文教委員会 第5号
- 発言数
- 333 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1973/04/19
会議録
○委員長(永野鎮雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 昨、四月十八日玉置和郎君が委員を辞任され、その補欠として塩見俊二君が選任されました。 —————————————
○委員長(永野鎮雄君) 教育文化及び学術に関する調査のうち昭和四十八年度における文教行政の重点施策に関する件を議題といたします。 本件について質疑のある方は、順次御発言を願います。
○松永忠二君 大臣のこの前述べられた所信の表明については、いろいろお聞きをしたいこともありますが、きょうは文化財の問題にしぼって御質問いたします。 文化財保護法を改正することについて、衆議院で文部大臣はこういう答弁をされているようであります。「文化庁のほうは改正に具体的研究が進んでおるわけなんです。文化財保護法が議員立法ででき上がった経過もあって、できれば文教委員会の中に小委員会でもつくって、その中で文化庁がつくっております案を見ていただいて成案をまとめていただきたい。」、こういう御答弁がありましたが、この考え方には変化はございませんか。
○国務大臣(奥野誠亮君) そのとおり考えています。当初省内で、政府提案でまとめて国会に御審議をいただくか、どうしようかということであったわけでございますけれども、昭和二十五年に、御承知のように、議員提案で御制定いただいたものでございますので、各党間で話し合ってまとめていただくという行き方、これも好ましいんじゃないかと、だから文化庁の研究したものをざっくばらんに提出して、そして御審議いただいたらどうだろうかなということで政府提案を思いとどまったわけでございまして、その後今日まで、まだ、そういう問題をおはかりする、御相談さしていただくような、ほかのほうの法案も進展を見ていないものでございますので、働きかけができないところでございます。申し上げましたのは、そのとおりでございます。
○松永忠二君 文化庁のほうでその改正について具体的に研究が進んでいるというお話でありますので、そうであるとすれば、その考えのまとまったものをお示しをいただきたい。これはいま答弁をしていただくわけではありません。具体的に研究が進んでいるというんだから、その具体的に、どういうふうに研究が進んでいるのか、それをひとつ文書で提出をしてもらいたいと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(奥野誠亮君) そうさしていただきます。
○松永忠二君 そこで文化庁は、それだけの具体的な研究をなさって提示ができる段階だということになれば、一体その具体的な研究をまとめるにあたって、文化財保護審議会の意見を一体聞いたのかどうか、あるいはまた日本考古学協会とかあるいは日本歴史学研究会、あるいは日本学術会議などの一体意見を聞いたのかどうか。その上でそういうふうなものをまとめてきたのか、この点をお聞きするわけなんです。
○政府委員(安達健二君) この文化庁で検討しております過程におきまして、いまお話しのございました文化財保護審議会、これは五人の委員で構成されておりますが、そこには二度ほど相談をいたしました。また、文化財保護審議会には専門の分科会がございますが、この専門分科会のおもだった方々にお集まり願いましていろいろと御相談をいたしました。それからさらに、都道府県教育長協議会のほうでこの問題に非常に関心を持っておられまして、第二部会でこの点について積極的な考え方なども示されておりましたので、その都道府県教育長協議会の第二部会の方々から御意見を聞くと同時に、私どもの問題点とするようなところも率直に申し上げまして御意見等も伺う機会を持ちました。そういうようなふうで文化財保護審議会、そしてまた専門家の専門分科会の方々、さらに都道府県の教育長協議会の第二部会、こういうようなことで関係の御意見を十分ひとつ反映させるものにいたしたい、かように念願をいたしておるわけでございます。
○松永忠二君 文化財保護審議会にどういうものを出したか、私もちょっとしたものを持っております。これを出して、一体どういう議論が行なわれたのか、これまたひとつ、どういう御意見であったのか、出していただきたい。 それからもう一つ、教育長協議会の第二部会でまとめたものも私は一つ持っておりますが、こういうものも参考の資料として各委員にお分けをするということは私必要だと思うのですね。そういうものも分けていただきたい。そうして考古学協会とか日本歴史学研究会、あるいは日本学術会議などはずいぶんこういう文化財問題について勧告をして、非常に有効な意見を述べられているわけなんです。こういうところの意見を聞くなり勧告を求めるなりするということは、いま文化財保護について抜本的なひとつ改正をしようじゃないかというような際にはぜひ必要であると私は思うんですが、こういうところの意見はどういう形で一体聞くつもりでいるのか。前の資料の提出の問題と、それから考古学協会、歴史学研究会、特に日本学術会議などの意見はどういうふうな形で一体聞こうとしているのか、この点をひとつお答えを願いたい。
○政府委員(安達健二君) 最初の文化財保護審議会での御相談の問題でございますが、これはまあいわば懇談的にいろいろ意見を聞いておりますので、その意見等を文書でお示しすることができるかどうか、まあそういう点はもう一度審議会にも御相談した上でさしていただきたいと思います。都道府県教育長協議会の意見は、これは正式に出されたものでございますので、ぜひ先生方にもごらんいただくのがいいかと思っておるわけでございます。それから日本学術会議等の関係でございますが、この日本学術会議からは、昭和三十九年とそれから四十五年に、それぞれ勧告なりあるいは総会の決定事項というような形でいただいて、文書で詳しくいただいておるわけでございまして、これはこれとして十分ひとつ案をつくる過程、あるいは今後いろいろ国会で御検討いただくときの貴重な資料になるのではないだろうかというように考えておるわけでございまして、考古学の関係の学会との関係は、これは一つには先ほど申しました専門審議会の中にほとんど代表的な考古学の先生方もいらっしゃいますので、そういう方々と今後とも御相談をしつつこの案を検討してまいるべきだと、かように考えておるわけでございます。
○松永忠二君 そうすると具体的な研究をして、われわれに提示できる段階になっているのに、最も重要な日本の文化財保護審議会には座談的に二回ただ話をしただけだと、何かまとまってやはり意見を求めてそうしてやっていくというのは、これは文化財保護審議会をつくったときに、これはもう強力な審議会として文化財の委員会が文化庁に変わるときに、特にそういう議論等も重ねられて文化財保護委員会をつくられた。いま文化財保護法を抜本的に改正しようとするにあたっては、座談的に二回ばかり、話をしたという程度のことです。それで文化庁の意見がまとめられたというようなことは、いかにも私はいわゆる官僚的なまとめ方じゃないのか。また、全国都道府県の教育長協議会がつくったものを、私は内容はなかなかごりっぱなものだと思っていますが、そういうところに聞くなら、中に、六人の中の一人が、いや二人が考古学協会から入っているというのじゃなくて、考古学協会なりあるいは歴史学研究会で意見をひとつ聞かしてほしいと、あるいはまた日本学術会議などがそういう勧告あったけれども、この際総力をあげるという意味で、衆知を集める意味で、そういうものの意見を聞かしてほしいというのが私は筋合いだ。特に文部大臣も言われたとおり、この法案の成立から考えてみて、そういう衆知を集める努力をするということは、この際、非常な期待を持っている文化財保護法の改正にあたって当然とるべき措置だと思うのです。こういう点について、再度、これからどうしていくのか、これでいいのか、この点について長官のひとつ意見を聞かしてください。まずそれで文部大臣に私のいま言ったような考え方についてどうお思いになるのか、ちょっと先に御意見を聞かしてください。
○国務大臣(奥野誠亮君) 広く各方面の意見を積極的に求めていく姿勢、これはもう絶えず大切なことだと考えているわけでございます。文化庁長官が国会側でまとめてほしいということを申し上げているものですから、政府が先走って内容を固めるというような姿勢になっても申しわけないということから、懇談的という表現を使ったのじゃないかと思うのでございます。実質的に文化財保護審議会に御議論もいただいているようでございます。いずれにしましても、まとめる場合には各方面の意見を積極的に聞かなきゃなりませんし、そういう意味では国会で各党間で御相談いただきます場合に、さらにいろんな方面の意見を特に求める形もぜひおとりいただかなければならないのじゃないかと、こう思っているわけでございます。いずれにいたしましても、そういう性格のものを文部省はもうまとめているのだという式の表現、これはまあ適当でないと思っているのでございまして、文部省として常に積極的に調査をし、案を持っていかなきゃなりませんので、そういうことでいままでも準備を進めてきたのだということについてはぜひ御理解を賜わっておきたい。
○松永忠二君 大臣のお話でわかりました。お話しのようにかりに国会でそういうものをやろうとする際には、そういうところから意見を求めていくということは当然のことだと思います。しかし私は、文化庁が一つのまとまった案をつくる際に自分が積極的にそれをつくるのかどうするのかさえ考えがまとまらない段階の際であったときには、一そうそういうところの意見を聞くのも至当だと私は思うんですよ。われわれは一体文化財保護審議会がどういう考えを持っておられるのかということをまとめてお聞きをする機会がなきゃできぬと思うので、私はそういうようなところに正式に意見を聞いておくことが必要だと、そうでないと官僚的ないわゆる取りまとめ、役所的な意見の集約、都道府県の知事、教育長とか、そういうところだけを聞いてまとまったものが出たということでは少しまずいのではないかと、そう考えております。 そこで、文化財保護法の成立の経過については大臣もすでに御承知だと思うんでありますが、戦後の混乱と動揺が文化財の保護に憂慮すべき影響が出てきたときに、たまたま二十四年の一月二十六日に法隆寺の金堂の失火があった、いち早く参議院の文部委員会が現地に出かけていって会合を開いて、そうしてこの際抜本的な対策をしようじゃないかというところで第七次案までまとめて、そうして文化財保護法案という法律を第五回の国会へ提案をしたと、参議院は通ったけれども衆議院で審議未了で廃案になってしまった。ところが衆議院のほうは直ちに重要文化財保護法案というものをつくって、そうして参議院側と協議をした結果、第十次案というものがまとまって第七回国会に参議院のほうから山本有三氏外十八名の発議で提案をされて、そうして衆参の両院を通って二十五年の五月の三十日に公布された、こういう経過を持つ法律であります。私は、この歴史的経過というものは十分に尊重していかなければならぬと思うんです。先ほどこの法律自体が議員立法であるというたてまえからそういうことがいいとするならこの法律のできたたてまえ、経過を十分尊重していかなければできぬと、こういうふうに私は考えるんですが、その経過を尊重する必要があるということについて文部大臣のお考え方をちょっと聞かしていただきたい。
○国務大臣(奥野誠亮君) そういう事情も承知しておりますので、政府提案より各党間で話し合ってまとめていただくほうがよろしいんじゃないかと、こう思ったわけでございます。衆議院、参議院どう相互でお話し合いいただけるものか、これはそういう段階になりました場合に積極的に御相談さしていただきたいと私個人としては思っておるわけでございまして、当然両院側からもいろいろな御意見が出てくることであろうと、こう思っておるわけでございます。
○松永忠二君 委員長にひとつ要望しておきます。いま申したように、これは参議院側が七次案をつくり衆議院側がそのあとに法案をこさえて両院で審議をした結果、参議院側のほうで第十次案、をまとめて参議院から提案をして、そうしてこれが成立をしたわけです。こういう経過から考えてみても、大臣がまたいま国会側の意見を中心にしてまとめてほしいという意見もすでに出ているので、私は、これをどういう形にするかということは十分考えるとして、この際やはり文化財保護法の改正とか文化財の問題を審議するためにやはり小委員会のようなものをつくっていく必要があるのじゃないか。すでに御承知のとおり、衆議院は前にこの文化財の小委員会をつくって議論してきたわけでありますが、私は、そういう意味で委員長がひとつ議員の皆さんと御相談なさって、いますでに法案の整理ができないからこの問題について御相談をする機会はなかったけれども、大体私たちの意見もまとまりつつありますと、もう提示もできる段階でございますと言っている段階でありますし、いま、ちょうどこの戦後の混乱の際に文化財が破壊されたように、いま公害とか開発の問題で破壊に直面をしているときである、ちょうど法隆寺の失火ではないけれども、今度は逆に高松塚古墳なども出てきたこういう時期にやはりここで従来の経過から考えて見、時勢から考えて見てここで抜本的なやはり対策をしていく必要がある、そういうような意味で参議院においても早急にひとつ小委員会をつくってこの問題を具体的に検討をするというふうな運びをとっていただきたいと思うが、委員長の御意見を聞かしていただきたい。
○委員長(永野鎮雄君) ただいま松永君の御提案と御意見に対しては理事会にはかってしかるべく善処いたしたいと思います。
○松永忠二君 そこで、その文化財保護の予算について少しお聞かせをいただきます。 今度の予算で史跡等買い上げ、修理、環境整備等の促進に三十六億の金がついております。史跡の買い上げの補助金として本年三十億の金が計上された。いま大体史跡指定が八千九十件あって千三百十一ヘクタールある、その中の三二・六%、三千九百四十九ヘクタールが民間の土地であって、その民間の土地の三二%である千二百三十ヘクタールを公有にすると、その千二百三十ヘクタールの中で特に緊急を要する八百四十三ヘクタールの公有化をはかりたいというところから昭和四十五年から十年間約六百億の金を考えて、この中で国庫が三百億を出していこうということで、いまその史跡買い上げというものが進んでいるわけなんです。で、このこと自体が、非常に私は時代も進んできたし、こういう状況になってきたのでもう少しこの計画を改めていく必要があるのじゃないかと、そういうふうに考えるんですが、これについてどんな御意見でしょうか。
○国務大臣(奥野誠亮君) 私自身この史跡を地方公共団体に買い上げてもらう、これはやはり民族の遺産でございますから、国がもっと全面的に責任をかぶっていくべきじゃないかと、こういう考えを持っておったわけでございます。そういうこともございまして今年度の予算に補助率が従来平均しまして五五%でありましたのを一律八〇%というように改めさしていただいたわけでございます。同時にまた、買える場合には一挙に買ってしまいたい、そうしませんと所有者は迷惑をする、同時にまた、あとあと土地の値段などが動くものでございますのでいろいろと摩擦が繰り返される、そういうこともございまして、予算に計上されました金額のほかに必要に応じては借金でまとめて買っておいてもらうと、その元利を適当な年間に区切ってお支払いをしていくと、地方団体には迷惑をかけない、しかし、地方債の手段だけは使ってもらう、そして一挙に買ってもらう、こういう仕組みを四十八年度から立てさしていただいたわけでございます。そうして国の積極的な姿勢をある程度打ち出させていただいたつもりでございます。したがいまして、いまの十年計画の内容につきましてもそういう考え方で再検討さしていただきたいと、こういう気持ちでおるわけでございます。
○松永忠二君 まあお話しのように、史跡買い上げのための地方債の措置など努力をされたことは事実でありますが、これはもう全くの僅少なところへ十年でやろうというのでありますから、ひとつこの計画は必ず改定をしてやっていただきたいと思います。 それから、都道府県が指定の土地を買い上げるということについて、補助をするということについては、事実上はやっているけれども、法律的には、これは裏づけはないというふうに私たちは考えるのですが、こういう問題についてどういうふうにお考えになっておるのでしょうか。
○国務大臣(奥野誠亮君) いまは買い上げをしておりますのは、国の史跡指定の部分でございまして、都道府県指定にかかるものについては、国は買い上げについて関与していない、補助金は出していないということのようでございます。
○松永忠二君 そこで、これはやはり考えなきゃいけないのじゃないか。都道府県が都道府県指定の土地の買い上げをやろうと、大体文化財保護で批判を受けているのは、日本の文化財保護というのは、重要なものだけに集中的にやって、一般的にいわゆる保護の手がなかなか伸びないというのが一つの欠点だ、いい点もあるが、同時に欠点だ。たとえば、外国あたりのやり方は少しそういう点が違っている。そういうふうな点で、やはり都道府県が自分で指定地を買い上げて、それで保存をしていこうということを考えた場合に、それに対して国の補助や助成を得ていきたいし、またほしいという気持ちは当然だし、また、そのことに協力を私はしていかなければできぬと思うんです。こういう点については、やはり今度の抜本改正などにあたって、こういう道を開いていかないと、これは局部的な場所についてはそれができる。さっきから少し私、はしょって質問しているのですが、たとえば買い上げにしても、平城京だとか、藤原京というところについては、相当予算があるが、ほかのところの予算はなかなかないんですよ、現実問題。だから、都道府県がそれだけの努力をやっていくというなら、これに対して幾ぶんの助成をしていくということは、これは私は必要なことではないか、そういうふうに考えるのですが、大臣は、別にこの点についてはそこまで手を伸ばす必要はないというお考えでしょうか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(奥野誠亮君) 現在、国指定の史跡につきまして、国費で買い上げている分、地方公共団体に買い上げてもらって、国が補助する分があるわけでございます。いまお話になりましたのは、都道府県の指定の史跡についても国が補助金を出したらどうかということでございます。現在のところ国費買い上げ、あるいは国指定の史跡について地方公共団体に買い上げてもらう、それについて国が援助していく、それまでが精一ぱいなものでございますので、いますぐ都道府県指定の史跡まで国が金を出していくのは、ちょっと余裕がないのじゃないか、こう考えるわけでございます。同時にまた、文化財保護につきまして、国が積極的な努力を従来以上にしていかなければなりませんが、都道府県自身もそういう努力をしていただかなければならない。それだけの財源は都道府県としても持っている。何に優先的に使うかということは、自治運営の範囲に属するわけでございますけれども、そういう自覚を都道府県自身にも強めてもらって、文化財に積極的に金を出してもらいたい。また、地方交付税法上の基準財政需要額などにも、そういう経費というものを相当額見込んでもらうように私たちのほうで努力しなければならない、こう考えるわけでございます。 いずれにいたしましても、公費を使えるような仕組み、これを拡大していかなきゃならないと思うんでございますけれども、その公費を国が使う、でなければ、文化財保護が進まないということじゃなしに、都道府県がその公費を使う、そういうことを通じて文化財保護が進んでいく。国も地方も一緒に積極的な姿勢を持ち出していかなきゃならない、こういう点については全く同感でございます。
○松永忠二君 私は、国がやって地方はやらなくていいというものじゃなくて、今度の改正にあたっても、国と地方公共団体の任務をはっきり規定をしていこうという考え方が出ているわけですが、これは必要なことです。しかし、地方公共団体が非常に財政の困難な中で、そのことをあえてやっていこうというなら、私はやはりそれに対して幾ぶんの予算、打ち切り補助的なものをやって、順次高めていくことは必要じゃないのか。たとえば、プールのような問題も、そういうやり方の中から打ち切り補助から、順次いわゆる定額補助から、比率の補助に持っていったわけなんですよ。だから、私はやっぱり国のできるところでさえもなかなか買えないのに、そんな地方のところまで、めんどう見れるかというんじゃなくて、地方もそれだけの努力をするなら、国も及ばずながらそれに協力して、国もひとつ地方もやってもらいたいというのが考え方だと思うので、この点についてもう少し積極的な姿勢をとって検討願いたいと私は思うんです。 そこで、その次の質問に移りますけれども、埋蔵文化財の緊急調査費補助というのが、まあ二億予算がついているわけです。これについては、昭和三十五年から三十七年にかけて埋蔵文化財包蔵地の分布調査をやって全国十四万ヵ所あげたわけです。その中の六千ヵ所について、重要物件として包蔵地を逐次調査をしていこう、そういうようなことで、重要遺跡検討委員会というのがつくられて、この六千件について検討を進めているわけです。しかし、いまだ半数終了したくらいで、六千件もなかなか調査も進まない。しかも、実は十四万ヵ所では少ないじゃないか、三十万ヵ所くらい、もう追加調査をしていく必要があるのではないかというような意見も出されているわけなんです。そうして、さっき申しました三十五年から三十七年については、全国遺跡地図というのをつくって地方の関係のところ、中央の各省庁に分けているわけです。そういう措置をやったわけだけれども、もう十四万ヵ所では少ないじゃないか、もう三十万ヵ所くらいにふやさにゃできないのじゃないか、また、十四万ヵ所の中で最も重要な六千件の調査をしようとしたけども、それもまだそこまでいかない。したがって、現実的には、この二億という金はほとんどもう緊急やむを得ないところへただやるだけだというふうな状況になっているわけなんです。したがって、こういう問題についても、この際、新たに十四万ヵ所をふやして、三十万ヵ所ぐらいにふやして、そうしてまた六千ヵ所、その中で重要なところについては早急にいわゆる包蔵地の調査だけを終えてしまうというような積極的な態度がなければできぬ。こういう計画についても、やはり再検討していかなければできない時期だと私は思うんですが、この点についてやはり大臣か文化庁長官に伺います。
○政府委員(安達健二君) まず、遺跡の分布調査でございますが、先ほどお話ございましたように、昭和三十五年度から三十七年度にかけまして所在の調査をいたしまして、三十九年から四十二年にかけまして地図を作成いたしたわけでございまして、そのうちでいまお示しのように六千件につきまして、重要遺跡緊急指定調査研究委員会というのを設けまして、その六千件についてのランクづけをする、こういう仕事をしていただいたわけでございまして、これは昭和四十年度から始めましたが、大体ほぼ六千件についての検討は終わりました。 それからもう一つ、先ほどお示しのように、もう十四万ヵ所では足らない、地図にない遺跡が出てくる、こういうことで昭和四十六年度、七年度、八年度と三ヵ年度にかけまして、さらに、もう一度遺跡の分布調査のやり直しをしているわけでございます。それによりまして、最初、四十六年度に終わりました十四万件の分につきまして、これをさらに、今年度から順次地図にするということで、四十八年度予算では約八百万円の予算を計上いたしまして地図を作成していくというようなことで、この分布調査と地図の策定、それから調査研究委員会、こういうものを進めておるという状況でございます。
○松永忠二君 進めているが、そうかといって、それじゃ三十万ヵ所という目標つけてやっているわけではないのですね。そうでしょう。だからそういうことについて、もう少し漸進的な目標というのはないんですか。
○政府委員(安達健二君) これはあらかじめ個所を数をきめてそれでやるという性格のものではなくて、遺跡が現実に存在をするかどうかを確認していくということでございまして、これが三十万をこえる場合もございましょうし、あるいは下回ることもあるかと思いますけれども、いま三十万ヵ所ととっていますのは、おおよそそれぐらいになるだろうという予測でございまして、これはあくまでも学問的な調査の結果によって判断すべき、決定すべき問題であろうと考えております。
○松永忠二君 それなら、その目標を達成するのは、いつまでを目当てにやってるんですか。
○政府委員(安達健二君) 本年度じゅうに分布調査を終わりたいということでございまして、そして地図のほうは四十六年に調査の終わりましたものを四十八年度に、それから四十七年度に終わりましたのを四十九年度に、それから本年度やりましたものを五十年度につくると、こういう計画でございます。
○松永忠二君 そういうふうに計画を立てられていることはけっこうですから、これひとつ十分な予算を取ってそういう点を、もうすでに十四万ヵ所でなしにふえているわけですから、きちっとやりていただきたい。 そこで、その次に、御承知のとおり、文化財保護委員会——いまの文化庁でありますが、文化庁と各省の間にいろいろな文書ができているわけです。日本鉄道建設公団、日本住宅公団、日本道路公団、日本国有鉄道の覚え書き、それから農地法一施行令十四条第六号の国、運用に関する覚え書き、工業の調整に関する覚え書き、史跡・名所・天然記念物の定義の解釈に関する覚え書き、文化財保護法の改正に伴う通産省との覚え書き、自然公園についての覚え書き、宅地造成等規制法の施行についての依頼、新住宅市街地開発法の運用について、電気事業法の運用について、こういうふうなものがたくさんあるわけです。これだけのものがたくさんありながら、実際は、政府関係とか地方公共団体の建設事業でいわゆる埋蔵文化財が破壊される実例がたくさんあるわけです。たとえば、平城宮は買い上げの措置をしているけれども、これは世論がやかましくなって、国道二四二号バイパスをつくるというのが問題になって、これになってきたわけです。藤原宮のあとは国道一六五号のバイパスの問題で問題が起こったわけです。私は切りがないからあげないけれども、四ッ池、池上の遺跡などは第二阪和国道だ。たとえば、福山城とか三原城というのは国に指定されているものです。ところが、この福山城に新幹線を敷く際に、これをこわしたわけです。そこで、福山城の取り除いた石垣をもとの橋げたの下に復元をしていった。三原城の場合には、石垣をそのままにして、天守台をまたぐということで話し合いをつけている。これも、実はそういうことに手をつけられてびっくりして、それとの話し合いをして、取り除いた石をもとへ戻すというようなことをやったわけなんです。それで、特に新幹線などは、路線決定は最後まで発表しない、発表すればとたんに動かさないというのが原則であるので、事前に協議をしたり何かするという覚え書きを取りかわしておきながら、石垣を取られてからびっくりして、国の指定までそんなことをするのかということで、あわててそれを復元をするということをやっているわけなんです。こんなたくさんな覚え書きつくっておきながら、なおかつ、政府の関係機関や地方公共団体の手で、こうした建設事業で破壊されていくというのは一体どこに原因があるのか、どうしたら一体いいのか。この点、どう一体お考えでしょうか。
○政府委員(安達健二君) 土木工事、その他につきましての大きな事業の、公団等との間には覚え書きができておりまして、この覚え書きに従ってやっていただくようにお願いをし、また、大体の場合におきましてはもちろんそれに応じて処理がされていると思うわけでございまして、足らないところ、その他は、さらに一そう努力をいたしたいと思っておるわけでございますが、同時に、今度の法改正等の段階におきまして、こういうような覚え書きを法律の中に取り入れるというようなことも一つ考えられるのではないかというようなことも検討課題にいたしておるようなところでございます。
○松永忠二君 まあ、やっと文化庁らしい答弁が出てきたわけで、私もそう思います。こういう覚え書きやそんなものではだめなのであって、いわゆる開発行為の際には協議が義務づけられるような法律規定がないためにそういう結果になってしまっていると思うんです。そのほか、五十七条の二の届け出制を許可制にするとか、いろんな問題があると思うのですが、とにかくそういうためにも改正が必要だということを強く感ずるわけです。 そこで、その次の問題として、一体、地方公共団体の文化財保護の予算はどうなっているだろうかと。これは、交付税を見ると、昭和四十八年度に都道府県にやっているすべての金が、交付税の中で三百三十三万八千円です。で、文化財の専門委員の報酬、費用弁償というのについて、この文化財専門委員の報酬が二十六万五千円、費用弁償が十七万三千円、文化財関係委託費が五十万、文化財保護補助金というのが二百四十万、全部で三百三十三万八千円しかない。市町村に至ると——これはもう大臣は自治省の関係のことをよく御存じなので、あなたのような方に努力してもらわなけりゃ私はできないと思うんですよ。たとえば、文化財の費用を幾ら出しているかというと、文化財関係委託費で十八万円ですよ。もちろん、何か突発な問題があったときには、特別交付税で見ますけれども、これだけしか出していないんです。一体実際に出している金額とこれとの比率はどうなっているのか。この点についてどうしても改善をしなきゃできないと思うが、この点について一体どう考えるのか、これ、ひとつお聞かせをください。特に大臣のほうから、最後にこの問題についてのひとつ御発言をいただきたい。 まず、今後、一体どういうふうに、平均的に見て、実際市町村が支出している費用と、十八万の平均の費用と、都道府県の出している文化財の費用の平均と三十四万五千円とは、一体どんな比率を現実的に持っているのか、その数字をひとつそこで発表してください。
