社会労働委員会 第16号
- 発言数
- 188 件
- 登壇者
- 26 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1975/05/22
会議録
○大野委員長 これより会議を開きます。 この際、御報告申し上げます。 去る一日、最高裁判所から国会に、上告人株式会社角吉、被上告人広島県知事間の行政処分取消請求事件についての判決正本が送付され、去る六日、議長から当委員会に参考送付されましたので、御報告いたしておきます。 ――――◇―――――
○大野委員長 厚生関係の基本施策に関する件について調査を進めます。 まず、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本件、特にスモン病に関する問題について、千葉県スモンの会会長中村あい君、東京スモンの会副会長鈴木富美雄君、前スモン調査研究協議会会長甲野礼作君、静岡県スモン友の会役員大石和夫君及び東京大学附属病院第三内科医師杉山孝博君に、また、カネミ油症に関する問題について、カネミ油症全国集会議長金田弘司君、カネミライスオイル北九州被害者の会蔵元政子君、玉の浦油症対策患者の会会長鳥巣守君及び健仁会新中原病院医師梅田玄勝君に、本日参考人としておのおの御出席を願い、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
○大野委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 ―――――――――――――
○大野委員長 まず、スモン病に関する問題について調査を進めます。 本問題についての参考人がお見えになっておりますので、一言ごあいさつ申し上げます。 参考人には、御多用のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。本問題について、おのおののお立場から、何とぞ忌憚のない御意見をお述べくださるようお願いいたします。 なお、議事の都合上、最初に御意見を十分ないし十五分程度に要約してお述べいただき、その後各委員からの質疑にもお答え願いたいと存じます。 また、念のため申し上げますが、参考人から委員への質疑はできないことになっておりますので、御了承願います。 それでは、まず中村参考人にお願いいたします。
○中村参考人 千葉県スモンの会の会長、というよりは被害者の小使役でございます。 きょうはお招きいただきまして本当にありがとうございました。私がわずか十分や十五分でこの会の患者、被害者の様子を皆様にお教えするということは不可能でございます。米びつの中の一粒のお米かもしれません。ですけれども、この時間に、二万余もいるスモン患者、キノホルム被害者の悲惨な状況をぜひ御認識いただきたいと思います。 私は、昭和四十四年のちょうど五月に二グラムを一カ月飲んで発病いたしました。そして、それから四カ月余り飲み続け、一夜にしてその病気は、あるときはたった一晩で腰まで上がり、その次には今度頭のてっぺんまでしびれが上るという業病でございます。そして一夜にしてまた失明してしまいました。それが四十五年の八月五日でございます。そして二日たった七日の日に、キノホルムであるというあの新聞発表があったのです。で、私はその最後のときに、もうだめだと思いました。あとは死を待つだけ、それだけだと思いました。そして、それから二年余り絶対安静の中で、ベッドの中が事務所になり、電話だけが私たちの連絡でございました。そして、とにかく会の中から自殺者を出してはならないということだけで現在に至っております。 そして、その間私どもは県に市にお百度を踏みました。歩けない足を引きずりながら、車いすに乗った患者も出てまいります。そのたびに、帰りはまことに失意のどん底に落とされて帰ってまいりました。それは難病こじきと言われ、患者エゴと言われたこともございます。キノホルム発売が――五年もたっておりますのに、このキノホルムによる病気で大惨事を起こしたにもかかわらず、厚生省に認めていただけません。その責任の非をどうして認めていただけないのでしょうか。因果関係もはっきりしております。企業はまだいい薬だと言い張っております。それならなぜ私たちの目の前で、私たちと同じように飲んでみてはくださらないのでしょうか。それによってすべて解決するではありませんか。どうぞ先生方、責任を一刻も早く認めて――私はまだここに三本づえでつえをついてでもこうして歩くことができます。こうしてお話しすることもできます。目も見えます。ですけれども、現在私ども六十五名の会員がおりますけれども、その中の十三名はまだ寝たきりでございます。一歩も歩けません。大小便もおむつを当てているという状態でございます。中には寝返りもできない、自分の足にちょっとでもさわろうものなら、しびれが強くて激痛が起こります。そしてお小水はときどきとまってしまいます。それなのに入院はできないのです。介護料が莫大でございます。あしたにも突然死ぬかもしれません。ぼろきれのようにキノホルムのために殺されてしまうのです。そして、私どもが何にもない力を振りしぼって、つえにすがって、車いすで歩かなければならないというこのみじめなことは、戦争と同じではありませんか。私ども被害者が幾ら手をとり合ったところで何の役に立ちますでしょうか。ただ県にお願いし、市にお願いし、厚生省にお願いしても、まだ原因がつかめない、まだ原因がはっきりしないということだけでございます。なぜでしょうか。キノホルムをやめたらば患者が出ない、これだけでも明白ではありませんか。体に対する因果関係がどうだとかこうだとか、それはもう聞き飽きました。厚生省はこの実態を把握して一刻も早くその責任の非を認めてください。いつでも申し上げますけれども、なぜそれを見てはくださらないのでしょうか。この実態を知ろうとはしてくださらないのでしょうか。どうぞお願いいたします。このいまにも死んでいく、ぼろきれのように捨てられている被害者を見捨てないでいただきたいと思います。 この間も私のところに遺書とも見える手紙が参りました。二週間前でございます。その方はお母さんも重病で、もちろんスモンでございます。発病してからずっと病院に、おむつを当てて御主人が付き添ってそのまま寝ております。その息子さんは、ウイルス説の出たときに奥さんが離婚して去りました。いま松葉づえをついておられます。そして生保を受けておられます。ですけれども、市は経済的に苦しいからと二言目には言われる。自分はもう益のない人間なんだ、生きていても何にもないということで死のうとしたのです。でも動けません。ですから絶食しておりました。私は警察に頼んで駆けつけたわけでございます。そのような事例が必ず一年に一度や二度はあるのです。これを会の人たちが、自分たちで何とか生きよう、何とか一緒に歩きましょうと言っている慰めの言葉だけでございます。 どうぞ、この二万余のスモン患者、キノホルム被害者の声をお聞き届けくださいますように、そして厚生省がまず、薬を安全だと許可したその責任をどうぞお認めくださいますようにお願いいたします。(拍手)
○大野委員長 次に、鈴木参考人にお願いいたします。
○鈴木参考人 私は、現在東京地裁で国及び武田、田辺、チバガイギーの製薬三社を被告として、その不法行為の責任を追及している千五百余名の原告の一人であります。 私がこのキノホルムの被害を受けてから十年になりますが、そのキノホルムがスモン病の犯人であるとわかるまでには、私たちは、死ぬことの恐ろしさより生きていくことのつらさと苦しみを味わった毎日であります。それは筆舌にも尽くしがたい肉体の苦しみでした。悪質な、無責任な学者の伝染病説によって多くの自殺者を生み、家族も外出には人目を避けて歩く始末でした。それが、病気を治すために飲んでいた薬に原因があったと知ってからは、もう腹が立って腹が立ってなりませんでした。 きょうはその十年の怒りをもって訴えたいのです。ただ、残念にも私に与えられた時間は十分程度ですので、十年の塗炭の苦しみの惨状はとうてい言い尽くせません。したがって、ただいま同病の参考人が惨状の一端に触れましたので、私は被害者として、当委員会を通じで、これまでの薬事行政の怠慢というか、犯罪的行為によってつくり出されたスモン病の薬害の実態を次のとおり広く社会に訴えたいのであります。 私がキノホルム被害を受けて民事訴訟を起こしていることはさきに述べたとおりでありますが、後に述べる事実によっては、刑事事件としても告発する用意があります。 すでに厚生省は、みずからの手によって設けたスモン調査研究協議会にスモン病の原因調査を依頼し、その結果はすでに同協議会の前会長であった甲野先生の証言されているとおり、被告会社の製造したキノホルム剤の服用によるものであって、スモンの薬害の起こった困果関係はいまでは揺るぎない定説であります。つまりキノホルムなきところにスモン病なしとまで言われているのであります。 また、この劇薬とされていたキノホルムが一たん体内に吸収され、冒された諸器官、たとえば脳脊髄、筋肉、心臓、肝臓、腎臓などの組織は、絶対にもとに復することなく、むしろ年とともに悪化の一途をたどることは、わが国の現代医学の下した明確なる結論であります。 しかるに、東京初め全国十七地裁で行われているスモン訴訟の法廷において、さらには被害者が全国各所で行いつつある企業への抗議行動に対する被告会社の私たち被害者に対する傍若無人の態度には、一片の誠意も反省も見受けられません。 さきに述べた国並びに企業の犯罪行為の内容は、去る二月及び四月の東京地裁民事法廷に出廷した岡浩策証人の重大な発言内容によってすでに明らかになっているのであります。すなわち岡証人は、昭和四十年代、厚生省の業務並びに監視課長としてこの件に関する直接の責任ある担当者でありますが、彼は企業から出てくる新製品の申請件数が膨大だということを理由に、人間の命に直接影響のある薬の製造承認を無謀にも一括建議して、企業からの申請どおりにほとんど無審査に近い状態で製造を認可していたことを認めているのであります。こんなことではスモン病が起こらないのが不思議なくらいであります。そのように殺人的行為とも思われる方法によっていとも簡単に薬の製造を許可しておきながら、そのために多くの命を奪い、多くの国民をかたわ者にした事実に対しては、なぜ率直にそれを認め、謝罪し、その責任をとろうとはしないのですか。 患者には薬の毒性を検査する手段も専門的知識もありません。そんなことは小学校のイロハの問題で、全く理解に苦しむほかありません。それどころか、中央薬事審議会の会長であった石館守三氏は、キノホルム剤の飲ませ方に問題があったとして医師にその責任を転嫁しようとしていることは明らかであります。彼らは余りにも無責任です。 また製薬企業は、すでに確定した因果の論争を続行し、全くスモンを知らない、言葉のわからないため尋問に長時間を要する外国人医学者を登場させ、さらには無用な自分の会社の直接関係者を次々と各地裁の法廷に登場させて証言させているが、これは悪質な裁判の引き延ばし以外の何物でもありません。こんなことを放置していたら百年裁判になってしまいます。被告らは裁判の結果が出たら責任をとると言ってうそぶいていますが、たてまえと本音は全く逆であります。むしろ裁判を利用し、実際には引き延ばしと責任逃れを画策していることは明白であります。 私たちキノホルム被害者が、この委員会の席で、厚生大臣初め政府関係者及び社会労働委員の方々に訴えたいことは以上申し上げたごとく数限りなくありますが、一言にして言えば、被告、加害者の当然の責務として、今日これだけ明らかになっている薬害の事実に対し、無用の論争や愚劣な引き延ばしはやめて、直ちに事実をありのまま認め、このように起こるべくして起こした責任の重大さに思いをいたし、被害者の前にひざを折って謝罪すべきであります。 また治療面においては、私たちの一たん冒された障害は、現代医学によって治せないことは、国や製薬会社は百も承知しているはずです。それにもかかわらず、場当たり的な電動を弄して責任をとろうとしない。もし治療法があると言うなら、いますぐにでも治してほしいのです。患者はそれを一番望んでいるのです。 スモン発生後十数年、被害者は肉体的、精神的、経済的にもくたくたに疲れているのです。なのに、司法の場において、加害者の過失の事実を弱い被害者が多額の金をかけて調査し、研究し、立証する必要がどうしてあるのでしょう。今日の被告、国や製薬企業の応訴の態度は、それ自体被害者への加害行為の持続であって、断じて許せないことであり、人権のじゅうりんであります。現実に対し余りにも無責任きわまりない態度であります。 アメリカや諸外国では、かかる薬害の賠償に際して、加害者に慰謝料を支払うにとどまらず、薬害の根本的防止の立場から、企業に課する懲罰的損害賠償制度があることも承和しております。私たちは、私たち自身の一生をかけたとうとい経験を生かして、文字どおりの薬害根絶にいどむ以上、中途半端な被害者救済方策に甘んじるつもりは毛頭ありません。被告、国は裁判の結果を待たずに、直ちに責任を認めるとともに、早急に被害者救済の具体的措置を講ずべきであります。また、被告企業に対しては、この歴史的薬害を起こした自己の責任が骨身に徹するほどの賠償支払いを賦課すべきであります。 最後に臨みまして、被告関係者は、私たちが体験した長い苦しい精神的、肉体的苦痛を身をもって直接味わい得ない以上、即時、率直に私たち被害者に謝罪し、かつ要請に応じることを要求する次第であります。 以上、参考人の意見を一応終わらせていただきます。(拍手)
○大野委員長 次に、甲野参考人にお願いいたします。
○甲野参考人 甲野でございます。 私、前スモン調査研究協議会の会長といたしまして、このスモンの実態あるいは治療、予防、そういうことを研究の目標にして研究してまいったわけでございます。 それで、まず患者さんの実態でございますけれども、これは昭和四十七年の三月末に全国の患者の調査の結果が出ておりますが、この段階において九千二百四十九名ということでございます。なお、その後スモン調査研究協議会が難病対策課のできたことによりまして発展的に解消いたしましてスモン班ということになっておりますが、この段階において第二次の調査を行っておりますが、ほぼ患者の数は変わりございません。 御承知のように、昭和四十五年の段階においてキノホルムがスモンの原因であるということが出てまいりました。その年の九月八日にキノホルムの発売停止の措置がなされました。これを機としてスモン患者の発生が劇的に減少したということはすでに皆さま御承知のとおりで、私が前回この席におきまして証言申し上げたのでありますが、その後の状況をちょっと補足いたしますと、たとえば、四十四年におきまして二千四百十八名の患者が調査研究協議会の調査の結果上がっておりますが、それが四十五年には千六百五十二名に減少しております。その四十五年の患者というのはほとんど前半に集中しておりまして、九月以降の患者がぐっと減っておるわけであります。四十六年にはなお九十五名の患者の届け出がございましたけれども、四十七年には確定の患者というのはわずかに二名、四十八年は届け出の患者が一名、昨年はついにゼロでございました。このように昭和四十五年九月八日のキノホルム販売停止措置がとられてからの患者の減少というものは、このキノホルムをやめたということ以外に原因が考えられないというふうに思われます。 また、私がかつてこういうことを申したことがあるんですが、キノホルム発売停止の時点において今後五年間集団発生がなければこの説は確実である、こう申したことがございます。まさに事実はそのとおりでありまして、この四十五年以降の段階におきましては、もはや全国どこを見ましてもかつての集団発生という姿は消えたのであります。外国の学者の一部には、スモンがなくなった反面において、そのスモンがお医者さんによって別の神経病として診断されているのではないか、たとえば多発性硬化症という病気がございますが、そういうものとして診断されているのではないかという疑いを出された方もありますが、そういう点も調査してみますと、決してそういう疾患も増加しておりません。したがってこれは真正の現象であるというふうに考えられます。なお、キノホルムをスモン患者さんが服用している服用率、これについてはすでに発表のとおりで、八五%という数字が出ております。 また、そういう疫学調査と続きまして実験段階においていろいろなキノホルム説を支持する事実がございまして、それは特に特筆すべきことは、当時岡山大学の立石博士、大月博士らの犬及び猫におけるキノホルム投与による実験的スモンをつくり出すことに成功した、こういう実験でございます。なお、これには外国の製薬会社で行った反論がございまして、それは日本の実験と若干違う点がございますので、その点をスモン班になってから全く同様の方法を使いまして犬で実験をいたしましたところが、全くりっぱにスモンをつくることができました。したがいまして、この国際論争についても終止符が打たれたものと考えます。 またそのほか、この席では詳しいことは申し上げませんが、神経組織の中あるいは中枢神経の中にキノホルムが蓄積してつくるという事実も判明しておりますし、キノホルム説というものはもはや確固たるものであって、もう一言の反証の余地もないというふうに私は考えております。これがキノホルム説の現在の状況であります。なお、いろいろウイルス説などがくすぶってはおりますけれども、これはほとんど否定されております。 したがいまして、こういう段階で全国の患者さんの大多数の方がいわゆる完治という形でもとの健康体に戻っている方というのはほとんどないわけでありまして、六〇%ぐらいの方は就労しておられるというふうな統計がございますけれども、それはいずれも麻痺した足、あるいは痛む足を引きずって、一日の糧のために働いておられるわけでございます。それでまた一〇%から一五%の方は全く他人の介護なしには生活のできない方たちであります。また三%ぐらいは目の見えない全盲の方であります。全盲でなくとも二〇%ぐらいの人は何らかの視力障害によって日常生活が障害されております。 そういうことでありますから、やはり患者さんの救済ということが非常に焦眉の急であるということは申すまでもないと存ずる次第でございます。 以上でございます。(拍手)
○大野委員長 次に、大石参考人にお願いいたします。
○大石参考人 大石でございます。 私は、母が六年半前にスモンにかかりまして、それ付来入院、退院、通院を繰り返し、そしていままで治療の限りを尽くしましたけれども、まだ依然として痛み、しびれ、それから歩行障害、それに視力の障害に悩まされ続けておりますその家族の一員であります。 きょうは、私は家族の立場からということで申し上げたいと思うのですけれども、家族の立場から、改めてこのスモンという私どもにとって非常に宿命的なものを振り返ってみた場合に、幾つかの特徴を整理することができると思うのです。 そのまず第一点は、スモンは本人の健康と精神を徹底的に破壊するとともに、家族全員を総ぐるみで破壊していっている。 たとえば手っ取り早い話、患者本人がちょっと歯が痛い、歯医者に行きたい――一人で行けませんので、休みをとって、担ぐようにして、医者の入り口の階段を背負うようにして、そして医者に連れていかなければならない。本人が新聞を読みたいと言えば、ちょっと手仕事をやめて、新聞を声を出して読んでやらなければならない。本人がふろに入りたいと言えば、二、三人がかりでみんなでもってその病人の重たい体を担ぎ上げてふろおけの中につけ、そしてまた出して背中を洗わなければいけない。夜中に痛くて眠れないと言えば、さすってやらなければとても眠れないのです。また湯たんぽでもつくって体を温めてやらないと、どうしてもおさまらない。患者が苦痛でうめき声を上げていれば、やはりうちじゅう全員が目を覚ましてしまう。こういうような状態で、家族のうちのだれかが、あるいは家族のうちの全員が交代で、あるいはときには複数が、そして家族全員が絶えず、変な話ですけれども、患者と一緒に犠牲になっていかなければやっていけないのです。これが私どもの家族の現状でございます。 私の母のそばに父がついておりますけれども、父は非常に頑健な体でございます。樺太から引き揚げてまいりました。引き揚げてきたときには弱音一つ吐かなかったのですけれども、今度ばかりは本当に音を上げてしまって、すっかりまいったかっこうでございます。それは結局今度ばかりは非常に長いし、何しろ寝ても覚めてもですし、昼も夜もですし、金はめっちゃくちゃにかかるし、ちょっとした暇は全部そのスモンの介護のためにとられる。どこまでいったら休めるというめどは全然ないわけであります。恐らくは残念ながら一生死ぬまでつき合わなければならない。その精神的な苦痛で腰が曲がり、すっかりしらがになり、病気一つしたことがない私の父が最近はよく寝込むようになりました。 私自身、身内にこういう被害者がおりますので、自分でよくその苦痛がわかります。三年半ほど前に静岡県内に患者の組織ができました当初からお手伝いをしてまいりました。いまでも静岡県内のスモンの患者諸君と一緒に、いろんな救済実現の行動とかあるいは訴訟関係の業務のお手伝いを続けております。 私はしょっちゅう患者のうちをいろいろ訪問してお話を伺うのですけれども、いろいろ実態を調査をしたりお話を伺っているうちに、私は、私のうちで味わったその苦痛よりもはるかに実は深刻な事態がひそかにあちらこちらで行われており、そしてごろごろ実はあちらこちらに散在しているという事実に気がついて、非常にびっくりしたのであります。いまなお、甲野先生が先ほどおっしゃったように、全員が痛み、しびれ、苦痛に悩んでおります。失明に悩んでおる者、そして排尿排便に困っている者、一年のうちの半分以上寝て過ごしている者、ここ六年間、八年間一歩も表に出たことのない者、いっぱいおります。数えてみれば私どものグループの中で大体四〇%以上は寝たっきりで、布団も干してもらえず、うちの片すみで、冷たい布団にくるまってひっそりと涙を流して、ただ耐えることだけを毎日の生活にして、ひそかに涙を流して暮らしている、これがスモン患者の実態でございます。 日本式のふろおけですと、非常に丈が高いものですから、持ち上げるにしてもなかなか入らない。それでついに何とか工面をしてふろを改造したところのスモンの患者はいまふろに入れますけれども、その改造の資金がないところでは、あきらめてふろにも入れてもらえない。この四年間、五年間全然ふろに入ったことのない患者はいっぱいおります。私の周りにも、ちょっと数えただけで三人、四人とすぐ出てまいります。数年間全然ふろにも入らないというのが、これが一体文化国家の国民の姿でありましょうか。 先ほどお話がございましたけれども、身動き、身じろぎ一つできないという患者もいるわけです。三十分たちます、寝ておりましても寝返りぐらいは打たないと人間というのは寝ていられない。それで声をかけて夫を起こし、ちょっと寝返りをさせてくれ――、夫は起きてちょっと姿勢を変えてやる、また一時間たつと声がかかる、また夫も起きて姿勢を変えてやる。そういう病人の奥さんを抱えた老人もおります。雨の日などは朝から頭がびりびり、じんじん、がんがん痛む、耳が痛む、目が痛む、腰が痛む、おなかが痛む、ありとあらゆるところが痛い。痛い、痛い、痛いと言って泣いている。私はイタイイタイ病というのは知りませんけれども、恐らく症状は非常によく似ているんじゃないかと思うのですけれども、とにかくその苦痛においては何ら違いはございません。ただ泣きわめいている患者をおろおろおろおろとながめているだけが、そしてそうっとこわごわ背中をさすってやったり腰をさすってやったりするだけが、私ども家族のなすことなんです。 このように家族のだれかが、あるいは家族全員が、いつでも絶えず一緒になって犠牲にならなければならない、こういう点が私どもの家族の宿命であります。家族全員が肉体的にも精神的にも破壊されている、これが現在の私どもの状況でございます。 第二の特徴としまして、弱り目にたたり目と申しますけれども、悪いことというのは幾らでも悪循環を繰り返してくる。たとえば病院に入院いたしますと、大体二十五万とか三十万とか取られます。安くても五万とか十万とか取られます。治療をあきらめてうちへ帰る。足腰が冷える。夏でも電気ごたつでも入れてあげないと困る。ところが、夏電気ごたつをつけておりますと電気代がどんどんどんどんかさんでくるのです。私の同年輩の患者が、静岡の患者ですけれども、こう言っておりました。実はきのううちの子供が私にかみついた、父さんが電気を使い過ぎるから、今月はまた大変な赤字だと母さんこぼしていた、学校のノートを買いに行く金をもらいに行ったら、きょうはやれないと言った。これは二年ほど前に私が直接聞いた言葉であります。金がないからうちへ帰ってくる。家へ帰ってくると冷えるから電気を使う。電気を使うとうちの中にけんかが起こる。つまり貧しさが貧窮の窮に通じ、そして家庭の中のとげとげしい言葉のやりとりに通じて、家庭の不和に通じていく。あるいはある家庭では、姉さんが、おまえのところの妹は奇病になって病院に入ったそうだな、伝染病だそうだ、何か遺伝があるんじゃないか。ついに離縁されましてうちに帰ってまいりました。おまえのおかげで離縁されたんだということで、またそこでけんかが起こるわけであります。多かれ少なかれスモンの患者の家族は、精神的にも肉体的にも経済的にも病み切って、いま疲れ切っております。これが第二の点であります。 