内閣委員会 第6号
- 発言数
- 202 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1975/04/15
会議録
○委員長(加藤武徳君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告をいたします。 去る一日、望月邦夫君が委員を辞任され、その補欠として八木一郎君が選任されました。また、昨十四日、内藤功君が委員を辞任され、その補欠として小巻敏雄君が選任されましたので御報告をいたします。 —————————————
○委員長(加藤武徳君) 国家公務員等の旅費に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。梶木大蔵政務次官。
○政府委員(梶木又三君) ただいま議題となりました国家公務員等の旅費に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、提案の理由及びその概要を御説明申し上げます。 この法律案は、最近における国家公務員の旅行の実情等にかんがみ、内国旅行及び外国旅行における日当、宿泊料、移転料等の定額を改定するとともに、あわせて所要の規定を行うこととするものであります。 次に、改正の概要を御説明申し上げます。 国家公務員等の旅行に際して支給される旅費につきましては、昭和四十九年度に実施した宿泊料金の実態調査の結果等を考慮し、日当、宿泊料及び食卓料の定額を、内国旅行につきましては、平均約四〇%程度、外国旅行につきましては、平均三七%程度引き上げることといたしております。 なお、その際、外国旅行につきましては、旅行の実情に即して、日当及び宿泊料の支給に係る地域区分を改めることといたしております。 また、移転料につきましても、国家公務員の赴任の実態等にかんがみ、その定額を内国旅行につきましては、平均約五〇%程度、外国旅行につきましては、平均約五五%程度引き上げるとともに、内国旅行及び外国旅行とも等級の支給区分を現行の八区分から四区分に整理、統合することといたしております。 そのほか、内国旅行の車賃定額につきましても所要の引き上げを行うことといたしております。 以上が、この法律案の提案理由及びその概要であります。 何とぞ、御審議の上、速やかに御賛同くださいますようお願い申し上げます。
○委員長(加藤武徳君) 以上で説明は終わりました。 本案の審査は後に譲りたいと存じます。 —————————————
○委員長(加藤武徳君) 次に、文部省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案につきましては、すでに趣旨説明を聴取しておりますので、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言をお願いいたします。
○野田哲君 私は、まず文部省の進めている社会教育あるいはスポーツの振興という問題について、国体の問題について文部大臣並びに関係者に伺いたいと思います。 まず、永井文部大臣に伺いますが、永井文部大臣は、文部省の所管をしている毎年行われている国民体育大会の競技種目の中にピストル射撃の種目があるということを御存じですか。
○国務大臣(永井道雄君) 存じております。
○野田哲君 体育局長に伺いますが、この国民体育大会の種目として設定されているピストル競技の問題について、ピストルの所持を許され、あるいはピストルを撃つ訓練を受ける機会が与えられているのは、法律では非常に限定をされた職務に従事している人だけに限られておるわけです。このように限られた範囲の種目が国民体育大会の種目としてあることについて、これは非常に私は奇異に感ずるわけですが、いまピストルを所持しあるいはピストルの射撃の訓練を受けられる職務に従事しておる人、これはどういう職務にある人で、何人その該当者がおられるのか、それをまず伺います。
○政府委員(諸沢正道君) 現在、銃砲刀剣の所持につきましては、銃砲刀剣類所持等取締法がございまして、御指摘のように、その法律の規定に適合した者でなければ持てないわけでございますが、職業として銃砲を所持することを認められた者は、私の承知しておりますところでは、自衛官、警察官、麻薬取締官等、七職種ぐらいであろうかと思いますが、その数がどのぐらいあるかということは私は承知いたしておりません。
○野田哲君 文部大臣に伺いますけれども、いま体育局長の方から述べられたように、このピストルの所持、そしてその訓練を受けられる人たちというのは、自衛官あるいは警察官、麻薬取締官、こういうふうに非常に限られた範囲の職についている人だけしか許されていない。こういうふうなごく限定をされた人たちしか所持できない、あるいは訓練を受けることができない種目が、国民体育大会という国民のスポーツ全体の向上を図るという形で開催をされている体育大会の中に種目として存在をすること、このことについて、一体文部大臣としては妥当だとお考えになっておられますか。
○国務大臣(永井道雄君) ただいま先生が御指摘になりましたように、職業的にはきわめて限定された職業の人が射撃を許されているわけでございます。その面から申しますと、非常に限定された人口でありますし、また、その点ではわが国と欧米諸国との間に事情の違いもあると思います。ただ、スポーツとしての射撃競技というのは戦前からもございまして、そしてオリンピックのようなところ、あるいはアジア大会などでもこれまで実施されてきておりまして、もちろん日常の平和的な生活というふうなものをそれによって阻害するというようなことがあってはなりませんし、また、あってはならないものと考えられて競技として考えられてきたものだと私は思います。そういうふうな意味合いでありますものであれば、これは競技として私は十分成立し得るものではないかと考えております。
○野田哲君 いま、競技としてはあってもいいのではないか、国際的にもそういう種目があるんだからと、こういうふうに言われたわけでありますけれども、競技としてはあるいは存在してもいいと思うんですけれども、少なくとも国民体育大会という、広く国民に門戸を開く国民体育大会という大会の競技種目として、一般の国民が所持することを禁じられ射撃訓練の機会が全くない、特定の職に従事している人たちだけが許されている種目、これが、他の場合はともかくとして、国民体育大会という大会の中に種目として存在をするということは、私はやはり、いま文部大臣が言われた、競技としてはあってもいいという、あるいは国際的にもあるんだからと、こう言われたけれども、少なくとも国民体育大会という形の中では妥当性を欠いているんではないか、こういうふうに考えるんです。 その点について、日本体育協会の、これは会賓と言われるんですか、北沢清さんという方が、一つの提言を二月の二日の日に朝日新聞の「論壇」という欄で提起をされております。その中を見ると、火器を使用する競技については、もちろん国際的にもスポーツの種目としてあるんだからこれを否定するわけにはいかないけれども、火器を使用する種目については、その競技団体で防衛庁なり警察庁と協力をして、国民体育大会とは別の形で火器を使用する種目についてはやっていけば、それで国際的にも通用するんだし、あるいはまた技術の向上にもなるんだから、国民体育大会から外して、別のこの種の火器を使用する種目の大会を開いたらいいではないか、こういうふうな提言をされている。私はこれは非常に妥当な提言だと思うんですけれども、これは何も第三者が提言されているんじゃなくて、体育協会の会賓という重要なポストにある方が提案されているんです。私はこの問題、本来ならば体育協会の河野謙三会長を参考人として意見を聞きたいと思ったんですけれども、きょうはその機会が得られませんが、そういう方法もあるんではないかということなんですけれども、この点はいかがですか、文部大臣。
○政府委員(諸沢正道君) 現在、国民体育大会にどのような種目、競技を参加させるかということは、体協の内部にございます国体委員会——この国体委員会は、各競技団体、都道府県の体協あるいは一般学識経験者四十数名をもって構成されておるわけでございますが、この国体委員会で決めますところの国民体育大会実施要項によって定められておるわけでございます。つまり、関係競技団体その他の方々の意見を吸い上げて、何と何とを競技種目とするということにしておりまして、その中にいま御指摘の射撃競技が入っておるわけでございます。その扱いについて先生御指摘のような考え方のあることも一つの考え方とは存じますけれども、いま申しましたような経緯で要項が定められ、それに射撃が入っております以上は、大臣がお答えしましたように、国際的に見ましても、オリンピックやアジア競技大会等のいわゆる選手権大会でない世界的な規模の大会でも、まあこれが取り入れられておるということでございますので、関係者が射撃も国民体育大会の中に入れるということを望みますならば、それはやはり一つの考え方として国民体育大会でやるということも考えられる措置ではなかろうか、かように思うわけでございます。
○野田哲君 去る昭和四十九年三月十二日付で文体ス第九十三号という文部省体育局長名の通達を出されております。で、この中にいろいろ国民体育大会の運営の改善等について改正点を触れておられるわけですが、その中で、競技種目については弾力的に開催をし得るというふうに改正をしたんだ、開催都道府県の実情に即して競技種目を変更し得る、こういうような意味の通達が出されておるわけです。そういたしますと、これは、このピストル射撃という種目を、開催地によってその年々の実情によって外す場合もあり得るんだというふうにしていいわけですか。
○政府委員(諸沢正道君) ただいま御指摘の昨年三月の通知は、先ほど私が御説明申し上げました国民体育大会開催要項を日本体育協会において現時点に合わせて改正をいたしましたその趣旨を通達したものでございます。ところで、その競技種目をどのようにして決定すべきかということのこの開催要項における規定の仕方は、現在ございます要項では具体的に種目を列挙してございまして、二十数種目ございますが、その中にいまのライフル及びクレー射撃競技が入っておるわけでございます。ところで、この実施要項改正の実施時期でございますけれども、大部分の規定は、ことし五十年の一月一日から新しくなるわけでございますが、いまの競技種目の点は五十五年からということになっておるわけでございます。そこで、その五十五年からはどうなるかといいますと、この開催要項では、具体的に種目を列挙してこれはやりなさいというのではなくして、開催される種目は原則として各都道府県において県大会の開催される種目をやりなさい、それで、なおかつ実情に応じて弾力的にそれを取捨選択できると、こう書いてございますから、制度としては、五十五年以降はいまおっしゃるように開催地の意向によってやったりやらなかったりということがかなり弾力的にできる、こういうことになっております。
○野田哲君 いまの説明の中で、火器を使用する競技種目といっても、ライフル、クレー、それからピストルとあるんだけれども、ライフルやクレーとピストルとは同列に扱うわけにはいかないんじゃないですか。ライフルやクレーは、これは一般の者でも、許可を受けて参加できるし、練習もできるわけです、ライフルやクレーであれば。そうでしょう。ピストルについては、警察官、自衛官、麻薬取締官、こういう職にある人以外は一切所持することも射撃訓練を受けることもないわけでありますから、ライフルやクレーとは全然意味が違うと思うんです。だから、私が指摘しておるのは、ピストルについては別に扱った方がいいのではないか、こういうことを言っておるわけです。 そこで、文部大臣に重ねてこの問題について見解を承りたいわけですけれども、国民体育大会ということになれば、一つの都道府県の中で、全県的な各地で各種目が開催をされるわけです。そうすると、このピストル種目のある競技会場には、やはりその地域の中学校の生徒とか、小学校の生徒とか、こういう人たち、青少年が学校の先生に引率をされて見学に行くわけです。そうして、ピストル射撃という形を目の当たりに見て、それで一体いい影響を受けるでしょうか、いかがなものですか。特に、いま町に実物とほとんど変わらない、外見全く同じようなピストル等のおもちゃが非常にはんらんをしております。そして、それに手をちょっと加えれば、これが実際危害を加えるように改造ができるような、そういうしろものが出回って、現にそういう犯罪が青少年によって起こっておる事例があるわけです。もちろん暴力団のピストルによる犯罪も非常に後を絶っていない、増加をしておる、こういう状態にあると思うんです。そういう中で、この国民体育大会をやることによって、ピストル射撃の現場を青少年——中学校の子供たち、小学校の子供たちに見せる、そのことはやはり青少年のピストルに対する好奇心というものを非常に刺激をするのではないですか。そうして、これを持ちたい、撃ってみたい、こういう好奇心を刺激をしていく、こういう懸念があるんではないかと思うんです。 そこで、私は文部大臣に、この際やはり文部省としては、私は、国際的にもピストルを撃つ種目というのはあるわけですから、これを日本の国内から全面的に否定しろと、こう言っているわけではないんです。少なくとも、一般の国民は所持することも撃つことも禁じられておる火器なんですから、だからこれは、全国各地、回り持ちで、ことしは三重とか、来年は佐賀とかいうふうに全国で回り持ちで開かれておる国民体育大会という体育大会の種目の中にこれを入れておくことはまずいのではないか、これはやはり、競技が必要であれば、その競技の協会、射撃協会があるわけですから、そこで独自に開催をされれば、訓練もできるし、練習もできるし、国際的にも選手を選考できるわけですから、私はそういうふうに扱うことの方が妥当なのではないか、そういう考え方に文部大臣としては立たれるわけにいかないのか、こういう点を聞きたいわけです。
○国務大臣(永井道雄君) ただいま先生が御指摘の問題というものも私は含まれていると思います。一般に競技、それから競技を見る人の心理的影響というのは、これは競技だけに限らず、映画などの場合でもずいぶん研究があって、いま御指摘のような影響が出るというふうな考え方と、他方、日常生活と違う場面でそういうことが行われるということを認識するという影響もあるというような研究もございます。しかし、御指摘のような点がやはり考慮すべきことであると思いますから、私たちもこの問題よく考えまして、また、体協の方々ともお話しを続けていくというふうにしたいと思っております。
○野田哲君 ただいまの点で、検討して体協とも協議をしていただくということで了解をして、次の問題に入りたいと思います。 国体の開催、運営の問題について伺いたいと思います。 スポーツ振興法第六条で、国体の問題について定めてあります。「国民体育大会は、財団法人日本体育協会、国及び開催地の都道府県が共同して開催する。」、こういうふうに規定をされています。これに基づいて、開催地の各都道府県、そしてさらに市町村、県内の市町村に国民体育大会の実行委員会というような形の組織が設置をされて、この実行委員会が、国体開催に関する国からの補助金あるいは県なり開催地の市町村の自治体に計上をされた予算の執行に当たっているわけです。そしてさらに、自治体の職員、地方公務員の人事管理、指揮監督を行っているわけですが、そういう形で各県あるいは各競技種目の開催地、ここで実行委員会という形で進められているこの国体の業務というのは、これは地方自治法の上では、自治体固有の業務であるのか、あるいはまた地方自治法の百四十八条、百五十条に規定をされている委任業務ということになるのか、一体、この国体を開催するために各県、開催地市町村、ここにつくっている実行委員会という組織、これは法律的にはどう解釈すればいいんですか。
○政府委員(諸沢正道君) まず、国民大会を主催者の一員である県が実施する仕事はどう見るべきかということでございますけれども、これは県の立場に立って考えれば、当該県民の広い意味でのスポーツの振興ということになるわけでございますから、当該自治体の固有の事務であるというふうに私どもは考えておるわけでございます。ところで、実施の方法として実行委員会というものが設けられておりますけれども、この実行委員会の委員の方々には、県内の有識者あるいは議会関係の方々等が名を連ねておるようでありますが、実行委員会の事務局に当たる部分は県の事務当局の職員でございまして、言ってみれば二枚看板、二枚鑑札と申しますか、県の何々部長が実行委員会の何々局長を兼ねると、こういうような仕組みになっていることは御承知のとおりでございます。そこで、それらの方々が国体に関する仕事をなさいますその仕事の中身をどう観念するかということは、いま申しましたように、国体そのものが当該自治体の固有の事務でございますから、その県の職務を各部局の職員が執行する、こういうことになろうかと思います。
○野田哲君 そういたしますと、国体の実行委員会の事務局というのは、自治体の固有の事務を執行するための一つの自治体の部局と、こういうふうに理解すればいいわけですか。
○政府委員(諸沢正道君) 実行委員会の事務局がその国体の固有事務を執行すると言うよりは、いま申しましたように、どこの県を見ましても県の部局の職員が実行委員会の職員を兼ねるわけでございますから、そして、それぞれの県におきましては、また国体の実施について国体局というようなものをつくっておるわけでございますから、したがって、それぞれの職員が国体事務を実施するというのは、実行委員会のポストを兼ねながら県の職員として国体の事務を執行する、こういうことになろうかと思います。
○野田哲君 県の職員が実行委員会の事務局の仕事をやっておることの意味についてはわかりましたが、実行委員会という性格、予算は、現に何億という国体開催のための県の予算、それには国からの補助金等も含まれておるわけですが、それを執行している実行委員会という組織、これはどう解釈をすればいいんですか。これはやはり自治体の固有の事務と、こういうふうに先ほど局長は言われたわけですが、そうすると、実際開催に責任を持っている実行委員会というのはどう考えていけばいいんですか。
○政府委員(諸沢正道君) 実行委員会そのものを法律上から見まするならば、当該県に置かれる任意の団体でありましょうし、そしてその趣旨は、国体の実施についてできるだけ関係者の意見を事務運営の上に反映させようと、こういう趣旨であろうと思います。しかし、いま申しましたように、その事務は実質的には県の自治体の職員が執行するわけでございまして、実行委員会の職務内容と県の職務内容というもの等も見ますれば、実質的には同じになるわけでございますから、職務の執行としては自治体の職員の職務として行うと、こういうことであろうと思います。
○野田哲君 そこのところがね、どうもよくわからないんです。この地方自治法のたてまえからいくと、地方自治体には、執行機関としては知事なり市町村長があり、それから別に百三十八条の四に規定されている行政委員会というのがあります。人事委員会とか、労働委員会とか、選挙管理委員会とか、こういうふうな行政委員会。固有の事務を執行していく形としては、知事なり市町村長が行う職務と、自治法の百三十八条の四に定めてある行政委員会以外にはあり得ないんだと思うのです。そういたしますと、行政委員会であるというふうに考えれば、その構成等については県なり市町村の条例によってその構成を定めていかなければならないんじゃないかと思うんですが、その点はどう解釈すればいいですか。
○政府委員(諸沢正道君) 先ほども申し上げましたように、国体委員会というのはもちろん県の行政機関ではございませんし、また、自治法に規定するというところの行政委員会でもないと私は思います。したがいまして、それはあくまでも任意の県内の団体でありまして、それと県の職員とが事実上職務執行についてはすべて併任という形でやっておるわけでございますから、職務の執行そのものは固有の事務としてやると、こういうことであろうかと思います。
○野田哲君 いまの説明によると、この実行委員会というものの性格が法的にどうも必ずしも納得できかねるんですけれども、実際は、実行委員会が開催に当たっての競技種目の選定とか、あるいは競技施設の規模、あるいは歓迎のための行事とか、あるいは天皇や皇族の歓迎の日程とか、この実行委員会がすべての面にわたっての計画の最終的な決定をする場になっているわけですね。したがって、そこの決定の内容によって、国体の開催の予算規模も変わってくるし、運営全体に最終的な決定を行うわけですから、開催地の都道府県、市町村、この運営にも非常に大きな影響を持つことになるし、財政的にも非常に大きな影響を持つことになるわけです。そういうふうに自治体の業務に非常に影響を及ぼす実行委員会が、法律的には別に裏づけのない、自治法に定める行政委員会でもない全く任意の団体なんだということであれば、どうもその点が、実際行っておる業務内容からして非常にあいまいじゃないかと思うんですが、この点いかがですか。
○政府委員(諸沢正道君) 御指摘のように、実行委員会において、その当該国民体育大会の規模であるとか、参加人員であるとか、種目その他主要なる事項を決めるわけでございますけれども、それはいま申しましたように、実行委員会の委員の中には当該県あるいは市町村の関係者等を網羅いたしまして、広く県内の意見を吸収するという意味において十分意味があることでございます。ただ、それを実際に実施する実行委員会の事務局の事務運営となりますれば、これはいま申しましたように任意の団体でございますので、現実には各都道府県、市町村等の職員が執行すると、こういう関係になろうかと思うんでございます。
○野田哲君 非常にその点、私も疑義を持っているんですけれども、この点ばかりやっておってもしようがないんで次へ進みます。 スポーツ振興法によると、「国民体育大会は、財団法人日本体育協会、国及び開催地の都道府県が共同して開催する。」、こういうふうになって、実際の運営に当たっては、開催する都道府県が四年前に開催申請書を提出をして、文部省と日本体育協会の審査を受け承認を求める、こういうふうになっていると私は理解をしているんですが、開催を決めるに当たっての手続としてはそういう理解でいいわけですか。
○政府委員(諸沢正道君) 御指摘のとおりでございます。
○野田哲君 そういたしますと、開催の申請書を提出をして承認を必要とするものの中には、自治体の施設として設置をする各競技施設の計画、それから開催地の自治体の国体関係に関する予算、決算、それから、天皇、皇后や皇族に関する事項、こういう問題まで含まれていると思うんです。日本体育協会というのは、競技団体として、施設が公認の競技場としてふさわしいかどうか、この基準に合うかどうかというものについて事前に協議を行い、技術的なチェックをするためには、日本体育協会に十分事前に協議をすることは必要であろうと思うんです。しかし、それはあくまでも競技の施設、運営の技術的な面だけでいいんじゃないかと思うんです。それが自治体の固有の権限である開催のための予算とか、あるいは決算、こういう範囲に至るまで日本体育協会の承認を受けなければならない、こういうふうに実際はなっておるわけです。地方自治法に定められたところの都道府県や市町村が、民間の一財団法人である日本体育協会の承認を受けなければいけない、この仕組みというのは、非常に私は奇異に感じているんです。そういうふうになってまいりますと、法人である日本体育協会が、開催地の都道府県、市町村の予算編成にまでクレームをつけたり、介入をしたりしてくることになるわけでして、こういう形というのは、実際はこれは共同の開催ということではなくて、開催地である自治体が日本体育協会のもとに隷属をし、下請機関になってしまっているのではないか。こういう運営は私は非常に奇異に感じざるを得ないのですけれども、これはもっと自治体の主体性を認めるような形に改善をすべき必要があるのではないかと思うのですが、この点いかがですか。
○政府委員(諸沢正道君) 御指摘のように、国民体育大会を引き受けました都道府県が、その主体性を十分に生かして国体を運営するというのが私は理想だと思います。ただ、いま申しましたような手続は、現実に各競技の運営というものがそれぞれの競技団体の手によって行われ、種目その他の決定も競技団体と相談の上決められてきておるわけでございますから、それらの団体を統轄する日本体育協会において、県から計画内容をお聞きいたしまして、それが国体として適当かどうかという判断をすることは必要なことであろうかと思います。ただ、御指摘のように、やたらに注文をつけたり、あるいはコントロールをしようということがあってはならないわけであります。その点われわれも十分お願いをしておるところでございますけれども、制度のあり方としてはむしろそういうふうにすることによって、特に今後は施設や種目等についても、実施要項自体がかなり弾力的に運営ができるようになっておるわけでございますから、それを踏まえて県の方が申請をお出しいただき、体協において十分御相談に乗って適切な運営ができるようにという見地からこれを判断するということはあってしかるべきことかと考えるわけでございます。
