大蔵委員会 第10号
- 発言数
- 117 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1975/02/25
会議録
○上村委員長 これより会議を開きます。 入場税法の一部を改正する法律案及び相続税法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題とし、質疑を続行いたします。坂口力君。
○坂口委員 今回のこの相続税法におきます相続税それから贈与税の問題にからみまして、障害者控除の問題を中心にしてきょうはお聞きをしたいと思うわけでありますが、その障害者控除の問題に入ります前に、「改正案による相続税負担軽減調」というのをいただいているわけでありますけれども、相続税と贈与税の両方見せていただきますと、相続税の方は、遺産額の増加に伴う税率の累進性と申しますかカーブが、現行より若干は厳しくなっておりますが、それほどは厳しくなっていない。しかし、贈与税の方は、現行法よりも最初の方は低いですが、途中からカーブが非常に急カーブで高くなっている。累進性が非常に高いと申しますか、カーブを描きますと七千万から一億のところでクロスするという形になります。 両方の税の今回の改正における差というものが若干あるように思うわけでありますが、これについて何か特別な意味がありますかどうか、そこら辺からちょっとお聞きしたいと思います。
○中橋政府委員 相続税と贈与税の関係でございますが、やはり贈与税といいますのは、私どもは相続税の補完税というふうに考えております。しかもその場合に、相続といいますのは、これは人間の意思いかんにかかわりませず、死亡ということで必然的に時を選ばず生じてくる事態でございます。 それに対しまして、贈与というのは、これはあくまでも人間の自発的な意思でもって財産を贈与する。いろいろな目的がございましょうけれども、全く偶発的な相続に比べますと、全く自発的な機会に発生するわけでございます。しかも、何と申しましても私どもが一番注意をしなければなりませんのは、贈与によりまして小刻みに財産を分与しますときに、これがどうしても減殺効果をもたらすということでございます。 したがいまして、贈与税の負担と申しますのは、相続税に比べましてどうしても若干きつくなってもやむを得ないというのが基本的な態度でございます。しかもそれが、財産価額が上にいけばいくほど、やはり贈与の目的というのが将来の相続ということも考えながら行われるという場合が非常に多うございますので、やはりその点はかなり今回の改正におきましても重視せざるを得ないということでお願いしておるわけでございます。
○坂口委員 もう一つ基礎的なことで確認をさせていただきたいのは、現行法の相続税で遺産額が一億円、まあ一億円という分け方がいいかどうかわかりませんが、一億円ぐらいを一つの分岐点としました場合に、一億円以上と一億円以下と、この税収の総額に対する割合というのは出ますか。一億円がきちっとしたものがなければ、それにかわるべきもので結構でございます。
○中橋政府委員 一億円以下で申しまして、相続税額は全体の二七・二%がそれに当たります。
○坂口委員 そういたしますと、税収の総額の二七・二%が一億円以下ということでございますね。これだけひとつ確認をさせていただきます。 もう一つ確認させていただきたいのは、今回のこの改正案がもし成立するということになると——この国際比較のところに出ておりますが、いままでの例でいきますと昭和四十九年で国税の総額に対する比率が三・〇%ということに日本はなっております。ところが、今回のこの改正になったともし仮定しましたら、これがどのくらいのパーセントになりますか。
○中橋政府委員 三・〇%という総国税の中に占めます相続税のウエートは、四十九年の数字でございます。これが改正前におきまして五十年度においては二・八%になる予定でございますが、それを今回御提案いたしております改正法によりますれば、二・四%になる予定でございます。
○坂口委員 二・四%ということになりますと、諸外国の例に比べますとまだどちらかと言えば高い部類に属するという気がいたします。 これから御質問をさせていただこうと思いますのは、いま二、三お聞きしましたことを基礎にしまして御質問をさせていただくわけでございますけれども、いま局長から御答弁いただきましたように、贈与税というのは相続税の一つの補完税であるというお考えでございますが、そのお考えはお考えとしてよくわかるわけでございますけれども、分散を防ぐということが中心になっておりますために、急カーブを描いて累進性が今回の改正で非常にきつくなっているということだろうと思うわけでございますが、それに加えて、たとえば妻の二十年の問題でございますとか、あるいは障害者の問題でございますとか、一つの例外事項がございます。 この妻の二十年の問題につきましても、前回の委員会でもここで取り上げられておりますけれども、先日の局長さんのお話を聞きますと、糟糠の妻というのは銀婚式マイナス五年くらいじゃなかろうかというようなお話が出てもおりましたけれども、これはどうですか。先日そういうふうなお話があったわけでありますが、二十年にしたというもう少し確固たる意味づけというものはないのですか。
○中橋政府委員 現在ございます配偶者に対する居住用不動産の贈与の場合の配慮でございますが、それを設けましたときには、今日御提案しておりますような相続税においての配偶者への配慮というものは、まだなかなか十分の形態としてとり得ないというような段階でございました。それで、一つにはそれを補完する意味におきまして、配偶者に居住用不動産を贈与する場合に、贈与税につきましても配慮しようということをとったわけでございまするけれども、そのときに、それではどういうような条件の人にその配慮を加えるのが適当かという問題をもちろん検討いたしました。やはりある程度夫婦共同体としての生活を営んでおるというときに初めて、先ほど申しましたように自発的な贈与ということが行われて、それに対する贈与税の配慮をするのが適当であろうということで、かなり長い期間のそういった夫婦の共同体的な生活というものを前提にしなければならないという考え方でございました。 そのときに、いまお話のございますように、一応世の中の夫婦生活において一つの大きな区切りとされております銀婚、二十五年というようなものが真っ先に頭に出たわけでございます。もちろん、それは二十五年であれ二十年であれ、絶対的な水準ではございません。その後の改正におきましても二十年にした経緯もございますけれども、やはりある程度の夫婦共同生活というものを前提にしました配慮というのが、その制度の基礎になっておると私どもは思っております。 もちろん、今回の相続税におきますところの配偶者に対する寄与につきましても、かねてございました制度は、そういった夫婦の共同生活のある程度の期間というものを前提にいたしておりましたけれども、やはりいろいろな御議論も考え、また先ほど申しましたように、相続というのはやはり人間の自発的な意思に基づかない、必然的ないわば一つの運命ということで生じてまいるものでございますし、贈与は何回も生ずる、自発的な行為で行われるというようなところから、相続につきましては、今回そういう夫婦生活のある一定期間という前提を排除する案でお願いをしております。 したがって、それと比べまして贈与税におきましての居住用不動産の贈与の場合の配慮というときにも、もっと短くしてもいいではないかというお考えは成り立ち得るかと思いますけれども、やはり私どもは贈与につきましては、そういったようないろいろな背景というものがございまするから、相当長い期間ということで現在までの二十年というのをそのまま存続していただいたというふうに考えております。
○坂口委員 先ほどおっしゃった相続税の補完税という形でこの贈与税があって、そして今回の改正においてもかなり厳しい改正をしている。そういう全体の中で取り上げられている問題でございますけれども、そういう中でも婚姻生活が二十年以上の夫婦という決め方は、これはいかにそういう前提があるとはいいながら、非常に厳しいのではないか。 それからもう一つ、その次に出てきます特別障害者の問題にしましても、この贈与税の中でいささか厳しいんじゃないかという気がするわけであります。 結婚生活のどこでそれの線を引くかということについては、いろいろの考え方もございましょう。いま局長が御説明になったような考え方も恐らくあるのだろうと思いますけれども、しかしまあ人間、人生一応七十年として、結婚しますのが男性で二十七歳くらい、女性で二十四歳くらいだと思いますが、二十五歳くらいのところで結婚するとして、そうすると結婚生活というのは一応四十五年という形になるわけです。 その中で、まあ統計論を持ち出すつもりはございませんけれども、離婚する人というのは大体十五年以内くらいの人が多いですね。これは十五年以内で八八%。十五年済むと大体スムーズにいくというこういう統計も出ているわけであります。そういたしますと、大体四十五年間の三分の一、十五年を経過すると、その方は糟糠の妻になるというような感じに統計上は出ているわけであります。統計論を持ち出すつもりはございませんけれども、この点で贈与税の中におきます婚姻の期間二十年というのは若干厳し過ぎる。これは再考の要があるのではないかというふうに思うわけであります。 それから、あとでもう一つ触れますけれども、特別障害者に対する問題も、そういう大きな贈与税の前提の中であるとはいいながら、もう少し緩めていいのではないかという気がするわけであります。 大臣、大変大まかな話でございますけれども、その辺のところで何か大臣のお考えをお聞かせいただけたら、お願いします。
○大平国務大臣 相続税制度と贈与税との関係、組み合わせについて、立ち入った検討をいただいて感謝しております。 私ども今度、御案内のように、相続税制度において妻の座というものに光を当てて特別な配慮を加えることにいたしたわけでございまして、そういう新たな措置が相続税制度においてとられたという点を配慮いたしますと、贈与税におきまして、居住用不動産の贈与というような点についてさらに大幅な拡大措置をとることについては、若干の抵抗を感ずるわけでございます。なお検討の要がございますことはもとよりでございますけれども、一応二十年ということ、これにもいろいろ見方がございましょうけれども、こういうところで御理解をいただけますまいかと考えております。 身体障害者につきましては新たな問題として取り上げたわけでございますので、重度の障害者というところから始めさせていただくことになったわけでございます。今後この実効を見まして、なお検討すべきものがございますなら検討するにやぶさかでございませんけれども、ここからスタートさせていただきたいと私としては念願しております。
○坂口委員 今後の問題としてひとつ御検討をいただきたいと思うわけであります。 そこで本論に入らせていただいて、この障害者控除の問題でございますけれども、いまも大臣から少し御説明もいただきましたが、今回のこの相続税の方で障害者控除の引き上げがございます。七十歳までの一年につき三万円、特別障害者については六万円という形になっておる。一応障害者と言いました場合には、いわゆる身体障害者等の障害程度の等級によってこれは分けておみえになるのかどうか。 これはもしもそういうことでお分けになるということになりますれば、障害者控除と言いましたときには何級から何級くらい、そして特別障害者と言うときには同級くらいになっているかということをちょっとお聞きしたい。
○中橋政府委員 等級で分けておりますのは、たとえば身体障害者で申しますと一級、二級は重い方の、いわゆる私どもの税法で言っております特別障害者として扱っておりますし、三級から六級までは軽い方の、一般障害者として扱っております。 それから、たとえば戦傷病者でございますと、特別項症から第三項症までを特別障害者として扱いますし、第四項症から第六項症あるいは第一款症から第五款症というふうに分けて、これは一般障害者として扱っております。 ただ、そういういわば級と申しますか項と申しますか、そういうもので分かれていないものもございます。たとえば精神薄弱者につきましては、心神喪失の状況にある者というものは特別障害者でございますし、あるいは重度の精神薄弱者も特別障害者として扱っておりますが、それ以外の精神薄弱者は一般障害者になるというようなことでございます。 それから、たとえば老人障害者で申しますと、六十五歳以上の心身障害者で障害の程度が先ほど申しましたような精神薄弱者とか身体障害者の、二級に準ずる者として福祉事務所長が認定した者ということになっておりますし、それ以外の者としまして、先ほどの一般障害者として扱っておりますような精神薄弱者とか身体障害者に準ずる者として福祉事務所長が認定しました者は一般障害者として扱っておるというのが現状でございます。
○坂口委員 それからもう一つ、贈与税の方に、今回の非課税の対象になっておりますものの中に特別障害者がございますが、贈与税の方は普通の障害者ではなしに特別障害者のみになっているわけです。この場合は特別障害者でありますから、おそらく一級、二級だけだろうと思うわけですが、相続税の方には一応障害者という形で三級から六級までのところも含まれておりますし、贈与税の方は一級、二級の特別障害者だけというふうに限られておりますが、この辺の意味づけはどういうふうなところにございますか。
○中橋政府委員 今回御提案申し上げております贈与税の方の身体障害者に対しますところの配慮でございまするが、それはおっしゃいますようにいわゆる重度、私どもの方で申します特別障害者への贈与に限定をすることにいたしております。それを今回全く新しい制度としてこういう贈与税の場合におきましても身体障害者について配慮をいたそうということにしたわけでございますが、それは何といいましても、その贈与を受けます人が非常に障害の度合いが高くて一人立ちをしていけない、その生活の資について、おそらくその近親者あるいは縁故者が非常にその点について将来の危惧を持つであろうという場合を想定しまして、その場合に贈与税の一定限度におきます非課税を考えたわけでございますので、やはりたとえばいまおっしゃいましたように、身体障害者でございますれば一級、二級というのは、本当に近親者にとっても将来の自分亡き後の生活というのが一体どういうふうになっていくであろうかという心配があることは十分察し得るわけでございます。 それに比べまして、なるほど何と申しましてもそれは五体健全の者から比べれば、三級といえども、六級といえども何らかの障害を持つわけでございますけれども、いま言いました一級、二級に対しますところの将来生活への不安ということから申せば、やはりそこにはある程度の差異があると思っております。もちろん、だんだんそういう贈与税におきますところの配慮もカバレージを広くすればよろしいのでございますが、やはり相続につきましてすでに私どもの方でも、一般の障害者についても特別の障害者につきましてもかなりの相続税の軽減措置が講ぜられておるわけでございますから、それの制度を待つよりも以前に自発的にそういうことをやられようという方についての今回の新しい制度としましては、重度の障害者、身体障害者で申せば一級、二級に限って始めさせていただこうという考えで提案いたしておるわけでございます。
○坂口委員 この制度が創設されたということは大変意味は大きいと私も思うわけでありますが、いまも述べられましたように、またいただきましたプリントにも書いてございますとおり、重度の心身障害者の子供を持った両親が自分の死後子供の生活がどうあるかということを非常に心配するのは当然でありますし、そのことに対する配慮が今回なされたわけでありますから、そのことに対しては私も評価をするわけでありますけれども、たとえば障害者の中にも、重度で全然動けないというような人のほかに、どうにかこうにか自分の身の回りのことはできるけれども、いわゆる社会生活を営むことができないという人がかなりおるはずであります。親が子のことを考えますときにも、全然動けないというような子供であればなおさらのことでありますが、それと同じように、社会生活ができないという子供に対してもやはり私は同様の気持ちを持つのではないかと思うのであります。 たとえば身体障害者の例で申しますと、身体障害者でも上肢でありますとか下肢でありますとかあるいは目でありますとかいろいろのところの障害がございますけれども、内臓器官等の障害のあります方、たとえば心臓の機能障害というのがその項目の一つにございます。それを見ますと、いわゆる一級の人というのは「心臓の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの」ということになっているわけです。これは一級、二級同じだろうと思いますが、三級になりますと「心臓の機能の障害により家庭内での日常生活活動が著しく制限されるもの」と、こう実はなってきている。一級の場合には「自己の身辺の日常生活活動が極度に制限される」、ですからトイレに行きますとかあるいはまた自分の近くの物を取ったり本を読んだりということについてもかなり障害がある人だろうと思いますし、ところが、三級になれば、そういうようなことについてはどうにかこうにかできるけれども、普通の家庭内の日常生活ができない、こういうことであると思います。このことは、たとえば四級になりますと、今度は家庭内でのことはできますけれども、いわゆる社会での日常生活の活動が著しく制限をされる、こういうことになってくるわけです。 そういたしますと、親としては、一級あるいは二級に当たる、自分の家庭内における生活もなかなか自由にできにくいという子供に対すると同様に、社会の中で自分で勤めてそして自立することができない、そういう子供たちに対して自分の死後のことを考えますのは、これは当然同じであろうと思うわけであります。哀れみを持つということも同じであろうと思うわけです。 そこで、相続税の方には、いわゆる障害者控除として障害者と特別障害者というふうに分けて、その差をつけてここに導入されている。相続税の中にはしたがって特別にひどい人と、それからそれほどではないけれども、しかし社会生活を営むことのできない人、両方の程度の人のことをここの考え方の中に入れているわけでありますけれども、今回新しく取り上げられたとはいいますものの贈与税の方には、特別障害者にだけというふうに限られているわけです。自分の死後の子供のことを考えるという立場からいきますならば、親の立場に立ちますならば、特別障害者だけに贈与税の分野で限るということには一つ問題がありはしないか、こう思うのですが、いかがでございましょう。
○中橋政府委員 いまお話しのように、親とし近親者としまして、一般の軽度の障害であれ特別の重度の障害であれ、将来に対する不安を持つということについては同じだろうと私は思います。ただそこで、すでに現在ございます相続税の配慮というのは、確かにおっしゃいますように、金額の差こそあれそういう控除を受け得る人としまして両方の障害者を盛っておることは御指摘のとおりでございます。 ただ、そこで考えなければなりませんのは、相続と言いますときには、これは恐らく普通の場合、残された人たちの間の関係がうまくまいれば、そういった障害者につきましての財産の分与というのもかなり順調にまいって、そういう人たちに対する配慮というのもおのずと後に残った人たちの間で図られるということも期待され得るわけでございますし、そういった場合に、相続税を軽減することによりまして幾ばくかの生活安定の資も図られるというのが、現在の相続税におきますところの配慮でございます。 そこで、重度の障害者になりますれば、仮に相続が行われましたとき、相続財産の分与に当たりましてかなり心配がある、いわば精神的に身体的に十分その分与にあずかり得るという保証がない場合がかなりあると思うわけでございます。それはもちろん近親者の暖かい配慮があればそんなことは予測する必要もございませんけれども、やはり親とし他の近親者にしてみればそういうことが心配である、相続の場合には、より任せられないという心配が重度の障害者につきましてかなりその機会が多いだろうと思っております。 そういうことをおもんばかりまして、むしろそういう場合には早い時期に、相続という必然的な運命の前に、親としまして、近親者としまして、あえてそういう相続の場合に財産分与についてより心配のありそうな者に対して贈与をしますという場合に、今回の私どもの提案いたしておりますような贈与税の配慮というものを行いますれば、かなり相続税の場合におけるのと同じような効果が期待できるのではないかということで、今回の新しい制度につきましては、むしろそういった心配の非常に強い方、そして特別障害者という者に限定をしましたし、また分与されました財産の果実が必ずその人の将来の生活に寄与し得るような体制というのも一つの条件に加えておるわけでございます。やはりそういう重度の障害者につきましては、そういった配慮がむしろ必要ではないかというふうに思って、今回の改正案の御審議をお願いしておるわけでございます。
