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75回国会参議院1975/03/14

予算委員会公聴会 第1号

発言数
88
登壇者
23
会派数
4
開催日
1975/03/14

会議録

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。  公聴会の問題は、昭和五十年度総予算についてであります。  この際、公述人の方に一言ごあいさつを申し上げます。本日は、御多忙中にもかかわりませず、本委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。  それでは、議事の進め方につきまして申し上げますが、お手元にお配りいたしました名簿の順に従いまして、お一人約二十分の御意見をお述べ願いたいと存じます。お二人の公述人から御意見をお述べいただきました後、委員の皆様から質疑がありました場合はお答えをお願いいたしたいと存じます。  それでは、武田公述人から御意見をお述べいただきたいと思います。武田公述人。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) 最初、現在日本の農業が直面しております最大の問題でございます食糧自給についての、私の所見をお聞き取り願いまして、その角度から五十年度予算案についての私の感じたところをお聞き取り願いたいと、こういうふうに思います。  お手元に、部数が少のうございましたが、お配りいただきました資料によりまして、いま日本の一般通念といたしましては、人口が多くて耕地が少ないから高度の食糧自給は困難だと、こういう迷信が非常に一般化しておりますけれども、現在程度の食生活を賄うくらいの食糧であれば、コーヒーとかバナナとか、こういう嗜好品は別として、一〇〇%自給することも技術的には十分の可能性がございます。「下表にその一構想を示す。」と、表が出ておりますが、最初四十八年度に輸入した主要食糧を挙げますと、小麦が五百四十万トン、大豆が三百六十万トン、トウモロコシその他飼料が千百万トン、これはでん粉の原料としてのトウモロコシも百万トンほど入っております。それから粗糖が二百四十万トン、果物が九十三万トン、この程度でございます。国内で生産したものを合わせまして、大体現段階の所要量を小麦六百万トン、大豆四百万トン、トウモロコシその他飼料が千二百万トン、粗糖三百二十万トン、玄米千二百万トン、芋類六百万トン、野菜千八百万トン、果物八百万トン、牧草一億トンと、こういう形に計算いたしますと、そこに挙げました程度の、米麦は十トンの可能性はこれはもちろん十分あると思いますし、大豆も四トンぐらいの可能性は十分あると思います。  一番大きな問題は家畜の飼料でございますが、私の見解では、その半ばは麦類でまかない、その半ばは牧草を乾かしたものを適当に調製して充てたらどうか、そういう考え方を持っております。これには後ほど御説明を申し上げます。それから砂糖は、これは粗糖を輸入して精糖するわけでございますが、もし、砂糖大根ですね、てん菜を主として充てるということになりますと、ヘクタ−ル当たり六・五トン程度の収量が期待されますので、まず大体総作付面積としては七百九十万ヘクタール、牧草とか果樹とかあるいは桑畑、お茶畑など通年作物を二倍に計算いたしますと、延べ面積は九百四十万ヘクタールになります。そういうことで、現在五百数十万ヘクタールの耕地に対して、これを一定の輪作方式を踏んでどう作付けるか、こういう国全体の考え方に立てば、不可能な問題とは考えられないわけであります。  これに若干の説明を加えますと、トウモロコシその他の飼料穀物は、国内で自給するには、いま申しましたとおり麦類と乾燥牧草で代替することが得策でございます。麦類は、これは裏作でございますので、特にその利点があります。良質の牧草を、適当な時期に刈り取った牧草を人工乾燥いたしますというと、穀物よりもたくさんのたん白質とビタミンを含んでおります。カロリーは八割ぐらい。やや落ちます。しかし、麦類と良質の牧草を乾かしたものを合わせまして適当に調製すれば、カロリーも高いし、たん白質も高過ぎず低過ぎず、ビタミンは豊富と、理想的な飼料が得られるはずであります。乳牛、肉牛にはこれはもう問題は全くございませんが、豚や鶏のような消化器の短いものに対しましては、この種類の飼料をできるだけたくさん供給するという給与技術の開発を急ぎたいと思います。特にバクテリアを処理することが大事で、この可能性は非常にあると思います。   〔委員長退席、理事柳田桃太郎君着席〕 豚の場合には、恐らく三分の二くらいはこの飼料で十分ではないかというふうに考えております。特に、牧草のヘクタール当たり生産量は、これは生草で百五十トンから二百トン、特に関東以西では二百トンが十分期待できますので、干し草にして三十トン、ということは、米、麦よりも五倍ぐらいの、栄養価値は余り変わらない飼料が得られるということでございまして、これから日本の飼料問題の解決のかぎは、牧草をいかに増産し、いかに調製し、いかに給与技術を開発するかということになります。  砂糖は主としててん菜、これは先ほど申しましたように、ヘクタール当たり生産量五十トンは十分期待できますので、歩どまり一三%として、ヘクタール六・五トンと。  この「構想」は、自給可能であることを示すにとどまっておりまして、現実に一〇〇%自給するかどうか、これは国際的な政治情勢、あるいは国内の経済情勢いかんによって決定すべき問題でございますけれども、私ども一応食糧を供給することを考える側といたしましては、時と場合、方法によっては一〇〇%自給も不可能ではないということを国民の常識として一般化することが大事ではないかと、そういうふうに思います。平常時には、総合自給率を八〇%程度にしておくことがあるいは穏当かもしれません。また、現在の食生活が非常に現在の日本の国民にとって理想的であるとは思えませんので、これはまた別に、日本人の食生活をどういうふうに持っていくのが本当の意味でいいのかということは別に検討する必要がございますけれども、いまは現在程度の食生活を賄う場合には、それは十分自給可能であると、そういうことを申し上げたわけであります。  「ヘクタール当たり生産目標」につきましては、いま平均的な生産量は、玄米で四・七トン、麦類は二・五トンから三トン、大豆はわずかに一・三トン、牧草は百トン、てん菜は四十トン、野菜は二十五トン、果物は十五トンから二十トン程度でございますけれども、ここに挙げました数字は、まずお米で三、四割、畑作物では二倍あるいはそれ以上の数字を挙げております。これを生産目標が高過ぎると考えていただきたくないと、こういうふうに考えております。いまの生産水準は、水稲を除きまして、先進農業国一般に比べると非常に低うございまして、麦類のごときは、デンマーク、オランダその他に比べると、半分よりちょっと多い程度の、非常に反当収量が悪うございます。しかし、これは農家に能力がないのでなくて、条件が整っておらないということが最大の問題であります。  第一は耕地整備、いま新日鉄その他が世界を圧するほどの生産性を上げておりますのは、生産の設備が最新最鋭の技術を導入しまして、良質の製品の低コスト生産に成功しておるからでございまして、農業ではこの経済原則論から離れて、田や畑、果樹園の設備をりっぱにするということについて、農家が理解ができなくていやがるとか、予算が足りないとか、こういうようなことで最高の生産性を探求する耕地整備が行われておらない、これが最大の問題でございます。  今日、日本の食生活というのは、私どもの側から申しますと戦争状態だと思います。危機の真っただ中にある。供給者アメリカに対して、需要する方は、発展途上国は買うお金がありませんから、まず日本と競争はしないでしょう。ヨーロッパは九割自給しておって、いざとなれば一〇〇%自給する体制を持っております。したがって、アメリカの食べ物を日本と競争して買う相手は、ソ連と中国であります。どちらも膨大な人口を持っておりますし、そして、どちらも農業災害に非常に弱い体質を持っております。したがって、これから先、気象学者の警告のように地球がだんだん冷たくなっていくというような場合に、ソ連、中共は頻々と農業災害を受けるはずでございまして、大量の食べ物をアメリカの前にソ連、中国、日本が、奪い合いでもありませんが、買い付けへの競争をやるということになりますと、必ずしも手放しな楽観はできない。アメリカの世界政策いかんでは、われわれが必要なだけのものをいかに長期契約しておりましても、ない袖は振れないというようなことになりかねないので、これは非常な危機の中にあると思います。  また、気象学者の警告によれば、地球の気候は十年来冷たくなっておりまして、現に日本の気候でも、大型台風は九月の下旬が普通でございましたのに、いまは八月の下旬が普通と、大型台風の襲来する時期が一カ月早くなっております。ということは、夏が早く終わりまして冬が早く来るということです。しかも、これから先の気候は、夏の気温が下がって冬は比較的暖かい、そういう傾向になると言われておりまして、これは気象庁の根本順吉さんが非常に綿密な研究をしておられますので、まあお聞き取りになったらわかると思いますけれども、気象学者の意見を傾聴して、東北の北半分から北海道にかけての穀物生産特に稲作は非常な危険があるということになっておりますので、これもまた、戦争に匹敵する危険な状況にあると思います。  もう一つは、経済成長が進むにつれまして、これから先、低成長になりましても、やはり農家五百万の中で、第二種兼業農家が増加する傾向は依然として進むだろうと思います。第二種兼業農家は、これはいわば素人百姓でございまして、反収も悪いし、耕地の利用率も悪うございます。このゆえに第二種兼業農家を非難することはできませんけれども、食糧自給率が低下する最大の要因は、農家の大部分、現在では六三%くらいですか、大部分が第二種兼業農家、素人百姓化しつつあるところに自給率低下の最大の原因がございまして、これがやはり食糧危機を激化させている。  こういう、国際政治の見地から、地球が冷たくなる立場から、農業構造自体がアマチュア化している、この三つの見地から非常に危険な状況にあるわけでございますので、耕地整備を何とかして新日鉄、日本鋼管の工場設備に比べても劣らない程度の高水準のたんぼ、畑、果樹園にするということが、これが日本国民の食糧を安定的に確保する第一条件であります。  第二条件は、いま申しました農家の技術水準が低いということであります。しかしこれは、お米についてはある程度の技術はございますけれども、畑については全く先進国中ではビリ中のビリでございまして、生産量も少ないし反収も少ない。しかし、繰り返して申しますけれども、それは農業の生産の設備なり農業の構造なりが原因でございまして、農家の能力とは関係ございません。恐らく農家の能力は世界最高の能力を持っております。たとえば、各地でパイロット地区をつくってみますというと、一時間当たりどれぐらいの玄米を生産するかというのを調べてみますと、アメリカでは、大体一〇アール当たり四時間の労働力で四百キロの玄米生産でございまするので、一時間当たり百キロの生産をしておる勘定になります。日本の場合には同じ計算で五キロちょっとでございますから、一時間当たりアメリカの農業者の二十分の一であります。しかし、いま申しましたパイロット地区を設定してやってみますと、やはり現在の十倍、二十倍の生産を一時間当たり上げておりまして、日本の農業者の能力は、アメリカの米つくりに比べてまさるとも劣らないという実証は挙がっております。  したがいまして、農家の技術水準が低いということは、いま申しましたように、だんだんアマチュア化する、農業に生活をかけていない人が大部分を占めているということでございまして、こういうことを、先生方の御努力によりまして、本当のプロの農業者が日本の田畑、果樹園の大部分を担う、こういう方向に農業構造の改善を進めるということができますれば、先ほど申し上げましたように、食糧の自給率は一〇〇%でも不可能ではない、嗜好品は別としてですね、そういうようなことが言えるわけです。真にプロ農家というものは、現在では花つくり、あるいは一部の果物、野菜つくり、一部の畜産農家、あるいは賃耕——耕作を作業別に請け負う賃耕の人たちです——にあらわれておりまして、これをうまく助長育成することが今日の農政の一つの大きな課題ではないかと思います。  それで、プロ農家の性格を申しますと、日進月歩の技術革新と経営の合理化に心を砕く。第二種兼業農家はそういうわけにいきません。有利と思えば思い切った借入金をこわがらない。企業リスクを冒して前進する。特に、生産物の売り込みに行政機関に頼らない。みずから市場に対して鋭敏な洞察力を持っている。そして売り込む能力を持っている。特に、お得意さんを喜ばしてがっぽりもうける、そういう姿勢ですね。だから、消費者を喜ばせながらもうけるという姿勢が農業者の中に芽生えたということは、これは非常に大事なことでありますし、喜ばしいことだと思います。こういう方向においてわれわれは日本の農業のプロ化を進める。まず三分の二以上はアマチュアでありますから、プロ化を進める。現在の専業農家でも、いま申しました立場からのプロ農家とは言えませんですね。ちょっと有利な仕事があればそっちへ傾いていくというような農家は、現在専業農家でありましても、プロの農家とは言えません。そういうわけで、これから先、いま芽生えつつあるプロの農業者をいかに育て、いかにその能力を発揮させるかということが食糧自給の最大の問題でございます。  最後の問題は、土地政策でございます。  現在、新しく学校を出て農業に就業する農業一年生は、四十八年三月には一万八千人、去年は八千人とかいわれておりますけれども、これは何戸分の後継者に当たるかということを計算してみますと、恐らく二十戸に二月分の後継者にも当たらないですね。でありますから、恐らくいまのままで推移すれば、いま基幹的農業従事者が六百万でございますけれども、五十歳以上の方が半分であります。したがって、あと十二、三年、六十二、三歳になれば大体農業の第一線から退きますので、十二、三年たてば基幹的農業従事者は現在の半分、三百万になるはずであります。  また、五五%以上が女子でありまして、最近の農業一年生の中で女子が非常に減っております。男子三人に女一人という割合でございますし、県によっては、たとえば愛媛県のようなところでは男子六人に女一人という、非常に女子の数が少のうなっております。これは、自由主義の産業先進国において男子と同じように女子が農業労働をやっている国は日本だけであります。社会主義の国は別でありますけれども。日本もまた、いやおうなしに女子が農業労働から離脱するという形になりまして、十分に機械を持ち、あるいは装置を持った男子によって大部分の作業がなされる方向にいかざるを得ませんし、もしいかない場合には、非常な混乱、フリクションが起こる。つまり、食糧の自給率の低下が起こるだろうと思います。  そういうようなことで、これから先の農業従事者というものは、やはりアメリカ並みに三%あるいはそれ以下になる公算がある。経済が低成長になりましても、そうなる可能性があると思います。したがいまして、現在一ヘクタール耕作をしておる農家が、五ヘクタール、七ヘクタール、あるいは十ヘクタールと、そういうように農業従事者と耕地面積のバランスは急激に広がっていく。いままでは経営規模拡大が非常に進まないので、これからも進まないかのごとく思っている方が非常に多いのでありますけれども、しかし、現在の農業従事者の年齢と男女別その他を考えますと、恐らく昭和六十年以後になりますと、一人当たり五ヘクタール、十ヘクタールと、そういうふうに激増していく可能性をはらんでおります。これをいかに犠牲、混乱を少なくプッシュするかということが、農政のまた非常に大事な問題点でございます。   〔理事柳田桃太郎君退席、委員長着席〕  第二種兼業農家は、いま十アール当たりどれぐらいの純所得を得ておるか、五万か六万、七万は得ておらぬだろうと思います。本当にプロの農家がりっぱな設備を持って仕切って立てば、昨年の生産者米価で、十俵とれば十アール当たり奨励金なんかを入れて十五万の粗収入を得るわけであります。裏・表を完全にやれば二十万を目指すことは、これは決して不可能ではないと農家の人たちも言っております。そういうような状況の中で、五ヘクタール、十ヘクタールやれば小作料はどれぐらい払えるか、恐らく十アール八万の小作料を払いましても、農業をやる人は、現在の新日本製鉄ぐらいの収入、一人当たり四百五十万から五百万の収入を確保することは困難ではございません。  そういうわけで、上手に政治が進んだ場合、耕地整備が進んだ場合の十年あるいは十二、三年後のことを言っておるわけでありますけれども、そういうビジョンを描きながら、国民全体、特に食糧危機のもろの犠牲者は消費者になるわけでありますから、現在の農政は消費者を六割ぐらいは対象にする、消費者に農政を勉強してもらって、生産者と消費者が農政に対する希望を同じくする。こういう形で国民の一致した世論の支持を得まして、いま申しました方向に前進するということが大事ではないか。  要するに、跡継ぎのいない、現在年とった、あるいは女の人が主としてやっております兼業農家に、もう働かなくても、現在以上の小作料を払いながら、プロの農業者が、畑の場合には現在の二倍あるいはそれ以上の生産量を上げる。大豆も、北海道が本場でありますけれども、十アール当たり百三十キロしかとっておらないのでありますけれども、試験場ではもうすでに五百キロの技術を開発しております。四倍です。でありますから、技術はあるのに四分の一、三分の一しか農家はとっておらない。これは農林省あたりでも、それはあたりまえだと言うんですね。試験場はとっても、農家はとれない。これは非常な問題がありますですね。プロの農家がちゃんとした設備を持って、仕切って立てば、試験場より大体収量はよけいとっております。したがって、それを一般化するということによって、日本の農業をプロ化し、耕地整備を進めるということにおいて、十分の生産量を上げる可能性があるというめどをつけて、農政を前進させるべきではないか、こういうふうに思います。  時間が超過しましたけれども、そういう角度から見ますというと、土地改良の予算が私どもは非常に少ないと思います。三千億円程度、これに対して、食管の赤字といいますか、食管会計への繰り込みは七千億、八千億、こういうことになっておりまして、将来これがどれだけふくれ上がっていくのか見当が全くついておりませんけれども、先ほどのような日本農業のプロ化を前提として考えれば、食管会計の赤字がだんだんとなくなっていきまして、最後には完全に消滅させることも不可能ではないと思います。その逆に、基盤整備の予算をどんどんふやしていただきたいし、その可能性はあると思います。  それから、特に私ども楽しみにしておりますのは、総合農政費であります。総合農政費におきましては、農業の集団化、モデルをつくっていく、あるいは麦、大豆、主要作物に非常なウエートをかける。こういう予算が取ってございますが、問題は、それに対して正しい目標、可能性のある正しい目標を提示して、農業者の能力をフルに発揮させる。現在では、一時間当たり百キロの米がつくれる農業者が、わずか五キロしか生産していないわけでありますから、農業者の能力はその局面では二十分の一しか発揮されていない。二十分の十九の能力が不完全燃焼している。こういうことでございますので、ぜひ、日本のすぐれた教育によって育てられた日本の農業者の、アメリカの農業者に絶対に劣らない能力をフルに発揮させるだけの条件を整えていただきまして、食糧自給については万不安がない、そういう方向に農政をお進めくださいますようにお願いいたします。以上。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ありがとうございました。     —————————————

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) 続いて、桶谷公述人にお願いいたします。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 私は、大学の教授であり科学者であるというよりも、むしろ評論家といたしまして、日本の公害問題について考えているところを申し述べたいと思います。  公害というものを諸外国の実例と日本のそれとを比較いたしました場合、日本はきわめて特異性が高いと言えるのであります。公害は、種々の物の生産等の裏側にあるものでありまして、何も生産しなければ公害などほとんど発生しないと言ってよろしいと思います。生産することによってわれわれの生活は豊かになっているという、表の面が存在しております。しかし、日本の場合、その裏側の公害だけに焦点を合わせて、これを攻撃する風潮がマスコミに強く流れております。それは、終戦直後の食うや食わずのとき、隅田川は澄みまして魚が泳いでおりました。清冽な空気をわれわれすき腹に吸い込んで、それが腹にこたえた時代であります。国破れて山河ありと、まさにそのような状態でありましたが、この公害の攻撃は、そういう時代の日本に戻れと言わんばかりであります。そうした主張が間違っておることは明らかでありましょう。  いろいろな物が生産され、交通は便利になっております。その裏に工業廃棄物の問題があり、騒音の問題が起こってまいります。実は、GNP増大に懸命でありました日本人は、その裏側のものにほとんど気がつかなかったのであります。だれも気がついた人はおりませんでした。それに気がついたとき、豊かさを肯定し、その恩恵を十分に受けたいと思うのならば、裏側にある公害問題につきましても十分慎重な対処の仕方を考えなければならないと思います。  これは、たとえばでございますが、われわれはある程度がまんするから、公害源側として向こう三年間に排出物を半分にしてくれ、さらにその次の三年間に半分にして、結局六年間に最初の四分の一にしてくれというような要求ならば、これは妥当でございまするけれども、日本の場合はすぐに四分の一、十分の一、あるいは百分の一にしろと、きわめて性急な要求が当然だとされておるわけであります。これを認めるということは、日本工業を破壊に導くということであります。科学技術的に見まして、やりたいけれどもできない要求が出され、そうした不当な要求が、あたかも正義のごとく大新聞などに大きく報道される。日本の公害問題の特異性というのは実にここにあるのでありまして、良識ある日本人にとりましては、とうてい認めることのできないものであります。  それでは、なぜこのようになったのでありましょうか。昭和四十五年以前におきましては、この特異性はそれほど顕著ではなかったのであります。それが四十五年からがらりと変わったのでありまするが、それは私の見るところでは、昭和四十五年七月に日本共産党の第十一回大会中央委員会報告というものが出ました。四十五年七月三十一日付の赤旗の、社説に相当いたしまする「主張」など、こういったものがあらわれたのが、その境い目をなしていると私は考えます。公害の犯人は日本とアメリカの独占資本である、公害の元凶である大企業にメスを入れることなしに公害問題を一歩でも解決することはできない、こういう主張、もう少し広く言いますと、公害問題をてこにいたしまして自由主義経済体制を打倒しようという趣旨の日本共産党の指導方針は、科学技術の問題に政治を持ち込んだのであります。  かつてソ連におきましては、ルイセンコ問題がありまして、これは遺伝学の問題にイデオロギーを持ち込み、それによってソ連農業の大失敗があったのであります。しかし、打倒すべき自由主義経済体制の中の公害問題に政治を持ち込むことによりまして、これは日本共産党のために大きな武器になると考えたのでありましょう。そして、そのねらいは間違っていなかったのであります。四十五年以降今日までの五年間の公害問題を振り返ってみますれば、公害を政治的に扱うことによって日本共産党は数々の勝利を得てきております。阿賀野川事件、神通川事件、四日市事件と、いずれも昭和電工、三井金属、三菱化成などの大企業に大きな痛手を与えているわけであります。これらの会社はいずれも多額の金を取られたのでありまするけれども、ちまたのごろつきなどが人をおどかして金をおどし取ったりなんかいたしまする、それに似ておりますので、私はこれを新しいタイプの恐喝と呼んでおるわけであります。  しかし、日本共産党のこれらの勝利の陰に、日本のマスコミ、特に大新聞の果たしました役割りを見逃すことはできません。日本の大新聞は、自由主義経済の恩恵をたっぷりと受けながらも、常に反政府、反体制のセンセーショナリズムで紙面づくりをやっております。公害を冷静な目でながめ、日本のためにその正しい対処の方策を考えるよりは、日本共産党の採用した戦術の方が、はででおもしろいと思ったのでありましょうか、この四十五年以降の紙面づくりは、もっぱらこの日共方式であります。一紙だけでも六百万、七百万という部数を毎日出しておりまする多くの大新聞、それに地方新聞に記事を送っておりまする通信社など、ほとんどすべてが日共方式であることによりまして、一億の日本国民を五年間にわたって洗脳してきたと申しても過言ではありません。それによりまして、私の申しまする新しいタイプの恐喝を、日本の大新聞を初めとするマスコミが助けてきたということが言えるのであります。  右に述べましたわが国の公害問題の特異性は、非常に憂慮すべき幾多の行政上の過ちを残しているのであります。昭和四十四年ごろではなかったかと思いまするが、人工甘味料のチクロによる発がん性が新聞に大きく報道されました。アメリカのある医学の会合においてチクロの発がん性の報告が出たのでありまして、それが日本に伝えられて大騒ぎになったのであります。この新聞騒ぎのときに、その報告がどの程度の確実性があるのかはわかっていなかったのであります。しかし、厚生省は新聞論調に押されて、きわめて乱暴なやり方でこのチクロの使用禁止を決めまして、そのためにチクロを取り扱っておりまする十数社の会社が倒産をいたしたのであります。まことに乱暴な行政処置は何の罪もない会社を倒産させた。日本の厚生省とは何と恐ろしい役所であるかと私は言いたいのであります。  その後、スイス連邦政府がチクロの毒性試験をやり、いままでのような使用法ならば発がんのおそれはないと発表いたしましたが、これは日本には報道されておりません。これによって、チクロの使用を控えておりました国々は再び使用を始め下のでありまするけれども、わが国は今日いまだに依然として使用禁止のままであります。行政上の処置といたしまして、当時のチクロの使用禁止はあるいはやむを得なかったかもしれない。しかし、私をして言わしめれば、もっとマイルドな、モデレートな方法でやるべきではなかったかと思うのでありますが、また、一度禁止をしたものでありましても、その後の研究結果を勘案いたしまして、禁止を解くということがあってもいいはずでありますが、禁止を続けておる、これは間違いであると思います。改むるにはばかることなかれ、これは一国の行政を預かる政治家及び役人にとりまして大切なことではないだろうかと私は思います。  第二の実例といたしまして、私は光化学スモッグを取り上げたいと思います。  昭和四十五年七月十八日、東京都杉並区の立正学園高校運動場におきまして事件は起こったのであります。ここで遊んでおりました生徒数十人がばたばたと倒れたという報道が、そもそものきっかけであります。これがその翌日から光化学スモッグとして大々的に新聞に報道され、大騒ぎになったのであります。私は、ロサンゼルスの光化学スモッグを体験いたしております。それで、これはおかしいと思いました。第一、東京都の杉並区の堀ノ内二丁目の立正学園高校の運動場という、東京全体から見ますればピンの頭のような小さな場所だけに起こる光化学スモッグなどというのは、世界のどこにもないのであります。光化学スモッグというものは、相当広い地域、たとえば東京都の半分とか、東京都全体とかというのに起こるのが普通であります。また第二に、光化学スモッグによって生じまするオキシダントと言われるものの主成分はオゾンでございます。オゾンは決して無害ではありません。しかし、それを吸ったからといって、ばたばたと人が倒れ、けいれんを起こすなどというようなことはありません。だから、まあ複合汚染などと言うのでありましょうけれども、それじゃ何が複合しているのかと聞きますと、何にもわかっていないのであります。  私は、この二つの理由によりまして、東京都に光化学スモッグはあるだろうと思います、が、立正学園高校の事件は光化学スモッグではないと確信をいたしております。この事件の二月ほど後だったと思いまするけれども、東京都におきまして、夜、光化学スモッグの警報を二晩続いて発令したことがございます。光化学スモッグの光は太陽の光であって、月の光やネオンの光ではありません。おかしなことがあるものだと思っておりましたところ、その数日後、あれはメーターが狂っていたのだという発表がございました。そうだといたしますると、立正学園事件を東京都公害局はメーターの記録から光化学スモッグだと主張しているのでありまするけれども、その事件のとき、すでにメーターは狂っていたという推測も、相当高い蓋然性で存在するというわけであります。  この騒ぎのときに、東京の中にはあちこちに広報板が立っておりますが、そこに「正常な目、光化学スモッグでやられた目」というカラーポスターが出たことがあります。光化学スモッグでやられた目は、無惨にもただれておりました。私は、このような重い被害を受けた人はいないはずだと思っておりましたので、びっくりしたのであります。ところが、昭和四十七年十二月号の「放送文化」という雑誌に、NHK報道局社会部記者の小野さんという人が、あれはアクロレインでわざわざ結膜炎を起こさせてとった写真だと、はっきり書いております。結局、このポスターは、いわゆる放送業界における「やらせ」と言われているものであって、真実のものではなかったのであります。光化学スモッグは出発点がおかしかった。だから今日なお混迷しております。私の言いたいのは、振り出しに戻ってやり直したらいかがですかということであります。  最後に、イタイイタイ病について申し述べたいと思います。  私は医者ではございません。現地にも行ったことはありません。ただ、新聞その他の報道を通じてこれを追ってきたのでありまするが、その発展過程は、前に述べた二つの実例とほぼ同じパターンであります。したがいまして、文藝春秋という雑誌のイ病のルポルタージュのようなものが今日出てくるのも、また当然と申せましょう。  そもそもの出発点の間違いは、昭和四十三年五月のイ病に対する厚生省見解であります。その見解の冒頭にこう書いてあります。イタイイタイ病の本態は、カドミウムの慢性中毒により、まず腎臓障害を生じ、次いで骨軟化症を来し、これに妊娠、授乳、内分泌の変調、老化及び栄養としてのカルシウム等の不足などが誘因となってイタイイタイ病という疾患を形成したものであると書いてあります。つまり、カドミウムが主因であると厚生省見解ははっきりと述べておるのであります。それが出た動機は、あるいは悲惨な患者を早く救いたいという純粋なヒューマニズムの立場からであったかもしれません。しかしながら、日本の大臣たちは、個人的なヒューマニズムと大臣としてのそれを区別しないために、多くの混乱を生じさせているのであります。その適例は、二代目の環境庁長官大石武一氏の、水俣病に対する、疑わしきものは認定せよという通達を見れば明らかであります。これによりまして、その後の水俣病問題は非常な混乱に陥りました。このイタイイタイ病当時の厚生大臣は園田直氏であったと思いますが、はなはだ軽率であったと私は思います。  しかしながら、ここで死児のよわいを数えるの愚はやめたいと思いますが、この見解によりまして、単なる思いつきで、萩野昇というお医者さんが言ったカドミウム説が公認のものとなりました。萩野氏は、それによって朝日新聞から朝日賞を受けまして、カドミウム説に権威が与えられました。四十七年八月の裁判で判決は確定し、科学知識があるとは思えない裁判長は、会社側の多くの証人申請を拒否いたしまして、証言をほとんど聞くことなしに、イ病の原因はカドミウムであると断定しております。つまり、この判決に対しまして、厚生省見解というものが大きな影響を与えていることは間違いないと思います。しかし、良心的な医学者は、黙々としてこの問題を研究してまいりました。また一方、カドミウム汚染地区と称せられるものが日本全国で約五十地区以上ありまするけれども、その中で特にカドミウムの濃い七地区を選びまして、二万八千名の検診をいたしましたが、イタイイタイ病と考えられる患者は一人も出ていなかったのであります。今日医学界で通説となっておりますると素人の私が思いますことは、イタイイタイ病とカドミウムの間には直接的な関係がないということであります。その点における疑問を文藝春秋のルポルタージュは述べているのだと私は考えます。  仮に三井金属が無実であったとするならば、厚生省見解によって引き起こされた裁判に至って、会社の損害金すでに数百億円はどうなるのか、六万トンに達する汚染米と指定されまして、つくったお米が売れない農民の生活はどうなるのか、それは全部三井に見ろというのか。東邦亜鉛のように、多額の賠償金を理由もなしに払わされまして経営の危機に襲われる会社に働いておりまする労働者の生活はどうなるのか。また、約四百億円と見込まれておりまする土壌改良をやっても、それがむだなのではないかということを考えますると、何度も繰り返すように、行政当局に対しまして、改むるにはばかることなかれということを強く強く要望したいと思います。もちろん、各省庁においてはメンツというものがありましょう。しかし、この五年間の状況を見ておりますると、メンツを立てていくには、余りにもひどい民間に対する害を与えておると私は思います。  この土壌改良などにいたしましても、むだになる可能性もある。それならばもう少し様子を見たらどうか。一ppmを汚染米だとする。しかし、一ppmなどというものは問題にならないのであります。それは後で申し上げてもよろしゅうございますけれども、ppmということを皆さん御存じない。御存じなくて、一ppmと言うとわっと言う、こんなばかな話はないのでありますけれども、ばかな話ができたのはマスコミの宣伝でございます。私は科学者に戻りまして、ppmというものがどういうものかということはよく申し上げることはできますけれども、ともかくも、この公害問題全般を見ますと、その中で悪いことばかりではありませんが、少なくとも大臣、行政官庁というものが非常に軽率であった。過去五年間のこの問題を今日振り返りまして、多くの手直しをなすべきときではないだろうかと、こう考える次第でございます。  これで終わります。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ありがとうございました。     —————————————

