法務委員会 第5号
- 発言数
- 80 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1975/02/21
会議録
○小宮山委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、裁判所職員定員法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。横山君。
○横山委員 わが国におきます裁判というものにつきましては、立法府であります国会が裁判の内容についていろいろ議論をいたし、あるいは判決のあるべき姿について議論をいたしますのは、これは差し支えのあることであります。しかしながら、本院にかかっておりますこの法律案を審議するに際しまして、国民の一人として、今日わが国の裁判がどういう状況になっておるかという点についてはきわめて関心の強い問題でございますから、きょうは、新任の寺田事務総長においでを願うというか、そちらからおいでになったのを機会にというか、ひとつ一遍隔意のない意見交換をいたしたいと考えるわけであります。 私が、この法案を審議するに際してもう一度、素人ではありますが、私なりに日本の裁判及び裁判官というものをながめてみまして、物差しに一つ感じたことがございますのは、かつて私が同僚諸君とヨーロッパを旅行いたしました際に、どこの最高裁判所の門でございましたか、著名な文句を見ましたのをいまでも脳裏に鮮やかに残しておるわけでございます。たしかその言葉は「正義の判決あるところ戦争なし」という文句であったと記憶をいたしております。正確ではございませんが、少なくとも正義の裁判が行われているところには戦争というようなものはない。人間の不満とか不平とかあるいは社会的な不公正とか、そういうものは、常に正義の裁判によって是正される、担保される、そういうことだったと記憶をいたしておるわけであります。その意味において、わが国の裁判がそういうふうに本当になっているであろうかどうかということをもう一度考えてみたいと思うのであります。 裁判というもの、この焦点にあります裁判官が、本当に全身全霊をもって裁判に没頭しておられるかどうか、また打ち込めるような状況になっているかどうかということが第一だと思います。この間の委員会で私は、ある地方で朝、突如として死んでおったという孤独な裁判官の問題を提起いたしまして、最高裁のお答えを願ったことがあるのでありますが、他の問題に拘泥することなく、裁判に本当に裁判官が没頭できているかどうか。その意味では、裁判官が司法行政という問題にきわめて時間を割かれており、裁判官であるにかかわらず裁判をしない裁判官が少なからずおるということについては、私どももここで議論をいたしておるところであります。 第二番目に、国民の期待をするような迅速な裁判がいま行われているかどうかという問題があろうと思うのであります。時間の関係上省略はいたしますが、ここに犯罪白書がございます。四十八年度版でありますが、その中で、迅速な裁判が今日必要なことであろうということで、特に一節を設けて、迅速な裁判がわが日本において行われているかどうかの分析をいたしておるのでありますが、これによりますと、大まかに言いまして、簡易裁判所におきましてはわりあいに速くなっているが、高等裁判所、地方裁判所、特に地方裁判所においては迅速な裁判ということには逆行の状況にあるということが分析をされておるわけであります。そういう、裁判官に与えられている基本的な任務のうちの、迅速な裁判が次第になされていかない情勢というのは一体どういうことなんだろうかということであります。 それから第三番目に、裁判官は権力やあるいは内外からの影響をいま実際問題として受けているかいないか。憲法あるいは法律によって確保されております裁判官の独立不覊の判断、そういうものが果たしてほかによって影響を受けているかどうか。司法の独立を叫ばれて久しいものがございますが、そういうことがなぜ言われるに至ったのであるか。この点について後で少し議論をいたしたいと思うのでありますが、そういう、裁判官は権力あるいは内外からの影響を受けているかいないかということ。 第四番目に、裁判官のバックグラウンドであります生活が安定して、顧慮せずに裁判に十分努力し得るような客観情勢にあるのであるかどうかということでございます。この点も、家族と離れて独身生活をしておって、朝、突如として死んでおったという裁判官があるということ自身に、裁判官が不安定な生活状況を続けておるということも言えるのではないかと思います。 それから第五番目に、裁判官は仕事をし得る環境が整備されているかどうか。いかに裁判官が有能であっても、また仮に裁判官の数をふやしたとしても、裁判官が、自分が仕事をし得るような客観情勢に恵まれておるかどうかということになりますと、法廷の不整備とかあるいは書記官が足らないとか、数々の問題があると思いますが、環境が整備されているかどうか等々、まあ弁護士でもない素人の私がいろいろ考えられる条件を探ってみますと、なかなか今日、裁判官が、また裁判が、国民の期待に沿うような条件下には必ずしもないのではないか、これは大まかに言って、ないのではないか。 それを毎年毎年ここで、法務大臣初め最高裁の皆さんにおいでを願って議論をして、来年度予算にはひとつ何とかしようではないかとお互いに言い交わして、そうしてその年の予算では、まあまあ努力したけれどもこのくらいでがまんをしよう、ほかの各省もそうであるからがまんをしようということで毎年毎年過ぎ去っている。こういうマンネリ化した状況というものをどう考えたらいいのであろうかというふうに、私は法務委員の一員として自問自答してみたわけであります。申すまでもなく、今日、この最高裁判所の予算につきましては、いわゆる二重予算と称する特別な権限が許されており、法に明記されており、——それを有効に活用したことは一回もないのでありますけれども、そういう条件下にありながら、毎年毎年何となくというふうに過ぎ去っていく状況が果たしてよいのであろうかどうか。まあここで私どもが質問をし、法務大臣なり最高裁がお答えになることは、まあまあ適当にお答えになって、努力はいたしますと言うておるんだけれども、そういうことを一体いつまで続けてよいのであろうか。なるほど、裁判の状況が突如として大変なことになるということはありません。したがって、突如として大変なことにならないし、突如として世間が騒ぐようなことはない、順次この方向が流れていく、悪化していくという問題でありますから、なかなか折り目はつけがたいにしても、事務総長がかわった機会に、あるいはまた大臣がかわった機会に、今日の日本の裁判のあるべき姿、また満たされざる点、そういう点について、時には折り目をつけたらどうかと考えるわけであります。 少し前置きが長くなりましたが、私が新任の事務総長にお伺いしたいことをきょうは一般的に質問をしたわけであります。こういう点について、経験豊かな方でありますから、初めて事務総長にはおなりになったにしても、過去の経験を踏まえて事務総長におなりになった、そういう立場から言うて、どんなことを、私の感想、意見についてお考えになっておられるのであるか。きょうはひとつ差しさわりのない気楽な立場で結構でございますから、一度お答えを願いたいと思います。
○寺田最高裁判所長官代理者 近代民主国家における司法裁判の重要性という点につきましては、いま横山委員からるるお話しがございましたとおりでございまして、私どももその基本点において全く考えを同じくするものでございます。 個々の問題につきましては、いま多岐にわたっておりまして、その具体的な一つ一つについてはあるいはこの後お尋ねをまって逐次申し上げたいと思いますが、大きく分類いたしまして、裁判の適正の問題、それから裁判の迅速の問題、さらにはその環境づくりの問題、かようなことになろうかと考えている次第でございます。 裁判は、何と申しましても適正、公正でなければならないものでございまして、その点について多少でも不十分な点があれば、いかに迅速な裁判をいたしましても、とうてい目的を達することができないわけでございます。そうしてその点につきましては、私どもとしては一〇〇%の自信を持っておるわけでございまして、それぞれの裁判官が憲法及び法律に基づいて、それぞれの信念に即して裁判をいたしておる、かように確信いたしておるわけでございます。 裁判の迅速の点につきましては、これは問題はきわめて複雑であろうと思います。私ども、一般的な傾向として、裁判が著しくおくれておるというふうには必ずしも考えておりませんが、しかし、特定の事件等について見ますと、相当におくれておるものもあるわけでございます。かような点につきましては、それぞれの具体的な原因を十分に確かめて、これに対処する適切な措置を講じてまいらなければならない、かように考えておるわけでございまして、あるいはこの点につきましても、逐次お尋ねに対して申し上げてまいりたいと思います。 最後に、その環境づくりの点、これが私どもの最も大切な司法行政の役割りでございます。この点で、先ほど来横山委員は、予算についても毎年しかるべき金額で計上されており、あるいは増員問題についても毎年しかるべき人数でやられていく、かようなお話がございましたが、基本的には、裁判所の予算というものも国の歩みとともに歩むものであると考えておるわけでございます。さらに、たとえば職員の定員の問題でございますとかあるいは施設、資料の整備の問題でございますとか、かような点は、前年度に充実いたしましたところを受けて、さらにその上に上積みになってまいるわけでございますので、それぞれの年度におきまして不十分な点がございましても、これを数年積み重ねることによって相当に改善されておる、かように考えておるわけでございます。むろん不十分な点もございまして、さような点においては今後努力をしなければならないと思うわけでございますが、大筋においては、裁判所は数年前に比べて格段の改善を見ておる、かように考えておるわけでございまして、ごく一般的な観点から申し上げますれば、私はさように考えておる次第でございます。