○坂口委員 人生のライフサイクルというものを考えてみましたときに、障害者があります場合に、たとえば父親が三十歳のときに生まれた子供で仮に先天性の障害者であったと仮定いたします。その父親が六十歳になって、ということは、子供が三十歳になっておるわけでありまするが、自分の死後のことを考えましてとにかくこの子のために贈与をしておこうということになりました場合に、その子にとりましては後人生がどれだけになるかわかりませんが、一応平均寿命七十歳といたしますと、その子は平均で申しますと四十年生きるということになるわけでありまするが、その場合に、いわゆる贈与税の非課税の対象が三千万円までというのも、これは少し厳しいという気がするわけであります。 それからもう一つは、先ほども質問をいたしましたとおり、普通の障害者と特別障害者との兼ね合いというものがここで大きな問題になってくると思うわけです。 特別障害者に対します国の施策というものも、現在の段階ではまだ十分ではございませんが、しかし、徐々にではありますが進んでいることは事実であります。たとえば、本年の予算の中にも盛り込まれております介護手当の問題にいたしましてもしかりでありますけれども、一級とか二級の人たちに対する国の施策というのは、徐々にではございますが進んでいることは進んでいると思います。 ところが、三級、ないし四級、五級という、だんだん下にいきますほどそういうふうな施策というのは当然及びにくいわけであります。それが五級とか六級というような形になってくれば、これはいろいろの社会生活もできる可能性もあるわけでありますし、それぞれの職業を与えるということにお互いが努力をすれば可能になるわけでありますが、問題は、三級ないし四級というところの、やるにもやれない、しかし一級、二級のランクには入らないというととろの人が大きな問題になるだろうと思うのです。親が障害のある子供のことを思います場合のその内容も、やはり一級から四級くらいの間は同じような思いではないかと思うわけです。 これは大臣にお聞きをしたいと思うわけでありますが、この問題も将来のいわゆる福祉政策との絡みの中で考えられていかなければならないことだろうと思うわけですけれども、一級ないし二級の人たちについては国が全部お世話をする、たとえば、そういう施設をつくって施設の中で生活をしてもらうか、あるいはまたそれぞれの家庭で介護手当なり何なりを出してそこでその人たちのめんどうを見るか、それは別にいたしまして、何らかの形で国がめんどうを見る——めんどうという言葉は悪うございますが、お世話をしていく、そういうふうになれば親の心配もそれほどでなくなるわけであります。その辺の施策との絡みになって、この問題は重要な問題になるだろうと私は思うわけであります。 そういう意味で、現在の社会保障に対する考え方の中で物を考えますと、先ほど私が申しましたように、特別障害者だけに限るという考え方は非常に無理がある。だから、現在の社会保障の程度でありますと、贈与税の分野におきましても、やはり三級ないし四級の人が含まれる普通の障害者に対する配慮というものもなされてしかるべきではないか、こう思うわけです。そのことに対する大臣のお考え、これは将来に対する社会保障等の考え方を含めていただいても結構でございますが、ひとつ御見解を承りたいと思います。
○大平国務大臣 社会保障という問題になりますと、財産があるとかないとかということとかかわりなく国がどのように配慮するかという問題になってくるわけでございますが、税制として考える場合は、その特定の人に生前の贈与についてどう考えるかとか、相続の場合にどういう特別な配慮をするかという、そういう相続財産あるいは贈与財産がたまたまある方について税制のフレームの中でどう考えるかという問題になってくるわけでございまして、全然問題の性質が違うと思うのであります。 もとより坂口さんから御指摘のように、将来非常に社会保障の制度が充実してまいりまして、税制その他の特別な政策の分野でいろいろ施策しなくても事柄が解決するというようなことになれば大変幸せでございますけれども、いまわれわれはにわかにそういうことを想定するわけにはまいりませんので、限られた税制の範囲内において、順序としてどう考えていくかという現実的な課題を解かなければならぬわけでございます。 そこで、生前贈与という場合にこういう制度をひとつ考えてみようという前進を図ったわけでございまして、この境を一級、二級のところにするか、あるいはいまあなたが御指摘のように、三級、四級というようなところに拡大すべきじゃないかという御議論、確かにあると思うのでございますけれども、こういう制度をつくります場合のこれまでの経緯から申しまして、まず重症者ということから始めさしていただくのが順序じゃあるまいかというのがわれわれの考え方でございます。 税制といたしまして限られた範囲内においての政策的な判断でございますだけに、それだけそういう制約があることは御理解を承りたいと思います。
○坂口委員 大臣のお話にもありましたとおり、この考え方の順序として重症者の方から考えられるということ、これは当然そうであろうと思うわけであります。ただ、考えられます場合に、どこまでをワンセットにして考えるかということだろうと思うわけでありますが、今回の場合には一級、二級というところに非常に限定をしてお考えになった。この考え方の発想からいくならば、少なくとも四級くらいまではワンセットにすべきではなかろうかということを私は申し上げているわけでございます。 限られた税の中でということでございますが、確かに限界はあることは私もよく承知をいたしております。ただ、きょうは私問題にいたしませんけれども、先日のこの委員会でもいろいろ議論がされました相続税の非課税の青天井の問題等もございます。これは三分の一以内であるならば青天井で、全部課税をしない、こういうふうな措置が一方においてされるのであるならば、贈与税におきましても三級、四級の人たちに対する配慮があってもよかったのではないかということを私は申し上げているわけであります。 人数にいたしましても、三級、四級の人を含めますとどれだけになるか、私も細かな数字は持ち合わせておりませんが、そう莫大なことになるわけではないと思う。一方において奥さんの場合には、三分の一以内であればこれは青天井で全部非課税というようなことがなされるのであるならば、一方における障害者の場合にもやはりもう少しこれは配慮をされてしかるべきではないか、こう思いますが、いかがですか。
○中橋政府委員 やはりどこかで切らなければならないという問題が一つございますが、そのほかに相続税と贈与税の果たす役割りという問題、それから先ほど申しましたように、相続という必然的な運命によって生ずる事態と、贈与という自発的な意思によって生ずる事態との違いということから考えますれば、私は相続税の方にいろいろな制度について相当の配慮というのを講ずれば、贈与税におきましての配慮というのは、それと全く同じようにパラレルに考える必要はないのじゃないかというのが実は基本的な考え方でございます。 配偶者につきまして、たとえば相続のときに三分の一の相続財産について非課税にするということであれば、大体の人はそれでもって救われるわけでございますから、贈与のときの居住用不動産についての問題のときには、そう贈与税において精緻なる制度をつくる必要もないのではないか。 また同じように、身体障害者の場合におきましても、重度につきましても軽度につきましても金額は違いますけれども、相続の場合にはそれぞれ軽減の措置を講じておるわけでございますが、先ほど申しましたように、そういう場合に、相続であれば何歳のときにそういった事態が起こるかということでいろいろ非課税財産の金額というのは違ってまいりましょうけれども、かなりの配慮というのが私は講じられていると思っておりますが、それでどうしてもいかない、それでなお心配であるというのは何かと言えば、先ほど御説明いたしましたように、やはり相続のときに相続財産を十分分与されないような心配のある人に真っ先に今回の制度を考える必要があるのではないかということでやったものでございますから、それが必ずしも私は一級、二級で絶対的に限定しなければならないものとはもちろん思っておりませんけれども、やはり従来のそういう重度という区分によったわけでございます。
○坂口委員 決して私も順序が間違っているということを申し上げているわけではないのでありまして、順序は正しいのであろうと思います。ただ、考えるのならば、一応どこまでを一つのセットにして考えるべきかという、その線引きのところが誤っていはしないかということを実は私は申し上げているわけです。 この問題は平行線でいつまでたちましても同じであろうと思いますので、もう一つだけ最後にお伺いをしておきたいと思いますが、特別障害者に対する贈与税の非課税制度の創設の中で、金銭それから有価証券その他の財産が信託されたときということになっておりますが、たとえば配偶者に対する控除の例のように居住用の不動産を配偶者に贈与した場合には、いままで五百六十万円であったものを一千万円に控除を引き上げる、こういうことになっておるわけでありますが、身体障害者にもしも居住用の不動産を贈与しようとしたときは、この「有価証券その他の」という「その他」に入りますか、入らないのですか、この点ひとつお伺いいたします。
○中橋政府委員 この制度は身体障害者の将来の生活の不安をできるだけ解消しようという目的でございますが、そのためにはやはり生活の財源を一番確保する心要があると思いますので、真っ先に考えておりますのは、いわば果実を生む財産が一番適当であろうというふうに思っております。 ただ、その場合に、それでは全部果実を生む財産だけでなければいかぬのかということになりますと、おっしゃいますように、いま親ともども住んでおるような居住用の不動産がございまして、そこで重度の障害者も将来ともに住んでいかなければならない、そのほかにまた日々の生活の資というものを何らかの意味で確保するというようなことでございますれば、おっしゃいますように、居住用不動産というのも今回の制度の対象にしなければならないと思っておりますけれども、基本はやはり日々の生活の資、年々のそういった財源を収益を生む財産としてなるべくは贈与するということがこの制度の本来でございまするから、居住用不動産のときにもそういう果実を生む財産と組み合わせる必要があるのではないかというふうに思っております。 結論としましては、やはりそういうような場合を想定いたしまして、「その他の財産」というときには居住用不動産というものも含めて考える必要があるからということで現在検討中でございます。
○坂口委員 政治の方向が、先ほど申しましたとおり、たとえば一級、二級の皆さん万に対しては何らかの形で、方法はいろいろあろうと思いますが、国の方でお世話をするという形になるならば、現在こういうお子さんをお持ちの両親も安心して任せられるだろうと思うわけでありますが、現在のような段階でありますと、そういう子供さんが全部が全部そういう施設に入れるわけでもありませんし、そういうことになりますと、家屋敷というものについては、やはりこの子に確保しておいてやらなければならないということが実際問題としては起こってくるだろうと思うのです。まあ果実を生むものも当然大事ではありますけれども、現状におきましては、それに加えて必要最小限度の家屋敷というものをそれにプラスしてやはり考えざるを得ない、こういうことであろう。 そういうことを考えますと、やはりこの「その他の財産」という形になって、非常に消極的に書かれておりますけれども、むしろその辺の分野はこの中に積極的に含めてもらうべきではないか、こう実は考えたわけでございます。そのことについてのお願いをいたしまして、私の質問を終わらせていただきます。 最後に、大臣、何かお言葉いただくことがございましたらひとついただいて、なければもうこれで終わらせていただきます。
○大平国務大臣 いまお話がありました財産を含めるという問題は、結局そういう方向で処理していかざるを得ない、こう思っております。
○坂口委員 終わります。どうもありがとうございました。
○上村委員長 山中吾郎君。
○山中(吾)委員 大臣が出席されておりますので、質問をする予定ではなかったのですが、一言だけ大臣にお聞きしておきたいと思います。 最近、住民運動の中で、予算の防衛支出分だけは不納入運動をやっておりますね。これは最近新聞を見たのです。最近の住民運動については、議会制民主主義に対する不信感、政治不信感のあらわれとして、政治家としては非常に深く関心を持たなければならぬと思っておるのですが、税関係において、予算支出が憲法的に疑義がある分については不納税という一つの思想で運動をしておる。憲法では、十二条ですか、憲法に保障された自由、権利を守るには国民が不断の努力をしなければならぬという規定もありますから、この辺について、予算並びに税、いわゆる支出、収入、両方を担当しておる大蔵大臣としてはどういう感想を持っておられるか、お聞きしておきたい。
○大平国務大臣 予算という民主国家における一つの制度は、だれが発明したのか知りませんけれども、これは大変な発明だと思うのです。これは歳入と歳出と一体としてそういう形式の中に配列をいたしまして、国の事業のもくろみというものを計数でちゃんとあらわしたものでございまして、全一体でございますので、この部分はいいけれどもこの部分は悪いのだと言ってやったのでは成り立たないわけなのでございます。 私ども予算に関係しておる者といたしまして、個々のアイテムについて御不満もあろうし御議論があろうと思いますし、またあっていいと思うわけでございますけれども、一たんこれが予算という制度に整理されて国会で御承認が得られた暁におきましては、これを軸といたしまして、国家の機関はもとよりでございますけれども、国民がこれを尊重してまいることが民主政治の基本だと思うのでございます。 今日、いま山中さんがおっしゃっているように、一部市民運動で動きがあるように承っておりますけれども、思い直していただきまして、そういうことのないようにひとつお願いしたいと思います。
○山中(吾)委員 私は政治不信というものがこういうときに出ないように政治家が努力しなければならぬという意味で一応話題に出したのですが、自衛隊自身も憲法違反でないと言うならば、そういうふうに解釈をするならば、自衛隊法の第一条に、憲法九条の国際紛争に関する武力としては行使しないとか、堂々と目的を明示して、国民に疑義を持たせないようにすべきだと思うのです。 われわれが、また野党が、自衛隊はこの現実においては運営あるいは安保の関係その他からどうも九条違反のなにがあるという論をやってもいいのですが、教育政策として、教壇に立つ先生が非常に苦労をしておる点について、この間予算委員会で湯山氏から疑義が出たわけです。また一方で、税制の方からも不公平是正に至る不信感もプラスしてこういう住民運動が出ているのですから、やはりもう少し制度の改正とかあるいは予算の出し方とか立法のあり方その他の中で、こういう問題が出たときにまじめに深く掘り下げて考えるべきではないかという感想を私は持っておりますので、大蔵大臣のお顔を見ると一度は触れたくなったので申し上げたわけであります。これ以上は申し上げません。 入場税法のことについて一言だけ、私はある意味において不満があるのでお聞きしておきたいわけでありますが、今度三千円までを免税点にしたことは改善であり、これは異議はございません。しかし、従来、教育、文化活動を目的としたいわゆる営利事業団体でなく、営利を目的としない演芸、いわゆる民間ボランタリー運動として行う演芸その他のものについては入場税は免税にしてほしいという運動もあり、この大蔵委員会においても何回かそういう論議がされたわけであります。 この点について、三千円まで免税にすれば、そういう教育活動、文化活動あるいは全国の子供の劇場とか社会教育団体の行うものについて大体免税になるということは確かにわかるのですが、しかし、営利事業団体による営利事業としての演芸その他の催しと、このボランタリー運動として行う演芸その他の催しを同じレベルで考えて、これで大体文化活動においても免税になるだろうというだけで、違った目的の活動を三千円の免税点で埋没させてしまったという感じがするのですね。その点が非常にこの法案の思想について私は異議がある。これは局長どういう考えでしょう。
○中橋政府委員 いまお話しの、たとえば民間のボランタリーな運動としまして非常に有意義な催し物を行われるから、それに対しましての入場について入場税を課すべきでないという意見でございますけれども、確かにそういう意見の方もございます。ございますけれども、私ども入場税と申しますか、税金の立場から申しますと、その考え方は従来から何回も議論がございましたけれども、とり得ないのでございます。その催し物が一体どういう形態で行われるのか、あるいはその催し物がどの程度文化の香りが高いのかという内容なり手続に立ち至って入場税というのは考えるべきではないというふうに考えております。 したがいまして、いかに文化の香りが高い催し物でございましても、あるいはまたそういった自主的な民間の運動としまして行われる催しでありましても、ある程度高い入場料金を負担して入るような人には、それぞれ入場税というものを負担してもらわなければならないのではないかというのが私どもの基本的な考え方でございます。 もちろん、その際に、かなり高いところに免税点を設け得るならば、いまおっしゃいましたように、自発的な運動として催し物を行います場合にはそんなに高い料金というものを取ることもありませんでしょうし、あるいはまた、その一部のものについてより高額の料金を取るということも考えられませんから、恐らくそういう意味では入場税はかからないということでございましょうけれども、そういう金額に埋没されるのはどうも入場税の性格としておかしいのではないかという御議論に対しましては、私どもはやはり入場税の性格からしまして、そういうものの分別をすることが税としてはなかなかむずかしい立場であるというふうに考えております。
○山中(吾)委員 局長の答弁は非常に論理的でないと思うものですから、もう一度お伺いしますけれども、私は全部免税にするということは主張していないのです。一定の入場料以上は取っていいと思うのです。やはり事の性格によって区分すべきである。それは、局長はいまそういう言い方をしましたが、歌舞伎というのは重要文化財に指定されておるがゆえに、歌舞伎上演も無税になっておるでしょう。それから国立劇場で行うものも無税になっておるでしょう。それはいわゆる単純なる最大利潤を追求する営利事業ではないという推定があるからです。 したがって、あなた自身が大蔵省の税制の中に、いわゆる営利事業的なもの、そうでない文化的なものということで、税を課するもの、減免税にするものとちゃんと区分しているじゃないですか。あなたの言っていることが事実に合わないし、入場税の性格としてはといま答えられたけれども、どうも論理的でないのですね。どうです。
○中橋政府委員 いまおっしゃいましたように、確かにたとえば国立劇場で催される伝統芸能でございますとか、文化財保護法によりまして助成の措置が講ぜられております文化財の公開とかいうものにつきまして、入場税を課さないという規定はございます。それはいまおっしゃいましたように営利を目的としておるかどうかという判断ではございませんで、むしろそういうものについて国がかなりの援助をせざるを得ないということでございます。たとえば国立劇場におきましてもしかりでございますし、歌舞伎とおっしゃいましたけれども、歌舞伎の中でもやはり文化財保護という観点から、その演目なり演出なりそれに出る人につきまして国として助成の措置を講じなければならないということでもって非課税ということをやっております。 したがいまして、おっしゃいますように、文化の度が高い、たとえば歌舞伎は文化の度が高いというような観点ではございません。あるいはそういうものが民間の自発的な運動によって行われておるという観点ではございません。