○野田哲君 いままでの例をみますと、開催地の方から施設の内容について承認を受けるための手続をとると、どうしても競技団体というのは、専門的、技術的にチェックをしていくことになりますから、たとえば室内競技であれば照明をもっと明るくしろとか、あるいは既設の体育館を使おうという形で計画を出しても、それではうまくないんじゃないか、もっと大きい会場をやれとか、こういう技術的な立場に立っての体育協会の各競技団体の注文というのが出てくる。そのことは、やはりそれに応じて施設の改善なり拡大をやっていこうとすれば、勢い当初の計画よりも予算を増額をしなければいけない。そういうことが、開催地の県なり市町村で住民の意向を反映して決めた、できるだけ国体の開催を既定の設備、施設を利用して質素にやっていこうとする県民、市民の意向に逆行する結果になって、たとえば、できるだけ節約をして住民福祉の方へ予算を使いたいと思っておるそのような自治体の施政方針というものを制約をしていくということになるのではないか。したがって私は、自治体が日本体育協会という団体の承認を受けるというこの制度そのものに非常に問題があるのではないか、こういうふうに考えるのです。競技団体としては、その競技施設が公認に値するかどうかという点だけの技術的なチェックであって、全般のやはり運営についての責任は自治体と文部省が持つべきではないか、こういうふうに考えるんです。自治体が体育協会にすべての問題について、運営全体について、あるいは予算内容について承認を受けなければならない、この制度は問題がありはしないか、こういうふうに思うんですが、いかがですか。
○政府委員(諸沢正道君) 先ほどお話し申し上げましたように、国民体育大会は、国、日本体育協会、自治体の三者の共催でございます。そして、体育協会の仕事は、いまおっしゃるように競技面の運営ということにあるわけでございますけれども、その競技を実施するに当たって、やはりどのような施設で行われるか、それは全く自由でいいというものではない。水泳であれば二十五メートルプールあるいは五十メートルプールということになるわけでございますから、そこでその施設の基準はこうあるべしということを要項に書いてある。そこで県としては、水泳をやるについてはこういうプールをつくります、あるいは既存のプールでやります、こういうことになる、その結果として予算的にある程度制約を受けるということはこれはやむを得ないことかと思いますけれども、その選定に当たって、基準の作成に当たって、できるだけ、先般の改正で現実に合わせ将来とも県民の使用に向くようなものをつくりなさいということを言っておるわけでございますし、なお先生が御指摘の局長通知においても、どうしてもしようがないときは、基準に合わなくても、関係者と相談して使うことも考えなさい、こう言っているわけでございますから、要するに運営の問題としてそういう点に最大の注意を払うべきことは当然でございますけれども、主催者の一員である体協について、いまのような制度を設け、その承認を受けしめるということは、まあ制度として一つの妥当な措置ではなかろうか、かように思うわけでございます。
○野田哲君 国体を開催をしていくためには、もちろん競技団体である日本体育協会の各競技団体と、施設、競技の運営等については十分協議をしていかなければならないと思うんですよ。ただ、地方公共団体が日本体育協会の承認を受けるという手続規定、これは私はやはり問題がある、こう感じざるを得ないんです。これはやはり検討に値すべきところではないか、こういうふうに思うんです。この点は、あくまでも文部省の体育局長としてはそれでいいんだ、こういうふうにお考えになりますか。
○政府委員(諸沢正道君) 手続の問題を、恐縮ですけれども、もう少しそれでは具体的に申し上げますと、いま御指摘のあった点は、この開催要項で言いますと、大会の開催を希望する都道府県は、都道府県体育協会会長、都道府県知事と教育委員会との連署の上、財団法人日本体育協会長並びに文部大臣あてに申請書を出しなさい。要するに、県側は県だけではなしに、県の体協、それから教育委員会、この三者が一つになって体協と文部大臣に申請書を出しなさい、体協はそれを受けて、いま申しましたような審査をした上、文部大臣と協議をしてこれをいいかどうか決定をする、こういうたてまえでございますから、言ってみれば国民的スポーツの祭典としての国体は官と民と協力してやるんだと、こういうたてまえのもとにこの要項ができておると思うわけでございまして、そういう趣旨からいたしますと、私はこの措置でも運営さえ適切にやればよろしいのではなかろうか、かように思うわけでございます。
○野田哲君 財政の問題について見解を伺ってみたいと思うのでありますが、昭和五十一年に開催をされる佐賀の国体、県内でも非常にこの問題については住民の方からいろいろ意見が出されたことは御承知だろうと思います。私の調査したところでは、佐賀県の国体の事務局の方で試算をされている開催の経費、公式的に上がっている数字で約百一億六千万円、こういう経費が計上されている、試算をされている、こういうふうに聞いておるわけであります。この中で国が出す負担というのは約七億というふうに現地では聞いておるというが、間違いがあれば訂正してもらいたいと思うのです。私の聞いたところでは、開催経費百一億に対して国が出す補助金は七億一千万円、九十四億五千万円が開催地の自治体の負担になる、こういうふうに聞いておるわけです。で、佐賀県というのは、こういう言い方は失礼かもわかりませんけれども、統計資料によると、文教水準で言えば全国の都道府県の中で四十一番、社会福祉の水準というのは三十三番という、これは県自体の統計資料で発表されているわけです。こういう状態にあるところで、国体開催のために百一億の予算を見込まなければならない。これは直接のあれだけですから、国体の予算に計上されていないが実際は国体の開催のために必要な経費を加えるともっと巨大な金額になると思うのです。こういうふうな、非常な過重な負担を開催地に強いる、こういう現在の国体のあり方、特に地方財政がいま非常に窮迫をし、硬直化している、こういう問題が非常に大きな課題になっているときに、開催地にそのほとんどの経費を負担をさせるといういまの国体のあり方、財政的なあり方、これについて文部大臣としてはこのままの方式を踏襲されていけばいいというふうにお考えになりますか、あるいは財政負担の面ではもっと検討しなければならない、こういうお考えに立ちませんか、いかがですか。
○国務大臣(永井道雄君) 現在、地方財政の事情が非常によくないということからいろいろ問題を生じてきておりますことは、先生の御指摘のとおりであると思います。 そこで、こういう問題は文部省としてどう考えていくかということでありますが、第一の点は、国体というのもこれまで三十年続いておりますが、かなり華美にわたるような形に展開してきたという批判も非常にございますので、それはそういう姿ではなく、やはりわが国の経済社会の事情も変わってきておりますから、そういうことよりも、国民が参加する実質的な大会になるというふうに私たちは指導助言をしてきているということが第一でございます。 第二に、いま佐賀県の教育あるいは福祉の水準から見まして、そのかなり苦しいところにこういう重荷を背負うのではないかという御指摘でございますが、やはり私たち考えておりますことは、この国体のときの施設というものが、将来ともにいろいろな体育、学校の体育だけでなく、社会的な体育にも用いられていくということがあるようにという点、これはこれまでもそうでありますけれども、なお一層そうなるということを希望しているわけであります。 第三に、やはり国というものができ得る限り財政負担をするということが望ましいわけでありまして、昭和四十三年から五十年に至りますまでの経過を見ますというと、相当国の補助というものもやはり増額する方向で来ておりますので、私たちとしては、今後はそういう姿で地方財政に対する圧迫をでき得る限り軽減したい、以上のような考え方で考えて進めてきている次第でございます。
○野田哲君 国体、すでに第三十回ということになって、これから開催されるところというのは、いままですでに県の財政力がある程度強いところが先取りをしてどんどんやってきて、これから開催をするところは、どちらかと言うと、こういう言葉が適切かどうかですが、後進県といいますか、財政力の非常に弱いところがこれから開催をする順番が回ってきておるというところにも、やはり非常に問題があると思うのです。佐賀県とか、青森県とか、島根県とか、こういうふうに予定をされているわけです。そういたしますと、いままでのような方式でこの開催費、一説によると千葉県、茨城県などは二百億だというふうに言われておるわけですけれども、これが全部地元の負担によって行われるということになると、これはこれから開催するところは、そのことが住民の福祉を非常に圧迫をしていくことになると思うんです。これはなるというよりも現実になっているわけですよ。ですから、こういう点について財政的な負担割合というものについては、これは抜本的な改正を考えなければいけないんじゃないか、こういうふうに思うわけです。 そこでさらに、国体の開催はその年限りで終わってしまうということにはならない。国体開催地は引き続いて身障者の大会をやるというのが慣例になっているようですね。そういたしますと、前後三、四年にわたって相当な自治体の職員をその方に振り向けていく、こういう点で自治体の職員にも非常な過重負担を強いている。あわせて問題になるのは教員の問題です。特に、国体でいい成績を上げて開催地で天皇杯、皇后杯をとるということのために、特に教員種目というような問題が天皇杯の非常に大きな決め手になるということで、開催地に向けての教員のジプシーというような形が非常に問題になっています。その国体開催のためにそこに配置をされる教員のために、現場の教員の定数が非常に圧迫を受ける、こういう形で、いままで開催された各地で問題になってきておると思うのです。あわせて、この歓迎行事等のために子供たちにマスゲームを教えるとか、あるいはいろんな行事に参加をさせる、こういう形で教育の現場を圧迫している面があるんじゃないかと思うのですが、この点はどういうふうに感じておられますか。
○政府委員(諸沢正道君) 国体に教員だけの種目を設けるかどうかということについて制度上の問題をまず申し上げますと、従来は教員の部というのを必ず設けることとしておったわけでございますけれども、本年の国体からは、参加者の分け方としては十九歳を境として少年の部と成年の部に分ける、なお必要があれば、あるいは特別の事情があれば教員の部を設けることができる、こういうことにしたわけでございます。ところで、教員の部を設けることによる弊害と申しますかについて御指摘があったわけでございますけれども、もちろん、いまおっしゃるようなジプシー教員というようなものが多数出たり、あるいはそのことによって教員が競技練習等に余り熱を入れ過ぎて、本来の教育活動そのものをおろそかにするというようなことがあってはならない点はもちろんでございますけれども、教員の部を設けることによって、およそ小中等の学校において子供を教育する先生の運動競技能力を高めるということは、これは何といっても当該学校の先生にすばらしいスポーツマンがいるということでありますから、やはり教育上よき効果と影響を与える点は見逃すわけにはいかないわけでございます。そういう意味において、教員の部そのものがあるということは、私はこれは当事者の判断として必要に応じて設けることは結構ではなかろうか、ただ、御指摘のような弊害を生じないように十分配慮すべきである、こういうふうに考えます。
○野田哲君 体育に熱心な優秀な教師の方がおられるということは、これは当然私も結構なことだと思うんです。ただ、国体の開催地で勝つがために、ことしは三重県、来年は佐賀県、その次は青森県、こういう形で開催県へ開催県へと移っていくというところにやはり問題があるので、その県で定着をして、その県の青少年の体育のために落ちついて尽力をされることだったら当然これは結構なことだと思うんです。そういう点で、いま局長が説明をされた教員の種目というのは、廃止をされたわけですね、成年の中に統括をされた、こういうふうに言われたわけですけれども、通達を見ると、やはり特別の事情があるときには成年の種別内において教員の部を設けることができるのだ、こういうふうになっている。どちらにもとれるような意味合いの文章になっているわけですが、いわゆる天皇杯にかかわる教員種目としてはもうなくなったと、こういうふうに解していいわけですか。
○政府委員(諸沢正道君) ちょっとその前段のジプシー教員のことについて申し上げますと、改正された細則によりますと、前回の大会に参加した者は次回の大会に異なる都道府県から参加することはできないとなっておりますから、毎年放浪するようなジプシー教員というのは今度はあり得ない、こういうことになるわけでございます。 ところで、いま申しましたように、教員の部を設けるか設けないかは、開催都道府県の判断に第一義的にはまって決めるということであり、その趣旨は、いま申し上げたように、教員のスポーツ能力の向上というような観点からあってしかるべき場合もあろう、こういうことでございますので、したがいまして、教員が教員種目として別途にやります場合は、その種目の得点というものがやはり天皇杯に影響するということはあり得るわけでございます。
○野田哲君 そうすると、教員種目というのをやるかやらないかというのはその開催地の方で自主的に判断して決めればいい、こういうふうに解していいわけですか。
○政府委員(諸沢正道君) 先ほど申しましたように、その開催する都道府県が申請を出す申請書の中身に、教員種目はやらないとかやるとかいうようなことがあって、それを受けて国体委員会で判断をする、こういうことになるわけでございます。
○野田哲君 日体協の国体委員会で判断をするということですけれども、文部省としてはどう考えておられるんですか。
○政府委員(諸沢正道君) その点につきましては、いま申しましたように、まず第一に、私は開催都道府県の判断というものを尊重してやるべきである、かように思います。ただ一つつけ加えさしていただきますけれども、明年の佐賀国体におきましては、当初佐賀県は教員の部をやるという前提で、大会の規模、参加者一万六千五百名という規模で申請をしたわけでございます。その後、いろいろと検討いたしました結果、やはり佐賀県の実態に合わせて一万二千五百名の規模でやりたいということに変更いたしまして、その内容を体協に申請をしてきているわけでございますが、そういう経緯がございますので、その佐賀国体において教員の部をどうするかということは、いま国体委員会においてそれをあわせて検討すると、こういう実態になっております。
○野田哲君 社会教育局の方いらっしゃいますね。じゃ国体の問題から、次に社会教育主事、それからスポーツ主事の問題について伺いたいと思います。 文部省の方では、昭和四十九年度から五十三年度までの五カ年計画で、社会教育主事の派遣あるいはスポーツ主事の派遣、こういう制度をつくられて予算にも計上されている、こういうふうに受け取っているわけですが、この社会教育主事の派遣ということについて具体的に伺いたいわけですけれども、この派遣をされる社会教育主事の身分、あるいはこの派遣の期間、それから給与はどこで決定をするのか、あるいは派遣をされた社会教育主事というのはだれの指揮監督のもとに社会教育の実務に当たるのか、この点についてまず伺いたいと思います。
○政府委員(安養寺重夫君) 四十九年度から社会教育主事の派遣制度を国の補助金という形で始めまして、社会教育主事七百五十人の給与、定額二分の一補助という制度を始めたわけでございます。五十年度におきましてはさらに二百五十名足すとともに、こういう社会教育主事の範疇でございますけれども、それとは別個に俗称スポーツ主事と称しまして、三百人をさらに増員するというような形で考えておるわけでございます。全体の考え方は、ひとつ考え方でございますので粗筋を申し上げますと、この派遣制度は、市町村の独自の社会教育行政の振興に、都道府県さらには国がいろいろお手伝いをしたいということで、都道府県の身分を持つ社会教育主事という職制でございまして、都道府県が市町村の求めに応じましてその職員を派遣をするという形になっているわけでございます。そして、この制度の運用の細目につきましては、当該都道府県の教育委員会と市町村の当局とがいろいろ協議をしてお決めをいただきたい。たとえて申しますと、どういう派遣の人、あるいは派遣期間を何年程度継続するかどうか、あるいは派遣者の取り扱いをどうするかというのは両当事者間で協約を結んでいただくなり、あるいは協議でお決めいただきたいということにしております。その際、派遣される者の給与は、いま申しましたように、都道府県の職員でございますので都道府県の教育委員会が決定をいたします。そして、身分のいま一つの問題は、派遣されます社会教育主事は市町村の職員であるという身分を併任するという形にしてはどうかというようにわれわれとしては考えておるわけでございますし、実態がそう進んでおります。したがいまして、派遣されました社会教育主事の服務等につきましては市町村の教育委員会が監督をする、そして、分限、懲戒等々の処分につきましては都道府県の教育委員会がこれを行うというような形で、併任の制度をとっておるわけでございます。そういうような形で現在運用しておりまして、千三百人、国が給与の定額二分の一の補助をするという形で、市町村、都道府県、国、それぞれ持ち分を出し合って、市町村の社会教育を振興していくための条件整備をしようというようなことでございます。
○野田哲君 いま地方財政の問題が非常に大きな問題になって、その中で、特に地方自治体の職員の人員の問題がその中の中心的な問題として取り上げられておるわけです。多いか少ないかという問題はともかくとして、地方財政問題、その中での地方自治体の職員の人員、給与、こういう問題が非常に大きな問題になっているときに、政府の方全体としては、自治体の職員をできるだけ削減をしろ、抑制をしろ、こういう方針でもって財政的にも行政的にも対処している。こういうときに、別のこのような形で派遣職員の制度というものを年々増高していくという形、これは政府の方針と矛盾をしている面があると言わなければならないと思う。で、あわせて、これが派遣をされてくることによって、半額負担でありますから当然自治体で半額は持たなければいけない、こういう形で、自治体に対して非常な財政負担をかけることになる。この点は、政府全体の方針と非常に矛盾をしているのじゃないかと思うのですが、この点について、文部大臣あるいは局長の方でどう考えておられますか。
○政府委員(安養寺重夫君) まず、第一義的に、社会教育行政あるいは社会教育の振興を大いにわれわれとしては充実したいということで努力をする立場から申しますと、現在、社会教育主事というものは、人口一万人以上の市町村には必置の制度になっておるわけでございます。再三みんなでいろいろ努力をしておるわけでございますけれども、実態ははるかにその域に及びませんで、大ざっぱに申しますと、人口一万人以上の市町村で、全体の平均で申しますとたかだか九割の設置の度合いでございますし、一万人未満の市町村の実態で申しますと六割程度の充足程度ということになっております。で、社会教育というものは大変大切ではございますけれども、それぞれの住民の学習意欲が発掘されまして、それが一つの学習の形に体系化され、しかもそういったものの施設、設備等々の手段をもちまして継続的に行われるということになりますためには、やはり市町村という第一義的な公共団体において専門の人がおぜん立てをしてあげるということがきわめて大切なわけでございます。従来からもそういうことであったわけでございますけれども、昨今のこのような情報化の時代、生涯教育というものが大切であるというような、さらに高度化、多様化、専門化、広域的にそういうことを考えろというような要請に当面してまいりますと、いよいよ私どもとしましては、専門の社会教育主事の設置というものを、せめて、ないところには必ず一人ぐらいはと、あるいは、そういうことを各市町村単独にやるということでなしに、府県あるいは国なりが、形、方法はいろいろでございましょうけれども、最小限お互いの協力のもとに社会教育の振興の条件を整えたいと、かように考えておるわけでございまして、幸い関係地方公共団体なり関係者の大変な御協力を得まして、この制度がうまく浸透していきつつあるというぐあいに考えておるわけでございまして、いまお話ございましたような給与の国の補助金というものが実態に多少ずれておって、地方財政の持ち出しというようなことがあるということは事実のことでございますけれども、これがおいおいに解消してまいるという努力をしてまいらなくちゃならないわけでございますが、このことのために定員がふえていくということは、これはどうしてもわれわれとしてはあってもらいたいものだ、やりたいことだと、かように考えておるわけでございます。
○野田哲君 私は教育の問題の専門家ではないんですけれども、社会教育というのは、やはりこれはその地域に密着をして、それぞれの地域の特殊事情というものを考慮しながらそこで定着をしてやってこそ初めて社会教育の実が上がる、こういうふうに私は素人なりに考えるのですよ。そういう意味からいくと、派遣制度というのは、私は、いま局長は効果は上がりつつあると言われたけれども、疑問を持たざるを得ないと思うんです。社会教育制度を重視されるんであれば、そこにまた社会教育に携わる専門的な主事を必要とするならば、現にそこに勤務をしている県なり市町村の教育委員会の職員に、文部省がなおその人の素質を高めていきたいと思うのであれば、必要な期間、研修をして、それに対応した能力を身につけさせると、こういうことで私は十分達せられるのじゃないかと思うんです。派遣という形で社会教育が行われることに根本的に私は問題があると思うんです。まして、いまできるだけ地方財政硬直化の中で人件費の抑制を図れという方針を政府がとっている。だとするならば、そこに新たに派遣をして地方自治体の持ち分をふやす、こういうやり方ではなくて、現にそこに勤務をして努力をしている各自治体の教育委員会の中から適任者を選んで、必要な研修を行って資質を高めていく こういう考え方が私はベターな措置ではないかと思いますが、この点はいかがですか、文部大臣。
○政府委員(安養寺重夫君) 市町村に社会教育主事というような専門家がおりまして、いろいろ社会教育振興のてこになってくれるということは大変大切なことでございまして、先生のおっしゃるのが本筋だと基本的には思っております。この派遣社会教育主事というのは、そういうことを年来法律に規定もし、財政的な裏打ちもし、ぜひそういう人が資格を取られて定着をすることを望んでまいったわけでございますけれども、いかんせん先ほど申しましたような実態で推移してまいりまして、しかも、かてて加えて、これからの社会教育というものの充実が個々の市町村というものの域を越えまして、やはり多層化され、広域化されるという要請にも当面しておるというようなことでございますので、その間、これは言葉は悪うございますけれども、ほうってはおけないというようなことで考えつきまして、いろんなことをやろうという一つの考え方でございますので、派遣社会教育主事というのはそういう考え方を実現したものでございまして、これですべてを網羅し、包括し、これでいいんだというようなつもりはございません。したがいまして、いま御指摘ございましたように、現にそういう方面で勤務をされており、努力をされておる方々にいろいろ資格の付与の道を講ずる、あるいは現実に登用するというようなことはおっしゃるとおりでございまして、われわれも毎年社会教育主事の資格を取得するために国立の二十の大学にそういう講習会を夏どきやってもらうということをずっと継続してまいっておりますし、受講生もございます。また今回の派遣社会教育主事等の任命に当たりましても、学校の先生という前歴者が多うございますけれども、やはり現在市町村におられる、あるいは関係の民間の団体におられるというような方々から若干なりとも登用されておるという実態もございまして、いろんなことを考えていった方がいい。またそうしなければ、市町村の専門職員としてのみ、こういう方々を定着するような環境、状態に整っていないというような実態がありますものですから、いろいろなことをやってまいりたいと考えておるわけでございます。
○野田哲君 いろいろ説明がありましたが、社会教育主事の派遣あるいはスポーツ主事の派遣という問題について、これは各都道府県の要請、求めに応じて派遣をする、こういうことに解していいわけですか。
