文教委員会 第8号
- 発言数
- 32 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1975/04/18
会議録
○久保田委員長 これより会議を開きます。 文化功労者年金法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案に対する質疑は、去る十六日、すでに終了いたしております。 この際、本案に対し、三塚博君外三名より、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党の四党共同提案による修正案が、また、日本共産党・革新共同山原健二郎君より修正案が、それぞれ提出されております。 提出者より、順次趣旨の説明を求めます。三塚博君。 ————————————— 文化功労者年金法の一部を改正する法律案に対する修正案(三塚博君外三名提出) 文化功労者年金法の一部を改正する法律案に対 する修正案(山原健二郎君提出) —————————————
○三塚委員 私は、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党の四党を代表して、ただいま議題となっております文化功労者年金法の一部を改正する法律案に対する修正案について御説明を申し上げます。 案文につきましては、すでにお手元に配付をされておりますので、朗読を省略させていただきます。 修正案の趣旨は、本案の施行期日はすでに経過をしておりますので、これを公布の日から施行し、昭和五十年四月一日から適用することに改めようとするものであります。 何とぞ委員各位の御賛成をお願いいたします。
○久保田委員長 山原健二郎君。
○山原委員 私は、日本共産党・革新共同を代表して、文化功労者年金法の一部を改正する法律案に対する修正案の趣旨を御説明いたします。 案文は、すでに委員各位のお手元に配付されておりますので、その朗読は省略させていただきます。 修正の趣旨は、原案において文化功労者年金の額を政令で定めることとしているのを、議会制民主主義を守り、国権の最高機関である国会の審議を重視する立場から、現行のとおり法律で定めることとし、年金額を、経済的諸事情の推移を勘案して、二百万円から二百四十万円に引き上げることとするものであります。 なお、以上の修正とあわせて、本法を公布の日から施行し、昭和五十年四月一日から適用することとし、これに伴い必要な経過措置を講じようとするものであります。 以上が修正案の趣旨であります。 何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
○久保田委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 —————————————
○久保田委員長 これより原案及び両修正案について討論に入るのでありますが、別に討論の申し出がありませんので、直ちに採決いたします。 まず、山原健二郎君提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。
○久保田委員長 起立少数。よって、山原健二郎君提出の修正案は否決いたしました。 次に、三塚博君外三名提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。
○久保田委員長 起立多数。よって、三塚博君外三名提出の修正案は可決いたしました。 次に、ただいまの修正部分を除いて、原案について採決いたします。 これに賛成の諸君の起立を求めます。
○久保田委員長 起立多数。よって、修正部分を除いた原案は可決いたしました。 これにて本案は修正議決いたしました。 なお、ただいま修正議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
○久保田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— ————◇—————
○久保田委員長 次に、内閣提出、学校教育法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。嶋崎譲君。
○嶋崎委員 きょうは十二時までの四十五分しかありませんので、イントロダクションみたいなことで質問をさせていただきますが、今度の学校教育法の改正に当たりまして主なる問題は、学校教育法六十八条の改正に伴いまして、「学部を置くことなく大学院を置くものを大学とすることができる。」という新しい大学構想とでも言われるものが、今後これをてこにして打ち出されてくることになろうかと思いますが、最近の大学改革の方向の中で、一昨年問題になりました筑波大学法案、筑波大学ですけれども、この筑波大学がいわば新構想大学として国会でも大変論議があった上強行採決されたものであることは、大臣、御承知のとおりだと思います。 あの筑波大学の中で一つの新しい大学の特徴は、研究と教育の分離という一つの理念があったと思います。この研究と教育の分離という問題と、この六十八条の「学部を置くことなく大学院を置くものを大学とすることができる。」ということの中にはつながりがあるやに思いますけれども、つまり新しい学部を持たない大学院大学というのは、教育というよりも、研究に非常に力点を置いた大学としてあらわれてくる可能性があるのではないかというふうに思いますが、その点いかがでしょうか。