○山中(吾)委員 どうも局長の論理が混迷しておるように思うのですが、余りくどくどと申しませんが、入場税を減免するときにはその目的を基準にしておる場合もあるし、それから団体の性格から決めておる場合もあるようだし、国立劇場の施設の性格からもきておるようで、いろいろあるようですね、税制の特別措置を見ておりますと いずれにしても、こういうことだけは区別さるべきではないかと私は思うのですが、営利事業というのは最大利潤を追求する事業ですから、黒字があればあるほどいい、それが営利事業だと思うのですね。それから民間の青年団とか社会教育団体がやる場合は、そうでなくて、経費を充足することが目的で、黒字もない方がいい、赤字もない方がいい。赤字の場合はいろいろな文化活動をするときには国の補助を得なければならぬ。国の補助を得ればボランタリーの性格は薄れてしまう。上からの恩恵のために自発的なそういうエネルギーは出ない。したがって、地域の文化活動、教育活動のために上映をしたり何かするときには、少なくとも経費だけは充足さしたいというので、入場料を決めるそのときは免税にしてほしいということを、いままでこの中で私も主張したことがあるのです。 だから、最大利潤を追求する営利事業の場合については黒字があればあるほどいいのですから、その立場において入場税を安くしてくれという運動があるけれども、あなたはそれと同列に、利潤を追求するのでなくて非営利的な目的で地域の社会教育活動、文化活動、子供の校外活動を援助するとかあるいは芸術の振興を図るとかいうものについて入場税を免税にするということのようだけれども、私は入場税の性格から、あなたの同列にすべきだという論理は成り立たないし、これは区別していいんじゃないか、その思想が大事ではないかと思うのです。 現在の税制の性格は営利事業に非常に過保護である、逆に教育文化活動に非常に厳格であるというのが全体の傾向だと私は思うので質問をしておるわけですが、今度の入場税の場合も、三千円までにすれば大体教育文化活動はそれ以下だろうからいいだろうというので、その思想を埋没さしていまのあなたのような税思想を主張されるのでは、私はこの入場税の免税点を三千円にしたのには賛成しますが、それを支える思想についてはどうも賛成できない。大臣どうですか、私の論理はおかしいですか。
○大平国務大臣 山中先生のお話を聞いておりますと、おっしゃることそれ自体は、その論理で推しますと確かにそういう立論は成り立つと私は思うのであります。 ただ、私はあなたとちょっと違うのです。考え方がちょっと違うのは、普通の営利事業と非営利あるいは経費を充足すればいいじゃないかという事業とは違うんじゃないかということでございますが、いまあなたの言う営利事業というのは、結果として非常に利益が出るかもしれませんしあるいは損が出るかもしれませんけれども、本当は日々営々として一生懸命働いておるわけですね。あなたのおっしゃるようにもうけようとして働いておるのか、事業を大きくしようとして働いておるのか、国のためになろうとして働いておるのか、いろんな動機があるだろうと私は思うのです。 最大の利益を求めて働いておるというような純粋な経済人、営利人なんというのはいないんじゃないか、そういうようなのは私は余りいないんじゃないかと思います。いまの経済人というのは、毎日毎日企業三味というか、一生懸命になって、これだけの従業員を路頭に迷わしたらいかぬとかいうようなことを一生懸命に考えてやっておるんじゃないか。最大限の営利を追求するような純粋な経済人というのはないんじゃないか。 それから逆に、非営利事業、非営利的な企てというのも、中にはまゆつばなものもありまして、そういうことをたてまえにしておるけれども、実際は相当インチキものもないとは言えないわけでございますので、これは一概に私はいい悪いの判断はできないのじゃないかと思います。 そこで、そういう問題になるべく立ち入らないようにして、そういう判断は税務署の役人が下手にすべきじゃない、ただ経済的価値、入場料というような接点だけでタッチして税金だけ取らしてくれ、そういう文化価値の世界にはもうめんどうだから余り入りたくないというのが、中橋君が言っておる言い分の一つになっているのじゃないかという感じがぼくはするのです。それはそれなりに私はわかるんです。余り現場の役人に、これは文化的である、これは文化の香りが高いからどうのこののという判断を求めても無理な話だから、そういうことからできるだけ中立性を持たして、できるだけ機械的に税金は取るという、まあ文化の世界なんという厳かな世界に余り入らぬというように税法の執行をやらしてもらいたいという気持ちが一部あるのじゃないか。 だから私から言わすと、まあ山中説と中橋説の中間ぐらいのところ、そんな感じがいたしますけれども、私の意見を求められても、どっちとも軍配を上げにくいのですけれども、そんな感じがいたします。
○山中(吾)委員 何か局長弁護論をやられたようですが、文化活動をしておるものにもおかしいのもありますから、それは査定の問題ですから、私はより好みで簡単にできると思うのですが、ヨーロッパあたりに行きますと、事実そういうものは免税になり、一般の営利事業団体の上映その他とは区別しておるものですから、これは先進国の常識だと思うので、わが日本の大蔵省だけが同列に何らの区別もすべきでないという局長の思想は、私は少数派だと思っておるのです。 まあ大蔵大臣が中間説をとっておるのでその辺にしておきますが、これはやはり税法の現象に出た面については現在の物価上昇その他の関係で大体三千円まで免税というのですから、実際の適用については趣旨は通っているが、思想はやはり少し変えないといかぬのじゃないか。また、将来においてやはり区別をすべきものである。学生の場合の入場税は無税にするという人的な部面からの規定も必要であろうし、明らかに各地域の民俗文化、文芸、あるいは文部省、地方自治体がすでに文化財として指定しておるような古典芸術その他のものについては入場税は取らないとか、いろいろの技術的な多様性はあると思うけれども、それを区別してはならぬという思想は、局長は余り昔のとおりにとがんばらないで考慮すべきだと思うんですよ。大臣は中間説をとったのですから、せめて中間説ぐらいに進めなさい。答弁だけ聞いておきましょう。
○中橋政府委員 私どももそこは、免税点という非常に文化とは遠い金額でございますけれども、いろいろなことを考えながら、免税点の高さというものを随時見直しながら、なるべくはそういうものへの入場は課税が行われないようにするというのが今後の私どもの考え方だろうと思います。 ただ、やはりそこに一点残りますのは、そういうものでも非常に高く入場料を取られておる場合には、入場税というのは負担をしてもらわなければならない。そこは一つ基本として残るわけでございまするけれども、大部分の問題としては、実際面では私は免税点の問題としていろいろな配慮がなし得ると思っております。
○山中(吾)委員 まあ、その辺でとどめておきます。 相続税のことについてお聞きいたします。 今度の改正で、配偶者の取得相続財産四千万円までを非課税とした理由はどういう理由でしょう。
○中橋政府委員 四千万円にいたしましたのは、相続人が五人の場合に相続税の非課税限度を、現行は千八百万円でございまするが、これを四千万円に引き上げるということでございまして、これは四十一年のときにそういった数字が実は一千万円でございましたので、その後におきますところの地価の上昇、国民所得の上昇というようなものを勘案し、また、最近までにおきますところのそういった課税最低限によりまして、相続人で相続税を課税される遺産を残した人がだんだんふえてくるというような事情もございましたので、そういった今日までの日本における経過と、それからまた欧米のそういった数字というようなものを参酌しながら四千万円に引き上げるということで御審議をいただいておるわけでございます。
○山中(吾)委員 明確な基準、四千万に持っていったという基準がどうも十分に説明されていないように思うのですが、相続税というのは、所得じゃなくて資産ですわね。相続税は所得税じゃなくて資産税でしょう。だから、都市近郊の住宅の価格とか何かを基準として考えられたのかどうかと思って聞いたのですが、もう一度説明してください。
○中橋政府委員 宅地価格指数というのがございまして、それが先ほど申し上げましたように、昭和四十一年から今日の事情を見てみますと、約四倍になっております。 それから、それをもとにいたしまして、昭和四十一年におきまして課税最低限一千万円というときには、一体どの程度の宅地なりどの程度の家屋なりその他の財産を持っておっても、こういうところでは課税にならない、こういうところでは何坪ぐらいまでは課税にならないという数字をいろいろ持っておるわけでございます。それを四倍にもなりました宅地をもとにいたしまして同じような考え方をしまして、大体四十一年のときに宅地なり家屋なりその他の財産なりをある程度持っておる、そういう地点、地点で見てみまして、大体四倍に課税最低限を引き上げていただければ、同じような事態が期待できるのではないかというようなことを基本にやったものでございます。
○山中(吾)委員 疑問は疑問のまま残しておいて、次に進みます。 配偶者と規定しておるものですから、被相続人が妻の場合、夫が同じ恩恵を受けるということになるわけです、この法律から言いますとね。恐らく男女の本質的平等というところから形式論できたと思いますけれども、どうも妻の場合については、われわれの常識の中に、内助の功もあり、妻の場合はもっと優遇すべきであり、また経済的弱者という思想があって、直ちに認めるというふうな思想でこの問題はすぐ入るわけですが、夫の場合については、恐らく妻のお父さんなどが亡くなって、その遺産が転がり込んできた。夫から言えば、本当に何の努力もなしに得た財産だと思うんですね。それを同列にするということは、少し形式論理過ぎるのじゃないかという疑問がある。この法案を提案されるについて、事務当局にもそういう問題意識とか悩みがあったと思うのですが、これはどう解釈しておりますか。
○中橋政府委員 今回御提案をいたしております。配偶者の相続財産が三分の一以内でございますれば相続税を課税しないということでございますが、その場合にもやはり私どもは、基本的にはもちろんおっしゃいますように、妻の座というものを頭に置いて考えております。夫婦の共同生活につきましてのおおよそのわが国におきますところの形態で、大部分は夫が所得を稼得する立場に立つ場合が非常に多うございまするから、今回の制度の場合におきましても、やはりそういったものを相当重要な要素として考えたことはもちろん事実でございます。 それだからと言いまして、逆の方向として妻から夫へ、そういった場合が起こり得ましたときに、それを配慮するということもまた適当なのではないかということを考えております。 と申しますのは、もちろん両性の平等ということはおきまして、相続税の今回の改正は、一つは、同世帯間におきますところの相続というものについてもかなり配慮を加えていいのではないかということから考えておりまして、そこで今回、いろいろ御批判もございますけれども、三分の一という限度だけで金額の限度を設けておりません。そういったものも、やはり同世帯間におきますところの相続という場合の税金の問題として考えておりますので、そういうことから言いますと、やはり妻から夫へ財産が移転しました場合にも同じように考えなければならないのじゃないかというふうなことで、三分の一の配慮と言いますのは、いわゆる配偶者間に、夫から妻へも、妻から夫へもともに考えておるわけでございます。
○山中(吾)委員 三分の一はいわゆる天井なしにということが疑問があるので質問しているのですが、確かに同一世帯の所有権の移転、しかし皆さんの立法理由には、その次には夫婦の共同努力の成果であるということ、第三には妻の経済的地位の不安定から老後の安定へというふうなところから、われわれが意識するしないにかかわらず、妻の場合のことばかり考えてきているんだ。この場合に、夫の場合は除外するくらいのただし書きを入れても構わぬ、そういう論理で実はきているわけなんです。 現実に経済的弱者に対して経済的に特に保護するということが平等の原則ですから、形式論理で、夫の場合だけは除外するのはおかしいという論理自身がおかしいんじゃないか。しかも三分の一というのは無限に、何十億の遺産でも三分の一の場合は無税という場合に、経済的強者の夫にそれだけの恩恵を与えるという論理がどうも私には納得できない。同一世帯の所有権の移転という論理から言っても限界がなければならぬ、ことに夫が相続人の場合は。何らの努力もなしに、妻の父親が亡くなった、その遺産が転がり込んでくるだけのことで、これはおかしいと思うんですがね。どうもこれは賛成できない。何の悩みもなしにこういう原案が皆さん出せますか。
○中橋政府委員 私は、やはり夫といい妻といい、共同生活を営んでおります場合に、こういうふうな問題を考えます場合には、経済的な強者、弱者という立場は余り考える必要はないんではないかということを考えております。むしろ、やはり先ほど申しましたような同世帯間の財産移転ということ、それから遺産ということが生じました場合に、それが一体、夫婦のいずれの力によって寄与されたかというような問題を考えてみますれば、それはいずれにも軍配をなかなか上げ得ない、妻は妻としての言い分があるはずでございます。そこは確かに外に出て所得を得るのが一般的には夫であるから、あるいは夫というのは仮に妻が先立った場合にもなお経済的には所得を稼得する能力がより高いからという判断を加えるのは、実はその場合には不必要ではないか。いずれの側に財産が移転しましても、同じように考えるのがやはりこういった場合には素直ではないかというふうに思っております。
○山中(吾)委員 これも局長の答弁はどうも頭にすっきり入らない。疑問として残しておきます。 次に、法人に対して移譲した場合に、その法人は法人所得税を課せられるのか、あるいは何らかのきつい累進税の相続税が課せられるのか、どっちですか。
○中橋政府委員 法人がそういう財産を受けました場合には、法人税がかかるわけでございますので、前々から申し上げておりますように、いわばフラットな税率が適用されます。
○山中(吾)委員 どうも、前の大蔵大臣とぼくの疑問を論戦したんだが、擬制説という古い幽霊の中に法人税というものを考えて比例税にしているから、こういう相続財産についても——これはある意味において完全なる不労所得なんだね。しかし、法人の場合には比例税によってごく軽い税金でおさまる。しかも、民法上特別の位置を与えられた肉親の法定相続人がきつい累進税を受ける。どうも私の公平の原則というのか常識からいいますと、まことに矛盾に思うのですがね。大蔵省の行政官は何とも思わないんですかね。 そういう大蔵省の税思想の中におるから、同じ一つのかまの中におるから、かまの姿がわからないのじゃないか、たまには外からのぼくらの意見を少しまじめに聞いて、税制そのものを原点に戻って検討すべきではないか。その趣旨でぼくはいつも質問しているのですが、どうも右から左から、上から下から検討してみたが、非常に矛盾を感ずるんです。大蔵大臣はどうですか。これも折衷思想ですかな。ここでは感想だけ聞いて次に移ります。
○大平国務大臣 いま立法政策の問題として一つの問題が提起されておるわけでございますけれども、いまの実定税法上、ほかに取り扱いようがない。いまの局長の答弁以外に道はないわけでございますが、これは山中先生御指摘のとおり、法人擬制説がいつまでもこれを死守していいものかどうかという問題に結局帰着してくるんじゃないかと思います。これは確かにいまわれわれの税制に投げかけられた時代的な大きな問題だろうと思いますが、とっくり考えさしていただきたいと思います。
○山中(吾)委員 政治家として生きている間に検討してください。大蔵大臣の時代とは言いませんが、疑問だけを私がアマチュア意識で見て提起して、したがって、最後に相続制度そのものに法制局長の意見を聞かなければならなくなっているので、疑問点だけを聞いていきたい。 相続税率が相当きつい累進税である、これは皆さんのほうではどういう理由できつい累進税率にしているか。
○中橋政府委員 相続税は、相続という時点で行われます財産の移転を契機にいたしまして、財産の再分配を企図しているものでございます。したがいまして、やはりその財産の価額が大きければ大きいほどそういった再分配の効果というのを上げる必要がございまするから、累進税率というのがどうしても必要になるわけでございます。 その程度はいかほどが適当かということは、それはそのときそのときの判断というものはございましょうけれども、やはり相続税というものがそういったことを目的にしておる税でございまするから、かなり高度の累進構造をとってもいいものであるというふうに思っております。
○山中(吾)委員 それだけの答弁では不十分じゃないのですか。個人の所得税の累進税率によらないで相続税について特別の累進税があるから、その相続税の累進税率についての理由を聞いているわけですからね。たとえば相続を受ける方から言えば、何ら額に汗をしないで入ってくる、勤労所得と違うのだから、これはもっときつい累進税を加えるべきだという理由が一つあるのじゃないか、あるいは社会的還元の思想もあるのではないか。もう少し思いつきじゃなくて、三つか四つあるでしょうから、それを整理して答えてみてください。相続税の累進税の理由は再分配の原則だけですか。
○中橋政府委員 もちろん税でございますから、それによって幾ばくの税収を確保するか、あるいは国税の中においてどういう地位を占めるかということも考えなければなりません。しかし、何といいましても相続ということを契機に資産の再配分をやろうということでございますから累進構造をとるわけでございますけれども、それじゃその累進度を一体どの程度にしたらよいかということを判断いたします場合には、もちろん所得税の累進度ということも考えなければなりませんが、やはり相続税の方は長年において蓄積されました財産、それからまた先ほどお話しのように親代々から継承してきました財産でござますから、また別の観点があってもよろしいかと思います。 しかし、そのときにもう一つ考えなければなりませんのは、やはりどういった財産制度をとっておるかというようなこと、あるいはそういう累進構造の相続税というのが財産蓄積の意欲というのをどの程度阻害しても構わないのかというような勤労意欲と申しますか、財産集積意欲と申しますか、そういうものに対する影響も考えなければなりませんけれども、そういったいろいろな観点から相続税の累進度というのを考慮すべきものと考えております。
○山中(吾)委員 勤労意欲その他というのは、勤労所得に対する累進税の理由ならわかるんだ。どうも局長は頭が未整理だね。親から譲られた財産に対して勤労意欲がどうだという理屈なはいですよ。こんな論議をいますぐしてもしょうがないですが、もう少し整理してみてくださいよ。これも疑問。 次に、これは相続制度という思想から意見が分かれると思うのですが、とにかく受ける方から言えば不労資産であり、不労所得である。親の愛情を受けるものなんで、したがって、無限に相続財産を受けるという制度も必ずしも妥当でない。上限があってもいいんじゃないか。三億以上は全部社会還元しなさいという制度、立法論があってもいいじゃないか。逆に、住宅その他については全部無税にしていいだろう。上限と下限というものを考えた相続税についての思想があってもいいんじゃないかと私は思うんですがね。 そこで、相続税を課する理由について、分配の公平ということ以外に、やはり不労資産であるからとか社会的な一つの所有制度の問題も出てくるが、社会還元の思想その他も含んで、上限と下限があっていいじゃないか。ただ、下の方をずうっと無税に物価関係だけでするというのでなくて、子供たちの必要な住居、あるいは未成年なら教育費、あるいは女の子なら生活費というふうなものを考えながら、下の方は税を軽くする。しかし、二億、三億以上は、これは全部社会に還元していいじゃないかという相続税の設定の仕方もあってしかるべきじゃないか。どうでしょう、それは。これは大蔵大臣にお聞きしましょう。立法論です。明確に先に言っておきます。
○大平国務大臣 立法政策としては、検討に値する課題だと思います。
○山中(吾)委員 それから、文字どおり立法論ではあるが、現行民法においては、第一順位は子供、妻、第二順位が親、第三がきょうだいまでいっていると思うのですが、家族制度というものが、意識は残っていますよ、しかし制度としては廃止になった現在の家庭主義の段階において、財産というものは親の心配する子、孫、妻、第一順位でいいんじゃないか、そのほかは全部社会還元していいんじゃないかと私は思うのですが、これはいかがですか。これも大蔵大臣かな。