○横山委員 それでは一つ一つ所信を、ひとつ私の考えを申し上げてお伺いしたいと思います。 憲法七十六条によって、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」こう裁判官の立場が明記されております。同時に、憲法同条は、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」とし、そしてまた裁判所法の八十条でございましたか、司法行政権が最高裁判所並びに各裁判所に与えられています。そこで、監督権と裁判権との関係は八十一条において、「前条の監督権は、裁判官の裁判権に影響を及ぼし、又はこれを制限することはない。」としておりますが、この八十一条が実際問題としては大変むずかしいことではないか。実際運用としては大変むずかしいことではないか。裁判官は独立して仕事をし、同時に司法行政権の運用をする、こういう立場にあるといたします。最近司法の独立なりいろいろなことが言われておりますのは、まさにこの関連が問題になっておるのではないかと思うわけであります。 私はよくわかりませんけれども、一体この規則制定権というものはどこまであるのでありますか。たとえばあらゆることが規則制定権に包含されて決め得る、こういう解釈をとるのでありますか。
○寺田最高裁判所長官代理者 憲法七十七条の解釈につきましては、いろいろ学説等は分かれておるようでございますが、憲法の精神は、三権分立のもとにおきまして司法の自治という見地から、裁判所にかような広範な権限を与えられたものと解せられるわけでございます。ただ、問題は法律との関係におきましてはいろいろございまして、私どもとしては法律の範囲内において規則を制定するという立場をとっておるわけでございますが、かような点でもいろいろ立法例等は分かれておるようでございます。もしお尋ねがございますれば、所管局長から答弁させることにいたします。
○横山委員 この司法行政がいろいろな多岐にわたるとなりますと、どうしてもその行政事務を円滑かつ合理的に行うという観点が先行するのは恐らく常識的だろうと思うのであります。 そこで、現在の最高裁並びに裁判所が行っております裁判官会議なり、あるいは規則、規定、通達等の運用なり、あるいは最高裁判所長官なり裁判官が行います訓示なり会同、研修なり、あるいは事務総局が持っております人事権なりあるいは事務総局機構なり規則等の制定が、一体いまどういうふうに進行しておるかということをいろいろ考えてみますと、結局私は、裁判官会議というものがすべてを握っているのではなくして、実際問題としては、事務を預かっております事務総局なりあるいは各裁判所の事務当局が順次実際の仕事をしていく傾向にありはしないか。裁判官会議が形骸化していくのではないかという感じがいたすわけであります。承れば常置委員会というものが裁判官会議にかわってあるそうでありますが、これらはどういう運用をしておるわけでありますか。
○田宮最高裁判所長官代理者 各裁判所におきますところの司法行政の主体は裁判官会議でございます。裁判官会議でございますが、各地の裁判所におきましてはその裁判官会議自身で、常置委員会、もしくは常任委員会というような名前を使っているところもありますが、そういうふうな会を設けております。これは常置委員、もしくは常任委員として、数名の裁判官が集まっていろいろな司法行政上の事務を行うわけでございますが、これもそれぞれの裁判官会議におきましての決め方でございまして、たとえばそこが議決機関であるということで、常置委員会である事項を議決するという場合もございます。こういう場合でも、もちろん事後において裁判官会議に報告してその承認を得るというふうなことをやっておるところが多うございます。それから、そうした議決機関ではなくして、単に諮問機関ということで、ある事項に限って諮問を受ける、それに対して答えるわけでございますが、それには必ずしも拘束されない。そのように諮問機関的なものと議決機関的なものと、その両者が全国的にはあるようでございます。
○横山委員 下級裁判所事務処理規則を見ますと、第二十条に、「司法行政事務は、裁判官会議の議により、その一部を当該裁判官会議を組織する一人又は二人以上の裁判官に委任することができる。」と、こうあります。いま御説明になりましたその運用、議決機関ないしは諮問機関という運用は、この二十条に基礎を置いておるようには思われないのでありますが、そうでしょうか。
○田宮最高裁判所長官代理者 議決機関の場合には、その事項についてはこの下級裁判所事務処理規則に基づいて委任をしているというふうに考えてよろしいかと思います。
○横山委員 「一人又は二人以上の裁判官に委任する」ということは、個々の裁判官に委任するということであって、この常任委員会なりあるいは常置委員会という機構に委任する、こういう解釈をとるべきではないと私は思うのです。もしそうでなくして、いやそれは仮の名前をつけてあるんであって、個々の裁判官に委任をしたんだ、こういう解釈をするならば、もうこれは委任でございますから、裁判官会議にかわるものとして二十条によるものだ、こういうふうに考えればよろしいのですが、もしそうでなくして、「一人又は二人以上の裁判官に委任する」のでなくして、常置委員会なり常任委員会という機構が別に設けられて行われるとしておるとしたならば、この二十条によるものではないという点は明確にしていただかなければならぬと思うのであります。そこで、一体二十条がそういうふうな運用ができないものだとするならば、これは、いま行われております議決機関なり諮問委員会の運用というものは、実際問題として裁判官会議を常時行って運用するにはふさわしくない、こういうような実情になっておるのである、それが全体の情勢であるということをお認めになるわけですか。
○田宮最高裁判所長官代理者 議決機関としての常置委員会は、やはりその規則の二十条によるものと思われます。 なお、それでは裁判官会議は実質的には何もなくなるではないかという御疑問が出ると思いますけれども、その点につきましては、裁判官として最も重要な事項でございます裁判官の事務分配とか、それから裁判官の配置の問題、それから開廷日割り、さらに分限、それから当該裁判所におきますところの規則、規程の制定、改廃といったような、きわめて裁判に密接な関係を有するところの重要な事項につきましては裁判官会議がこれをみずから行うということで行われておりますので、したがいまして、常置委員にある程度の権限が委任されるということによって裁判官会議が全く形骸化して、常置委員のなすがままになるということはないわけでございまして、裁判にとって最も重要な事項は裁判官会議の権限として残されているというのが実情でございます。
○横山委員 事務総長にお伺いしますが、そういう解釈でいいですか。二十条は、「裁判官会議の議により、一人又は二人以上の裁判官に委任する」とあって、これは、裁判官会議の議により、たとえば小委員会を設けることができる、その小委員会に委任することができる、あるいは常任委員会、つまり組織に委任することができるのではなくて、個々の裁判官に委任することができるとなっておる。それを、いまの御説明は、現状を二十条に基礎を置くものだというふうに理屈をつけようとしておられるのでありますが、私は二十条の解釈はそう解釈ができないと思うのですが、どうなんですか。
○寺田最高裁判所長官代理者 二十条の解釈につきましては、ただいま田宮総務局長から御説明したとおりでございます。ただ、ここでひとつ御留意いただきたいというのは、この規則に基礎を置いておるとは申しましても、それぞれの裁判所において常置査員を設けて、これに議決させたり諮問させたりするかどうかということは、あくまでも当該裁判所の裁判官会議において自主的に決めておることでございまして、この規則があるからそれぞれの裁判所でそういうものを設けなければならないとか、そういうことは全然ないわけでございます。全く自主的に、自由な判断でさようなものを設けまして、しかもその委員の選出はその裁判官会議を構成する裁判官の互選によっておるわけでございますから、かような制度の存在によって裁判官会議が形骸化するというふうには全然考えておりません。
○横山委員 私が提起しておることに素直にお答えになっていないんですよ。「一人又は二人以上の裁判官に」、裁判官個人に「委任することができる。」機構に委任しろとは書いてないわけです。いま運用されておるのは、常置委員会とかあるいは常任委員会とかいう機構に委任をしているではないか、私の言っているのはそういうことなんです。それが第一ですね。いいとか悪いとかと言っているわけじゃない。しかし、これに基礎を置いておるという言い方は、これは適当ではないと私は言っている。 その次に、譲って、これに基礎を置いていないけれども、そういうことは運用で行ってもいいではないか、そして運用で行うこと自身が裁判官会議が形骸化している証拠にはならぬではないかというのがあなたの意見なんだな、第二番目は。私は、その運用によって行うこと自身が、まあ一般的にはどこでもあることではあろうけれども、だんだんみんなそうなっていきますよ、またそうなりつつありますよ、そういうことについてどうお考えですか。なぜみんなそうなっていくか。裁判官会議を一々きちんと開いてやるということが無意味であるからだんだんそうなっていく。それが便利である、また適当である、したがってそれが、だんだん権限が一部の方に、司法事務としては、司法行政としてはそういう方に行く傾向にありますよ。これはもう先ほど言った規則制定なりあるいは事務総局なり、あるいは人事なり訓示なり、会同なり研修なりという方向、流れというものがそうなりつつありますよ。それは意識的に行っておるのか、無意識に行っておるか、わかりません。便利、合理的、適切、迅速、そういう名のもとにだんだんそうなっていきますよ。そうなっていくことを大変悪いことだと私は言っているわけじゃないのですよ。けれども、そうなっていく傾向の中に弊害が生まれていきますよ。その弊害というのは、やはり権力が集中していく。そして裁判官は司法行政に余りタッチしなくなる。そして人事権なりあるいは事務総局を中心とした一つの集中的な権力というものが動かしがたい牢固としたものになっていきますよ。そういうことを私は結論としては言いたいのです。