○永井国務大臣 筑波大学の場合には研究と教育の分離がございますが、私の理解いたしますところでは、大学院というものは従来は学部の講座の上に載っていた。しかし、そうではなくて、大学院というものは学部の講座とは無関係に考えていかなければならないものが生じてきている。そこで、この大学院の独立ということを考えるわけだと考えております。したがいまして、教育と研究の分離ということが直接独立大学院に結びつくのではない。たとえば将来の大学の教員の養成、これは教育的な面だと思いますが、そういうものも重要な部門として出てまいりましょうし、また産業構造の複雑化に伴いまして、大学院において社会で活動する人たちも養成されると思います。しかし、大学院というのは学部に比べると研究をより重視する機関であるということは間違いないと思いますが、私の理解いたしますところでは、直接的に研究と教育の分離と結びつくものではないと考えております。
○嶋崎委員 先般の委員会で御質問いたしましたが、国立学校設置法の中に規定された共同利用研究所というのは、これは完全に教育ではなくて研究だけのものですね。しかもこれを大学と規定したわけですね。共同利用研究所の上に今後大学院大学というものが構想されるとすれば、ここの六十八条の二が言っている大学院大学になるだろうという予測が立つわけであります。具体的にまだ何にもないんじゃないかと思いますけれども。そうしますと、いままで現実に国立学校設置法の第九条の二で規定した国立大学の共同利用研究所というものが、大学というふうに名づけてはいるけれども、実際には既存の法体系の中で言う大学ではないわけでありまして、そういうものの上に今度は大学院ができてくれば、そこで初めて教育というものが、研究に非常に力点を置いたにせよ、そこで研究と教育の問題が初めて具体化するわけですね。ところが、実際には九条の二は、現実に教育というもののない、つまり研究所が現実にあって、しかもそれを大学と規定しておいて、そしてその上に今度できたときに初めて大学院大学ということになるわけですから、大学の設立過程からすれば、いままでの大学の設立の仕方とは非常に違ったタイプの大学ということになろうかと思うのです。でき上がってしまったものは、研究と教育の問題は当然また統一的に考えなければならない課題が出てくると思いますが、そういう意味で、今後この六十八条の二項がてこになりましてどういうタイプの大学が出てくるか等々、それからまたそれに関連して大学改革というのはどんな関連を持ってくるであろうかというのはいずれ少し時間をかけて議論をさせていただきたいので、きょうは省かせていただきますが、この国立学校設置法の中にいわゆる筑波大学というものが入ったわけですね。この筑波大学は、たとえば大学の管理機関なんかの読みかえ規定でも、ここで人事委員会というようなものが大学の管理機関として位置づけられた、いままでの日本の大学では非常に新しいタイプの大学だと私は思います。そこで、ここでは長い議論をしましたから省かせていただきますけれども、大臣は当時は野におられたわけですが、東京教育大学とそれから筑波大学という新しいタイプの大学ですね、この二つの大学は現実にいまありますが、これは別々の大学ですか、それとも一つの大学でしょうか。
○永井国務大臣 私の理解するところでは、筑波大学と東京教育大学は別個の大学であると考えております。
○嶋崎委員 両方に学長がいるわけですから、そしてそれぞれに教授会がある。片一方は大学の管理機関、違いますが、二つの大学だと思います。そうしますと、東京教育大学を母体にして筑波大学というものが創設されるということで今日まで議論が行われてきたわけですが、東京教育大学の教官は筑波大学の教官になる可能性は非常に高い。東京教育大学の教官を前提にしない筑波大学というのはあり得ないと思いますが、いかがでしょうか。
○井内政府委員 ただいまの点につきましては、東京教育大学の統合移転を契機として筑波大学をつくるということでまいっております。したがいまして、先生御指摘のように、東京教育大学の教官、あるいは事務職員もそうかと思いますが、その統合移転を契機として新しい大学をつくるというそのたてまえで、今後両大学間のいろいろな、学年進行的になりますけれども、教職員の移籍でございますとかそういったことが進行していくものと考えております。
○嶋崎委員 その場合に大変問題になってくるのは、筑波大学の人事は人事委員会が握っているわけです。東京教育大学の人事は各学部教授会並びにその上に立った評議会が母体、基礎になっているわけであります。そうした場合に、いままでの大学の慣行から言えば、東京教育大学を母体にして筑波大学に移転するということであれば、筑波大学の人事委員会の人事の決定と東京教育大学の人事の決定との間にそごを来した場合にこれはどういうふうに理解したらいいかという問題が起きてくると思います。東京教育大学を母体にしてと、いままで外にはそう言ってつくったのだけれども、でき上った瞬間に、もう東京教育大学では要らない教官はありますよというふうに人事委員会が判断するかもしれません。そうなりますと、東京教育大学の教官を——つまり東京教育大学を母体にしてでき上がった筑波大学ということではない側面が出てくると思うのです。そういう問題をめぐって、あの筑波大学の法律が国会を通過して以降、東京教育大学と筑波大学との間には非常にむずかしい問題が依然として続いております。それは結局新しいタイプの大学というものと日本の伝統的な大学との、つまり発展的解消のプロセスにあらわれている矛盾だと思うのです。つまり筑波方式の新しいタイプの大学の人事は副学長を中心にした人事委員会が握っているわけであります。副学長は、たとえば物理の専門家はいるかもしれないが歴史の専門家はいるかどうかわからない。経済の専門家はいるかもしれませんが西洋史の専門家はいるかわからないわけですね。そうしますと、筑波大学の人事委員会が、東京教育大学を母体にして新しい大学を構想した場合の人事が人事委員会で行われているという新しいタイプの大学の管理運営であるがゆえに、古い大学の教授会で考えてきている問題との間に幾つか矛盾が出てくるというのが今日の東京教育大学の問題だと思います。