内閣委員会 第29号
- 発言数
- 206 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1973/09/18
会議録
○委員長(高田浩運君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案について質疑を行ないます。
○鶴園哲夫君 この間、前回の内閣委員会で陸上自衛隊の欠員があまりに大きいし、膨大な二万五千というたいへんな欠員をかかえておる。しかもこの中身は職業的と見られる幹部曹のところは大体まずまず九五、六%、一〇〇の充足になっておる。士のところがたいへん低くて七五%という異常な充足率になっている。したがって、結果としましては曹のところ、つまり下士官と兵隊のところが逆転しちまっているじゃないか。一体こういうことで十八万体制という十三個師団の具体的な編成というのはどうなっているのかというお尋ねをしたわけであります。そうしましたら、その後資料をもって防衛庁の側から説明がございました。その説明を聞きまして二、三点伺いたいわけであります。 それはその十三個師団の中心的な勢力というんですか、普通科連隊、その普通科連隊のまた一番先端にあって活動する小銃小隊。その小銃小隊が三個班からなっている。その三個班が具体的に動く段階になっているわけですけれども、その小銃班が装備定員では十一名。二曹を長にしまして曹が三名、士が八名、十一名になっております。これが班の装備定員。が、しかし、実際はこれが曹二名に士が五名という七名の構成になっている。これが最低の最小限のところだ。これを切っては何ともならぬのだ。まあこういう説明がありまして、それに関連しまして説明を聞いたんでありますが、説明を聞きまして私が感じましたのは、この小銃中隊というのは四個小隊からなっているんですけれども、三個小隊になっているところもある。それから班が、三班のところが二班になっている。そして四個小隊あるところもあるというような印象を受けたわけですけれども、この点について、二つのそういうような編成になっているのか。四個小隊のところもあるし、三個小隊のところもあるという形になっているのか。衆議院の内閣委員会の答弁を見ますというと、そのように受け取れますし、この間の説明を伺っても、そういう二つの装備になっているように思うんですけれども、そこの点をまずひとつお尋ねをしたい。
○政府委員(久保卓也君) 基本編成は、お話のように四個小隊で三個班、各小隊が三個班であります。そしてそれをどういうふうに配員するかという実員配置の面につきましては、士の充員、あるいは曹、幹部の充員の度合いに応じまして、いまお話しのように三個小隊で三個班の場合、あるいは四個小隊で二個班の場合、両方ございます。
○鶴園哲夫君 私はそれを見まして、一体十八万体制という、装備定員であるという、まあ非常に鉄壁のような定員の要求になっているし、大蔵省としても、あるいは行政管理庁としましても、その総定員については手も触れられないような形と言ってもいいほどになっている。しかしながら、実際のあり方は、いまもお話しのように、四個小隊のところもあれば三個小隊のところもあるというような二つに編成が分かれているということは、これは非常に大きな問題じゃないか。そういう分け方は、訓令で分けておるわけですか、それとも師団長に一任されておるわけですか、連隊長に一任されておるわけですか。
○政府委員(久保卓也君) 長官が定められまする訓令では、あくまでも基本編成、したがいまして、編成定員と申しておりまするけれども、その編成定員では四個小隊三個班というものしか定められておりません。そこで師団が九千名あるいは七千名という大ワクの編成定員は訓令そのものの中に書いてあるわけでありますが、それをどういうふうに充員するかというのは師団長にまかせられております。
○鶴園哲夫君 いや、そういうことでいいんですかね。編成定員ということで非常にやかましく言っているのに、中身は全く——訓令は訓令でいいですけれども、中身はそれぞれ師団によって違うというやり方で実際上いいのかどうかですね、それで支障がないのかどうか。これはいろいろあるだろうと思うんですけれども、もし支障がないんなら、これは編成定員というものについて再考をひとつ促したいと思うんです。 もう一つお尋ねをしたいのは、十一名おると、一個小隊は三班の小銃班からなっている、それが二班でいいと、一個小隊二班でよろしい、しかも班は十一名という編成定員になっているけれども七名でよろしい、そういうような編成定員というのがあるんなら、これはもう大臣訓令の編成定員なんというのは全く形式に終わるんじゃないか、それなことでいいのかどうかと言うんです。それをひとつ山中長官に聞きたいと思うんです。とてもですね、これは私考えまして、どうもでたらめじゃないか。再度繰り返しますと、つまり三個小隊のところもあれば四個小隊のところもあるという状態でしょう。三個班なけりゃならぬというのに二個班でよろしい。一個班は十一名なければならぬというのに一個班七名でいいと、こういう考え方でいかれるなら、これはもう編成定員なんというものについては再考を促す必要がある、再検討をする必要があると私は思います。私は軍事上のことはよくわからぬのですけれども、こういうことがわからないんですけども、そういう考え方を持つですね、定員の関係からいいまして。
○国務大臣(山中貞則君) これはおっしゃることはごもっともなことだと私も思います。したがって、十八万名の編成定員に基づく編成は、火砲その他の装備一切の戦闘遂行能力というものを備えた定員である。しかし、現実には欠員によって示されますように、それを作動する兵員の充足が行なわれていないという状態が長く続いておりますから、いま言われましたような師団においても態様が二種類あり、その規模において、あるいはまた末端の編成についても、その師団によって違った状態が存在し得る。このことは私もやや疑問とするところでありますし、今後、いま私の私案で検討を命じているところでありますが、将来に向かっては、定員の充足につとめることもちろんでありますけれども、有時編成というものが編成定員である。すなわち、そのために有事の際において十八万の編成によるすべての戦闘装備というものを備えた状態は一応持っていなければならない。しかし、定員の面から見るならば、平時編成とでもいうべき正常な状態の訓練その他のいわゆる編成というものは別途考えられていいのではないか、もうそろそろそういう時期に差しかかっているのではないかということで、まあ戦時非常体制にかりに入る場合の定員というものはあくまでもやはり装備その他確保しておくべきであろう、しかし実際にそれだけ人がいないんでありますから、平時の場合における定員ともいうべきもののあり方をもう一ぺん検討をして、それによって平時の訓練その他を続けながら、一朝有事の際の十八万体制に入り得る装備その他を備えつつ、そのような装備のもとに充足された体制を想定しながら、演習その他も行なっていくということが現実に合う方法じゃないかと考えておりますが、これはまだ私のいわゆる私案の意味の試案でありまして、いま、今後検討を開始しようとしておるところでありますから、御意見は十分貴重な御意見として参考にしてまいりたいと思います。