第三の点として、私どもの苦しみをいやが上にも増している、いやが上にもふやそうとする、致命的にしようとする悪意とすら私どもは言いたいと思うのですが、悪意があるということであります。 その一つはウイルス説でありました。先ほど甲野先生がちょっとおっしゃいましたが、このウイルス説が出たおかげで私どもはどんな苦しい、どんな恥ずかしい、どんなにみっともない思いを続けて世の中をひっそり過ごしてきたか。私自身も、家族にスモンの患者がいるということはぴたりと黙っておりました。絶対に言えないことだと秘密にしておりました。こういう体験はスモンの患者が全員非常に苦しい思いを続けてくぐり抜けた期間があるわけです。その間に次々と自殺をしていった患者がありました。一番ひどかったのは昭和四十三年、四十四年、四十五年ごろであります。新聞がスモンの患者が自殺したと言うと、ラジオがそれを報じ、テレビが報ずると、その明くる日にはまた必ずどこかで出てくるのです。新聞の記事を私いまでも持っております。そういうウイルス説で私どもがどれほど苦しんだか。いまでもスモンの患者の会に入りたがらない人がいる。なぜ入りたがらないか。スモンは伝染病だという人がいるからいやだと言う。私どもはその会報を印刷して封筒に入れて送るのです。そうすると、もうこの手紙はよこさないでくれ、もしよこすのだったら後ろの差出人の判こをやめてくれ、そこに静岡県スモン友の会と書いてある、スモンという字を削してくれ、それでないと私は会社で首になってしまう、こういう御婦人がおります。これと同じようなことを言った男の方がおります。決してまだ単数ではないのです。非常に大ぜいの方々を数えております。まだ恐らく厚生省の方に報告されていない被害者も一ぱいいるだろうと私は思うのです。現実に富士、富士宮地区というごく狭い地区でありますけれども、厚生省が握っている数字というのはたった五人なんです。ところが実際に私どもが調べてみると、何とその地区で死亡者だけで十一人もいるのです。恐らく二十三人ぐらい患者がおります。実際に行政機関がつかんでいるのはたった五人という数字なんです。そういう実態からしましても、恐らくこれは二万人からの中毒患者が全国には確実に出て、五百人ぐらいが自殺あるいは病死という死に追いやられた一大傷害致死事件であったという悲しい確信を私は持たざるを得ません。このようにウイルス説というものがいかに私どもを破壊したか。これはひとつ皆様ぜひ御理解をいただき、歴史にはっきりと明記をしていただきたいと思うのです。私どもの苦痛は実にそこからいよいよいやが上にも増して致命的になってまいりました。 もう一つは、私どもがやむなく起こしたスモン訴訟で、裁判の引き延ばしを徹底的にやろうとしている被告の態度であります。御承知のとおり、サリドマイド訴訟は四十九年の十月二十六日和解が成立いたしました。これに先立って、四十九年の十月十三日に、和解に伴う確認書が全国サリドマイド訴訟統一原告団と厚生大臣、それから被告の大日本製薬株式会社の間で調印をされました。これによりますと、厚生大臣と大日本製薬株式会社は、因果関係とその責任を認める、サリドマイドの製造から回収に至る一連の過程で安全確認、レンツ博士の警告後の処置についても落ち度があった、それにもかかわらず、十年余にわたって因果関係と責任を争い、この間被害児と家族に対して何ら格別の救済措置を講じなかったことを深く反省し、原告に対し衷心より遺憾の意を表する――この遺憾というのは申しわけないということなんだそうでありますけれども、遺憾の意を表する、厚生大臣は本確認書成立に伴い、国民の健康を積極的に増進し、心身障害者の福祉向上に尽力する基本的な使命と任務を改めて自覚し、今後サリドマイド事件に見られたような悲惨な薬害が再び生じないよう最善の努力をすることを確約する。厚生大臣はこう言って判こを押したのであります。これが先ほど申し上げましたように四十九年の十月十三日のことであります。 ところが、どういうわけかスモンについては厚生大臣は何ともおっしゃらない。因果関係と責任を認めて、新薬を承認するときの安全性確認の義務に落ち度があった、それからまた、発売後もその安全性を確認する義務が厚生大臣としてあったにもかかわらず、その落ち度があった、それは全面的に認めます、今後はそういう愚かなことはいたしません、被害者を相手に十年も争うような醜いことはいたしませんと言って判こを押しておきながら、一方ではスモンにおいて何と言っているか。法廷で、スモンについてはキノホルム説という説があるけれども、それを甲野先生たちから報告を受けたけれども、科学的には若干の不明な点もある、ないわけでもない、だからしたがって争う、判断は裁判所にお任せをする、これが国の態度であります。 たとえば、結核というのが結核菌から起こるということについては、これはだれしも疑う余地はございません。ところが、結核菌は恐らくこの部屋の中にも一ぱいうようよしていると思うのですが、結核患者は恐らくいないと思います。結核菌がいるのになぜ大部分が発生しないのか。それについての科学的な究明というのはまだできていないわけです。結核菌がどうやって結核患者をつくるかという病理については、恐らくまだわかってないことが一ぱいあると思うのです。そういう科学的に不明な部分があるがゆえに、それが究明されるまでは国は争うのだ、これは国の非常に妙ちきりんな論理であります。いわんや被告の武田、田辺、チバという卑劣な製薬会社は科学論争をいどみ、わけのわからぬ議論だけを吹っかけ、そして全然日本のスモンについて何の知識もない外人を証人に引っ張り出して、横文字で証言をさせようとしている。横文字で証言いたしますから翻訳もしなければならない。通訳もしなければならない。裁判は徹底的に延びてまいります。金もかかります。一人採用すると、文献調査あるいはその翻訳、そしてそれを検討することから始まって、数百万から一千万ぐらいかかっちゃうのです。こういう裁判の引き延ばしをやられますと、私どもとしては本当に苦しいのです。 裁判というのは大体金がめちゃくちゃにかかります。静岡だけでもすでに五千万から六千万、恐らく一億円を超すぐらいの金がかかっているでしょう。その大部分が弁護士の献身的な、金は一銭も取らぬという方式でやってこられましたので、私どもはやっといままでやってくることができた。しかしそれでは申しわけないというので、私ども必死になって組織を回ってお願いをし、頭を下げ、署名をいただき、カンパをいただき、そして街頭に出て一生懸命繰り返し繰り返し、今月も三回立っております。日曜日ごとに街頭に立っては大ぜいの方々に頭を下げてお恵みをいただいているわけであります。被害者が悲惨な体で――きょうここにおいでになった患者さん、実は軽い患者さんで、もっともっとひどい人は車いすに乗っかり、松葉づえにやっとすがって、街頭に立ってこじきをしている。こんな姿を一体いつまで許しておいていいのでしょうか。そういう事態をいつまでも放置して、そういう弱い、痛めつけられ切った患者を相手に国がのうのうといつまでも争うという姿勢に対して、徹底的に私は告発をしたい。どうぞ先生方のお力添えをいただきたいと思うのです。 裁判が進行するに従って、幾つかの事実がわかってまいりました。キノホルムというのは実は劇薬に指定されております。ここにございますが、昭和十一年七月三日金曜日、官報第二千八百五十号に、劇薬の指定の中にキノホルムは入っているのであります。大体キノホルムという薬は、性格からして絶対に劇薬に指定されているのでありますけれども、その致死量から推定しても非常に危険な薬であるということがもともとわかっている。それにもかかわらず、なぜかこれが昭和十四年十一月九日に劇薬の指定を解除されてしまった。それどころか、戦後になって製薬会社はこれを安全な薬だと称して能書きに書きまくった。私きょう実はそのキノホルム剤の薬を実際に持っています。その薬の能書きを見ますと、老、幼小児あたりに長期に与えても安全であると書いてある。そういうインチキな表示をして、武田、田辺、チバは売りに売りまくってぼろもうけをしまくった。その実態については裁判の席で明白に立証されております。 それから、この薬はこういう病気にも、こういう病気にも効きます、これだけ飲めばもっと効きますというふうに、あるいは健康な人も飲んでおけば病気にかかりませんというように、どんどんどんどん適用量と適用症状を拡大していった。そしてめちゃくちゃに販売をふやしていった。そして実はこの薬を発売するに当たって、何にも安全性を確認しなかった。おととい行われた東京の裁判で私見ておりましたが、被告の証人になって出てきた人間が問い詰められてがたがたふるえながら、実は何にもやってなかったということを自白せざるを得なかった。実際に製薬会社も国も何にも安全確認をやっていない。劇薬であると指定されていたものを、外国でも劇薬とされているものを安全な薬だとして売りまくって、飲ませまくったら病人が出るに決まっている。その被害者の本当に氷山の一角がいまここに、この部屋に来ているわけであります。 家族の一員として、被害者の立場として、最後に私はお願いを申し上げたいと思っております。 まず第一に、サリドマイドの例もございます、因果関係は明白であります。これについてはもう疑う余地がないことを甲野先生もおっしゃっております。日本じゅうの優秀な学者が究明し、そして裁判の場でもすでにこれは明白になっております。因果関係が明らかな以上、潔く国が責任をとってその非を認めていただきたい。 そして被害者に対して謝罪をし、損害を完全に補償していただきたい。 第三に全力を挙げて治療法の開発に努力をしていただきたい。国としては非常に珍しくスモン研究協議会、大量の金と大量の知識を集めて究明したら、やはりわかったのです。日本には優秀な学者が一ぱいいらっしゃいます。どうか日本の学者を、原因がわかったからといって分解させないで、もう一度全力を挙げて治療法の開発に力を入れていただきたい。患者の最終的な願いは体を戻せということなんです。金じゃないのです。その体を戻すために、治療法の開発に最大限の努力をしていただきたい。 それから、被害者のめんどうを一生、死ぬまで見ていただきたい。私のところには十二歳の子供がおります。これが原告です。この子供が一体どうなるか、親は朝な夕な非常に悩んでおります。私が生きている間はいい、私が動ける間はいい、死んじゃったらどうするんだということが非常に困るのです。一生めんどうを見ていただきたい。 それからもう一つ、公害被害者救済法というふうな考え方ではなくて、本当に被害者の立場に立った被害者救済の道を、方策を講じていただきたい。いままで何か薬害被害者救済法というふうな動きがあるのだそうでありますが、不思議なことにこれに被害者も家族も全然入っていない。被害者、家族が推薦する先生も入っていない。全然公開しないでやっているのです。公開の席で被害者、被害者の推薦する学者も入れて、そこできっちりと一番見合った救済の方法を実現していただきたい。これをぜひ速やかにとりかかっていただきたいと思うのです。そして、二万人以上という戦後最大の中毒事件を起こしたこの恥ずべき薬害事件の歴史に、そしてまたその事件にふたをかけて患者を相手に訴訟をしたという醜い薬事行政にピリオドを打っていただきたいと思います。家族の一員として強く要望いたします。 終わります。(拍手)
○大野委員長 次に、杉山参考人にお願いいたします。
○杉山参考人 近年わが国ではサリドマイド、スモン、コラルジル、クロロキンなどの薬害が相次ぎました。私は、このような薬害がそれぞれ特別な例外でなく、薬害を生み出す構造が日本に存在しており、この被害発生構造をはっきりととらえ、打ち砕くことによって、新たな薬害を防止したいと考えるものです。この立場から意見を述べたいと思います。 まず第一に申し上げなければならないことは、スモンとはキノホルム剤による薬害であるということです。このことにつきましては、ただいま甲野先生が話されましたので繰り返しません。しかし、ここで私が申し上げたいことは、加害者である国及び武田、田辺、日本チバガイギーは、この明白な困果関係すら認めず、キノホルム被害者の若しみを倍加させ、薬害発生の責任をあいまいにすることで新たな薬害発生の危険性を増しているということです。国、製薬企業は加害責任を否認し続けることによって、キノホルム被害を発生させた犯罪の上に、苦しみのどん底にいる被害者を見殺しにするという許しがたい犯罪を日々積み重ねているということをはっきり知るべきであります。 放置され続けてきた被害者が、しびれと痛みに耐え、重い足を引きずりながら製薬企業を訪れたとき、企業はどのような対応をしたのでしょうか。入り口のとびらを閉ざし、あまつさえ暴力で追い返すことなど、一体加害者がとれる態度でしょうか。国、製薬企業は直ちに被害者の主張を認め、謝罪し、被害者の完全な保障に取り組め、そして二度と薬害を発生させないことを被害者及び国民の前で誓い、直ちに実行せよ、これが第一に申し上げたいことです。 次に、キノホルム被害とは単なる肉体的な破壊のみでなく、精神的、社会的、経済的な全側面にわたる破壊そのものであると言うことができると思います。 私たちは、一昨年被害者がみずからの手で行った実態調査の約六百通に上る調査票を集計しました。集計の結果の一部を申し上げることによってキノホルム被害の実態を明らかにしたいと思います。 年齢別では、五十代、六十代、四十代の順に多く、五十代以上の高年齢者が半数以上であるということは、被害者に対する適切な保障が直ちにとられなければならないことを強く意味しています。 同時に、加齢による全身臓器機能の低下はスモンの症状を悪化させ、さまざまな合併症を引き起こしています。今日でも腹痛、下痢、便秘を訴えない人はむしろ例外的であり、膀胱炎、胆のう炎、上気道炎あるいは高血圧、その他さまざまな合併症を併発している人も非常に多くいます。 しびれ、痛み、冷感などの知覚障害にはほとんどの人が苦しんでおり、社会生活上重要な問題である視力障害については、失明あるいは強度の視力低下をした人は二〇%以上、視力に全く影響のなかった人はわずか二〇%しかいませんでした。筋力の低下、運動失調についても、ほとんどの人は何らかの訴えをしています。一年じゅう寝たきりから、気候、状態のよいときにはちょっとした用事くらいは何とかできるという人は三四%、つまり三分の一以上いるのであります。そして少し動けても翌日は疲労のために床につく人も多く、一年のうち三分の二以上寝ている人は二五%も存在し、一年の三分の一以上寝ている人ということになりますと、実に五〇%近くにも達しているのです。そのほか泌尿生殖器、循環器に対する障害も非常に多く存在しています。 以上のような肉体的状態のため、種々の補助具、家屋の改造等をしなければならなかった人も非常に多くいます。これはまた被害者の経済的な負担を増すことになり、療養生活のために費やした費用は多額で、当時の金で四百万以上使った人が一〇%近くもいます。二百万円以上の人になると二〇%もいるのです。被害のため収入の道を閉ざされた被害者にとって、きわめて重い経済的負担となったわけであります。そのため治療を続けることが困難になったと答えた人が実に四割もいたわけです。 さて、キノホルムは以上のような肉体的、経済的破壊ばかりでなく、社会的人間関係にも深刻な破壊をもたらしました。つまり家庭生活が破壊され、結婚等に支障を来した経験のある人は三割、職業や学業を奪われた人は四割近くもいるということは、いかにこの破壊がすさまじいものであるかを端的にあらわしています。そのため半数以上の人は自殺まで思い詰めたことがあると答えています。 このようにキノホルム被害とは、人間の全存在にわたる破壊そのものであるということが鮮明に浮かび上がってきたわけであります。加害者は、この広範かつ悲惨な被害の実態をどこまで正確に把握しているのか。私は加害者側がこのような被害者の深刻な実態を知るための努力をしたことを知りません。 以上のような世界に類例のない薬害を引き起こした責任は重大である。たとえ過失がなくても、健康を守るために服用した薬によって生命、健康を破壊した責任は本質的に重大であり不可避であります。特に、次に述べるような背景のもとに被害が発生、拡大したことについて加害者の責任については言うをまたないと考えます。 つまり第一に、キノホルム剤の副作用についてすでに昭和二十年代に明らかになっていたのに、国、製薬企業は全く無視していたということ。 第二に、サリドマイドなどの薬害が以前から問題になっていたのに、副作用を素早くキャッチする機構をつくらなかったこと。昭和四十二年より医薬品副作用モニタリングシステムがつくられましたけれども、これが有効に機能したことを聞きません。 第三に、原因を研明するための取り組みがきわめて不十分であったこと。昭和三十九年、埼玉県戸田地区で当時戸田の奇病と言われたスモンの原因究明のため研究班が設置されました。しかし、原因の究明がなされないまま、うやむやのうちに解散されてしまいました。昭和四十四年、スウェーデンやそれから日本国内でもキノホルムの強い副作用の情報がありました。それを国は知っていながら放置していたのです。 第四に、キノホルム剤の能書きに無制限、大量投与を促す記載をして被害を発生させ、またはそれを許したことです。 そのほか数え上げれば切りがありません。現在においてもまだ甘い新薬の許可制度、きわめて不完全な副作用モニター制度、はんらんするおびただしい医薬品など、どの一つをとっても日本の薬務行政が二度と悲惨な薬害を生み出さないよう改善されたとは申せません。他方、これほど深刻な薬害を発生させていながら、厚顔無恥な態度をとり続ける製薬企業の製造する薬を私は信用できません。そして医療の一端を担う臨床医として、同様に安心して患者さんに薬を処方することはできません。 健康と病気、生と死との境で使用される薬に私たち国民がこれほどの不信感を抱かざるを得ない状況を、国民の健康を守る立場にある厚生省当局はどのように考えておられるのでしょうか。 最後に、一国民として、加害者である国及び武田、田辺、チバガイギーの各製薬会社は直ちに被害者に謝罪し、完全な恒久的保障を行い、そして二度と薬害を発生させないことを全国民の前で誓い、実行に移せと再度申し上げて、結びたいと思います。(拍手)
○大野委員長 以上で参考人の陳述は終わりました。 ―――――――――――――
○大野委員長 次に、質疑の申し出がありますので、順次これを許します。村山富市君。
○村山(富)委員 ただいま五人の参考人の方々からそれぞれ、スモンの薬害を受けた悲惨なしかも深刻な生活の実態等々が報告され、まことにありがとうございました。余りにも深刻なお話で、どういう点からお尋ねしていいか、ちょっと戸惑うような気持ちでありますが、私も二、三患者の方を存じておりますが、その患者の実態の中でこういう事例があるのじゃないかと思うのです。 たとえば、いまスモン病については難病の特定疾患として扱われておりますけれども、仮に、患者さんがその届け出を福祉事務所なりにする。そうしますと、いま医療補助を受けているから、あなたもうそれでいいじゃないですか、こう言って全然扱ってくれない。医療補助の場合には、収入がありますと医療補助が削られます。そういう扱いを受けている事例があるわけですよ。そういう実態について、もし御存じであればお話しをいただきたいということが一つ。 それからもう一つは、医療補助について、いまやられておる医療補助は保険医療の中で自己負担分を公費で見る、こういう体制になっておりますが、しかし現実には、保険医療だけでなくてもっともっとたくさんの医療費がかかるんじゃないか。こういう事例についてもしおわかりであれば、どなたでも結構ですから、患者さんの代表の方にお話しをいただきたいと思うのです。
○中村参考人 私ども、保険の外の自己負担分を公費負担ということになっております。ですけれども、ここで私ども非常に悩みに思うことは、たとえばスモンは循環器系統がやられておりますので、しょっちゅう膀胱炎だとか、それから足が不自由なために足が前向いているか横向いているかわからないのでございます。そのために捻挫をする、そして外科に行くということ。またいろいろな問題が出てまいります。たとえば貧血でございます。悪性貧血ではないかと言われた患者さん、こういう合併症に対しまして、これはスモンの治療ではない、だから医療費は自分でお払いなさいというようなことがしばしばございます。私どもは県にもずいぶん参りました。県のおっしゃるのには、これは医師の配慮であるというようなことを言われますので、お医者さんに伺います。ですけれども、非常にまじめなお医者さんは、スモンというのはしびれだけである、そして失明とそれ以外の内部疾患というものは、合併症にかかわらず、これは他の疾患であるからスモンには関係がないんだということで、入院できないで、もう毎日ふらふらする貧血症の方が自宅療養をするというようなことがずいぶんございます。 そのようなわけでございますので、この公費負担というものも、私は、厚生省はお金のかからないようにいろいろと工夫なさるものだなあという感じが非常にしております。 そんなわけで、合併症――スモンというのはただしびれだけではないのです。頭のてっぺんまでしびれれば、これはもう関節も痛くなる。そして足がしびれているために骨折もします。もう膀胱炎はしょっちゅうです。お小水の出なくなる方も、これは大変なことでございます。そんなわけで、公費負担の解釈の仕方というものに対しまして、私どもは信用しておりません。こんなところ……。 それからもう一つは、私ども、もう治療法がないのです。そうしますと、はりがはやればはりに飛びついてまいります、苦しいものですから。それでマッサージ、こういうものに対しましては保険は絶対ききません。そしてまた私ども、治療に通うのに、歩けませんので、タクシーを使います。こんなわけで、莫大な治療費がかかるということ、それのできない人はもう黙って本当に死を待つばかりというのが現状でございます。
○村山(富)委員 よくわかりました。 次に、先ほど来お話しの中にもありましたが、昭和三十九年に、ちょうどオリンピックの年に、戸田で、これはオリンピックの競技場に使われた場所なんですけれども、奇病が発生したというので、あわてて前川班という組織をこしらえまして調査が行われた。しかも、聞きますると年間三十万円程度の予算でもって三カ年間やられて、四十一年には解散をされておる。甲野先生がお書きになっておる書き物の中にも、こういう言葉があるわけです。「埼玉県戸田の流行を契機に厚生科学研究費による研究が行われたが、スズメの涙ほどの研究費でなんらの成果をみずに打切られたのは、今思っても残念なことであった。」こういうお言葉があるのですけれども、これは一体どういう研究をされて、そしてどういう成果があったのか。いまから考えてまいりますると、このときに本気になって積極的にその研究に当たっておれば、現状のような患者の発生を見ずに予防できたのではないか、こういうふうに思われるのですけれども、その点、甲野先生はどういうようにお考えになりますか。
○甲野参考人 お答えいたします。 昭和三十九年に、いまおっしゃいましたとおり戸田の流行を契機に、当時京大の名誉教授であった前川先生を班長としていわゆる前川班というものができて、スモンの原因究明をやったわけでありますが、研究費が、三十九年が三十万円、それから四十年が三十六万円、それから四十一年に百六十万円というのが実際の研究費の枠であります。当時は、ウイルス説が盛んであったものですから、それでウイルス学者として私もそれに参加するという形になったわけでありますが、私が前に書いたものを引用されましたけれども、そのとおりでございまして、特に初めの二年ほどは、一回会合を京都あたりでやりますと、全国から二十名ほどの学者が参加したわけですが、会合費だけで研究費が消えてしまうということであります。 したがって、その班で達成されたことは、全国の患者がその当時の段階で、そこに参加していられる先生方自身あるいはその配下の病院等で診療された患者の実態がややおぼろげながらわかった。それから疫学的な、年齢であるとか性であるとかそのほか、そういうことがわかったということでありまして、その原因については全く、一歩も進歩しなかったわけであります。 これは顧みて後から言うようなことになるかもしれませんけれども、昭和四十四年の九月二日にスモン調査研究協議会がスタートして、一年たたないうちにキノホルムというものが容疑者として浮かび上がってきたわけであります。したがって、その程度の規模の全国的な取り組みをしていたならば、昭和三十九年からの三年間に事態はかなり変わってきただろうということは言えるのではないかと思います。
○村山(富)委員 厚生省にちょっとお尋ねいたしますが、いまお話しのあったような状況でありますが、一体厚生省は、これはオリンピックがあったからあわてて間に合わせにこしらえた、オリンピックが済んだらもう用はなくなった、こういう扱いにしたのではないかというふうに、うがった見方をすれば思われるわけですけれども、これはどういう理由で解散をして、もう必要ないと認められたのか、その点ちょっとわかれば伺いたいと思います。簡単に言ってください。
○佐分利政府委員 当時の医学界のいろいろな説が入り乱れまして、なかなか目標を定めにくいというような状況にあったものでございますので、一時基礎的な研究を大学方面で進めていただくという考えをもちまして中断したものでございます。
