予算委員会第二分科会 第5号
- 発言数
- 285 件
- 登壇者
- 31 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1975/02/28
会議録
○北澤主査代理 これより予算委員会第二分科会を開会いたします。 昭和五十年度一般会計予算及び昭和五十年度特別会計予算中、文部省を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。野坂浩賢君。
○野坂分科員 永井文部大臣にまず冒頭にお尋ねをいたしておきますが、大臣は民間から起用されて特に教育には造詣が深いわけでありますから、できる限りよくわかるようにお話しをいただきたいと思います。 まず、よく法律に「当分の間」という言葉がございますが、常識的に申し上げて、「当分の間」というのはしばらくの間、こういうふうに私どもは理解をしておりますが、大臣は、「当分の間」というのは、具体的に期限を切って言うならば、大体どの程度の期間を「当分の間」というのか、伺っておきたいと思うのです。
○永井国務大臣 法律で「当分の間」という言葉がよく使われることを承知しておりますが、これはいろいろ法律の種類またケースがございますから、ちょっと期間を切って「当分の間」は一般に何を意味するかということは、私としては判断しにくいように考えています。
○野坂分科員 「当分の間」というのが十年も二十年も考えることはないと思うのですが、また国民もそう考え、学校教育あるいは社会教育でも、国民は年限はもっと短いものというふうに判断をしておると思うのですが、そういう考え方は間違いでしょうか。
○安嶋政府委員 「当分の間」という用例は、文部省関係の法令でかなりたくさんあることを私は承知をいたしておりますが、これはもちろんその字句が示しますように、そう長い期間ではないということは、これは常識的にそうだろうと思いますが、また一面の考え方といたしましては、つまり、定められていることが恒久的な制度ではないというような一方の意味において、「当分の間」という言葉が使われることもかなりあるように思います。 たとえば、学校におきます養護教諭の必置の問題でございますとか、あるいは幼稚園の設置主体が学校法人でなければならないということでございますとか、そういったことにつきましては、実は昭和二十二年に学校教育法ができましてから今日まで、なお「当分の間」ということの運用が行われておるわけでございます。そういう例があるからすべてそれでよろしいと言うわけではございませんが、法律の本則は、これは策の基本方向を定めたものでありまして、そこになるべく早い機会に到達をすべきだ。「当分の間」という、そういう姿は、それは期間の長い短いはございましょうけれども、本来の姿ではない経過的な姿である、こういうふうな理解も一方では可能ではないかというふうに考えております。
○野坂分科員 専門家でありますからいろいろとお話はございますが、「当分の間」というのは、いつまでも長い期間ではないということだけははっきりしておると思います。 私は、通告をしておきましたように、司書教諭の問題についてお尋ねをしたいと思うのです。学校図書館法の第一条を読んでみますと、「学校教育において欠くことのできない基礎的な設備である」、また健全な教育の発達を図り、学校教育を充実をする、これが目的でありまして、第五条には司書教諭を置く設置義務規定がございます。附則に当分の間置かなくてもよろしい、こういうふうに書いてあるわけでありますが、いま局長からお話をいただきましたように、この学校図書館法は、たしか昭和二十八年、改正が三十三年、こういうことになっております。したがって、今日まで改正されてからも十七年間たっておるわけでありますから、この図書館法の法律に照らして、設置の義務規定、五条等を十分配慮して、設置をすることに踏み切る、おいては、しばらくの間置かなくてもいいというようなことは取っていくということが、法を守るあなた方の立場、また、行政官として学校教育の充実を図る目的を進めていくためにもそのことが必要ではないか、こういうふうに思うのですが、どうでしょう。
○安嶋政府委員 基本的な考え方はただいま先生御指摘のとおりだと思います。ただ、まことに残念なことでございますが、司書教諭の有資格者の数が非常に少ないということでございます。現に司書教諭の資格を有する者は約六万三千人と見られておりますが、このうち学校に在籍すると思われる者が、これも推定でございますが、約三万一千でございまして、学校以外に資格を持っております者が約三万二千ということでございます。学校の総数は、御承知のとおり小学校が二万四千、中学校が一万、高等学校が約五千ということでごいますが、とうていこの数を満たすことはできないわけでございます。文部省といたしましては、国立大学におきましてこの学校図書館の司書教諭の養成を図るということで、年々、講座、講習会等を開催いたしております。年に約七つの国立大学におきまして約五千人の資格者が生まれておるわけでございますが、この資格者も、必ずしも学校に就職をするということではなくて、その他の職域に勤める者もかなりあるわけでございます。そういった関係で、この司書教諭の有資格者を得ることが非常にむずかしいという事情がございます。 それから一方、現に司書教諭として発令されておる者がどれくらいあるかと申しますと、約千百名程度でございます。学校に司書教諭の資格を持って勤めておりながら、なおかつ千百名しか発令が行われていないという状況でございまして、これまた遺憾なことでございますが、私どもといたしましては、まず講習会につきましては、なるべく学校の現職者に参加していただくということ、それから、現に資格があって学校に勤めていらっしゃる先生方については、極力その発令を促進するという対策をさしあたり講じてまいりたいというふうに考えております。
○野坂分科員 いまお話がございました中に、やりたいけれども資格者がない、資格者があればやるのだ、裏の意味はそうだと思うのです。いろいろなことが出発をするときには、たとえば調理師その他にしてもなかなかない場合があります。しかし一定の期間、まさに当分の間ですね。全くしばらくの間、一年なり二年ということで廃止をする。そのために、たとえば図書館通論その他七科目の講習規定がございますね。これらをその司書の皆さん方にやらせるということになれば、資格者というものは急速にふえてくる。それを「当分の間」といって何十年も放てきをしておるから、そういうことができない、こういうふうに思うのです。その点についてはどのようにお考えでしょうか。
○永井国務大臣 私は、野坂委員の言われます学校図書館の充実ということは、非常に大事であるというふうに考えております。どうしてわが国で学校図書館の充実がおくれているか、それから司書教諭の問題というのは、「当分の間」が長いかということをいろいろ考えてきておりますが、三つぐらいの点があるのではないかと思います。 一つは、学校図書館というものは学校の欠くべからざる機関であって、これによって勉強していくという考え方がアメリカの学校に非常に強く、その考え方が戦後わが国に入りました。ところが、なかなかそれがわが国になじまないのは、次のようなことによると思います。 第一点は、日本の学校では非常に教科書を重んじるわけです。そこで、アメリカ以上に教科書というものを中心に教育いたしますから、参考書というものをそれほど使わない。それよりも教科書を中心にしていく。そこに教育方法の違いがあると思います。 それからもう一つは、これは大人も子供もそうなのでありますが、わが国では、いよいよ参考書あるいは自分の本を読むという場合には、西洋に比べますと、最近変わってまいりましたが、本の単価が非常に安い、そこで本を自分で買ってうちで読むということが事実ございまして、一人当たりの年間の書物の購買の数を調べますというと、アメリカ合衆国よりも多い、こういう形で進んできたわけです。しかし、二十数年を経ますと、今度は、いま日本も本の単価が上がってきたり、あるいは団地生活というものがふえてまいりましたから、実は自分のうちにそれほど本を置く場所もないというような点から様子が変わってきたように思います。 もう一つは、学校でどのぐらい参考書を重んじていくかという教育方法の問題があると思いますが、以上のようなことも関係があって日本になじまなかった面があると私は思うのでございます。しかし、だんだん変化が起こってまいりましたから、この司書教諭の養成というものもいままで以上に力を注がなければいけないと思います。 ただ、初中局長から申し上げましたように、いままで研修を受けている人でも、実はなかなか司書教諭という形で学校で働く人が少なかったというのは以上のような事情があるので、やはりいろいろな角度からこの問題を考えて、そうして学校における図書館の重要性というものが本当に実質的に生まれてくるというのと並行して考えていくべき問題ではなかろうか、かように考えている次第です。
○野坂分科員 いろいろお話がございましたが、学校図書館、司書教諭、そういうものの実態を、私は田舎の方ですが、ながめてみますと、司書教諭を置く経費というのは、たとえばPTAの負担あるいは町村の負担、しかも他の教諭とは格段の差のある賃金で、当面、図書の番をしておるといいますか、図書館充実のために十分努力をいたしますが、賃金の格差が非常にひどいわけであります。いないところは、たとえば事務職員あるいは学校の先生——もちろん専門的な立場にない先生でありますが、そういう方々が交代でやっていらっしゃる。最近はPTAの負担の軽減ということも叫ばれておりますし、また、それを文字どおり軽減もしなければならぬわけでありますから。しかも賃金というような相関関係をもって、司書教諭の皆さん、また代用されておる皆さんが非常に意欲を失われるというきらいがあるではなかろうかということを私は心配をします。 したがって、司書教諭というのを、できるだけ講習を深めて、いま大臣からお話がありましたように、今日、図書館のあり方、見方というものも変わってき、法律までできておるわけでありますから、この点については、第六条でありますか、設置義務を明らかにして、早急に有資格者を養成して法の目的達成のために努力をされ、学校教育法の三十八条に関連しても、学校には校長とか教諭とか、あるいは事務職員とか養護教諭とか置くことになっておりますが、その中にも明確に司書教諭ということを挿入して、図書館の充実を図るべきが本体であろうというふうに考えておりますが、大臣は、この目的達成のために、今国会でも法改正というかっこうで進むお考えはないだろうか、その点どうでしょうか。
○安嶋政府委員 第一に、司書教諭の賃金あるいは身分の問題でございますが、司書教諭は、この学校図書館法にもございますように、「教諭をもって充てる」ということに五条の二項でなっておるわけでございます。教諭につきましては、御承知のとおり、教育職俸級表の(三)というものが適用になっておりまして、その給与は、公立の小中学校におきましては都道府県の負担でございます。したがいまして、その身分、給与はかなり安定した姿になっておるわけでございますし、特に人確法に基づく給与改善も行われているわけでございますので、かなりな改善を見ておるのでございます。 それから、それに類似のものといたしまして学校図書館に配置される事務職員がございます。これも御承知の義務教育諸学校につきましては、学級編制、教職員定数に関する標準法がございまして、小学校の場合には全国で約千八百人、中学校におきましては約千百人。高等学校につきましては、高等学校の標準法でございますが、約千八百人の定数が算定されております。この定数につきましても、小中学校につきましては、給与は都道府県の負担になり、国庫からその給与の二分の一を負担をするということになっておるのでございますが、ただ、実際上この定数に対してどのような配置が行われておるかということを見ますと、小学校におきましても、中学校におきましても、きわめてわずかな配置しかないということでございます。つまり、国が財政上用意をした措置にすらまだ十分届いていないということでございますので、やはりそうした国が標準として定めておるところまで充実を進めていくということが、当面とるべき措置であろうというふうに考えております。 そこで法改正のお話でございますが、そういう状況でございますので、政府からこうした関係について御提案を申し上げるという考え方は、ただいまのところないというのが実情でございます。
○野坂分科員 積極的に政府提案をしないということでありますが、この点につきましては、おっしゃるように、県等で定数が割り当てられますと、ほとんど定数外の職員になるんですね。だから結局、臨時で持たぬということになれば、その地方の小学校、中学校等では勢いPTAに寄っかかっていく。定数の中に入るということになれば、中学校は教科担任制、小学校は学級担任制というかっこうで、できるだけそっちの方にとって、学校図書の方は手薄になる、こういうかっこうになってくるわけでありますから、国としては県に対して、定数内の職員に司書教諭を入れるべきだ、こういうことをもっと強く主張していただくと同時に、これらの点についてもさらに御検討いただかなきゃならぬ、こういうふうに思いますが、大臣いかがですか。
○安嶋政府委員 先ほど申し上げましたように、司書教諭は教諭をもって充てるということが学校図書館法の原則でございます。また学校図書館というものは、これは通常の公共図書館等と違いまして、学校の内部における設備でございます。つまり学校図書館法の第一条にもございますように、独立の機関あるいは営造物といったようなものではなくて、学校内部の「基礎的な設備である」ということを法律自体が明定しておるわけでございます。また、学校図書館における指導も学校教育の一環ということであって、公共の図書館のように学校とは離れた別個の機能ということではないわけでございます。そういう趣旨からして、司書教諭というものは教諭をもって充てる、つまり学校図書館における図書を児童生徒に利用させるという、そういう指導は、まさに学校教育の不可分の一部でございます。したがいまして、司書教諭は教諭をもって充てる、こういう体制が法律の本則でとられていると思います。したがいまして、一般の教諭とは別個に司書教諭というものを制度として立てるということについては、これはやはり相当検討する必要があるのではないかと思います。 仮にそういうふうな立て方をするといたしますと、司書教諭の免許状というような問題も別に起こってくるわけでございます。非常に基本的な問題に広がっていくわけでございまして、さしあたりは学校図書館法の本則が描いておる姿に一日も早く到達させるということであろうかと思います。
○野坂分科員 時間がありませんから簡単に打ち切りますが、いま局長がお話しになりましたように、確かに司書教諭は教諭をもって充てなきゃならぬと書いております。しかもその前には、専門的な職務をつかさどらせるための教諭だと書いてある。しかも、先ほどもお話がありましたように、有資格者がない。だから専門的につかさどる教諭、司書教諭、こういうことが大前提であります。したがって、教諭とか事務職員の皆さんが交代でということではなしに、でき得る限り専門的な知識を持っておる教諭を充てるということが、学校図書館法の趣旨からいって望ましい。 で、これも含めて定数というかっこうになりますと、どうしても県では、定数内の職員の専門的な知識を持つ司書教諭ということになってこないというきらいがあるわけでありますから、私どもは、でき得る限り早くこの司書教諭というものを学校教育法の中で具体化をしていかなきゃならぬ、こういうふうに考えるのであります。意見が十分かみ合いませんが、この司書教諭は二十八条の学校の職員というところですか、あそこの中にも入っていない、こういう実情でありますから、そういうところにもぜひ入れてもらわなきゃならぬ、こういうふうに思うわけであります。 それが一つと、もう時間がありませんが、もう一つは、学校教育法の一条には、幼稚園から大学までが学校教育だ、養護学校とか盲聾学校も書いてありますが、学校教育というのはもっと広い意味で、最近、問題になっております。たとえば理容学校とか、あるいは美容学校とか、あるいは歯科技工士学校とかいろいろありまして、通称各種学校とも呼ばれておりますが、このような学校も学校教育だ。いままでは、幼稚園から大学まで、こういう観念的といいますか、理論的な勉強だけをするのを学校教育というような考え方がありますが、いま私が例を申し上げましたようなそれらも含めてやはり学校教育だというふうな理解に世論も今日は立っておる、そのように考えておりますが、その点はどうでしょうか。
○今村(武)政府委員 仰せのように、各種学校は学校教育に準ずる学校として学校教育法に規定されております。そういう広い意味で学校教育という観念をすることもできますが、また学校教育以外の教育であるという意味では、社会教育の中で非常に重要な地位を占めているという評価もできると存じます。
○野坂分科員 社会教育はいろいろな部面をとらえてすべて社会教育と言えるでしょうけれども、理容学校にしても、あるいは美容学校にしても、いまは進学率も高くなって、高等学校から大学へというかっこうになっておりますけれども、高等学校を卒業して専門的な技能教育を受けて社会に出ていく、そういう意味では学校教育である、こういうふうに考えた方が今日の世情からは妥当ではなかろうか、このように私は考えるわけでありますが、どうでしょうか。
○今村(武)政府委員 少ししゃくし定規な御説明をして恐縮でございますが、社会教育法の定義によれば、正規の学校の教育課程に基づく教育以外の教育はすべて社会教育という法律上の定義があるわけでございます。そういう意味では、広い意味で社会教育の中で非常に重要な一環を占めるものと位置づけることもできますし、また学校教育法という法の中にわざわざ各種学校の規定がございまして、第一条の学校に規定される諸条文を準用しているところから見ますと、学校に準ずる制度でもある。そういう二つの見方ができるのではないだろうかと御説明申し上げた次第でございます。
○野坂分科員 議論は進みませんが、いまお話になりましたように、社会教育法の中には、学校教育以外のそういう条文があって、それを包含するんだということであります。その学校教育法の一条、それの解釈の問題をめぐって、いまお話があったように、学校教育に準ずるものという規定の中に包含されておるということであります。だから、その学校教育というものが幼稚園から大学までだ、正規の学校はそういうもので、いま申し上げたような学校は正規の学校ではない、そういう考え方が私はいま問題であろうと思うのです。これから世の中に多く出ていかなければならぬ、普通教育を受けた高等学校の生徒がそのまま社会に出るというわけにもなかなかなりにくい。だからいろいろな学校がありますね。このごろは、テレビとか、あるいはラジオとか、そういう学校もたくさんございますが、そういう教育を受けて、そこには確たる高等学校以上の免許を持った、あるいは経験を積んだ教諭がおるわけでありますから、それを含めてやはりこの各種学校の取り扱いというものを考えていかなければならぬということが一つ。 それから、この整備充実をしなければならぬという規定なり義務があります。それを進めるためには、今日の人件費あるいは設備充実費、そういうものを考えてまいりますと、小さな学校法人では、あるいは個人立では、とてもそれに追っついていくことができない、こういうふうに思うのです。だからそれは、教育の充実なり社会に対して貢献度があるわけでありますから、それに対しては、一定の国のめんどうなり、あるいは地方の自治体がめんどうを見る、助成をしていく、こういうことが望ましい。そうしなければよりよい環境なり教育の充実面が整わない、こういうふうに思うのでありますが、その点についてはどうでしょう。
○今村(武)政府委員 現在、各種学校に百二十数万人の人々が学んでおり、八千校ぐらいの各種学校がございます。実態はいろいろございまして、たとえが悪いかもしれませんが、玉石混淆という感じがいたします。その中で特に玉に属するものを、先生のおっしゃるようなぐあいに制度化し、よりもっと法制の上で組織化する、そしてそれに対する特別な措置を考えるといったような構想も一つの貴重な御意見だと存じます。
○野坂分科員 もう時間がありませんが、神奈川県等におきましては、いま申し上げましたような通称各種学校と言われる学校に、約一億七千万円程度補助金が出ておるようです。しかし法的な根拠もない。東京都でも問題になりまして、実態調査が行われる、こういう事態になったようであります。その時間数とか生徒数とか、そういう点については文部大臣がもちろん規定をされる。したがって、いまこういう設備充実、教育の充実という面からそれを急いでいかなければならぬ、それが社会に対する責任でもあるという意味で、専修学校法制定の問題が国会たびに問題になっております。各地方自治体もその充実を必要とすることを十分考えながらも、法的な根拠が薄弱であるためにそれぞれの措置ができない、こういうきらいがあるように承知をいたしております。したがって、これらの問題について早期に充実強化をしてもらい、法の整備等はやるべきだと考えるのでありますが、大臣はどうお考えになりましょうか。
○永井国務大臣 ただいま管理局長が申し上げましたように、各種学校というのは非常に数が多いです。数が多いということは、中に多様なものが含まれているということでもありますが、他方、数がふえてきているというのは、やはりいろいろ時代の要求があるということを示していると思います。 しかし、そこで問題は、そういうものを制度として確立するという場合には、きわめて多様なるものが含まれておりますから、いま実態の調査を東京都で行っているというお言葉がありましたが、東京都だけでなく全国的によく実態を調査しないと、制度として確立するということはなかなかむずかしい。なぜかと言えば、制度として確立する以上、文教行政上も責任を生ずる、そしてまた責任を持たなければいけないのだと思います。 そこでこの問題につきましては、私の理解するところでは、国会でも御検討になっている、そういう御検討を進めていかれる過程を私たちも敬重しなければいけない、そういう問題と思いますし、また私たちの方では実態についての確実な情報というものを積み上げることによっていろいろ考慮していくべき問題と思っておりますが、早急に政府の方から専修学校制度というものを直ちに御提案申し上げるというのには、事柄の重要性はわかりますが、内容が相当多様にわたっておりますから、尚早であるように考えております。
○野坂分科員 時間が来ましたから終わりますが、制度として取り上げる場合いろいろな面があるというお話であります。しかし現実に、いまお話がありましたように、たくさんのそういう学校群があるわけでありますから、それを整備充実をして社会の発展のために努力をしなければなりませんし、また子供たち自身が差別観念を持つということは非常に危険だろうと思います。学校は学校として十分その誇りと自信を持って勉学にいそしむことが必要だろうと思います。お話がありましたように、十分検討をされまして、実態を調査の上、文部大臣が指定をする一定の基準を設けて早急にこれらの問題に対処されるように要望して、私の質問を終わります。
○北澤主査代理 これにて野坂浩賢君の質疑は終わりました。 次に、吉田法晴君。
○吉田分科員 きょうは「装飾古墳白書」を中心にして、装飾古墳の荒廃状況に対する保存対策を伺いたいのでありますが、永井文部大臣は、専門的にごらんくださった、あるいはお聞きくださったのは恐らく初めてだと思いますので、実は日本の文化財保護行政というものがどういうものであるかということも少し知っていただくために、前提の質問をいたします。お答えは文化庁からで結構ですから……。 一昨年の八月でしたが、機会が与えられて、文教委員会でこの文化財保護の問題を一日やらせてもらう機会がございました。そのときに具体例として取り上げましたのに、筑紫野市の門田遺跡と中原古墳群が、新幹線の博多開通に伴います操車場建設のために、縄文時代と弥生時代の二層にわたります遺跡が全滅をされかかっておる。そこで、それに対して、現地で発掘調査をしております者の要望に従って、車線を一車線、五十メーターでありましたか、ずらすならば、その大半が保存できるから、そういうようにひとつ御援助、御指導を願いたいということを要望いたしました。まあ努力しているという話でありましたが、それがどうなりましたか。 それから小郡市の横隈山遺跡。これは、狩猟時代から初めて定着をして農耕を始め、そして米や穀類を貯蔵する倉庫も含めまして、相当広範な遺跡が宅地造成のために危機に瀕しておる。具体的に、その直前に審議をいたしました公有地の拡大の推進に関する法律を援用して、公園地として公有地を確保しようとするならば、これは自治省の担当課長に来てもらって、地方債を認めることができるという具体案を付して要望をいたしました。ところが、それがその後実現をいたしませんでしたが、質問主意書を出しましたけれども、木で鼻をくくったような答弁書が参りました。その後のこの小郡市の遺跡の保存について伺いたい。 特に最近、これは文化庁にも来ておると思いますけれども、県の種畜場であったところに遺跡群がいっぱいあったわけであります。一つの山は縦貫道路の土取りのためにとってしまった。その後残っております遺跡のあたりに体育館をつくりたい。これは正直に言いますが、政治的な関係がございまして、落選をいたしました参議院議員が、自分の系統の市長と協力をして、簡保、郵便局の積立金をそこへ持ってきて体育館をつくろう、こういうことで、自然と文化を守る会から異議が出ておるところでありますが、関連をいたしまして、小郡市の遺跡の保存についてどういうぐあいにしておられるかお尋ねしたい。そのとき、水城の問題、あるいは装飾古墳の問題、文化庁の予算と発掘調査の体制整備についてお尋ねをいたしましたが、時間がございませんから、簡単に個条書き程度にお答えをいただきたい。
○内山政府委員 中原古墳群の問題でありますが、ただいまお話ございましたように、車両基地を五十メートル北へ譲れば保存が可能であるということで折衝いたしておりましたが、すでにこの地区につきましては工事が進められてしまいまして、この保存が困難になっております。なお側道を操車場の敷地内につくるということで、その側道部分の調査を実施しておりますが、従来までにかめ棺百七十個を検出されておりますが、その地区につきましては側道の設計を変更いたしまして、その地区の保存を図るというような措置を指導しております。 それから横隈山遺跡につきましては、一昨年の段階でございますが、全面保存ということで先生からも御要望がございましたし、土地の買い上げ等についても御助言があったわけでございますが、これにつきましては、現地と種々協議を重ねました結果、全面保存は非常に不可能であるということで、重要な部分でありますところの前方後円墳一基と、それからピット群のありますこの二地点の保存を図ることに結論としてなりまして、その後発掘調査を実施いたしまして、整備を計画をしておるところでございます。 それから種畜場のございます三沢遺跡につきましては、遺跡を残して遊歩道建設を行うよう県の万に指導いたしております。以上でございます。
○吉田分科員 水城と装飾古墳について答弁が漏れております。
○内山政府委員 装飾古墳につきましてまず申し上げたいと思いますが、わが国には二百基以上の装飾古墳がございますが、そのうち大部分は九州にございます。特に北九州にございます。東日本の一部にもあるわけでございますが。そのうち、三体のうち四十七件が国の史跡の指定になっております。四十七件のうち十九件は福岡県にございます。これらの装飾古墳の保存対策につきましては、根本的な検討が必要であるという状況でございまして、ずいぶん以前から開口しておるものがほとんどでございますので、顔料が剥落したり、あるいは退色したり、微生物が付着をしたりというようなことで、あるいは人為的な……。
○吉田分科員 そういうことは後で出てきますから、あなたから説明聞かぬでもいいです。対策です。
○内山政府委員 そこで、根本的な対策を講ずる必要があるということで、先生御承知のとおり、四十四年から四十七年にかけまして、科学的な研究をしていただくために、装飾古墳保存対策研究会というのに委託をいたしまして、福岡県教育委員会の協力を得まして、考古学あるいは保存科学、土木工学等の見地から検討をしていただいております。その結果がまとまりましたので、これを近く印刷にして、今年度中には関係方面にも配付したい。そしてその結果の成果に基づきまして、来年度から、福岡県所在の装飾古墳につきましても措置を講じてまいるよう地元の方でも計画をしておりますので、国の方でも前向きにこれについての助成等について検討いたしたい、このように考えております。
○吉田分科員 過去の経緯はここで余り言おうとは思いませんけれども、文部大臣に申し上げたいのは、前、二つ問題にいたしました小郡市の二つの遺跡、それを、二つあるいは二層になっております遺跡について、新幹線の一レール、五十メートル移せば大半が残せる、そこでそういう具体案を出して、これは現地に調査をしております者が言い出してくれた方法でございますから、そこで取り上げた。そうしたら、これはそのときの清水という文化庁の次長ですが、国鉄本社と五十メートルずらすことについて申し入れをして協議中でございますと、あたかもずらすことが文化庁の申し入れによってできるような答弁がされました。ところが、いまのお話のとおり、それもだめだ。側道だけ。 それから小郡の横隈山遺跡については、公有地の拡大の推進に関する法律を適用して、公園地としての公有地、これを先買いするならば地方債は認めてもよろしい、こういうように自治省にそのときに言わせた。だから、市の方に連絡をいたしましたけれども、文化庁と県の教育委員会が、全面買収をしたって裏づける金はありませんよ、県や市はそういう裏づけをいたしませんよと言うものだから、これも破壊してしまった。そして残っておるのはたった二つ。前方後円墳が一つ、それから取り巻いておりました溝が一部残っているだけ。それを評して西日本新聞は皮肉に、「お粗末な文化行政を象徴する典型的なシンボル」、あるいは、「保存面積を極限まで切り詰めたため、もはや前方後円墳とは言えなくなった。弱腰の文化財保護行政と開発行政の利益追求の結果生まれた奇形児」、こう言って新聞に書いている。これが日本の文化財保護行政の実態であります。 そこで私は、そのときに、施行者に調査費を出させる、小郡の横隈山遺跡については西鉄不動産に調査費を出させる、それから筑紫野市の新幹線操車場設置に伴います門田遺跡あるいは中原古墳群等の調査費を国鉄に出させると言う。しかし、施行者に調査費を出させれば、早く調査を終わって施行ができるようにというように働くのは当然でしょう。ですから、そういうのは施行者に負担させないで、国や県で出したらどうだ、こういうことを言ったのですけれども、その後これをがんとして変えようとはいたしておりません。その結果が、次から次にかけがえのない文化財がなくなっていっている。 そこで、私は文部大臣に申し上げることですけれども、この間、中国の壁画展をごらんになりましたか。ごらんになったらおわかりだと思いますけれども、あれは漢と唐だけだったと思いますけれども、あれだけの古墳の壁画がほとんど完全に近い形で模写されて日本に持ってこられた。いわば古い文化財の保護状態の中国における実態があそこに出ているわけです。私は、西安の近くの、人間の最初の遺跡だと思われます半坡村を、一遍ですが見る機会が与えられました。そのときに、日本の遺跡の保存状態は、登呂等についてどうだと聞きましたら、問題になりませんと日本の文化関係の人が言っておりました。 これは、野鳥をつかまえてきて鶏に仕上げる段階、あるいは野猪をつかまえてきて豚に飼育をする始まり、そこに人間の最初の文化がある。亡くなった子供をほうっておきますと野獣に食われるからかめをつくった。その素焼きのかめが人類の最初の文化財だと私は思うのですが、その遺跡が上屋をつくって完全に保存をされております。これは中国だけではありません。高松塚古墳と同じようなものが北朝鮮にもございます。それから北朝鮮の文化財保護の状態は新聞で見ました。あるいは韓国でさえというと失礼かもしれませんけれども、慶州の保存状態等を九州の資料館で見ました。日本が一番おくれておる。一番お粗末。そしてあえて言うならば、地方の文化だから、あるいは先住民族が、先におりました人たちがつくった文化、あるいは伝わってきた文化、そういうことだからかとも思いますけれども、ほとんどほったらかし。そして問題として取り上げても、その保存のために全力を上げるということがなされない。具体案を提示してまで、たとえば操車場を五十メートル移せば大半がとれるじゃないか、あるいは公有地の拡大の推進に関する法律を適用されれば、公園地として買い上げたいというのだから、買い上げる地方債は自治省は認めるというのだから、そういう具体的な方法まで指示して申し上げるのだけれども、それを文化庁が推進にならぬ、あるいは県の教育委員会、文化課が取り上げぬというのは大変悲しいことだと思います。 それで横隈山遺跡のことについては、昨年の臨時国会で質問ができなかったときに質問主意書を書きましたら、多少先ほど読み上げましたような皮肉を交えておったせいかもしれませんけれども、木で鼻をくくったような答弁。私は、文化行政について、伝達をするなり、あるいは質問主意書なり、あるいはこうして質問しますのもそれに力を入れてもらいたい、少なくとも外国に負けないだけの文化財保護行政をやってもらいたいと思って申し上げるのですけれども、どうも馬の耳に風といったような実態でございます。 それで装飾古墳についてお尋ねをしてまいるのでありますが、ことしの予算にたくさんつけたという話。ところがそれは従来問題になっておりました明日香その他の土地の買い上げ費用を計上された。装飾古墳については、先ほど言われました装飾古墳保存対策研究会調査報告が、四十七年まで続けられたと言いますが、四十七年か八年かにはできておる。それを公表はされてない。公表されてないで、そしてその成果が九州なり全国に散らばります装飾古墳の保存のためには役立たないで、皮肉にも高松塚古墳の壁画の保存のためには役立ったようです。これは参考にされたようです。しかし、装飾古墳の保存のためには何ら役立てられておりませんから、これも装飾古墳の白書をつくった榊君と私が参りまして、文化庁にせっかくでさておる調査報告は公にして、その装飾古墳保存のために役立ててもらいたい、印刷をしてもらいたい、こういうことを申し上げて、やっといま予算か計上されて印刷にかかるという段階なんです。こういう文化行政のお粗末さに対して、文化行政を担当しておられます文部大臣として、私は永井さんだから特にこの機会に申し上げるのですけれども、どう考えておられるか、文部大臣の所信を承りたいと思う。