○寺田最高裁判所長官代理者 私も、横山委員のお話しの基本は、規則の解釈というよりも、むしろこれによっていろいろ司法行政あるいは裁判運営に及ぼす影響ということに重点がおありになると拝察いたしまして、先ほど来の答弁をいたした次第でございます。 いま重ねてお尋ねがございましたけれども、先ほど申し上げましたように、常置委員会が裁判官会議の自主的な決議によって設けられるものであること、その構成員、その委員というものは、全く民主的に選出されておるものであるという点がまず前提でございますが、その上に、いかなる事項を常置委員に諮問しあるいは議決させるかということ自体、裁判官会議が決めておるわけでございまして、基本はすべて裁判官会議が握っておるわけでございます。司法行政はきわめて多岐にわたりまして、その一つ一つを常に裁判官会議を開いて議決しなければならないということでは、いまお話がございましたとおり、いろいろ支障もあるわけでございまして、その中からしかるべき事項を常置委員に諮問しあるいは議決させる、かような運用になっておるわけでございます。そして、先ほど総務局長が説明いたしましたとおり、基本となる裁判官の配置あるいは裁判事務の分配、その他裁判に密着する最も重要な事項は、いかなる裁判所においても裁判官会議の議決に留保いたしておるわけでございまして、さような意味において、私は裁判官会議が形骸化してはおらないと申し上げたわけでございます。 ただ、さようなことを続けておるうちに、自然、そういうことによって裁判官が自主的に行政をするという気風が失われていくのではないかという点につきましては、私どもも十分戒心して運用しなければならない、かように考えておるわけでございますが、冒頭にもお話のございましたとおり、裁判官はまず裁判事務に専念していただかなければならないという関係もございますので、それこれいろいろ勘案いたしまして適切な運用をしてまいりたい、かように考えるわけでございます。
○横山委員 ついでにお伺いしますが、裁判所法第八十二条「裁判所の事務の取扱方法に対して申し立てられた不服は、第八十条の監督権によりこれを処分する。」この八十二条について細目はどこで決められておりますか。
○田宮最高裁判所長官代理者 規則、通達その他、その種のものはありません。
○横山委員 裁判所というところの機構というのは、一般の行政機構あるいは民間機構とはきわめて違うのでありますから、八十二条の運用というのはなかなかむずかしいようには思います。思いますが、八十二条が重要な意味があると私は思うのであります。「裁判所の事務の取扱方法に対して申し立てられた不服は、第八十条の監督権によりこれを処分する。」この「処分」というのはつまり処置するという意味だと私は思うのでありますけれども、この八十二条の細目をきめる通達とかあるいは仕組みというものが皆無であるという点については、私は大変奇異に感じます。申し立てられる不服というものが現実にないとは思いません。その不服は、恐らく上司が自分の部下を呼んで、何ぞ注文がないか、意見がないかというふうに常時聞くとか、あるいはいろいろなことはあるとは思いますけれども、しかし、いまのこの民主主義の時代に、いかに裁判所機構といえども、申し立てられる不服を公式に取り扱う具体的な方法がないという点についてはいかがかと私は思うのであります。 それから、一般の職員の転勤なりあるいはまたいろいろな希望なり、そういうものについて一体どういうふうに処理をなさるおつもりであるか。かつて私は警察の問題を議論したことがございますが、警察もまた閉鎖された社会でございまして、警察官の中に往々出がちな若い警察官の間違い、誤り、そういうものはどこから一体出てくるかと言いますと、若い警察官の意見を表明する吐け口というものが容易にないところに問題があると聞いておるわけであります。 話が少し発展をいたしましたが、八十二条を実際運用する仕組みがないということは、不服がないと一体見るべきか、不服がある場合にはどうして運用しておるのか。今後八十二条を現実的に処理する窓口なりあるいは運用をする方法を考慮する必要が本当にないのであるかどうか、この点について意見を伺いたい。
○田宮最高裁判所長官代理者 不服の申し立ての関係でございますが、多くの場合の不服と申しますのは、具体的な事件の処理につきましてそれぞれ、もっと早くしてほしいとか、そういう裁判は正しくないといったような不服の申し立てというのはかなりあるわけでございます。これはあくまでも訴訟手続にのっとって当該受訴裁判所が判断すべきものでございます。 そのほかの、たとえば裁判所の一般的な事務のやり方につきましていろいろ外部から不服があるといったような場合には、その都度当該裁判所で裁判官会議におきましてそれぞれ処置する、こういうことに相なっております関係で、外部からのそうした不服の申し立てに対する処理については特に規定はないということでございます。 横山委員御指摘の、裁判所内部の職員がその処遇その他についていろいろ不服があるといったような場合につきましては、人事局長から答弁することにしたいと思います。
○矢口最高裁判所長官代理者 職員の内部からの申し立ての件につきましては、裁判官の場合と一般のその他の職員の場合とに分けられるかと思います。 一般の職員の場合には、特別措置法でもって準用いたしております国家公務員法の規定によりまして、行政措置要求に対する審査、それに対する不服の場合の公平審査、あるいはさらに不服の場合に訴訟、そういう形で処理されておるわけでございます。 裁判官の場合は、一般的には八十条の監督権に基づく申し立てというものとして、そういうものはほとんど先例を承知いたしておりませんが、あるといたしますればそういう形で、やはり裁判官会議の審議によって決定されるということに相なろうかと考えております。
○横山委員 八十二条を内部、外部と分けまして、外部という見方をしておられるようでありますが、それに若干の議論があるといたしましても、一応外部としましょうか。いまのお話によりますと、申し立てられた不服は適当にやれるはずだとおっしゃるのですが、国民の権利として、権利という意味と、それからその権利の処理の仕方という意味と、両方の意味が八十二条にあると思うのであります。国民が裁判所の事務の取り扱いに対して不服を申し立てる権利というもの、それが、どうぞ自由に来て下さい、まあ適当にやっておりますからということでは私は済まぬと思うのであります。でありますから、申し立てられる不服、それをどういうふうに受け付けるか、どういうふうに処理するかについては、改めて検討をなさるべきではないか。それを、まあどうぞ、文句があったら来ていただけば何とかいたしますからというような不親切な、この八十二条における国民の権利をそういう無造作な扱い方で御答弁をなさるというのは私は納得できません。いかがですか。
○寺田最高裁判所長官代理者 横山委員は、非常に不親切、無造作というお話でございますが、私どもは、裁判所というところは大変おおらかでございまして、つまり、そういう申し立てがございますと、別に印紙がどうとかあるいは様式がどうとか、そういうことを申しませずに、すべて不服として扱いまして、それぞれ適切な処置をとるということで従来はやってまいっておるわけでございます。いわば、様式その他を定めますることが逆に制限的な要素を持ってくる面もあるわけでございます。そういう点で、従来はそれによって運用ができてまいったように考えておるわけでございますが、せっかくのお話でございますのでまた十分に考えることにいたします。
○横山委員 念のためにだめを押しておきますが、この八十二条によって申し立てられた不服があるかないか、一遍調べてください。私は恐らくないと思う。それは八十二条によって申し立てられた不服ですよ。この八十二条が運用された実績というものがあるかないか、一遍調べてください。私は恐らくないと思う。任意におやりになった、任意に話があったということなら別ですけれども。それはいまの寺田さんの御答弁で一応了といたしますけれども、この八十二条の運用についてもっと誠実であっていただきたいと思います。 次に、昨日でございましたか、最高裁が十九日、選挙の問題につきまして、第一小法廷から大法廷に事案を回付し、村上長官以下十五名の裁判官全員で審理するに決定した、こういう報道が各紙に出ておるわけであります。これはもう言うまでもございませんが、議員定数をめぐる問題でございます。「最高裁は、さる三十九年の大法廷判決以来一貫して「極端に不平等でない限り立法政策の問題」との態度を取り続けているが、「どこまで差が出れば違憲というのか」という批判が相次いでおり、十一年ぶりの大法廷回付でどんな結論が下されるか、解散含みの政局だけに注目される。」こういう趣旨の報道がされている。私ども自身にも大変関連をすることでございますが、少なくとも最高裁が「一貫して「極端に不平等でない限り立法政策の問題」との態度を取り続けて」きたものを小法廷から大法廷へ移すということは、どういう法律の条文を適用してこれをいたしたのであるか、まず伺いたいと思う。
○井口最高裁判所長官代理者 横山委員御承知のことと思いますけれども、最高裁判所に係属しております事件を小法廷から大法廷に回付するにつきましては、まず裁判所法十条に基本の規定がございます。その規定に列挙しております三つの事項を要約いたしますと、当事者の申し立てによって違憲か合憲かの判断をする場合、申し立てがなくても違憲の判断をする場合、それからいわゆる従来の判例を変更する場合と、この三つが上がっておりますけれども、そのほかに、この十条にございます「最高裁判所の定めるところによる。」という規定を受けまして、最高裁判所規則として最高裁判所裁判事務処理規則という規則がございます。この規則の中にさらに二つ追加してございます。当該小法廷の、これは実は定足数が三名以上となっておりますために、たとえば四名で合議の結果意見が二つに分かれて決がとれないという場合と、当該小法廷が事案の内容によって、大法廷で審理裁判した方が適当であろうというふうに認めて回付した場合、大きく分けまして以上五つの場合があるわけでございます。
