法務委員会 第26号
- 発言数
- 226 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1975/06/13
会議録
○小宮山委員長 これより会議を開きます。 この際、連合審査会開会申し入れの件についてお諮りいたします。 ただいま商工委員会において審査中の、内閣提出、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案、多賀谷真稔君外十九名提出、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案及び荒木宏君外二名提出、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案、並びに予備審査中の、参議院議員桑名義治君外一名提出、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案について、連合審査会開会の申し入れをいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
○小宮山委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 なお、連合審査会の開会日時等につきましては、商工委員長と協議の上、追って公報をもってお知らせいたしますので、さよう御了承願います。 ————◇—————
○小宮山委員長 内閣提出、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。横山利秋君。
○横山委員 本案に関連をいたしまして、この間、「十日早朝、明石海峡西入り口付近の播磨灘で、神戸に向かっていた関西汽船別府——阪神航路の三千トン級定期客船「あいぼり丸」が、イカナゴ漁に向かっていた百五十隻の漁船団に突っ込んだ。漁船一隻が沈没、一隻が大破、両船の二人が死亡、二人が軽傷を負った。日の出前の薄明かりで視界は良く、神戸海上保安部は、客船が漁船のひしめく播磨灘をスピード航行、相手が避けるだろう、という安易な見込み操船をし、事故を招いたとみている。」これは新聞記事の引用でございますが、こういう事故がございました。 本法律案に関連をいたしまして、この問題から質疑をいたしたいと存じますが、この新聞記事につきまして、原因の分析につきまして海上保安庁はどうお考えになっていますか。
○増田説明員 お答え申し上げます。 お尋ねの件につきましてはただいまなお捜査中でございますので、両船の責任関係、原因その他断定的なことを申し上げる段階ではございません。ただ一般的には、先生御指摘のように、海上衝突予防法が適用になりますが、その場合には、お互いに進路を横切る関係にある船は、相手の船を右に見る方が避ける義務を負っております。そういう意味で「あいぼり丸」の方に責任があるのではなかろうかというふうに判断いたしております。なお、同じ海上衝突予防法では、相手方の船、この場合は漁船「住吉丸」でございますが、相手方の船も衝突を避けるために必要な協力動作をしなければいけないという規定になっております。ただいま「住吉丸」関係の方は入院加療中でございますので、事情聴取ができておりません。そういう意味で、漁船の方に十分な協力動作が行われたかどうかということについては、まだ私どもの方の原因分析というのが進んでいないという状況でございます。
○横山委員 お答えのように、海上衝突予防法はその十九条で、「二隻の動力船が、互に進路を横切る場合であって、衝突のおそれがあるときは、他の船舶を右げん側に見る船舶は、他の船舶の進路を避けなければならない。」つまり「あいぼり丸」がこの際は避けなければならないとしておるのでありますが、同様に二十一条並びに二十二条でもそれと関連がある項目がございます。ところが、二十七条「切迫した危険を避けるための措置等」、二十九条「注意等を怠ることについての責任」、正確に申しますとこの十九、二十一、二十二と二十七、二十九、後の二カ条との関連は一体どう考えたらよろしいのか。といいますのは、まず第一、「あいぼり丸」が避ける、避航義務があるのが当然である。ところが、その漁船も、おまえも注意せよというふうに二十七、二十九がとれる。おまえも注意しなかったじゃないか、おまえも悪いということなのですか。それともこの十九条の「あいぼり丸」の避航義務がまず優先をする法理論なのですか。どちらですか。
○増田説明員 今回のケースは、「あいぼり丸」については十九条、つまり横切り関係の法文の適用になります。その場合に、相手方の船は二十一条の本文に書いてございますように、もとのスピードともとの針路を保つという義務が課されているわけでございます。いよいよその相手方、つまり「あいぼり丸」の回避動作だけでは間に合わなくなる、不十分であるとされた段階において初めて協力動作をするということが義務づけられているわけでございます。そういう意味では十九条の方がまず適用になる。十九条の行動だけで足りない場合に二十七条が相手方の船に、つまりこの場合は「住吉丸」の方ですが、課されてくるというふうに考えております。
○横山委員 本法案は、船長の過失は船主の過失と見る、こういう論点に立っていますね。いかがですか。
○川島(一)政府委員 どの条文を指しておられるのか、恐らく三条あたりの関係ではなかろうかと思いますが、船長の過失と船主の過失というものは別々に考えております。
○横山委員 私の承知しておるところは、船長の故意の場合には手続不能、船主は故意、過失の場合がこの法律に基づく手続不能、こういうふうになっていますね。そこで船長の過失の場合には一体どうなるのか。船長が過失である場合においては、それは船主の責任に帰するのではないか、こういう解釈を私がいたしておるがどうかと言って聞いているのです。
○川島(一)政府委員 普通、航海に関する事故が生じました場合には不法行為の責任が生ずるわけでございます。その場合に、過失の有無ということが問題になるのが通常であります。ところで、船舶の場合につきましては、船長が過失を犯しました場合にそれによって事故が生じたという場合、その事故の損害に対して船舶所有者が責任を負うかどうかという点につきましては、これはこの制限法案とは別個の不法行為上の問題でございまして、従来から海商法の関係におきましては船舶所有者の責任というものが非常に広く解釈されておったわけでございます。そういう意味で、船舶事故が船長の過失によって生じたという場合には、船舶所有者は当然、その船長の過失によって生じた事故の損害を賠償する責任を負うということが判例で認められておったわけでございます。そして今回の法案におきましては、附則でございますが、附則の第三項で商法の六百九十条の規定を改正いたしまして、委付主義の規定を削除いたしたわけでございますが、その後に、従来判例によって認められておりました、船長その他の船員の過失によって他人に加えた損害については船舶所有者も責任を負うのだということを明記いたしたわけでございます。
○横山委員 私の言うとおりですとおっしゃればそれで済むのです。 そこで、今回は「あいぼり丸」と漁船である。いまの海上保安庁の話では、その漁船がじっとしておったらいけない場合には避けなければならない。——この「あいぼり丸」と漁船の審判をここでするつもりじゃありません。私はたまたま例示をしておるのですから誤解のないように願いたいのです。法律解釈として聞いておるのですから。じっとしておったら「あいぼり丸」が衝突する危険性があるときには、漁船は自分も二十七条、二十九条によって回避すべき義務がある、そういうことのようであります。そこの判断はなかなかむずかしいけれども、私がずばりお伺いをいたしたいのは、たとえば私が民事局長をぶんなぐろうとする。ぶんなぐるというのは故意ですね。そんなことはありませんよ。ありませんけれども、ぶんなぐる。あなたはほっぺたをじっとしておった。避けようと思ったら避けられるものをじっとしておった。おまえは二十七条で、何でほっぺたを横に、体をかわさなかったか、おまえも責任があるというような二十七条ではないか。右舷に船を見たときに「あいぼり丸」はこれを避けるべき義務がある。だから漁船は、避けるであろう、避けるであろうと思っておったやつが避けない、それでぶつかっちゃった。だから漁船も、おまえもぼんやりしておった。向こうがほっぺたをぶんなぐろうとしたときに、なぜ横を向かなかったのかということのようにこの法律は思われるので、本法案の適用に当たって私が伺いたいのは、この海上衝突予防法の解釈について、十九条が優先をするというふうに解釈をしてよろしいのでしょうなということをもう一遍だめを押します。この法案の運用を含んで、海上衝突予防法の解釈は十九条が優先をする、こういうふうに理解してよろしいか。もう一遍海上保安庁に伺います。
○増田説明員 海上衝突予防法十九条と二十七条の関係でございますけれども、十九条によって避航義務を課されておる船舶は、相手の船の動きを見ながら自分の操船を決めるわけでございます。そのときに相手方の船、たとえばこの場合「住吉丸」でございますが、「住吉丸」は、十九条と同時に、二十一条で、前の針路、前のスピードを維持しておかなければ「あいぼり丸」の方に誤った判断を与えるという意味で、十九条、二十一条は同時に、並行的に両船に義務が課されておるわけでございます。その結果としまして、いよいよ衝突するというケースがある、しかも「あいぼり丸」だけでは避けられないというような場合には、当然それに対応して漁船の方も適当な協力動作をするということを義務づけているわけでございます。 具体的に申し上げますと、このケースでは、「あいぼり丸」の方は衝突の危険を感じまして左の方に船首を向けたわけでございます。それに対しまして「住吉丸」の方は、一たん左に向けて、その後右に向けたというような証言がなされております。本当にそういう動作がとられたかはまだ、先ほど申しました乗組の方に事情を聴取しておりませんのではっきりいたしておりません。したがいまして、このケースに関しまして協力動作をという話になりますと、左に向けた動作が十分であったか。その後右に向け直したということがあるなら、それが協力動作として十分であったかどうかということに焦点がしぼられるというふうに考えております。
○横山委員 この百五十隻の漁船団のおる中を客船が通っていく。これは定期の道であろうとは思うのでありますけれども、その定期の航路のところに百五十隻の漁船がおるということ自身に少し私は割り切れないものを感ずるわけでありますが、「あいぼり丸」と衝突した漁船との関係以外に、一体総合的に見て、この漁船と定期航路との関係について反省さるべきものはないのでしょうか。
○増田説明員 断定的なことは捜査中なんで申し上げられませんけれども、今回のケースでは、漁船が二つのグループに分かれておったというふうに「あいぼり丸」の方では見ておるわけでございます。第一のグループと第二のグループの間に約百メートルから百五十メートルの間隔があった。そこで、直進してその間を抜けられるという判断をしたということでございます。結果的に見れば、こういう同じスピードで突っ切るという考え方、あるいは汽笛を鳴らして、漁船が避けてくれるだろうと判断したことに誤りがあっただろうというふうに考えております。したがいまして、こういうときには、群れをなして行くときにはやはりそれ相当の注意をして、漁船が通り過ぎるのを待って通るべきだったろうということは言えるかと思います。一般的に漁船と旅客船をどういう関係でつかまえるかということにつきましては、海上衝突予防法で考えるということしかないと私どもは考えております。
○横山委員 さて、そこで法案に入るわけでありますが、これが「あいぼり丸」でなくて、外航旅客船と内航旅客船とが衝突をした場合、この法案では、両方人が死んだ場合においては、衝突をした原因のある外航旅客船が内航旅客船に衝突をした場合には、外航の方は人命補償、死んだ人に対する補償については制限がある。内航旅客船の方は制限がない。両方とも責任があるなら、片一方は制限額によって制限された補償、片一方は制限がないから、内航旅客船の方は青空補償であるということになりますね。この解釈に間違いはないか。 それからもう一つの原因で、いま言ったように外航旅客船の責任で内航旅客船が沈没した場合、この場合には賠償は外航旅客船がするのであるから責任制限がある。金額制限される。だから、向こうがぶつかってきておれの船を沈めやがって、人間も殺されたにもかかわらずその方が補償が少ない。ぶつけられた方が補償金額が青空である。こういう矛盾が生じますが、私の解釈に誤りは航りませんか。
○川島(一)政府委員 結論といたしましては仰せのとおりになります。これは実際の例として、旅客船がぶつかった場合に一方にだけ責任があって他方に責任がないというようなことは、まず実際問題としては考えられないようでございますけれども、理屈の上で申しますと、そういうこともあり得る、こういうことになります。
○横山委員 だから私が最初にくどく言うのでありますが、ほっぺたをぶんなぐりに来た。故意にあるいは過失でぶんなぐろうとする。おまえ、ほっぺたを避けなかったから、体をかわさなかったからおまえも悪いという理論がこの海上衝突予防法の中にあるような気がする。いやしかしそうではない、そう質問なさるけれども、実際は両方責任があるように言った方が死んだ人間にとっては得ですよと言わんばかりのことになってしまう。同じところで衝突して死んだのに、外航旅客船に乗っておった人は補償が少なくて、内航旅客船に乗っておった人は青空で補償してもらえる。それが、外航旅客船に乗っておったのも日本人、内航旅客船に乗っておったのも日本人という場合にどうも釈然としない。まあしかしこれは仕方がないことですかね。どこか矛盾を感じませんか。
○川島(一)政府委員 それは考え方の問題であろうかと思いますが、たとえば、船が航海中に上から飛行機が墜落してきて沈んでしまった、こういうような場合を考えますと、これは船主にも船長にも過失がなかった、しかし大きな被害が生じたということになるわけです。その場合には不法行為はございませんから損害賠償の問題が起きない。それと同じように、相手船のみの過失によって、自分には責任がないのに沈んでしまった、そのために損害が生じたという場合には、これは現在の民事法の関係では責任問題を云々することができない、こういうことになるわけでございます。ただ実際問題といたしまして、船が相互に衝突したという場合に、いずれも責任がなかった、あるいは一方にだけしか責任がないというような場合は普通ではちょっと考えられないわけです。地上におきまして自動車が衝突するという場合におきましても、過失の程度につきましては一方に五分、六分あるいは九分の責任があるという場合もございますけれども、相手方にも何がしかの過失責任があるというのが通例でございまして、実際問題としては、おっしゃるような場合というのはほとんど起こり得ないというふうに、実例から考えまして思われるわけでございます。
○横山委員 私は、船の特殊性からいって一方的な責任というものはないのだというふうにおっしゃるかと思って、そういうものかなあと思っておりましたが、あなたの引用されるように自動車だって両方責任があるという論理ならば、これはおかしなことをおっしゃると思いますよ。じっと車の中で交通信号待っておったら後ろから追突された、これもおまえぼんやりしておって、頭をちゃんとこうやっていなかったからいかぬとか、後ろにまくらをやっていなかったからいかぬとか、そんな理屈をされたらこれはわやですよ。港に停泊しておる船に走ってきた船がぽんとぶつかる、おまえ早く動かさぬからいけなかったのだ、来るのだから早く非常警報を鳴らしてやらなかったからいけなかったのだ、そうはおっしゃるまいと思うけれども。船の問題だけは双方に責任があると見るのが普通だとおっしゃるならわかるけれども、自動車まで双方に責任があるなんておっしゃるのでは、これはどうも納得できませんね。 それから、次に保険との関係ですが、私が整理をしてみますと、船主が荷物に保険を掛ける、荷主が物に保険を掛ける、そうして船が沈んでしまった、物を損害した。しかし、今度のは金額制限でございますから、沈み太りというものはないのでしょうね。どうですか。
○川島(一)政府委員 その前に自動車の例でございますが、とまっているところに追突されたという場合にはもちろん一方的な過失しか認められません。これは船の場合も同じであります。 それから保険の関係で、沈み太りというのは、これは普通あり得ないわけでございます。
○横山委員 ところが船主が船体の保険を掛けておる、これは場合によっては沈み太りがあり得ると私は思うのですが、理論上も現実上も。船体に船主が保険を掛けておる、沈んだ、そのときには、いまこの法律のように、委付主義でもありません、金額制限でもありませんから、その沈み太りが船体についてはありますね。つまり、預かった荷物、預かった人間については沈み太りはないけれども、自分のものについては沈み太りがある、こういうふうに理論上も——あなた、理論上と言うと納得して、現実上と言うと納得しないかもしれないが、現実的にもあり得るのじゃないですか。
○川島(一)政府委員 これは、船舶所有者が自分の持っている船に保険を掛けた場合、それから荷主が自分の荷物に保険を掛けた場合、いずれも同じでございますけれども、超過保険というものは度が過ぎますとこれは無効にされる場合があるわけでございますので、理論的にはどうかとおっしゃいますが、理論的にも沈み太りというものはあり得ないということになろうかと思います。
○横山委員 どうですかねえ。それは考えてくださいよ。とにかくこちらの保険は、物に対する保険については、金額が制限された制限以上に保険は払わぬのでしょう。そうでしょう。だからこの法律によって計算された金額、その金額以上に保険は払わぬのでしょう。ところが船体保険についてはそういう法律上の制限はないのですから。それは船の値打ち以上に保険は掛けない、こういう論理らしいのですけれども、それは保険会社とその保険の勧誘されるところの実態によってわからぬです。しかしいずれにしても、船体と、荷物、命との比較論からいいますと、こちらには制限がございます。こちらには制限がないということはお認めになるのでしょう。