○鶴園哲夫君 防衛局長はどうですか。
○政府委員(久保卓也君) 長官と全く同意見であります。
○鶴園哲夫君 これはその師団の中でも連隊によって違うんじゃないですか。たとえば北部方面隊というものを一つとってみる、そうしますというと、それぞれこれ定数が違うんです。非常に違うところがあるんです。だから、方面隊でいいますと師団でいえば師団によって違う。さらに師団の中にあって連隊によってまた違うんじゃないかというふうに私は見ているんですけれども、それはどうです。
○政府委員(久保卓也君) 編成定員は九千人の師団と七千人の師団、それから北海道では第七師団がいわば機械化師団という特殊な性格を持っておりまして、六千七百名ばかりでありますが、この三つのタイプがあります。この三つのタイプに応じまして長官訓令に基づきまする編成定員が定められておりまして、三つのタイプそのものはどこであろうと変わっておりません。しかしながら、充足度というものは違っております。たとえば九州の師団あるいは東京の師団というものは比較的充足度が高いわけでありますが、中部地方とか北海道とかが比較的少ない。その少ない度合いに応じまして、これは部隊によって異なりまするけれども、若干の充足度というものはそれぞれの種類、部隊の種類別に違っております。しかしながら、いま普通科の中隊をとってみますると、先ほどお話しのように、やはり一班は七名というものは最低限度でありますから、この基本的な班の充足度というものは変わっておらないはずだと思います。
○鶴園哲夫君 私の伺っておりますのは、連隊によってですね、連隊によって小銃が——中隊をとれば四個小隊のところもあれば三個小隊のところもあるというように異なっておるのではないかということを伺っているわけです。
○政府委員(久保卓也君) それは冒頭に申し上げましたように、やはり師団長、あるいは師団長と相談しながら連隊長も定めるわけでありまするから異なっておると思います。
○鶴園哲夫君 そういう話になりますと、これはやっぱり私はたいへん何かこう敗残兵みたいな感じの——昔のことばでいえば、というような感じがしますですね。連隊によって違う。師団によって違う。同じ連隊の中にあっても、中はまた違うというような話ですと、これはもうとてもちょっと装備定員とかいうような形で定員を論議する価値はないのではないかと思うぐらいに私は受けるのですけれどもね。
○政府委員(久保卓也君) 先ほども申し上げまするように、編成定員の上ではどこの部隊も異なっておりません。異なっておりまするのは、充足度に応じて異なっていると、充足度が違っておるということでありまして、その場合に、たとえばどうして四個小隊二個班をとるかと申しますると、部隊の訓練の目的にも応ずるわけでありまして、たとえば小隊の、何といいまするか、指揮機能を演練をするというところに重点を置きたい場合には、中隊としては、四つの単位があるわけでありまするから四個小隊にしたいと、しかしながら一個小隊の部隊指揮、部隊そのものを充員させた上で訓練をさせたいというときには、指揮機能というよりも部隊の充員のところに目標があるわけでありまするから、その場合には一個小隊を充員させます。つまり三個班を持たせるという場合には三個小隊にならざるを得ない。もちろん充員が一〇〇%であれば四個小隊三個班になるわけでありまするが、七〇%台前後の場合にそれをどういうふうに充足するのがよろしいか、どういう実際の部隊編成にするのがよろしいかというのは、やはりそのときの教育の訓練目的に応じて異なるわけでありまして、したがいまして、たとえばフル編成、つまり四個小隊で三個班を編成をしたいというときには、その中隊だけでは編成できませんので、連隊の中からほかの部隊を借りてきて、これは臨時に部隊を編成して訓練、演練をするということになります。しかしながら、常態としましては、実員充足に応じまして四個小隊あるいは三個小隊にしておるというのが実情であります。
○鶴園哲夫君 いま局長の答弁を聞いておりますると、訓練によっては四個小隊にする、あるいは三個小隊になるというような話ですけれどもね、そういうことで小隊としてのまとまりといいますか、小隊としてのまとまりというんですかね、そういうものはでき上がってこないでしょう。そしてそのような連隊の中でも、中隊によっては三個小隊あるところもあれば四個小隊あるところもあると、それもその師団長があるいは連隊長がというのですか、訓練に応じてあるいは何かの連隊と連隊との演習とか何とか何とかいうときには、それぞれまた班を編成し直してやるという話では、これは小隊としてのまとまりといいますかね、そういうものは生まれてこないのじゃないかというぐらいに私は思いますけれどもね。
○政府委員(久保卓也君) 陸上自衛隊の場合の定員は、前回にも御説明申し上げましたように総体の部隊のワクであります。で、この四個小隊三個班の場合も、基本編成ではそのとおりでありますが、さて、実際に常時持っておる部隊としては四個小隊二個班、三個小隊三個班になるという場合に、いまおっしゃったような問題点がないではないということで、山中長官もいま御答弁申し上げましたように、あるいはまたいま御指摘がありましたように、訓練上しかるべき編成というもの——定員というわけではありませんが、訓練上しかるべき編成ということは考えていいんではないかということが新たな問題であるかもしれませんが、その訓練上の編成ということと、それから総体のワクとしての編成、あるいは編成定員というもの、そういうものとは若干別でありますので、いま増員をお願いしておりまするものは十八万というものの部隊の総体のワクでありまして、その中で訓練をするのに、いまおっしゃいましたように、一つの部隊の中での指揮統率あるいは融和、団結といったようなことが問題があるかないかというようなことは、もう一つ別の問題でありまして、その点は、御指摘のように私どもも今後検討してまいらねばならないのではないかというふうに思っております。
○鶴園哲夫君 いや、それは小隊は小隊として、中隊は中隊として、連隊は連隊として、あるいは連隊と連隊同士の訓練というのはこれは使命だろうと思うのですね。それが自衛隊の使命だろうと思うのですね。ところが、その訓練のために何か編成が違ってしまうというふうな形では、小隊は小隊としてのまとまりというもの、あるいは中隊は中隊としてのまとまりというもの、そういうものがこれはできがたいのではないかという感じを非常に強く持つものですから私は伺っておるわけであります。その点は、いま局長はそういう面もあるというお話ですから、私はその点を伺っておるわけであります。だから、どうも私の感じとしましては、非常に妙な感じを受けるわけです。非常に妙な感じを受ける。あとでも申し上げたいと思うのですけれども、何か表づらはかっこうはとれているけれども、何か欺瞞に満ちているというふうな感じを非常に強く受けるんですね。 もう一つ、それでは編成定員では小銃班は——簡単ですから小銃班を取り上げますが、小銃班は十一名ということになっている。しかし、七名でいいと、それは最小限度だと、これを割ってはならぬと。それではその十一名という主張をなさる理由はないじゃないか、七名でいいじゃありませんか。私はそういう印象を受けるわけです。どうして十一名というのを要求されるのか、七名でいいじゃありませんか。これは行政官庁として、行政組織としての定員の考え方で言うならば、これは最小限でやろうというのが行政組織の定員の考え方なんです。ですから、七名でいいというのなら七名で要求なさったらどうか、それをどうして十一名という要求をなさるのか、それがもう一つわからないですね。
