文教委員会 第6号
- 発言数
- 127 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1975/03/26
会議録
○久保田委員長 これより会議を開きます。 国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山原健二郎君。
○山原委員 国立学校設置法についての質問に入ります前に、一言だけ伺っておきたいことがあります。 文部省の方へもお伝えしてありますが、ちょうどいま高等学校の入学試験が行われ、合否の発表がなされているわけですけれども、これは兵庫県立高等学校の入試に当たりまして、尼崎北高等学校それから西高等学校における合否判定がよくないということで、それをやり直しを迫るという問題が起こっております。私はこれは教育上の立場からお聞きしたいと思うのですが、この事件は昨日まで続いておりますが、文部省としてお調べになっておるか、あるいは存じておるか、最初に伺っておきたいのです。
○永井国務大臣 まず実情について政府委員から答弁させます。
○安嶋政府委員 尼崎北高校の具体的な問題について御報告をする前に、兵庫県における公立高等学校の入学者選抜のごく概要について御説明を申し上げたいと思います。 兵庫県の公立高等学校の入学者選抜要綱におきましては、調査書の様式が示されておりまして、その中に「その他の特記事項」という欄が設けられております。この欄の記入上の注意事項といたしまして、要綱の三百十一項におきまして説明があるわけでございますが、「その他の特記事項」の欄には進路に関する所見や調査書の各項目のうち特に参考となる事項があれば具体的に記入するというふうに定められております。また、同要綱に関する事務及び手続の手引きにおきましても、この欄についてのより詳細な記入上の注意事項が定められておるのでございます。 ところで、高等学校の入学者の選抜は、中学校長から送付されました調査書その他必要な書類、それから選抜のための学力検査の成績等を資料といたしまして、当該高等学校長が高等学校教育を受けるに足る資質と能力を有するか否かという点につきまして判定を行うことになっております。文部省といたしましてはかねてから調査書の尊重や学力検査の実施に際しての中学校教育に対する配慮等を十分するように指導してきたところでございますが、調査書の記載内容、取り扱いあるいは学力検査の実施教科などにつきましては、具体的には各都道府県教育委員会の定めにゆだねておるところでございます。 兵庫県におきましては、入学者選抜要綱によりまして、調査書を入学者選抜の主な資料といたしておりまして、学力検査の成績は補助的な資料として判定をする、また調査書の中では各教科の学習の記録を主たるものといたしまして、それ以外の諸記録を総合したものを参考として用いるということにいたしております。兵庫県教育委員会の報告によりますと、調査書の「その他の記載事項」の欄に記載されている事柄は、あくまでも選抜の際の参考資料でありまして、この記載内容によって高等学校教育を受けるに足る資質と能力にかかわりなく、この記載内容だけによって入学させることはしない、こういうことでございます。文部省といたしましては調査書の記載事項を入学者選抜に際してどのように扱っていくかということは、県教委が定めまする入学者選抜要綱に従って、高等学校長が具体的に判断をすべき問題であるというふうに考えております。 そこで、ただいま御指摘の兵庫県立尼崎北高校の問題でございますが、この学校を志願いたしました同和地区の生徒が不合格になったために、部落解放同盟の地区の関係者から同校の校長に対して三月二十日に合否の判定をやり直すように要求があったということでございますが、兵庫県教育委員会の学校教育課長それから高等学校長、尼崎北高等学校長等との間に行われました話し合いにおきまして、学校側は合否判定のやり直しに対しましては、やり直しができないという態度で回答をしたという報告を受けております。その後二十四日も話し合いが持たれたということでございますが、同じように合否判定のやり直しはできない、不合格の生徒の進路指導につきましては、関係者においてさらに努力をするという旨の回答を行ったという報告を受けております。
○山原委員 この問題は二十日に合格者の発表がなされまして、これは公立高等学校、普通高等学校六校だそうですが、それが午後発表されまして、それに不満ということで午後四時から二十一日の午前二時半過ぎまで、塚口総合センターで二百人くらいの人が集まりまして、この高校長を呼ぶ、さらには四校の高校長、これは合否判定の委員のようですが、それも全部夜中に呼び集められて、そして合否判定のやり直しが迫られるわけですが、それには市内の中学校の校長さんも一部の先生方も出て、高等学校側にその合否判定のやり直しを迫るという長時間かけての交渉が持たれるわけですね。それからまた引き続いて二十四日には午後二時から午後九時までやられる。いわば合否判定についてのやり直しを迫るということで、これも私はかなり異常なことだと思っているんですよ。というのは、私どもは、中学校における子供たちが本当に教科を理解できるような教育を保障していくというために努力しなければなりません。同時に、高等学校を希望する者は全員入学制度を打ち立てていくべきだというのが私たちの主張で、そういう点でみんなが努力をしていくということが正しいのであって、特別に枠外で子供を入学さすというようなことが果たして子供にとって幸せなのかどうか。これは私の経験として、たとえば昔は補欠入学というのがありました。旧制の中学校を受けまして、そして合格者が発表になって、補欠が二、三名おる。その二、三名の補欠になって入った私どもの友人ですが、旧制の中学校は五年間でしたが、五年間も全くいやな思いをして、早く済めばいいという気持ちで過ごしたということをしみじみ最後に述懐しているのです。特別に、しかも無理をして入れた子供が、大人の考えでなくて、子供の立場から見たときに、三年間の高等学校生活というのは一体どうなのか。これを考えますと、私はもっと深く考えなければならぬものがあると思うのですよ。だから枠外で入学させるということなど私は検討する必要があると思います。 それからまた、この際に申し上げておきますけれども、中学校側としても高等学校へ受けた子供を入れたいという気持ちは、これは当然わかるわけです。わかりますけれども、いま局長が御答弁になりましたが、兵庫県にある入学要綱の三百十一項というのは、私は全国に例がないやり方だと思っています。そしてその中で、どうしてもとってもらいたいということでいろいろな工作をなされたり、ときには集団交渉が行われたりするわけですけれども、たとえばいまお話があったように、合否の判定はもうすでに決まっておるんだから、これを変えるわけにはいかぬということで、二十四日の午後九時に終わったと言いますけれども、いまうわさとして出ておりますのは、その子供をどうするか。それは裏約束があって、その子供を一たん私立の学校に入れて、そして私立の学校から一定の時期に北高の校長の裁量によってまたこの子供を尼崎北高に入れるという、そういううわさが流れているのです。これはその子供自身にとっても大変なことだと思うのですよ。表面づらは長時間の話し合いによって、怒号の中で、結局は、表面は県の教育委員会が出て、そして合否の判定は決定したのだから変えるわけにはいきませんと言っていますけれども、裏では進路については考えますというようなことで、これは本当に子供をもてあそぶやり方だと思うのです。 それからまた中学校の校長先生から尼崎北高校に対する文書が出ています。これは三月十六日でございますが、尼崎の塚口中学校の校長先生から尼崎北高校の校長先生に出された文書でございますけれども、それを見ますと、特別に入学させよと「要求したいわゆる三百十一項の適用の子供さん三名全員を合否判定委員会で合格せしめるため、貴校職員会に提案される資料として、昨夜、三月十五日この集会に参加した教師団の決議により次のことを補足説明します。」とありまして、幾つかの項目があるのです。それを見ますと、ここで申し上げるのもどうかと思いますので、たとえば三人の生徒の学力については「高校入学した生徒が、高校教育課程を修得するに必要な学力を中学校で保障しなければならない。しかるに三人については本校での取り組みにもかかわらずいまだ不十分な分野が多い。そこでこれらの生徒に対して本交渉団として取り組む用意があります。」こう書きまして、その後でAという生徒に対しては、高等学校に入学した後におきましても英語についてはだれそれ、数学についてはだれそれ。Bという子供については英語についてはだれそれ、数学だれそれ、国語だれそれ、社会だれそれ、理科だれそれ。それからCという子供については、英語はだれ、数学はだれ、国語はだれと、これは中学校の先生がそういうふうに割り当てをされまして、そして高等学校へ入った後でもこの子供のこれらの教科については見ていきます、だからこの子供たちを入れてください、こういうふうになっているわけです。このような文書を見ますとかなり異常な状態です。中学校の先生がまた高等学校へ入学した子供の世話まで——もちろん子供の将来について行く先を中学校の先生が見ていくということは必要なことです。これはだれでもやることです。しかし教科についてまでその世話を見ていく、あるいは定期試験が終わった後には必ずその子供を訪問して中学校の先生が見ていく。高等学校に入学した子供ですから、それは高等学校で責任を持たなければならないのが、中学校の先生がまだ将来にわたって見ていく。そういう約束まで文書を出して入学をさせよということになりますと、これはかなり異常な状態でございまして、ここらに兵庫県の県教育委員会の態度の問題があるんじゃないかと私は思っているわけです。長く聞きませんけれども、こういういわゆる枠外で入学さすことが適切なものなのか、あるいは子供の立場に立って考えた場合に、そういう無理が生じていくということが果たして子供の将来にとっていいことなのかどうか。私はこれは教育的な立場で見解を伺っておきたいのです。
○永井国務大臣 ただいま山原先生の御指摘の問題でございますが、高等学校の入学者選抜について責任を持ちますのは高等学校側でございますから、そして兵庫県の要綱を見ましても判定の仕方についての明確な基準というものがやはりあるわけですから、それは初中局長から申し上げたとおりでありますが、やはりその明確な基準というものに基づいて合否を決定する。そうして決定したものを他の者が左右してはならないというのは当然のことであると考えております。 なお、中学校長から文書が送られまして、そしていま御指摘がありましたような、高校に進学した後にもいろいろな学科の分担というふうなものを考えて中学の方で教育をするというふうに書いておりますのは、これは中学校の方が公正な入学者選抜に対して影響を与えると誤解されるような行動であると考えますので、そうした行動というものは高校の公正な合否の決定というものを左右するような感を与えるものであって、私は好ましくないと考えております。
○山原委員 この問題はこれ以上申し上げません。本当に何といっても幼い子供たちの問題でございますし、やはり教育的な立場で物事を考え、強要してやるという性質のものではないと思いますので、その点は適切な指導や助言が必要だと思います。 次に、国立学校設置法に関しまして、最初に、筑波大学におきまして、実はこれも少し驚いたのですが、採用候補者推薦書というのが出ております。これはこういう一枚の紙ですけれども、筑波大学に教官として勤める場合、筑波大学長に対して、推薦責任者、所属・官職、氏名、そして捺印をしまして、採用候補者推薦書、こうなりまして、「何某は筑波大学の建学精神に賛同する者であることを保証して推薦します。なお、同人が本学職員となって万一これに反する行動があったときは、小職が責任をもって措置します。」大学教官の採用に当たってこういう文書で採用するということは私は例を見たことがないわけですが、この事実を大学局長御存じでしょうか。
○井内政府委員 お答えいたします。 筑波大学におきまして、教員選考に当たって、参考資料の一つとして、任用時にしかるべき教官からの採用候補者推薦書を提出させているということを私どもも聞きましたので、この問題に対しましては、このような措置は教官の採用に当たりまして適当ではないという旨を同大学に文部省としても伝えまして、昭和四十九年十二月二十日の人事委員会におきまして、これを廃止することを筑波大学としても決定をした、こういう経緯に相なっております。 なお、補足いたしますと、四十九年の五月九日に開かれました人事委員会で、ただいま先生御指摘の書式による推薦書の提出を決定をしておったようでございます。文部省の方でこのことを聞き及びましたのが十一月だったものですから、ただいま申し上げましたように、大学にこれは適当でないという趣旨を伝え、大学の方におきましても、十二月二十日の人事委員会におきましてこれを廃止することを決定した、こういう経緯に相なっております。
○山原委員 文部省の指導によって廃止をされたということをお聞きしまして、それは当然のことだと思うのです。たとえば、もう廃止されたものですけれども、ここに筑波大学の一つの性格があらわれているのじゃないかと私は思ったのです。たとえば建学の精神とは一体何か、筑波大学の建学の精神というのは一体何だろうと考えてみますと、学則やあるいは学生規則その他読みましても、そういうものはございません。またこの委員会で筑波大学論議がなされましたときも、東京教育大学の発展であるとかいろいろなことが言われたわけですが、そういうことも大変不明確、あいまいなものです。しかも、そんなあいまいな建学の精神に反する行動をとった場合は、小職が責任をもって措置します。個人的に大学の教官の出処進退を推薦をした小職という個人がやるということなど、これはまさに他の国公立の学校にはないことでございまして、採用の条件としてこれが行われたとすれば、これは全く違法行為だと私は思うのです。そういう立場で指導されたわけでしょうか。
○井内政府委員 大学の教官のみならず、国家公務員の採用等に当たりまして、身元保証人のような受け取られ方をするような推薦書というものは非常に疑義があり、きわめて不適当であるという見解に立ちまして、大学にその旨を伝え、大学に善処方を要望した、こういうことでございます。
○山原委員 それで現在はもう全く廃棄された形で、使用はされていないわけですね。
○井内政府委員 このような統一様式により、このような文書による推薦書というものにつきましては、先ほど申し上げましたように十二月二十日の人事委員会で廃止を決定したというふうに私ども報告を聞いておりますので、ないと思います。
○山原委員 大学の教官の採用は、御承知のように教授会で行われるわけですし、筑波の場合はちょっと形式が違いまして、人事委員会の議に基づき評議会が決議し、学長が決める、こうなっているわけですね。やはり筑波大学ができた以上は、その制度は制度として活用しないと、他の者が入ってきて推薦して入れるとか、それに対して出処進退の責任まで持つとかいうことになると、これは大変なことですし、またそういう推薦をしてくれる人がないということで採用ができないということになっても大変な問題でありますし、また現実に筑波大学としては本当にその辺がスムーズにいっておるのか、そういう考え方の残りかすがあるのじゃないかということを私は心配します。この文書を文部省として大変不適切であると決め、また筑波大学そのものもこれを廃棄した以上は、こういう考え方そのものも改善すべきだと私は思うのです。 そこで次の問題として、東京教育大学の教官が筑波大学に移転を希望する場合には、採用を認めるというふうに筑波大学法案の審議に当たって木田大学局長も御答弁になったと思いますが、この態度は変わっておりませんか。
○井内政府委員 筑波大学が東京教育大学の統合移転を契機として新しい構想で創設されたものであります以上、東京教育大学から筑波大学への転任希望教官は、筑波大学へ転任することを前提として計画されたものと文部省としては考えております。実際に教官の定員と申しますか教官の総数から申しましても、東京教育大学の教官定数六百四十六人に対しまして、筑波大学の教官定数は千五百五人でございます。その意味におきましては、ただいま申しましたように、統合移転を契機としたという趣旨にも基づきまして、転任希望教官は筑波大学へ転任することを前提としていろいろなことをとり進めるべきである、この見解はさきに奥野大臣、木田局長からお答えした基本線で文部省は対処いたしております。 なお、両大学は、法制的には一応国立大学としまして別の大学として構成されておりますので、転任等に当たりまして所定の手続を要することはもとよりでございますが、文部省としましては、両大学の協議により、筑波大学への円滑な移行が行われるように期待しておるところでございます。 最初の御質問で、山原先生から御指摘があった点でございますが、筑波大学が創設される過程で正直言っていろいろな問題があったようでございまして、そのような過程は過程としまして、統合移転を契機として新しい大学をつくるという、契機としてという意味合いを本当に両大学で生かしてほしいということを私どもとしましては強く要望をし、ただいま申し上げましたように何とか円滑な移行が行われるように期待をしておる、こういう態度でございます。
○山原委員 文部省の態度はわかりました。これは国会の答弁でもそうなっています。この委員会に所属している委員の間からも何回か質問が出されまして、議事録を見たのですが、その中で一番明確に出ておりますのは、公明党の高橋先生に答弁された木田学術局長の答弁でありまして、その態度は変わっていないということがわかりましたので、そのことはおきたいと思います。 実際にあのとき木田局長それから奥野文部大臣が答弁された筑波に東京教育大学から希望する方を入れるということですね。具体的にはこう言っていますね。「また、希望される方々を全部受け入れるだけの体制は整えております。」という発言になっておりますが、この問題は国会でそういうことになっていますので、これは当然変えるべきではありません。しかし、現実には東京教育大学の文学部の教官の方は筑波へ一人も入っていないと聞いておりますが、いかがでしょうか。
○井内政府委員 東京教育大学の文学部の教官で筑波大学の方に副学長等すでに移っておられる教官の方々もおられます。で、東京教育大学の文学部の方の人事の問題といたしまして、東京教育大学文学部自体の教授、助教授への昇格の問題と申しましょうか、教育大学文学部内部の方の人事でいまいろいろと停滞がある、こういうふうに私ども聞いておりますが、その点は筑波大学の方に東京教育大学の文学部の方から計画に基づき必要な教官は移っておられると思います。
○山原委員 東京教育大学の文学部は、御承知のように筑波大学の問題については一定の見解と意見を持っておりました。しかし、かつて筑波大学に反対をしておられた方でも現在、私のお聞きしましたところでは、十名ほどの方が筑波へ移転を希望しておられるということであります。それから現実の問題として、何か賛成派の——まあいきさつがあるわけですから、大学が新たに契機として変質とか転進をする場合、問題が起こるのは当然のことでありまして、それを、この長い経緯の中で賛成派の人だけが筑波大学に入って、反対派の人には声もかけないというようなことでは、これは国会答弁の趣旨とは異なってまいります。だからその辺は、文学部の中にいろいろ問題があるというお話ですけれども、その辺のスムーズな歩みというものですね、これは確保していくべきだと思うのですが、それはできますか。
○永井国務大臣 ただいま大学局長が申し上げましたように、筑波大学は東京教育大学の移転というものを契機として、さらに総合的に計画されてつくられたものであります。したがいまして、文学部も含めまして東京教育大学から筑波大学への転任希望教官が筑波に移られるということを前提として計画されたものと私は理解いたしております。 そこでこれからの進め方でありますが、法制上二つの大学が別の大学になっておりますから、そういう転任に当たりまして所定の手続を経ていくことは当然でありますが、前提が転任するということで計画されたものでありますから、文部省といたしましては、両大学が協議を進めながら、転任を希望される方々が筑波大学に行くことができるように事態が動いていくということを期待いたしております。
○山原委員 大学局長に聞きますが、助手の方が、これは私の聞いたところですけれども、三名の方が希望されておるけれども断られたというふうに聞いているわけですが、そういう事実はありますか。
○井内政府委員 個々具体の問題につきましては、ちょっと私ども聞いておりませんので……。
