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75回国会衆議院1975/07/15

運輸委員会日本国有鉄道に関する小委員会 第8号

発言数
66
登壇者
12
会派数
4
開催日
1975/07/15

会議録

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 これより運輸委員会日本国有鉄道に関する小委員会を開会いたします。  日本国有鉄道に関する件について調査を進めます。  本日は、国鉄運賃及び国等の助成問題について、参考人として中央大学商学部教授岩尾裕純君、埼玉大学経済学部教授山口達良君、国鉄の貨物輸送問題について、参考人として早稲田大学商学部教授中西睦君、以上三名の方々に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。  本日は、御依頼申し上げました各問題につきまして、それぞれ忌憚のない御意見を承りまして、調査の参考にいたしたいと存じます。  次に、議事の順序について申し上げますが、岩尾参考人、山口参考人、中西参考人の順序で、御意見をお一人三十分程度に取りまとめてお述べいただき、次に、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  それでは岩尾参考人にお願いいたします。

岩尾裕純中央大学商学部教授

○岩尾参考人 岩尾でございます。わずかな時間でございますので、できるだけ焦点をしぼってお話し申し上げたいと思います。  私に申し述べられましたテーマにつきましては、運賃値上げの問題と国の助成の問題でございますけれども、この問題につきまして検討いたします場合、もういろいろ意見が出ておりますが、どうも見方が、事国鉄となりますと、一国鉄だけの経営をどうするかというふうな観点にとかくとらわれやすい。それから交通体系をどうするかというところまでいきましても、まだ見方としては狭いのじゃないだろうかという感じがするわけであります。この問題を検討いたします場合には、どうしても当面の運賃、それから国の助成等々の問題も具体的にやらなければいけませんけれども、その問題を考える場合の基本的な姿勢といいますか、それが私は第一に必要であろうかと思うのでございます。非常に僭越な言い方でございますけれども、この問題を検討しますと同時に、国の経済政策なりあるいは国の基本政策、それとの関連を見ないと、現実の問題としては決して有効ではないのじゃないかというふうな感じがするわけであります。これは実際問題からいきまして、第二次世界戦争後の国鉄のたびたびの五カ年計画、長期計画があるわけでございますが、それはもうひとしく御存じのように当時の経済政策なり基本政策と緊密に結びついておりますし、また、それどころか、それの重要な一環という役割りを持っているというのが常識的な見方ではないかと思うのでございます。  それから若干私事にわたりますけれども、私もこの七、八年前ぐらいまでは国鉄の問題にかなり突っ込んでおりました。それで私、経営学者でございますので、国鉄の経営の観点で問題を見てまいりました。ところが、またこれは一例でございますが、その当時国鉄だけの経営問題を見てみますと、たとえばでございますが、たとえば議員新線とか赤字新線とか言われるいわゆるローカル線の問題、これらは経営問題、個別企業の経営の問題から言ったらこのぐらい困るものはないのでございます。どうにかならぬものか、これはまるでざるで水をすくうようなものだというように私怒ったこともあるわけでございます。  今度は離れまして、全体から問題を見てみる。特に列島改造論から以降、この狂乱物価等々を経まして、いろいろ検討して考えてみる。少し別の観点から見ますと、問題はそう簡単にいかないという気がするわけでございます。より慎重な総合的な見方でなければこれはまずいというのが率直な意見でございます。したがって、国鉄の改善の問題を考える、あるいは運賃、国の助成を考えるということは、非常に大きなことを言って恐縮でございますけれども、結局日本経済をどうするのだ、日本の政治をどうするのだという基本線が前提になっておりませんと、非常にまずいことになるだろうというふうに私考えるわけでございます。それを若干具体的に申し上げてみたい。  これは時間の関係がありますから詳しいことは省略いたしますけれども、いろいろデータがここにも提起されて、出されておりますように、戦後の非常に大きな特徴としまして、輸送量の面からいきましても、これは貨物について見れば非常に変わってきておる。重化学工業製品と石油がふえておりますし、臨海なり専用埠頭、専用線がふえております。それから輸送経路にしましても三大都市圏に集中する。輸送の手段にしましてもトラックが圧倒的にふえる、鉄道は減る、内航は同じというようなところでございますし、旅客にしましても、やはり通勤、通学と観光がふえる、三大都市圏とベルト地帯に集中する、で過密過疎が展開するということでございますし、輸送の手段にしましても、これはバスが圧倒的に低下いたしましてモータリゼーションの典型的な姿が出ておるわけでございます。で、これは過去の鉄道、バスを含めました公共の交通体系と申し上げますか、これが崩壊してしまったという現状でございます。いわばこれは逆の面から見ますと、これは私、交通経営の面から、企業の経営の面から見るとまた違った観点が出てくるわけでございますけれども、いわばこの状況といいますのは日本のふるさとの崩壊というふうな事態を招いている。過密過疎というような言い方どころではなくて、そういう大きな問題を投げかけておるということでございます。ですから象徴的に申し上げますと、戦後の交通、特に国鉄を中心にして見ました場合、新幹線及び幹線の近代化、それからモータリゼーションの爆発的な進行、一方ではバスとローカル線が停滞するかつぶれてしまっておる、こういうことでございます。したがって、大きな焦点、これはほかの参考人もいままでも申し上げられたらしゅうございますけれども、圧倒的なモータリゼーション、これが大きなポイントであろうかというふうに考えられるわけでございます。これを含めて一体どうするのだということが問題であろうと思います。  また別の側面から言いましても、全体としての交通に投ぜられる社会資本、これはやはり不足しております。産業基盤の投資の方は若干ふえておりますけれども、生活関連の面についてはこれは大きくふえたとは必ずしも言いがたい。これは白書が指摘しているとおりでございます。これは道路の整備にしましても、たとえば市町村道になりますと非常に少ないということが直截に指摘されるところでございます。それから投資にしましても、しばしば指摘されるのが我田引鉄であるとかあるいは利権新線であるとか土地開発等々でありますが、この点については、たとえば大規模な新幹線で日本全体を覆って、それから石油パイプでさらに覆って、高速道路で覆ってしまうというような乱暴なことはいけませんけれども、そういうことじゃなくて、単純に私はこの我田引鉄論というのは受けとめかねている実情があるのじゃないかと思う。  それからまたこの交通投資の面で非常に重要だと思うのでございますが、いわゆるイコールフッティングと言われております。この輸送以外は、つまり稼働設備のみは国鉄はやるべきであるけれども、ほかのものについては、これは簡単に言えば国が中心になってやるべきだというふうな考え方につきましても、まだ十分な討議なりあるいはこれを政策に具体化するという条件はきわめて不十分であるというふうに言わざるを得ないわけでございます。  少し今度は突っ込んで見てみますと、結局昭和三十二年以来の第一次五カ年計画から新幹線、幹線はこれはやったわけでございます。そうして同時にこれは非常な大きな規模で日本の工業、特に大企業製品中心の市場を拡大し安定したということは紛れもない。しかし問題は、それが鉄道債券を含む借入金によって独立採算制という名称でそれが行われる。この点私は、独立採算制の表現が若干解釈について疑問を持っておりますが、これは経営能率における私企業的な運営の仕方はよろしいわけですが、完全な意味での独立採算、つまり私企業的採算ということではないはずだというふうに思うのでございますが、その点が借入金をもって行われたということでございます。  そういう問題は、これは非常に大きな経済的な役割りを持ったんじゃないだろうか。一方ではそれによりまして他の交通投資、つまり高速道路を初め自動車に関連しました投資にしましては、これは国家資金をそこへ投入できる。それからさらに、これは御存じのようにさまざまな形での大企業に対する設備投資の援助が可能になった。石油化学にしましても電気器具にいたしましてもあるいはその他のいわゆる戦後の近代的な産業につきましての大規模な投資援助が可能になったということでございます。  それからさらにこの借入金でやりますと同時に、運賃なり料金を上げる。一方では、これはいわゆる合理化と言われておりますけれども、人減らしが展開するというようなことで、さらに赤字ローカル線を撤去するというようなやり方が展開されておる。これは経営の合理化という面から見ますと、簡単にこの可否の議論をするのはまた別の角度が必要だと思うのでございますが、先ほど申しましたような交通全体の姿から見まして、これは果たして穏当であるのかどうなのか、これは若干疑問を持たざるを得ないわけでございます。  要するに、そういうやり方で新幹線、幹線を近代化しますし、またそういうやり方でありましたからいわゆるモータリゼーションなりあるいは航空網の発展ということが非常なスピードで、これは非常に世界にまれなスピードで、イギリスの十倍のテンポだと言われておりますが、展開する。これは何も自動車が悪いわけでございません。また十分な機械じゃありませんでしょうけれども、まだ欠陥の多い機械だと言われておりますけれども、機能的なものであって、決してそれ自体としましては悪いものではない。また航空も同様でございます。それがどういうふうな条件で社会的に利用されるかということに大きな問題があるのであります。それがこういうふうな急テンポで一方的にやられるということになりますと、これはもう御存じのようにすべての公害の大きな源泉の一つだということにもなっておりますし、過密過疎の国民生活の破壊という点ではこの大きな原因にならざるを得ないということになっておるわけでございます。  それで私、こういうふうなことになってくると、一体何がここで大きな基盤になっているのだろうか。こういうものを促していったものを、単にときどきの経済政策でありますとかあるいは交通政策というふうなことで、矮小化という表現は問題ございますけれども、範囲を狭めて見るのは穏当でないんじゃないだろうかという感じがするわけでございます。つまりモータリゼーションにしましても、新幹線、幹線、近代化、電化でございます。ディーゼル化でございますが、さらに航空にいたしましても、これは基盤になっておりますのは日本の非常に重要なエネルギーの転換、それから石炭を切り捨てて石油に転換するエネルギー革命と言われる問題、これが大きな基盤になっております。次いで、この国鉄に投資せずに、自動車なり電機なり石油化学に投資するという形になっております。これは非常に大きな衝撃を経済に与えておるわけでございまして、自動車はガソリンを使用するだけでございません。もちろんそれは石油とも関連いたします。それで今度は電化にしましても、これは電力を消費しますが、これはもちろん石油でございます。さらにそれは石油化学を基盤にしますが、石油が土台になっておる。ところがそういう自動車を動かすための高速道路やそれから国道の改善ということになりますと、高速道路はもう御存じのようにセメントと鉄でございます。そうするとこれは自動車自体が鉄鋼の大きな市場でございますし、電機、セメントの市場でございます。高速道路もまたそうだということになりますと、これは詳しく言えば幾らでも取り上げられるわけでございますけれども、いわばその当時の国鉄に自前の金を利用させるのみならず、その当時の高度成長政策によるインフレーション資金によりましてこれが急速に発展する。さらにそういうふうな形で成長しました企業は、これは大企業でございます。独禁法に対しての態度を見てもわかりますように、これはいわば、簡単に言いますれば独占価格、寡占価格と言われるものがしばしばつくられやすいわけであります。  だから大きく言いますと、石油を基盤にしましたメジャーでございますね、アメリカ中心の多国籍企業の手の平の中で、この前の石油危機の場合でもエクソンが有史以来最大の利潤を、上げたと言われておりますが、その中で国鉄が借金と高料金で運営される、またそれによりまして他の産業の発展が可能になってくるということでございます。  またそれに応じまして農村の労働力を学卒者の数とほぼ同様ぐらい動員しております。これは統計で明らかでございます。いわば母族移動のような形で過密過疎が展開しておるわけであります。そうなれば過疎地帯におきましては何も農家が一台車を持つというだけでなくて、さらにセカンドカー、サードカーといったものがないと不便だという状況になっておるわけでございます。  そうすると、その基盤から考えてみますと、国鉄の赤字赤字と申しますけれども、実は早く言うなら、メジャーによる日本経済に対する非常に強い力、それからさらにその上での日本の大企業の発展、その条件のもとでインフレーションなり独占価格が展開するということになりますと、これはいわば高度成長政策、現在になって反省を迫られておる高度成長政策の交通関係についての仕組みがこの国鉄のあり方を規定しているというふうに言わざるを得ません。そうなりますと、これをどのように転換していくのか、低成長に転換する場合にどのような形が必要なのかという基本姿勢がまず考えられなければいけませんで、国鉄経営はそれに伴ってこの問題を考えるべきじゃないだろうかというふうに考えるわけです。  そういうふうな観点から申しますと、いわば高度成長政策に、言葉が少し荒いかもしれませんが、もう十二分に国鉄経営が利用されるというふうな面がなきにしもあらずだったわけでございます。その点をまず直していくという姿勢で考えていかなければならぬ。ですから、単純に私は運賃値上げがいついかなる段階でも反対だというような愚かなことは申しません。それは一定の条件のもとで、適切な方法で議論されるならば、これは国民のコンセンサスを得られるという場合もあり得ると思う。しかしまずこの高度成長の仕組みを何とか直していかなければならぬ。つまり高度成長に基づく輸送体制というものを借金で抱えたわけなんでございます。借金と料金値上げで抱えていったわけでございますから、まずそういうやり方、過去の仕組みを直すということが必要であろうと思います。それがないと、そう簡単にだれも納得しないんじゃないだろうかというふうに思っております。  それからまた、これはまあ見方で、少し私見に過ぎるかもしれないと思うのですが、ある意味では国鉄が借金だらけでこういう高度成長を支えてきたということは、私、まさかこれを意識的にやったんじゃないと思うのですが、客観的に見ますと、非常に巧みな方法であったようにも思えるんです。たとえばこれで物価の上昇のテンポに合わして運賃なり料金をどんどん上げていったらどうなるか。そうなった場合は、国鉄が現在インフレでも赤字赤字と言っておりますが、実際に再評価してみたらどういうふうになるかわかりません。そんなことは別としまして、どんどん値上げしていきましたならば、国鉄は膨大な資本蓄積をやっていることになります。そのかわり国民の怨嗟の的になりまして大変なことになるかもしれない。したがって、そういう形で借金でやってきてどうしようもないじゃないかという形で値上げしていくというのは、これはまあ私まさかそういう政策であったとは思いませんけれども、客観的に見ますと非常に上手な伸ばし方であったというふうにも考えられます。  それからまた、国鉄自体の経営のやり方といいますのは、ここに関係の方も何人かいらっしゃいますけれども、国鉄の経営は、私は経営の管理の手法の問題を中心にして考えますと、決して下手ではない。これは私の知っている限りのデータに基づきましても、これはいろいろな政策やらいろいろなことで制約されながらやっておりますけれども、この管理体制の面からいったら、これはたとえばアメリカのニューヨーク大学院の教授のピーター・F・ドラッカーが国鉄の経営者に頭を下げているわけなんです。自分ができなかったことを国鉄やっちゃったと言うぐらいです。決して国鉄の経営者をほめているわけじゃないんですよ。ある意味で皮肉を言っているんですけれども、相当なものです。国鉄の経営者というのは日経連の優等生じゃないかというふうなことを言われておりますが、管理面に関する限りは実に徹底してやっているというふうに私考えております。むしろこういう大きな仕組みのためにどうにもならぬという点がございます。それでまた、大きな仕組みがあるために、また管理も労働者なり国民の声を十分聞かない一方的な私企業的管理になっておるというのが実情じゃないか。管理手法の導入につきましては恐らく日本随一じゃないかと思っております。  そういう点から見ますと、借金でここまでやってきたということも、これは相当深謀遠慮の経営政策じゃなかったかというふうに見られないこともないのじゃないかという感じもしております。第一、こういう点になりますと、こういう大規模な投資はどうしても国が本来行うべきか、あるいは国鉄も膨大な減価償却を持っておるわけでございますから、その範囲内プラスアルファでやっていいということになります。したがって、運賃値上げ等々考えます場合に、まず第一に、簡単に言いますれば、現在の借入金の処置をどうするかということを考えざるを得ません。これについては二、三の方法があると思いますけれども、一番簡単に言えば、これは資本金のかわりに国が肩がわりしろということが言えます。言えますけれども、果たしてそうやるとどうなるのか。その分だけは一遍に日銀券を出さぬならぬということになりますと、これまた重大問題になります。そうすると、それも余り当面の処置として穏当でないということになりますから、これはどうしてもある程度、早く言えば、利子ぐらいは国が全部今後は賄う、したがって、国鉄の収支からこういう問題についての利払いはなくなるという形がまず必要であろうかと思います。  それから同時に、やはりローカル線の赤字の問題につきましては、これは国鉄経営に管理をゆだねるというぐらいのつもりで、いわば国がそれを負担する、しかもそれは、ただ土地を開発するとかなんとかいうことじゃなくて、ふるさとの再建という観点で見直してやる必要がございますし、農家がセカンドカー、サードカーを持たなくてもいいようにローカル線とバスを適切に結びつけまして、モータリゼーションが一層これ以上広がるのを避けるような形が同時に私は望ましいと思うのです。このためには、もうモータリゼーションそのものを、いわゆるモータリゼーションなるものは否定していただかなければならない。自動車が悪いわけじゃないし、十分利用する必要がございます。しかし、いわゆるモータリゼーションの形で進むという形はもういけませんし、したがっていわば道路に対する投資の問題につきましても、むしろ国鉄のこういうやり方に対してしかるべき指導と援助が必要であろうと考えております。  それから同時に、いわゆるイコールフッティングの問題、車を動かすだけ、あとはもう全部他の機関がやるということ、これは計算上すぐ可能であります。実際の管理の問題になりますと、実務から見まして国鉄がやらざるを得ません。したがって、この点につきましてはやはり計算上の処置をいたしまして国がめんどうを見るべきだし、この際、こういう反省期でございますから、旅客で、もうけて貨物で損するというやり方はやめた方がいいし、こういう条件を備えました上でなお赤字なら、これは十分に討議いたしまして、そして国民とも話し合って運賃値上げをするという提案も十分生きてくると私は思う。しかし、そういう仕組みをそのまま残しておいてやりますと、幾ら国鉄が上手にPRいたしましても、結局は国民としましては身にこたえた物価上昇、国鉄よおまえもかということになりまして、ますます国民の気持ちが荒れてくることは避けられないと私は思う。  以上、時間も参りましたから、私の意見として申し上げます。(拍手)

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 ありがとうございました。  次に、山口参考人にお願いいたします。