○政府委員(安養寺重夫君) 市町村の求めに応じて都道府県が協議に入ってこたえるという関係でございます。
○野田哲君 そうすると、この七百五十名とか三百名とか千名とかいろいろ予算上は数があるわけですけれども、必要ないということであれば、それに対しては特に文部省から押しつけるということにはならない、こういうふうに考えていいわけですね。
○政府委員(安養寺重夫君) 結論的にはそうでございますけれども、私どもの方ではいろんな御説明申し上げましたようなことで考えておるわけでございますから、お勧めはしております。しかし、どうしても要らないというので御要求がなければ、それを強いてどうこうという立場はとらないことにしております。
○野田哲君 この制度については、文部省の方では積極的に推進をされようとしておるわけでありますけれども、社会教育法の九条の三では、命令とか監督はやってはいけないというふうに規定されていますね。「社会教育主事は、社会教育を行う者に専門的技術的な助言と指導を与える。但し、命令及び監督をしてはならない。」、あるいはまたこの十二条の「国及び地方公共団体は、社会教育関係団体に対し、いかなる方法によつても、不当に統制的支配を及ぼし、又はその事業に干渉を加えてはならない。」、この精神、一口で言えば社会教育というものについては、金は出すが口は出さぬという精神だと思うのですよ、俗な言葉で言えばね。だから、この派遣制度というのは、私はやはりこの社会教育というものについて中央統制的な、官制の社会教育、官制のスポーツ、こういうにおいがどうしてもしてはいけないと思うのです。そういう傾向に私はやはりなっていくのではないか、画一的な官制の社会教育、画一的な官制のスポーツ振興、こういう懸念が多分に感じられるわけですから、そういうことは懸念のないようなひとつ十分配慮してもらいたいという点をこの問題で要請をして、時間が参りましたので終わります。
○委員長(加藤武徳君) 暫時休憩いたします。 午後零時十一分休憩 —————・————— 午後一時十分開会
○委員長(加藤武徳君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、文部省設置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。 質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○峯山昭範君 本日は文部省設置法の一部改正案の審議でございまして、私たち内閣委員会にとりましては、国の文部行政全般について審議する機会が非常に少のうございますので、かねがねから私たちが考えております幾つかの問題についてきょうは質問したいと思います。それで、設置法そのものの問題については同僚議員に譲ることにします。 そこで、きょうは私は初めに、今回の設置法そのものもそうでございますが、青少年の健全な育成あるいは健全な教育を行っていく、そういうふうな面から、私はまず第一に大臣にお伺いしたいのですが、最近、非常に電卓ですね、というものが非常に人気が高まってきておるようでございます。先日も文部省のどなたでしたか、テレビに出ておられました。私はこの問題について非常に心配をしておる一人でございます。一番、頭を使って物を考え、計算する能力を養わなければならない小学生の皆さんが、電卓を使うということについて、そういうふうな訓練がおくれるのじゃないか、そういうような声が非常に父兄の皆さんからも強く上がっております。この間のテレビを見ていますと、何となく電卓を使っておる学校がある、電卓を使う時間になると目の色がきらきらしてきて、子供が授業に興味を持って非常にいいみたいな感じのお話もございました。そういたしますと、少なくともあれを見て、弊害というのが非常に少ないみたいな感じの放送だと私は感じておりました。そういうような点から考えまして、私は学校のいわゆる算数の教育のあり方、そういう点から考えて、私は非常に算数教育の目的そのもの、これがまず一つ。それからもう一つは、機械そのものに対するいわゆる盲信の恐ろしさ、これはそれぞれにあると思いますけれども、そういうふうな点。それから、ただ便利だということで子供に使わせるということ自体にも問題があると思いますが、こういうような点について大臣は基本的にどうお考えか、まずお伺いしておきたいと思います。
○国務大臣(永井道雄君) 私はいまの先生の提起なさいました問題について、幾つかの重要な点があると思います。 まず、数学は一般に計算能力をつけるということが、これは若い、小さいときに非常に必要だと考えます。そういう観点から考えますというと、電卓というものに非常に早期から依存するということに一つの問題があります。もう一つは数学的論理といいますか、そういうものをやはりつけていくことは数学教育の一つの基本であって、やはり数学の論理を使っていろいろな問題を解いていくということが非常に必要であると思います。そこに電卓のようなものが入ってきた場合、これでどうなっていくかということでありますが、そこの考え方は、私はやはり電卓の使い方というところに非常に重要なポイントがあるのではないかと思います。つまり、非常に幼いときから電卓だけに依存いたしまして、全く計算能力とか、あるいは数学的思考法を育てないということになってまいりますというと、非常に問題なんだと思います。ところが、いろいろな社会の問題もありますし、自然科学上の問題もあります。そういう問題を解いていく上に相当複雑な計算をいたしますが、計算それ自体が目的ではなくて、複雑な問題を解いていくというときにいろいろ計算を必要とする場合がありますが、そういうときに私は電卓を使うことを覚えるということは妥当なことなんだと思います。これは妥当であるばかりでなく、事によったら望ましい面があるかもしれない。といいますのは、われわれの世代ですと、私を含めまして、たとえば電算機の操作というふうなことは非常に遠いことのように思うのでありますけれども、電算機に振り回されるのではなくて、電算機を使いながら自然や社会の問題を考えていくということが、やはりこれからの子供ができるようになりませんと、一種の機械信仰に陥ってしまうと思いますから、そういう意味においては、電卓を使って問題を解いていくということを適当な場所で教えていくことであれば非常に望ましいのではないかと思います。要約をいたしますと、要するに機械が発達する過程で、機械が主人公になりまして人間が奴隷のようになって、そうして、人間として発達させるべき重要ないろいろ能力というものがありますが、それが全く犠牲になるということがあってはならないと思うのです。で、機械をあくまでも手段として使いこなして人間の能力を伸ばしていくという形で数学教育が展開されなければならないと思いますが、これは言うはやすくして行うはなかなかかたいことでありますから、現在あるいは今後にかけて重要な数学教育の課題であると思っておりますから、文部省などでも、こういう問題については、数学者の先生方の御協力を得て、これからの数学教育をどういう形で機械との関連で展開していくかということについて、これまで以上の努力が必要であると考えております。
○峯山昭範君 それじゃ、多少細かい点にわたりますが、二、三お伺いしておきたいと思います。 まず、特に小学生で計算能力が一番培われるといいますのは、小学校の大体何年生ぐらいでございますか。
○政府委員(安嶋彌君) まことに申しわけございませんが、的確なお答えをする準備が遺憾ながらございませんが、基礎的な計算能力は、御承知のとおり一年生から重点的に指導いたしておるわけでございますが、ただいまの問題に関連して申し上げるならば、そろばんの使用は三、四年生においてやると、ただし、三、四年生におきましては加法と減法の指導をする、乗法、除法につきましては四年生以降において行うというたて方にいたしております。したがいまして、一、二、三年生ぐらいまでの段階におきまして、やはり加法、減法の基礎は十分に養っていくということが原則であろうかと思います。同時に、電算機の問題につきましては、四年生以降でそろばんの乗法、除法の指導を行ってよろしいということになっておりますが、計算機等を用いる指導も、他のいろいろな指導に支障がない場合には第四学年以降において計算機を使用した計算を指導してよろしいということになっております。これは小学校の場合でございますが、中学校の場合には特に学年を指定した指導はございませんが、計算上、計算尺や計算機を用いることが必要な場合にはやってよろしいということになっておるのでございます。
○峯山昭範君 そうしますと、大体の、基本的に計算能力が一番ついてまいりますのは、やっぱり私はいまの話から総合いたしましても、小学校の三、四年生ごろから中学校にかけてじゃないかと、私専門じゃございませんので、推測をするわけです。ところが、実際、非常にこれは問題があるわけですけれども、最近の新聞の広告を見てみますと、これは皆さんは御異議もあるかもしりませんが、きょうは二通り新聞の広告を大臣に見せたいと思います。本当は余り会社の宣伝をしちゃいけませんので——きょう私が大臣に持ってきた広告は非常に小さいわけです。半分であります。本当はもっと一面の大きな広告になっているわけです。それが連続して、いわゆる入学シーズンになりますと広告が出るわけです。この中身を見てみますとすべて入学のお祝いです、入学のお祝い。しかも、これは非常に問題があるわけですね。それで、こういうふうな入学のお祝いに実はこういうようなものがどんどん贈られるようになってくる。大臣、これは小学生じゃないとお考えかもしりませんが、実は、非常に最近問題が出てきた。というのは、もう一つの広告、こっちにあります。これは見えにくいかもしりませんが、チョコレートの賞品であります。チョコレートの賞品に電卓を差し上げますと言います。小学生の小さな一年生、二年生の子が、最近そのチョコレートを買って一生懸命シールを集めておる、何をしてんのやと思うて聞いてみたら、電卓がもらえると言うんですよ。結局は、こういうふうなことから計算能力が伴わない小学校一年生、二年生、三年生というようなところで、こういうような電卓が現実に大きなブームを起こして、それでそういう品物が売られている。ということは、私は非常にやっぱり問題があるんじゃないか。これはただ単に必要に応じて——それは先ほど大臣もおっしゃいましたが、当然私はこれからの時代としては、こういうような電卓も必要だろうと思うんです。大臣がおっしゃった使い方という問題、これは確かにそのとおりだと思うんです。ところが、一たん使い方を間違えてしまうと、これは非常に私は重要な問題になるんじゃないかと心配をしておるわけです。そういうような意味からも、私は、きょうは、公正取引委員会、そういうところも来ていただいておりませんけれども、やはりこういうふうな問題についてはいろんな角度から注意をすべきじゃないか、というのは、実は非常にこういう計算機の広告メーカーも考えておりまして、前一回私たちがちょっと問題にしようとした。ところが、いやこれは小学生を相手じゃないんですと言うんです。中学生以上を相手にしているんです。初めの広告には中、高、大学生なんていうのは入ってなかった。ところが、そういうのを入れないといけないんじゃないかという問題が出てきて、これだけの広告の中にどこに書いてあるかわからないような小さな字で、小学生というのを抜いて字を入れた。ところが実際にこういうようなものを見て、しかもそういうチョコレートやそういうもののいわゆる賞品として出されるようになってくると、これはもうやっぱりこういう問題がだんだんエスカレートしてくると、私は非常に今後の教育という問題から考えても重要な問題になってくる。だからそういうような観点から、ぜひともこういうふうな問題については御検討をいただきたいということです。まず一つ。 それから、現実にこういうような問題と絡んで、たとえば、この間も文部省の方、多少おっしゃっておりましたが、電気鉛筆削り機というのがありますね、こうじゃあっと入れて削るやつ。あれが出てきたために最近はナイフが使えない子供が現実に出てきているわけです。昔は鉛筆というものは全部ナイフで削らにゃいけない、だから自分でみんなやっていたわけですよ。ところが、鉛筆削り機が出てきたために結局そういうふうな手先が不器用な子供さんが出てきた。結局、子供さんの教育という点から考えてみますと非常に私は大きな問題があると思います。こういう点を含めて、ぜひとも文部省でも真剣にこれは考えていただきたいと思うのですが、いかがですか。
○国務大臣(永井道雄君) 実はいま先生が御指摘になりましたことに私は全く同感でございまして、私が就任以来一番考えておりましたことの一つであります。今週の土曜日の文明問題懇談会は、最初のテーマとして科学技術と人間の関係について諸先生に御議論を願うわけです。電卓に限らず、いまの電気鉛筆削り、あるいはテレビの使用、テープレコーダーの使い方、そういうふうな形で、非常にいわゆる技術的な進歩に伴う機械のはんらんの中で、本当に人間の教育あるいは人間自身がその価値を十分に保持できるかということは大変な問題であると思いますから、基本的にそういう問題は、そういう問題を突き詰めて考えてこられた諸先生方に御討論を願って、われわれもそれから学習をして、その上で一体この日本の教育の中でそういう問題をどう考えていくかということについて、教育関係の方々とともにこれは本当に本格的に取り組んでいく考えでおります。
○峯山昭範君 それでは多少問題を変えまして、同じコンピューターの問題をやります。 これは文部省が各都道府県に対しまして指導して行っております教育情報システムですか、というのがあるというように私聞いておりますのですが、この概要について初めにお伺いしたい。
○政府委員(清水成之君) ただいまの点でございますが、文部省におきまして、四十八年度から教育行政情報処理体系化の調査研究ということで都道府県と協力をいたしまして調査研究を行っております。この内容としましては、各都道府県がどの程度学校数あるいは教員数などの情報を収集し、また独自でどんな統計資料を収集しているか、こういうような実態などを調べまして、今後の教育調査統計資料の体系化に資そうということで研究調査を委嘱をしておると、こういう段階でございます。
○峯山昭範君 これは実際問題、その調査研究をやっていらっしゃる都道府県はどことどこでございますか。それで、いままでどういうような折衝をされて、そしてそういう府県になったのか、具体的なその目的は一体どういう目的なのか、以上。
○政府委員(清水成之君) 最初の、どの県とどの県ということにつきましては、私いま資料を持ち合わせておりませんので後刻先生に申し上げたいと存じますが、目的としましては、この取り扱います基本的な調査統計事項の選定をどういうふうにするかということ、それから、それらに関連しまして電算機の処理方法をどうするか、こういうようなことにつきまして協議し調査研究する、これが目的でございます。
○峯山昭範君 具体的にやっているところがわからないというのは、私、余り納得できないんですがね、それで具体的には、それは文部省が各都道府県に指導されている要項なんというものは、現実にこれは出されているわけですか、これはどうです。
○政府委員(清水成之君) その点でございますが、文部省がいまこれを指導しておるというところまでいっておりません。あるいは後ほど御質問出るかもわかりませんが、一部新聞紙に某県のことについてこれに関する記事が出たことがございますが、これまた文部省がそういう方面の指導をしておるというところまではいっておりません。調査研究の段階だということでございます。
○峯山昭範君 指導しているところまでいっていないということは調査研究ということですか。調査研究を委託しておるわけですか、そうでございますか。
○政府委員(清水成之君) はい。
○峯山昭範君 調査研究を委託しているということであれば、それは文部省が委託しておるわけですから、どことどこへ委託したということぐらいは、これはいますぐわかるんじゃないですか。
○政府委員(清水成之君) いま、私ちょっと手元に持っておりませんので、至急取り寄せたいと思います。
○峯山昭範君 それじゃそれはすぐ、後ほど委員会の途中でも結構ですからおっしゃっていただくとして、調査研究を委託するからには、その委託した項目というのは幾つかあると思うんですが、これはどうですか。
○政府委員(清水成之君) 細かい項目ではございませんで、先ほど申したように、この調査統計事項の選定とか、あるいは電算処理の方法の諸問題について各県で協議をしていただく、こういうことでございます。
○峯山昭範君 もう一回重ねてお伺いしますがね、その調査研究委託の目的は何でございますか。
○政府委員(清水成之君) 先ほども申し上げましたように、各県でどの程度教育情報を収集しておるか、そしてまた各都道府県独自でどんな統計資料を収集しているか、こういうような実態を調べまして、今後の教育調査統計資料の体系化に資そう、こういうのが最終目標でございます。
○峯山昭範君 そうしますと、各都道府県でどの程度の情報を収集しているか、各府県でどの程度の統計が収集されているかということを知るためということで、これは要するに、どの程度の情報あるいはどの程度の統計という情報統計の中身はこれは何でございますか。
○政府委員(清水成之君) それらにつきまして、どういう基本的な調査統計事項を今後電算機にかける場合に選定をしていくかという選定をこれから考えるわけでございまして、必要な学校数とか、あるいは教職員数とか、そういうようなものを一応置いておるわけでございます。で、先ほど来、調査研究の委託という言葉を使ってまいりましたが、それは正確ではございませんで、各県におきまして研究連結協議をしていただく金を出しておる、こういうことでございます。
○峯山昭範君 結局は、皆さん方のいまおっしゃっている目的を私は再度聞きましたね、先ほど。そうしましたら、どの程度の情報が集まっているかと、どの程度の統計が行われているかと。それで、その中身は何だといま聞きましたら、要するに、電算機に入れる項目ですね、これはどういうふうなものが適当であるのか、そこら辺のところを研究協議すると、こういうことでございます。そうすると、これはコンピューターに入れる項目を、要するにどういうのを入れるかということをいまお互いに研究協議しておると、こういうことでございますか。
○政府委員(清水成之君) そのとおりでございます。
○峯山昭範君 そうしますと、文部省としては、将来は、その項目がまだ決まりませんが、ある程度の項目が決まったら、これは要するに全国の学校で、いまの研究協議の上で決まった項目を入れるようにするということですな、これはそうですか。
○政府委員(清水成之君) その点でございますが、研究協議を重ねまして、そしてこれは全国的に見ますならば、全国の観点から持っておらなければならない基本情報もございましょうし、また各県レベルとして持っておるべきものもございましょうから、一律に全部が全部どこもかもというわけにはまいりませんが、各行政レベルの段階に応じてお互いの間で合意をして、そして処理をしてまいりたい、かように考えております。
○峯山昭範君 そうすると、要するに合意したところから順次そういうふうにやっていきたいという考えでございますか。
○政府委員(清水成之君) こういうあれでございますので、一つは各県レベル独自の問題があろうかと存じます。中央レベルで考えました場合に、これまた基本的な統計を全国的に、しかも効率的に把握をするということは必要なことでございますので、私ども望むらくは、何と申しますか、全国共通でできたらやってまいりたい、かように考えます。ただし、いろいろとまた物によりましては、非常に慎重を期さなければならぬ問題もあろうかと思うわけでございます。これらの点につきましては、今後の各県段階におきます調査研究協議の結果を見まして、また関係省庁とも十分相談をする必要のあるものがあろうかと存じます。
○峯山昭範君 もう一点、これは前提としてお伺いしますが、要するに入れる項目というのは、やはり生徒一人一人の個人の問題になるわけでございましょう、これはどうですか。
○政府委員(清水成之君) そこが、いま確と申し上げるわけにはまいりませんが、個々の生徒につきまして出てくる項目もこれはあろうかと思います。あろうかと思いますが、先ほどちょっと触れましたように、慎重を期さなければならぬ面があるであろう、かように予測はいたしております。
○峯山昭範君 大臣、これは非常に重要な問題を含んでおりますね。いま官房長の答弁を聞いていますとね、一人一人の児童にわたる分野もあろうかと思うと、こうおっしゃっておりますが、実際問題、これはコンピューターの問題については、国民総背番号というような問題やら、そういう点も含めて、相当いまいろいろな問題が出てきております。それで当然私は、やるとすれば小中学生やそういう人たちの背番号や——背番号というよりも、一人一人の血液型やいろいろな問題も入ってくるであろうし、そういうようないろいろなものが出てくるであろうと思うのです。しかし実際問題、教育の効果という問題から考えて、それが本当に必要であるのかどうか、要するにそこら辺のところがやっぱり問題だと私は思います。 そこで、大臣にも一遍聞いておいてほしいのですが、大臣の方から答弁をいただく前に、きょうは行政管理庁の局長お見えになっていただいておりますので。行政監理委員会から、先般、この問題と多少問題は違いますが、中間報告が出ましたですね、この中間報告について私は種々問題を指摘したいんですけれども、これはやはりこういうようなコンピューターの使用という問題の中で一番重要な問題は、プライバシーの保護という問題だと私は思います。そういうような点から考えてみまして、中間報告の中にもございますが、一つは、わが国においてはプライバシーそのものの概念がいわゆる定着していない、したがって禁止すべき条項——大臣、これは禁止すべき条項ですね、こういう項目は入れないでおこうというような禁止すべき条項という、そういうものを定めるのは実際問題不可能であるという答申が出ておるわけですね。そこら辺のところで、結局ある程度の個人のプライバシーを保護するための基準というものがはっきりしない段階で、いわゆる電算機を導入して、そしてこういう問題を進めていくというのは、非常に、慎重にやっていかなければいけないというのが私の考えなんですが、これはどうですか。
○説明員(佐々木晴夫君) お答え申し上げます。 本日局長所用のため関西に出張しておりまして、担当の私、管理官でございますが、この事務を一応つかさどっておりますので私からお答え申し上げます。 行政監理委員会から、いま先生御指摘の「行政機関等における電子計算機利用に伴うプライバシー保護に関する制度の在り方」につきましての中間報告をこの四月九日にいただきました。で、この中では、いま先生が申されたプライバシーの概念がまだ定着していないためにこの禁止項目を定めることが不可能であるということは実は申しておらないわけでございます。端的に申しまして、プライバシーの概念というのは、大体昭和三十九年の「宴のあと」判決あたりから一応社会的に非常に認識されてまいりまして、それでプライバシーの概念というのは私どもの世論調査でもほぼ九八%の方々、大多数の方々が承知をしているわけでございます。ただ、プライバシーと申しましても、何が具体的にプライバシーであるかということにつきましては、なかなか、まあそれぞれの理解が違う面が一応ある。まあこのあたりはむしろ社会的な認識、国民の個々のいわばお考え、これをまとめました、いわば国民全体の意識構造、こうしたものにかかわる面が非常に多いんではないか。そこでこの問題を即断するよりは、この問題につきましていわば中間報告としまして、各国の状況はこうである、それからまたわが国ではこうしたような問題があるというふうなことを、いわば問題として一応整理をいたしまして、これにつきまして世論の動向を一応伺いたい、こういう趣旨でもって中間報告が一応出されておるわけでございます。先生言われますように、プライバシー問題というのは電子計算機利用に伴います大変重要な問題、基本的な問題であるというふうに、私ども行政管理庁あるいはこれを審議なさいました行政監理委員会の委員さん皆さんそういうふうに一応お考えでございます。ただ、いま申しましたように、各国で、まあたとえばスウェーデンなり、それからアメリカなりで、政治的活動だとか、あるいは宗教に関する事項については、これは情報項目として相当の制限を加えるべきである。それからまた、あるいはスウェーデンあたりでは、たとえば国民の医療の問題あるいは外国人の処分の問題、こうしたものはいわばプライバシーの問題として当該処理機関のみが一応これを管理すべきである、こうしたようないわば法律も一応できております。情報項目としましていろんな理解の仕方が一応あろうかと思いますので、そのあたりにつきまして各界の御意見等も、まあこの中間報告を契機としましていろいろとその御指摘をいただけましたでしょうから、このあたりを整理しつつ私どもとしてはさらに行政監理委員会とも御相談をして、この情報項目を詰めてまいるというふうな考え方を一応持っておるわけでございます。
