予算委員会公聴会 第1号
- 発言数
- 125 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1975/02/08
会議録
○荒舩委員長 これより会議を開きます。 昭和五十年度一般会計予算、昭和五十年度特別会計予算及び昭和五十年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を行います。 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。この際、各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上におきまして貴重な参考といたしたいと存じます。 何とぞ昭和五十年度総予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただくようお願いを申し上げる次第でございます。 次に、御意見を承る順序は、まず青葉翰於公述人、次に宮尾修公述人の順序で、お一人約二十分ないし三十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただき、その後委員各位から質疑を行うことといたします。 それでは、青葉公述人にお願いをいたします。青葉公述人。
○青葉公述人 私、ただいま御紹介をいただきました青葉でございます。 〔委員長退席、湊委員長代理着席〕 一九七〇年代に入りましてから、わが国は、内外のいろいろの側面から大きな転換期に直面いたしているのでございます。ニクソン・ショック以後の国際通貨調整や、日本企業の進出に対する東南アジアにおきましての排撃、石油の供給制限等は、日本の経済成長や経済進出が、いまだかつて経験いたしたことのありません国際的な壁にぶつかったのでございます。このニクソン・ショックやオイルショックへの対応のまずさもありまして、国内でも、比較的に安定いたしておりました物価動向が、今度はほかの先進諸国を相当程度上回る悪性インフレーションへと移行いたしましたことは、皆さん御承知のとおりであります。 また、資源、環境、労働力等の制約の壁の前に、日本経済はいま大きく軌道修正をすべき時点に立っているのでありますが、この軌道修正のやり方を誤りまするならば、今後、手に負えない規模のスタグフレーションの悪循環に長い間悩む結果となるでございましょう。 昭和四十六年の夏のニクソン・ショックによりまする過剰流動性の発生、すなわち金のだぶつきが生じましたことと、急ぎ過ぎました日本列島改造の考え方と、また、急激な福祉向上を目指しました四十八年度の非常な積極財政から、すでにインフレが始まりまして、昭和四十八年八月には前年同月比で卸売物価指数が一七・四%、消費者物価が一二%上昇いたしておったのであります。そこへ四十八年十月からオイルショックの追い打ちをかけられまして、四十九年の二月には卸売物価が前年同月比三七%高というような、よその先進国にも見られないほどの物価暴騰をもたらしました。 このようなインフレ傾向に対しまして、金融政策は四十八年四月から引き締めに転じ、四十九年度の財政も景気抑制型をとりまして、総需要抑制政策が堅持されてまいったのであります。その結果、昨年十一月には物価がほぼ鎮静化するに至りまして、最近では景気の冷やし過ぎが問題となっていることは、御承知のとおりであります。 このような背景のもとに編成されました昭和五十年度の一般会計予算は、前年度当初予算に比べまして二四・五%増の二十一兆二千八百八十八億円、財政投融資計画は、前年度当初計画に比べて一七・五%増の九兆三千百億円となっております。大蔵大臣が財政演説の中で示されました新しい経済社会のあり方を初め、財政政策の基本的課題として挙げられました均衡的発展、社会的公正の確保、国際協調の推進等は、いずれも理念といたしましては、当然そうあるべきだと私も考える次第でございます。要はそれを実現する順序、方法いかんということになるわけでございます。 これから、五十年度予算の問題点を中心に、私の意見を申し上げまして、御参考に供したいと存じます。 第一は、予算の規模についてでございます。 財政演説を拝見いたしますと、当面物価の安定を最重点の政策目標としたいと述べておりますが、これは当然のことであります。問題は、五十年度予算がその目的にかなうかどうかにあるのでございます。前年度比二四・五%増は、超大型予算と言われました四十八年度予算の前年度比二四・六%増とほとんど変わっておりません点がよく問題にされますが、物価や人件費水準が二年前より大幅に上がっておりまして、景気に対して一番刺激的な公共事業費がほぼ前年度並みに抑えられておりまするなど、五十年度予算はかなり需要抑制に努力をした予算であることがうかがわれるのでございます。一応予算規模は、現状に照らして適当だと考えます。 第二に、その運用方法に注目をいたしたいのでございます。 五十年度の経済成長率は、政府の見通しによりますれば名目一五・九%、実質四・三%となっておりまするが、民間各機関の見通しを実質成長率で見ますると、低いものは三%台から、高いものは八%台までございまして、はなはだしいばらつきを示しております。これは前提条件に不確定要因が余りにも多いからでございます。その中でも、ことしの春闘によってどの程度の賃上げが実現するかという点と、政府の総需要抑制政策の手心いかんが未知数だからであります。 最近、景気は冷やし過ぎだとの声が強くなってまいりました。物価の安定を定着させまするために、まだ当分総需要抑制政策を維持することは必要だと認めまするが、そのために中小零細企業や特定の産業部門に過度のしわ寄せの起こりませんような配慮のタイミングが大事でございます。財政演説にも述べられておりまするように、金融政策を含めまして、機動的、弾力的な措置をとられることを強く願うものでございます。 第三の問題点は、財政演説は、五十年度予算編成における特色の一つとして、公共料金を極力抑制したと述べていることであります。 公共料金の抑制は、正しい意味においての物価政策から申しまするならば邪道でございます。一部の世論が公共料金の抑制、すなわち公共事業の赤字のツケを財政負担とすることが重要なる物価政策だとすることに迎合をいたすのはよろしくございません。しかし、早目に物価を鎮静させる手段として、戦略的な意味においてのみ、その妥当性が認められるわけでございます。 国有鉄道の運賃が、過去におきまして、安易な物価政策からしばしば不当に抑制されまして、いまや事業としては破綻に瀕していることは周知のとおりであります。消費者米価も、生産者米価と分離して扱うというような不合理な政策をとってまいりましたために、財政硬直化の大きな原因となっております。日本の財政は、国鉄と食管会計の大型赤字のために、いかに数多くの重要なる政策が犠牲になっているか、はかり知れないのであります。国民は政府へツケを回してよかったと喜んでおるかもしれませんが、結局は、国民が大きな不利益をかぶる結果となっているのでございます。 公共料金を抑制することは、過去のインフレの後遺症を温存するものでございまして、適当な機会をつかんでこれを引き上げて、新しい価格体系に組み込まなければならないのでございます。これはむしろ景気が冷え過ぎて物価の鎮静化がはっきりしたときに、なるべく早く値上げを断行すべきものであります。この辺の両面作戦がむずかしいところでございます。景気が回復に向かいましてから公共料金の是正をやろうといたしますると、ほかの商品の便乗値上げを誘発するおそれが出てまいりまして、なかなかこれが上げられなくなるのでございます。電話などの優良な政府事業も、適正なる料金政策を回復する時期を失しますと、これまた第二の国鉄のような事業体になるおそれもなしとしないのでございます。 第四の問題点といたしましては、社会保障関係費について申し述べたいと思います。 その規模は、四十九年度当初予算に対しまして三五・八%増となっておりまして、抑制的基調のもとで編成されました五十年度予算の中で、特段の配慮がなされましたことは、まことに結構だと思います。 ここで、本年度予算というよりは、福祉充実についての従来の政策当局の姿勢について、所感をつけ加えさせていただきたいと思います。 たとえば老人医療の無料化というようなことが行われておりまするが、これが緊急に医療を必要とする人々の妨げを来しているというような事実が見受けられるのでございます。無料でありまするために、病院通いのはしごをやったり、同じ病院でも一種の老人のレジャーとしての病院通いをするというような例も出てまいりまして、そのために病院が混雑いたしまして、本当の病人が大変迷惑をするということを聞きます。今日、医者が足りない、看護婦が足りないと言われておりまするのに、余り緊急、緊要でない、本人の神経的な病気感から、無料でありまするためにやたらに医療を求める、こういうようなことは余り望ましいことではございません。これを防ぎまするためには、若干の初診料を取ればよいのであります。二百円がいいか三百円がいいか、あるいは五百円がいいか知りませんが、行くときには多少お小遣いが減るというようなことにしておけば、まあまあ行かなくてもいい、どうしようかなというような老人の、無料であるから病院へ行こうというようなことが防げるはずでございます。老人の医療の完全無料化というようなことは、政治的にはかっこうはよいのでございまするが、本当に国民のための政治でありまするならば、本当に病気の人がまず十分に医療を受けられるように工夫をすべきであると思います。 末端の福市行政に当たっておりまする人の話を聞きますると、財政演説の冒頭に述べられておりました活力ある社会づくりと矛盾をするような現実がしばしばあるようでございます。福祉に重点を置くということはまことに望ましいのでございまするが、これが画一的に流れで、社会の活力を失わせるようなことのないように、血の通った政策上の工夫を期待いたしたいのであります。 最後に問題にいたしたい点は、日本がこのままでりっぱな福祉国家となれるだろうかという大きな疑問でございます。 五十年度の予算は、財政投融資を含めまして、従来のやり方における予算配分といたしましては、ことしの財政演説に盛り込まれました方針を一応そつなく予算化いたしていると思います。しかし、冒頭に触れましたように、日本経済は資源、環境、労働力等の制約によりまして、好むと好まざるとにかかわらず、従来の年率一〇%を超えまするような高度成長から、今後の実質成長率は四%ぐらいからせいぜい五ないし六%程度の低成長に移行せざるを得ないのであります。従来は、高度成長の過程におきまして、公共投資のおくれや福祉のおくれを吸収して伸ばしていくことができたのでございまするが、これからは、一段と真剣なる工夫をしなければ、財政演説が主張するような、量より質を充実することは困難となってまいりました。 日本経済の転換期に当たりまして、財政面の効率を高める抜本的な対策は、財政硬直化を徹底的に打開することであります。 試みに、五十年度予算における経費の節減、合理化等について資料に書いてあるところを見ますると、こう書いてあります。「各省庁の部局及び特殊法人の新設は、厳に抑制するとともに、国家公務員の既定定員については、五十年度以降三年間に三%を目途として計画的削減を行う」、こう書いてございます。民間の企業におきましては、昨今の不況を契機といたしまして、好況時のぜい肉を落とすことに勇断をもって当たっております。公務員の定員は、この際、少なくとも三年間に一〇%ぐらいは減らすべきものだと考えます。もちろん定員を減らしましても、能率を上げて同じ行政サービスを維持いたさなければ無意味でございます。十人の仕事を九人でやれないはずはないと思うのでございます。しかし、退職者の抵抗から、従来行政整理はいつも竜頭蛇尾に終わっているようでございますが、たとえば、五年でも七年でも休職のままで十分な給与を支給いたしましても、冗員はこの際整理すべきでございます。そういたしますれば、希望退職者も相当出てくるのではなかろうかと思います。その休職期間、休職者は自由に他の職場で働くことを認めますれば、本人もその方が幸せでございましょう。ただで五年や七年給与を払いましても、むだな人を減らすということが、国民経済的に見まするならば、それだけ労働力を捻出いたしたことになります。 予算の規模がふくれましても、当然増が八割近くもあるようでは、必要な重要政策はほとんど名のみにすぎなくなります。 五十年度予算の増加額約四兆二千億円のうちに、当然増経費が三兆五千億円でありまして、新規の施策費は七千億円にすぎないのでございまして、これは、何と、予算総額に対してわずかに三%であります。これでは、財政演説にいろいろの新規の政策展開をうたってございましても、いわゆる羊頭を掲げて狗肉を売るものであります。この数字を見ますれば、財政は硬直化して危機に瀕しておると申しても過言ではないのでございます。 財政硬直化を打開いたしまするには、行財政全般にわたりまして十分な見直しを行い、発想の転換をしなければだめであります。たとえば道州制を断行して、中央、地方の行政を大幅に簡素化いたしまするならば、財政ばかりでなく、経済全体に大きなメリットがあることは、これは周知の事実であります。この場合にも、整理される人員の生活に全く不安のないような工夫をすることが、このような改革を実現する場合の決め手でございます。 また、環境の維持改善はいまや国民的要望となっておりまするが、これは当然コストのかかることであります。そのコストは、商品の価格の上昇かあるいは税金として、国民が負担しなければなりません。それが輸出商品の場合には、それだけ国際競争力が低下して、国際収支の悪化につながるわけでございます。 世論も政府も、週休二日制の普及を推進いたしておるようでございまするが、私はこれに対して疑問を持っております。転換期を乗り越えまするために、休日増加政策も再検討の必要があると思います。本気で環境をよくしようというのでありまするならば、それだけよけいに働いて、あるいはそれだけ休みをふやさないで、そのコスト上昇分を吸収することが必要ではないでございましょうか。 最近、食糧の自給度の向上の必要性が再認識されまして、政府もそれを実現しようと努めておりまするが、国際的に競争力を失った作物を国内でつくるには、それだけ高いコストを覚悟しなければならないのであります。そのコストはどこから補てんするのでございましょうか。結局は、国民がそれだけよけいに働いてカバーする以外に道はないはずであります。環境をよくし、安心できるように食糧を確保いたしますることは、国民生活の質をよくすることであります。そのためには、休日をふやすことをやめても十分意義があるのではなかろうかと思います。役所であるとかあるいは銀行を、無理にと言うと語弊があるかもしれませんが、あまり積極的な必要性が考えられないのに、週休二日制にするということは、それだけ国民の生活を不便にして国民生活の質を落とすことになります。 文芸春秋の二月号に掲載してございまする「日本の自殺」という記事をお読みになった方もあろうかと思いまするが、その要旨は、ローマ帝国の衰亡期と今日の日本はよく似ているというのであります。いずれも世界的国家となって、繁栄の絶頂でインフレーションを引き起こし、国民が堅実なる人間性をむしばまれて堕落し、滅亡に向かっていると見ております。ローマは公の休日が一年間に二百日を超えて、市民は余暇をもてあました結果、レジャー対策としてコロシアムがつくられたのだそうであります。日本の休日も余りふやすと国が危うくなりかねないという見方も、あながち無理ではなかろうかと思います。 大変余談にわたって失礼いたしましたが、日本はただいま大きな転換期に直面しておりながら、望みなきにあらずと私は思うのでございます。それは、四十八年から四十九年の前半にかけて、世界で最悪のインフレ状態になりましたが、その後登場いたしました総需要抑制政策の堅持によって、物のみごとに狂乱物価を取り静めました。海外からも、このことは驚異の目をもって見られております。これは財政金融政策の成功であると同時に、国民の忍耐の成果であります。あとは五十年度の財政金融政策によって、仕上げを待つばかりであります。このように適応力のすぐれた日本国民でありまするから、政府が勇断をもって事に当たれば、財政硬直化の打開は必ずできると信ずるものであります。これこそが、当面のわが国財政に対する私の最大の要望であります。 大体三十分になりましたので、これで一応私の意見公述を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○湊委員長代理 どうもありがとうございました。 〔湊委員長代理退席、田中(武)委員長代理着席〕
○田中(武)委員長代理 次に、宮尾公述人にお願いをいたします。宮尾君。
○宮尾公述人 宮尾でございます。 本日は、このようにお話しできます機会をお与えくださいまして、ありがとうございました。 ごらんのように、私は重度の身体障害者でございます。生まれると同時にかかりました脳性麻痺が原因で、手足の自由を全く奪われまして、そのために義務教育を受ける機会も与えられず、今日まで家庭の中だけで生きてまいりました。私には、政府の予算案につきまして専門的なことを申し述べる知識も能力もございません。したがいまして、予算案のうちでも、社会保障関係の予算と関連した問題につきまして、一人の身体障害者としての立場から、日ごろ生活の中で感じていることなどをお話しいたしまして、先生方の御理解を得たいと存じます。 御承知のように、今度の予算案は、三木内閣にかわりまして初めての予算案でございます。高度経済成長政策のひずみがもたらした公害や環境破壊に加えて、一昨年の石油危機に端を発したインフレ、物価高の中で、金権政治の田中内閣が退陣いたしましたあと、新しく登場された三木総理大臣は、高度成長のもとで著しくなりました社会的不公正の是正と、私のような社会的弱者の救済を政治の第一の課題にされると言われました。言いかえますと、福祉最重点の政治をされると約束されたわけでありますが、今回の予算案を見た限りでは、どこにその約束が実現しているのかさっぱりわからないというのが、率直な印象でございます。 福祉年金の上積みや介護手当の新設など、確かに部分的改善が行われたものがございます。しかし、後ほどお話しいたしますが、これらの改善は、インフレによります生活水準の大幅な低下と所得の実質的減少分を、いまになりまして一時的に穴埋めいたしましたものにすぎません。 昨年十月に出されました社会保障制度審議会の答申におきましても、「インフレの最大の弊害は、少数の豊かな人々を一段と豊かにし、貧しい人々を一段と貧しくするところにある。」と指摘しまして、社会保障の持つ所得再分配機能の尊重を説いておりますが、今度の予算案で見られる程度の対策や改善では、とても所得再分配に努力したということは言えないと存じます。見かけは対前年比三六%増と伸びておりますが、内容的にはほとんどが自然増経費と総花的対策に充てられており、福祉最重点と言えるような路線の転換が行われたとは言いがたいものがあります。 特に、障害者、老人対策などにおきまして、そのかなりの部分が地方財政に大きく依存しておりますことは、社会保障に国が果たすべき責任という点で、問題があると存じます。 本当の福祉重点とは、このような上辺だけを飾ったものではなく、政策的にも人間的にも、対象者の立場に立って、そこにどういう問題があるのか、何をどこまで必要としているかを考えまして、すべての国民に人間らしい生活を保障することでございます。 私は次に、私自身がその一人でございます身体障害者のことにつきまして、幾つかの具体的な問題をお話ししたいと思いますが、その前に、二つほど申し述べておきたいことがあります。 一つは、政府が真剣に社会福祉の充実を目指していますならば、現在のような行政主導の政策立案ではなく、対象者自身の参加を含めた、政策の立案及び企画に改めるべきだということであります。さしあたり私は、各種の関係審議会の構成につきまして、先生方の御検討をお願いしたいと存じますが、一例を挙げますと、二十五名の委員で構成されております身体障害者福祉審議会の場合、純粋に身障者の代表と言える委員はお一人しかおられません。身障者必ずしも身障者問題の専門家とは申せませんが、自分たちの一番の代弁者は自分たちの仲間であるということを考えますと、この構成には納得のいかないものがございます。 第二に申し上げたいのは、社会保障と社会福祉のあり方につきまして、現在の制度や体系全体の見直しと、経済情勢の変化や時の政府の方針などで左右されることのない長期計画の確立であります。 御承知のように、現在の社会保障は公的扶助と社会保険の二つが中心になっているわけでございますが、しかし、それならば、この二つのうちのどちらが社会保障の中心になっているのか、さらに、福祉対策といわれている身障者などに対する各種の措置は、社会保障体系の中でどういう位置づけにあるのか、余り明確ではございません。最近は福祉という言葉が一般化いたしましたので、社会福祉と社会保障は同じ性質のものと思われていますが、行政の論理においては、この両者ははっきり区別されておりまして、公的扶助と社会保険が生活保障の中核になっているのに対しまして、社会福祉といわれております部分は、これを補完するものとして位地づけられ、その範囲や法的理念が規定されているようでございます。 そこで、一つの素朴な疑問が生じるのでありますが、それは、福祉年金の性格は生活保障に属するのか、補完的福祉措置に属するのかということであります。社会保険で運用されているところは、生活保障の性格を与えられておりますが、年金の実態から見ますと、とうてい生活保障と言えるものではございません。これは制度と現実の矛盾でありますが、こうした矛盾の底にある問題といたしまして、社会保障というもののあり方を、この際、深く見詰め直す時期に来ていると存じます。 私は千葉県の身体障害者を中心にした「羊の声」というグループを九年前につくりましたが、現在このグループには約百人の身障者が参加しております。このうち五十人は重度障害者でございまして、歩行不能者が四十五人、介護の必要な人が三十七人を数えます。大部分が家庭におります在宅身障者でございますが、こういう在宅の重度身障者に共通しておりますことは、第一に経済生活を家族に依存しているということ、次に日常の身辺処理でも依存度が高いこと、友人や社会との交流が少ないこと、教育の機会に恵まれなかった者が多いこと、生活空間が極度に限定されていること、将来に対する希望が持てずにいることなどでございます。 グループでは、ときどき話し合いの会合を開いていますが、そういうときにみんなが口にしますのは、親たちの死や老化で現在の生活基盤が失われた場合、自分は一体どうなるのかという不安であります。多くの人たちは、施設に行く以外にないと考えているようですが、施設で暮らすことを楽しみにしている人は一人もおりません。実際は不可能に近いとあきらめてはいますが、ほとんどの人は、同じ人間として、普通の社会で普通の生活ができることを望んでおります。 したがいまして、国の施策という点では、所得保障の実現と充実を求めていますのを初め、医療費の無料化、町づくりや身障者住宅の建設を中心にいたしました社会参加の保障、障害があるためのハンディキャップを埋める各種の対策を求めております。 特に、所得保障の問題は、働くことができないために無収入の状態を余儀なくされている身障者にとりまして、最も切実なものがございます。 個人的なことで恐縮でございますが、私は昨年家内を得まして独立いたしました。生まれましてから四十年間、親の手を離れることができずにおりましたのが、曲がりなりにも自分で生活を始めたわけでございます。けれども、生活を維持していくためには、それを支えるだけの収入が必要になります。ところが、私の収入と言えるものは、現在、一万一千三百円の福祉年金以外、一円もございません。 今度の予算案を見ますと、ことしの十月から、私の場合は一万八千円になりますが、一万八千円では、生活の支えにはとうていなりません。できるだけ切り詰めた暮らしをしておりますが、昨年十二月には四万六千円、この一月は四万四千円の支出がございました。これは、一世帯平均の支出が十六万七千円といわれる一般勤労者の消費水準と比較いたしますと、文字どおり極貧階層の生活ということになりますが、それにいたしましても、福祉年金では足りないことに変わりはございません。やむを得ず親の援助で補っておりますが、その親自身、すでに老人でございます。今後のことを考えますと、独立はいたしましたものの、かえって直接的な生活の不安感は増大している現状でございますので、福祉年金の引き上げにつきましては、特に強い希望を持っております。 私の生活の中で福祉年金が果たしています役割り及び問題というものを考えてみますと、生活費の一部として年金が使われているという現実がまずございます。この年金の性格がどうであるにいたしましても、私はそれを生活のための支出に充てなければならない状況におります。それだけに、現在の年金水準がきわめて低いということも痛感しているわけでございまして、わけても物価の上昇が激しい今日、年金の実質水準は明らかに低下していると存じます。しかしながら、このことは、私の生活に占める福祉年金の比重の大きさをいささかも減じるものではありません。 低水準の支給であるにもかかわらず、それを生活の主要支出に充てておりますことは、それだけ貧困な状態に私が置かれていることをあらわしていますとともに、そういう状態の中におきましては、このようなわずかな年金でありましても、生活を支える重要な部分になることを示しております。したがいまして、単なる段階的な引き上げではなく、年金制度そのものの改善を図ることにより、支給額の大幅な引き上げが行われますならば、私にとりまして、福祉年金ほど生活保障にふさわしい制度はないと存じます。 現在、福祉年金を受給している身体障害者は、全国で約四十万人でございます。この四十万人の人たちはいずれも重度の身障者でございますから、私のような例は少ないかもしれません。しかし、それはこの人たちにその意思がないのではなく、私がそうでありましたように、独立した生活を営みたくとも、経済的条件が整えられないことが原因になっていると存じます。 家庭の中にありまして、日常生活の全体を家族に依存しております身障者は、物質的にも精神的にもさまざまな制約に縛られております。そこでは、周囲に対する依存度が高ければ高いほど、身障者自身の主体的立場は弱くなるという関係にあり、その中で自分の希望を通すということは容易ではありません。ですから、かりに身障者自身は生活保護に頼ってでも独立したいと思いましても、家族の理解がなければ不可能になるわけでございます。 保護されることが国民の権利であり、国民の最低生活の保障は国家の義務であるという考え方が社会的に確立した状態でありますならば、問題は少ないかもしれません。現実はそこまでいっていないと存じます。生活保護の実態自体、被保護者から選挙権を取り上げた戦前の歴史を受け継ぎまして、多分に恩恵的色彩が強く感じられますほか、世帯分離や収入認定に見られるような、厳しい規定がございます。さらに、預貯金の調査や家財の制限など、行政による個人生活への介入も行われますことは、保護を受けることによって生じます社会的劣等感とあわせまして、保護の申請をきわめてためらわせるものがあります。 この点、福祉年金は、最近における福祉思想の社会的定着に支えられているだけでなく、受給者の生活の中に浸透している意味からも、現実に最も適しているのではないかと存じます。昨年あたりから、全国の身障者の間に、生活保障としての年金制度の確立を求める声が高まっていますが、これなども、身障者自身そのことを感じているからではないでしょうか。 私たちのグループも含めまして二十ほどの身障者団体が、福祉年金の支給額を月額三万円にしてほしいということを関係機関に要望いたしましたのは、昨年の春闘のころでございました。それから一年が過ぎまして、ことしの十月から一万八千円ということになりましたが、この一万八千円が私たちの手に実際に渡りますのは、さらに来年の一月になってからでございます。三万円の要望は、一年前の狂乱物価の中で、私たちの強い生活実感から出てきた数字でございます。ところが、現実は、その二年後になりましてもやっと二万円足らずを受給できるにすぎないわけであります。この間に物価は四〇%以上上がっております。労働者の賃金もそれに合わせて上がっているようでございます。 今回の引き上げは、老齢福祉年金の一万円という支給額が基準になっておりますが、これは二年前から言われていたことでございました。その後、経済社会情勢の激変がありましたことは、周知のとおりでございますが、企業の便乗値上げや労働組合の賃上げ闘争が話題になります中で、値上げもストライキもできない弱者であるために、二年前に予定されていたままの引き上げにとどまったということは、やはり力のない者は取り残されてしまうのかという感をぬぐえません。その上さらに、実際の支給は一年先というのでは、余りに不公正ではないでしょうか。生活できる年金の実現とあわせまして、実施並びに支給時期の繰り上げにつきましても、先生方の御検討をいただけますなら幸いでございます。 次に、今回新たに設けられました重度在宅障害者福祉手当の制度につきまして一言申し述べたいと存じます。 このいわゆる介護手当の問題に関しましては、福祉年金の質的改善と並んで、多くの身障者が以前から実現を求めていたことでありまして、それが今回ようやく日の目を見たわけでございます。しかしながら、月額四千円という支給額は何を根拠にして算定したものであるのか、率直に言って、理解できない感じがいたします。 施設対策に比べまして、在宅障害者の対策が後回しになっていること、障害者福祉の中心は在宅者の処遇の向上にあること、それから、すでにお話しいたしましたとおり年金水準が低いこと、これが介護手当の新設を求めた際の私たちの理由でございました。したがいまして、金額的にも処遇向上にふさわしいものをと要望いたしました。 在宅障害者の介護者は、ほとんどが障害者の家族でございます。ですから、介護の内容がいかに容易でなく、長い年月にわたるものでありましても、金銭的な報酬を当てにしている人はいないでありましょう。また、金銭などではかれる性質のことでもございません。しかしながら、支給額算定の根拠といたしまして、この場合当てはまりますのは、いわゆる実費弁償の考え方でございます。介護によって生じた経済稼働能力の損失に対して、国が実費弁償するという形になるわけであります。在宅障害者の中には、家族に恵まれず、他人に介護を頼まなければならない人もいるはずでございますから、この考え方はきわめて常識的であると存じます。 福祉手当の新設は、身障者の希望にこたえた措置でございます。したがいまして、大いに歓迎はいたしますが、以上申し上げましたような問題を考慮いたしますと、四千円という支給額には疑問があるのではないでしょうか。