○横山委員 そこで、今回はどの条項に基づいて回付されたのですか。
○井口最高裁判所長官代理者 それはまさにいま御指摘の事件の処理に関する事項でございまして、事務当局の私どもにもわかっておりませんので、残念ながらお答えをいたしかねます。御了承をいただきたいと思います。
○横山委員 そういうお答えではあろうと思うのでありますが、少なくとも現実の事態としては、大法廷は三十九年の判決で、極端に不平等でない限り立法政策の問題だからこれは違憲ではないという判決をした。それを今度小法廷から大法廷へ回すということは、ここの十条の三でございますか、「憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。」反するとき、つまり、それは反するおそれがあるから小法廷では今回はできない、だから、おそれがあるから大法廷へ回付するということしか回付の現実的な解釈がないのではないんですか。
○井口最高裁判所長官代理者 先ほどお答えいたしましたように、私どもわかりかねますが、強いて申しますと、たとえば最高裁判所裁判事務処理規則の一番最後、つまり五番目に当たります、事案の内容によって大法廷で審理裁判した方がよいという場合ももちろんあり得るわけでございまして、私ども正直申しまして何も存じておりませんので、御了承いただきたいと思います。
○横山委員 第九条の五番目は、「裁判所法第十条第一号に該当する場合において、意見が前にその法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとした大法廷の裁判と同じであるときは、第二項及び第三項の規定にかかわらず、小法廷で裁判をすることができる。」ところが、意見で裁判と同じでないから小法廷から大法廷に移したと、あなたの言うのはその逆な説明をしておる、こういうふうに理解してよろしいのですか。
○井口最高裁判所長官代理者 私の御説明が少し舌足らずでございましたかもわかりません。私がいま申し上げましたのは、この規則の第九条の二項の三号、つまり、これはやや法律的に申しますと、小法廷から大法廷に回付しなければならない場合ではなくても、つまりその必要がありませんでも当該小法廷が大法廷で審理裁判することが適当であるというふうに認めた場合にも大法廷に回付できるという規定を御指摘申し上げたわけでございまして、これに当たるかどうかはもちろん私どもにはわかりませんけれども、そういう場合もあり得るということを申し上げたわけでございます。
○横山委員 いずれにしても明白なことは、大法廷で極端に不平等でない限り立法政策の問題だから違憲ではないというふうに判決をしてあるものを、今回、同様の事案について小法廷でできるものを小法廷から大法廷へ移したということは、三十九年の大法廷判決をそのまま踏襲するならば小法廷でできるものをなぜ大法廷へ移したかというならば、大法廷で裁判することを相当と認めたか、あるいは、小法廷で行う場合は大法廷の判決がひっくり返る可能性があるから大法廷へ移したか、こういうふうに判断するよりほかはないというのが常識じゃありませんか。私の常識が間違っておるなら発言してください。
○井口最高裁判所長官代理者 決して間違ってはおりません。私どももよくわかりませんけれども、要するに判例を変更する必要がある場合、必ずしも判例は変更する必要があるかないかは別といたしまして、事案の重要性にかんがみて大法廷でやることが必要であるという場合も含まれるであろうと思います。
○横山委員 ついでにこの際伺っておきたいのですが、その規則の第九条の第六に「法令の解釈適用について、意見が大審院のした判決に反するときも、また前項と同様とする。」とあります。ここに突如として「大審院」という言葉が出てくるわけであります。この裁判所法の十条に大審院という言葉は出てこないのであります。私どもの法律論からすれば、法律に書いてないこと、法律に基礎を置かざることを、いかに規則制定権があるといえども——あなたの言うように裁判所法に基づいてこの処理規則ができておるわけでありますから、なぜ一体法律に明記されていないこと、基礎を置かざることを、ここで大審院という言葉が突如として出てくるのか。私は、「大審院のした判決に反するとき」という言葉が法律の中にあるということが適当であって、この規則のところに突如として出てくることが不適当であるという意見なんです。この点についてどう考えますか。
○井口最高裁判所長官代理者 横山委員すでに御承知のように、大審院が裁判所法施行前の裁判所制度のもとにおける最高の裁判所であったわけでございます。やや技術的になりますけれども、裁判所法施行令という政令がございます。この政令の第五条に、「裁判所法第十条第三号の規定の適用については、大審院のした判決は、これを前に最高裁判所のした裁判とみなす。」というような規定がございます。つまり、旧制度のもとの最高裁判所ではございますが、裁判所法の取り扱い上これを現行法上の最高裁判所に準じて取り扱うということになっておったわけでございます。しかし、制度の改正前の最高の裁判所の判例でございますので、これを先ほど御指摘の規則の九条によりまして、この場合には判例変更に大法廷の審判を必要としないというふうに、後に改めた趣旨でございます。
○横山委員 若干意見が残りますけれども、時間がございませんので……。 大変お待たせをいたしましたが、左藤政務次官あるいはお聞きになっておりまして大変恐縮でしたが、法務大臣に伺いたいと思います。 この、いまの大法廷で審理をされるということは、きわめてわれわれが想像をするにかたくない問題が如実に迫っていると思います。つまり、常識的に容易に想像できることは、最高裁は判決をもって、いまの議員定数については憲法違反である、ないしは疑いがある、そういう判決が出る可能性をわれわれは政治家として知らなければならぬ、予想せざるを得ない、こういうふうに考えるわけでございます。 政務次官にまずお伺いしますけれども、いま定数是正の問題は、ほかの諸般の問題とセットになりまして与野党の間で話し合いが行われておるわけでありますが、政府側としてはこの与野党の話し合いに全然関知せず、どうぞご自由にということなんでありますか。この最高裁大法廷という問題とも相あわせまして、定数是正についての政府側の御意見を伺いたいと思います。
○左藤政府委員 衆議院議員の選挙区別定数の合理化の問題は、先生御指摘のとおり大変重要な事柄でございますので、この問題につきまして政府としましても決して放置しておるわけではございませんで、ただいま各党間で具体的な検討が行われているところでございますので、そうした推移を十分見守って、そして選挙制度全般のあり方とも関連いたしまして検討を加えて結論を得るように努力してまいりたい、また努力しなければならない、このように考えておるところでございます。
○横山委員 お考え、気持ちはよくわかるのですけれども、それならば二、三事務的に伺いたいと思うのですが、定数是正が不幸にしてこの国会で行えなかった、その間に最高裁の判決で違憲となったという場合がまず第一に考えられます。この違憲になった場合には、判決の内容にもよるし、それから内容いかんによって議論がずいぶん違ってくると思いますけれども、大変みっともない、大変混乱をすることになるだろうと思う。判決で違憲ないし違憲の疑いがあるというふうに指摘されて、さて、いままで国会議員であった者がそのときから資格を剥奪される、あるいはまたそれによっててんやわんやの大騒ぎが始まるとか、解釈にまたいろいろな問題が起こるとか、こういう問題をも想像されるわけでありますが、この定数是正の問題について、政府が与野党に任しておかないで、こういう状況になったのであるから、政府みずから速やかにいまの問題について積極的に処理をする、考えを言う、前へ出るというお気持ちはないのですか。
○左藤政府委員 政府みずからが積極的に進む気持ちがないかというお尋ねでございますが、こうした問題につきましては特に与野党の皆さんの合意と申しますか、そういった話し合いというものがあくまで基本になって、そしてその上で定数是正の法律改正なら法律改正というふうなものを考えなければならないと考えております。決して政府が放置しておるということではなくて、各党間のいろいろなお話の状況を十分お伺いした上で提出しなければならない、このように考えておるところでございます。
○横山委員 仮に違憲の判決が出たとしましょうか、それは直ちに効力を生ずるものであるか、それとも法律改正を必要とするものであるかどうか、あなたはどう考えますか。
○左藤政府委員 大変むずかしい問題だと思いますが、無効判決が仮に出たといたしまして、それを前提にしてお答えするというのはいまここで差し控えさしていただいた方がいいんじゃないか、このように考えます。
○横山委員 経験豊かな法務大臣の御意見を伺いたいと思います。
○稻葉国務大臣 どっちの方ですか。横山先生が私にお聞きになりたいというのは、規則の点で大法廷に移したのがどういう意味かとか、その点ですか。それとも、違憲の判決が出た場合は効力がどうなるかということですか。——これはどうも困ったな。それは私は議員としては意見がありますけれども、法務大臣としてそういうことを申し上げると、不覊独立の裁判の権威について部外者が云々したことになりまして、事はきわめて重要ですから御返答はできませんですな。
○横山委員 それじゃ法務大臣、尊属殺人の違憲判決が出ましたね。あれは違憲判決ですわね。そのときに、いまでも語りぐさでございますが、検察庁は直ちに全国へ号令して、起訴の理由を変えろというふうに処置しましたね。自民党は、社会党初め野党が提案いたしました法律改正案につきましててんやわんやの大騒ぎをいたしまして、結局はいまもって自民党の党議は決まらない、こういう状況でございますね。そういう尊属殺人の違憲判決の経過を踏まえてみると一つの批評が出ると思うのですが、あの尊属殺人の違憲判決について、法務大臣としてはまだ御新任早々で検討もなさっていらっしゃらないのですか。大臣としてどうなさるおつもりですか。