○山原委員 大学局長のお話に先ほどちょっと出ましたが、東京教育大学におきまして現在教授になる人が十七名、助教授になる人が五名、計二十二名いると聞いております。学長が上申手続をとっておらないわけですが、いわば学長が上申手続をとれば、通例なら文部省は機械的にこれを発令するということですけれども、二十二名というかなりの数の方がそのままに残されています。これは嶋崎議員からの質問もありましたが、その当時は文学部は手続が整っていないので上申ができないどいうふうな話を聞いたように思うのです。ところがその後昨年の十一月より正規の手続を文学部としてもとっているようでして、それでも上申をしないというのは一体どういうことなのかということです。どうでしょう。
○井内政府委員 先ほどもちょっと申し上げた点でございますが、東京教育大学の文学部の教員昇任人事につきましては、教育大学長から四十九年四月三十日に森岡助教授外四名の昇任につきまして上申があり、この方々につきましては、五月一日付で文学部として発令をいたしました。また同年十月二十四日上申のあった助手の助教授昇任につきましても、同月二十五日に助教授昇任発令をしたところでございます。しかし、ただいま先生御指摘のように、文学部教育昇任案件につきまして、二十人余の方につきまして、私どもの聞いておりまするところでは、評議会におきまする学内調整と申しますか、それがまだ最終に至っていないということで、文部省に対する上申がされるに至っておりません。 このことにつきましては、そのような状況につきまして、東京教育大学の方からも私ども事情も直接承る機会もございましたが、東京教育大学に対しまして、円滑に調整が進むように文部省としても助言をしておるところでございまして、同大学から正式に上申があれば発令をする所存でございます。評議会でいまなお調整をしておるというふうに、私ども報告を受けておるところでございます。
○山原委員 続いて筑波大学の実態ですね。これは筑波大学が出しておる新聞を読ませていただきましたので、私は現実に当たったわけではありません。けれども、かなり問題があるわけですね。学生諸君の、これは一期生でございますが、新聞に出しておる投書がかなり出ておりまして、それを見ますと、大学に対する最初の期待と違った、いわゆる全体的な不満といいますか、そういうものが表明されているわけですね。たとえば寮の問題が一番大きく出ておると思います。寮は全寮で、入学すればはいれるというふうに期待をしてきたところが、寮にはいれない。あるいは食堂の食事も非常に高い。それから、全体として手紙が開封されているらしいということも書かれております。まさかと思いますけれども、たとえばサークル等に来る手紙が開封されているのじゃないかということも学生が書いているわけですね。それから、まるで韓国並みだという言葉もこの新聞の中には出てくるわけでして、実態は、中へ入ってつぶさには調査しているわけではありませんが、しかし、こういう学生の声が早くも出てくるということに対して、私ども大きな懸念を持っているわけですが、これらのことについては御検討になったことがありますか。
○井内政府委員 ただいま幾つかの点をお話しございましたが、特に新聞紙上等にも出ました学寮の問題につきましては、文部省といたしましても事情をつまびらかにいたしておりませんでしたので、大学の方の関係者を招致したしまして、その経過を聞き、文部省としての考え方も大学に伝えまして、善処をさせておるところでございますが、それ以外の点につきましては、私どもちょっとよく存じておりません。 それで、学寮問題につきましては、学生募集要項におきまして、筑波は御案内のように全般の住居状況等が余りよろしゅうございませんし、四十九年入学生については、希望者は寮にはいれるのだということが出ておったということは、先生御指摘のとおりでございます。なお、学生便覧の方には、四十九年度についてはということがあったようでございます。しかし、その辺は、学生の受け取り方も、やはり筑波の事情もございますし、学生の方では、希望すればずっと寮におれるのだろうという期待を持ったようでございます。 それで問題は、昨年の十月十六日に大学の方で入居者に対しまする選考基準の方針を作成して公示したようでございます。その際に、通学可能な一時間半以内の者は入居ができない、あるいは在学期間のうち通算二年を超える者は入居できないとか、そういういろいろな方針がそこで決まって学生の方に示されたようでございまして、これに対しまして、現在筑波大学に入っており入寮しておる学生たちから、それではやはり困るというふうないろいろな意見が出、大学側と学生側との話し合いも行われたようでございますが、その間、文部省といたしましても、大学の関係者を招致いたしまして、この辺を、全般を一体どういうふうに考えるべきかということで協議をいたしましたのですが、それで、結論といたしましては、四十九年度の入学者のためには、開学当初でもあり、入学定員七百四十人全員が入居できる施設を建設して入居せしめておるところでございますが、五十年度におきましては、学生の八七%、これは一回生、二回生含めまして八七%、約千七百人が入居できるように、現在九百六十人分の寮の建設を急いでおり、近く完工し、新入生が入学するまでには間に合う見通しがいまついたようでございます。そして、筑波大学としましては、五十年度において学生宿舎に入居を希望する者の大部分は入居できるという見通しを一応持っておりますが、なお希望者が収容数を上回った場合には周辺の市町村等の協力を得るように、ただいま大学の方で努力をしておるようでございます。なお、筑波大学におきましては、地理不案内な新入生につきましては、学生宿舎に入居を希望する学生をできる限り入居させるなどの選考基準を設けて入居者を選考する方針をとっており、一律に一定年限が来ればそれはもう入居できないというような措置はとらない方向でいま検討いたしております。 文部省としましても、この五十年春の受け入れの状況はただいま申し上げましたようなことで、九百六十人分の寄宿舎の建設が間もなく完工いたしますので、それに引き続きまして、筑波学園都市周辺の住居状況というようなものが今後一体どこまで大学が確保できるかとか、そういうふうな状況も流動的でございますので、その辺もよく勘案しながら五十年以降の問題にも対処していこうではないかということにただいまいたしておるところでございます。
○山原委員 寮の問題が学生の最初の期待と非常に違っているので、今度は新しい一年生が入ると、それを入れるとなると二年生がまた飛び出すというような、あるいは二年生を全部入れると一年生にしわ寄せがいくというような問題もありますね。そういうようなところからも不満が起こっておると思います。 それから、職員の方たちの状態を聞いてみますと、いわゆる公務員宿舎が間に合わないために、昨年は七月まで通って、そして八月に引っ越しをしなければならぬとか、本年も恐らく二、三カ月通わなければならぬじゃないか、私の見方では、また七月ごろまでは通わなければならぬのじゃないかという感じがしているわけです。たとえば用務員の人なんかは、これはもう大変なことで、通い切れないわけですね。上野から学校へ行くまで大体二時間かかるというのです。そして上野までが平均して大体一時間以上かかっておりますから、三時間ぐらいかかるわけですね。 それから通勤手当にしましても、現在通勤手当は最高九千円ですが、上野−土浦間の定期が九千円ですから、家から上野までと、それから土浦からバスに乗って学校へ行くまで、この間は全部自腹で行かなければならぬということが続いているようです。 それから、筑波研究学園都市の状態を見ましても相当問題がありまして、どういう学園都市ができるのかという構想がまだはっきりしないわけですね。途中から突然農林省なら農林省の研究機関が、いままで予定されていないものがぱっと入ってくる、それに対してまた土地をつくらなければいかぬ、道路をつくらなければいかぬということで、天気のよい日はもうもうたる土煙が出るという状態なんですね。だから、私は、せっかくできた筑波大学というものに対して、やはりアフターケアといいますか、やはりつくった以上はよいものをつくるということも必要だと思いますし、そういう点で研究学園都市を含めまして、筑波の問題につきましては、委員長にお願いしたいのですが、委員会としても、一定の時期を見て、筑波全体の状態がどういうふうになっているのかというような調査といいますか、そういうこともやっていただきたいと思うのですが、委員長、その点どうでしょうか。
○久保田委員長 理事会で相談いたします。
○山原委員 次に、各大学におきまして学部長の選出が行われるわけですが、この学部長の発令の期日が、学部長の選出が終わってから非常に長い期間を要しております。たとえば山口大学経済学部の場合は、文部省からいただいた資料を見ましても、一年八カ月ぐらいたって、その間、学部長は事務取扱ということで一年八カ月もそのまま放置されて、学部長は選出されているにかかわらずそれが発令されないというような事態が起こっています。宮崎大学の工学部は六カ月です。こういう状態がございます。その理由としては、学部長の選考過程に教育公務員特例法上の疑義があり、大学との調整に期間を要したため、どういうふうに理由を書いてありますが、こういうことがいいだろうかということですね。これについてどういう疑義があるのか、伺っておきたいのです。
○清水政府委員 ただいまの点でございますが、御承知のとおり学長、部局長、教員の任用につきましては、教育公務員特例法で大学の自治の観点から所定の規定が設けられておるところでございます。任命権者としましては、大学からの申し出に基づきましてそのとおり発令をするというのが法のたてまえでございまして、それをするのが原則でございますし、さよう運用しておる次第でございます。 ただ、ただいま御指摘がございましたような事例の学部長のことにつきまして、御承知のとおり教育公務員特例法四条二項によりますと、学部長の場合は「教授会の議に基き」学長が選考をする、かように相なっておるわけでございますが、この「教授会の議に基き」学長が選考するという選考過程におきまして、教育公務員特例法のその所定どおり行われたのか、どうか。教授会の議が何らかの意思で拘束されたのではないかというような疑義を私どもではさみました場合に、その間の経緯をよく承り、また今後どういうふうにしていただくかというようなことを相談をしておるわけでございます。 具体的に申しますと、教授会の議の前に、御承知のとおり教官以外の全職員が何らかのかっこうで選考過程に参画をするとか、あるいは学生が参画をする。その参画の仕方自体についてどうかしらんと思われる節のある場合に、説明を求めましたり今後のあり方について話し合いをして手間を取った、こういう実情でございまして、決してAさんがどう、Bさんがどうということについてけちをつけておるものではございません。
○山原委員 法律上教特法四条二項、いまおっしゃったとおりでございます。「教授会の議に基き、」ということですね。そうしますと、教授会がふさわしいと思う方法あるいは決めた選考方法というもの、これは教授会の議によっている。私はそれがなぜおかしいかという疑問を法律上持つわけです。教授会がたとえば職員の意向を尊重するとかいうような立場に立ってやることが、部長、学部長選考の手続として、教授会としてはかえってその方がいいのだという場合もありましょうね。そういうことは法律上ちっともおかしくありませんし、法律上教特法から見ましてもそこがおかしいということ自体が文部省の見解が今日の段階でおかしい、こう私は思っておるのです。文部省はいままでそういう態度をとってこられましたからね。いまその点について、法律上の立場をもうちょっと検討してみる必要があるのじゃないかということ、それは法律上の問題です。 第二点は、実態から見まして、ちょっといろいろ調べてみましたが、たとえば実態論から見ますと、宮崎大学のこれは工学部ですが、長い期間ですからいつのときかわかりませんけれども、そういう選考されてきた過程で一位になった方が必ずしも学部長に当選しているとは言えない。やはりそこで教授会の議によって決定がされるとか、あるいは北海道教育大学の場合ランクで言えば二位の方が学部長になっている例もありまして、選挙の実態から見まして必ずしも教授会が拘束されるということはないのじゃないかというふうに今日思うのです。 たとえばもうちょっと例を挙げますと、岐阜の大学の工学部の場合、これは昭和二十九年ごろからいまの方式でやっておるそうです。それから宮崎大学の工学部の場合も、昭和二十七年以来こういう方法でやっているそうです。それからもう一つ、工学部などの実態を見ますと、第一次投票によって二票以上票を集める方というのは大体六名から七名ではなかろうか。これは岐阜大の工学部の例でございますけれども、教官が九十名おりまして、そのうち学部長の対象になる人はほぼ二、三十名ではなかろうか。そして選出されてくる人は大体六名か七名ということですね。それから北海道教育大学の場合は、大体対象になる教授の方が十名、そして学部長を選出する場合には前学部長、現学部長などは大体はずしてやりますから実際は八名、本当に限られてくるわけですね。その中で三人にしぼったとしても、それほど教授会が拘束されるということは実態としてないのじゃないかというふうに思います。法律的に見ましても実態論から見ましても、文部省がいつまでも疑義を持っていくというのはおかしいのじゃないか。最終的には教授会が決定をしているわけですから、そういう大学の自治の実態から見まして、選考された学部長を二年近くも発令しないなどということは、まさに大学に対していちゃもんをつける、あるいは大学いじめをしておるというふうな感じで受け取られるのは当然だと思います。その点、法律上の問題、実態論からもうちょっと検討していただきまして、こういうことに余り精力を使わないで、やはり大学から選考されてきたものは発令をしていくという立場をおとりになった方がいいのじゃないかと思いますが、いかがですか。
○清水政府委員 原則的にはいま先生おっしゃるとおりだと存じます。 ただ、くどいようでございますが、教特法のああいう規定ができました趣旨を考えました場合に、学問の研究あるいは大学におきます教育の自由、こういうものを保障するためには、それに携わる教官の方すなわち教授会の議というものが十全に発揮されまして選考される、こういうことが前提であろうと思うのでございます。そこで、これは言葉は悪うございますがいわゆる人気投票的なことがもし仮にありとするならば、これは教特法の精神からずれてまいるのではないか、こういう点がございます。それから個々の大学について見ました場合に、パーティシペーションの仕方自体につきましていろいろとまた異なるものがございます。結果に基づきというようなことがかつてあったところもございますし、参考にするというところもございますし、またできるだけ尊重してというような、いろいろ区々でございます。私どもとしましては、それぞれに応じて事を考えておるつもりでございまして、十把一からげに何が参加したからとかという運用は現在いたしておりません。そういう次第でございます。 なお、後段で先生がお述べになりました、予備投票あり等の結果余り範囲が変わっていないとか、あるいは順位がひっくり返っている場合もあるというような御指摘がございましたが、考え方としまして、たとえば予備投票の結果二名ないし三名にしぼられました場合に、それ以外の教官が教授会で選考の対象にならないというようなことが考え方としては出るわけでございます。そういう点につきまして、いかがなものか、こういう疑問を呈しておるわけでございます。
○山原委員 文部省の方では、そういう一次投票、予備投票というものを参考にして、参考という言葉は、法律的には調べてみるとないそうですね。むしろ尊重してというのがあるんだそうですが、それは別にしまして、議に基づいて教授会が最終決定をする、その途中における問題はそれほど問題にすべきではないんじゃないか。それから、現在文部省が疑義を感じておる、疑義の対象になる学部が幾つあるかと言って、きのう文部省の方に聞きましたら、百を超しているそうですね。そうすると、かなりなことでございまして、大体学内で片づけていく問題だと思います。そしてまたそれだけの数があるということは、教授会としてもそういう方法がかえって選考に当たってうまくいくというその知恵も働いておると思います。そういう点でこれ以上ここでは申し上げませんが、いま人気投票みたいな軽佻浮薄なことではもはやなくなっている時点だと思うのですよ。だから法律上の問題あるいは実態をよく検討されて、今日のこの時点でこういうことをどう考えるかという点をぜひ検討していただきたいと思うのです。私の時間がもうありませんから、かなりつづめて言いましたけれども、文部大臣に伺いたいのですが、いまの学部長選考についての長期にわたって発令がおくれるというようなことについて、どんなものでしょうか。
○永井国務大臣 長期にわたって発令がおくれることはもちろん望ましくございません。そこで先生御指摘になりますように、実態というものも重んじなければいけませんが、私、やはり非常に大事だと思いますのは、大学と文部省の間のコミュニケーションももっとよくするように努めまして、そういう過程において、人事の原則というものは、学問の自由、そして大学の自治というものを重んじている教特法の精神にのっとって進めなければいけない。しかしながら、現在のいろいろな実態というものがありますから、そういう実態というものについて大学側と文部省が十分に話し合う、そういう方向を強めていきまして、そしてでき得る限りそういう発令というようなものがいままでよりも短い期間で行われるように、そういう方向で努力をいたしたいと思います。
○山原委員 最後の問題ですが、今度発表されましたこれ、新聞紙上で見ているわけですが、三月二十五日付の各紙に出ました「私大乱造に歯止め」という問題です。私立大学を創設するに当たっての基準を厳しくするということについて、必ずしも一概に反対しておるわけではありませんが、しかし、これを出された意図と、それからそれを出される限り私大はもう相当創設がむずかしくなってくるということになってまいりますと、今日の国民教育要求、たとえば大学教師の問題なんかもありますが、それについて何らかの準備があって、たとえば国公立の大学をふやすとかいうような準備がおなかの中にあってこういう発表がされたのかどうか、この二点を伺っておきたいのです。
○今村(武)政府委員 三月二十四日付文部省告示第三十二号で、ただいま御指摘になりました「学校法人の寄附行為及び寄附行為の変更の認可に関する審査の基準」が発表されました。新聞の記事には、粗製乱造に歯どめとかあるいは認可を認めないとかいったような見出しが大きく出ておりますが、解説の内容を見ますと、必ずしもそういう内容のものだけではございません。事前に新聞記者の方々にお話をいたしましたときに、粗製乱造に歯どめという意見も内部ではありました、そうでない意見もございましたというような私大審議会の建議でございますから、私大審議会の建議の内容について御説明いたしましたところ、その一方の意見が非常に強く出ておるわけでございます。それで、私自身が私大審議会に列席しておって感じた意向でございますが、新設を全く抑えるというような意向ではなくて、そういう意見もございましたけれども、結論となったところはそういうことではなくて、事務的な整備をしたということじゃないかと思います。と申します理由は、従来は学校法人を新設して大学を新たに設置する場合にのみ告示がなされていたわけでございます。すでに学校法人が設置されていて、大学を持っていて、新たにまた次の大学をつくるあるいは学部、学科をつくる、こういった場合については審査の基準が外に発表されていなかった。それは内規あるいは私大審の申し合わせということになっておりまして、しかもその後者の方のケースが多いわけです。これでは申請者に対して親切でないといったようなことで、それらの内容をすべて告示という形で外部に発表した方が行政として親切ではないか、こういう重要な観点が一つございました。それからまた事務的に検討いたしまして、自己資金の割合だとかあるいは学生納付金から回す限度であるとかあるいは標準的な経費が全くわからないと申請者に不便であるとか、そういう目安を示して、その目安の経費を著しく下回らないものである必要があるとか、そういう事務的に従来種々審査に当たって問題がありましたところを明確にする必要があるといったことで事務的な整理をして、申請者に親切な審査の基準にした方がよろしい、こういう観点が落ちつくところであったように理解をいたしております。
○山原委員 いろいろ御説明あるわけですが、とにかく自己資金の問題など含めまして、私立大学をつくることが相当の規制を受けることは事実ですね。それから大臣の御発言によりましても、私立の医科歯科はもう余りつくらないというような御発言があったように思います。そして国立をつくっていくということが大事だというお話があったように思うのですが、これを総合して、一方では大学はもう量から質の問題だ、現在の大学を充実すればいいという意見もあるわけですね。そういう量、質論からきておるのか、その辺はどうなのでしょうか。いや、私学に対してはこういう規制がありますが、国立大学はつくっていきますと、こういうのか、どっちなんですか。これは大臣から伺いたいのですがね。
