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75回国会参議院1975/06/19

文教委員会 第15号

発言数
248
登壇者
21
会派数
3
開催日
1975/06/19

会議録

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  鈴木委員から発言を求められておりますのでこれを許します。鈴木君。

鈴木美枝子日本社会党

○鈴木美枝子君 六月十七日の文教委員会で私は筑波大学問題にかかわった梅講師の首切りのことについて発言いたしました。その日の夜九時三十分でございます、私の自宅へ副学長の福田信之先生より電話がありまして、電話の内容はこうでございます。きょう大学局長より聞いたのですが、国会で個人名を挙げて法律違反などともってのほかで、このままでは黙っていない、一度会ってけりをつけたい、また電話する、こういう電話でございました。私は留守でございましたけれども、九時三十分より三十分後に帰りまして、この電話を受けた私の自宅にいる秘書は、どんな細かいことでも、どんな重要なことでも記録しております。そして、もう三年以上になりますけれども、一度もそのことについて間違ったことはございません。私は一度会ってけりをつけたいというこの恐ろしい言葉に、すぐにその日の十時ごろ理事の久保先生のところへ電話をいたしました。私はこれで受けた気持ちは、この国会の中で言論の自由ということを、一度会ってけりをつけたいという言葉について、私だけの問題じゃないという感じがいたしました。全議員の方の問題でもあり、あるいは一度会ってけりをつけたいというこの言葉は、たとえ私が議員でなくても、一般の方たちとしても恐怖においては変わりないと私は思います。  で、久保先生、各党の先生方にお願いいたしまして、そして委員長から発言を許されました。  この処理について委員長にお願いいたしたいと思います。

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 本件につきましては、事実をよく調査して、理事会にお諮りしたいと思っております。     —————————————

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言を願います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 最初に、教科書検定に関連いたしまして御質問をします。  つい数日前の新聞でございますが、中央図書出版発行の「新現代国語I」、この「I」に田宮虎彦氏の「足摺岬」の一部がカットされて掲載されている、こういうことを高校の先生が指摘されました。カットされた部分というのは、内容としては、戦争責任にかかわる重要な内容であります。そこで、先生は、「出版社が検定を考えて意図的にカットしたのではないか。」と、教科書に掲載するなら全文を載せるべきで、一部をカットするというなら、採用そのものを見合わせるべきではないかと、こういう訴えをしておられるわけであります。まことに道理にかなった訴えであると私は考えます。  そこで、この先生は、さらに新聞によりますと、カットされているということは生徒には知らさないで、生徒に、この文章の読んだ後の感じを書かせたわけであります。その生徒の反応は、これでは「小説のテーマがわからない」、「作者は一体、何を言いたいのか」わからない、こういう、この教材についての非常に深い疑惑を持ってきておる、こういうのが現実に起こった問題であります。この点について、田宮氏その人の御意見も載っておりますから申し上げますと、田宮氏も、文部省の検閲のための措置と思われるが、心外である、あの削除部分は、筆をとるきっかけとなった部分だ、こういう重要な部分だということを指摘されておるわけであります。私は、これは教科書検定そのものにかかわる大きな疑惑をはらむ問題だと考えています。私は、文部省の教科書検定なるものは、十分教育的な配慮をもって行うというのが当然の一つの条件だと思う。今回のこの検定において、ある出版社が原作者にも諮らなくてこの部分を削除した、諮った場合においても問題だと思います。削除したものを、これを文部大臣の責任にかかわる教科書検定において通された、こういうのはどういうことなのか。このことにつきましての文部大臣の御所見はどうであるかと、このことをまず確かめたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいまの問題について、詳細にわたる事実問題がございますので、政府委員から御答弁を申し上げます。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) ただいま御指摘の事柄につきまして、新聞の報道がございましたものですから、調査をいたしたのでございますが、その文章の教科書への掲載につきましては、出版社から著作者の田宮先生の御了解を得たということでございます。すでにそれに対する著作権料もお支払いをいたしておるということでございます。また、一部カットすることにつきましても、御了解を得ておるというふうに聞いております。  それから、なお、このカットの問題と検定の問題でございますが、同じ文章が全文掲載された高等学校の国語の教科書もございます。これは出版社が旺文社でございます。でございますから、文部省が何か特別な指導あるいは配慮をしてカットをさせたというようなことは、この事実から見ましてもあり得ないわけでございます。私どもが、やはり教科書の検定におきましては、第一次的には著作者の編集方針を尊重すると、著作者と申しますか、教科書の著作者の編集方針を尊重するというたてまえで検定を行っておるわけでございます。したがいまして、教科書の著作者が現著作者の了解のもとに、そうした扱いで検定申請がございますれば、特別の支障がない限りはそれをお認めをするということでございます。  以上でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 この田宮さんの「足摺岬」の文章は、ほかの教科書の中には全文掲載されて、しかも、これが文部省の検定を通っている、こういうことですね。私の一つ疑問に思う点は、一方では教科書に全文掲載を通しておいて、一方の教科書においては、きわめて重要な部分について削除するような措置をとった出版社に対して、またその図書に対して、これを何ら問題にしないで検定を通過させるということが、これがいい措置であるかどうか。  それから第二の問題は、その結果、教壇の上から生徒に教える教材としても、きわめて生徒に対して理解しにくいものになったと、教育的な配慮の上から言っても、その点については問題があるのではないかと、こういう二点について、文部省の検定の上で考慮すべき、考うべき問題点はなかったのかどうか、この点をお聞きしたいわけであります。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 御承知のとおり、教科書のページ数には一定の限度がございます。したがいまして、ある作品を教科書に載せます場合におきましても、そのページ数の限度内において、適当にあんばいをして掲載をするということはあることでございます。ただいま御指摘の場合には、田宮さんの作品の一部をカットしたわけでございますが、そのカットした部分のページは、何かほかの教材で埋められているはずでございます。そういうふうに、教科書全体として、どういうふうにそのページ数の範囲内でバランスをとっていくかということは、これはやはり教科書の著作者の判断だということかと思います。  それから、教育的に見てどうかという第二の点でございますが、教育的に見て、特に支障がないという前提、判断でこれを検定に合格させたわけでございますが、これが全文そのままでなくってカットされているというような事実は、何も隠していることじゃございませんから、指導上、そういう点に配慮して指導をなさるということもこれは考え得ることだと思います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そこで、もう一つ聞きますけれども、そのカットされた部分があると、しかも、これが小説の構成からいっても、非常に重要な部分です。こういう点について文部省は前もって御承知の上で、カットされたその文章を載せた図書を検定でパスされたのかどうか、その点の事実はいかがですか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 検定をいたします場合には、著作物の原典に当たって検定をいたしております。したがいまして、担当の調査員なり調査官は、その事実は知っておったと思いますが、しかし、その教材全体の指導目標という点から考えまして、その部分がカットされておっても、特に支障はないという判断のもとに、つまり、著作者もそういう検定申請をしたわけでございますが、それを文部省の検定側も、そういう考え方を了承したということでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 文部大臣に所信をお聞きしたいのですけれども、原作者がとにかく打ち込んであの作品をつくったと、しかも作者によりますと、この部分のために自分はこの作品をつくるつもりになったとまで言っておられるような部分を削ってまで教科書の編集を行った、こういうような態度は望ましいかどうか。これは、私は単に作者との関係というばかりでなしに、文学作品そのものを正しく理解していくという点、子供たちの教育に役立てていくという点についても、私は重大な問題ではないか、教育上の点から見て重大な問題ではないか、こういうふうに考えますけれども、その点の文部大臣の御所見はいかがですか。こういうことを、今後ともほかのところで見つけられたということで、文部省は後になって若干その問題を取り上げるというようなことでは、私は教育行政上好ましい状態ではないと、こう考えますが、どうでしょう。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 加藤先生のただいまの御指摘の問題は非常にむずかしいことと思います。また、重要なことであると思います。これは、教科書に限りませず、よく選集というのを出すことがあります。私も実は近代教育思想についての選集を自分で編集したことがあるのでございますが、その中にも文学作品を相当入れなければならない。ところが、ページ数から言って、全部入れますと巻数が多くなってしまう、一巻におさめるわけにいかないということから、やはり一部分カットをいたしました。この場合には、たとえば、漱石のような、昔の人の場合、もう作者が亡くなっておられるから御意向も聞けないわけですけれども、しかし、事実問題、文学作品というもの全体としてとらえなければいけないということからいうと、非常に選集はむずかしくなるわけです。しかし、あえてそうせざるを得なかったという経験がございます。で、教科書の場合には、いまのページ数の配分ということから、よけいその問題が強く出てくると思います。先生おっしゃいますように、このケースの場合には、著作者がまだ活動していらっしゃる方ですから、それは著作者と、これから出版会社との間に、カットをしないと教科書のページ数におさめ切れないという場合、もう少しお話し合いがあったのかどうか、その辺私は存じておりませんけれども。一般論として申しますれば、やはりカットをせざるを得ないというのは、これはどうも否定できない事実だと思います。そうしないと、なかなか教科書の編集はできない。ただ、そういう場合に、でき得る限り出版会社と、それから著作者の御意向との間にそごがないように私はなることが望しいのではなかろうか。検定というのは、それを受けてやるわけでございますから、その前にそういうふうなことが、この場合どうなっておりましたか存じておりませんけれども。一般論として申しますと、そういうふうにしていくことが望ましいと思います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 この問題が、文部省の検定に問題があるのではないかという疑惑になってきている。私はこのことがむしろ問題だと思う。これは教科書検定について、従来の経過から見ましても、国民の中に非常に大きな疑惑が今日まで存在している。そういうさ中で起こった問題であるからこそこの問題が国民的にも重視されたと思います。  私はそういう点で教科書検定の問題について、これから若干の質問をしたいと考えます。教科書検定というのには、当然のことながらそのための基準があると思いますけれども、基準はどのようなものでしょうか、その点を簡潔にお答えいただきたい。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 内容的には各学校に対応いたします学習指導要領でございます。それから形式的と申しますか、全体の配列だとか、分量だとか、正確性だとか、そういった問題につきましては、教科用図書検定基準という文部省告示がございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 その検定基準の中には、私の知るところによりますと、教科書として絶対な条件、それと各学科につきましてはそのための必要な条件がはっきりと明記されていると思いますけれども、その点はそう理解していいですか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) そのとおりでございまして、検定の基準といたしましては、いわゆる絶対条件と必要条件とがございます。絶対条件は三つございまして、一つは、教育の目標との一致、第二は、教科の目標との一致、それから第三は、立場の公正ということでございます。必要条件といたしましては、取り扱い内容が指導要領にのっとっているかどうかということ、第二は正確性、第三は内容の程度、第四は内容の選択と取り扱い、第五は組織、配列、順序、第六が表記、表現、第七が造本、第八が創意工夫、こういうような八つの要件が必要条件となっておりまして、これを基本にいたしまして教科用図書検定調査審議会の御審議を経て検定が行われておるわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 ですから、そういう厳格な条件を満たすものが検定にパスして、今日、学校教育の教科書として使われている。それ以外のものはないと、すべては文部省の厳格な検定を経たものである、こういうふうに理解してよろしゅうございますね。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) そのとおりでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そこで、一つの例を申し上げますと、清水書院の発行しております「現代倫理・社会」に次のような記述があります。これはページ数から申しますと、百四十四ページ、百四十五ページのところに、私はいま問題を出そうとしておるわけでございます。事柄はマルクス主義に関係する問題であります。このマルクス主義について次のように記述しています。「マルクス主義は、状況に応じていろいろに説かれたが、革命を肯定して西ヨーロッパで発達した議会主義を否定する点や、一党独裁を原則とし、思想や社会生活の面で自由が制限されているなど、早くから批判されていたし、現在も問題を残している。」こういうふうに記述しているわけであります。すなわち、マルクス主義は原則として議会主義は否定、一党独裁、自由の制限、こういうことをいわば内容とする学説である、こういう記述でございますけれども、これは文部省もこのような記述に対しては全面的にこれを認めておられるわけだと思いますが、そのとおりでしょうか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 旧版と新版におきまして多少表現の違う点がございますが、ただいま先生がお読みになりましたものは、旧版の物かと思います。この御指摘のその箇所でございますが、教科書の著作者が、マルクス主義についての問題点として考えておるところを挙げたわけでございますが、ただいま先生がお読みになりましたようにその中には「マルクス主義は、状況に応じていろいろに説かれたが、」というような文言が入っておりまして、必ずしもマルクス主義につきまして一面的に、断定的にこうした問題を記述しているものではないわけでございます。マルクス主義につきましてどのように記述をするかということは、先ほども申し上げましたが、現在の検定制度のもとにおきましては、第一次的には著者の執筆方針、考え方によるものでございます。御指摘の内容、記述が教科用図書検定調査審議会の審査において検定の基準に照らして明白に欠陥があるものとは認められなかった、そういう御審議の結果に基づきまして、文部省もこれを検定に合格さしたわけでございます。もちろん、マスクス主義についてのこの記述が最適なものであるかどうかということについては、一概には言えないかもしれません。ほかにこれよりもすぐれた記述をすることが可能かもしれませんが、検定基準に照らしまして特に欠陥がないと認められた以上は、これを合格にすると、著作者の執筆方針なり考え方を基本にしてこれを合格にするということは、先ほど来申し上げておりますように、教科書検定の基本的な立場であるわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 この記述で問題になるのは、これは、その前から引き続いて社会主義というものはどういうものであるかという記述になってきておるわけであります。しかも、一番最初はいわゆる空想的社会主義のことを記述して、そうしてマルクスのことを記述し、さらに、レーニンや毛沢東まで言及しております。そういう経過の上に立って、最後的にマルクス主義というものはという結論的なことをここで述べておる内容でございます。しかも、いろいろ学説の中にはニュアンスの違いはあるけれどもということは言っておりますけれども、あるけれども、その中においてここに指摘されておるような議会主義の否定、一党独裁、そして民主主義の否定、こういうものがマルクス主義の原則である、こういう結論を出しておるわけでございますけれども、こういういわば結論的な記述というものは、これは文部省の言われるこの検定の条件に全部合致している、こういうふうにあえて申されるんでしょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいまの加藤先生の御指摘でございますが、この教科書の新版、旧版に若干の違いはございますが、そのことは一応置くといたしまして、「マルクス主義の展開」と「マルクス」から「マルクス主義の展開」というふうにいく、その前に空想的社会主義があるということは御指摘のとおりでございますが、大項目は「社会主義」となっているわけです。そして社会主義のマルクス主義の後に「民主社会主義」というものが出てきているわけです。そこでいまのパラグラフのところ、先生結論というふうにおっしゃいましたんですが、私は結論というのではなくて、ずっと読み下していきますと、先生の御注意がございましたから私も読んでみたんですけれども、まず「社会主義の先駆」というのがあり、そしてまた、マルクスそれ自身についてでございまして、それから展開の問題がある。そしていま御指摘のようにレーニンや毛沢東の問題もある。しかし、また状況に応じてマルクス主義に批判されている面がある。そういう形で書かれているので、この部分が特に結論というふうには書かれていないように私はとって読んでおります。というのは、次のところが「民主社会主義」と続いていくので、社会主義のいろいろな態様を書いていると思います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 いや、文部大臣、私もこれはよく読みました。ところが、これはその民主社会主義というのはまたマルクス主義とは別なものだということが次に続いてくるわけであって、マルクス主義についての一番最後の締めくくりはいま言ったマルクス主義だということになるわけですね。そして、「状況に応じていろいろに説かれたが」というのは、それ以前のいろいろな記述の中にいろいろ説かれたことはもう明らかであります。説かれたけれども、けれども革命を肯定し西ヨーロッパで発達した議会主義を否定する点や、一党独裁を原則とし、思想や社会生活の面で自由が制限されるなど、こういうことが出ています。だから、これがマルクス主義の一番原則的な内容である、こういうことを記述しながら、このことが「早くから批判されていたし、現在も問題を残している。」「現在も問題を残している。」、すなわち、はっきり言うならば、マルクス主義を私たちは理論のよりどころとしておるような日本共産党についても、マルクス主義という概念の中から言うと、あれは議会主義の否定、一党独裁、そして自由の制限、こういう中身を持つような政党ではないかというような結論的なことが、当然ここから出てくるんじゃないでしょうか。「現在も問題を残しておる」という記述から見るならば、私はそういうふうに理解するのが普通の理解の仕方ではないか。したがって、私は事柄は単に過去の問題ではなく、現在における日本共産党の活動にもこれはかかわる記述の内容である。そうであるならば、これは一方一歩下がって、このような学説が一方において一部認められるにしても、私たちはこれをがえんじません、こういう記述については。私たちはそのような一党独裁を主張したことも、それからまた生活の面における自由を制限することを意図したことでもなく、議会主義を否定するというような私たちの綱領も方針も持っておりません。そういうことから言うならば、わが党を初めとするそのような見解はもうすでに天下周知の事実でありまして、一方においては、そのような天下周知の事実に基づいて、選挙におきますれば、御承知のように、一二%以上の国民の支持を得るというような今日の状況になっている。これが一方にありながら、なおかつ、文部省はこのような記述を一方的に認めていくというのは、これは文部省の検定の中にあるいわば公正さを欠くような取り扱いではないか。その点を私は指摘したいわけでございますけれども、その点についていかがでしょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ここはもちろん日本共産党について書いた場所ではないんですが、いまの先生のお話を承りまして、私の日本共産党についての理解を申しますと、議会主義を否定する点を問題にしておられるですね、いままでの社会主義運動の中で。それから、たとえば独裁というふうな立場をとらない。そういう意味で、いままでのマルクス主義のある立場のものを問題としておられるということになりますから、これはかりに日本共産党のお立場から読みましても、つまりまさにいま先生が言われたように、日本共産党は議会主義の否定、それから独裁というようなものが問題であるというふうに言っておられるわけでありますから、そういうこともここに触られているというふうな、もし日本共産党に関係があるとすれば、ただ、ここは日本共産党を書いた場所と思いませんけれども、しかし、理解としてはそういう姿になっていると思いますが、私はそういうふうにこの書き方のところはなっていると思います。ただし、日本共産党のことを念頭に置いて書いているのかどうか。これはわからないんです。そうではなくて、まあ世界でいろいろいままで思想史上、政治史上論じられてきた事柄、それがここに書かれているというふうにとっておりますが、そういう考え方です。

加藤進日本共産党

○加藤進君 文部大臣、あなたのそういういわばわが党に対する見解、独裁だとかあるいは議会政治の否定だとかというのは一体どこから出てきたのか、どのような根拠から言っておられるのか、私はひとつ疑問に思います。どういう根拠になっているかということも疑問に思いますが、同時にこの記述について言えば、私は現在もなおこれに問題があるというふうに言っておりますから、これはマルクス主義あるいはレーニン主義をやっぱり信条としておる各党の活動にも直接でないにしても影響のあることはこれは明らかだったと思うんです。そういう点から見まして、今日の共産主義運動というのは、いま永井文部大臣が言われたような一方的な見解によってこれを規定し得るものであるかどうか、私は一歩下がってわが党の見解が今日一方において現存する、世界の共産主義の運動の中にきわめて広範囲な支持を得ている、こういう中で、いま言われたような一方的な見解のもとでいわば教科書の記述なるものが今後進められていくというなら事柄は重大であるし、その一つの典型として、ここにマルクス主義の問題が出ておるんだというふうに私はあえて書いたいわけでございまして、そういう一方的な見解に基づいて、考え方に基づいて根拠としては真理、真実というところまではほど遠いような見解に基づいてこのような教科書の記述がパスするということになると、検定そのものについて重大な疑惑が起こるのではないか、こういうことを申し上げておるわけであります。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) いま私が先ほど申し上げましたことを全くこう逆にとられてしまったと思います。私は、日本共産党は議会主義を否定するそういう立場をとらないと、それから日本共産党は独裁という立場をとらないと、そういうふうに言ってらっしゃるわけですね。私は日本共産党……

加藤進日本共産党

○加藤進君 それは聞き違いましたね。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ええ、そう書いていらっしゃるのを読んでおりますと、そうあるわけです。で、その日本共産党の——ところがいままでのマルクス主義、社会主義運動の場合に、議会主義を否定するものがございましたね。これ日本共産党の現状を言っているんじゃない、過去の世界的に。それから、独裁という立場を書いている文章もあるわけです。しかし、現に日本共産党の場合には独裁は否定していらっしゃるし、それから議会主義肯定ですね。つまり、議会主義の否定の否定でございます。で、そういう意味で問題にしていらっしゃるんだと思うんです、いままでのあり方を。ですから、日本共産党に即して考えても、これはむしろ日本共産党を理解しやすい場所の文章だと私は申し上げている。そういう意味なんです。全く先ほど申し上げたこととちょっと何か話が入れ違いみたいになっちゃったんです。そういう意味です。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そうしましたらね……

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) はい。ただし、ここのところは……

加藤進日本共産党

○加藤進君 あるいは、この教科書で記述されておるようなマルクス主義というのはどこに存在するんでしょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) それは先生、これ先ほどから申し上げましたように、ずっと歴史的な書き方でございますね。そうして、レーニンの場合が出てきたり、あるいは毛沢東の場合が出てきているわけです。それでこれはまあソビエトの革命の場合、レーニンの「国家と革命」というような本もありますが、そういうふうなところではもちろん革命理論というものが展開されております。で、そういうふうなことまで細かくは書いておりませんけれども、そういう歴史的発展、ですから、そのマルクス主義がどこにあるかということを言いますれば、これは要するに、十九世紀の中ごろからの歴史的な発展、そして現代においてはしかしそういうふうなとり方をしない、いろいろな問題が出てきている、こういうふうなものだと私は理解いたしております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 いや、実はその永井文部大臣のような見方でこのマルクス主義を記述しておられるならあえて私は問題にしないのです。ところが、ここで出されておるのは歴史的な記述、経過も書いておいて、そうして、これは決して過去のことではない、マルクス時代のことではない、レーニンもあるいは毛沢東の時期にまで、すなわち、現代の時期にまで及んでいる。そうしてマルクス主義の原則的なことはいま言ったような議会主義の否定であり、革命そのものを肯定して議会主義を否定し一党独裁を原則とする、こういう記述なんですね。本来この革命を肯定して議会主義を否定すると、あたかも革命というのは議会主義の否定の内容を持っているというような記述もまたこれは非常に不完全というような点で、私はこのような記述について少なくとも今後は十分に気をつけて、事柄が現状に即しても正確さを期し得るように十分にその検定の上において考慮さるべきではないか、こういうふうに考えるわけですけれども、その点についてはどうでしょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 私は教科書は先生、非常に大事だと思います。大事だと思いますから、検定は一生懸命にやらなきゃいけませんし、それから今後も常に考えていかなければいけないと思います。その点全く同感でございまして、われわれ今後大いに努力すべきであると考えております。ただまあ今回の、そういうことで恐らく新版と旧版に若干の違いも出てきたんだと思いますが、教科書をつくる方の人も苦労していると思いますが、私たちも絶えず今後そういう努力を続けていきたいと考えております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 私は、この記述をあえて問題にしたのは、決してここだけじゃないからです。ほかのところにもいろいろ出てきます。これは不破書記局長も昨年指摘しました。こういういわば一方的な記述というものが結果においてどれだけ若い青少年諸君を毒するのであるか。もしはっきり言うならば、共産党はこういう大変な政党だ。共産党よりはほかの方がいい、こういう選択にもかかわる重要な思想内容でございますから、その点についても、私は青少年の教育に当たるやっぱり文部省の行政の上において、検定を通じてのやはり記述内容の正確さを期する、公正を期する、こういう立場を今後一層守り抜いていただきたい。守っていただかなくてはならぬ、こう考えるわけであります。  そこで、次に移りますけれども、昨年七月の十六日に高津判決というものが出ました。御承知のとおりであります。この判決の中でさえ家永教科書の検定の中で不当な検定意見がある、こういうことが指摘されました。その個所は、昭和四十七年度の検定では十一カ所、昭和四十八年度の白表紙本では五カ所、内閣本では三カ所ある、こういうことが指摘されておるわけであります。この指摘について文部省は一体どういう見解を持っておられるでしょうか。判決を認められるのか、あるいは、また、これは正しくないという不服を唱えておられるのか、その点をお聞きしたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) これも詳細な事実にわたりますので、政府委員から答弁いたします。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 高津判決につきましては、御承知のとおり、原告側から控訴がすでに提起されております。これに対応いたしまして国側も付帯控訴を提起をいたしまして現在、東京高裁において審理が先般始まったばかりでございます。文部省の検定意見につきましてただいま御指摘のように不当とされた個所があるわけでございますが、こうした形で判決自体が争われておるわけでございます。私どもは、従来の主張どおり高津判決におきまして不当とされた事項につきまして、これは教科用図書検定調査審議会におきまして慎重綿密な審議に基づきまして出た結論でもございますし、また検定基準に照らしても不当な点がないという、そういう前提で検定を行ってきたわけでございます。現在、裁判所におきまして控訴審が係属をいたしております。私どもは従来の立場を維持してまいりたいということでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そうしますと、文部省は、裁判所の判決にもかかわらず、従来の検定に間違いがない、こういう態度を今後とも続けられる、こういうことですか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 判決に対しまして、まずは原告側が不服ということで控訴をいたしたわけでございますから、私どももそれに付帯をして控訴をしたわけでございます。でございますから、従来の私どもの主張が正しいというふうに考えておるわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 私はここで少し具体的に例を出さなくては議論が発展しないと思いますから申し上げますけれども、たとえば、昭和三十七年度の本で「男尊女卑と妾」という問題が出されておるわけであります。この原稿は、「嫁入り婚が原則となり、男尊女卑の風がはなはなだしく、女性の社会的地位は、日本の歴史上かつてないほどに低下した。男は妾を持つことが少しも悪いこととされない反面、妻・妾はひとりの夫に固く貞操を守らねばならぬとされ、その義務にそむいた女は殺されてもしかたがないとされた。夫の一方的意思で妻を離別できるばかりでなく、しゅうと去りと言って、しゅうと・しゅうとめが嫁を追い出す習慣も認められていた。これは、一つには個人よりも家が尊重されていた結果でもあったから、入り婿の場合の婿は、家の権威を代表する家つき娘の前に小さくなっていなければならなかった。」という記述に対して、文部大臣、文部大臣は次のような意見を付しておられるわけであります。「この箇所は当時の女性の社会的地位が低かったことを述べるにあたり、当時それほど一般的であったとは考えられない妾の例を出して「男は妾を持つことが少しも悪いこととされない反面、妻・妾はひとりの夫に固く貞操を守らねばならぬとされ、その義務にそむいた女は殺されてもしかたがないとされた。」と強調している。その結果、記述全体から見て、当時の男性は一般にきわめて身勝手なものであったかのような印象を生徒に与えるものとなっている。」、こういう記述は、「当時の男性の対女性関係について誤解を与え、ひいては男女の社会的地位を適切に理解させる上に支障となっており、検定基準に照らし表記・表現が適切でない。」というものでございました。どうですか、いまの問題。こういう当時の文部大臣の見解について、いまでもこれはそのとおりだというふうにお考えになりますか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) ただいま先生が御指摘になりましたのは、昭和三十七年度検定についての事柄でございます。高津判決はこの点につきましては不当だという意見表示をいたしておりますが、判決には影響がないということを申しておるわけでございます。したがいまして、この点につきましては控訴の対象にもなっていない、つまり、今回の裁判の対象外の事項でございます。今回控訴審で問題になっておりますのは、三十八年度検定の中の五カ所、三十八年度検定の間の五カ所でございます。そういうことを一つ申し上げておきたいと思います。  それから、御承知のとおり、裁判所の判決というものは、当事者を拘束をいたしますのは主文でございます。判決の理由の中にいろいろな記載がございましても、それが必ずしも当事者を拘束するというものではございません。そのことも一言申し上げておきたいと思います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 いかがですか、文部大臣。——もうそんなに時間がありませんから、文部大臣にちょっと答弁に困られるというなら……。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 一言だけ。