○国務大臣(奥野誠亮君) いまおっしゃいました数字は、標準団体を設定して所要経費を算入する、その場合の数字じゃないだろうかと思うのでございますが、文化財が全都道府県に普遍的にある場合には思い切って標準団体の金額の中へ算入できるのでございますけれども、かなり大きく片寄っているわけでございます。そういうこともございますので、標準団体に算入する場合には、その程度になっているかもしれませんけれども、あと特別交付金を計算します場合に、いま正確にどうやっているか知りませんが、かつては重要文化財点数換算までいたしまして、そうして文化財の多いところへは特に多額の特別交付金を配賦するというやり方をやっておったわけでございます。いずれにいたしましても、地方交付税交付金の計算において文化財にウエートをかけてもらわなければいけないわけでございますので、標準団体の計算なり特別交付金の計算なり、さらにしさいに打ち合わせをいたしまして、一そう充実するように私としても努力をしていきたいと思っております。
○松永忠二君 標準団体の費用がそうなら、標準団体はこうであって、現実的に都道府県の平均はこうだ、不交付団体を抜かせばこうなるという数字が出ない理屈はないと思うんですよね。標準団体はこれだけなんだから、都道府県の平均は幾らになるという数字を持っているなら別ですよ。市町村のじゃ平均は幾らでありますが、それは幾らですというなら別ですよ。また、この改定をするにあたっては、そういう資料がなきゃ大蔵に改定の要求ができないじゃないですか。十八万といったって、それはあなたのおっしゃるとおりそういうところに特別交付金出しているのですよ。ただ、高松塚の古墳が発見できて、そのために、その地方公共団体が金を使ったときには、その年、特別交付金でめんどう見るんですよ。しかし、このときにたくさんあったからといって補正をしてどうこうするというのじゃないのですよ。そういうことじゃないんで、数字をもって話をするならけっこうですよ。ただ、そういう具体的な数字もここにないでしょう。あるんですか。聞かしてください。
○政府委員(清水成之君) ただいまの点でございますが、いま私ここに資料持ち合わせておりませんが、文部省でやっております、地方教育費調査の毎会計年度というのをやっておりますが、その中で文化財保護費がどれだけで、それから住民一人当たりそれが幾らになったという統計資料はございます。 それからなお、若干年度的に古うございますが、三年前の地方文化費でございますが、総額にいたしまして……。
○松永忠二君 文化費じゃないですよ。文化財保護費。
○政府委員(清水成之君) 文化財保護費も含む金額はいまここにございます。保護費につきましては、地方教育費調査報告書に出ておりますので、後ほど調べましてお答えいたしたいと思います。
○松永忠二君 そういうものをひとつぜひきちっと出してみてください。大臣、実際問題として、私の県なんかで一千万出しているわけですよ。有形文化財の保護費が一千万。ことしは三百四十五万ですよ。今度は掛川のお城へ約六千万ぐらいかかるというので、今度は一気に四千万に予算をしたわけですよ。地方は地方なりにこうやって金を出しているのですよ。あたりまえですということじゃなしに、やはりそういう面の、いわゆる交付税の中の文化財の費用の積算をやっぱりもっと充実してもらわなければいかぬ。ことし私は資料を出してもらって、一体十八万ってなんで押えたんですかと聞いたら、押えるといったってただ、いままであったのを二割アップしただけなんだ、実績を調べてどうこうしたんじゃないんですよ。そういう状況だから、ちょうどあなたはそういうほうの関係の方だからぜひひとつこの際に少し目を通してくれればいろいろな、もし、充実すべきものがあるならわかるのだからひとつ御努力を願いたいと私は思うのですよ。だからこの交付税の積算は不十分だと、私は思うのですが、あなたはやはりそれはそれなりの理由があるんであってというお話なんでしょうか、やはり十分検討してひとつ不十分なものは改めていくという、そういうお考えなんでしょうか、ちょっと聞かしてください。
○国務大臣(奥野誠亮君) 普通交付税を計算します場合の基準財政需要額には、おそらくその他教育費の中に文化財保護行政の所要経費を算入しているのじゃないかと思います。その他教育費は、たしか人口で測定することになっているのじゃないかと思います。その場合に、人口で計算をするものですから、文化財の所在と合わないのです。合わないものですからどうしてもそこで補正をせざるを得ない、なかなか補正できない、そんなこともございまして、特別交付金で計算しているわけでございます。少なくとも、私がこういう仕事をしておりましたときには、そういうことでかなりの金額を出しておったつもりでございます。普通交付金にはなじまない金額の算定なので、したがって、特別交付金で個々の団体に応じて金額を算定する、そのためには、重要文化財の所在地点数計算で算定がえまでしまして算入したものでございます。しかし、いずれにいたしましても、最近の需要を調べまして御期待に沿うように、私として努力をしていきたいと思います。
○松永忠二君 それだけの大臣のお答えですから、私資料出してほしいのは、それじゃ現実に各市町村に特別交付金として文化財の費用を幾ら出したのか、そして交付税の中で幾ら出したのか、現に実一体幾らその市町村は文化財の費用を使っているのか、その比較した数字をひとつ出してください。もちろん全部が全部というわけにいきません。都道府県については全部できるわけです。それから市町村の中の、ある程度の数字を十くらいあげて、現実にあなたがおっしゃるように、標準の団体として十八万きて、特別交付金に幾らと、現実に、四十六年度にその町村は幾ら文化財に使ったのか、その数字の比較したものを出してください。出してみれば私はいかに不足しているか、実情と沿わないかということがわかるわけだから、それをひとつ出していただくことをお願いすると一緒に、大臣はそういったあとの検討をして改善にも努力するというそういうことばでありますから、ことばとしてでなしに、ぜひ実行をしていただきたい、それをお願いしておきます。
○国務大臣(奥野誠亮君) お話しの方向で積極的に努力したいと思います。また、その内容についても御連絡さしていただきます。ただ、御承知のように、地方交付税交付金は、国のほうから使い道について規定をするようなことをしてはいけない、一般財源、自由に地方団体が使う金だと、こういうふうに法律で書いてあるわけでございます。したがいまして、内訳を特別交付金については公にはしないたてまえをとっておるわけであります。したがいまして、資料として提出するということになりますと若干問題がございますので、松永さんに御理解いただきますように、総体の数字など自治省と連絡をいたしましてごらんいただくというような運びにさしていただきたいと思います。
○松永忠二君 ちょっと質問しますので、先にこれ、大臣に直接お聞きをするというよりは聞いていただいて……。(資料地図を示す) それでは、伊場の問題について具体的にお伺いしますから、よろしくお願いします。 伊場遺跡というのは浜松市にあるわけでございますが、伊場の遺跡は六次にわたり調査が行なわれたわけであります。その結果、考古学上、歴史学上どういう価値を持った遺跡であるというふうになっているのか、この点をひとつ文化庁長官のほうから御答弁願います。
○政府委員(安達健二君) 伊場遺跡は東側——東部地区におきましては弥生時代から古墳時代にわたって営まれました集落跡を中心とした遺構が認められるのでございます。また西のほう——西部地区では掘っ立て柱の建物、大溝などの遺構が検出されておるわけでございますが、その時期につきましては同時に出てまいりましたところの木簡、土器等から判断いたしまして、主として奈良、平安時代のものと考えられておるわけでございます。そして、その西部地区におけるところの遺構の性格につきましては、木簡等からして郡衙、御厨、うまやなど推定するような学説もございますが、その性格についてはいまの段階では明白なものまではまだ出ていないというような段階でございます。
○松永忠二君 それじゃ、ひとつこのことについてつずつ確かめていきます。 考古学者とか歴史学者は、この遺跡をこういうふうに言っておりますが、これは事実でしょうか。まず、国衙、郡衙址というのは多少見つかっているけれども、これほど多く木簡を出している例は皆無だ。木簡は平城宮の跡で発見されて以来十数地点で発見されているが、これほど多数の発見の例はない。また、平城宮址の木簡は八世紀末にさかのぼるものはなく、十世紀に下るものはないが、ここから七世紀末から十世紀初頭に及ぶ木簡が五十余点も発掘された。これは事実でしょうか。私の言ったことについて言ってください。
○政府委員(安達健二君) この木簡の出てまいりましたところは、先ほど申し上げました西部のほうの地区でございまして、大部分が大溝の中から出てまいっておるということでございまして、この大規模な木簡等が出ておるということは事実でございます。
○松永忠二君 これは認めるんですか、認めないですかと聞いているんですよ。あなたが答弁できなければ、ほかの人が言えばいいのですよ。国衙、郡衙址は多少見つかっているが、これほど多く木簡を出している例は皆無であるというのが、これ事実か事実じゃないのか。そうじゃありませんならありません、そうですならそうですと言えばいい。何も別に余分なことを聞いているんじゃない。これは事実でしょうかと聞いている、いま言ったことについて。
○説明員(古村澄一君) そこに書いていることは事実でございます。
○松永忠二君 そうして、その次、木簡が平城宮所で発見されて以来十数地点で発見されているが、これほど多数の発見の例はない。また、平城宮丘の木簡は八世紀末にさかのぼるものはなく、十世紀に下るものはないが、ここから七世紀末から十世紀初頭に及ぶ木簡が五十余点も発掘されたというのは事実か、事実でないのか。
○説明員(古村澄一君) 事実でございます。
○松永忠二君 その次に絵馬——絵馬は中世に始まるとされているが、奈良時代と見られる朱書された絵馬が数点発見された。これは事実か、事実でないか。
○説明員(古村澄一君) 事実でございます。
○松永忠二君 大溝遺構と木簡から見てこの大溝が古墳時代に開かれ、八世紀から十世紀にかけて盛んに機能を果たした遠江の国の津の遺構であり、今日の浜松の発祥地であることはほとんど疑いはない。古代遺跡は最近数を増したが、国の津の遺構そのものはまだ全国に一例もない。これは事実か、事実でないか。
○説明員(古村澄一君) 現在の伊場遺跡が津であるかどうかについては、これは学説の問題でございまして、十分なとこまでの究明はなされておりません。それはそういった学説があるということでございます。 それから、全国に津の遺跡というものはいままで指定したものはございません。
○松永忠二君 大臣、ちょっと聞いておいてくださいね。だから、津があるかどうかということは、そうではないとは言えないわけだね。という意見があるということも事実である。これは相当なりっぱな学者が言っているわけですね。この遠江の国の津の遺構である。津の遺構というのはシンポジウムでほとんど全部の先生が認めているところでしたが、とにかくそれはいいでしょう。国の津である今日の浜松の発祥地であることはほとんど疑いがない。で、いま言うとおり古代遺跡が最近数を増している。国の津そのものはまだ全国に一つもない。 その次に、ひとつこれは、わが国で発見されている鎧として鉄板を皮でとじた四世紀から五世紀の古墳時代のもので京都大塚古墳で発見された四世紀のものは最古のものとされており、弥生時代の木製のものはわが国最古のものである。木製鎧が武具として実戦用にしたものか、あるいは祭祀——祭などの装飾用であるかは研究の課題だが、しかし最古のものだ。弥生時代の銅鉱が袋井市で見つかっているので、当然これを受ける鎧、盾が必要であり、戦闘用の可能性は十分ある。大木をくりぬいてつくり、表は槍、鉋なで紋様のような彫刻が施され、紋様と紋様の中間は黒ウルシ、紋様の部分はあざやかな朱色で塗られている。これは事実と相違しているのですか、どうですか。
○説明員(古村澄一君) いままで静岡県の教育委員会からの報告によりますと、事実でございます。
○松永忠二君 それから、多くの木簡と土器墨書と書いてありますが、土器墨書によって、国の津とそれに付属する郡衙、駅家、屯倉、御厨など、各種の地方官衙がこの地域に存在したことを物語っている。郡衙址ならあるが、全国にはっきりした郡衙より下級の地方官衙の遺跡は一つもない。こうした地方官衙の遺跡は他に見ることはできない。郡衙クラスの地方官衙址としては、全国に類例のない第一級の遺跡である。これは事実ですか。事実でないですか。
○説明員(古村澄一君) いままで郡衙として指定しておりますのは、全国で四件ございます。この遺跡について郡衙であるかあるいはその他のいろんな御厨かあるいはうまやかといったような学説が、現在いろいろ出てきておるという状況でございますので、それがどういったところでどういった遺跡であるかということにつきましては、まだそれを判定する素材を持ち合わせておりません。
○松永忠二君 先ほど文化庁の長官は、駅家、屯倉、御厨などがあるということははっきり言っていたんですね。国の津であるかどうかということについては、そういう説もあるというお話だったが、そうすると国の津、それに郡衙、駅家、屯倉、御厨など各種の地方官衙がこの地域に存在したことを物語っているというのはうそですか、ほんとうですか。
○政府委員(安達健二君) 私の最初申し上げたことをちょっと訂正……
○松永忠二君 いやいいよ。あとでやってください。続けて課長。じゃもう一度言おうか。
○説明員(古村澄一君) ちょっと御質問の趣旨が……
○松永忠二君 国の津、それはどうだかわからぬという話でありますが、そうだとほとんど学者はこう言っているわけです。それに付属する郡衙、駅家、屯倉、御厨など、各種の地方官衙がこの地域に存在したことを物語っているというのは、これはほんとうか、そうでないのか。
○説明員(古村澄一君) 大溝から出ました木簡等に書かれたものからは、地方官衙的なものがこの地域のどこかに存在したであろうということは大体ほぼ推定されておるところでございます。
○松永忠二君 屯倉、御厨、そういうことに関係した木簡は出ていないんですか。だから、私の言っているのは、国の津、それに付属する郡衙、駅家、屯倉、御厨など各種の地方官衙がこの地域に存在したことを物語っているということが誤りですか事実ですかとお聞きしている。
○政府委員(清水成之君) いまの点でございますが、松永先生おっしゃるような学説の方もあるということは確かでございますが、また、それであるということに確証が必ずしもないという点もございまして、はっきりそうであるあるいはそうでないという断定はいたしかねる、こういうことでございます。
○松永忠二君 ひとつ委員長と理事もお聞きしておいてくださいね。屯倉、御厨、駅家などについては、明らかに木簡の中にそれと考えられる木簡はあるということは現実に学者が言っているわけです。だから国の津とそれに付属するというか、郡衙、駅家、屯倉、御厨など各種の地方官衙がこの地域に存在したことを物語っているということは学説であって、それは信ずるに足らないと、まだわからぬという程度のことなんですか。その程度のことはさっきから、これはほかのところでまた——このことも学説なんでしょうか。これは事実なんでしょうか。単なる学説ですか。
○政府委員(清水成之君) 私どもとしましてはいまの段階では、その他の顧問団等の見解もございまして、さように理解をしているわけでございます。
○松永忠二君 郡衙址ならあるが、全国にはっきりした郡衙及び下級の地方官衙の遺跡は一つもないというのは、これ事実ですか、事実でないですか。
○説明員(古村澄一君) 先ほど申し上げましたように、郡衙は全国で四つ一応わかったのは指定してございます。その以下の下級の役所——役所のとらえ方が問題でございますが、ただいま荘園を経営した荘家の跡というようなものはすでに指定したものがございますが、御厨あるいはうまやといったようなものについてはっきりした所在を確認したものはございません。
○松永忠二君 うまやなんというのははっきりしたものがちゃんと出ているんでしょう。それも出ちゃいないんですか。
○説明員(古村澄一君) 伊場遺跡の遺構が何であるかということは先ほどからもうまやであるか御厨であるかというようなことで、学説があるということは申し上げましたが、そのほかに日本の全国にいままで御厨あるいはうまやというものを発見したということは聞いておりません。
○松永忠二君 それからその次に、古代の地方で交易や交通の中心地であり地方行政の中心であった場所の地方官僚や庶民たちの暮らしぶりの歴史が明らかになり、今日まで不明の点が多かった古代の民族の歴史がわかる、律令国家の政治が地方農民とどのようにかかわりを持ったかを明らかにしている。古代における中央、地方末端との間の行政的結びつきを実地に検証できた。馬主の馬の飼い方なんというのが木簡で出ているんですよね。まあこれはひとついずれ学者の人にしっかりしたものを出していただくなり聞けばわかることだけれども、いま申したのはどうでしょうか、古代の地方での交易や交通の中心地であり、地方行政の中心であった場所の地方官僚や庶民たちの暮らしぶりの歴史が明らかになり、今日まで不明の点が多かった古代の民族の歴史がわかる、律令国家の政治が地方農民とどのようなかかわりを持ったか明らかにしている、古代における中央、地方の末端との間の行政的結びつきを実地に検証できた、馬主というのはどういう馬の飼い方をしていたのか、公租の取り方をどうしていたのかなんということが木簡などで明らかになっている、という、いろんなことからして古代における中央、地方末端との間の行政的結びつきを実地に検証できた、こう言っているが、これは事実と相違しているんですか。
○説明員(古村澄一君) そういった木簡等から解釈をなさる学者もおられることは事実でございます。
○松永忠二君 何、学者も何……
○説明員(古村澄一君) 学者がおられることは事実であります。
○松永忠二君 学者がいるだけであって……
○説明員(古村澄一君) はい。したがいまして、文化庁で、いま、先ほどから申し上げておりますように、この伊場遺跡というものが何に当たるか、郡衙であるかあるいはうまやであるか御厨であるかということは十分はっきりつかめる段階にはいっていないということでございます。
○松永忠二君 しかし、そういう学説を立て得るものが出てきているという事実は認めるんですか。
○説明員(古村澄一君) そういう学説を述べられる学者がおられます。事実がございます。
○松永忠二君 そういう学説を立てる事実があるということを認めるかどうかということです。そういう学者があるというんじゃなくて、そういうことを言い得るものが出てきたということを認めるかどうかということです。ただ、学説は、架空の学説を言っておるの。——そういうことを言う、学説を立てる材料になるものが出てきたのか出てこないのかということ、出てきたからそういう学説を立てると思うんだが、そういうことを言うのは単なる空虚な考え方で言っているのか、何かそういうことに関係のあるものが出てきたからそういうことを言っているのかということを聞いている。
○説明員(古村澄一君) そういった学説を立てるある程度の根拠になる木簡等が出てきたということであります。
○松永忠二君 木簡が何……
○説明員(古村澄一君) 木簡が出てきたということです。
○松永忠二君 もっとはっきり言いなさい。そんなことぼやかすことないじゃない、何もそんなことを。あとのことを心配しているからぼやかしているんだ。これは大臣ひとつ聞いてくださいよ。いま第六次、いま調査やっている団長でしてね、第五次のときの調査やった斎藤忠という人がこういうことを言っているんですよ。「伊場遺跡第五次調査への提言」という中に、「もはや浜松に於ける遺跡であることにとどまらず、日本屈指の遺跡となり、全国に伊場遺跡としてその名を広め、今後伊場遺跡を除いて日本古代史を論ずることはできない。」と、こういうことを言っているんですね。第五次調査どうしてもやらにゃいかないというときにこの人がこう言っている。しかも、この人自身がいまもいわゆる顧問団の団長なんです。こういうことを言っているということをようくひとつ承知をしておいてください。そこで、まあ大体私の申し上げたことの中の相当な点については事実であるし、それを唱える学者があるとしても、それ以後学説を立てる根拠になるものが出てきたことを認めた。ただ、文化庁がそうだかどうかということについてまだはっきりしないと言っておられたことは事実です。 そこで、この問題は、委員長、それから委員の皆さんも、あまり食い違いができてくるということになると、これはやっぱり学者の意見も聞いてみなきゃなりませんね。この点についてはまた一歩前進した形でひとつ違った意見も聞いてみなきゃなりませんから、ひとつそういう点を考えていただきたい。具体的に提案もいたします。 そこで、そういう説をなす学者、あなた方から言えばそういう学者の人たちは伊場を守る会というようなものを組織をしたりして伊場の遺跡についていろいろなそういう要望を出しているわけです。どういう要望を出しているかというと、「全国にまれな遺跡をぜひ国の指定史跡として保存してほしい。大溝の西岸の遺構地区を」。というのは、これが大溝であり、大みぞです。これがさっき言ったみぞなんです。このいわゆる掘り割り——運河というのは浜名湖に通じて、つまり近代まで使っていたところです。今度出てきたのは、この大きな遺構から小さいところ、この遺構の西側、——大溝の西岸の遺構地区及び東部の竪穴住居跡群をとりあえず指定してもらいたい。古代律令国家体制の中央官衙、国衙、郡衙というランクをそのまま踏襲して国の史跡指定の基準にしてきたが、この考えは再検討される時期にきたのではないか。最近の古代史研究の動向は、従来の中央偏重主義の欠陥を補うために地方の民衆生活の実態を重視するようになった。律令国家の政治が、地方農民にどのようなかかわり合いを持ったかを問題にしている。つまり、中央官衙が一番上で国衙がその次で、その次に郡衙だというそういうランクをそのまま踏襲するということは、もう国の史跡指定の基準ではなかろうじゃないか。最近の古代史の研究の動向は、従来の中央偏重主義の欠陥を補うために、地方の民衆生活の実態を重視するようになった。律令国家の政治が、さっき言うとおり、日本の地方の農民とどのような関係、かかわりを持っているかということを明らかにしている遺構であるのだからぜひひとつ全国にまれな遺跡をぜひ国が史跡として保存してほしい、こういう要望があるわけであります。これについて、文化庁はどういう意見をお持ちでしょうか。
○政府委員(安達健二君) 東部地区の弥生時代の集落跡の問題につきましては、現在の遺構の状況等からいたしまして、これを国の史跡として保存するまでには至らないのではないだろうかという、調査をしておりませんけれども、いま調査も行なわれておりますけれども、そういう考え方でございます。 それから西部のほうにつきましては、いわゆる地方の官衙、どういうものであるか、そういうような点についての土器、木簡等も出ておるというようなことでございますが、先ほどもちょっと触れましたように、それが大溝のほうから出ておるわけでございまして、その木簡、土器等から考えられるところの地方の官衙でございますかどういうものであるか、これは今後の検討問題だと思いますけれども、それが一体どこが中心地帯であるかというようなことは、さらに検討をすべき課題であるというように考えておるわけでございます。 それから、この遺跡の全体についての考え方でございますが、これは御案内のとおり、第五次調査の終わりました段階におきまして、先ほどお触れになりました斉藤忠調査団長も入られました坂本太郎博士を長とするところの五人の顧問会におきまして、この遺跡の問題についての検討はございました。そこの顧問会の結論といたしましては、文化財保護の立場からは遺跡を保存することは望ましいが、東海道本線云々の高架事業を推進する浜松市当局の立場も理解できたので、遺跡の一部を高架関連事業用地として使用することは万やむを得ないものと認める、しかし遺跡は、学問的に貴重であるので十分な調査をして記録するよう要望すると、こういう見解を付されておりますので、この遺跡については徹底的な調査をすべきものであると、かように考えておるわけであります。
○松永忠二君 そこまでお話は聞きませんけれども、あなたの言ったのは、大臣が統一見解などと言うから、間違うといかんので、六人の顧問がおって、二名は調査をした後において結論を出すべきであると、こう言った、ところが片方の四人の人たちは、そういう一部を高架にするということはやむを得ないではないかという結論を出した、多数意見であって統一した見解ではないということを一つ、私、別にあなたのおっしゃったように申し上げたわけですけれども、必ずしもそれも……。しかも、その斉藤さんがやられた、斉藤さんは前にこういうことを言ったはずですからね。「伊場を除いて日本古代史を論ずることはできない、もはや浜松における遺跡であるにとどまらず、日本屈指の遺跡となる。」、そう言ったのですからね。そういう点は、そういういろいろな意見があったのでしょう。別にその問題についてはもう少しあとでお聞きをいたしますが、だから史跡指定をするほどの位置づけにはないという判断をしているというお話があったが、それじゃいま申し上げたことについては、これは違っているのじゃないんですか。つまり要するに、中央官衙、国衙、郡衙というようなランクづけで国の史跡指定をやっている。まあ中央のものが一番大事だ、その次が国で、その次が郡衙だという、そういうランクづけの史跡指定をするというのではなくて、やっぱり中央と地方とどういう関係を持っているのか、特に中央、地方のいわゆる農民なり庶民の生活がわかるような状況がはっきりなれば、それはやはり重要なものであるというふうに考えて、いわゆる史跡の指定はしていかなければならない。決して中央官衙、国衙、郡衙という順序でランクづけして指定しているんじゃないという、そういうことなんですか、やっぱりそういう考えでやっているのですか、その点を聞かしてください。
○政府委員(安達健二君) 私ども、いまお話しのように、国衙と地方の官衙とはランクが下だから、それだから地方のほうは指定をしないというような意図ではございません。先ほど申し上げましたように、西部地区のほうの性格がまだ明らかでないということでございまして、そういう点につきましては、そのまた中心位置がどこであるかということも明らかになっておりませんので、これはさらに、その調査の結果というものを考えなければいけないということを申し上げているわけでございます。
○松永忠二君 それはよくわかりました。 そうすると、結局まだ十分その辺がはっきりしないので、はっきりしてくれば何もそれが中央、地方、庶民との関係が非常に明らかになってくれば、何も地方の官衙だがら指定をしないというそんなランクづけを持っているわけではない。まだはっきりしないので結局、現状ではそれほどに考えられないと考えているだけだと。しかし、それについても学者の中にはすでにもう十分だと、さっき申しましたように、古い絵馬が出てきた、鎧も日本最古のものが出てきて、しかも木簡は五十余点も、ほかにどこにもないのに郡衙にこんなにたくさん出てきて、しかも、国の津であるということははっきりしている。大溝、これは浜名湖に続き、ここは津である。しかも馬に関係したものがたくさん出ているので、これは駅家であろう、これはそばの関係から御厨であるとか屯倉であるというような点についても、そういうふうに考えられるものがある。そうすると津と郡衙としかも駅家、御厨、屯倉なんというそういうものが集まっているところというのは非常に珍らしいというふうに言っているわけですが、あなた方が認めている事実をもとにしながら、もうこれは大事なものだがら、地方と中央の住民のやり方もわかる。一体、馬主がどんなふうな馬の飼い方をしていたのか、コースというのはどんなふうに通っていったのかということもよくわかる。だからそういう意味ではもう十分わかると、学者は言っているわけです。ところが、あなた方はまだわからない、まだ調査していないからまだわからない、まあいまわかっていたところではそうだと、こう言うんですから、この点について相当大きな開きがあるが、事実ははっきりしたと私は思うんです。ただ、しかし、非常に明確であるし、私も賛成するのは、決して国の次が地方官衙だというのじゃない。地方でも中央と地方との関係をよくわかり、当時の律令国家がどういう政治を具体的に地方でやっていたのかということがわかれば、それはそれなりの重要な意味を持っているということは明らかだ。それだって国の指定としての基準にはなり得る。しかし、まだそこまでの証拠がないということをまあおっしゃったわけなんであって、この点は明らかになったわけです。 それから、もう一つは姫塚を中心として、あんたは盛んに調査、調査という話をしているんですが、この姫塚を中心とする大溝の東部地帯、この辺ですね。この辺を強力に調査を推進して、調査の結果その追加指定をしてほしい。いままでの調査は、未発掘の遺構全域から見ればほんの一部分で、遺跡の評価を決定づけることは無理がある。これは、私と同じようなことを言っている。あの未発掘の遺跡が多いので、全域から見れば発掘したのは一部である。遺跡の評価を決定づけることは無理がある。今後の調査次第でまだまだ貴重な成果を期待できる。だから、ひとつ姫塚を中心にして大溝の東部を徹底的にひとつ強力に調査を推進し、それからそれを見て追加指定をしてほしい。こういう要望があるんですが、この要望についてはどうお考えでしょうか、長官。
○政府委員(安達健二君) その地区につきましては、まだ調査が行なわれておりませんので、何とも申し上げられない段階でございます。