○井内政府委員 大臣からお答えいただきます前にちょっと御説明申したいと思いますが、わが国の高等教育のこれからの配置につきまして、何か国のレベルで一定の計画を持つ必要があるであろうということで、現在高等教育の全国的な配置計画の検討の作業をひとついたしております。この際に、一つの考え方といたしまして、高等学校卒が大学に進学いたします十八歳人口の推移があるわけでございまして、ちょうど昭和四十九年、五十年、五十一年と十八歳人口の数が百五十五万まで一応ダウンしてまいりまして、それが昭和六十一年、約十年後に大体百九十万台にバックしてくる。ちょうどこの約十年間で十八歳人口が一応ダウンして、六十一年に大体百八十七万のところにバックしてくる、そういう推移等もございますので、文部省といたしましては、この十年間を一応の計画期間としてとるならば、一体どういう高等教育の配置計画が望ましいであろうかということでただいま検討をいたしておるところでございます。その際一つの問題は、各都道府県、各ブロックごとに高等教育へ進学をしておる率あるいはそれぞれの府県の高等学校の卒業生が他府県の高等教育機関に進学しておる状況とか、そういった高等教育の地域的配置という問題もやはり一つの問題として考えるべきではないだろうか。大都市にいま非常に集中しております高等教育機関に対して一体どういう対応をしてまいればよろしいのか、こういった問題につきましてただいま検討中でございまして、この検討は四十九年、五十年、もうしばらく時間がかかろうと思いますが、五十年度におきましてもそのような意味での計画の作業を取り進めていくところでございます。 その点だけ初めにちょっと申し上げまして、大臣からお答えをいただきます。
○永井国務大臣 山原先生の御質問の要点は最後のところにあったと思います。量より質という方に変わりつつあるのか、それから国公立の大学というものを拡張する方向に向けるように考えているかということでございます。私は、この問題の考え方というのは実はその両方の面が含まれていると思います。 まず第一の方から申し上げます。量より質と言いましても、完全に量の問題というものを軽視するわけにはいかないと思います。これは、高等教育進学志望者が非常に数が多い。それに対しまして、わが国の国公立の大学の数も少ないわけでありまして、非常に私学に依存いたしておりますから、そういう意味で、全体の学生人口を考えますと、引き続き量の問題は重要であると思います。ただ、それでは質の問題を一切考えないかと申しますと、これは定員を非常に上回る実員があって、事実上学校で教育がしにくいというような実情があることも広く知られているとおりでありますから、そうしたいわば大学の質として疑義を生ずるようなものはでき得る限りこれから除いていくようにしなければならない。直ちに量を捨てて質というのではございませんけれども、質的に疑義のあるものについては考えていくということが必要だと思います。 第二番目の国公立ということを考えていくこともいままでより以上に私は必要になってきているんだと思います。ですから、二つの基準のあれこれというのではなくて、両方だと思います。医歯系の大学のことをいまお述べになりましたが、これは私も年来考えておりますところで、医歯系の大学というのは費用も非常に高くつきます。これをやはり私学に依存いたしてまいりますということにどうしても無理があるということもありまして、やはり国立の学校というものを地方につくっていくという考え方でありますが、これは医歯系についてはかなり明瞭になってきておりまして、相当長期にわたってこういうことを実現していくということであります。 しからば、ほかの関係の学問はどうであるかというような問題、またどのぐらいの規模それから速度で国公立の方の収容人口というものをふやしていくことができるかというような問題については、ただいま大学局長が申し上げました人口動態の推移というようなことも一つございますし、それから進学志望の動きということももう一つあるように思います。諸外国の例を見ましても、ここ数年にわたりまして将来予測というものがかなり狂ってまいりまして、毎年調整をしながら進んできているという実態があるように私は理解しております。日本もそういう点で考え方を実態に即して調整しながら進んでいくべき段階であると思いますから、ただいまこの段階において、私が、どのぐらいの規模で何年間に国公立をどうというふうに断定的なことは申しかねるのが偽らざる状況であると思います。ただ、考え方として、先生が御指摘になった二つの点の双方をやはり勘案しながら計画を進めていくということはこの段階において申し上げることができるように思います。
○山原委員 時間がもうありませんから、医科大学の場合も多少いま幾つかの大学がストップみたいになっているところもありますね。それはおきますが、やはりいま言われた質と量の問題というのは、これは非常に大事な問題で、予算上の問題もあるわけですが、その点で今度私大に対して、やはり印象としては乱造を抑える、こういうことになりますと、やはり国立をふやしていくということに国民がとるのは当然でして、その点で私は大胆に国立というものを創設あるいは増設していく必要があると思っています。 一つの提案ですけれども、ちょっと調べてみますと、地方大学を含めまして二つの学部しか持っていない大学が大体十大学ですね。それから三つの学部しか持っていない大学が、ちょっと数字は不正確ですけれども、九つだと思います。それから法学部のない大学が何と三十八大学あります。宇都宮大学の例をとりますと、宇都宮大学の場合は、教育学部、工学部、農学部ですね。それで、宇都宮の子弟が、東京まで出なくとも宇都宮で勉強したいと思っても、たとえば女子の高等学校の生徒が受けたいと思っても、教育かあるいは工学か農学部しかないわけですね。だから、私は、やはり法学部とか経済学部というようなものは各大学に必要じゃないか、こういう基礎部分の学科も必要じゃないかと思っているわけです。また、地域によりまして、ここにはたとえば水産学部が要るとかいうようなところもあると思います。そういう配置というものも検討すべき段階にきているんじゃないかというふうに思います。これについて、また最後に御見解を承りたいわけです。 それからもう一つは、やはりこれも三月二十三日に発表されました産業大学の構想ですね。これは新聞で読みますと、職業高校生に進学の道を開くということで出されていると聞くわけですが、私は次のような提案を持っているわけです。必要なことは、職業高校でも大学進学に必要な一般教育を拡充していく、充実していくということが一つだと思います。それから二つ目は、いま言いました地方大学の学部学科を増設をして充実をするということですね。それから三つ目は、勤労青年のために、夜間の二部といいますか、この学部を増設することが国立に必要じゃないかと思うのです。国立四年制大学で夜間学部を持っておる大学がどこにあるかよくわかりませんが、局長、ありましたら、ちょっと御答弁いただきたいと思いますけれども、いま三点になりますか、こういう提案を持っておりますが、これについての見解を伺いまして、私の質問を終わりたいと思うのです。局長の方からは、四年制大学で夜間学部を持っておるところはあるかどうか。そして、それを私はつくるべきだと思うのです。これは非常に要求されておる問題でございまして、こういう提案を持っておりますが、これについての見解を伺いたいと思います。
○井内政府委員 お答えいたします。 国立大学で夜間の学部を持っておりますのが九つでございます。入学定員は千十一人、それから夜間の短期大学が二十一でございまして、入学者数は三千百五十一というのが国立の状況でございます。 ただいまお話のございました国立大学に夜間学部等の増設を図っていくべきではないかという御意見でございますが、勤労青年等に対しまして高等教育を受ける機会を国立大学等も積極的に提供すべきであることは当然かと思いますが、現にございまする国立大学の夜間部の運営の実態と申しますか、その内容には検討すべき多くの問題が正直ございます。いわゆる職業に従事しておる有職者の勤労青年の真に夜間学部としての意味を本当に発揮している部分と、必ずしもそうでない部分と、夜間学部の運営それ自体で工夫、改善をすべき点があるのではないかといった問題等もございますし、さらに夜間の大学と夜間の短大との相関を国立の場合にどういうふうにしてまいるか、こういったこともございますので、この数年間、文部省といたしまして検討を進めております放送大学の問題とも相呼応し、関連するところがございますので、こういった問題も含めまして、夜間学部の今後の拡充の問題あるいは夜間学部、短大の履修方法の弾力化の問題、こういった問題を含めまして総合的に検討をしていくべき課題と心得ております。 それから、産業大学の問題についてのお尋ねでございましたが、職業高等学校の卒業生の進学の機会を確保するという意味から、職業高等学校の教育内容を生かし得るような内容を持った大学として産業大学を創設すべきだという要望が関係団体から寄せられております。文部省といたしましては、この問題を含め、高等専門学校及び職業高等学校卒業生がさらに勉学を続けるための高等教育のあり方は一体現在のままでいいのか、どこをどう改善をしてまいらなければならないかという、少し広がりのある問題として調査研究をしてまいりたい、ただいまかように考えております。
○永井国務大臣 いま大学局長から申し上げたこと以外で、先生の御質問にありましたことについてお答え申し上げます。 まず第一に、地方の大学をもっと充実してはどうかということであります。これは、現在の大学、短大を含めますと、東京のほか政令指定都市に集中しているのは、学生人口で申しますと六〇%、学校の数で申しますと四〇%であります。そこで当然地方の大学を強力にしていくことは必要でございますし、それから御指摘がございましたように、大学によっては非常に少数の学部しか持っておりませんから、やはり大学としてももっと均衡のとれたものに整備充実していくというのがきわめて重要な方向であると考えておりますので、この検討を進めていきたいと思っております。 次に、職業教育の問題につきましては、すでに大学局長が申し上げましたが、要は、この職業高校に行く人たちが袋小路にならないようにということが非常に大事なんだと思います。そこで、これは高等教育の全体的な計画と関連して考えるべきことであって、産業大学だけの問題でないと思います。ですから、たとえば入試の場合に、普通科目以外の職業科目というものも選択受験ができるように、大学に対しても私どもも指導をしていく。そういう形で職業高校の卒業生が進学しやすいように、試験も受けやすいように考えていきたいと思っております。もちろん普通科目の強化ということもありますが、しかし普通科目を強化するのは入試をやりやすいようにするというよりは、やはり普通科目というものによって本当にいい教育を受けられるというところが眼目だと思いますし、そういう方向で考えるべきだと思います。 いずれにいたしましても、職業高校の卒業生が袋小路に追い込まれてしまうようなことがあってはならないと考えますので、そのことを十分記憶いたしまして、高等教育のあり方、そうしてまた入学試験制度のあり方というものを考えていきたいと考えております。
○山原委員 いま大学局長言ったことちょっと気にかかるのですけれども、産業大学の問題で各方面からの強い要請があると言うのですが、いろいろな要請に基づいてやった、いわゆる富山の七三教育とかあるいは多様化の問題がいつもこう詰まっていくわけですね。じゃ、いまの青年たちあるいは大学へ行こうとする青年たちがいま何を求めているか。だから、これは私は一般教育という面も充実しなければならぬという点で言っておるわけですけれども、ただ目隠しをされた職業人をつくるということだけで、果たしていまの青年たちがそういうことだけを期待しておるかというと、そうではないと思います。そういう点からも検討する必要があるわけでございますから、その点を最後に申し上げまして、これで私の質問終わります。もう答弁要りません。
○久保田委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時八分休憩 ————◇————— 午後一時八分開議
○久保田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますのでこれを許します。安里積千代君。
○安里委員 大臣は、所信表明におかれましても教育行政の政治からの中立性、教育の面に政争の持ち込まれることに対しまする否定的なお言葉がございました。ごもっとものことだと思いまするし、そうなければならないと考えております。私は、多分奥野文部大臣就任間もないころの当委員会だったと考えておりますが、そういう教育の中立性を守るという基本線の一環として、文部大臣は政党政派を超えた議員外から任命されることにつきまして意見を述べたことがございました。また昨年九月の民社党の政策研修会におきましても、後で述べますけれども、結論的には同じような線で、文部大臣は議員外から、そしてそれを慣行とするような方向を策定をいたしました。その後三木総理になりまして永井文部大臣が任命をされたということは、私たちがかねてから考えておりました線でございまして、心から歓迎をする次第でございます。 そこで考えてみますと、たとえ議員外から文部大臣が出ましょうとも、現在の制度のもとにおきましては、現実的にはやはりいろいろな隘路があろうかと考えられます。教育行政そのものが完全な独立した一つの行政権ではございませんし、国の行政権の行使の一部であるということを考えますと、また憲法上行政権は内閣に所属するということになっておりまするし、しかも内閣は連帯して今度は議会に対して責任を負う、こういうふうな憲法上の規定もございまするし、また総理大臣自身の指揮監督のもとに文部大臣もあるわけです。そういうことを考えますと、議院内閣制度のもとにおいて総理大臣が一つの政党から推される。もちろん議会の総意によりまして、国会の承認によりましてその位置についておりますが、政党政治の中におきましてはやはり一つの枠というものが存在するかと思っております。したがいまして、いかに政治から中立性、こう申しましても、文部行政を行使する上におきましては、内閣の一員としてさらにまた総理の指揮監督のもとにある。ことに政党政治の中におきまして、一党の政党を中心にして政権が存在するということになりますと、たとえ民間から文部大臣が出ましても、そこには文部大臣独自の、文部当局自体の考えもさることながら、大きな制約を受ける面があろうか、こう考えます。やむを得ないことだと思いまするけれども、そういう中にあって、どのようにして、基本法にありまするところの政党的なあるいはまた政権下における不当な支配というものが仮に及ばないとも限りません。そういう場合も考えられまするので、民間から文部大臣が出たからといって安易に喜ぶことができる問題じゃなくして、そこにはいろいろと苦心が存するかと存じます。もう御就任になられましてそういったいろいろな面に遭遇されたこともございましょうし、あるいはまたそれを切り抜けて、大臣自身の考えと申しますかに内閣の考えあるいは総理の考えを同調してもらったというような点もあろうかと思います。そういう責任、そういう力というものを私は大臣に期待をいたしたい、こう考えます。これまでの御経験あるいは理論の上からいたしまして、民間から出られました大臣とされまして、文部行政を執行される上におきまして、民間人であったがゆえに都合がよかった、あるいはまたそれなるがゆえにまことにぐあいが悪い隘路があるのだというようなこともあろうかと思いますので、これらの憲法上の規定とあわせまして大臣の所見を承りたいと思います。
○永井国務大臣 いま安里先生がおっしゃいます、教育を政争から独立させて、制度的にも中央教育委員会というような考え方でやってはどうかという御主張を民社党が年来持っておられることを承知いたしております。 私の場合には、現行制度の中で三木総理大臣が同じような理想に基づきまして、やってみてはどうかということでお引き受けしたわけでございます。私のわずかの期間でございますが経験に基づいて申し上げますと、こういう種類の問題の考え方というのは二種類あるように思います。一つはやはり現在の制度をすっかり変えてしまいまして、そして制度の面から教育の独立、あるいは教育行政の独立というものを保障していくという考え方でございます。これも非常に重要な主張でありまして、私は今後引き続き民社党もこの立場を主張なさいますでしょうし、またこれを検討するということは有意義なことであると考えております。 しかしもう一つの考え方というのは、現行制度の中におきましても、実は制度が本来望んでおりますものが事実上実現していないという場合もあるわけです。つまり制度を相当よくいたしましても、なかなか社会的現実がそれに追いつかないという事態がございますから、そういう意味合いにおいて現実の方を少しでもよくすることによって、制度がねらっているものを生かしていくということ、そういう考え方があるかと思います。私の場合後者に属するわけでありますが、私はいろいろ考えまするのに、わが国は相当理想の高い憲法とかあるいは教育基本法というものを掲げて戦後発足したわけでありますけれども、現行制度の中でも相当やれるはずのことは、でき得る限りやってみるのが大事ではないか、こういう考えに基づいてお引き受けした次第でございます。そうなりますと、もちろん総理大臣が行政府を統轄しておられますから、総理大臣が同じお考えでなければ困るのですが、そもそも私を任命なさったというのが、総理大臣自身がそういうお考えに基づいているというふうに私は確信いたしております。ただその後は私自身がその考え方に基づいて自己の行動を律していくと同時に、政党の方面などにも御理解を得なければいけないという問題がございます。一例を挙げますと、地方選挙の応援演説とかそういう式のことがありまして、そういうものに行きますと、これは非常に政党色が濃くなりますから、それをどうするかというようなことがあるのです。幸いこの問題につきましても、これは総理大臣だけでなく、自民党内閣でありますけれども、自民党の方々も同じ考えで、私が選挙に行かないということが総理大臣のこの問題についての、つまり教育の独立性というものについての考え方に即しているという見解をとっていてくださいますので、私は選挙に行かないわけです。 これは一つの例でありますが、そのほかにも常にそういう問題が起こりますが、もちろん社会にいろいろな考えの人があり、そこで私も意見を異にすることもありますが、同意することもある。しかし、過去数カ月の経験に基づいて考えますと、私は微力でありますが、幸いにわが国各方面におきましてこの問題について、つまり教育を政争から独立させてやっていきたいという願望をお持ちになっている方々は、私は非常に多いように感じます。そういう方々が、私の力というよりも非常に御理解と御協力を示してくださいますために仕事ができているというのが現状でありまして、私は、これだけ強いそういうお気持ちがあるわけでありますから、この現行制度の中でひとつやれるところまでがんばってみるということの方が、制度を変えるということよりもまず大事なことではなかろうか、こう考えている次第でございます。
○安里委員 制度の改革、いろいろな問題、これは決して一日でできるものでもありませんし、また、たとえいかに大臣が有能でございましても、おひとりのお考えで改革ができるものでもありませんし、現実に、大臣とされましては、現行制度の中において、現行法の中において職責を尽くされ、しかもそれが良心的な、あるいは権力的な支配によってゆがめられない範囲内において教育の独立性を、政治からの中立性を維持していかれる努力、これは当然なさるべきことであり、それ以上のことを要求することはむしろ無理だろうと考えるわけであります。しかし、わかったようなわからぬようなことで私はいつでも疑問を持つわけですが、大臣とされましては閣僚、内閣の一員でございます。したがって、文教行政を含めて行政上の責任が議会に対してある。この議会に対する責任、いろいろあろうと思いますけれども、行政をする上におかれましても、国会が定めた法に基づいて行動されるわけでありまして、議会に責任を負うという反面からしますならば、議会で定められた法を忠実に履行し実施する、これも議会に対する一つの責任だ、私はこういうふうに思うわけであります。そういう責任と、今度は教育基本法の中にありまする、教育行政は国民に直接責任を負うて行われなければならないと。ここに、理念においてはわかっておるようでございまするけれども、どのようにこれを説明するかということになりますと、なかなかすっきりしない感じを私は持つわけであります。したがって、内閣の一員とされて教育行政を担当さるる、教育行政の長とされて、その教育行政は国民に直接責任を負うて行わなければならないというこの二つの線をどのように結びつけて行政をやられるかということを大臣の学問上の、あるいは経験上の御体験からして明快にお答え願いたいと思います。