○稻葉国務大臣 刑法二百条でしたかの違憲判決につきましては、法制審議会ですでに意見もあり、刑法から削除すべきだというようなこともございます。ただ、その刑法改正を——その部分だけですね、一般のいま問題になっている全面的改正の問題ではなくて、現行刑法の二百条を削除するかどうかの改正法案を出すかどうかということについては御指摘のとおりの状況でございまして、速やかに、今国会とか早い機会の国会に改正法を出すという段階までに至っていないわけです。御指摘の事情がございますわけです。御指摘の事情というのは、てんやわんやとかなんとかいう、お話のとおりでございます。
○横山委員 違憲判決が出ても、それに対して何ともならぬ。前法務大臣を初め、法務省の意思は直ちに決定されたわけです。しかし、自由民主党内部がてんやわんやをいたしましたために、いまもなおその違憲判決についての政府の措置は不十分きわまるものがある。その不十分きわまるものは、検察庁が電光石火のごとく管下各級機関に通達をしたことについても問題を生じた。通達をしたこと自身が、いまになってこのまま放置されておる状況から言うと、一体適当な措置であったかどうかさえ議論になる、こういうわけでございますね。それは大臣、てんやわんやの状況だから何ともしようがないでは済まされないが、あなたも引き継ぎを受けられた法務大臣として、違憲判決が出たものについていつまでも放置をなさるおつもりですか。あなたの法務大臣就任と同時にこの引き継ぎ事項については処理なさるおつもりでありますか、それともほかっておくつもりですか。
○稻葉国務大臣 政治の国民に対する信用は、最高裁判所の最終的な判決にはみんな従うんだということでなければだめですわな。そこで、法務省はこの判決に基づいて改正法案を出さなければならないという意思決定をしたわけですから、その意思決定の実現に努力することは当然でございます。
○横山委員 当然だったらすぐ政府提案をなさればいいじゃないですか。何か話がおかしいのです。直ちに刑法の一部改正を政府提案としてお出しになるという意思表明をされたと承ってよろしいのですか。
○稻葉国務大臣 そうではありませんで、改正法案を出すべく政府・与党の折衝に入っている、こういうことであります。
○横山委員 そういう話では百年河清を待つようなものでございまして、それは醜態ですよ、大臣。本当に醜態だと思う。ここに自民党の同僚諸君がおられるから考えてもらいたいのだけれども、出すなら出す、出さないなら出さない、どっちかにしてもらわなければいかぬと私は思うのであります。政府側としても、与党との話し合いがつかないから出さないではいかぬと思う。政府は政府でありますから、与党との話がつかなければつかないで、出すなら出す、出さないなら出さないと独自の判断をされていいのではないか。政府は出したいと言っておる、与党は意見がまとまらないでいかぬ、それでは無責任きわまるものでありますから、この際政府は、与党との話し合いがつかないなら、前法務大臣も決断をされたことであるから、あなたも決断をして、与党との話し合いがつかないまま見切り発車をして国会へ提案をなさるということをする、国会がそれを与野党ともにどういうふうに話し合うかは別のことでございますから、それをやる。自分だけ、つまり法務省だけいい顔をして、おれは出したいと思った、決めた、けれども与党がいかぬと言うからしょうがないじゃないかでは済まされない。法務省が出すべきだと判断したら国会へ出して、あとは国会にお任せをする、こういう明白な態度をおとりになるべきではないのですか。ひとつあなたの決断を要請したい。
○稻葉国務大臣 醜態であるという点については同感の点がございます。それで、決断をせよという点につきましては、横山委員のおっしゃることは十分理がある、傾聴すべき御意見である、当然とすることである、こう思います。
○横山委員 大臣として、こういう席上で相手をそれほどほめておいて、それで実行しないということでは、それは私が侮辱されたような気になりますよ。それはそういうことになります。怒っているのではない。これは言葉のあやでございます。しかし、客観的に言えばそういうことになりかねないのです。おまえさんの言うのはもっともだ、本当だ、大変正しい、けれどもわしゃやらぬぜ、こういうことでありますから、それはあなたと私の間ですからそうひどいことは言いませんが、客観的に言うとそれは人をばかにしたことになるんですよ。まあ、怒って言っているわけじゃありませんが、その気持ちはくんでもらわぬと、私も、お出しになりませんか、ああそうですかと言うわけにはこれはまいりません。ですから私はくどく言うのですけれども、もうこれだけ同僚諸君もわかって聞いておるのでありますから、政府がそれをお出しになることについて、与党は与党、政府は政府という立場でいいんです。政治情勢その他からいってこの際出さないことにしたというふうな決断をするのも一つの判断だと思う。出さぬけれども、おれは出す方がいい、法務省は出す方がいいと思っておる、けれども与党がいやだと言うので出さぬ、そういうどっちともつかぬひきょう未練な態度をいつまでもとるべきではない。いまここであなたが、まあ、きょうのところはその程度のところしか行かぬとおっしゃるなら別でございますけれども、いつかははっきりしてもらわぬと野党の私どもとしても——こすい態度です。いつまでもそんなこすい態度では野党として黙っているわけにはいきません。リーチをかけて、どうするんだ、はっきりしろと、これはいつかは言いますよ。もう一ぺん最後の御返事を聞いておきたい。
○稻葉国務大臣 ぐずぐず、もたもた、いいかげんにごまかして逃れようたって逃がさぬぞというお話でございますが、その点もそのとおりに思います。私は、余りごまかしたり、もたもたすることはいかぬという、法律理論としてもそうなると思います。 そこで、法務省の意思決定はあるのでございますから、それならその意思決定に基づいて、与党がどんなことになっていようとそんなことに構わないで出して、その後で国会で議論したらいいじゃないかという御議論には、ただいまこの場で、賛成でございます、出します、こう言うわけにはまいらぬ事情があるわけですから。あなたも政治家ですから、党内それぞれいろいろあるわけだから、きょうこの場で、どっちにする、出さないことにする、出すことにする、こういう返事を求められるのは無理じゃないですか。いずれは決着をつけます。
○横山委員 その御返事を聞きたかったので執拗に言ったわけなんで、きょうこの場で決着をつけよとは言いません。いずれかはリーチと私は言いますぞ、それをいつまでもほかっておかれたんでは野党としても困りますぞ、こういう意味ですから、なるべく近い機会にひとつ明白な態度をとられんことをお願いをいたしたいと思います。 話が少し発展をいたしましたが、時間がなくなりましたので結論を急ぎたいと思うのでありますが、要するに、最高裁が定数是正の問題を大法廷に回したり、そして国会内では与野党の間に合意が成立をし始めておる。その合意は、残念なるかな、定数是正ばかりでなくて、全国区の問題、それからそのほかの自余の問題がセットになって議論がされておる。セットなるがゆえに、本当に話がまとまるのかまとまらないのか、まだ予断を許さない条件下にある。そういうことについて、私が左藤さんに聞いておりますのは、政府側は本当に、いまの状況について、具体的な内容についての意見がないのか。あるならばきょう国民の前に、与野党の意見の合意の状況はこういうことであるが、政府側としてはそれについて賛成であるとかないとか、こういう点も政府側としては考えているとか、そしてなるべく早くこれは詰めて、合意して、法律を通してもらいたいとか、政府側はそれを期待するとか、そういうことをこの際、与野党のあれに支障のない限りにおいて明らかになさるべき責任が政府としてもあるのではないか、こういうことなんでございますから、ひとつ腹蔵ないところを聞かしてもらいたい。
○左藤政府委員 ただいまのところ、政府案としてどういう案で出したいというようなことではございませんで、各党のいろいろな御意見というものだけはただいま承知しておるという段階でございます。したがって、ここでいまそういったことにつきまして、この案を政府の根本の基幹にして、そして与野党の皆様との御意見をまとめる、そういう形ではなくて、もう少し各党の皆さんの御意見をフランクにお伺いするということで、いまはただ、そのお話が一刻も早くまとまるということを政府としては期待しておる、こういう段階でございます。
○横山委員 冒頭申し上げましたように、今日の日本の裁判機構及び裁判所等につきまして広範な問題を投げかけたわけでありますけれども、しかし残念ながら、いろいろ個々の問題につきまして質問をし、意見を伺うということが十分ではございませんでした。しかし、本法案審議に当たって私が問題を提起いたしました点の趣旨については、最高裁判所並びに政府、各関係のところとしてもおわかりだろうと思うのであります。裁判機構に関しましては、事は大きな大原則、長期的な問題から、当面いたしますきわめて小さな問題に至りますまで、裁判の問題は案外国民はよく見ておるわけであります。 大変小さな問題といいますのは、たとえば、この間私もちょっとおつき合いをしたわけでありますが、最高裁判所が新しいところへ移りましてからの見学とか陳情とか、あるいは参観とかいう点について、えらいやかましくなった。開かれた裁判所なんていうことを長官がおっしゃったそうでありますが、ちっとも開かれてない、閉鎖社会になってしまっておる。私もこの間ちょっと見せていただいたら、本当にりっぱな建物なんですけれども、やはり入った瞬間の感じは、りっぱな石の建物でありますが、それなるがゆえに非常に冷たい建物という感じがどうしても、ちょっと入っただけで奥まで行ってみませんけれども、そういう感じがいたします。ああいう大きな豪壮な建物の中で、いかに国民に参観をしてもらうか、あるいは、少数あるいは多数の人が陳情に来たときにどういうふうに処理をした方が民主的かつ適切であるか。ずいぶん議論があるとは思います。あるとは思いますが、一般的に騒がしくみんなが言っておりますのは、前の旧庁舎のときよりも今度の方が近寄りがたい。威厳があるのはいいけれども、何か権威主義になってしまって、国民の方があそこへ見にいくについて非常に冷たい感じを与えるという意見があります。こういう点については、警備は警備、参観は参観、陳情は陳情というふうに、もう少し国民諸君のためにやり方を考えたらどうであろうか。あの陳情の面会所ですか、腰かけが十五かそこらしかない。そんなものは持ってくれば幾らでもあるじゃないかという気持ちなんですけれども、警備と、それから国民の意見をもしあれば聞くという点は違うと私は思うのです。この細かいことを含んで、最後的に総長の御意見を伺いたいと思います。
