大蔵委員会公聴会 第1号
- 発言数
- 109 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1975/06/20
会議録
○委員長(桧垣徳太郎君) ただいまから大蔵委員会公聴会を開会いたします。 本日は、酒税法の一部を改正する法律案及び製造たばこ定価法の一部を改正する法律案につきまして、午前三名、午後三名の公述人の方々から御意見を伺います。 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 皆様には御多忙のところ御出席をいただき、まことにありがとうございました。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本案審査の参考にしたいと存じております。 これより午前の公述人の方々に順次御意見をお述べ願うのでありますが、議事の進行上、お一人十五分程度でお述べ願い、公述人の方々の御意見の陳述が全部終わりました後、委員の質疑を行うことといたしますので、御了承願います。 それでは、肥後公述人にお願いをいたします。
○公述人(肥後和夫君) 成蹊大学の肥後でございます。今回の政府提案の酒税及び製造たばこ定価の改定につきまして所見を述べたいと存じます。 結論を先に申し上げますと、今回の政府提案の改定はやむを得ないものと考えます。 改定の是非につきましては、わが国の税体系の中に占める酒、たばこの位置づけという税制面からの検討と、それから他面、改正が国民生活及び関係業界に及ぼす影響の検討という二つの面から考えてみる必要があると思います。 わが国の税制は、申すまでもございませんが、景気感能性の高い所得税、法人税を中心に、直接税の比重のきわめて大きな税制になっております。一般に、直接税は負担の公平を図る上で望ましい税金であり、逆に間接税は低所得層に大きな負担のかかる逆進性の強い税金であるから望ましくないというふうに言われているわけですが、残念ながら負担能力を計る尺度としての所得というものを実際に税金の面でどのようにつかまえるかという点ではかなり技術上あるいは社会上の困難性があるということは否定できない事実であると思います。そのようなわけで、別に担税能力の尺度として消費を基準とする税を設けることの理由もある程度正当化されざるを得ないと思います。消費課税は逆進税でありますから、当然その点のマイナス面は持つわけでございますが、これはやはり支出の面で国民の福祉に役立つように使うということで、取る方と支出する方の全体を合わせて穏当な効果が出るように考慮するというのが適当かと考える次第でございます。 わが国の消費税の特徴は、個別消費税でありまして、かつ、特殊のものを除きますと従量税としての性格が強いことは、周知のとおりであります。したがいまして、所得水準が上昇しまして消費が高度多様化する場合とか、ここ数年のように激しい物価上昇に当面したしました場合、随時弾力的な見直しが必要でありまして、それがおくれますと、必要な政府支出の伸びを賄う税収を確保できないという難点が出てまいりますし、あわせて税体系が混乱するという面も無視できないわけでございます。このような間接税の問題点は政府の税制調査会の答申でもしばしば指摘されているところでございますけれども、私もこれは妥当な見解ではなかろうかと考えている次第でございます。 このような観点から見ました場合、今回の改定は四十三年以来据え置かれておりました酒とたばこの値段の部分的な見直しをするということに尽きているわけでございまして、そのような面で私はやむを得ないのではなかろうかと考えざるを得ないわけでございます。 酒税につきましては、一部の高級酒を除きまして、等級別の従量税率を採用しているわけでございますが、清酒二級、合成酒、しょうちゅう、ウイスキー二級酒等々は据え置かれておりますし、かつ、今回の増税によっても、四十三年水準の小売価格に占める酒税の割合、つまり負担率に比べまして、大部分がかなりそこまでいっていないわけでございます。そういう意味で部分的な改定になっております。 たばこにつきましても、原材料費、人件費等の値上がりによりまして専売納付金が大幅に減少しております。個人消費支出中に占めるたばこ消費の割合も、四十三年度二・六%から現在一・七%程度に低下し、今回の改定によりましても一・九%に上昇するにすぎないとされているわけでございます。また、外国に比べましても、たばこ事業の納付率あるいは税率は平均してかなり低いように思われます。 たばこと酒は、生活必需品というよりは、むしろ特殊な嗜好品と見るべきでありましょうし、企画庁の一応推算によりましても、今回の改定による消費者物価への影響は、酒税〇・一%、たばこ〇・六%程度のものとなっております。もちろん、たとえば私も現在セブンスターを吸っておりますが、セブンスターが今回の改定によって私のふところにどのぐらい響くかということは、ある程度すぐに計算されるわけでございまして、私自身の負担感と申すよりも、これがかなり負担にならないというふうには必ずしも言えないわけでございますけれども、これまでの要するに四十三年からこの方据え置かれてきて、本年度においていろいろの財政事情からどうにものっぴきならなくなった段階でのやむにやまれぬ改定である、むしろ本来ならばもっと随時に適切な見直しをすべきであったしわ寄せが今回来ているものであるという点を考えまして、やむを得なかろうというふうに考えている次第でございます。 このようなことで、一応政府の提案に賛成の所見を述べたいと思います。 —————————————
○委員長(桧垣徳太郎君) 次に、勝部公述人にお願いをいたします。
○公述人(勝部欣一君) ただいま委員長から御指名ありました、私は日本生活協同組合連合会の勝部でございます。酒税の引き上げの問題とたばこの値上げ問題のこの二つの関係する法案につきまして、私はその値上げには反対であるという立場から意見の公述をさしていただきたいというぐあいに考えます。 その理由の第一は、やはり税の負担の持っていき方の問題ということが基本であるというぐあいに考えておりますが、特に、世界的な不況がこれからも相当長期化するというそういう見通しの中で経済の基本的な政策というものをどうしても変えなければならぬということで、そういう中におきましては従来のさまざまな財政構造の問題につきましても基本的な考え方を変えていくということが必要であり、その方向はやはり福祉型の基本を踏まえていくということが根幹になっていくのじゃないかというぐあいに考えるわけでございます。スウェーデン等の北欧の国等を見ましても、もちろん間接税等もございますけれども、やはり基本的には負担能力のある者が直接税を多く負担していくという方向で税体系が組み立てられている。そして、日本でも近く老人が相当人口が多くなるということが目に見えてきているわけでございますから、そういう点でのいわゆる福祉支出というものは相当ふえていくだろうと、そういうことを前提として、そういう人たちは税の負担ということは現実的にできない。したがって、そこに間接税をよけいに賦課していくというようなことも考え方ではやはり成り立っていかないのじゃないかと、このように考えるわけでございます。そういう点で、特に間接税あるいは付加価値税的な問題がいろいろとそれをふやすべきだという御論議が政府の中にもあるようでございますけれども、そういう考え方でなくて、基本的には弱者への負担が重くならないという方向で、すなわちまた逆に言えば、負担能力のある者が直接税をよけいに負担をするというそういうことでいくべきじゃないだろうか。そういう立場からも、今度の酒並びにたばこの税金の値上げ、実際はたばこの場合には専売収入でございますけれども中身は国家の収入になるわけでございますから、そういう点での引き上げにつきましては、そういうことはすべきでないだろうという立場に立つわけでございます。 それから法人税等の問題につきましても、先ほど申しましたようなこれからの不況下の経済——従来成長下の経済では、相当の設備投資が行われて、それに対する減価償却率というものにつきましても定率法を多く採用する、また、いろいろ租税特別措置等によりましてさまざまな企業内の蓄積の恩典というものが多く存在したわけでございますが、低成長になっていくということであるならば、そういうような税体系、特に減価償却なんというものは大変大きな率を企業内の会計の中で占めるわけでございまして、減価償却をいままで相当過大に損金として計上できたわけでございますが、そういうような問題点は根本的に改めていくべき方向でないだろうか。そういう点での税体系の見直しということをまず第一優先的にやるべきであって、ことしは特に財源が非常に不足であるというそういうお話の中から酒なりたばこの問題も出てきているというぐあいに伺っていますが、そういうようなことでなくして、もっと基本的な税体系の根幹からこの問題は考えて、そういうところにおきまする負担をふやしていく。これからは成長政策はとらないわけでございますから、そういう点ではいわゆる設備投資も少なくなるということで考えていけば、減価償却をよけいに多くする必要はない。そういうことの根幹を持って、そういう点から税体系の見直しなりあるいは税務上の指導ということをすべきじゃないだろうかと考えるわけであります。これは、私どもの小さな消費者がまとまって運営しております生協の場合におきましても、余り成長する必要がないとか、あるいは経営が、いまの一般企業もそうでございますが、全体によくないというような場合におきましては、当然税務署の了解を得まして減価償却を定率法から定額法に変えるというようなことは実際に行っていることでございまして、そういうような問題点がそこでもってずいぶん大きく差が出るということが小さな経営の中でも私どもよくわかっていることでございまして、そういうような問題点も大きく洗い直しするということも含めまして、それでがんばってどうしてもという問題でないと、特に酒やたばこといったような大衆が毎日毎日それをささやかな楽しみにしましてのんでいるものが目に見えて上がるということは、国の政治なり行政なりに対する不信感を増すという以外の何ものでもないのじゃないかと、そういうところをひとつ税体系全体の問題の中からぜひお考えいただきたいというぐあいに考えます。 それでまた、いまの物価の問題から言いまして、私ども具体的に家計簿の活動等の指導をしておりましてわかっておりますが、実際上何かインフレがとまってきているというようなぐあいな印象がございますけれども、決してそうではなくて、総理府の統計でも実際に四月、五月と物価は上昇を続けている、四月段階でもやはり対前月比二・二%上がるというようなことが現にあるわけでございまして、私どもいまの状況から言いますと、特にこれから酒、たばこをはじめとする公共的な料金というものが、これから米もある、麦もある、それから鉄道運賃の問題もある、その他さまざまな問題、あるいは最近では灯油の問題もどうしても上がるような傾向が出てきているというような、そういう生活物資が軒並みに上がるというような問題の中から、それはひいては全体のやはりまたインフレーションが起きるのじゃないかということが私どもの主婦、組合員の中で非常に強い気持ちとなっていて、それを何とか抑えてもらう必要があるのじゃないかということでございます。また大きな鉄鋼をはじめとする基幹産業の卸価格も上げるというような話が出てきている。そういうような話をみんなびくびくしながらいま聞いているというのがいまの一般大衆の状況でございます。そういう中で、特にたばこの方なんかは大変大きな率の値上げがあるわけでございます。一般品におきまして五〇%ぐらいの値上げということでありますと、これのいわゆるインフレマインドの波及効果といいますか、それは大変大きなものがあるのじゃないだろうか。そういうところで政府が少なくとも一けた以内に物価を押さえると、これは実際上福田副総理が経企庁長官に就任されたときに私ども消費者団体で一緒に行きまして、そこでも一番最初にお約束を聞いたのですが、責任をもって一〇%以下に下げるのだということをおっしゃっていたのですが、本当にそれを実行するということであるならば、政府が実際上調整できるそういう種類の公共料金というものは、どんなに問題があってもその単年度においての値上げ率は——私どもは値上げは基本的に反対ですけれども、どうしてもというような場合におきましても、単年度における値上げ問題というのは、いわゆる政府がガイドラインとして一〇%以内ということで言っているのならば、その単年度におけるものはそれ以内にすべきだ。そして、そういうのじゃなければ、政府が五〇%も上げたじゃないかと、だからほかの物だって上げたっていいじゃないかというのがいままでずっとインフレを加重的に増してきた基本じゃないだろうか。そういう点での調節をする能力が政府という公共料金にはあるわけですから、そういうところを本当にやるならばそういうことをちゃんとやるべきだ。そうじゃないと、国民はやはり信用できないということがあると思います。そういうところを一番大きくこの問題につきましてはいま大衆が非常に強く感じているということを直接先生方にぜひわかっていただきたいというぐあいに思います。 ただ、酒の場合におきましては、二級酒は上げないということはこれは良心の一つというぐあいに思いまして、その点はいいなというぐあいに思いますけれども、どうしてか不思議なことには私ども実際に取り扱っておりますところから報告を聞きますと、近ごろ二級酒の供給が減っていると。これはどういうわけだかよくわかりません、実際上。出荷の方から見まして減っているということがございまして、去年五〇%ぐらいの出荷率が四〇%ぐらいに減っている。これはどうもよくわかりませんが、大衆がぜいたくになったのか、あるいは意識的にそういうようなものはあまり使わぬというぐあいにしているのか、そういうふうな問題があるわけでございます。 実際上また酒の問題について申しますと、特にビールの問題の値上げの影響というものは非常に影響が大きいのじゃないか。これは特にビールは二二%のアップで、しかも租税負担率が約半分であるということから、約半分までいきません、四二%ぐらいでございますが、それはビールは特に大衆的に利用も多いわけでございますから、そういうところから、十五円ぐらい一本について上がりますと、それは非常に目に見えて大衆が上がったなあと、しゃくにさわるということを気持ちとして持つというぐあいに思います。 ビールにつきましても、あるいは酒につきましても、流通の問題ではいろいろ独禁法上の問題が問題になっておりまして、そこら辺でいろいろな価格が本当に自由なのかどうなのかというところは大変大きな問題が日常存在をしておりまして、この税率のアップの問題と、それからもう一つは、片っ方で麒麟は値上げしないでほかのものが先に上げる、朝日なりサッポロが上げるという問題との関係で、なかなか麒麟の方が上がってこないものですから、卸の方は自主的に十円アップをしてしまう、六月から実際にしておるのですが、そんなようなことがやられている。どうもここら辺もわれわれ非常に納得がいきがたい問題で、まあ税金がいろいろ上がってもその辺は酒の原価計算の問題という点はなかなかわれわれ追及してもいろいろな問題がある。もう少し自由な競争がいろいろあるならば、酒の税金がたとえ上がっても、そこでの吸収の問題もこの競争の中で出てくることができるのじゃないかというような問題もあります。そういうようなことも含めまして、ただ、税金が上がったということは業界にとってはもうはっきりとした理由がつきますから、自由競争の問題というのが基本だというぐあいにしましても、やはりその分だけはぱっと上がるだろうということで考えているわけでございます。そういう点で大変問題があるということを思っています。 それから最後に、時間が少し超過して申しわけありませんが、酒の流通なり免許の問題につきましていろいろ問題があるということについて若干申し上げておきたいと思いますが、酒の免許の問題は薬事法の関係で実は距離制限の問題は違憲であるというそういう判決が最高裁から出たというところから、従来私どもいろいろと酒の免許の問題については、まあ野放しということはいかぬと思いますけれども、ある程度自由に資格条件がそろったら許可していいのじゃないかということをいろいろ申し上げていたのですが、なかなか距離制限の問題なり、資格の問題なり、あるいは実際上の業界の了解というような問題がいろいろ問題になる、あるいは実際に酒をどのくらいで売るのかというようなところが実際上の問題になるというようなことがさまざまあった問題で、長年非常に苦しんできたわけでございます。私どもとしては、実際上もちろん原価を切って売るなんというようなことはよくないだろうと思いますが、その原価自身についてこれは非常な多くの疑惑があるというぐあいにわれわれは考えております。そういう点で、私どもは、実際上の問題として、中小の醸造元から直接入れた場合はどういうぐあいになるかということについて現実の実践行動の中でその原価問題について実際行動の中から追及するというようなことをしておりますが、実際現在でも二級酒が私どもでは六百八十円ぐらいで消費者が受けられている。一般では九百三十円ぐらいでございます。一級酒では私どもは九百二十円で一般が千二百五十円、特級では私どもが千百七十円で一般が千五百七十円というようなことになっていると思いますが、その一般の方の価格におきましてこれは非常に弾力性がないというような問題が大きいと思います。こういうようなこともいろいろと酒税の問題でございますけれども、そこの中で酒税がどれだけ消費者価格に影響するかという問題につきまして、私どもは、何といいますか、いろいろな原価の上から言ったら、ばあっと酒税が上がってもある程度負担が小売段階、卸段階、醸造元というものの全体の中で吸収もできる道もあるのじゃないかということさえいま考えるわけでありますが、しかし、税金が上がったということであれば、先ほど申しましたように、やはりその分だけは消費者価格へずばり転嫁してくるだろうと、こういうぐあいに予想するわけでございまして、そういう立場からも絶対に反対であるというそういう考え方を持つわけでございます。 若干時間が超過して恐縮でございましたが、以上の立場から私はこの二つの値上げ問題につきまして反対であるという立場から参考意見を述べた次第でございます。 —————————————
○委員長(桧垣徳太郎君) 次に、木下公述人にお願いをいたします。
○公述人(木下和夫君) ただいま御紹介にあずかりました木下でございます。御指名によりまして酒税法の一部を改正する法律案並びに製造たばこ定価法の一部を改正する法律案の両案について私見を申し述べます。 まず、酒税についてでございますが、申すまでもなく酒税の税率はその大部分が従量税率によっておりますために、所得及び物価水準の急激な上昇期におきましてはその租税負担が実情に見合ったものとなるようにこれを見直す必要があるわけであります。こういう考え方の背後には幾つかの事実認識ないしは論拠というものがあると思われますが、その論拠の第一点は、仮に酒税が従価税率でありますならば、酒類の価格が上昇した場合、税額も当然上昇いたしまして、基準となる時点と比較いたしまして酒税の負担率は不変に保たれるわけであります。ところが、現在のように従量税率の場合には、基準となる時点の租税負担率はおよそ自動的に低下していくという事実がございます。第二点は、いま申し上げました事実に基づきまして間接消費税体系における酒税の比重あるいは税収総額に占める酒税の比重等がことに著しく低下するということは好ましくない。すなわち、国税あるいは地方税を含めて税制の全体系に占める酒税の占めるべき地位を維持するという立場に立つならば、税率を引き上げて調整を行うべきであるという議論が出てまいるかと存じます。 ところで、この意見の第一点の事実認識、すなわち大部分が従量税率によっておる場合には自動的に税負担率が下がってくるという事実の認識についてはだれしも異存はないと思うわけでありますが、第二点に申し上げました酒税が税制全体あるいは間接税の中に占める割合あるいは比重というものを現在の線で維持するよりもむしろこれを引き下げろという意見もあり得るかと思います。現在の線で維持するか、あるいはこれを比重を下げるかということについては、それぞれさまざまな御意見もあるかと存じます。そこで、もし酒税の地位というものを税体系の中で下げる、言いかえれば税率の調整には反対だという御意見を御採用になります場合には、その場合にはまず酒税の部分についてばかりでなく酒税を含めた酒類の一般の価格そのものがほかのさまざまの消費財サービスに比べて低く抑えられるべきだという点についての納得ある説明がなされるべきであります。すなわち、一般の財貨サービスの価格に比べて酒類の価格が低く保たれるべきだという説得のある論拠というものが提示される必要があろうかと存ずるわけであります。また、酒税の収入が国税収入に占める割合とかあるいは間接税収入に占める割合というような比率自体は、これは私の考えでは単なるめどでございまして、特定のパーセンテージに合致しなければならないというものではございません。しかし、国際比較の参考資料というものがしばしば提出されますが、これはある程度一応のめどになると思われます。ただ、わが国の場合の議論をいたします場合には、わが国における過去の基準時点との比較でこの比重を著しく低下させるということは、従量税制度のゆえにこれは放置していくわけにはいかないという考え方が当然出てきますし、もし引き下げるとするならば、かわり財源というものの内容をはっきり提示して提案をしなければならないということになろうかと存じます。 いま申し上げました第一の論拠は、再び繰り返して申しますれば、酒税を含めて、あるいは酒税のみならず、酒類の総体価格を低く抑え込むということにどのような意味を持たせるかという議論が依然として残っております。これは、一言にして申しますれば、私は、物価上昇の場合に個別価格あるいは個別の物品の値段を抑え込むという方法は、狂乱といわれましたような物価上昇の折には臨時的一時的には必要であろうかと思いますが、それ以外のときには行うべき正統的な経済政策の線には乗らない、こういう考え方は正しくないと思います。 また、第二の点で、酒税の国税に占める比重、あるいは間接税体系の中に占める比重を抑え込むという議論の場合には、先ほども申しましたように、かわり財源の考え方というものが出てこなければなりませんが、それと同時に、当面われわれが直面しております昭和五十年度及び五十一年度の税収見通しが不況のためにきわめて暗い、また不安定である、他方において歳出増の要請というものはますます強大化していくということを考えますと、財政のやりくりとしては少なくともさしあたりこの比重を引き下げるべきだという議論はそれほど説得的であろうとは思いません。 今回の改正案の中身を検討いたしますと、第一には、増税によるところの酒類の価格上昇はやむを得ないと判断しております。これは全額転嫁されることを予想して税制の改正を考えておる。それから第二には、酒税による税収増千七十億円程度というものは、これは現在の財政のやりくり上は必要不可欠であると考えておるということ。しかも、第三番目に、内容的には清酒二級、合成清酒、しょうちゅう等については税率を据え置くという措置がとられているということ。言いかえれば、大衆酒の税負担をふやさないというたてまえが配慮されておるということ。これらの点を考慮いたしまして、全体としてはやむを得ない引き上げ案であろうと思うわけであります。 次に、たばこ定価法の改正についてでありますが、基本的に見まして酒税のような間接消費税とは違いまして、公共企業体としての専売公社が経営上必要な資金を確保するとともに、財政専売のために公共企業体として従来どおり国及び地方公共団体に対する財政的寄与を行っていくためには、最近の著しいコスト上昇を考慮いたしますと、小売価格を許し得る範囲内において引き上げることは私は必要であると考えます。そこで、この許し得る、許容できる程度あるいは範囲ということにつきまして、議論は恐らく主観的な判断にゆだねられざるを得ません。ここでは客観的な判断というのはなかなか出にくいわけであります。ただ、昭和四十三年以来の定価据え置きという事実は、私どもの重要な一つの判断材料と考えられてしかるべきだと思います。また、専売と民営との形態は国によって異なりますけれども、たばこの価格は、皆さんも実際に御体験なさったと思いますが、欧米諸国に比べてわが国の場合は相対的にかなり低いということは明らかであります。かつ、税あるいはこれに該当する分も欧米諸国の二分の一ないし三分の一にとどまるのではないかと思います。また、益金率のあり方についても、すでに御論議がさまざまあったと思いますが、一定の比率、たとえば六〇%をめぐってさまざまの御議論があったことと思いますが、先ほど申し述べましたような公共企業体としての専売公社の特性から見まして、ああいう比率は一応のめどにしかすぎないと思います。今回の改正案で値上げの幅が、たとえば紙巻きたばこで二十本で五十円ないし六十円、平均して四八%アップだと、これはいかにも大きいということを言われますし、また事実そのような印象はきわめて強烈でございます。しかし、下級の銘柄すなわち大衆たばこにつきましては、二十八本について二十円程度の値上がりでありまして、そのほか、各種のたばこについて一級品から二級品あるいは三級品についてそれぞれ差率を設けておるということは正当に評価をしたいと思います。 終わりに、酒、たばこ等の嗜好品一般に対する課税の存在理由について意見を申し述べたいと思います。これらの酒やたばこというような嗜好品的な消費財に高率の消費税が課せられるのは、程度の差はあれ、多くの国において共通の事実であります。その租税理論上の論拠というものは、結論的に申し上げますればペナルティー課税、一種の罰金課税というような考え方に立っております。むしろそう考えざるを得ないと言った方が正しいかもしれません。すなわち、酒の消費にせよ、たばこの消費にせよ、社会の人々に、吸わない人、飲まない人に対してかなりの迷惑をかける。経済学的な言葉を使いますれば、非常に大きな外部経済をもたらす。これは社会全体の利益に反する性質を持っておる。したがって、それらの消費を抑制するための課税と理解するほかはないのであります。試みに先生方にお願いをしたいのでありますが、経済学とか経済政策とか財政に関する内外の重要な著作を御参照いただければ、このような議論がかなり多いということが言えます。もちろん、たばこやアルコールに対する課税は、その原始的な形態において、また中世のヨーロッパにおける歴史的事実におきましては、奢侈品に対する課税、あるいは所得税等の直接税が創設されます以前の間接税中心の時代の主要税目の一つであったわけでありまして、現代においてはこのような考え方はそのまま採用することはできません。現代では、さきに述べましたように、理論的には消費抑制ないし禁止を主な目的とする一種のペナルティー課税であると観念する以外にはないのであります。そうしますと、税率は高い率であるほど望ましいということになり、そこには租税負担の公平という論議が入る余地はきわめて狭くなってまいります。さらに、消費者が減少して消費を減らす、その結果税収が減るということは、国家としてはむしろ所期の目的であり、望ましいことだという議論が少なくとも理論的には出てまいらざるを得ません。しかし、それは理論でありまして、現実には酒、たばこのような嗜好品につきましても依然としてこれはあくまで生活必需品だという面を強調される考え方があります。また、家計支出の調査の結果を見ますと、むしろ相対的に所得の低い人々がたばこや酒を多くたしなんでいるという事実もございます。間接税一般の負担の分布を調べてまいります場合に、たばこ及び酒に対する税負担を除外しますと、大体比例的な負担率になっておりますが、酒、たばこを入れますと急速に逆進的な性質が出てくる。これはまさに相対的に低い所得層が多くたばこや酒をたしなむという事実を裏書きしております。この後ろにある理由というものを検討したことがございますが、実はなかなか複雑でわかりません。所得が高くなり年齢が高くなれば、したがって健康の維持に注意をなさる。あるいは酒は決して自分でお買いにならないのかもしれません。お飲みになってもみずからの消費支出の一項目に入らないのかもしれません。さまざまな理由が複合してこのような状況になっておると思いますが、その結果、酒、たばこに対する租税負担の配分は逆進性を持つことにならざるを得ないのであります。したがって、実際的な税制のあり方としては、前に述べましたこの税の本質論から若干後退せざるを得ない。すなわち、高級品重課と大衆品軽課という方法を併用せざるを得ないと思います。しかし、たばこや酒に対する税は、塩やしょうゆに対するかつて中世にありましたような税とは全く意味が違います。ある程度税率が高くなってもやむを得ないのではないか。たとえば平均的な物品税の税率よりも酒やたばこに対する税率はやや高くなっても仕方がないのではないかと思います。また、逆進性の議論というものが論議のかなりの部分を占めると思いますが、この問題は個々の税目について個別に論ずるよりも租税体系全体の中で行わるべきであろうと思います。かつ、所得税というものがいかにすぐれた公平の理想にかなう税であるとしても、それでは所得税だけで税体系を構成するかというと、これは現実論としては全く成立いたしません。御承知のように、現在どの国でも複税制度というものをとっておりますのは、これらの所得税や直接税の長所というものが必ずしも完全に発揮されないという事実を示しておると思います。したがって、租税体系の中にある程度の間接税を配置していくということは、これはやむを得ないことでありますし、直接税中心の国でもそうであり、むしろヨーロッパ諸国では間接税のウエートの方が直接税のウエートよりも著しく高くなっておるというのは、ヨーロッパの納税者の平均的な意識、国情の特異性というようなものもさることながら、税の理論と実際との間のギャップというものを解決しようとしておる努力のあらわれと見たいと思います。さらに、逆進性の論理というものは、歳入面だけではなくて、財政を通ずる歳出面の問題をもあわせ考慮していただきたいと思います。そうしますと、飲酒や喫煙から徴収された税収が、これは目的税ではないにしても、社会的なバランスを達成するために使われますならば、考え方もまた変わってくるのではないかと思います。この点にまさに先生方の歳出予算に関する御審議に期待する理由があるわけでありますが、要するに、間接税に対するいままでの長い間の既成通念というものを今日なおそのまま持ち続けるということは、社会全体のための判断という点に立ちますと、必ずしも正しいとは言い切れないのであります。 ————————————— 以上、酒税法並びに製造たばこ定価法の一部を改正する法律案に賛成の意見を表明いたします。