これは将来出てくる、たとえば共同利用研究所、その上に新しい大学院をこしらえたというタイプの大学院の場合には、いままで共同利用研究所は教授会はありませんから、そうしますと、新しいタイプの大学院大学は——いままでは大学院は研究科委員会と称したものを、今度の読みかえ規定によりますとそこに教授会というものが出てくるわけです。学部段階の教授会が、今度は大学院に教授会というものが出てくるわけであります。東京大学でも京都大学でも九州大学でも、大学院というのは研究科委員会と呼んでいるのであって、これを教授会と呼んでいないわけであります。そうしますと、学校教育法で言う大学の基礎にある教授会というものと違った大学院大学の教授会というものがまた大学の管理運営のあり方として生まれてくることになります。そういう将来の大学の管理運営という問題を憲法、学校教育法を前提にして私たちが構想していく場合に、そういう異質のものか出てくる。その前提に——前提かどうかは別としても、異質なものの一つのタイプとして筑波大学という大学の管理運営が一つのモデルとして問題になり得ると思うから、そこで筑波といまの教育大学との関連をもう少し詰めて議論をしておこうというのが私の質問の意図でございます。 そこでお聞きしますが、昨年の四月に東京教育大学の文学部が内申をして、文部省は何人教授を発令しましたか。
○井内政府委員 東京教育大学の文学部の教員の昇任人事についてでございますが、同大学の学長から上申のありました六名の昇任について、上申どおり発令を行いました。四十九年五月五名、同年十月一名ということでございます。
○嶋崎委員 その五件の東京教育大学から文部省に内申される場合の書類の形式は、一般の大学の内申と同じ書類の形式でしょうか。
○井内政府委員 上申書は官房の人事課の方で具体的に扱っておりますが、文部省に上がってまいりまする上申の書類は同じであろうと存じます。
○嶋崎委員 そこで一昨年の筑波大学法案に際しまして、文部省当局と幾つか議論をいたしましたが、その当時は、その当時の問題に関連して、その五件、四十九年の五月一日付で文部省が発令した五件の人事ですね、この人事の中に、東大に移って教授になられた方がおって、筑波大学では万年助教授で、これはいつまでも教授になれないわけです。それは教授になるための評議会での選考基準というものにひっかかっておりましたために、その方はいつまでも東京教育大学では万年助教授だったわけでございます。その内容は筑波大学に賛成か反対かが踏み絵になっておりました。東京教育大学では万年助教授だったが、東京大学では教授としてこの人を採用したわけであります。 そうしますと、東京大学では教授、東京教育大学では助教授、しかも併任教授でありますから、東大は教授なのに、東京教育大学は助教授だというのは大変アブノーマルな姿になるわけでございます。 そこで、五月一日にそのアブノーマルなものを解消するために、関連して五つの人事案件が早急に手続がとられたという節があるやに、私は調査の結果理解しておりますが、文部省の方はいかがですか。
○井内政府委員 五月一日で行いました昇任人事の資料を見てみますと、ただいま先生御指摘のように、東京大学へ転出という方が一人おられます。 具体的な昇任人事の問題等につきましては、あくまでも大学の方でそれぞれの法令に定めます正規の手続を経て、上申を待って、文部省はこれを措置するということでまいっておる次第でございます。基本的に大学の人事が、大学の自主的な判断に基づいて選考されるというのは、大学の一番の基本にかかわる問題かと存じます。 ただ、先ほど大臣からもお答えいたしましたように、法制的に、制度的には筑波大学とそれから東京教育大学と別個の大学として存在しておる。しかし統合を契機といたしますから、両大学間におきまする完全に移行が完了するまでの間の人事は、両大学間の十分な連絡と協議と協力をどうしても必要とすると思います。そのために東京教育大学の評議会におきまして、両大学間の、たとえば大学院の設置の問題にしましても、あるいは移行期間中の学部学生、大学院学生の授業計画の立て方等にいたしましても、両大学は移行期間中は制度的には二つの大学でございますけれども、実際には一つの大学のような側面も持ちながらやってまいりませんと、人事の面でも、経費の面でも非常に問題を生じてまいるわけでございまして、東京教育大学の評議会で、筑波大学と東京教育大学のそういった万般の問題に関しましての連絡、協議のための組織をつくるということで、連絡会を結成し、随時いろいろな問題を取り上げまして、両大学間の協議を経ながら進めておるところでございますが、先生御指摘のように、その連絡会で両大学間のいろいろな、自主的に決めるべき問題を十分連絡、調整してほしいということを、文部省といたしましてもかねてから強く要請をいたしておるわけですが、その連絡会のメンバーの構成の仕方、そのものにおきまして、いろいろと筑波大学発足の経緯等もあることと存じますけれども、東京教育大学文学部の責任者は文学部長かと思いますが、文学部長が正規のメンバーとしていまだに入れないような状況にあるという点は事実でございます。この点が筑波大学と東京教育大学間の人事におきましても、私どもが承っておるところでも、文学部の内部の昇任人事、文学部に関するところにどうも問題が集中しておるのではないか。その点はただいま申しました連絡会における機能の仕方が他学部と文学部の場合と非常に違う状況に相なっておる。この点両大学の方でそれぞれの御事情はあろうと思いますけれども、そこのところを何とかやはり打開しなければいかぬのじゃないかということで、これは先般山原委員からも御指摘をいただいた点でございますが、文学部の方での昇任人事はなお二十数件東京教育大学内部での特に評議会と教授会との調整がまだついていないようでございますが、とにかく可及的速やかに調整のつくところからやったらどうだということを私どもも大学の方に要請しておるというのが実情でございます。