○寺田最高裁判所長官代理者 長官が開かれた裁判所ということを申したという点は私承知いたしておりませんけれども、それはともかくといたしまして、裁判所が国民と密着したものであり、国民の声を十分に聞かなければならないという点につきましては、私も横山委員のお説のとおりと考えておるわけでございます。新庁舎に移ってから警備その他がやかましくなったではないかというお話のように伺いましたが、必ずしもそうではございませんで、たまたまそれと時期を相前後して御承知のようないろいろな事件もございました。さようなところから、裁判所としてもそれなりの体制を整える必要があるというようなところが今日の状況になってまいっておるわけでございます。しかしながらまた、いろいろなお声も十分私どもも承知いたしておりますので、今後さような点につきまして十分摩擦のないように——具体的にはいろいろな問題がございます。これは横山委員からもお話のございましたとおりでございまして、どこをどうするかということについてはなお今後の問題と考えておるわけでございますが、十分御意見を拝聴して考えてまいりたい、かように申し上げる次第でございます。
○小宮山委員長 沖本君。
○沖本委員 かねてからしばしば、最高裁の予算につきましては当委員会でいろいろ御意見が出て、非常に予算が低い、もっと最高裁は予算を取るべきだ、法務大臣の方でもその点は御同意なさったような御意見も委員会で聞かれたわけなんですが、ずっと四十八年ぐらいからの予算の伸びを見ても、伸び率がだんだん落ちてきているという点を指摘なさる向きもあるわけです。それで、国家予算に占める裁判所の予算の割合というのは、諸外国と比べても日本が非常に低いという点を指摘なさっている向きもあるわけです。イギリスあたりは昭和三十年度で国家予算の中の一・九%を占めておるという例もお引きになっている向きがあるわけですけれども、予算が低い中でしばしば問題になりますのは、裁判官の数が非常に少ないということであります。 こういうことで、本年度の要求の中を見てみましても、簡裁判事が三人である。四十八年度は要求だけで六十一名要求なさっておった。それがどうしても裁判官がいなくて、昨年度は判事補が二十名、簡裁判事が十六名、こういうことで定員が全然満たないんじゃないかということで、憲法の三十七条で公正、迅速な裁判という点が挙げられておるわけですけれども、そういう点に非常に支障を来しているんじゃないか。または、そういうことのために下級裁判所の方に重荷がどんどんかかっていって、そういうところの振り分けについて、最高裁の方でいろいろなお考えのもとにそういう方向でお仕事をなさっているんじゃないか、こういう面を御指摘なさる面もあるわけです。 これは、ある弁護士会の方で行っていろいろ御意見を伺ったわけですけれども、刑事の裁判では案外おくれていない。裁判がうんとおくれるのは結局民事の方で非常におくれている。一番困るのは、四カ月あるいは六カ月、七カ月くらいに一度しか証人調べができない。そうすると、仕事をたくさん持っている弁護士さんはそのうちに中身を忘れてしまうと言う。そしてその都度また思い出して、記憶を戻して、感覚を戻しながら裁判に当たらなきゃならない。そういう点でも非常に支障が起きてくる。ですから公正な裁判が得られないということになってくるということです。 そういう向きでの指摘を見てみますと、裁判官一人当たりの国民数は、諸外国の場合に比較してみると、日本が三万九千六百十六、イギリスが二千八百六十八、アメリカが三千九百九十二、西ドイツは四千六百九十八、フランスは一万五千九百九十五——これは、いままでの中では治安判事は全部除いているわけですけれども——イタリアが三千八百五、こういうことで、こういう点を比べてみても日本の裁判人口というのは非常に希薄になっている。こういう点から見ても、やはり裁判官が不足しているということが指摘されるのじゃないかということで、そういう面がやはり予算面の中にも出てきておる。 それで疑問は、なぜ裁判官の増員ということが要求の中に出てこないのだろうか。それが毎年だんだん少なくなっていっている。これはやはり意識的に最高裁の方でこういう面をお図りになっているのじゃないだろうか、こういう疑いをお持ちの方もいらっしゃる、こういうふうに伺ったわけなんです。私たち聞いていましてもそういうお話に、なるほどなとうなずく面もありますし、国民の立場からしますと、やはり公正で迅速な裁判を図っていただかなければ、進めていただかなければならないわけなので、どうしてもそういう面を改善していただかなければならぬじゃないか、こいうふうに考えるわけです。 そういう点から考えていきますと、今度は逆に、先ほどこの面に関して横山先生も御指摘になっていましたけれども、裁判官の労働強化というようなかっこうになるのじゃないか、仕事が多過ぎているのじゃないだろうか、だからだんだんと一人当たりの負担量が多くなってきているのじゃないだろうかというような面も出ておるわけで、そういうことで、現在のいわゆる第一線の裁判官のお持ちの仕事量は過去に比べて最近ふえているのでしょうかどうでしょうかという点。それは、一人の能力を上回っているのでしょうかどうでしょうかというような面、それで現在のところそういう問題が妥当なのでしょうかどうでしょうかという面とあわせて、現在最高裁の国の方に要求なさる予算はこの程度でいいとお考えなのか、やはりもっと増額して充実したいのだけれども削られてしまうのか、あるいは第一次の要求のときには多く出していらっしゃるのだろうか、そういう面をおもんぱかって初めから減らして、どうせ出してもだめなんだろうということで少ない予算を御要求になっていらっしゃるのだろうか、そういう面についてお答えいただきたいと思います。
○大内最高裁判所長官代理者 お答えを申し上げます。 裁判所の予算のことにつきまして当委員会で深い御理解と御支援をいただいておりますことにつきましては深く感謝を申し上げております。 裁判所の予算でございますが、私どもといたしましては、裁判並びに司法行政の運営に必要な経費、これはどうしても予算に計上しなければならないと考えておりまして、常々努力をいたしておる次第でございます。いろいろお尋ねがございましたが、伸び率でございますけれども、ここ数年も一定の伸び率を示しておりまして、ただいま国会で御審議をいただいております昭和五十年度の予算につきましては、対前年度三五・二%のアップということで経費が計上されておる次第でございます。この中には人件費でございますとかその他いろいろの経費がございます。私どもといたしまして、先ほど申し上げましたように裁判に必要な経費または司法行政の運営に必要な経費、これにつきまして最終段階まで常に最善の努力を尽くすという決意と覚悟を持って当たっておるつもりでございます。 最も人件費につきましてお尋ねがございましたが、裁判官だけでございませんで、一般職員というものも裁判所にはおるわけでございます。裁判官につきましては、沖本委員もよく御承知のように一定の任命資格が必要でございます。また現在の欠員の状況といったようなこともいろいろ勘案しなければなりません。そうした点で、私どもは最近は、裁判官はもちろん大事でございますけれども、補助職員である一般職員の増員ということも予算で非常に大事な点でございまして、むしろどちらかと申しますとそこに重点を置いた折衝をいたして、実情に沿うような結果を確保したい、かように考えて努力をいたしておる次第でございます。いずれにいたしましても、私どもといたしまして今後とも裁判所の予算の充実確保ということにつきまして一層の努力をいたしたい、かように考える次第でございます。
○田宮最高裁判所長官代理者 ただいま、現在裁判官が非常に負担が多いのではないかという御質問がございました。これは単に件数だけから見ますと、現在では数年前に比べて若干ずつ事件が減っておりますので、単に事件数からだけ見ますと、裁判官一人当たりの負担というのは数字の上では減ってきておるのでございます。しかしながら、御承知のように昨今複雑困難な事件がございます。公害訴訟とか、刑事で言えば学生事件といったようないろいろな事件もございますので、単に負担件数だけから見まして裁判官の負担が軽くなっているとは言えないと思いますけれども、まあ数字の上ではそういうふうになっております。訴訟がおくれるということを非常に言われておりますけれども、大多数の事件はほぼ順調に処理されておるのでございますが、特殊の事件に限って非常に長期化するということで、国民の皆さんから見ますと非常に裁判がおくれているというふうな印象がかなりあるのではないかというふうに思います。 それで、そうした裁判のおくれる原因でございますけれども、そうした複雑困難な事件になりますと非常にいろいろ長期化の原因がございますので、これは単に裁判官をふやすということだけのみによって解決し得る問題でもございませんので、そうした特殊な事件の裁判の長期化ということにつきましては、いろいろな角度から改めて十分検討し、それに対する適切な処置をとり得るよう、今後とも検討、努力したい、こういうふうに考えております。