○委員長(桧垣徳太郎君) 以上で公述人各位の御意見の陳述を終わりました。 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言願います。
○辻一彦君 最初に、肥後先生と木下先生にちょっと一般的なことですが二、三お伺いしたいと思います。いずれも税制の御専門のようでありますので、論議の前提として二、三点お伺いしたいと思います。 一つは、酒やたばこのような値上げによりまして間接税の増税によって税収の増加を図っていくと、こういう方向は大衆課税の方向として望ましくないのじゃないか。こういう観点から考えて、わが国の直接税中心の税体系というものはこれからとも維持されなくてはならないとは思いますが、この点どうお考えであろうか、これが第一であります。 それからもう一つは、いま間接税の問題に絡んで増税に関して付加価値税導入がずいぶん云々されております。これについてどういうようにお考えになっておるか。 もう一つは、低成長経済の中ではいままでのような巨額の自然増収が期待をされない。先ほどもお話がありました減税財源の不足ということもありますし、そういう点から減税は小規模。そこで、財源対策としての増税対策が、たとえばいま企業に対する租税特別措置法の廃止、あるいは広告税、ギャンブル税の新設等々がいま言われておりますが、これらについて具体的にどういう項目が考えられるか。 この三点をまず冒頭に一応お聞きをいたしたいと思います。
○公述人(肥後和夫君) 最初に辻先生の第三点目の御質問をちょっと確認さしていただけませんでしょうか。——それじゃ、第一点、第二点を申し上げまして、それで三点目はちょっと私よくフォローできなかったのですけれども、またそこで伺いたいと思います。 まず、税体系の中で間接税の位置づけをどういうふうに考えるかという点でございますが、先ほども申しましたように、私も一応当初は所得税を中心としましてそれに法人税と相続税ないしは経常的な富裕税をつなげたいわゆる累進的な直接税体系を理想としているものでございますけれども、実際の税制の場合にはやはりそれがどのぐらい実行できるかという点も考えなくちゃならないと思うのですが、そういう点で私は現在どうしても無視できない直接所得課税のいわゆるクロヨンと言われる問題にぶつかってくるわけでございまして、あるいはそのクロヨンの問題だけじゃなくて、およそ直接に課税する上についてはいろいろな抵抗もあるのだろうと思います。それで、そういう面でどうしても要するに消費を負担能力の尺度とする税を補完税として取り入れなければならないのじゃないか。それで、そこに生じますいろいろな、たとえば低所得層と申しますけれども、低所得層と一応税務統計上言われている所得層の中には、かなり富裕な独身者、要するに親がかりでかなり自由に自分の収入を使えている単身者が入っているわけでございまして、こういう人たちの担税能力は累進的な所得課税ではとらえられないわけでございますから、やはり消費を負担能力の尺度とする消費税を加えまして、そして最後にこれは支出の面で全体を調整していくというふうな考え方をとる必要があろうかと思っております。要するに、一つの税を理想的に追求するということは不可能でございまして、いろいろな税を組み合わせ、それからあわせてそれを使う面の効果も考慮して全体を評価していくというふうな考え方をとらざるを得ないと思っております。 それから第二点の付加価値税の導入についてどう考えるかという御質問でございますけれども、この点は私前に参考人として意見を申し上げたこともございますが、付加価値税はやはり何といっても逆進性というのは否定できないのじゃないかという意見もありますし、あるいは大体消費にある程度は比例するし、かなり逆進性をカバーできるような措置もできるのじゃないかというような意見もあります。また、イギリスあたりですと、付加価値税の導入に相当なコストがかかったというような報告も聞いております。それからヨーロッパではすでに取引高税ないし売上税と総合消費税があって、それを付加価値税に変えたのだと。ところが、日本の場合には、御報告申し上げましたように、個別消費税体系をとっておりまして、まあ取引高税は戦後一時短期間導入されただけでございますので新しい消費課税体系のかなり大きな改革になる、だから慎重に考えなくちゃならぬと、そういうことはあると思います。でございますので、間接税は逆進的なのではないかという社会のいろいろ疑惑あるいはためらいというものに十分こたえるためには、現在の直接税体系についてのいろいろな社会的な不公正の是正に努力する、現在の直接税体系の改善に努力することが第一必要であろうかと思いますが、先ほど第一点の御質問に関連して申し上げましたように、基本的に直接税だけで税体系を構築することが妥当だとは思いませんので、したがって、適当な間接税を配合しなければならない。その場合に、もし個別消費税をとるとしますと、一応所得水準が上昇していろいろ消費が高度多様化していったと、それを追っかけて生活必需品になったものは免税し、さらに新しく消費される高級品に課税をしていくというような見直しをしょっちゅうやらなければならない。あるいは現在のように物価が上昇する過程で絶えず従量税の改定をしていかなければならない。それがなかなかできないという現実を踏まえますと、もし税収が相当に今後必要になってくるという、まあこれは高福祉を目指す以上、しかも成長率が今後そう高いものを望めない以上、当然それは覚悟しなければならないわけでございますので、その段階ではやはり検討をしなければならなくなるのではなかろうか。本年度五十年度の予算でもたばこと酒で三千五、六百億の当初予算で増収を予定していられたようでございますが、所得税、法人税の伸びが当初予算ほどに期待できないとすれば、これはやはりどうしても必要になってくる、歳出面を一応維持確保しようとすればどうしても必要になってくるのじゃなかろうか。要するに、支出をすれば当然収入面の対策を考えなければなりませんので、そういう面でこの問題を避けて通れるかどうか、そういうようなところで私も目下いろいろと考えている最中でございます。非常にむずかしい面もある。しかし、前向きに必要と考えられるような事態も到来するのじゃなかろうかということも考えられ、そこでやはり相当検討しなければならないというふうに考えているわけでございます。 それから第三点については、どうも本当に申しわけないのですが、ちょっと注意がそれまして十分に先生の御質問の御趣旨をあれしませんでした。
○辻一彦君 要点だけ申し上げますと、歳入欠陥といいますか、財源が非常に不足してきていると、そういう中で増税の対策はいろいろ考えておるが、その一つに、たとえば企業に対する租税特別措置法の廃止、あるいは広告税、ギャンブル税等々が挙げられておりますが、具体的にどういう税目をお考えになるか、この点を簡単にお伺いいたしたい。木下先生、もし変わった意見があったら、後で聞かしていただけませんか。
○公述人(肥後和夫君) 法人関連課税につきましては、貸倒準備金あるいは価格変動準備金あるいは退職給与引当金等についてなお検討合理化する余地があるのじゃなかろうか。これは研究者の間でもいろいろ問題になっております。これらは今後検討していかなければならないのだろうと思います。その他の税につきましては、たとえば間接税等でいわゆる目的税等なお検討する余地はなかろうかというようなことは考えておりますが、それからあとは消費税、嗜好品課税あるいは個別物品課税でございますね。全体としては、おそらく成長率が下がりますと、それだけで負担率が上昇するという面もあると思いますが、支出の増加に対して全体を見た場合にそのあとどういうような税金を検討した方がいいかということは、いろいろ情報を集めて総合的に判断しませんと、いまここでなかなか即答申し上げる自信がないわけでございます。
○公述人(木下和夫君) ちょっと御質問に対してお答えいたします。 〔委員長退席、理事山崎五郎君着席〕 第一の直接税と間接税の比重に関する考え方でございますが、五十年度予算の当初ベースでわが国の場合、国税では七三・五%、他国はアメリカがもっともっと直接税の比重が高うございまして、大体九〇%近いウエートでございます。イギリスが六三%をやや超える。あと、ヨーロッパ諸国は、三〇とか、あるいは五〇とか、そこらであって、わが国の場合は、米国が直接税中心の最も極端なケースだとすれば、ヨーロッパと米国との中間に位すると思います。この望ましいあり方についての御質疑でございますが、直接税、間接税という区分の仕方は、私は必ずしも負担の正確なとらえ方としては適当ではないと思います。たとえば一例を挙げますと、法人税というようなものは、多くの場合、法人税は法人自体が払うんだと、法人を痛めつけるためには税率をアップすればよろしいというような考え方が一般には行われておりますけれども、私どもはそのように思いません。法人税は、少なくとも短期はだめであるとしても、中期あるいはかなり長い期間には、消費者、あるいはそこで雇っておる人たち、あるいは配当というようなものにさまざまな形で転嫁をしていくものと考えておりますので、法人税をそのまま直接税と見る、法人自体が払うんだという考え方は成立しないと思います。これは念のためにつけ加えておきますが、いわゆる法人擬制説とか法人実在説というような法人の社会的な意味あるいは法律上の概念とは全く違う経済学的な税負担の帰趨、どこに税負担が及ぶかという見地に立った判断でございます。したがいまして、直接税、間接税という割合だけでその税制の長短を議論するということはなかなかむずかしいということが第一の問題点でございます。 第二の付加価値税の導入に対してはどう考えるかということでございますが、私はECの付加価値税の実態調査を命ぜられてただたび調査をしました結果、最初は抵抗がございましたけれども、だんだん中身を知り、あるいは実態を知るにつれて、この税はある面では資本主義最後の税と言われておりますけれども、私は税としては非常にうまく仕組まれた税だと思います。それは、言いかえれば、全額転嫁をする、最終的には消費者に転嫁をするという税でありまして、個々の納税をする業者はすべて納税した分だけ次の段階の取引業者から受け取ることになっておりますので、そのような形に行政指導をし、そのような形の税法をつくれば、これは最終的に消費者が負担をすることになります。ただ、物価の上昇が激しい場合、あるいはこれに関するPRが十分でない場合、その他さまざまの条件によって、この導入ということは早急には企ててはいけないと思いますけれども、将来の課題として検討に値すると思います。 第三の低成長を前提として自然増収が期待されないという状況のもとにおいて収入の欠陥が出てくると、そういうときに新税としてはどういうものを考えるかという御質問であろうかと思いますが、私は、さしあたりは、御指摘のように、法人税におけるさまざまの特別措置を廃止していく。とりわけて引当金や準備金については検討の余地があると思います。ただ、しかし、特別措置というのは、そういう産業の振興を優先した時代の特別措置を廃止して、新たにまた、さまざまな要求を持った特別措置があらわれないように警戒をしなければならないと思います。いずれの時代にもこういう特殊の要求というものは非常に強くなるわけでありますから、一般的な議論としてそういう特別の措置はできるだけいかなる理由のものであっても抵抗をするということでなければならないと思います。この歳入欠陥を赤字国債で埋めるのか、あるいは増税で埋めるのかということは、これは選択の問題でありまして、私はむしろ赤字国債で埋めるというやり方の方が望ましいのではないかと思います。これは現状の経済に対する判断から来ております。ただ、御指摘のギャンブル税とか広告税については、私はつまびらかにお答えをすることはできませんが、特に広告税につきましては、いま、広告費の企業の支出というものが損金算入をされておりますならば、それを損金算入をやめて法人税を課税すれば、わざわざ広告税をつくらなくても広告に対する課税は行われることになろうかと思います。最も簡単な方法としてはそういう方法がある。しかし、ギャンブルにつきましては、私、試みたことはございませんし、内部の複雑な機構その他についても存じませんので、この税について賛成あるいは反対の議論を出すことは現在のところは不可能でございます。
○鈴木一弘君 肥後公述人に一つお伺いしたいのですが、先ほどもお話がありましたいわゆる特別消費税ということで従量税体系ですから、そうすると、物価が上昇する、価格が上がってくれば、当然変えなきゃならないということが起きてくるわけですけれども、しかし、それを、本来ならば、従量税も、今回の改正から見ましても、お酒の場合、一級と二級、一級と特級と差額がだんだん税負担で大きくなるわけです。そういうのを考えれば、本当はその間の一・五級とか、〇・五級というのをつくればいいのだろうと思うのですけれども、そういうことができないとなれば、もう当然従価税に変わってこなければならない時代じゃないか。長期税制答申の中にもそういうことが出ておりました。確かに、新しい品種を開発したり、多種多様なものをつくるというか、また、時代の要求に応じてつくっていくというようにもう従価税の方がやりやすいわけですし、そういうことがあれば、いろいろ物価急騰云々がありましても、急激に引き上げるとか、絶えず更新をしなきゃならないということは避けられるわけです。その点についての御意見をお伺いをしたいと思います。 〔理事山崎五郎君退席、委員長着席〕
○公述人(肥後和夫君) いま鈴木先生のおっしゃられましたように、私も物価上昇の過程で適切な消費課税が行われるためには従価制にすべきであると思います。まあ従価制にできない、なかなか移行できないなら、等級別の従量税でそれを絶えず見直していかなければならないと思いますが、できればやはり従価税にすべきであると思いますので、その点は鈴木先生と全く同意見でございます。
○鈴木一弘君 ありがとうございました。 次に、勝部公述人にお伺いしたいのですが、先ほどありましたお酒の小売免許の問題、憲法二十二条の点から、例の薬の場合にはあのようになってきましたですけれども、先ほどのお話の中である程度資格条件が整えばというのがございました。このある程度資格条件というのが、いままでの小売免許の場合でも、人的要件であるとかあるいはいろいろな要件が重なっております、距離制限とかですね、いろいろあるのでありますけれども、その内容をどんなふうにお考えなのか、それをちょっとお伺いしたいことと、いま一つは、いわゆる酒の小売の方からいろいろ生協に対しての話が出てきて、員外販売については二〇%以内に抑えた方がいいとか、そこまでは認めてもいいけれどもというか、いろいろな声が出ております。そういう点についてどういうような御意見をお持ちなのか、伺いたいと思うのでございます。
○公述人(勝部欣一君) いまの鈴木先生の御質問に対してお答えしたいと思いますが、第一点の免許の問題で基準を緩和すべきだという点を申し上げるのは、特に距離制限の問題が第一点でございます。その点は、薬があのようになった場合におきまして、やはりそれは酒の場合もそういう点で同じようにすべきじゃないだろうかというぐあいに考えています。実際上、メートルをはかって相当厳密にやっておるわけでございますが、実際上非常に町なんかが入り組んでいる場合につきましてそういうことが実際上効果としてあるのかどうかですね。酒が全体にまあ末端価格は基本的には自由なんだということであるならば、そこら辺は特に距離の問題ということは基本の問題としていくべきでなくて、やはりそこに自由の競争原理が働くようなそういう条件があれば、別に距離の問題ということはそれが何か特別な恩典的に与えられているというようなことであるということ自身はきわめて不自然だというぐあいに考えております。ただ、資格の問題として、現在、酒のいわゆる取扱経験者というような場合、あるいは食品をある一定期間やった者というようなもので、いろいろ一般酒それから雑酒等でまたいろいろな差別があるわけでございます、その点の免許のですね。そういう人がいるかどうかということが非常に免許の条件になっていますが、実際上、昔と違いまして、いま小口で分けていくというそういうことは、昔はたるから取ってあける。まあいまでもないわけではございませんけれども、そういうような何か特別な技術が要るというようなことは考えられないわけでございますね。ですから、そういう資格の問題もやはりそう厳密な問題じゃないのじゃないかというぐあいに考えています。ただ、酒税の確保というところの問題があるというところからいろいろ現在の免許の問題が非常に厳密であるということで考えれば、一つの経済的にきちんとしているかどうかというところがやはり基本じゃないか、そういうようなところの認定の問題がやはり基準として考えられていいのじゃないだろうかというように考えています。そういう点で、私どもは何もやたらめったら流通関係を乱していくというようなつもりでなくて、公正なものは何かということを追及する立場で従来からもやってまいっておりますので、そういうようなところの観点の中で、ただ、いろいろと免許の際に現在の基準の中でも資格要件をそろえましても、距離の問題からさまざまな経験の問題で資格をそろえましても、やはり価格の問題で余り安く売ってもらっては困るからその点で余り安売りはしないことを誓えといったような問題は事実行為として存在する。これはまあ一般的によくわかっていることでございますから申し上げるわけでございますが、そういったようなことで酒の末端価格は本当は自由なんだというそういうような観点では大分制限があると、そういうようなことが現実にある程度のそういう話し合いなり、場合によっては文書の形といったような問題で、特に価格の問題点についての話し合いができないと実際上なかなか免許がおりないという実情がございます。そういうような問題は、薬の免許制の問題について問題があのようになっていった場合において当然やっぱり洗い直しをされなければならない問題だ。ただし、具体的には酒の小売商の方も相当数が多うございますから、その問題点ではいろいろ社会的な責任なり、それから酒の小売商の弱い方のそういう問題点ということはいろいろあると思いますが、まあ消費者の方もとにかく安くてよい酒を飲みたいという気持ちの方がやはり非常に強いですから、やっぱりそういう消費者の方が数がはるかに多いわけですから、そういう立場で考えていただくべきだと思っています。 それから第二点の員外利用の問題は、現在生協あるいは農協等が酒の免許を得ます際に、現在の酒税法の立場から言いますと、だれにでも販売できるというそういう資格をまず取ってもらわないと免許の基準にならないというところがありまして、御存じのとおり消費生活協同組合法は員外利用を原則的に禁止して、行政庁が幾つかの基準の中で認める場合に員外利用の許可を認めると、こうなっているわけでございます。そういう点でこれはまあ米とかたばことかあるいは酒とかいう場合には許可をおろすということになっているわけでございますが、なかなか許可自身をめぐりましていろいろと問題があるということで、都道府県知事が許可を実際おろします際にいろいろとそこのところで問題が生じているというケースが多くなっているということでございます。ただ、ここでついでで大変恐縮でございますが、日本の消費生活協同組合法だけが世界じゅうあるいは日本の同じような非営利の協同組合法の中で員外利用が原則的に禁止されている唯一の法律でございまして、これは私どもとしては非常に平等性を欠くというぐあいに考えているわけでございます。そういう点で、何か、員外利用をしること自身は私どもの目的でございません。ただ、現在、私どもは組合員の中心の利用ということでございますが、その組合員もたまたま新しく組合に入ろうかと思って買いにくる人までチェックするということはいけないのじゃないか。その点は、自主的な組織でございますから、自発的な組織ということは法律でも明記されているわけでありますから、その点で特にそういう制限というものがあっては困るのだということが私どもの基本的な立場であって、特に最初から組合員以外の者をたくさん利用させるという目的でわれわれつくっているつもりもないし、運用上もその点は厳重にお互いに申し合わせておりますので、それが何かこう、特に私どもの方のある程度のそういう酒の問題等につきましてあるいは生協がいろいろ消費者の運動として行動しますことを抑える一つの問題としてこの員外利用の問題があって必要以上にクローズアップされているのじゃないか、このように実は考えているわけでございます。いろいろ国会でも御論議いただいている点でございますけれども、ぜひともそういうこととして御理解いただきたいと、そのように考えております。
○近藤忠孝君 肥後公述人と木下公述人にお伺いしますが、先ほどのお話で酒税等の税体系における一定の割合ということが出たわけでありますが、私は、社会の多様化、発展の中で、その割合が変わってきても一向におかしくない。たとえばずっと昔ですね、特に戦争時には高かった。そういう時期を反映しておったと思うのですが、これだけ社会が繁栄してまいりますと、この割合が減ってきても一向におかしくないし、また新たな税の負担の問題も出てきてしかるべきだろうと思いますけれども、それについてどうお考えかお伺いしたいと思います。特に木下公述人の場合には、先ほどのお話の中で、酒税が下がると、一般の価格の中で酒をそれだけ低く抑えることが妥当だという説得が必要だというお話でありましたけれども、そのお話と逆に、なぜ酒を高くしなければならないのかということも逆に説明が必要だろうと思うのですが、その点どうか。と同時に、ここではだれに対する説得的な説明であるのかということをお伺いしたいわけであります。
○公述人(肥後和夫君) 私はいま酒とたばこの問題でこういうふうに考えているのですけれども、一般の物価が上がっていく中で要するに酒とたばこの値上がり率が抑えられるということは相対的に酒とたばこの消費を奨励することになっているわけなんですが、酒とたばこの消費を奨励する積極的な理由があるのだろうか、まあそういうような感じで、本来もっとなだらかに——四十三年からいままで据え置くというようなことでなくて、もっとなだらかに随時見直してあればこういうこともなかったわけですが、やはり奨励することもないのじゃないだろうか、そういう意味で考えているのでございますけれども、実際問題といたしまして酒税の全体の税収の中に占めております比率は、たとえば戦前ですと一七・六%ぐらいでございますか、終戦直後二十五年頃で一八%、これが四十年度に一〇・七%になり、四十九年度で六・一%になり、現在は四・何%かになっているというような形で、近藤先生のおっしゃるように確かにウエートは下がっているわけですが、そんなに急激に無理に抑えて下げて、しかもそのために税収が非常に足りなくなっていろいろな必要な支出が抑えられるというようなことにまでする必要はあるのだろうか、そういうような感じで見ております。
○公述人(木下和夫君) 第一点の御質問は、酒税の国税に占める相対的比重あるいは間接税に占める比重というものは時代の変化とともに変わってもおかしくないということは、全くお説のとおりでございます。その変わるということの中には、減ることも含まれますし、ふえることも含まれると思います。この判断は、もっぱら歳出面の要請というものとの絡み、第二にはかわり財源との絡みということでお決めになるべきだろうと思います。 それから第二点、特に私に対する御質問として、酒類の価格の問題として考えると、税だけではなくて酒類の価格の問題として考えるということを述べましたので、その点についての御質疑であろうと思いますが、いま酒税の引き上げに対する反対論というものは、税の部分そのものに関する議論ももちろんございますけれども、価格がいままでより高くなるという次元で論議が行われておると思います。そういう意味で申し上げたわけでございます。 それでは、次には、なぜ酒類の価格を高くしなければならないかという点の答えが欲しいとおっしゃったわけでありますが、私は、高くするという意味を次のように解釈していただきたいわけであります。もろもろの価格が全体として一定の時点においては決まってまいりますが、その全体を価格体系というような言葉で申しますと、さまざまの財サービスの価格との相互関係を相対価格というふうにみなしますならば、その相対価格、すなわちほかの価格が非常に上がっておるというような状況のもとである品物の価格だけをそれほど上げない、そうすると相対価格が変化をするという意味で、私は酒だけをなぜ抑えておかなければならないか、あるいはたばこだけをなぜ抑えておかなければならないかという相対価格の変化という次元でお考えをいただきたいと思います。もし相対価格ということになりますと、ある品物が相対的に見てほかの品物よりも安いならば、そこへ消費が集中いたします。消費の動きがそのような形で行くことが国民経済全体から見て望ましいとお考えならば、私は、たばこや酒の価格はぐっと抑えておいて、酒やたばこの消費を奨励するという思想というものが後ろになければならないと思います。私は非常にむちゃくちゃに高くしろと言っているのではございません。相対価格の従来の価格体系において持っておった酒類の価格ぐらいの相対的な比重を新しい価格体系のもとでも持つべきではないか。それは結局価格引き上げということになろうかと思いますが、その程度のことを考えております。 それから最後の御質問は、だれに対する説明が必要かというようなことでございましたが、私は、第一には喫煙や飲酒をするところの消費者に対して説明をしなければならない。第二番目は、その価格を抑えて税を抑えるならば、そのかわりに財源を獲得する必要が生ずると思いますが、その場合は国民一般あるいは納税者——酒も飲まない、たばこも吸わない納税者に対して説明が要ると思います。 以上でございます。