○村山(富)委員 これは後でいろいろほかの場所で問題になると思いますから省略いたします。 そこで、次にお尋ねしたいのは、先ほど来参考人のお話の中に、薬に対する許認可の扱いが余りにもずさんである、これはメーカーが申請したものをそのまま無審査でどんどん認めておる、こういう扱いをしていることに対する憤りを大分お述べになりましたけれども、実際に薬の許認可の際に、たとえば動物実験をするとかあるいは臨床試験をするとか、あるいはもっとモニター制度を確立していろんな広範な調査をするとか、そういう制度が確立されておれば、私はこういう被害者の続出を未然に防止することができたのではないかというふうに思われるわけでありますけれども、そうした薬の扱いについて、製造から患者さんに服用されるまでの間にいろんな問題点があるのではないかというふうに思われるわけです。いままでやってこられておる国のやり方を見ておりますと、何か事件が発生した、患者さんが生まれたといえば、後追いで後手後手に対策を立てられておる。しかもその対策は、さっきお話もございましたように、大変ずさんで、積極的に本当に問題を解決していこう、そして国民の健康を守ろう、こういう姿勢に欠けるのではないかというふうに思われる点がたくさんあるわけですけれども、そういうやり方に対して、甲野先生どういうふうにお感じになりますか。
○甲野参考人 私は専門がウイルスでございますので、薬害というようなことになりますといわば専門家じゃございませんので、的確なお答えはできないと思います。 一般的な意見としてはおっしゃるとおりでありまして、発売される以前において薬の副作用、毒作用、そういうものを動物実験で調査する、また一方ではモニタリングシステムによって常に監視をしている、こういう状態が完璧であれば御指摘のようなことはなかったのであろうということは言えると思うのです。
○村山(富)委員 そこで、もっと突っ込んでお尋ねしたいと思うのですが、これは杉山先生にお尋ねしますが、大石さんからもちょっとお話がありましたが、たとえばキノホルム剤の能書きには、全然これは副作用がない、同時に、長期に連用してもかまわない、しかも予防に使用してもいいのだ、こういうふうなことが言われておったというふうに聞いておるのですけれども、いまお話を聞きますると、これは劇薬で大変な副作用がある、したがって、使用についてはよほど厳重なチェックをしないと危ない、こういういろんなお話がありましたけれども、ここらについて何か参考になるような御意見がありましたらお尋ねしたいと思うのです。
○杉山参考人 実はそのとおりでして、これはエンテロ・ヴィオフォルムというキノホルム剤ですが、その能書きですけれども、非常に安全である、小児にも老人にも安全で長期連用が可能である、そして適用症に関しても、非常に、ほとんどの下痢、腸炎、それからまた予防用にも使うということが書いてあるわけです。しかし私は、アメリカの有名な薬理学の教科書でグッドマンとジルマンの教科書がありますけれども、そこで調べたところによりますと、それは、初めの版からごく最近まで常に一貫して、適用症に関してはアメーバ赤痢にしか効かない、使用しない、それから副作用の問題に関しても下痢が続いた場合にはその使用をやめるように、それから使用期間に関しても十日使ったらまた十日間休みなさい、それを二、三回続けても効かない場合にはもうその薬をかえるようにと、しっかりしたことが書いてあるのです。 それでアメーバ赤痢というのは日本では最近発生が非常に少なくて、調べてみましたところ、十万例で二十二名、十万人に対して二十二名ですね、それぐらいの発生率しかない。ところが、下痢に対して安全ということになれば十人に一人くらい、一年に一回くらいは下痢している。しかもまた予防用にも安全ということになればもうすべての人、十万人の十万人がその服用の対象になるわけです。このようなことを許していた国、製薬会社の責任は重大であると思います。それから予防用に関しはてスウェーデンでもうすでに昭和四十四年の段階で忠告があり、中止されておるわけです。そのようなことがございます。
○村山(富)委員 こういうキノホルム剤の危険性があるにもかかわらず野放しにして認めたというその厚生省の態度は、私は理解できないわけですね。そこらについて、いまお話しのあったようなことについては厚生省はどういうふうに理解されておるわけですか。
○宮嶋政府委員 キノホルムにつきましてはわが国におきましても昭和の初めから使われておりまして、実はこのスモンに関します一部の情報も三十年代に入ってから出始めまして、大体三十年代の後半に相当の患者が見られるという状況でございまして、それまでは国内国外を問わず、キノホルムに関します特別の知見というものも特にはなかった。また昭和の初めから、先ほど申しますようにわが国ではずっと安全だとして、これは薬学界あるいは医学界におきましても一般に認められ、使われ、また海外においても使われておった。また、そういう長い臨床経験を通じてもそういう被害がないものであるから安全であるということで長らくやってきたわけでございます。 それで、スモンの問題が起こりまして、経過的には三十九年の研究班から発足いたしまして四十五年夏、椿先生の御指摘があるまで関係省も一生懸命勉強したわけでございますが、結論的には、四十五年の八月の椿教授の説を薬学界あるいは医学界の関係者らの精鋭のおられます薬事審議会におきましてもいろいろ検討されまして、疑いあり、疑えるものは抑えようというので、四十五年の九月に販売を停止した、こういう状況でございます。 ですから経過的に申しますと、このキノホルムについてはきわめて安全な薬という一般的な学問的な理解というものがわが国にございまして、そういうもとにやっておったということをひとつ御理解願いたいと思うわけでございます。 なお、先生御指摘のように薬をめぐりますいろいろな副作用の問題、この問題が三十年代に入りましてサリドマイド問題も含めいろいろな問題が起きておりますけれども、私ども薬務行政の面におきましては、もちろんこの薬務行政のもとになります、その支えになります技術的な分野でございます薬学の分野あるいは医学の分野、こういうものは年々進んでまいるわけでございますし、私ども行政のありようもそれに伴って変わってくる、進んでいくというものでございますが、三十年代に入りまして薬務行政も確かに審査の面、製造許可、こういう面で年々強化してまいりまして、特に四十二年に入りまして、あるいは先生御存じと思いますが、新薬の承認に関する基準というもの、これは従来そういうふうにやってきたものを集大成した面がございますけれども、がっちり固めるということで、いろいろなデータにつきましても委細を尽くしてとる、また審査も厳重にやるというふうなかっこうで切りかえております。あるいはまたモニタリングの問題につきましても、WHOモニターを初め、都内のモニター指定病院に対するモニター報告、あるいはまた新薬メーカーに対する副作用報告の義務づけと、いろいろなことをやっております。とにかく年々技術も進み、また行政のあれも変わってまいりますけれども、私どもといたしましてはそれぞれ最善を尽くしてやっていくということで努力をしておるということでございます。
○村山(富)委員 いまお話があったように、キノホルムが安全であれば、こういう患者は生まれずに済んだのです。だから、そこらの手落ちというものはやはりしっかり認める必要があると私は思う。 さらにお尋ねしますが、甲野先生、このスモンがキノホルムが原因であるということはもうそのとおりに認識してよろしゅうございますか。
○甲野参考人 私ははっきりと断言できると思います。少なくとも現時点においてはそれ以外の原因は考えられない。ただしスモンというのは一つの症状を言うのでございますので、ほかの原因でもそういうことがまれには起こる。しかしそれはきわめて例外的なことで、かつての総括で申しましたように、大多数あるいはほとんど全部と申していいかと思いますが、スモンはキノホルムによる中毒であると、こう申しても過言ではないと思います。
○村山(富)委員 いまお話がありましたように、厚生省がつくったスモン調査研究協議会の会長であられた甲野先生がそういうふうに断言をされるわけですから、これはもう難病じゃなくて薬害であるということは明確ですね。 そこで、この調査研究協議会はおそらくもう解散をされて、これからは難病対策課の中に一括してやられていくのではないかというふうに思われますが、先ほど来お話がありますように、これはまだ本当に治療で治癒できるという決め手がないのですね。そこらは患者さんからの切実な期待だと思うのです。その期待にこたえるためには、これでもう原因がわかったから終わりというのではなくて、もっと積極的に治療面も検討していく、こういう姿勢が必要ではないかと思うのですけれども、そういう点については甲野先生どういうふうにお考えになりますか。
○甲野参考人 それはおっしゃるとおりでございまして、私はまあいま会長の席におりませんですが、スモン班というのが存続しております。原因がキノホルムであるということが現在ほとんど確定した段階において、治療あるいはリハビリテーッョン、この方面に研究費のほとんど大部分を投入してやっておるというのが実情でございます。ただし、なかなか有効な治療法が発見できないということもまた事実でございます。
○村山(富)委員 最後に厚生省にお尋ねをしたいと思うのですけれども、いままでずっと聞いてまいりまして、たとえば患者さんが現実に医療保護の面で、あるいは救済の面でどういう対策がとられておるかということについて、さらにこの病気が発生してから厚生省が取り組んできた取り組み方、姿勢等についても問題にしてまいりましたし、さらに薬の扱いについての厚生省のいままでのずさんなやり方についても明らかになってまいりました。しかもこのスモン病に対する原因も明確になってきているわけです。こういうところまで来て、私は、先ほど来参考人のいろいろな立場からする深刻な悲惨な実態というものがるる述べられましたけれども、そういうお話を聞き、いままでとってきた厚生省の姿勢なり行政のあり方なり、そういうものからずっと考えてまいりまして、これはもう当然国に責任があるというふうに思われるのですけれども、そこらの責任について、いま政務次官がおられますけれども、どういうふうにお感じになっておりますか。
○山下(徳)政府委員 先ほどから各参考人のお話を十分伺っておりまして、中村参考人、鈴木参考人の被害者としてのお苦しみ、大石参考人の御家族としての苦しいお立場、そしてまた杉山参考人のスモン病の患者の実態、あるいは甲野参考人のこの原因についてのお話も伺いましたけれども、それぞれのお話の中から私も考えますことは、やはり早急に何らかの救済措置を厚生省が踏み切らなければ大変お気の毒だということを十分承知をいたしておりますが、甲野参考人のお話にもございましたように、断言できると思うという御発言がございましたが、二つの審議会の結論にいたしましてもやはりそのような表現として受け取っております。したがって、速やかなる裁判の結審を得て最終的に厚生省としても態度を決めなければならぬと、このように考える次第であります。
○村山(富)委員 これはもう甲野先生ははっきり断言できると、こう言っているわけでしょう。しかも、私もいろいろな資料を拝見さしていただきましたけれども、仮に患者の中の八五%がキノホルムが原因である、あと残された一五%も、本人は知らないけれどもキノホルムを服用しているということもあり得るし、もう一〇〇%近く原因が究明されておるわけですよ。しかも、いままでお話がありましたような被害者の患者さんの苦悩と社会的、精神的圧迫を受けた苦しみ、こういうものを考えた場合に、私は裁判の結審がなければどうのこうのという話ではなくて、やはり国民の健康に対して責任を持つ政府として、当然いままでサリドマイトでお認めになったように――いろいろな手抜かりがあるしいろいろな落ち度があったわけですから、そういう手抜かりや落ち度をお認めになって、いまの患者を救済するという責任をお感じになるのは当然ではないか。これは、ある意味では、薬を許認可するのは政府の責任なんですよ、その許認可された薬を服用して患者さんが生まれたわけなんだから、だから患者さんの立場からすれば許認可した国に責任があるのは当然ではないか、こういうふうに思われると思うのです。そういう点についてどういうふうにお考えになるか、いま一遍政務次官の御答弁をいただきたいと思います。
○山下(徳)政府委員 先ほどから申し上げましたとおり、厚生省としても大変お気の毒に存じておりますし、速やかなる結論を急がなければならぬと思っておりますが、サリドマイドと違いまして態様においてもかなり複雑な様相を呈しております。ですから現段階でできる、たとえば先ほど局長からも御答弁申し上げましたように、私どもとしては一〇〇%というところまではまだ結論を出しておりませんけれども、ただ疑わしいものについてはひとつ発売も速やかに禁止しょうという適切な措置を適宜とっているわけでございますから、その点はひとつ御了承をいただきたいと思います。
○村山(富)委員 いま係争中だからなかなかはっきりしたことも言えずに慎重な答弁をしておると思うのですけれども、係争中だからとかなんとかいうのではなくて、国として国民の健康に責任を持つのは当然ではないか。しかも行政のあらゆる機関の中でチェックする機関があるし、許認可の権限も持っているわけですよ。そういうチェックをしたり許認可したりする手続の中に落ち度があったり手抜かりがあったりしている事実があるわけですから、そういう点に対する行政の責任というものは当然感ずべきであるというように思うのです。その責任が明確にならない限りは、これは救済できませんよ。ですから、そのことを私は強く訴えて、時間もございませんので、私の質問を終わります。
○戸井田委員長代理 寺前君。
○寺前委員 きょうは参考人の方々に敬意を表したいと思います。もっと言いたいことがたくさんあるのだろうと思いますが、時間がないので申しわけないと思います。また傍聴にはスモンの会の全国協議会の副会長をやっておられます坂本さんが車いすで、そしてまた多くのこの問題に関心を持っておられる方がおいでをいただいております。皆さんもみずから参考人になりたいだろうと私は思いますが、この制約の中でまことに申しわけない。また私自身もこの質問を許されるに当たって二十分という限られた時間ですから残念に思いますし、厚生大臣がきょうは来てくれていないということについても、またまた私は残念に思うわけです。いっぱい残念に思うことがありますが、限られた時間の中で私なりに聞きたいことをひとつ率直にやらしていただきますので、御了解をいただきたいと思います。 先ほどからお話を聞いておりまして、私は厚生省に聞きたいと思います。甲野先生は、キノホルムをやめたことで患者の減少が起こったということを率直に言われました。私も甲野先生のいろいろなものを読ませていただいております。一九七三年の資料を見ますと、四十五年の九月にその販売を中止するということがなされた以前と以後におけるところの数字はうんと違っております。たとえば、甲野先生の資料を読むと、四十五年は千二百七十六人、四十六年は三十三人、四十七年は一人、こういう数字が出てきます。先ほどは、さらにその後の資料としての調査結果について御説明になりました。まさにそういう意味では、キノホルムのあるところスモンありとどなたかおっしゃいましたが、私は、客観的にこの数字を見て否定することのできない数字だというふうに思うのです。 厚生省の人にお聞きしたいと思います。四十五年の九月、あの販売中止をさせた以前と以後の数字は、明らかに発生状況は違うという事実を認められるのかどうかということです。この点について率直にまず聞きたいと思います。
○佐分利政府委員 キノホルムの販売中止をいたしました前後で明らかに患者数は変化しております。販売を中止いたしましてから減少いたしております。
○寺前委員 それでは、この数字の結果は何を意味していると思われますか。
○佐分利政府委員 スモンの発生がキノホルムの投与に非常に深い関係があるということを意味しておると考えますけれども、しかし、一方においては、キノホルムによるスモン発生の機序といったものがまだわかりませんし、また先ほど来お話がございましたように、一五%の人はキノホルムを飲んでいないスモンの患者でございます。また、なぜ外国にはスモンの患者が少ないのか、そういった問題がいろいろございますので、キノホルムが原因であると断定することはまだできないのではないかと思います。
○寺前委員 詭弁はやめなさい。明らかにキノホルムのあるところスモンありという方の結果は出ているじゃありませんか。スモンのあるところにはほかの要因もあるということは言えるかもしれません。だけれども、キノホルムのあるところスモンありという結果については否定できない数字としてあらわれてきている。私はこの態度が大切だと思う。それじゃそのキノホルムというものが適切に――いままでに振り返ってみて、使わすことが許されていたことがよかったのかどうかということにメスを入れていかざるを得ないじゃありませんか。 私は、その次に聞いてみます。キノホルムについて、あの販売中止以前に局方薬から外せという声はなかったのかどうか、聞きたいと思います。
○宮嶋政府委員 キノホルムにつきましては、昭和十四年第五次薬局方に載りましてから、その後、第六次、第七次と、このように載っかってまいりました。この間、もちろんこの公定書ないしは日本薬局方収載というものは、医・薬学者が集まりまして、現在で言えば薬事審議会の専門家が集まって、長い月日をかけてやるわけでございますが、そこで従来異論があったということは聞いておりません。
○寺前委員 これは私は非常に重大だと思います。私は、聞いておらないということについてはそれでは早速調べて、この件については保留をしたいと思います。薬事日報の昭和二十三年十一月十一日号、局方削除というその薬の削除品目の名前が並んでいます。その一番最後にキノホルムという名前が出てきます。明らかに二十三年のこの段階にキノホルムを局方薬から削除せよという声があったということは、きわめて明確な事実じゃありませんか。先ほど、どなたかの説明の中にありました。もともと劇薬であったもの、それが昭和十四年でしたか、これが局方薬に入ってきた。あの、日本が海外へ侵略する過程の中でこの問題がいつとはなしに持ち込まれてきて、そして戦後これが問題になったときに、今度はこれをもとの劇薬として戻そうということになってきている話として出てきているときに、なぜこれを真剣に考えなかったのか。あなたの話ではこれははっきりしておらぬから、これは保留にしておきます。私は、これは重大な問題だと言わなければならない。 もう一つ聞きたいと思います。先ほど、厚生省の答弁の中にこういうことがありました。被害者というのが発生してきているのはずっと後の話だというような、何かそういうような話がありました。ちょっと聞きたいのですが、今日スモンの患者と言われている人の一番早い段階の人は、いつからスモンにかかっていますか。
○佐分利政府委員 スモンの患者の最初の発生は三十年であるという報告が、三十三年に医学の学会でなされております。
○寺前委員 現在スモンの患者は、それではそれ以前の人はおりませんな。
○佐分利政府委員 いないはずでございます。
○寺前委員 私はこれも重大な問題だと言わなければなりません。スモンの患者会の皆さんと懇談してごらんなさい。今日までスモンの会ができていろいろ皆さんとお話しになっているはずです。昭和二十四年になったという人がおるじゃありませんか。二十六年間、まさに四分の一世紀悩み続けている人がおりながら、そのことは知らないと言うのだったら、一体これは何事だ。私は無責任のそしりを免れないと思いますよ。先ほど、三十年代に入ってから初めてだ、こうおっしゃった。冗談じゃない。三十年代になってからそういうことが問題になったか知らないけれども、患者の発生というのは、それ以前の人が苦しみ抜いているという事実から目をふさごうとおっしゃるのかどうか。私は、これはまた重大な問題だと思うのですよ。これも保留です。もっとしっかり調査をして――先ほどどなたかおっしゃいましたよ、厚生省の調査数字というのはだめだ、静岡県の話で出ました。五人だとおっしゃるけれどもあそこで死んだ人が十一人おるじゃないかとおっしゃった。私はそうだと思います。京都のスモンの会の会長さんの坂本さんに先ほど会いましたら、後におられますが、後からお聞きを願ったらありがたいと思います。京都でも、この前に調査した厚生省の報告によると、二百十六人だ、ところが四十九年の十一月に調査をしたら百数十名ふえて、三百九十一名になっている。何でそうなったのだと聞いてみたら、任意調査だからそういうことになるのです。明らかに数字がどんどん変化が起こっているというのは、これは京都府と一緒になって調査したときの数字としてまた出てきている。どう発生しているかということをもっと調べなければいけないのじゃないですか。これ、しっかり調べ直すかどうか。厚生政務次官おられるからちょっと聞きたいと思う。やっぱり事実をしっかりしなければいかぬですよ。
○佐分利政府委員 御指摘のケースについては十分に調査をいたしたいと思います。本当にスモンであるかどうかというような問題等も含めて調査をいたします。
○寺前委員 先ほどの参考人のお話の中に、関係会社の方はどうも厚生省より姿勢が悪いようなお話がございました。私はこれも大事だと思うのです。厚生省がちゃんとしないことには、それは製薬会社というのは責任をかぶるなと思ったら、ああやこうや言うのはあたりまえだと思うのです。だから、そういう意味では厚生省の姿勢が非常に重要なことになりますが、ここで一つ患者の皆さんからまた提起された問題がありますので、聞いてみたいと思います。 それは、たとえば武田ですか、これは武田が使っている薬に、エンテロ・ヴィオフォルム散「チバ」あるいはエンテロ・ヴィオフォルム錠「チバ」というのがあります。田辺が使っているものにエマホルムというのがあります。これらの品物を使っていくということになったら――、これは整腸剤として大宣伝をやってきている。ところが、今日国民皆保険という時期です。そうすると、保険として使っていくということになってきたときにはどういうことが起こってくるか。すなわち局方の常用量というのは一回〇・二グラム、一日〇・六グラムというのが基準だ。その基準以下で、あるいは基準値でもって使われるというのが常識なのか、それともこれよりも上回っていくのが常識となって使われていくのかというのは、これは健康保険とも関係が出てくると思うのです。健康保険として点数として勘定してもらえるときには、何点のときには金になって入ってくるか、これはお医者さんが計算する。その勘定をしようとすると、この基準値よりも上回る結果になるという問題が指摘されております。たとえば、このキノホルムによってうんと会社が助かったという田辺の場合、エマホルムの散剤を見ると、患者さんはこう言っておられます。一グラム中にキノホルムは〇・九グラムある。ところが薬価点数でもらうということになったら一・五グラムということになって、キノホルムは結局一・三五グラム入るということになってしまうじゃないか。そうしたら常用量として明らかにオーバーをしていくということが結果として出てくるじゃないか。健康保険の取り扱いの過程の中において、こういう薬価基準の決め方の中にすでに危険性が多分に入っておったのだ、ここに広範にわたって集団発生していく原因があるのだということを患者さんが強く言っておられる。私はもう時間がありませんからこの論争はやりません。いずれにしたってキノホルムのあるところこれがある。しかもこういうふうにして、国民健康保険のその適用によって集団発生条件をつくってきた、こういうふうに考えてきたならば、これは何と見ても政府自身が全部打った手の結果がこうなったのじゃないか。政府の打った手の問題を私はああやこうや詭弁を弄することはもう許されない。先ほどのお話の問題がありました。あのサリドマイドのときには、悲惨な薬害を再び生じない最善の努力をすることを確約すると、ちゃんとサリドマイドの方々と本当にお話しになった。とすると、本当に客観的にキノホルムのあるところスモンがあり、しかも薬の問題、薬価基準の問題などから見ても、そういうことになってくるとなったら、私は国は争うべきじゃないと思うのだ。四分の一世紀の間苦しみ抜いてきている人たちに対して、せめて争いをやめるということが中心じゃなかろうと思うのです。即刻争いを政府がやめる。そして、私たちは行政の手として皆さん方に対して十分に手を打つことができなかったということ、われわれは手が汚れておったのだということについて明らかにされるべきだと思うのですが、政務次官、どうですか。
○山下(徳)政府委員 先ほどから申し上げておりますように、患者の今日のお苦しみを考えますと、これは大変お気の毒であることは私も同感でございます。ただサリドマイドと違いまして、先ほどから申し上げますように内容が非常に複雑でございます。したがって、これと同じような取り扱いは現段階においてなかなかいたしかねるからもうしばらくひとつお待ち願いたい、こういうふうに申し上げているわけであります。
○寺前委員 何が複雑なんでしょう。もともと劇薬であったものを局方薬にした、そして戦後局方薬をまた劇薬にしてちゃんとしようということが途中で出ている、そのときに処理をしなかった、そして国民皆保険の中で適用が広がってくる、集団発生が起こってくる、何にも複雑なことはないじゃありませんか。歴史の経過はいかんともしがたい。しかもキノホルムの販売をとめた瞬間に事態に変化が起こってきているというならば、だれが考えたって、子供だってわかる話ですよ。まずやめることから始めなければいかぬじゃないですか。争いをやめることから始めるべきじゃないですか。そのとおりですというところから、初めて仕事は一切始まっていくのじゃありませんか。何がお気の毒だ。傍観者的な話じゃないじゃないですか。何にも複雑なことないですよ。私は憤りにたえません。甲野先生、どうでしょう。本当に裁判で争うべきだというふうに先生はお考えになるでしょうか。ちょっとお聞きしたいと思います。