病院の付添婦の日当が一日五千円とも六千円ともいわれております現実とあわせまして、先生方の御一考を煩わしたいと存じます。 私はこれまで、現状では働くことが困難な身障者の問題をお話ししてまいりましたが、全国で百八十万人を数えます身障者の中には、普通の企業に勤めている人がたくさんおります。さらに福祉工場や授産所などで働いている人も少なくありません。しかし、ここでも身障者は一番日陰に置かれておりまして、特に最近は不況によるしわ寄せをまともに受けております。たとえばある弱電機メーカーでは、指名解雇者の中に身障者がリストアップされましたが、労働者の利益を守るはずの労働組合によって、このリストアップは行われたということでございます。また、不況のために仕事がなくなり、閉鎖を余儀なくされた授産所もございますし、自殺した人も出ております。 もともと身障者の職業問題は多くの困難に直面しておりますが、困難な原因の大半は、身障者にあるのではなく、身障者を雇いたがらない企業の側にあると思われます。特に大企業はこの傾向が強く、ほとんどの人たちが、零細な事業所で働くことを強いられております。零細だから悪いというのではありませんが、一般に小さなところほど、多様な作業をしなければならず、賃金や労働条件から言いましても、本来身障者には不向きなところでございます。しかも小企業は資本力も弱いわけですから、現在のような不況になりますと、その影響を正面からかぶることになります。ですから、こういうところで働いております身障者は、賃金が安く、雇用条件も悪い上に、絶えず失業の不安にさらされていると言えましょう。 私はきょうここでお話しできることになりましてから、職業についている友人たちに電話で意見を求めたのでありますが、異口同音に言われたのが、雇用促進法の改正ということでした。強制雇用の条項をつけることにより、違反企業には制裁金を課してほしいというのであります。また、身障者の解雇を禁じる法律もしくは政令を、不況対策とあわせて至急出してほしいという意見もありました。さらに、大企業であれ小企業であれ、一般の事業所では、能力に応じてしか給与は支払われませんが、身障者の場合、それでは生活に必要な金額にならないことがありますので、この差額を国で補ってくれるような制度を望みたいと言った人もございます。これらは、いずれも厳しい条件の中に置かれて、生活をかけて現実と闘っている人たちの声でありますだけに、ある意味では、私のような立場の者が言うことよりも、重く切迫したものがございます。 政府が真剣に対策を考えられますことを望みまして、次に、公共料金の問題に一言触れたいと存じます。 昨年は国鉄運賃やタクシー料金の値上げがありましたが、ことしは郵便料金の大幅な値上げが予定されております。タクシー料金の値上げは、歩行困難な身障者にとりまして大きな打撃でございましたが、今度の郵便料金の引き上げは、それ以上に深刻なものがあります。 私たちのグループには、両手が使えないために、足で字を書く人がおりますが、この人は友達に手紙を出すことが生きがいになっていまして、毎日足の指に鉛筆をはさんで書いております。電話は手が使えませんから利用できません。また、字は書けますが、歩くことは不可能ですので、友人との交流手段ということになりますと、文通以外にはございません。手紙五十円、はがき二十円という今回の値上げ案は、こういう人たちから、その唯一の交流手段と、文通で得ておりました生活の張り合いを取り上げるおそれがございます。 さらに、この値上げ案によりますと、これまで比較的低額になっておりました第三種の料金も大きく引き上げられていますが、これは身障者団体の活動に重大な支障を与えかねないものがあります。五年前のことになりますが、各団体が出しております機関誌の郵送料金を、郵政省の御好意によって三種扱いが受けられることになりまして、今日まで発行してくることができたのでございますが、今度の値上げが実施されましたならば、廃刊の危機に見舞われる団体も出てくるかもしれません。介護手当の新設は結構でございますが、それにも増して、この際、いま申し上げました郵便料金に関連しました問題につきまして、ぜひ何らかの措置をいただきたいと存じます。 三木総理大臣は、不公正の是正に全力を傾けると言われました。私の言葉でこれを言い直しますと、人間と人間の差別をなくすということになります。私たち身障者が求める福祉、それは、同じ人間として生きられるために、人間らしい生活が保障されることでございます。私たちは、労働能力や経済性の優劣によりまして差別や格差をつけることのない施策を求めているにすぎません。また、与えられるだけの生活に満足して何もせずにいるつもりもございません。肉体の障害は障害として、悩みや苦しみと立ち向かい、みずからの意志で生きていく決心でおります。それだけに、私たちは、現実に存在いたします差別や格差に対しまして強い怒りを覚えるわけでございます。人間の価値を経済や効率の論理ではかるのではなく、人間性そのもののあり方によってはかるような社会になりましたならば、私たちの人生もきっと明るいものになると存じます。 先生方の御努力によりまして、そのような社会が一日も早く来ますことを期待いたしまして、私の公述を終わります。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○田中(武)委員長代理 どうもありがとうございました。 —————————————
○田中(武)委員長代理 これより両公述人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。堀昌雄君。
○堀委員 青葉公述人にお伺いをいたします。私がお伺いしたいのは二点ございます。一つは、老人医療というものが、一般の診療を必要としておる者の受診の妨げになっておるというお話でございました。もう一つは、今日の日本の情勢の中で週休二日制をやることは、かつてのローマ帝国の崩壊につながるという御指摘がございました。この二点だけにしぼってお伺いをいたしたいと思います。 最初に申し上げておきますが、私は医師出身の議員でございますから、現在の老人医療の実態についてはつまびらかに承知をいたしておるつもりであります。そこで、お述べになりました中で、老人が神経的な障害のゆえに大変たくさん受診をしておる、こういう御指摘がございました。実は今日の医療は、私の目から見ますと、いわゆる器質的疾患、たとえばがんになったとか、結核になったとか、ばい菌によるとか、あるいはその他の器質的な疾患で診療を受けておる者は、わが国においてもおおむね三割内外ではないかと判断をしております。これは単にわが国だけではなくて、フランスにおいても大体三、四割しかない。あとの六、七割というのは、神経的な誘因をもとにする疾患だ、こういうふうに現在なっておるわけであります。 なぜそういうふうになっているかといえば、今日の高度経済成長という政策が、非常な競争条件の加速を求めて、国民はあらゆる点で刺激に耐えられない状態にあるわけであります。私が自分で診察をしておりました患者を見ましても、胃の障害を訴える患者の中で、本当に胃の器質的疾患があるという者はやはり二、三割、あとの七割ぐらいはストレスからくるところの神経性の胃炎であります。この神経性の胃炎あるいは神経性の心臓疾患、各種のものが実は神経的な要素をもとにして起こるわけです。御承知のように、人間の体というのは、これは神経の支配によってものが動いているわけであります。神経的な刺激によって、胃腸の障害あるいは心臓の障害その他各種の障害が起こることは、医学的にも明確に立証されておるところであります。老人医療の問題についての厚生省その他の各種の調査によりましても、現在、老人で常に体のぐあいが悪いという訴えをしております者は六割を超えているわけであります。それはどこから問題がくるかといえば、老人の日常生活の中に、いろいろな欲求不満的な条件が蓄積しておるために、そこからくるストレスが、各種の形で、胃腸障害になり、心臓障害になり、あるいは高血圧を誘発する、こういう形で起きているのでありますから、これは老人自身というよりも、実は社会的な現在の状況がもたらした原因だと、私は考えているわけであります。 そういう人たちが、いま公述人は、レジャーに診療所へ行く、こういうお話をなさいました。これらの老人の人たちがこの言葉を聞きましたら、一体公述人という方はどんなに冷たい人だろうかと感じただろうと私は思います。私たちは、いまこれらの老人の皆さんが非常に喜んでおることは、無料であるからいつでも診療を受けられるということで、ここに実はストレスを解消する方向が開かれたと考えているわけでありまして、もしあなたのお話のように、初診料を三百円、五百円取られるとなれば、現在の老人というものは、またもや受診の機会さえも奪われて、そうして日常苦しいストレスの中で、悩みながら一生を終わることになるのではないでしょうか。私はその点において、問題は実は医療無料化の中にあるのではなくて、そういうストレスのある人たちをストレスのない条件に、どうやって、私たちが政治の問題、予算の問題を通じて問題を考えるかという問題の中にあるのであって、現象的な出てきておる部分だけを御指摘になるのではなくて、そういう現象が何によってもたらされておるかという根源にメスを入れることが政治的な課題だ、こう考えているわけであります。 そういう意味では、実はいまお話しになりました老人医療の問題というのは、現在の医療体制の中で、老人に対する専門的な機関というものが余りにも少な過ぎる、要するに需要と供給のバランスを失しておるところにあるのでありますから、これらについては、そういう老人のための医療を十分に与え得る施設を考えるということを前向きに検討することなくして、現象面だけでいまの問題をとらえられることには、ひとつ問題があると思います。 二点目は、いまお話しのように、常に診療所や病院を訪れる、まああなたの言葉で言うレジャー的に治療を受けておるという人たちの階層というのは、おおむねいずれも低所得階層に限られておるわけであります。現在高額所得者の皆さんは、お年寄りになっても、そのようなストレスを大きく受ける条件にはありません。ストレスを受ける大きな条件は、いま宮尾公述人もお述べになりましたけれども、老人が老人として処遇されないような社会的、経済的条件に追い込まれておるところから、大きなストレスをもたらして、そのストレスによって起きた疾病を治療したいという問題につながっておるわけでありますから、私はそういう意味で、さっきお話しになりました点についてはいろいろと問題がある、こう考えておりますので、私が申し上げた問題点について、第一点お答えをいただきたいと思います。 二点目は、週休二日制でこれ以上休むことはない、皆がもっと働けばよいというお話であります。 確かにわれわれ人間というものは、働くということなくして生きていくわけにはいきません。ただ、自分から進んで働ける条件と、要するに生活を維持するために働かなければならない条件と、ここらにいろいろと問題があります。現在、私が申し上げたような、ストレスによって患者が七割も六割も出てくるというのは、言うなれば、そういう働く条件の中におけるストレスの集積が、それらの疾病を誘発しておることから考えますならば、このストレスを解消することは、少なくとも週休が二日になることによって、そこで初めて、自分としての人間の生き方をそこから見出していくという道を開くことになるのではないかと私は考えているのであります。 御承知のように、大都会では通勤のために一日に二時間も三時間も時間を費やし、体をすり減らして働いている人がたくさんあります。この人たちが通勤をしないことによって残された余暇を生かすということは、その次に来るべき労働に対する能力を回復する大きな原因だと考えています。御承知のようにアメリカにおいては、現在すでに週休三日制の問題が進行しておる状況でありまして、これらの各種のデータを見ましても、週休二日になってからの方が、その他の日における能率が向上されておるということは、各種のデータから明らかであります。私たちはただ働けばいいというのではなくて、あなたも御指摘のように、効率ある労働によって生産性が高められることに意義があるのであって、ただ、だらだらと一週間に六日間、一日に三時間も通勤時間を費やしながらストレスを付加していく。こういう状態が決して望ましいことではないし、そのことが先進諸国においても今日週休二日制が定着をしてきているもとだと考えているわけであります。 それらの点を含めて、いまお話しになりましたこの二点については特に問題が大きいと考えますので、公述人のお答えをいただきたいと思います。
○青葉公述人 ただいまの御質問の二点でございますが、まず最初に、老人の医療の無料化に何らかの若干の歯どめを考えたらどうかという私の思いつきに対しまして、御専門のお立場から御批判をいただきました。病気の状態が社会の影響の結果であるということは、これまた御意見をそのまま私は受け入れるわけでございます。 しかしながら問題は、今日の現状において総合的に考えまして、医療を最も効果的にするという、その一例として私は申し上げたのでございまして、これは老人ばかりに限りません。社会保険制度が普及いたしまして、だれでも診療を受けられるということはもちろん非常に結構なことでございまするが、これも初診料の問題でよく議論があるようでございますが、要は人間が純粋の神様のような心ですべて行動いたすのでありまするならば、理想的な姿をそのまま即時実行してよろしいと思うのでございますが、残念なことに、そこまでいっておらないのでございまするから、その微妙な人間の心理をつかんで、いろいろな諸制度というものが、そのときの状況において最も十分な効果を発揮するようにということで、これは一つの例として私が申し上げました真意でございまして、先生の病気に対する御説明をいろいろ伺いまして大変啓発をされましたが、私の真意はそういうところにございます。 それから、第二番目の休日の問題でございまするが、これも日本人の物の考え方に対する一つの反省として、私はそういう所感を持っておりましたので、申し上げました。先生のお話の中に、アメリカは現在三日になっておるというようなお話が出ましたが、実は日本ももう二日がかなり普及しておりまするので、今日この二日を是が非でもやめてほしいというような真意で申し上げたのではないのでありまして、今度二日が三日になるというような場合に、これはよほど真剣に考えてみる必要があるのじゃないか。 すべてを社会の責任に帰して、その社会に何でもやってもらうということでは、それが本当の人間の生き方だろうか。週休二日制ももちろんいい点は多々ありまするし、私はそれは決して悪いことじゃないと思うのでございますが、こういう例もあるわけです。週休二日になったために、おやじさんが家でごろごろしておる、また御本人もむしろ会社なり工場に行って働いた方が生きがいが感ぜられる、そういう例もあるわけでございます。そういう人の数はどっちが多いかというようなことは、また、これはいろいろ問題がありましょうし、見方もあるでございましょうが、人間は働くことに喜びを感ずるということであって初めて、この世の中がうまくいくのでありまして、「はたらく」というのは「はたを楽にする」、こういう事柄が語源だということを言う人もございます。これは私も研究したわけではございませんから、それを主張するわけじゃございません。しかしながら、それぞれの立場に立ちまして、自分で自分のできることをする、それが結局は——世の中というのは、先生方に申し上げるのは釈迦に説法で、はなはだ恐縮でございますが、それぞれ自分の立場を十分に生かして世の中のために努力をするということが、また自分が生きる道でもある。それがその人の能力あるいは立場等によっていろいろ差はございましょうけれども、各自が自分の力に基づいて十分に働くということによって喜びを得、またそれによって生活も支えられていく。その場合に、なるべく公正な分配が行われるということが望ましいと思うのでございます。 それから、先ほど老人の問題について、初診料を取ったらどうかということを言いましたが、それはその反面において、老人年金あるいは福祉年金というようなものを、インフレになった場合にはちゃんと、最近スライド制ということが導入されるようになりましたけれども、政府としてあるいは地方自治体として、いろんな形から出ておると思いますが、出すものはちゃんと出す。先ほども身障者の方のお話を伺っておりますと、まことに申しわけないといいましょうか、われわれ五体健全で働かしていただいている者は申しわけないという気持ちがいたしました。 以上です。
○堀委員 そこで、もう一言だけ。 この週休二日制に関連して食糧自給の問題にお触れになったのですが、私の住んでおります尼崎市では、市が土地を求めまして、一般の市民に市民菜園を一定の区画を限ってお貸しするという制度があるのですね。そうすると、この市民菜園というのは大変申込者が多くて、すぐにいっぱいになるのですが、要するに週休二日制というものは、自分たちの働いておる仕事でない、たとえば家庭菜園でものをつくるということになれば、実はあなたの御指摘のような問題は解決するのです。やはり現在の労働者にとっては、鉄筋アパートなり木造アパートにいて、土地も何もないのですね。そういう人たちが、休日にそういうものができるような配慮を地方自治体なり国がすることが、私は週休二日の中身を充実することになると思いますので、そういう具体的な例もあるということを申し添えて、私の質問を終わります。
○田中(武)委員長代理 次に、湯山勇君。
○湯山委員 私は、いまお話のありました食糧自給の問題で、青葉公述人にお尋ねをいたしたいと思います。 公述された内容は、食糧自給ということが大きく取り上げられているけれども、今日日本で食糧を自給するということになれば、非常にコストの高いものになる、外国から買えばうんと安いものを、あえて高いものを自給という名前でつくって、たくさんの金を払うということには問題があるのじゃないかという御指摘があったと思います。食糧需給というものを、いまおっしゃったような見方で処理していた時代も確かにございました。これは国際分業論というような言葉で言われておりますが、高度成長政策の時代には、そういうことで大体日本の食糧政策というものが進められてきた。しかし、今日世界的な食糧不足、そしてまた、食糧問題の考え方というものが変わってきたことは事実でございまして、一つはいまおっしゃった経済的な、あるいは価格の面から見ましても、御存じのようにシカゴの穀物相場というものが三倍あるいは四倍に上がってきておって、従来言われておったように輸入した方が安いという条件は非常に崩れてきております。物によっては、場合によっては、日本の国内の穀物の方が輸入するよりも安い。たとえば昨年のいまごろでしたか、米が国内のはトン当たり十七万四千円くらい、タイ国の米も六百ドルでございますから十八万円程度でございましょうか、あるいはカリフォルニアの米に至っては二十万円というようなことで、必ずしもいまおっしゃったように輸入することの方が安いんだということにはならない、こういうこともございます。 それからいま一つは、食糧自給というものの位置づけが変わってまいりまして、御存じのように石油ショックのときには、石油であれだけ日本経済が大きなショックを受けた。先般三木総理もこの委員会で、あの石油ショックがもし食糧であったらこれは大変だというようなことも御答弁になっております。それと同時に、アメリカのフォード大統領は、友好国にだけ穀物を提供するということについての何らか宣言ですか、そういうものをしたらいいんじゃないかというようなことも発表しておりますし、現にソ連からの買い付けを断ったということもございました。つまり、今日の食糧というものが、いまのような状態からかなり、悪い言葉ですけれども、戦略物資として見られるような事態も起こってきている。そこで、食糧自給というものが、単に食べ物があるなしということじゃなくて、国の安全保障に非常に重要な関係を持ってきているし、同時にこれは国民生活安定の基礎でもあるということから、重視しなければならない。 ところが、日本の自給率というものは先進国の中では最も低いということも、これも御存じのとおりでございます。しかも従来の政策から、狭い国土で、その土地が十分利用されているかというと、そうじゃなくて、今日の利用率は大体二分の一、半分は遊んでいるというような、それに近い状態でございますから、それらを考えてみますと、単に経済合理主義といいますか、あるいは安い高い、国際分業論のような立場からだけ律するのではなくて、もっと大きい立場から食糧自給というものを考えて、そのためには、これは今日政府のとっている政策の中には、あるいは御指摘の意味も、そういう点もあったかと思いますけれども、ずいぶんむだな金も使っております。けれども、長期にわたって食糧自給体制を確立して、自給度を高めていくということは、これはたとえば土地基盤を造成していって、そして長期的な自給体制をつくるというようなことは、長期にわたってそういう体制ができるわけですから、決してむだではないし、そのために国が相当財政資金を投入するということは、今日はむしろ非常に重要ではないかということを考えますので、先ほどのような部分的な御指摘はどういうお気持ちでかわかりませんけれども、そのことについてどのようにお考えなのかをお伺いしたいということで、質問を申し上げます。
○青葉公述人 ただいまのお尋ねを伺いまして、私の御説明が非常に不十分であったのではなかろうか、こういうように感じました。 私は、自給度を高めるということは、今日の国際情勢あるいは国内情勢から見まして望ましいことである、かように考えておるものでございます。ただ、その自給度を高めるのには、最近の穀物の価格等によっては、海外との格差がなくなったもの、あるいは逆になったものも、御指摘のようにございますが、海外の方がよっぽど安いものも、たとえば牛肉とか、そういったようなものもあるわけでございますが、その自給度を高めるために国内で生産をするには、たとえば裏作に麦をつくるといたしましょうか。その場合に、小麦はまだ海外の方がよっぽど安いわけでございますから、むしろそれの輸入を抑えて国内でつくれるようにするのには、それ相応の補助金を出すということが必要でございまして、その補助金はどこから出てくるかというと、結局は国民の働いた税金によって出てくる。そういう意味で、自給度を高めるのには、やはり国民の努力が必要である。何も農家の方ばかりじゃなくて、国民全体の努力が必要である。そのためには、先ほども休日増加に反対をいたしまして御批判をいただきましたが、やはり努力をして自給度を高めて、安心して暮らすというのには、休みも、二日はもうできたと思いますので、三日休もうというのをやめて、工場もそれから農村も役所も、働く状態をよくして、むしろ働くのが楽しみだというような職場の環境をつくるというような方面に努力をして、休日をふやすというようなことはちょっと考えものじゃなかろうか、そういう意味を申し上げたわけでございます。 言葉が足りませんでしたので、大変申しわけなかったのですが、補足をさせていただきます。 以上でございます。
○湯山委員 いまので大分よくわかりました。ただ、小麦なら小麦の場合、若干いまもなお国内の方が高くなっているというのはありますけれども、結局大きい目で見ていきますと、国際穀物の流通シェアでの日本の輸入というものは一割近くあります。まだ努力すればできるところが、あえて買いに出ることが、逆に国際価格をつくり上げるというような面にもつながっておりますので、これは単にお百姓さん働けと申しましても、いまのような状態でやっていきますと、小麦をつくる一日の労働は、農業の場合千七百円ぐらいにしかなりません。米をつくれば一日四千円、同じたんぼで、きのうまで米の後片づけをやった、きょうから麦まきの準備をする、きのうまでは一日四千円、きょうから千七百円、こういう政策の非常な不備がありまして、そんなに働けと言っても、下手すると、働いて赤字が出るというようなこともありますので、それらの補償というようなことも、当然これは大きい立場からしないと、なかなかできない問題なので、それらの点もひとつ御理解の上で、いまのお百姓に働けというようなことをおっしゃっていただければ、大変いいことじゃないかというように思いますので、以上申し上げて終わります。
○田中(武)委員長代理 次に、安宅常彦君。
○安宅委員 私は、宮尾先生に御質問を申し上げたいと思います。 大変理路整然と、そうして身体障害者の皆さんを代表する御意見、大変感銘をいたしました。私ばそういう意味で、先生の御所見を伺いたいのでありますが、最後のところで、介護手当四千円の話が出たわけであります。私もこういういろいろな団体の方と相当の結びつきがあるのでありますが、みんなは案外知らないことがたくさんあるのじゃないかと思うのです。たとえば、地方自治体の長などに陳情に行くとか、いろいろなときに行動をともにしたことがあるのですが、そういうときには、たとえば脊髄損傷者などの場合は、下半身が全然感覚がない。したがって、おしっこが出るとか、いろいろなそういう場合などは大変困るので、日程をよほど前に決めておいて、体調を整えて、水も飲まないで、そしてその陳情する期間は便所に行かなくとも大丈夫なようにしてくるとか、大変な苦労が要るわけですね。 そういうことを一般の人は全然知らないでいるということを、私は非常に残念だと思うのです。たとえば県庁でも市役所でも、日本の建物は大変段階が多いですね。裁判所なんか、本当にどうしようかと思う程度だと思いますが、最近、道路や何か、そういう方々のために、車いすを利用している通勤者のためにどうしようとか、いろいろなことをやっているようですが、私は朝鮮民主主義人民共和国に行って、非常に感銘したことがあるのです。やはり病院を建てた。そうしたら、金日成という国家主席が、なぜこんなものを建てたか、階段を全部取りはずせ、そしておじいちゃん、おばあちゃんも、それから体の不自由な人が来るそういう病院になぜ階段が要るかというので、全部階段を取り払わせたそうですね。こういう配慮といいますか、こういうことが日本ではほとんどないのではないか。こういうことを私、つくづく感じているわけです。 特に在宅者の場合には、奥さんや家族の心労というのは、これは大変なことです。夫婦生活も満足にいかない、そういうこともあるでしょうし、それだけではなくて、もう一から十まで全部、はしの上げおろしまで、奥さんが世話をしなければならない。こういうことを身体障害者御自身が、これは非常に申しわけないといいますか、大変大きな精神的な負担になっているわけですね。 こういうことを考えますと、たった一点だけ私は質問するのですが、介護料四千円というのは大変安いのではないか。しかもこれは地方自治体で、すでに革新自治体などは実行していることです。しかも、それだけではなくて、私どもの地方などは非常に寒いところですから、灯油がいきなり去年みたいに上がったというときには、値上がり分をそれでは地方自治体が負担してやろうとか、それから、自動車の運転を何とか手で運転できるような、そういう車の構造ですが、とにかく運転できる人の分のガソリン代がいきなり上がった。そうならば、このガソリン代の差額をひとつ幾らかは地方自治体で持ってやろうとか、いろいろなことをいま必死になって地方自治体等が、先ほどおっしゃったように、しわ寄せは地方自治体に出ている。こういうことを実施しているところはたくさんあるわけですね。そういうことから言いますと、この介護手当四千円というのは、地方自治体の一部でやっている施策に何とかして追いつこうというだけの話であって、これを何か大変大きな目玉商品のように言っているのは間違いなのではないかということを、私は非常に痛切に感じているのです。この問題で、どういう御見解かということをまず承っておきたいと思います。 それからもう一つは、適用の範囲の問題ですね。この問題をいまの原案といいますか、そういうものをお知りになって、適用範囲をとりあえずこの辺までやってもらったらという御意見はないのでしょうか。これが二つ目です。 それから、私どもお伺いしたいのは、何級という認定の基準がありますが、その認定のあり方について、滑った、転んだ、しちむずかしいことを言って、何とかおまえの方は軽いんだぞ、軽いんだぞというふうに言う、しゃくし定規といいますか、しゃくし定規よりも——しゃくし定規だったら、まあ正確ということになりますけれども、その定規を曲げて、何かその金を出さない工面をするという、末端のいろいろなそういう関係者のあり方に、皆さん非常に怒りを持っておるような気がしてなりません。したがって、この認定をする基準というものを何らか民主化して、相当の——いまの役人一本ではなくて、そういう民主的な機関を設ける必要があるのではないかと私は思っていますが、こういうことについての御所見を伺いたいと思っております。
