和四十四年の法改正で答申どおり実施をいたしました。 次はもとの沖繩県の吏員の方の恩給でありますけれども、こういう方に恩給を給するかどうかという問題でございますが、これは「恩給制度において処理することは適当でない。」ということで消極意見でございまして、これは右に書いてございますように、琉球政府の立法によって措置をされた次第であります。 それから項目が変わりまして、7は「特殊扶助料に関する問題」であります。特例扶助料の支給の条件が、大東亜戦争以後における内地等の発病等でございまして、十六年十二月八日以後という制限がございますが、それ以前のものも及ぼしたらどうかという問題。それからその当時はいろいろな厳格な縛りがございまして、在職期間経過後死亡した場合には、在職期間経過後四年であるとか、結核については十二年であるとか、そういうふうな条件がございましたけれども、その問題。それからその特例扶助料の額を公務扶助料の額の七割以上に引き上げるかどうかという問題でございます。その当時、階級によって違いますけれども、兵の階級で申せば六割程度だったわけでありますけれども、その問題がございます。 以上の三点の問題につきましては、第一番目の「意見」につきましては消極意見、それから第二番目と第三番目の「意見」につきましては積極意見でございましたので、第二番目と第三番目につきまして、右に書いてございますように、四十四年、四十五年の法改正によって答申の精神に沿うような改正をいたしております。 なお、その三番目に「(イ)については、昭和四十五年の法改正により、公務扶助料の倍率の改善に準じ倍率を引き上げた。」と書いてありますけれども、これは増加非公死扶助料の倍率に準じてという方が正確でございますので、訂正をしていただければ幸いだと思います。この結果、現存、兵の階級で申しますれば、六割でなくて、公務扶助料に対して七割五分の率に改善をされているわけでございます。 それから(1)の問題でございますけれども、(1)の問題は消極意見でございまして、恩給の方では措置をされておりませんけれども、厚生省所管の援護法の改正によりまして、四十七年と書いてございますが、これもちょっとミスプリントで申しわけありませんが、四十六年でございます。この四十六年の援護法の改正によりまして、そういう方々についても遺族年金が支給されるように道が開かれております。 次に8に移りますけれども、戦犯者あるいは公職追放者の問題でございます。戦争犯罪者として拘禁された期間の加算年の問題でありますけれども、これにつきましては、十八ページの上の方に書いてございますように、抑留期間に認められている加算期間と同程度の加算年をつけることが適当であるという御意見でありますので、四十五年の法改正によりそのとおり実施をいたしました。なお、四十八年の法改正によって、有罪とならなかった場合についても、戦犯容疑者としての拘禁期間に対して加算年を認めるような措置をいたしております。(2)に書いてあるとおりでございます。 それから十八ページの(2)でございますけれども、拘禁期間の通算につきましては、最短恩給年限に達していないという条件、あるいは最短恩給年限に達するまでだという限度がございましたけれども、それについては、その条件を廃止することが適当であるという御意見でございますので、四十六年の法改正によって答申どおり実施をいたしております。 それから(3)の公職追放期間の問題でありますけれども、これにつきましては、十八ページに意見が書いてございますように、「この期間を公務員期間に通算することは適当でない。」という消極意見であります。 (4)の「公職追放者に対する一時金支給に関する問題」であります。これは、十九ページの方に移りますけれども、追放の期間がございまして、追放解除時に一時恩給を給されました、金高は追放時のベースによって。昭和三十九年に、これらの者のうち七年以上勤務した者については、追放時と解除時との間の貨幣価値の差を是正するための措置として、解除時のベースによって計算した一時恩給相当額の一時金が給されておりますけれども、これは七年以上という方でございまして、三年以上七年未満の方についてはそういう措置がとられておらなかったわけでありますが、そういう方についてどうするかという問題につきましては、やはりそういうふうな措置をすることが適当であるという御意見でございまして、昭和四十六年に答申どおり実施をいたしております。 その他の問題でありますけれども、「未帰還公務員の退職時期に関する問題」でありますが、未帰還の方々につきましては、二十八年の八月一日までに帰国していない方については、その七月三十一日にすでに恩給年限に達している方についてはその日に、そしてその後恩給年限に達する方についてはその日に、それぞれ退職したものとしまして恩給を給することにしているわけでございますけれども、そういう制限を廃止して、その後の在職期間も算入するかどうかという問題につきましては、「意見」に書いてございますように、「退職とみなされた日から帰国した日までの期間は、普通恩給の基礎在職年に算人することが適当である。」という意見でありますので、四十四年の法改正によって答申どおり実施をいたしたところであります。 (2)の教育職員から文官に転じた者の勤続加給でありますけれども、第一番目は、教育職員が、文官であるたとえば視学でございますとか、あるいは教育委員会の事務局の職員に転じて、さらにまた教育職員に戻った場合でございますけれども、そういうふうに離れております場合には、勤続加給を認められておらなかったわけでありますけれども、その問題については、そういう場合には前後を通算するのが適当であるという御答申でございますので、右に書いてございますように、四十五年の法改正によって実施をいたしております。 なお、これに関連をいたしまして、関係のあります改正が二、三行われておりますので、右に書いてございますが、これは警察職員から警察文官になってまた警察職員になったというような方、それから教育職員から教育事務に従事する待遇職員になってまた教育職員になったような方、これも同じようなものでございますので、四十七年の法律改正によって改正をいたしましたし、それから四十八年、四十九年の改正によって、右側の(3)と(4)に書いてございますような、戦後の学制改革によりまして旧制中学から新制中学の先生になった方の勤続加給、あるいは師範学校の付属小学校の先生の勤続加給を三百分の一から百五十分の一に改めるような改正、あるいは小学校教員から中学校、中学校から小難校というように引き続いてなった方の勤続加給の問題等の改正を、これは直接関係ございませんが、関連する問題としてやっておりますので、右の方に挙げさせていただきました。 次に、恩給外所得、いわゆる多額停止と称されるものでございますけれども、これにつきましては、現在多額停止の制度がありますが、その当時もあったわけでございますけれども、これについての「問題点」、それから「意見」でございますが、「意見」は、こういうふうな多額停止の問題は、昭和八年の当時の緊縮財政の問題であるし、それからほかの制度ではないし、なお税法上の措置によってこういう目的も達せられるのであり、かつ、行政事務の能率等からいってもこれを存置する必要性は乏しいという消極意見でありますけれども、その後段におきまして、「したがって、さしあたっては少なくともその停止率」、当時五割であったと思いますが、「その停止率を制度創設当時の率に改める」、それから「停止基準額についても、制度創設当時の額を基礎として今日の貨幣価値にしたがって引き直すよう改めることが適当である。」という御意見でございましたので、右に書いてございますように、四十六年の法改正によって五割は二割に、それから昭和四十八年の法改正によって停止基準額を、昭和八年のときの額等を参考にいたしまして大幅に引き上げて改善をいたしております。 それから(4)の「夫に給する扶助料の支給条件に関する問題」でありますけれども、これは夫と妻ではちょっと条件が違って、妻の場合にはいろいろな制限がございませんけれども、夫については、生活の資料がないとか、あるいは障害の程度とかいろいろ制限がございますが、それについての意見でございます。これは妻と夫のわが国の家庭の実態における一般的な生活依存の状態から見て、必ずしも同じにする必要はない。しかしながら、その当時から公務員たる妻の収入により生計を維持していたという特殊事情が存する夫については、その当時の制度を改めて条件を緩和することが適当であるということでございまして、昭和四十六年の法改正によって、「しかしながら」以下のことについて改正をいたしたわけでございます。 それから(5)の「旧日本医療団職員期間の通算の問題」でございますけれども、これも最短恩給年限に達するまでを限度としてという制限がございましたが、これは廃止することが適当であるという御意見でございまして、昭和四十五年の法改正によって答申どおり実施をいたしました。 (6)の「国際電気通信株式会社の社員となった旧南洋庁の公務員の恩給に関する問題」でありますけれども、これにつきましても、御意見は通算するのが適当であるということでございまして、四十五年の法改正によって答申どおり実施をいたしております。 (7)は、これは先ごろの国会におきましても問題になった点でございますが、「内地等における日赤救護員期間の通算に関する問題」であります。「問題点」は、事変地または戦地における勤務期間に限って公務員期間に通算しておるけれども、内地等はどうかということでございます。これについて「意見」は、これらの地域における勤務の特殊性に着目したのであるから、それ以外のところまで及ぼすことは適当でないという御意見であります。 それから同じく日赤関係でございますけれども、戦地等について加算をつけるかどうかという問題であります。これについての御意見も、日赤救護員というものは本来公務員ではないということであるので、勤務の類似性のみに着目して公務員と同様の加算措置を認めることは適当でないという消極意見であります。 それから第九番目の雇傭人期間を公務員期間に通算するかどうかという問題でありますけれども、これにつきましても、恩給制度がいわゆる官吏またはこれに相当するものを対象としている制度であるから、通算することは適当でないという消極意見であります。 最後に「旧外地市町村類似団体に勤務していた職員の恩給に関する問題」でありますけれども、この問題につきましても、これは恩給において措置をすることは適当でないという消極意見であります。 以上、大変はしょってお話をいたしましたし、物によりましては、非常に細かい問題で技術的な問題でございますので、おわかりにくかった点があると思いますけれども、以上のようなことが恩給審議会の答申の個別問題とそのときの意見、それからその後のそれをどういうふうに扱ってきたかという経過のあらましであります。 以上で説明を終わらしていただきます。