○安達政府委員 大臣からお答えいただきます前に、一応私どもの従来の考え方を多少説明することをお許しいただきたいと思います。御指摘になりました横隈山遺跡の問題でございますが、これにつきまして、先生から大変御熱意ある御提案等をいただきまして、私どももそういう線で進んだわけでございますけれども、問題点は、いわゆる遺跡、史跡的ものの中心的な部分と、それからそれを取り巻くところの環境の保護の問題、この二つが絡んでおるわけでございます。私どもの立場から申しますと、重要な遺跡はあくまでも保存するという考え方にはあくまでも変わらない、かたい決意で臨んでおるわけでございますが、この環境全体の保存ということになりますと、私どもの手だけでは及びがたい点でございます。したがいまして、広い地域にわたりますところの史跡の指定等は、私どもの現在行っておりますところの保護の対象としては、広きに過ぎるということでございまして、そういうところにまで土地の買い上げということはできない、そういう部分については、公園地にするなり、あるいはその他の緑地化するということは、他の行政の中でやっていただかなければならないということでございます。 それについては、何と申しましても、地元の考え方、地元の熱意というものが中心になるわけでございまして、その点につきまして、地元等にもわれわれとしての考え方を申し上げたわけでございますけれども、それについての地元の体制が整わないというようなところで問題があったわけでございまして、われわれといたしましても、私どもの力の及ぶ範囲内におきましては、十分に努力をしているところでございまして、たとえば熊本県の塚原古墳等につきましては、この点がうまくいった点でございます。 それから装飾古墳につきましては、先生が非常に御熱意を持って、この問題に御関心を寄せられ、また実践的な面でも御協力いただいていることを大変感謝をいたしておるわけでございますが、文化庁といたしましても、この北九州を中心とするところの六世紀前後の装飾古墳の対策につきましては、従来から、壁画の模写、あるいは環境整備の上での問題、あるいは土地の買い上げというようなことで、できるだけの努力はいたしたところでございますけれども、問題は、この古墳を、壁画をいかにして守るかということは、あくまでも科学的な根拠に立って、科学的な方法の上に基づかなければならないということで、この三年間にわたりまして検討をしていただいたわけでございまして、この検討が出ました段階におきまして、五十年度におきましては、総事業費で三千万円程度、その半額の補助等も考えまして、五十年度からそういう科学的な根拠に立った保存対策を計画的に始めてまいりたい、こういうことでございますので、その点をひとつ御了承いただきたいと思います。
○永井国務大臣 先生御指摘になりましたように、私は、わが国の文化財の保護の問題は、今後一層強化していかなければならないと思っております。私の理解いたしますところでは、戦争の後、非常に開発ということに力が注がれましたが、そういう方向以外に、古い文化財、これを保護していくという考え方が出てきたところに文化庁発足の意味もあったと思います。それでさらに、昨今、わが国の開発のあり方それ自体も問われてくるようになりましたから、そういう意味において、文化庁が一層前進すべき時期に来ていると思います。 しかし、ただいま長官がお話し申し上げましたように、文化庁としてでき得る範囲というものはかなり限定されておりますけれども、しかし、そういう変化の時期でございますから、私は、この古墳の問題に限らず、関係官庁との協力を一層強化いたしまして、この文化財の保護というのは、いま諸外国の例を挙げられましたが、私も中国の壁画を見ましたけれども、これから一層文化行政の上で、文化財の保護、これについて文化庁を中心に努力をいたしてまいりたいと考えております。
○吉田分科員 まあ文化庁長官も、立場上、努力をしているという、半分言いわけ、半分説明をなさるお気持ちもわかりますが、五十年度に三千万円というお話でございますけれども一それは時間がございませんからやりとりはやめましょう。 それで、いままで質問をいたしました中で、施行者の開発が優先をして文化財が犠牲になっている。そこで、かけがえのない文化財のことですから、文化財優先の政治に切りかえるには、施行者に調査費を負担させるというのは、私は何といっても納得ができません。それを変える御意思はないかどうか、大臣に伺います。
○安達政府委員 大臣からお答えいただきます前に……(吉田分科員「一々大臣の前に発言をして牽制しなさんな」と呼ぶ)まあ実態を御説明さしていただきたいと思います。 文化財と開発との調整の問題は、非常にむずかしい問題でございまして、私どもの立場から言えば、あくまでも文化財の保護の優先を第一方針としておるわけでございますけれども、他の公益のことを全く顧みないということは許されないと思うわけでございまして、私どもといたしましては、関係者間での十分な協議の体制を確立したいということが第一点でございまして、こういう協議体制の確立の上に、できるだけ計画の前に事前によく協議をするということをぜひ実現をしてまいりたい、こういうように考えておるのが第一点でございます。 それから発掘調査の費用の負担の問題につきましては、現在、法体制等もはっきりいたしておらないわけでございまして、私どもといたしましては、この原因者負担の考え方を一つの考え方としております。これについては、いろいろ御指摘のような問題もございますけれども、公社とか国鉄とか、そういうような公共の機関の場合には、やはりこの経費はその公共の機関に負担をさせるということが当然であろうと思うわけでございまして、民間の機関におきましても、これに準ずるような大きなものにつきましては、開発の責任に負わせるということも現実的であろうと思うのでございますが、そうでない中小のような場合におきましては、これはやはり県の負担において国が補助して、公共の費用において発掘調査をする、こういう方針でできるだけ進めたいと思う次第でございます。
○吉田分科員 時間がございませんから、いままでの方針の説明はいいです。まあ大臣にお尋ねをし御意見を承っておるのですが、さっきお話の中に、文化財の保護自身と環境の保存との調和という話がありました。それで、さっきの新幹線の操車場の問題について言いますと、五十メーター移すことによって民家を何軒か取っ払わなければならない、その補償費がたくさんふえるからということで移転をすることをやめたのです。ですから、この原因者負担ということには問題があるという点はおわかりいただけると思いますので、その点はひとつ考え直していただきたいと思います。それから、時間がございませんから装飾古墳についてだけ申し上げますが、そこに書いてございますからそれをお読みいただいて、後で対策を立てていただくことにいたしますが、この装飾古墳白書を報道機関は全部取り上げてくれました。各新聞は、朝日も毎日も、それにここに西日本もございますが、それから民放も、九州朝日放送、RKBその他取り上げてくれました。ごく近くNHKが取り上げて放映してくれるそうでございます。 この「装飾古墳白書」というのは、文化庁の何らの援助も受けておりません。あるいは県の教育委員会の援助も受けておらぬ。個人としては受けておる分があると思いますけれども。これは私どもも協力いたしましたが、いわば純然たる私費で、そうして民間団体の装飾古墳を守る会で調査をして、これだけをつくり上げました。そしてこの表紙の裏の見開きのところにも書いてございますけれども、岡本太郎さんや松本清張さんや、そういう人たちも見て、「高松塚ばかり手厚く保護して、このような素朴だけれども僕のいう人間的な芸術に充分な保護対策を講じないのは間違っている」、こう言って、文化行政に対してちくりと批判もございます。松本清張さんは「国民は忘れられたこの地下の原始芸術に、もっと眼を注ぐべきだ」と言われておりますが、注ぐべき方策については、これは今後報道機関も取り上げてくれると思いますが、そこに対策がうたわれておりますか、古墳を密閉をして、この中に書いてございますが、珍敷塚古墳といったような典型的なものについても、四十四年と四十五年の間には、写真で見ればわかりますけれども、もう荒廃ぶりが目に見えております。それから国の指定がございますけれども、竹原古墳、これは一番いいと言うけれども、そこにも「大木の樹根が石室の石組みに入り込み、風のため石室に震動を与え、石室崩壊の原因になっている」と言われている。装飾古墳全体が荒廃をしていて、これは消え去ったものもございます。消え去ったものは復元のしようがございません。そこで速やかに密室にするように、そのほか空気の直接流入を防ぐように、あるいは白カビが生えないように殺菌剤を使うように、その他いろいろある。科学的なと言われますが、調査をした結果も印刷もせられない。あるいはその一つでもいいから取り上げて、五十年から実施しようという姿勢があるなら別問題です。幾らか要求をされたそうですけれども、装飾古墳の対策としては私はゼロと聞いている。文化財保護の中ではございますけれども、文化庁においては、それが専門の機関ならば、速やかに対策を講じて、予算的に措置をする基本対策を文部省として決められるべきだと思いますが、ひとつ文部大臣の最後の御見解を聞いて質問を終わります。
○永井国務大臣 ただいま御指摘のように、非常に重要な装飾古墳の問題というものに、私たちは本当に積極的に取り組んでいかなければならないと思います。先ほどから白書をいただいて私も見ているわけですが、なお十分勉強いたしまして、できるだけの努力をしたいと考えております。
○北澤主査代理 これにて吉田法晴君の質疑は終わりました。 次に、正森成二君。
○正森分科員 まず最初に文部大臣に学校、特に義務教育学校においては、校内で生徒が先生に対して暴力をふるう、あるいは生徒間で暴力をふるって授業が十分に行えない状態はもってのほかで、これはいろいろな手段を講じてそういう不正常な状態を改めなければならないというのはもう教育以前の問題だ、こう思いますが、いかがですか。
○永井国務大臣 全く同感でございます。
○正森分科員 ところが、大阪の浪速区の難波中学校におきましては、去年の特に十月以降私が申しましたような状況が発生して、授業が十分に行えないという状況が続いておるわけですね。 そこで、警察当局に聞く前に、文部省がその実情をどういうぐあいにつかんでおるか、それに対する対策をどういうぐあいにしておるかを伺いたいと思います。
○安嶋政府委員 お尋ねの難波中学の問題でございますが、大阪市教育委員会の報告によりますると、この難波中学におきましては、四十九年の五月ごろから、一年生を中心といたしまして、学校や先生の指導に対する不満が高まりまして、校内で器物損壊等のトラブルが起こるようになったということでございます。このために、学校におきましては、生徒の不満を解消いたしますために、昨年の十月の当初から一年生全員を対象とする学年集会等を開催をいたしまして、生徒との話し合いを行いまして事態の改善に努めてきたということでございます。その前後に、生徒が教師に対して暴力をふるうという事件が発生したということでございます。 大阪市教委におきましては、十月九日以降、指導主事を学校に派遣をいたしまして指導をいたしました結果、生徒も次第に落ちつきを取り戻して、授業も正常化してまいったということでございます。 文部省におきましては、かねてから生徒の健全な育成を図るために生徒指導の充実を図るという施策をいろいろな形で進めておるわけでございますが、ただいま大臣からも御答弁申し上げましたように、いやしくも静かであるべき学校の中において暴力事件が発生するというようなことは、きわめて遺憾なことでございまして、今後このようなことがないように、十分指導してまいりたいというふうに考えます。 なお、このことにつきまして、私どもが事件を知りましたのは十月九日でございますが、大阪府教委、市教委に対しまして事情を聴取いたしました。また十月の十八日には正森先生から法務委員会でお尋ねもございまして、それを受けてさらに府教委、市教委等と接触をし、事情を聞いたのでございますが、暴力事件があるということを知りましたのは十二月の当初であったかと思います。その調査の内容につきましては、十二月十九日に予算委員会におきまして、村上弘委員の質問に対しまして文部大臣からお答えをしたわけでございますが、その後三学期に入りまして、学校もかなり平静を取り戻し、校長も更迭をいたしまして、一応平常な状態に返っておるというふうに理解をいたしております。
○正森分科員 一応平常な状態に復しておるなんと言うのはとんでもないことでありまして、私が後から申しますけれども、警察当局はどいうぐあいにつかんでいるか、ごく簡単に説明してください。
○山下説明員 大阪府警察本部から報告のありましたのに基づきまして簡単に事実を申し上げますと、昨年の八月ごろから所轄の浪速警察署に匿名で電話がございまして、難波中学で先生がなぐられているらしいというふうな申告があったのでございます。それに基づきまして、校長先生に電話で確認いたしましたところ、事実でありますけれども、校内のトラブルであるので学校内で措置をいたしますというふうなお答えがございました。 その後十月に入りましてからさらに情報として先生が生徒に暴行を受けて病院で治療を受けているという連絡がありまして、警察におきましては町の病院を調査いたしましたところ、五人の先生が治療を受けておるという事実がわかったのでございます。先生がけがをされたというような事実でございますので、早速捜査に取りかかったのでございますが、五人の先生のうち四人の先生は、教え子のことであるから、けがも大したことないのでということで御協力をいただけませんで、一人、一番けがの多かった先生が協力をしていただきまして、その先生のお話の内容によりまして、八人の生徒が九月二十四日にその先生に暴行を加え、けがをさしたという事実がわかったのでございます。 警察では、この八人の生徒に逐時父兄同伴で警察署に来てもらいまして、事実の調査を進めております。大半の調査を終了いたしましたので、近くそれぞれの生徒の非行性の深度に応じまして、悪質なものは検察庁を経由して家庭裁判所に送致をし、的確な保護の処分が加えられますように措置を進めているところでございます。
○正森分科員 一人だけ調査に応じたという先生の負傷はどのぐらいですか。
○山下説明員 報告によりますと、加療四十日ということになっております。
○正森分科員 いま加療四十日ということでございますが、実際は文部省はどうつかんでおられるか知りませんが、その後も暴行を受けて、公傷だということで現在でも学校に出てきておらない。九月に負傷を受けて現在も出てきていないのですから、大変な重傷であります。また五名ということでありますが、われわれが調べたところでは、名前も全部わかておりますし、非行生徒もわかっておりますが、子供ですからあえて名前は言いませんけれども、八名の先生が、それも一回でなしに重複して暴行を受けておるという事実があります。私は、この原因についてはまた後から申し上げますけれども、その暴行の態様を見ると、警察当局でさえ四十日と言われる先生などは、机の上から、このごろテレビであるような、飛びけりだといって、いきなり飛びついて足でばんとけるということを繰り返しやり、そして後頭部を含めた頭を、本人の供述では百回以上だと言っておるのですけれども、そういうぐあいにぶん殴られて、そして耳が半ば聞こえなくなり、頭がふらふらしてぶっ倒れる。そうすると、こいつまだ死んでおらない、こう言ってまた殴るというようなことをやられたということは、警察は恐らくつかんでおると思うのですね。そして初中局長は、現在では正常化しておるという意味のことを言いましたが、とんでもない。私はこの二月二十三日に、質問をするために、難仮中学校の父兄十数名に集まっていただいてお話を聞きました。そうすると、前の日の二月二十二日に、二十歳を少し超えた女性の先生が、自分のクラスによその生徒が入ってきておったので、自分のクラスに帰りなさいと言ったら、いきなり後ろからライターで女の先生の髪の毛に火をつけて女の先生の髪の毛は後ろがぽうっと燃えてしまった。私にその実情を訴えたいけれども、二十過ぎの妙齢の女性ですから、恥ずかしい、そう言って同僚の先生が私にそれを伝えたという事実があるのです。何が正常化ですか。 また、私が調べたところでは、この難波中学には出席薄がないのです。なぜないか。職員室に生徒がどかどか入ってきて、出席簿を引きちぎって全部持っていってしまったから出席簿がないのです。職員室に行くと、先生の机の上に何も置いてない。引き出しにも何も置いてない。なぜか。生徒がとことこ入ってきて先生の机の中の物を全部持っていってしまう。教科書さえこの間までなかった先生がいるのですよ。先生の出席に名札をひっくり返すところがある。その名札も持っていかれる。気に入らない先生の分だけ持っていく。そこで、もう一度つくり直して全部やるとまた持っていく。気に入らない先生の分も含めて持っていくようですから、今度は学校は、仕方がないから全部それを取り外してしまった。ある父兄が廊下を歩いておると、向こうから先生が作業服を着て来る。作業服を見ると、ポケットに、ぞうきんが入っている。先生、ぞうきんをポケットに入れて何をするのですかと言ったら、ぞうきんを教室に置いておいたら、ぞうきんまで持っていくんだ、だからぞうきんをポケットに入れているんだ、これが二月現在の実情ですよ。授業なんか行われていないです。行われているというところも、プリントをやらしているだけなんです。実際の正常な授業は行われていない。 だから、一年生が一番ひどいのですけれども、二年生の父兄でもこう言っている。国語はまだ教科書が百ページ残っておる、算数は八十ページ残っておる、どうするのだ、こういう状況なんです。そして転校をさせる父兄がどんどん出てきている。義務教育ですから転校なんかしたくない。私立へやるとずいぶん金がかかるから。しかし転校させたいということで、一年生ですでに三十一名転校しているのです。ところが、私立学校へ入れればいいけれども、入れない場合にはなかなか転校できないから、そこでどうするということで、先生がある子供を見ていると、しょんぼりしている。なぜかと言ったら、お父さんとお母さんが離婚をして、男の子は父が引き取り女の子はお母さんが引き取るというかっこうで区役所を了承さして離婚する、そこで子供はしょんぼりしておるということさえ起こっておるのです。 この三月には進学がありますけれども、難波中学へは四つの小学校から進学する。そこで、有名な、文部大臣も御存じでしょう、五十億五千万円かけたという栄小学校、同和教育の本拠であると思われているところでも、九十七名の卒業児童のうち十八名は難波中学へ行きたくない、よそへ行く、こういうことを言っておる。立葉小学校では六十五名のうち四十八名が行きたくない。塩草小学校では五十五名中五十二名が行きたくない。これは全部区域内ですよ。調整校の元町小学校に至っては、四十七名の卒業生のうち一人も行きたくない、こういう現状です。初中局長の認識というのは、甘さも甘さも砂糖を幾らなめたかと思うぐらい甘い、こういうように言わなければなりません。そういう実情についてどうするつもりです。文部大臣の御答弁をいただきたい。
○安嶋政府委員 私の言葉が多少足りなかったかと思いますが、私は先生には一応正常化したというふうに申し上げたわけでございますが、市教委の報告によりましても、一月以降毎日指導主事を学校に派遣をいたしまして、教師の教科指導、生活指導について補強、助言をしておるということでございますから、まだ問題は残っておることはこれによってもわかるわけでございます。今後さらに、こうした事態が完全に正常な状態にするように十分指導を加えていきたいと思います。 さらに、御指摘のございました事実関係につきましては、私どものほうといたしましても、できるだけ調査をいたしたいと思います。
○正森分科員 私はここに現場を写した写真も持ってきましたけれども、生徒が暴れ回るものだから、こういうぐあいに学校の器物が損壊されて、学校の中でたき火をするから、たき火で焼けた跡がある。押し入れなんかはこういうぐあいに壊れてしまっている。これは一体何の写真だと思いますか。授業中に三階から子供がといを伝わって下へおりてエスケープするのです。それをとめられない。これを見てごらんなさい。こんな危険なかっこうです。これを先生がとめられない。気に入らない先生は差別者だ、日共だ、こう言って暴行をふるう、こいつまだ死なないというまで暴行をふるう。女の先生の髪の毛をライターで焼く。だから何にも言えないという状況が起こっているのです。 そこで、部落解放同盟正常化のお母さんが、あんまり危ないから、この写真を写した。見てごらんなさい。それで、命が危ないからこんなことをするな、こう言ったら、それからは、そういうことを言うてくれるお母さんが来たら、日共が来た日共が来た、また写真写されるぞと言って、そのときだけはやめる。そんなことが一体義務教育だと言えますか。これが私立の高等学校だとかいうなら、まだ行かなくてもいいことだけれども、義務教育というところは、そこへ行かなければいけないのです。そこでこういう状況が起こっている。文部省はそういうことを是正すると言いますけれども、一体どう是正するつもりです。
○安嶋政府委員 難波中は、御承知のとおり大阪市の設置する学校でございますし、所管は大阪市の教育委員会でございますから、大阪市に対しまして各種の指導、助言を行いたいということでございます。教育委員会の所管する学校でございますから、その学校の責任においてこの正常化を早急に進めていただきたいというふうに考えます。文部省が具体的にこの学校に対して直接の措置を講ずるということは困難かと思います。
○正森分科員 そんなことはわかっておりますけれども、文部省には指導、助言の権利もあるし調整権もあるでしょう。ですから、そういう異常な状態が起こっておるのに対して、具体的にどういうような指導、助言をなさるのかと言っているのです。
○安嶋政府委員 先ほど申し上げましたように、大阪府教委、市教委の指導関係の担当者を招致をいたしまして事情を聞くとかあるいは、その聴取した事情に基づいて指導を加える、その際にこういう措置を講じたらよかろうというようなことを申しておるわけでございますので、そうした方法によって今後とも努力をしてまいりたいというふうに考えます。
○正森分科員 すこぶる不得要領な答弁ですけれども、中学校でこういうことが行われるのは、文部大臣、実情をよく知ってからいろいろ指導、助言をしてほしいのですけれども、幼稚園、小学校から問題があるのです。この浪速区の難波中学校というのは、解放会館がある部落解放同盟朝田派の本拠中の本拠ですけれども、そこでは、これを見てごらんなさい、これは浪速区にある第一保育所なんですけれども、いたいけな幼児です。こう手をやっているでしょう。何をやっているかというと、「狭山差別裁判糾弾」、こう言っているのです。ここに録音テープがあります。ここでは言わないけれども、幼稚園からこういう教育をしているのです。そして浪速区の青少年会館というのがあって、そこで“子ども会”というのをやっている。大阪市が指導員を出している。そこではどういうことをやっているかというと、ここに運動会の実行委員会の要領が書いてあります。箱でだるまさんのようなものをつくるんですね。だるまのように運動会で走りますね。そこに字が書いてある。何と書いてあるかというと「寺尾裁判長」、これは狭山裁判の裁判長ですね。それから「天皇」「機動隊」「日共」、こういうのが書いてあって、これに対して玉入れの玉をぶつけて、こういう憎いやつを早く倒したものが勝ちだという運動会をやっている。「天皇」に「寺尾裁判長」に「機動隊」に「日共」、こんなことを小学校からやらしておって、それが入ってくるから一年生が一番悪くなっているのです。二年や三年生より一年生が一番悪い。なぜかというと、こういう教育を受けた者が入ってくるからです。一体何事ですか。 しかも、この先生の言うておるところを見ると、子ども会は「これらをやり切るために、日共の差別性を中心に解放学習をやっていく」、こう書いておるんですね。「これらのこと」というのは、彼らが日共だと目している先生あるいは指導員をやっつける、こういうことなんですね。 こういうことが、公費で賄われておるような、そういうところで行われていくということがいいと思いますか。それに対して、教育の中立性を守るために何かをしなければいけないというふうに思いませんか。
○永井国務大臣 私は、これは申すまでもないことでありますが、学校教育において暴力が用いられるということは、絶対に排除しなければならないと思います。とりわけ義務教育、そういう場においてこの原則を貫くべきことは申すまでもございません。さらに、教育の中に党派的な要素があるといたしますならば、これもまた絶対に退けなければならない問題だと考えます。 そこで、具体的ないまの大阪の問題でございますが、これについて、私たち文部省といたしましては、いまの二つの原則というものに基づきまして、まず、ただいまいろいろ重要な事実の御指摘がございましたが、私たちといたしましても、大阪市教委を通しまして、一層事実というものの調査に努めるようにいたしまして、その調査に基づいて、初めに申し上げました二つの原則が貫かれて、そして暴力のない、党派的でない義務教育というものが行われるように指導、助言をしなければならないと考えております。
○正森分科員 私は、こういう教育には大阪市自身が非常に責任があると思います。大阪市同和対策審議会のいろいろの答申を見ますと、こういうことが書かれているんですね。「差別の肯定されている社会において、教職員も客観的には差別者としての立場にあるという自覚をもつことなく教育を進めている現状である。このことが、同和教育の推進をはばむ重要な要因の一つになっている。」つまり、教師は初めから差別者だ、そういうことを自覚していないからぐあいが悪いんだ、こういうことを大阪市で言っておるのです。そこで、どういうことが行われているかというと、一部の教師は、仲間に対する暴力と敵に対する暴力とは性質が違うということを子供たちに教えているのです。仲間というのは自分たちの子供たち、敵というのは教師だ。そしてある小学校の先生は、教え子を集めて、難波中学というのは差別教育をやっているんだから行かなくともいい、何かあればおれのところへ言うてこい、こういうことを言っている。そういうようなことが積み重なるからいろんなことが起こるんですね。そして差別者だと言われている人は、本当に差別しているのかというと、そうじゃない。子供たちが授業時間中によそへ出ていく、よそのクラスの子が入ってくる、いろんなことで授業ができないからそれに注意すると、自分たちの思いどおりにならない先生は全部日共だ、差別者だ、こういうことになっているのです。私は、実際に共産党でも何でもない父兄に集まってもらって、血の出るような叫びを聞いてきたから、あなた方よりよく知っている。そしてこういうことが起こっているのです。 よい子供が、余りひどいから、先生の言う方が正しいじゃないか、こう言ったら、おまえ、なにええかっこしとるねんというので、これらの人にあとでトイレへ連れて行かれて、土下座をして暴行を受けた、だから私たちは言いたいけれども、先生言えないんだ。差別者だと言われている先生に、いい子はこう言って、申しわけなかったと言っているのです。 またこういう例がある。非行グループに入っていたということで初めて父兄が呼ばれて、その父兄はそんなこと知らなかった。そこで、先生の前でお母さんが、自分の子供を涙を流しながらたたいて、いい子になってくれと言ったら、その子もなるほどと言って、それから少しよくなったのです。そうすると、その非行グループとされている人は、おまえ何だ、ええかっこして、こう言って、せっかくよくなりかけたのがまた悪くなっている。これが実情です。 私は文部省に、こういう問題について本当に厳正な態度をとっていただきたい。また警察庁、私は何も子供たちを全部刑事処分にしろというようなことは言いませんけれども、しかし十四歳以上になれば、もう刑事責任が一定の範囲内である。大部分は十五歳、十六歳の少年です。したがって、余りの非行をやり、先住にも傷害を与え、子供たちにも傷害を与えるというような人は、やはり通常の厳正な指導、補導をしなければならない、こう思うのですが、それについてどう思いますか。
○山下説明員 非行グループの学校の中で起きる問題につきましては、教育の場で御指導いただくのが基本的な態度でなければならぬと思うのでございますが、ただいま先生御指摘のように、非行度合いの進んだ子供もございますし、また多くの問題が粗暴的な非行グループによって行われているのが実態でございますので、私ども警察といたしましては、学校とより一層緊密に連携を保ちながら、そうした非行グループを早く発見をいたしまして、解体補導をしてよい子供への悪影響を防いでまいりたい、こういうふうに考えております。
○正森分科員 時間がございませんので、もう一点だけ質問します。 私は、去年の三月八日にも、この分科会で大阪市立大学のいわゆる解放同盟の委託学生の問題について伺いました。前の奥野文部大臣から、そういうようなやり方というのは教育基本法の原則に背くものであるという基本的な回答をいただいております。しかし、その後依然として、解放同盟関係の子弟を医学部あるいは法学部、特に医学部がその的になっておるわけですが、別枠入学をさせろ、こういうことを言うてきておりますが、一体これが教育基本法や大学の自治の関係から見て許されるのかどうか。その後の進展はどうなっておるか。文部省の態度はいかがか、簡単に答えてください。
○井内政府委員 大阪市立大学におきまするいわゆる委託学生の問題につきましては、四十八年の十一月及び四十九年の二月、大阪市立大学に対しまして部落解放同盟大阪府連合会から、同和地区における医師の定着不足を解消するために大阪市立大学医学部に地区からの委託学生の進学を考えてほしいという要請があり、これに対しまして大学側は、委託学生の内容が明らかでない、それから十分な検討期間がないということで、四十九年度は実現できないと連絡をし、本件に関しまして、その後同大学の医学部で検討をしたようでございますが、医学部におきましては、教育の基本に触れる重大な問題であるということで、現在全学の問題として検討をしておるというふうに聞いております。なお、五十年度の入試に当たりましては、特別な要請はないというふうに聞いておるところでございます。 本件に関しましては、ただいまも御指摘ございましたように、先生の御質問に奥野大臣が答弁をいたしておりますが、委託学生の意味は必ずしも明らかでありませんが、大学入学者の選択が、受験生の能力、適性をそれぞれの大学の目的、教育方針、教育内容に即して公正かつ妥当な方法により判定すべきものであり、特定の受験生を特に有利に取り扱うというようなことは、入学者選抜のあり方から言いましても、教育の機会均等の観点から見ましても、原則として認めるべきものではない、かように考えております。
○正森分科員 結構です。そこでもう一つ伺いますが、この委託学生の問題に絡んで、解放同盟が中心になっている矢田診療所などでは、救急患者が出ますと、大阪市立大学の付属病院等へ、優先的にいつでもベッドをあけて待っておけという要求を突きつけて、それが現在実施されております。ところが同病院では、百五十名の待機患者があって、普通の人は一カ月、二カ月待たなければ入れない。ところが、その地域の診療所から送られてきた患者だけは、あろうがなかろうがいつでもベッドをあけておく、そして言うてくればいつでも入れる、こういうことが実施されております。私はここに資料を持っております。時間がもう一分ですから申しませんけれども。だれしも命が大事だし、だれしも医者に早く診てもらいたい。そういう場合に、百五十名も入院待機患者があるのに、ある地域の者だけは必ずベッドをあけておって、言うてくればすぐ入院させられるというようなことを一体公立の付属病院がやっていいのかどうか。答弁を承りたい。
○井内政府委員 本日の御質問がございますので大学の方にも電話で照会いたしたのですが、大学付属病院におきまして患者を入院さす場合、担当医師の診断に基づいて、入院を必要とする患者について予約を行い、ベッドのあき次第入院させるということが基本であることは当然でございます。ただし、患者の症状等により至急を要する場合には優先して入院させることがありますが、大阪市立大学付属病院において、それ以外に特別に同和地区の患者を優先的に入院させる措置はとっていない、こういうふうに私どもの方へは一応報告をいたしております。
○正森分科員 とっていないということは、そういうこともさせないという意味ですか。そうじゃないですよ。私はここに、矢田診療所や芦原病院からの患者が出たらどういう手続で優先入院させるかという資料まで持っておる。また私は、大学病院関係者に会って、つい最近ですが、確かめてきておる。ですから、もしそういうような御答弁でやっておらないと言うなら、本当にやっておらないように指導できますか。やっているのをやっていないなんてうそを言うのは、もってのほかだ。やっていないと言うならやっていないように、実際にそういうことをさせないということでなければならぬと思うのですね。そういうことはどうですか。ちゃんとできますか。
○井内政府委員 私どもが市立大学の付属病院に確かめましたところ、ただいまお答え申し上げたようなことでございましたが、なおいま先生のお話で、実情の把握につきまして指導をやってみたいと思います。
○正森分科員 時間ですから終わらせていただきます。
○北澤主査代理 これにて正森成二君の質疑は終わりました。 次に、近江巳記夫君。
○近江分科員 きょうは非常に限られた時間でございますので、何点かにしぼってお伺いしたいと思っております。 まず初めにお伺いしたいことは、いま非常に社会問題になっておりますいわゆる企業の採用取り消しの問題でございますが、前途有望な青年の夢を打ち砕くような、そういう採用取り消し問題というものは、非常に私は大きな問題であろうと思います。非常に深刻な問題でございまして、文部省としても、全国のそうした大学あるいは短期大学、あるいはまた一部高校にもそうした問題が出ておりますが、どのように実数を把握なさっておられるか、まず初めにお伺いしたいと思います。
○井内政府委員 文部省は、大学、短大の全国的な組織が八つございますが、八つの団体でその状況の取りまとめをしていただいておりますが、その結果によりますと、二月二十五日現在、六十六の大学で二百二十二名、三十六の短期大学で五十七名、合計百二の大学、短期大学で二百七十九名の学生が採用内定の取り消しを受けたという報告を受けております。また、企業から自宅待機の措置の通知を受けておりまする学生は、大学、短大を合わせて百七十七校、千五百三名という報告を受けておる次第であります。
○近江分科員 この八団体で全国すべての学校は掌握できているわけですか。
○井内政府委員 大学、短期大学につきましては、国公私立全部がこれで組織されております。
○近江分科員 大学、短大で二百七十九名、自宅待機が千五百三名。これは、先ほども申し上げましたように、若い青年にとりまして非常に大きな問題であろうかと思います。私も、商工委員会等におきまして、通産大臣にもその問題を質疑をしまして、早速通産大臣の方から通達も各企業に出されたようでございます。労働省からも同様の措置はおとりになっておられるようでございます。そこで、この学生を教育なさっておられる全責任のある文部省とされまして、この問題はきわめて深刻な問題であろうかと思います。労働省、通産省はそうした措置もとっておりますが、大臣として、この件につきましていかなる所感をお持ちでございますか、また、今後どういう対策をおとりになるか、御答弁いただきたいと思います。