○政府委員(久保卓也君) 部隊の編成は大となく小となく昔からいろいろ経緯のあるところでありますが、通常三個班編成、これはたとえば一個軍というのが三個師団からなる、あるいは一個軍団が三個師団からなるといったような編成がございます。これは昔から三・三編成と申しております。そこで新しい思想はその三・三編成を四つのものにしたほうがよろしいのではないか。簡単に申しますると、三・三編成と申しまするのは、第一線に一つの部隊がありまして、その両わきに二つの部隊を置くというのが三・三編成、大なり小なりすべてです。四個編成の場合には、その下にもう一つ一番後方にあとささえとしましてもう一つの部隊を置く。それから五つの編成というものもございます。一時アメリカではやったわけでありますが、予備部隊としてまん中に一つ置くという考え方でありますが、したがって、現在多くの国は三・三編成もしくは四つの四・四編成というのがあります。そこで、自衛隊も本来は警察予備隊当時は三・三編成でありましたが、三十年代に四四編成にしたわけであります。したがって、九千師団は四・四編成、ただ七千師団の場合には三個連隊でありますから、そこに三の思想が残っておるわけでありますが、本来は四つにしたいということであります。そこで、最低は三つの単位ということが一応言えるわけで、さっき申し上げたように第一線と両わきの部隊、そこで小銃班が、一つの班が三人としますと三・三・三となりまして、そこに分隊長と伝令、あるいは伝令のかわりに無線通信員、通信員を兼ねた伝令を持っているということで、三・三編成にいたしますると九人というのが最低の基礎単位になるというのが昔から今日に至るまでの思想であります。
○鶴園哲夫君 まあ、いままでの答弁で、班というのは七名が最小限度だ、七名を割ってはならないという説明があったわけですよ。これは衆議院でもそういう答弁です。しかし、編成定員では十一名なんです。七名でよくはありませんか。行政組織でいう場合には最小限度の人間で運営をする、文字どおり、局長は、これが七名が最小限度である、こうおっしゃっておるんだから、そういう大原則からいえばこれはもう組織上の大原則です。定員と組織の関係の大原則である、大原則からいえば七名でよくはありませんか。十一名になるのはどういう理由ですかということを伺っておる。
○政府委員(久保卓也君) 戦闘を前提にしまする場合には、いま申し上げたように三・三の編成がよろしいと、しかしながら、好ましいことではありませんが、全部の充員ができませんと、その場合にせめて二つの単位、七名でありますから班長と三つのあと班が二つあります。この場合が最低限度だと、しかしながら、実際に戦闘することを考えるならば、それは三・三編成で三つの単位が必要であるということで、有事の場合の基本編成としては三・三編成、したがって、十一人を必要とするということが訓令で書かれてあるわけでありますが、しかし、全部の充員ができませんので、その場合に七人が最低限度と。五人でよくはないかということになりますると、小銃班が一つの班しかなくなってまいりまするので、これはいかにもまあ訓練にならない、ですから最低小銃の班のようなものが二つは必要であろうということであります。そういうことで、まあ班というわけではありませんが、その単位が二つある、そうすると三人と三人で一人班長がつきまして七人ということで、まあ訓練としてはこれが最低限度であろうと。しかしながら、戦闘単位としてはそれは最低限度を切っている、つまり戦闘単位としては十一人が限度である。したがって、それを訓令の中で定めておる。しかし、それを常時持つことがかないませんので演習上、訓練上は七名が限度であろうと、そういう考え方であります。
○鶴園哲夫君 私は、まあ有事即応とかいうことばをたびたび使われるんですけれども、とてもいまの陸上自衛隊の編成を見ますというと、私のいま簡単な資料を見たりするだけでも、これはとてもそんな体制には絶対ないんじゃないかという感じを非常に強く持っているんです。さらにいまお話しのように七名が最低だと言うんだから、いまはそんな体制じゃないでしょう。師団だって編成体制だってそういうような戦時体制とかという問題じゃないでしょう。 だから、七名でいいなら七名でいいじゃないか、十一名というのは解せないと、そこのところを局長は、それは平時の場合と戦時の場合だというお話ですけれども、七名が最低限だということを盛んに言っておられる。訓練で七名でいいんならこれで戦闘だって七名でいいでしょう。七名でやれるんなら戦闘だって七名でやれるはずだ。訓練と戦闘と違うんですか。そんな話はないでしょう。ですから私は、いま申し上げているように、七名と十一名という問題についてはたいへんこだわるわけなんですよ。いままでそういう訓練で、これはこれでいいんだと、これで最低限だとおっしゃるなら、訓練と差別して考えては何もならぬ。訓練できるんなら、それは戦闘体制と同じだろうというふうに思うんですけれどもね、いかがですか。
○政府委員(久保卓也君) 訓練でも小隊としての戦闘能力を十分に発揮させなきゃいけないような訓練の場合、これはさっきも申し上げましたように、小隊は三個班でありますから三個班に編成をするわけであります。三個小隊の三個班にして一個小隊がフル編成の形で訓練を行ないます。しかしながら、御経験のように、部隊の場合には徒歩訓練もあればいろんな各種の各個個別的な訓練もあります。そういうような場合には必ずしも三個班を編成しなくても二個班で足りるということで、常時の訓練と、それから有事の場合に戦闘の部隊としての戦闘能力を発揮するに足る定員というものとはおのずから別でありまして、そこで、常時何とかこの七名でやれるではないかということでありますのは、これは実員がそこまでしか充足できないのでやむを得ないわけでありまして、したがって予算上は、言うならばこの班は七名ということで予算をもらっている、しかしながら、有事の場合に十八万人として戦闘能力を発揮するために必要な総体のワク、これがいわば編成定員でありまして、これを法律の定員としてはお願いをしている。しかしながら、実際の充足にあわせてどういう訓練をし、どういう予算をつけるかということはおのずから別の問題になっております。
