建設委員会 第12号
- 発言数
- 55 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1975/06/12
会議録
○委員長(中村波男君) ただいまから建設委員会を開会いたします。 宅地開発公団法案を議題といたします。 本法律案につきまして、本日はお手元に配付いたしております名簿の方々を参考人として御出席をいただいております。 この際、参考人の方々に一言あいさつを申し上げます。 皆様には御多忙中のところを御出席いただきまして、まことにありがとう存じます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、本案審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。 なお、議事の運営といたしましては、設楽参考人、浜崎参考人、下総参考人、小沼参考人及び椚座参考人の順序で、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。設楽参考人が都合で午後二時前に退席されますので、まず設楽参考人からの御意見及びこれに対する質疑を先に行い、次いで四参考人からの御意見及びこれに対する質疑の順序で行いたいと存じます。 それでは設楽参考人にお願いいたします。
○参考人(設楽和夫君) 御紹介いただきました設楽でございます。 私は日本勤労者住宅協会という住宅供給の実施団体の一員でございますので、この法案には個人的な見解ももちろんでございますが、仕事の上の期待も持っておるわけでありまして、ややその辺が不分明な意見にもなろうかと思いますが、あらかじめお断りを申し上げておきたいと思うわけでございます。 時間が少ないわけでございますから、はしょって申し上げますが、まずこの種の法人を設立するに当たりましては、一応の前提条件の整備が必要だということにつきましては、たしかこの法案が生まれてくる契機になったはずであります昭和四十八年の行政監理委員会における答申、この中でもそういう点を指摘しているようであります。一つは、三大都市に集中する人口をどう分散させるか、あるいはどう抑制させるかという具体的な施策がまず前提的に必要だ。さらに、その中で国と地方公共団体との協力関係をどう確立するか。この二つが前提条件として整備されない限り、この種の組織の実行というものはきわめて困難ではないかという指摘が実はあるわけでありまして、これがまさにこの法案の成否を問う基本的な問題であろうかと思うわけであります。 そういう意味で考察いたしますと、必ずしもその二つの条件、さらにこの法案の発想の時代はいわゆる高度経済成長時代でございまして、その後の安定成長といいますか、新しい時代に入っているというふうな事実もございますので、そういう意味ではこの前提条件の整備がまだきわめて不十分ではないかというふうに実は考えるわけでありまして、そこに一つのこの法案の登場してくることについての疑問点を申し上げたいと思うわけであります。 そういう意味で、たとえば三大都市圏における人口の分散あるいは抑制という具体的な政策というのは非常に立ちおくれておる。たとえば昭和四十七年にたしか成立したはずでありますが、工業再配置促進法などもいまだに具体的な再配置の計画というものは決まっておらないというふうなこともあるようであります。それから学校移転の問題にいたしましても、筑波学園都市の問題を除けば、ほとんど緒についておらないというふうな問題があるようであります。さらに地方自治体との協力関係の問題でございますが、この関係は当時の状況より一層悪化しているといいますか、この関係がエスカレートしているというふうに考えるわけでありまして、こういう問題への整理なしにこの公団をつくっても余り実効は上がらないのではないかというふうに実は考えるわけであります。 特に、その後の新しい時代になりまして大きな問題になりますのは、やはり環境の問題環境保全という問題をどうするか。最近環境アセスメントなどという言葉が盛んに登場してきておるわけでありますが、そういった問題。あるいは現在、一口に言いますと、建てても売れない時代、住宅は建てても売れないし、買えないという時代に入ってきているわけであります。それはなぜかと言いますと、最近の原価高あるいはインフレにおける勤労者の所得の目減りというふうなものから、実は原価主義という立場に立っての従来のような供給方式ではもはや住宅の供給というものは壁に当たっておる。したがって、これをどう解決するかという問題でいま新しい議論が始まっておりますのは、いわゆる所得に見合った住居費の負担といういわゆる応能主義——能力に応じた住居費負担という方式が実は論議が始まっているわけでありまして、このことは別に新しい問題ではございませんで、ヨーロッパではきわめてどこの国でも普通に行われていることなのでありますが、そういう問題が新たに登場してきておる。こういう問題に対するもう少し明確な今後の方針というものが確立されないままにこの公団が設立されても、これは大変困難な壁にぶつかるのではないかという点を実は私も深く疑義を持っているわけでありまして、これらの問題は、ただ単に公共団体の施設の負担を軽減してやる、あるいは自治体から理事を入れるという程度の問題で解決するところのものではない。むしろもっと構造的な都市とその周辺という基本的な矛盾と対立の問題ではないかというふうに考えるわけでありまして、ここらにもう少しメスを入れた国の方針というものが打ち出されるべきではないかというふうに考えております。 それから、さてこの事業が滑り出した暁に問題になりますのは、仕事の素材である土地が買えるのかどうかという疑問をまず持ちます。これは私のところでも実際に土地を買って勤労者の住宅供給をやっておるわけでありますが、たとえばこの計画の中でうたわれております仕事のやり方。私のところでやっていることをまず例に申し上げますと、昭和四十七年に川崎の多摩で十五万坪、四千世帯の計画を持ちまして、これをいま川崎市と共同で開発を進めておりますけれども、すでに三年たった今日、初めと後では地価が三倍に上がるということになっております。そしてそれがいま造成された段階での試算によりますと、少なくも坪二十万を超えるであろうというふうに言われております。これは実は私たちの経験から申し上げられることでありまして、これからしても、いま公団が考えておられるような三万ヘクタールの土地を買って、そして坪十万円程度の目安ということには遠いわけでありまして、決してわれわれの仕事が収益を上げているわけではございません。わずかに三%の収益を見ただけの事業でそういう実態でございますから、大変な仕事だろうというふうに実は考えるわけであります。 さらに、計画の大半は市街化調整区域の開発というふうに考えておられるようでありますけれども、これはまたまた大変な問題でありまして、私たちの経験からいたしましても、たとえば地方自治体の実態というのは、もうこれ以上人をふやしたくない、少なくも自然増に対する施策というものが自治体の場合には精いっぱいだというふうな実態でありまして、若干の公共負担を軽減してもらってそれで快く受け入れるというふうな実態にはないわけであります。さらに調整区域の開発となりますと、環境の問題あるいは一般的な自治体の都市全般の利用計画の問題等々、あちらこちらでぶつかりまして、なかなか大変じゃないか。さらに最近は住民パワーなどもありまして、これがなかなか力で押し切れるような実態ではないわけであります。少なくもブルドーザーの前に住民が二、三人横になればほとんど開発はできないというふうに非常に情勢は変わってきているわけでありまして、そういう意味で、調整区域の開発に主体を置かれるということについて、具体的にどういう成案を持っておられるのか、ここらも大変私疑問を持つわけであります。さらに調整区域内において投機買いをした大企業の手持ちの土地を肩がわりして買うというふうなことにでもなりますれば、これはまたまた別の意味の批判を受けるのではないかということも実は恐れるわけであります。 そんなことを考え合わせますと、もっと当面大都市における再開発の問題にも取り組んでほしいというふうに考えるわけであります。目下お手上げのような状態になっておりますけれども、実はたとえば東京をとってみましても、非常にひどい状況でございますので、これをもう少し高度化する、そして周辺に緑地なり公園なりをとっていくということは、具体的な再開発の中で可能な手法であるわけでございますので、もちろん御努力になっていることは事実でございましょうけれども、しかし、もっともっとこの再開発という問題にも力を入れてほしい。そして既存の都市の再開発と、それからいま言われるようなニュータウンづくり、それから工場あるいはオフィスというものとを三角に結びつけるような形での均衡のある開発というものを、やはりもう一度見直される時期ではないだろうかというふうに実は考えるわけでございます。 こういうふうにいたしますと、もう少し国に条件整備をお願いしたいと思うことが幾つかあるわけでございますが、最近法体系の上ではかなり整備をされてきまして、規制の法律では都市計画法、それから国土利用計画法というものでかなり整備をされたというふうに考えられるわけであります。それから税法の上では譲渡所得の重課税とか保有税、固定資産税の強化、こういった問題が行われておりますけれども、さらに今後の立法の面での御努力をお願いしたい点は、まず住宅基本法の制定というものにつきまして、これは早急にひとつ手をつけてほしいというふうに考えるわけであります。 冒頭にも申しましたように、住宅そのものが経済から福祉への転換、調和という問題が新たに登場してきているわけでありまして、そういう立場からの住宅基本法の成立、制定というものは急がれなければならないのじゃないか。その中で国民の居住水準の設定をまずやらなければなりませんし、住居そのものの基準の設定、いわゆる最低基準を国民にどう保障していくかというものを示さなければなりませんし、それから環境の基準なども設定していくというふうな努力がこの中で行われるべきではないかというふうに考えるわけでありますが、少なくも今後の住宅関係の立法の基本的な精神としては、やはり低所得層への配分というものに重点を置いた施策というものが、きちっと決められなければならないのじゃないかというふうに考えておるわけであります。たとえば西欧の一世紀にわたる住宅政策の基本を見ましても、やはり低所得者に対する均てんあるいは公平な配分というものが住宅の政策の基本になっているわけでありまして、改めてそういう問題が問われる時期ではないかというふうに考えておるわけであります。そういう意味で住宅基本法の成立というものをひとつ考えてほしい。 さらに、現在民間と公営、いわゆる公的団体との両面で進められている住宅建設にはいろいろとゆがみがございまして、公的な団体は比較的水準のいいものを公的資金でやる、それから民間では水準の低いものを高い値段でやるというふうな一般的な見方があるわけでありますが、もう少しこれは官民一体で住宅の供給をするという立場から、少なくも非営利住宅法とでも言いましょうか、一定の基準を示して、その中で仕事をする団体には、公的な機関であろうと民間であろうと一定の援助を国が与えるというふうなていの立法——これは西ドイツでは非営利住宅法と言って、これは株式会社であろうと協同組合であろうと協会であろうと同じような扱いをして育成をしているわけでありますが、そういう新しい意味での住宅建設の促進というものを図る法的な整備というものが必要ではないか。これはもちろん住宅基本法の中でも可能でございましょうし、別の法律でも可能でございましょうが、そういった形をぜひ検討してほしいというふうに実は考えるわけでございます。それらの条件整備をぜひひとつ急いでほしいというふうに考えるわけでありますが、その上で開発公団というものが恐らく登場してくるのでございましょうけれども、いま私が申し上げた点は、宅地開発公団をいまどうしてつくらなければならないのかという疑問の問題でございます。しかし、私も実際に宅地開発公団ができて宅地の供給が始められれば、それを受けて仕事をする立場の一員でございますので、当然ここで宅地開発公団が設立された後の事業の推進について幾つかのお願いがあるわけであります。 設立の趣旨に幾つか挙げられているものを七点ばかりに整理をいたしまして、意見と申しましょうか、要望と申しましょうか、そういう形で問題提起をしておきたいと思うわけであります。 いま申し上げたような幾つかの政府の施策の上にこの公団が発足をするということにいたしまして、まず土地の問題でございますが、周辺の地域の大規模の開発が、これは衆議院では五百ヘクタールが三百ヘクタール以上というふうに修正されたようでございますけれども、そういった場合でありましても、少なくとも住宅難世帯がこれは概算でございますけれども約一万世帯、人口にしまして三万人くらいの人たちが整備された団地に入ってくるということになるわけでありますから、このこと自体は非常にいい影響を及ぼすだろうと思うわけであります。したがって、そこへ一手に大きな世帯が吸収されるということは、その他の周辺地域でいわゆるスプロールの問題、あるいはある程度地価の歯どめという効果が恐らく期待されるだろうというふうに考えるわけでございます。 それから調整区域の開発でございますが、これがもし行われると、私は大変これはやりにくいだろうと思うわけでありますけれども、もし行われる場合には、当然地方自治体あるいは最近大きな問題になります地域住民との合意あるいは参加という問題がどうしても前提になるわけでありまして、これらに手厚い対策というものを先行して行わなければなりませんけれども、それが実現すればかなり安い地価のものが供給できるだろうというふうに考えるわけでありまして、そのこと自体が逆にこの市街化区域内で開発が非常に進まない、いわゆる土地の取引、移動がないということに対するその流動化を刺激するかもしれません。この場合大きな期待が持てるわけでありまして、ぜひこれは先ほども申し上げましたように民間企業が投機的に買っている土地の肩がわりに終わったということがないような形で、ひとつぜひこれは積極的に取り組んでほしいと思うわけであります。 さらに、余り議論がなされておらないようでありますけれども、海面あるいは公有水面の埋め立て事業の問題でございますが、これは新たに土地をつくるという意味で、一種の土地の生産でございますから、既成の手法によるものよりもわりあいにやりやすいという条件が幾つかあるわけであります。これでは効果がわりあいに上げやすいというふうに考えますので、特に漁業補償の問題、あるいは汚染防止の問題、あるいはいろいろの生息体の問題等かなりむずかしい問題ではありますけれども、ひとつ手厚い補償の施策を講じまして、ぜひひとつ公団の手でやってほしいというふうに考えるわけでございます。 それから第三番目の問題といたしましては、新しい都市づくりの場合に必ずといって起こりますのは、特に多摩ニュータウンの例にも見られますように、複数の自治体にまたがるということのために行政の混乱が非常に生じておる。これがまた逆に開発をおくらせるというふうないろいろの悪循環があるわけでございます。したがって、少なくも三百ヘクタールないしは五百ヘクタールということになれば一つの独立した行政単位というものを形成していただきたい。このためにはかなり財源等も必要だと思いますけれども、ぜひそういう単独の行政単位というものを形成すべきではないかというふうに考えておるわけです。 それから第四として、公団の手で造成された宅地の配分の問題でございますが、この当初の計画を漏れ承りますと、戸建て住宅を主体とした供給ということが考えられておるようでありますが、私はそういう考え方には賛意を表しがたいのであります。これほど困難な条件を克服してつくり上げられた宅地というものは、まさに珠玉のような大切なものでございますから、これは一部の人だけで享受すべき問題ではない。むしろできるだけ多くの人にこれが供給されるという立場からいたしますならば、ぜひひとつ戸建て中心でなくて、少なくもその大部分が中高層住宅に向けられるべきではないかというふうに考えるわけであります。さらにこの場合、中高層の住宅の用地の少なくも三〇%程度のものは公営住宅あるいは公団、公社等に配分いたしまして賃貸住宅の建設をぜひ進めてほしい、誘導してほしいというふうに考えるわけであります。周知のように、わが国の住宅難を形成する最大の要因というものは、やはり公的賃貸住宅のストックの絶対量が非常に不足しておるというところにあるわけであります。たとえばこれは西欧が少なくも三〇から四〇%以上の公営ストックを持っておるのに日本の場合には一〇%以下というふうな格差があるわけでありまして、ここらに非常に住宅難を形成する要因があるというふうに考えますならば、国の手で行うこの大規模な宅地開発はぜひ中高層、しかも賃貸へ重点を置いたところの配分というものがなされるべきである。少なくも三大都市圏における住宅のストックというものは、特に公的賃貸のストックというものはぜひ三〇%程度のものは確保するという目標を設定して、この公団の運営をしてほしいというふうに考えるわけであります。 それから第五に、基金の設置の問題でありますが、この構想の中に、基金を設置いたしまして地方自治体の財政負担を軽減するための利子補給に使うという構想がございます。これは私全く新しい試みとして賛成でございます。ただ、初年度予算に見る限り、たった五十億というふうな問題でございまして、これで果たして実効が期待できるのかどうか。もちろん今後の努力によるものと思いますけれども、そこで一つの提案として私申し上げておきたいのでありますが、これは私は住宅宅地審議会の中でも主張しておるわけでありますが、少なくも三大都市圏に事業所を置くところの一定規模以上の企業を対象にいたしまして、労働者に対する支払い賃金総額を基準とした一定率の拠出を願う。これは拠出という言葉は、出資あるいは寄付あるいは目的税といういろいろの手法がございましょうけれども、少なくもそういうことによって一定の財源を確保するということをまず検討してほしいということであります。この提案は別にとっぴな提案ではございませんで、現にヨーロッパでもイタリアあるいはフランスあたりでは早くからこういった財源づくりをやっているわけでありまして、ぜひひとつこれは検討してほしい。 この思想は、結局大企業が自分で田園から労働者を集めた、そしてそこで企業を営み収益を上げるという傍らで、労働者の住宅難に対して責任を負うということは当然のことでありまして、これは一九六一年のILOにおける労働者住宅に対する勧告という中でも、労働者住宅に対する企業の責任というものを明確に実は指摘しているわけでありまして、ぜひこういう方向、福祉という時代のこういう方向からひとつぜひこの問題を検討してほしい。こうすればかなりの資金がここに集中されるわけでありまして、そうなれば、これはただ単に公団が考えているような分野だけでなくして、先ほど申し上げました公的賃貸住宅のための住宅あるいは宅地に対する補助財源としても範囲が拡大できるわけでありますから、そういう意味での基金というものを、これは公団とは切り離してでも、ぜひこの際政府の施策の重点として検討してほしいというふうに考えるわけであります。 それから第六点は、宅地債券の問題でございますが、この公団で宅地債券を集めるということになっておるようでありますが、いまのインフレの状態では、長期な目標を置いてやる目的貯蓄の一種でございますので必ず目減りがある。その目減りをどう補償するかということは大変大切なことでございまして、つい最近も多摩ニュータウンの目減り騒動があったようでございますが、これに対する手厚い補助政策というものをやはり用意してほしいというふうに考えるわけであります。特に債券というのは住宅を供給するという目的をもって国が保証をしているわけでありますから、そういう意味での目減り補償というものをぜひひとつ考えてほしいというふうに思うわけでありまして、これはヨーロッパでも西ドイツあたりでは財産形成法の一種として、目的貯蓄に対するプレミアムをつけるというふうな具体的な措置が一般化しているわけでありますが、それらの問題もぜひひとつ宅地債券の上で検討をしてほしいというふうに考えます。 それから最後に、第七点でございますが、この宅地開発公団が設立された場合の公団の運営の問題でございます。これはいままでに幾つかのこの種の法人が設立されて運用されておるわけてありますが、それらの批判の中から出てくる問題でございますが、これまで強調いたしましたように、国、自治体、それから地域住民という三つのこのコンセンサスの成立というものが今後の開発には欠くことのできない問題でございます。したがって、そういう立場から公団の運営という基本方針が定められなければならないというふうに考えます。 それからもう一つは、公団自体の官僚性の排除の問題。これはただ単に理事会構成の問題だけではございません。たとえば常勤理事と非常勤理事というものができるようでございますけれども、この権能をどう規定するのかという問題も一つございます。それから、できればひとつ常勤の理事の中にも民間人の学識経験者などを入れて、幅広く意見を取り上げていくというふうな方向、さらに最終需要者である勤労者代表などもこの運営に参加できるというふうな運営方式をぜひひとつ新たにつくり上げてほしいというふうに考えるわけであります。在来、ともいたしますと、公団、公社という型の組織は、どうしても役人の天下りという批判があったり、あるいは定年の官僚を救済する団体だというふうな社会的な批判もあるわけでございますが、こういう批判に十分こたえて、経験豊富な人材を登用いたしまして、新しい時代の宅地供給というものに対応する組織というものをぜひ確立してほしいというふうに考えるわけでございます。 さらに、住宅公団あるいは整備公団等が既設の組織としてあるわけでございますが、これとの協業といいますか、分担といいますか、そういった関係も明確にいたしまして、混乱がないようにしてほしいというふうに考えるわけであります。 大変短い時間で非常に粗雑な、あちこち飛び飛びの意見になりましたけれども、それらの問題につきまして所見を述べまして意見といたします。
