文教委員会 第2号
- 発言数
- 31 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1975/02/21
会議録
○久保田委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。三塚博君。
○三塚委員 永井新大臣の所信表明に関しまして、自民党を代表して所信につきお伺いをしたいと思います。 まずその第一点でありますが、教育の中立の問題についてお伺いをします。 大臣は、所信の冒頭において、教育の場に政争を持ち込むようなことがあってはならないことを強調されました。改めて申すまでもなく、わが国は憲法において言論の自由、そしてまた思想、良心の自由、出版その他一切の表現の自由が保障されておるわけであります。これは個人あるいは民間団体に対してのものでありまして、公教育という立場、国民の負託を受けて行っております場面におきましては、政治的に中立でなければなりませんことは論をまたないところであります。特に、精神の発達が未成熟であるところの小中の教育においては、この辺の配慮は特にしっかりとしてまいらなければならぬのであります。教育基本法をここに引用するまでもなく、特定の政党を支持したり、また支持しない、そういうような活動は絶対に許されないところであります。 ところが、現在教育の場面におきまして、一部にこの問題について間違った考えがあるように私は思います。いわゆる公的に定められた教育課程の基準を無視いたしまして、特定の政治思想によって体制を批判しつつ教育課程の自主編成をするなど、まことに憂慮にたえない事実があるやに聞いております。このことを問題視する父兄も決して少なくはございません。そういう意味で、大臣は、今日教育の場に政治が持ち込まれていることについてどのような感慨を持っておられますか。また、一体何者がこの教育の場に政治を持ち込もうとしておるのか、この辺がきわめて寒心にたえません。そういう意味で、中立公正であるべき教育の諸問題に関して質問するに先立ち、私はこの政治的な問題に言及せざるを得ないということはきわめて遺憾であり、情けない次第であります。どうぞこういう点を踏まえられまして、御所見をまずお伺いしておきたいと思います。
○永井国務大臣 ただいま三塚先生が御指摘になりましたように、教育の場というものは政治の場と違います。したがいまして、わが国の教育、とりわけ義務教育機関におきましてどういう教育を行っていくかということについては、指導要領もあり、また教育課程についての考え方というものも示されておりますから、それに基づいて教育というものが行われるわけでありまして、そこに政治、とりわけ政治の争いが持ち込まれるということは絶対にあってはならないものと私は考えております。広い意味における政治、すなわちわが国の憲法が示している政治を教える、それは民主主義が大事であるあるいは平和主義というものを日本人が貫徹するように、それを憲法に基づいて教えることは非常に大事であると考えております。しかし、政党、党派的政争というものを学校教育の中に持ち込むことは絶対にあってしかるべからざるものと考えております。
○三塚委員 どうぞ持ち込ませないように、また持ち込むべきではないという大臣の信念であられるわけでございますから、特に民間から学者文相として登用された、またそのことに決意を持って、困難な今日の条件を知りつつあえて就任された大臣の決意はその辺にあるものと私は了解をいたします。 そこで第二の問題に移らしていただきますが、教育の改革について言及さしていただきたいと思います。 わが国の教育改革につきましては、教育に関する基本的な重要施策を調査、審議する任を負っております中央教育審議会がすでに昭和四十六年六月に文部大臣に対しまして答申をいたしておるわけであります。いわゆる中教審答申であります。これに対しまして、しばしば問題とされておるわけでございますが、特に日教組は、いわゆる中教審路線に対してことごとく対決して闘うという運動方針を述べております。これらのことが静かであるべき学校に非常な混乱を起こしておることも無視できないと私は考えます。 大臣は、このような問題について、中教審路線が巻き起こしておる混乱、これをどのようにお考えになられるかということであります。申すまでもなく、この答申は、社会の激変に対しまして、新しい社会環境の中における人間形成はいかにあるべきかという現実に立って教育の制度、内容、方法等あらゆる面にわたりきわめて広範な学校教育の改革、拡充のための基本的施策を提案したものであると私どもは理解をいたしております。また、この中教審の委員の顔ぶれを見ましても、今日の日本の現況における学識がすべて網羅され、各界の意見がこれに集中され、長年月を経て検討されてきたものだということで私は評価をいたすものであります。歴代文部大臣もこの路線に従いまして忠実に実行してまいりましたことは言をまちません。 永井大臣は、この中教審の答申の幾つかの個所について、以前論説委員等をおやりになっておられました当時、批判的な見解をお持ちであったというふうに聞いております。また大臣の書かれたと思われる論説、そういうものも読ませていただきました。今日立場は違いまして、文部行政の最高の責任者になられたわけでございますが、この中教審答申について、基本的な評価を今日どのようにお持ちであられるか、この点についてお伺いをしたいと思います。
○永井国務大臣 中教審の昭和四十六年の答申が、長い時間をかけて、慎重に審議されたものであるということにつきましては、すでにお言葉がありましたように、私も全く賛成でありまして、非常に重要な文書であると思います。とりわけ、戦後のわが国の教育が非常に拡大いたしましたが、こういう総合的で長期計画を持った答申というものは初めて出たわけでございまして、そういう意味合いにおきまして、画期的なる側面というものもあるかと考えております。 そこで考えますのに、こういう答申が出たときにわれわれとして考えるべきこと、われわれというのは、国民全般あるいは文部省が考えるべきことは次のようなことであるかと思います。すなわち、この答申というのはおよそ二百ページに及んでおりまして、その内容きわめて多岐なるものがあるわけであります。この二百ページに及ぶ答申というものを具体的に実現していくことが非常に重要であるかと思います。 私は、こういう答申というものに対して、路線というふうに決めてかかって、それを護持するかあるいは対決するかというような考え方というものはとるべきでないと思いますし、おそらく御審議の先生方もさようにはお考えにならないであろうと思います。したがって、いま三塚委員が御指摘になりましたように、対決というような、そういう立場を私はとりませんし、また何人にもとってほしくないと考えます。しかし他方、建設的批判というものはきわめて必要なのではないかと考えております。 私がこれまで書きましたものについて言及なさいましたが、それもそういう趣旨に発しているものでございます。したがいまして、たとえば中教審の昭和四十六年の答申よりも、もっと国際交流というものを重んじる方向が望ましいのではないかというようなことを私は書きました。私は当時民間にありましたけれども、おそらく当時の文部省もさように考えられたと思いますのは、中教審の四十六年の答申が出た後で、今度は国際交流についての文部大臣の諮問がありました。そして審議会が設けられました。 さらにまたもう一つの問題は、四十二年に諮問が出ているわけなんですが、そして四十六年に答申されましたけれども、四十二年というのは、当時の経済社会五カ年計画というものを見てもわかりますように、非常にわが国の高度経済成長期にありました。そこでその経済社会五カ年計画との関連におきまして、日本の教育における投資というものの試算も行われておりますから、相当高額な試算表というものがついております。実はこれについて私は批判をいたしました。なかなかその計算どおりにはいかないのじゃないか。現在、なかなかその計算どおりにはいかないような事態になっておりますから、こういうものについては批判、検討というものが必要であって、そういたしませんといろいろのものが実現しない。 他方、私が積極的に評価いたしましたものとしましては、いままでの国立それから私立、公立という形以外の大学の姿なども答申の中に出てまいりますが、これはなかなか有意義ではないかというので、私は積極的にその時点において評価いたしました。 さようなわけでありまして、二百ページに及ぶものを検討し、実現していくことがあれだけの努力に報いる道であることを考えますと、対決というような立場をとるべきではありませんが、今後ともに国民の各位において建設的批判を続けていただくということは望ましいことであり、またその声に耳を傾けて私は教育行政に当たっていきたい、かように考えております。