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) それでは、質疑のある方は順次御発言を願います。

吉田実自由民主党

○吉田実君 武田先生、どうもきょうはありがとうございます。  先生からメモをただいまちょうだいしましたので、先ほど来のお話の順序に従いまして御質問申し上げたいと思いますが、初めに、食糧の自給について一〇〇%も可能だと、まあ八〇%ぐらい楽にいけるというお話を伺いまして非常に安心しました。と申しますのは、先生は学者であると同時に、本当に農業をやっておられる方でありますから、そういう意味で非常に安心をいたしておるのでありますが、と申しますのは、私、自民党の農林水産局長というのを仰せつかっておりまして、農家だけでなしに、一般の消費者あるいは産業界の人たち、そういった会合に出かけますと、先般の農政審議会の、例の新聞などにも発表されました昭和六十年度までの総合自給率が七五%と、現在のものを、わずか二、三%しか、十カ年間余りかかって上げることができない、一体そういう政策というものはあるのか、むずかしいだろうけれども、十カ年間で二、三%ぐらいしか上げられないようでは、一体自民党は農業政策を持っておるのかと、こういうふうな御批判をいただいておるわけなんです。そういう意味で、ひとつ食糧自給は不可能だという迷信を打ち破りたいと思うわけであります。  そこで、具体的にまず御質問申し上げたいと思いますが、先生が、主要作物、特に牧草について非常に御関心を持っておられまして、かねがね私も尊敬申し上げておるのでありますが、牧草についてもまた日本に迷信があります。御案内のように、牧草というのは北海道が一番いいんだと、これは実は北海道は日本では一番牧草には不適当なところでありまして、まあ先生がここで目標とされております牧草の反収三十トン、これは世界の牧草地でありますニュージーランドが十五トンぐらいかと思いますので、まあ倍ということ、そしてこの三十トンというのは、現実に西南暖地と申しますか、四国あるいは南九州等で可能な、また実際の数字なんですね。このことの迷信を打ち破るためには、私はいま日本の牧草についての研究が非常におくれておると思うんです。大体日本のこの家畜飼料学なるものは、外国から入れてまいります濃厚飼料をどう日本の家畜に食べさせるか、あるいは外国の牧草が日本にどうだとかというふうなことで、日本のそれぞれ気候風土の違う場所場所による牧草の研究というものが行われておりません。で、現に幾らかこの方面の学科といいますと、まあ北海道の帯広畜産大学、岩手大学農学部、それに富山県立技術短大、この三科目ぐらいしか牧草の研究がないのですが、根本対策として、政府は、日本は牧草の非常に適地であるという観念を生み出すためにも、牧草についての大学だとか研究所だとかもっとふやすべきだと思いますが、いかがでしょうか。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) いま非常に御理解を含めた御質問がございましたが、食糧自給は必ずできると確信いたしますけれども、先ほど申し上げましたように、これは基盤整備を徹底的にやるということが前提になっておりまして、日本の経済力はもちろん十分ございます。  ちょっと御質問からそれますけれども、さっき言い足りなかったので補足いたしますが、昨年のGNP百四十兆円といたしまして、二年、三年仮にゼロ成長が続く、そして四%か五%くらいしか年率成長しないと、これはわかりませんが、仮定いたしまして、昭和六十年までのGNPの累計は千七百兆から千八百兆になると思いますので、まず二百兆円くらいの政府投資は可能性がある。その中でこの基盤整備費は、十アール当たり三十五万にして、六百万ヘクタールを開墾を含めて造成するといたしまして二十一兆円であります。そのほか五、六兆円の金が要りますけれども、これから先の低成長を迎えます日本の経済にとりまして、日本の農業が完全自給にこぎつけるためのお金は全く不足いたしません。  ただ、問題なのは時間ですね。それは政治の決断と国民の協力いかんでありますけれども、早くて十年はかかると思います。その十年をどうするのか、不安がないかと申しますと、これは安心できない。さっき申しましたように、アメリカ、ソ連、中共の谷間にあって、戦争状態だ、地球はだんだん冷えていく、そして農業はアマチュア化するということをこの十年間にどのように切り抜けなければならぬか。外交政策あるいは世界政策の面と、それから一番大事な土地政策ですね。特に農林省が進めております農振地域をいかに拡大し、少なくとも二十年、三十年は農業以外には使わない。農家が土地不動産期待業ですか、そういうような批判を受けないように、少なくとも日本の国土のうちの六百万ヘクタール——一億一千万、それが三千万、四千万になりましても、この六百万ヘクタールが本当に不動の農業用地として永続する限り不安がない、そういう土地政策を明確にするということも、また今日の国民の一般の意識のもとでは、特に土地所有者の意識の中では非常に困難がございまして、技術的、政策的には全く不安がありませんけれども、そういう意味では非常な苦しい悪戦苦闘の十年間が横たわっているということを国民が十分に心に入れて、考え方を成熟させる必要があろうと思います。  御質問の牧草でございますけれども、もう吉田先生十分御承知のことをおっしゃったので、私から申し上げるまでもないことでございますけれども、日本は御承知の高温多湿の風土を持っておりまして、草は非常によく伸びる。日本の農業は除草を抜きにしては考えられないほど草が伸びて仕方がない風土を持っておりまして、これをいかに生産に生かすかということは、最もいいのは牧草でございます。いま先生おっしゃいましたように、西南暖地で十アール当たり三十トン、あるいはよくとる農家はもっとよけいとっております。そういう可能性があるのでありますけれども、また同時に、そういう関東以西では、二十トン、三十トンということはそう困難な目標ではありませんが、東北、北陸のようなところでも三十トンの可能性なきにあらずであります。それは、私どもの研究所の参与をしております広島県の湯来町というところで久保政夫さんという人が酪農をやっております。山の高いところ、標高五百メーターくらいで根雪が二カ月半あるところでありますから、大体山形、岩手、あのあたりと同じような気象条件であります。そういうところで短期牧草を活用するのでありますけれども、十アール当たり三十トンの牧草をとっております。北海道は別であります。北海道はそんなにとれることはまず絶望でありますけれども、それでも最近は、北海道でも十トンの数字は出かけております。  特に、牧草をやります場合に日本の風土で困りますのは、夏の暑い時期ですね。日本に入っております牧草の原産地は、大体寒くて乾燥した地帯の原産の牧草が多うございまして、日本では本当に太陽、雨の恩恵を十分に受けて牧草が伸びるという夏の時期に、かえって牧草が弱っちまうのであります。でありますから、どうしても日本の場合には、牧草栽培には灌漑の設備をあわせませんと、二十トン、三十トンという、夏の太陽の恩恵の最もすぐれた時期にそれを活用することが困難でございます。したがいまして、草地造成などにおきましても、ややもすると山の部分に造成されます関係で、灌漑しない場合が多いのでありますけれども、造成した後の管理が十分にいかないために、せっかくつくった草地がすぐだめになっちまうということがしばしばあるようでありますが、これもやはり、日本のすぐれた農業土木の技術を活用いたしまして、山の簡単な傾斜面あるいはくぼ地、これにダムというほどじゃない、簡単な堤防的なものをつくって、山に降る雨を極力牧草地へかけて使う、そういう技術はもうすでにございます。そういうものを何とか活用いたしまして、平野部の牧草栽培地はもちろん灌漑しなければなりませんけれども、山に新しく造成する牧草地でも、やはり水をかけて最高の生産力を上げる、こういうようなことが非常に大事でございます。  そこで、日本がいかに牧草を生産する可能性を持っておるか。最近、飼料の値段が国際的に高くなるにつれて、国民はこれから先あまり畜産物を食べないようにすべきだと、こういう議論がございますけれども、これは逆でございます。日本がこれから先、先ほど公害についてのお話もございましたが、日本の土壌が非常に化学薬品で汚染されるということを直すためにも、土壌を本当に健康に改良していく、日本の国民に最高の食べ物を、質的にいいものを供給するという意味におきましても、畜産を適当に——適当にというのは、欧米ほどではないけれども、現在の二倍程度は少なくとも畜産を発展させまして、そして、水産業がこれから先非常に困難な状況になるわけでございますので、畜産を発展させながら土壌を改良していく。特に地球が冷たくなって、大体年間平均気温が二度から三度低くなるというのでありますから——二度から三度、三度違うということは山形と東京の気温差であります。それぐらいの違いができてくる可能性があるというのでありますから、したがって、土壌構造を、有機質を適当に入れ、バクテリアを活動さして気温を高める、こういうことが非常に大事でございますので、耕種農業と畜産とを適切にかみ合わせた農業がどうしても必要だということになります。  そういうことをもあわせまして、いま吉田先生から御質問というよりも、むしろ御提案でございますけれども、私非常に賛成でございます。これは、ただ大学とか試験場だけでなくて、やはり農家自身に、先ほどの総合農政予算の中に先駆的なモデル地区をつくるということがございましたけれども、問題は、あの予算をどういうふうに使うかという使い方の問題でございます。これはどうしても、日本の専業農家と言われているもの、あるいはプロ農家の候補者がどれぐらいおるかわかりませんけれども、仮に大型農機一セットがこなす面積を五、六十ヘクといたしますと、大体一部落です。その中に第二種兼業農家がどれぐらいおるか、プロ農家の候補者がどれぐらいおるかと、そういうものを総合いたしまして、そして五十ヘク、六十ヘクを大型農機でどこまで十アール当たり生産量を上げるかということを、まず先駆的に確認しながら、その一環として牧草をつくる。ただ牧草だけじゃなくて、山形県あたりは去年は低温でございまして、稲は半量、収量が減りました。しかし、牧草と輪作をやっている農家は減っておりません。あるいは堆肥、厩肥を適切にやっている農家では、低温でも収量は減っておらないです。ですから、これから先の日本の農業を安定化させると同時に、生産性を上げ、また漁業が非常に困難視されるこれからの日本の国民を健康に維持あるいは向上させるためには、牧草が非常に重大な一環である。  牧草の研究ももちろん大事でありますけれども、牧草だけの研究でなくて、有機的な農業経営の重要な一環として牧草がいかに大きな価値があるかということを、農家自身に自信を持たせ、同時に、都会の消費者にもよく承知していただきまして、安心と理解を農政に寄せていただく。ややもすると、今日の農政は消費者と生産者は利害相反して、政治が非常に困難するという局面がありますけれども、これから先のいま問題になっておる線、特に御質問の線に前進する限りにおいて、これは消費者も生産者も心を一つにして政治に要望を同じくすることができるわけでございますので、ぜひ、そういう大学、試験場における牧草研究を一段進めると同時に、各地のプロ農業者のいる地区の集団化、大型機械化を進めるその一環として、できれば五、六十ヘクタールの団地の中で二十ヘクぐらいを牧草を入れまして合理的な輪作をやれば、いままで六十ヘクで得ておったよりも、牧草二十ヘクを入れた残りの四十ヘクでとる農産物のほうがはるかに多いというような実績は先駆的にあるわけでありますから、そういうことをもっと、一つの県に四カ所、五カ所ぐらい設定して、そして農業問題に関心のある、いまここでお話しいただいている問題は農業者でなければわからない問題は一つもありません。国民、良識ある人ならだれでも理解できる問題でございまして、農政に関する理解なり知識なりの水準が都市と農村で区別がないというのが私どもの理想でございまするので、それを推進する意味におきましても、いまの御質問のことを、できれば一つの県に五、六カ所、大学、試験場、普及所あたりの協力を得ながら、先進農家を主体にする現実の農業経営の中で、牧草の価値を理解させ、確信を得させるように、政治の角度から御指導なり御推進なりいただけたら幸いだと、こういうふうに思います。

吉田実自由民主党

○吉田実君 食糧自給率を上げる上におきましても、先ほど来お話しのプロ農家あるいは農家の後継者のいるということが非常に大きい問題だと思われます。先生はフランスの農業に非常にお詳しい方ですが、先ほどのお話の中にも、ヨーロッパは九〇%の自給率だと、フランスは一六四%、御承知のように穀物の自給率を持っております。土地が広いとか、価格政策だとか、いろいろあろうと思いますが、私の調べたところでは、フランスでは、中学生のうちの一番いい子供が農業高校へ行くのです。農業高校へ入ることがフランスの中学生諸君の一番大きな希望になっております。このように、農業高校が非常に充実し、しかも一番いい子供がフランスでは行っているということが非常に食糧自給率を高めておるゆえんなんです。ところが、日本は、御案内のように、農業高校に入る子供というのは全体の何%ですか、七、八%しかいま高校生のうち農業高校の生徒がおりません。こういう割合では、割合そのものが一つ問題点だと思うのですが、やはり農業高校へ進まない幾つかのいろいろな要因があるわけです。これは私くどくどしく申し上げませんが、そこでやはり農業高校については、食糧自給の立場から、もっと設備をよくする、あるいは全寮制の寄宿舎をつくって、そこで全部寮生活の中で農業に対する愛情というものを持たせる。あるいは国自体も、もっと、農業というものはある意味において国のもとである——私は実は総合自給率という言葉かきらいなんです。あの総合自給率で、七二%とか七五%と申しますと、一般の国民は四分の三は自給できておるのだと考えるわけです。ところが、実態というものは半分以下という状態なんです。農業自給率について、先生の御所見がございましたら、ひとりお伺いいたしたいと思います。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) これも全く吉田先生の御意見に賛成でございますが、ただ、私どもの希望を申し上げますと、いま農業教育を受ければ受けるほど、生徒、学生は農業について自信を失っておるというのが実情でございまして、これは、一つは先生自身がどこまで日本の農業に確信を持っているかということとかかわり合いがあろうかと思います。したがいまして、ただ教育機関をつくるだけでは青年たちに農業に関する確信を吹き込むということは困難でございますので、これはどうしても日本各地で本当に自信を持ってわれわれの農業ビジョンに即した農業をやっている人たちを農業教育の協力者にするという側面がありませんと、いままでのような教育制度では、特に先生の質では、日本の農業の若者たち、特に日本の青年の中で少なくとも農村で生まれ農村で育った若者の最も優秀な者が農業に希望と誇りを持つというような教育は不可能だろうと思いますね。  たとえば、いま八ヶ岳の中央農業大学校の校長をやっております酒井馨さんなどは、これは私は、もしそういうような農業教育の全国的な組織をつくるとすれば、その中心人物として最適の一人じゃないかと思っております。あそこへ行く前は宮城県の農学寮の寮長をやっておったわけでありますけれども、あの中学校出てわずか二年くらいしか預からない子供たちを教育しながらの作業で、お米は十アール当たり十二俵とるんですからね。行っても、一坪も寮内にむだな土地がありません。道路以外は全部活用しております。そういうようなすばらしい実績を上げて、あの教育機関で非常にたくさんの、まあ利益と言ってはおかしいんでありますけれども、黒字を出しまして、その黒字でさらに教育設備、生産設備を拡充していったので、何か腕をふるい過ぎたとかいうんで、あそこを、寮長をやめさせられたというのでありますけれども、そういうような、本当に農業の中から生産力を高め、子供らがそこで未来の農業をやるための技術を学ぶと同時に、自分の家へ帰ればやっぱりいまの農業やるわけですね。だから、いまの農業をやる場合の教育をしながら、十年後の農業教育もやっている。御存じの先生方もおいででしょうけれども、ああいう実際の農業教育にたけた達人を農業教育に据えなければ、これは教育にはならない。おそらく、現在農業高校から大学の農学部に至るまで、自分が実際農業をやって、おれは自信あるという人がどれだけおるのか、あるいは、アメリカに負けない農業をやるというような人がどれだけおるか、そういうことをまず、一般的によく——そういう人は謙遜な人もおりましょうから調査困難と思いますけれども、よく調べた上で、しかるべき農業教育の機関のポストにお願いするということが大事じゃないかと思います。  それから、工業では高専がございますね。ああいうような形の、つまり、大学を出て官庁に勤めるとか、そういうような形の勉強じゃなくて、本当に日本の農業を担う高度の農業教育を勉強する農業教育の次の段階、あるいは農業高校よりももう一つ高い段階を考えて、そこにしかるべき先生を置いて、そして必ず少なくとも百ヘクタールぐらいの農地を付属さして、そして実際の農業経営を、一般の農家が見習うような高水準の農業経営を農業教育機関がやってみせる。そして、その中で学生、生徒が自信をつけて帰ってくる。一般の企業ですと、大学出たのが企業の中で再教育される形でありますけれども、農業ではそういう水準の高い企業がありません。どうしても、いまおっしゃったような教育機関が必要でありますけれども、その場合に、やはり高水準の農場を、付属というよりも農場そのものがむしろ教育の場であって、教育はそれを体系づける、理論づけるというような形で、教室主体じゃなくて、農場主体の教育機関を——かなり高度のものですね。現在の大学の農学部は官庁などに勤める人にはいいですけれども、農業経営を実際やるには適当じゃない面がありますので、そういう面を十分充実させていただきたい。これは数は多く要らないと思います。いま六百万の人間がせいぜい百万ぐらいになると思いますので、農業教育機関の数は少なくていいから、そういう意味で質の非常に高いものをお願いしたいと、こういうふうに考えます。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ちょっと速記をとめて。   〔速記中止〕

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) 速記を起こして。

安孫子藤吉自由民主党

○安孫子藤吉君 簡単に二、三点お伺いいたします。  土地改良事業でございますけれども、これは大いにやらにゃいかぬということはそのとおりだと思います。まあ、日本の農業技術がまだ近代的な土地改良のためには不十分であるということを私は聞くのです。私の県なんかでハーモニー農場をやりまして、揚排水の分離とパイプ灌漑やりました。これは成功いたしております。しかし、それが必ずしも十分じゃないということを聞きますが、この点はどういうふうにお考えになっておるか、それが一つ。  それから、これをモデル的に拡大をしていくという方法ですが、これは私は補助金制度によらないで、ちょうど工場の中間試験みたいなもので、国と地方団体と農業者との共同負担においてやるというような方式をとることが望ましいのじゃないかと、こう思っておりますので、その点の、まあそういうことを実行もしてまいりましたが、御所見をひとつ伺っておきたいと思います。  それから、生産関係に関連して、価格問題というものが当面きわめて重要だと思いますが、この価格問題についてのお考えを承りたい。  この三点だけ。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) 私も山形県の人間でございまして、安孫子先生のことはよく存じ上げております。  ただいま御質問ありましたハーモニー農場というのは私の町でございまして、熟知しております。ハーモニー農場の現在の状態は、私は、現在の段階では満足すべき状況だと思っております。同じ町でありますのでよく知っております。ただ、これは御承知のように、全く新しい技術段階あるいは経営の段階に入るわけでございますので、農業については少し気長な目でながめることが大事ですね。少なくとも五年のゆとりを見て、アドバイスしながら前進を見守っていこうということで、私は、ハーモニー農場の現況はりっぱなものだと思っております。  それからモデル的拡大について、これは本当を言えば、先生おっしゃるように、半ばをやる人間が負担するという意気込みがほしいのでありますけれども、それが私ども非常に急ぐ立場をとりたいものですから、それができれば一番いいけれども、やはり国がより多く財政的にプッシュしたほうが早く進むのじゃないかという感じを一面持っております。理想としては全く先生と同じ考えを持っております。  それから価格問題は、現在の生産性の低い、したがってコストの高い段階では、たとえば米価などは生産者米価を高くせざるを得ない局面がございます。しかし、これがもし計画的に五年後、十年後には本当に近代化されたコストダウンの稲作が実現するというめどがある程度つけば、私は五年後、十年後の米価状況はどうなっているかということの大体の見当をつけて進むということが大事ではないか。生産性の向上の段階では、これはコストが下がるわけでありますから、本当は一昨年の十月以前の日本の一般経済のように、卸売物価は横ばいもしくは微増、消費者物価はやや高くなる、これが成長段階の健康な姿と思いますけれども、お米の場合は逆で、生産者米価は高くなって、消費者米価は低く抑えざるを得ない、非常に不健康な状況であります。それをコストダウンの進行状況の予測のもとに、十年後にはもうそういう逆ざやはなくなるとかなんとかという一つの路線を設定することができるかできないか、私などはできるじゃないかという側に立っておりますけれども、それは政治、行政の側のみならず、農協の人たちの革新なり意気込みが重大な前提になります。農協がややもすると、農業者の集団でなくて、何か農業から離れた企業、あるいは官僚的な感じを持つ体系になっております現状では、農協側にその見通しを立てろとかなんとかというようなことは非常に困難だろうと思いますけれども、そこらあたりは十分に若い世代を鼓舞激励しながら、農協の若き幹部を育てながら、五年、十年後の農産物価格状況を、コストを下げ、生産者価格は必ずしも高くしない、消費者価格は少しずつ高まっていく、こういう健康な農産物価格の状況を実現できるかどうか、その可能性の詰めを政治、行政の側のみならず、農業団体の側からも前向きに協力してほしいというふうに思います。