○峯山昭範君 どうも気に入らぬ答弁をするので、まあ構わぬけれども、私は、この答申の中では、わが国においてはプライバシーの概念のその内容については必ずしもいわゆる明確ではない、この答申の中にあると、こう言うたわけです。あなたはそうじゃないと言う。この答申に書いていることはうそか、これは。現実にこの中間報告の中でも、「プライバシーの概念」という項目読んでみなさい。現実にいろいろ言われているけれども、全部読んでもいいけれども、結局この結論としておっしゃっているところを読んでみなさい。「その概念についてはなお必ずしも明確でないものがある。」と、これは結論です。その前にいろいろありますよ。三島の例やらいろいろ挙げておりますが、結局あなたは明確であると、私が何となく違った意見を言うてるみたいな答弁をしていますけれども、そうじゃないでしょう、やっぱりこれは。現実に、この中間報告の中に、こういうぐあいに日本においてはプライバシーの概念というのはまだ定着していないというのが、これは私の意見じゃないんです、この答申の中にあらわされた意見じゃないですか。しかも、それはもちろん現在プライバシーという問題がいろんな広範な範囲で検討され、ある程度定着しつつあるということもぼくはこれは認めるわけです。しかしながら、それじゃ個人のどれとどれをはっきりした項目として挙げるかなんということになってくると、これはまだまだそこら辺のところまではいっていないということなんですね、これは。そういうぐあいにこれは素直に解釈しなきゃいかぬですよ。そういうふうな観点から見ても、いま諸外国での例も出ましたけれども、もう一点あなたにお伺いしますけれども、電算機の導入という問題で、公務員の守秘義務というのが前からずいぶん問題になりましたけれども、守秘義務だけでは実際問題対処できない、そういう段階になりつつありますね。したがって、いまあなたから話がございましたように、諸外国でもこういうふうなデータ通信なりあるいはプライバシーの保護という問題、電算機の利用という問題について、それぞれいわゆる立法措置をしたらどうかという意見が出てきつつあります。実際にこれを取り上げて実施しているところはスウェーデンだけでございますがね、あとアメリカとか西ドイツでも実際問題この問題について真剣に検討をされようとしておる。そういうふうな観点から見まして、これはあなた方行政管理庁は、実際問題、立法措置というものを、これは将来、というよりも、私の言うのはすぐということじゃなくて、多少の先を見越してこれはやっぱり検討する必要があると思うんですよ、ここら辺についてはどうお考えですか。
○説明員(佐々木晴夫君) いまプライバシーの概念につきまして、私の申しましたこと、誤解を与えたとすれば大変恐縮でございました。峯山先生の言われるように、まだ必ずしも明確でないというふうな指摘をいたしておるわけでございます。 それから、今後の問題といたしまして、立法化をするかしないか、大変重要な問題であるというふうな御指摘でございますが、この問題につきまして、私どもとしてこの監理委員会の御答申というのは、基本的に立法化をすべきであるという視点に一応立っておるというふうに理解をいたしております。したがいまして、ここで指摘されました問題につきまして事務的に極力速やかにこれを詰めまして、将来といいますか、その問題の詰めが終わりました段階でもってこれを法律案としてこちらの方に提出をいたしたいと、このように考えております。
○峯山昭範君 それじゃ最後に大臣にお伺いしますが、いまの答申なんかからも含めまして、文部省の方では、先ほど話がございましたコンピューターに入れる項目を研究するということらしいんですけれども、実際問題これは非常にむずかしいと私は思うんですね。いま、これは中間報告ですからはっきりした結論が出ていないわけです。しかし、内容として、いろいろ読んでみましても、問題点は指摘されていますけれども、こうせいという具体的な指摘はないように私思います。しかも、その項目を決めるというのは非常にむずかしい問題を含んでおりますので、そういうところも含めて、これはやっぱり国民がいま一番心配しているのは、要するにこういう中間報告の中にも指摘されておりますように、たとえば、学校で成績がコンピューターに入るということはないと思いますけれども、小学校の小さいときの成績がぱっとコンピューターに入ってしまったらそれが一生ついて回るとか、あるいは小学校でちょっと悪いことしたのが入ってしまうとかですね、一歩間違えてしまうと、そのためにその人が人生をもうだめにしてしまうというようなことがあり得るわけですよね。ですから、そういうふうな点、私は非常に慎重に取り扱わなければいけないと思うし、またこの問題については、私たちにも、ほかの皆さんにもずいぶんあると思いますけれども、国民のプライバシーを守るという観点から、ただ単に大人だけじゃなくて、教育過程にある子供さんも含めてでございますが、これは非常に慎重にやらなきゃいけないという私たちの意見もあるわけであります。そういう点から、ぜひとも文部省はそういうふうな点にも対処しながらこういう問題に取り組んでいただきたいと思うんですが、いかがですか。
○国務大臣(永井道雄君) 電算機の利用を行政計画にどう生かすかということは、ここ十数年来の課題と思いますが、その場合に、行政分野に応じた電算機の使用方法があると私は考えております。たとえば、建設行政とか運輸行政のような場合には比較的数値にあらわしやすい資料を用いますから、それに基づくいわゆる行政計画というものを行い得るわけでありまして、それに基づく長期計画、それからプログラミング、あるいは予算化の全体的なシステムをつくるという、いわゆるPPBSというような考え方がアメリカ合衆国を中心にして比較的定着してまいったように思います。ただ、教育行政というものにPPBSのような考え方を導入できるかどうかということにつきまして、十年ぐらい前にはかなり実験的な試みがあったわけでございますが、教育行政の場合にはPPBSを建設行政などで行っているような形で行いにくい。なぜかなれば、数値であらわしにくい要素が非常に重要なものとして入ってくる。でありますから、具体的に申しますと、たとえば研究者がどの程度考えているか、あるいはある先生が子供に教えるときの教育方法は効果的である、こういうものも、十数年前には非常に電算機万能的な考え方がアメリカ合衆国でありまして、そういうものを数値で示しまして処理をすると、教育行政計画に生かし得るということでございましたが、しかし、時を経るに従いまして、そうではなくて、数値であらわし得るものとそうでないものを明断に区別する必要があると。私は、その新しい考え方の方が妥当でありまして、それは当然プライバシーを含んでおりますが、プライバシーを含んでいないものも含めて、人間の思考、考え方というようなものは電算機に処理をゆだねまして、それに基づいて計画をしていくというところから非常に誤りを生じるものであると考えております。幸いにアメリカ合衆国でもそういう電算機万能的なPPBSの教育行政への応用というようなことから生じた失敗の反省期に入ってきておりますから、またわが国で失敗を繰り返すというようなことは本当にばかげたことでありまして、私は現在、情報処理関係の仕事をしておられる方もある程度は存じておりますが、やはりそういうものの反省に立って、数値であらわし得ないものを尊重して教育というものを考えていかなければいけないということでございますから、当然文部省といたしましても、そういう数値であらわし得ないものの重要性を考えて、そして、電算機で処理し得るものの領域とその限界を見きわめてこれからの仕事に当たっていくべきであると、情報処理についてそのように考えております。
○峯山昭範君 もう一点お伺いして私の質問を終わりたいと思いますが、心身障害者の教育の問題の中で、実は先般私は決算委員会で、文部省の課長さんに出席をいただいて質問いたしましたが、後で答弁を読みましても、どうも私の質問と答弁とかみ合っていない。と言いますのは、私は実は心身障害者の学校へずいぶん行きました。それで、そのときやっぱりいろんな問題の中で、きょうは続けて言いますが、一つは心身障害者が、要するに現在の養護学校とか、そういうところを卒業して、いわゆる所定の学校へ行けないと言うんです。これがまず一つです。要するに、そういう人たちは、せめて一般の会社へ就職できなければ大学へ行って勉強したいと、ところが実際に大学へ行けない。これはいろんな条件があるんです、やっぱり。それを何とか行けるようにしてもらいたいというのが一つ。 それからもう一つは、現場の先生からのいろんな要望は、これは大臣もお聞き及びのことと思いますけれども、現在の日本では、心身障害者の教育、いわゆる養護学校なりそういうところへ勤める人が少ない。だから現場の皆さん方の意見は、要するに学校の先生になるためには、小中学校を含めてですが、先生になるためには、そういうふうなところで二年ないし三年、一年でも結構です。必ず教職の課程をやる。要するに、そういう養護学校なり、心身障害者の学校で先生をやると、そしてその後一般の学校へ行くと、一般のちゃんとした一人前の先生になるためには、そういうところで先生を経験したことのある人がもう日本全国、至るところにいると、そういうふうにしてもらえないかという要望が非常に強いわけです。私は非常に大事な問題だと思うんです。確かに私はそういうことを前々から聞いておりますし、私、大阪も含めましてそういう学校を四、三校回りましたけれども、同じような要望を持っておるわけです。そういうような意味から、これはぜひそういう問題にも取り組んでいただきたいと思うし、またそうでないと私いかぬと思うんですが、その点も含めて、簡単で結構ですから御答弁いただければ幸いです。
○委員長(加藤武徳君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(加藤武徳君) 速記を起こして。
○国務大臣(永井道雄君) まず、養護学校を卒業してから大学に進学される方の便宜をどうするかということでありますが、これは私、記憶で詳細な予算まで申し上げることができませんけれども、いまでき得る限り大学の入試のときにも心身障害の方たちが受験をしやすいように、学校全部ではありませんけれども補助をいたしまして、そうして試験を受けやすいように便宜を図ったり、あるいはこれも少数でございますけれども、学校に階段以外のスロープをつくるというような方向だけは打ち出してきているということでありますから、この方向を一層強化する。さらに卒業後の就職という問題がございましょうが、せめて学校時代には、表に出にくい人は別でありますけれども、大学に進学できて、ただし障害者であるというだけで行きにくいという方がそうでないように、これは文部省としても大学に対して指導あるいは助言をいたしているわけでございます。 次に、特殊教育に当たられる先生方の養成の問題でありますが、ただいま先生御指摘になりましたように、普通学級で教える人が、あらかじめというか、前に特殊学校ないしは学級で教えまして、その後に普通学校に行った方がいいという御意見でございますが、そこまで計画ができるかどうかということに一つ疑問がございます。といいますのは、特殊教育に当たる人は、普通学校、学級で教える以上の何といいますか、準備を必要とするという、もっとむずかしいという面があるわけです。つまり、学科のことをある程度知っている以上にさらに知っていなければならないことがある。そこで、たとえば東京学芸大学では、普通学級で教える先生方に四年間の修業年限が必要であるとすると、五年を特殊教育の先生のために当てることも工夫すべきではないかというようなあれもございますので、必ずしもすぐそういくかどうか、これはまだ考慮の段階です。しかし他方、ぜひそういうところを普通学校で教える先生方が見学をいたしまして、そうして、それによって自分の教育の能力を高めていくということは非常に大事であると思います。しかし、いろいろな角度から、特殊教育に当たられる先生の人材を集めるというふうなことに私たちは努力をしたいと考えております。
○政府委員(清水成之君) 先ほど峯山先生の御質問に保留しました点につきましてお答えさせていただきたいと存じます。 先ほどの調査研究の連絡協議につきましては、七つのブロックごとに会議を持ってやっておりまして、このブロックごとに各県が参加をしております。 以上でございます。
○太田淳夫君 それでは引き続きまして、現在、本委員会にかかっております国立少年自然の家の問題につきまして御質問させていただき、また関連して二、三御質問させていただきたいと思います。 この設置法案は今度初めて提出されたわけでございますけれども、この沿革を見てまいりますと、昭和四十八年度高知県室戸市、四十九年度には福島、栃木県及び長崎に建設が決まり現在工事中である、このようになっておりますが、実際もう二年前から工事されている。この高知県室戸市に今回完成いたしますものはそういう進行状態、このように思いますが、どうでしょうか。
○政府委員(安養寺重夫君) いまお話しのとおりの経過でございます。
○太田淳夫君 ここでちょっと御質問したいのですけれども、現在こうして初めて法案が出てまいりましたけれども、予算は実際にはもう前についている、こういうことだと思います。この予算と法律のいろんな関係について御説明を願いたいと思います。
○政府委員(安養寺重夫君) 国立少年自然の家につきましては、学制百年の記念事業といたしまして、いろいろ考えられた計画の一つでございます。お話しのとおりの手順で現在に至っておるわけでございます。今回、法案審議をお願いいたしました提案の趣旨等につきましては、すでに文部大臣から申し上げたとおりでございますが、高知県室戸市に建設予定の国立少年自然の家は、昭和四十八年度には本省の事務費ということで三千万円が計上されまして、四十九年度に本格的に施設の建設に入ったものでございますから、文部本省の施設費に一億の予算を計上いたしまして、その執行を進めてまいりまして、今回は、明春一月には開所、開業、仕事を始めたいという段取りで施設計画を仕上げますとともに、所長以下の定員を設置し、具体的な人事の発動もしかるべき時期にいたしまして、官制として法律の上ではっきり設置の根拠をつくりたい。これは国家行政組織法にございますように、文部省の付属機関でございますので、これは法律で定めなければならない。それに従っておるわけでございまして、法律に定める実体が施設、官制、定員、こういうことで整う、そのめどを十月一日ということでお願いをしておるという形でございます。
○太田淳夫君 これと同じような問題がこの委員会でも問題ございまして、四十九年三月二十八日に迎賓館の建設につきまして、やはりこの委員会でも論議がされているわけです。で、いまおっしゃられたことでございますけれども、実際には建設が進められております。その設計段階なり着工段階なりで大体構想かわかっているわけでございますので、たとえば四十九年度本省の施設費で約一億円の支出をしてかかられる、その段階でもこういうものを実際つくっていくんだという、そういう審議はやはりされるべきじゃないかと思います。もうことしの十月には完成をして使用に入るというようなことも聞いておりますか、そういう段階になってこういう設置法案を提出されるよりも、もう設計の段階なり、あるいは着工の段階で審議を進められていくのが本当じゃないかと思いますが、その点いかがですか。
○政府委員(安養寺重夫君) 現在の、法律で定めるという時点がいつかというお話かとも思いますが、在来、施設だけでということでございませんで、いわゆる定員と、それから事業の開始のめどが立って、そして法定をして始めるというようなやり方をとってきたわけでございまして、四十九年度施設費ということになりました際には、国会の予算の審議の資料にもそういう旨をしたためまして御審議もお願いしたわけでございます。細部のことにつきましては、そういう議論が必ずしも十分、当方から申し上げたわけではございませんけれども、いろいろそういう計画があり、かつそれが進んでおり、めどはこういうことになりそうでございますというようなことは、折に触れて御質疑に対してお答えもしたかとも思っておりまして、在来そういうようなやり方でやったわけでございます。
○太田淳夫君 そうしますと、在来の慣習に従ってこれは進められていると思いますが、そういうことがいつも、先ほども例を挙げましたように実際この委員会でも問題になっていますが、少しも改まっていないわけです。このとき、ちょうど総務長官の小坂大臣が答弁に立たれまして、そのときにはそういった趣旨というものを尊重して今後改めていきたい、こういう御答弁もございました。実際になかなかそういった点が現在改まっていない、このように思います。ですから、こうして設置法案として出されますけれども、それ以前に文教委員会等でもそういった説明等がなされてしかるべきじゃないかと思うんですけどね、その点どうでしょうか、しつこいようですけど。
○政府委員(安養寺重夫君) ただいま文教委員会のお話が出ましたのですが、文教委員会では当初から学制百年の記念事業の一環としてこういう計画があるというようなことを文部大臣の所信表明の中に入れまして、いろいろ御激励を受けて今日に参っておるわけでございまして、それについてはだんだんに文教委員会としては御審議をいただいた経過はございます。
○太田淳夫君 その点は了承しました。 ところで、この第一自然の家が後日オープンいたしますけれども、調査段階から完成までの費用というのは大体どれぐらいかかるんでしょうか。
○政府委員(安養寺重夫君) 室戸の施設につきましては、四十八年度に三千万円、四十九年度に一億百三十八万円、そして現在五十年度の予算で約八億弱ということでございまして、これに定員の関係、そういうものを含めまして運営費が約五千万円、これでとりあえず最小規模で開所をするということでございます。なお、計画の全貌は、さらに若干の施設を追加で足し増しをしていきます。施設費だけで、ただいま現在での見積もりを申し上げますと、約十二億程度かかるんじゃないかと、かように考えております。
○太田淳夫君 そうしますと、いま予定されている自然の家というのは十二カ所でございますね、国立自然の家は。
○政府委員(安養寺重夫君) 現在予定いたしておりますのは、全国十二の地域に各一の国立少年自然の家をさしあたりつくりたい。なお、それにプラスをいたしまして、人口稠密の地帯でこういうような企画をプラスするというような議論もなすべきではないかというような御意見をいただいておりますので、それにつきましては、次の段階ということを含めて検討を進めたいと思っております。
○太田淳夫君 一カ所約十二億円で、今後、物価騰貴あるいは人件費の高騰等ありますと、それ以上かかる可能性もありますが、十二カ所といいますと約百四十四億円以上になりますね。そういったものが支出をされるということになります。私、先ほど申し上げましたように、この設置法を提出したときにはそういった何もかも全部準備万端が済んでいるということでなくて、設置計画を進める段階でその設立の趣旨説明、それは当然なされたとおっしゃいましたけど、ある程度原案ができたときに、建物ができ上がらなくても法案を提出するとか、あるいは着工したときにそれが法案として提出をされて、そこで審議されて国会のいろいろの意見がそこに反映できる、そうでなければ私たちの立場というのは、もういつも追認機関で終わってしまうということを申し上げましたのは、一つの計画をされて、それが調査費として、最初事務費として支出をされて行われた事業でありますけれども、こうしたことでもわかりますように、百四十四億円ですか、あるいはそれ以上の金額がこれから支出をされていく、そういう点でもっとやはり、国民の血税というものを使っていくわけでございますので、この国会における審議というのをもっと慎重にやっていただきたい、こういうふうに考えるわけでございます。 それと関連をして次に進みますけれども、この自然の家を設立することにつきまして、私どもこの意義とか、あるいは必要性、趣旨につきましてはもちろん賛成であります。こういうものはもっと早くつくられていなきゃならなかったんじゃないかと思いますが、いままでは、公立の自然の家が現在ございますね、この公立の自然の家というのはいま何カ所ぐらいございますか。
○政府委員(安養寺重夫君) 四十五年度以降、公立少年自然の家の建設に対しまして国が施設費の補助をいたすことにいたしましたが、その対象になりました施設が現在ただいま六十九カ所仕事をいたしております。
○太田淳夫君 六十九カ所あるわけでございますね。ここで私考えますのは、公立の少年自然の家につきましていろいろと補助を出して、いま六十九カ所で開設されておりますけれども、それの充実、活用ということも今後もちろん図られていかなきゃならないと思いますが、そういった公立の少年自然の家が現在六十九カ所も運営されております。したがいまして、そういうことを考えますと、たしかどこかに緊急というような言葉も使われていたようでありますけれども、むしろ緊急に要するということは、現在、学童の学んでいるその環境というのをもっと力を入れて整備する方がむしろ緊急ではないかと思います。その点いかがでございましょうか。
○政府委員(安養寺重夫君) 在学しております子供たち、小中学校、高等学校も含めてでございますが、こういう人たちに学校外の教育活動を大いにやるべきだという議論がだんだんに強くなってまいっております。したがって、いまそのために学校教育、家庭教育、社会教育というものがそれぞれ持ち味を出し合い、そして協力し合うということが必要なわけでございまして、そのためにいろいろ問題がございます。指導者をどうするか、あるいはそういうような場所、施設、そういうものの提供が十分であるかどうか、いろいろございます。公立、国立の少年自然の家もその必要の一部を充当するということでございまして、先生のおっしゃいますように、もう少し日常毎日、校庭開放などはその端的な例だと思いますけれども、そういうようなものからいろいろ広域にまたがって教育活動の場所を整備していくというような必要、いろいろわれわれとしては努力することはたくさんあるかと思います。
○太田淳夫君 ですから、国としましては、さっきも申し上げましたような公立の方の運営の強化というものをもっと図りながら、もちろんそういった校外におけるいろんな学童の心身の健全な発育のためのそういった施設の要望もありますけれども、とにかく老朽校舎の改築の問題とか、あるいはまだ学内においても、プールがない、そういった学校であるとか、あるいは屋内体育館のないそういった小中学校も現在ございます。また、校内におけるいろんな学童の遊器具、そういった施設がない、非常に少ないために、愛知県の岡崎市では新入生の事故死も起こっております。そういった方の設備というもの、あるいはそこで学ぶ生徒の環境をよくする方向にもっと力を入れるべきではないか。百何十億というそういった予算をかけるのであれば、緊急を要するのはむしろそちらの方じゃないか、こういうふうに申し上げているわけですが、文部大臣、御意見はいかがですか。
○国務大臣(永井道雄君) 私ちょっと中座をいたしておりましたので、ただいまの先生の御質問の意味は、これまでの学校の施設の充実というものをむしろ考えるべきではないかということであろうと考えておりますが、そうであるといたしますと、私も全くそういう面が必要であるということについて異存はございません。ただ、なぜこうした自然の家のようなものが必要であるかと考えますと、既存の施設の充実も大事でありますけれども、私は、やはり教育の流れといいますか、新しい方向というものをいま求めていくことが非常に必要だと思うんです。人口が都市集中いたしまして、そうして自然というふうなものも次第に忘れられるようになってくる。そうすると、やはりこういういわばいままでとは違う方向というものを強調いたしますことが教育上いいのではないかというふうに考えます。 私は、小中高を教えたことはありませんが、大学での経験で考えましても、学校で教科書で教えておりますのが普通ですが、夏、山で学生と一緒に暮らしたり宿泊をいたしたりいたします。それから東京の八王子あたりに大学セミナーハウスなんというものがありますが、そういうところへ数日一緒に学生と住みましても、極言いたしますと、何カ月の授業よりも記憶に残るようです。私たち教える方もそうでありますから、本当に密度の高いことになるんではないかと思います。そういうことを考えれば、これからできていきます少年の自然の家というのは、数は少ないですけれども、日本の教育の一つの新しい方向を切り開いていくという上で、既存の設備にもできるだけ力を注ぎながらやはりやっていったらいい方向ではないか、こう考えています。
