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75回国会衆議院1975/02/13

社会労働委員会 第3号

発言数
25
登壇者
5
会派数
1
開催日
1975/02/13

会議録

竹内黎一自由民主党

○竹内(黎)委員長代理 これより会議を開きます。  委員長が所用のため、指名により私がその職務を行います。  戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  まず提案理由の説明を聴取いたします。厚生大臣田中正巳君。     —————————————  戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す  る法律案     —————————————

田中正巳自由民主党厚生大臣

○田中国務大臣 ただいま議題となりました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案について、その提案の理由を御説明申し上げます。  戦傷病者、戦没者遺族等に対しましては、年金の支給を初め、各般にわたる援護の措置が講ぜられてきたところでありますが、今回これらの支給額の引き上げを図るとともに、戦没者等の遺族に対して特別弔慰金を支給すること等により援護措置の一層の改善を図るため、関係の法律を改正しようとするものであります。  以下この法律案の内容の概要について御説明申し上げます。  第一は、戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正でありまして、障害年金、扶養親族加給、特別加給、遺族年金及び遺族給与金等の額を恩給法に準じて増額することといたしております。  第二は、未帰還者留守家族等援護法の一部改正でありまして、留守家族手当の月額を遺族年金の増額に準じて引き上げることとするほか、葬祭料等の額を引き上げ、その額を政令で定めることといたしております。  第三は、戦傷病者特別援護法の一部改正でありまして、長期入院患者に支給する療養手当等の額を引き上げ、その額を政令で定めることといたしております。  第四は、戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法の一部改正でありまして、日華事変以後に死亡した戦没者の遺族で、同一の戦没者に関し、公務扶助料、遺族年金等の支給を受けている者がいない者に、特別弔慰金として額面二十万円の国債を支給することといたしております。  第五は、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法、戦没者の父母等に対する特別給付金支給法及び戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法の一部改正でありまして、昭和四十九年の遺族援護法の改正により、遺族給与金を受ける権利を有するに至った戦没者の妻及び父母等並びに障害年金等を受けるに至った戦傷病者の妻に、それぞれ特別給付金を支給することといたしております。  以上がこの法律案を提出する理由でありますが、何とぞ慎重に御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願い申し上げます。     —————————————