○松永忠二君 この要望についてどう思うかと聞いているんです。そこを評価をしなさいと言っているんじゃない。こういう要望について、あんた方が言ったことと同じことを言っているじゃないか。まだ調査していない、十分じゃないから、まだはっきりはわからぬ、だから、ここの姫塚を中心にして十分できるだけ調査して、それから追加指定してくれというんだから、この要望はもっともな要望でしょう。もっともな要望じゃないですか。
○政府委員(安達健二君) 要望としては確かにもっともなもんだと思います。それは要望としてという意味でございます。
○松永忠二君 もっともな要望なら、それをかなえてやるというのが文化財を保護する文化庁の役目ですよ。この点はそうなくちゃいけないと思うんですね。ところが、いまの遺跡の周辺の、埋蔵文化財包含の土地は、県の指定の三分の一が解除された。この辺が解除された。ところが、ここはまだわからぬ。それが解除された。それで近く国鉄の所有地と市有地とが交換される協定書が成立をする。昭和四十九年度に予算がついて、鉄道の電留線は六車線、二十五メートル半の工事をもう手をつける。将来は鉄道の電留線が全部にわたって引かれるというふうになっているわけだが、これはそのとおりでしょうか。
○政府委員(安達健二君) 最初のほうの問題でございますが、先ほど調査の要望があり、あるいは調査の結果によっては指定をしてもらいたいと言われておる地区は、県の史跡の解除された地域には入っておらないわけでございます。それが第一点でございます。 それから、国鉄のほうの計画につきましては、その全体的な詳しい計画はまだ私どもは伺っておりません。
○松永忠二君 違った返事をするのね。指定解除のところどうのこうのとか、そういうことを聞いているのじゃなくて、ところがいま伊場の遺跡がこれからどうなるのかというと、私が言ったとおりに、伊場の遺跡の周辺の遺跡の包含地は、県の指定の三分の一がもうすでに二月の二十七日に解除された。教育委員会はそういう決定をした。まだ告示はしてないが、しかし、解除された。そして国鉄と市有地のいまの遺跡とを交換をする協定が近くできる。それで四十九年に予算がついて、ここのいわゆる鉄道の六車線の二十五メートルの工事が手がつけられて、そして将来はこういうところに全部電留線が引かれていくというふうになるという、そういうふうな状況にあるということだが、これはほんとうか、私の言っていることは違っているのかどうか。
○政府委員(清水成之君) いまのお話しの点でございますが、うわさには私どもはそういうことを聞かないわけではございません。しかし、ただし先ほど来お話がございましたように、覚え書きに基づきます協議がいずれ具体的に国鉄のほうからいただくだろうと思っております。そういうことであります。それがまだ参っておりませんので、承知を具体的にはしてない。こういうことが正直なところでございます。
○松永忠二君 私は、具体的に相談はこないでも、そうなっていくということについて、そういうことは全然知らないということですか。そうじゃないんでしょう。つまり、指定解除をしたことをちゃんと知っている。これはあとで聞きますが、指定解除をしたことは法律に基づいて通知が来ているのだから、指定解除をしたんでしょう。それで今度は交換協定ができて、この六車線のこのところについて予算がついて、ことしから手をつけていくんでしょう。これができ上がれば、このあと、そのあとへ電留線が全部引き渡っていくでしょう。それがどうでしょう。国鉄のほうからも来ているけれども、そういうふうな方向になるんでしょう。間違いですか。
○説明員(内田隆滋君) そのとおりでございます。
○松永忠二君 そういうことを文化庁は知らないわけだね。
○政府委員(清水成之君) ただいまの指定解除されましたことは、承知しております。それから、いま国鉄のほうからお話ございました、そこへ電留線が引かれるというようなことは、薄々承知はしております。しかし、六車線でいくとかどうとかというような具体的なことについては、まだ協議をいただいておりませんし、また非公式にも存じあげておりません。
○松永忠二君 そんな状況ではないでしょう。それは正式に話はないけれども、大体そういう方向になっているのでしょう。そうでなきゃ、解除するときに、そんなことをする必要はないという話も出るだろうし、通告を受けたら県の教育委員会を、何でおまえたちはそんなことをするのだ、わしは聞いちゃいないぞといって返事を言ってやれば済むんじゃないですか。知っているからやむを得ないと考えて、長官はあんなものを読んだのでしょう。いま国鉄の言ったようなことを全然知らぬなんということはない。それは六車線だか何だかその辺はわからぬ。そんなことは全然知らぬと、そういう筋合いじゃないでしょう。そんなことを言ったってそれは通りませんよ、まあ、それはそうだと言うんだから、大臣、そういうふうになっていくということは、国鉄が言ったとおりですよね。 そこで、この県教委はいまの遺跡の一部を指定解除にあたっては、法律に基づいてこれは報告があったわけです。なぜ解除をするか。解除の理由はこういうふうになっている。これは承知でしょう。県の教育委員会が解除の理由として、第一、指定地の遺跡として性質上、保存と活用に困難な事情にあること。第二、遺跡の中心が指定地内よりむしろ西方、ここよりもこっちのほう、西方及び西北部に向けられていると。浜松市の永年の念願である国鉄高架計画用地から除外できない事情にあることという三つの解除理由を委員会はきめているわけだね。報告はそういう点を指摘している。この解除の理由というのはまことに矛盾があると思うけれども、文化庁はどういうふうにお考えでしょう。
○政府委員(清水成之君) 私どもといたしましては実は別の観点の、解除問題につきましてはまた別の観点の考え方をして指導をいたしてまいったわけでございます。残念ながら不意打ちに解除されちゃったと、こういうことでございます。別の観点からの指導をしてまいったということで御理解をいただきたいと思います。
○松永忠二君 いやいや、私の言っているのはそういう考えがあるということはお考えでけっこうですけれども、この理由をあげてきたことについて、この理由についてあなた方はどうお考えになるかということを聞いているんですよ、私が聞いているのは。あなた方の別のお考えを持っているとか、何とかいうことを聞いているんじゃないんですよ。この理由というのは非常に矛盾があると思うが、あなた方はどういうふうにお考えでしょうかということを聞いているんです。聞かしてください。
○政府委員(清水成之君) ただいまの点は、先生御指摘のほぼ同様の考え方を持っております。
○松永忠二君 ほぼ同様ということはどういうことでしょう。まず第一点について聞きましょう。ほぼ同様だというお考え、「指定地の遺跡としての性質上、保存と活用に困難な事情にある」ということについてはどういう点があなたは矛盾しているとお考えですか。
○政府委員(清水成之君) せっかく県指定をいたしましたのにつきましては、それだけの価値を認めておったわけでございます。そこで、それがたとえば台風等で、いまの場合そういうことは想定されませんが、一般的な場合考えますと、台風等で記念物とか、そういうものがこわれちゃって、もう原型がとどめられなくなったというようなことでございますならば、それはその性質上解除する理由も出てこようかと思いますが、いまの表現で何を意味しているのか、その辺が現実の問題といたしまして私どもとして理解しかねる点があるということがございます。
○松永忠二君 そうするとこういうことですね、昭和二十九年に指定したとき以来、こんなことは周知の事実である。いままで一度も対策を講ぜずに今回突然に解除の理由にされるなんてというのは、これは納得ができないでしょう。同じですね。
○政府委員(清水成之君) そういう点は同意見でございまして、先ほど申し上げました別の観点からの指導ということも、そういうことにあったわけでございます。
○松永忠二君 一点についてはそのとおりなんだ、同じこと。その次、第二について「遺跡の中心が、指定地内よりむしろ西方及び西北部に向けられている」という、これはとんでもないんであって、この指定のほうは弥生時代の遺跡である。こっちは奈良時代の官衙のあとであるというふうな、西部地区と比べていずれがより重要かと論ずるというのは学問的に誤った見方でしょう。しかも、最近解除をしたこの辺からいま言った鎧が出てきたんでしょう。最近解除地区の付近から弥生時代の木甲が出土して指定地域の重要性がますます明らかになっているときに、こっちのほうよりこっちのほうが、西部のほうが、「遺跡の中心が、指定地内よりむしろ西方及び西北部に」、こっちよりこっちのほうが大事だ、そんなばかな理由はないでしょう。違った時代の遺跡であり、しかもこの遺跡のそばに最も最古の鎧が出てきているのに、これより向こうのほうが大事だというかのごとく言うのは、これは矛盾でしょう。
○政府委員(清水成之君) そこが先ほど私はほぼと申し上げたところでございまして、私どもちょっと専門家でございませんので、それを断定的に否定するというわけにもまいりませんので、ほぼということばを使ったわけでございますが、御趣旨においてはさほど開きがあるわけではございません。ただし鎧の点につきましては解除決定をしたあとで発見されたということだけは事実でございます。
○松永忠二君 解除のあとだとしても告示もしたし、それからさっきわかったんですが、ほぼだと言われたけれども、ほぼだとしても、これよりこっちのほうが大事だというような、そういう理由はないでしょう。そんなことは明らかなことだ。違いますか。
○政府委員(清水成之君) 先ほども申し上げましたとおり、ほぼと申し上げておりますのは、こちらの能力の問題から申し上げたのでございまして、御趣旨においてはさほど開きがないということでございます。
○松永忠二君 浜松市民の長年の念願である国鉄高架計画地から除外できない事情にある。私は、国鉄高架事業をすることは大賛成です。これは推進をしてほしい。だけれども、ここを解除するにあたって浜松市民永年の念願である国鉄高架計画用地から除外できない事情があるとこう言っておきながら、解除したのだと言う。それじゃ、こっちのほうはどうなるのだということは何も言わない。将来のことを何も言わぬで、ここだけのことについてそういうようなことを言っているということについてもずいぶん矛盾があって、あとこっちはどうなるのですかと聞きたいわけです。ずいぶん矛盾した理由をあげてあなたはこの点について指導をしたのですかね。おかしいじゃないか。そういう点の指導とか、そういう面はどういうふうにされたんでしょう、ちょっと聞きたい。
○政府委員(清水成之君) その点につきましては課長あるいは教育長等再三再四こちらへも来ていただきましたり、電話でお話し合いをいたしまして指導したのでございます。その場合のあれは端的に申しますと、私どもの指導の方針は解除という方針ではございませんでした。
○松永忠二君 そうするとその次聞きたいんですが、こっち側のほうを大臣もひとつちょっと、こまかいことを言って恐縮ですが、こっちの解除を六月か九月にやりたいと言っておるんでしょう。これについてはあなた方はどう考えますか。今度はこっち側のここについては、六月か九月に指定の解除をやりたいというこのことについては、あなた方はどういう御意見でしょう。
○政府委員(清水成之君) そういうことを言っておるのも確かでございます。まだ、正式にどうこうということではございませんけれども、私どもの基本的立場といたしましては前回解除された部分を含む全体についてそういう指導をしておったのでございまして、その基本的な考え方につきましては一部がかりに解除を決定し、また告示がされるかもわかりませんが、されたとしましても基本的には当初の態度で指導してまいりたい、かように思っているわけでございます。
○松永忠二君 そうすると、こっちのところを六月か九月に解除するということについては文化庁としては賛成できないということですね。ちょっと聞かしてください。
○政府委員(清水成之君) そういう態度で指導をしてまいりたいと存じます。
○松永忠二君 そこで大臣、このことについてはこう言っているわけです。いま、いろいろな埋蔵文化財が出て、それを保護する場合に史跡に指定して開発から遺跡を守っていきたい。だから仮指定をしたいとか、あるいは国が指定をしてくれということを言っているわけです。ところが、開発をするから史跡の指定を解除して、そうしてそういう仕事をやっていく、これじゃ、日本じゅうの遺跡はみんな破壊されてしまうんじゃないか。土地は国、市が持っている、国鉄が持っている土地じゃない。実は民間の土地でも指定をして開発から文化財保護を守ろうと言っているのに、県が史跡を指定をして守ろうといっているところを自分で解除をして、それで、そこに開発工事が行なわれるということでは、とてもじゃないが、文化財保護というようなことは十分できない。これは非常な悪例を残す。そういうことについて強く一般の学者の人たちが反対をしているし、そういうことはおかしいと、文化庁自身も言うとおり、史跡解除なんておかしい、賛成できないといってるんですからね。こういう点を非常にいま心配しているが、これは全く私もこういう心配をするということは、非常に理屈があると思うんですが、大臣のひとつお考えを聞かしてください、基本的な考え方を。
○国務大臣(奥野誠亮君) 史跡として指定されたところにつきましては、なるたけ早く調査できれば一番穏当だと思いますが、史跡調査の能力が必ずしも十分でありませんために、かなり全体的におくれているんでございますけれども、基本的には調査が済まなければ原状変更を認めざるを得ないかどうかというのがまあ順序だろうと思うんでございますけれども、取り消したということになりますと、前の史跡指定が間違っておったということになりかねない問題でございますので、その間の事情は私詳しくございませんけれども、いろいろ御指摘になっておりますことを聞いておりますと、確かに問題があることだなというふうに私いま理解さしていただいているところでございます。今後の問題は、やはり立法的な改正と合わせて、こういう問題についてどう対処するかをきめていかなきゃきめ得られないんじゃないかと、こうも思っておるところでございます。
○松永忠二君 そういうふうな立場から考えて、いま文化庁が言ったように、六月か九月にそういう指定を解除される、残ったところを解除しようというようなことを考えているようだけれども、そういうことについては、これは賛成できないということで、指導を強くしていかにゃできぬことだということについては、大臣も同感だと思うし、また、そういう指導をやってもらうということがなければ、とにかく、保護するために指定をした。それからその指定をしたところについてそれを解除して、それを開発に使うというような考え方じゃなしに、どこまでも指定したところを尊重していくという基本的な態度でいってもらわなければできない。それでなきゃ民間の土地でさえも指定して保存しようと言っているのに、市や公共団体や国鉄のような、そういうものが持っているところをわざわざ指定解除して、そうしてそこでものをつくっていくというようなことでは、この史跡を保存するというたてまえからいって非常に困ると、心配だという、この考え方は、私はもっともだと思う。その考え方に基づいて強力に指導をされるということについてはもう文化庁の言ったとおりだと私は思うんです。その点について大臣ひとつ考え方を聞かしてください。
○国務大臣(奥野誠亮君) 文化財を守っていく見地からは当然そうでなければならないと思います。県は県としての何か言い分があるんじゃないかとも思いますけれども、よく聞きながら、間違いのないように私たちとしては最善の努力を払いたいと思います。
○松永忠二君 最大の努力じゃなくて文化庁のほうで賛成できないと言ったんですからね。三分の一解除したことも、私たちにはそういう方向で指導したんじゃないと言っている。だから、これからあと三分の二は解除するということを聞いているけれども、いやそういうことはやらないでほしいという指導をするつもりだというのだから、こういう方向で大臣もひとつ指導していくということについては御異議はないでしょう。
○国務大臣(奥野誠亮君) 松永さんのお話を聞いている限りそう思うんです。ただ、県がどうしてそういう措置がとったのか、ちょっと解せないものですから、先ほどもちょっと申し上げましたように、自分が指定したところが指定が間違っておったということになるんじゃないだろうかと、取り消しでありますと。現に、しかし、他方でいろいろなものが出てきているじゃないか、いろんなものが出てきているのにどうして取り消しちゃったんだろうかなと、私ちょっと疑問に思っておるわけでございます。そういう意味でやはり県の言い分も一ぺん確かめたいなという気持ちを持っている。そういう気持ちでいまのようなお答えを申し上げておるわけであります。
○松永忠二君 そういうときには文化庁の言うことを、方針をもっともだと考えるのがあたりまえでしょう、知らないならね。そのために文化庁が出てきているんじゃないですか。だから、よくわからなければ、文化庁がいま考えている方向で自分としてはやりたいと思うというのが筋だと思うけれども、それば県の様子を聞いたり、あれしなけりゃわからぬですか。それじゃ文化庁の考え方と違うんですか。大臣の考え方を聞かしてください。
○国務大臣(奥野誠亮君) 私が文化庁の仕事ができやすいようにやっていかなければならないことは当然のことでございます。しかし、県の言い分も聞くということも私の姿勢として何も悪いことじゃないと、こう思いますので、そう答えているだけのことでありまして、松永さんのおっしゃることを聞いておりまする限りは、そのとおりだと、こうお答えするわけであります。しかし、私が県の意見を重ねて聞きたい、非常に疑問を持ったこともこれ事実でございます。でありますから、県の意見も聞きたいということを言いますと、けしからぬとこうおっしゃるのも、少し理解をしてほしいなという気がするのでございます。
○松永忠二君 私、そんなことを悪いと言っているのじゃないですよ。県の意見を聞くとしても、まあ文化庁の考えている方向で私も指導したいと、私はもうそんなことは当然だと思っているから、そう聞いているのですよ。それを何か、あなたの話を聞いていればそのようだと、しかし、よその話を聞いてもまた違うかもしれぬという印象を受けますよ、率直に言って。それだから、私は言っているのは、そうじゃなくて——県の意向も聞かなければできぬだろう、それはもちろんですよ。けれども、とにかく文化庁もそういう考えならば、そういう方向でひとつ私も努力をしていきたいと思うということに御異議はないでしょうねと、こう言って念のために聞いているのですよ。だから、それを聞いているのであって、その点について端的にお答えをしてください。もう一回、まことに恐縮ですが、その点だけ聞かしてください。
○国務大臣(奥野誠亮君) 松永さんのお話を聞いている限り私はそれに異存はないのです。異存はないのですけれども、そのとおり指導していきますと言い切るについては、それはやはり私にも少しいろいろな疑問があるものですから、それくらいのプラスをつけさせていただいてけしからぬとおっしゃらなくてもいいじゃないかなという気がするのですけれども、お気持ちはよくわかっております。また、おっしゃっている限りにおいては、私はそうだと思うのですが、なぜ解除したのかという、とても疑問が消えないのです、いま。やはり県は県なりに大きな責任を持っておるわけでございますので、なぜそうしたのだろうかなと、こういうふうに思うものでございますから、たいへんお気に召さないで申しわけございませんけれども、お話を聞いている限りにおいてはそのとおりだと思います。
○松永忠二君 私ちょっと納得ができませんよ、それは。私の意見を聞いている限りそうだと思うというだけで、私はあなたにそういう方向をとれと言っていたのじゃないですよ。文化庁のほうから、私たちはそういう方向で指導しませんでしたと、教育長も呼びましたと、しかし話をしたけれど結果的にはそうなりましたと。このあと、それじゃ解除することに賛成なのか、賛成じゃありませんと、私たちの考え方で指導するつもりですと、こう言っているから、それじゃ、そういう文化庁の発言もあったという経過の上に立って私があなたにお聞きしているのであって、あなたがそういうこまかいことを御存じでないことはもちろんだから、まああなたのお話も聞いたと、文化庁の方向も聞いたと、県の様子もよく聞いた上でその文化庁の考え方でひとつ努力をしたいと思うと。あたりまえのことだと私は思ったのです。それを何かことばを濁されるから私は言うのであって、何も私はあなたの立場をどうこうしようというのじゃないけれども、方針なり方向として、文化庁がそういう方向であるし、私の話も聞いたと、しかし、あなたの話だけじゃ困る、だから県の話も聞かなければいけないと思う、ごもっともでしょう。もっともだが、しかし、まあ、文化庁の考えている方向で私もひとつやりたいとおっしゃるならわかるのに、そのことをはっきりおっしゃらないで、あなたの話を聞いている限りはそれと同じだという、そういうことでは少しその辺がはっきりしないのじゃないか。大臣ですからね、だからやはり責任のある方だから責任のあることを言うということも非常にたいへんなこともわかるが、また同時に、原則的な基本の態度というものはやはり大臣として明確にしなければいけないと私は思うのですよ。そういう意味で私は言っているのであって、何も無理押しをしちゃいないですよ。けれども、どうでしょうかね、文化庁のそういう方針で、いま言ったようにあと三分の二を解除するという話だけれども、そういうことについては自分らも賛成はできないし、指導もしたいと思っていると、その方向でとにかく文部大臣もやっていただけるのですか。その点をお聞かせください。
○国務大臣(奥野誠亮君) 幸いにして松永さん無理じいをしないのだと、こうおっしゃっていただきました。結論的なことを申し上げるのは、私きょういまここで初めて聞いたわけでございますので、やはりちょっと時間をかしていただきたい、こう考えるわけでございます。
○松永忠二君 わかりました。またいずれ速記などを見て一しかし、もう文化庁の態度ははっきりしていると思う。 そこで、一体、文化庁は伊場遺跡の埋蔵文化財を今度どのように調査して保存していったらいいと考えているのか。文化庁はどういう形でこれに関係していこうとしているのか。そこで私は、前文部大臣はこういうことを言っているのですよ。高見さんが予算委員会で、私の質問に対して、東側のほうの遺跡は弥生後期のもののようであります。ただ、西側が奈良朝時代の郡衙——郡役所のあとで、これは非常に貴重な全国で珍らしいものでありまして、何とかしてこの遺跡は残したいものだと私どもは考えております。同時にまた、これに必要な金は来年度はぜひ要求をいたしたいと、かように考えております。何とかして保存する努力をいたしたいというつもりでおるわけであります。」こういって答えているのですね。一体この文化財は、文化庁は伊場遺跡の埋蔵文化財をどのように一体調査し、保存していったらいいと考えるのか、これについて文化庁はどういう形でこれに関係していこうとしているのか、これをひとつ聞かしてください。
○政府委員(安達健二君) 基本的には先ほど申し上げました第五次調査後設けられました発掘調査の顧問団の結論、見解まあそれは多数であるかもしれませんけれども、この見解に基づいた処理をいたすべきものだと考えておるわけでございまして、これを受けまして、市の教育委員会としては、全域にわたる発掘調査に遺憾なきを期すると、こういうことでございますので、この調査は徹底的に行なうようにいたしたいと、またその遺跡の一部二万四千平米を史跡公園として保存するというような考え方を持っておるわけでございまして、私どもといたしましては、おおむねこの顧問団の意見並びに浜松市民の生活上のことも勘案いたしまして、今後万全の調査を行なうとともに一連の高架の事業もその調査の終わった段階において検討し進めていくこともやむを得ないと、かように考えておるわけでございます。
○松永忠二君 そうすると、さっきから話をしたとおり、そういうことを言っている人がまだあるけれどもはっきりわからぬと、盛んにそうおっしゃっていたのに、それよりずっと前に第五次のときに出したその統一見解と称するものを、これの方向でいくというのじゃ話が矛盾しているじゃないですか。まだわからぬところたくさんありますと、こう言っている。わからぬところがたくさんありますという段階できめた顧問団の意見を、その方針で処理をしていこうというのは、文化庁としての態度としてはおかしいじゃないですか。——いやもうちょっと聞いてごらんなさい。その段階で言ったことでしょう。しかも、現在でも聞いてみてもそういう説をなす人がありますと、だけどまだわかりません、調査が不十分ですからと、こう言っているじゃないですか。そうであるのに、方針としてはずっと前の段階のその統一見解で処理しますという、それじゃ文化庁としてはあまりに自主性がなさ過ぎるじゃないですか。 それからまた、市がいま考えているようなやり方でそれでいいでしょうというのは、大臣も言われたが、市はここのところを保存するというのですよ、何もこんなところ関係のないここを。そうではなくて、この学者の人たちは、まれな遺跡であり、それがどういうふうに出てきたかという遺跡を残こし、それからいまもう考古学会では、一度遺跡がまた発掘することによってその価値がまた新たに評価されるというのは幾つもあるわけなんです。そういうふうな段階、そういうのであるのに、しかもさっきから言うとおり、わからぬわからぬといって、学説だってこう言っている。もし学説のほうが正しいとすればたいへんなことじゃないですか、わからない——否定はしないのだから。そういう学者がそれらしいものを主張するに足りるようなものが出たということは言っているわけです。しかし、それがそうだとまだ私たちはきめているわけじゃないと言っている。きめているわけじゃない。そういうことであるなら、第五次のときの、いまの第六次、第七次というのではなくて、第五次のときの学者の統一見解の方向でこの問題を処理をしていこうという考え方も、それと矛盾している。保存するといったって、この保存はこれは全然関係のないところの場所へいわゆる建物を建てて保存するといっても、それは保存じゃない。だから、一体、遺物というのは、もう私が説明するまでもなく、出てきたものをただ建物の中へ取っておけばそれでいいというものではないですね。どういう形でそこから出てきたのか、まだわからぬことをこれからなお調査をすることによって、その遺跡を一そう価値づけていくという、そういう性格のものでしょう。そうでなければ登呂なんというのは出てきたものだけしまっておけばいいじゃないですか。それをなぜ登呂の遺跡を保存しなければできないのですか。いまわからぬものが多ければ多いほどこれを保存しておく、そのままにしておいて、なお調査を続けて価値をしっかり見出していくということであるのに、いま第五次以上にまたいろいろなものが出てきて、いま言ったような評価をするに足りるようなものが出てきているけれども、まだ私たちはわからぬと言っているのに、その前の第五次の調査のときの統一見解どおりにやりますというのも矛盾をしていると私は思うのですがね。そうしてまた一体、文部大臣の言ったこれはうそですか。「何とかしてこの遺跡は残したいものだと私どもは考えております。」、この段階でこういうことを言ったのですよ。統一見解の前に言ったでしょう、文部大臣がこのことを。統一見解になるその前に言ったこと、文部大臣の言ったことは一体どうなるんでしょう。私たちはこれを信用して、責任ある大臣が——しかも、私とは言いませんよ。「私どもは考えております。」、「私どもは」と言った。文化庁の長官は、次長でその当時そばに来ていた。私どもは何とかしてこの遺跡は残したいと考えていますと、これに必要な金はと——重ねて、何とかして保存する努力をいたしたいものでありますと、それと矛盾するじゃないですか。いま言ったような、そんな市がそういうように考え、市のかつて出した統一見解、市が保存を考えているようなところを考えているの、だというような程度の関与のしかたで、一体、この大臣の言ったことを実行したことになりますか。これはただことばだけですか。前の大臣ならば何を言ってもそんなことは一体関係がないことなんでしょうか。あなたは次長としてその席に臨んでこのことばを聞いているわけですよ。どういう一体努力をしたのですか。このことばを、高見文部大臣の言ったことをどう努力したのです。「何とかしてこの遺跡は残したいものだと私どもは考えております。」、「何とかして保存する努力をいたしたいというつもりでおるわけであります。」、そう言っていることと矛盾があるじゃないですか。もうどういう形であなた方は一体これを今後調査し保存していくのか。調査は、あれはもうみんな市まかせですか。その点をひとつもう少し念の入った、文化財を守る文化庁の長官として御熱心のわかるようなひとつ御答弁を願いたい。