○太田淳夫君 お話を聞きまして、その点は了解をしているわけでございますけれども、これは私岐阜県ですが、岐阜県の状況をちょっと調べてみたわけですが、たとえば危険校舎というのがございます。この状況が、小学校ですと、四百七十五校ありますが、そのうち百四十二校というものが危険校舎があるわけです。その危険面積というのは大体十一万九百八十六平方メーターになっています。そのうち要改築面積というのが十万三百三十一平方メーター、ですから、全保有面積に比べますと改築面積というのは約一割に上っています。中学校の場合は、保有面積が二百六校で五十八万九千百四十一平米、危険面積というのは六十三校で四万四千五百九十二平米あります。そのうちの要改築面積というものが四万四千百八十八平米ありますので、保有面積のうちの要改築面積というのは七・五%、パーセントから言えば低いわけでございますが、両方合わせますと全部で六百八十一校で百五十八万六千七百九十六平米、危険面積の方は二百五校で十五万五千五百七十八平米、要改築面積というのは十四万四千五百十九ですね、約九・一%という割合です。もしも、この要改築面積に対しまして永久建築化に要する諸事業費を計算してみますと、岐阜県だけで約百三十億円ぐらいになるわけでございますけれども、これは国庫補助をいまいただいて、年に大体設置者数で約二十二市町村ずつ、四十八年、四十九年といままで国庫負担いただいてその改築を進めているようでございますが、やはり遅々として進まないわけです。特に、こういう老朽校舎の多いところというのはやはり過疎地域に多いということです。これは前回の予算委員会でも、わが党の坂口委員から話をさせていただきましたけれども、そういった問題がございます。これは先ほどもちょっとお話をしましたんですが、少年自然の家の費用は百四十四億円でございますが、これを全部が全部振り向けろということではございませんが、こういう点、やはり要改築校に学んでいる子供たち、しかもそれは過疎地域であるという問題を踏まえまして、できればこういう方面にもっと力を入れていただきたい、このように思います。現在国庫補助率の問題につきましても問題がございまして、いま三分の一、過疎地域で三分の二になっておりますけれども、この要改築校舎の恒久化を今後進めるにおきましても、この国庫補助率を全額負担されるか、あるいは二分の一までされるか、その点のアップも考えていただきたい、こういうように考える次第ですが、この点いかがでございましょう。
○政府委員(今村武俊君) ただいま岐阜県の事例について、小中学校の全保有面積の九・一%が要改築の危険校舎の面積であるという御指摘がございました。全国の場合は平均七%でございます。岐阜県においては少し、ほんの少しでございますが、その比率が高いように存じます。それには恐らく先生の御指摘されたような事情があることだと思います。危険校舎の改築につきましては、四十八年度から五カ年計画を立てまして、毎年約百万平米の改築を行っておるところでございます。現在御指摘のように三分の一、地域によって三分の二の補助率でございますが、裏財源については起債の充当措置もございますことゆえ、現在のペースを維持しながらもう少し努力をいたしますと、五カ年計画は計画どおり実現できるのではないかと思います。ただ、ある時点において調査いたしました危険校舎も、五年たちますとそれまでそうでなかったものが危険校舎にだんだんなっていくということがございますので、木造校舎が残る限り危険校舎が全くなくなるということはないわけでございます。それにいたしましても努力をいたしたいと思います。その鉄筋化された過去の実績を三十九年五月一日と四十九年五月一日の十年の隔たりで見てみますと、小学校におきましては、十年前校舎の面積の八割が木造であったのが、四十九年五月一日では三九%が木造ということになっております。中学校では、十年前六九%が木造であったものが現在では三五%が木造ということになっております。その間、その比率の差は木造校舎を鉄筋化したわけでございまして、私どもとしては諸事情の中で精いっぱいの努力はいたしておるつもりでございますが、なお今後とも努力を続けてまいりたいと存じます。
○太田淳夫君 そうしますと、前回の御答弁のとおり、補助率は三分の一であり、それをアップするということは現在むずかしいということですか。
○政府委員(今村武俊君) 昭和五十年度の予算については、すでに三分の一の補助率で予算も積算いたしまして可決されたことでございますので、御質問は五十一年度以降の問題だと思います。五十一年度以降につきましては、まだ決定的に決めておるわけではございませんが、現在のいろんな諸事情からいたしまして、三分の一を三分の二に全国的に切り上げるということは非常に困難ではなかろうかといまのところ考えておりますが、五十一年度予算編成の時期においてはまた省内全般の予算との関連において十分検討させていただきたい、かように考えております。
○太田淳夫君 そうしますと、最大の努力を払われるということですか、文部省として。
○政府委員(今村武俊君) 担当の局長でございますから所管事務については最大の努力をいたしたいと考えます。
○太田淳夫君 それから、問題ちょっと変わりますけれども、学校の教育につきまして、やはり体育ということが非常にこれは大切な科目だと思います。これもやはり岐阜県の問題で、ちょっとまことに申しわけないと思いますけれども、やはり実情というのを調べてみましたら、体育館とかプールというものが、やはりこれは当然必要になってくると思うのです。それはなかなか、実情的になかったことですから急にというわけにまいらないと思いますけれども、岐阜県は全国的に見ても率が悪いかもしれませんが、プールを持っていない学校の状況は、小学校で四百六十七校のうち百九十二校がない。中学校は二百六校のうち百十四校がない。そうしますと、小学校は四一%がない。中学校の場合は五五%が学校にプールがない。両方合わせますと六百七十三校中三百六校、四五%がいまだにプールが設置されていない。そういうことであります。あるいは体育館の状況は、小学校が四百六十七校あります、そのうち屋内体育館のないところは百七十三校、したがいまして三七%がない。中学校の場合は二百六校中十九校、これはもう九%がない。これは中学校の場合はわずかですが、小学校の場合はまだまだ三割以上の学校に屋内体育館がないわけですね。実際にそういったことを考えますと、まず身近な学校で体育の時間等を通してお互いにいろいろと体力の向上あるいは精神というものを養っていくべきではないか、体力の増強もございますが。そうしますと、遠くの方に国立少年自然の家をつくっていただいても、なかなか岐阜県の場合には高知まで参るわけにはまいりません。また中部では福井の方というお話も聞いておりますが、公立ですと関ケ原にございますけれども、非常に遠方でございます。特に都心部のこういう体育館のない学校あるいはプールのない学校もまだあります。実は私の娘の行っている学校では、まだプレハブでございますし体育館もない状況でございます。ですから、先ほどから申し上げましたように、こういった問題を緊急にこれは解決を図る方が先ではないか。こういうことを繰り返して申し上げるようでございますけれども、この点も十分にまたお考えをいただきたい、このように思います。 また、先ほど文部大臣から、この国立少年自然の家の設置に関しまして大学時代の体験を通されたお話もありましたけれども、公立の少年自然の家あるいは今後つくられます国立にいたしましても、特に東京都や大阪の大都市のそういった児童、少年たちが、本当に利用できるかどうかということが問題だと思います。特に東京の場合ですと周辺に公立も少ないようでございますが、その点ですね、建設を図られる計画があるかどうか、ちょっとお聞きしたいと思います。
○政府委員(安養寺重夫君) 国立少年自然の家、十二カ所さしあたりつくりまして、人口稠密地帯、たとえば首都圏をめぐる地域の子供たちに対して、なおプラスアルファということで建設を考えてはどうかというような御意見をいただいておるわけでございます。現在のところは東京周辺、南関東地域といいますか、そこにつきましては、福島県と栃木県の境にまずつくるという建設を始めております。これは一例でございますが、なお御指摘のように、そのようなことを早急に整理をして将来に備えたいと、かように考えております。
○太田淳夫君 それでは、ちょっと問題が変わりますけれども、最近の問題としまして、大学の受験戦争もございますが、それに関連しまして、高校へ入試をして、それに失敗をする中学の浪人の方が次第にふえております。全国で約一万二千人とも言われておりますけれども、その点、文部省ではどのように把握されておりましょうか。
○政府委員(安嶋彌君) 高校を志願いたしましたにもかかわりませず高等学校に入学できなかった者の数ということでございますが、昨年三月の状況でございますと、志願者の九八・四%が合格をいたしておりまして、合格をしなかった者の比率はしたがいまして一・六%ということでございます。実数といたしましては約二万四千人でございます。で、これが逐年ふえているかどうかということでございますが、最近五カ年度の数字をとってみますと、四十五年、六年は約三万人ございまして、四十七年、八年が約二万人にこれが減少いたしまして、四十九年がただいま申し上げましたように二万四千というふうに若干増加をする傾向にあるわけでございます。ただ、この把握は非常にむずかしいのでございまして、これが正確に実態かどうかという点はなお検討を要するわけでございます。そこで、ただいま申し上げました数字は志願者で不合格になった者の数でございますが、今度は逆に、高等学校に入学いたしました者のうち、その前年度の三月に中学校を卒業した者以外の者という調査をいたしますと、これは比率といたしまして約一・四%でございます。実数といたしまして、昨年の三月でございますとこれが約二万一千でございます。最近五カ年の状況を調べてみますと、四十七年度が二万六千人ということで一番多うございますが、四十五年、六年、八年あたりは大体二万三千ないし二万四千ということでございます。で、これらの資料全体を通観いたしますと、高等学校に志願をいたしまして当該年度に入学ができなかった者の数というのは、おおむね二万人程度ということが言えるかと思います。傾向といたしましては必ずしも増加の一途をたどっておるということでもないようでございます。
○太田淳夫君 こういう中学浪人ができる原因というものはどのようにお考えになりますか。
○政府委員(安嶋彌君) これは高等学校の収容力の不足ということもございましょうし、あるいはいわゆる有名校に志願をいたしましたけれどもその受験に失敗をしたということもございましょうし、また、中には高等学校教育を受けるにふさわしい能力が必ずしもなかったというような観点から不合格になった者もあろうかと思いますが、この詳細な分析につきましては資料がございません。
○太田淳夫君 いまお聞きしましたこの原因でございますけれども、大体そういうふうに分かれるんじゃないかと思います。長野県では、高校受験専門予備校というのが、もう十数年の歴史を持っていると、こういうこともちょっとお聞きいたしておりますけれども、実際にこういう中学浪人の方が見えますと、またその方々が有名学校を受験される、その分だけ中学三年を卒業して高校を受験する人がまたはみ出してくるということで、年々これがやはり有名校へ行きたいという生徒の希望というものがかなえられない、また浪人をつくっていくということを繰り返していると思います。 そこで、考えられますことは、高等学校の格差というものをなくしていくことも必要だと思いますし、あるいは高校をまたふやしていく、定員をふやしていく、そういうことも必要だと思います。また、そういうことを考えてみますと、高校浪人の方々が塾へ通う、予備校へ通って大学を受験される、これも有名校に集中している。学歴が尊重される社会のあり方ということもこれは問題だと思いますし、あるいは父兄の考え方も変えなければならないと思いますが、文部大臣としましては、この中学浪人の問題についてどのようにお考えであるか、ちょっとお聞きしたいと思います。
○政府委員(安嶋彌君) ただいまも申し上げましたように、一つは収容力の問題ということもあるかと思いますが、二つには、御指摘のような有名校集中という問題があるわけでございまして、現に若干の高等学校におきましては浪人がかなりな数に上っておるということも聞いておりますが、私どものこれに対する対策といたしましては、これは管理局の御所管にもなりますが、高等学校の増設を図るということのほかに、やはり中学校段階における適切な進路指導を行う、あるいはこれを徹底をしていくということが必要であろうと思います。文部省はそうした点の指導は従来もいろいろやっておるわけでございますが、今後とも中学校段階における進路指導というものをさらに徹底をしてまいりたいというふうに考えております。さらに基本的に申しますならば、文部大臣が常に申しておられますように、一般社会における学歴偏重というような、そういう風潮を改めていく、あるいは、それとの関連における受験競争の過熱というものを改めていくということが基本にはあるわけでございますが、当面の具体的な施策といたしましては、ただいま申し上げましたように、高等学校の増設並びに中学校における進路指導の徹底、この二つの方法であろうかと思います。
○太田淳夫君 文部省の課長さんの話では、毎年百四、五十万人もいる中卒者の中で一万人くらいいたとしても全体から見るとわずかだと、こういう発言をされておりますが、いまの局長のお話のとおり、今後その改善に向って善処をされるということですね。じゃ、その点もよろしくお願いしたいと思います。一万人くらいしかいない、いたとしても全体から見るとわずかだという考え方じゃなくて、一人でもそういった方を出さない方向へもちろん進んでいただきたい、このことを要望しておきます。
○河田賢治君 ただいま国立少年自然の家の問題について問題が提起されておりましたけれども、私も一応ひとつ大臣にお尋ねしたいと思います。 御承知のとおり、小学校、中学校というのは国民のいわば基礎教育である。ところがこの基礎教育が、教育内容については私は別としまして、少なくとも設備なんぞの面で、どうしたって子供たちの学校で設備なり環境というものをよくしてやらなければいかぬ。ところが御承知のとおり、非常に過密都市ではプレハブ教室がある、また運動場が狭くて運動もできないというのが一方であります。他方、今日、学校統合が非常に進められて、御承知のとおり農村地域ではずいぶん無理な、遠いところから通っているわけですよ、小さな子供が。で、数字を見ましても、まあ私、数字だけで見るんですけれども、小学校が四十六年の五月から四十七年の五月に減少しているのが二百十六校です。それから、四十八年五月から四十九年五月でわずかに十二校ふえているんですね、これは主として都市でふえているんです。人口はもうこれ以上にふえているわけです。中学校では四十六年五月から四十七年五月に減少が百五十三校、それで四十八年五月−四十九年の五月までで、これは減少で中学はやはり二十八校なんです。ですから、この数字だけから見ましても、ずいぶん農村地域は非常な統合をやっているわけですよ。それで、ところによりましては、この統合をするだけでも旧村との間のどこに学校を置くかということでもめていると、なかなか敷地も決まらぬ。それからまた、決まりましてもなかなか通学で、ずいぶん離れたところでありますと、冬なんかどこかへ下宿しなくちゃならぬというような問題が、すでにもう小学校時代に出てくるわけですね。だから、もちろんむやみやたらに小学校、小さいのをつくるわけにもいかぬでしょうけれども、しかし、これを余り無理して統合するということでこのような現象も起きていると思うんです。だから、ずいぶん農村へ行きますとこういう問題で部落の中で非常な不和が起きている。それから、御承知のとおり、危険校舎もさっき言われましたように、とにかくまだ一割近くあるわけですね、文部省の統計によりましても。それから改築のどうしても校舎等々をつくらなければならぬというのもありますし、それからまあプールとか、教材とか、いろんな学習の部屋ですね、こういうものもある。そうすると、まあいわばいま提案されております少年の家というのは、個人で言えばちょっと生活に余裕ができて、別荘でも持とうか、あるいは田舎に家でも持とうかというような一つのものなんですよ。なくても、こちらの方が大事だということを私は考えるべきだと思うんですよ。ですから、これを一〇〇%になってからとは私は申しません。確かに文部省も各課がそれぞれ何か自分の仕事をしなくちゃならぬ。少年だ、中等だとか、大学だとか、それらを総合しまして、少なくとも国民の義務教育というものは一番の大事なものですから、これにやはりある程度の努力をして、少なくとも数字的に見れば九五、六%くらいまでいってからほかの問題へ進むべきだと、私はこういうふうな大まかな考えなんですが、各課を統合されているのは文部大臣だし、それからまた、ほかの各省の生産的なものと、文部省の教育予算というものと、これもあります。これは大臣として、閣僚として主張されると思うんですが、この辺をもう一度、まずこういう考えが正しいかどうか——正しいかとかなんとかじゃなくて、こういう必要があるんじゃないかということをひとつごく簡単で結構ですから。
○国務大臣(永井道雄君) 私は、河田先生おっしゃいますように義務教育が優先いたしますと思います。義務教育を充実してまいります上で、まだ施設の不備なところもありますから、そういうところを強化することが非常に大事でありますし、また統合という勢いがございますが、統合も、ただ統合のための統合ということでは困るわけで、地域の事情というものを考慮しながら統合というものも考えなければいけないということを文部省も通達で示しておりますし、やはりそういう点で、それぞれの地域に住む子供たちが安心してしっかり義務教育を積むことができるようにということを最高の眼目とすべきであると考えております。ただ、私は同時に、教育の流れということも考えますから、別荘のような感もあるかもしれませんけれども、でき得れば将来は国立と公立、その少年自然の家が協力いたしまして、広く義務教育で勉強している子供たちに一人でも多くその経験がふえるような形で、この少年自然の家というものも運営されていくべきであると思います。要するに、根幹は義務教育で勉強している子供たちの条件整備が一番大事だという点について先生のお考えと同じであるということを申し上げておきたいと思います。
○河田賢治君 今度の国立少年自然の家というのは——いま公立の、これもずいぶん東京とか大阪とか、かなりな府県自身でまだやっていないところがございますね。それから公立にしましても、町立なんかありますし、また、文部省自身が補助しているところとしていないところとあるのですが、こういうものは相当つかんでおられると思うのですが、私も地元の京都府立の南山城少年自然の家ですか、これなども実際に見てきましたし、また関係者からもいろんな利用状況、運営なんかの内容を聞いてまいりましたが、とにかく、あそこでは管理的にも運営が非常に民主的に行われているというて非常な好評を博しております。このような、現在六十九カ所ありますか、この家の状況や実情について、多分お調べになっていると思うのですけれども、この中で、一つは補助対象になっていないというものの基準、それが一つ、これは局長からでも結構です。 それから御承知のように、こういう運営の中で、まあこれを国がやりますとまだちょっとかかります、一、二年でもね。それからそこでまあいろいろ経験も積んだりして、そして中核的な、指導的ないわゆる自然の家にする。そしてそこの職員なり関係したところはまた他へ波及すると、こういう考えですが、これはちょっと時間がかかるわけですね。しかし、いまある公立の中で少し注意するとかなんとか、これはまあどこかの審議会なんかでですね、そうすればかなり一人前な公立的なものになるとか、若干補助をよけいやれば、ある程度国立のものには及ばぬにしてもそれに近いものができるところはあると思います。そういうことを少し皆さんの方で、つまり内容的に少しお調べになっているのかどうか、その辺をちょっとお聞きしたいと思います。
○国務大臣(永井道雄君) 政府委員から御答弁申し上げます。
○政府委員(安養寺重夫君) 一番よくわかっておりますものから申し上げますと、国が建設費を補助いたしました六十九の現在活動しております公立少年自然の家は、設置主体別に見ますと、県立が三十八ございます。市立が二十九カ所、その他二、そういう形になっております。それ以外に、今度は補助金を交付しませんで各市町村でおつくりになっておるというものが九カ所ばかりでございまして、市で建てておりますものが四カ所、町村で建てておりますものが五カ所、九カ所あるわけでございます。国の補助金を出しますものと出さないものとあるわけでございますが、出します際には一応私どもの方に基準をつくっておりまして、その基準を一般に関係者にお示し申してございますのでおわかりなんだろうと思うわけですが、端的に物理的な面を申し上げますと、建物面積は原則として二千平方メートル以上、それから宿泊する規模は二百人以上、こういうぐあいにいたしておりまして、これに合致しておりますものについて補助金を出しました結果が六十九カ所です。それ以外はこれは規模が小そうございまして補助金を出さないでおります。 現在、公立少年自然の家で活動しておりますところが寄りまして、少年自然の家の協議会というような組織をつくっておりまして、年々必要なときにこの会議が開かれまして、運営の実態等についての御相談なり、あるいはその実績をお互いに評価するなり、研究活動も進められておるわけでございまして、文部省の私どももその会議へ出向きまして、いろいろとこちらの考えておりますことを申し上げて御批判もいただいており、またそこでお教えもいただいておる。共同に仲よく少年の教育活動、今後の見通し等も語り合っているというような現況でございます。 本年もそういうことがございまして、いろいろ活動の実態についてのデータは整っておりますが、余り細かしいことは別といたしまして、どんなことであるかという概況を申し上げますと、大体年間活動いたします際に学校が引率をして行かれると、そして学校教育の一環としてそこで野外活動等々の、後で申しますような教育が行われておる。そのほかには、少年団でございますとか、あるいはたまさか少年団その他少年教育活動の指導者がそこへ研修に行かれるというようなことがこの少年自然の家で行われておりまして、現在そういういろいろな多彩な事業が行われております。どういうような仕事がそこで行われておるかと申しますと、かいつまんで申しますと、自然観測あるいはキャンプ、ハイキング、あるいは、山あるいは川、沼等における立地条件を利用したいろいろな野外活動、自然探索というようなこと、あるいは先ほど申しましたような少年教育活動の指導者の研修の場を提供するというような行為が行われておる。そういうような概況でございます。 現在、そういうような実態を踏まえまして、私ども国では、国立少年自然の家を各地区に一つずつつくってまいりたいと、最小限十二を考えておりまして、まあ首都圏その他人口稠密な地域、環境上そういう少年を自然に親しませるようなことの必要性の度合いの高いところはさらに追加で考えていこうではないかという検討を進めたいわけでございますが、そのほかに公立少年自然の家がもっともっとできることを希望いたしておりまして、現在まで行いました補助に引き続きまして、今後もその補助を強化してまいりたい。ちなみに五十年度は、一カ所八千万円の施設の国庫補助金を提供いたしまして、三十カ所分公立でおつくりを願えないかというような用意をいたしまして、関係の地方公共団体にいろいろとそういうようなお勧めをしておるという形でございます。 なお、全般を通じまして一番われわれが考えておりましてむずかしい問題だと思いますのは、指導者の研修と養成でございます。学校教育の一環として行われます際は、学校の先生方が引率してこられ、宿泊その他を含めまして御指導いただけるわけでございますが、それにしましても、やはり少年団体その他の利用の便宜も考えておりますし、そういうことをやはり相当やっていきたいと思っているわけでございますので、そういう指導者を指導する層を集めることと、しかるべく指導者になっていただけるような人に研修の機会をこの場所で提供するという実態を早く確立をしたいというようなことを考えております。学校の先生でございますとか、指導主事でございますとか、社会教育主事でございますとか、民間のいろいろな少年団体の指導者、そういう方々にいろいろこういう施設を御披露いたしまして、こういう場所を中心としていろいろな少年教育活動が展開されることをわれわれとしては願っておるわけでございます。