○永井国務大臣 ただいま先生の御指摘の、私が果たすべき仕事に二面があるということは非常に重要な点であろうかと思います。 一つは、わが国の現行制度の中では、議院内閣制でありますから、したがいまして、私は、自民党内閣の一員であるという面があります。そして国務大臣でありますから政府の政策全体について連帯の責任を負っているという側面があります。もう一つは、教育の独立、教育行政の独立というものを重んじまして、国民に直接責任を負っていくという面があります。 この二つが矛盾している面があるのではないかということでありますが、それは矛盾し得る状況というものになっていくこともあるかと思います。問題はその二つをどのように調整していくかということにあるのだと思います。 そこで、もう一つの考え方としましては、そういうふうになるのだったら、初めから国民に直接責任を負うような、そういう全く第四権的な教育行政の機関をつくってはどうかという考えになるかと思いますが、しからば、そういう方法においていま言ったような二方向性というものが解消するかどうかという、もう一つの問題がそこでも生じます。なぜかといいますと、教育の場合、もちろん国民全体の自主性というものは大事でございますが、やはり行政を行っていく上で、たとえば財政的裏づけというふうなものが非常に必要になります。そういたしますと、独立の教育行政機関というものがある場合に、その財源というものをどのように確保していくか、その問題というものが明確になっておりませんと、理想は高いけれども、しかし財政的に必ずしも強くないという問題も生じ得るわけであります。 そこで、今度はその観点からもう一度現行制度というものを考え直してみますと、現行制度の中で私が働いていくときに、議院内閣制の一員でありますが、同時に、教育行政の問題というものにつきまして絶えず財政当局に訴えていくということ、そしてその理解を得まして教育行政を強化していくという側面が積極的な意味を持つ面もあるわけです。私は、制度を変えるだけでなかなか問題が解決しにくいということを先ほど申し上げましたのは、そういうふうに制度というものを一つつくっていきますと、どうしても一長一短というか、そういう少なくも二面の問題が出てまいります。 以上のような点が要点でございますが、私は、そういう限りにおいて現行制度の中の一つの利点は、なるほど議院内閣制の国務大臣として連帯責任を負うというところは、それを拘束ととれば拘束という面が強くなりますが、他方において、財政当局の協力を得て教育の財源を確保していくという点においては積極的な意味も持つということを現段階においては申し上げることができるのではないかと、かように考えております。
○安里委員 私どもが、文部大臣を議員外から、政党外から出すという場合に、やはり二つの問題がございました。それは一つは、先ほど大臣が触れました中央教育委員会制度に持っていくという私どもの構想の中で、憲法との関係があって、かつ憲法上、総理大臣の任命権を侵してはならないし、国務大臣をもって中央教育委員会の委員長は充てなければならない。初めの構想はそれとは別だったのでありまするが、やはり憲法との関係、そうなくちゃいけないということと、もう一つには、その場合にいかにりっぱな文教施策を実行しようと思いましても、財政面つまり予算の獲得ということが、現実の中におきましては有能な政治力のある行政の長官が予算の獲得にも便利がいいと言っては語弊があるかもしれませんけれども、有効に働くという現実であり、そういう面で政治的にこれまで関係されてない、ことに議員外から出られた場合に予算の獲得という問題に大変支障を来たすんではないか、こうなるというと、形式的には何ら圧力にならないけれども、財政面における締めつけというものが実質的な大変な圧力となってくる、こういう心配がある、こう思ったわけであります。しかしこれまでの経過から見ますならば、三木内閣におかれましても、大臣の御主張、文部省の要求というものに対しまして大変な理解を示された、こういうことも承っておりまして、それはもちろん細かく言いますれば、いろいろな不満もありましょうけれども、そういうことによって予算面の制約、財政面の制約を受けるということが一つの危惧であったということを思います。しかし、それも一に制度の問題もありましょうし、内閣の閣員の理解ももちろんでありまするし、また大臣自身の信念と力量、熱意もあった、こう思っておりますので、これは安心いたしておりますが、問題は、人が議員外から出たからいいという問題ではなくして、やはりそこに人を得るということが大事な問題であるし、またそれを任命するところの総理自身の政治的な理念、信念というものが大きく影響するものである、こう考えております。ですから、いろいろな改革も論じられるのでありますけれども、与野党問わず、教育問題というものに対して政府自身も、また議員外から来られたところの大臣も、本当の意味において政治的中立性というものは、政治的な争いの道具に使われないようにすることが大事かと思っております。 政治的中立性ということを申しますけれども、私が国会に出まして一番不思議と申しますか、感じましたのは、国会の中におきましていろいろな各党の争いがあります。そのために国会が空転したという幾つかの例がありますが、この数年間、政治から中立であるべき教育関係の法案というものが、実は対決あるいは紛争の種にと申しますか、中心になった事例というのが非常に多いということであります。教職員の特別調整額の支給の問題、〇・四%上げた場合の法案でもずいぶんともめました。人確法の問題につきましても、七十一国会でやがてあれは廃案になる、継続審議もできないような状況で、やっと多数決で継続審議に持ち込んで次の国会で通ったということもございまするし、教特法の問題でありましても、大変争われたのです。そういうことを考えますと、大臣の言われる教育の場に政争を持ち込むようなことがあってはならないということが、事実は議会の場におきましてもいろいろな政治的な立場から非常な政治的な闘争、ことにあの場合においては現場の日教組の方が大変反対だということで、それが国会にも反映したということにもなります。ですから、大臣の言われる、教育の場に政争を持ち込んではいけないという言葉は、単に政府権力の与党の立場でなくして、野党自身の立場の両方からの意味合いのものだと私は理解をいたします。しかし、とかく大臣が自民党内閣の一員であるということで自民党側の圧力というものが強くかかってくると思われるのでございますけれども、同時に野党側の立場においても教育の場を政争の具にしてはいけないという両方の立場があって、私は与野党とも教育の面に関しては冷静に反省をする問題が過去の経験からあるのじゃないか、こう思います。政争を持ち込んではいけないという大臣のお考えをもう少し具体的にお聞きしたいと思うのです。
○永井国務大臣 私はこの問題について申し上げたいことは三つでございます。 まず第一に、確かに政争があったのでございますが、それは世界と全く関係なくわが国だけで行われたかというと、そうではなくて、過去の二十数年間というのは世界的に冷戦状況でございました。この冷戦状況というものをどこの国も多かれ少なかれ反映いたしまして、そして極端な場合にはいわゆる分裂国家という様相も世界の幾つかの場で見られるようになったのでありますが、わが国にかなり鋭くこの状況が政治に反映し、さらにそれが教育に影響を及ぼしたということが第一点でございます。したがって、現在世界の緊張緩和という方向に向かっていく中で、たとえば朝鮮半島におきましてもいろいろな話し合いの模索というものがございますが、わが国のような場合にはそういう違った事態の中で、教育はもちろんでございますが、政治も多少とも前より状況が異なる中で動いていくという変化が生じてきているということであります。 第二に、そういう対立が反映して起こった場合、私は、わが国の一つの文化的な習慣と申しましょうか、ある集団に属しておりますと、他の集団の人と口をきかない、集団の団結性が高いのでございますが、排他性も強いということがやはり作用したように思います。文部大臣になりまして、国会に参りまして政治家の方々にお目にかかりますと、政治家の方々はやはりほかの人よりも政治の場において違う人としょっちゅう接触しておりますから、そういう点では日本人の中で一段排他性が少ない、すぐれた方が多いということに私は感銘をいたします。しかしながら、教育界などにおきましては必ずしもそうではないということがございますので、この問題の解決につきましては、この新しい状況の中ですべての政党の政治家の方々が遺憾なく力量を発揮なさいまして、やはり教育においては排他的ではなく、立場を異にする者が話し合う機運をつくっていただく、それにわれわれが助けられるということが大事であるかと思っております。 それから第三番目は、わが国では教育の問題についてなかなか争いがございましたが、これも見方は二つありまして、ばからしい争いではないかというそういう否定的な見方がありますが、他方では、私はわが国民というものは教育に非常に熱心なんだと思います。これは与野党を超えてそうであるし、国民の大多数がそうである。熱心であるからこそ争ったというそういう面もあったように、これは積極的な側面も見逃してはならないように考えております。そこで、その熱心さの余り争ったのでございますが、今度はその熱心さというものの方向を変えて、意見を異にする者が議論をしながら、しかもよい日本をつくっていくという角度でこの伝統的な教育に対する熱情というものが生かされましたならば、これは非常にすばらしい方向に向かっていくのではないか。でありますから、御指摘のように、政争という場合には相手があるのでございますから、これは各党のことと思いますが、しかし、繰り返しますが、政治家の方々には卓越した能力がありますが、国民の教育界におきましてはもう少し排他的である。これをこれからよくしていく、そういう対立関係というものが対話の関係に転じていくという可能性を十分に秘めているものと私は考えているわけでございます。
○安里委員 民主政治の中に、また民主主義の中におきまして、反対意見があるということはこれはもう当然であり、もし反対意見がないということでありますならば、形を変えますならばこれは独裁を育てるものであり、ファッショを育てるものになるわけでございまして、私は、いろいろな意見、反対意見があるということをむしろ歓迎すべきものであり、それ自体が個人の尊厳と個人の自主性を尊重し、伸ばすゆえんだ、こう考えております。ただ問題は、そのことがおっしゃったように排他的、なお言いますならば独善にならぬことが必要だと思います。自分たちの言っていることが唯一正しいのだ、他の者は間違いだ、こういったことでありますならば、これはその枠を越えたものだと考えております。したがいまして、大臣の所信表明にありまするように、対話と協調という点は、おのおのの意見は持ちながらしかもそこに独善的にならぬところに調和があり対話があろうか、こう考えておるわけであります。私は何も反対意見そのものというものを否定するものじゃなくして、むしろ活発なる反対意見の中から対話が生まれ、協調が成り立っていくものだ、このように考えております。 そこで、そういうことから考えますと、教育の場におきまして、戦前におきましては政治の手段として用いられた気味が非常に多かったと思います。戦後その反省に立っておるわけでございますが、現実には教育がやはりどうしても政争の具に使われやすい、どんな教育問題でもイデオロギーが先行するという不幸な事態があったということを考えるわけでございまして、これはいずれも本来国民のためにあるべき教育の目的が忘れられた立場にあるかと思っております。 そこで、教育を政争の場から分離して、あるべき教育の目的が忘れられないよう、大方国民の合意の上に立った教育が推進せられるためには、そのような諸条件を整備するためにはどうしたらいいかという問題は、教育に携わる者とされましてお考えであろうと私は思っております。文部省やあるいは中央教育審議会におきましても、教育改革のための基本的な施策ということが打ち立てられておりまするし、日教組におきましての教育制度検討委員会におきましても、日本教育の改革を求めてといった線というものが、いずれも教育の改革に向けての熱意がそれぞれ示されておると思うわけでございまするけれども、問題は、これは単なる方法論的あるいは技術論的に終わったのでは改革の目的を達することはできないと私は思うのであります。 そこで、大臣が先ほどちょっと触れられたのでございますけれども、私たちは将来の見通しとして、中央教育委員会制度を設けて、そしてまず制度、形の上から教育問題を取り上げて、国民の、あるいは教育現場の、あるいは教育専門家のあらゆる各層の意見を十分吸い上げた純粋な立場から検討が加えられる必要がある、こう考えておるわけであります。そういう立場から中央教育委員会制度を設けて、そして諮問機関として教育国民審査会かこういったようなものでも設けて、あらゆる教育の現場、教育の専門家あるいは一般国民、こういった方々の合意を結集する制度をつくり、そして中央教育委員会において現在の文部省が担当しておるものをつかさどり、中央教育委員会の長は国務大臣が当たって憲法上の連係あるいは財政獲得の面とつながりをつける、こういう一応の制度を変えていくという構想も、努めて時の権力からあるいは政治力から中立性を守るためには、あくまでも国民のための教育である、国民の合意を吸い上げていくというこういう形のもとにおいてなされることが好ましいのじゃないか。もちろん一朝一夕にしてできるものではございませんけれども、教育の中立性を努めて維持して、しかも国民のための教育として、そして国民に対して直接責任を負うという基本法の精神にも合するようなこういう制度を考えてみる必要があるのじゃないか。単に技術的、方法論的な問題じゃなくして、そういう基本的な改革への検討というものがなされてもいいのじゃないか、このように思うわけでございますが、大臣先ほどちょっと触れられてはおりましたけれども、改めて御意見を承りたいと思うのです。
○永井国務大臣 いまの安里先生のおっしゃいます教育行政の構造の基本的な改革ということでございますが、これはやはり現行法制の相当基本に触れることだと思います。長期的には基本に触れることであるけれども重要であるというお立場での御主張でありまして、それは十分考えなければならないと思いますが、非常に慎重を要するのではないかと私は考えております。 そこで、私の考え方の繰り返しになりますが、実は現行制度の中でもずいぶんいろいろなことができるし、またそういうことは進行している。国民の立場から申しますと、いま現在子供が非常に過密な授業で苦しんでいるとかあるいは大学の入試が大変であるということがございます。そうすると、中央教育委員会のもとに各界の学者の意見を聞くという制度も一つでありますが、昨日も国会において大学入試制度をめぐって各界の御意見をお聞きになった、あるいは文部省におきましても入試改善会議というものがございましてそこでいろいろ議論をしている、あるいは教育課程審議会におきまして前よりもなお力を入れて各界の方方、それには従来非常に異なると考えられてまいりました日教組関係の先生方の御意見も伺うというようなことをしてきているわけでございます。 そこで、やはり話し合うといいましてもただ漫然と話し合うのでは何物も生まれませんから、現在日本の国民の教育にとりまして何が重要な問題であるか、いま私が思いますのは、人々がほぼ一致して認めているのは、そういう受験体制の過熱化のようなことですので、そういうものについて、現行制度の中で生かし切れる力を生かし切っていくという方向で私自身も考えているし、また先ほどは国会について触れましたが、国会も活動なさっているのではないかと思います。にもかかわらず、将来の問題としては、民社党が御主張になっている、また先生がいまお述べになりました制度というようなものは、みんなで真剣に、かつ慎重に検討しなければならないものであると考えております。
○安里委員 基本問題についてはその程度にしまして、大臣の所信表明の中から二、三ちょっとお伺いしたいと思うのです。 教育は義務として、父兄がその子弟に対して教育を受けさせる、このために大変な費用がかかるということは、私は現実の問題として大変な問題だ、こう思っておるわけであります。能力に応じて教育を受ける、しかし家庭が財政的に貧しいということでいろいろな制約を受ける、こういう例も非常に多いわけでございまして、もちろん、その中にはこれを助けるいろいろな制度というものがあるわけでございます。ただ一言お伺いしたいのは、ここに大臣の表明の中に、幼稚園教育、この段に父兄の負担の軽減を図るという趣旨のことが述べられております。これはごもっともだと思うのです。私はそれもそうでございますけれども、さらにこれは義務教育の面、それでいいのでありましょうが、それはとにかくといたしまして、高等教育を行う場合において、現在父兄の負担というものが大変大きい、こう思うわけでございます。学費の面、いろいろ問題がありますけれども、概括的に言いましても、もっと父兄が負担をせずに高等教育を受ける何らかのことが考えられぬものか、こう思うわけでございます。ここに幼稚園の教育に対する父兄の負担の軽減ということがありますために、私は、高等教育における父兄の負担軽減についていろいろなことが考えられると思うのでございますけれども、現在考えておられる点、具体的に御説明願いたいと思うのです。
○永井国務大臣 高等教育の父兄負担の問題は、国公立よりも私立の問題を先生は指しておられるのだと思います。私立につきましては、何といいましても授業料あるいは入学時納付金が非常に高額である。そのことから父兄の負担が重くなってきております。それでは、どうして授業料あるいは入学時納付金がこれほど多額になるかといいますと、どうしても経常費に非常にお金がかかるということから発していると思いますから、現在、私学の経常費というものについてでき得る限り国庫補助を増額していくという方向で私たちは施策に当たっているわけでございます。ただ、しかしそれだけでは追いつかない問題があります。そんなことをやっても、まだことしの授業料も高いではないか、まさにそのとおりでございます。そこで、そういう場合にはやはり御父兄が負担し切れない、そういう御家庭で、しかも能力、適性ともに高等教育にふさわしいという学生諸君に対する奨学金の枠を広げていくということでございます。本年度は、国立については大学院の奨学金はふやしておりますが、学部の方につきましては、これは国立の方はふやしませんで、私学の方だけに力を注ぎましたのもそういう理由に基づいております。しかし、そういう方法をもってしてもなおかつ足りないではないか、これは施設にも金がかかるではないか、そういうことから私学振興財団というものの力もまたかりているわけでございますが、そういう意味で経常費、あるいは施設、それから学生に対する奨学金といういろいろな角度から、私学での学生の勉学というものができ得る限り条件として改善されますように、特に御父兄の負担というものがなし切れない家庭であるのに、しかも能力、適性がふさわしい学生諸君、そういう方たちにはでき得る限り早く役立っていきたいという形でこの問題に対処している次第でございます。
○安里委員 なかなかむずかしい問題だと思います。教育に金がかかり過ぎるということが父兄の悩みであり、これはもちろん教育を受ける国民にとっても大事でありますけれども、国民に対する政府の責任としても、金のかからぬような、もっと負担がかからずにみんなが教育を受けるような道ということを考えなければならぬことがあるんじゃないか、私はこう思うわけです。 ひょっとこういうことも思ったりするわけです。いろいろな立場において政治献金の問題であろうと何であろうと、免税の対象になる、あるいは控除の対象になるというような面もあるわけでございますが、ある限度と申しますか、あるいはまた、これはいろいろ具体的な枠というものがあろうかと思いますけれども、教育を受けさせる義務を履行しておるその父兄に対して、学資その他何らかの枠の中において、これは基礎控除の所得から免税の対象になる、こういうようなことも、これは文部当局にお問いすることは筋でないかもしれませんけれども、教育をするためにずいぶん金をかけている、借金までしている。だから、これは単に扶養学生の基礎控除だけじゃなくして、学資に出したものに対して収入から控除する、こういったようなことも考えられていいんじゃないかと思う気持ちもするが、これは財政上どうなっているか、私は理屈から合うかどうかわかりませんけれども、そういったことも国家としては考えてやっていいんじゃないかと思うような気持ちもするわけですが、そういう話も出たこともありましょうか。