○鶴園哲夫君 ぼくは班というその一つの単位を問題にして言っているわけなんです。それから全体を推しはかろうという考え方であくまで班を単位にして言っているわけなんです。班は訓練上最低限七名だと言うなら、訓練即これはあれでしょう、七名でいいじゃないか、そうすればおのずから小隊の考え方も中隊の考え方も連隊の考え方もきまってくる。私はそう思っているから、班にあくまでこだわって、班を中心にして伺っているわけなんです。で、これは以上でひとまずひとつおくことにしたいと思います。 次に、この間大蔵省の主計官も見えて伺ったんですが、九千名師団、七千名師団。で、九千名の師団も七千名の師団もそれぞれ武器は整っておるんだ、たとえば九千名の師団であると八千一百という小銃がある、その八千一百という小銃はそろっておるんだと、武器においても大体そろっておると、こういうお話ですね。そうしますと、武器はそろっているんだが、これが小銃をかつぐ人というのはうんと少ないんですね。私の考え方でいきますと、大体半数近くというのはこれは遊んでいるということになるんじゃないかというふうに見ているわけです。これぼくはすぐわかります。それは中隊の充足率、小隊の充足率から見ますとすぐわかります。半数近い武器というものはこれは油づけになっておるんです。それとも一人が二丁というものを管理しているんだと、あるいは三丁というものを管理しなければならぬのだと、そこら辺はどうお考えになっておりますか。
○政府委員(久保卓也君) いま御指摘の点が最も顕著にあらわれまするのは小銃でありまして、小銃は定員どおりに持っておりまするけれども——古いものを含めまして。しかしながら、先ほどの普通科中隊をとってみますると充足率が六四%でしかありませんから、したがって、それに応じた小銃が使われているわけで、あとは保管をされているということになります。普通科中隊の場合ですね。しかしながら、ものによって異なるわけでありまして、たとえば戦車などを例にとりますると、戦車の部隊は大体充足率が七〇%台でありまするけれども、戦車そのものの充足が六二%、四十八年度末の見込みが六二%ぐらいでありまするから、戦車の場合はものを持っている、ものと装備とそれから実員が見合っている。しかしながら、多くのものは御指摘のようにほぼ一〇〇%もしくはそれに近い装備を持っております。しかしながら、各種の部隊に応じまして充足率が異なっておりまするから、必ずしも全部がもちろん使われているわけではありませんで、充足度をこす装備に、ついてはそれは保管をされている。しかしながら、私どものいわゆる十八万体制というものは、有事になった場合に装備に時間のかかるもの、主要火器につきましてはあらかじめ一〇〇%持っていることが望ましい。したがいまして、戦車につきましても現在六二%でありまするけれども、本来ならば一〇〇%を充足しておくことが望ましい。しかしながら、緊急に整備することが可能であるもの、あるいは市販のものを使用できるもの、たとえば通信器材でありまするとか、トラック等の車両器材でありますとか、あるいは施設関係でありますとか、こういうものは実員充足に見合って年度年度の予算で充足されておる、つまり実員とほぼ同じ程度の充足をしておるということで、主要火器については一〇〇%充足しておりたい、これがいわば十八万体制の考え方であります。
○鶴園哲夫君 いまお話しのように、武器そのものはまずまず一〇〇%整っておると、戦車のごときはまだ不足しておる。だが、小銃で例をとれば、これを使う人というのは六〇%ぐらい、もっと私は少ないと思うんですけれども。ですから、半分近い武器というものは油づけになっているのか、どうなっているのか、とにかく管理されている。これは一人でやっぱり二丁掃除もしなきゃならぬ何とかというような問題も出てくるだろうと思うんですけれども、えらい遊休施設というようなことにもなるわけですね、これ。十数年にわたってこういう状態が続いておるわけですから。それは一応おきまして、次に、普通科連隊の資料で説明をいただいたんですが、これが十八万体制の中核ですから、その普通科連隊で説明資料をもらったわけです。それを見ますと、連隊本部というのは大体一〇〇%充足されている。中隊が五つある、五中隊ある。その一つは管理中隊だと。六つあるんですか、中隊は。管理中隊、この管理中隊というのも大体一〇〇%満たされておる。あと、中隊の中隊本部というものもまずまず一〇〇%充足されている、それから小隊本部というものも大体一〇〇%充足されている、こういう状態になるわけです。そういたしますと、これ、一番実際動いているところはうんとしわが寄っているんです。ですから小銃隊で、いま小銃のところでいいますと四二%の充足という状態になっている。異常な状態じゃないか。計算してみますと、そうなるんです。この点はどうですか。そういう何といいますか管理部門みたいなところはほぼ充足されている。しかし、実際の動くところになりますと、小銃を握って走り回るところになるというと四二%ぐらいでしょう。たとえば三班あって三十三人いなきゃならぬのです。一小隊。それで十四人いるんです。定員は三十三人なければならない、しかしながら、十四人しかいないということになりますというと、充足率というのは四二%ぐらい、四〇%ちょっとぐらいのところになるということになるわけです。これはどういう考え方なのか伺いたいわけです。
○政府委員(久保卓也君) 普通科中隊をとってみますると、中隊本部で定員が十七名のところが実際は充員は十六名、つまりここでは一名だけ欠員しております。それから小銃小隊をとってみますると、基本的に申せば小隊本部が定員五名のところが一名欠。しかしながら、御指摘のように、班のほうは十一名あるべきところを七名しか充足をしていないというのが大体基本的なタイプであります。そこで、実際に動く小銃班が一番低充足になっているということでありまするが、常態にありましては、やはり中隊の一般的な業務、たとえば訓練の計画をつくりましたり、あるいは部隊の管理、小隊の管理、個人の個々の隊員の管理、そういった個別的な業務というものは非常に多いわけでありまして、これは必ずしもこの普通科中隊だけではありません。陸上だけではありません。陸海空を通じまして、どうしてもいわば司令部機能といいますか、そういったところに平時は業務が集中をするということになりがちであります。たとえば一個班の十一名が七名でありましても、一個班は一個班、一個小隊は一個小隊という業務がありまするので、どうしても中隊本部の充員というものは厚くならざるを得ないというのが実態のようであります。