○川島(一)政府委員 ですから、それは船の価値とは別の問題でございまして、つまり、事故によってたとえば一千万円損害を払うべき債務が生じたにかかわらず、責任制限の結果これが七百万円でとどまる、そういう意味においてその差額の三百万円の支払いを免れる、こういう結果になるということはあり得るわけでございますが、それによって船主がもうかったとか太ったとか、そういう結果は当然には生じないというふうに思います。
○横山委員 それは横山委員、当然世の中には焼け太りというものもありますから沈み太りというのもあるかもしれませんねぐらい言ったって、別に私は言葉じりをつかまえようとは思いませんよ。これは矛盾の第二だと思うのですね。 それから、根本的には委付制度が金額制度になっても同じことでありますが、飛行機だって、それから汽車だって、あらゆる交通機関が船のように賠償に対する制限をするということはないですね。なぜ船だけが制限をしなければならぬのか。昔は昔、いまはいまです。昔そういうようなことが説得力を持った時代、通信交通機関も発達していない、船長に一大権限が与えられておる、あるいは船の会社もそんなに大きくないというようなとき、あるいは保険制度もそんなに発達していないというようなときには、賠償能力に限界があるという点について恕すべき国際的な習慣があったとしよう。しかし、いまこれだけ保険制度が発達し、これだけ通信交通機関が発達し、これだけ船会社が世界的に国際企業としてやっておるときに、委付制度が金額制度になろうがなるまいが、なぜ船だけがそういう賠償を免れるかという点について、本当に説得力のある説明がおできになりますか。
○川島(一)政府委員 御疑問はごもっともだと存じますが、現実に国際慣習というものがあるわけでございまして、それが国際条約となってできておるわけであります。そしてその根拠というのは、沿革的な事情もあろうかと思いますが、やはり何と申しましても、海上企業の危険性というものは普通の陸上企業には見られない非常に程度の高いものがあるということがあるわけでございます。そしてまた、海運企業というものが大きな資本をもってそういう危険な事業に従事しなければならないというところから、海運業の維持発展を図るための最後の支えの手段としてこういうものが世界共通に認められているということであろうと思います。それからもう一つは、先ほど申し上げましたように、船舶の所有者につきましては特に船長その他の海員の過失によっても責任が生ずるというような重い責任が認められております。そういった無過失責任と申しますか、重い責任が認められておることに対応して、一定の責任制限限度というものが画されるということになっておるわけでありまして、これはそれなりの理由があるのであろうと思います。 それから、鉄道、航空機などについて制限がないというふうに仰せになりましたが、鉄道につきましても航空機につきましても、それぞれ責任の制限があるわけでございます。たとえば鉄道につきましては、延着した場合の責任限度というものが、たしか法令に基づく規則か何かで決められておったと思いますし、それから航空機の場合には国際的に条約とか協定ができておりまして、人損の場合は一人幾らとか、荷物については一個について何円を限度とするというような取り決めが国際的になされているわけでございます。そういう意味におきまして、責任制限の仕方は違いますけれども、危険な企業につきましては何らかの責任制限が行われるという例はほかにもあるわけでございます。
○横山委員 国鉄や飛行機の引用があいまいな言い方をしていかにも確固たる根拠があるような言い方をされるのはちょっと迷惑な話であります。私も鉄道出身でございますが、説明をなさるときには、あるように思いますというようなことで答弁なさらないようにお願いしたい。時間がございませんのでそれは別の機会にいたしたいと思います。 しかし、あなたのいまの説明を聞いて、そういうことが本当に正しいことであるならば、どうして早く批准して早くこれをやらなかったかということですよ。何でいままでほかっていたのか。いままでほかっていたのは、海運業者がこういうようにしたくないと反対したから、政府もそれにもたれて、たるんでおったのではないのでしょうか。それならなぜいまこれをやらなければならぬのか。いやいやではあるけれども、油濁の法律その他と込みだからもう仕方がない、それならこれもやろうかということではないのか、実際問題としては。そういうことではいかぬのであって、あれも制限があるから船も制限があるのがあたりまえというような感覚でなくして——今度一歩前進であることを認めるにはやぶさかではありませんけれども、人を故意、過失で殺して、あるいは荷物を沈めて、賠償を全部払わなくてもいいですよというようなことが常識である、それが当然であるというような感覚はよくないと私は思うのであります。少なくともこういう制限は逐次撤廃さるべきで、賠償すべき条件にあるならば賠償すべきが当然である。それに至るまでの一里塚として今回の改善があるというふうに理解しなければいかぬのじゃないですか。この点はどうなんですか。
○川島(一)政府委員 お答えの前に、先ほど、根拠がないではないか、示さないではないかという御質問がございましたが、たとえば国鉄につきましては鉄道運送規則で制限が決められております。航空機につきましてはワルソー条約とかモントリオール協定によって制限が決められておるわけでございます。 それから、なぜいまごろまでほっておいたのかという点でございますが、これは前にほかの議員にもお答えしましたが、この条約ができました当時におきましては、日本の海運業界がまだ戦後の打撃から立ち直っていなかった、国内の保険も整備されていなかったという事情で、この金額責任主義を採用することについては実際問題として待ってほしいということがあったわけであります。その後、企業が日本の高度成長に伴って大きくなり、実力を蓄え、そして保険制度も発達した、こういった事情からでございまして、決して理由もなくほっておいたわけではございません。それから油濁の関係は一九六九年、七一年に条約ができたわけでありますが、こちらの条約を批准したいという考え方はすでに六九年以前から出ておりまして、その当時から運輸省並びに関係業界あたりから御要望もあったわけでありますが、国内法の整備を図る必要があるということで、その検討に時間を費やしたというのが実情でございます。この条約ができましたのは一九五七年でございますからいまから十七、八年前になりますけれども、条約が発効いたしましたのはそれより十年ぐらい後でございまして、たとえば日本と同じ委付主義をとっておりましたフランスにおきましても、たしか一九六七年でしたか、いまから七、八年前になりますが、そのときに初めて委付主義を改めまして、そしてこの条約に加入した、こういう経緯になっております。日本はそれより若干おくれましたけれども、同じ経過をたどって金額責任主義に改めたい、こういう段階に来ておるわけでございます。
○横山委員 十七年たちますけれども、よそもたるんでおるので、うちばっかりたるんでおるのではありません、まあまあこの辺でひとつおつき合いをいたしましょうということのようですね。 私がいま聞いたのは、一体この制度は恒久不変の論理であるか。こういう近代的時代に、会社のもうけがないからとかなんとかということで、人の命の補償を制限したり荷物の補償を制限したりすることはあたりまえのことであるという論理はいけないのじゃないか。一歩改善の一里塚としては認めるけれども、将来は一体この制度はどうあるべきかという点を確かめているのです。
○川島(一)政府委員 確かに、現在の制度がこれからもそのまま維持さるべきかどうかという点については問題がございます。この条約を改正すべきかどうかという点につきましても国際的に議論がございまして、本年内にも二回ばかりそういった会議が開かれる予定になっておりますし、各国が、それぞれの国内事情もございますけれども、お互いに協力してより妥当な統一法をつくっていきたいということでせっかく協議いたしておりますので、わが国も今後これに十分協力して、さらに改善に努めていきたい、このように考えております。
○横山委員 余り納得できません。 それでは大臣に伺いますがね、この間、三菱の油が流れて近隣の皆さんや漁民に膨大な被害を与えた。それに対してあの会社は社会的責任を痛感して、会社の負担にとても耐え切れないことではあるけれども賠償を決意した。それについて政府も、直接援助はできないが、融資その他について格段のことをしておると私は理解しておるわけです。それとこれとをちょっと比べる気持ちになりませんかね。こういうのは法律があるから守られている、ああいうのは法律がないから守られていない、それだけで済むのでしょうか。社会的責任、それから預かった荷物や命に対する責任、そういうものは本来的には青天井であるべきであり、正当の賠償額については賠償すべきであって、こういう制限をすること自体が本来的には正しいことではない。当面やむを得ないことであるとしても正しいことではない。私の言うのはそういう意味なんです。ですからわが国としても、国際的なことであるから今回こういうことなんだけれども、将来あるべき姿としてわが国はどういう主張をし、あるいは国内においてもこの種の問題についてどういう立場であるべきかということをお伺いしているのです。大臣の御意見を伺いたい。
○稻葉国務大臣 専門的な知識は持ちませんけれども、私の考えを率直に申し述べさせていただきますと、航空上の交通、陸上交通、海上交通、そういう運送は非常に社会公共のためにもなる面があるわけでございますね。そして青天井賠償ということになると、とてもそういう営業をやるのけかなわぬというので公共性のある運送業務が発達しないのじゃないかというところに、この制限が設けられてきた世界的な慣習があったのではないかと私は思うのです。しかし、やはり責任は責任、さっき仰せになりましたような諸制度もずいぶん完備された今日、またこれから完備されてだんだん発展していく情勢にある人類文明、その段階が進むに従って、行く行くは損害額は全部賠償するのだという方向に行くべきものではなかろうかとひそかに思う次第です。
○横山委員 青天井という言葉を私が使ったのでどうもひっかかるような気がするのですが、青天井という意味は、制限をしない、そして客観的に見て公正妥当な賠償金額という意味で言うのでありますから。被害者側がそれに対して途方もない要求をするのが妥当だ、こう言っているわけではありませんから、そのつもりでそれは聞いていただきたいと思います。 私の質問をこれで終わります。
○小宮山委員長 青柳盛雄君。
○青柳委員 高度経済成長政策が進んでいく中で、いろいろの公害と言われるものが発生をし、産業第一主義ではだめなんだということで、むしろ公害防止ということ、また公害による被害を十分に賠償するということが、人道的な立場からも、また民主主義の立場から言っても要請されている、そういう時代でございますが、そういう時代に、海商法で委付主義というものが制度として存在しているということ自体、非常に奇異な感じを持たざるを得ない。ですから私は、この委付主義が墨守しなければならない制度上のものだとは考えないし、これは適当な、時代にマッチした制度に改廃されなければいけない。基本的には、船主等の責任を何らかの形で制限をするというような、そういう、被害者側にとってみるとはなはだ好ましくない制度というものは廃止すべき方向で検討されなければならぬ、これが私どもの考えでございます。 そういう観点から、現在ある委付主義の現状、運用上の実情と比較をして、いま議題となっております新しい法律が、よりましなものであるのかどうかということを私は検討しなければならぬと思っている。ですから、海運業というような生産事業、これが経済的に存立をし得ないというような何らかの障害、つまり、被害が起こることを防止し、それから被害に対して十分な補償、賠償をするというようなことをたてまえとしてとるならばこの事業はその存立の基礎を危うくされる、経済的に非常に苦しい状況にならざるを得ないという、そういうような状況がいまでも続いているのかどうかということに私どもは大変な疑問を感ずるわけであります。委付のもとにおいてどうも問題があるという政府側の、立案者側の発言がしばしば出てきております。また業界の参考人からも触れられたような面もあると思います。したがって、その問題というのはどういうところにあるのか、少なくとも今度の制度と比べての問題点と言われるところを具体的に指摘していただきたいと思います。いままでの答弁の中でも出てきているかもしれませんが、整理する意味で、項目的にでも指摘してもらうと非常に都合がいいと思います。
○川島(一)政府委員 立案当局といたしまして、実情は必ずしも詳しくございませんけれども、基本的な考え方からお答えを申し上げたいと思います。 大きく申し上げますと、委付主義をやめて金額責任主義に改めるということは、二つの側面からその必要性があるというふうに考えております。 その第一は、制度としての合理性という面でございます。委付主義の場合は、御承知のように、損害が生じた場合に船舶、運送賃等を債権者に委付して、責任をその限度で免れるということでございまして、主たる財産となるのは船舶でございます。ところが、この船舶の価額というものは非常に大きなものでございますけれども、事故が生じますと、船舶が破損したりあるいは沈没したりして大きく価値を失うことになるわけでございまして、大きな事故が生すれば生ずるほど船舶の価値は少なくなってしまう、こういった矛盾がございます。極端な場合には沈没してしまう。そういった船舶を委付されても債権者は損害の補償がほとんど得られない、こういった結果も考えられるわけでございます。こういう制度的な矛盾、それからまた船舶が古いか新しいかなどによってその船舶の値打ちもずいぶん違ってまいります。損害を受けた者から見ますと、非常に偶然性によって損害のてん補される度合いが違う、こういった欠陥もあるわけでございます。これに対しまして金額責任主義というのは、責任限度が船舶のトン数に比例して決まっていく、金額で定められるということになっておりますので、ある程度事故の大きさに応じて、その損害賠償額がそれに比例した形でもって制限が行われる、こういうことになるわけでありまして、この二つの制度を比較しました場合には、金額責任主義の方がはるかに合理的な制度であるというふうに思われます。このことは学者もすべて指摘しておるところでございます。そういった合理性の立場というのが第一の観点であります。 それから第二には、国際的な統一を図るという問題がございます。御承知のように、海運業というのは今日国際的な事業でございまして、日本の船が外国に行き、外国の船が日本に来るという状態でございます。そうして大きく国際的な取引活動を行っておる。こういう状態におきまして、いわゆる世界法といいますか、国際的に同じ法律的な取り扱いがなされるということが平等の原則にもかないますし、企業の健全な国際的な意味での発達を図るということにも寄与することになるわけでございます。そういった意味で、この金額責任主義に基づく国際条約を批准してこれに加入するということはきわめて望ましいことである。この二つが大きな理論的な根拠であるというふうに思うわけでございます。
○青柳委員 第一の合理性というものをどういう観点から見たかというと、もっぱら被害者側の賠償を受ける立場、事故の大小あるいは船の新旧、いろいろ偶然的な要素によって賠償をされる裏づけの財産が変わってくる。それに比べれば、一定の金額というのはあらかじめわかるから比較的ばらつきが少ないのじゃないか、そういう主張のようでございます。ですから、これは一見合理的な感じはいたします、安定性という点では。ところで、これは被害者の側からの合理性だという主張でありますが、加害船の方の側からの合理性というのはどういうところにあるのか、これをまず第一の根拠として再びお尋ねいたします。
○川島(一)政府委員 仰せのように、被害者の側からの合理性と加害者の側からの合理性と、両方から見なければならないと思いますが、加害者の場合におきましては、企業の採算性ということが問題になるわけでございます。事故が生じた場合に、それに対する損害賠償の責任を負うことがあるべしということを計算に入れた上での企業の採算というものを考えなければならないわけでございますが、その場合に、一定の責任限度というものが決まっております場合には、それが一応企業採算を計算する上での基準となる。たとえば、事故が生じた場合に備えて保険をつけておくという場合におきましても、どの程度の保険金額をつけるかという、その一つの目安としてこの責任限度額というものが計算されることになろうかと思います。これは先日の参考人も申しておられましたように、事故に備えての賠償金というものを保険につけるということは、運送賃にもはね返ってくる問題でございますので、ひいては運送賃の決め方にも響いてくる。これが、国際的な競争を行う場合にも、同じ割合での負担というものが各企業に均一に考えられるという意味で、企業者にとりましても、こうした金額責任主義による責任限度というものはきわめて必要なことであるというふうに思うわけでございます。
○青柳委員 委付主義というのは現在存在してきたわけでありますが、実際にこれが使われたといいますか、委付されたという例は非常に少ないということ、これも公知の事実のようであります。年間一、二件あるいはゼロという年もある。しかもほとんどが三十トンから五十トンぐらいの小型船であって、大きな船舶については委付ということが行われたことがないというのが実情のようであります。このことを考えてみますと、被害者側はこの制度のもとでどのような賠償を受けることができたのか、また加害者側はこのような制度のもとでどのような不利益あるいは利益を得ていたのかという点の調査は、いままでに政府として行ったことがあるのかどうか。行ったとすればその詳細をお尋ねしたいと思います。