○永井国務大臣 ただいまの問題は、先生の非常に重要な御指摘でございます。ただ、これは税制にかかわってくることですので、私たちとしては課題として研究をいたしまして、そしてこの問題について大蔵省はどう考えられるかというようなことも伺いながら、なお考えていくべき非常に重要なことだと思います。
○安里委員 思いつきみたいなことを申し上げておるわけでございますけれども、政府がそのような配慮をしておるということだけで教育に対する父兄の単なる負担の軽減に、わずかかもしれませんけれども、なるばかりではなくして、教育に対する熱意というものが、関心というものが非常に深まって理解を深めるゆえんになるのじゃないかとも、私は考える次第でございます。 それからほかに、私はいまの経費の負担の問題で、私学の問題を特に大臣おっしゃったわけでございますが、これも私どもの党としてもずいぶん考えております。大体教育の機会均等と言いながら、実際上は国公立と私立との間の格差が非常に大きい。また地域によって非常に大きい。しかもまた同じ国立でございましても、その内部において格差がいろいろある。こういう同じ教育をするのに、国公立の面と私立の面の格差が非常に大きい、地域によって差がある。私はこの事態も考えなければおかしい、こう思うわけです。中央にこれを集中する必要もございませんし、地方もかなり交通その他不便でございましても、教育の場はむしろそういう場が教育の場にふさわしいところもあるでございましょうし、この地域的な差、国公立、私立間の格差、こういったことをなくするために、もう国公立も私立の区別をなくせ、すべて学校というものはある特殊な法人にして、平等に及ぶという、そういうこともしろというようにわれわれは考えておるわけでございますが、これは時間がございませんので、私はまた御意見を承らなくてもよろしゅうございますが、そういうことをただ一つの例として挙げておるわけでございますが、何とかこの差をなくする、それがすなわちまた父兄の負担を軽減するもとになるかと思うのでございますので、お考え願いたいと思います。 そこでその一端として、私学助成につきまして政府とされましては行政措置でことしも大分金額は上がったのでございますが、これを法的な裏づけとして私学を助成する法案を立法化するといったようなあるいはこれを推進するといったようなお考えは文部当局にはございませんか。
○今村(武)政府委員 私立学校の経営基盤の安定のために私学の助成について、昭和五十年度におきましては予算の増額に大いに努力したところでございます。 文部省としてあるいは政府として今国会に私学振興助成法という法案を出すつもりはございませんけれども、そのことは非常に重要なことでございます。議員立法の動きなどがあるように伺っておりますが、そういうことが基礎になって私学振興が図られるということは非常に望ましいことだと考えております。
○安里委員 予算措置におきまして大分御努力されたことは認めます。御苦労さまだったと思うのです。ただ、財政措置だけで問題を済ますべきものでなくして、基本的にやはり法的な根拠のもとに義務づけるというとおかしゅうございますが、安心してこれが継続して推進できるためには私は必要だと思っておりますし、自民党の方においても準備されておるということを承っておりますし、われわれもその構想がございますし、本来ならば議会の立場からならば、政府に要請しなくても議員立法でやるということが本来の国会の任務だと思って、どんどん議員立法がたくさんあるべきだ、こう思っておりまして、行政府の使い走りをする議会ではないと思っております。議会、国会自体が立法するのが私は主体であると、こういうふうに思っておりますので、政府としてもそのお気持ちであるといたしますならば、われわれはなおこれを推進したいと考えております。 そこで、過密の地域に対する学校の敷地の問題、いろいろな問題をたくさん抱えて、これに対します配慮が御説明にもあります。逆に私はいま心配いたしておりますのは、僻地、過疎地におきます教育の問題であります。これは地方の市町村の大きな負担でもありますとともに、過疎地なるがゆえに教育自体の中に大変な負担と申しますか不自由と申しますか、多くの欠陥というものがあります。政府の僻地教育に対しまする配慮というものが、これは実態的には各地域によって非常に差があると思います。長崎やあるいは沖縄みたいな離島の非常に多いところ、また山間僻地、いろいろな事情があろうと思いますけれども、これを等しく施設においても教員の充足におきましても考えた場合には、僻地におきます学校の教育あるいはまた過密地域におけるもの以上に大変困難な問題が存在すると思っております。僻地教育に対し、ます総括的な文部当局のお考えを、またいまどういうふうにして施策の上にこれを打ち立てておられるかをお聞きしたいのです。
○永井国務大臣 たまたま僻地教育につきまして所信表明の中で述べておりませんので、もう僻地教育を軽視しているのではないかという御疑念をお持ちの方もあるかと思います。それは決してそうではなく、非常に重要な問題でございますが、他の大きな問題の中で特に述べられていなかったというだけでございまして、私たちの考えは、僻地教育の振興というものは、人口急増地域と並びまして非常に重要なことであると考えております。 僻地教育の振興につきまして、五十年度におきまして前年度に引き続いて重点を置きますのは四点でございます。 まず第一は、教職員に対しまして僻地手当などのそういう条件、待遇ということを考慮すること。第二点といたしましては、僻地の集会室や寄宿舎などを含む教育環境の整備に努めるということ。それから第三番目には、公立小中学校の寄宿舎、そういうふうなものを含めまして児童生徒の学習の便を図る条件の整備。第四点といたしましては、僻地の教育研究指定校というようなものをつくりまして教育内容を改善する、こういう四つのことがございます。 このほかに、昭和四十九年度から実施しております新五カ年計画によって、三複学級を解消いたしますし、また免許外教科担当教員を解消したりあるいは寄宿舎教員の定数を改善するというような措置を図って所要の予算措置を講じてきております。 予算の面から全体的に見ますと、今年度すなわち昭和五十年度の僻地教育関係の予算は、前年度に比べますと四五・二%の増でございます。そして百六十四億円を超える額に到達いたしております。これでももちろん僻地教育が完全に充実するというわけにはまいりませんから、今後におきましていま申し上げましたようないろいろな重要な施策というものを中心といたしまして、一層僻地教育の充実を図っていくために文部省は努力いたしたいと考えております。
○安里委員 よく僻地には学校を卒業したばかりの新任の先生方が多くやられる。中堅の職員の方々がなかなか僻地には配置せられない。これはもちろん文部省自身がどうという問題じゃないでしょうけれども、そういった弊害があるということも承っておりまするが、これはもちろん県の行政の教育委員会によって十分配慮されると思いまするけれども、そういった点が地域によってはあり得るのじゃないか。これは教育全体から見た場合に大変まずいことじゃないか、こう思います。しかし、また考えてみますれば、本当に僻地になりますと、住宅もない、あるいはまた研修にもいろいろな費用がかかる、あるいはまた補助教員もなかなか補充できないような面がある。いろいろな面があろうと思います。これらの面はもちろん金銭面で何とかするでございましょうし、あるいは場合によっては僻地に行く者は、一号アップするといったような優遇するといったような点も、これは復帰前沖縄においては考えられてやっておったことでございまするが、復帰後はその制度はあるかないかわかりませんが、こういった点も考えるべきものじゃなかろうか。あるいはまた僻地に赴任する期間が——戦前これはよくありましたね。植民地に行く者は恩給年限について一年を一・五年に計算するといったようなことも戦前はあったと思うのです。いまの年金の問題の算定にも、僻地の不自由に勤務する者に対して、そういった年数の短縮というようなことも、私は僻地教育に携わる先生方に安心して、またこれに報いるところの処置というものを地方自治体ばかりでなく政府自体で考えなければならない問題があるのじゃないか、こう思いますが、私の認識不足かもしれませんけれども、これがどのようにして行われておるか、またこういったことができないものであるかどうか。
○永井国務大臣 いま僻地に行かれる先生方の待遇の問題でございますが、御承知のように僻地手当がございますほかに、三年僻地におられますと一号俸上がることになっております。ですから、復帰以前の沖縄についてはどういうやり方か私は詳細に存じませんが、現在でも三年おられますと一号上がるということでございます。そのほかに住宅の便を図るというようなこともございます。 なお、僻地の先生方がどうも若い、新任の人が行くので、老練な方が少ないではないかという御指摘でございますが、これは事実問題として見ますと、全国一般にそうということではなくて、私の記憶に誤りがなければ、北海道とかあるいは九州あるいは東北の一部などにそういう傾向が見られるようでございます。詳細なパーセンテージはちょっと記憶いたしておりません。ただ、この問題につきましては、私は二面あるように思います。と申しますのは、僻地に行って教育を一生懸命にやるという場合、若い先生がおいでになりまして、非常に若い人の持っている理想主義といいましょうか、教育愛といいますか、そういうものの方がむしろ老練な先生よりも非常に有効に教育に生かされるという面もあるわけでございます。しかしバランスの面を考えますと、そういう方とそれからやはり老練な方とが組み合わさっているというのがよろしいのではないかと思います。こうしたことにつきましては、やはり各自治体もいろいろ御工夫になっていると思いますが、私たちといたしましては、やはりいろいろな自治体の教育委員会の方々と話し合いをしながらよい組み合わせで、つまり若い人の理想主義、そして年配の方の経験と申しましょうか、そういうよい組み合わせで僻地教育が一層強化されますように、これは今後ともに努力していくべきことであると考えております。
○安里委員 最後に、私は教育ということを考えまする場合に、教える者と教えられる者との間の関係は愛情と信頼、そうして情熱、熱意と申しますか、これが保たれなければ教育の成果は上がらぬものだ、こう思っております。そこで問題になりますのは、よく現場と文部省との対決とかいうような中におきまして教員のストの問題がある。ストを行ったから処分しろ、することはどうのこうのという問題がいろいろございます。このことが、私は、教える者と教えられる者との間の愛情やあるいは信頼あるいは熱意というものと深い関係があるものだ、こう思うわけでございますが、ここでお聞きいたしたいのは、ストはいま法で禁じられておる、地公法で禁じられておるからいけない、こういった意味でなくして、法に違反するといったような問題を乗り越えまして、これが実際子供の教育にどのような影響を及ぼしておるか、人格形成に大きなるものがあるこの段階の子供たちにどのような影響を及ぼしておると思っておられますか。
○永井国務大臣 この問題につきましては、いろいろな方が文学作品にも書いておられます。石川達三先生が「人間の壁」という、壁という言葉を使われましたが、やはり私は現在の学校に人間の壁といいましょうか、壁というものはあるような感じを持ちます。それは単にストだけでなくて、やはり日常的にも相当の対立がありますと、子供だけではなくて、先生方の間にも緊張というものが過度にできることから、必ずしも望ましくない状況になってしまうのではないかと私は思います。 それで、先生が熱意と信頼と愛情ととおっしゃいましたが、まさにそういうものが必要なのだと私は考えますが、さて、そういうふうに教育の現場を変えていくのにはやはり二条件が必要である。一つは、安心して生活して教職に当たっていくことができるような条件の整備、そして待遇をよくしていくということでございますが、これにつきましては、国会の方々の御努力に負うところがきわめて大でございますが、相当の改善を得ることができましたので、その点では先生方が、他の職と比べましても相当今後は安定してお仕事につきやすい状況がつくられたのではないかと考えております。 もう一つは、やはり職場に生きがいということが大事だと思います。で、これはやはり先生方が御自分方の発想を十分に生かして教育に当たっていかれる、そういう点では私たち、十分文部省あるいは教育委員会とも教育についてよく話し合う、あるいはまた試験地獄というものがだんだんに緩和されて、各教室で教えることに喜びを感じるというような条件に向けていかなければならないと思っております。そういうことによって、単なる違法論ということだけではなくて、われわれといたしましても条件をよくいたしますために努力してまいりましたのですから、やはりストというものがなくなる、そしてまた日常の対立というものも過度な緊張をもたらすようなものがなくなっていく、そして、そういうふうにいたしますれば、確かに児童も生徒もあるいは先生方も明るい学校という感じを持つでございましょうが、今日までは遺憾ながらそうではなかった。そこで、われわれは全力を挙げてストのない学校、そうして明るい学校というものをつくり上げるために努力をいたしたいと考えております。
○安里委員 職員団体というものは給与やあるいは勤務条件の維持、改善ということに努めるわけでございまするから、そのことが十分満たされるような当局の処置がなされまするならば、違法なストというものは行われないであろうし、また、そのような状態に持っていくことが当局の責任でもあるかと、こう考えております。 私がこの問題をいま打ち出しましたのは、実はむずかしいあれじゃなくして、昨年でしたか、十一月、明けましたから一昨年でありますが、北海道に行きましてある家へ寄りましたときに、ちょうど十一月だったですね、ストが行われた。あるお宅に寄りましたら、そこの子供さんがちょうどその年一年生に入ったばかりで、当日は遠足か何かで非常に張り切って、前の晩からはしゃいで準備もしておった。翌日起きたらストだというので、とうとう行けなかった。その幼い一年生に入ったばかりの子供の受けたショックを、このおやじ語っておりました。学校に入って初めて期待をした、そうした遠足か何かのその行事、張り切って前の晩から準備して期待をしておったのに、これがやめられた。こういうことを言われたときに、私ははっとしたのです。学校というのはうそをつく。これは子供にとりましては、遠足があると言っておったのに、準備させたら、なかった、学校はうそを言った。この子供の言葉に大変打たれたと言うのです。むずかしい理屈はわかりませんけれども、とにかく小さい子供に与えたこの印象というものは、やはり非常に影響する気持ちじゃないかということを私はあのときに痛切に思ったのです。 それから昨年の四月、ストが行われました。沖縄でも行われました。そのときにある学校の女教師がストに参加しない、いけないということで敢然と授業はする、こういうふうに宣言をしました。ところがストに入った。当然その女教師はいつものとおり授業をするということを子供たちにも父兄にも知らせておりました。だが、当日はピケを張って学校に行くことができない。そこで、女教師は近くの公園に行って授業をすることにした。そして、子供たちは学校は入れぬものですから、その公園に向かって行った。問題は、その中で行われたことでございますが、途中でストを行っている腕章をはめた先生方が、受け持ちの先生がもう公園での授業はやめたと言うから、帰れと言われた。この子供は、いや私は先生からそうは聞いていないから、行くと言って行った。そして授業をやった。それから、その公園でやっております授業に先生方が帰れ帰れと言って邪魔した。女教師は構わずやった。問題は、二十九名のこの子供たちが後で当日の作文を書いております。その作文の中に、三年生でございますが、私は子供たちの本当の感想というものをあらわしたものを読みまして、大人の考える以上に子供は先生方のストを見ておる。これが子供に影響するのは大変なものだと思いました。 まず第一に、その学校の受け持ちの先生が公園でやると言って、公園に行く途中で子供を行かせないためにやった先生の行為、これに対しまして、子供は受け持ちの先生はそう言っていないからというのであえて行ったと言うのでありますが、この子供がこう言っております。途中で、あるおじさん——おじさんという名前を使っております。ピケはほかの学校から来てやっておるから、子供にはその先生がわからぬものだからおじさんと言っております。大人のおじさんがこう言った。そうして、やはり授業はあった、公園で。あの大人のおじさんはうそを言った、こういうことであります。それから公園に来て授業をしておる中に、授業を邪魔された女の先生がこれをあえてやったとき、その姿を見て、先生がほかの人とけんかしている、こわくてあれだったという、たどたどしい文章でありますけれども、書いておるのを見まして、私は大変打たれました。先生が大人の人たちとけんかをしていました。けんかというのは口げんかの意味です。私はこわくなりました。私が公園に入ったとき、あの人たちは何かなと思いました。あの男の人たちに帰れと言われたとき、私は憎みました。こういったようなことも書いてあります。あるいはまた、変な男が五、六人来て先生に文句を言ってまいりました。私はちょっと変だなと思ったのでわけを聞いてみると、男の一人の人が先生に、きょうはストだのにどうして勉強をさせるかと聞きました。でも先生は知らないふりをして私たちを遊ばせました。勉強時間になって先生に文句を言っておった。そうして小し時間がたつと先生の方でも反対に仕返しされました。先生に仕返しがされたので、今度は私も大人たちに文句を言いました。でも男の人の言うことを聞かないで、みんな勉強の邪魔だからあっちへ行って、あっちへ行ってと言いますと、そばで写真を撮る人も文句を言いました。そこで帰っていきました。こういうようなことも書いています。 いろいろな子供たちの受ける気持ちを見たときに、先生たちはうそを言っているんだ、大人の人はうそを言っているんだ。そうして自分たちが勉強するのに対しても邪魔をした。受け持ちの女の先生にも文句を言っておった。こういったようなことを後の感想文で読みますと、ストのいい悪いは別といたしまして、それ自体が教育を受ける子供たちに与える影響というのは大変大きいんじゃないか、こういう気持ちが、だんだん大きくなるに従って不当な反抗心とかあるいはゲバ棒騒ぎという暴力関係などにも通ずるような問題に発展するんじゃないかという気さえ起こるわけでございます。ただ法が禁じておるからどうのこうのというのじゃなくして、もっと教育の大事さ、自分の全人格がこの子供に移っていくんだということを考えた場合において、本当に慎重にならなければならぬし、政府のやり方に対しまして、給与や勤務条件などの改廃に対して当局と対立しなければならない、こういった場合にあえてストにも訴える。法で禁じられておろうと、これを実現するためにやるという場合もあるかもしれません。しかしながら、一面預かっておる子供たちをどのようにして伸ばしていくかということを考えた場合に、これは軽々しく宝刀を抜いちゃいけないという気持ちに私はさせられたわけです。教員のストに対しまする文部当局のお考え、これはもう大臣じゃなくてもいいでしょう。大臣のお考えはこれまで何回か言ってらっしゃいますが、大臣だったら大臣どうぞ。
○永井国務大臣 ストに関しましては、これは法律で禁じられていることでございますから、法治国家におきましてストがあってはならないということは申すまでもございません。しかし、それは一種の法律論でございまして、先生が先ほどからおっしゃいましたのは学校という場の雰囲気だと思います。特に幼い子供たちに与える影響というものがあるかと思います。私は活発に議論が闘わされて、そして異なった議論というものも、これまた年齢に応じてどんどん対話が進められる、あるいはよい結論を求めるように人々は努力していく、そういうことは一方において大いに強められるべきであると考えておりますが、他方におきまして問答無用のような空気というものが学校の中で醸成されますことは、人間形成上きわめて好ましくないことであると考えております。