大野明自由民主党

○大野委員長 これより質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、これを許します。戸井田三郎君。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 ただいま提案理由の説明をお聞きいたしました援護法の問題について若干の御質問をさせていただきたい、かように思います。  終戦後三十年でございます。私たちの脳裏からは、あの痛ましい戦禍の模様も、日を経、時を経るに従って消えてまいってきております。しかしながら一方、あの戦争によって多くの犠牲者が出ましたが、それらの遺家族というものは逆に年をとっていろいろな御不自由を感じておられるときが来ておる、かように思うわけであります。その時期に至りまして、政府がこのたび援護法の一部を改正され、処遇の前進を見たということは、この援護法の精神が国家補償という精神に基づいて行われておることから考えればあるいは当然であるかもしれないけれども、大変喜ばしいことであると思うのであります。政府のこのたびの改正の方針等についてお聞かせくださったならば幸いであります。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 先生から御指摘いただきましたように、本昭和五十年は戦後三十年を経過するわけでありまして、戦没者の遺族等の問題は、三十年を経過しました時点で今日の日本の経済成長を考えます際に、これらの基礎になりました方が戦没者でございますので、その方々の御遺族の援護の問題につきましては最も重点を置かなければいけない問題であると考えておる次第でございまして、特に遺族年金、障害年金等につきましては、恩給法にならいまして、公務扶助料あるいは傷病恩給に準じまして、最近の経済情勢等も踏まえまして明年度におきましてはかなり大幅なベースアップを、いまお願いしております予算案の中に盛り込んでおるわけでございまして、本年の八月から二九・三%、五十一年の一月から三八・一%というような額の引き上げを考えている次第でございます。  さらに現在の御遺族の方には、遺族年金なりあるいは公務扶助料、こういう年金の支給を受けられない方々があるわけでございまして、兄弟姉妹でございますとか、そういうような御遺族の方々につきましては、戦後三十年ということも考慮いたしまして、さらに戦後二十周年のとき出ました特別弔慰金が償還期限が到来するというようなことも考慮いたしまして、額面二十万円の十年償還の交付公債を、特別な政府としての弔意をあらわすということで支給いたすということにしているような次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 この援護法でいう軍人軍属、こういうものは、主に軍に働く公務員あるいは有給の嘱託あるいは雇用人、または国家総動員法に基づいて徴用された方々も含まれておるわけでありますが、恩給法に基づく扶助料、こういうものは一つの軍隊時代の階級に基づいて格差があるわけでございます。しかし一方、援護法に基づくものは御承知のとおり扶助料、言うならば兵、下士官、こういったところの待遇と大体同じように処遇をされている。この法の制定の当時、これが分かれてきたいきさつというものはどういうようなところから来ているのか、ちょっと御説明していただきたいと思います。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 従来、公務等で亡くなられた方々に対しまして、軍人軍属等を含めまして軍の構成員である、公務員であるということでございますと、恩給法ということで恩給法によります公務扶助料というのが戦前からの法体系ではあったわけでございます。終戦に伴いまして当時の連合軍の司令部からの命令によりまして恩給というものが一時ストップになったわけでございます。一部の障害関係を除きまして、軍人恩給関係は全面的にストップというような事態に立ち至ったわけでございます。しかも当時は戦後の混乱期でございまして、いろいろな意味で国民生活は窮乏しておる。しかも御遺族の方の生活ということを考えました際に、恩給のストップということは大変な問題であるというようなことで、当時いろいろな議論があったわけでございますが、恩給法の軍人恩給がストップということでございましたので、遺族の現実の生活等を考えての配慮というようなことから、昭和二十七年に援護法というものが厚生省の所管で制定されたというような経緯があったわけでございます。したがいまして、厚生省の援護というような観点から申しますと、むしろ御遺族の立場というふうなことから、当時の階級というようなことには関係なしに一律に定額というような考え方で、戦傷病者戦没者遺族等援護法が制定されたような経過があるわけでございます。その後、昭和二十八年に至りまして恩給法の軍人恩給が復活になりましたので、軍人の御遺族の方の大部分の方は恩給法の方に移行いたしまして、一部軍人の方それから軍属の方、それからその後の、軍人ではございませんけれども徴用工でございますとかあるいは動員学徒でございますとか、準軍属としての処遇を受けられる方々につきましては、援護法によります処遇というような現在の法体系になっておる次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 援護法の第四条二項に「軍人軍属が昭和十二年七月七日以後事変地又は戦地における在職期間内に負傷し、」ということになっておりますが、ここに言う「事変地又は戦地」ということについての御説明をしていただきたいのです。