○犬井説明員 お答えします。 先生がおっしゃいましたように、委付制度のもとにおける損害賠償の実例というものを、過去にさかのぼって長い期間にわたって調査したものはございません。しかし、この法案をつくるに当たりまして、PI保険の方に頼みまして、過去の船舶事故についてどういう損害賠償が行われたかということは調査いたしました。残念ながら、そのPI保険でカバーしてない分については、もう純粋の民事上の話でございますので、ちょっと調査の手段がなかったわけでございます。 そこで、PIが扱ったものについて調査いたしました結果をお話し申し上げたいと思います。ここに昭和四十四年度から四十八年度の間、五年間にPI保険で扱った事故の件数と支払い額を示したものがございます。PIは船舶の事故につきまして、港湾設備に加えた損害とかあるいは他船との衝突による損害とか荷役上の人命の損害とか、そういうものについて、その他たくさんございますが、この五年間に七千二十七件の支払いをいたしております。その支払い額は合計で八十一億二千六百万円ということでございまして、一件当たりの平均支払い額は百十五万六千円ということでございます。項目別に見ますと、たとえば船骸撤去費用については一件当たり平均二千万円の支払い額になっておりますし、他船との衝突による損害につきましては九百万円というのがございますが、平均しますと、百十五万六千円という比較的低い支払額になっているわけでございます。今度の法律案に書いてございます限度額の関係でいっても、今度の法律で定められる責任限度額はこういう平均支払い額との関連から見て決して不合理なものではないというふうに考えております。
○青柳委員 PIという保険制度が委付主義のもとで設けられて、そして委付主義にかわるような形での損害賠償がそれによって保障されているという結果をいま報告されたと思うのです。ですから、正確なところ、委付によればどの程度の賠償しか得られなかったかということを知ることができない。またPI保険で保障したものが賠償のすべてであるということでもないのじゃないか。つまり船主自身の負担において、保険のカバーによってでなしに支払っている損害賠償金というようなものもあるんじゃないかということも考えられるわけであります。したがって委付主義では、一般論として先ほど川島民事局長の言われたような不安定な要因があるということはわかりますけれども、現実的にきわめて不合理な結果が被害者側に対して出ている。それに比べるならば、今度の提案されている金額主義はずっと進歩したものであるという比較ができないと私は思います。したがって、理論的には委付主義は不合理のように被害者にとって見えますけれども、PI保険というようなものが生まれてきて、そしてこれはある程度加害者の損害賠償をカバーする。したがって、企業も存立し得るし、被害者もある程度それによって賠償を受けるという効果を発揮していると思うのですね。 この委付主義が、被害者にとってそれは不利に働いているんだ、また加害者にとって有利に働いているんだ、この辺のところは推測の域を脱しないのでありますけれども、私は最初、委付主義というものによって何とか企業者の側でその責任を免れることができると考え、したがってこの条約に参加することには反対の態度をとっていたということから見るならば、どうも被害者側にとって不利に働いており、加害者側にとって有利に働いておったというふうに見えるわけでありますけれども、これが今度は、被害者側という一般的な方面からの政府に対する要望というものは余り見受けられませんで、ただ加害者側というか、企業者側からの要請が出てくるような状況が出てきたというのを見ると、事業を存続する上において委付制度よりもこの方がましだということが、企業者の科学的な合理性というか、経営を維持するという点でどうすれば非常に有利であるかというきわめてドライな計算から出てきたんじゃなかろうかというふうにも思うわけであります。この点、どうも私どもはまだはっきり、今度の金額主義の方が被害者にとってプラスであるということは言い切れないというふうに思うわけでございます。 そこで第二の問題ですが、国際的な水準に日本も同調することがいいのじゃないか、そういうことは一般論としては私どももうなずけないわけではないけれども、海運国としては非常に大きい部類に入っていると思われるアメリカ合衆国、あるいはソ連その他の社会主義国といったような国々はこの条約に参加いたしておりません。したがって私は、最近二超大国などと言われているアメリカもソ連も入っていない、そういうようなのに日本だけ入って——日本だけ入るというのはおかしいのですけれども、日本が先んじて入らなければ国際的な点で調子が出ないのだというような議論はちょっとうなずけないのですが、この点はどうでしょうか。
○川島(一)政府委員 仰せのとおり、この条約にはアメリカ、ソ連は加入しておりません。しかしながら、イギリス、フランス、ドイツといったような国がすでに加盟しておりまして、世界の大勢というものはやはりこの条約を承認し、支持していくという方向にあると言って差し支えないと思います。 ちなみに、アメリカの場合でございますが、アメリカにおきましては現在、船価責任主義とそれから金額主義の併用した制度をとっておるわけでありまして、この国際条約と比べますと必ずしもアメリカの制度の方が被害者にとって有利だというふうにはなっていないわけであります。したがって、アメリカとしてもこの条約をできるならば批准したい方向にあることは一応想像できるわけでありますが、私、アメリカの国内事情をよく承知いたしませんので、なぜ現在まで加入していないのかということについて責任のあるお答えをすることはできません。それからソ連の場合でございますが、ソ連は国の体制が違いまして、海上企業としての商事会社といったようなものがございませんので、そういった制度の仕組みが違うというところからこういった責任制限制度に対する考え方もややほかの国とは違うものがある、そういう特殊事情のもとにこの条約に対する批准が現在まで行われていない、こういうことであろうと思うわけでございます。
○青柳委員 まあ、委付主義よりも金額主義の方がいろいろの面で合理的であり、また世界の趨勢であるという御主張が、この法案を提案される、そしてその裏には条約に参加するという動機であると思いますが、私は理想主義を言うわけではありませんけれども、もっぱら被害者の立場から物を見た場合にどうも現実からかけ離れている面が多いように思うのです。ことに人的損害、死亡とかあるいは負傷とかいうような、人間の体に関係のある損害についての今度の金額主義での賠償制限というものはきわめて非現実的である。そんなにまで人間の価値を低く見ていいのか。陸上あるいは航空などでの交通機関による人的被害については、いろいろの進んだ制度が採用されていることは御承知のとおりであります。航空の場合についても、死亡事故について数千万円という賠償が実施されるようになりつつある。陸上運送についても、主として自動車でありますけれども、自動車損害賠償責任というような制度があります。これは強制保険もありますし、また任意保険も発達しております。こういうふうに人命尊重という観点から、危険な事業、これは海運だけが特権を持っておっていいということにはならないと思うわけであります。 したがって、その観点から委付制度があるということを見て、委付制度があるために海難事故のときの人的補償がきわめて劣悪であるというような実績がない限りは、それよりも低くなることが予定されるこの金額主義に移っていくということは、果たしてこれは改良であるのか改悪であるのかということについて深刻な疑問を持つわけであります。この前参考人が見えたときに私も運輸省で試算されたものを読み上げて、関釜連絡船の場合、最悪のときには死亡事故に対する賠償は百六十万円しか出てこない、それは制限金額であるということを指摘いたしましたけれども、いまどき百六十万円が法的な限度であるというようなことはとうてい常識に合致するものではありません。委付主義があるからそれで済むなどということも恐らく現実にはないと思われる。そういう非現実的なことがないような手当てが、人間の知恵というか、お互い、いつ加害者になり被害者になるかわからないという観点から保険その他の制度で設けられていると思いますけれども、今度こういう条約に加盟すれば、少なくとも外航船についてはきわめて不合理なものが制度的に保障されるということが起こってくる。それをカバーするのは、あとは人道問題、要するに人情で、制度的にはこれ以上のことは出さなくていいんだけれども、それじゃあんまりだからお見舞い金か何かの形で出す。裁判にかけても、もうこの制限手続をとられてしまえばにっちもさっちも被害者の方はいかないということになるようである。私は、このことを政府側で真剣に考えたことがあるかどうか。あるとすればどういうことを考えているのか、お尋ねをしたいと思います。
○犬井説明員 お答え申し上げます。 先ほど申し上げましたように、今度の法律で定められます責任限度額は、鋼船で物損の場合トン当たり二万四千円、人損の場合七万四千円ということでありまして、この最低限度は三百トンで計算いたしますから、物損の場合に七百二十万円、それから人損がある場合には二千二百三十万円というような数字になります。この数字を先ほど申し上げました過去の損害賠償額の実例と比べますと、まあ妥当な金額ではないかというふうにわれわれは考えておるわけでございます。 そしてさらに、四十九年の四月から九月までにPIが扱った損害賠償の事案につきまして調べました結果から見ましてもこのことが裏づけられるわけでございます。四十九年の四月から九月までにPIから支払われた事故件数というのは国内で四百九件ございますが、このうち責任限度額を超えているものは六件でございます。そのうち五件はいずれも限度額との比較において一二〇%以内でございまして、いわば本格的に超えているのは物損について一件あるというだけでございます。このことから見て、われわれとしては今度の法律に定められます責任限度額は妥当なものであるというふうに考えてはおりますけれども、しかし先生がおっしゃるように問題点がないわけではない、あるのだというふうに思っております。 その一つは、旅客船にたくさんの人が乗っていて、それに他の船がぶつかって旅客船が沈んだ、そのために多くの旅客が死傷したという場合でございます。この点につきましてはやはり非常に問題があるということでございましたので、条約には書いてないことでございますが、国内法で手当てをいたしまして、国内旅客船の旅客の死傷事故に基づく債権についてはこれが制限できないのだということを法律の中にうたってございます。これは条約との抵触ということがなしに、国内問題でございますからできるのだという判断からこういう手当てを講じたわけでございます。 一方、御指摘になりました関釜フェリーでございます。これは外航旅客船でございますので、条約との関係で残念ながらその責任を無制限にするというわけにはまいらなかったわけでございます。しかし、現在のところ外航旅客船というのは、御指摘のあった関釜フェリーが定期航路としては唯一のものでございます。したがいましてこの点につきましては、この前も御説明申し上げましたけれども、行政指導として運送約款の中に合理的な責任限度額を書き込ませる予定でございます。そしてこれを届け出させて、そしてこの責任限度額を前提にした船客傷害に対する保険というものを掛けさせることによって、一たん事故が起きた場合の手当てに万全を期したいというふうに考えておるわけでございます。
○青柳委員 しばしば同趣旨の答弁をいただいておりますので、大体政府側の考えているところは想像がつくし、理解できるわけでありますけれども、それでもなおかつわれわれが疑問に思うのは、このような定期旅客船が全く船主の責任にならない、つまり、不可抗力ではありませんけれども、他船から一方的に衝突を受けたというような場合には、この運送約款による賠償ということが動き出してこないのではないか、またその運送約款を保障するための保険というものも動き出してこないのではないかという気がするわけであります。したがって、せっかくの内航船も、外国の船あるいは外航船によって一方的に沈没せしめられたというときには、この法律から除外してあるからいいのだと言ったところで、加害者はまさにいま言ったような例の場合は除外されておりません。内航船同士のぶつかり合いならばこれは別でありますけれども。 したがって、せっかくの配慮にもかかわらず、委付主義というものならばPI保険がバックにあるから余りひどくない、先ほど統計的にも制限金額と比べてそんなに劣っていない賠償があったというのでありますが、このPI保険の賠償というものも私はもっともっと上がっていっていい。つまり、委付制度のもとでこれをカバーするために設けられた制度でありますから、航空機やあるいは陸上運送機関の事故と同じように、、余り不公平でない程度の賠償ができるようにPI保険を発展させていったらいいのではないかと思うわけでありますが、私は、PI保険制度というものはこの新しい法律ができることによってどういう影響をこうむってくるか。もう従来のように賠償しなくても済むんだから、そんな保険制度をお互いにつくってたくさん賠償することはないよというようなことになるんではなかろうかということを恐れるわけです。この点についてどういう見通しを持っておられますか。
○犬井説明員 お答え申し上げます。 御質問が二つあったと思いますが、一つは、旅客船が無過失で事故が起きた場合、その旅客船の乗客は一体どういう請求ができるのかということでございます。これは先生が御指摘のありましたように、理論的にはそういう場合は確かに想定されます。しかし過去の実績から見て、旅客船とその他の船とが衝突した場合に、旅客船の方に全然責任がないということはほとんど考えられないということでございます。たとえば昭和四十七年、八年の海難審判において、旅客船の衝突事故で旅客の死傷事故があった、そういうケースについて相手方に一方的な過失があったというケースがたった一件ございます。しかし、これは海難審判上そう判断されたということでございまして、その事件についての民事上の話し合いにおきましては、旅客船側も過失があったことを認めて、過失責任を負って示談を済ませているわけでございます。こういう場合には、旅客船の船舶所有者は自分の過失責任を認めたということでございますから、旅客船の旅客は当然旅客船の船主に対して損害賠償の請求ができる。旅客船の船主は無限責任を負っておりますから、これに対して損害賠償の責めに当たるということでございます。したがいまして、御指摘のようなことは理論上はあり得ますけれども、実際上はほとんど心配はないんじゃないかというふうに考えております。 それから第二の、PI保険の合理化とか、そういう点でございますけれども、たとえこの法律案が施行されましても、船舶所有者はいかなる場合にも責任が制限できるわけではございません。第一に、責任制限できる場合に責任制限するかどうかという問題がございます。それはさておいても、責任制限できない場合がございます。それは船舶所有者自身に故意または過失がある場合には責任制限ができません。それから債権の種類によって、海難救助とか、それから共同海損の分担に基づく債権あるいは雇用契約上に基づく債権というものは制限できないことになっております。それからさらに、外航船の場合には、この条約の非締約国領域において不法行為があった、そこで損害が起きたというような場合には制限できないおそれがございます。そういうことを勘案して、船舶所有者は責任限度額にとどまらず、従来どおり高い保険を掛けているということだろうと思います。したがいまして、一たん事故が起きた、そして損害額が非常に大きくて責任限度額を上回っているというような場合に、この法律に基づく責任制限をした結果、その損害賠償の内容が社会的に見て妥当性を欠くというようなことになる場合には、われわれとしては海運業界等に対して、そういう責任制限は行わないというような行政指導を強力に実施していきたいというふうに考えております。 もう一つ、船主の方が責任制限をしないということを決めた場合でもPI保険の方から責任制限を求めるということがあるのじゃないかということが考えられますが、その点についても、PI保険を監督しておられる大蔵省の方に対して、船主がそういう責任制限の意向を有しない場合にはPI側としてもこれをフォローしてもらいたい、そういうふうにPI等を行政指導していただきたいということをお願いしてございまして、大蔵省からもその線に沿ったことで対処するというお答えをいただいております。
○青柳委員 大変に楽観的な見通しのようであります。私どもは何もひがんで悪いように悪いように解釈するわけではありませんけれども、経済主体というもの、それから企業の利益追求という観点が貫かれると、必ずしも人道主義といいますか、私が冒頭に申し上げましたように、企業をつぶしてまで、被害者には被害をこうむらしめない、公害防止、被害補償を充実させるというようなことは、なかなか言うべくして実現できないのじゃないか。 いま私が依然として疑問に思っているのは、この委付主義というのが不合理だとか時代おくれだとかいうような、それで世界的な趨勢から言っても全く例外的なものであってどうも調子が合わないとかいうような議論は、それはそれなりに一般論としては理解はできるにしても、現実にはこういう制度があり、それではなかなか非現実的な処理になる場合があり得る。それは被害者にとっても加害者側にとっても。そこで案出されたのが、別にどうしてもなければならないという制度ではない、法的な強制を受けたものではないところのPI保険というものが生まれてきているというふうに私なりに理解するわけです。これは委付主義がなくなって金額主義になったって、いま説明のありましたように、制限されないような債権というものがあるわけだから、それをカバーする意味においても存続はする。それはそうだろうと思います。 しかし、なるべく、お互いに拠出する保険料ですか、こういうものを少なくする、そういうことはまた経営を推進する上においては経費を節約することになりますから、コストを下げることになりますから、それだけ利益が上がるということで、今度は法的に金額主義になったのだから、そんな不安定要因の存在する委付主義のときのような保険のたてまえというのですか、要するに不安だからこそ保険というのがあるわけですが、大分不安はなくなった、金額主義できちっと決まっているんだから。それで、船の建造費その他偶然的な要素によって相当膨大な賠償をせざるを得なくなる、つまり委付主義ではたてまえ上は賠償制限、責任制限ということなんだけれども、現実的には船の価額その他を考えれば無限責任に等しいことになる、そこをカバーするのがPI保険だということで作用してきたものが、そうでなくなるのじゃなかろうかという心配がつきまとって離れないわけであります。私はこの点について、先ほど非常に楽観的な見通しを述べられたことをそのまま信用するというわけにはちょっといかないのじゃないか。やはり不合理なことが法的には起こってくるのではなかろうか。その法的に不合理なものをまたそのときの知恵で、また一般の世論でどう解決していくかは、今後の趨勢、情勢の変化によって解決されると思いますけれども、それにしても、制度として不合理なものが予想されるようなのをいま行うことについて、時期は熟していないのじゃないかという感じがいたします。 あと一、二点、技術的なことをお尋ねいたしますけれども、この法律で、たとえば船長等の責任制限については故意がある場合だけは除外されるということでありますが、条約の六条の三項に船長等の責任について詳細な規定がございます。末尾のところに、「この(3)の規定は、その過失が船長又は乗組員の資格における過失であるときに限り、適用する。」まあ理屈はそのとおりだと思います。同一人物が船の所有者であると同時に船長または乗組員というダブつた状態があるときにはこういう配慮も必要ではなかろうか。しかしこの規定は日本の法律には何かあるのかどうか。ちょっと私、細かに見ておりませんから、むしろ勉強の観点からお尋ねするわけであります。