○嶋崎委員 時間ありませんから、大臣にこういう事実関係になっているということだけは認識していただいて、御判断いただきたいと思います。 昭和四十九年の五月一日付で先ほど局長が説明されたように五人の方が内申がありまして、発令になっています。ところがこの五人の内申にはそれまで東京教育大学の人事に際してクレームがついていた評議会の申し合わせによりというその手続を踏まずに内申した者を文部省は今度発令したのでございます。これは大変木田局長と私が論戦したところなんです。東京教育大学の人事の場合に評議会に選考基準というものがあります、したがって、教授会で人事が決まっても評議会でその基準に合わない者は、大学の管理運営という調整的機能としての評議会の役割りからして、その決定に従わない者は教授にプロモートすることはできませんというのがずっと木田局長が私に答えてきたことでございます。ところが去年の五月一日付のこの五件は、いままで発令しなかったのにこれだけはその評議会の申し合わせという事項の添付書類なしに内申して、評議会で決定して文部省に上がって、それが発令されているのでございます。そういう意味で文部省の発令の仕方にかつて局長が私に答弁したことと現在五名を発令したことの間には矛盾があります。 その点について後で大臣に評議会と教授会の問題を質問しますが、もう一つ質問しますが、残っている二十二件の東京教育大学文学部の人事について現在文部省にはこの資料は届いているはずです。文学部教授会が何遍も文部省へ直訴しているのですから、だから、行っているはずです。さあ、いま問題になっている今度のあとの残りの二十二件については、今度はおととしの暮れに筑波大学法が成立しました。したがって、法律ができるまでは大学の中で法案をめぐって論争があるというのはあたりまえだと思うのです。これは学問の自由であり、新しい大学の問題ですから。一たび法律が通った以上は、今度はその大学を前提にした上で、教授会の決定に基づいて人事の内申が行われます。したがいまして、残りの二十二件については評議会の申し合わせによりという添付書類が今度はついているのでございます。今度はついているのですね。だから、今度はついているやつが評議会に上がっているのですから、木田局長がいままで私に答弁したことからすれば、もう大学管理機関の選考基準に従って教授会で決めたものが上がっているのに、それは内申されていないのです。ところが、去年の五月一日に文部省に上がったものは、いままで問題になった評議会の選考基準から外れているといって発令しなかった同じ形式のものを内申して、文部省は発令しているのであります。こういう事実がございます。 したがいまして、もし四十九年五月一日の五件について文部省が発令したんだとすれば、いま問題になっている、去年の十二月二十七日付で教授会が決定をして、そして大学の評議会での選考基準の申し合わせの添付書類をつけて、合法的な——しかも筑波大学を前提にしてそういものが現在出ているのに、評議会ではこれがストップしているという事実がございますから、これは文部省としては、早く学長を通じて文部省に上申させる、そういう手続をとって、早くこの事態の解決をしていただきたいと思います。大臣、その点御努力願えますか。
○井内政府委員 大臣のお答えの前に、一つだけお答えさせていただきます。 学長の上申をまちまして文部省は教官の人事の発令をいたすわけでございまして、ただいま嶋崎先生御指摘の評議会並びに教授会の間の問題は、学長が上申をするまでの学内の調整の問題と私どもは一応理解をいたしております。 文部省といたしましては、学長ともお会いをし、教育大学の文学部教授会並びに評議会の間の調整といいますか、この点についてやはり打開策を積極的に検討をし、文学部教授会並びに文学部長の方におきましても、ただいま先生御指摘のように、東京教育大学と筑波大学との間の人事がこの移行期間中にいかにスムーズに展開するか、そして、筑波大学に転ずることを希望される教官は原則として筑波大学の方へ移っていただけるということを前提とした統合移転であり、筑波大学の創設なんだ、その基本線を踏まえて、既往においていろいろなことがあったにいたしましても、現時点ではそういうことで人事をとり進めてほしいという要望を事務的にはいたしておるところでございます。
○永井国務大臣 筑波大学は、そもそも、東京教育大学の移転ということが前提になってできております。そこで、二つの大学という意味において、東京教育大学と筑波大学が分かれておりますから、またそのそれぞれに自治がありますから、そこでいろいろスムーズにいかない面を生じているとは思いますけれども、私はやはり、その相互の大学間における協調、協力というものがありまして、そうして希望される先生方が前提どおり筑波大学に移っていかれるように、二つの大学間で話し合っていかれることが望ましいと考えております。そういう立場に文部省は立って、両方の大学でお考え願うように、そう希望している次第です。