○宮尾公述人 ただいまの御質問の趣旨は、介護手当の金額をどう思うかということ、それからもう一つは、介護手当の支給範囲の問題、それから障害等級の問題についての三点だったと思います。 その問題にお答えいたします前に、少し時間をいただいて、先ほど申し上げなかった問題を、少しお話ししたいと思うわけです。 介護手当の問題もその中の一つであるわけですけれども、私たち障害者は、特にぜいたくな要求をしているわけではないわけです。先ほども申し上げましたように、何でもやってくれ、与えてくれ、こういうわけではないわけです。つまり、私たちが一番求めていることは、この社会の中で皆さんと同じように普通に生きられる、こういうことなわけですね。肉体の障害というものは自分で克服していかなくてはならない。問題は、その肉体の障害によって生じる生活の障害というものを、どこまでいろいろな施策や社会との連帯の中で克服していくか、そういうことだろうと思うのです。 そうなりました場合に、それでは、現在の社会がそういうふうなはっきりした連帯の思想、またもしくは同じ人間として私たちを見ているかという問題になりますと、行政においても、政治においても、経済においても、それから社会の一人一人の人間関係においても、そこまでいっていないということを一番強く感じるわけです。 福祉ということが非常に一般化いたしまして、いまでは子供でも福祉という言葉を知らない者がいないほど、この言葉はみんなのものになってしまいましたけれども、しかし、それならば福祉というものの中身はどういうものなのかということになりますと、本当の認識というものがまだ国民の合意として成り立っていないのではないだろうか、そういう気がいたします。 私たちの立場から言いますと、よく言われるのですけれども、福祉対策というのは恵まれない人のためにやるものである、気の毒な人のためにやるものであるというふうな感じで、マスコミなどでも受け取られますし、政治の中でもそういうふうに思われております。しかし、その恵まれないという言葉、あるいは恵まれない人たちということは、恵まれた人から恵まれない人を見おろすという関係ではないのだろうか、こういうことを感じるわけです。つまり、福祉というものは、持っている者、すぐれている者、豊かな者から、劣っている者、弱い者、だめな者に何かを上げることである、そういうふうな昔ながらの恩恵的な本質というものが、今日もなおまだ牢固として抜きがたいのではないだろうかということを感じるわけです。 ですから、福祉という言葉がこれほど普及いたしまして、そうしてそれが政治の第一の課題になっている現在になりましても、私たちの側から言いますと、福祉という名によって自分たちは差別を受けているのではないだろうか、こういう感じを受けることがございます。つまり、そういう現状における福祉というものは、強者から弱者への施しであって、しかも、その施しは与える側の都合によって多くなったり少なくなったりする。ある意味で、予算の中で福祉予算がふえたり減ったりするということの中にも、そういうふうな問題があるのではないだろうかという気がするわけです。 逆に言いますと、受ける側にとっての福祉というのは、あまり当てにならないプレゼントにすぎない、こういうことがあるのではないでしょうか。つまり、権利というものになっていないということです。どんな重度の障害者でも、人間としての価値は同じである、そういう認識が本当に確立しているか、一人一人のものになっているかといいますと、どうもそうではないという気持ちが実感の中で強くいたします。つまり、そういう現状の中にあるのは、人間の価値の差別ということでありまして、そこから、障害者のような人たち、恵まれない人たち、気の毒な人たちというのは、生活の程度が悪くても、これは仕方がないんだという考え方が生まれてきて、そこから劣等処遇の当然視というものが出てくるような気がするわけです。 まあ、そういうわけでありまして、介護手当の問題につきましても、何か施しのような形で思いつかれたところはなかっただろうか。もしそれがなければ幸いだと思うのです。つまり、本当の意味でそれが政策になっているかどうか、障害者を人間として遇し、残された能力を発揮させる、そうしてこの社会の中で正しく位置づけて、その可能性を存分に発揮させるという、そういう政策的な考え方から、はっきりした見通しと裏づけがあって出てきたものかどうかということでございます。もし、見通しなり裏づけなりがはっきりしたものであるならば、四千円という額は余りに少ないのではないだろうか。私たちが介護手当につきまして関係方面に要望した際の金額は、昨年二万円でございました。つまり、二万円であっても、先ほど言いました実費弁償にはならないのでございますけれども、現在の非常に低い年金水準の問題から考えまして、福祉年金と介護手当を合わせることによりまして、それによって生活保障的な収入になるのではないだろうか、こう考えたわけでございます。 それから支給範囲につきましては、そのときには介護を要する人ということでお願いいたしました。厚生省の人とお話ししたことがございますけれども、現在福祉年金受給者が約四十万人、その中で介護を要する障害者が二十四万人いるということでございます。そのほかに、恐らく難病の人とか寝たきりの老人とか精神障害者とか、いるでございましょう。そういういろいろな違い、障害別、病気別の違いはあるでしょうけれども、先ほど言いましたように、その一人一人の生活というものを保障する、あるいはそのために介護に当たっている人たちの生活というものを支える、こういう意味から言いますならば、やはり四千円という額では少な過ぎるということは免れないと思うのであります。何分にもこのようなインフレの中では、どんどん貨幣価値が下落していきますので、ことしの一万八千円の福祉年金でも、来年になれば一万五千円ぐらいの価値しかなくなってしまうかもしれません。四千円という額は、来年では、なきに等しいものになる可能性もあるわけです。そういう点から考えますと、この金額ではきわめて不十分であるということが言えると思います。 それから支給対象につきましても、具体的に言いまして、社会福祉審議会では二級の障害者の問題について議論が行われたようでございますけれども、これは先ほど申し上げましたような福祉年金との関連から言いましても、やはり一、二級すべての人に漏れなく上げるべきであろうと思います。 それからなお、障害等級の問題がここで出てくるわけでございます。現在、障害者対策というものは障害等級を基準にして行われております。ところが、この障害等級というものの判定の基準というものが、やはり問題になるだろうと思うわけです。それはなぜかといいますと、医学的に見た障害の程度というものと、生活の中での不自由度というものとの間に差があるということですね。現在の障害等級では、たとえば足が切断あるいは手が切断という場合に、片足だと二級でございます。片手でも二級です。これが両手、両足、いずれかになると一級ということになるわけです。ところが、足が仮にありませんでも、手がきけば、現在は車も運転できますし、工場で働くこともできるわけであります。ところがこれが、脳性麻痺という病気がそうなのでありますけれども、外見上はすべてそろっておりましても、全身が少しずつ障害に冒されているという点で、生活的に非常に困難を来すわけであります。ところが、この脳性麻痺の場合ですと、たとえよろよろとでも歩けると、三級とか五級とかということになってしまいまして、年金がもらえない、介護手当がもらえない、こういうことになっているわけです。 ですから、昨年、脳性麻痺者の人たちでつくっている「青い芝の会」という会がございまして、ここが中心になりまして、厚生省に障害等級の見直しの問題について要望を出しております。厚生省は、障害等級の見直しについて、かなり前からその再検討を始めているということでございます。ところが、この再検討というのがなかなか片がつきませんで、昨年のいまごろ厚生省に聞きましたときは、もうすぐだという返事でした。ところが秋になったら、今度はことしいっぱいだということです。先ごろ厚生省の人とお会いしましたら、これから皆さんの意見を聞くところだ、こういうお話でございます。どうも非常にのんびりしているという感じでございます。 そこでお願いしたいことは、まず、この等級の見直しというものを、障害者の立場に立って行うということ。そのためには、やはり障害者の意見というものを、その見直しの過程に取り入れて、尊重していくということ。具体的には、できるだけ早くこういう公聴会といいますか、何か意見を聞く会のようなものを開きまして、そこで障害者の意見を聞いていただきたい。そしてその結果は、ぜひ見直しの中に取り入れていただきたい。こう思うわけです。 障害等級の判定の問題は、障害者対策の根本でございますので、非常に重大な問題でございます。きょうの公述の中でも申し上げようと思ったのですけれども、つい落としてしまいましたので、いま御質問を受けて、非常にありがたいと思っております。先生方の方でも、この問題について御研究になりまして、私たちのためにお力添えいただければ大変ありがたいと思います。 取りとめのない話で、失礼いたしました。
○安宅委員 いや、こちらこそ本当にお礼を申し上げたいくらいであります。 私ども考えてみますと、特にそうですか、精神に支障のある方々などにおいての精神病院の扱いなんというのは、人間ではなくて、初めっから捨てられた者として、監視をするというのでしょうかね、そういう考え方が世の中にある。ただいま、身体障害者の皆さん全員に対する世間の目というもの、構造がそういうふうになっているんだという説明は、そのとおりだと思います。したがって、私どもいろいろ手を取り合っている仲間の中でも、これは権利として、われわれがやらなければならない。中には労働者として働いておったけれども、大きな災害があって身体が自由にならなくなった。それから、いろいろ生まれつき病気を持っておられる方々もあるわけです。あるいは交通事故でそういう障害者になった方々もいる。いま現在丈夫で働いている人がいつかは、あるいは突然きょうにもそういう立場になるかもしれない。同じ立場だ、そういう意味で言うならば、連帯の強い、そういう運動を起こす必要があるのではないかというので、そしてそういう立場に立って、私どもいま運動を進めているところであります。大変感銘を受けました。そのとおりでありますから、私どもも必死になってやりたいと思っております。どうかひとつ、いろいろと大変な、困難な運動だと思いますが、御成功をお祈り申し上げてやみません。 以上で終わります。
○田中(武)委員長代理 次に、林百郎君。
○林(百)委員 青葉公述人と宮尾公述人に、簡単に御意見を承りたいと思いますが、まず青葉公述人に。 いま当予算委員会で本年度予算を審議しております一つの観点は、いままで続けられてきました経済の高度成長政策がいろいろの矛盾が出てきておる、その矛盾をどのように手直しをしていくか。三木総理自身も、社会的不公正の是正というようなことを言っておるわけなんですが、そういう観点に立って、社会的不公正の是正の一つの問題として、大企業が、スタグフレーションと言われる中で、引当金だとか準備金だというようないろいろな形で社内留保をしておる。これは実質的には利益でございますので、こういう大企業の実質的な利益に対して適正な課税をすべきではないかということが、いま論議の中心になっておりますが、スタグフレーションと言われながらも、こういう莫大な社内留保ができるような大企業に対しての不公正の是正という点については、公述人としてはどうお考えになっておるのか。ことに租税特別措置法等についても、若干政府も手直しをしましたけれども、まだ基本的には手直しをしておらないので、その点が一つ。 したがって、それと結びついて、先ほど公共料金の話がありましたけれども、寡占の企業ですね、大企業、独占企業といいますか、そういうものの料金が一方的に引き上げられて、そのツケが国民に来るわけでございますけれども、こういう大企業からの政治献金等がありまして、政治との癒着の関係がありますので、そういう点についてはどうお考えになっておるのか。また、独占禁止法の改正について、企業の分割等が言われておりますけれども、これについてどうお考えになっておるのかということが第二点でございます。 第三点は、先ほど公述人の御意見の中で、公共料金を押えないで、新物価体系の中に組み入れて値上げをするという方向で解決をすべきではないかというようなお話がありましたが、これは物価上昇に対する公共料金の寄与を考えますと、こういうことは結局物価体系という形で、ツケが国民のほうに回ってくるのではないかというように思われますので、この点の公述人の御意見を承っておきたいと思います。 それから、宮尾公述人には、一つは労災法の適用を受けない公述人のような方々、あるいは身障者になっておられる方々の医療について、どういうことを要求されておるでしょうか。お聞きすれば、公述人は何かそういう労災によって身体障害者になったわけではないというようなことでありますが、あなた方の仲間にはそういう方も多いと思いますので、そういう人たちのリハビリテーションも含めて、医療の点について、国の施策にどういう点を求められておるのであろうか。 もう一つは、身障者の方々の特別の公共住宅がやはり要るのではないかと思うわけなんです。これについて、どういうお考えを持っておられるだろうかということが第二点。 第三点は、われわれは社会人として生きていきたいんだという強いお考えが述べられたわけですが、そういう中で、雇用促進法の改正等の御意見もございましたが、四十万人身障者がおるというお話を聞きましたけれども、そのうち、雇用されて社会人としての生活が求められるような道が開かれている人は一体どのくらいのパーセントがあるのか。そして若干隘路のある点を御説明願いましたけれども、今後どういう点をさらに積極的に国政としては考慮すべきであるか。皆さんが社会人として生きる道を開くためには、雇用の促進とかそういう点で、どういう方向に広げていく必要があるか。念のために、いま雇用されている方々は、皆さんの仲間の四十万人の中で一体どのくらいあるのか、もしわかりましたら、説明願いたい。 以上です。
○田中(武)委員長代理 まず、青葉公述人。
○青葉公述人 ただいまのお尋ね、三点だったと思いますが、第一点は、今日の経済の状況の中で、大企業が利益を上げて、それが引当金等に回されているものを利益として課税したらどうか、そういう御趣旨だったように伺いました。これは個々の場合を具体的に検討いたしませんと、それがいいとか悪いとか、ちょっと申し上げかねるわけでございます。したがいまして、これは抽象的にお答えすることはちょっとむずかしいと私は思うのでございます。 第二番目に、大企業の政治との癒着の問題があるじゃないかというようなこと、それから大企業の寡占というものをどんなふうに思うか、こういう御質問だったと思いますが、これまた、いま独禁法の改正問題等でいろいろ議論になっておりまするので、抽象的に、この程度ならば分割が必要であるとか、いや必要がないのだというようなことは、私ちょっと勉強も不十分でございまして、申し上げかねるわけでございます。政治との癒着の問題につきましては、私などよりも先生方の方がお詳しいのじゃないか、こう思いますので、これまた抽象的なお答えをいたしても意味が少ないかと思います。 ところで私は、いまの二つの御質問を通じまして、企業というものに対する一つの認識といいますか、考え方を申し上げておきたいと思います。 経済が非常に高度成長したというようなことが、今日では非常に悪者になっておりまするけれども、これは今日の社会の仕組みから言いますると、結局は大企業に限らず中小企業も含めて、またさらに国民全体を含めて、今日、戦後三十年、日本は敗戦の中から立ち上がって、とにかく自由世界ではアメリカに次ぐ国民所得を得るようになったわけでございまして、その点は、ひとつ十分にあわせて考えていくことが必要ではなかろうか、こう思うのでございます。 最近、商社のことが大分批判の対象になっておりまするが、これも具体的でないと、いいとか悪いとか、なかなか言い切れませんし、また非常なインフレの状態の中で、いろいろな問題もあったように聞いておりまするけれども、資源が何もない日本、これが世界の各市場から貿易を通じて輸入するものもあるし、また輸出をするものもある、そうして日本全体として、今日の国民所得を上げてきておるわけでございまするから、それが商社という一つの強大な組織によって対外的な競争に勝ってきた、こういうことを忘れたのでは、角をためて牛を殺すということであります。 昔は、御承知のように封建時代には、もちろん商人もありましたが、各藩というものがあって、そういう組織でいろいろなものが回っておりましたが、今日は大企業というものが昔の各藩みたいな感じがちょっといたします。日本人は肩書きを非常にやかましく言いまして、あなたどこですか、私は何々商社だとか、どこの銀行だとか、あるいはお役所だったら何省だとか、そういうようなことで、昔の、自分は何藩の何者でござるというのと同じようでございまして、組織があって、これが動いているから、今日、いろいろひずみが出ましたけれども、日本経済が世界じゅうで驚くような成果を上げたのでございます。ですから、悪い点は国民として大いにためなければなりませんけれども、それを両々相まって考えるということが必要でございます。そういう意味で、商社、大企業に対する認識というものを公平にやることが——何も私は大企業の肩を持つわけじゃございませんけれども、公平にやることが国民としてやはり必要じゃないだろうか、こういうことを所感としてつけ加えておきたいと思います。 それから、いままた、公共料金の引き上げの問題が大企業の利益につながるのじゃなかろうか、こういう第三点の御質問でございましたが、これも大企業が税金を払っておるという意味から言えば、たとえば公共料金の引き上げを抑えておくと、それだけ税金の負担がふえるという意味では、利益に関係があるということが言えるかもしれません。これはちょっと火事があればおけ屋が繁盛するというような関連はあるかもしれませんけれども、公共料金を抑えておくことば大企業の不利益になるから、公共料金の引き上げを私が言ったようなことは全然ございません。やはり公共企業といえども企業でございますから、これが効率的に運営されてこそ、国民がその公共企業からサービスを受けられるわけでございまして、それを足を縛り、手を縛って、おまえ走れというようなことでは、これは結局損をするのは国民である、こういうふうにお答えを申し上げる次第でございます。 はなはだ簡単で申しわけございませんが……。
○宮尾公述人 私に対する御質問は医療と住宅と雇用の問題であったと、こういうふうに思いますが、私は勉強不足でありまして、先生の御質問の趣旨に沿ったお答えができるかどうか自信がございません。 まず第一の医療の問題ですけれども、障害者の場合、医療は大きく分けて、いわゆるリハビリの医療と普通の皆さんと同じ日常の医療と、二つございます。 まず、リハビリの医療の方から言いますと、私自身はもう、そういうことをしても、社会に出て働く可能性がないというふうに自他ともに認識いたしましたので、そういうリハビリの医療を受けたことがございません。また現在のリハビリテーションの医療のあり方というものは、障害者を診まして、この人はある程度治せば働くことができると判定された人たちに対してのみ医療を施しております。つまり、私、考えますのに、この辺にも、現在の身障者政策というものが、人間を働くことができるかできないかという立場でふるい分けているところがあるのではないだろうか、こういうふうに思うわけであります。 昭和二十四年に身障者福祉法ができたわけでございますけれども、その当時の社会保障制度審議会が出した見解というのがございます。それは「法の性格を、保護を主体とするか、更生を主体とするか、この問題については、一般人に比して障害のために職業能力が損傷されている面を補って、その自力による更生を援護することを主とし、これに必要な範囲において援護を行うにとどめることにした。」これが現在の福祉法でございます。そしてこの福祉法に基づいて、リハビリが行われているわけであります。 したがいまして、非常に偏見的な言葉を交えて申し上げますならば、労働市場に編入の可能性がある者のみが、国家的保護に値するリハビリを受ける資格があるのだ、こういうことが、現在のリハビリの医療行政及び社会復帰行政の中の本質として貫かれているわけであります。ですから、そういうふうにみなされない、より重度の人たちというものは、あらかじめオミットされるわけであります。ですから私は、そういうわけでオミットされた側の組でありまして、現実にどういう細かい問題があるかということはよく存じません。この問題につきましては、先ほど公述で触れました現在働いている人たち、福祉工場に働いている人たち、また授産所にいる人たち、こういう人たちは、いろいろな体験をしていると思います。ですから次の機会には、そういう人を選んでお招きになれば、また別の面でのいろいろな矛盾が出てくるだろう、こう思います。 さて、日常医療の面になりますと、これは非常に深刻な問題があります。簡単に分けまして、私たちがお願いしたいことは、まず医療費の無料化という問題、それからもう一つは医療機関の確保ということでございます。 医療費の無料化ということにつきましては、御存じのように、老人医療はすでに無料になっております。しかも老人の方が障害者より数が多いわけです。そうして厚生省はすでにことし老人医療について千数百億円を支出しております。これに反しまして、障害者の医療というものは自治体任せでございます。自治体は、医師会の承認といいますか、同意がないと、障害者の医療を無料化できない状態にあります。私は千葉県の船橋に住んでおりますけれども、船橋市というところでは、医師会がこれに同意いたしませんので、障害者医療の無料ということはできずにおります。そういう、ある意味で医師会の問題あるいは自治体の問題によるおくれというものを、現在国が見過ごしているだけではないのか。積極的に、そこに国も無料化を推し進めるから自治体もそうしてくれ、医師会も協力してくれ、そういう体制づくりといいますか、それをどこまでとっているかということに非常に疑問を感じます。 ですから、単にかぜを引くあるいはおなかをこわす、そうしてお医者さんにかかる、このお医者さんにかかる費用というものが全部家族の負担にかかっているわけであります。したがいまして、親などと暮らしている障害者などはまだよいのでございますけれども、親が死んだりいたしまして、うちの中に他人が入ってくる、そういう場合に、非常にここに気がねが生じるわけです。自分の病気で使う医療費というものを、たとえば兄さんの奥さんとか姉さんのだんなさんとか、そういう人たちの負担によらなければならない。そうしますと、少しぐらい体の調子がおかしくてもがまんする、こういうことが往々に見られまして、私のグループの人でも、かつてそのために手おくれになって死んだ人がございます。そういうふうな非常に悲惨な状態というものが、この医療費の無料化ができないために生じるおそれがある、こういうことが言えると思うのであります。 それから、たとえば普通の人ですと、ぐあいが悪くなったらお医者さんに飛んでいけばいいわけです。ところが、私などのような者になりますと、飛んでいくわけにいきません。いまお医者さんはなかなか往診をいたしません。そうしますと、少しぐらいかぜを引いたり頭が痛かったり、熱が出たり、おなかが痛いぐらいでは、医者に行けないということになるわけです。自分で行かなくなるわけです。また、連れていってくれというのも、なかなか簡単に頼めるものでもございませんし、それがまた大人になりますと、できるものでもございません。ということは、すでにお金のほうは同じに保険料として払いながら、医者にかかる機会というものは差別がある。実質的に医者にかかれないということです。これは非常に矛盾もはなはだしい、差別もはなはだしいと言えるのじゃないだろうか、こういうふうに思います。 それからもう一つ、医者が診療を拒否するという問題がございます。東京都下にある障害者の救護施設で病気になった場合に、それが婦人科の病気である、あるいはまた歯科の病気であった場合、医者は診療を拒否するそうです。これはどうしてかといいますと、たとえば脳性麻痺のような人の場合には、身体的状態からいって診察がしにくい、そういう理由から、医者が診療を拒否する例があるそうです。ですから、施設ではどうしているかというと、一一九番にかけるわけです。緊急医療にして、やっと診察を受ける、手当てを受けるということがよくあるそうです。 それからもう一つ、障害者が病気にかかった場合には、病気の上に障害というものがありますから、いわば二重の病気にかかるようなものであるわけですね。そうすると、病院の付き添いなどの問題でも、普通の付添婦はこれをいやがるそうです。そうすると、施設などで病気になりますと、施設から、施設の職員が付き添いとして行かなければならない。ところが、御承知のように、施設はどこでも人手不足です。なかなか付き添いの職員をつけることができない。そのために、じゃあ病人の方をがまんさせるのか、これはできません。しかしそうかといって、そうでなくても足りない職員を一人割いてしまったら、たとえば今度は施設の維持というものに支障を来たす。非常に頭を痛める問題だということです。 したがいまして、障害者というのは、非常に悪い場合で言いますと、死ぬのを待たれているみたいなところがあるわけですね。先ほど言いました、家族に医療費の負担を依存しているような場合で言えば、病気は治っても障害までは治らない、もとの障害者に戻るだけだ、早く死んでもらいたい、その方が一人、いわば穀つぶしが減るというふうな感じを家族の方が持つようになる。これはつまり社会保障というものがそれだけ貧困だからだと思うのです。 それから、私のグループで、脳性麻痺の人で、歯医者に行けないという人がございます。ことしの予算案では、たしか厚生省は、全国にそういう障害者のための歯科のセンターを何個所とか設けるという話を聞いたことがございますけれども、この問題はかなり重要な問題でございますので、ぜひ先生方におかれても御研究いただきたい、こういうふうに思います。 それから、住宅の問題でございますけれども、そういう御質問をいただいたことを感謝したいと思うのですが、障害者が社会の中で普通に生活していくというためには、所得が保障されるということ、それから住宅が保障されるということ、それから医療が保障されるということ、この三つが基本になって、その上にいろいろな問題がついてくるのだろうと思うのです。 そういたしますと、まず私たちが求めていますことは、障害者住宅を国がつくるということが一つ。それから当面は、たとえば日本住宅公団とか、そういう半ば公共的な団体が持っております部屋とか家とかを、無料もしくは安い家賃で障害者に貸していただきたい、こういうふうに思います。先ほど湯山先生から、一般の人が障害者を知らないのではないかという意見が出ましたけれども、これはそういう形で障害者が独立した生活を営めないという条件の方に、かなりの問題があるのではないだろうか、こういうふうに思います。 なお、つけ加えて言わせていただきますと、福祉電話の問題、それから電動車いすの問題につきまして、福祉電話は、厚生省はたしか三千台か五千台の要求を出したと思います。ところが大蔵省は千二百台に削りました。それから電動車いすにつきましても、四百台が百台に削られております。福祉電話につきましては、単に電話の架設を認めるだけでなくて、通話料についても対策がほしい、こういうふうに思います。御承知のように、障害者の中には言語障害の人があります。また、動けないために、すぐに受話器をとれないという人もございます。こういう人にとりましては、同じ一分とか三分というものが、すらすらと話せる人や簡単に手の動く人とは違ってくるわけです。そういう意味でも、また電話というものがあるために、ひとり暮らしも可能になるわけでございますから、医者とか病院とかに行くとか、あるいはいろいろな食料品店とか、そういうものを電話で利用することができるわけです。電話というものが、生活を支える一つの非常に重要なポイントになってきている。そういう意味でも、電話の利用度というものが障害者の方が多くて不思議はないのだ、こういうふうに考えるようになっていただきたい。 また電動車いすにつきましても、それに乗ることによって、地域社会に出ることができる。障害者に対する理解というものは、まずその障害者を見ることから始まると思うのでございまして、そういう機会がより多くなるような条件というものは、できるだけ整備していただきたいというふうに思います。 最後の雇用の問題につきましては、私は先ほど申し上げましたように脊損ではございませんし、働いた経験がないので、詳しい状態はわかりませんけれども、ただ、いま先生四十万人とおっしゃいましたが、この四十万人は重度の人でございまして、多分一級のほとんどの人は働いていないだろうと思います。私のグループの例でいいますと、一、二級の重度者が約五十人おります。このうちで曲がりなりにも働いていると言える人は二人しかございません。恐らく全国的な規模においても同じであろうと思います。 なお、ついでに申し上げておきますと、景気のよしあしに関係なく、障害者が働ける場というものを確保する必要があるのではないか。つまり、公的な職場というものを確保していただきたいという要望が出ております。 それから、さっき言い忘れましたけれども、障害者にとって、本来一番勤めやすいところは官庁と大企業でございます。つまり、作業が細分化されているところ、あるいは労働が単純であるというようなところ、そういうところの方が障害者が働きやすいわけです。ところが、大企業で障害者を積極的に採用している会社というのはほとんどございません。そういう意味でも、雇用促進法の強制化を含む、大企業が雇用するような、雇い入れるような条件を、法律的にも、行政的にも、政治的にも、社会的にもつくり上げていく、こういうことが、障害者の社会性と生活保障という上におきましても、非常にいま急がれているのではないだろうか、こういうふうに存じます。 取りとめのないことで失礼いたしました。
○林(百)委員 終わります。
○田中(武)委員長代理 次に、和田耕作君。
○和田(耕)委員 青葉さんに御質問したいのですけれども、日本のGNPが経済成長の結果世界の第二位になったということでございます。これは事実でございますけれども、そういうふうな立場から考えてみて、宮尾さんがるるとして申し述べておられる点ですね、つまり、身体障害者としても人間として同じような生活が保障されるべきだという真剣な御主張があったわけですけれども、現在の日本の状態としては、その問題を真剣に問題にする時期に来ておるし、またその気になればできる問題ではないか。つまりそういうふうな状態を見て、三木総理は、この社会的な不公正を是正するということを大きな課題にされておるのではないかというふうに思うのですね。 もっと具体的に申し上げますと、たとえば老齢福祉年金、今度政府は一万二千円という予算を出しておるわけですけれども、これはやはり少なくとも二万円にしなさいという主張があるわけですね。そしてまた、いまの障害者福祉年金にしても、四万円くらいが適当じゃないかという有力な意見もあるわけですね。こういうナショナルミニマムという立場から見て、日本人として、一つの合理的な最低の生活を保障するということに具体的に努力をする時期に来ているというふうに私どもは考えておるのです。 先ほどからの公述を拝聴しておりますと、たとえば老人医療の問題これはおっしゃるとおりの問題がございます。私ども、これは何とか解決しなければならぬと思っております。あるいはまた、公共料金の問題、これもおっしゃるとおりの問題があると思っております。その他、週休二日制の問題でも、御指摘のような問題があると思います。経済合理的な立場から非常に率直な御意見を述べられたことは、非常に参考になるわけですけれども、そういうふうなことを拝聴しておりますと、後段の、宮尾さんが問題にしたナショナルミニマムの問題を、何か軽視するような印象を持つわけです。 そこで、先ほど申し上げたとおり、大体老齢福祉年金二万円程度のものは何とかしなければならぬじゃないか、あるいは障害福祉年金は四万円前後のものは問題にしなければならぬじゃないかという主張を、合理的なものとお思いになるか、あるいはその時期がまだ早いというふうにお思いになるか、この問題について、ひとつ御所見を率直にいただきたいと思うのです。 それからもう一つは、公共料金の問題ですけれども、これはさっきのお話では、公共料金のストップというのは邪道だというふうな意味の御発言があったのです。そのあとで、しかし戦略的な意味では意味があるのだという御主張もあったし、またそのあとで、公務員は一〇%くらい定員を減らせという御主張もあったわけですけれども、この三つの関係をどういうふうにお考えになっておられるのか。 たとえば、私どもは公共料金の値上げはストップしなさいというのは、現在の公共企業体の経営に数々の問題があるのだ、民間の方の企業では非常に苦労してやっているのに、公共企業体だけがそういう問題を伏せて、しかし料金だけを上げるということは、これはおかしなことだという立場から、この問題をとらえておるわけでございまして、そんなことをほっておいて、とにかく公共料金はできるだけ早く必要なだけ上げなさい、そうでないといまの経営ができないのだというような立場の御主張は、ちょっと納得できかねるという問題があるわけでございます。 そうしてまた、身体障害者の問題につきまして、私、きょうの御意見を拝聴しておりまして、非常に感銘深く承りましたのは、非常に苦しい状態におられるのに、いささかの何か感情的な発言もなしに、きわめて冷静に、そうして本当に正しいことを主張なさっておられるという感じがするわけなんです。いまの公共料金の問題でも、郵便料金の問題で、第三種の問題等にお触れになったのですけれども、これは公共料金全体としても、仮に上げるとしても、身体障害者のような特殊な必要を、あるいは負担を感ずる人には、当然これに必要な減免措置を講ずべきであるわけですけれども、そういうような問題を、公共料金を上げなさいという立場から見て、どういうようにお考えになっておられるのか、そういう点について御所見を承りたいと思います。