○三塚委員 きょうは大臣十一時半までのようでありますので、通告をしました十項目の私の問題がありますが、一つ端的に進めて、時間がない分は次回に譲らしていただきたいと思います。 そこで第三の問題は、教育基本法第十条の趣旨について、この際文部大臣の見解をただしておきたいと思います。 まずは、教育基本法第十条の解釈といたしまして、一部の教師は、教育の自由を有するとの立場から、児童生徒の教育は教師の専管事項として、専門的知識を有する教師の自由にゆだねらるべきものであり、反面、国の教育行政は、教育目的遂行に必要な外的条件の整備に限られ、教育内容に介入することは不当な支配であるとの主張をなしておることを聞いております。しかしながら、国及び地方公共団体は、憲法及び教育基本法の精神にのっとって、それぞれ教育目的を遂行する責務を有するものでありまして、公教育たる学校教育を運営し、教育の機会均等を図り、教育水準の維持向上のために、教育全般にわたって条件の整備に努める必要があると私は思っております。 したがって、教育基本法第十条の条件整備の中には、一部の教師団が言われるようなことではなく、学校施設設備の整備並びに教職員の養成確保、資質の向上及び待遇改善等のことはもとよりのこと、一番大事なことは、教育内容に関しても全国的レベルを維持し、国民として必要な教育内容を保障する等の観点から必要な基準を定め、あるいは児童生徒に対して適切な内容の教科書を提供する等の諸施策を行うこともまた当然含まれるものだというふうに考えます。この点は、すでに昭和四十九年七月十六日の教科書検定に係る東京地裁のいわゆる高津判決においても明確に示されました見解であります。 しかるに、このような法律に基づく教育行政の作用を不当な支配と非難をし、教育行政の関与を否定することによって、教師がみずからの恣意に基づいて児童生徒の教育を行うことを正当化するがごとき主張が行われておりますことは、まことに許しがたいことであろうと私は思うのであります。そういう観点から本問題について文相の見解を承っておきたいと思います。
○永井国務大臣 ただいまの、教育行政というものが教育基本法十条の趣旨に沿ってどのように展開されるべきかという問題でありますが、それについてこのように考えます。 すなわち、われわれ教育行政に当たります者は、国民全体に対して責任を負って事に当たらなければならないのでありますが、その場合に、行政をいたしますには、制定された法律の趣旨に沿って行政を展開すべきであることは申すまでもございません。 そこで、その場合に条件の整備ということを言うのでありますが、条件の整備というのは、通常、たとえば教育制度の整備確立、施設設備充実、教職員の養成確保、待遇改善という物的、人的なものだけを指し、内容には一切関係がないという見解を持つ人々もあります。そこで、それは一切自由である、私は教職員の方々が自由に考えて、そうしてなるべく自主的に教育をするということが民主的国家において非常に必要であると考えますが、しかしそれは、教育行政の責めに当たる者が全く基準を示さないとかいうことではないのであります。たとえばいま御指摘がありましたように、国の中に非常にでこばこがあって、そうしてある地方では非常に教育が進んでいくけれども、他の地方ではそうではないというようなことがあってはならないことも申すまでもありません。あるいは児童生徒の発達段階に応じまして、低学年の子供にはどういう教科書が必要であるか、あるいは高学年の子供にはどういう必要があるか、こういうことは当然配慮すべきことでありまして、そういう趣旨に従って学校の教育内容につきまして教育課程の基準を設定しておりますし、教科書の検定を行っているわけであります。そのことがわれわれの仕事でありまして、これは学校教育法の十八条を見ますと、たとえば小学校の目的というものがありまして、その目的を達成する上で、所管の官庁がその責めに当たるべきであるということが述べられておりますが、その所管の官庁というのが文部省でございますから、小学校の目的を達成するためにも、いま申しましたような教育の最低限の内容というものは確保するように努力しなければならないわけであります。 ただ、そこで自由の問題を言いますと、たとえば教科書が出る。そうすると、ただ教科書をまる暗記をさせるということで教育が事足れりというふうに先生方がお考えになっては困るわけです。そうであると、先生方は教科書の郵便配達のようになってしまいます。そこで、教科書を教え込むというよりも、むしろ教科書で教える。そこで先生も教科書を子供とともに読んで、そしていろいろそれについて考える、そういう意味で創意工夫をこらしていただきたい。そういう意味合いにおける自由な自主性というものはきわめて大事である、そのように私は考えております。
○三塚委員 次に、きわめて大事な問題でありますが、いわゆる教職員の違法ストについての所見についてお伺いをいたしたいと思います。 これは古来、教育は百年の大計あるいはいろいろな表現で、きわめて大事なものであるということが言われております。なかんずく学校教育の成果と果たす役割りというものは、私たちはここで多言を要する必要がないほど重要であるわけでございまして、言うなれば、文相もたびたび言われますように、教育は教える者と教えられる者との全人格的な信頼関係というものが基礎に成り立って初めて成功するものだと思います。そういう意味で、児童生徒に与える教師の影響力というものは非常にはかり知れない大きなものがあるように思われます。私は、まさに教育の生死は教育者の資質、人柄のいかんにかかわっているのであると言っても過言ではなかろうと思います。この観点から、教職にすぐれた人材を迎え入れ、教職員が使命感にあふれて情熱を傾け、安んじて教鞭を取られるようにということで、わが党は人材確保法という法律を提案をいたし、そして皆さんの協賛を得て、一部反対をされた政党もあるのでありますが、これを成立をせしめた。これは一にかかりましてそういうところにあるわけでございます。私はこの点について大臣に見解をお伺いをするのでありますが、人材確保法が成立をされ、本年度は二年度、間もなく給与の勧告が行われると思うのでありますが、このことで国民の教育に対する関心というものがきわめて深くなったことも事実であろうというふうに思います。 そういうさなか、いわゆる日本教職員組合が、教育に寄せる国民の期待に反しまして、たびたび違法ストライキを繰り返してまいりましたことも事実であります。昨年四月十一日に全一日のストライキを行ったり、あるいはその他たくさんの名目でストライキが行われてきたわけでございます。私は、そのストライキは、特にその掲げられておる項目の中に、スト権奪還のためのストライキである、こういう言い方、あるいは教頭法案に反対である、あるいは内申通達撤回を求めるというようなきわめて政治的な要素の強いスローガンのもとに闘われているところに大きな問題があろうと思います。日教組は事あるごとに、憲法や民主主義を守れと口にいたしておるのでありますが、わが国の憲法は議会制民主主義の原則をとっており、このもとにおいて、国民の総意が国会において制定された法律にのみ具現される形態をとっておるわけであります。私はそういう意味で、法律は国民の意思である、さように思います。