○政府委員(安達健二君) この伊場遺跡全体につきましては、非常に複合的なものでございまして、この遺跡のどの部分を記録の保存にとどめ、どの部分を現状で保存していくかと、こういうまあ問題があるわけでございます。理想としては、全部を現状で保存するということが望ましいことは私どももそう考えておりますけれども、しかし、浜松市民のことも考えますると、このすべてを原状のまま保存するということがはたして全体的に見て可能かどうか、また妥当であるかは、また、これ広い見地で判断しなければならない、かように考えるわけでございます。ところで、この東部のほうの遺構は先ほど来申し上げておりますように、弥生時代の住居跡等でございまして、これにつきまして、住居跡等につきましては、その移行後の状況というものを勘案した上でこれを現状で保存するかどうかということを考えなきゃならないと思うわけでございまして、したがいまして、弥生時代の住居跡として原状保存にすべきか、もちろん原状保存が一番望ましいんですけれども、かりにほかの要素が強い場合においてこれを原状保存にすべきか、調査をして中の遺物を徹底的に調査をした後に記録保存にとどめるかという問題の判断が一つあるわけでございます。この場合におきましては、東部のほうの地区につきましては弥生時代の住居跡として遺構として原状保存をしなければならない。それを必要とする以上は国にでも指定するほどのものでなければならないわけであるけれども、出てきた遺物についてはもちろん重要なものございまして、先ほどお話のございました木製の鎧等非常に貴重なものでございますけれども、その遺物の貴重というものと遺跡をそのまま現状で保存するかということは、またさらに別の判断を加えなければならないのではないかと、したがって、この東部の地区につきましては、これはやはり現在のところはこの顧問団の見解に従ってこの遺物を徹底的に調査をして、その後においてこれを住民の生活のために犠牲にせざるを得ないということが判断されるのではないかと、こういうことを申し上げたわけでございます。 それからもう一つ。西のほうのいわゆる地方の官衙、まあ官衙類似のようなものがあると推定されるところにつきましては、先ほど来申し上げておりますように、この遺物は大溝から出ておるわけでございますけれども、その遺物がはたしてそのすぐ近くの住居、その建物跡のものと結びつくかどうかにつきましては、なお検討しなけりゃならない。それがさらに上のほうから流れてきたかもしれないわけでございまして、これについてはやはり上のほうの調査、このほうにも建物の跡がございまして、それにいま見つかっておるところの建物跡とこのさらに調査をする方向の建物跡との価値の問題等も十分検討して、その上でこの地区の問題はまたそれとしての判断をしなければならないと、そういうもちろん判断の余地はあるけれども、市のほうもこれを全面的破壊するのではなくて、その建物跡等を含んだ地域も保存しようとしておるわけだから、その具体的な地域は先ほど来申し上げておりますように、十分な調査をした上でなければ決定できないけれども、この分については建物跡等についてはむしろ遺構の問題が問題の中心であるから、これがなお現在の段階においてこれを原状保存しなくてもいいと、しないでも記録にとどめていいかどうかについてはなお検討を要すると、こういうことを申し上げたわけでございます。したがいまして、東部地区におきますところの……。
○松永忠二君 ちょっとここへ来て図で指してください。東部東部といったってわからない。どこのことですか。
○政府委員(安達健二君) 専門家でないですからちょっと間違えるかもしれませんが……。
○松永忠二君 専門家でないといったって、決定的なことを言っているじゃないか。
○政府委員(安達健二君) ですからこの地図でここで鎧が出たわけです。この辺のところにつきましては、要するに、弥生時代の……。
○松永忠二君 この辺てどこ。
○政府委員(安達健二君) この辺はまだいま調査をしてみないとわからないのです。いままでの調査したのはこの辺……。
○松永忠二君 どこ、この辺というのは。
○政府委員(安達健二君) ですから、先ほどから申し上げておりますように、弥生時代の住居跡であって、遺物の重要性はわかるけれども、遺構そのものを原状に保存することについてはもちろん望ましいけれども、他の住民生活の利益ということを考える場合には、その部分については、あるいはこれはやっぱりやむを得ないのじゃないかという、やはり統一見解に戻したほうがいいのじゃないか。
○松永忠二君 この辺までかね、この辺までかね、どっちかね。
○政府委員(安達健二君) 現在の調査をしているところは、このいまの電留線の高架のこれをつくろうという地域の問題ですから、それからこの辺のところにつきましては、調査をしておりませんから。
○松永忠二君 調査するんでしょう。
○政府委員(安達健二君) これはこれからするわけです。これから調査するわけです。ですからこのあたりについてのいまの判断としては、弥生時代の住居あととしては遺構そのものを原状において保存するだけのところの国に指定をして、これをもし保存するには、国に指定しなければならない。やはり国としての価値を認めなければいかぬわけですから、それだけの価値をいまの段階では認められないという統一見解に従いますと、それからここにありましたところのいろいろな溝、これが溝ですね。これからいろいろ木簡とか、そういう物が出てきたわけですが、これがどこから出たのか、これとこれと直接関係があるのか、もう少しこちらの方向は調べが長くかかるのか。あるいはこの建物跡と、こちらのほうの建物跡との比較検討をしなければならない。ですからいまやろうとしているこの部分については、だからこの部分は遺構としてこれをそのまま原状保存する必要はないと、少なくとも、この程度の工事は始めてみてもいいんじゃないかと、順次これはやるベき問題である。
○松永忠二君 こっちはわからない。
○政府委員(安達健二君) ですからむしろいまのところではこちらのほうに重要性があるのじゃないかと、これもまあ推定でございます。
○松永忠二君 さあ、学者と違うねえ。
○政府委員(安達健二君) こういうのが私どもの文化庁の専門家なり顧問官の見解に従うと、そういうことであるということを私申し上げているわけでございます。
○松永忠二君 調査してくれというのはさっきから話をしているのでしょう。姫塚を中心として大溝、東の溝、このところを調査しているのでしょう。その上でやってくれというのでしょう。ここのところも徹底的に調査してみなければわからないじゃないですかな。それからすでに大溝の西岸の遺構地区、東部の竪穴地区、こういうところも指定しているでしょう。だからあなたのおっしゃったように、こちらのところはまだ大体はっきりしているから、まあこの辺のところはあけて調査をすればそれでいいだろうという話はわかる。このところにこの大溝に木簡の出て、これとこれとの関係がはっきりしない、はっきりしないといっているのでしょう。そうすると、ここのところはもうすでに入っちゃっているのでしょう、工事が。
○政府委員(安達健二君) いまお示しの下のほうのところにつきましては、いままでの調査におきましては、ただいまお示しになりました分については、建物跡として見るべきものが出ていないと、こういうことでございます。
○松永忠二君 そうすると話がわからんねえ。これとこれとの関係がはっきりしないので、はっきり結論はできないから、この辺はちゃんと調査しなければいかんと盛んに説明したと思ったらば、ここのところは見るべきものがないという話だといっているのでしょう。だから学者の意見としては、こちら側のこの西の区間、相当はっきりしている、これとの関係、この住居の跡が非常にはっきりしているから、この辺を指定してもらいたい。それからここについては調査をした上で追加指定をしてもらいたい、こう言っているのでしょう。だからそういうような点について、あなたの言ったことと違っているわけなんだが、とにかくそうすると、この辺はまああなたの説明によると、この斜線を引いたところはもうやむを得ないが、ほかのところはまだよく調査をしてみた上で、そうして最終的に評価をするということですね。それで間違いありませんか。
○政府委員(安達健二君) いま、最後にお述べになりました見解と同一でございます。
○松永忠二君 それじゃ、今後調査した結果、重要な文化財が発見され、一そう遺跡の評価が明らかになった場合、こういう場合には、文化庁は国鉄とあらためて協議をしてこれを指定する、あるいは場所の変更を求める。さっき言ったとおり、これは全部こうやるんですからね。だから、わからないところは、ここもやりますと言った。要望はごもっともだというわけで、調査も市でやりますと言ってるんだと、それからまた、これとの関係をはっきりさせると、そうすれば史跡の値打ちもわかると、こう言っているから、それじゃここの今後これを調査していくと、そういう段階だから、六月、七月にこれを解除するなんてとんでもない話だという理屈は、そういう指導はしませんというのはごもっともだと、文化庁としてね、それなら一貫性を持っている。だから、そういうことで、ここのところについてはもうはっきりして、調査を徹底的にやると、それについて文化庁は聞きゃ——私は聞きゃしないが、市がやるからと、徹底的になんて言ったって、人のことでしょう、徹底的というのは。自分は徹底的になんてやらぬでしょう。そういう点について、私の質問はどういうふうに関係するかと聞いているけれども、まあとにかくそれは置いて、とにかく、ここの調査をした上で結局この遺構の評価というものを決定づけるということなので、それじゃその評価ができてきた場合に、それがその一そう遺跡の評価が明らかになり重要であり、学説といわれたものも事実そうであろうと、ほとんど反対する学者がないというようなことが明らかになったときには、それじゃ、場所を指定をするなり、あるいは変更を、ここへはそんなことをさせないというような、そういう考え方を持っているのか、そういうことを国鉄側とも協議する用意があるのか、この点を聞かしてください。
○政府委員(安達健二君) 先ほど申し上げましたように、下の部分といいますか、そのいまお示しになりました分につきましては、私の説明したようなことで……。
○松永忠二君 下って、もう一回出てきて下を言ってください、下を。大事なところへいって、下というか何というか……。
○政府委員(安達健二君) 先生に教えるのはちょっと恐縮でして。
○松永忠二君 いやいや、どうしまして。
○政府委員(安達健二君) 先ほど申し上げましたように、この部分は御了解になられたわけです。この部分のここについては、なおその建物跡が貧弱であって、これと関係をつけて、そのまま原状保存をすべきものとは認められがたいのではないかという、いまのところ……。
○松永忠二君 それも学説なの。
○政府委員(安達健二君) ですから……。
○松永忠二君 いま学説だ、学説だと言うから。
○政府委員(安達健二君) まずこれを考える。その次の段階におきまして、これの、こういうものののこれとこれとの関連、あるいはさらにこちらのほうのいわゆる建物跡との関係からすれば、これらの関係などを十分明らかにした上で、こちらのほうがより重要である、あるいはこちらがより重要であるかもしれませんし、あるいはみんなこれは全部重要であるかもしれない。これはさらにこちらのほうの調査もしないと、さらにはっきりしないと、そういうような意味におきまして、これらの全体のところをどう処理するかは、こういうものの建物跡の調査を十分した上、これとの関連を見きわめるべきであるということで、その後において、これはやはり判断すべき問題であると考えました。 それからこの部分については、実はまだ調査をこれから行なわれるわけでございますから、これについては何とも申し上げられないけれども、いまのこちらとの関係については、これはまた別個な形になるのじゃないかと思いますので、これはまた別に考えるといたしまして、この部分については、したがって、現在の段階におきましては、この部分についての、まあ私どもで言えば、そういう発掘等で遺物が出た後におきまして、これの判定を下すわけでございますけれども、それの出た段階において、この点はやむを得ないのじゃないかという判断を持っているということを申し上げたわけでございます。
○松永忠二君 そうすると、とにかくここを調査してほしいと言って、追加指定してもらいたいと言っているわけだし、この要望はごもっともだと、こう言っているわけでしょう。それから、これははっきりわからぬと言っているわけだから、したがって、こういうふうなところについて十分調査をした上で、そうして次にこれをどうするかという考え方をしていく。そういう考え方であるのだから、さっき言ったとおり、こんなところを、国鉄にここを解除するなんということは、あまり文化庁としてはそういう考え方はない、それは賛成できないということなら、ここがつながっていますね。だから、とにかくこのところ、これを延ばしたところについてはとにかく徹底して調査した上で評価をきちっとし、考えて処理をしていきたい、こういうことに間違いないですね。
○政府委員(安達健二君) それはそうです。 ただ一つだけ申し上げさせていただきたいんですけれども、県の指定したものを解除するという措置がこの部分についてとられたわけでございます。それについて、私どもが別個な考えがあると申し上げましたのは、一たん県が指定したものを解除するという考え方が、滅失棄損をしたとかいうことはないのに解除するのは筋が通らぬじゃないか、やはりこれの遺跡の処理としては先ほど申し上げたような問題があるけれども、それは筋を立ててやらなくてはいけないという意味のことを申し上げたわけでございまして、この地域につきまして、どう処理するかどうかについては、さらに先ほど大臣からもお話ございましたように、十分県の当局のお考えも聞いた上で筋の通った解決をいたしたいということでございます。
○松永忠二君 そうすると、大臣ちょっと聞いてみてくださいよ。 この遺跡というのは、ここが弥生式の時代で、こっちが奈良の時代のものだろうと、弥生から平安のころまでのいわゆる複合的な遺跡であると、こういうわけでしょう。それでしかも、現に非常に最古の鎧というのが出てきたのば、この辺でしょう。それでこんなに地方で木簡のたくさん出たところはないわけでしょう。しかも、こういう大溝を見てもわかるとおり、現に堀割り運河を使って浜名湖へ行くに船を使っていたんですからね。だから、もうこれは津だろうということはわかるし、それから御厨とか、そういう駅家であるということは、馬の関係のものが非常にたくさん出てきていて、それもわかる、絵馬も出てきているわけですからね、そういうことを総合して考えたときに、ここはいいけれども、こっちはあれだというのはおかしいじゃないですかね、学問的には。総体的にやっぱり判断をしていくのが筋であってここはいいけれども、ここはまだこれからだとか、ここはいいけれども、ここはこれ、そういうものじゃ私はないと思うんですよ。遺跡というのは、埋蔵文化財というものは。そうじゃないのであって、調査すべきものは徹底して調査をした上で、そうして明らかにすべきものは明らかにして、そうして評価をきちっとして、責任ある態度を持って、ここはこうしていくというのが筋でしょう。それをこっちのほうはいいんだ、それでこっちのほうはそれほどでもないと言っているけれども、それはほんとうに将来そうなのかどうかというと、解除したようなそばのところから何も出てこないかというと、さっき言ったように珍しい大切なものが出てきたというのは、ここから出てきたんですからね。だから、大体区分けをするということ自体もおかしな話だと私は思うんですよ。まあしかし、一応の措置をやってきたわけなのであって、かりに文化庁の言うことをもう百歩譲って、われわれとしても、この辺のところは総合的にきちっとして評価をしていくべき筋合いのものであって、私の聞いた質問に答えないじゃないですか。つまり、このところから、こういうところからやってみた、将来また工事をしていく場合出てくるでしょう、いろいろなものが。そうして学説で言ったものがそうであると、学者がほとんどそういう意見だと、非常に重要な評価をすべき複合したいわゆる地方官衙の跡であるというようなことが明らかになれば、それじゃここの場所を移すんですか。それとも、こういうところに絶対そういうことはできないというふうに交渉する用意があるのかどうか。そういうものが、将来調査するという、わからないと言っているんだから、調査した結果、そういうことが出てきた場合に、一体そのことについて国鉄側とあらためて協議をするなり、あるいはその指定をするとか場所を変更してもらうとかという、そういうことはあるのかないのか、そういう場合には。そういう場合でも、私たちは、全然そういうようなことは考えちゃいないのか、そのことを聞いているんですよ。
○政府委員(安達健二君) その調査の結果によりまして国鉄当局と十分ひとつ協議をいたしたいと思っております。
○松永忠二君 質問したことに答えなさいよ。 協議するけれども、そういうものが出てきたという前提の上に——出てきたって、解除した跡に出てきているから、そういうことを言っているんでしょう。私は架空のことを言っているんじゃないです、解除したあとに出てきたのだから。そういうことは今後、こういうことがあった場合には、あらためてその評価が明確になってきたらば、これは文化庁としては、どうしても保存していかなければいけないという気持ちで、国鉄と相談して場所を移すとか、方法とかを相談をしていくのか、それを聞いているんです。
○政府委員(安達健二君) いまお話になりましたように、国鉄といまおっしゃったような方向で検討をしていただくように協議をするわけでございまして、当然そういうことをするのがわれわれの任務であると考えております。
○松永忠二君 たいへん頼もしい御答弁です。それじゃもう一歩進めて、ここのところについて、まあまあいまのところは、そんなだろうとかいうふうなことをおっしゃっている、ずいぶん矛盾していると私は思うけれども。そうだとすれば、じゃこれの工事をするにあたっては、国鉄側から文化庁に協議をするのが当然ですね。そうした場合には、一体どういうことをあなた方は要望するのですか、具体的に。いまやもう現実に目の前に、そういうことがきているんです。どういうことを一体あなた方は要望するのですか。
○政府委員(安達健二君) いろいろな技術的な方法を講じて、地下の遺構をなるべく破壊しないように最善の注意を払ってもらいたい、こういう方針で具体的な方策を協議いたしたいと思います。
○松永忠二君 では、その具体的なものが出たら、またお聞きをしたい。 もう少し、それじゃ方向変えて国鉄関係者に少し聞きます。 今回、結ばれる国鉄と浜松市との土地交換協定、これは一体どんな内容なのか、協定の範囲というのは一体どこのことを含まれているのか、これでひとつ恐縮ですが、御説明ください。
○説明員(内田隆滋君) 実際に、全体のいわゆる浜松市の高架事業に伴いまして、用地の交換の協定、事前協定、包括協定と申しますか、をしておる部分は、これ全部でございます。国鉄の用地が、この図面に書いてございませんが、この辺から先は国鉄の用地でございまして、この部分一体と、私のほうの浜松駅にございます貨物駅用地跡、貨物駅はすでに西浜松の、これは本線でございますが、本線のいわゆる海寄りにすでに移転を終了しておるわけでございまして、これはできております。それで、今回協定に入る部分はこの赤線から下の用地につきまして、私のほうの用地と交換をいたしたいということで協議を進めてまいりたいと思います。ただし、私のほうとしては、これはよけいなことでございますが、この伊場遺跡の問題が出まして、非常に私わからないわけでございますが、非常に大切な遺跡であるというお話も聞いておりますが、移転保存ということで、なるべくやっていただきたいということは、希望を国鉄のほうとしてはしておるわけでございます。それでこの調査が始まる前には、もし、これが非常に重要なものであれば、この計画を断念しなければいけない、こういうふうにわれわれも考えておったわけでございます。しかし、現在いろいろ調査をした結果、すでに貨物駅あるいは浜松駅のいわゆる貨車の仕分けの操車場等はすでに移転が終わっておりまして、それらの関係位置からいいまして、今後浜松駅のすべての機関区、あるいは客貨車区等々、電車の入車線等々をすべて移転をしなければあの工事はできないわけでございまして、これらのものは駅の規模と一帯に隣接するというたてまえからまいりますと、やはりこの場所をぜひひとつお譲り願いたい、これはいま先生の御説明ございましたので、重要な遺跡であるということもよくわかりました。しかし、何らかの方法で、この場所は使えるようになりますように、私どもとしては努力をしているわけでございます。
○松永忠二君 そうするとこういうことで差しつかえないのですか、いずれ聞きますからね、聞いたことだけひとつお答えをいただきたい、お考えは別として。とにかく、包括的に交換する協定を結んである、それからいま今度結ぶ協定というのは、つまり、ここのところからですね、南の六車線のここのところを交換する協定を結ぶんだということだ、それに間違いございませんか。 〔委員長退席、理事久保田藤麿君着席〕
○説明員(内田隆滋君) 申し落としましたけれども、浜松工場に参ります工場線はどうしても要りますので、その赤線の部分と両方でございます。
○松永忠二君 そうすると、全体を交換するという協定はもうすでに結ばれてあるんですか、ないんですか。
○説明員(内田隆滋君) これは結ばれてございます。ただし、これは伊場遺跡があるということがわかっていても、その調査以前にそういう包括協定が結ばれております。
○松永忠二君 そうすると、それは道義的には守らにゃいかぬということだけれども、今度の都市計画事業として、高架事業として国から認可がされ、その関連事業として出てきたこの引っ込み線とここのところの南というのが今度の協定である、それがつまり建設省から認可をされた都市計画事業の関連事業としてのものである、こういうことは間違いないですか。
○説明員(内田隆滋君) そういうことでございます。ただし、私のほうといたしましては……。
○松永忠二君 希望のことはあとから言ってください。
○説明員(内田隆滋君) そういうことでございます。
○松永忠二君 大臣、聞いていてみてください。結局は、包括的に変えようというようなことは、いまの問題がわかる前に、一度そういうことをしたけれども、今度いわゆる都市計画事業として認めたいわゆる高架事業、それの関連の予算がある、関連事業として、つまり国から認められている、そういうところについては、ここからこれのところ、そうおっしゃっているわけですね。しかし、これについても少し問題があることは事実、とにかく今度の協定というのは、つまり、国が昭和四十七年二月に認可した、ここに建設省もおられるが、都市計画の高架事業の関連工事の電留線というのは六車線と引っ込み線の範囲である、そこを交換をするという協定を結んだ。そうすると、国鉄にお伺いするのは、将来いまこれ以外の場所については——それより先にこれが、つまり、この高架事業の関連の協定が実施をされれば、高架事業は差しつかえないわけですね。高架事業、国が認可をした都市計画の高架事業は売全に行なわれるわけですね。
○説明員(内田隆滋君) いわゆる移転工事の対象といたしましての範囲としてはその部分だけでございますが、浜松駅の将来の計画あるいは浜松市の今後の発展というようなものを考えました場合に、われわれのほうとしてはそれだけでは不十分であるというふうに考えております。
○松永忠二君 そういう希望のことを聞いているんじゃなくて、昭和四十七年二月に認可された都市計画の高架事業の関連工事は、この電留線の六車線引っ込みのこれが範囲だということを認める。これが、つまりこの交換が行なわれれば、高架事業というのはとにかく行なわれるということに支障はないわけですな。これは、どういうわけで聞いているかというと、こういういまの問題をとやかく言うものだから高架事業できないと言っているんですよ。高架事業を妨げているのは、いまの保存を主張する人たちのために妨げられていると言っているわけなんですよ。 〔理事久保田藤麿君退席、委員長着席〕 そこで、私の聞くのは、国が認めた都市計画事業、高架事業としての都市計画を認め、その中に関連予算として、関連予算として認められている電留線、引っ込み線、これはここのところである。したがって、これを行なえば、これができれば国の認めた都市計画の高架事業は行なわれるというのはあたりまえのことです。今後どういうふうにしたいとかああしたいということは別として、国が認めたこの高架事業の関連の事業というのはそれまでであるということについて、そうでないというのか、そうだというのか、それを聞かしてください。
○説明員(内田隆滋君) 協定の範囲の中に入っている工事としてはそれでできます。ただし、われわれのほうのこれだけの大きな工事をやって現在設備だけというのでは非常に不十分であるというふうに考えております。
○松永忠二君 不十分であるということはあなたが言うことであって、国が認めた高架事業のいわゆる電留線の関連の事業というものは、ここのいま協定して交換しようとするところですね。またそれが国が認めたことである。そうして、またそれをやれば高架事業はできるから国が認めたし、そういう高架事業をあなた方が認められてやろうとしているということである。これに間違いがあるんですか。こうしたい、ああしたいということはこれからのことであって、国が認めたその高架事業というのは、いま言う今度結ぶ協定の中のものであるという、そういうことについて明確にひとつお答えをください。
○説明員(内田隆滋君) 要するに、負担対象の範囲内という意味では、そこまでが地元との協定の中で、費用の負担区分の中で対象となる工事としては、現在赤線の部分の工事だけが対象になっております。
○松永忠二君 国が都市計画事業で認めた関連の工事は、いま交換しようとする協定の範囲であるということですか、そうではないと言うんですか。どっちですか。
○説明員(内田隆滋君) これは先生も御承知のように、県の事業でございまして、県と国鉄が工事の中身につきまして相互に協議をして工事の中身がきまっておるわけでございます。そういう意味で負担の対象となる工事費の中には、現在先生のおっしゃられた範囲のものしか入っていないということでございます。
○松永忠二君 再度、このことだけをひとつそうかどうかを聞かしてください。それからそのあとで建設省に聞きます。国が認めた都市計画事業は、現在交換しようとする協定の範囲のところについてであると、それについてどうですか。
○説明員(内田隆滋君) 工事の中身といたしましては、たとえば、現在の高架線につきましても、ホームの面数が三面のものを四面にいたすとか、そういうようなことがございまして、当然、これだけの大改良工事をいたしますと、それに伴いましていわゆるいままで非常に不便だったものを便利にするという工事が入っておるわけでございます。そういう意味では、全体の工事が工事の対象となっておるわけでございますが、ただし、いわゆる増強部分というのは、国鉄が純粋にこれは増強する部分でございますので、国鉄が持つ。共通の部分につきまして地元と国鉄とがそのルールに従いまして分担をするということでございまして、この工事全体を総工事費としては認めていただいているということでございます。
○松永忠二君 そうすると、これはどういうことですか。西遠広域都市計画都市交通鉄道、東海道本線の決定についての都市計画第十八条三項の規定による認可、四十七年二月七日建設大臣認可、この点についていろいろ国会で私が質問をした。その際に山田国鉄副総裁は、「都市計画決定をしていただきましたのは、浜松駅を中心として五キロを高架する、その結果、大体踏切が十五ヵ所除却できる」、「その五キロの部分、高架部分について都市計画を決定していただきまして、」「電留綿を移設しなければなりません。その工事は当然必要でございますけれども、それは都市計画の中には入っておりません。」、つまり関連事業の予算としてこの中には入っているけれども、それは都市計画の中に入っていない。これは今野という当時都市局の参事官も、「電留線の持っていく場所でございますが、場所につきまして、その都市計画の決定なり事業の内容に入ってございません。これは都市計画決定なり都市計画事業の認可の線は、本線高架する部分でございます。」「いまお話がございました点は、関連事業としてそういうことがあるということでございます。」ということですね。だから、今度国鉄と市との交換協定というのは、この西遠都市計画によって認められた高架事業、その関連の事業としての電留線と引っ込み線、それのつまり交換の協定である。これ以上いろんなものを、便宜があるからこれからこういうものもつくりたいし、もっとふやすことができないかと、そういうことはあるとしても、きめられた、国が認めた都市計画事業として建設大臣が認可をしたのは、都市計画の高架事業と関連の今度交換をしようというその費用が関連事業として認められたものである、こういうことについてそれは間違いですか、そうですが。余分なことを言わないで、私の言ったことが間違いか間違いないか答えてください。こうしたい、ああしたいということは別ですよ。
○説明員(内田隆滋君) いま申し上げましたとおりでございまして、都市計画決定といたしましては、先生のおっしゃるとおりでございまして、いわゆる道路の関係、あるいは鉄道敷の位置の決定、こういうものに対して、線路敷その他に対して法的な根拠、いわゆる都市計画決定をした範囲というのは、駅を中心として五キロのところ、これは決定をされたら変えられないわけでございます。付帯事業につきましては、これは必要なものでございますけれども、法的にいわゆる根拠はなくて、ただ、その事業を遂行するためにはどうしても避け得ざる事業であるということでございます。そういう意味では、絶対にその場所を変えられないというものではない。ただし、費用の点につきましては、関連事業といえども、本工事の付帯工事として必要なものにつきましては、分担をしますし、増強部分については、私どものほうが持つということでございます。
○松永忠二君 非常にあいまいなので、停車場課長が私のところへきのう来られて、私のところではっきり言ったのは、こういうことを言われた。そのことについては、じゃ委員会で聞くから明確に答弁をしてほしいと言ったら、そういたしましょうと言った。あなたの言っていることとだいぶ、何というのですか、焦点がぼけている。国鉄の停車場第一課長が言ったのは、今度の高架事業とその関連の予算として認められているのは、今度協定を結ぶそこの範囲ですと。しかし、それじゃあと残ったところはどうするんだと言ったら、これは、これだけでは不足だと将来考えられるので、そのここについてはあらためて交換の協定を結びます。今度の協定の中では、認められた都市計画事業の関連事業としてのこの六車線と引き込み線を交換をいたしました、残ったここについては、これは今後、つまり交換の協定を結んでやりますと。これはいま認められているいわゆる都市計画の高架事業の関連の事業の予算の中に入っているわけではございません。このことは間違いですか。