○青葉公述人 私、御質問が大体四点ほどになると思うのですが、最初にナショナルミニマムという考え方をどう思うか、こういうことだったと思います。私の先ほど申し上げましたことが、非常に合理主義を強調し過ぎたといいましょうか、そういうふうにお聞き取りをいただいたのではなかろうかという点を、私の言葉が足りなかったという意味で、ここで補完をさしていただきたいと思います。 私、私事を申し上げて恐縮でございますが、私の子供にも身体障害者がございまして、女の子でございまするが、三十六歳で結婚いたしました。そこで、先ほど宮尾さんでございますか、いろいろお話を伺ったのですが、まことに私も涙なしには伺えませんでした。 そこで、私は御質問があった機会に申し上げたいのでございますが、福祉ということに対する哲学でございますね。福祉とは一体何かということを、日本国民がもっともっと深く掘り下げて考えてみる必要があると思うのでございます。ただ金さえ渡せばいいというものでは決してないと思います。それから家族の温かい看護、また社会の温かい見守りというものがあってこそ、本当の福祉でございまして、その点は、議論をしていると切りがございませんが、非常に大切じゃなかろうか。福祉国家というものは、身体障害者が国家からしかるべき生活保障を受けるのは権利である、という言葉が先ほど宮尾さんのお言葉にありましたが、これはもちろんそうだと思います。しかしながら、社会としてもこれは義務であるということを、もっともっと国民全体が考えなければいけないんじゃなかろうか。家族は、これは家族も小さな社会でございまするが、黙々としてその義務を果たしているのでございます。そういう観点から申しまするならば、ナショナルミニマムの思想というものは、人間は一体である。今日では、アフリカの飢饉も日本から援助する、先進国が援助するということは、突き詰めて言えば、地球は一つである、人類が一つであるということから出発するわけでございまして、それは当然なことだと思うのでございます。 私が学生のころに、私のゼミの先生が、社会主義に世の中をするということは、理想的な世の中であるといたしましても、腐った卵でうまいオムレツはできないということを言われたのを記憶しております。結局は、これは生活の知恵といたしまして、どうやったならばお互いに最も調和のとれた、体の悪い人も、十分といかなくても、ある程度の保障が得られるし、またその弊害が起こらないようにするにはどうしたらいいか。先ほど老人の初診料の問題を申しましたが、一般の人の初診料でも同じことであります。 そういう意味で、私の申し上げてい偽のは、公共料金の問題もいまございましたが、公共料金、たとえば郵便料金を引き上げた場合に、身障者の人には安い郵便料で払うというお話がありましたが、これはまずいと思うのです。それはもう手数にたえないわけでございますから、そのかわりに保障費といいますか、生活保障費の方を上げる。郵便料金を上げるというのはインフレの結果ですから、生活保障費の方を上げる。そういう形で問題を解決するのでないと、いわゆる事務的に手数ばかりふえちゃって、結果がよくない、こういうことであります。 それから、公共料金の引き上げが、事業体の合理化を後にして、先に引き上げるのはまずいじゃないかという趣旨のお話がございましたが、これはまことにごもっともでございまするけれども、これも程度問題でございまして、合理化は合理化として、十分にこれは公共事業を督励してやっていただく、そのかわりに、上げるべきものは上げるということであって、やはり両建てでいくべきだというのが、私の考え方でございます。 時間の関係でというあれがございましたので、不十分でございますが、以上で終わらせていただきます。
○和田(耕)委員 これで終わりますけれども、宮尾さんに、本当にきょうは、私非常に感銘深くお話を聞いたのですけれども、私どももそういう趣旨で、ひとつできるだけの努力をしてまいりたいと思っております。特に、各審議会等で、いまのようなお話を冷静に主張なさるという代表が非常に少ないということは、ごもっともな意見だと思います、そういう点を含めて、ひとつ——特にあなた方もできるだけの仕事をしていきたいという決意も述べておられるし、人間としての、これは非常にむずかしい問題があると思いますけれども、平等な生活ができるようにというこの考え方は、いままでの惰性的な考え方からすれば、総論的にはそれはそうだと言っても、なかなか実感としてそれを受けとめられない問題が、家庭でも、職場でも、どこでもあると思うのですけれども、これはひとつぜひとも是正してまいらなければならないと考えております。 そういうことで、きょうの公述、大変りっぱな参考として拝聴させていただくことを申し添えまして、私の質問を終わります。ありがとうございました。(拍手)
○田中(武)委員長代理 以上で、両公述人に対する質疑は終わりました。 この際、委員会を代表して、両公述人に一言お礼を申し上げます。 宵葉公述人、宮尾公述人には、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。 午後一時より再開することとし、暫時休憩をいたします。 午後零時三十八分休憩 ————◇————— 午後一時六分開議
○小山(長)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 この際、御報告いたします。 本日御出席予定の五島公述人から、急病のため出席できない旨の申し出がありましたので、御了承をお願いいたします。なお、鶴田公述人は少しおくれて出席するとの連絡がありましたので、御報告いたします。 御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。この際、各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上におきまして貴重な参考といたしたいと存じます。何とぞ、昭和五十年度総予算に対しまして、それぞれの立場から、忌憚のない御意見をお述べいただくようお願いを申し上げます。 次に、御意見を承る順序といたしましては、まず森井庄内公述人、次に櫻井資浩公述人の順序で、また、鶴田俊正公述人には御到着次第お願いすることとし、なお、一人約二十分ないし三十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員から質疑を願うことといたします。 それでは、森井公述人にお願い申し上げます。 〔小山(長)委員長代理退席、湊委員長代理着席〕
○森井公述人 ただいま御紹介をいただきました森井でございます。 中小企業経営者の立場から意見開陳の機会を与えられましたことを、厚くお礼を申し上げます。 最初に予算全体について意見を申し上げ、次いで中小企業関係予算についても、私見を述べたいと思います。 まず、政府案が、公共事業関係費を極力圧縮して景気刺激を避け、反面、社会保障関係費、文教、科学振興費、恩給関係費などに重点配分を行うなど、インフレ抑制と福祉の充実を最重点課題として編成されたことは、インフレと不況の同時進行という非常に困難な経済情勢の中にあって、妥当な措置であったと考えます。 第二に、弾力条項により、支出の拡大を機動的に行い得る体制をとったことは、大変結構であると考えております。 現在、わが国経済は、実需の極端な冷え込みから、想像以上に深刻な不況に見舞われております。とりわけ景気の落ち込みの著しいわれわれの大阪においては、繊維、家電、自動車、建設はもとより、最近では化学、非鉄、鉄鋼、産業機械など、ほとんど全業種にわたって不況が深刻化し、生産調整、雇用調整が一段と拡大しております。また景気の先行きについても、個人消費、設備投資ともに、先行き不安から減退しておりまして、このため在庫調整も、期待されているほど進捗せず、景気の自律的回復は望み薄と考えております。 こうした状況のもとでは、金融面の御配慮だけでは不十分な段階にあり、公共事業の繰り上げ発注や中小企業に対する官公需の優先発注、住宅金融の拡大等により、需要を喚起することが必要であります。さらに、予備費の活用、政保債の弾力的発行、補正予算による追加支出など、財政の機動的、弾力的な運用が要請されるのであります。 第三に、財政の硬直化をぜひとも改善すべきであると存じます。 五十年度予算は、インフレと不況対策のバランスをとりながら、安定成長への移行の基盤を形づくることが要請されておると思うのでありますが、当然増経費が三兆五千億にも達する反面、新規施策予算がわずかに七千億足らずにすぎないことは非常に問題であります。わが国経済が低成長に向かい、税収の伸びもそう期待できない反面、国民の福祉向上の要請が高まり、社会保障など、一たび予算化されれば当然増経費となって硬直化を促すような経費の比重が高まってくることを考えますと、事態は深刻と言わざるを得ません。 インフレと不況の深刻化によりまして、家計では生活費の切り詰めを余儀なくされ、産業界においても徹底した合理化努力を続けておる中で、ひとり財政のみが、当然増として膨張する経費をそのまま計上することは納得できないところであります。財政こそは率先して機構を簡素化し、単に既定経費の節約や合理化にとどまらず、従来の制度や機構を抜本的に変えていくといった、思い切った努力を行うべきだということを強くお願いしたいのであります。 次に、中小企業予算に関連して、私見を述べさせていただきます。 まず第一に、昭和五十年度中小企業関係の予算規模は、諸経費の高騰、財政硬直化要因の多い中では、決して十分とは申し上げかねますが、中小企業の置かれた立場が理解され、最大の努力がなされたものと深く敬意を表する次第であります。 第二に、零細企業対策に重点が置かれた点を高く評価したいと思います。 御承知のとおり、小規模企業は全国の事業所総数の八割を占め、国民経済社会の大きな基盤となっており、これが揺れ動くことは、経済社会の安定的な発展を期しがたいと言っても過言ではありません。こうした点から、小企業経営改善資金の融資枠が二千四百億円と、前年度に比べて倍増されたことは、苦況下にあえぐ小零細企業に光明を与えるものと、政府の御配慮に感謝しております。今後は、この小企業経営改善資金融資制度がいよいよ積極的に利用されることを願ってやみません。 最後に、中小企業をめぐる社会的不公正の是正について申し上げたいと存じます。 三木内閣は、重点施策の一つとして、社会的不公正の是正を掲げられ、五十年度予算案においても、福祉の充実に努力されているのでありますが、社会的不公正はただそれだけではないのであります。私は、大企業と中小企業の企業間格差が著しいことも、一つの社会的不公正ではないかと思うのであります。中小企業は、人、物、金という経営資源の確保に当たって、大企業とは比較にならないほど不利な立場に立たされておりますことは、改めて申し上げるまでもないと存じます。この中小企業をめぐる不利の是正こそ、社会的公正の確保であると信じます。金と物とについては、中小企業金融や下請代金支払いの円滑化対策あるいは原材料安定供給措置などにより、何とか確保の道が開かれておりますが、労働力、特に若年労働力の確保は、全く不可能の状態に置かれておると言っても過言ではありません。このため企業内の労務構成は高齢化し、労務コスト面からも、大企業と競争できない状態であります。私は、こうした不公正を是正するための対策を提言申し上げたいと存じます。これは私案にすぎません。 それは、業種別に、基準となる平均年齢を設定し、それを守らせるのがよいと考えるものであります。たとえば、業種別基準平均年齢を三十歳と定められますと、同業種の各企業は、平均年齢が三十歳になるように高齢者や若年者を適宜雇用すればよいわけであります。決してこれは若年労働者の採用を禁止するものではありません。採否は企業の自由でありますが、全従業員の平均年齢で縛るという考え方であります。こうすれば、若年労働者が大企業に偏ることもなく、また、中高年齢者の雇用機会も拡大されるのではないかと考えるのであります。就業の自由を損なうという批判もあろうかと存じますが、若年労働力の確保に悩む中小企業の苦境を十分に理解していただきたいと存じます。 また、当面注目を集めております一時帰休問題に関連いたしまして、雇用調整給付金制度についてお願いを申し上げたいと思います。 この給付金制度の適用を受けるには、まず業種指定を必要としておりますが、業種全体として困難な状態にない場合にあっても、特定の企業が著しい不振状態に陥り、これに関連する下請企業も大幅な操短を強いられておる事例があります。やや詳しく申し上げますると、同業種に幾つかの有力企業がありまして、上位の三社は決して不振と言えない状態である。ところが、三位または三位以下は非常な不振である、こういった場合に、これがいわゆる業種指定を受けていなければ、三位または三位以下の企業に連なる下請関連企業は非常に困る、こういう具体的な例があります。だから、業種指定に当たりましては、十分きめの細かい配慮が望まれますとともに、でき得れば業種別の事情ではなくて、むしろ個々の企業の実情に即して実施されることを強く要望申し上げる次第であります。 なお、幾多ございますが、いずれにいたしましても、最近の内外環境の激変を考えますると、中小企業の自助努力のみでは、各種の困難を克服することはきわめてむずかしいのであります。それだけに、産業経済の基盤を形成しておる中小企業の育成強化こそ、今後の産業政策の基本的な方向であるべきだと存じます。大企業と対等に競争し得る環境条件を整備し、生産性においても大企業に劣らない中小企業を育てることが、国民経済の安定的成長、自由経済体制の健全な発展に資する道であると確信するものであります。 つたない意見を御清聴賜りまして、まことにありがとうございます。(拍手)
○湊委員長代理 どうもありがとうございました。 〔湊委員長代理退席、小林(進)委員長代理着席〕
○小林(進)委員長代理 それでは、次に櫻井公述人にお願いをいたします。
○櫻井公述人 ただいま御指名いただきました全国退職者の会連絡会議の櫻井でございます。 最初に、私の代表している会の内容について申し上げておいた方がいいと思いますので、これを申し上げたいと思います。 これは、企業を退職して年金をもらう人たちが組合をつくっている連絡会でございますけれども、同時に、県段階においては、企業を退職して年金をもらっている人のみではなく、いわゆる地域の老人クラブとかあるいはそういうたぐいの老人組織の方も含まれまして、県段階では、高齢者、退職者の会というような名前でやっている、いわゆる市民組織の会の連絡会でございます。きょう、代表してこのように公述の機会を与えていただいたことにつきまして、心からお礼を申し上げたいと思います。 最初に、私どもは、年金のみならず、いわゆる仕事の問題とかあるいは住宅の問題等の経済問題等、いろいろな問題について、いろいろと運動を進めておるわけでございますけれども、きょうは年金問題に一応焦点を置いて申し上げたいと思います。 現在、退職年金をもらっている、たとえばこれは拠出制でございますけれども、厚生年金あるいは各種の共済年金をもらっている人たちの状況でございますけれども、昭和四十六年の二月に、総評傘下の組合で、約九千人に対してアンケート及び聞き取りをやった調査がございます。これを見ますと、当時、公務員の給与ベースは大体七万一千三百二十五円であったのでございますけれども、退職時の賃金が幾らであったかというアンケートに対しまして、大体六〇%が七万円以下であったということです。それから、いただいている年金の月額は一体どのくらいであったかと申しますと、共済年金で二万八千円以下というのが大体六八%を占めておりました。それから、厚生年金関係で二万円以下というのが、実に九〇%に及んでいたという状況です。扶養家族の状態ですけれども、いわゆる夫婦、夫婦で二名ですけれども、一名を抱えているという方が四五%、二名から四名という方が三六%ございました。したがって家族が非常に多いということですね。就労の状態なんですけれども、働かなくてもいいという人が大体四%あったわけなんですけれども、働いている人が約五〇%。この中には一四%の農業の方も含まれているわけですけれども、一応五〇%の方、まあ半分の方が働いておった。残りはどういう状況かといいますと、このうち病気の人が一八%で、これは働けないでございますけれども、あとは就労の機会がない、その他という方が占めている、こういう状況なんです。 この調査の要約をしますと、収入は、退職をしてしまうと従来の大体半分以下になってしまうということと、たくさんの扶養家族を抱えておって、働かなければならないという状況の中で、就労すれば従来の収入の半分以下になる、あるいは六〇%ぐらいになるというような状態にあったということが言えるわけです。その後、年金の状況は、昨年もそれぞれ大幅な改善がございましたので、かなり改善をしていただいたわけでございますけれども、現在、厚生年金では平均月額四万五千円ぐらいではないかというふうに言われております。共済年金関係では大体五万円から六万円ぐらいではないかというふうに言われているわけです。 これは私ごとなんですけれども、私は四十四年十月に、郵政省を勤続三十年でやめたわけですけれども、当時、この調査時においては月額大体二万五千八百円だったのです。去年二三・四%と、かなり大幅に上げていただきましたので、一応現在は五万五千五百二十五円ということで、大体平均的な状況にはなっておりますけれども、そういった状況です。これは拠出制の年金でございますので、あと年金には無拠出の各種の福祉年金があるわけです。この福祉年金については、現在七千五百円というふうに非常に低い状況なんですけれども、これは年金と言うには値しないのではないか。これは皆さん御承知のように、昭和三十六年に国民年金ができるときに、その前段として、たしか昭和三十三年にいわゆる福祉年金ができたと思うのですけれども、当時は二千五百円だったか、非常に安い状態だったのですけれども、いまでもこれは非常に少ないわけで、一万円にも満たない、こういう状態のものが果たして年金と言えるかどうか、これはやはり年金ではなく、手当というような意味しかないようなものだと思うのです。ただ、やはり昭和三十三年に決めた当時に、年金と称さなければならなかった事情があったと思うのです。実は伴わなかったけれども、名前は年金としなければならなかった当時の事情があったと思うのです。これは日本の国家的な誇りもあるでしょうし、あるいは対外国的な問題もあるでしょうけれども、内容は伴わなかったけれども、やはり日本にはこういう形で年金があるということが必要だったと思いますし、そういう事情はよくわかると思いますけれども、そういう状況です。この年金がいま申し上げたように、拠出制もそのように現在平均五万何がし、昨年末の総理府統計局の調査によりますと、勤労者の標準世帯の月の支出計が十四万幾らになっておるんですね。これはもちろん、いろいろな種類の収入の人たちを平均しているので、必ずしもこれが正しいとは思いませんけれども、少なくともその半分以下の収入で、現在拠出した年金の人たちでもそういう状況だということがわかると思うのです。同時に、無拠出の問題についてもそういう状態です。 年金というものを、いま一体、受ける者もあるいはこれを支払う側も、どういうふうに考えているかということが問題になるのではないかと思うわけです。と申しますのは、年金をもらって一番びっくりするのは、年金には課税されるわけですね。年金には七%から二五%の税金がつくのです。この年金になぜ税金がつくかというと、これは給与所得になっているのです。いろいろ調べてみますと、なぜ給与所得になっているかというと、年金受給者が、以前使用されておったときの、勤務しておったときに使用者から受けていた給与を基準にして、給与から発生しているというような意味合いから、給与所得になっているように思うわけてすけれども、ただ、おかしいのは——おかしいと言うのはなんですけれども、矛盾しておりますのは、これが遺族年金になりますと、受給者が死亡してしまったから、いわゆる消滅したからという意味だと思うのですけれども、これが給与の所得にならないという点ですね。したがって、そういうふうに年金について、国としても、日本としては全体的にまだはっきりとした、何と申しますか、いわゆる定義というか、額についても全体的に統一がないように思うわけです。こういう日本の年金状態についていろいろと言われておりますけれども、これは日本の年金制度がまだ未成熟であるからという意見がございます。これは主に国側の方の意見でございますけれども、確かにそうだと思うわけです。 たとえば、戦前は恩給というものがございましたけれども、いま一部残っておりますけれども、戦後一時これは停止されたり、いろいろな経過を経て、いまの共済年金に続いておるわけです。厚生年金は昭和十七年ですか、それから三十七年に発効したわけですけれども、国民年金は三十六から、まだ経過中ですから、当然これは未成熟も成熟も、全然まだ形をなさない年金ですから、確かにそのように言えると思うのです。ただ、年金制度が未成熟だからといって、これを放置することは、やはりこれはおかしいではないかというように思うわけです。その理由と言うとおかしいのですけれども、状況としては、厚生年金に在職老齢年金というのがあるわけですね。六十五歳までは五万円以下。五万円以上収入があれば、これはいただけないわけなんですね。六十五歳以上過ぎても八〇%だとかなんとかいうように制限を受けているわけです。したがって、未成熟なら未成熟のように、やはり温かい配慮をもって、成熟に達するまでは十分に配慮をする一つの考え方なり姿勢なりが、国なりあるいは使用者側に必要なんじゃないかというふうに思うわけです。 いま、いろいろ年金の状況を申し上げましたけれども、いまの生活保護基準が昨年十月に改定されまして、四人世帯で六万六百九十円なんですね。今度この国会で二三・五%アップしていただいて、七万四千九百五十二円となるというふうにお伺いしております。そうすると、生活保護基準と年金の問題についての非常に大きな差が出てきておりますし、年金自体の性格から言って、非常におかしい——おかしいというんじゃなくて、たとえば国家公務員の共済組合法によりますと、国家公務員及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするという意味で、国民の生活水準、国家公務員の給与、物価その他の諸事情に著しい変動が生じた場合に速やかに云々と、こういう規定があるわけなんですけれども、その趣旨から申し上げても、非常におかしい状態があるというふうに思うわけなんです。これは、それぞれの事情によって、生活保護法は生活保護の扶助基準に従って、従来の経過に従って上がってきたと思うのです。年金は年金の一つの基準に従って上がってきたと思うのですけれども、いまの時点になりますと、そういう矛盾が生じてくるわけですね。 これをどうするかということになるのですけれども、最近、聞くところによりますと、いわゆるこれから以降の生活保護基準の中に、従来は老齢福祉年金のはね返りがあったのだけれども、今度からはなくなるというようなことを聞いておるのです。そうすると、だんだん上がってきた、ところが片っ方が別の方面から何か違う要素が出てきておかしくなった場合に、それは片っ方は切るという状態です。それは確かに、その方が処理の仕方としては非常にいいと思うのですけれども、ちょっとこれは乱暴な仕方であるし、十分に内容をわきまえてやられるならいいけれども、そういうふうに片っ方が悪くなったら片っ方を切るというような状態については、やはり国家としては非常におかしい処置になるのではないかというように思うわけです。その点につきましては、やはり日本には最低賃金制というものがなくて、一つの基準がない。したがって、やはり日本の労働者の賃金の最低はこうだというような一つの基準をつくっていただいて、それに応じて、六〇%なり七〇%なりのものは、年金であるとかあるいは生活交付金とかいうように、ひとつ大きな基準と申しますか、そういうものが、そろそろというか、当然従来からも必要であったのじゃないかというように思うわけです。戦後三十年たって、日本も四大国の一つあるいは五大国の一つというように、国家的には非常に威信を深めているわけですけれども、そういう意味で、ひとつその点についても十分に御配慮をお願いしたいと思うわけです。 そういうわけで、年金の問題については、後ほどいろいろと改正について申し上げますけれども、その前に、現在の年金受給者について、別の見方について申し上げたいと思うのは、先ほど申し上げたように、年金受給者につきましては、現在、六十歳くらいの人たちは相当家族を持っているわけなんですね。これは、どういうわけかということになると、いわゆるいまの年金受給者、私を含めてもそうなんですけれども、大体三十年前は、戦争中兵隊に行ったり、あるいは兵隊へ行っていて帰ってきて仕事をしたりということで、年金受給の資格においても相当年数も少ないし、また、いわゆる子供を持つ時期も遅くなっておりますので、すでに年金をもらうようになっても、まだ子供を養育しなければならない事情があるわけです。特に福祉年金をもらっている七十歳以上の方々については、三十年前は四十歳か以上でありますから、当然銃後において、あるいは子供を亡くしたり、あるいは戦後苦しい状況の中で、いわゆる年金をもらうような資格の事業所に勤めるような機会もなくいられたような方々が、いま生き残っているわけですね。したがって現在、年金受給者については、別な配慮をひとつぜひお願いしたい。年金の一つの規則がございますから、それはそれでいいのでございますけれども、現在の六十歳以上の人たちについては、国として別になにしたわけではございませんけれども、犠牲になった人たちがあるわけですから、どうか国の力でこの人たちを救ってやるのだという一つの考え方を、年金改正の中には、ぜひ別の角度から入れていただきたいということをお願いしたいと思うわけなんです。 そういう意味で、年金につきましていろいろ申し上げましたけれども、時間がありません。最後に、要望事項をまとめてまいりましたので、これを申し上げて、御審議の御参考にしていただきたいと思うわけです。 一番目は、共済年金及び厚生年金の本年度のスライドがございますけれども、これはぜひ実施の時期を四月に繰り上げていただきたいということなんです。また国民年金の経過年金、五年年金等あるわけですけれども、先ほど申し上げました各種福祉年金につきましては、いろいろこの国会には提案されているようでございますけれども、どうか最低保障額として月額三万円以上ということで、やはりこれも実施を四月に繰り上げていただくように、ぜひひとつ御配慮を願いたいというように思うわけです。 二番目として、先ほど申し上げました厚生年金の在職老齢年金ですね。働かなければならない人たちが厚生年金の受給者の中にいるわけですけれども、非常に各種の制限がございますので、ぜひこれを緩和あるいは廃止のような処置をお願いしたいと思うわけです。 それから三番目として、遺族年金の問題なんですけれども、現在五割給付になっておるわけですね。これをぜひ七割給付に改正していただきたいということをお願いしたいと思うわけです。 四番目といたしましては、これは改善意見で、将来の問題にわたると思うのですけれども、すべての年金を通じまして最低保障制をつくっていただいて、当面その額は月額七万円ということで、ひとつぜひ御審議をお願いしたいということです。 それから五番目といたしましては、六十歳以上の老人の医療を無料ないしそれと同等の扱いをしていただいて、国の責任で、老人専門の病院を各地方自治体にひとつ設立されるように、御尽力をお願いしたいということです。 それから六番目をいたしましては、年金はすべて非課税とし、高齢者に勤労の機会を保障していただくような、これは国あるいは各地方自治体も関係があると思いますけれども、どうかそのように御尽力をお願いしたいということでございます。 そういう意味で、ささやかな要望でございますけれども、ぜひ皆様の御審議の御参考にしていただいて、十分にひとつ御審議を願いたいということを申し上げまして、私の公述を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
○小林(進)委員長代理 どうもありがとうございました。 —————————————
○小林(進)委員長代理 これより各公述人に対する質疑に入ります。お申し出の順序によって、順次質疑をしていただきたいと思います。順次これを許します。石野久男君。
○石野委員 私は、櫻井公述人に一つお聞きしたいのですが、いまいろいろと要望事項も承りましたし、特に生活保護の基準の問題あるいはまた最低賃金制の問題等についての御要望がありました。私は、皆さんの御要望になっている事項をよくわかりますが、ただ、皆さんの方から見て、この生活保護基準の問題についての要望と、そしてまた、そのために最低賃金制というものをぜひひとつ設定されるようにという要望がありましたが、そういうものがいまできない事情は、皆さんの方から見てどういうふうにお考えになるか、そういうものはなぜ設定されないのかということについて、私ども国会とか政府に対する皆さんの方のお考えを、なぜそうなっているのであるかということを、退職者の皆さんがお考えになっておられるそういう所見を、率直にひとつこの際、まず最初に聞かしていただきたい、こう思います。