ということは、私が考えておるのは、戦争というものは国対国の間で行われるわけでありますから、仮に日本とAの国との戦争状態になれば、Aの国は当然戦地に該当すると思います。しかし、Aの国からするならば、日本はその対象でありますから当然戦地というような状態になるのではないか。あるいはそういう意味から言って、いままでの規定から言うと、いわゆる内地というものは事変地あるいは戦地の中に入っていないのじゃないかと思うのです。そういうことについて、厚生省のお考えをひとつお伺いしたいと思います。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 現在の援護法のたてまえでございますけれども、在職中の公務によりまして亡くなられた、あるいは傷病にかかられた、あるいは直接公務ではございませんけれども勤務に直接因果関係がある、関連する面が非常に深いんではないか、激しい勤務であるので、直接公務とはいえないにしましても公務と相当深い関係があるのではないかということで勤務関連でお亡くなりになった、あるいは負傷されたという方々につきましては、もとの本邦あるいは外地というものを問わず、援護法におきましては援護の対象になっておるわけでございます。遺族年金なりあるいは障害年金の対象になっておるわけでございます。  そこで、ただいま先生から御指摘ございました援護法の四条二項の戦地、事変地の考え方でございますけれども、援護法の考え方は、御説明しましたように、公務かあるいは勤務に関連するということでございますけれども、昭和十二年七月七日以降のいわゆる日華事変あるいは昭和十六年十二月以降の太平洋戦争等におきましては、現実に相当激しい戦闘が行われたわけでございます。しかも内地を離れまして、外地において非常に勤務条件の悪いところ、しかも激しい戦闘というようなところで勤務されたわけでございますので、ここでお亡くなりになった、あるいはけがをされた、病気にかかられたという方々につきましては、特別な故意あるいは重大な過失以外は、原因のいかんを問わず、すべて公務あるいは勤務関連ということで援護法の対象にするというのが四条二項の考え方でございます。  したがいまして、問題は内地であるわけでございますけれども、内地につきましては、やはり外地と異なりまして現実な戦闘行為等もそんなに激しくなかったというようなこと、さらに勤務条件もおのずから大きな差があるというようなことから、主に病気の場合の内科疾患等がなるわけでございますけれども、恩給法なりあるいはほかの災害補償等の考え方もそうでございますが、そういうような特に内科的な疾患がすべて公務あるいは勤務関連というわけにはなかなかいかないのじゃないかというようなことから、確かに内地等におきましても戦争末期等にはかなり空襲等もあった時期があるわけでございますけれども、外地等におきます現実の勤務条件あるいは周囲の状況等から見まして、おのずから差があるのじゃないかということで、もちろん内地でございましてもかなり激しい勤務があったわけでございますので、そういう勤務に関連した原因である、病気であるというようなことがはっきりわかります場合には、これは勤務関連で対象になるというような次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 その勤務条件というものは、むしろ地域的に固定されるべきものでなくして、その地域の条件の変化によってその勤務条件も当然激しい状態に変わってくるわけであります。たとえば、内地においても国家総動員法が施行されておりますし、大変厳しい状態の中で実際は勤務をしており、また同じ内地でも地域的に戦争状態になった地域もあるわけであります。そういうふうな地域的なものでなくして、その現実の変化というものに対応してこういうものが考えられてしかるべきではないかと思うのですが、どうでしょうか。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 確かに、厳密に具体的な地域、ここをとらえまして、この地域とそれから内地のかなり激しい勤務条件のあった地域を比べました場合に、勤務の条件がどうかというような点等は御指摘のような点もあろうかとも思いますけれども、いまの援護法の考え方におきましては、外地の場合にはやはりいろいろな条件が違うんじゃないかというようなこと、それから内地の場合も、先生御指摘ございましたように、勤務が相当激しいということで勤務に関連するというようなことがわかりました場合には、これは当然勤務関連ということで援護法の対象になっておるわけでございます。外地の場合にはそういうような状況がなかなか判断しにくいというようなこともございまして、外地でお亡くなりになったあるいはけがをされたという場合には、どこかで線を引かざるを得ないというようなこともございまして、外地の場合にはすべて公務あるいは勤務関連があったものとみなす、当然公務とみなすというような考え方をとっておる次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 どうも若干理解に苦しむところもあるのですが、次に公務起因についてお聞きしたいのです。  