○加藤小委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○加藤小委員長 速記を始めて。 これより懇談に入ります。 ————◇————— 〔午後四時二十八分懇談に入る〕 〔午後四時三十三分懇談を終わる〕 ————◇—————
○加藤小委員長 これにて懇談を閉じます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中路君。
○中路小委員 いま説明をいただいた中で一、二点具体例でちょっと質問をしておきたいのですが、七ページの「特別加給の支給範囲に関する問題」で「第二項症以上の」云々というところがありますね。「第三項症以下の傷病恩給受給者に対しても、これに準ずる特別加給を給するかどうかの問題である。」ということで、「意見」としては消極的な意見がここに出ているわけなんですが、これとの関連で、適用の実例を見ますと、いままで特別加給の範囲が特項、一項、二項までとされているわけですが、実際に私たちのところへよく陳情や話があるのは、三項症以下の人たちが来られる例を見ますと、実際には非常にひどいのがずいぶんあるわけですね。その点でどういうところに基準を設けられたのか。これによっては、この提起されている問題を取り入れないと実態に合わないのじゃないかというように思うのですよ。 簡単に一つの例で言いますと、板橋区赤塚二の二十に住んでおられる中山義孝さんという方が最近来られたのですが、関係の方の話を聞きますと、目から弾丸が入って耳のところから出て、負傷のときからあごがほとんど動かない、流動食をずっと食べているのですね。現在ほとんど寝たきり、大小便もおむつを使っている。精神障害も起こしているわけですけれども、有期の四項症の認定を五年前に受けている。実際にこういう症状だとすると私は一項症くらいは当然だと思うのですが、こういう人まで四項症にしているということになると、特別加給は当然三項症以下にも適用すべきだという意見にならざるを得ないのですが、いま挙げた実例の場合、四項症というのはこういう範囲になるのかということに疑問があるので、それが一点。 それからもう一点だけ、きょうは時間もあれですから簡単にしますけれども、例の取り上げました日赤の看護婦さんの例です。これはまあ日赤の雇用だからということが大きいわけですけれども、実際には徴用の人たちと違って、日赤の看護婦さんでも赤紙で強制召集されているという点ではやはり特例を設けるべきじゃないか。同じような強制の召集なんですね。だから私ここに持ってきたのですが、御存じだと思いますが文字どおり赤紙ですね、召集状と書いてある。甲種救護看護婦小松美枝子、救護班補充要員として召集する、よって二月二十五日午前九時、高知のどこどこに召集状をもって出てこいという赤紙の召集ですね。戦地まで行っているわけです。それで抑留されているということでは、日赤の雇用だということで外すのはどうか。中身から見れば軍人や軍属と全く同じ状態ですね。戦時召集状とここにもありますけれども、みんなこういう赤紙で召集されているという点では考慮すべきだと思うのです。この点の意見だけ、さっきの説明でもそこのところがちょっと納得できないので、簡単でいいですから説明を聞いておきたい。論議はまた別の機会にいたします。
○菅野政府委員 二点ございまして、一点目が特別加給に関連した問題でございますけれども、特別加給ができましたのは、特別重い方、日常常時介護を必要とするという程度以上の方に特別な加給としてなされているわけでございますので、答申にありますように、やはりそれは二項くらいまでではなかろうかというふうに私たちはいままでも思っております。 先生の挙げられた例は、お話だけではちょっとわかりませんけれども、大変重いように思われます。そういう方の格づけの問題になりますと、これはまた別の問題でございまして、たとえば四項になって、有期であっても、あるいは無期であってもあれなんですけれども、その傷そのものがもっと重くなってまいりますれば、私ども爾後重症と言っておりますが、後にさらに重くなったということで、もっと高い認定をしろという請求がいつでもできるわけでございますので、そういうことによって四項の人が三項になり二項になったという例は幾らもあります。もちろんたまたま公務以外のほかのことで傷が重くなったというのは別でございますけれども、そういう私傷が加わったのではなくて、だんだん重くなったということならば、そういう請求を出していただければ格づけが上がることはたくさんございますので、具体的な例の場合には御相談をいただきたいと思います。 