○近藤忠孝君 それから勝部公述人にお伺いしますが、先ほどの酒の販売の問題ですが、特に生協などが扱っておるお酒はいわゆる銘柄物じゃなくて、かなり地方の安いお酒、中小メーカーがつくっている酒ですね。と同時に、中小メーカーが生協などに期待して売っているというこういう実情があると思うのですが、実際日本の各地のまあ別名では地酒ですね、これがそれぞれだんだん消えかかっている状況をどう把握していられるかどうか、これがまず一つの問題であります。 それからもう一つは、これは先ほどの鈴木委員の質問と関連いたしますけれども、私は、今日の酒販免許の問題は、たくさんもうすでに業者が免許されておりますが、そこに百貨店とかあるいは大スーパーがどんどん免許を受けて進出し、そのことがいままでの業者の経営に大きな影響をもたらしている、そこにやっぱり一番基本的な問題があるのじゃないかと思うのです。その中で生協の免許の問題も問題になっておって、生協としての免許を受けたいという要求と、そのことが酒の値段を下げていく上で一定の役割りを果たしていることは私は否定しないわけでありますけれども、しかし、生協の場合は、先ほど申し上げたスーパーや百貨店と違って、地域の業者の皆さんと十分話し合いをし納得を受けられる条件があるのじゃなかろうか。と同時に、生協の本来の目的は、また生協の体質から申しましても、そのことが百貨店やスーパーなどに比べて一番可能性があると思いますし、またそのことが今後生協が本当に本来の目的を達して生きていく上で必要じゃないかと思うのですが、その点どうお考えか、お聞きしたいと思います。
○公述人(勝部欣一君) いま近藤先生が言われましたこと、非常に大きな問題がたくさんあると思いますが、確かに私どもが提携しておりますのは、各地元の消費者の嗜好に合わせるというそういう趣旨から、特に地元の中小の醸造家を起用して、しかも同時に、その品質管理の問題、あるいは日付管理の問題、ラベル管理の問題等につきまして相当厳重な協同組合をつくらせまして、そしてそこで相互にいろいろ技術交流もさせる、そして、特に税金がそのうち何%入っているというような問題の表示まで含めまして具体的にその消費者に内容をわからせる、それからサリチル酸等の添加物なんかは早くなくなしていく、それでも実際上腐らないんだということをみんなにわからせるといったような、そういう運動を基本に置いた内容としてやってきたわけでございます。したがって、そういう趣旨に賛同する中小メーカーというのは当然われわれとしては多くさらに参加するものは起用していきたいという考え方を持っております。ただし、実際上、いま先生指摘されましたような本当の零細な醸造家というものは非常にいま苦しんできている。それで、しかも、従来はおけ買いの道が大メーカーがそういうことをよくやっていましたけれども、それもこれから管理が厳重になるという方向が出ていますから、そういう点ではその道が閉ざされていくという問題もあると思います。やはり、われわれは、それが閉ざされるということじゃなくて、きちんとしたそういう——私どもがいま現在やっていることが全部いいとは思いませんけれども、もちろん消費者に対する品質の責任というものを基本に置いて、そういう中小の醸造家が本当に共同化して、そしてそういう品質向上についてもきちんとやると、そういうものはやはり認定されたものが大メーカーからそれは委託があるという正式なものがきちっとあるという道が一番望ましいのじゃないかというぐあいに考えています。私どもはそういう一つの先鞭をつける意味でそういうようなことをこの五年間整々と実行してきて、現在四百二十三万本ぐらい去年だけでも出てきておりますけれども、そのぐらいきちんとやりますと消費者は本当に信頼してそういうような伸びが見られるということでございます。ですから、やっぱりそういう観点を全体に酒造業界も考えてもらわなくちゃいけないのじゃないかというぐあいに考えています。 それから第二点の御質問の、特に免許の問題というのは、私どもも実際に零細な小売商の方々と相対しますと、本当に胸がいつも詰まるという思いをしながらも、しかし、消費者の要望と申しますか、そういうものをやはり基本に置いて考えるという立場から、地元の各小売商の方々とは自主的な話し合いでやっていくということは今後とも貫いていきたいと、これはあらゆる部分につきましてそうでございます。もとより、小売商の方々も、本当にこういう時代でございますから、零細なままでそれがいいんだということでいるわけじゃなくて、やはり協業化をするということを一生懸命やっていただくという中で、そういう中で小売商の人たちにもメーカーに対して強い発言力を持つというそういうことがあわせて行われませんと、ただ零細で困るからという理由で、生協が、われわれが考える適正価格で供給するということに対してチェックをする、あるいは免許に対する点もそれは反対だということだけでは、これはやはり進歩はないのじゃないか。だから、その点で小売商の方々も本当に団結をされて、メーカーとの価格交渉の問題なりいろいろな条件の改善の問題なりに本当に取り組まれるということを前提とした話し合いを基本に置いて進めていきたい、そういうことがやはり大衆が要望している一番の基本じゃないだろうかというぐあいに考えています。そういう立場から今後とも自主的な話し合いということを基本に置いて、何かそれで免許のための話し合いというのじゃこれはやっぱり本末転倒だというぐあいに実は考えていますので、そういう立場で、われわれとしては余りむちゃな無理なことを何か殴り込みをかけていくみたいなことは基本的に考えておりませんので、そういう点で、消費者とのまた懇談とか、そういうようなことを中心としていろいろ問題があるものは弱い者同士でまたいろいろ話し合いをすれば解決の道はあるというぐあいに確信しておりますので、そういう点で進んでまいりたいと思っています。
○鳩山威一郎君 関連して、肥後先生、木下先生にたばこの定価法につきましてちょっと御所見を承りたいのですが、財政学上からは、酒とたばこはそれぞれ消費税という性格づけがこれは通説になっておるわけだと思います。このような物価が急に上がった、物価変動があった場合に、お酒の場合もこれはできれば従価税にすべきだという御意見が強かったわけであります。ところが、たばこの場合は定価法で価格が法定されておるということがあって、したがって、従量税も確保できないという構成になってしまったわけでございます。これは価格を法定するということが消費税という性格と非常に矛盾をしておるように思うわけでございます。そういう意味から、この酒、たばこというものは消費税である、消費税である以上は、やはり税収というもの、これは最小限度従量税は確保されるように構成をされなければならないと、こう思うわけでございます。もちろんこのような急激な物価変動というものが想定されなかったためもあると思いますが、もう再びこのような変動があっては困るわけでありますけれども、財政法三条との関係から、専売は、法律といいますか、国会の議決といいますか、そういったものが片っ方で要請され、片っ方では消費税としてのファンクションを果たさなければならない、この調整をどうするかという点につきまして御所見を伺いたいわけでありますが、国会の審議というものもこれは当然尊重されなければなりませんから、今回のたばこ定価法の改正というのは、まあもう少し早くたびたび改正をされてくればこのような急激な激変はなかったかと思いますが、そうたびたび法律でありますから改正もお願いできないという点もあったと思うのでありますが、その辺のことから、消費税というものと専売というものとの調整をどう考えたらいいか。外国におきましては消費税が多うございますが、専売制度をとっておる国でも税というものがその中に入れられないか。すでに地方税としてはたばこ消費税が入っておりますが、国税としてのたばこ消費税というもの、これは税制調査会でもそういった意見がもう四十六年だったかと思いますがすでに言われていることでありまして、税理論としてのたばこ消費税、それと見合った定価というのはどう考えるべきかという点につきまして制度的な御意見をお聞かせいただきたいと思います。
○公述人(肥後和夫君) 専売制度につきまして私はそう自信のある勉強をしておりませんですけれども、一応私の考え方を申し上げたいと思います。 先ほども参考意見で申し上げましたように、原材料費あるいは人件費が値上がりしていくときにたばこの定価が抑えられれば専売収入は減るわけでございまして、それが現在の事態を招来した原因でございます。それで、もし一定の税収を確保するためにたばこ専売をたばこ税に変えた場合はどういうことになるかと申しますと、一応この場合に確かに一面から言うと税収が確保できるわけでございますが、鳩山先生が御指摘になりましたように、この場合にもしそのたばこの定価が国会の審議においてやはり抑制されるということになりますと、まあこれは現在以上に大変なことになりまして、相当な赤字に転落するというような危険も出てくるわけでございます。もしたばこ税にいたしました場合には、恐らくたばこの小売業者あるいはたばこの耕作者等から——たばこ税は取ってしかも価格が抑えられるということになりますと、そこのマージンあるいは適当なたばこ耕作業者に対する報酬も払えないという事態がまいりますので、たばこ専売を仮にたばこ税に変えるとすれば、恐らくたばこの定価というものについて社会あるいは国会においてかなり柔軟な御姿勢をおとりになるという前提がないとむずかしいのではなかろうかと思っているわけでございます。 この際に、蛇足でございますけれども、私は、たばこ、酒あるいは、まあ酒は間接税ですが、その他の公共料金一般についても、これを無理に抑えるということは、やはり政府のサービスとコストとの間のバランスというものをゆがめる結果になる。公共料金といったようなものについても一般にこれを抑える方がいいという考え方をもっと柔軟に考える必要があるのじゃなかろうか。ところが、日本ではそうでありませんので、そのような雰囲気の中ではなかなか現在のたばこ専売法をたばこ税というようなものに変えるということには相当な問題があるというふうに考えているわけです。
○公述人(木下和夫君) ただいま御質問の問題点は、私、余り詳しくありませんので、あらかじめ御了承を得たいと思いますが、第一にこの問題は経営形態の問題とも関係すると思います。私自身は、たばこ製造業というものが本来公共の経営でなければならないという考え方は持ちませんので、民営であってもよろしいと思っておりますが、現実わが国では専売公社の労使ともに公共企業体営ということを強く主張されておりますのでこの問題には深入りすることを避けますが、仮に経営形態が民営であれば消費税化はきわめて簡単なことだと思います。また、たばこの値段を公共料金の一つと見るという既定観念、既成観念というのも私は若干のただし書きをつけたいと思うわけであります。 御質問のポイントでございます財政法三条による法定ということと消費税化ということにおける矛盾でございますが、これは昭和四十六年の五月に例の覚書というものができ上がりまして、そこで使われております言葉は、第一種納付金と第二種納付金という言葉が使われまして、前者は国内の販売総定価代金に五六%を掛けて、そして地方たばこ消費税を引いたものということになっておるようでありますし、第二種の納付金は、決算上の利益から第一種納付金を控除いたしました残りに五〇%を掛けるという計算の方法が覚書で交換されておるようでありますが、この考え方を基礎にいたしますと、前者はいわば消費税、後者は一種の法人税に該当するのではないかと思います。この考え方をもしお進めになるとすれば、前者を消費税というふうにお考えいただいて、後者を法人税というふうにお考えいただきますならば、思想としてあるいは考え方としては消費税化という問題は前進するのではないかというふうに思っておりますが、この点については私は自信がございません。
○栗林卓司君 肥後公述人と木下公述人は基本的に大きく違った御主張ではないように伺いましたので、まず幾つかの点をそれぞれにお伺いしながら、最後に勝部公述人にお尋ねしたいと思います。 最初に木下公述人にお尋ねをしますが、これは肥後公述人もお触れになった点ですが、昭和四十三年以来据え置きになってきたというのが御主張の大きな論拠だったように思います。そこで、平たく伺いますが、七年目になぜ変えなければいけないのか。八年目に変えていけないのだろうか、九年目に変えてどう不都合があるんだろうか。とてもそんな長くはと恐らくはおっしゃいましょうが、なぜ七年目にということになるのでしょうかという素朴な質問と、裏返していきますと、もっと小刻みに変えてよかったという反省が中に入っているのでしょうか、この点は木下公述人にお伺いします。
○公述人(木下和夫君) お答えいたします。 御指摘のように、もっと小刻みに変えるべきであったと思います。ただ、それが先ほど鳩山先生の御指摘のように、公共企業体としての専売公社の定価法でございますので、これは法律あるいは国会での審議が必要でありますので、恐らくその点においてさまざまの障害があったのではないかと推測をいたします。 次の問題は、七年目になぜ変えねばならぬか、八年目ではなぜいけないのかということは、余りむずかしくて私にはわかりません。非常に難問でございまして私の能力に余りますので、失礼いたします。
○栗林卓司君 そこで、いまのお答えの中でいろいろな制度上の問題を抜きにして考えれば小刻みに変えておけばよかったという反省があるということを踏まえてお尋ねをするのですが、結局直すのがおくれてしまった。その直し方の幅、角度の問題が、ではどのぐらいが許容できるかということになりますと、それは財政当局から言えば一日も早くが人情でございましょうが、おのずからの直し方の早さというものがあるのではないか。この点について、木下公述人は、たとえばたばこにたとえてみたらどのぐらいの幅がいいかというのは、詰めていくと結局主観的な判断基準しかないのではあるまいかと言われましたが、私は客観的な判断基準も考えていけばないとは言えないのではないか。一つの例として申し上げますと、買いだめが起こる、買いだめを抑止するのに相当の努力をしなきゃいかぬというほどの変え方をしてはいけないのではないのでしょうか。なるほど七年間ほうっておいた云々ということはあったとしても、小刻みに結果として直してこなかったわけですから、この時点から将来に向けてどう直すかということになると、その幅というのはおのずからのなだらかさがなければいかぬ。そこで、仮にたとえばたばこにたとえますと、木下公述人御自身も見るからに高いと言われたわけですが、とにかく買いだめ防止、そのために当局がえらい苦労をしている実態を見ますと、この幅は妥当だと客観的に言いづらいのではないか。御意見をいただきたいと思います。
○公述人(木下和夫君) もっと小刻みに上げればよかったと反省をしておるような部分をお取り上げになったわけでありますが、これは私の仕事ではございませんので、制度上の障害ということがあったからというふうな御指摘でございますが、制度上の障害というのはまさに先ほどから問題になっておりますたばこ定価法にあるのであって、むしろ私の方から国会でもう少し小刻みに上げていただきたかったということを申し上げておきたいと思います。 それから許容限度には主観的判断しかあり得ない、客観的なものはないと申しましたら、いや、客観的なものはあるんだと、買いだめが起こらない程度の値上げならばこれは許容限度であるというふうなお話でございます。買いだめと申しましても、現在どのぐらいの買いだめが行われておるか、私は存じませんけれども、一カ月分の買いだめをしておるのか、二カ月分の買いだめをしておるのかそれも全くわかりません。買いだめの動機とか買いだめの目的もさまざまな動機がございましょうし、私などはこれをしおに禁煙をしたいということさえ考えおりますのでこの場合には買いだめの必要はございませんが、どのような消費者の反応があるか、客観的とおっしゃいますけれども、その買いだめの数量によって許容し得る価格の上昇の程度を判断するということもある意味では主観的ではないかという感じがいたしますが、いかがでございましょうか。
○栗林卓司君 何%だったら買いだめする気になるかならないか、そのときの預金金利の水準なり、一般的に想定されている物価上昇率なり、そのときにみんなが持っている気持ちの持ち方なりということになりますと、確かに抽象的ですから具体性に欠けますが、それを総合していって政策として決める場合には、単に主観的というだけではない裏づけが私はあるべきだと思います。議論になりますからこれ以上この点は申し上げませんが、ただ、制度上の問題、国会としてもっと小刻みに変えていただきたかったという公述人のお答えをいただきながら、これは今度肥後公述人にお伺いしたいのですが、これまでの税制改正というのは、政府税制調査会の答申をおおむね下敷きにしながらやってまいりました。先生御指摘のように、景気感能的な直接税が日本の税制は大変高くなってきた。なってきた理由というのは、自然増収でふえた分を全部返してこなかった。なるほど減税はいたしましたが、その部分は全部歳入に、全部ではなくて相当部分繰り込んでまいりましたから、結果として直接税の占める比率が近年非常に高まってきた。ですから、政府税制調査会も含めてこれまでの政策を考えている中心の方々の発想というのは、直接税の比重を高めるということについて結果的におおむねの合意があったという気がするんです。したがって、この七年間というのはどういう意味かというと、間接税である酒、たばこについては事実上の減税が進行していた。それをここで直すということになると、本当はもっと立ち入った税体系全般の見直しを含めてこの問題は本当は提起すべきではないか、そういう背景というのを持っているのではないかと思いますが、肥後公述人の御意見はいかがでございましょう。
○公述人(肥後和夫君) 景気感能的な直接税体系を中心にしていて自然増収は非常にふえた。今度はそれが減ったわけですけれども、それで先ほどの栗林先生の木下先生に対する御質問とも関連するのですが、要するにあのときには、いまから考えれば、まあそのときもそう大分言ったつもりなんですけれども、自然増収というのはある面ではあれは自動的な調整機構が働いているわけだから、あの税金を全部使うべきじゃなかったんだと。今度は逆に自動調整装置が働きまして自然減収が生じているわけでございますね。だから、そういう面ではこれは別に埋めなくてもいいのじゃないか。要するに、それによってむしろ消費の下支えなりあるいは設備投資意欲の冷えに対する下支えなりになっているのじゃないか、まあそういうふうにも感じるわけなんですけれども、先ほどの買いだめを一つの判断の基準にしてもいいのじゃないかというお話だったわけですが、もう一つは、やっぱりその赤字をほっておくのかほっておかないのか、ほっておかないとすればどういう税収で埋めるのかという点も非常に大きな判断なのではなかろうかと思うのです。それで、景気の短期的な調整という点から言えば、これは自然減収をそう大急ぎで埋める必要はないのだから、たとえば酒、たばこの値上げももうちょっとそう急がないで待ったっていいじゃないか。当然、そうしますと、歳入欠陥をどうするかという問題になりますが、これについては、たとえば現在の財政法の規定を少し修正して、赤字を大っぴらに認めるということはよくないと思いますが、しかし、単年度で埋める必要はないので、もうちょっと景気の回復過程を含めて長期予算的な発想でこれに対処するような方法を考えればいいのじゃないかというような面もあろうかと思います。しかし、これはまあ景気調整という観点からの考え方で、もっとやはり資源配分——要するに政府のサービスとそれに対する税負担の関係いかんというような資源の効率的配分というような観点から考えることもやはり大事でございまして、そういう観点から、これからだんだん福祉の比重もふえていく中で、福祉費はこれはやはり硬直的な経費でございます。そう減らしたりできる経費じゃないのでございますから、そういうもので実際に赤字が出ているのを現在のような程度の段階でほっておくということをいま大っぴらに認めるのは、やはり姿勢の問題としてどうか。だから、それに見合う増収は考えるべきでない、これが景気の回復に差しさわるというのであれば、支出面でさらにそれを打ち消すぐらいのものを考えればいいわけで、そういうわけで、私は、酒やたばこの消費を助長してまで赤字を放任することはなかろうと、そういうような感じで賛成の意見を申し上げているだけなんでございます。 それに、付加価値税をどうするかというような問題が前に辻先生あたりからも御提起になっていられるわけですけれども、それとの関連も最終的には、木下公述人もお話しになりましたように、資本主義最後の財源は付加価値税かもしらぬ。それに手がつけばかなり税収問題も片づくのであろうが、そこに手がつかない間は現在のものをいじくって何とか間に合わせるよりほかない。そうすると酒、たばこの税源をいまここでみすみす手放すということも支出とのバランスから言ってどうかというような気がしますので、やはり賛成だということになるわけでございます。
○栗林卓司君 いまの御意見で一つこれは確認で伺いたいのですが、赤字をどうするのだと。これは確かに厳しい御指摘の点だと思います。ただ、歳入不足が出るか出ないかは結果論でございますから、現在それを軽々しく言えないところがまた隔靴掻痒の議論が出るゆえんなんですが、しかし、常識的に考えてみて、赤字公債というものを、重大な問題があることはもちろんですが、そう頭から毛ぎらいしておいていいのだろうか。もしそれを認めるということになるのだったら、七年目に直さなくたって、八年目ということもできるし、こちらの政策判断が非常にゆとりが出てくるではないか。物価対策、景気対策はどうするのだということになるときに、この赤字公債というものをどうお考えになりますか。先ほど木下公述人は赤字公債をむしろ認めていくべきだという御意見でございましたし、私も赤字公債というと大変引っかかりますけれども、単年度がちがちというのがいかにも行政の手足を縛っているのじゃないか。もしそれがなくて、片方で赤字公債という手段が許されるのなら、来年三月の消費者物価上昇率九・九という最大の政治公約も含めて酒、たばこをどう扱うかについて幅が出てくる余地があるように私は思えてならないのですが、その意味で赤字公債についていかがお考えですか。
○公述人(肥後和夫君) 先ほども申し上げましたように、現在の税制が基本的にはやはり景気感能性の強い所得税、法人税、あるいは地方税については事業税、あるいは住民税を中心にしているという点から言いますと、これだけドラスティックに成長率が下がれば歳入欠陥が生じるのはあたりまえです。そうして、その歳入欠陥をどう見るかという点に二つありまして、短期的に見れば、これは自動調節機構が働いたりビルトイン・スタビライザーが働いたんだから、むしろそれは無理に埋めない方がそのビルトイン・スタビライザーの機能を素直に出すことになるのじゃないか、こういうような一つ判断があると思います。そういう点から言えば、短期的に歳入欠陥を余りとがめ立てするのはむしろ景気の回復をおくらせることにならぬかという点がありますが、しかし、他方から言いますと、高度成長過程で、まあフリーライダーの考え方と申しましょうか、要するに、サービスとそれに対応する負担との関係は厳しく考えられなければならないという、そういうような非常に長期的に大事な姿勢というものがかなり失われているということを否定できないわけでございまして、やはり長期的な観点からは特にそういう点を問題にする必要がある。とすると、これは財政構造の体質改善にかかわる基本的な問題である。だから、これを、たとえば歳入欠陥をこの際にというようなことから余りこの点を軽く扱いますと、やはり後々大変な禍根を残すことになるのじゃなかろうか。そういうことがありますので、無理に歳入欠陥を埋めるような対策を特にとるということはどうかと思いますが、かといって、たばこや酒の消費を奨励して減税することもなかろうと、そういうふうに考えるわけでございます。そういうふうに、長期と短期との入り組んだ問題で、両方の角度から相当バランスのとれた判断を収入の伸びの減退に対してしなければならないのじゃなかろうかと、そう思っております。
○栗林卓司君 この酒、たばこ問題がはしなくもいろいろな面での基本的な問題を提起しておりますという御指摘、全く同感でございます。ただ、一番最後につけ加えられました、そうまでして消費を奨励する必要があるかというのですが、幾ら所得がふえましても一度に二本のたばこは吸えないのです。ですから、その意味で本当に爆発的に伸びてきたのか伸びてこなかったのかということを考えますと、昨今の不況が酒、たばこの消費にも直撃的な影響を与えている実態が私はあるように思えてならないものですから、その意味で、仮にこれを七年目を八年目に送ったからといって、じゃ大変なことになるか。政府のもっと大きな文化政策の問題として酒、たばこを粗末に扱っていないかという御批判は当たらないような気がいたしますが、それはお伺いすることはやめにいたします。 最後に、勝部公述人にお尋ねしたいのですが、景気ということで一つだけお伺いしたいのは、個人消費がすっかり冷え切ってしまいまして、これをどうやって元気をつけさせるかがいま最大の悩みになっているわけですが、勝部公述人が現在お取り組みのお仕事の経験を通じながら、今日の個人消費というものをどうお考えになっているか。お伺いする前にお伺いしたい点を申し上げますと、いま、これは産業も含めてですけれども、将来に対する気迷い感、不安感というのは非常に強いのじゃないか。しかも、春の賃上げにしても必ずしも期待どおりではなかった。そうなってまいりますと、昨今の貯蓄率が示しておりますように、将来への不安からきょうの消費を締めていくという傾向が非常に強い。そのときに、目に見える毎日つき合うことになる物価高である酒、たばこが上がってまいりますと、個人消費にどういう影響が出てくるのか、なかなかこれも計算事ではいかないわけですけれども、現在お取り組みのお仕事の経験を通じながらどんな見通しをお持ちか、お伺いしておきたいと思います。