○中橋政府委員 税金だけの問題からお答えするのはいかがかと思いますけれども、先ほどの御意見ともあわせましてお答えいたしますと、山中委員のおっしゃいました下限につきましては、大体同じような思想でございます。 確かに、おっしゃいますような物事を考えながら、違いますのは、物そのものについて一つ一つ分別的に判断をいたしませんで、課税最低限という金高で総合的に判断をいたしておりますところが違いますけれども、思想としては、下限について相続税を課税しないということは同じような思想だと思います。 それから、上限につきまして、どの辺までという金高は別にしまして、一体何%ぐらい相続税として取ってしまっていいのかという問題でございます。これはおっしゃいますように、ある程度のところへいって一〇〇%という税率が可能ではないかというお考えだろうと思いますけれども、それも物事としては考え得るところでございますが、先ほどおしかりのありました勤労意欲と申しましたのはそこでございまして、たとえば、毎年毎年どんどん所得を稼得いたしまして財産がたまってまいりますときに、仮に自分が死んだ後で、その部分はいわば一〇〇%自分の身内に残らないというときには、やはりそこには勤労意欲という問題が出てくるんではないかということで申し上げたのでございます。そこを兼ね合いとして考えまして、一〇〇%の税率が一体相続税として適当なのかどうか。これは同じように所得税についてもあり得るわけでございますけれども、そういう問題として最高税率の問題は考えなければならないと思っております。 それから、家族につきましても、おっしゃいますように、いわば順位ごとに税率を適用するという考え方もございましょう。その場合に、三順位とか四順位の後順位のものにつきまして非常に高い税率、いまのお話では一〇〇%の税率ということになりますけれども、そういうものも考え得ないことはないと思います。ただ、そこが、家族制度と申しますか、肉親の愛情と申しますか、そういうこともあわせて考えなければならない問題だと思っております。 そこで、わが相続税におきましては、その点ではやや山中委員のお考えも入れまして、たとえば配偶者とか一親等の血族以外に財産が相続せられました場合には、いま申しました者への相続の場合の相続税の二割増しを取っておる、いわばそれだけ税率を高くしておるわけでございます。それをよりもっと高くすべきでないかという御議論はございましょうけれども、そういう分別は確かに必要でございましょうが、やはり最後は、どの程度かという程度の問題に帰着するのだろうと思います。
○山中(吾)委員 私は、人間が生まれたときに親から全然住宅ももらわない人間と、何億という遺産をもらって持っておる者と、生存競争の同じスタートラインに立って用意ドンすることは、これほど不平等なものはないと思う、人間を尊重するという立場から言って。相続財産というものについては多いほどいいという問題ではないから、そういう人間の平等という立場からも私は上限はつくっていいという思想なんです。 また一方に、西郷隆盛じゃないが、「子孫に美田を買わず」という親の愛情もあるのですから、多くあればあるほど勤労意欲が出るのでなくて、一定以上あれば勤労意欲はなくなりますよ、遊んで食っていけるんだから。だから先ほど、局長は勤労所得税と混乱をしてぼくに答弁しているのではないかと言っているのはそれなんです。 そういうことを考え、また一方に累進税でこれを見ると、七五%までかけている。私は税金というのは五〇%くらいで——一たんもらったやつを七五%取ってしまうというのは、心理的には収奪みたいな意識があるから、五〇%なら五〇%あるいは六〇%程度にして、五億以上とか何億以上のものについては民法上取り戻す権利のあるいわゆる遺留分だけにして、あとは社会還元だという何かそういう上限の規定の仕方はないのかということで申し上げたのです。渡しておいて税金で一〇〇%取るなんて、そんなばかな制度はないですよ。だから、税金で課するパーセンテージというのはせいぜい七〇%であろう。しかし、上限をとにかく最初から社会還元としていくというふうなことが、いわゆる相続制度から言って妥当な論理となるのではないか。 これは民法自身が民法第一条ノ二に、この憲法が制定された後、解釈を変えなければならぬものがたくさんあるので「個人ノ尊厳ト両性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釈スベシ」と書いてある。憲法の前と後において、憲法の精神に相反するものはこれを廃止をするという憲法自身に規定があるから、家族制度を前提とした旧憲法時代から、家族制度をなくした後の、憲法の後のいわゆる親族編、相続編の解釈を変えるべき必要があるから、第一条ノ二の解釈規定が出ておると思うので、そういうことも考えて、こういう相続税というものを、単に技術的に改正案をお出しになるだけではなくて、やはり憲法と憲法制定後の税制のあり方を、原点に戻ってやはり大蔵省は絶えず検討しなければならぬということを実は力説しておるのであります。 どうも局長の方は税制技術論が多い。課長ならいざ知らず、もう局長級になれば、やはり識見を持って憲法と税のあり方という原点に戻って考える、まかり間違えば、すぐまた国会議員へ出てくるかもしれないのだから。やはりこの税法の中で私は論議が少し抜けておるのではないかと思うので、そういうことを申し上げているのです。 そこで、いまそういう疑問を私は出しましたが、憲法制定前後において、相続制度の意味が少し違っておると私は思う。それが相続税のあり方についても影響がなければならぬと思っておるので、法制局に来てもらっておりますのでお聞きしておきたいのですが、相続制度、それから憲法三十条でしたか二十九条ですか、私的所有権の規定、いわゆる所有権制度、相続制度、家族制度の関係について、憲法から考えて相続制度というものはどういう意味を持っておるのか、戦前と違うはずでありますが、法制局にお聞きしたいと思います。
○茂串政府委員 現行の民法で規定しております相続制度と憲法との関連は何かというような御質問でございますが、相続制度は、憲法との関連について申し上げますと、憲法二十九条で保障されておりますところの私有財産制と密接不可分の関係を持っておるということは御承知のとおりでございます。すなわち、相続制度は私有財産制を前提とする制度でございますし、また私有財産制の永続性を保つためには、相続制度がいわば不可欠のものと言えるわけでございまして、この基本的な考え方につきましては、旧憲法下におきましても新憲法下におきましても変わりはないというふうに考えております。 ただ、先生の御指摘のとおり、実定法の面で申しますと、旧憲法のもとにおきます民法では、家の制度がありました関係で家督相続の制度があったわけでございますが、新憲法下におきまして家の制度が否定され廃止されました結果、この家督相続の制度が廃止されまして、遺産の相続制度だけになったという点が、旧憲法下における場合と新憲法下における場合との著しい差であろうかと思うのでございます。 それからなお、憲法におきましては、これも御承知のとおり、第二十四条の規定がございまして、そこで相続につきましては「個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚して」法律を制定しなければならぬということになっておりまして、これはまさに先生御指摘の民法の一条ノ二の言う趣旨と大体同じような趣旨でございます。 この個人の尊厳をどう見るかという点でございますが、これにつきましては、被相続人の立場からするものと、相続人の立場からするものとあろうかと思うのでございますが、被相続人の立場からする個人の尊厳のあらわれとしましては、いわゆる遺言の自由の点がございます。それから、相続人の立場からします個人の尊厳のあらわれとしましては、いわゆる共同相続人の相互における均分相続という点にこの趣旨があらわれておるというふうに理解しております。
○山中(吾)委員 法制的に社会制度として家督制度が廃止になったので身分相続はなくなった、財産相続だけ残した。だからそれは、残るそういう社会制度の根拠は、親の愛情を推測した社会制度ではないか、これは私の考えなんです。 それで、私的所有というのは、その個人のいわゆる所有ですから、その人一代限りが私的所有の本質だと私は思うのです。しかし、その人が亡くなったときにだれにその財産がというときに、社会制度が親の子供に対する愛情をそんたくして財産相続者というものを民法で規定したと私は解釈するのですがね。 したがって、遺言があれば遺言が優先する。あくまでも故人の遺志を尊重してその財産の帰属を決める。遺言がないときは、国が親や夫の愛情をそんたくして相続人を決める。したがって、相続人の資産の取得は、原始取得であって継承取得ではない。これは昔から民法もそう言っている。 そういう意味において、いわゆる相続制度というものは私的所有と表裏一体とあなたは言いましたが、そうでないんじゃないですか。民法の個人として尊重する規定から言い、私的所有の本質から言っても、あるいは法のもとの平等から言っても、私はそう思うのですが、だから、憲法に基づいて民法の改正があってしかるべきである。相続順位を限定するとか、上限を限定するとか、そういうことはできると思うのです。いま法制局の説明では不可能であるという論だと思うのですが、それは私はどうも憲法解釈を間違えているのじゃないかと思うので、これは私にとっては重大なことですから、もう一度お聞きしておきます。
○茂串政府委員 いま先生も御指摘のとおり、確かに相続制度の根拠には、親の愛情と申しますか、そういった点が当然前提になっておろうかと思いますが、そのほかに、いわば遺産が家族構成員の共同によってできたものだという見方もあるわけでございまして、そこに残されました遺産は決してその被相続人一人の労働によって蓄積されたものではないわけでありまして、妻や子供あるいは老父母たちの直接または間接の協力があったればこその遺産でございます。そういった意味で、そういった共同をした者のその後の生活保障という意味も含めまして、現在の相続制度は成り立っておろうかと思うのでございます。 それから、もう一点申し上げたいことは、相続制度でその遺産の最高限を設けて、その最高限の限度内で相続されてはどうかという御指摘でございますが、これにつきましては、これはいろいろ見方はあろうかと思うのでございますけれども、憲法二十九条の二項あるいは三項の趣旨からしまして、果たしてそこまで公共の福祉というところで説明ができるかどうかという点は、いろいろまたむずかしい問題があるのではないかというふうに私は考えております。
○山中(吾)委員 まあ疑問を提起されて、権威的な解釈はできぬというお答えなんですが、ひとつ研究してください。この相続制度の社会的根拠というものを憲法を媒介としてどう位置づけるかということで、私は相続税のあり方について非常に違ったものが出ると思う。単なる担税能力とか税の公平とかそういう税制の技術的な原理を越えて、やはり憲法、家族制度、所有制度、そうして親の愛情、そういうものを含んで総合的に再検討すべきであると私は思うのであります。 そういうことを深く掘り下げないために、思いつきで相続税法の改正が出る。インフレで物価が高くなった、そのときにはこうだったからとか、あるいは配偶者の優遇についても、明確なる基準がないままに、思いつきと言ったら悪いのですが優遇するという形が出るとか、私はいろいろそういう矛盾が積み重なってくると思うので、本日は原点に戻って疑問を提起する、今後の問題提起のつもりで質問したのですが、これで終わります。
○上村委員長 本会議散会後再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時二十八分休憩 ————◇————— 午後三時十六分開議
○上村委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。藤田高敏君。
○藤田委員 委員長からのせっかくの御指名がありましたが、わが方の理事が見えておりませんでしたので、この委員会の慣行を破っては、私も議運の理事をやっておるたてまえ上どうかと思いまして、失礼いたしました。 さて、きょうは相続税を中心に質問をいたしたいと思いますが、もうすでに本件につきましては、先輩同僚各位から数多くの質問があったと思います。言いわけではございませんが、私自身議運の方の仕事をやっておる関係で、この委員会欠席がちでございます。したがって、質問条項について若干重複する点があろうかと思いますが、その点はお許しをいただいて、以下、質問に移りたいと思います。 まず、そのものずばりでお尋ねをいたしたいのですが、相続税は所得税に対して補完的な役割りを持つ税制だということを言われておりますが、それはどういう性格を持つものか、どういう政策的意味を持つものか、この点についてお尋ねいたしたい。
○中橋政府委員 担税力を考えますと、いわゆる税源といたしましては、申すまでもなく所得と財産がございます。その所得に対しまして直接課税いたします税金が所得税でございますし、財産に直接課税いたしますものがわが国におきましては相続税でございます。したがいまして、いわゆる人の担税力を判定いたします税源としての所得に対する所得税、相続に対する相続税ということで相補うわけでございます。 一方、いわばフローとストックの関係から申しましても、年々のフローとしての所得に対しましては所得税がかかりますし、それが漸次蓄積をされました部分も含めましてストックとしての財産については相続税がかかる、こういう仕組みになっていると思います。
○藤田委員 それではお尋ねいたしたいのですが、相続税の今回の改正によりまして、いわゆる非課税限度額を法定相続人の場合で四千万、こういうかなり大幅な引き上げが行われております。これは私、所得税の改正のところでも関連をして質問したいと思っておるのですが、それに対して所得税の課税最低限というのは、四人家族、いわゆる標準家族で百八十三万円になったわけでありますが、本来この相続税の非課税限度額というものと所得税の課税最低限というものとの間に、直接的ないしは間接的な相関関係があるのかないのか、あるとすればどういう関係があるかお伺いしたい。
○中橋政府委員 所得税と相続税の関係につきまして、いわばフローたる所得とストックたる財産にそれぞれ課税をするということは、ただいま申し上げたとおりでございまするが、それではそれぞれの税金につきまして課税最低限を考えます場合には、いかなる程度の人から課税したらいいかというのが一番重要な要素になると思います。それをあらわしますものが端的に言いまして課税最低限でございますが、その場合には、やはり年々の所得に対します所得税というのは、かなり幅広く課税して納税をしてもらうというのでよろしいのじゃないかと思います。もちろんその場合にも、形式的な所得税でございませんで、実質的に所得に対する課税として、わが国におきましても地方税であります住民税がございますが、そういういまの所得税と地方税の住民税とをそれぞれ一体どの辺くらいから取っていいかという問題もまたあるわけでございます。 それから一方、ストックたる財産の再分配というのは一体どの辺からやればいいのかという問題がございますけれども、これにつきましても、年々のフローに対する所得税、それが国税の所得税、地方税の住民税で幾ばくかということと、それから蓄積たる財産に対しますところの相続税というものとは、なるほど税源として彼此相補いながら担税力を見るという意味におきましては非常に密接な関係がございますけれども、どのくらいから課税をしたらいいかというときには、先ほど来申し上げておりますように、所得税はより幅広く、相続税については、やはり年々のあるいは代々の蓄積でございますから、かなり高いところから課税をするのが至当ではないかというふうに考えております。
○藤田委員 その相関関係については密接な関係があるという答弁ですが、私少しく具体的な計算上の問題を通じてこの問題は後ほど……。 結論的に言いますならば、財産の相続に対する課税最低限というものはかなり大幅に引き上がったけれども、所得税の課税最低限というものは、これは最低生活費に食い込んでいるような課税最低限であって、いわゆる課税最低限そのものが非常に低いと思うのです。これは私は、相続税の課税最低限イコール所得税の課税最低限というふうに、そこまでの直接的な関係はないにしても、いま局長の答弁があったような観点からして、そこには非常に密接な関係があるだろうと思うのです。そういう立場から言いますならば、結論的にお尋ねしておきたいことは、所得税の課税最低限というものは非常に低過ぎるのではないかということをまず一つお尋ねしておきたいと思います。 そこで、この問題に関連をして、時間の節約も含めてお尋ねをいたしますが、午前中の審議でも質問が出ておりましたが、いわゆる課税最低限の問題に関連をして、妻の座の強化ということで、妻たる配偶者が、これは妻に限定して言いますならば、その遺産相続に当たって財産が幾らあろうともその三分の一までは青天井だ、いわゆる税金がかからないんだ、こういうことであります。そういうことになりますと、一昨年の統計から見ましても、一億以上の財産を相続した人がかれこれ二千八百人以上あったというふうに私把握しておるわけでありますが、そういう全く一握りというか非常に限られた人のために、そこまで青天井方式による課税最低限といいますか、妻の座を評価する必要があるのかどうか。 これはきわめて常識的な考え方でありますが、世襲財産との関連もありましょうけれども、私どもの常識的な考え方からいけば、けさ方の質疑応答ではありませんけれども、やはりそこには一定の上限をつくる、一定の基準というものを設定する必要があるのではないか、こう思うわけでありますが、この点、重ねてお尋ねをいたしたいと思うわけです。
○中橋政府委員 いわゆる配偶者間の財産移転、特に相続を契機といたしますところの財産移転につきましては、かねていろいろ御論議があったこともあり、またそれがいわば同世帯間におきますところの財産移転であるという点、それから多くの場合は妻ということでございましょうけれども、亡くなった配偶者に対するところの共同生活を通じましてのいろいろな寄与というものを考えました場合に、相続税におきまして配偶者への財産移転についての配慮をもう少し徹底する必要があると思って、今回改正案をお願いしておるわけでございます。 従来、確かにおっしゃいますように、その場合にも金額的な制度というのを考えておったことがございます。しかし、いわば配偶者の共同生活におきますところの寄与というようなことを考えます場合、あるいは同世帯間におきますところの財産移転ということを考えます場合には、果たしてこの金額の幾ばくが適当であるかという問題があるわけでございます。私どもかねて三千万円というような配偶者への移転についての制度を設けましたときにも、むしろ三千万円というのは一体どういう数字であるのかということの御批判もあったわけでございます。私はやはり、仮に妻の座というのを優遇するならば、そこにはもう金額の限度を設けないで、そういった夫婦共同生活への寄与という観点から限度をなくするのが一つの道ではないかというふうに今回思ったものでございますし、また同世帯間の財産移転という点に非常に重点を置きますならば、その限度というのも必要ないわけでございます。あわせまして、今回の配偶者に対する相続税の配慮におきましては、金額におきます最高限度というのは設けないことにしてお願いをしておるわけでございます。