○甲野参考人 私は最初に申しましたように、患者さんの救済ということが一日も早く実現されるべきであるということを申したわけでございます。その意味におきましては、そういう争いというようなことはなしに、一日も早く患者さんの救済が実現されるようになるのが当然であろうというふうに思います。
○寺前委員 先ほどの静岡県の大石さんからお話がありましたが、患者はもとの体にしてくれというのが一番の願いだと思います。研究費を見ましたら、三千五百万円というのがその金額になっています。あの甲野先生を中心とするキノホルムの例の確定をされた段階の予算を見ると、四十四年、四十五年、四十六年、その間三千五百万円から五千万円、五千万円という変化が生まれてきています。本当に根治療法を、もとの体にするということになったらもっとお金を注いで全力を集中するということをやる必要があるんじゃないだろうか。そんなことは意味がない、この三千五百万円程度で研究しておったらいいのだ、こうおっしゃるのか、私はこの点について政務次官に聞きたいと思います。これでいいのかどうか。
○佐分利政府委員 十分ではないと思いますが、現下の研究計画に照らしてみますと、一応の助成額ではないかと考えます。
○寺前委員 もう時間もあれですから、あの非常に重大な岐路をなしたところのスモンの協議会、甲野先生は非常に大きな役割りをされました。全力をふるって日本の医学界がこの根治療法をつくり上げるために本当にこれでいいとおっしゃるのか、いまの厚生省の答弁に対して、甲野先生の率直な意見を私は聞きたいと思います。
○甲野参考人 それは研究費は額が多いほどいいということは一般的には言えるかもしれませんが、しかしながら、やはり研究費を十分に――十分といいますか、ただ増したからその成果が上がるということもまた非常にむずかしい問題でございます。したがいまして、単に研究費を増すということだけで問題が解決するというふうには私は考えません。
○寺前委員 増しただけでは済まないと思います。全力をやはり集中させるための手だてをいろいろ考えなければならないだろうと思います。しかし私は、それにしても三千五百万程度の話では、さきの会合一つの先生のお話じゃございませんけれども、本当にやろうということになったら少し改めるべきじゃないだろうかということをつくづく思います。 現実的には、はりのお話がございました。はりを打とうと思ったらまた車で飛ばしていかなければならないという問題があります。ですからそういう意味では、現実的にももっともっと車賃を補償するとかいろいろな施策は緊急に私はとっていかなければならないと思います。 私はきょう、部分であったけれども参考人の皆さん方が訴えられた内容について、真剣に厚生省当局の皆さん方がお考えくださることを再度要求して、時間でございますので、やめたいと思います。ありがとうございました。
○大野委員長 岡本富夫君。
○岡本委員 きょうは参考人の皆さん、御苦労さんです。私も兵庫県のスモンの会の方にたびたび出席して、皆さん方のいま陳述されたいろいろなことを大分聞いております。中には尼崎の方で会長をやっていた人が亡くなりました。私もまた昭和十八年にちょうど中国におきましてアメーバ赤痢にかかって、このキノホルムを服用した一人なのです。皆さん方大変お気の毒だと思います。 そこで、与えられた時間が十五分ということで、まことに残念ですけれども皆さん方の御意見を承っておりますと時間がありませんので、厚生省にひとつお聞きしますけれども、厚生省は昭和十一年の時点においてはこれは劇薬に指定されておった。ところが、なぜ三年後にこれを解除されたのか、これについて的確な御意見を承りたいと思います。
○宮嶋政府委員 ただいまの点でございますが、私どもいろいろ調べましたけれども、当時の資料その他ございませんで、不明でございます。
○岡本委員 厚生省、このスモンの患者の皆さんが非常に困って、そして各方面からもいろいろと文献も出て、またいろいろな学者の説もある。ところが、実際にこのスモンの患者の皆さんを救わなければならぬ、これが厚生省の姿勢でなければならないと私は思うのです。実はこれは昭和四十二年、イタイイタイ病、このイタイイタイ病につきましても、相当調査して、そしてカドミが原因である、それ以外に認められないという当時の厚生省の断があったからこそあのイタイイタイ病の患者は皆救われたのです。ところが、あなたの方ではその当時の資料もない。しかも、先ほどから聞いておると、現在の患者の実数あるいはまた患者の状態、こういうものの調査が、これから調査いたしますとか、ずいぶんあやふやじゃないですか。こんなことでは私は――国民は厚生省だけが頼りなのですよ、この健康問題は。建設省や通産省ではないのです。厚生省だけが頼りで、いままで私どもの健康問題を守ってもらっておると思っておった。それが、先ほどの同僚委員の質問に対して、これから調査します、こういうようなことでは、実際に国民の健康を守るという厚生省の本当の態度でないと私は思うのですよ。政務次官どうですか。何か裁判の結果が出てからとか、こういうようなのはほかの省と同じじゃないですか。実際に国民の健康を守ろうという発想が、これが厚生省じゃないでしょうか。この態度をひとつ一遍明らかにしていただきたいと思うのですが、これは政治的な問題ですから、政務次官からひとつお願いいたします。
○山下(徳)政府委員 ただいま御質問の厚生省の調査の問題につきましては、これは原因を究明するまで厚生省がなすことのできる最大の力を発揮してやるということでございまして、いまから始めるということではございません。 先ほどの御質問にもございましたように、甲野先生の三千五百万足らずの調査費の多いか少ないかという問題にお触れになりましたけれども、われわれといたしましても、たとえばそういった金額だけではなくて、現在厚生省が持っております一つの人的な組織と申しますか、たとえば公衆衛生院においてこのための専門的な四つの班を編成して、三十一名専門的にこれに充てておるというような、そういう現在あるところのすべての組織をフルに投入して、精いっぱいの調査をやっておるというところでございます。
○岡本委員 私は研究班の皆さんの御意見を少し承った。先ほども話がありましたけれども、非常に研究費が少ないのです。だから満足な調査研究ができないのです。少なくとも一億以上の研究費、先ほど甲野先生から研究費だけではとおっしゃいましたけれども、やはりこの研究費と、それによって人的の確保と、やはり予算というものが一番大事だと私は思うのですよ。わずかの、三千五百万くらいの予算では非常にわかりにくい。製薬会社が非常に抵抗しておる。患者を救おうという、これは厚生省以外にない。製薬会社の方は企業ですから何億でも出せますよ。そして、先ほどもお話があったように外国から学者を呼んだりしていろいろやっておるわけでしょう。それに対抗するのは患者でなくして厚生省でなければならないのです。患者の皆さんにはそんな力はないのですよ。これは民法七百九条ですか、無過失賠償責任から見れば、逆に今度はそうではないという挙証の責任は製薬会社あるいは訴えられている国にあるのではないのですか。この点について私は本当にもう憤りを感ずるわけですけれども、ここでこれはかり言っておっても仕方ありませんから、そこで、杉山先生にお聞きいたしますけれども、あなたは東大の内科の先生らしいのですが、このスモン患者の臨床をおやりになったことがありますか、いかがですか。
○杉山参考人 ぼくはまだ医者になって間もないものですから、実際に患者さんを病院で診たことはありません。ただいままで、学生時代からですけれども、いろいろな形で患者さん、被害者の方と接触して、その苦しみとかいろいろの悩みを聞いて、そしてまた医学的知識とか自分たちの範囲で処理できるものでしたら、これをいろいろ相談にも乗ってきました。
○岡本委員 臨床をされていないということになりますとちょっと方向違いですから……。 そこで厚生省にもう一度お聞きいたしますけれども、この患者の皆さんの社会復帰についてどういうような対策をいまおとりになっておるのか、これをひとつお聞きしたい。
○佐分利政府委員 スモンの患者さんのうち身体障害のございます方々は、身体障害者福祉法に基づいて各般の福祉の措置が講じられておるわけでございまして、一般身体障害者と同じような社会復帰の措置が講じられるわけでございます。
○岡本委員 そこで、先ほどどなたかお話がありましたように、スモン患者の皆さんの合併症、こういうものに対しての治療ですね。これは確かに医者に参りますと、合併症の方は、これはスモンの病気じゃないのだから自己負担だとかいろいろ言われている。公衆衛生局長はこういうことはおわかりだと思うのですが、われわれの肉体というものは、一つの病気が出て、そして体力が低下すればほかの病気も出てくる。原因がスモンであって、ほかの病気も併発してくる、これはもうあたりまえじゃないでしょうか。その病気の方はこれはスモンじゃないのだから、合併症の方については自己負担だ、原因はしかしスモンだ、こういうことになれば、間接にはなりますけれども、やはりその合併症の治療も救済していく、これが私は、特にスモン患者に対してはそこまでひとつ、いまはまだ原因究明の、また治療方法についてはっきりしていないときですから、ここまで私はしていくのがまず一番大切ではないかと思うのですが、そこまで広げる考えはないか。やってもらわなければならぬ。この点について……。
○佐分利政府委員 現在のスモンの患者さんに対する治療費の公費負担制度でございますが、原則はスモンの診療に要する費用を支給するわけでございますが、スモンに関連があると思われる疾病については、その主治医の判断によって治療費が支給されることになっております。決していま御指摘がございましたように、非常に狭い範囲に限定しておるものではございません。
○岡本委員 実態が違うんですね。そのことはあなたの方でははっきりと日本医師会あるいはまた開業医、あるいは病院に対して何かで通達なさっていますか。それをひとつ、通達された証拠をひとつ……。
○佐分利政府委員 通知は出してございません。
○岡本委員 通知を出してなかったら、これは臨床医の考えでやるわけでしょう。臨床医の方ではスモンが原因だ、そうでないという人は、たとえばスモンのためにそういう病気が出てきても、これははっきりしないじゃないですか。これは通達しますか、これから。いかがですか。
○佐分利政府委員 まだ特定疾患対策についてはそのような通知を出しておりませんけれども、従来の結核医療費の公費負担とか、あるいは精神病医療費の公費負担におきましてそのような先例がございますので、それに準じてこのような公費負担制度を運用することにいたしておるわけでございます。
○岡本委員 あなたがここでそういうように答弁なさったことが、これは各医師のところに行かないと思うのですね。だから、やはり厚生省の方から、事スモン患者に対しては、それによってほかの病気が合併されたと認められる者に対しては、やはりスモン病と同じような取り扱いをする、こういう通達を私は出さなければ、これは現場と違うわけですよ。患者の皆さんは、お行きになったら、そんなことは聞いておりません。これでは本当に手厚い、心から国民の健康を守っていこう、また非常に迷惑をかけておるところの患者の皆さんを救っていこうという態度ではないじゃないですか。政務次官、これはひとつ政治的配慮ですからね、いかがです。
○山下(徳)政府委員 御承知のとおりスモンに対して公費の治療あるいは入院費については公費で負担するという通達は行っておりますから、当然それが原因であるところの合併症については公費負担すべきであると思うし、また医師もそう取り扱っていると思いますが、それが正確なる通達その他によってもっと明確にしろとおっしゃるならば、ひとつ何らかの方法で考えてみたいと思います。
○岡本委員 では、時間がありませんから。 次に要求しておきますことは薬害被害救済ですね。これはやはり一般の被害を受けている皆さん方の御意見もそこへ入れていけるような委員会制度にしていくようにひとつ要求いたしまして、時間でございますので終わります
○大野委員長 和田耕作君。
○和田(耕)委員 三つほどお伺いをしたいと思います。 最初に、先ほどから委員から御質問がありました点なんですけれども、昭和十一年までは劇薬の扱いであって、その後解除されたということは事実であるかどうか。これは甲野先生と、この問題を提起された杉山さんからお答えいただきます。
○甲野参考人 その劇薬の指定の解除ということは事実だと思います。
○杉山参考人 同じく事実だと思います。
○和田(耕)委員 厚生省の局長さんにお伺いしますが、厚生省としてはその事実は確認しておりませんか。
○宮嶋政府委員 その事実は私ども官報によって確認いたしております。
○和田(耕)委員 それを確認しておるとすれば、やはり他の新薬の扱いと違って、キノホルムの扱いについて厚生省としてもこの取り扱いの面から見て欠陥といいますか、いわゆる責任があるというふうに私も思うのですけれども、その点いかがでしょうか。
○宮嶋政府委員 劇薬指定につきましては、一般にLDというものを使いまして、動物による実験によりまして毒薬あるいは劇薬の判断をするわけでございますけれども、聞きますところでは、当キノホルムにつきましてこのLDの面からいきまして議論がいろいろあるようでございまして、当時、昭和十四年日本薬局方審査のときにどういう議論があったか、そこをわれわれは知りたいわけでございます。本当に残念でございますけれども、当時のことはわからないというのが実情でございます。
○和田(耕)委員 第二の問題は、キノホルムを昭和四十五年の九月に禁止されておるわけでございますけれども、外国ではほとんど禁止していない。韓国だけだという話があるわけですけれども、外国では禁止していない。日本ではスモン患者が多量に発生をした、その間にはやはり多量なキノホルムの使用という状態が日本にあったからだというふうに思うのですけれども、その場合につまりお医者さんが出てくるわけですね。お医者が、そういうふうな多量に使えば危険であるようなものをしかも多量に使ったということがこの多量発生の大きな原因であるとすれば、なぜお医者さんが多量に使うようになったのか、この問題が焦点の一つになると思うのですけれども、医者が多量にキノホルムを使ったことが原因であるというふうに厚生省はお考えになっておるのかどうか、その点をお伺いしたい。
○佐分利政府委員 その点はまだはっきりいたしておりません。ただ、医者が多量に使いましたのは、キノホルムの使用書に、重症の場合には一・五グラムまで多量投与をしてもよろしいということが記載してあったわけでございます。それに基づいて医師の患者に対する個々の判断で使われたものと考えております。
○和田(耕)委員 いまの保険医療の制度の中で、よく効く薬を多量に使う、使わなければ医者のもうけにならないというようなことがあるので使ったという説があるのですけれども、この説はどうでしょう。
○佐分利政府委員 私、保険の診療報酬について余り詳しくございませんけれども、キノホルムという薬はもともと安い薬でございますので、大量に使ったので特にもうかるというような薬ではないのではないかと考えております。
○和田(耕)委員 それじゃ多量に使うということが原因であるという事実はお認めになりますか。これもはっきりしないということでしょうか。あるいはその点について杉山参考人あるいは甲野参考人の御意見をお伺いしたい。
○佐分利政府委員 動物実験の結果によりますと、量には一定の関係がございまして、動物の場合、犬では三百ミリグラム一日以上という場合にスモンと同じ病変が出てまいります。また、スモンの患者さんの疫学調査の場合には、一日体重一キログラム当たり二十ミリグラム以上、十日間以上投与した場合にスモンの病気が起こるという結果が出ております。
○杉山参考人 キノホルム必ずしも多量でなくとも発症している例はあります。総量十グラム以下でも発症している例はあるわけですけれども、総体的に非常に量が多く使われた。その原因というのは、まずそのキノホルムは非常に安全であるという、実際は虚偽なわけですけれども、それが非常に流布された。それがまた薬局方あるいは薬局方解説においても裏づけされた。それから適応症に対しても、先ほど申し上げたように非常に大量に、どの薬でも安全だということで、それがまた安易な使用法を促している。それから、保険の点でもあると思います。これは保険の計算の仕方なんですけれども、ある点数まで行くと、その薬に対して支払われるお金が非常に高くなるという一つの階段ランク式な面がありまして、それがやはり計算しますとキノホルムを大量に使いたいという要素にはなっただろうと思います。それから製薬会社の能書きにも一・五グラムまでは安全であるというような記載があって、医者はかなり安心して、それを真に受けて使っておる、これがいまの日本の医療界の現状だろうと思います。
○甲野参考人 一般論としては、大量に日本で使われたことはスモンを多発させる原因になった、あるいは使われ方が非常にエスカレートをしたこととスモンの患者の発生とは非常に相関しているということは言えると思います。
○和田(耕)委員 いまだにキノホルムを使っている外国ではスモン患者が非常に少ないという問題と関連して、この問題について至急に厚生省としても必要な手を打つ必要があるのではないか、当然これは医師会等についてもそういう問題を提起する必要もあるのではないか、こういうように思うわけです。 その次に裁判の問題ですけれども、裁判官というのは、これは素人なわけで、この問題は玄人がいろいろ議論している中で素人が判断するみたいな感じのものになるわけですね。したがって、裁判官としても、何とかこれはいわゆる示談的に話をつけていくことが可能ではないかというふうに多分考えるだろうと私は思うのですけれども、そのような可能性について患者側と厚生省側の御見解をお伺いしたいと思います。
○宮嶋政府委員 ただいま全国十八の裁判所で裁判をやっておりますけれども、東京地裁とそれから金沢地裁がわりかたスピードが進んでおる、かように思いますが、地元の東京地裁の状況を見ましても、まだそういう示談とかあるいは和解とか、こういう感じの動きは全然ございません。そういう状況でございます。
○和田(耕)委員 その問題について鈴木参考人にお伺いしたいのですけれども、原告として訴訟を提起したわけでございますが、いまの厚生省がどのような、つまりどのようなという条件的なものはわからぬでしょうけれども、示談に、裁判をもうおろして話し合いにするというようなお考えをお持ちであるかどうか、あるいはこういう条件があればというようなことがおありになるかどうか、この問題をお伺いしたい。
○鈴木参考人 お答えします。 こういう条件がということは一切持っておりません。ただ、先ほど政務次官も申されたとおり裁判が起きていることは事実で、その速やかな裁判の結果を待って全面的に私らの言うことを認めているかのように私は受けとめたのですが、速やかというのは、三年が速やかなのか五年が速やかなのか、私は速やかというのは、きょう、あした程度のことしか考えていないわけです。したがって私らは、もう紛れもない、これだけ明らかな事実が示されているのですから、もう完全に私らの言っていることを認めて、速やかに謝罪して、その賠償をしていただきたいという以外は何もないのです。
○和田(耕)委員 その場合に厚生省側が複雑な問題があるというふうに言うのは、つまり外国ではいまだに禁止されていない、外国にはスモン病患者は出ていない、日本ではかなり多量に発生をしている、その発生の原因がどこにあるのかというところに、厚生省あるいは製薬会社、あるいはこれを販売した各機関の責任論というものがあるわけであると思うんですね。したがって、そのことによって責任のとり方を明らかにしていくということは、当然これは必要な一つの過程だと私は思う。したがって、裁判がある形で決着をつけていくということは必要だと思います。裁判がある時期続いて、これはもう仕方のないことだと思いますけれども、しかし考えてみれば、先ほど申し上げたとおり素人が判断するわけなので、素人の判断に全部を任すということは愚かなことなので、その間に各関係者が話し合って合理的な決着をつけるということは可能であるかどうかということをまあお尋ねしたわけなんです。それはよくわかりました。 しかし、これは厚生省に申し上げたいんですけれども、いろいろの状態を考えてみて、仮に厚生省やあるいは製薬会社の方に言い分があり、そしていろいろと裁判等で所信を述べていくということはあると私は思いますけれども、しかし全体的に国民の健康を守る立場にある厚生省としては、現に起きておるこの患者の問題については、これは裁判の結果いかんにかかわらず、必要な最高限度の処置をすべきである、こういうふうに私は思うのですね。これはいろいろ理由があっても先ほどから参考人もおっしゃっておられるとおり、また政務次官もおっしゃっておられるとおり、一〇〇%でなくてもほとんど九九%は国に責任があるという事実がある。仮にそれがないとしても、悲惨な患者の状態がずっと出ておるというわけですから、国としては最高限度の処置をするのは当然のことなのですね。そしてまた製薬会社あるいはその他の問題がありますけれども、その三つを比べましても、やはり国に一番大きな責任がある。何となればこの薬を製造して販売してどうですか、それはよろしいということを認める立場にあるのが国なのですから、やはり国としては、結果いかんにかかわらず大きな責任があるということが、これが国民常識的に見ても妥当なことだと思うのです。そういうふうな意味で、とにかく必要な最高限度の処置を国としてはとる必要がある。裁判の決着を見るいかんにかかわらず、そういう必要がある、こういうふうに私は思うのですね。したがって、いまの実態調査を明らかにするということに対してもっともっと努力をする必要があるし、また、これの治療方法を発見するために全力を挙げた形の努力が必要である。また、現在の患者の救済のために、先ほどから出ておるような合併症等の問題についてもできるだけの範囲に拡大をして、これに対して公費負担でもって治療していくという必要もある。そういうことについて、つまり国が誠意をもってこの問題に対処していくということが私は必要だと思う。これをやるということで患者の側との気持ちの通じ合いというものが出てくるわけで、やはり薬害に対してのいろいろな関係者の責任をどうするかという問題は並行して別個の問題としても、これは至急に検討してみる必要があるのです。これはいろいろサリドマイドの問題でもキノホルムの問題でも、一応そういうふうに考えて、とにかく国として最高限度の、このような問題についての一般的な責任の立場からも、対処していくという必要があると思うのですけれども、そういうお気持ちがあるかどうか、あるいは即刻そういう対策をとる気持ちがあるかどうか、政務次官からひとつお答えをいただきたい。
○山下(徳)政府委員 和田先生から現行裁判における専門的知識の問題についてお触れになりましたが、とりわけこのスモン病というのは、先ほどから申し上げておりますように非常に複雑な様相を呈しておりますし、また外国と日本との差におきましても、個体差あるいは遺伝あるいは薬理学的とかいろいろな問題があると思いますので、どういうふうにこれをお取り裁きになるのか。しかしながら、現行の制度におきましては判決の結果をわれわれ行政庁は尊重しなければなりません。しかし、それに先んじて、あなたのおっしゃるように、恐らく裁判を取り下げてということであれば和解という意味におっしゃっていると思うのでございますが、あくまで和解ということになれば、実はきょうの時点まで私は和解のことは考えておりませんでしたけれども、そういう形になりますればその時点において、あくまで和解ということは相互理解の上に立たなければなりませんので、そういう立場からひとつ検討させていただきたい。
○和田(耕)委員 まあとにかく結果いかんにかかわらず、最少限度言って一般的な責任というものは、国民の健康を守る責任を持つ厚生省にあるわけですから、最高限度のひとつ努力を、患者救済の努力を、至急にしていただきたい、このことをお願いしたいと思います。 終わります。
○大野委員長 以上でスモン病に関する問題についての参考人に対する質疑は終わりました。 参考人の方々におかれましては貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手) 午後一時三十分まで休憩いたします。 午後零時五十四分休憩 ――――◇――――― 午後一時三十四分開議