ですから、この法律において禁止をされておる、国家公務員法九十八条あるいは地方公務員法三十七条には、ストをやってはならぬということで行われております。それに対する救済機関として人事院が設けられ、公務員のストライキを禁止をするかわりに、そういうことで忠実に政府もこのことの勧告を守ってきたことは言を待ちません。そういう意味で、この児童生徒の教育を犠牲にし、国民の期待を裏切り、あえて違法なストライキに参加した教職員に対して、私は、その責任を国民の前に明らかにすることこそが教育行政当局の当然の責務であり、国家、国民の負託にこたえるゆえんでもあろうというふうに考えるのでありますが、この点について文部大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○永井国務大臣 先生方がストをするという場合に、これを処分する、これは私は決して快いことではないと思います。快いことではないが、そういうことが起こるのは、ストがあるから処分をせざるを得ない。そこでこの問題については、まず私が望んでいることを言えば、そもそもストライキがないことが望ましいと思います。ストライキがないようにするということのために、まずわれわれは全力を挙げたいわけでありますが、その一つの条件は、やはり相当長期間にわたりまして先生方の待遇がよくなかったという問題があると思います。そこで、待遇改善のために人材確保法案で相当の努力が続けられ、また、明年度にかけましても第三次の給与改善ということが行われますが、こういう形で、先生方が安心してお仕事ができるという状況を強化していくことがきわめて有意義であると考えております。 しかし、他方、人はパンのみにて生きるものにあらずと申しますが、特に教育者の場合にその心持ちが強いということも私は十分に了解いたしますし、またそうでなければならないと思います。そういたしますと、教育の問題をめぐりまして、たとえば、今日は非常に小、中学校におきましても受験体制化が進んだり、あるいは教科のダイヤが過密になりまして、そういうことが児童生徒にとって相当の負担になる。そこでなかなか授業がわからない子供が出てくるというような問題について、やはり先生方がいろいろ苦悩される、その苦悩された問題については、われわれとも十分に話し合いをして、そして、そういう問題を具体的に解決していくように努力していく。そういうことで、待遇だけではなく、先生の生きがいとされる教育の中身をよくしていくためにお互いに話し合いながらやっていくならば、ストというものを起こさないで済むような、そういう状況がつくれる、これをまず第一の眼目にすべきだと思います。 にもかかわらず、ストライキが起こったときにどうするかという問題は、これは地方公務員法の第三十七条に明らかでありますように、全体の奉仕者であります公務員の争議行為というものは禁止されているのでありますから、快いことではありませんけれども、法に基づく処分を行わなければならないわけであります。それは国民に対するわれわれの責任でもあり、その立場を都道府県の教育委員会にも私たちははっきりと明示いたしまして、そういう立場で臨んでいただくことによって国民全体に対する教育行政の責任を明らかにするようにという考えで臨んでいるわけでございます。
○三塚委員 ストライキを行った、そして処分をする、そのことは快いものではない、そういう文部大臣の答弁に私どもも非常に共鳴をするものであります。やはり法治国家であります以上、法律の枠内において事に処していくということがわが国公務員に与えられた責任でありますから、これに徹していかなければならぬ、またわれわれもさように皆様方の良識に訴えていかなければならぬというふうに考えるわけであります。 そこで、もしそういうことが起きた場合は法の趣旨に従って厳正に処分をしなければならぬ、こういう御答弁でありますが、このスト処分に関連しましてお伺いをしたいのであります。 最近、法に基づいて行う教育委員会、また行わない教育委員会、こういうようなアンバランスが出てきておることも事実であります。市町村教育委員会の内申を待って都道府県教育委員会がその処分を決定するという法律のたてまえになっておるのでありますが、この問題につきまして昨今各地において阻止運動が強く行われております。昨年の日教組の定期大会で、行政処分を阻止するため、各県教組は引き続き処分阻止の闘いに最大の重点を置いて、地教委の処分、内申阻止を徹底して闘おう、こういう運動方針などを決定しておりますから、そのことに従ってそれぞれの県教組がやられておると思うのであります。しかし、このために一部の都道府県において処分が行われ、一部の都道府県において処分が行われないということになりますと、法の前の公正、こういう点において問題が起きてくるわけでございますからこの点について、文部省は昨年、その公平を期するために「都道府県教育委員会は、市町村教育委員会に対し内申を求め、最大限の努力を払ったにもかかわらず、市町村教育委員会が内申をしないというような異常な場合には、次の理由により、市町村教育委員会の内申がなくても任命権を行使することがてきる」という旨の通達を出したわけであります。この通達に従いまして、現に福岡県においては、内申を行わない三山一町の地域について、三月五日に四十七年、四十八年のストライキ参加者についての処分、さらに十日には昨年の四・一一スト等への参加者に対する処分も行っておると聞いております。私はこれは当然の措置であろうと思うわけでございますが、日教組を初めとした一部の中に、この処分は不当であるとして、文部省通達を撤回せよという動きもあるということを聞いております。また文部省に対しましてもその強い要請がなされておると聞いておるのでありますが、この撤回の動きに対しまして、文部省が出された通達との関連において、大臣はどのような見解をお持ちでありますか、お伺いをいたします。
○永井国務大臣 私は、いまの問題についてこう思うのであります。 いまの御質問を承っておりますと、内申というものについての阻止運動がある、阻止運動がありますと内申がなくても処分ができるという通達が出る、私が望みますのはこうした循環関係がなくなっていくということであります。したがいまして、今日この状況を見ますと、私として何より望んでおりますことは、内申阻止運動というような運動をやってほしくないということです。その前に、そもそもストライキがないということがなお望ましい。さらにまた、こういう通達が十月に出ましたけれども、できるならばこれを使わないで済むような状況にしたいという考えであります。そのために各位の御協力と御理解を得られるならば、私として幸いこれに過ぐるものはございません。しかしながら、現実を見まするに、この内申と通達というものが発動されて、そして処分が行われるという事態があります。私は、これはまことに残念でありますが、やむを得ざるものと考えております。 そこで、その通達を撤回するかということをお聞きになりましたが、この時点におきまして私は撤回する意思はございません。同時に私は、より建設的に、いま初めに申し上げた循環関係というものがなくなっていくような状況をでき得る限りつくっていく、そのことに力を注ぎたいと考えております。
○三塚委員 まさに法律があるから罰しなければならぬということでもなかろうと思います。やはり今日の社会は、その法律が適用されない、そういう状態こそ私は理想的なものであると思うのであります。そういう点で重ねてお伺いを申し上げたいのでありますが、日教組大会に文部大臣あるいは文部省の担当官が一度も出席したことがないという状態、これはまさに異常な状態だという指摘がございます。同じ教育の場で、教育という問題を考え、それに携わっておる、片や行政、片や教師、立場は違うとも、教育という大きな目的に貢献をしていくわけでございますから、そこに意思の疎通があり、対話があり、さらに協調が止まれていくということでありますならば、わが国の教育界の混迷というものも今田のような状態にまで高まらなかったというふうに感じます。もちろん、いろいろ調べてみますと、この大会は、日教組の側から文部大臣あるいは文部省に対しての招待状と申しますか、出席の要請もなかったように聞いておるわけであります。そういう点について大臣は、対話と協調をその基本として今後進めてまいりたい、そしてこの困難な時局を解決していきたい、こう言われておるわけでございますが、日教組大会に招請状があったといたしましたならば御出席をするかどうか、この点お聞かせをいただきたいと思います。