○櫻井公述人 即その答えにならないと思うのですけれども、実は先ほど申し上げなかったのですけれども、年金に限って言えば、やはり日本の人たちは、日本人はと言った方がいいかと思うのですけれども、日本の国民は、従来の年金の一つの歴史から言っても、恩給というものがございまして、やはり下される物を謹んでいただくという考え方があるわけですね。したがって、年金についての改定についても、きょう、いまの時点で申し上げましたけれども、これは二万円なりあるいは先ほど申し上げたような実態の中で、なぜ年金受給者が数年間とか十何年間のインフレの中で黙っていたかということなんですね。これも、いわゆる国会なりあるいは諸先生方が見過ごされていられたのかどうか、御心配になっていられても、予算関係その他なかなかうまくいかなかったという事情もあろうかと思うのですけれども、やはり日本全体がこういう問題を不問に付したような形になっていたという事態があるわけですね。これは日本の悲劇だと私は思うのです。ですから、こういう問題は、やはりいま私がこのように呼ばれまして、皆さんにお話しできる機会を得たのですけれども、ここまで来る以前に、もっと前に、これを取り上げなければならなかったのじゃないかというふうに思うわけです。これと最低賃金制というのは、これはむずかしい問題で、一応言葉として申し上げたので、深いいろいろな問題については、私は専門でないので、なかなかわかりませんけれども、少なくとも労働者の最低賃金制という問題について、従来日本になかったということは、いま申し上げた年金のそういう状態と、やはり不可分の状態で、日本にはあったのじゃないかというふうに思うわけです。したがって、いまどういう考えかと問われて困るのです。ですから、同時解決というのはおかしいですけれども、といって、順々にこれは解決しなければならないと思うのです。急に年金制度を一遍にどうのということはとてもできませんから、順々に五千円、一万円というふうにいままで上がってまいりましたから、それでも結構だと私は思うのです。ですから、急激に何十万円にしろとは言いませんけれども、少しずつ日本の国情に合った、国民の負担に応じて、やはり順々に上げていただくという方向なり何なりを示していただければ——私らは、いままでも待ったのですから、死なない限りは待つつもりです。ですけれども、もうこれ以上生きていけないという状況もありますので、その点も十分にごしんしゃく願っていただきたいということを含めまして、お答えにならなかったと思うのですけれども、そのように考えている次第です。
○石野委員 もう一度、それじゃ別のなにで聞かしていただきたいと思いますが、特に七十歳以上の方々が、三十年前はちょうど戦争の時期であって、いろいろの点で対象になりにくいという、こういう事情、こういうことに対する御不満が非常に大きいということ、いま承ってそのとおりだと私ども思いますが、こういう点について、この方々の、率直に言いますと福祉の対象としての実態も非常に少ないし、現在、最後にお話しになりました職場の問題ですね、働く場所の問題等、こういうことでもいろいろな希望がある、こういうことについて、国会であるいはまた政府で、十分考えるべきだという話がございました。この点について、これは櫻井公述人にもお聞きしたいのですが、同時に森井公述人にも、もしそういうようなことについて、いまの政治の中で具体的にこたえようとしますならば、特に予算の中で、こういうようなことを、皆さんとして、ひとつ国会はやるべきじゃないかとか、あるいは政府としては考えるべきじゃないかというようなお考えがございましたら、そういう点をひとつ率直にお聞かせいただければ、こう思います。
○森井公述人 いまの御質問にお答えになるかどうか存じませんが、先ほど私、見解を発表いたしましたときに、社会的不公正の一環として、若年労働者の配分の問題があるということを申し上げたのですが、まあ五十五歳定年というのはずいぶん昔に決められたもので、その当時の日本人の平均寿命が四十何歳と言われた時分に決められた定年制であります。今日のように、われわれお互いもう七十を超えておりますが、そういうようなのが現実に働いておるので、だから、そういう事実に立ちましたら、退職者というようなものをもっと少なくする方向へ持っていくべきでないか。ところが、日本では年齢給になっております関係上、若年労働者は低賃金だということで、低賃金を奪い合う。いま大阪あたりでも雇用調整ということが行われておりますが、昨日も労働部の人に来てもらって説明を聞きますと、確かに労働者一般の倍率は低下しておる、一を割っておる、しかし学校卒業生については従来金の卵といわれたのが、いまでは銀の卵かあるいは銅の卵に変わっておるけれども、学校卒業生の就職は、需給関係は売り手市場である、こういうことを言っておられました。これを何とか調整することによって、定年制を引き上げる条件をつくっていくべきではないか。そのためには、そういった、私、先ほど申しましたような業種別基準平均年齢、それはおまえつくったらいいじゃないかという御意見もあろうと思いますが、われわれ資料を持たぬ者よりか、労働省なり内閣には労働に関するいろいろ資料がございますので、その資料をお持ちの方でお考えいただく。またそれを調整することによって、定年制を引き延ばすこともできれば、いわゆる退職者の数を減らすこともできる。退職者にすべて年金なり何なりで処置していくには困難ではないか。むしろ退職者を少なくする方がまず先なんじゃないか。何か仕事について、いつまでも働いてもらうというやり方に持っていくべきではないか。それを、低賃金を奪い合いのまま残しておいて、若年労働者の需給関係を勝手に放任してあるようなところに問題があるんじゃないか。しかし、そう申し上げても、職場選択の自由を制限するような考えは毛頭持っておるわけではない。だから、十四歳の中学卒業生をお使いになりたい方はお使いになるでしょう。十八歳の高卒をお使いになる方もあるでしょう。しかし、平均年齢が決められておる以上は、それを平均するためには、どうしても高齢者を採用しなければ平均年齢が出てこないということになって、そして若年労働者の需給関係はそれで緩和される、一方、高年の労働者には就職の機会を保障する。私どもは、そういうことをお考えいただいたらどうかと思います。質問にお答えすることになっておるかどうかわかりませんが……。
○櫻井公述人 七十歳以上の職については、いわゆる拠出制の年金関係では、昨年から、七十歳以上は一年ごとに三百分の一ですか、ことしは、いま国会にかかっておるのだと思いますけれども、八十歳以上は一年ごとに三百分の一を加算するという配慮がなされているわけで、年金受給者については、漸次そういう形でもって救済の道がいま講ぜられつつあるわけですね。ですから、問題は福祉年金関係ではないわけです。だけれども、いま申し上げたように、一部であるけれども、そういう方向にありますから、いまここでもってああだこうだ、いろいろありますけれども、やはり国家の予算の規模なり、従来の日本の一つの方向がありますので、やはりその方向に沿った形で、福祉年金という形があるならば、福祉年金の中でもって、もう少し考慮する道が開けるのではないか、こういうふうに思うわけです。したがって、いまある制度なり何なりを利用しながら、やはりそれの中身をよくしていくという方向で十分にこたえられるんじゃないか。私、先ほど申し上げました最低保障の三万円というのは、そういう思想の一環でありまして、それに年齢的にふやしてもいいし、八十歳以上は三万五千円に上げるとかという形でもいいし、そういう形で、ぜひとも御配慮願えればいいんじゃないかと思うわけです。
○石野委員 最後に両公述人に承っておきたいのですが、福祉施策がいろいろ行われるに当たって、福祉というのは恩恵ではないのだよ、これは権利だよということが、中にしっかりと内容的に入っていないと意味はないのだ、こういうようなことがいま真剣に考えられるときになっておりますが、けさほどの公述の方々も、そういう意味でのいろいろな所見がございました。両公述人に、ひとつこの福祉という問題について、どういうふうに皆さんの立場からお考えになっておられるかということを、簡単でよろしゅうございますから、所見をお聞かせいただきたい。
○櫻井公述人 お説のとおりでありまして、権利と言うとおかしいのですけれども、やはり憲法にうたわれているような姿での権利だってあると思うのです。したがって、きょうも私は発言を相当控えて申し上げたのは、やはりそういう心構えでおりましても、そうはいかないいろいろな事情がありますので、控えて申し上げておるのです。 先ほど申し上げた、戦前戦後のいろいろな問題についての配慮をお願いしたのですけれども、もっときつい言葉で言うと、私は、いま国があの人たちから勘定書きを突きつけられておるんだというふうに思うわけです。ですから、ここで勘定を払っていただこうというような気持ちが本当の心なんです。だけれども、こういうことをこういう場で言うことについては差し控えましたけれども、先ほど申し上げましたように、私は、一般的な福祉と現在の七十歳以上の福祉については、一応別に考えているわけですね。ですから、権利以上に、七十歳以上の老人の人たちが昔のいろいろな苦労した問題について、ここまで日本の国家が成長したならば、ぜひ返していただきたいという気持ちです。これは権利以上の問題だと思うのです。権利としては、もちろんこれは権利としていくわけですけれども、これは権利と思いましても、権利を主張して通る世の中ではありません。やはりいろいろと対応するものもありますし、権利を主張する中で、われわれは権利が通るような方向に道をつけなければいけないという配慮も必要だと思いますので、そういうふうな道筋で権利の問題を実現していくということで、これはやはり一つの大きな社会保障であるということですね。年金なんかはまだ保険的な考えがあると思うのですけれども、年金の問題で言えば、これは社会保障であるという一つの大きな理念を持っていけば、そして、私が先ほど申し上げたことも、全部そういう理念に従って処置していただければ、当然これは私が申すまでもない問題ではないかというふうに考えております。
○森井公述人 福祉が権利であるかどうか、どう考えるかという御質問でございますが、不勉強で、十分勉強はできておりませんが、先ほど来申し上げておりますように、私は金だけで解決できない問題があると思う。私ももう七十を超えておりますが、一体仕事を離れたら何をやるか、何をして余生を送るかといったふうな問題の方が、私の場合は切実でありまして、まだ五十五という年齢では隠居するには早いんじゃないか。私どもは先ほど申しましたように、若年労働者に手が回りかねますので、一応従業員には五十五になりましたら退職金を支払っておりますが、しかしその後もそのまま会社で働いてもらっておる。働ける限りは働いてもらうということで、もう五十五の定年を過ぎて、いまは六十五になる者も働いております。というのは、一つは若年労働者の配分が得られないということが一つと、いま一つは、年金だけもらって余生が送れるか、やはり働くべきじゃないかという人が、私たくさんあると思うのです。だから、そういう意味から言いましたら、そういった年金なり何なりを受ける人の数が減れば、一人当たりの待遇を改善することもできるんじゃないか。だから、福祉を高めていくまず最初に、お年寄りの雇用の機会をふやすような方向を考える方が先じゃないか、こういうふうに考えるのです。
○石野委員 どうもありがとうございました。
○小林(進)委員長代理 湯山勇君。
○湯山委員 簡単にお尋ねいたしたいと思います。 森井公述人は非常にまじめに、信念を持っておやりになっておられるようにお見受けいたしまして、特に、公述にはございませんでしたけれども、お尋ねいたしたい点は、一つは交際費の問題でござい事。交際費——税務署の方で税を決めるときに、いろいろ交際費というのを控除します。おわかりでしょうか。——日本経済が大きく変わっていくというときでございますから、一体、交際費の扱いというものをどうするか。従来、税から控除されておりましたが、事業を経営していく上で、従来どおり交際費というものは必要だ、あるいは、御経験から推して、そういうものは今後は必要ないんだ、あるいは認めるとしても、もっと、いまの半分なら半分でいいとか、いろいろそれについてのお感じがおありになるだろうと思います。私は個人的にはいろいろな人に聞いてみたのですけれども、控除が少なければそれなりにやるから、結局、多い、少ないは関係ないんだというような人もあるし、いや、いまそれがなければやっていけないという人もあるし、いろいろなので、これは公の場でございますので、ひとつ公述人から、それについてのお考えを聞かしていただきたいという点が一点です。 第二点は、いまも出ておりましたが、年少労働者が非常に得がたいということ、これはよくわかります。それと直接関係はございませんけれども、いまは地域別、職種別に最低賃金というのが決められております。しかし、いろいろ考えてみますと、かなり労働者の交流というものもございますし、初任給の差も相当大きいものがございます。そこで一応目安として全国一律の最低賃金、これ以下じゃいかぬぞという額を全国一律にするということを、私どもは実現すべきだという考えでいろいろやっております。このことについての公述人のお考えをお聞かせ願いたい。この二点でございます。 それから、櫻井公述人にお尋ねいたしたい点は、さっき御要望事項の中に、六十歳以上の医療を無料化する、それから老人向けの専門医、それか、そういう医療機関を設けるようにという御要望が第五番目にございました。このことについてでございますけれども、今日年金をお受けになっている方の大部分、福祉年金、国民年金は別といたしまして、その他の共済年金を受けておる人あるいは厚生年金を受けておる人、それらは、在職中はあるいは健康保険あるいは短期の、何といいますか、共済、そういうもので医療を受けております。そこでいまのように、退職すればそれで一応健康保険なり共済組合の短期給付は切れて、国民年金というようなのに移行しなければならない。そうすると、従来給付が一〇〇%であったものが、国民健康保険になれば給付が七〇%になって、自己負担が生じてくる。そのことは同時に、地方財政も非常に圧迫しているということなので、いま御要望になった点の解決のためには、さっきお話もありましたように、年金給付が在職したことに起因して受けられるということであれば、七十歳からの医療無料化までの期間は、職についておった当時の健康保険、職場の保険、これか、もしくは共済であれば短期給付を継続するということにすれば、これは一挙に解決する問題ではないかというように考えます。そういうことにしてはどうだろうかということについての御意見をひとつお聞かせ願いたい。 いま一つの問題は、これはあるいは非常におわかりにくい問題かもしれませんけれども、公述人は長い間そういう年金をお受けになっておられるので、実感としてのお考えあるいは理論的にこうだというのがおわかりならば、そういうふうにお述べいただければありがたいのです。実は今年の場合もそうでした。それから来年度の是正、スライド、これにおいても考えられておりますことは、大体公務員のベースアップに準じてやっていく。そうすれば来年度は二九・三%のベースアップをする。ただしその場合に、昭和四十五年以前の退職者、受給条件の生じた者については積み残し分というものが加算されます。これは、現状では大体昭和三十四年以前の退職者については三八・一%、それから四十五年までの人の間に傾斜がありまして、それぞれ二九・三と三八・一との間の傾斜によって積み残しが是正されるというのですが、聞いてみますと、どうもそういう是正をされても、やはり新しい退職者がうんと有利であって、古い者はやはり不利な条件が解消されないという訴えをよく聞きます。この計算の基礎が、いろいろ政府に聞けば、基礎は説明があるのですけれども、お受けになる人の実感としては、やはりわれわれは損している、非常に不公平な扱いを受けているという実感が除けないということをよく聞きますので、これについでの御感想なり、あるいはそれはこうでこうだから、この点をこうしなければならないのだというようなことのお考えがあれば、ひとつお聞かせ願いたいと思います。 以上です。
○森井公述人 ただいま交際費というお尋ねでございますが、私どもは交際費らしいものを余り使ってはおりません。したがって、税の上で格別優遇を受けておるようにも思いません。しかし、ああいったものは長い間の習慣から来ておって、急に変えにくい問題でもありましょうが、決して好ましいものとは思いません。廃すべき点がたくさんあるのじゃないかと思いますが、一方、長い間の習慣であるということと、それから社会の一つの潤滑油をなしておるという意味では、直ちにどうこうというわけにはいかぬのじゃないか。こういう不況を通しまして、だんだんそういうむだな冗費が省かれていく、やがてはそれが習慣になっていくということであれば、結構だというふうに思います。 最賃制につきましては、私は余り勉強しておりません。ただ、地方別に最賃制が決められておる、これを全国一律にしたらという御要望があることは聞いておりますけれども、それについての自分の考えはまとまっておりません。
○櫻井公述人 医療保険の問題ですけれども、お説のとおり、共済なり何なりが継続すれば、確かにこれはいいわけなんです。昨年、共済関係では一年間の継続がなったわけです。これは、将来ある程度永続されていければ解決するのですけれども、実は問題が起きているのです。と申しますのは、掛金の問題なんです。もちろん私どもは、要求というか、そういう要望をするときは、掛金まで考えないで、ただ共済のいわゆる短期の医療保障もしてくださいというように言っていたのですけれども、いざ実施してみて、掛金はただではいかないわけです。それで、昨年度のあれでは退職時の給料ということになったわけです。したがって、退職者は相当高給ですから、皆さん一万円近いのですよ。これは国民年金の方がいいんじゃないかというようなことになりかねない状況があるわけです。したがって、厚生年金は一年間の任意保険になっております。これは任意ですから、本人が出すから、使用者は出しませんから、同じ状況だと思うのですけれども、ですからそれぞれ、従来どおり継続するのならば、掛金の問題についてぜひひとつ考慮をお願いしたい。昨年度においてはその問題が発生いたしましたので、私どもは私どもなりに、少なくとも、掛金が取られることは仕方がないのだけれども、ひとつ三千円以下にとめていただきたいというふうに申し上げたのですけれども、これが通らないでいまの状況なので、ぜひそういう形でもって、継続は結構なんですけれども、掛金の問題について、ぜひひとつ御考慮を願いたいということですね。 それから三番目の問題ですけれども、ちょっとあれは……。
○湯山委員 積み残し分というので、ですね。
○櫻井公述人 その問題は非常にむずかしい問題なんですよ。いま年金の問題について一番大きな問題は、格差の問題なんですね。それから、積み残しの問題よりか何よりか、たとえば旧恩給、旧共済ですね、それから新しい共済、三十三年から四年にかけての問題ですけれども、この問題について、もうどうしようもないわけなんですよ。いま考えておりますのは、先ほど申し上げたように、最低保障の問題を申し上げたのはそのことでありまして、これはいまの制度上、どんなことをしても格差はなくならないんですね。やはりもとの、やめたときの給与を基準に支払いをしなければならないということが大きな原則ですし、これを崩すと、年金制度そのものがなくなってしまうわけですから、やはり最低保障をしていくしかない。現在の最低保障は、六十歳以上で三十二万一千六百円ですか、今度四十二万になるわけですね。そういう形で、いまもうやられているわけですから、先ほど申し上げたように、七万円なら七万円というふうに、一つの年金について一つの最低保障によって救っていただくということしか、もう道がないのではないかというふうに考えているわけです。
○湯山委員 いまの問題に関連して、さっきの健康保険、それから共済短期の継続の問題ですね。これはもちろんやめた後で掛金全部負担するというのは当然できないことなので、それまで働いておった、たとえば政府管掌であれば政府が従来どおり見るものは見る、それから使用者側が見るべき分は見るという前提で、どうなのかということでしたが、その点はよくわかりました。 それから、あとの問題の、最低保障額の問題ですけれども、四十二万とか現行の三十二万一千六百というような額というものは、厚生年金のベースで計算しておるわけでございますね。厚生年金と普通の年金、共済年金との間には、計算の仕方に大きな違いがありますのと、それからスライドにおいても、厚生年金のスライドは他の年金とまた別なスライドをしている。他の年金は、公務員給与に、大体毎年法律改正の形でやって定着しつつあるという状態なので、計算の基礎が違っておりますから、この最低保障額をそのまま、厚生年金で計算したものを共済年金に持っていくというのには問題があると思います。この辺についてのお考えはいかがでしょうか、この点もひとつ何かお考えがあれば伺いたいと思います。
○櫻井公述人 厚生年金と共済年金がスライドの方式が違うわけですね。これは、いま共済年金は賃金ベースなんですよ。私どもでは一貫して、年金のスライドは賃金ベースにしていただきたいというふうに要望しているわけなんですよ。そういう形で統一していくしか仕方がないんじゃないか。ただ問題は、賃金ベースでやっていくと、永久に一年間ぐらいはおくれるんですね。今度は一年と五カ月ですかになりましたけれども、一年はどうしても延びるんじゃないかと思うんですね。そういう点が将来延びるので、公務員ベースでやっていくと、どうしても前年度の四月という基準で、やはり来年になると思うのです。じゃ物価の方がいいかどうかという問題ですけれども、そういう欠点はあるけれども、給与ベースで行くべきだ。というのは、やはり物価という問題については、物価の基準、とり方その他いろいろありますけれども、先ほど最低賃金制で触れましたように、給与というものは、物価だけではないのですね。労働再生産というものが当然含まっておるわけですから、それには子女の教育を含めた労働力の再生産というものが含まったものが給与であるべきなんです。ただ、退職者には、先ほど就労の問題がありましたが、労働力の再生産も含めますけれども、その点は若干立場が違いますから、当然その分は減らなければならないと思いますけれども、少なくとも賃金を基準にいたす以上は、そういうこともありますし、先ほどもいろいろ触れましたけれども、そういう公的な保障金についても、やはり物価でやっていったんじゃ基準的にとりにくいし、いつをとるかということもあるわけですね。現在のようなインフレがおさまっておれば別ですけれども、またおさまらなくとも、いつをとるかという問題が派生してくると思うのです。十月をとるべきなのか、一月をとるべきなのか、いろいろあるわけです。したがって、やはり賃金ベースというものをとることが、将来、国家としてもいいんではないか。またみんながいいんじゃないか。あらゆる意味で、そういうふうに思いますので、そういう方向で行けばいいんじゃないかということです。
○湯山委員 いまの点、私ども同感です。じゃどうも……。
○小林(進)委員長代理 よろしゅうございますか。時間がございますからどうぞ。——よろしゅうございますか。 荒木宏君。
○荒木委員 お二人の公述人の大変に御熱心なお話を伺いまして、なお予算審議に反映する上で、二、三、御意見をお述べいただきたいと思いますが、まず森井公述人にお尋ねをいたしますけれども、中小企業の経営者の皆さん、労働者の皆さんが、日本の経済の中で大変大きな分野を占めて働いていらっしゃるので、そういった御要望をぜひ実りあるものにしたいと、私どもは考えておるわけです。 いま、何と申しましても、仕事と市場を確保すること、これが大変大切なことであろうかと思うのですが、先ほどの御意見の中で、官公需発注を中小企業向けに拡大するように、こういうお話がございました。私どももそういった点では、発注の五割以上を中小企業の方に回すべきではないか。また代金の前渡金も、政令を変えれば五割以上の前渡しができるわけですから、そういったようなことも実施すべきではないか。現に自治体などでは、たとえば京都ではそういうことで格段の研究、配慮もありまして、会館建設のときに、中小業者の皆さん方に全部お世話になったというようなこともあるわけですが、しかし実情は、たとえば建設業なとにいたしますと、発注の基準などがありまして、業者の方の規模別に、たとえばA、B、Cというふうにランクがあって、大きい工事などは、技術の点あるいはまた力の点から、なかなか回りにくいといったような一面もある。ですから、国会審議でも、その点はいろいろ論議があるんですが、たとえば政府はいま二七%、今度二九%にまで高めよう、こういう答弁もあるのですが、中小企業の方にもできるだけ回そうというのではなくて、むしろ中小企業を国の重要な産業分野として位置づけて、大いに発展を図ろうという点から見ますと、いまのそういうふうな扱いの点には、根本的に改善を要する点が多々ある、私どもはこう見ておるわけです。そこで業界のお立場から、そういった点についての具体的な御要望があれば、ぜひこの機会にお述べをいただきたい。 それからなお、先ほどのお話の中には直接ございませんでしたが、いまの不況期に、競合製品の外国からの輸入がある。ことにその中には、日本の伝統的な工芸品でありますとか、あるいは中小企業製品の競合関係が起こりまして、たとえば繊維などでは、私も大阪でございますから、再三お話を伺っておるのですけれども、こういった競合製品の輸入規制の問題について大変強い御要望がある、こう伺っておるわけでございます。もちろん、業種によっていろいろな事情がございますから、一律には言えないのですけれども、不況中小企業製品あるいは伝統工芸製品などについて、輸入規制についてはいかなる御要望があるか、お耳にされておるところがありましたら、ぜひこの機会にお述べをいただきたい。 またあわせて、いま大企業の中小企業分野への進出ということが問題になりました。たとえば軽印刷でありますとか、あるいはひどい例では豆腐だとかクリーニングだとか、こういうふうなところへも大企業が進出をしている。いまの時期に、中小企業の仕事と市場を確保してその発展を図っていくという点から申しますと、中小企業固有の分野と言えるようなところには、やはり一定限度の進出規制の方法も考えるべきではないか、こういった意見を申し述べておるのですが、こういう官公需発注についての具体的な御要望、それから、競合製品についての部分的な輸入規制についての御意見、あるいは進出規制についての御意見がもしあれば、ぜひお述べいただきたいと思います。
○森井公述人 ただいま業種別にわたって御質問がございました。私、現在商工会議所の中小企業対策委員長をいたしておりますが、個々の業界事情については、先生ほどに承知いたしておりません。ただ、政府発注あるいは地方自治体発注工事なんかについては、従来の二七%を二九%ぐらいに引き上げられるんじゃないかというようなことを巷間聞いております。 それから、いまの、大阪の場合は工芸品と申しますよりか、繊維製品でございます。昨年初めごろは、外国からの競争品の輸入を、ひとつ政府にお願いして規制してもらおうというような強い意見もございましたが、現在では、そういう考え方は、関係の業者からは出ておりません。昨年の初めごろにはそういう意見もございましたが、現在は出ておりません。まあ繊維は比較的底をついたんじゃないかというふうなことも言われておって、これはまたわれわれの想像よりか少し好転しているんじゃなかろうかというふうに考えております。工芸品にていては、大阪の場合は余り聞いておりません。 はなはだ不勉強でお答えにならぬと思いますが、御了承願いたいと思います。
○荒木委員 それからもう一つは、下請中小企業の振興について御意見がございますようでしたら、お尋ねしたいと思うのですが、私どもが聞いておりますところでは、いまなるほど下請中小企業振興法、振興協会というものがあって、職員の皆さんが御熱心にやっていただいている、あるいは代金の支払い遅延防止法というのがございまして、一定の法律規制があるということなんですけれども、実際の親企業と下請企業の関係は、なかなかそういった法律規制あるいは協会の皆さんのお働きだけでは政善されない、そういう実情にあるように聞いております。 特に、四十年不況と四十六年不況、それから今回の不況とを比べてみまして、大企業の下請政策といいますか、下請企業に対するやり方の中で、非常に大きな違った特徴がある、こういうことを聞いておるわけです。 と申しますのは、従来の不況時といいますか、在来の大企業の下請中小企業に対する、たとえば工賃の問題などは、工賃切り下げの話が出るときには発注量がふえる、つまり量産化メリットを一方に与えて、そうしてひとつ工賃を何とか考えてみないか、あるいは技術改善などにさまざまな援助をして、そして工賃が何とかならないか、こういうことでやったようですけれども、今回、特に昨年の秋から暮れ、本年にかけて出ております親企業からの工賃切り下げは、そういった量産メリット、技術改善、いわば反対給付といいますか、そういうものが全くなくて、とにかく二割、一割下げられぬか、こういった力の立場からの系列化といいますか、切り捨ての方向での系列化ということが、かなり先鋭に出てきておる、こう聞いておるわけでございますけれども、商工会議所でお仕事をなすっておられまして、そういった実情がお耳に入っておられるようでございましたら、簡単に実態をお聞かせいただけましたらと思います。
○森井公述人 そういった個々の事情につきましては、先生の方がお詳しいんじゃないかと思って拝聴したのでございますが、おそらく今度の不況の厳しさというものは、むろん中小企業は非常に困っておりますが、同様に大企業の方も困っておるんじゃないか、なりふり構っておれないといったふうなところが出ておるんじゃないかというふうに考えます。 それからまた、中小企業の分野へ大企業が切り込んでくる、こういった問題につきましては、中小企業庁を通して、分野を守らせるようにやってほしいといったふうなことを絶えず要望いたしておりますけれども、まだその成果が上がっておるとも思えません。そういう要望は持っておりますので、先生方の御努力で、そういうことがはっきりしてまいりましたら非常に幸いだ、かように思います。