○永井国務大臣 文部省といたしまして、この問題については、卒業を前にして内定を取り消された学生の立場というものを考え、きわめて遺憾であると思います。そこで、この実情の把握に努めまして、労働省と緊密に連絡をいたしまして、これに対して善処する努力を続けているところでございます。 労働省は、御承知のように、すでに日経連などの経済団体その他業種別の団体に対して、内定取り消しを回避するための努力を講ずるよう要請しておりますが、われわれはこの労働省と緊密に連絡をとって、そういうことがなくなるように、やはり同じ立場でこの問題に対して善処する努力を続けている次第でございます。
○近江分科員 労働省から通達をお出しになるというのは、これは当然筋論であると思います。しかし、こういう深刻な状態になってきておりますし、文部省としても、企業等に何らかの働きかけといいますか、そうした点の処置をおとりになる気はないかどうか。
○永井国務大臣 私どもも、経済団体の方々と会ってこの問題について議論をすることも考えておりますが、しかし、そのほかに、高校段階につきましては、通達をすでに出しております。
○井内政府委員 ただいま大学、短大の関係につきましては、先ほど申し上げました八つの団体が寄り合って、この実態の把握に努めておりますが、三月の初旬に、八つの団体との会合を持ちまして、これは、就職時期をいつからにするかという問題を早急に意見を調整する必要がありますので、大学、短大の八つの団体の関係者と文部省とで会合もやる予定にいたしておりますが、その際におきましても、ただいまの問題につきましても、さらに詳細な実情等も承りまして、労働省の方との密接な連携を一層強めてまいりたい、かように考えております。
○安嶋政府委員 ただいま御指摘の問題は、高等学校に関しても非常に大きな問題でございまして、私どもが把握しておりますところでは、二月十日現在、高等学校卒業生の採用内定の取り消しは、四十五件、二百四十四人ということになっております。これに対しまして、ただいま大臣からもお答えを申し上げましたが、二月四日付で初中局長名で各都道府県の教育委員会及び都道府県知事に対しまして、「新規学校卒業者の進路指導の徹底について」という通達を出しております。これに先立ちまして、労働省では、すでに各企業あるいは都道府県の労働主管部局に通達をお出しになっておるわけでございますが、私ども、教育関係につきましても同じような措置をとりまして、事態の解決に万全の努力をするよう指導しておるところでございます。
○近江分科員 これはそれぞれの所管があろうかと思いますけれども、やはり第一義的にはこれは文部省かと思います。前途ある青年の夢を本当に打ち砕く、社会に対する大きな不信感を植えつける。またこれは、現実に青少年に大変大きな動揺も与えております。確かに、不況であるとかインフレの問題、複雑な、深刻なそういう社会情勢もわかるわけでございますが、しかし、こうした青少年の大きな前途にかかわる問題でありますし、今後ひとつ、文部省が中核となって、関係各省、また、あらゆる機関に積極的な働きかけをしていただきたい。 〔北澤主査代理退席、主査着席〕 そしてこの種の問題については、速やかに解決もしていただくし、また今後こういうことが起こらないようにやっていただきたいと思うわけです。この問題につきまして、まとめとして大臣から決意をお伺いしたいと思うのです。
○永井国務大臣 御趣旨全く同感でございますから、関係官庁と協力をいたしまして、この問題に対し善処するよう努力を傾けたいと考えております。
○近江分科員 次に私は、人口急増地の問題につきまして、お伺いしたいと思っております。 まず初めにお伺いしたいのは、いわゆる学校教育施設の用地補助の問題でございますが、昭和四十九年度につきましては百四十四億九千万円、昭和五十年度につきましては百九十四億四千万円が計上されておるわけでございます。しかしながら、地方公共団体の用地取得に関しまして、この建設予定校の数が多いところほどその配分が切られておる、従来こうした傾向が非常に強いわけでございます。特に今年度、昭和四十九年度もいよいよ末でございますけれども、特にそういう傾向がひどかったように思うわけでございます。 そうしますと、来年度という問題になるわけですが、同様の結果というものが想定されるわけでございますが、やはり建設予定校の数が多いということは、それだけ深刻な状況であるということを十分御認識いただきたいと思うのです。その点、今後どういう心構えでやっていただけるか、お伺いしたいと思います。
○今村(武)政府委員 人口急増地域の小中学校のための用地の取得が大変なことは、先生のおっしゃるとおりでございます。したがいまして、昭和四十六年以来、土地について特別の補助金は出さない従前の例を破って補助金を出すようにしたわけでございますし、その後、予算の金額、内容等についても改善を図ってきたところでございます。 今年度の問題については、目下申請者と折衝して配分の内容を考慮中であり、まだ決定はいたしていないわけでございますが、今後もこのような事態が続く勢いがございますので、今後の事態を考えながら、来年度の予算に対処しなければならない、さように考えております。
○近江分科員 この適正配分ということにつきましては、十分配慮をしていただきたいと思います。 それから、このいわゆる足切りの問題ですね。私はいつも分科会で申し上げておるのですが、六〇%から六五%ということになりまして、それは評価するわけであります。しかし現実にまだ三五%という線がございますし、しかも補助率三分の一ということになってまいりますし、さらに、こうした急増地というものは、最近地価の上昇というものはやや横ばいという感じにもなってきておりますが、しかし非常に高額な価格でございますし、やはり実情とは相当大きな開きがあるわけでございます。したがいまして、単価の平均等にしましても、平米当たり二万五千円から二万八千五百円と、こうなっております。確かに地域によっては差をつけておられることもわかるわけでございますが、まだまだこの現状から見ますとほど遠い。いままでなかった制度を、四十六年でしたか、発足しまして、この点も評価はいたしますが、さらににひとつ、今日地方財政がそういう危機の状態でありますし、これが大きな圧迫になっておりますので、この足切りの問題、さらに単価アップの問題等につきまして、お考え方をお伺いしたいと思うわけです。
○今村(武)政府委員 いわゆる足切りの問題でございますが、急増市町村だけでなくて、急増市町村以外の市町村でも、土地を購入しておるという事態はあるわけでございます。それとの均衡において、以外の市町村を超える限度のものについて補助金を出すというのが均衡のとれた考え方であろうと思います。そういう意味で、昭和四十六年度解消率を四四%といたしまして、足切りの割合いが五六%であったわけですが、それを漸次改善をいたしまして、三五%足切りというところまで持ってきた努力は評価していただきたいと思います。 なお、配分に当たりましては、この単価が全国一律のものではございませんので、実態に応じて、最高、最低、相当な幅をもって配分をいたしております。たとえば、すでに確定しておる四十八年度の実績について申しますと、最高の単価が十三万円、最低の単価が千六百円、こういった平米単価でございまして、現在の単価を実態に即しながら配分していけば足りるのではないかと思っております。それにもかかわらず、この問題は今後の事態とともに研究していくべきものだと思います。幸いにして、いま地価がだんだん鎮静しつつあるということは、先々いい見通しがあるのではないかと考えておる次第でございます。
○近江分科員 現在、いわゆる総需要抑制という名のもとにおきまして、非常に金融の引き締めが浸透しております。この学校用地の先行取得に関しまして、非常に各自治体は困っておるわけでございます。 それで、いわゆる金融機関の選別融資という問題ですが、よい意味での選定がなされなければならぬと思うわけであります。非常に急増いたします児童に追いつかず、途方に暮れているというのが実情じゃないかと思うわけです。ある市におきましては、市民債を発行しようというようなところまで——これは法的にもいろいろな問題があろうかと思いますが、非常に追い詰められた状態にあるわけです。この種の問題については、文部当局としても、また自治省あるいは大蔵省がそれぞれ協議なさって、その辺の対策についてはお考えであろうかと思うわけですが、大蔵省としても通達等もたびたびお出しになっているということも聞いておるわけですが、実際にはこの実効が上がってないわけです。そういう点で、今後の対策としまして、いわゆる三省協議においてどういう対策をおとりになるか。きょうは大蔵省もお見えになっておられるわけですから、大蔵省さんからもお聞きしたいし、文部当局からもお伺いしたいと思います。
○今村(武)政府委員 所管外のことにわたりますので、十分説明できませんが、文部省から働きかけたという限度において説明さしていただきます。 石油ショック以来、政府が当面の緊急対策として、融資の抑制を四十八年の十二月からはかったということは、当時の情勢からしてやむを得なかったところだと思います。そのため、地方開発公社等の学校建設事業資金の需要が抑制されました。四十八年の例でございます。そこで、学校建築のための資金繰りが困るという話がいろいろございましたので、文部省といたしましては、四十九年五月−十月にかけて、都道府県教育委員会を通じて、学校建設の資金の需要状況について調査いたしました。その結果、確かに困っておるという実態が明らかになりましたので、文部省では、大蔵省の銀行局に折衝いたしまして、抑制の対象ではございますが、学校建築に関する資金需要に ついては選別融資対象にしていただいたわけでございます。そして、その後の事態の変化によりまして、四十九年十二月二十五日、つい先ほどでございますが、大蔵省銀行局長から「銀行の大口融資規制について」という通達が出されましたが、その中で、学校建設に関する資金の問題は、規制の対象から除外していただいたというような形でございます。 文部省から見たことでございまして、必ずしも正確ではございませんが、以上のような動きをしたことでございます。
○廣江説明員 児童生徒急増地域におきます財政負担の問題につきましては、文部省の方から、財源の問題と本年度の施策、五十年度の施策実施方法等の問題につきましていろいろ御説明があったところでございますが、財政的に振り返ってみましても、この問題につきましては、四十六年に先生御質問の用地費の補助を特に開始いたしまして、用地費はもともと起債で処理すべきところじゃないかと思いますが、ここに、児童生徒急増市町村におきます財政対策といたしまして、四十六年から五十年までの施策といたしまして、それを実施いたしております。そのほか、建物の補助率のかさ上げだとか、超過負担の解消というように、ほとんど連年にわたってやりました。なお、交付率につきましても、四十九年度の一〇%引き上げ、それから五十年度のさらに五%引き上げというような形で努力いたしておるわけでございまして、そうした点で財政の立場を御了察いただきたいと思います。 なお、最後に、金融の問題についての御質問でございましたが、この問題は、昨年暮れにも先生から直接お伺いした記憶もございまして、私自体は主計局でございまして、担当が違いますけれども、銀行局方面にもお伝えさせていただきたいと思います。
○近江分科員 先ほど申し上げましたように、銀行におきましても、企業等のそうした要請も非常に強いというような中で、確かに現場においては金が学校用地の取得については出てないわけですね。これは現状なんです。先ほど大蔵省さんは、銀行局にもその旨を伝えるということをおっしゃっておりますし、この旨につきましては、十分ひとつ徹底ができるようによくお伝えいただきたいと思うのです。結果が出なければ、幾らこのように問答しておったって仕方がないわけですから、切実な問題でありますので、十分ひとつ努力をしていただきたいと強く要望いたしておきます。 それから、私は大阪でございますが、特に大阪府下の急増地域の状況を見ておりますと、これは全国的だと思いますが、校舎におきましてもプレハブ等が漸増いたしております。それでこの単価の問題でありますが、五十年度予算につきましては、建築単価が小中学校舎で八万一千四百円、幼稚園が四万九千七百円、このようになっておるわけです。ところが、四十九年度の急増団体の実施単価を見てまいりますと、すでに九万三千二百六十二円、このようになっておるわけです。今日、地方自治体が非常に超過負担にあえいでおるわけでございますが、これ以上自治体を逼迫させるということはもうできないと私は思うのです。この点、いわゆる実情に合ったアップが必要である、これはいつも言われておることでございますが、この際、確認をいたしておきたいと思うのです。
○今村(武)政府委員 単価の問題について、地方公共団体の方が実際にかかった単価を基礎にして私どもにお話がございますが、資料を突き合わせて精査いたしますと、補助対象外になっておる経費を算入したり、あるいは標準的な施設以上の、言葉は悪いですが、端的に言うとデラックスな施設をした単価を計算したりして、文部省の資料と突き合わした場合に、その辺は国が一定の基準でもって補助金を出すのと見解の相違が示されることがございます。 単価につきましては、いま先生の御指摘のようなぐあいに、五十年度の予算単価につきましては、前年度、前々年度に比して相当大幅な単価の改善がなされ、私自身は、この配分に当たって、配分よろしきを得れば、いわゆる超過負担なしに配分ができるものと考えております。ただ、従前と違う点は、共通の単価を全国どのような分布を持って配分するかということにかかっておりますので、その点は今後十分研究させていただきたいと考えております。
○近江分科員 配分の問題でそれは解決するとおっしゃっていますが、それは違うのですよ。現状から見ますと、確かにいま局長は、対象の問題であるとか、あるいはデラックスだというふうなこともおっしゃっておりましたが、私もそれは全国は知りませんけれども、少なくとも私たちの周辺を見まして、そんなデラックスなんて感じるところはどこもありませんよ。現実にプレハブで子供たちは本当に苦しんでいるわけですね。建った校舎にしたって本当に質素な構造になっております。そういうデラックスというのを一度見せてもらいたいと思います。 それから対象の問題にしましても、それを拡大をしてもらいたいということは常に申し上げているところです。ただ、文部省として予算の関係でそれを締めておるということだけでありまして、現状は当然それは必要な項目なんです。それをあえて押さえて、ただ対象が補助対象になっておらないとか、いろいろおっしゃっていますが、子供たちの健全な勉強していくための環境づくりという点からいけば、当然これは必要な対象なんですよ。ですから、対象の拡大とかそういう問題につきましても、十分今後はひとついまのようなお考え方から脱皮をして前進をしていただきたいと思うのです。そうでないと、これでいいんだという硬直化した考えであれば、これはどうしようもありませんよ。その点はひとつ考えていただけますか。
○今村(武)政府委員 担当の局長として現状が常に最善であると思っているわけはないわけでございます。事態は常に変化いたしますので、変化する事態に対応して考えていかなければならぬと思います。ただ、私が先ほどのような発言をいたしましたのは、大阪の事態もございます。その地域においてはそれが最も妥当なものであるかもしれません。しかし、また全国のばらつき、バランスというものも考えてみなければいけませんし、また文部省の担当の局長としては、自分の担当の範囲だけを見るのではなくて、社会体育施設、社会教育施設、それとの兼ね合いもまた考えて、文部省として、全体としてバランスのある施設の単価、面積、予算等の確保に努めなければならぬと考えておる次第でございます。決して先生に逆らって御意見を申しているわけではございません。
○近江分科員 文部省としまして、現在のこの高等学校の問題でございますが、特に急増地域におきましては高校建設が非常に大きな問題になってきているわけです。御承知のように、この高校建設については何ら補助がないわけですね。今日のこの自治体の状況を見ますと、どこの府県を見ましても、これは大変な状態に来ているわけです。 大阪で限って申し上げますと、大阪府下で毎年二十校の高校の設置がなければ間に合わないような状態です。全国レベルでいきましても、これは大変な数に上ろうかと私は思うのです。今後さらに進学率を考えますと、いまやもうすでに全国平均でも九〇%を上回っておる。もうほとんど全入しなければならないというような状態になってくると私は思うのです。 そういう現状から見まして、この高校建設がいわゆる補助もないというようなことでありますと建設が間に合わない。そうなってきますと、中学浪人ということも考えられるわけです。これは、子供たちの今後の教育を考えますと、非常に大きな問題かと思うのです。それで、その点は文部省さんもおわかりになって、昭和五十年度公私立高等学校の新増設建物の整備事業として七十億三千六百万円予算要求されたわけですが、全額削られた。これは自治体としましても大きなショックを受けているわけです。今年は非常にむずかしいかと思いますけれども、いずれにしても、これは政府の責任におきまして、この高校建設という問題につきましては全力を挙げていただきたいと思うのです。きょうは大蔵省さんも来ておられますし、これは本当に大蔵省さんけしからぬと私は思うのです。あなた方も、台所の中でやりくりなさっておる、その御苦労もわかりますが、少なくとも教育というものは一番大事な問題です。一番力を入ればければならない問題です。それをこんなにばっさり削るということは許せませんよ。一体、大蔵省はどういう考えでおられるかということを、私はお聞きしたいと思うのです。また、それを実現できなかった文部省は、努力の足りなかったことにどういう反省をなさっておられるか、私はお聞きしたいと思うのです。そしてまた最後に大臣に、この問題についてどういう決意で今後臨んでいかれるか。大臣は最後の締めくくりで結構でございますが、時間もありませんので、大蔵省さん、局長さん、それから大臣、それで私は質問を終わります。
○今村(武)政府委員 高等学校の増設の問題が全国で局地的に問題になっておるということは、先生のおっしゃるとおりでございます。昭和三十九年度から四十年度へかけて、戦後のベビーブームが全国に押し寄せた事態とは違う事態でございます。 それから大阪のことを中心にして御発言だと思いますが、大阪におきましては、従来の教育委員会の方針もございまして、高校の数が一般的に言って、他と比較してやや足りなかったということもあろうかと思います。したがいまして、いろいろな事態が起きておるわけでございます。だからといって、私どもが決して高校増設に対する対処の方針を怠っていたわけではなくて、四十八年度、九年度、五十年度と、漸増ではございますが、地域的には大変な事情が起こっておりますので、それに対処すべく三分の一補助、七十億の補助金を要求したわけでございます。全体の規模としては二百十億の事業費を考えておりました。それに対しまして、予算折衝の結果、大蔵省、自治省の非常な協力もございまして、三百億の起債の枠がほぼできたわけでございまして、高等学校以下については、地方公共団体が財政の責任を持つという従来の方針を踏襲しながら、枠としては文部省の期待以上の財源措置をしていただいて、その財源措置によって当面の急場はどの府県においてもしのげるものだと考えております。
○廣江説明員 私どもも、高等学校教育の重要性ということは十分に承知しておるわけでございますが、基本的には、高等学校の設置、運営に関します経費につきましては、高等学校教育が地域住民に対します教育サービスの提供であるという事柄の性質上、先ほど局長からお話がございましたが、従来から原則として地方債及び地方交付税による財源措置をしてきている。今後とも基本的にはこの方針を堅持するのが適切かと私は考えております。 そこで、五十年につきましては、人口の社会増等に伴い高校新設が必要であるということを考えまして、先ほど御答弁がありましたように、四十九年度の地方債の五倍に当たる三百億円を計上して財源措置に遺憾なきを期しておる次第でございます。また、この起債措置にかかります地方負担分及び後年度の元利償還にかかる財源につきましては、これは自治省で御検討になっておることでございますが、地方交付税の基準財政需要算定上配慮されることになっておると思っております。
○永井国務大臣 ただいま政府委員から申し上げましたように、昭和五十会計年度につきましては、申し上げたような方法によりまして、人口急増地域における高等学校の新増設、この財源というものを確保して需要に応じるようにしていかなければならないと思っております。 ただこれは、管理局長からも申し上げましたように、全国的なベビーブームによる学校増設というよりも、人口急増地域における問題でありますから、今年をもって終わるのではなく、今後もその地域における人口急増というものがありますから、私たちといたしましては、まず人口動態の今後の推移というものを十分に見守っていく。次に高校進学の率というものが今後どのように動いていくかということも十分に把握していく。現状におきましては、志願者のうち高校に入り得ない者が二%ございます。九八%は入学いたしておりますが、この数字というものをよく検討いたしまして、長期にわたって人口急増地域における高校進学希望者の希望がかなえられますような計画を進めていきたいと考えております。そして、そのために大蔵当局とも十分話し合いながら、今年のみでなく長期の方法というものを確立していくように努力したいと考えております。
○近江分科員 もう時間がありませんから終わりますが、地方債というのはあくまで借金でありますし、大蔵省さんの根本的な考え方をひとつ大臣にも報告していただいて、よく御検討いただきたいと思います。この点だけを要望しまして、私の質問を終わります。
○前田主査 これにて近江巳記夫君の質疑は終わりました。 この際、暫時休憩いたします。 午後零時二十一分休憩 ————◇————— 午後三時二十分開議
○山本(幸雄)主査代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。寺前巖君。
○寺前分科員 今日、保育所から高等専門学校までのいわゆる学校管理下にある生徒の災害発生件数というのは、昭和四十八年度を見ただけでも六十五万二千七十九人に達しており、これは交通事故の死傷者数七十八万九千九百四十八人に迫る非常に大きな災害の状況になっておる。死亡事故も年間には二百二十八件にも達するという時代になっています。要因はいろいろあると思います。私は、きょうは、学校の施設の問題について聞いてみたいと思います。 東京都の荒川区の六中という中学校で、昭和四十四年十一月十四日、当時中学校二年生であった沢谷由美子さんという人が、女子の体育授業中、ハードルテストを実施中、危険防止のためそのハードルの高さを十五センチメートル下げて六十センチとし、また、ハードルの間隔も六・五メートルとして、そうして授業をやったところ、第一ハードルを越えて、第二ハードルを越えようとした際、足をつく前に頭部から落ちて死亡したという事故がありました。ところが、この学校の運動場を見てみると、アスファルト舗装になっているのであります。沢谷さんのお父さんの裕市さんは、私の娘は活発な子で、思い出しても涙が出てくる、私は、その後、いまだに六中に行ったことがない、行くと思い出すからだ、あのアスファルト舗装という問題はどうなんだろうかと、ずっと思い続けてこられました。 荒川区においては、その後、四十六年の五月に小学校六年生の羽島という子供さんが、やはりアスファルト舗装の瑞光小学校でございますが、授業時間中に倒れて、そうして亡くなられるという事故が起こっております。 私も国会議員になって東京にやってきて、幾つかの学校へ行って、運動場がアスファルト舗装してあるのに、当時びっくりしたものです。あんなところで子供が果たして伸び伸びと育つことができるのだろうか、こんな運動場のままでいいのだろうかとそのときに思いましたが、しかし、いまとなっていろいろ見てみると、かなりアスファルト舗装をめぐっていろいろ問題があるように思うのであります。 この沢谷さんは、昨年の三月、ついに思い余って一日も早く運動場の改善をしてほしい、そのためにこのような運動場をつくっている区が憎たらしいと言って、そうして訴訟を起こされているのであります。 そこで、私は東京都へ行きまして、一体全体どういうふうに学校の運動場がなっているものだろうかと思って、二十三区の実態を調べてみました。幼稚園では三丁二%がアスファルト舗装になっています。小学校では二〇・五%が、中学校では二・八%がその舗装になっております。このような運動場を、文部省としては一体いいと思っておられるのか、あるいは改善しなければならないと思っておられるのか、第一点、そのことをお聞きしたい。 第二番目に、あわせて、いままでどのような指導をしておられたのか。今後どのようにしようとしておられるのか、その方向についても聞きたいと思います。
○諸沢政府委員 お答え申し上げます。 校庭をアスファルトにしておくという場合に、特に小さいお子さん、その安全管理の上でけがをしやすいというような問題もあろうかと思います。ただ、それぞれの学校において、校庭をアスファルトにするのか、あるいはいわゆる土のままにしておくのか、あるいは芝等を植えてこれを緑化するのか、いろいろ考え方があろうと思いますし、また、そのやり方は、その地域の実情あるいは校庭の広さ、子供の人数等々によって、一概に芝がいいとかアスファルト舗装しない方がいいとかいうふうにも言えない面もあろうかと思うのであります。アスファルト舗装しますところは、校庭の水はけとか、そのほかいろいろ考えて、設置者においてそういう施設をするということであろうかと思います。そこで、文部省といたしましては、従来も、校庭については、舗装をしなさいとか、あるいはするなとかいう指導はしていないわけでございます。 ただ、かねてから学校環境の緑化という点につきましては、そういうことが可能な学校につきましてはぜひ緑化を進めてほしいという意味で「学校環境緑化の手びき」というような手引書を出しまして、芝植え、あるいは植樹等のやり方につきまして指導をし、それを奨励しておるわけでございますが、それはいま申しましたように、緑化をすることが可能な広さとか、あるいは地域の実態とか備えておる場合にやっていただける問題であって、一律全面に緑化をぜひしろというわけにもいかないというのが実態でございます。
○寺前分科員 私はちょっと無責任だと思うのです。私はどういうものにしなさいということを聞いているのじゃない。アスファルト舗装というのはよいのか悪いのかということを聞いているのです。私は非常に危険だと思うのです。伸び伸びと育てる上においては問題があると思うのです。だからこれについて調査をし、一定の結論を出す必要がある。アスファルト舗装にかわるものは幾つかいろいろあるだろう。それはそれで研究する。問題はアスファルト舗装というのがいいのかどうか。 私は文部大臣に聞きたいと思うのです。私の手元に、もうすでに四年も前になりますが、東京の港区の教育委員会の資料があります。ここではアスファルト舗装がいいのかどうかということで、他のものに変えたところの調査をやっております。港区の三光小学校、ここでアスファルト舗装をやっていたときと、アスファルト舗装をやめて、ここではウォークトップという舗装に変えたときと、その実態について一年間調べてみました。養護日誌の記録を調べてみたら、このような結論が出ております。昭和四十三年のことです。養護日誌によると、一日に訪ねてくる人が、アスファルト舗装のときには、一年間を通じて平均値が一・九人あった。ところが、ウォークトップ舗装に変えたら、何と三分の一の〇・六になった。日誌を全部計算してみたらそういう記録まで出ているわけです。私は真剣に、アスファルト舗装はどうなのか、この問題について調査をして速やかに結論を出すということは、きのう、きょうに行ったところの舗装じゃないから、当然のごとくにやるべきだと私は思うのです。調査し、研究し、結論を速やかにやる、そうして改善方向の研究をやるべきだ。私はいまのようにああやこうや言うているのは無責任だと思う。大臣の見解を聞きたいと思います。
○永井国務大臣 ただいまの、アスファルトよりウォークトップというのですか、これに変えたときの方が非常に事故数が減っているという事実の御指摘はきわめて重要であると考えます。したがいまして、私たちはこういう問題を一層検討いたしまして、そして事故が少なくなるようにしなければならないと思います。 他方、この事故の問題につきましては、ほかの統計上非常に注目すべき問題は、小学校ですと休憩時間が一番事故が多い。それから高等学校の場合には特別教育活動の場合に多いということも報告されておりますから、どういう活動のときにどういう場で多いかということもあわせて検討いたしまして、でき得る限り事故を防ぐというふうにしなければならないと考えております。
○寺前分科員 私は大臣に要望したいのですが、人の命にかかわる問題、しかも小さい子供さん、学校がそういう施設のままに放置されるということについては、これから育てていく親にとってはたまらないと思うのです。しかも、この事態がつくられてから、きのうきょうじゃなくして、何年も前からこの問題が現実になっておって、大都市では多くの部分にそれが存在しているとなったら、文部省として、速やかにこれに対する結論を調査し研究して出すというのは、私は常識的に考えてもあたりまえだと思うのです。それが、いまだにそういうことがされていないというその姿に対して私はたまらないです。私は再度文部大臣にお聞きをします。速やかに調査し研究し結論を出して、指導方向を明らかにする、これがやってもらえるかどうか、私は端的にそのことを聞きたいと思うのです。
○永井国務大臣 これは人命にかかわる問題でございますから、私たちは御趣旨の線に沿って速やかに取り組みたいと考えております。
○寺前分科員 あわせて私は不思議でかなわないことがあります。高等学校を設置をしようというときだったら、高等学校にはこれこれの大きさの運動場という、認可基準にちゃんと運動場がある。私は当然小学校でも中学校でも、体育の教育というのが正課でちゃんと存在している以上は、ほかの学科と同じように、運動場というのはやはり一つの教室だと思うのです。この一つの教室である運動場をなぜ補助の対象にしないのだろうか。補助の対象にして、もっと大切に運動場というのを見るというふうにすべきじゃないのだろうか。私は、そこに何らかの基準が、認可上というのか、設置上というのか、補助の基準というのか、運動場問題というのは大切にしてもらう必要があるのだけれども、これがないというのは一体どうしたことなんだろう。私は、文部大臣にこれはぜひとも検討してもらえないだろうか、このことをひとつ聞きたいと思います。 もう一つお聞きしたいことは、人口急増地域については、用地を確保しないことには学校がつくれないというところから、いま用地を補助対象にするようにしています。ところが計画では、五十年度でもうしないということになるのか。やはり用地問題というのは大切な問題だから、引き続いてやるという方向で考えているのか。私は運動場をめぐって二つの問題について聞きたいと思います。
○今村(武)政府委員 小中学校の運動場の面積がどうあるかについて基準が制定されていないのがおかしいという御議論でございます。一つの御意見だと思います。ただ、小学校、中学校は無限にございますし、そしてそれには、それぞれ地域の実情に即しまして現実に運動場があるわけで、それはいまから変化するわけでもない、そういうことでございまして、この運動場の面積について一定の基準を設けることはなかなかむずかしかったので、従来それに深く取り組まなかったということが現在の結果であろうと思います。 それから次の御質問は、人口急増地域における用地の取得に対する国庫補助について、四十六年以来五十年まで五カ年を限って国庫補助をするという臨時の措置が五年前に設けられたわけでございますが、それは急増市町村における土地の取得が困難であったという事実にかんがみまして、例外的な措置をとったわけでございます。五年間という時間を限ったわけでございますから、一応打ち切るというのがたてまえでございますけれども、五年前の状況と現在の状況とを勘案いたしてみまして、なお五年前のような状況があれば、五十一年度の予算要求に対して新たな判断をしなければならない、かように考えております。
○寺前分科員 それもまたはっきりしない話なんだね。人口急増地域でいま用地取得が困難な事態があればと言って、現実に起こっていると見ているか見ていないのか。何ではっきりしないのだろうか。現にまだまだむずかしい状態が起こっていますよ。土地問題が一番むずかしいのですよ。だから文部省としては、これは現実にまだ引き続いてやらなければならないというふうに判断しているのかどうかというのが私は大きな問題だと思う。その判断を第三者的に、あればなんと言うことは、その点でも無責任だ。 それからもう一つ、運動場の問題でも、ちゃんとほかの教室と同じように補助対象として検討してみる必要があるのじゃないだろうか。運動場というものをもっと大切に、建物をつくるときだけが補助の対象というのではちょっとおかしいのじゃないだろうか。運動場という教室の問題も考えてみなければいかぬのだろう、私はそのことを聞いている。認可の対象として検討してみる必要があるのじゃないだろうか、これは大臣に聞きます。この二点について。
○今村(武)政府委員 小中学校の運動場について認可の対象になるかというお話でごございますが……(寺前分科員「認可じゃない、助成の」と呼ぶ)私は指導的な基準をつくる必要はあると思いますけれども、従来、地域の事情によって広狭さまざまあり、そうしてまた土地は余り動かないもので、変動も少ないものであるので、いまさら基準をつくってみたところで、大都市の中で広げることもできませんので、いろいろな事情があって現状に至っておるのでございますという事実だけを説明いたしました。 それから、土地購入費に対する国庫補助金の問題につきましては、私個人、現在の立場においては、これは継続されるように努力すべきものだと思っておりますけれども、五十一年度の予算については、予算編成の時点において省内で意見を言って、大臣の御決裁を得なければ文部省の態度としては言っていけないような仕組みになっておりますので、その時点において十分判断をいたしたいと申し上げたわけでございます。
○寺前分科員 私は、具体的には五十一年度予算を要求するときの話だから、それはそのときにならなんだらまたあれだけれども、文部省として、五年で打ち切るという性格の段階に来ているのかどうかという判断は、やはり要ると思う。現実的にそうでないならそうでないということをはっきり言うて、物事をはっきりしなければいかぬということを言っている。だから、現にある学校を補助のどうのこうのと言っているのじゃなくして、運動場というものを補助対象にしないということがおかしい、やはり補助対象にすべきじゃないか、いままでしてなかったということはおかしいのと違うか、ほかの教室の問題は問題になるけれども、何で体育の教室としての運動場の位置づけをちゃんとしないのかということを私は聞いておる。大臣、御理解をいただくでしょうか。だから、さきの運動場問題と関係してくるのですね。運動場という問題に対して、補助の対象として大切に育てるのだという観点が私はほしい。そのことを御理解をいただいたならば、ひとつ大臣からもう一度お答えいただきたい。