山口達良埼玉大学経済学部教授

○山口参考人 私は原価計算を専門にしておりますので、原価計算の観点から御下命の国鉄運賃及び国等の助成の問題について、こういうことにつきまして意見を述べさせていただきたいのであります。  原価計算の領域にはいろいろな機能がございますが、その中でも適正な価格、国鉄の場合には適正な運賃でございますが、適正な運賃のために基礎的な情報を提供するという重要な機能があるのであります。ただ、原価計算の観点からでありますので、ここで問題になりますのは、この適正な運賃計算における適正原価の概念、適正原価について検討するということになるわけであります。本日は、この適正原価の観点から問題を検討させていただきたいのであります。  適正原価の概念と申します場合には、二つその基礎に検討すべき問題があります。  一つは、企業において発生する原価のうちで、国鉄の場合には利用者でありますが、利用者が負担すべき原価はどういうものであるか、それから政府が負担すべき原価はどういうものであるか、国鉄自体が負担すべき原価はどういうものであるか、そういう言ってみれば原価の負担区分の適正化という問題であります。  第二は、運賃は利用者が負担するわけでありますので、その関係で、運賃によって利用者が負担するところの原価、利用者が負担すべき原価の適正額の問題、これが大きな問題であります。  まず第一の原価の負担区分の適正化の問題につきましては、利用者が負担すべき原価と、先ほど申しましたように政府が負担すべき原価、ここで政府と申しますのは国家または地方公共団体を含めての政府でありますが、政府が負担すべき原価、それから国鉄が負担すべき原価ということになりますが、この利用者が負担すべき原価は、さらに過去の利用者が負担すべきであった原価、それから現在及び将来の利用者が負担すべき原価というふうに二つに分かれるわけであります。  また別の観点から、特定の利用者以外の利用者が負担すべき原価、具体的に申しますと、旅客が負担すべき原価と貨物の利用者が負担すべき原価を区分するという、こういう問題であります。  そこで、過去の利用者が負担すべきであった原価、この種の原価につきましては、現在及び将来の利用者に負担を要求すべきではないのでありますが、この種の原価として特に問題になりますのは、御案内のように、過去の赤字を原因とする負債の利子であります。御案内のように、国鉄の営業上の費用の中には利子が含まれておりますが、この利子の中の相当多額の部分が過去の赤字を原因とする負債の利子であります。この過去の赤字を原因とする負債につきましては、これもまた御案内のことと思いますが、そのいろいろな発生原因を考えてみますと、経済的な発生原因はさておきまして、制度的にも重大な原因があるのであります。  これは日本国有鉄道法という法律がございますが、この日本国有鉄道法が制定されましたのは昭和二十三年の十二月二十日でありますが、この制定時の国有鉄道法では、第四十三条の第一項にこういう規定があります。それは、「政府は、日本国有鉄道に損失を生じた場合において特別の必要があると認めるときは、その損失の額を限度として交付金を交付することができる。」これが第一項でありまして、第二項は、「日本国有鉄道は、経営上利益金を生じたときは、別に予算に定める場合を除き、これを政府の一般会計に納付しなければならない。」こういう規定があったのであります。ここに「特別の必要があると認めるときは、」というこの解釈につきましては、私の解釈では、国鉄の経営上の責任により生じた損失ではなくて、国の政策によって発生した損失であるような場合には当然に政府がその損失を補償しなければならない、そういう考え方からしてそこに「特別の必要があると認めるときは、」こういう規定があったのではないかというふうに思うのでありますが、残念なことにこの第四十三条、当時の四十三条は昭和二十八年の八月に改正されまして、こういうような政府による損失の補償制度がなくなってしまったわけであります。もしもこういうような昭和二十八年の改正がなかったとするならば、現在見られるような相当多額の過去の赤字を原因とする負債もなかったでありましょうし、またそれから出てくる損失もその大部分がなかったものと考えられるわけであります。  そういう趣旨からしますと、この種の利子につきましては、現在及び将来の利用者に負担を要求すべきではありませんし、いまのような考え方から申しますと、当然に政府が負担すべきものではないか、利子だけではなくて、負債そのものも、こういうような考え方から、本来政府が肩がわりすべきものではないかというふうに考えるわけであります。  それからさらに原価の負担区分の場合に、政府が負担すべき原価として、いま申し上げましたもののほかに、新線建設等の拡張投資、この新線建設等の拡張投資というのは、私の考え方では国の鉄道政策に関するものであって、本来政府出資によるべきものである、こういう考え方を持っておりますので、こういう考え方からいたしますと、新線建設等の拡張投資を原因とする負債の利子もこれは本来政府が負担すべき原価であるというふうに考えられるわけであります。  政府が負担すべき原価はそれだけではないわけでありまして、すでに皆様方御案内のように、国鉄の経営する事業の中には公共事業の代行であるような事業、本来、国または地方の公共団体が実施すべき事業のような性格の経営区分があるわけであります。この種の経営区分につきましては、しばしば議論がありますように、国鉄の経営責任の範囲外であります。したがって、また国家または地方公共団体の責任に帰すべき分野でありますので、その区分で発生する原価につきましては、これは本米政府が負担すべき原価ということになるわけであります。ただこの区分の事業につきまして利用者が無償で利用するということは考えられないわけでありますので、もちろんこの区分についての運賃収入の問題が出てまいりますが、また後で時間がありましたら申し述べますが、この区分の運賃収入につきましては、その区分の原価を補償するような運賃というよりはむしろ「原価控除項目」、私どもの原価計算の観点から申しますと、「原価控除項目」というような、そういう性格のものであります。こういうような政府が負担すべき原価につきましては、さらにいろいろと考えられるわけでありますが、たとえば過去の取りかえ投資を原因とする負債についても問題が出てくるのであります。過去の取りかえ投資を原因とする負債というのは、本来取りかえ投資の資金は過去の利用者が負担すべきものであったのであります。これは後で大きな第二のグループの問題を申し上げますときに触れますが、取りかえ投資の資金は利用者が運賃によって負担すべきものである、こういう考え方を持っております。そこで、この過去の利用者が負担すべきものであったのでありますが、それが負債によって取りかえ投資が賄われたというような、そういう事情があります場合には、この過去の取りかえ投資を原因とする負債から発生する利子は、これは現在及び将来の利用者に負担を要求すべきではありませんので、これは政府が負担すべき原価というふうになってくるわけであります。  第三番目に、国鉄が負担すべき原価につきましては、たとえば過剰施設のコストにつきましては、もし過剰施設の設置が国の政策によるものであれば政府が負担すべきものでありますが、そうでない場合には、国鉄自体が負担すべき原価ということになるわけであります。また不能率、不経済部分の原価につきましては、国鉄が負担すべき原価ということになるのであります。この原価の負担区分につきましては、いま申し上げましたようにいろいろな問題がありますけれども、さらに利用者が負担すべき原価の適正額につきまして、次に問題にしてみたいと思うのであります。  利用者が負担すべき原価の適正額につきましては、その中に二つ問題がありまして、一つは利用者が負担すべき原価は能率的な経営のもとにおいて、その達成が期待され得る標準原価でなければならないということであります。標準原価と申しますのは、専門的な概念でありますから、おわかりにくいかもしれませんが、簡単に言ってみますと、達成されるべき原価の目標であります。能率的な経営のもとにおいて、その達成が期待され得る標準原価は、必ずしも実際に発生した原価ではありません。経営責任を意識した経営構成員全体の判断に基づきまして、節約経済運営の観点に立って、通常の努力をもってしても避けることができない原価、言いかえますと、通常の努力をもってすれば十分に避けることができる不能率、不経済要素を除去した現実的に必要不可欠の原価でなければならないという、そういう性格であります。またそういう額でなければならないということであります。  それから次の問題は、利用者が負担すべき原価は、経営生産力の持続的な維持を確保する額でなくてはならないということであります。国鉄の給付生産能力、経営生産能力を持続的な維持、その持続的と申しますのは、発展的な維持、拡張発展を考えるのではないのであります。持続的な維持と申しますのは、現存の経営生産力を同一の状態において永続的に維持する、そういう意味であります。利用者に負担を要求する運賃、その基礎となる原価という場合には、拡張的な発展を要求することはできないのであります。したがって拡張資金を運賃によって利用者に負担させることはできないのであります。また他面において、この持続的維持という意味は、一時的な維持ではないのであります。一時的な維持と申しますのは、設備の継続的な更新を考えない非常に危険な経営維持であります。したがって、この持続的維持と申しますのは、拡張的な維持あるいは拡張的な発展でもなければ、また一時的な維持でもない、そういう意味での持続的な維持であります。この持続的な維持を確保する額でなくてはならないということにつきましては、ここにさらに二つ問題点が出てまいります。  一つは、原価の評価基準であります。この原価の評価基準と申しますのは、簡単に申しますと鉄道が役務を提供しますが、役務が販売される時点において、その役務を再調達あるいは再生産と言ってもよろしいのでありますが、再調達、再生産するのに要する原価でなくてはならないということであります。私どもの専門的な分野ではリプレースメントコスト、再調達原価あるいは再調達時価という、そういう概念を使うのでありますが、再調達原価あるいは再調達時価であって、過去の取得価格で評価してはならないということであります。  この具体的な問題としましては、固定資産の減価償却でありますが、固定資産の減価償却につきましては、現行の会計制度では、過去の取得時の取得価格を基礎にして減価償却を計算しておりますが、この運賃計算の観点からいたしますと、固定資産の減価償却は、役務の販売の時点における固定資産の再調達時価を、再調達原価を基礎として計算されることが必要である、こういうことになるわけであります。  それから経営生産力の持続的維持を確保する額ということにつきましては、この経営生産力の中には、言うまでもなく過剰施設は含まれないということであります。したがって、過剰施設の持続的な維持は認められない。先ほども申しましたように、もしあればこの過剰施設のコストは、その負担は国鉄自体が負担すべきであって、これを利用者に負担させてもならないし、また、政府に負担を要求することもできないのであります。ただ、しかしながら、これもまた先ほど申し上げたわけでありますが、この過剰施設の設置が国の政策によるものであれば、その過剰施設のコストは政府が負担すべきものであるということになります。利用者が負担すべき原価の適正額につきましてはこのような問題が出てまいります。  先ほど後に回しましたが、政府が負担すべき原価の中には、今日の状況におきましては、本来政府が行うべき公共事業の性格を持っている経営区分、この種の区分は、現在、線区を基準としてそういう区分をしているのが現状でありますが、そのほかにも、たとえば貨物輸送の分野でも、貨物輸送の中には公共輸送的な部分もなきにしもあらずというふうに考えられるわけでありますが、この貨物輸送の中で公共事業的な部分を抽出するということは、この原価計算の観点からは非常にむずかしいのでありますが、この営業線区を基準として公共事業の代行である経営区分を区分するということは容易で、したがって、この区分の原価につきましては、先ほど申し上げましたように、政府が負担すべき部分であるということになりますが、それならば、その国鉄の経営責任の範囲外であるこの区分における運賃はどういうことになるかと申しますと、私の考え方では、その経営区分における運賃は、行政サービス的な役務の利用料金としての性格を持つのではないか。この行政サービスというのは、国民が一定レベルの生活を営む上で必要最小限のサービスを提供するということは、これは行政サービスというふうに考えてもよろしかろうと思うのでありますが、この行政サービス的な役務の利用料金としての性格を持たざるを得ない。したがって、その決定は、どういうような水準に運賃を決定するかは国の政策に関するものであって、たとえば——これはたとえばでありまして、どういうふうにお決めになるかは、これは国の政策に関することでありますから、私どもの申し上げる筋合いではないのでありますが、たとえば国鉄の経営責任に属する分野におけるレートをそのまま適用することも考えられる。先ほども申しましたように、こういうような分野における運賃をその分野の原価を補償するように設定する、いわゆる個別原価主義の運賃政策といったようなことは、これは不可能でありますし、理論的にも問題がある。この行政サービス的な利用料金としての性格を持つ運賃は、原価計算の観点から申しますと、これは運賃収入というふうに考えるよりは、むしろ原価控除項目としての性格を持つのではないかというわけであります。     〔小委員長退席、佐藤(守)小委員長代理着席〕  あと五分ございますので、利用者が負担すべき原価につきまして若干補足をさせていただきますが、この利用者が負担すべき原価につきましては、先ほど来申し上げましたように、過去の利用者が負担すべきであった原価を現在及び将来の利用者に負担させてはならない、この趣旨から現在最も問題になりますのは、この負債の利子であり、この利子の発生原因にさかのぼって考えますと、その負債の大部分は本来政府が出資によって賄うべきものであった。したがって、この種の負債については、たとえば交付公債等の方法によって政府が肩がわりすべきものではないかというふうに考えられるわけであります。  旅客運賃と貨物運賃の適正化の問題は、これは利用者が負担すべき原価の中で特定の利用者、たとえば旅客が負担すべき原価と貨物の利用者が負担すべき原価とを区分するというこの負担区分の適正化の問題でありますが、この問題につきましては、運賃計算の領域では何が最も問題になるかと申しますと、旅客関係、貨物関係の別に直接に集計できる原価の範囲が問題になるのであります。その旅客関係、貨物関係の別に直課できないコスト、これを私どもはコンモンコストであるとか、あるいはジョイントコストというふうに申しますが、この種のコストが相当な額に上る場合には、この旅客部門あるいは貨物部門の別に完全な意味での個別原価主義の運賃計算を行うことは適当でないのではないか。したがって、よく貨物部門の赤字を旅客部門に転嫁するというような趣旨のことが言われることがありますが、この貨物部門の赤字とか、あるいは旅客部門の黒字とかというような見方は、これは運賃計算の領域というよりは、企業の内部において行われる単なる経営区分別損益計算の問題でありますが、この損益計算における手法をそのまま運賃計算の領域に適用できるかというと、これはなかなかそうはいかないのでありまして、後でまた御質問がございましたならば補足させていただきますが、簡単に申しますと、このコンモンコストあるいはジョイントコストが相当の額に上るような場合には、これを旅客関係と貨物関係とにどういうような基準でどういうような方法で配分したらいいかという配分の方法が問題になるということ、それからまた、旅客部門と貨物部門が現在同じようなウエートのサービスラインであるかどうかというようなことが問題になってくるのであります。この点は、時間が参りましたので、後で機会がございましたならば補足させていただきたいと思います。  ちょうど時間になりましたので……。(拍手)

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 どうもありがとうございました。  次に、中西参考人にお願いいたします。

中西睦早稲田大学商学部教授

○中西参考人 早稲田大学の中西でございます。専攻いたしておりますのは交通経済学並びに流通経済でございます。それを経営工学的な意義から勉強をしております。  時間の関係がございますので、私、三本の柱にしぼらせてお話をさせていただきたいと思います。  一つは、今日よく流通だとか物流だとかいうようなことを言われます。その意味と貨物輸送との違いというものをまず最初に申し上げておきたい。第二番目に、国鉄輸送というようなものがわが国の輸送体系の中でどういう位置づけを持ち、また、今日貨物輸送の分野でどういう問題を持っているかという点に第二点をしぼらせていただきます。第三点としては貨物運賃に対する私の私見を述べさせていただきます。この三本にしぼらせて話をさせていただきたいというふうに考えます。  まず第一に、私どもが流通という言葉を日本に持ち込んできた人間の一人でございますけれども、それまで貨物の輸送と申しますものは、交通経済学の分野でもいわゆる需要者のサイドからながめるのではなくて、供給者のサイドから貨物輸送というものがすべてながめられてきたという点を、私たちは考えておかないといけないと思うのであります。いわゆる物流だとか流通だとかいう意味で考える場合には、需要者のサイド、すなわち交通サービスを貨物の分野において必要としている需要者のサイド、それは企業の場合もありますし、家庭の場合もございます。そういう需要者のサイドからながめていく。その点が大きく違うということをひとつ御理解いただきたいと思うわけであります。  そういう意味で考えてまいりますと、私は、先ほど岩尾先生も言っておられましたけれども、やはり貨物輸送というものは——私は、貨物というものは手も足もない、そして物も言えない、聞こえない、見えないというひとつの擬人化して考えることにしております。だから自分でわずか一センチの空間でも動くこともできませんし、自分で集まることもできませんし、また分散することもできません。ここに人間と非常に違った貨物の性格がございます。そういう意味で、貨物輸送というような問題を国家的に、またはそういう流通という分野から考えていく場合には、ちょうどこれは学問的に言えば機能的ないわば分類、分析ということになるのでございますけれども、私は、経済というものを一つの機械のようなものだというような考え方で整理するのが非常に簡単であろうというように考えております。そんなに簡単に経済というものを分析することもできないのでございますけれども、いわゆる経済というものを動かしているものに幾つかの主要な部分品がある。その部分品が集まって一つの機械となり、いわゆる一国の経済なり、または一企業の経済なり、家庭の経済なりというものが動かされていくのだというように考えます。  そういうふうに考えますと、ではその部分品は何なのかということになります。そうしますと、私が一応生産構造という形でとらえている産業構造の問題、この場合はコーリン・クラークという学者が分けたような一次、二次、三次産業という中で、三次産業を除いた一次、二次というものの構造でお考えになっていただいて、それを担当しているものがいわば企業であり、また個人であるという形でお考えになっていただきたいと思います。それはなぜそういう機能の考え方で物の流れというものを考えるかと申しますと、いわゆる物がどこから、どのくらい、どういうものが流れていくのかということを考えていかなければならないという一つの基本的な考え方に立っております。  もう一つの大きな部分品は、すなわち、これは市場構造と私が呼んでおります。いわゆる企業なり家庭が使う、どこで、どのくらい、どういうものを使うのかという問題の中で物はつくられ、そして流され、そして利用された後に廃棄物となって、ある物は廃棄され、ある物は自然還元され、ある物は再利用のためにまた私の言う生産構造の部分品のところに返ってくる循環作用を持っているものだと私は考えております。  その二つの部分品、これが非常に重要な部分品であって、従来はこの二つの分野だけがある程度中心に考えられてきたわけでございますけれども、その二つの部分品を結ぶ他の部分品として、私は三つ考えております。わが国の経済体制の中では、物と申しますものは、取引をされてか、取引を予想してしか物は流れません。そういう意味で、いわば私たちは流通のチャンネルの問題と申しております。卸、小売というような体系がどのような形になり、どのような分担をしているかということを一応考えてみないといけません。これを私は商取引流通、すなわち、これがまたもう一つの部分品である。  そういうふうに取引をされてか、取引を予想して物が流れる、とすると、それに対して物資の流通というのがあるわけです。これは先ほども申し上げたように、物は手も足もなく、見ることもできず聞くこともできず、そして言うこともできない、そういう点から考えてまいりますと、そこには必ず人か、または機械が、いわゆる人間と同じようにその求められる場所へと動かしてやらなければならないわけです。そこでその部分品の中にはまた小さな部分品が四つできてくるわけでございまして、その部分品が、まず最初にその財というものを保護するという意味でいわゆる包装という問題が生まれてまいりますし、二番目には、その生産と消費というものを結びつける、またはバランスをとる、調節をするという意味で保管という問題が出てまいります。手も足もないわけで、動くことができないわけでございますから、そこに人間か機械によっての荷役といういわば部分品が出てまいります。そして最後に、空間の克服という意味で輸送という問題が出てくるわけでございます。  私が国鉄の貨物輸送という問題をきょう説明するように求められておりますけれども、その輸送という分野の中においてその四つの部分品のどこを国鉄が分担するのか。また、その輸送という分野には、われわれは選択すべき交通機関、そしてそれが適正な交通機関というものを五つ持っております。その五つは、鉄道であり、船舶であり、そして自動車であり、それから航空機であり、パイプラインであるというようにわれわれは考えております。  そういう意味で考えてまいりますと、ではその四つをさらに効率的に結びつけるものとしてもう一つの重要な部分品がございます。これは、受発注の情報システムを中心とする情報という意味での部分品がございます。情報は、私が申し上げたそれぞれの部分品の中の潤滑油としての非常に大きな役割りも果たしますし、ある場合には阻害要因ともなりますけれども、この五つの部分品の絡み方によって私は経済の円滑性というものが決まるものだというように考えているわけでございます。それが私はまず第一に申し上げたい点でございます。  そういう視点に立って、国鉄の貨物輸送はいかにあるべきかという考え方に立って私はながめます。そうしましてそういう場合に、われわれの国、まあ私のいただいた資料の中にも国際的な比較がいろいろと載せられておりますけれども、私はわが国というものがそういう中でどういうような交通の条件というようなものを持っているのか、いわば外国と違う点は何なのかという点では、もうすでに諸先生が御存じのとおりだと思いますけれども、四つのわれわれはこれから大きく考えていかなければならない問題点を持っているというように考えております。  その一つは空間でございます。空間というのは土地でございます。三十七万平方キロメートルの国土の中で、われわれが交通空間として利用できる空間がどれだけあるのかという問題で考えてみるべき問題として考えております。第二番目は、いわゆる人と機械でございますけれども、すなわち人の問題である労働力、ことに非常に激しい労働をしいられるいわゆる運輸労働力というものがこれから果たしてどれだけ、われわれがその量的なものをこなしていく上に、その生活も含めてわれわれはどのような状態にあるのかという意味で考えてみる第二の問題がございます。第三の問題点は、環境の保全の問題でございます。非常に今日大きく言われておりますけれども、この問題をどのようにして考えながら、そういう人というものとそれから経済、物というものとがどのようにこの社会生活の中で調和していくかという問題が大きくあると思います。第四番目は、これは言うまでもなく、省資源・エネルギーというようなものをわが国の場合にはどのように考えていくかという、この四つの条件についても、国際比較をするときに非常に慎重に考えなければならない諸点がある。  前言はこの辺で、第一のポイントはやめさせていただきます。  そういう一つの視点の中に立ちますと、機械の部分品のどこか悪いところが出てまいりますと、機械と申しますものは、いわゆるその部分品が壊れてしまえばその機械はとまりましょうし、また部分品の能力が低下すればその低下した能力に合わせて機械の能力が決まってくる。そういう意味で考えてまいりますと、その部分品の中で、私が最初に申し上げた、いわゆる生産の構造と消費の構造という二つの構造が、大きくわが国の戦後三十年を考えてみましても変わっている。これはきょう改めて私は説明しようとは思いませんけれども、これが国鉄貨物輸送一つを取り上げてみて一も、外的な環境の変化として大きくわれわれは考えなければならない問題だと考えております。  そして、その中で種々の、先生方も言われておりますけれども、ではわれわれの利用できる交通機関というものがどこで、どのように使われるのかという意味は、私は、いわば経済的な観点に立って使われる場合、またそれを国家的に資源の効率的な利用という意味で考えなければならない両面があるだろうと思います。これもまた交通政策が必要とされる一つの大きなポイントであろうと私は考えております。すべて、いわば経済性というものに準拠して物が流されていくとするならば、これは国土というものがその機械の動かし方を非常に変形してしまうという考え方の中に立っております。  そういう一つの観点に立って考えた場合の国鉄輸送、貨物輸送というものが今日を迎えている——まず最初に私が申し上げた、たびたび申し上げますけれども、手も足もない、そして、見ることも聞くこともしゃべることもできないこの貨物というものを——国鉄はわが国百年の間に非常に大きな役割りを果たしてきたことは事実でございます。しかし、先ほど申し上げたいわば生産の構造と消費の構造、その部分品が大きくわが国の場合には高度成長期並びに戦後において変化しているということを考えなければならないのではないか。すなわち、私たちはその利用交通機関の問題を考える場合に、いわゆる大都市、すなわちまた都市圏と言ってもよろしいと思いますし、またその外縁部におけるところの大都市圏という形で考えていただいてもいいと思います。それからローカルのいわゆる空間圏というような三つの考え方の中で考えてまいりますと、国鉄の持っている機能という形から申しまして、国鉄が大量で定形的な流れをする、財を運ぶときに最もふさわしい交通機関でございますから、それを非常に細かくその多様性に合わせて運ぶということになりますと、これはふさわしい交通機関とは言えない面が多々あるわけでございます。そういう点から考えますと、わが国のその部分品の変化に伴って、先ほどから申されたモータリゼーションに頼らざるを得ない分野が非常に大きくなったことも当然のことであり、その統計はここにいただいております。モータリゼーションを否定するとするならば、私たちは昔のように荷車を引くか馬車を引くか、または自分で担いでいくか、そういう形に返るしかないだろうと私は考えます。だからといって、私はモータリゼーションの擁護者ではございませんが、その物を家庭に、そしてさらに企業に、生産される場所からまたは家庭から家庭へというようなもので考えていくときには、そこにわれわれは何らかの、人だけに頼らず機械を使うということは、これは避けられないことだというふうに私は考えております。  そういう意味で考えてまいりますと、ここでもう一つつけ加えておかないといけないのは、ではそういう部分品の中に流れる貨物の種類はどういう種類があるのかということを考えておくべきだと私は考えます。  ここに国鉄の貨物統計の中にもありますけれども、大量で定形的に流れるものの問題としてはバルキーな貨物がございます。それはまた、大量で定形的にある方向に流れるがゆえに、そのバルクというものは国鉄に最もふさわしい貨物の一つとして、今日までもいわば専用的な輸送の充実という形で国鉄も選択してきたんだろうという想像を私はしております。これは内航海運においても自動車においても、他の交通機関においても何ら変わるところではございません。  そのほかに雑貨という問題がございますが、ここに二つ問題があるわけでございます。すなわち、雑貨の中でもある空間というもので考えていくならば、これを効率的にやはり人と機械とを組み合わせて運ぶことができる、すなわちユニタイズできる貨物のロットとして流し、物というものは一つずつつくられ一つずつ使われるという形で考えてみたときに、それを途中のいわば空間、時間の克服においてはもっと効率的に流すという意味で、ユニタイズされておる形で途中でできるだけ荷崩しをせずに、そして人と機械との力を使わずに行く方法として、皆様たちも御存じのようにユニット・ロード・システムという一つのシステムがつくられてきているわけでございます。すなわちドアからドアというよりも、インサイドドアからインサイドドアまで物は流されなければならない。そして、それは自分で動くことができないということを考えますと、そこに——国鉄も海運もすべて同じでございますが、国鉄は駅から駅までしかいわば輸送できないわけです。その端末は何らかの形で他の輸送手段にゆだねるしか方法がないわけであります。しかし、私ば戦後の国鉄の輸送体系の中で見させていただきますと、また私は国鉄輸送を第一の哲学的な観点から考えてみるときに、基本施設がいかにあるべきか、またあったかということ、そしてそれに対する輸送能力がどのように今日まで発展し、現在あるかという——それに対して輸送能力の基本施設を申し上げましたけれども、その輸送能力を決定するものに人間が絡んでいるということも一つ申し上げておきたいと思うわけでございます。  さらにその端末、駅からインドアまでという問題を考えてまいりますと、そこに何らか、手足となってその品物を届けていかなくちゃならない。ところが、これがまとまった形でいくならばコスト的にも非常に経済性が発揮できるわけでございますが、ここには、いわゆる家庭から家庭へという小量物品と申すものがございます。小量物品の定義は、国鉄から言うならば、いわば一貨車分にならない量というように広義には言えましょうし、また別の意味から言えば、コンテナ一個分に足らない分という形に言えるかと思います。いわゆる容器に満たない部分である、そういうように考えていただいたらよろしいだろうと思います。私も海外の種々の調査に行かせていただいておりますし、また行っておりますけれども、この小量物品の重量の限度におきまして、わが国と外国では種々違った形でとられております。  そういう三つの種類の貨物を国鉄が流していく場合に、問題として私は常に言い続けてきたのですが、第一に申し上げた貨物の本質として、果たして国鉄は今日まで貨物に対して基本施設の整備があったのか、いわゆる貨物駅というものは本当にあったのかということを私は申し上げたいわけでございます。先ほどの物資流通に申し上げた四つの部分品というものを持っていなければならないし、持たないとしても、それはある種のネットワークをつくり、合理的な役割りを果たさなければならない。それに対して、いわば貨物駅といえば線路とそしてホームと、それからその配車をコントロールするオフィスとそれからそこで働かれる職員の方たちの休息場というだけの貨物駅しかわが国にはまだいまのところないと言ってもいいのではないか。もちろん種々の場所に新しい意味での私の言う貨物駅は生まれつつあります。東京においても一番重要な隅田川駅を見ていただいても、あれを貨物駅と言うならばおかしいと私は考えています。ああいう貨物駅ができ上がってまいりますと、そこで人間と機械との問題の中で、非常にハードな機械で全部できるかと申しますとできなくて、人間が非常にたくさん要る。その人間が喜んで働いてくださるならばこれで結構でございますが、またそれが十分にあるならば結構でございますが、またそれが本当の意味でのわが国経済の中での生産性を上げることができるならば——私の言う生産性は少し違います。いわゆる喜んで働きつつ、そして事故を守る、そして能率を上げられるという意味での生産性でございますけれども、そういうものを果たせる貨物駅が果たしてあったかということでございます。総合交通体系その他におきましても、国鉄に与えられる役割りとしてこのぐらいは運ばなくてはならないという計画はいままで何度もつくられてまいりました。しかし、その中で国鉄がいわば最高を運んだと言ってもいい、ごく最近におけるところの一日大体六十万トンないし五十五万トンぐらいの輸送能力しかないと私は考えております。それはいまは五十万トンを割っておりますけれども、そういう能力というものをやはり国家的に——両先生も先ほどから少しお話し申されており、私も話したい分野はありますが、自分の分野から外れることはやめますが、そこに焦点をしぼってまいりますけれども、これを維持しないで、もしもやめてしまってどうするかということは、私は諸先生方に考えていただきたい一つの大きな問題だと思います。私個人の問題から言うならば、これをどのように分担させるかということは国家の大きな問題でありましょうけれども、せめて現在の能力というものに新しい意味での施設というものを加えて整備して、そして先ほど申し上げた手も足もない、物も言わない、聞くこともできない、見ることもできない物を安く合理的に、そして人々の要望に合わせて、先ほどの機械が円滑に動くような形での国鉄貨物輸送の体系がなくてはならないというように考えているわけでございます。  そういう意味から申しますと、国鉄に対するいわば貨物に対する投資というものは、過去においてどのような形で行われてきたか。これは岩尾先生も山口先生も言っていらっしゃいましたけれども、国鉄貨物輸送が今日のような姿になっていくのは当然であったような整備状況にあったとしか私は言い得ないのでございます。私は外的な要因は先ほど申し上げましたので申し上げません。内的な問題としても、私はせめて現在の保有能力を維持するためには、大体過去十年間一割くらい国鉄が投資しているものが貨物に使われておりますけれども、これだけは維持していく必要性があるというように考えているものでございます。そしてさらにその能力というものを、現在の経済体制で、国鉄というものの中であてにならないといういわゆる時間の問題というものがある。また、コストをここまで下げても貨物が返ってこないというならば、これはもう貨物輸送は限界に来たという御意見を述べられた方もあったやに聞いております。私はそのシステムの体系ができてないがゆえに、そして国鉄貨物輸送の特性である大量の物が流される体系の施設並びに人間関係の組み合わせ、これをマシンシステムと私は呼んでおります。人間の頭は幾らでも大きく使えますし、その人間の手二本、足二本を十本にも二十本にもするということが、私は一番重要なことだと考えているわけでございますが、そういう意味でこの整備ができてないということに国鉄の大きな問題がある。先ほど申し上げたように、小量物品は他の輸送業者が引き受けてくれない物、たとえば引っ越し荷物というようなものでも、これは緊急な場合には相当な価格でされましょうけれども、いわゆる小量物品、しかもこれはナショナルミニマムとしても非常に重要なものがございます。業務的なものもありますけれども。また中小企業の方たちにとっては、たとえば東京の中で、福井県御出身の方で福井のカニを名物料理としてやっておられる方たちにとっては、自分の郷里から運ばれてくる鉄道貨物で、その営業を支えているという問題もあるわけであります。また家庭から家庭へという物をどのように運ぶかという意味でも問題があるわけであります。そういうものに対しましても、国鉄の体制というのは、国鉄自体から考えますと、一車両ずつ動かすわけにはまいりません。そういう意味から見ますと、私は根本的に基本施設に欠陥を持っているということをはっきり申し上げざるを得ない。そのためには、いわゆる種々の問題を一きょうは詳しくは御質問があればまたお答えしますけれども、少なくとも一割だけの今日の輸送能力だけは維持しておく必要性があるということを私は申し上げておきたいわけでございます。そしてそのほかにそれは人が絡んでまいります。その端末をだれが分担するかの問題がございます。ここにまた多くの問題が生じてまいります。すなわち通運と利用運送の問題がある。またそれと同時に国鉄職員との相互関係の問題がございます。そういう問題を人間と物、そして組織というものの三つの組み合わせの中に国鉄は種々の欠陥を露呈せざるを得ないということは、行政的な意味からも制度的な意味からも、いわゆるハード施設としての基本施設の意味からも、システム輸送が法律的にできない体系にだんだんとなってきているところに一つの起因性もあるということを申し上げておきたいと思います。  さらに運賃の問題について簡単に少し申し上げさせていただきたいと思います。  国鉄運賃はここに資料もございますように、国鉄はいわば独占価格の時代を去って、競争価格の時代に入っているということでございます。しかし国家政策上いわばナショナルミニマムというものを維持しなければならないとするならば、それに対する価格は政策上とらざるを得ない問題が生じてまいります。それに対する負担の問題につきましては両先生からのお話がありましたので、あえて私の私見もございますけれども、つけ加えません。しかし国鉄の運賃がプライスリーダーになっているということでございます。国内におけるあらゆる運賃におけるところのプライスリーダーになっておるということでございます。そしてその運賃を基準としながら内航船においても、トラック運賃においても種々の問題が競争関係を樹立しつつ、決定されていっている分野もある。全部そうであると言っているわけではありません。そういう意味で国鉄運賃というものにつきましても、貨物運賃というものにつきましても、私は根本的な考え方というものをさらに改めて考えていただく必要があるというふうな気がしているわけでございます。どうか最初の原則論をお考え願いたいと思うわけでございます。その原則論の中、哲学の中から、いわゆる貨物の種類は何なのか、それは企業のためのものであるのか、あるいは家庭にとってどれだけの役割りを国鉄が果たしているのか、その中でどのような形のシステムを国鉄は人と機械において持っているのか、そういう問題が私は問題にされなければならないと思う。そういう意味では私はいわば政策にも欠陥があったような気がいたしますし、国鉄内部におきましても種々の問題点を抱えているということで、私の供述を終わらせていただきます。(拍手)