○川島(一)政府委員 御指摘の条約六条三項の後段にございます同時船長の場合の「船長又は乗組員の資格における過失」という点でございますが、法案ではこれと同じようなことを規定した条文はございません。しかしながら、これは同時船長、つまり船舶所有者と船長が同一人であるという場合におけるこの法律の解釈といたしましては、当然このようなことに相なるであろうというふうに考えましたので、特に国内法の方にはそういう規定は置かなかった次第でございます。
○青柳委員 まあそれは常識で今後運用上そういうことになっていくであろうと思いますから、あえて条文上そうしなければ困るだろうというほど のこともないと思いますが……。 次に、条約の第一条第七項、「責任の制限を主張することは、責任を認めることとはならない。」という、まあ言ってみれば、責任があるから制限をしてもらいたいという申し立てをする、当然責任を自白しているように考えられる、そうなったらこの制限は活用されないということからこういう配慮が出たのではないかというふうに思います。そしてまた業界でもこういう点はぜひはっきりしてもらわぬと困るみたいなことを言っている文献を読んだことがありますけれども、この点はいかがでしょうか。
○川島(一)政府委員 この点も国内法の方には特に明記いたしておりません。しかしながら、やはりこれも当然である、したがって法律に書くまでもないということで規定をいたさなかったわけでございます。なお、この国際条約の場合におきましては、この種の規定を特に国内法に規定いたさなくても国際条約自体がやはり国内法と同じ効力を持つことになりますので、国内法で特にそれと反対の規定をいたしません限りはこの条約の規定がそのまま国内法の解釈、運用に持ち込まれるということになると考えております。
○青柳委員 次に、もう一点だけでありますけれども、商法六百九十条を今度は非常に簡単な文句に変えていくわけであります。この法律の中身は変わりてくるわけであります。その場合に、改正案では「故意又ハ過失二因リテ」という文句が挿入されてきているわけであります。現行法では「船舶所有者ハ船長其他ノ船員カ其職務ヲ行フニ当タリ他人二加ヘタル損害二付テハ」云々とあるのに、今度は「故意又ハ過失二因リテ他人二加ヘタル損害」というふうに、こういう文字が入っている。これは、何か無過失責任を認めるようにとられてはいけないというような配慮からこういう文字をわざわざ挿入したのかどうか。民法、商法等の体裁から言うと、故意または過失というのはもう不法行為の大原則でございますかち、途中へわざわざこういう文字を入れていくのは何か特別な意味がないとちょっとおかしいというふうに思いますので、立案者の方の考え方をお尋ねしたいと思います。
○川島(一)政府委員 商法の六百九十条の現行規定は委付に関する規定でございます。したがって、その規定を削除いたしまして、この条文を新しく書きおろしたことになるわけでございます。現行法は六百九十条で委付債権、つまり委付することによって責任を制限することができる債権を規定しておるわけでありまして、その中には不法行為債権もありますし、それから契約の債務不履行に基づくところの債権というものもあるわけでございまして、そういうものを一括して規定いたしましたために故意、過失というようなことは言わなかったわけでございます。 ところで、いかなる場合に船舶所有者に責任が生ずるかというのは根拠が二つございまして、一つは債務不履行であり、一つは不法行為であります。この六百九十条は、その債務不履行ではなくして、不法行為の特則規定を設けたということになります。故意、過失は当然であろうとおっしゃいますが、これは一般の不法行為と違いまして、船舶所有者が責任を負うのについて、船長その他の船員の行為が原因となった損害、これを問題にしているわけであります。このように船舶所有者がその使用人である船長その他の船員の行為について責任を負うのは、民法でまいりますと七百十五条の使用者責任に当たるわけです。そういたしますと、少なくとも使用者の、選任、監督について過失がなかったかということが損害賠償の要件になるわけでありますが、船舶所有者の場合につきましては選任、監督に過失があったかなかったかということは問題にしないで、およそ船長その他の船員が故意、過失でもって他人に損害を加えた以上は、それについて船舶所有者はすべて責任を負わなければならぬ、こういうことを規定したものでございます。この点は従来商法には規定が明文としては置かれていなかったのでありますが、海商法上こういう責任を認めるということがいわば委付主義を認める裏の解釈として考えられておったわけでありまして、参考資料にも挙がってございますが、昭和三年の十月二十三日の大審院判決がございます。これは、船舶所有者については特に使用者責任が加重されるのだということを述べております。その趣旨を今回は明文をもってここに規定した、こういうことでございます。
○青柳委員 そういう趣旨だろう、そのために故意、過失などという文字をわざと入れたのではないかという感じがするわけでありますから、もっと明快に規定するとするならば、「船舶所有者ハ船長其他ノ船員が其職務ヲ行フニ当タリ他人二加ヘタル損害ヲ賠償スル責二任ズ」ということだけで足りるような感じもするわけであります。まあ、ただし書きの規定か何かで、七百十五条のただし書きを適用されないというようなことでもう疑義を一掃しておくことがいいんじゃないか。しかしこれは立法技術上、法制局あたりでそんな不体裁なことは要らないのだというようなことになるのかどうか、私どもちょっと専門技術的なことはわかりませんが、いまの御説明で、要するに七百十五条のただし書きの適用はないんだということを、判例を明文化するつもりでこれを書いたんだということでありますから、まあそういうことで理解をしておくということにして、私の質問は終わります。
○小宮山委員長 諫山博君。
○諫山委員 責任制限手続を中心に質問します。論点が多岐にわたりますから、簡明にお答えいただきたいと思います。 この法案の第三章、「責任制限手続」で規定していることは、船舶所有者等または船長等が本来負わなければならない損害賠償義務を制限するための手続だというふうに理解していいのかどうか。そして、被害者が自分のこうむった被害に対する損害賠償請求権を実現するためには、この手続と関係なく、一般の民事訴訟手続を利用せざるを得ない、こういう仕組みになるのかどうか。まず御説明ください。
○川島(一)政府委員 前段は仰せのとおりでございます。 それから後の方の、被害者が自分の権利を実現するためには一般の訴訟手続によらなければならないかどうかという点でございますが、この責任を制限される債権である、つまりこの法律にいう制限債権であるということを被害者が、つまり債権者が承知をして、そしてこの手続に入っていくという場合にはこの手続の中だけで処理ができるわけであります。しかしながら、自分の債権は責任を制限されるべき債権ではないという場合には、この手続以外の訴訟においてその点が争われることになる、こういうことでございます。
○諫山委員 前段の部分はいいですね。そうすると、船舶所有者等がこの手続に従って責任制限手続を進めている。しかし同時に、被害者はこの手続と無関係に現行の民事訴訟法で損害賠償の請求を進める。この二つの手続が並行して進んでいく、こういうことはあり得るわけですね。
○川島(一)政府委員 あり得ることでございます。
○諫山委員 この法案の責任制限手続でいろいろなことが規定されているのですが、この手続は、いわゆる非訟事件手続というふうに理解していいのでしょうか。
○川島(一)政府委員 破産手続、会社更生手続など、性質は非訟事件手続であるというふうに言われておりますが、それと同じ意味において、この手続もまた同様でございます。
○諫山委員 この法案の中で「民事訴訟法を準用する」ということがありますが、これは非訟事件手続法を準用する場面というのはないんでしょうか。
○川島(一)政府委員 非訟事件手続法の規定は特に準用いたしておりません。この法律のスタイルは、比較的似ておるものといたしましては会社更生法の手続でございまして、それとお比べになりますとおわかりのように、大体同じような点がたくさん出てきておるわけでございます。
○諫山委員 この責任制限手続で、私は二つのことが決められるのではなかろうかと思いました。第一は責任制限をすることができる場合に該当するかどうか。該当するとすれば責任限度額は幾らになるのか。この二つを決めるのが責任制限手続の中心ではなかろうかと思ったのですが、そう理解していいでしょうか。
○川島(一)政府委員 出発においてはそのとおりでございます。ただ、この手続が進行してまいりますと、具体的な債権が届け出られてまいります。その個々の債権が、この手続の中において、制限債権として取り扱わるべきものであるかどうか、またその債権の額が幾らであるかというようなことを決めていくということも、この手続の重要な部分になっております。
○諫山委員 この手続で、責任制限をする場合に該当するかどうか、具体的には、船舶所有者等の故意または過失あるいは船長等の故意というようなものの有無も判断の対象にされますか。
○川島(一)政府委員 一応判断の対象にされます。
○諫山委員 私は、船舶所有者等の故意または過失あるいは船長等の故意ということの判断はきわめてむずかしいと思います。普通の損害賠償裁判でも故意または過失の有無の認定が中心になるわけです。ところが、海難事故における船舶所有者等の故意または過失あるいは船長等の故意というのは、もうきわめて認定のむずかしい、複雑な分野に入ると思うのです。これがいわゆる口頭弁論主義に基づく民事訴訟ではなくて、非訟事件手続で決められるということに非常に大きな疑問を感じました。 そこで、この責任制限手続によれば、被害者は裁判手続にほとんど関与できない、一応結論が出た段階で即時抗告をするというようなことはできるにしても。たとえば責任制限開始手続に入るかどうかというような問題はもっぱら裁判所と加害者側が決めている。被害者不在の分野で結論が出される。もちろん不服申し立ての手続はあるようですが、こういうことになるように思うのです。そうすると、単に責任限度額を算術的に計算するだけならこれでもいいと思うのですが、船舶所有者等の故意または過失の有無がこういう段階で認定されていっていいのか。この点について法律専門家として疑問は出ませんでしたか。
○川島(一)政府委員 仰せのとおり、過失の有無というのは非常に重大な問題でございます。したがって、その点につきましては立案の際も十分検討いたしたつもりでございます。まず第一に、この手続が申し立てられました場合に、過失の関係で制限手続が問題にならぬという場合には、これはこの手続が進まないわけでございます。それから、こういった手続について開始決定をいたしましても、その点が問題があるということで抗告で争われる場合もあります。しかしながら、先ほど先生が御質問になりましたように、これはあくまで非訟的な手続でございます。したがって、債権者の中には、この事故はたとえば船舶所有者の過失によるものである、したがって制限手続がとれないはずであるというふうに考えておる者もおろうと思います。そういう債権者は、この手続とは別個に普通の民事訴訟による訴訟を提起することができるわけであります。そうしてそれはこの手続とは別個に進行するわけでありまして、その決着がいずれに決まるかというのは訴訟において決まるわけでありまして、この手続において決まるわけではない、こういう関係になっております。 ただ、この手続との関係でいろいろ複雑な問題があります。たとえば、自分の債権は制限債権ではないのだ、手続外で取れるはずだ、しかしながらもしその訴訟に負けた場合にはこの手続に乗せてもらって制限された枠内で弁済を受けたい、こういうふうに考える場合もあろうと思います。そういうこともやはりできるようにいたしております。その場合には訴訟の方が先に進行いたしまして、訴訟で決着をつける。そして訴訟に勝てばよし、手続外で取れますが、負けたときにはこの手続の中で配当を受ける、こういうこともできるように配慮いたしてございます。
○諫山委員 船舶所有者等の故意または過失があるかないかというのはきわめて複雑な問題で、この手続でいう「疎明」というようなことでは片がつかない場合が多いだろうと思います。こういう重要な問題が争われる場合には、船舶所有者等はあらゆる手段で自己の事故を否定しようとするはずですから。ですから、この非訟事件手続で金銭的な計算をするというだけなら私は理解できるのですが、故意または過失というような決定的に重要な問題を、被害者不在の舞台で、しかも厳格な証明は要しない、疎明でもよろしいというようなことでうまくいくのだろうか。とりわけ、こういうやり方で被害者の利益が守られるだろうかということを感じました。 そこで、被害者が、責任制限はできないはずだ、自分はあくまでも損害賠償請求権を行使するということで民事訴訟を起こしたとします。そうすると、本来の民事訴訟による損害賠償裁判とこの手続が両方進行する。その場合に、故意または過失の有無という点では民事訴訟の結論が優先するし、この結論はそれに従わざるを得ない、こういうふうに聞いていいわけですか。
○川島(一)政府委員 一方においてこの手続が進行しておる、他方において自分は故意、過失の点で責任制限はできないはずだということで、少なくとも自分の債権については全額弁済してもらいたいということで訴訟を起こして勝ちますと、その債権者と船主との間においては、おっしゃるとおりその判決の定められたところが優先するということになるわけでございます。
○諫山委員 民事訴訟で責任制限がされなかったとすれば、損害額が一千万円という判決が出て確定したとします。ところがこの責任制限手続で責任限度額は五百万円だという結論が出たとします。この場合は実際に加害者が責任を負うのは五百万円ということになりますか。
○川島(一)政府委員 ちょっと御質問の趣旨がはっきり理解できなかったのでございますが、ある特定の債権者が一千万円の債権を持っておる、この手続外において、つまり非制限債権として争って勝ったという場合でございますね。その場合であれば当然一千万円強制執行で取れる、こういうことになるわけであります。
○諫山委員 それはいいのです。民事訴訟では一千万円払えという判決が出た、ところが、同時に進行しているこの手続で船舶所有者等の責任限度額は五百万円だということが決まった場合、被害者は幾ら取れるのだろうかということです。
○川島(一)政府委員 この手続はあくまでも制限債権、つまり制限をすることができる債権を対象とした手続であります。したがって、制限をすることができない債権であるということが別の訴訟で確定いたしました以上は、この手続の中で取らなければならないという制約はございません。したがって、一般の債権、普通の債権としてこれは全額強制執行ができる、こういうことになるわけであります。
○諫山委員 ちょっと私いまの説明に疑問を持つのですが、そうすると、被害者の方としては自分の権利を一〇〇%実現するために、責任制限はできないはずだと民事訴訟で主張しますね。ところが加害者の方では責任制限できるはずだと抗弁するし、さらに責任制限の額が五百万円だというふうなことがこの手続で決まることはあり得るでしょう。それとも、民事訴訟の進行中に、たとえば何らかの抗弁で損害賠償請求金額を少なく主張するということになるのですか。そこの両方の絡みですね。
○川島(一)政府委員 わかりました。この手続外の訴訟で一千万円で請求したとします。それに対して船舶所有者の方は、これは制限債権である、したがって別個に進行しているこの責任制限手続の中で支払われるべきものであるということを抗弁として主張したといたします。その場合にどういう判決をするかという問題であろうと思います。そのときにはその抗弁を裁判所としては検討しなければなりません。したがって、制限債権であるかどうかということを裁判所がその訴訟手続の中でまず判断するわけでありまして、もし制限債権でないという場合には、これは無条件に支払えという裁判をいたします。しかしながら、制限債権であると認定した場合には、これは支払う義務がある。しかしながらこれは制限債権の、責任制限手続の枠内で支払われるべき債権であるということを判決で特に断るわけでございます。そういう特殊な判決をすることになるというふうに考えております。
○諫山委員 その最後の場合には、裁判所は損害賠償金額は幾らだという認定をしますか。それともその結論はこの法案の手続に一任するんですか。
○川島(一)政府委員 金額は確定いたします。