工藤良平日本社会党

○工藤良平君 二、三点、もう時間がありませんから簡単にお伺いいたしたいと思いますが、先生のこの構想ですが、私も自給率は確保できると思っておる一人なんですけれども、ただその中で問題は、やはり米作を反当収量を上げまして全体的な面積を減らす。それを他の作目に転換をしていくという方式になるわけで、この場合も米作を二百万ヘクタールに一応抑えて、もちろん、それは反当収量を上げることによって千二百万トンを確保するわけなんですが、私もこの持論には賛成なんです。ただ、それを移行していく過程が非常に大きな問題になってくるわけで、むしろそれは政治的な私ども自身の非常に重要な課題だと思いますけれども、この中でその転換の一番主要な題目は何かというと、これは飼料作物になるわけですね。政府の今度出しました六十年を目標にした自給体制を見ましても、輸入飼料六千六百万トン程度を見込んでいるわけですね。この点が私どもが考えている自給体制と大変大きな異なる点で、私は先生のこの案を支持をしたいと思うんです。ただその場合に、移行していく過程の中で非常に大きな問題が出てくる。それをどのように私たちは解決したらいいのかということがむしろ非常に問題だと思いますから、その点の御意見をひとつ伺いたいと思います。  そこで、その場合に、やはり何と言いましても畜産が主体になるわけですが、いまの牛の飼育の全体的な技術体系というものを大きく変えていく必要があるんじゃないか。従来は家庭でうまやの中で牛を飼うという方式、それが戦後は、特にアメリカからの飼料が入ってくるようになりましてから、濃厚飼料という形に変わってまいりまして、粗飼料を食べない、食わせない牛に変わったということで、これを畜産の本来のあり方——日本はゆがめられてまいりましたけれども、牛の本来の飼い方というものを、ここで技術体系を徹底的に焼き直していくということが私は必要ではないかと思いますので、その点をひとつお伺いいたしたい。  それからもう一つは、何といいましても先生もおっしゃったように、やはり基盤整備が非常に重要なことでありまして、水稲をつくるにいたしましても、あるいは牧草にしても、すべての作物がそうですが、やっぱり地上でたくさん収穫量を上げるとすれば、相関関係にある地下のいわゆる体系をどうするのかということが私は非常に重要な課題だと思うわけですね。そういう意味から、揚排水分離という問題も一つの方法でありましたけれども、現在の基盤整備の状態を見ると、揚排水はしているけれども、依然として湿田になってしまっている。昔の型の方がよほど合理的に、科学的にやられていたと私は思っているんですが、せっかくやった基盤整備が、逆に、いままで乾田であったものが湿田になったという事例が多いんですね。ですから、私は地上と地下の作物の相関関係を考えて、やはり地下水の位置を私たちがどういうところに位置づけたらいいかというのが、これからの土地改良事業の非常に重要な課題だと思っているわけで、そういうことをこれから基本に置いて土地改良事業というものは徹底的にやっていかなきゃならぬと思うんですが、そういう点についての技術的な、何といいますか、考え方をちょっとお伺いをしたい。  それから、先ほど先生からお話がありました地力維持の問題、私も農林水産委員会でこの問題をずいぶん取り上げて議論をしたことがあるんですけれども、そういう意味合いから、特に畜産と稲、麦、そういった表裏作の関係、輪作が進んでまいりますから、地力維持というものは非常に重要になってくるし、もちろん、化学肥料や農薬を使って土壌中の微生物を非常に減少させていったという現在の日本の農業生産は、私は根本的に問題があるし、これを焼き直していかなきゃならぬと思いますが、その場合にも、先生おっしゃるように、畜産が非常に重要な役割りを果たすのですけれども、これもやはり現在の農政の進め方そのものに根本的にメスを入れる必要があるんじゃないかと、私もその点についてはむしろ先生と同感ですけれども、御見解をいただきたいと思います。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) 大部分、先生の御意見と同じでございますが、簡単に申し上げますと、移行過程の問題ですね。これは具体的にどういう問題があるかということはいろいろ議論がありますけれども、私はやはりこれから先の農業が、小さな自作農の形であったのが、集団的な大型機械を使う農業の方向に前進するということができなければ、いま私ども申し上げておることは全く夢になってしまうわけでありますけれども、それについては、やはり考え方の変化、意識の変革といいますか、そういうようなものが非常に大事であります。特にこれに賛成するのは、農村では女性と青年たちです。特に女性が、この新しい農業下における農村の女性の生活というものに非常に前向きでございますので、そういうものを主体にして物の考え方を早く新しい時代の農業に切りかえるということが、移行過程のいろんな混乱を回避するのに非常に大事じゃないか。  第二の、牛の飼い方もおっしゃるとおりだと思います。たとえば、鶏や豚のような集団的な飼い方を牛にも適用する、例のフィードロットというのがありますけれども、あれは非常に乾燥地帯の飼い方であって、全く牛にとっては迷惑千万な状況であります。どうしても本来の飼い方、相当な空間を取って、そうしてふん尿は合理的に生産基盤に還元するという形をとりますには、私はやはり、工業と同じように、適地に畜産団地を設定して、そして堆厩肥は大型機械を使って切り返しも散布も行う、必要があれば各部落ごとに、進んだところでは堆肥センターというものを市町村がつくって、各農家でやらないで大きな機械を使って計画的にやっているところもございますが、そういうことも勘案しながら、私はやはり畜産団地を設定して、畜産公害を、公害じゃなくて、むしろ農業の前進のプラスにするという形を組織的にやったらどうかと思います。  それから土地改良の排水の問題ですが、これは少なくとも一メーター以上水位は下がる。できれば一メーター二十下げるということは、これはもう水田の場合でも反収はそのほうが上がります。水の掛け引きを鋭敏にやれませんと、肥料の掛け引きは鋭敏にまいりません。ましてや、それを二毛作するとなれば、これは一メーターから一メーター二十ぐらいの排水ができるたんぼにするということが決定的な要件であります。同時に、日本の場合には雨が多い。そうすると、雨上がりになるべく早く機械がたんぼ、畑に入りたいという場合には、特に畑の場合には若干の勾配をつけて、降った雨が地上水と一緒に早く排水される、こういう考慮は、まだ日本の土地改良区では必ずしも研究がなされておりませんので、おっしゃるとおり、排水が決定的な問題です。  それから地力維持の問題ですね。これは、いまちょっと触れましたように、畜産団地とかみ合わせまして、大体、堆肥というものは非常に汚いような感じを一般に持っているけれども、堆肥は非常に芳香馥郁たるもので、いい堆肥をつくる技術は非常になくなっておりますね。ですから、そういう意味で、非常に水準の高い堆肥をつくって、公の設備ぐらいを駆使して、組織的に、堆肥が農家にとって過労に陥らないようにする、簡単にやれるような仕組みをつくるということが非常に大事じゃないかと思います。

辻一彦日本社会党

○辻一彦君 農業問題でお伺いします。  第一に、いま日本の政府の方、あるいは大手の企業の方で海外に農業開発をやって食糧を外国に求めようという考え方があります。去年の八月に、私、インドネシアのスマトラに行って、三井、三菱、伊藤忠、日綿が一万ヘクタール単位でやっている農業開発を見てきました。トウモロコシは病気で全滅をしている、インドネシアの大統領が作付禁止命令を出している、こういう中で、なかなか急に海外に食糧を求める道は容易ではない。のみならず、非常にいま人口がふえているから、大量の穀物を日本に運ぼうとすれば社会的問題になりかねない。現地の食糧の自給に協力するということが第一で、日本へ持ってくるということは非常にむずかしいのではないか。そこで、そういう方向に日本の資金といいますか、お金を使っていくことよりも、私はやはり国内の自給度を高めるという方向にお金を使っていくべきではないかと思いますが、この大筋をどうお考えになるか、これが第一点。  第二は、先ほど工藤委員からも質問がありましたが、政府の言われるような土地改良をやろうとすれば水位を下げなくてはいけない。そこで、東北、北陸等の米作地帯では、大河川の水系をも変えるような、いわゆるうんと地下水を下げるという自然改造とも言い得るようなことをやらなければ、なかなか地下水の水位が一メートルや一メートル以上に下がることがない。そういうことが具体的にどの程度可能であるとお考えになるか。  それから第三点は、いま日本にゴルフ場が、動いているのから、まあ建設計画を入れると、十五万町歩、十五万ヘクタール。大体概算して一つに二十億円から三十億お金がかかるとすると、三兆円から五兆円近いお金がかかりますが、ここに牧草をつくって乳牛をやれば、大体南北平均一ヘクタール一・五頭の乳牛が飼えるとすれば二十二万頭の酪農がやれる。こういう方に日本の資金を使うよりも、私はそういう方向に使っていくということが大事だと思うが、このゴルフ場等におけるむだな投資の方向、こういうものをどうお考えになるか。  第四点は、この冬に私、中国の農村を見て歩きましたが、山西省の大寨というところに行きまして、一反歩に大体一万八千キロ、言うならば五千貫の堆肥を入れて、初めてつくった畑に大体反八百キロの穀物生産を上げておる、二期作で。これを見ると、日本の方は、もう、わらを燃やし、化学肥料と農薬だけで農業をやっている。地力の低下一途ということになりますが、こういう状況の中で、横に耕地を広げるのも大事だが、しかし、反収の維持と増強を図るということも大事なので、地力増強についてもう少し考えるべきではないかと思いますが、この四点、簡単で結構でありますが、お願いしたいと思います。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) 海外協力については、おっしゃるとおり、地元に対する協力を主体にすべきであって、国内で自給の可能性がない場合には仕方ありませんけれども、これほど可能性があるのに向こうの民族感情を害しながらやるということは、基本的には私反対であります。ただ、そういうような農業協力という、向こうへの協力なら、日本の財力の許す限りにおいて、日本はやはり御承知の原材料その他輸入しなければならぬ面がありまして、世界政策的にすべての国と仲よくするという意味で、現地に協力するための農業開発、これをやるべきだと思いますね。日本のための海外農業開発というのは、私は基本的に反対なんです。それは急の間に合いません、すぐできないです。やはり五年、八年の日子を要しますし、だからこれは向こうのためということにしたいと思います。  それから地下水の引き下げは、これはたとえば千葉県の成田あたりで私どもアドバイスしてパイロットをつくったときは、利根川の川底よりも田面は三メーター低いのです。それを一メーター水位を下げると、当然ポンプアップですね。だから、地域によって違いますけれども、川に水をポンプアップするということを加味しながらやって、大体私ども二十兆円あれば国全体でいけるのじゃないかというふうに計算しております。  それからゴルフ場ですね。これは私、ゴルフ場が日本の大衆の娯楽になった場合にどのぐらい要るものか、よう計算しておりませんけれども、私は、非常にたくさんのゴルフ場の候補地があるということを承知しておりまして、これは全く先生と同意見であります。牧草化して当然畜産に活用すべきであると思います。  それから、十アール当たり五千貫の堆肥をやっている大寨、この方式は、先ほど、広島県の五百メーターの山の高いところ、根雪が二カ月半あるところで牧草三十トン取っておるという例を申し上げましたが、そこでは大体十アール当たり百トンの堆肥を入れております。そうすれば十分取れるわけですね。ですから、そういうようなことは、もうこれから先、日本の農業の基本線としてあらゆる面から助長し、推進して、堆肥を十分にやる、堆肥そのものの質をよくしながらやっていくということが大事だろうと思います。全く私、同意見でございます。

桑名義治公明党

○桑名義治君 先ほどからの質問で、私の質問のの内容もるる出たようでございますので、私は簡単に申し上げたいと思いますが、いずれにしましても、先生のおっしゃっておられる農業政策につきましては私も賛成でございます。  この土地の基盤整備の問題につきましては、先生のお話の中にございましたように、いまから先は集約農業という形でなければこの理想は達成できないということに結論が落ち着いたわけでございますが、その間におきまして、土地のいわゆる交換配分、こういった問題に非常に大きな問題が残ってくるのではないかと、こういうふうに思うのです。それと同時に、現在のような都市化の非常に進んでいる現況の中でどう農地を確保していくか、こういう問題もまた、あわせて考えていかなければならない重大な問題になっていくのではないかと思います。いずれにしましても、いわゆる農村と都市生活者、この双方におけるいわゆる農業に対する国民のコンセンサスをつくり上げていくという、この事柄が最も大事なことではなかろうかと思うのです。この問題について、コンセンサスをつくるという問題についてどのような方策をお考えになっていらっしゃるのか。  もう一点でございますが、これは後継者に非常にいま問題があるわけでございます。先ほどお話が出ておりましたように、農業高校に進学する人が非常に少なくなった。これはただ単に農業高校を完全なものにしていくということだけでは解決のつかない問題でございますので、この点についても先生の御意見を伺っておきたいと思うのです。  以上です。

武田邦太郎新農政研究所理事

○公述人(武田邦太郎君) 交換分合という問題に  つきましては、これはどうしてもやらなければならぬということであれば仕方ありませんが、私ども関係しております集団化のケースでは、土地所有権にはお構いなしに、一応農業団地あるいは農振地域が設定されたら、もう一つの区画は一ヘクでも二ヘクでも大型を設定していって、たんぼに行ったらどことどこが私のたんぼかわからない、自分の所有地がわからない。しかし、登記所に行って字限図を見れば、ここが一反、ここが一反五畝、ここは七畝と、もとのとおりの所有権がある、それでいいじゃないかと、それで売買もできれば相続も差し支えないと、そういうような考え方でやっているところは非常に簡単にいっております。これから先の土地の所有の仕方ですね、交換分合ではややもすると非常なフリクションが起こるのでありますけれども、これから先農地の所有の仕方に、そういう交換分合しないで、そのまま持っておっていいというような考え方の意識を高めることも一つのいき方じゃないかと、こういうふうに思います。特に都市化の中で近代的農業をやっていくという場合には、どうしても土地利用計画ですね、昨年十二月にできました国土利用計画法によりまして、地域の住民の考え方をも十分参考にし、というよりも、地域の住民の方は国土利用の広い立場からの知識をお持ちにならない人が多いので、持たないままでやたらに地域運動をやられた日には、これはもうみんな不幸になりますから、やはりみんながもっと国土利用の高度化について十分な知識を身につけながら、わが地域はいかに使うのが一番健康で文化的な地域生活ができるかという角度からの土地利用についての頭をつくった上で、総合的な土地の利用計画を樹立していく。これは時間かかると思いますが、これは仕方ないと思うんですね。土地利用計画についての国民全体の頭の持ち方の水準を高くする、そういう前提において、このいまおっしゃったコンセンサスをつくっていかないと、お互いに地域エゴだ、個人エゴだではコンセンサスはつくれないと思います。  食糧問題に関する限りは、いま申し上げました線でいけば、食糧はアメリカが——アメリカは去年は非常な農業災害にやられたわけであります。これから先もやられると思います。先ほど海外開発ということもありましたけれども、これから先の地球寒冷化が進むにつれて、一番安全な気候地帯は日本らしいのですね。中国、ソ連、カナダ、北ヨーロッパ非常に危ない。それからアルゼンチン、オーストラリアは頻々と干ばつに遭う、東南アジアも四年ほど前には大干ばつに遭いました。ああいうように、いま農業地帯と言われるところは非常にこれから危なくなるのであります。したがって、細長くて周囲に海があって降水量の多い日本が、世界で最も安定的な農業をやれる地域であるということをも考え合わせまして、国民の食生活を安定的に確保する。しかも、コストを下げて、値段は高くしなくできるのだというようなことの基本線で、都会と農村とのコンセンサスを線を太くしていく。そういうような、日本の農業を誇り高い産業として、あるいは国民生活の基盤として高め得るのだということを、子供らの時代から十分に教育の中で頭の中に肥やしていって、その前提でいわゆる農業教育に入る。で、農業は非常に誇り高き産業である、名誉ある産業だと、そういうことを子供のときから教育していくことが基本ではないか。  同時に、具体的に日本の農業はかくあるべきだ、あり得ると、この県はどうあり得る、おれの地区の農業はかくのごとくあり得るし、あるべきだと、そういう一つの、幾ら誇りを持てと言いましても、やはり都会と対等の生産性所得を上げ、同じような文化的な生活をやって健康な生活ができるというめどがありませんと、これは農業の誇りを持つわけにいきませんので、そういう具体的な設定を、子供らが年たつにつれて十分理解させていくということが一般教育としても大事じゃないかと、そういうふうに思います。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ちょっと速記をとめて。   〔速記中止〕

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) それでは速記を起こして。

寺田熊雄日本社会党

○寺田熊雄君 桶谷公述人に一点だけお尋ねいたしたいと思います。  ただいまの御意見によりますと、イタイイタイ病の原因につきましてカドミウム原因説を御否定になり、厚生省並びに裁判所を論難なさったのでございますが、それではあなたは、あの悲惨なイタイイタイ病は何に起因するという御意見なのでしょうか、その点をお伺いいたしたいと存じます。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) お答えいたします。  私は公述で申し上げましたとおり、医者ではございません。それから、その現地に行ったこともございません。したがいまして、その悲惨な患者も見たことはありません。で、それではあの原因は何かと言われても、これはお答えできません。ただ、現在の評論家的な立場でいろいろなマスコミに出ましたものなどを読みますると、どう考えてもカドミウム説はおかしいのではないかということを申し上げただけでございます。

矢追秀彦公明党

○矢追秀彦君 いま寺田委員の方からも質問のございましたカドミウムの問題でございますが、私も実は昭和四十二年の五月に、初めてこの参議院の公害対策特別委員会でイタイイタイ病の質問をやった張本人でございますので、その後、一年後に厚生省の見解が出ました。いま先生はわからないとおっしゃいますが、じゃあわからなければ、評論家的な御意見はどうお述べになろうと自由ですが、私がここで聞きたいのは、公害というものの原因の問題、確かにここには中山太郎先生というお医者さんもいらしゃいますけれども、私も医者の端くれですけれども、確かに病気の原因というのはむずかしいわけです。特に、イタイイタイ病のような病気の原因は確かにむずかしいと思います。したがって、あの悲惨な病気が果たしてどういうメカニズムでどうなったかについては、それは学問的にいろいろな意見もあるし、大体、骨というもの自体がどうやって生成されるのか、どうやって溶けるのか、この機序自体もまだ完全な解明は科学的にはなされていない状況です。しかし、あの病気の起こったいろいろな要素を並べた中で、もし仮にカドミウムがなければ、いわゆるあの三井鉱山から流れてきたところのカドミウムを中心とした亜鉛とかああいった鉱毒というものがなければ、あの病気はあのようにはなってなかったと。  これは私はいろいろな動物実験からやりましても、私も私の後輩に命じて、ネズミの実験でありますが、カドミウムの実験もやりました。私も、その病理所見も全部見ました。また岡山大学にも行きまして、顕微鏡の方も大分見てきましたけれども、もしカドミウムが存在しなければあそこまでの病気はなかったということは、私ははっきり言えると思うのです。やはり公害というものはそういう形でとらまえるべきであって、いわゆる医学的因果関係がどうなのか、カドミウムが何%原因が絡んでおるのかとか、そういうことを徹底的に議論いたしますと、これは行政としての何の処理もできない、患者さんは永久に救われないということになってしまうわけです。また、会社の責任もそこに出てこないです。もし会社があれを流さなければ私はあそこまで悲惨な病気、たとえ栄養障害とか、あるいは佝僂病とかそういったような風土病的なものにある程度なったかもしれませんが、カドミウムが入り込んでああいう非常に恐ろしいことになったことは、これは私は確信が持てるのじゃないかと思うわけです。  だから、そういった点でやはり企業も責任をとらなければならないし、国の行政も私はきちんとしなければいかぬと思うのです。その点で私は、先生の先ほどの御意見というのはちょっと承服しがたい。この点についてどうお考えなのか。したがって、公害というものを先生はどうとらえられておるのか。要するに、一〇〇%原因がはっきりしなければ処理できないのか。私は、たとえ一%であっても、〇・五%であっても、そのものが介在して起こった被害に対しては私はやはり責任をとるべきだと、こう思うのですが、その点についてお伺いしたいと思います。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) これは、農林省食品総合研究所というところにおられまする堤忠一さんという方が書かれた、この二月号の「食の科学」という本でございます。これに、こういうことが書いてあります。「コメのカドミウムの安全基準についての報告」というのがありまして、「この実験はカドミウムを水に加えて四年間与えたものであるが、10ppmの濃度で有意の腎障害を認めなかったという。この濃度から犬が毎日摂取するカドミウム量を計算すると約一、〇〇〇ug/kgとなる。」云々でございまして、ともかくこういう実験事実から言いまして、カドミウムが、犬の実験から言いまして、四年間与えましてほとんど影響を与えていなかったという事実がございます。そういたしますると、ただいまあのような悲惨な病気、そして、それに三井金属がカドミウムを流さなければあのような病気は起こらなかったであろうと推測されまするけれども、推測によって犯人を製造されては困るのであります。社会正義というものはそういうものではありません。(「どこにも責任はないということかな」と呼ぶ者あり)——責任ないなどとは申しておりません。

矢追秀彦公明党

○矢追秀彦君 相当興奮されておりますけれども、ここで議論すると、これは一日たっても終わらないと思うのですよ。私は何も、先生が責任を言ってないとおっしゃいますけれども、やはりいろんな科学者の実験も出ているわけです。いま先生言われた実験も一つでしょう。だから、それはいろいろ議論は学界で大いにやっていただくことは結構なんです。しかし、そのカドミウムないしは——私はカドミウムだけ言っていないですよ、そのほかの物質、いっぱい流したことは事実です。先生は米ばかりおっしゃいますけれども、イタイイタイ病のあの地域の人は、米だけじゃないのですよ、水もがぶがぶ飲んでいたのです。土も全部なんです。相当のppmなんです、あそこは。ほかの生野とか、あるいは対馬とか、先生、違うからこれはもともおかしいとおっしゃいますけれども、あの地域もやはりあの地域に応じたなりのまたカドミウムの量、あるいはその患者さんがどの程度とっておったのか、全部違うわけですよ。富山の場合というのは、これは先生、歴史的な事実をずっと調べられておわかりのように、相当水を飲んでいたのですよ、水道もなかったのですから。だから相当の量のものが入っているのです。だから、一〇ppmのいまの実験だけでは、これは当たらないと思うんですよ。そういった点もやはり裁判できちんとされておるし、そういった意味では厚生省の見解というのは決して間違っていないと、こういまでも私は確信しております。  これは議論になりますから申し上げませんけれどもね、これ、推論でやっているのじゃないのですよ、私も。推論じゃないのですよ。いろんな環境を全部調べ上げてやっているのですから。そういった点で、あまりこの国会の場でそういう興奮されてやられることは、私はちょっと学者の先生としての良識の上から言って、私の方が冷静だと思うんですよ、私の方が学者的だと思っているんですけれどもね。そういった点でひとつもう一度、推論だけで私たちは全部処理する、じゃあ、患者さんは救われないことになるんじゃないですか。先生の考え方でいくと、私は公害なんかないんじゃないかと思う。いわゆる公害ですよ。騒音はあるかもしれません、あるいは水質汚濁はあるかもしれません、だけど、人間に対する関係での公害というのは、どうも先生の先ほどのお話をじっと考えていますと、何かなくなっちゃうのじゃないか。特に、企業の責任なんというのは全然出てこないのじゃないか。何も私は企業を全部ぶっ壊して、一〇〇%責任とれと言っていませんよ、一〇〇%は。その点、もうちょっと公害というものと人間、いわゆる公害というのは人間に与える被害ですから、その点、先生どうお考えになっているのですか。もう一度、本質的な面をお答えいただきたいと思うのです。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 公害というものは、まことにわれわれにとりましてもいやなことでございまして、おっしゃるとおり、そういう公害を受けまして被害を受けた方々はたいへんお気の毒であり、そういう人たちを救済するということは当然でございます。当然でございまするけれども、そこに、このイタイイタイ病の例を見ますると、どう考えても急ぎ過ぎたという、何といいますか、感じを私は持っております。無理やりに犯人を製造したのではないかとさえ思われるような感じもいたします。そういう点から言いまして、もう一度この公害問題というものを見直すよい時期ではないかというのが私の考え方でございまして、それでもってなおかつ、たとえばイタイイタイ病に三井金属が本当に責任があるのなら、それはそれで結構でございます。  私は、何も公害という事実のあることを否定しておるものではございません。ただ、その公害というものをいろいろ考えまする場合に、ただ一方的に疑わしきは罰せよというふうな、いままでの法律の考え方とは全く違ったような考え方が公害問題だけに出てくるということ自体がおかしいのではないかというふうに思っております。そして、悲惨な患者が出れば、それは国費で幾らでも治療してやればよろしい。そういったことを皆さん方がなさればよろしい。そうして、その結果わかったならば、これは企業なら企業にたくさんの罰金に類するようなものを科してもちっとも差し支えはない。ただ悲惨な患者を救わんがために、何か無理やりに犯人を製造するというようなやり方を私は感じますけれども、そういったことがよろしくないということを言っておるのでございます。

渡辺武日本共産党

○渡辺武君 私は、時間もないということでありますので、四点ばかりまとめて伺いたいと思います。  まず第一点でありますが、先生のお話をずっと承っておりますと、公害に反対することは経済成長に反対することだというような御趣旨のようにうかがわれるわけであります。特に先生は、公害に反対するならば日本経済は終戦直後の状態に戻ってもいいということかというような御趣旨のことまで、極言されておられたわけであります。しかし公害というものは、経済成長に不可避の、不可欠の随伴物ではないと私は思います。公害は、経済成長の中で大企業が公害防止の必要な措置を怠ってたれ流しをした、このことから起こっていることは、これはいまのイタイイタイ病ももとよりのことでありますが、あの水俣病、さらにはまた先日の三菱石油の油たれ流し問題、こういうことをとってみましても、非常にこれは明らかであります。先生に伺いたいことは、先生のような御趣旨に立ちますというと、これは結局のところ、大企業の公害たれ流しに国民はがまんしろということになろうかと思いますけれども、その点はどうでしょうか。これが伺いたい第一点であります。  第二の点は、先生は先ほど日本共産党の第十一回大会で公害問題をてこに自由主義体制を打倒するという方針をきめたと、このために公害問題に政治が持ち込まれて、そうして公害被害者がいろんな補償を要求するようになった、これは新しいタイプの恐喝だという言葉を使われました。私は、これはびっくり仰天いたしました。まあ良識のあられる方と思っておりましたけれども、一体この言葉は何だろうか。私ども共産党が第十一回大会以前から、大企業の公害たれ流しから国民の命と暮らしを守るために公害に反対して闘ってきたことは、これは周知の事実であります。特に私どもは、公害は発生源で防止しなくちゃならない、公害防止装置はその企業の責任と負担においてしっかりとつくることが公害を防ぐ最も重要な道であると、公害によって被害を受けた国民に対しては、完全な補償を特に責任のある企業がやらなければならないという主張をして闘ってまいりました。一体、先生は、わが党の第十一回大会のどの文書のどの個所に、公害問題をてこに自由主義体制を打倒するなどという方針が書かれているのか、はっきりと証拠をお示しいただきたい。ここは国会の場であります。責任を持った発言こそ望ましいわけでありまして、根拠のないデマや中傷は絶対に許すことはできません。その点をしっかり念頭に置かれて証拠をお示しいただきたいと思います。これが伺いたいことの第二点であります。  第三点は、ただいま申しました公害被害者が補償を要求することが、新しいタイプの恐喝だということであります。一体、公害被害者が生命を脅かされ、そうして健康をむしばまれて、それを責任のある企業に補償を要求するということが、一体どういう理由で新しいタイプの恐喝になるのでしょうか。その理由をおっしゃっていただきたい。それからもう一つは、もし先生のようなお立場に立たれるならば、大企業の公害たれ流し、これを当然のこととしてお認めになって、そうしてそれによって健康や生命を破壊される国民、これを恐喝だというふうに言われるわけでありますから、一体先生は、大企業の利益の方が人命よりも大事と思っておられるのか、そうでないのか、その点もはっきりおっしゃっていただきたいと思います。以上が伺いたい点の第三点であります。  第四点は、いままでこの参議院で毎年予算委員会に公述人の方がおいでになります。しかし、この席上で特定の政党を名指しで、しかも根拠のないデマや中傷をやられたという例はいままでございません。私は、きょうの先生の御発言は不謹慎きわまりないものだと思います。今後このような不謹慎な態度はやめていただきたいと思う。特にきょう、先ほど生生が御発言された日本共産党に関するくだりはよろしくお取り消しいただきたいと思います。その点を質問の第四点として、私の質問を終わります。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 大体あなたの御質問に私も賛成でございます。  最初に申し上げます。大企業のたれ流しを認めるのかということであります。私は認めません。ただ、あなたが水俣病をおっしゃいましたけれども、あのppmという測定方法が日本で行われるようになりましたのは、昭和三十年以降でございます。したがいまして、それより以前は従来の分析法、つまりパーセント、それからいろいろな分析方法がございますが、それでもってやりまして、トレースとか、たとえばプラスが一つとか二つとかいうふうなことぐらいしかわからなかったのでありまして、たとえば排水などをそういうふうなもので分析してみて、まあこれなら大丈夫だろうというふうなことで出していたわけであります。それが三十年以降の非常な分析技術の発達というものによりまして、百万分の一程度のものが確実にとらえられるようになった。そういう意味から言いまして、新しくそういうたれ流しの問題がはっきりいろいろな点で出てきた。そういう点から言いまして、私は、従来の科学技術の水準でどうにもできなかったもの、その時代のことを今日の知識でもって追及するのはおかしいではないかという意見でございます。  それから、新しい恐喝というふうなことを言いまして、これがまあ大変怒られたのでありまするけれども、ただ、いろいろな公害病にかかりました人たちの健康を守り命を守るということは、私は全く賛成でございます。全く賛成であります。そのとおりであります。しかしながら、そういったものに、たとえば千六百万円の金が出るというふうなことになりますると、事態は違ってくるのであります。これは渡辺さん、あなたも人間性というものをよく御存じのようですからおわかりになると思いまするけれども、人間は欲というものがございます。その欲というものによりまして擬装患者と考えられるような人も続々と出てきておる。しかも、そういう人が道路にテントを張ってわあわあ騒ぐとか何とかというふうなことによって、結局千六百万円をせしめるというふうな事実を私見ておりますると、これは新型の恐喝としか言いようがないと思うから、このような言葉を使ったわけであります。  それから、日本共産党のあれでもってそんなことを言ったあれはないと、文章を示してくれというお話でございます。そこのところはこう言っております。公害の犯人は日本とアメリカの独占資本である。公害の元凶である大企業にメスを入れることなしには、公害問題を一歩でも解決できないと、こう言っていることは間違いございません。その文章、ここに持ってきております、共産党の。さて、それから後は私のコメントでございます。「公害問題をてこにして、自由主義経済体制を打倒しようという趣旨の」と、これは私のコメントでございまして、これは共産党の文献には出ておりません。