外地で軍属として戦争業務を遂行しておる、たとえば輸送業務を遂行しておる。そのときに負傷をした。これは具体的にあった例なんですが、右の胸部に挫傷を受けた。その挫傷で入院をして治療を受け、内地へ帰ってきた。内地へ帰ってきたら、今度は体がだるくなってきて、診断してもらったらかっけである。かっけと胸部の挫傷とは直接関係はないと思うのです。しかしながら、同じころに受けたら胸に空洞があった。そしてしばらくたったら喀血をして死んだ。これは胸に空洞があって、結核として亡くなった。もちろんこの人の死亡病名は結核とはしていなかった。当時は、農村あたりでは肺結核というと非常にきらっていましたから、たしか肺膿瘍か何かというような病状になったと思うのです。いずれにしても肺の喀血によって死んだ。しかも挫傷を受けた部位が同じだ。こういったものはもちろん援護審査会で医学的に審査されるのでしょうけれども、一般遺族なんかから考えれば、右の胸に打撲を受けて、同じ右の胸の結核で喀血をして死んだというと、外傷と内部疾患のように思いまするけれども、その因果関係というのは、医者から医学的にそう関係ないと言われても、そうですがと言ってなかなか引き下がれないのが人情だろうと思うわけであります。  そういう場合に、援護審査会が公平に行われているということは理解できるわけでありますが、国が国家補償という観点で多くの人を救おうという観点に立つならば、むしろ前向きに解釈をして救済をしてあげるというような温かい心があっていいんじゃないかと思うのです。しかもこういうような例は非常にたくさんあるんじゃないか。こういうものに対する厚生省のこれからの態度、お考えをひとつお聞かせください。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 御指摘いただきましたように、戦地等で非常に長いこと御苦労されて、内地へお帰りになってから病気になられたという場合は、御遺族等のお気持ちからしますと、戦地で御苦労されたんですから、その後の新たな病気につきましても戦地の影響ということで当然対象になるんではないかというお気持ちもあるんではないかというふうにも思われますし、私ども実際上の運用の面におきましても、お医者さんが何人かおられますけれども、お医者さんに御判断いただきまして、御遺族の心情を察していただきまして、医学的に説明がつくという場合にはできるだけ援護法の対象にいたしたいということでやっておる次第でございますけれども、外部障害、内部障害、特に内部障害につきましては、戦後ある程度の期間がたって発病した、あるいは戦後の新たな罹患であるというようなことになりますと、なかなかむずかしいケースがあるわけでございます。現在の援護法におきましても、そういう方々のための特殊なケースの救済措置といたしまして一時金という制度があるわけでございまして、戦地で御苦労されて、戦後一定期間に発病されて病気になられたあるいはお亡くなりになられた方々につきましては、十万円でございますが、遺族一時金という制度が設けられているような次第でございます。公務あるいは勤務関連ということになりますとどうしても何らかの因果関係というものが求められなければならないわけでございまして、御遺族の心情も十分わかりますので、医学的にお医者さんの方で御判断いただきまして、何とか理屈がつくという問題につきましては私ども前向きに取り組んでいきたいという方向で進んでおる次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 次に、このたびの改正で、戦後三十年ということで特別弔慰金が支給されるようになっておりますが、この対象者は大体どのくらいになるのですか。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 予定しております対象者は百十二万四千人でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 実は私、こういう事例を知っておるのです。四人のきょうだいがおりまして、たまたま長男と次男、三男、四男との間に非常に年齢の開きがある。そこで、お父さんが亡くなって、当然一番年上の長男が一家を支え、生活の中心になってきたわけであります。お母さんもそのうちに亡くなって、戦争になった。その後、きょうだい四人が全員召集をされて、あるいは現役で入隊し、一番上の長男は下士官で、たしか軍曹だと思いますが、行って帰ってきた。しかし不幸なことに、あとの次男、三男、四男は全員戦死したのです。そこで、その遺族としてはお兄さんが一人残って、しかもそれが病弱である。しかしながら、ほかの遺族はいろいろな形で扶助料をもらい、待遇をされている。そういったものは毎年毎年向上していく。同じ戦争の犠牲者でありながら、自分のうちは、一家四人のうち四人とも戦争に行って、しかも三人は戦死した、しかし受給対象者になる者は一人もいない。一方は遺族の処遇がいろいろ改善されるたびに多額の金が入る。こういうものを見ていると、世の中の矛盾、そして本人からするならば、当然国の遺族に対する処遇というものに不満を持つようになるわけであります。