○沖本委員 いま御説明があったわけですけれども、そういう点に関していろいろな角度からいわゆる在野の方でも御検討なさっていらっしゃる、そういうふうな向きの御意見なんか伺ってみますと、結局、先日青柳先生も御指摘があったわけですけれども、裁判官になり手がだんだん少なくなっている、そういう面も一理あるのではないだろうか。そういうことから起きてくる裁判官の不足というものを、裁判所の中で、結局規則によっていろいろ変えているのではないだろうかということを指摘なさる方もあるわけで、裁判所法を規則でいろいろと変えてやっている。元来は立法権の中に含まれるものが、最高裁のほうでは規則でそれを変えてしまっている。これは後でいろいろまた日を変えて議論しなければならないところですけれども、いわゆる最高裁は立法権を侵して、規則で中を充実していっているのではないか。一番特別な例は参与判事補の制度であるとか、そういう形の中で起きてきている。そういうものの内容が裁判を進めていく上でいろいろと支障を起こしてきている、こういう指摘もあるわけなんです。そういう点についていろいろとこれからも指摘されるところですけれども、そういうねらいではなくて、現状としては、日本の国の正しい裁判の進め方に対して最高裁が現在の方法をおとりになっていらっしゃるのかどうか、その辺はどうなんでしょうか。
○田宮最高裁判所長官代理者 ただいま御指摘の、規則によって法律と反するようなことをどんどんやり、それによって訴訟を早めると申しますか、裁判官が足りないのをそれで補っているというふうなお話でございますけれども、具体的に規則とはどういうことかわかりませんけれども、恐らくいわゆる参与規則に関するものと思いますが、この参与規則は決して法律に違反してないというふうに私ども思っております。それから、こうした参与規則の問題その他でございますが、決して私ども、裁判官の不足をそれで補うというふうな立場からその訴訟のやり方その他についていろいろ検討しているということではございません。裁判官をふやすということについては従来とも努力してまいっておりまして、過去十年間ですでに百六十数名の裁判官の増員を行なっておりますし、今後とも裁判官希望者がありさえすれば、しかも本当に裁判官としてふさわしいという方がおられますならば、裁判官をふやすということについては努力を惜しまないつもりでございます。
○沖本委員 これも伺うところによりますと、名前はどうついているのかわかりませんが、代行研さん裁判官という名称で私伺ったわけですけれども、新任の判事補の方を四カ月ぐらい交代で研修する、勉強さしているということで、いままでは部に一人ずつ部内でやっていたが、最近呼び寄せられて、部に二人とか三人とかかためて入って研修をおやりになっていらっしゃるというふうなことで、そういうことを裁判所の方でおとりになっているというふうに伺ったのです。まあ、素人考えでいきますと、司法試験を通って、修習生として卒業なさって免状をいただくということで、裁判官としての資格をお持ちになるということになると、その辺からいわゆる裁判官の独立という面での身分なり資格なりというものをお持ちになる。ところが、その方がいわゆる実習生みたいに裁判官の横について同じようにおやりになっているということになると、裁判を受ける方の側からするとどうも変に感じるわけなんですね。やはりまだ十分力がついていない方に裁判をされているということになるわけなんです。そうなってくると、本当に公正なのかということになってきますし、それから今度、どうしてもそういう研修や勉強をおさせになるということになれば、それじゃいままで裁判官の資格をお取りになったという方々と最近その資格をお取りになる方とは、実力的な差があるんだろうかというふうな考えも出てくるわけです。その辺が一般に裁判を受けている人にはわからないわけですけれども、たまたまそういう点を指摘されると、はてなということになってきます。一体どういう形で裁判をされているんだろうかという点は、わからない間はわからないで済むわけですけれども、わかってくると、非常に国民に不安を与えていくし、公正な裁判が得られるんだろうかというふうな疑惑を持ってくるということになるわけなんですね。 そういう点でこういう制度をおつくりになっていらっしゃるのか、これは将来にわたってこういう制度を引き続いておやりになるんだろうか、あるいは一時的なものなんだろうか。そういう面で国民にわかりやすい形で、これはこういうことであなた方の裁判に支障はありません、間違いなく十分力のある方がやっていらっしゃるんだとか、その辺の疑問を解くような、納得のいくような御説明をいただきたいと思うのです。
○田宮最高裁判所長官代理者 司法研修所で二年間修習いたしまして、裁判官に任官いたしますと判事補になるわけでございますが、御承知のように、判事補は、裁判所法では十年たちませんと、一人前の判事ということで裁判ができないわけでございます。しかし現在では特例法がございまして、五年たちますと一人前の裁判ができるということになります。したがいまして、五年までの判事補は、私ども未特例判事補と申しておりますが、未特例判事補は実は仕事をする範囲が非常に限定されておりまして、簡単に申しますと、合議の裁判所を構成する、三人で合議をやる場合にその一員として裁判に参加するということはできますけれども、一人で裁判をするということができないわけでございます。裁判官の仕事というものは、単に教科書を読んだり人の話を聞いたりするということによって身につけるものではございませんので、あくまで実務に基づいてみずから研さんを励むということによって育っていく、こういうふうに考えておるのでございます。したがって、そのような見地からこうした未特例の裁判官の教育をいかにするかということは、私ども年来いろいろと検討してまいったのでございます。従来から長い間行ってまいりましたのは、司法研修所におきまして、任官したての判事補、それから五年になる直前の判事補、また十年になる直前の判事補というのを研修所に集めまして、いろいろ研修をし講義をしたりしてやっておったのでございますが、それではなお不十分であるというふうに考えまして、ただいま御指摘のような形で判事補の教育ということを始めたのでございます。そのような観点から考えますと、これはあくまでも判事補の教育、指導ということが重点でございますが、その結果、国民の皆さんに対して、本来裁判官としてなすべきことでないことを裁判官のようにしてやるというようなことになりますと、国民の権利に重大な関係がございますので、そういう点は十分注意——注意と申しますか、十分考えた上で行っておるのでございます。 二つございまして、いわゆる参与規則でございますが、単独の裁判官に未特例の判事補が参与するという形でございます。この場合には、裁判をするのはあくまでも単独の裁判官お一人でございまして、これに参与する判事補というのは決して裁判所を構成するところの構成員でございませんので、これはあくまでもその当該事件に参与することによってみずから研さんを励むということでございますので、これによって裁判官でない者が裁判に直接タッチしているということにはならないというふうに考えております。 それからもう一つ、未特例の判事補の教育といたしまして、任官したての未特例の判事補を地方から集めまして、現在では一年間に三班に分けまして、それぞれ四カ月ずつ東京に来させます。東京に来させまして、東京の職務代行の発令をいたしますので、東京のほかの裁判官と同じように東京の裁判官としての身分を得るわけでございます。そのように身分を得させた上で、東京におきますところの合議部にそれぞれその裁判官を配属しまして、合議事件を通じて当該未特例の裁判官に研さんしてもらう、こういうことでございます。これも、先ほど冒頭申しましたように、未特例の判事補は合議の中でしか裁判官ができないという関係でございますので、実務を通じてみずから研さんする機会が地方の裁判所では非常に少のうございますので、そういった関係から四カ月間だけ東京に集めまして——東京は比較的合議事件が多うございますので、合議の構成員といたしまして、合議事件を通じ、そうした実務を通じて四カ月の間研さんしてもらう、こういうことでございます。
○沖本委員 法廷に行きますと、黒板に担当裁判官の名前が出ておるわけですね。そしてどういう事件を扱うかということ、何々法廷である、と。そういうところに、こういう未特例判事補ですか、そういう方がそこへ入っていらっしゃる、これはこういうわけなんだというようなことはお示しになっていらっしゃるのでしょうか。あるいは、これこれの裁判に携わる者の中にこういう者がいるのだということを、裁判所の方で来た人がわかるような形で、何か、PRと言うたら変な意味がありますけれども、こういうことで、これはこういう性格を持っているので、実際の裁判はこういう人がやるのだということを、実際に裁判の中に入る方々にわかるような形、裁判所を訪れた方にわかるような形で御説明があるのかないのかという点と、資格を得ておるわけですから、いわゆるお医者さんですと国家試験を通って資格を得られるわけです。病院で実習される場合もありますけれども、開業なさる方もいらっしゃるわけなんですね。開業の過程でいろいろ勉強なさる方もいますけれども、そういうふうな一般の概念と、こういう裁判官の身分保障というものの概念の区別というものが国民にわかるようにしていただかないと、国民の方はうろうろしてしまうということになると思うのですが、その辺はいかがなんでしょう。
○田宮最高裁判所長官代理者 その点につきましては各地の運用で、当日当該法廷でどういうふうな事件があるか、それからそれを担当する裁判官は何々裁判官であるということを、それぞれ法廷のところに表示してございまして、その裁判官のところのわきに——これは単独の裁判官につくわけでございますから、当該裁判官のわきに「だれだれ判事補参与」というふうに書いて、そうしたような運用をしておりますので、一般の皆さんには判事補が参与するということはおわかりいただけると思います。それからまた、参与のこうしたものがあるというようなことにつきましては、当該代理人がついております場合には代理人を通じて説明していただいているということでございます。なお御指摘のように、国民に十分理解されていないではないかという点もございますので、今後とも私ども、そのような理解をできるだけ得られるよう努力をいたしたい、こう考えております。