○公述人(勝部欣一君) いまの問題、つい先週も全国の生協の婦人部の総会をやったのですが、そこでもみんな口々にこれから先どうなんだという質問ばっかりで、だれもよく的確に答えられないわけですね。まあ、しかし、生きていかなければならないんのだから、とにかく生活を引き締める以外にないと。だから、本当に必要なものからどれだけ必要なのかというのを家族会議を開いてお父ちゃんも子供も含めて討議して、本当に必要なものは何なのかというところからもう一遍生活の見直しをやって、そこでこの高成長の中でそれは個人の消費生活も非常にぜいたくになっております、率直に言ってですね。その問題点について、単に引き締めムードだけでけちけちだけではいけないから、手づくりのいろいろな娯楽もお互いに考えて、気持ちは明るく持っていこうじゃないかというようなことで実は別れたのですけれども、そういうところが実際いまの全国の特に一般勤労者家庭の気持ちだろうと思います。ですから、そういう点で、いま先生が指摘されるように、酒、たばこということがとにかく値上げだというと、特にことしにおけるきわめて明確な値上げのはしりでございますから、そういう点で非常に緊迫感を持ってくるのじゃないだろうかというように考えています。そういう点で、私どもその中でも、これも簡単に抜け出すようなことにならないのじゃないかということを、その方で考えた方がいいということをみんなに言っているわけですけれども、また、狂乱物価のときの経験がありますから、実際上たばこは買いだめをしているのが相当あるというぐあいに、私自身も含めましてそうでございますけれども、実際上そういった点はトイレットペーパーとは違いますので、確実にこれだけ上がるだろうというところだけでの話で買っているわけでございますが、まあそういうことがございますけれども、全体には何せ締めていこうという空気が非常に強いということでございます。ただ、全体に、その中でも主婦のいろいろな意見というものは、どうしても政府の支出の問題についてもひとつ締まってもらいたいし、それからわれわれ、先ほど述べましたように、これから先の日本というものについてどういう消費構造で本当にいくのかと。あるいは資源エネルギーの問題もみんないま非常に関心を持っていますですね。食糧の自給の問題ということも非常に大きな関心がありますし、そういう点にはやはり国の金も要るだろう。そういう点で、確かにそういう必要なところに、あるいは老人福祉対策の問題について長期的に施策を立てられる必要はあるだろう。そういうようなことについて非常に強い関心を持って、そういうところに重点的に国の金が投下されるべきであろうというような気持ちを非常に言いますが、同時に、これは私自身も参加しましたのですが、四十八年の経済基本計画では、公共料金の問題について、従来の独算制という考え方で必ずしもなくていいじゃないかというのが初めて閣議決定の文書で出ているわけです。そういうことは、四十八年の下期において狂乱が始まりましたから、これはちょっとふっ飛ばされたような感じになりましたけれども、やはりそういうことをいまもう一遍四十八年の経済基本計画の問題について考えていっていくべき時期に来ているのじゃないか。ですから、公共料金の問題については、特にあるいは政府関与のサービス料金と申しますか、あるいは政府関与ができる料金体系の問題については、必ずしも独算じゃなくて、やはりインフレマインドを促進しないようなことも内容に含めた一つの暫定的な措置なりを、まあいま小刻みにというお話がございましたけれども、その小刻みの問題も含めて、やはり単年度における値上げは従来たいてい二けた以上これは絶対にやるべきでないということについて、その場でも強く主張して、そういうような問題の中から、そういうような独算制で必ずしもなくてもいいという考え方が政府のコンセンサスとしても出てきているという問題を真剣にもう一遍考え直していただくべき時期にあるのじゃないかと、このように考えています。そういうことで、国民の先行きの不安感というような問題について、やはりここでは締まるものは締まる、不必要なものはとにかく政府の方も全体としてあんまり緊急でないと認められるものはとにかくどんどん切って、そして福祉の問題なり、あるいは本当に物価を安定させる、特に公共料金の安定をさせるための必要な支出ですね、特に目の前に米の問題が出てきていますし、これは大変なことだろう。実際にいま私どもでも標準価格米を食べる率が四〇%から六〇%ぐらいに私ども取り扱いの中でもふえております。そういう非常に緊迫した気持ちがありまして、そういうようなところでありますから、本当に全体に締めていっていただいて、同時に、締めるだけでなくて、そういうことを安定させる施策がきちっと国民の前に目の見えるようにされるというようなこと、あるいは先ほど申しましたような各企業の税の取り方の問題について、私ども実際上の経験の中からも相当な額が実は動くわけでございます。先ほどのたとえば減価償却の取り方自身だけでもですね、いろいろ他にもあるだろうと思いますが、そういうようなことを直すものは直していくというようなことをやっぱりちゃんとやっていく中で初めてみんなが締まってこれからきびしい冬の時代を本当に一体感を持っていこうじゃないかという気持ちが国民の間から出るのじゃないか。それだけの大衆自身も非常に緊迫感を持っておりますので、特にそういうところについてまずいままで少しゆとりがあるようなところについてのところをまず税負担を少ししてもらうなり、あるいはその点における価格を下げるか、いずれかの形でやはり消費者に還元するというようなことについて厳しいものがあって、その上でいろいろな施策というものが、どうしても足らないものについてはこれは公共料金でも上げなければならぬ場合もあると思いますけれども、そういうようなものがなおざりにされていて上げるということについては私どもは非常に反対であると、そういうことを表明せざるを得ないと思います。
○野末陳平君 いま肥後先生と木下先生のお話を聞いていまして、その賛成理由の中に、要するに酒の場合は大衆酒の負担をふやさないようにそういう考慮があると、しょうちゅう、二級酒ですか、それを据え置いたということに対する評価がありまして、それからまた、たばこの方でも、大衆たばこの値上がりを低く抑えるというか、三十数%に抑えているから、そういう点は評価できるしというようなことが賛成理由の一つにお二人とも入っていたと思うのです。でも、これは、この前提に、しょうちゅう、二級酒、それからたばこの場合は多分バットとかしんせいだろうと思いますけれども、そういうものは低所得者層が主にそういうものを消費しているのだという前提と、それからまた、そういう人たちがかなり多いのだという前提があってこそこういう配慮というものを評価してもいいわけで、しかし、現実にどうかといいますと、必ずしもそういうわけではないようにぼくは思うわけですね。むしろ、現実には、大衆という言葉を使うなら、バット、しんせい、あるいは二級酒、しょうちゅうはすでに大衆のものではなくて、大衆のものは今回値上げの対象になっているようなものだということから、ぼくは賛成理由がほかにもありましたからいいんですが、この大衆に対して負担をさせないように配慮したからというのは、こういう理由を強調されると事実をかなり誤らせる。これは非常にずるいトリックだとぼくは思っているわけですよ。要するに、ここを上げたってそれほど税収もふえないし、それなら恩恵を施したようなやり方を見せる、ジェスチャーを見せるという、ぼくは汚ないと思うのです、こういうのはむしろ。上げるべきだったらこれもやはり上げてもおかしくないんだと、現実にまた低所得者層がこれをたしなんでいない、数も少ないということもありますから、そんなことでお二人の意見で果たしてこれを評価していいものかどうか、また、これを強調することは国民の判断を誤らせるというふうに考える。勝部さんですら、ここには何か良心のかけらがあるようなことで感謝しているようなことをおっしゃる。これは事実とかなり違うのだと、そういうようにぼくは思います。ですから、いまの大衆酒、大衆たばこというものはどうなんでしょう、お二人とも本当に低所得者層が主にこれを消費しで、その数も多いし、この層にやはり負担をこれ以上かけるのは気の毒だということから据え置きなり値上げ率が低く抑えられるとお思いになっているのでしょうか、それをちょっとお伺いしたい。
○公述人(肥後和夫君) 野末先生の御指摘は確かに一つおしかりを受けたような感じがするのですが、確かにいこいやしんせいを大分重役さんが吸っておりまして、セブンスターやハイライトはいまや大衆の嗜好品であると。それは確かにそうかもしれません。そういう点では賛成理由としてはウエートは小さい。ただ、一般に個別消費税についてよく教科書でいわれますのは、そういう生活必需品はなるべく税金を安くするとか免税するとかして、もっと高級なものにかけるんだという教科書がありまして、その教科書に従ってちょっとつけただけでございまして、やはり私が強調申し上げたいのは、一つは要するにほかの物価が上がるのにたばこや酒を抑えるということは結果として酒やたばこの消費を奨励することになる。事実もう最近では、何かちょっとたばこを一個上げるとか二個上げるとか言ってもなかなか喜ばれないような時代になりまして、それぐらい安いものになっているわけですが、ほかにする仕事はいっぱいある、支出面で。それは必要な方に金を使わなければならないし、下手をすると歳入欠陥も生じかねないようなときに、それまであえてして酒やたばこの消費を助長するという必要があるかというところがやはり賛成理由の一番ウエートを置いているところでございます。
○公述人(木下和夫君) ただいまの御指摘、汚いとかトリックというのはやや誇張した表現だと思いますけれども、私は、所得階層別にたばこの消費がどの程度の所得層にどういうものが多いということを不幸にして存じません。ただ、かつて学校の教師をしておりましたときの経験から言いますと、私がしょっちゅう吸っておるたばこよりも高価なたばこを学生諸君が吸っておるという事実は見聞したことはございますが、しかし、毎日ではなかろうと思うのでございます。あるときにちょっと人に会うときというようなときに外国のたばこでも持つというかっこうのよさを示すのであって、学生諸君よりも私の方が高所得層でございますので、実はその点から見れば低所得者層が決して大衆たばこを吸っていないと言えるように見えますけれども、それじゃ毎日毎日の喫煙の対象がかなりの高級品であるという私は論証が事実上調査をしておりませんから全くわかりません。もし御指摘のようであれば、もうこの際大衆とかあるいは上級品とかそういう区別を一切なくして均等に上げるべきだと思います。私はそこまで踏み切る自信がないわけでございます。普通には、消費税の体系をつくります場合には、一応立案します場合に、あるいは議論をいたします場合に、高級品と下級品という区別をいたします。あるいは低級品という区別をいたします。しかし、時代の変化、所得水準の変化、生活水準の上昇に伴って、従来高級品であったものが次第次第に低級品の中に入っていきます。この変動というのはこれはもう否定しがたいわけであります。したがって、物品税の課税対象を見直すという作業がいまの個別消費税の場合に必要だと言われるのはまさにこの点からでありますが、所得の高さとどのようなたばこを選択するかということは、むしろこれは所得には無関係なんだと、いまおっしゃるように。所得が低くても上等のたばこを吸うんだとおっしゃるならばもう何をか言わんやでありまして、このような差別は一切なくした方がいい。私はそこまで事実を知りませんし、そうであるという確証を持ちませんので、その辺についてはごくティミッドな遠慮した言い方にとどまっているわけで、形式上下級品はやはり低所得者層が買うんだろう、高いたばこはやはり高所得者層が買うんだろうという前提のもとにお話しをしているわけでございます。
○野末陳平君 それから勝部公述人に今度お聞きしますけれども、あなたの反対は、ぼくももちろん反対なんですけれども、反対の理由は主にムード的な理由が多かったように思うのですね。もちろん、それがいけないとは思っていないのですけれども、たとえばささやかな楽しみを奪うとどうもしゃくにさわるからこれじゃ政治不信が増すじゃないかとか、あるいはインフレ不安の中でたばこや酒の値上がりが波及するところも大きいのじゃないかとか、もうこれがもちろん正直なところ消費者の本音だと思います。事実、値上げは何でもいやですから、安いものほどいいのですから、それはちっともかまわないと思いますが、ただ、一つ心配なのは、そういう消費者心理というものが値上げ反対の理由のすべてになってはまずいのだと思うのですよ。と同時に、賛成の方も、金がないのだから何とかここらで値上げに賛成してもらわなければ困ると、あるいは価格体系からいって安いものがあるのはおかしいのでやっぱりこれも上げなければと、これも非常に具体性を欠く、説得力のない賛成だと、両方にそういうことが言えると思うのですが、特に反対の場合に、ぼくはもう少し勝部さんにお伺いしたいのですが、具体的な反対ももうちょっと聞かせてほしいのですよ。実は、ぼくも反対はしているものの、自分がたばこも酒も吸わないというか、全然関係ないもので、どの程度家計に、一般の平均的収入の消費者が家計にどのくらい厳しい影響を受けるのか、その辺の見当がまずつかないのですね。友だちやなんかにみんな聞きますと、結局どうもムード的なことばかり言うのですね。政府の方はまた、大して影響しないと、〇・幾つと、こういう数字をまた出してくるのですね。どっちも消費者個人個人の実感というものはぼくら聞いてもわからない。そこで、考えてみると、ビールが十五円上がってくると、これを仮に毎晩家で飲む人がいて、一月どのぐらいの値上がりで家計が圧迫されるのか。あるいはたばこ一箱百円のものがあったとして、これを毎日一箱吸っている人は、これが五割増しだとして三千円が四千五百円になりますか。どっちにしてもそのぐらいの金額が、ぼくが客観的に見ると、たばこの場合も小遣いの中でまかなっちゃって、口では痛い痛いと言うけれども、現実にはそうじゃなくなっちゃうのじゃないか。マージャンをやったりコーヒーを飲んだり馬券を買ったりする中でうやむやにカバーされちゃうのではないかというふうにもまた意地悪く考えたり、ぼくはもちろん反対の立場ですからそんなことは言いたくないですけれども、(笑声)、現実にはすべてにムード的な反対ばかりが先行していくというのが果たしていいのかどうかということを疑問に思うわけですよ。そこで、勝部さんに、消費者を相手にされているという立場から、この酒、たばこの値上がりが家計を相当厳しく具体的に圧迫していくんだということが言えるのか、それとも、いや、それよりもやはりムード的なもの、心理的なものの方が重要で、これが本当は値上げ反対の理由のすべてであっていいんだということなのか、その辺をちょっと参考までにお聞かせいただきたいと思います。
○公述人(勝部欣一君) 野末先生言われたムード的な部分と。私はムードだけでものを申したつもりではないのですが、全体の財政上の国の税金の問題との関係、あるいは公共料金的なものにおける公共料金の上げ方の基本というその問題として先ほどの公述をしたつもりでおりますが、ただ、具体的に私どもの方の組織しております消費者団体の連絡組織会で試算をしてみますと、具体的な家計の問題としては、たとえば飲む人は大体一日ビールなら一本飲む。これはまあ普通勤労者ですね。もし毎日一本飲むといいますと、いままで年間に五万八千四百円でございます、平均しますと。それで、十五円酒税が上がりまして、それで年間支出は六万三千八百七十五円ということで、まあ一万円にはなりませんけれども、これは年でございますからあれですけれども、そう大したことはないじゃないかと言われるかもしれませんが、やはりここで相当の七千円近いものといいますかというものが出ると思います。それからたばこが、たとえばハイライト二箱吸いますと、毎日百円で月に三千円の支出増になるわけでございますね。それで、一カ月のたばこ代は四千八百円が七千八百円と、こうなるわけでございます。これは単純な計算でございますが。そのところはやっぱりたばこ代の場合なんか月三千円の支出増というのは、特に近ごろは女房が相当財布をがっちりと締めていますから、なかなかそれは実生活におきましてはやはり大変なもので、節煙しなさいとかなんとかいろいろなことが当然議論としてなる。賢い女房は貯金を引き出して、いろいろな貯金の利率と考えてみまして、やっぱりたばこはとにかく上がるときまでは上がらないのだから買っておいた方がいいというので買いだめが現実に起こっているというそういうことがあって、これでどれだけ得したのだといったようなことを亭主に言うみたいな、そういったようなことが現実に多く発生しているということでございます。そういう点で、やはり現実にも響きますし、同時に、近ごろ車を運転する人も多くなってきましたから、やはり家で酒を飲むケースがふえておりますですね。外で飲んでくるよりもわりあい家で飲むという部分がふえていると思います。そういうようなことで、家計支出の方からやはりこうきわめて直接的に影響があるように特に奥さん方はそういうことを強く言うということで、交際費の中でごっちゃになっている問題についてはそれはあれでしょうけれども、そういう家で飲む傾向がふえているし、またワインなんかにつきましてもそうでございますし、そういうような問題があると思います。 それから先ほどちょっとその点、酒の方についてはたしか二級酒なりしょうちゅう等は上げないということなんですが、たばこの方では実はしんせいなんかについて率は少なくなっていますけれども、しんせいなんか探そうたってないわけですね。実際ほとんどない。これはもう何か特別にたばこ屋さんにコネクションを持っている人でないと、そういう安い方のたばこ、今度も上げ率が少ないようなたばこはないという実情も現状としてあるかと思っています。そういうようなことが実態の問題としてはございますが、やはりインフレマインドの問題というものがみんなの問題としてはそれが論議として大きい。特にまた独禁法もだめなような話なんか出てきますと、本当に物価を抑えるつもりがあるのかというようなことの相乗的な問題として、単なる心理的な問題というか、やはり大衆としては生活の問題を政治なり行政なりが本当に考えているのかということの問題としてやはり今後の発展する一つの大きな契機になるのじゃないかと、このように考えているわけでございます。
○大塚喬君 三公述人にそれぞれ順を追ってお尋ねをさしていただきたいと思います。 初めに、先ほどの公述をお聞きいたしまして、いまもちょっと触れたわけでありますが、大衆物は据え置いた、あるいは税率を引き下げたと、こういうお話がございましたが、政府の宣伝というのがこの方のオーソリティーの先生方までうまくペテンにかけたなと、私はそういうふうに政府の宣伝が大変巧妙だったなあということを実は率直に感じたところでございます。と申しますことは、現在、アルコール飲料、酒類でビールが五一%たしなまれておると、こういうことになりますというと、大衆という言葉の定義にかかわるわけでありますが、ビールというのが国民のアルコール飲料の最も大衆的なものである。それが現行四二%の税率を払って、いままでの大蔵委員会等の審議を通じても世界で最高の酒税の負担をしておると、こういうことも明らかになってまいりました。それが重ねてまた二二%上がるんだと。それからたばこの場合に、いまも野末委員からお話がありましたように、八十円物、百円物、まあハイライトとかセブンスターとか、こういうものが実際ほとんどもう八割程度吸われておる。こういうものが五〇%、四〇%値上げになるということで、実際に今度の二法の改正で大衆物を据え置いたと、こういうような宣伝は事実とは違っておるなということを感じておったものですから、先生方の公述をお聞きして、それらの宣伝というのが、政府が巧妙なからくりで大権威者まで宣伝でごまかしたなと、こういうことを私は率直にお話を承ったものですから、初めにぶしつけを顧みずそういう感じを述べさせていただきます。 ところで、肥後公述人にお尋ねをいたしますが、このたびの二法の改正について、急激な物価の変動があり、この引き上げの理由というのは、物価水準、所得水準等が上昇をしたので、この税負担の割合が相対的に低下をしておるので、それもやむを得ないと、こういう意味から賛成というお話をお聞きいたしたと理解をいたしておるものでございます。確かに、現在の税体系というのは全般的に混乱をしておると、私も率直にそのことは認めるものでございます。ただ、税体系の混乱という中で、いままでもしばしば私は繰り返し主張してきたものでございますが、現在の日本の税体系の中で最も悪いところ、黒い面、こういうものは、各種の租税特別措置法、これがやっぱり一番の問題点である。今度の国会で税法改正が幾つか出たわけでありますが、これらの租税特別措置というのは依然として温存をされ、場合によっては拡大されたと、こう言ってよろしい姿であろうと思います。私は、まあこのような二法の問題、これも一つのやっぱり取り上げる理由はあると思うわけでありますけれども、まずそれより先に、この悪い面の租税特別措置というような問題が是正された中でこういう問題が出てきた場合には、もっと国民の受ける合意というようなものも違った形で出てくるのではないかと、これが一点。 それからさらにもう一つは、いわゆるインフレ所得と申しますか、幾つか先ほども大企業の税制の中の問題も出てまいりましたが、私はやっぱり資産所得というものをもう少しこの際重課すべきで、そういう面の日本の税制の改革というか改正と申しますか、そういうことを当然考えられて、その中で初めてこういう問題もあわせて論議をされるということならば、私も納得のいくところでございますけれども、依然としてそういう問題はそのまま温存されておると、こういう感じを受けるわけでございます。 初めに肥後公述人にお尋ねいたしますが、その税体系の混乱を改めると、こういう立場から、一つは租税特別措置の問題について、あるいは資産所得、高額所得という問題について、先生がどういうお考えか、初めにお聞かせをいただきたいと存じます。
○公述人(肥後和夫君) 十分なお答えになるかどうか知れませんが、さしあたり私の意見を申し上げたいと思います。 御指摘のように、租税特別措置の整理合理化が必要であるということは、もうかねて財政学会でも主張されているところでございますし、政府税調の場でも検討されてきておりまして、たとえば五十年度の税制改正につきましても、利子配当等不満足ながら若干の前進はあった。ただ、技術的に非常にむずかしい面がありまして一挙には前進できなかったかと思いますが、利子配当課税の問題についても若干の前進がありましたし、法人課税についてもありましたし、特別措置の整理合理化も一応進めようという姿勢はあったのであろうかと思います。実際問題として、ただ、こういうものの解決にはかなりやはり根気が要る。毎年毎年やはり積み上げていかなければならないことではなかろうかと思います。おそらく、そういう意味で、大塚先生が強調しておいでになりますように、法人税法関係の、前にも取り上げられましたいろいろな準備金、引当金等の見直し等もこれから検討されなければならない問題であろうと思っております。それができなければこの酒、たばこには手をつけるべきでないかどうかという点でございますが、今回の酒、たばこの改定は、四十三年度から据え置かれていたものを一部手直しするということで、まあ元のところまで戻そうということであって、積極的な値上げというものではないのじゃなかろうか。先ほどから申し上げておりますように、相対価格は下がっているわけで、むしろそう無理に相対価格を下げるような据え置きをする必要があるかというような観点から考えているわけでございます。 それから第二点の資産所得課税をもっと検討すべきではなかろうかと、この点は、大塚先生と同じ、私もかねてそのような意見を述べております。勤労所得軽課、資産所得重課というのは、一応近代税制の一つの大きな方向ではなかろうかと思っております。ただ、それについても、だからと言って消費を負担能力の尺度とする税金を全く無視するということは、なかなか直接税の面の負担能力の把捉にいろいろ問題があるという現実を前提にしますと、むげに無視できないという面もございますので、直接税をさらに一本に強化した方がいいとは、そうは言えないと思いますけれども、戦後の日本の税制が高度成長型の税制であった、どちらかと言うと資産所得軽課、勤労所得重課の傾向があったものをやはり方向として直していかなければならぬという点は、前からそういうことを折に触れて意見を申し述べておりますので、大塚先生の御意見と大体同じような線ではなかろうかと考えている次第であります。
○大塚喬君 木下公述人にお願いをいたしますが、先ほどの発言で赤字公債もまたやむを得ないじゃないかと、こういうお話を承りました。大変ショッキングないま受け収め方をいたしておるところでございます。私ども承知いたしておりますが、日本で四十年から国債政策、赤字公債政策が取り入れられて、この当時は景気の循環ということでそういうものも景気が高揚し回復をすれば補てんできると、こういうような率直に受け取め方をしてこれらの政策が受け入れられたと私は理解をいたしておるところでございます。最近、日本の経済の見通しというようなこともいままでの高度経済成長というそういう甘い夢がもう一度ということにはなかなかどなたが考えても困難ではないかと。こういう場合に赤字公債政策を取り入れる、公債政策を取り入れるということになれば、ことしの財政規模二十一兆のうちすでに二兆円、これがまた赤字が出るということになれば、国の収入面を大変大きく国債に求めるということになり、大変やかましく言われております財政硬直化という問題に拍車をかける。あの四十年当時のように将来また明るい見通しがあってそういう国債政策というものが何年か先には穴埋めできるのだと、こういうような日本の経済事情ではないように私は受けとめておるところでございます。といたしますと、このような考え方で国債政策を取り入れるということになれば、これはもう国家財政の破局ということが当然考えられる。こういうことで、私は、その国債政策の問題については、先生のお話を承ってどうも疑問が残ったところでございます。昭和四十年当時の国債政策を導入したということと比較をいたしまして、先生が国債政策を導入すると、こういう趣旨の発言、私もなかなか理解ができかねておるものですから、そういうことは心配ないんだと、こういうことかどうなのか、ひとつ重ねて教えていただきたいと思います。
○公述人(木下和夫君) 御指摘の点でございますが、私は先ほど細かく議論を述べる時間もございません、栗林先生の御質問に対して一言申し上げたわけでありますけれども、ただ、先ほどの問題に関して言えば、たとえば酒、たばこの値上げをやめて赤字国債に振りかえるというような発想は私としてはどうしても納得しがたいわけでございます。国債は最終的には税負担で賄われますから、長い目で見ますとこれは税と変わりありませんけれども、納税者が違いますので、現在の納税者と将来の納税者と違いますので、いま値上げを渋って将来の納税者が負担するところの国債で埋めるという発想は何としても納得しがたいと思います。ただ、一般的に財政のやりくりとしては当面は赤字国債を発行せざるを得ないような状況ではないかという心配がありますし、心配というよりも、むしろそれに踏み切った方がいいという判断を私は持っております。なぜかと言いますと、これは経済政策の基本に関する考え方の差でございます。 恐らく二つ経済政策の重点として考えておられる問題があると思いますが、一つは、物価を押え込むことに非常に眼目を置く、第一の目標を置くという経済政策の考え方、それから他の方は、不況を何とかして回復して順調な望ましい成長の方へ持っていくという考え方、これを第一の眼目とする意見でございます。この二つの考え方のうちで、私は、物価を押え込むというのを第一の目的にする経済政策よりも、むしろ不況を防止し、あるいは失業をもっと減らすような政策の方が大事だと思います。したがって、この二つを両立させることは、これは理想でございますけれども、なかなかうまくいきません。そうしますと、どちらかと言えば、私は不況対策の方に力を置くべきであって、その意味では個別物価を押え込むのに専念するような考え方は私としてはとらない。そうすると、そのつじつまは赤字公債の発行も国債の発行もやむを得ないということでございます。御指摘のように、単年度で赤字国債を発行して単年度でこれをつじつまを合わすことはできますまい。相当時間がかかりますでしょう。しかし、四十年の例をお挙げになりましたけれども、そう絶望的な日本の経済ではないと私は思っております。順調に政策のよろしきを得れば、三十年代のような高度成長ではなしに、かなり安定した、しかも望ましい成長率、生産性の向上を含みつつ賃金や所得の上昇を伴いながら発展する経済の方へ戻していく、軌道を修正することは私は可能であると思っております。それにつきましても、そういう政策に関する合意がどうも先生方の間でも得られていないようでございまして、私どもの仲間でも合意がないわけでございますが、大体多数の意見というのは、やはり不況克服、あるいは望ましい成長率の達成の方へ次第にウエートは傾いていっていると私は判断をしております。ただ、これに関連して言えば、赤字国債論だけを問題にする場合には、恐らく赤字国債に踏み切るとしても、そう巨額のものは計上する必要はないであろうと私自身は考えております。 ついでに申しますが、実はたばこ、酒の値上げの問題と関連いたしますのでこの問題を出したわけでございますけれども、先般機会がありまして公共企業体等閣僚懇談会の専門委員として欧米に出張を命ぜられましたときに気がついたことでありますが、先ほど鳩山先生の御指摘にも関連いたしますが、諸外国の直営あるいは間接に公共企業体で経営している企業の料金や運賃の決定につきまして、確かに制度の差はございますけれども、権威のある審議会というようなところでさまざまの専門的な情報を集めて検討なさってそこで大体基本線をお出しになる、それを国会で大体おのみになるというような慣行ができ上がっておるように思います。この問題は実は法律制度の問題の根幹にかかわりますので、先生方の御努力をお願いしたい。言いかえれば、特定の品物の値段を押え込んで何か物価が上がらなかったといって喜ぶのはどうも経済政策の根幹ではなさそうだ、経済政策にそれほど重要な問題であるのかという感じがいたしますので、つけ加えてお願いを申し上げます。