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) じゃ簡潔に。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) はい、簡潔に申します。  女性の地位が低かったということは、これは認めなければならない事実だと思いますが、ただそのことを強調する余り、めかけを持つといったようなことが当時の一般的な現象であるかのごとき記述をすること、このことが不適切だということでございます。部分的な現象をもって全体的にある時期の女性の立場を印象づける、こういう点が適当ではないということでありまして、別に女性の地位が低いことがいいとか悪いとか、そういうことを言っているわけではございません。もちろん、女性の地位が大いに尊重されることは当然でございますが、事実関係を述べるに当たって、やはり行き過ぎた表現ではないかということが問題の点でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 それは判決の中ででも、若干の誇張はある、そういうことは認めています。しかし、「この程度の記述であれば」、そうですよ、「この程度の記述であれば、原稿記述に対する修正意見をさし控えるのが著作者の表現の自由と検定制度とを調整するゆえんである」という判決文がございます。そこまで裁判所はこの点の判決を下しておるわけでございます。これにも不服だというのでございますか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 私どもは、そういう意見は必ずしも了承できないわけでございますが、その不服と申しまして控訴審を行っておりますのは、御指摘の部分を含む三十七年度検定ではございません。三十八年度検定の五カ所でございます

加藤進日本共産党

○加藤進君 いや、私の聞きたいのは、このような判決が行われて、そして裁判所の判決も出された段階で、なお文部省は依然として従来の意見を固執されておられるのかどうかということを確めたかったわけであります。  それともう一つ、具体的に聞きますけれども、これは有名な最澄の生年でございますね。家永さんの本には——それは生まれたのは七六六年であるという説をとっておられます。ところが文部省の検定ではこれはいけない、こういうことで、それは七六七年である。一年違うのですね。一年後に生まれたのだという説を固執されて、これはA意見がつけられて、ついに修正しなければ合格とは認められない程度の欠陥である、こうしてこの問題が一つの教科書の検定についての障害になったわけであります。さて、これ一体文部大臣の考えておられる、文部省見解の七六七年が本当なのか家永さんの言われるように七六六年なのか、これは学会を二分するような問題でございまして、そのどちらをとるかということになると一方的な断定によって他の見解を押さえる、否定する、こういう結果にならざるを得ないような、きわめて基本的な年号の問題なのであります。この点についてどうお考えになりましょうか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) こうした問題は、学会の通説に従うことが一番適当なわけでございますが、文部省は学会の通説に基づいてそのように訂正をするように申したわけでございます。こういう考え方もあるわけでございますけれども、最近でも依然として文部省が申しました年号が学会の通説であるというふうに理解をいたしております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 いや、私は通説であるかどうかという判断は学会でやるべきです。文部省が一方的に、これは通説でございます、だから他の意見についてはこれはA意見として却下します、こういう態度ですよ、検定は。ここに問題があるんじゃないかと思います。果して生年月日が今後の研究によってどちらに変わるかもわからぬ。定説であるとおっしゃるのは、これは文部省の断定でございまして、このような文部省が一方的に断定をしながら他の学説に基づく年号を却下する、否定する。しかも、これを教科書検定の重大な欠陥としてこれを取り上げるということが、私は検定制度そのものの中に起こってくる重大な疑惑につながる問題だ、こういうふうに問題を指摘しておるわけでございまして、私は学説の論争をやるつもりはございません。一方において文部省が支持する学説がある。これも明らかです。しかし、家永さんも歴史学者として権威のある方です。しかも個人的な見解ではなく、それには根拠がある。その根拠をもって言われたのに対して、一方的に文部省はこれを否定するというような検定の態度が果していいのかどうか。私は、この点は永井文部大臣に率直に所見をお伺いしたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) まあ学会における通説が何かということは先生おっしゃるように学会で決めることと思います。しかし、およそすべての学問の場合そうなんですけれども、完全に全部の人が一致している通説というものはなかなかない。また、そうであれば学問の研究というものは余り必要でないことになってくる。つまり学問の世界というものは、ある意味では通説がないという事態があるのが、私は学会というものがむしろ存在する理由だと思います。  そこで、そういう状況の中で教科書を書いていくということになりますと、なかなかむずかしい問題を生じてきますのは、教科書の場合、これは大学の学生に授業をやっているわけじゃないんですから、いまたまたま年号の話が出ましたけれども、ほかのものにつきましても、実はこれについてもA説ありB説あり、これについてもA説、B説ありというようなことをやっていますと、なかなか教科書というものになりにくい。ですからそういう意味で、別に文部省が定説を決めるんではないけれども、比較的広く用いられている考えというものが、やはり教科書で書かざるを得ない、そういう面はあるんだと思います。つまり、学問の場合、決定的定説というものが決まっているそういう領域というものが少ないからこそ、学問の研究というものが進んでいくんだと、こう考えております。  でございますから、この場合も、私はこういうふうになったのはいたし方ないんじゃないか。つまり、文部省としてこういう立場をとったのはいたし方ないんじゃないか。定説、異説の全般的な問題について申しますと、本当に学会が二分されて、その年号について大論争が行われているというような場合とか、あるいはそのほかの事柄についてもそうでございますが、そういうふうな場合には定説と異説、異説も併記するということが必要なんではなかろうか。そうでない場合には、教科書というのは、やはりどうも比較的広く用いられている考えを扱わざるを得ないんではないか。それは決して文部省が学会の定説を決めるということではない、こういうふうに考えています。   〔委員長退席、理事有田一寿君着席〕

加藤進日本共産党

○加藤進君 私が再三にわたってこの点を問いただしておるのは、こういう年号について正確を期さなければならぬことは、これは言うまでもありませんが、正確を期するためには、一体、学会の結論はどうなのかということになると、それが二つに分かれる、家永さんのような見解をとられる学説と、もう一つの学説、すなわち、一年後だという学説とがあるといった場合に、検定は一体どうあるべきかという問題だと思うんです、文部省の検定で。その検定について、文部省はこれを修正しないと、すなわち、一年後だというふうに記述しなければ、合格は認められないというんですよ。そうして、それが欠陥であるという点で、検定の大きな障害の一つに挙げられておるわけであります。こういうかたくなないわば検定の態度が、結論においてどういうことになりますかというと、文部大臣が常に言われる教育の中に争いを導き入れてはならぬと言われておりますけれども、このことは、裁判にまでかかるような争いを導き出しておるんじゃないですか。これを文部省自身が指導してやっているんじゃないですか。こういう態度をこの際、検討されて改められる用意があるかどうかというんです。このことを私は文部大臣に率直にお聞きしているんです、いかがでしょうか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 基本的な態度は大臣から申し上げたとおりでございますが、年号の経過についてちょっと補足して申し上げますと……。

加藤進日本共産党

○加藤進君 それは判決にちゃんと出ています。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) いや、ちょっと経過を申し上げますと、文部省がそのA意見をつけました当時におきましては、文部省意見につきまして学会に異論はなかったわけでございます。その後異論が出てきたということでございます。経過はそういうことでございまして、A意見をつけました段階におきまして、学会の定説に反して文部省が何か意見を言ったとか、あるいは学会の定説が決まっていないのに文部省が特定の意見を述べたということではないわけでございます。その後、最澄のその生年につきまして異説が出てきたということでございます。ですから、現段階でこの問題を考えますならば、もう少し弾力的な取り扱い方が大臣からお話がありましたようにあったかもしれませんが、当時の状況といたしましては、これが学会を通じての定説であったというふうに理解をいたしております。しかし、現段階におきましても、なお、最澄の生年につきましては、文部省が指摘をした説が有力だというふうに聞いております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 文部大臣の発言は後にしまして、私が聞いておるのは、この問題について意見が二つに分かれてあります。しかし、それがシロかクロかといった場合には、これは慎重な検討を加えたがらどちらかをとらなくてはならぬことはこれは明らかです。ところが、今日のこの最澄の生年につきましては一年違いです。どちらをとっても教育上は余り大きな違いはない。しかし、正確は期さなくてはならぬ問題だと思います。ところが、この問題について文部省は一年違いの異説を固執して、これが定説であるということによって他の説を拒否されておるわけですから、取り上げなくて却下しておられるわけですから、このような態度は検定を取り上げられる文部省としての態度としては公正を欠くのではないか、慎重さを欠くのではないか。この点を私は今後の態度として、心構えとして十分に御考慮いただきたい、こういうことを文部大臣に申し上げておるわけでございますから、その点の御発言をいただきたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいま安嶋初中局員から申し上げましたように、この検定時点におきましては、文部省の考え方というものが受け入れられていたわけでございます。しかしながら、さらにまた、申し上げましたように、その後に二つの考え方が学会にあるということになってくる。実は、この問題は現在は訴訟の争点でもございません。そこで、こうしたふうに分かれてまいります場合には、どうしたらいいかというと、私はこれは異説併記というふうなやり方が妥当ではなかろうかと思っております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 私は、この一つの処理という問題よりも、こういう教科書の検定といういわば青少年の教育の一番大事な教材を決める重要なものでございますから、その点においては、文部省の基準に基づいて公正であるかどうかというくらいの反省はひとつきちっとやっていただかないと、この結果、検定の制度についての非常な大きな疑惑が今日起こっている。このことが先ほどの田宮さんのあの部分の削除の問題にも絡まってきておるということを指摘したいと思います。  そこでもう一つ、ここでお尋ねしたいことでございますけれども、まあ最澄の生年が一年違いだということについて、きわめて厳格な態度をとっておられる文部省の検定でございますけれども、政党の結成年月日の図表というものがございます。政党結成の年月日の図表という問題がございますが、この図表についてさまざまな結成の年月日が出ておりますね。  たとえば、一例として申し上げますと社会革新党、この結成年月日が出ておりますが、一九四八年の二月と記してあるような教科書と、そうではなしに一九四八年一月と記入してある教科書との二通りがまかり通っておるわけであります。一体どちらなんでしょうか。どちらが事実なんでしょうか。  もう一つ改進党でございます。改進党は一九五二年二月に結成されたと書いてある教科書と、それは四月であると書いてある説とが両方ともまかり通っておるわけでございます。こんなことは平気で通しておるんですよ。通しておいて最澄の生年についてはきわめて厳格な態度で一方は拒否する、こんなこと調べればわかることじゃないですか、いわば党の結成年月日なんて。わかることも調べないで、そうして記入しておるのを二通りあるなら二通りあるで結構だ、こう言っています。  そうしてもう一つ、わが日本共産党に関係する問題が出てきております。日本共産党につきましては、これは結成年月日であるかどうかは全然記入していないで、同じところにこう書いてあるわけでありまして、その年月日というのは何かというと一九四五年十月というのがございます、共産党の結成です、十月。と思うと、今度は十二月というのが出てきます。これもちゃんと教科書の中に記入されている。検定通っているんですよ。みんな。私たち共産党は一九四五年の十月にも十二月にも結成した覚えは毛頭ございませんし、御承知のように、日本共産党の結成の正確な年月日は一九二二年七月の十五日であるということは文部大臣も御存じのとおりだと思います。なぜこういう問題について、しかも、政党のいわば誕生の歴史についてなぜ正確にこれを記入させ、記入する、調査させ、調査する、こういういわば積極的な措置をとってこの厳正さ、公正さが期されないのか。こういうところは野放しにしておいて、二つも三つもあるようなことを平気で許しておいて、一方で最澄の生年についてはきわめて厳格な一方的な処置をとられるというところに、私は検定制度のいわば文部省側の主観性がきわめて強くあらわれてきておるのではないかと疑わざるを得ないわけです。この点はどうですか。私たち共産党についての記述は、少なくとも、これはこのようなことをなくするように、修正するような御配慮はいただけますか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) ただいま御指摘の事実関係につきましてはさらに調査をいたしてお答えをいたしたいと思いますが、ただ、一般的に考えられることは、ある組織がいつ発足をしたかということにつきましては、これはいろいろ段階があろうかと思います。たとえばでございますが、発起人会が開かれたときをもって発足の時期とするか、あるいは結成大会が行われたときをもって発足の時期とするか、そういうことがいろいろあろうかと思います。また学校にいたしましても、創設百周年とか十周年とかという記念がしばしば行われるわけでございますが、これもその起算点をどこに置くかということにつきましてはいろいろな考え方があるわけでございます。あるいはそういう事情もあろうかと思いますが、早速調べてお答えを申し上げたいと思います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 その点、ぜひこれは調べればわかることなんですから、最澄の生まれた年と月はどうかということになりますと、これは相当せんさくを、検討を要するわけでございますけれども、戦後のやっぱり政党の誕生ですから、これは明記して、改めるべきは改めていただきたい。それから日本共産党につきましては一九四五年十月とか十二月なんということは全くないことでございますから、もし共産党の結成の時日ということになれば、これは一九二二年の七月十五日というふうに変えるように、ひとつ統一的に訂正するように御指示いただきたい、そのことをお願いしますが、文部大臣いかがですか、よろしゅうございますか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいま申し上げましたように、教科書ももちろんでございますが、年表のようなものは正確であるということが第一でございますから、常に、まあ足りないということもございます。そこで事実を調査して、そして事実に即して少しずつ前進をしながらよりよいものにしていくように努力したいと思っております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 日本共産党に関する記述でございましたら、文部省に誠意があるなら共産党の本部にお問い合わせいただければ正確なお答えはいたしますから、その点もひとつよろしくお願いします。  こういうことでございまして、私は時間の都合上、十分に具体的な事例を詳細に挙げることはできません。しかし、検定の制度そのものについてあえて議論をしなくても、検定制度に基づく基準ができて、その基準に照らしてみて検定が行われ、運用されるわけですから、制度が、そういう面において、ともかく問題があるなということは、私は文部大臣自体についてもお感じいただけたのではないかと考えるわけでございますけれども、私は、その点について文部省がかたくなに一方的な文部省見解だけで事を進めるというようなことは、子供の大切な教材である教科書を作成するに当たっての一つの大きな問題ではなかろうか、こういうふうに考えるわけでございます。  そういう点では、もし文部省の見解がそのように考えていただけるなら、この教科書について提出された原稿はどのような原稿であるか、また、これについての調査の意見はどういう意見が加えられてきておるか、その意見に対してさらに執筆者自身がどのような反論ないし見解を持っておるのか等々がやはり国民にわからなくてはいかぬと思います。国民といったって、これは一億国民にわからせるというほどのつもりはありませんけれども、少なくとも関係者、そういう教科書についての専門家の皆さんの前にはそういう点の公開が必要ではないか。そういうことがなければ、今後とも引き続き教科書検定の問題についてはさまざまな問題が起こり、その都度、文部省に対するその点の疑惑は決して解消されるものではない、こういうふうに考えますけれども、その点について文部省側の一歩踏み出した積極的な御見解を賜りたいと思います。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 教科書検定の経過についての公開の問題でございますが、これはいろいろ段階があるわけでございますが、まず第一に、審査の段階の公開制の問題でございますが、御承知のとおり、教科書の検定も一種の行政処分でございます。行政処分につきましては、処分が出るまでの詳細な経過というものは公開しないことが原則でございます。それはあたかも裁判所における裁判自体は公開でございますが、判決作成の過程が非公開であると同じような事柄かと思います。  私どもといたしましては、検定を公正に行うためには、この検定の審査段階におきまする経過につきましてはむしろ非公開ということの方が適当ではないかと思います。その間にいろいろな論議等が公になりますと思わぬ外部からの牽制あるいは利益誘導等が行われる可能性もなくはないわけでございますから、やはりあくまでも公正を維持するという立場から、非公開で審査自体は行うということが適当であろうと考えております。  それから、検定の結果の公開の問題でございますが、これは二つございまして、一つは、教科書検定を申請いたしました著作者、発行者等の当事者に対する公開の問題と、それから第三者に対する公開の問題ということに分けられるかと思いますが、当事者であるところの著作者、発行者に対しましては、詳細に検定の考え方等を説明をいたしております。口頭説明でございますが、この口頭説明の内容につきましては、速記をつけていただいても結構だと申しておりますし、また、説明を録音されても結構だというふうに申しておりまして、当事者に対しましてはそうした形で処理をいたしているわけでございます。  それから第三者に対する公開の問題でございますが、検定の結果というのは、これは毎年度官報で告示をいたしておるわけでございまして、その限りにおきましては第三者に対する公開が行われておるということでございます。  しかしながら、ある図書の検定経過におけるその問題点とか欠陥とかいうものを一々一般に公にするということになりますと、御承知のように、最近は採択の競争ということがなかなか問題になっておるわけで、激しくなっておるわけでございますが、そうした経過を公表いたしますとかえって競争が激化するとか、あるいは不公正になるというような心配もあろうかと思います。そういうことで、公開の問題を私どもは考えておる次第でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 私がきょう質疑したのは、従来の文部省のとっているかたくな態度から、いろいろな疑惑や不信が起こってきている。そのことのために教育界にあらぬ波が立ってきておる。こういうことに対して、やはり文部省はそれなりの行政指導の立場から見て、行政担当者の立場から見て、この点についての若干の、一歩改善でも図るべきではなかろうかと、こういう指摘をしたわけでございますが、その点において私が公開せよというふうに主張したのは、決して私だけのいわば見解ではないということでございまして、ここに文部省の教科書調査官を七年半担当してこられた目崎徳衛氏も四十八年十一月二十日付の「内外教育」に寄稿された文章の中に、この問題を指摘されているわけであります。見出しは「検定公開主義をとれ」、こういう見出しです。文部省の教科書調査官ですよ。七年半ですから、検定そのものが始まってから半分くらいは担当されておられた方だと思います。その方が、細かいことは抜きますけれども、「第一に検定を文部本省の事務組織から切り離すこと、第二に検定結果を何らかの方法で公開すること。」、こういうことを主張しておられますが、その点について一言述べておられます文章は、「検定が不信の下にあるのは、調査・審議・合否の伝達ともすべて非公開で行われているためである。もし検定に提出された原稿と、これに対する調査意見が一括して公開されたならば、いずれが是か非かは明白に世論の認定を受けるであろう。」、こう言っています。これくらい自分で検定を担当された調査官自身が告白しておられるわけです。こういうことをやらなければ、今後とも検定についての文部省の態度に対して非常な疑惑や不信は決してなくならない。こういう点があるからこそ、私は今日この問題を提起したわけでございますから、文部大臣、自分だけの私見ではなく、やはりここまで世論が起こってきておるということ、広範な世論になってきておるということ、だから、新聞にもあのような田宮さんの文章のカットの問題さえ取り上げざるを得ないわけでございますから、そういう点では、私は、文部大臣が従来の行きがかりを捨てて、やはり教育に対立抗争を持ち込ませない、こういう立場から見ても、公正妥当なやっぱり検定制度の運用を図っていただかなくてはならぬと思いますけれども、その点の所見をお伺いしまして、この検定制度の問題についての質疑を終わりたいと思いますから、ひとつよろしくお願いします。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいまの加藤先生の御指摘の中で、かたくなであってはいけないではないか、それは全くそうであると考えております。ただいまの目崎氏の論文は、私は実は拝読をいたしておりませんから、そのお考えの詳細というものを存じておりません。したがいまして、文部省から切り離した制度をつくったらよいかというようなことも、いまお読みになった個所にございますが、全文を読んでおりませんから、それについては、さしあたって私の考えを申し上げることを差し控えさしていただきたいと思います。  しかし、原則的なことを申しますと、私は、この公開の原則というのが一つ、そのほかに公正の原則というのが一つありまして、それで、この両方をどういうふうに組み合わせていくか、その組み合わせ方が妥当性を欠きますとかたくなというようなことになりまして、そして今日までいろいろな教科書検定に関する問題も生じたんだと思います。やはり公正ということを考えますというと、公開の方法あるいは段階、プロセス、そうしたものについても十分配慮しなければならないと思います。しかし、それに配慮する余りかたくなになってはいけない、こういう角度から二つの原則でございますところの公正と公開の双方を重んじまして、そして、かたくなではなく、国民、特に教育界の方々の御信頼を得られるような形で検定制度を常に謙虚に考えて、そして、よくしていくようにしたいと考えております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 ぜひ、最後のお言葉のとおり、よくしていくために、ひとつ文部省としてもせっかくの御努力を賜りたいということをつけ加えて、この点についての質問を終わりたいと思います。  続いて、あと質問さしていただきますが、よろしゅうございますか。

有田一寿自由民主党

○理事(有田一寿君) どうぞ。

加藤進日本共産党

○加藤進君 続いて、昨年の十月十六日から十一月の二十二日までパリにおいて開催されてまいりましたユネスコ第十八回総会の問題でございます。  この総会におきまして長年にわたる討議、検討の結果、科学者の地位についての勧告が採択されました。この表決の結果はどうであったか、これは正式に文部省あるいはユネスコ国内委員会の方から簡略に御報告いただきたいと思います。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 第十八回ユネスコ総会におきましては、勧告案に対して日本政府代表は賛成したわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 これは、無条件賛成という賛成でございましたか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 無条件賛成でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そこで、これは聞くところによりますと、この勧告そのものを仕上げるための最終の勧告案を起草する政府専門家特別委員会、これが開かれましたね。これは一九七四年の四月の二十三日でございますが、このときに日本政府代表は、でき上がった勧告案に賛成投票はするけれども数項目にわたって態度を保留されたやに聞いておりますけれども、それは事実でしょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 保留という言葉は適当でないと思いますが、賛成投票いたしまして、その後の投票理由の説明の中で五項目につきまして留保を意味する発言をしたわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 その五項目というので若干この勧告案の内容にクレームをつけられたと言っていいと思うんですけれども、この内容はどんな内容でございますか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 若干技術的なことになりますが、一つは、パラグラフの二十六、二十七、それからパラグラフの三十七、パラグラフの四十、パラグラフの四十二という五項目でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そういう、いわば保留という言葉はきついかもしれませんけれども、若干のやはり条件をつけて、数項目について意見を持ちながらも専門家会議においてはこの勧告案に賛成の態度をとられた、こういうわけでございますが、もう一つ、私の聞いておるところによりますと、今後日本の政府のとる立場というものは拘束されないというような、いわば保留条件をつけてこれを記録にとどめるように主張されたと聞いておりますけれども、その点も事実でしょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) この政府専門家委員会と申しますのは、政府の代表が政府を拘束するというような形でまとめますそういう性質の会議ではございませんで、あくまでも専門家の知識を活用するという、つまり政府とは独立した専門家の会議でございます。したがいまして、この専門家委員会ででき上がりました勧告案そのものも、当然のことながら政府そのものを、政府を拘束しないという性質のものでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 それは、お尋ねしますけれども、日本政府のみならず、ほかの政府専門委員それぞれそのような意思表示をしたんでしょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) その意思表示という先生の意味がよくわかりませんが、その専門家委員会の性質につきましては、いま申し上げましたようなことについて各国政府とも同様に考えている次第でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 私がなぜこのことをお尋ねするかと言えば、どうも日本の政府は、今度の勧告案を作成する段階においても、勧告案自体についても、余り積極的に賛意を表しておるような態度が見えない、消極的じゃないか、こういういわば、ある一部の意見かもしれませんけれども、意見が存在しています。私はそうであってはならぬと思いますけれども、その点で、勧告そのものの採択に当たっては、これに全面的な賛意を表するという点で採決に参加したと、こういうふうに最後的な態度を確認してよろしゅうございましょうか、改めてお聞きします。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 最終的な日本政府の態度は賛成ということでございまして、その賛成が積極的な賛成であったか、消極的な賛成であったかということは、態度そのものからは何らあらわれていないわけでございます。   〔理事有田一寿君退席、委員長着席〕