○藤田委員 大変私は局長の答弁を聞いておって矛盾を感じるわけです。 その一つは、これは順序不同ですけれども、この配偶者の財産相続に当たって三分の一までは青天井にするんだ、その一つの論拠としては、夫婦の共同生活を通じての寄与というものを重要な要素に考えておるんだということが一つの論拠になっておると思います。そういうことであれば、これは後ほども質問したいと思っておりますが、私は共同生活を通じて寄与した者に対して同じ世帯間の財産の異動であるからそういう上限を設けずにやるんだということであれば、今度の改正に当たって婚姻期間というものを全廃したことによって、そこには共同生活を通じて、労働を通じて財産を形成してきたといった寄与という条件というものはなくなっておるじゃないか、それとの関係はどうなるのかということが一つ問題点として出てくると思うのです。 この点に対するお答えを願うと同時に、いま一つの問題は、三木内閣になって社会的不公正の是正、特に、言葉は適切ではありませんが、弱者救済という点を内閣それ自体の大きな公約として、いま三木内閣が国民に公約をしてきておるのですけれども、こういう社会的不公正の是正という観点から、きわめて常識的な物差しをこの相続税の改正に向けて当てた場合、先ほど申し上げた四十七年度の遺産相続に当たって、兵庫県の芦屋市に住んでおる長瀬徳太郎さんの遺産が三十三億七千六百万と、まあこういう人が現実におるわけですね。そして一億以上の対象者というものが二千八百人からおる。たまたま私がいま三十三億七千万円の四十七年度最高額と目される相続人の例を挙げましたが、こういう人が今度の改正でおったとすれば、十億以上、十一億程度までは税の対象にならぬ、こういうことになるわけでしょう。そういうことになりますと、これはどうでしょうか、十億以上もの財産を継承して相続をして、そうしてそこには百円、一円の税金もかからない。こういうことについては、社会的不公正という観点からする税制の改正として問題はないでしょうか。この点ひとつ大蔵大臣の、いわゆる内閣の財政を預かる大黒柱としての大平蔵相の見解を聞かしてもらいたいと思います。
○大平国務大臣 社会的不公正の是正という道標は、われわれが常に忘れてはならない道標でございます。ことしは非常にこの目標を精力的に追ったが、来年はこれはそういう緊張の度合いを持って追うことはしないんだということではなくて、毎年毎年これは永遠の道標として追求していかなければいかぬと思っております。 ことしは税制の改正全体が、藤田先生も御承知のように、大きな改正の後を受けての物価調整程度に全体として直接税をとどめるべきであるというような観点に立っておるわけでございまして、その中で、しかしながらどういう点に光を当てていくかということについては十分考えてまいったつもりでございまして、相続税全体をとりわけ重視したということ、その中でも妻の座を特にことしは考えてみる必要を感じたということは、そういう意味で従来われわれがいつか機会を持てば、許されれば実現したいと考えておったことを、ことしのような環境においてやり遂げさしていただいたことをまず第一に御理解をいただきたいと思います。 それから第二点、三分の一もの非課税の穴をつくって、しかも天井を設けないというようなことになることは、言うところの不公正是正どころではなく、それに逆行しはしないかという御心配でございます。 そもそも妻と夫というものをどのように相続税で考えたらいいかということにつきましては、先ほど申しましたように、長い課題であったわけでございます。同じゼネレーションであって、しかも協力体制にあって共同生活を営んできておるものに対して、いつか報いるところがなければならぬ考えるところがなければならぬと考えておったことを実現したわけでございまして、このことは、そういう親切な配慮がいつかなされなければならなかったものではないかというように御理解を賜りたいと思うのでございます。 同時代の人の協力者に対して、妻の座を重視する以上は、これに対しまして相当の非課税の幅を認める、あるいは限度を設けないということもまた、そういう角度から評価していただきたいと私は考えるのでございまして、御心配の点は理解できないわけじゃございませんけれども、私どもの立場から申しまして、決して不公正是正の立場から逆行をした措置をこの際とったというようには私は考えていないのであります。
○藤田委員 大蔵大臣はよく冗談に、歯切れの悪い大臣だということを時折おっしゃることを私も聞いたことがございます。いまの答弁を聞いておりますと、これだけ歯切れの悪い答弁はない。やはりそこにはかなり大臣自身としても自己矛盾を感じながら、どんな答弁をしたらいいのだろうかというようなことを考えながら、この答弁をされたような気がしてなりません。 私自身、誤解を与えたらいけませんから率直に申し上げておきますが、妻の座を強化する方向に沿っての税改正、このことに反対をしておるものではないのであります。このことは申し上げるまでもなく、個人の尊厳と両性の本質的な平等、いわゆる同一世帯間の水平的な財産移動の問題について、この相続税に対してできるだけ非課税限度を引き上げていこう、あるいは世帯主の死亡後における配偶者の経済的独立を保証するためには、それは子供よりも配偶者の立場というものをできるだけ強めていこう、こういう基本的な考え方について私は反対をしておるものではないのであります。これは賛成であります。 しかし、そこにはおのずから社会通念としての常識的な限度というものがあってよろしいのではないかということを言っておるのであります。先ほどからも申し上げておるように、現実的に三十億からの遺産相続をした人がいるわけですし、一億以上の相続をした人が一昨年だけでも二千八百人からいる。そういたしますと、三十三億の遺産相続をやった人の例からいけば、このたびの改正では十億余の遺産相続までの限度においては税金が全然かからないというようなことは——私は、先ほど所得税の課税最低限の問題をあえて取り上げましたのは、以下申し上げる理由にあるわけであります。 私は労働者の出身ですから、率直に言って、こういうめっぽうもない青天井方式の税改正については、もうぴんとこないというよりも、ある意味では一種の憤慨を覚えるものであります。 というのは、所得税の課税最低限は百八十三万円。そういたしますと、エンゲル係数五〇%ではありませんが、仮にその半分の九十万円を毎年貯金をしていくとして計算しますと、一日一人当たりの給食費が、飯代だけで五百五十円くらいの非常にまずい食事しかできないのですよ。そうして仮に百八十三万円の所得税の課税最低限の平均のところをとりまして、九十万ずつ貯金をしていくと、高等学校を出て二十から就職をして六十歳まで四十年間働いたとしたら、四、九、三十六で三千六百万なんですよ。もうサラリーマンのそういう生活をして、食うものも食わず、飲むものも飲まずにためても三千六百万しかできない。 また仮に常識的な考え方で言えば、年間二百万の平均所得として、わかりやすく言えば二割の貯金をする、年間四十万。そうして今度の課税最低限の四千万円の、税金のかかるだけの財産をつくろうとすれば、百年かかるのですよ、百年。勤労者の立場、サラリーマンの立場で、まじめに労働者生活を、勤労者生活をやるような者からいけば、課税最低限のこの四千万というのは、本当に一生かかってもそれだけの財産というものができない。 ところが一方では、十億以上もの財産を引き継いでも、そこには何も税金がかからない。これはやはりおのずからそこに一定の節度というものがあっていいのじゃないか。そういう点からいけば、一億の財産を相続しても三分の一ですから三千三百万ということになれば、私は一億あるいは二億というようなところを一つの目安として上限の枠設定というものをする必要があるのじゃないかと思う。そうしないと、一部ではあっても親からのあるいは主人からの財産相続によって不労所得で飯を食っていくというような者が出てきて、人間的にもあまり好ましい人間づくりにはならぬのじゃないか。 こういう観点から考えて、特にこの配偶者の三分の一までは青天井という点については、サラリーマンの所得税課税最低限の問題等とも関連をさせて、私は私なりに検討いたしますと、当然そこには、先ほどから申し上げておるような一定の枠の設定というものがあってしかるべきじゃないかと思うのでありますが、重ねて局長及び大臣の見解を聞かせてもらいたい。
○中橋政府委員 藤田委員も、私どもが従来の御議論を踏まえまして、今回配偶者の相続税の問題につきましてかなり思い切った改正を御審議願っておることについての御理解を得ておるものと思いますが、そのときに藤田委員も端的に御指摘になりましたように、妻の座ということを非常に重視するということと、それから同世帯の配偶者間における財産移転ということを重視していただければ、私はおよそ今回の改正というのは御納得いただけるのではないかと思います。 ただもちろん、いまおっしゃいましたように、仮に主人、夫が亡くなりまして、いまお示しのような例で三十億円の遺産があって、十億円その妻が相続をしましたとして、そのときだけの税負担をお考えになれば、確かにいままで何がしかの税金を納めておったのが今回抜けるわけでございますけれども、十億円妻が相続をしますということは、一つにはやはりその妻がなお未亡人として生活をするについての生活上の地位というものが強くなる、妻の座を尊重するという意味においては、私は非常に効果があると思うわけでございますし、それから、残念でございますけれどもまた幾年か先には、その妻の十億円という財産につきまして相続が行われるわけでございます。それについてまた相応の相続税がかからざるを得ないわけでございますので、いまそのときだけの相続税ということを ごらんいただかないで、またその次のいわゆる垂直的財産移転の場合の相続税ということもあわせてお考えいただければ、今回の配偶者に対する配慮というのが、おっしゃいますように同世帯間の財産移転ということと、いわゆる妻の座に対する尊重という趣旨から御納得いただけるのではないかというふうに思います。
○藤田委員 もちろん政策上の理屈としては、先ほどから説明をされております上に相次相続的な性格を持つものであるから、妻の座については三分の一までは青天井にしてもよろしいのだということを強調されておりますが、仮に配偶者が一定の期間を経過して、そうして垂直的な財産移動が行われる。それは十年であるか十五年であるかわかりません。しかし、いま局長が言うように、世帯主、被相続人が亡くなってそうして配偶者だけになってからの——これは若死にすることもありましょう。しかしごく常識的に言えば、一定の年限がたってから配偶者の遺産相続というものが行われるということが、アブノーマルなケースは別にして水平的な財産の移動だと私は思うのですね。そうしますと、十年たつか十五年たって、長くて十五年ぐらいたって垂直的な移動がなされるわけですね。 そこで、その場合に考えられる社会的な常識としての生活保障費というものは、今日、生活保護世帯やあるいは厚生年金や一般の一万二千円の福祉年金で生活をしろという施策を政府がとっておるような立場からいけば、私は一億もの財産があって遺産相続をやって、そうしてその三分の一を配偶者が遺産相続をやれば、常識的に言って十分その生活保障というものができるのじゃないか、こう思うのですよ。 ですから私は、私の主張を決して押しつけようとは思いませんが、私はかねがねどこの委員会でも言っておるのですが、特に大蔵委員会というのは、これは大蔵省のある意味においては間違ったエリート意識だと私はかねがね思っておるのですが、大蔵省から出してきた法律案というのは絶対修正をしない。これはいいか悪いか知らぬが、私は余りよくない慣行だと思っておるのですけれども、やはり委員会審議を通じて、この法律改正は少し度が過ぎた、あるいはこれはやはり不足しておるというような面があれば、そういう点については従来の慣行に余りこだわらないで——それはだれが考えても、さっきの例で言えば、十億からの遺産相続をやってそれに税金が何らかからないというようなことは、今日の常識として通るでしょうか。私はそこを聞きたいのですよ。 そういう点について、やはり今度の税制改正については少し無理があるなということになれば、余り自説を固執しないで、そこにはやはり議会制民主主義のよさを発揮して修正をするものは修正をする、こういう積極的な態度というものがあってしかるべきじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。
○大平国務大臣 今度は明快に答えます。(笑声) 同じ世代の間の水平相続という問題は今度は相続と見ないのだという、仮にそういう考え方をとった場合は、つまり十億が多いとか少ないとかという問題は起こらぬと思うのでございます。でございますから、妻の座をどう重く見るか、同世代の移転をどう評価するかということをまず割り切るということが私は問題の本質じゃないかと思います。それが第一点。 それから第二点は、藤田先生の思想の中に、金をよけい持っておったら不労所得で怠けることになりはしないかという潜在意識があるようでございます。私も従来そういうことについていろいろ考えておるわけでございますけれども、財産というものがその人の所有に属するということは、その人がそれを大事に社会的に不都合のないように管理していくという責任が一面伴っておると思うのです。所有にやはり責任が伴っておると思うのです。 〔委員長退席、伊藤委員長代理着席〕 それで、往々にしてわれわれ周辺でも、非常に節約、非常にけち——大平正芳なんか非常にけちな方なんですが、けちで、あいつどけちだと言っておるんだけれども、お金を大事に使うということは一つのいいことじゃないんでしょうか。そういうことをやっておるのは、決して不労所得にあぐらをかいているわけじゃないと私は思うのです。つまり、所有というのは社会的責任を伴うものである、公から信託を受けてそいつをりっぱに管理しておるのが所有者の責任であるとすれば、お金持ちと称するものもやはりそういう責任をちゃんと果たしておるりっぱな人もおる。 それからお金持ちでなくて、相当財なるものを——江戸っ子というのは宵越しの銭を持たないのだなんというような、これは私は余りいい風潮であるとは思いません。そういうことは必ずしも私は財の管理として適切じゃないと思うのです。 それから、大蔵省というところへ、それではあなたがおっしゃるようにある限度を設けて相続税を取って入れて、大蔵省へ入ると金は死んじゃうのです。公の金になっちゃうのです。公の金というのは大事に管理するかと言ったらそうじゃないので、会計検査院がよく目を光らしていないとこれはむだをするわけなんです。 ところが、私の金というのは会計検査院なんかが監査する必要はないのです。非常にけちですから、みんな自分の金は大事にするわけですね。だから私は財政運用の根本としては、できるだけ私人に銭を委託しておく方が利口だと思うのですよ。その方が全体として私はうまく財を管理してくれるであろう、あんまりハイカラな、公に金を集めて公に管理することがりっぱな財政の運用だなんて考えるべきではないんじゃないか。言いかえれば、金持ちというのも使いようによって非常に役に立つものであるということを明快にこの際申しますけれども(笑声)その効用を、ときどき藤田先生の属する政党ばかりでなく、とりわけ荒木先生の属する政党なんかに特に私は考えていただきたいと思います。
○藤田委員 最後の二言ほどは余分なことだったと思いますけれども、いままでにしてはまあまあ明快な答弁をいただいたと思うわけです。 そこで、私はこれ以上この点だけについての質疑を続行しょうとは思いません。しかし、私の考え方としては、いまサラリーマンの一生を通じての所得、いわゆるそういう所得というものを仮に財産というふうに、資産額というものに見直すとすれば、われわれの感覚、常識から言って、配偶者の課税最低限を遺産相続額の三分の一までは青天井にするという点については私自身としては納得がいかない、この点だけは明確にしておきたいと思います。 なお、近々のうちに所得税の課税最低限の問題もまたここで論議になるでしょうから、そこでまたこの問題は改めて私自身の見解を提示したいと思います。 そこで、同じ妻の座に関係するわけでありますが、先ほどからの局長の答弁を聞いておりましても、妻の座というものを強めていく、そういう立場から今回の税改正をやったんだという理由の中に、配偶者としての財産形成に向けての、いわゆる同居して共同の責任において、共同の努力によって財産を形成した、そういうものに対する一定の貢献度といいますか、寄与をしたものを要素として考えるんだ、こういう御説明があったと思うのです。 そういうことになりますと、形式上の平等主義からいけば、これは大変不幸なことでありますが、きょう結婚をして、極端に言えば、あす死亡する場合もあります。しかし、これはもうきわめて例外的な例として考えなければいくまい。普遍的な条件からいけば、そこにやはり夫婦として同居をして、同一世帯で、そうして一定の期間共同の助け合いの労働によってそこに一定の財というものが形成されていくということであれば、いままで妻の座に関連する条件として婚姻期間が十年だったら十年というものが設定されておったと思うのですね。今回の改正では婚姻期間というものがなくなっておるわけですが、私は考え方が古いかもわかりませんけれども、配偶者の遺産相続に関する限りは、やはり一定の期間というものが条件になる必要があるんじゃないか、こう思うわけです。 そのことは、これまた時間の節約上申し上げますが、相続税と贈与税には税それ自体の性格の違いもありましょうけれども、贈与税の場合には、依然として婚姻期間二十年以上という条件が現存しておるわけですね。それとの関連においても一定の婚姻期間というものが必要ではないか。これは後でもちょっと関連をして申し上げますが、勤労者の退職金でも、やはり勤続年数に応じて課税最低限というようなものが設定されておると思うのですね。そういうあれこれの税の相互関係から言っても、一定の婚姻期間というものを絶対的条件にした方がよろしいのではないかと思うわけですが、どうでしょうか。
○中橋政府委員 確かに相続税の配偶者に対する配慮も、過去の歴史を見てみますと、いろいろと変遷をしております。場合によれば限度を設けたこともございますし、場合によれば婚姻期間というものを設けてきたこともございます。今日に至った現行制度もその一つでございます。ただ、これまでのそういった制度に対しましての御議論というのは、やはり一つには、いわゆる妻の座に対する配慮という点では欠けるのではないかという御批判が多かったことも御承知のとおりでございます。 確かに私どもも、先ほど申しましたように、いろいろその問題を考えてみまして、一つには同世帯間の財産移転であるということに着目をいたしますと、いま失う相続税について余りそれを重要視することは要らないのではないかということは、先ほど申し上げたとおりでございます。 そうしますと、あとはその財産の形成なり維持なりにつきましての寄与ということでございますが、確かにそれも一つの大きな要素でございます。それが一体何年あれば三分の一に値するものであるのかどうかということになりますと、これはなかなか判定に困難を感ずるわけでございます。むしろ妻の座というものに非常に強く焦点を当てますれば、不幸にして配偶者を失ったその生活の状態そのままをいわば凍結しておくという観点で考えていただければ、この問題というのはわりと御理解いただけるのではないかと思うのであります。三分の一ということで限度はございますけれども、そういういままでの夫婦生活というものをこの相続税でそんなに変えなくても済むようにしておく。 しかしそこで、御指摘のように、確かにいまの相続税は失うわけでございますけれども、これはまたやがて、いわば一種の猶予みたいなこととお考えいただければ、その次のときには入るわけでございますので、妻の座ということに強く焦点を当てていただければ、何年間亡き夫と生活をともにしたかということは余り大きな要素にならないのではないかということで、今回の御提案を申し上げておる次第でございます。
○藤田委員 私は妻の座を強めるという点について、先ほどから言っておるように、三分の一までは非課税、婚姻期間はゼロにする、そうして申告期間についても三年間は考えよう、一方贈与税では、その婚姻期間というものは、二十年間は存続されておる、こういう一連の改正、それとこの贈与税との関係というものを考えると、どうしてもここに一つの矛盾があるのじゃないか、こう考えるわけです。 財産というものはやはり一定の労働を通じて結果としてできるものですから、そこには配偶者に持ち前分として財産権を平等の立場で分けるということになってまいりますと、その間には一定の、どれだけのものかわからないけれども、その財産というものは共有財産としての性格を持つだろう、その共有財産はやはり一定の期間を通じての労働の成果というか、労働の集積としてできるものじゃないかということになれば、そこには婚姻期間というものが、期間の長短はありましょう、これは人によって五年がいいという説あるいはせめて十年という説はありましょうけれども、常識的には、十年だったら十年ぐらいの期間設定ということで、そうして先ほどから言っておるような私の主張からいけば、一定の節度をもって妻の座を優遇するという、そういう改正が最も常識的、今日の社会情勢から見て受け入れられる改正案ではないか、こう思うのですが、そのあたりはどうでしょうか。