○諫山委員 責任制限ができる債権だというたでまえで議論を進めますが、そうすると、その場合に責任限度額が幾らかというのは、この手続と関係なく、本来の民事訴訟の裁判手続で受訴裁判官が決定するということになりますか。それとも、この手続で決めた限度額が優先して本来の損害賠償裁判を拘束するのかどうかです。
○川島(一)政府委員 この手続の中では、やはりこの手続に従って決められた額が優先するわけでございます。ただ、この手続の中で債権調査というのをいたします。そのときには関係者が出てまいりまして、個々の債権について、この債権は制限債権であるかどうか、制限債権であるとすればその内容とか金額は幾らであるかということを決めるわけでありますが、異議が出ますと、それに対して査定の裁判というのが行われるわけです。この査定の裁判をするにつきまして、もうすでに確定判決で金額が定められている債権についてはどう扱うか、こういう問題があるわけでありまして、その場合にはその訴訟における判断というものが十分尊重されるであろうということを考えておるわけでございます。特に、確定裁判のあったものについては異議があってもその金額でこの手続が進行するという趣旨の規定は設けておりませんけれども、この手続外における訴訟の判決があった場合には、その判決が十分尊重されるであろうということを前提にして考えておるわけでございます。 それから、この手続が何らかの事情で途中で廃止されることがございます。そういったような場合は、この手続外の民事訴訟において確定した金額がそのまま生きてくる、こういうことになるわけです。
○諫山委員 責任制限ができない場合は民事訴訟の結論が優先するといいますか、採用される、これは議論の余地がないと思います。 責任制限ができる場合というときに、最終的に加害者の賠償すべき金額を決めるのはこの手続でしょうか、それとも民事訴訟の手続でしょうか。
○川島(一)政府委員 この手続でございます。ただ、この手続の債権調査期日における調査によって決まるわけでございますが、その場合に関係者に異議がありますと裁判所が査定の裁判をします。そしてその査定の裁判にさらに不服だという場合には、さらに一般の訴訟が行われるわけです。その訴訟において確定するということになります。
○諫山委員 そうすると、簡単に言うと、責任制限すべき場合であるかどうかの判断は現在の裁判の手続が優先するし、被害者が幾らもらえるのかという判断はこの手続が優先する、こう聞いていいですか。
○川島(一)政府委員 結論的に申しますとそのとおりでございます。
○諫山委員 そうすると、この法案に基づく手続と民事訴訟法に基づく被害者からの損害賠償裁判手続が、両方進行している場合に、船舶所有者等は、これは責任制限すべき場合だから責任制限手続をとっているんだと言うことはできるけれども、責任制限の金額が幾らだということを本来の損害賠償裁判手続では言わないということになりますか。さっき抗弁として提起するような説明もあったのですが、あなたの最後の話のように、この手続で決めた金額が優先するのだということになれば、本来の損害賠償手続で抗弁として提起する必要はないように思うのです。どうでしょう。
○川島(一)政府委員 やはり裁判所としては制限債権かどうかということを判断する必要がありますので、そういう意味では抗弁として主張しておく必要があるわけです。 それから、金額を確定しておくということは、責任制限手続が廃止されたような場合を考えますと、その裁判で決まった金額というものはその両当事者間の権利義務として確定されることになりますので、やはり裁判所としては最終的にその線まで決めておかなければならない、こういうことになろうと思います。ただ、責任制限手続が現在進行しておるからしばらくこの訴訟をやめておこうというような合意が成立すればそういうこともあり得るかと思いますけれども、一般的には最初に申し上げたとおりでございます。
○諫山委員 そうすると、船舶所有者等が本来の民事裁判で責任限度額を抗弁として提起した場合には、その裁判所も責任限度額を認定するし、この受訴手続でも責任限度額が認定される、こういうことになりますか。
○川島(一)政府委員 そのとおりでございます。
○諫山委員 その場合に違った結論が出たらどちらが優先するのですか。
○川島(一)政府委員 それは先ほどから申し上げておりますように、この手続の中においてはこの手続の中で決まったものが優先する。しかしこの手続外において、たとえばこの手続が廃止されたというような場合には訴訟において決まったところが優先する、こういうことになります。
○諫山委員 私はいまの説明は違うんじゃないかと思いますがね。私、どう考えてもいまの説明は違うと思うし、しかもこの説明というのはこの法律の運用上決定的に重要ですから、ちょっと検討した方がいいじゃないでしょうか。そうでないと、二つの裁判所で別々な結論が出ることがあり得るだろうかと私は疑問を持っているのです。あなたの最初の説明では、あり得ないんじゃないかと思ったのですが、どうなんですか。
○川島(一)政府委員 ちょっと話が混乱しておるようですので、私の理解しているところを最初から申し上げますと、この手続が一方において進められておる、他方において一般の民事訴訟で争われておるという場合に、債権者としてはその手続外で払うべきだ、しかしながら船舶所有者、債務者としては手続内で払うべきだという主張をするわけですね。この場合に、裁判所が手続外で払うべきものだと判断した場合には、これは問題ございませんね。 問題は、手続内で払うべきものだと裁判所が判断した場合ですね。この場合にその訴訟をどういうふうに決着をつけるかという問題があるわけです。これは裁判所としては、債権債務があるんだということを認める以上は、どれだけの債権があるということを言わざるを得ないわけです。たとえば五百万円の債権がある、しかしこれは制限手続の中で支払わるべき債権である、こういう判断をした場合にはそのとおりの判決をするほかないわけでございます。ところが、この手続はまたこの手続の中で別個に債権確定の手続が進んでまいります。それで、その場合に当事者が違いますから——この手続は大ぜいの債権者が入ってまいります。ですから中には異議を申し立てる者が出てくるかもしれません。そうした場合に、要するに多数の当事者の中でどの金額をもってこの手続を進めていくかということが問題になるわけでありまして、それは別の訴訟ですね。債権者と船舶所有者二人だけの間の関係とは問題が変わってくるわけでございます。そういう意味で、手続内の債権確定の手続においては、違う金額が認定される場合が出てくるわけです。ですからこの手続としては、その制限手続の中で確定した金額で処理をせざるを得ない、こういうことになるわけです。そういうことを申し上げておるわけでございます。
○諫山委員 やはりまだ納得できないのですがね。そうすると、損害賠償の請求訴訟を起こした被害者について言えば、責任限度額が幾らかということはこの責任制限手続で確定されるのではなくて、本来の民事裁判の訴訟手続で確定される、こう聞いていいですか。
○川島(一)政府委員 ですから、その債務者である船舶所有者だけとの関係においてはその訴訟で決まるということになるわけです。
○諫山委員 たとえば、Aという被害者に対して、本来の裁判所は八百万円払えと言った、この手続で非訟事件手続による責任限度額は五百万円という結論が出た、その場合には八百万円の裁判所の判決が優先するのですか。
○川島(一)政府委員 手続内で五百万円という結論が出た場合には、その手続においては五百万円で進めるということになるわけです。
○諫山委員 そうすると、いま私が言ったようなことは起こり得るのでしょうか、起こり得ないのでしょうか。被害者のだれかが損害賠償の裁判を起こして、裁判所が八百万円払えという判決をする。しかし別個にこの手続は進むわけですから、この手続で責任限度額は五百万円だという結論を出すことが起こり得るのか起こり得ないのか、まずそこが問題だと思うのです。
○川島(一)政府委員 実際問題としてそういうことが果たして起こるかということは別といたしまして……(諫山委員「起こるかどうかじゃなくて、起こり得るかどうか」と呼ぶ)理論的には起こり得るわけでございます。これと同様の関係は、たとえば会社更生手続なんかでも考えられるわけです。
○諫山委員 そうしたら、その場合に被害者Aはどの金をもらえるのですか。八百万円もらえるのか、この手続による五百万円をもらえるのか、どっちでしょう。
○川島(一)政府委員 五百万円の方でございます。
○諫山委員 それは何らか別個の申し立てがされてからのことですか。それとも、損害賠償の民事訴訟というのはこの判決より優先しないから、もうその判決自身が全く効力を持たないということになるのですか。だとすれば、口頭弁論主義に基づく本来の裁判手続よりか、全く被害者不在で進められる非訟事件手続の方が優先する。われわれの常識から見たらあり得ないことなんですが、どうなんでしょう。
○川島(一)政府委員 いや、そういうことにはならないわけです。つまり、手続外の訴訟において、あなたの債権は制限債権である、したがって制限手続の中で払うべきものであって、制限手続外においては取れませんよということを裁判所が認定することになるわけですから、その場合には制限手続の中でしか払えない、こういうことになるわけです。
○諫山委員 問題は、判決主文にそんなことを言うかどうかなんですね。判決の理由ではいろいろ言うと思いますが、さっきの設例で言えば、被告は原告に対して八百万円払えということしか言わないだろうと思うのです。判決理由でどんなことを言ったところで効力ないんじゃないですか。
○川島(一)政府委員 判決理由にその点を明示することになります。したがって、どういう主文を出すかということは、われわれ裁判所と議論したことがありますけれども、たとえば、責任制限手続が廃止された場合にはこう払えとか、何か責任制限手続外の問題である。責任制限手続が現在行われている場合には、その手続がある限りは払いませんよ、その中でなければ払いませんということを主文にあらわす必要があるというふうに考えております。
○諫山委員 そういうことになれば、民事訴訟法をそれに応じて改正するかどうかしないといけないんじゃないですか。たとえば、民事訴訟の判決の主文では、被告は原告に対して何々すべしという判決しかいままではなかったわけですね。ところがいまの説明では、この裁判手続で金額が決まればそれの方が優先するんですよ、しかしさしあたりこの裁判所としてはかくかくの判決をします。そんな判決が出るのですか。どうでしょう。
○川島(一)政府委員 これはきわめて異例な場合でございますけれども、債権がないとは言えない。したがって支払い義務がないとは言えないという意味では原告勝訴の判決をしなければなりません。しかしながら、ただ無条件に金何円を支払えという主文だけでございますと、それはその手続外で自由に請求できるという形になりますので、そこはまたチェックしなければならないということで、そういうきわめて特殊な場合でございますけれども、これは債務名義となる判決の主文でございますから、その点ははっきり、責任制限手続の中で取るべきものだということは明示する必要があるわけです。
○諫山委員 その場合に判決主文はどういうふうに書くのですか。
○川島(一)政府委員 これは裁判所の方とも、幾つか主文の例をつくりましてお互いに話し合いをしたことがあるのですが、具体的に裁判所がどういう主文をされるかはその裁判所のお考えによると思いますけれども、たとえば手続廃止とか取り消しを条件としてこれこれの金額を支払うべし、こういったような判決主文が考えられるわけです。そのほかにも幾つか主文のスタイルというのを考えてみたわけですが、いずれにしても無条件の判決はできないということは裁判所の方も、われわれの方とも相談いたしまして、意見の完全な一致を見ているところでございます。
○諫山委員 そうすると、責任制限ができる場合であるかどうかというのは本来の裁判所の判断が優先することはわかりました。ところが、責任限度額は幾らか、もっと具体的に言えば、被害者は幾らの金をもらえるのかという点では、口頭弁論の行われる本来の民事訴訟じゃなくて、口頭弁論なんかやってもやらなくてもいい全く被害者不在のこの手続の方が優先するのですかということです。
○川島(一)政府委員 こちらの手続がある限りはこちらの手続が優先するという点はそのとおりでございますが、被害者不在というのはちょっと誤解があるのではないかと思います。というのは、債権調査期日には被害者である債権者が当然出頭いたします。そして利害関係人として異議を述べることができる権利が保障されています。したがって、被害者不在では決してございません。
○諫山委員 法務大臣にちょっと中間で質問します。 責任制限すべき場合かどうかという判断で、この手続よりか一般の民事訴訟手続の結論が優先する、これは正しいと思います。ただ、現実に被害者が幾らもらえるのか、責任限度額は幾らなのかということに被害者は一番関心を持っておるわけです。この問題で、原告、被告がやり合って決める口頭弁論主義に基づく裁判所の結論よりか、疎明で足りるこの手続の方が結論として優先するというのは、伝統的な民事裁判の常識にも反するし、被害者保護という点からもどうも問題があるように思うのですが、いかがですか。
○川島(一)政府委員 大臣がお答えする前に私からちょっと。 単なる疎明で決まるとおっしゃいましたけれども、そうではございませんで、債権調査期日に債権者、債務者いずれも出頭いたしまして、そしてお互いに異議がないというときに初めてそこで決まるわけです。一方で異議がありますと、そうするとこれはさらにその査定の裁判、それに不服があればさらに訴訟ということで、最終的には訴訟の判決によって決まることになるわけでありまして、決して疎明だけによって簡単に決めてしまうという性質のものではございません。
○稻葉国務大臣 損害賠償の限度というのは、本来は損害の起こった額を客観的に妥当な線で決めてそこまで払うべきものである。しかし、船舶運送業というようなものは、やはり経済の発展だとかいろいろなことで人間の幸福にも寄与しておる公共性のあるものだから、しかも船舶輸送というのは危険も伴うし、そういうものを一々全部の損害を全部払うということになると大変だから、船舶所有者の責任の制限に関する法律というものをつくって、手続を別につくったのですから、それがこの法律の意義のあるところであって、したがってこの手続による額が優先するというので差し支えないじゃないでしょうかな。
○諫山委員 今度は中身に入って質問します。 責任制限手続は責任制限手続開始の申し立てによって始まるようですね。この申し立て期間というのはどうなっているのですか。
○川島(一)政府委員 特に制限はございません。
○諫山委員 それは五年後でも八年後でもいいのですか。
○川島(一)政府委員 法律上の制限はございません。
○諫山委員 これはまことに奇妙な手続のように思いますね。被害者が損害賠償請求をする場合にはやれ三年だとか五年だとか時効の制限がある。被害者の権利行使に対してはそういう時期的な制約があるのに、加害者からの申し立ての場合には無期限にできるというのがこの法律の仕組みですか。
○川島(一)政府委員 実際には、事故が起こりましてそして賠償についての相談があると、前回参考人が申しましたように、調査員が両方から出まして手続が進むと思いますが、制度的には、国際条約そのものがそういった制限期間というものを認めておりませんので、国内法で勝手に制限期間を設けるというわけにはいかないと思います。
○諫山委員 たとえば、被害交渉が行われる場合に、加害者の方が自分の方ではこの手続を申し立てるつもりだ、申し立てるつもりだということでずるずる延びて三年たち四年たつ、そして一方では被害者側の損害賠償請求権の行使が時効によって不可能になる、こういうことだってあり得るわけですね。こういうふうに、裁判所に何らかの申し立てをするのに申し立ての期限が制約されてないというのはほかにありますか。これは日本の法律としては全く異例な欠陥法律ではなかろうかと思うのですが、何かほかにありますか。これは船舶所有者の責任を無限に引き延ばす可能性のある仕組みだと思うのですが、そういう点、議論になりませんでしたか。国際条約がこうなっているから仕方がないのだ、日本の法律としてはまことに異例であるけれどもしようがないのだというならまた考えようはあります。ただこれでいいのだというと、私はどうしても納得できないです。
○川島(一)政府委員 まあ、最後に仰せになりましたように、国際条約そのものを批准する、内容は国際条約に従わなければならぬということであろうと思います。それから、それが欠陥かどうかは考え方の問題であろうと思いまして、私あえて先生に反対申し上げるわけではございませんけれども、しかしそのために非常に不当な欠陥が生ずるということはないのではなかろうかと考えておる次第でございます。
○諫山委員 ぼくもそうしばしばこういう問題が乱用されることにはならないと思うのですが、法律はそういう乱用の抜け穴を防ぐということが大事なわけで、五年でも六年でも後に申し立てることができるという規定自体に問題があるということを言っておるのです。 そこで、ここで責任制限開始の申し立てについて裁判がなされますね。これが一応の中間結論みたいなものだと思いますが、これに対して即時抗告を申し立てることができる。申し立てることができるのは利害関係を有する者だというのが第十三条ですね。この場合、利害関係の範囲というのは決まっておりますか。
○川島(一)政府委員 具体的には決まっておりませんが、これは法律上の利害関係を有する者というふうに解釈できると思います。
○諫山委員 だれが即時抗告を申し立てることができるかというのは、これまた重要な問題です。当然、利害関係人とはという定義が出てきてしかるべきだと思う。たとえば漁民が漁網を破られた、この場合に漁民が申し立てることができるのは当然だと思いますが、その親族はどうでしょうか、その人が所属している漁業協同組合はどうでしょうか。
○川島(一)政府委員 親族となりますと、ちょっと利害関係あるというふうに認めにくいのではないかと思います。
○諫山委員 漁業協同組合は……。
○川島(一)政府委員 その漁網はだれのものでしょうか。
○諫山委員 漁民のものです。