加藤進日本共産党

○加藤進君 それで、若干内容に触れてお尋ねいたしますけれども、この勧告に対して加盟各国、とりわけ、わが国はどのような責任、あるいは義務を負うのでございましょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) この勧告は、先ほど申し上げましたとおり、政府を直接に拘束するものではございません。

加藤進日本共産党

○加藤進君 拘束するものではないといういわば否定的な言葉ですけれども、どの程度のやっぱり義務ないし責任を持つべきものであるかと、こういうことについてちょっとお聞きしておかないと困るんです。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) このユネスコ条約の勧告に関する手続規則がございまして、それによりますと、勧告は特定の問題についての国際的規制のために総会が定める原則と基準であって、各加盟国に対し当該国の憲法上の慣行並びに問題の性質に従って適用することを勧奨するものであるというふうに規定しておるわけでございまして、いま申し上げたようなユネスコ憲章に従いまして、この勧告に対する加盟国の責任と義務が決まるわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 それは、各国にはそれぞれ特殊な事情があると、これはもう当然認めざるを得ないと思いますけれども、特殊の事情を認めつつ、なおかつこの勧告内容の周知徹底、その内容の実現ということについて、私は政府はある意味の責任を持つべき問題ではないか。それは政治的な責任とまあ言いかねるかもしれませんけれども、少なくとも、道義的責任までは持つものではなかろうかと思いますが、その点いかがでしょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 厳格に申し上げますと、当該国の憲法上の慣行並びに問題の性質に従ってという修飾語はつくわけでございますが、この勧告を適用することを勧奨するというものにいうことでございまして、それがどういうふうになるかということは、各国の事情によってまた異なってくるわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 勧告の前文には、特に各国政府がこの勧告を受けてしてほしいと要請するような内容が出てますね。その一つは、総会は、加盟国がこの勧告に示されている原則及び基準をその領域内において適用するため必要な立法措置またはその他の措置をとる。一つ、この勧告について関係する当局、研究所及び企業に対し並びに科学研究者の団体関係者に対して注意を喚起する。一つ、加盟国がこの勧告を実施するためにとった措置について総会に報告すること。こういうことがありますけれども、この三点については、日本の政府はそのような方向で今後とも努力する、こういう態度でございましょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) そのとおりでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そこでお尋ねしますけれども、ここに科学者の団体あるいは当局、研究所、企業等々関係者に対して、この勧告についての注意を喚起すべきであるという点で、ではこの勧告案を受けられて以降、今日までどのような具体的な措置がとられたのか、今後こういう計画をもって、このような注意を喚起する努力、周知徹底を図るつもりであると、こういう御見解なのか、その点をお伺いしたいと思います。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 御指摘のとおりでございますが、この勧告に関連いたします各省庁は、約二十の省庁にございまして、外務省としては、こういう関係各省庁を通じてそれぞれ所轄の分野においてしかるべき措置がとられるべきことを希望しているわけでございまして、できるだけ早い機会にしかるべき形で各省庁との連絡協議を進めていきたいというふうに考えているわけでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 とりあえず、そのような注意を喚起するために必要なのは勧告文、勧告の日本訳そのもののいわば領布による周知徹底だと思いますが、この勧告案の訳文は国会に対してどのようにして報告されてきておるのか。あるいはその他についてどのような領布が今日まで行われてきておるのか。これからこの程度の規模で領布を行う計画であるかという点について御説明をいただきたいと思います。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 外務省におきましては、現在まですでに国会並びに国会各議員にこの翻訳文を送付済みでございまして、同時にまた、各関係省庁に対しても送付済みでございます。今後、各方面への配付につきましては、各関係省庁と協議の上、しかるべき措置が望ましいと考えておりますが、これもできるだけ早い機会に各関係省庁との会合を通して促進していきたいというふうに考えておる次第でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 国会に対して、いわば権威ある機関に対して、報告しなくてはならぬとありますけれども、この国会に対する報告というのは、これは訳文のパンフレットをいただいたということだけで、もうすでに報告は終わったというふうに解しておられますか、いかがでしょうか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) 国会に関しましては、昭和四十年に閣議決定がございまして、この閣議決定に基づきまして、このユネスコの勧告に見ます「権限のある当局」というものは、わが国においては国会ということになっているわけでございます。したがいまして、先ほど翻訳文につきましても、送付という言葉を用いましたが、厳密に申しますと、これは正確ではなくて、国会に文書による提出をしたということでございます。この点訂正させていただきます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 私は、率直に申しまして、この勧告の全文ができるだけ早く関係の研究家の皆さんの手に渡ると、そして、できるならばこれに対して重大な関心を払ってもらって、いわば意見をさらに喚起してもらうということが必要だと思います。その点ではひとつ私が提案の意味で申し上げますけれども、この全文を官報に掲載するというような措置はできないでしょうか。あるいは、もう一つは総理府の出しておられる「今週の日本」に全文掲載するというような措置でもとられるなら周知徹底の面において相当私は広範囲にわたるのではないかと考えますけれども、その程度の御措置は考えておられるのかどうかお尋ねします。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) この勧告を官報に掲載することは義務づけられているわけではございませんけれども、先生御指摘のように、検討の対象といたしまして、たとえば官報の資料版に載せるというようなことも一案と思いますので、目下検討中でございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 総理府の関係の方いらっしゃいませんか。「今週の日本」というのに掲載するという私の提案はいかがでしょうか。お答え願えませんか。——いませんか。かわってどなたかひとつお伝え願えますか。

村上和夫外務省国際連合局外務参事官

○説明員(村上和夫君) そのように総理府の方にもお伝えいたします。

加藤進日本共産党

○加藤進君 もうあと余り時間ございませんが、この勧告案の二十四ページに「この勧告の利用」という項目がございます。政府はこの勧告の範囲と目的の中で活動している、とりわけユネスコ国内委員会、国際機関、科学・技術教育者を代表する諸団体、使用者一般、諸学会、科学研究者の諸職業団体、労働組合、科学著作者団体並びに青年団体と協力すべきであるというふうに言っておりまして、またとりわけ「科学研究者を代表するすべての団体の注意深いかつ積極的な協力を得るべきである。」、こういうふうに勧告は述べておりますけれども、この点について特に科学研究家の諸団体等々との十分な協力関係を得るために何らかの計画をお持ちになっておるのでしょうか、その点をお聞きしたいと思います。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) このユネスコの勧告の学会、教育関係に対する連絡という点では、文部省の方でもその当面の責めを負うわけでございまして、特に書いてございますようにユネスコ国内委員会、それから、その他関係者というふうにいま御指摘になりましたもののうちある部分は私どもの方から連絡をすべきものかと思うのでございます。ただ、日本には日本学術会議という機関が総理府に設置されておりまして、そこで学会関係の連絡をやっておられますから、端的に学会への連絡ということは学術会議から御連絡がいくものと、こういうふうに期待をいたしております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 文部省に一つだけお尋ねしますと、文部省は所管のもちろん大学がございますし、あるいは直轄の研究機関等々も持っておられるわけでございますし、同時に、公立あるいは私立の大学についてもその指導、監督の責任を持っておられるわけでございますけれども、そういうところで仕事をしておられる科学研究家の皆さんに対して、この勧告案の周知徹底という点についてどのようなプランをお持ちなのか。現にどのような努力を払っておられるのか、その点をお尋ねしておきます。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) 先般外務省から、外務省の村上参事官から先ほどお話がありましたように、この成文ができまして私どもにも送付を受けたわけでございますので、これをもとにいたしまして大学等への連絡、周知徹底をすでに始めたところでございます。都道府県の教育委員会の関係者にも説明をいたしましたし、物も渡して説明をいたしてございますし、また、国立大学長会議、たまたま昨日開かれまして、昨日の機会に大学の学長に対しましては成文をもって御連絡をするということをさしていただきました。そのほか公・私立大学等には印刷ができ次第また通知をいたしましてこのことの周知徹底を図るように心得ているつもりでございます。

加藤進日本共産党

○加藤進君 その点ぜひ御努力をいただきたいと思います。これは決して単に国立の研究所や大学だけに関係する問題でございません。科学研究家のすべてにわたる問題でございまして、きょう実は時間があれば現場におけるいろいろな問題やあるいは科学者の地位についての現状を報告したいと思っておりましたけれども、これはもう割愛さしていただきます。  そこで、学術会議に対してはこれは特別の関係を持っておるわけですね。これは再三にわたるこの勧告案の内容について、科学研究家の地位についてのいろいろ具申もありましたし、勧告案の意見も出ておると思いますけれども、この学術会議に対して何らかの意味でさらにこの勧告についての懇談なり説明会なりこういうようなことを公式におやりになるような御予定はないのでしょうか、どうでしょうか。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) 学術会議は総理府所管の機関でございまするから、外務省からの御連絡がそういうルートでいっておるものと考えます。公式にはそのようなルートがとられておると思いますが、いま御指摘がございましたように、学術会議からはユネスコ国内委員会に対しましてもいろいろな御意見をちょうだいをいたしております。いままでにも事実上いろいろな御連絡を私どももちょうだいいたし、また、この勧告のできました後だったかと思いますけれども、総会での概況等について、学術会議の関係者から出席をした委員が求められて説明をされたというようなことも聞いておるところでございます。先方の方からのいろいろな御連絡がありますならば、それに応じて私どもができることはまた学術会議等にも御連絡をとらしていただく、このように考えております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 あと二つだけお聞きしますが、もし科学者の団体やあるいは研究所の組織からこの勧告についてひとつ説明をしてほしい、まあこういういわばその説明会あるいは懇談会の申し出があった場合に、これは十分積極的にお受けいただく用意があるでしょうか。これが第一です。  第二の問題は、いろいろこの勧告案の周知徹底からこれを具体的にどのように実のあるものに実行さしていくか、あるいは立法措置等々についても今後検討を要する問題もあるというように広範囲にわたる問題がこの勧告をめぐってあるわけでございますけれども、この勧告案そのものは内閣から国会にも出されたという意味では、内閣そのものが、政府そのものが責任を持つべきものだと思いますけれども、一体どこが窓口になってそのようなあるいは周知徹底ないし勧告そのものの具体化についての中心になって今後進められるのか、その構想をお聞きしたい、こう思います。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) 先ほど村上参事官の方からもお話が出ておりましたが、関係省庁二十を超えるわけでございます。それぞれの所管のところへそれぞれの省庁から御連絡をするということに相なろうかと思います。いろいろな実情についてのお尋ね等につきましても、そうした所管の筋を通しまして御連絡をするということにならざるを得ないのではないかというふうに考えております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 そこで、そのいろいろ懇談その他説明をしてほしいというような要請の窓口というのは一体どこに置かれるのか、その点はいかがでしょうか。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) 事柄によると思う次第でございます。ここで御答弁も申し上げておきますように、御質問の中身によりまして外務省の方からもお答えをいただいておるわけでございます。一番基本的には国際的な勧告そのものでございますから外務省でお取り扱いになるということもございますけれども、国内の関係は先ほど大臣が申し上げておりますように、それぞれの所管の省庁がありますので、それぞれの所管のところから御連絡をするということになろうかと思います。

加藤進日本共産党

○加藤進君 その点ではユネスコ国内委員会もそれなりの窓口として十分やっぱり役割りを果たしていただかなくてはならぬと、こう思いますけれども、その点はよろしゅうございますね。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) ユネスコ国内委員会はユネスコ法に定められております責務について責めを果たすべきものと、こう考えております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 最後に一つ、人事院いらっしゃいますか。  お尋ねいたしますけれども、今度科学研究者に対する地位の問題について非常に重要な勧告が出されたわけでございますが、この勧告を受けとめながら日本の国内において人事院としてなすべき点もあるのではないかというふうに考えるわけでございますけれども、その点についての人事院の受けとめ方をお聞きしたいと思います。

長橋進人事院事務総局管理局長

○政府委員(長橋進君) この勧告の中には、公務員における場合ということで特に触れた部分もございますけれども、その他いろいろと公務員制度に関連を持ってまいりますものもございます。それらの点につきまして、注目、注視しつつ、深い関心を持って受けとめております。科学技術者の、あるいは科学研究者の待遇改善という問題につきましては、毎年各方面からいろいろ御要望、御意見をいただいておりまして、これまでも人事院としてできる限りの努力を続けてきたわけでございますけれども、要は、科学技術者のこの勧告に触れておりますように、職務の特殊性に応じた処遇の改善ということであろうと思いますので、そういった特殊性というものを十分考慮してその適切な待遇の改善ということについて一層検討を図てまいりたいと、このように考えております。

加藤進日本共産党

○加藤進君 いろいろお尋ねしたいことがまだありますけれども、これは別の機会に譲りまして、本日のところこれで終わります。

最上進自由民主党

○最上進君 早速でありますけれども、永井大臣に基本的な教育論からお伺いしてまいりたいと思います。  そこで、まず永井大臣は教育とは一体何であるとお考えか、教育の目的とは一体何であるとお考えか、この点からお伺いしてまいりたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 非常にむずかしい質問で古今東西教育とは何かということについてほとんど無限と言ってもよろしいほど説があると思います。  私は、教育というのは、基本的には人間形成ということを行うものでありますが、その人間形成というのを人間の具体的な生活というものを基盤にして、そして理想を達成するような方向において行うのが教育における人間形成であると考えております。

最上進自由民主党

○最上進君 教育の目的につきましては、教育基本法第一条に「教育は、人格の完成をめざし、」云々とあるわけでありますけれども、それではただいま教育基本法第一条によりまして述べました「教育の目的」の中で、いわゆる学校教育の中で文部省が自信を持ってこの点だけは任せておいてほしいというところがあったらお示しいただきたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) これもなかなかむずかしい問題でございます。  まず、文部省がぜひ任せていただかなければならないのは、これも教育基本法にございますが、わが国の義務教育というものがございますから、これについては、私たちは全力を挙げて、これまでの国会における法の制定というものに基づきまして基盤ができ上がっておりますから、これは充実していく上で働いてまいりますからお任せ願いたい。  さらに、教育の機会均等というものにつきましては、これはまだいろいろと問題がはらんでおりますが、しかしながら、この理想を達成していくということも教育基本法にございますから、これについて私たちが努力をしているということは御信用願いたい。  また、男女共学につきましても同様でございます。  教育の方針というふうなものを立てていく場合にも、教育基本法で示されておりますわが国における教育の目的、これとの関連において私たちは学校の教育というものを進めていくようにしておりますし、今後もその力を注いでいく考えでございますから、まず、そういう点は私たちの考えを御信用願いたい。  以上のようなことで学校教育というものが、教育の機会均等あるいは義務教育、男女共学、教育の方針、すべてにわたりまして法によって定められて学校教育というものがございますが、そこで私たちが学校教育を推進してまいります場合には、当然、法によって定められました原則というものに基づいて、学校教育の基本的な教育行政に当たってまいります、こういうふうに私たちは考えております。

最上進自由民主党

○最上進君 永井大臣、一口に人間形成ということをおっしゃいます。教育基本法の先ほどの「教育の目的」の中にも「人格の完成をめざす」ということがありますけれども、それではどういう人間像を描いて完成された人間と考えておられるのか、この点もお聞きしておきたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) これもわが国の場合何が一番大事であるかというと、やはりわが国の国民である、日本人はわが国の国民でありますから、本当に国を憂いてその国に役立つような国民でなければなりません。しかしながら、それではどういう国であるかというと、わが国が目指しておりますのは、平和的な国家ということであります。そこで、その平和的国家の一員になるということがきわめて重要でございましょう。そうしてまた、その国家というものの中にいろいろ社会——社会は小さな部分であったり、あるいは大きな社会もございますが、そういう場合にもわが国の基本的な理想というものを重んじていく。しかし他方、人間は個人であるという面があり、個人として平和を重んじておりますような国の国民というのは、いわば人類共通に貴重な文化遺産としてまいりました真理を重んずると、あるいは正義を重んずる、さらにまた、人間としての愛情を持つことを非常に尊重するというような、そうした個人の価値というものの完成を目指していく。ほかにもより具体的にわたればそうしたことを知育、徳育、体育の全面において実現していくというようなことになると思いますが、突き詰めて申しますと、国家、社会、そして個人、そういう側面にわたっていま申し上げたような点の人間形成を行っていくべきであると、こう考えております。

最上進自由民主党

○最上進君 ただいま大臣からいろいろ多岐にわたって御答弁がありましたけれども、ただいまのお答えを伺っている限りでは、私は、やはり教育の目的というのを達成するには、学校教育が主体では非常にむずかしいというふうに考えております。もうすでに学校教育万能の考え方の時代は終わったとさえ私は言っても過言でないと思っております。先日も松下幸之助さんから私どもお話を伺う機会がありましたけれども、やはり御指摘がありまして、従来の日本の教育というものは学校教育に重視し過ぎの教育であったということを御指摘されておられましたけれども、私もまさにそのとおりであるというふうに考えます。しかし、ここまで学校教育の権威というものを失墜させてきたものは一体何であるかということをやはり皆さんと一緒にここで考えていかなければ私はいけないと思うんです。  先般も文部省の方に伺ってみると、日共系の民青同、まあこれの問題は別にしましても、いわゆる反日共系の過激派の学生たちが、いま法政大学を中心にして非常に暴力をふるっている。たとえば中核派にしても、わが国にいま千人にも及ぶ青年たちがこれに属している。あるいは革マルにしても千人にも及ぶ青年がやはりいる。こういう事態というものを生んでくる今日に至るまでの過程の中に、私は教育というものが非常に大きな責任を感じていいというふうに私は思っているわけでございます。  そういう中で、まず私が教育の権威を失墜させてきた最大の理由の第一に指摘したいのは、教師の権威の失墜だというふうに考えております。教える者と教えられる者との関係の中で、教師の本当の人格に触れて生徒が人格をみがいて人間完成できる、そういう人材がいまの教育界にどのぐらいおられるかということであります。少なくとも、教師が師と仰がれる、父兄や生徒たちから先生と呼ばれる、今日までそうしてきていることは事実であります。しかし、教師がみずからの言うとおり単なる労働者であるならば、父兄も生徒も特別に先生と呼ぶ必要もないわけでありますし、現実に父兄や生徒が、たとえば先生に向かって何々さんとか、あるいは何々教員というふうに呼んで一番不思議に、しかも理屈ではよいけれども、そう呼ばれて一番不自然に受け取るのは私は先生方その人たちだと思うんです。そういう中でおのずと先生方の中に先生と呼ばれる自負の念というものが心の中にあると思うのでありますけれども、先生と呼ばれることに何の抵抗もふだんは覚えないでおいて、みずからの利害に関するときのみ労働者であるというふうなことを主張される、これは私には非常に奇怪に思えるわけであります。  大臣は、十二月十一日付の日経紙上の対談の中で、教師は聖職か労働者か、こういう論議の中では何も生まれてこないということをお述べになっておられますけれども、私はそうは思わないわけです。教師が聖職であるか労働者であるかということは決して単純な論争ではない、むしろ、教育者の位置づけや待遇問題も含めて教育者はいかにあるべきかを明確にするための必要欠くべからざる点であると私は考えておりますけれども、この点、大臣はどのようにお考えでございましょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいま先生がおっしゃいましたように、教師というものが非常に大事である、これは私も全く賛成であります。  そこで、その教師になかなか値しない人が方々にいるんではなかろうかという御含蓄のあるお言葉がございましたけれども、私は、もちろん全国の全部の先生を知っているわけではありませんけれども、そうして実は、私は教師に対する批判というものもやってきたことのある人間でありますが、私自身教師でありまして、そこで、私が教師で経験をした立場から考えますというと、私は全国に相当すぐれた先生方がたくさんおられるというふうに考えております。そういう方たちは、大部分は無名でございましょうけれども、私は、わが国の先生方の力というものを決して低く見るべきではない、むしろ相当すぐれた先生が全国におられるという考えのもとに現在の仕事にも当たっておりますし、また、国民も信頼していいんじゃないかと思います。  そこで、先生方が労働者か聖職者かという問題なんですが、これは、これであろうかあれであろうかという議論がいままでございました。つまり、聖職者である、そうすると労働者ではない。あるいは、他方の人は労働者である、そうすると聖職者じゃない。こう言うのですけれども、私が言いました趣旨は、これかあれかというふうになかなか単純に割り切れるものではないという意味合いのことを申したわけです。それは今日もそう思っております。先生方も、やはり俸給を受けて、そうして勤労者として働いていかれる。そういう意味においては憲法二十八条で申しますところのいわゆる勤労者、広い意味における労働者でございます。しかしまた、先生方の仕事というのは、仕事の内容から申しましてきわめて聖職的——本当に、先生と子供との結びつき、そういうものがありますから、それがまた教育活動の基点でございますから、そこでそういう点を考えなければ、非常に重要な点は、やはり先生方は奉仕をされるということであって、また、事実奉仕的に活動されている方も多い。そこで、私は、これかあれかというふうに議論をしない、つまり、その二つの面があるというふうに考えるべきではなかろうか、かように考えている次第でございます。

最上進自由民主党

○最上進君 大臣のそのお答えを聞いておりますと、どうもこの問題は波風を立たさないように避けて通ろうというような感じがしないわけではないわけであります。  私は、日教組の教師の倫理綱領の中に、教師は言うまでもなく労働者であると明記してあるわけでありますけれども、大臣は、労働者の定義、ただいま勤労者という言葉を使われたけれども、この労働者という言葉をどのように定義づけて考えておられるのか。また、その教師が労働者であるということをただいまのお答えの中ではお認めになっておられる。両面性があると言われるけれども、お認めになっていられると取ってよろしゅうございますか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 私、いま申し上げましたように、先生方は広い意味において労働者である、それは申し上げたとおりでございます。しかし、その労働者という言葉は、人によっていろいろな取り方をいたしますでしょう。革命的労働者というような、そういう理論もあります。わが国の憲法は、革命を重んじあるいは革命を肯定するような憲法でございません。したがいまして、憲法二十八条で言う「勤労者」が革命的労働者ではないことは言うまでもございません。ですから、私が先生方が勤労者ですということを申し上げているのは、わが国の憲法で言っているところの勤労者である、そういう意味で申し上げているわけであって、決して革命的労働者、そういうふうなことがわが国において認められるものであるというようなことを申し上げているのではない。これは明確にしておきたいと思います。

最上進自由民主党

○最上進君 先般、五月の春闘におきますいわゆる日教組のストが回避されたわけでありますけれども、国民の目から見ますと、あれだけ激しいいわゆる春闘の統一行動の中で日教組がストを回避したということを、国民の中には喜ぶ人が大変多い。反面、やはり背後に何かがあるんではないか、何かに向かって動いているんではないかということを疑問視する人たちもかなりいるわけであります。スト回避までの日教組の動きというものをどのように文部省としてはつかんでこられたか。また、どのような対策を文部省としては打ってこられたのか。この辺をまずお伺いしたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 私は昨年の十二月九日に文部大臣になりました。で、わが国において教育というものが政争の中に巻き込まれる過去があった。したがいまして、私はもちろんでございますけれども、総理大臣も、施政方針演説の中で教育を政争から離したいということを申されました。私も全くその考えであります。したがいまして、日教組と話したことは何であるかというと、やはりそういうことである。教育を政争から離そうではないか。そういう私の考えを日教組の人が全く私と同じように取っていただくかどうか。これは、人間が話をするとき、一つのことを話しますと完全に相手の人が同じように思うというほど人間のコミュニケーションというものは単純ではございません。しかし、私が努力をしておりますのは、日教組との話においても、他のどなたとの話におきましても、教育においては政争を巻き込まない、そのほかの場に置く、そういう考えでお話しをしてまいったのが最近のスト中止までの過程でございます。