○大野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 厚生関係の基本施策に関する件、特にカネミ油症に関する問題について調査を進めます・ 本問題についての参考人として、カネミ油症全国集会議長金田弘司君、カネミライスオイル北九州被害者の会蔵本政子君、玉の浦油症対策患者の会会長鳥巣守君及び健仁会新中原病院医師梅田玄勝君、以上の方々がお見えになっておりますので、一言ごあいさつ申し上げます。 参考人には御多用のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。本問題について、それぞれのお立場から、何とぞ忌憚のない御意見をお述べくださるようお願いいたします。 なお、議事の都合上、最初に御意見を十分ないし十五分程度に要約してお述べいただき、その後各委員からの質疑にもお答え願いたいと存じます。 また念のために申し上げますが、参考人から委員への質疑はできないことになっておりますので、御了承願います。 それでは、まず金田参考人にお願いいたします。
○金田参考人 今回衆議院の社会労働委員会においてカネミ油症の問題を取り上げていただき、被害者の苦しみと被害の実情について申し上げる機会が与えられましたことを全国の被害者は喜び、かつ注目いたしております。 私は福岡市に住む一支援者でありますが、福岡県を初め長崎、佐賀、山口、広島、高知などの各県に散在する十四の被害者の団体や幾つかの支援団体が集まってつくっておりますカネミ油症全国集会の議長をいたしておりますので、カネミ油症の全般的な問題について、被害者御自身のお話の前に、幾らかのことを説明させていただきます。 すでに十分御承知のことと思いますが、このカネミ油症事件は、昭和四十三年の春ごろから、体の異常を訴える被害者の大量発生により、人々の注目を集める大事件となりました。やがてそれは、北九州市にありますカネミ倉庫が製造したカネミライスオイルという食用油にPCBという毒物が混入したことによりまして起こった被害であると判明いたしました。 事件当時の被害者の苦しみにつきましては、ここにも当時の悲惨な写真がございますように、こう全身に吹き出物が出ておりまして、吹き出物がこういうふうに背中とかあるいは顔にもこのように出ておりまして、それにさらにこういうふうに非常に大きな腫瘍が体にできまして、これはだんだんうんでまいりまして、これほどの大きな腫瘍が背中にあるいは体のいろいろなところにできるわけでございますが、一月、二月、三月というふうにうんでうみが出るというような、そういう大変悲惨な状態でありました。子供たちも、ここにございますように、これは小学校一、二年生の子供の歯でありますけれども、こういうふうに、歯がこうぎざぎざになっておりまして、歯茎がほとんど黒くなっております。そういうような、これはほんの一例でありますけれども、全身が吹き出物で覆われるようなそういう症状があらわれました。その上に吐き気とか下痢とか頭痛とか目やになど、いろいろな症状が間断なく襲ってまいりまして、一家じゅうがのたうち回って苦しんだのでございました。 この写真はなお幾らかございますが、もしもお許しいただければ先生方に見ていただきたいと思いますが、よろしゅうございましょうか。――こっちにございますので、それではどうぞ。 さて、あれからはや七年になるわけでございますけれども、本日特に委員の諸先生方に知っていただきたいことは、七年間を経過しておりながら、このPCBによる被害の病状は好転するどころか、ますます事態は深刻化しつつあるという事実であります。そのようなわけで、申し上げたいことは山ほどあるのでございますが、一応幾らかのことをまとめてみましたので、六つばかりの問題点を述べさせていただきます。 まず第一は治療法の問題であります。 私がいろいろな被害者にお会いするときに、最も切実な要望として、だれの口からもお聞きする言葉は、「何とか早く治療法を」という訴えであります。特にお子さんを持たれた両親の苦悩というものは深くて、発育の十分でない子供の頭をなぜながら涙ぐんで訴えておられます父親や母親のお姿によく接します。そのように言われます背後には当然七年を経過しても依然として病気が治らないで、むしろ、当初は先ほどごらんに入れましたような皮膚症状が顕著であったのに比べまして、近ごろは表面的には余り目立たなくなっているのですが、かえって内臓とか骨が冒されておりまして、被害というのは全身に及んでいる。そういう中でいまもっていわゆる黒い赤ちゃんと呼ばれている不幸な赤ちゃんの出生が後を絶っていません。ことに黒い赤ちゃんのたび重なる死産はPCBの被害が、その毒を食べた本人の肉体の障害ということにとどまらないで、子供たち、つまり次の世代にも及ぶほどの恐ろしい影響を与えつつあるという、そういう問題として私たちは注目しなければならないというふうに考えるわけです。さらにPCBによる環境汚染の問題もございますが、そういう意味からももう少し根本的かつ総合的な油症治療のための対策を立てていくことなしには、油症患者の未来は全く暗いと言わざるを得ないのが現在の油症被害者のその病状から見られます状況だと申せます。 次に申し上げたいことは、実際に患者は体が悪いわけでございまして、入院している人やあるいはまた毎日のように医者通いをしている人がたくさんいます。ところが病院に行って治療を受けようとする場合に、ここにも多くの未解決の問題点がありまして、そのための訴えが数多く出ております。 現在カネミ倉庫は受療券というものを発行しているのでありますが、これは各県の医師会や病院協会との間に診療契約が成り立っていなければ実際には通用しないわけでありまして、現在それのできているところは福岡県と長崎県、それに高知県の一部だけであります。ほかの山口、広島、佐賀、その他多くの都道府県では受療券もなく、医者から領収書をもらってそれをカネミに請求するというやり方しかできていません。そこでカネミのことをよく知らない医者たちの協力や理解が得られないで、場合によっては診療を拒否されるというようなことも起こっておりまして、これはどうしても各県に受療券を出させる方法をとらなくてはならないわけでありますが、しかし患者は場合によっては他県に転出したりすることもありますし、旅行したりすることもあるわけでございまして、この問題は国が全国に通用する診療券といいますか、油症手帳とでも申しましょうか、そういうものを発行する道をつくってもらうより以外に解決はない、そういうことも含めましてここに二番目の問題があるわけでございます。 第三には、油症というのは食べ物による被害でございますので一家が被害を受けています。そのため被害者家庭の経済的な負担というものは増大するばかりでありまして、大きな借金を抱えた人もたくさんいます。その上、体が悪いので仕事は休みがちになり、休みが多くて首になり全く収入の道の絶えることもあるわけです。国はこれまで被害者の生活救済に関しましては世帯更生貸付金の適用の枠を拡大するということでやってきましたが、治る見込みのある人に貸し付けられた貸し付けではないのでありまして、現在では、もはやそれも借りて使って返す時期に来ておりまして、こういう程度のものでは油症の被害者にとっては何らの生活救済の対策ともならないわけであります。そういうことで、この問題にはもっと油症被害者のための特別な生活救済措置というものを立てていただく必要があるというふうに思われます。 第四ですが、油症被害者というのは、いわゆる認定を受けた患者というのが千四百名余りおりますが、潜在する患者はこの十倍にも及ぶというふうに言われています。これは単なる憶測でも何でもなくて、現にここに傍聴に来ておられる方の中にも、明らかに油症の特徴的な症状を体に持っておられながら認定を受けられないという人もいるわけです。なぜこんなぐあいになったのかと申しますと、それは当初九大などによって発表されました診断基準に問題があったというふうに思われます。当時は皮膚症状が主とした基準で認定も行われておりましたので、その基準の線に漏れた者はそのまま潜在患者として埋もれていきました。こうして、その後基準の改定はされましたけれども、現在もなお多くの未確認被害者が治療や救済の道を閉ざされて残されています。 なお、この問題に関連して思いますことは、油症については長い経過観察というものが必要です。厚生省は追跡調査というのを毎年やっていますが、これまでこの検診にもいろいろな問題がありました。そのためいわゆる一斉検診拒否の動きも各地にありました。しかし実際には治療法解明の手がかりをつくるためにも継続的、持続的な健康管理の検診が重要でありまして、被害者は決して検診を受けたくないのではないのです。にもかかわらず、調査対象とか調査内容、調査方法などに疑問があったり、さらには検診のデータが裁判に利用されるといった不祥事もありまして、昨今行われた大阪での検診のあり方などにも疑問点があったり、そういう点の不安というものを解消することなしには被害者の参加する検診を実施することはできませんし、そうした不安の解消によって十分な内容を持った追跡調査というものをすることがぜひ必要だというふうに思われます。 第五の点は、いまも述べましたように、油症の実態というものは現時点では正確には決してつかまえられていないということです。たとえば油症患者の死亡につきましても、この数字は正確には把握されておりません。また被害の実態とか患者の状態なども県によっていろんな相違がございます。データのあるところも、ほとんどないところもいろいろなばらつきがあります。さらに厚生省がそのような資料を公開しないために、それらの不十分なデータを補完していくことすらできません。こうして一口に油症問題と言いますが、現在わかっている部分についてもこれは永山の一角にすぎないという見方もなされるべきではないかと思うのです。 最後に私は申し上げたいのでございますが、一つの悲惨な社会的事件が発生しましたときに、国家というものはその問題解決のために、すみやかに解決のための努力をして、特に被害を受けた者に対しては全力を尽くして救済の手だてを講じていく責任を有するところだと考えるのです。ましてカネミ油症事件は、市販の食用油を食べることによって起こった食品による被害でありまして、安全な食品を国民に提供する義務からいっても、またPCBというものの製造を許して、それを食品と関係のある熱媒体物として使用することを見過ごしたことからいっても、国は重大な責任を持つと考えざるを得ません。 そしてついには、この事件によりまして健康で平和であった家庭が崩壊する、一家がまさに崩壊するといった悲惨な事実が目の前にあるわけです。国の政治というものは、このような国民の窮状に対しては温かい愛の配慮をもって、速やかにその機能を生かして対策を立てていっていただきたいものだというふうに考えます。 しかし国は、さきに参議院の小平議員より提出された質問書への回答書の中で、みずからの責任についての努力を過去七年の間ほとんどと言っていいほどしてこないで、むしろ第三者的な立場に立って、加害企業との仲介、あっせんの意をほのめかすなど、被害者がこれまで訴え続けてきました主張と異なった認識をもってこの問題に対処してきておられます。そのような国の態度に対して私は反省を促し、今後国は被害者の意向に沿う方向で油症問題の対策に尽力していただきたいというふうに特に要望いたしたいと願うわけです。 次に被害者の方にお話をしていただくわけですが、私はこの方が以前お詠みになった一つの詩を読んで終わりにしたいと思います。「子供がほしい」という詩をつくっておられます。 澄んだ瞳と もみじのような小さくて かわいらしい手と ふくふくとやわらかな 足とをもつ子供が…… 恐ろしいカネミ油は 私たちの夢を奪った 父となり 母となる夢を あどけない笑顔も むじゃきな笑い声も 元気な泣き声も みんなみんな聞くことはできない 一日も早く! 一刻も早く! 元の体になりたい そして子供が 丈夫な子がほしい(拍手)
○竹内(黎)委員長代理 次に藏元参考人にお願いいたします。
○藏元参考人 私はことしの三月四日に女の子を亡くしました。死産だったんです。それも二度目です。これで私は子供を抱くことはできなくなりました。子供がほしい子供がほしいと思って六年間、やっと考え抜いて妊娠いたしましたのが昨年の初めでした。近所の方のいろいろな話を聞いて、子供が骨端症になるとか、発育がおくれるとか、いろいろなことを聞いて、私もいろいろ不安がありましたけど、自分の子供を自分のこの手で抱きたかったんです。それでやっと決心して妊娠しました。それでもやはり死産という悲しい結果に終わりました。いまから私は子供が一生抱けないかと思うとどうしていいかわかりません。 カネミ油を信じて私は食べました。鐘淵がPCBという恐ろしい毒物をつくらなかったら、四十三年に産んだわが子はいま小学校一年になります。小学校の子供を見るとつい自分の子供のことを思い出して涙が出てきます。 四十三年のカネミ油症発病当時、私の家庭は主人とその両親とその弟の五人家族でした。そのときは本当に幸せでした。初めての子供ができると、両親はそれは喜んで、私の出産を毎日毎日待っていましたけど、予定日三日前に陣痛が起きたときにはみんな喜んだんですけど、病院に着いたときには心音が聞こえなくなりました。心音が聞こえなくても、もしかして自分の子供はおなかの中で生きているんではないかと、そればかりを願って、陣痛の痛さは本当にわからないくらいでした。でも朝の七時でしたか、子供は生まれましたけど、泣き声は聞かれませんでした。九大付属病院の解剖の結果、子供の体からはたくさんのカネクロールが検出されたのです。 それから後もいろんな苦しみが続きました。前はすべすべした顔にいっぱいの吹き出物ができ、それを押した跡は穴ぼこができました。それがいまもまだ埋まらずに、近所に住むめいが、おばちゃんの顔はどうして穴ぼこなの、ママの顔はすべすべしているのにと無邪気に言うのを聞くと、私はつらいんです。 視力が落ちて前のように字もよく見えません。視野狭窄というんでしょうか、横が余り見えないので、自動車が来るのもわからず、運転手さんからどなられたことも何度かあります。それに耳も余り聞こえなくて、何か言っているのはわかるんですけど、それが言葉として一言一言が聞き取れなくて、一生懸命神経をとがらしてその言葉を漏らすまいと聞くうちに、一日じゅう神経を使っているものですから、夜になるとくたくたになるんです。それから手がしびれて、お茶わんを持って、しっかり持っているつもりなんですけど、つい手が滑るのですか、落としてしまうこともあります。 いろんなことを考えると、一生子供を持てなかったら老後はどうなるんだろうか、かわいい孫たちに囲まれる自分の老後はもう望めないと思うと、自分は死んだ方がましです。いつかはもとの体になるだろうと思い、毎日神様に祈るつもりで治療に専念しておりますが、はっきりした治療方法もわからないまま月日がたってしまいました。 この六年の間、PCBの恐ろしい毒性は一日として休むことなく私たちの体をむしばみつつあります。そして、新しく生まれ出ようとした小さな命までも奪い取ってしまいました。六年前のときのように今度もまた産声は聞こえませんでした。子供の体からはまたPCBが検出されました。私は、主人の前からいなくなったら、元気な女性と結婚できて、元気な子供を産めるだろう、そう思うと、本当に死んでしまいたいです。 一体、私たちがどんな悪いことをしたというんでしょうか。お店の人の勧められるままに、店先に並んでいた食用油をお金を出して買いました。そんなにいけなかったのでしょうか。近所の子供さんに患者の子供さんがたくさんいます。幼稚園になる女の子供さんは、毎日吐き気がして、幼稚園にナイロン袋を持って通園しています。そうして、きょうは母ちゃん一回も物を戻さなかったよと言って、その子は母親に報告するそうです。そんな小さな子供がなぜ苦しまなければならないのですか。高校生だった子供さんには、母親が、あなたはお嫁に行けないかもわからぬから、一生何か身につける職業をと言って子供に言い聞かせるんよと言っています。女性はやはり家庭に入って、そしてまた子供を産んで、その子供たちに囲まれながら暮らすのが一番幸せだと思うのです。それなのに、小学校か中学校か高校生の子供に、母親がそんな残酷なことを言い聞かせる、そんなことを言わなければならないのでしょうか。小さな男の子ですけれども、歯がぼろぼろに欠けて、あとちょっと手おくれだったら死ぬということになったこともあります。この子供たちが心に受けた傷は決して小さくはないのです。子供たちが大きくなればなるほど傷はどんどん深くなります。 油症はもう終わったということで研究費の予算も年ごとに少なくなっていると聞いています。でも私たちの苦しみは少しも軽くなっておりません。確実な治療方法が見つからないまま、仕事を続けることができなくて条件の悪いところへかえさせられたり、昨年の八月でしたか、一家の御主人を亡くされましたその奥さんは、今後、子供を抱えてどんな生活をしたらいいんでしょうか。退職して生活保護を受けるような家庭も出てきています。このままでは私たち被害者は、何を信じて生きていけばよいのか全くわからなくなってしまいます。 一日も早く安心して食卓を囲める日が来るように、そして一刻も早く油症の確実な治療方法が発見されますように、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
○竹内(黎)委員長代理 次に、鳥巣参考人にお願いいたします。
○鳥巣参考人 私の住んでいる玉之浦町は、長崎県の五島列島の最西端の、四面青い海と緑の山々と九十の入り江から成っている風光明媚なのどかな田舎町であります。 私の町でも過疎が進み、五島でも一番人口の少ない三千九百名の町になってしまいました。その中でカネミ油症患者が三百九十名おり、人口の一割が患者であります。まだ未認定患者がそのほかに百二十名おります。 油症発生以来七年になりますが、まだ治療法すら発見されず今日に至っております。現在まで何一つ明るいニュースはなく、動物実験では四世遺伝とか、また最近では、PCBの中にPCBよりも二百倍から五百倍強烈な毒性のあるPCDF、そういった化学物質が含まれているというような暗いニュースばかりであります。当初は皮膚症状だけでしたが、日がたつにつれて内部に移行し、患者はいつ発作が起こるかわからない頭痛、腹痛、下痢、関節痛、目まい、引きつけなど、それにまた肝機能障害、中枢及び末梢神経障害、呼吸器障害、せき、たんが出たり、小児の気管支、脱毛、疲労、脱力、しびれ、目やに、視力の低下、白内障、難聴、心臓病、それにまたカルシウム代謝の異常で骨の変形、骨が痛い、骨が折れやすい、脊髄が曲がる、歯が折れるなど、油症特異の全身的複雑な障害に苦しんでおります。現在入院患者三名、退院自宅療養四名、胎児性黒い赤ちゃん、母乳汚染児、合わせますと二十四名おります。死産一、流産五名、生まれて三カ月目で肺炎で亡くなった赤ちゃん一名、なお、黒いばかりではなく心臓に穴があいていたり、生まれてすぐ歯が生えておったり、足の左右の骨の大きさが違っていたり、変わった症状があらわれております。また一人の母で四人の黒い赤ちゃんを産んだ例もあります。東京歯科大学上田先生、西村先生による乳幼児、中小学校の検診と、また長崎大学歯科口腔外科伊藤先生ほか八名の先生による特殊な器械による精密検査の結果、四歳から中学生の油症児七十名中五十五名に、永久歯の歯芽がないこと、また親知らずがないこと、のこぎり状の歯先、歯肉色素沈着、虫歯が多い、歯芽があっても歯並びが悪い、それに下あごのリンパ腺が一〇〇%はれている、そういったことが明確になりました。現在小学校五年生の子供で五本の入れ歯をしている子供もおります。今後このような歯の生えない悲劇が起こるものと思われます。全国油症患者で二十一名の死亡者が出ておりますが、その中で十一名は玉之浦の患者でありまして、十一名中七名ががんで死亡いたしております。私どもはがんにおびえながら毎日を過ごしております。患者のほとんどがその日の天候に生活を左右されるといった者ばかりで、肉体的には難病に苦しみ、精神的には結婚、就職の解消、病苦で希望校に進学できず一生の希望を失い、いまだに母親がカネミの毒油を買ったことを恨んでいる家庭もあります。生命保険の加入拒否などの社会的差別、そういったものに泣き、経済的には病苦で漁師は思うように働けず、また漁師が船酔いするようになったり、農家では四十五年ごろまでは畑にいろいろな作物をつくっておりましたが、いまでは家の周りの畑も草ぼうぼうと荒れ畑になってしまっております。飼っていた牛も売ってしまい、肉体労働の限界と生活苦で、借り入れた世帯更生資金の返済もできない悲惨な生活を強いられております。 ある青年は夢にまで見たエンジニアの就職も断念し、父親の漁を手伝い、娘は嫁にも行けず、息子は嫁もとれないといった状態であります。ある農家の高校一年生の女の子が休みで帰ってきて田植え時に手伝い、その仕事ぶりを見た母親が、おまえのような手つきではだれも嫁にもらい手がないぞと言ったときに、娘に、自分のような者をだれがもらってくれるか、油症患者をもらうばかはだれもおらぬ、そう言われた。また五年生になる子供の父親は、子供がごろごろ寝転んでばかりおるので、たまには少しは勉強しないと、将来偉い人になれないぞと言ったところが、子供は、父ちゃん、油症患者は十年くらいしたら死んでしまうというじゃないか、もう勉強して何になるかと言ったということであります。また、ある女の子は、もう十年もすると死ぬのだから、いまのうちに習いたいこと、したいことを何でもすると言って、塾に通ったりそろばんに行ったり花を習ったり、生け花のそういった帰りには、また婦人会の料理の講習があるとそれにまで行くと言っているそうであります。また、昨年の成人式の折は、晴れ着を見た女の子は、自分は幾つになったらあれを着れるかな、おまえが高等学校を卒業してしばらくすると着れるよと言ったところが、指折り数えながら、私はそれまで生きられぬ、そういって郵便貯金を全部おろして、親に晴れ着を買ってくれとねだったという。そういったことを私のところへ言ってくるのでありますが、何と元気のつけようもありません。 脱毛と言ってしまえばそれまでですが、全く一本も生えない、こういったつるつるの頭になってしまうのです。主婦が三名、男が一名、男の子が一名、女の子が三名。黒髪は女の命とも昔から言われております。世帯を持っている関係上、どうしても主婦は市場その他に買い物に出なければなりません。そのときのいろいろな人たちのまなざしを受けて、心狭い思いでどんなにか苦しんで今日まできたことだろうかと思っております。子供は学校に行くと、おもしろ半分に帽子をかぶっているのをとられたりして学校に行きたがらないと言って、親がこぼしてまいりました。 視力の低下は激しいもので、一・二あったものが急に〇・二とか三とかと、そういった視力の落ち方であります。 発生当時、全国で届け出た患者数は一万三千三百三十四名、四十九年十一月までに認定された患者は千二百八十三名と、届け出数の一割に満たないものであります。いかに未認定患者が多いか、よくおわかりと思います。認定患者の同一世帯で、同じカネミの毒油を食べた症状があるのにもかかわらず認定されず、老夫婦の世帯で、おじいちゃんだけが認定されて、おばあちゃんが認定されていない、子供だけ認定されて、両親が認定されていない、こういった例がたくさんあるのです。未認定患者は認定患者と少しも症状は変わらないのであります。まして経済的には、病院に通うお金は自己負担になりますので、その影響でかえって生活は困窮し、認定患者よりも苦しい生活をしております。現在未認定患者の掘り起こしは、被害者の一部の代表が、それは懸命な努力をして行っております。本来ならば保健所、県の指導で行うのが当然だと思うのですが、さようなことは全くなされておりません。検診内容も各県まちまちで、それも油症を全く知らない先生方によって編成された検診班で、各地で不信を買っておる実情であります。 私の町では、四十五年ごろまでは一人の先生の検診で認定されておりましたのですが、四十五年半ばごろから急に厳しくなり、認定される数が少なくなってまいりました。私は、北九州に油症と真剣に取り組んでおる先生方がおると言えば、そういったことを耳にするとそこへ行き、また福岡にいい先生がおると言えばそこへお願いに行き、また久留米に子供の油症に真剣に取り組んでいる先生がおると聞けばそこにお願いに行き、また血中PCBの濃度を研究している先生がおると聞けばそこへお願いに行って、約六回の自主検診を行ってまいりました。その結果、先生方は、なぜこんな患者が認定されずにおるのか、またある先生は、自分は義憤を感じる、こう言われました。私どもも県に対して、四十六年度より認定問題でたびたび要望してまいりましたが、なかなか要望は取り入れられませんでした。油症と真剣に取り組んでいる先生方に診てもらいたい、ただそれが私どもの願いでありました。二年前、血中PCB濃度のパターン性状の測定を取り入れた油症と取り組んでいる先生方による検診班による検診を行ってもらうように要望いたしまして、それがやっと昨年の八月、福岡県油症治療研究班の高松先生ほか六名と長崎県油症一斉検診班の先生方とによる検診が行われ、玉之浦町で受診者百九十九名中六十九名がことしの二月と四月に認定されました。まだまだ全国には一万以上の被害者が油症で苦しんでおります。国の強力な行政力によって徹底した調査と、油症を研究している先生方で全国統一した検診班をつくってもらい、充実した検診によって一日も早く認定、救済するようお願いいたします。 私も老いた母親、子供の将来を見届けてなどといろいろ思案いたし、行く先短いと覚悟はしており、毎日充実した日を過ごしたいと思っておりますが、それすらできずにおります。次々にあらわれるさまざまな症状とがんに対する死への恐怖におびえております。これ以上玉之浦から犠牲者を出さないようにと、対症療法以外にサルノコシカケやらあるいはヤマゴボウとかあるいはセンブリ、ドクダミ、そういった漢方薬または無臭ニンニク、自然食、ハチみつなどにより各自それぞれ手探りで現在の健康をより悪化させないためにと努めております。 今日まで治療法がなく、国の救済もなく、放任されております。私どもの願いは健康回復の問題が解決されることであります。いまやPCB公害は全国的規模に拡大しており、いまこそ人類の英知をもって解決に当たるときであると思います。人間の命に関することであります。どうか被害者の苦悩を御賢察の上、速やかに専門研究機関を創設し、抜本的救済の道を講ぜられ、被害者へ生きる希望を与えてくださいますようお願い申し上げます。(拍手)