渡辺武日本共産党

○渡辺武君 あたりまえですよ。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) そうでしょう。

渡辺武日本共産党

○渡辺武君 勝手なコメントをしたら困る。共産党は公党として発表しているんです、共産党は。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) それから、公党を名指しでこのような公述の場合にやった例がない、こういうことはやめてくれ、取り消してくれということです。私は取り消しません。こちらさんがいろいろお考えくださると思います。私は取り消しません。  以上お答えいたしました。

渡辺武日本共産党

○渡辺武君 不謹慎であることは認めますか。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 私は、不謹慎であると認めません。当然だと思います。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 先生のお話を聞いておりますと、企業が流したものが原因であるということがはっきりわかるまでは企業は責任がないというような感じに受け取れるわけなんですね。それでは、いま無過失賠償責任の問題なんかは一切お認めにならない立場なのかどうかを伺いたいわけなんです。  たとえば例を引きますと、カネミ油症の問題がありますね。あれなんかはカネミライスオイルの、明らかにあの会社に責任があったわけですね。カネクロールという有毒な物質が、油を熱する管の中にピンほどの穴があいていて、そこからどんどん油の中にそれが流れ込んだから、あのカネミライスオイルというのは非常な有毒な物質を含んで、その結果、あれを食べた患者が九州を中心にして関西方面あるいはもっと北陸方面までも伸びて、千数百人の有症患者が出て、中には死んだ人もあるし、生涯働けない状況になっていまだに救われていない。ところが、これなんかも幾らしても会社の方はいいかげんなことしかやっていないわけですね。  そうしますと、やっぱりこれは、食品関係はさっきチクロの話をおっしゃいましたけれども、いろいろなものが入ってきて、総合の作用をするわけでしょう。ですから、どれが一番決定的なものであるかというようなことは、大体わかっても断定できない、裁判でなかなか決まらない、こういう状況のときに、その被害者を救う方法というのは無過失賠償責任の制度を私たちは主張してきたわけです。それで、国でもそういう方向に向かって、食品のあるものに関しては無過失賠償責任の制度をつくろう、そうして会社がなかなか認めなかったり、裁判で結論が出ない間でも、被害者には一応国が補償しておいて、あるいはその救済をしておいて、後にはっきりしたときに企業から取るという制度をつくろうというふうに言っているわけなんですけれども、その企業の無過失賠償責任を認めないと、そういうことが成り立っていかないわけなんでございます。  そこで、水俣病の場合でも、あそこにチッソがあれだけの有機水銀を流さなかったらあの病気は起こっていない。イタイイタイ病の場合も、三井鉱山がカドミウムを流したということがなければあれが起こっていないわけですから、大体においてわかっていても、これは裁判ではあくまで闘ってなかなか実証されてこない。そういうときに、被害者を救うというためには無過失賠償責任制度をつくっておかなきゃいけないわけなんです。先生は無過失賠償責任なんというものは必要ないというふうに考えていらっしゃるのですか。つまり、さっきからのお話を聞きますと、企業の責任がはっきりしないうちにそれを取り上げる、裁判で取ったとかいうようなことはけしからぬというふうにおっしゃっておりますが、その制度はどうお思いになりますか。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 無過失賠償責任のことは何にも存じませんので、お答えできません。

上田哲日本社会党

○上田哲君 新しい脅迫という言葉の中に、マスコミの報道についての御言及があったわけですね。マスコミがセンセーショナリズムに走るというような点が指摘されるのならば、これは大いに反省を求めなきゃならぬところであろうと思います。しかし、公害報道に関しては、これは大いにひとつ社会にその問題の注意を喚起するということは、まだ決して十分だとは私どもは考えておりません。とりわけ、このイタイイタイ病に関して言うならば、どちらかと言えば報道は、たとえばあの萩野医師の努力等々に比べるなら、その報道は遅きに失したとすら思っているわけでありまして、そういう意味での、むしろ私はマスコミにも大変造詣の深い桶谷先生がさらに努力せよと言われるべきでありまして、すべてが完全な努力であった、正当な指摘であったのみではないのは言うまでもありませんけれども、しかし、どちらの方向をとるかというならば、こうした今後も累増されていくであろう公害問題に対してもっともっと、企業寄りの側であるよりも、被害者、弱い者の側に立って大きく指摘をしていくべきである、この方向にひとつ立たれての御発言をいただくべきだと思っておりますが、いかがでしょう。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 私も上田さんの御意見に全く賛成でございます。賛成であるというそのもとは、過去五年間の公害に関する新聞報道というものをずっと見ておりまして、われわれはこれを一つの反面教師のような形でとらえるというのが正しいというふうに思っております。新聞があのように騒ぎ、世論があのように騒ぎ、一方において微量分析装置というものがその必要から大分広まってきておるし、ppmというのは、たとえばフランスなどに行きまして友達にppmと言ったら、ppmって何だって聞かれたのですけれども、そういう点から言いまして、日本人のそういう点に関する知識は非常に上がっております。そういう点で私は反面教師としてとらえるということで、あなたのおっしゃったことに全く賛成でございます。

森下泰自由民主党

○森下泰君 私は、先ほどの桶谷先生の御見解に大変感銘をいたしました。さような立場から先生に三つばかり御質問をさせていただきたいと思います。  いまいろいろ御質問がありましたが、イタイイタイ病の問題につきましては、御存じのように、去る二月号の文藝春秋誌にルポルタージュが出ておりました。これはきょう御出席の皆様全員が御存じだと思いますが、文藝春秋誌は、かの金脈問題におきまして大変権威のある雑誌でございまして、そのことについて権威があるならば、本件につきましても同じような権威があって私はしかるべきであると、さような論点で、先生にますます今後御研究をいただきまして、また御発言をいただきたい、かように存ずるものでございますが、また、実はこれは去る二月の二十六日でございますが、衆議院の予算委員会第一分科会、それから衆議院の決算委員会で小坂委員、林委員から詳しい御質問がございました。環境庁、厚生省から答弁がございまして、その記録も現在残っておりますし、現在進行中でございます。  そういう意味でなお御検討いただきたいと思いますが、もう一つ先生に御認識をいただきたいので申し上げておきますが、私は、いまのお話の中で一つ欠けておるように思います。それは企業の立場でございまして、企業経営者の考え方でございまして、私も実は三十年企業経営者でまいりましたので、ぜひ一言御認識をいただきたいと思うので申し上げさせていただきますが、いわゆる何でも企業は悪である、企業経営者は悪人だと、こういう風潮があることを大変残念に思っておりまして、私は何も資本主義社会が修正されたとか、あるいは経済建設は企業がやったではないかとか、さような格調の低い議論ではなくて、企業経営者も一個の善良な市民でございまして、一生懸命に社会への貢献を考えて努力をいたしております。これは三井金属さんにおかれましても、あるいは先般来問題になっております新幹線問題の国鉄にいたしましても、あるいは石油業者にいたしましても、あるいは自動車メーカーにいたしましても、私は経営者は一生懸命善意を持って努力をしておるのだと、そういう観点からぜひ今後ともお考えをいただきたい。大変僭越でございますが、あえてつけ加えさせていただきました。  それで、御質問でございますが、せっかくの機会でございますので、この際三つばかりお伺いをさせていただきたい。  第一は、私はこれまた先生の先ほどの御論調の中に、また、いま御質問の中にもございましたが、消費者パワー、あるいは住民パワー、あるいは消費者団体と、こういう動きが大変に盛んでございまして、まことに結構なことかと思うのでありますが、私の調べましたところでは、現在日本全国に二千団体の消費者団体と名づくものがございます。住民団体の方はよく存じませんが、消費者団体二千、毎年四百から五百ができたりつぶれたりいたしておるようでございまして、私が疑問を持っておりますのは、現在の日本の社会はいわゆるデモクラシー、代議制間接民主主義社会でございまして、そしてそういう形で村会、町会あるいは市会、県会あるいは国会議員が選ばれまして、そして政治が行われております。そういう社会の場合に、かようないわゆる直接民主主義手法とでも申しますような体制がとられて、それが認められ、横行しておる。果たしてこれでいいのかどうかという率直な私は疑問を持っております。その点につきまして、先生は長く海外で御研究をされまして、わけて先進国のヨーロッパのことにつきましてはお詳しいと伺っておりますが、そういう点につきまして、まずヨーロッパにおきましての消費者パワーの状態、あるいはそれに対する先生のコメントをお伺いさせていただきたいと思います。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 消費者パワーというのが出ておりまするけれども、そのすべてがそうであるとは私思いませんけれども、何か新聞とタイアップいたしまして、持ちつ持たれつで消費者パワーというものが紙面をにぎわせているような感じを私は受けているのであります。  たとえて申しますると、石油たん白を禁止する何か消費者パワーがございますが、これは本日の農業問題でもおわかりのとおり、今後の人類の食糧問題というものは非常に大事でございまして、でん粉、たん白、脂肪などという基礎になりまする食糧を一体どうするかということが世界的に問題になっております。日本におきましては、多量に輸入する原油の中からパラフィンがたくさん出ますが、その。パラフィンをイーストに食わせましてたん白にするというふうなことがなされて、二つの会社だったと思いまするけれども、そこが試験的にいろいろ製造しておる、製造したというわけであります。ところが、これは質屋の奥さんでございまするけれども、数人の人がそういったものはいやだということで、石油たん白禁止の消費者パワーというものがございまして、それが、あれは厚生省だったと思いますが、そういったところに押しかけて、石油たん白の製造その他、研究も何も禁止させてしまった。国連におきましては、日本が大いにやってくれるだろうと当てにしていたのが、それがだめになった。つまり、消費者パワーというものの力によりまして、人類の未来の食糧に関係のあるようなことまでストップされてしまうというふうに、非常に大変な力を持っておる。  ところが、その大変な力を持っているのは、私の見るところでは、これは怒る方もいると思いまするけれども、朝日新聞さんが後についているのであります。そして何かあると、その朝日新聞の記者と写真カメラマンが行きまして、パチパチ写真を撮ってそれを大きく報道するということによりまして、この小さな消費者パワーというのが大きな力を持っておる。つまり、直接民主主義と言いますることは、まあいわば議会勢力が余り大きくないようなところが何とか自分の考え方を通すとか、あるいは時の政府を困らせてやろうとかというために、こういうものを使っているのではないだろうかとさえ、私、外から見て思われるわけでございます。  このようなやり方は方々で行われているようでございまして、何も日本だけの特産ではございませんけれども、大体におきまして共産圏の国々にはこれはございません。自由主義国だけでございますが、自由主義国家というのは、たとえば自民党が政権を持っているというような国ですと左翼の方々は少数でございますが、そういう方々が何とかいちゃもんをつけると言ってはいけないのですけれども、そういう手段としてこの消費者パワーというものを使っていらっしゃるような感じを私は受けます。証拠はございません。証拠のないようなことをこの神聖なる国会の場で申し上げるのは大変不謹慎でございまするけれども、どうかそれはお許しいただきたいと思います。

森下泰自由民主党

○森下泰君 ありがとうございました。  では次に、最近やかましく論議がされておりまして、先般環境庁から告示が五十一年につきまして出ました自動車の排気ガス規制の問題でございますが、これにつきましても、先生は工学博士であられまして、のみならず、みずからスクーターを駆って欧州各国を御自身で御旅行をしておられますドライバーの御専門家と承っております。特にお伺いいたしたい点が二つございます。一つは、アメリカのマスキー法並びにその最近の感情、延期につきましては周知のところでございますが、ヨーロッパにおきましての排気ガス規制の現状につきまして、もう一つは、日本にいま行われております五十年規制、五十一年規制、これにつきましての先生の御意見を賜りたいと存じます。簡単でけっこうでございます。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 時間もございません。簡単に申し上げます。  この日本の規制に対しまして欧州ではどのように考えているかということでございます。私、向こうの人に尋ねまして返事をもらいまして、それをまとめてまいりましたのですけれども、向こうの人はこう言っております。日本が公害問題、排気ガス規制その他というふうなものをやっているけれども、これは欧州車に対する非関税障壁というものではないか、つまりそういったことによってわれわれの車、売ろうとする車を抑えているんではないか、そういうことを言っておりまして、誤解であると思いまするけれども、そう誤解されてもしようのないようなことを日本がやっておるというふうに私は考えます。  また、排気ガスの規制で、五十一年規制というものの中でN〇xのことが非常に問題にされております。私は日本の環境庁のこの規制というものは、過剰規制であるというふうに考えております。そして国民の健康を守るため、東京都民の健康を守るためということで言われておりまするけれども、最近発表されました厚生省の平均寿命といいますか、余命の表を見ますると、東京都の男性が一番長生きでございます。すでに公害でいろいろとやっつけられて、気息えんえんとしていると思われるような東京のわれわれ男子が日本で一番長生きをしておる、そういうことから考えますると、まあ五十年規制くらいでストップしておいて様子を見るのが一番いいのではないだろうかと、そういうふうな感じを私持っておるわけでございます。

森下泰自由民主党

○森下泰君 ありがとうございました。  時間がございませんので、最後にもう一つ、先ほど問題になりまして御質問もございましたイタイイタイ病につきまして、一つだけ私なりに御意見を賜りたいと存じます。  実は先ほども申し上げましたように、去る二月二十六日の衆議院予算委員会第一分科会におきまして小坂善太郎委員からの御質問がありました。それから同じく決算委員会で林義郎委員からの詳細な御質問がございました。それに対しまして環境庁長官から、かような御答弁がございました。それは要点だけ申し上げますと、「ただ、カドミはやはり腎には非常な影響があるということは事実でございますので、」以下少し文章が入りまして、最後のところで「イタイイタイ病の原因はカドミである、必ずしもこういう結論を申し上げているわけじゃないのでございますから、」こういう御発言でございました。要約いたしますれば、腎には非常に影響がある、しかしイタイイタイ病の原因であるかどうかはまだ結論的にはわかっておらない、こういう御発言であったように議事録には記載をされております。この長官のお考え方とこれ自身の問題と、それから先ほど御指摘でございました四十三年の厚生省見解でございますが、この厚生省見解との間には、私にはなかなかわかりがたいギャップがあるように思われます。この点につきましての先生の御意見をいただきたいと思います。

桶谷繁雄東京工業大学名誉教授

○公述人(桶谷繁雄君) 私が最初にまとめて申し上げましたものの中で、厚生省見解の冒頭にはっきり書いてあることを読み上げまして、それを常識ある人が理解するならば、イタイイタイ病の原因はカドミウムであるということを言っておると思います。しかし厚生省としましても、その後いろいろな考え方も変わってきたようでございますし、大臣のお返事も微妙な変化をしてきておるように思います。で、私そのような状況から言いまして、まあ相当この問題に関しましては手直しをする必要があるのではないだろうか、こう思っておる次第でございます。

森下泰自由民主党

○森下泰君 質問を終わります。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ありがとうございました。  それでは、この程度で午前の質疑は終わらせていただきます。  お二人の公述人には、長時間にわたり貴重な御意見を承りまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。(拍手)  午後一時半まで休憩いたします。    午後零時三十八分休憩      —————・—————    午後一時四十三分開会

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ただいまから予算委員会公聴会を再開いたします。  この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多忙中にもかかわりませず本委員会に御出席をいただきまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。  それでは議事の進め方につきまして申し上げますが、お手元にお配りいたしました名簿の順に従いましてお一人約二十分の御意見をお述べ願いたいと存じます。お三人の公述人から御意見をお述べいただきました後、委員の皆様から質疑がありました場合はお答えをお願いいたしたいと存じます。  それでは太田公述人から御意見をお述べいただきたいと存じます。太田公述人。

太田一郎国民金融公庫調査部長

○公述人(太田一郎君) 太田でございます。  本日私に与えられましたテーマは景気動向ということでございますけれども、私のいたしております仕事の性質上、中小企業に一応重点をしぼりまして、中小企業関係の実情を御説明したいというふうに思っております。  中小企業の実情と申しましても、統計あるいは資料上非常に制約がございますけれども、私どもの調査結果あるいはそういったようなものによりまして御説明いたしたいと思うわけでございます。それから、私の話の中の主観的判断に当たります部分、あるいは見通しに当たる部分というようなものは、すべて個人的な意見というふうにおとり願いたいと思います。  初めに、最近の景気動向についてちょっと簡単に触れたいと思いますけれども、まあ一番特徴点といたしまして四点ぐらいあろうかと思います。  戦後数回の不況期に比べまして、生産活動の落ち込みというものが最近の不況の非常に大きな特徴でございます。鉱工業生産におきましては、昭和四十八年の十一月からことしの一月まで約十四ヵ月にわたって低下をいたしておりますけども、その低下率は二〇・二%というような数字を示しております。しかも、昭和三十三年あるいは二十九年のような戦後の大きな不況期に比べましても七、八%台の低下率でございましたけども、今回のは、そういった意味におきまして二〇%というような、非常にそのピーク時からボトム時にかけましての落ち込みというものが激しいということが今回の特徴であろうと思います。現在では鉱工業生産指数は四十七年水準に下落している。  それからもう一つは、これとうらはらになりますけども、在庫水準というものが異常な高水準にある。製品在庫指数は一六七・三というような数字を一月に示しておりますけども、いずれにいたしましても、在庫調整が非常におくれてきている。そのために、意図しない在庫の形で企業段階における在庫というものが積み増されて、これがまた不況感を根強くしているというようなことが言えるのではなかろうか。一月におきましては、在庫指数は前月に比べまして一・四%下落いたしましたけれども、それにしても、基調自体は非常な高水準でございます。  それから第三番目の点といたしましては、個人消費支出が非常に減退してきている。最近におきまする企画庁の発表を見ましても、四十八年の対前年比の個人消費支出の実質ベースでは八・一%でございましたけれども、四十九年暦年の実質ベースは一・六%、つまり約六・五%ばかり低下してきているわけでございます。これには、実質収入の低下であるとか、消費の抑制ムードとか、こういったようなことが当然そこに反映していると思います。  それからもう一つは、民間の設備投資でございますけれども、新規の投資を非常に控える傾向になってきている。四十八年と四十九年の実質ベースを見た場合に、これも先ほどの企画庁の試算でございますけれども、四十八年が一七・六%前年に対して伸びていたのに対して、四十九年は逆にマイナス一一・一というふうに設備投資のビヘービアが落ち込んでいる。ことに中小企業関係におきましてはこの冷え込みが非常に大きなものがございます。  こういうような面から総需要自体が全体的に減退してきておりまして、四十九年の暦年の実質GNPというのは、やはり企画庁の試算でございますと一・八%のマイナスというような、戦後初めてのマイナス成長になるというような事態になっておるわけでございます。このほかにも、たとえば、暗い材料といたしましては、失業率が一・六であるとか、あるいは有効求人倍率が〇・七四と、これは一月の水準でございますけれども、まあそういうような非常に大きな落ち込みがいろいろな指標からも見られるわけでございます。  それで、このような一般的景気動向のもとで、中小企業の景況が果たしてどうなっているかというようなことでございますけれども、私どもが窓口から見た一つの実情を申し上げますと、やはり昨年の夏ごろから各業種に不況感が非常に浸透してきているということが、まず第一の特徴ではなかろうか。つまり、昨年の夏までは、繊維であるとか、建設であるとか、そういう一つの不況業種というようなものに限られていたわけでございますけれども、これがサービス、小売段階というようなところまで浸透してきたということが特徴ではなかろうか。それで、私どもの四半期ごとにいたしております景況調査がございますけれども、約三千八百社を対象としておりますが、これで見た場合でも、製造業と卸売業におきましては、昨年の七−九月に前年水準を下回りまして、さらに十月−十二月は前年水準に対して一〇%の低下を売上動向で示しております。それから小売業におきましては、昨年の十−十二月ごろから前年比五%の低下というようなことで、売上高がやはり低下してきております。小売段階でこういうことはやはり初めての傾向でございます。それで、こういうもとがやはり経営上、マージン率の低下、あるいは賃金、材料、諸経費の高騰によりまして採算が悪化しているというようなことが、ここで考えられるわけでございます。  それからもう一つの点といたしましては、経営上の問題点として、それぞれの企業に聞いてみますと、まず一般的には、受取条件、手形の回収比率であるとか、あるいは検収期間であるとか、こういうものがやはり最近におきましては次第に悪化してきております。それから一方、支払い条件というようなことで見ましても、これもやはり悪化してきている。したがって、そういった面からの資金繰りの苦しさというものが、やはり、いま申しましたような景況を受けまして、先行きの見通しをさらに暗くしているということがあるのではなかろうか。  それで、アンケートをいたしましたところによりますと、売上不振、つまり、当該企業におきまして経営上の最大の問題点は何かというような聞き方をいたしておりますけれども、一番多いのはやはり売上不振でございまして、これが四二%、利益の減少が第二位で二七%というような状況で、まあ不況期の特徴といたしますと、この二つが約七割を占める。ちょっと落としましたが、これは製造業の場合でございますけれども、約七割がそういうものを訴えてきている。したがって、そういう意味におきまして、人手の不足であるとか、あるいは資金問題というような問題は、むしろこの以下になっているというようなことがあるわけです。したがって、実際上の景況の落ち込みから、仕事が非常にほしいというような声が強いわけでございます。  それから、これに関連しまして、倒産と廃業のことをちょっと申し添えますが、倒産は十−十二月が千百件ぐらいの水準でございましたが、一−二月にかけて八百件台に落ちついてきている。倒産水準自体は非常に高水準なんでございますけれども、倒産自体はそれほどはふえておりません。各中小企業事業所数はふえておりますけれども、倒産そのものはそれほどふえていない。倒産率で見ますと、むしろ低下しているような傾向にあるわけでございますけれども、それにしても、こういうような理由はどうかということをちょっと考えてみました場合に、まあ三点ぐらいあろうかと思います。  それは、長い成長があったために、一種の内部蓄積ができたということ、それから経営合理化とか近代化とか、こういうような中小企業の努力というものが非常に長期間にわたって続けられております。ことに、変動相場制以後におきまして、不況対応力といいますか、そういうようなものがかなり強くなっているのではなかろうか。これが第一の点でございます。それから、現在、中小企業金融に対する民間金融機関の貸し出しの水準と申しますか、これもやはり三十年代あるいは四十年代の初めに比べますと、かなり高い水準になってきている。それから、それに関連いたしまして、政府の三機関に対する政策的な配慮がいろいろなされているというようなことにも、倒産水準というようなものの低さということがあらわれているんではなかろうか。それからもう一つは、小規模な企業の一つの特徴でございますけれども、手形取引の割合が小さい。したがって、金融破綻というような意味で倒産統計はあらわれてくるのでございますけれども、金融破綻あるいは銀行取引停止というような形での倒産という形をとることが少ない。これが一つの小規模企業の特徴ではなかろうかと思います。そういうものはどういうふうになりますかというと、むしろ自発的に、倒産に至らない前に休業あるいは廃業していく、あるいは転業をする。転業というものは現在の状況から見て非常にむずかしい情勢でありまして、むしろ被雇用者化していくというようなことで、いろいろな意味で対応しているわけでございますけれども、現実に廃業統計というものはございませんで、倒産統計以外にはそういう統計がないわけで、そういった休廃業の状況というものは非常につかみにくいわけでございますけれども、私どもの対象を見ておりますと、そういうものが若干ふえるような傾向にある。それから、好況期に地方に工場が進出したところが、この不況期に遭いまして、その工場が休業、閉鎖せざるを得なくなってきたというようなものが、電気機械関係であるとか、あるいは縫製加工関係とかいうようなものに若干出ておるわけです。  ここで少し業種別動向について見てみたいと思うのですが、この業種別の中で主なものだけを取り出させていただきます。  まず、製造業の中で機械金属関係、代表的な業種でございますけれども、これを見た場合に、小規模な企業は、軒並み数量ベースで三〇%台の減産を続けております。ことに工作機械であるとか、繊維機械、電気機器、鋳物だとか、こういう業種につきまして不況がかなり深く行き渡っているというような感じでございます。中には四割、五割の減産を強いられている。それで、このほかに、自動車というものは、昨年の十月から十二月にかけまして一時増産機運になったわけでございますけれども、年を越して一月からまた一〇%から二〇%台の減産になっていったというようなことで、多くの企業におきまして、こういう状態を背景にいたしまして、時間の短縮であるとか、残業カットであるとか、臨時工あるいはパートの整理というようなものが出てきている。それから電気機器なんかにおきましては、親企業の内製率が高まっている。したがって、親企業が内製化するので、中小企業になかなか仕事が回ってこないというような例もかなりございます。ただ、最近、弱電関係の一部、たとえばカラーテレビとか冷蔵庫、こういったような関係で一部在庫調整が進んで、若干一部に明るい兆しが出てきている。あるいは新製品の開発のための金型であるとか、試作だとか、こういう部門の受注が持ち直してきたというような若干の動意もあるということも報告されております。  それから繊維関係でございますけれども、繊維関係は、御承知のように、一年以上にわたる長期の減産体制、これを非常にとっておりまして、不況の典型的な業種ということであったわけでございますけれども、一部では減産効果が若干あらわれてきている。ただ、それがまだ本格的な回復基調には結びつかないというような状況でございます。流通段階で問屋筋の在庫調整が進んでいるとか、それで荷動きがやや活発化しているというようなものが報告されております。それから綿・スフ織物におきましては、適正在庫の二倍をまだ抱えて、あるいは工賃の引き下げというようなことが昨年はあったわけでございますけれども、工賃におきましては若干最近は明るい面も出てまいりまして、それが下げどまりというような形での現象となってあらわれてきている。そのほかに、毛織とか、合繊とか、こういうものはやはりかなり長期の不況で、現在でも停滞の状況を示しておるわけでございます。若干一部には、婦人服であるとか、身の回り品とか、こういうものには持ち直しているのもあるようでございますけれども、基調的なトーンとしては、繊維は非常に暗いということが言えるのではなかろうか。  それからそのほかの木製品、家具とか、紙製品、雑貨とか、こういうようなものの地場産業関係、こういうものにつきまして、特に輸出関連の地場産業でございますけれども、円高の基調であるというようなこととか、途上国との競合の問題で、非常にその競争力が低下し七おりますために輸出が不調になっておる。あるいはせっかく変動相場制から内需に切りかえた産地におきましても、その内需自体がへこんできているために、不振に不振を続けているというようなものもかなり多いわけでございます。  それから建設関係におきましては、民間工事、この関係が著しくやはり減少しておりまして、出血受注とか、回収悪化というようなものを訴えております。特に大都市周辺のこういう建設業におきましては倒産が高い水準であらわれている。それから明るい面としましては、公共事業費の支出促進というものが一方にはある。官公需を中心に若干回復の兆しも見られている。ただ、これも総体的なものではございませんで、なかなか基調的なものには続かない。むしろ、五十年度の民間住宅の伸びというものに期待しているというような状況ではなかろうかと思います。その意味では建設関係は非常に厳しい環境に置かれている。  それから小売関係につきましては、私どもの対象としては非常に多いわけでございますけれども、やはり個人消費支出の減退というようなものを背景といたしまして、売り上げが低迷いたしております。それで、生活関連の必需品でも、金額ベースではそれほどではないんでございますけれども、数量ベースでは一、二割も低下しているというようなものもかなり多いのではなかろうか。それから、高額品、つまり貴金属であるとか家具、電気製品、高級衣服だとか、こういうようなものにつきましては、やはり消費全般の堅実なムードといいますか、そういうものを反映いたしまして、不振を続けているわけでございます。  こういう現在の実態を踏まえまして、今回の不況の要因というものをどういうふうに中小企業サイドから判断するかという問題を次に申し上げたいと思いますが、それには三点ぐらいの特徴があるのではなかろうか。  一つは、インフレ下の不況であるということで、個人消費支出が非常に伸び悩んでいる。本来、インフレでありますと、個人消費支出も景気の拡大に伴いまして伸びるわけでございますけれども、それが今回は、不況自体が、非常に実態面の不況が反映されて実質収入が低下してきている。それで、先行き不安感といいますか、そういうものが非常に強いために、個人消費自体が減退してきているというようなことがあると思います。したがって、こういう個人消費自体の減退というものが、先ほど申しました中小企業の景況の減退につながるわけでございまして、中小企業関係は、サービスとか小売とかというものも含めまして、ことに消費財関係、個人消費支出関係が多いわけでございますが、したがって、そういう面からの落ち込みが非常に激しい。  それから第二の点といたしましては、循環的な要因と構造的な要因と二つが絡み合っているのではなかろうかと思うわけでございます。それで、たとえば金融引き締めとか、そういう短期的な要因が解除されたといたしましても、その底に構造的要因というものが根強くあるために、なかなか不況感というようなものが消えないのではなかろうか。——少し構造要因について申し上げますと、二つの点ぐらいちょっと代表的な例として申し上げます。一つは、貿易構造自体が変わってきたこと。これは、石油の高価格体系に伴って、輸入価格に占める第一次産品の価格、特に石油の価格というものが非常にふえてきている。そういう一つの輸入面。それからもう一つ、輸出面でございますけれども、たとえば繊維産業においては、発展途上国の追い上げとか、こういうようなことが非常に激しいために、繊維産業自体の立ち直りがむずかしいということでございます。価格競争ではなかなか立ち行かないというようなことになってくるわけです。こういったような意味での構造的な問題というものが一つあると思います。それからもう一つは、自動車とか家電なんかの場合に、産業の成熟化というものがある。これは、カラーテレビでも自動車でも、普及率が非常に高い水準になってきた。そのために成長自体の伸びがとまって鈍化してまいります。したがって、こういう面での産業の成熟化に伴うところの一つの不況感というようなものがあるわけで、こういった一つの構造的要因というようなものがいろいろ産業の根っこにあるんではなかろうか。先ほどの個人消費支出のパターンの変化というようなことも構造的要因というふうにも考えられますけれども、いずれにしても、そういう要因というものが非常に根強く存在しているのではなかろうか。  それから第三番目といたしましては、輸出環境が非常に悪くなってきた。これは、不況の世界的な同時化現象というものが指摘されておりますけれども、OECDの予測では、暦年の先進七カ国の実質GNPの合計は、七三年の場合六・五%であったわけですが、七四年にはマイナス〇・二五%、さらに七五年の予測ではプラス〇・二五%というふうに、ゼロ%前後をはうような形で非常に低い成長率になってきております。したがって、こういう不況感というようなものに対するいろいろなリフレ対策というようなものが、現在アメリカの公定歩合の引き下げを初め、とられておるわけでございますけれども、なかなか効果が上がっていかないんではなかろうか。したがって、そういったような面からも、中小企業の輸出環境というようなものも、なかなか楽観を許さないものがあるのではなかろうか。   〔委員長退席、理事岩動道行君着席〕  こういった不況の現実的な原因といいますか、そういったようなものを受けまして、今後の見通しを中小企業の場合にちょっと立ててみた場合に、大体四点ぐらいの特徴点があろうと思います。実は、私どもは、もちろんこういった中小企業の見通しについて、予測作業というようなものを計量的にしているわけではございません。ただ個人的な感触として申し上げるわけでございます。  在庫の動向というものが第一点に考えられます。長期の大幅減産によりまして在庫調整というようなものが徐々に進みつつあるわけでございますけれども、最終需要自体が、先ほども申し上げましたように、非常に減退して、在庫調整のテンポが先行ききわめて緩慢になるんではなかろうか、したがって、そういう意味でも、在庫の投資というようなものが前向きな形で回復するというようなことがかなりむずかしい状態にあるのではないか。それで、一月の在庫指数はマイナス一・四%というふうに、初めてマイナスになったわけでございますけれども、この傾向が果たして一時的なものか、あるいは今後さらに在庫調整の本格化というようなもので続くかというような問題が非常にむずかしい問題でございます。いずれにしても、中小企業段階におきまして、そういうテンポというものが緩慢ではなかろうかというふうに思うわけでございます。  それから第二点としましては、個人消費支出の回復ということでございます。物価が、消費者物価あるいは卸売物価にしましても、政府の目標の消費者物価一五%台がすでに二月に一三・七%というような意味で達成されましたわけでございますけれども、実質消費支出に果たしてどの程度結びつくかというような問題でございます。当面消費のビヘービア自体に大きな期待は持てないのではなかろうか。ただ、最近の百貨店の販売、一月にやや明るい見通しというようなものも報道されておりますけれども、生活必需関連の小売を見ました場合には、これはある程度底支えがもうすでにできているのではなかろうか、したがって、これ以上に落ち込むというようなことも、私としては考えられないのではなかろうか。ただ、これからさらにどういうテンポでふえていくかというようなことになりますと、非常にむずかしい問題がありまして、急テンポでふえていくというようなことはもちろん考えられないわけでございます。したがって、個人消費支出とか設備投資とかいうようなものの主導型によりますところの景気のV字型回復というようなことは、なかなか今回の不況についてはむずかしいのではなかろうか。  それから設備投資の面でございますけれども、先ほども申しましたように、投資マインド自体が非常に冷え込んでおりまして、開発銀行の調査でございますけれども、工事ベースで来年はマイナス五・五というふうなことが予測されておりますけれども、こういう意味からしても、特に中小企業の設備投資の冷え込みは、やはりかなり長期にわたって続くのではなかろうか。これは、私どもに対する申し込みの実情を見ましても、運転資金の方が当然多いわけでございますけれども、設備投資の意欲というものはやはりかなりまだ低い状況にある。それで、問題は、住宅工事とか公共工事とかいった公共投資、あるいはそういった関係からの波及効果というようなものによりまして、設備投資の一つの上向きの傾向というものが、こういうものを中心にして行われるのではなかろうかというふうに思うわけでございます。  それから国際収支の面からも、円高の基調というようなものが現在あるわけでございますけれども、海外不況というようなものを受けた輸出の先行き不安、こういうようなものが非常にこれからの輸出に暗い影を落としてきている。一月から貿易収支は赤字に転じたわけでございますけれども、こういう赤字基調というものがどういうふうな傾向になるか、これも非常にむずかしい問題でございます。悲観材料としてやはりこれも考えなければいけないんじゃなかろうか。  こういうふうに見てまいりますと、景気はこれ以上果たして悪くなるかというようなことでございますけれども、現在の状態から見まして、一つの二番底をはっているというような感触がいたすわけでございます。したがって、政策の手直しが仮にあった場合におきまして、先ほど申し上げましたように、構造的要因が非常に強い、そのためにV字型回復ということは非常にむずかしいのではなかろうか。むしろ、ここ当分の間不況感というようなものは持続されるのではなかろうかというふうに思うわけでございます。ことに、中小企業に対する景気回復の浸透というものは、いままでの経験で見ましても、かなりのタイムラグがあるわけでございますから、こういう面におきましても、中小企業の不況感というものはこれからもかなり長期に持続されるのではなかろうかというふうに思うわけでございます。  当面の中小企業の景気を中心にして景気動向をお話しいたしました。それでは私の話はこれで終わりたいと思います。(拍手)