○安里委員 国立学校設置法が論議されておりますが、一つだけ私気になることがあります。それは大臣の所信表明の中にもありまするとおり、また前からの文部当局の方針として、各県に医科大学、要するに医科大学のない県をなくするという基本的な方針、これは大臣の所信表明にもありますので結構なことだと思っておりますが、関連して私がお聞きしたいのは、医学の進歩あるいは医学の充実、施設、学校がたくさんになりましても、私がただ一つの心配は、本当にそれを充足するだけの教官、教授、これが本当に相伴うかということなんです。これに対する長期的な見通し、現在の、ことに医科の方におきまする教官の数やあるいは充足というようなことが本当に充実しておるかどうか。施設は幾らつくりましても中身が充実しなければ、これは何にもならぬことだ、こう思うわけでございますが、この点をお聞きしたいのが一つと、もう一つついでに、ことし総需要抑制の関係で予定が大分とおくれておるような状況もございまするけれども、琉球大学に医学部を設置する、これは前の佐藤総理時代からのある程度の約束でございまするが、これもまだ調査準備の段階でありまするし、どうもいまの状況からまたさらにおくれておるような印象を受けております。地域の離れた関係、沖縄自体の持つ医療の問題をあわせまして、琉球大学に医学部を設置するということはいろいろな意味から急がなければならぬ、また優先してお考えになっていただかねばならぬ、こう思うわけでございますが、これに対する実情、お考えをお聞きいたしまして私の質問を終わります。
○井内政府委員 琉球大学の医学部の問題からお答えいたします。 琉球大学の医学部の設置問題に関しましては、先生御案内のように、従来から調査をしてまいりましたが、四十八年に文部省に医科大学等設置調査会を置き、その中に琉球大学の小委員会を設けまして検討をしてまいったところでございます。その結果、現地においてさらに具体的な調査研究を行うことが適当であるということになり、昭和四十九年度から琉球大学に医学部設置調査経費を計上いたしまして、琉球大学の方にこのための調査会をつくり、いままで二度ほどその会合が行われたように聞いておりますが、四十九年に引き続き、琉球大学に置かれております調査会で五十年もこの創設のための調査を続けることとなっております。その検討の結果、医学部設置の前提となりまする用地の確保、道路等の整備その他の諸条件の解決のめどがついた時点におきまして具体的な設置を図るべきである、こういういま進行状況でございまして、ただいま現地におきまして、敷地の確保の努力並びに新しい用地の道路整備、上下水道、電力等の問題につきまして県当局におきましても目下検討を急いでおるというふうに聞いております。四十九年度の調査研究の結果を引き続きまして、五十年にただいま申し上げましたように創設のための具体的な調査をやってまいる、こういうことでございます。ですから、もうしばらく調査のための時間を賜りたいと思います。 なお、医大新設に伴いまする教官の確保、教官の充足状況のお尋ねでございますが、医科大学の新設をやる際に、基礎の関係十四、臨床の関係十六、三十講座相当分の教官の確保を必要といたします。新設の医科大学の場合は具体的に三十講座相当分の教授、助教授につきまして候補者を選考し、大学設置審議会で全部審査をして予定者を確定して滑り出しておりますが、講座の置き方は、国立の新設医科大学の場合は五年間で三十講座を置くということでございます。現時点で申しますと、四十八年度創設をいたしました旭川、山形及び愛媛にありましては十五講座、四十九年度創設の浜松、宮崎につきましては八講座分の定員を措置し、予定どおり教官の充足を措置いたしましたものにつきましては行っておる、こういうことでございます。なお教官の確保におきまして、やはり新設の場合、全部全国公募ということをし、特定大学に余り集中しないようにという配慮等もいたしておるところでございますが、従前の経験では、旭川医科大学の場合はやはり北大の医学部のウエートがどうしても大きくならざるを得なかったと思っております。沖縄の場合、地域の関係等あるいは影響が出てくるかもわかりませんが、最大限の努力をして教官の確保に努めたい。特に基礎系の教官につきましての確保がやはり相当な努力を要しますので、この点は、今後に予想されまする医科大学または医学部の創設に当たりましての教官確保につきましては、従前以上の努力をしてまいりたいというつもりでおります。
○安里委員 終わります。 ————◇—————
○久保田委員長 次に、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。有島重武君。
○有島委員 大臣の所信表明にもございましたように、医学教育、医師の養成ということは社会的な要請が非常に強い。したがいまして、この趣旨に沿ったこのたびの国立学校設置法一部改正の法案につきましては、大体賛成の方向で考えてまいりたいと存じておりますけれども、これが法律となりまして運用されたときのことを考えますと、やはりいささか危惧がございますので、二、三の質問をさしていただきます。 こうした提案をなされました大臣は、医学教育、医師の養成ということについての実際上のむずかしさといいますか、隘路がどの辺にあるのか、そういうところについて一番最初に承っておきたい。 「委員長退席、三塚委員長代理着席」
○永井国務大臣 医学教育の現状におきましての隘路の一つは、やはり経費の問題であろうかと思います。これまで非常に私立医歯科大学に依存してまいりましたが、これはいろいろな数字が示しておりますように、学生一人当たりの寄付金も非常に多額であったり、あるいは授業料も高いという問題がございます。国民の医療に対する希望というものを考えますと、どうしても国公立のものが必要になってくるということが一つでございます。 第二点といたしましては、やはり医学教育の質を高めるということは、将来ともにわが国の医療を充実していく上で非常に重要だと思いますが、これは単純に学校の用地、建物をつくれば解決するという問題ではなくて、教授方に人を得るということだと思います。これにつきましては相当長期的な計画というものを考えまして、確実によい先生方に医療教育に当たっていただく。そのほか医学教育の内容などにつきましても、昨今におきましてはいろいろ議論されていることがございます。狭い専門に偏らずに、医者と患者との関係というようなものを十分に考えよとか、あるいは臨床と基礎との関係というもの、こういうふうなものをもっと深めていくようにとか、いろいろございますが、さしあたって最も重要と思われますのは、いま申し上げました経費の点と、それから先生方に人を得て医学教育を充実していく、この二つのことが重要ではなかろうかと考えております。
○有島委員 大学局長に承っておきますけれども「医科大学(医学部)設置に伴う年次計画等について」という医学専門委員会の資料がございますけれども、これは四十七年五月三十一日に全文改正となっております。その後にこれは何か変化があったんでしょうか、そのままこれが通用しておるのでしょうか。
○井内政府委員 四十七年五月三十一日に全文改正をしました「年次計画等について」というものそのものは、その後特別の変更は加えておりません。
○有島委員 先ほど大臣が金と人ということを言われましたけれども、まず人の問題から少し入っていって、どのくらい困っておるのかということです。そのことをどういうふうに認識していらっしゃるか、これが私はちょっと心配な点なんです。実は去年もこの時期に奥野前文部大臣に対してこの質問をいたしましたけれども、当時の昭和四十七年度の資料しか私は手元にないのですけれども、欠員率、医学部につきまして、教官の定員に対しての欠員率は全体で四・六%というようなことを言っておった。ところがこの中で法医学では一五%欠、それから解剖学では一二%欠というようなことです。四十八年、四十九年の欠員率はどういうふうになっているのでしょうか。
○井内政府委員 その後年々の欠員率につきまして、基礎、臨床に分けましての積み上げの資料はいま手元にございませんが、傾向といたしましては依然として基礎の中の特に法医、解剖、この辺のところの欠員が他の分野と比較いたしましてやはり多いように私どもも把握しております。 それで具体的な状況といたしまして、特にただいま御審議を賜っておりまする看護学部、あるいは医療短大等を設置しまする大学の医学部、具体的には千葉大学に看護学部をお願いしておりますが、千葉大学の医学部、それから弘前、京都、鳥取に医療短大の設置でいま御審議を賜っておりますが、千葉、弘前、京都、鳥取の四大学で現状を精査してみますと、教授、助教授のところで四大学全部をとってみますと、教授九、助教授二十八が欠員と相なっております。これは国立大学の医学部全体の教授、助教授の欠員率から申しますと、この四大学の総トータルは少し平均よりも高いようでございますが、全般傾向はやはり表現していようかと思います。そのうち、教授九名の欠員のうち、基礎が五人、それから助教授の二十八のうち基礎が二十三という数値でございまして、特に基礎の助教授の年齢層のところの充足がいま十分に行われていないという点が非常に問題かと思います。この点につきまして、さきにも先生から御指摘を賜り、これに対する対応策を一体どうするかという御指摘もいただいたわけでございます。処遇の問題を含め、いろいろな問題等につきまして努力はいたしておるのでございますが、現状はただいまのようなことでございまして、看護学部あるいは医療短大の教官確保は大学設置審議会の審査を全部了しまして、予定者を確定をいたしておりますが、ただいまも御指摘のように、医科大学あるいは医学部全体の定員充足ということで、基礎の問題につきましては、やはり問題がまだ全面的に解消されていない、引き続きの努力をしなければならない事態である、かように存じております。
○有島委員 大臣、お聞きのように、千葉大学で現在すでに二名の教授が不足、それから助教授八名が不足ということになっておりますね。それで、弘前、京都、鳥取全部合わせると教授で九名、助教授で二十八名といま大学局長言われたけれども、これは全く放置してきたからこういうことになったのではなしに、いままで努力をしてこられたにもかかわらず、現在すでにこうである。この上にまた新しいものをつくっていくわけでございますね。こういった問題をどのように努力をしてきたのか、今後埋め合わせがついていく当てがあるのかないのか。先ほど大臣おっしゃったように、確かに建物だけつくったからそれでいいというわけにはいかぬというわけですね。これは一体どうするのかという問題です。
○井内政府委員 基礎系の教官の確保の問題につきましていろいろな角度からの努力をやってまいらなければならないわけでございます。さきの国会で先生からも御指摘をいただいた点ですけれども、医学部を卒業して医師になる、あるいは大学に残って教官になる、いろいろな進み方がございますが、特に国家公務員の中で医療職俸給表の適用を受けまする医師と、大学で残って研究をし、教育をし、診療に従事いたしまする者との間の給与の不均衡という問題がやはり一つの——いろいろな努力をしなければなりませんが、私どもでは努力をしなければならない一つの重要な課題である。先生からも御指摘をいただいたとおりでございます。この点につきまして、昨年の七月三日に奥野大臣から人事院総裁に対しまして、昨年の人事院勧告に当たりまして、特に医歯系教員につきまして優秀な人材を確保するため、医療職俸給表の医師との均衡を考慮して、特別手当の支給等大幅な給与改善を図ってほしい、こういう要望をいたしました。医療職俸給表の適用を受ける、いわゆる都市の医師に対しまする初任給調整手当とほぼ均衡のとれた手当をぜひほしいということで人事院ともその後ずっと折衝をしてまいったのでございますが、ここに一つ問題がございますのは、ただいまもいろいろ御指摘いただいておりますように、医歯系の教官の場合、基礎と臨床の両分野がある。臨床の医師についてだけ処遇の改善を図れば事足りるかといえば、そうでなくて、むしろ基礎と臨床とはできるだけ同じような処遇改善というものをやはりやってまいらなければならぬという点もございまして、人事院とその後折衝をいろいろ続けたわけでございますが、御案内のように、四十九、本会計年度、五月一日からの人事院勧告によりまして、教官としての医師に対しまして初任給の調整手当二万五千円、二十年間支給、漸減していくということが、ようやくにして実現をさせていただきました。このことは先生からもいろいろ御指摘をさきにいただいた点でございますけれども、医療職(一)の俸給の適用を受けておりまする初任給調整手当と比較いたしますと、甲地、東京、名古屋、京都等におきまして、五万五千円でございますので、それとの比率を見ますと、なおまだ相当な開きがあるわけでございます。 この給与上の措置だけで直ちに問題が解決はいたしかねるかと思いますが、とにかく第一歩を踏み出しましたので、五十年度の人事院勧告に向かいまして、この教官としての医師の処遇の問題は、やはり引き続きの検討課題にすべきではないであろうかということで、私どもも目下検討をいたしておるところでございます。 それから、特に基礎系の教官の場合に、従前医学部卒業の医学士だけでこれを充足するということが、これは専門分野が細分化され学術研究が深まってまいるに伴いまして、理学士、理学系統の人による充足でございますとか、現在大学院で学んでおりまする学生のたとえば進路としましても、基礎系の方にやはり優秀な医学士以外の出身の人たちもできるだけ迎え入れるようにして、充足も図ってまいらなければならないであろう。 いまの処遇の面と、それから医学士のみならず、もう少し広い範囲で基礎系教官の充実を図っていく。こういった点を特に、いままでもその方向で参りましたし、今後もその努力を続けなければならないのではないか、かように考えておるところでございます。
○有島委員 大臣去年の経過のことを余り御存じないから、いまの大学局長のお答え、いささか専門過ぎて、ちょっとわかりにくいかもしれないのだけれども、こういうことがあったわけです。国立病院に勤めていらっしゃるお医者さんの俸給と、大学教官として大学の付属病院にいる教官と、給料が違うわけです。そういったことがあったわけです。その格差は大体五万円から十万円の手当をつけないと均衡がとれない、というのが去年の結論でした。そして、そのことについて奥野文部大臣は、これは人事院に対しての要望というのですか、文人給第一四六号というのを出されたようであります。これでもってやや改善される部分というのは、いまお聞きになったように、初任給で二万五千円、大学局長が言いましたように、これはなお不十分ということなんです。 これは引き続き何かちょっとやらなければならないような話ですけれども、はっきりと、ぜひとも今度、永井文部大臣は、いままで以上にこれは強くやっていただきたいと思うのですけれども、どうですか。
○永井国務大臣 ただいま御指摘のように、この奥野文部大臣のころの非常に強い要望というものを私も引き継ぎまして、この問題の解決に当たりたいと考えております。
○有島委員 第二番目に基礎医学の部分に医学士だけじゃなしに理学系統の方々も迎えようということも言われていたんだけれども、これは本当に妥当なのかどうなのかということですね。これももう少し詰めていかないと、数を埋め合わせるための便法のように、便宜主義的になってしまったのでは、これは困る。それから、このための検討を一体どこでするのか。これは文部省のお役人さんたちだけでもってその検討がなされるのか、どこでその検討をしていくのか。
○井内政府委員 先ほど説明が少し不十分でございましたが、四十八年七月一日現在の把握でございますが、その後も大体余り変化はしていないかと思いますが、四十八年七月一日現在で、国立大学の医学部におきまする基礎系教員の職種別に見ました医学部出身者とそれ以外の出身者の状況を比率で見ますと、教授、助教授、講師、助手、全体を通じまして三八・三%が医学部以外の出身者ということに相なっております。そのうちでもちろん一番多いのは助手の五五・一%でございます。これが四十八年時点の現状でございます。私ども医科大学の創設等の仕事をやらしていただきながら、その後の教官確保の状況等を全体計画をある程度持ちながら文部省としても対処してまいる必要がございます。それでその全体計画を立てまする際の私どもの態度といたしましては、他学部出身者の新たなる供給を一体何%くらい見込めばよかろうかということがございます。それにつきましては、先ほどの説明少し不十分でございましたが、五十一年、五十二年と、この三八%というパーセンテージは、新卒者を受け入れますときに二〇%あるいは一〇%、パーセンテージそのものは縮小していくという方向で考えたいと思っております。 ただ、医学部の基礎の中に、先ほど申し上げましたように理の生物系統でありますとか微生物をやっておるとか、そういう質的な面で、やはり他学部の大学院で学んでおる学生たちを質的な整備も含めて受け入れてきた方がむしろいい分野があるのではないか、そういう点を先ほど申し上げたわけであります。ですから、率直に申しまして医学部出身者で基礎系の助手等がなかなか埋まらないという状況もあって他学部出身者で埋めておるという面もあって三八%というパーセンテージがあろうかと思いますが、このパーセンテージそのものは将来の年次計画としましてはできればやはり一〇%台まで新たに入れる者につきましては下げていきたい。しかし、質的にはこの部分はやはり重視すべきだ、そういうことでございまして、安易にそちらに逃げるということであってはならぬ、かように思います。どうも説明が不十分で恐縮でございました。
○有島委員 大臣、お聞きのように、他学部から埋めるということもそれは確かにかなり注意をしながらやっていくということでありまして、定員が足りないということに対してそれを充足していく、それが努力の一つだと言われればそうでないということもないですけれども、そういうこととはちょっと違うわけだな。そういたしますと、いまのところは、さっきの厚生省の扱いと文部省の扱いとをだんだん待遇を合わしていくというようなこと、そのくらいしかないわけです。もう少し何かやらなければいけないのじゃないか、これはお考えいただきたいと思うのですね。そういった努力を重ねてこられても現在でとにかくこれだけ足りないのですから、これからどんどん新しいのをつくっていかなければならないということでございますから、それをぜひお考えいただきたいわけです。 それから今度は大学付属の病院の整備は一体どうなっているのかということでございます。これは旭川、山形、筑波、それから愛媛、浜松、宮崎、滋賀、今度富山、島根とできるわけでございますけれども、このいま挙げました医学部は大学の付属病院がないわけですよ。なくて発足しちゃっているわけですね。それで先ほど一番最初に伺いました「医科大学(医学部)設置に伴う年次計画等について」というこの文書では、付属病院は遅くとも医学部開設年度の年度中に開院するのだ、こういうことになっているわけです。これは教育上きわめて不便なことでございまして、これは速急にやらなければいけないことです。大学局長、この付属病院の問題はどうなっておりますか。
○井内政府委員 医科大学の創設に伴いまする付属病院の開設の件でございますが、国立の医科大学の病院の開設等につきましては国の予算をもってこれを措置していくということもございますので、私立の医科大学等を認可いたします際は、ただいまお話しのように開設年度中に病院ができ上がるということでやっておりますけれども、国立につきましては、関連教育病院の機能を活用して病院としてオープンをする開設年度は次年度以降に少しおくらせて、それまでに整備を図るということでやらせていただいております。 具体的に申し上げますと、旭川医科大学、山形大学医学部、愛媛大学の医学部、筑波大学の医学専門学群、以上の四つにつきましては五十一年中に開設をする、それから浜松医科大学、宮崎医科大学につきましては五十二会計年度中、それから滋賀医科大学につきましては五十三会計年度中に開設をするということで、五十年度予算におきましてそれぞれ創設に必要な準備要員の確保等を行い、今後施設整備等とも相まちましてただいま申し上げましたような年度に病院の開設を図りたい、そういう予定で進行をいたしております。
○有島委員 大学局長、富山と島根はどうなりましたか。
○井内政府委員 開設後四年目にオープンということになろうかと思います。
○有島委員 大臣、こういうわけで心配なわけです。それで付属病院の機能というものはどういうものなんですか。どうして付属病院が必要なんですか。そしてそれがない場合にはどういうふうにしておるのか。その辺をどう認識していらっしゃるか、それを聞きましょう。
○井内政府委員 大学付属病院の機能として通常言われておりますのは、大学病院は診療機関としての機能と、それから医学の教育、研究の機能と、三つの機能を合わせてこれを担当してまいらなければならないということでございます。特に新設医科大学等の付属病院のこれからの機能を考えますと、関係の地域等からの非常に強い御要請もありまして、医学部を創設し、付属病院をつくってまいるわけでございますので、当該地域における医療機関としてのセンター的な役割りもぜひ果たしてまいらなければなるまい。特に医師の方々の従事される医療の水準の向上でありますとかいろいろなことを考えますと、学校の卒業前の教育、卒後の教育並びに社会で医師としてすでにやっておられる方々のその後の、ある意味では生涯を通じての研修とか研究とかこういったものに対しましても、ぜひ便宜を供与し得るような付属病院、医科大学、医学部であってほしいという要望も非常に強いわけでございます。 そのような意味で、大学付属病院は高度の診療を行い得る診療機関であるべきだ、学生の教育を担当する、医学の学術研究を担当するという三つの機能、さらにやはり地域の医療の中心の役割りを果たす、こういうふうなことで大学付属病院を創設し、今後整備充実してまいらなければならない、かように考えております。