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。     —————————————

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 これより質疑に入ります。質疑の通告がありますので、順次これを許します。  この際、小委員長から申し上げますが、質疑は、時間の関係もあり、お一人十分程度にお願いしたいと存じます。  久保三郎君。

久保三郎日本社会党

○久保(三)小委員 大変貴重な御意見を伺いまして、ありがとうございました。  質問する方もたくさんおありだと思うし、また時間の関係もありますので、簡単に一つ二つお伺いしたいのでありますが、この間少し休憩さしていただいて問題を整理してからお伺いするのが本当だと思いますが、それもできませんから、見当違いや聞き違いもあるかもしれませんけれども、お許しいただきたいと思います。  まず、岩尾先生並びに山口先生に、同じ質問でありますが、現在国鉄が行っている減価償却の方法について、多少お触れになったようでありますが、どういうふうにお考えでありますか。あるいはこれを将来というか、いま大きな問題になっておりますが、こういう現行の制度は踏襲することが妥当であるのかどうか、そういう点について、お考えがありましたらお伺いしたいと思います。  それから、中西先生には、いろいろ大変広範なお話でありましたが、具体的に、国鉄の貨物はおっしゃるように伝統的と言ったらいいのかしれませんが、駅から駅までの輸送が本職なんですね。そういうことで、最初から出てきておる。最近では多少一生懸命にその先をやろうという考えでありますが、そこまではなかなか手が伸びない。内部的な設備投資なども多少しているようでありますが、この前、この席に別な先生をお呼びしたときには、言うならば、極端な話でありましたが、その方も心底からはそういうふうには思っていないと思うのでありますが、いわゆる国鉄の貨物の問題で話をされまして、質問を取り違えたのかしれませんが、独占物資を輸送する国鉄ということで、貨物運賃が非常に安いというか、貨物の赤字を旅客でカバーしているという、いままでの定説というか、これは先ほど山口先生からもお話があったように問題があることは事実でありますが、いずれにしても常識的に、貨物の赤字を旅客で負担している。しかも輸送する大宗貨物というのは、言うならば独占物資というか、大企業の物資でありますから、そういう見方からするならば、当然運賃を上げるべきはずであるものが上がってない、サービスと言って。だから、そういうものを解決するのには、運賃を上げることも一つだろうと思う。運賃を上げれば、それは国鉄の貨物はなくなります。そういうような意味でお答えがあったのでありますが、その見方も一つあると思うのでありますが、その見方とは別に、国鉄の貨物の将来というものは、おっしゃるように、総合的な機能、いわゆる物流としての機能を発揮させれば、現状以上に国民経済的に貢献できるかどうか。大変抽象的な質問で申しわけありませんが、片方では内航海運というのがございます。それから、トラックの輸送が特にそうだと思いますが、そういう問題から言って、国鉄の貨物というものも将来はそういうものをやれば何とか維持するのか、あるいはやってもこの程度で——この程度と言ったらおかしいが、だんだん低成長の時代に入りましたから特にそうだと思うのでありますが、設備投資をしてもそう伸びはしないという見方も片方にはあると思いますが、そういう問題についてどういうふうにお考えでしょうか。特に、経営はもはやぎりぎりの正念場というか、決着をつけなければならぬ時期に来ていると思うのですね。だから、将来の方向をある程度見きわめて投資すべきものは投資するような方向、方向転換すべきものは方向転換するというようなことも考えなければならぬだろうと思うのですよ。そういう意味で、どういうふうにお考えでありましょうか。ひとつお答えをいただきたいと思います。

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 久保先生、第一の質問はどなたですか。

久保三郎日本社会党

○久保(三)小委員 岩尾先生と山口先生と同じ質問です。

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 岩尾参考人、お願いいたします。

岩尾裕純中央大学商学部教授

○岩尾参考人 お答えいたします。  これは時間の関係で省略いたしましたが、私、減価償却のやり方につきましては、もう一回再検討する必要がありはしないかと思うのです。  一つは、車両にしましても架線にしましても信号灯の設備にいたしましても、どちらかというと加速度償却といいますか、技術革新が促進するような、あるいはそれを積極的に受け入れていくような形で予測して、それで償却を早めるというふうな傾向がありはしないか。これは一つ一つ現実に当たってみなければいけませんけれども、そのきらいなしとしないということ。これは一時の民間企業のはやりを取り入れた面がありはしないだろうか。この点もう少し、経営の姿勢とも関連するわけですが、落ちついた、もう少し長期にわたる償却でよろしいのではないかというような考え方が一つございます。  それからもう一つ、これは大きな問題でございますが、イコールフッティング、つまり国鉄は、自動車は高速道路にしましても、普通の一般道路にしましても、全部国、自治体でやっておるわけでございますし、そこでの減価償却を別に自動車が費用として支払うわけじゃございませんので、それと平等にやるとしましたならば、国の出資によって、レールにしましても基礎施設は全部賄えというのが私の意見でございますから、この点についての償却は要らないということになってまいります。  それから、細かいかもしれませんけれども、とかくどこかにやはり官庁会計的な点が残っておるのじゃないかということもございまして、余り大ざっぱになり過ぎていやしないかという恐れを持ちますのが少額の小さい機器でございますね。ここらあたりは消耗品扱いにしていやしないかと思いますが、これこそちゃんと償却を明確にした方がいいんじゃないかというふうな意見でございます。いまのような国鉄の経営政策との関係で考えなければいけないけれども、余りにも加速度償却的なやり方は困るし、それから、国鉄経営の基本を運転そのものにぴしっと置いた場合に償却の方法は全く変わらなければいけない、そういう意見なんです。

山口達良埼玉大学経済学部教授

○山口参考人 減価償却の方法につきましては、一つは、損益計算と申しますと国鉄の場合には語弊がありますが、損益計算、言いかえれば収支計算という面での問題、それから、きょうの中心問題であります運賃計算という面から取り扱いが違ってくるのではないかと思うのであります。この減価償却につきましては、御案内のように固定資産の取得価格を基礎にする。償却の計算の基礎に取得価格を基礎にしておりますのが現行の計算でありますが、この取得価格を基礎にする計算と申しますのは、収支計算の面では適切かとも思いますが、運賃計算の面では、先ほど申しましたような趣旨で、これを利用者が負担するかしないかは別の問題としまして、そこに国の政策が当然介入せざるを得ないと思いますが、本来ならば、運賃計算の面では、償却計算の基礎は固定資産の再調達時価でなければいけないという問題があります。  それから次に、耐用年数が妥当かどうかということでありますが、私の知っている限りでは、一般私企業の減価償却に適用される税法関係の耐用年数表等と比較しましても、それほど不当な耐用年数ではないというふうに見られるということ。  それから、償却の方法に個別償却か総合償却かということがありまして、なるべく個別償却の範囲を広げた方がいいわけでありますが、これにつきましては、これも私の知っている範囲内では、何年か前に大検討を行いまして、個別償却の範囲を非常に拡大したということで、このことにつきましては、それほど問題はないのではないかというわけであります。  それから償却計算の方法に、定率法でありますとか、定額法であるとか、取りかえ法であるとかいうようなことがありまして、たとえばこの定額法に比べますと、定率法は非常に償却額が取得年次に近いと比較的高い額が計上されるということになりますが、他面においては、この耐用年数の終わりごろになってまいりますと、修繕費の支出が非常に多くなったりというようなことがありまして、一般の私企業でもその償却の方法は、定額法よりは、機械装置等につきましては定率法が一般になっているというような趣旨からいいますと、それほどそういう面では問題がないのではないかというふうに見ております。  でありますので、問題は、収支計算の面ではどうか、運賃計算の面ではどうかということになりますと、そういうふうに見てまいりますと、いまの方法につきましては、運賃計算の基礎としては適当でないというふうに言わざるを得ないわけです。ただ、その場合に、先ほども申しましたように、再調達時価を基礎にしまして償却費を計算しますと、非常に多額になります。これは国の経済政策、社会政策の観点から抑制せざるを得ない。ただ、その抑制された部分につきましては、当然政府が負担するという、そういう論理になるのではないかというふうに思うわけであります。

中西睦早稲田大学商学部教授

○中西参考人 お答えいたしますけれども、私はまず最初に、よく大企業優先の運賃であるとか、いろいろな保護の形であって、赤字ができているのだ。国鉄輸送そのものの特性、大量で、定形で、動けば動くほど、これは非常に安いコストになるわけですね——端末の問題はまた別にいたします。だからターミナルの問題というのは非常に重要だと、きょう、強調したわけでございますけれども、貨物の種類も私は三種類申し上げましたね。いわゆるバルクで非常に大量に流れる。わが国の産業構造の形態からいって今日はそうなるわけでございます。私も外国に長くおりましたけれども、私は、社会主義国家でも生産の規模というものはやはり追求されるし、ただ単に今日の場合には、わが国の場合には私企業を中心とした形態である、それがピラミッド形態をつくっているという産業組織である。そこで一つの問題が出ているわけで、私は、貨物の性質から、果たしてコストというものが見合うものであるかどうかという考え方に立たないといけないと思いますし、現実にあらわれたコストと運賃というものの中に、私はコストにもう一つ、山口先生の言うのに加えていただきたいのは、社会的な費用、コストなのでございます。すなわち、環境を保全するとか、またはいわば国家的な福祉を向上するとか、そういうふうなコストを加えて考えなければならない問題もあると思うのですが、いわゆる純企業的な会計制度とは違ったものを国家としては考えていかなければならないと考えております。そういうものは、利用する側から見ますと、直接に払うものが問題になりますね。だからそういうところの中で選択される意味で、私は最後にプライスリーダーの問題を申し上げたわけですね。そういう意味で、国鉄が決められてまいりますと、ただ右へならえと全部なるとは私は思いませんけれども、基準にしてくる非常に危険性を持っているわけですね。そういう危険性を熟知されるとするならば、あるところで原価というものを抑えたとするならば、これをどのようにだれが負担するか、国家が負担するということは国民がまた負担することなのですから、直接の利用者が負担するのか、間接の利用者が負担するのかという問題で、運賃問題は考えていただきたいと私は思うのです。  それから、国鉄の貨物輸送はどうなのか。私は、今日のようないわば産業立地構造の形態、それから都市におけるところの都市化の問題、そういうものはやはり国民が選択しているような気がするのですね。企業の立地関係を別といたしましてね。大都市に人間が住んでいる理由は、私はやはり国民が選択して住んでいるような気がするのです。そうすると、そこにおいて企業というものは一番合理的な形で物を供給し、生産し、労働力も得やすい場所に立地をしてくるのは、これは自然の原理だと思うのですね。そういう意味で、産業組織やいわゆる都市構造というようなものの大きなマクロ的な意味での考え方がそこになくちゃならない。しかし、いまの体制、いまからまたお進めになろうとしている総合的な経済計画の中で考えていくときに、私は先ほども強調いたしましたように、今日持っている能力である六十万トンの能力を質的に向上することによって、必ずこれは国鉄を非常にうまく利用される形態になってくると私は思う。  一例を申し上げますと、これは京都の例なんでございますけれども、私、物流やなんかやっておりますから実際に見なくちゃ気が済まないのです。京都の——これはまた一つ問題があります、国民大衆とは離れたものもありますけれども、西陣の反物、これは地方の小さな反物屋さんまで行くわけです。そういうところに、これはいまほとんどトラックで運ばれているのですけれども、非常な利益を上げておられる。これはどういう形で利益を上げておられるかというと、これは工夫なんですね。すなわち、地方の農村におけるような小さなところまで、オーダーされた物は必ず注文された時間までに届けられるものですから、繊維業者は、いわゆる西陣の反物屋さんは、何倍のあれを払っても、その体系できちっとやってくれるということで払っておられるわけですね。  これは極端な一つの例だとは思いますけれども、私は、輸送というものは、物流というものは、先ほど申し上げたように手も足もなくて、聞こえなくて、見えなくて、見ることができない、動くこともできない、そういう形の中から考えてまいりますと、輸送と保管というものは一緒だと思うのですね。ことにさっき小量物品の問題を申し上げましたけれども、それからユニタイズだって、私は全国でつくられる卸工業団地とか卸売団地というもの、商業団地は、これは中小企業の協同団地です。大企業のものだとは思っておりません。そしてそこから発生する貨物量も、まとまれば大量となります。貨物の種類としては、大量、定型的に流動するバルク財、ユニタイズ貨物、小量物品の三つの種類の貨物がある。そういうものにするならば、鉄道に合うように、——いまは非常に限られた、いままでの施設と用地も確保できないなんて、譲渡システムの問題も、一つの問題として考えなくちゃならないのですけれども。いわゆる保管、いつでもこれを受けて、これをある場合には差し上げられる、小量物品の場合には。そしてそれがユニタイズできるまでいつでも受けてあげられるという体制も必要でしょうし、ユニタイズできるような場所が、私は駅構内になくても、外にあったっていいと思いますが、一部につくられている板橋のオフ・レール・ステーションのような形でも結構だと思います。そういう体系が、貨物の種類だとかそういうサービス、国民が求めているサービス、それに対する価格の決定をどのようにするかということですが、私は六十万トンは少なくとも一日に運べる現在の能力は、質度を高度化していく意味で、残しておかなくちゃいけないと思う。そしてその安定成長の本当の姿がわれわれの目に見えるようになったとき、ではまたいかにすべきかという形で考えるべきだという見解を持っております。だから私は質度の高度化を、先ほども申し上げたように、せめて一割だけでも——私はもうちょっと欲しいのですけれども、いわゆるいただけるならば、私はそれだけの能力を維持していくことができるであろうという分析をいたしております。

久保三郎日本社会党

○久保(三)小委員 ありがとうございました。  中西先生にもう一つだけ、時間の関係がありますので。いままで国鉄のやってまいりました貨物に関係して、特に営業の近代化ということで集約をしてまいりました。そういう方向は将来に向かって正しいかどうか。いかがでしょう。

中西睦早稲田大学商学部教授

○中西参考人 私は、その辺の問題では、どこでも確かに扱える四千なら四千の駅があった方が、それはその近くにいる方たちにとっては非常に便利だと思いますね。しかし、そのためにいわゆる国鉄のコストが大変なものになっていって、その貨物輸送のコストで考えていった場合、それを今度は安くやはり運ばないといけないということで、さっき言った利用者負担と間接受益者負担と分けて、社会費用として国家が負担するという体系ができ上がれば私はそれでも結構だとは思うのですよ。しかし、そういう中でもやはり私たちは、持っている資源ですね、すなわちやはり労働力とか資本とか土地だとか、そういうものを有効に国家として使わなければいけないと思うのですね。ところが、私よく農村を歩くのですけれども、三大都市圏に比べてもモータリゼーションの一番進展しつつあるところは私は農村だと思いますね。そういうところにわざわざまた通運業者が全部駅を開いて、そしてそれをまた集めていくということのシステムのつくり方だと思うのです。だから私は集約駅のシステムがいいのかどうかということは、やはり大量にまとまるまでの過程ですね。一駅ずつでとって、そしてそれをまとめて形として出していく方が効率的なのか、そして安いのか、国民のために役立つのかという問題と、それから集約してそういうものに参加していただく。もう運転ぐらい簡単にできるわけですね。私も郷里は九州なんですけれども、母から送ってもらったカキというのは、いつも半分ぐらい腐っています。もう送ってもらわなくても結構だと言うんだけれども、母の愛情を大切にしていますから受け取りますけれども、そういうものを運んでいるものもあるのですね。そういう形で考えていきますと、私はいまの集約体制のあり方については再検討の余地があると思いますけれども、ある種の集約体制はとって、それはそこにおける住民と非常に調和のとれた形での集約体制というのが非常に必要だという形で考えています。

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 太田一夫君。

太田一夫日本社会党

○太田小委員 社会党の太田一夫ですが、岩尾先生に一問か二問、先生にだけお尋ねをいたしたいと思います。  最初は、独立採算制度ということについて御批判がありまして、いささかこれは不可解なものであるし、私企業とは違うというようなお話があったと思うのでありますが、これは受け取り方によりましては、結論から申し上げますと、親方日の丸方式を認めたというようなお考えのようにも受け取れるわけでありまして、現在、地方公営企業というのはその赤字に対しまして一般会計から繰り入れすることを認めておるわけです。あそこも独立採算という言葉を使っております。それで国鉄の場合にこれだけ膨大な赤字が出て、累積赤字の上にいかんともしがたい状態が出たときに、独立採算論というのを否定をいたしてしまいますと、親方日の丸でいけばいいじゃないかという基本線に戻ると申しますか、そういう言葉が表面に浮かび上がってくると思うのでありますが、そういうお考えではないと思いますが、いかがでありましょうか。  それからもう一つは、モータリゼーションのストップ論ですね。これは私は同感なんで、非常にいいことだと思いますが、そこでさらに具体的にお尋ねをいたしたいのは、輸送分野というものにつきましては、この輸送分野の画定論は制度的に仕上げるべきものでありましょうか、あるいは理念的にモータリゼーションは否定していきたいとおっしゃるのでございましょうか、その辺のところをお願いしたいと思います。

岩尾裕純中央大学商学部教授

○岩尾参考人 まず最初に、独立採算制の表現について申し上げます。  これは独立採算制ということがいろいろな意味で使われておりまして、簡単にいいますと、ソビエトで独立採算制という言葉を使った場合に、必ずしも収益を上げるという意味ではございません。欠損をどれだけ少なくするかということも独立採算制の中に入っております。一定の計画に対してどれだけ能率的にやったのか。つまり公益的な仕事を私企業的な能率で遂行するということがこのねらいでございます。ここで採算をとれということになりますと、それならばこれはもうあっさり私企業にすればいい。それは話がすっかり違っている。ところが、それがどうも採算ということが表面に浮かび上がり過ぎる。もう少し仕事を、能率計算というものをもっと有効に組み立てていくということでありますならば私大賛成でございますし、またやらざるを得ないだろう。それにはまた学者もたくさんいらっしゃると思います。会計学会あたりに審議委託されてもすぐに大喜びでおやりになると思います。これは公共企業体の基本姿勢というものをもう一回検討した上で理解し直す必要がありはしないかということで、巷間これにつきまして誤解がいろいろありますので、私も不安に思っているところでございます。  それからモータリゼーションの問題でございますが、私、自動車を決して否定しているわけではございません。しかし、たとえば中距離のみならず、長距離までもトラック輸送が、しかも膨大な、バルキーなものを輸送し始めておりますから、しかも高速道路をますます拡充するような状況が出ておりますから、それはもう大変なことになるぞということを申し上げておるわけでございます。  これにつきましては制度的、理念的な面というのをお尋ねでございますが、私はエコノミカルな条件の設定でかなり有効にやれるんじゃないだろうか。たとえばこれは国鉄と競争さしたって無理でございます。これは片方はただでレールを使っているんだし、片方はレールを自分の負担でやっているわけです。むちゃなやり方で競争さして、国鉄は非能率だと言っても、これはしようがない。国鉄を一生懸命かばうわけじゃございませんけれども、客観的に見てどうもおかしい。したがって、そういう制度的なものを含めた経済的な面で、政策で、ぜひとも必要な自動車輸送というもの、それから国鉄ができる限り公害の少ない貨物輸送をやるということを私進めていけるんじゃないかと思う。そのためには、まず自動車そのものよりも、自動車を社会的にどう利用するかというそういう理念みたいなものがもう少し広がってくれないと、制度をするにしてもやりにくいんじゃないだろうかというふうな気がしております。  なお、モータリゼーションの場合、私は、マイカーとトラックについて非常な不安感を表明しておるわけでございまして、バスにつきましては、私は、ローカル線との組み合わせの利用によりまして、特にローカル線の問題は私あいまいな表現をしましたけれども、議員新線というふうに人に非難されるものでも、国民のローカルなふるさとの要求というものを反映している場合が相当ございますので、その点はその点として十分に検討した上で、ローカル線とかバスなんかを利用しろと私は言いましても、ふるさとを分断するような路線の設置もしばしば見られるわけでございます。いままで何百年つき合っていたものが線の引き方いかんによりまして、中央なり中核都心だけ車が行ってしまうようなことになる。そうすると、ふるさとが分断されてしまうという状況もしばしば見られておるので、その点でモータリゼーションというので一般的に自動車がいかぬ、バスまで含まれてしまいますと私の本意を損なうことになりますので、どうかその点をひとつ御了解をいただきたいと思います。