○説明員(内田隆滋君) 高架事業の中には対象工事として入ってないそうです。間違いました。
○松永忠二君 そうすると、私の言ったことで正しいわけですね。ただ、しかし将来、こういうことを、ここに電留線をやっていきたいという気持ちを持っている。将来そういう気持ちを持っているが、それはいま認められている都市計画事業の関連のものでなく、あらためてそれについては協定を結んでいくということだということがはっきりしたわけなんです。 しかし、私のところへ来て国鉄の停車場第一課長と施設局長が、こういうことを言いましたよ。今後協定を結ぶときには、どういうふうになるか調査の結果わからないので、私たちは交換協定を結ぶ際は、念のため、とにかく今後の条件によっては変更するというような条件というか、念書を、ただし書きをつけます、そういうただし書きをつけて交換をいたしますと。そうして、新しい停車場第一課長が停車場第一課長になったときに、再度私のところへ来て、先生と前に停車場第一課長と局長がお約束をした二点ですがね、一点は私は申しませんが、二点は申し送りを受けてそのとおりに実行するつもりですと、こういうことを言っている。つまり、交換をする際は、今後の調査の結果どうなるかわからぬ、いろんなものをいまやってるようだから、そこで交換をして——三月に交換をしなければ、とにかく高架事業ができないことは事実だから、協定は結びます。結ぶけれども、将来どういうふうに変更するかわからないのに、私たちは無条件に交換はできませんので、ただし書きをつけて、条件をつけて、そういう変更し得る条件をつけて協定を結びますと約束をしたけれども、今度の協定にはただし書きがついているのですか、ついていないのですか。
○説明員(内田隆滋君) たぶんその問題は、いわゆる二月の十八日に解除が出る前のお話で、そういう条件で出るか出ないかわからないという時点のお話だと思います。現在は、県の教育長から少なくともさしあたり私のほうで使用する範囲につきましては、指定が解除せられたわけでございますので、そういう条件はつけないで協定を結びたいと思っております。
○松永忠二君 そうすると、私と約束したのは、つまり、この解除がなされない前だったからそういう約束をしました、しかし、もうすでにこのところは解除されたので、そういう問題はないから、ただし書きはつけぬで交換をいたしましたと、こういうわけですね。 そうすると私がお聞きしたいのは、これが解除すればすべて問題は解決すると見ているのか、解除をしたすぐそばからそういう鎧が出ているのじゃないか。学者はさっき言ったとおり、こっちのところを指定にしてほしいと言っているのじゃないか。そうであるのに、国鉄は、ただここを県が解除したからもう条件をつけなくてもいいというのは、これでもう文化財問題は片づいたと、この点については。どうですか。そういう把握をしているわけですか、国鉄は。そういう判断をしているわけでしょう。 そうなってくると、私は聞きますよ。ここのところが解除したら、そこでもうあとの問題は片づいたといって、ここについてもすぐ無条件で交換協定を結ぶですか。そういう理屈になるでしょう。どうなんですか、それを聞かしてください。
○説明員(内田隆滋君) この工事につきましては、市と協定を結びましてから、文化財保護法に基づきまして文化庁に届け出をいたすことになっております。したがって、私のほうといたしましては、もうすでに二年以上この工事を十分調査をしていただくためにお待ちしておるわけでございまして、そういう意味では解除になったということは、十分調査がなされたというふうに解釈をしておるわけでございますが、なお、今後の工事の進め方につきましては、当然文化庁なり県の御指導を得て、大事な遺跡が破壊しないように工事を進めてまいりたいと思います。 なお、工事につきましては……。
○松永忠二君 聞いたことだけ答えてください。
○説明員(内田隆滋君) ちょっとこの点だけ申し上げたいと思いますが、この土地につきましては、盛土を約一メートルぐらい現在地盤の上にいたしまして、その上に、いわゆる電車の留置線でございますから、軌道を敷く、だけということで、いわゆる構造物とか、そういうようなものをつくるわけではございませんので、そういう点では遺跡の保存には十分な措置ができるのではないかというふうに考えております。
○松永忠二君 そうすると、あれですか、ここを無条件に協定を結んだのは、私たちが約束したのは、これは解除したから、もうここに条件はないから無条件である。こっちについてはやっぱりそれと同じようなことを言いましたな。解除されたということは問題はないということだと思うけれども、関係の人と少し御相談をするということですね。だから、文化庁に聞くのですよ。だから、六月か九月にこれを解除をすれば、国鉄はここを解除したから、もうここは問題ないんだという把握をしてやっているわけです。今度、ここを解除すればもうここのところは問題はないというふうに把握をして、つまり無条件にやっていこうと考えているんですよ。しかし、そうじゃなくて、ここを解除をしたといったって、さっき話が出ているように、こことこの関係もわかりますが、調べなければいけませんよ。ここをもっと調べないといけませんと、こう言っているのだから、これを解除したからといって、この伊場問題は解決をしたという考え方では困りますというふうに文化庁は考えるのは当然だと思うのですが、これはいかがですか。
○政府委員(安達健二君) さように考えます。
○松永忠二君 国鉄は、そういうことをちゃんと聞いておきなさい。そうですよ。だから、ここも側面だと私は見たいのですよ、ね。これは解除したから−しかも文化庁はこの解除をするには賛成じゃないという。そういう指導しないという。それを解除したらとたんにもうすぐ国鉄はここは解決したと。今度これが通れば、黙っていればまたそれ解決したといって、そういう形で無条件で解除しろというんでしょう。これじゃ、あんた文化庁の役割りが果たせないじゃないですか。国鉄の考えは間違っているじゃありませんか。 そこで、なお質問いたしますよ。 指定を解除されたから無条件で協定を結びますというなら、指定が解除されないで、これが重要な場所であるということがわかったら、当然電留線は変えるということでしょう。そういう前提がなければ、そんなのはおかしいじゃないですか。条件をつけますなんというのはおかしいでしょう。条件をつけるということは、結果によって重要なものが出れば、念のために、今後も変更する場合があるということを言っているのは、こことこことここ交換できないなら、私らもほかのほうへ電留線つくらざるを得ないと、こういうことでしょう。一体、現に電留線だって必ずしも駅のすぐそばへつくってばっかりあるわけじゃないでしょう。一体、解除されたから無条件でやりました。お約束したけれども無条件でやりましたよというなら、それじゃ解除されない事実が出てきて、これが重要であり、指定したという場合には当然変えますということを前提でなければ、そんな協定結ぶわけはないじゃないですか。そういう結びますということを言うわけないでしょう。そうでしょう。それに間違いありますか。
○説明員(内田隆滋君) 解除されないという前提でございますと、これはもう当然工事ができないわけでございますので、そういう場合には、これは何か別の方法を考えるか、あるいはどういうことになりますか、考えざるを得ないと思いますけれども、その点につきましては、ずいぶんいろいろの内案を検討いたしたわけでございますが、現在の土地の浜松市付近の情勢その他から考えますと、非常な困難性が伴ってくるということは事実でございます。しかし、もしそういう仮定に立てば、それは困難があっても変えざるを得ないということだろうと思います。
○松永忠二君 そうすると、実はここで言ったのはうそでしょう。衆議院の分科会で言っている国鉄のことはうそですね。まあしかしそれはいいでしょう。とにかくですよ、その念書を入れると言っていること、あなたがおっしゃるようにここは重要なところであり、そういうところであれば、国鉄みずからが、私たちは好きこのんでそんなところと交換するわけはないんだから、念書を入れておきます、それでやりますということは、万やむを得ない措置があって重要なものが出てくるということになれば、これは考えなければできぬし、場所も考えなければできぬというのはあんたの言うとおりでしょう。事実、認可をした当時に私が建設大臣だとか国鉄の総裁とかに質問をした。そのときにさっき言うとおりですよ。こう言っていた。都市計画をきめるのは、都市計画の高架事業はもう電留線を持っているということは当然のことだけれども、この電留線が伊場だということをきめてやっているわけじゃありません。したがって、この電留線が伊場にできなければ国鉄の高架は不可能だというわけじゃありません。しかし、できるだけここへつくりたい、そういう希望だということならわかりますよ。つくりたいという気持ちがあることを私は否定はしないけれども、いま言うとおり、最初都市計画事業として認めたのは電留線の予算を認めたのであって、場所を認めたわけじゃありませんということは、さっきから言うとおりでしょう。 それからまた事実、国鉄は交換をするにあたって、この問題がはっきりしなければ私たちは結局ただし書きを入れて交換をしますと言ったのも、ただし書きを入れて交換するということは、万やむを得なければ別に方法を考えざるを得ないという考え方があったから、そういうことを言ったわけでしょう。ところが、指定が解除されたとたんに問題は解決したというふうに考えて処理をしたという国鉄の私は考え方は少し軽率だけれども、それほど指定解除というのはウェートを持っているということなんですよ。強い印象を与えているということなんですよ。そういう指導はしなかったのにかかわらずそうなった。しかも、今度は六、七月にこれを解除しようと、あなた方も聞いているように、同様だと、それじゃ解除すれば国鉄側は、こういう問題をこういうところで議論をしなければ、まずこれで片づいた、無条件で交換して当然だと考えているわけなんです。 文化庁の責任者は何と言っているかというと、まだこれは調査してみなければわからぬ、はっきりしたものはこれからだと、こう言っているのに、六月か九月に解除したら、とたんに国鉄は問題はないと考えていると、こういうふうになってきているわけなんです。 そこで、一体電留線というのは、いわゆる列車を編成をして、編成したものをためておくところでしょう。そして、つまりそれを駅に持ってきて、それを客車に仕立てる、それからまた駅が非常に混雑するときに、それをそこでためておくというわけでしょう。何も電留線というのは機関区や客貨車区や貨物と関係あるわけじゃないでしょう。ところが、国会の中では何と言っているかというと、電留線ばかりでなく、機関区あるいは客貨車区あるいは貨物等、相互に機能的につながる関係の位置に移らなければならない。何も機関区で電留線をどうしようということはないでしょう。あるいは客貨車区が電留線のそばになければできないということはないでしょう。現に、新幹線の電留線は品川にあって、大阪や東京に持っていけるでしょう。大崎というところには電留線ばかりじゃないですか。何もこの電留線は機関区や客貨車区と関係があるところじゃないでしょう。不可欠な条件であるというものじゃない。あるいは駅の近くにあったほうが都合がいいという点はある。私たちもそう思いますよ。しかし、場所がなければ遠いところに電留線を置いて、みんな持ってきている。熱海の新幹線を三島でやっているじゃないですか。それを何も知らぬかのごとく電留線と機関区と客貨車区と貨物は相互に機能的につながる関係があるなんて、そんなたわいないことはないでしょう。あれば都合がいいということは認めますよ。電留線の長さも三百メートルで線路は直角に曲げるわけにはいきませんと、それはそうでしょうね。そういう点から考えれば、つまり、この電留線のところにこれだけの問題が出てくれば、それをどう一体尊重しながらやっていこうかということを考えるのは、この点は総裁そう言っているじゃないですか。高架事業に伊場遺跡の文化的な保存に対してできるだけ相互協力したいと言っている。だから、一体電留線をここでなければやれないという理由はないでしょう。現にその電留線を離れたところに持っているところもある。また、それじゃ、ここの電留線、これを二段にすれば、それは二倍になって電留線は活用できるでしょう。あるいは浜松の駅のこっちに移すと、この一部にもそういう電留線の一つの線を設けてそれを段にするということは、これはやっていけば倍になるでしょう。六車線を高架にし、それと引っ込み線の路線を引き、それを含めたここの場所について協定をしない、これから協定をするこれは全然新しいものだというここのところについては、これは保存していくということも不可能じゃないでしょう。こういうことは、国鉄は何にも検討しないんですか、検討したんですか。検討してどこができない理由ですか。私たちは、さっきからの筋道から、電留線がここでなければならない、不可能だ、これがなければ高架線はできませんと、そういう理屈はない。いまの高架事業は十分これで進めていくことはできる。将来、しかし、もっとふやしたいという気持ちがあるということだけであって、それだけ問題があり、それだけ問題が起きるなら、かりに百歩譲っても、ここのところについて、平面であるところを高架にするなら、あるいはこっちの一部残ったところもあるわけだから、その一部をも高架に使って電留線にする、そういうことによって問題になる場所については徹底的に調査をし、評価をし、すでに学者の中にはいまでももう十分だと評価している学者もあるんだから、そういう方法を考えていく方法もあるんじゃないか。文化庁は少なくもそういうふうな基本的な態度に立って、何とかしてひとつこの文部大臣の言ったことを、ほんとうに大臣がかわっても大臣の言ったことは実現できるんだ、信用できるんだという、こういう努力をしてもらわなければ、私たちは、何のために一体国会で大臣に聞くんですか。大臣がこれだけ言ったことをわれわれは信用してきているんですよ、私としては。私どもは何とかして遺跡を残したい。かりに譲ってこうであるとしても、それならそれを二倍の六車線を十二車線にできるじゃないか、現に大崎でそういうことをやっているじゃないか、段を置いて。金は少しかかるかしれぬけれども、できるじゃないか。そして、問題のある場所をひとつ何とか保存したいという国鉄総裁の言ったことばをそのままに実現をしていく努力をしなければ、何のために一体国鉄総裁は予算の総括委員会でこういう答弁をしたんですか。そういう努力は十分やりましたと、ここはこうでしょうというなら聞かせてください。この点についてまず国鉄の考え方を聞き、そして、文化庁のほうの考え方を聞かせてください。
○説明員(内田隆滋君) 伊場遺跡の重要性その他につきましては、私のほうは専門でございませんので、今後どういう結論が出されるかわかりませんけれども、私のほうといたしましては、初めに計画を、いわゆる白紙の上で書くということでごさいますと先生のおっしゃられるとおりにどこにでも持っていけるわけでございますが、一つの駅の機能といたしましての配置、これは一つのいわゆる配線技術の問題でございますが、われわれとしては一番近いところに電留線を置き、その次に機関区を置き、その西側にいわゆる貨車の操車場を置くということで全体の計画をつくりまして、そうして浜松市と全体的ないわゆる包括契約を結んだわけでございます。その計画がその後伊場遺跡の問題でこういうふうになったわけでございまして、先ほども申し上げましたように指定が解除にならない、それほど重要なものでございますが、移転保存ということがだめであるということであればこれはもう物理的に不可能なことでごごいますので、あらゆる困難を排してどこかに移さざるを得ないということを申し上げたわけでご合いますが、それは先ほども申し上げましたように、ほかの設備があらかたでき上がっております。したがって、これを物理的にいまの段階でどこにでも電留線は持っていけるじゃないか、これ払物理的には持っていけるわけでございますが、天際問題としては非常にまず困難である。この場合には、電留線の設置をあきらあざるを得ないというようなことになろうかと思います。 それから確かに物理的には先生のおっしゃったように二階にするというようなことも、それは考えてできないことではないわけでございますけれども、これらの問題につきましては上がり口の問題で二階にするとなりますと線路幅を広くとらなければいけないというような、また、ほかの問題が出てまいりまして基本的な計画を相当程度変えざるを得ないというような問題が出てまいります。したがって、私のほうといたしましては、現在の計画どおり進めるのがベターであり、また、それが一番いいというふうに考えておるわけでございます。これを変えるということになりますと、また、非常な支障が出てくるということでございます。
○松永忠二君 そうするとこれは一体どういうことなんですかね。衆議院の予算委員会の分科会で、どこか場所を変えてもらうことはできないのかという質問に対して、こういうことを言っているんですよ。「現在考えられておる場所以外には実は考えられません。ただ、輸送の事情というのは刻々変化してまいりますので、輸送事情の変更等の機会に十分そういう点を考えてまいりたいというふうに考えております。」これは一体どういうことでしょうか。こう局長が言っているんです。局長いるんですか、そこに。
○説明員(内田隆滋君) その趣旨はよくわかりませんけれども、要するに、無理すればそれはたとえば静岡の電車区から朝回送するとか、そういうようなことをすればある程度の輸送はできるわけでございます。しかし、御承知のように現在の浜松駅というのはいわゆる静岡県で一つの静岡市と並ぶ大都市でございまして、現在の電車の輸送を見ましても、ほとんど大部分の電車が浜松で始発、終着になっておるわけです。今後この高架化に伴いまして浜松市はまた大きな飛躍をするでありましょうし、われわれもそういう見通しのもとに、ここがいわゆる静岡なり名古屋へ行く一大拠点、お客さんの乗りおりが一番多いところになるであろう、そういうことを考えますと、やはりこの付近に電車を相当持っておくということが非常に大事であるという意味で、われわれはこの計画を立てておるわけでございまして、そういう意味では、いわゆる輸送の変化とともに浜松駅というものはますます大事な駅になるであろうと思っております。
○松永忠二君 それじゃこれ、うそじゃないですか。現在考えている場所にただ輸送の事情というのは刻々変化してまいるので輸送事情の変更等の機会に十分そういう点を考えてまいりたいという、これうそでしょう、局長が言ったのは。国会でかってなことを言うんだね。それであんたが言っているのは希望でしょう。希望でしょう、いろいろ言うのは。国鉄の希望なんです。それで、そうかと思うと、また、直接の責任者は輸送の事情の変更の機会に十分沿うように、ただその場のがれでそういうことを言っているというこれは答弁ですね、そうなると。あなた、輸送事情は、ますます事情は悪くなってくるなんてそんなとんでもない、そんなことはありませんよということでしょう。それでは一体どういうことなんですか、国鉄は。総裁に出てきてくれと言ったら、総裁は都合が悪い、じゃ副総裁出てくれと言ったら副総裁はからだが悪い、局長が出てきます、局長が出てきてこういうふうに言った、だから私はそんなばかなことはない、理事を呼んでこい、理事が出てきて言ったら、局長と違ったことを言う。局長の言ったことはとんでもない。だれの一体言うことを信用すりゃいいんですかね。それからまた国鉄総裁は伊場の遺跡の文化的な保存についてできるだけ協力、何を一体協力——盛土ちょっとするやつが協力ですか。そうかと思ったら、だんだん話を聞きゃ、これをあげりゃこれを改める、だから、それならそれを倍にしたらいいとか少し構造を変えればいいとか、事実検討はしたんでしょう。金がたいへんなんじゃないですかね。 じゃ話を進めますよ。じゃあ国鉄は今後調査の結果、貴重な文化財を発見されて評価が明らかになった、そういう段階で文化庁要請の協議があれば電留線を伊場から他に移すとか、電留線は、六車線行っておる伊場に電留線を増加しないというようなことに応じる用意はあるのかないのか。つまり、今後言ったとおりこういうふうなことがだんだん出てきてはっきりしてきた、そういう場合の段階においては、国の認めた都市計画としてはこれだけだし、もっとふやせばぐあいがいいという意味で国鉄はいま考えているけれども、まだ交換しているわけではないというなら、そういうふうに大事なものが出てきて、評価も統一されてくるなら、十分に尊重してこの協議に応ずることはできないのですか、また少し構造は変えるかもしれないけれども、ここを複線化するか何かして、高架にしてその要望に応ずるというようなそういう気持ちはあるのかないのか、一体、その国鉄総裁の言った文化財を保護したいという、伊場の問題で協力するということは一体どういうことになるのか、そういう協議がきた場合には国鉄はどうするのですか、その場合には、その協議に十分応じて御要望に沿うのか沿わぬのか、それひとつ聞かしてください。
○説明員(内田隆滋君) 国鉄総裁が申しましたのは、もうそのとおりでございまして、十分調査その他について御協力申し上げるということだと思います。で、これは文化庁なり静岡県の御決定にまたなければいけないわけでございまして、これは国の法律に基づいて御決定がなされるわけでございますので、それにはわれわれとしては従わざるを得ないと思います。しかし基本的には、こういうような計画が途中でとんざするというのは国鉄としてはまことに遺憾でございますし、将来の浜松市の発展にも非常に影響するのではないか、そういう意味では国鉄といたしましては十分伊場遺跡というものの重要性というものも認識しながら、何とか移転保存ということでこの問題を御解決なさるように御希望を申し上げる次第でございます。
○松永忠二君 もうじき終わります。 その気持ちはわかりますよ。しかしあなたがおっしゃったとおり、そういうふうなことは協議があれば当然法律的には相談しなければできない思うということである。だからその点ではそれは協議に応じて相談をすることですね、その点、聞かしてください。
○説明員(内田隆滋君) そのとおりでございます。
○松永忠二君 そこで、ひとつ文部大臣と文化庁長官ですがね。だんだん質問をしてまいりまして長くかかりましたが、特にちょうど都市計画の局長もおられて、直接にはお聞きをしなくて失礼ですけれども、間違ったところがあればお答えをいただきたいと私は思うのですがね。とにかく、国が認めた高架事業と関連事業の予算の中で認めたものは六車線と工場引き込み線である。しかし将来の輸送事情から考えてみて、他のところにももっと引いていきたいというふうな気持ちが国鉄にあるということは明らかになった。そういうことになってくると、六車線の電留線と工場引き込み線のところは認めたとしても、六車線の部分を二段にすることによって将来の輸送事情に備えればよいという考え方ができるのではないか。そういう措置もくふうをしてもらいたいと思うし、またいまあなた方は学説だ、こう言っているけれども、学説は単に学者が好んで言っているのではなく、それに基づく資料に基づいてそういう立論をしている。その立論が誤りだという学者はないのですよ、そういう見解を文化庁も言っているのではなく、わからぬと言っているのですよ。まだそこまでにはわれわれとしては到達していないと言っているだけなんです。ところがあけてみれば次々いろいろなものが出てきている、いままでの例から言って。木簡だって、そうだし朱書の絵馬だってそうだし、鎧だってそうだ、あとから出てきているのですよ。そうなってくると言うとおり徹底的に調査をしてもらって、この評価が明らかになった際には、どうしてもやはりこれを保存していこうという考え方でひとつ国鉄側にも協力を求めてやっていこうじゃないか、そういう基本的な考え方というものに立ってもらわなければ史跡指定したところを解除しちゃって、そうしてそれをやる、しかも解除すれば、それで全部片づいたという判断でそれをやられていくということでは史跡をして保存をしていこうというのに、せっかく指定したところを今度はとってしまって、そうしてそれをやるということでは文化財保護の立場からいって非常に悪い例にもなるのではないかということも心配をするわけなんです。だから私はいま学者の人がそう言っていたものについていろいろそういう説を唱え、そういう主張をしている、このことについて、この今後の調査によってひとつ明らかにしながら、そういうことをひとつ徹底的に明らかにして、明らかになった段階において、かりにこれがその十分保存をするなり、できないということになれば、ひとつ保存のために、十分な努力と、それから関係者への協議をするという態度でひとつ文化庁はいってもらいたい。また、大臣もそういう点に努力をしてもらいたい。そうして、またいま市が事実一億円という金を使って調査をやったわけですよ。しかし、まあ市としては次々に早くやって、どんどん片づけたいという気持ちの調査であるもんだで、残念ながら徹底したという必ずしも感じを学者に与えてないことも事実なんです。そういう点から言えば、県は人を出して協力をしているわけだけども、文化庁もまた金なり人なりを出して、そうしてこの徹底した調査に協力をすると一緒に、それによって明らかになった事態においては、十分にひとつ文化財保護の基本の立場に立って善処をしていく、努力をしていく、こういうひとつ考え方を持ってもらうべきと思うが、これについてひとつ大臣や文化庁長官の決意をお伺いをして、たいへん長くかかりましたが、質問を終わりたいと思うんであります。 また、私の申し上げたことについて、もしきめた都市計画のことについて違いがあるなら、積極的にまあ計画局長からお話を、御答弁いただけばいただきたい、そう思うわけです。
○政府委員(安達健二君) 大臣がお答えになります前に、私から文化庁としての考え方を明らかにいたしたいと思います。 この伊場遺跡は、その一部がただいまお話出ておりますように静岡県の史跡に指定されておりますけれども、同時に、この地域全体が埋蔵文化財を包蔵する地域として周知されておる地域でございます。したがいまして、この地域につきましては昭和四十二年の三月八日に、当時文化庁の前身でございまする文化財保護委員会と日本国有鉄道との間で結ばれました覚え書きに基づきまして、工事の施行に際しては文化庁と協議の上、その意見を十分尊重をして必要な措置をとると、こういう覚え書きができておりますので、したがいまして、県の史跡の問題とは別個に、われわれといたしましては、その埋蔵文化財の保存につきまして、まず、第一段としては十分な調査をする、その結果、学問的な結果というものを正当に評価いたしまして、これに応じた処置につきまして国鉄当局と十分に協議をいたしまして、文化財の保存、埋蔵文化財の保存に遺憾なきを期したい、かように考えておるわけでございます。 また、先ほどお触れになりましたこの調査につきましては、市のほうの要望に応じまして、私どもとしても、できるだけの協力をしてまいりたいと、かように考えておる次第でございます。
○国務大臣(奥野誠亮君) たいへん御熱意のこもったお話をお聞かせいただいたわけでございます。文化庁長官が申しましたように、今後調査の結果によりまして、さらに、重要な文化財の発見されるようになるかとも思われますし、そういう段階には、いま申し上げましたような態度をとっていくべきものだと、かように考えております。
○志村愛子君 初めて質問をさせていただきます。よろしくお願いいたします。 いつの時代でも、どこの国でも、次代の国民たるべき青少年の教育いかんがその国の将来の運命を分かつと言われております。文教の長として、また、子弟の教育にはことのほか御理解の深い、しかも、信念のおありになる奥野文部大臣には、この点について御同意いただけると存じます。 そこで、きょうは初めに、この四月の入学シーズンになりますと、いつも心の痛む問題でございますが、精神薄弱、肢体不自由、病弱、盲、ろうなどの心身障害があるため、就学免除、就学猶予にされ、在宅のまま放置されて、教育から見放されている子供のことについてお伺いしたいと思います。 ことしも新聞の投書や一般記事で、そのようだ子供を持った親の訴えがたくさん載っております。四十六年度の文部統計によりますと、そのような子供は、全国で二万一千人もいるとのことでございます。今日、GNP世界第二位を誇り、文化国家を標榜し、国をあげて福祉国家を目ざしておりますときに、こんなにたくさんの子供が教育の場から見捨てられているという事実は、このような子供を持つ親にとって、何とも納得のいかないことでございます。 私事でまことに恐縮でございますが、実は、私もこのような子供を持つ親の一人の立場から、あえてきょうはお願いする次第でございます。私の子供は、ことし二十八歳になります。長男でございますが、五歳のときに突然脳性小児麻痺にかかりました。そして、それがもとでいまだに左半身不随、知恵もおくれております。しかも、引きつけを起こしておりますために、二十数年、薬を飲み続けております。そして、施設は足りない、人手はない、このためにどこの施設にも受け入れてもらえないでおりました。いまだに就学もできない、未就学のまんま成人しておるわけでございます。それが、本人はもちろん友だちとも遊べない、何の希望もなく生けるしかばねの状態といっても言い過ぎではないその日その日を送っておるような状態でございます。まあ、恥を申し上げるようでございますが、つい私もふびんな気持ちが先に立ってしまいまして、家庭においては親の立場、保護者の立場から、きびしいしつけも教育をしても、仕事の合い間では決して十分なことができない状態でございます。しかも、本人はだんだん年ごとに孤独感が深まってまいりますせいか、母親を慕う気持ちは一年ごとに増しておるような状態でございます。その結果、日常生活にもいろいろとマイナスの面が出てまいります。実は、昨夜もやっと寝かせつけまして、この原稿を書き上げましたのが午前三時を回っておるというような日々でございます。 こんなようなことを申し上げておりますのは、私事のぐちをいまさら申し上げようということではなく、ほんとうならば、学校に行けてそして就学できていたら、この子供がこんなにはとつい思いますことを、何とかこれからお願いしたいというような気持ちで、お聞きいただきたいと思うわけでございます。 考えてみますと、この子供がちょうど学齢期に達しましたのが昭和二十六年でございます。で、その当時は、養護学校の施設もたいへん少のうございました。近所に参りましたけれども、精薄の子供だけしか扱っていないというので、返されまして、結局条件が悪いということになっておったわけでございますが、それでも必死の思いで、あるときは、この子供を背負い、また手を引いて、一生懸命親なりに努力は続けたつもりでございます。 まあ、あのときに養護学校に入っていたならな、もっともっと社会訓練もできていたのかもしれないな、そんなことを思いますと、ただ、残念ということばでは言い切ってしまうわけにはいかないいまの気持ちでございます。このような思いをしております親たちが、まだまだたくさんおるわけでございます。このような子供については、大臣もよく御理解いただいておられますところで、そのための養護学校を五十四年までに義務化する、その立法化も年内にすることを明らかにされておりますことは周知の事実でございます。この子らにとって大きな福音であり、福祉行政の百歩前進であると深く敬意を表するものでございますが、これから先に六年も待たされるというのは、このような子供を持つ親たちにとって何ともたまらない残念な気持ちでございます。GNP第二位の国力と奥野大臣の御熱意をもってすれば実施期間をもっと早めることが可能ではないでしょうか。一年の準備期間で五十年から実施してほしいという声が親たちには大きいのでございます。いかがなものでございましょうか、お伺い申し上げる次第でございます。