最上進自由民主党

○最上進君 大臣を初め文部省も、当然、先般のスト回避に全力を尽くされたと思います。しかし、私に言わせますと、日教組内部の主流、反主流の対立、あるいはスト権承認投票の結果、また去る三月の臨時大会での三大要求、たとえば賃金の大幅引き上げと差別賃金の導入阻止、教育条件整備のための緊急要求の実現、あるいは処分阻止撤回、スト権奪還等のことを考えてまいりますと、内部的にやはり回避するというより回避せざるを得ないところにまで追い込まれたと言う方が正しいのではないかというふうに私はとっております。世間では何となく大臣が永井さんになられて、かわられてから日教組の姿勢が変わったんではないかというような印象をやはり強く受けておるわけでありますけれども、私はやはり日教組の姿勢、本質というものは決して変わっていないというふうに考えております。と申しますのは、やはりストライキを決定いたしました三月の臨時大会を見ましても、新聞報道によりますと、スト戦術をめぐって主流、反主流の間で非常に激論が交されているということであります。主流派は階級的に武装する以外なしとし、反主流派のいわゆるスト慎重論を評して統一闘争の発展を阻害するものであると激しく非難している。一方反主流派はストライキそのものを目的化した指導体制には問題があるとして応酬している、こういういわゆる論議があったようであります。  そこで私は、この際ひとつ大臣にはっきりお伺いしておきたいことは、三大要求の一つにありますスト権奪還の問題、このスト権の問題、今週には結論が公務員制度審議会から出るようでありますけれども、大臣御自身は、このいわゆる教員のスト権の問題についてどのようにお考えか、御見解をお伺いしたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 教員のストライキにつきましては、地公法によってストライキは認められておりません。私はその考えを持っております。

最上進自由民主党

○最上進君 大臣は機会あるごとに、ただいまの答弁の中にも、教育の場に政争を持ち込んではならないということをおっしゃってこられたわけであります。また、その政治的対立をなくすとも言ってこられたわけでありますけれども、しかし、現実にただいまの日教組の問題、あるいは現実に教師の倫理綱領の問題、この中に「教師は広く働くものとともにその政治に加わり力をあわせて正しい政治をもとめる」というふうにあります。この点、大臣だけがお一人で一生懸命教育の場に政争を持ち込まないと言われても、実際にいわゆる現場に立っている先生方がこうした考え方を金科玉条としておられるということとはやはり全く相反することであるというふうに私は感じているわけでありますけれども、この点、いかがでございましょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 現場の先生方も非常にたくさんいらっしゃいますから、私は先ほど申し上げましたようにすべての方を存じ上げているわけではないんです。私はまたたくさん手紙をいただきますが、現場において政治と全く関係なく教育をやっていきたいし、今後もこれまでもそういう努力をしてきた、そういうお便りも実にたくさんいただきます。ですから、いまお読みになった文章の意味は理解いたしますけれども、私はいまお読みになった文章で現場の先生方が全部やってらっしゃるというようなふうにはとっておりません。

最上進自由民主党

○最上進君 どうもはっきりした答弁が得られませんけれども、先ほど加藤委員からも質問がありましたいわゆる教科書検定の問題、そして昭和四十五年七月に出ました第二次教科書訴訟の杉本判決、その内容を読んでまいりますと、たとえば憲法二十六条は子供の教育を受ける権利を保障した規定であり、それに対応して子供を教育する責務を担うのは親を中心とした国民全体である。このような国民の教育の責務というものは国家教育権に対立するもので、つまり国家が教育内容にまで介入することは基本的には許されない。国には公教育の設定などの責任はあるけれども、国家教育権はない。云々というふうにその判決文にはあるわけであります。大臣は、この杉本判決並びに第一次教科書訴訟の高津判決、先ほど出ました高津判決の国の教育権について基本的にどのようにお考えか、この点お伺いします。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 教育権という、私、法律学者じゃございませんけれども、教育権という言葉は余り熟していない言葉と思います。杉本裁判長が使われましてから非常に広く用いられるようになりましたので、他の国の文献なども多少勉強いたしてみましたが、余り教育権というのは使われていないようです。使われております場合には自然法的な概念でございまして、教育権を持っているのは父母であるというのが普通であるようであります。そこで、いまのお話の、国民が教育権があるか、あるいは国家が教育権があるかという式の議論ではなくて、教育権を持っているのは父母、父母が子供を教育する、これが自然法的な考え方の基本であるというのであります。しかし、その父母が有権者といたしましてあるいは国民主権の国家においては国会を通して政府の形成に参加いたします。そうしますと、父母の持っておる教育権というものに基づく政府に対する委任が行われます。しからば政府は何を持つかというと、教育行政に当たる者については教育についての権限があると、これは、ですから、父母の場合の教育権というのと違うものです。大体そういうふうに言われているのが普通であります。私は、ですから、教育問題につきましては、杉本判決のお話がありましたけれども、政府は当然、父母から委託されました、教育権を持つ父母から委託されました教育についての権限を持っているものと考えております。

最上進自由民主党

○最上進君 大変発想の違った御答弁をいただいてかわされたわけでありますけれども、杉本判決によりまして、日教組では、たとえば学問の自由、教育の自由、こういうところから教師の自由ということを引き出して、いわゆる憲法二十六条の教育権というものは親にある、親の委託を受けて教育する教師というのはみずからの学習を組織し指導することができて、国の編成する教育課程に従う必要はない、教師は教える自由に基づいて自分の考案による教育課程によって自主的に教育を行うのが当然であろうという、そういう理論を展開されてきていることは御存じのところであります。これがいわゆる教育課程自主編成運動というものになって展開されてきているわけでありますけれども、これは教育の根幹に触れる非常に私は重大な問題でありながら実に大きな論理の飛躍をしているというふうに考えているわけであります。それはたとえその杉本判決の内容、これを受け入れたといたしましても、親を中心とした国民全体に教育権があること即親の委託を受けている教師にみずからの好きなように学習を組織し指導してよいということには私は決してならないと思います。みずからの口からやはりみずからを労働者であるということをやっぱり主張しておられる先生方に世の父兄たちが本当に教育の内容にまで自主的に編成してまで子供達を教育指導してほしいと、私はそういう意味で子供たちを先生方に任してはいないということを先生方はしっかり認識してもらわなきゃ困ると思うんです。むしろ世の父兄は、全面的に先生方を信用して子供たちを決して学校へやっているんではない。むしろ学校という存在、制度そのものに対してある程度の信頼感を持って子供たちを学校へ私はやっているんだと思うわけです。  そこで、教育課程自主編成運動というものは、その教師の個人的思想あるいはその主観などが大変入りやすいだけに私は大変危険なものであるというふうな考え方をしておりますけれども、このいわゆる教育課程自主編成運動の実態というものが一体どのような状態であるのか。あわせて、今後文部省はこの運動に対してどのようないわゆるとらえ方をしていくのか、対処していくのか、ひとつお伺いしておきたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) まず、先生方の教育についての立場でありますが、いまの最上先生のお言葉の中に、先生方が親の教育権を委譲されているというふうに言っているということがございましたが、そうであるとするとちょっと飛躍があると思います。と言いますのは、父母に教育権があります。そして教育権を持っている父母がわが国におきましては同時に国民の主権者でありますから、したがいまして、立法府に代表を送り出しているわけです。そして立法府における決定に基づきまして権限を持つ教育行政者がございます。その教育行政者が国民の意思に基づいて形成している公教育体系というものがあるわけでございます。その公教育体系に基づきまして先生方の権限、役割りというものが規定されている。したがいまして、父母と先生との関係ということを制度的に申し上げますというと、いまのような形でつながっている、つながりがございますけれども、非常に簡単な直接的な関係ではないように考えます。  さて、自主編成でございますが、これはどう考えるべきかといいますと、それにも幾つかの面があると思いますが、まず第一点といたしましては、公教育制度というものは国民の意思に基づきまして、先ほど申し上げたようなプロセスを経て国会においてその根本が定められており、そして国家が権限をもってこれを執行しているというものであるわけでありますから、したがいまして、これを実行していく上におのずから基準とかあるいは制度的な決まりというものがあるわけであります。そこで、その基幹といいましょうか、根本、その根本を変えるというような自主編成はあり得ないわけであります。ですから、そういう意味において、教育の行政というものにかわり得る自主編成というものはない。しからば、いわゆる自主性というものが不要であるかというとそうではございません。そうではなくて、たとえば、指導要領にいたしましてもあるいは教科書にいたしましても、これを教育の現場に生かしていきます場合には、むしろ先生方の中に創造的なあるいは建設的な批判とかあるいは自主的努力というものは幅広くあることが望ましてわけでありまして、そうした意味合いにおける自主的な教科の推進ということは必要である、さような関係になると考えております。

最上進自由民主党

○最上進君 以上の問題についてはその辺にしておきまして、次に週休二日制と学校五日制の問題でひとつお伺いしたいと思います。  人事院の方にちょっとお伺いいたしますが、先般発表されました労働省の週休二日制に関する調査を読んでまいりますと、大体その調査では八大産業で働いている、常用労働者三十人以上の民営企業、その五千社を対象に調査した場合、週休二日制を採用している企業というのは数の上で大体四割をもう超えている。全労働者の三分の二が何らかの形で週休二日制を受けているということであります。こうした中で、去る四月十八日のいわゆる衆議院内閣委員会での藤井人事院総裁の答弁を見てまいりますと、おおよそ五十年度中、いわゆる来年一月から三月までの間に週休二日制というものを試行したいということのようであります。そこで、人事院にお伺いしたいわけでありますけれども、三部会において教員の週休二日制というものを論議されているというお話でありますけれども、どのような論議がいままでされてきているのか。あわせて人事院としてはいつごろまでに各部会の意見を集約してまとまった部会の意見をもってこれをどのように各省庁と相提携、具体化していくのかその計画をお聞かせいただきたいと思います。

中村博人事院事務総局職員局長

○政府委員(中村博君) 第三部会の話は、これは総理府にございます週休二日制閣僚協議会の事務局の部会の話でございますので、私どもの直接関係ではございませんから御了承いただきたいと思います。  なお、先生も御指摘のように、週休二日制につきましては、労働省の調査に加えて私どもも調養いたしておるわけでございます。まあ、それも先般新聞に発表いたしましたわけでありますけれども、調査を始めました昭和四十六年の八月では、これは百人以上の企業でございますけれども、一二・七%に過ぎなかったわけでございます。その後逐年倍増いたしまして、四十七年の十月には二二%、さらに、一年後には四九%、それから昨年の十月では六四%、かように急速な進展を示しておるわけでございます。したがいまして、そういうような社会の情勢を受けまして四十八年及び四十九年に給与勧告に付随しての報告の中でこの問題に対します人事院の考え方をお示し申し上げておる、こういう状況下にありまして、先般、いま御指摘のような私どもの総裁の発言はいままで報告をいたしまして、私どもなりに大変各省のいろいろ御協力を得まして細部にわたってお互いに意見を交換し、詰めてまいったわけでございます。  そのような情勢と同時に、このような急速な社会的な状況が進捗しておるということを受けまして、まず総裁が申し上げましたのは、来年の昭和五十年度内に週休二日制の試行をしよう、トライアルをしよう、こういうことでございます。したがって、それをやりますためには、私ども何と申しましても、国民の方々に対して行政サービスにおいて欠落するところがあってはならぬ、そういう観点から、いわばその本格実施の前にテストをやって、そしてあらゆる問題を探り上げて、たとえば人員配置の問題にいたしましても、あるいは交代制勤務者のローテーションの問題にいたしましても、とにかく、各省ごとに本当に知恵を出していただいて、そして最小限度の予算、人員をもって週休二日制ができるような体制にしよう。それからまた、一部テストを行うことによりまして国民の方々からの御批判もいただき、直すべきところは直していこう、こういうことを年度内にやろう、こういうかっこうに相なっておるわけでございます。  したがいまして、私どもとしましては、週休二日制をどういうかっこうでトライアルをやるかというためにはそのフレームを示さなければいけません。それを基準案と申してございますけれども、それをしかるべき時期に各省にお示しして、その上にテストの具体策を各省の特殊事情を考えて持っていただく、こういうことになっておるわけでございまして、それで、そのような諸般の準備が整うてスタートできますのが大体一月以降ではないか、こういう見通しを持ってそのようなことを申し上げておる、こういう段階でございます。  そこで、そういうような状況の中で、では学校についてはどうかという点について、人事院としてはどう考えておるかというお尋ねに対しましては、これはもう先生十分御承知のように、私ども、正直申し上げまして、教育水準の問題でございますとか、週学校五日制がいいのか悪いのか、あるいはまた土曜日が学校がお休みになるということに相なりますと、お子さんが家庭におられるわけでございますので、そういった教育水準というものに加えて社会的な問題も包蔵しておる。単に私どもが、公務員の勤務条件の維持、改善、向上という観点からだけでは割り切れないだろう。そこで、私どもの率直に申し上げまして手の及ばないところにあるわけでございまするので、文部省の方におかれましての専門的な御意見それから御決心、それを十分聞かしていただき、その上に立っていろいろ御相談申し上げてこの問題は慎重に取り扱っていきたい、かように考えておるわけでございます。

最上進自由民主党

○最上進君 人事院からのお答えを聞いておりまして大臣おわかりだと思いますが、そこで、学校五日制に移行することは文部行政を担当しているいわゆる永井大臣としては、これが望ましいというふうに考えておられるのかどうか。そこを明確にお答えいただきたいと思います。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 学校五日制の問題は、ただいま人事院の方からも御答弁がございましたように、公務員の一般的な週休二日制というものをどういう姿で実現できるのか。また、それと関連するどのような事情があり、最終的に決定があるかということにまず基本的な問題があるかと考えております。  そこで、それはいわば人事院において十分御検討を進めておられることでありますが、仮に公務員の週休二日制というものが実施されることになりますと、これとの関連において教員の週休二日という問題も出てくるということを予想して、私たちはこの問題についての検討を続けているところでございます。  一般にこの教員の週休二日というものが起こりますと、直ちにそれは学校五日制であるという考え方をとりやすいわけでございますが、それを果たしてそのように直接的に考えることが妥当であるかどうかというところに一つの問題がございます。なぜかと言いますと、これはいろいろな問題が関連してまいりますが、まず否定的な面から申しますというと、現在かなり受験塾というようなものが世の中に盛んでございますから、したがいまして、学校のお休みが二日になると受験塾がかえって盛んになってしまうというふうな可能性も一つの問題として検討していかなければなりません。また、積極的な面について申しますというと、もし週休二日の学校、つまり学校五日制になった場合には、スポーツをどんどんやれるとか、あるいは社会的な活動に奉仕的に参加していくとか、そうした意味においてきわめて積極的な、先生も先ほど申されましたように、学校だけが教育では全くないと思います。そうではなくて、社会的な生活の中で勉強していくということも非常に重要な教育でございますが、さて、そうしたことをやっていく上での整備がどのぐらいできているか、また、計画的に考えていった場合にどの程度、いつごろまでにできるか、こうしたことが検討課題でございまして、私たちは一方において人事院で御配慮になっております、御検討になっております公務員二日制の成り行きというものを見守りますと同時に、他方において教育の立場におきましては、直ちにこれを学校五日制というふうに結びつけるのではなく、結びつき得るものも、その可能性も否定しませんが、その前に考えなければならないことは、いま申し上げましたような、あとの二日における教育環境というものの整備をどのようにしていくべきか、これを教育行政上の責任と考えて検討しているわけでございます。

最上進自由民主党

○最上進君 私は、もともと週休二日制そのものに反対をしているものでありますけれども、たとえばわが国が戦後あの灰と瓦れきと人心の荒廃の中から、少なくとも今日世界の国々の中で伍していけるようになった、先進国と言われるようになったその要素には、まず第一に、私は政治が総体的に安定してきたこと、あるいはまた何だかんだ言ってもアメリカのバックアップがあったこと、また加えて、私は日本人の勤勉性があったというふうに思っているわけです。しかし、いま資源の非常に乏しいわが国が今後世界の国々の中でとにかくりっぱに伍していくには、資源のある国々やあるいは欧米の人々や富裕な国々のそういう国民の労働に対する感覚を日本人が持ったのでは私はいけないというふうに考えているわけです。資源がある豊かな国々、あるいは余裕ある国々で週休二日制をとっているから日本でもいわゆる週休二日制を採用するというような考え方というのは、余りにも安易過ぎるというふうに私は感じております。外国の人よりよく働くということが、やはり資源のない日本に生まれた日本人の私は宿命であるというふうに考えているわけでありますけれども、やはり、こういうことが先ほどの教育基本法の第一条「(教育の目的)」の中にも、いわゆる「勤労を重んじ」云々ということがありましたけれども、私はやはりいまこそ教育を通じてでも勤労のとうとさというものをやはり国民に指導していかなけりゃいけないというふうに考えている一人でございます。特に労働省の先ほどの調査結果をお話ししましたけれども、八大産業、従業員三十人以上で五千社の調査で、全労働者の三分の二が何らかの形で週休二日制をすでにわが国においてもとっているということを言っているわけでありますけれども、人事院のいわゆる発表、考え方はさておいて、私はいま現実に私どもがいる選挙区を見回してみても、たとえば従業員が十人以下であるとか、あるいはその家族だけの中小零細企業の人々に、いま仕事が少ないとは言え、まだまだ日曜さえ休めない、たとえば週に二日も休むなんということは夢のようだというふうに考えているような人々が大変いるということを私はやはり皆さんに知っていただきたいというふうに考えているわけであります。特に現在国と地方自治体の財政窮乏の最大の原因が人件費の高騰にあるということが、特に世論が批判として高まっている。こういう折に、いままで六日かかって仕事していたことが五日でできるんなら当然私は人員削減の措置をとる方向に行くべきであるというのは世論が支持するところであるというふうに私は感じております。特に、今秋以後のわが国の経済予測というものは決して楽観できるものではございません。国が国民にやはり勤倹節約を呼びかけ、要請する前に、率先して行政上のむだや経費節減というものをしなければならない、こういうふうに私は今秋以後なることは間違いないというふうに考えております。それだけに週休二日制の問題というのは、特に公務員にこれを適用するということに対しては、よほど私は慎重に考えていただかなければならないと思っております。特に、いま私学の助成の問題が話題になっておりますけれども、国公立のいわゆる学校において、教員に対してこの週休二日制というものが採用されるようなことになると、もう当然それは私学にもそうしたことをやはりせざるを得ないところに私は追い込まれると思うんです。そういうことも含めて、私は広い視野からこの問題を論議して、ぜひひとつ結論を出していただきたいというふうに考えております。  次に、話題は変わりますが、先ほど大臣の口から出ましたその学習塾の問題でございます。文部省は一体大は年商四億円、数千人の塾生があるという塾から、小は二、三人、非常に家庭的な塾に至るまであるわけでありますけれども、この学習塾というものが非常にいま世論の注視を浴びている中で、文部省としては、いま大体全国にどのくらい学習塾というものがあるとつかんでおられるのか、その実態調査の結果等をひとつお示しいただきたいと思います。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 御承知のとおり、各種学校という形態になりますると、これは設置について都道府県知事の認可を要するわけでございますから、行政対象として捕捉することが可能なわけでございますが、御承知の学習塾、これは進学塾、補習塾、いろいろあるようでございますが、これは各種学校と同じような許認可といったそういう行政の対象の範囲外でございます。したがいまして、数がどれくらいあるとか、あるいはそこにどれくらいの子供が行っておるかということは、行政のサイドからはつかみ得ないというのが現状でございますが、ただ、四十八年度の父兄負担教育費の調査というのがございます。この集計が最近できたわけでございますが、これによりますると、サンプル調査でございますが、小学生の場合は約六二%、中学生の場合は約四七%、高校生の場合が約二一%、学習塾または家庭教師の指導を受けておるという数字が公式にございます。これはただいま申し上げましたように、家庭教師の指導を受けている場合を含むわけでございますから、学習塾だけの数字ということではございませんが、合わせまして、まあ小・中・高等学校を通じてかなりな児童生徒がこうした教育を受けておるという実態は把握できておるのでございます。

最上進自由民主党

○最上進君 大変実数把握はむずかしいと思いますけれども、私は、やはりはっきりした数値がこういう委員会でも言えないと、調査結果が出せないということは、やはりその実態調査をしておられない。ただいまのお答えは、やはり非常に文部省の役人的、官僚的発想であって、行政の対象範囲外であるということでお片づけのようでございますけれども、学習塾というものがそもそも一体どうして生まれてきたのかということを文部省は考えたことがございますか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 先ほども申し上げましたように、学習塾にはいろいろな種類がございます。一つは、まあ進学塾でございます。これは上級学校、特に有名校に進学したいといったような子供が多く通っておるようでございますが、それが一つ。それからまあ補習塾、学校で十分理解できなかったものを補習的に勉強したいというものがそれに当たろうかと思います。ほかにおけいこ塾、これはそろばんでございますとか、書道でございますとか、こういったものを学ぶという、いわゆるおけいこ事の塾がございます。それぞれこの塾に通いまする理由は違うわけでございますが、言うまでもないことでございますが、進学塾でございますと、やはり昨今の受験競争に打ちかちたいというような動機が働くわけでございましょうし、補習塾でございますならば、学校で十分理解できなかったことをさらに十分理解したい、そういう気持ちで通っておるわけでございましょう。そういうことが塾が存在する社会的な理由、あるいは子供たちが通う個人的な理由ということになろうかと思います。

最上進自由民主党

○最上進君 いま塾経営者の話によりますと、一説に十数万カ所わが国には塾があると言われる、あるいはある人によれば五十万から六十万カ所も塾があるということを言われております。ところで、日本の学校の数というのは、大体小中高合わせて約四万校というふうに言われているというふうにとっておりますが、就学率とにかく九割以上を誇るわが国に、学校の数よりも数倍、数十倍ものやはり少なくとも学習塾と称する教育機関というものが存在しているということの持つ意味は、私は決して小さなものではないというふうに考えております。  先般、日教組が行いました児童・生徒の学習生活に関する意識調査の結果によっても、塾に行っている子供たちは五六・三%でほぼ六割に近い数字が出ているわけでございます。現実にここまで来ている学習塾問題に対しまして、繁栄を知りながら所管外のこととして見向こうともしない先ほど来お示しのような文部省の態度に対して、私はその神経を疑わざるを得ない。学習塾に関する実態調査を文部省みずからがやはりおやりになる意思が本当にあるのかどうか、あるいは文部省の中にとにかくいま学習塾に関して扱う、その資料を集める課すらおそらく私はないんだというふうに考えておりますけれども、いままでその実態調査をやれなかったのか、やらなかったのか、やる必要がなかったのか、この辺をひとつ明確にしておいていただきたいと思います。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 先ほど申し上げましたように、学習塾はいわば家庭の私的な事柄に本質的には属するものだと考えております。つまり、家庭教育を外部に委託するような、そういう考え方がこの学習塾の基本的な性格であろうと思います。したがいまして、きわめて私的な領域における教育の一形態ということになるわけでございます。学校形態を備えまして、各種学校というような形になりますれば、これは行政権の把握の対象の中に入ってくるわけでございますが、塾はただいま申し上げましたようなきわめて私的なものでございますから、行政対象としては捕捉しがたいということでございます。しかしながら、ただいま御指摘のような点もございますので、個別的にはいろいろ調査もいたしておりますが、全国的な状況を組織的につかむというところにはまだ至っていないわけでございます。今後の課題といたしまして、私どもは、こういう個別的な調査をもう少し綿密にやってみたいとは思いますが、行政上の権限に基づく調査ということになりますと、これは法的な根拠もございませんので、やりようがないというのが実際でございます。