○永井国務大臣 運動場が非常に重要であるということについて、私全く同感であります。ただ、管理局長が申し上げましたように、大都市の中におきまして、現在非常に立て込んだところにある学校の運動場というものを、簡単に左右できないということは御理解願えると思います。そこで、今後学校というものができていくときに、運動場をどうするかという問題については十分検討して、そして体育というものに役立っていくように心がける考えであります。
○寺前分科員 時間の都合もありますので、次に移らしてもらいます。 スポーツ振興によって定義づけられている国民体育大会ですが、先日の国民体育大会の開催及び参加についての通知を見ても、国体は各都道府県ごとに選出された選手が参加して行われる国民のスポーツ祭典であるときちっと定義づけられていると私は思うのです。ところが実際には、日本の一億の国民の中で、この体育大会に参加できるのはわずか三%か四%ということになるんじゃないでしょうか。体協加盟の組織人員でなければこの大会に参加できないという資格要件がある。歴史的な条件があることは私は否定はしません。だけれども、国民体育大会と銘打って行う以上は、広範な人々が参加をする資格を与えるというのは基本的なものでなければならないと私は思う。文部省として、今後この国民体育大会はあくまでも体協加盟の諸君たちを対象とするやり方でいくのか、広範な国民が参加できる条件の体育大会にしていくのか、基本的態度をお聞きしたいと思います。
○諸沢政府委員 結論を申し上げますと、この参加資格につきまして、御指摘のように、いまの国民体育大会の趣旨から考えまして、体協加盟の競技団体の登録者でなければ参加できないんだという制限につきましては、検討の必要があるんじゃないかというふうに私は考えております。 そこで、そのような実施要綱そのものでございますが、御承知のように、これは体協にありますところの団体小委員会というところで、この要網を決めておるわけでございます。この小委員には、各県の代表、あるいは文部省の代表、それからスポーツ界の代表等四十数名参加しておるわけでございますが、私は、この小委員会に対しまして、この点について早急に検討していただきたいということで要請をしておるという段階でございます。
○寺前分科員 私は速やかに改善を要求するとともに、あわせて、国民のスポーツ祭典は、やはり国民の日常的なスポーツ条件を保障するということと相関連する問題があると思うのです。一九七二年の十二月に保健体育審議会が答申を出しました。もうあれから三年余りですかになるわけですけれども、この国民のスポーツをする条件整備というのが一体どういうふうになっているんだろうか、進んでいるんだろうかどうかという問題です。 この間も青少年白書を読んでみますと、現代の若者の家の外での行動は、平日、休日とも友人との談笑や盛り場、商店街の俳回などが目立っておって、休日でも野球などスポーツする者はきわめて少ないという指摘があります。やはり条件整備がおくれているということが青少年白書の中でも指摘されているところです。地域に手軽に利用できるところの体育スポーツ施設は弱い。週休二日というのがいまもう日程の問題になっています。新聞にも出ていました、家でごろ寝されるようになったらかえって大変だと。私はそこにスポーツ施設の憂うべき不足状況というのを見なければならない。十二月二十三日に日本体育施設協会が公立のスポーツ施設の調査を発表しておりました。そこでもやはり、不足は目を覆いたくなるほどの数字が出ています。 国の最低限度を示す基準に照らしてみると、運動広場は住民一人当たり〇・六平方メートル、体育館は〇・〇三六平方メートル、プールは一万七千人に一つでなければという方向が示されているけれども、実際に現実の施設の状況というのは、一〇%ないし三〇%ぐらいにしか到達していない。これが、公立の施設の目標を設定した方向との関係で見るならば、到達点であります。私はこれはやはり非常に憂慮すべき問題だと見なければならない。そこで一つには公立学校の開放という問題も出てきます。だけれども、これはこれなりにまた問題があります。 そこで私は、このスポーツ施設の充足が進まない原因の一つにはやはり土地問題がある。土地の助成をしないことには、ここに莫大なお金がかかっているというところにむずかしさがあるんじゃないだろうか。だから、この問題について御検討なさっているのかどうか、どうしようとしておられるのか、それを一点聞きたいと思うのです。 それからもう一つお聞きしたいのは、国体の施設の問題です。国民体育大会開催基準要項細則という形で、国民体育大会をやる場合の施設の基準が提起されております。たとえば水泳の問題について見ますと、公認の五十メートルプールが一つ、十メートルの飛び込み台を備えたプ−ルが一つ、水球用プールが一つ、二十五メートル補助プールが一つというふうに、細則を見るとちゃんと出ているのです。たとえば公認の五十メートルプールといったら千二百五十平方メートル要るわけなんです。それ一つだけでそれだけが要るわけなんです。これで大会をやりますんじゃと片一方では言っている。ところが施設の助成ということになったら、どうなっているんでしょうか。国民体育大会であろうと、あるいはいろいろな形で施設をつくる場合でも補助対象というのはどうなっているかというと、一方文部省が出しておられる体育施設整備費補助金交付要綱の水泳のところを見ると、屋外の場合に四百平方メートルを限度とすると書いてある。屋内の場合は六百平方メートルを限度とすると書いてある。片一方で、大会をやるのにはぜいたくしなさんなという方向で、後々地域の人の役に立つような施設をつくりなさいと言うけれども、実際にそこでやるところの競技というのは、少なくとも千二百五十平米の公認のプールを一つつくらなければならぬわけです。それもやはり国体の基準の細則の中でぱっと指摘しているわけだ。それを持ちなさいと片一方で言っている。片一方では助成は四百平方メートルだ。これは矛盾していないでしょうか。 私は、国民体育大会を国のスポーツ振興法に基づいてやるというのだったら、競技用の助成というのはやはり特別に要るんじゃないだろうか。一般的助成とはちょっと違うんじゃないだろうか。競技をするときには競技用のこれだけの規模が要るというのだったら、やはりそれにふさわしい国の助成をする。この細則を出しておる以上は、いやでもおうでも自治体負担になっちゃうんだから、この細則をやり得るような国民体育大会に対する助成をやるとか、あるいは、こういうものを持っていないところには、特別な助成制度を別個に考えるとかして、一方では国民のスポーツ施設の充足をずっと追求しながら、一方では国民体育大会が地域住民の犠牲にならないように、しかも必要なことは国がめんどうを見ていくというやり方をすべきではないか。いまの国民体育大会の問題について言うならば、施設の補助のやり方を改善する必要がある。地方の一般的な問題では、土地の問題を検討すべきではないか、これが一つ。国民体育大会の場合の施設というのは、競技用に特別なものが要る。これの助成のあり方を特別に考えるべきではないか。 この際、あわせて、もっと一ぱい財政負担の問題について触れたいと思いますけれども、もうお約束の時間が来ておりますので避けておきますが、たとえば毎年の予算を、この間うちから千葉、茨城あるいは三重とずっと見ますと、どこの県の実行委員会でも、天皇さんの行幸啓ということの予算がちゃんとあって、国道や県道に要する経費というのがちゃんと載っている。天皇さんがわざわざおいでになる、国道、県道をそれとの関連で整備するという、こんな指導を一体やっているんだろうか。戦前だったらいざ知らず、このために県道をつくり、このために市町村道を整備していく、こういう予算の立て方、この面においても指導の改善をする必要があるんじゃないだろうか。 もっと一ぱい言いたいことがありますが、さしあたって三つの点についてお答えをいただきたいと思います。
○諸沢政府委員 体育館等、社会体育施設の建設に要する敷地の助成の問題を考えておるかというお話でございましたけれども、現在のところ、私どもは施設そのものの助成の充実ということを考えておりまして、土地については考えておりません。 次に、国体の施設の助成の規模の問題でございますけれども、御指摘のとおり、現在、スポーツ振興法に言う施設の補助は、プールで言いますれば、屋外の場合四百平米ということになっておるわけでございまして、国体等の場合に、五十メートルプール等をつくりますれば、補助の対象になるのはその四百平米まで、あとは単独事業でやっていただくという現実があるわけでございます。このスポーツ振興法の施設の助成は、国民の間にできるだけスポーツに対する意欲を持っていただくためにたくさんの施設を各地につくりたい、こういうような構想でやってきておるわけでございます。したがいまして、規模の大きいものにつきましては、いま言ったような点が出てくるわけでございますが、ただ、このような問題も、近年におきましては、いまお話があったような屋内水泳プ−ルであるとか、大型の屋内体育館でありますれば、床面積三千平米から四千平米の間のものを補助の対象にするというように、補助も逐次拡大してまいっておるわけでございます。今後、全国的な施設の整備状況、あるいは一般住民の要望、社会の要請、そういうようなこととにらみ合わせまして、効果的にこの施設の補助をするにはどういうふうにやっていったらいいかということは、御指摘の点も含めまして検討させていただきたい、こういうように思うわけでございます。 なお、体育施設の現状につきまして、非常にまだ整備が十分でない、数が十分でないということは、私どももそのとおりに感じておるわけでございますけれども、その実態につきましては、一般の公共団体がやるほかに、企業あるいは民間の団体等がつくっておるもの等もございますので、それらの実態を五十年度において悉皆調査をいたしまして、今後の整備の計画についてさらに検討をしてみたい、こういうふうに思っておるわけでございます。 それから、最後の国体の開催につきまして、各般の経費等地方財政にかなり大きな負担になるのではないか、この点はどう考えるかという御指摘のように聞いたわけでございますけれども、この点につきましては、昨年も、国体の開催基準要網改正の際に当たりまして、文部省としても、都道府県の実態に合わせ、できるだけ華美なことを避けて、施設なども、使った後は一般に使えるように、あらかじめ十分配慮してつくってもらいたい、あるいはできるだけ既存の施設を使ってもらいたい、その他地方財政の実態に応じた適切な規模の国体を行うようにということで指導をしてまいっておるわけでございまして、今後行います各県につきましては、そういう趣旨に沿ってやっていただけるものと考えておるわけでございます。
○寺前分科員 もう時間になりましたので質問というわけにいきませんが、最後に大臣から一言だけ。 国体の開催県は、やはりそれなりに競技用にふさわしい施設が要るのだから、それについては国がめんどうを見るという問題と、それから、行幸啓に当たってわざわざ県道をつくったり市町村道をつくるというようなやり方はいいというのかどうか、この点だけお答えいただいて、私は終わりたいと思います。
○永井国務大臣 ただいま体育局長から申し上げましたように、国体というのは過去に、相当はでにやるというか、そういう色彩が非常に強かったと思います。そこで、これからは、はでにやるというのでなく、地元の実情に合ったようにやっていくということを国体の方針としてとってほしい、こういうことを文部省としても要望いたしておりますので、いま問題になりましたような点、そういう方向で国体が今後発展していくことを望んでいる次第でございます。そういう形で国民のための体育というものが非常に盛んになっていくことが何よりも望ましいと思いますが、それの国の補助の方法につきましては、これまでもいろいろな形で補助しておりますが、これからの体育の姿にふさわしいように、私たちとしても一層努力をしたいと考えております。
○山本(幸雄)主査代理 これにて寺前巖君の質疑は終わりました。 次に、村山喜一君。
○村山(喜)分科員 私は二点ほど質問をいたしたいと考えております。 第一点は、私学に対する助成のあり方をめぐる問題でございます。 いまちょうど、それぞれ大学の入学試験が行われております。この中で私たちがいつも疑念に思いますのは、私学の合格者の場合には、入学金、授業料、寄付金という形で先取りを行っている。先取りを行わない大学は立命館大学ぐらいなものであるようでございまして、ほとんどの私立大学は先取りを行っている。これは学校法人の会計基準に基づきまして正当に報告がなされているものなのかどうか、その点について、まず担当の局長からお聞かせをいただければ結構だと思います。 その問題は局長から御答弁をいただくことにいたしまして、文部大臣の諮問機関になっております私立学校振興方策懇談会というのが四十九年八月二十一日に開かれておるわけでございますが、その内容を見てまいりますと、いろいろな意見がこれからの方策として出されておるわけでございます。その中で私立大学等に対する助成策というのがございまして、中を見てみますと、経常費補助についてというので、これには学生一人当たりの標準経費に学生数を掛けたものの二分の一を出しなさい、こういうような考え方で統一をされておるわけでございます。 ところが、日本私学振興財団の「昭和四十九年度私立大学等経常費補助金取扱要領」というのが決定をされているようでございまして、「四十九年十一月十一日理事長裁定」というのを見てみますと、特に「補助金の性格」というところに点線がふってございまして、これは「学校法人に対して経常的経費の一部を補助するものであり、個々の教職員を対象として交付する補助金ではない。」こういう考え方で思想が統一をされているようでございます。私立学校に対する補助のあり方という問題については、やはりそこに補助の配分の基準というものもなければならないし、また、公の支配に属さない教育事業等に補助金を出すことは禁止されているわけでございますが、今村局長が「文部時報」の昨年の十二月号の中でも述べていらっしゃいますように、危機に立っているその公共性を守らなければならないところに今日の私学の問題があるのだ、という訴え方をしていらっしゃるわけでございます。 そこで、私はそういう精神から、この前発表されました四十八年度の配分実績というものを拝見をしてみますと、非常に大きな格差があり、今日においてもすでに傾斜配分がとられているように受け取るのでございます。この前の資料によりますと、これは一月二十二日に文部省の方で新聞発表された資料でございます。四十八年度は、日本大学の二十二億八千四百二十二万九千円を先頭にいたしまして、十位まで挙げられた数字の発表がございました。私が知っている歴史の新しい新設の大学の場合等は、いろいろ当たってみますと、四百五十万円しかもらっていないという事例等もございます。 そこで、一体この私学助成のあり方の問題は、どういう角度から問題を取り上げてやられるのか。今度は質の問題を重視していくんだ、こういうようなことが言われているようでございますが、質を重視するというのは一体どういうような意味なのか。この点について大臣のお考えをまず承りたいのでございます。
○今村(武)政府委員 御質問が幾つかございまして、的確に要点を把握しておらないかもしれませんが、第一の御質問は、授業料を文部省が把握しておるか、あるいは統制しているかという御質問でございましたでしょうか。
○村山(喜)分科員 そうではございませんで、先取りを行ったいわゆる授業料なりあるいは入学金なり寄付金なりは、学校法人会計基準に基づいて正確に報告がなされておりますかどうかということをお尋ねしているわけです。
○今村(武)政府委員 私立大学の授業料は学則の記載事項になっておりまして、学則はその記載事項を文部大臣に報告することになっております。したがいまして、学則の記載事項の変更については、文部省の方に報告があるわけでございます。
○村山(喜)分科員 学則の記載事項にはあるけれども、会計の収支報告等は、補助金等を受けるいわゆる私学振興財団等に対して、これだけの収入がありこれだけの支出がありますという報告書を、学校法人会計基準に基づいて出すことになっておりますね。その中身で正確に出しておりますかどうかということをお尋ねしているわけです。この点は私学の経営の問題にも関係がありますが、その先取りを行うという行為が果たして公共性という立場から見て——公共性を重視すべきだということで補助をされるのでしょうから、公共性の上から見て妥当だというふうにお考えになっているかどうかということも、お考えを聞きたいと言っているわけでございます。
○今村(武)政府委員 私学の入学試験合格後徴収する授業料、あるいは入学金、あるいは施設に関する寄付金等は、授業料及び寄付金という形で全部私学の歳入に入っておると理解をいたしております。 そしてまた先取りすることが妥当であるかどうかという御質問に対しましては、それは募集要項に明示してございまして、合格、不合格の場合、いかなる事情があっても先に納めたお金は返しませんということを明示して、それを了解した上で試験を受けておるわけでございますから、いわば私的な契約事項に対して行政庁が関与しなくてもよろしい問題である。それでもなお私学は大変にお金が足りなくて経営困難であるという実情にあると理解いたしております。
○村山(喜)分科員 文部大臣、千名なら千名を定員として届けを文部省にしてあります。ところが実際は五千名ぐらい合格者を出しますね。中には六千名ぐらい出しているところもある。いろいろ聞いてみると、定員の十七倍も合格者を出したというところもあるようでございます。そうなると千名の中で、私は合格しましたけれどもやめますというのであるならば、それだけ収入の欠陥が生ずるわけですから、それは、そういうような意味において学校が取ることも、社会的に見て一つの合法性があるという気もします。しかしながら、定員の数倍も入れておいて、それは入らないことを予想しながら、それを歳入に充てていくというやり方は、これはどう考えてみましても、私学の公共性という立場から、私学に対する経常費の補助を中心にしてそれを充実していこうということで、一千七億円も大学に対する助成をしようとしていらっしゃるその精神から考えれば、これは改めるように指導すべきではないか。新しく民間人から起用されまして、令名高い永井文部大臣でございますから、そういう指導をやられることが、私学の経営の上からも、またこれからの進歩の上からも正しいのではないだろうかという気がしてならないものですから、大臣の所見をお伺いしておきたいわけです。
○今村(武)政府委員 先生の御質問の御趣旨を十分とってなかったかもしれませんが、お答えいたします。 私学が定員の五倍、六倍ぐらいの入学を許可するというのは、現実問題として一人の生徒が五つ、六つの大学をかけ持ちで受験をするということもございまして、合格しても入学しない人々がありますから、その歩どまりを考慮して定員以上の入学を許可するという、このことはそう不思議なことではないと思います。ただ、その度合いの問題だと思います。その度合いがひど過ぎるものについては、私学が公共性を持ち、そしてまた一定の教育条件のもとに教育すべき務めがあるわけでございますから、現実に学生が全部出てくれば学校からあふれるような、そういう定員をとるべきではないということはまた当然のことでございます。しかしながら、従前そういう実態があったこともまた事実でございまして、補助金の配分において、そういうよろしくない事態は漸次改善をするような配分の方式をとっていくべきだということで工夫をしておるところでございます。
○永井国務大臣 私学の助成というのに千億以上出ておる、これは国民の税金であるから教育効果というものを非常に配慮しなければいけないというお言葉でありますが、まことにそうだと思います。 従来、私学はいろいろな形のものがありまして、そこで、経営内容について問題のあるものも多数あることは、人々がよく知っているとおりであります。そこでしばしば、傾斜配分を文部省が考えているというのは、どうも文部省は傾斜配分によって私学の教育や研究の内容を規制しようとしているのではないかというふうにとられたりする場合もあるのですが、決してそうではない。むしろ教育や研究の内容の点につきましては、本当に力いっぱいいい仕事をしていただきたい。しかしながら、いまの定員を非常に上回っているような、俗に言う水増しでございますが、こうしたものはつまり経営上非常に問題があるわけでございますから、そういうものは傾斜配分を行うときに考慮するべきものとしているわけでございます。
○村山(喜)分科員 まあ前進的な考え方はそうでしょうが、基本的な問題の考え方、私は、そういうような不当表示みたいな、公正取引を阻害をするようなやり方は、これは教育的に見ましてもまことに問題があり過ぎると思うのです。それであるならば、そういうような経費は当然必要な経費だということで、税法上も必要経費の控除を認めろというような意見に発展をするわけですよ。ですから、やはりきちっとそこら辺をけじめをつけて、そういうようなのは望ましくないのだという基本的な立場をまず確立をして、そして国がそれに対しては私学の経営が成り立つように助成をしていくのだという方針を立てなければ、基本がしっかりしないでふらついておりますとこの問題の解決はできないと思いますので、大臣にその点をしかと確認を願いたいということでございます。大臣うなずいていらっしゃいますが、よろしゅうございますか。
○永井国務大臣 望ましくない経営の面というものは、これは文部省として問題を感じる場合には明らかにしていくべきだと思います。 他方、御理解願いたい点がありますのは、今日相当私学の助成というものを増額いたしましても、御案内のように授業料の値上げがあるという事態があります。これは、経営体質が悪いまま非常に長く放置されていたということもあり、またインフレーションが進行しているという事態もあり、さらにまた私学によっては、この際内容の充実を図ろうということもありまして、たとえば授業料の値上がりをとりますと、インフレの高進率よりもはるかに上回っているのが実情であります。でありますから私学がどういうことをしてもいいということを私は申し上げているのではないのでありまして、そういう状況でありますから、国庫が相当の援助をいたしましても一気に経営体質が改まりにくいという状況であることはやはり認識して、そして年次計画で進んでいくほかはない。その道筋におきまして、この点を改めてほしい、あるいはあの点を改めてほしいということは逐次明らかにしていくように、経営に関連してそういうことをはっきりさせていきたいと思っております。
○村山(喜)分科員 次に、今度新たに八十億の私立高校以下の私立学校に対します助成が予算に計上されているわけでございます。そこで、私立学校振興方策懇談会の考え方によりますると、この八十億の助成の配分基準については私立大学等に対する国の助成に準じてやれということで答申がなされておるようでございます。 そこで、この中身を調べてみますと、四十九年度の場合には児童生徒一人当たり三万五千円という交付税の単価で計算がしてあるようでございます。それから補助金のそういうような実態というのを調査をいたしてみますと、いろいろばらつきがあるようでございました。中には、東京を初め十七の都道府県におきまして授業料補助という形で出されております。その金額も百三十四億七千四百万という数字があるようでございます。 とするならば、この中身を見てみますと、いわゆる父母の経費負担の軽減を図るために学校法人が授業料等を軽減措置をした場合に、学校法人に対して一定の限度で補助金を交付したものと、こういうふうに説明が書かれてあるようでございます。そこで、そういうようなのを見ながら、その授業料の補助に対するものは、交付税の積算単位の中に入っていないのだから、これははずすべきであるという考え方を文部省は持っているのだというふうに報道をした新聞もあるようでございます。 しかし、この問題は、先ほど私があえて問題の考え方を取り上げました中で、いわゆる学生数に標準単価を掛けて配分をしなさいというのがこの私立学校振興方策懇談会の精神であるということが明らかであります以上は、教育は児童生徒が受けるわけでございますが、民法の規定によりましても、親に教育権がある、その親は公立を選ぼうが私立を選ぼうが選択の、自由権がある。とするならば、当然公の支配に属する学校教育である以上は、子供たちが教育を受ける権利というものをひとしく保障されなければならないのだという一つの教育思想があることは間違いないのです。その考え方をある程度織り込んだ一つの考え方が、この私立学校振興方策懇談会の考え方になっているのではなかろうか、こういうふうにも受け取れるわけでございます。 そこで、むしろ問題にしなければならないのは、それらのものを、経費を含めまして今日各都道府県別に見た場合に、どうも交付税で定めます基準よりも著しく下回って、私立学校に対する補助が予算に計上されていないところがあります。中には、ひどいところになると、四十数%しかないという状態のところもある。ですから、やはりそれらのものを全部計算をいたしまして、そして交付税に対する予算計上の比率によって分配をするという考え方が正しいのではないだろうか。せっかく八十億の金を出したものが、その交付税の中で、配分をされましたその中で消化されてしまうようなことになれば、何のために補助金を出すかということになりかねないのでございますから、その交付税の積算の上に八十億が積み重なって私立学校振興が現実に生きていくような方向で問題を考えていく、これが補助金の配分の方法ではなかろうかと思うのでございますが、補助金配分についての考え方はどういうふうになされていくのか。その基本的な考え方を、これは法律事項でなさろうとしているのか、それとも行政措置でなさろうとしているのか。これからは、予算補助ではございますけれども、それの適正な執行という面から考えてまいりますると、一定の法基準というものも必要ではなかろうかと思うのでございまして、そこら辺はどういう措置をおとりになろうと考えているのか、明らかにしていただきたいのです。
○今村(武)政府委員 私立の高等学校以下の学校に対する経常費の補助金として八十億が計上されたことは、先生の御指摘のとおりでございます。いきさつは、昭和四十五年から地方交付税でもって財源措置がされてまいりましたけれども、交付税の措置をもってのみでは、いま御指摘のように、各都道府県の間に私学助成の金額に余りにも大きな格差がある、ばらつきがある。これを是正するために、都道府県を誘導するための誘導の措置として八十億が計上されたわけでございます。 予算の積算といたしましては、小、中、高等学校については、児童生徒一人当たり五千円、幼稚園については二千円、その九割で八十億という計算が成り立っておるわけですが、配分に当たりましてはいろいろ考慮すべき事項が多うございます。予算の閣議決定後、都道府県の私学主管課長会議を開きまして、たたき台を出していろいろ討議をしてみましたけれども、いろいろ議論が多岐に分かれております。したがって、この配分の問題についてはまだ検討中でございまして、ここでにわかにこういう方針でございますということを言えないほど意見が多うございまし。経常費の範囲の問題についても、いま御指摘がございましたような問題も、なおペンディングで残っております。したがいまして、決定的に申し上げることができないのは残念でございますが、現状を申し上げ、それから方向としては、五十年度の予算については、予算補助という形でまいりたいと考えております。
○村山(喜)分科員 時間がありませんから、最後に学校事務職員の給与改善の問題について、この点は文部大臣から考え方の基本的なものを御説明をいただきたいと思います。 御承知のように、学校には、教育に携わる教員と、事務職をつかさどる事務職員がおりまして、従来から学校現場にありましては、車の両輪のごとき存在であるということで、教務と事務とがお互いに支え合いながら学校の有機的な教育が行われてきたのでございます。 ところが、この学校の教育の現場の中で、例の教職員の人材確保の法律が国会を通りまして、従来、超勤見合いの調整額四%が法律で制定をされ、人確法に基づくものがもうすでに四十九年の三月には九%積み上げをされておるわけでございます。それらの中で、この参議院の文教委員会においても附帯決議がございますし、あるいはまた、日本民主教育議員連盟の議員団と自民党の文教部会との間の覚書の中でも、この問題について教員との均衡のある措置をとりなさいということがうたわれているわけでございます。 ところが、ますますその差が開いてまいりまして、学校現場にありましては、非常におもしろくない空気がいまございます。そこで文部省としても、ことしの予算の中で超勤手当を六%を八%にしようということで御努力をいただいたわけでございますが、現実にはこれが実りませんでした。 そういうような状態の中で、いわゆる学校事務職員というものの特殊性というものを考えてまいりますると、これは一般の事務に当たるものとは若干の違いがある。そういう点から、四等級への格づけの問題等、いろいろ措置の通達も出されているようでございますが、現実に適用しているのはなかなか思うようにいっていないという状態もあります。 そういうような点から、やはりこの際、何らかの措置を考えてもらわなければ、学校現場としては非常にうまくいかないという問題が出てきておりますが、これらについての基本的な考え方だけお聞きする時間しかもうございませんので、その点だけ大臣並びに担当の局長の方からお答えをいただいて私の質問を終わりたいと思います。
○安嶋政府委員 時間がございませんので、結論だけ申し上げたいと思いますが、第一の等級格づけの問題につきましては、文部省といたしましては、三十二年にすでに通達を出しておるわけでございます。御指摘もございましたように、この通達が必ずしもそのとおり行われていないという面がございますので、これの徹底を図りたいということでございます。 第二は超過勤務手当のお話がございましたが、予算の積算といたしましては六%でございますが、御承知のとおり、この手当は精算負担ということになっておりまして、実質は約七%、近年の実績でございますと、すでに支給されておるのでございます。したがいまして、この超過勤務につきましては、超過勤務の実態に見合う手当が支給されるようにというふうに考えております。 それから、学校事務職員の配置上の特殊性といたしまして、高等学校などの場合は五、六名の配置でございますので、事務長といった職制も成り立つわけでございますが、小中学校の場合は、一人配置あるいは補助員を入れて二人の配置ということが大部分でございますが、しかしながら、ただ単に部下の数が少ないということだけで処遇を決定することなく、その人の学歴でございますとか、勤務年数等も配慮して適正な処遇が行われるようにというふうに考えておりまして、こうした方向で都道府県教育委員会等を指導しておるということでございます。
○永井国務大臣 学校における職員というのは非常に重要でありますが、直ちに教員と同じような待遇にするということができないことは御理解願えると思います。 三十二年通達、ただいま初中局長から御説明申し上げましたが、まだこれもどうも徹底して行われているということでありませんから、さしあたり努力すべきことは、この三十二年通達を徹底することである、そういうことをまず第一歩として私たちは努力したい、こう考えている次第でございます。
○村山(喜)分科員 それも大事でしょうし、給与法の十条によります俸給調整額の制度化の問題も必要ですし、あるいは、いま局長の方からお話がありましたが、実績負担主義だから、実際は七%くらい出しているのだからいいじゃないか、というような意味にも聞こえましたけれども、実際は、ことしあたりから地方財政が苦しくなりまして、六%維持ができない県が現実に出てきております。これはもう御承知だと思います。そういうようなふうにして、そういうような経費はできるだけ削れというかっこうで執行が行われることが懸念をされているわけです。ですから、非常に楽観はできない状態にあるということを指摘をしておきます。 この問題は、これ以上深刻化してまいりますると、学校経営の上からも、あるいは士気の上からも好ましいことではございませんので、大臣の方でも、ぜひ今後さらに格別の努力をされますように要請をいたしまして、私の質問を終わります。
○山本(幸雄)主査代理 これにて村山喜一君の質疑は終わりました。 次に、武藤山治君。
○武藤(山)分科員 私は文部大臣の良識ある御回答をいただきたいと思いますが、実は私の手元に一父兄から、こういう手紙が届いております。 その中の一部分をちょっと読んでみますと、「私の長男がことし大学入試のために目下勉強中ですが、」——いろいろありまして、「私が問題を提起するのは、入学金の額はもちろんですが、入学納入金を入学しない場合全額払い戻ししないということです。もちろん入学要領にも、いかなる場合も返還しないと記されているので、法的には問題ないと思いますが、一般常識として、商契約上でも、違約した場合に全額を取るというようなことはない。損害を補償するといっても、たかだか一割か二割ぐらいが商契約でも常識だと思います。入学金の中には、入学金、授業料、施設費、その他の入会金等があるわけですが、入学しないのに入学金を取られ、授業を受けないのに授業料を取られ、施設を使わないのに施設費を払うといことと、これは進学者の弱みにつけ込む暴利を得る以外の何ものでもないと思います。」こういう手紙で、「しかし、私は一介のサラリーマンで貧乏ですけれども、かわいい子供の願いをかなえてやらなければならないので、公立の大学と私学と両方を受けさせ、この入学金を払う気持ちではあります。こういう問題は公正取引委員会等でも取り上げてもらえないものなのか、日本の文部省はこういう暴利を認めているのでしょうか。政治家としてこれらの問題を十分追及をしてください。純心な若者に理不尽、不合理な世の中を教える第一歩は、大学入試であるということも問題であると思います。」こういう手紙が私のところに参りました。一通だけじゃないのですよ。私のところに十一通、文章は違うけれども、同趣旨の手紙が参っております。私は文教関係は素人でありますから、余り詳しい法律的な理屈はわかりません。しかし、大概の子供が、一校だけしか受験しないということはあり得ません。A、B、C三校ぐらい皆受験をいたしております。自分が一番行きたい学校はCなんだ、しかしAもBも受けておかないと、もし落ちたときにはと思って、A、B、C、こう受けたとする。Aの方が早く発表の期日が迫っており、入手金も、たとえば十日までにAは納めなければならない、ところがCは発表が十二日である。たまたま二日間の違いのために、Aに入学金を納めておる。Cの結果は合格だった、二重に入学金を払わなければならない。その場合に、たとえ契約といえども一銭も戻さないということは、一体社会常識から見て許せることなんだろうか、まず文部大臣の率直な御見解を承りたい。