○国務大臣(奥野誠亮君) たいへん胸打たれるお話をお聞かせいただきました。同時にまた、かねてから障害児教育の問題につきまして幅広い御努力をいただいていることを承知しているわけでございまして、この機会に感謝申し上げる次第でございます。 私は、昭和五十四年度から都道府県が養護学校を設置する、保護者がその子弟を就学させる、これを義務制にしたい、こういう希望を持っておるわけでございます。そう考えましたのは、四十七年から七ヵ年計画で養護学校を各都道府県に整備したい、同時にまた、特殊学級も充実したいということで文部省が進めてまいってきておりますので、その計画をそのとおりに確実に実現さしたい、そのためにも、義務制施行の時期をいまから明確にする必要があるんじゃないかということでございます。その機会に、実は一年でも二年でも早めたいという感じも私自身も持ったわけでございます。持ったわけでございますが、養護学校をつくるのは府県でございまして、まだ精薄や虚弱者の養護学校を持たない県が延べで三十一県ございます。同時にまた、一校あればそれで足りるわけじゃございませんで、何校もつくらなければならないわけでございます。一校をつくりますにつきましても十億円ぐらい要るんじゃないかというようなお話もございますし、また、それよりも土地がなかなか求めにくい。同時に病院なり、あるいは社会福祉施設なり等合わせて考えていかなければならない問題でもございますだけに、欲ばっちまいますと肝心の義務制施行が五十四年度からでもできなくなってしまう、こういう心配を持ったわけでございます。そこで、私としましては用心いたしまして五十四年度から実施したいのだ、それについての府県の意見なり、義務制になっても差しつかえないようにするにはどれだけの学校をつくらなければならないか、それをどういう年度割りでつくってくれるのかというようなことでいま府県に照会している最中でございます。私もほんとうに一年でも二年でも早くしたい、また省内におきましてもそういう意見もございました。しかし、欲ばることが結果的にはこの希望が達せられないことになりかねない、そういうこともございまして五十四年度から義務制に移りたい、ついては府県の御意見なり計画なりを聞かしてほしいということでいま全都道府県に照会している最中でございます。
○志村愛子君 実は私、年内に立法化ということを伺っておりましたものですから、それならば当然もうすでに青写真などある程度準備されておられるのじゃないかというふうに思っておったわけでございますが、いまお話しのように、結局できることもできなくなってしまわないようなためと申されますと、たとえば二万一千人の子供を収容するために、現在在宅の子供のために派遣をする教師、つまり教師派遣というようなことはいかがでございましょうか。
○国務大臣(奥野誠亮君) 学校教育法の中にも御指摘のような仕組みを書いてあるわけでございます。ただ、文部省として現実にそういうことを府県に対して示しているのではなしに、相当の府県では現実の問題としてそれを行なっておるわけでございます。義務制施行になりました場合に私は特殊学級、養護学校に収容するだけじゃなしに、やはり病院におられる、社会福祉施設におられる、その方々にやはり教育を受けさしてあげる、そういう仕組みを積極的にとらざるを得ないのじゃないかと思うのでございます。そうしますと、そういう場合には教師を派遣して、そこで教育をしてあげる、積極的に行なわなければならない。でありますから、現在は府県がそれぞれの府県の考えに基づきましてこの制度を使って教育をしておるわけでございますけれども、もっと全国的なものに将来整備していかなければならない。そのように存じております。
○志村愛子君 御存じと思いますけれども、この就学猶予、就学免除になっております在宅児の多くは一人では行動のできませんたいへん手のかかる子供が多いわけでございます。それだけにこういった子供の通学の方法とか、あるいはスクールバスなどによる通学、こんなことも考えなくてはいけないんではないかと思いますが、そういった今日の交通事情から考えてみましてもいろいろのことを考えてみました場合に、今度は寮制度、そういった子供を寮に入れる、こういったようなことなどはいかがでございましょう。
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま盲学校、ろう学校等におきましては寮をつくりまして実際にそれに収容して学校に通わせるという仕組みをとっておるわけでございます。養護学校につきましても、もちろん、そういう施設を考えるということは当然でございますけれども、ただ、現実問題としましては病院に入っていただいて、その病院から通っていただくというほうが、むしろ障害の子には都合がよろしいというお子さん方もたくさんおられると思います。したがいまして、必要に応じましてそういう寮の必要があるところにつきましては必ず寮をつくるというふうな方向で、病院のほうでやったほうがよろしいような場合には病院でお預かりを願って学校へ通わせるというような両方の方法で障害のお子さん方がお困りにならぬように、また、父兄の負担が軽減されますように取り計らってまいるというふうに考えております。
○志村愛子君 病院というお話もございましたけれども、病院に併設されております養護学級の問題は別といたしまして、きょう特に在宅児の問題で、たとえば軽度の子供はいま申し上げましたように養護学級なりあるいは重症の子供は養護学校あるいはまたベッドに寝たままでいろいろの手が下されておりますが、たとえば、私の子供のように軽くもなければ重くもない、中間にあるといった形、中間といってもやや重いほうでございますけれども、いわゆるこの中間の子供の場合が案外盲点になっているというような気がしないでもないのであります。そこで特に家にあって学校にも行けず、また病院に行く必要までもない、薬を飲み続けることによってある程度のプレートレーニングで何とかなおしつつあるというような場合、非常にいろいろな立場から手が届かないような気がするのでございます。そこできょうはこういった御質問をお願いしたわけでございますけれども、なお、この養護学校が義務化されるまでの間の在宅児に対しまして文部大臣にお伺いいたしますが、教師派遣のこれを制度としては考えられませんでしょうか。
○国務大臣(奥野誠亮君) 先ほどもちょっと申し上げましたように、現在のところでは府県が、それぞれ市町村ですか、任意にやっているということでございます。先ほども申し上げましたように、義務制ということにした場合には、やはりこういう仕組みもあわせ講じてまいりませんと義務制にこたえられないんじゃないか、かように考えておるわけでございまして、そういう段階では当然こういうものも制度として活用される仕組みに移っていく、かように存じております。
○志村愛子君 たいへんくどいようでございますが、兵庫県などで単独で実施されましてたいへん好評と伺っておりますものですから、法律化して制度として全国に一日も早く実施できるようにお願いしたい、こう思って申し上げたようなわけでございます。五体満足な私たち、人間として、また、おとなとして何をなさなければいけないか、またどのようにしてそのような子供のしあわせを確保したらよいか、そのためにこそ制度をいろいろ考えておられるとは思いますけれども、まあ、きょうにでも、いまからでも、できるところからやっていくということが児童の幸福を確保することであり、また、社会や国が果たすべき最大のヒューマニティではないかと私は思うわけでございます。果てしないその道をいまもきょうも歩んでいる親がたくさんおりますことをあらためて御記憶願いたいと思うわけでございます。これで第一の質問を終わらせていただきます。 次に、第二にかからせていただきます。第二の質問は、幼児を持つおかあさんの教育についてお願いしたいと存じます。 昔から三つ子の魂百までもと言われておりますけれども、幼児期における家庭でのしつけ、教育がその人間の将来を方向づけ、決定すると言われております。最近は世の中の仕組みが変わってまいりまして、核家族化あるいは働く婦人の増加など、社会的条件が急激に変化しております。実は終戦後、昭和二十一年、日本の国民が希望を失い、退廃のその極にありました直後、これからの子供たちに明るい夢と希望を与えたい、こうした願いのもとに、戦時中実は私が歌っておりました「お山の杉の子」という、その歌から名前をとりまして「杉の子こども会」という、情操を通じて子供を豊かに伸び伸びと育てたいと思い立ちまして、満三歳から中卒までの子供の団体をつくったんでございます。で、その当時の子供はいまはりっぱなおかあさんになりまして、そのまた子供たちが私のもとにいまなおたくさん集まってまいります。こうして続いておりますこのような一部の小さな集まりから、子供たちあるいは母親の実態というものを私なりに感じ取りましたことは、過保護なおかあさん、また、無関心なおかあさん、心理学の書物などから神経質になり過ぎているおかあさん、実にさまざまでございます。しかも、子供は親の鏡と言われますごとく、親の欠点をそのまま映し出しております。人間は生まれたとき、人間の芽を持っていると言われます。どんな子供でも一人一人がそのよきもの、つまりはスペシャリティを持っているわけです。その子供の持つ可能性を認め、伸ばしてやるということ、これが人間形成の根本だと思っております。また、その責任はおかあさんにあるわけでございます。 そこで、文部省ではそのようなおかあさんの相談相手になる家庭教育相談事業を四十七年度から始めていますが、現在どのような成果があがっているでしょうか、お伺いしたいと思うわけでございます。
○国務大臣(奥野誠亮君) お話しになりましたように、四十七年度から家庭教育相談事業を始めておるわけでございまして、往復はがきを差し上げる、それによって疑問点をお伺いする、その疑問点に対してお答えをする、というような仕組みでございますが、北海道、岩手、福島、群馬、埼玉、千葉、愛知、兵庫、広島、香川、長崎、鹿児島、この十二道県が文部省の仕組み、これを受け入れましてすでに実施していただいているわけでございます。 たいへんきめのこまかい試みでございますが、親のかかえる個々の悩みを解決していく手助けになっていくと考えているわけでございます。 各教育委員会に寄せられます相談内容は、幼児の心身の発達についての質問が圧倒的でございます。また、深刻な悩みをかかえている場合もございますが、むしろ日常生活の中から起こってくる、どの親御さんにも共通するような問題が中心でございまして、このような中からテレビ放送を視聴する母親のグループなども生まれてきてるようでございます。 また、過疎地域の農村や離島などにも、医師、教育者等で編成されました巡回相談が参りまして、いままで相談活動の恩恵に浴さなかったところでもこの事業をたいへん喜ばれているということでございます。
○志村愛子君 日常生活の中から起きる共通の問題、具体的にたとえばどんな問題でございましょうか。
○政府委員(今村武俊君) 通常の育児書に出ているようなことが実は多いのでございますが、具体例をあげてみますと、三歳児になってきますと自分の思うようにならないとおこったり、泣いたりして困るがどういうぐあいに親は対処したらよろしいか、あるいは非常に片寄った食べもの——偏食であるけれども、どうして直せるか、あるいは弟、妹が生まれると上の子がまた赤ちゃんに返ってしまうが、こんなものなのか、どういう教育をしたらよいのか、あるいは指をしゃぶって困るがどうすればいいのか、あるいはその一歳、二歳、三歳年齢相当の、普通の子供が持っていることばというのはどんなものだろうか、自分の子は進んでいるんだろうか、おくれているんだろうか、あるいは排尿、排便のしつけのしかただとか、おばあさんが甘やかして困るけれどもどうしたらよろしいだろうか。通常言われておるようなことでございますけれども、自分自身の問題となってしまうとなかなか初めてのことでわからないというケースが多くて、相談事業なり、あるいは往復はがきにこういう問題が実際の問題として提示されるわけでございます。
○志村愛子君 いま大体伺っておりますとごくあたりまえのこと、案外わからないんですね。そこで、はがき通信、これの問いの出し方、わりあいに無関心でいる母親が多いか、あるいはけっこうまじめに問いを出してくるか、そういった状況はどんなふう。
○政府委員(今村武俊君) はがき通信と申しますのは往復はがきの往のほうに一歳児、二歳児、三歳児、県によって対象とする年齢層が違いますが、その対象とする子供について、たとえばからだの発達、心の発達、あるいは生活習慣のしつけ、あるいは環境の整備等について一ヵ月に一回ずつ各家庭で注意してほしいような情報を出すわけでございます。それに対しまして、それに関連して、あるいは関連しないで、自分の子供について持っている疑問を教育委員会のほうへ復のはがきで答えをする。それに一々個別に答える余裕はございませんので、それらの復のほうのはがきのうちからわりあいに数の多い頻度の多い問題点を取り上げて、それ以降のはがきの往のほうに情報を書いて送ると、こういったようなものでございます。これは母親だけでなくて父親を中心として読んだり、父親とも一緒になって読んだり、あるいは近所のグループの人と一緒になって読んだりいたしまして、自分の身近の教育委員会から来るということで非常に貴重な意味合いを持って受け取られている感じでございます。 昨年の十二県の例でございますが、往に対する返信の比率は県によって違いますけれども一五%ないし三〇%ぐらいの復の質問が出ておるという形でございます。
○志村愛子君 一五%ないし三〇%と申しますと、まだまだ案外そのままになっている、いわゆる無関心的な母親が多いと見てよろしいわけですね。こういったものをさらに啓蒙させる方法はいかがでございましょうか。
○政府委員(今村武俊君) はがきで通信をいたします。そして返事は出さないけれどもそれが読まれて参考になっている場合も多いわけでございますね。それからまたその中で皆さんが取り上げる問題は、先ほど御紹介いたしましたように、経験のある人はたいてい知っているようなことですけれども、初めてのことなのでわからないというようなことが多いわけでございます。そういうものをテレビにのせましてそれぞれの地元の政送局からあるいは午前、午後、あるいは時間帯によっては夜放送いたします。この放送を通じて多くの茶の間にも入っていくという実情でございます。それから、また教育者、医者、看護婦さん等々の育児に関する専門家の方々が巡回班をつくって県内をあちこち巡回して歩きまして、それに具体的な悩みを持っている両親あるいは母親が参加して具体的な問題について相談を受けるというような多角的な形で啓蒙に当たっているわけでございます。
○志村愛子君 テレビ放送あるいは巡回相談、こういったことを伺っておりますが、もう少し具体的な実態と申しましょうか、たとえば、巡回相談におきますところの状態、どういうような質問が多いか、あるいは相談にあがっておられますその専門の先生方の中にはどういう方がおもに動いておられるか、ちょっとそういったことも詳しく伺いたい。
○政府委員(今村武俊君) 昨年度実施いたしました十二県の関係者を呼んで会合を開いてデータを集めてみたわけでございますが、十二県で年間百五十二の場所で巡回相談の相談事業を開いております。そこで相談件数として受け入れた件数を一県ごとに集積してみますと七千百七十五件というようなことでございます。初年度であるのでまだ周知徹底が不十分でございまして、地域によりましては相談に見えた方が少なくて、その関係で一人一人については実に懇切丁寧な相談ができたというような報告もございます。しかし、ほんとうにみんなが相談に見えると、現在のような巡回相談の程度ではその御相談に応じ切れないのではないかということで、二年目、三年目は、さらにこれが激増するんではないかという気配を感じております。 それから先ほど多少啓蒙の関係で申し忘れましたが、テレビによる放送の場合でございますが、そのそれぞれのローカルの放送局が番組の解説資料を市町村等を通じて、一歳、二歳、三歳のうち長子を持つ家庭に送っておりますけれども、送っている枚数が三十七万部といったような状況でございます。
○志村愛子君 まず、その巡回相談の中で、お一人当たりの質問は平均何分ぐらいになりますか。そうしてまた、そういう際に、たとえば同じことを相談員が何べんも説明するのではいろいろとこれは時間とそしてまた、労力のむだになりますけれども、そういったことの合理的なことも考えておられると思いますが、どのようにしておられるか。
○政府委員(今村武俊君) 私も、具体的にその統計的な数字を知っておりません。この前の十二県の担当者会議の報告を聞いたわけでございますし、その際、各県で実際に巡回相談をやっている模様をテレビに映して、それを県内に放送した、そのテレビを見たわけでございますけれども、県によりまして巡回相談に応じた、先ほど申し上げるように参加した人が非常に違います。数の多いところでは一人当たりの相談時間が短くなります。数の少ないところでは長いわけですが、大まかに言いまして、この前の話し合いの結果は一人当たり三十分ないし一時間ということで、わりにゆっくり時間をかけて相談に応じております。これがだんだん熟してきますとこういうぐあいにはいかなくなることが予想されますので、今後は、私どもの研究の結果ではやはり類似の質問が多いわけでございますから、グループ相談ということをまず先にやって、そうしてグループの間で共通の問題を片づけておいて、さらに、残る問題について個別の相談に応ずるというような形をするならばもっと能率的になるのではないだろうか、四十八年度以降を見てそういう予測をいたしております。
○志村愛子君 わかりました。グループ相談たいへんけっこうだと思います。そうしてまた先ほどのテレビ放送のことでございますが、どうもあまり見ておりませんのでございますが、東京ではどこの局がどういった時間にどんな番組とし出しておりますでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) 東京はまだ実施いたしておりません。しかし、隣県の埼玉県がNETを通じて「モシモシ三ちゃん」という題で三歳児を相手にした放送を出しております。東京では日曜日の八時四十五分からその放送が視聴できます。
○志村愛子君 その「モシモシ三ちゃん」というのはよく知りませんのですが、何かドラマ形式でございますか、児童心理学者が何かそういった専門的な立場から赤ちゃんの心理を表現しているといったような内容のものもあるわけですか。
○政府委員(今村武俊君) これも一部分をかいま見た程度でございますけれども、子供の心、からだの発達あるいは生活習慣のしつけ、環境の整備等々テーマを取り上げまして、そして具体的に現実にある家庭の実情がテレビの画面で放送されるわけです。それに対しましてときどきアニメーションの漫画でもって賢い男性が画面に顔を出してきまして、そしてこういう場合はこういうぐあいに考えたらよろしいです、こういうぐあいにしたらいいんですというようなことをまあいわば解説をする。そして現実のその画面と、それから解説のその漫画の主人公との両者を見ることによっておかあさま方が勉強できるというようなことでございます。ただ、難点は出てくるのが男性の漫画だもんですから、おかあさまのほうがおろかで男性のほうが賢いように見えるので、その点はときどき苦情もありますけれども、おもしろい企画だと思っております。
○志村愛子君 赤ちゃんから乳幼児、幼児期、この人間の発育過程を考えてみましたときに一番大事な年代を扱っている番組としてなお一そうの重た御研究、御検討がほしいと思うのでございますが、特に三歳そしてまた四歳、五歳ごろになりますとものをつくり出す、いわゆる創意くふうの芽が顔を出すといわれております。そういったときに、いまのおもちゃなどを考えてみますと、あまりにも整い過ぎたものが多過ぎると思います。昔のように素朴なものだけがいいということではなくして、その一つの素材を使ってもっと考えさせる、くふうさせる、こういったことなどもこれからしていきませんと、いまの青少年の体力不足、体位向上とは反比例してなぜこんなに根性のない、そしてものを粗末にする、そして考える力のない飽きっぽい人間になってしまうか、そのもとがこの辺からも非常に大きく影響をしているといわれておりますけれども、そういった考えさせる力などは番組を通じていろいろと考慮をされておられるでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) その放送の番組は乳幼児を直接対象とするのではなくて、乳幼児を持つ一歳、二歳、三歳の乳幼児のうち長子を持つ、第一番目の子供を持つ親を対象として放映しておるものでございます。したがって、家庭教育でございますから、先生のおっしゃったようなことは全くごもっともでございますが、そういうことをしつけるのは親自身でございまして、テレビがその効果を果たすわけではございません。親の参考になる資料を出すわけでございます。 関連して申しますと、特におもちゃの問題等について、昔のおもちゃと現在のおもちゃとを比較してそしてどういうものを与えたほうが子供の何というんでしょう、遊びをよりよくし、人間関係の自制心を持たしたりあるいはバイタリティーを持たしたりあるいは自然や生物を愛護するのによろしいかといったようなことを、そういう具体例を見せながら、学者の方の御意見を聞きあるいは昔子供を育てた現在のおばあさんの話も入れるといったようなことで、なかなか味のある放映をやっております。結局は、それを契機にして親自身が賢くあるいは聡明にならなければ、テレビ自体がすべてをやってくれるわけではございません。
○志村愛子君 御説ごもっともでございますが、私が実は感じましたことは、電車などに乗っておりまして、三歳児、四歳児を連れております母親の姿を見ておりますと、非常にいろいろのものが珍しい、そして疑問を感ずる年代、質問をしているんです。その質問を聞いておりますと、なぜ動くの、どうして、どこから音が出るの、こういつた質問に対して、なかなかこの答えは賢いおかあさんだなと思わせる場合がないんです。動くから動くのよなんという無責任な答えをするおかあさんもあるくらいです。そういったことで、たまたまこういうたいへんすばらしい幼児期の家庭教育のよき文部省の事業に、もっとそういう広い意味のおかあさん教育あるいは婦人の地位向上を高めるような考え方の教育も一般的に加味されたら、なお私は中身の濃いいいものじゃないだろうか。単なる幼児教育ということだけにしぼらなくて、それは総合的な意味の教育の場にしてほしい、こういうお願いから申し添えたわけでございます。大臣、いかがでございましょうか、こうした事業に対しまして、今後ますますもっと日本全県でこれが普及されますようなお考えは。
○国務大臣(奥野誠亮君) 私もやはりそういう努力が非常に大切だと思っております。従来からとかくわが国の教育が学校教育中心であり過ぎてということについても反省があってしかるべきだと、こう考えておるわけでございまして、家庭教育や社会教育の面につきましてもいままで以上の努力を傾けていきたいものだと、かように存じております。
○志村愛子君 いままでは健全な子供、そしてまた次代のにない手としての青少年の育成のその一つのあり方としての幼児教育の問題、そして、さらには同じ人間として生きる権利を持ちながら、なお人のささえなくしては生きていけないハンディを背負った子供たちの就学の問題、在宅児の問題を伺ってまいったわけでございますが、最後の質問は、今月の二十七日に予想されております日教組などの半日ストライキについてお伺いしたいと思うわけでございます。 新聞報道によりますと、午前中の半日ストということでございますが、四十一年以降年中行事のようになっておりますストの中でも、今回のストが最も影響が大きいのではないかと思いますが、いかがでございましょうか、大臣。
○国務大臣(奥野誠亮君) 職員組合の目的は勤務条件の改善にあるわけでございまして、特に公務員の組合につきましては、勤務条件の改善を目的とすると書いておりまして、一般の労働組合の場合には勤務条件の改善等を目的とする、等ということばが入っておりますけれども、公務員の場合には入っておりません。同時に、現在政府のほうでは、教員の給与につきましては、一般の公務員の給与に比較して優遇されなければならない、しかも、これを計画的に行なうんですというようなことを国権の最高機関でおきめくださいとお願いをしているところでございます。そういう矢先にこの法律も反対だと、スト権奪回だと、いろいろなことを掲げて半日ストをやろうとしておられるわけでございます。そうしますと、これはまさしく政治ストの要素が非常に濃いわけでございます。こういう姿は、元来公務員はストライキを禁止されている、それに違反するということ以上に私は大きな問題をかかえているんじゃないか、かように考えておるわけでございます。教員の勤務条件の改善に対して積極的に取り組んでいる矢先に、逆にこれも反対だ、しかも政治的な意図を強く出しておられるというようなことに非常な疑問を感じておるわけでございまして、元来教育の諸条件を整備していく、これは文部省の役割りだと思うんでございますけれども、これと教員や教員の団体、力を合わせていかなければならない性格のものだと思うのでございます。力を合わせていかなきゃならない性格のものが教員の立場を考えていくことについても常に反政府、そうなりますと、頭からもう協力する気持ちは持っていない。おそらくいまの体制は反対だということなんだろうと思うんでございますけれども、これはまさに政治的行動、私は、もうそのぐらいに政治的な活動をしたいなら教員をやめて政治家になってもらいたいなと、こんな気持ちさえ切実にいたします。ことに学校の先生方でございますので、学校の先生たちが法を破るということは、児童や生徒に対しまして身をもって範を示していかなきゃならない。先生方が法を破ると、児童や生徒が私たちも校則を破っていいのだということにもなりかねないわけでございますので、それだけに私はほかの公務員の方々より以上に先生方についてはぜひ法秩序を守っていただきたいと心から念願をいたしておるものでございます。
○志村愛子君 同感でございます。小中学校など公立学校の教師の争議行為としてのストライキは地公法三十七条で禁止されておりますが、私はしろうとでございますので、ここで憲法十五条あるいは二十八条の関係や、あるいは法律論、そういったものを展開してお伺いする意思はございませんのです。しかしながら、私の申し上げたいと思いますのは、いまも大臣が申されましたように、教職員のストは児童生徒の犠牲の上に立って行なわれるということでございます。教育は人に始まり人に終わる。まあ私の父親も長い間教職に身を置いておりまして、常に教育は人なりと言っておりました。そうしてまた、私自身もかつて、いまから二十数年前になりますけれども、教べんをとった経験から申し上げましても、教師が生徒に及ぼす影響というものが実に大きい。その教師の一言一句、生活態度、姿勢というものがたいへん大きく影響するということを私なりに感じとっておりますだけに、むしろ教える立場というものは教えられるものだなというのが私なりの実感でございました。教育は教師と児童生徒との全人格の触れ合いであり、またその意味で愛情と信頼が教育根本であるというわけだと思うんでございます。その先生が自己主張を貫くために子供の教育を半日にもせよ放棄し、犠牲にするということは、生徒からの信頼を裏切ることになりはしないか。これもいま大臣が申されたとおりでございます。私もそれを痛切に思う一人でございます。授業が多少つぶれることよりも、子供たちに与える精神的打撃を心配いたすわけでございまして、まあ大臣にきょうはこのストに対する御決意のほどをお伺いしたわけでございますが、今回のストは政治的色彩の濃いものであり、犠牲になる子供が一番の被害者であります。そこで、このストを何とか食いとめる方法として、いまは民主主義であり、話し合いの場を、もっと対話の時間をとらねばならないと言われておりますだけに、ひとつ日教組の委員長といろいろとひざを突き交えてお話し合いになってはどんなものでございましょう。