最上進自由民主党

○最上進君 まあ私的な領域の問題であるから云々というお話でありますけれども、特に学習塾に行っている子供たちの大半が、先ほどの日教組の調査結果によっても、学校の授業がよくわからないからという答えになっているわけですね。これでも文部省はいわゆる自分たちの管轄外のことであるということで、この学習塾の問題をお片づけになれるのかどうか。私は、学校において授業についていけない子供たちが大変いるということは、これは文部省でも教師でも私は知っていると思うんです。文部省もこうした現実の姿にやはりこの際目をしっかり据えてもらって、わからない子対策をやはり教育課程審議会でしっかりと論議してもらいたいというふうに私は考えておるわけです。  そこで、先日の教育課程審議会の総会においては、詰め込み改善のいわゆる三委員会、これを発足させたわけでありますけれども、特に小、中の教科内容をうんと精選して基礎的な学力を身につけると、すなわち、その教科内容の変更については私は大変結構だと思います。異論はありません。しかしその中で、どうも授業時数を縮減する方向で委員会が検討しているということには大変大きな疑問を持っているわけであります。折しも日教組の中央教育課程検討委員会の中間報告が出されましたけれども、それによりましても正規授業は午前中だけで午後は自主的活動というのが大きな骨子のようでありますけれども、これもまた私は授業時数の大幅削減が大きな特徴になっている点、これは私は非常に疑問に思っているわけでございます。  私が指摘したいのは、あたかもわからない子対策とか詰め込み教育対策の名のもとにどうも私には学校五日制移行への足固めのような気がしてならないわけであります。特に午後の自主的活動というものには、日教組の従来の教育過程自主編成をねらいにしていることは、これはもう間違いないと言われております。わからない子対策をやはり論じるには、もっと、一つ見逃しておることが私はあると思うのです。それはやはり現場に立つ先生方の指導能力とかあるいは教える力の再教育などというものもあわせて論議していかなければ、いままでのような論議の仕方だけではこのわからない子対策というものは決して私は解決しないというふうに考えているわけでございます。  特に塾というのは、いま第二の学校というよりはむしろ第一の学校の役割りまで果たしている。子供たちは学校に行くより塾に行った方が楽しいということさえ言っている。学校教育の補完どころかもうすでに代行しているとも言えるわけです。親は、自分の子がわからない子であれば、やっぱり何を犠牲にしてもとにかく自分の子をわかる子にしたいというふうに考えている。そういう中で、いま世の父兄たちがどのくらいそうした家庭教師をつけたり学習塾にやったりして、自分たちがいわゆる食べないでもわかる子にしたいということで、食費を犠牲にしてまでも子供たちをとにかくそうした多くの金をかけて塾にやっている、家庭教師をつけている。  こういうようなことを考えていくと、私は、多額の教育費に支えられたいまの公教育、学校教育というものは一体何なんだろうということをやっぱり考えざるを得ないわけであります。また、現職の教師がこうした私塾で、学習塾でアルバイトをしているなんていうこともよく聞きます。みずからまた、夜間に塾を開いてクラスの特定の子供たちを特別指導しているようなケースもあるようであります。こうした問題には今後どのように措置していくおつもりなのか。やはり現場教師のこうした問題については厳正なる規律を確立すべきであるというふうに私は考えているわけでありますけれども、この点いかがでございましょうか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 塾の実態の把握について御質問がございましたから、これはまあ現状では行政権の及ばない範囲であるということを申し上げたわけでございますが、そうした塾が繁盛しているそういう実態がこれでいいかということになりますれば、これは御指摘のような問題があると思います。  したがいまして、学校教育の側におきましては、そうした進学塾に行って学校でよくわからなかったことを教わらなければならないということがないようにということは、これはやはり行政に与えられた課題であろうと思います。  そういう意味で、御承知のとおり、現在教育課程審議会でいろいろな検討が行われておるわけでございます。そのことに触れますと長くなりますので簡単に申しますが、やはり一般に教育内容の水準が高過ぎる、あるいは指導内容が多過ぎるというのが一般的な世論であろうかと思います。したがいまして、そういう観点から現行の指導要領をどういうふうに改善をしていったらいいかということが三つの課題のうちの一つでございまして、そういう観点からただいま鋭意検討が進められておるということでございます。  それから、それと並行いたしまして、授業日数あるいは授業時数の問題がこれでいいかということが論議されております。しかしこれは、ただいま先生がお話しになりましたように、学校五日制に移行するためにそういうことを検討しておるということではございません。世界的に見ましても日本の初等中等教育における授業日数、時数は多過ぎるではないかということが言われております。多過ぎるかどうかということは、これは教科内容との関連において考えるべき事柄でございます。したがいまして、先ほど申し上げましたように、盛りだくさんに過ぎるとか、程度が高過ぎるとかという批判がございます。これをどういうふうに整理をするかということとの関連において、授業日数なり時数なりをどういうふうに考えていくかということも、これも教育課程審議会に与えられた重要な課題でございます。  そういう問題を解決することによりまして、子供たちが学校でわからなかったことを塾へ行って教わらなければならないということがないようにしたいというのが、これは私どもの行政としての立場でございます。

最上進自由民主党

○最上進君 最後になりますけれども、先ほど来この学習塾の問題から文部省は逃げよう逃げようとしておられることはよくわかります。しかし行政の対象範囲外ということだけで、とにかく避けられないところまで、逃れられないところまで塾というものがいま非常に繁栄をしている。私はこの点を考えますと、とにかく実態調査すらいままでやってこない文部省のやり方というものに対して非常に憤りを感じるわけでありますけれども、ぜひひとつ実態調査、このくらいは、文部省が全然関係がないということで片づけないで、私は当然やるべきであると考えておりますけれども、この点、約束していただきたい。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 繰り返しになって恐縮でございますが、文部省は学習塾に対しまして直接的に調査をする権限が与えられておりません。したがいまして、行い得ないということでございますが、しかし、御指摘のように、非常に重大な問題でもございますので、権限に基づいてという形ではないにせよ、何らかの形で実態の把握には努めたいというふうに考えております。

最上進自由民主党

○最上進君 結構です。

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 午前の質疑は、この程度にとどめ、午後二時再開することとし、暫時休憩いたします。    午後一時十一分休憩      —————・—————    午後二時九分開会

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) ただいまから文教委員会を再開いたします。  この際、委員の異動について報告いたします。  ただいま矢原秀男君が委員を辞任され、その補欠として山田徹一君が選任されました。     —————————————

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言を願います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 一月二十四日、三木総理大臣は施政方針演説の中で国際婦人年に触れまして、婦人の地位の向上に一層努力をすると、こう述べられております。私ども婦人議員は大変喜んだわけですが、総理府の発表いたしました「婦人に関する諸問題の総合調査報告書」、これは昨年の三月に出されておりますが、その中に、「家事の手伝いについては、男女差がはっきり見られ、小学校入学前はそれほどではないが、家事の手伝いをさせない家庭は、小学校低学年男子二五%、女子一三%、小学校高学年男子二三%、女子六%、中学校男子三〇%、女子九%となっている。」こうしたしつけをしている母親たちは、いまの暮らしについて男女の地位が平等になっていないと六二%が感じている。「その中の五八%が社会通念や風潮の中に、三七%が職場の中に、二四%が家庭内に不平等を強く感じている。」と、このように述べられております。三木総理の演説は、経済大国を誇るわが国において婦人の社会参加が多様な形で進められてはいるものの、婦人問題は山積しているとの認識に立たれた演説であったというふうに考えるわけです。明日からメキシコで国際婦人年の国際会議が開かれます。藤田団長は、十年後にも、各国がどのようにこの婦人問題について努力をしたかという成果を確かめ合う意味でも、第二回の国際婦人年の国際会議を開きたいと、こういう提案をするというふうにおっしゃっておられましたけれども、私たちはできれば国際婦人年なんてないような社会をつくるということを望んでいるわけですが、しかし、その国際婦人年は、男女の平等の促進、経済社会文化の発展の婦人の参加、国際友好と協力への婦人の貢献のこの三つのテーマに向けていろいろな団体が、そして政府機関もさまざまな努力をされているというふうに思いますが、私は教育の面で教育がこれに対して果たす役割りというのは非常に大きいというふうに思うわけです。その意味で文部大臣の女子教育に対するお考えを第一にお伺いをしたいというふうに思うわけですが、これは一日あってもとてもお話しできるものでありませんし、私も昔買い求めました永井道雄著「文部省と日教組」の中に、男女別コース編成についての永井さんの御見解と、女子教育についての御見解があることを思い出して、きょうこれを引き出してきたわけですけれども、特に大臣のいまのお考えをお伺いする中に、後期中等教育と、それから高等教育という点に焦点をしぼって、女子教育の問題をお伺いしたいわけです。なぜかと言いますと、この二、三年、女子大、女子短大の斜陽化傾向が進みつつあるというふうに私たちは考えないわけにはまいりません。国立大学一期校やいままで進学者が少なかった法、理、工、医、農に進出する数というのが女子学生に非常にふえている。東大、東北大あるいは北大、京大なども大体四割ぐらいふえているという計算を私たちはしておりますし、その逆を言いまして、いままで有名校であった、名門校といわれていたお茶の水あるいは東京女子大、奈良女子大の受験生がもう激減をしているという、こういう実態も踏まえてひとつお話をいただきたいというふうに思うわけです。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) いま先生がおっしゃいましたように、本当は国際婦人年というようなものがない方がいい、そういうところに行かなければいけないという点において、私も全く同感でございます。ただ現状においてはその国際婦人年も必要であり、また、国会において、市川房枝先生がお読みになった決議も必要であるということであろうかと思います。非常に問題が多岐にわたりますからもう限定して申し上げる方がいいと思いますが、私は後期中等教育、それから大学というレベルでの問題に限定して考えますと、学習者の方も問題だと思いますが、一つは、先生方の方にどのくらい女性の先生が入っておられるかという方も問題だと思っております。これは必要に応じてデータを提供いたしますけれども、実は先般全国の幼稚園の国公立の大会がございまして、そのそばでまた私立の幼稚園の大会があったので参りましたが、幼稚園に関しては非常に実は管理者のところも女の方がたくさんいらっしゃる、ところが上級学校になるにつれて少ないという問題があるわけでございます。非常に能力がおありになる方の場合にも何となく伸びにくいような情勢に事実あるということは否定できないと思います。また、確かに家庭に入ることを御希望になったりすることから減るということもありますが、そういう状況の中でどうしていくかということであります。やっぱり大学の場合、これも統計を見ますと、女子短大に一番女の先生の数が多いようでございます。そして一般の総合国立大学の場合少ないのでございますが、今後いわゆる国公私の格差などと申しておりますけれども、私は、そういうものの是正というのに並行して考えていきます場合、重要なことは人事の問題であってやっぱり高等教育において女性の先生が相当活動される、そういう場合にしかるべきお立場にお立ちになるようにした方がいいんじゃないか、実はそういうふうに考えて、文明問題懇談会の副会長にも中根千枝先生をお願いしたのでございます。現在、懇談会で副会長が女性の懇談会というのは余りないと聞いておりますが、お願いいたしまして、しかし、それは全くお一人でございまして、そういうことで問題が解決することはあり得ないと思っておりますが、そういう意味合いにおいて、大学のレベルそれからやはり次に問題になりますのは、先生が御指摘になった後期中等教育のところも比較的女の先生が科目によって多いところがあるけれども、しかし、小中に比べると数が少ないという問題がありますから、まず、教育の学習者の前に先生方の方をどうするかという問題の方に力を注いでいくことが大事ではないかと考えております。  次に、学習者の問題でございますが、これはまあ教育基本法もわが国における男女の共学ということを掲げているわけでございます。国立大学などにおきまして相当男女の共学というものが学部によって定着してきているところがございますが、しかし、そうでないところがある。他方また、これは女の方々の現段階における御希望ということもあって、女の方だけの学校というものも事実でございます。そういうことがまた後期中等教育に反映いたしております。この辺は一つは平等の問題とあるいは役割りの違いというその問題、その問題の一つの絡みがあって、これは歴史的に男も女も役割りがだんだんに変っていくのだと思いますが、なかなか単純に割り切れない問題も含まれているかと思います。そういうことはいろいろな学者も論じております。私も実はその先生の持っていらっしゃる本の中にもそのことを書いたつもりでおりますが、やはりこの役割りの問題と平等の問題、そこに一つの問題点があるということは認識しつつ、しかも事実上、後期中等教育それから高等教育の場において、やはり男女共学の幅を広げていくということ、そういう方向と先ほどのような先生の人事の方向が固まっていくということが今後私は進むべき方向であると考えております。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 大体、私もそのように考えるわけですが、私は女子大に進む人たちの人数が減って、そして本当にいわゆる東大や東北大、北大というふうな男の人と一緒に学びたいというそういう婦人が、女性がふえてきたということ、そのことはやっぱり男女共学があたりまえなのだという考え方が若い人にも定着をしてきたし、その親にもやっぱりきちんと定着を始めたというふうに思います。それと同時に、またいわゆる女子大が文科だとかあるいは教育あるいは家政科というようなところに限定をされているということにあき足らないで、やっぱり女性も専攻の多様化が進んできたということが一つの原因だというふうに思っております。また、昔のような良妻賢母型の教育というものが受け入れられなくなりつつあるのだろうというこの傾向を示しているのだというふうに思いまして、いまの男女共学を進めていくというのが原則だとおっしゃる大臣の言葉を非常にうれしく思いながら、ちょっと広範にわたりますので、浅くいろいろな点についての質問をしたいというふうに思うわけです。  文部省は、この国際婦人年は、あすから始まるメキシコの国際会議やあるいは秋にあります東独での世界大会に婦人を何人参加をさせるかというようなことが今回の目的ではないということを十分御存じだというふうに思いますので、具体的にこの国際婦人年というものを文部省として、政策の中にどのようなことを努力するというふうに考えていらっしゃるのか。これを実現するために各省庁連絡協議会というのが設けられて、文部省からは社会教育局の婦人教育課長も出席をしていらっしゃるわけですが、そのようなことについての文部省内での討議があったかどうかということをお伺いしたいと思います。   〔委員長退席、理事久保田藤麿君着席〕

安養寺重夫文部省社会教育局長

○政府委員(安養寺重夫君) 国際婦人年の行事に対しまして国の内外に対してどのように対応するかという体制づくりにつきまして二色ございます。一つは、対外的に、いま始まったわけですが、世界会議の開催等を目前にいたしまして外務省が関係省庁の意見調整をする、そして対外的に意見を取りまとめる窓口をやる、これが一つでございますし、もう一つは、国内的にどのようにやるかということで労働省が窓口になっておりまして、大体同じメンバーになるわけですが、関係省庁の特に関係の深い課長を代表に国内運動の計画等をどういうように練るかという相談をするという仕掛けになっております。たまたまいま御指摘の私の方の局の婦人教育課長が参っておりますが、これは文部省といたしまして、学校教育、家庭教育、社会教育、全般を通じて婦人のことを議論をするという中で婦人教育課長という適職がおるものですから代表して行っておるということです。あくまで全省的な問題の連絡役ということで参加しておるというように省内の相談でそのようにいたしたわけでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 私は、三つのテーマが文部省の教育行政の中にどのように具体的に位置づけられるかということについてお伺いをしたかったわけですけれども、やっぱりそういうような討議が行われていないのだということがいまはっきりわかったわけです。具体的な問題にしぼってお伺いをしていった方が逆に言えば私もよくわかるというふうに思います。  三月三十一日、参議院の予算委員会で長谷川労働大臣は、この件に関する質問に対してこうお答えになっていらっしゃるわけですが、各役所の上級職に入っている人数を見たが、国際婦人年に当たっては有資格者で有能な人があれば各省庁課長ぐらいはお出しいただく、こういうふうにおっしゃっているわけですね。それで、文部省内の婦人職員の地位というのですか、人数というのですか、そういうものは一体どのようになっておりますか。