○荒木委員 森井公述人に、もう一点だけお伺いしたいと思いますが、企業間の格差、ことに大企業と中小企業の格差ということに触れてのお話がありました。 公述人は、若年労働力の雇用問題ということを強調されておりまして、私たちも中小企業の皆さん方がそういった若い労働者の喜んで働けるような職場になる、こういうことを念願しておるわけですけれども、先ほどの御意見でございますと、年齢基準で一つの目安を示す、これも一つのお考えであろうかと思うのです。ただ、本当に公述人がおっしゃったお気持ちを実現するためには、やはり職場が若い人たちの喜んで働けるような、そういう職場、そういう仕事に持っていくということもまた劣らず重要なことであろうと思うのです。そのためには、やはり大企業に対して国の側から、あるいは税金の面でありますとか、また金融の面でございますとか、あるいはまた財政の運用などについて、中小企業の経営や職場を大企業に劣らないようなものに持っていくという方向をはっきり示すということが大変大切なことであるかと思うのです。特に不況脱出ということが言われております時期には、なおさらそれは格段に配慮をされなければならない。かように思うわけです。四十年不況、四十六年不況を見ましても、不況脱出の時期には特に中小企業の倒産が多い、そういうふうな経済のさま変わりの時期に、中小企業の方にかかるしわ寄せを、経営の危機打開で守っていくという上からも、国のそういった運用が望まれると思うのですが、たとえば、金融の面について申しますと、主として大企業の方に行っている政府関係金融機関の貸し出しの利率、それから中小企業の方に向けられている政府関係機関の貸し出しの利率、これは以前から二、三%の開きがございまして、中小企業向けの方が高い、貸し出しの期間も中小企業の方は短い、そういった格差が国の運用しておる制度の上であるわけですね。税制の面でも、実際の実効税率の負担は、かえって中小企業の方が高いという結果も出ているという点から見ますと、先ほど公述人おっしゃいました若年労働力の確保ということを進めていく上で、それぞれの経営者の御努力はさることながら、国のそういった、たとえばいま金融の面で一例を申し上げましたけれども、施策のあり方として、大企業に結果として有利になる、そういう財政、金融、税制あるいは各種審議会、調査会、また長期計画ですね、そういうようなのを、中小企業、国民本位に切りかえていく方向が大切だ、私どもはかように思っておるのでございますが、中小企業の業界のお立場からして、そういった基本的な方向についての御意見、御要望がございましたら、簡潔にお述べいただきまして、質問を終わらしていただきたいと思います。
○森井公述人 先ほど来、中小企業に対する心温まるお考えを拝聴いたしました。私ども明治生まれの人間は、口を開けば欧米先進国と言ってまいったのでありますが、欧米先進国という裏は、やはり日本が後進国である、だから一刻も早くその先進国に追いつき追い越せということが、明治以来の国是であったではなかったろうか。長い間かかった後進国からの離陸といったふうなものが、戦後三十年ほどの間になし遂げ得られたということについては、私は、まず政治家の皆さん方の御努力に敬意を表したいと思いますが、その間に、また一方では相当犠牲を強いられてきた面もあったと思います。その中の一つがやはり中小企業ではなかろうか。そこで、先ほども申しましたように、今後はいわゆる社会的な公正をはかる意味において、やはり福祉行政も大事だが、同時に中小企業政策というようなものも重視していただきたいということを申し上げておるのでございまして、先生方がそういう温かい気持ちで中小企業を見守っていただくことに対しては感謝をいたしますし、また期待もした、い、かように考えております。
○荒木委員 櫻井公述人に一、二お尋ねしたいと思いますが、先ほど来いろいろお話を伺いまして、私たちも御要望の実現に力を尽くしたい、かように思っておるのでございますが、この種の問題は、何といいましても、財源の問題がすぐに論議として出てまいります。 公述人もよく御案内のとおり、いま年金の問題について、積み立て方式と賦課方式、国会でも論議が進められております。政府筋の方でも検討をするというふうな考えも伝えられておるのでありますが、きょう御出席のお立場から、この賦課方式採用という点についての御意見がございましたら、この機会にお述べいただきたいと思います。
○櫻井公述人 年金と言うと、賦課方式ということが一つの対になっている言葉なんです。けれども、実は賦課方式についてわざと触れなかったわけなんです。と申しますのは、いままで、賦課方式ということで、年金問題を私ら論じてまいりましたけれども、ようやく賦課方式という問題がいわゆる市民権を得たと申しますか、全体的な一つの論議になってきたわけなんですね。この時点になりますと、この問題はそう軽々に提起できない問題なんですよね。この問題は非常に慎重に取り扱わなければならない時期に来たと思うのです。と申しますのは、一体だれが賦課をし、だれが賦課されるのかという問題があるわけですね。したがって、この問題については、十分にこの中身を検討していかなければならないし、全体的な、国民的な合意も必要であるのではないかというように思うわけなんです。したがいまして、ただ単に賦課方式がいいんだということでは済まされない問題がありますので、きょうは触れませんでした。ただ、意見をという御質問だとすれば、いまの時点で申し上げれば、やはり賦課方式に移らなければならないのではないかと思いますけれども、これはやはりいままでありました年金の一つの権利があるわけですから、そういう一つの、旧来の年金の受給されている権利というものをどうこの中にやっていくかという問題がありますし、非常にむずかしい問題があるわけです。で、先ほど申し上げたように、だれが賦課されるのかという問題ですね、国が持つのか、使用者がどのくらい負担をするのか、それから受益者がどのくらいやるのか。と申しますのは、いま、高福祉高負担という声が出ているわけですから、非常にこの問題について簡単に申し上げるということはできないというふうに感じております。したがいまして、きょうここでこれ以上、ちょっといま考えておりませんし、言えない、こういう状況を御理解願いたいと思います。
○荒木委員 いま負担の問題の御意見がございましたので、重ねてもう一言お尋ねをしたいのですが、この拠出制年金についてだれが負担をするか。この問題は、私どもは、国と資本家の負担をふやすべし、かように主張しておるのであります。たとえば、一、二国際比較で見てみますと、国民が出している税金、税負担、それから拠出制の保険料負担、それに対して、年金給付あるいは社会保障給付としてどの程度の見返りがあるか。つまり、出したうちの、今度は反対給付としての率はどのようなものであるのか。比較的最近の国際比較によりますと、たとえばフランスは四四%、西ドイツは三五%、日本はわずか二三%にすぎない。これは振替所得の対GNP比でありますとか、あるいは一般会計予算に占める振替所得の構成比でありますとか、こういった点でも、先進資本主義国に比べますと格段に低いというふうなところから、方向として、国と大企業資本家の負担をふやすべし、かように申しておるわけでございまして、賦課方式採用の問題についていろいろな論議と問題点があることは、国会論議でも出ておるところでございますので、いまの御意見が伺えなかったのですが、私が申し上げた、負担の方向をどこに求めるべきかという、そういう点についての公述人の属していらっしゃる皆さん方のお立場からの御意見がございましたら、ひとつお伺いしたいと思います。
○櫻井公述人 まあ賦課方式という意味もありますけれども、いま私どもがいわゆるこの年金の財源について考えていることは、普通三、七方式と言っているのですけれども、結局国が三〇%ですね、残りの七〇%のうち、三、七で、やはり労働者が三ですか、こういう方式でいくべきだ、こういうふうに考えているわけです。一つの考え方ですね。そういうわけです。
○荒木委員 もう一言だけお尋ね申し上げて終わりたいと思いますが、先ほどスライド制のお話がございました。スライド制はいま年一回物価スライド、こういうことになっておりますが、その方式について申し上げますと、やはり物価高が続いている。むしろこの年金の支給月ごとに物価スライドすべきではないか。それでもまだ追いつかない点がありますけれどもね。そして、賃金上昇率が上回れば、その点の上乗せをすべし、私どもはこういうふうな主張をして、政策の実行を求めておるのですが、スライドのお話が先ほどありましたので、その実施時期の点を兼ねて一言、御意見がありましたらお伺いしたいと思います。
○櫻井公述人 実は、それはその実施時期もあるのですけれども、年金が現在三月あるいは四月に一回というふうになっておりますね。これを一カ月ごとにもらいたいという本当の声があるわけですよ。これは事務的いろいろな問題で、ある程度いまの現状では不可能だとは思いますけれども、いまおっしゃっていられるようなスライド方式を真に求めることができれば、本当ならば年金は一カ月ごとにいただきたい。方式は、郵便局なり何なりに行くんじゃなくて、為替みたいなもので送っていただいて取りに行くという方式に、コンピューターかなんかで簡便化できればと、そういう考えも持っているわけです。 物価スライドの問題でも、もちろんそういう形の中で対応できれば、一カ月ごとが結構なんですけれども、もし物価でやるんならば対応ができればいいと思うのは、本当に国なり何なり、公のところで責任を持って、ある六カ月ごととか一年ごととか、必ずその時点の物価に即応して直ちに、何と言いますか、審議経過も何も即時に対応できるような形式ができれば、これは物価でもいいと思うのですよ。ただ、なかなか現状ではむずかしいと思いますね。理想はできますけれども、むずかしいと思いますので、やはり現状では、先ほど申し上げたようなことで、現在の体制の中で漸次直していくしかないんじゃないか、こういうことで、先ほどは申し上げたわけなんです。
○荒木委員 いろいろ御意見をいただいて、どうもありがとうございました。私どもとして支持できる御要望の部分は、大いに国政段階に反映させるようにがんばらしていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
○小林(進)委員長代理 和田耕作君。
○和田(耕)委員 高齢者の就労の問題についてでございますけれども、お二人とも、何とか高齢者の就労の問題を実現しなければならないという趣旨の公述だったと思います。しかし、これはたくさんの人がほとんどそういうふうにおっしゃるのですけれども、事実は非常に困難という問題があるわけです。午前中も身体障害者の方から、身体障害者の仕事を義務づけるといいますか、あるいは強制的な就労をさすというふうな御要望があったのですけれども、高齢者の就労を義務づけるという問題についての御意見を、お二人から承りたいのです。
○森井公述人 ちょっと私、十分わかりかねますが、もう一度おっしゃっていただけぬでしょうか。
○和田(耕)委員 たとえば、国の仕事の何%は高齢者を雇うとかいうようなことですね。つまり高齢者の就労を、自由に任せておきますと、なかなかその機会をつかむことができない。何か一つ強制的な枠をつくって、一定の仕事では高齢者を何%雇用することにするとか義務づける、あるいはある意味で強制的な雇用にしていくということですね。これについてどういうふうな御感想を持つか。
○森井公述人 私、先ほど申しました、若年労働者の配分を規制することによって高年齢者を収容できるという考え方で、つまりいま労働省でやっていらっしゃるのは、高年齢者を何%か、たしか二%だと思いましたが、義務づけるといったふうなことを、行政指導でやっていらっしゃる。それはちょうど、その引っ張り出そうとする者の首へなわをかけて引く方ですね。私はそうじゃなくて、その箱に入っているやつを、後ろから箱をたたくことによって追い出すというかっこうの方がいいんじゃないか。中小企業がいま一番当面しております問題は、一体次の代をだれがやってくれるのかという問題で、現在のように従業員が高々齢化していく、そして跡を継ぐ者がいないという状態は、一代ばてに終わる。だから後継者を雇っていかなくちゃいけない。 そこで、先ほどどなたかの御質問にもありましたが、中小企業という職場をもっとよりいいものにせいというお考え方で、私は昭和二十七年から、ちょうどその当時は非常な不況な時分で、当時大学の一般学部の卒業生が新旧合わせて六万。それが日本の企業体では収容できない。その当時、企業社会で大体大学卒業生を採用しております数が一万八千ぐらい、それと官公庁へ採用されていく者とで、六万という人間は余るわけです。そこで、中小企業をよくしていく仕事の一環として、大学卒業生を中小企業へという運動を、全国に先駆けてやったのは大阪であり、私なのであります。昨年まで二十二年間これをやってきた。ところが、どうしてもこれが続けられない。というのは、私どもは、中小企業の将来の管理者として大学卒業生を迎え入れようという考えだが、大企業の場合は必ずしもそうではない。日本の賃金体系というものが年齢給でできておりますので、大学卒業生といえども、一般の労務者の平均賃金よりもずっと下回っておるわけです。したがって、大学卒業生も含めて学校新卒は若年労働者であり、低賃金労働者だ。これをそのままにしておいたのでは、一部の企業に若年労働力を収奪される。そういうことでは学就連運動をやろうにもやる余地がない、こういうことで、私、昨年委員長をやめたのですが、やめた機会に、関西の学就連は二十二年、の歴史を一応閉じたわけです。だから、これは何としても若年労働者の配分を若干規制する必要がある。しかしおまえはここへ行け、おまえはここへ行ってはならぬという規制は、おそらくこれは憲法の上でできないだろう、しかし事業場における平均年齢を幾つと決めることは、これはおそらく私は、労働基準法の条項と同じで、憲法には違反しないのじゃないか。そういうことによって、現在若年労働者を多数雇っておる——この間、ある会社でありますが、三千人退職希望者を募る、ところがその裏側で、千人は来年の学校卒業生を採用する、こういうことは労働組合との間で話し合いがつきませんで、結局新規採用はやめて、全員、希望退職者を募るというかっこうから、新規採用分を引いたものの希望退職者を募る、こういうことになったわけです。だから、それを見ましても、やはり低賃金を求めての動きなんです。そういうことを勝手にしておいたのでは、国全体の上で困る。私は、若年労働者の配分を適正化しようということで出発しておるわけですけれども、その結果としては、いわゆる高年齢者の五十五というのは早過ぎるので、六十五か七十ぐらいまでは働いていただかなければならぬのじゃないか、そういう働く場を提供する意味においても、全体として平均年齢をかなり高いところに決めさえすれば、あとは企業の自由に任せたらいいのじゃないか。それを一々二%で、それを抱き合わせで雇わなければ世話せぬというようなやり方は、余りに親切過ぎて効果が上がらない。一つの決めをつくっておいて、あとはもう企業の自由にやらせる。十七の人も十八の人も自由にお雇いなさい、しかし平均年齢が三十二歳なら三十二歳に持っていくためには、六十の人も六十五の人も雇わにゃならぬ。そうなると、年金とか退職金とかという問題も、おのずからそこをてこにして解決していくんじゃないか。ところが、それがどこからも出ない、経済団体からも出ないということは、実は今日の段階になるとよくわかるので、つまり大企業の利益のもとはそこにあるわけです。低賃金にあるわけです。それだから、だれも団体側からは言い出さない。私が言うてもたたかれるだけです。なぜ政治家の集まりである議会でそれが問題にならないのかと、私は不思議に思うのです。それで、きょうはそういうことを訴えておるわけなんで、そういうことをお考えになったらどうか。しかしそれは最上のものと私は考えません。もっといい方法があるかもわかりません。しかし単なる行政指導等では、その成果は上がらぬのじゃないかというふうに思います。だから、若年者の配分さえ適正化されてくれば、高年齢者の失職者は自然となくなっていく、そういうふうに私は考えております。
○櫻井公述人 私もただいまの御意見と大体同じような意見なんですけれども、義務づけるということについては、できればいいのですけれども、やはり反面非常に危険性がある。もう一つは、やはり企業の自由という問題もありますし、また雇用者自身の自由の問題もあるので、義務づけをどこまでするかという問題、いろいろ問題がありますので、もちろん全面的にそういう点について皆さんが合意をしてできればいいんですけれども、相当いま申し上げたような危険性もあるというように思うわけなんです。どうしても解決方法としては、いまの御意見のように、定年制の延長ですか、同時に、もとより高齢者が働くということは、私たち自身も考えて、いいということではないのであって、定年制を延長して、六十五歳なり七十歳でまだ働いて、その後は、余生は年金によって何とかやっていけるという方向ですね、こういう方向に、やはりひとつ御審議の方向を向けていただきたいようにお願いをしたいと思うのです。
○和田(耕)委員 定年制の延長ということは非常に重要な課題だと思いますけれども、いまの高々年齢層、つまり六十五歳以上の、あるいは七十歳前後の人で、しかも自分は年金とか国の厄介になりたくないんだ、働きたいんだ、そのことが自分たちの幸せなんだ、こういう空気が非常に強いのですね。いまの定年制の延長でカバーできる人は一応別として、六十五歳以上の高々年齢層の方々に、何らか適した仕事を見つけてあげるということも現在の非常に重要な課題なんですね。先ほど森井さんの御意見の中にも、年金等お金よりも、もっと働く場所をというお話があったのですけれども、その場合はやはり六十五歳前後から上の人の仕事の場でもあると思うのですね。このような場合には、なかなか若年層の配置を、いろいろ平均年齢をつくって、いま御意見のようなことでは、カバーできない人たちの問題でもあるわけです。こういう方々には、ある程度まで強制的といいますか、義務づけるというのか、あるいは中小企業の適当な職場があれば、そういう人を雇えば税金はそれに見合って安くするとか、いろいろな方法があると思いますけれども、いろいろな形で義務づけるということを考えないと、六十五歳前後から上の人はなかなかカバーできないのじゃないかという問題を、いま私は頭に描いて質問しているわけですけれども、そういう人に対してどういううまい方法があるか。それこそ総論はあっても、なかなか各論の見つからない問題でございまして、しかしこれを何とか解決しないと、いまの老人問題というものの半分の面が解決できないわけだと思うのですね。何かいいお知恵はないかと思って、いま質問申し上げているわけですけれども、いかがでしょうね。
○森井公述人 いや、実は提案を申し上げながら、私にもその、こうやればという方法はまだあるわけではございません。しかし、それは労働省なり内閣にいろいろな労働資料があるわけで、だからそれから出して、こうすれば高年齢層の職場もふえるのだということから、若年労働者の需給関係ももっと緩和するし、そういう数字は役所の方ができるのじゃないか。ところが役所がそれを踏み切れないところに、むしろ問題があるのじゃないか。 いま平均年齢一年違いますと、いまのような賃上げでしたら、年に何千円違ってくるわけですよ。そうしますと一カ月の給料で何億という金が違ってくるわけですよ。そういうものを規制しなければ、私は、大企業と中小企業との企業間格差というものは解消しない、そういう点で、なぜみんな関係者が目をつぶるのか、そこのところをもっと掘り下げてひとつ御検討いただきたい。私どもにお尋ねになるのじゃなくて、私どもは考えていただきたいと逆に申し上げたいのです。
○和田(耕)委員 櫻井さん、いま私が申し上げたような高々年齢層の仕事場という問題について、何か御意見ないでしょうか。
○櫻井公述人 ただいまのそういうお考えで、義務づけるなり何なりまでいかなくても、そういう施設とか施策をするということは非常に結構なことだと思うのですね。 実は、昨年、東京都に高齢者の勤労事業団とかができましたですね。ああいう形で、あれは東京都がお金を出したらしいのですけれども、あれがいま発足して、それぞれ各事業なり、あるいは仕事の開拓ですか、こういうことを都の段階でやっておるわけですけれども、これは義務づけじゃなくて、その事業団自体にそういう努力をさせるということの中から仕事を開拓し、また仕事を欲しい者をそこに、募集というとおかしいですけれども、集めて、そういう仕事の場を提供していくというものだと思うのですけれども、そういう方向もありますので、義務づけまでいかなくても、国なりあるいは自治体で積極的にそういうものを各地方自治体ごとにつくっていただいて、あるいは地方ですから、そういう立地条件の悪いところは取りまとめても結構だと思うのですけれども、まあ中国地方とか近畿地方というので結構だと思うのですけれども、そういう方向で、いわゆる高齢者の勤労する事業団というのですかね、あるいはもっと名前を変えてもいいと思うのですけれども、そういう主体的にやるようなものをつくらせていく、責任を持ってやらせていく。そうすれば、義務づけとかなんとかということでなくても、お互いにそこに話し合う場を持ちながら、事業主も、働く者も、それを仲介する国なりあるいは地方自治体が、三者が話し合ってそういう場をつくっていくということができるのではないか、こういうふうに思っておるわけなんです。
○小林(進)委員長代理 質疑の途中ではございますが、ただいま鶴田公述人が参りましたので、ここで御意見を承ることといたします。鶴田公述人、お願いをいたします。
○鶴田公述人 国民経済の鶴田でございます。 幾つかの点で意見を申し上げたいのですけれども、時間の制約がございますから、二つの点について私の考え方を述べさせていただきます。一つは、独禁法の改正をめぐる問題であります。それからいま一つは、目減り補償の問題、この二つについて、私の考え方を述べさせていただきます。 三木内閣が発足しましてから、三木首相の経済運営改革の理念としまして、ニューディールということが叫ばれてきたわけであります。その内容は、社会的公正を図るということを強調されているわけでありますけれども、いまの段階では、この社会的公正がどういう内容を持つのかという点はあまりはっきりしていないと思います。しかし、ともかく社会的公正を図るということが、経済の運営理念の一つに考えられてきたことは、日本経済が環境問題とか、あるいは公害問題とか、さらには石油危機とか、狂乱インフレとか、そういうことによって転換を迫られているということを示すものではないかというふうに私は考えます。ただ、この社会的公正というのは、言葉としてはかなり語られてまいりましたけれども、一体どういう内容を持つのかという点については、十分な議論がないように思います。従来の効率の追求という運営理念と決定的に異なるのはどこかと申しますと、社会的公正というのは、社会の制度やルールを評価するための観念をすべての人が共有するようになる、そういういわゆる社会制度の確立ができた段階で、公正が図られたというふうに言えるだろうと思います。特にこの公正という概念は、人々の対立する利害の側面に深く入り込んでいく側面があるわけでありまして、それだけに、社会的な公正を図るということは、すぐれた政治的なリーダーシップを前提として達成可能であって、特にエスタブリッシュメントの既得権益といいますか、そういう既得権益を擁護するという力に対して、公正という観点から強いリーダーシップを発揮していくことが必要ではないかというふうに私は考えます。 こういう観点から、独禁法の改正の問題を考えてみますと、確かに方向としては正しい路線の方向をとっていると言えます。独禁法の強化が求められている今日的な性格というものは、経済的効率化のためばかりではなくて、大企業体制というこの産業社会を前提とした場合に、自由かつ公正な競争という経済的民主主義の防衛にあるのだ、あるいは経済力の集中とその乱用を抑止することを通して、政治的な自由と民主主義の基礎を保持しようとする、そこに今日的な性格があるのではないかというふうに私は考えております。そういう意味では、この独禁法の改正というのは、既存の制度とか慣行とかの改革を求めているのであるというふうに強調していいと思いますけれども、ここに独占禁止法に関する公正取引委員会の試案がありますが、私はこの中で二つの点について異論があります。 一つは、公取試案では原価公開制を求めておりますけれども、この企業の原価を公開するということは、まさに企業の創造的活動の余地を狭めるということ、さらには原価を公表して社会的監視のもとに置くということは、ややもすれば政治的な自由を奪いかねない、そういう危険性を持つものでありますから、私は原価公開制には反対であります。 それから二番目の原状回復命令でありますけれども、これもたとえば好況期にカルテル行為を行い、そしてそれが不況期に発覚した場合に、原状に回復するのはおよそ無理でありますから、実現性のないものとして、これには私は反対であります。 ただ、現在独占禁止法を改正する場合に、特に必要なのは次の三点であります。 一つは、課徴金の問題です。違法なカルテル行為のような経済事犯を予防するためには、カルテルが全くのやり得となっている現状を改めること、それを行えば企業にとって不利益がもたらされるような制度を確立しなければならないというふうに言えるかと思います。カルテル規制の実効を期するためには、公取試案が提案しておりますように、カルテル行為によって企業が得た超過利得を没収することを目的とした、課徴金制度の新設が不可欠であって、社会的公正にもかなったことであるというふうに言えるかと思います。ただし、公正取引委員会の試案のように、この課徴金を価格カルテルのみに、それもカルテルによる値上げ行為のみに限定するのは、私は適当でないというふうに思います。やはり独禁法上のバランスから言って、課徴金は不当な取引行為一般、さらには私的独占行為に基づくすべての超過利得に対して適用し得るものとすべきだというふうに考えます。そのために、課徴金の金額は公取試案に示されておるような機械的な計算方法による限度額を決めるのではなくて、違法行為による超過利得額またはある一定額のいずれか多い方を徴収するという、西ドイツのような方式が適切であるかと私は思います。これが第一点であります。 第二点目は、企業間の株式保有の制限の問題であります。最近の数年間、御存じのように、わが国では企業相互間の株式保有が急速に進展してまいりまして、企業の系列化とかあるいは企業の集団の形成が進んでいると言えます。このことは、株式会社制度の変質とか、あるいは形骸化につながるわけでありまして、会社法上深刻な問題をはらんでいるというふうに言って差し支えないわけでありますし、また、証券市場の本来の機能を阻害するおそれが大きいというふうにも言えます。したがって、独禁政策の観点から、その競争制限効果の増大を防止し、また事業支配力、経済力の過度の集中を排除するために、現在の段階においては、企業間の株式保有に対する規制を一段と強化することが緊急の課題ではないかというふうに私は思います。 それには、まず第一に、企業間株式保有の個別的直接的な競争制限効果に対処するために、独占の形成以前の段階で、企業間株式保有を有効に規制し得るように現行法を改正する必要があります。たとえば現行法第十条では「競争を実質的に制限することとなる場合」というふうになっているわけでありますけれども、これを、競争を著しく減殺するおそれのある場合というふうに改正する必要があるのではないかと思います。 しかし第二に、競争制限効果の著しい株式保有に対して、いま述べましたような形で個別的に対処するのでは不十分でありまして、競争制限効果の比較的軽度な個々の企業間株式保有の累積的、相乗的効果の増大が憂慮されるわけでありますから、したがって、独禁法第一条にうたわれている事業支配力の過度の集中の防止という課題にこたえるためには、さきに申し上げただけでは不十分であるわけであります。したがって、そのためには、現行法で規制されております持ち株会社の禁止、あるいは金融機関の株式保有制限の規定があるわけでありますが、こういう考え方を強化することが必要になってくるわけであります。したがって、私は企業間株式保有の著しく進展している現在の段階では、金融機関の株式保有制限を一段と強化する必要があるように思いますし、また大企業の株式保有総額を総資産または自己資本を基準として制限することがぜひとも必要であるというふうに考えます。 もっとも、この規制対象会社が制限を超えて所有している株式の処分についてですけれども、株式市場とか関係会社の事業活動に急激なショックを与えないように、猶予措置をあるいは経過措置をとることは言うまでもないことであります。 さらに、今後の課題としましては、旧財閥系などの企業集団内部での株式相互持ち合いをベースとした、グループ全体としての事業支配力の集中、及び金融機関の融資を通じての事業支配力の集中を規制することを検討する必要があるわけであります。 以上が企業の株式保有の制限についての私の考え方でありますけれども、もう一つ、企業分割も独禁法にぜひ盛るべき内容であると言えます。 現行法のもとでは、集中度が高い高度寡占産業において、独占的市場支配力が形成され、そのために著しい弊害が生じても、これに対処して競争を回復するための有効な手段がほとんど欠けているというふうに言って差し支えないと思います。このような独占的市場支配力の弊害を排除することは、独占禁止政策の最も重要な課題の一つであり、したがって、そのような高度寡占に対処するためには、次のような内容の企業分割の規定を新設する必要があるというふうに言えるわけです。 すなわち、第一に構造面でありますけれども、集中度が著しく高くて、かつ他の企業がその分野に新規参入することが困難である場合、つまり高い参入障壁が形成されていて、したがって第二に、企業行動の側面ではほとんど同時に同じ幅で同調的に価格が引き上げられる、いわゆる意識的平行行為を初めとして、高度寡占あるいは独占に特有な行動が見られる場合、その結果として第三に、産業のパフォーマンスの面では、停滞的な状況のもとでの高い利潤率とかあるいは過大な広告、販売促進経費など、競争制限に基づく弊害が顕著に生じている場合、しかも第四に事業活動方法の是正など、他の手段によっては競争を回復することが期待できない場合には、公正取引委員会が企業分割を含む必要な排除措置を命ずることができるようにする、そういう内容の企業分割条項を盛り込むことが必要であるわけであります。 ただし、こういう企業分割の目的は、有効な競争を回復するためでありますし、あるいは経済的効率を改善するためでありますし、また経済的民主主義を確立することに主な目的がありますから、現在の企業規模が、正当な技術的理由などに基づいて企業分割の結果生産コストが著しく上がるというような場合は、当該企業がそれを挙証し得るならば、分割措置の適用を免れてもよい、そういう特例措置を設ける必要があるかと思います。企業分割の措置は、何分にもドラスチックな側面を含みます。 