○委員長(中村波男君) ありがとうございました。 設楽参考人に対し質疑のある方は順次御発言を願います。
○沢田政治君 設楽参考人から非常に貴重な御意見を拝聴いたしまして感謝をいたすものでありますが、設楽参考人は、一部にはこの宅開公団の発足に当たって期待する向きも一、二あったようでありますが、数多くの疑問を提起されておると思います。最近における都市の宅地入手難、住宅困窮者、こういうものは放置できない、何かの手を打たなくちゃならぬということは私もこれは考えておるわけでありますが、果たしてこの手法によって、こういう法律によって庶民が期待するようなマイホームの夢が実現できるかどうかということになりますと、設楽参考人同様に数々の疑問を持っておるわけであります。 まず第一にお聞きしたいのは、住宅基本法をまずつくらなければならぬ、こういう点を御意見として述べられましたが、私も全くこれは同感なんです。といいますのは、第一期の住宅五ヵ年計画、第二期が終了して第三期に移ろうとしておるわけでありますが、一体国というものが住宅に関して国民に何をすべき義務があるのかないのか、この付近が明確でないところに今日の住宅政策の貧困があると思うんであります。もちろん寒法二十五条には健康にして文化的な云々という一つの国民の幸福追求の権利があるわけでありますが、具体的にこの住宅に関してこうしなければならぬ、国がこういう義務を果たさなくちゃならぬ、国民にはこういう権利があるという点が明確でないところに、第一期の住宅計画あるいは第二期の住宅計画が達成されなくとも、行政側では責任どうとかいうこの責任感を持たないわけですね。でありますから、私はやはり国が国民に対してなすべき住宅の義務というものを明確にすべきである。それと同時に、また住宅基本法の中身というものが、住宅というものは一体何であるのかということも明確にすべきだと思いますね。いわゆる政府統計によりますと、もう住宅戸数が世帯数を上回っているなんという、何というか統計まで出てくるわけですね。つまり人間が住んでいればこれは住宅だと、こういうように定義づけるというのはこれは大きな誤りだと思うんですね。少なくとも住宅基本法の中にはその二点は明確にすべきではないかと、こういうように考えますが、御意見はいかがですか。 もう一つは、あなたの疑問の中に、宅地はなるほどこれによってある場合には大量に造成されるかもわかりませんね。しかしながら、本法律はあくまでも勤労者に対して、庶民に対して低廉な宅地を供給するという義務を負っているわけですね。したがって、宅地だけが造成されても目的達成ではないわけであります。つまり庶民の手の届かないものであっては本公団を設立したことは目的と合致しないわけですね、結果において。そこで、私は疑問を感ずるわけですが、政府側の答弁によりますと、現在の価格に換算して坪十万円の宅地をつくるという自信を持っておるようですね。これは自信というのは明確に何だかと言いますと、明確な答弁ができないようですが、まああなたに言われますと、勤住協の場合はそう営利団体じゃありませんから、利潤を追求するという団体でもないし、三%くらいの若干の利潤は取っておるかもわからぬわけですが、それでもなおかつ坪二十万円ということですね。だから、私どう考えてみましても、現在の価格に換算して坪十万円の宅地が供給できるということには疑問を感じるんですよ。いまの原価主義でいくならば二十万円以上には確実になると思うんですね。そうなりますと、あなたが言われましたいまの勤労者の収入ですね、所得が頭打ちになっておるこういう状況からいって、果たして応能主義というものが適用できないと思うんですね。 そこで、最後に聞きたいことは、皆さんの方で新しい土地を買いますね、これは宅地じゃありません。買った値段と、造成していろいろな施設をつけて、完成品ですね、売る場合は、住宅公団でもいろいろあるようですが、十五倍説、二十倍説があるわけでありますが、最近の卑近な例をとったならば大体何倍ぐらいになるものかと、入手した原地がね。それから売り出す場合の倍率ですねこれはどうなるものかですね。その二点についてお伺いしたいと思うんです。
○参考人(設楽和夫君) お答えをいたします。 第一点、これは大変むずかしい問題だと思うわけでありますが、憲法に保障された健康で文化的な生活と、それを保障するいろいろの衣食住の問題があると思うわけでありますが、やはりその一環として住宅を考えなきゃいかぬという考え方であります。そういう意味で、実はこれは先ほどちょっと触れましたILOの六一年の住宅勧告というものを見ますと、この辺は非常に明快にうたっております。というのは、労働者が保障さるべき住宅というものは、つまり人間としての尊厳を維持し、しかも生産性を十分高められるだけの生活が営めるところの住宅、これが国、自治体あるいは企業という協力によって保障さるべきものだと、それが保障の手段として何があるかということを具体的に検討をすべきだ、そうして国に対する責任あるいは自治体に対する責任、企業に対する責任、もちろん労働者の団体に対する責任も明確にうたっております。そういう方向でやはり住宅というものは考えられなければならないものだろう。特に住宅問題というのは、すぐれてこれは労働者の問題でございまして、その他の一般の国民階層には比較的住宅問題というのは薄いわけでありますから、そういう意味では、住宅政策の重点というものは低所得者層に対する政策というふうに重点をきちんと整理されませんと、いろいろと散漫な政策になってくるのではないかというふうに考えるわけであります。 それから第二点でございますけれども、これは公団の坪十万円構想というのは、実は三、四年前の構想で出されたようでございますから、いまもそういうふうに当局の方が考えておられるかどうかわかりませんけれども、十万円というものを少なくも首都周辺にとってみましても、三十キロあるいは五十キロ圏の中でつくり上げるということは全くこれは大変な仕事だろうと思います。少なくも坪当たり二万円以下の土地を入手しなければ仕上がり十万円では無理だろう、これは私たちの経験から申し上げるわけでありますが。しかもそれが新しい時代の要請として、環境の問題なりあるいは公共施設、公益施設の整備の問題なり、さらにそれが発展いたしまして、水道から鉄道事業まであわせるということになりますと、私はまずこれは至難ではないかという個人的な私見でございますけれども、そういうふうに考えられますので、もっと時点を修正した現実的な計画というものを私は再検討されるべきじゃないかというふうに考えております。
○春日正一君 ほかの方からいろいろ御質問があると思うので、一つだけ聞きたいんですが、さっき海面の埋め立てをぜひ公団でというようなお話があったんですけれども、あれは大体どの辺を考えていらっしゃるのか、あなたの頭の中でですね。首都圏か近畿圏か中部圏か、どの辺の埋め立てが可能だと考えているんですか。
○参考人(設楽和夫君) お答えをいたします。 私が可能だと申し上げたのは、いろいろの私疑問点を提起しましたけれども、そういう問題があわせて手当てをされて解決されるという二本立ての検討の中では私は期待ができるのじゃないかというふうに申し上げたわけなんで、全くいまの公団オンリーで果たしてやれるのかどうかという点については、私は多分に疑問だという点を申し上げたわけであります。
○田代富士男君 時間が余りないそうでございますが、まず第一番目に、いま住宅基本法の制定を急いでもらいたいと、このように申されましたが、今後の住宅政策の方向について、一戸建ての住宅を中心でいくのか、中高層の賃貸式の集合住宅、こういう方向でいくのか、あるいは並列でいくのか、直接勤労者向けの住宅を供給していらっしゃる立場でありますから、今後の方向性ですね、どうお考えになっていらっしゃるのか。 それから勤労者を対象としていらっしゃいますが、四十八年度に建設省の住宅局から住宅の需給実態調査が出されまして、全国平均で一千万世帯の人が困っている、東京周辺で、その他ずうっと数字が出ておりますけれども、また四十九年には内閣広報室の大都市地域におきます住宅宅地に関する調査では、約五〇%の人が公共用住宅を建ててもらいたい、利用すべきであるという意見を持った人が多いわけなんです。そこで、勤労者住宅を対象にして仕事していらっしゃいますが、つかんでいらっしゃるデータですね、どういうものを希望しているのか、それがわかったらお知らせいただきたいと思います。 それから今回公団をつくろうということでいま審議されておりますけれども、私はいまの住宅公団のその中に宅地開発公団と同じような権限なりそれだけの資金を与えるならば、これは開発公団をつくらなくてもできるんじゃないか、屋上屋を重ねることになるんじゃないかと、このように端的に思うわけなんです。それに対する御意見を聞かしていただきたい。 それから最後に、いま沢田委員からお話がありまして、坪十万円で売るとするならば二万円以下の土地を購入せねばならないと、約五分の一でございます。ところが、私が先日の当委員会で質問したときに、大体どのぐらいの価格で販売せねばならないかと尋ねたときに、用地取得費の二十倍ぐらいの価格で販売するようなことになるというようなことを私はちょっと聞いたわけなんですが、ちょっとその点の数字の違いがありますけれども、そこらあたりをまとめましてお願いしたいと思いますが。
○参考人(設楽和夫君) お答えいたします。 基本法の制定の重点と申しましょうか、これは私が先ほど申し上げた精神と同じでございますが、要するに住宅を供給するための施策の重点は何かということをやっぱりこの基本法で明確にしなきゃいかぬと。いままではそれが非常に不明確だったというふうに先ほど申し上げたとおりでありまして、少なくも住宅難というものは、すぐれて勤労者の問題であり、しかも低所得者の問題である。したがって、それに公平かつ、何といいましょうか、十分に供給ができるということにやっぱり重点を置いてほしい。まあ率直に言って、商工業者あるいは中間層の人たちも住宅に困っていないわけではありませんけれども、これはまさに住宅問題ということからすれば、これはアルファの問題だというふうに考えるわけでありまして、そこに重点を置く。そうしますと、当然低所得者に住宅を供給するわけでありますから、どの程度のものを供給するのか、その水準が、やはり最低水準というものが必要であろう、いわゆるミニマムといいましょうか、そういうものがまず決められる。それを供給するためには一体どういう手法があるのか。そのために、先ほどちょっと触れましたけれども、つまり所得に見合った住居費の負担、これは賃貸住宅であろうとあるいは分譲住宅の償還金であろうと、やはり同じ考え方に立って差し支えないだろうと思うわけであります。それが所得に見合って、少なくも私たちがいま考えておりますのは、所得の二〇%を月々の住居費が超えた場合には——これは直接住居費でございます、超えた場合には少なくも補助、国の補助というものがひとつ考えられなければならない。 それからもう一つは、同じトータルの中で所得、いわゆる所得に見合った負担をするということになりますと、少なくも所得の高い人はある程度がまんしてもらう、それで低い人の分も幾らかはしょってもらうという考え方がない限り、なかなかこれはむずかしいというふうに考えるわけでありまして、そういう二つの手法が組み合わされなければならないのじゃないか。特に分譲住宅の場合などは月々の負担を、いわゆる逓増方式と言いまして所得の低い時代には低くして、高くなってからだんだんそれに合わして償還金をふやしていくという一つの方法もあるわけでございますから、そういった方法を組み合わしてやっていくというふうな基本をひとつこの基本法の中で決めていっていただいたらどうか、こういうふうに考えるわけであります。 それから住宅実態調査のことにちょっと先生から触れられましたが、五〇%が賃貸を要求しておる、このことも確かだと思います。いろいろの調査がありますのではっきりしたことは言えませんけれども、現在かなりの持ち家志向というものがあるとは言われますけれども、実は賃貸住宅の供給が十分でないから持ち家志向するという反対の理由もあるわけなんです。それらをやはり見誤りますと政策の重点を失うということになるわけでありまして、私は少なくも西欧の住宅ストックなどから見ましても、最低三〇%は公共賃貸住宅、特に公営住宅がなければならないんじゃないか。そうしなければ住宅の流動性といいますか、そういったものはなかなか確保できない。そういう人たちが皆木賃住宅と言われる過密狭小の住宅に追い込まれているというふうに考えます。そういう意味で、実際には私は五〇%を上回る人たちが賃貸住宅を要望しているというふうに判断して間違いないというふうに実は考えるわけであります。 それから屋上屋の問題でありますが、確かにまあおっしゃるとおりの状況があるはずであります。まあしかし、ここの法案で言っているような鉄道の建設までもやり、水道工事までやると、あるいは基金を設けて自治体の負担を軽減するというふうな積極的な分野に踏み込むとすれば、いまの住宅公団では、あのままではきわめて機能的にも不十分だというふうに考えますし、率直に言って、いまの公団の体質を大幅に変えなければなかなか困難じゃないかというふうに考えますので、一体どっちでやっていくのがいいのか、なかなかむずかしい問題ではございましょうけれども、思い切ってこういう公団をつくるということも一つの方法だろうというふうに考えるわけであります。 それから十万円で土地を納める場合の土地の買い方でございますけれども、二十倍という計算がどこから出てくるかよくわかりませんけれども、これには先ほど私が申し上げましたように、鉄道の建設までも含めた計算ではないかと思われますが、われわれの仕事の経験からいたしますと、大体買った土地の六倍、六倍前後が大体供給の価格になるというのが経験的に申し上げられることでありますから、その経験から申し上げたのが、十万円で仕上げるためには二万円以下のものを買い取らなければ困難ではないかというふうに申し上げたわけであります。ですから、これが二十倍になりますと四十万ということになるわけでありまして、ちょっとその辺私の方の資料と食い違いがあるように感じがいたします。 以上でございます。
○委員長(中村波男君) 設楽参考人には御多忙中のところ御出席をいただきまして、貴重な意見をお述べいただき、まことにありがとう存じました。 委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。
○参考人(設楽和夫君) じゃ、お先に失礼します。
○委員長(中村波男君) それでは、続きまして浜崎参考人にお願いいたします。
○参考人(浜崎則雄君) 浜崎でございます。 私は住宅に関する実務を経験しているわけでもございませんし、技術的なことはよく存じ上げません。したがって、きょうの参考人にふさわしいかどうか内心疑問に思っております。ただ、私は新聞社におります関係上、まあ今度の公団法に対しまして一般的に大まかな考え方を述べさしていただきたいと思います。もちろん朝日新聞社の社論ではございません。余り大筋を外れることはないと思いますけれども、あくまでも私見でございますので御了承願いたいと思います。 皆様にお話しするのはもう釈迦に説法のような気がいたしますけれども、現代のわが国の住宅不足、住宅難というものは非常に深刻なものがございます。戦後は終わったと言った経済白書は、たしか三十年か三十一年でありましたが、わが国が住宅政策を本格的に決めたのは三十年後半あるいは四十年になってからと存じ上げます。したがって、現在住宅戸数は世帯数を上回ったなどという統計もあるようでございますけれども、四十八年の建設省の調査によりましても約二百五十万から二百七十万の住宅困窮者がございます。しかも住宅に何らかの不満を持っている、すなわち住宅を建て直すとか、あるいは取得したいという潜在的な欲求を持っておられる方は恐らく一千万以上にわたると思います。しかもこの住宅難の一番大きなのはあくまでも三大都市圏でございます。この三大都市圏では、恐らく住宅困窮者は四〇%以上に上っていると推測されます。こういうようなこの国民的なサイドから見ますと、住宅は一戸でも多く、良質なものをつくってもらわなければいけないという時代だと思います。量よりも質というような転換がこのごろ言われておりますけれども、私はまだまだ量が不足していると思います。しかも住宅の不足の一番大きな隘路は用地の取得難、すなわち宅地が不足しているということ。したがって、三大都市圏には特に大量の公的な宅地を供給するということがもう緊急の事態だと、こういうように認識しております。そういう意味で、今度の宅地開発公団は結果としては私は設立に賛成でございます。 この公団には、先ほどからも申されましたように、従来の縦割り行政にのっとった公団と違いまして、水とかあるいは鉄道とかいう各省にまたがるような多面的な権限を付与されております。こういう公団はいままで私は一つもなかったと思います。そういう意味では、今度の公団は、今後公団を設立する場合の画期的な一つの目安になるという意味でも私はこの公団の内容を評価いたしております。 わが国のこれまでの住宅政策は、俗に公四、民六と言われまして、この大部分を民間の自力建設に依存してまいった面が多々あろう。したがって、先ほども設楽さんがおっしゃいましたように、わが国の公的住宅のストックというものは非常に少ない。これは歴然たる事実であります。そこで、この際、一戸でも多く家を建ててほしいという国民の願望から申しますと、こういうような住宅供給のための事業主体というものは、私は住宅公団あるいはいまの地方の住宅公社、こういうものだけでは足りない。本当に必要な宅地を大量に供給するような公団がもう一つぐらいあってもいいんではないかという考え方に立っております。これは先ほども言いましたように、行政簡素化のお目付役である行政監理委員会までが複数の住宅関係の公団をつくれという勧告をしております。私も一般論といたしましては、この公社、公団などの特殊法人を乱立させるということには非常に反対であります。したがって、不必要なもの、あるいは大した目的のないような公社、公団を設立することには反対であります。また、新しくつくる場合には、すでに目的を達したものとか不要になった公社、公団というものを整理する。こういう大きな考え方の前提に立たなければいけませんけれども、少なくともこの住宅に関する公団というものはいま一つあってもよい、いわゆる事業主体は複数以上であってよろしい。したがって、住宅公団の屋上屋を重ねるものであるとか、あるいは住宅公団にやらしたらいいじゃないかという御議論も確かにございます。私もそれをずいぶん考えたことがございますけれども、やはりこの際は機能をはっきりした、宅地をつくるという公団を一つつくってもいいのではないかと、こういうような考え方をしております。ただ、それでは今度の宅開公団というものが非常にりっぱなものであるかと申しますと、残念ながらもろ手を挙げて賛成するような内容ではございません。 その第一に私が挙げたいのは、先ほどの参考人と重複するかもしれませんけれども、この宅地開発公団というものが初めて登場したいきさつは皆様御承知のとおりであります。四十九年度の予算編成の土壇場になって、時の橋本幹事長が田中内閣の目玉商品として突如として持ち出したものであります。したがって、その発想の根本は、当時宣伝しておりましたように坪十万円で百万戸を建てるんだと、しかもほとんどこれは百坪程度の個人に分譲する宅地をつくるんだと、こういう内容でございました。