佐藤守良自由民主党

○佐藤(守)小委員長代理 梅田勝君。

梅田勝日本共産党・革新共同

○梅田小委員 本日はどうもありがとうございます。岩尾先生と山口先生にお伺いいたしますけれども、現行の国鉄財政再建十カ年計画というのがございますけれども、これが破綻したということは今日歴然たる事実で、明確なわけでありますが、具体的にどこに主要な問題があったのか、ひとつ御意見を承りたいと思います。  第二点といたしまして、岩尾先生も山口先生も、現在の膨大な借入金については国に責任があるということで財政措置を含めての御意見がございましたけれども、御承知のように国鉄は五十年度におきまして約六兆七千億円の長期債務を抱えておりまして、利払いだけでも四千百五十一億円という膨大な額に達しておる。盛んに宣伝されていることでございますが、一日の赤字が二十一億円、同時に利払いの方もその半分以上に達する十一億四千万円に達しておるということで、どこのところをどのようにするかということが、財政再建の計画におきまして大きな問題でございます。  そこで、岩尾先生は利払いについて当面国に肩がわりということを言われました。それから山口先生の方は交付公債をもって肩がわりすべきだというようにおっしゃいましたが、そのやり方の違いについて若干お聞きしたいわけであります。公債を出しますと、日銀券の増発につながってインフレ要素になっていくということがいわれるわけでありますが、確かに六兆円という膨大な金額でありますので、大変だろうと思いますが、累積赤字はその半分の金額なんですね。とりあえず累積赤字について手当てしていくというようなことも考えられるんじゃないかと思いますけれども、そこらあたりどのようにお考えかということを述べていただきたいと思います。国鉄の意見広告では、膨大な金額で財政硬直化がいわれている現在の国家財政からそれだけのものは期待できないということで、運賃値上げ以外にないんだという議論が展開されているわけでありますが、岩尾先生は現在の日本経済の仕組みそのものが問題だという根本的な御意見に触れられたわけでありますけれども、そういう財政の手当ての方向ですね、基本的にどうあるべきかということでお願いを申し上げたいと思うのです。  それから中西先生でございますが、輸送手段として鉄道、船舶、航空、自動車、パイプライン、この五つの手段があるということをおっしゃいました。その中で鉄道とりわけ国鉄が日本の貨物の輸送力においてどういう役割りを果たすか。確かに競争状態に入るほどシェアは低下してきているということが言われますが、現在国鉄に残っている——残っているというか、なお国鉄で扱っているという貨物の今後の国鉄に残る可能性ですね。将来全部それはほかのものに移ってしまうのか。あるいはこれはもう限界まで来ておる。これを輸送する国鉄の任務というのは非常に大きい。あるいはだんだんと道路事情の渋滞等を考えると、国鉄における定期輸送というものはますます大きい役割りを持つ、そういう見通し、それにつきまして御意見を承りたいと思います。  それから赤字の原因ですけれども、国鉄で考える場合に、たとえば新幹線は営業係数四六ということで、これがもうかっているということはだれの目にも明らか。それから旅客と貨物が併用している在来線ですね。ここにおきましては旅客が黒字、貨物は赤字という議論がかなりやられた。しかしいずれにしても旅客の方でそう赤字が出ているようにわれわれは思わないんです。そうなると、やはり貨物に主な問題がある。その場合に先ほど先生は貨物輸送における基礎施設の不十分さといいますか、その面における設備投資なり技術の改良、機械化というものが非常におくれておっていわゆる生産性が低い、それが赤字の原因というように考えられておるのかどうか。あるいは生産性はそこそこある、一生懸命労働者は働いておる。しかし貨物運賃がその労働に見合っていないんだということで赤字になっていっておるのか、そこらあたりもう少し突っ込んだ御意見を承りたいと思います。

岩尾裕純中央大学商学部教授

○岩尾参考人 私にいろいろな御質問があったわけでございますが、最初に国鉄の財政再建計画の問題でございますが、この四十八年の再建政策につきましては、私はきっぱり反対でございます。これは政府も若干の金を出すしまた孫利子を出すけれども、これは思い切って新幹線及び幹線中心主義にしてローカルを切れというわけでございます。これはむちゃです。それからさらに要員十一万人を縮減する、これは結構ですが、私果たして責任を持った管理の体制でいっているのかということを心配いたします。特に私、最近離れておりますのでわかりませんけれども、最近の状況からいいますと、保線に至るまでも最近は労働の質が相当いわば神経労働のような性質を持ってきている。これをやたらに機械的にこれ以上合理化していきましたならば、一朝事ある場合に安全性の保障を責任をもって主張できるのかというところまで私は来てやしないかという点でこれは問題にならない。これは国鉄の私企業化というふうに言わざるを得ない。この点は私は反対でございます。結果として、現在もう一度いろいろ反省されようとしている状況なので、できるだけ基本姿勢としましては高度成長当時における、あるいは高度成長的な仕組みを交通の面から取り除いた姿勢でやっていかないといけない。そのために、もう一度再建計画も根本的に練り直すということが国民に対して必要であろうというふうに考えております。  それから次に若干小さい問題でございますが、利払いの方法でございます。私、ちょっと発言漏らしたかもしれませんが、利払いだけじゃなくてもう少し長期債務に切りかえられないか。やはりどんどん返していくとなると、かなりな負担になりますから、返済方法も切りかえられないか。それじゃ余り経営者に甘過ぎやしないかというようなおしかりも受けるかもしれませんが、国鉄の経営の能率の度合いをぴしっと計算していくためには、こういうものは何らかの現実的な処置を含めて、そしてまたインフレを刺激しないような方法でやらなきゃいけませんので、できれば利子の支払いも当面の累積赤字につきましては当然国が背負う。それからまた支払い方法も、若干長期化してもらえないだろうかということを私は考えております。その方法につきましていろいろ技術的な問題がございますが、それはきわめて具体的な問題になりますので、実務的に検討するようにした方がよろしいんではないかというふうに思っております。

山口達良埼玉大学経済学部教授

○山口参考人 まず現行の国鉄財政再建計画が計画どおり達成できなかった、達成されていない、どこに問題があるかという御指摘でありますが、これにつきましては再建計画自体の内容にいろいろな点で無理があったんではないか。御案内のように国の助成につきましても、特に先ほど来私申し上げております国の責任に帰属する分野、言いかえますと国鉄の経営責任の範囲外の分野における国の財政負担の面で十分でないとか、そういうような面についての措置が財政再建計画の中に十分に織り込まれていないというところに一つ。  それから財政再建計画の基礎になっているいろいろな長期的な経済見通しに相当の狂いがあったんではないかという点が第二。  それから第三は、国鉄自体の経営合理化の努力という面でありますが、この面につきましても予定どおりの成果が上がらなかったのではないかという点。  それから利用者の協力負担という面につきましては、御案内のようにこの計画の中に予定されている運賃改定が予定どおりいかなかったというようないろいろな事情があったのではないかと思いますが、私の一番問題にしております点は、最初に申し上げました国鉄の経営責任の範囲外における分野の、国の財政措置が、財政再建計画の中にもっと的確に十分に織り込まれていなければならなかったにもかかわらず、それが非常に不十分であったという点にあるのではないかというふうに思うのであります。  それから次に、御質問の長期負債の問題あるいは利子の問題でありますが、御指摘のように非常に膨大な、六兆七千億に近い長期債務を一挙に政府が肩がわりするのは無理ではないかということでありますが、私が先ほど申し上げました一つの方法は、交付国債によって一時的に、実質的にはたな上げにするというような方法しかとり得ないのではないかというふうに思うのであります。  それから、欠損の部分についてだけそういうような措置をとられたらどうかということでありますが、欠損の額と申しましても、過去の累積欠損がこれも御指摘のように二兆何千億かございますが、その分だけ国債によって肩がわりしましても、実質的には収支面に余り大きな貢献はないというふうに思われますので、結論としましては、やはり現在の長期債務の大部分を国債によって政府が肩がわりするというのが最も適切ではないかというふうに思っております。

中西睦早稲田大学商学部教授

○中西参考人 二つ御質問があったと思いますけれども、国鉄の役割り論と見通しの問題についてであります。  役割りの中で、現在扱っておられる貨物は減らないのか減るのかという問題ですね。これは、そのために私きょう最初に申し上げたのですけれども、五つの部分品、それがどのような構造になり配置になるかということによって役割り論が決まってくると思うのです。いまの部分品の位置並びにパイの大きさも能力も大体変わらないものという前提に立って考えますと、私は行くところまで来ていて減らないというように考えております。行くところまで来ているという考え方ですね。だから、私きょう強調した点は、そういう中で最もおくれているのがターミナル施設である。通路と結節点、それにいわゆる可動施設と三つに分けられるわけですけれども、通路は先ほど岩尾先生なんかも言われたように、旅客と貨物の両方が使いますね。しかしターミナル、結節点の場合には、旅客の場合と貨物の場合はほぼ分離されております。ある部分だけは郵便関係や何かいろいろあるし、少部分だけは両者一緒、いわゆる客車を使っているという場合もありますけれども、大体分離されている。そういう形の中で、私は非常にターミナル施設がおくれていると思います。  もう一つの問題は、岩尾先生からも御指摘がありましたけれども、モラルの点では最低のところまで来ているという感じはしております。しかしもう一つの部面、私は現場の方たちともお会いするのですけれども、最大の努力は私いまのある施設の中ではしておられるような気がしております。これは諸外国の例を見ましても私は国鉄職員はがんばっておられるような気がするのです。しかし、一つの転換は必要な気がするのです。いわゆる貨物というものが配車を中心としたような考え方から、いわゆる先ほどから申し上げたような包装、保管、荷役、輸送というような一貫的な中での、どの部分をどういう役割りでどういう機能でどういう働き方をしなければならないのか。これは鉄道学園や何かで私たちも呼び出されたりしまして、御一緒に勉強したりいたしておりますが、そういう意味でも非常にいま転換を図ろうとしておられるのだろうと思うのですね。     〔佐藤(守)小委員長代理退席、小委員長着席〕 そういう意味で、私は国鉄がいま一番落ち込んだ最大の理由は、内部的な問題、外部的な問題を含めて、いわゆるサービスレベルと私たちは申しますが、すなわち、それが企業であれ個人であれ、自分がこの時間に行ってほしいということに対して、何%こたえられるかというパーセンテージであらわすものを一応サービスレベルと私たち呼ぶのですが、それが非常に不確実、不確定であるということだと思います。それが私最大の原因だと思います。しかし、先ほどのように、貨物をバルクとユニタイズと小量物品の三種類に分けますね。その中で一番不確実になっているのはいわゆる小量物品の問題だろうと思いますけれども、そのほかの点では、私は諸外国の鉄道に比べましてある程度の水準は保っているような気がします。  そういう意味で考えてまいりますと、サービスレベルを、やはり生産計画と消費計画のバランスを企業でも家庭でもとるわけですから、信頼あるサービス体系ができているかという問題で、私はマン・マシン・システムと申し上げましたけれども、マンはある素質を持った人間がおると思うのです。それにマシンシステムですね。そのマシンという意味は、私は広い意味にとっているのです。そういう意味のものが非常に欠けているという考え方を持っています。だから、いわゆる家庭も企業も信頼できない。これはコストの問題ではない。  それからもう一つは、やはり運賃という問題もございますね。私は運賃というものが適正な価格で、いわゆるマーケットメカニズム、市場機構の中で適正な運賃がとられなくちゃならないということと、それから国鉄という使命の中で国家政策的に考えてやってもらわなくちゃいけないというこの二つに分けた問題が出てくるだろうと思うのですね。しかし、先ほどからのものに関連して申し上げますならば、採算性ということが非常に強調されてみますと、やはり採算の悪いところを切ってしまいたいという気持ちになるのは、私は経営心理だろうと思いますね。そういう点が相互関係を持っておると思います。  しかし、私は信じております。落ちるところまで落ちている。だから今後のパイを広げていく。しかし広がらなくても、いわゆる産業構造が、また都市体系がそんなに急激に変わらないものと前提した場合には、いまある能力をさらに効率的にすることによって、たとえ運賃は上げたとしても乗ってくるという自信を持っております。

梅田勝日本共産党・革新共同

○梅田小委員 ありがとうございました。時間がございませんので、これで終わります。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 松本忠助君。

松本忠助公明党

○松本(忠)小委員 公明党の松本でございます。最初に、岩尾さん山口さん両参考人にお伺いしたいと思います。  先般の国鉄の意見広告によりましても、国鉄のいわゆる二倍値上げ論などという無謀のような意見がございました。そこで結論を伺いたいわけでありますが、国の助成があり、国鉄の企業努力があっても、やはり運賃は上げなければならないのかという結論をお聞かせ願いたいわけです。そしてまた、運賃値上げの率は、現状から見て適正と思われるのはどの程度なのかということを先生方から伺いたいわけでございます。  それから、先ほど山口参考人のお話の中に、国鉄法の四十三条一項、二項について述べられましたけれども、この法改正をしてもとのようにせよという御意見なのかどうか、その点を確認させていただきたいわけであります。  それから、中西参考人にお伺いいたしたい点が四点ほどございます。中西参考人は、海外の御視察によって、貨物の輸送という問題に対して非常に該博な知識を持っていらっしゃいます。いろいろと聞かせていただきました。日本の貨物駅についてもお話がございました。代表的な隅田川の駅などのお話も出てまいっております。構造が非常に前時代的であるというふうにも受け取れるわけでございますが、これは現在の隅田川駅というものはやむを得ない。都市の真ん中にありますし、しかも海からくる貨物というものは現在なくなってしまった。陸の貨物だけでございますし、隅田川駅そのものは、私ももう前時代的なものだと思うわけですが、武蔵野線などにつくられたところの新しい貨物駅、こういうものについては国鉄でも相当の努力をもって設計をしたというふうに思っておりますし、私どもも高い評価をしておりますが、先生はどのようにお考えになるか。  それから二番目に、先ほど久保委員からも質問がございました貨物の集約、この問題はお話を伺いましたが、言うならば、国鉄といたしましてもコンテナ化、フレートライナー化、要するに貨物の輸送時間の短縮という面についてはかなりの努力を払ってまいりました。相当のスピード化が図られたわけでございますけれども、いわゆる在来の貨物の輸送方式といいますか、いわゆる貨物列車といいますか、そういったものがいわゆるヤードに入りまして、相当の停留時間を持つために、貨物が到着するまでに非常に時間がかかる。これはモータリゼーションに押されてコンテナ化、フレートライナー化が図られたのですが、従来のそのものはやはりまだ依然として相当の停留時間があるわけですが、欧米ではこういう問題に対してはどのようになっているのか、参考までに聞かせていただきたいわけでございます。  それから三点目は、現在の国鉄の貨物運賃でございます。この貨物運賃が、現在の物価から考えてみたときに妥当なものかどうか。また、これを上げるとすればどれぐらいまでは許される範囲なのか、先生の御意見を伺いたい。  四点目は、現在の貨物の大量輸送に対する割り引き、この制度は、先生はどのようにお考えになるか、四点をお伺いいたしたいわけでございます。お願いいたします。

岩尾裕純中央大学商学部教授

○岩尾参考人 お答え申し上げます。  大変むずかしい質問でございますし、果たして数学的に、責任を持った数字でお答えできるかということになりますと、私は自信ございません。その点についてはもう少し検討する必要があろうかと思いますが、私が申し上げましたのは、現在の仕組みはやめてくださいということを申し上げた。そうすると、簡単に言いましたならば、現在の赤字、少なくとも累積赤字は当然でございますが、赤字につきましては、これはもう政府に利払いだけは最小限度肩がわりをしてもらいたいし、支払いも、これは国債なら国債でも技術的にはまたいろいろありましょうが、これは支払いの期間をずっと延期してもらいたいということでございます。  それから減価償却につきましても、現在の私企業レベルから言ったら別に問題ございませんけれども、私企業レベルほど急いで技術革新を予測するような加速度償却的な性格はやらなくてもいいじゃないかということを言っております。  それからまた、ローカル線の赤字は、これは国がふるさと建設という意味で基本的に負担すべきであるということを申し上げておる。  それからイコールフッティングの問題としまして、いわば基礎施設といいますか、下部施設といいますか、そういうものにつきましては、これは国の負担でやりなさいということを申し上げておる。  さて、そうやりまして果たして運賃値上げは必要がありますかどうか、さらに、それでもあるというなら、ひとつこれは考える必要がある、まじめに考える必要がある。しかし、これだけのことをやって運賃値上げをこうしたいという問題提起でないと、国民は納得しないということを私は申し上げておるのです。この点は貨物運賃の場合でも私は同様だと思うのです。これは先ほど来問題になっておりますが、貨物の集約の問題、これは通運作業の合理化の問題も含まれますし、さまざまな方法がございますけれども、できるだけそうした合理的な手段を通じまして、これをむしろ発展させていかなければならないということになりますと、貨物運賃が、貨物で損して旅客でもうけるというやり方はやめていただきたいけれども、貨物運賃といえども、いまのような条件でいくならば上げる必要があるかどうか、一回はじいてもらわなければわからない。これをはじかずに上げるというなら、これはもう絶対反対せざるを得ない。

山口達良埼玉大学経済学部教授

○山口参考人 まず第一の問題でございますが、国の助成と企業努力があっても運賃は上げなければならないかどうかということであります。私は、先ほど来申し上げておりますような趣旨から、国の助成という言葉は本来使いたくないのであります。これは助成というよりは国の当然の負担であります。あるいは国が当然に補償しなければならないコストであります。そこで、先ほど来申し上げておりますような、過去の利用者が負担すべきであった原価であるとか、あるいは現在、将来につきましても、当然に政府が負担すべき国鉄の経営責任外の原価でありますとかというような、そういう面につきまして国の当然の負担があれば、相当問題は違ってくるのではないかと思うのであります。国鉄の企業努力はもちろんでありますが、よく最近新聞紙上等に出ます国鉄運賃二倍論というのは、政府の当然の負担がなかったならばという、そういう前提のことではないかと思うのであります。  そこで、私の考え方では、政府が負担すべき原価を十分に負担する。利子はもちろんのこと、経営責任の範囲外における分野の問題につきましても、その上でなおかつ、現行運賃では相当の赤字になるかどうか、これは計算してみなければわからないと思うのであります。ただ、先ほども申し上げましたように、他方におきまして、利用者が運賃によって負担しなければならない原価の適正額、そういうようなことになりますと、これもまた計算してみなければわからないのでありますけれども、別の角度から、最近のインフレーションによるいろいろな物価上昇の問題がありますので、現行運賃で十分かどうかは、これは何とも言いがたいのでありますが、結論としましては、これは何とも計算してみなければわからない。ただ、もし政府が、当然の財政負担と申しましょうかがなかったならば、これは何とも運賃を上げなければ、ほかに持って行き場所がない。企業において発生する原価というのは、結局は何びとかによって負担されざるを得ないわけでありますから、国が負担してくれないということになると、これは利用者が負担せざるを得ないということになろうかと思うのであります。  それから第二の問題につきましては、日本国有鉄道法の制定の当初に戻って考えてみますと、私は昭和二十三年の制定の当時の政府による損失補償条項は、これは国鉄の公共性を認識しており、非常に適当なものであったと思うのであります。でありますので、私は、いつまでも国鉄が政府に対して、いわゆる助成というような言葉にもありますような陳情的な態度をとるのはよろしくない、早急に日本国有鉄道法を改正しまして、あるべき姿に戻せ、そういう強い要求をかねてから持っておるのであります。  以上であります。

中西睦早稲田大学商学部教授

○中西参考人 では、お答えいたします。  最初の貨物駅の問題であります。私は先生と違いまして、隅田川駅でもまだ改善の余地があると考えていますね。コンテナの扱い場所も、御存じのように、側線の中に何個所も何個所も分かれている。そのために、非常にオンレールでその駅に入ってくるまでの駅間のスピードがあったにしても、あの中での引き込み時間云々を考えてまいりますと、多大なる時間の浪費と損失があるような気がいたします。そういう意味から考えて、隅田駅自体もまだ改善の余地があると考えております。  それから、武蔵野線の問題が出ましたけれども、武蔵野線は先生たちの方が一番御存じなんでございますが、最初はいわゆる東京におけるところの貨物輸送の受け皿としてつくられた線であったと思いますけれども、都市のスプロール化とともに、旅客のためのまた重要な交通機関に変換してきたことによって、いわゆる貨物輸送そのものが、武蔵野線のある駅では機能を発揮しつつも、能力的には非常に問題を生じつつあるものだと私は考えております。だから、武蔵野線というものは貨物と旅客でどのように使うのかという問題は、検討されていると思いますけれども、私自身はさらに検討してみないといけない問題があるような気がしております。いわば都市の真ん中にまただんだんとなりつつあるという形があって、所期の効果が発揮できていない。都市計画の一環において考えてみないといけない問題もあるような気がいたします。  それから第二番目の貨物駅の集約については一応お答えしましたけれども、在来線の輸送について欧米がどうやっているか。アメリカはもう民鉄ですから、これはちょっと除きます。しかし、御存じのようにアムトラックというのができまして、やはり国鉄が必要であるということで、アメリカでは鉄道史の中で画期的なことだったと私思いますけれども、小口輸送その他のサービス、まあナショナルミニマム的な郵便輸送や何かを確保するためにいわゆる国家補助を与えているという形態がございます。しかし、私たちが一番参考にしなければならないのは、いわゆるドイツ鉄道、フランス鉄道並びにイギリス鉄道、国鉄でございますね。そういうところがどういう形になっているかと申しますと、在来の輸送はいわばある場合にはナショナルミニマムをイギリスとフランスでは打ち切っております。すなわち、それはまた国土の体形の問題と広さの問題、またモータリゼーションとの相関関係もございますけれども、それはもう打ち切ってマーケットメカニズムに乗せる。すなわち、それぞれの契約運賃体系に戻す。ただ、それについてはいわゆる監察機関を設けて、それが正しいかどうかということを検討するという形になる。ことに、イギリスの場合は自由になって、内容は国家によってある程度チェックされます、ミニスター・オブ・エンビロンメントによってチェックはされますけれども、ほとんど自由である、公表もされないという形があります。そういう意味で、ナショナルミニマム論についてはイギリスとフランスはある意味において捨てたというふうに考えていただいて結構だと思います。  それから、三番目の貨物運賃の問題なんですけれども、何%上げたらいいか。私がいただいた資料——私も原価の項目まで非常に細かく調べたわけでございませんけれども、現状はわかりませんので、いまどれだけ上がったらいいのか、一応信頼するものとして運輸省御当局、国有鉄道等がおつくりになった資料を私いただいております。その二十五ページにいわゆる収入と原価の関係がございますけれども、そして四十七年度でマイナスの二千六百十八億円。これはさっき山口先生も言われた貨客とのコンモンコストですね、共通費の問題をどうするかの問題がございますけれども、やはりその問題ではその辺をもう一遍検討し直さないといけないし、いろいろな問題がございますけれども、やはり原価に見合うものまでは上げていくべきであるという考え方を私持っております。しかし、種類を分けていただきたいと思うのですね。先ほど言ったように、バルキーのものとかユニタイズのものによってコストがそれぞれ違います。また輸送の形態によっても違うと思います。フレートライナーとか普通のコンテナ列車とか集結列車——在来線の結合集結列車ですね、というのは全部違ってくると思いますので、そういうものによってやはり判定しなければならないものだ。ここには全体的な数字しか出てきておりませんけれども、ひとつその辺は考えていくべきであろうというような考え方で、何%がいいかということに対しては、いまのところ私もお答えする材料を持っておりません。ただ、そういうある種の分類と、それからナショナルミニマムを国家として持つべきか持つべきでないかということも決めながら、これは大体小量物品やある場合にはユニタイズ商品の中に一部分出てまいりますけれども、そういうものと絡み合わせながら、ひとつ考えていく必要があるだろうというふうに考えております。  それから、第四番目の大量輸送についての割引も、コストを割っての割引は間違いであると考えます。しかし、コストに見合う、プラス適正利潤のある割引なら私は結構だという考え方に立っております。