○永井国務大臣 私は、基本的には、この問題について次のように思います。 いま日教組大会とおっしゃいましたが、一つは組合大会があり、もう一つは教育研究集会がございます。この二つは性格の異なるものでありまして、そのそれぞれについて考えなければなりませんが、私は、基本的には、そういうところで私と先生方との意見が交換されるようになることは望ましいと考えております。しかし、それを実現していく方法につきましては、そういう大会以外でも、組合の委員長とお目にかかって対話するということも必要である。そういうふうな進め方で、ただ出席すればいいということよりも、具体的に問題を話し合っていく、今後具体的に進めていくということを私自身の考え方としてまいりたいと考えております。したがいまして、いつの大会にどういうふうに呼ばれたらというのは、それはその時点で考えなければいけませんし、まだ大会は相当先のことでありますけれども、それまでにもいろいろすべきことがあり、それを進めていく考えでございます。
○三塚委員 この問題の総くくりとしてもう一度お伺いをさせていただきますが、今日の日教組及び文部省にあります対立、このことは認めざるを得ない問題であろうと思います。 そこで、文部大臣は、この対立をどのようにしたならば一応話し合いの共通の基盤ができ、さらにそのことがいい意味の前進をしていくか、こういうことについて、就任以来、また就任前もいろいろと御苦労、御健闘を賜っておると思うのでありますが、端的に言いまして、どのような方式で、またどんな心構えで、また日教組に対しましても、どのような呼びかけをすることによって今日の不毛の対立、またそのことがもたらす数々の問題を収拾をしていくべきであるか、こういう点についてお伺いをさせていただきます。
○永井国務大臣 先ほど日教組の会にも組合の大会と教育研究集会があると申し上げましたように、日教組の活動にもいろいろの面が含まれております。組合の大会というのは、主として組合として考える労使の問題などを組合の役員を中心にして討議するものであります。これに対して、教育研究集会あるいは教育制度検討委員会というようなものがありますが、そういうところの委員とか講師の人たちは組合の役員でない。そうではなくて、教育の問題を考えていく人を置いているわけであります。 私は、こういうふうな二面、労働あるいは勤労の条件を考える一面と、教育を考えるもう一つの面、こういうものがなるべく明確に分かたれていくということが望ましいように思います。そして教育の方で教育研究集会がいままでやってきたことを見ますと、いろいろのことが論じられております。論じられておりますことのすべてについて文部省と意見を同じくすることは、恐らくあり得ないでございましょう。また、すべて同じくしたならば、かえって教育の発展がないことさえあるのでございます。しかし、他面、たとえば受験体制の過熱化をどうするか、あるいは今日の学校教育におきまして相当以上に市販テストが用いられておりますが、こういうふうなものをどうしていったらよろしいかというようなことは、共通な問題として十分話し合っていけることであり、またいくべきことであると考えております。 そして他方、労使の問題につきましては、これはそれで議論をいたしますと、これまた合憲するところもあり、合意せざるところもありと、そういうことになるのではなかろうか。そこで、絶対反対、そしてまた文部省も絶対会わないということでなくて、人間がお互いに会いますと、いまの教育の側面、そして勤労の条件の側面というような二つの面があり、そのそれぞれの検討の面が出てくるわけでありますが、私は普通の国民の立場に立ってこの問題を考えますと、特にお母さんとか子供の立場に立って考えますと、とにかく学校で子供が勉強しておる。そして市販テストが大変たくさん使われておる。こういうことについては、組合の先先方も文部省の人も一緒に話してほしいというのが私は素直なる要求ではなかろうかと思います。そこで、この問題を考えていくときに、そういう素直な声に耳を傾けて、教育者並びに教育行政者として国民のために話し合っていくべきこと、これはどんどん進めていくという方向、そういう方向で私は対話と協調というものを日本教職員組合との関係に打ち立てたい、こう考えているわけでございます。
○三塚委員 どうぞ対話と協調の中で、しかしその中には法秩序というものの守られなければならぬ限界、このことは、大臣は憲法及び法令に従って行動をされるわけでございますから、同時に日教組あるいは教職員団体の方々も、そういう秩序の中に整然とした話し合いを進めていただきますように望むものであります。 そこで、次に観点を変えまして、教員の給与改善についてお伺いをさせていただきます。 先ほど申し上げましたように、わが党がかねてから教育界に優秀な人材を得るため、教員の処遇については抜本的な改善が図られなければならないということを主張し、党を挙げてその実現に努力をしてきたことは先刻御承知のとおりであります。その結果、昨年、教員の給与を一般の公務員に比較をして優遇するという、教育界にとって画期的な意義を持つ人材確保法が成立をいたしましたことも周知のとおりであります。 かくして、この法律に基づいて、すでに昨年一月から教員の給与が特別に引き上げられ、現在、この一月から第二次改善に関する人事院の勧告が待たれているところでありますが、さらに総需要抑制という予算編成の基本方針のもとにおきまして、大臣の非常な御努力、またわれわれのこれに対する非常な熱意を政府当局にぶつけることによりまして、絶望的でありました第三年度分の改善が、五%でありましたが認められましたことは、喜びにたえません。わが党は、このような措置にとどまらず、さらに全国の教員一人一人が安んじて教育に専念できるよう、その処遇の改善をするために引き続き努力をしていくつもりであります。 その意味で、大臣が所信において、いわゆる人材確保法に基づいて昭和五十年度も引き続き教員給与の改善を行い、その計画的実現を図るとされているのでありますが、まことに結構なことであります。 このたびの給与改善の措置についてお伺いをしたいことは、その段取りと文部大臣としての給与改善の具体的な内容、もちろんそう言っても、人事院勧告を待ってその最終決定がなされるわけでございますが、しかし前段において、文部大臣の意向というものを人事院が最大限に尊重していくというのも慣例であるわけでございます。そういう点で今後の改善の方向、特に先般法制化されました教頭職の重要性にかんがみ、今度教頭についても抜本的な改善が行われるやに聞いておるのでありますが、その処遇についてどのようにお考えになっておりますか、お伺いをしたいのであります。願わくば、この法律の精神が十分に生かされまして、日ごろ苦労されて重要な教育に携わっておる先生方が、さらに生きがいと情熱を持って教育に専念できるような環境づくりこそがきわめて大事な要素でもあろうと思うものでありますから、お伺いをさせていただくわけであります。