○大塚喬君 勝部公述人にお尋ねいたします、先ほどのお話でちょっと聞き捨てならないことがあったものですから。 それは、本来自由価格であるべき酒の値段が、安売りしてはならぬと、こういう強制を受けたと、こういうことでありますが、それはメーカーからですか、卸からですか、税務署からですか、どこからの強制でございますか、その中身を明らかにしていただきたいと思います。
○公述人(勝部欣一君) 強制ということでは必ずしもございませんけれども、免許を受ける際に、税務署、それからその地域の酒の小売り業の組合ですね。まあ強制という言葉はちょっと使えないと思います、これは。そういう話し合いの中から、その点はひとつ守ってもらいたいということは出てまいっております。それは一般的に酒屋さんが特売等をやる場合の範囲というような意味で、この生協自身の銘柄の酒は別として、一般の酒でございますね、それについてそういうぐあいに話し合いがされるというのが実情でございます。
○委員長(桧垣徳太郎君) 午前中の質疑は終了したものと認めます。 公述人の方々には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。 午後二時まで休憩いたします。 午後一時一分休憩 —————・————— 午後二時六分開会
○委員長(桧垣徳太郎君) ただいまから公聴会を再開いたします。 酒税法の一部を改正する法律案及び製造たばこ定価法の一部を改正する法律案につきまして、午後は三名の公述人の方々から御意見を伺います。名東公述人がまだお見えになっておりませんが、少しおくれて到着をされる予定でございます。 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 皆様には御多忙のところ御出席をいただき、まことにありがとうございました。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本案審査の参考にしたいと存じております。 これより午後の公述人の方々に順次御意見をお述べ願うのでありますが、議事の進行上、お一人十五分程度でお述べ願い、公述人の方々の御意見の陳述が終わりました後、委員の質疑を行うことといたしますので、御了承願います。 それでは、まず梶原公述人にお願いをいたします。
○公述人(梶原房子君) 梶原でございます。私は、こうした席に出て意見を述べるなどということは考えてもみておりませんでしたし、また、勉強不足でございますので、本当に何か参考になるようなことなどは言えないと思っていたのですけれども、とにかくここ数年来何かもやもやしたものが私をどこへもぶち当たることのできないいらだたしさで包んでいたというようなことが、たまたま物価の問題であるとか、あるいは申しわけないのですが汚い選挙であるとか、あるいは汚職であるとか、またはいろいろなことが一つの形となって私にそれが考えられてき始めまして、まじめに生活している者のやり切れない気持ちというのが、たまたま今回の酒、たばこ値上げ法案というのが窓口になって何かというようなことでこれに公募させていただいたというわけでございますけれども、実のところ今度こういうふうな場所へ出させていただくことに決まったということでは私自身非常に困っていますし、また責任を感じているわけでございますけれども、非常に内容的に貧しくて論旨もまとまりませんですけれども、とにかく私は毎日生活をしている者としまして日常の生活を基盤として私のありのままの意見を申し上げさしていただくことにしたいと思います。 私はこの法案に対して反対をいたします。その反対の理由といたしましては、まず第一には、生活物資の値上げということの影響はすべての者に一様ではなくて、特に、低所得者という言葉はいかがかとも思いますけれども、そういうところに非常に影響が大きいということでございます。このくらいの値上げだったらそれほど響かないだろうとお考えの方もおありかと思いますけれども、私どもは日常買い物をしますときに、いつも財布の中を見詰めながら、一つの物を買う場合でも現在ではとまどって売り場を二、三度往復して、そうしてやっとのことで思い切って買う場合、あるいはあきらめる場合といったような買い物をしている状態を御存じだと思いますけれども、また、もう一つ、数カ月前の統一選挙の折に、たまたまある新聞の記者が候補者の奥様方にインタビューをした記事を見ましたときに、まあこれは大変申しわけない言い方なんですけれども、私どもはその統一選挙のときには一番物価の安定を願いとしていたわけでございまして、また、候補者の方々もみんな物価安定ということに集中して公約をしてくだすっていたわけですけれども、そのときにいろいろなお話をした中の一つに、本当に身近なことですけれども、奥さん方、大根一本いま幾らしているか御存じですかという問いに対して、ある奥様は、いまはずいぶんお高いですねとおっしゃって何か濁されたようですし、ある奥様の方は、いまのところ非常に忙しいので台所の方は任せてあるのでちょっとというふうな御返事があったということを見ましたときに、私はこんなことはどうかと思いますけれども、本当にうらやましいと思うと同時に、ある意味ではがっかりいたしました。それで、価格の答えのなかったということに、実際に毎日お金を見ながら出し入れしている者には非常にいろいろなことが大きく響いているということを申し上げたいわけなんです。収入の多い層も少ない層も結局値上げという額は同じわけでございます。それで、こんなことはあたりまえだと言われましても、そうあたりまえで簡単に片づけられないと思うのです。今度は大衆向きのものはある程度据え置いてあるから、そういう意味においてはというようなことも伺いましたけれども、今日の世相は欲望というものも拡大化されておりまして、人並みにということにみんな背伸びをしています。そこで、分相応の生活を自然にできるというような生活感情は実のところあまり育っていないと思います。したがって、ここに値上げ以前の問題も大きくひそんでいると、そんなふうに考えているわけでございます。 次に進みまして、二番目には、実際の家計でございますけれども、家計のバランスを乱す原因の一つになるからでございます。このことはでございますけれども、酒とかたばこは、私ども家計簿の中では、食物費の中の嗜好品目の一つとして記入される場合と、主人の小遣い費といったような小遣い費の中へ位置づけられているということが多いと思います。したがって、この値上げの分がこの項目の中でやりくりしていったならば何とか部分修正で片づくように考えられそうでございますけれども、実際にやってみますと事実はそうではございません。限られた収入の中で精いっぱい努力をしてできるだけ家族の欲望を選択して満たしてやろうと、そしてバランスのある家計をと苦労していますときに、値上がりというものの投石はいやおうなしに家計を無理なところへ引き込んでしまうわけでございます。それで、家計の対応策として、こんな場合には消極的には消費の合理化を図れとか、それから積極的には収入の増加を図るのがよいというふうな教えも受けるわけでございますけれども、実際これを推進していく上にはいろいろな問題とひずみがまたそこにあるからでございます。現実の社会というのは、収入の差は非常に大きいわけでございますけれども、生活内容の差というのはそれほど変わらないというか、変えられないというのが本当だと思います。酒やたばこは値上げしても、これを飲む人にだけ関係があるとは言い切れません。食物費の嗜好品のところが多くなれば、家族の健康を支えるほかの項目費がしわ寄せを受けます。そして、経済的に不安定であれば、これは交際費などへも波及していって、家計のバランスはますます乱れてきます。そして、貯蓄をしなければならないと追い詰められていながらも、その貯蓄はまた減らさなければならないというふうな矛盾の中で非常に困ってしまうわけです。収入をふやそうと、こう考えたときに、それに焦りを感じましたときには、ふやすための無理がいろいろなことにあらわれる場合も少なくありません。具体的に言いますと、たまに三面記事などにこういうことを原因とした悲惨なこともなきにしもあらずだと思います。それから次に、消費の合理化を図れと申しましても、実際に現在産業界で私どもに提供してくれますものは使い捨ての傾向が非常に多くて、そしていろいろな方法で購買欲をかき立てています。とても賢い消費者にすべての家計担当者がなり切るには容易ではありません。したがって、私どもは、家計のバランスを崩すという意味において、何にかかわらず、値上げということは困ることだと思っているわけです。それからこれははっきりいたしませんけれども、消費者を保護してくれるような法案は、何かわかりませんけれども、なかなか通りの悪いような様子も察しますので、家計はあんまりこれから見通しは明るくないというようなこともいま感じているわけでございます。 それから三番目に、値上げ−ストライキ−べースアップ−値上げといったような悪循環というものを断つためにも、ぜひ値上げということはどこかで思い切ってほしいと、こういうわけでございます。物価につきましては、家計ではできるだけ安い方がよくて、また、外国のものより日本のものが安い方がいいし、あたりまえのことを言うようですけれども、恐らく国民経済の面からは家計に影響のしない程度の上昇というのが望ましいのではないかと、こんなふうに思います。それで、このごろのことを見ますと、生活が苦しいからといっていわゆるストライキ的なことが行われる、それに関係しない人に迷惑をかけても、結果としてはストライキをすれば次のいわゆるベースアップというかそういうものが必ず実現され、そうして、その財源として、そればかりではないでしょうが、何かの値上がりということが出てくると、全くやりどころのないいらだたしさというものを感ずる者も少なくはないと思います。名目所得でなくて実質所得を要求することはもっともだと思いますけれども、ストライキ騒ぎをしなくても、何とかみんなの本当に一致した研究というかあれで納得のできる最低の賃金体系というようなものはつくれないものでしょうか。一般の市民は、ストライキをしてベースアップをしてというふうな順序で乗っていける人たちはいいけれども、ストライキもできないし、ベースアップもないし、ただその値上げの分だけツケの回ってくるということの悪循環をどこかで断ちたいという気持ちを持っているわけでございます。酒、たばこの値上がり分は福祉を図るためにあるいは国民生活に有効に使われると言われましても、何か人件費のアップのために値上げの波をかぶって犠牲にされるのじゃないかというような感じさえも出てくるわけでございます。 次に第四番目には、値上げという声は、実際にそれが実施される以前から生活を狂わせてきます。以前起こった洗剤やペーパーのパニックはナンセンスだったと言っておりますけれども、こう次々と値上がりが何となく予告されてきますと、やはりじっくりと落ちついて家計に取り組んでいるわけにはいかないのが人情です。現にたばこもある種のものは幾箱ぐらいまでに一人してくれとか、あるものはちょっといまのところ入荷がありませんなどというような言葉も実際に買い物をしますと聞かれるこのごろでございます。それからお酒も、まとめてわりかた売れるという小売り店の話もありますし、何か在庫を気にしているというようなこともまあ見聞きしますと、何だかここでもってやはり不安になるし、落ちついていられませんし、まだこの先お米の値段の心配もしなくてはと、消費者は非常に忙しくなってきている現状でございます。必要なものを必要なときに必要だけ買い入れるというのが合理的だと、そういうことは頭の中で一応わかっていましても、正直者がばかを見ることの多い世の中だけに、無理をしてむだな時間とお金を使っても何とかしなくてはというそういうようなものが生活を順々に狂わしていっていると思います。そうして、生活が苦しくなる、無理をしているだけにお金が足りなくなる、したがってストライキをする、騒いでまた獲得するといった先ほどの悪循環へと飛び込ませてしまいます。絶対に不足はないとか、値上げはしませんなどと聞かされていたとしましても、そのまままともに信じられないという今日の状態であるわけです。消費者を不安にかき立てて焦らせるような値上げは何にかかわらず私はやめてほしいと、こう思うわけです。値上がりは一体このあと何があるのだろうか、どのくらい続いていくだろうかというようなこともやはりいま感じているわけでございます。私は、きょう、時間が一時間ほどありましたので、東京の方の、物価ではありませんが、酒、たばこというので、お中元売り場で酒やたばこというか、酒の売り場のところを少し値段などを見ながら勉強させていただいてきたのですけれども、すでにそこには、清酒は二十二日以後はあれですが、それ前の申し込みであれば現在の値段で取り扱いますというふうな張り紙もしてありまして、そう思って見るかげんか、清酒に勢い込んでお中元の買い物に行っているようなところもあるようでして、やはりこれが人の気持ちじゃないかなと、こんなふうに思いました。それからお酒の値幅などにつきましても、もちろんこれは当然でしょうけど、種類によってずいぶん違って、勉強していないと、一体幾ら今度上がった、だから幾らだなんということはちょっと見当がつかないように、種々雑多というとおかしいですが、二、三種類のお酒の値段もついていたわけでして、何か私はそういうふうなものを見まして、酒、たばこの法案がどうと言っても、何だかもう何となくどっちかへ滑っていっているという感じを持ちまして、ある意味ではがっかりもしたのですけれども、酒、たばこに窓口を借りて私はこれからのものについても同じような考え方で値上がりということはしてほしくないんだということをもって反対の理由としたいと思いますけれども、そういう意味を兼ねまして、私はまとめて次のようなお願いをしたいと思うのです。 少なくとも私は生活のめどを立てて家計をする者としては、二、三年の見通しの立った経済計画というものをぜひ教えていただいて、そして本当にその意味では強力に実行していただきたいということのお願い。 それからまた、現代にふさわしいところの経済道徳というようなものをしっかり打ち立てていく方策も考えていただきたい。 それから値上げということを、まあこういうのは極端な言い方でございますけれども、何かこそくり材料のようなことで安易に持ち出さないでほしいという願い。 それから騒ぎ得だとかごね得でかき回されないで、とにかくまじめに生活している者に張り合いの持てる明るい社会建設ということを目指していただきたいということ。 それから最後には、やはり日本に生まれていてよかったと。日本人としての個性を豊かにして、そして世界と提携して大きく前進していかれるようなそういった意味の経済構想というか、そういうものを掲げてほしいというふうなことを酒、たばこということを窓口としまして日ごろ念願している者でございます。 日常生活のありふれたことでございますけれども、内容のないままにつたないまとまらない意見で申し上げましたけれども、以上をもって反対の理由とさせていただきます。どうもありがとうございました。 —————————————
○委員長(桧垣徳太郎君) 次に、水野公述人にお願いをいたします。
○公述人(水野孝君) 東京の世田谷区に住みます水野孝と申します。五十九歳。職業は公認会計士をいたしております。 当法案に対しまして賛成でございます。 その理由でございますけれども、まず、酒、たばこというのは嗜好品である。これがなければ生きていけないと、そういう生活に欠くべからざるものであるとは言えないと、そう思うわけです。そうして、こういうような嗜好品については、それをたしなむ方がたしなまない方にかわって犠牲を負担すべきである、金銭的ですけれども、そういう理由が相当にあるのではなかろうかと思うわけです。 ただし、賛成でございますけれども、無条件に賛成というわけではなくて、まず物価という観点から考えまして当然全体の物価体系ということからとらえなければいかぬ。酒、たばこということだけでもって解決はできないだろう。そうしますというと、先ほど申し上げましたように、基本的な発想というのは、まず人間の生存に欠くべからざるものと、それ以外の、まあぜいたく品と申しますか、嗜好品と申しますか、なくても生きていけると、そういう二つに分ける。ところが、ぜいたく品とか必需品とか申しましても、一義的にこれはぜいたく品であるとか、これは必需品であるとかということはいろいろ議論があってむずかしいと思いますけれども、一応そういう分類をする。そして、当然でありますけれども、必需品についてはできるだけ安い価格で調達できるようにする、反対にぜいたく品、嗜好品は相当高い価格をつけると、そういうことにいたしましていきますというと、酒、たばこは少なくとも嗜好品に属するのではなかろうか。まあ必需品であるかもしれませんが、少なくとも嗜好品である。これがなければ生きていけないわけではない。たばこなどは、専売局がみずから「健康のために吸い過ぎないように注意しましょう」と書いているようですね。吸わない方がいいわけですよ、これは。だけれども吸いたい。それであれば、それに対しては相当な代金を払ってもいいのではなかろうかと、そう思うわけです、私も吸っておりますけれども。そういたしまして、このぜいたく品あるいは嗜好品、高く買ってもらうというものの財源を生活必需品の価格の補てんに充てる。とにかくこういうインフレになったということはいろいろ議論がありましょうけれども、こうなっちゃった限りはあしたから元に戻せと言ったってそんなことはできないわけですね。元に戻すということはできないわけですから、現状を認めて、これ以上悪くならないようにするということはもちろんですけれども、現状でうまくそれを配分するということが必要ではなかろうか。現在のわが国の体制というのは自由主義体制でございますから、価格は基本的には自由に決まるわけです。需給関係で当然決まるわけです。しかし、いまここに議論になっておりますところの酒とかたばことかそういうものは、一応専売であるとかあるいは行政上必要な手続を経て行われるわけですから、まあ統制価格ではありませんけれども値段を決めることがやさしい。でありますから、全体のそういう物価体系における配分を考えて値上げの幅を決めるというのがいいのではなかろうか。ただ、ほかのものが幾ら上がったから、あるいは生産費が上がったから、これだけ上げるというのではなくて、そういう物価体系全体の国民経済の配分という観点からもっと大きく考えてそうして値上げをする。その値上げは、ほかのものに比較して相当多額であってもそれは差し支えない。これは国民経済全体の観点から考えるわけですからね。これは酒、たばこだけを取り上げるわけじゃないんです。ですから、それが感じとしては非常にほかのものに比較してえらい値上げが激しいじゃないかと言われましても、これは全体の物価体系を調整する意味でのことですから何ら差し支えない。私は、むしろ、酒税とかあるいは地方税でありますところのたばこ消費税、あるいは専売益金、こういうものはもっと増収を図って、その増収分を生活必需品の補てんに充てるべきである。とにかく財源がなければ何もできないわけですからね。観念的にどうだこうだ言ってみたところが、現実に財源がなければ何もできない。その財源をこういう嗜好品、ぜいたく品から得ると、そういう考えでございます。また、実際にこれは専売局でありましてもあるいは酒の方でありましても売れなければしようがないんで、そんなに高くしたら売れないのじゃなかろうかということになりますけれども、逆に嗜好品とかぜいたく品なんかというのは高ければ高いほど売れるのじゃなかろうか。高いものを庶民がまあこの場合は飲んだり吸ったりするわけですけれども、そうするとちょっとした優越感を感ずると、たまには庶民の一服の清涼剤である。あるぜいたくもできると、そういう、まあこれは感覚的なものですけれども。そういうようにして財源の配分という観点から値上げを考えていただきたいと、そういう前提の上で値上げは賛成でございます。どうもありがとうございました。 —————————————
○委員長(桧垣徳太郎君) 次に、名東公述人にお願いをいたします。名東公述人に申し上げますが、御出席の前に、各公述人におかれましてはおおむね十五分程度陳述をしていただくということにお願いをいたしておりますので、お含みおきをいただきます。
○公述人(名東孝二君) 日本大学の名東でございます。 時間の関係で、ポイントを二つ、第一は物価騰貴への悪影響ということ、第二は大衆課税すなわち逆進性になって不公正を高めるということでございます。 まず、物価騰貴の問題でございますが、これから秋にかけまして郵便料金をはじめとしていろいろなものが、特に鉄鋼、石油というものが値上がりしていく、それの引き金になりはしないか、口実になりはしないか、非常にタイミングが悪いのじゃないかという心配を持っております。経済企画庁の委託調査によりますと、公共料金二十五項目の中でたばこの波及効果は〇・〇二八で六番目でございますが、この中には便乗値上げが入っておりません。昭和四十三年におやりになった場合に、全国平均消費者物価指数が対前年同比で五〜六%ほど上がっておりますが、これの引き金になったのじゃないかということが推定されております。そういうことでございまして、公共料金が春闘相場が一三%台におさまった現状において、公共料金はやはり当然自粛するのがあたりまえではないだろうかということでございます。 それで、春闘相場のことでございますが、これはいままでは確かに生産性原理がこの賃上げ上昇に働いたのでございますが、しかし、四十八年の春闘から、生活原理、すなわち二〇%の中の半分の一〇%がインフレの調整分だと言われております。そうしますと、それから以後、四十九年三三%、今度の一三%台は労組あたりでは失敗だと反省しておりますが、生活原理が若干入っておることは間違いないのじゃないかと思います。それで、今度の春闘の場合にやはり食い違いが見られまして、生産性原理にこだわる経済界と、革新側の方では分配率そのものが低いと。西独、アメリカに比べまして二、三〇%低いという数字が通産省の発表でも出ておるわけです。それからさらにフローとストック、すなわち便乗値上げでもうけた分が引当金、準備金の形で相当ありますので、それがまだ五十年三月末現在で任意積立金が約一千億円ほど前期並みに積み立てられておるという現実は、まだこれを取り崩していないのじゃないかと推定されるわけです。そういう意味で、このストックを、すなわち景気のいいときはもうけたけれども、不況になればそれを出すのが至当じゃないかという要求であります。それからさらに、いままでの春闘づくりは、これはいわば量の問題でございまして、したがって、ある意味では高度成長を消極的に認めたことになりますので、これからはやはり参加ですね、広い意味の参加によって適当にチェックしていただく方がいいのじゃないだろうかと、こういうふうに考えられます。 それから公営企業の独立採算制がある以上、当然にペイできるような形でやむを得ないものは国民に負担していただいてもいいのじゃないかという議論が日本の特に近経の学者方面からはそういう声が聞かれるわけでございますが、これはやはり市場原理すなわち自由競争に対する崇拝じゃないかと思うのです。自由競争というものは、強者、強い者の論理でございまして、幾ら自由競争をさしたらいいとおっしゃいましても、その結果はゆがみが出てくるということは避けがたいのじゃないかと思うのです。したがって、仮に自由競争の場をつくりましても、結局、十九世紀のような自由な市場原理は働かないのじゃないかというふうに私は考えております。そういう意味において、最近、ボールディングあたりが唱えております愛の経済とか贈与の経済という一つの新しい次元を導入をされたらいかがか。すなわち、言葉をかえて言いますれば、いま申し上げた春闘においてすでに生活原理が出ておるわけです。この生活原理を若干とも加味していかなければこれからの難局は切り抜けられないのじゃないかと、私はこういうふうに考えております。 それでいまのことに関連しまして、そういうふうになりますと、財政硬直によっていかんとも身動きができなくなるじゃないかというような疑念がおわきになると思いますが、これに対しては、やっぱり体質の改善ですね。たとえば殖産興業方式、できるだけ産業を優先さして輸出を伸ばしていこうと、こういったようなお考えがいままで税制、金融を通じてやはりこれが支配的であったのじゃないかと思うのです。たとえば租税特別措置だけをとりましても、これを洗い直せば一兆円以上、地方税関係で五十年度減収額が四千億円あるといわれております。したがって、この特別措置を洗い直すだけでも相当のものが浮いてくるのじゃないでしょうか。それからたとえば行政改革の問題がございます。御存じのように、松下幸之助さんが「崩れゆく日本をどう救うか」という本をお書きになりまして、大学卒の初任給が昭和十年のころに比べて千三百倍、物価が約千倍、それから日本の国家予算は一万倍から一万三千倍だということをお書きになっております。したがって、行政改革の問題はどうしても避けるわけにはいかないと思うのですよね。まあ幸いに総定員法のおかげで抑えられまして、ただし、その中において文部省は七年間に一〇・一%、これが一番高い数字でございます。地方公務員数は、これは有名なパーキンソンの第一法則に当てはまりまして、お役人の数は、その仕事のいかんにかかわらず、一定の割合をもってふえていく、すなわちそれは五・七五%であるという数字を挙げておりますが、これを調べみますと、神奈川県が九年間の間に七四・三%ふえております。東京都の二十三区平均が七年間で三四・六%で、これは完全にパーキンソンの法則を上回っておる数字でございます。やはり一般的に地方公務員数がふえていることは間違いございませんが、ただ、おっしゃるように財政硬直度を私も調べてみましたが、これは自民とか革新とかそういうことに関係ございません。まあ京都府は特別に高いのですが、それ以外は関係ございません。御質問があれば、データを持っておりますのでお答えいたします。 それからいまの税制に関連いたしまして、昭和五十年度の税制改革の答申には、税制調査会の資料をいただいて拝見したわけでございますが、勤労者固有のたとえば給与所得控除というような減税分が全然ございません。したがって、仮に一三%のアップとしましても、まずこの以内で物価上昇を抑えるということはむずかしいのじゃないでしょうか。そうすると、その所得のふえた分だけが累進課税によりまして増税になることは明らかでございます。 これは非常に重要なことでございますが、サラリーマンにだけなぜ必要経費を認めないのかという疑惑を前から持っているわけです。それで、この原因は、結局、必要経費というものの考え方が狭過ぎる。すなわち、いま申し上げますれば、生活原理をお考えになっていない。すなわち、市場原理に基づく能率、効率ですね、そういったようなものを非常に重んずる関係上、生活原理を無視するためにこういったような狭いことになるわけでございます。それで、ここにこの間私がテレビで使ったのを失礼ですがお目にかけますが、失礼ながら政治献金の一〇〇%を筆頭にしまして、一番下がサラリーマンの必要経費と推定されて、はっきりとは認められておりませんが、これが一一・三%、こういったようないわば上から下までいろいろな階段になっていると、こういうような不公平、こういうことをやはり上に立つ方としては御反省願いたいと思うことでございます。それで、この際特にお願いしたいことは、必要経費の実額控除制の併用です。すなわち、実際に必要経費がかかった場合にそれを申告してもよろしいと、なぜならば総合申告制がたてまえですから、したがって、サラリーマンといえどもそれを年末調整だけじゃなくて申告さしていただいてもいいのじゃないか。それで申告したからといって別に費用かかるわけじゃないと思うのです。だから、この実額控除制の併用は欧米でもすでにやっておることでございますし、総合申告制である以上は、これをサラリーマンにも認めてもらいたいと思うわけであります。それで、そうすると、大蔵省の方々は、そういうことをすると税務署に殺到してとてもやり切れぬとおっしゃるかもわかりませんが、いまでもすでに、十万円、この五十年分からは二十万円、雑所得等がそういうふうに十万円であれば、すでにわれわれでも申告しているわけです。したがって、かなりの人が申告しているのでございまして、いまさら申告を認めたからといって急に殺到していく、そんなことはあり得ないと思うのです。そういう意味によりまして、費用がかからない実額控除制の併用をこの際ぜひお認め願いたいと、こういうふうに思っております。 時間が来たようでございますので、最後に本件の問題回答を申し上げますと、たばこの場合平均四八%、これは非常に高いわけでございます。それで、これが改定後の社内留保が、すなわち専売公社において社内留保率が四十八年度の末に五・五%という数字が出ておるのですが、これが五十年度末の見込みが一九・七%に上昇します。これはどうも異常に高過ぎることだと思います。それから酒の場合は、率は確かに低いのですが、しかし、御存じのように免許制になっております。これは営業の自由の侵害ではないか。たしか薬局の場合だったと思うのですが、大審院でそれが覆されて自由になったと聞いておるわけですが、この問題でも恐らく遠からずそういう問題にぶつかるのじゃないかと思うのですね。そういったようなテリトリーをつくって半独占的な地位を与えておいて、しかもそれに二二%とか一五%とかいうような、春闘の場合は一三%台でございますが、そういったような、まあ私の希望としては少なくとも一〇%以内に抑えるのが、現在の時節柄、やはりインフレ体質のある日本経済の場合には、タイミングとしてこの際はできるだけ、単に公営企業の独立採算制というようなそういうようなありふれた昔かたぎの陳腐な理論にとらわれないで、この際ひとつ生活原理というような新しい考え方を幾分でも取り入れられることを希望しております。どうも失礼しました。 —————————————