○中橋政府委員 確かに藤田委員のおっしゃいます考え方も十分成り立つと思いますし、現に、現行法はそういった考え方でずっとやってきたわけでございます。ですから、私もそれを否定するわけではございませんけれども、それに対してもやはりいろいろな御議論があったことは御承知のとおりでございます。そういう場合には、妻の座というものを考えます場合に、金額的な限度とか婚姻期間というようなものはどうしても、幾らに設定をいたしましてもまた批判が絶えないものでございます。いま御指摘のように、仮に十年あるいは何千万円ということにいたしましたならば、妻の座というものはおよそそういうものであるのかというようなことで、常にやはり批判は絶えないと思うわけでございます。 やはりいままでの御議論を背景にいたしまして徹底をいたしますならば、なお三分の一なり二分の一という制度はございましょうけれども、いまの民法の財産制度というようなものを考えますならば、少なくとも相続につきましてはこの機会に徹底をさしていただくのが適当ではないかというふうに考えております。
○藤田委員 答弁が落ちておると思うのですが、贈与税との関係はどうなのかという点をお尋ねします。
○中橋政府委員 それで、贈与税につきましては、相続というのが人間ではいかんともしがたい死というものをめぐってあるわけでございますので、そういう場合の配偶者への配慮というのを十分考えるということで今回お願いをいたしておるわけでございます。したがいまして、相続の際のこういった配慮が十分でございますれば、亡くなる方の配偶者といたしますれば、それでもってかなりの妻の座に対する配慮というのも期待をしてしかるべきものと思いますけれども、やはり御自分が生きておるときにそういった措置をしたいというお気持ちもこれまた捨てがたいものでございますし、現にこれまでそういった制度を設けてまいりました。 したがいまして今回は、人間の恣意的な行為にはよらない相続につきまして徹底をしていただきまして、それで、生前に自発的な意思に基づいて行い得る贈与につきましては、従来ございます配偶者への居住用不動産の非課税という点を、なお最近の時点におきます価格の上昇等も勘案いたしまして一千万円に引き上げる。また、婚姻期間ということも従来どおりいたしてやっていただこうということで考えております。
○藤田委員 私はいまの答弁ではやはり納得できないのですね。その贈与税の方は二十年間という婚姻期間をどうしても存続しなくちゃいかぬ。ところが、相続税の方は婚姻期間というものの条件が全然ゼロだ、なくてもいいんだ。ここには同じ配偶者に対する相続、贈与というものの税に若干の性格上の違いがあろうとも、この結婚生活何年という期間の条件については、片やゼロ、片や二十年というものについては、これはまたそこに非常な開きがあり過ぎる。私はやはり、先ほどから強調しておるように、相続の場合もたとえば十年、それで贈与の場合も十年というふうに、そこには一定の婚姻期間の条件というものを入れて、そうして妻の座を強めるという立場からいけば、余り長過ぎるような婚姻期間というものは短縮していくということでよろしいのではないか、こう思うのです。 その点に対しての見解を聞かしてもらいたいのと、いま一つの問題は、これまた質問の時間を合理化する意味において質問いたしますが、これはちょっと妻の座から離れますけれども、例の課税最低限の問題ですね。課税最低限、法定相続人の場合で言えば四千万円というものでありますが、これは金額と一定の面積、たとえば家屋と宅地については一定の面積で、二本立てでやるようなことができないのかどうか。そして選択課税ではないけれども、今回の場合で言えば、東京都における通常の居住地の宅地二百三十一平米と建物百平米の昭和四十九年度の評価額というものを一つの基準にとっておるようでありますけれども、この基準自身も、どうもいろいろ聞いてみると、板橋周辺の実績をとっておるらしいのですけれども、これが港区になるとか千代田区になるとか中央区になるとかいうことになりますと、そこにかなり大きな相場の違いが出てくる。あるいは過疎地帯といいますかそういう地方で評価すれば、またさらにそこには格差が生じてくるということになりますと、一つの目安としてこういう金額で相続税の課税最低限を押さえていくと同時に、家屋と宅地については一定の坪数で課税最低限を決めていく、そういう何か目安になる条件というものを二本立てにして、そうしてその当事者にとってはどちらでもいわば選択できる、そういう二本立てにするような改正にした方がよりベターではないかと思うのですが、どうでしょうか。
○中橋政府委員 第一の御質問の、相続税、贈与税につきまして配偶者への配慮をします場合に、やはりともに婚姻期間を設けるべきではないか、しかもその場合には、いまの贈与税の条件といたしております期間よりも短い方がいいのではないかという御質問でございます。これに対しましては、先ほど来申し上げておりますように、妻の座に対する配慮ということを徹底します場合には、やはり相続という人間のどうにもできない一つの事件の発生ということをめぐっての場合には、私はあえて婚姻期間を必要としないというふうに考えて、この新しい御提案の基礎といたしたわけでございます。 その場合に、それでは贈与税について同じ考えをとるのが適当ではないかという御反論でございましょうが、やはり贈与というのは、何といいましても自発的な意思に基づいて行なわれるものでございますし、相続における徹底さを考えれば、そう完全に婚姻期間を必要要件としないというほどまで徹底することも要らないのではないかということを考えております。しかしその場合に、それでは現行の二十年が絶対必要最低限であるかということになれば、私も何もそこまでは申しませんが、やはりある程度の期間夫婦としての生活を営んで、またその配偶者への配慮ということを考える、それをまた贈与税においても考える必要があるということで、相当程度の期間ということがどうしても必要になるのじゃないかと思います。 その場合に、今日の考え方で申せば、やはり銀婚というように、まあ世上一般である程度夫婦生活というものを長年やってきたなということから少し手前ぐらいの線、現在二十年でございますけれども、そういう線をとっておるわけでございますが、これはまたいろいろなものの考え方があると思います。 それから、課税最低限を考えます場合に、金銭において統一的に考えるほかに、いわば宅地等についての実物的な規模というものを並列してはいかがかということでございます。確かに、今日のわが国におきますところの大都市と地方のいわば宅地の価格にかなり差がございますということから言えば、そういう点は一つの考慮すべき点であろうと思いますけれども、実は私どもも、課税最低限、今回御提案をいたしております相続人五人におきますところの四千万円というものを考えます場合にも、やはり同じような考慮をやるわけでございます。 大体、かつて四十一年にこの程度のものがこのところで課税になっていなかったのが今日課税になっておる点から考えれば、そういうものはどの程度まで非課税になる方がよろしいかというようなことを、ポイント、ポイントで考えるという点におきましては、おっしゃるような配慮もやるわけでございますが、さりとて、これを制度といたしまして、実物的にある種の財産につきまして課税最低限の構成要素をつくるとなりますと、実はこれはやはりかなりの財産についてそういう制度が必要になるわけでございますし、また、とうていそれは期待し得べくもございません。そうしますと、ある種の財産について限定的にそういうことをやるということは、相続税が相続財産を総合的に課税対象にいたしますことから考えますと、なかなか適当でないなということで、今日まで、そういうおっしゃるようなことは常々頭に置きながら、やはり相続税というのは最後は金銭の高によりますところの課税標準をとるという意味におきまして、そういうことを踏まえながらも、課税最低限は金銭表示一本でやらせていただくというのが適当であると考えております。
○藤田委員 私は、よりベターな政策であれば、そこに事務的にはかなり複雑な条件が生じても、そういったよりベターな条件設定というものをやるべきだと思うのですね。私は揚げ足取り的な議論はきょうはやりませんけれども、たとえば贈与税における三年間累積課税制度なんというものは、非常に金額は少額であるし、その計算方法についても複雑な計算の制度であったと思うのですよ。そういうものに比較すれば、私がいま言ったような、物的なものと金額でこの条件設定をして、そうして本人に有利といいますか、より条件のいいものを選択させるということはやろうとすればできることだし、むしろ今日の社会情勢、インフレ下における財産相続の場合には、私はその方がより公正、公平な財産相続ができるんじゃないかと思うのです。 具体的には、ここは大事なところですからあえて申しておきますが、今回の改正について居住地の宅地二百三十一平米、それから建物百平米、その評価額が昭和四十九年度で最高二千四百万程度であるというところに基準を置いてやったと言っているのですけれども、これは仮に、私は東京のことは余りわかりません、わからないけれども、板橋地区がこの一つの基準に当てはまるところだとする。そうすると、港区とかあるいは中央区とかあるいはその他の千代田区あたりでは、この基準ではとてもじゃないが適合しない、もっと高い。二千四百万どころか、同じ坪数であっても、そこは四千万、五千万するかもわからない。そしてこれは五人家族のところで四千万の課税最低限というものが設定されておるけれども、おやじさんが死んで、おふくろと子供二人で、あるいは若夫婦とおふくろだけで遺産相続するかもわからない。そうでしょう。これは法定相続人五人で計算しておるけれども、これは三人で相続するかもわからぬですね。 そうすると、同じ一定の財産を相続しながら、五人で相続した場合にはそこには税金はかからない。しかし一方では、この偶発的な被相続人の死亡ということによって、事と次第によれば、四百万も五百万もの借金をしてでも税金を払わなければいかぬという事態が生ずると思うのですよ。そういう矛盾したこの条件というものを緩和もしくは解消するためには、より公平な制度として、一定の物的財産の面積、建坪、そういうものと、金額の面と両方の二本立てを考えることの方が、どう考えてもより私はベターじゃないかと思うのです。この点についてはひとつ税務当局としてもさらに検討をしてもらいたい。まあできれば税制調査会あたりの検討材料として、大蔵省としても諮問といいますか、意見具申をするようなお考えがあるかどうか、お尋ねをしておきたいと思うのです。
○中橋政府委員 一つは、相続人の数が変わることによりまして課税最低限が変わるということはおっしゃるとおりでございます。ただ、それはわが国の相続税と申しますのが完全には遺産課税制度でございませんで、形式的には実は取得財産によりますところの取得相続人ごとの課税というのを体系としております。しかし、実質的にはまた遺産課税的な要素も持っておるというところから、私どももおよその目安としまして課税最低限を言います場合には、遺産額に合うような、しかも通常の相続人数の場合において言うわけでございます。したがいまして、相続人が少ないという場合にはいわゆる課税最低限は低くなりますから、課税を受ける場合というのも多くなってまいることは、これは現在の取得者課税制度をとっております限りはやむを得ないことではないかと思っております。 それで問題は、先ほど来お示しのように、実物的な課税最低限というようなものを相続税に導入できないかということでございます。確かにそれは一つのお考えであることは前にも申しましたとおりでございますし、いろいろな課税最低限をチェックする場合には、確かに一つのテストとしまして貴重な資料であることは疑い得ないわけでございます。 ただ、その場合に、また新しい不公正を巻き起こすということがございますのは、仮にいま端的におっしゃいます宅地であるとか家屋でありますとかいうものを、みんなが同じ程度に相続税を課税される場合に持っておれば、またそれは一つの道でございますけれども、相続税を課税される相続財産の構成要素としましては、また種々雑多な財産があるわけでございます。それは被相続人のいわば選好にまつわけでございます。宅地を持たないでマンションを借りて住んでおるけれども、いろいろ他の流動的な財産を非常にたくさん持っておるという人もございます。そういうことを考えれば、ある種の財産について最低規模として実物的な課税最低限というのを導入する道は、私は非常に困難ではないかと思います。 かつて税制調査会においてももちろんそういう議論はいたしましたけれども、またもちろん今後のいろいろな物の値段の推移等とも関連をいたしまして、常々検討することにはやぶさかではございません。
○藤田委員 先ほど私の質問の中で、若干言葉足らずといいますか誤解を与えるようなことになったかと思うのですが、いわゆる相続人の数によってそこには一定の差ができる、これは私もやむを得ないと思うのです。先ほど私の主張いたしました点は、いわゆる宅地と住宅ですね、もうそのものに限定をして、いわゆる何かそういう金額的なものと物的なもので二本立てにやるようなことが必要じゃないか。 これは一定の百坪程度の宅地あるいは三十五坪程度の住宅というようなものは、遺産をしたとはいいながら、相続税がかかるほどのものではない。本人としても財産という意識よりも、いわゆる労働再生産への生活手段だという認識なんですね。自分自身がそういうふうにしか認識をしていないものにまでこの相続税がかかるというようなものは、これはやはり現実に即したような改正をやるべきじゃないか。その条件設定についても、私がいま指摘しておるような二本立てというものが可能であれば、そういうものについての検討を要請したいと、こう思います。 さて、そのことについての強い要請と同時に、質問の問題点を変えていきたいと思いますが、次の問題は、死亡退職者の非課税限度額の問題です。このことは死亡保険金にも大方共通したような考え方が生まれようかとも思うのですが、年度は忘れましたが、たしか昭和四十年ごろではなかったかと思うのですが、いわゆる所得税と退職金が分離課税で、そして退職金に対しては非常に課税最低限というものが低かったわけですね。それがだんだんと高くなってきまして、今度の所得税法の改正では、たしか三十年勤続で一千万というものが一つの基準になってきたと思うのですよ。 ところが、この相続税の中で死亡退職金は——同じ退職金で、極端なことを言えば、きょう私が工場で働いておって、あってはならぬが死んだら、この退職金はほかの財産と合わせてそれが課税対象になるんでしょうけれども、退職金だけ切り離してみた場合は、私が三十年勤続で現存してきのうもらっておれば、税金がかからぬわけですね。ところが、たまたまきょう死んだ、そして死亡してこれが退職金として家族の手に入る場合には、財産相続税の対象になる。今度はこれに対する法律の改正ですね、そういうふうに理解していいでょう。そこの事実認識、間違ったらいかぬですからちょっと確かめておきます。
○中橋政府委員 いわゆる生前に受けました退職金の相続税の問題と、死亡退職金の相続税の問題についてでございますが、この場合には、まあ、あっても非常に希有な例でございますけれども、仮に生前、退職金を長年勤めてもらってすぐさま亡くなったという場合には、所得税については先ほどおっしゃいましたように年限に応じまして控除が上がる。所得税の非課税限度はございますけれども、相続税の対象となってはもろにそれが入るわけでございます。 この死亡退職金といいますのは、御本人が亡くなって遺族に退職金が支給されます、それは一たんは相続財産と見ますけれども、ここに書いてございますようなある種の金額は相続税をかけないということでございますから、むしろ死亡退職金の制度の方が、亡くなった遺族の方にとっては相続税の面では有利に扱っておるということになるわけでございます。
○藤田委員 私の主張したいのは、死亡退職金は、これはいわば一種の死亡者に対する弔慰金じゃないか。非常に俗っぽい言い方をすると、香典には税金をかけないと思うのですね。これは香典が一千万、二千万と幾ら寄っても税金がかからぬようになっておるだろうと思うのです。この死亡退職金というものは、その家族にわたる瞬間には、これは家族に対する遺族弔慰金というか、弔慰金的な性格を持つと思うのですよ。そういうものに対して、今回の税改正によりますと、これまた法定相続人の人数によってそこに差が設けられるというような改正になっておると思うのですけれども、私はこの死亡退職金に関する限りは一切非課税の対象にしてはどうかと思うのですが、どうでしょうか。
○中橋政府委員 長年勤めまして、生前退職金を受けます場合に、たとえば三十年勤続しますれば所得税はかからないわけでございます。それを仮に銀行預金しておった、すぐさま亡くなったというときには、これはどうしてもその銀行預金については相続財産の中に入れまして、一般的な課税最低限を他の財産とともに超えれば、そこで相続税はどうしてもかかってしまうわけでございます。しかし、この死亡退職金というのは、おっしゃるように、われわれも弔慰金的な要素というのを加味して考えておりますので、そういうような取り扱いをしないで、ある程度の金額は相続税の課税除外をいたしましょうというのがこの制度でございます。 そのときに、おっしゃるように、もっと金額をよけいにすればいいではないか、あるいは相続人の数に比例しなくてもいいではないかというお考えもございましょう。けれども、私どもは、そういった生前受けました退職金と、それからいわば弔慰金という性格を持ちながらやはり退職金を御本人にかわって遺族の方が受ける場合との権衡ということも考えなければなりませんので、全面的にこれについて相続税を非課税とするわけにもまいらないし、やはりその場合に考えますれば、ある程度相続人の数に応じて、弔慰金的な思想も加味して、相続税を課税しないのがいいのではないかというふうに考えておるわけでございます。 そのときに一体幾ばくがよろしいかということで、本来関係はございませんけれども、さっきおっしゃいましたように、所得税についてまあ三十年勤続して一千万円までがかからないということでございますれば、弔慰金的なそういう死亡退職金についても、通常の例で申す五人遺族の方がおられれば一千万円は相続税の課税が行われないようにということから、今回、その金額を上げて改正をお願いしておるのでございます。
○藤田委員 私の質問の仕方が悪いのかもわかりませんが、ちょっとかみ合わないのですね。 私は、せっかく勤労者の退職金というものは三十年勤続でようやく一千万まで課税最低限が引き上げられてきた。ですから、これはまあ退職金というものに対する性格づけについては、賃金の後払い的なものだとか、あるいは老後保障の補完的なものであるとか、あるいは勤続に対する功労的なものであるとか、いろいろその要素というものがあると思うのです。しかし、いずれにしても、総じてこの退職金のいま言ったような複合した要素によって、三十年勤続で退職金一千万であれば税金がかからないということになれば、それはもう家族の多い少ないにかかわらず、その退職金を相続といいますか受領する家族の場合は、三十年勤続では一千万、それから二十五年で言えば今度七百五十万ですか、二十年勤続で言えば五百万、そういう生前労働者が生存しておって退職金をもらうときの非課税限度額までは、家族に対しても税金をかけない、そういう形の税改正にすべきではないか、こう思うのですが、どうでしょうか。私の質問の要点がわかりましたでしょうか。
○中橋政府委員 生前元気なときに長年在職して受けました退職金は、おっしゃいますように、年限に応じまして所得税がかからない仕組みを考えております。しかし、所得税がかからなくて受けました退職金というのは、不幸、相続税の課税対象になり得るわけでございます。 この死亡退職金といいますのは、本人はもちろん死んでおりますから受けません。遺族が受けますから、所得税は全然かからないわけでございます。それで、相続税を課税するのがいいのかという問題になりますが、これはあまりにも全面的にまければ、生前に受けました退職金の相続税の課税問題と権衡を失しますので、やはりある程度それとのバランスをとらなければなりません。しかし、おっしゃいますように、死亡退職金といいますのは、その亡くなったというのは唐突の間であるという弔慰金的な要素もございますから、生前もらった退職金以上に相続税では配慮しようということでございます。 しかもその場合には、何年勤めておられたということも全然考えないで、二百万円掛ける相続人の数ということでございますから、大体いま藤田委員のお考えのようなことをすでに今回やろうとさせていただいているのだと思うのです。