○鶴園哲夫君 わかるようなわからぬような話なんですけど、ですから連隊本部はまずまず充足されている、一〇〇%近い。中隊本部も一〇〇%近く充足されている。それから小隊本部もまず一〇〇%、ものによっては一〇〇%こすような充足率になっている。しかし、実際その小銃を握っているところになると、いま私が申し上げたように四二%の充足率。一小隊でいえば三十三人いなきゃならぬのに対して十四人しかいない、四二%の充足率という状態です。これで訓練を生命とする事態になっているのかどうかというのを私は非常に疑問に思うわけです。頭でっかちです。どうにもならぬのじゃないかという気がしてしようがないんですが。 たとえば行政組織でいきますと、まあ局と師団と、局長と師団長というようなもので比較していいますと、まあ局長がおる、そうして連隊本部でもいい、師団本部に該当する総務課というのは全員充足をしている。十五の課がある。これは中隊かもしれぬ。この十五の課の庶務課みたいところはほとんど完全に充足をされている。そうしてほんとうに国民に対して行政を行なうところの係というものは半分もいない。四二%、半分いない。そういう行政組織があったなら、これはもうもの笑いですよ。天下のもの笑い。そんなばかなものがあるかと。それは総務課にしましても、十四課にあるそれぞれの庶務係にいたしましても、部内の、中におけるサービスをやるやつで、実際に国民にサービスをする行政というものはそれ以外のところ。そこのところはいま言ったように四二%だ。四二%だ。その中にはがらあきでない係もある、ぞろぞろある。定員のいない係がずらっと並んでいる。そういう行政組織というものがもしあったとすれば、これは天下の笑いもの。そんなものは存在しないのです。私はそう思うんです。何らかの理由があってそういう措置をしておらぬのかどうか。これは局長も一般の行政組織にもいらっしゃったですからおわかりだろうと思うんですけれども、私はそういうふうに考えてしようがない。その点の御説明をいただきたい。
○政府委員(久保卓也君) 一般の行政組織と違うところは一つございます。基本的に違うところはあります。といいますのは、通常の官庁、行政組織というのは、自衛隊に引き直して言うならば常時有事であります。つまり、今日において仕事をするのが一般の行政組織であります。ところが、自衛隊の場合には、言うまでもなく、いわば有事において、十分な編成でもって、戦闘能力を発揮するということであります。つまり自衛隊の有事が一般行政官庁の今日であります。 そこで、本来ならば、自衛隊につきましても、有事と同じような編成及び実員でもって常時訓練をすることが望ましいわけでありまするが、遺憾ながら十分な充足ができておらないということで、そこで、有事ではなくて、平時において訓練をするのにどの程度であればよろしいかという問題になるわけであります。外国について申しましても、いわば軍隊についてはすべての部隊が満員充員されているわけではございません。ある国をとれば三種類に分かれておりまして、一〇〇%充足をしているもの、それから八〇%程度、それから五〇%程度というようなものがあります。これはたしか旧軍時代もそうであったと思いまするけれども、司令部組織だけあって、平時におきましては実員がないというふうな編成もあり得るわけでありまして、そこでどうしても平時におきまして充員が十分でない場合には、いわば頭脳組織、頭の組織についてはなるべく充員を高めておきたい。しかしながら、手足の部分につきましては訓練に支障のない範囲で充足をしておる。訓練に支障のある度合いを切っては困りまするけれども、訓練に支障のない範囲において充員をする。そうして有事になればその間を緊急募集等によりまして埋めていくというような考え方をとらざるを得ないというのが自衛隊の実態であります。
○鶴園哲夫君 こういう組織というのは、これはもう全然おかしいですね。だから何か十八万という体制にえらくとらわれ過ぎちゃっているように思いますね。そんな組織というものはこれはあり得ないですよ。もう繰り返すまでもなく、実際訓練するところは四二%の充足だ、当たるところは全部これは充足をしている。これじゃ実際動いている連中だって頭にくるでしょう。やっぱり、これじゃ。まあそれはそれで……。繰り返しになりますけれども、小銃中隊、中隊の充足というのは六〇%ですね。非常に低いですね。それで、いま言った今度は実際の動いているところになると四二%ということですね。それで訓練ができるとかなんとかというお話ですけれども、全然私には理解つかない。しかもいつも口にされるのは有時即応、有時即応だというようなお話をなさるけれども、これは全体としていいまして、佐のところ、それから尉のところ、それから将ですね、将、佐、尉、いわゆる幹部というところ、これはほぼまあまあ、まず一般的にいって定員は充足されている。曹も充足されているという状況ですね。ですから下士官のところと幹部のところは充足されていると。しかもずっと見てみますと、だんだんここのところがふくれ上がってきておりますと、ふえてきておるという状況ですね。定数そのものがふえているという状況ですね。そうしますと、職業的な自衛隊員のところは非常にきちっとしておる。だから、頭と胴体のほうはがっちりしたような感じを受けるが、しかしながら、手足はまことにかぼそい状態だ、細い状態じゃなくて全くかぼそい状態。そこで伺いたいのは、そういう状態で、つまり頭と胴さえあればあとのかぼそいところは、手足のかぼそいところはいざとなれば処理できるんだと、こういう考えですか。
○政府委員(久保卓也君) 士のクラスが充足されなくてもよろしいとまでは私どもは考えません。しかしながら、幹部とか曹というものは短時日にして養成できるものではございません。特に昔でいえば下士官のクラスというものは、言うならば昔の軍の中枢でもあったわけでありまして、その事情は今日といえども変わらないわけであります。そういう意味と、それから隊員を長く残しておきたい、特に技術的な分野が非常に高度になってまいりまするので、短時日の勤務した人ではつとまらないという分野が非常に旧軍に比べまするとふえております。そういう意味で、曹のクラスが非常にふえておる。また隊員の優遇ということも加味されまするけれども、そういうことで幹部なり曹なりというものは十分に私どもとしては持っておりたい、定数一ぱい持っておるのが望ましい。そこで、全体で二万数千名の欠員がある場合にどうしてもそのしわ寄せは士のクラスにまいるわけであります。そこで、士のクラスというのはどの程度訓練すれば緊急呼集に間に合うかという場合もあるわけでありますが、外国で徴兵制度をとっている国もだんだんと短くなっております。最近は、一番短いのはおそらく十二カ月になったと思いまするけれども、これが常時の編成ですらも十三カ月というのを最低にしておるわけで、私どもとすれば、数カ月の訓練をすれば小銃士のクラスというものは充足し得るのではなかろうかというふうにも考えております。したがって、今田二万数千名の欠員を持っておりまするけれども、またそれが好ましいことではございませんけれども、いざ有事という場合に、その充足というものは可能であろうし、また質的にもそれを確保することは可能であろうというふうに考えております。