けさの新聞などを見ますと、この企業分割について反対の意見が、自由民主党の側から提出されて、法案化があきらめられたというようなことが盛られておりますけれども、しかし、現在伝えられております反対論の、たとえば下請との関係、従業員をどうするか、あるいは債権債務をどうするか、さらには商法との関係はどうかということが強い反対の理由になっているようでありますけれども、しかし、こういう問題はすべて技術的に解決可能な問題であって、現在必要なのは、こういう企業分割条項を入れて、高度寡占産業の独占的市場支配力をいかに排除するかというところに、法改正の目的を置くべきではないかという気がいたします。 したがって、こういう高度寡占対策としての企業分割規定の導入なくしては、言うなれば、独占禁止法の改正も画竜点睛を欠くと言って差し支えないわけでありまして、私は、この制度及び独禁法上の排除措置一般についての無理解や誇張に基づく、いわれのない反対が解消することを期待しております。 また、法律技術上の問題が克服されて、国民の多数の支持を受けて、この制度が導入されることを願うわけでありますが、冒頭に申し上げましたように、まさに社会的不公正を是正するということは、強い政治的リーダーシップが欠如してはできないわけでありまして、三木内閣がそれを表看板に掲げるのであるならば、やはり既存の既得権益を排除して、それにチャレンジングして、まさに社会的公正を確立するためのワンステップとして、この企業分割条項を導入していただきたいというふうに私は考えます。 もっとも、独禁法の問題は、この三点に尽きるわけではございません。現在の独禁法の実質上の権限が、公正取引委員会に過度に集中しております。したがって、それを民主化するということが、今後の検討課題になりてまいりましょうし、また、二番目には、競争政策の実効を上げるためには、法律に基づいてあるいは行政指導などによって、独禁法の適用除外となっているカルテルあるいはカルテル類似行為について再検討して、大幅に整理する必要があるというふうに言えるかと思います。 最後に、この独占禁止法の有効性を幅広く継続的に確保していくためには、アメリカのキーフォーバー委員会のような、独占禁止委員会のようなものを国会に設置して、絶えず独占禁止政策についての議論が国会の場で行われることを期待しております。 以上が、独禁法に関する私の意見であります。 それから第二番目は、預金の目減り問題について私の意見を述べさせていただきます。 預金の目減り問題は、現在政府・自民党を初めとして取り組まれているわけですけれども、現在提案されている考え方は、預金目減り問題は、あたかも社会保障や社会政策の一種として論じられているというふうに私は思います。もし社会保障ないしは社会政策という観点からこの問題を取り上げるのであれば、現在検討されておりますように、民間金融機関に一般利子を上回る超過利子を負担させるのはもってのほかであって、インデクセーションつきの国債を発行して、小口預金者あるいは経済的弱者に割り当てるというのが必要なことになります。つまり、社会政策の一環として行う限り、その費用負担はあくまでも国家財政が負うべきであろうというふうに私は考えます。 しかし、この預金目減り問題が提起しているのは、単に社会政策とかあるいは社会保障政策などの狭い枠組みの問題ではないと私は思います。むしろ、経済政策の内容ないしは理念あるいは既存の制度の変革を求めていることが、この目減り問題の本質であります。わが国における伝統的な貨幣契約制度をめぐる社会的不公正は何かと申しますと、まず第一に、利子所得が、賃金とかあるいは利潤などの他の所得と違って、制度的な規制のもとに置かれていること、これが第一であります。 したがって第二に、貨幣単位による債権債務関係の締結が、債権者、主として預金者、家計——一般の家計でありますが、債権者から債務者、主として企業であります。企業への実質的購買力の強制的移転をもたらしておるという点であります。 したがって第三に、各市民、多様な市民は、資産保有の対象としてインフレヘッジが可能な資産に接近し得る程度が異なっておる。この三つから社会的不公正が生じておるのだというふうに言えるわけであります。 したがって、この預金目減り問題は、単に社会政策、社会保障という狭い枠で考えるのではなくて、これらの欠陥を是正することが必要なのであって、それはいずれも低金利政策の制度的構造が、インフレーションのもとで不適切なものになっておることを示しているわけであります。したがって、これを打破する方法は、金融資産のインデクセーションであって、そのメカニズムは金利の弾力化と同じことになるということであります。 つまり、この預金目減り問題が提起しておるのは、要するに金融資産の価値安定を求めておるのであって、単に社会的な社会政策ないしは社会保障という狭い枠組みの問題ではないということを強調したいと思います。 このことは、経済の安定的成長を保障するような制度的変更を求めておるというふうに御理解いただけたらと思います。この安定的成長と申しますと、従来からしばしば、わが国では安定成長への移行ということが強調されてまいりました。しかし、いままで少なくともこの高度成長政策が定着して以来、過去三度ほど安定成長論が提起されたと思います。第一回目は昭和三十七年であります。第二回目は昭和四十年、第三回目は昭和四十六年の円切り上げの際でありますけれども、いずれも現実の経済によって否定されてまいりましたし、特に昭和四十六年以降は、御存じのように激しいインフレーション、またその反動としての不況によって、まさに波乱と混乱に満ち満ちた成長の道であったというふうに言えると思うのであります。 現在、経済政策の担当者が安定成長への移行ということをしきりに強調しているわけでありますけれども、日本経済に果たして安定成長を保障するような、そういう制度的な枠組みがあるのかどうかということを御検討いただきたいように思います。 むしろ、日本経済の過去三十年のいわゆる高度成長のメカニズムというものが定着していて、少なくとも外側から石油規制によって成長が抑制されてきた場合には、それに対応できない。そういう意味では、ソフトランディングがしにくいような成長体質を持っておる経済だということであります。 でありますから、単に安定成長への移行を叫ぶのではなくて、安定成長を保障するような安定化装置といいますか、そういうようなものを経済の機構の中にセットしない限り、まず安定成長は不可能であって、そういう意味では、預金の目減り問題が提示している、いわゆる金融資産の価値保全という問題にもこたえ得ないことになるのではないかというふうに私は思います。 そういう安定化装置については、幾つかの点がございますけれども、きょうはさしあたって四つの点について、私は意見を述べたいと思います。 一つは、先ほどの金融資産のインデクセーションと同じことでありますけれども、金利機能をもっと活用するような経済にしなければならないということであります。これは金利の自由化を図るということでありますけれども、要するに預金金利にインデクセーションを導入するということは、結局そのことによって価値が保全されるわけでありまして、当然企業なり個人の資産選択の構造が変わってくるというふうになります。 たしか一昨年の暮れの国会で、野党の側の質問に答えて、当時の福田大蔵大臣は、預金にそういうインデクセーションを導入するということは、貸出金利を高めてしまって、これは企業の借り入れコストを高める、それは結果としてインフレの刺激につながるのだというような発言をなさったのを、私は新聞で読みましたけれども、これはまさに金利機能の活用という点での無理解を示すものであって、貸出金利が上がるということは、そこで企業の資産選択の構造が変わるわけでありますから、当然インフレ抑制的な側面を持つわけであります。 また、金利機能を活用するということは、債務者利潤の減少を通して、企業の投機的行動を抑制するわけでありますから、一見、金利の自由化というのは経済を変動させる要素と考えがちでありますけれども、むしろ金利機能を活用して、経済の安定化が可能になるのだということを深く御認識いただきたいと思います。 それから第二点目は、金融政策の決定プロセスに関する問題であります。 戦後の金融政策というのは、日本銀行の政策委員会が金融政策をたてまえ上決定することになっております。実際そういうふうになっておるかどうかということは、皆様方御存じかと思いますけれども、私は、たてまえを重視してこれから意見を述べるわけでありますけれども、この日銀政策委員会がどういう構成でいま行われているかと申しますと、御存じのように、大蔵省代表一人、それから経済企画庁代表一人、この政府側委員は、発言権こそあれ議決権はございません。したがって、残りの五人が発言権と議決権を持っているわけでありますけれども、その構成は、日銀総裁、それから都市銀行代表、市中銀行代表、それから産業界代表、農業代表、こういう五人構成になっているわけであります。そうしますと、こういう五人構成の中で政策が決定されるわけでありますけれども、しかしすでにお気づきと思いますが、この五人の方々はすべて産業界の代表であります。むしろ債務者利潤を得て、インフレによって利益を受ける人たちだけで構成されているという、非常に不公正な構成になっているというふうに言って差し支えないと思うのであります。したがって、経済の安定的な成長を保障するためには、やはり勤労者なり市民の代表がこういう日銀の政策委員の中に加わって、そしてけんけんがくがくとした議論を行い、適切な議論を行って、通貨価値の安定ということを政策決定の基底に置いて、政策決定を行うことが必要でないかというふうに思います。もちろん、この検討事項というのは事後的に報告されるわけでありますけれども、ここで西ドイツの消費者物価がなぜ安定しているのかという点に関連いたしますと、そういう金融政策の決定プロセスにおいて、まさに通貨価値の安定を図ることを可能とするような委員の構成になっているということですね。現在西ドイツの消費者物価が六ないし七%であるということは、言うなれば金融政策の決定プロセスにおいて、公平な立場の人たちが参加し、そして徹底した議論を行って、金融政策を決定しているからだというふうに言えるわけであります。 それから第三番目は、現在の財政の硬直化の問題であります。昨年のインフレの過程においても、財政は二〇%程度大型の財政が組まれました。ここ数年非常に財政の大型化という傾向が続いております。ことしもかなり大型化の財政であるというふうに言えるわけであります。しかし、この大型財政というものは、むしろ補助金行政とかいうものによって硬直化してしまって、経済の変動に対して柔軟な対応ができない、そういうふうになっているのではないかというふうに私は思います。したがって、財政の硬直化というものをどこかで打ち破らない限り、外側からの成長抑制に対する強い要請に対して、内側から対応できない。そういう意味では、現在の財政構造を前提としては、不安定成長を促すことになるのではないか、そういう懸念がいたします。このことは、従来の補助金行政を初めとしまして、公共料金政策の考え方も基本的に再検討しなければならないというふうになりますし、私の個人の考え方からすれば、ことし食管会計の赤字補てんが約九千億円強であります。これは巨人軍の王選手を初めあるいは横綱の輪島あるいは皆さん方とか私が、一人当たり月額七百五十円の国家補助を受けているということになるわけですね。もちろん三木総理大臣も、同じように一人当たり月額七百五十円の国家補助を受けているわけです。もし社会的な公正という観点からこの問題を考えるのであれば、そういう輪島なり王選手なりあるいは私たちが、同じように国家補助を受けるのが社会的公正なのか、あるいは生活保護費、社会福祉費、これは合わせて一兆一千五百億円程度でありますけれども、そういうものを、いわゆる生活保護費ないし社会福祉費に回すことが、社会的公正化を図り得るというような観点から、この公共料金問題を考え直す必要があるのじゃないか。また、それが財政の伸縮性を高める一つの基礎にもなるというふうに言えるわけであります。したがって、これは自民党だけでなくて、野党の——私、社会党の推薦で出てまいりましたけれども、共産党を初めとして、やはり公共料金政策の再検討ということは必要であります。ただし私は、これだけを取り上げていただきたくはないわけでありまして、先ほど申しましたように、金融政策の決定プロセスに対する安定化装置をビルトインする、あるいは金利機能を活用するというような整合的な政策が伴っていなければいけないわけであります。 それから第四番目は、いわゆる三割自治の解消の問題であります。要するに安定成長ということは、やはり国民生活の安定というものを達成できるような、そういう成長の道でなければいけないわけであります。そのときに、特に生活基盤投資の拡充が必要になってくるわけでありますけれども、生活基盤投資というのは、各地方の自治体によって生活状態が変わっておりますから、どういう施設に投資するかというのは、まさに各地方の実情に応じて行わるべき性格を持っておるわけであります。ということになりますと、現在のように法人税、所得税がすべて中央に上がってきてしまって、中央でもってすべてそういう細目をきめてくるというようないまの補助金行政では、その地方の欲する本当の生活基盤拡充投資は不可能になってくる可能性があるわけでありまして、そういう意味では、三割自治を解消して、やはり法人税なり所得税を地方に移管する、言うなれば財政の分権化を同時に進めていくということが必要になってくるということであります。 もとより、安定成長への道ということは、以上によって尽きるわけではございません。独禁法の改正ももちろん含みますし、さまざまな政府の調整的な機能ということが必要になってくるわけでありますけれども、しかし現在の預金目減り問題というのは、単に社会福祉、社会保障、社会政策的な側面から行うのではなくて、以上申し上げましたような経済の安定的成長を保障し、金融資産の価値保全が図れるような、そして国民の安定した生活が確立できるような、そういう制度的な枠組みの修正を求めているのだということを深く御理解いただきたいと思います。 大変長くなりましたけれども、以上で、私の公述を終わらしていただきます。(拍手)
○小林(進)委員長代理 どうもありがとうございました。
○小林(進)委員長代理 質疑を続けます。堀昌雄君。
○堀委員 鶴田公述人にお伺いをいたします。 独禁法の関係でありますけれども、公正取引委員会が原価公表の問題を出しておりますのは、寡占体制におけるパラレリズムを除外する方法が見当たらないということで、おそらく原価公開によってパラレリズムの問題にメスを入れたい、こういうことが、この原価公開を求めた理由だと私は思います。先生はここで原価公開がもたらすマイナス面にお触れになったのですが、そうすると、寡占企業によるパラレリズムをどうやって排除できるのかという点を、まず最初にお答えいただきたいと思います。 それから、原状回復も、確かに時期によっていろいろとむずかしい問題があると思うのですが、問題は原状回復に意義があるのではなくて、要するにカルテルが行われないことに意義があるわけですから、原状回復というのは、カルテルが行われた結果として国民が不利を受けたものに対する対応策ですから、その問題はあるいは課徴金その他が、西ドイツのような厳しい課徴金になって、カルテルがペイしないということで行われなくなれば、実はこの原状回復の問題はなくなるわけですから、その点は、そういう意味ではやや因果関係を持っておるわけでありますけれども、ただ、もしそういう課徴金の制度その他があっても、なおかつカルテルが行われて、そのために国民が非常に不利な条件に置かれるということは、すでにこの前の石油問題等で国民が承知しておるものですから、そこで、いや課徴金の制度をつくればもうカルテルは起きないのだと言っても、起きないという保証はない。その起きたときには、それではその国民の立場からすれば、原状回復をすることによって、もっともいまの六カ月とかいろいろな技術的な問題もあって、その間は頭を下げて、すぐ頭を上げるという問題も当然あろうと思いますが、その前段になるのは、やはりそういうことが行いにくいようなパフォーマンスをつくることにあるのですけれども、これもなかなかそうは言っても、そういうパフォーマンスがそう簡単にできないということになりますと、原状回復というもの、いま申し上げましたように、それが主たる目的ではないけれども必要な場合があるのではないだろうか、こういうふうに考えますので、まず最初に独禁法関係のところについてだけお答えをいただきたいと思います。
○鶴田公述人 平行行為の問題でありますけれども、確かに現代の高度に発展した寡占体制のもとでは、平行行為を排除することが非常に重要になってまいります。この不況下においても、私はカルテル行為があったとははっきり言えませんけれども、しかし、卸売物価がこんなに強い不況の中でもじり高をたどっていた、この一月になってやっと若干のマイナスになりましたけれども。その内容を見ておりますと、工業製品の中で、大企業製品と中小企業製品があって、そのうちの中小企業製品というのは、昨年の二月以来持続的に下落しておったのであります。ところが、大企業製品は、あの強い不況の中においても、年末までじり高でありました。そういう意味では、現在の高度の寡占体制のもとでは、不況下でも価格転嫁能力を持っているというふうに言えるわけであります。そういう意味では、原価公開をして超過利潤を徴収するというようなことも一見考えられるわけですけれども、しかし私は、むしろ、先ほども申し上げましたように、意識的な平行行為といいますか、そういうものは、企業分割で対応すべき性格を持っているのではないかというふうに思います。やはり現在、市場経済体制というものを日本経済はとっておりますし、また、この市場経済体制というのは、いろいろな意味で長所もあり、また欠陥もありますけれども、この欠陥を補正しながら長所を生かしていくということになれば、やはり原価公開を求めて、企業の創造的活動というもののフロンティアを狭めることに対しては、私はやや否定的な考え方であります。 それから第二番目の点は、堀先生の御指摘になったとおりでありまして、まさにカルテルが行われないことがこの独禁法改正の目的でありますから、そういう意味では、非常に高額の課徴金を設定して、カルテル行為を行えば企業は損をする、また社会的なブランドイメージも下がるのだというふうに改正するのがもっともだと私は思います。したがって、そういう意味では、おっしゃられましたような非常に高率の課徴金を設定するということでありまして、また、もしそれでもカルテルを行った場合には、事後的に超過利得というものを税金で全部取ってしまうということをすれば、公正化は図れるのじゃないだろうかというふうに考えております。
○堀委員 次の問題でございますけれども、私も、この間予算委員会で、金利目減り問題に触れながら、実は金利機能が硬直化しておることが、今日の異常な高度成長、要するに乱高下の成長をもたらしておるということを指摘いたしまして、ちょうど昭和四十年の十二月に、当予算委員会で佐藤総理に、佐藤さんが安定成長を盛んに言っておられますから、安定成長をやるためには、金利機能の自由化ということをやらないと、あなたは言っていても、実際には高度成長になりますよということを申し上げて、結果的には私が申し上げたようなことになったわけであります。 そこで、この金利機能の活用というのは、非常にいま重要なんですけれども、実はこれにもいろいろとネックがあります。そのネックの中で、これを具体的に実行していくためには、一体どこから手をつけていくか。たとえば、私は、まず長期金利のほうから自由化を進めながら、弾力化を進めながら、短期金利に及ぼすということも一つの行き方かと思いますし、そこらの問題について、金利機能の活用ということまでは、大変共通の問題になっておるわけでありますが、さあ、その具体化というところで、実はいろいろな問題でこれがなかなか前に進まない。あるいは、場合によっては、預金金利のある程度の自由化というものが中小金融機関に非常に大きなマイナスをもたらすのではないかとか、いろいろな問題点があるものですから、これについての手だてといいますか、金利機能を弾力化するプロセスを、もし先生からお答えをいただければ、お願いをいたしたいと思います。
○鶴田公述人 理念的にはわりとすっきり申し上げられるわけですけれども、確かにこういう制度的な枠組みを変えるということは、いろいろな抵抗もございますし、また、いままでその中でいろいろ思考してきた方もいらっしゃいますから、なかなか多くの抵抗があることは否定し得ないことだと思います。したがいまして、金利機能の自由化を目指して段階的に進めていく、調整するということは必要なことだと思います。 そのうちの第一点は、いまおっしゃられました長期金利を次第に上げていくというのは、それを通していわゆる金利の自由化につながる一つのコースであるというふうに私は思います。 それから第二番目は、やはりインデクセーションつきの国債を発行することですね。それがやはり金利の弾力化を具体化するワンステップじゃないだろうかというふうに思っております。 そういういわゆる具体的な経路を通して、金利の自由化が達成できた場合に、中小金融機関がつぶれるのではないかということが言われますけれども、むしろ逆であって、創造的な機能というのは、どちらかというと、現時点においては、多くの中小企業に多いわけであります。 ごく最近に、私がいろいろなアンケート調査を行ったところによりますと、中小企業というのは、単におくれているだけではなくて、多様な性格を持っておりますから、その中で非常に成長性に富んだ企業もいっぱいあるわけですね。そういういわゆる成長性に富んだ企業というのは、比較的高い金利を払っても、企業活動を行い得るわけであります。したがって、中小金融機関というのは、概して言えば中小企業との結びつきが強いわけでありますから、むしろそういう中小金融機関の方がすぐれた経営能力を発揮して、逆に都市銀行よりも優位に立ち得る場合もあり得るわけですね。ですから一概に、中小金融機関に波及して、これがつぶれるのだというふうに短絡的に考える必要はないと思うのであります。 ただ、そういう懸念もございますから、ある場合には、中小金融機関の再編成という問題も全く生じないとは言い切れないのでありますけれども、しかしどちらを重視するか、つまり個別企業の合併なり再編成の方を重視するか、あるいは国民経済の安定的な運営の方を重視するか、理念的に、私は後者を重視する方をとりたいと思っております。
○堀委員 終わります。
○小林(進)委員長代理 石野久男君。
○石野委員 ひとつ鶴田公述人にお尋ねいたしたいのですが、企業分割の必要性の問題が、今日の独禁法の問題の一つの裏の側面として非常に大事だという御所見を承りましたが、そのことと関連しまして、労働者との関係、特に仕事量が不足しているというような今日の状態において、企業分割の問題と雇用の問題それはどういうふうにお考えになるかということが一点。 それからいま一つ、目減りの問題について、特に金融資産の価値肯定の立場で制度的要求を考えるべきである、こういう御所見でございました。私は全体としての論議ということよりも、特に今日の預金の中に、労働者が社内預金というものを持っております。この社内預金と目減りの問題、それから社内預金と雇用の問題、今日のような仕事量の不足あるいはいろいろな事情における解雇状況が出てきておる、こういう事情の中におけるところの目減り問題と社内預金、そしてそれが労働者とどういうふうに関係するか、まずその点の先生の所見をちょっと聞かしていただきたい。
○鶴田公述人 確かに、現在雇用の問題は非常に重大な局面を迎えているわけでありますが、この企業分割と雇用の問題というのは、別の範疇の性格を持つものでありますから、単に企業分割とダイレクトに結びつけて考える必要はないと私は思うのであります。 確かに、現在雇用調整が非常に進んで、これ以上引き締め政策を続けておりますと、景気の底割れが起こるような危険性が非常にあります。したがって、単に春闘対策という点からじゃなくて、言うなれば社会的公正を図るという観点から、私は金融政策は転換すべきであるというふうに考えておりますけれども、そういう、いわゆる景気政策との関係で雇用問題は考えるべき性格だと私は思います。確かに企業分割を行う結果として、あるAという企業に属している人が二つに分かれてB、Cというふうになるかもしれませんけれども、しかし他の条件が等しい限り、そこで雇用機会を喪失するということは発生しないということであります。むしろ企業分割を行うことによって経済的な効率が回復する、あるいは経済的な民主主義を確立するというような点から、この企業分割を考えるべきじゃないだろうかというふうに思います。 それから、第二番目の社内預金の問題でありますけれども、確かに現在は個人の意思によって社内預金するというよりも、いわゆる終身雇用制の枠組みの中で、企業に半ば強制的な形で社内預金されている方が大分多いのじゃないかと思いますし、また、その社内預金が一定の裏づけがなくて、企業の運転資金に使われている側面も私はないとは言えないと思うのであります。したがいまして、そういう社内預金を各人が選択するということは、原理的に申し上げますと、余り好ましい現象じゃなくて、むしろ金利の自由化が進んで、インデクセーションつきの預金が設置されるのであれば、各個人は最も有利な金融資産は何かということを考えるわけでありますから、そういう選択の幅を広めていくという点から、私は先ほどの目減り問題を考えてみたいということであります。
○石野委員 いま一点お尋ねいたしたいと思いますが、今日の経済体制は安定成長を保障する、そういう高度成長の体質を持っておるんだ、そこで安定化措置としての制度的なものの要求の課題として、幾つかの問題の提起がございました。その中で、特に財政硬直化の問題に触れて、食管の数字について、特に野党も含めてひとつ考えてもらいたい、こういう御所見でございました。この食管問題について、私は先生にちょっとお聞きしておきたいことは、確かに輪島や王さんたちも含めて、やはり一人当たりに何がしかの国家保障というものがそこへ出ていくんだ、それと一兆一千五百億の社会保障制度のものとどういうふうに見るかという御提起でございました。私は、食管の問題につきましては、一面において、国民のすべてに対してそういうような、確かに輪島や王さんたちを含めて、そういう恩恵が国家保障として出てくるという側面がありますが、他の面において、この食管は、農民のいわゆる生活とか生産費に対する補償を含めての側面を持っておるのであって、先生の提起された、その側面だけでこれを見られるということについては、私は、ちょっと先生の所見を聞いておきたいと思っておるのですが、その点、ひとつ……。
○鶴田公述人 私は、生産者米価を取り外せということを主張しているのではなくて、やはり農家の方々が安定して生産活動を行い得るような、そういう条件は一方で設定しておく必要があると思います。ただ、しばしば物価対策といいますと、何か公共料金の凍結によってすべてがそれで可能なような印象を与えがちでありますけれども、そうじゃなくて、この公共料金というのは、どちらかと言えば、やはり第二次産業の量産品と違って、どちらかというと、上がるような方向を持っているわけですね。それを凍結しておいても、結局は潜在的な上昇要因を先に延ばすだけであって、先にまた上げなければならないということになると思いますね。ですから、そういう公共料金によって物価を安定化されるというような考え方じゃなくて、先ほど申し上げましたような、あるいは金利機能を活用するとか、金融政策の決定プロセスの公正化を図るとか、あるいは財政の硬直化を打破する、そういうような観点から、物価問題を考えていくべき性格だと思うのであります。何かインフレーション政策というものが、すべて公共料金問題の中に矮小化されてしまっているというふうな印象を私は持っておるわけです。 ただ、私はすべての公共料金を、何といいますか、独立採算制でやれというんではなくて、そういうのを原則としながら、老人、身障者とか、あるいは重度障害者とか、そういう医療費を無料化するとか、あるいは過疎社会における各種公共サービスの維持、負担、そういうようなものを国で供給していくとか、あるいは国鉄料金のような場合には、経過措置として、段階的に収支構造を変えていくとか、そういうナショナルミニマムとかシビルミニマム的な観点を公共料金政策の中に導入しなければならないということは、言うまでもないことだと思うのでありますけれども、ただ、先ほど申しましたように、いろいろな補助金行政あるいは公共料金行政も含めて、戦後の積年の弊害というものがそこにあって、そのことが経済の安定的な運営というものを妨げているんじゃないだろうかということを、私は強調したかったわけであります。
○石野委員 もう一問だけ。安定化措置の課題として提起されました中の一つに、金利政策決定のプロセスとしての日銀のいわゆる政策委員会の問題が提起されました。これはすべてが産業界を代表しているじゃないかというようなことから、市民参加の要望——西ドイツを見習ったらどうだというお話がございました。今日の金利政策決定について、やはりもし市民参加の形でどれほどの効果があるかという問題も一つありますけれども、とにもかくにも市民参加ということをするということになりますると、先生のお考えとしては、大体どういうような構想がございますか、その点だけひとつ……。
○鶴田公述人 やはり参加という問題は、すべての人が参加するというふうになりますと、これは非常に運営が困難になってまいりますから、やはり私は高度な判断を要求される場合には、多元的な、市民各層を代表する金融政策ないし金融論、あるいはエコノミスト、そういう人たちが専門的な立場から検討を加えていくことが必要なんじゃないだろうかということであります。これは非専門的な人が金融政策について発言しても、おそらく、むしろ不安定化を促進する可能性がありますから、各市民を代表するそういう専門家ということを、私は一応描いております。
○石野委員 もう一度その件につきまして……。そういう金融専門家の市民参加ということがありましても、おのずから委員会を構成するメンバー、人員の数の問題があると思います。そういう問題について、やはり数の問題と無関係じゃないだろうというふうに思いますので、先生が市民参加をおっしゃられる場合の数の構成の問題等について、何か御所見がありましたら……。
○鶴田公述人 別にその数の問題まで具体的に考えたわけじゃございませんけれども、やはり五人とかいう比較的少数ではなくて、もう少し広げて、多くの人が議論して、それで反対意見があればあるほど、まさに正常的な関係が確保できるわけでありますから、なるべく議論の機会が多くなるような、そういう構成に変えたらということを私は申し上げたいと思います。