私どもはそのときには、もうこれは絶対反対である、そういうようなものをつくるべき時代ではいまはない。たとえば土地を持っている人と持っていない人との富のアンバランスというようなものが非常に拡大されておりますときに、公権力によってつくった土地をまた個人に分譲するというようなことは許されないことだ、したがって、そのような公団であれば私は反対でございます。 伝え聞くところによりますと、今度の公団も、その後政府も考えを改めまして、何か民間の平屋一戸建て分譲には六割、それから公的な高層集合住宅用に四割というようなことに考えを多少改めているようでありますけれども、私はこの考えでつくられる公団というものは困る。たとえば先ほどからもお話のありましたように、首都圏あるいは近畿圏その他で、三大都市圏で三十キロから五十キロ以内に坪十万円で分譲できるような土地があるということはとうてい考えられない。大阪で言いますと、南海電鉄が高野山のふもとの橋本林間都市というのを計画しております。ちょうどこの公団法が論議されました時代に南海の社長に聞きましたら十二、三万で売りたいと言っておりました。現在聞きますと、二十三万ぐらいしなければ引き合わない。すでにこの十万円という考え方というものは非常に大きな時代のずれがある。そうなりますと、百坪を分譲するとしても二千万円になる、これに上物を建てますと三千万から三千五百万の家になる。こういうところが買える階層はどういう階層であるかということになりますと、本当に住宅に困窮している人たちは手が出ない。したがって、これはだれのための公団であるのかという疑問が持たれるわけであります。 そこで、私は、そのような当初の発想はもう水に流して、先ほども設楽さんがおっしゃいましたように、これの大部分は高層集合住宅用に充てるべきである。しかも分譲もできるだけ避けて、私はやはりいまの低所得者層、あるいは一般勤労大衆が手の出るようないわゆる勤労階層を対象にした賃貸の高層集合住宅に重点を置きかえてもらいたい。もちろん今度はベッドタウンだけでありませんで、一つの都市を形成するというようなことを言っておりますので、そこにはあるいは職場もある程度生まれるかもしれない。そうしますと、一つの都市になりますと、これはもうある程度の一戸建てのものもなければ都市として成り立たないだろう。いわゆるいろいろな種類の住宅が要ると思います。千里ニュータウンでさえ何か高層住宅ばっかりで味気ないというようなことが言われておりますので、こういう意味で何がしかの個人分譲というものはあってもよろしいけれども、これまあ資金繰り関係もありましょうが、とにかくいまの比率というものの考え方を少なくとも最小限逆転してもらう。できれば八割ぐらいは公的な集合住宅用にとってもらいたい、こういうことを公団の運営に当たって強く希望したいと思います。もしそれがなくて最初の発想どおりにいくのであれば、この公団の設立は私は無意味である、こういうように考えております。 それからもう一点私が強調したいのは、地方公共団体との関係ということを密接にとってもらわなければ困る。たとえば現在もう公社、公団の住宅はお断り、返上というようなことが全国の地方公共団体の中に出ております。特に府県よりも実際に末端の市町村の中にこれが強い。これはいろいろな原因がございましょう。たとえば先に住んでいる人たちと後からベッドタウンに来る人たちとの環境や、あるいは皆違うためにうまく折り合いがつかない問題だとか、あるいは自然環境が破壊されるとか、もうこれ以上人口が集中するのはお断りとか、いろいろありましょうけれども、地方公共団体の本当の反対の理由は財政負担がふえるから、この一点にほとんど集約しても間違いないと思います、現実の反対態度は。今度の公団はそういう面では特段の配慮がされておるようであります。運営に知事か副知事クラスの県の代表を六人非常勤理事にして入れるとか、あるいはその他の助成措置というようなものが従来に比べれば進められておりますけれども、まだまだこれは地方の負担すべき点がたくさんありはしないか。たとえば補助をするといたしましても、従来のような補助の場合では、単価だけではなくて、補助対象にならない、社会通念上当然必要なものまで補助対象になってないというようなものがございます。そういうものがそのまま行われますと、地方公共団体の負担は必ずしも少ないとは言えない。そうなりますと、これはまた開発お断りというような議論が出てくるであろう。したがって、開発されるべき地域の市町村長あるいは市町村の住民というものの意向を十分に反映したものでなければいかぬ。府県段階の考え方と市町村の考え方には間々にしてずれがあることはもう皆さん御承知だと思いますが、そういう意味で市町村の意向というものを強く反映できるように運営していただきたい、そういうことを考えております。 その他、今度の公団法につきましては、いわゆる市街化調整区域を買い占めている不動産業者を利するものではなかろうかとか、あるいはそういう適地が実際にあるのかとか、あるいは先ほど言いましたように鉄道を敷設する権限を持っておりますけれども、その鉄道ができた場合に一体だれが運営するのか、もしそこから赤字が出るという場合は一体どうするのか。たとえば大阪の泉北鉄道などは未来永劫赤字だと言っているわけです。これは府の一般会計から補助しておりますけれども、こういうようなことを考えますと、新しく団地をつくった場合は、そうお客が一遍にふえるわけじゃない。しかもこれは片道通行でありますから、昼間は閑散である、あるいは片一方に行く道はがらがらであるということになりますと大変な赤字が出ます。そういうような赤字をどう処理していくのかというような問題とか、市街化調整区域にほとんど建設するとすると、せっかく環境保全というのをねらいにした都市計画法の線引きの問題がどうなるのか、いわゆる線引きはやり直してしまうのか、どういうようにするのか。いろいろ技術的なもろもろの問題がたくさんあると思いますが、そういうことは私は余り得意ではございませんので、しかも私、衆参両院の皆さん方の審議の内容を全部速記録をもらって読んでみましたところ、非常に細かいところまで微に入り細にうがって実に鋭い質問がなされております。それに対する建設省の答えは必ずしも明確ではありませんけれども、皆さん方はその点について十分御理解があると思いますので、ひとつそういう疑問の点というものを今後の審議にますます強く生かしていただいて、せっかくつくる公団ですから、少しでもいいもの、時代に合ったもの、そういう公団にしていただくように今後もよろしく御配慮を願いたいと存じます。 大変雑駁な意見で、抽象論で申しわけございませんが、以上私の意見を申し上げました。ありがとうございました。
○委員長(中村波男君) ありがとうございました。 続きまして、下総参考人にお願いいたします。
○参考人(下総薫君) 下総でございます。 私、宅地開発公団法の参考人として呼ばれましたときに、いろいろこの評価、宅地開発公団をどういうふうに考えたらよろしいかというようなことを自分なりに考えてみたのですが、わが国の場合というのは、どうも住宅対策全体が何となくわかりにくい形になっておりまして、とにかくどこがわかりにくいのかと申しますと、細かい細部の点は非常に克明に詰めた一つ一つの物語があるのでありますけれども、その大もとの単純素朴な筋書きというんですか、そこら辺がどうもはっきりしていないということがいつも感ずるわけです。それで、このはっきりしないというだけでは私の意見になりませんで、それをもう少しはっきりさせて、宅地開発公団の役割りというものをどこら辺にセットすべきであろうかというあたりまでできれば述べたいというふうに考えるわけです。 それで、わかりやすい例の方から申しますと、宅地開発公団——日本住宅公団は特にその形をとっておったわけでありますが、ニュータウン開発というような形をとっておるわけであります。ニュータウンと申しますと、これはイギリスの例、イギリスのニュータウンのことを思い出すわけであります。私もイギリスに少しおりました関係上、ニュータウンのこと、自分なりに思い出してみるのでありますけれども、これは話としてはかなりはっきりした話でありまして、イギリスのニュータウンというのはもう特に新しい話題ではございませんで、皆様よく御存じのことと思いますけれども、一九四六年にニュータウン法というのをつくりまして、それでその前に五十年間の歴史があり、イギリスのいわゆる田園都市運動の延長線上にこのニュータウンというものをセットするわけです。それで、イギリスのニュータウンは発足するに当たりまして審議会、委員会のようなものをつくりまして、そこでどういう形にしたらよろしいかということを審議するわけであります。それをリース委員会——リース卿が委員長をしましたそのリポートが出ておりますが、その中でニュータウンの性格というものを一言に述べているわけであります。それは、そこに住み、そこで働く、自足的でバランスのとれた町と、こういうふうになっておるわけです。そこに住み、そこで働く、自足的でバランスのとれたそういう町を——町づくりですね。新しい理想に燃えた町づくりというものをベニーザ・ハワードの田園都市運動の延長線上にセットして、これを国家的事業として取り上げようという、そういう意図を持って始まったいわゆるニュータウンであります。これはわが国でも新しい理想的な町づくりという意味で入ってきているわけです。ですが、このニュータウンというのは、イギリスのニュータウンというのが都心再開発事業と直接に結びついているという点は余りはっきり、何といいますか日本に入ってきていないのです。 このイギリスのニュータウンの事業というのは、初期の場合はロンドンですが、ロンドンの都心再開発事業と直接に結びついているわけです。イギリスのロンドンは特に日本の東京よりも相対的には人口の集中度が激しいわけです。それで、都心部に相当の過密地域がありますのでそこを再開発して、再開発してどういうことをするかというと、道路が何しろ大変狭くて足りないので拡幅するわけですね。それから緑地が足りないので緑地をとっていく。それから学校なんかも足りないのでそれを増設していく、いわゆる公共施設ですね、それの増設をやっていくと、いままでそこに住んでいた人をみんなその場所に収容するわけにはいかなくなるわけです。それで、初めに住んでいた人数よりも再開発後は人数が少なくなるわけです。この少なくなった分、つまり開発密度を下げるというふうに言っておりますけれども、最初これだけあった人間がこれだけ少なくなるわけですから、差額の——差額というのか、差し引きの人たちは外に行かなくてはいけないわけです。それを計画的あふれ人口、こう呼んでいるわけです。その計画的にあふれさした人口というのを、それをニュータウンに導く、こういうふうになっておるわけです。それで、計画的にあふれさす人口というのは、これは再開発地域に指定されますと、そこの中の人たちの住宅困窮者というのは住宅困窮者登録簿というのに登録されるわけです。それで、その住宅困窮者登録簿というものの中からニュータウンの中に行きたい人を選んでいく。そういう計画を産業労働者選抜計画という非常に内容がめんどうくさいやり方をとるわけですが、そういう方法で結んでいるわけです。 そうしますと、全体の物語を申しますと、都心部の再開発を行う、再開発後の密度を下げる、再開発して密度を下げる。そうすると、計画的に人口があふれ出す。それを住宅困窮者名簿に当然登録されていく。その名簿の中からニュータウンに導いていき、そしてニュータウンにおいて、そこに住み、そこで働く、自足的でバランスのとれた町をつくろう、こういうふうな話になるわけです。全体の話が非常にはっきりしておりまして、都心再開発、確かに都心部の過密状況はこれによって解決される、オープンスペースも出てくる、道路も拡幅される、都心部はよくなる。そのかわりその人口の減った分の人たちはほうっておけばまた別のところにスラムをつくるか、あるいはロンドンの周辺部にじわじわと進出をしてスプロールを行い、不動産屋のえじきになる。そういうことをして結局イギリスの美しい田園を破壊していく。そういうことを防ぐためにはこれを計画的に誘導し、しかも遠距離通勤をなくすために、そこに職場を用意して、そこに住み、そこで働く、自足的でバランスのとれた町をつくろう、こういう話で全体の筋書きが非常にはっきりしておるわけであります。 それで、産業労働者選抜計画というのは必ずしも再開発地域の産業ではないのでありますけれども、ニュータウンに行きたいという産業がありますと、企業がありますと、その人と、それから住宅困窮者登録名簿にある人との間で面接とか希望のやりとりというようなことをやりまして、非常にめんどうな手続をかけて人を選んで、そしてニュータウンに持っていくという、そういう形をやっておるわけであります。そうしますと、これは都市対策に役に立つ、それから新しい町づくりに役に立つ、それから全体として住宅対策に役に立つと、この三つの話が非常にはっきり結びついているわけです。そういうようなことを考えながら、この宅地開発公団のことを考えてみるわけです。そういたしますと、宅地開発公団は再開発事業はやりません。それで、三大都市圏においては再開発事業は日本住宅公団が施行するようになるわけです。それで、主として工場跡地の再開発ということになるのでありましょうが、この再開発事業というのと宅地開発事業というのとは別の話でありまして結びついておらない。その再開発事業というのは、わが国の場合ですと幾つかの事業がありますけれども、工場跡地の再開発はちょっと別でありますけれども、大体イギリスのように再開発後に密度を下げるというような形ではないのであります。再開発しますと大体密度が上がるんです。再開発して高度に利用しというような言葉がよく出てきますけれども、高度に利用するというのは必ずしも人口をふやすこととは限らないのでありますけれども、現在の再開発の内容ですと、主として商業地域の再開発、これが主なものでありますが、それともう一つ改良住宅事業、住宅関係ですと。その二つが主なものだと思いますが、改良住宅事業の場合は特に現地主義というものをうたっておりまして、その場において事業を施行する、その場所において事業を施行する、そこの住民をそこに収容する。収容して密度が大抵高くなるわけです。高くなったところをまた別に利用する。そういう形をとっておるわけです。それで物語が都市再開発なら再開発の中で完結してしまうわけです。 それからこの宅地開発公団の場合は、住宅公団と違って鉄道の建設といったようなこともできる。そうすると、これ自体は、そこで住み、そこで働きという、自足的でバランスのとれた町という、こういう話とちょっとつながらない話でありまして、むしろ全体的に見ると非常に緊急な課題、とにかくのんきなことを言ってられないで緊急な課題にこたえていかなくてはならない。それで、地価が高くてどんどん遠くなると、もう適地というのは鉄道なんか敷いてないようなところしか残ってない。そういうようなところを建設した場合に、陸の孤島になるのは困ると、それで鉄道もいままでの協議でやっていくような方法じゃなくて直接にできるようにしようと、こういうような発想から自然に出てくるのでありましょうけれども、どうもイギリスのニュータウンみたいな話とはちょっと違うわけです。 それで、日本の住宅対策ということに言及せざるを得ないのでありますけれども、どうも私の考えでは、わが国の住宅対策というのは大量処理型のような印象を受けるわけです。大量処理型と私が申し上げるのは何かというと、個別的、具体的に住宅難世帯とか住宅困窮世帯というのをつかまえていないということなのであります。わが国には住宅難の世帯がいっぱいあります。それは住宅統計調査をやるとわかるのです。二百数十万——全国で二百数十万だと思いましたが、そういう数字が出てくるわけです。これは同居、狭小過密居住、非住宅居住及び老朽危険住宅居住の四つの要因のいずれかに該当する世帯の数でありますけれども、それがなおその二百数十万のオーダーでいると、そういうことがわかるのです。しかし、それではどこの市町村に、どこの町にどういう人が住宅難世帯でいるのかと、住宅難世帯というのはだれとだれですか、その人はいまどんなことに悩んでいるのですかと、そういうことを個別に把握しているかというとそうではない。そうではないのですね。しかし、市町村も一部においては住宅困窮者登録制度を実施しておりますところもありますが、全面的に採用はまだしておりませんですね。そうしますと、住宅難世帯というのは、公共住宅なら公共住宅を建設し、宅地分譲なら宅地分譲をやり、申込者を募集したときにわかるのです。募集してみるとたくさん来るわけです。たくさん来て、初めてそこで、ああこういう人たちが困っていたのかということがわかるわけですが、さて、一人一人の悩みを聞くような仕掛けにはなっておりませんで、たくさん来たからそれじゃ抽せんしましょうと、こういうことになるわけです。抽せんして当たった人を入れる。そこでまあそういうやり方を終戦以来三十年間続けて今日に至っておるわけです。 全体の印象を申しますと、大量処理型と申しましたが、非常に全体的に粗っぽいやり方をしているということであります。それで、住宅対策というのはやはり最終的には一戸一戸に困った人が入り、そこで一人一人の生活が始まるわけでありますから、非常に具体的かつ個別的なものであるにもかかわらず、現在の住宅対策というのは大量に供給する、そういうような仕掛けから、非常に大まかにできているといいますか、粗くできていると、そういうようなことがあるわけです。それで、一たん公共住宅に入りますと、公営住宅の場合はちょっと違いますけれども、それから先のことは家賃さえきちんきちんと払っていればもう住宅対策の関心の上から外れてくるのです。それで、そういう全体が粗っぽい仕掛けになっておりますと、宅地供給ですか、宅地開発公団が宅地分譲を行うと、そういうことが住宅難世帯とか住宅困窮世帯とか呼んでいるものとどういうぐあいにつながっていくのかというところがあんまりはっきりしないわけです。 それで、まあ何もイギリスの例を模範とするわけではありませんけれども、たとえば公共住宅、公共賃貸住宅に入居をされている方々に宅地債券とか、それから住宅債券とかというものを買っていただく、そうしますと、公共住宅に入っている間に、近ごろの言葉で言えば財産形成ということになりますか、そういうことをして、それの宅地を宅地開発公団が用意する、こういうふうになりますと、もう少しその住宅対策上の意味合いというものがはっきりしてくるのです。いまのような仕掛けですと、一たん入ったらもうあと家賃さえ払っておればわからない、住宅対策の関心から外れていくというようなことですと、その宅地需要というものが住宅困窮者というのとどういうふうに結びつくのかよくわからないわけです。それからいまの場合ですと、困窮者登録制度といって個別的にやっておるわけではなく、たくさん集まったから抽せんしましょうと、たまたま当たったというそういうふうなことで、それで中に入った人だけ今度は宅地債券と、こういうようなことも、それで宅地開発公団でお世話というのも、これもちょっとおかしな話ではないかというふうにも思うわけです。 それで、やっぱり公共住宅が少ないというお話が指摘されましたけれども、総体的比率としては確かに多い方ではありません。しかし、三〇%というお話がよく出ておりますけれども、三〇%の公共住宅を保有しているのは恐らくいわゆる自由主義国ですか、資本主義国ですか、それはイギリスだけだろうと思うわけです。それで、英国は三〇%を保有しております。英国の中ではスコットランド地域は特に多いわけです。そしてイングランドではバーミンガムという市がありますが、バーミンガムにおいてはついに公営住宅は二戸に一戸、要するにバーミンガムの持っておる、バーミンガム市域にある住宅のうち半分は公営住宅になったわけです。しかも公営住宅というものを、じゃあもう十分足りたからやめようかというそういう気配はありませんで、営々としてつくっておるわけですね。これは恐らく三〇%とか五〇%とかという目安というものはないのかもしれません。しかし、公共住宅ストックが総体比率において少ないということは確かなことであります。ですから、これ公共住宅用地にも振り向けるというふうなことが事業の内容としてうたってありますが、どうも余り具体的な感じしませんですね。それもたしか公共住宅が不足しているからその用地を大量に供給してもらいたい。それはもう本当に心からそう思います。しかしながら、私はそれだけではなくて同時に公共住宅、いまの住宅対策というのですか、特にその公共住宅の管理面ですね、そういうのをもう少しちゃんとこう整備して、住宅難世帯なら住宅難世帯というものが最終的にちゃんとつかまえられると、個別的につかまえられるという体制をつくっておく、そういうことと一緒にやらないと、どうも相も変わらず宅地開発公団というものの意味づけはあいまいになってしまうと思うわけです。 