こういうものに対して厚生省は今後何らかのお考えがあるのか、あるいは全国的にこういった人は相当あるんじゃないかと思うのですが、その事情についてお答え願いたいと思います。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 今次の戦争が非常に大きかっただけに、その惨禍も大きいということで、お話がございましたように、御遺族の中で、何人かの方を戦争によって亡くされたというお気の毒な御家庭もかなりあるのではないかと思います。ただ具体的に、そういう何人も亡くされた御家庭がどのくらいあるかというような調査はちょっとわからない次第でございます。  そこで、現在の恩給法の公務扶助料なり、あるいは遺族援護法によります遺族年金の対象になる御遺族の範囲ということになりますと、どうしても配偶者あるいは父母、子というような範囲に限定されざるを得ないわけでございまして、今回特別弔慰金二十万円を、御提案しております法律案の中でお願いしておりますのも、そういう御遺族の方で、何も公務扶助料なり、あるいは年金の支給が受けられないという方々の御遺族に対します措置として、特別弔慰金二十万円というものをお願いしているような次第でございます。  なお、御指摘ございましたように、二人、三人亡くされたという方々につきましては、それぞれお一方につきましての二十万円ということでございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 このたびの改正で遺族相談員の手当といいますか、年額一万円に増額された。従来は月額七百円ですから八千四百円。わずかでありますが、けっこうなことだと思うのですが、実際は、この遺族相談員というものを私たち見てみると、非常に献身的にやっておられる。多くの人たちは、自分が戦地で一緒に働いて帰ってきた、幸いにして自分の命は長らえてきた、そこで、生き残っている間は、われわれの同僚のために、亡くなった人たちのために、いろいろな形で奉仕しようという考え方に立っている人が非常に多いように思うのです。それだけに非常に熱心に、個人の利害を超越して働いてくださっております。そこで、こういうような方は、一年間に八千四百円といっても、いまの時代からしたらわずかで、一万円にしたって本当に気は心というような程度のものなんですが、そういうような方々の気持ちを考えてみると、むしろ大臣あたりから感謝状でも出してやるとか、そういうふうな精神的なお報いの仕方というものもあるのじゃないかと思いますが、この点、大臣どうでしょうか。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 遺族相談員の方々につきましては、現在全国に千四百十人の方がおられるわけでございますが、お話ございましたように、現在相談員にお願いしております方々は大体御遺族の方でございまして、非常に御熱心な方々でございます。それで、確かに手当等につきましても実費弁償的な、来年度の予算では年額一万円ということで引き上げるわけでございますけれども、決して十分な額ではないわけでございます。私ども相談員の方々の活動には非常に感謝しておるような次第でございまして、十分ではございませんけれども、今後ともこの額の引き上げには努力してまいりたいと思います。  それから表彰等のお話ございましたけれども、現在相談員にお願いします際には厚生大臣からの委嘱状ということでお願いしてございます。なお、相談員制度ができましたのが昭和四十年でございます。大臣等の表彰につきましてはある程度の勤務時間というような期間も必要でございますので、なかなか全部の方というわけにいかぬと思いますけれども、戦後三十年を迎えたわけでございますし、さらに現在非常に御熱心に活動していただいております相談員の方々、援護事業のいろいろな面でも活発に動いておられるというふうに承知しておりますので、今後とも大臣表彰の問題等につきましては、御指摘の方向に従いまして検討してまいりたいというふうに思っておる次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 次に遺骨収集のことでございますが、戦後三十年必ずしも満足さるべきものではないと思うのですが、それには国際関係等いろいろな複雑な事情もございますのでむずかしかったのではないかと思いますが、ことしは大変大幅にこの収集予算も組んでおられるようでありますが、これで、ことし一年でこれまた終わるものでもないと思います。しかし、遺族の気持ちからするならば、まだうちの息子の、あるいは父の、母の、というような気持ちというようなものは最後までとれないのではないか。そこで、中には「大和」のように、艦船等で場所がわかっていてもまだ引き揚げもできない、その他の艦船もまだあるようでありますが、そういうものも含めて、これからどういうふうにされるのか。  もう一つは、日中国交正常化が実現いたし、何といっても最大の戦場でありましたからたくさんの遺骨というものも中国にはあり、また日本の方にも逆の場合があるわけでありますが、日中の場合にはむしろ厚生省より外務省あたりの折衝等をまつのでありますが、その間の感触でもお聞かせしていただきたいと思うのは、そういう地域に墓参というような形のものが一日も早く実現されるような方法を努力していただきたい、かように思うわけでありますが、厚生省の御意見をひとつ聞かしていただきたい。