○鶴園哲夫君 それはもう私は前回の審議のときに、とても見込みはございませんよと、どんな計算をなさってもそういうことにはなりませんよという話を数字をあげて申し上げたんです。士のところはこれからどんどん応募してくるということにはなりませんよと、昭和四十七年をピークにして五十五年までどんどん下がるわけですから。十八歳から二十四歳までの適齢人口というやつはどんどん下がっていくわけだから。どんどん上り坂のときに二万数千名という、二万五千名というその定員がない、定員があいているという状態の中で、これからどんどんどんどんと、これは昭和五十五年までずっと減っていくときに、どうしてこの二万五千名というものができますかと、見込みはないじゃないですかと、いまの自衛隊の勢力、数字そのものを維持することも困難でしょう、割るでしょうという私は意見を数字をあげて申し上げておるはずなんです。ですから、頭と胴があって、あとのところは、手足はまことにかぼそいけれども、これは何か六カ月かぐらいで訓練すれば使えるようになるんだと、外国でも十二カ月という招集でやっておるという話でありますが、招集ということを考えていらっしゃるんですか。つまり徴兵制ということを考えていらっしゃるんですか。この間上田哲議員が質問いたしましたときに、徴兵制というものは、これは憲法との関係もあって考えていませんという話だったですけれども、それはどうなんですか。
○国務大臣(山中貞則君) 徴兵制は日本国憲法によって不可能な手段であると、したがって、われわれは徴兵制をとることはないということを言明いたしておりますし、また、憲法第十三条及び第十八条をもって今日まで徴兵制のできない理由としていたわけでありますが、現在では第十九条もおそらく徴兵制をとれない理由にあげられる状態になってきたのではないか。すなわち「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」、そういうこともやはり徴兵制をしけない理由の一つに——まともではありませんが、ダイレクトではありませんが、そういうものも考えられるのではないか。したがって、徴兵制をしくことは考えておりません。諸外国とはその点、徴兵制の国とは根本的に違いますし、私たちは将来ともにわたって、本人の意思によって入隊する者をもって充足度を高めていき、しかもこの間からおっしゃっているように、将来の展望を見るときに、高校進学率が九〇%、大学進学率が五三%ぐらいになってくるというのが見えておりますし、一方、それに対して就職環境から見ても、自衛隊を率先して選ぶであろう対象がきわめて少なくなって、昭和五十七年代になると、高校、大学へ行かない者で一般に就職する者が約五万人台ぐらいに落ち込むのではないかという見通しも反面あるわけでありまして、したがって、先ほど申し上げましたように、今後平時編成のあり方というもの等を研究していく時期に来ているのではないかという私の私見を申し上げました。いまの答弁は、私たちは徴兵制ということはこれは憲法上とれないという理由をあらためて申し上げたわけであります。
○鶴園哲夫君 私はいまのこの自衛隊の構成からいいまして徴兵制の問題について疑問を持つ。したがって、いま伺ったわけです。三年なら三年、四年から四年と限定した一時徴兵制というものはお考えになっていらっしゃるんですか。
○国務大臣(山中貞則君) 一時徴兵制という意味がよくわかりませんが、憲法に照らして、本人の意に反しあるいはまた国家権力をもって強制的にいわゆる自衛隊の隊務に服従することを国家が命ずるという行為はとれないわけでありますから、これは一カ月といえども四年といえどもとれないということでございます。
○鶴園哲夫君 私は、いままで定員の問題についてそれぞれ中心にして論議をしてきたわけです。先ほども申し上げましたけれども、どうも自衛隊というのは欺瞞に満ちているという感じが非常にするんですね。定数そのものを見ましても異常な状態にある。体制だけでは何か十八万体制だということでおっしゃるけれども、中身は二万五千名という欠員がある。そして編成そのものも非常にばらばらになっているというような状況ですね。しかし、大臣訓令ではがっちりしたものがある、中身は何かもう話にならないような状況にある。もちろん自衛隊そのものが合憲であるか合憲でないかという問題がある。裁判で御承知のとおりであります。合憲であるという考え方でいらっしゃる。これも欺瞞だとわれわれ思う。さらにまた募集のしかたを見まして、どうも募集というのは、身命を賭して自衛隊に応募するというような募集のしかたになっていない。十年前ぐらいまでは衣食住は要らぬ、衣類もありますよ、食事もありますよ、住宅もありますよというような話で盛んに宣伝をされて募集をする。あるいは貯金もできますよ、学校にも行けますよ、職業訓練もできますよと。最近になりますと、「中村君やっとるね」というような調子のはでな宣伝ですね。どこにも自衛隊に入って、つまり身命を賭してというような広告はなさらない、募集はなさらない、ここにもぼくは非常に欺瞞があると思うんですね。たてまえとしてもこれは軍隊だと思っていらっしゃると思うんです。だけど、軍隊だということは言えない。これも欺瞞です。実際志願制度をとっていらっしゃる。志願とおっしゃるけれども、実際は志願というよりも一種の就職みたいな感じです。こう見ますと、これは自衛隊全体が私はどうも欺瞞に満ち満ちて、欺瞞によって固まっているんじゃないかという、そういう印象を非常に強く受けますですね。これはもともと憲法九条との関係がその根底にあると思うんですけれども、そういう感じを非常に強く持つというのが、私がいま定員を中心にして、編成定員からさらに部隊の内部に入り、さらに募集の中身まで入って論議をいたしました私の結論であります。欺瞞に満ち満ちている。それによってこり固まっているような感じを非常に強く受けるという点を結論として申し上げておきたいと思っております。 あと海上自衛隊の定員の関係の問題がありますが、これは時間の関係もありますから、詳細伺いたいと思っておりましたですけれども、省略をさしてもらいまして、次に、この間ちょうど防衛大学に入ったところだったわけです。それでこの防衛大学を問題にいたしましたのは、防衛大学と今度さらに防衛大学に防衛医科大学をおつくりになるということでございますが、したがって、防衛大学というものを一ぺんはっきりさしておく必要がある。こう思いまして、防衛大学を取り上げたわけですが、防衛大学は御承知のように二十周年を昨年十一月におやりになっている。そこで、論議はここまで行っておったわけです。防衛大学に、四年制の防衛大学に入学をして、そして卒業までにたいへんたくさんの人が中途に退学をする、四年の訓練を受けて幹部になるときにまた相当の数が自衛官になることを拒否する、さらに自衛官になってからまた中途で退職をする、こういうことを論議をしたわけです。一番新しい四十四年に入って四十八年に卒業したところ、ことし卒業したところ、ここのところは中途で、つまり入学してから中途で一四%という人たちが抜けている、八十一名。で、任官するとき、四年間大学校で訓練を受けて、教育を受けて卒業して、自衛官になることを拒否する者が五十名、一〇%。こういう状態であります。で、これから自衛官になって、幹部になって、そして抜けるというのも大体常識上数字は明らかであります。それらを加えますと、ことし出た者は三〇%を優にこすのではないかというふうに考えられるわけです。その前の。去年卒業した者、つまり四十三年に入って去年卒業した者、これも六十七名という人が中途で退学をし、任官をするときには実に六十九名というたくさんの人が任官後自衛官になることを拒否する。