それからちょっと同じような話ではありますけれども、公共施設負担、公共施設の造成の話でありますが、公共施設というのは学校とか保育所、特にその二つがそうですけれども、地域住民の年齢構成と非常に関係しておりまして、これは年齢構成が偏りますと、公共施設に対する需要が非常に一時期に集中するわけです。そのことは先ほどのイギリスのニュータウンのリース委員会の場合にも指摘してありまして、そこに住み、そこで働く、自足的でバランスのとれたという、そのバランスという意味はそれであります。それでリース委員会は、とにかく建設のスピードを急いではいけないということを言っているんですね。イギリスの場合は第一次世界大戦後に現在の日本のような開発部分はやってきたわけです。そこでいろいろな苦い経験を踏まえての話だと思うのでありますが、要するに団地の開発のスピードを余り速めると年齢構成がたとえば若い人に集中してしまう、そうすると、たとえばあるときに小学校が気違いのように必要になる、そうすると、その次には中学校が気違いのように必要になる、そのころは小学校は要らなくなる、ちょうどヘビが卵をのんだように順々に上に行く。しかし、つくったものはもうがらがらで要らなくなってしまう、そういうむだをなくすということがとにかく最初に必要なんだ。そのためには開発のスピードを急いではならない。そして恐らく一団地について千二百五十戸を超えてはならないと、こう言っているんですね。千二百五十なんというかなり細かい数字をどうして算出したのかよくわかりませんが、経験に徴しての話だろうと思います。 それで、三百ヘクタール以上というのが衆議院の附帯決議でつけられておりますので、ちょっとヘクタール当たり百人ぐらいで逆算してみますと、三百ヘクタールの団地でしたら、最小限ですか、七年よりも短くやってはいけないという感じなんであります。ですから、大体一団地は十年ぐらいかけてやんなさい、それは上物をつくってからの話だと思いますが、十年ぐらいかけてやらないと年齢構成がどうしても偏って、公共施設の需要にひずみが来て、そして地方自治体にもいたずらな負担をかけ、あつれきのもとになるということかもしれません。そういうことのほかに、やはりバランスのとれた町と、そういうものをつくっていくことがそもそもの理想ではないか。リース委員会の方はそういうふうに言っているわけです。わが国の場合は、とにかくもうイギリスみたいなのんきなことをやってられませんで、需要の圧力というのは非常に激しいわけです。それにこたえて建設能力もまたすばらしいわけです、日本は。それで、物すごい需要をきわめて短期間にこなしてしまう。そういう結果が住宅公団なんかの場合で、公共施設に対する非常な偏り、負担というふうな形になって出てきたものだと思います。 ちょっと時間もありませんので、結局住宅対策の全体の仕組みというものをもう少しはっきりさせろ、編成し直しなさい、それと一緒に宅地開発公団というものをその中に位置づけていきなさい、いってほしいということです。具体的には公共住宅の管理というものをやはりちゃんとしなくちゃいかぬということから手をつけていくべきだろうと思います。開発スピードの話はその若干のつけ足りでございます。 どうも散漫な話でございますし、いままで真剣に御討議された方々の御意見と多分に重複する面もございますと思いますけれども、これで一応話を終わります。
○委員長(中村波男君) ありがとうございました。 次に、小沼参考人にお願いいたします。
○参考人(小沼勇君) 御紹介いただきました小沼でございます。 公団法案の公団自体で宅地を造成していくという手法等につきましては、すでに皆様方からいろいろ御意見も出ておることでございますし、私はむしろ宅地を供給する場合のもとの土地といいますか、土地の問題につきまして若干御意見を申し上げたい、かように存じます。 特に、農用地と宅地とをどういうふうに調整するかと、調整して確保するかという点でございます。もう十分御承知のことでございますが、衣食住の中で食と住、これが土地の問題でちょうど競合することになるわけでございまして、大都市近郊におきましては特にその競合の度合いが激しいというふうに見られるわけでございます。その大都市近郊の問題に入ります前に、若干食糧と人口と土地との関係について申し上げたいと思うんでございますが、現在日本では人口一人当たりの農用地の面積が五・八アールでございます。これはほかと比較してみますと非常によくわかるんでございますが、西ドイツでは二十二アール、フランスでは六十四アール、英国では三十四アール、アメリカでは二百九アールというふうに、日本の数倍あるいは十倍を超えるそういう面積があるわけでございます。にもかかわらずといいますか、日本のこの限られた国土の中では、これが昭和七十五年になりますと、ちょうど西暦二千年でございますが、人口が一億三千百八十四万人になる、三千万人ほどふえる。その中でもちろん住宅の問題も出てまいりますが、同時に食糧の問題が出てくるということでございまして、一人当たりの計算をしますと、もしいまのような農用地の供給確保の状態であれば、大体このいまの五・八アールが四・四アールに下がるであろうと、単純な割り算でございますが、そういうふうに見られるわけでございます。その中で一体食糧をどう安定的に確保して供給していくのかという問題を実は農業サイドでは抱えているということでございます。 御案内のように食糧自給率も七一%でございます。その中で穀物の自給率はわずかに四二%、そういう状況でございます。にもかかわらず農地の壊廃が年々進んでおりまして、壊廃と造成が追いかけごっこをしておるという状況でございます。十年間に壊廃した面積が約七十万ヘクタールございますが、それに対して造成が約八十六万の計画でございますが、大体とんとんのところで推移しているというふうに見られます。その中で林地に向けたものもございますが、農業、林業以外に向けたのが四十一万ヘクタールもあるわけでございまして、その点でも決して十分に食糧を確保し得るという状態ではないということをまず前提として御理解をいただきたいんです。しかしながら、宅地の造成についてもこれは大変重要な問題であるということは十分理解されるわけでございまして、特にこの大都市圏において宅地を造成し、宅地、住宅を供給していくことが最も重要な緊急な問題であるということも十分わかるわけでございまして、それではそこをどういうふうに調整していったらいいかということになるわけでございます。 そこで、まず第一点は、三大都市圏の市街化区域の中でその供給はどの程度できるのか、できないのかという問題でございます。七万六千ヘクタールあれば四百四十万戸の供給ができますという推定が建設省の方でなされているようでございます。三大都市圏についての需要に要する面積であろうと思いますが、これに対して三大都市圏の中で、市街化区域の中に、どのぐらい農地があるかというと、これは十一万ヘクタールございます。また、これを百三十キロから百八十キロまで周辺に延ばしますと、大体二十万五千ヘクタールあるというふうに推計がなされております。そのトータルの数字だけを比較しますと、供給できるではないかということになります。しかし、実際にまとめて三百ヘクタールという大きな団地を確保しようということになると、これは絶対量だけの比較ではむずかしいということもわかります。ただしかし、そういうことだけではなしに、まず市街化区域の中でどれだけやれるかということは、十分努力してみるべきではないかというふうに考えられます。農地だけを申しましたが、この市街化区域の中には御承知のように関東の平地林のようなところもございます。丘陵地帯のようなところもございますので、山林、原野を含めて活用していくという点をまず考えるべきであろうと。 その次に考えるべきであると思われますのは、その都市の再開発、先ほどもお話が出ましたが、中高層化していくということについては思い切ってやるべきであろうと思いますし、これはこの公団ではできないかもしれません。しかし、提携してほかのところでこれは十分おやりいただけると思いますので、その点をお考えいただいたらどうかということでございます。農地に手をつける前に、その辺をまずやってみることが必要ではないかというふうに考えられます。しかし、そう言ってもなかなか三百ヘクタールはそう簡単に手に入らないというふうなことが出てくるかもしれません。そこで、衆議院の議事録を見ますと、市街化調整区域についても入らざるを得ないというふうなことが言われておるようでございますが、その場合には、これが一番大事な問題でございますが、都市計画法では七条で、「市街化調整区域は、市街化を抑制すべき区域とする。」というふうに法律の七条にはっきり書いてあるわけです。市街化を抑制する区域に入り込むという話になると、これは都市計画法自体を否定する話になりかねない。 それでは、とうすればやれるのかという話になりますので、私はもしやるとすれば、市街化調整区域にも入らざるを得ないということになりますならば、やはりこれは市街化調整区域と市街化区域との線引きをやり直すというか、やり直して市街化区域の中に編入をしてやるべきであろうというふうに考えられます。いたずらに混乱を起こさないためにも、土地利用について混乱を起こさないためにも都市計画法のたてまえにのっとって進めるのが適当であろう。そういう意味で、調整区域はもう絶対だめだということではございませんで、やるならばちゃんと筋道を立てて、計画を市街化区域の中に編入をして展開すべきであろうということでございます。それにしても、編入したからといって農地が減らないということではございませんで、絶対量としては減ってくるという話になりますので、いかなる場合でもまず農用地は一番後回しに考えていただいたらどうかと。そこで、先ほども申しましたように山林、原野で可能なところはないかと、それから市街化区域の中で再開発すべきところはないかということを考えて、しかる後、どうしてもない場合には今度は白地地域、つまり都市計画法の中でまだ決めてない白地のところもございます。また、農振地域に入っていてもそこか——失礼しました。農振地域に入っていないという地域もございます。また、農振地域の中でも山林、原野に入っているところがある。そういう点では、農地の転用については一番最後に、やむを得ざる場合によく考えるということで、安易に安い地価を求めて、平地の優良な水田地帯あるいは優良な畑作地帯から手をつけるというふうなやり方はしないでいただきたいということでございます。 これは先ほど申しました国全体としての食糧問題にかかわることでございますから、そこを十分認識して進めていただきたいということでございます。ただ、そう言いましても、みだりにどんどん勝手に進められてはなかなかこれ混乱を起こすものでございますので、農地を転用するとか、あるいは全体として三百ヘクタールというと相当なものでございますから、それを進める場合には十分に事前の調整をやっていただきたいということでございます。先に買っておいて、仮登記までしてと、そこでその話をしようと思ったところが農地の転用はだめだ、あれは優良農地であるということでアウトになる場合もございます。そういうことがないようにひとつ十分事前の調整、計画の段階での調整を進めていただきたいということでございます。これはそれぞれ行政の事務当局がございますから、そこで調整をしてこれでいいということになれば、それこそ緊急に急いでやっていただいたらいいということでございます。 それからもう一つ関連いたしまして、特に痛感するんでございますが、水利用の調整についてでございます。土地の手当ては何とかいくという場合にも、水の問題についてはこれまた別問題でございまして、特に網の目のように農業用水が張りめぐらされております。そういうところにぽっかりと三百ヘクタールの土地を転用いたしますと、つくりますということになりますと、そこへの水の供給の問題と、それからその用排水の問題、その辺が全部農業の用排水と関連してくる、いろんな意味で関連して、排水の場合も関連をしてまいります。それをどういうふうに調整するかということは大規模な団地だけに重大な問題でございますので、その点はまあこれはむしろ実施の段階になるかもしれませんが、十分に配慮して周辺の農業と共存できる形にしていただくことが重要であろうというふうに考えられるわけでございます。 それから最後に、地域の農業、農村地域と特に関連する住宅団地でございますので、そこは単に物をつくればいい、建物で人間が入ればいいじゃないか、住めばいいじゃないかということではなしに、全体としてのその地域の環境を整備するということを大前提にひとつ置いていただきたいということでございます。自然環境はもちろんのことでございますが、農業生産をやっているところがございます。生産の場でございますが、また農家が住んでいるそういう集落が恐らくその周りにあると思います。そういうところとの関連というか環境の調和ということを相当十分考えていただきたいと思うんです。この点についてはどうも第一条の目的だけからは十分読み取れない。良好な住宅をつくるというのはわかります。そういう宅地の供給はわかりますけれども、もう一つその地域の環境について配慮が必要ではなかろうかということを感ずるわけです。 西ドイツでは、わが村を美しくというそういうコンクール、農村のコンクール運動をやっておりまして、毎年非常に盛んになっておりますが、やはり住む土地、農業では生産の場と生活の場を一体的に整備するということを進めておりますので、その三百ヘクタールの大団地もそれとは無縁だということではなしに、やはりその地域のコミュニティー、地域社会を形成するということを念頭に置きながら展開をしていただきたいということでございます。 非常に簡単に申し上げましたけれども、私の意見、以上のとおりでございます。
○委員長(中村波男君) ありがとうございました。 最後に、椚座参考人にお願いをいたします。
○参考人(椚座正信君) 椚座でございます。私は大阪で千里、泉北のニュータウンの事業を実務としてやっております関係で、ニュータウンの事業の経験と悩みということを中心にしてお話し申し上げたいと思います。 千里、泉北のニュータウンの構想、規模等については皆さん御承知のとおりでございますけれども、いまになっていろいろ反省させられる点もございます。決してそれが悪いというのでもなく、マイナスもあり長所もあるわけでありますけれども、一つは先ほどもお話が出ましたけれども建設のスピードが余りにも早過ぎた。これは当時の住宅事情がしからしめたことでやむを得なかったと思いますけれども、今日になってみますと、これに対する反省がしきりでございます。 それからもう一つは、当時の住宅事情によりますけれども、ベッドタウンとしてこれを形成してまいりました。新住法もそういった要請を受けて、大阪のお願いを入れてつくっていただいたというふうに承知いたしておりますけれども、やはり町が完成してまいりますと、こういった形の町というものは決して今後いい傾向ではない。したがって、私ども千里におきましては、昭和四十五年に新住法に基づきます工事完了公告を出しておりますけれども、その後も延々として市街地形成のためのあらゆる施設の整備のための費用を出さざるを得ない、また出していくのが当然かというふうに考えて今日やっておるわけであります。結論から申しますと、先ほどもお話がありましたけれど、大都市周辺の大規模開発ということが、宅地の入手ができて行えるとするならば、私どもはやはり調和のとれた快適な生活環境を営めるような町づくりとして行って、ニュータウンを形成する必要がある。住宅は中心にいたしますけれども、住宅だけではなくて、やはり業務施設も必要でありましょうし、工業施設も必要だと、そこで一応の完結をした町づくりをすることが大切ではないかというふうに考えております。都心部への通勤だけを対象にするということでは必ず破綻をしていくんではないかと思います。千里における調査で申しますと、公共住宅のいわゆる中層アパートが主でありますけれども、そういった方々の定着率は入居以来十年ぐらいたってまいりますと大体三〇%でございまして、その他の方々は何らかの形でマイホームを求められるか、転勤もありましょうけれども、移っていかれるというような過去の傾向があったわけであります。そういったことを考えますと、そこで一つの市街地を形成する町づくりをどうしても考えていく必要があるというふうに考えております。 私の仕事として申し上げますと、建設事業はともかくといたしまして、つくった町をいかにうまく維持管理、経営をしていくかということが非常に大きな仕事でありまして、たとえば私どもが出資して病院をつくりますと、病院の看護婦さんが足りないからその看護婦さんをいかにして呼び寄せようかとか、あるいは商店の売り上げの成績がよくないからどういうふうにしたら商店街が繁栄するであろうかとか、あるいはまた当然市の負担として従前は考えられておりました公益的な施設、保健所にしても、保育所にしても、あるいは公民館、図書館、あるいは老人ホーム、そういったものの建設まで最終的にめんどうを見てあげる必要が最近生じてきておる。そして完全な町としてでき上がった時点で市にお渡しすることができるというのが現状でございまして、筋論だけで、あるいは当然自治体のものではないかとか、あるいはお金さえ渡せばいいではないかというようなことで、これからの町づくりは進んでいかないというのが実態であろうかというふうに考えております。それから最近、マイホーム、庭つきのマイホームに対するあきらめというふうな傾向が新聞等で発表されましてから出てきたんでしょうが、特に主婦の方はそこのニュータウンで自分たちの町として定着していく、そのかわりにいろいろな完全な都市としての機能の充足を要求するという気配が非常に強くなってきております。そういったことに対応するためにも、いま申し上げたような配慮というものが非常に必要でないかというふうに考えております。 結論は、非常に長期とは、永久にとは申しませんけれども、ニュータウンをつくる事業主体の長というのは、一時的には市長さんと同様にその町を経営する責任と自覚と金銭的な配慮がなければ、公団がおやりになる三百ヘクタール、非常に大規模ニュータウンというようなものはとてもつくれないであろうということを初めから覚悟される必要があるというふうに考えております。それはたとえば非常勤理事というふうなことで配慮もあるようでありますけれども、さらに地元市町村との対応策ということを、これは法律の中になくてもよろしいと思いますけれども、お考えになる必要があると思います。それから計画が余りに早過ぎたと、建設が余りに早過ぎたということにつきましても、いろいろ綿密に計画は立てて事業をやってまいったつもりでありますけれども、修正をしなければならないことはたくさん起こってまいります。余りに早くつくってしまった場合にはこれの修正のしようがないということが一つ。 先ほどもお話がございましたように、千里で一千戸の公共住宅を同時に完成させました、同時に赤ちゃんが生まれました、同時に小学校に入っていく。さっきのお話のとおりでありまして、もうニュータウンにそのような場所がないんでありますけれども、小学校が足りないという現象が起こってきております。私どもは世帯当たりの児童の発生率は相当な研究の末に計算をいたしまして、さらにピーク時にはこれくらいという数字も計算をいたしたわけでありますが、それをはるかにオーバーするような児童発生率を生じまして、地元の市からやいやいと突き上げられるというふうなことであります。したがって、そういうふうな余地に対応できるような、計画を変更できるような建設期間の長さというものが必要でありますし、それからもしそういったことが生じた場合に、その土地がまだ残っておったというふうな、リザーブの用地が確保できておったということが大事なことではないかというふうに考えます。それから先ほど申し上げましたように、従前であれば市町村の負担として考えられるべき公共公益的な費用、建設の費用もそうでありますし、相当の期間にわたる維持管理の費用を何から生み出していくかということになるわけでありますけれども、これも建設の期間を非常に長くすることによって、当面の費用を次の建設のコストの中から生み出していくというふうなこともお考えにならないと、もう終わりましたよ、はいさようならというような形ではおさまらないというふうに考えております。 さらに、上物でありますけれど、これは法律直接の問題ではございませんけれど、先ほどもお話が出ておりますが、千里、泉北におきましては、個人に対する分譲宅地の率は戸数で大体二〇%強でありまして、それに要します土地は全体の宅地の四〇%を少し上回っておるというようなことであります。宅地開発公団がおやりになるに際しては、当然公共住宅を中心にするということでありますけれども、ただその中で、すべてが低額所得者のための賃貸住宅にするかどうかというのは、これは住宅政策の基本的な論議になると思いますので省略をいたしますけれども、余談でありますけれども、大阪の現在の府下の世帯数が二百三十万世帯くらいでありますけれど、戦後大阪で建築をいたしました住宅建設の総数がちょうど二百三十万戸くらいになっております。