○永井国務大臣 教員の給与改善は非常に重要な問題でございます。私が今回の予算編成に非常に努力したというお言葉を受けましたけれども、これは申すまでもなく、私は大臣に就任早々でございまして、そもそも大臣折衝というようなものもどういうふうにしていいかわからないというのが実情でございました。しかし問題の重要性というものがあり、それについて国会の議員の方々あるいは文部省内の人々の非常な熱意を受けて私は仕事をしたわけでありまして、そういう熱意というものは、私はわが国の教育界をよくしていく上で非常に重要なものと考えております。そして第三次というものも一応のめどがついたわけでございます。 さて、その改善の具体的内容をどうすべきかということについての御質問と承りますが、これは先先もすでに申されましたように、当然人事院の勧告を待って行われるべきものであるかと考えます。しかし、もちろん文部省も何か考えるべきではないかというのもごもっともなことでございます。しかし、これにつきましては、御案内のとおり、教員等待遇改善研究調査会というものもございまして、そこで御検討いただきまして、そして御報告をいただいた上で文部省が考えるという段取りになっておりますから、私もその方法に従って考えていく、そして人事院の立場というものを尊重してこの内容という、ものが進められていく、そういう方向に従って考えていきたいと思っております。
○三塚委員 どうぞ、大臣折衝の際に非常に御苦労をいただいた、その情熱をさらに今度の給与改定にも実現をさしていただきますように、格段の御奮発をお願いしておまます。 次に、当面するきわめて重要な問題だと言われるものに私学振興の問題があります。この点についてお伺いをさしていただくのでありますが、最近文部省の四十九年度の学校基本調査が発表されましたが、これを見ますと、全国の大学生、短大先は百九十八万人に達しておるわけであります。そしてそのうち私立大学に就学をしております方々は七八・八%、その数実に白五十六万人に及ばんといたしておるわけであります。わが国の高等教育が私立学校に大きく依存をしておる事実が明らかにされておるわけであります。また、幼稚園、高等学校等におきましても、私立学校の占める割合が高いことも御承知のとおりであります。教育の成果が国家の将来に大きな影響を及ぼす、それゆえにこそ、今後における学校教育の充実が必要とされておる今日、危機に直面する私立学校教育の振興を図ることが、わが国全体の教育水準の向上を図る上で最も重要であることは論をまちません。現在、私学にとって最も緊急な問題は、私学経営の悪化にいかに対処をするかということであろうと思います。最近の経済情勢の変化により、特に人件費、物件費等の増同によって、私学の収支のバランスを図ることがきわめて困難な状況になりつつございます。さらに、過去に行いました施設整備等の負債償還等が私学経営に対する大きな圧迫の原因になっているのも現況でございます。しかるに、昭和四十五年度に私学助成五カ年計画がスタートを切るまでは、私学に対する経常費補助は行われず、その間教育費は年々増高し、私学設置者の努力だけではとうてい教育研究条件の維持改善を図ることが困難になってきた経過がございます。私は、こういう事態に対処するため、昭和四十五年度に私立大学等に対する経常費補助制度が創設されましたのでありますが、その後この補助金が毎年大幅に増額されつつございます。本年度の予算におきましても、これまた大臣の最終的な大蔵大臣折衝において大幅に増額されたと聞いておるのであります。まことにこの点も御苦労さまにたえません。大臣は所信において、私立大学等に対する経常費補助を大幅に増額する旨述べられておりますが、その改善の具体的内容、今後の方針について、まずお伺いをさしていただきたいと思います。
○永井国務大臣 三塚委員がおっしゃいましたように、わが国の私学というものは非常に大事な地位をわが国の教育界に占めております。高等教育におきましては、学生の八〇%以上が私学で勉強しているという状況でありますから、その重要性は毫も疑うことができないものであることは申すまでもございません。しかるに、この私学というものが、専門学校から大学に昇格をいたしました大正七年から約半世紀にわたって、国家による補助を受けませんでしたから非常な経営難に陥っていることは、これもまたすべての人が知るところであります。そこでさらにインフレの状況の中で授業料は値上がりしてくるというようなわけでありますから、私は、高校以下のことはまた後に必要があれば申し上げますが、大学につきましては特に力を洗いで、そして私業の振興を図っていかなければならないというふうに考えて、本年度、昨年度に比べまして五七・四%増の千七億円を私立大学等経常費補助について計上させていただいたわけでございます。 そこで、これを使ってどういうことを考えていくかというと、一つは、専任の教職員の給与の単価を大幅に引き上げるということであります。次には、専任の職員給与費の積算率を引き上げるということであります。次に、新たに諸手当を計上した、その諸手当、教員につきましては二分の一補助、職員につきましては十分の三補助でございます。さらに、物件費について国立学校単価に年次計画で近づけることにいたしました。こういう方法で私は私立の大学というものの内容を少しでもよくし、そして学生ないし学生の父母の負担というものを軽減していかなければならない、また、先生方に安心して教育研究に当たっていただかなければ、これはとてもわが国の大学というものが勢いを得ることができないと思います。 なお、念のために申し添えますが、私は、実を申しますと、学校というのは本来的にその建学の精神を持って、そしてその精神に基づいて教育をすべきものであると考えますから、このような私学の補助によりましてその学校の空き往きとした精神に対して統制を加えるというようなことはないことはもちろん、むしろ補助によって生き生きとした精神がよみがえることを期待しているわけであります。 さらにまたつけ加えますならば、それに力を得て、現在は国庫に完全に依存しております国立の学校におきましても、かえってみずみずしい私学のような精神ができてくるということが、わが国の高等教育が興る上できわめて大事であるということを考えておりますことをつけ加えたいと思っておる次第でございます。
○三塚委員 大臣もぼつぼつ予算委員会に行かなくちゃいけないようでございますが。 そこで、大学に関してもう一ついま当面するきわめて重要な問題が、私立の医科、歯科系の大学、学部に対する寄付金の問題であります。せっかく私学助成の措置を講じながら、教育は機会均等でなければならないのでありますが、特に私立の医科あるいは歯科、こういう大学等について大変問題になっておりますのが入学時の寄付金の問題であります。昨年の実態を調べられて文部省が発表されたのによりますと、平均が医学部が一千百二十四万円、歯学部が七百八十三万円、そして最高が三千万円に達するであろう、こういう調査が昨年度の実態として報告をされておるのであります。 私は今年度の実態はどうなろうかということで調べさしていただいたのでありますが、大学の名前は申し上げません。大体平均して寄付金は三千万円というふうにはね上がっております。ある大学は五千万円、こういうところまで来ておるわけでございまして、また私は特に問題だと思いますのは、その成績順位に応じましてランクをつけて、一番から十番は一千二百万、十一番から三十番までは一千五百万、そして最後の定員のぎりぎりのところにまいりますと三千万、若干の補欠入学は五千万、こういうことなどが行われております。 医学部は一浪、二浪、三浪がきわめて多いのでございますが、営々と何とか入りたいということで勉強されて、とたんにそういう現実に遭遇をし、医師への志望を絶たれていく。金を出すのがいやならば国公立の医科大学に入ればいいのではないか、こういう端的な反論もあるようであります。しかし、それはそれとして、やはりその子供の能力に応じた、また勉学の状況に応じた、その学生の先ほど申されましたような私学の持つよさ、それへのあこがれ、そういうものなどを勘案をいたしてみますと、端的に金のないやつはそちらに行けという議論はまさに現状に合わない議論であろうと思います。そういう意味で本問題にかかわるいろいろな諸問題が起きておるわけでございますが、この入学時の寄付金について本年度の実態を把握されておりますならば、お伺いをしたいし、さらにこういう事態に対し文部省もいろいろな方法をとられておると思うのでありますが、抑制について本年度はどのような指導を行われておりますのか。さらには今後どういう問題に対処をし、教育の機会均等を期してまいられるのか、御見解をお伺いをしたいと思います。