○有島委員 そういうわけで、大学病院とそれから普通の厚生省の国立病院は、入る側から見ると大体同じように見えるけれども、機能というか構えが全く違うわけなんですね。それを無理やりに、いまのところ厚生省におんぶしているかっこうです。それで、これは別にいいと思っているわけではないのだろうけれども、いたし方ないというような言い方になってしまうのですね。これでいいのかと大臣に聞きたいわけです。いままではそういったことで来ました。きょう審議をしておりますこの法案については、五十四年でなかったら大学の付属の病院はできないという予定になっているというのですけれども、これでいいのですか。これをぜひとも促進しなければいけないと私は言いたいのだけれども、大臣いかがですか。
○永井国務大臣 それは厚生省の病院に依存していればいいということではないと思います。そうではなくて、やはり大学病院には特別な役割りというものがありますから、これを早くつくっていくようにしなければならないわけであります。そこで、現在は一種の移行期と申しましょうか、そういうことになるわけですが、ただその場合、厚生省の病院だけに依存するのではなくて、その間においてはいろいろ関連した病院というところの協力も得ながら進めていくということが実際的でもあり、また大学での教育研究を進めていく上にも一番妥当なのではないだろうか、このように考えます。そして一日も早く目標に到達する、つまり付属病院をつくるというところに持っていくべきであると考えております。
○有島委員 いまの大臣のお答えは何となく煮え切らぬのですけれども、大学の付属病院ができるまでは、厚生省に頼るばかりではなしに適当な機関、町の病院なんかも含まれるということですね。それは主体的に文部省ないしは文部大臣としてお考えになったことではなしに、それは大蔵省が言っていることなんですね。そんなことであって、それをそのままうのみに、僕は永井文部大臣から聞こうとは思わないわけだ。そんなことは言わないで——そうおっしゃるならば、では、そういった付属病院以外の場所でもって行われておるものでみんなが十分満足しておるのか。実態をちゃんと調査をなすった上でおっしゃるのならまだいいけれども、恐らくそういうものはないでしょう。だからそんなのは無責任だと思うのですね。だからこれは、いま大体の計画では、こういった四大学については五十一年度、二大学については五十二年度、滋賀が五十三年度、それで島根と富山が五十四年度、こんなふうなことになっているようだけれども、この大体の枠をひとつぶち壊してもらって促進してもらいたい。いかがですか。
○井内政府委員 ただいま大臣からお答えいただきました点ですが、教育関連病院というものはひとつ積極的に医科大学、医学部の創設と同時に始めよう、この点については教育関連病院に設備の補助金も出し、若干の借料も出しまして、そことの連携を強化しながら、新しい医科大学、医学部を今後充実をしていこう、このことは地域の医療機関と新設される医科大学、医学部との今後のことを考えましても、ある意味では積極策として私どもが考えておる点でございます。 それから、財政的な理由によって医科大学、医学部等の付属病院の創設年度が遅いのではないかという見方もあろうかと思いますけれども、現に付属病院の創設事務を具体にやってまいりますと、医科大学、医学部の付属病院を、ただいまのところ六百床のベッド数で教育関連病院を活用しながらやってまいる、そのために必要とされる看護婦を初め医療技術者の確保の問題でありますとか、そのことが当該地域の医療機関に与えますいろいろな影響、諸調整でございますとか、そういった問題等、いろいろと問題が今日錯綜いたしております。その意味で、医科大学あるいは医学部の付属病院を非常に質の高い、レベルの高い付属病院の創設が要求されておるわけでございまして、そのつくり方につきましては、ある意味では、医療技術者の確保の問題を初めいろいろな問題につきまして、やはり相当着実に、念入りにいろいろなことをやっていく必要があるであろう。 で、旭川等五十一年につくるものにつきましては、本年度病院ができましたときに、病院の中で総婦長をやりましたり、あるいは検査技師をやりましたり、そういうふうな職員になる人は、五十年度予算で定員措置をしてことし確保してしまう、そしてそういう方々のいろいろなプランであるとか、そういう人たちの意見も聞きながら、医療技術者の確保であるとか、そういった問題も五十年からすでに始めていこう、こういうふうなことでございます。その意味では、確かに、医科大学あるいは医学部創設のときに付属病院ができておってしかるべきではないかという御意見ももっともな御意見であり、そういう努力もしなければならぬかと思いますけれども、ただいま、旭川を初め医科大学の創設等、相当数の付属病院をつくってまいらなければならぬという、文部省としましても十年余り経験したことがないことをやっておるわけでありまして、その意味では大学付属病院が本来果たすべき機能を十分果たし得るようなレベルの質のものを、とにかくただいま申し上げましたような日程で何とか着実につくってまいりたい、率直な気持ちはそういうことでございます。
○有島委員 大学局長の率直なお気持ちだということでございますけれども、これは事務的には確かにそうであろうと思うのです。 〔三塚委員長代理退席、藤波委員長代理 着席〕 それからもう一つ、いまのお答えの中でもって、確かにそのとおりもっともなんだけれども、教育関連病院が十分に機能を果たすのは、付属病院が確定すれば一様にそれは機能を発揮しやすいわけです。それなしに、そっちから先につくって、これも便法としてはしようがないんだけれども、実は、実際にはいまのはちょっと論理上おかしいところもあるわけなんです。ですから、確かに事務当局としては、精いっぱいのことをやっていらっしゃることは私も認めるけれども、文部大臣としてはさらに馬力をかけていただきたい、奮発をしていただきたい。それで、医学教育についての認識もうんと深めていただきたい、このようにお願いするわけですよ。 それで、いまベッドの話が出ましたけれども、現在ある大学付属病院も、実を言いますと、ベッド数が足りないわけです。それで、足りないのみならず大体機能しておるベッド数というのが七五%くらいですか。あとは、遊んでいると言っては悪いけれども、稼働していないという状況があるわけですね。そうして医師が育てられていく、そういう状況もあるわけです。 それで、ここで局長に承っておきましょう。現在の国立の医学部の学生さんですね。その数と、それからそれに本当は必要なベッド数、それから現在稼働しておるベッド数、おのおのどのくらいになっておるのか、おわかりになりますか。
○井内政府委員 国立の医大あるいは医学部におきます五十年の学生数を先にお答え申し上げます。五十年度の入学定員は、四十九年、昨年に比較いたしまして百二十人増加で三千五百八十人ということに入学定員は相なっております。 それから、ベッドの関係でございますが、これにつきましては少し経緯、事情が実はございまして、従前、昭和二十九年の大学設置審議会の決定によりまして、付属病院は四百五十床ということでございまして、その後、医学の発展に対応して医学教育の充実を図るために大学病院における臨床教育を拡充する必要があるということで、昭和四十三年に医学部の設置審査の基準が大学設置審議会でつくられまして、その後、入学定員に応じまして、六百床ないし九百床ということに一応基準が改められた次第でございます。国立大学だけで申しましても、旧基準の時代に設置されたものが大部分でございまして、現行の基準を満たしていない病院もあり、これにつきましては、病床の増を図らなければならないことは当然のことかと思います。なお、旭川以下のところにつきましては、先ほど申しましたように教育関連病院を一応想定しながら、これは六百床でやってまいる、こういうことにいたしております。なお、基準から申しまして、不足をいたしておるわけですが、その状況は、ただいま申しました入学定員に応じましての基準病床数でいきますと、国立大学の基準病床は、二万二千二百ということに相なります。これに対しまして、ただいま予算上で一応措置しておりますのが二万一千百でございますので、そこに差がございます。これに対して、なお稼働率が先ほど先生おっしゃいましたように、ベッドの回転でございますが、現在八割を割っております。これにつきましては、国立大学の付属病院の個々を見ますと、稼働率が九五%近い、九割を超えておる付属病院と、それから稼働率が低い付属病院と相当の差があるのでごいます。その差はどこからくるかと申しますと、やはり看護婦その他医療技術者の確保が土地柄その他で確保しやすい地方と、それからそれが非常にいま窮迫しておる地帯と、そういうこともやはり非常に大きく影響いたしておるのじゃないかと思います。しかし私ども、国立大学の付属病院が国費をもってまかなわれておるということに安易に寄っかかって、やはり高度の医療機関としても機能しなければならないという面もあるわけでございますし、その意味ではベッドの回転率を、大学付属病院全体としましては、一応八割は確保すべきだろうということを大学設置審議会なり関係者の方から言われておるわけでございまして、その意味では何とかベッドの回転率を高めていかなければならない。かつては八割を超えた時代が大学付属病院もあったのでございますが、この数年間の、特に大学付属病院にいろいろむずかしい問題等が発生したこと等もございまして、また看護婦の問題等がございまして現在七割台に落ち込んでおる。これを何とか八割に早くバックさせるように、この点は各国立大学の医学部付属病院に私ども十分に督励をし、かつその回転率の悪くなっておる隘路が実際は看護婦の問題とかいろいろな問題があろうと思います。これは大学付属病院自体が工夫改善をしなければならぬものも私はあろうと思いますが、文部省において努力をしなければならぬところもある。最近、ベッド数をふやすべきだという意見と、ベッド数はそのままで看護婦をふやしてほしいという意見と、各大学と話しましてもいろいろそこのところの状況があるわけでございまして、その辺、付属病院によって相当状況がバラエティーに富んでおりますが、それぞれの地域の事情等も、私どももできるだけフォローいたしまして、各大学付属病院に、私どものしなければならぬことと、付属病院で努力してもらわなければならぬことと、両面から、この問題はどうしても改善を、これから早急に図ってまいらなければならぬ問題、かように考えております。
○有島委員 これは看護婦の確保ということが非常に隘路になっておる。ところが看護婦の資格を持っているという方は意外に多いのでありまして、それが大学病院には勤めたがらない、そういった実態もあるわけなんです。これは先ほど、大学病院と普通の病院とどこが違うか。大学病院というのは、医療のほかに教育と研究とそれから地域医療の中心となって、その連絡ですね。そういった機能を果たさなければならないというお話がございましたけれども、それがそのまま、看護婦さんもまたそういうお手伝いをしなければならぬわけですね。普通の国立病院の看護婦さんと、それから大学病院の看護婦さんと比べてみると、仕事量といいますか、量も違うし、質も違うわけですね。そういったところの配慮というのがなければ、幾ら努力しても、一概に割りの合わない商売なんて、そんなことではなしに、やっておることが違うのだ。たとえば、大学病院の古い看護婦さんは若いお医者さんよりも実際の医療がよほどいろいろできるわけですよね。年をとったお医者さんから教わる部分もずいぶんあるけれども、学生たちがそういった看護婦さんから教わっていく部分もかなりある。そういうような待遇の改善といいますか看護婦に対しての配慮といいますか、そういうことをもう一遍考え直さなくちゃいけないんじゃないかというふうに私なんか聞いておりますけれども、いま大学局長が言われましたことはそのようなことを含んでいるのかいないのか、ちょっと聞いておきましょう。
○井内政府委員 ただいま大学付属病院と国立病院の比較をいたしましたときに国立大学の付属病院が研究、教育、診療の三つを担当するということで、医療技術者の観点から見ますとたとえばどういうところに特色が出てくるのかという点にもお触れになりましたので、その点で若干計数を申し上げまして御説明申し上げたいと思いますが、たとえば国立大学の付属病院と一般の国立病院とを比較いたしまして非常に違いますのは、一つは手術をいたしますが、手術をしましたときにいわゆる重度の障害に対しまする大型の手術をやりますと、三千点以上の保険点数ということに相なりますが、手術件数そのものが大学付属病院はやはり非常に多いのですが、これを百五十点から千点、千点から三千点、三千点以上という段階別にとってみますと、国立大学付属病院の三千点以上の手術件数が非常に多いのでございます。 さらに剖検率といいますか、当該病院で亡くなられた方を解剖する剖検のパーセンテージは、これは研究、教育という面がございまして、一般の病院は一〇%以下が多いのですが、これは群馬大学の具体例で申しますとやはり六〇%を超えるという状況に相まります。重度の患者さんに対しまするたとえば看護婦の配置、看護単位という言葉を使っておりますが、高密度の看護単位の個所が大学付属病院は非常に多いという点は、これはどうしても他の病院と比較しましたときの大学付属病院の一つの特色かと思います。その辺に対します看護婦の定員配置という点等につきましては、今年度も若干の配慮をいたしておりますが、今後一ベッド当たり平均看護婦何人、むしろ看護婦の数とベッド総数との比率だけで看護婦の数をカウントするわけにいかない。RIの関係でございますとかただいま申しました中央手術部の関係でございますとか、さらに看護婦等が、医療技術者が学生の研究、教育の補助者という側面も出てまいります。そういった点等を少し今後具体的に検討をして、従前ややもしますと一定のベッド数に対して看護婦が何人という考え方が非常に強うございましたが、いま申しましたように高密度の看護単位が何カ所この大学付属病院には必要であるかということを測定しながら、そこに対するある意味ではプラスの看護婦の配置といいますか、それをやりませんと、大学付属病院はみずからそういうところにどうしても看護婦を寄せていかなければなりませんので、全般に手薄になるということ等に相なっておるようでございます。ただいま先生からも御指摘をいただきましたが、医療技術者等の定員配置につきまして、付属病院が本来担うべき使命、今日付属病院が努力しておる実態に即応しながらの定員配置とかそういったことを今後一層努力しなければならない、かように考えております。
○有島委員 そういうわけで、今度千葉大学にできます看護学部の設置というのは私は大変評価すべきであろうというふうに思っておりますけれども、ここの卒業生が将来うんと活躍してくださるようにならなければならない。それをしかるべき待遇をしなければならない。そういったことをきょうのこれ簡単な法律でございますけれども重々考えていただかないと、このアフターケアが何にもできない。せっかく法律を通しても死んでしまうのじゃないかという危惧を私は非常に持つわけです。 そこで今度、そのかなめになる千葉大学の問題でございますけれども、まずさっきの定員から申しますと、いままで百名だったのが百二十名に今度はふえるのです。それでベッドからいきますと八百三十五床あるそうですけれども、これはどのぐらいにふやすのか。これはおそらく千以上ふやさなければならないということになるのですね。確かに全国的にあっちもこっちもみんなやらなければならないけれども、一番かなめになってこれから種になるような部分でございますから、そこだけは本当に早くやらなければならないのじゃないかというように私は考えるけれども、いかがでございましょう。
○井内政府委員 千葉大学に看護学部創設ということでいまいろいろな諸準備を進めておるわけですが、ちょうど千葉大学の付属病院が全面改築の時期に入りまして、ただいま工事を取り進めております。千葉市の亥鼻にあります千葉大学の付属病院、同じキャンパスではございますが、最近の医療のいろいろな状況並びに医療技術者の養成をするための研修病院といいますか、そういった性格も十分勘案いたしました付属病院の全体計画を設定しまして、いまちょうど工事中でございます。病院の整備とも相まちまして、看護学部が十分に機能するように私ども努力をしてまいりたい。 なお、看護学部の創設に伴いまして、千葉大学の付属病院のベッド数をそれに伴って何床ふやすということはただいまのところ考えておりません。いままでの千葉大学付属病院の病床の、たとえば従前はどうしても各診療科別に分散しておりましたベッドを全般的な研究、教育、診療にぐあいのいいように配置し直すとかそういったあらゆる工夫をこらしましていま付属病院の建設等を行っておりますので、それをもって対処してまいりたい、かように考えております。
○有島委員 そうすると、千葉大学についてはベッド数をふやすということは計画にないということですね。看護学部だけがふえるということになりますね。 それから医学部はそのほかに百二十名にふえた、二十名ふえた、そんなふうなことになっておりますね。 それからもう一つ聞いておきたいのは、基準面積ということが昔の基準面積でもっていいのかどうかという問題もあろうかと思うのですね。昔の狭い基準でもっていってそれでもって積算をしているんだろうと思うのですけれども、そういったようなもの、これはいま余り専門的な話ばかりになってしまうからここでは別に突っ込みませんけれども、とにかくこれが一番かなめのところなんだから、それは十分にやってもらいたい。それでないと後が続かなくなるということがあると思うのですね。いまの局長の答えだけれども、ちょっとぼくは不審がまだ残っております。 それから看護学ということなんだけれども、この看護学ということについての先生が本当にいるかどうかという問題なんですね、新しい学でございますから。それで、看護学というのを教える教員の資格というのはどうなっておるのか、この資格者が潜在的にはどのぐらいいるのか、そういうこともお調べになっているんだろうから聞いておきましょう。
○井内政府委員 国立大学で看護学部を千葉に本格的には最初につくるわけでございまして、この講座の編成の仕方、大体何講座ぐらいでいくかとか、そこから関係者等の御意見を賜りまして、案をまとめて設置審議会の御了承もいただいたのでございますが、ただいま考えておりますのは大体十講座で看護学部を編成する、基礎系を三講座、臨床系を七講座、一応考えておるわけでございます。それは基礎看護学から母性看護学までに至りまする臨床系の講座、それから機能代謝学、病態学、基礎保健学等の基礎系の講座等で十講座ということでございます。 これに対しまする教官の確保、供給を一体どうするかという問題につきましては、学部の設置ということでございますので、教授あるいは助教授、講師といった一定のやはり業績のある、そういう資格要件を満たす者をここに持ってこなければならないということで、千葉大学の医学部にございました創設準備室が中心となりまして、いろいろな範囲に公募をいたしまして教官の設定をいたしたのでございます。 ただいま、大学の設置審議会で了承を得ました教官の、いままでどこに勤務しておられた方を千葉大学の看護学部の教官として確保したかという点を御報告いたしますと、看護系教官と医系教官と両方から成ります。それで、十講座相当分ということは、トータルで二十名の教授あるいは助教授あるいは講師を必要とするということでございますが、千葉大学の看護学部におきましては、看護系教官として十二名、医系教官八名。それで、看護系教官十二名のいままで勤務しておられましたところを見ますと、千葉大学の関係で三名、その他の関係が九名。その他の関係は、いままで勤務しておられました場所は全国に分かれております。それから医系教官の方八名のうち、千葉大学関係が六名、その他が二名でございます。 なお、一応看護系教官の方の千葉大学以外からお見えになられた方のいままで勤務しておられた場所をちょっと御参考に申し上げますと、東京女子医大の看護短大から来られた方、国立公衆衛生院、弘前大学の教育学部で、これは高等学校の看護科の教官を養成する特設課程がございますが、そこの教官、徳島大学の教育学部の特設課程、岩手県立盛岡短大、それから浜松衛生短大、千葉県精神衛生センター、神奈川県立ゆうかり園、こういった弘前から徳島、相当広範囲のところから適格者を求めまして、千葉大学看護学部の教官として設置審議会で御了承をいただき、看護学部創設の後におきましては就任を賜る、こういうことにいたしております。