松本忠助公明党

○松本(忠)小委員 ありがとうございました。貨物駅の構造等の問題につきましては私ももう少し研究してまた先生にお教えを請いたいと思います。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 加藤六月君。

加藤六月自由民主党

○加藤(六)小委員 参考人の先生方には大変失礼で、途中で出たり入ったりいたしておりまして、おっしゃっていただきましたことは後から速記録で十分読ませていただいて勉強させていただきたいと思うのですが、この機会に、時間も大分過ぎましたから、ごく簡単に御質問しておきたいと思います。  岩尾参考人は、国鉄運賃及び国等の助成問題ということよりかあるべき姿、いろいろな問題の大所高所から、国鉄自体あるいは総合交通自体から離れたもう少し大きい立場から議論の展開をしていただきまして、そしてその間にこういう言葉が出てきたのです。低成長に移る場合にどの姿勢が必要か、低成長に移る場合の仕組みはどうあるべきかということについての御意見があったのですが、しからば、低成長に移る場合の仕組みというか姿勢というものは、具体的に何と何をどうやるのか。過去債務のたな上げとかあるいは借入金の処置その他いろいろな問題等も出ておりましたけれども、こういうものでなしに、低成長に移る場合の姿勢、仕組みというものをひとつ具体的にお教えいただきたいと思うのが岩尾参考人に対してです。  それから山口参考人には、きょうは私たちが新しい国鉄のイメージをつくり上げていこうとする場合に非常に参考になる数々、特に原価負担の新しい法則のようなものをお示しいただきまして、改めて過去の国鉄行政というものに対するわれわれ国会議員の物の考え方をある面では非常に改むべきヒントをたくさんいただいたのですが、その場合に、政府が負担すべき原価といいますか、あるいは政府が保証すべき原価ということの三番目ぐらいに、公共事業の代行であるような事業、すなわち国鉄の経営責任の範囲外というような言葉をお使いになったわけでございます。この国鉄の経営責任の範囲外——それ以外にも一、二、私のメモでは五とおりぐらいの過去の取りかえ投資に及ぶまでのいろいろな御趣旨の御説明がございましたが、この中で承っておきたいと思いますのは、若干政治的になるかどうかわかりませんが、経営責任の範囲外という問題と国鉄の当事者能力との問題はどうお考えになるだろうかということであります。これも経営責任の範囲外でございます。これも経営責任の範囲外でございますというので、山口参考人がおっしゃいました、まあ利子のすべてでなくして過去負債そのものもというところから始まったわけでございますが、しからば、歴代国鉄経営者というものはその経営責任の範囲外ということで逃れることができるのかできないのか。そうすると、これからの新しい国鉄をつくっていく場合に与えるべき当事者能力というものは一体どういうものであるのかというあたりが、実は率直に申し上げまして私たちの悩みの種なんです。その当事者能力というのは、政府や国会に抵抗することが当事者能力なのか、あるいは運賃を国鉄当局が独自に決めることが当事者能力なのか、あるいは新線建設に対し、その他いろいろな問題に対して抵抗する、あるいは通学割引あるいは貨物の政策運賃という問題に対して国鉄がびしびし経営者が言うのが一体当事者能力なのか、それとも、それは抑えつけられているから経営の範囲外だというのか。そこらあたりの問題をいま少しお教えいただきたいと思うのです。  中西参考人は、私いろいろ御指導をいただいておるわけでございますが、実は、きょうお話を最初から最後までよう承っていないので申しわけないと思いますが、一つ私はこういうことを考えております。  これは他の参考人にもお聞きしたいと思っておることなんですが、航空機とか自動車とか船舶は、一つの船当たり、航空機当たりあるいはバスならバス一台当たりに何人乗って、何キロ走って、償却が何年で、ガソリンの燃費が何ぼという採算ベースが出てくるわけです。タクシーでもしかり、航空機でも同じです。航空機の場合でも、私たちはヘリコプターと一般航空機の原価計算なんかもずいぶんやったことがあるわけです。国鉄の新幹線の車両一台あるいは国鉄の在来線を走っておる貨車のワムならワムの車両一台当たりに何トンの物を積んで、客車の場合なら何人積んで何キロ走った場合、その中に損益分岐点というか、一車両当たりの損益分岐点というものは一体出していいのか悪いのか、また出されるのか出されないのか。私は出してくれと言っていま運輸省、国鉄当局に要求しておるわけですが、はっきり言って、他のもろもろの問題については全部これがあります。したがって、過疎バスの助成につきましても、そういう問題等の厳しい計算をした上であの助成金というものを私たちは出していっておるわけです。ところが国鉄の資本勘定、建設勘定、損益勘定等もろもろのものからずっと入っていった場合に、車両一台当たりの採算分岐点というものに対するいろいろな条件というものは、私、不敏にしてまだ聞いていないわけです。これはもちろん私の留守中にあるいは出たかもわかりませんが、地方閑散線を走っておる車両と新幹線の車両の一車両当たりの投下資本はずいぶん違います。また任務、性格等も違いますけれども、車両一台当たりのそういうものを出した上での一つの一これはわれわれ、逆の言葉ではぶら下がり人口と言う。バスを一台走らせることによって何人乗るか、飛行機を、DC9あるいはDC10を飛ばす場合に何人の地上要員その他が要って採算がとれるのだ、その他の運賃がどうだということはやはり厳重にやります。そういう意味でこれはぶら下がり人口という言葉を使うたら失礼になりますから、そういう言葉は訂正いたしますが、そういう車両ごとの原価計算方式というものを国鉄の損益勘定の中に持ち込んだ見方というのはいいか悪いか、ここら辺についても、余り時間もありませんから、ひとつそれぞれの参考人にお教えいただきたい、こう思う次第でございます。

岩尾裕純中央大学商学部教授

○岩尾参考人 では、お答えいたします。少し漠然とした言い方をしましたのでお尋ねがあったと思います。  現在、高度成長の結果として出ておりますものはきわめて明瞭でございます。例の再建十カ年計画もそうでございますが、新幹線、幹線を近代化していく、これをふやしていく、一方、ローカルを切る。一方ではモータリゼーションを発展させる、航空機をさらに拡大するということでございまして、交通面であらわれております。これはいけない。この姿勢は穏当でない。新幹線にしましても幹線にしましても、それを有効な、ぜひとも必要な範囲内で、また必要なテンポでやっていくということ、これは私は決して否定しておりません。しかし国民が現在それを本当に必要としておるのかどうなのかという点をお調べいただいて、このテンポを考えるべきであって、ただ、こういう新しい新幹線、幹線の近代化そのものが自己目的になっているような感じ、あるいはモータリゼーションにしましても、もうこれだけ自動車をつくって、現に都市にいたしましても、農村にいたしましても、これが公害の最大原因になっているような状況、これを一体どうするか、それをどうやってコントロールしていくかということが問題であって、私が申し上げたいのは、こういうことをやめていきます場合に、どうもいままでの審議会でありますとかその他の意見を見てみますと、そのときそのときの情勢をどう調整するかという意見が非常に強いのです。それはまずい。国民生活にとって基本的にこれは本当に必要なのかどうなのかという観点で、この計画を日本の経済力の許す状況のもとでゆっくりとやっていくことが必要なのであって、その点が技術に対する一つの過信みたいなものがありまして、それが現在の社会的にそれを受け入れる条件を無視して、この技術を利用したならば産業の面で、あるいは企業の利益の面で非常に有効であるという観点で突っ走りますと、これは社会的な非常なマイナスとしてはね返ってくるということになります。またそれほど現在科学技術の水準は高まってきておるということが、私は低成長——低成長という表現も実は余り科学的な表現ではございませんけれども、余り急ぐなという「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」という言葉がございますが、そういう姿勢を考える意味で、むしろ企業なり産業、これは国民生活の道具なんですから、国民の要求を基礎にして計画を練り直してもらうということが一番の大事なポイントじゃないかと私は思うのでございます。  特に私は、この点は大都市の問題もございますが、現在ではこれは国会議員の方々、地方出身の方が多いからよく御存じだと思いますが、ローカル線にしましても千差万別、そう簡単なものではございません。だけれども農村の復興、農民、これをどういうふうに正しく成長させるかということも絡みます。したがって、文化的な条件も保障しなければいけませんが、農村の復興、ふるさとの復興というのが日本の国民にとりまして非常に大きな時期に来ておる。もう一度この点を見直す必要があるということ、これはかなり重要じゃないかと私は思っております。これは私、資本主義とか社会主義とかいう社会体制のことを言っておるのではございません。現在、国民が本当に望んでおる問題を最も有効に政治政策の中に生かしていくということをぜひお願いしたいということで、高度成長のかわりに低成長という表現を使ってあいまいなことを申し上げたわけでございます。その点おくみ取りいただければ大変幸いかと思います。

山口達良埼玉大学経済学部教授

○山口参考人 ただいまいただきました問題は、国鉄の経営責任の範囲内とか範囲外とかという、そういう表現の経営責任という概念はどういう考え方で言うのかという問題に触れますので、この経営責任のことにつきまして私の考えておりますところを申し上げてみたいと思います。  経営責任と申しますときに、私はここで経済性あるいは能率的な運営、こういう問題を無視できないのではないかと思うのであります。これは日本国有鉄道法の第一条に、一番基本的な目的でありますが、その条文の中にも「能率的な運営により、」というようなことがありまして、経営責任という場合には当然に能率的な運営、また経済的な運営、そういうふうに解釈しなければならないと思います。  ところで、先ほど問題にいたしました経営責任の範囲外という場合には、いまのような趣旨から言いますと、経済的に見て能率的に維持運営ができない分野、たとえば地方のいろいろな問題になっているような線区、それだけでそういう判断をするのは問題があるかもしれませんけれども、そういうような分野につきましては、経済計算的にあるいは能率的な運営というような面から見ますと、とても国鉄が経営責任を全うすることはできないので、その角度から見ると、もし長期的にそういうことであれば国鉄としては徹収せざるを得ない。しかしながら同じ日本国有鉄道法の第一条において、国鉄には他面において、「公共の福祉を増進する」という重大な使命があるわけであります。したがって、その「公共の福祉を増進する」という使命からこの経済的なあるいは能率的な運営の面から見ますと問題になるような、そういう意味では経営責任が全うできないような分野も公共福祉の増進というそういう観点から維持運営していく、したがって、その場合にはもはや経営責任の範囲内であって、それはいわば国の行うべき事業の代行ではないだろうか、そういう趣旨でいま申し上げたわけであります。  先ほど先生の御質問のありました国鉄の当事者能力をそれでは経営責任の範囲外ということで否定するのかという、私はそういう趣旨では毛頭ないのであります。むしろ国鉄の存在の意義と申しましょうか、私企業と違う点は、公共福祉の増進という経済計算を超える非常に高い目的があるわけでありますから、その目的にかかわらしめて、本来ならば昔は鉄道省のやっておった事業、その鉄道省のやっておった事業を国鉄に代行させるのだ、そういう趣旨でありますから、そしてそれは国鉄の十分な管理能力を尊重した上で、その当事者能力を十分に認めた上でそれに代行させるという趣旨でありますので、当事者能力を否定するというような考え方は毛頭ないわけであります。  十分な御説明ができましたかどうか……。

中西睦早稲田大学商学部教授

○中西参考人 大変にむずかしい御質問をいただいたわけであります。  まず第一に、交通サービスというのは即時財であるということですね。それから、いわゆる通路施設の原価とか可動施設の原価とか、それからそういう結節点施設の原価というようなものがすべて絡み合ってきて、しかも鉄道においてはその他の産業よりもさらにコンモンコスト、すなわち共通費の部分が非常に高い。だから管理的に、いわゆる今日におけるところのアメリカ会計制度なりいろいろな会計制度並びに原価計算の方式がございますから、その方式のあるものに準拠してされたとするならば、私はコストは見つけられると思うのです。しかし、そのコストは果たして本当の意味のロストなのかということになりますと、いわゆる国鉄自体の構造があって、そして国鉄の経営並びに職員も含めた一種の、これは私たちはコンダクトと申しますが、行動が行われ、企業行動が行われ、公企業としての行動が行われていく、その結果としての成果についてのコストをするわけですから、その組織と構造が変わればコストもまた変わってまいりますから、そのある時点のあるものについていわゆる静的なある制度を使っての分析というものはできると思います。それに、さらに私たちが経済学で行うところのダイナミックないわゆる動的なコスト分析も加えてみる必要性はあると思いますし、これもある程度のものはどこかでやらざるを得ない分野が非常に多いわけですが、そういう意味でするならば、お求めのものはある程度出てくるということは言い得ると思いますけれども、果たしてそれがその後のいわば政策判断の材料としてどれだけ長くもつか、寄与するかということになると非常にむずかしい問題だと思います。しかしながら、やはり経営をする以上、ある方式と法則によって原価をはじき出しておられるけれども、しかしそれを一車両当たりコスト云々ということにしていいのかどうかということになりますと、私は最低列車単位くらいまでに抑えるべきだとは思いますし、それ以上のものになりますとユニットとして動いているわけですから、私は非常にむずかしいのではないかというふうな気がいたします。だから、ことに貨物の場合には、一車両が数荷主または数十荷主によって満載されたり、またはロードファクターが満載できなかったり、ファクターが低くなったりいろいろな状態がございますので、一車両当たりのコストというものもそういう制度を使えばある程度のコストははじき出せるとしても、それは果たしてどこまで信じていい材料とするのかということに私は非常に疑問を持っております。そういうことでよろしいでしょうか。

加藤六月自由民主党

○加藤(六)小委員 どうもありがとうございました。  そのほかにもレーバープランの導入がどの程度の問題とか、いろいろ承っておきたいと思うこともあったのですが、時間も参りましたので、これで失礼させていただきます。大変貴重な御意見、ありがとうございました。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 これにて質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位にお礼を申し上げます。  本日は、御多用のところ、長時間にわたり当委員会に御出席をいただきまして貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。本委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)  この際、午後二時から再開することとし、暫時休憩いたします。     午後零時五十六分休憩      ————◇—————     午後二時二分開議

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  午後は国鉄問題について参考人として、社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長大橋成郎君、社団法人日本民営鉄道協会理事長深草克己君、以上両名の方に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。本日は、本問題につきましてそれぞれのお立場から忌憚のない御意見を承りまして調査の参考にいたしたいと存じます。  次に、議事の順序について申し上げますが、大橋参考人、深草参考人の順序で御意見をお一人三十分程度に取りまとめてお述べいただき、次に、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。  それでは大橋参考人にお願いいたします。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 社団法人全日本トラック協会のフレートライナー利用委員会の委員長をいたしております大橋成郎でございます。  本日は、当運輸委員会の小委員会にお招きをいただきまして、所信を申し述べる機会をお与えいただきましたことを厚く御礼を申し上げます。また、平素はトラック輸送並びに国鉄のフレートライナー利用に関しまして格別の御配慮を賜っておりますことを厚く御礼を申し上げます。  昭和三十年代から四十年代にかけまして日本経済は驚異的な発展、伸長を遂げてまいりました。この日本の驚異的な経済成長を支えた一つの大きな柱は、各企業あるいは家庭いろいろな輸送需要に対応した輸送機関がそれぞれの長所を発揮して物流を支えてきたというところに非常に大きな、重要な役割りがあったと考えております。これから高度成長時代から安定成長の時代に入ってまいりますけれども、総合的な国民経済の視野に立って総合物流の観点から今後さらに物流問題に取り組んでまいりたいと思いますので、今後とも諸先生方の御理解と御指導をあわせてお願いを申し上げます。  さて、早速本論に入らせていただきますが、現在国内の貨物輸送量は、昭和四十八年度の統計によりますと五十四億六千三百万トンの貨物が輸送をされております。そのうち国鉄が運びました貨物は一億七千六百万トンでございまして、トラックは四十九億一千二百万トンの貨物を輸送をいたしております。内航海運は三億二千二百万トンの貨物を輸送いたしております。トラックの輸送のシェアは国内の貨物につきましては九〇%を凌駕いたしておるような状態になってきております。  次に、昭和四十四年度に国民経済的な観点から国鉄を利用をして輸送を行うフレートライナーのシステムが制定をされまして、昭和四十四年から私たち主として路線トラック業者は国鉄のライナー利用をさせていただくことになりました。四十五年には私有十トンコンテナの制度が認められまして、四十四年当初におきましては路線トラック業者が鉄道を利用して運びましたライナーの輸送トン数は二万八千トンでございましたけれども、四十五年の私有ライナーの制度によりまして十五万八千トン、四十六年にはさらに遠距離における隔地間輸送の通達が運輸省から出されましてフレートライナー利用の道が拡大されましたので四十六年度の実績は八十万一千トン、その後四十七年には百七十九万九千トン、四十八年は二百四十三万一千トン、四十九年度におきましては二百四十七万三千トンのライナー輸送を国鉄のレールによって貨物を運ばせていただいておる現状でございます。現在ライナー列車に占める路線トラック業者が利用いたしておりますフレートライナーの貨物のウエートは、二百四十七万三千トンの四十九年度におきまして三六・一%の利用を路線のライナーが占めておる現状でございます。  次に、冒頭に申し上げましたように、国内の貨物の輸送量がふえておるにかかわらず、国鉄の貨物輸送は十数年間にわたって輸送量自体が横ばい、伸び悩みの現状を呈しております。  それでは、一体どういうふうな理由で国鉄の貨物輸送が不振になったのであろうかという点を私たちトラック業者の立場から考えてみますと、まず第一番に経済構造が成長時代に非常に大きく変わってきたということ、それにつれて輸送需要が高度化され、また地域社会の開発に伴って地域産業構造が変化していった、そういうふうな実態に国鉄の貨物輸送が即応できなかったということが最大の原因ではなかろうか。具体的には、太平洋ベルト地帯に産業と人口が過度に集中してくる、そういう、人たちを輸送するための、いわば旅客優先主義とでも申しましょうか、そういうところに線路容量が非常に多く割かれて、貨物輸送というものは線路容量の不足から荷主の要望にこたえ得るような列車ダイヤの編成ができなかったということ、さらに貨物を輸送するための貨車、機関車、こういう輸送力を伸ばしていくための投資が不足しておったということ、さらに多種多様な顧客の要望にこたえていくための、貨物の結節点であるターミナルの流通拠点の整備がきわめておくれて不十分であったということ、こういうふうなことから、輸送需要並びに経済構造の変革に国鉄の貨物輸送の体制自体が整っておらなかったということが最大の原因だと考えております。  さらに、不振の第二の理由は、顧客に対するサービスが十分でなかったというふうに思われます。顧客は荷物を出した場合に、その貨物がいつ荷主に到着するかという、いわば到着日時を明確化してほしいということが第一番の要望でございますけれども、この到着日時の明確化ということについてはきわめてテンポが遅かったということ、さらに荷主の出荷体制に即応し得るような列車のダイヤ編成ができておらなかったということ、それからさらに、運賃体系そのものがきわめて硬直的な運賃体系であったために、多種多様な顧客のコスト負担に即応しておらない運賃体系が今日まで実施されておったのじゃないか。また、そういうふうな鉄道を利用することによって、これはまあ通運事業者等の意見でございますけれども、いろいろなオペレーションに関連をしたメリットが、これを利用する者に十分還元されなかったところに、鉄道を利用する場合の魅力に欠けておったのじゃないか。いわば総じて顧客のサービスが十分でなかったということが指摘されると思います。  さらに第三番目は、特に国鉄の労使の関係が不安定でございますので、輸送の正確性というものが保証されない。また同時に安定した輸送力の提供が十分でない。したがって、一般の国民は、鉄道輸送はよいけれども国鉄はどうも感心しないということで、一般国民の信頼を失ってきたところに、国鉄の貨物輸送の不振の非常に重要な側面があるのではないか、かように考えておる次第でございます。  また今日、私どもがフレートライナーを利用いたしておりましても、順法あるいはスト等の局面に立ち至りますと、列車ダイヤの回復は旅客優先でもって、旅客列車が最優先で正常化される、貨物列車につきましては、一たんダイヤが狂ってきますと二週間ぐらいたたないことには正常なダイヤに復せないということでは、正確性のある国鉄の貨物輸送というものはとうてい実現し得ないのではないか、そういう点の体制の整備が急がれる、かように考える次第でございます。  それでは、それに反しまして一般のトラック、特に長距離等におきましては路線トラックが急激に昭和三十年以降伸長いたしておりますけれども、路線トラックは顧客に対して出荷主から着荷主まで、いわばドア・ツー・ドアの輸送方式でもって一貫輸送を行う、いわば一貫責任体制をとっておるところに、国鉄に見られない顧客を中心とした輸送体制をしているところに根本的な伸長の理由があるというふうに考えております。  そしてまた、路線トラックは小口の貨物を中心に取り扱っておりますけれども、参考までに申し上げますと、昭和四十七年度の調査によりますと、取り扱っております貨物の一個の重量は平均二十四キロでございまして、一口当たりの平均個数は八個、一口当たりの平均重量は百九十七キロでございます。平均の輸送距離は四十七年度が三百九十八キロメーター、四十八年度は四百八キロメーターということで、年々わずかずつでございますけれども、平均の輸送距離が伸びる傾向を示してきております。  路線トラック業者は、これらの小口の貨物を顧客の要望どおりに輸送していくために仕向け地別に貨物を仕分けし、システムとしてこれを輸送していくために、古くから都市内外並びに郊外地等におきましてこれらの貨物の結節点となるターミナル施設の拡充強化に努めてまいりました。今日ではとても、大都市の中心部においては広範なターミナル用地をみずからの資力でもって確保することは至難のわざでございますけれども、昭和三十年代から四十年代にかけまして、将来の必要性にかんがみてみずからの資金でもって膨大なターミナル施設を建設してまいりました。最近、ようやく総合物流の観点から、交通体系の中でも物流の重要拠点施設の整備という問題が取り上げられておりますけれども、私たち路線業者は小口の貨物を輸送していくためのターミナル整備につきましては、ずっと古くからこれを実行してまいりました。そういうふうなハード面が顧客に対して非常に信用を博して、今日の小口貨物の伸長につながってきた、かように考えておる次第でございます。  また、ドア・ツー・ドアの一貫輸送方式で貨物を運んでいくのと同等に、顧客の日常の情報の伝達を十分に図っていく、かようなことでテレックスあるいはテレタイプ、そういうふうな通信網を社内に設定いたしまして、十分な顧客の出荷主、着荷主の情報連絡ができるように情報機能を兼ね備えて今日まで仕事を続けてまいりました。  今日、日本経済の発展はきわめて急激でございますけれども、特に昨今の不況の時期になってまいりますと、顧客はみずから在庫を持たない。もう生産ラインの中に輸送してきたものをすぐに連結せしめていくということで、在庫を持たずに商売される顧客が大多数でございます。そのため、従来は六百キロの輸送圏におきましては、翌日配達をすれば十分顧客の満足を得ておった。ところが、昨今におきましては、六百キロ圏はすでは翌日の午前中に配達を完了しなければならない、一千キロの距離程の輸送につきましては翌日中に配達しなければならない。こういうふうな要望が非常に強くなってまいっております。トラック業者はこういうふうな顧客の要望に十分にこたえるためにいろいろなシステムを生みながら、よい輸送力をいかにして提供するかということに日夜専心をしてまいりました。そういう顧客に対して背を向けたのか、あるいは顧客の要望を取り入れるように努力をしたかということの差異が今日の国内輸送量の数字の差異となってあらわれておるのではないだろうか、非常におこがましい言い方でございますけれども、かように考える次第でございます。  それから次に、先ほど申し上げましたように、私どもはライナーの利用をさしていただいておりますけれども、これは国民の、日本の国としての省エネルギー、省資源、そういうふうな政策から四十四年にライナーの制度が実施されました。これは国鉄の持っておる大量の高速輸送の機能と、トラックの持っておる集配機能あるいは顧客に対するサービスの機能、こういうものを結びつけて一緒にやっていこうということが本来の趣旨であったかと考えられますけれども、今後におきましては、私どもがさらに安心して国鉄の利用ができ得るように、監督官庁であります運輸省あるいは国鉄御当局に対していろいろなお願いを申し上げておるわけでございます。  具体的な施策といたしまして、まず貨物輸送につきましては、先ほどから申し上げておりますように、輸送の時間帯をどのように設定するかということ、それから輸送の時間をできるだけ短くするということ、それからさらに運賃制度の条件を整備していただくということを前提条件として、私どもは国鉄の貨物輸送を利用いたします場合に、自社でもって私有コンテナを製作をいたしまして、路線事業者は現在三千八百個の私有十トンコンテナを保有いたしておりますけれども、この私有コンテナの割引率は現在一〇%の割引をちょうだいをいたしております。したがって、この私有コンテナは片道の使い捨ての輸送でなくして、あくまでも社内を循環いたしますので、往復輸送ということが鉄則でございます。この往復輸送にかかってくるために割引率をさらに広げていただきたいということ、往復輸送だから、国鉄に対しては最もコストの安い輸送方式を提供しておるわけでございますから、往復利用によるメリットを何とか利用者に還元をしていただきたいということもお願いを申し上げておる次第でございます。  また、私有コンテナの空コンテナを返送、回送いたします場合には、現在の制度は七〇%の割引でこの空コンテナを利用者の負担において輸送をいたしておりますけれども、国鉄の所有しておるコンテナの場合は国鉄の費用負担において返送がなされておるわけでございます。そういう点で、空コンテナの返回送についていろいろと格段の御配慮をお願いしたいということを申し上げまして、この点につきましては去る四十九年の十二月一日から同月に同一系統で同一方向に仕向けする実入りコンテナ四個に対して一個の空コンテナの返送は無料にするという恩恵を受けることができました。しかし、全般の問題といたしまして、いろいろその他の面においてもターミナル等の施設の利用につきましては、通運業者の鉄道利用とトラック業者の鉄道利用は、そのコスト負担において根本的に異なっております。トラック業者は自社の専用ターミナルにおいてコンテナの詰め込み作業を行いまして、自社の車両でもって国鉄の貨物駅に貨物を持ち込む、また到着した場合はこれを引き取るということで、駅頭における施設は一切利用をしておらない、また一般の国鉄コンテナのように、ターミナル駅頭において貨物の遅配が出るあるいは貨物の滞貨が出るあるいは滞留時間が長い、そういうふうなことがございませんので、国鉄当局にとっては最もコストの安い輸送方式ではなかろうか、そういう点について利用業者に対してさらにメリットを還元するような方法をぜひともお考えをいただきたいということを御当局にお願いを申し上げておるのが現状でございます。  さらにもう一つの問題は、私たちは十トンの私有コンテナを利用いたしておりますけれども、これは運賃は九・五トンの運賃を負担いたしておりますが、実際の内容積、詰め込みの容積は平均いたしまして七・六トンの貨物しか積載できないのが実態でございます。ちょうど昭和四十四年に通運の事業者が混載の貨車から混載のコンテナ制度に移行いたします場合の暫定措置として、例の緑のコンテナには五トンの貨物が載らないということで、二五%の範囲内において割引することができるという暫定の移行措置が打たれました。実際の支払いベースにおいては一八%の割引が行われておるのが実態のように漏れ承っております。その点について同じような考え方で十トンの私有コンテナについては実際七・六トンしか貨物が積載できませんので、容積に対する割引措置をぜひともお願いしたい、これを現在強くお願いを申し上げておる次第でございます。  さらに、昨年の十月に国鉄の貨物運賃が値上げをされました。平均二四・一%の貨物運賃が値上げされたわけでございますけれども、フレートライナー料金が新たに設定をされました。実際私どもがフレートライナーを利用いたしております区間につきましては、平均のオンレールの運賃は二九・二%上がったことになってまいります。同じく路線トラックの運賃も昨年の七月に運輸大臣から認可をいただきましたが、長距離については余り大幅な是正が行われておりませんので、ライナーの利用区間を比較いたしますと、平均八%余りの運賃の値上げしかちょうだいできなかった。そのために従来はライナーを利用してメリットが若干ございましたけれども、昨年の十月からの国鉄貨物運賃の値上げにつきましては、いわばトラックの運賃値上げと鉄道の貨物運賃の値上げが逆ざやの現象になってまいりまして、利用してもメリットが出てこないということで、将来最も望ましい協同一貫輸送の方向づけがどういうふうな方向づけになっていくのか、非常に不安感を抱いておるのが私たち業者の実態でございますので、かような点につきましても諸先生方の格段の御配慮をいただければまことにありがたいというふうに思っております。  それでは最後に、そういうふうないろいろな面において、いろいろな条件が整備をされてきた場合に、今後どのくらいの国鉄の貨物利用運送が可能であるかということの数字を若干推計いたしたいと思います。  現在、路線トラック業者は年間約五千万トンの貨物を輸送をいたしておりますが、四十九年度のライナーの実績は、先ほど申し上げたように二百四十七万トンでございます。輸送距離四百キロ以上の貨物を路線トラックが運んでおりますのは、大体二千四、五百万トンでございますので、最も効率のある協同一貫輸送を進めていくために、この輸送距離のうち半分の貨物をライナー輸送に転移した、そうした場合に、年間千二百万トンから千二百五十万トンくらいの貨物は国鉄のライナー輸送の方に転移できる性質のものである、かように考えておりますので、昨今いろいろ国鉄問題が論議されておりますけれども、そういう利用者の声というものを何とぞお聞き届けをいただきまして、将来とも安心して協同一貫輸送が推進できますようにお願いを申し上げまして、つたない論旨でございますけれども、私の陳述を終えたいと思います。ありがとうございました。(拍手)