○沖本委員 これはまた日を変えて、もう少しいろいろと勉強して御質問したいとは思いますけれども、実際に法廷が開廷されるときに、裁判官からそこにいらっしゃる方にそれぞれの形で、こういう性格のものでこういう方が同席しておるというような説明なり、また、いわゆる代行研さんなさっていらっしゃる方々と参与判事補の方との区別、そういうものが国民にわかりやすいような形で、いま制度として用いられているわけですから、とりあえずは、いい悪いは別にいたしまして、そういう国民に十分わかるような形でお示しをしていただかぬといけないと思うのです。われわれ国民の立場からいくと、六法全書が全然むずかしくて読めないと同じように、法廷に出ていくと物知らずで、もう初めから終わりまで座りっ放しということで、何があって何が行われているのかわからない。結論を聞いて、判決を聞いて、ああ、私はそうなったのだというふうに考えるわけで、帰ってみて、異議の申し立てができるのだということもわからない人もいっぱいおるわけです。ほとんど弁護士さん任せであるということで、そういうものについては国民をますます無知の方向へ向けているということには違いないわけですから、そういう中にあって複雑な制度がどんどんふえてくると、ますますふくそうしていくということになってきます。わからないものがますますわからなくなっていくということになりますから、やはりその辺は国民にわかるような形で裁判官の方が説明していただく。いい悪いはまた別の面から論議しなければならないと考えるわけですが、その辺についての御意見を伺いたいと思います。
○田宮最高裁判所長官代理者 その点につきましては今後とも努力をいたしたい、かように存じます。
○沖本委員 それから、裁判書(がき)の作成というのがあって、こういう問題をもらったわけなんですが、裁判書(しょ)と読んでしまうと所と書とわからなくなる、果たして裁判書(がき)と読むのが正確なのかわからないので、私ほかの先生にも伺ったこともあるのですが、どうやら裁判書(がき)だということらしいので、そういう程度で御質問したいと思うのです。決定とか命令とか令状等、裁判官の司法判断は、事実上はそうなっていない、裁判官が見る前に書記官がいろいろなことを書いておるという点で、裁判官が知らぬ間にできておって、そしてそれに裁判官が自然的に判を押してしまう、そういうふうにだんだんとなってきておる。公判調書の簡略化やいろいろな点で、この間も青柳先生がこの問題を取り上げられましたけれども、テープを使っているというような点、だんだん簡便化されていって、書記官がほとんど代行してしまっているというふうなことの話を聞いたわけなんです。実際面で裁判書についてどういう形でやっていらっしゃるか、お伺いしたい。
○田宮最高裁判所長官代理者 私ども、裁判官がつくるところの文書、これを裁判書というふうに呼んでおりますが、その裁判書のうちでもいろいろございまして、判決書の場合、それからただいま御指摘のありました決定、命令といったような形の裁判書というのもございます。いずれにしましても、これらの文書は裁判官が自己の責任においてこれをつくるということは、訴訟法上決まっておることでございます。 それでは、裁判官がみずからつくるということは、それを全部自分で書かなければいけないのかどうかという問題があるのでございます。裁判官がつくった文書であるということは、裁判官がその内容を間違いないということを確認した上で、それに署名捺印をするということによって裁判官がつくった文書になるというふうに当然考えていいわけでございます。現在でも、判決書のようなものでございますと、裁判官が判決の原稿をつくりまして、原稿をタイピストがタイプに打ちまして、でき上がったそのタイプを裁判官が内容を十分検討した上で、原稿どおり間違いないということでありますと、それに裁判官が署名捺印をして判決書ができ上がるわけでございます。ところが、決定、命令といったようなものの中には、これはいろいろございますが、ごく簡単な定型的なものもかなりございます。こうした定型的なものにつきましては、裁判官が一々指示をしない場合でも当然それの型というものが決まっておりますものですから、そういうものにつきましては、書記官等が当然従来の型に従った文書をつくってまいるわけでございます。裁判官が内容を見まして、これに署名捺印をするということで、最終的にはやはり裁判官がつくった文書ということになるのでございます。したがいまして、そのようなことを考えますと、裁判官が自分がつくるべき文書を書記官等にかわりにつくらしているということには決してならないわけでございます。こうした問題は過去にも種々問題がありまして、昭和三十三年当時にもいわゆる裁判書浄書拒否問題といったような問題もございまして、その当時いろいろ論議されましたが、私どものほうは一貫して、これは、裁判官が自分がつくるべき文書を書記官等にいわゆる下請等させておるものでは決してない、それは本来書記官がつくってしかるべきものであるというふうに考えておるものでございます。
○沖本委員 いまの問題に関しては、事実上は罰金を幾らにするとかというような内容から、ほとんど書記官がお書きになって、でき上がったものに判を押されておるという例が非常に多いという指摘があるわけなんです。ですから、数字でどこがどの程度になっておるというものはまだ出ておりませんけれども、裁判官が知らぬ間にそういうものができ上がって、それで裁判を受ける方の側にそういうものが通達されておるということのないように、もう一度検討していただいて、正しい方向に進めていただかなければならないと考えるわけです。これは実際に携わっておる人からそういう指摘があったわけなんですから、これはやはり耳にとめていただいて実情をお調べになっていただいて、最高裁の中だけの御判断ということよりも、具体的な事実を十分調査なさった上で、もう一度判断をして変えていただくという方向にしていただかなければならないと思うのです。それは、ただ仕事に携わる人たちの仕事がふえるというような面、責任が重くなるというような面でなくて、もう一つ高いところからお考えになっていただかなければならない問題ではないか、こう考えるわけです。 次に、指定管理職の問題が出ておるわけなんですが、国家公務員法の改正で、だんだんと組合に入っておる人たちが管理職にかえられていって、少なくなっていっておる。ひどいところになると、高松の家裁では五対四の比率で指定管理職ができておるということを言っておられるわけです。ですから、裁判官を合めると全職員の二六、七%を管理職が占めておる。その管理職をきめるのは、ほかの省庁では人事院がきめておるけれども、最高裁の場合は裁判官会議でこれが行われておるという点で、だんだんと内容が変わってきてしまっておるということを指摘しておるわけですけれども、この点についてはいかがでございましょう。
○矢口最高裁判所長官代理者 管理職員等の指定の問題につきましては、かつて当委員会でもお尋ねがあったろうかと思いますが、現在、最高裁判所規則によりまして管理職員等の指定を行っておるわけでございます。規則を改正いたしますにつきましては、その都度組合とも十分協議して、裁判所の自由な判断で、そういう職員団体との話し合いもなしに変えるようなことはしないということで申し上げておるわけでございます。現在もその範囲等の問題につきまして協議中でございまして、近く、改正を要する点があるとすれば、それについての結論を出すことになるのではなかろうかと考えております。
○沖本委員 その点につきまして、あまりふやしてもらいたくない、できるだけ置いておいてほしい。先ほど人事局長からお話がありましたけれども、これは組合といろいろ相談してやっていただきたいという要求があるわけなんです。そして、その指定管理職のために一般職員との比率が半々になったり三分の一ぐらいになったりした場合に、職場の人間関係が阻害されてくるという原因ができてくる、こういう点もあるわけですから、その点も十分検討していただきたいわけです。そして、六月にいろいろ交渉されたわけですけれども、それからは何ら動きがないということなんです。この制度発足後に新設した管理職については指定していらっしゃらない。したがって、指定管理職員の序列が中間のものの指定を引きかえで若干の縮小をお考えになっているのじゃないかという点を心配していらっしゃるわけなんですが、その辺はいかがなんですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 ただいま沖本委員御指摘の点は、次席書記官について管理職員等の指定をいたしたいという私どもの考えております点についての御質問であろうかと思いますが、そういった点も含めまして、またただいま御指摘がありましたように一般職員に対する管理職員等の割合が非常に多くならないように、その点も十分配慮して検討し、折衝いたしております。そういう段階でございます。
○沖本委員 終わります。
○小宮山委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○小宮山委員長 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がございませんので、直ちに採決に入ります。 裁判所職員定員法の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。
○小宮山委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 お諮りいたします。 ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任を願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
○小宮山委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— —————————————
○小宮山委員長 次回は、来る二十五日火曜日、午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時十四分散会