○嶋崎委員 ちょっと大臣の答弁は抽象的なんですが、さっき言ったあの四十九年の五月一日の発令は、いままでいかぬと言っていたものを内申して発令しているわけですね。その意味はわかりますね。昨年の十二月以降のものは、つまり法律が通って以降の問題については、全部添付書類が出されておりますから、学内ではもう問題がないはずでございます。 ところが、問題は、四十九年五月一日に五人発令しましたね。そうしたら、実態は、学長はえらいつるし上げられたんですよ。それで評議会は大変もめたんです。その結果、もういまや文学部教授会に対する不信ですね、学内の闘いの、紛争とでも言いますか、それの長いあれがあるものですから、その後東京教育大学の文学部は新しい情勢に対して新しい対応の仕方をしているのに、事実上大学内部で十分なコミュニケーションができないで事態が進行しているように、実態的に受け取れるわけでございます。 ですから、たとえばいま問題になっている、今度四月に他大学に移る人事のものがやはり文部省に出ておりますけれども、それもよそでは教授なんです。これもまた併任教授なんです。よそでもう教授になってしまうのです。だからこれはまた、このうち四件ありますから、あわてて出てくると思います。つまりよそで教授になると、あわててプロモートが行われる。よそで教授になると、あわてて数人関連してプロモートしている。こういう非常にアブノーマルな事態が起きているだけに、この二十二件について具体的に、大学の評議会もいつまで過去の紛争にとらわれることなく、事態を解決するようにぜひ御努力願いたいということを申し添えておきます。 そこで、もう時間もありませんからお聞きしますが、大臣は大学にいらしたんですから、この教育公務員特例法の四条、それから教育公務員特例法の読みかえ規定だと、教官の昇任については教授会なんですね。降任とか懲戒の場合に初めて評議会というものが問題になってくるわけでございます。 これも、評議会というのは省令で決まっているものであって、法律で決まっているものじゃないんだから、仮に懲戒や降任の場合に評議会に発議権があるというふうに省令で決めても、事実上は教授会の承認や事前の打ち合わせなしに、評議会が懲戒や降任というものを発議することはできない、これが大学の仕組みだとぼくは思います。 ところが、東京教育大学では、御承知のように、文学部に何にも言わずに辞職勧告をやってみたり、そういうこともあったんですが、ここでお聞きしたいのは、この法の考え方から言えば、大学における教官の昇任、助教授を教授にするとかというような問題については、この法律で決められているとおり、「教授会の議に基づき」だと思います。 ところが、東京教育大学では今日まで何が行われてきたかというと、教授会の議に基づいて行われた人事について、今度は評議会が選考基準なるものを設けて、その選考基準は筑波大学を前提にして、その大学に賛成するかどうかという踏み絵の内容を持っているものですが、今度はそういうものを設けておいて、そうして昇任人事について教授会が決定したにもかかわらず、評議会がそれをチェックする、こういう形のものが続いているのがいまの一連の人事でございます。 したがいまして、この評議会と教授会の関係について、法の精神と、それから省令で決めた評議会の権限、これとの関連について、大臣はどういうふうにお考えでしょうか。
○井内政府委員 ただいまの教員の昇任人事につきましては、評議会で定めます基準によりまして、教授会で具体的な選考等をやり、決めてまいるわけでございますが、ただいま具体的な問題と相なっております東京教育大学の問題につきましては、昭和四十五年の四月十七日の第三百十七回の評議会におきまして、次のようなことを決めております。 本学は、移転を契機に新大学の実現を期しているので、研究・教育の向上と大学の正常な運営に特別な考慮を払う必要がある。このため、この申し合わせを確認する。 本学の教授、助教授および専任の講師の採用およびこれらの職への昇任に際し、その候補者となる者は、次の要件を備える者のうちから選考するものとする。 1 大学設置基準(昭和三十一年文部省令第二十八号)第十三条から第十五条までに定める教員の資格を十分に満たすこと。 2 採用または昇任のうえは、評議会の決定を遵守すること。という申し合わせを全学的に評議会で行って、これを一応踏まえながら各教授会で具体の選考を行い、それが学長を通じて文部省の方に上申がなされ、文部省の方では、学長の上申に基づいて具体人事の発令等を行っておる。東京教育大学の場合は、ただいま申し上げましたような経緯と相なっております。
○嶋崎委員 それで、私も前のときの議事録をいまここに持ってきておりますけれども、いまおっしゃったのはこの議事録にきれいに載せてあります。このときに木田局長は、終始一貫、もう答弁の内容がなくなってしまったものですから、同じことを繰り返し答弁しているのですね。あたりまえのことを決めているのだから、そのあたりまえのことに従わないのは大学教官としておかしいのです、一口に言えばこういう回答なんです。ところが、これがあたりまえかどうかという点についてぼくは大臣にお聞きしたいのですが、こういうことがあると思うのです。確かに東京教育大学が筑波に移転するということについては、全学で最初決まったことです。ところが、その調査費がつき、いよいよ新構想大学との関連が出てきて、大学内部に論争が起きたわけでございます。いまおっしゃったこの四十五年四月十七日の東京教育大学の評議会には、文学部教授会は参加していないのでございます。ここが非常に異常になってくるわけであります。ここでお聞きしたいのは、新構想大学といわれる筑波大学が、いままでの日本の伝統的な大学の管理運営とは違った新しいタイプの大学を構想している。ところが、東京教育大学の文学部の教授たちは、古い伝統的な日本の大学のあり方をやはり正しいと信じている。そうしますと、これは学問研究という観点からすれば、当然学問研究の自由、大学自治という観点からすれば、文学部の教授会が評議会と意見が違うということは、法案が通るまではあり得ることだと私は思います。それが大学だと思うのです。だから、そのときに、意見が違うために多数決で決めよう、多数決で決めようとするから、参加して破れればまあ形式民主主義は通るでしょう。しかし、大学というのは形式民主主義で通すべき性質のものでない案件が非常にたくさんある。特に新構想大学というようなことに関連しておれば、これは学問研究、大学自治と非常に深い関係があるから、文学部教授会は採決というかっこうに持っていかれる評議会には参加できないというので、これに参加していないわけであります。