ということは、とにかく住宅は建てたことは建てたんだと、そして住宅困窮世帯の調査によりますと、公共住宅に入っておられても、公団が一番多いようでありますけれども、約半数近くは住宅困窮世帯であります。公営住宅に入って喜んでいるのはその日だけであって、あしたからは困窮世帯だと。 そうするならば、先ほどの計画期間を長くということとも関連をいたしますけれども、住宅の建て方についてはひとつよほど思い切った配慮をしていただきたい。たとえば公共賃貸住宅でいいわけでありますけれども、定年近くの相当の家族構成の高いサラリーマンが安心して住めるような住宅となれば、いまの二DK、三DKではとても足りない。極端に言えば百平方メートルくらいの大きな公共賃貸住宅に、厳重な制限といいますか、それからまた下総先生のおっしゃった管理面のもとに入れてあげられるならば結構であります。そういったことの配慮の中で、また老人対策用も必要でありましょうし、住みかえが可能なような、それぞれの所得の階層なり、家族の階層なり、収入に応じたバランスのいい住宅を配分していくということが必要であろうと思います。ただ、宅地の処分価格が非常に高くなっておりますので、庭つきの住宅といたしましてもとても百坪程度のものを供給するわけにはいかない。私どもの方の事業におきましても、完成したものはともかくといたしまして、これからのものにつきましては一戸当たり五十坪程度のものを供給すべく、これでは土地だけ売るというわけにいきませんので、たとえば集合住宅のような形で供給せざるを得ないかというふうなことも考えまして、現在そういった方向に宅地分譲のところも方向転換をしておるというふうな実情でございます。 次に、ニュータウンを建設いたします場合に、用地取得の段階でもいろいろ問題があろうと思いますけれども、ニュータウンの周辺地域との格差是正の問題、一つはニュータウンが所属いたしますもとの市街地の施設水準、環境水準とのレベルの差であり、一つはニュータウンのすぐ外側の旧集落といいますか、そういった方々に対する配慮の問題、この二つがあると思います。結論は、千里の場合にもそうでありましたけれども、余りにニュータウンの施設の水準がりっぱでありますものですから、そこに当然つけ加えられるべき公益的な施設は意識的に建てないでほしい、まあ建てるのはやめましょうという形で省いてきたきらいがございます。それが現在入居者が全部セットしてしまいますと、今度はニュータウン内の住民の強い要求となっていまわれわれつくっておるわけでありますけれども、そういった配慮に対して、それでは旧市街地の住民に対して何らかのサービスを行う必要があるかないかというふうな議論も出てまいりますし、ニュータウンのすぐそばの旧集落の住民の方々に対しては、恐らく調整区域であろうと思いますが、そういった方々に対してどの程度の格差是正に対する配慮がなされるか、これが非常に問題であろうと思います。相当の資金的な用意をお考えになっておく必要があるわけでありまして、私どもの場合でも、たとえば道路から公益的な施設等に至るまで、用地買収のときに皆さん方もニュータウンの住民と同じようにいい環境をつくってあげますよというふうな約束もしておる経過もありますし、またそう申すのが当然であろうと思いますが、これに対する配慮がなくてはならないというふうに考えております。 次に、地元市に対する財政援助の問題でありますが、特に泉北ニュータウンにおきましては、一昨年から昨年にかけまして泉北ニュータウンの工事のストップを要求されまして、一時的には泉北ニュータウンからブルドーザーがなくなるというふうな時期もございました。地元市の計算によりますと、ニュータウンによる赤字が年間で五十億円を上回っていること、昭和五十五年になりますと累積赤字が二百億円を超えるんだというふうな意見を申してまいりました。一般市街地の一人当たりの税収に対して半分くらいしかニュータウンから入ってこないではないかというふうな意見も非常に強く出てまいりました。われわれも一応の反論はいたしております。たとえばニュータウンの場合、ある程度の生活水準を保つために公営住宅を先行さしております。持ち家階層は後から入ってくるという形になっておりますから、だんだん税金を支払っていただける方が入ってくるではないかとか、あるいは商業施設、業務施設等もだんだん整備されればそういった方面の税金も入るではないかとか、あるいはまた入居者自身の収入も上がるではないかとか、それからまたいろいろな誘致施設を引っ張ってくることによりましての収入増、これはまあ言えるかどうか知りませんが、ニュータウンをつくることによります周辺地域の地価の高騰によります固定資産税の増も——まあ私の方から言うことではありませんが、あるではないかというふうな議論もいろいろいたしましたが、明確な詰めをするほどの作業が十分でなかったために押し切られた形で、相当の財政負担をせざるを得なくなっておる。 全体の事業規模を申さなくてあれでございますけれど、たとえば小学校については、従前は用地につきましては住宅用地の売り渡し価格の二分の一であったものを、平方メートル当たり千円というふうな値段で売るというような形になってまいっております。小中学校並びに学校、保育所、保健所、そういったものが皆そういう形になっております。今後も協議の課題となっておりますのは、先ほど申しましたような公民館、図書館、あるいは市役所の出張所、消防署、あるいは清掃関係の処理場、まあ終末処理的な施設の整備でありますね、そういったものについての費用負担も要求されますし、下水処理場につきましては、ニュータウンだけの人口を賄う必要量の倍の施設整備を要求されるというようなことになっておりまして、当面私どもとしまして約九十億円近くの財政負担を余儀なくされたというようなことになっております。こういったことにつきましては理屈外のいろいろな従前からの経過等もあります。用地取得については、当然市の方々の御協力をいただかなければこれはできないわけでありますから、そういった面のいろいろな配慮も必要となるわけでありますから、やむを得ずのんでいったということでありますけれども、今後こういった問題はますますエスカレートするに決まっております。そういった方面の配慮が必要でありますし、そのために宅地の処分価格が非常に高騰化するのであれば国において何らかの措置をおとりになる必要がある。関連公共の例の十年無利子据え置きと、それからあとその後二十年で償還していただくということだけで足りるかという心配をいたすわけであります。 それに対応して、私どもとしては何を考えるかということでありますけれども、先ほどちょっと申しましたようにベッドタウンでない、かなりの完結した、バランスのとれた町づくりをするということで、職場機能というものの充実をやはり図っていく必要がある、そういったところから税金が取れるという方法も考える必要がありますし、市の経営が安定化するまで相当の財政援助の措置は必要であると私どもは覚悟しておるわけであります。もちろん市財政が放漫な経営をしておるとか、あるいはずいぶん同じ公共団体間でエゴを言っておるとかいうこともありましょうし、自治体の財政実態の現実の問題をいろいろ言うこともありましょうけれど、それはそれとしてわれわれとしては考えざるを得ないというふうに覚悟したわけであります。 最後に、鉄道のお話を少し申し上げたいと思いますが、泉北ニュータウンにつきましては、大阪府が四九%出資しました会社に泉北高速鉄道を経営させております。先ほど浜崎先生からもお話がありましたけれど、大変な出費でありまして、延長十二キロの鉄道に対しまして二百十七億円の建設費がかかるわけであります。そしてニュータウンの会計で何をしておるかと言いますと、その株式会社に対する出資金の一部、それから最近になって生じてまいりました、四十八年度から制度化されましたが、開発者負担制度がございます。さらにニュータウン鉄道に対する補助制度、現在これは三六%でございますが、こういった制度をつくって、これに基づきまして援助をいたすと同時に、建設費のほぼ三分の一に当たります七十億円を十年無利子据え置きと、それから十一年目から二十年目までに償還していただくということで、ずいぶん有利な条件でお金を貸しております。その他の建設費もほとんど銀行借り入れでございます。主として開発銀行からお借りしておるわけでありますが、そういった状態で、現在泉北ニュータウンの人口は全体十九万人の予定の中で九万二千人ほど張りついておりますが、電車に乗っていただいているのは三万九千人くらいであります。 こういった状態でまいりますと、経営としてどういうことになるかと言いますと、昭和四十五年に鉄道が開通しておりますけれども、昭和五十六、七年ごろに一時累積赤字が解消するかもしれませんが、さらにこれは運賃改定とかいろんな仮定の要素が複雑でありますから明確にはできないわけでありますけれども、もう一度赤字に戻りまして、鉄道としてちゃんとできるのではないかと予測されるのが昭和六十五年くらいになるというふうな気の長くなるような話でございます。宅地開発公団がおやりになる際にもそういった課題は避けて通れないわけでありますが、私どものように十年無利子据え置きの金を相当出しておりましてそんな状態でありますから、これは大変な苦労の種になっていくであろう。私どもとしては、当然補助率は地下鉄並みの六六%ですか、その要請もいたしておりますが、まあ自分たちでできることは何かと言いますと、いまの状況でもちまして、朝のラッシュアワーにはニュータウンの駅から発車するときにすでに立っている人は新聞が読めない状態になっておるわけであります。ただし、これは大阪の都心部まで二十七、八分でございまして、南海電鉄の高野線に直結いたしておりますから乗りかえはなしで大阪の難波というところまで行くわけでありますけれども、ニュータウンを出るときにすでに新聞が読めない。しかも電車は、本線の方が詰まっておりますからそう増発ができないというような状態でございまして、非常に大きな問題になろうと思います。 結論として申し上げますことは、用地の取得が可能かどうかという問題もありましょうし、先ほど来御意見が出ております坪十万で売れるのかということもありましょうが、これはやはり売る時期と用地の入手価格とにかかわることでありますから、これについての私の意見は差し控えますが、ニュータウンをつくるだけでなくて、相当の長期にわたって都市経営をしていくということについて何らかの御配慮、制度上の御配慮も必要でありましょうし、財政上の御配慮も必要でありましょうし、それと、ベットタウンでないいろんな業種を引っ張り込む。先ほど鉄道のところでもちょっと落としましたが、逆輸送ができるような施設を誘致することに私どもは全力を挙げていきたいというふうなことも考えておるわけでありますので、まあ私ども実際にやっている者の悩みというものを通じまして、今後のニュータウンの建設について御参考になればと思って申し上げた次第でございます。 どうもありがとうございました。
○委員長(中村波男君) ありがとうございました。 以上で参考人の方々の御意見の開陳を終わります。 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(中村波男君) 速記を起こして。 これより参考人に対する質疑を行います。 御質疑のある方は順次発言を願います。
○田代富士男君 いま浜崎参考人から御意見を伺いまして、最初に、この宅地開発公団法に対しては、設立に賛成であるけれども、内容を総論においては賛成であるけれども各論において反対というように私は受けとめたわけなんです、個々の問題点で。その一つの例は、御意見として公的な集合住宅を八〇%ぐらいやってもらいたい、それができなければこれは無意味であると、こういう端的な御意見を伺いまして、私は専門家ではないけれどもとおっしゃいましたが、大きなマスコミ界の中心者として、やはり発言というものは大変な影響力があるわけなんです。そういう点で私お尋ねしたいことは、大阪の周辺で果たしてこういうような宅地公団がいまから仕事をされようとするような土地があるかどうか。私も大阪の人間です。千里ニュータウンの状況も泉北ニュータウンの状況も知っておりますが、現に大阪で三百ヘクタール近くのそういう土地を坪十万円で提供して、これだけの広大な土地をやることができるかどうか、率直な御意見、これが一つ。 それから調整区域の問題につきまして申されましたが、これは都市計画法の趣旨からいってもこれにさわるわけにはいきません。まして、御承知のとおりに、あの狂乱物価を引き起こした一番の——いろいろな原因がありますけれども、その当時国民から一斉に攻撃を受けました大手の企業の姿勢、こういうような土地の買い占め、これに対する国民の世論というものがずいぶん沸騰いたしました。そのときにマスコミ界の中心的存在といたしまして、朝日新聞のお立場としても、これで大企業の姿勢はよいのかという記事も私は読みました。そういう人たちか買い占めを——期せずしてそういう形になったと言ってしまえばそうですけれども、調整区域に買い占めている。いまも話が出ましたとおりに、第七条の精神からは市街化を抑制するという、こういう立場になっているわけです。そうした場合に、いままであの狂乱物価のときに、大企業に対して姿勢を改めるべきであると指導しておるじゃないか、それを今度なし崩しをする、そういうことになったならば、私はそれこそ政府の一貫した姿勢はないと思うのです、住宅政策の。その点に対して端的な参考意見を、参考人としてでございますから二点をお願いしたいと思います。
○参考人(浜崎則雄君) 非常にむずかしい御質問でございまして、私も適切なお答えができるかどうかわかりかねますけれども、田代さんは大阪の出身だから非常に土地柄にお詳しい。おっしゃるように京阪神の近郊で五百ヘクタール、あるいは衆議院の修正でいきますと三百ヘクタール、そういうような土地があるかどうかという点につきましては、ないとは申せませんでしょうけれども、実際に入手できるかどうかということは私も非常に疑問を持っております。恐らくあるとすれば泉南の一画、それから北摂、ここらしかないんじゃないかというように私は考えます。しかもそれも入手できるかどうかわかりませんし、私は実務をやっておるわけではありませんから検討したこともございませんので、お答えになるかどうかわかりませんけれども、非常にむずかしいということは言えると思います。しかも坪十万円というようなことを前提といたしますと、京阪神地区では恐らくないであろうということを申し上げたいと思います。 それから後の問題ですが、これはもう全くお説同感でございます。たとえば、市街化区域を意識的に買い占めました、これも事実でございます。首都圏、近畿圏でも相当な市街化区域が買われている。これは五年ぐらいたったら線引きが恐らく引き直されるであろうというもくろみのもとに買われたんでしょう。しかも大企業ですから長期に保有することが可能であります。したがって、先を見越して先物買いをしたんだと思いますが、私どもはそういう点については安易にこれを救済するような政策をとってはいけないということをもちろん主張しております。ただ、私の考えといたしましては、三大都市圏ではそういうことがいろいろありましょうとも、なお緊急に住宅を何とかして建設しなければいけない。したがって、結果的に大企業にあるいは有利になる面があるかもしれませんけれども、その場合は、大企業から取得する場合に、まあせいぜい買ったときの金利ぐらいを加味して、そしていわゆるもうけのない形で吐き出させる、そういう形でこの土地を転売させるというようなやり方でやれば、それほどぼろもうけにならないんじゃないか。いわゆるやり方いかんにかかわっている。したがって、大企業が結果として非常に——たとえばいま首都圏て考えると、市原の奥の方は東急不動産が大変買い占めているというようなことも具体的に言われております。しかしながら、それじゃあ買い占めておるからそこはやらないのだと、やって困らせるのだというのではなくて、もうけさせないような手法をもって買い上げて住宅を、宅地をつくるというようなやり方をすれば可能ではないかというような考え方をしております。 お答えになるかどうかしりませんけれども……。
○田代富士男君 市街化区域とおっしゃったのは、市街化調整区域ですね。
○参考人(浜崎則雄君) はい、調整区域です。
○坂野重信君 一点だけ浜崎先生にお尋ねしたいのですが、さっき下総先生、それから椚座先生、浜崎先生と若干私の聞いたところによりますと、この住宅の上物に対する考え方が少しニュアンスが違うのじゃないかという感じに受け取ったわけでございますが、私は今度の新しい公団によって宅地をつくる場合に、やはり全国的な、全般的な住宅対策のあり方をどうするかということを大前提に立てて、そしてその中において、それじゃあ個々の住宅団地、宅地のあり方を、どうあるべきかというような考え方でやはり考えなければならないような気がしますけれども、ただその中で賃貸が、公的なものが重点であって、しかも賃貸というようなものが八割でなければいかぬというような、決めつけられておるような御発言がございましたけれども、その辺が、住宅政策そのものが建設省、政府としても今後のあり方というものをいま盛んに検討しておる段階だろうと思います。五十一年度からもう一偏見直してやろうというような段階ですから、その辺のところが、いまおっしゃいましたのが、そういった大都市圏の宅地開発公団でやる事業に限ってそういうことをおっしゃったのか、日本全体としての考え方で八割やるべきだということなのか。いずれまたほかの先生方にもその辺をお聞きしたいと思っているわけでございますけれども、その辺をひとつ。
○参考人(浜崎則雄君) 坂野さんは建設次官をしていらっしゃったから、住宅政策のことはもう非常にお詳しいと思いますが、私が申しました八割と申すのは、これは別に断定的なものではありません、大まかなんです。だから、一歩を譲れば、現在の四、六というのを六、四に変えてもらってもいいんです。そこまで現実的に非常に私の言うのが無理ならば私はあえて固執しません。妥協はいたします。 それから、公団に限ってなのか、あるいは全国的な点かと言いますと、八割というものは私は公団について言っている。ただ、全体的な住宅政策としまして、やはりこれは政府のお考えであったのか、自民党のお考えであったのかしりませんけれども、やはり持ち家主義というのが相当日本の住宅政策を毒してきていると思います。したがって、私はやはり住宅政策というのは下総先生がおっしゃいましたように、だれでもかれでもやってやるのじゃない、いわゆる住宅を建てる能力のある人まで政府は公的に援助する必要はない、それは自力でやらしたらいい。したがって、本当に住宅に困窮しているような人たちを救済するのが政府の住宅政策であろうかと思います。したがって、でき得べくんば公四、民六などというやり方をやめて、そしてなるべく公的な資金による住宅政策を拡充していってほしいと、こういう考え方でありまして、だからこれは公団に関係することだけではなくて、住宅政策一般についての私の持論でございます。 お答えになったかどうかわかりませんが……。