○永井国務大臣 この問題、私立の医歯系大学の問題は非常に深刻であると思われます。 本年度の調査というのは、いまの昭和五十会計年度に入学する人たちの問題と思いますが、これについてはまだ全体をつかんだ統計を持っておりません。 昭和四十九年度では私立大学の医学部、歯学部が受け入れた寄付金総額は四百十六億円であります。医学部では寄付者一人当たりの金額が千百二十六万円、入学者の六六%が寄付をいたしております。これは御指摘のように、教育の機会均等ということから考えましても、ぜひこういう状況というのはなくしていかなければならないものであります。 そこでこれをどうするかという場合に、文部省がこれまでもやり、また今後はやらなければいけないと思っておりますこと、一つはまず文書などの警告によって自粛を求めまして、これは繰り返していかなければいけません。しかしそれだけでは裏づけがございませんから、もう一つの方法というものはやはり国立の大学というものをつくっていく、特に医学の関係において、これを重要視してつくっていくことによって、むしろそちらに医学を研究したい学生諸君が集まってくるということが一つの方法であろうかと思います。 さらに、それだけでももちろん問題は解決いたしませんから、私立の医歯科大学に対する助成措置というものを強化していくということが必要であるかと考えております。そこで私立の医歯科大学に対する補助金の増額ということも努力いたしまして、そして本年度の予算にもその角度から計上いたしておりますが、そういうふうにすることによりまして、過剰な寄付金に依存することがなくて済むような体質を何とかつくりあげていく。以上申し上げたような方法で現在事に当たっておりますが、しかしそれでもなかなか全体の問題は解決するというには、容易ならざる事態であるということは私も十分に承知いたしておりますから、以上の方法だけで満足しているというのではなく、なおこの問題については検討を重ねて、将来の方策というものを考えていかなければならないと考えております。
○三塚委員 そこで高等学校以下の私立学校振興助成についてお伺いをするわけでございますが、大学の問題もさることながら、私立の高等学校あるいは中学校、小学校、幼稚園の位置づけということもきわめて重要であります。 高等学校への進学率が九八%にも今日達しておるわけでありますが、その三一%に当たる百三十万人が私立高等学校に在学をしておる。また幼稚園児の七六%、約百六十九万人、さらに小中学校については二十一万人、私立学校に学んでおるわけでございますが、従来私立学校の高等学校以下に対する助成というものは都道府県に認可権がある、また地方自治というたてまえからその助成措置というものは都道府県において行うものであるべきであるということが文部省の方針であったように思われます。ために府県によってはその助成にアンバランスが生じております。交付税の中にそのことが織り込まれておるとは言うものの、これは一般財源という受け取り方をいたしますならば、何に使ってもよろしいということにもなるわけでありまして、そういう点などの問題等が、いわゆる私立高等学校以下の教育条件というものが非常に格差が生じてきておる原因にもなっておるわけでございます。こういう問題をとらえまして、本年度初めて私立高等学校以下については助成八十億円、こういうものが計上をされたのでありますけれども、今後この問題が引き続き来年度も計上されるものかどうか、この点が一つであります。 それと、私はただつかみ金的にこういうものが計上されることでは、今日直面する高校以下の諸学校の私学の危機というものを救うことにはならぬだろうと思います。そういう点において、言うなれば法制化こそ、そこに法律的な位置を与えていくということが私学助成のこれからの目指す方向でなければならぬと思います。 わが党におきましても藤波部会長を中心に塩崎先生をチームの長として、この私学助成の問題については鋭意取り組んできたところであります。でき得ますならば、各党の協賛を得て本国会にその法案を提出をし、ぜひその位置づけを図っていきたいと思っておるのでありますが、特に今回の高校以下の私学助成について見られます点が一つありますことは、個人立幼稚園あるいは宗教立幼稚園の大半を占めるのでありますが、助成の対象から学校法人に限るというたてまえではずれるわけであります。この問題についてどのように今後お考えになられるのか、そういう点について私どもの出す私学振興助成法、仮称でありますが、これとの関連において今後の高等学校以下の私学振興策について大臣の御所見をお伺いをしておきたいと思います。
○永井国務大臣 私立高等学校以下の学校、これはまた非常に重要な役割りを果たしているということも御指摘のとおり。特に幼稚園の段階というもので私立が重要な役割りを果たしている。しかしまたそこに財政の問題がございますから、本年度の八十億円の予算が計上されたわけでございます。 で、これは新しい方法でございますが、この新しい方法というものを実施していく上で補助金の予算積算の基準というものは次のようになっております。小中高児童生徒一人当たり五千円、幼稚園幼児一人当たり二千円、そこでその総計八十億円ということになります。ただ、この補助金の配分の方法やまた来年度以降どうするか、さらに個人立幼稚園についての御質問ございましたが、こういう問題については、私の理解するところでは、お言葉の中にもありましたように、国会で今日までいろいろ御検討になってきているということであります。特に個人立の幼稚園の場合には、御指摘のように憲法の八十九条によって公の支配に属しない教育等については公費助成が許容されておりませんので、現在個人立幼稚園に対して助成を行っておりません。しかしながら、個人立幼稚園の助成をどうするか、さらにまた高校から幼稚園までの助成をどうするかということについて国会でいろいろ御検討になっている、そして立法のこともお考えになっているということでございますから、私たちはその御意見というものに耳を傾ける、またその御活動に従って仕事をしていく、こういう立場でこの問題に当たりたいと考えている次第であることを申し上げておきたいと思います。
○三塚委員 大学の助成もきわめて重要でありますが、特に、高等学校以下私立学校に子供を通わしておる御父兄はまだ年代的にも前半であり、非常に収入の面においても確定をしておらぬわけでございますから、この助成につきましては今後も非常な熱意を傾けられて進められますように要望さしていただきます。 最後に、もう時間も来たようでありますが、今日、各大学におきまして一斉に入試が行われておるわけでございます。まさに子を持つ父兄の重大な関心事であり、この入学が許可になるかならぬかという問題は、その子供の将来にとりましても重要なポイントになっておるようであります。大臣は、所信表明の中で、いかにして受験体制の過熱化の現状の改善を図るかという課題に取り組まなければならないと申されております。さらに、大学入学者選抜制度については、受験体制の憂慮すべき現状にかんがみ、あらゆる角度からその改善に努力すると述べられておるわけであります。問題はきわめて重大であり、緊急を要するものであると思うのでありますが、事柄は深刻な社会的背景を抜きにしては考えられないと思います。 そもそもわが国は明治維新によって社会構造を一新し、それまでのいわゆる士農工商の身分階層社会という枠組みが崩れて、何人もその才能と努力によってしかるべく社会的地位につけるような近代社会へスタートをいたしたわけでございます。今日のわが国の発展はこのような社会構造の一大変革によるところ大であると言わなければなりません。 しかし、その後の歴史の流れとともに、わが国の社会階層の上下流動は、主としてどのような学歴を有するかによって方向づけられてきたのであります。学歴社会は高い学歴を得るだけの能力があればだれでも社会的な高い地位につくということができる、言うなれば開かれた社会であるという点では一概に非難ができない点もあろうかと思うのでありますが、国民のすべてがより高い学歴を得ようとし、より社会的評価の高い学校へ入学することを希望して激烈にその競争を展開するというのもこの背景があると思うのであります。