ところが、文学部教授会を除いてこの評議会でいまのこの選考基準を決定しているわけでございます。こういう場合に、この選考基準の二項にある「採用または昇任のうえは、評議会の決定を遵守すること。」全国の大学でこんなことを決めた評議会の決定はありませんわ。評議会で決めたことについて大学内部で従うというのはあたりまえのことだ。その評議会の決定というのは、事学問、思想や教官の人事等々の問題については、学部教授会を前提にして、それを尊重しているから評議会の決定にみんなが従うという大学の慣行が成り立っているのであって、それを「採用または昇任のうえは、評議会の決定を遵守すること。」というあたりまえのことをわざわざ決めたところに、その後の長い筑波と東京教育大学との紛争の種が今日まで続いているわけです。 しかも、東京教育大学の評議会が、これだけじゃなくて、昭和三十七年大学管理法が問題になったときに、御承知のあの「朝永原則」というものを東京教育大学でつくった。その朝永さんの原則、評議会で決めた考え方は、評議会と教授会の関係については、この現行法に素直な解釈をとっているわけであります。今度は、筑波大学が問題になってきたら、かつての教育公務員特例法で問題にした、たとえば昇任については教授会の議、それから懲戒なんかについては確かに評議会ということが発議権はあるけれども、しかし、教授会というものを無視して発議することはできないという考え方を明確に打ち出してきたわけです。それが、この筑波大学移転をめぐって、四十五年の四月に評議会でいまのようなあたりまえのことを、わざわざ「遵守すること。」ということを決めたわけでございます。この結果、東京教育大学では評議会が昇任人事についてもいわばその決定権を持つといういままでの日本の大学では慣行としてない、また同時に、教育公務員特例法で言う四条の昇任人事は読みかえ規定では教授会といっているそれとは違った慣行が、東京教育大学にその後非常にあたりまえのようになってしまったわけです。もちろん愛媛大学田川助教授事件とか、全国に幾つかなかったわけではありません。しかし、その場合には、必ずその教授の関連している教授会で事前に話し合いがあって、つまり仲間を懲戒するということはできないから、それを評議会に持っていくというのは、大学人相互間のいわばモラルみたいなもので評議会というものが発議権を持っているのだと思います。ですから、省令でもって評議会で選考基準をつくれば教授会の上なんだという考え方は、大学の慣行にはないと私は思うのです。もちろん、権力解釈としてはあるし、現実にそれを適用して幾つかの事件があったことは間違いございません。ですから、そういう意味でこの東京教育大学に起きている一連の人事をめぐる紛争というのは、やはり学校教育法で言う教授会、大学は重要な事項を決定するために教授会を置く、それに助教授が参加することができるという——この前は筑波かできて新しい組織をつくることができるというのが入りましたけれども、これは筑波のためにこしらえたものですから、原則は教授会ですね。その教授会があって、総合大学の場合には評議会が出てくるが、その評議会はあくまで個別の教授会の持っているその個別性を前提としての調整機能として評議会というものがあるのが今日までの大学の慣行であったと思います。ところが、この評議会がいつの間にか文部省の省令を前提にして、その後ひとり歩きして、総合大学の場合には、もう評議会の方が人事の発議までできる、特に昇任人事について、教授会と法律で明確に書いてあるのに、その評議会でチェックするという事態が実際には行われてきたという点が問題だと思います。ですから、そういう意味で大臣に私がお聞きしたいのは、大学の慣行からすれば、この東京教育大学は異常ではあったにせよ、もうそろそろ、法律が通ってしまって、しかも文学部教授会は、法律が通った前提に立って筑波大学に協力をするということを教授会で申し合わせて、そうして筑波大学に行く教官については、自主的に行くことをみんなで認め合って促進をする、そういうことを全部教授会で決めているにもかかわらず、まだ依然としてその古い評議会決定でもって昇任人事についてもチェックしているというようなやり方が行われているということになると、この教育公務員特例法の法の精神からそれは違反しているのではないかという点が一つでございます。 もう一つは、もう時間がありませんから問題点だけ整理して、いずれまた議論する機会をつくらしていただきたいと思いますけれども、この間私がここで質問しました外人教師、梅先生の問題にもありますように、筑波大学の人事委員会はかなり、東京教育大学から来る、希望している先生方について受け入れないでいるという側面がございます。 三つのタイプがあります。一つはどういうタイプかというと、無条件に行くタイプ。今度は、本人は希望しているがクレームがついているというタイプ。それから今度は行かない——行かないという教官が文学部にもいるわけですね。しかし、行かないと言っているが、これは行くと言って採用されるならば行くという教官もいるのです。いままで筑波大学に反対してきているから、いまさら行くと言っても、ひょっとしたらだめなんじゃないかという不安から希望してない教官がいるわけであります。だから三つのタイプですね。ストレートに行くのと、行く希望があるのにシャットアウト食ってるのと、行ったにもかかわらず帰されそうになっているタイプ、それからもう一つは、行く希望を出しても恐らくシャットアウトを食うであろうということを考慮してその希望を今日ペンディングにしている教官、そして行かない教官、これは筑波との関連では問題にならない教官でございます。そういう事態が現実にあるということでございます。それが、つまり筑波大学の人事委員会が持っている非常に危険な側面であるということを、私はここの委員会で法案でずいぶん議論をしてきたところでございます。