○永井国務大臣 これはもちろん学校がそういうことをしないで済むのであれば、その方がいいということは、恐らく学校当局もそう考えていると思います。実はこの問題については、すでに裁判になったケースもあるわけです。この裁判になったケースは、昭和三十八年の判決が大阪簡易裁判所でございますが、これの場合には、学則で定めている、すでに納めた学費等は返還しないという大学側の立場を認めているわけでございます。そこで、この問題の考え方だと私は思うのですが、確かに募集要項に入学辞退の場合返還しない旨の明示がございまして、そしてそれを読んで納めるという場合、当事者間の契約関係になるわけでございますから、これに対してまたいまのような裁判の判決もあることであり、文部省が直ちにこれに対して返還指導を行うということは、行政介入という問題を生ずる恐れもあって、慎重でなければならないと思います。 しかしながら、もう一つの点、それは要するに現在の私学の財政状況というものは必ずしもよくない。これは国家としてもできるだけのことをいたしておりますが、そういう中で一体どういうところから逐次私学も苦しい中でやっていることを除去していくかという問題だと思うのです。さしあたりわれわれが非常に努力をしておりますことは、もう法外な水増し入学というようなもの、これはぜひなくしていくようにということで、私たちの国庫補助の方向も決めているわけでございますが、それでもなおかつ授業料の値上げが非常に激しいという現状におきまして、一体、私学がどういうふうに経営され得るかということを考えますと、その面から言いましても、いま直ちにこの制度を完全に変えさせるというわけにはいかないと思います。 しかし、御指摘のようなことは、いわば常識的な問題としてもちろんそうなった方が望ましいと思いますから、こういうものは、私どもの方の年次計画といいましょうか、長期計画の中で一体どこまで私学を助成し得るか、またどういう時点でどこまで経営的体質を改善し得るかということとの関連において考えていかなければならないものと考えております。
○武藤(山)分科員 私は実は永井さんのお父さんの永井柳太郎先生、中野正剛という二大先輩政治家にあこがれて政界を志した一人であります。そういう立場からあなたに対して大変な期待と尊敬を持っておる一人であります。いまの答弁は、法律の枠内で、法律にしがみついた、まさに官僚の物の考え方に全く一致する。残念であります。しかし、これは仕方がありません。 しかし、私がいま聞かんとしているのは、そういう行為はいいことなのか悪いことなのか。どういう事情でできないとか解消できないとかという理屈を聞いているのではなくて、こういうことが公々然とまかり通っておる今日の日本の教育界のこの姿を、あなたはいいと思いますか、悪いと思いますか、好ましいと思うか、好ましくないと思うか。
○永井国務大臣 たまたま早稲田大学の話が出ましたので申し上げます。早稲田大学で大学紛争というものが起こったのは大正六年でございます。そこで、なぜそういうことが起こったかということについては、いろいろな人のいろいろな意見もあるのでございますが、大正九年という時点におきまして、東京専門学校から早稲田大学になったわけです。ところが、これは早稲田だけでなく、その他の学校というものも大学になりましたけれども、国家の財政的補助というものはありませんでした。尾崎士郎の「早稲田大学」という小説を見ますと、大正六年の紛争を境にして早稲田は滅びたという言葉があります。 これは非常に憂慮すべきことでありまして、実は私自身、この問題につきまして、十数年、日本人のだれよりも先に、この私学の助成というものを解決しなければならないということを提唱してきた人間であるというように思います。私より先の方もあるかもしれませんが、きわめて少数の一人であると考えております。 そこで、いまこの立場に立って仕事をしていくわけでありますが、私は早稲田大学であれ、あるいは慶応大学であれ、その他の学校であれ、現在の状況になっているという場合に、先生が御指摘の入学の姿、これは望ましくないと思います。 〔山本(幸雄)主査代理退席、阿部(助)主査代理着席〕 しかしそのほかにも、いろいろ望ましくないことがあるのです。そこでこれを、本当にかつてのりっぱな私学にしていくのにはどうしたらいいかという角度から先ほど意見を申し上げたわけですが、これは長い間放置されていた問題でありますから、とても四、五年というところで解決はつかない。そこで長期計画の中でいま考えていかなければならないので、さしあたり申し上げたように、この一年目の入学のときのことは手をつけるということは不可能である。それは非常に根気を要することであって、長く、事実半世紀ですか、半世紀ほっておかれたという状況を御理解願わないといけない。 そこで私自身は、これは全くはからざることでありますが、文部大臣になりまして、その念頭にありますことは、本当によい私学を復活するということです。それを確実に進めていかなければならないので、私学の方々ともいろいろ意見を交わしておりますが、ある時点において一つの事実というものについてこれはだめだ、これはいいということを言うのも大事かもしれませんが、それ以上に、私学自身の自主的な計画と、文部省の長期的な計画というものが腹を合わせながら、長い間積み重なったいわば積弊でございますから、その積弊、これは私学だけが悪いのではないのです。ですから私は、簡単に私学を責めないのです。私学だけが悪いのじゃなくて、そういう政策が行われなかったところに問題があるのです。ですから、簡単に私学のことなんぞ責めたくない。先生は、私学に愛情を持っておいででございますから、おわかり願えると思いますが、そういう気持ちで私たちは、本当に長期のうちにこの私学を何とかよくしなければならないし、私はその気持ちで仕事をしているつもりでございます。
○武藤(山)分科員 局長、学校へ入らないのに入学金を納めっ放し、戻されなかった、そういう金額というのは一年間にどのぐらいあるのですか。
○今村(武)政府委員 調査いたしておりません。
○武藤(山)分科員 調査していなくて、先ほど大臣が答えたような私学の経営に重大な支障を及ぼすということはおかしいじゃないですか。どのぐらい納めっ放しで、取られっ放しでいる生徒がおるのか。Aに取られたが実際はBの学校に入った、そういう生徒は年間どのぐらいおるのですか。
○今村(武)政府委員 その調査もしてございません。
○武藤(山)分科員 そうすると文部大臣、先ほどあなたは、そういう入学金を急激に変更したりやめたりすれば、私学の経営にかなり響くだろうという気持ちで述べておるようでありますが、どのぐらいあると思いますか。
○永井国務大臣 いま局長が言われたのは、全国的なデータの問題と思いますが、ケーススタディと言いましょうか、たとえばここに早稲田大学、慶応大学というところの材料はあるわけですが、これは村井先生などにも私は伺いました。年によって変化がありますから、いますぐ村井先生が言われたパーセンテージを申し上げるわけにいきませんが、私学の経営上非常に重要なものであると私は理解しております。
○武藤(山)分科員 それによると、たとえば早稲田へ受かった、しかし早稲田には通わない、入学しない、入学金だけ納めて他の学校へ入った、そういう生徒はどのぐらいいらっしゃいますか。
○永井国務大臣 いま私が申し上げましたのは、早稲田大学に入ったがほかに移る学生の数ではなくて、一人から取る金額だけの書類でございます。
○武藤(山)分科員 文部大臣、二十万なり三十万の入学金、これは高額所得者から見れば大した金額じゃないでしょう。しかし、子供のために夫婦が一生懸命かせいで三十万の入学金を、入学しない学校に取られたときの気持ちですね。この手紙で、私はその気持ちが本当に私の胸にじんと響くものを感ずるんですよ。そういう契約は裁判では、法律的には有効だった、私学が勝った、こう言うけれども、法律的にそういう不公正契約、不公正取引というものはいいのでしょうか。試験を受ける学生は弱い立場です。発言力もなければ契約に立ち会うこともできない、一方的な契約です。そういう契約を入学要項に書いてあるからということだけで、こういう不公正というものが許されていいのでしょうか。
○永井国務大臣 私、先ほど先生に申し上げた点を御理解願いたいのでありますが、しばしば私学に二悪があるということを申します。 その一つは、大変な水増し入学。そこで、学生がみんな学校に来ると授業が受けられない、そういう実情がある。これは文部省も資料を集めておりますが、まさに驚くべきほどの倍数をとっている学校があるわけです。 もう一つは、入学時納付金というものは大変な額である。これがございます。これについても、特に私立医歯科大学などで大きな問題がございますから、文部省もそれについて資料をとっております。 そこで、いま御父兄の手紙を先生がお読みになりましたが、私は本当に御父兄の立場に立てば、その気持ちをお察しして大変なことだと思います。私も実は、そういう方々を何人も知っております。いままでも何回もそういうことがありました。それはどうしてそうなったかは、もう先ほど申しましたから繰り返しませんが、そのお気持ちはわかるのですが、さてそれでは、この段階でだめですよと言って、すぐに文部省が私学のこのことに関連する財政問題を解決できるかというと、そうはいかない。その前にともかく水増し入学、定員水増し、これは何とかどけていかなければいけない。それから私立医歯科大学における不当なる入学時寄付金、これも何とか解決していかなければいけない、まず現段階においては、そこに重点を置いているという意味合いでございます。
○武藤(山)分科員 文部省、先ほど私が質問した資料、どの程度まで整備できるかわかりませんが、合格をして入学金を納めたが、その学校には入らないで別の学校に入った、そういう空入学の入学金、それをひとつ調査をして、後で資料として提出を願いたい。それはいかがですか。
○今村(武)政府委員 そのために全国的な調査をすることは相当な手間暇、時間がかかりますのでいまあるサンプル調査をお目にかけるようにしたらいかがかと思いますが、いかがでございましょう。
○武藤(山)分科員 とりあえずはそのサンプル調査で結構です。それを見せてください。私は大した金額にならぬと思うのです。文部大臣が心配するほど、大学の経営がやり切れぬほど、合格した生徒が別な学校に入学をしているケースは、数としてそうないと思うんですよ。だから、補助、助成の問題にひっ絡めてこれに目をつぶるという姿勢でなくて、もっと具体的にしからば何かうまい方法はないものか。たとえば学校の合格発表の日なり入学金を納める期限なりを、私学協会で短大は短大、大学は大学でうまい調整策をできるだけやることも一つの方法であるし、さらに発表になってから納めて学校に入らなかった場合、全部を返済しなくも、損害金、いわゆる契約不履行による損害賠償という意味で取るのだったら、二割とか一割とかでいいと思うのです。三十万の場合だったら三万も取ればいい。だって、校舎を使わない、授業を受けない、そういう者から三十万まるまる取りっ放しというようなこと、最も道義を重んじ、最も倫理を重んずる文部省の管轄下の教育の機関でそういうことが公然と行われる。しかもそれはどうにもならぬのだと言う。これは国民が聞いたらがっかりすると思いますね。何らかのもっと細かいできるだけの工夫、こういう工夫もあり得ます、こういう可能性もあります、それでもなおかつ、どうしても入学金を取ってしまって生徒が入らない場合のものは、何割ぐらいは戻しなさいということぐらいは、当然文部省、検討してしかるべきだと思いますね。どうですか。
○今村(武)政府委員 実は、私自身もいまおっしゃるようなことの該当者でございます。子供を私学に入れるときに、親の身になって考えてみますと、先生のおっしゃるような気持ちはわかります。しかし、また一方、そのときにも自分で考えてみたわけでございますが、いかなることがあっても納めた金は返還請求はいたしませんと言っておいて、ほかのところに受かったから返してくれと言うのは、これまた約束を守らないことでよくないことじゃないかという気がいたします。そういう約束をした以上は、自分の方から入学しますという誓約をしておいて一方的に誓約を破るわけでございますから、そのお金が入学金とか建物何とかいう経費じゃなくて、法律的に言えば違約金に変わるのだと思いますが、そういう違約金を納めるという契約をしておいて、それを払うということは約束を守ることであって、これまた道義的なことじゃないだろうかというような感じもいたしますので、ある一方の立場からだけ判断したのでは、かえって社会的に正確を期することができないのじゃないだろうか。そういうことがないように措置を講ずることはいいことでございますけれども、いまのもとで、それがあるから文部省が不道徳だというところまでおっしゃると、それは過ぎるのじゃないだろうかという感じが私はいたします。
○武藤(山)分科員 文部省が不道徳だとは言っておらぬのだよ。文部省は倫理を教え、道徳を説く、国の中枢の教育を監督する機関じゃないですか。そういうことを言ったんですよ。あなた、公正取引の独占禁止法なんか見たことがあるんですか。こういう強い者と弱い者の契約が、一方的な強い者の立場で契約されたことは不公正取引じゃないですか。ここへ公正取引委員会を呼んでくださいよ、あなたみたいな答弁をするなら。ここで公正であるか不公正であるか明らかにしましょう。そんな答弁ありますか。
○永井国務大臣 私は、別に管理局長が不公正な取引がそのままいいということを言ったのではないと理解しております。 そこで、先生が言われますように、入学時納付金の返還という問題は確かに重要でございますから、これはサンプル調査ということで、まず、どのくらいの費用がこの制度によって賄われているか、それが経営とどのような関係にあるかということを、検討さしていただきたいと考えております。
○武藤(山)分科員 そうですよ、そういう答えをすべきですよ、管理局長。あなたは自分の子供がそういう身の上で、私もそういう経験をしたからという小さな視野で、自分だけの立場で物事を判断すべきでない。いまここにおるあなたの立場はそうじゃない。日本全体の教育の問題、教育に関心を持つ父兄や子供たちの問題。文部省の双肩にかかっているんですよ。それを、先ほど私立学校の数字を質問したら、数字も知らないで、改善すべきであるかどうすべきか、検討すべきであるかどうすべきかということの土台になる実情も知らないくせに、先ほどの答弁みたいなことは、これは公務員として許せないですよ。あなたのあの態度は怠慢ですよ。私は、いままでずいぶん、昭和三十五年から国会でいろいろな局長に質問したけれども、あなたみたいな木で鼻をくくったような答弁を聞いたのは初めてです。 文部省がいかに古いからにこもっているか。世間知らずであるか。不公正なこういう契約について、これにメスを入れなければならぬ、検討しなければならぬ問題だなという受けとめ方は全然ないじゃないか。文部大臣が初めていま、サンプル調査をやってこれから検討してしかるべきだという考え方を発表した。あなたなんかがそういう考え方を持って、そして文部大臣の新しい構想やビジョンや可能性を追求しようということにブレーキかけちゃいけませんよ。日本の教育のためによろしくない。十分反省してください。 そこで、この問題について文部大臣が、今後サンプル調査をやると言うが、その実態に基づいて国庫補助でそれを賄えるものなのか賄えないものなのか、五十年来の悪弊であるからもうこれはしようがないという判断になるのか。来年の国会でまた質問をしますから、ひとつ十分検討願いたい。 文部大臣の今後の努力に期待をかけて、もう一問ありましたけれども、文部大臣が検討すると言いましたから、これで私の質問を終わります。
○阿部(助)主査代理 これにて武藤山治君の質疑は終わりました。 次に、栗田翠君。
○栗田分科員 文部大臣は、今度新しく大臣の職につかれまして、大変意欲を燃やして教育改革に携わろうとしていらっしゃると思います。大臣の所信を伺いましても、特に教師の問題で、「学校教育の成果は、究極において、それに携わる個々の教員の資質と意欲のいかんにかかわっている」ということをおっしゃっています。しかも「教育界にすぐれた人材を得て、その情熱を安んじて教育に傾注していただけるような条件を整備することが何よりも大切であります。」というふうにおっしゃっているわけでございます。 ですから、この所信に沿って大臣は、大臣の地位についていらっしゃる間、積極的に努力なさるであろうと私は思うのでございますが、そうでございますね。
○永井国務大臣 私として微力でございますが、でき得る限りのことをしたいと考えております。
○栗田分科員 ことしは国際婦人年でもありますので、私は、教員の問題の中で特に婦人教員のことについて伺いたいと思います。 最近、教育に携わる婦人がますますふえまして、昨年の五月一日の資料を見ましても、小学校の先生で女の方は五四%、中学校でも二八・八%、高校でさえも一六・八%という数になっております。特に小学校では、もうすでに半数以上が婦人教師という状態であるわけです。この状態を見ましても、数の上から言っても私は、初等中等教育に対して果たしている婦人教師の役割りは大変多いと思いますが、その内容においても大変重要な役割りを果たしておると思うのですけれども、その点について大臣はどうお考えでしょうか。
○永井国務大臣 お言葉のとおり、教育界における婦人の活動というものは非常に重要であると考えております。
○栗田分科員 そこで、いま婦人教員の中から育児休暇制度を確立してほしいという、大変熱烈な要望が年々高まってきております。この制度につきましては、この声に押されまして、すでに数年前から参議院などで育児休暇法案が議員立法されまして、四十六年の六十八国会、それから昨年の七十二国会で参議院を通過しておりますけれども、衆議院で廃案になっているという経過があるわけです。育児休暇制度を確立してほしいという声は、ことしもまた大層強くて、私のところなどにも手紙が続々と届いているわけですけれども、文部省にも、恐らくこの声は以前からたびたび届いていることだと思います。 そこで伺いますけれども、この制度について文部省は当然いままでにも検討してこられたと思いますけれども、いかがでございましょうか。
○安嶋政府委員 御承知のとおり、産休代替教員という形で女子の出産教員に対する対策が具体的に進められておるわけでございます。そういうサイドから、その実態等につきましては、各種の資料を集めておるわけでございますが、さらに御指摘のように、育児のための休暇あるいは休職の制度を設けてもらいたいという要望が近年高まってきておることは、私もよく存じております。また、それに対する対策につきましても、検討を進めてきておるわけでございますが、ただいま御指摘がございましたように、国会において、すでにこの問題を具体的な形でお取り上げでございます。したがいまして、私どもとしては、国会ですでにお取り上げになっておる法案の取り扱いを、現段階では見守ってまいりたいということでございますが、ただ見守るということだけではなくて、これは気持ちといたしましては、そういう制度が望ましいという前提でいまそれを見守っておるということでございます。
○栗田分科員 文部省として進めておられる検討の中身というのは、どういうことなんでしょうか。ただ見守っていらっしゃるだけでなく、いろいろ具体的な検討というのもある程度やっていらっしゃると思いますが、そこをお聞かせください。
○安嶋政府委員 もちろん具体的な検討ということになるわけでございますが、すでに参議院におきまして、二度まで本会議を通過した法案があるわけでございまして、これにはもちろん具体的な内容が織り込まれているわけでございます。中身については、別に申し上げる必要はないかと思いますが、そうした事柄をめぐって、私どももいろいろ検討しておるということでございます。
○栗田分科員 六六年にユネスコの教員の地位に関する勧告が出ましたけれども、この勧告の中にやはり「産後一年以内の無給の追加休暇を要請によりとることができるような措置によって、教職にとどまることを奨励されるものとする」ということがあるわけですけれども、文部省としては、これなども積極的に受けとめておられるわけですね。
○安嶋政府委員 最初に申し上げましたように、学校教育における女子教員の地位から考えまして、そうした制度が望ましいというふうには考えておりますが、ただその法案の中身につきましては、なお検討すべき問題があるというふうに考えておるわけでございます。 ただいま先生無給でというお話がございましたが、そういうことも一つの問題点として現在検討されておるというふうに承知をいたしております。
○栗田分科員 望ましいという方向で受けとめておられるということを伺いまして大変うれしく思っております。 ところで、いま、これは教員ばかりでなくて婦人労働者全体を見ましても、婦人であるがために働き続けていくことにいろいろ困難な問題がございます。たとえば育児、家事の問題など、そのために働き続けたくてもやめなければならないという人たちがずいぶん出てきているわけです。 私が調べましたところで、婦人労働者全体について調べてみますと、労働省は大変詳しい資料をつくっておりますが、たとえばここにある、四十八年に出た労働省婦人少年局の調査で「女子保護の概況」などというのを見ますと、各産業別にいろいろ母性保護の問題についての資料をそろえているわけでして、これを見ましても、出産または妊娠による退職が全産業の統計で四八・八%に上る。ですから、妊娠や出産によってやめなければならない人が、全体の半数にも及ぶという数字が出ているわけでございます。 ところで、婦人教師の場合は、出産、妊娠などによって退職する方というのは何%ぐらいあるのでしょうか。
○安嶋政府委員 四十五年度の公立学校の調査でございますが、大体一二%から一四%ぐらいの比率でございます。
○栗田分科員 四十五年度といいますと、ずいぶん古い資料ですけれども、新しいのは調査していらっしゃらないのですか。
○安嶋政府委員 四十八年度の数字を取りまとめ中だということでございます。
○栗田分科員 それでは、妊娠、出産によって退職すると一口に言いますけれども、妊娠や出産によっても新しいいろいろな条件が出てくる、それによって支障が生じて退職するということもあるわけでございます。私、調べました全労働者の場合、やはりここにありますが、これを労働省などの努力でまとめられたものですが、婦人に関する諸問題の調査会議、これが四十九年三月にまとめられました資料ですけれども、「婦人に関する諸問題の総合調査報告書」これを見ましても、働き続けたいと思いながら、社会保障制度とか施設がないためにやめなければならない人、これが八割にも上っているわけでして、ただ妊娠したから、出産したから、それじゃうちへ入りましょうと、こう素直に言っているわけではないんですね。働き続けたいと望みながら、しかし、いろいろな障害があるためにやめなければならなくなっております。 この調査を見ますと、最も大きな障害は何かといいますと、第一位に挙げられていますのが保育施設の不備、不足ということで、これが四七・三%にも上っております。だから、やめなければならない人などがいろいろ問題を持っておるうち、子供の処理というのですか、働きながら子供たちを預かってもらうところがないということが、非常に大きな障害になっておるわけです。第二位が給料、仕事などの差別。これは、働き続ける問題での障害と同時に、職業を持つための条件のうち整備されていないものというのが入っていますので、こういう項目があるのですが、これが二九・八%。第三位が労働時間、休暇などの問題で二三・二%。第四位が家事、育児、一九・三%。こういうふうになっているわけです。 それで婦人教師の場合には、やめた方が一二ないし一四%、これは相当古い資料ですから、最近の数はもうちょっと違ってくると思いますが、女の先生というのは、自分の仕事に大変生きがいを感じまして、できるならば働き続けようという意欲も非常に強いので、退職される数が少なくなっているようですけれども、こうしてやめられた方の中で、最も障害になっているのはどういうことでしょうか。その辺の調査は進んでいますか。
○安嶋政府委員 そこまでの調査はございません。
○栗田分科員 それでは、年齢構成別に見まして、何歳台が何%ぐらい退職しているかという婦人教師の資料は持っていらっしゃいますか。
○安嶋政府委員 実は、退職をした年齢別の調査というのはございませんけれども、出産をいたしましたと申しますか、産休をとった教員の年齢別構成の数字は手元にございます。
○栗田分科員 やはり育児休暇制度の問題を考える場合に、やめなければならなくなる状態から救うために、一年間なり育児休暇という形でその期間だけは保証して、後また職に戻れるようにする、休暇だけとって後仕事につけるようにするという考え方であるわけですから、そのやめた方の数なども、本当は調査を持っていらっしゃるべきだと思うのです。 私、いま伺っていますと、文部省の調査というのは、余り婦人に対しての調査が行き届いていないような気がいたします。労働省など見ますと、各産業別にずいぶん細かく調べていまして、大変だろうと思うのです。繊維工業とか家具装備品製造業、パルプ、それからサービス業とか一々細かくやっているのですけれども、教員の場合には、一本になっているわけでして、こういう実態調査なども労働省がされるのですが、その気になったならば、ずいぶんやりやすいのじゃないかと私、思っているのですけれども、古い資料しか持っていらっしゃいませんし、こういうことでは、さっき大臣がおっしゃったように、数もふえ、その中で大きな役割りを果たしている婦人教師を、今後いかに仕事をしやすく意欲を育てるようにしていくかという点でやはり不備だと思います。 その点についていかがでしょうか。今後そういう育児休暇を含め、その他の問題でも婦人教師の母性保護という点から考えて、もっと具体的な調査をしていくべきだと思いますが、お考えを伺いたいと思います。
○安嶋政府委員 先ほど申し上げましたように、文部省はもちろん学校の所管でございますから、教員という立場で御指摘の問題を考えているわけでございます。したがいまして、婦人労働者一般という観点からの調査は、いまのところないわけでございますが、今後、こうした問題との関連におきまして何らかの形で、詳細な調査と申しましても、これはかなり大変な調査になると思いますが、何らかの傾向をつかみ得るような資料等の収集はぜひやってみたいというふうに考えます。
○栗田分科員 労働省などの調査の中に完全に教員が抜けていますので、やはりやっていただきませんと、ぽかっと穴があくのです。そういうこともあって申し上げているわけです。 そこで、大臣に伺いますけれども、実態調査というのは、なかなか時間がかかるわけですけれども、あわせて婦人教師に対して対話と交流ということをなさいますと、具体的な生の実態というものがわかると思いますけれども、そういうことをしていくお気持ちはおありでしょうか。
○永井国務大臣 ございます。
○栗田分科員 私は、ここに退職された先生、また退職を迫られている先生方からの手紙を持っております。文部省が育児休暇制度というものについて、好意的に考えておられますので大変うれしいのですが、あわせてこういうものをお耳に入れて、一層そういうことについての考え方も深めていただきたいと思います。たとえばこういうのがあります。 勤続四年目の中学教師ですが、五月出産の予 定を迎えています。ところがゼロ歳児の保育所 は皆無に等しく、私自身八月以降は退職かどう かを迫られる身となりました。そうなるとわけ てもくらしにくい物価高と又反面婦人として社 会に出てがんばってゆきたい、教育にたずさわ りたいという願いのためおちおち子供も生めな いきもちです。これは岐阜の中学校の先生です。 それから静岡県の志太郡の先生にこういうのがあるのです。これはやめた方です。 ようやく二歳の誕生をむかえる子どもととも に、今私はさまざまな思いをかかえて家庭に居 ます。教職につくことが幼いころからの私の願 いでした。でも大学を卒業し、希望に燃えて教 壇に立った日からわずか四年しか勤められませ んでした。この仕事をやめたくないと思いなが ら、どうしてもやめなければならなかった最大 の原因は何といっても、育児と勤務とが両立し なかったことです。というわけなんですね。 二年前の三月、はじめて母となった私は、何 としても教師と母と主婦の生活をやりぬこうと 決心して、できる限りの努力を続けました。 二年前、産休明けの日から勤務につくため に、子どもを預かってくれる心やさしい人をさ がし、その人の家へ朝わが子を預け、夕方連れ もどるという生活を始めました。出勤前の時 間、まだぐっすり眠っている子どものほっぺた をつついてむりやり目をさまさせて授乳し云 云。こういうことで大変苦しかった。しかも部活動を担当しているわけです。卓球部担当の先生で帰りが遅い。それから対外試合のシーズンになればまた大変である。そこでこの方は、ただ大変だったということよりも、このまま勤め続けることは、教え子のためにも、わが子のためにも、そして自分自身のためにもならないと考えて、そういう責任上やめられたというわけなんですね。しかし、育児休暇制度というものでもあったならば、自分が子供のころから教職につきたいと思っていたそれをやめなければならないようなことにはならないで済んだろうという大変切実な声でございます。 これは議員立法されているわけなんですけれども、しかし、こういう状態を救いまして、そして小学校の先生の不足などがいま大変叫ばれている問題もありますので、こういう中で本当に女の先生が十分に仕事ができるように、その自分の意欲を燃やすことができるように心がけていっていただきたい、文部省としてやっていっていただきたい、特に大臣としてそのことを進めていただきたいと思います。幾度にもなりますが、その点で一言大臣のお考えを伺います。
○永井国務大臣 私は、先ほど初中局長が、国会における御審議、これを私たちは十分見守っていくという言葉を申しましたが、同時に、それを望ましいことと思っておりますから、本当に婦人の先生方が仕事がしやすいようにすることがわれわれの務めであり、考えであるということを申し上げておきます。
○栗田分科員 次に、いまも大きく問題になっていますおくれた子供の対策について伺います。 いまクラスで半分以上の子供が教育についていけなくなっているということなどがしきりに言われておりまして、おくれた子供の対策というのは父母、教師、そして国民全部の憂慮する問題になりました。いま大臣などの所信を伺ったり、文部省の方針などを伺いますと、その対策として教科書を精選していく問題などというのが出されておりますが、これは大変結構なことだと思います。その必要は十分にございます。 そしてもう一つ私が伺いたいのは、教科書の精選もさることながら、これは、ある一定の時間がかかるし、それでもまだおくれた子供というのは残る場合もあるわけなんですが、教科書の精選以外にどのような対策をお持ちか、そのことを伺いたいと思います。
○安嶋政府委員 いわゆる学業不振児に対する対策でございますが、御承知のとおり、小学校の学習指導要領の総則におきましては、「学業不振の児童については、特別の配慮のもとに指導を行なうこと。」という記述がございますが、「特別の配慮」というものの中身、具体的な内容につきましては、これは各学校で具体的にお考えいただかなければならないと思いますが、そうしたことが指導要領に記述してございます。また中学校の学習指導要領の総則の4におきましても、「学校において特に必要がある場合には、学業不振のため通常の教育課程による学習が困難な生徒について、各教科の目標の趣旨をそこなわない範囲内で、各教科の各学年または各分野の目標および内容に関する事項の一部を欠くことができる。」こういうふうに書いてございまして、それぞれ子供たちの実態に即して、それにふさわしい教育が行われるようにということを指導いたしているわけでございます。
○栗田分科員 実は私も、その学習指導要領を問題にしようと思ったのです。いまのお答えを伺っていますと、学習指導要領でそうなっているから十分な配慮がされているのだというお答えのように聞こえるのです。私、特に中学校の学習指導要領は大層問題じゃないかと思うのです。これは一応「各教科の目標の趣旨をそこなわない範囲内で」とは書いてありますけれども、「各教科の各学年または各分野の目標および内容に関する事項の一部を欠くことができる。」こうなっているんですね。 一体、学校で教えるべき各教科の目標というのはどういうことなんだろうか。私は、すべての子供たちがある一定の、ここまではちゃんと義務教育として教えなければならないということになりましたら、その子供たちがどのような事情にあろうとも、いろいろな配慮をしてそこに到達できるようにしていくのが教育の精神であると思うのですけれども、「事項の一部を欠くことができる。」というのは問題じゃありませんでしょうか。いかがですか。大臣どうお思いになりますか。
○安嶋政府委員 それは、ただいま私が申し上げましたように、「各教科の目標の趣旨をそこなわない範囲内で」ということでございまして、わからないことは何でもそれを教えなくてよろしいという趣旨ではないわけでございます。別にあるところで私お答えしたことがあるのでございますが、たとえば因数分解で、ちょっと変な話になるかもしれませんが、x2乗−4というものがありました場合に、分解いたしますとx−2とx+2ということになるわけですが、さらに進んだ段階でございますと、x2乗−4/9というものを因数分解をいたしますと、x−2/3とx+2/3ということになるわけでございます。そこで因数分解させる仕方としては、そういう二つの仕方があるわけでございますが、つまり因数分解を理解させるという数学の目標ということになりますれば、学業の不振児と申しますか、そういう子供については、x2乗−4について理解をさせれば、それで一応その教科の目的は達成されたというふうに考えておるわけでございます。 いま二つの例を申し上げましたけれども、分数の因数分解まで必ずしも進まなくてもその教育の目標は達成されておる。「一部を欠くことができる。」というのは、そういう意味でありまして、それを全く教えなくてもよろしいというふうに申しているわけではないわけでございます。
○栗田分科員 抽象論でやっていきますと、いろいろな意見になってきますので、それじゃ具体的に申し上げます。 これは二月二十日の読売新聞に投書されていたある母親からの投書です。「見切り教育には塾しかない」こういうテーマなんです。「三人の子どもを塾に通わせている母親として一言申し上げます。現在のように学習内容が多く、スピード授業の中で、戦時中の教育しか受けていない母親が子どもにしてやれることは、せめて良い先生を見つけ指導してもらうことだけです。算数のテストで半分しかわからなくても、担任の先生は「家で直してくるよう」の一言で片付けてしまいます。昔の先生は休みの日に自宅へまで呼んで教えて下さいましたが、今は先生も雑用が多いことや、下校時間がやかましいせいもあり、授業外の指導はほとんど皆無です。」——「家で直してくるよう」に、これでは何のために学校があるのかわからないということですね。わからない子供たちは、そのまま置いていかれている状態でして、さっきおっしゃったようなことじゃないんですね。ほうり出されているわけです。 それから「子どものしあわせ」という雑誌がございます。これは去年の八月号、ここにもやはり読者の投書がありますが、こういうのがあるのです。「今年五年生になった長男が四年生の二学期の頃、担任の先生から「塾に入れてくれれば、僕は、たすかります」といわれて、勉強ぎらいの子どもを、なだめすかして家庭教師の家に通わせました。」云々、こうなっています。最後に、このお母さんの感想ですが、「以前私は、学校教科以外のものの塾通いならばいいと思っておりましたが、現実は、学校での落ちこぼれを救う場所が塾であると、学校の先生方は思っておられるようなのが残念です。」こう書いてあります。 これは、どちらも先生が悪いような書き方ですけれども、実際にはこういう状態になっているということですね。だから、抽象的に論争していますと、いろいろなことになるのですが、現実としてはこういうふうになってきているということなんです。 この学習指導要領の解釈にしましても、文部省そうおっしゃっていますけれども、実際のところへいきますと、特別の配慮なんというのも、塾へ行けなんというのが特別な配慮になったりしかねない実態があるということですね。こういうことをやはり考えていただかなければならないと思います。 私でしたら、この学習指導要領、小学校、中学校ともに同じ文章に直しまして、各教科の目標に到達できるよう配慮し、そのために特別の措置をとることができる、とでもしたらどうかと思いますが、こういうことをあわせまして、大臣、どういうふうにお考えになりますか。