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 ありがとうございました。  次に、深草参考人にお願いいたします。

深草克己社団法人日本民営鉄道協会理事長

○深草参考人 民営鉄道協会の深解でございます。  本日は、私どもの私鉄業界としての立場から見た国鉄という形でお話を進めてまいりたいと思います。  まず、皆さん重々御承知のこととは思いますが、私鉄の立場から見た国鉄ということでお話を進めてまいりますのには、簡単な歴史的な沿革をたどってみたいと思うわけでございます。国鉄が新橋−横浜間に鉄道を開通させたのは明治五年でございますが、それから十年余りおくれまして、明治十六年に日本鉄道株式会社、これは私鉄でございますが、これが上野−熊谷間に鉄道を敷いたわけでございまして、これが私鉄の日本における始まりだというふうに御理解願いたいと思います。そのころからいわゆる鉄道ブームというものが続きまして、民間で盛んに鉄道を敷設をいたしたわけでございまして、明治二十五年の時点で総延長をそれぞれ見てみますと、国鉄は、東海道線が恐らく主体だったと思いますが、八百八十六キロメートルでございまして、当時私鉄は二千百二十四キロに及んでおったわけでございます。このころから、政府も鉄道を私鉄だけにやらせておくわけにはまいらないという、国家目的のため計画的な鉄道敷設ということの必要性を恐らく考えられたのではないかと思いますが、国鉄が建設すべき基本的路線、これを決定する鉄道敷設法が制定されております。また、明治三十三年には、私設鉄道法を制定いたしまして、国鉄と私鉄との相互間及び私鉄相互間の一貫輸送等について規定をいたしております。しかし、実態上は、日本の鉄道網の基幹的部分に相当の私鉄がはさまっておったということのために、国策上これらを国鉄に統合する必要が恐らく生じてきたのだろうと思いますが、明治三十九年に鉄道国有法が制定をされておりまして、これの第一条に「一般運送ノ用ニ供スル鉄道ハ総テ国ノ所有トス但シ一地方ノ交通ヲ目的トスル鉄道ハ此ノ限ニ在ラス」というような厳然たる規定がここでなされておりまして、ここで初めて国鉄と私鉄とのいわゆる鉄道の分野というものは一応明確にされておるわけでございます。この鉄道国有法によりまして、当時、主として大きな私鉄でありますが、十七の私鉄が国鉄に買収をされておるわけでございます。これによりまして、当時五千二百三十一キロメートルありました私鉄が一挙に七面十七キロに減ってまいりまして、逆に二千五百六十二キロありました国鉄が七千百五十三キロと約三倍に一挙にふえておるわけでございます。その後明治四十三年に軽便鉄道法、昔は軽便と言っておりましたのですが、軽便鉄道法、それから四十五年に軽便鉄道補助法というのが制定されましたが、これはあくまでも国鉄の交通市場を開発し、培養するために地方の私鉄の建設促進を図らなければならないという趣旨でできたわけでございまして、この二つの法律が現在の私鉄が規制を受けております地方鉄道法の母法となっておるわけでございます。  私鉄の建設ブームというものはいろいろ波がございましたが、大正年代の後半、欧州大戦が済みました後でございますが、そこでまた大きな私鉄建設ブームが起こりまして、大都市交通の中の私鉄が現在のような姿になった基盤がそのころにすでにでき上がっておるわけでございます。それから、最近と申しますか、第二次大戦中に、やはり戦争目的のためということだろうと思いますが、一部の地方鉄道が国鉄に買収になっております。戦後になりましてそういったことはございませんが、戦後の鉄道の建設状態は、国鉄は細々ながらではございましたが、鉄道の建設が続けられまして、地方あるいは大都市におきましても線路増設その他が行われてまいりましたが、私鉄の場合は大都市の地下鉄あるいは郊外線の延長、こういったプロジェクトを除きまして、ほとんど新線建設は行われてまいっておりません。  以上のような歴史的経緯もありまして、大体におきまして、当初は別といたしまして、その後は私鉄は国鉄の培養線的性格という位置づけがなされておりまして、昔の鉄道省時代には鉄道特別会計ということで、当時は国鉄の経理も非常にゆとりがありました関係もあると思いますが、自分の培養線である私鉄に対する手厚い保護、助成が行われてまいったわけでございます。最近になりましてようやく、非常に遺憾なことではございますが、地方の中小私鉄が疲弊をいたしてまいりまして、どうしても立っていけないということで、新しい観点から欠損補助制度が確立をされてまいったわけでございますが、昔の鉄道省時代の手厚い保護、助成のことをよく知っております経営者は、鉄道省時代の補助制度をいまでも非常になつかしがっておるような次第でございます。  一方、国鉄と私鉄との間には並行競争路線も一部ございます。これらの区間ではいまだに根強い対抗意識がありますが、これは悪い意味の対抗意識ではなくて、裏を返しますと、サービス競争ということで、利用者にとってはいい結果をもたらしておるものと信じております。こういった並行路線では、やはり運賃といいますのは競争の一つの大きなポイントになるわけでございますので、原価計算上はかくあるべき運賃というものはそれぞれの路線にありますけれども、勢い競争路線の運賃に引きずられてそれに合わせざるを得ないというような現象がそういったところには起きておるわけでございます。いずれにいたしましても、利用者の便利ということを考えまして、私鉄の場合起点が国鉄の駅に置かれておるところが大部分でございます。いわゆる連絡運輸が行われておるわけでございますが、そのほかにまた相互の線路に自社の車両を乗り入れるいわゆる相互乗り入れというのも一部に行われております。貨物の場合にはもっとこの点は密接でございまして、私鉄と国鉄との間でそれぞれの貨車に積みかえをするということは、これは非常に不経済なことでございますので、ほとんど連絡運輸を行って、自社の貨車が国鉄に入り、国鉄の貨車が私鉄の社線に入っているというような状態でございます。  こういったことで、貨物の場合には運賃制度もほとんど国鉄と私鉄と変わりませんで、運賃改定も従来は原則として国鉄と同時に行われてきたというのが実情でございます。地方の貨物を扱います私鉄の場合には、国鉄の貨物運賃が上がらないと自分らの方も上がらないということで非常に困っておりまして、まあ一部は現実に営業キロ程の増加というような便法を用いまして実質的な運賃値上げがされておりますが、制度的に国鉄と一緒ということは、経営状態が違います両者の間には問題もないわけではないのでございます。  そういった国鉄と私鉄との間には非常に密接な関係がございまして、特に接点におきましてはいろんな取り決めが行われております。たとえば駅の共同使用それから車両の乗り入れ料とか貨車の留置料、こういった問題がございますが、先ほども申しましたように、私鉄は国鉄の培養線ということで、これらの点につきましても非常に手厚い保護が行われておったわけでございますが、現在は国鉄の台所が非常に芳しいためもありましょうが、私鉄にとっては昔に比べて大変渋い条件を押しつけられまして、泣く泣くその条件をのまされておるというのが実情でございまして、もう少しおおらかな気持ちになっていただくためにも、親元の国鉄の財政基盤の確立が望まれるわけでございます。  私は、営業距離の長い短い、これは別といたしまして、同じ鉄道事業として国鉄と私鉄とどこが違うのか、余り違わないのではないかというような考えを持つ一人でございます。なるほど鉄道国有法によりまして国鉄、私鉄の交通分野は明確になっておりますが、私どもから見ますと、最近は鉄道国有法の中に書いてございます一地方の交通を目的とするような鉄道も鉄道敷設法の別表に掲げられておりまして、国鉄が建設をされておる。一方、鉄道の非常に大きな使命の一つになっております通勤通学輸送、特に大都市でございますが、これは私鉄も相当の分担をしておる。そうなりますと、まあ遠距離の都市間輸送あるいは全国的な貨物輸送、これは別といたしまして、社会的観点から申し上げますと、国鉄も私鉄も公共性という立場からは余り区別はつけにくいのではないかというふうに思うわけでございます。現に鉄道営業法は私鉄も国鉄も同じ適用を受けております。また事業法でございます日本国有鉄道法と地方鉄道法を比べてみましても、むしろ地方鉄道法の方が監督規制が厳しいわけでございます。  それから運賃は、国鉄は国会にかけられます。私鉄は大臣認可でございますが、大臣認可である私鉄の場合も、特に大手私鉄の場合は申請を出して認可になりますまでに非常に暇がかかるということは、国鉄と毛頭変わらないわけでございます。  それからまた営業線の廃止、つまり赤字が出てしょうがないのでやめたいという営業線の廃止も双方とも大臣認可で、また地元住民の反対も国鉄、私鉄特に変わった点はございません。  労働関係法規の適用が一部異なりますが、私鉄の場合もストライキ権はありますけれども、公益事業で一定の制約があることは皆様御承知のとおりでございます。  それでは国鉄と私鉄の基本的な違いはどこにあるかと申しますと、企業の持ち主が国であるか私人であるか、つまり一方は国の出資による公共企業体であり、一方は株式会社であるということであろうかと思うわけでございます。株式会社であります以上、株主に対する妥当な配当というのが一つの至上命令でございます。利益が出れば法人税を納めなければならない。その辺が基本的に私鉄と国鉄と違う点だと思います。また企業の性格上兼業の自由が私鉄にはございますが、国鉄の場合には日本国有鉄道法によりまして制約を受けております。これも一つの大きな違いでございます。兼業で利益が上がりますれば、同じ会社内でございますと本業の鉄道部門の赤字はこれで埋めることは可能でございます。しかし私鉄でも地方の大部分の中小私鉄は、兼業はやれてもできない状態でございます。またやってももうからないという点は、結果的には国鉄と同じでございます。また大都市の私鉄も、いままでは何とか兼業の利益で本業を助けてまいりましたが、昨今の不動産事業、特に税制の強化あるいは国土利用計画法等によります規制の強化、あるいは不景気というようなもろもろの問題が重なりまして非常な不振をきわめております。会社の人に聞きますと、不動産部門の人などから、「自分のところが火の車になっているのになぜ鉄道の赤字の穴埋めの加勢までしなければいけないのか」というように責められて、鉄道部門担当の重役さんは非常に肩身の狭い思いをしていると聞いております。  私思いますのに、本来事業部門別にそれぞれの競争市場が存在をいたしております。そこでそれぞれの市場価格が形成されるのが原則でございまして、鉄道の商品価格でございます運賃を安くしておいて、たとえば不動産部門の商品価格、土地の値段を高くしてもうけてそれで埋め合わせをするということは、一時的な内部の経理操作は別といたしまして、それぞれの部門の消費者、利用者がそれぞれ異なるわけでございますから、そういったことをいつまでも続けることは許さるべきではないと考えます。  逆のことを申しますと、たとえば不動産部門が赤字になったという場合に、それでは同じ会社の鉄道部門の運賃を上げて不動産部門の赤字を埋め合わせるということを仮に私どもが主張いたしましても、だれも鉄道利用者の側の方は納得はしてくれないと思います。鉄道部門が中小私鉄のみならず大手私鉄も赤字でありますことも、残念ながら現在の国鉄と共通な問題でございます。  次に、国鉄も私鉄もどうしてこういうふうに赤字なのかという鉄道事業の経営の困難さの原因はどこにあるか、これはもう諸先生方いままでのお話いろいろお聞きになってあれとは思いますが、私どもの立場から一応述べさせていただきます。  第一は、鉄道は独占時代がもうとっくに過ぎまして、ほかの交通機関との競争にさらされていることでございます。しかも後から出てまいりました交通機関、これは比較的国の保護が大きかったというふうに私どもは考えております。国鉄の場合には航空機や内航海運の影響もありましょうが、国鉄、私鉄共通に受けております打撃は自動車でございます。田舎の中小私鉄は言うまでもないことで、大都市でも鉄道輸送量の伸びはせいぜい現在二%弱でございます。十年くらい前まではベースアップも少なかったわけでございますが、人件費の伸びを輸送量の自然増で賄うことができたわけでございます。そのころの輸送量の自然増は約一〇%くらいございましたので、それで十分ベースアップは賄えてまいったわけでございます。  いまはどうかと申しますと、大手私鉄の場合、旅客収入に対して人件費の比率が平均六五・二%でございますが、仮にわかりやすく人件費比率を五〇%として申し上げますと、一〇%のベースアップがございましたとすれば、比率が五〇%でございますから五%の収入増がなければそれを賄えないわけでございますが、輸送量の自然増は二%しかございませんので、残りの三%は運賃アップがないと一〇%のベースアップは賄えないという計算になります。国鉄の場合には人件費比率がもっと高いので、この計算で出ます数字はもっと大きなものになると思います。  第二点はこのことと関連をいたしますが、労働集約型産業でありますために、人件費が上がりますと、一般製造業と異なりましてコストアップが非常に激しいということでございます。ベースアップ率とコストアップ率、つまりベースが相当上がってもコストには響かないんだというような説をなす方もございますが、大体の常識と申しますか三分の一程度というのが常識的に言われております。つまりベースアップが三〇%ありますとコストに一〇%というようなことを言われておりますが、これは機械産業その他も含めまして全産業の平均でそういうことになるわけでございまして、鉄道も含みましたいわゆるサービス業、第三次産業、つまり人件費比率の高いようなところではとうていそういうわけにはまいらないのでございます。  さらに残念なことに、鉄道の場合には能率化、省力化に限度がございまして、ホーム要員を合理化のために少なくしますと危なくてしょうがないから、ホーム要員は残せというようなことを言われております。そういうことで、安全の立場から言いますと、省力化にもおのずから限度があるわけでございまして、人件費の問題が非常にコストにはね返る率が大きいということが第二でございます。  第三は、借金が多くて非常に利子がかさむという点でございます。これも国鉄、私鉄共通の問題でございます。鉄道がもうからないからといってお客さんをぎゅうぎゅう詰めにしておくわけにはまいらないわけでございます。そうなりますと複々線にしたりホームを延ばしましたり、あるいは車両を新しくつくったり、またサービス向上ということで冷房化をしたりしてやりますが、それでもそういったことをやりましてもお客さんはそれほどふえるわけではございません。特に大団地ができまして新線を敷きましても、いまではキロ七十億、八十億というような莫大な建設費がかかるわけでございます。これでは金利も払えないというような状態になるわけでございます。運賃が適正な利潤を生むように法律どおりに決められておりますれば、ある程度自己資金の投入ができるわけでございますが、これができない。したがって、総合金利も非常に高くなるということでございます。また、鉄道投資は懐妊期間も非常に長いというようなことになりますと、借金を期限までに返せない、おのずから借りかえということになりまして利子は大きくふくらんで経営を圧迫し続けるわけでございます。私鉄の中にも、幾ら公益事業だからといってもうこれ以上工事をすることもできない、運賃がこんなではもう投げ出したいくらいだというような声すらあるわけでございます。しかし現実には投げ出せないというのがまた公益事業の宿命であるわけでございます。  最後の第四点でございますが、これは基本的には運賃のレベルが非常に低いということであろうかと思います。ほかの物価との対比につきましては、国鉄あたりからも御説明があったと思いますので、申し上げませんが、私どもは、戦後すぐとられました、石炭の傾斜生産方式というのを思い出すわけでございますが、あのように、たとえば鉄道向けには鉄鋼や石油などは特に安くします、税金も取りません、金利も取りません、だから鉄道運賃はいまのままでやってくださいというのなら私どもも理解をいたします。私どもは決して新聞や理髪代と同じ倍率で上げてくれとは言っておりません。また消費者物価の平均倍率までとも書ってはおりません。せめて鉄道が生き延びていくための最小限度の糧を与えてくださいというふうに主張をいたしておるわけでございます。運賃が安いことは利用者にとっては一時的には非常にいいことだと思います。私どもも決してインフレ礼賛者ではございませんで、安定した物価を特に希望いたしておるわけでございます。しかしながら、安ければ必ず需要がふえてまいります。どこかの外国で運賃ただという試行をいたしたようでございますが、まあただでなくても、運賃が安ければ需要はそちらの方にふえてまいります。そうなりますと、鉄道側としては、もうかる当てもない投資を強いられてくるわけでございます。四年も五年も待たされれば、今度上げるときの上げ幅は非常に大きくなるわけでございます。また、その間サービスは低下をいたします。長い目で見てどちらがいいのかという判断をぜひしていただきたいと思うわけでございます。  次に、利用者負担か税金かという問題について、私の考えなり希望を申し述べさせていただきます。  一般価格水準、それからほかの交通機関との比較、これも単なる運賃面の比較だけでなく、国家資源の適正配分とかあるいはエネルギー効率、あるいは公害の発生、こういったものも考慮して、ほかの交通機関との比較などから運賃の値上げの限界というものがいつか訪れると思いますが、その値上げの限界に来るまでは利用者負担でいくべきだと私は思います。そろそろそういう意味で限界に参りました地方の中小私鉄があるわけでございまして、そうなりますと必ず経営者は事業の廃止を考えるわけでございます。しかし、なかなか廃止ができない。国としても、これは残すべきだというようなものについては、先ほども申しましたが、中小私鉄の欠損補助制度がございまして、これは国と地方公共団体の折半によって欠損補助をいたしております。国鉄は全国一律の運賃制度でございますために、私鉄と国鉄との運賃の比較では、地方の方は私鉄の方が高うございます。場合によっては三倍、四倍の運賃を私鉄の方が取っております。しかし大都市では私鉄の方が若干安いところがございます。国鉄が線区別の運賃を、実際にやるやらぬは別といたしまして、せめてあるべき姿としてでも出してくれますと、本当の姿があらわれまして、私鉄、国鉄あるいは自動車を含めました輸送調整ということも前進するのではないかと私は考えます。現在国鉄の最低運賃が三十円ということでございまして、いかにも安いように私ども考えます。名古屋その他の市営バスが百円のバス運賃の値上げ申請をしておるような時代でございますので、何か国鉄の最低運賃三十円というのは割り切れないものを感ずるわけでございます。  いきなり利用者負担か税金かということを申しましたが、運賃がだめならすぐ税金で赤字を補てんすべきかという議論がございますが、私はそう短兵急な結論に持っていくべきではないと思うのでございます。そういうことでは経営者もあるいは働く従業員も意欲はわかないと思います。税金による直接助成に踏み切る前に、いわゆる制度面で鉄道事業の重荷を軽くしてやるという方法がないかということを考えてみる必要があるのではないでしょうか。  第一は税制面でございます。税金は本来公平でなければなりませんが、公益事業等一定の理由がありさえすれば減免措置が現にとられております。国鉄の市町村納付金、これに相当する私鉄の固定資産税、いずれも一般に比べまして安くなっておりますが、戦前は国鉄、私鉄とも地租免除という制度がとられておりました。これはシャウプさんが来られたときに、とにかく税の公平ということから鉄道の地租免除はいけないということで一般並みにしてもらって、また後からだんだん下げていただいたわけでございますが、これなども戦前に返って地租免除というような措置をとっていただけたらというふうに思います。余談になりますが、シャウプさんのところに、いや、鉄道は地租免除を続けたいと思いますということを税務当局の大蔵省まで言ってまいったというような話も聞いております。  一例を申し上げましたが、こういう角度から鉄道の税制を国鉄、私鉄共通の問題として、鉄道事業という立場、社会資本という角度から見直す必要はないでしょうか。これに関連しまして、昨年新しくできました事業所税というのは、国鉄は国に準ずるということで当然かかっておりませんが、私鉄の方も鉄道の用に供するものは幸いに免除になったわけでございます。こういった種類のものをいろいろと洗っていただきたいというふうに思うわけでございます。  第二番目は、定期割引を含む公共割引でございます。通勤通学の割引は、割引という名にしてはいかにも大き過ぎます。私鉄の場合は法律の規定はございませんが、国鉄に右へならえをさせられております。割引率は区間によっては国鉄より大きいところすらございます。特に申し上げたいのは、通勤定期はほとんどが企業負担でございまして、たしか九千円までは損金で経費として落とせるようになっております。赤字の鉄道がなぜ他企業の人件費を割引してまでサービスをしなければいけないのでしょうか。その上に、そういった方は皆ラッシュに殺到するわけでございます。ラッシュ対策のための投資までさせられるわけでございまして、全く他企業に対する二重のサービスであるわけでございます。本来この割引は合理的な率普通運賃の六十倍ということは私もいま主張はいたしません。おのずから合理的な率があると思いますが、そこまでは割引を下げるべきだと思います。さもなければ、ちょうどフランスが事業所税から定期割引の補てんをやっているように、事業所税から財源を持ってきて、そこから国鉄、私鉄の定期割引の補てんをしていただきたいと思います。  それから通学でございますが、いまいろいろ大学までやっておりますが、私は義務教育程度にとどめてやったらいかがかと思います。それから特に小学校、中学校あたり、公立学校が近所にあるのに有名な私立学校に——私、大船から通っておりますが、横浜からグリーン車で小さい女の子が東京の学校に通っております。そういった人まで救済する必要は私は絶対にないと思います。そして本当に必要な山間市町村の義務教育の通学者、これは国や地方公共団体で補てんすべきであります。現に、鉄道の通ってないところは市町村の通学バスすらあります。これは市町村が負担をいたしておるわけでございます。鉄道がせっかくあるのですから、せめて割引分くらいは地方公共団体あるいは国で負担してしかるべきだと思います。幸いに戦傷病者につきましては、国鉄の場合法律の先例がございますので、身体障害者の割引とか、あるいはいま私が申し上げました義務教育通学者の割引、これなども先例がございますので、やろうと思えば決心次第でできると思います。  ほかにもまだあろうかと思いますが、これらは鉄道として共通の問題でございまして、国鉄、私鉄とも同様な観点から御検討いただきたいと思います。イコールフッティングという言葉がございまして、これは主として異なった交通機関との間のみで言われておりますが、私が主張したいのは、国鉄、私鉄という鉄道事業相互間にもイコールフッティングをぜひ考えていただきたいということでございます。  それから、いままでは共通の問題でございましたが、制度的に申しましていま一つ国鉄特有の問題がございます。それは共済組合の使用者負担で、国鉄が負担をいたしておる中に、いわゆる使用者としての国鉄と国としての国鉄と、二重の負担を国鉄がさせられております。国の代行を共済組合の負担金でやっておりますが、これなども、そういったことに十分たえ得た時代の国鉄とはいまや違いますので、国鉄の重荷から取り除いてやるべきが至当だと考えます。  ついでに、細かい問題かもしれませんが、運賃値上げの際の定期券、回数券の先買いという現象がございます。これは、まあ私鉄は七月でございましたら国鉄は十月に上がりましても、得べかりし利益が莫大に喪失をするわけでございます。たばこは流れましたけれども、たばこの場合には、証紙を張って、即日、法律で決められた新しい値段にすぐ切りかわることができますが、私鉄の場合には、たまたま定期があと半月ぐらいしか残っていない人とそうでない人、利用者間にも不公平を招くことでございまして、制度的にはぜひたばこ並みに改めていただきたいと思います。定期券に証紙を張るのは非常にむずかしいと思いますが、何かそういった点、お知恵を出していただけないものかと思うわけでございます。  いずれにいたしましても、国鉄でとられております特に旅客の制度はほとんど私鉄にはね返ってまいりますので、国鉄の旅官制度を新しく創設される場合、あるいは洗い直しをされる場合に当たりましては、共通の問題としてとらえていただきたいということを御希望を申し上げます。利用者負担ができない場合にすぐ税金かということを申し上げましたが、その間にそういった問題をまず第一番に御検討いただきたいということでございます。  これら制度面によります救済、これだけでは国鉄の場合は特にまだ赤字が残ると思います。で、次にまいりますのは財政面の助成であろうかと思います。これには建設助成とかあるいは踏切関係の助成と申しますか、これは道路側の当然の負担ということになりましょうか、こういったもの、その他もろもろの問題があろうかと思いますが、これはイコールフッティングという観点から諸外国の国鉄では種々制度化されておりますことは御承知のとおりでございます。わが国でこれをどういうふうに具体化するかということは、一挙にそこまで持っていく場合いろいろと議論もあろうかと存じます。また、国鉄の場合と私鉄の場合とでそれが全く同じでよいかという問題も検討に値する問題であろうかと思います。私の申し上げたいことは、助成に当たりましても、こうこうこういう理由で国鉄を助成するんだという目的をはっきりしていただきたい、いわばひもつき助成であっていただきたいと思います。経営者も従業員も、国鉄は公益事業だから当然の助成を受けているのだという部分が当然あってしかるべきでありますし、そのことによって従業員も、これだけの金は受けているけれども、これは公益事業で当然だからということで国民に胸を張って説明できる助成であってしかるべきだと思います。  最後に、結論でございますが、どうしても運賃一般論に触れざるを得ないわけでございます。あとちょっとでございます。  鉄道の独占時代はもう過去のものになったというふうに私ども考えております。電力やガスの方がまだ独占ではないかと思うのです。そういうことになりますと、運賃の決め方でございますが、原則は確かに法律で決める必要がございます。これは現在運賃法で決められておりますが、運賃法でも事業法でも営業法でも、何なり国会で決めていただくにしましても、その原則に基づきます一まあ原則がいまの運賃法の原則でいいのかどうかというのはまた別でございます。もっと詳しい原則にする必要があろうかとも思いますが、この原則に基づきます運賃の具体的決定は、行政府の責任でやるように改めたらいかがかと考えます。  大臣の認可にいたしましても、相当のチェックが各方面から行われております。これは皆様私鉄の運賃、特に大手の私鉄の運賃の場合で十分おわかりだと思います。値上げがおくれますれば、いかにりっぱな再建計画でも狂いが出ることは、過去数回国鉄が経験をいたしたところでございます。でき得べくんば米の値段、いまやっておりますが、米価のように、春闘の後には国鉄、私鉄を問わずあらゆる公共料金の見直しを、上げる上げぬにかかわらず、見直しを励行していただけないものでしょうか。小刻みな改定は影響も少ないわけでございまして、イギリス、フランスなどは毎年値上げをしていますが、せいぜい六%ないし七%、ちょうど消費者物価の値上がり、またそれ以下で済んでおります。  よく物価への影響を言われますが、旅客運賃の場合は波及効果も少なく、また貨物運賃の場合も、理論的には運賃が上がったからこうなるという積み上げ計算はできますが、肝心なことは一般の企業と申しますか、これを上回って、いわゆる吹っかけ値上げというものが実は心配なのでございます。私も経験いたしましたが、町の飯屋でどんぶり飯を食べますが、米の値段の上がる前に一回値上げがされます。それから、上がってからまたしばらくして値上げがあります。理髪料金にしましても、春闘のずっと前にやって、春闘の後にまたやる。こういった実情は、私原価はよくわかりませんが、米の値段から理論計算してもこれほど上がるとは思わない値段に上がっておるわけでございます。物価対策ということは、むしろこういった実際に世間で行われている実態に鋭いメスを入れることこそ本当の物価対策ではないかと私は思うわけでございます。  最後に、私は鉄道という同業者の立場から、国鉄の財政窮乏を見るに忍びないわけでございます。いつかわが身ということを私鉄経営者みんなが痛感をいたしております。私鉄経営者と申しますか、特に大手がそういう考えを持っております。中小の場合には、すでに国鉄の窮乏以前に窮乏をいたしております。したがいまして、単なる国鉄の財政危機の救済という立場からでなくて、日本の交通を将来どうするか、その中で鉄道の位置づけをどういうふうにするかという高い観点から、将来にわたって崩れない財政再建策を含めた鉄道の再建抜本策を国鉄、私鉄を含めて打ち出されますことを期待いたしまして、私の陳述を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 これより質疑に入ります。質疑の通告がありますので、順次これを許します。  この際、小委員長から申し上げますが、質疑は時間の関係もあり、お一人十分程度にお願いいたしたいと存じます。  加藤六月君。