まさに梅先生の事件は、その一番おそれた人事委員会が電話一本で解雇通告をするという事件でございますが、それは表面にあらわれた事件ですけれども、そういう表面にあらわれないで、学問思想の自由を侵害するおそれのある事件が、人事をめぐってあっていると私は推測をいたします。データもありますけれども、大学内部のことについては干渉できませんが、推測がされます。それだけに、筑波大学という新しいタイプの大学の管理運営というものが——ここでは教授会は古い、古いという議論はかりありましたけれども、大臣もおっしゃっていますように、古い中に新しいものがあってすべてが発展していくのであって、教授会というものは、たとえば教授会の結果の中に講座制というものがあるかもしれません。しかし、講座制をなくしたって、教授会をなくする必要はないわけでございます。 ですから、そういう意味で、今度の新しい新構想大学が学部のない大学院ができた場合に、教授会ができるというのは大変アブノーマルというか、いままでの法の体系から言えばおかしいものなんですけれども、そういう教授会のあり方、それから人事の問題等々について、筑波方式的なものが今後波及してこないんだろうかという不安を私は持っております。実際にあるかどうかは別といたしまして、そういう不安を持っております。それだけに、筑波方式と言われるようなああいう大学の管理運営というものを、今後まだモデルとして、ほかにもああいうタイプのものをつくっていくという考え方が大臣におありかどうか、これが二番目の質問です。 たくさんしゃべりましたが、ゆうべ寝てないものですから、頭の回転よくないですけれども、第一番目は評議会、つまり、評議会が昇任人事に関してチェックするというのは、教育公務員特例法の精神から見ておかしいんじゃないですかという点が一つ。それからもう一つは、いま申し上げました筑波大学にあらわれた新しい大学の管理運営方式という方式は、今日、教育大学との関連において非常に多くの問題を蔵しているし、現に問題が起きつつある。それだけに、今後の大学の改革、新しい大学構想を構想するに当たりまして、筑波を一つのモデルだ、モデルだといままで文部省は言い続けてきたのですから、当分それをあくまで一つのモデルにしておいて、やはり憲法、学校教育法それから教育公務員特例法等々を前提にして、その中には新しいものを適用するための法改正がたびたび行われていますから、いろんなタイプを法律をてこにしてつくることができますけれども、憲法、学校教育法それから教育公務員特例法という既存の法体系の中でオーソドックスに構想されている大学というものを前提にして、大学改革というものを考えていくことが至当ではないかと私は思うわけですが、その二番目の、筑波方式というものをあっちこっちに持っていくようなことを誘導的に指導していくというようなことがあってはならないと思うので、その点について第二番に質問して、きょうは質問を終わらせていただきます。
○永井国務大臣 まず第一に、評議会とそれから教授会の関連でございますが、教授会が昇任人事について討議をいたしまして上申をする、そして評議会がそれを認めるという姿が一番普通だと私は思います。 それでは、評議会は何をするかというと、全学的な一般的方針とか、そういうものについて連絡調整をしたり、あるいは全体的な方向を決めていくというのが普通だと思います。 したがいまして、そういう姿に東京教育大学が動いていくことは望ましいと思いますが、問題点がどこにあるかと言えば、これは嶋崎先生も御質疑の中で述べられましたように、四十五年というのは東京教育大学の非常に緊張した時期であったわけです。そこで、緊張した時期というものからあの当時には反対、賛成いろんな議論が起こる。しかし、もう決定をしたわけでありますから、そこでそういう緊張状態というものを解きまして、そして正常な姿で運営されていくことが一番いいのだと思います。にもかかわらず、問題はどこにあるかというと、法解釈のことよりも、事実問題としてかつての緊張状態が続いておる、全面的に同じではないと思いますが、相当続いておる。そこで大学の先生方に、もう決定があったわけですから、そういう方向で考えていただくようにするということが最も望ましい、私たちはそういう態度で臨んでいきたいと考えております。 次に、筑波大学の人事委員会のような考え方でございますが、これを一つのモデルと考えるのか、それとも方々に広げていくのかということでございます。 私は、大学の設置並びに運営の形態というのは、一つの形をとれば全部うまく行くというようなことはないように思います。いままでの学部教授会の場合に、本当に自治の姿で当事者たちが討論をするという点は非常にすぐれておりますけれども、先生の御指摘のように、確かに講座制の問題もありますが、そのほかに学部の割拠主義というようなものもありますから、そういう意味においては全学的な運営委員会、人事委員会的な考え方に利点もあるように思います。しかし、そこから生じる独善というものは起こり得る。 そこで、筑波大学もまだ発足間もないわけでありまして、他のすべての制度がそうであるように、問題点を含んでいると思いますから、これは私としては、そのやり方をすぐに広げるというようなことを考えない半面、またそのやり方は全く間違っているというような考え方もとらない。そういう新しいやり方でどういうものが生まれてくるかということを見守っていくと同時に、他方従来の大学の管理運営の仕方、またそのほかに、もうだんだん動いてくるでありましょうが、わが国の中に国連大学もできてまいります。わが国から申しますと、これは全く新しい形で運営されるわけでありますが、こういうものが相互に刺激し合いながら、次第によい形を求めていくというのが妥当なのではないかと考えております。