岩動道行自由民主党

○理事(岩動道行君) ありがとうございました。     —————————————

岩動道行自由民主党

○理事(岩動道行君) 続いて、西山公述人にお願いいたします。西山公述人。

西山千明立教大学教授

○公述人(西山千明君) 御紹介にあずかりました西山でございます。公述の機会を与えていただいて大変光栄に存じております。ただ、もしもこれが三年前の昭和四十七年でありましたら、もっとうれしかったんですが、今日ではいささかすでに時遅しの感強く、その点大変残念に思っております。  物価を論じで理論的に申し上げるのか、あるいは具体的に申し上げるのか、御注文は伺っておりません。しかしながら、国民の一番の関心であります昭和四十八年以来の実際のインフレとの関連において申し上げたいと思います。  まず、結論から申しまして、かつての大不況にちょうど対応して、大インフレとでも呼ばなくてはなりません今日のインフレは、私はすでに過去の問題であると確信しております。物価は必ず下がる。これでもしも物価が下がらなければ、太陽がおそらく西から上がるであろうと私は思っております。もちろん、今後また経済政策がどう転換されるかによって、未来永劫にインフレが発生しないということは言えませんが、今年内に、GNPデフレーターで申しまして物価の上昇率はおそらく一〇%を割り、一けたの物価上昇になるだろうと思います。では、どうして物価が下がると、さよう断言して私はあえてはばからないのか。しかも、物価が断じて下がると、何も今日の時点で初めて申し上げているわけではありませんで、昨年の秋から主張してきていたことです。  その理由を御理解いただくためには、一体どうしてインフレが発生するかということから申し上げたいと思います。今回の大インフレが発生しました以降、いろんな人々がいろんな理由をインフレの原因として挙げました。やれアラブ諸国が原油価格を四倍増したからだ、やれ独占があるから、寡占があるからだ、やれ労働組合が三二・九%もの賃上げをかち取ったからだ、あるいは外国から輸入する資源の価格が上がったからだ、あるいは米国がインフレを先に発生させて、それが国内に輸入されたんだと。実際、いろんな理由が挙げられる一つの大きな理由は——私ども経済学者が、これは毎年同じことを書いておりますと原稿が売れませんものですから、何か毎年新しい理由を挙げて説明しなくてはならないということはあるかと思います。しかし、そのどれをとりましても、決してインフレの原因ではない。  いま挙げましたようなことがインフレの原因であると言うことがどれほどこっけいであるかと申しますと、例で言いますと、こういうことかと思います。かぜは一体どうして発生するか。かぜが腎臓炎で発生するか、胆嚢炎で発生するか、胃潰瘍で発生するか、あるいは悪い食べ物を食べたからかぜが発生するか、そういったことと同じことであると思います。もちろん、かぜを発生させるビールスが私どもの体に入りましたときに、われわれが胃潰瘍をやっていたり、胆嚢炎をやっていたり、腎臓炎をやっていたり、あるいは悪い食べ物を食べさせられますと、同じかぜでも、たちまち熱がどんどん上がっていって、やがては肺炎になるでしょう。それが実際今回わが国の経済に発生したことであります。しかし、先ほど申し上げたような、たとえば制度的な要因、あるいは実物市場における要因、あるいは外国経済の要因、これら一切は、いま申し上げたような、われわれのかぜに対する抵抗力がどうなっているか、あるいはわれわれがかぜを引いたときに取り入れる食物がどうなっているかという問題でしかなく、決してビールスの問題ではありません。  では、インフレのビールスは何であるか。これは通貨以外に断じてありません。よく人々は、たとえば原油価格が上がったからインフレになったんだ、あるいは寡占、独占があるからインフレになったんだと申します。こういう主張は一体何を意味しているか。ちょっと理論的なことを申し上げて恐縮ですが、貨幣理論の中に、通貨の所得速度という概念がございます。この所得速度というのは、ちょっと回転速度とは違いますが、まあ平らに申しまして、ここに金がございます。速度と申しますのは、一体これを何回使うかという速度だとお考えいただいて、大変単純化に過ぎますが、構わないと思います。ところで、原油価格が上がったからインフレが発生したのだ、あるいは独占、寡占があるからインフレが発生したのだ、あるいは大幅賃上げがあったからインフレが発生したのだということはどういうことかといいますと、ここにこの量、通貨の量は全然変わらない、それにもかかわらず、これを何回使うかという、この回転速度のほうがふえてしまった、いま申し上げたようないろいろな原因がこの回転速度をふやしてしまった、したがって、わが国の政府は、この通貨の供給量はちゃんと安定させていたのに、そうでない外部の理由がこの回転速度をびゅっと速くしてしまったために、同じ通貨を使いながら、総需要が過熱し、したがって物価がどんどん上がっていったと、そういう主張であります。したがって問題は、では本当にいま申し上げた回転速度、もっと正確には通貨の所得速度というものは、そういった外部的な要因で変動するのか、そこに理論的な問題が帰着いたします。  ところで、この所得速度と申します概念は、決して安定はしておりません。これは変動いたします。変動すること自身は何の不思議もありません。ただ、その変動は、実はプロサイクリカル、景気循環順応的な運動をいたします。私ども約六年の月日を費やしまして、慶応四年以降約百年間のわが国の通貨の側面を分析し、「日本経済の貨幣的分析一八六八年−一九七〇年」というのを昨年刊行いたしましたが、その百年の歴史を見まして、この通貨の所得速度というのはみごとな循環運動を行っております。循環運動と申しますのは、通貨の量がふやされると回転速度も上昇し、通貨の量が減らされると回転速度も減少する。これはちょっと別な話でありますが、だからこそ、えてしてオーバーシュートが発生し、オーバーキルが発生するわけです。通貨を減らした、ところが、通貨が減らされただけの衝撃に終わらず、それに回転速度も落ちているわけですから、両方の相乗効果でもって、えてして引き締め政策は経済をオーバーキルしがちである。また、刺激策は今度は通貨をふやす、回転速度もふえる、その相乗効果でぱあっと過熱してしまうということになりがちであります。  ところで、もとの問題に戻りまして、先ほど言いました一番肝心かなめの問題は、石油の価格上昇にしろ、独占、寡占にしろ、労働組合にしろ、何であれ、そういう原因がこの所得速度の回転速度の景気循環的な運動を一体逆転することができるか。そういう例は事実として一つもありません。ただ、そこで発生するのは、こういう外部的な条件はこの循環運動をさらに増幅いたします。したがって、この回転速度が上がっていっているところに、ぽんとこの石油価格の上昇が発生しますと、普通であればこれぐらいの上昇で済んだものが、びゅっと上がる。しかし、それはただ増幅したというだけのことであります。したがいまして、たとえ石油の価格が四倍増されようが、仮にわが国経済の経済的な背景が、たとえばデフレであった、不況であった、そういうところに石油の価格が四倍増すれば、実は物価は上がるどころか、逆に下がった可能性が十分にございます。そしてそれが程度は軽かったわけですが、実際に西ドイツに発生したことです。西ドイツの場合はわが国とは違いまして、原油の価格が上がった、それ価格を自由化しろということでどんどん上げさしたわけです。ところが、あの年の十二月に物価の上昇率が約八・五%であったものが、翌年の三月には逆に七・五%へ下がってしまった。したがいまして、インフレは、あくまでも政策的な背景がどうなっているか、もっと正確に申しますと、通貨の背景がどうなっているかです。  ところで、わが国の場合は、昭和四十年から四十五年の大体五ヵ年間、毎年みごとに通貨の供給率を安定させまして、一六%で毎年やってまいりました。これほど安定した金融政策が運営された例は、過去百年の間にほとんどほかにありません。その結果発生したのが、例の一一、二%の実質経済成長率、あるいは三、四%の物価の上昇率という、みごとな経済であったわけであります。ところが、昭和四十六年、例のニクソンショックの前後から、この一六%という、いままできわめて安定してきていたのが、だんだん上昇を始めて、あの年の暮れには大体二二、三%、また翌年には二四%、昭和四十七年の八月ごろには二四、五%になっておりました。もちろん、基本的な理由は外貨が入ったからです。外貨が入った理由は何かということを別にすれば、確かにこれは外的な事情でふえたのかもしれません。しかし、それにしても、たとえば西ドイツの場合は、わが国よりももっと外貨が入ったにもかかわらず、国内で通貨の不胎化をやったために、通貨の増発率はさほどふえずに安定させることができた。しかし、さらに問題は、そうやって外貨が流入し、国内通貨が増大した。それに加えまして、昭和四十七年の九月以降さらに国内で中央銀行信用が増大させられた。その結果、あの年の最後の四半期には通貨の増発率が三〇%になりました。これほど通貨がべらぼうにふやされた例も百年の歴史においてきわめて珍しいことです。私どもは、すでに昭和四十七年の九月の時点で、あのまま放てきすれば大変なインフレになるということを、実際考えてみれば、朝日新聞その他ほとんどあらゆる新聞に書いて訴えましたが、どなたも取り上げてくださらなかった。あれだけ通貨がふえてべらぼうなインフレが発生しなければ太陽が西から上がります。もちろん、しかし、卸売物価の上昇率が年率でいって三五、六%になるといった大インフレを発生させるほどのものではありませんでした。それを発生したのは、確かに石油価格の四倍増、それよりもむしろ石油が入ってこないかもしれないという人々のパニック感、それが基本にあったと思います。  何を申しているかと申しますと、先ほど言いましたように、通貨をどんどんふやす、したがって通貨の回転速度がどんどんふえる——これを人間心理で申しますと、通貨がふえる、通貨がふえますと、大体三カ月から六カ月後に物が必ず動きます。物が動き出しますと、みんな、ああこれは好況だなと思い、値段が上がるなと思います。そして、それから三カ月から六カ月して消費者物価指数が上がります。それが一たん上がりますと、今度は人々はインフレ期待を持つわけです。つまり、通貨の所得速度がどんどん上がるということは、人々のインフレ期待心理がどんどん進行する。そこへ石油価格の四倍増が発生して、ぽんとさらにはね上げたわけです。実際いまから考えますと、あれがもしも発生していなかったならば、一昨年の大体暮れにはわが国のインフレはすでにピークに到達し、すでに下降し始めていたろうと思います。ところが、ちょうどピークに達するところでぽんといろいろな理由が加わったために、さらに増幅されて上がっていき、したがって、この通貨の所得速度の上がっていった期間がさらに長くなった。しかしながら、すでに昭和四十三年初頭から、わが国通貨当局もどうやら通貨が危険なところまでふえ過ぎたということに気がついたんでしょう、その第一・四半期から通貨の供給増加率を減少させ始めました。そしてさらに、昭和四十三年の秋になって、国民の側から上がったインフレ克服という朝野を挙げての強い要望の中から、通貨の伸び率の減少がさらに強行されて、すでに石油危機が発生しましたあの年の年末には、もとの水準である一六%まで戻りました。   〔理事岩動道行君退席、委員長着席〕 さらに、しかもそれは昨年一年間を通じてどんどん下がりまして、昨年の九月には大体一〇%、その後四カ月間一〇%の水準をみごとに維持してまいりました。  この一〇%というのは、仮にわが国の今後の趨勢的な実質経済成長率を六%に見る、また物価の上昇率をGNPデフレーターでいって三、四%に見るということであれば、長期的な数値としては大体適正な数値だと思います。しかし、先ほど申し上げたように、同じ一〇%であっても、ずうっと昔からそうであったのと、三〇%からびゅうっと落ちてきたのとでは、この通貨の回転速度、所得速度、この循環運動が違います。いまの場合は、同じ一〇%でも、この循環速度の方がびゅうっと落ちているわけですから、経済は明らかにオーバーキルされております。しかしながら、今日緩和要求の声がずいぶん出ておりますが、私ども民間人には、なかなか政府機関の一番われわれにとって役に立つ情報はすぐにはいただけないので、最近の通貨の供給率の変動の正確なデータは私は知りませんが、いまから三カ月後になって、たとえばこの三月の通貨の増発率は一五%に近かったということであっても、私は驚きません。したがって、すでに恐らくこの通貨政策は転換されている、また、どうやらわが国の通貨当局は、今後はこの通貨の増発率を金融政策運営の一つの主要な指標として運営していくということでありますから、恐らくあのような大インフレを再び繰り返すことはないであろう。  しかし、ではどうしてあれだけ通貨がふやされたか。もちろん、政治的にはいろんなことがあったわけです。大体われわれ日本人は、例の昭和四十六年に発生した円の切り上げあるいは外貨の急流入ということで、朝野を挙げて花見酒に、われわれすべて酔っ払い過ぎたようです。しかし、もう少し基本的に申しますと、在来この金融政策が運営されるに当たっての主要な指標は、今日依然として皆様がそうやっていらっしゃるように、それは金利である。たとえば公定歩合である。それこそが金融政策運営の指標である。というのは、景気を動かすのは、ほかでもない投資だと。投資が動かない限りは景気が動くわけはない。投資を動かすのは何か。それは金利だ。では、金利を動かすのは何か。それこそが金融政策だ。したがって、投資が動くほどに金利が動かない、それを動かさないほどにまだ通貨がふえてないのであれば、通貨はどれだけふやしても構わない。そういうことで、昭和四十七年のたとえば九月に、もっと通貨を緩和しろ——通貨の増発率はすでに二五、六%になっているにもかかわらず、通貨はだぶついているのに、通貨を増発しろという声が出たわけです。しかしながら、通貨がわれわれ経済にとって重要なのは、金利を通じてだけ重要なのではありません。  そもそも皆さん、どうしてこんな紙の金が大切だと思われるか。どうしてこれが大切か。こんなもの、一般的交換手段だと、価値尺度なんて言いましても、何の意味もありません。問題は、これをどうして物を買うときの交換手段に使うか。これは価値尺度でもありません。この価値はどんどん変わっているわけです。その基本的な理由は、たとえば、私がこのマイクを皆さんに売りたい、これはもうこの外へ出ていけばどの店へ行ったって絶対一万円だから、皆さんこれを一万円で買ってくださいと私が申し上げても、恐らくどなたもお買いにならない。ところが、私がここに一万円札——残念ながら持っておりませんが、持っていて、皆さんに買ってくださいと申し上げれば、恐らくどなたでも買ってくださる。どうしてか。それは、これが一万円であるという情報を皆様一〇〇%持っていらっしゃらない。信用されないわけです。こちらの一万円札の市場価格は一万円だという情報は一〇〇%持っていらっしゃるわけです。その場合にはこれが流動性。これはまだ情報が不十分だとお考えになる限り非流動性。これが一万円であるということを実際に発見されるためには、店をぐるぐる回って情報を集める。そのために資源を必要とし、時間を必要とし、コストを必要とする。そのコストがたとえば三千円である、とすれば、私が一万円と申し上げて、これを七千円でならば買う。つまり、通貨が重要なのは、基本的にそれが情報に対する代替財である。情報が不完全になれば、われわれは通貨を必要とする、情報が完全になればなるほど通貨を必要としない、それが通貨の基本的な役割りです。  しかし、いずれにしても、経済はそういう意味で、ある一定規模の経済活動をやるためにはある一定の大きさの通貨を必要とする。それを、それより多く通貨を供給しますと、これは必ずインフレを発生させ、また、それより少なく供給しますと必ず経済は後退する。そういうことで、一番望ましいのは、どこかの安定した率において——これは何も絶対に安定させる必要はありません。わが国経済を今後どう持っていくかという目標が決まれば、それに見合った、ほぼ適正な水準においてできるだけ通貨政策の安定を図っていく。そのときに恐らくわが国経済の公正、福祉は極大化されるだろうと私は考えております。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ありがとうございました。     —————————————