○河田賢治君 国立の少年自然の家をつくる。これは国立ですから、これについてちょっと衆議院でも問題になりましたが、室戸のあれなんかでも、大分ひとつは悪い傾向があると思うんですよ、田舎のボスさんというか有力者が、おれのところに何か国の建物、設備があればというので要求される。そうするとその運動費なんかを大分、市の方が出したりして、ずいぶん上京したりなんかする、例の誘致費ですな。こういうものはしかし別といたしまして、国が建てる以上は、やはりそこの土地をすっかり買って、整地もすっかりするとかしませんと、これは国立の名に値しないわけですね。御承知のとおり、私がちょっと向こうからもらった資料でも、整地だけでも四千万円で、県と市が半分ずつ、二千万円ずつ持ったとか、それから水道工事なんかも、いろいろと国の補助もあり、県の補助もあって、起債千二百五十万円ですか、全体で二千百三十五万四千円ですか、こういうふうにしていろいろな支出があるわけです。もちろんこういう自然の家となりますと、人里を若干離れておるでしょうし、場所がまた山の上であったり、あるいは多少費用のかかるところになるわけですね。しかし、それにしてもやはり国で建てる以上は国がほとんど持っていくと、御承知のとおり地方財政というものは非常なあれですし、少し自治省が金を出しますと、政府の方は文句ばっかり言う方なんですからね。そうすると、政府自体でやはりこういう国の建てるものは国が全責任を持つ。若干バスが入ったり、あるいは水道をつけたりすることで両者が負担せんならぬ場合もあると思いますけれども、しかし、それでも大部分は国が持つくらいでやりませんと、私は国立の名に恥じると思うのですよ、何かやると下の方へおろすというようなことでは。それが私は第一だと思うのです。そこで、現在でも御承知のとおり知事会あたりが、この補助費をもっと上げてもらいたい、こういう要望をしております。それから、八千万円ですか、いま。実質的には三分の一程度の補助なので、これを二分の一まで引き上げてもらいたいということと、それから事務費、事務員の費用、これをやはり補助対象にしてもらいたいという要望があるわけですよ。確かに、管理者の全部が全部じゃないと思いますけれども、一部をですね、これは公立でもですよ。そうすると、これは若干財団法人なんかつくりますけれども、やはりそれだけの収入で見合うものじゃありませんし、都道府県が出向させておる職員に対する、そのくらいのひとつ国庫補助をもらえぬかと、こういう少なくとも要求がいま出ているわけですね。人件費がふえますと、御承知のとおり自治省は盛んにいま人件費が膨大なものになったと言って地方自治体を攻撃されておる。京都あたりは自然の家もありますし、ことしあたりからはゼミナール、大学の先生や、学生たちが中心になりますか、三百人ぐらい入れるような、そういうものをいまつくっておりますけれども、京都あたり御承知のとおり、一番人件費が高いといって非難されておるわけですよ。しかし、いろいろ社会教育や、それからいろいろな施設をつくれば人件費がだんだんふくらむのはこれは当然なんで、何にもしないところは費用はふくらみませんけれども、そういう場合、しかし、やはり社会教育として当然必要だというならば、やはり文部省もいろいろな補助金制度を持っているわけですから、やはり法律をまたふやすわけですから、できるだけこういう予算制度を確立すべきじゃないかと、こう思うわけですが、これに対してちょっとお返事願いたい。
○政府委員(安養寺重夫君) 国立少年自然の家の建設に伴う諸経費の分担の問題でございますが、建設に伴う経費については国が全額出しております。下水道等、最近大変めんどうな問題ございますが、こういうのも国が出しているわけでございます。いまお話しのように、敷地までの道路の整備とかその他、これは地域地域によって違いますけれども、そういうような、自分の敷地外の仕事につきましては、いろいろ地元と御相談を申し上げまして応分の御協力を願っておるという実態でございます。
○河田賢治君 とにかく、この間も気象台の方で問題がありましたが、気象台はざっとつくっていって、さて今度は気象台を、観測所をなくしていくとか。つくるときにはずいぶんと町や村の人々にいろいろとうまいことを言って寄付をさしたり、いろんなことをやっているわけですね、造成のために。ところが今度はなくしちゃうわけでしょう。そういう、いつまでも置いていいものと悪いものがありますけれども、しかし、こういう点で、やはり最初から国のものは国が持つという原則と、それから地方に対してはある程度補助するとかいうことはやっぱりやりませんと、これはうまく運営もできないんじゃないか。 そこで運営のことをお聞きしますが、それぞれ地域によって、国立ですから一概に特殊なものをつくるわけじゃないと思いますけれども、やはりその地方地方の、やはりこれは十何カ所ありますと若干地域的な差もあるでしょうし、その場合に運営のいろんな問題ができると思うんですよ。特に子供さんなんかを集めますと、動植物をいたずらしたりなんかするようなのがありますね。そうすると地元の人々にも必ずしも迷惑がかからぬというわけじゃありません。そういう問題が起きますし、だからそういう点で、やっぱりある程度そこの運営について、基本的なものは国立ですからあなたの方で持っておると思うんですけれども、どのような運営をするかとか、地元にどういう問題が起こったときはどうするとか、こういう問題はやはり始終接触して問題が起こらぬように解決する必要があるんじゃないか。京都あたりでは村長さんや教育委員会の関係者、学識経験者というような方々が中心になって運営委員を組織しているわけですね。そういうことが一つと、それから最後に、これはまあ大臣に聞きますけれども、いまところによりますと日の丸の掲揚ですね、これはよく少年団なんかの人が集まりますと、強制的ではないだろうけれども、かなり強制的な形でよく朝礼をやるとかいうことがあるわけですね。国立のこれは少年自然の家ではありますけれども、別に国旗を掲揚しなければあれであると、つまりそこに生活し、そこで学ぶということは何もそういう方面のことが主じゃないと思うんですよ。ですから、私は国旗掲揚なんか余りやるべきでないと。山城なんかではそこの何て言いますか、団旗といいますか、それと何か二つばかり少年の旗を立てるそうですけれども、国旗は立てないということになっているそうです。この国立少年自然の家は、そういうような行事を始終おやりになるのかどうか、この辺を聞いておきたいです。二つです。
○政府委員(安養寺重夫君) 少年自然の家の運営について、地元との関連その他円滑にいくようにいろいろ御示唆をいただいたわけでありますが、ぜひ地域社会を代表する方々に運営のことについての仲間入りをしていただきたいと思っております。ちなみに在来ございます国立青年の家でも、運営審議会という所長の諮問機関のようなことを設けまして、関係の地域の教育委員会の事務担当者あるいは学校の関係者、地域のいろいろ団体活動の御堪能な方、そういう方々に呼びかけまして御参加をいただいて、運営上のいろいろなお知恵を拝借して万全を期しているというような実績もございますので、弟分の少年自然の家につきましても、先生のお話しのようなことも大いに加味いたしまして、同じような趣向でやりたいと、かように考えております。
○国務大臣(永井道雄君) いまの局長から申し上げたのは、地元の方の御意見を反映することでありますが、他方、日章旗の問題ですけれども、これはもういろいろな調査もございますが、別に強制ということでなく、大体国民の間に日章旗、日の丸は国旗ということが定着いたしているわけです。それで、一般に文部省でも、義務づけるということよりも、日の丸を式などで用いることが望ましいというふうに言っておりますが、そういうことがほぼ定着していると考えますので、この少年自然の家の場合には、別に、行事という言葉を先生お使いになりましたけれども、行事というと何かなかなかちょっと仰々しい感じがいたしますけれども、やはり日の丸を掲げまして、そしてこの運営に当たっていくという考えでおりますのです。
○河田賢治君 終わります。
○小巻敏雄君 私は、学習評価と指導要録の問題について、主として文部大臣に御質問したいと思っています。 授業についていけない子供の問題が出てから、それが五%とか一割ということじゃないというふうなゆゆしい問題として提起されてかなり年がたっているのですけれども、基本的に下の方から目に見えてよくなったと、こういうことを言うことができる状態にはなっていないわけですね。これは、いわば学校の存立を問われる問題ではないかというふうに私は思うのです、五割とかいうような子供たちが理解できない授業を受けながら教室の中ですわっておるというような状況は。まあ学習ぎらい、学校ぎらいというような問題は、これがかかわっておるということになれば、これは深く、やっぱり子供だけの責任に帰するのではなくて、この問題については指導行政の中で文部省は大きな責任があるだろうと思うのです。私は、そのことと、いろいろ原因あるでしょうけれども、学習評価とのかかわりをここで明らかにして、やっぱりさまざまな措置、問題についてやってもらわなければならぬということがあると思うのです。文部大臣も、児童生徒に基本的なことをしっかり身につけさせる、みずから考える態度を養うというようなことを所信表明でも言っておられるわけですけれども、これを具体的にどうやるのかということで、学習評価というものがどういう役割りを果たすのか、ここのところを明らかにしていく必要がある。何としても、こういう子供たちをじかに導くのは学校の教員ですから、教員と生徒とのかかわり合い。恐らく、このできない子供に対してはどこが足りないのか、何を努力するのかということを本人にわからせて、そうして引き上げていく、こういうことになる必要があるだろう。学年相当の力を修得させる、それを各学科ごとに、すべての学科でその力を修得させる。このためには、定められた目標に、全員が修得したということを確認できるように、一人一人の子供をつかんでいかなければならぬ。この中で学習評価というものは大きな役割りを果たすだろうと思うのですけれども、この点についてひとつお伺いしたいと思うのです。まあ俗に全面発達というふうにも言いますし、そういうようなことで、到達目標にすべての子供を達成させるということと学習評価との役割りの重要性、このことについて簡潔にお伺いしておきたいと思うのです。
○国務大臣(永井道雄君) 小巻先生おっしゃいましたその最初の、理解力があるかどうかという問題でございますね、あれは昭和四十六年の全国教育研究所連盟の発表で、確かに非常に数的に見ますと深刻な状況にあるわけです。で、私たちもあの問題は等閑視すべきではないというふうに考えるのですが、ただ、調査方法に一つの問題があると考えております。といいますのは、いろいろの授業について、わかっていますか、という形の問いを出しておりますので、先生がわかっていないと考えるという主観的な判断で答えているわけです。そこで、いま初中局と私どもが話して考えておりますのは、もう少し客観的に、どのぐらい理解力というものが阻害されているかどうかという調査を進めているということが一つございます。つまり、初めのお言葉に五割というのがあって、あれは四十六年の調査でございますが、少しその問題は詰めてみる必要があるということがございます。 次に、京都府でいろいろ考えられたこの評価方法は、到達度というものをいろいろな項目について調べまして、そしてその到達度というものを項目に応じて調べていくということが本当の教育評価になるし、そしてその教育評価をそういうふうなやり方でやっていくというのが学習を深めていくというお考えであるわけです。私は、実は京都府が出された報告書を拝見いたしまして、非常に興味深い試みであるというふうに考えますが、私の理解では、報告書もまだ全部完成しているというふうには述べておられないわけです。で、いままでの相対評価のようなやり方であったがために理解力というものは阻害されていたのか、それとも他の要因によって阻害されていたのか、つまり、教育評価の方法を変えれば直ちに理解力を深める教育ができるかどうかというのは、かなり複雑な因果関係があると考えますので、京都府でつくられた到達度評価の方法というものも非常に参考にすべきであると思いますが、現段階ではもう少し、その報告書自身も述べておられるように、そのやり方というものと、それから理解力を深める教育方法の関連というものを考えるべき段階ではないかと考えている次第です。
○小巻敏雄君 どうも具体的な中身に十分に触れておられないように思いますので、包括的にそういうふうに言われても明らかにならないのですが、やはりここで、学習評価というものが子供を引き上げていく上でプラスの役割りを果たし得るのかどうかということで、そもそも昭和四十六年以来かなりごうごうと、いまの五段階評価のマイナス点については大きく述べられておる。ただ、それに政府の高官が反応されるのが戦前復古型で対応される、当時の次官の反応とか、この点そのままできておるような状態があるんじゃないか。ここで問題があるのは学習評価、直接には通信簿であらわれてくるわけですけれども、これが学力をあらわしているのか、修得結果をどこまであらわしているのかということと、システムとしては直接関係の出てこないガウスの分布表など基礎にした五段階評価というものに対する批判というものはしっかり受けとめて、その後何年もたっているんですから、ぼつぼつ総括を出されなくては、問題です問題ですということばかりで、考えます、研究をしますでは済まされないだろうと思うんですね。そういう点で、ひとつ現時点での五段階相対評価のやっぱり長短について、端的に何を検討し、どの方向で展望を持つのかという点をひとつ簡潔にお願いしたいと思うんです。
○政府委員(安嶋彌君) 評価についての御質問なわけでございますが、文部省がいわゆる五段階評価というものを申しておりますのは、これは指導要録の記載における評価のことでございます。したがいまして、評価が文部省が通達でお示ししておりまする五段階評価以外にはないかというと、それは必ずしもそういうことではなくて、日常のいろんな評価があり得るわけでございます。ただ、そういう評価を指導要録にいわば公的に記載をいたします際には、客観性とか、あるいは全国的にやはり一定の水準が確保されるというような観点から、いわゆる五段階評価で評価をお願いをしたいと、こう申しておるわけでございます。ですから、その評価一般の問題と、それから指導要録に記入をいたします場合の評価の問題とは、これは一応問題としては分けてお考えをいただきたいと思います。日常の評価につきましては、これはいろいろな評価があり得るということでございます。 それから、文部省が指導要録の記載について指導助言をいたしておりまするこの五段階評価も、先生がただいまおっしゃいましたように、いわゆる正常配分曲線によって「5」が何%とか、「4」が何%とか、そういうことは示していないわけでございまして、通達を、先生も御承知かと思いますがお読みいただければ、そういうことは全く触れていないわけでございます。したがいまして、私どもは絶対評価の要素を含めた相対評価であると、こういうふうに申しておりますのも、そういう趣旨でございます。戦後しばらくの間、これが御指摘のような正常配分曲線による評価というようなことが行われた時期がございますので、それが何と申しますか、後遺症のような形で残っておりまして、一般に何か「5」は幾つというふうに文部省が決めておるような受け取り方があるかとも思いますが、そうではないわけでございます。 それからなお、京都府の評価の点が話題になっておるわけでございますが、京都の評価は、御承知のとおり指導要録の記入の評価ということではないわけでございます。一つの到達の評価という、まあ創意工夫をこらされたものでございます。そういう意味で、評価はできると思いますが、大臣からも申し上げましたように、この評価自体にいたしましても、まだ完成されたものではなくて、今後さらに検討を積み重ねていくべき評価の一つの方法であろうというふうに考えておる次第でございます。
○小巻敏雄君 ここで議論する時間もないのですけれども、あれこれ言われて、いまのところ父母の希望と批判に対しては、指導要録は二つの性格を持って、指導原簿であると同時に証明の原簿だと、主として五段階評価の客観性が、証明原簿を支える上でいまのところ取りかえがたいものだというふうなことを言われているんだと思うんですけれども、現実に証明をするということは、たとえば中学なら高校入試の際の成績証明になるものであり、現実にここのところが最も公簿として教師が力を注いでやらなければならぬ指導原理になっておるので、通信簿だけ適当に書いておけなどということは、一種の学校指導体系の中でそこに熱中する者は個人的なむだ骨を負っているような姿になって、やっぱり国民の声にもかかわらず、指導要録の五段階配分が基礎になって、どうしてもこの到達目標に対して達成をさせようとする努力がこの制度の中で効果を発揮しないようになっているということを考えてもらわなければいかぬ。それを「所見」のところで留意せよというようなことを書き加えて、上の方でお茶を濁されたって下の方にはうまく出てこないわけですよ。そういう点、恐らく気がついておられるんだろうと思うけれども、基本的に少し態度表明がやわらいでおるだけで変わっておらぬ。ガウス分布がなければ客観性というものは壊滅するんですからね、まあいわば。これが全部「5」と「4」と「3」だけつけてしまって「2」と「1」がなくなれば、まあいわば客観性と言われるところは消滅してくるわけなんですから、少し柔軟性を持てと言ったところで基本的には変わっていない。それに加えて、国民のいまの希望の中で、かなり丹念に考えて、指導要領ともほとんど背馳しない姿でよく考えてつくられておるのが京都府の今度の到達度の評価だろうと思うんです。あれで、成文として出された指導要領とはほとんど背馳しないようなぐあいに五段階にして、通常、到達度と言えば二段階だろうと思うんですけれども、これを五段階にしたりして非常に留意をしてつくられておるし、移行過程を少しおけば、現実に職場が、学校が混乱することもなく移行もできるような内容のあるものだと、私は丁寧に読んでみてそう思っているんですけれども、どこが具体的に都合が悪いのかというようなことですね、これについてひとつお伺いしておきたい。 それからもう一つは、通信簿と、それから指導要録と、二元的になるというのは正常な姿かということですね。やっぱり指導原簿なんですからね。日々知らされるものあるいは学期ごとに知らされるものと、全く別途の割り方で分けた評価が指導原簿に書かれて、これが証明に使われておるというようなことがあるべき姿なのか、このことが二番目です。 三つ目には、一体この五段階相対評価というようなあり方ですね、学校の中での位置づけはわかるけれども、一体、到達目標に対してどこまでの成果が上がっているのかというものを示すものでないという原則によってつくられたもの、こういうものを使っている国が、発展した資本主義国、まあどこでもいいです、そういうものがほかにあるのか、日本以外にこういう分布曲線でやって、そして子供に対する指導要録を作成しているところがあるのか、こういうようなことをお伺いしておきたいですね。
○政府委員(安嶋彌君) 第一に、京都府の到達度評価にどういう問題点があるかという点でございますが、この到達度の内容の「3」に記載してございます内容はおおむね学習指導要領に規定をしておる事柄でございますから、そのこと自体は特に問題はないかと思いますが、小巻先生もずっとごらんになったことでございますから御承知のことと思いますが、「3」の内容につきましては、各教科につきまして全部記載があるわけでございますが、「1」「2」あるいは「4」「5」の評価につきましては全く内容が記載されていないというところがかなりあるわけでございます。そういたしますと、これを京都府教育委員会が現場に流しました場合に、現場といたしましては、「3」の評価はなるほどできるかもしれませんけれども、「1」「2」あるいは「4」「5」の評価はどういうふうにするのかということが必ずしも明確でない。そういう意味で先ほどまだ完全なものではないということを申し上げたわけでございますが、さらに国語でございますと、たとえば「聞くこと・話すこと」というところの評価が仮に「4」で、それから「読むこと」という評価が「3」で、「書くこと」という評価が「2」というような場合に、全体として国語の評価がどういう到達度の評価として記載されてくるのかというような点も必ずしも明確でないように思います。そういう点はさらに検討を要する点であろうと思いますが、京都府教育委員会の各学校に対する通知の案文を見てみましても、研究と検討に役立てるためにこの資料を提供する、各学校では討議研究の参考資料としてもらいたいということでございますから、さらにその結果がどういうことになりますか、私どもも注目をしてまいりたいというふうに考えております。 それから、第二に通信簿の問題でございますが、御承知のとおり、この通信簿というのは、これはもちろん法令に根拠のある制度的な文書ではございません。各学校におきまして、父兄との連絡、児童生徒の進度やあるいは健康の状況や出欠状況等につきまして父兄との連絡のために設けられておる表簿でございますので、この内容につきまして文部省の方で一々こういうものがよろしいというような指導はいたしていないわけでございまして、各府県あるいは市町村でそれぞれ工夫をしながら適当な通信簿が定められておるわけでございます。指導要録との関係ということになりますと、これは、ただいま申し上げましたような父兄に対する連絡という観点からのものでございますから、指導要録と必ずしも一致しないあらわし方になっておるわけでございますが、しかし、児童の実態というのがそれは一つでございますから、むしろその間に矛盾があってはいけないわけでございますが、教育的な配慮のもとに適切な内容が通信簿として記載され、活用されていくということが必要であろうと思います。 それから、諸外国におきましてどういう評価が行われておるかということでございますが、実は詳細な調査が手元にございませんが、フランスにおきましては、小学校の最終学年、これは五学年でございますが、中学校に送付する調査書の原簿といたしまして指導要録を作成するということになっておりまして、これは全国共通のものを定めておるということでございます。それから、アメリカにおきましては、これは連邦国家でございますので、国全体としてのそうした定めはございませんが、州によってこの指導要録のようなものについての様式を定めておるところがミシガン州やカリフォルニア州等に例を見るということでございます。それから、ソビエトにおきましては、中等普通教育学校規則というものにおきまして生徒の知識の評価を五段階で行っておるということでございます。その他の国につきましては必ずしも明確ではございませんが、何らかの評価の資料がつくられておるようでございます。 また、評価の段階でございますが、いろいろ一つの国でもやり方があるわけでございますが、聞くところによりますと、ソ連やアメリカ、フランス等におきましては五段階評価が行われておるということでございますし、西ドイツにおきましては六段階の評価、イギリスにおきましては三段階の評価を行っておるような例もあるということでございます。また、評価の方式も、いわゆる絶対評価あり、相対評価あり、あるいは両者を併用した評価もあるというふうに承知をいたしておりますが、まあ詳細な資料につきましては、まだ十分把握をしていないという状況でございます。