○嶋崎委員 最後に、いずれまた議論をさせていただきますが、いまの大臣の答弁、筑波大学の人事委員会がどういうメンバーで、その人たちが専門領域を発令し、業績を評価できる能力があるのかないのか、これをはっきりさせないといかぬと思うのです。だから、全学的な調整で、たとえばこういう講座やこういう研究の科目は要るが、こっちはいまのところ調整しようというようなことの調整として、たとえば研究科目とかそれから教官の定員とか、そういうことについての調整はあり得ると思います。しかし、実際にこの人間がその科目にふさわしい研究業績があるかどうか、教育ができるかどうか、そこまでを判断する能力は人事委員会というものはないと私は思います。というのは、多数決で決まりますから。たとえば梅さんのような場合でも、牛島教授は要ると言っている。ところが、人事委員会では要らぬと言うのですから。そういう姿を一つとってみてもわかるように、筑波大学で問題になっておる人事委員会というのは、大学の研究業績を本当に判定して、発令し得るようなそういう権限まで持たせたら大変なことになってしまう。その事態がいま起きておる。 たとえば、大臣ひとつお調べ願いたいのは、外人教師のかわりに入った筑波大学のいまの外人教師の中に、本当に外国語を教える能力のある教官がそろっているのかどうか、これは大問題だと思います。たとえば、フランスで大学を卒業して、日本に観光旅行でビザで来ている、それが講師になっております。単に大学を出て、フランス語をしゃべるというなら、中学生だって高校生だってできますよ。しかし、外国語の教官としてフランス語を筑波大学の学生に教える能力があるかどうか、そういうことについての判定なしに非常にイージーな人事が行われております。ですから、いま中国語以外の外国人教師、これを全部一遍点検していただきたい。そうすると、梅さんがパージを食って、ほかの外人教師はよろしいという根拠がどこにあるのか。これは大学内部の問題ですから、大学が決めたことについて干渉はできません。しかし、人事委員会というものが、本当に研究経歴や業績やそういうものを判定した上で人間を採用しているのかどうかということについては、非常に疑問の節があります。ですからそういう意味で、私はかつてここでも質問しましたが、筑波大学のタイプは、東京大学と京都大学のどの辺の学長の給料かと聞いた。そうすると中間だと言うのです。筑波大学というのは日本の総合大学の最高大学ですよ。その最高大学の外国人教師が、フランスの大学を出て、教職の経歴やそういうものもなくて、観光ビザで来ている者を、観光ビザを切りかえて、そして授業を教えているということを認める人事。そして片一方では、日本籍を持った中国人が、非常にすぐれた教育者としての能力があるにもかかわらずパージを食っている。どう見てもいまの人事委員会のあり方というのは、ここで文部省が非常にきれいな説明をいっぱいしましたけれども、私が危惧したとおりの事態が現実に起きています。ですから、それだけに大臣は簡単に学部割拠主義、それは確かにありましょう。しかし、学部割拠主義があったって、学部を前提にして調整することができるのであって、何も学部を解体する必要はないわけであります。だから、大学の改革のあり方にはいろいろなタイプの改革があっていいわけであって、したがって筑波のようなタイプは非常に危険性をはらむタイプの大学の管理運営だと私は思います。ですから、一般的に全学的な調整という意味で、総合的な管理運営や人事の機関を設けるということ、それ自体は新しいタイプであっていいと思いますが、それには相当慎重な人間の配置と選考と運営が行われなければならない。ところが筑波は、新しい新しいと言いましたけれども、最悪の古い危険なタイプとして機能していると私はにらんでいます。材料を挙げれば山ほどあります。 たとえば、ほかの大学から移ってくる人事なんかについても、学会で十分な業績のあると思われる人が筑波に移っているのかどうか、そういうことについても、かつて私の学会にいたメンバーから見て、一流の筑波大学に行かれる業績、その個人を言いませんけれども、そういうふうに判定していいかどうか疑問な方が大変重要なポストを持っておられるとか、そういうことがかなり見受けられるように思います。ですから、いま大臣のおっしゃった、人事委員会というものが学部割拠主義に対抗して大学をよくしていくというタイプの管理運営たり得るかどうか。というのは、日本の大学というのは、ぼくは思うけれども、やはりポリティカルカルチュアに合わせて大学の制度や運営というものを考えていかないと、そしてまた教官の持っているビヘービアを頭に置いて考えていかないと、ただ新しいタイプを制度的につくりさえすれば新しくなるというものではないと思う。永井大臣は社会学者ですから、プロセス論もやっていらっしゃるでしょうし、私は制度論ですけれども、制度論とプロセス論を考えて、日本の今日の大学の伝統を生かす大学改革というのは何かというふうに考えると、筑波のようなタイプは、新しいように見えるけれども、果たして日本のカルチュアに合っているのかどうか、そういう点について私は大変疑問を持つわけでございます。そういう意味で、人事委員会というのは、筑波のようなタイプはあり得るということは言えるけれども、いまの日本の大学の現状で、ああいうタイプのものをほかにもつくっていくようなことをしたら、マイナスに機能することが多くて、よく機能することは少ないというふうに私は思うのでございます。 そういう意味で、今度学部というものを前提にした大学院大学というものの考え方について、この法の改正について、また理事会に諮って議論をさせていただきたいと思います。きょうは筑波に関連して、新構想大学という問題で、教授会と人事委員会という管理運営に関連しての問題点だけを指摘して、終わらせていただきます。
○久保田委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時十五分散会 ————◇—————