○有島委員 大臣に、いままでの話の中で、こういうふうにつくるけれども、特に要所要所につきましてはいままでの文部省の基準以下に、何か理由をくっつけてそれ以下にするというようなことがないように、少なくともいままでの基準でおりないしはそれを上回るようなところをやはり確保していただきたい、それだけは約束しておいてくださいませ。いまの局長のお話は大変苦しそうなお話なので、大枠、そのことだけはお約束いただきたい、どうですか。
○永井国務大臣 先ほどからのお話を伺っておりまして、私にとってきわめて有益でありました。私は、京都大学では教員の養成、それから東京工業大学ではエンジニアの養成というものに関係があったのですが、一般に、わが国の専門家の養成のときに実習の方が比較的弱いのでございます。いま、医学教育につきまして臨床の問題を先生いろいろ御指摘になり、この臨床の関連で病院の設置、それからベッドの数ないし看護婦の養成、そういうことを御指摘になって、そういう意味で非常に私にとってお話が有益でありました。 大学をつくるというのは、非常にいろいろな要素の全般的調整を必要といたしますから、まず、これは大学局長が申し上げましたように、われわれとしては今後事態の推移を注意深く見守りまして、そして十分調査を重ねていくということが一つ大事だと思います。そしてその場合に、やはり目標といたしますものは基準を守るということでありまして、そのことのために、もちろん全力を挙げていく。しかし、その全力を挙げる過程において、どういうところに特に気を配るべきかというようなことも調査過程で一層注意して進んでいきたいと考えております。
○有島委員 大臣のお答えでございますけれども、私は本当にこんなことは素人で、耳学問でもって、という程度でございまして、本当のことはやはり実際にタッチしていらっしゃる方々から直接いろいろさらにお聞き届けいただきたい。これは現場に携わっていらっしゃる局長なり課長さんなりはそれぞれに聞いていらっしゃるでしょうけれども、私はやはり聞き方が違うと思うのですね。一つのいままでの枠を構えて聞いていくのか、それとも本当にフリーに聞いておられるのか、これは対処しなければならぬ問題がずいぶんころがっていると思うのです。 そこで、国立大学医学部長それから病院長の合同会議というのがあるそうです。それに文部大臣が御出席なされたらどうかということを御提案申し上げたい。いままでは課長くらいが出ていて、局長さんもなかなかお出にならないらしい。一遍お出になってはいかがか。ぜひお出になっていただきたい。これはいかがですか。
○永井国務大臣 都合のつく限り出る方がよろしいと思います。そういうふうに努力いたします。
○有島委員 都合をつけていただくようにひとつ……。 それから富山大学に今度は和漢薬ということが入ってきた。これは大臣の所信表明の中にも「私は、先人の努力と業績を継承しつつ、日本の伝統を尊重し未来を切り開く創造力に富み、二十一世紀を目指して国際社会において人類の連帯を進める日本人の育成を期して、教育・学術・文化の刷新充実に努めたい」、こうおっしゃっておる。私は、和漢薬が取り入れられていくのはまさにこの線に沿っているのではないかというふうに考えたいのですけれども、見当違いでしょうか、どうですか。
○永井国務大臣 私は素人でございますから、素人が誤ったことを言うといけないということを注意しつつ、また、いま申し上げるようなことが仮に誤りを含んでいる場合には撤回しなければならないという前提の上でお話し申し上げます。 西洋医学というのは、わが国ですと、蘭学ですね、蘭以来わが国に入ってまいりました。非常に重要な貢献というのがあって、そもそも蘭学の研究というのが杉田玄白から始まるわけでございますが、非常に分析的であって、身体解剖図というものに日本人が驚きますけれども、分析的に研究をして、そして病気の個所というものを的確につかむとその治療に当たるという点では大きな業績を上げたと思います。ところが、西洋医学の方でも第二次大戦以後精神身体医学というようなものが非常に発達してまいりまして、たとえばストレスというようなものが持っている身体的影響についてだんだん研究が進んできて、そういう学者というものの業績が非常に重要視されるようになりました。 そこで、西洋の学問自身にも相当の変化が生じてきていると思いますが、それと軌を一にいたしまして、いま御指摘の和漢医学というようなものももう一度考え直すべきではないかというような動きがやはり日本の中にもあるように思います。分析的であるよりも総合的でございますし、それから、病気の個所を治すというよりは病人全体というものを考えて力づけていく方法を工夫する、これは非常に古い伝統に基づいて、科学的な方法というよりも経験の蓄積、そういう地盤に基づいて発展してきたものと理解しておりますが、やはり西洋医学それ自身が精神身体医学というような方向できわめて総合的な方向に向かってきたのと同じ時期に、わが国あるいは極東におけるそういう医学の伝統というものの再認識があらわれてきたということが重要なんではないかと私はかねがね思っていたのでございます。 先ほど申しました伝統の創造的継承ということを具体的に考えていく場合に、人間の問題をどうするか、特に人間というものを全体的に把握して、これを部分に解消せしめることをもっては人間はつかめない、そういうふうな考え方というものがわが国の和漢医学の中にもあり、それがやはりもう一度西洋医学と接触をしながら継承される、そういうものとし、てこれから役割りを果たすのではないだろうか、私自身はそのように認識いたしております。
○有島委員 私、大枠でもって伺ったのですけれども、いまのお答えでもって所信表明の中の伝統の創造的継承という範疇でもってこれを考えていきたいという姿勢は十分わかりました。 それからもう一つは、東洋医学と西洋医学の基本的な態度の違いというか、そういうようなことについても御見解を承りましたけれども、いままで東洋医学がどうして軽視されておったのか、今度は創造的な発展をしていくといいますか、連帯を深めていかなければならないけれども、そこにまた大きな隘路が横たわるのではないかと思うのです。それは、いままでどうして軽視されておったんだとお思いになりますか。
○永井国務大臣 これはなかなかむずかしい問題でございますが、事実に即して申しますと、オランダの解剖図というものが日本に渡りまして、そしてオランダ語から日本語への翻訳が杉田、前野両氏によって行われるわけです。そうして、それを死刑執行場における遺体と比較をいたしまして解剖図を検討いたしますが、これが非常に大きなショックになったというふうに理解しております。なぜかというと、漢方の方も人体図というものがないではなくて、やはりあったのですが、死体解剖というものをやってみますと、漢方の方の人体図というのは実は事実に合っていなかった。これに反してオランダから渡った解剖についての図でありますが、これが人体に非常に合っていたということに日本人が非常なショックを受けたということが伝わっております。ですから、そのことはいわゆる科学というものを日本に教えた、そしてまた日本人がきわめて敏感に科学に反応したということ、これは明治維新よりずっとさかのぼりますけれども、それが何よりも、東洋医学というよりも西洋化の方向に向かって、過去およそ二百年でございますが、その勢いが非常に進んできた重要な理由ではないかと考えております。
○有島委員 今後の問題でございますけれども、現行の制度そのものが西洋医学を基本にしてつくられているわけでございますね。それで西洋医学のさっきおっしゃったような分析的な方向というものもすでに内蔵したそのような制度的なものになってしまっておる。ですから、いまの一般のお医者さんに伺ってみても、昔内科だったらば私は何でもわかったのだけれども、いまはもうわかりません、若い方々が非常に細分化してしまってというようなことを言われますね。その制度そのものがそうなんだから、いま富山大学で行われているのは、あれは医薬部門に限られたものであると思うのです。診療部門ないしはさらに研究のメトードであるとか、そういったことになってまいりますと、現行の制度からはみ出る部分の方が多くて、制度に乗っけていくのだという方向にしたらばそれは排除されてしまって、せっかくのお志はできないのではないか、そういった危惧が私はあると思うのですけれども、そういった点はいかがですか。
○永井国務大臣 私が理解しておりますのでは、西洋の病院におきましても最近新しい実験が行われておるところでは、いままでのように病人の方が何々科のどういう個別の先生に診ていただきたいというやり方だけでは不適当ではないか、そこで全体診療という部門があって、全体診療という部門のところで個別のところに分けていく、つまり初めから個別に分けてしまうと、かえって人間を治すということに間違いが起こるというような実験が行われているということを聞いておりますから、西洋自身にもそういう変化が起こっておる。まだ大きなものではないかもしれませんが、試みとしてあるように理解しております。そういたしますと、恐らくわが国の医学もそうでありましょうし、その他の学問におきましても、そういう総合と分析という角度をどういうふうに制度に生かすかというのは今後重要な問題の一つになるかと思います。非常に重要な御指摘であるかと思いますが、しかし、これは観念的に考えていても、それはかえって実際と結びつきませんから、恐らく医学あるいは薬学などの場合におきましても、その部門で御専門の先生方が今後の学問のあり方に基づいていろいろ制度というものをお考えになっていかれるのだろうと思います。文部省はそういう専門の先生方が御自分の領域において考えられて、そして学問的にも非常に十分な根拠を持っているというようなもの、そういう御提案が出てくるというのに対応して、今後の問題を考えていくべきであると考えております。
○有島委員 この場で大臣と私で素人談議をやっていても本当に始まらないのでありまして、東西医学の対話の場を設けてあげるというようなお考えはありませんか。それは勝手にやらせておけばそうなるだろうというお話にちょっといまのは聞こえるけれども、そういう今後の医学についてかなり長期的でもしようがないから、これはそういった場を積極的にお設けになるお考えがおありになるかどうか。
○永井国務大臣 非常に重要な御提案でございますから、これは和漢薬の研究所の方々などとも相談して、私もよく勉強して、大学局長とともに勉強いたしまして考えるという問題にしていただきたいと思います。それをいま直ちにやりましょうと言うのには、私自身いささか素人であり過ぎるという感を持ちますので、もう少し勉強して考えなければいけないと思っております。
○有島委員 余り逃げ腰にならないで、せっかくこういったりっぱな所信表明がおありになり、たまたまこういった国立学校一部改正の法律が出て、将来のことは非常にむずかしい。それから金と人と言われる中の人の中には、東洋医学という概念は入っていないわけですね。もう一つはみ出た問題点があるのじゃなかろうかと最後に申し上げたかったわけです。ですから、私は積極的にぜひやっていただきたい。
○永井国務大臣 逃げ腰で勉強するというのではないのでございまして、前向きに勉強いたします。これは本当に重要な問題だと思いますから、積極的によく考えて、そして実行すべきものであれば実行するというふうにいたしたいと思います。
○有島委員 期待いたしまして、終わります。
○藤波委員長代理 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○藤波委員長代理 これより討論に入るのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決いたします。 国立学校設置法の一部を改正する法律案に賛成の諸君の起立を求めます。
○藤波委員長代理 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決いたしました。 —————————————
○藤波委員長代理 次に、ただいま議決いたしました本案に対し、三塚博君外四名より、自由民主党、日本社会党、日本共産党・革新共同、公明党及び民社党五党共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 この際、提出者より趣旨の説明を求めます。三塚博君。
○三塚委員 私は、自由民主党、日本社会党、日本共産党・革新共同、公明党及び民社党を代表いたしまして、国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議案を御説明申し上げます。 まず、案文を朗読いたします。 国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、分子科学研究所等国立大学共同利用機関の運用にあたっては、その設置の趣旨にかんがみ、国立大学教員に加えて、公・私立大学教員等の研究者が一層現状より容易に共同利用できるよう特段の配慮を加えるべきである。 右決議する。 以上でございます。 本附帯決議案の趣旨につきましては、本案の審査に際し十分御承知のことと存じますので、案文の朗読をもって趣旨説明にかえさせていただきます。 何とぞ、御賛同くださいますようお願いを申し上げます。
○藤波委員長代理 これにて趣旨の説明は終わりました。 これより採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。
○藤波委員長代理 起立総員。よって、本案に対し附帯決議を付することに決しました。 この際、本附帯決議に対し政府の所見を求めます。永井文部大臣。
○永井国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その御趣旨を体して十分配慮いたしたいと存じております。
○藤波委員長代理 なお、ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
○藤波委員長代理 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 ————◇—————
○藤波委員長代理 内閣提出、学校教育法の一部を改正する法律案及び昭和四十四年度以後における私立学校教職員共済組合からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案の両案を議題とし、順次提案理由の説明を聴取いたします。永井文部大臣。 ————————————— 学校教育法の一部を改正する法律案 昭和四十四年度以後における私立学校教職員共 済組合からの年金の額の改定に関する法律等 の一部を改正する法律案 —————————————
○永井国務大臣 このたび政府から提出いたしました学校教育法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 科学技術の著しい発展と社会の複雑・高度化を背景として、近年高等教育の拡充、学術研究の高度化等の要請が高まっておりますが、このような状況のもとで、すぐれた教育・研究者の養成と高度の専門性を備えた職業人の養成とを図るため、大学院の整備充実が重要な課題となっているところであります。 このような観点から、文部省では、昭和四十九年三月に行われた大学設置審議会の答申を受けて、同年六月、大学院設置基準の制定等を行ったところでありますが、同答申中独立大学院制度の創設等法律の改正を要する重要な事項が残されておりますので、このたび、これらの事項を中心に大学院制度の一層の整備を図るため、この法律案を提出いたしたものであります。 次に、この法律案の内容を御説明申し上げます。 第一は、大学院の研究科の設置廃止を認可事項とすることであります。 現在は、大学院の設置廃止が認可事項とされておりますが、研究科が学部にのみ依存することなく、独自に組織編成できるようにされたこととも関連し、大学院の基本となる組織である研究科の設置廃止についても、大学における学部の設置廃止及び短期大学における学科の設置廃止の場合と同様、これを認可事項としようとするものであります。 第二は、後期三年のみの博士課程の研究科の設置を可能とすることであります。 現在、大学院の入学資格は学部卒業とされており、研究科はいずれも学部卒業段階に接続するものとされているところであります。しかしながら、修士課程修了者を入学させ、もっぱら博士課程の後期課程の研究指導を行うことが大学間の交流や特定分野の研究者の養成等に資する場合があると考えられますので、このような研究科を設置することが可能となるよう、教育研究上必要がある場合においては、当該研究科に係る入学資格を修士の学位を有する者とすることもできることとしようとするものであります。 第三は、独立大学院制度の創設であります。 現在、大学には学部またはこれにかわる教育研究上の基本組織が必置とされているところでありますが、今後における教育研究上の多様な要請にこたえて大学院がその役割りを十分に果たしていけるようにするための一つの方策として、教育研究上特別の必要がある場合においては、学部を置くことなく大学院を置くものを大学とすることができるものとし、独立大学院の設置を可能にしようとするものであります。 第四は、大学院以外の教育施設は、大学院の名称を用いてはならないものとすることであります。従来、大学等の学校教育法第一条に掲げる学校については、その名称が保護されておりますが、今後大学院の重要性がますます増大することにかんがみ、大学院の名称についても、同様にその保護を行おうとするものであります。 以上がこの法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。 このたび政府から提出いたしました昭和四十四年度以後における私立学校教職員共済組合からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 私立学校教職員共済組合は、昭和二十九年一月に、私立学校の教職員の福利厚生を図る目的のもとに、私立学校教職員共済組合法により設立されたものでありますが、それ以後、本共済組合が行う給付については、国公立学校の教職員に対する給付の水準と均衡を保つことをたてまえとし、逐次改善が進められ、現在に至っております。 今回は、昭和四十九年度に引き続き、国公立学校の教職員の年金の額の改定に準じて、私立学校教職員共済組合法の規定による既裁定年金の額の改定等を行うため、この法律案を提出することといたしたのであります。 次に、この法律案の概要について申し上げます。 第一に、私立学校教職員共済組合法の規定による年金の額を、国公立学校の教職員の年金の額の改定に準じ、昭和四十八年度以前の退職者について昭和五十年八月分から二九・三%増額することとし、さらに昭和四十四年度以前の退職者については、昭和五十一年一月分から退職年度に応じ六・八%を限度として増額することといたしております。また、これらに伴い、旧私学恩給財団の年金についても相応の引き上げを行うことといたしております。 第二に、既裁定の退職年金、廃疾年金及び遺族年金の最低保障額を、国公立学校の教職員の既裁定年金の最低保障額の引き上げに準じ、昭和五十年八月分から引き上げることといたしております。 第三に、標準給与の月額の上限を国公立学校の教職員の掛金等の算定の基礎となる限度額の引き上げに準じ二十四万五千円から三十一万円に引き上げるとともに、下限についても三万九千円から五万二千円に引き上げることといたしております。 最後に、この法律の施行日につきましては、他の共済制度の例にならって、昭和五十年八月一日といたしております。 以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。 なお、私立学校教職員共済組合法は、給付関係の規定については、国家公務員共済組合法の関係規定を準用することといたしておりますので昭和四十二年度以後における国家公務員共済組合等からの年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案が成立いたしますと、廃疾年金受給権の消滅時期の延長につきまして、私立学校教職員共済組合の給付についても同様に措置されることになりますので申し添えます。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○藤波委員長代理 これにて両案の提案理由の説明は終わりました。 両案に対する質疑は後日に譲ることといたします。 次回は、来る四月十六日開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時十五分散会 ————◇—————