これはもうすでにここで三割近くに達している。入学者の三割近くを占めている。任官してからやめる者が一〇%出ている。四〇%という者が抜けるという事態ですね。ですから、ことし卒業した者はほぼ推定として三〇%をこすだろう、去年任官した者は四〇%をこすだろう、こういう考え方を持たざるを得ないわけですね。なぜこういうような事態になっているのかという点について伺ったところであったわけです。 私は、これはここに出ている数字は四〇%、半分近い者が抜ける、あるいは三〇%をはるかにこすだろうというような数字が抜けるというふうに見ておるわけですが、防衛大学校の同窓会誌を見ますというと、この抜けるときにはたいへんらしいですね。徹夜で説得が行なわれるらしい。たいへんな説得をやる。それはそうでしょう。とにかく四年間教育をしたわけです。それが自衛官になることを拒否するわけですから、これはたいへんな説得、徹夜の説得が続くらしいですね。そしてその同窓会誌によりますというと、裏切り者と言われている、あるいは食い逃げと言われている。食い逃げと言われ、裏切り者と言われて、そしてこれだけの者が抜けるのです。ですから、実際は抜けるという考え方を持っている者は非常に多いんじゃないかと私は推定をせざるを得ないですね。やっと何とかかんとかして食いとめたところが四〇%という、半分近いところがそういう数字になっている。四〇%の数字になっている。これは異常な事態じゃないでしょうか。防衛大学校というのは御承知のように、私が言うまでもなく、これははっきり法律によってきまっておって、自衛隊の幹部を教育訓練する機関であるとなっているわけですが、自衛隊の幹部を教育訓練する機関でこのようにどんどこどんどこ抜けるという状態はどういうふうに考えていらっしゃるのか、お尋ねをしておきたいと思います。
○政府委員(大西誠一郎君) ただいまお尋ねがございました防衛大学校の学生の退職の問題でございますが、これは時期的に在校中の退職と、それから卒業後の退職と分けて考えてみるべきものじゃなかろうかと思います。 在校中の退職につきましては、やはり人生の進路についていろいろ迷いがある時期でございますので、ある程度やむを得ない問題ではないかというふうに考えております。特にそのうち大部分の者は一年生のときに退職をいたしておりますが、これはやはり防大の団体生活になれないとか、あるいは将来自衛官としてやっていくことに向かないということを認識をした結果であろうと考えます。ところが、防大を卒業いたしましてからの退職につきましては、最近五、六十名の者が卒業いたしましてから一年以内に退職をいたしております。で、この傾向はたいへん遺憾なことでございまして、私どももよく本人まあ一人一人について、迷いを持っている者に対して説得をするということはいたしております。 それから、それ以後の任官をしてからやめている者につきましては、これは一般の幹部自衛官の退職率に比べましてむしろ下回っているという状況でございます。先生がおっしゃいました三〇%、四〇%の数字でございますが、入学のときの数を分母にして全体をながめれば三〇%をこえた数字もあり得るかと思いますが、私どもは卒業をした者をベースにして考えることが適当ではないかというふうに考えております。しかし、いずれにしましても、多額の国費をもちまして養成をしている学生でございますから、学校をあげまして校長以下、学生に対して自衛隊に勤務することの意味について納得のいくように指導を強化をいたしておる次第でございます。
○鶴園哲夫君 私は、先ほど申し上げましたように、これはたいへんたくさんの者が防衛大学に入って、途中でやめる。四年で卒業をして任官するときに任官を拒否する。さらに任官してからまた一〇%ぐらいの人がやめる。したがって、そういうことからいいますと、四〇%ぐらいの者が抜ける。だが、説得と、これはまあたいへんなものがあるようですね。これはまあ担当の訓練官の成績にも関係するんでしょうから、猛烈な説得があるらしいようですね。見ますとですね、自衛隊から出ておる雑誌を見ますと、たいへんなもののようですね。先ほど言いましたように、裏切り者だというふうにさげすまれたり、あるいは食い逃げだといってさげすまれて、そういう中で相当の者が、倍近い者が抜けるという、そういうことじゃないかと思うんですよね。しかし、まあ説得でやっとこういう形になっているという状況だと思うんですね。 で、まあそういうやめる一番大きな原因、これはこの間も説明がありましたように、六〇%が自衛隊の社会的な地位、つまり自衛隊というものが憲法との関係で不安定である、そこから、六〇%という者が理由としてあげているのは、自衛隊の不安定というわけで、それ以外の民間会社に入るとか、家庭の事情であるとか、身体の都合であるとかというような理由をあげておりますけれども、根底としてはここにあると私は思いますですね。それは家庭の事情のこと、からだのこと、民間会社に就職すること、それだって四年間訓練を受けたあとやめる。自衛官になることを拒否するわけですから、これはやはり根底に自衛隊というものに対するやはり考え方が、不安が非常に強いんだと、憲法との関係で非常に強いんだと。まして、今度こういう違憲という、憲法に違反していると、われわれがいま審議しているこの防衛庁設置法についても、自衛隊法についても、二つとも憲法に違反しているという判断が下っている。しかもこのことは決して私は簡単な問題ではないというふうに思います。憲法学者の九割は、すでにもう論争を終わって、自衛隊が憲法に違反しているということはこれはもう定説になっている。この間、高柳という東大の社会科学研究所長が朝日新聞の座談会の中で、公法学者の中の一二%が合憲論者である、九割近い者が違憲であると、憲法に違反していると、こう言っておりますね。そういう学説がきまって、その最終的なものとして、あの長沼判決が出ているというふうに見なきゃならぬわけです。その意味では、これは与える影響というのは非常に大きいと、こう言わなきゃならぬと思うんですね。特にこの防衛大学を出て幹部になるというような者にとっては、非常な大きな、私は重大な影響を持つというふうに言わなきゃならぬと思うんです。 そこで、どうも防衛大学校という、まあ校という字がついておるんですけれども、防衛大学校というのが日本の大学、日本の国でつくっている大学の中では、特殊な金をかけて、まあたいへんなもんですね。これは月給もくれるでしょう。食事はただだし、入学金は要らぬし、授業料は要らぬし、衣服はもらうし、住居はあるし、完全に全くの国費でもってつくっていく。こういう学校というのは、これは日本じゅうないわけですよ。国立の大学だって授業料取りますしね、入学金も要りますしね、めしは自分で食わにゃいけませんしね、衣服は自分で着なきゃいかぬし、住居は自分でやらなければいかぬし、ここだけは異常な国の経費をもってやっている。こういう学校が一つある。これは私は軍事優先の最たるものだと思う。国が建てている学校の中で、軍事優先の最たるものだと思うんです。しかもそこに入っている者が四〇%も抜ける。あるいは私はもっと多いと思うんですよ、抜けたいという者は。