○委員長(桧垣徳太郎君) 以上で公述人各位の御意見の陳述を終わりました。 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言願います。
○辻一彦君 初めに梶原公述人に少しお伺いしたいと思います。特に毎日生活されている主婦の実感として二、三点を伺いたいと思います。 一つは、減税が今年度二千五百億円と、こう言われております。ところが、酒が値上がりをすると一千億、たばこが値上がりをすると二千五百億、三千五百億、一面では多少の減税があるけれども、差し引き増税になるのではないかというこういう声が強いのですが、これについて家庭におられてどういう受けとめをされておるかということが一つ。 それからもう一つは、たばこは百円のたばこが百五十円になりますと、一月に大体千五百円、まあこれは新しい税金を取られるのと同じことになりますが、これは新しい何か増税でないかと、こういうような実感をお持ちになりますかどうか、この点をお伺いしたいと思います。 それから酒は一級酒が十五%原案では上がる。特級酒は二二%上がる。まあ特級酒は高級酒だから二二%、こういうのですが、ビールが二二%上がるのですが、ビールは非常に大衆的な酒といいますか、大衆酒でないかと思っていますが、ビールを家庭で御主人と奥様がお飲みになるときに、これは高級酒とお感じであるか大衆酒とお感じであるか、どうなのか。その場合に、大衆酒とすれば、ビールの二二%というのはちょっと高いように思うのですが、そこらの実感をまずお伺いいたしたいと思います。
○公述人(梶原房子君) 私は、実際に家計簿と大して言うほどではありませんけれどもつけておりまして、さっき一番初めに申し上げましたように、これくらいの値上がり分はとお思いになるということは家計簿の中ではこれくらいではないということをしみじみ数字の上からも感じるわけでございまして、いま言ったようにいろいろなものが値上がりすれば、初めの方をちょっと私の受けとめ方が違っているかもしれませんけれども、結局支出が多くなってきて本当にやりにくくなる。すみません、言っていることをもう一度お聞きしますけれども、いま受けとめたことだけを言わせていただきます。 それからまとめてビールなどのことは、私きょう実はビールのことがやっぱり気になりましたので、ちょっと回りましたときにビールを探して歩きましたところが、ビールはデパートでは出ていなくて、お伺いしましたところが、これは酒税の関係でいまから上がるのだから、そしてお酒屋さんでもいま普通の日本のビールだったら買えるから、ここでは外国品だけ扱っておりますというようなことで、一本も見ることができなかったわけですけれども、確かにお酒とかたばこというのは、考えようによりますと、家庭で使う場合だったらこれはぜいたく品というよりかも、疲れた後の一服とか一飲みというのは一つの意味の精神的のものにもなってくると思いますので、こういうものが高くなるということについては家庭では非常に響くわけです。それで、まあこれは言い過ぎかもしれません。職業的というか、いわゆる遊び的な要素を持っている場合だったら、これがまた少しぐらいはその辺のところが勘案される部分があってもいいのかなと主婦のあさはかな考え方としてはそんなふうなことは感じている点があるわけでございます。 初めの方はどういうふうな受けとめ方にしたらよろしいのか、御質問をよく、私が頭が悪いものですから、すみません。
○辻一彦君 私の方の言い方も悪かったと思います。 一つは、減税ですね、ことしは二千五百億円減税になる、ミニ減税が行われると、こう言うのですが、酒とたばこが上がると合計で三千五百億円だけ余分にいままでより税金が取られると同じようになる。差し引きすれば税金をよけい取られるじゃないかと、こういうようなお感じをお持ちかどうかということですね。 もう一つは、百円のたばこが百五十円になりますと、一月大体千五百円、一日に一箱ずつのめばですね、余分にお金が要る。これは新しい税金を取られるというような実感をお持ちでないだろうかということです。 それからいまのことに関連してもう一つお伺いしたいのは、そうしますと、高級料亭なんかでビールを飲む場合は、これは高く取られたってそれはいいだろうと、しかし、家庭でビールを飲めばこれは大衆のお酒なんだからもっと安く税金をすべきであると、こういうような大体お考えでしょうか。
○公述人(梶原房子君) そういうふうな考えを持っています。 それからたばこのことなんかもそうですけれども、税金というふうな考え方もあります。とにかく上がるということはお金をよけいに取られるという、税金というか、そういうことで確かに感じて、しかも、それがあるところでもって五十円高くなって、あるところではそれが少ないというのではなくて、五十円はどんなにたくさんお金のある人も五十円、低い人も五十円ということで、私が第一番に言った影響は非常に低い所得の者ほどたくさんに税金といえば税金が取られるということになると、そういうことは実感として持っております。
○辻一彦君 もう一つ梶原さんにお伺いしたいのですけれども、まあ家計に影響しない程度の上昇というと、酒、たばこはどのぐらいだったら家計に余り影響しないとお考えですか。
○公述人(梶原房子君) 酒たばこだけでどのぐらい、それじゃほかのものはどれだけ上がってもいいかということになると、これは全体のバランスはやはりみんな上がらない方がよくて、できるだけ安い方がいいというのが私どもは単純ですけれども考え方なんです。ですから、酒とたばこはここまででよくて、米はここまででよくて、何はどこまでという、そういう専門的なものは私は持ちませんで、もう本当に申しわけないのですけれども、上がらない方がいいというのが一番で、上がるとしても影響のない程度というのが専門の先生方にお聞きしてどの程度か、まあ私も自分の家計の中でどのくらい上がっても差し支えないとかというようなことを申し上げるところのそれほど大した資料も持っておりません。
○辻一彦君 名東公述人に一、二点お伺いいたします。 一つは、ことしの春闘が一三、四%に抑えられたと、こういう中で、サラリーマンや賃金労働者の中には、この春闘の賃上げもこの程度に抑えられたのだから、せめて政府が決められる公共料金、これはたばこの一つぐらいは値上げをあんまりせずにしてほしいという、こういう大変切実な声がかなり強いのですが、こういう声をどうお考えになるか。 もう一つは、これからの租税政策としていまいろいろな新しい増税対策が言われておりますが、どういう税目を考えていったらいいだろうか、この二点をお伺いしたいと思います。
○公述人(名東孝二君) 第一は、現在、一般の庶民としましては、生活を脅かされる、これが一番やっぱりこたえると思うのですよね。したがって、それは賃金と物価の問題、これはまあいろいろと議論もございましてそれは一様じゃございませんけどね。しかし、要するに生活をこれだけ激しいインフレが襲った後ですから、何とか生活を防衛したいという気持ちがあると思うんですよ。したがって、まあ一三%におさまったということは、これは単なる勝ち負けじゃなくて、私は日本人としての一つの良識だろうと思うんですよ。その良識の中には、今後物価を少なくとも一〇%——一〇%といっても高いわけですからね、このぐらいに抑えてほしいと、少なくとも抑えてくれという気持ちが入っておると思うんですよ。だから、それに対してやはりこたえるように、単にそれが独立採算とか何とかそういうようなエフィシェンシーじゃなくて、そういうようなナイーブな気持ちに即すれば、少しでも一%でも安く抑える。できたらそれはもうしない方がいいんですけどね、引き金になると思いますからね。そういう姿勢を断固示すことが、これが両方合わしたところで三千八百、約四千億円の金ですからね、そう少なくはないけど、しかし、これはやっぱり非常に重要な政治的姿勢だろうと思うんですよ。 それから第二の点でございますが、これは御存じのようにイギリスでは日本のやり方とちょうど逆をやったんですね。それで要するに資産所得に対して課税した。これが日本のように勤労所得とか直接税をかけたのじゃなくて、そのために英国病の一つはこういうことだと言われておるわけですけどね。だから、その意味じゃ、ある意味ではイギリスのそういう資産課税をやったのと逆の方向をやった日本が高度成長して繁栄したわけですね。しかし、これがかなりひずみが出てきたという反省が出ているわけで、したがって、この辺で私はやっぱりイギリスの、英国病はともかくとしまして、そういったような行き方に対してやはり学ぶべきものがあると思うんですよ。 それからまた、今度のインフレの結果、特に土地所得ですね、これが非常な膨大なものだということは、これはもう御存じのとおりだと思うので、そういったような資産所得なり財産の蓄積を許しておけば、これは非常な不公平感を助長するということ、これは何といいますか、単なる政党を超えましてやはり政治不信につながっていくのじゃないか。パーキンソンが言いましたように、インフレが激しくなればなるほど議会制度が倒れるということが言われているわけです。したがって、これだけの激しいインフレを経過したということは、これはもう日本人が非常に忍耐強い国民じゃないかと私は思うんですよね。したがって、それにこたえてやっぱり抑える。これは私は単なる政党を超えて一つの議会制度を守るというようなお気持ちでやっていただかぬと、日本人がいつまでもそんなに永久にしんぼうしておくなんということはないと思うんですよ、幾ら日本人がしんぼう強いと言いましてもね。だから、そういう意味で、はっきり申し上げて、そういった資産関係、それから資産所得、それから法人——法人がいかに富んでいるかということは、私もこれは数字を実は用意しておりますので申し上げてもいいんですが、法人の蓄積の割合、それから国税庁の発表によれば、法人で脱税が最近大口でふえているということがこの間発表になっておりました。そういうことを考えれば、丸の内のあのりっぱなビルと、あそこに住んでいる人間がいかに遠くの方から貧しい家に住んでいるかということを考えたら、それだけでも法人自体が富んでいるかということは明らかじゃないかと思うんですよ。そういう意味で、もうこの辺でやはり方向転換をして、法人税に対して遠慮なくもう少しかけた方が、私は、公平の角度から言いまして、そしてまた今後問題になってくる参加という意味でもこういう問題は避けて通るわけにはいかないと思うんですよね。まあそういうことでございます。失礼しました。
○鈴木一弘君 水野公述人にお伺いしたいのですが、先ほどのお話の中で、酒、たばこは、いわゆる需給関係で普通ならば自由経済の中で決まらなきゃならないけれども、そういう枠を超えたようなものであるというようなお話があったわけですが、その点で一つだけお伺いしたいと思っているのですが、公述人のおっしゃった全物価体系の中で値上げを考えるべきだというのは私は賛成なんですけれども、特にいまの需給関係で決まるという、本当の価格なら決められなきゃならないとなりますと、いまのお酒が一級、二級、特級という区別がありますね。ところが、あの区別は、昭和十何年かに統制の上から始まってきたことで、それまでには等級なんかなかったんですね。本当ならば、自分のところで、これはいい酒です、これは安い酒ですというふうにメーカーがやるのが当然だろうと、こういうように思うのです。その点が、いまのような統制の名残のような形でなっている。まあ私どもはそういうものはなくした方がいいのじゃないかという感じもしているのですけれども、そういう点についての御意見をいまのお考えからちょっと伺いたいと思うのです。
○公述人(水野孝君) 私が申し上げましたのは、まああたりまえのことですけれども、自由経済であるから需給関係で基本的には決まるのであろうと、全物価体系の——体系と申しますか、物価の問題ですけれども。ところが、酒とかたばこというのは、いままさにここで御審議されておりますように、一つのそういう手続、国家的な制度的な手続を経て決まるのであると。だから、ほかのように自由に需給関係で決まるのではなくて、何と申しますか、人為的に決めることができると。だから、決めるその価格自体を全物価体系から考えて、繰り返しになりますけれども、生活必需品とそれ以外のぜいたく品あるいは嗜好品というようにそれが分けることができるとすれば、そのぜいたく品あるいは嗜好品というものから多額な財源を得て、それを生活必需品、これがなくちゃ生きていかれないというものに回すべきであると。その回す方法はこれは自由主義経済の中でのことですから、いろいろ問題はございましょうけれども、考え方はそういうふうにして決めるべきだと。まあ財源を得るためにということで値上げの価格を決めるべきだと、そういうことを申し上げたつもりなんですけれども、御返事になりましょうか。
○鈴木一弘君 名東公述人に伺いたいのですが、先ほどパーキンソンの法則そのほかから行政改革のことを言われました。私も行政改革は必要だと思うのです。特に今回のたばこの問題が、これはいま民営じゃございません、専売ということになっているわけですけれども、非常に矛盾していると思うのは、外国へ行けばおわかりと思いますけれども、スーパーへ行けばたばこは安く買えますよね。わが国の場合は、スーパーへ行ったってどこへ行ったって値段が全部同じです。こんな、何というのでしょうか、専売独占という感じのものはないわけですよ。そういう点で、全部が全部とはいかないでしょうけれども、行政改革の中の一つとしては民営に移さなきゃならないもの、民間移行を考えるものがだんだんふえてきてもいいのではないかということがあるわけで、この専売だけではないんですけれども、その点、民営への移行という点についてどういうものがまた適しているのか、あるいはたばこ等についてはどうお考えになっていらっしゃるのか、それを伺いたいと思うのでございます。民間移行ですね。民営とは申しませんが、民間に移行できるものもございますので。
○公述人(名東孝二君) いままでの社会化の方向というものは、これはやはり国有化なり公有化というものを是認しまして、それでできるだけ社会主義という名前でそういったようなものを公有化、国有化するということがりっぱなことだというふうなことがいままでは大体通説だったんですね。ところが、だんだんと現実も進んできましたし、それからまた学問の方も進んできまして、そういったような公式論じゃだめだと、もっときめ細かくやっていかなきゃいかぬということになりまして、それで私もユーゴあたり、それからイスラエルあたりを拝見してみたわけですが、理論的には理想的だと言われております混合経済ですね、資本主義と社会主義の混合経済なんですが、これは現実にはやはりなかなかなれ合いでうまくいかないのですよね。そういうことで一概にイギリス流に国有化してしまえばいいというような単純な議論はいまはすでに専門家の間ではないと思うのですよね。ただ、いまおっしゃったように、どういったような業種を国有化なり公有化するのがいいかという問題だろうと思うのですね。だから、その場合は、何といいますか、ナショナルミニマムをどういうふうに規定するかによると思いますね。そのミニマムのところをどういう形で補うかという形で、結局財政負担の問題とエフィシェンシーの問題とのからみ合いで決まってくると思うのですよね。だから、エフィシェンシーを重んずれば、これはやっぱり民営の方がエフィシェンシーは高いと思うのですよね。そうすると、高いエフィシェンシーを追求しますと、たとえば値上がりの問題がすぐ出てくるわけです、民営になれば。ところが、それが、いま申し上げたようにエフィシェンシーだけじゃなくて、それ以外のミニマムの問題も出てくるわけですね、社会的公正の問題が出てきますのでね。だから、そこのところが、単に市場経済だけを是認する人はわりあいに民営を叫ぶ人が多いのですけれども、それだけじゃ解決できないと思うのですね。だから、ミニマムの確保とエフィシェンシーをどういうふうに妥協させるかというところが私は現実問題は非常にむずかしいだろうと思うのですね。そうなってくると、基礎的なミニマムの中に入るものは、これは少々赤字でも、はっきり言えば専売公社さんみたいに非常に蓄積して、それでまあ相当もうけているわけですよね。こういう形にするのは、これは民営ならともかくも、国営の形でこういう黒字、超黒字なんという形は、これは納得できないと思うのですよね。やはり、国営である以上は、もう赤字を出すことは好ましくありませんけれども、しかし、まあすれすれでもいいんじゃないかと思いますがね。そういう意味で、やはりそういうようなエフィシェンシーだけを追求する時代じゃないということになりますと、ある程度こういう国営もやむを得ない。したがって、ある程度の大幅な赤字は——国鉄なんかはこれはもっとやり方が、これはエフィシェンシーが全然追求されていないと思うのですけれども、やはりそういったようなケース・バイ・ケースで言わねばなりませんけれども、国鉄はもっとエフィシェンシーを追求してもらいたいと思うのですが、専売公社の場合は社会的公正という角度からお考えになった方がいいと思うのですよね。だから、エフィシェンシーだけでいけるようなものはもうどんどん民営に移した方が好ましいのじゃないかと、こういうように考えます。
○渡辺武君 初めに梶原公述人に一つだけ伺いたいのですが、先ほどたばこなどの値上げに反対された論拠を非常に感銘深く伺ったわけでございますが、家計をあずかる方の立場として、酒、たばこはまあ嗜好品とおっしゃいましたが、確かに嗜好品ですが、もう生活必需品に近いような嗜好品じゃなかろうか。その点ではダイヤモンドだとかミンクの高級のコートだとかいうようなぜいたく品とはちょっと違うのじゃないかというふうに私ども考えておりますが、その点どんなふうにお考えでしょうか。
○公述人(梶原房子君) 私もそう思いますし、実は私が申し上げたのは、一般的な統計などと比較します場合に、食物費の中が、嗜好品という一つのものとか、それから調味料とか、そういうふうな分け方は人によって違うかもしれませんけれども、そういうグループの中で一応大方は酒やたばこもそこへ入れるという分類上で申し上げたことで、性質上から言いますと、いまおっしゃるように、宝石とかそういうものに比べましたら、生活必需品と言って差し支えない。家庭で使う酒、たばこについては、必需品に近い、必需品だと言ってもいいではないかと、私もそんなふうに考えております。
○渡辺武君 それから水野公述人に二、三点伺いたいのですが、御賛成の立場でおっしゃって、ずっと伺っておりますと、嗜好品あるいはぜいたく品などにはできるだけ高い値段をつけて、そのいわば収入をもって生活必需品の方は安くした方がいいと、そういう立場から賛成だというふうにおっしゃったかと思いますが、もし現実の事態がその御希望に反しているという場合には果たして御賛成なさるかなさらぬか、その点どうでしょう。私どもは、これは政府の収入のことですから、酒、たばこから入ったお金がどこに使われているかというように直結することはちょっと困難だと思うのですね。財政収入一般の中に組み込まれて、そして財政支出という形になっていくと思いますが、大まかに言いますと、いまの日本の国の予算の支出をずっと調べてみますと、それは社会保障費などはもちろんあります。ありますけれども、しかし、かなりのところが大企業の営業活動を援助する方向に使われている分野がかなり多うございますし、軍事費なども含まれておりますし、必ずしも公述人のおっしゃったような方向にはいっていないのではないかというふうに思います。もし現実が食い違っておられたときにはどういう態度をおとりになりましょうか。
○公述人(水野孝君) いまのことでございますけれども、どういうふうに金が使われるかということは、値上げ法案とはまたちょっと、まあ関係はございましょうけれども、場が違うのではなかろうか。そういうことについてお前はどう考えるかというふうに言われました場合には、たとえば、これは思いつきでございますけれども、取引税のような形で、まあ目的税と申しますかね、そういうことにしてこれに使うんだと、ちょっとこの値上げ法案の議論とは変わってくるのかもしれませんが、そういうことにしていただけないだろうか。ちょっと話がそれますけれども、健康保険料相当われわれは払っておるわけですね。ところが、現実の問題としては、いざ本当の病気——本当の病気という意味は、ちょっとかぜを引いた、おなかが痛いというぐらいな程度のときには初診料ぐらいで済みます。けれども、御存じのように、実際に長期入院を要する、あるいはがんになったというようなことで実際に必要な場合には、差額ベットその他で、私はまだ幸いに病気をしたことがありませんのであれですけれども、聞くところによると、月に四十万、五十万という出費は当然であると、死ぬときにはもう破産してしまうと、まあ破産しても出せる方はよろしいのですけれども、そういうような状態になっておる。これじゃ何のための健康保険料であるか。まあ健康保険の話はここでは関係ありませんけれども、総合的に考えましてね。それと同じように、値上げしてもいいし、それから増税してもよろしいんですよ、私自身の考えは。それは貯金だと考えればいいんですよ。それが有効に使われるかどうかということが問題だと思うのですよ。いままさにおっしゃるように、それが何に使われるかわからない、あるいは一部の者の利益のために使われるということであれば、これは何にもならないわけですよ。その使い方が問題なんです。まあこの値上げ法案と直接関係ないかもわかりませんが、そういう意味でそういう条件のもとに値上げを賛成いたしますと、そう申し上げたわけです。
○渡辺武君 もう一点、水野公述人に伺いたい点があるのですが、それは嗜好品、ぜいたく品などは値段を上げて、生活必需品の安定の方に回すとおっしゃいましたけれども、特に先ほど梶原公述人からもお答えがありましたけれども、酒、たばこなどは生活必需品に非常に近い嗜好品というような性格を持っていますね。つまり、大多数の国民がこれを使っている。したがって、そこを上げますと、結局はこれは国民にとっては大衆課税と同じような性格を持ってくるわけでしょう。ですから、生活必需品の方をもし仮に理想的にいきましてそれで下げたとしましても、国民の負担という点では結局プラス・マイナス同じということになるのじゃないか。むしろ財源という見地から言えば別なところに財源を求める必要があるのじゃないか。先ほど名東公述人もおっしゃいましたけれども、租税特別措置、これで利益を受けているのは大企業が多いというのは常識的な事実ですけれども、つまり、一般国民でなくて、大きなところでたくさん金があって税負担余力もうんとあるというところからむしろ財源を取ってそして国民一般に均てんさせるような施策をやるという方が私は水野さん御自身のおっしゃっていることにも合うような感じがいたしますが、その点はいかがでしょう。
○公述人(水野孝君) いまおっしゃること、まことに私もごもっともだと思いますけれども、要するに、いまおっしゃることは、酒やたばこぐらいは吸うというのが普通の生活状態ではなかろうかということからのお考えではなかろうかと思うのですけれども、まず酒、たばこ以前の問題があるんですよね、私が言いたいのは。これがなくちゃ生きていかれないものが高くなっているわけですよ。だから、それと比較的の問題にすれば、酒、たばこは上がってもいいじゃないか。そのかわり、いまのこれがなくちゃ生きていけないようなものは上げちゃならないと、それが本当のことじゃなかろうかと、そういう発想から申し上げているわけなんですがね。それで、先ほど申しましたように、酒、たばこぐらい飲んだり吸ったりできないような生活は普通の生活じゃないのじゃないかということなんですけれども、しかし、さっきの比較的の問題にすれば、金銭的な犠牲を払うべきではなかろうかと、たばこを吸わない人もあるわけですからね。お酒を飲まない人もあるわけですよ。それはまあきらいで飲まない人もありますよ。飲めない人もありますわな、これは。実際問題としてはあると思うのです。だから、そういう方に比較して、酒もある程度は飲めると、たばこもまあある程度吸えるという方は、そういうものを負担すべきではなかろうか。犠牲と言っちゃなんですけれども、金銭的の負担をすべきではなかろうか。で、くどいようですけれども、先ほど申し上げた、ただそうやって得た金の使い方ですよ、これが一番問題だと思うのです。まあ同じような答えになりましたけれども、そういう考え方です。
○渡辺武君 名東公述人に二、三点伺いたいのですが、この酒、たばこの値上げで一番問題になるのは物価の騰貴の問題だという御趣旨は非常に私は賛成でございますが、いま政府自身も物価の問題は最優先課題だというふうに言っているときに、政府自身が酒は約二割、たばこは五割と、かなり大幅な引き上げになるわけですね。引き上げておいて、しかも、今年度九・九%に消費者物価をおさめるというその枠の中のことだというふうに言っているわけなんですけれども、しかし、政府がこんなに大幅に上げたら、かなり大幅に上げてもいいぞという旗印を上げたような感じがしまして、ほかのところは九・九%の範囲におさめるように小幅に上げろと言ったってどだいそれは無理じゃなかろうか。そういう政府の政治姿勢としてどんなふうにお考えになるか、その点を一点伺いたい。 それからもう一つは、先ほど国有事業の話がございまして、これも非常に感銘深く承ったわけでございますが、たばこなどは特に公共料金でございますけれども、たばこに限らず、公共料金については、これはやはり政府のいわば政治的な価格という形になっていくわけですな、価格の決定の場合。そのときに、先生のおっしゃった生活原理と、こういうものを十分に適用しなければならぬし、したがって、ある程度採算を度外視すると言うと語弊がございますが、ある程度やっぱり度外視して、国民にはなるべく安い料金で、そして、そこでもし仮に赤字が出た場合には、国が財政でこれを補っていくという措置こそが公共料金政策の一番根本として考えなきゃならぬ点じゃなかろうかというふうに考えますが、その点はどういうふうにお考えになるのか。 それからそういう場合の財源ですね。これも先ほどおっしゃった租税特別措置等々で一番優遇されている大企業、これは先生も御指摘あったかと思いますが、この不況の中でも内部留保は非常に大きうございますので、そういうような点も考えながら、やはり持てるところから応分に税を負担させるという形でその財源を求めていくというのがやはり生活原理という点に立って見れば正しい方向じゃなかろうかというふうに思いますが、その三点についてお伺いします。