○大野委員長 次に梅田参考人にお願いいたします。
○梅田参考人 御紹介にあずかりました梅田でございます。 久留米大学医学部附属臨床病理研究所講師をしております。また私の主たる所属は財団公益法人北九州市民公害研究所所長でございます。 これまで学会等で公表いたしましたものに基づいて私の参考人としての意見を申し上げます。 まず原因でございますけれども、これまで明らかになりました事実から申し上げますと、油症の原因物質はカネクロール四〇〇及び同時に夾雑物として存在しておりましたPCB、その毒性はカネクロール四〇〇の二倍ないしそれ以上とされております。さらにその後の研究によって明らかになりました点は、夾雑物として入っておりましたPCBの中にポリ塩化ジベンゾフラン、こういう物質があるということが確認されております。このポリ塩化ジベンゾフランという物質はPCBの二百五十ないし五百倍の毒性を持ったものでございまして、たとえ少量でありましても生体に対して相当な中毒性の影響をもたらすであろうと考えられるものであります。患者さんの使われたライスオイル中、PCBとして一〇〇〇PPM含まれておりますライスオイルから換算いたしますと、二〇PPMのポリ塩化ジベンゾフランというものが入っていたということになりますので、今日までの八年間、患者さんが苦しんできたこの事実の背景にはこういう毒性の強い物質が存在していたということができます。これが原因物質であります。 それから油症の臨床像と申しますか症状でございますけれども、それはただいまの藏元参考人、鳥巣参考人からるる説明がありましたまさにそのとおりであります。これを、昭和四十八年十一月に日本学術会議におきまして国際環境保全科学会議国内シンポジウムがありましたその際に報告いたしましたものを中心に御説明いたしたいと思います。 その前に一言申し上げたいことは、私は昭和四十四年、つまり事件が発生した翌年の十一月からこの問題に取り組みましたけれども、私のまとめてきましたすべてのデータは被害者の体から学んだものばかりであります。動物実験からの類推は一切ありませんことをまず申し上げまておきたいと思います。 こうした被害者のこれまでの長い病状の経過から法則性というものを探っていきますと、まず第一に発症から、つまり発病して今日までの流れを二つの時期に区分して考えられるわけであります。 第一が急速相、ラピッドフェースと呼んでおりますけれども、汚染されたライスオイルを食べて恐らくは一年半から二年までの間、この時期であろうかと考えます。この時期の特徴は、先ほどからの参考人の発言にもありましたように、一見してわかる変化、つまり特異的な変化といたしまして、いわゆる油症にきびと申される塩素ざ瘡、塩素物から起こるにきびのことでございますけれども、塩素ざ瘡、皮膚、粘膜あるいは目の結膜、つめ、こういったところに起こってまいります特有な色素沈着あるいは毛穴が非常に黒くなりますところの毛孔黒点、こういう有機塩素、PCBもそうでありますが、有機塩素を摂取してその特徴的に起こってくる変化、これがまず第一であります。しかし同時に目が非常に疲れやすい、あるいは耳が聞こえにくい、吐き気、腹痛、あるいは下痢、せき、たん、手足のしびれ、こういった、つまり先ほどの有機塩素の物質によって起こります変化を特異的な変化といたしますと、いま申しました疲れやすさその他の症状は漸進的あらわれてきますところの非特異的な症状、こういう二つの面から病像というものが組み立てられておるわけであります。この当時に、この皮膚の変化のほかに内臓の変化といたしまして一番注目されましたのが中性脂肪、これは臨床検査の一つでございますけれども、中性脂肪の変化、これが注目されておりました。したがって、当時の診断の基準というものは皮膚の変化及びこの中性脂肪、こういったところに重点が置かれたのはやむを得なかったことだとは思います。しかしながら油症、この病的な変化、病理過程というのは片時も休むことなく進行しております。むしろダイナミックに変わるものだとしてとらえなければ正確にとらえることのできないきわめて複雑な病像であります。そして摂取しましたPCBの中の低塩素化物としてのカネクロール四〇〇は、他の研究業績、たとえば立川先生のような、環境におけるPCBの動きについての業績を見ましても、生体から出る速度はきわめて早うございます。他の研究者のデータからいたしましても、血液中のカネクロール四〇〇の半減期というものは大体六十日から九十日とされております。つまり低塩素化物としてのカネクロール四〇〇、これが原因物質中量的に主たるものではございましたけれども、これが比較的早く、推定からしますと、恐らくは発病から二年までの間に急速度に体外に出たものと考えられますけれども、その後、病像はむしろ停滞した形になってきております。その時期から今日までを緩速相、スローフェースと私は分類しておりますけれども、この緩速相に入って今日までの病像の特徴と申しますのは、カネクロール四〇〇のこういった低塩素化物が出るに従って、皮膚の変化は確かに一般的傾向として軽快しております。しかしながら、同時にわれわれ自身がつかむことのできないきわめて複雑な変化が進行しております。これを報告した文書から紹介しますと、先ほど参考人からも出ましたように、骨、歯、こういったところの変化、それから中枢神経、末梢神経の変化、それから心臓、血管系、呼吸器系の変化、肝臓の機能障害、ポルフィリン代謝障害、こういったものが進行性に出ております。 ここでぜひ注目していただきたいことは、発病してすでに八年になります。この変化を、つまりその病理というものを正確にとらえようとすれば、当然動物実験に移して法則をつかむ必要が出てまいりますけれども、患者さんの体内に取り込まれましたポリ塩化ジベンゾフランも含めて毒性の強いものを八年間動物の体内に入れて実験することはほとんど不可能であるということであります。つまりネズミ、ウサギなどを使いましても、しょせんそれは急性実験にすぎない。こういう実験データからは油症の本体をつかむことは医学的に不可能であるということだけまず申し上げたいと思います。 それから、私は、私を支援していただいた数多くの患者さんのいろいろな事実から学んで、四つの病型分類をいたしました。先ほど鳥巣参考人から、長崎でなかなか認定されない、片肺いう事実の報告がありましたけれども、当時鳥巣さんを初めとする長崎の関係者の皆さんから要請がありまして私が調査に行った折は、百十九例中私の病型分類で言います潜在型、つまり一見しては何にもわからない、健康者と区別がつかない、こういう型をとっている人が三十三名、かなりな数に上っております。その反対に、一見して油症だとわかるものが四十六名、他は胎児性油症十三名、乳児性の油症三名ということでございます。私自身が判定がむずかしかったのはわずか十名。ということは、同じ油症被害者であっても画一的ではなくて、発病した結果というのは幾つかのパターンに分けられるようにきわめて複雑であるという点であります。 この辺の実情について学会等でも報告してまいりましたけれども、私自身きわめて残念に思いますことは、日本ではまだ採用されておりません。しかし、一九七三年アメリカで出ましたハンドブックの「ヘルス・エフェクツ・オブ・エンバイアロメンタル・ポリュータンツ」というのがありますが、これには私の病型分類が採用されております。つまり、それは何を意味するかと申しますと、当初挙げられた診断基準、それから後に改正されました診断基準、それをもってしても未認定の被害者を救い上げることはきわめてむずかしい、それほど対照が困難なものであるということになります。 さらに、先ほど藏元参考人からも切実な訴えがありましたように、私も蔵元夫人には出産をお勧めいたしました。結果が死産でございまして、私自身きわめて残念に思いました。ここには非常に大きな問題がありますので、一般論として申し上げたいと思います。 この油症の被害は、現在の成人の方はもちろんでございますけれども、次に生まれる世代に対しては想像以上に厳しいものである。その理由は、第一回目の死産例、その他の事実、及び今回のもの、他の例と合わせて考えますと、カネクロール四〇〇を大量に含んだライスオイルをとったあの時点ですら、胎児の方に停滞して残るのは毒性の強い高塩素化物であるという点が一点であります。と同時に、われわれ一般健康者の場合は、食べ物からPCBが入るとしましても、日本人の場合はPCBの経路は大体七〇%が魚でございますので、仮に三度三度魚を食べたとしても、二十四時間中にPCBに曝露されるのはわずか三回であります。ましてや一週間に数回のみ魚をとるとすれば、その曝露の頻度はもっと少なくなります。したがって、われわれ自身はPCBに汚染された物質を食べましてもすぐには発病してない、これも事実であります。 ところが、胎児の場合はそうではございません。受精しまして十カ月の間に人間の形を整えて生まれてくるわけでございます。その十カ月間非常に急速な変化を遂げる。同時にそれは逆に言えばきわめて弱い立場にあるということになりますけれども、胎児の場合は母体の血液によって二十四時間灌流されているわけですから、PCBによる曝露は二十四時間じゅう続いておるということであります。まして油症の場合は血液中に残っております高塩素化物、つまり毒性が高いPCBでございますけれども、これに二十四時間灌流され曝露されるとすれば、その影響はきわめて甚大であるということが言えます。 それの一端を示すものは、昨年田川の本人尋問の折に検診をいたしまして、本年衛生学会に報告いたしました事実材料から申しますと、胎児性の油症四例のうち三例までが肺炎、中耳炎あるいは髄膜炎、そういうふうに感染症に対して非常に弱い、これが厳然たる事実であります。目下なお調査を続けておりますけれども、その原因は結局母胎内にあるときに汚染された結果であると考えざるを得ません。 それから、先ほど藏元参考人からも切実な訴えがありましたけれども、治療の点ですが、きわめて困難であります。しかし、われわれはきわめて困難であろうとも、患者さんを目の前にして治療法がないからといって放置はできません。したがって、方針としてまず健康管理に重点を置く。そういうことから一定の理論的な総括をいたしまして、今日まであらゆる努力をしてきました。しかし、しょせんこれはあくまで消極的な健康管理を重点とした、むしろ自然治癒力を期待しながら行う治療法でありますので、それによって急速に治ったという事実はありません。現在なお検討しておりますけれども、治療法の開発はきわめて困難であります。 さらに現状のむずかしい点を若干紹介して私の意見を終わりたいと思いますけれども、いま私の横に座っております鳥巣参考人御自身もおっしゃっていたとおりで、われわれがこれまでの医学常識ではとうてい割り出せない、そういう新しい症状がやはり出ております。たとえば先ほども鳥巣参考人は手がしもやけのようにはれる、こういう訴えをしておりました。私どもも毎年毎年検診を続けておりますけれども、一般の臨床検査の基準によってとらえようとしましても何も出てこない、これが特徴であります。つまり、特徴のないのが特徴だと言えるかと思います。こういうふうに、どうすれば的確にとらえられるか、非常にむずかしい問題をなおかつ病像の中に見出すことができる、これが私ども非常に苦しんでおる点であります。 他にいろいろ意見もございますけれども、時間が参りましたので、御質問があった場合にお答えすることでかえさせていただきたいと思います。(拍手)
○大野委員長 以上で参考人の陳述は終わりました。 ―――――――――――――
○大野委員長 次に質疑の申し出がありますので、順次これを許します。吉田法晴君。
○吉田委員 カネミ油症が起こりまして七年が経過をいたしました。上京をされて厚生大臣に会われただけでも五回を超したと思います。ようやく八年ぶりにして当委員会で取り上げていただいた、委員長さん理事さん初め皆さんにお礼を申し上げます。 そこで、たくさんお尋ねをしたいところでございますが、時間がございませんから大事な点だけ、ぜひここは聞いておきたいということだけお尋ねいたしたいと思います。 まず、梅田先生のお話は実は初めて伺いまして、私も深刻な思いをしておるところでございます。診断基準について、いまのままではだめだという御結論だと思いましたが、最後には少し言葉が濁りました。先生から見られて、診断基準についてどうすべきだという点が御意見ございましたらお述べをいただきたい、それが一点。 第二点は、総合的な国の治療研究機関をつくれというのが患者さんたちの統一した要求ですが、いまの研究治療体制がばらばらで、厚生省、政府はことし三千万円の研究補助費をやっているから、これは努力した結果だとおっしゃいますけれども、研究機関が一つにまとまっておりませんと、三つに分けても一つの機関で九大なら九大で一千万円にしかならない。一千万円では足らぬから加害者から二千万円も寄付をもらうというような過去における事例がございました。そこで治療、研究についてどうしたらいいのか。統一的な治療研究機関の要望がございましたが、それに関係して先生の御意見をまず承りたいと思います。
○梅田参考人 診断基準の点は二つの面があると思います。 一つは、まだ認定されてない被害者をどう救うかという点で、この点につきましてはたびたび学会で私どもが報告しておりましたように、血液中のPCBの量と質、つまり量とPCBのパターンでございます。これを基準にさえ入れていただければ、少なくとも未認定の人がかなり多数すくい上げることができるであろう、この点が一点であります。 いま一つは、現在の患者さんを含めて健康調査と申しますか、追跡調査と申しますか、それを遂行していく上で、やはり一定の判断の基準が必要だと思います。そういう意味での診断基準ということになりますと、現在一応医学的な常識として容認されているような臨床検査項目では、どうしてもチェックすることができません。つまり何か変化がありましても、それを忠実に表現できる検査項目はないという点であります。したがって、たとえば足がしびれる、手がしびれる、皮膚がかゆい、あるいは気づかないうちに知覚麻痺を起こしている、こういったものを表現できる方法は、これからいろいろ検討すれば何とかでき上がると思いますけれども、それは現行の基準の中には入っていない、こういった点があります。 それから研究費、研究機関の点でございますけれども、私は最初に申し上げましたように公益法人の研究所の所属でございまして、公的機関ではございません。したがって、何らの援助もないままに研究をしてまいりました。先ほど鳥巣さんからありました調査におきましても、二百五十人の対象者を調べるのに、ただPCBの分析だけで五百万円かかりました。それはわれわれ自身が自分の費用から出したお金でございます。何らの援助はありません。三千万円といういまのお話でございましたけれども、一定額の必要な研究費は、やはりそれが本当に患者さんの役に立つためには十分に組織された研究班ないし研究機関でございませんと、むだになるようにも思います。そのような意見しか持ち合わせません。
○吉田委員 時間がございませんから、いまのに関連をしてもっとお尋ねをしたいのですが、次に移らせてもらいます。 これは事実を伺うことでありますが、これは私どもの手元にいただきました「「カネミ油症被害者の基本的要求」にもとづく国への要求事項」の中と、それから「鐘渕化学工業株式会社に対するカネミ油症被害者の要求」と、それからもう一つの「政府答弁書への抗議文」の中に書いてあることですから、一つは書かれた金田さんにお尋ねをするのと、あるいは関連された被害者の方にお尋ねするのと、あわせて厚生省の担当者に聞くことでありますが、この要求書によりますと、昭和十二年にPCB使用の企業の労働者で、職業病の問題として取り上げられた。作業員三名が肝臓障害を起こして死亡した例があり、あるいは皮膚だけでなくて内臓にも障害が起こったという例があったと書いてあります。それから昭和二十三年と二十四年と書いたものと両方ありますけれども、三、四年ごろ、前の労働科学研究所の研究員、いまの熊本大学の野村茂教授が動物実験をして、PCBをネズミに塗布したところが、実験途上で全部死亡して、なおそのネズミの肝臓にもその顕著な病害があらわれたということが書いてございます。そしてPCBの毒性については、同様の意見を二十八年に化成品工業会というのですか、化学製品の工業会だと思いますが、化成品工業会で出されたと書いてございます。このことは鐘淵化学としては知られておったことだと思われるような書きっぷりが後にございますが、その点を書かれました方にお尋ねをしたい。それが一つ。 それから厚生省の方にお尋ねをするものでございます。昭和十二年ごろ、あるいは昭和二十三、四年ごろ、あるいは二十八年に化成品工業会でPCBの毒性について報告がなされたということを厚生省としては御存じであったかどうかということをお尋ねするわけであります。 恐れ入りますが二人からお願いいたします。
○金田参考人 いまお尋ねのことは、恐らく現在行われておりますカネミ油症の民事訴訟の中で、証人として立たれました野村教授のお話などから取り上げられたものだと思いますが、裁判の記録が正確に私の手元にございませんので、これは鐘淵化学工業株式会社に対する被害者の要求の中に出てきた文章であろうかと思います。 それでその件につきましては、これは裁判での証言でそのような報告がなされたことに基づいたものであるというふうにお答えして、詳しい資料につきましてはそういうものをいろいろとまた見ることができると思います。 その事実関係については詳しい裁判所の審理があり、いろいろな尋問が続けられておりますので、それに基づいて、特にカネミ油症弁護団がそういう認識に立って文章の起草をしておりますので、それに基づいた見解であるというふうに私は申し上げられると思います。
○石丸政府委員 ただいまPCBの各種の毒性につきましての従来の文献でございますが、ただいま金田参考人から御報告のあったような経過だと思うわけでございます。ただわれわれの方といたしましては、従来からそういった文献の収集等を行っておるわけでございまして、ただいま御指摘のような経皮的あるいは経気道からの毒性というものにつきまして、「医学のあゆみ」等の各種の文献を調べて、ここに記載されておりますような文献につきましては、すでに手に入れている段階でございます。
○吉田委員 それでは金田さん自身が直接御存じなければ厚生省の方にお尋ねをいたしますが、この「国への要求事項」の中には、「政府は行政上の諸措置を講ぜずPCBの製造輸入を野放しに認めてきた。」云々と書いてございます。 そこで、いまのに関連をいたしますと、二十八年の化成品工業会でのPCBの毒性についての注意、昭和二十九年に鐘化、カネクロールの製造の開始。そこで昭和四十三年の二月から三月にかけて、カネミ倉庫からつくられましたいわゆるカネミ油の製造に伴いましたダーク油のために鶏が七十万羽以上死亡したという事実があるわけでありますが、これらの点については厚生省としてはいま資料を取り寄せて知っておったはずだと言われましたけれども、こういうようなことについては御存じかどうか、重ねて承りたい。
○石丸政府委員 ただいま御説明申し上げましたように、この要求書の中に記載されております各種のPCBの毒性というものは、経皮的あるいは経気道的な毒性でございまして、むしろこれは職業衛生上の問題として大きな問題になる点だと理解いたしておるわけでございます。それで、われわれのところで所管いたしておりますPCBの毒性というものは、口から入った場合の毒性、いわゆる食品に混入して入ってきた場合の毒性を問題にいたしておるわけでございまして、一応そういった毒性の点は後から調べまして、いろいろわれわれもそういった事実をつかんだわけでございますけれども、当時におきましてはむしろこれは職業衛生上の問題として理解いたしていたのではなかろうかと思います。 それから、ただいま御指摘の昭和四十三年に発生いたしておりますダーク油によります鶏の死亡事件でございますが、これも当時の記録を調べてみますと、当時やはり農林省の方で調査を実施いたしたようでございまして、当時農林省の方からの連絡は受けておったようでございます。
○吉田委員 この食品衛生上の責任というのは、食品衛生法に書いてございますように、四条一項二号ですか、「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは附着し、又はこれらの疑いがあるもの。」は使用してはならない。そしてその使用をさせてならぬという監督の責任は、食品衛生法上私は厚生大臣にあるものだと思いますが、これに関連して言われたことだと思いますが、いまの食品衛生法の解釈については間違いないでしょうか、いかがでしょうか。
○石丸政府委員 ちょっと私の説明が足りなかったかと思うわけでございますが、当時まだPCBの経口的毒性と申し上げましょうか、口から入った場合の毒性については必ずしも明確になっておらなかったわけでございます。したがいまして、当時それが食品工業上使用される、しかもそれが食品に付着しないような方法で使用されていたというような段階におきましては、必ずしもこのPCBの使用というものが食品衛生法第四条に直ちに触れるというふうには考えられないわけでございますが、今回のような事件を契機といたしまして、やはりそういった非常に毒性の強い、経口的にも毒性の明らかな物質を食品工業上できるだけ排除していくという方向で、現在措置をとっておる段階でございます。
○吉田委員 時間がございませんからちょっと急ぎます。内閣法制局の別府第四部長に来ていただいておりますからお尋ねをいたします。 食品衛生法は第四部長の御担当のようですから、食品衛生法の解釈については私が言うまでもないと思いますが、食品衛生上の監督の責任は、四条の二等にもございますからこれは厚生大臣だと思われる。これは御否定にならないと思う。そこのところはいいんです。余り争いはないと思うのです。いま局長言われましたように、口から有害な物質あるいは有害の疑いのある物が入る場合にはその食品それ自身について厚生省は監督をするんだ、カネクロールのように加熱媒介体として使われる場合には厚生省は責任がないんだと言いたそうにいま聞こえるのです。首を振っておられますからそうではないかもしれません。これは、カネクロールが油の中に入ったのはピンホールを通ってだと言われております。被害者の皆さんの訴えによりますと、カネクロールに熱を加えれば弗素が出てステンレスを通っても穴があくということはわかっておったはずだ、こういうことが書いてございます。いずれにいたしましてもこれは加熱媒介体ですから油の中に入るはずがなかったと思われたものが入ったわけです。そして、危険な、有害な物質が含まれておる、あるいは含まれる疑いがある物を使用させてはならぬ、あるいは輸入してはならぬ、あるいは調理してはならぬ、こういうものについて、気がつかないでといいますかあるいは過失があって使われた、あるいは飲むに至ったわけでありまして、国が監督責任――直接的にはこれは市ですが、事実が明らかなように、市も国も、あるいは県がどれだけ関係するのか知りませんけれども、有害な物質が入っていないかどうかということについては全く検査をしておりません。検査をしておりませんから有毒な物質が入り、そして人間の体内についての過失があったわけです。 そこで部長さんにお尋ねをするのは、命の大事さ、とうとさがだんだん認識されてきてあの飛騨川事件の判決になったんだと私は思うのですけれども、道路管理についての責任は国にあります。その国の道路管理上の責任の過失と飛騨川事件との関係は、これは、結果的に百数名の人間の命を失ったということで国の過失責任が判例上認められた、こう私は理解いたします。そうすると、有害物質が過失によって使用をされた、あるいは混入をしたということによってこれだけの事態が起こったとするならば――三十人以上あるいは四十人に近い死人が出ておるわけであります。それから被害者の数から言えば、最初に申し出ました数は一万四千を超しております。潜在的な患者を加えればもっとになるかもしれません。あるいは検診をされて認定をされた患者だけでも千二百、千四百とあるわけでございます。それだけの結果が出たことについて国は監督上の責任が全くないのか、こういうことについて第四部長の意見を承りたいと思います。