田中正巳自由民主党厚生大臣

○田中国務大臣 遺骨収集につきましては、昭和四十八年から三カ年計画で実施をしてまいりました。相当の遺骨を収集してまいりましたけれども、なおかなりのものが旧戦地に残っておるということは、もう皆さん御案内のとおりでございます。したがいまして、昭和五十年に三カ年計画は終了をいたすのでございますが、今後は、従来の戦没者の遺骨収集の実施状況また遺骨に関する情報等を取りまとめまして、五十一年以降もぜひこれは続行をいたしたいというふうに実は思っているわけでございます。新しいやり方につきましては、予算要求までの間に策定をいたしたいというふうに思っておりますので、決して三カ年計画が終わりましたからこれで打ち切るということは絶対いたしません。  それから中国につきましては、やはり両国の国交の関係あるいは中国における国民感情等々を踏まえて慎重にやらなければなりませんので、いま直ちにこれが実施できるという客観情勢にはないようでございますが、時世の推移と、こちらの絶え間ない努力によって、いま先生の御発言の方向に漸次進みたいというふうに思っている次第であります。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 また一方、先日はモロタイ島で中村さんが救出され、その前にはルバング島の小野田さんが救出され、やはり三十年の歴史の重みといいますか、そういったものが国民の感情に与える刺激というものは大変大きかったわけであります。しかしながら、そういうような小野田さんにしても、中村さんにしても、お帰りになって、国の手当というものが、現在の社会通念から著しくかけ離れている。こういうようなものを新聞等で見ると、いかにもこれらの長い間苦労されてきた方々に対する国の処遇というものが冷酷無残であるかのように感じ取られるわけであります。そういったことが一方には国民のカンパの形になって、浄財を集め、小野田さんやあるいは中村さんにお贈りしようというような動きが出てくるわけであります。こういうようなこと自体は、むしろ政府としては国民に対して非常にまずい形になってとられているようなことになる。そういうようなことが国の政治に対する、小さなことであっても、不信というか、そういうものにつながりかねない、かように思うわけであります。こういうようなことが今後も起こらないとも限らないし、われわれ、いままで、小野田さん、中村さん、これらの方々が救出されるということは思いも寄らなかったことでありますから、今後もこういうようなことがあるいはあるかもしれない。そういうようなことを考えて、いままでのようなことでなく、二回も同じようなことを繰り返しているわけですから、何らかの国の対策というものも立てられなければならないのではないかと思います。御意見をお伺いしたいと思います。

八木哲夫厚生省援護局長

○八木政府委員 今回の中村さん、あるいは昨年の小野田さん、あるいは横井さん等の問題があるわけでございますけれども、現在の措置といたしましては、未帰還者に対します未支給給与なりあるいは帰還手当、あるいは小野田さん、横井さんの場合には恩給というようなことで、恩給によります在職期間を計算いたしまして普通恩給等が支給されるわけでございますが、法律的に特別の措置をするということはなかなかむずかしい問題があるわけでございまして、そういうようなことも加味されまして、横井さん、小野田さんの場合には、閣僚それから政務次官からもお見舞い金という形で百二十三万円が当時差し上げられた。それから中村さんの場合には、台湾にお帰りになるというようなことで、こちらにおきますいろいろな援護措置等も行われないというような事情もございますので、閣僚あるいは政務次官のお見舞い金百五十万円のほかに、今回異例な措置といたしまして、政府といたしまして二百万円の特別のお見舞い金を差し上げることにしたというような次第でございます。なお、中村さんの援護につきましては、私どもといたしまして、現地におきます援護なり等につきましては、できるだけの措置をとったような次第でございます。

戸井田三郎自由民主党

○戸井田委員 それでは最後に、戦後三十年間遺族に対する援護、こういったものが国家補償の観点から年々向上いたしてきておるわけでありますが、なおかつ御遺族の中にもいろいろな形の要望が多く出されておるわけであります。世間では最近は弱者救済とかいうような形で、いろいろな形で言われておりますけれども、私はこういう戦争犠牲者というものは単なる弱者ではなくして、むしろ国家が当然なすべき補償をなしているという観点に立って、さらにきめ細かい施策をもってそれらの方々の御期待にこたえていただくことを要望いたしまして、私の質問を終わらせていただきます。

大野明自由民主党

○大野委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後二時二十三分散会      ————◇—————

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