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) 続いて、鷲見公述人にお願いいたします。

鷲見友好法政大学教授

○公述人(鷲見友好君) ただいま御紹介にあずかりました鷲見です。  私は、政府がことしの予算について主要な目標として掲げておられますし、また、国民にとっても最大の関心事である三つの点、一つは、いま西山先生からお話がありましたけれども、物価安定の問題、それから第二番目には、福祉の向上、国民生活の安定、それから三番目には社会的公正の確保、この三つの観点から五十年度予算について意見を述べさせていただきます。  五十年度予算につきましては、異常な物価上昇と、それから不況が同時に存在しているというもとで編成されたのでありまして、私たち財政を研究している者にとりまして、例年以上に大きな関心を持たざるを得なかったわけであります。  そこで、先ほど述べました三つの点の、まず第一の物価安定についてであります。これはいま西山先生のお話にありましたけれども、物価を安定しなければ太陽が西から上るであろうというお話がありましたけれども、この予算について、政府は物価安定を第一の目標とされまして、そのためには、予算、財政投融資計画の規模を抑制し、二番目には公共投資を抑制し、そして三番目には公共料金を極力抑えることによって物価安定を図るというふうに言っておられるわけであります。したがって、それがどうなっているかということを見てみたいというふうに思います。  予算規模は、御承知のように一般会計は二四・五%、財投が一七・五%の増です。一般会計の伸び率は、戦後混乱期を除けば最高でありました四十八年度の二四・五五%に次ぐ大きさでありますけれども、新聞その他で指摘されていますように、幾つかの予算操作を考慮しますと、二七%になるというように言われております。こういうように予算規模が大きくなったのは、一つはインフレの後始末ということと、もう一つは、人件費、社会福祉関係の経費など当然増経費が大きくて規模が膨張せざるを得なかったんだ、したがって、この点を考慮すれば予算は抑制したと言うことができる。事実、政府の財貨サービス購入の伸び率をGNPの伸び率一五・九%よりも小さい一四・四%にしているのであって、需要抑制的となっているという意見もあります。  そうした主張もそれなりの根拠はあると思います。しかし、どうしてもやむを得ず膨張する要因があるとするならば、他の不急不要の経費を徹底的に削減して、できるだけ予算規模を縮減するという努力がなければならないわけでありますけれども、しかし、たとえば不生産的であるし、それからインフレの大きな要因でもある防衛関係費は、財政上の操作によっていろいろ低く見せかけられてはいるわけでありますけれども、戦後最大の伸び率である二一・四%というふうになっているわけであります。そういう点ではやはり問題があるのではないか。また、先ほどの一四・四%という数字は当初予算の数字でありまして、したがって補正予算を考えますと、補正予算は当然もう予測されるわけでありまして、それを考えますと、補正率が四十九年度よりも低い一〇%——これはもう六%とっても何%とってもいいわけですけれども、まあ六%以下になることはほぼ考えられないのじゃないかと思いますけれども、仮に一〇%とってみますと、一四・四%じゃなくて、あそこに挙げられている数字そのまま単純に計算しますと二五%程度になるわけでして、先ほどの論理をそのまま適用しますと、需要抑制的であるとは言えないというふうに数字が出てくるわけであります。  財投についても若干述べたいところがありますけれども、時間がないので省略します。  公債は、依存度が一けたになったから抑制的だと言われておりますけれども、公債依存度が一けたになれば抑制的だという根拠は何もないわけでありまして、内国債現在高は四十八年度末で八兆二千六百七十一億円ですか、それだけあるところへ、四十九年度分、それから五十年度分が加わるわけですから大変な巨額になるわけです。こうした巨額の国債発行というのは、日銀の買い支え政策が不可欠の条件となってくるわけです。これはもうインフレーションを一層促進させることになるわけであります。インフレーションの進行は財政支出の増大を逆に促進する、そして国債増発の必要性をさらに高めてくる、こういう悪循環が続くわけでして、この悪循環を断ち切るのは非常に困難であるわけです。さらにまた、この国債がたくさんふえてきますと国債費がふえてきますから、ことしでも一兆円を超える国債費でありますけれども、この国債を発行してもその国債費にあらかじめ取られてしまうということで、さらに一層大きな国債を発行せざるを得ないという条件がここに出てくるというわけで、インフレーションの進行と国債発行というのが悪循環する条件が一層強まるわけであります。この国債について見ますと、四十八年度の剰余金については、財政法第六条の規定によらないで、特例措置として国債償還財源に充当する率を二分の一から五分の一に引き下げることになったわけでありますから、これは将来国債残高を少なくする基金を前取りで使うという結果になるわけでありまして、現在だけじゃなくて、将来にわたってのインフレ促進的要因をつくり出すということが言えるのではないかというふうに思います。国債発行の主要な要因として私が考えるのはやはり軍事費であり、公共事業費であり、それから歳入では大企業の特権的減免税、これが問題であろうというふうに思います。  それから二番目の公共投資でありますが、公共事業が物価上昇要因になるというのは、まあ需要を拡大することによって物価上昇要因をつくり出すということのほかに、公共事業は完成までに通例長期間かかるわけです。言いかえれば、生産力効果があらわれるまでに長期間を要するわけでありますが、その間巨額な資金が支出されることによってインフレ促進的な要因になるという点もあるわけです。これは必ずしもインフレに結びつくかどうかというのはいろいろ問題があると思いますが、ただ、資金が公債発行によって調達される場合には、これは一層そのことが言えることは間違いないというふうに言えます。物価安定のために公共事業を抑制したと言われているのは、公共事業の物価上昇促進的役割りを認めておられるからにほかならないわけですけれども、この公共事業費は従来に比べれば確かに少なくなっております。このことは事実でありますが、予算現額は約三兆二千億円ぐらいであるというふうに言われておりますから、やはり非常に巨額であります。全体として、この中で産業基盤向けが六〇%を占めているわけでありまして、やはり基本的な構造としては、昨年の、あるいは一昨年、多少様相は変わっておりますけれども、基本的な構造としてはやはり同様になっているというふうに言っていいのではないかと思います。  それから三番目の公共料金でありますが、現在の物価高騰の大きな原因は、特に先ほどこれは西山先生もおっしゃったわけでありますけれども、四十七年度、特に四十七年度補正、四十八年度の財政、それと金融政策、これが非常に大きな原因になっているわけですから、これは大蔵次官もこのことは認められて、新聞などでもそうした趣旨のことを言っておられるわけでありますけれども、そういう政策の結果がこれが非常に大きい——それだけだと言うわけではありません。いまの物価上昇の原因はいろいろありますけれども、その中で特にやはり大きな要因はそこにあったというふうに言うことができるわけでありますから、したがって、今度は逆に、政府はあらゆる可能な方法を動員して物価を抑制していただかなければならないわけであります。ほかの政策はともかく、公共料金の値上げ凍結というのは、政府がやろうとすればこれは直ちに実行できることでありますし、本当に物価を抑制するためにはどうしてもこれをしなければならない、そういう問題だというふうに私は考えるわけであります。したがって、現在は公共料金のあり方はどうあるべきとか、あるいは経済合理主義がどうであるとか、そういう議論をしている段階ではないと思います。とにかく、物価が鎮静するまでは——私は現在物価は鎮静しているというふうに思いませんから、一年前に二五%前後の消費者物価の上昇率がある、それに対してとにかく一五%の上昇があるというような状態を私は決して鎮静化しているというふうに考えないわけでありますから、したがって、物価が鎮静するまでは公共料金を凍結すべきである、少なくともそれまでは公共料金を凍結しなければならないのではないかというふうに考えます。  しかしながら、たばこ、郵便がかなり大幅に値上げされることに予定されております。それから、そのほかにも値上げが検討されております。しかもこの値上げは、必ずしも基本的理念が十分に検討された上で行われるというわけではなくて、むしろ、そういう方針がないままでかなり安易な形で行われている、そういうような公共料金の上げ方は一層問題ではないかというふうに思います。したがって、第一の点につきましては、やはりどうも物価安定的だというふうに言うことはできないのではないかというのが私の考えであります。見方であります。  それから、二番目に社会福祉、それから国民生活の安定という点です。社会保障関係費は確かに三五・八%増となりましたが、しかし、社会保障関係費の半分に当たる約二兆円近くは医療関係費でありますが、医療サービスの改善を伴わない医療費の増加というのは必ずしも福祉の向上ということができないわけであります。むしろ、高額医療費の患者負担が三万円から四万円に引き上げられているという点などにあらわれているように、低下している部分さえもあるわけであります。年金関係が幾らか引き上げられております。しかし、これらの大部分は田中首相がすでに公約されていたところのものでありまして、新たにつけ加えられた部分はそれほど多くはなくて、改善分は年金を含めて約二千億円ぐらいであるというふうに聞いておりますが、この二千億円というのは、比較が適当であるかどうかは別にしまして、防衛関係費の増加分二千三百四十三億円よりも少ないわけでありまして、こういう数字を並べてみますと、必ずしも福祉重点だというふうに言えるかどうかという問題があるわけであります。むしろ、軍事力の方に優先順位が与えられているのではないかというふうに言って差し支えないのではないかというふうに思います。福祉関係でもかなり無計画であったり、無原則であったり、あるいはアンバランスがあったりというのが多く見られるわけでありまして、それがむしろこの福祉重点予算の一つの特徴でもあるんではないかというふうに言うことができます。  社会保障関係費の増加率の大きいことは、本来は年度初め四月から行われるべきものが年度途中から行われているということで、当然増がふえるという結果になっているのではないか。だから、本来ならば前の年に百出さなければならないものを、前の年に五十しか出していないから、その次にはそれが百になる、したがって、もう大幅な増加になる。と言いますのは、いまの社会保障関係費全体を見まして、必ずしも途中から実施していいほど十分なものではないわけでして、本来ならば年度初めからしなければならないのが、されていないから当然増経費が大きくなる。したがって、むしろこれは当然増経費が福祉関係で多いというのは、福祉重視じゃなくて、その反対で、前に値切ったから、逆にそれがはね返って大きくなってきているのではないかというふうに言っていいのじゃないか、そういうふうに思います。  それから、いままでの政策の結果、いろいろ国民生活が困難に陥っているわけですけれども、その一つに住宅部門がありますが、住宅対策費は一般会計で二千九百四十六億円、財投で一兆九千九百六十六億円というふうになっております。これは改めて申し上げるまでもありませんけれども、非常に問題でありまして、住宅対策費などは一般会計からたくさん出していただかなければならない性質のものでありますけれども、一般会計はできるだけそういうものを抑えて——抑えてと言いますか、できるだけ抑えてというのは、実態から見て必要としているのに比べて、もう非常に低いということを言っているつもりでありますけれども、抑えて、それからそのほかの公共投資だとかそういうもの、あるいは軍事費などに充てていままで成長を図ってきた、その政策の結果が現在の状態になっているわけでありますけれども、そして国民のための施策は、一般会計での支出はできるだけ少なくして財投に肩がわりさせてきているのがいままでの実態だと思います。だから、極端な言い方をすれば、いわばただの金は大企業のために、それから国民大衆のためには元利の支払いを要する金を使ってきたというふうに言っていいと思いますけれども、五十年度はこの方式がさらに一層推し進められているというふうに言っていいと思います。公的資金によって建設される公営、改良、公団住宅、これは四十九年度よりも減少しております。その結果、第二次住宅建設五ヵ年計画の達成率は、公営、それから公団は非常に少なくなっております。これはもうすでに御存じのように、非常にみじめな数字になっているわけであります。  では、その次の問題に移りますが、現在の社会的不公正の拡大というのは、いままでも申し上げたところで述べたつもりでありますけれども、高度成長政策の結果であるというふうに言っていいかと思います。したがって、社会的不公正是正のためには従来の財政金融のあり方を根本的に変えなければならないわけですけれども、この転換は、すでに述べましたように、行われていないというふうに言わざるを得ません。ことしの予算におきましても、先ほど申し上げましたように、抑えられてはいますけれども、やはり基本的な骨格としては、いままでの予算の構造を踏襲した道路だとか、新幹線網だとか、そういう公共投資が継続され、あるいは大工業基地建設計画など、そういうものが重要な地位を占めているわけでありまして、むしろ、財政全体にわたってそういう方向がやはり維持されているというふうに言っていいかと思います。  これは先ほどお話がありましたように、中小企業はいま非常に大変な時期でありますけれども、中小企業対策費は一般会計の〇・六%、額にしまして千二百七十八億円というごくわずかな額にすぎないわけであります。もちろん、ふえ方が大きい小さいということはありますけれども、ふえ方は、前の基準が問題でありまして、全体の中から見れば非常に少ないと言わざるを得ないというふうに思います。これはごく一例でありますけれども、こうした不公正は税制面では最も際立ってあらわれております。  日本の税制ほど多くの不公正を含んでいるのは珍しいわけでありますけれども、その元凶は何といっても各種の租税特別措置、とりわけ、大企業と資産所得者に対する特権的減免税制度であるというふうに言っていいと思います。特別措置のために、本来ならば大企業、高所得者ほど累進的に実効税率が高くなければならないのに、逆に高所得者ほど税率が低下しているという数字は、すでにいろいろなところで出されております。政府の資料によりましても、特別措置による五十年度の減免税額は五千六百十億円になっておりますが、実際には、いろいろ実態をもう少し検討した上での出された数字は、これよりもはるか大きな額になっております。したがって、不公正是正のために第一に行わなければならないことは、この大企業に対する特別措置に手をつけることでありますけれども、これは行われておりません。逆に公害対策であるとか資源対策のためということで、特別措置の一層の拡大が図られております。  ついでに言いますと、排ガス規制の問題に関連した税制では、自動車に対する物品税が軽減されることになりましたけれども、ただ、この場合には三つの方策があって、一つは低公害車に軽減する方法、それからもう一つは低公害車でないものに高率な課税を課するという、もう一つはその両方組み合わされたというやり方で、本来ならば両方を組み合わせるのが一番望ましいと考えられるのですけれども、その三つのうちで、一番やはり企業に甘いあめの政策だけがとられているということも大きな問題ではないかというふうに思います。  それから、五十年で期限の来る利子配当源泉分離課税制度は、廃止するのではなくて、税率が二五%から三〇%に引き上げられただけで、しかもこれは、いままでは二年間延長するというのが普通であったと記憶しておりますけれども、今度は一遍に五年間も延長してしまうということが行われている。この措置は、確かに所得税で七五%支払わなければならない所得であっても三〇%で済むという問題がありますけれども、それよりやはり大きな問題は、これによって所得を秘匿することができるという点が非常に大きな意味を持っているわけでして、そういうものを残しておくのは、社会的な不公正をむしろ温存している結果になるというふうに言っていいかと思います。技術的にむずかしいかどうかということは第二の問題でありまして、まずこれを廃止するかどうかということが第一で、技術的にむずかしいから廃止しないという論理は、実際には非常におかしな結果をもたらすことになっているわけです。  これに対して所得税減税は超ミニでありまして、実際にはこの物価高騰の中では、実質的には増税になら、ざるを得ないような超ミニにすぎないわけです。所得税の源泉分の増加額は大きくなっておりまして、四十九年度当初予算に比べて四五七%というべらぼうなふえ方になっているわけでして、この数字を見ただけでも、実質的にはかなり増税だと言わざるを得ませんし、所得税納税人員も三千三百万人を超えることになるというふうに思います。このほか、酒、たばこ等の間接税の増税が図られているわけでして、かなり増税志向型の予算であるというふうに言っていいかと思います。  このほか、地方財政の問題なども現在焦点になっている問題でありますけれども、時間がもう大分たちましたので、一応そのくらいにしてまとめにさせていただきたいと思いますけれども、やはり五十年度予算は、必ずしも最初に掲げられた物価安定、福祉増大、社会的公正を確保するものではない、むしろ基本的な構造は、繰り返して述べておりますように、いままでとほとんど変わりがないと言っていいと思います。これも大蔵次官の言葉を使いますと、高木大蔵次官は、サンケイ新聞の一月十二日だったと思いますけれども、この予算は、田中内閣であっても大体このような予算が組まれたであろう、ただ最後に社会福祉に千億円ぐらいのアクセントがついた、田中内閣であればこれは公共事業費に向かったかもしれないというふうに言われておりまして、まさにこれは、やはり担当者だけありまして、非常にことしの予算の特徴をよくとらえた発言だというふうに思っております。  まだ言い残した点も若干ありますけれども、時間が過ぎましたので、一応これで終わらせていただきたいというふうに思います。(拍手)

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) ありがとうございました。     —————————————

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) それでは、質疑のある方は順次御発言を願いますが、西山公述人は所用のため、もう三時になりましたが、三時に本委員会を退席されますので、西山公述人に先に質疑をお願いいたします。

鳩山威一郎自由民主党

○鳩山威一郎君 西山先生、先ほどのお話でお考えがよくわかりました。特に四十七年、八年、あのころに真っ先にこのインフレにつきまして警告をされたことにつきまして、心から敬意を表する次第であります。私も全く同様な考え方を持って今日まで及んだ次第でありますが、今日の経済情勢につきまして二、三率直に伺いまして、ごく簡単明瞭にお答えをいただけば結構でございます、時間も余りありませんから。  先ほど来、金利の問題よりも資金、まあマネーサプライの方が大事だというお話、これも大変よくわかったわけであります。逆に言えば、金利というようなものはマネーサプライによりまして、マネーサプライが余りかければ自然と下がるものであり、また、足りなくなれば自然と上がる性質のものでありますから、それはそういう意味で大変わかるのでありますが、今日の経済情勢を見まして、特に一年以上前に九%に引き上げられた公定歩合がそのままになっておる。これは下がるべき金利が下がらないような、むしろ下支え的な効果をいまや発揮し出したのではないかというような感じすら持っておるものでございます。  この金利が、特に大変最近の中小企業その他、皆金利が非常に高い、一二、三%というようなことが言われておるわけでありまして、このような金利負担にこの不況下でなかなか苦しい立場にあるのが中小企業者ではなかろうかと、こう思う次第であります。そういう意味で、いわば公定歩合につきましてそう大騒ぎすることがむしろ私としてはおかしい、もっと直すべきものは簡単に直したらいいと思うのでありますが、公定歩合を直すということになりますと、新聞もトップ記事に書くものですから大騒ぎになる、こういうことであります。この点につきまして、特に通貨供給量との関係につきましてお伺いいたしたい。  それから、まとめてお伺いいたします。もう一つは、昨年から、景気が、たとえばこういった高金利のもとにおきましても自力回復が可能であるかどうかという点につきまして、いろんな議論があった。昨年の夏ころは、まあ秋過ぎには自力回復するであろうとか、在庫調整が済めば景気がよくなるだろうとかいうようなことが言われましたけれども、今日まで実現していない。こういった点について、実際のマネーサプライは少しずつ緩まっているというふうに私も考えておりますから、したがって、本当に自力回復であるかどうかは問題でありますけれども、こういった面でやはり経済政策の転換が必要ではないか。特にアメリカ、西ドイツ等におきましても相当な景気政策転換が行われておる。わが国においてもやはり同様な傾向を示しておる。特に生産面では対前年二〇%くらいの縮小を来たしておる、こういう状況であるわけであって、これらについてどういうお考えを持っているかお伺いいたします。  それから最後に、これはいろんな人からいろんな議論が出ておりますが、春闘の値上げ率といいますか、賃上げ率といいますか、これが物価にどういう影響を与えるものであるか。特に私は、物価には当然影響があると思いますが、一体国民総生産の上にどういう影響を及ぼすか。特に私ども、長い間財政とか公共企業体とかこういったものを扱っておりますと、もうそういったものが実質成長に大変障害にすらなる、そういった感じを非常に強く持っておるものであって、そういった意味で率直な御意見をお伺いしたい。まあ、ゼロ成長のときはゼロだなんていうような議論もありますし、また逆な議論もありまして、世の中の人は大変どうしたらいいんだろうか、悩んでいると思います。  また最後に、四十六年ころのいろんな投機資金、あるいは、日本では余り投機資金の流入というものははっきりわからなかったわけでありますけれども、最近はオイルダラー等の投機資金が入るというようなことになりますと、またそちらの方で同様な問題が起こりかねないようなことも考えられますので、そのような点につきまして率直なところをお聞かせいただきたい、こう思います。

西山千明立教大学教授

○公述人(西山千明君) 十分にお答えできるかどうかわかりませんが、努力させていただきます。  まず第一に、公定歩合問題。  もう一度申し上げますと、特に戦後、わが国を初め先進諸国各国においてインフレが発生しがちであり、ついに世界各国は大インフレに突っ込んでしまった。これをケインズ革命だとか、ケインズ経済学に結びつけると、近代経済学者の人々から私よくしかられるわけですが、やはり大まかに言ってその責任であるということは否定できないと思います。つまり、このケインズ経済学の主張の基本がどこにあったか。それは先ほど申し上げましたように、投資が動かなければ景気が上昇したり下降したりするわけがないのだ、とにかく経済の原動力は投資である、その投資を動かすのは何か、それが金利だ。そうでなければ、先ほど申し上げたようにこっちは紙なんです、お金というのは。ただの紙です。こちらに実物経済がある。この実物経済と紙でしかない貨幣部門とが一体どうしてくっつくのだろうか、そのつながりこそが金利なんだ。お金をふやしたり減らしたりすると金利が動く。しかもこのケインズ派の主張は、何もケインズ派の教育を受けませんでも、困ったことに、あるいはいいことかもしれませんが、銀行の現場にいる人にはまことにそのとおりの、もっとも至極の主張なわけです。  どんなに日銀が通貨をふやすといいましても、日銀が輪転機を回して通貨をふやして、ヘリコプターに載せてきて、ばらばらとこうまいてくれるわけでありませんで、必ず民間銀行に対して何らかの有価資産との交換において通貨を供給する。したがって、そこでは必ず金利が動くわけです。で、お金は民間銀行に入った。さあ、これを貸すか貸さないかというところでまた金利が動く。で、お金が動くということは金利が動く、金利が動いて、それが投資を動かして、経済を動かすのだ、そういうことから金利なんだということで、これだけの大インフレがそういう物の考え方の中から、たとえば、昭和四十七年の時点におきまして通貨の供給率が二四、五%にふえていたわけです。もうインフレが発生することはわかり切っていたところに、さらに三〇%まで一体どうして持っていったか。それはいろんな理由があると思いますが、これがほんとうは一番慎重屋さんであるべきはずの銀行屋さんまでふやす方に乗っかってしまう。  どうしてか。それは、あの昭和四十七年の夏ごろの時点で、まだ大企業の設備投資はほとんど動いておりませんでした。あの昭和四十七年の第二・四半期には、大企業の設備投資は大体三%ぐらいの伸び率。それまでの五年間は大体十六、七%あるいは一八%で伸びていた。それが三%でしかない。したがって、金はダブついているわけですが、実際に日本経済の高度経済成長のエンジンである大企業の投資が動いていないじゃないか、投資が動いていない限りは金利が高過ぎるのだ、金利が高過ぎる限りはもっと通貨を出せということで、ついに通貨の増発率三〇%をやって、これだけの大インフレをやってしまったわけです。これだけの経験をしながら、なお今日この金融政策を論ずるに当たって、また金利のことばかり言っているということが私にはまことに残念で仕方がありません。  公定歩合は、これほど国民の注目を浴びるべき問題では決してなくて、むしろ本当にここで討論しなくてはならないことは、一体、わが国経済の実質経済成長率を長期的にどこに持っていくか、それに最も見合った通貨の供給伸び率は一体何%か、それこそがわれわれが討論すべき肝心かなめの問題であると思います。しかし、それはそれとしまして、何も私ども通貨の量だけがすべてであるとは言っておりません。金利が高過ぎるという状況は十分にあります。したがって、金利を動かして、そしてそれによって、たとえば、先ほどのお話のような中小企業の投資が刺激されるということが発生する限りは、もちろん金利も変えてしかるべきであります。  ところで、先ほどのたとえば公定歩合のこと沖かり論議されるということは、しかし、実は法律的な理由がございます。というのは、この公定出合は中央銀行当局だけで決められていない。行政府もこれに関連している。したがって、わが国ではこの公定歩合を左右するということが、政府が緩和政策をやるかやらないかという決意表明の場にされてしまっております。それがもう一つの理由で不当に人々の注目を浴びている。これが変更されてから、在来ですと初めて通貨の量もふえるし、窓口指導もこれは減るしということになったわけであります。しかし、今回は、どうやら通貨の童の方が先に動き始めているようであります。で、そういう限りにおいて、公定歩合も私はもちろん変更されてしかるべきであると、しかし、特に後で申し上げます問題との関連において、今日の公定歩合は明らかに国際的に余りにも高くなり過ぎていて、これが円に対する投機、したがって、そこで発生する円高という一しかも、この円高の状況は、恐らく私はそう早々には今年を通じてわれわれが逃げられない日本経済の背負っている運命であるかと思いますが、それを軽減するためにも確かに金利の低下は必要である。  二番目の問題でございますが、昨年——二番目の問題は、ちょっと混乱いたしました。これは経済政策の転換期、それから通貨の伸び率をどこまで持っていくかということでございましたでしょうか。それでよろしゅうございますか。

鳩山威一郎自由民主党

○鳩山威一郎君 自力回復ということ。

西山千明立教大学教授

○公述人(西山千明君) 自力回復がどうだとか、あるいはまだ経済が回復しないではないかという議論がよく出ております。先ほどもそのお話があったと思います。それに私実に不思議でしょうがないのは、わが国にはもう幾つか、あれは十以上のれっきとした経済予測機関が政府にもあり民間にもございます。ところが、その経済予測を見て、まず私の知る限り、一体、通貨の動きはどうなるかというのがくっついた予測がない。通貨なしで予測が行われていて、よくあれで当たるものだと不思議でしようがないんですが、で、それが象徴いたしますように、いま自力回復が発生するわけがないわけです。通貨は昨年の暮れまでは落ち過ぎていた。大体九月から十月まで一〇%でやって、この通貨で見る限りは何の刺激策も行われていないのに、自力反転が出るわけがありません。もちろん、ここで言われている自力反転は、たとえば在庫調整の動きが底をつきそうだとか、つきそうでないとか、そういう先行指標のことではありますけれども、しかし、もっと単純な取り方をして、経済回復の兆しがいつ発生するか。それは先ほど申し上げましたように、大体、これまでの百年間を通じて見ますと、通貨が動いて早ければ三ヵ月、遅ければ六ヵ月して物が動きます。そして、それと同時に大体卸売物価が動きます。それからまた三ヵ月から六ヵ月、したがって通貨が動いて約一年たってようやく物価が動くのが通常でございます。  ところで、私の想像では、今年の一月−三月、この四半期はどうやら通貨当局は通貨の伸び率を一〇%台から一四、五%にふやしているんではなかろうかと思いますが、あるいはこの四半期で言えば、依然として一二%ぐらいの数値であるかもしれません。それでは、先ほど言いましたことから言いまして、まだ、たとえば早くてもことしの九月でさえ、この景気が上昇する可能性、条件がまだないわけであります。もしもわれわれがこの九月に景気の——遅くとも九月には景気の上昇が見たければ、一刻も早くこの面における刺激策がとられてしかるべきである。  で、三番目の春闘の問題でありますが、一体、どれだけの賃上げ率が妥当であるか。ここで幾つか問題を分けて考えなくてはなりません。  まず第一に、われわれはことしの経済だけを言っているのか、あるいは今後四、五年の経済を言っているのか。ことし一年だけをとってみれば、場合によって賃上げ率は二五%ぐらいの方がいいかもしれません。実際、非常に単純に経済理論的に言えば、物の値段の方が大体一年先に上がって、賃金、われわれの賃金は一年おくれでしか上がりません。ところで、その一年間にどれだけの累積消費者物価上昇があったかと言えば、大体、二五%あったわけです。したがって、ここで取り返させてもらってしかるべきであります。しかしながら、今日ここで高ければ高いほどの賃金上昇率を主張する者が本当にわれわれ労働者の味方かというと、決してそうではありません。三二・九%平均という昨年の賃金上昇率は、何も労働の側だけではなくて、一昨年の夢に酔った経営者側の非常に安易な、これは政府もひっくるめてですが、共同作業によってとんでもない率を出したわけですが、結果的に何が発生したか。三二・九%上がった結果、物価が二五%上がった。実際には、その結果、さらにわが国の実質経済成長率はマイナスへ落ち込んでしまったわけですから、三二・九に上げたために、われわれ労働者の実質所得は減ったわけです。われわれの目的は、実質所得をどうすれば極大化できるかということであります。  ところで、それとの関係で、再びここで、一体通貨をどうしようとするのかということを別にしてこの問題を主張することはできません。たとえば、仮に労働の側が二五%の賃上げ幅をかち取ったとしても、もしも通貨当局の方で通貨の伸び率を五%に抑えれば何が発生するか。そこで発生するのは失業だけであり、また表向きは二五%上がったけれども、実際の上げ幅は一〇%でしかなかった。実際、昨年三二・九%上がったわけですが、実際に上がった雇用者所得の伸び率は二二、三%でしかなかった。そこへ物価が二五%も上がったわけですから、逆にマイナスになっちゃったわけです。したがいまして、この上げ幅が他方においてどういう通貨政策と結びつくかということを別にしては論じられません。  ところで、これが国家公務員の場合には、政府がいいだろうと、二五%上げるからと、そうして輪転機をぱっと回せば——もちろんそう単純でありませんが、国債を発行して現実には中央銀行引き受け、したがって輪転機を回すということであれば、二五%アップ、通貨も二五%アップ。そうなれば、先ほどインフレは落ちつくと申し上げましたが、再び激烈なインフレは不可避になり、実は、労働者の実質受け取りはマイナスになってしまうという問題であるかと思います。したがってこの賃上げ幅だけではとうてい論ずることができない。  ところで、もう一つ、したがいましてわれわれがやらなくてはならないのは、今年だけではなくて、今後五年、十年にわたってわれわれ労働者の実質所得を極大化してくれる賃上げ率と通貨供給率の、この組み合わせは何かということかと思います。しかし、この問題は、もう一つ最後にお尋ねの国際競争力の問題あるいは国際関係の問題と切り離して言うことができません。もしもわが国だけをとってみるならば、先ほど言いましたように、物価が過去一年間に大体消費者物価でもって二五%——二四・五%上がっているわけですから、それだけわれわれに取り返させてもらって当然なわけです。ところが、日本経済は単独ではない、孤立していない。世界経済の一環であり、しかも、それに世界で最も高く依存している経済である。これはヨーロッパ諸国をとりましても、エネルギー資源の海外依存度は、ほとんど四割五分でしかありません。一番高いフランスでさえ六割五分でしかない。ところが、わが国は八割五分である。そういう経済を運営していかなければならず、しかもそういう資源の価格は上昇一方である。つまり、われわれは国際的に、相対的にいまやこれだけの富のトランスファーを実現するために、賠償金を払うために、より相対的にしばらくは低い生活程度に甘んじなくてはならない。そうすることによって国際競争力を培わなくてはならないという問題がもう一つあります。  しかも、それに加えまして、先ほどお尋ねの円に対する投機の動き、この投機の基本的な理由は、わが国がみごとにインフレを抑えていったことがまず第一であると思います。わが国ほど先進諸国でこれだけべらぼうなインフレを発生した国はありませんが、しかし同時に、先ほど申し上げましたように、昭和四十三年正月以降、過去二年間にわたって、二年間以上にわたってこれほど一貫して継続的な通貨の引き締め政策が行われた国はありません。したがって国際的に比較すれば、物価の、今度は落ち込み率も最も目覚ましかった。そこで昨年の後半はさらにわが国の輸出が急増した。この急増は何も価格の面における国際競争力が回復されたわけではありませんで、むしろ経済構造、産業構造のおかげでありますが、こういったことが一緒になって国際的に日本経済に対する信頼ができたと。われわれだけは日本経済を見ますととても信頼できませんが、国際的に比較すれば西ドイツに次いで最も望ましい経済であるということで、いまそれに加えて先ほどの公定歩合の問題があって、円が投機の対象になって、これは恐らくもうしばらくの間はとうてい逃げられない。そうすると円が二百八十五円、八十円、恐らく七十円ぐらいまでいく可能性がある。ということは、われわれの輸出環境は大変厳しいものであり、しかも、肝心かなめの米国経済は激烈な落ち込みを見せている。そういう面からもわれわれはここしばらくは、これは何も労働の側だけでありませんで、資本の側ももう一度、あの戦争の荒廃から立ち直ったわが国経済の出発点を思い出して、心を新たにして再出発しない限りはわが国経済の前途はないと思います。