○小巻敏雄君 その最後の諸外国の例から言えば、私も、ヨーロッパの若干の国はじかに行って話を聞いたこともあるわけです。アメリカのものは文献で見ておるのですけれども、全部ガウスの分布表などを、ある時期にはソ連なんかもそれに近いことをやったことはあっても全部やめているのが今日の特徴だというふうにぼくは承知しているんですよ。すべて、これは到達度評価を行っているのであって、三段階であれ五段階であれ、それは到達度の評価であって、それが目標に対して履修効果がどこまで上がっておるかということを示すものであって、クラスの中で分けた何番というような席次のようなものを示すものではないということですね。ある時期まで、古来のやつに対して一種のプラグマチックなやり方でこういうものをとったことはあっても、ぼくは、諸外国の例は全部、これをとったものもとらないものも、いまはこういうことをやっていないというふうに把握をしているのですが、あなたの話を聞いているとはっきりわかりにくいのですが、その点をお調べになったらそのとおりだと、私はそう思っていますけれども、日本だけ、この五段階評価の、しかもガウス分布表などを下敷きにしたものがいまもなお用いられている。これが便利なのは、輪切りになった高校入試競争が激化している現実に当てはめていくときだけ便利なのであって、子供をじかに引き上げていくときには役に立たぬというふうに考えざるを得ないし、いま第一に、京都の問題について、「3」はわかっておるけれども「1」と「5」「4」などはわかりにくいと言われるんですけれども、これは「3」が明らかになることが決め手なんですからね、到達度評価というのは。到達したかしないかの問題ですからね。「3」が明らかになっておるということは、これは基礎が成り立っておって実施することができるということになるんじゃないですか。だから「3」が納得できるものであれば、これは細部を充実していけば実際に移行できるということを意味しておる。現在の相対評価の五段階だって、普通というのとすぐれているというのと、はなはだ劣っていると、その真ん中というのがつけてあるだけであって、その点ではこの記述された限りでは相似たものであって、むしろ、この新しい到達度をあらわす「3」を到達したものとするというあり方が、いわば諸外国でもやっている方向でもあり、いまのわからない子供がいれば、教師も生徒のどこが悪いのかをちゃんと調べるように方向づけられておるわけですね。それからこのあり方であれば、いまのテストと違って、いまのテストは学習指導要領をやってもペーパーテストをやるときは教師の自由ですからね、テストの問題を出すときにも、これについては客観的な性格がこの到達目標によって示されてくる。親に対しても目標が示され、子供にも目標が示され、教師はそこでテストをやればどこのところが足りないか、親も子供も教師もわかって、そうして指導をするんですから、ここのところから身のこもったものが出てくる。これが大体今日の教育の評価と一人一人の子供の引き上げの指導の中心をなすものである。これに対してやっぱり五段階評価というのは、いままでの相対評価を言われたところでは客観性があるというあり方ですね。それともう一つは、競争によって学習刺激を与えるというふうなことが大体言われてきたと思うんです。特に後者の、競争によって学習刺激を与えるというあり方はほとんど破産しておって、いわば無知と無能力を証明する道具になってきておると、ある程度の子供以下を切り捨てていく、無知と無能力を発見し証明するような道具に、テストとこの五段階相対評価がなっていたということが批判の対象になっておるわけでありますから、それらの問題について、ぼくはこの評価と、特に文部大臣が所信表明で言われた一人一人の子供の基礎学力をつけるという問題のかかわりにおいては、どうしても踏み越えてもらわなければならぬという問題があると思うんです。特に京都の問題については、二月二十五日にこれが新聞に一斉に出ると同時に、文部省のかなり打撃的な批判が同時に掲載され、後々国会の中で質問をしてみると必ずしもそうでないような答弁も行われておるわけですけれども、この点については特に到達度評価をどのように文部省としては、いまから具体的に、指導要録問題に必ずしもこだわらないとしても学校の中に定着させていくかという問題ですね。これについて再度ひとつ大臣の御意見をお伺いしておきたいと思います。
○国務大臣(永井道雄君) 私、先ほども申し上げましたように、確かに、所信表明の中で申しましたことと関連しておりますが、一人一人の子供の教育というものは非常に大事だと思います。そこで、理解度というものがどのぐらい進んでいるかということの調査を一方でいま行うことを進めております。これは先ほど申し上げたことの繰り返しになりますから詳細は省きます。 次に、到達度評価というこの考え方、それから従来の正常配分曲線的な考え方、この教育の評価という問題については、一つものがある程度定着するとやはり問題点が起こってくるということが繰り返されておりますので、現在、先生がきょう御指摘になりましたような問題も踏まえまして、私たち十分ひとつこの問題に取り組みまして考えていきたいというふうに思っておることを申し上げたいと思います。
○小巻敏雄君 引き続いて他の機会にさらに詰めたい問題があるのですが、どうもいまの答弁では、要するに子供の到達度をしっかりとつかんで、そうしてこれを子供にも知らせ、これを教師も知って、そうして指導を進めていくということが制度的に義務づけられていないわけですね、どうしても。評価というのは、そういうことをさせる統一指導というのは非常に重要な道具と言ってはなんですけれども、手段なわけですよ。ところが、その部分について、いわば「所見」のところで留意せよという程度においてどこまでも五段階の相対評価を指導要録においてはやっていかれるということでは、やっぱりこの問題については前進がないと、このことを私は強く指摘しておきたい。特にここで、全国一斉に文部省が号令して変えるときはやられるのかどうか、各府県ばらばらになるから京都府のあり方は問題だとか、さまざまな文部省の批判が新聞紙には掲載されたわけですよ、二月二十五日段階で。こういう状況は私は問題ある発言だと思っております。 ここで内閣法制局にお伺いをしたいのですけれども、学力評価を行うための基準を決める権限というのは一体どこにあるのか、法律では一体どうなっておるのか、このことを法的に法制局の方から明らかにしてもらいたい。
○政府委員(味村治君) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二十三条によりまして、「教育委員会の職務権限」といたしまして、一号に、教育委員会の所管に属する各学校の管理、あるいは五号に「学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること。」というのが記載されております。したがいまして、この規定によりまして市町村の設置しております小学校、中学校におきましては、おっしゃいました評価の問題は、小中学校を所管しております市町村の教育委員会の権限であるというふうに考えております
○小巻敏雄君 そうでしょう。その地教行法で市町村の所管になるのであって、もしこれがなければ学校教育法の施行規則なりあるいは施行令によって学校長が所管すると、こうなっているのを、この地教行法があるからこれについて市町村教委が基準をつくることができるというふうになっているわけだと把握しているんですけれども、そのとおりでいいですか。
○政府委員(味村治君) 小中学校の運営というものは、これは地方自治体が設置をし、管理運営をするわけでございますので、本来地方自治体の権限であると、その権限を実際に行使するのが教育委員会であると、このように解釈しております。
○小巻敏雄君 その点は非常にはっきりしておると思うのです。そういう点から言えば、文部省でもいろいろ言われるわけですけれども、今度のたとえば京都の試みが市町村教育委員会によって検討された結果実施に移されると、こういうことが実際に起こってきた場合には、法的には何の支障もないわけだと思うんですけれども、そうなわけでしょう。
○政府委員(味村治君) 京都府の教育委員会は、小学校、中学校を設置しまたは管理しているわけではございませんので、これは地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第四十八条の第一項によりまして「都道府県委員会は市町村に対し、」「市町村の教育に関する事務の適正な処理を図るため、必要な指導、助言又は援助を行うものとする。」という規定に基づいて、指導助言として行われたものであろうかと考えます。
○小巻敏雄君 つまり、その指導助言の上で実際市町村教委が実施に及んだとして法的に何の差し支えもなければ問題もないと、このことははっきり確認できますね、ということを聞いておるのです。
○政府委員(味村治君) その指導助言に基づくか、あるいはその指導助言に基づかないかということは、これは市町村の教育委員会の権限でございますので、市町村教育委員会が評価につきまして規定を設けるということは、その権限に属する事項であろうと思います。
○小巻敏雄君 非常にその点ははっきりしておると思うんです。 以上のような状況で、いま、国民課題として子供の学力問題がある。大臣も、前大臣と所信表明、同じようなところもたくさんありましたけれども、幾らか違うところの中に基礎学力の問題があるんですからね、この問題については、考えなければならぬ、検討しますを越えて、少なくとも任期中に一定の前進があるようにひとつやってもらいたいと思いますし、この質問が出たときに、人間評価の問題の話なんぞされても、やっぱりこれは教育の専門家の具体的な実践を積み上げた意見の上に、そうして現実の試みの上に乗せて、いわば地方教育委員会の行政権を非常に尊重される文部大臣だということは、八鹿高校事件以来、私の方が骨身にしみてわかっておるんですからね、今後はこの点について、ひとつ地方を尊重をしながら進んでいくというふうに確認をしておきたいと思いますが、よろしいですね。 終わります。
○戸塚進也君 私は、いま議題になっております文部省設置法の一部を改正する法律案の内容について若干、それから、当委員会で文部大臣御就任以後、こうしてゆっくりと質疑を交わすということはほとんどなかったわけで、またとない機会でございますので、この法律に関連をいたしまして、特に先般文部大臣が自民党の文教部会で御発言なすった、社会教育を重視すると、特に、テレビにおける子供の影響といいますか、この問題について少しお伺いをしたいと、こういうふうに思います。 最初に、この法律のことについて、先ほど太田委員から内容についてお話しがありました。ですから重複を避けたいと思います。ただ、先ほど河田委員から別荘論というお話しがありましたが、もしこの少年自然の家が、別荘論的な発想から文部省がやっているなら私は反対です。私はこんなものはやる必要がないと思います。金持ちの人が、裕福な人が涼みにでも行くかとか、そういう考え方でこの自然の家ができるというならとんでもないことです。そんなことでは絶対ないと思うが、その点をまず確認をしておきたいと思います。 私はやっぱり学校の教育施設を充実することも大事だと思います。もちろん、プールもないプレハブ校舎など。しかし、この問題の重視という問題と同時に、やっぱりいままで一番圧迫されていたといいますか、虐げられていた社会教育の部門というのを充実することこそが、いまの人づくりという面で非常に大事なことである、その一つの突破口としてこの少年自然の家というのがあるなら、非常に私はこれは評価が大きいと思うんでございます。私は、特にこのことを言いたいのは、仏つくって魂入れずという言葉がありますが、ただおざなりに、そういうのが室戸岬にできたから、それじゃ簡単に全国に十二カ所もひょこひょこ設置しましょうかなんというような安易な考えなら、これまたこの法律に対して私はどうも反対です。恐らくそういうことではないと思うので、もう一度この点について、文部大臣からはっきりした御見解を伺っておきたい。 要するに、この少年自然の家建設のねらい、それから、当然これは県とかあるいは市町村単位でつくっている施設と国でつくるという施設については、おのずからここに何らかの特徴があっていいはずです。この少年自然の家に対して、文部省はどのような特徴づけをしようとしておられるか、これについてお伺いしたい。そしてブロック別に十二カ所、なぜブロックに一カ所としたか、財政難とかそういうことがあるのか、そのほかの理由があるのか。 以上について、文部大臣から御答弁願いたい。
○国務大臣(永井道雄君) まず、一番初めに国立少年自然の家の設立の趣旨でございます。私は義務教育の既存の施設、これに不十分なものがありますときに、これを充実するということが重要であるということは言うまでもないというふうに考えております。ただ、それではいままでの義務教育の姿で教育問題が解決していくかというと、これはやはり都市集中という、そういう日本のこれまでのあり方もあり、あるいは自然というものから遠ざかったということもありますから、教育の流れを変えるといいますか、そういう意味合いにおいて、今度の自然の家には非常な意味があると考えております。 次に、それでは公立少年自然の家とどこが違うのかということでありますが、それについては次のように考えます。公立少年自然の家も六十九カ所も活動しておりまして、いろいろ御努力になっておりますが、詳細は、もし必要があれば政府委員から申し上げるといたしまして、私としましては、国立少年自然の家には、おおよそ三つぐらい公立少年自然の家と違う意味合いがあると考えております。 第一は、広域におきまして子供同士が交流をしていくということでございます。公立少年自然の家よりも、そういう意味合いにおきまして相当広い地域の人たちが経験交流をしていくということであります 第二番目は、自然に接触し、自然の中で活動していくという場合に、いろいろな新しい実験というものを試みてみる必要がある。そこで、いままでに公立少年自然の家でもいろいろなことをやってきておりますけれども、なお、新しい自然観察あるいは自然の中での活動というものの実験もいたします。また、活動の仕方についての実験は、たとえば高学年の子供自身が低学年の子供を指導すると、そういうふうな子供同士の指導関係というふうなことも、やはりここでもって教育していくということになりますと、それが後に公立少年自然の家で生かされるというようなことも考えております。 第三に、これから、こういう自然との関連におきまして、少年の社会的な教育というものの指導者の養成というものが非常に必要になってまいるかと思います。そこで、国立少年自然の家におきましては、これから広がるでございましょう公立少年自然の家、そういうふうなところで活動される方々の指導者養成、そういうふうなことも心がけていくということであります。 次に、全国に十二カ所置いて、まあその程度で考えているのは財源からくるのかということでございますが、それは確かに、何事をやりますときにも、財政的理由というものは当然考えるということはあるかと思います。しかし、先ほど申し上げましたように、広域的な、ブロック的な形で少年が交流していくという意味合いにおきましては、こういう十二カ所ぐらいというのも適当な面があるのではないか。そこで、地図を開きまして、大体、現在の交通機関を利用いたしますと、どのぐらいの時間でもって到達し得る地域かというようなことも検討いたしまして、この十二カ所の計画を進めているわけでございますので、必ずしも、ただ財政的理由から考えていくというのではなく、教育的な意味合いというものも十分考えましてこれを考えた次第でございます。
○戸塚進也君 別荘でない、これは非常に重要なものだということがわかりましたから、それは納得いたします。しかし、先ほど来お話がありましたように、都会地の学校というのは、これから幾ら改築が進んでも、山の自然に親しむとか、あるいは海の非常にこう雄大なところで子供たちが伸び伸びとした心を持つということは、もうこれは物理的に不可能だと思うんです、どんなに充実しても。だからこそ、やはり先ほど太田委員もお話しのように、いわゆる東京とか、大阪とか、大都市に近いところについては、もっと積極的にこれを拡充していきなさいと。私はそれは非常にいいことだと思う、私もそれを言いたかったんです。それどころか、一都道府県に一カ所はもう最低置くべきだと、それは幾ら私たちが、たとえば静岡に住んでおって、東海地区では福井県ですか、どっかそちらの方だそうですけれども、そんな遠くまで行けったってこれは無理ですよ。やっぱり国でやる行政というのは等しいということがまず大事ですから、そういう面で考えて、十二カ所の次は、まず大都会で緑に親しめない子供たちにできるだけこういういい環境を与えると、こういう方針で、文部大臣、大いにがんばってもらいたいということ、そして将来は一都道府県に一カ所ぐらいは均等に置きましょうと。で、子供たちがみんな喜んでそういう自然に親しむ中で、大きな心を養うといいますか、そういう施設をやりましょうと、文部大臣からぜひ前向きなその点の御答弁をいただきたい。 それから、十二カ所予定していらっしゃるのは、いまの計画では最終年度といいますか、十二カ所ができる予定の年度は何年度でございましょうか。
○国務大臣(永井道雄君) 一番初めに、大都市地域を考慮すべきだというお言葉でございますが、それはまことにそうでありまして、十二カ所も、実は大都市地域からかなり利用できるところを考えているわけです。今度の室戸の場合でも、京阪地区の人、阪神地区でしょうか、やはり距離を考えますというと十分利用できるということも検討いたしました。東京につきましては栃木県の方を利用できるということもあるんであります。しかし、十二カ所以外に、なおそういう大都市地域につくるということも考慮いたしております。さらに、将来というのは、本当に、まあ別荘という言葉を言うならば、日本のすべての義務教育の子供の別荘、そういう意味合いにおいて、むしろ学校教育の延長という姿ですべての子供が私は自然に接触し得るような、そういう日本の教育というものをもう一度もたらすということのために、それは、ことし、来年にできることではございませんけれども、私たちは、根気よく努力をすべきであるというふうに考えております。 なお、この十二のものがどういう姿で実現していくかということにつきましては、現時点におきまして十二のものが何年にどれが幾つというふうな形では計画は進行しておりません。しかし、大体十二のうちどういうものがどういう姿に分かれて進行していくかということはおおよそ考えておりますので、それについては社会局長から御説明申し上げます。
○戸塚進也君 簡単でいいですよ。
○政府委員(安養寺重夫君) 十二地域のうち、最も早く建設に取りかかる準備ができましたところから、現在五地区、基本構想をまとめ建設にかかるという手だてを講じております。それ以外に、五十年度予算をもちまして五地区、これはどの場所がよかろうかと、地域は限定されつつありますけれども、具体的な場所を選ぶというような作業に入りたい。合計十カ所がそういう日程に上っておるわけでございますが、なお、未調整の地域で申しますと、南関東、甲信越、こういう二地区につきましてはいろんな話がございますので、なお引き続いて早く具体化の努力をしてみたい、かように考えておるわけでございます。
○戸塚進也君 最終年度、いま十二地区を全部完成してしまうには何年ぐらいを考えていらっしゃるんですか。
○政府委員(安養寺重夫君) さきの五地区につきましては、おのずからこれは順序ができておりますので逐年つくってまいりたいと思いますが、あと日程に上りました五地区、さらに未調整の二地区等々につきましては、これから具体的な場所の選定に入るわけでございまして、その最終年次をどの程度にするかということにつきましては、これから時間をかしていただきまして検討せざるを得まいと思っております。
○戸塚進也君 一カ所一年ぐらいのぺースじゃとてもしょうがないですね、局長さんそうでしょう。やっぱり、これはもういま緊急の課題なんですからね、遊び事でやっているんじゃないですから少なくとも、一年間に三カ所や四カ所ぐらいつくって、十二地区ぐらいは三年か四年くらいでやってしまうぐらいの、そのくらいの気持ちでやるべきじゃありませんか。遊び事じゃないでしょう、別荘じゃないんですから。どうですか。
○政府委員(安養寺重夫君) 大変御激励をいただいて感謝いたしますが、いろいろ具体的な作業に取りかかりませんと、ここで責任ある御答弁もいたしかねますので、十分努力いたしたいと思っております。
○戸塚進也君 社会教育に関心の深い文部大臣から、その点一言だけ。
○国務大臣(永井道雄君) 私は、先ほど申し上げましたように、根気よく、本当に休まずにこれをつくっていかなければいけないと思いますが、直ちにどんどんつくり上げるということをお約束すると、これは責任がないことになるかと考えます。
○戸塚進也君 それ以上は結構です。 そこで、別荘でないからには、管理人とか賄い婦ぐらいじゃ困るわけです。やっぱりこの施設を使って本当に子供を人間的にりっぱに育て上げるという目的があるわけです。そのためにはやっぱり管理人的な人じゃなくて、子供を本当に社会教育的に育て上げるという力を持った、いわゆる指導員といいますか、指導者、これが非常に大事だと思います。そういう面でどういう人を配置する御計画であるのか、また一施設にはどのくらいの人員を考えているのか、それについて伺います。
○政府委員(安養寺重夫君) 文部省の付属機関として設置するわけでございまして、所長を長にいたしまして、いわばこういう機関でございますと当然考える事務的な職員、そのほかに内容を指導いたします専門的な職員という二系列の人選が必要なわけでございます。五十年度は十一名の定員をさしあたり開所に必要な人間ということで用意をいたしておりますが、われわれといたしましては、さらにその倍ぐらいの定員を擁したいということでこれから努力いたしたいと思います。 なお、具体的な人選等につきましては、所長以下事務的な仕事に従事します職員につきましては、文部省、大学あるいは関係地域の府県市町村の関係者に御相談をしたりいたしまして人選をしたい。専門的な指導の任に当たります職員につきましては、これは関係府県の教育委員会にいま御相談をいたしまして、学校の先生でございますとか、社会教育主事でございますとか、そういう方々の中から堪能な方を選びたいというようなことでだんだんに計画を進めてまいっておりますし、今後具体の少年自然の家につきましても大体その方向で進めたいと思っております。
○戸塚進也君 文部大臣、これはひとつ、施設だけでなく人的にもさすが国でやったというようなりっぱなものをぜひ配置していただきたいというふうに思います。 そこで、少年自然の家とともに、現在のこの設置法にあります国立の青年の家でございます。この青年の家の全国的な利用状況というものは非常に高いと私は見ております。それから、特にシーズン、夏休みとかそういうときには、働く青年が借りたくても、学校の子供たちが臨海学校とか何か、ちょっと合宿とかいいましてね、それこそこういう少年自然の家なんかはないものですから、みんなそういう学校の人たちが利用されるわけですね。占領されちゃうから、働く青少年は申し込んでもなかなか借りられない。それは仕方がないです、みんなで利用するんですから。そのくらいのすばらしい利用状況であると思うが、いかがですか。
○国務大臣(永井道雄君) 政府委員から。
○政府委員(安養寺重夫君) 現在国立青年の家は、三十四年につくりました中央青年の家を初めといたしまして十二カ所で事業を開始いたしております。たとえて申しますと、中央青年の家の四十八年度の延べ研修者数は十七万六千二百五十名強というような形になっております。まあ全体合わせまして大変利用率が高うございまして、延べ利用者数は百十一万八千人強という形で四十八年度は推移いたしております。ちなみにその利用者の累計を申し上げますと、勤労青年約三〇%弱、学生生徒五二%、いわゆる団体指導者等の研修に一一%弱、その他というような形になっております。 元来、勤労青少年のための施設ということで計画が進められてまいったわけでございますけれども、現在、ごらんのように高等学校さらには大学の進学率が伸びてまいりまして、ただいま申しましたような勤労青年の利用率が数量的には低くなってまいっておりまして学生がふえておりますけれども、大いにこれらの若い世代の人たちに利用いただいておるわけでございます。主な内容といたしましては、青少年団体活動に関する研修、あるいは体育スポーツに関する研修、野外活動に関する研修、あるいは芸術、文化、レクリエーションというようなものに関する研修等々多岐にわたっておりまして、若干の青年の家が主催をいたします指導者研修以外は、利用者がこれに使用の申し込みをいたしまして、それに対して貸し、かついろんな利便の提供とアドバイスを青年の家がするというような実態でございます。
○戸塚進也君 文部大臣ね、この青年の家へ入りますと、酒も飲ましちゃいかぬとか、非常に規律正しくて、外にいれば何かときどき飲んで暴れるような若い人たちとか、交通違反なんかやる人たちも、そこへ入りますとみんな神妙によく勉強して、しかも掃除まで全部自分でやるんですよ、うちなんかでやったことないですからね。非常にすばらしいですね。こういうすばらしい施設をもっとやっぱり国で全国的に拡充すべきじゃないかと私は思うんですがね。こういう利用状況で、現に働く若い人たちがもっと使わなきゃならないのに、学生生徒が五割以上使っているから使えないんですよ、そういう状況にあるんです。だからもっと拡充すべきじゃないかということが一点。 もう一点は、先ほど局長からお話があった中央青年の家、これは御殿場のはずです。文部大臣ね、ひとつことしの夏にはぜひ一遍中央青年の家へ来てください。たとえ一時間でもいいから来てください。全国の青年喜びますよ、勤労青少年が文部大臣が理解をしてくださっているということでね。ところで、その日本の国の中央の国立青年の家、先ほどスポーツと体育の振興だと局長おっしゃったけれども、その体育館たるや、昔の兵舎か何かのおんぼろの施設を払い下げられたみたいな施設で、これは真冬の寒いときなんか見れたものじゃありませんよ。それが国立中央青年の家ですよ。全国で一番キーステーションですよ。他の施設はよくなっていますが、一番大事な体育、スポーツの振興といったり、あるいは何百人という研修生が集まるのはそこしかないんですよ。その施設がそんなおんぼろの状態で放置されてたんじゃ、これは文部大臣、一等国として恥ずかしくないですか。これはやっぱり至急に考える必要があると思うが、いかがですか。