松浦泰次郎文部大臣官房人事課長

○説明員(松浦泰次郎君) 文部省内部部局と文化庁を合わせました在職数調べがあるのでございますが、一般事務系につきまして役付になっておりますのが、男子職員が六百四十一名、女子職員が三十二名でございます。割合にしますと、男子九五・二%に対しまして女子が四・八%という状況でございます。それから視学官とか社会教育官、教科調査官というような専門的な色彩の強い役職の方でございますが、そういう方を合わせますと総合計が男子が七百四十六名、女子三十八名でございまして、割合が男子九五・二%、女子が四・八%という状況でございます。それから、その役付を除きました一般職員が、男子が四百九十六名おりまして、女子が百四十名、その割合は七八・〇%と二二・〇%、役付と一般職員を総合計いたしますと、男子が千二百四十二名、女子が百七十八名、パーセントの割合は八七・五%と一二・五%というような状況でございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 結局、役付は非常に女子は少ないということが現状だろうというふうに思うわけです。  それじゃ、文部省が直接管理をしております義務教育の部分に関してお伺いをしますと、もうすでに女教師が小学校では五四%を超えている、地域によっては七〇%を超えているというような実態があるわけですし、中学校では全国平均は二八%と、こういうふうになっていて激増しているわけですね。この激増していること自体がまた大変な問題を醸し出して、毎年毎年テレビに、あるいは新聞に、またふえた女の先生なんていうような、さも邪魔者が来たような扱いをされているわけですが、どんなにふやさないようにしていこう、男でもっていこうなんていうようなそういう御意見をお持ちの方でもこのことは否定できない歴史の流れだと思うわけです。さて、そういうふうにふえ続けてきている女教師の中で、一体教頭だとか校長だとかの数あるいは指導主事、管理主事、そういうような数はどのような状況になっているか。その数は——多分私は少ないと思うのですけれども、それが余りふえていない、数が少ないという実態は一体どこに原因があるのか。あるいはその原因がこうこうこうだということであれば、どのようにしていったら本当に婦人教師が自分の能力を見出せるような場所についていけるのかということについてお伺いしたいわけです。私の同級生も、四十五名のうち三名が教頭になり、一人が校長になっています。女子の師範では非常によけいなわけで、あのクラスは大変大ぜいだ大ぜいだ、こう言われるのですが、もしそれが男子師範——青山師範あるいは豊島師範というふうな形になっていれば、ならない人がそのくらいで、あとはほとんどなっている、こういう実態があろうかと思いますので、その辺についての文部省の努力といいますか、御指導が各県にあるわけですがお伺いをいたしたいわけです。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 学校における女子職員の中の校長、教頭の割合でございますが、小学校について申しますと、昭和四十九年度の校長、教頭合わせた数が九百九十五名でございます。その比率は二・二%でございまして、四十七年度の一・九%、四十八年度の二%に比べまして逐年増加’しておるという傾向にございます。中学校につきましては七十名でございまして、全体に対する比率は〇・四%でございます。四十七年度の〇三%、四十八年度の〇・四%に比べまして、四十九年度はやや増ないしは横ばいという状況でございます。それから高等学校でございますが、四十九年度は二百一名でございまして、比率といたしましては二・二%でございます。四十七年度が二・四%、四十八年度が二・二%でございますから、比率といたしましては四十七年度に比べてやや減少しておるということでございますが、ただ御承知のとおり、高等学校における女子の校長、教頭は、これはほとんどが私学でございます。そういうことを念頭に置いてただいまの数字は御理解をいただきたいと思います。  ただいま申し上げましたのは、小中高等学校でございまして、幼稚園につきましては、御承知のとおり、女子の園長さんが大変多いわけでございます。公立につきましては、ただいまちょっと数字を手元に持っておりませんが、国立の幼稚園について申しますと、四十六の幼稚園に置かれておりまする園長さんのうち四十一人、約八九%が女子ということでございます。公立につきましてもややこれに近い数字であろうかと思います。そこで、この数が少ないかどうかという点でございますが、ただいま御指摘がございましたように、近年、小学校、中学校、高等学校を通じまして女子の占める割合が大変増加をいたしております。四十九年度でございますが、小学校では五四・二%、中学校では二八・五%、高等学校では一四・三%が女子でございます。しかしながら、これを年齢別に見ますと大変状況が違うわけでございます。校長あるいは教頭の適格者、適格者と申しますか、現実に校長あるいは教頭になっておる先生方の年齢を見ますとやはり四十五歳以上ということになろうかと思いますが、仮に五十歳以上の数字をとってみますと、小学校で五十歳以上の——小学校で女子職員全体を一〇〇%といたしました場合に、五十歳以上の女子職員の数というのは約八%でございます。中学校におきましては、五十歳以上でございますと約一〇%、高等学校でございますと一三%でございます。つまり、女子職員全体の数は、御指摘のようにかなり急激にふえておるわけでございますが、教頭あるいは校長になられる通常の年齢の方をとってみますと、該当者はやはりかなり現状では少ないということでございます。したがいまして、ただいま申し上げました二%とかあるいは〇・四%とかという数字がそのまま全体に対する、何と申しますか、割合であるというような受け取り方は必ずしも適当ではないように思います。  それから、なぜ少ないかということでございますが、ただいま申し上げましたように、該当者の実数が少ないということもございますが、校長、教頭ということになりますと、やはり学校全体を取りまとめていくというようなことで、やはり特別な資質なり能力なりが要求されることかと思います。その間に男女の差別があるとは私は考えませんけれども、やはり、適格者を選ぶということになりますと、そこに具体的に適格者を選ぶことが必ずしも平等には行いがたいといういろいろな事情があろうかと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 私は、その隘路は何かと、こういうふうにお伺いしたわけですけれども、明確なお答えがないように思うわけです。いま五十歳を過ぎている人たちというのは、小さいときからもう男女別学の教育を受け、女は結婚をしたらやめるものなんだ、働くことそのものすら否定をされているような、余り尊敬をされないような時代に育ってきている、そういう中で生きてきた人たちですから、なかなか教頭だとか校長だとか、管理職になるというふうなことそのこと自体ももう目標の中になかったような時代に学んできた人たちが、いまその立場に立って教頭や校長になるということは非常に困難なことだというふうに思いますけれども、しかし、いま数字をお挙げになった数%の方々はりっぱに教頭、校長の職を果たしていらっしゃるということは、やっぱりきちんとその場所を与えていく、訓練をしていくという、こういう教育の場があればやっぱり女性もやっていけるんだということを肯定したものだというふうに考えているわけです。  それで、いまのお答えがありましたので、私はちょっと質問の順序を変えまして、それじゃ一体なぜ女は五十歳を過ぎた場合に人数が激減をしていくのかという問題があろうかというふうに思うわけです。文部省は一体どういうふうに理解をしているんですか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 五十歳を過ぎた女子職員が特に少ないということだけではなくって、御承知のとおり、女子の教員は結婚をするとやめる方が非常に多いわけでございます。したがいまして、年齢別構成を見ましても、やはり二十台あるいは三十五歳ぐらいまでの女子教員の方は大変多うございますが、それ以上になりますと、やはり結婚とか家庭に帰るとかいったことで退職される方かかなり多いわけでございます。そういうことが一番大きな原因になりまして、四十五歳以上あるいは五十歳以上の教職員の数が男子に比べて非常に少なくなってきている、これはそういう理由かと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 確かにおっしゃるような理由も一つはあろうかというふうに思います。けれども、私はやっぱり男女差別の問題がいま教育界の中で歴然として生きているというふうに思うことは、この五十歳を過ぎた婦人教師が激減してるというところから出てるというふうに思うわけです。それはなぜかといいますと、退職勧奨というものが各県では基準というものが設けられますね。その退職勧奨の基準の中に明らかに男女差が見えるという、こういう実態があるというふうに考えます、私自身もそのことをもう身につまされて経験してまいりましたから。たとえば、夫を教頭にするためには妻がやめなければならない、校長の妻だからあなたは教員をやめなければならないという理由、あるいは夫と妻とは合わせて収入が幾ら幾らあるから、その場合には妻の方がやめるべきであるというような理由、こういうような実態について、各県にいわゆる男女格差のある勧奨退職年齢というものがあるということをどのようにつかんでいらっしゃいますか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 退職勧奨年齢でございますが、全国平均は女子の場合が五十七・六歳でございますが、男子の場合は五十八・三歳でございます。男子の方が若干長うございます。これは一般の教員の場合でございますが、校長の場合を申しますと、女子の校長は五十八・五歳、男子の校長は五十八・九歳でございます。それから女子の教頭は五十七・九歳、男子の教頭は五十八・五歳ということでございます。まあ若干の差はございますけれども、だんだんこの退職勧奨年齢の差というものは詰まってきておるようでございまして、全国的に見ますと、三十四の都道府県、九つの指定都市におきましては、男女の勧奨退職年齢は全く同一になっております。しかし、異なっておるところもございまして、その数は現在のところ十三県ということになっております。  こうした退職勧奨年齢に差等がございますことにつきましては、やはりいろいろ事情があろうかと思いますが、一つは、やはり学校という職場におきまして男女の適正な比率を維持したいとか、あるいは年齢構成が一方に偏ることを避けたいとか、あるいはその地域のまあ社会的な事情とか、そういったことによりまして若干の差等が現在ついておるということが現状であり、その背景であろうかと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 私はいまのお答えに大変不満です。なぜかといいますとね、全国平均なんていう言葉は通用しないんですよ。平均でこんなもの出されたんではね、涙を出しながらやめさせられていった人たちが怒りますよ。私たちの調べでいえば、一つ一つ挙げていけば切りがないわけですけれども、たとえば群馬県でいえば、校長夫人だったら五十一歳でやめなければならないとか、あるいは富山県は女だったら五十二歳は全体の三分の一はやめなければならない、福井では五十三歳、鳥取では五十一歳、島根では四十八歳、四十九歳、五十歳にもならないうちにやめなければならない、愛媛では四十歳を過ぎると何となく退職勧奨の零囲気があるという、こういう中で婦人教師が泣きながらやめていくという実態があるっていうことを御存じないようないまの発言だというふうに思わないわけにはまいらないわけです。それで一体いまの安嶋さんがおっしゃるように、男女の適正な比率というのは、一体どうならば適正になるんですか。五、五になれば適正で、七、三であれば適正で、あるいは六、四なら適正だと、こういうふうに考えられるものなんでしょうか。そこはどうなんですか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) それは、私も結論を持ち合わせておるわけではございませんが、御承知のとおり、学校というのも一つの組織体でございますから、やはり男女の間に適正な比率があるということが学校全体の円滑な運営のために必要であろうと思います。たとえば、運動会といったような行事を行います場合におきましても、やはり若干の程度の男子の教師が全体をまあ仕事によりましていろいろございましょうけれども、男子の教員が男子にふさわしい部分を担当して、運動会全体を適正に進行させていくといったようなことも必要であろうと思いますし、あるいは遠足や修学旅行に生徒を引率するというような場合にも、女の先生だけではなくて、やはり男の先生がその中にある数加わっておるということも、やはりその行事の適正な運営を図るために必要であろうというふうに考えるわけでございます。そういう意味で、やはり学校にある程度と申しますか、適正ということを私申し上げたわけでございますが、必要最小限度のやはり男子教員というものは確保することが必要であろうというふうに考えるわけであります。具体的にその適正な比率が何割であるという結論を持っているわけではございません。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 それでわかりました。私も、年とった先生がおり、若い先生がおり、女の先生がおり、かあちゃん先生がおり、とうちゃん先生がいるということが、子供たちにどんなに安心感を与えるか、学校運営がうまくいくかということについては、いまのお考えと同じ考え方を持つわけですけれども、私はそのほかにもう一つ、やっぱり女が年をとってまで働くものではないんだという、こういうもしさっきおっしゃいました地域の住民の考え方というものがあって、そういうものに迎合するような態度を教育界がとるということは間違いの元だというふうに考えるわけです。やっぱり教育界は憲法十四条あるいは二十七条、これに基づいてきちんと人間の働く権利というものを保障するという立場に立たなければならないというふうに思うわけですが、そういう考え方からすれば、この婦人教師を強引にやめさせるというやり方をしている県があったとするならば、私は今度その時期には具体的な例を持ってきたいというふうに思いますから、あったとしたならば、文部省としてはきちんと指導していただきたいというふうに思うわけです。そして、たとえば地域の問題なんかに迎合するとすれば、数年前に全金プリンスで中本ミヨさんが、女が五十歳の定年で男が五十五歳の定年というのは憲法違反だという訴えを起こされた。そのときに裁判官が判決を下しているんですね。全くそれは労働省が出していった統計なんですけれども、女の五十歳は男の五十五歳の生理的機能と一緒であって、そしてまた、女の五十五歳の生理的機能は男の七十歳に該当すると、こういうのがあるんです。それを引用されまして、中本さんが五歳違いで定年になるということは当然のことだというふうな判決を下しているわけなんです。その後、これは地裁でもってわずかな差であればあるほどそれを合理的とする理由は強力でなければならないとして否定をされているという、こういう事実がありますので、婦人教師の中で四十八歳あるいは四十九歳、五十二歳、五十三歳などというような勧奨退職年齢というものをつくっている県に対しては、強力な御指導をぜひお願いをしたいというふうに思います。それについてお考えをお聞かせください。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 先ほど申し上げましたように、やはり地域社会におけるいろいろな事情、習慣等がございますし、それに学校における教員の年齢構成を適正なものにしたいという理由から現状におきましては若干男女勧奨年齢に差があるわけでございますが、これが徐々に接近をしておるということは先ほど申し上げたとおりでございます。ただ、この勧奨年齢でございますが、これは制度として決めておるわけではないわけでございます。これは御承知かと思いますが、一応の勧奨のめどということでございます。これが制度として、こういう取り決めがあるといたしますならばいろいろ問題があろうかと思いますが、その時期に参りましたならば勧奨をするということでございまして、この年齢で当然に退職をしていただくということでは必ずしもないわけでございます。つまり、人事の一つの運用の仕方としてこうした方法がとられておるわけでございます。ただ、方法といたしましては、御指摘のような方向が望ましいとは思いますが、各県それぞれの事情もあることでございますから、そうした一般的な私どもの気持ちを参考にしていただきまして各県において適切な勧奨年齢が定められることを期待をいたしたいと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 この問題だけで長く時間をとる気持ちはありませんけれども、どうも御答弁が私自身は納得がいかないものですから、つい長い時間をとってしまいましたが、しかし、それは私はやっぱり実態を御存じないというふうに思うわけです。勧奨というのはおすすめでございましょう。お勧めというのは一回か二回おすすめすればいいんであって、授業中にその教師を引き出してきて二時間も四時間も強引にお勧めをする。強引におすすめをなんていうもんじゃないですよね。ある程度の態のいい脅迫です。こういうような事実があるというふうなことをやっぱり実態を十分に御承知いただきまして私は御指導していただきたいというふうに思います。  次に移りますけれども、アメリカの国際連合協会とユネスコの国内委員会が共同作成をしたパンフレットがあるんですけれども、これは国際婦人年に向けてつくったパンフレットですが、その「平等のパートナー」の中には幾つかの提案がありまして、日常の家庭生活や地域社会での活動が真の男女平等を生み出すもととなるんだと、こういうふうに考えて監視のポイントを挙げています。そのうち教育に直接関係しているものとして、一つ、初中教育は少女に平等を与えているか、科目や教科書の性による固定観念は減っているか、二つ、大学の入学に差別はないか、三つ、どの学科にも女子は入学できるかと、こういうふうなことを言っているわけです。私はこんな考え方からひとつ文都省も見直しをしていただきたいというふうに思うわけですが、一体、男女平等という意味で、都道府県別、男女別、設置者別高校の数というものを私は文部省からの資料をいただきましたけれども、その中を見ますと男子のみの高校が国立で四校ありますね。それから女子のみの高校が東京に一校あるようです。それから公立で男子のみというのが百七十一校、女子のみというのが百九十八校になってますけれども、これは年々ふえているんですか、減っているんですか。それから国立ではなぜ男子校のみ、女子校のみという学校があるのですか。このことについてお伺いしたいと思います。もちろん、これは四十八年の統計ですからことしどうなっているかちょっとわかりませんが。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 男女共学の実施状況でございますが、四十八年度国公私立を通じて申しますと、男女共学の学校は七三・一%、男子のみの学校が九・七%、女子のみの学校が一六・七%ということでございます。男女共学について申しますと、昭和二十五年度におきましては共学校の数が六三・三%でございます。これが十年後の三十五年になりますと六九・八%、さらに十年後の四十五年になりますと七二・三%、四十八年度はただいま申し上げましたように七三・一%でございますから、傾向といたしましてはまあ若干ではございますが、増加をしておるという状況でございます。それにうらはらの関係にあるわけでございますが、男子のみの学校は、昭和二十五年の一七・二%が四十八年には九・七%と、これが著しく減少いたしております。女子のみの学校は、昭和二十五年に一九・三%でございましたが、四十八年度は一六・七%でございますから、これはやや減っているという状況でございます。国立につきまして、男子のみの学校があり、女子のみの学校があるということでございますが、これは私ちょっと具体的に承知をしていないのでございますが、後でまた調べてお答えを申し上げたいと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 数じゃなくて考え方を伺えばいいわけです、数はわかりますから。これは文部省の統計ですから。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) ただいま初中局長の御説明にありましたように、全国的に男女共学がふえてきておりますが、しかし、そうでない部分もあるわけでございます。私が理解いたしますところでは、そういう状況の中で、もちろん国立の学校におきましても付属は男女共学の方向を目指していきますが、学校の使命が研究校ということに置かれている。そこで、女子の場合はお茶の水女子大学でございますが、私の理解しておりますのでは、公立のところで女子校があるという場合に、国立でもまだそういう考え方というものに基づく教育はどのように行われるかということについてのお考えもあると聞いております。男子の方も同様と思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 研究指定校ということでは理解をいたしましたけれども、しかし、教育基本法第五条の男女共学という考え方、あるいは憲法十三条、十四条の理念から考えれば、私はやっぱりそのこと自体は研究指定校だからこそ理解はいたしますものの、おかしいという気持ちがしないわけではありませんが、しかし、さっきお話をしましたいわゆる都道府県別、男女別、設置者別高等学校の文部省のこの調査を見まして、私は本当にこれは正しい統計だというふうに考えているのかどうかということをお伺いしたいわけです。  それは、こういう質問だとちょっと具体的にわからないというふうに思いますが、男女共学というのは一体どういうことなのかということですね。一つの高等学校十三クラスなら十三クラスある中に、家庭科だけは女子を入れます、商業科だけは女子を入れますというふうなのが、これが男女共学という中に入っていて、統計の中に含まれているのかどうかということが一つあるわけですね。そういう意味の統計はされているんでしょうかどうでしょうか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 実はそこまで詰めた分析はいたしておりませんが、いわゆる総合制高校でございまして普通科と女子商業科といったようなものがある学校があるわけでございますが、恐らくそういう学校も男女共学の学校として数えられているんではないかと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 私は、共学の原則というのは、やっぱり同じ一つの教室で教科も学科も一緒に勉強して、同じ教員によって行われ、同じ方法、同じ教材をもって行われるというふうに考えておりますので、その意味では文部省はもう少し実態をよく調査をしていただきたいというふうに思うわけです。  さて、これはちょっと占い話になりますけれども、昨年の春、朝日新聞に「男女共学は疑問正常な精神発育を損なう」として投書が出されていたわけですが、これは福島県の須賀川市の主婦、盛生高子さんという方でございます。ちょっと読んでいる時間があれなんですが、要は、この方は東京から福島に転勤をされた、御主人の関係で転勤をされた。それで、お嬢さんを普通高校に入れたいと思って先生のところにお伺いしましたけれども、やっぱりはいれないような状況が出てきたということで、大きなショックを受けてこの投書をされたわけですね。その中にこういうことが書いてあるわけです。   聞くところによれば、教科書も男子校は程度の高いBを、女子校はやさしいAを使っているとか。東京の大学にいっている長女は「友人の中に東北出身の女子学生はほとんどいない」といっていますが、これも男女に能力差をつける別学のせいではないでしょうか。  県教育庁などにたずねると「どの高校にも募集要項に別学の規定はない。入学しないのは希望者がないだけ」といいますが、たとえば安積高校では「現実には困る」といっています。「校長の裁量権で入学させないのか」と県教育庁にただすと「そこまでは介入できない」と人をバカにした返事が返って来ました。」  ということで非常な憤りを持っていらっしゃるわけです。  これを材料にして朝日新聞が解説記事を書いていらっしゃるのですが、具体的に会ってお話しをしているわけですね。   県教育庁の伊藤森三高校教育課長は「本来、すべての県立高校は男女の区別なく入学できるが、実際問題として男子ばかりの学校に一人、二人の女子が入っても、必修の家庭科や体育などの時間割り編成が困難。それに本人にとってプラスとはいえないので、志願者が出た場合、中学校の段階で志願先変更を指導することになろう」、  変更を指導させるんだと、こういうことを教育課長が答えているというふうに新聞紙上では見られるわけですね。それでまた、二、三十人がまとまって入学するようなケースが出てくればどうだという質問に対しては、「そのときはそれに対応した教員配置、予算措置をとる」というふうな答えを出していらっしゃるわけです。   県内でも福島高など戦後の一時期、男女共学だったが、いつの間にか女子の入学者がなくなった歴史的な背景がある。だから「県教育庁が指導しても、同じことの繰り返しになってしまうのではないか」  というようなことをおっしゃっております。その後をこう読んでいっても、私は本当にもう女の普通高校に行きたいと思う人だったら腹が立っちゃって、こういう人がなぜいわゆる高校の一流高と言われるようなところの校長先生をしていらっしゃるんだろうかと思うような答えが朝日新聞に載っているのですよ。  こういう実態を文部省はきちんとつかんで公立高校における男女共学というものをきちんと正しく指導していくような方向というものをとっていただきたいと思いますが、いかがですか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 男女共学につきましては、御承知のとおり、教育基本法の第五条に規定があるわけでございますが、この後段におきまして、「教育上男女の共学は、認められなければならない。」というふうに書いてあるわけでございます。男女の共学を推進しなければならないとか、あるいは男女は共学でなければならないということではなくて、「認められなければならない。」、こういう書き方になっておるわけでございます。これは教育基本法制定当初におきまして大変問題になったところであることは御承知かと思いますが、国の制度といたしましてはそういうことでございまして、男女共学を積極的に否定をすることは間違いである、こういう立場なわけでございます。したがいまして、公立学校におきましては約九〇%の高等学校が現に男女共学でございますが、しかし男女共学でない学校を積極的に男女共学校にしなければならないかというと、それは各地域の実情に応じた具体的な扱いに待たなければならないと、こういう課題であろうかと思います。  したがいまして、御指摘の個々の高等学校におきましてどういう措置が行われているかということは、詳細は私ども承知しないわけでございますが、やはり受け入れの体制等におきまして女子生徒を入れました場合に十分お世話がいたしかねるというような場合には、やはり学校側としても責任を持ち得ないというような事態も考え得るわけでございますので、そういう場合にはある程度御遠慮願わざるを得ないということもあろうかと思いますが、原則的には私は先生がおっしゃったとおりだと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 原則的にそうだとおっしゃるのであれば、やっぱり原則にのっとって教育が行われるように御指導いただきたいと思うわけですが、私は、その中でやっぱり許せないなと思うのは、男女共学になると進学率が上がらないということを答えていらっしゃるわけですよね。そこがやっぱり大きな問題点ではなかろうかと思います。そして、また、その進学率が上がらないということが、やっぱり学校の成績にかかわっているという考え方そのものも大きな問題だというふうに思います。時間がありませんから、私は、この点については大変質問不十分ですけれども、これで終わりたいというふうに思いますが、しかし、まだまだ教育の現場における男女差というものは非常に大きく出てきているんであって、たとえば、夫婦共働きをしている場合に、生計の主体者は一体どこにあるかと、この考え方についてだって、やっぱり大きな差別というのがあるわけですね。共済組合が大変赤字になった時代があります。しかし、その大幅な赤字になった時代でも、山梨だとか、東京だとか、千葉だとか、静岡だとかというところは黒字でした。黒字の一体原因は何かと言えば、婦人教師が多いことです。婦人教師が多いということは、一体何かと言えば、扶養者を持っていないということなんです。じゃ婦人教師は扶養者を持っていないかと言えば、そうじゃなくて、たくさんの子供があるけれども婦人にはつけられないという、そういう社会通念上のいわゆる指導体制というものが国から行われているというところに問題があろうかというふうに思います。私もきのう新潟へ電話を入れまして、県庁にそういう通達がたしか出ていますねと言ったら、出ていますと、こう答えるんです。どういうふうに私たちが問題を感じているかと言えば、たとえば、夫と妻の給料をこう比較しまして、どちらが生活の主体者であるかという場合に、男の場合よりも女が三割ほど給料がよけいでなければこれは生計の主体者として認めないというふうに言われているんですね。ところが、同しような郵政省あたりでも、組合がきちんとしているようなところでは、やっぱり給料がよけいの方が生活の主体者であって、子供を女につけるということがちゃんと認められているわけですね。その辺のところなんかも、やっぱり文部省はきちんと見ていただいて——それはなぜかといいますと、民間と公務員は全然、いわゆる共済組合の付加給付なんかもありまして、給付の状態が違いますね、そういう意味では、ぜひ私の方に入れたいという婦人教師がいっぱいいるわけですが、そういう制度があるために入れられない、大変な圧力がかけられる、こういうことがありますし、また、県立のいわゆる教員住宅があります、そこに入る入居資格だって、妻だってあるはずなんですけれども、それがそうじゃないんですね、やっぱり男が生活主体者だから、その人は教員でないから、県立教員でないからというようなことで入居できないなんという事実もありますし、そういうようなことについても、やっぱり洗い直しをしていただきたいというふうに思うわけです。  大変不十分な質問ですけれども、一応この辺でこの問題は取りやめまして、きのう実は私、物価等対策特別委員会におりまして、リジンの問題について文部省にお伺いをいたしました。そのリジン問題についての私の質問の答弁が、やっぱりちょっと気になりますので、ここでもまた確認をしていきたいというふうに思うわけです。  きのうお伺いした点の答えについては、私も文部省の立場、文部省の考え方はわかりましたけれども、私自身は納得をしない部分がたくさんありますが、しかし、一応それは別にいたしまして、リジン添加に対する五つの質問というものがある団体から出された、これに対して文部省は答えを出していった。その答えの中で、一方で、パンをよく焼くことの助けともなりますという答えがあるわけです。これはリジンを入れますとパンをよく焼くということの助けにもなりますと、こう答えているわけですが、どこの学会誌にこのようなことが出ているのでしょうか。私はこのことについて反論をされていました都立衛研の道口先生、この先生は山崎パンに勤務をしていらっしゃったことがあるわけですね、この先生にお話しを伺ったんですけれども、なるほどリジンを入れますと糖とアミノ酸がくっつくわけですから、色が濃くなると言うんですよ。色がよくなるんだけれども、それはパンがよく焼けたということにはならない、こういうふうにおっしゃっているわけです。早く色が出るので、短くて早く焼けるんだと、こういう考え方は大変おかしいんであって、かまに入れてパンをどのようにして焼くかというのはパン屋の腕前で決まるんだということをおっしゃっているんですが、いまの私の質問はリジンを入れるとパンがよく焼けるんだという、これはどこの学会誌にあるか、お伺いしたいと思います。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) そういう点になりますと、私も素人でございますから、専門家の御意見によらざるを得ないわけですが、ただいまの御指摘の点は、日本パン化学会というものがございまして、その化学会の報告に載っておると、こういうことだそうでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 それはいつのあれですか。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) 具体的な日にち等はいま手元にございませんので、後ほど御連絡を申し上げたいと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 じゃそうしてください。  じゃその次に、これは五月十四日の読売新聞を見て私は考えたわけですけれども、安全性に対する質問に対して、大きな見出しがついているわけです。「〃きわめて安全〃」という、こういうのですね、これは文部省が出したのではなくて、読売新聞が見出しをつけたのかもしれません。しかし、東大の講師の高橋晄正先生の実験は、味の素と協和醗酵からリジンを入手されて検査をされているわけですが、その協和醗酵株式会社に七年間お勤めになられた東京都の身障者センターの小島参事医長さんが、その協和醗酵で実験をされているわけですね、その実験発表というのが、この協和醗酵東京研究所というところから出されている、一応の学会誌になっているわけですね、「医学と生物学」というものの、その先生がこういうふうにおっしゃってるんですよね、文部省が安全なんだと、こうおっしゃるんだけれども、一体、どこで動物実験をされたのかということですね。   〔理事久保田藤麿君退席、委員長着席〕 小島先生がおっしゃるには、その協和醗酵で実験をされて発表したところによれば、アルギニン酸、このとり過ぎは肝臓障害を起こし、他の有毒物質の吸収を助けるんだと、そういう意味で学者は自分の考えでやった、毒性実験みたいなものは、やっぱり自分で毒性実験をやらないで、人のやったことをこれだから正しいんだというようなことは、やっぱり怠慢なんだというふうに指摘をされているわけなんですけれども、国立衛生研究所は、みずから実験をされたのですか、その辺をちょっとお伺いしたいと思うんです。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) まず、安全性の問題につきましては、もちろん実験の問題があるわけでございますけれども、その前提として、いやしくも学校給食の小麦粉に添加する物質でございますから、現行の食品衛生のたてまえからいたしまして、食品衛生法においてこのリジンというのが添加物として法律上認められておるということがございます。そしてまた、これを添加したパンは、特殊栄養食品として厚生省に認可を受けることができる、そういう制度があるわけでございますから、一般論といたしましては、そのように法律において認められた食品を添加すると、こういうことが前提であろうかと思います。そこで、今回のように、具体的に安全性が問題になりました場合には、法律で認められておるといっても、具体的にどういう実験をしたかということになるわけでございますが、この急性毒性の問題につきましては、先生御承知のように、これは日本におきましても、必須アミノ酸研究委員会において実験をいたしました結果、その毒性の程度については、言ってみれば塩や、砂糖と同じくらい安全である、こういう結果が出ておるわけでございます。また、慢性の試験あるいは催奇性の試験につきましては、確かに今日まで私どもが聞いておりますところでは、日本での実験例はない、外国においてそのような実験をいたしました結果、安全であるということが証明されておる、こういうことでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 この道口先生も、それから小島先生も、文部省がおっしゃっているように、安全性の問題については、必ずしも高橋先生の意見をとってはいらっしゃらないわけですよね、文部省の言うことの方が正しいような雰囲気を持ったお答えだったわけですけれども、しかし、それにしても、道口先生、小島先生が心配していらっしゃるのは、やっぱりきちんとみずからの手でやっていくという、こういう検査をやっていくという良心がなくてはだめなんじゃないかという、こういうお考えを一つお持ちだというふうに思います。  それから具体的に言えば、リジンの摂取量そのものについては文部省とも歴然と意見が対決をしていますね。そこのところだというふうに思うわけですよ。  それで、先日、文部省の方で出しました各県の学校給食会ですか、に対する指導書の中に、こういう文言が入っていましたね。「一部の声のために学校給食に対する基本的態度を」云々というのがあるわけです。いまの国民は一部の者に扇動されるなんというそういう状態じゃないというふうに思うんですよね。皆さんの方でどんなに食品衛生法で認められているなんとおっしゃったって、食品衛生法で認められているものがある日突如として有害になったなんという事実がつい最近幾つも幾つも出ていますでしょう。AF2の問題にしたってそうですよね。だからこそ、みんなが騒いでいるわけでしょう。きのうのテレビを見ましても、埼玉あたりでは文部省のあのパンでなくてほかのパンを買って食べていますね、給食に。私はあのことを見ましても、逆に言えば、ああいうパンを食べるということは過酸化ベンゾイルの入ったパンを食べるんじゃないだろうかという今度は心配が出てくるわけです。親の心配なんというものはもう次から次へと出てくるわけですから、文部省は正しく、こういう意見があるけれども文部省としてはこうなんだからこうやってもらいたいというような指導を流すのが、私は行政の立場だというふうに思うんですね。それが「一部の声のために」なんというのはさもさも見下げ果てた、そういう言い方をしてはまずいですね。問題にならないような人たちの言葉というような印象を受けるわけですが、「一部の声」というのは高橋先生のことを指しているんですか、お伺いしますけれども。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) もちろん「一部の声」というのは具体的にどなたを指しているというような意味ではございませんで、現在の小麦粉にリジン添加について、これがどうも、しばらく中止してほしいという反対の意見を持っておられる方、そしてその意見を述べておられる方がおることは事実でございますけれども、それは端的に申し上げまして、一部の方でございますから、そういう方々につきましても十分にリジンの安全性を説明していただいて、この添加が必要なんだということを理解していただくことを努力してもらいたい、軽々しく書いてもらいたくないという趣旨は、そういう努力をしていただくことが先なんで、一部の方がこれは危険だと、ああそうかといってすぐ改めるようなことはしないでほしい、こういう趣旨でございますから御理解願いたいと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 じゃお伺いしますけれども、この「一部の声のために」という言葉は適切であったというふうにお考えなんですか、どうですか。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) この趣旨につきましては、文章に書きますと、こういうことになりますけれども、趣旨はただいま私が申し上げたとおりであり、そういう趣旨はまた県の課長なりあるいは先般の教育長会議等にも御連絡してございますので、私は正しく趣旨は伝えられているんじゃないかというふうに考えております。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 それじゃ困るんですよね。それを説明を聞いた人はなるほどそういうふうに理解をしたかもしれません。しかし、その説明を聞かない人たちというのは、自分たちがそういう声を上げることがまさに何か不道徳なことをするというんですかね、何かものすごい悪いことをするような感じを与えるように受け取っている人たちがいっぱいいるわけですから、こういうことはやっぱり文部省として正しく直していく、取り消していただきたいというふうに思うわけです。特に道口先生とか小島先生とか学者としてのきちんとした自分自身の研究をされ、そして意見を述べていらっしゃるわけですし、そういうことを聞いた父母たちもこれは子供のことを心配して大変だと思っての行動になるわけですから、ほんの一部の声なんというものは私は取り消した方がいいんじゃないかというような考え方を持ちまして、文部省の考え方をお伺いします。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) お言葉を返すようですけれども、ただいま御指摘の通知というのは、六月十日の通知でございまして、この件名は御承知のように「学校給食用リジンに含まれている三・四ベンツピレンについて」という、いわゆるがん発生物質でないかといわれておりまするベンツピレンがあるという高橋晄正医師の発表に対しまして、それはごく微量ではあるけれどもありますと、しかし絶対に心配はないんですと、それは私ども専門家の意見を聞きましても、いろいろの文献を調べましても絶対心配ないんだ、こういう確信を持っておりますので、まさに御指摘のような発言ではございますけれども、一部の方がそれがいかにも非常に危毅なようなことを言われますので、これは大変影響も大きいということからして、こういう表現を使ったわけでございますので、これを取り消すつもりはないわけでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 まあずいぶん大変なけんまくだというふうに思うわけですけれども、しかし、それだけの自信を持っていらっしゃるということは私としても子供たちのからだを考えていく場合には非常にうれしいことだというふうに思うわけです。それならそれで、もう少しやはりそういう意見に対して正しい理解の方法というものはどのようにしていったらいいのかというふうなことを一緒に話をし合うような形をお願いしたいと思うわけですよ。きのうの実験はどうなっていますかという質問に対してだって全然秘密で、どこでやっているかも教えられません、だれがやっているかも教えられませんなんていう、そんな秘密主義じゃなくて、どこどこでこういうふうにしてやっていますというふうなことをおっしゃることの方が国民が納得するというふうに思うわけですし、またそのパンを食べたくない、食べさせたくない、それまでは何とかして無添加のものを食べさせたいと、こう思っている県民がいるとして、県がそういうことを決めたとしたならば、それは困難ではありましょうけれども、東京都の製粉所からそこの県にパン粉を送るというようなことの最大の努力をしていただいて、児童の健康を守り、体力の増進させていくというようなことについての御努力をお願いしたいということを申し述べまして、私の質問を終わります。