それから二番目の日赤の問題でございますけれども、これは大変むずかしい問題で、いま先生が御指摘になったような問題がありますので、私たちも十分慎重に検討しなければいかぬと思います。ただ、同じ召集といいましても、まず日赤に入るかどうかという自由はもちろんあったわけでございます。それから日赤の救護員になるかどうかという自由もあったわけでございまして、軍人さんの召集の場合とはいささか趣を異にするように思います。しかしながら、やはりそういうふうに一度なるという応諾をした以上は、確かに召集という形をとっております。日赤ではありますけれども召集という形をとっておりますし、それから現に戦地、事変地に行っておられますので、これまたそういう面から見ますれば、普通の徴用の方とは少し違うような感じもいたします。そこら辺大変むずかしい問題がございますので、さらに検討させていただきたいと思います。
○和田(貞)小委員 これも先ほどの説明の中にもちょっと触れておられたわけですが、現職公務員の給与と共済年金、恩給の水準の格差の実態、これはやむを得ないということ。それから退職年次によるところの年金額の格差、これも是正していったということですが、これらの問題についてはもう完了しておるのだというように考えておられるのかどうかということが一つですね。 それから、来年度の予算の編成時期でもあるわけですから、恩給局は恩給局なりに予算要求されておると思いますが、一つは、本年度の公務員の給与のアップ率、来年度の恩給額の改定についてもそれを取り入れるように努力しておるのか。またその見通し。それから遺族年金については、委員会において総務長官もしかとその数字まで出されて、一挙に八〇%ということにはならないけれども、一応来年度は七〇%ということを目途にしてその実施のために努力すると、こういうことでありましたが、大蔵省が非常に抵抗しておるということも耳にするわけなんですが、まあこれについても恩給局として予算要求をしておるのか、実施に踏み切ろうとしておるのか、またその見通し。この三つについてひとつお答え願いたい。
○菅野政府委員 順次お答え申し上げます。 退職年次別格差ですが、これはいろんな要素がありまして、昔やめた人の方が悪いぞという問題の指摘の中にいろんな問題がございます。たとえば現在やめている方というのは——現在だけではございませんけれども、過去十数年やめておられる方というのは、共済組合でやめているわけでございまして、恩給の人は、国家公務員で言えば三十四年、地方公務員で言えば三十七年まででございます。その共済の額と恩給の額と端的に比較されまして、何か非常に悪いというふうに言われる方もあるわけでございますけれども、それは制度の仕組み、たとえば支給率なども違うわけでございまして、そういうのはあれなんですけれども、一般的に昔の人の方が悪いのではないかという問題点の意識は確かにございまして、先ほど御説明申し上げましたように、一番最初のところでございましたか、まあ七十歳以上という制限はありますけれども、四号アップなどをしたのも一つはそのせいでございます。 そういうことでございますけれども、後、二十三年を境にした調整というのは過去数回やりまして、これはほぼなくなったんじゃないかというふうに思っております。 したがって、一般的に過去の人が損だという問題についてでございますけれども、これにつきましては、先ほど申しました四号アップなどをやりまして、かなり是正をされているというふうに感じていますけれども、その他なおそういうお話なり御意見なりが強いものですから、われわれとしても十分調査をしたいということで、今年度も実例を、国家公務員についてでございますけれども、いろいろ調査を始めているところでございます。 それから後、来年度の予算に関しまして二点御質問がございまして、一つはアップ率の問題、それから一つは扶助料等の遺族の年金の問題でございますけれども、これにつきましては、現在の段階では大蔵省の方に出して説明している段階でございますので、その見通し等については、この席ではっきり申し上げるわけにいきませんけれども、たとえばこの委員会でしばしば問題になりました一律アップの問題等につきましては、予算要求におきましては、今年度の公務員の給与改正の傾向をもっともっと、一律でなくて各号俸ごとにより忠実に反映をするようにということで要求をいたしておるところでございます。 それから遺族に関する年金につきましては、これはほかの厚生年金等の大きな問題を控えておりまして、まあ私たちとしても苦慮をしておるところでございますけれども、これは五〇を一遍に飛躍するわけにはまいらないと思いますけれども、そういう趣旨を含めて大蔵省の方と話し合いをする。要するに五〇の率を、これは大正十二年以来動いてないわけでございますけれども、少しでも増率をするという形で目標に持っていけるような形の要求をいたしております。これからも努力をいたしたいというふうに思います。
○加藤小委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後四時四十六分散会