○沢田政治君 小沼参考人にお伺いいたしますが、農業サイドに立って、無制限にそこに優良な宅地らしいものがあるからこれをつぶしていくということでは、やはり農業サイドに立った場合、大変なことになると。これは私は何も農業という一つの産業の利害的な立場じゃない、やはり国家的に考えなければならぬ問題だと思うのです。もちろん私どもは住宅政策も議論しなければなりません。その方策も見出さなければならぬと同様に、やはり衣食住、人間の生活の三大条件ですから、一つを無視して一つを重視するというわけにはいかぬわけです。とかくこういう委員会というのは分業化されていますので、それぞれの担当しているもので、どうこれを打開するかということで、他の方を見ない傾向があるわけでありますが、そういう意味で非常に農業サイドに立った貴重な意見は、まことに私は重要な問題をはらんでおると思うわけです。 そこで、国連の統計を推算してみても、二〇〇〇年には現在の地球上の人口が二倍になるだろうと、こう言われていますね。そうしていま世界の穀物というものは八億トンとれる。まあ大体しかし八億トン全部フルでカロリーをとるわけじゃないから、やはり動物性たん白に変えなくちゃならぬと、飼料にもなると、現在の地球の人口状態で、これはまあいろいろな視点もあります。見方もあります。説もありますが、ある説によりまするならば、いま現在で地球の食糧というものはそう満ち足りておる状況じゃない。したがって、将来は非常に食糧問題というのは世界的な政治の課題になる、こう言われておるゆえんはその付近から出てくるのじゃないかと私は考えるわけですね。特にわが国の場合には農業の自給率はどんどん低下しています。ヨーロッパの先進諸国家にはかつてこういう例はないのでありますね。これは憂慮すべきことだと思うのです。かつてローマ大帝国が滅亡したのは農業政策の非常に失敗といいますか、投げやりな面からローマ大帝国が滅亡したと、こう言われている方もあるわけでありますが、いずれにしても、いままでのように国際分業論、こういうものには頼れない時代に入ってきていることは事実ですね。これは石油問題で、いやというほど痛感したと思うのですね。金さえあるならば、あらゆる資源が好むほど入ってくるということではないわけです。まあ政経分離なんて言われた時代は非常に結構な時代でありましたが、金だけでは物を買えない時代になっておるわけです。まあ資源ナショナリズムといいますか、これは単に石油にかかわらず、アメリカでさえもこれを外交の道具とか戦略の道具に使おうということは、公然と言っておりませんが、アラブ諸国が世界に対してエネルギーを供給しておるという貢献度はわかるが、アメリカも食糧供給に対しては重要な責任を持っておると、こう言っておるわけでありますから、これも無制限に日本に食糧を黙って無条件で輸出するという保証はないと思いますね。 そうなりますと、私はやはり今日の農業問題は、農業をどうするかという非常にミクロ的な問題ではない、民族の自立という大きな政治のマクロ的な関係から考えなければならぬ状況に来ていると思いますね。そういう立場に立つがゆえに、小沼さんが、住宅をつくらなくちゃならぬということもわかると、宅地を提供しなくちゃならぬということもわかるが、都市の再開発をもっと完璧に進めろと、そうしていまの市街化区域ですか、既成の、これをやってなお足りない、そこで竹林とか原野とか、農業振興地域であっても特に農業に影響のないところを選んで、そうして最後の策としてこれをやるならばこれはやむを得ないだろうと、こういうことを言われておるわけでありますが、これはごもっともな意見だと思います。が、いずれにしても、どういう経緯を経ようとも、農地をつぶすということはそれだけ自給率の低下になるわけですね。一ころは貿易上のバランス、いろいろな関係があって、財界は農業について冷淡であったことは事実なわけです。高い物をつくる必要はないじゃないかと、ドルでもうかったもので外国から輸入した方がいいじゃないかというのは、これは国際分業論でありますが、財界でさえも食糧の備蓄を何というか二カ月ぐらいやらなくちゃならぬと、こういう当今の時節になっているのは、いかに食糧をめぐって情勢が緊迫しているかということを余すことなく客観的に証左していると思いますね。 そこで、私は、お聞きしたいのは、こういう農地をつぶしたならば、農業サイドに立って、少なくともつぶした分の農地というものは国家の責任において、それを受益者負担とか何かじゃなく、これを造成していくという、あわせて両面の政策を考えなければ、住宅政策は前進したけれども、農業政策は後退と、こういうことにこれは相なろうかと思うわけですね。そういうあわせ両方のバランスをとった政策というものがぜひともこれは必要じゃないかと、こう考えています。なるがゆえに、当委員会でも来る十六日に農林水産委員会と連合審査をやるわけでありますが、その必要性について御所見があるならばお聞かせを願いたいと、こういうことであります。
○参考人(浜崎則雄君) 私への質問はもうよろしいんでございましょうか。退席してよろしゅうございますか。
○委員長(中村波男君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(中村波男君) 速記を起こして。
○上條勝久君 それじゃ浜崎先生にちょっと端的にお尋ねいたしますが、お話で中高層の賃貸住宅に重点を置いて、そして集団的な建物を建てることをめどとして宅開を進めてはどうかという御意見だったと思います。同時にまた都市計画との調整を図れという御意見だったと思いますが、千里ニュータウンのお話も承りましたけれども、やはり私もその趣旨には賛成でございますし、やはり宅開公団としても賃貸住宅に重点を置いた進め方になろうかと思うのでありますが、その場合、環境の整備と申しますか、ただ単にいままでの公営住宅のような全く同じ形の建物がずらっと並んで、全く周囲に変化がないような建て方というものは私はやはりどうかと思うのでありまして、御意見もそのような御意見であったかどうか、その点をちょっとお尋ね申し上げておきます。
○参考人(浜崎則雄君) お答え申し上げます。 確かにおっしゃいますように、たとえば千里ニュータウン、これは大体一千ヘクタールぐらいでございますから、今度考えているものの倍ぐらいだと思います。ここに住んでいるわれわれの同僚その他に聞きますと、非常に味気ない町である。これは端的に申しますと、駅におりてなわのれんで酒飲むところもないというふうな不満でございます。最近ちょっとできておりますけれども、そういうようにやっぱり町というものを形成する場合にはいろいろな要素がなければ味気ない町になる。たとえば筑波学園都市はあれ女が少ない。したがって、もしあそこにどんどんどんどん男ばっかり移住していったら、もう非常に若い人なんか行き手はないだろうというようなことを指摘する学者もございますように、町というものは多面的な性格を持っております。だから、おっしゃいますように、ただ高層をにょきにょき建てたらいいと、私はそうとのみは考えません。 ただ、基本的な考え方といたしまして、だから分譲も何割か、二割か三割ぐらいはあってもよろしいということを申し上げたのであって、全部ただそういう画一的なものにしろという趣旨ではございません。ただ考え方の上で、私はちょっと極論になりましたかしれませんけれども、やはり戸建ての分譲というようなものではなくて、公共用、公共住宅が建てられるような土地をより多くとってもらいたいという趣旨でございます。
○委員長(中村波男君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(中村波男君) 速記を起こして。
○参考人(小沼勇君) それではお答え申し上げますが、先ほどの話で、私どもこの資料によりますと、全体として造成面積が十年間に実績は四十四万ヘクタールで、壊廃した面積が八十六万ヘクタールということで、絶対量としては減ってきているという問題がございます。問題考えます場合に、全体として、マクロとして、どういうふうに農地とそれから住宅との要する面積のバランスをとるかという問題が一つあると思います。それはいま申しましたように、やはり壊廃分については少なくとも回復をしていくというか、ほかで造成をしなければならぬということで、六十年までの自給見通しではたしか八十六万ヘクタールに持っていくという、造成していくということを計画としては考えているということで伺っております。そういうことで食糧自給の面からのバランスをとることを一方でやはり国として進めるべき必要があるということでございます。しかし、マクロの問題と、もう一つ三大都市圏のような地域、あるいはミクロと言っていいかもしれませんが、その個別、具体的な場所での調整をどうするかという問題については、必ずしも絶対量でその場で農地を確保しなければならないということではないかもしれない。ただ、私先ほど申しましたのは、安易に優良農地に入り込むとか、農地に手をつけるということではなしに、その前に考えるべきことがいろいろあるからそれをひとつ工夫していただきたい。 もう一つつけ加えますならば、単に距離が遠いから山林、原野があっても使えないということではなくて、もう一つこれだけ交通の技術も発達しているんですから、時間、距離で十分検討をして可能なところを開発することもひとつ考えていただいたらどうかということでございます。そういう点でミクロの地点については個別、具体的にケース・バイ・ケースで考えていく。しかし、マクロの全体としては農地が減らないように、また人口がふえますので、さらにふやしていくということを国全体としてお考えいただきたいということでございます。
○沢田政治君 椚座参考人にお伺いしますが、先ほど設楽さんが意見の中で行政単位を新しいものにしてほしい。つまり既成の行政体であるならばこれは拒絶反応が出てくるわけですね。悪い言葉で言えば、税金も入らないようなよそ者が来て、そのために行政費用がふえるのはもってのほかだと、しかも定着性がない、集合住宅の場合はね。いろいろな理由はあるでしょう、その善悪は別としてもね。そういう面からやはりやりやすいのは新しい行政体をつくることである。これは場所が違いますが、秋田県の八郎潟の埋め立ての場合は新しい行政体をつくったわけですね。それとこれとは違いますが、そうして国がある程度の財政援助もしていく、国がつくるのだから、国が新しい自治体をつくるのだと。そこにだけじゃ負担能力がないのだからいやでもおうでも国が行政需要にこたえるほどの財政を、どういう手法かは別として、やらなくちゃならぬわけです。その方が抵抗がないようにも感じられるわけです。そういうことで特に椚座さんは行政体からただ一人来ておるので、これに対して私見でも結構だからお伺いできれば幸いだと思います。 それと、下総参考人にお伺いいたしますが、あんまり高邁な議論じゃありませんが、私はやっぱり明治維新のとき、結果論ですけれども、土地の私有財産とか私有制度ね、これがもう非常に失敗したんじゃないかという考えもあるわけですね。徳川時代とか専制領主時代は個人のものじゃなかったわけだ。そこに耕作権とか居住権は与えられたわけですが、封建領主のものか専制支配階級のものであったわけですね。ところが、資本主義国家になってから土地の使用を認めた。でありますから、私は何も社会主義国家をいまつくれいとか、国有にせよとかじゃなく、これはやっぱりわれわれはいまいろいろ議論しておるわけでありますが、土地というものは一体何だと、これは財産かと、いろいろ議論がありますね。やはり土地の価値というものは利用するところに価値があるのだと。これはもう再生産できないものですから、そういうことですから、やはりいま公共事業をやろうがどういう事業をやろうが地価に食われてしまうわけです。でありますから、行政も一向に進まぬ。こういうことでありますから、せっかくこういう機会に何といいますか公的な機関が買うわけでありますから、卸売をやると、こう言っておりますが、これを個人に所有権を移さぬで使用権だけ与える。本人が使用できなくなったらそれを財産として転売せずに国が適確な規制をしていくという、こういう方向がやはり将来のために後一世代、二世代のためには非常にとるべき態度じゃないか、こういう機会はなかなかないものでありますから。これに対するこれは私見で結構ですから、比較的自由な立場で下総さんの場合発言できると思いますから、そういうことはいかがなものかと、こう思うのですが、いかがですか。
○参考人(椚座正信君) 私は技術者でございまして、その方の御質問について専門でございませんが、経験として申し上げますと、千里ニュータウンの計画の当初においてすでにそういう議論がなされておりまして、当時の制約のもとではとうてい不可能であるという結論を得まして、現在のような吹田、豊中両市にまたがったニュータウンを千里の場合は形成しております。最近住民がようやく入居いたしまして、いま出てきておりますのは、やはり千里は千里で一つの市をつくろうと、そのために勉強しようじゃないかという動きが大分盛り上がってまいっております。で、三百ヘクタールの規模ならば一つの行政体がよいか、千里は千百六十ヘクタールでございますが、これぐらいならよいかということは私はちょっとわかりかねますが、それともう一つは、ニュータウンをよくするという意味で、最近議員の立候補者が非常にふえてまいっております。まだ旧市街地の議員の数に対抗するまでに至りませんけれども、そういう傾向を見ますと、できれば将来はそういう方向に進むのがよろしいんではないかということで、私の私見でございます。
○参考人(下総薫君) お答えいたします。 非常に広範な内容でございまして、私も十分にお答えする能力もありませんので、私の本当に個人的な感じを申し上げますと、いわゆる土地の公有化といいますか、そういうようなことでありますけれども、私は先ほどのまたイギリスの例に戻りますけれども、イギリスの例なんかで見ておりますと、イギリスの場合は土地のいわゆる地主の不当利得に対す攻撃というのは何百年も続いているわけですね。実は非常に長い歴史を持っておりまして、ちょうど一九四七年法で非常に画期的なことをやったというのは、これもよく知られておることでありますが、要するに開発する権利というものを全部国が買い取ってしまう、一種の公有化とも言えるかもしれませんけれども、持っているという所有だけは残しておくわけですね。それで、開発する場合には、すべて国が開発する権利持っておりますから、地目変換と言うんですか、利用の変換ができないわけです。利用の変換をするときには、国からそれを買わないとできないというそういう形で押さえ込もうとして、ある程度それに着手した時期があるわけです。それで、英国の場合ですと、たとえば土地を持っておる。その場合には、土地を持っておるというのは、上物を建てて経営するということを意味しているんですけれども、そのいわゆる地主と家主という言葉は向こうでは一緒でありまして、家主の権利というのは何かというと、現在あるそのままの形態で利潤を上げるということ、それ以外にもうないというところまで押さえ込んだと、そういうふうに言っているわけです、実態はまだいろいろ抜け道があるようですけれども。 ですから、地主すなわち家主は、たとえば賃貸住宅、借家を経営すると、しかしその借家を経営して、増築もほとんどできないし、それからそれを高層化するということも一々許可をとらなければできないし、いまあるままの形で家賃だけを取り続けると、そういうことはできるけれども、利用の形態を変えようということはもうできない、そこまで押さえ込んだと。たとえばわが国の場合ですと、住宅地というものの最小面積をどうするか、どれが最小面積だというそれも決まっておりませんで幾らでも分割できるわけです。それで、英国の例で申しますと、宅地を分筆することというのは開発行為に当たるわけですね、これは。それで、日本語で開発と申しますと、余り厳密に定義しないで使っておりまして、実は開発ということの中身というのは実に多様でありまして、広告物一つ出すということも開発に当たるわけです、英国の場合ですと。その開発ということをもう少しその内容を詰めて、具体的に経験を蓄積して押さえ込んでいくということが必要であろうと思うんですね。それで、押さえ込んでいった最終のところは、先ほど申しましたように現在の利用の形態を変えない、そのままで利潤を上げる、それ以外の一切のことはできなくしてしまおうと、そこまで押さえ込むということは必ずしも土地公有化ということをやらないでも可能なんではないかというふうに私は考えております。 それで、いままでのわが国の場合ですと、わりとその辺は緩やかでありまして、イギリスと日本と比較してみますと、私の感じだけ申し上げますと、先ほど明治維新のお話がございましたが、英国の場合ですと非常に中世的な雰囲気が残っているんですね。あれは何か近代国家じゃないんじゃないかというような気がするわけです。それで、特に土地の利用とか規制方法なんかについては、中世における身分と土地がくっついておりましたから権力の中枢であったわけですが、その関係が何か保存されているような気がするわけです。そして土地を利用するということに対しては、中世の場合ですと、土地を臣下に封ずるというのですか、封じて、そのかわり王に対して忠誠を誓うわけですね。その反対の給付が必ずあるものだという観念なわけですね。それで地代のことをレントサービスという言葉で呼ぶんですが、サービスというのは英語で申しますと軍務という意味であります。服役、軍務の意味でありまして、土地を借りると服役、軍務というのが逆の関係で自分が出さなくちゃならぬという、そういう観念がもとになっておりますし、それで土地を利用さしてもらうときには、必ず非常に大きな規制が同時に加わるんだということがわりと素直に受け入れられる。 それで、何かそういう中世的なと私は一言で大ざっぱに申しますが、そういう雰囲気と、現在大胆な社会立法みたいなものを必要としておるわけですけれども、そういう素地というのがわりと一致するわけですね。一たん自由にばらしてしまいますと、これは地主の数だけ国家があるのと同じ状況になってしまうわけですが、英国はそれをいまだかつて一度もばらしたことがなかった。そしてよく土地というものは最終的にはクラウン、すなわち王冠、王様ですね。王様に帰属するのだというそういう観念が非常にすみずみまで残っているような感じがするわけです。そういう点では、日本は急速にいわゆる近代国家になったというところで失敗したということになるのかもしれませんが、これは土地の問題というのは、いままでの御審議でもどなたか参考人の方が述べておられましたが、一つでいいという決め手みたいなものがありませんで、これからとにかくいろんな努力を積み重ねていく以外に方法はないと思うわけです。最終的には、土地の利用というのは、現在の利用の形態のままでもうけるということ以外に家主さんは権利がなくなってしまうという、そこら辺まで押さえ込む必要があるんじゃないかと、それは急にはできないけれども可能なのではないかというふうに私は思います。
○田代富士男君 最初に、下総参考人にお尋ねしたいと思いますが、いまさっきイギリスのニュータウンの歴史をずっとお話を聞かしていただきまして、都市の再開発と同時に新しいニュータウンをつくっていったというお話でした。現在行われている住宅政策、また土地再開発の問題に対しまして管理面の責任という点があやふやであると、こういう点に現時点において力を注いでいくべきじゃないかと、こういう点のお話を先生からお聞きいたしまして、特に今回の宅地開発公団は再開発の事業等がなされてない、本当に新しい都市づくりというものは両方加味しなくちゃならないんだと。イギリスの例とあわせて、この再開発法がない、そして管理面等がいま粗っぽいやり方になっているという、そういうようなお話でございました。 こういうことを考えていきますと、確かに今回の宅地開発公団は、いまの住宅公団の宅地部門だけを新しく独立さして新しい機能を持たそうという、こういうところで出発しているわけなんですが、前車の轍を踏まない行き方であるならば、私はいまさっきにもちょっとお尋ねをしたかと思いますが、宅地開発公団と同じ権能をいまの日本住宅公団に与えて、それだけの資金の手当てをしていくならば、お互いに連携というものが必要じゃないかと思いますし、独立したものになったならば、なおさらいま先生が御指摘になられたような点が起きてくるんじゃなかろうかと。現に千里ニュータウンの話等も出ておりますが、建設委員会として横浜の洋光台、それから港南台の視察もいたしましたけれども、これも日本住宅公団の仕事としてやっていらっしゃる、あれだけのことを。だから、ここで新たにそういう宅地部門等だけを分離して新しい公団をつくってやるという、一面はそういうメリットもあるかわかりませんけれども、先生が御指摘されたようなことを考えますならば、やはり現在の日本住宅公団の機能を、権能を拡大していくならば、こういう点を解決していく道があるんじゃないかと思う点がまず第一でございます。先生の参考意見を聞きたい。 それと、現実に首都圏と近畿圏と中部圏を中心として考えられておりますけれども、いまも浜崎参考人にお尋ねしましたが、三百ないし五百ヘクタールの宅地を求めることは可能であるか。また、宅地ができたとしても、いま先生から指摘されたような、現在の都市部が抱えているいろいろな問題を広げた、周辺部に押し広げるような結果になるんじゃないかというそういう心配があるわけなんです。この点に対する先生の御意見、この二点でございます。 まとめてお尋ねいたしますが、次に小沼参考人にお尋ねしたいと思います。これはいま調整区域の線引きの問題をお話をされました。まず住宅も必要でしょう。しかし、将来のことを考えるならば、食糧自給体制というものも考えていかなくちゃならないといういまお説をお聞きいたしました。それで、まず調整区域にかかる前に、三大都市圏の市街化区域の中であるいは都市再開発等やった後でやむを得ない場合ならば仕方がない、そういう線引きの問題に対する話がありましたが、御承知のとおりに線引きは五年に一回ですね、これは検討することになっているわけです。そうすると、五年たつごとにやむを得ない、やむを得ない、やむを得ないと、このように拡大されていった場合には調整区域というものはなし崩しにされる可能性があるんじゃないか。これは御承知のいまお話がありました第七条の精神から言いましても、これはそぐわないじゃないか。だから、やむを得ないとおっしゃるけれども、小沼参考人として、この調整区域の線引きの問題についてどの程度のやむを得ないというお考えであるのか、そこらあたりをもうちょっと詳しくお聞かせ願えたらと思うんです。その点が一つ。 二番目には、水の問題を申されました。これは水の問題は非常に、いま衣食住の話をされましたが、これは人間にとって水がなかったら生活できません。ところが、御承知のとおりに昭和六十年には水不足がいまこの三大都市圏では全部言われております。東京中心、大阪あるいは名古屋を中心として五百五十のダム建設をやらなければ——やっても昭和六十年には水不足であると言われる。いまダム建設というものは遅々として進んでいない。こういう点で水不足に対するどういうお考えを持っていらっしゃるのか。この二点をお尋ねしたいと思います。 それから椚座参考人にお尋ねしたいと思いますが、宅地開発公団のこの法がいま検討中でございます。もしかこれが設置されたと仮定いたします。その場合に、この制度の効果というものが、特に大阪にいらっしゃいますから、私も大阪でございますけれども、大阪の事情はお互いによくわかっておりますから、そうした場合にどのような効果を発揮するのか。あるいはいま千里ニュータウンも出かけてきたけれども、いろいろな問題点が出てきたと、この問題にはいろいろな問題があります。この法案自体の問題あるいは法案から離れてもよろしいですが、この問題点、そういう点を聞かしていただいたらと思うんです。これが一つでございます。 それから第二番目には、いまも浜崎参考人にお尋ねいたしましたけれども、大阪を中心といたしました周辺でこのような三百から五百ヘクタールの土地が可能であるか。十万円で提供できるようなところ——いま出かけておいてになりました。いま北摂地域、泉南地域にあるんじゃないかという浜崎参考人のお話ですが、私はノーと言う以外にないわけです。土地を私も知っております、私も調べてみました。このときに当たってこれが当てはめられたとしても、実際大阪周辺で私はできないじゃないかという私の意見でございます。これに対して椚座参考人の御意見を聞きたいと思います。 それから泉北ニュータウンの問題が多く出ておりまして、ここにいろいろな問題点があるということでございますが、きょうは参考人として意見を述べていらっしゃいませんが、いま大きな泉北ニュータウンの問題になって、医療問題が大きな問題点になっております。無医村となって、もう御承知のはずだと思いますが、いろいろな不幸な事件が起きております。だから、こういう診療所の問題と、これだけ約十万人ほどいらっしゃるところに診療所の数がわずかです。そして日曜日等は診察がないと、無医村の状態です。これは人権を侵されるような事故が起きているわけです。これはどう現在起きているのか、これに対処するにはどうすればよいか。これを参考にお聞かせ願いたい。まとめて申し上げます。