○別府政府委員 お答えいたします。 まず、ただいま吉田委員から御質問のありました食品衛生法の四条の問題でございますが、四条は御存じのとおりに、左に掲げる食品はこれを云々と書いてございまして、その「左に掲げる食品」の中に「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは附着し、又はこれらの疑いがある」と書いてございますので、一応その食品について有毒もしくは有害な物質が含まれ、またはこれらの疑いがあるということが四条の制限、禁止の前提になっているというふうに考えられます。したがって、いまいろいろ問題に出ておりますカネクロール、あるいは最終的にはPCBの有毒性ということとと、それが含まれている食品の有毒性ということの間には若干の距離があると考えられます。その点でいま現在で考えますと、カネミオイルは確かにPCBを含んだ有毒な食品ということが言えるかと思いますが、事件の起こりました時点でどの点で判断したかという点につきましては、これは実は個別の事実判断の問題でございますので、法制局としてはお答えしにくい点でございます。 それからなお、一般的な監督責任がそういうことであるかないかということにつきましては、有害な物質が含まれた食品について引き続き使用させることを認めるというようなことになりますと、それは監督責任上の問題が生ずる場合があるかと思いますけれども、ただ、吉田委員もよく御存じのように、たとえば国の監督責任があるいはあった場合に、先ほどの飛騨川事件で裁判所で認められました国の賠償責任というようなものにつきましては、積極的な処分の場合にはわりあいに明確でございますが、いわば不作為の場合にどこの点まで違法に損害を与えたかというような点についての問題、慎重な判断を要すると考えられます。特に本件につきましては目下訴訟係属中ということでございますので、本件につきましての具体的な判断を法制局の方から申し上げるのは差し控えさせていただきたいと考えます。
○吉田委員 私も裁判に直接関連をしてお尋ねしようとは思いません。 ただ一点、直接保健所が何遍か工場に臨んで立入検査をいたしておりますが、製品の中に有害なもの、有毒なものが入っておるかどうかという検査は全くしておりません。これは私も現地に参りましたときに……。その製品が油としてどうなのかあるいは水がまじっておるのかどうか、あるいは純度といいますかそういう検査はいたしましたけれども、工場にもあるいは市にも、国からどれだけの監督をなされたかわかりませんけれども、有毒、有害なものが入っておるかどうかについては全く検査がなされておりません。これらの点については監督上の欠陥があったのではなかろうかと私は思ったのですが、具体的な事実については判断を避けられますからこれ以上の追及はいたしませんけれども、問題があったとは考えられる。 それから、これは厚生政務次官へのお尋ねになりますけれども、患者さんの中からもあるいは被害者の代表の中からも言われましたけれども、そういう意味から言って、国が政治的にこの事件について第三者として被害者、加害者の中にあっせんに入るという立場ではないのではなかろうか。もっと行政的な責任の立場からあるいは食品についての指導的な立場からするならば、やはり被害者の側にも立って一緒に苦しみもし、解決もしてやるという姿勢が必要なのではなかろうか。五人の厚生大臣が患者さんの姿を見て、何とかしなければならぬ、気の毒だ、こう言って約束されたにかかわらず、この程度ということについては大いに責任を感じてもらわなければならぬところだと思いますが、その点、政務次官代表して来られましたからお尋ねいたします。
○山下(徳)政府委員 まずもって長年にわたってお苦しみになっております被害者各位に心からお見舞いを申し上げる次第でございます。 ただいま先年から御指摘がございました国の責任ということでございますが、御承知のとおりこの問題はただいま民事訴訟が提起されておりまして、国の立場は被告ということになっております。だれに責任があるとか悪いとかいうことは、現段階におきましてはやはり裁判の結果にゆだねなければなりませんので私がここで軽々に申し上げることはできないと思います。ただ、いま御指摘がございましょうに、大変お気の毒であるということにつきましては私も同感でございますし、しかも今日まですでに七年も経過して、かなり大きな社会問題になっておることも事実でございます。そういう観点からいたしますと、常に国民に安心して食べていただける食品を提供するという監督の責任の立場にあります行政府といたしまして、特に私どもの立場からはやはり被害者の救済という立場からこれは一生懸命やらなければならぬ。したがいまして、いま御指摘がございましたように、被作者の立場に立って今後最善の努力をするということはここではっきり申し上げておきたいと思うのでございます。
○吉田委員 やりとりをしておりますと時間がなくなりますので、次に移りますが、これは環境衛生局長なりあるいは食品衛生課長でも構いませんが、昨年皆さんがおいでになりまして、そして大臣も何とかしたい、あるいは難病取り扱いもしたい、あるいは森永にも劣らぬ待遇をしたい、こういう対策を講じたい、こう番われました。そしてそのことを念のためということで文書でさえ約束がなされたはずでございます。その文書による確認がその後どういうぐあいに実際行われたかについて、私は承りたいと思います。
○三浦説明員 昨年の二月二十日でございます。被害者の皆さんおいでいただきまして、衆議院第二議員会館の会議室で打ち合わせを行ったわけでございますが、その時点での国とのいろいろな話し合いの中で、私どもがその後被害者の皆さん方の要望に沿って努力してまいった点について御説明申し上、げますが、カネミ油症に関する研究報告等の公開の問題でございます。これはカルテ等の患者氏名の記載されたものを除きましては原則として公開するというお返事をしたわけでございまして、現在でも油症研究報告等も全部公開しているつもりでございます。 その次に、被害者の追跡検診の検診結果を本人に通知しないじゃないかという被害者の皆さんからの要望がございましたので、その後関係都道府県の会議を開きまして、関係の府県に本人に通知してあげるようにという指示を出してございます。 それから三番目は、認定被害者の皆様方の名簿を閲覧させてくれという御要望がございました。この点につきましては、被害者の皆さんの中にはこれは個人の秘密にかかわる問題でもございますので、この点は困難であるというふうに私ども現在でも考えておるわけでございます。 四番目に、カネミ倉庫株式会社発行の受療券の方式を実施することにつきまして、これもその後開かれました府県の担当者の会議でその御趣旨に沿えるようにということで、最初に金田参考人から申し上げましたように、福岡と長崎の両県、高知の一部で、すでに実施されておるわけでございますが、私どもなるべく県が間に入ってこれを実施するようにということを県に要望し、近く広島県ではこれが発行できそうだということを伺っておるわけでございます。
○吉田委員 時間がないのに一々やっておられると時間がなくなってしまいます。この国に対する要求事項の二ページに書いてございます要求事項に関連をしてひとつお答えをいただきたい。項目別に挙げていきますとそれだけでも時間がたってしまいますから、私の方から参考人陳述の中にも出ましたものに関連をしてお尋ねをいたします。 それは「未確認被害者の調査・発掘」ということですが、いま治療券のところにいきなり移りましたけれども、千二百三十八名認定はされておりますけれども、何人も御発言ございましたように、私も知っておりますが、鳥巣さんもいまお話がございました、同じ家族の中で父親は認定されているけれども母親は認定されていない、あるいは私が知っている患者さんの中でも奥さんが一番最初に認定されて、その次が発掘、調査ということで御主人が何年か後に認定をされ、しかもなお二人の子供さんは同じような症状があるけれども認定がされないということがあるのです。それはさっき梅田さんからも言われました認定基準の問題にも関連をいたしますが、いわば「未確認被害者の調査・発掘」についても本当にその県によって親切な診断体制が整えられ、あるいは梅田さん等といいますか、これは去年の約束であったと思いますけれども、民間で診療をしておられます医者も加えて云々という話でしたけれども、そうなっていないところに、あるいは何にもカネミについて知識のない人が当たられるという点もありまして、実際にまだわれわれ、だれが見ても患者さんと思われる人が認定されないという例がございますから、それを解決するのにどうしてくれますかということをお尋ねしておるわけです。去年の約束に関連をして、その点お答えをいただきたい。
○三浦説明員 未認定の被害者の方の認定の問題でございますけれども、先生が最初におっしゃいました家族の中でほかの方は認定されているけれども一人か二人認定されていない方がある、こういう問題につきましては私どもも県に対しても何回かそういう方を優先的に検診してあげるようにという指示をしてあるわけでございまして、現に毎年かなりの認定者が出ておるわけでございます。 それから第二番目の御質問の検診につきましては、もっと多くの医師の方を加えろという御質問がございました。これにつきましても、油症問題が起こりましたときに九州大学また長崎大学の大きな病院を中心に治療研究その他をやってきておった関係上、現在でもその大学に御相談しながらやっておったわけでございますけれども、最近になりまして県が積極的にこの油症未認定問題に取り組み始めまして、なるべく多くの先生方の御意見を聞くようにということで県の方も指導してまいっておるわけでございます。
○吉田委員 そろそろ時間がなくなりかけておりますが、この要求事項の一つ一つについて昨年も言われたことですから、被害者といいますか患者さんといいますかの要求はわかっておるはずであります。ところが、治療券の問題についても、先ほど、去年からの約束もございますし、なるべくそうされるように、あるいは加藤社長との間にも、お医者さんが明らかにこれはカネミでないというものでない、いわば疑わしい患者さんについても治療の費用を負担いたします、こういう話等までもあったのですけれども、名前の出ました福岡県とか長崎県とかはよくても、あるいは佐賀県とか先ほど広島の話が出ましたけれども、必ずしも十分ではございません。そこで、法律が必要ならば法律をつくり、政令が必要ならば政令をつくり制度をつくって、油症手帳で全国的にどこに行っても治療ができるように、あるいは治療方法も西洋医学であろうとあるいは漢方医学であろうと、あんまであろうがはりであろうが治療に役立て得るように、そういう制度の万全を期してくださいという要望に対しては、どうですか。
○石丸政府委員 先ほど来の要求事項の中で、特にカネミ油症被害者に対しまして全国的に通用いたします油症手帳の発行を何とか法的に担保できないか、こういう御意見であろうと思うわけでございますが、ただいまのところ油症手帳の発行につきましては、やはりそれを受け取る側の医療機関の協力なくしてはなかなか実効を期し得ないものでございますので、各府県ごとに医療機関との間の調整を都道府県知事にお願いいたしまして、できるだけその範囲を広げていくようただいま努力を続けておるところでございます。
○吉田委員 最後にもう二つ一緒にお尋ねをいたしますが、統一的な治療研究機関をつくってくれという要望が出されております。そして、これは先ほど参考人陳述の中でも相当大きなウエートをもって言われたところでありますが、これについていままでのような――午前中の話を聞いておりますと、スモンに対しても三千万円ということでありますが、その三千万円の意味を私は先ほど申し上げました。また梅田さんからも言われました。必要な治療研究費はもっと国でどんどん出して、あるいは億を超そうとも出して、統一的な治療研究機関をつくってもらいたいという要望、七年たった今日なお治療方法が発見されないということですから、痛切な要求として、金は要らぬから体をもとに戻してくれという要求として出ているわけでありますが、これにつきまして厚生省としてどういうぐあいに考えられますか。 それからもう一つ、生活の不安は全部についてつきまとっているわけでありますが、油症患者の生活保障の、救済でなしに保障の一半の責任を私は国も負うべきだと思いますが、その救済の新しい措置、世帯更生資金でなしに福祉資金のこともあり、あるいは県が出したら特別交付税で見る方法もあるのではなかろうかという痛切な希望が出ておりますが、それらに対する厚生省の所見を承りたい。 それから、もう少し大きな点で、政府でやれる生活あるいは治療についての万全の体制について大きな方法を考えられないのか承りたい。
○石丸政府委員 PCBあるいはPCB夾雑物によります健康被害に対しまして総合的な立場からの診断あるいは治療研究機関の設置を図れ、かような要望でございます。従来このPCBの治療研究につきましては、昭和四十三年以来われわれといたしましても、九州大学あるいは長崎大学を中心といたしまして治療研究班を編成いたしまして、鋭感努力を続けてまいったところでございます。先ほど梅田参考人の御発言にもございましたように、このPCB中毒患者、症状あるいはその経過、そういったものがやはり単一のものではなく、非常に多種多様でございまして、またそれが時間の経過とともに非常に変化をしているというようなところでございまして、しかもこのPCBの経口的な発症というものは、これが世界的に見ましてわが国で初めて起きた不幸な事件なものでございまして、その研究には従来から非常に苦労してまいったところでございます。 それで、今後どういうふうにすべきかということでございますが、そういった非常に特殊な事故でございますので、できるだけ広い範囲から学者の御参加を願いまして、この治療研究を一日も早く達成いたしたいと思うわけでございますが、それには専門的な機関を設置するのがいいのか、あるいは従来の研究班をもっと拡大いたしまして、総合的な治療研究を行う方がいいのか、いろいろ意見のあるところでございまして、ただいまの段階におきましては、われわれといたしましては研究費をとりまして、この従来の研究班をさらに発展させまして、広範な範囲からの研究を続行いたしたいと考えておるわけでございます。 それから二番目の生活保障の問題でございますが、これは先ほど来政務次官からお答え申し上げておるところでございまして、国の責任その他につきましては、現在係争中でございますので、その結論を待ちまして、またいろいろ対策を講じたいとは思いますけれども、ただいまの段階におきまして、すでに非常に長年月を経過いたしまして、患者さんもお困りのことでございますので、われわれといたしましては、現段階におきまして、現存する諸制度を活用いたしまして、できるだけのそういった対策を講じてまいりたいと思っております。 それから三番目の恒久的な対策でございますが、これは一昨年来この食品危害に伴います補償制度の確立に従いまして、研究班を編成して種々検討を行っておるところでございまして、昨年一応中間報告をいただいた段階でございますが、やはりこれは食品衛生の基本問題にかかわる非常に重大な問題がございますので、さらにその具体化につきまして現在検討を続行中のところでございます。
○吉田委員 委員長初め委員会に感謝をし、さらにこの機会にこの問題解決につきまして御努力いただくことをお願い申し上げまして、終わります。
○大野委員長 次に、三浦久君。
○三浦委員 参考人の皆さん大変御苦労さんでございます。皆さん方の大変貴重な御意見を拝聴いたしまして、私どもも大変参考になりました。 それで、私はまず最初に梅田参考人にお尋ねをいたしたいと思います。 先生は大変患者さんとのおつき合いが長くていらっしゃいますけれども、昭和四十四年から現在まで何名くらいの患者さんを診察されたのでございましょうか。
○梅田参考人 現在続行しております検診の分を含めますと、過去総数が約二百四十くらいかと思います。
○三浦委員 いま九大の油症班を中心にして油症研究班というのができているわけですけれども、いわゆる治療研究体制として現在のような体制で十分なのかどうか、先生の御所見を伺いたいと思います。
○梅田参考人 体制上の問題で非常に大事なことは、一人の患者さんを経年的に長く観察し得る医師でなければならない、これが最低必要な条件かと思います。そうしますと、これまでの九大油症班の事実から申し上げれば、検診のたびにほとんど顔ぶれが変わる、この点が結局は経験のない医師が偶然指名されて検診班に参加して診る、こういうことですから、非常なトラブルが起こってくる、これが事実でございます。
○三浦委員 先生は、公益法人の北九州市民公害研究所の所長をされておられますね。いまお話伺いまして、二百五十人の患者さん、PCBの分析だけで五百万円の費用がかかった、こういうお話ですけれども、先生が関係をされてから油症研究のためにどのくらいの費用をつぎ込んでおられるか、御記憶ありましたらお答えいただきたいと思います。
○梅田参考人 はっきりした記憶はございませんけれども、私どもの毎年の予算からいたしますと、大体三千万円規模でございますので、四十四年以降その年数を掛ければ大体推定つくと思います。
○三浦委員 年間予算三千万円くらいというお話ですけれども、それで現在の治療研究としては十分でしょうか。
○梅田参考人 大変残念ですけれども、全く不十分であります。
○三浦委員 そうすると、やはり先生方がこの研究所を中心として治療研究を開発していく、そういうためにはやはりもっと大きな国の助成というようなものが必要だというふうにお感じになっていらっしゃるでしょうか。
○梅田参考人 先ほど私が申しましたように、未認定の人をすくい上げるためには、これはどこからも費用が出ておりません。したがって検査費用だけで五百万円、これに人件費、宿泊費等を集めますと大体一千万円、現在の物価の指数に合わせて考えますと、恐らくは一千五百万から二千万かかるでしょう。したがって、こうして考えますと相当額の研究費というものが必要なんでございまして、私どもの私立の財団では当然もうこれ以上の研究費というものは捻出できない。したがって、助成というものがあり得るならば、それは当然希望するところであります。
○三浦委員 厚生省にお尋ねいたします。 いま参考人からの非常に切実な訴えがなされたわけですね。一番急いでやらなければならないのは体内に入ったPCBを追放することだと思うのですね。それで、いままで昭和四十七年にPCBの製造が一応中止になっています。そしてまた、製造されたPCBの回収の問題、処理の問題等についても一定の措置がなされています。しかし環境汚染を防止するということは、その環境汚染によって人体への影響が非常に大きいということから環境汚染を防止させていく、そういうことだと思うのですね。ですから、いま急がなければならないのは、いま患者さんの中に入っているPCBをどうやって追放していくのか、言いかえれば治療方法を早く開発する、そこにわれわれの全能力を注ぎ込まなければならないというふうに思うわけなんです。 それで、いま御答弁を聞いておりますと、研究のやり方にはいろいろあるだろうけれども、当分はいまのままの体制でもってそして予算を増額していく、そういうことでやっていきたいんだというお話でありました。あなたの方から資料をいただきましたけれども、四十八年度と四十九年度を比べてみましても、そう大してふえてないのですね。物価の上昇というものを考えてみたら、これはむしろ逆に低下していると言ってもいいくらいのものなんです。私は、この問題についても、昭和四十八年の三月の予算委員会の分科会で局長にやはり質問をしたと思います。そのときに結局、局長は「研究体制を一そう拡充強化してまいりたい。」、それから「治療研究費の額の面からも増額をはかるように努力してまいりたいと考えております。」二年半前と同じことをきょうあなたは繰り返されておられるわけですね。ところが現実には、治療方法というのは一つも開発をされていない、これが冷厳な事実なんです。いま、一民間の研究所でも年間に三千万円も研究費を使って長い間研究をされているわけですね。それは患者さんの苦悩を幾らかでも少なくしてやりたい、そういう善意からなんですよ。ところが国の予算は、四十八年度油症治療法と油症患者の追跡調査に関する研究、この費用が二千四十万でしょう。四十九年度は二千九百八十五万円です。PCBの慢性毒性に関する研究、これは四十八年度八百三十五万、四十九年度は八百七十万円しかないのでしょう。北九州にある一民間の公害研究所の予算よりも少ないような治療費でもって、本当に真剣に治療方法の開発に取り組んでいるということが言えるのでしょうか。私は、この点ひとつ厚生省のお考えを最初にお尋ねしたいと思います。
○石丸政府委員 治療研究につきましては、ただいま先生御指摘のように、今後の問題といたしまして、すでにPCBの製造を中止した現段階におきましては、体内に蓄積いたしておりますPCBを体外に排出させる、これが最も重要な研究事項だということは考えておるわけでございます。したがいまして、そういった方向で従来からこの治療研究に力を注いでおるわけでございます。ただその研究費につきまして、ただいま先生御指摘のように年間約三千万円の予算で現在この研究を行っておるわけでございますが、これは、それで十分だというものではございませんけれども、われわれといたしましては今後もできるだけその増額に努力してまいりたいと思っております。
○三浦委員 まず私はお尋ねしますけれども、民間の研究所が年間に三千万円の予算を組んでこれに取り組んでいるのですよ。いつまでも民間の善意に頼っておるということはできないと思う。そして、いまの北九州市民公害研究所というのは、いまのお話によれば二百人、そういう多くの患者さんたちが先生を慕って治療を受けているところですね。ここに一定の助成措置を講ずる、そういう意思はありませんか。それがひいては患者のためにもなると私どもは考えているのですが、九大の油症研究班にだけ金を注ぎ込むということは患者の要求に沿う道ではないと私は思う。たとえば昭和四十八年の三月の予算委員会の分科会で、私の質問に対して、局長はこう言っているのですよ。「ただいままでのところは九大あるいは長崎大学等が中心でございましたが、関係都道府県の大学、研究機関あるいはその方面の治療設備が整っております一般の医療機関などの御参加も得まして、研究体制を一そう拡充強化してまいりたい。」こう述べていますね。私はそれに近づく一歩だと思うのですが、いかがですか。
○石丸政府委員 この治療研究班でございますが、ただいま先生御指摘のように九州大学を中心といたしまして油症研究班を編成いたしておるところでございます。ただ、従来の九州大学あるいは長崎大学に加えまして、現在では四大学がこれに参加願っておるところでございまして、今後ともさらにそういった点につきましては広く研究者の参加をお願い申し上げたいと思っております。
○三浦委員 ちょっと質問に答えてないじゃないですか。それは私の前段の理由に対する答弁であって、質問に対する答弁ではないでしょう。みんな患者さんが慕っている、そして一定の大きな成果を上げている北九州市民公害研究所に研究費の助成をする意思があるのかないのか聞いているのです。
○石丸政府委員 非常に残念なことでございますが、この治療研究費の性格といたしまして、従来から一応公的な機関にこういった研究費を支出いたしておるわけでございます。 さらに今後の問題といたしましては、そういった民間の医療機関あるいは研究機関等が、この九大を中心といたします油症研究班に御参加願えるものかどうか、さらに今後検討してまいりたいと思います。
○三浦委員 油症事件が発生してから、もう七年たつのですよ。それでまた、これから検討する検討する、質問するたびに同じ答えしか返ってこない、そして事態は一つも進展していないというのがいまの実情じゃありませんか。市民公害研究所というのは、ちゃんと国から寄付を受ける資格のある団体なんですよ。公益法人です。そうであれは、いまの治療研究費の中からは出せないかもしれないけれども、新たに予算措置を講じて、そうして助成をして、一日でも早く患者さんの苦痛をやわらげる、そういう努力をする必要があるんじゃありませんか。どうですか。
○石丸政府委員 今後さらにそういった民間の研究機関あるいは医療機関等との連絡を密にいたしまして、そういった助成の可能性について検討いたしたいと思います。
○三浦委員 それから、何度も言いますけれども、国が三千万円の研究費というのはきわめて少額であります。これはまあ金がないというようなことが理由になっているかもしれませんけれども、もしかそうであれば、たとえば加害企業である三菱モンサントであるとか、また鐘淵化学であるとか、またユーザーがたくさんいますね、電機メーカーも食品工業関係も。そういういわゆる製造した会社、ユーザー、こういう大企業からお金を取って、そして治療の研究開発を進める、そういう手段をとるべきだと思いますけれども、この点についてどういうふうにお考えになっていられますか。
○石丸政府委員 同じような事例が、これはいわゆるミルクによります砒素中毒についてあるわけでございまして、そういった加害企業からの予算をもちましてそういった研究を進めていくということは、一つの考え方であろうかと思うわけでございます。ただ、先ほど来御答弁申し上げておりますように、この問題が現在なお裁判で係属中のものでございますので、ただいまの段階におきまして、いわゆるPPPを適用いたしましてそういった企業から金を出さすということの可能性について、非常にむずかしい問題があるわけでございまして、今後の問題といたしまして、先生のただいまの御意向を実現できるよう努力いたしてまいりたいと思っております。