鳩山威一郎自由民主党

○鳩山威一郎君 どうもありがとうございました。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) 西山公述人におかれましては、御多忙中のところありがとうございました。  それでは続いて太田公述人、鷲見公述人にそれぞれ質疑をお願いいたします。

藤川一秋自由民主党

○藤川一秋君 私は、太田さんに対しまして二、三の質問をいたしたいと思います。  お話のありましたように、太田さんはお立場上、中小企業に焦点を当てられて、主として景気動向についてのお話があったわけであります。私は、すでにあなたが発表になられておる調査レポートも拝見したわけでありますが、生産活動あるいは在庫水準、個人消費の支出状態、民間設備の投資意欲、それらについてのお話は全く同感であります。このことは、単に中小企業ばかりでなくて大企業においても同様のような状況にあるのが今日の経済の実態ではなかろうか、景気の動向ではないかと、そういうふうに思うわけであります。ところが、一般的な経済観測としては不況は底入れしたんだという見方もあります。その言い分としては、物価上昇の食いとめの目安はついた、在庫調整は四−六月に一部はずれ込むかもしれないけれども、これまた、ある程度の見通しがつき始めておるというようなことでもあります。しかし、行政当局によりましては、実態調査はさらに厳しい段階である、こういう表現をこの一両日中にも発表しているのは御案内のとおりだと思うのであります。  そこで、要はこの実態に対しまして私も同感でありますので、どういう対策があるのか、あるいは必要であるのかということについて二、三のお尋ねをしてみたい、こう考えるわけであります。お立場上お答えできない面もあるかもわかりませんけれども、個人の資格で自由にお答えできる面がありましたら、また、そういうことについてもお答えをいただけたらと思うわけであります。  まず、いま政府が行っております不況対策、続いて第二次不況対策というものを行う検討を続けておるわけでございますが、一−三月に繰り残されておる公共投資の一兆四千五百八十億の早期支出、住宅融資の早期回復あるいは金融の緩和、こういうことによって中小企業まで含めて経済の回復の果たして起爆剤、導火線たり得るかどうかということでありますけれども、私は経済、産業界の実態を考えてみまして、今日の実情は金よりもむしろ仕事にある、こういう感じを持っておるわけであります。その点について太田さんはどういう実感を持っておられるか。中小企業窓口としてのお感じをひとつ伺ってみたい、かように考えるわけであります。  それからもう一つは、個人消費の回復についてでありますけれども、アメリカでは、聞くところによりますと、個人消費を回復させるための手段として、個人所得の減税、こういうことも考えられておると、こういうふうに聞いておりますけれども、日本ではいままでのような消費美徳の観念が消えうせまして、ここでそういうような手を打ちましても、直ちにこれが消費の回復に急激につながるようなムードにはなってこないのではないか、こういうふうにも考えられます。そこで、本来的には輸出をどうして伸ばしていくか、こういうことに結果を求めなければならぬと思うのでありますけれども、この輸出マインドというものが非常にむずかしい状況にあるわけであります。こういうことに対するあなたのお考え、これを聞かしていただけたらと思うわけであります。  それから、政府が政策転換を行いまして、高度成長から安定成長、低成長の政策に転換をしつつあるわけであります。産業構造の転換を必要としておるわけでありますけれども、これは当然やるべきことでありまして、これに異議はないわけでありますけれども、私は、構造改革を重点とした中期、長期の目的につながなければその効果が求められないのではないかということを考えておるわけであります。そういう中でも、特に日本の産業で一番立ちおくれている分野は流通機構、流通機能だと思うのであります。説明するまでもありませんが、日本の技術水準あるいは設備は世界レベルで国際競争力を持っておると思うのでありますが、流通機構、流通機能については、はなはだしく立ちおくれておるのであります。これがまた、物価にも大きな影響をもたらしておる。これを徹底的に近代化、合理化することを先決しないと、およそ目的が達せられないではないか、これが一つであります。  太田さんは先ほど中小企業の立場で申されましたが、いろいろな立場で大企業と中小企業の関係が論じられておるわけであります。私は、大企業と中小企業の実際の関係というものは、いわゆる分業組織関係になりつつあるのではないか、また、そういう方向に組織改造を求めていくべきが本来のものではなかろうか、こういう考えを持っておるわけであります。そうした考えについて、お考えをいただきたいと思うのでありますが、特に中小企業の不況対策としては、私は、長い前から景気、不景気に対して常に中小企業が非常な苦しみを受けるわけでありますから、そういったことを防止するために、税法上の特別な計らいをもちまして、好況のときの利益を一定の率、社内留保を無税で認めるいわゆる中小企業安定積立金というようなものか、そういうような制度を認めたらどうかというようなことを考えたこともあるのですが、それについての御意見を伺いたい。  それからたまたま公定歩合のお話がありましたが、あなたから金利負担についてのお話がなかったわけでありますけれども、この公定歩合は、いわゆる米国、西独などでは自動的な尺度でやられることになっている。日本の場合はどういうふうに考えたらいいかということもひとつお聞かせ願いたい。  それからデノミネーションについて、これは安定経済のための私は玄関口になることだと思うのであります。これについての御意見を承りたい。  悲観説ばかりでなくて、最近、例のハーマン・カーンが二十一世紀は日本の時代だと言いましたが、あと十年たつと、またぞろ日本が大成長すると。それは年内にインフレが収束する、労働意欲は衰えていない、生産性が一〇%以上になる、エネルギー危機は単なる価格変化にすぎない、世界的な大恐慌は起きないんだというようなことを言っておりますが、あなたはそういうようなことに対して希望を持てると思われるかどうか、こういうことについてひとつお伺いができたらと思うわけであります。以上。

太田一郎国民金融公庫調査部長

○公述人(太田一郎君) それではお答えいたします。  非常に大きな問題ばかりでございまして、私もはっきりお答え申し上げられるかどうかわかりませんけれども、一つずつ順を追いましてお話ししていきたいと思います。  まず一番初めの、公共投資であるとか、そういった財政支出によりますところの不況対策が、現在の景況の段階からして起爆剤たり得るかどうかというような問題でございますけれども、いわゆる総需要抑制政策をかなり厳しく長期にわたって続けておられますけれども、その中で財政、特に公共投資というようなものの一つの波及効果というものは、非常に大きなものがあるのではなかろうかというふうに思うわけでございます。先ほどは建設関連につきまして、設備投資のところでちょっと御説明いたしましたけれども、建設工事であるとか、そういった公共投資関係から一つの景気の刺激策の起爆剤になるというような考え方が、当然そこで起こってくるかと思われます。中小企業関係におきましては、ことにそういった形で、建設業であるとか、あるいは土木工事業であるとかいうような形で起こってまいりますと、結局そこに建設関係の機械の受注が起こってくる。したがって、それに対する工作機械の受注であるとかいうような形での非常な波及効果が一つ行われるのではなかろうかという点におきましては、私も全く同感でございます。それで、そういった形ばかりでなくして、もう一つは、当然政府の、たとえば金融引き締め関係の手直しとかいうようなことも考えられるわけでございますけれども、いろいろな対策を結局総合的に行うことによりまして、中小企業の景気回復というようなものに当然つながってまいると思います。その意味では実物的な面での公共投資的なものの一つの評価というようなものは全く同じ考えでございます。  それから第二の点といたしまして、金よりも現在は仕事の方が欲しいのではなかろうかというような問題でございますけれども、これは私、窓口から見ておりまして、現実に確かに中小企業の資金需要というものは非常に冷え込んでおります。これはなぜかと申しますと、結局企業経営自体が長期の、つまり十四カ月にわたるような非常に長期の景気下降過程におきまして、それに対応するために縮小均衡の形で非常に小さくなってきている。したがって、資金需要自体が冷え込んでいるというようなものが現在はあると思います。  ただ、そこで先ほどもちょっと申し上げましたように、現実には資金繰り、採算の悪化というような問題が、一般の銀行から借りられない層につきましては非常に多いわけでございまして、したがって、そういうようなものに対する一つの後ろ向き資金需要と申しますか、あるいは資金繰り資金に対する手当て、つなぎ融資であるとかいうような形でのきめの細かい金融の問題は当然そこに発生してくると思う。ただ、前向きの一つの資金需要としてはなかなかそこに出てこない。むしろ、そういった意味では、資金の手当てよりも仕事の方が欲しいというようなことは、当然ここに考えられておる。一部では官公需の受注をできるだけ中小企業にふやしてほしいというような一つの声も多いわけでございまして、そういった面からの対策というものが出てくれば、これはまた、中小企業対策としても非常に大事なものでなかろうかと、まあ個人的に思うわけでございます。  それから第二点の個人消費支出の回復に関連しまして、個人所得の問題、これが減税により効果があるかどうか。それから消費回復にそういうものがつながっていくかどうかというようなことでございますけれども、これも個人所得の減税そのものでは、なかなかつながらないのではなかろうか。結局消費者自身の一つのビヘービアそのものがなかなか先行き不安ということがございまして、つまり、自分の会社なり企業なり、そういうものがどうなるかというようなこともございますでしょうし、いろいろな形で節約ということが、一つの単なるムードでなくして、構造的な問題というふうに、長期的な問題というふうに置きかえてもいいと思いますけれども、そういう消費ビヘービアに非常になりつつある。したがって、そういう形から申しますと、四十年代後半のような個人消費のパターンというようなものは、なかなかそこまでには回復できないのではなかろうかというふうに思うわけでございます。  それから第三点の、産業構造の転換とか低成長へのテークオフというような、離陸、着陸というような問題がございますけれども、その中で大企業と中小企業の立場といいますか、そういう関係がどういうふうになっていくのか、流通機構の問題等関連して御質問があったわけでございます。その場合に、やはり中小企業というものは非常に複雑な形をとっておりまして、大体四つぐらいの類型に分けられるのではないかと思う。  一つは、地域産業でございます。これは個人消費、個人の地域的、ローカルなマーケットを対象といたしまして、小売とかサービス業とか、あるいは製造小売とかいうような形で多くの業種が存在しております。こういった地域産業につきましては、恐らく大企業と中小企業との関係ということではなくして、中小企業が独立してできる分野でございます。  それから第二の類型といたしましては、大企業の下請関連の産業がいろいろございます。これは大企業と非常な密接な関連がございます。もちろん、大企業の直接の下請関連でなく、部品専門メーカーというような形で独立した中小企業がございます。しかし、これもやはり大企業に部品を納入するという形で、大企業関連の中小企業ということが言えると思いますけれども、この関係では、最近特に私が目についておりますのは、システム化ということでございます。  これは大企業と中小企業あるいは中小企業自体がいろいろなシステム的なものを組みながら一つの分業組織をやっていくというようなことで、先ほどのお話にありましたことと大分そこは似てくるのではなかろうか、中小企業の知識集約化というような問題に関連しまして、こういうシステム化というような方向がかなり大企業関連の下請というようなものに出てきております。それからもう一つは、技術水準が非常に高い中小企業というものが出ておりまして、そういったイノベーションであるとか技術的なものの高い水準、そういうものを踏まえた形で中小企業というものが大企業と分業組織を組みながらそういう新しい方向に適応していくというようなことは、まさに新しい時代の方向ではなかろうかというふうに思うわけでございます。これは知識集約的な方向というようなことで、最近非常に方々の業種でも問題になっておりますけれども、新しい低成長、減速経済に適応するための中小企業の適応の形としては、まさにそういう形というものが、そういう経営というものに非常に大事なことになるのではなかろうか。  それから第三番目といたしましては地場産業がございます。これは雑貨関係のいろいろな地場産業、ことに輸出関係の地場産業が多いのでございますけれども、こうした輸出関連の地場産業は一つの独特な産地を形成しておりまして、しかもそれは大企業製品とはまた別個のルートでもって出ているというようなことで全国市場を持っているわけですね。そういった地場産業というものが中小企業の特性でもございますけれども、こういう地場産業の新しい形としては、当然、いま申し上げましたようなシステム化というようなことも必要でございます。そういった意味で、この地場産業につきましても非常に知識集約的な方向というようなものが出ておりますので、そういったものも、いまのお話に関連しまして非常に大事な問題ではなかろうか。  それから、その他といたしまして、これ以外のいろいろな混在的な形があるわけでございます。これにつきましては省略いたします。  こういう形で、産業構造の転換とか、あるいは構造改善とかいうようなものに関連しながら、中小企業というものが適応していかなければならないというふうに思うわけでございます。  それから、最後の点につきましては、四つばかりあったと思いますけれども、一つは税法上の、利益を積み立てて、安定積立資金ですか……。

藤川一秋自由民主党

○藤川一秋君 安定基金に積み立てさせたらどうかと。

太田一郎国民金融公庫調査部長

○公述人(太田一郎君) この点につきましては私は考えたことがありませんので、ちょっとお答えいたしかねます。  それから、高金利負担の問題は、金融の問題につきましてはまた鷲見先生なりほかの先生方からございましたので、私からは申し上げなかったわけでございますけれども、確かに高金利というような問題は、非常に中小企業経営に大きなあれを果たしております。それで、やはり実効金利の面におきましては非常に高い金利を中小企業というものは払わなければならぬ。そのために経営自体が苦しくなるというようなことでございます。したがって、そういった面からも、つまり国際収支、国際経済というような一つの側面ばかりでなくして、中小企業の経営というようなものからも、高金利負担というものはできるだけ減らしていかなければいけないのではなかろうかというふうに思うわけでございます。  あと、デノミネーションの場合は私はちょっと、考えたことありませんのでお答えいたしかねますけれども……。  それから、もう一つは、大恐慌が起きないかどうか、それから希望が持てるかどうかということでございますけれども、この点は全く私見になりますけれども、中小企業のこれからの行く方向といたしましては、先ほど申し上げましたように、単に短期的な問題が片づけばそれで上向くというような問題ではございませんで、非常にその構造的な問題に絡んだ形で中小企業経営が苦しくなってきている。それは中小企業経営自体で適応していかなければならない。いわゆる自助努力といいますか、そういうような問題ではなかろうかと思う。高価格体系に対する一つの適応にしろ、産業構造の転換に対する適応にしろ、省資源の問題にしろ、いろいろなそういう問題に対する適応というものは、まさに中小企業が自身の責任において解決していかなければならない問題であります。  ただ、その環境をつくる意味において、政策的な配慮というものは当然必要でございましょうけれども、いずれにしろ、中小企業自体のそういうバイタリティーとか、あるいは小回り性とかいうような一つの特有の中小企業の強さを生かして、そういうものに対応できるということは当然考えられるわけで、先ほど申し上げました知識集約というような方向は、そういった中小企業の一つの特性を生かした形でのむしろ特徴であって、大企業よりはむしろ中小企業に適した形ではなかろうかというふうに思うわけでございます。したがって、そういった経営面での知識集約化を積み上げることによりまして、中小企業自体がだんだんと強くなってくるというような、いろいろな不況に対する適応力とか、あるいは構造的な問題に対する適応力とかいうような問題がだんだんと強くなってくるのではないかというふうに思うわけなんで、その点から言えば希望は十分持てるのではなかろうかというふうに思うわけでございます。

辻一彦日本社会党

○辻一彦君 太田先生に中小企業の問題でひとつお伺いをいたしたいと思います。  先ほどお話がありましたように、繊維の見通しが将来まだ暗いというお話でしたですね。それは短期的な要因で金融引き締め等は緩和されたとしても、構造的な要因というものがなかなか消えていかないから暗いと、こういうように私受けとめたわけです。そこで、じゃ一体、その中で明るくするにはどうするかという問題があろうと思うんです。  たとえば北陸では、石川、福井等は合繊物の産地ですから、現在一台の織機に百万から百二十万ぐらいの借金をしております。その北陸産地で、私は、推算千七、八百億はいろんな意味の借金を抱えていると思うんですね。もちろん国が五千億からの経費を投じて、この中小企業のこういう繊維の構造改善をやっております。しかし、これだけの状況の中で、先ほどお話がありました開発途上国の繊維製品の追い上げ、これが非常に厳しいわけです。たとえば数字を見ますと、四十七年に比較して四十八年は合繊物、いわゆるテトロンやポリエステル等では九・三倍入っています。四十七年・四十八年比ですね。それから四十九年は四十八年に比べては七〇%程度でありますが、四十七年に比べると、それでも四十九年は六・何倍、六倍入っている。こういう形で輸入……

太田一郎国民金融公庫調査部長

○公述人(太田一郎君) 何が六倍になりますか。

辻一彦日本社会党

○辻一彦君 合繊物ですね、テトロンあるいはポリエステル等の織物ですね、合繊の織物の輸入量の年度比です。これだけの輸入がある。先ほどの膨大な国の経費をかけての構造改善、そして産地にとっては非常に大きな借金を抱えてやっている。しかし、その構造改善の根元を掘り崩していくことになるのでないかと、こういう懸念を私は持つんです。そこで、こうなるとやっぱりやむを得ないことであるが、かなりな輸入規制という点は繊維については考えざるを得ないのではないか、こう思いますが、この点について、中小企業、特に繊維産業の将来を見通してどうお考えになっておるか。もっとほかによい方法があれば、ここでひとつそれもあわせてお伺いをいたしたい、こう思うわけであります。

太田一郎国民金融公庫調査部長

○公述人(太田一郎君) これは直接政策の問題に触れてまいりますので、私から申し上げることが非常にむずかしいわけでございます。ただ、個人的な意見としてちょっと言わしていただきますけれども、やはり貿易構造が、先ほど申しましたように途上国の輸入製品が安い価格で、しかも良質の輸入製品が入ってくるというようなことになりますと、やはりそういった意味での太刀打ちといいますか、市場競争というものが非常に困難になる。これは当然のことだと思います。したがって、そういった困難になったときには、やはりそれに対する価格競争ができなければ、別の形での非価格競争といいますか、こういうものができるであろうか。これもやはり非常に東南アジアの製品についてはむずかしいということになりますと、結局ほかの方に転換しなければいけない、製品なり何なり。そういうことになってくると思います。  したがって、そういうほかの方に転換する場合に、できるだけ加工度の高い製品の方に移っていく。つまり、わが国は賃金水準が非常に東南アジアより高いということのために、東南アジアの製品のような同じ物をつくって、そこで高い賃金、コストを払って、それに競争するということはできかねることになりますと、結局、当然そこでより加工度の高い製品、あるいは先ほど言いましたような技術革新とか、そういうようなものを生かした形での知識集約的な経営の方向というようなことが、やはり一番大事になってくるのではなかろうか。したがって、そういう意味におきまして構造の転換といいますか、構造改善というようなことよりもむしろ構造転換でございますね、そういったようなものがやはり必要ではなかろうか。  したがって、現在の需要そのものから考えるということではなくして、将来の長期的な見通しに立った形でのそういった産業構造の転換、あるいは業種なり品目なりの転換というようなことが当然そこに要請されてくると思います。そこら辺が一つの考え方のポイントではなかろうかと、私自身はそういうふうに思っているわけでございます。

辻一彦日本社会党

○辻一彦君 お話のように政策の問題になりますから、私は深くは申し上げませんが、国の経費を五千億もかけて繊維関係の構造改善をもうかなりやっておるわけですからね、それがうまくいかないから、もう転換してしまえというわけにはなかなかいかないのですね。これだけの経費をかけて、産地もそれだけの借金をしてやっている構造改善というものが、やっぱり成り立っていくようなことをある程度考えなくちゃいけないのじゃないか。これは政策の問題なので、あなたにお問いすることがちょっと私むずかしい問い方であると思いますが、この点についてあれば、一言お伺いして終わりたいと思います。

太田一郎国民金融公庫調査部長

○公述人(太田一郎君) ちょっとそれにつきましてはお答えできかねますけれども、よろしくお願いします。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) それでは鷲見公述人にお願いします。

斎藤栄三郎自由民主党

○斎藤栄三郎君 鷲見先生、二、三教えていただきたいことがあります。  この予算委員会で朝から、ずっと傍聴しておりますと、物価の安定ということが中心課題になっております。一体、物価の安定とは何だろうかということを第一に教えていただきたい。私の考え方では、物価の理想の姿というのは、その国の定期預金金利の半分程度、もしくは国債利子の半分程度の上昇にとどめることが理想だと考えますが、この私の考え方に対して御批判をいただければ幸いです。  それから第二は、先生は日本の防衛費が非常に大きいと、一兆三千二百億円、前年度に比べて二一・四%もふえている。この数字は事実でありますが、一体防衛費というものはどうあったらいいかということはいろいろ議論が分かれましょうけれども、これを諸外国と比べてみますと、アメリカでは全予算の二八%、ソビエトロシアが九%、日本が昭和五十年度予算で六%であります。この点も先生から、一体防衛費というのはどれくらいが適正とお考えになるか、お教えいただきたいと思います。  第三番目に、国債の発行が二兆円である。で、国債依存率が九・四%で高過ぎるという御批判をいただきました。そこで、参考までに諸外国の国債発行及びその依存率を調べてみますと、先進国の中で西ドイツが一〇・五%、日本が九・四%、イギリス八・七%、アメリカ三・一%となっております。いずれも今年度の数字でございます。一体先生はどれくらいの依存度が適当であるとお考えになられますか、その点もお教えいただきたいと思います。  次に、公共料金を凍結せよという御議論でありますが、過去における実際の例から見ますと、たとえばある年、一年間凍結しておきますと、その翌年になってまた急激に上がりまして、下手な運転手の運転する自動車みたいなもので、急にスピードを出すから、乗っているお客様が鼻血を出すということになる。ですから、やはり私は公共事業料金というものは物価にスライドした方がいいのではなかろうかと考えますけれども、この点、鷲見教授の御教示をいただきたいと思います。  次に税制であります。これはソビエトロシアとかフランスの方は、もう先生御承知のとおり間接税中心、日本とアメリカは直接税中心で、税制の体系が根本から違いますから、どちらがいいとか悪いとか一概には決めかねますけれども、この昭和五十年度予算では、直接税七三・五%、間接税二六・五%となっております。鷲見教授は一体どれくらいが適当とお考えになりましょうか。ソビエトロシアは、ことしから月額七十ルーブル、大体一ルーブルが三百八十円ですから、二万六、七千円の方にはもう所得税は取らない。これはソビエトロシアは間接税中心の国であって、直接税というものは租税体系の中ではきわめて少ない。したがって、七十ルーブル以下の所得税は全額免除、七十一から九十ルーブルぐらいのところは所得税半減ということをやっております。一体、租税体系としては教授はどれを理想となさいますか、お教えをいただきたいと考えるわけであります。  以上が質問の要点であります。どうぞよろしくお願いいたします。

鷲見友好法政大学教授

○公述人(鷲見友好君) ただいまの私に対するお尋ねは五点だと思いますが、まず最初に、物価の安定とはどういうことか、定期預金利子の半分ぐらい、あるいは国債利子の半分ぐらいが安定ではないかということについての私の見解をお求めになったのだと思います。  物価の安定というのは、これはゼロが一番望ましいわけですけれども、現実には現在の体制の中でゼロということはあり得ないということが前提でお話だと思いますけれども、おととしだったか、さきおととしだったか、ECの閣僚理事会だと思いますが、そこで議論されたときには、許容さるべき消費者物価の上昇率は四%だというような議論がされたことがあったと記憶しております。ただ私は、大多数の国民にとっては、先ほど西山先生が三%、四%続いたとおっしゃっていましたが、あれはちょっと数字が低いのじゃないかと思います。もうちょっと高かったと思いますけれども、四%か六%ぐらいの上昇率が続いてきた経験があるわけですけれども、それでもやっぱり私たちはかなり物価の上昇に戦後、ずっと苦しんできた経験があるわけでして、やはり四%はどうしても高過ぎるのではないか。もう少し抑えなければならぬ。ただ、どこがいいかということは、どれがいいというふうには言えませんで、できるだけ少ないことが望ましいわけであって、どこをめどにして政策を行うかということは言えないと思います。できるだけゼロをめどにしていってもゼロにはならないというのが現在の体制でありますから、そういう考え方、ゼロに近づける努力を最大限にするべきではないかというふうに考えます。  それから防衛費の問題は、これは確かにアメリカ、ソ連なんていうのは、これはちょっと日本と比較にならない大きさでありますけれども、そのほかイギリス、それから西ドイツ、フランス、それに次ぐのはイタリアとかという順序に資本主義諸国ではなると思いますけれども、日本の場合には、これは核兵器をいまとにかく持っていないわけですね。だから、その核兵器を抜きにして考えますと、これは防衛庁関係の出版物をたくさん出しておられる原書房だったか、そこから出ている「ハンドブック」にも、そういうものを除けば、あるいは海外駐留の費用を除けば、日本も外国もそれほど大きくは違わないんだというようなことが書いてありまして、そこのところは、やっぱりそういうことを抜きにして考えることはできないのではないか。  それからもう一つ、やはり一番大事なのは、これは長沼判決でも問題になっておりますように、日本の憲法のもとでは自衛隊は違憲だというふうに私は考えるものですから、どのくらいの防衛費がいいということはお答えできない。むしろ、これは現在の憲法のもとでは違憲であるというふうにしかお答えできません。  ただ、日本の場合は、ついでに申し述べさせていただけば、日本の防衛費はかなり——どこの国でも、アメリカを初めとして実質的な防衛費が全部軍事費なりあるいは防衛関係費なりに計上されているわけじゃありませんけれども、日本の場合は、かなりそういう部分が多いのじゃないかというふうな気がします。今年度で言いましても、たとえば特特会計などは、これは当然アメリカの基地移転のための費用であり、これは地位協定違反ではないかというような議論も国会で行われた記憶がありますけれども、そういうことは別としても、とにかくこれはアメリカが横田というのは非常に重要視している基地であるということは御存じだと思いますけれども、そういうところの基地移転のための経費が軍事費、防衛関係費には計上されていないというようなことであるとか、そういったもろもろの経費がかなりあるわけでして、予算にあらわれている数字が、そのままそれを防衛関係費と言っていいかどうか。大蔵省が目的別に組みかえている場合には、いわゆる基地交付金なども防衛関係費の中に入れているわけでして、そういう意味では、数が少ないですけれども、額としてはそういうものもやはり日本の防衛費を考える場合には、どうしても考慮しないわけにはいかないのじゃないかというふうに思います。  それから、ついでに申し上げていいか、いまの御質問に対して申し上げていいかどうかわかりませんけれども、ことしの防衛費について言えば、先ほど財政上の操作という言葉を私は申し上げましたけれども、いまの特特会計が入れられていないということだとか、それから国庫債務負担行為、継続費、これがことしの場合は非常に当年度の予算の計上というのは少ないわけです。国庫債務負担行為の場合には、約二千八百六十三億円のうちの百九十三億円だけが五十年度にやはり計上されている。後は全部後年度負担になっている。だから、後年度負担分は九三・三%ぐらいになりますか、それが後年度負担分になっている。それから継続費の場合で言いますと、六百三十二億円のうちの、ちょっと私、数字が間違っているんじゃないかと思ったのですけれども、六億二千五百万円ですか、一%にならない額しか五十年度には計上されてない。ほとんど九九%が後年度負担になっている。だから実際には、それによって武器が、兵器が増強されているけれども、今年度の予算にはあらわれてこないと、逆にそれは後年度の増強ということを約束するわけでして、むしろ財政硬直化といえば、ここら辺あたりが大きな問題になるのではないかというふうに思います。  その次は国債依存率の問題だったですか、国債依存率の数字は、先生お調べになっているのは確かだと思いますけれども、私は先ほど国債依存率が九・四だから高いというふうには申し上げなかったのです。ただ、一けたになったから、これは抑制的であるというふうには言うことはできないのではないかと、それを先生おっしゃったような表現で言い直されたのだと思いますけれども、国債もどれだけがいいという、これはやっぱり後の税制の問題で、間接税と直接税の問題もそうですけれども、どれだけが適当かということは、これはちょっと、先ほどの物価の問題にもかかわるわけですけれども、そういう問題の提起ができるかどうか。むしろ国債を、私はあらゆる場合に国債を発行すべきではないということを言うつもりは全然ありません。国債を発行しなければならないときもあるかと思いますけれども、しかし、そのときそのときの状況に応じて、できるだけ、まず第一にやることは経費の合理的な縮減、それを図る。その上で、なおどうしても必要な場合には国債を出さなければならない場合があると思いますけれども、それは全体の経費の縮減と、それから租税収入、あるいはその他の収入との兼ね合いで決まってくるわけで、じゃ五%ならいいから、五%はあらかじめ公債を予定して考えるというふうにして予算を組むことはできないんではないかと、そういうふうに思います。  それから公共料金のことですけれども、これは確かにいままでそういう事実があったということに基づいて先生の御主張があるのではないかと思いますけれども、先ほど申し上げたように、とにかくいまは異常な物価上昇が続いてきたし、現在もなお、先ほど申し上げた意味で、まだ非常に高い上昇率であるというときですから、とにかくいまは何としてでもこれを押さえなければならない。二、三%というのは、とても実際のところ望める話じゃないですけれども、政府の見通しでも、年度平均が一一・八ですか、そういうふうに見込まれているわけですから、したがって、そういうときには、とにかく物価を下げることに全力を挙げる、その意味では多少いろいろ問題があるかもしれません。それについては、私もいろいろ幾つかの意見は持っておりますけれども、とにかく物価がある程度、ある程度というのは、先ほど私が申し上げたよりも高いということがあってもいいわけですけれども、とにかくいまのような状況が何とかおさまるというときまでは、是が非でもこれを押さえなければだめなんだと、そうしなければ物価を下げることは非常に困難ではないかと、西山先生、先ほどえらく楽天的なことをおっしゃいましたけれども、斎藤先生も、おそらく西山先生ほど楽天的な見通しはお立てに現在なれないのではないかという状況ですから、そのときには、やはりぜひ公共料金の値上げはやめていただきたいということです。  それから最後の、全部先生の質問に対して私が具体的な数字を出さない、そういうお答えになるわけですけれども、本来こういうものは具体的な、そのとき、そのときの状況でやはり決めていくべきであって、どういうのが本来あるべきかというふうに言えない。ただ最も原則的に言えば、直接税が中心の体系、これが一番望ましい。というのは、これは先生に改めて申し上げるまでもありませんけれども、特に直接税のうちの所得税は、十九世紀以来、社会的公正、高所得者には重く、軽所得者には軽くと、あるいは勤労所得には軽く、不労所得には重く、控除その他を考えることによって、そういう税制をつくり上げることができるのだということで、最も社会的公正の理念に合致する租税であるというふうに言われておりまして、やはりそれを中心に置くべきではないか、一番原理的に言えばそういうように考えているわけであります。  お答えになりましたかどうか……。