○参考人(下総薫君) お答えいたします。 初めに、住宅公団との競合の問題でありまして、住宅公団にもう少し強力な権限を与えれば宅地開発公団というのをわざわざつくらなくてもいいじゃないかという、そういうことに対する私の意見ということでございますが、私はなかなかこういう問題にお答えするのは不得意でございまして、行政部門の組織にはどういうふうになったらよろしいかというようなことで、余り具体的な意見はないのです。お答えになりませんけれども、それでただ三大都市圏においては住宅公団と若干の何かダブりがあるような気がするのです、説明を事務局から伺いましたときに。宅地分譲だけ宅地開発公団でやるということではなしに、むしろ住宅公団の用地も宅地開発公団で用意すると、卸をすると、そういうようなことですね。住宅公団との違いというのは、再開発事業がまあ非常な主なものだと思いますけれども、ちょっとその仕事自体がダブっているような気がするわけです。それで、その辺の調整は当然設立のときに十分御検討されておるはずだと思いますが、地域的に見ますと、三大都市圏以外は住宅公団、宅地開発公団の仕事というのはダブってない。地域的にダブっておりませんけれども、やはりその三大都市圏というのは住宅公団の中の主要な仕事であろうと思うわけですね。それで、どちらが能率がいいのかとか、それから既存の問題、既存の機関の抱えているいろいろな問題というのは多分いろいろあるでしょうと思うのですが、私は学校におります関係上、ちょっとその問題に具体的に接しておりませんのでにわかにお答えできないわけです。ただ、何か住宅対策の仕事が曲がっていくような方向はとってほしくない。それから全体の公共住宅、特に公共住宅ですが、その事業量が縮小するようなことであったならばそれはとってほしくない。そういう意味で、住宅公団と宅地開発公団の仕事の調整ということを慎重に検討していただきたい。そういう程度の御意見しか申し上げられませんで、まことに申しわけございません。 それから第二点でございますが、首都圏で三百ヘクタール以上の適地を求めることができるかという、特に坪十万円ぐらいで求めることができるかという御質問でございますが、これも私の知識というのはそれほど具体的でございませんで、できないともはっきり申し上げるほどの検討をしたわけではございませんので、やってほしいという希望を申し述べる程度にとどまるわけです。ただ需要が、宅地分譲についての話でありますが、需要が現にあるということは、これは確かだろうと思うのです。それで、これをほうっておきますと多分不動産屋とえじきになるというのですか、結局つくった最初からもう再開発の適地みたいなそんなものができてくるわけです。もう一度そこを再開発しなくてはいけない。しかし、再開発するといっても、再開発事業というのはこれはまた非常に込み入った困難な事業でありまして、問題をまたつくっていくことになってしまうわけです。そういう意味では何らかの公的な機関が大きな計画を持ってそういうものを受けとめていくということに私は賛成しておるわけです。お答えにならないかもしれませんけれども申しわけございません。こんなところでございます。
○参考人(小沼勇君) 都市計画法で見直しが五年ごとに行われるが、そのたびに都市計画の市街化区域がふえていくということで、調整区域が減っていけばどうするのかというお話だと思いますが、マクロの問題といたしましては、やはり絶対量、全体としての農用地の面積については確保し、また外側に開発していくということを考えながら、行政の当時者間で調整をしていただくということが重要ではないかというふうに思っております。地域によりまして非常に狭く都市計画の市街化区域を限っているところと、かなりゆとりを持って市街化区域を設けているところといろいろあるようでございますし、その辺は今後のその地域の土地の目的別の需要に応じて線引きについて考えていくべきであろうというふうに思っておりますが、したがいまして、地域によってかなり変動があるかもしれませんが、全体としてはやはり農用地については十分確保しておく必要がある、その調整を国の段階で十分やるべきであるというふうに考えておりますし、またそれぞれの地域で協議をして、この都市計画の線引きをやり直すことになると思いますが、そこでも農業の振興地域なりあるいは農業の主産地の形成とかいろいろ農業的に使っているものと土地の状況とをにらみ合わせて個別にひとつ調整をきめ細かくやっていく必要があるだろうというふうに考えておりまして、その二段構えでひとつ国の段階で考えていただきたいというふうに思っております。 それから水の問題につきましては、私も技術的に専門家でございませんし、なんでございますが、私見を申し述べさしていただきますと、確かに水の不足が非常に急速に目立ってきているということは御指摘のとおりと思います。それをダムの建設なり、あるいは河口ぜきをつくってそこでプールをしてやろう、調整してやろう、いろいろな方法があるかと思います。ただ、農業用水等とも関連いたしまして、農業用水はあるピークのときだけかなりの水量が要るわけでございますが、水をたんぼから落としてしまいますと水は要らない、そういう季節的な変動がございます。そういうものと、コンスタントに需要のある都市用水とをどういうふうに調整させながら絶対量として確保していくかという話になると思います。そこで、考えられますのは、一つはやはり水系の途中で、川の途中での調整池をかなり多くつくっていく、多目的の調整池をつくっていくというふうな方向についても検討をすべきではないかという点が一つと、それからもう一つは、これももう全くの素人の意見でございますけれども、水系と水系について、上流で雨が降ってその水が多く流れるときに隣の川は流れないというようなことがございます。そういうことがありますので、水系と水系との連係を考えていくというふうなことがこれから工夫されていいのではないか。私、見てまいりますと、木曾川、長良川、揖斐川、あの水系などについては、特に最後に伊勢湾のところに流れ込むわけでございますが、その横の連係についてはほとんどないということで、横で連係をとりながらそこでプールしていくというふうなことをかなり広い地域で考えていくことも一つの行き方ではなかろうかというふうなことを感じた次第でございますが、これは全くの素人の意見でございますので参考にお聞き取りいただきたいと思うのですが、いずれにしましても、相当水についてはいろいろの地域としての工夫を、いろんな方法をひとつ編み出してつくり出していく必要がある。単にダム建設だけで済むという問題ではどうもないのじゃないかというふうなことを私感じて申し上げた次第でございます。
○参考人(椚座正信君) お答え申し上げたいと思います。 公団の設置の効果についての御質問でございますが、大阪の人口が現在八百十六万人でありまして、現実には社会増はマイナスになっておりますけれども、自然増の方でふえておるわけであります。したがいまして、それと住宅の質の向上に対する要求は相変わらず非常に強いものもありますから、宅地の供給はどうしても必要である。しかも昭和四十五年の線引き以来の供給量はかなり減少いたしておりまして、従前より統計によりますと三割方減ったような状態であります。さらにこれが減少することは当然考えられております。大阪の面積は日本で一番小さく、国土の面積の一%を切っておるような状態でありますから、その中で調整区域はわずか十万ヘクタールしかございません。そこで宅地開発ができるかということでありますけれども、やはりあらゆる手段を講じて開発はしていくことを考える必要があると申し上げたいと思います。当然農業に対する配慮、あるいは環境上の問題に対する配慮、あるいは地元市町村の開発に対する抑制の考え方、こういったものに対して十分の話し合いを進めながら建設するならば一応効果があるというふうに申し上げる必要がありましょうし、もう一つは、大阪への人口の集中をすべて大阪府の区域内で引き受けるかどうかという問題もあろうと思いますから、まだ多少開発にもし余地があるならば、大阪の周辺の他の地域において開発をしていただくということが大阪府の人口増に対する配慮にもなろうかというふうに考えております。 それから千里の開発に関する問題点は、先ほど私が申し上げましたことに尽きておると思いますので、これは省略をさしていただきたいと思います。 それから坪十万円の宅地の提供は可能かという問題でございますが、泉北ニュータウンで現在宅地を売っております価格が坪十六万円でございます。したがいまして、これはある程度用地の取得価格が安いときの値段でありますけれども、その後の物価の高騰とかあるいは地元市町村に対する財政援助等の問題もありまして、だんだんとこう経費がかさむわけでありますし、建設年次をおくらしていきますとそれだけの経費もかさみますから、そういう高い値段になったのでありますが、考えられる今後の宅地開発の処分価格が十万円ということはなかなかむずかしい問題であろうかと思います。今後奥地で取得される価格、それから開発をされる時間の問題もあっていつ処分されるかということにかかりましょうが、これは非常にむずかしいと思いますけれども、値段にかかわらずそういった方向での開発をしていかなければならないというのが私どもの考えでございます。 それから泉北ニュータウンにおきまして、忘れましたが、先ほど申しました鉄道とか地元市町村に対する財政援助というものが非常に高額になっておりまして、そういったものを全部宅地の処分価格に加えておりますからそういう価格になるわけでありますが、そういった配慮が別途になされるならば少しは安くできるではないかというふうに考えております。 次に、泉北ニュータウンの医療問題についての御指摘をいただきました。御指摘のとおり、私どもも頭を悩ましておる問題でございますが、泉北ニュータウンは面積としまして千五百二十ヘクタールでございますが、この中で計画当初から医療施設といたしましては、各住区に診療所群、それから地区センターには病院、これをニュータウン全体で三カ所つくる計画を進めておりまして、さらに最近に至りまして保健所、それから休日夜間診療所の建設を計画するような事態に至っております。ただ、私どもなかなか力が弱うございまして、医師会のいろいろな御要求に対する調整がなかなか困難でございまして、病院の建設につきましても、一つは移転をいたしました国立病院が一つございますが、他の二つにつきましては建設の時期とその事業主体をどうするかということについてもう少し検討を要すると思いますが、いずれにしても相当額の費用負担を私どもでする覚悟をいたしております。 なお、休日診療所等につきましては、いま千里で休日夜間診療所の建設をまさに着工しょうといたしておりますが、たとえば夜間診療所などをつくりまして本当にお医者さんがいらっしゃるのかというような点については、私も非常に苦慮いたしております。私どもが出資して経営いたしております病院におきましても、看護婦さんがいらっしゃらない、お医者さんもいないということで、しかも経営は非常に大きな赤字であるという悩みを抱えておるわけでありまして、できるだけ努力をいたしまして早急に医療施設の体制が完備するように進めたいと思いますので御了承賜りたいと思います。
○望月邦夫君 小沼さんにちょっとお伺いしたいんですが、もう時間もございませんので簡単にひとつ。私いままで聞いておりまして、日本の都市圏と申しますか、ここにおきましてはやはり宅地と農地というものが調和して存在せにゃいかぬというふうに考えるわけでございます。幸いさきに水の話が出ましたけれども、今後こういう大規模宅地の開発をいたしますと、相当大規模な水系の水源の開発をやらにゃならない。こういうときにおきまして、現在までの水資源の開発の状況を見ておりますと、都市用水と申しますか、上水道とかあるいは工業用水というものが換金価値がある、したがって緊急性もあるということで主としてそちらに向けられておった。しかし、考えてみますると、近郊の農地において、小沼さんも御存じのように、豊川用水のように近郊の蔬菜農地につくりかえるとかいうことをいたしますと、非常に収益の多い農業になる。今後私はこういうことを通じまして宅地と農業が共存する可能性と申しますか、そういった方向に進んでいかにゃいけないと思うし、またその方策もあると思いますが、それに対する小沼さんの感触で結構でございますから、一言だけ御意見を賜りたいと思います。
○参考人(小沼勇君) 全く同じ考え方でございまして、いま豊川用水の地域のお話が出ましたが、住宅地が、裸で団地が形成されて、水も木もないというふうな形で住む場所だけが確保されたというのでは大変味気ない話になるのでございまして、やはり周辺に田園があり生産もやっているというふうなところ等あって、初めて調和のとれたというか、住みよい環境といいますか、そういうものがあると思います。その点ではその便利さだけではなくて、やはりその地域地域に特性があると思いますが、その地域の特性を生かした一つのコミュニティーを形成していくということを念頭に置いてこの事業もおやりいただきたいということでございまして、御趣旨の点は全く賛成でございます。
○春日正一君 私、小沼参考人にお伺いしたいんですけれども、私どもは、近郊緑地といいますか、あるいは近郊農業といいますか、そういうものは都市というものを形成していく一つの条件としても非常に大事なものだというように考えていますけれども、その点についてあなたの御意見をお聞かせいただきたい。 それから、ついでに下総参考人の方にお聞きしたいんですけれども、先ほど、そこに住み、そこで働き、自足的でバランスのとれた都市、イギリスの都市づくりの話を聞かされまして、私も前からまあイギリスではそういう方向でやっておるというような話も聞き、写真なんかも見たことありますけれども、日本でもそういう議論はここで何回もやられまして、まあ工業再配置法とかいうような形でこの環境をどう分散するかということも問題になって、ところが、なかなかそういかぬで、ますます今度の宅開公団にしても過密を激化させるようなそういう方向に事態が進んでおる。それらの点については学者としていろいろ御研究もおありと思うんですけれども、なぜそうイギリスのようにいかぬのか、どうすればできるのか、そこらの辺を御研究だったらお聞かせ願いたいと思うのですが。
○参考人(小沼勇君) 大都市近郊の農地で農業生産が行われるわけでございますが、それとその住宅地等との関連についてどう考えるかというお話でございますが、かつて大阪の都市計画をどうするかということで、もう十年ぐらい前になるかと思いますが、ワイズマンという人が来まして、そこで計画の中で勧告をしたのは生産緑地帯を形成すること、単なる緑地じゃなしに、生産緑地のベルトをつくりなさいということを勧告されたのを記憶しているんでございますけれども、そういう意味で、やはりその地域が単に住宅の密集地帯であるとかあるいは住宅、住める土地と住みよい土地ということは、住宅の中の施設とかそういうものの便利さとか、あるいは住みよさというのはあるのかもしれませんけれども、それだけではなしに、やはりその環境自体が非常に今後大事な人間形成というか、あるいは安らぎを得る場所として大事なことになるんじゃないかということで、私はむしろこの法律の第一条ぐらいに、その辺を配慮して宅地を造成するというぐらいに書いてもらいたいぐらいなんです。そういうことで、今後のやはり農業生産では、御承知かと思いますが、やはり農業生産の場を、あるいは土地基盤整備をして農業生産的に使うことが、これが土地を子孫に美しく残していく道であるということを、ドイツではそういうことを信念として農民は持っています。そういう考え方からいくなら都市近郊については、もう一つ他の職業の人が住むわけでございますから、そこはやはり十分そういう地域との調和を保つような計画をその造成の段階からひとつ工夫をしていただいたらそれが非常にいいんじゃないか。言葉は悪いですが、骸骨のように外から見たらビルディングが並ぶ、団地が並ぶということだけじゃなしに、もうひとつ工夫をし、その地域社会として非常に住みよい環境条件、環境の整備をひとつ含めて考えていくべきではないか、その中に農業の生産の場を取り入れて工夫をしていくことは決して矛盾するものではないというふうに考えるわけでございます。
○参考人(下総薫君) お答えいたします。 イギリスではできて、どうして日本じゃできないかということを簡単に説明せよという、そういう御趣旨だと思いますが、これはなかなかむずかしいことでありますが、二、三私考えたことを申し述べます。 それは一つには、そこで住み、そこで働きの——そこで働きのところまでですね、なぜイギリスのニュータウンのように、そこに職場があるようなそういう町づくりができないかということであります。それは一つには、私は日本の企業というのですか、われわれの生活なんですが、一つの企業に勤めますと、エリートの人というのはやっぱりそこに長く勤めれば勤めるほど有利になるんだ。エリートの人でなくてもそうなんですね。企業を次々と渡り歩いていると、いつでも長い行列の最後につかなくてはいけない。それで、一つの行列にずっとついていると、だんだんその地位が上がり、社会的な名声も上がり、給料もふえるということで、そういう形になっている。それで、もし日本でイギリスのニュータウンみたいなものをつくったらどうなるだろうかということを考えたわけです。そうしますと、まあ初期のニュータウンというのは、人口の規模がそんなに大きくなくて、三百ヘクタールよりももっと小さいぐらいのところもありますが、そういうところですと、大企業はまず来てくれないわけです。名の通った企業は来てくれないで、イギリスの場合もそうですが、中小のメーカーなんかが来てくれる。そういうところに最初に勤めてしまうと、エリートの人というのは多分満足できないだろう。それで、どういう企業に——しかも大きな企業が来てくれるとすれば支店か何か出すわけですね。ニュータウンの最初の何とか支社みたいなものができるわけです。そうすると、支店採用じゃ満足しないで、やっぱり東京とか大阪の本社採用で勤めないと自分のキャリアがきれいにならないというようなことを考えるわけです。そういうようなことで、日本でなかなか企業を持ってくることはむずかしい、持ってきてもそこに勤めたがらない、そういうこともあるんじゃないかということを思いました。これは一つの企業にずっと勤めた方が得なようになっているというのは、これは日本的な一つの特性であります。終身雇用みたいな形をとっておりますので、そこら辺に一つの問題点がある。 それから、ばらばらに申しますが、土地の所有形態の話であります。イギリスはやはり大土地所有の形態が残っておりまして、用地の取得ということが日本ほど困難ではないのですね。それからニュータウンの場合と、それから地方公共団体の場合とちょっと違いますけれども、地方公共団体は大体文面から見ますと、自分の思うところに用地を取得して立地できるのですね。新しい町づくりというものを自分の思うところにできるような仕掛けになっておるわけです。それがわが国の場合ではそうはいかないわけです。自分が思うところに立地ができなくて、その辺はもう不動産業者と一斉のスタートラインに並んで競争しているような段階でありまして、どこに自分の公営住宅を持っていくかということも選べないわけです。住宅公団の場合でもそうですね。そういう状況ではちゃんとした町づくりとかマスタープランとかに沿ってとか言ってもなかなかちゃんとできないわけです。その辺は地方公共団体なり住宅公団なりというものが、自分がここと思ったところに用地が手に入る仕掛けというものを考えていかない限り、それをみんながそれでいいんだということを認めてくれない限り上手にいかないのじゃないかという気がいたしました。そんなところで、申しわけありませんけれども。