○川島(一)政府委員 つまり、組合が所有者ではないのですね。組合が何らかの意味で被害を受けているという関係があれば別でございますけれども、そういうことがあり得るのかどうかですね。組合が全然関係がないということが……
○諫山委員 たとえば、漁業協同組合は漁網の所有者ではない、しかしそれを購入するときに漁民が漁業協同組合から莫大な金を借りている、漁網が破損されたために漁業協同組合に金が返せなくなるかもわからない、こういう場合に漁業協同組合は利害関係人になるのかならないのかです。
○川島(一)政府委員 むずかしい問題でございますが、ならないのではないかという意見もございます。
○諫山委員 そういうのはきちんとしておかないと裁判官が困りますよ。漁業協同組合が利害関係人のつもりで即時抗告を申し立てた。漁民は当然それで事足りるものだと思って自分は申し立てなかった。ところが即時抗告を申し立てることができる期間が過ぎてしまって漁業協同組合は利害関係人ではなかったということになると、本物の利害関係人でさえ即時抗告が申し立てられなくなるわけですね。だからこそこの法案にも最初の方に定義が出てくるわけです。だれが即時抗告を申し立てることができるかという重要な問題で利害関係人の定義がないからいま言ったような難問に困るんじゃないかと思うのですが、これはまさに欠陥法案じゃないですか。いかがですか。
○川島(一)政府委員 これは具体的な問題について裁判所が判断するのでありまして、ほかの法律にも利害関係人という言葉で抗告権者を決めているという例は幾らもございます。具体的な場合について裁判所が調査をして決めるわけでございまして、もし、裁判所が抗告を受理して決定した後で、そもそもあの抗告は権利のない者のした申し立てであるということで覆されるというようなことはこれはあり得ないと思います。
○諫山委員 却下しなくても、結論をずるずる延ばして、申し立て期間が過ぎた後で却下されたらやはり同じ問題が出てくるわけですよ。 もう一つ、利害関係人であるかないかというのは、この場合だれが決めるのですか。
○川島(一)政府委員 抗告を受けた裁判所でございます。
○諫山委員 いろいろそこで議論があっておるようですが、大丈夫ですか。これはやはり利害関係人とはということを法案に入れないと運用上混乱ができるんじゃないか。 それから、この法律による公告は「官報及び裁判所の指定する新聞紙に掲載してする。」こうなっていますね。そして即時抗告をするかどうかというのは官報とか新聞紙の公告を見ないとわからない仕組みになっているのですね。本来なら、どういう結論が出されたかということを利害関係人に通知する、そして通知を受けて一定期間内に利害関係人が即時抗告を申し立てることができる、これが権利保護としては正しいわけです。どうもこの法案を見ると、利害関係人は勝手に官報でも読んでおけというふうに読めるのですが、どうでしょう。
○川島(一)政府委員 これは同種の手続、たとえば会社更生法とか破産法とかいろいろあるわけでございますが、それと同じスタイルでできておりまして、いままでの制度としてもいろいろ考えたわけでありますが、この際はこういう方法によって周知するほかに方法がないであろうということでございます。しかしながら、責任制限手続開始の申し立てがあり、これに対して裁判所が開始決定をするという場合には、少なくとも知れている債権者につきましては格別に通知をしなければならないという規定が二十八条の二項にございます。したがって、債権者としては、この開始決定に不服であるという場合には、その通知を受けて、見てから抗告をするということもできるわけでございます。ただ、わかっていない債権者があるわけでありまして、そういう者に対しては通知をすることができませんので、公告でもって知る機会を与えるようにする、こういうふうにいたしたわけでございます。
○諫山委員 私は、本来ならば、利害関係人は即時抗告の権利を持っているわけですから、一々官報や新聞公告を見なくても、何らかの形で裁判所が利害関係人に通知する、その通知を受けて即時抗告をするかどうかを利害関係人が決める、こうなるのが正しいと思う。ところが利害関係人の定義が決められていませんから、通知しようにも通知のしようがないというのがこの法案の仕組みではなかろうかと思うのです。こういう点で、どうも被害者の権利保護に十分でないのじゃなかろうかという疑問を持った。 次に、第二十五条について質問します。これは裁判所が責任制限手続開始の申し立てを棄却しなければならない三つの場合ですが、もともと責任制限をすべき場合に当たらないというときにはこの手続はとらないのですか。どういう手続になりましょうか。
○川島(一)政府委員 もともと申し立て自体が相当でないということがはっきりしておるという場合でございますか。
○諫山委員 申し立て自体ではっきりしているかどうかは別として、とにかく責任制限をすべき場合に当たらないと判断した場合には裁判所はどうするのかということです。
○川島(一)政府委員 責任制限することが適当でないということが裁判所の判断で明らかになりました場合には、この二十五条の第二号に該当することになります。つまり、制限債権というものがそもそもないんだという場合には、二十五条の二号の規定によって棄却しなければならない、こういうことになるわけであります。
○諫山委員 それは少しこじつけじゃありませんか。二号というのは「制限債権の額が責任限度額を超えないことが明らかなとき。」です。つまり、責任制限はできる、しかし責任限度額を超えないからという場合がこれであって、責任制限ができない場合の規定はないんじゃないですか。
○川島(一)政府委員 おっしゃるように、ややこじつけの感がございますけれども、この趣旨から申しまして、その場合には制限債権の額がゼロでございますから、いずれにしてもこの二号の場合と実質的には何ら異ならないわけです。したがって、棄却しなければならないという取り扱いはとらざるを得ないと思います。
○諫山委員 これは法律だからそんな便宜的な解釈をしてはいけないと思うのですがね。すでに法律ができ上がって、これを解釈するというのならいまあなたが言われたこじつけもまあやむを得ない場合があるのですよ。しかしわれわれはいま法律をつくろうとしているわけです。だとすれば、そういうこじつけの解釈をしなくても済むような法律にすべきだと私は思います。つまり、第二十五条の一号に「責任制限すべき場合に当たらないとき」というのを加えるのが本来の法案の形ではないか。そしていま言われた二号というのは、いわる故意、過失の問題で責任制限できる場合に当たるけれども、金額的に限度額を超えないというときの規定というふうにしないと、何か立法段階でこじつけをしたんじゃ話にならないように思うのですが、私が言ったようなのが正しい規定の仕方じゃありませんか。
○川島(一)政府委員 御意見ではございますけれども、必ずしもこじつけとばかりも言えないので、文字どおり読みますと、制限債権の額がゼロであるという場合にはこの二号に形式的にも当たることになるわけです。ただ、二号の規定を見て直観的に考えますのは、制限債権があるけれども額が少ないときだというのが念頭に浮かぶかと思いますけれども、しかし、この規定がそもそも責任制限をすべきでない場合はカバーできないのだとまでは言い切れない、といたしますれば、こういう規定を書いた以上は、これでもってやれるということは決してこじつけな解釈とまでは言えないと思います。
○諫山委員 私、この法案がそのまま法律になるのかどうか知りませんけれども、法律ができれば当然学者が解釈します。その場合に、ずいぶん無理して法律をつくったなという後世の批判が出るだろうと思います。これは法案の不備ですよ。やはり、棄却すべき場合として、もともと責任制限事由がないときというのが第一号に入って、第二号というのは第三号に変わるというのが本来の規定の仕方だということを指摘するにとどめたいと思います。 どうも私、ずいぶんいろいろ問題があるのだから、もう少しちょっと触れたいのですが、この法律と条約との関係ですね。外務委員会で肝心の条約が批准というところまで、いくのかどうか知りませんが、法務省としてはあの条約の批准と関係なくこの法案はつくってもいいというふうにお考えですか。私は体裁としてはまことにおかしいと思うのです。まあそれでも効力の発効時期を押さえているから実行不可能ではないでしょうが、法律としてはまことに奇妙な法律になると思うのです。もし条約が認められなかったらどうなるのかという問題さえ起こるわけですが、その点はいかがお考えでしょうか。
○川島(一)政府委員 この法案は国際条約を批准することを前提として考えておりますので、規定の内容もその趣旨でつくられておるところが少なくございません。たとえば九十六条とか九十八条あたりにその国際条約というものが引用されております。また施行期日の関係でも、「国際条約が日本国について効力を生ずる日から施行する。」というふうに規定しておりまして、それは私どもといたしましては、国際条約を批准し、それを実施するための国内法としてつくられているというふうに考えております。
○諫山委員 そうすると、条約の批准に先行するというのはおかしいじゃないかと思うのですが、そこはどうなんですか。
○川島(一)政府委員 ただいま申し上げましたように、附則で「条約が日本国について効力を生ずる日から施行する。」ということで、この条約の批准を前提とした施行というものを考えておるわけでございます。
○諫山委員 ここで責任制限手続が立法化されようとしているわけですが、民事局長としては、この手続は活発に利用されていくと思いますか。それとも委付制度の場合のように有名無実のものになると思いますか。見通しを……。
○川島(一)政府委員 私、必ずしも活発に利用されるとは考えておりません。しかし、こういう国際条約の必要性は、当委員会でもいろいろ議論に出ましたように相当強いものがあるというふうに考えております。決して有名無実というわけではない。この条約を批准し、国内法を施行することは非常に必要なことであるというふうに考えております。
○諫山委員 運輸省に質問します。 関釜フェリーの問題でいろいろ提起されているわけですが、あなたの方は、唯一の外航航路だから、関釜フェリーについては保険なり約款なりで被害者の死亡に対して万全な措置がとられるように行政指導をすると言われましたね。これは保険でということですか、約款でですか。それからその場合の金額は航空機の場合と比べてどういうことを考えているのでしょうか。
○犬井説明員 関釜フェリーの問題でございますが、まず、われわれとしましては運送約款の中に責任限度額を定めさせるということを考えているわけです。これは、運送約款が運輸省に対する届け出の対象となっておりますので、そこでチェックできるわけでございます。そうして、この運送約款の中に責任限度額をきちんと書かせるということを前提にして、そこまで船客の死傷に対する保険を掛けさせるということを考えております。その場合に限度額が幾らかという点でございますが、この点はまだ最終的に決めておりません。しかし、その場合われわれとしまして参考とすべきものは、たとえば航空の旅客の死傷に対して限度額が決められております。それから昨年十一月にアテネで採択されました旅客手荷物条約の中で旅客一人当たりの損害賠償額が決められております。そういったものを考慮しまして合理的な金額を決めたいというふうに考えております。
○諫山委員 それは航空機による死亡事故の金額を下回らないというふうに理解していいですか。
○犬井説明員 お答え申し上げます。 航空機の旅客死傷に対する損害賠償の限度額はたしか現在二千三百万円でございます。それからアテネ条約の損害賠償限度額は千七百万円でございます。いま私がここで、その決めようとする額が二千三百万円を必ず上回るということは申し上げられませんが、いま申し上げましたような金額を参考にして最終的に決めるということを考えているということでございます。
○諫山委員 飛行機に乗る人の方がどちらかと言ったらお金持ちだからそっちの方が高くていいんだというような考えがあったとすれば、これはとんでもないことだということを申し上げておくにとどめたいと思います。 それから法務大臣に質問します。現在商法で委付制度があって、一応船舶所有者等の責任を制限できることになっております。ところが実際にはこれはほとんど行われてない。一番多い年で年間二件くらいだ。そうすると示談交渉でこれが何らかの作用をしているということは当然考えられますが、形の上では眠っているわけですね。しかし、いま船舶所有者等がこの法律の制定を強く求めている、ということは、この法律ができ上がれば責任制限手続を当然とってくるということになるだろうと思います。また責任制限手続というのが加害者側の申し立て権という形で保障されるわけです。恐らくこの手続をとってくる。そうすると、長い長冬眠状態だった船舶所有者等の責任制限制度がこの法律によって動き出してくるということを私は予想しております。いままででしたら船舶というような金銭的にもなかなか見積もりのむずかしい品物が委付の対象だったわけですが、今度は何万円しか払わなくていいんだということを裁判所が決めてくれるのです。そうすると、食うか食われるかの資本主義の社会ですから、それでも万全なことをしますとはなかなか船舶所有者は言わないんじゃなかろうか。この点について、この法案が被害者を守る役割りを果たすのか、実際に被害者の損害賠償請求権を抑えつける役割りを果たすのかというのは、きわめて重大な問題だと思うのです。私は、この法律ができるかどうか知りませんが、法律になるとすれば、運用の面でよほど強力な指導をしないと大変な結果が生まれてくるんじゃなかろうかということを懸念するのですが、この法案を上程した最高責任者の法務大臣はその点どう考えておられますか。
○稻葉国務大臣 制限はなるほど御説のとおりでございますが、制限するについては、この法律の中に額の決定の手続がございまして、あの手続に従って決定される額は決してそう不当なものではない、国際的な水準に合致している。また、わが国の最近の事故の実情から見ても妥当なものではなかろうかと私は考えて、こういう提案をしたわけです。さらに、この制度と並んで保険等の措置により、被害者の保護に欠けることがないように措置されるであろうことは、関係当局者からも答弁、説明を申し上げたとおりであります。したがって、実際問題としては被害者の救済が不十分であるような場合はないように私は考えるのであります。また、そのようなことがないように——今日こういう世相の中で、幾ら資本主義の我利我利亡者の船主でもそんなものはもう通用しない、したがって船主もまた良識を持って解決に当たることと思いますから、この法律の規定する手続による額は決して不当なものにはならないで、妥当な線ではなかろうかという考えでこの法案を提出した次第でございます。
○諫山委員 この法案に基づく金額が国際水準を下回らないという点は恐らくそのとおりでしょう、これは条約に基づくのですから。ただしかし、日本の法律に基づく損害賠償請求権に到達するかどうかというのが問題なんです。そこでやはり実際の運用では保険との関係が重要です。さっき運輸省の説明では、船舶所有者等が責任制限をせずに賠償したときには、なるべくその金を保険会社が払うように指導すると言われたと思うのですが、そのとおり聞いていいのですか。そしてそれは本当に実行性があるのだろうか。私は、裁判所が幾らしか払わなくてもいいのだと言った場合には保険会社はその限度しか払わないのじゃなかろうかということを、この前の参考人の陳述から見ても懸念するわけですが、どうでしょう。
○犬井説明員 お答え申し上げます。 先生がいま申されたとおりに御理解いただいて結構だと思います。この制度ができましても、恐らくかなりの部分の事件は示談で解決されるということでございまして、その場合にわれわれとしましては、万一、そんなことはほとんどないと思いますが、責任制限を援用した結果その損害賠償の内容が社会的に見て非常に妥当性を欠くようなものになる場合には、責任制限の手続はとるべきではないということで関係の業界を指導したいと思いますし、それからPIを含めた保険業界の監督に当たっております大蔵に対しても、船主が責任制限額を超えて支払う意向を有する場合には、保険者側としてはその責任制限をあえて求めないというラインで行政指導をしていただきたいということをお願いしてございます。大蔵省もそういう方向で行政指導するということを言われておりますし、この前参考人としてお見えになった北原さんも、もし限度額を超える保険金額の支払い請求があっても、それが妥当なものと考えられる場合には支払うということをたしかここでおっしゃったと思います。そういう意味でへ私たちとしましてはこの法律の運用に当たっては、社会的に見て妥当性のないことが行われないように最大限の努力をしていくつもりでございます。
○諫山委員 終わります。
○小宮山委員長 午後二時四十五分から委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後一時十七分休憩 ————◇————— 午後二時四十六分開議
○小宮山委員長 休憩前に引き続き、会議を開きます。 質疑を続行いたします。稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 前にいろいろな質問があったかと思うので、ダブることがあって恐縮だと思うのですが、まず委付主義ということで、それが採用されておった。ところがそれが被害者保護の見地から合理的でないというふうにされていて、現在わが国以外にはこの委付主義をとる主要海運国はない、こういうわけでしょう。それならどうして委付主義というものをいままでとり続けてきたことになるわけですか。もっと早くやめたらいいんじゃないですか。そこら辺のところ、それと、たしか二、三年前にこの法案が出るということで、私どもも説明を受けたことがあるのですよ。二年前か三年前か忘れましたが、それがどういう事情で出なかったわけですか。