○小林(進)委員長代理 小山長規君。
○小山(長)委員 鶴田さんに一点だけお聞かせいただきたいことがあります。 それは、預金の目減りとか金融資産の目減りとかいうお話でありますが、国会における論議を聞いておりましても、それから新聞論調あるいは新聞記事に出るのを見ておりましても、将来の預金の目減りとかあるいは金融資産の目減りということだけが対象になっておるように思うのです。しかしながら、預金の目減りというときには、この異常な物価高を生じた昭和四十七、八年から今日に至るこの過程における損害をどうするのか、それがむしろ本題でなければならぬはずだと思っておるのに、世間も国会も、将来の金融資産の目減りだけを問題にされる。その根本的なところがどこにあるのだろうか、非常な疑問を持つわけなんです。これについてひとつお聞かせいただきたいと思うのでありますが、同時に、将来の問題ということになりますと、先ほどおっしゃいましたようなインデクセーションの導入とか、あるいは金利とかいうふうな非常な経済機構の改革につながってくるわけなんです。これは、なかなか一朝にしてできることではありません。端的に資産の目減り、あるいは言われているのは預金の目減りなんですが、預金の目減りという以上は、非常な高物価時代を迎えて、金融資産、特に預金を持っておる人たちが非常な損害を受けた、その問題に集中すべきものではないだろうかと、私は非常な疑問を持っておるわけなんです。その点をひとつお聞かせいただきたいと思います。
○鶴田公述人 私も預金の目減り問題について、過去のことよりも将来のことについて、先ほどお話ししたわけでありますけれども、過去のことにつきましては、現在ゼンセン同盟が大阪地裁においてこの目減りの訴訟をしているわけですね。この争点は、要するに経済政策の失敗というものが立証できるかどうかということでありますし、政府はそこまで責任を持つべきかどうかという点が大きな論点になっているわけであります。したがいまして、いま小山先生の御説ですと、過去の目減りを補償せよということは、いままでの佐藤政権ないしは田中政権の政策失敗を認めて、それに対して国家が補償するということを主張されたのに等しいのであって、そのことが果たしてできるかどうか。その問題は一応大阪地裁で係争中でございますので、私はその点には触れませんでしたけれども、そういう重要な内容を含んでいるのだということを御理解いただきたいと思います。 それから、第二点目の将来についてでありますけれども、したがって私は、インフレーションが再燃しないようなメカニズム、まさにそれを安定化装置と言ったわけでありますけれども、そういうものを導入しない限り、この目減り問題の本質は解決しないのであって、そういう小手先の社会保障的な考え方では、こういう目減り問題の本質はつけないのだということを強調したいと思います。
○小山(長)委員 そうしますと、過去におけるのが本筋なんだけれども、いまのゼンセン同盟の訴訟問題がある、それを避けるために、問題は将来の問題に向かっているのだという御理解ですか。
○鶴田公述人 避けるためにではなくて、私はゼンセン同盟の鑑定書を書いた一人でありますから、本来的に言えば、原告の主張は正しいのであって、私は経済政策がいかに、どういうメカニズムでこのインフレーションに結びついていったのかということを論証したわけでありますけれども、むしろそういう原告の主張に対して、やはり補償すべきであるというのが私の立場であります。ただ、その点をここで議論するのは、後ろ向きのような気がいたしましたから、触れませんでしたけれども、そういういままで起こったインフレーションをわれわれも反省して、やはりすべての方が、たとえば為替政策についても反対をされたでしょうし、また、佐藤政権末期のときの低金利政策に対して反対はなされなかったし、また国会の場で補正予算が自民党の多数賛成によって通っていったわけですし、それから昨年の石油危機で、その対応も非常に不十分であって、適切な財政金融政策を早期に導入することを、与野党の方も主張されなかった、そういう意味では、ナショナルコンセンサスという背景の中でインフレーションが起こってきた。ただし政府は、そういう問題をすべて回避することは可能であったわけでありますから、そういう点から言えば、補償する義務があると私は思うのであります。ただ私は、そういう過去の問題をやはり教訓として将来どうするかということで、現在安定成長論というのが安易に語られ過ぎていて、したがって、そのことの結果として、むしろ不安定成長要因の方が強まるのじゃないだろうか、そうしないために、安定化装置を導入することを主張したわけでありますけれども、これは即日減り問題、特に金融資産の価値保全の問題とつながる性格を持つのだというふうに考えております。
○小山(長)委員 いや、実は私がそのことを申し上げましたのは、国家で補償しろという話じゃないのです。現在目減りの問題が論ぜられるときには、特殊な対象の人を選んで、その人たちの資産をやったらどうかという議論になっておるわけでしょう。それならば本筋に返って、金融機関なら金融機関が将来の問題を論じられるときにも、金融機関の負担において、その特殊な人たちに対して特殊な金利をつけたらどうかと、こういう議論ですね。それだと、どうも矛盾すると思うのは、もし、その特殊な人たちに対して金融機関の負担において目減りの対策を立てるというのであるならば、むしろ過去において損害をこうむった特殊な人に対してやる方が筋ではないか、そういうふうに思うのです。私は、国家補償の問題ではなくして、特殊な人に対する問題が現在爼上に上っておるわけですから、特殊な人に対する対策を立てるならば、それは将来のことではないじゃないか、過去における損害ではないか、こう思うのですけれども、どうでしょう。
○鶴田公述人 現在、特殊な人たちを対象とした問題として設定されておりますけれども、私は、それは誤った対応であって、むしろこの目減りという問題は、特殊な人だけが被害をこうむっておるのではなくて、要するに金融資産全般が、特に銀行預金でありますが、被害をこうむったわけでありますから、それへの対応としては、そういう目減り問題を特殊化するのではなくて、もっと経済の制度的な枠組みを変えていって、それでインフレが起こらないような社会にしなければいけないのだということを主張したわけであります。ですから、私は、特殊な問題で特殊な人を対象とした現在の議論というのには、大反対であります。
○小山(長)委員 これで終わります。 その特殊な人に対する問題であるならば、過去における目減り対策も、将来における目減り対策も、特殊なものとしてはやるべきではない、やるとするならば、全般的な金融資産そのものの目減り対策こそ講ずべきである、こういう御主張であると承りましたので、了承いたします。
○鶴田公述人 もしそれをやるなら、経済政策としてやるのではなくて、社会政策という観点から、インデクセーションつきの国債を発行して、それでいわゆる特殊な人たちに対して割り当てるという方法が最も望ましいと思います、その場合にはですね。
○小山(長)委員 ありがとうございました。
○小林(進)委員長代理 荒木宏君。
○荒木委員 鶴田公述人には大変御熱心な御意見を伺いました。時間の関係もございましたから、十分お聞きできなかった点もあろうかと思いますので、二、三追加してお尋ねをしたいのです。 まず、独禁法の問題で、原価公開の公取試案には賛成いたしかねるという御意見を伺いました。御意見の中で、たとえばキーフォーバー委員会などの設置は望ましいというお話があったのですが、そのキーフォーバー委員会では、たとえば製薬会社の製品原価について、議会の中で、企業側から製造原価の資料を提出させ、それを公開の席上で論議をし、その会議録はだれもが閲覧ができる、こういうことになっておるわけですね。したがって、公述人がおっしゃった、原価公開には賛成しかねるというのは、いま例として引用しました、そういう国会の場で大企業製品の製造原価について問題ありとして論議をする、そしてそれが広く国民の目にも耳にも理解をされる、こういうことも否定なさる御趣旨かどうか。キーフォーバー委員会のようなものの設置には賛成だという御意見がありましたので、確かめる意味で、ひとつ御意見を伺っておきたいと思います。
○鶴田公述人 私は、この国会の場において、キーフォーバー委員会を設置することによって、特殊な問題について、その原価公開を求めることもあり得ると思います。ただ私は、一般的な問題として、独禁法に原価公開をうたうということは、ややその範囲が拡大されていって、むしろ企業の活動領域を狭める弊害の方が大きいんじゃないだろうかということを懸念したからでありまして、国会で独占禁止委員会、仮の称でありますけれども、そういうものをつくった場合に、皆さん方の御判断でそれを求められる点については、私は異論はございません。
○荒木委員 わかりました。国会外で現在この原価の問題が取り扱われている領域、それはいかがかというふうに見てみますと、たとえば中小企業が大企業に製品を納入する、これは公述人も御案内のように、いろいろ工賃の問題などをめぐりまして、中小企業の方は製造原価の明細書の提出を求められ、契約継続、維持する上では、その要求に応ずることを余儀なくされている。しかも、その原価の明細につきまして、あるいは原材料費でありますとかあるいは人件費でありますとかまた間接経費などにつきまして、それぞれの製品ごとになお原価切り下げの余地はないか、こういったことが企業間でやられている。つまり企業間市場では、大企業、中小企業の間では、製造原価がその意味では企業外に提示をされ、そのことについてさまざまな交渉、論議がある。これは個々の親企業と下請企業の間だけではなくて、産業界全体として行われておりますことは、業界の調査でも明らかでございますし、また学者の皆さんの研究結果でも、公表されておるところでございますが、そういった意味合いから、製造原価公開が望ましくないというふうな御意見でありますと、中小企業の領域では、そういう意味では実質的には競争制限になっておる。競争阻害という意味から原価公開が望ましくないといたしますと、現状はそういう事態にある。むしろいまの社会的な要請は、そういう中で中小企業に対する工賃の切り下げ、それをもたらしているところの大企業のさまざまな要請をできるだけ是正していこう、こういうことでございますから、そういう意味合いから申しますと、原価公開ということは、もうすでに一部大企業によってやられ、しかも、その大企業製品は、消費者に向けてはこれは一切シャットアウトということになりますと、かえって現状からも不公正な問題が起こるし、それからまた、一般的な公取試案の出てきた背景、目的はもう公述人御案内のとおりでございますので、そういう点から、やはり方向として競争という面を、実際に価格を安定させ、そして経済を発展させていくという意味合いから、なお考える余地はないかというふうな指摘もあるわけですけれども、公述人のおっしゃった原価公開というのが全部だめだという趣旨でないことは、いまの国会内論議は別だというふうに伺いましたので、わかりましたが、なお中小企業分野との関連もあわせて、やはり検討の余地はあるのではないかというように思うのです。その辺も含めて、ひとつ御意見を働いたい。
○鶴田公述人 御指摘のように、中小企業が大企業の不当行為によって不利益をこうむっている例は多々はあるかと思います。今回、公正取引委員会が発表いたしました商社の調査でも、その事例が出ているわけでありますけれども、そういうのが起こりやすい場合は、結局株式保有制限ということを強化しなければならないということを指摘したわけでありますけれども、そういう株式を保有することによって、不公正取引を——取引制限を行っている場合が非常にあるわけでありますから、それを排除するという意味では、株式の保有制限を強化するということが必要ではないかというふうに私は思います。 それからいま一つ、中小企業のかなりの領域において、確かに大企業とのそういう株式の保有関係がなくて起こっている場合もあるかと思いますけれども、また他の一面においては、中小企業といえども独自の成長分野を開拓し、そして大企業以上の利潤率なり成長率を図っている場合もしばしばあるわけですね。そういう意味では、中小企業というのをどういうふうなイメージとして把握するかという、きわめて本質的な議論まで深まってしまう懸念があるわけでありますけれども、言うなれば、中小企業というものは、単におくれたものという意識ないしはそういう把握の仕方ではなくて、中小企業は多様性を持つ性格なんだというふうに私は理解しておりますし、そういう多様性を持つ中小企業であるならば、従来この産業社会の中では、いわゆる大企業とそれから中小企業があるわけですが、要するに大企業の中でみずからの能力を発揮するよりは、むしろ経済的な自由を享受するために中小企業主になるのだ、そういう選択の問題が、私は背後に入っているのではないかというふうに思うわけであります。つまり中小企業というのは、単におくれた性格のものではなくて、現在の中では、要するに少数の人々しか享受をすることのできない選択をして実験する自由というものを、中小企業という場において実験していこうというような側面もあるのだということを強調しておきたいと思います。
○荒木委員 ちょっと私のお尋ねの仕方が言葉を尽くさなかったので、あるいは取り違えになったかと思うのですが、大企業が中小企業から納入を受ける製品の価格を引き下げる一つの手だてとして、原価を出しなさい、これは改善の余地があるじゃないか、いや、ここのところはなかなかそうはいきません、こういうふうな論議を通じて、納入価格の引き下げを図っている。そのことが効果を上げている。それは話し合いの中でやられている。だとすれば、大企業から今度は消費者が買う場合に、原価はこうであります、いや、これはこういうふうになるのじゃありませんかということによって、合理的な価格引き下げもまた可能ではないか。現にそれはやられている。しかも、いま中小企業に比べて大企業の利益の計上は、昨年の三月期あるいは九月期、これは公述人御案内のとおりでございます。一方、価格のつり上げによって消費者は大変物価高で苦しんでいる。これを解決するための手だてとして原価公開の有効であることは、産業界で認められ、実行されている。また一面から言いますと、大企業はみずから購入する価格については公開を求め、みずから販売する製品については公開しないというのはいささか片手落ちではないか、こういう点から申し上げておりますので、そこのところをしぼって、ひとつ御意見を伺いたいと思います。
○鶴田公述人 現在、中小企業製品がどういうような価格決定が行われているかというのは、いろいろ調査があるというふうにおっしゃられましたけれども、その取引関係がどうなっておるかということは、客観的なデータによって示されていないように私は思います。むしろ大企業と中小企業における取引行為が不公正なものなのか公正なものなのかという点について、まさに独禁政策上これから検討を加えなければならない問題であって、先ほどの独占禁止のキーフォーバー委員会的なものを国会の場でつくったらどうかということは、そういう中小企業と大企業をめぐる市場構造が一体どういうふうに形成されて、そこで価格形成がどうなっておるのかということを、専門的な立場から多角的に検討することが、今後の独禁政策上非常に重要ではないだろうかというふうに私は思います。
○荒木委員 原状回復の問題で一言触れてお尋ねしておきたいのでございますが、先ほどの御意見では、不況のときに発覚すればいささか無理があるというふうに伺ったのでございますが、いまもちょっと申し上げたのですけれども、前九月期の決算では、ある調査機関の調査では、内部留保を含めまして前期比で一五%の増加になっている。内部留保だけでありますと五八%増加している。確かに一般的な景気の様相ということはあると思いますけれども、いやしくも利益計上をしているという段階で、やみカルテルが社会的に大変な指弾を受けている。そうして、それがなおかつ発覚段階で利益計上する形で保有されている。もう全くなくなってしまえば、これはまた何かの手だてというのがあるいは要るかもしれぬと思うのですけれども、まだ残っているという段階で、いまおっしゃった別途課徴金で吸い上げる、そういう方法はございましょうが、より直接的な原状回復という形がどうしてもいけないものかどうか。先ほどの御意見でございますと、不況期で無理だ、こういう論拠でございましたので、いまのようなふところぐあいとの兼ね合いの点ではいかがなものでありましょうか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
○鶴田公述人 やはり独禁法改正の目的は、特にカルテル行為が起こらないような状態をつくるというところに大きなねらいがあると思うのであります。そういう意味では、非常に高率の課徴金を賦課することによって、未然にカルテル行為が防げるような状態がつくれれば一番いいわけであります。そういう意味では、課徴金を強化するということが必要になってきているわけでありまして、しかも、そういう高額の課徴金が賦課されるにもかかわらず、なおかつカルテル行為が行われたといった場合には、発覚時点において超過利得をすべて徴収するというような方法をとれば、社会的な公正化は図れるのであるということであります。 私が原状回復命令が技術的にむずかしいと申し上げましたのは、きのうカルテル行為を行って、きょうそれが発覚すれば、経済状態はほとんど変わりませんから、原状に回復することは可能でありますけれども、発覚するまでに時間の経緯を含んだ場合には、その間に経済情勢その他が変化いたしますから、原状に戻せと言ってもなかなかむずかしいのであって、むしろその場合には、超過利得をすべて徴収するという方法によって対処したらいいのではないかというふうに私は思います。
○荒木委員 発覚といいますか、探知の手段も現在いろいろ論議がございまして、先ほど公述人から、類似行為についてのお話がございましたから、なおその点は審議を進められるものと思います。 今度は一点、目減りの問題で御意見を伺いたいと思いますのは、いまも同僚委員から御意見がありました過去の被害の補償、そういうふうな点は、公述人の御意見ですと、社会保障という領域から考えられるべき性質のものではないか。社会保障的なものとしてやります場合にも、インデクセーションつきの国債として金銭化するということも一つございましょうし、同時に、直接的な補てんということも一つの方法かと思われるのですが、とりわけいまの時点で問題になりましたインフレ物価高がどういう状態のものであったか、もう公述人御案内のとおり、歴史的に見ましても、戦後、敗戦直後の一時期を除いては、かつてなかった急激な物価上昇、インフレ状態でありまして、昨年末の卸売物価の上昇率なども三〇%を超えたというのは、戦後あの時期を除いては一回しかありません。また明治の初年から見ましても、大正の米騒動の時期を除いては、こういった異常な物価上昇を示した時期はなかったわけでありまして、国際比較を申し上げるまでもなく、いわば異常な状態であった、こういうことが指摘されておるわけでございますが、異常な時期における被害補償としましては、たとえば過去も、その異常事態に即応したような異常措置といいますか緊急措置といいますか、そういうものがとられている。モラトリアムの例などを指摘するまでもなく、通常の物価の上昇状態といいますか、継続的、持続的な並みの状態ではないような事態に対しては、回復措置がとられてきたといういままでの経過がある。そういたしますと、そういう状態に対して、いわば一回限りといいますか、特にその被害の大きいところ、そこのところへ措置をしようというふうな論議が国会で起こるのも、また当然かと思うのでございます。そういうふうな点について、先ほど公述人の御意見では、将来に向けてある程度持続的な政策の一端としての御意見であったように思うのでございますが、いま私が申し上げたような前提に立っての目減り補償というものについて、御所見をお伺い申し上げたい。 それから、金融機関がこれを補てんするのはいかがなものか、こういうお話がありました。しかし金融機関は、申すまでもなく、通貨の預託を受けて、それを運用しておるわけでございますが、その預貯金者の全預金の中で占める比率は、統計によりますと、線引きはいろいろありますけれども、小口の預金、それから中小企業法人預金、これがずいぶんの割合を占めて、大企業預金といいましょうか、一件当たりの大口預金というのは、一昨年末の統計では二〇%足らずしかない。一方、貸し出しを受ける側から申しますと、運用の方は大企業の方がこの貸し出しを受けておりまして、個人でありますとかあるいは小口の法人の貸し出しの方は比率がうんと低い。だから、特定の小口預金者の立場から言いますと、全体として見れば、どっさり銀行なり金融機関へ持っていくけれども、価値は下がる一方、しかも異常な状態で下がる。見返りはほかのところへいっている。しかもその運用を通して、御案内のように、この一年余りの間で貸出金利は上昇率が三二%強でありますが、預金の方は一年もの定期で二・五%と利ざやが拡大をして、大変な利益計上になっておる。都銀は前九月期で五一%の経営利益増でございますし、地銀も上場二十九のうち二十八までが史上最高の収益を上げた、こういうふうに言われておりますので、そういった大変な利益を上げた都市銀行あるいは地方銀行、これで直接相対している、与えるところがあって、得るところがない、むしろ異常状態で被害を受けたというところを補てんすべしという論議がございますが、そういった点について、御意見がちょっとお伺いできなかったように思いますので、ひとつ簡単に聞かしていただきましょう。
○鶴田公述人 簡単に申し上げます。 要するに過去の目減りをどうするかということは、簡単に言えば、資産と負債の両方にわたっての再評価を行って、そして負債の再評価を行えば当然その評価額が出ますから、それをいわゆる社会的にトランスファーするというようなことによって相殺するのが一番公平かと私は思います。
○荒木委員 最後にもう一言だけ、ちょっと時間があれで恐縮ですが、先ほどの御意見の中で、公共料金につきまして、わが党のことにもお触れでございましたので、一言伺っておきたいと思います。公共料金政策について考え直すべきだ、こういうお話がございましたけれども、今度の予算の中で、公述人御案内のように、たばこの値上げ、郵便料金の値上げが予定されておるんですが、公述人の方はこれに賛成だというふうなお立場からの御指摘でございましたのでしょうか、その点だけ伺っておきたいのです。
○鶴田公述人 私は先ほど発言の中でも申し上げたとおり、それだけを取り上げられると困るのであって、要するに公共料金政策というのは、何か私は、政治的な駆け引きの道具化されているのじゃないだろうか。そうじゃなくて、これは金融政策、財政政策とかその他のさまざまな政策の一環として、この公共料金政策があるんであって、これだけを抜き出して賛成か反対かということを言われても、私の言わんとすることが正確に伝わらないと思うのであります。むしろ先ほど来強調していますように、この通貨価値の安定ということを考えていった場合には、どうしても財政の弾力化ということもあわせ考えなければならないし、その場合には公共料金政策の再検討ということが行われざるを得ない。また、そのセットとして、金利機能の活用なりあるいは日銀政策委員の構成を変えるとか、あるいは地方の分権化を進める、三割自治の解消をするとか、そういうものが一つの体系となって行われることが私の説であります。
○荒木委員 ありがとうございました。公共料金政策を総合的にとらえるという点は、私どもも同じでございまして、党の政策を御指摘でございましたので一言申し上げたんですが、料金体系でありますとかあるいは長期計画の再検討、財政の導入その他、そういった総合的な検討の上で抑制をし、独占価格の規制とインフレをなくす政策を全面的に進めていく、こういうことでございますので、ひとつ御理解をいただきたいと思います。 大変御熱心な御意見をいただきまして、どうもありがとうございました。
○小林(進)委員長代理 和田耕作君。
○和田(耕)委員 鶴田公述人から、私どもいままで物価委員会等で熱心にいろいろと議論をした大事な問題について、大変貴重な御示唆をいただいたわけでございまして、きょう、私も四つぐらいの問題について、いろいろ質問したいと思っておりましたが、もう時間もないようでございます。 ただ一点だけをひとつお教えいただきたいと思いますのは、つまり、独占禁止法の改正の問題について、原価公開の問題についてはどうも否定的なような御意見を持ち、企業分割についてはかなり積極的な御意見を持っておられるというふうに承ったわけですけれども、これ、私は何かこう逆でないだろうかという感じを持っておるんです。原価公開よりも、つまり企業分割の問置は、たとえば分割する対象の企業をどのような企業を選ぶかということは非常にむずかしい問題ですが、かりにこれを選ばれたとしても、私この問題を考えると、いつでもさいの河原に石を積むということをすぐ思い出すんですけれども、積んでは崩れ、積んでは崩れ、また積むというような結果になりはしないか。つまり目的を果たさないのじゃないかという感じを受けるわけなんです。したがって、企業分割ということを目的としている政策目的というのは、他の方法によらないと、これは解決できないのじゃないか。たとえば電力事業とかあるいはガス事業とかというような独占的な企業、これに対しては単独事業法が適用されておるわけで、こういうふうな方法でもって対処すべきものであって、企業を分割するというような形で対処することは、何かこう象徴的な、あるいは申しわけ的なといったような効果しかないのじゃないか、こういう感じがするわけでございます。そういう点について、どういうふうにお考えになるか。むしろ、問題になる高度な独占的なあるいは寡占的な企業、問題になった企業に対しては、一つの限られた条件のもとで原価公開を求めるという方がむしろ効果的ではないのか、こういうように考えるわけなんですが、この点についてひとつ、いまの私の考えがどういう点が間違っておるか、お教えいただきたいと思うのです。
○鶴田公述人 原価公開は私賛成しかねると申しましたのは、たとえば去年鉄鋼価格が六月ごろに上げられたと思うのでありますが、あのときは、たしか原価を通産省の方に出して、しかじかこれだけ赤字だから上げてほしいというふうに言ったわけですね。つまり現在のような政治経済体制の枠組みの中では、原価公開を行うということは、むしろ価格を上げるための口実に使われる可能性の方が非常に強いわけですね。でありますから、原価公開を求めないで、あくまでも企業努力で行い得る余地を残しておくということが必要じゃないかという気が、私はするわけであります。 それで私は、この独禁法とは別でありますけれども、たとえば企業の事業部制の経理を公開する、つまり、有価証券報告書を見ましても、事業部ごとでどういう収支構造になっているのか明らかでございませんから、そういうものを公開するとか、あるいは連結財務諸表をつくるとか、そういうような現在の制度を改正して、各企業のパフォーマンスを見るための統計を整備する、また、それを社会的管理のもとに置くということが必要なんじゃないかというふうに思っております。 ただ、先ほど企業分割はさいの河原であるということをおっしゃられておりましたけれども、それは恐らくこういうことだと思うんですね。企業が一生懸命努力して市場成長率を高める、これが分割されてしまう、それでまた企業が成長したら、そこまでまた分割を行う、そういうことを御指摘になったんだと思うのでありますけれども、しかしこういう企業分割ということは、そう歴史上も適用された例はございません。アメリカで長い歴史を持ちますけれども、それはごく少数でありますし、また英国で一九七三年に企業分割規定が法制化されましたけれども、まだ適用例が一件もございません。そういう意味では、新規の独占の形成を予防するとかいう側面が非常に強いのではないかというふうに思うわけであります。と申しますのは、寡占化つまり集中度が高まるということは、往々にして、これはキーフォーバーも言っていることでありますけれども、アメリカでも日本でも、自然に集中度が高まるというよりは、会社法なりあるいは産業政策その他によって促進されている側面がございますから、集中度が高まるということは、一般の平均的な市場成長率よりも絶えずその企業が成長しているということでありますが、こういうのは歴史的に余り例がございません。したがって、新たな独占の形成を防ぐという点に、私は力点を置きたいというふうに思います。
○和田(耕)委員 適用した例がほとんどないということだし、日本の高橋公正取引委員長も、伝家の宝刀という以上に希有の例としてこの問題を考えたいという答弁を、いままでも何回かしているのですけれども、つまり私、そのことを一つの申しわけ的な条項あるいは象徴的な条項というふうに申しておるわけですけれども、いまの独占的な企業体というのは、現行法でもってこれを有効にチェックする方法は一つもないですね。一つもないものですから、ひどいことになれば企業分割をするぞという、一つの法律的な措置の持っている意味は相当あると私は思うのです。あると思うのですけれども、しかし、いまの政治状況で政府がこれを扱う場合には、世論が非常にやかましいから、一応申しわけにひとつこの項だけ置いておけというような形で、世論に対する申しわけのような形でこれを扱っているということなんですね。そういうふうなことであっては十分じゃないんじゃないかということを私は申し上げておるわけなんです。 本当にこの高度独占企業体の問題に対処するためには、いままでは国有化とかいろんなことを言っておりましたけれども、国有化なんてことが、結局悪い結果しか残っていないという経験もありますので、やはり単独事業法的に、電力あるいはガスというようなものに対してと同じような形で、必要なチェックをしていくということが本当じゃないか。つまりこういう問題を独禁法の守備範囲として、これが一番大事なことかのように議論をすることが間違っておりはしないか。むしろ実効を上げるためには——いまのかなり特殊な条件のもとです。一般的な原価公開は私も反対です。反対ですけれども、問題になる、国民生活と大きな関係を持つようなことになれば、原価公開を含めた措置ができるような条項を置いておくことが必要じゃないだろうか、こういうふうに考えるわけなんです。それで、もう答弁は結構でございますけれども、大分よくわかりました。 どうもありがとうございました。
○小林(進)委員長代理 公述人各位には、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 次回は、来る十日午前十時より公聴会を開会いたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十三分散会