○三浦委員 問題をカネミ油症患者の問題とだけとらえているというところに大きな問題があるのですよ。そうでしょう。裁判に関係がないPCB汚染というのは全国に蔓延しているじゃありませんか。だからこそ製造を中止しているわけでしょう。カネミ油症患者さんはもちろんです。しかし、PCBに汚染されているのはわれわれ全部なんですよ。そうじゃありませんか。大気はPCBで汚染されている、海洋もそうです。土壌も冒されているじゃありませんか。これは、まさにそういう意味では公害ですよ。そして、そういう農産物を摂取する、魚を摂取することによって、われわれの体内にPCBが蓄積されていっているでしょう。だからたくさんの女の人の母乳からさえPCBが検出されているじゃありませんか。そうであれば、国民の健康に責任を持つ厚生省としては、体内からPCBを排せつするという方法にもっと真剣に取り組まなきゃならないでしょう。もちろんそれはいま一番大きな被害を受けている油症患者さんを対象にしながらやっていくのが手っ取り黒いと思いますけれども、しかし、それは油症患者さんだけの問題じゃないんですよ。PCB汚染で冒されているすべての国民の問題なんですよ。どうですか。
○山下(徳)政府委員 繰り返し局長から御答弁申し上げておりますけれども、PCBによる環境汚染は、これは環境庁の所管でございまして、その方でひとつお調べいただきたい。したがって、いまおっしゃいました例のいわゆる体内からの排出につきましては、当然わが方でやるべきものでございまして、したがいまして、そういう面で今後とも努力いたしてまいりたいと思います。
○三浦委員 いや、体内からの排せつの問題は厚生省だと言えば、そのものずばり厚生省の管轄ではございませんか。たとえば経口摂取して油症中毒にかかったのは患者さんたちです。一時に大童の経口摂取を行った。しかし、患者さんたち以外にも、たくさんあらゆる形で大気汚染、海洋汚染、土壌汚染、そういうものを通じてどんどんわれわれの体内にPCBが入っているからこそ、環境汚染というのが大きな問題になっているわけなんですよね。ですから治療方法の開発というのは、患者さんたちのためだけじゃない。日本全国民の問題なんです。ですから、そういう意味ではPPPの原則、いわゆる原因者、汚染者負担の原則というものを適用するにふさわしい事例なんです。それをお聞きしているのです。どうですか。先ほどの厚生省の答弁というのは、カネミ油症患者の問題だけに矮小化して答弁してとんちんかんな答えをしているから、いま私が説明申し上げているわけです。
○石丸政府委員 先ほど政務次官からお答え申し上げたところでございますが、これは一応役所の所管というものがあるわけでございまして、現段階におきまして、環境汚染に基づきまして体内に取り込まれたPCBに対する対策というものは、これはいわゆる環境汚染の問題といたしまして環境庁の所管になろうかと思うわけでございまして、さらにわれわれといたしましては、食品によって取り込まれましたこの油症の問題と相関連する問題もございますので、今後環境庁の方ともよく連絡をとりまして、この研究に邁進してまいりたいと思っております。
○三浦委員 わかりました。早急に検討をしていただきたいと思うのです。 それで、時間がもうありませんから簡単に申しますけれども、昭和四十七年の六月にPCBの生産が中止されましたけれども、それまでの間に日本の国内で約六万トンのPCBが生産されているわけです。そういうPCBの生産による環境汚染の中で、昭和四十三年にこの油症事件が発生をした、これはもう動かすことのできない事実であります。その毒性についても以前から科学者によって指摘をされておったわけです。ところが政府は、漫然とその生産を放置して、放置してきただけではなくて、積極的にこれを奨励してきたということが言えると思うのです。たとえば昭和三十二年にはこのPCBを工業標準化法に基づいて、日本工業規格品、いわゆるJISの指定をしているわけでしょう。そうですね。JISの指定をするときには安全性についての確認までちゃんと求められているわけですよ、法律に基づいて。それを安全性を確かめないで日本工業規格品に指定をする。そうやって、積極的にこれはいい商品なんだといって、その生産と販売を奨励してきたという事実があるわけですね。 いま裁判だから責任については言うのは差し控えたいと言うけれども、ここは裁判所じゃないのです。国会です。私たちがいま皆さんにお聞きしているのは、政治的な責任を聞きたいのです。こういういわゆる環境汚染の問題、また油症事件の発生について、政府はその政治的な責任というものをどういうふうに考えておられるのか、お尋ねしたいと思います。
○山下(徳)政府委員 ここは政治の場だから裁判云々は言うなとおっしゃるけれども、現に私どもは被告という立場でございまして、悪いか悪くないかの判断によって私どもは明らかにしていきたいということは、先ほどから申し上げたとおりであります。ただ、被害者救済については、長い間大変御迷惑をかけておるということから、政府として早急に被害者の立場に立ってやるということも申し上げたとおりでございます。
○三浦委員 政務次官、私たちは裁判上の、いわゆる民法上の責任を聞いているのじゃありません。それは裁判所がやがて判断を下すでしょう。しかし私どもは政治責任を聞いているということなんです。それについても政務次官は、おわかりになりながらわざと答弁を避けておられる。 時間がもうありませんからその点の追及はやめますけれども、それでは、被害者の救済については万全を尽くしたいというふうにおっしゃっているのならば、被害者の救済に関する特別措置法を昭和四十八年度に検討いたします、こういう約束を予算委員会の分科会でされているわけですけれども、これについてはどういうような状況になっているのか、お尋ねしたいと思います。
○山下(徳)政府委員 ただいまの御質問でございますが、いわゆる健康被害者の救済制度につきましては、一昨年の四月に研究会を発足させまして、さしあたり昨年一応の中間的な答申を得ております。したがって、今後におきましても、その中間的答申の後にも約十回近くの会合が聞かれて、だんだん煮詰めておりますけれども、その最終的な結論を速やかに出すように私どもも今後督励してまいるつもりでございます。
○三浦委員 そうすると、この国会で厚生大臣が私に対して約束をした特別立法をいつごろ提出をされる予定でございますか。もう二年以上たっているのですよ。
○山下(徳)政府委員 いま申し上げましたように、被害者救済のための研究会に一応ゆだねておりますので、なるだけ早く結論を出していただくようにお願いはしますけれども、研究会が中心でやっておる現段階において、私どもがいつまでに結論ということはちょっと言うことはできないと思います。
○三浦委員 それはさっきのお言葉と全く逆じゃありませんか。被害者の救済のためには全力を尽くします、口では言うけれども、いつ特別立法を提案するかわかりません。そんな態度で本当に被害者の救済に取り組む意思があるのかどうか、私は疑いたいと思いますね。この前、いわゆる昭和四十八年三月の予算委員会の分科会で厚生省はこう答えているのですよ。「その内容においては公害病の救済に準じた内容のものとして考えたい。」じゃ、具体的にはどういう内容かと私が聞きましたら、「患者の認定の取り扱い方法あるいは医療費の支出の方法、あるいは医療費以外に、たとえば付き添いの費用とか、あるいは交通費とか、場合によりましては生活困窮者に対する生活上の救済措置、そういったものを、いま公害の健康被害にかかる救済法に準じまして、それよりも落ちないように考えていくというわけでございます。」こういうふうにはっきり答弁をされているのです。そして、私が委員会質疑が終わった後、厚生省にいつ提案するのかという質問をしたら、四十八年十二月の通常国会に提出をする予定であります、それに向けて作業いたしますということをはっきり言っているのですよ。これだけ、昭和四十八年三月段階では特別立法の具体的な内容というものが明確になっているにかかわらず、いまだに御提案がないというのは大変私は怒りにたえないわけです。あとは、問題は金をどこからどう出してくるかという問題だけにしぼられているはずなんです。それにもかかわらず、あれから二年間もいたずらに時を過ごして、研究班の調査待ちだという、こういうようなことは、油症患者を前にして許すことのできない問題だと思うのです。どうか早急にこの特別措置法というものを国会に提案されるように強く要望いたしたいと思います。 最後にその点、一言だけ政務次官の御答弁をお願いして質問を終わります。
○山下(徳)政府委員 御趣旨をそんたくして、そのように督励をしてまいりたいと思います。
○三浦委員 もう一点だけ恐れ入りますが……。 鎌淵化学に対して患者さんが四回も交渉しているわけなんです。ところが総務部長が出るだけであって、社長が絶対に会わないわけです。これは、長崎からわざわざ大阪まで出かけていって交渉しようというそういう被害者に対してきわめて非礼な行為だと思っております。私は、鐘淵化学の責任の問題についてきょう触れることができませんでしたけれども、しかし鐘淵化学の社長は患者さんと堂々と会って、自分たちはこういうふうに考えておるのだというその所信を表明をするという機会を厚生省が行政指導で持つことができるようにしていただくように、このことをお願いしておきたいのですが、厚生省のお考えをお尋ねしたいと思います。
○石丸政府委員 鐘淵化学の問題でございますが、これは従来、先年御指摘のように、総務部長等がこの患者さんの応待に出ておりまして、社長がまだ会っていない、こういう御指摘、そのとおりでございまして、われわれといたしましてもそういった先生御指摘のような点については従来からもいろいろ考えておったわけでございますけれども、総務部長が会ったというだけでも少しの進歩があったのではなかろうかというふうに考えて、その経過を現在ながめている段階でございますが、本日先生の御指摘のような点につきましてもさらに鐘化等に対しましてその趣旨を伝えてまいりたいと思っております。
○大野委員長 次に、大橋敏雄君。
○大橋(敏)委員 本日は参考人の皆さん、本当に御苦労さまでございました。 カネミ油症事件発生以来、私たちもこの問題をきわめて重視いたしまして、それ以来私たちは皆様の代弁者としましてこの国会で何度となく政府にその問題を追及してまいりました。それなりに多少の進展は見てきたわけでございますけれども、皆様の精神的なあるいは肉体的な苦痛あるいは生活上の大変な苦悩の立場から見た場合には、全く微々たるものであったわけでございます。しかし、きょうは幸いにも大変な体をきょうのような姿で参考人として訴えられる、本当におえつなさっての訴えを聞いて、私たちも改めて皆様の事態の深刻さを理解した次第でございますが、きょうのこの意義ある参考人の御意見を厚生行政の最高責任者である厚生大臣が来ていなかったことは私は非常に残念に思います。しかしながら、政務次官の山下さんがここに見えていらっしゃいますが、御承知のようにこの事件の発生地は九州でございます。したがいまして、この質問も、特に九州の出身の議員がその責任を感じて真剣に取り組んできたわけでございますが、山下政務次官は九州出身の方であります。恐らくきょうの皆様のこれだけの真剣な、そして生の声を聞かれたからには、いままでにない大きな救済の転換の決意ができたと思いますけれども、その点まずお尋ねをいたします。
○山下(徳)政府委員 いまおっしゃるとおり私も佐賀で関係がございますから、それだけこの問題は非常に身近に深刻に受けとめておる次第でございますから、今後とも最善、最大の努力を払う所存でございます。
○大橋(敏)委員 いまの、最善、最大の努力を払うという言葉は単なる美辞麗句ではないと私は信じます。それこそ七年間のこの苦悩というのは、言葉で言えば簡単でございますけれども、大変なものであります。楽しい七年間というものは問題はありませんけれども、苦しみの一日は十日にもあるいは一年にも通じます。それが七年間こうして続いてきたというわけでございまして、先ほどからも何人からもの質疑応答でわかりますように、いまだに治療の的確な内容が確立されていない、こういう実態にあるわけです。 金田参考人にお尋ねをいたしますが、先般第十七回カネミ油症全国集会が福岡市で開かれたということを新聞記事で私は見たわけでございますが、その際政府があっせん問題を持ち出したということについて厳重抗議をすることを決めた、こういうことでございましたが、本日この会場に参りまして皆様からの資料をいただいたわけでございますが、この資料の内容がそれに当たるのかどうかということをまず確認したいと思います。
○金田参考人 私たちはこれまでも何回も厚生省や厚生大臣に面会を求めてまいりまして、本日も同じことを、同じ問題を繰り返し言い続けてきているわけです。先ほどもいろいろなお話がございましたけれども、要するに現在のこの事実そのものを被害者の方々が訴えられたことそのこと、事実がもう抗議の意思を含んでおりまして、その事実の認識の中で、いまも当面とにかく一つ一つの問題について国が対策を立てていただかなければ全くどうにもならない事態であるから来ておるし、しかも毎回同じ問題を持ち続けてこなければならないということが一番大きな抗議の気持ちを持っております。そういう中でこの間の政府答弁の内容にありますような趣旨の回答がございましたが、そのことに対しては、厚生省がああいう第三者的な仲介的な立場をとってあっせんを言われるようなことが果たして政府がとり得る立場であるだろうか。もしそれだけのことを言われるんだったらもっと先にすべきことが十分あるのではないか。それがほとんどできていない現状ではいわゆる被害者の気持ちを全く無視した国の態度だというふうに考えざるを得ないということで、ほとんどの被害者の代表が強い怒りの気持ちを表明しております。それをまとめましたものがここに書かれている趣旨でございまして、これは改めて政府が被害者の基本的要求というものの中で申し上げております趣旨に沿って今後油症被害者の問題を検討する、被害者の意思に沿う方向で努力するという約束を昨年なさいましたので、その方向に沿う解決がなされると期待しておりましたが、それがなされないことに対する強い抗議の気持ちをここに含めております。
○大橋(敏)委員 先般わが党の小平芳平参議院議員が政府に対してカネミ油症患者の救済に関する質問を出したわけでございますが、それに対して二月の二十五日付で答弁書が届けられたわけであります。私たちもこの内容を見まして皆様と同じ気持ちで憤りを感じました。確かにきょういただきましたカネミ油症患者の救済に関する政府答弁書への抗議文、この内容を先ほどからずっと読ましていただいておりますけれども、全く同感であります。きょうは厚生大臣が来ているならば、この場でこれをたたきつけて、私はこの場でその意見を問いたかったわけでございますが、残念なことには大臣は来ておりません。 そこで、いずれはこの問題についてまた取り組むことになるわけでございますが、政務次官の山下さんにこの患者が出されている抗議文について、どのようなお考えで受けとめられているか一言聞きたいと思います。
○石丸政府委員 とりあえず私からお答え申し上げたいと思います。 この小平先生の質問主意書に対します政府の答弁でございますが、本件につきましては、先般来お答え申し上げておりますように、国も被告といたしまして現在裁判が係争中でございますので、慎重な対処が必要と思っておりますが、しかしながら一方におきまして非常に長い間患者さんが苦しんでおいでになるというようなところから、われわれといたしましても一日も早い解決を望んでいるところでございます。しかしそれと同時に、またわれわれといたしましては現在とり得るあらゆる方法で患者さんの救済と申し上げては失礼かとも思いますけれども、そういった対策を講じておるところでございますが、しかしながらやはり今後この問題が裁判上で根本的に解決を見るまでにはあるいは今後さらに時日を要するものではなかろうかと考えておるわけでございます。 そういった間におきまして、患者さんの方あるいはその加害企業の方、そういった双方からもし非常に強い立場でこの両者のあっせん等の要望があるとすれば、われわれといたしましてはやはり患者さんの救済ということが第一義的に考えられるべきものだと考えておりますので、そういう要望があった場合にはわれわれといたしましてはやはり被害者の立場に立ちましてこのあっせんの労をとりたい、かような考えでこの答弁書を書いたわけでございます。
○大橋(敏)委員 きょうは時間の関係で残念ですけれども、皆様のこの抗議文を十分お読みになって本当に真意を理解していただきたいと思います。 要するに国が昨年の二月カネミ油症被害者代表との話し合いをしたわけでございますが、その後も何ら抜本的な油症対策を立てていない。そういうことや、あるいは国も加害者側でありながら第三者の立場の姿勢をとり続けているということについての非常な不満が込められていることを知ってもらいたいということです。 そこでこの答弁書の中に「カネミ油症患者の治療費、治療雑費等については、カネミ倉庫株式会社が支出している。」こう書いてあるわけでございますが、これをすらっと読んでまいりますと、もう十分治療については対策されているのだというふうに見えるわけですが、それともう一つは「生活の困窮しているカネミ油症患者については、世帯更生資金等の貸付が実施されている」というようなことで、経済的にはそんなに心配することないんですよというような印象を受ける答弁書になっているわけです。しかし先ほどの参考人のじきじきのお話を聞いただけでも、世帯更生資金だってもう返済の時期が来ているし、本当に悩んでいるという話でしょう。現実問題として大変な状況下にあるというわけです。 もう一度金田さんにお尋ねをいたしますが、カネミから生活救済の補償金というものを幾らかもらわれた患者、いますか。
○金田参考人 カネミ倉庫は生活救済に関するいわゆる援助費というのですか、そういうものに対しては終始それを支払うことはできないというふうに、会談と申しますか交渉の席上でも申しております。そういう面で、実際上はこのカネミの油症の場合は治療というものと生活というものが切り離せないわけです。一家がやられておりますし、そういう点で生活のめどが立たないと治療も受けられない。治療を受けるためには生活の保障を得てでないと医者に通えないということもありますので、そういう点でそういうことを要求するわけですが、生活については一切そういう面では払わないということを言っております。
○大橋(敏)委員 厚生省の方、聞かれましたでしょうか。いまカネミ倉庫からは生活救済に対する補償は一銭も出ていないのですよ。そして世帯更生資金で何とか生活困窮は救えますというような答弁が出ているのですけれども、現実はそういうものではないというわけです。政務次官、こういう事実を知った上に立って、どのような考えに立たれて今後進まれるか答えていただきたいと思います。
○石丸政府委員 ちょっと事務的な点もございますので、私から答弁させていただきたいと思います。 先生御指摘のように、このカネミ倉庫からカネミ油症患者に対しましては治療費並びに治療雑費を支出いたしておりますし、また生活困窮者に対しましては、先ほどお答え申し上げましたように、われわれといたしまして現在の制度をできるだけ活用いたしましてその対策を立てておるわけでございまして、とりあえずの方法といたしまして世帯更生資金の貸し付けを行ったわけでございます。これで十分と言って考えておるわけではございませんで、やはり先生御指摘のように非常に患者さんもお困りになっている実情はあるわけでございまして、そういった点につきまして先ほど御答弁申し上げましたように、われわれといたしましてこの裁判上の問題は問題といたしましても、やはり現に困っておられる方たちからの要望があればわれわれとしてはできるだけのごあっせんをいたしたいというようなことで現在進めておるところでございます。
○大橋(敏)委員 要するに言葉の上で幾ら言ってみても現実は救われていないということです。この世帯更生資金だって返済の時期が来ているというわけでしょう。これに対して厚生省としてどう行政指導するかというその答弁を欲しいわけですよ。政務次官どうですか。
○石原説明員 世帯更生資金の当面の、ただいま環境衛生局長からお答え申し上げましたとおり既存の制度を活用するという趣旨から世帯更生資金の貸し付けということの実施が行われているわけでございますが、確かに償還期限も地域的には到来しているところもあるわけでございます。それでカネミ油症の患者の方々からはなかなか実際にその償還をやれるという状況にはないというふうなお話も承っておりまして、私どもといたしましては一応できるだけそういう方々については最大限の配慮をするという考え方に立ちまして、制度上償還期限の猶予という制度がございますので、これは原則は一年間だけの猶予ではございますが再猶予ということも可能でございますので、できるだけ実態に即しましてその償還期限の猶予ということで、猶予した期間につきましては無利子になりますけれども、そういう形でわれわれとしては指導しております。 そういう意味で、現在のところ直接償還をやっていただいているという形ではなくて、償還猶予の方法でということでお願いをして実施に当たってまいっておるという状況でございます。
○大橋(敏)委員 要するに実態に即して償還時期の猶予を持っていくというわけですね。実態に即してということは非常に重要なことですからひとつよろしくお願いいたします。本当に患者の皆さまの実態の立場に立って救っていただきたいということです。 時間が大分迫ってきたようでございますが、カネミ油症訴訟の特徴というものは、直接加害企業のカネミ倉庫のみならず、PCBをつくってカネミに売った、いわゆる全国生産の約八〇%を占めていた鐘淵化学と国と自治体の行政責任を追及しているというところに特徴があろうかと私は思うのでございますが、この私の認識に間違いがあるかないか、まず参考人の方から聞きたいと思います。
○金田参考人 そのとおりでございます。
○大橋(敏)委員 では政府。
○石丸政府委員 先先の御指摘のようにわれわれも理解をいたしております。
○大橋(敏)委員 鐘淵に対しましては、PCBの毒性を知りながら食品業界に熱媒体として販売していたことは犯罪行為に等しいんだ、こういうことで、陰の発生源としての告発になっているわけですね。また国と市に対しては食品衛生法の立場から、国民は食品の安全性を要求する権利を特つという立場から、逆に行政側はその権利を守る義務があるのに怠ってきた、こういうことで行政側の過失責任を問いただしているわけでございます。 先ほどの質問者の中からも、被害者救済の特別措置法による、公害被害者に準じた救済云々という質問があっておりましたが、二年前から私はそういう質問をしていたという話でありますが、私も事実三年前にその問題は取り上げております。いまだにそれは解決しておりません。そういうことでは口先でどのようにりっぱなことを言ってみても患者の皆さんは助からないのであります。治療内容の研究については専門家におまかせする以外にないとは思いますが、これについてもやはり経済的な問題が大きな裏づけになります。大きく予算をつけて推進してもらいたいということ、またそれが確立されるまでに患者を救済していくということはやはり経済問題であろうと思います。あらゆる立場からその実態に即して生活に困らないように手を打っていただきたい。そういうことを含めて、最後に、政務次官から一切合財をひっくるめた最後の答弁を聞かしてください。
○山下(徳)政府委員 先ほどから申し上げましたとおり、現在これが民事裁判として私ども被告の立場にありますから明確に御答弁できないのは大変残念に思いますけれども、それとは別個に、やはり行政的な責任という立場から、同時にまた安心して国民に食糧を提供するための一つの監督という立場から、これは行政的な責任を十分感じております。そしてそれを遂行するには、まず何といってもかなりの日数がたって、七年もたって社会的にも問題になっておる。したがってこの間お苦しみになった被害者の方々の救済を具体的にあるいは一日も早くどうするか、そういう点について、いわゆる被害者サイドに立って今後格段の努力を払いたい、こういうことでございます。 研究会、特別立法につきましても、先ほど御答弁申し上げましたとおり、大橋さんは三年前とおっしゃいますけれども、そういうあなた方の熱烈な声を受けて発足したのはこれは二年前でございますから、その間中間報告もあり、そしてそれから十回程度会議も積まれておりまして、なるたけ早い機会に結論をつけたい、こう思っております。 先ほどから、大臣が来ない来ないとおっしゃいますけれども、ある意味におきましては私も佐賀ですから、これは政務次官の方がかえって一生懸命やらなければならないと思います。きょうは大体吉田大先輩を初めその他の方々の御質問、そして答弁する方の私九州でございますから、一緒にひとつやろうじゃございませんか。そういうふうにひとつ……。
○大橋(敏)委員 じゃ、最後に一言。いまりっぱな決意を述べられた。お互いに九州男子だ。そうしてその意気込みでこの患者を救済していこうじゃないですか。それこそ油症発生以来七年、いまなお見つからぬ、つまり的確な治療法、単なる食中毒として回避する行政の姿勢、また苦悩と不安に日夜をさいなまれている被害者のいら立ち、こういうものは十分きょうわかったはずですから、いまの決意で本当に救済に立ち上がっていきたいと思います。 以上で終わります。
○大野委員長 以上でカネミ油症に関する問題についての参考人に対する質疑は終わりました。 参考人の方々におかれましては貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時十六分散会