○国務大臣(奥野誠亮君) 私が就任して間もないころに会いたいというお話がございました。多忙をきわめておりましたので、先にしていただきたいと、こう申し上げているわけでございます。 私も、教育の基本は教師にあると思います。文部省は教育の諸条件を整備する責任を負っている。ですから、先生方ないし先生方の団体と文部省とが協力し合う体制、これは、ぜひ早く確立していきたいものだと念願をしているわけでございます。頭からいまの政府は何でも悪いのだというような考え方を団体の側でもお持ちにならずに、私たちも団体のおっしゃるお話につきましても絶えず耳を傾けていく、早く協力し合える体制を確立したいものだと心から念願しておるものでございます。
○志村愛子君 きょう実はいろいろと、かつてのストの実態を一応新聞その他に出ておりましたのを用意してまいりまして、子供たちがストに突入した先生に対してどんな気持ちでいるかといったようなものも用意してまいりましたが、たいへん長い間質問が続きましてお疲れでいらっしゃると思いますし、またあとに質問の先生も控えておられまして、私にちょうだいいたしました時間は、私一時間とお約束しておりまして、いまちょうど一時間でございますので、これで終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
○内田善利君 私は、高等学校の教育について若干お聞きしたいと思いますが、生徒の適性、能力、進路に対応した教育をという目的で、現在、高等学校教育は非常に多様化が進められておるわけですけれども、生徒に真に人間らしい教育を保証するということは非常に重要な問題だと思うわけですが、特に高等学校の職業教育、この中にいま言いました問題が端的にあらわれておると、このように思いますので、何かまず、職業教育、高等学校の職業教育の現状と問題点についてお伺いしたいと思います。 まず第一点は、職業教育が袋小路になっておるということですね。高等学校の教育が事実上複線化しておるということについてお伺いしたいと思いますが、まず、高等学校の普通科と職業に関する学科、この設置の比率ですね、これは都道府県によって非常に大きな格差があるわけですけれども、その実態。それとこの普通科と職業に関する学科の設置の比率に対する文部省の基本的な態度はどうなのかということです。これについてお聞きしたいと思います。
○国務大臣(奥野誠亮君) 普通科の生徒数と職業に関する学科の生徒数の比率は、昭和三十年ごろから全国平均で約六対四の割合を保っておりまして、四十七年度は五九・六対四〇・四となっておるわけでございます。
○内田善利君 そういう実態に対する比率が……。
○国務大臣(奥野誠亮君) 失礼いたしました。 比率は、いま申し上げたとおりでございますけれども、現在、大学への進学率が伸びていることもあったりいたしまして、普通科へ行きたいという子供さんがどんどんふえてまいっているということが現実でございます。この両者の生徒数の比率につきましては地域の生徒、父兄などの要望、地域の産業や社会の実態等を考慮いたしまして、都道府県におきまして適切に対応していかなければならないと考えておるわけでございまして、個個の団体におきましてある程度の実情に応ずる差はあってしかるべきだと思うんでございますけれども、相対的には普通科に比重をさらに一そう増していくべきだという気持ちを持っておるわけでございます。同時に、職業科の中でも進学課程を置いたりしている姿を見てまいりますと、あまりにも細分化され過ぎている職業科のあり方につきましても反省期にきているんじゃないかなということをあわせて考えているところでございます。
○内田善利君 職業高校に在籍する生徒の大学進学は、どういう進学状況であるか。
○政府委員(岩間英太郎君) 昭和四十六年度におきまして、普通高校から大学、短大に進んでおりますのは、三八.五%という数字でございます。それに対しまして、職業に関する学科から大学に進んでおります者が八・〇%ということでございます。 なお、入学の志願者の状況でございますが、普通科では、五四・六%の者が大学あるいは短大を志願しております。それに対しまして、職業に関する学科からは一〇・二%の進学希望者があるという現状でございます。
○内田善利君 それともう一つは、普通高校から職業高校への生徒の移動、あるいは職業高校から普通高校への生徒の移動、交流、これは現実はどういうふうになっておりますか。
○政府委員(岩間英太郎君) この点につきましては、実際上はほとんどできないというふうなのが実情でございます。まあこの点につきまして、個人の志望が変わってまいりました場合に、それに応じまして転科をはかるというふうなことも今後の課題として検討する必要があるのじゃないか。また、職業高校から大学への進学を容易にするために、試験科目に職業関係の科目を加えるというふうな措置をとりまして、大学入学者選抜制度の改善などをはかっていくということも必要ではないかと考えておるわけでございます。 まあしかしながら、いま申し上げましたことは、現状の是認の上にそういうふうなことも当面考えていかなければならないと思っておりますけれども、先生御指摘になりましたように、まあ袋小路というふうなことを避けるためには、先ほど大臣が申し上げましたような職業教育のあり方につきまして抜本的な検討を必要とするということを考えております。
○内田善利君 いま局長から答弁がありましたように、職業高校からの、職業課程からの大学進学が八・〇%と、希望は一〇・二%ですからこれは職業高校に入る段階において原因があると思いますけれども、それと普通高校と職業高校の移動、交流、これが全然できないということは非常に問題じゃないかと、このように思うわけですね。特に、まあ現在のように多様化した段階におきましては、非常にこれは問題だと、生徒の可能性を無視したやり方ではないかと、生徒が高校に入ったならばもう生徒の適性能力を固定的にとらえておると、こういうことでは袋小路以外の何ものでもないし、非常に生徒にとっては、途中から自分の適性、能力を知ってきますし、また、その可能性も、教師からの発見もございますし、そういったことではいまの職業教育ということが非常に将来の可能性を封じておると、このように思うのです。いま局長からも答弁があったわけですが、この点に関して文部大臣はどのようにお考えになっておりますか。
○政府委員(岩間英太郎君) まあ再度のお尋ねでございますが、やはり現在のような、欠陥をその欠陥欠陥に応じましてその場その場でとりつくろうというふうなことでは、将来を考えますと間に合わなくなってくるのじゃないかと、ただいま御指摘のような弊害がますます大きくなってくるのじゃないかということをたいへん心配しておるわけでございます。そこで、先ほど大臣から申し上げましたように、基本的な点からもう一度高等学校教育全般につきまして考え直してみる時期にきているのではないかということを考えております。
○内田善利君 大臣。
○国務大臣(奥野誠亮君) 将来の進路を考えて高等学校を選んでいるわけでございましょうけれども、先ほどもちょっと触れましたように、職業斜の課程がただ形式的に集めますと約二百四、五十にも科目が分れておるということのようでございます。やはりある程度学校教育は将来の変化に対応していけるような力をつちかうところにあると考えますと、あまりにもこまかく固定しているのはどうだろうかというふうに考えておるわけでございます。そうしますと、あるいは将来さらに大学に進んでいくという場合にあたりましてもそれなりの授業をある程度弾力的に受けることも可能になってくるのじゃない、だろうかというように思うわけでございまして、そういうような式のくふうでいまお話しになっているような問題にこたえられないだろうかなというようなことを議論し合っているところでございまして、しかし、なおよい方法がございましたら、おっしゃっていること大切な問題でございますので、十分検討を続けていきたいと思っているところでございます。
○内田善利君 それともう一つは、高校入試の問題だと思うんです。高校入試のときにもうすでに適性、能力に応じたテストであるのかどうか、この辺の検討も必要かと思いますが、それと、成績主義による選抜試験が行なわれておる。そういうことで、これがはたして子供の、生徒たちの将来のためにいいのかどうか。それと、先ほど申しましたように、あまりにも早い時期にその子供の将来を決定する、こういうことが問題じゃないかと思いますが、生徒の真の適性、能力、進路に応じた選抜であるかどうかという、この点はいかがでしょう。
○政府委員(岩間英太郎君) 確かに、入試制度につきましては、いろいろ問題がございます。高等学校の場合には、御案内のとおり、非常に進学率も高まりまして、また高等学校の数もふえてまいりましたものですから、まだ、そういう問題が少なくなりつつあるというふうな気はいたしますけれども、しかし、やはり大学の入試というものが基本になりまして、そこから高等学校に影響がある。したがって、中学校に影響があるというふうなことも考えられるわけでございます。そこで、ただいま、大学の入試を中心にいたしまして、高等学校の入試等も含めまして、いろいろ私どもも検討さしていただいているわけでございまして、御指摘のございましたように、中学校の卒業の段階で進路が実際上きまるというふうなことにつきましては、これはなるべくおそければおそいほどいいというふうな、これは学者の説もございます。ただ戦前は、これは小学校から八割の方々が実際に職場に出られたわけでございます。その当時のことを考えますと、国鉄なら国鉄におつとめの方は何代も国鉄におつとめになる、あるいは先生の一家というのは代々先生をされる、非常に社会的にも安定をしておったような時期のように思われますが、現在は、非常に流動をしております社会、あるいは非常に変化をしております社会の中で、それに合った適性、能力を発見するということはなかなかむずかしい問題でございます。しかし、御指摘になりましたように、なるべく本人の適性、能力、あるいは希望というものが入れられるような方向で私どもも努力をしてまいりたいというふうに考えております。
○内田善利君 例の三・七体制ですね、普通科が宮崎県と富山県では三〇%台になった時代があるんです。これは新産都市向けの、そういうことも私は考えられたんじゃないかと、経済第一主義に、高校教育がそれに順応していったんじゃないかと、このように思うわけですけれども、こういった職業高校が、職業コースが七対三の割りでなってきますと、結局普通高校に行こうと思っても行けない。そして職業高校をやむなく選択する。しかも、その職業高校を卒業するときにはどこにも行けないということでは、若い青年の進路を、個性を伸ばすという教育から逸脱していってしまう、このように思うわけです。したがいまして、いま局長からも、また大臣からもお話がありましたが、これは、早急にこういったことについては検討をしていって、普通高校と職業高校の割り振り、その他もよく検討した結果、自分は農家の子弟ではないけれども、やむを得ず農業高校に入ってしまったというような例もあるわけですから、そういうことのないようにしていくべきであると、このように思うんですけれども、この点いかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) 仰せのとおりであると思います。また、そういう趣旨で、先ほども大臣から普通科を増設するような方向というのが望ましいというお答えを申し上げたわけでございます。 なお、具体的な例がございましたのでお答え申し上げますと、富山県では、昭和四十五年度は、御指摘のとおり、三六・六対六三・四というふうに普通科が非常に少なかったわけでございます。これは、その当時の知事さん、がいろいろお考えになったようでございまして、やはり、実際に職場につくからにはそれ相応の専門的な技術を持っているほうが将来よろしいんじゃないかというふうな純粋なお考えからではございましたけれども、まあ父兄の要望とか、子供の希望には沿わない面があったようでございます。そこで、県のほうとしましても普通高校の増設につとめまして、四十八年度におきましては四五・八対五四・二というふうに、大体、半々近くまでまいっているような実情でございます。また、宮崎県におきましても、四十七年度に高等学校の振興計画というものがつくられまして、昭和五十五年度を目標にしまして高等学校の進学率を九〇%まで高める、それから地域間の高等学校の進学率の格差を是正する、それから普通教育を主とする学科の整備・充実につとめまして、その比率を五〇%以上に高めるというふうな計画を発表しております。それぞれ、各県でくふうをこらしているところでございますので、そういう方向に、ただいま先生が御指摘になりましたような方向に進んでおるということを御報告申し上げられると思います。
○内田善利君 大体、その比率は改善されつつあるようでありますが、この職業高校の職業に関する学科なんですが、先ほど大臣からもお話があっておりましたが、非常に細分化されて、多様化されておるわけですね。これは、もういわゆる技術のための職業訓練的なことになってきているんじゃないかと、このように思うんですけれども、一体、現在の職業に関する学科の種類、数、その現況をどのように把握されておりますか。
○政府委員(岩間英太郎君) 四十七年度でございますと、先ほど大臣から申し上げました、同じような内容で名前が違っているというようなものまでも入れまして、二百五十二学科ということでございます。これは、四十一年の二百十八学科に比べまして、三十四学科ばかりふえております。しかし、ふえ方としては五年間でこれだけでございますから、そう極端な細分化が進んでおるということではなかろうというふうに判断しておるわけでございます。なお、大きくくくりまして、同じような種類の学科を取りまとめて大きく分けますと、八十二学科ぐらいの分科が行なわれておるというふうに私どものほうは考えておる次第でございます。
○内田善利君 いま非常に、政治・経済・社会・文化、すべての領域で複雑になり、多様化しているわけですけれども、そういう中で、それに対応していかなければならないと、こういう時代でありますので、しかも、生涯教育ということが強く指摘されておるわけですけれども、この二百五十二学科にわたるこういう膨大な職業教科があるわけですが、私は、こういった技能的な、職業訓練的な教育よりも、もっと高校では、特に職業高校では基礎教育を重要視すべきではないかというように思うんですが、大臣はいかがお考えですか。
○国務大臣(奥野誠亮君) 同じように考えておるわけでございまして、ぜひそういう方向へひとつ何がしかの改善をはかっていきたいと、かように考えております。
○内田善利君 職業高校を卒業するとすぐに役立っわけですね。すぐに役立っわけですけれども、すぐ役立たなくなってくるということがいわれておるわけですけれども、これは、やはり技能・職業訓練的な教育の結果ではないかと、もう少し基礎教育を重要視していくべきじゃないかと。したがいまして、職業教育の内容についても根本的な検討がなされるべきじゃないかと思いますが、この点はいかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) 御指摘のような方向で、ただいま、私どもの理科教育及び産業教育審議会というのがございまして、ここの産業教育分科会で御検討になっておるところでございます。ただ、いまの職業教育について、私も先生と同じような疑問を持ちまして、中身をこまかく検討いたしてみたのでございますけれども、かなり基礎的な知識あるいは基礎的な技術というものが中心になっておるようでございます。しかしながら、やはり先生が御指摘になりましたような方向で、もう少し将来にわたって有意義な教育をしていくことが必要じゃないかということで、ただいま御検討を願っておるわけでございます。なお、一つ問題がございますのは、大企業あたりでは、むしろ基礎的な教育を施した者がほしいというのに対しまして、中小企業あたりではすぐに仕事のできるような人がほしいというふうな受け入れ側の要望もございまして、そういう点をどういうふうに考えていくか、たいへんむずかしい問題も含んでおりますので、ただいま、先ほど申し上げました審議会で御検討願っておるというふうな段階でございます。
○内田善利君 次は、職業高校の産業教育振興のための補助金ですが、この実態ですけれども、一ぺんこの委員会で質問したことがあるかと思うんですが、商業コースは補助金が受けられないわけですね。で、補助金を受けられる分野では補助金を受けるために細分化されておると、こういうあり方は非常によくないと思うんですけれども、これはいかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) 商業の課程に対しましても補助金は出しております。それからまた、最近では電子計算機も商業の課程では必要でございますから、これはまあそれぞれの学校に置くというわけにもまいりませんので、県に補助をいたしまして、商業の高等学校は共同で使うというふうな仕組みも考えているわけでございます。しかしながら、この産業教育振興法というのは戦後一番早くできた法律でございまして、既存の学科ではもうかなり充足率が高くなっております。そこで、ただいま先生が御指摘になりましたように、学科を新しくつくらなければもう補助金をもらうワクがだんだん少なくなってくるというふうなことも現実問題としてございまして、あるいは先生のお耳にもそういうことが入ったんじゃないかと思いますけれども、私どもは、そういうふうなことで学科を細分化するという方向はこれは望ましい方向ではないというふうに考えておる次第でございます。
○内田善利君 高校の進学率も年々高まって、昭和四十六年は八五%ですか、東京は九六・五%にものぼっておるわけですけれども、この際、高校の義務化が真剣に考えられるときに来ているんじゃないかと、このように思いますが、高校教育を国民すべての基礎的な教育として位置づける必要があるんじゃないかと、このように思うわけですね。こういった意味から、職業コースの、職業学科の教育の内容についても根本的に検討する必要が出てきたんじゃないか。高校の義務制化とあわせて、職業高校の教育内容についての検討ですね、この点はいかがですか。
○国務大臣(奥野誠亮君) お話しのように、四十七年度で高校への進学率は八七・二%でございます。また、中教審答申では、昭和五十五年ごろには九五%に達するだろうというような予測をしておるわけでございまして、お話しのように、該当年齢の方々が全部高校までは進学するというような時代の来ることは望ましいことだと、かように考えているわけでございます。そういう意味合いもあって、高校については基礎的な学力を身につける方向に重点を置けというお話であろうかと考えるわけでございます。職業科の問題につきましても、そういうことが大切であるということを基本にして、その改善を、先ほど初中局長が申しましたようなことで努力をしていきたいと、かように考えます。
○内田善利君 すぐ企業のために役立つ技能教育、職業準備教育ということは、結局、産業界の要請につながるわけですけれども、これはやはり産業界のエゴであって、人間性を無視した考え方じゃないかと、人間の機械化を意図していると、このように思うわけですけれども、先ほどは、大企業はそういう面はないということでしたが、私は、やはり大企業がそういった考え方を持っているんじゃないかと、このように思うんですが、文部省としてはこの点いかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) 文部省というのは教育をするという立場に立ってものを考えるということ、つまり、生徒のことを考えながら教育というものを進めなけりゃいけないということが基本であろうと思います。もちろん、生徒自身は、卒業いたしました場合には一定の仕事につかなければならない。つまり、産業界等に入っていくわけでございますけれども、しかしながら、私どもが教育を進めます立場では、あくまでも、生徒の人格的成長あるいは全人的な成長というものを考えながら教育をしていくということでございまして、先生御指摘のとおり、一部の産業界の方々に奉仕をするというふうな態度というのは、これは私どもはとるべきでないというふうに考えております。
○内田善利君 職業高校の技能教育と企業内の職業訓練所の教育との差異はどういうことですか。
○政府委員(岩間英太郎君) ただいまもちょっと申し上げましたように、私どもは、あくまでも全人的な教育というのが主体でございます。もちろん、社会に出ますためにはそれなりの専門的な知識・技能というものが必要なわけでございますけれども、したがって、私どもは、学校教育の中では一般教養というものを重視するというふうな態度をとっておるわけでございます。企業内の訓練と申しますのは、それぞれの企業におきまして、その企業に適合した技術あるいは知識を授けるということでございまして、企業内訓練が、必ずしも、その人間性を無視したようなかっこうでやるというわけではございませんけれども、どうしても、その企業に適したような人材を養成するという立場から、やはり、それに関する知識とか技能とか、そういうものが優先するようになるというふうに考えております。
○内田善利君 私は、この職業教育の職業高校における袋小路は、やはり企業の要請、この辺から出発していると、このように思うわけですね。いまの企業の高校における選考開始ですけれども、これも現在は、局長通達で九月二十一日以降に推薦文書が到着して、選考開始は十月一日以降と、こうなっていますね。
○政府委員(岩間英太郎君) 仰せのとおりでございます。
○内田善利君 実情は御存じだろうと思いますが、六月ごろからもうすでに選考開始が行なわれておるわけですけれども、そして八月の一番暑いときに学校では選考会議等行なわれておるわけですが、こういったことについて厳に自粛を促すということですけれども、厳に自粛を促されたことがあるのかどうか。
○政府委員(岩間英太郎君) 前大臣も、この点につきましては非常に御心配をいただきまして、産業界の方にも強く要請され、また、産業界のほうも公害問題以来やや低姿勢になっております。この点については協力をするということで、かなり前向きの姿勢になっておるんじゃないかというふうに私どもうかがっているわけでございます。
○内田善利君 十月一日以降ということも、非常に検討の結果なされたことと私思うんですけれども、あまり早くても学校教育が混乱しますし、また、あまりおそくても生徒の身になってみれば、一回しか選考会議にかからなくて、あと、就職の道がとだえてしまったとかいろいろあるわけですので、この期日については相当検討されたと思いますが、やはりこれが守られなければ学校によっては早く就職が決定するというようなことも起こってくるわけですが、この点については先ほど答弁がございましたが、ひとつ厳重に——先ほど私の質問は、現に自粛を促されたことがあるかどうかとお聞きしたわけですけれども、その答弁がありませんでしたが、具体的に、自粛を促すということですけれども、やはりこういうことが起こらないようにしなきゃならないと思うんですね。やはりこれも企業サイドの教育が行なわれているからこのような結果が起こるんじゃないかと、私はこのように思うんですけれども、いかがでしょう。
○政府委員(岩間英太郎君) 私どもも先生が先ほどお読みいただきましたような指導をいたしているわけでございますけれども、私どもの感じでは、四十五年以来は非常に改善をされて、ほぼ完全に守られているというふうに判断をしているわけでございます。もちろん中には不心得なものもございまして、先生のお耳にもあるいは入っているかとも思いますけれども、全体といたしましては改善の方向に進んでまいっておるというふうに考えているわけでございます。なお不十分な点がございましたら、新大臣にもお願いをいたしまして、そういうことが一そう徹底されますようにしてまいりたいというふうに考えております。
○内田善利君 それともう一つは高専の問題ですけれども、中教審路線にのっとった新しい学校の一つとして高専がつくられたと思うんですが、この高専の初年度からの入学志願者数の定員に対する倍率、これを本年度まで教えていただきたいと思います。
○政府委員(木田宏君) 高等専門学校の創設は昭和三十七年でございまして、創設のときにはたいへんな志願者が定員に対して殺到いたしまして、昭和三十七年度の競争倍率は十一・五倍でございました。自来、逐年ずっと下がってまいりまして、昭和四十四年度には四倍になりました。そして、さらに年とともに競争倍率は下がってまいりまして、昭和四十七年に二・五倍、昭和四十八年度は二・一倍の競争率に相なっております。
○内田善利君 わずか数年でこれだけ志願者が減っているわけですけれども、この志願者激減の理由は何でしょうか。
○政府委員(木田宏君) 一つは、最近中学校の卒業生の絶対数が少なくなっているということも考えられますが、先ほど来御意見が出ておりますように、一般的に高等学校への進学率が非常に高まってまいりまして高等学校への進学者がふえた。そしてまた大学への進学率が過去十年間に一〇数%も高まっておるというような進学の流れの変化ということがございます。もう一つは、当初高等専門学校の入学試験が比較的早い時期に行なわれた等のこともございまして、高等学校等他の学校へ進学を希望する者が一つの腕だめしのような形で受けておりました。現実問題として中学校側の進学指導がだんだんと徹底をしてまいったと、そんな関係がございまして、中学校卒業時から進学するという場合の進学者の数としてはまず恒常的な、ある平均的な数のところに落ちついてきておるのではないかというふうに考えております。
○内田善利君 私は、こういう実態はとりもなおさずやっぱり目的ですね、それと、新たな学校組織をつくるということよりも、現在あるものをどうして拡充強化するかということに力を注がなければならないという証拠ではないかと、このように思うわけです。もう少し職業高校を考え直してみる必要があるんじゃないかと、このような袋小路にしてしまった、また高専も言ってみれば袋小路みたいなかっこうになっているわけですが、もう少し現在ある内容を、組織を考え直してみる必要があるんじゃないかという証拠ではないかと思うんですが、この点はいかがでしょうか。
○政府委員(木田宏君) 現在の段階におきまして高等専門学校は工業とそれから商船の領域でございますが、他の高等学校の職業課程の競争率と比べてみまして、まあ高等専門学校としてのあり方が二・一倍というのはそう不自然な状態ではないと思っております。御指摘のように職業高校の卒業生の進学問題にも問題がある、また、だんだんと大学への進学希望者が広がっていくということになりますと、高等専門学校そのものの行き先についても生徒、学生が考えるというような傾向は確かにございます。しかしながら、高等専門学校は五ヵ年間の一貫教育を行なうことによりましてかなり充実した教育内容を持って大学の工学系の卒業に近い力量、そしてまた技術というものを身につけ得る教育機関でございますので、この制度そのものについては、私どももこれをさらに充実するということを考えていく必要があろうと思っております。なお、そのことが行きどまりになっておるということにつきましては、これは創設当初から大学等への編入その他の方法を講ずることができるような措置も講ぜられておりまして、私どもも、高専卒業者の大学への編入等かなり積極的に奨励していく策を講じておるところでございます。最近大学側の理解も漸次高まってきて、その編入者もふえておることでございまするから、高等専門学校として意義のある教育を充実していけるものと、このように考えております。
○内田善利君 私は中学校卒業の段階でこういったコースに行くことについてほんとうに自分の適性、能力を知った上で行ったのか、また自分の個性を、可能性を伸ばすことができるということを中学校の先生の指導のもとに判断した結果行ったのか、この辺に非常に疑問を持つわけですね。したがいまして、やはり途中から自分のコースを変更できるコース、あるいはあとで質問しますけれども、放送大学がもしできたとするならば、放送大学等の単位も取れるような仕組みにして大学卒の資格が得られるような方向に持っていくなり、やはり中学校で自分のコースを選考して入った以上、そういった可能性が開けるような方向をとれるような仕組みにしていただくことが本人たちのためになるんじゃないかと、このように思うんですけれどもこの点はいかがでしょうか。
○政府委員(木田宏君) いまお述べいただきました御意見は私どももまことにそのように考える次第でございまして、技術関係の仕事は比較的早い時期にその技術を身につけるということがある意味では必要であり、またいい面も持っておるわけでございます。しかし、高専等に入ってまいりました者がすべて適性が十分に適合しておったということを言い得る者はだれもないかと思います。したがいまして、現在でも高専に入学をいたしまして三ヵ年の後高等学校卒と同じ時期に普通の大学へ進んでいくという学生も少なからずおります。そういう本人の進路のかじをとり直すということに対しては、学校側としては寛容であらねばならないというふうに高専の校長会議その他でも相談をいたしております。また、卒業生で大学に進学をいたしてまいります者は、大体卒業生の五%近くございます。私どもといたしましては、こういうさらに進学を、技術関係で上級の学校へ進んでいこうという者のために意味のあるような教育制度というものをできるだけ早く考えてみたいものだということで、本年度の予算でそうした調査費のこともおきめいただきましたので、本年度から積極的にその問題に取り組んでみたいというふうに考えております。 また、御指摘のございました放送大学等のことができました場合に、それらの要望をかなえることは申すまでもないと考えております。