○永井国務大臣 大変具体的にお話がございました。私は実は、一番初めに教員養成をやっていたものですから、どうやったらいいかということですけれども、大体、いまの高校の教科書、いま中学のお話がありましたが、高校でも数学、理科それから英語、これは比較的基本的でやさしい教科書を文部省は出しましたけれども、余り広く用いられてないわけです。どういうことでそうなるかということになりますと、やはり受験体制というものが非常に激化してしまって、そういう中でもって先生方がいよいよむずかしいことを教えるというのが学校の風潮になってくる。そこにまた塾があるということで、いまの一番基本的な、だれでも勉強しなければならないということを徹底して教えていくということはむずかしいというのが客観的状況だと思います。 そこで、どうしたらいいか。受験体制を全部変えるなんて大変なことで、それは、もちろんやらなければいけないと思いますが、一つの方法は、いまもやっておりますが、先生方の研修というものを、もう少しきめ細かく考えてみて、そしてその場で、教育課程審議会が全部終わって教科書がかわる前、その前の段階においても、もう少し先生方の中で、非常に基本的なことを徹底的に教えていく、もちろんいまでもそういう方はいらっしゃいますけれども、それを広めていくというのが、具体的には一番いい方法じゃないかと考えております。ほかにも方法がありましょうが、私がいま考えておりますことはその点でございます。
○栗田分科員 それから、指導要領の「一部を欠くことができる。」という考えではなくて、やはり各教科の目標に到達できるように配慮して、そのための措置をとるということ、これが私のいま言っている一番の中心なんですけれども、その点についてのお考えを伺います。
○永井国務大臣 それは、御意見はよくわかりますし、それからいまの「欠くことができる。」という表現も、各教科の目標を達成する範囲内にというふうな条件がついておりますから、御意見の趣旨に沿っているので、欠けているという表現は、確かに問題があるかもしれませんが、御意見はよくわかります。
○栗田分科員 行き届いた教育の問題で、最後に一つ伺いますが、幼稚園があります。 この幼稚園の問題ですけれども、いま一クラスの学級編制四十人になっていますが、ユネスコの勧告など見ますと、教師一人について幼稚園の幼児二十五人が望ましいというふうになっているわけなんですね。いま日本の幼稚園というのは、一クラスの数が非常に多くて、統計を見ましても、中には四十人を超えているようなものもあるわけなんです。 この点で伺いますけれども、この数を、ユネスコ勧告の方向に沿って減らしていらっしゃるということでの御検討というのは、いままでないのでしょうか。その点、いかがですか。
○安嶋政府委員 幼稚園設置基準の問題につきましては、幼稚園設置基準の研究会というのが文部省にございまして、そこで検討を進めておりますが、まだ結論を得ていない状態でございます。ただ客観的な状況として申しますと、御承知のとおり幼稚園が大変不足をいたしております。特に人口の急増地帯等におきましては不足をいたしておるわけでございます。そうした一方における幼児教育に対する大きな需要ということを考えますと、基準を向上させるということは、これはでき得ればやりたいことでございますが、そのことが同時に、その量的な問題との絡みがあるものでございますから、そこのところは十分に慎重に考えていかなければならない課題であろうと思います。
○栗田分科員 もう終わりますが、二十五人に一遍にするということは、なかなか大変なんですけれども、では四十人より下げる方向で努力していらっしゃるということですね。
○阿部(助)主査代理 栗田さん、私、時計の番人じゃないから、余り時間のことを言いたくないけれども、時間を過ぎてから二番目の質問を発しておりますので、なるたけ結論を急いでください。
○安嶋政府委員 検討いたしております。ただ、下げるということを結論づけて検討しているわけでは必ずしもございません。とにかく一般的に検討しているということでございます。
○栗田分科員 これで終わります。
○阿部(助)主査代理 これにて栗田翠君の質疑は終わりました。 次に、梅田勝君。 〔阿部(助)主査代理退席、山本(幸雄)主査代理着席〕
○梅田分科員 日本共産党の梅田勝でございます。私は文化庁に対しまして、重要民俗史料の保護の問題について質問をいたします。 日本人の心のふるさとと言われる京都には、御承知のように多くの貴重な文化財が残されております。その中で祇園祭というのがございます。これは二十九のりっぱな鉾がありまして、千余年の伝統を持つ日本の代表的な祭りの一つでございます。これらは、われらの祖先が今日まで守り育ててきた貴重な文化財でございます。しかしながら、これを支える各山鉾町も、ビル化が進行する中でその町内の構成も変化して人数が少なくなっております。また家屋も老朽化してきております。そういう状況の中で運営はきわめて困難でございます。しかしながら、今日まで鉾の保存や祭りの維持は、保存会の人々の献身的な努力によって支えられておる、これが現状でございます。京都市はいろいろ援助もいたしておりますが、これらに対する国の援助も必要かと思います。 昭和五十年度の民俗資料保存施設に対する国の予算は、三千九百五十万円ということになっておりますが、これはきわめて少ない。これを保存してほしい、これを保存するのに国の援助がほしい、いろいろおっしゃいましても、ずっと順番があって、なかなか要望にこたえられないというのが現状ではなかろうかと思いますが、この点について文部省の見解を伺いたいわけであります。
○内山政府委員 民俗資料の保存施設の補助金が少額に過ぎるではないかというお話でございますが、重要民俗資料に指定されたものにつきまして、必要なものにつきましては、その収蔵施設の助成を従前からいたしておるわけでございます。前年度二千三百五十万円の助成でございましたが、五十年度は三千九百五十万円と相当大幅に増額したつもりでございます。 なお、保存施設の設置要求につきましては、やはり地元の強い要望、その設立体制というものが整って初めて可能でございますので、そういった実情を見きわめて助成するという方針をとっておりまして、来年度は相当増額したつもりでございます。
○梅田分科員 私どもの手元に、財団法人函谷鉾保存会というところから「鉾の収蔵庫建設に伴う国庫補助金交付について」という要望書が出ております。これは国の方にも出ておると思いますが、従来、この種の収蔵庫は、独立した建物に対しては補助が出ておりました。いわば補助の対象となっておりました。しかし京都は古い町です。そして祇園祭というのは、御承知のように京都市の中心で行われますが、その付近はどんどんとビル化していくわけでございます。そこで、従来ありました建物が老朽化して、新しく建て直すとなりますと、やはりビルになっていく。こういう場合に、鉾だけの独立の収蔵庫をビルで建てるというのは、非常に困難でございます。そこで、ほかの目的と合わせましたビルを建てて、その中の一部を収蔵庫とするというような計画が出てくる、そうせざるを得ないわけでございます。いわゆるはめ込め方式とか、あるいは金庫方式と言われているものでございますが、こういったものにつきましても、やはり国の補助を考えるべきではないか。 まだ京都には、函谷鉾のほかにも有名な長刀鉾あるいは月鉾といったような、改築や新築を必要としている鉾が十六もございます。こういう文化財を保護していく場合に、函谷鉾が計画しておりますようなはめ込め方式の収蔵庫に対して、国はもっと積極的な援助を与えるべきではないかと思いますが、その点はいかがですか。
○内山政府委員 函谷鉾のございます地域は、京都のビジネス街の真ん中でございまして、周囲はビルディングが一ぱい建っておる、ビルの谷間にあるところでございます。ここに収蔵庫をつくります場合に、山鉾はその土地に密着したものでございますので、よそへ持っていくわけにはまいらないということでございます。ビルディングの中にその収蔵庫を設置することもやむを得ない事情があろうかと思います。ただ、収蔵庫の設置費補助をいたします場合に、ビルディングそのものの設置費補助という形にはまいらないと思うわけでございまして、ビルディングの中のある部分について、そこに収蔵庫として必要な、保存庫的な特別の施設を施すということであるならば、そういうものについては助成を考えていくという方向で前向きの検討をいたしたいと考えております。
○梅田分科員 現実はそういうことなんですね。ですから、前向きに検討していただくということでございますので、積極的に援助を強化していただきたいと思います。 次に、私は、京都大学における教育研究業務の増大と定員外職員の実態について質問を申し上げたいと思います。 御承知のように、科学技術や社会の発展に伴いまして、近年、大学における研究あるいは教育業務は非常に増大をいたしております。たとえば京都大学の場合、昭和三十七年から四十八年までの間に学部学生は二四・七%ふえております。大学院生では五五・八%ふえております。講座では三二%ふえております。しかし、重要なことは、このような教育研究業務の増大にもかかわらず、教官や職員の方は適応したふえ方になっていない。特に職員の場合は一六・一%しかふえておりません。これは、いろいろ原因があると思いますが、基本的な問題は、非常勤職員の常勤化防止の閣議決定あるいは欠員不補充政策の実施、いわゆる総定員法の実施というように、系統的に定員が削減されてきたところの問題だと思います。 京都大学の場合には、第一次定員削減で教官が五十七名、職員が百三十五名、第二次削減で教官が三十四名、職員が二百十二名削減されております。合計四百三十八名も減っているわけであります。その上現在、第三次定員削減計画で百三十八名、年次計画によってやられようとしている。まことに重大でございます。このような定員削減が行われますと、矛盾が出てまいりまして、一方におきまして必ず定員外職員を置かざるを得ない事情というものが発生しております。 大学当局の調査資料によりますと、昭和四十八年度で九百五名の定員外職員がおるということになっております。これは教官を除く定員内職員の二六・七%という実に異常な数に上るわけであります。年齢的に見ますと、十七歳から四十九歳までの働き盛りの方々が八五・七%を占めております。またその在職期間を見ますと、三年以上にわたってその職務についておる方が三〇・九%に及んでおります。 政府は、いままで行政需要に応じた定員の確保はもうそのとおりにいたします、需要があればやるんだというようにたびたびおっしゃっておったわけでありますが、このように学生もふえている、講座もふえておる、しかし、それに比して定員はふえてないというのは、一体どういうことかという点におきまして、まず大臣の所見を伺いたいと思います。
○井内政府委員 ただいま非常勤職員の問題につきまして、京都大学の問題につきましてのお尋ねでございますが、京都大学の非常勤職員の実態につきまして、私どもの把握しておりますところでお答えさしていただきたいと思います。 京都大学におきます非常勤職員は、四十九年七月一日現在、私どもの把握しておりますところでは八百六十六人在職という数値に相なっております。この数は、大学全体の定員から申しますと、一四・六%に当たっておる次第でございます。この四十九年七月の非常勤職員の数を、既往の数カ年間で見てまいりますと、京都大学で昭和四十六年に一千七十八人という把握を私どもいたしておりますが、昭和四十六年から七年、八年、九年と非常勤職員の総数は漸減の傾向にあるように私ども把握をいたしております。 ただいま、いろいろお話がございましたが、各大学、学科の関係でありますとか、講座の関係でございますとか、研究、教育の進展に応じまして、必要な予算措置ということで、必要な学生定員の増、教職員定員の増等を図って今日にまいっておる次第でございます。 ただいま御指摘の非常勤職員の問題につきましては、特に行政事務を担当する者、技術的な仕事をする者、技能的な仕事をする者等、その現に担当しておりまする職務内容は多様にわたっておりますが、文部省といたしましては、各大学における定員あるいは各大学における諸経費等にらみ合わせながら、各大学で無理のない執行をしてもらわざるを得ない、こういうことで私どもまいっておる次第でございます。 今日、公務員の定員の問題は、これをいかにうまく配置し、いかにうまくこれを管理していくかという非常に大きな宿題を持っておるわけでございます。各大学におきましても、ただいま申しましたように、京都大学におきましても、四十六年をピークにしまして漸減の方向にございますが、いろいろと各大学で工夫もしていただきまして、非常勤職員が増加していくことを何とか抑制をいたしませんと、一般的な経費等への影響も出てくる、こういうふうな考え方を私ども持っておる次第でございます。
○梅田分科員 具体的に質問をしたいと思うのですが、図書館の問題です。京都大学から出されております資料の中に「定員外職員の在職状況について」という文書がございます。この中に「「国立大学図書館改善要項」(文部省、昭和二十七年)により、図書の整理・閲覧等のために必要な「基準定員」を算出すると二百八十八名になるが、これに対し昭和四十八年七月現在の図書関係定員内職員は二百十三名であり、「基準定員」に照らしても定員不足はきわめて明瞭である。」こういう報告が出ております。 実際に各学部の図書室の配置状況を見ましても、たとえば宇治分校でございますが、定員内職員は七人、定員外職員は七人ということで、半分が定員外職員によってやっているということです。そういうところは幾らでもあります。理学部におきましても定員は十人で、定員外は八人、四四%が定員外職員の努力によってどうにか図書館が回っている、こういうような状況でございます。 この文書に出てまいります文部省の国立大学図書館改善要項というのは、国立大学に対してのいわば指導方針、指導方向ですが、それに沿ったものとして各大学で定員をつくろうとしても、実際はそれが、文部省の予算においては認めることができないということによって削られているということになりますと、一体この指導方向はどうなるのかということになりますが、その点、文部省の見解を示してもらいたいと思います。
○木田政府委員 いま御指摘のございました国立大学図書館改善要項は、昭和二十五年に新しい意味での国立大学が発足いたしました際に、どういう基準で図書館を考えるかということで、関係者が寄りまして相談したものでございます。そのときは、そのときなりの考え方があったかと思うのでございますが、その後いろいろ図書館のあり方についての検討はいたしておるわけでございますが、今日の事態で考えてまいりますと、学術資料、図書館資料のあり方あるいはその運営等を考えてみました場合に、相当考え方を変えていかなければならぬというふうに思っておる点もございまして、鋭意いま、図書館の新しいあり方ということにつきましての検討を進めておる段階にございます。 一般的に申しまして、日本の大学図書館が、かなりその管理運営面につきましておくれた状態にある。また、その人員の配置だけを計数でとるということのほかに、学生の利用の仕方あるいは図書、資料のあり方等、相当基本的に考えていかなければならない点があろうかと思っております。したがいまして、今日の段階では、その昭和二十五年に検討を開始いたしまして、三十八年に当時の大学学術局長から参考として送付されましたものそのままを取り上げておるということではございません。ただ一般的に、いま御指摘がございましたように、職員数等不足の点もございますので、ここ二、三年の間かなり、図書館職員の充実には、国立大学職員の定数増の中で努力を加えてまいりました。特に四十七年から図書館職員の増につきまして相当程度の改善努力をしておるわけでございますが、いま大学局長からも答弁がございましたように、全体として合理化の問題等もございますので、今後あわせて検討を急ぎたいというふうに思っておる段階でございます。
○梅田分科員 これは現在検討が加えられておると言いますが、この文書によりますと、「図書館の職員数において他の部門と異る最も重大な特色は、固定的な定員をもって縛っておくことができない点である。すなわち蔵書は年々増加して行くため、自然利用率も高まり、従って特に管理運用面に携わる職員は蔵書の増大に正比例して増加を必要とする。」そしてアメリカの例が出ております。「コロンビヤ大学のごときは蔵書は二・五倍の増加に対して、職員数はそれよりも多い三・五倍の増員が行われている事例に徴しても明らかである。」アメリカの例まで引いて、よそはよくやっておる、しかし「日本の大学図書館の職員数に対してはかかる考慮が全く払われていない点については特に反省されなければならない。」この当時は反省しておったわけですね。そして具体的に数まで定めております。「職員の最低基準数は学生一千名、蔵書五万冊の図書館で十人、学生数一千名を増すごとに二名、蔵書二万冊を増すごとに一名として算出し、年増加五千冊に対して職員一名を増加して行く程度が穏当であろう。」こうなっておるのです。 先ほどの京都大学の算出によりますと、定数不足はきわめて明白ということで、京都大学では総長辞令で七十九名、そうでない人が五名、総計八十四名を定員外職員として採用しているわけです。これでどうにか国の指導した方向の基準に合致するわけであります。定員内職員とそうでない職員とは、賃金とか身分の問題につきまして非常に大きな違いがあるというのは、もうよくよく御存じだと思うのです。同じ仕事をしておって、そういう差別的な扱いになるということは、きわめて重大だと私は思うのでありますが、これは根本的に改善する必要がある、そういう点で文部大臣の御所見を承りたいと思います。
○木田政府委員 ただいまお読み上げくださいました当時の改善要項の指導、すなわち職員は、蔵書の増大に正比例して増加を必要とするというような説明は、明らかに今日誤っておると考えております。蔵書の数に正比例すべきものではなくて、使用頻度というものを考えなければなりません。数がふえただけ使用頻度が当然正比例してふえるというふうには考えておらないのでございまして、特に学術関係の資料はアップ・ツー・デートな資料も必要となるわけでございまして、使用頻度は、年次によっていろんな隔たりで進んでまいりますから、ただ点数がふえたら、それに応じて職員が正比例すべきものというふうに今日考えておりません。また、そうした検索の方法その他もいろいろと改善を加えなければなりませんので、先ほど申し上げましたように検討をいたしておるところでございます。 そして一般的に図書館のあり方につきまして、弾力的に運用をするという御指摘がございました点につきましては、私どもも、まことにそのように考えていきたいと思っております。臨時的な職員はやはり業務量に弾力的な、変動のあるような場合に臨時的職員を考えるということが一番大事なことかと思っておりますので、それらの点も考え合わせながら、また図書館の勤務時間のあり方等も考え合わせながら、今日すでに二十数年前の基準を改められてないという私どもの怠慢も実は反省しながら、鋭意検討を急いでおるところでございます。
○梅田分科員 この図書館の定員外職員の方々は、非常に長い期間同じところで働いているのです。季節的だとか、あるときによってふえるというような仕事じゃないのです。系統的にそういう作業に従事しておる、これが実態なんです。だから、いまの答弁は承服しがたいわけでございます。 さらに、もう一つ問題がございますので質問いたしますが、京都大学の結核胸部疾患研究所というのがございます。これは結核の感染の危険性の非常に高い職場でございますが、この中にも定員外の職員が働いております。たとえば病院の患者受付、ここに三人の定員外労働者が働いております。薬剤部におきましては、薬剤士の免許を持ちながら定員外で働いている人が一人おります。放射線科では、レントゲン技師でありながら定員外で働いている。また研究室におきましては、十一人の職員がおりますが、そのうち定員内の職員は、いわゆる技官という人が二人だけ、あとは事務補佐員が二名、技能補佐員が七人、これがいわゆる定員外職員で、肺生理、病理、細胞化学、細菌、血清、内科一、内科二、こういう六つの分担を持って結核菌の培養等、危険な作業に従事をしているわけであります。しかもこれが三年、四年と同じ仕事をやっている。この結核研究所の窓口業務は、現在四人でやっておりますが、定員内職員が一人、定員外が三人ということで受付をしておりますが、ここにはいわゆる調整額がついておる。危険度が高いところについて、御承知のように、人事院規則に基づく俸給の調整額というものをつけておるのです。当局も、そこは危険な職場だということを認めて、調整額をつけておる。そういうところに定員外の諸君を長期にわたって働かすというのはどういうことですか。これは改める必要があるのじゃないですか。
○井内政府委員 京都大学の具体の問題といたしまして、結核胸部疾患研究所の病院におきます非常勤職員の勤務の態様、並びにこれに対しまする処遇の仕方につきましてのお尋ねがございましたが、私どもが把握しておりますところでは、この研究所の研究部門におきまして、結核菌その他の病原菌を動物に接種したり、感染動物の解剖補助、病理組織標本の染色培養、検索、こういった補助業務に従事しておる職員が八人で、それから付属病院で窓口事務、看護、放射線、臨床検査等の補助業務に従事する者十人、計十八人というふうに私ども一応把握させていただいております。この十八人につきましては、細菌感染等のおそれによる緊張ないし不快感を伴うことから、定員内の職員と同じ基準を適用して、研究所の場合は四%、病院の場合が八%、看護婦及び看護助手の場合が一二%に相当する給与を支給をしておるというふうに私ども伺っております。 なお、係の者が参りましたときに、御指摘のありました、さらに具体の件がございましたが、その件につきまして、私ども大学の方にも問い合わせてみたのですが、窓口業務を担当しておる者が休暇をとりましたり、いろいろな都合でその窓口業務に従事できない場合に、収入係としております非常勤職員が月に何日かそれを手伝っておるという実態があるというふうに私ども報告を受けております。 以上でございます。
○梅田分科員 数日どころじゃないですよ。竹内孝子さんという人は、昨年は約百日も出ているんですよ。そういう危険な職場、調整額に相当するものを出さなければならぬというところを、長期にわたっていわゆる定員外の職員でやっているということ自体がおかしいのじゃないか。私が当初申し上げましたように、行管の長官をされた福田さんは、行政需要があったら、これは十分に手当ていたしますとおっしゃった。それが、いま大学の中でこういう状態が放置されているということは重大な問題だ。これは、やはり即刻改善さしてもらわなければならぬと思うのですが、最後に大臣、この問題について決意のほどをお聞かせ願って私の質問を終わりたいと思います。
○永井国務大臣 私も京都大学におりましたし、東京工業大学などにもおりましたが、大学の中の業務というものはかなり複雑でありまして、先ほどから図書館の話が出ましたが、図書館などの運営の方法、これも毎年というほどではありませんけれども、相当期間のうちに変わってきております。それとの関連においてこの非常勤職員の問題もあるわけでございますから、大学自体も、京都大学もそうでございますが、それぞれの大学でいろいろ改革の方向を考えて、そして人員配置なども考えております。 われわれとしましては、これは、またそれぞれの大学に違う問題がありますから、こうした問題につきましては、大学とより緊密に連絡をいたしまして、きょう御指摘になりましたような事実、また、それに関連するような事実というものの把握に努めまして、それをまず第一に十分にやるように心がけまして、大学の発展の実情に即するように、この非常勤職員の問題を考えていくようにしたいと考えております。
○梅田分科員 善処を期待いたしまして、私の質問を終わります。
○山本(幸雄)主査代理 これにて梅田勝君の質疑は終わりました。 次に、山口鶴男君。
○山口(鶴)分科員 本日の新聞を拝見しましたら、昨日、日教組の代表と大臣お会いになったそうでございまして、大変結構だと思います。ただ私は、新聞を見て思うのですが、何か日教組と文部大臣がお会いになると、新聞も必ず写真入りで報道する、それからテレビも入りまして七時のニュースで報道される。私はああいうことは余り好ましくないのじゃないかと思っております。 結局、今日まで、一年に一遍ぐらいしか会わない、あるいは数年会わなかったという事例もございますが、そういう不幸な歴史がありましたために、何か日教組の代表と文部大臣がお会いになると、新聞にも写真入りで報道される、テレビも報道する。そうではなくて私は、これからしばしばお会いをいただいて、そうして新聞に仮に載るにいたしましても、べた記事ぐらいで載るというふうになることが好ましいのではないかと思いますが、大臣いかがですか。
○永井国務大臣 私も全く同感でございます。
○山口(鶴)分科員 ぜひともそのような御趣旨で今後対処されることを要請いたしておきます。 昨日、日教組の代表と、人材確保法案の教職員の給与改善についていろいろお話も出たようでありますが、実は私、この人材確保法が成立をする過程では、私なりにいろいろ努力もいたしました。あるいはお聞きだと思いますが、自民党の諸君と私との間で覚書を交換したこともございます。また、参議院におきましては、四項目の附帯決議もなされまして、また一部字句の修正も行われたのであります。 大臣にお尋ねいたしますが、参議院で付されました附帯決議、国会の意思だと思いますが、今後、教職員の給与の改善に当たって、ぜひこの参議院の附帯決議を尊重してやっていただきたい、このことをお願いをいたします。いかがですか。
○永井国務大臣 尊重いたします。
○山口(鶴)分科員 一番問題になりましたのは、いわゆる五段階給与制度はとらない、現行給与体系に基づいて給与改善をやっていくということであります。どうか、ただいま附帯決議を尊重されるという御答弁でありますから、この附帯決議の趣旨に沿って、人事院に対しては文部省の意見も申し出ていただきたい。また、この問題に関する職員団体との話し合いにつきましては十分やっていただきたい。このことを強く要請をいたしておきます。 そこで、お尋ねをいたしたいのは、今度給与改善の予算につきましては、四十九年度のいわば平年度化、それから五十年度におきましては五%で一カ月分が措置されております。ところが、今度文部省は、義務教育費国庫負担法第二条但書の規定に基き教職員給与費等の国庫負担額の最高限度を定める政令の一部を改正する政令というのをお出しになりまして、これを四月一日から実施をされる、こういうことであります。 この義務教育費国庫負担法、さらには養護学校の給与負担法もございますが、これができましたときには、大臣も御存じだと思いますが、最初は、実員実額でもって計算をいたしまして、その二分の一を負担する。ただし、東京都等のいわゆる富裕団体と申しますか、財源の豊かな一部の都府県につきましては、限度を定めておったわけでありますが、原則は実員実額でございました。それがその後、人数につきましては標準法に基づく数でもって計算する、いわゆる定員実額になったわけですね。せっかく永井文相が就任されましたのを契機にいたしまして、さらに実額が、百分の百五というような一応のゆとりはございますけれども、この額の限度が一応制限される、こういうことを私は非常に残念に思います。実員実額で出発し、それが定員実額になり、せっかく永井文相が就任になりましてこれが定員定額的になっていくことにつきましては、非常に残念に思います。なぜこのような政令を必要としたのですか。
○安嶋政府委員 先生もよく御承知のとおり、義務教育費国庫負担法の第一条におきましては、国民のすべてに対して、その妥当な規模と内容とを保障するために義務教育費国庫負担法が制定されたという趣旨のことが述べられております。国民に対して何が妥当な規模と内容の教育であるかということになりますと、まず定員につきましては、御承知の義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律、これが妥当な水準であるということかと思います。また御承知のとおり、教員の給与の水準につきましては、教育公務員特例法の二十五条の五におきまして、公立学校の教育公務員の給与は国立学校の基準によるということでございます。したがいまして、その定員なり、あるいはその給与の額なりを国が保障するということが、やはり妥当な規模、内容を国が保障をするということであろうと思います。そういう趣旨から、定員につきましては、御承知のとおり、三十九年にいわゆる定員制がしかれ、今回定額制がしかれたということでございます。 こういう職員の給与につきまして、定額制をしいてはという議論は、先生よく御承知でございますが、非常に古い議論でございます。ただその際に、標準的な給与を具体的に算定することが、従来技術的に非常にむずかしかったわけでございますが、御承知のとおりコンピューターの発達等によりまして、今回は約六十万人のパンチカードを文部省に集めまして機械的な処理ができる。その際の基準といたしましては、国の給与法の制度線に六年ないし七年に一度の特別昇給の額を上積みいたしまして、それにさらにアローアンスといたしまして五%を上積みしたものを国の標準の定額とする、それを超えたものは負担対象にしないけれども、それ以下のものにつきましてはすべて実額を負担している、こういうことでございます。 現実にどういう姿になるかということでございますが、四十九年四月のデータが前提でございまして、この五十年四月にどうなるかはわからないわけでございますが、四十九年四月のデータを基礎にいたしますと、六府県程度がこれに該当するということでございます。ただ、その該当の仕方は、四県につきましてはきわめて軽微でございまして、実質的に該当いたしますのは二府県程度であろうというふうに推定をいたしておりますが、この二府県は、いずれもかなり大幅ないわゆる昇給短縮等を実施している府県でございまして、全国的に見ました場合には、先生が御指摘のような実額負担の趣旨は貫かれておる、ごく例外的にそういう府県がわずかにある、こういうことであろうかと思います。
○山口(鶴)分科員 いろいろお述べになりましたけれども、その根拠法ですね、公立学校職員の給与は国立学校の教職員の給与を基準とする。例とするという表現だったか、私は法律を最近見ませんのでつまびらかでありませんが、これは前からその規定は変わらないわけですよね。 それで、当初は実員実額で出発し、やがて三十九年に定員実額になり、そしてコンピューターが云々ということを言われましたけれども、とにかく教育公務員特例法で公立学校の教職員の給与に対する規定の仕方は全然変化がない。変化がないところへ持ってきて、今回せっかく永井文相が登場されたときに、いわば定員定額的なものになるということは後退だと思うのです。そういうことを私は残念に思うのです。 いま地方公務員の給与が高いというようなことが大きく問題になっています。自治省がラスパイレスの方式でいろいろ調査をしておるようですが、あれについてもいろいろ疑義がありますけれども、しかし府県の職員は、あのラスパイレスでいきますと、大体一一〇・六ないし八ぐらいいっているはずですよね。そこへ持ってきて一〇五というので決めるというのは、これはやはり私、問題があるんじゃないかと思います。都道府県の教育職員の状況がそうであるのに、教職員のこの限度だけ百分の百五で決めるということは少し厳し過ぎるんじゃないですか。
○安嶋政府委員 これも御承知のことと思いますが、教職員につきましては、ラスパイレス方式はとっていないわけでございまして、先ほど申し上げましたように、給与法を基準といたしました制度線に若干の上積みをしているということでございます。 なぜ五%の上積みをしたかということでございます。が、先ほどもちょっと申し上げましたように、基礎資料が四月のものでございまして、それだけでやりますと七月、十月、十二月等の定期昇給がその中に含まれないわけでございます。ですから、その分は当然に上積みをしなければならないわけでございますが、それが約二%程度と見込まれております。あとの三%は何かと申しますと、これは先ほど先生がおっしゃいましたように、各府県におきまして給与というのは、正確にどんぴしゃり幾らが妥当だという計算がなかなかできにくいものでございますから、そこのところを若干余裕を持ちませんと、実際上の無理が生ずるということで、残りの約三%はそういう考え方を前提にして上積みをしたわけでございます。ですから、私どもは、決してこの五%アップということがきついというふうには実は考えないわけでございます。また制度線をとるということ自体も、実際は人事院に別に給実乙というような基準がございまして、それより下回っているものもあるくらいでございますから、決してこれはきつい基準であるというふうには私どもは思えないのでございます。
○山口(鶴)分科員 時間が制限されていますから、私は細かい議論はするつもりはありません。私どもは、自治省から地方公務員のラスパイレスの全資料についていま提示を求めております。したがいまして、その都道府県の職員の状況と今回のこの限度政令百分の百五というものとの比較をいたしまして、細かい数字上の議論は改めて文教委員会でいたしたいと思います。 ただ、大臣に一点お伺いしておきたいのは、せっかくそういう実員実額で出発したこの制度が、永井さんになってから定員定額的なものにいわば改悪されたということについて、大臣どうお考えですか。残念に思いませんか。
○永井国務大臣 私は、実は初中局長からいま御説明申し上げたような考え方を承認いたしました。
○山口(鶴)分科員 就任早々だったために、いわば軽率に承認されたのではないかと思いますが、この点はまた後で議論いたしましょう。 次に、公立高等学校の問題をお尋ねしたいと思うのです。自治省も来ていますのでお伺いしたいと思うのですが、この地方財政計画、この中に公立高等学校の施設整備につきましては起債で、昨年は六十億でございましたものが三百億組まれておりますが、別に基準財政需要額の中に当然この高等学校の投資的経費というものは見込んでいると思います。四十九年は何ぼであり、五十年は幾らでありますか。
○森説明員 四十九年度の金額は八百二十八億円、五十年度に予定しておりますのは千百三十六億円でございます。