○公述人(名東孝二君) 最初の値上がりの問題でございますが、日本の経済というのはインフレ的体質を持っていると私は思うのですよね。民主主義というものは大体そういうような体質的なものだと思いますがね。日本の場合は特にそういうインフレ的体質を持っていると思うのですよね。したがって、それは意識的によほどの政治的決断をもって臨まないとむずかしい。特に、御存じのように、日本の政治家で失礼ですけど松方正義さんが明治十年からやったわけですね。だけど、デフレ政策をやる人は、政治的に殺されかかったり、ずいぶん危険な目に遭うのじゃないかと思うのですよね。そういう意味で、これはもう大変な時代だと思うので、しかし、それだけにインフレを抑えていくということは、恐らく相当な有力な今後の政治的課題だと思うのです。そういう意味で、片方デフレの要因もすでに出ていることは間違いないのですね。だから、危ない綱渡りをしていくような形になっているということは、これはもう間違いない事実でしてね。だから、両刃のような剣になっておって、その点非常にむずかしいところでございますけどね。しかし、どちらかと言えば、私はいま政治的にはインフレを抑えていく課題の方が非常にむずかしい課題だと。したがって、まあこれはわれわれは門外漢でございますから、勝手なことを言うわけでお許し願いたいと思うのですが、政治家としては非常な非難を受けても後世に名を残すような人と言ったら、いま申し上げたように松方さんとか、井上さんとか、デフレ政策をやった人というのはみじめなことになっていますけど、それだけにまた歴史に残っているわけですよね。そういう意味で私たちのような門外漢からすれば勇気をもってやってもらいたいと、こういう気持ちを持っているわけです。 それから第二の——第二点は何でしたかね。
○渡辺武君 公共料金の問題。
○公述人(名東孝二君) 公共料金の点は、これははっきり申し上げて、さっきもお答えしたエフィシェンシーとそういったような贈与の問題ですね、その二つの兼ね合いで決まってくると思うのですよね。おっしゃるように基本的には確かにこれは政治的な課題でして、単にエフィシェンシーを追求すべきものではないんで、したがって、ミニマムを満たす限り、ミニマムも課題もいろいろとございますけど、これは決して簡単な内容じゃないにしましても、やはり大体ミニマムを洗い直していこうということですよね。これも、たとえば軍事関係のものはどう見てもこれはミニマムを越えているのじゃないかという感じは持つと思うのですよね。だから、そういったようなミニマムを洗い直すことは必要でございますが、同時に、やっぱりミニマムを満たす範囲内はこれはどうしても国庫負担でいく。あとはこれはもうエフィシェンシーを追求させるというような兼ね合いでいかないとね。したがって、やっぱりケース・バイ・ケースとそのタイミングの問題があると思うのですよね。このインフレ、デフレの問題というのは、経済というものは生き物ですからね。生き物ですから、タイミングを失っすると、もう生きるものが死んでしまうというようなことになるわけですよね。だから、決して単なるパーセンテージの問題じゃないのであって、タイミングということが私は非常に重要な問題のポイントになると思うのですよね。そういう意味で、せっかく政府におかれて一〇%に抑え込もうというお考えは結構だと思うのですよね。これを貫くためには、ほかのことは少々ある程度タイミングを外していくとか、何かやっぱりなさらないと、そう一緒にはうまくいくものじゃないと思うのですよね。 それから第三点は……。
○渡辺武君 財源。
○公述人(名東孝二君) 財源は、はっきり申し上げれば、中央集権の国家財政をどんどん強めていくような形というのは、もうこれは失礼ですが世界的には古いのじゃないでしょうかね。やはり分極化していくという傾向は世界的傾向でございますしね。日本の国内においても、私は資料持って来たんですが、人口の要するに集中がとまったり、それから一世帯当たりの消費購買力でも平均化して、いままで東京と鹿児島が五・五倍だったのが、最近はもう二・二倍というように落ちてきていますね、この十五年間の間に。そういうわけでいろいろな経済現象が平均化しておる時代なんですよね。したがって、それだけ地方のそれだけの分極化といいますか、いわば分権化が進んでしかるべきなんですが、どうも日本ではまだいまだにお役人さんが中央集権的な力を少しも離そうとしない。御存じのように、取り上げる方は大体七〇%近く、それでそれを今度は実際に配分しましてそれで使うという段になると、それが逆転して三十と七十ぐらいになってしまうわけですね。こういったような形で地方をコントロールするような行き方ですね、これはやっぱり発想が失礼ですが古いのじゃないかと思うのですよね。そういったような発想の仕方でいつまでも中央集権の実を上げていくことができるというふうなお考えをもし、まあお役人というのはもうしようがないですからね、これは。しようがないという意味は、どうもビューロクラシーというのはどこでも割りに権力に弱いですからね、惰性で行きますからね。中央政府におかれても、この点は単にビューロクラシーに流されるのじゃなくて、もう少し前向きにそういったような地方分権化を進めていくような方向をおとりになる方が、評価されるのじゃないかと思うんですよ。単に人件費がかさむという——それはそういう事実はございます。ございますけれども、単にそればかりを取り上げておっしゃるのはこれはどうかと思うので、やはりこの際に行政のあり方というものを基本的には権限と財源というものを地方に与えていくような方向にしなければ、ちょうど東南アジアでもそうですよ。やっぱり出ていけばどんどん権限と人を育てて譲っていくような気持ちでなければ東南アジアの方面だってこれからはうまくいきませんよね。そういうのと同じなんでありまして、時代に逆行するような行き方は避けてもらいたいという気持ちを持っているわけですね。
○栗林卓司君 梶原公述人にお伺いします。貴重な御意見、大変ありがとうございました。 特に最後に希望として何点かお述べになりましたけれども、一つ一つまことにごもっともだと思いますし、拝聴させていただいたわけですけれども、一つだけ重ねて承りたいと思いますのは、いまの世の中を見ながらなかなかもって人並みという暮らしになってしまって、分相応といいますか、まあ最近ははやりませんが、言い直しますと、自分の物差しに合わした生き方といいますか、そういったものがなかなか育ってこないのだとおっしゃいました。こんなものが家計簿のやりくりにもいろいろ及びながら御苦労の種になっていると思うのですが、人を見ながらというものばかりで、自分の物差しで生きるというものがなかなか育ってこない。どこが一番問題なのか、あるいは何でこんなことになってしまったのか、恐らく実感からの御意見もおありになるのではないかと思いますが、もしございましたら一、二お聞かせいただきたいと思います。
○公述人(梶原房子君) このことで一つ挙げますと、たとえば教育の問題を一つ取り上げましても、教育費というようなものが現在家計に占める位置というのは非常にパーセンテージも高いわけですけれども、この教育費なんかのことを一つ挙げてみましても、まあ分相応という言葉は悪いとしても、自分の家の家計上から考えて、その子供の能力にもありますけれども、進路とかそういうものに本当に着実な考え方でもって教育をやっていくというようなことがある程度各家庭でもってしっかりしていればバラスもかなりまでとれるときもあるだろうと思うのですけれども、それをみんな社会の機構というか、受け入れ態勢というか、そういうふうなものがもう一律にある程度の学歴偏重という言葉でそういうようなものが流れているとすれば、やっぱり人並みというのは同じようにそういうコースを踏んだ者が人並みであるから、そこまでいかなければならないのだというような錯覚的なものが多分に支配していくという、そういうふうなこともいまよく感じることで、現在学校の教育の中を乱しているもの——乱すという言葉は大変いけませんでしょうけれども、職業高校、普通高校の問題とかいろいろそういうことなんかも、それからどんな無理をしてしわ寄せをして家計にひずみをつくってもそこはしないと人並みになってその子供の生活が保障されないというような、幾度も同じことを言います、錯覚と言っていいと思いますけれども、それは非常に大きいというようなことを感じますし、それから人の持っているものは欲しいというのは、だれでも欲望があるのでありますけれども、その欲しいものもろ過して消化して欲しいものへ行くというようなそういう過程の踏めないような、余りにも何というのですか、提供されるものも多いし、いろいろ条件的にせつな主義的な生き方がわりあい戦後多くなってきているので、あっちであるものは自分も欲しい。外国などでは共有的にしてある程度のものを使っていって、そうしてその必要なだけのものを分担するというような、家庭のもの器具一つにしてもそういうところもあるそうでございますけれども、やはり自分のものにしなければおさまらないようなそういうものから言って、借金しても物をそろえるというようなそうういうようなこと、それが人並みである。農家で言えば、自家用車というか、そういうふうなもののいろいろな車とか、そういうようなものがなければ農家経営としての人並みでないというような、まあ挙げてみると、普通で考えるとちょっとばからしくなるようなこともありますが、これは笑うことのできないいろいろな経済のひずみだということを直感するわけでございまして、隣の子供がこうしているならうちの子供にもせめてというようなことがうっかりしますとまたいろいろな混乱のもとになるというようなことは直接毎日支出していても経験のあるところでございますけれども、こんなふうなことでよろしゅうございましょうか。
○栗林卓司君 ありがとうございました。 では、水野公述人に伺いますが、御意見を補完するという意味でお尋ねしたいと思いますが、ぜいたく品、嗜好品には重課をしながら生活必需品の価格補てんに充てたらどうかという御意見ですが、これはこういうぐあいに理解をして間違いがございませんかということで伺うわけですが、価格の相対的な関係について、特に具体的に結びつけたメカニズムを考えているという意味ではなくて、生活必需品の中にはサービスも入るでしょうし、いわばそれやこれや本当に基礎的に必要としているものということで考えて、いわば国なり地方なりそういう公的な財源をどこに求めるかという一般的な広い意味で考えていくと、財源としてぜいたく品、嗜好品というのは目につく部分であると、こういうぐあいに理解してよろしゅうございますか。というのは、生活必需品の価格補てんといいますと、妙に直接につながって聞こえるものですから、いまのように置き直して理解した方が公述人の真意に合うかどうか、念のために伺います。
○公述人(水野孝君) おっしゃいます意味は、ぜいたく品あるいはは嗜好品というものに財源を求めるという、まあ財源を求めるとすればそういうところに目がつくという、おっしゃるその具体的な意味がちょっと受け取れないのですけれども、申しわけないですがもう一度……。
○栗林卓司君 端的に重ねて伺いますと、ぜいたく品、嗜好品に負担を求めて、生活必需品の価格補てんとおっしゃいましたから、そういうメカニズムを具体的に思い描かれながら御提言でございますかという意味です。ある品物を直接に連動させながらということでございますか、一般的な財源をどこに求めるかという国民経済的な分野での御指摘でございますかという念のためのお伺いです。
○公述人(水野孝君) 要するに、ここで御審議されております問題は、酒とたばこの値上げということについてでございますので、先ほどちょっと申し上げたかと思いますけれども、まあ結びつけるという意味になれば、御承知の目的税というような形でお考えになればこれは直接結びつくでしょう。しかし、一般的な財源という意味で考えれば、これはまたよくわかりませんけれども、おそらく予算審議の問題になるだろうと思うんですよ。それはまた別の観点から御審議になることだと思いますのでちょっと違ってくると、そういうふうに理解いたしておりますけれども。
○栗林卓司君 では、最後に名東公述人に承りますけれども、春闘の問題に触れながらフロー対ストックという表現をお使いになり、それから生産性原理対分配率と、こうお使いになりましたので、ちょっと触れながらもう少し教えていただきたいと思いますのは、先生が使われるエフィシェンシーという言葉は、いわば生産性という言葉に置き直してもそう大きな違いはないのか。それからまた、生産性という考え方と、ミニマムといいますか生活原理というものは相対立するものではなくて、基本的になじむものであるかどうか、伺いたいと思います。
○公述人(名東孝二君) その点は、確かにおっしゃるようにエフィシェンシーの問題とミニマムの問題は、これは食い違うものでないとおっしゃるお考えがあると思いますよ。しかし、これは、私、経済学的に言えば、静態経済と言われているものだと思うんですよね。もっと歴史的に言えば、十九世紀的な考え方じゃないかと思うんです。そういうような一つの静態的な、まあもっと悪く言えば抽象的な経済においては確かに両立し得ると思うんですよ。しかしながら、それが、二十世紀、これだけの戦争、それからいろいろな恐慌ですね、インフレですね、こういったような経済になってくれば、これはまた寡占とか独占とか、こういうようなところで両立し得ると考えるほうが私はこれは経済を知らないのじゃないかと思うんですよ。そういう意味で、やはりこれは別個に考えていく方がいいのであって、それでまあ失礼ですが、財界寄りの評論家の方々はこの生産性原理を真っ向に振りかざしておやりになっているんですけど、だけどそれはわれわれの目から見るとその辺は確かに古典的でありまして、もう少し現実というものを見てもらえば、それだけではまだ割り切れないものが残ってくるのじゃないか。それだからこそ問題になり、インフレなりでそれが論ぜられるようになるわけでして、そうかつての理論的武器だけで、もっとはっきり言えば市場原理というようなものだけで私は律し切れるものではないと思うのです。それで、いま申し上げたようなケネス・ボールディングの言葉を使いまして、そういったような贈与経済というようなものを一つ入れてみたらどうかということを申し上げたわけですが、やはりそういったような生産性の考え方だけではどうしても割り切れないから、それかといって生活原理だけというわけにもいかないと思いますね。だから、やはりそれをケース・バイ・ケースで、たとえばいろいろな値上げなら値上げの問題に当てはめてみるとすれば、私はそのウエートというものは大体きまってくるのじゃないかと思うんですよね。具体的な数字を詰めていけば、コンピューターもこれだけ発達しておりますから、私はある程度まで合理的な計数が出てくるのじゃないかと思うんです。そういう計数的なことはまだ私はやっていませんけれども、いまの感じとしては、これは高過ぎるということと、それからタイミングが非常に悪いということ、少なくともこれだけは間違いないのじゃないかと、こう思うのですがね。
○栗林卓司君 続けてもう一点教えていただきたいのですが、実はこれよく議論になりながら迷う点でございまして、大変いい機会なんで伺いたいと思うのですが、十九世紀的な自由競争原理というのは、これはもうとても役に立たぬと言いながら、では、次にどこに行くかということになると、なかなかの議論だろうと思うのです。そこで、これは決して揚げ足を取るという意味で申し上げておりませんから誤解ないようにお願いしたいのですが、自由競争というのは限度がございますという考え方と、免許というのは自由侵害ですと、これは酒の販売、たばこも含めてですが、というものが言葉だけを短絡すると衝突するわけです。確かに、交換経済から参加型の、贈与も含めてでしょうが、経済へ移っていく過程でございますから、なかなかもって将来の経済体制を模索することは困難なんですが、今日、酒、たばこというものを抱えながら、片っ方で免許という問題がある。片っ方では、独禁法では自由競争ということがテーマになってくる。ここではまたそれだけではという確かに先生御指摘の点がある。そういったものをどう整理をしながら今回提案されている酒、たばこの値上げにからんで付帯する環境をわれわれなりに頭を整理していったらいいのだろうかという点で大変迷っておりますので、最後に一つその点を教えていただきたいと思います。
○公述人(名東孝二君) 免許の問題は、これは私は少し次元が違うと思っているのですがね。と申しますのは、現在の流通問題ですね、いろいろな問題がございますけれども、これはメーカーサイドなり、それから卸サイド、それから小売の段階ですね、それからまた、いまはそういったような取引の問題と物流問題と問題が違いまして、いろいろな角度からこれは切れると思いますけれどね。しかし、確かにテリトリーをつくるというやり方は、これはいろいろなチェーン形態ね、御存じだと思いますが、レギュラーとかボランタリーとかフランチャイズの名前で言われておりますが、そういったようなチェーン形態でも、確かにテリトリーをつくってやっていくことがいま日本でもありますね。しかし、これも、アメリカなんかでは、それが行き過ぎれば、どうしてもやっぱり独禁法にひっかかってくるわけですね。だから、系列化というために武器としてそういうチェーン化方策が商業近代化のための決め手だとして通産省あたりでも盛んにおやりになっていることは事実だと思います、それは。だから、必ずしも真っ向からそれに対して反対するわけではございません。確かにそれは商業を近代化するためには若干のものは必要だと思います。ただ、しかし、前に小売店の広く何か資格制度を設けようという話が出たことがあるのですが、このときも私は反対したのですが、そういったような限界企業を保護するようなことはまずいのじゃないかと。その辺は整理淘汰と言うと悪いのですが、やはり自由競争のいいところもあるわけですからね。そういったような限界企業を救うようなことは、これはやっぱり別問題で、ほかの角度から考えるべきじゃないかということを言ったわけですがね。だから、そういう意味では、免許制度をいつまでも、再販制度も似たようなところございますけれども、こういうものはやはりもっと弾力的に自由化していく方がいいと思うんですよね。だから、この問題はやっぱり一応さっきの贈与経済とは別個ではないかと考えます。それから御参考になるかどうかわかりませんが、ボールディングが三角形を書きまして、片一方がフリーな市場経済だと。片一方は上が頂点、これは計画経済であると。恐らくソ連とか中国とか東欧のようなものを考えていると思うんですよね。それに対して新しい贈与経済、愛の経済というようなものを出しまして、三角形で考えているわけですよね。だから、これも一つの見方だと思いますね。三角形というと少しオーバーな気がしますけれども、しかし、将来を見通した場合には現実またそういった計画経済の要素も相当にあるし、アメリカでもミルダールあたりはですね、レオンチェフですか、もっと計画経済の要素を高めた方がいいということを盛んに言ってかなり有力のようですしね。だから、計画性の問題はかなり出てくると思うんですよね。それかといって市場経済を捨てるわけにはいかぬと思うのですが、そういうところにまた新しい一つの、東西問題から南北問題ということを考えれば、新しい一つのそういったような贈与経済のような軸が出てくるのじゃないか。そういったようなものを考えあわせていけば、今後の世界経済というものがどういう方向へ向くかということが大体おぼろげながら出てくるのじゃないだろうかと、まあこういうように考えておるわけです。御参考になれば幸いだと思います。
○大塚喬君 午前中から六方の公述人の意見をお聞かせいただいて、賛成の方、反対の方、それぞれ理由をお述べいただいて、説明をいただいてなるほどと思って大変教えられるところが多うございました。そのうちでまだ私自身がわからないところが幾つかあるものですから教えていただきたいと思って、それぞれの公述人の方にひとつ御教示をお願いいたしたいと存じます。 初めに、名東公述人にお尋ねいたします。 一つは、いま問題になっております酒、たばこの値上げの問題ですが、私どもが感じておりますことは、現在でも酒、たばこの税金というのは決して安くない、ずいぶん高いものだと、こういう受けとめをいたしております。税の取り方の問題で私は納得できないことがございます。まあどんな税金でも、現在、国民から税金を政府なり地方自治体なりが取る場合には、あなたはこういうことでこれだけの税金を納めていただきますと納税告知書みたいなものをもって税金を受けておるわけでございますが、御承知のように、お酒一本買っても、ビール一本買っても、どれだけ自分が税金を負担するのかわかりません。所得税でも固定資産税でも市民税でも県民税でも、税金を納める場合にはそれぞれ本人も告知書をもらって見て納得をして税金を納めておると思うわけでありますが、今回の酒、たばこの値上げというのは、そういう直接税を上げるということをすれば重税感ということで非常に国民の反対が強い。間接税ということになるというとその重税感というのがどこかぼやかされてしまって幾ら自分が税金を納めておるのかわからない。実際にはビール一本飲むと、いま現在でさえも四二%という高い税金を納めておる。それをまた二二%上げると、こういうことですから、ずいぶん高い税金です。しかし、ビールを買ってその中に自分が納める税金というのは全然書いてない。ですから、消費者は、つい、まあごまかされてというか、だまされて重い税金を払っておるのですが、実際にはそのこと自体は余り感じないままで納めておるわけでございます。一歩私も譲ってこのような値上げを是認すると仮にいたしましても、いまの世の中で国民から税を徴収すると、こういうことになれば、当然酒なりビールなりたばこなりその中に税額負担をして国民が納得づくでそういう税金を納めるべきだと考えておるわけですが、現在たばこも酒もそういうことの措置がとられておりません。この問題について、先生は、一体いまのままのそういう——国民をだまかして取ると私は考えておるわけですが、そういう税の取り方についてどういうお考えでございましょうか。一つはその問題を教えていただきたいと存じます。
○公述人(名東孝二君) 確かに、おっしゃるとおり、たとえ間接税でもやはりどれだけ税金が取られているかということはやっぱり示すべきだと思いますね。御存じのように、アメリカを旅行すれば、すぐ上乗せしてくることがわかりますよね。ああいったような形でやっぱりフェアに、民主主義というものは私はやっぱりフェアに行くべきだと思うんですよ。フェアということは、やっぱり知らせることだと思うんですよ。高いか低いかということはそれは国民の選択によるわけでしてね。情報を知らせるということ、これは単に税金の問題だけじゃないのじゃないかと思うんですよね。そういう姿勢が私は民主主義というものだと思うのですよ。だから、民主主義を守ろうとする以上は、基本的にそういう細かいことでも、大事なことですから、おっしゃるようにできるだけ知らせるようにすべきだと思います、これは。 それから御質問の中に入るかどうかわかりませんが、直間比率の問題とか、これは確かに問題がございますね。確かに、戦前からすれば逆転していますし、その前はたしか地租ですね、あれは。地租が多かったと思うのですね。明治のころは地租が八〇%まで行ったと思うのですよね。そういったようなものがいいかですね。これはまたひとつ今後の国家財政のあり方というものと考えて、しかし、現在のような土地の高騰などを考えてみれば、昔の地租というようなものもこれはもう一回考え直してみた方がいいのじゃないかということですよね。まあそういうわけで、確かに直間比率の問題もありますが、しかし、単に間接税を高くすればいいというようなものじゃないと思うのですよね。いまおっしゃったとおりに、知らないままに徐々に大衆課税、しかもそれが所得の低い者ほど負担がかかっていくことは、これは事実ですよね。インフレで痛められて、デフレでまたある程度カットされて、そうしてまたそれに税金でしぼられていくというのでは、これはやはりお考え願いたいと思いますね。
○大塚喬君 次に、水野公述人にお尋ねをいたしますが、一つは、まあ賛成という立場から意見をお聞かせいただいたわけでございますが、そのお話を聞いても、いまの時期に政府主導で公共料金とも言われる酒、たばこの値上げを実施すると。私自身も、一応上げる立場の理屈というのもわかっておるつもりでございますけれども、いま一番国民が願っておりますことは物価の安定だと。その物価の騰貴の引き金にこれはもう必ずなるんだと、私はそういう心配を強くしておるわけですが、こういう時期にタイミングとして賛成の意見を述べられると、こういうことについてどういうものか、ひとりお聞かせをいただきたいと思います。 それからもう一点は、酒、たばこを値上げをする、これはもう嗜好品だし当然だと、まあこういう考えもあるいはおありかとも思います。しかし、私は、この酒、たばこの税金というものが、他の物品税との関係を一切無視して、それで酒、たばこを上げていいという理屈はちょっと早計過ぎるのではないか。私どもの生活実感から申しますと、たとえばダイヤの指輪とかミンクのコートとか、先ほどもちょっと出たわけですが、実際に小売価格のところで一五%、実際は総体の価格から言えば一三%程度しか税金はかかっておりません。御承知のようにビールは四二%、それが二二%上がる。酒やウイスキーなどの特級は一五〇%の税金がかかっておる。これにまた二二%を上げる。たばこは、いわゆる専売益金と地方消費税、それから専売の内部留保ということをまぜますと、五〇%前後から今度も六〇%を一応目当てにしてそういう税金をかける。私ははっきりダイヤとかミンクのコートとかというのはこれはもう奢侈ぜいたく品だと。そういうものが一五%程度、片方が六〇%、一五〇%というような税金、これは嗜好品について税金をかけるなというそういう暴論を申し上げる考えは全然ないのですが、他の物品税、奢侈品、こういうものと比較して、この酒、たばこの値上げについてはどうも納得ができない、まあこういう考えを依然として強く持っておるわけでございます。で、奢侈品、それから嗜好品、こういうものの税率のあり方、一体妥当な税率というのはどういうことに水野先生は現在お考えをお持ちなのか、そこのところをひとつ教えていただきたいと存じます。
○公述人(水野孝君) いまの、ほかの物価が上がってくるという引き金になるのではなかろうかと、しかもタイミングが悪いんでないかというように伺いましたのですけれども、その問題は確かにあると思うのですけれども、まあ四十三年以降上がっておりませんので、これはいつかは上げなくちゃならないわけですよね。まあ上げなくちゃならないというのはちょっと語弊がございますけれども、たばこ、酒だけは上げちゃならないということもちょっと言えないのじゃないかと思うんですよ。だから、これはタイミングはいつがいいかと。あるいは引き金になるということになりますと、ちょっと私もむずかしくてお答えできないのですけれどもね。問題はありましょうけれども、まあやむを得ないのじゃなかろうか。何度も同じことばっかり申し上げますけれども、要するに財源の使い方の問題であると思うんですよ。だから、もっと極端に申しますと、もっと上げてもいいのじゃないかと私は思っておるわけですよ。そのかわりその使い方をちゃんとやっていただきたい。先ほど健康保険のことを申し上げましたけれども、そういうものを払っても、いざというときに役に立たないものを払っても、これは国民は何のために払っているんだかわからないわけですよね。それがみんな高くなりましても、貯金と考えればいいわけですよ、先ほども申し上げましたけれども。いざというときにめんどうを見ていただければ、これは何ら構わないわけです。近代国家になれば、自分で貯金するということよりも、国家がそういう財源を使って、いわゆる御承知の福祉国家でございますからね。そういうふうに使っていただければもっと上げてもいいと、私個人は、個人というか、私はそういう意見なんです。 それから他の物品税との関係ではどうだと、ちょっと公述人を越えたような御質問みたいに私は感じておるのですけれども、これは要するにほかのものに比較して現在低いということは、もうこれたばこ、酒に関係なくなっちゃうので、ちょっとそういうことを申し上げるべきであろうかどうかと非常に疑問なんですけれどもね、私自身は。だから、ダイヤとかミンクのコートとかいうものはもっと上げるべきですよ、物品税を。上げないのはおかしい。しかし、それはただ上げるだけじゃしようがありませんわね。これもまた繰り返しになりますけれども、それを何に使うかということなんですよ。有効に使ってもらいたい、これは国民の気持ちだと思うのです。まあこれもまことに申しわけないのですけれども、税金を払うときに、いま申告納税でございますわね。だから、一応自分で計算するわけですよ。ところが、これは心理としまして税金はなるべく安い方がいいですからね。まあ何とかしたいなと、こういう気持ちは人情として当然だと思うんですよ。そのまたほかによく耳にしますのは、まあろくなことに使われないからそんなに納めることねえじゃねえかというようなことも耳にいたしますよね。だから、国民としては有効に使っていただければいいんですよ。ただ、それがおかしなことに使われれば、これは納得できないですよね。そういうことを申し上げたいと思います。