久保亘日本社会党

○久保亘君 最初に、いま粕谷委員から質問がありました問題で、リジンの使用について体育局長は大変自信に満ちて、問題ないんだから取り消すつもりはないというお答えになったんですが、これを使わなければならない理由はありますか。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) その前にちょっと釈明をさせていただきたいのですけれども、私がいま取り消すつもりはないと申したのは、繰り返しますけれども、発がん性の問題でございますね、がん発生のおそれないか、これは一番皆さんが心配なさるんで、私はその点については特に念を入れて調べたつもりでございます。したがいまして、これを軽々しくがんのおそれがあるというゆえに取り消したりしますと、これはいままでもう過去数年やっておるわけですから、いままで一体どうしておったんだと、こういうことになりますんで、取り消すつもりはありませんと、こういうふうに申し上げたんで、その点は御了承いただきたいと思います。  次の、それじゃ一般にリジンを添加する必要があるかどうか、こういう御質問でございますけれども、リジンが人間の体、特に成長期の子供にとりましてはたん白質を吸収し、これを体たん白化する上で必要不可欠の物質であるということは、今日の医学でどなたも承認されることだと思います。ただ、そのリジンのとり方というのは、私どもが聞いておりまするところではいわゆる必須アミノ酸といわれるものが八種ございまして、リジンはその一種でございます。そしてリジンだけをたくさんとればいいというものではなくて、八種のアミノ酸がバランスよくとって初めて有効に作用する。ところがリジンというものは、動物性の魚とか肉には、わりあいに含まれているけれども、穀類には少ないという、これも分析の結果明らかなところ、そこで日本の学童の給食の現状を見ましたときに、他の七種のアミノ酸に比べてリジンの摂取量が少ないということは現実に私どもは学校給食の献立を百例ほどとって分析したわけです。そうしてみますると、やはりリジンの摂取量が少ない。そこで現在の子供のたん白質そのものの摂取量はどうかといいますと、これは厚生省がいま昭和五十五年度を目標に、日本人のたん白質はどのくらいとるべきかということを報告で出しております。それを見ますと、大体子供さんですと六十から九十グラム一日必要なんですけれども、学校の給食ではその三分の一程度を大体とらせる、三分の一強をとらせるということで、たん白質そのものの所要量は大体満たしておるわけです。ただし、リジンの量がいま申しましたように少ない。その少ないという八種のアミノ酸のバランス関係は、じゃ何によって調べたかといいますと、これはFAOとWHOの専門委員会が出しましたパターンというのがございまして、そのパターンによっていま申しましたような検討をいたしますと、リジンだけが一番少ない。そこで、せっかくほかの七種の必須アミノ酸をとってもリジンが少ないと。ほかのアミノ酸の作用は、リジンの量を限度としてそれ以上はむだになってしまうと、こういうように私どもは聞いておるわけでございます。そういうことからいたしまして、財政の事情が許せば、動物性たん白質そのものを取って給食とすればよろしいわけですけれども、現在の給食費の問題その他を考えますとそれができないので、リジンという添加物の形でこれはやるのが適当であろうと、そういうようなことでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 やっぱりこれは自然食物から摂取されるということをやるべきであって、添加物でやります場合には、これは全く疑いが残らないという形でやることがよいと思うんです。したがって、裁判には疑わしきは罰せずということがあるけれども、特に学校給食のようなものについては、疑わしき場合にはその疑いが晴れるまではその使用を中止をするということがあなた方の指導方針として正しいのではないか、このように私は思うんですが、その点はどうなんですか。

諸沢正道文部省体育局長

○政府委員(諸沢正道君) 確かに食べ物のことでございますから、そういう疑わしいものを避けられるなら避けるというのが私はこれはそうだと思います。ただ、今日のような大気汚染あるいは水質が濁っている、あるいは土壌が汚れておるというような現状では、現に高橋晄正氏が発表されましたあのがんのppbの資料の中にもございますけれども、天然の野菜や魚、ノリ、お茶、皆一コンマのppbが含まれておるわけでございます。そうしますと、私どもはそういうことを心配すればするほど、これは学校給食はやめなきゃならないのじゃないか、こういうことにもなってしまうわけでございまして、今日の生活環境、食生活を考えました場合に、もちろん、がんとそれの発生の原因というようなものは具体的相関関係が必ずしも明確でないと聞いておりますから、いかなる場合にも絶対に安全だと言うようなことは慎むべきかもしれませんけれども、私は、ある程度のところはやむを得ないのではないかと、こういうふうに考えるわけです。

久保亘日本社会党

○久保亘君 いまの問題については先ほどから御質問もありましたので、私は、やはりこれらの問題については、疑いが科学者の手によって提起された場合には、中止することによって、それが著しく子供たちに逆にマイナスの影響を与えるものでなければ、その問題について一定の結論を得るまで中止をするというのは文部省のとられるべき立場ではなかろうかと、こういうふうに考えております。  その問題はおきまして、次に私は、公正取引委員会に御出席をいただいておりますので、その問題を最初にお尋ねをいたしたいと思います。  最近、報道されておりますように、医学の専門書の値上がりが大変急激になっておりまして、そのために医学生の間では勉学に非常な経済的な困難を来している実情があると言われております。それで文部省として、医学の専門書の値上がりの実態や、それがどういうふうな過程で値上げされるのか、そういう状況について御調査になっておりますならば御報告をいただきたいと思います。  また、公正取引委員会としては、これらの著作物について非常に激しい値上がりがあります場合に、この値上がりについて調査を行ったり、あるいは必要な行政指導を行ったりすることはできないのかどうか。これらの問題について、何かそのようなことを行われたようなことがあれば御報告をいただきたいと思います。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) いま端的にお尋ねになりましたことに対して端的にお答えできるような実情を詳しく文部省として承知しておるわけではございません。しかし、医学関係の図書がどういう値上がり状態になっているかということにつきましては、全国出版協会の方で調べておりますデータによりまして、昭和三十八年三月を一〇〇といたしますと、四十九年三月には一三一、五十年三月には一六八というような指数で値上がりしているということだけは承知をいたしております。

出口保公正取引委員会事務局取引部取引課長

○説明員(出口保君) 書籍類につきましては、法律上再販売価格維持行為が認められておりますけれども、再販が認められておりますものにつきまして、再販制度のもとで一般消費者の利益を不当に害するような値上げがあれば問題であると考えられます。そこで、御指摘のような例につきましては、できるだけ早急に事実関係を調べたいと思っております。  なお、先生御承知のように、再販につきましてはそれを強制するものではございませんので、再販売価格維持行為を実施している場合に不当な値上げがあれば、調査の結果、そういう事実が判明した場合に、行政指導等によって場合によっては対処できるということになろうかと思います。

久保亘日本社会党

○久保亘君 木田局長がお答えになりました数字でありますが、三十八年の三月から十一年間で三一%の値上がり、それから四十九年からことしにかけては、一年間で、三十八年の基準に照らして、三七%の値上がりを示しております。この一年間の値上がりというのは非常に激しいものであります。それで一六八ということでありますが、実際には特殊な出版物をとってみますと、私は専門でありませんけれども、医学生にいろいろと事情を聞きましたところでは、ハリソンという人の内科学書は原著をもってアジア版が六千円で出されておるんですが、これがある書店の訳本として出されました場合に、三月に三万九千円であったものが四月の新学期には六万九千円で販売されている、こういう状況があるそうであります。それでこれらの専門書は、必要とする人が大変限られておりますために、自然取り扱う書店も限られてまいりまして、今日では医学専門書については医書同業会というのがありまして、この医書同業会が主としてこれらを取り扱っているようであります。主なる書店が六社。そういうことで、これらの少数の非常に寡占状態になりました医学専門書の取り扱い書店が、不当にとは申しませんけれども、非常にこの医学専門書の価格を最近値上げをさしているのではないかと、こういうようなことが言われているわけであります。それならば、医学生にとって必需品であります医学書の不当な値上がりに対して、教育の面から考えましても、文部省は必要なこの問題に対する対策が考えられなければならないと思うわけです。一つは、公正取引委員会などとも協力して、これらの専門書の不当な値上がり、急激な値上がりに対して行政指導を行うということでしょうし、また、もともと大変高価なものでありますから、大学における図書予算などを増額をすることによって、学生がそれぞれ個々に購入しなくても、高価な書籍については図書館に複数で備えられることによって十分利用ができるようにするということも方法であろうかと考えます。そういうようなことについて、文部省が当面、この今日社会問題としても取り上げられております医学専門書の急激な値上げに対して、取り得る手段、考えられる方法があれば、それらの点についてお考えをお聞きしたいと思います。

木田宏文部省学術国際局長

○政府委員(木田宏君) いま御指摘がございましたように、内科学の教科書として非常に名の通っておりますハリソンの内科学書が、アジア版で原著六千円というふうに私どもも聞いております。それが、本年四月から刊行されました第七版の定価が、上下それぞれ、三万四千五百円、合わせて六万九千円であるということも、御指摘のように承知をいたしております。昭和四十七年に発行されましたその第六版と比べてみますと、第六版は一万九千五百円、上下それぞれで、合わせて三万九千円でございました。それらから比べまして、かなり大幅な値上がりになっております。そこで、これが非常に不当な値上がりであるかどうかという点を多少私どもも考えてみたのでございますけれども、一般的に出版物を昭和四十八年三月を一〇〇といたしますと、出版物全体がかなり大幅な値上がりをいたしておりまして、このハリソンの医学書のみならず、全体として平均一六四・八という指数での値上がりになっている。このハリソンのいまの値上がりは四十九年から五十年三月にかけての値上がりでございますが、これを四十七年末の定価——四十八年の初頭になるわけですが、四十七年末の定価を一〇〇といたしますと、ハリソンの今日の定価は一七六九——一七七という指数になっておりまして、図書の一般の平均値上がり率に対しまして、若干上目であるというふうに承知をいたしました。しかし、いずれにいたしましても、非常に高価な定価になっておるという点は、私どもも初めて認識を新たにしたわけでございまして、こうしたことにつきまして学内での事情等を若干聞いておりますと、教官によりましては、原書で勉強したらどうだという指導をしている人もあるやに聞いております。しかし、確かに、専門書でしかも出版部数の限られておりますものが非常に高い値段になるということは、一面、避けられない点もございますので、私どもとしては、先ほど御指摘がございましたように、大学の図書経費の拡大ということにはかなり意を用いたつもりでございます。五十年度の図書購入費につきましては、四十九年度の三倍に予算の総額を増額をさしていただきました。そうして、かねてから、学生がどうしても使わなければならない教科書的な本でありまして、大学でめんどうを見るべきものと考えられますものを学生用の指導書として複数部数、教科書によりましては購入させるように各大学に指導もし、処置をとってきた次第でございまして、だんだんと高価になりまして、どうしても使わなければならないというものにつきましては、図書館で整備を図っていくということに一段と意を用いたいと思っております。  専門書店の実情、医書同業会につきましての詳細は、大変恐縮でございますが、不勉強でまだ勉強ができておりません。しかし、商取引としての不当な問題等がありましたならば、公正取引委員会等の御当局と十分な連絡をとって、その是正を求めなければならないかと考える次第でございます。

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 速記をとめて。   〔速記中止〕

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 速記を起して。

久保亘日本社会党

○久保亘君 次に、いま全国的に問題となっております高等学校の新増設対策についてお尋ねをいたします。  最初に、文部省として今日の事態を把握された上で、高等学校の進学率の上昇、それから人口急増に基づくこの両面からの高校増設の必要量をどのように展望をしておられるのか。できますならば、この十年間ぐらいの将来展望に立って具体的な数字でお知らせをいただきたいと思います。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) まず全国的な趨勢でございますが、高等学校に入っていく中学校の生徒の数、これを全国的に昭和五十年から六十年まで見通してみますと、五十年の四百五十七万人という中学生の数が六十年には五百三十九万人ということで、八十二万人の増加というのが十年間における中学校の生徒の増でございます。これが一つの資料になると思いますが、そういうことで、年々の中学の生徒数の増加を見ていきますと、大局的に言えば微増ということであって、全国的に全国の大数として見る場合に中学の生徒の数が急激にふえるという事象はないわけでございます。それから、もう一つの材料でございますが、戦後のベビーブームが高等学校に押し寄せたその最高の年、昭和四十年度において高校に五百七万の生徒を収容しておりました。それが現在では四百七十万弱でございまして、昭和四十年度のピーク時における生徒以下の生徒が現在の全国の施設の中に入っておる。そういう意味で全国的にならしてみますと、これはきわめて楽観すべき情勢であるわけでございますが、しかし、局所的な問題がございます。昭和三十八年、三十九年、四十年度の三年間に百八十万の高等学校の生徒がふえました。それから、都道府県の教育委員会から報告をとっておりますところによりますと、昭和四十九年度から五十三年度の五カ年間に二十七万の生徒がふえる。二十七万の生徒がふえる必要に応じて建物を建てなければならないというような態勢になっております。したがって、簡単に申しますと、全国的に言えば昭和四十年度において、現在いる高等学校の生徒を収容するに足る建物ができておるのであるけれども、局所的に見て、幾つかの府県において高等学校に進学する生徒の数がふえていくという局所的な現象があるということでございます。  それから、先ほど四百七十万弱と申しましたのは四百二十万でございました。御訂正お願いいたしたいと思います。  その局所的な事情をやや詳しく述べますと、八つの都府県におきまして、四十九年から五十三年の五年間において二百三十一校高校を増設しなければならないという具体的な計画が報告されております。その二百三十一校に相当する全国の数、八府県以外にも希望がございます。県庁所在地の大都市に建てなきゃならないというような事情もございます。それらを含めて県からの報告をとりますと、三百三十六校ということでございます。そして、この三百三十六校について土地、建物、それから教職員の人件費、物件費等を概算いたしますと、現在、私どもの計算では約一兆円に上るという概算でございます。十カ年後の見通しにつきましては、まだ適確な方針を立てておりません。来週から開かれる予算省議においてこれらの基本的な問題点が討議される予定になっておるわけでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 高等学校の急増のとらえ方という点において、文部省と私どもと大変違う点がある。確かに昭和四十年の、暴発的な昭和四十年を頂点にする急増期において、五百万以上の高校生を収容したという事実があります。しかし、そのときに収容された状態はどうかと言えば、これは高等学校の非常なマンモス化やすし詰め、そういう状態によって解消されている部分が非常に多いわけであります。その後、高校定数法の改善などに従ってクラス単位の生徒を正常な状態に戻していく努力などによって当時五百七万を収容したという高等学校の施設、設備は今日の状態に引き直せば、とてもそういう人数を収容するような高等学校の状態にはなっておらぬ。むしろ、まだこれを非常に標準的な状態に直していくならば、五年後を待たずとも、今日においても高等学校には非常な無理な状態が存在をしているというのが実態であります。だから、各都道府県から五十三年度までに三百三十六校の新設を求められているというのは、これは各都道府県の財政が逼迫している中で、ぎりぎりこれだけはどうしてもやらなければ高等学校の教育が維持できないという状態から出されている最小限の要求である、私はこのように見ております。本当はまだ分割しなければならない学校、こういうものも全国には数多くあります。それから全体をならして見ますと、確かにそういうことですが、高度成長のひずみによって大変過疎化いたしました地域では収容力のある高等学校が進学者がいないままに学校自体も非常に過疎化した状態になって、これがやっぱり全国おしなべて計算をされるときにはトータルの収容力の中に入っているというものもあります。だから今日の社会経済情勢の変化に伴って、いまでは高等学校の収容計画というのはかなり見直しをしなければならない状態に立ち至っているのではないか、このように考えているわけなんであります。いま管理局長がそういう問題を単なる机上計算として微増に過ぎないので大体三百三十六校、一兆円で解決つくような話でありましたけれども、それだけで解決してしまう問題ではなかろう、このように考えているわけです。たとえ三百三十六校、一兆円で解決するといたしましても、これは今日地方自治体にとっては非常に大きな負担であります。しかも、この一兆円の負担をいたしましてつくりました高等学校は建物をつくって設備をしさえすれば後は自分で動いていくという問題じゃありません。また、金を食っていくわけであります。だからそういうことを考えますと、いま高等学校の増設の問題については各自治体とも緊急の問題として迫られているけれども財政的に非常に困っている、こういうような状況なんでありまして、全国都道府県知事会などからも政府に対して高校新増設に伴う財政措置をきわめて強く要請をされていると考えるわけです。  こういう点について今度は財政負担という立場でお尋ねをしたいんでありますが、文部省はこの高校増設の必要に迫られている中で、地方自治体がしかもかつてない財政窮迫の状態の中でこういう任務を負わされていることを考えるならば、公立高等学校の新増設に必要な財政援助ということについて積極的で、しかも従来の行き方を大幅に越えるような考え方をいま文部省は必要としているのではないだろうか、このように思います。  そこで、この公立高等学校新増設のための特にいま値上がりを続けております用地の取得、それから建物の建築、こういうようなものについて、どのような方法でさしあたり五十年度の問題そして五十一年度以降数カ年にわたってその各地方自治体が要請をしている問題についてどういうような考え方でこたえようとされているのか。できるだけ具体的にひとつお示しいただきたいと思います。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) さしあたり昭和五十年度の問題としては、起債の枠が三百億円予定してございます。充当率七割でございますから四百二十億の建築計画に見合う財源付与でございます。五十一年度以降の問題につきましては先ほど申し上げましたように、今後文部省においてその基本的な計画を立案しなければならないわけで、まだ御説明すべきものがないわけでございます。私個人として、最近考えておりますのは、過去二年間文部省としては建物に関する経費について三十億、七十億の予算要求いたしましたが、二年ともそれは認められませんでした。今後、約一兆円のうちで五千億円を超える金が土地費でございます。相当な経費であります。しかも大都市の周辺に高等学校三百校を建てるというようなことを考えていかなければならないわけでございますが、過去二年間の体験からいろいろ考えてまいりますと、現存三百三十校も高等学校を建てる計画を立てている都道府県におきまして九五%あるいは九六%、同一年齢層の九五、六%を収容する高等学校をもくろんであるわけであります。そして現実には、その高等学校の教育課程の基準というものは、そういう状態でない状態において相当に能力のある者を選抜して入れる教育課程の基準を念頭においていた場合の高等学校であります。したがいまして、高等学校を増設するに従って、いよいよついていけない、いわゆるついていけない生徒がふえていくんじゃないだろうか、そんなことまで何かもう少し基本にまでさかのぼって議論をしなければ、現在を是認していまの勢いの上に建物をつくればいいという発想では今後の高等学校問題に対処していけないんではないだろうかという感想を持っております。まだ文部省としていかにすべきかという結論を出しておるわけでございませんので、本日は、そのことまでは触れられませんが、先生のおっしゃる議論のその根底になってあるものをもう一つ掘り下げたり分解したりしてみなければ適当にといいますか、正当に対処できないのではないだろうかという不安感も一つ持っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 大臣にお尋ねしますが、いま管理局長が言われたこれは縮めて言えば、高等学校が義務制に近い状態になってきていることは問題だということのように聞こえるんですがね。高等学校の教育について現実にもう義務制に近い状態になってきている。実態はそういうかっこうになってきているわけですが、高校教育のあり方についていま管理局長が疑問を投げかけるという形で言われたけれども、そういうようなことについて、大臣もやっぱり高校教育のあり方そのものについて、いま管理局長が言われたような立場で見直しといいますか、基本のところを考え直さにゃならぬというふうにお考えになっておりますか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 高校教育を見る観点が二つあると思います。ただいま管理局長が申し上げましたのは、今後の土地建物の見通しというものを現在の各都道府県から集まってきます需要を基礎にして推計するとどうなるか、そしてまた、そのための費用がどうなるかということであります。  もう一つの問題は、いま先生がおっしゃいましたこのぐらいたくさん高校に行っている場合に、そもそも高等学校とは何なのであるか、実はこの問題は奥野元文部大臣のころに奥野元大臣も考えられたことであって、教育課程審議会の三つの諮問事項のうちの一つは、結局、高等学校の義務化ということではございませんけれども、つまり、高等学校というものはどういうもので何を達成するのかという角度からの諮問が三つのうちの一つの柱となっているわけでございます。これも審議が進んでおります。そこで、私はいま管理局長が申し上げましたとおり、この問題は非常にそれこそ掘り下げてみなければならないものがある、それはまた先生の御質疑になりましたこととも関連しておりまして、先生もまさにそのことを問うておられるのだと思います。現段階におきまして、さてそういう二つの側面からの問題があるというときにどういう答えを出していったらいいかということを直ちにお答えすることは差し控えたいと思いますのは、実は来週から予算編成の省議に入るわけでございます。でございますから、ここで十分議論を戦わせまして、そして材料をしっかりと検討して進めていきたいと思っておりますが、しかし、先生の御提起になりました問題点というものは、これはきわめて重要なものと思っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 自治省にもお見えいただいているんですがね。私は、この公立高等学校の新増設に対して特別な国庫負担法を制定するかあるいは予算措置としてその助成の道を講じていくか、いろいろあるだろうと思うんですけれども、とにかく、いま何とかしなければどうにもならない状態にあること、それは高等学校の教育のあり方を見直すというような問題に立入っていけばいくほど、私は、その問題はもっと深刻な問題にならざるを得ないと思っているんです。それはもしその問題を見直しをやれば、もう少し高等学校間引きして減らしたっていいんだというような結論には決してなってこない、こう私は思っているんです。それで自治省にお尋ねする前に、先ほど三百二十六校、一兆円、そのうち五千億以上は土地代、こういうふうに言われたんですが、現在、平均規模の高等学校を一校つくるとするならば用地費と、それから建物の建築費がどれくらいだとお考えになっておるんでしょうか。その面積と価格を、ちょっとあなたの方で全国をならした場合の平均的な価格をどのように抑えられておるのか、お知らせいただきたいと思います。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) 自治省の答弁の前に私の方で算定しておりますものを申し上げます。私どもでこの三百三十六校について財源計算をします場合に、一つの高等学校二十一学級という想定をいたしております。二十一学級の場合に生徒数が九百四十五人でございます。四十五人一学級編成、その場合の建物の面積が七千六百三十八平米、内訳は校舎と屋体であります。土地が四万五千九百七十平米ということでございます。その金額が建物で六億四千四百六十四万円、土地が十五億四千九百万円ということで、およそ二十二億というのを計算します場合の標準的な規模の高等学校、それに要する必要経費と算定をいたしております。具体的には、これが個々の学校ごとに事情が違うわけでございますが、大量計算しますときの標準的な規模としてはそういうことを想定していて足りるのではなかろうかと思っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 まず、この面積のとり方ですが、文部省がお決めになっております高等学校の設置基準に照らして、その設置基準を大幅に下回るような用地や建て坪を計算されているのはおかしいと思う。普通科の高等学校でも、建物は生徒一人十平米が基準になっている。そうすれば、もうこれで二千平米ぐらい基準を下回っておる。それから用地に至っては七十平米が基準でありますから、これ七万平米近くなければいけないのですね。初めから非常に基準を大幅に下回るところで文部省自身が高等学校の新設の規模を考えているということは大変私は問題だと思う。その上に単価が全く実情に即しない。こういうような計算で起債枠三百億あれば大丈夫であるという計算をされるのであれば、問題にならないと思うのであります。自治省の財政課長は各都道府県の状態も各地におられて十分御承知のところでありますが、やっぱり自治省としても、こういうような基準が非常に常識的である、こういうふうにお考えになった上で三百億の枠で大丈夫いけるというふうに見ておられるんでしょうか。

石原信雄自治省財政局財政課長

○説明員(石原信雄君) 三百億の地方債枠を計上するに当たりましては、文部省の方からいろいろ基礎データをいただき、積算単価等もお聞きして積み上げたものでございます。ただ、現実の建設所要額は現在各団体の申請状況を検討中でございまして、これで足りるか足りないか、まだ現段階でははっきり申し上げられませんが、いまの見通しではかなり上回るんじゃないかというふうに見ております。その場合には、個々の事業内容をよくしんしゃくいたしまして、事業の性質上どうしても必要なものであるということであれば、この枠を超えた場合でもそれに対処したいと、すなわち、地方債計画を変更するかあるいは弾力条項を発動して枠外債で処理するか、いずれにしても、事業は非常に緊急を要するものでございますから、各自治体が困らないように対処するという基本の姿勢で現在事業内容を審査中でございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 自治省のその考えは大変りっぱで、文部省の方が、自治省がせっかくいま財政課長言われるように、非常に弾力的で——弾力的というよりは、必要があれば受け入れてやろうという姿勢を持っておられるのに、むしろ文部省の方が非常に消極的になって、それで三百億でいいんじゃなかろうか、その枠内に押し込めよう、こういうようなことになってくるとすれば問題だと思うんです。そうすると、文部省と自治省の間で、自治省がいまのような考え方で対応してもらえるとするならば、文部省としては、各都道府県、自治体が地域の実情に応じてどうしても必要だとする高校の新増設について起債を求める場合には、用地取得なども含めて、自治省のいまのような考え方に対応して文部省はそれを認めていくと、そういうようなことで努力をされると考えてよろしゅうございますか。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) 私どもの方で都道府県の実態を調査して、そして、先ほど申し上げますような基礎データに基づきまして積算をして、自治省にお願いをして、自治省の方では起債の計画で実情に応じて弾力性を持って運用されておること、それは過去二年間そのとおりでございます。その点は感謝申し上げておるわけですが、今後の問題として、先生がおっしゃいました地方の実情に応じてのっぴきならない高校建築計画というところをもう一回その根底を掘り崩してみる必要があるんじゃないだろうかと思っておるわけでございます。先ほど申し上げましたような、先生におしかりを受けるような計算方式でやっても五年間に最低一兆円のお金がかかるとすれば、現在の公立文教施設の持っている枠、過去の伸び率、将来の伸び率の推定などからして不可能なことでございます。県費と国費で今後五カ年間に高等学校の新増築について一兆円の金を調達するということは私はできない相談ではないかと思うものですから、そうしますと、一方、九五、六%の進学率ということもあわせ考えてみると、高等学校問題について、本当にこの際、従来過去二年間とは違った意味で基本的な検討をしていかなければならないんじゃないだろうか、県がのっぴきならぬと言っているけれども、よくよく考えてみると他に方策もあったということがあり得るんじゃないだろうかと考えておるわけでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 財布に合わせて入れるものをつくるということじゃなくして、文部省は、やっぱり、中身に合わして入れものをつくると、そういう立場で進んでもらわないと、管理局長非常に先回りをしてものを考えられるので、用心に用心して、言質を取られたら大変だというので、それで予防線を張りながらお答えのようなんですが、私は、そういうような文部省の考え方を変えてもらって、やっぱり一兆円といえばなるほど大変だと思うんです。大変なんですが、これが都道府県においてどうしても必要なことであるならば、そのためにどうするかということを考えないと、一兆円なんて初めからできない相談だと、それなら五千億ぐらいでやるなら、どこを外すかどこを泣かせるかということを考えてはいけない、こういうふうに思うんです。そういう点で、もちろん、自治省の方も無際限に応じますよと言われたわけじゃないでしょうけれども、どうしても自治体の要求が強ければ、それがもっともなものであれば弾力的に対応しましょうということなんだから、そういう点について文部省と自治省の間で十分地方自治体の要望にこたえられるようにやってもらいたい、こういうことなんです。  それともう一つは、この問題について、できるならば、言ってみれば、今日の高等学校教育のこの非常に緊急な事態に当面をして、国庫負担を制度化することが必要なのではなかろうかと思うんです。その点については、いまどうでしょうかとお聞きすれば、なかなか大変だとあなたはお答えになるでしょうからね。それで、別にお答え要りませんけれども、その制度の問題、それから起債枠の問題について、従来の文部省の指向範囲を越えるようなかなり思い切ったものでなければ私は対応できないと。だから、そういう点でぜひがんばってもらいたい。もし、そういうことで文部省が努力をされるのであれば私どもも積極的に皆さんにも協力をしたい、こういうふうに考えております。  それで、いまの単価の問題や設置基準の問題などについても、せっかく、文部省がもうかなり古い時代につくられた基準なんです。その基準に合わせて努力をされるようにしていただきたいと思っているんです。