○藤田委員 やはりかみ合いませんね。 三十年勤続で一千万もらう労働者が、きのう生存しておって退職金をもらった、それは一千万までは税金がかからない、まるまる一千万もらうわけですね。ところが、その労働者が同じそのもらう日に死亡した、その場合はどうですか。奥さん一人で子供もだれもいなかったら、退職金はどれだけもらうことになりますか。
○中橋政府委員 もう退職をいたしまして、もらうという状態で不幸亡くなったということでございますれば、それは恐らく本人へのまず退職金の支払いという問題が起こると思います。そのときには所得税がまず起こりまして、それから相続税の問題が起こるということになります。この問題は……(藤田委員「そこは違うんだよ、所得税はかからないんだよ」と呼ぶ) ですから、そのときに所得税は長年勤めておりますから、たとえば三十年勤めておれば一千万円まではかからないということになりますが、所得税の問題と相続税の問題がございます。この死亡退職金は所得税の問題は全然関係ございません。所得税はかからないわけでございます。直接に遺族がもらいますから、亡くなった長年勤めた人の所得税という問題は全然起こらないわけでございます。遺族の人の相続税の問題だけがあるわけでございます。 そのときに、一体どの程度の金額を相続税の非課税にすればいいかという話でございますから、そのときには、現行では八十万円、今回お願いしているのは二百万円ということで、確かに相続人数には応じておりますけれども、勤務の年限に全然関係がございません。しかも所得税も全然関係がないということでございますから、およそ藤田委員が言っておられることと大体近い改正をお願いしておると思います。
○藤田委員 いまの局長の答弁では、結局死んだ瞬間に、同じ退職金でもこれは税の対象から言ったら相続税の対象になるということですね。私の言っておるのは、この三十年勤続をして生存しておって退職金をもらうということになれば、一千万までは非課税でしょう。所得税の場合は退職金は分離課税ですから、それは一千万までは非課税です。ところが、まだ会社にその労働者、サラリーマンが働いておって死亡するということになれば、その会社から労働債権として家族はその退職金一千万をもらうわけですよ。これは労働者の債権ですから、そこには相続税的な要素がまだ働かぬわけでしょう。会社との関係で言えば、退職金として家族は、その奥さんになるか息子になるか、その一千万をもらうわけですから、その段階はまだ所得税法上の退職金としてもらうわけですよ。そうでしょう。私はそうだと思うのです。 そういうことになれば、そこで一たん家族の手に渡る、渡ってからそれは被相続人のいわば財産的なものになる、相続財産の対象になれということになれば、本来会社から妻に渡るあるいは家族に渡るときには税の対象にならないものが、死んだということで性格が相続税に変わった瞬間に税の対象になるということは不合理じゃないか。その部分についてはそういうものは排除すべきじゃないかというのが私の主張なんですよ。
○中橋政府委員 どうも説明がまずくて恐縮なんでございますけれども、長年勤めて元気な間に退職金をもらいますと、まず第一には所得税の課税の問題が起こります。それについては勤続年限によりまして非課税の枠というのがございます。その所得税の課税があるかないかは別にしまして、それが残っております限りにおいては、一応今度はその人が亡くなったときには相続税の課税の対象になり得るわけでございます。そのときに、もちろん課税最低限という問題がまた働くわけでございます。 今度は、その働いておる人が突然亡くなりますと、おっしゃいますように、会社というのはそれまでに勤めました年限に応じて退職金を払うわけでございますけれども、それは法制的には第一次的には遺族が直接もらうわけでございまするけれども、生前もらいます退職金との権衡上これは相続財産の中に入るわけでございます。しかし、所得税は全然かからないということになるわけでございます。そうしてそのときに、おっしゃいますように、弔慰金的な要素もありますから、課税最低限というもののほかに、さらに二百万円掛ける相続人数というものを控除いたすわけでございます。
○藤田委員 私の持ち時間がいま二、三分過ぎたようですから結論に入りますが、私、ちょっとそこは私自身の不勉強であるとすれば、さらに再検討して、お許しをいただくなれば追加質問ということにさしてもらいたいと思いますが、私の考え方で言えば、私がAという会社の労働者で働いておった。そこで仮に死亡したということになると、その私にかかわる退職金は、私が勤続三十年を超えておるということになれば、一千万までは非課税の退職金を請求する私の労働債権があるわけなんです、会社が私に払わなければいかぬわけですから。生きておったら私に払わなければならぬやつを、私が仮に死んだら、家族にそれを退職金として支払う責任があるわけですね。そのときには、私自身の労働債権として一千万までは税金の対象になっていない退職金として家族は請求できるし、会社は家族に支払わなければならぬと思うのです。そこまでは所得税の範囲というか、税金で言えば所得税が作用しておる税の対象として家族がそれをもらうと思うのです、家族と会社の関係では。 そうして、そこまできて相続の関係になってくると、それが今度ここで言うところの二百万円の対象の税に変わってくるわけですよ。税金のかかっていない一千万が今度税金がかかるようになるわけですね。ですから、その退職金に関する限りは、非課税として支給されたものであるから、その分に対しては税金をかけないような相続税の内容にしてはどうかというのが私の質問です。わかったでしょうか。その点はひとつ一括して答弁してください。 最後に、時間の関係もありますので申し上げておきたいのは、税率の緩和の問題です。これは先ほどの妻の座の問題とも関係がありますが、今回の税の改正は、何億というような遺産相続をする者に対してこういう税率の緩和をする必要があるかどうか。たとえば三億の遺産相続をやったところの税率をとれば、現在は四一・五%、これが二八・三%に負担割合が減るわけですね。五億のところで言えば、かれこれ五割近い負担率が三六・四%に下がる。十億程度、先ほど私が再三例にとったところを基準にすれば、現行では五七・四%の税率がかれこれ一〇%程度緩和される。こういうふうに非常に高額な遺産相続に対して税率がぐっと緩和されていますね。これは先ほど主張した考え方と同じですけれども、私はここまで税率を緩和する必要なし、いわゆる従来どおりの税率ぐらいでカーブを描くような税制改正にしてはどうかということが第二点。 最後の質問として、これは租税特別措置の関係で改めて質問いたしたいと思いますけれども、農地に対する相続税の問題、今度の改正ではなるほど農地についても相続税については積極的に条件緩和をやろう、そういう方向性だけは出てきておるように思うのですけれども、私は、この農地に対する課税に関する限りは税制という立場だけが先行して税制問題を考えるのではなくて、今日のわが国の食糧事情、わが国の農業の位置づけ、食糧の自給自足体制をどうするか、そういう観点からこの農地の相続税の問題については考える必要があるんではないか。 きわめて総括的な言い方をしますと、現在までの農地に対する相続税というのは時価相場主義といいますか、投資的な立場で、農地を売ったらどの程度のものになるかというところを基準において相続税を考えていたと思うのですよ。しかし、そういうことではなくて、農地というのはやはり生産手段ですから、生産手段だということになれば、これはいままでも論議されてきたかと思いますが、やはり収益還元方式、生産手段として営農が継続される、そういうことを前提にして収益還元方式によって農地に対する相続税というものを考える必要があるのではないか、こう思うわけであります。 そうしないことには、三年ほど前から特に問題になりましたあの宅地並み課税の問題ではありませんが、C農地なんかは——C農地というのは全農地の大体九割近くあるのではないかと私は思うのですが、冒頭言いましたいわゆる時価評価主義で、売ったら幾らになるというようなことで課税の対象にしていくと、C農地でさえ営農ができなくなるのではないか、こう思うわけでありますが、そういう点について、基本的な考え方として私がいま主張いたしておりますような方向というものを是認されるかどうか、この点は基本的な問題として大事な点でありますので、大臣の見解も承りまして、私の質問を終わりたいと思います。
○中橋政府委員 第一の死亡退職金と生前退職金の問題でございますけれども、これは再々申し上げて恐縮でございますが、大体藤田委員のおっしゃるようなことで今回改正をお願いしておるつもりでございます。もっとも、おっしゃいますように、法定相続人の数が少なければその控除額というのは小さいわけでございまするけれども、その場合には生前受けました退職金についても相続人の数が少ないのですから、相続税の課税という問題がやはり起こり得るわけでございます。所得税につきましては、この死亡退職金というのは課税の機会を持っておりませんから、その辺については大体おっしゃるようなことになっておると思っております。 それから、第二の税率緩和の問題でございますけれども、今回の相続税の改正自体は、大きな要素といたしましては、過去十年近くの間におきますところの土地なり他の物の値段が非常に上がってきたということに対する調整措置を考えております。課税最低限の引き上げというのもしかりでございますが、やはりその場合には、本来税率というものについてもそういった思想を入れないと、たとえば昭和四十一年度においての税率で考えておりました相続税の累進度というものが異常に高くなるわけでございます。もちろん、それをそのまま続けておるべきであるという御意見も成り立ち得るとは思いますけれども、やはり当初考えておりました累進構造というものが果たして現在いいのかどうかという判定を下すべきでございまして、その間におきますところの単なる名目の土地の価格なり、その他の物の値段が上がっておるということで累進度がきつくなるというときには、やはりそういった問題も調整の対象にしなければならないと思っております。 もっとも今回の税率の緩和につきましても、課税最低限は昭和四十一年に比べて四倍ということでお願いをしようと思っておりますけれども、税率につきましては一番幅を広げるところも三・三倍でございますし、上にいけばいくほどこれが小さくなりまして、一・七倍程度になっております。しかも、最高税率というのを七〇%から七五%に引き上げるということも加味してございますので税率の緩和についてもおっしゃるような物の考え方をかなり配慮しながらやっておるつもりでございます。 第三番目の、農地につきましての今回の相続税制度の新しい改正問題でございますが、これはいずれ租税特別措置法案の審議のときにも御論議いただくと思いますが、事の発端は、今日の農業ということももちろん考えましたけれども、やはりその場合にも農地に対する評価という問題も大きく考えておるわけでございます。それはなぜかと申しますと、いわゆる市街地なり市街地周辺を特に大きな環境といたしまして、農地の評価が、いわば宅地に転用せられ得るような売買実例というのがかなり多く生じております。 それで、その場合に、農地の評価を収益還元の法則でもってするべきではないかという御意見ももちろんあるわけでございまするけれども、相続税の財産評価と申しますのは、やはり処分をしたならば一体その財産というのはどの程度になるのかというのが一番端的にこれをあらわすものでございますし、あらゆる種類の財産につきましても、長年そういうことでやっておるわけでございます。そうした場合に、現実に宅地として売られた場合の農地の評価というものを仮に近傍類地として持っております場合にも、もちろん現実の農地の評価としてはそれをそのまま持ってきておりませんで、かなりしんしゃくをして持ってきておりますけれども本当に永久に農業をやろうという農地につきましてはなおそこにしんしゃくする必要があるのではないかということから、今回の制度をお願いしておるわけでございます。 C農地につきましても、もちろんその所在が、たとえば市街地でございますとか周辺地域にございますれば、宅地として売られております場合もございますし、またその宅地の評価が妥当な例もございます。しかし、そういう場合にも、ずっと農業をやっていただくということでございますれば、今回の新しい制度の対象にするということを考えておるわけでございます。
○藤田委員 終わります。
○伊藤委員長代理 高沢寅男君。
○高沢委員 私、いまの藤田委員の御質問の中身などもある程度だめ押しをするようなことも含めながら、その他のことも含めて御質問をしたいと思います。 それで初めに、これは大臣の認識をお聞きしたいわけですが、しかしそれは、もう今日では全くあたりまえのことを大臣にひとつ確認をお願いしたいということであります。 それは、年間約七十万人前後の死亡の件数の中で、相続税の課税対象になる被相続人の数のパーセントが昭和三十年代には大体一%であったのが、最近はそれが四%台にこう上がってきておる。こういう一つの趨勢です。また、この趨勢の中身を見ても、被相続人一人当たりの課税価格が昭和三十五年であれば七百七十万円、こういうところが四十八年には五千四百七十万円、約七倍に上がってきておる。こういうふうなことですが、こうした相続税の課税対象になる人の率のふえていること、あるいはその課税の対象の金額が上がってきておるということは、その前提にどういう原因があるかということで見れば、これはやはりインフレーションである、こういうことではないかと思うわけです。 それで、このインフレ論議は、実は思い起こしてみると前に愛知さんが大蔵大臣をやっておられたころ、この大蔵委員会でもインフレの問題が認識の問題としてやはり議論になりまして、そのとき、日本経済の現状をインフレと認めるかどうかという議論になったときに愛知さんは、インフレの事態が憂慮される、そういう事態である、こういうふうな言葉を使われたと思うのです。それから田中総理も当時このインフレ論議の出たときに、これはちょっと違った答え方で、私がインフレと認めれば所得政策が出てきますよ、こういうふうな言い方で、そこのところの論点を少しはぐらかすような答弁をされたわけですが、私はこの相続税の議論、それからこの後また所得税や法人税、租税特別措置、その他いろいろな税法の論議をする前提の認識として、いまの日本の経済がインフレであるということはやはり認識として押えておく必要があるのではないか、こう思うわけです。 そこで、最初に大臣に、これは今日ではもう全く常識的な認識であるわけですから、イエス、そういうふうに私も思う、恐らくそういうふうにお答えになると思いますが、大臣の認識をお聞きしたいと思います。
○大平国務大臣 今日の事態がインフレであるかどうかという設問でございます。 インフレというもののとらえ方によりましては、高沢さんのおっしゃるとおり、まさにインフレであると言わざるを得ないと思いますし、またインフレのとらえ方によりましては、必ずしもインフレと言えないんじゃないか、そういう強弁も成り立つのではないかと私は思います。 と申しますのは、たとえばインフレという事態は、買いだめをしないと心配だというような切迫した事態があるかどうかというようなことがいわゆるインフレだということでありますならば、今日はそれほど急迫したインフレとは考えられないのでございます。しかし、厳密に申しまして、通貨の供給が、現金通貨、預金通貨も、生産力がこのような停滞ぎみであり消費も停滞いたしておるにかかわらず依然として大きいという状態は、確かにインフレ的であると言わざるを得ないのではないかと私は思います。
○高沢委員 インフレと認めるかどうかということは、インフレをどういうものと見るかということから当然出るわけですが、結局わが国は、今日、通貨制度が金本位制でない、これはずっと以前からそうなっているわけですが、したがって管理通貨制度という通貨制度のもとにおいて、この現金通貨もあるいは預金通貨も含めて、いま大臣が言われたように、通貨の増大の速度が非常に速い。その結果、今度は通貨の価値が低下する、そして物価が上がる、こういうふうな状態をインフレと言っておるわけですが、こういう状態で見れば、これはもうインフレであるというふうに大臣もお認めになる——うなずいておられますから、重ねての御答弁は結構であります。 そこで、そういう認識に立つと、いまの藤田委員と局長とのやりとりですが、相続税の課税最低限はたとえば四千万というふうな金額で示していくという今回の改正であるわけですが、それを藤田委員は先ほどの意見で、たとえば土地ならば五十坪とか六十坪とか、あるいは家屋、建物であれば二十坪とか、そういうふうなものはわれわれの今日の社会の常識的な生活の単位として、生活の基礎として一つのいわばナショナルミニマムというものとして必要だという、そういう一つの物的な単位というものを相続税の課税最低限としたらどうかということであったわけですね。 局長からは、それは一つの検討課題として受けとめるというお答えもあったわけですが、私は、いま大臣の確認をいただいた、現状がインフレである、こういうふうな認識に立てば、土地なり家屋なりというふうなものの貨幣的な評価というものは、どうしてもどんどん上昇していくわけですね。そしてそれに対して相続税の課税最低限が、仮に物価に対するスライド制で年々課税最低限も同じように上がっていくというふうなことであれば、これはこれなりに一つの行き方だと思いますが、しかし現状ではそうではなくて、所得税の場合には、大体、年々課税最低限の見直しはなされておりますけれども、相続税の場合には毎年毎年ということではないのであって、やはり一定の年限を経てその見直しが行われるということになれば、その間に、どうしても土地の貨幣評価というものは金額的にどんどん上がっていく。そうすると、この四千万の課税最低限の実質がそれだけ低下していくということが何年か続いてそれから是正の措置がとられるというわけで、これはやはり不適当である、私はこう思うわけです。 そうすると、たとえば宅地ならば五十坪、住宅、家屋ならば二十坪というふうな一つの物的な単位を示して、これは相続税の課税最低限であるというふうにしておけば、それはもう土地の値段が物価のあれによってどう動こうと、あるいは家屋の値段がどう動こうと、それは国民の側から見れば、生活に最低必要なそういう要素は相続税がかからぬということが確保されるわけですから、むしろ私はインフレという前提を認識するならば、そういうやり方の方がより妥当である、より合理的である、こういうふうに思うわけですが、ひとつそういう方向で根本的にこの相続税は再検討してみるということをお答えいただきたいと思うのですが、どうでしょうか。
○中橋政府委員 今日までの事情が、土地の値段を中心といたしまして、かなり異常な上昇を遂げてきたことは事実でございますけれども、それでは今後一体どういうような動きをするかということは、まだまだ予測がつかないわけでございます。これまでのように異常に伸びるのかどうか、そういう不幸な事態が生ずるのかどうかという点も今後のやはり再検討すべき問題点だろうと思いますが、一般的に申しまして、先ほどのように実物で課税最低限をつくるということは、さっきも藤田委員にお答えをしましたように、実は例としておっしゃいますように、宅地、住宅というものだけでございますれば、また一つの解決の道もあるかと思いますが、相続税は総合財産課税でございますから、あらゆる形態の財産というのがあるわけでございます。それを全部実物的に網羅するということはなかなかむずかしい。そういたしますと、やはり限定的になれば、そこには他の財産との関連として非常にむずかしい問題が新たに生じてくるわけでございます。 〔伊藤委員長代理退席、委員長着席〕 しからば、今後もいままでのように非常に物価が上昇する、対策はないのかというお話でございますけれども、しかし一つはあるわけでございます。それは貨幣の価値の下落に対応いたしまして、たとえばインデクセーションの導入ということがいろいろ言われております。これは平均的な、たとえばそういう物価の上昇と申しますか貨幣価値の下落と申しますか、そういうものに応じまして課税最低限なり税率をそのまま自動的にスライドさせるという解決の方法はございます。これは現にとってきた国もございますけれども、私は、われわれの努力とすれば、仮にインフレという事態がありとするならば、そういうことで対応策を自動的に講ずるよりは、やはりそういうものに対してもっと抑制するような対策に重点を置くべきではないかというのが今日のわれわれの課題だと思っております。 しかし、不幸にしまして、またそういう事態が起こりましたときに、インデクセーションという方式でもって自動的にやるのがよろしいのか、やはりそれ相応のときにそれぞれまた国会において適当かどうかという御審議を仰ぎながらやるのがいいかという問題になりますれば、私は、現在の段階としては後者の方がいいのではないかというふうに考えております。