○上田稔君 椚座先生にちょっとお聞きをしたいのでございますが、先ほどから千里のニュータウンであるとか、泉北のニュータウンであるとか、そういう実態からきいたいろんな諸問題につきまして非常に御造詣の深いところをお承りいたしまして感銘をいたしましたのでございますけれども、この公営住宅といいますか住宅公団の建物を込めてでございますけれども、そういう住宅を、通勤住宅を建てていきますと非常に税収入で困るというお話が出ておりますが、千里の場合は千ヘクタールだというお話でございますが、そういう千里の御経験から言いまして、そういう住宅関係というのはどの程度に、何%ぐらいの土地を考えて、ほかの業種なんかを入れる面積をどの程度に考えれば一番いいとお考えになるか、ちょっと御意見を承らしていただきたいと思います。 それから下総先生にちょっとお伺いをしたいのでございますが、先ほどイギリスの例を挙げていただきまして、いろいろとニュータウンについて御意見をお伺いをしたのでございますが、それによりますと、日本では余りに性急過ぎるんじゃなかろうか。もっと本当に住宅に困っている方々に対する住宅を考えていくというようなことを考えていくべきじゃないか。で、バーミンガムの例をお話になられましたが、これはどちらかというと再開発に近いようなものじゃなかろうかと思うんでございますが、どういうようなことを日本でもっと考えろという御意見でございましょうか。 ただ私、去年の十月でしたか、ロンドンへ行かしていただきまして、テームズニードの開発をちょっと見せてもらいに行ったんでございますけれども、あれはいまのこの宅地開発公団法というか、非常に大きなベッドタウンをつくる計画のようにお聞きをしたのでございます。たしか二十万か三十万ぐらいの人口を入れるように思ったんでございますが、あれはロンドンに対するベッドタウンのように思うんでございますが、ロンドンでも何かそういうふうな早急にやっぱり住宅に対する要求に応じていくというような考え方を持っているんじゃないかと思うんです。 それからフランスでも、パリでもあちらこちらにそういうベッドタウンをつくっておるようでございますが、こういうものに対するひとつ御意見をお伺いさしていただきたい。フランスへ行きましたら、むしろロンドンのニュータウン開発というのはあれは間違いだと、やはり通勤的な住宅の団地をつくってやっていくべきだというようなことも言っておりましたので、ちょっと御意見を承らしていただきたいと思います。
○参考人(椚座正信君) お答え申し上げます。 土地利用に関してでございますが、千里と泉北、大体数字が似通っておるわけでございますが、土地の利用状況を申し上げますと、住宅地が大体三三%から四%くらい、道路用地が二〇%から二二%、公園緑地がやはり二〇%くらいでございまして、いま業務地というお話が出ましたが、これは六%程度でございます。私は将来の町の経営のためにも、それからその町で職場もあり住まいもあるという形を少しでも広げたいという要求はいたしておりますけれども、仮に法律によりまして土地を収用してまで取得した土地である場合には、それが非常に過大になるということは不可能でありましょうし、したがって、お許しがいただけるなら一〇%ぐらいにまで持っていけばということと、それからもう一つは工場でございますが、そういった施設の公害は困りますけれども、公害のないようなそういった施設の面積も一〇%にプラス幾らかはふやすことが、とることができればというようなことを考えております。 ただ、税収の面で、堺市のことは申し上げましたが、千里では実はかなり早い時期に税収入面で地元市の財政に及ぼす影響が計算ができておりまして、すでにその計算のとおりに大体収入が既成市街地よりは上回ってきております。そういった面で地元の豊中市、吹田市にはそれほど御迷惑をかけずに済んだわけでありまして、泉北については最近そういう問題が起こってきた、こういうことでございます。
○参考人(下総薫君) お答えいたします。 一番初めのバーミンガムの例の五〇%というのは再開発のことじゃないかという御指摘でございますが、これは再開発事業に関連しております。それで、バーミンガムの場合はこれは非常に大きなスケールの再開発をやっておりまして、これは一九四四年から続いておりますが、ですからもうかれこれ三十年近く、まだ事業の半分ぐらいしか終わっていないというそういう事業でありますが、都心部を中心にいたしまして半径一マイルの円——都心部から半径一マイルの円というと相当大きなものでありますが、その中を全部、ほぼ全面に買収しまして、平らにしまして、瓦れきの山になっているわけです。それを三十年近く続けて、端の方から——中心部の再開発と端っこの方から二十一階建ての高層のアパートを順々に建てていくというそういうやり方をとっております。五〇%というのはそれも含まれます。その事業に大きく関係しております。 それからテームズニードのお話でございますが、これはニュータウン法によるニュータウンではないわけです。事業主体はちょっとわかりませんけれども、ニュータウンという言葉がかなり乱用されておりまして、いろんなものをイギリスでニュータウンと呼んでいるわけです。その中で非常に似通ったものといたしまして、やはりこれも正式の名称ではありませんが、日本語で言いますと都市拡張に伴う住宅開発というのがあります。エクスパンディングタウンというふうに言っておりますが、これは事業主体がニュータウンの場合と違いまして地方公共団体であるわけです。それもニュータウンと呼んでおります。ニュータウンの場合は一つ一つプロジェクトごとにニュータウン開発公社というものをつくります。ですから、日本住宅公団で言えば高島平開発公社というのを一つ一つつくっていくというのと同じになります。それで、これは政府の住宅公団と同じような組織でやっております。しかし、イギリスの場合は公営住宅、すなわち地方公共団体がみずから建設し経営する公営住宅というのが中心でありまして、それの事業の一つとして先ほどのエクスパンディングタウンというのがあるわけです。 それで内容は、最初はエクスパンディングタウンというのは自治体相互の協定でありまして、たとえばロンドンのようにたくさんの住宅困窮世帯を抱えておるところは、人口を増加したいという、人口をふやしたいという町と提携をしまして、技術的、資金的な援助を行って、かなり離れたところですね、かなり離れた地方自治体と手を結んで、そこに公営住宅を建て、そしてロンドンのウエーティングリスト、すなわち住宅困窮者登録名簿の中からこの人と指名してそこにやるという、そういう形をとっているわけです。その場合は先ほどの、そこに住み、そこで働きという、そこで働きの部分ですね、その自足性というものを余り強調しないのです。特に出発点においては自足的でない町をつくった。しかし、その場合は自治体が非常に小さいものです。日本の場合に比べますと自治体の数が非常に多かったのです。いままた自治法の大改正をやっておりますのでちょっと違いますけれども、地方自治体の区域が非常に狭いので遠距離通勤というような問題は起きないので、余り自足的であることを強調しなかったのです。しかし、最近だんだんニュータウンのように自足的であることができるようになりまして、法律が整備されまして外見上はほぼ変わらないものができ上がっているわけです。それで、両方ともニュータウンという名前で呼んでおりますのでちょっと区別しにくくなっております。 それから多分パリのデファンスあたりの再開発の例かと思いますけれども、自足的であるということに余りこだわる必要はないのではないかとか、あるいはそれはそもそも間違いではなかったかというそういう御批判に対するお答えでございますが、最近の状況を申し上げますと、ニュータウンというのはますます大規模化してまいりまして、初期の、先ほどのリース委員会が一九四六年に、ニュータウンの規模としてはどれぐらいが適当であろうかという御質問に正確に答えることはむずかしいが、ほぼ二万から六万の間であろう、人口がですね。そういうふうに答えているわけですが、一九六〇年の後半からニュータウンというのはますます大規模化してまいりまして、新しく俗称でありますがニューシティーという名前で呼んでおります。それは一つはすでに発足したロンドンとコベントリの間にありますミルトンケーンスというのがそれであります。それからマンチェスター、リバプールの間にありますセントラルランカシャーというのがそれであります。それからもう一つ予定されておりますのがサウサンプトン・ポーツマス、南の方でありますが、それらはいずれも非常に大規模なんですね。たとえばセントラルランカシャーの例で申しますと四十万人、計画人口が。しかしながら、計画人口四十万のうち半分ぐらいは既存の町が含んでおります。ミルトンケーンスの場合は既存の町がむしろ少ないのですが、計画人口は一応二十五万です。それからサウサンプトン・ポーツマスの場合は、これはサウサンプトン・ポーツマスともに大きな町でありますので既存人口が七十五万ぐらいいるわけです。それを百五十万ぐらいにしようという、そして離れた二つの都市を、帯長の格子状の町をつくって、線状都市をつくってつなごうという案が出ております。 そういうふうになってきますと、自足的でということをそんなに要求しなくなっている気配があるわけです。イギリス自体においても、ニュータウンの性質が大分初期のころと変化しておるということがありまして、自足的であるということを初期の場合出発点に当たっては非常に厳密に要求したのでありますけれども、それをかなり弱めている。しかしながら、本質的に母都市への遠距離通勤を大幅に認めるという線まで後退していることはない、そういう状況であります。
○坂野重信君 下総先生にお願いしたいんですが、いまの問題に関連するわけですけれども、先ほどから農地の問題、宅地の問題いろいろ出ているわけですが、御案内のとおり、国土庁でいま新しい土地利用計画法に基づいて土地利用の計画、骨組みにかかっているわけですが、新新全総の問題もあるわけですが、イギリスの問題等にも対比して、そういう都市の方からの直接的なアプローチで広がりを考える立場と、全国的な立場からミクロの方に入っていくという立場の両方の接点があると思うのですけれども、その辺の考え方を伺って、今後どうするかという問題、大きなものになってくると思うのです。それで、いろいろ農地と宅地の問題も、やはり日本の場合は基本的にはそういった土地利用計画というものを踏まえて考えていきませんと、新しい宅地ができてもそれがスプロールにつながるのじゃないかという意見もいろいろ指摘されておりますけれども、その辺のところの手法的な考え方についての御意見をお聞きしたい、これが一点でございます。 それから椚座先生は大阪で大変実地で苦労されておられますけれども、先般この委員会で横浜の団地を見に行ったわけでございます。それで感じたことは、新しい環境づくりといいますか、そういうものが行われている。たとえば鉄道にしましても、恐らく団地ができたために促進されていると思います。河川の改修、水問題にしても、もしああいう計画がなければなかなか進めないと思います。自然発生的なままでいると思います。そういう意味で私は地元の皆さんに拒否反応という問題あるわけです。これは直接地方公共団体の自治体の問題に財政問題もあると思いますけれども、それ以外にやはり地域住民の皆さんの何といいますか観念的な拒否反応といったようなことがあるんじゃないかと思いますが、そういう新しい環境づくり、住んでみたらなるほどこれはいいんだというふうな感覚が出てくると思いますけれども、その辺のPRの仕方、計画の説得のあり方という問題ですね。 それからもう一つは、あそこでいろいろ質問したわけでございますが、住宅公団によって坪当たり十万幾ら、七、八万ぐらいのようでございますが、平米で二、三万ということですから大変安いわけです、造成地というのは。それにプラス関連公共施設というようなものを含んでいきますと、実際かかったものが、そういうものを差し引かれますから、これは民間で政府のそういった助成というものがない場合と比較した場合にはかなり相当なサービスが行なわれるというわけでございます。そういうことかなかなか地域住民の皆さんに徹底していないんじゃないか。文句が出てくる、御免こうむるというようなことですけれども、その辺のやはり私は何といいますかPRの仕方、地元との対応の仕方というようなことが、今後新しい公団ができれば専門にかかるわけですから、上の問題というより今度は下の町づくりそのものの問題にかかるわけですから、かなり私は大きな前進が姿勢の問題としても期待できると思うわけでございますが、その辺で、現地で何かそういうことについていままで苦労されておりますが、これについてお感じになったことがございましたらお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(下総薫君) お答えいたします。 いわゆる全国的な大きい方から押されていくという考え方と、下の方から積み上げていくという考え方の接点に当たるようなところで、たとえばイギリスではどうなっておるかというような御質問かと思いますけれども、端的に申しますと、イギリスという国は全国計画を持っていない国でありまして、それは都市計画という言葉が適当かどうかわかりませんが、そもそも何か小さいところから積み上げていくという姿勢でありまして、ついに全国計画に至っていないというのが私は実情だろうと思うわけです。その全国計画に当たるものというのは全然別の系列がございまして、それは例の世界恐慌ですか、一九二九年のですね。その世界恐慌に先立つ一年前ですね、一九二八年ごろからの失業対策というのがあるんですね。それは全国計画という形をとっておりますが、失業多発地帯、要するに平均よりも失業率が何%だったかしかと覚えておりませんが、高い地域を目安として地区を指定するわけです。英国ですと北の方のスコットランド全域が、衰退地域と呼んでおりますが、それに当たっております。それからもう昔から衰退地域というのは決まっておりまして、ウェールズの北部とか、それからニューカッスルの一部とか、大体その四カ所ぐらいが開発地域に当たっております。それで、ここでは主として産業誘致政策というのをとりまして、貸し工場の建設とか——貸し工場というのは日本では余り例がないんじゃないかと思いますが、工業団地造成というのがありますが、それに当たるようなこととか、来てくれた企業に対する特別償却制度、そういうようなものを主軸としていろいろな保護政策をとって今日に至っているわけです。 それで、先ほどのお話のニュータウンと、その全国計画の方から来た衰退地域振興政策と、これがどこで接点があるかということでありますが、それはいままでスコットランドを除いて全然かみ合っていないわけです。それで、ニュータウンの方は成長拠点というふうな名前で呼んでおりますが、もともと大都市対策でありまして、地域の核としようという線は当初において薄かったんですね。それで、イングランド全域で見ますと、重複している地域はほとんどありません。ニュータウンはニュータウン、衰退地域振興策はそのまま衰退地域振興ということでありますが、ニュータウンに移住する企業と衰退地域に行く企業とどっちが多いかと言いますと、ほぼ半々に分かれておるんですね。ですから、そういう意味では競合関係に立っているのかもしれません。そしてスコットランド地域につきましては、先ほどの産業労働者選抜計画というのをやっておりますが、それは雇用者の方をウエーティングリストの中から選抜していく方式でありますが、スコットランドの場合は、それに加えて企業の方の登録名簿をつくりまして、企業の方も選んでいく、そんなようなことをやっているようです。 英国の場合は、これは人口誘導策としてどういうふうな関係になっているかと申しますと、これはある企業がここに行きたいと言ったときに、通産省に当たるところでありますが、それが時折ノーと言うことができるわけです。だめだと言うことができる。これは一九三五年ごろだと思いますが、サー・マルコム・スチュアートという人が、役人が、おまえのこの企業はどこへ行けということをそれを指示することはちょっとむずかしかろうと、経験も余り豊富でないし。しかしながら、この地域に行ってはいけないということは、それは正当づけられるのではないかと、こう言った。それの流れをくむものでありますけれども、ある産業がどこかへ行きたいというときには、産業開発許可というのを中央官庁が出すわけです。それがないとそこの土地へ行けないわけです。それでは、それさえあれば自分の思うところに立地できるかというと、そうではありませんで、今度は地方公共団体が待ち受けておりまして、その場所にちゃんとその計画でおさまるかどうかの許可は地方公共団体が開発許可というものを握っているという関係で、そういう都市計画における開発許可と、それから中央官庁が与える産業開発許可と、その二つが重なり合うという形で地域対策とそれから都市計画というものが結びついていく、そういう形であります。
○参考人(椚座正信君) お答えを申し上げます。 環境づくりとしていろいろなものをやってずいぶん地元にもいい影響を与えておるではないかと、それに対するPRというものについて何か意見があればという御趣旨と承りましたが、経過で申し上げますと、千里ニュータウンの場合に、今日の千里ニュータウンを描いておって現実にこういう形になるということを知っておったのは恐らく少数のプランナーだけでありまして、たとえば用地取得の職員が農家に入っていって説明をするにしても、恐らくでき上がった姿というものはうまく説明できたとは考えられません。まあその当時であればしゃにむに突っ走って今日までやってしまったということであろうと思います。ただ、泉北になりますと、千里の場合にずいぶんPR資料、映画等も作成をいたしまして、泉北ニュータウンの場合にはかなりそういった千里の成果を現実にお見せをして納得をしていただいたという経過がございます。 PRの対象としまして、土地を失う関係地主、それから地元市が中心になりますが、もう一つは、千里でもそうでありますけれども、千里の人口は当時の大阪府の一年間の人口増に値する数字でありまして、一つぐらいつくっても、長い目で見ますと、その意味では大きな役に立っていないわけであります。しかしながら、あのような環境のニュータウンをつくったというモデル的な効果というものの方が非常に成果を上げておるわけでありまして、民間の開発を千里を参考にしましてずいぶんと指導し、誘導し、規制をしてきたという成果が非常に大きいというふうに考えます。 ただ、最初の土地の所有者あるいは市に対する説得は、一般的なPR以外に特に有効な適切な方法はそれほどあると考えられません。ただ、結果においてはこれこれの数字で皆さん方は非常に有利になっておるではないかということは示せるのではないかと思いますので、そういった過去の経過を踏まえて、今後の開発に十分資料を使うということが必要ではないかと思っております。 余り満足なお答えできませんが、御了承賜りたいと思います。
○委員長(中村波男君) 他に御発言もなければ、これにて参考人に対する質疑を終わります。 参考人の皆様方には、本日は御多忙中にもかかわりませず貴重な意見をお述べいただき、各委員の質問に対しましては懇切な御答弁を賜りましてまことにありがとう存じました。 委員会を代表いたしまして謹んでお礼を申し上げます。 本日はこれにて散会をいたします。 午後四時三十八分散会 —————・—————