○内田善利君 同じ高校教育の問題でちょっとお聞きしたいのですが、福岡県の教育委員会が二月一日に学校管理規則を改悪して、そして職員会議の性格を格下げしたことがありますね。一月二十六日に教育委員会で決定して、二月一日に公布しておる。この二十数年間続いてきた職員会議の機能、私も二十年間高校におりまして、この職員会議を二十年間やってきたわけですが、何ら支障のなかった慣行としてのこの内規、学校の中できめた内輪のこの仕組みを、教育委員会がわずか六日間で異例のスピードで措置した、こういう問題について、私は自分の体験を生かして、はたしてこの職員会議を、最高議決機関であることをつぶしてしまったということについて、はたしてこれで教育効果が上がるのかなと、このように思っておるわけですけれども、この点についてお聞きしたいと思うのです。
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま御指摘になりましたように、二月一日に福岡県で学校管理規則を制定したようでございます。内容はただいまお述べになりましたように、職員会議につきましての規則でございますが、その中身は、「校長は校務運営に関し、必要と認める事項を諮問するため、所属職員をもって構成する会議(以下「職員会議」という。)を置くものとする。」「校長は、職員会議においては、前項で規定するもののほか職員への伝達、職員相互の連絡調整等をはかるものとする。」「校長は、職員会議を招集し、これを主催する。」「前三項に規定するもののほか、職員会議の組織及び運営について必要な事項は校長が定める。」これは、ほかの県でも管理規則をつくりまして、ほぼ同じ内容のものも規定いたしておりますし、現在の学校教育法の体系から申しますと、やはり学校におきましては校長が責任を持ちましてその運営に当たるというのがいまの法体系の筋でございます。その際に、校長先生が職員の方々と一緒になって学校の運営に当たるということはこれは当然のことでありまして、しかしながら、職員会議が議決機関、国会のように議決機関であるというふうなことはこれはどこからも出てこないわけでございます。学校の運営が円滑にいきますように、校長と職員が一体になってやっていただくための根拠というものをここで置くということでございますから、いまの学校教育の法体系から申しまして、これは適切なことではないかというふうに私どもは考えておる次第でございます。
○内田善利君 諮問機関ということは、やはり学校教員の総意を聞いて、そしてその答申を受けて、答申を尊重して学校運営をやっていくというのが校長の立場だと思うのです。いままでのやり方も、各教職員がいろんなことを言い合い、意見を求め、希望を言い、そういったことをまとめたものを中心にして、それを尊重して学校の運営がなされてきたと、そのように思うんですね。校長一人だけでは私は学校の運営はできないと思うのです。そしてやはりたくさんの先生方の意見、現場のいろんな経験を生かした、そういった総合したものが一つになって学校運営がなされていくということが私はほんとうの民主的なあり方じゃないかと、このように思うんですね。また、いままでそれで何ら支障がなかったと思うのですけれども、校長先生に聞いてみますと、中には非常にまどいを感じていらっしゃる校長先生もおられるわけですが、これが軌道に乗るまでにはだいぶかかるんじゃないかと、このように思うのですけれども、諮問機関、最高議決機関ということばにはいまおっしゃったようなことがあるかと思いますけれども、私はいままで職員がみんなで討議してきめたものがやはり尊重さるべきであると、そういう意味の最高議決機関であって、国会で言うような最高議決機関、そういうものではないと思うんですね。その証拠には、やはり校長先生がそういった先生方の意見を聞いていままで学校運営をしてきたわけですから何ら支障がなかったと、このように思うのですけれども、はたしてこれで教育効果がより以上にプラスになるのかなと、こう思うのですが、いかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま先生のお話を承っておりまして、先生が頭の中でお考えになっておられるような状態、あるいは先生が直接に御体験になっておられますような状態、それと私どもが考えておりますような状態というものは、これは食い違いがないんじゃないかというような感じがするわけでございます。いずれにしましても、学校というのは、いま御指摘になりましたように、校長先生一人で動くものではございません。皆さんが協力して子供のためにいろいろ考えていただくということが必要なわけでございまして、そういう意味から申しますと、このたびの管理運営規則も別に支障があるというようなものではない。いま先生が御指摘になりましたような理想的な形で運営されるように私どもも念願するような次第でございます。
○内田善利君 やはり人間の一番求めるものは人間性であり自由だと思うんですね。私は自由ほどとうといものはないと思うんですが、その自由が束縛されるような戦前の教育、まあ戦後も少しありましたけれども、やはり自由な状態で活発に意見を言い合い、明るい職場をつくっていくということが私はほんとうの教育じゃないかと思うのですね。管理された状態になってまいりますと、戦前あるいは戦争直後のような状態になるのではないかと、このように心配するわけですが、一番最初に言いましたように、内規はあくまでも私は内輪の学校内部のいろんな規則であって、これは外部に拘束を与えるものではないと思うんですね。もし内部できめた規約がまずければ教育委員会のほうでそれを受け入れないでも私はけっこうだと思うんです。内部できめたその内規、約束事をやはり教育委員会がつぶしてしまうということはよくないと思うんですね。しかも、わずか一週間足らずで教育委員会できめてすぐ公布してしまった。いろいろ事情があったかと思いますけれども、やはりこういった二十年間行なわれてきた慣行を一ぺんでつぶしてしまうという考え方にも私はかえって混乱を生ずることになるんじゃないか、このように思うんですね。やはり内規は内規として、先生方がいろんなことを学校運営していくための内規であって、何ら外部の拘束をするものじゃないと、このように思うわけですね。むしろ、そういった内規を管理規則によってつぶしてしまったということは、内規を管理規則と同等の重みに見てのことかなと、このように思うんですね。この点はいかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) この管理運営規則、学校管理規則に違反しない範囲の内規というのはもちろんそれは生きていると申しますか、まだ効力があるというふうに考えるわけでございます。先ほど先生御指摘になりましたように、自由な空気の中で先生から貴重な意見を吸い上げるということはこれはまあ校長先生の力量であると思います。ここでもしこの規則に反するようなことが現実問題としてあれば、これは問題でございますけれども、そういうふうな、先ほど来お話になっておられますような姿で学校が運営されるということは、この規則ができたからどうこうという問題ではなかろうというふうに考えております。
○内田善利君 大臣にお聞きしますけれども、今回のこの福岡県の教育委員会の措置は今後の教育効果をあげるための最善の手段であったとお考えになるかどうかお聞きして、この問題を終わりたいと思います。
○国務大臣(奥野誠亮君) どういう経緯があったのか正直なところよく承知いたしておりません。ただ、この規則を見ております限り、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、これに基づいてきめなきゃならぬというふうに考えますと、そういう規則があってしかるべきじゃないかなと、こう思うわけでございます。 ただ、おっしゃいますように、自由濶達に先生方が議論をし合う、力を合わせ合う、そういう雰囲気、これはもうできる限りつくり上げる努力をしなきゃならないと思います。管理された学校とおっしゃいましたが、そういうさくばくたる学校でないように配慮しなきゃならないことは当然でございますので、この規則ができたからそうなるとは思わないんですけれども、またお教えをいただきながら、活発な運営になりますように、私たちとしても当然配慮していきたいものだと思います。
○内田善利君 次に、文部大臣の所信表明の中に、いわゆる放送大学の実施調査をさらに進めるとあります。これは放送大学をつくるという前提で実施調査をさらに進まれるのかどうか、この点をお聞きしたいと思います。
○国務大臣(奥野誠亮君) ぜひ放送大学をつくりたいと考えておるわけでございまして、放送大学という名前を使う使わないは別にいたしまして、言われておりますような考え方の大学をつくりたい、そういうことで、ことし、四十八年度の予算にも一億六千八百六十五万円を計上さしていただいているわけでございまして、準備要員も二人それに当たらせるということで予定さしていただいたわけでございます。
○内田善利君 現在、通信教育を行なっている大学がたくさんあるわけですけれども、現在何校ですかね。
○政府委員(木田宏君) 現在、通信教育を実施しておりますのは大学で十一校、それから短期大学で七校でございます。
○内田善利君 この通信教育を行なっている大学あるいは短大、全部で十八校あるわけですが、この大学通信教育と放送大学はどの点が違うのかですね、またそれとの調整、この点を聞きたいと思います。
○政府委員(木田宏君) 主としていま御論議をいただいておりますのは、テレビ、ラジオという媒体を使ってそのほかのいろんな印刷教材でありますとか、映像の媒体でありますとか、そういう教育の手段を総合的に使った、いわば通信教育の一つだというふうに言えることができようかと思います。ただ、いままでの通信教育は、主として印刷媒体によります添削指導を中心にいたしまして行なわれてまいりました。それに対して今回印刷媒体のみならず、映像の媒体を、しかもテレビ、ラジオの電波を使って直接に学生に視聴できるようにして学習を助けようというところに一つの大きな違いがあると思います。しかしながら、受講生が時とところの障害を越えて自分の自由な時間に勉強できるという学習の形態から見ますならば、本質的に大きな差はないものと、このように考えております。
○内田善利君 現在の通信教育を行なっている大学、短大ですけれども、別に私は隘路はないと、かかえている問題はないと思うんですけれども、何かございますか。
○政府委員(木田宏君) 現在、通信教育の規定では、大学卒業までの百二十四単位の履習の課程の中で、一年分の三十単位についてはスクーリングを受けなければならないという定めになっております。やはり教官に直接の指導を受けるというスクーリングが四分の一に当たります三十単位について要請されておりまして、主として、これは夏季の期間に六週間、あるいは場合によりまして、また冬季等の期間にまとめて行なったり、あるいは夜間等に通学してこれる者についてはそのような便宜をはかりまして面接授業をいたしております。 通信教育の関係者が問題といたしておりますところは、現在の添削指導だけの指導、それに対してスクーリングを要請しておるそのスクーリングのやり方が、大学教育として必ずしも十分に行なわれていないという点を関係者は大学教育の内容の問題としてかなり気にされております。もう少し充実した指導内容が行なえるようにしたいものであるという考え方も出ております。と申しますのは、一つは、スクーリングに参加します学生の数が大体四分の一ぐらいの人数になってしまいます。したがって、スクーリングの期間等を考えてまいりますと、四ヵ年にストレートに卒業するというふうなことにもなかなかなりかねません。スクーリングヘの出席について雇用者側との間で気持ちよく休ませてもらうということが多少できにくいといったような面もございまして、私どもも、この点につきましては雇用主の方に通信教育への参加を気持ちよくやらしてもらいたいという便宜供与などの依頼をいたしておるところでございます。 もう一つは、地方へ出向いていってでも指導をするようにしたいというようなこともございまして、このスクーリングの期間等を今後放送授業とか、あるいは地方への出張授業等で面接授業にかえることができるというようなこともやってみたらどうであろうかというような問題点を指摘しておられます。いまの指導教官の数、その他との関連でもう少し充実した教育内容にしたいという意味でのいろんな問題を感じておられるという点を私どもとしては伺っております。
○内田善利君 大学の通信教育には特別な助成措置はないんですか。ないですね。
○政府委員(木田宏君) 現在のところ通信教育なるがゆえの特別の助成はいたしておりません。
○内田善利君 私は、こういった通信教育のようなところにこそ特別な助成措置をすべきである、まずこういった現存する通信教育をしっかり拡大強化していってこそ、放送大学の可能性をつくるべきじゃないか、こう思うんですけれども、大臣どうでしょうか。通信教育に対しては何もないんですか。
○国務大臣(奥野誠亮君) 私は、実は行なわれているものだと思っておりました。と申しますのは、高等学校以下の私立の分につきましては、府県から経費助成を行なっているわけであります。通信教育につきましても、高等学校の分につきまして府県から助成を行なうということで地方交付税法上の基準財政需要額に所要経費が算入されているわけでございます。そういうこともございますので、私立の大学の通信教育につきましての助成の道、ぜひ考えていきたい、かように存じます。
○内田善利君 放送大学の構想については過去二回ほど質問したわけですが、いろいろまた審議会で、研究会ですか、特に大学の学者の先生方を中心とした中間答申も、中間報告ですか、出ておるようですけれども、現在考えておられる放送大学の設置形態、それから設置の方法、それから放送の主体はどこか、何か、それから実験放送の現況、発足予定について簡単に御説明願いたいと思います。
○政府委員(木田宏君) いま御指摘のございました放送大学設置に関する調査研究会議で去る三月三十一日にまとめた放送大学の基本構想というものを発表さしていただきました。これはいままで放送大学ができたらいいという視聴者側の観点から、こういう大学があらまほしいという御意見が昭和四十六年度にはもうすでに発表されておるのでございますが、その当時から大学関係者の間には放送大学というものが大学になり得るかどうかという点につきまして多少の論議と疑問がございました。一部には、それは社会教育的な夏期大学的なものではあっても、正規の大学教育にならないんではないかというような、そういう意見も出ておりました。そこで、この御要請のあります放送大学を正規の大学として位置づけるためにどういうことを考え、どういう内容のものにすべきであるかというので国公私立の大学関係者に集まっていただきまして、大学としてこれをくみ上げていくということを御論議をいただいたわけでございます。その結果、今後の社会の動き等考え、また勤労青年、社会人の間に高まってくる余暇の増大等を考えました場合に、そしてもう一つは、高等教育が非常に普及拡大しておるという現状を考えましたときに、就学に必要な時間的、地理的、さらに年齢的制約を克服できるような新しい大学をこの際思い切って構想したらどうであろうか、こういう観点に立って今回の放送大学の内容が考えられたものでございます。そういう新しい大学ではございますが、しかしやはりいまの大学と同等程度に、ひけをとらない内容のものでなければならない。しかもかなり多数の学生を、年齢的にも、地理的にも散らばった人を対象にして取り上げていくということから、従来の法律学であるとか、会計学であるとかというような形のものではなくって、テレビ一系列、ラジオ一系列を使ったその電波の制約もあることでございまするから、かなり基礎的な多くの人の要望にこたえ得るような幅の広いカリキュラムを考えて、そしてそこから各人の希望と選択によって将来の自学自習のコースが見出だせる、こういう内容のものにしようという大体の大学の性格、方向が論議されておるのでございます。それと同時に、通信教育の関係者にも加わってもらいまして、現在の通信教育の指導等の実情も伺いながら、地方におりまして自学自習をしていく学生を助けるための施設、これを地域的にも考え、指導体制とそれから必要なガイダンスができるように、こういうシステムを全国的に張りめぐらしていく必要があろう、こういうような御論議になっておるところでございます。現在は、そういう観点から一応大きなくくりといたしましては、自然・人文関係の領域あるいは社会・国際関係の領域、それから生活科学、さらにはあまり高度の実験を伴なうものはできませんけれども、理工学の基礎的な領域——理工学の基礎とか、情報関係、管理関係等ございますが、こういう四つの領域を念頭に置きながら、アメリカ等で見られますリベラルアーツカレッジに近いような内容の大学というものを考えていこうというような御論議になっておる次第でございます。そして一週間に一回の再放送を考えて、大体その放送時間帯に入ります授業科目から考えまして、二百三十四科目を四ヵ年で提供できる。その科目の内容もいま御説明申し上げました大きな山に沿ったこまかい科目をいま詰めておるところでございますが、このようにいたしますと、大体現在の科目数でまいりまして、東京大学の駒場の教養学部程度の内容あるいは大阪大学の人間科学部程度の内容の講義ができる、このくらいのところを念頭に置いておるわけでございます。そしてまあ演習、どうしても教科によりましては、実験・実習を伴いますもの等があるわけでございますが、教育方法といたしましては、放送媒体を考え、同時に、それをささえていくテキストとそしてスクーリングの便をはかりますそのスクーリング等をかみ合わせ、ガイダンス、カウンセリングを適切に行なうことによりまして、必要な単位の認定をしていこうという考え方でございます。 もとより、この放送大学の性格上、だれでも入学できるし、どの単位だけでも履修できる、こういう形にして取りました単位が他の大学とも同じような単位として相互に彼此融通できるような内容のものにする、水準のものとしても考える、こういう考え方でございます。 このように、放送媒体を教育の他のいろいろな印刷媒体、映像媒体等とからみ合わせまして一体的に行ないますためには、放送機構は、その各コースごとの指導者のチームが学習体系の一環としてつくった放送の内容をそのまま伝達できるようなものでなければならないというところから、この調査会の関係者は、大学自体が放送局の免許を受けてこのコースチームの指示のもとに印刷媒体も作成し、映像媒体も作成する、放送番組も作成する、こういうようなことが望ましいというふうに言っておられるのであります。また、そのような大学の機能を考えました場合に、従来のいわゆる国立大学というワクでなくって、いろいろ他方面からいろいろな関係者、放送関係者の協力も得なければなりません。そうした協力を得ますために、特別の法人というふうに考えてみたらどうであろうか、こういう御論議をちょうだいしておるところでございます。長くなりまして恐縮でございました。
○内田善利君 実験放送の現況と発足予定は。
○政府委員(木田宏君) 現在まで、実験放送は四十六年度と四十七年度、ラジオ、テレビを通じまして、ラジオは日本短波放送、テレビはNHKの協力を得まして文学、経営学、工学、家政学の四領域について二回ほど繰り返して実施してまいりました。四十八年度は、このような答申をいただきましたので、学習システムを考えながら、その学習のシステムの一環としての放送番組というものを取り上げて実施してみたいというふうに考えております。いままで短波放送、NHKとも、それぞれごくふうをくださいまして、放送大学としての番組をどのようにして構成するかという点については、かなり突っ込んだ実験をしていただいたと思っておりますが、今後はこれが他の指導のシステムとどのようにかみ合っていくかということを進めてみたいというふうに思っております。なお、そのような実験を経ました上で、今後の設置の手順等を慎重に進めたいと思いますが、何よりも教育内容とそれから放送大学の組織形態等を本格的に詰める作業をして、その上で大学を順次つくっていくということになろうかと思います。しかも、それは学生を実際に募集いたします前に、一年ぐらい前からすでに教材その他が積み上げられるほどの前もっての手順を必要といたしますので、実際に学生を入れ得るようになるまでは、まだ両三年は先のことになるんではないかというふうに考えております。
○内田善利君 こまかなことは、また後刻に譲りたいと思いますが、私は、この放送大学ができることはけっこうと思いますけれども、現在の既存の大学の利用、特に、先ほどは単位補完ということも言われましたが、特に既存の通信大学の発展に寄与するような、利用できるような、そういう放送大学にすべきじゃないかと、このように思うわけですね。それともう一つは、統制の危険性ですね。画一的な放送教育がなされるわけですから、そういった危険性を感ずるわけですが、この点の心配はありませんか。
○政府委員(木田宏君) 通信教育その他既存大学との協力なくしては、この放送大学はとうていうまく運営できるとは思いません。ですから、その既存大学との協力関係をどのようにするかというのが、現実に組織を考えていきます場合の一番大きい課題だと考えております。また、その協力関係も含めまして、どのようなチームでもって指導陣を構成するかということも考えていかなければなりません。これまでのように、一人の教官が自分だけの教室で一人でしゃべっておるというのとは、かなり様子が違ってまいります。あらかじめ用意された教材その他で合議の上で指導内容が印刷にもなり、映像にもなるということでございますので、まあ御指摘がございましたような、特定個人の片寄りということは、放送大学の性格上避けなければなりませんし、また避けるように構成をしていく必要があろうというふうに考えております。
○内田善利君 現存の放送、マスメディアを利用するということは考えてないわけですね。
○政府委員(木田宏君) この放送大学に郵政省当局は、ラジオ、テレビ一系列ずつ全国ネットできますだけのものをリザーブしてくれておるわけでございますが、朝六時から夜の十一時あるいは十二時ぐらいまでをとったかと思いますが、一日十八時間程度をフルに使ってもなかなか窮屈なカリキュラムの組み方にならざるを得ないわけでございまして、とうてい既存の放送の時間帯の中に割り込むということはむずかしいことではないかというふうに考えます。しかしながら、これは全部四ヵ年がフルに回転いたしましたときのことでございまして、その場合におきましても、それではそれぞれの地域ごとの個々の放送局の協力があり得ないかといえば、私は今後の検討課題で、それぞれの地域の放送施設との協力関係というのもまた考え得る余地があろうかと思っております。
○内田善利君 非常におそくなりまして恐縮ですが、最後に一言、お聞きしたいと思います。 幼稚園の通園車の問題なんですけれども、児童を送迎するための送迎車ですね。これはどこが監督し、管理するわけですか。
○政府委員(岩間英太郎君) これは運輸省のほうで監督していただくということであろうと思います。
○内田善利君 その運輸省が何にも掌握していないわけですが、私は二県ほど陸運局、それから陸運事務所のほうにお聞きしたわけですけれども、これも自家用車として登録があるので、全然その幼稚園の送迎のための車についてはわからないと、ただ自家用車として登録したということだけで、幼稚園の送迎用のバスが何台あるものか、そういうことは一切わかりませんと、こういうことなんですが、私はこれについて非常に疑問を抱いたわけですけれども、そして、それでいろいろ調査しました結果、この自家用車が自動車運送車両法、省令で保安基準というのができているわけですね。その保安基準に基づいて幼稚園の通園車の、まあ登録基準に適合しているかどうか、ナンバープレートをつけるときに査定して、あとは車検のときに、自家用車が二年に一回なので、その自家用車として審査していると、こういう実情なんですね。文部省としては、初中教育局としては、この幼稚園の通園バスについてはどのようにお考えになっていますか。
○政府委員(岩間英太郎君) これはやはり車両でございますから、運輸省のほうで一元的に管理、監督していただくのが適切であろうということでございます。特に、車体の構造等につきましては、これは専門家である運輸省のほうでいろいろ基準をつくっていただく、またそれに合わないものについては監督していただく、あるいは違法なことがございましたら、それを注意していただくということであろうと思います。ただ、教育上の観点から私どもも全然関係がないということを申し上げているわけではございませんけれども、まあ自動車そのものにつきましては、これはやはり運輸省のほうでお願いするというのが適切であろうというふうに考えております。
○内田善利君 まあ全国で約三千台あるんだそうですけれども、ある県では、三十三台中この保安基準に合格しているのが五台しかないんですね。あとの二十八台は、普通乗り合いバスあるいは小型乗り合いバスあるいは小型乗用あるいは小型貨物ということで登録されておると、こういう実情なんですね。しかも、事故を起こしたことがあるんですけども、普通免許で運転ができるところの九人乗り、これを改造して乗用者として車検を受けて、あとで小児用の、幼児用の規定に沿ったような座席をこっそりふやしてた。こういう車が事故を起こしたこともあるわけですけれども、それと幼児通園車の自動車税も軽減措置がなされておるんですけれども、これもその二十八台の中から十六台が軽減措置を行なっていると、こういうことなんですね。そして、一番文部省としては考えなきゃならないのは、定員オーバーで運行してるということ、これが三十三台中七台定員オーバーして運行してると。それから、非常に行き帰りの往復時間が長くて、結局幼稚園の保育時間が短くなっておると、こういう実情ですね。それからもう一つは、バス代として園児が、父兄が負担してると。まあ幼稚園の父兄負担の実情は私がここで言うまでもなく御承知と思いますけれども、非常に、高校以上に金を、父兄が負担してるわけですけれども、このバス代も大体月五百円のところもあります。千円、千五百円と、まあ園児の数によっては相当な金額に上がるわけですが、こういった実態も文部省としては調査する必要があるんじゃないかと思いますが、いかがですか。
○政府委員(岩間英太郎君) まあ定員をこえてるというふうな問題は、私どものほうで扱いますよりは運輸省あるいは警察当局でまあ監視していただくというほうが適切じゃないかというふうな感じもするわけでございます。しかしながら、最後に仰せになりましたような父兄負担の問題、あるいはその解消の問題等も含めまして、そういう問題につきましては私どもがある程度実態を把握し、それからそれに対する対策を講ずるということが必要であろうということは、ただいま御指摘のとおりでございます。
○内田善利君 まあ運輸省を呼んでないのでわかりませんけどね、自家用車として登録しておりながら、バス代を千円なり千五百円なり取っておるということですね、これはちょっと問題じゃないかと思います。いかがでございますか。
○政府委員(岩間英太郎君) それは確かに問題であろうと思います。しかしそれは文部省が御注意をするというよりは、やはりまあそういう自動車行政につきまして一元的にやっておられます運輸省とか、あるいは警察のほうでそういうものを取り締まっていただくというほうが適切であろうというふうに考えるわけでございます。
○内田善利君 そうかと思うと、これは大分県の非常に過疎なところの、しかも統合されたために生徒の通学距離が十キロになりまして、スクールバスもない、そういうところで先生が、その生徒たちを三人の先生が乗せて通学をした。そこで補助金が生徒たちに出ているので、この補助金が先生方に代償として支給されたということで白タク容疑という問題が起こっているわけですけれども、一方では、こういった自家用車として登録しておりながらバス代を取っておると、この事実は、学校が統合して生徒の通学距離が遠くなって、しかもスクールバスがない。先生方の好意でこのようにして通学の行き帰りに先生方が乗せて通学していると、こういうところにもってきて、たまたまこういった通学生に支給することになっておる通学補助金を先生方に謝礼として、代償としてあげたということが白タク容疑というようなことまでなっているのですね、こういうことは私は考えられないことだと思うのです。過疎になって統合したために好意で先生方がなされたことを白タク容疑として捜査するなんというようなことは私は悲劇だと思うのですね、この点はいかがお考えでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) 確かに実態を伺いますと、かなり無理のあることであろうという感じがいたします。しかし、法規に照らしまして、やはりそういう行為が禁止されております場合には、きわめて異例なことではございますけれども、そういうこともあり得るのじゃないか。これは対策としましては別の角度から考えてまいらなければならないことではないかというふうに考えます。
○内田善利君 この幼稚園のバスのことについては違法のこういうバスが運行しているということになると事故も起きかねないと思いますので、運輸省とも連絡をとっていただいて調査していただきたいと思いますが、いかがですか。
○政府委員(今村武俊君) それでは調査をさせていただきます。
○委員長(永野鎮雄君) ほかに御発言なければ、本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後六時四十七分散会 —————・—————