○高沢委員 相続税の課税対象の財産価額ですね。その課税対象になった財産の総計の中で、昭和四十一年は土地が総額千三百九十億、それで課税対象になった財産の総額の中で五八・八%、それから四十七年が同じく土地が九千百四十四億、それで課税対象の財産総額の中で七〇・六%、こういうふうな数字になっているわけです。これで見ると、土地というものが相続税の課税対象の財産の中で、もうほとんど大部分と言っていいぐらいの比重を占めているわけです。これにプラス家屋、こうなれば土地、家屋以外の、確かにその他の相続財産のいろいろな項目はあるわけですが、土地、家屋で大体もう大部分を占めるということになれば、さっき申し上げた土地、家屋に関しては物的表示でナショナルミニマムというものを課税最低限として示していくということも、私は十分成り立ち得ると思うのです。やる気になればその他の要素は、これはそれに対する付随的な措置を講じて、土地、家屋という一番中心のものはこれでやろう、物的表示でいこうということになれば、これは私は十分成り立つと思います。 それから、そうでなくて価格の面で、いま言われたインデクセーションという方式によって、今度はそういうものの価格の上がるに応じて課税最低限が自動的に上がっていくというやり方をとられるとすれば、私はこれも一つの方法だと思うのです。このインフレという事態の中で対応する物による表示、それからインデクセーション、私はこの二つのいわばどちらをとるかということはそれぞれありますが、どちらをとってもこれが本当になされれば、物価が上がることによる不公正というものを避けることができる、こう思います。 ですから、私はこの場では、税務当局としては、その方向のどちらかの方法でやるということでもってひとつ真剣な検討をしますということをお答えいただきたいと思うのですよ。そのときそのとき国会でというのは、これは確かに租税法定主義、議会制民主主義というたてまえ上、確かに一つの議論ではありますが、しかし、われわれが少し与党や政府のことを考えると、物価が上がっていった場合、毎年毎年適時に相続税の課税最低限の改正法案を提出して是正していくというふうにやってくれればいいですが、どうも従来の実績で見ると、そういうふうに政府・与党がやるということも期待ができぬ。とすれば、いま言った物的な表示あるいはインデクセーションのどっちかで不公正を是正していくというやり方をひとつぜひとってもらいたい、こう思うわけです。ひとつお答えを願います。
○中橋政府委員 今日までの事態が今後どういうふうに変動するかという問題を考えます場合には、私はやはりいろいろな施策の効果があらわれてまいりまして、地価の上昇その他の物価というものも、今日までの事態とはかなり違ってくるのではないかというふうに思っております。それを見きわめないままに、さらにいままでの事態以上にそういうものに対する対応策を真っ先に考えますよりは、むしろそれに立ち向かっていろいろな施策を講ずるということの方が喫緊の仕事ではないかと思います。 今後の事態の推移が一体どちらになりますか、非常に毎年毎年の改正に追われて国会の御論議を煩わすというようなことになれば、確かにそういった必要もございましょうし、またそういう非常に上昇率の激しい国においてはそういうことをやったこともあると思いますけれども、今後におきますわが国の事態を考えれば、いま急にそういう制度をとる必要があるのかどうかということは、まず第一の研究課題ではないかというふうに考えております。
○高沢委員 一昨年の固定資産税の評価替えのときも、これは非常に地価の値上がりが固定資産税の評価の値上がりに反映して大問題になったことは記憶されていると思うのですよね。その結果として、固定資産税については、宅地については六十坪ですか二百平米、こういうふうなところについては評価替えを横ばいにさせるという措置もなされているわけですよ。これはいま私が申し上げたようなこの一つの考え方が、固定資産税の場合にはそうせざるを得ない事態として現実に出てきたわけですね。 従来も、とにかく物価を抑えるということを最優先でやりますと、こう言われるのだけれども、結果は上がってきておるということであるとすれば、私はこれからも局長の言われるようにぴたっと物価がおさまるというふうにはとても考えられないし、もし仮にその政策が非常に成功して地価が下落する、どんどん物価が下がるというふうな事態になったらどうなんだという議論も、逆にもし物価が急速に下落していくということになると、ではこの四千万の相続税課税最低限は今度は高過ぎるじゃないか、これはちょっと下げなければいかぬじゃないかというふうな議論になってもこれはまたおかしなことであって、そうであるとすれば、物価が上がっても、あるいは横ばいであっても、あるいは下がっても、いずれのケースであっても、たとえば土地なら六十坪、住宅なら二十坪、こういう線にしておけばいずれの場合になっても何らの支障がない、こういうことになるわけですよ。 そういう点で、大変くどいけれども、もう一度私はその政策の非常な有効性というものをひとつ局長にこの際率直に認めてもらいたい、こう思うわけです。
○中橋政府委員 そういう実物的な課税最低限の思想を現実に制度として入れますか、あるいは課税最低限を従来考えておりましたように、そういうものも加味しながらチェックしつつやっていくという方法で大体言っておられることは達成できると思いますが、今後におきますところのそういうものの値段の動向というのが、やはり何といいましてもその制度の導入についての喫緊性を左右いたすと思います。 ただ、固定資産税と相続税というのは、同じ財産に対する課税でございますけれども、かなり性格は違っておると思います。と申しますのは、固定資産税というのは非常に多数の人に対して年々かかる税金でございます。それからまた、やや評価というものが最近におきますところの経済変動を十分反映していなかった。これを急速に反映しますためには、年々の課税負担が急速に重くなるという場合があるわけでございまするので、それについての調整措置ということがやはりどうしても必要であるという事態があったと思いますが、相続税は三万人なら三万人というわずかの数の人の財産を課税対象にいたしますかち、固定資産税におきましてそういう実物的な配慮がなされたから直ちにこれを相続税について導入すべきかどかという点になりましても、これはまた私直ちにそういうことにもならないのじゃないかと思います。 いずれにしましても、今後の土地その他の物の値段というのが一体これまでとどういうふうに違った動きをするのか、同じような伸びをするのかということでもって、いまおっしゃったようなことも検討してまいりたいと思います。
○高沢委員 なお平行線ですけれども、前へ進みます。 私がそういうナショナルミニマムというふうなところの線の引き方に非常にこだわるのは、われわれの考えとしては、今度はそれより上の財産に対する課税はこれは非常に重くすべきである、重くしていい、こういう考え方があるわけです。ナショナルミニマムについては税はかけない。これはこれで完全にはずしておいて、その上へ出ている分についてはむしろ強い課税をすべきである、こういう考え方があるわけです。 それはそういうふうに財産を大きく形成して自分の死んだ後へ相続として残すというふうな働きをされた人の場合は、それなりの努力もあったということもあると思いますし、あるいはまた、所得税のいわば後取りの要素として当然取るべき要素もあるというふうなこともあろうし、いろいろなそういう要素はあると思いますが、ともかくこれは一種の人生論として、だれでもこの世の中に生まれてくるときは裸で同じ条件で生まれてきて、そうして社会生活に出ていく。そういうときに、親から非常に大きな財産を受けた人とそうでない人とがその人生のスタートのところにおいてすでに大きな差があるということは、これは社会的公正という見地から決して好ましいことではないわけです。 したがって、その意味においては、この社会の中で働いてそうして後に非常に大きな財産を残してこの世を去っていくというような人の場合、次の子供たち、次の世代に相続されるべき最低限の線はさっき言ったようにきちんと税がかからぬという措置を講じて、その上へ出る分は、むしろこれは原則として国庫へ納める。そうしてそれが国のまたいろいろな政策財源になっていくというようにするのが正しいあり方だという考えがあるわけだ。 そうすると、この税率の関係で、今回の場合税率の緩和の側面と、一番上のところでは七〇%を七五%にするというふうな強化の側面と両面ありますけれども、私はむしろその七五%というふうな強化された面をさらに強化されてしかるべきじゃないかというふうな考え方を持つわけですが、これに対するお考えはいかがですか。
○中橋政府委員 相続税につきまして、いまおっしゃいましたように、ある程度の生活に必要な最低限度のものは課税除外をいたしまして、その上のものはおよそ完全にあるいは相当程度税として徴収すべきであるというのはもちろん一つの考え方でございます。しかし、仮に全部取らないである程度の累進税率を想定するといたしますれば、先ほどまで高沢委員がおっしゃいました土地なりその他の物の値段が上がるからそれに対応するために実物の課税最低限を設けよと言われる御思想とは、ちょっと違ってくると思うのであります。 そこで、私は一つの対応策としてインデクセーションを申し上げましたけれども、インデクセーションの思想というものは、物価が上がってもそれによって累進度は高めないという思想があるわけでございます。もちろん累進度を実質的に高めるべきであるというお考えをお持ちならばそれはまた別でございますけれども、物価上昇によりまして累進度が上がるということは排除しなければならないわけでございます。 したがいまして、そういう実物でもって物価の上昇を課税最低限から排除しようというお考えを徹底していただくならば、累進税率につきましてもやはり同じように排除していただかなければなりません。しかし、それがいかぬ、実質的に累進度をもっと高めなければならないという御議論はまた別でございまして、物価の上昇という観点からだけ申せば、累進度は課税最低限と同じように伸ばしていただかなければならないという問題があると思います。
○高沢委員 それは局長の言われる理屈だと思います。ですから、一定の累進度の税率の刻み方があって、そして物価が上がる、インデクセーションが適用されるという場合には、それぞれの税率の累進度のやつもその物価の上がり方に応じて上がっていく、これは当然そうあってしかるべきだと思いますが、ただその前提になるその累進度の刻み方は、これは私は相当厳しい刻み方をやる、相続税という税の性格の場合にはそれが当然じゃないか、こういう考え方なわけです。 次へ進みますが、またさっきのインフレ論に戻るわけですが、インフレによる格差の拡大、不公正の拡大、これを是正するための、先ほど局長も言っておられた一つはフローの面における再配分、これによってそれを是正していくという行き方と、それから一つはストックの面における再配分、それによる是正。フローの面の方は、これは主として所得税の問題であり、あるいはわれわれは法人税の問題も租税特別措置法のあり方も含めて、これらはいずれもこの問題ということで、これはまた後ほど別の機会に討論するということになるわけですが、ストックの再配分ということでは相続税がその一つのやり方ではあるわけですが、それよりもっと直接的なストックの再配分ということになれば、これはどうしても財産税とかあるいは富裕税とかいうふうなものになってくると思うわけです。 この間、十四日の本会議の質問の際に、私は社会党としての税制のこうあるべきだという提案というものを申し上げて、その中に富裕税という考え方も一本入れておいたわけですが、そのときの大臣のお答えは、大変ラジカルな提案であるというふうなお答えがあったわけです。私はやはりこのストックの再配分ということを考えれば、一億以上の日本の人口がある、その中で年に大体七十万前後の人たちが亡くなっていく。その亡くなっていく人の中で約三万人くらいの人が相続税の対象になる。そこのところでストックの再配分ということでは、ストックの再配分としてもこれはその趣旨に沿うだけの効果はとても期待できない。だから、ストックの再配分としてその効果を期待するとすれば、やはり富裕税なり財産税なり、こういう税が当然登場してくるということになると思うわけです。 そこで現在、諸外国の例で見ると、そういう富裕税というふうな制度をやっている国が現実に幾つかあるわけですね。 そこで、まずお尋ねしたいことは、そういう諸外国でやっている富裕税というふうなものがそれぞれの国でどういう趣旨、目的でそういう税をやっているか、それからその税がその国の全体の税収の中でどのくらいのパーセントを占めて、それぞれ富裕税というものがどの程度の効果を上げているかということを初めに御説明を願いたいと思います。
○中橋政府委員 おっしゃいますように、財産税と申しますか富裕税というものを今日とっております国は、西ドイツ、オランダ、スウェーデン、オーストリアなどでございますし、イギリスにおきましても現在検討中と聞いております。税収としましては、たとえば西ドイツにおきましては全体の税収の・八%程度であるそうでございます。 ただ、この場合の富裕税それから財産税とおっしゃいますものも、実は二つの性格を兼ね得ると思います。わが国の戦争直後にやりました財産税といいますのは本当に財産課税でございましたし、シャウプ勧告で採用いたしました富裕税あるいは今日私がいま列挙いたしましたような国におきます富裕税というのは財産に対する課税でありますのか、財産というものを課税標準にはいたしますけれども、いわばその焦点を当てておりますのは、むしろ年々の所得に対する補完税としてそういうものを取っておるのかと言いますと、両方の性格を兼ねながらも、どちらかと言えば後者の性格が強いのではないかと思います。確かにこういうことで、財産を把握するということで、将来におきます財産の再配分というものにも非常な影響を及ぼしますけれども、やはり年々の所得に対する補完税であるというような考え方から採用をしておるのではないかというふうに思いますが、詳細はわかっておりません。 わが国におきまして、それでは一体、富裕税というのがどういう位置を今後占めるかという問題でございます。確かに非常に重要な検討課題だと思っておりますが、やはりその場合にも、われわれの過去におきます一度の経験でございますが、所得税の補完税としての要素の方が非常に強いのでなはいかというふうに思います。しかも、そのときにおきますところの執行面の非常なむずかしさというのも、おそらくわが国だけでございませんで、これを採用しておる国も相当あると思いますけれども、なお今後の研究課題として十分勉強してまいりたいと思っております。
○高沢委員 もう一、二で終わります。いまのそういう財産税なり富裕税なりというふうなものとの関係で、この関係をお聞きしたいと思うのです。 現在の所得税法の二百三十二条で「財産債務明細書の提出」ということが規定されております。これは年の所得二千万円以上、つまりかなり高額な所得の人のたとえば確定申告等にこういう届けをやりなさいというふうな規定がされておりますが、所得税法の中でこういう規定が出てきた目的といいますか、あるいはいきさつといいますか、というものをお聞きしたいということと、これが厳密に行われていれば——もちろん行われていると思いますよ、税務当局はこういうふうなデータをちゃんと掌握されていると思いますが、そうであるとすれば、もし一定の政策判断で財産税なり富裕税というふうなものをやろうというふうになったときに、それをやるための技術的な前提あるいは資料的な前提というものは一応そこにある、こういうふうに見ていいのかどうかですね。 たとえば、利子配当の分離課税をやめて総合課税にしろ、こういう要求が出ると、いまのあなた方のあれでは、そういう利子所得、配当所得が全体として掌握できる体制がまだありません、それがないと、総合課税と言ってもそこにいろいろなひずみが出るということで、まだそれはできる体制にありませんというふうなことでお答えが従来あったわけですが、富裕税、財産税というふうなものをもしやるとした場合、その場合には税務の行政上の問題として、そういうことをやるだけの前提条件、前提のデータはありますというふうに言えるのかどうか、そこのところをお聞きしたいと思います。
○中橋政府委員 財産債務明細書の提出はいわばかなり高額の所得者についてお願いをしてきたのが現状でございます。もちろん一般に高額所得者というのは申すまでもなく資産所得に非常なウエートがかかりますから、その起因となりますところの財産をまず正確に把握をしまして、そうして資産所得を十分課税上把握をいたしたいというのが目的でございます。したがいまして、高額所得者については財産債務明細書が提出せられておりますから、これについてどの程度の事情であるかということは後ほど国税庁の方からお話があると思いますけれども、何と申しましてもこれは今日の所得税の一応のチェック資料として提出をお願いしておるわけでございまするので、完全にこれが財産と合っておるのかというところのチェックまではなかなか税務当局としてまだ十分できていないというのが現状でございます。 したがって、これがありますから、かなりこれを基本にいたしまして、富裕税なら富裕税というものに足を踏み入れる強力なる武器があるのではないかというお尋ねでございますれば、まだ実は残念ながらそういうところには行っていないと思います。ただこういう明細書がございますから、もちろん所得税の課税対象を十分把握しますために、こういった資料を徹底して活用しなければならない。そのためには、だんだん財産負債の明細が明らかになってくるということで、今後こういったものを活用の一環にも入れまして、高額所得者の資産状況というものがおいおい明らかになるものと期待いたしております。
○横井政府委員 私から財産債務明細書の提出状況あるいはそれの内容等につきまして、簡単に御報告申し上げます。 ただいま主税局長から御答弁申し上げましたように、二千万円を超える高額所得者の所得税の申告の適否の判定の参考資料にいたしておるわけでございますが、これが提出状況は、過去のサンプル調査によりますと、六〇%ぐらいでございます。かつ、精粗繁簡いろいろでございます。現在の法律には御承知のように罰則がございません。そういうことからいたしまして提出が完全でないということ、それから細目も必ずしも出ていない、こういう現状でございますが、これにつきまして、私どもはまず提出を願うということが先決問題であるというふうに考えまして、必ずしも正確なものを要求は申し上げていないという現状でございます。 特に評価の問題につきましては、専門家でない一般の納税者の方にとりまして大変むずかしいわけでございますので、たとえば土地でございますと、取得価額でお書きになっておるという場合が非常に多いわけでございます。また建物につきましても、減価償却をした価額を計上するというのはたいへん困難である。また同族会社の株式につきましては評価が大変むずかしい、こういう事情がございますので、現在の財産債務明細書からは先生のお考えになるような完全な準備体制といいますか、そういう資料がそろっておるとは申せない、かように存じます。
○高沢委員 二百三十二条の運用の実態は大体いまの御説明でわかりましたが、ではせっかくそういう条文がある、この条文の使い方によっては、私は十分そういう手がかりというものをそこからつくっていくことができるというふうに考えます。これはしかし富裕税、財産税というものをやるかやらぬかという一つの大前提の議論に伴っての問題であるわけですが、われわれはそれはやるべきだ、こういうふうな議論の立場から、この二百三十二条の報告をより正確なものにするように、より正確に実態を掌握してもらうような御努力はぜひお願いをしたい、こう思います。 時間があれでございますから、私は以上で質問を終わります。
○上村委員長 次回は、明二十六日水曜日、午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時三十六分散会