加藤六月自由民主党

○加藤(六)小委員 お二人の参考人におかれましては、大変貴重な御意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。一人十分でございますので、ごく簡単に大橋、深車両参考人に承りたいと思っております。  まず、大橋参考人に承りたいと思うのです。  先ほど御意見を開陳せられた中で、数字を承っておりますと、まず第一に平均輸送距離が大分延びていっております。私たちは路線トラック業者の皆さん方の平均輸送距離という問題には非常な関心を払っておるわけであります。この平均輸送距離が全般的に——これだけを取り上げて云々するのはどうかと思いますが、大橋参考人におかれては、平均輸送距離が延びた端的な理由というものをどうお考えになっておるであろうか。私たちは鉄道の輸送分野というものと路線トラックの輸送分野というものをどこら辺でひとつ線を引くかという問題等いままで議論してきたわけですが、それにしましても余り大幅な延びではございません。三百九十八キロから四百八キロぐらいに延びたという説明が先ほどございましたが、これはこのままほっておくと一体どの程度延びていくのだろうかということと、平均輸送距離が延びていく理由をお述べいただきたい、こう思うわけです。これが一点。  それから第二点は、顧客に対する情報の伝達、テレックスを御利用されての情報機能というものを相当お持ちのようでございまして、いろいろやっておられるようでございますが、具体的にたとえば広島から東京へ品物を送った場合に、途中でトラック事故その他があった場合に、顧客そのものにはどういう伝達のされ方をしておられるか。その顧客に対する情報伝達サービスの場合は、日時というものがどの程度正確にお伝えしてあるのかということを含みまして、顧客に対する情報伝達のサービスの仕方をいま少し詳しくお教えいただきたい、こう思うわけであります。  次に、深草参考人にお伺いいたしますが、民鉄と国鉄の一番の違いというのは関連事業だ。関連事業がある程度自由にできる場合と——国鉄の場合には法律的規制がいろいろございますが、事業というものが民鉄の経営の場合に、ある場合には非常にこれを助けておる場合があります、ある場合には非常に重荷になってくる業種もあるのではないかと思いますが、国鉄が今後関連事業的なものを考えるとした場合にはどの程度の関連事業というものを考えたらいいだろうかということが一点でございます。  その次の第二点は、民鉄の運賃値上げというものと国鉄の運賃値上げというものを同時に絡ます方法というものがあるのかないのか、あるいはこれがいいのか悪いのか、こういった点について御所見を承れればありがたい、こう思う次第でございます。  以上、お伺いする次第です。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 それではただいまの御質問に対しまして十分にお答えできるかどうかわかりませんけれども、私の知っている範囲内でお答えをさしていただきたいと思います。  まず第一点の路線トラックの平均輸送距離が、年々わずかでございますけれども、延びておることの根本的な原因は、やはり路線トラックの持っておる顧客サービスがお得意さんにとって非常に利便を提供しておるということが第一点でございます。  それから、最近商取引行為というものがきわめてスピーディーに行われる。きょう生産されたものが消費地において翌日の商取引行為に、たとえば卸屋から小売店へ引き渡されていく。そういうふうなことで、その商取引の条件を満足し得るような輸送体制を確保していかないことには、お客さんに荷物を出していただけない。路線トラックは、先ほどもお話しいたしましたように、一貫輸送責任体制を持っております。そこで、お得意さんは生産、販売という機能を持っておりますけれども、私たち路線トラック業者は、ただ単に物を運ぶという考え方だけではなしに、顧客の販売政策の最終の生産工程を担当しておるのだ、うまく届けなければ輸送そのものがだめになる、こういう危機感の上で日常の業務を遂行いたしておるわけでございます。経済圏が広がるにつれて商取引圏も拡大される、それに即応して輸送機能を充実せしめる、そういう社内のソフト面の体制が顧客に信頼をもたらして、結果的に輸送距離が、年々わずかでございますけれども延びてきた、かように考えておるわけでございます。  それから御質問の第二点でございますが、たとえば広島から東京、あるいは東京から広島に貨物を運びます場合に、路線トラックの場合、自社便で走行いたします場合は、顧客に対して、どこそこ方面行きは何時の発車でございます。到着のターミナルはどこのターミナルに入って、路線車の到着時間が何時で、配達に要する時間はどのぐらいかかりますということで、顧客に対していろいろなパンフレットあるいはPRの用紙でもってあらかじめ熟知をしていただいております。またフレートライナーの場合は列車ダイヤの編成がございますので、出線が何時で入線が何時である、ライナーに乗っけた場合は何時に配達ができますということを御理解をいただいております。  万一途中で事故等の発生その他予期せざる道路の決壊だとか運行不能になりました場合は、路線トラックの場合は各所に直営の営業所を所有いたしておりますので、最寄りの営業所に伝達をして、最寄りの営業所から、会社によってはコンピューターのオンラインのネットワークを持っておるところもございますので、情報伝達を行う。あるいはまたテレタイプ、テレックス、場合によったら電話連絡でもって着地へ、何号車にはどういう貨物が乗っておるので、こういう理由でどの程度の遅延があります、したがって、それに対する顧客の受け入れ体制を御考慮いただく、こういうふうなことを日常反復をいたしておるわけでございます。さようなことで、発着の時間につきましては、顧客の要望どおりにやらないことには事業の伸長がございませんので、そういう点につきましては格段の意を払っておるのが現状でございます。

深草克己社団法人日本民営鉄道協会理事長

○深草参考人 お答えいたします。  私鉄との関連で、国鉄の関連事業はどういうものが考えられるかというようなことでございます。国鉄も沿革的に、みずからはやらないけれども、いわゆる関連事業に出資その他によりまして関連事業はあるわけでございます。これは主として旅客の誘致、交通公社その他いわゆる旅行あっせん業務、それから貨物の場合には通運業その他があると思います。ただこれらは、特に貨物の場合には料金制度が公共料金ということもございまして、余り経営に寄与する、いわゆる旅客貨物の誘致という観点からは寄与するかもしれませんが、財政的にそれを直営ないし出資によりまして取り込むことによって、財政上の裨益は余り期待できないのではないかというふうに思います。  それから私鉄の場合でも、やはりいろいろ関連事業はございますけれども、御承知のように、デパートは全部いま私鉄からは切り離されております。バスも一部の会社は切り離されております。私鉄の場合考えられますのは、そのほか遊園地その他でございます。これも旅客誘致という観点でございますが、余り財政的には寄与しません、旅客はふえるという意味のメリットはございますが。  いままで一番私鉄の赤字を埋め合わせてきたものは不動産事業でございます。これは特にここ数年のことでございますけれども、国鉄が同じようなことをやることがいいかどうかという問題はあろうかと思いますが、いまのような現状では、すでに進出の余地はないというふうに私は思います。田舎の方で新線を敷く場合に、その沿線の土地を買う、あらかじめ買い占めておくという手はあると思いますが、そういうところはまた需要も余りないと思います。そういう意味から申しますと、不動産事業を国鉄がいまから始めてもちょっと遅いのではなかろうか。それから、いまガード下なんかで会社をつくっていろいろやらしておりますが、これも国鉄が直営をするということになりますと、相当管理面で問題が出てくるのではないかというふうに思うわけでございまして、どういうものがいいかと言われましても、実際問題として余り魅力のあるものはもう残されてないのではないかというふうに思います。  それから、運賃値上げを民鉄と国鉄と同時にやるという点についていいかどうかということでございますが、先ほどちょっと例を申し上げましたが、たとえば競争路線、並行路線、こういったところは、片方を上げないと上げたくても上げられないという問題がございます。それから非常にシェアは少のうございますが、貨物についても連絡運輸その他の関係で、大体同時に基本賃率は上がっております。それでお互いに経営状態もその時期時期によって異なります。私は理想を言えば、昔とっておりましたように、昔は同時というよりも、国鉄が上がったら一週間ぐらい置いて私鉄が上がっておったというのが実情でございますが、その後の経過で時期がずれてまいっております。そういった輸送調整という立場から申しましても、できれば同時がいいのではないか。そのためには、片方は国会にかかり片方は大臣認可では、同時というのは非常にむずかしいのではないか。私は、もう国鉄の運賃も、完全な独占ではございませんので、同じような大臣認可にするという前提で、同時にするのが理想であるというふうに申し上げたいと思います。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 久保三郎君。

久保三郎日本社会党

○久保(三)小委員 いろいろお話を覆りましたが、時間も制限されておりますので、一つ、二つお伺いしたいのです。  最初に大橋参考人にお伺いしたいのです。  先ほどのお話で、いわゆるオペレーターにメリットが還元されていない、そればかりではございませんけれども、そういうものが原因の一つに挙げられているのですが、その御説明の中では、たとえば空コンの返送あるいは容積割引、そういうものについて御説明がありましたが、それ以外には具体的にどういうものがあるのか。あるいは運賃ですね、運賃全体の制度的なものの中でそういうものを解決する、そういうことを考えるとすればどういうふうにしたらいいのか。いま、たとえばフレートライナーは駅までのあるいは駅からの集配、これは一定の料金それにオンレール、こういうものをプラスしたものが言うならば運賃ということになるわけですね。そういうものであった方がいいのか、それとももう少しゆとりと言うとおかしいが、余りきちっとしないもので自由濶達にある枠内で活躍ができるような運賃制度の方が国鉄のためにもフレートライナーを利用する者、特にオペレーターにとっても利益になるのかどうか、そういうものを考えられているとするならばひとつ簡単に御披露いただきたいと思うのです。  それからもう一つは、国鉄の経営は全体的に赤字でありますが、通常、その赤字の大半は貨物にある、こう言われております。もっともこれには理論的というか、実際的にも問題がないわけじゃありませんが、大体常識的に見て貨物の方が赤字が多いだろうというふうに言われておるし、また見られているのですが、この赤字の原因というのは三つですね。赤字、黒字というのは、一つは比較の問題だと思うのです。そうだとするならば、たとえば貨物の運賃が原価に比較して安いということ、これは赤字の原因になりますね。それからもう一つは逆な場合、経費が非常に高くついている。もう一つは、安い高いは別として、荷物がさっぱり国鉄に載ってこない。この三つだと思うのです。その三つのうちどれだろうと言うのは大変なんですが、どれが一番比重が重いと考えておられますか、いかがでしょう。  それから深草参考人にお伺いしたいのは、お話の中での公共割引に対する負担の問題であります。手前ども先国会に、多少荒削りでありますがそれに類する法案を提案しているのですが、そこで一番問題なのは、さっきもお話がありました通勤割引ですね。なるほど御指摘になったように通勤の大半は言うなら大企業——大企業とばかりは限りませんでしょうが企業で負担しているのですね。乗る者には負担をかけないというのが原則、通勤費で賄っている。そういうものをやっていけば他産業のために国鉄自体は奉仕しているという典型的な見方がお話のようにあるわけです。それじゃ一挙にそれを廃止して——廃止してと言っちゃおかしいが改めてそういう企業負担にひとつ切りかえたらどうだろうかというふうなこと、その切りかえの方法としては、お話にもあったようでありますが、たとえば事業所税の一部をそれからもらうとか、しかしごく少数ではあるがいわゆるそういう通勤費の出ない通勤着がいるわけですね、これの処置にちょっと苦慮するわけで、その通勤費の出ない通勤者の割引というのはその場合はどういうふうに扱うべきか。大変細かいことで恐縮でありますが、お考えがありましたらば御説明いただきたいと思うのです。時間もありませんので、以上お尋ねします。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 非常にむずかしい質問で、私もわからない点がたくさんあるのでございますけれども、第一点の国鉄を利用する者に対してメリットの還元が十分であったかどうかということにつきましては、たとえば私たちトラック業者が通運事業者からよく日常批判の対象になるわけでございますけれども、通運事業者は、いろいろ小口混載の貨物の取り扱いの制度が変更される、その場合に国鉄のもうからないものは通運業者の方に責任の負担がすりかえられたようなことが過去にあるようでございますが、その場合に通達事業者としては小口混載をやりながらメリットが出てこない、やっても利益のないものはそんなに力を注ぐわけにいかないということで、結果的にはトラック事業者のコンテナのライナー利用がふえて通運業者の取り扱う混載のコンテナが相対的に減ってきた、そういうふうな点も国鉄貨物が衰退した原因の一つではないだろうか。貨物を取り扱って魅力ある仕事にならないという点も、私は通運業者ではございませんので十分詳しいことはわかりませんけれども、通運事業者の声はさようなところに一つの問題点があるように漏れ承っておるわけでございます。  それから先ほどの公述の中で、通運業者は国鉄のコンテナをいわば利用しておるわけでございます。路線業者はみずから投資をしたコンテナを自社保有いたしまして利用いたしておりますので、コンテナそのものの回転率あるいは駅頭における占有する面積、それを輸送するコスト、こういうふうなあらゆる面においても、国鉄にとって、一般の通運コンテナいわゆる国鉄のコンテナを運ぶよりも十トンの私有コンテナを輸送する方がメリットがあるはずでございますので、それが同様の制度で縛られておるところにいろいろとメリットが平等に還元されておらないのではないかということを日ごろ思っておりますので、オペレーターにメリットの還元を考えていただきたいという意味で申し上げたわけでございますので、御理解いただきたいと思います。  それから第二点の国鉄の貨物輸送が赤字の最大原因であるというふうに言われておりますが、どうも国鉄の原価計算自体私ども素人にはわかりません、厳密な原価計算の割賦率が果たしてどうであるのか、その辺は門外漢でわかりませんけれども、昔、車扱いの場合でも非常に多くの等級制度の運賃がございました。現在それが整理されて四十九年十月の改正では三等級に圧縮されました。けれども国鉄は大量高速の輸送はほかのあらゆる輸送機関よりも優秀な輸送力を発揮するはずでございますので、ただ単に等級制度だけで全国一律の画一運賃の制度で貨物の運賃を設定されることが果たして経済の実体に即応したものであるのかどうかという点に疑問を持っておるわけでございます。その商品の運賃の負担力あるいは原価から見て果たして商いか安いかということもございましょうけれども、経済実体に即した弾力性のある貨物運賃制度というものがどうしても必要になってくるのではないか。果たしてその水準がどのくらいであれば公正妥当であるのかということはあらゆる輸送機関、内航海連も含めて交通政策の中で論議をされるべき問題ではないだろうか。ややもすると、国鉄の貨物輸送が赤字になったのは全部トラックが荷物を取ってしまったからだという批判が一部にございますけれども、ちょうど距離にいたしまして五百キロ以上の距離を国内の貨物で輸送しておりますシェアを考えてみますと、これは路線並びに区域を含めてでございますけれども、全体の約二二%をトラックが運んでおります。それから鉄道が一七%、内航船が六一%ということでございますので、いろいろ地域開発で地方の産業都市が育成される、その場合に主たる輸送のルートは内航船舶が非常に大きなシェアを占めてきた。そういう点で、陸上の運賃体系というものと海上の運賃体系というものを総合的に見直されるような段階に今日は立ち至っているんじゃないだろうか、私見でございますけれども、かように思っておるわけでございます。この点については十分お答えができませんけれども、お許しをいただきたいと思います。