○山口(鶴)分科員 その計算の根拠をお伺いしたいと思いますが、この交付税法の一部改正、高等学校の投資的経費昨年、生徒一人について一万五千九百円でありましたものが、今度単位費用が二万二千二百円に上がっておりますね。約四〇%近く上がっていると思いますが、公立の高等学校の生徒は約三百万人ですね。そうでしょう。これを計算いたしますと八百二十八億、それから二万二千二百円を三百万倍いたしましても千百三十六億円にはならぬですよ。どういう計算でこの八百二十八億が入っている、この千百三十六億が入っておると、こう自治省は言われるのですか。
○森説明員 この単位費用につきましては、ただいまおっしゃったとおりでございますが、その単位費用の算定の仕方といたしましては、文部省からいただきました第四次公立文教施設整備五カ年計画、これに基づきまして、一般校舎、危険校舎、屋体その他の施設につきまして必要な整備面積を出しまして、それに当該年度の建築単価を掛けて、さらにそれを標準団体に置き直して計算をしておるわけでございます。標準団体は、標準県につきまして五十校持っておる、こういう計算になりまして、五十校で割りまして、さらにその生徒数で生徒一人当たりに割りまして、それからさらに補正係数を掛けますので、いまおっしゃいましたように、最終的には千百三十六億円になる、こういう計算でございます。
○山口(鶴)分科員 私、府県の標準規模はわかっています。それからまた公立高校の生徒数、標準規模六百七十五人でしょう。その場合の昨年の投資的経費は一校当たり千七十万円、こういう計算ですね。それで生徒数で割り出しますから、いまの単位費用になっているわけです。 〔山本(幸雄)主査代理退席、阿部(助)査代理着席〕 したがって、その単位費用に生徒数を掛けるというかっこうになっているわけでしょう。これで計算いたしますと、昭和四十九年は四百九十九億円にしかなりません。本年は六百六十六億円にしかなりません。一体どうやったらいまのお答えの数字になるのか、具体的な資料を出してください。
○森説明員 単位費用にいまの補正係数を掛けまして、その補正によりまして増加してただいまの数字になるわけでございます。
○山口(鶴)分科員 私は地方行政は長かったのですよ。そういう中途半端なお答えじゃだめですよ。単位費用が昨年の場合は一万五千九百円、今度は二万二千二百円ですね。そうしてこれは生徒数でもってすることになっておる。それがなぜいま言ったような金額になるのか。補正係数その他は私も知っていますよ。だから、補正係数がどうなって、どうやって、全体としてこういう額になると、はっきりした数字の資料で示してください。
○森説明員 では資料を提出いたします。
○山口(鶴)分科員 その資料でいまの金額にどんぴしゃ合わぬということになれば、これは問題ですから、その部分は資料が出て、予算審議中にこちらが突き合わせてみるまで保留しておきます。 実はことしの予算編成で、公立学校の施設整備費に対して国庫補助を引いていただきたいという各方面からの要求でございました。全国知事会の強い要望でもございました。また、私が委員をいたしております地方制度調査会でも、これは総理大臣の諮問機関でありますが、昨年暮れの答申の際に、私立学校の高等学校以下の助成についても国庫補助制度を創設せよ、それから公立高等学校の施設整備費についても国庫補助制度を創設せよという答申を行ったわけです。ところが残念ながら、私学については八十億というような本当にスズメの涙。まああとは交付税である、こう言うかもしれませんが、まさにスズメの涙。それから高等学校の国庫補助については見送られたわけです。 全国知事会が出している要望を見ますと、昭和四十九年度一千三百六十四億の整備費が必要である、五十年度においては一千二百九十八億の経費が必要である、こう言っております。これは県立の公立高校だけです。そうしますと、市町村立の公立高等学校もあるわけでありますから、これを加えますと二千億円近い経費が必要だというふうにしなければならぬと思う。ところが、いま自治省のお答えのございました金額でまいりましても、昨年八百二十八億円、起債が六十億円でしたから、わずか八百八十八億円の財源措置しかしていなかったということになります。本年は、まあ自治省の数字をうのみにいたしまして千百三十六億円。これに三百億円の起債を上積みいたしましても、千四百三十六億円の財源手当てしかしていないということになります。しかもこれは過去の建築に当たって各府県や市町村が起債をやっているわけですから、その償還というものをこのほかに考えなければならぬということになります。 そうなりますと、いま第二のベビーブームというものが来まして、しかも過疎過密現象が非常に激化しております。そういう中で、一番人口の増加率の高い神奈川、埼玉あるいは大阪、東京というところでは、たとえば埼玉では、現在高等学校が八十一しかないのに、百三校新たに昭和五十六年までに高等学校をつくらなければならぬ。同じように、神奈川におきましては、現在百十六校の高等学校がある。これに対して、新たに百一校の高等学校を昭和五十六年までにつくらなければならぬ、こういう状況です。こういったことを考えますと、私は、地方制度調査会の答申にこたえなかった本年のこの予算はきわめて遺憾だと思いますし、さらにまた、仮に自治省の数字をうのみにいたしましても、府県や市町村が必要とする高等学校の施設整備費に全くこたえてない。しかも単位費用の上からいって、私が計算をしたその計算からいきますならば、昨年はせいぜい五百六十億円、ことしの場合は九百六十億円程度の財源措置しか、単位費用と起債とでやっていないということになるわけであります。 これでは私は、特に府県の財政、市町村の財政が破綻をするのはやむを得ないと思うのです。大臣いかがですか。こういった高等学校の増設に必要な経費というものは、もっと文部省として明確にひとつ把握をいただきたい。そしてこれに見合うところの財源措置をきちっとやるように、交付税の投資的経費を見ているからいいということではなしに、できればそれに見合った国庫補助制度というものを確立する、このことが必要じゃないかと思うのですが、いかがですか。
○今村(武)政府委員 人口急増の都道府県で、先生のおっしゃるような、高等学校増設の必要性を持っておるということは、まさに事実でございまして、それを援助するために国庫補助制度ができることは、現状よりもさらに高等学校の整備を促進する上でよろしいと思います。ただ五十年度の予算におきましては、いろいろな都合で、予算の取捨選択の関係で、補助金は計上されることにはなりませんでした。
○山口(鶴)分科員 それではどうも府県それから市町村の要望にこたえられぬと思うのですね。少なくとも明年は、公立高校の施設費——特に現在の高等学校は、大臣御存じのように、九〇%あるいは九五%を超えるという生徒が入学をするという状態です。まさに義務教育と何ら異なるところがない、こういう状況になっているわけですね。とすれば、それに必要な施設整備費に対して国が責任を負うということは、私は当然ではないかと思います。国庫補助制度の創設に対する、特に地方制度調査会の答申もあるわけでありますから、それを受けて、大臣としての御決意を承っておきたいと思います。
○永井国務大臣 本年度は三百億の起債という形で高校新増設に対処するわけでございますが、明年度以降の考え方を述べよという御質疑だと理解して私の考えを申し上げます。 人口急増地域におきます高等学校新増設の必要があり、さらに整備の必要が一層増してくるということは、御指摘のとおりであると思います。その点では、かつての昭和三十七年から四十年までのベビーブームのときの全国的な新増設の必要性と性格を異にしているものがあると思います。 先ほど埼玉と神奈川についての数字をお示しになりました。その数字は恐らく知事会からだと思いますが、また名古屋大学の潮木助教授なども計算をしておられます。私たち考えていきます上で、やはりこの今後の推計というものをどういうふうにやっていくかということは、非常に重要な問題だと思います。決して知事会の数字を信用しないというわけではありませんけれども。一つは経済社会も相当の変動がございますから、これまでの人口都市集中という現象のときの割合と同じように将来人口集中が起こるかどうかという、人口動態の今後の変化についてのいろいろな予測をしてみる必要があると思います。 それから高校への進学要求でございますが、これも全国平均に比べますと、人口急増地域の方が進学要求が非常に高いということもございますが、他方におきまして、志願をしている人がどのくらい高校に入れたかというそちらの数字を見ますと、大体九八%は入れているというのが現在の状況でございます。これがまた、今後の進学要求との関連において、どのくらい人口急増地域で高まっていくかということも推計しなければならないと思います。 お示しの数字は非常に重要な数字でございますが、ほかにもいろいろな計算があり、また私たちとしても、この問題は慎重に検討いたしまして、そしてなるべく確実な長期計画を立てる。長期計画を立てた上で、自治体と中央政府との協力関係というものを考えまして、高等学校進学要求者の希望に応じるような、そういう財源を確保するようにしなければならないと考えております。
○山口(鶴)分科員 明年度そういうことで真剣に取り組んでいただく。ぜひ期待をいたしたいと思いますが、本年、とにかく府県でも一千三百億円程度の財源を必要とする。市町村を含めればさらにふえる。こういう中で、当面財源手当てがないわけでありますから、三百億というのは一応の地方債計画の中に入っているわけです。大臣御存じだと思いますが、別に枠外債というのがあるわけであります。したがいまして、今年度におきましては、三百億の上にできるだけ枠外債をひとつ確保いただいて、そうして当面の本年度のこの財政需要に対処する、この御努力をぜひともあわせていただきたいと思うのです。これは可能だし、従来いつもあるわけですね。いかがですか。
○永井国務大臣 御趣旨の線に沿って努力したいと思っております。
○阿部(助)主査代理 これにて山口鶴男君の質疑は終わりました。 次に、井上普方君。
○井上(普)分科員 大臣にお伺いしたいのですが、大学紛争が起こりましてから六、七年たちました。しかし、この大学紛争の際に原理的に学生諸君から提起せられた問題は私は正しかったと思うのです。これは当時の永井さんの、文教委員会における公述人か参考人か、あるいはそのときの論文か何か私も見まして、御同感だったと思うのです。これが一体文部行政の上にどのようにあらわれておるか。あなたは就任以来三カ月たっておられる。一応かなり文部行政についてもうお知りになったと思うので、民間でおられたときと現在とでは大分お考え方が違ってきているんじゃないかと思いますので、その点ひとつお伺いし、今後の御所見を承りたいと思います。
○永井国務大臣 大学紛争が昭和四十三年、四年という時点においてきわめて激化いたしました。そのよってきたる原因というのは、これは私も当時いろいろなものを書きましたが、相当複雑なものがあると思います。 そこで、そこに細かく立ち入ることはいたしませんが、しかしながら、いままで文部大臣になりましてからやろうとしてきたこと、またある程度やりましたこと、それをその関連で申しますと、やはり特に私学の場合には、財政的な経営体としての非常に不健全な状況にあって、これが今日も解消しておりませんし、また授業料値上げは、国庫補助はありましても値上げが続いております。ですから、私がやりましたことによって問題は解決したとか解消したとかいうことは、ゆめにも思っておりませんが、しかし、これはやはり大学紛争との関連において、今後も国庫補助によって私学の経営の健全化を図るということでございます。 次に国立の大学でございますが、国立の大学でやはり問題になってまいりますのは、いろいろな問題があると思いますが、一つは入学試験制度というものが非常に画一的であると同時に暗記中心的であり、これが高校以下の教育に非常に圧迫を加えておりまして、そのことについての不満の蓄積というものが入学したときに爆発する、いわゆる管理社会に対する反対というふうな形であらわれたと思います。 この問題につきまして、これは私ではなく、すでに前の大臣、前々の大臣のころから大学入試改善会議というものが始まっておりまして、これは共通試験をどういうふうにやっていくかという問題、あるいは一期校、二期校の問題、さらにまたそれぞれの大学の入試制度の改革を推進していくという問題、これはまだ就任以来それほど進んでおりませんが、私が重点的に考えていかなければならない問題と思っております。 また、そのほかに、大学以下の教育というものが非常にゆがめられた形になっているというところにも問題があると思います。一般に受験体制の激化と申しますが、そのほかに学校教育の中の教科の過密化現象というのもございます。これも私、以前の大臣方が御苦労になったことでありますが、何とかして教育課程を変えていこう、そして特に義務教育の段階で充実した義務教育をやって、だれでもがわかりやすく、わかっていけるような基礎学力をつけるようなものにしたい。これも進んでおりまして、これにつきましては、特にいわゆるイデオロギー的な側面から問題がとらえられて、日教組の関係の学者というものの意見などはなかなか聞かないということが続いてきておりましたが、こういうことも学生諸君にとって不満なことの一つだったと思います。しかしこれは、学生以外にもその問題についていろいろ問題にしている人はあったと思いますが、いままでも続いております公聴会を三月から一層強化いたしまして、各方面の意見を聞く、梅根悟先生の意見も聞くという方向で歩み出しているわけでございます。 しかし、それらの問題だけが大学紛争のよって来るところではございませんで、特に国立大学の場合に、どういうふうな学校の経営の姿にしていくことが望ましいかという問題につきましては、講座制の問題でありますとか、あるいは完全な国庫依存というふうな形で進んでまいります中で、必ずしも教授会自治というものが大学の改善に対して機動的に動いていないという問題があるかと思います。これについては、中教審答申、これは私は批判した点もあるのですが、むしろ評価した方を申しますと、少し大学の形を変えてみてはどうかという議論が中教審の答申の中にございます。私は公社案ということを申しましたが、それに類似の案がございます。これはいままでのところは何にも手つかずで来ておりますから、今後の課題として考えていきたい。 ほかにいろいろございますが、以上申し上げたような点が、ある程度手をつけて進めようとしていること、また課題として残っていることでございます。
○井上(普)分科員 私も大学紛争の、あれだけのエネルギーを使い、あれだけの民族的な損失と申しますか、これらをカバーするだけの改革が順調に進められることをこいねがっておった一人でございます。しかしながら、現在の大学改革を見てみますときに、果たして国民の要求、あるいはあれだけのエネルギーを使った損失をカバーするだけの成果があらわれておるか、残念ながらまだまだ不足なものがあると私は思います。特に国立大学における改革というのは全然進んでいない。 これは文部大臣、私学教育も大変大切なことです。経済的財政的援助を国がするということも必要でしょう。あるいは入学試験の改善も必要だと私も思います。しかしながら、文部省自体といたしましてたちまちやらなければならないことは、やはり国立大学そのものの講座制であり、あるいは学部自治制であり、教授会自治、こういう根本的な問題にメスを入れなければならないと私は思うのであります。しかしながら、どうもいままでの講座制の中に安住しておる教授諸君が、遺憾ながら、一部の勢力に迎合して身の保全を図る動きがあることも、大臣なら御存じだと思うのであります。しかし、どういたしましてもこれに根本的なメスを入れて、いわゆる百年前のドイツの制度そのままを続けておるこれを変えなければならないと私は思うのですが、これに対しては何らさわろうとしない。大臣も、この点については、いまの御答弁で、どうも避けて通られようという点があるのじゃなかろうかと私は思います。この点につきまして正面から取り組むお考え方をひとつお示し願いたいと思うのであります。でなければ、あれだけのエネルギーを使ってまことにもったいない話である。しかも提起された問題というものは正しい問題であったという認識のもとに立つならば、やはりこれは避けて通れない政治の問題であります。したがいまして、大臣の御所見を承りたいと思うのであります。
○永井国務大臣 私が大学公社案という形で提案いたしましたものは、従来の国立でも私立でもないものであります。それはもちろん相当の国庫補助があるのですが、しかしながら、大学の自主的運営というものをむしろ現在以上に強めるという考え方、この考え、いまも持っております。ただそこに一つの問題は、大学の自治というものは非常に重んじなければいけない。大学の内部からそういう考え方が起こってくることが非常に望ましいのでありますが、過去数年間、なかなかそういう考えは起こりませんでした。そこで、その考えを捨ててしまったのではなく、いま省内におきまして、どういうふうにすればそういうふうな考え方——これは実は先ほども申しましたように、中教審答申の一部にも関連をしている点でありますので、どういうふうにすれば実現し得るかという問題について検討しているところでありまして、しばらく時間をかしていただきたいと考えております。
○井上(普)分科員 このことにつきましては、私どもといたしましては、あなたに特に期待しておるのです。あなたの大学公社案に私は全面的に賛成するものじゃございません。しかしながら、大学改革というのは、これは避けて通れない問題であります。でありますので、私は、野党の一人としてではありますけれども、この点にいかなる考え方を示されるか、実は期待いたしておるのであります。検討中と言いますと、これはしようがございません。この程度にしておきましょう。 そこで、いま実は大臣の所信表明を拝見いたしたのであります。しかし、そういうような考え方に立って物事を考える場合に、果たして大学のあの教訓がこの所信表明の中に生かされておるかといいますと、私、いまここで拝見したのですが、遺憾ながらこれが出ていない。むしろ逆行的な行き方をしているのじゃないかと思われる節がございますので、御質問いたしたいと思います。 それは、医科大学を創設しつつあることであります。これは、大学紛争が医学部から出てきた、てして医学部が原点となってほかに広がっていったので、医学部だけ独立させようという、まことに小手先の文部官僚の考え方がここにあらわれておると思うのであります。医学というものそれ自体は、もう私が申し上げるまでもなく、総合科学であります。したがって総合大学の中において、この医学に対する考え方、研究成果をいかに総合的に入れていくかということでなければならないと思います。しかし、ここに出てきておるのは単科大学で出てきておる。果たしてこれは大学紛争の成果が、反省が生まれておるかどうかということにつきましては、私は大きな疑問を抱くのですが、大臣、どうですか。
○永井国務大臣 私、先ほど申しましたように、大学紛争のよって来るところは非常にたくさんある。一つは私立学校というものが経営上建全でないということがあると申しました。ですから、医科大学を国立でつくっていくという問題は、総合国立大学の改革という方向から発想されたものではないと思います。そうではなくて、私もいま医科大学を国立でつくるということに十分積極的な気持ちがありますが、その意味合いは、私立の医歯科大学というものは担当たくさんある、そしてこれは入学時納付金なども非常に問題になっております。そこで、これは私は当時紛争の時分にも書いたことでございますが、医歯科というふうな非常に公共的な研究ないし教育をやるような機関、こういうものについてはもっと早くから公共改質が行われていなければならなかったということを私は当時から書いておりますし、いまも信じております。そこで、先生の方が専門家でいらっしゃいますが、わが国の医師の数というのは、十万人中百五十人程度という欧米の水準まではまだ到達しておりません。そこで、それを今後も私立医歯科大学で強化していくということになれば、非常におかしなことになると思います。そこで、昭和六十年ぐらいをめどに仮にいまの水準に到達するということをなし遂げようとするならば、いまから国立医歯科大学というものの強化を図らなければならない。その方との関連におきましては、やはりこれをつくることに積極的な意味があると思っております。
○井上(普)分科員 問題をすりかえてもらっては困るんですよ。大臣、私が言っているのは、せっかく、島根にも、あるいは冨山にも総合大学がある。その中に医学部としていまの制度のままでいけばいいですが、なぜ総合大学の中の医学部として発足させないか、その中で総合医学というものをひとつ進めていくべきじゃないか、私はこれを聞いているのですよ。問題のすりかえをやる、そんなひきょうな大臣とは私は思っていないんですが。
○永井国務大臣 私は別にすりかえをしたわけではないんです。医科大学というものを総合大学の中の医学部でつくりあげていくということも、非常に重要な問題だと思います。私が大臣になった時点におきまして、先ほどの問題との関連、すなわち私立との関連で医科大学をつくっていく、しかし、これもやりようによっては相当の積極性を持ち得るのではないかということを私は考えました。それをやはり申し上げておきたいと思います。それは……(井上(普)分科員「大臣、そんなの読んだらだめ」と呼ぶ)いや、読んで申し上げます。(井上(普)分科員「私はわかっているんだから、文部省の考え方というものは、役人のつくった作文というのは」と呼ぶ)そこで、とりわけ考えなければいけないのは、私立との関係、この関係でとにかくつくっていこうということに重点を置いたわけです。
○井上(普)分科員 私は、医者を養成する機関、医学者をつくる養成機関を否定するものじゃない。たくさんつくらなければいかぬと思っているのです。ただ、勉学する場、これを総合大学の中に、せっかくあるところに設けずに、なおわざわざ別につくらなければならぬ必要性はさらさらないじゃないか、このことを言っているのです。わかるでしょう。高知にいたしましても、松山にしましても、総合大学があるにもかかわらず医科大学として独立さしておる。医科大学あるいは医学部というものが封建性の巣窟であって、私学で言いますと、神学部とこの学部と二つがともかく封建性のかたまりみたいなところで、ここから問題は爆発した。 しかし、このことの反省に立ってわれわれは物事を考えると同時に、将来の医学部のあり方というものは、あなたのここで分子科学の研究所をつくられる、これをつくられる場合に、一体どういうような連中を中へ入れますか。分子科学と医学部とは密接不可分のものでしょう。総合的な理学あるいはまた工学、これがミックスしたもので初めて医学というものが成立する。そのためには、やはり教育するそのときから、そういう理学、あるいはまた工学との密接なる関係を持った教育をしなければならない、あるいは研究もしなければならない。その場を奪おうとしておるのがこの単科大学じゃないかと私は思うのです。 大臣が就任されたときには、もう文部省では方針が決まっておるから、あなたは立場上そう言わざるを得ぬのでしょう。しかし、そんな態度じゃなくて、あなたはあなたとしての個性を発揮していただきたい。これを見まして、恐らくこれはあなたがつくった文章じゃないと思う。この所信表明は読み上げられたんだろうと思う。あなたが書いておったら、こんなに主語と述語がちぐはぐな文章はつくっておらぬと思うのですよ。それはともかくといたしまして、いずれにいたしましても、そういういままでの文部官僚の惰性に流されないような教育行政をやっていただきたいことを強くお願いするのであります。 同時に、この単科大学をつくっていく方針は、私は納得できません。これはぜひとも変えていただくことを強く要求いたしたいと存ずるのであります。大臣の御所見を承りたいと思います。
○永井国務大臣 私も、先生が言われますように、総合大学というものは、医学に限らず他の学問を伸ばしていく上でも非常に大事であると思います。しかし、これもまた先生御案内のとおり、名前が総合大学でありましても、実質は連立大学、もっと極端に言いますと分裂大学というのが実態でありますから、その総合大学というものをどういうふうにしていくかということを考えないで、ただ医学部をそこへつけ加えるという形では問題は解決いたしません。 〔阿部(助)主査代理退席、山本(幸雄)主査代理着席〕 それが先ほど申し上げた点でありまして、私はその問題は本年度の課題、先ではない、本年度の課題といたします。
○井上(普)分科員 大臣、あなたはいま本年度の課題とおっしゃいました。そうやっていただきたいと思います。この点は問題をすりかえずにひとつ考えていただきたいと思います。 続いて、これを見てみますと、医学教育について申しましょう。たくさん申し上げることがございますが、前の医育教育のもとにおきましては、生命の尊厳ということを、実は封建性の中で先輩あるいは教授諸君から、ともかく手をとって教わってまいりました。しかし、いまではやはり様子が違ってきているのです。中における生命の尊厳というようなものを、学生諸君あるいは研究者に考えさせる時期が、非常に少なくなっておるように思われてならないのであります。ここにいろいろな問題が出てくる。あるいはこのごろ医師に対するモラルの問題等々、あれも一つにはそこにあるのじゃなかろうかという気がしてならないのであります。特に生命というものに携わる者としては、これを考えさせる時期あるいは場所、これを考える必要があるのじゃなかろうか。それじゃ一体どこでやるのだといいましても、私はいま成案はございません。しかし、これはぜひとも考えていただきたい、このようにお願いする次第であります。 大学によりましては医哲学という講座もつくっております。余り学生は来ておらぬようですけれども、しかし、一人でも二人でもその中で本当に勉強してみようかという者がおれば、これは私は大きな進歩だと思うので、この点ひとつ大臣に、機構上こういうことができるような場所と時間を学生諸君に与えるように、今後制度を与える場合には強くやっていただきたいと思うのでございます。 まだまだたくさん申し上げたいことがあるのですが、大臣の所信表明の中に「生涯教育」という言葉があるのですね。これは何ですか。私はわからぬのです。この生涯教育というのが盛んに文章に出てくるので、私の友人が、おい井上、私は学校教育をせられてきたけれども、一生涯教育されるのか、そんな迷惑なことあるかと言う人もある。私はそれには同感なんです。生涯教育なんという言葉は、これは文部省が発明したのでしょう。これは一体どんなことですか。大臣の受け取り方はどうなんです。
○永井国務大臣 生涯教育というのは、私は文部省が発明したのではないと思います。私の知るところでは、文部省が生涯教育という言葉を使ったのはよほど後でありまして、私などは文部省と関係のない時分にずいぶんたくさんこのことを書いております。それはどういうところに眼目があるかと申しますと、従来は社会はかなり停滞社会でありましたから、そこで、先生先ほどからお医者様のことを盛んにおっしゃいますが、大学を卒業して医師の免状を取れば、大体余り勉強しないでも生涯医者で通用するということがあるわけです。そのほかの学問でも、三十ぐらいまでに博士号を取っておくとそれで大体やっていける。しかし、いまはもうそういうことではない。でありますから、別に生涯にわたって常に学校に入りなさいという意味合いではないのです。生涯学習という言い方の方がいいかもしれません。いままででも、本当にりっぱな人は実はそういうふうにやっておりましたけれども、しかし非常に急速な社会の変化の中で一層そのことが必要になってきている。私が生涯教育と言っております意味は、そういう意味でございます。
○井上(普)分科員 生涯教育といいますと、する者とされる者があるのです。あなたのおっしゃる学習というのだったら、ともかく主体性を持つことでしょう。そうしますと、この生涯教育という言葉に当たらないじゃありませんか。最も言葉を大事にしなければならない文部省が、しかも大臣、あなたは言葉を非常に丁重に扱われておる方です、それが所信表明に生涯教育と麗々しくおっしゃっておるので、これは一体どういうことかいなと。幾通りにも意味がとれます。これは教養でしょう、実際は。あるいはまた学習と言ってもいいでしょう。それは職業教育であれば学習教育になりましょう。しかし、そういう意味合いでありますならば、なぜそう書かないのですか。どうも文部省の役人というのは、文部省が発明したものじゃないとおっしゃいますけれども、この言葉自体が、教育してやるんだという意識が多分にある言葉ですよ。ここに日本の教育の根本の欠陥があると私は思う。
○永井国務大臣 それは私は、そもそも文部省はよほどおくれて使ったというのは多分間違いないことで、証明できると思いますけれども。外国の人もそう言っているから、日本語でそういう訳になりましたというと、本当はうまくないのですけれども、しかし、実を言うと、ライフ・ロング・エデュケーションとかコンティニューイング・エデュケーションというような言葉がユネスコを中心に非常に盛んになってきたわけです。その場合の教育というのは自己教育なんです。ですから、いま先生が生涯学習と言う方がいいじゃないかというお言葉がありましたが、これは私も自己教育という意味合いでとって使ってきておりますが、なお先生のその表現の方がいいかなとさっきから思っていたのです。その表現を日本で広く使ってみたら、そしてそれが定着してくるということの方が意識が徹底するかもしれません。
○井上(普)分科員 私はいろいろと申し上げたいことがありますが、この言葉は文部省が発明した言葉でないとおっしゃいますが、私はそれを信じましょう。しかしながら、いずれにしても、これは昔のいわゆる教育者というやからがつくった言葉じゃなかろうかと思うのです。そしてまた、教育という言葉が果たしてエデュケーションを、エデュケートイコール教育かということです。日本で使っておる言葉と西欧諸国の教育に対する考え方が、ここに根本的に違ってあるんだと私は思う。これらの点を考えて、まあ文教の府でございますので、せいぜい新しい造語をつくるときには十分御注意になっていただいて、本当の意味があらわせるようなことをひとつお願いしまして、質問を終わります。
○山本(幸雄)主査代理 これにて井上普方君の質疑は終わりました。 次に、福岡義登君。
○福岡分科員 私の質問は、もう簡単な質問でありまして、時間も経過しておりますからできるだけ早く終わりたいと思いますが、盲学校あるいは聾学校、養護学校という校名の変更はできないかというのが、私の質問の趣旨であります。 文部省の資料によりまして調べてみますと、特殊教育の現状は次のようになっております。教育段階の心身障害児の現況なんですが、対象生徒推定数が五十四万ある。これが就学者数で見ますと十七万五千ということになっておりまして、就学率は三二・四%ということになっております。非常に就学率が低い。それなりの事情は、心身障害者のことでありますから一般のそれとは違うと思うのでありますが、そういうことを勘案をしてみましても、就学率が低い。今後もう少し進学率を高めるような諸対策を講じていただきたいと思います。これは要望でありますから、きょうの直接の質問ではありませんが、前段の話として申し上げます。 それから盲学校、聾学校、養護学校の就学者数を見ましても、学校の数で言いますと四百三十九校、分校が六十三校あるわけです。その内訳は省略をいたしますが、盲、聾、養合計が申し上げましたように四百三十九校、これは四十八年五月一日現在の資料です。そこで五万八千五百七人の人が教育を受けておる、こういうことになっておるわけであります。 問題は、初めに申し上げましたとおり、これらの学校の校名変更はできないかという点なんでありますが、障害名をそのまま冠した学校名というのは差別感や諦観を助長いたしますし、障害者への配慮を非常に欠いておるものだ。したがって、関係者から、これら父兄だけではございません、教育者の立場からも、長年にわたって校名の変更を考えてもらいたいという要望が出ておることは御承知のとおりなんですが、文部省としては、これに対してどういう御見解なり対策を持っておられるのか、お伺いしたいと思います。
○安嶋政府委員 ただいまの御質問でございますが、御指摘がございましたように、校名の問題につきましてはいろいろ関係方面に御要望があるわけでございますが、現在の学校名は御承知のとおり、かなり古い名称でございます。戦後初めてつくりました名称といたしましては、養護学校がそれでございますが、盲学校、聾学校は御承知のとおり非常に古い名称でございます。それからもう一つは、学校の名称はその実態をよく明確にあらわしておるということがいろいろな面でも便利な点があるわけでございます。そういう意味から、視覚障害者につきまして盲学校、聴覚障害者のつきましては聾学校といったような名称が使われておるわけでございます。 そこで、この名称を改めてはという御意見もございますが、これは学校種別に見ますといろいろでございまして、ただいま御指摘の聾学校につきましては、これを改めた方がいいという御意見がかなり多うございますが、養護学校等につきましては、改めた方がいいという御意見は比較的少ない。盲学校については、約半数程度の者が改めてどうかという御意見でございます。 学校の名称の問題は、一般の感情というようなものも考慮しなければいけませんので、私どもこの名称が絶対にいいというふうには必ずしも考えておりませんが、しからば、かわるべき名称としてどういう名称があるかということになりますと、いろんな提案はございますけれども、なかなかどれがいいというふうに決めかねておるという状況でございます。 比較的最近でございますが、文部省におきまして教育モニターというものがございますが、こうした方々にもアンケート調査をやりまして取りまとめておるわけでございますが、もし何かまとまった意見が出ましたならば、それも一つの参考として今後とも検討してまいりたいというふうに考えております。
○福岡分科員 聾学校については多くの人が校名変更を望んでおる、盲学校は半数ぐらいだ、養護学校はそんなに意見がない、こういう御説明なんですが、広島県特殊教育学校長会というのがございまして、ここへ私、持ってきておりますが、盲、聾、養護学校の校名を変えてもらいたいという要望が校長会の結論として、陳情もされておると思いますが、要望書が出ておるわけであります。したがって、私どもの認識は、盲、聾、養ともに校名変更を希望されておる、こう理解しておるのですが、しかし、それはさらに調査してみて、希望がおっしゃるようなことであれば、そういう角度から対処していただけばいいと思うのですが、その議論はさておくといたしまして、私も、学校の名前だけ変えれば、これらの問題がすべて解決するとは思いません。内容的に実体が伴わなければ意味がございません。しかし、だからといって、現在のままの、いま申し上げましたような差別感、諦観を助長するような名前をそのまま置いておいていいとも考えられない。むしろこれらの学校名を変えることによって、これらの対策の出発点といいますか、そういうふうに考えてもまた間違いじゃないと思うわけであります。 アンケート調査をされておると言うのですが、どういう対象で、モニター関係を中心にとおっしゃるのですが、このモニターの意見も大切かもしれませんが、直接教育に携わっておる校長や職員、あるいは父兄の意見、これはやはり大切にしなければならぬと思うのですね。そういう意味合いで、この校長会の書いておることを読めば、二十年来問題になっておると、こう言うのですが、まあ、そうでないにいたしましても、相当長期であることは間違いない。そろそろ校名変更に本格的に取り組む段階に来ているように思うが、どうでしょうか。