○川島(一)政府委員 委付主義を改めるのがおくれた理由でございますが、 〔委員長退席、大竹委員長代理着席〕 これは、国内的には委付主義を改めるという機運が出てこなかった。それが出てくるまでに若干の年数を要したという海運界の事情が一つございます。それからもう一つは、国内法制の整備のための検討の期間が必要であったということでございます。 もう少し詳しく申し上げますと、この条約ができました一九五七年、昭和三十二年当時におきましては、海運界の事情がまだ戦後の打撃から完全に立ち直っていなかった。保険制度も充実していなかった。そのため海運業者の方では、金額責任主義をとった場合に、保険料その他の関係で十分に企業の採算がとれないおそれがあるのではないかというようなことを懸念したことが挙げられておるわけでございます。 それから、国内法の整備の関係でございますが、これは法務省の立法作業の問題でございまして、法制審議会の商法部会において取り扱ったわけでございますが、当時、商法改正の問題がございまして、その検討に商法部会が全力を尽くしておったという関係でこの審議が始まったのがおくれたわけでございます。しかしながら、昭和四十六年から七年にかけましてこの問題を非常に強力に推進いたしまして、四十八年の二月には法制審議会の要綱もまとまった。そこで法務省といたしましてはこれを直ちに法案の形にいたしまして国会に提出したかったのでございますが、当時法務省としては商法改正の問題を国会にお願いしておりまして、その審議がかなり長引きましたので、その商法成立を待っておったというような事情もございます。そういうことでおくれたわけでございます。 それから、委付主義をとっている主要海運国がほかにないという点でございますが、御承知のように、船主責任制限の制度といたしましては、委付主義のほかに執行主義とか船価主義とかいろいろございます。このうち委付主義というのは最も古い制度でございまして、フランス商法が委付制度をとっておった。日本の商法はこれにならったわけでございます。フランスにおきましては一九六七年、昭和四十二年に国内法の改正をいたしまして、そしてこの条約にも加入して、そこで委付主義を金額責任主義に改めたということになっております。わが国は若干おくれまして、今回これをお願いしている、こういう状況でございます。
○稲葉(誠)委員 だから、おくれたという理由が、海運界の事情が一つは大きな理由になっているというふうに承ってよろしいでしょうか。よくわからないのですが。ブリュッセルかどこかで会議がありましたね。そのときに海運界としては、昭和三十二年ですか、だからもう相当、戦争が終わって十年以上でしょう、復興しているし、十分のめる状態だったのに、それを意識的に避けて、そして世界のほかの国々からいろいろ非難を受けたんじゃないんですか。そうじゃないかと思うのですが、これはまあいいですけれどもね。 それから、よくわからないもう一つは、そうすると、この法律案は大して重要じゃないんじゃないかということなのかな。結論は、重要じゃないから後回しされたということなんですか。何かどうもそういうふうに聞こえるのですけれどもね。法制審議会と言ったって、じゃ、お聞きいたしますけれども、条約がありますね、条約を国内法に直すのに法制審議会でどれだけの作業が要るのですか、この法案について。条約と国内法とどういうところが違うのですか。
○川島(一)政府委員 少し初めの方からお答えいたしますが、海運界の事情でございますが、私、詳しいことは承知しておりませんが、昭和三十二年にブラッセルでこの条約が成立いたしましたときに、日本の代表はこの会議に出席いたしましたが署名をしなかったわけです。というのは、この条約の趣旨には賛成である、しかしながら国内でいろいろ実際界の意見を聞いたところが、日本の実情としては、まだ業界としては、そこまでの自信がないということで、その当時この条約に直ちに加入するということは困るという状態であったというふうに聞いておるわけでございます。その後、三十二年から約十年くらいたちまして、運輸省から法務省にあてまして、この条約を批准するための準備をしてもらいたいという要請が参ったわけでございますが、そのとき聞いたところによりますと、海運界におきましても大分事情が変わってきておって、そして日本が主要海運国にのし上がっておるし、この条約にいつまでも入らないでいるということは世界の大勢におくれることになるので、早く準備をしてもらいたい、こういうことであったわけです。 それから法務省といたしましては、先ほど申し上げたような商法部会における審議をかなり重ねたわけでございますが、その主たる内容は、むしろ条約の規定している実体的な部分ではなくして手続的な面でございます。この手続の面につきましては、今回の法律案は約百一条でございますが、そのうち九十条近くがこの責任制限手続に関する規定でございます。この条約の方ではその手続につきましては国内法にゆだねることになっておりまして、たしか条約の第四条に、基金の形成、分配、手続に関する規則は国内法令で決めるということにしております。それでドイツあたりでは相当詳細な国内法を制定しておりまして、それを参考にいたしまして、日本でも日本の訴訟手続なりほかの非訟事件の手続を参考にいたしまして決めたものでございますので、これには相当な時間を要したというわけでございます。会議の回数にいたしましても、月一回というような数ではございませんで、もっと頻繁に会議を何度も開いております。
○稲葉(誠)委員 そうすると、条約の国内法をつくるのに手続的な規定を中心にしなければならないということで、それほどむずかしいものだということは、あるいはいろいろ関連しているところがあるからそういうふうに長くなるのかもわかりませんけれども、どうもちょっとわからないのですが。 そこで、これは船の所有者の責任とそれからたとえば自動車の所有者の責任と、法律的に言って違うようなことが考えられるのですか。自賠法三条との関係等からいってそこはどういうふうに理解したらよろしいんでしょうか。
○川島(一)政府委員 御承知のように、立て方は若干違うわけでございまして、自賠法の運行供用者でございますか、その責任はかなり無限責任、無過失責任に近い制度になっておりますし、それから船舶の所有者につきましても、それほどではございませんけれども、ただ船舶を運航する者が船長その他の船員であるわけでございますので、その船員や船長に対する船舶所有者の使用者責任ですね、この点ではかなり一般の場合に比して責任が加重されておるということになっております。これは従来判例で認められておったわけでございますが、今回の改正案におきましては商法六百九十条の規定を改正いたしまして、そこに従来の判例の趣旨を明文でもって規定するということにいたしております。
○稲葉(誠)委員 だから、具体的にどういうふうに違うのですか。自賠法三条の場合といまの商法の六百九十条の場合とどういうふうに違うんですか。責任関係で立証責任なんか違うわけでしょう。同じですか。
○川島(一)政府委員 細かい比較になりますといろいろ違った点が出てくるわけです。まあ、自賠法の場合は運行供用者に過失がなかったということを自分の方で立証する責任があるということになっておりますが、船舶所有者の場合にはそういう立証責任の転換といったようなことは特にございません。ただ、先ほど申し上げましたように、使用者責任というものが一般の場合よりも加重されておる。というのは、民法七百十五条の規定でまいりますと、使用者の選任、監督につき過失がなかったということを立証した場合には使用者は責任を負わないわけでありますが、船舶所有者の場合にはその立証によって自分の責任を免除されるということが除かれておるということでございます。つまり、船長あるいは船員の故意、過失による損害については船舶所有者は常に責任を負わなければならない、こういうたてまえになっておるわけであります。
○稲葉(誠)委員 船の場合でも自動車の場合でも、運行によって利益を得、それから運行を支配しているという形ならば同じなんじゃないですか。同じような体系で法律をつくってもいいのじゃないですか。自動車の場合は非常に頻繁度が高いとか、船はそこまでまだ行ってないとか、あるいは違うのかもわかりませんけれども、そこら辺はどこから出てくるんですかね。 まあそれはそれとして、日本の領海の中で起きた場合、それから外国の領海で起きた場合、それから公海で起きた場合、それから日本の船同士で起きた場合、日本の船と外国の船とで起きた場合、それから外国の船同士が日本の領海でやった場合とか、いろいろあるでしょう、場合が。それはみな同じですか。この法律が全面的に適用になるわけですか。外国船同士で公海でやった場合にはこれは適用にならないんでしょうけれども。
○川島(一)政府委員 一応すべての場合について、もし国内で責任を制限する必要があるとすればこの手続に乗ることができるというたてまえにはなっているわけです。ただ、実際問題としてその必要がない、たとえば国内で執行すべき財産がないという場合にはその手続をやることが無意味でございますから、そういう場合には裁判所に申し立てがないであろうと思われますけれども、理論的にはすべての場合について責任制限手続を申し立てることができるということになっております。
○稲葉(誠)委員 外国船が日本で事故を起こした場合、日本で事故というのは日本の領海のことでしょうね、事故を起こした場合でもこの手続はとれるのですか。相手が承知しなかったときはどうするのでしょう。そういうことはないのですか。
○川島(一)政府委員 たとえば日本の領海内で外国船と日本の船とが衝突した。そうして事故を起こした。で、外国の船が責任を制限したいという場合に日本の裁判所に申し立てることはできるわけです。これは一方的な申し立てでございますから、相手方の承諾というものは問題にならないわけです。そういう意味で可能でございます。
○稲葉(誠)委員 日本の場合はどうですか。日本の方が被害を受けたときがある。逆な場合はどうなんですか。どういう場合ですか、外国船が日本の領海の中で加害者になった場合ですか。 私の聞きたいのは、この条約にまだ加盟してない国がきっとあるでしょう、そういう国との間で事故が起きたときはどうなのかということなんですよ。
○川島(一)政府委員 国際条約の関係から申しますと、加盟国同士では常にお互いに責任制限を認め合わなければならない。しかし加盟してない国との間ではこの責任制限を認めなくてもいい。それはその国の任意であるというたてまえになっておりまして、わが国の法制は、たとえ締約国でない国の船でありましても責任制限ができるというたてまえでつくっておるわけであります。これは従来加盟しておりますイギリスとかドイツとか、そういう国でも同じたてまえをとっておりますので、わが国も特段非締約国を除外する必要はなかろうと考えたわけでございます。
○稲葉(誠)委員 それから、日本の船と外国の船が衝突した、そういう場合、日本政府としてはどういう場合に責任を負うわけですか。よく考えて答えてくださいよ。日本の政府が責任を負う場合もありますか。
○川島(一)政府委員 この条件ですと、要するに船舶の所有者の責任の問題でございますから、船舶を政府が所有しているという場合以外には、ちょっとこの条約の関係では責任制限が問題になることは政府に関してはあり得ないのじゃないかと思います。
○稲葉(誠)委員 これは軍艦の場合は適用にならないわけですか。
○川島(一)政府委員 第二条の第一号でございますが、船舶の定義がございまして、これによりますと、「航海の用に供する船舶で、ろかい又は主としてろかいをもって運転する舟及び公用に供する船舶以外のもの」となっております。したがって、いまおっしゃったのは軍艦ですか、日本には軍艦がございませんけれども、そういうようなものは公用に供する船舶として当然除外される。この法律の適用からは除外されるということになります。ここにある「公用に供する船舶」としては、たとえば監視船のようなもの、こういうものも入るわけです。
○稲葉(誠)委員 日本に軍艦がないという話だったけれども、話は脱線しますが、どうして軍艦がないのだろう。軍艦と普通の船舶との定義はどう違うの。
○川島(一)政府委員 私は、知らないこと、専門外のことをつい常識的に考えましてお答えしたわけで、間違っておれば訂正させていただきます。
○稲葉(誠)委員 間違ってないのですよ。軍艦の定義というのはなかなかむずかしいですよね。いわゆる軍艦というのは船だけじゃない場合もありますからね。動く基地というものもあるからなかなかむずかしいですよ。日本のいわゆる軍事基地なんか軍艦だという説もあるし、そこへ船が入ってきたときに軍艦だという説もあるし、なかなかむずかしいですが、まあそれはいいです。 私の聞きたいのは、いまのたとえば刑事の場合の被害者、たとえば三菱重工のような事件があるでしょう、ああいうところで被害者がたくさんあらわれますね。それに対して被害者補償をしようという考え方が強いわけでしょう。その根拠というのは、国が犯罪を起こさせないように犯罪を防止する義務があるという考え方が一つですね。同じように、国も船の安全を確保し、船が衝突などいろいろな事故を起こさせないようにする義務があるのだという考え方になってくると、日本の船とほかの船とが衝突した場合に日本の政府が責任を負うということが考えられてくるのじゃないですか。義務違反だということになってくると、そういう場合もあり得るのじゃないかというふうに思うのです。ちょっとこれは飛躍した議論なんですよ。飛躍したことを知っていて聞いているのですけれども、そういうことが考えられてくるんじゃないかということを疑問に思っているわけですよ。それで聞いたわけなんです。だから、いま言った議論から、あるいは日本の民間の船であっても衝突したときに日本の国が責任を負わなければならないという場合はないんでしょうか。どうなんでしょうか。
○川島(一)政府委員 そういった視野を広げますと、いろいろ国が責任を負うべき場合というのも考えられると思います。船の場合で言えば、たとえば国が民間の船を借り上げて運送に使った、ところが船舶賃借人としての立場で過失なくして損害を生じたというような場合に、この法律の適用が問題になることがあろうかと思います。 それから、さっきおっしゃった例に関連して、たとえば国が設置する灯台に瑕疵があったというような場合、それが競合して船舶事故の原因になったという場合に国の責任が追及される場合もあろうかと思います。この責任は、この法律でいわゆる責任を制限できる責任とは違うわけでありまして、それは別途、この手続以外で追及されることになろうと思います。
○稲葉(誠)委員 灯台に何か瑕疵があったというのは、七百十七条のあれでいくのですか。そういう考え方もあるのですか。営造物の瑕疵か何かになるのですか。
○川島(一)政府委員 国家賠償法の二条ですか、あれが適用になってくる場合もあろうかと思います。
○稲葉(誠)委員 責任制限の手続、いろいろ書いてあるのですが、責任制限の効果が生ずるというのはいつになるわけですか。
○川島(一)政府委員 責任制限の効果が生じますのは、申し立てをいたしまして、そして裁判所が開始決定をする、これによって手続が開始されるわけでございますが、その開始の時点で責任制限の効果が生ずるということになります。 〔大竹委員長代理退席、委員長着席〕 規定で申し上げますと、この法案の第三十三条で「責任制限手続が開始されたときは、制限債権者は、この法律で定めるところにより、」云々と書いてございますが、これが直接には責任制限の効果の規定であるというふうに考えております。したがって、責任制限手続が開始されたとき、これは裁判所が責任制限手続の開始決定をしたときであるというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 それは開始決定が確定しなくてもいいのですか。
○川島(一)政府委員 開始決定が後で取り消されるという場合がありますけれども、その場合はさかのぼって効果がなくなるということでありまして、別に開始決定があった以上、その確定によって初めて効力が生ずるというものではございません。
○稲葉(誠)委員 この条文の第三条で、「損害の発生が、船舶所有者等にあつては自己の故意又は過失によるもの」こうありますね。船長というものの船の中においての具体的な役割り、それはどういうことなんですか。「船舶所有者等にあつては自己の故意又は過失」でしょう。だれの過失が主に普通の場合は考えられるわけなんですか。ちょっと船の中の構造がよくわからないのですよ。船の中にどういう人がいて、船長がいるとか機関士がいるとか航海士がいるとかして、それがどういうふうな役割りを皆担っておるわけなんですか。普通はどういう人の行為によって過失が生ずるわけなんですか。
○川島(一)政府委員 まず規定の方から申し上げますと、この三条一項ただし書きは責任制限ができない場合でございますね。「船舶所有者等」というのは、二条の二号に定義がございますように、船舶所有者、船舶賃借人、それから傭船者などでございます。こういった人たち自身に故意または過失がある場合には自分の責任を制限することができないということになるわけです。ところで、船長などは船舶所有者の使用人でございます。しかしながら、実際に船舶を動かすのは船長であって、船舶所有者というのはむしろ船に乗っていないので、会社である場合もありますけれども、船を動かす者ではないわけです。したがって、現実に事故が起こる場合には船長の過失という場合が多いと思います。けれども船舶所有者に過失があるというのは、たとえば十分な船員を雇わなかったとか、あるいは船の装備を完全にしておかなかったとか、そういう状態で船を発航させたというような点について船主としての責任を問われる場合がある、そういう場合に船主に過失があったということになるわけです。
○稲葉(誠)委員 この前から問題になっているようでしたけれども、この国内法によって一体だれが一番利益を得るのかということで、実際に被害に遭った人のてん補というか補償というか、そういうふうなものが不十分だというふうな意見がちょっとこの前ありました。そういう点についてはどういうふうに考えているわけですか。