○政府委員(安養寺重夫君) 国立青年の家につきましては、やはり当初にどの程度の設置数といいますか、配置計画といいますか、そういうもくろみを立てるべきかといろいろ議論をいたしまして、十二カ所つくろうということで進めてまいっております。途中で沖繩に青年の家をつくりまして、現在十三カ所の計画は進めておりまして、あと二カ所、現に計画を建設に取りかかるべく進めておるということをもちまして、一応計画としては終了いたしたいと、かように考えておりまして、自今、これは大いに事業内容の充実にいろいろな対策を講じてまいるつもりでございます。また、公立青年の家につきましても、在来国庫の補助金を交付いたしまして、現在二百二十三カ所が活動中でございます。なお、若干増設の計画もございますので、ちなみに五十年度の予算では十カ所分国の補助金を用意をいたしまして、関係の公共団体にお配りをするというようなもくろみもしておりまして、今後も若干数はなお続くことになろうかというように考えております。したがいまして、全体から見ますと、国公立青年の家が日本全国に相当数できましたので、これの相互の協力関係の上で青少年の活動に十分御期待いただけるような働きぶりを展開してまいりたいと、かように考えておるわけでございます。 次に、御殿場の中央青年の家の体育施設のことについての御下問がございましたが、現在そういうことで、メインの建設計画は、国立青年の家はほとんど完了いたしておりまして、後は、各地域地域の特色を出すような体育スポーツ施設を、各青年の家の御希望に沿うような形で文部本省で経費を計上してまいるというつもりでおります。いま具体的にお話を伺いました中央青年の家の体育施設は、これは昭和三十四年に移管を受けまして、この青年の家になったわけでございますけれども、昭和二十六年度にできた施設でございます。見かけはお説のとおりに大変古びてまいりまして、中身も老朽がはなはだしい部分もございますが、専門家に聞きますと、構造的には関係がない、問題はない。したがって、一生懸命いま補修をいたしまして、できるだけ大切に使っていただこうというようなことを考えておりますし、つい先だって開所いたしましたのですが、中央青年の家には、柔剣道場の大変りっぱなものをつくりまして関係者の利用に供している。おいおいそういう充実を内容的に図ってまいるつもりでございます。
○戸塚進也君 文部大臣ね、国のたった一つの中央の機関なんですよ。外国からもどんどんお客様が来るのです、これは共産圏も、あるいは自由圏も全部。その代表的なところがいまお話しのとおりの状態でしょう。文部大臣一度、ことしの夏それをごらんになって、そして御自身の目で見て、やっぱり日本の国にふさわしいような施設を青年のためにつくってやってくださいよ、どうなんですか。
○国務大臣(永井道雄君) 実は私御殿場に参りましたのです。それで、どういう状態かよく知っておりますが、また赤城にも泊まりました。これは文部省に参ります前の話です。確かに新しいところの方が、赤城などの方がきれいですけれども、しかし、ちょっと戸塚先生ほど私御殿場が悪いとも思っていないのです。別に補修をしたくないからそう言っているわけではなくて、あそこに泊まってなかなかいいなと思いました。講堂なんぞはなかなかいいです。しかし、体育館の方だと思いますが、これはよく相談をして、確かに先生のように印象を持たれると困りますから、補修すべきものは補修して、そうしてやはり日本の中央の青年の家ですから、それにふさわしいようにするように努めなければいけないと思っております。
○戸塚進也君 文部大臣、私が申し上げたことを、もし取り違えられたら私の言い違いです。施設そのもの全体については文句はありません、結構です。しかし、そのすばらしい施設に対して、全員がたった一カ所に集まってレクリエーションやスポーツをやる体育館が、余りにもひど過ぎませんかということを御指摘申し上げたので、誤解のないように願いたいと思います。 そこで、社会教育の予算全体について文部大臣どう考えていらっしゃいますか。社会教育が重要だ重要だと言われているのに対して、余りにも貧弱じゃありませんか、どうです。
○国務大臣(永井道雄君) 私は、三七%社会教育のことしの予算がふえておりますけれども、社会教育の場合、ちょっと学校教育などと違う面があると考えております。つまり、学校教育の場合には、直接やはり学校で教育をやっていくということが大事でありますけれども、社会教育の場合には、文部省がすべての施設をつくって、そうして、それを充実していくというよりももっと広いというふうに考えているわけです。いまのスポーツのようなこともそうでありますけれども、テレビでありますとか、あるいは新聞でありますとか、いわゆる生涯教育にわたりますものは、いろいろ民間で活動していますものが一層活動的になっていくように、文部省としてでき得る限り力を尽くすということの方が妥当であるという意味において、いささか学校教育と違っている。そこで、たとえばテレビ教育というようなものも生涯教育として非常に重要でございます。先般来も、社会局長といろいろこの問題について検討しておりましたのですが、一例を挙げますと、文部省の虎の門の本省で働いております者の数がおよそ二千人でございますが、NHKで働いている人の数が一万三千人でございます。したがいまして、その中の教育部門というものだけをとりましても、人が文部省に匹敵するぐらい多い。いわんやほかの番組を合わせますと非常な数になる。そこで、やはりNHKの教育番組その他でどういうふうに仕事をしていかれるかということについてでき得る限り御協力をする、そうしてそういうものが活発になっていくということを期待する。これは一例でございますけれども、そういう意味合いにおいて、もちろんでき得る限り財源を確保するということは大事でございますが、社会局長と話をしておりますことは、その財源の中で、民間の各方面における御活動というものが一層活発になっていくように私どもは奉仕をするということが、社会教育というものを伸ばしていく上での王手ではないかというふうに考えている次第でございます。
○戸塚進也君 私は、これからの社会教育を振興させるには、どうしても社会教育の施設を全体に拡充する、つまり集う場というものをやっぱりどうしてもこしらえるということ、もう一つは、それを指導する人的な確保ということ、この二つがやっぱり何といっても柱だと思うんです。しかし、きょうは時間がないですからその議論はやめます。やめますが、その中で一、二の提案を文部大臣にいたしたいと思いますが、いまの少年自然の家のこの法律の問題もそういう趣旨だと思うんですが、たとえば学校統合なんかになって廃校になりますね、その跡地なんかをもっと有効適切に社会教育の場に利用できるように文部大臣がもう少し国として考えられたなら、相当これは喜ばれるんじゃないかということ。 もう一つは、私も定時制の出身なんですが、定時制が従来よりずいぶん子供が減ってきたわけですね。減ってきたけれども、やっぱり今後とも働いていきながら学問をやりたいという子供たちのために残していかなくちゃならぬ。そうなってくると、いままでのような、こう県内を見ても、何十校というところでやっていますと、一つの学校へ入ってくるのが五人とか八人とかということで、やれないと、全国的にこの定通教育に問題がございますね。その一つの解決策として、独立の定通教育の施設をつくって、その施設でもって、たとえば都会地なら都会地の非常に交通の便がいいところとか、そういうところへつくって、画期的に定通教育なんかを改善したらどうか、こういう意見が各方面から出ているようであります。私は、その施設と、それから一般社会教育的な施設を一緒にしまして、要するに定通教育だけでない、いわゆる地域コミュニティの人たちがそこへ集まって、そして御婦人にしてもあるいは老人にしても、その施設を使いながら、かつ定通教育の場にするというような、そんな形のものを、いま若干定通の独立校については文部省でも補助金が出ているわけですが、そんなおざなりじゃなくて、もっと抜本的に解決するという意味で社会教育と合わさったような形でこの定通教育施設を改善していったら非常にいいんじゃないかと思うんですが、文部大臣どうお考えですか。
○政府委員(安嶋彌君) ただいま先生御指摘のとおり、定時制高等学校は全体で千六百十六校あるわけでございますが、そのうち二九%、四百六十二校が独立校でございます。この独立校をふやしていきたいというのが文部省の方針でございますが、ただ、高等学校には御承知のとおり高等学校設置基準というものがございまして、必要な施設の基準を定めておるわけでございますが、これに社会教育施設を併置するということになりますといろいろ問題はあろうかと思います。特に、設置主体の問題といたしまして、定時制高等学校は都道府県立が多いかと思いますが、一方、社会教育施設は、都道府県の施設もございますけれども、市町村の施設が大部分であろうかと思います。そういうものを一体的につくるということにつきましてはいろいろ問題があろうかと思います。あるいは一体でない場合に、隣り合わせにつくるというようなことで問題を解決できることもあろうかと思います。いずれにいたしましても、問題はいろいろございますけれども、しかし、大変適切な御提案とも思えますので、今後検討してまいりたいというふうに考えております。
○戸塚進也君 アメリカでそうしたことで成功している例もたくさんあるようです。ぜひまた御検討願いたいと思います。 そこであと二つ伺いますが、先ほど申し上げておきました、文部大臣が先般自民党の文教部会へお出かけになって、社会教育についての質問を申し上げたときに、非常に社会教育は重要だ、その中でも文部大臣は、子供のテレビの影響というものは非常に自分としては重視しているんだ、今後テレビの子供の教育に与える影響というものについては前向きに検討したい、こういう御発言があって、それは新聞でも各紙報道されて非常に国民の関心を集めています。そこで、具体的にどういう点でテレビの影響ということを憂えていらっしゃるのか、あるいはまた逆に、先ほどお話しのように、テレビをもっと活用したらどうかという面もあるかもしれません。私も、実はどちらかと言えばテレビのいまの子供に与える影響を憂えている一人でございます。後で具体的な点を申し上げますが、文部大臣の御所見を公式の場で伺いたいと思います。
○国務大臣(永井道雄君) 私は、テレビの影響で否定的な方を申しますと、余り戸外に出て活動するというふうなことがなくなってしまう、家に閉じこもり切りになる。それから、テレビの番組にも、かなり暴力的なものであるとか、セックスなどを暴露する式のものであるとか、そういうものに非常に子供も、これは大人もそうですけれども、接触するようなことが過剰になるというようなことでは、学校教育を充実するとか、いろいろなことを言いましてもその影響力が非常に大きい。特にNHKの子供の生活時間調査、これは大人の生活時間調査もございますが、非常に実は時間が多いわけです。一日おおよそ三時間というのが一番新しい調査でございますから、非常に時間的に長いというようなことを私は申したわけでございます。 で、これに対してどうするかということですが、これは容易でございませんけれども、具体的なことを申しますと、たとえば音楽教育というようなものがいま全国的に相当——いまといいますのは、長い期間にわたっていろいろ努力されております。現在、小中学校の音楽教育に全国的なコンテストかありますが、それに参加している一これはTBSが中心になっているものでありますが、子供の数が十万人であります。そういうものがどうテレビと関連するかといいますと、自分で本当によい音楽を演奏するということを生活習慣の中にいたしますというと、今度はテレビを見たときに、これはくだらない音楽ではないかということがわかるわけです。ところが、自分でそれだけの音楽に本当に習熟していない人は、くだらない音楽も、それから相当値打ちのある音楽というものも識別することはできない。で、現在十万人参加しているということを聞きましたけれども、私はこういうふうなものがひとつもっと広がっていくということ、これは積極的なテレビに対する対応の仕方であると考えております。 なおそのほかに、テレビを利用いたしまして積極的に教育効果を上げていくということも非常に大事であると考えております。それはどういうことでありますかといいますと、たとえば東京学芸大学で現在テレビというものを使って教育というものの効果を上げていくということについて相当の研究をやっております。また、NHKなどもやっておりますが、そういう方法によって、これはNHKの場合は三チャンネルに出ているものが多いわけでありますが、それからまた学校放送にもありますけれども、たとえば理科教育とか地理教育とか、そういうふうなものは、いままでの学校教育で考えられなかったような、本当に実際の姿というものを通して教育ができる。ですから、いろいろな形でテレビの影響に対する対応というものを私どもは考えていくべきだ。それで、ただ観念的に、これは困ったことだ、何とかしなければならないと申し上げているのではなくって、いま申し上げたのは二つの例でございますが、こういうふうなものについてもっと研究をいたしまして、テレビの時代というときにもこれに振り回されないようにしなければならないということが私の考えでございます。
○戸塚進也君 文部大臣、日本を除く諸外国で、これはもう共産圏自由圏問わず、日本のようにあんな朝明け方から真夜中までテレビをずうっとやりっ放しという国は私の聞いている限りはないそうですわ。それから、その番組の内容でも、私は特にきょうは、最近、夜中のテレビですね、いよいよもうエキサイトしてまいりまして、全くどこかのヌード劇場でやっているようなものが毎晩放映されておりますわね。私は、こういう現象というものは、先ほど大臣からもちょっとお触れになりましたが、非常に大きな問題だと思うんですよ。片方で少年自然の家をつくって、子供たちをおおらかな気持ちにしていい人間をつくろう、で、夜はああやってヌード番組やっている。私はどこの番組とか、そんなことは言いません。言いませんけれども、ここまでエキサイトしてきたこの現状をとめてもらうのは、私は文部大臣しかないと思う。しかも、永井文部大臣のような見識と大きな国民的な期待を持っている大臣でなきゃ私はできないと思うんですよ。ですから、われわれが幾らテレビ会社へ行ったり、あちこち行って、そんなことやめてくれないか、少し行き過ぎじゃないかなんて言ったって、それはちっとも世論受けしません。しかし、文部大臣が本当に子供を願う心から、余りにも行き過ぎはひとつ子供のために考えてくれないかと、もちろん特定のお客さんを集めてやるところなら結構でしょう。しかし、テレビというのは、だれでもチャンネルひねればこれはすぐ出てくるわけですから。子供は寝ているからといったって起きていますよ、結構。高等学校の受験の勉強をしているなんていって、ああいう番組見ているそうですよ。そういう現状を考えますと、これは私は、最近の傾向というのは余りにも行き過ぎじゃないか。これに対して、文部大臣として、やっぱりこれからのりっぱな子供をつくり上げるという面で、これに余り悪い影響を与えるというおそれのあるものは自粛してもらいたいと、これは文部大臣からしかるべき方々にお話しになったり、あるいはそういう問題をどう考えるかということをそれなりの機関に御諮問をされたり、そういう措置はとられるべきじゃないかと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(永井道雄君) 私は、文教の行政の立場にありますから、こういうふうな問題というものを考えております。考えて、さらにそれを実行していくときの方法というものがいろいろあると思います。ただ、方法というのは、わが国は民主的な国家でありますから、強制によってそういうものをどうこうするというふうなことであってはならないと考えます。そこで、先ほどから、むしろ積極的によい文化をつくり上げる、あるいはよい教育というものを盛り上げるということを申し上げました。しかし、そのほかにも随時各方面の方々と話し合いながらこういうことについて努力を重ねていくということが大事であると思います。また、私の考えでは、もちろん文部省も努力をいたすべきでありますが、実はすでにテレビ局やあるいはマスコミュニケーションの関係の中で、こういうことをどうしていくべきであるかというような番組審議会などの方々も、いろいろ御苦労になっているわけでありますから、その御苦労というものを尊重いたしまして、そういう方々との協力のもとに、私は日本文化というものをでき得る限り建設的で理想に燃えたものにしていくようにしなければならないと考えております。
○戸塚進也君 やっぱり文部大臣ね、役所の中で、いろいろよりよくしていくようなことを検討をし、努力されることも大事。しかし、文部大臣のお立場の方が、あれは余りにも行き過ぎではないか、表現の自由、もちろんこれを強制的にやめさせるわけじゃないけれども、ひとつ子供のことを考えて、考えてくださいよということを、あらゆる機関に向かってお話しなされば、これは私は良識あるそれぞれの方々がきっと自粛してもらえると思うんです。そういうことはやっぱり大臣が積極的に乗り出していただくということが大事だと思いますから、これ以上答弁は求めませんが、ぜひ努力をしていただきたいと思います。 最後に、二点伺って終わりますが、一点は、大臣は、学校教育の中でいわゆる全人教育、これは前大臣のころから大分国家的にもいろんな場合に出てきたわけですが、たまたま玉川学園の小原先生のように、学問偏重ではいけないと、学問だけじゃない、たとえば道徳とか、あるいは芸術とか体育とか、あるいは働く意識、労作とか、そういったような内容を教育の中に取り入れて、学問で人を評価してしまう、受験地獄の中で、ただ点数だけでもって物を判断する、こういうことはやめていくべきだということを主張されて、現にそういう教育をしている方もあるわけですね、たくさん。小原先生だけじゃない、ほかにもたくさんいらっしゃいます。そういう教育に対しては、文部大臣はどういう評価をしていらっしゃいますか。
○国務大臣(永井道雄君) 私は労作教育とか、あるいは生活実践に基づく教育というものは非常に意味のあるものと考えております。
○戸塚進也君 それでは、最後にお尋ねいたしますが、そういう見地から、先般、参議院の予算委員会の集中審議の中で、わが党の斎藤十朗委員が、今後週休二日制に学校がなってきた場合、その一日というものを、ひとつ子供たちに最も有効に、しかも人間教育的に見ても価値あるものにするために、一日を奉仕作業の日にすると、あるいは何かそういう社会のために役に立つような、そういうことに子供たちが貢献できるような日にするということを提案して、文部大臣もそれは非常にいい考えだというようなことを御発言されておるわけでございますが、このことについて、まあ具体的にどのような方向で検討をされようとしているのか、これについてお尋ねいたします。
○国務大臣(永井道雄君) まあ週休二日制といいますか、学校五日制ということと関連すると思います。というのは、週休二日というのは先生方の問題で、これがどういう姿で実現するかということはまだはっきりはしていないわけです。また、場合によっては、週休二日になりましても、先生方が交代することによって学校六日という状況が続くかもしれません。そこで、あくまでも仮の、仮定の問題でございますが、仮にまあ学校五日になった場合、これはもちろん一方で、いまの受験体制の激化というものが緩和されなければいけないということがあります。で、具体的にそういうときにどういうふうになっていったら望ましいか。これは先生方の配置とかいろいろ考えなければならないんでありますが、実は文部省の方でも、学習指導要領の中で、すでに二年前なんですけれども、学校外の奉仕的活動というものにもつと力を入れてみてはどうかということを出しているわけです。そこで、学校によりましては、青少年の赤十字活動への参加というようなことをすでにやっているところがあるわけでございます。具体的に私は、まあどういうことを意味しているかということをただいまお尋ねになりましたので例を申し上げたわけです。そのほかクラブ活動とか、そういうクラブ活動の中にも、いろいろ社会のために役立つように仕事をしていく、そういうものがあるわけでございまして、まあ地域の社会的な福祉というものを増進していく上にいまの赤十字への参加——青少年赤十字です。年齢に応じた参加の仕方じゃないといけないと思いますが、例を申し上げますと、いまのようなことが、仮に学校五日というものが実現した場合には考えられ得る一つの方向ではなかろうかという意味で、先般参議院の委員会で発言した次第でございます。
○戸塚進也君 これは非常に建設的ないい意見だと思いますから、ぜひ実現ができるように努力をしていただきたいと思います。要するに、この少年自然の家が、仏つくって魂入れずにならないように、設置するからには本気で取り組んでいただいて、いい子供をつくるための施設にしていただくということ、そして同時に、国立青年の家等の充実。それからテレビの問題については、大臣の御発言もあったわけですから、ぜひひとつ子供たちに環境のよいテレビ番組であるように、前向きに努力していただきたいということ等を要望して私の質問を終わりますが、実は、それに関連して中村委員から一言だけ関連質疑があるようですから、委員長、できればお願いしたい。 終わります。
○中村太郎君 たまたまいい機会でございますから、ちょっとお伺いしておきたいというよりも、むしろ調査をしていただいて、この次の委員会あたりで御報告をいただきたい。その上に立って、質問の要があれば質問をするということにしていただきたいと思います。 初中局長、高井戸第二小学校で卒業式を二つやったということを御存じですか。
○政府委員(安嶋彌君) 新聞で読んだ記憶がございます。
○中村太郎君 その程度ですね。
○政府委員(安嶋彌君) はい。
○中村太郎君 実は私もきのう初めて見たんですけれども、四月十七日号の週刊新潮の中にこれが詳報されておるわけでございます。もともとこの学校は従来からいろいろなトラブルがありまして、校長、教頭と職員会の間にうまくいっていないということで、いろんな事件が起きているようでございます。ここにも書いてあるんですけれどもね。たとえば、夏休み中のプールの監督を学校長が依頼したところが、職員は全部これをボイコットしてしまった、こういう一件もあるようでございます。あるいはまた、運動会事件というのがあって、その学校が工事のため、学校のグラウンドが手狭になると考えた校長が、近くのNHKグラウンドを借りたと、このことを職員会議に諮らなかったから、職員は全部これに反対して、わざわざ二つのグラウンドに分けて運動会をやった。それから、就学児童の健康診断ボイコット、こんなことは学校の先生がやることじゃないんだということで、これも拒否してしまったというような問題。それから石炭ストーブ、これは、古い校舎は石炭ストーブを使っているんですけれども、石炭ストーブだとうんと手がかかるので石油にしてくれと要請をしたところが、実現しないために一切のもう石炭ストーブは使わないで、冬休みじゅう校長と教頭だけがこれをたいたと、先生方は全然手をかさないと、こういう一連の事件が載っているんですよ。ぜひこれは、実際このとおりなのかどうか、それからどういうところにそういう原因があるのか、都の教育委員会はこれに対してどういう措置をしたのか、問題はこのことが法律違反とかなんとかという問題ではなしに、これじゃ余りにも白け切っている。これは本当に心が通っていませんわ、血が通っていません。こんなことでは小学校の人間教育なんというのはゼロです。私は大変重大な問題だと思いますので、十分調査をしていただいて、この次のこういう委員会で御報告をしていただきたいと思います。要望しておきます。
○委員長(加藤武徳君) ちょっと速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(加藤武徳君) 速記を起こしてください。 暫時休憩いたします。 午後四時三十一分休憩 —————・————— 午後五時二十三分開会
○委員長(加藤武徳君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。 本日の審査はこの程度にとどめまして、これで散会いたします。 午後五時二十四分散会 —————・—————