○大塚喬君 いまお答えをいただいたのですが、酒、たばこを値上げしてもよろしいと、こういう御意見だと思います。それで、もっと上げてもいいんだと、こういうことですが、やっぱりそれには限度というものは依然としてどこが妥当なところかという問題があろうと思うのです。いまお答えいただいた中で、酒、たばこの値上げ、私は、他の物品税との関係から値上げの妥当な額、こういうものが当然考慮されなければならないと、こういう立場に立って意見をお尋ねいたしておるわけでございますが、国民全部が貯金しておくものなんだから、それじゃそれはそれでいいじゃないかと、まあこうおっしゃられると、それもそうですが、やっぱりそこにはある一定の妥当な基準と申しますか、水準というもの、そこを離れての論議にはやっぱりならないのじゃないか。私がお尋ねをしておるのは、今回のような、いままで現在も高いんだけれども、大幅な値上げをする、そういうものが妥当なのかどうか、この値上げの額、率が妥当なのかどうか、そこのところをお聞かせいただきたいと、こうお願いをいたしたいわけです。
○公述人(水野孝君) どの辺が妥当であるかということになりますとちょっとむずかしい問題になりますけれども、私の発想は、そのものの値段がどのぐらいが適当であろうということからの発想ではなくて、申し上げましたように、財源として有効に使われるという観点から考えておりますので、そのものの値段が妥当であろうか、あるいはほかの値段と比較してどうであるとか、あるいはいままでも高いのだけれどもまた上げるじゃないかということでありますれば、まあ私個人のことを申し上げて恐縮なんですが、ロングピースを吸っておるわけですよ。御承知のように二十本百円なんですね。大体一日二十本で足るわけですよ。百円でいま何が買えますかと、こう言いたいわけですよね、具体的に。子供のお菓子を買いましても百円じゃ買えませんよ、現実の問題として。それは上げぬ方がいいですよ。上げない方がいいには決まっていますが、そうはいかないんですよ。何でもかんでも全部上げないということならばこれは一番結構です。私も結構です。けれどもそうはいきませんよ、これは。だとすれば、百円のものが百五十円になるということは私は妥当だと思うんですよ。私は、先ほど申し上げたように、もっと上げなさいと言っているわけですよ。ただし、その使い方をちゃんとお願いしますと、こう言っているわけです。そういうことです。
○大塚喬君 まあここは論争ということを避けたいと思いますので、いまの問題は私もまたひとつ研究をさせていただくということで、次に梶原公述人にお尋ねをいたします。 酒、たばこの今回の値上げが物価、家計に及ぼす影響はきわめて僅少だということが再々政府側の答弁で私どもに示されておるわけであります。私どもはそのような低い数字ではないと、こうはだに感じておるわけですが、酒、たばこ、〇・一%、〇・六%しか違わないというようなことも聞かされておるわけでございます。梶原公述人の家族構成というようなものがどういうものか私も存じ上げておりませんが、普通、だんなさんと子供さん、こういうようなことで考えた場合に、これは公述人の自分自身の御家庭の中の家計の中で、酒が二二%、それからたばこが四八%上がる、こういうことになりますと、実際問題としてどの程度——これは細かく具体的な結果がまだ出ておらないのでわかりませんですが、おおよそどの程度会計に響くと、こう予測をされておりますか、お考えになっておりますか、ひとつお聞かせいただきたい。 それからもう一つは、さっきのいわゆる奢侈品、ぜいたく品、こういうものと嗜好品の税金のかけ方についてお考えいただくことがございましたら、ひとつ考えを教えていただきたいと存じます。
○公述人(梶原房子君) 私もこのいただいた資料を見ますと、非常にわずかなパーセンテージでもって消費支出の中に今度上がっても占めるようなパーセントを見たわけでございますけれども、実際の問題としまして家計の中の費目のところでちょっと申し上げましたように、これが単なる嗜好品のところで、あるいは分類によって家庭で小遣い費に入れるか、場所はわかりませんけれども、いずれにしましても、そこだけで何%と言うわけにはいかないわけでございます。そこに入っているものは、直接的に交際費の中へまたそのほかのものが入ってきますし、そのほかいろいろな、まあレクリェーションとかそういったようなものへ家計簿の中の分類の仕方はそれぞれによっていろいろ違うでしょうけれども、酒、たばこというものをどういう目的で使うかということによりますと、その分類も、一ところへまとめるというよりかも、性質分けにしていきますので、方々へ入ってくるわけです。そうしますと、一部分でもって何%だから、そこで部分修正をしてほかをちょっと削ればいいというわけにいかないというのは、先ほど申し上げたのはそのことでございます。 私どもの家庭の例は、ちょっと私も反省いたしますが、主人が酒もたばこも普通より私どもから少し節煙しなさいとか体のためにというような状態でありますので、大変悪い例でここでは申し上げられませんから、それは申し上げませんけれども、上がっていっていまの家庭でどのくらいかと言いますと、一%や二%の響きということにはちょっといかないのじゃないかということははっきり申し上げられるような気がいたします。そして、その中で精神的な面もこれは考えなくちゃいけないと思うのです。単なる経済の面だけでなくて、精神面からいきましても、たばこが害があるからやめなさいと言って本当に害があって済むだめなら、極端な言い方ですけれどもこんなものは売らない方がいいというまで、とことんいけばそういうことになっていくのですが、売っている以上はやはりそこに一つの楽しみというか、あすの活力のもとになるというような有効な使い方もあるわけですから、一概にそういうことも言えないのですけれども、さきの御質問に対して、私の家庭の収入がどのくらいで、そのうちの嗜好品費が何%で幾らでその中のというふうなことの資料が提供できるといいのですが、少し変わっておりますので、この点はお許し願いたいと思いまして、単なるここにあらわれた数字のとおりでは決してないということははっきり申し上げられると思います。 それからその次の問題なんですけれども、これは先ほど私が最後のお願いというところでもって経済道徳とかそういうふうな表現をいたしましたけれども、やはり本当に物の考え方というものを正しくしていくというのか、まじめにやっていくという基本的な態度というようなものをしっかりつくっていくこれからでなければ、ぜいたくだとかぜいたくでないとかというものは非常に別れ道がむずかしいと思います。ある人はぜいたく品と思っても、ある人はそれが必要品になる場合もあるから、そういうようなこともあると思いますけれども、一般常識としましていまの日本の経済や全体的なものを考えたらば、どういうふうにそれを求め使っていくのが一番いいのかということがまじめに考えられていくような世の中になってこないとこれはまずいと思います。税金だけで全部解決するというようなわけにもいかないものも多いので、よく言われますけれども、心のある経済生活というのが強調されてこなくちゃやっぱりまずいというようなことを切実に感じているわけなんです。ないとか困ると言いながら捨てるものやむだになっているものの多いのを見れば、私自身も反省しますけれども、こんなところでそういう穴から漏れるものに対する目が少なくて、人の欲望の拡大化されていくものに対する何かそこへ甘やかしたあてがいぶちなものが多くなってくるようなそういう矛盾を実際に感じているわけでございまして、ですから、ぜいたく品、たとえばダイヤとかそういうものは、私の現在から言えばなくても通れるものじゃないかというようなことも言えるわけですけれども、これはいま言ったようにいろいろな立場もあるかもしれませんけれども、酒とかたばこと、ダイヤとかミンクというふうに具体的にもしおっしゃってそれをと言うならば、私はミンクやダイヤよりかも酒やたばこの方が生活の中へはむしろある程度は必需品に近いものとして位置するものであろうと、こういうことを考えております。
○大塚喬君 最後に名東公述人、水野公述人にそれぞれひとつ考えをお聞かせいただきたいと思います。 こういう論議をやっていますと、とどのつまりは、やっぱり付加価値税というところに論議が落ちつく、そういう危険性と申しますか、そういう論議のところに財源の問題やなんかを考えた場合に進んでいく心配が強うございます。この問題についていままで大蔵大臣その他関係者に大蔵委員会としても再三質問が出たところでございますが、どうも最後のところは依然として付加価値税という問題を考えておる現在のところは凶器準備集合罪、まあここらに当たるようなそういう印象を受けておるわけでございます。実際のところそういう感じなんです。これはもう依然としてやっぱり腹の底には付加価値税を日本に実施をするなあと、こういう疑い濃厚、まるっきりシロということにはならない、こういう現状であろうと思います。そこで、日本のこのようないままでの社会的な実情、こういう中から日本にいまの経済社会の中で付加価値税を導入すると、こういう問題について、ぜひ、ひとつ簡潔で結構でございますのでそれぞれひとつ教えていただきたいと存じますので、よろしく。
○公述人(名東孝二君) これは非常な評判の悪い税金でございまして、ただ、御存じのように、ECとかアメリカでも州によって売上税をやっておりますね。そういったような一つの先例があるということと、それからいまの直間比率の問題ですね、こういったようなことが絡みましてそれで常に問題になってくると思うのですよね。しかし、これは非常な大衆課税、特に慢性的なインフレ体質がありますから、そうするとこれは必ず便乗値上げになるわけですよね。それからまた、これは必ず逆進していきますしね。相当な差別課はもちろんおやりになるでしょう。たとえば逆所得税というような形ですね。そういったような形でたとえば年収百万円以下に対しては上から取ってそれを下に回すとか、それからたとえば生活必需品はもう無税にするとか、そういったようなきめ細かい、もちろん差別課をしましてそういったような逆進性を防ごうとなさるでしょうけれども、しかし、しばらくこの情勢を見ていますと、そういったものが防がれるという見通しがないわけですよね。だから、必ずEC、アメリカでやられておるから日本でそれが妥当だということは、ちょっとそういうことにはならないと思いますね。だから、かなりこれは大きな誘惑の多い財源ですよね。ということは、逆に言えばそれだけ中央集権的な意味を持つわけですよね。恐らく、これはかつて地方税でおやりになろうとしていましたね。だから、地方税として全面的にやらせるなんというようなお考えはないと思うのですよね。そういうわけで、非常なまだ問題点があまりにも多いわけですよね、これは。だから、そういう意味で、恐らく政府の方におかれても、なかなかいまのような情勢ではとてもそれは踏み切れるものではないと見ているわけですよね、これは。
○公述人(水野孝君) 御質問が酒、たばこの値上げよりもだいぶスケールが大きくなってまいりまして、どうもお答えできるかどうかわかりませんですが、いまいろいろ申されました付加価値税自体が具体的にどのような形のものであるかということは、私は残念ながら承知しておりませんので的確なお答えはできませんけれども申し上げますと、私なりの解釈で申し上げますと、仮に付加価値税というものが消費者に負担させるものであるとするならば、それは企業がどういう形になりますかよくわかりませんが、仮に私がいま勝手に理解しておりますような形だとすれば、徴収義務者が企業であると、企業が取って納めるのだと、そういうことになって、それは消費者に転嫁するのだということのものでありますれば、これは企業がごまかさないように厳にそれを防ぐ方法を考えなければいかぬであろう、まあ技術的な問題になりましょうけれども。まあそういうことではないか。それからそれに関連して申しますと、私は企業は幾らもうけてもいいと思うんですよ。大いにもうけて税金を払ってもらう。要するに、財源がなければ何を言ったってできないんですよ。まあこれも私の申し上げることが間違っているかもしれませんが、イタリアは破産寸前であったということのようでしたけれども、いずれにしても財源を獲得しなければ何もできないわけですよ。だから、大いに財源を得られるような方策を講じなければならぬだろう。そして、これもいつも同じお答えに究極はなりますけれども、大いに取って、福祉国家ならば福祉国家のようなことを実際に——ようなことでなくて、実際の国民のためになる、先ほど申し上げましたいざというときに、たとえば健康保険でも、同じ繰り返しになりますけれども、いざというときに役に立たないというような制度でなしに、実際自分が貯金するかわりにですね。自己責任でやるというのはやはり近代的な考え方じゃないと思いますね。やっぱり国家が責任を持たなければいかぬ。お前たち勝手にやれと、それは近代国家じゃないと思うのです。だから、大いにかせがせて、税金も取って、それを有効に使うと、これに尽きるだろうと思うのです、真の意味のですよ、形じゃなくて。ちょっとお答えにならぬかもわかりませんが、そういう考えでございます。
○公述人(名東孝二君) 追加さしていただきますが、先にお答えしたのは、あれは付加価値という意味を、これは要するに売上高に解釈したわけです。しかしながら、学問的に付加価値というのは、これはSマイナスのBというその販売価値から購入価値を引いた、それでその出てくるのをVとしますと、これは成果というわけなんです。これをMならM、人数で割りますと、これが成果すなわち生産性ということになるわけです、学問的にいえば。したがって、売上ではないんです。学問的にいう付加価値というのは、売上高からマイナスの要するに購入価値、たとえば材料とかそれから部品とかそういうものを引いたものなんです。ということは、残った付加価値というものは何かというと、資本所得と労働所得が入っているわけなんです。したがって、それに対して課税するという方策は、これは日本でもやっと最近地方税で試みられ始めましたね。外形課税基準というやつです。これはなぜそういうことが行われ始めたかというと、たとえば所得、もうけに課税していますと、景気変動のために困るわけですよ。それで今度外形基準で要するに付加価値に対してかけるわけですよね。売上高にかけてもいいんですけれども、厳密に言えば私は付加価値にかけた方がいいと思うんですよ。そういったような課税の仕方がこれはいま地方税でだんだんと行われつつあります。だから、これは恐らく国税の方にもだんだん及んでくるのじゃないかというふうに思うのですがね。 それからこれの効果の一つは、やっぱり労働所得にもかけますからね。ということは、必ずしも重税になるわけじゃないんですよ。というのは、要するに課税対象が変わるということだけでしてね。問題は、重税かどうかということは、これはパーセンテージの要するに税率の問題ですから、これは別個の問題です。だから、それは一緒にされては困ると思うのです。要するに、いまの話は、課税対象を、利益、もうけにするよりは、もっと幅を広げた方がいいんじゃないかという議論がすでに起こっておるということ、これが景気変動を防いでいくのに非常に便利がいい。そういうわけで、これはその対象の中に、人件費ですね、労働所得が入るわけです。ということは、余り水増しでよけいに人を抱え込んでいますと、それだけやっぱり対象になるわけですよね。したがって、まあ労働の流動化ですね、そういったようなことに大なり小なりやっぱり影響を与えていくという可能性はありますね。だから、付加価値という概念は、そういうわけで、現在論ぜられている付加価値税というのは売上高税のことです、それは。だから、これから恐らくだんだんと問題になってくるであろうと思うのは、学問的な意味における純然たる付加価値、これは恐らくまず課税対象として問題になってくるだろうと思いますね。それを一言つけ加えさせていただきます。
○河本嘉久蔵君 名東先生にちょっと素朴な質問ですが、日本経済の現状は御承知のとおりでありますが、これは成長経済からブレーキがかかったわけであります。ここで経済混乱をなしておりますが、日本の経済の特徴としましては、インフレと不況とが同居しておるような現況であります。今度の——先生は反対の立場をとっておられるようですが、現在の財政欠陥はまだこの推移を見なければはっきりした数字はわかりません。わかりませんが、足らなくなることはもう大体現在の税収からはっきりしている。酒、たばこ値上げの件ですが、まあこれは三千六百億のことですが、これも何かの足しになることは間違いない、財政欠陥のですね。値上げ値上げと申しますと、何でも拒絶反応が起こるのがいまの日本の現況であります。そういう意味におきまして、四十三年から値上げしていない。これは七年間やっていませんから、五十円上がっても年々七円上げたわけですね、たとえばセブンスターにしまして。そういうことを考えますと、私が与党だからというわけではございませんが、わが国経済全般の財政から考えまして、これは賛成していただくのがいまの日本の現況から普通だと思うのです。にもかかわりませず、反対の立場できょうは御出席願っておるのですが、その根拠をひとつお聞かせ願いたい。まあこれはタイミングを誤ったということも言えるでしょうが、郵便料金もまた別の委員会でやっておるわけです。あらゆることで財政の原則である入るを量って出ずるを制すという原則論にのっとっていまやっておるわけですが、そういうことを展望して、また、現在アメリカでは物価値上がりは一時たな上げしてひとつ活力をつけにゃいかぬという政策をすでにとりつつあるわけです。そういうことと日本と比較して、アメリカ経済と日本経済との密接な関係、これは日本経済はアメリカがせきすりゃ日本は肺炎を起こすというほど密接な関係にあるわけですが、そういう点をひとつ展望してお話を承りたいというふうに思うわけです。
○公述人(名東孝二君) さきにも申し上げましたように、日本の経済はインフレ的体質があるということですね、これが非常に心配なわけですね。それが幸いにして一三%というような春闘相場におさまったわけですよね。これは一つ非常に重要なきっかけになったわけですね。したがって、ここら辺でやはりインフレを抑えるということは、これは私はもう党派を超えた、もうはっきり何回も申し上げるように政治家の課題じゃないかというか、恐らくいままで抑え切らなかったと思うんですよ、日本の政治家は。もうそれは松方さんと井上さんの名前が残っているぐらいですからね。あとはドッジラインでしょう。終戦後あのドッジラインによって初めて抑えられたわけですから。だから、ここでインフレを抑えるということは、これはもう日本の経済社会にとって画期的なことだと私は思いますよ。そういう意味で、単なる、何といいますか、四千億だとかなんとかいうような計数の問題ではないということなんですよね。したがって、一三%で自粛したということは、やはりそれにこたえる一つの使命があると私は思うんですよ。そういう意味で、これはタイミングも悪いし比率も高過ぎるということを申し上げておるわけです。 それから何回も申し上げたように、公共料金すべてを抑えたらいいと言っているわけじゃないんですよ。何回も申し上げるように、そういう公営企業の持つエフィシェンシーというものね、たとえば生産性原理というようなものと言ってもいいと思うのですが、そういうものとそれからナショナルミニマムとの兼ね合いにおいて見るべきものだと思うんですよ。たとえばはっきりもっと言えば、専売公社が黒字でしょう。いま私がここに数字を申し上げたように、社内留保の割合が非常に高いわけですよ。五・五から一九・七というふうに上がっていくんですよね。これはもう経営の努力を越えたものだと思いますね。したがって、私は当然これはミニマムの方を優先すべきだと思うんですよ。そういう意味において値上げの問題は必要はないということを言っている。たとえば鉄道の場合だったら、恐らくまだ経営努力が足りませんね。したがって、そういう意味でケースがまた変わってくるわけですよね。そういうわけで、単に一律に論じているんじゃなくて、もっと資料さえ与えていただけば——われわれは初めて公述人にさしていただいたおかげで資料を拝見して喜んでおるわけですが、平素はこういう資料を全然いただけないんですよね。だから、アドバイスしようにもしようがないんですよ。数字さえ詳しく出していただければ、必ずしもあながちむやみやたらに反対ばかり言っているわけではないんですよ。だから、経済は一つの生き物ですからね。したがって、そういう場面においてそれぞれの診断が私はできると思っております、これは。そういう意味だと御解釈願いたいんですが。
○河本嘉久蔵君 そこで、経済の活力が必要か、物価を抑制するのが必要かと、これは鶏と卵論みたいでありますが、日本のいまの経済は交通事故を起こしたような石油ショック以来混乱しておるわけですが、どういうふうにお考えですか。経済に活力を与えるのが——もちろん物価を抑え経済に活力を与えられればこれに越したことはございませんが、どちらを重点にお考えですか。
○公述人(名東孝二君) それは、いま高度成長をしてきたということですね、これははっきり申し上げて背伸びをし過ぎたと思いますよ、これは。だから、もちろん活力によったことは事実でありますが、しかし、やっぱり日本株式会社という名前が示すように、相当なこれは無理をしていると思うんですよ。もうやっぱりそろそろこの辺で休んだらどうでしょうかね。そう背伸びばっかりしていますと、国内では、いま申し上げるように日本人というのは非常に忍耐強いのでもう定評がありますから、したがって忍耐する。しかし、海外へ行けば忍耐しませんよ。したがって、海外では相当な悪評がだんだんと盛り上がるわけですよ。したがって、もうやっぱり背伸びするのはこの辺でしばらく休んで、そしてもう一度ペースを落として出直したらどうだろうかということなんですよね。だから、何もそうあわてることはないんじゃないか。経済というのはそうあわてて高度成長でいくことはない。余りまた高度成長しますと、私が警告していますことは、これからあと十年もすると、正確に言えばあと五、六年、一九八五年に、五十年のコンドラチエフの長期波動と十年のジュグラーの波がちょうどぶつかるんです。それがあと五、六年すると来るんです。そうしますと、そういう危ない時期に来ると、もし成長をインフレ的なことをやっていますと、谷が深くなります。だから、これからはやっぱり十年間ぐらいはもう危ない綱渡りをするような気持ちですよ。デフレになろうとすればインフレ、インフレになろうとすればデフレというふうな形で、やはりつつましやかにいくべきじゃないかと思うのです。これは個人でも企業でもいままでのような高度成長のような気持ちでいけば、その反動は私は恐ろしいものが来るのじゃないかということを警告しているわけなんですよね。したがって、これは単なる活力の問題じゃなくして、経済というものをどういうふうに見、かつ運営するかという基本的な問題としてまだまだ恐慌どころか大恐慌の起こる可能性があるということを私ははっきりと申し上げたい。それはいま正確に言えば一九八五年、もうあと五、六年すれば、もう一回申し上げると、コンドラチエフの五十年の波と十年のジュグラーの波がちょうど重なるんです。これは数字をなんなら申し上げてもいいですよ、それを調べた数字を持っておりますから。したがって、余り強気になると、逆に一九二九年の大恐慌の前と同じようにね。御存じだと思いますが、コンドラチエフはモスクワの景気研究所におったんです。それで二十年代に何回か論文を発表したんです。ところが、モスクワのソ連政府ににらまれまして、これはプチブルの書いたものだというのでシベリアに流されて行方不明になったんです。それから間もなく大恐慌が起こったんです。単なるイデオロギーの問題じゃないんです。経済というものはイデオロギーなんかで動かされるものじゃないんです、これは。だから、その点をひとつ経済の生き物だということを冷静にお考え願いたい。
○河本嘉久蔵君 経済は生き物だということを言っておられるのですが、恐慌が起こるということは日本の産業ががたがたになるというわけですか。恐慌が起こるということをおっしゃいますが、だから、私は、いま生き物だから死なないうちに活力を与えるべきか、あるいはアメリカは物価の抑制もさることながら、生き物だから生き物を殺しちゃいかぬと、いわば卵を生む鶏だから絞め殺しちゃいかぬという政策をとっておる。先生のおっしゃるのは、いま恐慌が起こると。まあ経済理論は結構ですがね。そういうことで、いまのいろいろ不況対策も政府は考えておりますが、いずれにしましても、この財政欠陥、特にそういう恐慌が起こるような経済状況だからなおさら歳入が懸念されるわけですね。そこで、反対の根拠が理論的にただ三千六百億ぐらいだから反対だということをおっしゃるのか、その点がちょっとわからないのです。
○公述人(名東孝二君) 恐慌というのは、経済というものは一つのやっぱり生き物であり、これは可能性ですからね。したがって、それに対処すれば防ぐことができるわけです。だから、警告という意味は、そういう可能性があるということを言っているわけなんですよね。 それから歳入欠陥の問題ですが、これは大蔵省さんという大秀才のおそろいのところにしてはお粗末じゃないか。もう激しいインフレが来ればデフレが来るぐらいのことはわれわれ専門家の場合は常識でしたね、これは。そういったような常識がわからぬことはないと思うのですよ。ところが、なぜそれがそういうふうに欠陥が起こるかと言えば、結局惰性的に前年度の一五%アップとかいうような形で見積もっていくところに欠陥がある。われわれだったらもう見えているわけですよ。それを結局打破し切らない。それはやっぱり先生方のような政治家の方々が教えてやらなければいかぬですよ。そうしないと、官僚というのは、そう言っちゃ悪いけれども、頭はよくても実行力がないですからね。先生方が教えてやって歳入欠陥のないように少しは控え目にちゃんと予算を組めと教えてやらなければいかぬですですよ。恐らくあの連中だってわかっていると思うんですよ。わかっておってもできないんですよ。それは結局過去の惰性に流されている。惰性の法則に流されていくところに私は欠陥があると思うので、われわれの目から見たらそんな欠陥が起こるなんというようなことは常識外ですね、はっきり申し上げて。
○河本嘉久蔵君 梶原公述人にちょっとお伺いしますが、主婦としての非常に貴重な御意見を拝聴いたしましてありがとうございましたが、しかし、文化水準が上がりますと、まあ一例を言いますと、百の欲望が充足できますと百五十の不平が起こるということをアメリカの学者なんか言っておるわけですね。そういうことで、いろいろ家計をお持ちの立場で非常に苦しいことと思いますが、日本で生まれてよかったなという御所感がございましたですね。外国をごらんになったことがありますか。
○公述人(梶原房子君) ごらんになったと言われると困るのですが、三週間ほどヨーロッパだけはちょっと行って見せていただいたことがあるわけです。それで、古いですけれども、引き揚げ者でございますから昔の中国にちょっといたことがございます。
○河本嘉久蔵君 心のある政治をわれわれは一生懸命でやりますが、日本もそう悪い国じゃないということもひとつ御認識願いたいと思うのです。日本のPRじゃございません。私も四十数カ国を回っておりまして、やっぱり日本へ帰ってきて、まあ物価が高い、政治も悪いかしれませんが、いい国だなと思っておるのです。先ほどのお話で日本で生まれてよかったという感懐も心ではお持ちでしょうが、口では言えないのだと私は信じますけれども、ひとつ元気でやっていただきたい。ありがとうございました。
○委員長(桧垣徳太郎君) 質疑は終了したものと認めます。 公述人の方々には長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して深くお礼を申し上げます。 これをもって公聴会を散会いたします。 午後四時四十八分散会