○川島(一)政府委員 これは制度の問題でございますから、当然だれの利益かということが問題になりますけれども、一つは委付主義との比較の問題がございます。委付主義の場合は主たる引当財産は船舶自体でございます。大きな事故が生じて船舶が沈んだとかあるいは大きな破損をしたという場合を考えますと、その引当財産である船舶の価値が著しく減る。それに対して損害が非常に大きいという関係で、委付主義というものはそういう場合に非常に不合理だと言われておるわけでございまして、それに対して今回の金額責任主義というのは、船舶のトン数に応じて金額がふえていくということになりますので、考え方としてはこの方が合理性があるということが言えるわけです。しかし、責任の制限をされるという面から言えば権利者としては完全な弁済を得られないという場合があるわけですから、まだこれで十分だとは言えないわけですが、これは国際的な問題も絡みますし、別の問題になってこようかと思います。 それから利益を受ける者としては、ほかには船舶所有者ですね。これは委付主義のもとでは企業の採算性というものがとれない。つまり損害が生じた場合に、どの程度の価値の船舶が残って、それを委付することによって責任を免れ得るかという点の計算が非常にむずかしいわけですが、この金額責任主義のもとでは、保険制度などを利用いたしますと、かなり合理的な企業の採算性というものがとれてくるのではないかということが言われるわけでございます。したがって、保険との関係で運賃というようなものが合理的に世界共通に定められてくることになるのではなかろうか、こういった影響が考えられるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 責任制限をするという議論が一体どこから出てくるのですか。どういう要請からそういう議論が出てきているのですか。海運業界の利益を守るというか、そういうところから出てくるのですか。合理的か何か知らぬけれども、採算から出てくるのですか。何も責任制限しなくたってよさそうに思うのですけれどもね。責任制限しなかった場合と、した場合と、被害を受けたというか、そういう人たちから見るとどういうふうに違うわけですか。責任制限を受けてしまうとそれ以上のものはもう取れなくなってしまうのですか。
○川島(一)政府委員 責任制限の根拠の問題ですが、これは前回谷川参考人が主として述べられたと思いますが、中世にあっては船舶自体を一つの企業体という考え方が強かった。それは海上企業の非常な冒険性によるものである。それがだんだん進化して金額責任へと転化していった。そういった沿革的なものが一つあると思います。それからもう一つは、船舶事故によって損害が生じた場合に、なるべくその損害を船舶所有者に支払わせるという、先ほどもちょっとお話出ましたけれども、使用者責任の強化という面で船舶所有者には責任が重くなっている。それに対するいわば見返り的なものもある。究極的には、保険が非常に発達して、いかなる損害が生じても合理的な保険料で担保できるような制度になればこういうものは要らないと思うのですが、現在の世界の事情がまだそこまで行っていないということではないかと思います。したがって、現在国際条約によってこの程度の責任制限をしろ、それはやむを得ないということになっておりますので、日本だけが責任制限を撤廃するということになりますと、これは日本の海上企業が国際競争場裏において不利益をこうむるということになりますので、そこは世界の海運国と肩を並べて同じ制度を採用しよう、こういうことになっておるものと了解しております。
○稲葉(誠)委員 責任制限されたというか、そういう手続をとられてくると、それ以上の損害があった場合はどうなるのかということですよ。別に残るのですか、もう残らなくなっちゃうのですか。
○川島(一)政府委員 まず第一に、その損害が発生いたしました場合に責任制限をするかどうか、これは所有者の自由でございます。ですから、制限額以上に損害が発生した場合には全部それを払ってしまうことはもちろん差し支えないわけです。それから、責任制限をいたしますと、責任制限手続の中でその限度額の範囲内での支払いがなされるわけでございますが、これは責任を解除するということになります。しかしながら債務としてはまだ残っておるわけですから、これは自然債務的なものとして残っており、支払う責任はないけれども、もちろん支払うことは差し支えないし、望ましいことだというふうに思うわけです。
○稲葉(誠)委員 自然債務というのは、それはあることはあるのでしょうけれどもね。 そうすると、この責任制限の手続をとるについて、被害者というか、そういう人たちの同意とかなんとかはどういうふうになっているのですか。それは要らないわけですか。
○川島(一)政府委員 法律の定めております要件に従う限りにおいては、被害者すなわち債権者の同意なくして責任制限ができるということになります。
○稲葉(誠)委員 それは条約そのものから出ているわけですか、そのことは。あるいはどこの国でもその条約を批准している国は皆そういう手続ですか。そういう内容になってくるわけですか。
○川島(一)政府委員 当然そうでございます。条約そのものから出てくる結論でございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、これは人命が害された場合なんかも含まれるわけでしょう。それは普通どういうふうに計算するわけですか。
○川島(一)政府委員 この法律によりまして責任限度額というものが決まっておるわけです。これは第七条にございます。そうしてこのうち、物の損害と人の損害とに分けまして、物の損害については一単位の千倍に船のトン数を乗じて得た金額、それから人の損害については千倍ではなくて三千百倍ということになるわけです。そして人の損害に関する債権が幾つもたくさんございます場合には、その債権の間では平等弁済、平等の割合で弁済するということになります。物の損害との関係では、三十一分の二十一については人の損害に関する債権が優先する。残りについては、人の損害に関する債権の残額と物の損害に関する債権とが平等の割合で、残りの三十一分の十について弁済を受ける、こういう形になってくるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 私もよくわからないのですが、この七条の、人の損害に関する債権のところで、これは各人の、受けた人の全部総計のことが書いてあるのですか、これは。そうするとどういう計算になるのか、ちょっと例をもって計算していただきたい。人数が非常に多かった場合に一人当たり幾らぐらいになるのですか。その計算はどういうふうになるのですか。
○川島(一)政府委員 ちょっと例と申しますとむずかしいのですが、たとえば一万トンの船が事故を起こして何人かの人が死亡したという場合を考えますと、一万トンの船につきましては一単位の三千百倍で大体七億四千万というのが責任限度額になるわけでございます。そこで、その場合に、物の損害がある場合とない場合とございますから、物の損害がなかったといたしますと、その七億四千万を各死亡した方の損害賠償額、それに応じて案分してお払いすることになるわけです。ですから、仮に七十人もあったとすれば、これは一人一千万ちょっとということになるわけです。
○稲葉(誠)委員 そこら辺でよくわからぬようになってくるのは、たとえば飛行機の場合は——飛行機の場合はもっとも条約がいろいろありまして、三つぐらい条約がありますね。あれは保険という形で出るのかどうかわかりませんが、非常に額が大きいですね。五千万、六千万という数字が出てくるでしょう。いまのこの問題で言うと、責任制限が一千万ぐらいで非常に限定されてしまう場合ができてくるんじゃないですか。たとえば一万トンの船で亡くなった人が七十人と言うけれども、ぼくは一万トンの船に何人ぐらいの人が乗るのかよくわかりませんが、船が沈没してしまったら七十人ということはないでしょう。数が多くなったら一人当たりは減ってしまうのでしょう。そういう形になってくると、金額が非常に少ないのじゃないですか。私もよくわからないものですから具体的なことをよくわからないで聞いているのですが、三千百単位という数字はどこから出てきたのですか。これは根拠はどこから出てきているのですか。飛行機の場合と比べて非常に少ないですね。自動車の場合に比べても少ないのじゃないですか。
○川島(一)政府委員 三千百倍がどこから出てきたかということは私もちょっと承知いたしておりません。ただそういうふうに国際条約で決まったということです。 それから、実際にそれによって計算した責任限度額が果たして少な過ぎるかどうかという問題、この点はわれわれも非常に気になるところでございますが、実際にいままで発生した海難事故につきまして若干の事例を当てはめて考えた場合に、まずこれで賄えない場合はないということのようでございます。したがって、それは太平洋の真ん中で何百人という人が死んでしまったというような場合を考えますと、これは限度額では足りない場合も考えられますけれども、実際に起こった損害から当てはめて計算をいたしますと、この責任制限額というものは、これで処理し切れないほどの低い額ではないということが一応出てきておるようでございます。この点は運輸省にもいろいろお調べいただきましたし、先日の参考人に保険関係の方もございましたが、あの方のお話によっても御理解いただいているところと考えております。
○稲葉(誠)委員 保険はまた別じゃないですか。保険は自分で掛けているのでしょう。そうじゃないのですか。被害者の方が自分で掛けるのと違うのですか。そういう保険もあるし、そうでない保険もあるけれども、保険はまた別のことで考えなければいけないのじゃないですか。だから、この三千百単位というのはどこから出てきたのかと聞いているのですよ。これは合理的な理由——合理的な理由はないと言えばないかもわからぬけれども、それがわからないでこの法案を出していて、これを通してくれと言われてもこれはちょっと無理だな。きょうはだめだな、これは。この三千百というのはどこから出てくるのですか。
○犬井説明員 お答え申し上げます。 いまおっしゃいましたその三千百フランという金額がどういう根拠から出てきたかということについては、条約会議のときの議事録などを見ましても明確なものはございません。しかしそれに至るまでの過去の海難の実例から見て、この程度の金額ならば限度額としてまあ合理的なのではないかという判断があったということだと思います。それで現にこの法案を立案しますときに、これは保険でございますが、船舶所有者が船舶の運航に当たって第三者に与えた損害についての保険制度があるわけでございます。これがいわゆるPI保険、船主責任相互保険組合という保険でございますが、その保険が扱った事例を見ましても、この限度額を超えるものはほとんどないということが調査の結果わかっております。ただ、私たちとしましては、御指摘のように、旅客船がお客をたくさん乗っけて沈んだ場合には、一人当たりの賠償額がこの責任限度額のもとでは非常に少なくなるのではないかというおそれがあるということを考えまして、この法律では国内旅客船の旅客の船主に対する債権は制限できないのだという手当てをしてございます。これは条約にないことでございますけれども、日本の国内に非常に旅客船が多いということがございますので、そのことを考えまして、国内の船主と国内の旅客の間のことについて条約の例外をつくるんなら、それは条約との関係で問題ないのではないかという判断から、国内の旅客船の旅客の船主に対する死傷についての債権というものは、これは無制限にするのだという手当てをしてございます。
○稲葉(誠)委員 それはどこへ出てくるんですか。
○犬井説明員 法律の三条の第二項でございます。そこに、「本邦の各港間のみを航海する日本船舶の船舶所有者等又は船長等は、運送されるため当該船舶上にある者の生命又は身体が害されることによる損害に基づく債権については、前項の規定にかかわらず、その責任を制限することができない。」というふうに書いてございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、第三条の特にこういうふうな場合の被害者の保護の場合ですね。ところが外国船に乗っていてあれした場合はそれはだめなのか。その場合の保護はないわけですか。そういうことになるの、結論的には。
○犬井説明員 外国の旅客船に乗って死傷、損害を生じた場合には、その事件が日本の裁判所に提起された場合にはこの法律が適用されます。したがいまして、その場合には第三条第二項の規定は適用ございませんから、責任制限の対象になるということでございます。
○稲葉(誠)委員 そういうことでしょうね。だからいろいろ問題は出てくるわけですね。 それから人間の命の計算方法で、日本人の命の計算と外国人の命の計算と非常に違いますね。価値というかね。ことにアメリカの場合は非常に高い計算をしますね。それはどういうわけなんですかね。 それからもう一つ、ついでに聞いちゃいますけれども、この計算の方法についていまホフマンとライプニッツとあるでしょう。このごろそれが混乱していますわね。いままではずっとホフマンでいったのが近ごろはライプフニッツがふえてきた。そういうふうになってくると金額が減ってくるでしょう。そこら辺のところは、法務省としてはどういう計算の仕方が正しいというふうに理解しておるわけですか。これは裁判の問題にも関連するから余り言えないかもわかりませんけれどもね。事案によって違う場合もありますけれどもね。
○川島(一)政府委員 まず、その外国と日本、国によって人命の損害賠償額が違うという点でございますが、これはそれぞれの社会における歴史的な事情もございましょうし、それから収入の程度が違うとかいろいろな関係がございます。たとえばアメリカは日本よりも数等高く評価される、しかしインドあたりでは日本よりはるかに低いといったような非常に格差があるわけでございまして、これはやはりその社会の経済的な発展の程度だとか、いろいろ歴史的、感情的なものが違うわけでございますので、これをにわかに同一にするというわけにはいかないと思います。ただ、たとえば外国人が日本で裁判所へ請求をするというような場合には、やはり日本は日本流の計算をするのではなかろうかというふうに思うわけでございますが、それはともかくといたしまして、この格差というものはなかなかむずかしい問題であるというふうに思います。 それから、ホフマン式とライプニッツ式の問題でございますが、これは、将来得べかりし利益の損失、逸失利益の計算の場合の中間利息を控除するその方法の問題でございまして、どちらが合理的かというとライプニッツ法の方が合理的だと言われておるようでございますし、理論的にはそういうことが考えられるようでございます。しかし、実際の問題として、どちらが妥当な額が得られるか、ことに将来のことになりますと貨幣価値も変わってまいりますし、いろいろ不安定な要素がございますので、私、いずれが妥当かということはちょっとここでは申し上げかねるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 いろいろまだ聞きたいこともありますけれども、これで質問を終わりましょう。
○小宮山委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○小宮山委員長 討論の申し出がありますので、これを許します。諫山博君。
○諫山委員 私は、日本共産党・革新共同を代表して、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律案に対し、被害者の権利救済の立場から反対討論を行います。 まず第一に、現行商法の委付主義は、船舶を中心とした海産を委付することによって船舶所有者等の責任を制限できるということで、船舶が沈没した場合には船舶所有者等の責任額が事実上皆無になり得るということ、あるいは示談交渉等においても委付制度を背景に賠償金を低く抑えることができるなど、被害者の保護に著しく欠ける不合理なものであります。 しかし、実際に船舶所有者等が委付をしたという実例はきわめてまれで、法務省の資料によっても、昭和三十五年から四十八年までの十四年間に合計十一件、年平均一件弱という数字が示しているように、委付の手続はきわめてまれにしか行われていません。したがって、現行商法のもとで、被害者の損害賠償請求権は事実上それほど大きな制限を受けずに運用されていると言うことができます。 ところが、このたびの法律案では、船舶所有者等が負うべき責任限度額はきわめて低く抑えられ、被害者の実際の損害をてん補できないことがしばしば起こり得ることになります。そして被害者の損害は、本法案に基づく限度額以上のものについては賠償を求める道を事実上断たれる結果となります。本法案成立後は、本法案に基づく責任制限手続は比較的頻繁に活用されるであろうという参考人の意見からも、この制度が被害者に対して現行の委付制度以上に不利益な作用を及ぼすであろうことは明らかであります。 第二に、この法律によって保険会社が支払う保険金が、事実上責任限度額に限定されるであろうという問題があります。この面から見ても、被害者の受けるべき賠償金が現在以上に抑えられるという新たな不利益が予想されます。 したがって、この法律案は、被害者にとって現行法以上の不利益を与えることになり、わが党としてはとうてい賛成し得ないものであります。 公害などにおいて加害企業の責任が厳しく問われ、無過失賠償責任制度の確立が強く求められている現在、この法律案は、加害者の責任を追及して被害者保護を強めるどころか、逆にこの当然の要請に背を向けるものであることを指摘して、本法律案に対する反対討論を終わります。
○小宮山委員長 これにて討論は終了いたしました。 —————————————
○小宮山委員長 船舶の所有者等の責任の制限に関する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。
○小宮山委員長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 お諮りいたします。 ただいま議決いたしました本案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
○小宮山委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○小宮山委員長 次回は、来る十八日水曜日、午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時四十七分散会