人間の評価が真の才能や努力に着目して行われるのであるならばいいのでありますが、形式的な学歴によって行われがちな今日の風潮というものはまことに憂慮にたえない状態であろうと思います。 このような学歴社会は、近年の経済社会の発展に伴いまして、国民所得の水準あるいは産業構造の変化に伴いましてサラリーマンの増加が出てきたわけでありますが、ますます拡大をされ、大学入試はますますその過熱の度を加えてきていることも御承知のとおりであります。特に今年の入試は、もし合格しなければ、来年からは新教育課程に基づいて出題されるということで、受験生及びその父兄の精神的負担は非常に大きい、まことに見るに忍びない状態であります。これに関連して予備校や進学塾の問題などもあると思うのでありますが、大臣は受験体制の改善についてどのような角度からこれを取り組もうといたしているのか、その見解を聞きたいと思うのであります。 繰り返して申し上げますが、この問題は単に入学試験制度の改善のみで解決されるものではなく、根本的には学歴偏重の誤った社会意識の是正が必要であることも論をまたないのであります。今日三〇%以上になんなんとする大学への進学の状況の中において、本問題に対する政治、行政が対応していくということはきわめて大事であろうと思います。 以上の点につきまして、常がねこの学歴社会については深い憂慮をされておる永井文相でありますので、この点についてあわせて御見解をお聞かせをいただきたいと思います。
○永井国務大臣 ただいま御指摘がありましたように、わが国において受験体制が過熱化しているということについて非常に憂えている人はきわめて多い、国民全体と言ってもいいような状況であろうと思います。そこで、これをどうするかという問題でありますが、確かに御指摘のように大学入試制度を変えるということだけでは問題は解決いたしません。きわめて総合的にこの問題に取り組んでいくということが大事であるかと考えております。 その一つとして、大学の入試制度の改善ということも非常に大事であり、またそれをやっていく上では、共通学力テストというような方向のほかに各大学でいろいろ改善の努力をするということもきわめて大事であります。文部省も御承知のように入試改善会議というところで検討いたしております。 しかし、第二番目には、国公私の大学の格差是正ということも実はこれに関係していることでありまして、これは単に私学の経営を救うということだけではなく、やはり大学の中に格差をなくしていくということが、一つの学校に集まろうという方向を是正していく上できわめて大事であると思います。 第三に、小中高の教育課程が受験体制のもとで、あるいは受験体制との関連において非常に過密なダイヤになってきておりますから、小中高の教育課程をいま審議いたしまして、そしてその内容をもう一回検討して、そして一貫し精選されたものにしていくということも大事だと思います。 しかし、以上のような大学入試制度の改善とか国公私の格差是正あるいは教育課程の改善というようなことは学校内のことでありますが、それだけではとても問題は解決しないと思います。それは御指摘のように、わが国の社会において、まあ学歴を尊重することになったのは封建時代の身分制よりは進んでいると思いますけれども、しかし今日見ますると、学歴偏重、尊重というよりは偏重というところになってまいりました。そうして、そういう姿で採用、昇進が行われているところに問題があるのだと思います。 そこで私は、そういう学校外の広い社会における方々の御協力も得なければこの問題はなかなか解決しない。そこで総合的と申し上げましたのは、いま申し上げたような学校制度内部の改善、それから社会の協力をどのように得るか、そういう角度で総合的な考え方、計画というものを進めていきたいと考えている次第でございます。 それほどの大きな仕事でありますから、私としてつけ加えたいことを申し上げておきますと、それであるからこそ対話が大事であると思います。私は、教育に関心を持つ人々が立場の相違を超えて協力一致することなくしては、とうていわが国のこの受験体制の過熱化を少しでもよい方向に向けて解決していくことは非常にむずかしいと思います。そういう意味におきまして、私は、対話をするというのは、決してただ漫然と対話をすればいいというのではなくて、子供の立場、将来の日本をつくっていく人々の立場に立って考えますと、何としてでも総合的に、以上申し上げたような角度からこの受験体制の徹底的検討を行わなければどうしようもない、そういう考えで今後仕事に当たっていきたいということを申し上げて私の答弁といたしたいと思います。
○三塚委員 それじゃ、大臣、どうぞ予算委員会の方においでいただきたいと思います。どうぞ御健闘を祈ります。 そこで、今度は山崎政務次官に、引き続き大臣にかわって残された時間、質問をさせていただきます。 教育課程の改善と道徳教育の問題についてお伺いをさせていただきます。 現在の学校教育の実情を見ますと、受験勉強のために、高等学校は言うに及ばず、小学校の段階から過当な競争が行われていることは御承知のとおりであります。高等学校は大学の予備校であり、中学は高等学校の予備校、そして小学校は中学の予備校というような形にまで高められつつあるとすら言えるのではないかと思います。私は、このような現況では、将来わが国を担う人間を育てる学校教育の目的に照らしても、あるいは子供の人間形成の観点からもゆゆしい問題であると考えるわけであります。まあ競争はある意味において社会発展の原動力になろうとは思うのでありますが、しかし今日の教育界に置かれているこのような競争というものは、その子の正常な発達を阻害するだけで、何ら意味がないというふうに考えるわけであります。この問題の改善についてどのようにお考えか、政務次官の見解をひとつお伺いをさせていただきます。
○山崎(平)政府委員 お答え申し上げます。 御指摘の問題を含めまして、小中高等学校の教育上の諸問題を教育内容の面から改善を図りますために、文部省といたしましては一昨年十一月、教育課程審議会に、小中高等学校の教育課程の改善について諮問いたしております。現在鋭意検討を願っているところでございます。 今回の諮問は、児童生徒の人間としての調和のとれた育成を目指し、国家及び社会の形成者として心身ともに健全な国民としての資質を養うため、三つの観点からの検討を願っておるわけでございます。 その一つには、高等学校教育の普及に伴う教育内容のあり方、二つには、小中高等学校を通じた調和と統一のある教育内容のあり方、三つには、児童生徒の学習負担の適正化を図り、基本的事項の指導を徹底するための教育内容のあり方でございます。すなわち、高等学校は、進学率の上昇によりまして青少年の大部分を教育する国民教育機関としての性格を強めております。このような実態を踏まえた教育内容のあり方を追求するとともに、小中高等学校の全体を通じまして、児童生徒に精選された教育内容をしっかり身につけさせ、その生活をゆとりある、しかも充実したものにすることが肝要であります。そのような教育課程の実現を期待しているところでございます。 道徳の教育につきましては、御指摘のように、今日の状況を顧みますとき、学校教育、家庭教育、社会教育を通じて児童生徒の道徳的な判断力を高め、道徳的心情を豊かにし、道徳的態度と実践意欲の向上を図る必要がございます。文部省といたしましては、学校における道徳教育は、学校の教育活動全体を通じて行うことを基本としておりまして、特に、小学校及び中学校においては昭和三十三年以降道徳の時間を特設いたしまして、また、その充実徹底を図るために道徳教育研究推進校、道徳資料の作成、配付、道徳教育講習会の開催等の諸施策を講じてきております。今後ともこれら諸施策のなお一層の充実を図ってまいる所存でございます。