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) ちょっと速記とめて。   〔速記中止〕

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 速記をつけて。

久保亘日本社会党

○久保亘君 それで、いま私は、高等学校の教育現場の実情を考えながら言っているんですが、文部省の定めている高校設置基準に適合している学校が一体どのくらいあるとお考えになっていますか。これは設置基準のとり方にもよりましょうが、用地や建物で見るなら非常にきちっとした計算が出てくるはずです。それで、いま、全国の高等学校の何割が設置基準に、用地面積と建物の面積で合格しているのか、それから設置基準の二分の一にも達していない学校が何割あるのか。その点を説明をしてもらいたい。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) 先ほどから、どうもこちらの一番弱いところをぎりぎり何回も御質問を受けておりましてまことに恐縮いたしております。高等学校設置基準における土地の面積基準は、先生が指摘されるとおり、生徒一人当たり普通高校で七十平米であります。先ほどの二十一学級の学校で計算をいたしますと六万六千百五十平米でございまして、私が申し上げた四万五千九百七十平米を相当上回っておるわけでございます。現実に、現在できております首都圏での高等学校の土地の面積を見てみますと、二十一学級ではなくて三十学級ぐらいの規模でつくっておるわけですが、そこで、私が先ほど述べました四万五千九百七十平米どころではなくて、三万平米というぐらいが現在通常取得されておる校地の面積でございます。したがいまして、これは調査も何もなくてまことに恐縮でございますが、実感としては、二十三年一月に設けられました高等学校の土地の面積に関する基準は現実に間に合わなくなっている。年移り、社会の事情が変わりまして、まあいわば望ましい基準として実効性のないものになっているというのが実感でございます。それをいままでなぜ放置しておったかと追及されると、もう本当にまことに申しわけありませんという答弁を先に申し上げておかなければなりませんけれども、まあそんなような実情でございまして、つまり、これを仕事の尺度として、規範として考えることが、私どもがつい最近はなかったほどにこれをはるかに下回る土地の面積が各学校において確保されておる、そういう実態でございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 たとえば、用地というようなことに限定せずとも、グランドで見た場合に、今日あれは二十平米ですか三十平米ですね。一人当たり、三十平坪の基準を持っていながら学校によっては五平米以下というところがあるのだそうです。これはもう教育の条件を全く欠いておる、こういうような状況のところもありまして、だから高等学校の新増設ということについては既設の高等学校のきわめて劣悪な教育条件のところの見直しという立場で検討されなければならないほどの状態にきている。これはある意味では、かつての急増期に学校規模を大きくして、それについて用地や校舎はついていかせなかったために、あるいは校舎だけついていかせたためにグランドなどが直せなくなったとか、そういうような状態が生まれているのであります。私は根本的に考え直す時期に来ているのではないかと思っております。  それからもう一つ、この高等学校の新増設の対策の中でどうしても考えておかなければならない問題は、定時制高等学校をどうするのかという問題だと思います。都市部における夜間の定時制高等学校はそれなりに存立の意義が今日でも生きております。これにもし社会が定時制高校に対する理解と対応を完全にすれば、これは十分その存立の意義があると思います。問題は農村部、過疎化いたしました農村部における昼間定時制高等学校を一体どうするのか、これも今後の高校新増設計画の中で考えなければならない問題なのじゃないでしょうか。だから定時制高等学校のそういう問題について文部省として抜本的な検討を加えられておるのかどうか。加えられておるとすれば、どういう方向で見直しをされているのかお聞かせいただきたいと思います。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 御指摘の点につきましては、特に具体的な検討は進めていないわけでございますが、しかし、御指摘のように、農村部の定時制高等学校のあり方につきましては、これは基本的に問題があると思います。第一、数の上から申しましてもかなり急速に減少しておるわけでございますが、しかし一方では、全日制の高等学校の状態がどうかと申しますと、先生御指摘のいわゆる過疎地帯におきましては、私は具体的には鳥取県などの事例を非常に聞くわけでございますが、鳥取県などにおきましては全日制高校の学級減にいかに対処していくかということが教育長の最大の悩みだというようなお話も伺っております。したがいまして、問題は、この定時制高等学校をどうするかという問題も問題でございますが、そういう過疎地帯、農村地帯におきましては全日制高等学校自体についてもいろいろ問題がある。ですから、そこのところはやはりあわせてどういうふうに対応していくかということはこれは私どもの検討課題であろうかと考えております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 いまのお考えはわかりました。それは少しもっと具体的に取り組んでもらいたいと思っておりますが、もう一つの問題は、私、一遍ここで申し上げたことがあるようにも思うのですが、あるいは県会におりますときに議論した問題であったかもしれません。と言いますのは、市町村立の昼間定時制高等学校はいまどういうことをしているかと言いますと、実際には三年までで全部の課程を終了いたしまして、四年になりましたら実習という名前で就職さしておるのです。そして卒業式に帰ってくるのです。そうすると、今度は雇用側では高校の卒業生でないという理由で安い賃金でこれらの四年制に在学中の子供たちを使っておるのです。学校側に聞いてみると、もう本当は三年終わるときに単位も取り終わっているのですから卒業させればいいのですけれども、定時制は四年いないといかぬ決まりになっておりますから、一年間勤めておって、その間学籍薄に残しておくのです、学校の名薄に。そして卒業式のときに来てもらって卒業証書を渡すようになっております。こう言うのです。そうすると、その設置者の方に言わせますと、本当は全日制に変えたいのだ。変えれば定時制高校の国庫負担法の適用を受けられなくなるので、とてもじゃないが私の町や村ではこの学校を維持することができませんから、やむなく定時制のまま残しているのであります。こういう説明をする。そうすると迷惑なのはだれか、子供たちです。三年で終わっている。終わっているのに就職したら高校の卒業生として扱われておらない。学校も一年間その学校の生徒として学校側が責任を持っているのです。しかし、何も指導監督はできない、就職しているのだから。こんなおかしな話はないと思う。しかも、私はびっくりしましたのは、会社の正規の社員であって、そしてその企業内の短期大学に入学しているのですよ。だからその子供は会社の社員で、短期大学の学生で、その定時制高校の四年生なのです。こういうむちゃなことはあり得ない。それならば私は今度のやはりこの高校の全体の見直しの中で、すでに定時制としての必要がなくなっている高等学校は、全日制に変えるようにすべきだ。そしてまた、その場合に、市町村が財政上どうにもならぬというなら、一定の期間その転換を行った学校については、従来の国庫負担法の適用を受けさせるようにすることによって問題が解決するのじゃないか、こう思っているのですがね。こういう点について御検討になったことはありますか。

安嶋彌文部省初等中等教育局長

○政府委員(安嶋彌君) 御指摘の点はまさに問題であると思います。具体的な解決の方策といたしましては、ただいまお話のような学校につきましては、これは全日制に切りかえていくということが原則だと思います。ただ、全日制に切りかえますと、御承知のとおり定時制でございますと給与費が都道府県負担でございますが、市町村立の場合ですね。市町村立の定時制高等学校の場合は、給与費が都道府県負担でございますが、これが市町村立の全日制になりますと市町村負担になるという問題があるわけであります。そこに実際上の隘路があるわけでございますが、これはかなり前からの問題でございまして、特に東北地方は昼間定時制の、農業地帯における昼間定時制の高等学校が多いわけでございますが、これは逐次県立に切りかえてきた経過がございます。でございますから、昨今地方財政が大変状況がよろしくないわけでございますが、方向といたしましてはただいま申し上げましたように、市町村の全日制に切りかえ、同時にそれを府県に移管をして市町村の負担を軽減していくということが一つの方法であろうと思います。そういう方向で検討をいたしたいというふうに考えます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 これは、また具体的にいろいろな機会に私は意見を申し上げたいと思っておりますが、実際にいま在学しております生徒、それからこの生徒を教えております教師の間にも、ただ、そういう教師の人件費の負担関係だけでどうにもならずにおる状態がいっぱいありましてね、これは何とかしてほしいと言っているのです。だからこの点については、ぜひそういう市町村が維持できないという状態をつくらないようにしながら転換させる。将来にわたって保障するということは無理でも一定の期間、そういうような期間を置いて、その間に県立高校に移していくうという方法もあろうかと思います。ぜひひとつ御検討いただきたいと思います。  時間がずいぶん経過をいたしましたので、もう一点だけお聞きをいたしまして、最後に、ちょっと筑波大学の問題をお尋ねしたいと思うのです。  本年度の予算に私学助成八十億、高校以下の分を計上されたのですが、この八十億の配分計画については、文部省としては決定されておりますか。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) まだ決定いたしておりません。

久保亘日本社会党

○久保亘君 大体いつごろにはその方針——方針もまだ決まっておりませんか。

今村武俊文部省管理局長

○政府委員(今村武俊君) 方針がまだ決まっておりません。七月の末ごろには方針を決定するような段取りにいたしたいと考えております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 それでは最後に、筑波大学の問題について二、三点お尋ねいたします。  一つは、いよいよ五十二年の二月をもって現在の東京教育大学は学生が存在しなくなるわけでありますが、東京教育大学は筑波大学に移行するようなことになるのか、あるいはこれはもう廃学の措置になるのか、特にその施設、設備はどのように転換されていくのか、この点について御説明いただきたいと思います。

井内慶次郎文部省大学局長

○政府委員(井内慶次郎君) 筑波大学の創設が東京教育大学の移転、統合を契機として筑波大学を創設するということでスタートを切りましたので、ただいまお示しの時点で東京教育大学はなくなりまして、筑波大学の方に全部移っていくと、こういうことでございます。  土地の問題につきましては、会計課長からお答えさしていただきます。

宮地貫一文部大臣官房会計課長

○政府委員(宮地貫一君) 教育大学の跡地の問題でございますが、この跡地を利用に供することができる時期は、私どもは、現在のところではおおむね昭和五十三年度以降と考えております。そこで跡地の利用でございますけれども、昭和四十二年九月五日の閣議了解事項がございまして、移転機関の跡地等の利・活用及びその手段、方法については別途検討するということに相なっております。このため現在国有財産中央審議会の筑波移転跡地小委員会で跡地の利用に関する基本的方針及び主要な跡地の利用計画の大綱について審議が進められているというぐあいに私ども伺っております。そこで、教育大学の跡地につきましてもこの方針に従って処理することになるわけでございまして、この審議会の審議の結論を待ちまして、文部省としても跡地の利用について検討いたしたいと、かように考えております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 そうすると、大学局長、この東京教育大が筑波大に全面的に移行するということは、現在、東京教育大学に在籍する教職員は全員当然に筑波大学に籍が移っていく、五十三年度になれば、そのように理解していいのですか。

井内慶次郎文部省大学局長

○政府委員(井内慶次郎君) 先ほどもお答えしましたように、東京教育大学の統合移転を契機として筑波大学を創設するということでございますので、文部省といたしましては、東京教育大学の教職員の方で筑波大学の方に移られることを希望される方については、両大学間の相談によって原則としてお移りいただけるもの、定員措置その他筑波大学の方が規模が非常に大きくなりますので、そういったこと等も十分配慮いたしておるところでございます。ただ一つ、筑波大学も発足をいたしましたので、筑波大学と東京教育大学は大学教官の人事ということでは一応別の大学ということに相なりますので、両大学間におきまして連絡協議会等も設けまして、学年進行中の移行のことでございますとか、その辺をできるだけスムーズにやっていただくように私ども要請をしておるところでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 そうすると、いま筑波大学と東京教育大を合わせて移行措置委員会というのがありますね。それから教育大跡地利用委員会というのもありますね。こういう問題。特に跡地利用委員会というのは、国有財産審議会の中のあの跡地利用の委員会とどういうふうに関係しているんでしょうか。

宮地貫一文部大臣官房会計課長

○政府委員(宮地貫一君) 国有財産審議会の中にございますものと、ただいま先生御指摘の筑波大学にございます跡地利用委員会というものとは直接の関係はないと承知いたしております。筑波大学にございますものは、大学のいわばワーキンググループとしてあるものというぐあいに伺っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 それでは次に、これは大臣にお尋ねした方がいいと思うんですが、筑波大学における学生の、大学生の自治活動ということについて、これはやっぱり学生のいわゆる自治の範囲というものを大体どういうふうに考えておられるんでしょうか。筑波大学の場合には、従来と非常に違ったものになっているんでしょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 政府委員からお答え申し上げます。

井内慶次郎文部省大学局長

○政府委員(井内慶次郎君) 各大学におきます学生の自治活動につきましての対応の仕方につきましては、各大学のいろいろな方針によることと思いますが、筑波大学の場合に学生の指導あるいは学生に対する助言、こういったもの等に他の大学以上のいろんな配慮もしようというような努力をいたしておるように聞いておりますが、その学生の自治会の組織等につきましては、私どもも各大学の創意工夫、その指導助言の態度に一応一任しているということでございまして、詳細につきましては、ちょっと私もいま存じておりません。

久保亘日本社会党

○久保亘君 ここへ、私の手元に「ツクバ・スチューデンツ」という筑波大学の学生担当教官室編集、企画調査室発行という創刊号があります。この創刊号はことしの五月十九日に発行されたものであります。ことしの五月十九日にナンバーワンが出たんです。この「編集後記」の中に「筑波大学の生みの苦しみが、いまもなお続いています。教官の不足をやりくりしなければならない困難な事情から、予期しない波紋も生じています。特定の意図をもって見れば、単純な事実も奇怪な大事件に映るのかも知れません。」、こういうようなことを書いて、「学生版一号をお送りします。」という「編集後記」で——これ、全学生に配られたものだと思います——その中には、一つは「梅韜氏について」ということで大学の立場を説明をいたしております。それから私が非常に不思議に思いましたのは、「クラス代表の選び方」、これ、最初は筑波大学に付属小学校があるのかなと思って私見たんです。「クラス代表の選び方」、クラス代表を選出するクラス会議では次のことを注意してくださいというので、「選挙は、構成員の三分の二以上の投票がなければ成立しない。」ということで、この教官会議が学生代表を選ぶ選挙の方式も全部決めて、そして二十人のクラスであれば、投票数は十四人以上なければなりません。したがって、出席者が十四人の場合、投票しないものが一人でもいれば、投票数は十三になり、その選挙は成立しません。」、こういうことまで全部決めて配ってクラス代表の選挙をやらしているんです。それで、まだ驚くことは、「クラス代表を選出したときは、クラス担任教員及び学類長又は専門学類長に報告しなければならない。」、ここはゴシックになっております。そして「選出されたクラス代表が直接学類長又は専門学群長に会って報告するということです。なお、報告の場合はあらかじめ学類長と電話などで連絡をとり、報告のための場所・時間等を確認してください。」こういうのが筑波スチューゲンツの創刊号の記事なんです。一体、この大学には学生の自治というのがどこまで認められているのだろうか。クラス代表を選ぶことについても、学生担当教官室や企画調査室がその投票の中身まで、そして三分の二出席しておっても一人投票せぬのがおったらそれ無効ですよというようなことまで、どこからこういう規約が生まれてくるのか知りませんけれども、クラス代表の選び方に至るまで全部大学側がそういう規則をつくって与える、こういうような学生の自治というのがあり得るのだろうか、大学に。そしてこの学生報が梅韜氏について言って、この人を解雇したことは何も問題がないんだということを三項目にわたって説明をして、そして「筑波大学は、まだ生まれて間もない未完成の大学です。いろいろな困難はありますが、建学の理念の実現に向かって、学生も教職員も一体となって育てあげていきたい」ということを「「梅韜」氏について」というのの最後の結びに書いてある。そして、いまさっき私が読みましたように、編集後記には、何かこの問題を取り上げたものは特定の意図をもって見て、単純な事実を怪奇な大事件にしたてているように書いて学生に配布される、これが私は大変問題があると思うんですよ。しかも、この大学が生まれていまどれだけたつのか知りませんが、ことしの五月十九日、あたかも梅韜氏の事件を契機とするかのように創刊号が発行された。このことは、この大学の学生の自治やあるいは大学の運営について、私は余りその筑波大学を設置されるときの文部省が考えられた意図とは違うようなものがあるんじゃないかという気持ちがいたします。こういう問題についてもし御感想があれば大学局長でも大臣でも、それは大変すばらしいことだとお考えになっているのかどうかお聞かせいただきたいと思う。

井内慶次郎文部省大学局長

○政府委員(井内慶次郎君) まことに恐縮でございますが、五月十九日発行のただいまの資料につきまして、私自身まだちょっと目を通しておらないものですから、この点はひとつ早速目を通しまして、全体の構成なり、それからその意図するところなり、その辺を少し私自身も確めてみたいと思います。

久保亘日本社会党

○久保亘君 この梅韜氏の事件について、一昨日鈴木美枝子委員からいろいろとお尋ねがありました。その際に、この福田副学長のいろいろな論説についても引用があったわけでありますが、私もたくさんの資料を検討さしてもらいました。その中には、永井さんが文部大臣になったことについて自民党ならずとも国民の多くが目を白黒させていると書いてある。あなたが文部大臣になったことで福田副学長という人は目を白黒したんだそうです。そういうことを自分の文章で書いてありますから。それでそういうことを念頭に置きながらひとつお聞きいただきたいと思う。  この副学長福田さんの論説などについて、鈴木さんが引用をしていろいろお尋ねになりましたその夜ですね、この筑波大学の副学長の福田信之さんから鈴木さんの自宅に電話があって、きょう大学局長より聞いたのですが、国会で個人名を挙げて法律違反などともってのほかで、このままでは黙っていない、一度会ってけりをつけたい、また電話する。こういうようなことがあっておるわけです。それで、私がここでお聞きしておきたいと思うのは、この扱いについてはけさほど委員長の方から申されておりますので、その点については後に譲るといたしましても、大学局長より聞いたのですがという、この大学局長より聞いたという内容は何であったのか、局長からお聞かせいただきたいと思います。

井内慶次郎文部省大学局長

○政府委員(井内慶次郎君) 六月十七日、参議院文教委員会終了後、私のところに他の用件で福田副学長から電話がございました。その機会に、本日、文教委員会で鈴木議員から梅韜氏の件について質問があったこと、質問の中で福田副学長の言動に関しいろいろの指摘があったこと等を伝えました。で、文部省としては、大学における教官の思想上の自由、研究の自由等が認められているので、個々の大学教官の言動に余り立ち入るべきではないという趣旨の大臣からの御答弁をいただいた。しかしながら、いろいろ指摘がなされておるところであり、言動には十分留意されたい旨を事実として伝えた次第であります。  なお、その間におきまして、私から一、二質問をいたしましたのは、特に第三回国際学術セミナーの件につきまして、それが行われた場所とか、あるいは台湾あるいは韓国から学者の方々をお呼びした件につきまして、一、二電話の中で私お尋ねしました。この点につきましては、非常に明快な回答はその際得られませんでした。そして必ずしも自分が中心となってそういう人たちを招聘したのではないんだというような趣旨のことがございましたが、特にそれ以上のやりとりは行っておりません。  以上でございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 私は、この福田という副学長がかつて永井さんが文部大臣に就任をされました折に、どうも私はまたいいかげんに言いますと電話がかかるかもしれませんので、ここへ「正論」というのものの七五年四月号ですね、これに署名入りで書かれておるんです。それで、まあそこだけ読みますと、「日教組寄りの立場をとって来た人が、よりによって文相に抜擢されたのだから、日教組及び支援団体の歓迎はわかるとして、自民党はもちろん多くの国民が目を白黒させたのは当然であろう。」、こう書いてあります。だからそういうような立場で見られておるわけです。私は、まあそのことは個人の感想だから、大臣がどう受け取られるか、それはそれといたしまして、文部大臣にぜひお聞きしておきたいのは、国会における議員の発言について、いまの大学局長からの報告によれば、別に法律違反だとか何とか言ったということも何もないのに、一方的に自分で判断して、そして、おれの名前挙げて法律違反などとはもってのほかだ、このままでは黙っておらぬぞ、だから一度会ってけりをつけようじゃないかという、まるで何とかまがいの言い方で、しかも御婦人に対してやるなどということは、これは大変私は問題があると思うんです。それで国立大学の副学長でありますから、その行政責任者としての文部大臣は、このような国会の発言に対して国立大学の重要な地位にある人がやられることについてどういうお感じをお持ちでしょうか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 私がその前に文部大臣になりましたことについて、驚かれる向きの文章を書かれた方もありますが、それは私自身が驚きましたから無理がないと思っております。なお、そういう場合に私に対して御批判をいただくようなそういう文章もございましょうが、私は教育を政争から離れた場所において、そして対話と協調という考えで臨んでおりますから、御批判もまた対話の一つであると考え、次第にわが国の教育というものが上向きになっていくというふうに考えて、そうした御批判に、謙虚に耳を傾けたいと考えております。なお、また国会の問題でございますが、これは大学の副学長であると否とを問わず、国民主権の国家におきまして、国会の御審議は最も尊重すべきものであるかと考えます。したがいまして、国会の御審議というものに対して、あるいはそれが妨害と考えられるような、そうした言動は国民として慎むべきことであると考えております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 大臣は非常におもんぱかって国民として慎むべきだということを言われておりますが、私はそういう一般的な言い方ではなくて、国立大学の副学長の地位にあるような方が、そのような言辞を弄して国会の発言に圧力をかけるようなことが許されていいのかどうか、こういうことをお聞きしているんです。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 国立大学の副学長も当然国民の中に入っております。すべての国民という意味でございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 文部大臣は、教育の重要性を言われるんですよ。多くの子弟を大学において教育する立場の人が、しかも、国立の教育機関においてそういう立場にある人がそのような言辞を弄されることを、これは一国民としてはどうもぐあいが悪かったなあということでお済ましになるつもりですか。

永井道雄文部大臣

○国務大臣(永井道雄君) 私が申し上げているのは、誤解をしていただきたくないのでありますが、国民主権のもとに国会が成立しておりまして、そこで、そこの御審議というものはすべての国民が非常に重んじなければいけないということを申し上げた。そこに国立大学の副学長も含まれるということを申しましたのは、これはだれであろうとわが国の国民である限り、この御審議を重んじること非常に大事だということを強調するために申し上げた。特に国立大学の副学長の場合について申せというお言葉でございますが、それは責任のある立場のお方でございますから、特にこうした問題については注意深くお振り舞いになることは当然であると考えております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 私は、この問題についてはきょうは時間がありませんから、ただ、大臣の現在のこの問題に対する考え方をお伺いをするだけでとどめますが、この問題については、やはりそういう国会における審議権に対して圧力をかけると思われるような言動に出る人が文部省の任命によって国立大学の副学長の地位にあるということについては大変問題を感じております。だから、この点についてはしかるべき責任を明確にされるよう、追ってこの文教委員会の理事会の論議等を経た上で文部大臣に対して要求いたすつもりであります。だから、その点をお含みの上、この問題に対して誤りなく文部省として対処されるようお願いをいたしておきます。  以上で私の質問終わります。

内藤誉三郎自由民主党

○委員長(内藤誉三郎君) 本件に対する質疑は、本日はこの程度にとどめ、本日は、これにて散会いたします。    午後四時四十五分散会

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