斎藤栄三郎自由民主党

○斎藤栄三郎君 大体九〇%まで了解いたしました。ありがとうございました。残りの一〇%についてですが、じゃ、先生が具体的にこの昭和五十年度の予算を直すとすれば、どういう点を先生はお直しになりますか、その点が第一点。  それから物価問題ですが、完全雇用下で物価の安定はあり得るかどうか、ケインズが不況の経済学を打ち出して、大変な失業者を救済するために公共土木事業に力を入れたことは、もう周知の事実です。いま日本の場合は完全雇用が実現したわけでありますが、一体完全雇用下で物価の安定はあり得るかどうか、その点教授の御意見を拝聴したいと思います。  それから第三点は、先ほど先生が御指摘になったように、軍事費というものは表向きだけの数字ではわからない、そのとおりだと思います。ソビエトロシアの軍事予算を見ますると、百七十四億ルーブル、予算の九・一%と数字が出ております。しかし、ソ連のことをよく御研究になった学者もしくは実際家の御意見を拝聴すると、実際はこの倍だと、百七十四億ルーブルではなしに、この倍だろうと言っております。したがって、なかなか表面的な数字だけで軍事予算の判断を下すことはむずかしいと私も思います。しかしながら、ただ、私がお伺いしたいのは、何%が適正かということの場合に、国民総生産、GNPの一%程度をもって防衛費の最高限度とすべきではないかと私は考えるわけです。何かそういう歯どめをつくっておきませんといけないのじゃないだろうかというような観点から、先生の御意見を拝聴したかったわけです。言葉が足りませんでしたけれども、とにかく全然軍隊が要るか要らないかということは、またほかの問題になってしまいますから、ここでは触れませんけれども、現実に自衛隊というものがあり、そうして予算を使っている以上は、一体GNPに対してどのくらいが適正かということを先生の立場からお答えいただければ幸いです。以上三点です。

鷲見友好法政大学教授

○公述人(鷲見友好君) なかなか答えにくい御質問にお答えしなければならないということになるわけですけれども、現在直すという点でこれは基本的な点を申し上げれば、まず収入の面については、やはり先ほど申し上げましたように、大企業、高所得者に特権的な減免税を廃止すること、やはり社会的公正を実現するためにはこれをどうしてもやらなきゃならないし、先ほど申し上げましたように、これは先生なんかの方が御存じですけど、ああいう分離課税は、かなりやっぱり社会的公正にとっては問題のある実態を生み出しているんではないかということもありますから、ぜひこれは廃止する方向で検討していただくことをお願いしたい。それから公債につきましては、支出との兼ね合いがありますけれども、ただこうした特権的減免税あるいは特別措置でなくても、本法そのものにあるいろいろな問題のあるのを改善するというようなことによりまして税収を上げれば、かなりの程度国債を減らすことは可能ではないかというふうに思います。たばこの値上げ、これもやはり現在の日本の状態ではやめていただくことが望ましいというふうに考えます。もっともこれ酒などは、たとえばスミスなどは、酒に対する税金はもっと重くすればいいなんということ言ったこともあります。それは税制の問題の補完の観点からそういうことを言ったことがありますけれども、そういうものの税金はいつでも上げてはいけないなんということを申し上げているわけではなくて、とにかく現在の状況ではこれはやっぱり取りやめていただくことが望ましいんではないかということで。  それから支出について、一々私の気のついたこと全部申し上げているわけにいきませんけれども、やはり先ほど社会福祉のところで申し上げました点について言えば、たとえば介護手当などが四千円今度は、それはまさに新しいものとして決まりましたけれども、あれは厚生省の要求は、たしか五千円だったと思いますね。それから人数ももう少し多かったんじゃないかと思いますけれども、あれなんかこの国会の衆議院の公述人である身障者の方が公述なさっておったけれども、ああいうものから見ましても、実にあれじゃとても問題にならないというようなことをおっしゃっているわけでして、これは一例ですけれども、そういうものもかなりあるわけでして、そういうものを充実していただきたい。  住宅問題につきましては、これは今度の予算は政府が住宅のめんどうを見ることは、もうあまり期待できないということを国民に思わせるような結果になっておりまして、ぜひやっぱりこういうときであるからこそ、個人はちょっともうどうしようもないというのが実態ですから、こういうのは大幅にふやしていただきたい。ただ財形の問題、これも先生の方が御存じな問題でありますけれども、七年貯金をして五百万でその倍借りて千五百万、それは七年後の千五百万で実際に家が建つかどうかというような問題があるわけでして、西ドイツなどはこれは企業が貯蓄高の三〇%ぐらいを付加するわけですね。そのほかに国や地方が、ブントやラントがそれにまた、付加するという形をとっておりまして、実質的に利潤分配のような形も行われておりますし、広い意味での社会政策的な措置もとられております。そういうのと比べますと、日本は若干税金でめんどうを見るというだけで、しかも七年後にはとてもそれでは手に入らないような額であるわけでして、かなり問題があるんじゃないか。やっぱりどうしても政府自身が特に一般会計の金で、財政投融資ももちろんできるだけ使っていただく必要があるわけですけれども、まずそれよりも一般会計でそれを出していただくとか、そういうような、これは幾つかの例でありますけれども、そういうような点を変えていただいて、全体としてやはりいままでの高度成長型の財政を変えていく。先ほど個人消費の問題がありましたけれども、やっぱりこれからは日本の場合は、これも斎藤先生にそんなことを申し上げる必要はありませんけれども、個人消費がよその国に比べて非常に少ない国ですね、日本と同じようなレベルの国と比べますと非常に少ない。だから、個人消費をもう少し拡大していくということが必要ではないか、そういうことによってやっぱり内需を拡大していく。現在すぐ個人消費が拡大しないのはインフレが非常にあるもんですから、普通の庶民はもう本当にこれどうなるかわからぬから、もう困った中から貯金せざるを得ないということで節約しているわけです。それがある程度物価が安定してくれば賃金が上がるなり、そういうことがあれば個人消費も拡大していくんではないかというふうに考えます。  その次に完全雇用の問題ですけれども、これはインフレーションは何から起こるかということに本当はかかわる問題でして、ここでお答えした方がいいかどうか、ちょっとそこ考慮しているわけです。私は少なくともケインズの立場で考えているわけではなくて、やっぱりインフレーションというのは、そのときに流通に必要な貨幣量を超えて通貨が継続的に発行された場合に起こるんだ、そういうことがなければ完全雇用であってもインフレーションは起こらないという立場であります。

斎藤栄三郎自由民主党

○斎藤栄三郎君 よくわかりました。

近藤忠孝日本共産党

○近藤忠孝君 鷲見先生に二点にわたってお伺いします。  まず第一点は、福祉関係においても無計画、無原則、アンバランスがある、こういうことでありますが、具体的にはどういうことだろうか。  第二点は、地方財政硬直化と人件費の関係について御説明いただきたいと思います。

鷲見友好法政大学教授

○公述人(鷲見友好君) 先ほど私が申し上げたところで、非常にアンバランスだとか無計画ということを申し上げたと思いますけれども、たとえばこれは社会保障関係だけではなくて公共料金にもあるんですけれども、郵便料金は値上げしたけれども、電信電話はなぜ見送ったかとか、そういうところはきちっとしていないわけですね。とにかくいまの状況ではこれだけ上げよう、こっちはいろいろな問題があるから、両方上げるのは問題だから、こっちだけ上げていこうというのは、やっぱり政治的な判断が優先して、そして上げられている。やっぱり公共料金というのは、先ほど言いましたように、現在は上げるべきではないと思います。上げるとすればかなり基本的な考え方その他を詰めた上で上げるべきではないかということがあります。それから社会保障関係で言いますと、たとえば似たようなもので失対の賃金が二二・七%上がったわけですね。二千幾らで非常に少ない額ですけれども二二・七%、それから恩給の引き上げ率が二九・三%、それからこれはちょっと違いますけれども、生活扶助基準が二二・五%、社会福祉施設の収容者の生活費が二二%アップというようなことになっていまして、それぞれがどういう根拠があってこういうふうに違っているのかということがないのではないか、そのそれぞれが個々ばらばらなところで、一定の根拠はあるんでしょうけれども、それが必ずしもわれわれにはよくわかんないし、合理的かどうかという判断に苦しむような、そういうアンバランスというか、そういうのがある、これがもう少し計画的に行われたらこういうことはないのではないかということです。  それから老齢福祉年金の所得制限、これは老人夫婦とそれからその子供の夫婦とその子供二人、六人の場合に、たしかこれは約六百八十八万円から八百七十六万円に引き上げられたと思いますが、こういう引き上げがあった一方、他の年金との併給制限は二十四万円になっていると思います。そうしますと、ちょっとここのところにやっぱりアンバランスが非常に多過ぎるのではないか。何でも低いよりも高い方がいいということはありますけれども、だからこの引き上げについて私は全然これは反対だとかそういうことを言うつもりはありません。ただ、無限にこれを引き上げていけばよろしいと言うつもりもありませんけれども、現在のところそれについて反対である。むしろ、そういうふうにそちらが上がったなら、本当にそれでは食べていけないような低いところの年金、他の年金との併給制限、これはもっとかなり大幅に上げるべきではないか。そういうような点が、必ずしも合理的な詰めがなされていなくて、それぞれが一定のつながりがある中で決められていくということがとられていないというような問題があるわけです。  以上で、いろいろ医療関係の問題がありますけれども、主としてそういうようなことを念頭に置いて申し上げたわけです。  それから地方財政の人件費問題、これもいま硬直化問題で非常に大変な問題になっておりますけれども、余り長く申し上げないで、簡単にだけ申し上げようと思いますけれども、地方財政の硬直化という場合に、やはりその中心に挙げられているのが、人件費、それから福祉関係費、公債費——地方債ですね、でありますけれども、まあ国の場合にはそれに三Kが加わるというようなことで硬直化問題が議論されておりますけれども、地方財政の場合、これは申し上げるまでもないことですけれども、人件費がふえると住民サービスの低下につながるという考え方があって、これはそこの住民の間にも意識的に、意図的ではないけれどもかなり受け入れられている側面があると思います。ただ、自治体の場合には、これは実際に仕事が非常に多様であるわけですけれども、その中には施設をつくるだけではだめなものがいっぱいありまして、施設をつくった上でなおかつ人員が多く要るという仕事がかなりありまして、学校であるとか、教育であるとか、保育所であるとか、病院であるとか、あるいは屎尿だとか、ごみ処理だとか、こういうものはみんな人がいなければできないことでして、むしろ人がふえることが住民サービスにつながるという関係にあるわけでして、そうすれば当然人件費もふえる。したがって、人件費がふえることが住民サービスの低下ではなくて、住民サービスの向上につながる場合も地方自治体の場合はかなり多い。全部が人件費が多くなればそうだというふうに言っているわけではありませんけれども、そういう側面がある。それを無視してしまって、とにかく人件費が多くなればこれは住民サービスの低下だというのはやはり問題ではないかというふうに思います。  それから職員がかなり多くいるわけですけれども、これは機関委任事務などによって必要となっている数もかなり多いわけでして、やはりこれはいつも問題になっておりますそういう機関委任事務の整理ということが必要ではないか。全国知事会でも報告書を出しまして、整理すべきものというようなことは、これはもう国会議員の先生方は御存じだと思いますけれども挙げております。したがって、その点でも人件費が多いことが必ずしも地方自治体だけに責任を負わせるべき問題ではないということがここにあるのだということを一つ申し上げたかったわけです。  それから実際には、新聞などを見ますと、われわれが見ても、これはちょっとというような退職金があるような場合がありますけれども、それが地方自治体全体がそうかということは必ずしも言えないわけでして、あれほど大きな額をもらう人は一部の管理職であって、全部がそうではない。それをあたかも全体がそうであるかのように言ってしまうのはかなり問題が、あるいは何かの意図的なものがあると考えざるを得ないというふうに思います。  自治省がこの前出しました指数なども、かなりいろいろ高いところもあるわけですけれども、ただ、国よりも高いといけないという論理は私はちょっと承服できない論でして、いま国家公務員の給与水準が私たちが人間として生きていくのに最低の文化的な生活を営むのに必ずしも十分かどうかといえば、それは見方はいろいろあると思いますけれども、私は十分じゃない、決して多くないというふうに考えておりますから、むしろ国の方を上げるということを考えていただく必要もあるのじゃないか。それを低い方へならすということは、かえって問題があるのじゃないか。ただ、一番高いところまで上げろとかそういうことを決して言っているわけじゃありませんで、平均が一〇%ぐらいの差があるという報告でしたから、せめて国も平均として一〇%ぐらい上げていただく方がむしろ正しいのではないかというふうに思います。  それからもう一つこの議論で問題なのは、町村職員の場合には国よりもかなり低いという数字が出ているわけですけれども、一方で人件費が、特に給与水準が国よりも高いからこれは下げろというふうにいま主張している方々が、今度は低いから、じゃあこれを上げろという主張をされていないのはちょっと奇妙なことでして、やはり言う以上は両方ともちゃんときちんと整合的でなければならないということもついでに申し上げておきたいというふうに思います。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 簡単に一問だけお伺いします。  先ほどの公述の中で、防衛関係費は財政上の操作によって低く見せかけられている、こういうところがございました。これはまあいろいろあるでしょうけれども、国庫債務負担行為だと思うのですね、主として。で、これが具体的には四次防の中でどういうことになっているか、先ほど斎藤さんの質問にもこの一端は答えられたようですが、もっと詳しく具体的に先生は御存じでしたらここでお示しをいただきたい。  それからもう一つは、国庫債務負担行為ですね、これが国家の財政計画の中で一体どういう役割りを持つのか、この役割りについて先生はどういう見解をお持ちになっているか、この点をお伺いしたいと思います。

鷲見友好法政大学教授

○公述人(鷲見友好君) 国庫債務負担行為と継続費の実際の額と五十年度計上分は、先ほど申し上げたと思います。あと、それとの関連での四次防の達成率ということですが、全部ではありませんけれども、やはり兵器はそれとのかかわりが多いのは主要なものについてはほとんどでありまして、その点の関連を申し上げますと、一応いま、国庫債務負担行為そのものの問題を離れて、主要整備目標がどうなっているかといいますと、四次防の達成率では、陸上では、主なものだけ拾ってみますと、戦車が二百八十両、それが五十年度で二百八両になっております。五十一年度にことし五十年度と同じ数であればそれが四十八両ですが、同じ数であるとこれが達成率が九二%になります。だから九〇%以上で、三次防の達成率がたしか九七%ぐらいだったと思いますから、それと比べるとやや落ちるかと思いますけれども、とにかく九〇%を超えている、九割を超えた達成率である。来年度にこれがもう少しふやされればこれはもっと達成率は上がるということになります。装甲車の場合もやはり同じくらいで、現在五十年度では百十九両だと思います。これは今年度は少ないですけれども、四十八年度がかなり多いわけですが、その程度来年度つけられればやはり同じような数字になると思います。あと、細かく申し上げていると時間がありませんから、主要なものだけ言っておきますと、ホークは、これはもう五十年度中に完成ですね。それから航空機はF4Eはすでにもう発注が全部終わっている。それからT2はあと二十機で完了、それからRFも完了だと。ただ、FST2改、これがまあ残っているわけですけれども、これはもともと四次防の前の方から問題になるのがこうした状況の中で一応見送られているということで、ここでも主要なのはやはりかなりもう達成されている。  問題は海上ですけれども、海上は支援船を除きますと五十四隻、六万九千トンが目標だと思いますけれども、現在五十年度で三十七隻、四万千トンだと、私の計算ではそういうふうになります。積み残しが十五隻で二万八千トンで、これはほかのところと比べるとかなり積み残しが多いわけですけれども、これはいまこの物価上昇の中で非常に価格が高い艦船についてはやはり問題があってこれだけ残ったと思いますけれども、ただ、艦船の場合は、潜水艦が大型化して、いままで千八百トンだったのが二千二百トンが今度できますし、DDH、これはヘリ搭載の護衛艦でありますけれども、これは先生方御存じのように、四次防を一決めるときにヘリ空母を装備するかどうかということが議論になったときに、ヘリ空母はいまの状況ではちょっとぐあいが悪いので、したがって、それよりもちょっと小さいけれどもこれを二隻つくろうと言われてつくられたもので、ヘリ空母への過渡であると、そういう意味で非常に危険な中身を含んでいるというふうに言われておりますけれども、それが去年は見送られましたけれども今度は発注されているという点で、やっぱり質的にはかなり増強されているのではないかというふうに思います。  それから、ちょっともう二、三分時間をいただきまして、この軍事予算に関係して申し上げると、ああ、先ほど国庫債務負担行為の問題がありましたね。国庫債務負担行為は、これはもう後年度予算を縛って、しかもかなり防衛関係費の中ではウエートが大きくなっておりますけれども、五十年度の数字だと二〇%ぐらいでちょっと下がりましたけれども、しかし、去年ことしとみんな後へ繰り越すのが非常に多いですから、先ほど申し上げましたように。だから、その後はもう非常に多くなることは間違いないと思います。そういうものも軍事費の増強を約束してしまっている。  ついでに申し上げますと、国庫債務負担行為なり継続費なりは、いまちょっと調べてこなかったので正確な記憶はありませんけれども、二次防の初めころまでは当年度に計上される分が非常に少なかったのです。やはり、十五分の一だとか、場合によっては二十分の一、それが二次防ころから三次防にかけては当年度計上分がかなり多くなってきた。これは私はいろいろな政治的な状況があってそう変わってきたのだと思いますけれども、それがここになりましてまた急に当年度計上分が少なくなってきた。大体、当年度計上分が少ないのは、予算の膨張をできるだけ少なく見せかける必要がある場合には当年度計上分は少なくなってきているのだというふうにいままでの数字を見て判断をすることができるわけです。  それから、それともう一つついでに言いますと、PPBSを総理大臣などが財政硬直化の問題と関連しておっしゃっていますけれども、PPBSは、御存じだと思いますけれども、マクナマラが国防長官になったときに、ヒッチというランド研究所にいた人がPPBSという手法を考えまして、それが「核時代の国防経済学」という本で日本でも翻訳されておりますけれども、そのヒッチの論文に目をつけたマクナマラが国防省へ予算担当の次官として連れて入って、そしてそのヒッチの本はペンタゴンのバイブルだというふうに言われていたものですけれども、そこで言っているわけですが、このPPBSはいまアメリカではいろいろ批判がありまして、日本でも官庁の方々が研究されて部分的には適用されているようでありますけれども、ただ、PPBSは、アメリカではすでにこのPPは、ペーパー・プロデューシング・バジェッティング・システムだと、要するにむだな計算ばっかりいっぱいやってあまり効果がないというような皮肉な批判も出てくるぐらい問題にもうすでになっているわけですが、ただ、このPPBSの場合にも何にしても、要するに一番PPBSの場合でも大事なことは、基準を明確にするということですね。ヒッチの場合でもこれは軍事予算にまず最初に適用したわけですけれども、基準を明確にする。まず攻撃目標はどこであるとかですね。あるいは、アメリカの全体の戦略目標は何であって、その次の基準はどこを攻撃するかとかですね。そういうこともきちんと基準を決めておかなければならないというふうに言っているわけです。これはいま軍事費のことを申し上げているわけじゃなくて、PPBSを用いれば何か合理的に予算が組めると思ったらこれはむしろそうじやないという批判がすでに上がっているんだということで先ほど申し上げたわけですけれども、やはり基準を明確にする。日本でも適用するとすれば、一番優先順位を何に与え、その次は何に与えるか、基準が明確でなければ結局どういう方法を使ってもやはりだめだというふうに思います。  それからもう一つ、これと関連して、ローリングバジェットが言われておりますけれども、このローリングバジェットは、やはりヒッチが、このPPBSと同時に、とにかく相手の状況をいつでも見ておかなければならないんだ、相手の力よりもこちらが弱いと危険であるから、常に相手を上回っていなければならないと。そのためには常に相手の状況を考えながら、これは斎藤先生も先ほどおっしゃいましたけれども、ヒッチも言っているんですね。ソビエトなんというような全体主義国は情報がよくわからぬから、相手の発表しているのをそのまま信用していてはだめだと、もっと高く見ないと危険だというふうにして、できるだけ相手の力を発表されているよりも高く見ろと、それよりも強い軍事力を持つ必要があるということを言っておるわけですが、そのためには絶えず相手の状況に応じて予算を検討していく必要がある。そのためにローリングバジェットを言っているわけでして、このローリングバジェットというのは、やはり、アメリカの経験で言いますと、逆に軍事費をふやす、PPBSとローリングバジェットは軍事費をふやすための一つの方法に使われ、客観的に使われたというふうに言っていいかと思います。

渡辺武日本共産党

○渡辺武君 先生のお話の中に財政投融資のお話が余りなかったわけですが、これは時間の関係でお省きになったかと思いますが、私ども予算委員会などの討議を伺っておりますと、財政投融資というものの役割りが非常に大きい。これは、金額の上から言いましても、一般会計に次ぐ第二の一般会計というべきものですし、特に国民の零細な貯金やあるいはまた各種の積立金などが原資の大部分を占めている。その上に、産業投資特別会計などから国民の納めた税金が財投の方に使われていて、そうしてこの使途がどうだろうかと。まあ一言で私どもの立場から言いますと、従来は大企業の高度成長政策に主として役立てられてきたというのが姿であったのじゃないかという気がしているわけです。一体、この財政投融資というのをどのように理解したらいいのか、あるいは、これをもし改善するとすればどのようにすべきであろうかというような点についてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。

鷲見友好法政大学教授

○公述人(鷲見友好君) 財政投融資につきましては、いま渡辺先生おっしゃったとおりだと思います。  詳しいことは申し上げると時間がかかり過ぎますので、ごく簡単にだけ述べさせていただきますと、まず財政投融資と一般会計の関係は、先ほども申し上げたと思いますけれども、一般会計ですべきものを財政投融資が肩がわりしてきたということがかなりあると思います。それがまず第一点。これは住宅その他のいわゆる生活関係基盤と言われているものがそういうのが多いわけでありますけれども、それが大体。  それからもう一つは、財政投融資自身の中でやはり大企業にかなり大きな恩典が与えられている。一般会計と財政投融資全体を含めますと、含めて考えなければならないわけでして、その限りでは、やはり高度成長型の大企業優先型の財政の構造があるわけですが、その中で財政投融資だけとりますと、よく大企業向けとか何向けのパーセンテージがありますけれども、あの数字だけではやっぱり財政投融資は理解できないのではないか。一般会計との関連で考える必要がありますけれども、そういうことを前提にしましてこの財政投融資の中だけ考えてみますと、いままで国が、今年度の財政投融資のうちの産投会計出資残高を今年度も加えて計算してみますと、たとえば日本開発銀行の場合には二千三百四十億円、日本輸出入銀行は七千六百十三億円と、この二つだけで財政投融資全体の残高の六七・四%を占める。これが大体どういうところに貸されているかといえば、輸出入銀行の場合には九五・九%までが資本金十億円を超える企業に向けられている。それから日本開発銀行につきますと、五億円以上のところが融資の九一・三%向けられている。まさに大企業向けだというふうに言っていいと思います。これは産投会計の方をとりましたのは、これも申し上げるまでもありませんけれども、財政投融資の原資の中で税金部分はこの部分だけでありまして、したがって、これを利用すれば利子が非常に低くできるということになるわけです。したがって、その部分が日本開発銀行と日本輸出入銀行へ大部分が行き、その大部分が先ほど申し上げたような大企業に行っているという仕組みになっているのは、財政投融資の性格をきわめて明瞭にあらわしているのではないかというふうに考えます。全体としましては、資金コストがこのごろ大企業も高くなったというようなこの前国会の政府委員のお話にもあったようですけれども、ただ、そういうのを私たちすぐに数字がわからないわけでして、これはいつか田中先生でしたか、財政投融資資料のことを問題にされたのは。あんなものは、私なんかも古本屋で買って見たりしますけれども、あのくらいの程度の資料は当然出すべきではないか。私ももっと大変なことが書いてあるのかと思ったら、見ただけでも大したことがない、まああれば便利ですけれども、そのこと自身は別に隠さなければならないというようなものではないのが十分出されていないというような問題だとか、それからやっぱり全面的な国会の議決になっていないとか、そういうような問題があるので、そういう点はぜひこれから改善していただきたいと、それだけ申し述べておきたいと思います。

大谷藤之助自由民主党

○委員長(大谷藤之助君) 本日はこの程度にいたしたいと存じます。  お二人の公述人には、長時間にわたり貴重な御意見を承りまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。(拍手)  明日午前十時から公聴会を開会いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時四十四分散会

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