深草克己社団法人日本民営鉄道協会理事長

○深草参考人 久保先生の御質問、非常にむずかしいあれでございますが、基本的には、これは国鉄も同じでございましょうが、私どもの主張は、自分のところが赤字なのに、大企業、中小企業を問わずそれの給与対策あるいは福祉対策になぜ貢献をしなければいけないかという問題が基本でございまして、中小企業と大企業の区別というのはなかなか線は引きにくいと思いますが、この前できました事業所税を払っておる事業所とそうでないというのが、引けば引ける一つの線ではないかと思います。仮に、私どもの勝手なことを言わせてもらいますと、とにかく鉄道にそういうしわ寄せばしないということになりますと、やはり何らかの立法措置が要るのではないかと思います。つまり、雇用主は従業員の通勤手当を支給すべしというような法律。そうなりますと、それではその場合の補てん財源はどうするか。大企業の場合は事業所税で充当する。中小企業の場合は、これは中小企業対策あるいは雇用対策、両方の面からその辺の補てん財源を見つけていただく以外にはないのではないかというふうに思います。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 梅田勝君。

梅田勝日本共産党・革新共同

○梅田小委員 日本共産党・革新共同の梅田勝でございます。大変貴重な御意見をありがとうございます。  まず、大橋参考人にお伺いいたします。  先ほど、陸上輸送におきましてトラックの輸送量が九〇%を占めるようになった、非常に大きな比重を占めておりますが、同時に、トラックは近距離で、鉄道が長距離という数字もございまして、先日いただきました昭和四十八年の国鉄とトラックの距離区分シェアによりますと、百キロ以下のシェアでは、国鉄はわずか一%でありますが、五百一キロ以上のシェアは五二%を占めておる。六百一キロメートル以上になりますと、五五%のシェアを占めておる。こういうところからフレートライナーのようなものが有効に利用されるということになってきたのではないかと思いますけれども、とにかく、陸上交通におきましては、いろいろの理由によって限界性というものが言われてきております。  大体私は、ああいう長距離トラックの労働者の過酷な労働条件については検討する必要があるのじゃないかと思いますし、夜間走るものにつきましては騒音公害の問題もあろうかと思います。また排気ガスの公害問題もありますし、さらには交通渋滞ということになってまいりますと、やはり長距離に関しては鉄道の有効的な利用というものがますます重視されてくるのじゃないかと思います。  また、国鉄の扱っている品目を見ますと、化学肥料は七七%、穀物は七六%というように、陸上輸送の中における特殊な品目につきましては、国鉄の輸送のウエートは非常に大きい。  こう見てまいりますと、今後、鉄道輸送における国鉄の依存度というものはどのように変化していくのか、その見通しですね、これが一点。  それから東海道本線ですね、わが国の貨物輸送のいわば動脈だと思うのでありますが、これの利用は、到着日時を明らかにした列車が多く走っておる、いわゆる地域間急行ですか、というものが多く利用されるようになっておるのでありますが、財政的に見ると、ここが一番大きな赤字を出している。これは御承知のとおりだと思うのですね。そうなると、貨物運賃の水準が現在のもので適正なのかどうか。先ほどいろいろ陳情的発言がございましたけれども。いろいろ財政再建の問題点が究明されている折りから、この貨物の運賃体系についてどのような改正を加えるべきかということについて、御意見があればお伺いしたいと思います。  次に深草参考人にお伺いいたします。  先ほど、国鉄の独占時代は終わって競争時代に変化しつつある、そこから国鉄運賃の決定方式ば運輸大臣の認可事項とすべきではないかというような御意見が出たわけです。しかし、あなたは最初、鉄道国有法の第一条を読まれましたですね。これには「一般運送ノ用ニ供スル鉄道ハ総テ国ノ所有トス但シ一地方ノ交通ヲ目的トスル鉄道ハ此ノ限ニ在ラス」こう書いてございます。穀物等が国鉄の貨物の輸送においてウエートが大きいというのは先ほど申しましたが、国鉄の輸送の分類を見ますと、いわゆる第一次産業品が、北海道においては六八%、四国においては六五%、中国においては七五%というように、非常に遠隔な地域の農家あたりから出てくる貨物が非常に多いわけですね。比重としても大きい。東海道本線や山陰本線とか山陽本線というものだけが国鉄の全国的本線であって、枝葉は全くの地方のものだというように、切り離せないのですね、日本全国至るところにつないでおるわけでありますから。毛細管があってこそもとの動脈が生きるわけでありまして、だからこれを切り離して考えることはできない、網の目のようにあってこそ国鉄は日本国有鉄道としての役割りを果たし得る、われわれはそのように考えるのですね。そうなると、これは依然として重要な国の鉄道だ、いわば国の独占事業にかかわる仕事だ、このように考えることができます。  財政法の第三条によりますと、法律上または事実上国の独占に属する事業は、すべて法律または国会の議決に基づいて定めなければならぬということで、御承知のように、基本運賃は国会の議決事項、こうなっています。そうなりますと、あなたの言われるのが、最初言われたのと後から言われたのがちょっと矛盾しておると私ば思うのですね。だから、その点もう一度日本国有鉄道というものの役割り、国の産業や国民の編祉増進にとって非常に大きな役割りを果たしておる。私鉄の運賃だって国鉄の運賃に準じて決めるくらいに大きな役割りを果たしているのですから、これを軽々に運輸大臣の認可事項にするのはちょっと間違いじゃないかと思うのでありますが、その点についての御意見をお伺いしたいと思うのです。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 現在トラックの輸送シェアは九〇%のウエートを占めておりますが、このうち営業用のトラックは大体二三%を占めております。したがって、自家用車の占めるウエートというものがかなり大きくなってまいっておりますので、自家用車が一般に言われますように効率的な輸送機関ではない、できるだけ効率のよい営業車を使っていただければ、さらに輸送コストというものは一般の物価抑制策に即応できてくるのではないか、こういうふうに営業の立場から考えておるわけでございます。  ただ、鉄道とトラックの適正な輸送距離といいますか、輸送分野はどこかという意味を含めた御質問であったかと思いますけれども、先ほどのお二方の先生方からも御質問がございまして、十分答弁ができなかったのでございますけれども、最近の経済機構を考えてみますと、ただ単に経済の実態が輸送距離の問題ではなくなってきたのではないか。あるいは運賃だけの問題ではない。ちょうど昭和三十年代は、大阪から東京へ貨物を運びます場合に、トラック運賃の方がきわめて高かった時代が過去続いてまいりました。そのトラック運賃が商い時代でも、なおかつ鉄道の貨物がトラックに転移されてきたということは、ただ単に輸送距離と運賃の問題によって、鉄道で運ぶかトラックで運ぶかということが荷主によって選択されるわけのものではない、こういうふうに私どもは考えております。  そこで、ハード面、ソフト面を含めた全般的な輸送機能、全般的な輸送サービスが運賃並びに輸送距離もひっくるめて荷主にどのような利便を供することができるかということで、おのずから願書の方が輸送機関というものは選択をされるのではなかろうか、かように考えておるわけでございます。  また、長距離のトラック便についてはきわめて過酷な労働条件でやっておるじゃないかという意味の御質問でございますけれども、御承知のように、トラック業者はきわめて零細なトラック事業者がたくさんございます。中小企業の零細業者が圧倒的多数でございますけれども、私ども路線業者は、以前出されました労働省の二・九通達、そのほか特に東海道関係につきましては、事故防止もあわせ備えまして、連盟を組織いたしまして、連盟で数十両のパトロールカーを各社供出いたしまして、運行状態、運行スピード、事故防止の問題、それから適正な労務管理の問題、そういうものに対しては、いろいろと関係監督官庁の御指導をいただきながら、努力をいたしておりますので、その辺のところもひとつ御理解を賜りたいと思います。  それから、国鉄の貨物輸送の品目別の分野が化学肥料あるいは穀物が、米穀類を中心として、現在でも圧倒的なシェアを占めております。ところが、一番減少いたしましたのは石炭の輸送品目でございます。これは経済構造の変革ということで、エネルギー革命が行われたわけでございますので、この減少が即国鉄の貨物運賃の減収につながってきたということが一番大きな原因ではなかろうかと思うわけであります。  いろいろと三十年代から日本の経済が高度に成長してまいります場合に、なかなか国鉄の貨物に対する投資が不足いたしましたので、国鉄の貨物の輸送力がない。そこでそれぞれの顧客におきましては、車扱いにいたしましても、貨車の枠取りをするということがこれはとても不可能である。それから貨車がいつ回ってくるかということに対する予測がかいもく立たない。そういうことで、国鉄の貨物は間に合わないからトラックの方に渡していくのだということが国鉄が信頼されなくなった最大の原因である。必要なときに貨車がないということが国鉄の衰退の原因であって、ただ単にトラックだけとの競合であるとは私どもは考えておらないわけでございます。  今後におきまして、やはりそういう国鉄でなければできない輸送品目があるわけでございますので、その要に対しては特別な輸送方式を考えていただく。将来大都市の市民生活を確保していくために生鮮食料品あるいは魚介類、こういうふうな日常の都民生活の台所を賄っておるいわば必需品等におきましても、貨車ではもう間に合わないのだ、すべてがこれがトラックに転移されておるのが現状でございますので、そういうふうなものを再びどの程度まで国鉄の貨物輸送がおやりになっていくかということについては、従来の輸送スピード、顧客に対する満足度を低下させないような鉄道輸送のシステムをつくり上げられないことには、ただ法規制、あるいはトラックに対する規制論だけで貨物は動くというふうには考えておりませんので、その辺のところも御理解をいただきたいと思います。

深草克己社団法人日本民営鉄道協会理事長

○深草参考人 お答えいたします。  私が冒頭に鉄道国有法を引用いたしましたのは、その第一条の問題ですが、実際は必ずしもそのとおりになっていないのではないか。非常に古い法律でございますので、たとえば地方の方は国鉄がやらないところを私鉄がやるというのがもちろん原則でございますけれども、私どもの立場から言うと、いまさら敷かなくてもいいようないわゆる地方の交通を目的とした線が敷かれておる。一方、むしろいま旅客輸送の根幹となっている大都市交通における私鉄のシェアがむしろたとえば京阪神なんか多いという実態から言いまして、我田引水ではございませんが、公共性において国鉄と私鉄とそう変わらないのではないか。それを言うために私は引用させていただいたわけで、決してそれと運賃決定方式とは必ずしもつながらないのではないか、また、国有ということと独占ということは必ずしも結びつかないのではないかというふうに私は思うのです。  たとえば、私非常にビールが好きでございますが、ビール会社は四社しかございません。たとえばトラックと競争している国鉄、北海道あたりはむしろ飛行機の乗客の方が青函よりも多いというようなことを聞いておりますが、そういった現実から申しますと、たった四社でビールを売っている、それは国会にかかっておらない、そういうふうにシェアが昔と非常に変わっております。自動車もない、飛行機もない時代の鉄道国有法でございますし、運賃法でございますので、この際、両方ともやはり見直しをしなければいけないのではないかというふうに思うわけでございまして、特に国鉄の運賃法が国会にかかっておりますことで一番国鉄が困りますことは、いずれにしてもどこかの権威あるところから決定されております。それから利用者も、たとえば公聴会というようなことで参加をいたしております。やり方は別といたしまして、総理大臣の任命された運輸大臣がちゃんと監督官庁としておるわけでございますので、いろいろな手かせ足かせがあるわけでございまして、私どもの一番希望いたしますのは適時適切にやっていただきたい、決して多くを望むわけではございません。特に適時ということは一番重点でございまして、これはおくれればおくれるほど計画が破綻を来たすことは国鉄の数回の例で当然でございまして、それがうまくいくためにも、また輸送調整という観点からも、同じ大臣のもとで監督を受けている国鉄であり、私鉄でございますので、横にらみという立場からもぜひ運輸大臣の権限におろしていいのではないか。  ただ、私が申し上げましたように、いまの国鉄運賃法、いわゆる法定主義でございますが、あそこに四原則がございますが、必ずしもあれがあのままでいいとは思いません。大臣に委任することにすればもう少し詳しくてもいいのではないか。先生さっきおっしゃいましたたとえば貨物の基礎物資の問題、これなども物価の安定に寄与することというような項目がございます。ございますけれども、たとえば政令で定める基礎物資については十分の考慮を払うべしというような、こういう一項をあれに入れることも私は必要だと思います。そういうことで、また運輸大臣が決めるにしましても、いまの運輸審議会でいいかどうかというような問題も、これはあります。しかし賃率まで国会で決めるのは適時適切ということから言いましても、あるいは国鉄の自主性を尊重するということで外国の例もほとんど国会あるいは場合によっては政府からも離れておるようなところもございますから、そういった先例もございますし、もう少し弾力的にやれるように政府を御信頼いただく、大もとだけもうちょっとばっちり押えて、あとは政府に機動的に任すということでいいのではないかというふうに思うわけです。

梅田勝日本共産党・革新共同

○梅田小委員 時間がないので、これで終わります。  どうもありがとうございました。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 松本忠助君。

松本忠助公明党

○松本(忠)小委員 公明党の松本でございます。時間も大分経過しておりますので、一言だけ申し上げたいと思うのです。  きょうは一方はトラック、一方は私鉄という同じ輸送の業務に携っておられる御両所の御意見、御意見というよりもむしろ陳情、御要望が多かったように承るわけです。  一方、国鉄の経営につきましては各種の制約がありまして、私は国鉄の置かれている現状も大変だと思います。それに引きかえまして御両所の方は、制約はあると言ってもその部分は比較的少ないし、また自分たちの能力をフルに発揮できるという点がございますし、とにかくよく言われる言葉でありますけれども、親方日の丸と言われる国鉄とは大分意気込みが違うということをお二人の御意見の中から私も拝聴いたしました。常に顧客に対するところのサービスの高揚と言いますか、これに熱心に取り組んでいる。それを原点として仕事をなすっていらっしゃる、業務に取り組んでいらっしゃるという姿勢がよくわかったわけでございます。国鉄の企業努力にはわれわれも限界があるのではないかというふうに考えておりましたが、両参考人からは企業努力をさらに重ねていこうという意欲が見られました、熱意が見られまして大変結構だと思います。ただ民鉄といたしますと、やはり地方に弱小の業者を抱えていらっしゃる、指導育成には大変御努力が必要じゃないかと思いますので、一層の御努力を願いたいと思うわけでございます。  一つだけ大橋参考人に伺いたいわけでありますけれども、現在社団法人全日本トラック協会のフレートライナー利用委員会に加盟している業者数は幾つなのか、そしてまた、時間もございませんから大ざっぱに言って黒字の経営なのか赤字の経営なのか、その辺のところをひとつお聞かせ願いたい。  それから運賃回収の面でございますが、作業後何日くらいで回収ができるのか、さらにこれは現金なのか手形なのか、手形とすれば期日はどれくらいなのか、また回収不能のものは全収入運賃の何%くらいあるか、その辺のところを大橋参考人から伺って終わりにいたしたいと思います。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 お答えいたします。  現在フレートライナー利用委員会を構成いたしておりますのは約四十社でございます。二、三数字が違うかもわかりませんが、大体四十の事業会社が委員会に入っております。  それからその四十社のうち黒字なのか赤字なのかということでございますけれども、現在四十九年度の原価計算を全日本トラック協会の方で集計中でございますので、厳密なことはいま即答はできませんけれども、一般的に路線トラックの場合は大多数が赤字経営を余儀なくされてきておる、と言いますことは、昨年路線トラック運賃の認可をいただきましたけれども、これは昭和四十七年度の原価に基づいて四十九年度の平年度原価を推計いたしまして、運輸省の方から認可をちょうだいいたしました。ところがその後四十八年のいわゆる石油ショックによるいろいろな資材の値上げ、人件費のベースアップ、いろいろなそういうふうな要素が現在認可されております運賃の中には十分に加味されておらない。したがって、現在の路線トラックの認可運賃は、企業のコスト計算からいきますと、それが賄えないというふうなのが現状の実態でございます。したがって、そのうちの何%が赤字かということはちょっとデータが出ないことには申し上げられませんけれども、過半数が赤字経営で呻吟をしておるのだということは間違いのない事実でございます。  それから運賃の回収でございますけれども、これは事業会社によって回収の滞留期間が、若干五日、十日の狂いはあると思いますけれども、大体一カ月くらいでお客さんからは運賃をちょうだいしておるのが実態でございます。  それから運賃は現金でもってちょうだいするということが原則でございますけれども、月間のいわば特別契約荷主等につきましては、いろいろな資金繰りの関係、特に昨今の時節柄、手形収受を余儀なくされるという場合もございますけれども、業界といたしましては手形のウエートは、会社によって違うと思いますが、全体の回収金のうち一〇%から二〇%の範囲内であろうか、かように推定をいたしております。  なお、貸し倒れ金につきましては、大型倒産の場合は別でございますけれども、運賃の回収期間をできるだけ短縮して支払いをお願いをいたしていかないことには企業が舞が舞えないものでございますから、若干昨今の中小企業の倒産等によって貸し倒れが生ずる場合がございますけれども、これは全体の数字からいきますと微々たる数字ではないだろうか、かように考えております。

松本忠助公明党

○松本(忠)小委員 手形の期日は。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 手形の期日は大体六十日が——業界がどうしてもやむを得ない場合は何とか六十日の範囲内で、しかも、いつまでも手形では困りますので、期間を定めてその間ちょうだいする、こういうことでございます。

松本忠助公明党

○松本(忠)小委員 終わります。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 最後に私からお尋ねいたしますが、大橋さんにお尋ねしたいと思いますが、先ほどから承っておりますと、フレートライナーの利用について、主としてお客さんからいただける料金と国鉄に支払う料金、この相対的な関係からいろいろ御不満があるように承っておるわけでございます。もちろん企業でございますから、このフレートライナーを利用するということは利潤を上げるつもりでおやりになっておるはずだと思うわけでございます。しかし、今後のことを考えますと、なかなか国鉄の貨物運賃が下がるということはないと思いますし、皆さんがお客さんからいただける運賃がどんどん上がるということもなかなかむずかしいと思うわけでございます。したがって、赤字でもずっとやっていただきたいという意味ではありませんけれども、何がしかのものがあればずっとお続けになりたい、せっかくこういう特別な委員会をつくっておられるわけでありますから、そういうお気持ちであろうと思うわけであります。決して国鉄のフレートライナーが動いているからそれに対しておつき合いをやっておられるわけでもありませんでしょうけれども、せっかく委員会をつくられた趣旨、すなわち自分らのトラックで運ばないでこれを利用しようということを思いつかれたそのお気持ちの中には、採算の問題以外に、たとえばトラックで運ぶためには道路事情が将来どうであろうか、あるいはまた労使関係がどうであろうかということもあったろうと思うのでありますけれども、今後そういういろいろな情勢を考えて、このフレートライナーを利用される場合に業者の方から考えて、利潤が上がることももちろんでありますけれども、国家的な見地から考えてこういうことがメリットがあるのではないかというようなことがあればお話しを願いたいというふうに思うわけであります。

大橋成郎社団法人全日本トラック協会フレートライナー利用委員会委員長

○大橋参考人 私どもがフレートライナーの道を開いていただきました四十四年から四十八年ぐらいまでの間は、ライナーを利用することによってかなりのメリットがございました。ところが、昨年の十月からはメリットがなくなってきた、特に距離の短いところについては逆に土盛りをしなくちゃいかぬ、こういうふうな実態になってまいりました。  それではもうからなかったら使わなかったらいいじゃないかという議論が一部にあるわけでございますけれども、いままで鉄道とトラックというものは相競合する輸送機関でございました。けれども、今日においてはお互いの長所を生かしてどのように複合輸送システムを組むかということを考えなければならない時代になってきた、こういうふうに基本的に解釈をいたしております。私どもはそういうふうな観点から、国鉄のメリットを、特性というものを利用することによって国民経済の発展に寄与したいということでライナー委員会を編成をいたしました。その後私有の十トンのコンテナを製作をいたしまして、それを乗っける専用車両というものもすべて保有をいたしました。各社とも何億円という金を個別企業でもってこのライナーを利用するために社内投資をやってまいりました。もうからなかったら使わなかったらいいじゃないかという議論がございますけれども、いままで投資したものは、一挙にそれではもうからないからということで百八十度の方向転換をするわけにまいらない。その償却が完了するにつれて、いまのままの体制では鉄道利用というものから撤退せざるを得ないようなはめに立たされるのではないだろうかということを非常に心配をいたしておるわけでございます。  なお、こういうふうなことが起こらないように国鉄サイドにおいても配慮をお願いしたいということで、かつて国鉄の貨物運賃が値上げをされる前から、ちょうど運賃値上げは国会で審議未了等の事態がございましたけれども、その前の段階から、国鉄の貨物運賃を改正される場合には路線事業者がフレートライナー利用について将来安心して利用できるような特別な配慮をお願いしたいということで、当時の国鉄の原岡常務理事さんあるいは上林貨物局長さん等にお約束をいただいておりました。ところが、そういうふうな安心して将来利用できるようなことは、制度、運賃率、いろいろな問題を十分考えるというお言葉をちょうだいいたしておりましたけれども、今日におきましては、先ほど陳述で申し上げたように、空コンテナの返回送について、同じ月に同一方向、同一系統に対して実入り四個に対し一個の空コンテナの返回送は無料にするという点を御考慮いただいただけでございまして、将来共同一貫輸送が推進できるような制度面、運賃面の御配慮をちょうだいしておらないということはきわめて残念だというふうに考えておるわけでございます。  また、先ほど民鉄の方の御意見がございましたけれども、路線トラック運賃の値上げ時期と国鉄の貨物運賃の値上げ時期が時期的にこれはまたいろいろとアンバランスの状態でございますので、そういうふうな貨物運賃の値上げをされる場合には、何らかの方向でもって暫定的な移行措置というものをおとり願えないものであろうかということも事業者の立場としてお願いをしたいわけでございます。  答弁になったかどうかわかりませんけれども。

増岡博之自由民主党

○増岡小委員長 実は、国鉄とトラックの競争関係から共存関係へということをおっしゃった裏には、国鉄の貨物輸送の存在価値というものをお認めになっておられると思うのです。なおかつ自分たちも赤字にならないように、これはもちろんでありますけれども、そういうことのその共存関係が必要であるということから国鉄の貨物輸送が要るのだというその根拠をお聞きしたかったわけですけれども、きょうは時間がありませんからまたの機会にしていただきたいと思います。  これにて質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位にお礼を申し上げます。  本日は、御多用のところ長時間にわたり当小委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。本小委員会を代表いたしまして、厚く御礼を申し上げます。  本日は、これにて散会いたします。     午後四時十九分散会

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