○三塚委員 それでは最後に、特に山崎政務次官は文教政策にきわめて熱心でありますと同時に、農政についても国会において指折りの政治家であります。そういう意味で学校給食について見解を承っておきたいと思います。 今日の学校給食の成果は、私から申し上げるまでもございません。パン、ミルク、これらによって体位の向上を図られたことも事実であります。ところが、食事をとるしつけがないがしろにされまして、単に食べればよいのだというような風潮がありますことは――食事というものもきわめて大事な一つの人間生活上の行事でございますので、その辺の問題点が第一点であります。 第二点は、給食費の値上がりが約四八%であると文部省も発表されておるのでありますが、この父兄負担はまさに深刻な問題に相なっております。子供を二人あるいは三人通わせておりますならば、なおさらこの父兄負担は重要な問題になっておりますので、これに対する対策をどのように考えられておるのか、この点についてお伺いをします。 第三点は、世界的な食糧危機というものが伝えられております。そしてわが国は、ほとんど小麦粉は海外依存でございます。この小麦粉の輸入も、今日の状態が進行するならば、きわめて悲観的な状態に立ち至るであろうということも指摘されておるのであります。わが国は瑞穂の国、世界でも有数の米作国でございます。だといたしますと、こういう将来の展望に立って物事を考えるといたしますならば、パンとミルクだけではなく、やはり米飯給食を、今日も実験的に進められておるようでありますが、さらに進めるべきだと思うのであります。このことをどうぞひとつ思い切っておやりいただきますように要望いたします。同時に、その現況について、また御決意についてお伺いをさせていただきます。
○山崎(平)政府委員 お答え申し上げます。 第一問は、最近の子供の食事のしつけがあまりよくないと言われておるが、これに対してどのような指導が望ましいかという御質問でございますが、学校給食は小中学校学習指導要領におきまして特別活動の学級指導に位置づけられております。小学校におきましては、学校給食においては食事の正しいあり方、こういうものを体得させるとともに、食事を通しまして好ましい人間関係を育成いたしまして児童の心身の健全な発達に資する、こう示されております。中学校におきましても、学校給食時には食事についての適切な指導を行い、望ましい食習慣の形成、好ましい人間関係の育成など心身の健全な発達に資する、かように示されております。学校給食は、一般的に教師と児童生徒が毎日食事をともにする実践活動の場でございまして、この機会をとらえ、楽しい食事の中にもしつけなど、食事の正しいあり方や望ましい食習慣の形成を図っていくことはきわめて重要な指導の眼目であると存じます。このため、文部省といたしましては、学校給食指導の手引きを作成いたしておりまして、学校給食の指導内容留意事項等をこれに示してございます。その指導の充実を図っているところでございますけれども、今後とも家庭、社会との連携の上に立ちまして、食事の正しいあり方、とり方につきまして指導する方向で努力いたしたいと考えております。 さらに第二問は、非常に給食費が値上がりしているが、子供の多い家庭などのこともよく考えて、国はもっと細かい配慮をする必要がある、こういう御質問でございますが、学校給食に要しますところの経費につきましては、御承知のように学校給食法第六条及び同法施行令第二条の規定によりまして、施設設備費及び人件費、こういうものは学校の設置者が負担をいたしまして、その他の経費、たとえば食材料費、こういうものは児童生徒の保護者が負担するものとされております。 このうち、前者の施設設備費及び人件費につきまして各種の財政措置を講じていることは御高承のとおりでございますけれども、保護者の負担すべきものとされている食材料費に関しましても、たとえば酪農振興等の各種の観点から、学校給食用の牛乳、小麦粉、脱脂粉乳等につきまして国庫補助を行っているところでございます。特に低廉かつ良質な食材料を学校給食向けに安定供給するため、文部省は全国的な学校給食用物資供給体制の整備を推進しているところでございますが、その具体策といたしまして、実は新たに昭和五十年度政府予算案には、学校給食用物資の安定供給対策特別事業費補助といたしまして十二億五千万円を計上いたしております。これは都道府県学校給食会に対しまして物資購入資金の無利息による貸し付け及び価格安定保持のための調整基金の補助を行うことといたしております。 さらに学校給食費の支払い困難な要保護及び準要保護児童生徒につきましては、公費による学校給食の援助のための国庫補助を行っているところでございまして、これにつきましては学校給食費の実態に応じて国庫補助措置を講じているところでございます。本年度におきましても、そのために必要な予算の補正措置を講じておりまして、この点につきましては遺憾のないように措置をしてまいりたい所存でございます。 最後の第三点でございますが、これは現在の世界的な食糧事情の中で、日本は日本人にふさわしい観点から学校給食について米飯給食という問題をさらに進める必要もあるし、その場合、値上がりの激しいミルクの飲用の義務づけが適当かどうかという問題もある。この点についてどうかというお問い合わせでございますが、学校給食につきましては、従来、申し上げるまでもなく、パン給食の方針を長い間とってまいりました。この事情は米が不足しておりました事情や、また栄養上の観点からそのようなことをいたしておりましたが、現在は申すまでもなく世界的な食糧事情の変化や国内産米の生産量の激しい増大、また国民の食生活の多様化、こういったような諸問題に会いまして、学校給食発足当初とは大変事情が変化してまいっております。 文部省といたしましては、学校給食に米飯を取り入れることは、米の食事の正しいとり方を児童生徒の時代から身につけさせる、学校給食に変化を与える等、種々の点から非常に意義があると考えておるわけでございますが、一方、米飯給食を取り入れる場合は、必要な栄養量の点で、その確保に十分配慮しなければならない、また学校の設置者の判断によって実施するよう指導しているところでございます。このため、昭和四十五年度から学校給食におきますところの米利用実験を開始いたしておりまして現在に至っておるわけでございますが、昭和四十六年度には学校給食の標準食品構成表を全面改正いたしまして、米飯給食の場合のおかずと合わせての栄養基準量を明示いたしまして、米飯給食を取り入れる場合の所要の措置をとった次第でございます。 しかしながら、現実に米飯給食を実施する場合を考えますと、米飯に不足がちのたん白質あるいはビタミン等の微量栄養素というものをおかずからとる必要があるため、パン給食の場合よりおかず代がかさむ、またそのほか炊飯、盛りつけ、食器洗い等、大変な手間や時間が多くかかりますので、さらにまた、炊飯用の施設設備の整備、こういったようなものにも、調理従事員等の増員の問題等にも多額の財政負担を伴うこととなっておりますので、これをややちゅうちょする地方公共団体もあるわけでございます。 このような状況に照らしまして、文部省では、農林省の協力を得まして、米利用実験指定校制度を当初よりさらに一年間延長しまして、昭和五十年度におきましても実は実施いたすことといたしておりまして、この間におきまして必要な調査研究を進め、問題点を解明した上で、米飯給食のより有意義なあり方につきまして検討してまいる考えでございます。 なお、米飯給食の場合に牛乳を飲用することは、食事の取り合わせや味覚の点で好ましくないという声もあるわけでございますが、カルシウム等の栄養素の摂取の観点からは、牛乳にかわる食品を見出すことは、現時点におきましてはなかなか困難であるというような問題もございますので、その点も御了承いただきたいと思います。 以上、お答えいたします。
○三塚委員 それでは時間が来ましたのでこれで終わらしていただきます。山崎政務次官は重厚豪胆な政治家でありますから、どうぞ今後も自己の信念に基づいて御奮闘をお祈りをします。 終わります。ありがとうございました。
○久保田委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時八分散会