○安嶋政府委員 ただいま申し上げましたように、校名の問題も十分検討いたしたいと思いますが、先生お言葉の中にもございましたように、やはりこうした学校の教育に対する社会一般の理解を深めるということも大変大切なことだと思います。そういう点もあわせて今後検討すると申しますか、研究してまいりたいというふうに考えております。
○福岡分科員 これは、昭和四十七年の十二月に、広島県の県教委から文部省に、この問題について照会しておる経緯がございますが、これは四十七年の十二月二十五日付で文部省関係官は次のように回答されたのですと、関係官がだれであるのか、事務次官通達か何かわかりませんが、四十七年十二月二十五日付で、校名を変えても通称、俗称としては差し支えない、ところが学校教育法の改正その他いろいろな関係があるので、国費の関係もあるので、正式には使ってはならない、こうなっておるわけです。それから、養護学校について高等学校という呼び名はどうかという問題については、あくまでも高等学校ではないので、これはやはり養護学校という言葉を使わなければいかぬというようなことがいろいろ回答されておって、ここが問題なんですよ。適当な名称があれば変えてもいい、適当な名称がないから変えられないのだ、こういう意味のことが書いてあるわけですね。 それならば、適当な名称があれば、このままの通達の精神が今日も生きていて、改正してもいいというお考えでしょうかどうか。
○安嶋政府委員 一つは、養護学校が高等学校という名称を用いるという点でございますが、学校教育法におきましては、つまり例で申しますと、高等学校でないものが高等学校という名称を用いるということが禁止されております。ですから、禁止されておりますので、これは法的にはよろしくないということでございます。 それから、たとえば小学校が幼稚舎という名称を用いている例がある。これは慶応義塾の幼稚舎、これは法律上は小学校でございますが、そういう例はあるわけでございます。ですから、ある学校がそうでない他の学校の名称を用いるということは、法令上は禁止はされてないという点がございます。ただ、私立学校などの場合は、そうした比較的自由な名称を用いられるということは、伝統その他のこともございましてあり得ると申しますか、許されると思いますが、公立学校あるいは国立学校などの場合は、やはり公共的な学校でございますから、できればというか、ぜひと申しますか、やはり盲学校は盲学校という名称を用いていただく方がその実態を知るにも非常に便宜でございますし、各種の調査、統計等を行う場合にも大変ぐあいがいい。また、それが法律上決められている名称であるということであれば、なおさらのことであろうと思います。 で、もとへ戻りますが、この学校の名称を直したらという御要望もいろいろあるようでございますから、適当な言葉や名称が見つかれば十分検討していきたいというふうに考えております。たとえば一案として、障害児学校とか、そういったような呼び方もあるわけでございますが、それなども考えてみますと、まさにずばりの表現でございまして、果たしてそれでいいのかどうか、その辺のところも、一例でございますが、やはり検討課題であろうと思います。
○福岡分科員 どうも歯切れが悪いのですが、さっき言いましたように、ここに、かわるべき適当な名称が見当たらない、とこう書いてある。僕がいま質問しておりますのは、かわるべき名称があれば変えるのか、こういう質問をしているのですが、いまの回答では、検討をしてみたいと、こういう程度で、これはもういい名前があれば変えてもいいのじゃないか。 そこで、さっきの養護学校の高等学校の話ですが、養護学校では、幼稚部、それから小学部、中学部、それに高等部とこう分かれているでしょう。恐らく県の教育委員会がここで照会したというのは、その高等部に対して高等学校という名前は使えないか、あるいは使わせてもらいたいという意味だと思うのですよ。ここに質問書がないから、回答の要点しかないから詳細はわかりませんが、そういう意味だと思うのです。ただここで、そういう個々の議論を時間もないのでするつもりはないのですが、もう結論的に、さっきも言いましたように、四十七年当時もかわるべき名称がないとおっしゃっているのだから、いい名前があれば変えるということで決断してもらえるかどうかということが一つ。 それからモニターを中心にしてアンケート調査をしておるとおっしゃるのですが、そういうことではなしに、先ほど言いましたように、直接これらの教育に携わっておる人々とか、あるいは父兄とか、そういう人なりその他の第三者が入ってもいいのですが、必要な構成メンバーで早急に諮問委員会をつくるとか、あるいは検討委員会をつくるとか何かをして、いい名前があれば変えるんだという姿勢を示してもらいたいと思うのですが、大臣どうですか。
○安嶋政府委員 特殊教育の関係の法規でございますが、これは校名だけではなくて、ほかにいろいろ検討すべき問題が多うございます。御承知かと思いますが、五十四年度から養護学校の義務制が発足をするわけでございますが、制度といたしましては、やはりそれが一つの切れ目というか、一つのポイントであろうと思います。そういう時期を一つの目途といたしまして、特殊教育全体の、名称の問題だけではなくて、諸規定の整備と申しますか、今日的な観点からの検討を行いたいというふうに考えております。
○福岡分科員 五十四年といえば、いまから四年ありますね。だから、それもまあ一つの行き方でしょうが、しかし四十七年にこういう回答をされているんだから、いい名前があれば変える姿勢をとってもらえぬだろうか、こう思いますよ。どうですか。
○永井国務大臣 実は私は父が肢体不自由であったのです。で、子供の時分から、私が物心ついたときから一緒に暮らしていますから、肢体不自由の問題は全く人ごとと思えません。 そこで、先生がおっしゃいますように、名前を変えるというのも一つなんですけれども、私はちょっと先生と見解が異なるかもしれませんけれども、特殊教育の一番大きい問題は、実は特殊教育を受けているその人たちに対して、本当にちゃんとやらなければいけないというそれはあるのですが、それ以上に、それ以外の一般の教育を受けている人たちに対して、本当に不自由な人に対してどのぐらいちゃんとした教育ができるかということの方が、非常に決め手だという感じが私はしています。だから実を言うと、特殊教育という言葉にも私はちょっとひっかかっているのです。ただ、またこの特殊教育という言葉をやめてどういう言葉があるかなというと、なかなかこれはむずかしい。これもまたさっきの障害児教育と似ているのですが、ほかの国も特殊教育という言葉をそれぞれ使っているようです。 ですから私は、みんなの協力がどうしても必要だと思っていますが、かといって、先生がおっしゃるように名前を変えることは無意味というわけじゃないのです。しかし、こういうものは、名前の方であるならば、まあ先生が何かお考えになりまして、これについて相当数の人が合意して、なるほどその名前がいいぞということになってきたら、これは変えたらいいと思うのです、全く。だけれども、どういう名前ということも、まだ先生もおっしゃらないし、正直なところ私も——。これはやはり、そういうことをもっと広く議論いたしまして、相当多数の人が、そうでなくてこういうのがあるんだぞということで定着することの方が、まず先行すべきことではないかと考えております。
○福岡分科員 考え方は、いまの大臣のお話、私は全然違いません。ただ違う点は、待つのではなくて、一つの課題なんだから積極的に解決するための対策をとっていただきたいという、そこのところだけなんです。それについて、どうでしょうか、そう消極的にならぬでもいいんじゃないかと思うのです。
○永井国務大臣 いや、全然消極的な意味で申し上げているのでないのです。そうでなくて、だれかがそういう名前を考えて、ただしかし一人で考えたってしようがないのですから、やはり役所にというよりか、社会的に新聞とかテレビとかいろいろありますね、そういうところで人が論じて、なるほどだ、そうすると役所もそうだというふうにやっていく。何から何まで役所の方から、こういう名前どうだというのは、正直なところ少し民主的社会として熟してないような感じがする、そう思っています。
○福岡分科員 私も文部省で案を考えてくれと言ってないのですよ。父兄とか、直接教育に携わっておる人とか、第三者的な人からいろいろ知恵を出してもらう。そういう土俵づくりをして、いい名前を見つけるように努力してもらえないだろうか、こう言っておるのですから、そういう筋で御異論がなければ今後努力していただきたいと思います。
○永井国務大臣 そういうお考えに異存ございません。
○福岡分科員 それじゃ校名問題はそれなんですが、これに若干関連しまして、養護学校に在学できる期間が十八歳ということになっておりますね。例外的に十八歳を超えても部分的には養護学校に残っておる人もあるようですが、原則的には十八歳で終わりだ。結局、家に帰って家庭に置く、親が手がかかって仕事もできないというようなことがあるのですが、この改善は養護学校のあり方として少し検討できないものか。
○安嶋政府委員 御承知のとおり、養護学校の小学部、中学部、高等部、これはそれぞれ小学校、中学校、高等学校に対応するわけでございますから、その対応でまいりますれば、養護学校の最終学年は十八歳ということになるわけでございます。ただ、実際上、じゃたとえば十九歳になったから高等部在学まかりならぬということで退学させるかというと、そういうことはいたしておりません。超えても在学を認めておりますが、ただ一方、在学をして教育を受けるということが目的ではなくて、ほかに適当な収容の場所、家庭その他も含めてでございますが、ないために、まあ言葉はちょっと適当じゃないかもしれませんが、何となくそこに長く在学をする、それが二十になり二十五になるということになりますと、それはやはり別個の問題が生じてくるのであろうと思いますが、養護学校の高等部教育を受けたいということで在学なさる限りは、形式的に十八歳を超えたから出ていただくというようなことはいたしておりませんし、またすべきでないと思います。
○福岡分科員 そういう事情はわかって質問しておるわけですよ。恐らく、もう少し正確に言えば、十八歳を超えれば、それはもう所管官庁で言えば厚生省だ、こういうことになると思うのです。私もそれはわかります。しかし、身体の障害児でございますから、普通の教育機関とは少し幅があっていいんじゃないか。ここで収容施設的な角度から言えば、もう話は終わりなんです。私は教育の立場から今度は考えておるのですが、普通の高校、三年。こういう障害者に対して三年で果たしていいのかどうか。一方厚生省の方の施策も大分おくれていると言えば言えると思うのですが、聞いてみると、十八歳を超えた子供はほとんど数えるくらいしかいないのじゃないか。だから学力があってもなくても、大体半ば自動的に高等部を終えたら十八歳でということになっておるのじゃないか。その辺を制度としてもう少し考えてみる必要があるんじゃないか。いきなり三年を四年にせよとか、これも機械的には言いませんが、少し幅を持って考えることはできないのか。
○安嶋政府委員 幅を持って考えるということにつきましては、私どもも同感でございますが、ただ、先ほど申し上げましたように、つまり生活の場のような形で長く滞留されるということになりますと、まさに御指摘のように、厚生省所管のたとえば身障者コロニーとの関係、限界というようなことが行政的には具体的に問題になってくるわけでございます。ですから、個々の生徒の扱いにつきましては、これはケース・バイ・ケースで御相談をしなければならない課題であろうと思いますが、考え方の基本は、必ずしもしゃくし定規にはやるべきでないということをお答えを申し上げておきたいと思います。
○福岡分科員 言わんとするところはわかっていただいていると思いますので、いまのしゃくし定規には考えないというようなことで今後の運用をしていただきたいということを要望いたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
○山本(幸雄)主査代理 これにて福岡義登君の質疑は終わりました。 次に、嶋崎譲君。
○嶋崎分科員 本当ならば文教委員会で処理すればいいんでしょうけれども、この間の予算の質問の際に、項目だけを出しておりまして時間切れだったものですから、文教委員会の質問がいつ来者かわからないということで、二つだけ問題を質問させていただきたいと思います。 一つは、なかなかむずかしい問題なんですが、現実の厚生省の医療の公費負担という制度と、当校教育における小中学校までが義務教育だということとの関連で、大変むずかしい問題なんですが、今後どういうふうに検討していただくかについての問題提起になる質問でございます。 具体的な一つの例を申し上げますと、子供たちの難病群に指定されております疾患の群の病気の中で、腎炎ネフローゼというのがあります。この腎炎ネフローゼの子供たちが、腎炎ネフローゼの人たちの会に私、出たときに、訴えをやっておりまして、長い作文を読んでおりました。きょう時間がありませんから読み上げませんけれども、その訴えを聞いておりまして、これは何とかならないものかなと思いまして質問申し上げるわけでございます。 具体的には、医療の公費負担というのは十八歳の年齢制限がございます。十八歳の年齢制限がございますと、この作文の生徒たちは石川県には三名いるわけですから、全国では数にしてどのくらいになるのか、ほかの県は調査しておりませんけれども、高等学校に入ったときにもう十七歳ぐらいになってしまうわけですね、ずっといままでの間に休学や何かしまして。そして十七歳になった子供たちが、仮に十八歳、高校二年のときにまた再発をするわけですね。そうしますと、いまの厚生省の医療の公費負担の制度でいきますと、打ち切られてしまうわけでございます。そういうわけで、高校に在学しているこういう腎炎ネフローゼの子供たちが高校を卒業するまでは、何らかの特別な措置で、この人たちの教育権とでもいいましょうか、就学したいという彼らの願いを医療の側面で補うという措置がとれないかどうかという問題なんです。 そういうわけで、厚生省の方と文部省の方でそれぞれお聞きしたいのですけれども、文部省の方から言えば、当然小中学校は義務教育だけれども、高等学校は義務教育じゃない、だからこの医療の公費負担というような制度から外された場合でも、高等学校にいる在学生だから特別に小中学校のように考えるわけにはいかないという理屈が一方にあろうと思います。しかし、最近のようにこれだけ進学率が高くなって、みんな高等学校に行くという、こういう情勢のもとで、憲法二十六条に言っている教育権、それから親の子供を扶養する義務、こういう立場から見て、こういう子供たちの教育要求を実現さすための手だてとして、この十八歳の制限というものを、仮に高等学校を卒業するまでは特別な措置をするというようなことができるものなのかできないものなのかという問題でございます。厚生省の方から先にお聞きしましょうか。
○本田説明員 いま御指摘ございましたように、子供の特別な病気の公費負担制度といたしまして、小児慢性特定疾患対策というものがあるわけでございます。これは腎炎ネフローゼはもちろんのことでございますが、九疾患群およそ二百五十以上の疾病につきまして対象にいたしております。これらの子供に特にこういう公費負担制度を設けておりますのは、子供というのはやはり成長過程にございますし、早く治療を行いませんと後後障害を残すおそれがあるということから、対象にしているわけでございます。 十八歳と申しますのは、児童福祉法に基づきましていろいろな制度があるわけでございますが、たとえば心身障害児に対します育成医療という制度がございます。それからまた結核患者に対します療育医療という制度もございます。その他幾つかございますが、そういったものがすべて十八歳以下を対象にしているということに合わせたものでございます。 もともと医療費の軽減ということにつきましては、いろいろな保険制度があるわけでございますが、昨今来の各保険制度の改正によりまして家族の負担率を軽減している。現在三割でございます。また、一方、医療保険のサイドで高額医療の制度を保険で負担するというふうにいたしておりまして、そちらの方で軽減を全般的に図っているわけでございます。高校に在学する腎炎ネフローゼの患者だけをここで特別に年齢を延長して適用するということは、そういったいろいろな制度との均衡もございまして、現在では私どもでは考えていないところでございまして、お含みおきいただきたいと思います。
○嶋崎分科員 それはわかるのですが、それで一つの例として腎炎ネフローゼの場合を申し上げたのです。だから一般論としますと、腎炎ネフローゼの場合は、厚生省の方々からいただいた資料で、十八歳以上の成人になった場合でも厚生省として難病の特定化をやっている中に腎炎ネフローゼというものが入っていますね。だから、四十九年度から五十年度にかけて医療費の補助をしていく病気について、次第に医療費補助の項目をふやしていくということがだんだん問題になっているようでございますから、だからいまの私の問題は、厚生省の方で、仮に十八歳を超えた高等学校の生徒であっても、ここにあるように、腎炎ネフローゼが医療費の補助の対象に特定化されればすっといくわけですね。仮に十八歳で打ち切られても、今度は大人の方の対象でいくわけですから。そういう意味で、これには、厚生大臣に対するいろいろな審議会で病気の指定が次第次第に行われつつ、この医療費の補助というのは拡大していくということなんだろうと思うのですけれども、ただ、そっちが決まってしまえばいまの問題は解消できるわけです。ところが実際には、まだ腎炎ネフローゼが十八歳を超えた人たちについて特定化されてないままでいて、そして実際に、高等学校一年で十八歳になってしまって再発した場合には医療の公費負担というものがなくなってしまうという意味で、ある意味では過渡期の姿かもしれません。そういう状態ですから、将来特定疾患に腎炎ネフローゼの場合、厚生省が特定化していくその見通しみたいなものは、どういうことになってございましょうか。
○仲村説明員 ただいまお尋ねの件でございますが、難病対策の中には、先ほど母子衛生課長から御説明いたしましたように、子供を対象とするもの、それから一般成人を対象とするもの、二通りに大きく分けられます。大人を対象とする疾患につきましては、特定疾患という名前を使っておりますけれども、この中には、現在、研究を主にいたします疾患といたしまして三十、それから治療費の公費負担をしております疾患が十ございまして、年々拡大を図ってきておるわけでございますが、先ほどの子供の場合と違いまして——小児慢性特定疾患につきましては、母子保健対策の一環としてのお取り扱いをいただいておりまして、十八歳という一定の年齢制限が行われております。大人の特定疾患につきましては、むしろ病気の性質上、慢性で非常に医療費のかかる、あるいは治療方法もむずかしい、さらに原因もよくわからないというふうなことで、これは、特定疾患対策懇談会という大臣の私的諮問機関がございますが、そこでお決めいただくわけでございます。 先生、いまお尋ねになりましたような考えで、腎炎ネフローゼがその公費負担の対象になりますれば、その問題が解決するわけでございますけれども、特定疾患の調査研究の対象になりました疾患の中から、各疾患の性質でございますとか、あるいは経過、さらには予後、あるいはその他いろいろの医学的、社会的要因を考慮いたしまして、年々特定をしていっておるものでございまして、現在直ちに、たとえば高校入学中の腎炎ネフローゼの患者だけについて見るというふうなことは、仕組みとしてはちょっと見にくい仕組みになっております。 それから、腎炎ネフローゼにつきましては、最終的には、御承知のように人工腎臓になるわけでございますが、その際には、更生医療という制度がございまして、そちらで全額見ることになっておりますので、おっしゃったように、過渡的な意味で十八歳以上になると漏れるという現象がございますので、これは、いまも母子衛生課長が申し上げましたように、一般的な医療社会保険制度と申しますか、そちらの方の給付水準を向上させる、そういう方向で対処していかざるを得ない、こういうふうに考えております。
○嶋崎分科員 それで、文部省の方にお聞きしますけれども、そういうわけですから、いまの医療の公費負担の仕組みの中で、こういう難病の子供たちが、一種の過渡的な形態で、せっかく高等学校へ苦労しておくれながら行って、そして入ったのに、二年目にまた病気になってしまって、そして今度は公費負担がないというので、父兄の大変な負担になってくるということから、全国の腎炎ネフローゼの会員の母親たちが、せめて高等学校を卒業するまでの医療負担のやり方が可能にならないかということを言って、訴えているわけです。だからこれは、文教との関係で考えまして、実際には文部省のサイドで考えてもできないことは、私はわかっているんですが、ここで、後期中等教育論や、高等学校の教育のまた根本の憲法論をやってもしようがありませんから、省くんですが、これだけ高校進学していく現状で、しかも、こういう子供たちは、普通の子供たちと違いまして、高等学校の卒業資格を持つということが、生涯自分が生きていく場合の大変重要な要件になっていくわけですね。ですから、そういう意味でも、進学率がこれだけ高くなっている今日の情勢では、子供たちの高校教育で、特にそういうふうな立場にある子供たちの教育権を保障するという観点から、文部省として、厚生省と話し合って何か対策を立てるというようなことができないものかどうかという、非常にむずかしい現実の制度の中では、両方の制度の中ではできない仕組みになっておるのですから、どうでしょうかということでございますが、いかがでしょう。
○諸沢政府委員 御指摘のような方は非常にお気の毒だと思います、思いますが、文部省自体として、学校の児童、生徒に対する医療費のめんどうということは、御承知のように、義務教育段階の低所得階層の子供さんについて、学校病と言われる虫歯であるとかトラホームだとか、ごく限られた病気の医療の点でめんどうを見るというだけでございます。 そこで、いまの厚生省が、児童福祉の観点から十八歳までの子供さんについてやっておられる、難病と言われる長期療養を要する病気について、高等学校の在学生については卒業までは見てほしいというような要請をすべきかどうか、こういうことになると思うのでございますけれども、御指摘がありましたように、進学率が高くなっているとは申しましても、高等学校の段階はまだ義務教育じゃございませんから、現実に高等学校教育を受けていない方でそういう病気にかかっておられる方がおるかどうかわかりませんけれども、たてまえとしては、高等学校に入っておる者については見てくれというのは、ちょっとむずかしいではなかろうかという感じはいたします。ただ、私ども、この問題につきましてはほとんど知識がございませんし、ほかにどういう難病の方がおられるのかわかりませんので、少し検討はしてみたいと思いますけれども、いまの段階でかなりむずかしいような気はいたします。
○嶋崎分科員 先ほど厚生省の方と話したときに、うっかりしたのですが、高知では十九歳まで県単で処理しているということだそうでございます。ですから、高等学校の生徒に絡まってのことだそうでございますが、そういう動きが一方に地方自治体の段階で出てきておるということと、それから私の石川県で申しますと、ことしの予算の中に、通勤でお医者さんにかかっておる方々の医療についても、わずかですが、年間七千円くらいの補助を出すことを先駆けてやろうとしております。ですから、そこまでどういうふうに拡大していくかということは、まだまだ検討する課題はたくさんあると思いますけれども、高知でそういうことが行われ、一年、とにかく十九歳まで県単で公費負担を実現しようと努力しておるというようなことであるとすれば、国家レベルで、そういう谷間の子供たちを何らかの形で救済しつつ、彼らの教育権を保障していくというようなことについて、今後御検討を願いたい、こう要望申し上げたいと思います。この点、大臣よろしくお願いいたします。
○永井国務大臣 ただいま体育局長から申し上げましたように、これは、谷間の子供とおっしゃいましたが、非常に大変な問題でございますから、厚生省とも連絡をして検討していきたいと考えております。
○嶋崎分科員 もう一つは、時間がありませんので、最近の不況に伴う定時制高校の問題に関連して、労働省と文部省との行政指導の関係について要望申し上げたいと思うのですが、新聞にも報道されておりますし、私の県にもありますが、最近の不況の中で、定時制の高校に行くのに集団就職というようなかっこうで、うちに働きに来れば将来看護婦さんの免許を与えるからという約束で集団就職をしてまいります。繊維なんかの場合ですね。それからまた、高等学校四年卒業するという約束で就職をしてまいります。ところが、最近のような不況の中で、本人の意思とは関係なしに企業が倒産してしまう、ないしは操短してしまうというような事態が起きてきますと、定時制高校に行けなくなってくる生徒たちが全国的にもかなりふえてきておると思います。 石川県の場合は、私、この前帰って調査してみましても、非常にうまくいっておるケースとまずいケースとがあるのですね。うまくいっておるケースの場合は、たとえば能登半島のあるところの繊維の関係がつぶれた、そこに十数人の定時制の高校の生徒がいた、今度それを金沢の方に移しまして再就職させた。再就職させても、三月までは高等学校に通わなければいけませんから、今度は金沢からそっちまで通わなければならぬわけですね。それで再就職した先の企業の方々が自動車を貸し切りまして、そして夜間勉強させるわけです。それで三月三十一日になりましたら、今度は新たに再就職したところの企業の所在地の高等学校の定時制に移す、こういうふうにやっておる場合がありまして、これは大変うまくいっているケースですね。 ところが、京都だとか名古屋だとか、この辺の、労働省並びに文部省、各県の教育委員会ですけれども、お互いに調査をして、実態をもう少し把握していただきたいと思うのです。たとえば石川県から宮崎に帰るとか、それから名古屋から北海道に帰るとかいうような事態が生じてきた場合に、一つの問題がある。労働省にお聞きしますけれども、労働省の方では、再就職について、職安の窓口が相互に連絡をとってやりますね。ところが、そのときには、定時制高校に行っていて、本人が修学の希望を持っているということを考慮してその辺の再就職のあっせんが行われないで、再就職だけが進められるというケースがあり得る。そうすると今度は、本人は向こうへ行っても依然として定時制の高校へ行きたいんだという場合、そのときに、教育委員会側と労働省の出先機関とが相互に精密に連絡を取り合って、その子供たちの修学を保障していくような行政指導というものが必要になっているんじゃないかというのが第一点でございます。 これについて、それぞれ労働省の側と文部省の側とのいままでの対応について、ちょっと簡単に御説明願いたいと思います。
○安嶋政府委員 御指摘のような問題があるわけでございますが、文部省といたしましては、昨年の十月に、企業の操業短縮措置等の定時制及び通信制高等学校の生徒に及ぼす影響について調査をいたしました。この調査は、いまから考えてみると必ずしも十分な調査ではなかったと思いますが、その調査に基づきまして、昨年の十一月二十五日に、各都道府県の教育委員会及び都道府県知事に、初中局長名をもって通達をいたしました。 内容といたしましては、生徒が解雇や一時帰休に伴って都道府県内で転学を希望する者があるとか、あるいは他の都道府県の高等学校へ転学を希望する者があるときは、できるだけの便宜を図るよう配慮してもらいたいという依頼をいたしております。 この際、先生御指摘の就職先との関連が問題になるわけでございますが、こうした点につきましては、さらに指導の徹底を図ってまいりたいと思います。 さらに、その後不況の進行もございますので、文部省といたしましては、三月一日現在で改めて最近の状況を調査をしたいということで、各県にすでに照会を発しておるというような状況でございます。
○江田説明員 先生御指摘のとおり、定時制高校あるいは短大等に行っております方々が、学年の途中で、企業が閉鎖になる、あるいはつぶれた、こんなことで転退職せざるを得ない、こういうような例が昨年秋以来出てまいっているわけでございます。こういった場合に、私どもといたしましては、できるだけ転校しないで済むように、その地域内の他の事業所に、就職のあっせんをする、これを第一の目的といたしているわけでございます。しかしながら、地域によりましては、同一地域内の転校しないで済むような事業所に就職のあっせんも不可能である、こういった場合には、教育委員会あるいは関係教育機関と連携を強化をしながら、できる限り本人の御希望の地域へ就職のあっせんをする、これが第二の目的ということで、こういったことに重点を置いて就職のあっせんをいたしてまいっているわけでございます。 昨年秋以来こういった問題が表面化してまいりましたこともございまして、昨年十月三十日に全国の職業安定課長会議を開いたわけでございますが、その際に、ただいま申し上げましたように、第一にはできるだけその地域の転校しないで済む事業所へ、やむを得ない場合は本人の希望に応じて、その希望の地域の事業所へあっせんをする。そういった際には、各関係の教育委員会なり教育機関との連絡を緊密にしてまいる、こういうような措置をいたしているところでございます。
○嶋崎分科員 実際末端にいきますと、どうも職安と教育委員会の連絡がものすごく悪いのですよ。だから上の方では、文部省の方で安嶋局長の方から、そういう通達が確かに出ております。調査をやっておりますね。労働省は労働省で一方でやっていると言っているんだけれども、よほど現地での両方の行政的なつながりを持って指導していかないと、就職は決まったけれども、いや、定時制に通わせるなんということはおれの方は考えていないんだというような形になったり、そしてつぶれたまま生活は大変不安な状態になっているが、いまのところ、まだそこの定時制に行っておりますけれども、ことしの三月になったらおれはどうなるんだかわからないというようなかっこうで大変不安な状態に置かれている高校生が、私の県にもありますけれども、全国にかなり出てきておるんじゃなかろうかということが予想されますので、そういう意味で、出先の機関が相互に連絡をとりながら、定時制高校の諸君の教育要求といいますか、教育権とでも言いましょうか、それを相互に保障できるような綿密な連絡の指導で体制を強化していただきたい、その手はずを整えていただきたいということでございます。 これに関連して、今度のことしの予算でも、定時制課程修学奨励費補助というのが、五十年度には二年生にまで拡大していわば月額三千円の補助が問題になっておりますね。そしてそれに関連して石川県の教育委員会と文部省との間にもいろいろな御連絡がありましたでしょうけれども、要するに、勤労青年の教育というものを保障するという意味でこのお金を片一方で出しているけれども、途中で本人の意思とは関係なしに企業が倒産していくために、四年間して卒業すればこのお金は返さなくてもいいけれども、途中では返さなければならぬということになっているわけですね。 そこで県の段階で、実際には四年と言ってみたって、四年間勤め上げるというのは、働きながらですから大変なことなんで、仮に四年間行かなくても、たとえば一年でも二年でも定時制高校で勉強している、それでやめてしまった場合のお金を返さなければならないというものについて、たとえば県なら県の段階で立てかえて、そして補助をもらえるというような仕組みができるかできないかというようなことが問題になったようでございますが、実際はここのところはどうもうまくいっていないようですけれどもね。そういうふうに、本人の意思とは関係なしに、今日の不況に伴って企業が倒産したり操短をした場合の、生徒に与えられている補助、これのいわば猶予という問題をどういうふうに行政的な指導としてやっていくかという点についてお伺いします。
○安嶋政府委員 石川県の御指摘についてお話があったわけでございますが、石川県は、定時制高等学校の修学奨励につきましては、貸与ではなく給与という形ですでに実施いたしております。したがいまして、石川県の場合は償還の問題というのは起きないわけでございますが、全国的には貸与制度をとっておるところがほとんどでございますので、ただいま御指摘のような問題が起こるわけでございます。企業が倒産をいたしまして、学業が継続できないというような事情につきましては、まことに同情すべきものがあるわけでございますが、この制度は、御承知のとおり、高等学校を卒業した場合にその返還を免除する、つまりそういうことによって高等学校の全課程を終了することを奨励するということが補助金の趣旨であり、その補助金を受けて生徒たちに貸し付ける各府県の事業のねらいでございます。したがいまして、そういう原則に従って処理していただきたいわけでございますが、ただいま問題になっておりますようなケースにつきましては、さしあたり猶予の措置をとる、そうしまして適当な機会に学校に復学をいたしまして、勉学が継続できて、そして定時制高等学校が卒業できたという段階におきましては、当初の予定どおり免除の措置をするというような工夫がさしあたりの措置であろうかというふうに考えております。
○嶋崎分科員 時間が参りましたので、これでやめますが、そんなわけで、大臣も、社会的不公正の是正という、教育畑でこういう問題を具体化するとすると、いま起きている、特に定時制高校の生徒の修学権というものでしょうかね、そういうものを保障していくという観点で、お金に関しては補助に対して猶予の問題がありますが、特に労働省、文部省との連絡のもとに、現地で有効な対策がとれるように、再度現地を調査していただいて、各県の実情を調査していただいて、私が見てもやはり調査が大分おくれていますから、実態が先行していますから、最近特に完全失業者が百万を突破したというようなことに伴って、事態が急速に進行しそうな気配でございますので、両省積極的な連絡をとり合って、速やかな対処をしていただきたいということを御要望申し上げたいと思います。 終わります。
○山本(幸雄)主査代理 これにて嶋崎譲君の質疑は終わりました。 以上で文部省所管の質疑は終了いたしました。 これにて、外務省、大蔵省及び文部省所管に対する質疑は全部終了いたしました。 —————————————
○山本(幸雄)主査代理 この際、お諮りいたします。 昭和五十年度一般会計予算、昭和五十年度特別会計予算及び昭和五十年度政府関係機関予算中、外務省、大蔵省及び文部省所管に対する討論採決は、先例によりまして、予算委員会に譲ることに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○山本(幸雄)主査代理 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 これにて第二分科会の議事はすべて終了いたしました。 この際、一言ごあいさつ申し上げます。 分科員各位におかれましては、長時間にわたり熱心なる御審議と格段の御協力を賜り、本分科会の議事が円滑に終了いたしましたことを深く感謝いたします。 これにて散会いたします。 午後八時二分散会