これは私は根本的に考えなきゃならぬところに来ていると思うんですけれどもね。 そこで、伺いたいのは、あの有名なアンケート事件というのがありましたですね。で、これは若干衆議院で取り上げられた経緯もあるんですが、まあアンケート事件というのがあって、これは防衛大学校の助教授が四年生の、四百何人おる四年生の百人を選んで、一年生を百人選んで、それぞれ代表的な者ということばを使ってありますが、代表的な者をそれぞれ百名ずつ選んで、そしてアンケートをとった。とってみたところが、どうも不まじめなものが相当あったので、それぞれそういうものは削った。そして四年生では八十一名ですか、それから一年生では七十五名ですね。これはまあいいだろうということで、その内容を「軍事研究」という本に発表した。ところが、その中に二つだけ——総理大臣に対する希望という欄かあった。総理大臣に対する希望という欄の中に、すぐやめてもらいたいというのが二つあった。それが「軍事研究」に載ったということで問題になりまして、そしてたいへん問題になって、結局この「軍事研究」というのはPXでも販売中止、防衛大学の図書館でも閲覧禁止、そしてこの助教授は十日間の停職という処分になったということですね。で、私はこの中で、これはその大学校というところで、そんな自由もないのかと、しかもそういうことを発表したという、二名あったというだけで、まあ不まじめなものは除いてもういいだろうと思って載せてみたところが、たまたまその中に二つだけそういうものがあったということで、その雑誌そのものも売らない、あるいは図書館においても閲覧禁止だと、やった助教授ですね、これは創設以来の助教授ですね。その助教授は十日間の停職になったという、これは防衛大学っていうものは妙なところだという印象を非常に強く受けるんですね。しかもその中で私は興味がありましたのは——興味ありましたというのはぐあい悪いですが、将来の希望として自衛官に、将来の希望として四年生では五割ですね、自衛官になるというのは五割ですよ。まあこれはまじめなやつだけ出したんでしょうから、代表的な者を百名選んで、その中で妙なものはみな除いちゃって、その中の結論ですから八十一人発表している。だから十九人は発表しなかった。その中で四十一人が自衛官になりたい、幕僚長になりたいというのも書いてありますし、海上自衛隊幹部になりたいというのはちょうど五割、一年生は七十五人発表してありまして、その中で三十一人が自衛官になりたい、あとはみんな違ったことを書いている。これ、ちょうど五割近く。これを見ますと、これは私はさっき言った、非常に多いんじゃないかと、あんな数字じゃないと、もっと大きいものがあるという感じを持ちます。そういう点についてのひとつお考えを伺いたいと思います。
○政府委員(大西誠一郎君) お尋ねは三つあると思いますので、まず最初にこのアンケートを実施した教授が処分をされたことに関連をいたしまして、防大では自由に意見の発表等ができないのではないかという御質問だと思いますが、その前にこのアンケートの経緯を簡単に申し上げますと、このアンケートは「軍事研究」なる雑誌社から防大の一助教授が依頼を受けまして、学生に対してアンケートをとってほしい、それは雑誌社のほうのフォームで質問項目も十二項目ございますが、そういうことで依頼があったわけです。そこで、その助教授が学生に対して、その辺を非常にあいまいなまま記入を依頼をいたしまして、その際にこれは自分の執務の参考にするというようなことを申しまして、目的が何であるかということも明示いたしておりませんし、また記入要領ということについても説明をいたしておりません。ところが、そのあとで、それがそのまま学生の名前も入って雑誌になまの形で掲載をされたということで、この助教授が責任を問われましたのは教育者として学生に対する責任を明らかにすると、つまりたいへん不用意な配慮のないことをしたという点を問われたわけでありまして、防衛大学校におきまして教官の学術上の研究の発表等は何ら制限を設けておりません。 そこで、その次の、その内容を整理をしてみると、自衛隊に対して、将来の希望として自衛官になりたくないという者が多いというような御指摘でございますけれども、これは、まず先ほど申し上げましたように、この調査そのものがたいへんあいまいな形で行なわれましたので、大部分の者はまじめに書いておりますけれども、中にはやゆ的な気分で書いている者もございます。ただいま先生が御指摘になりました、自衛官になると明らかに書いている者が、たとえば四年生八十一名のうち四十数名であるということでございますが、これは質問が将来の希望ということでございますので、自衛官と書いた者、あるいは具体的にパイロットとかあるいは艦隊勤務というような職域を指定した者もございますけれども、ただばく然と悔いなき人生を過ごしたいというような答えを出している者もございますので、そういう者が自衛官になる意思がないというふうに判断されることは適当ではないと思います。したがいまして、これの結果、具体的に自衛官になるということを明示しなかった者の中にも、大多数の者が当然自衛官になるという考えであることは私どもは疑っておりません。まあ以上のような経緯でとられたものでございますので、御理解いただきたいと思います。
○鶴園哲夫君 私は、あの雑誌の、これは助教授ですね、助教授の論文をずっと目を通して見て、決していま答弁になったようなあいまいな考え方や、いいかげんな考え方でやるような人ではないと思いますね、創立以来の人ですし。そうしてこの助教授は解雇されておる、やめさせられておるのですね。こんな問題で図書の閲覧を禁止したり、それから発売を中止したり、これくらいの程度のものを、これで十日間の処分を受けると、私はいまおっしゃるようなあいまいな人ではないというふうに思いますよ。これは彼の論文をずっと読んでみまして、そんな人ではない。私はもっときちっとした人物だと思いますね、あれを見てみますと。まあいずれにいたしましても、そういうことでいま解雇になっているんじゃないですか。
○政府委員(大西誠一郎君) このアンケートを実施しました助教授は本年なくなりました。で、解雇になったということはございません。この方は私もよく存じておりまして、防大発足以来たいへん熱心に防大の建設のために尽くされた方でございまして、まことにこのアンケートの問題は、御本人もたいへん不覚であったというようなことを申しておりますので、この問題の取り扱いと、それから同助教授の心情なり業績というものは別個の問題であるというふうに考えております。
○鶴園哲夫君 いや、助教授は解雇になっておやめになって、そして死なれたわけでしょう。
○政府委員(大西誠一郎君) 処分は受けましたけれども、そのようなことは全くございません。
○鶴園哲夫君 私は会報で読んだですよ。元助教授という形で書いていらっしゃる。それはともかくとして、それじゃ次に、私は、この防衛大学校というのは自衛隊の幹部になる養成機関、大学校ですから、ここの教育というのは非常に重要だと思うのですよね。自衛隊の幹部になるわけですから。そこで、自衛隊が発足して、いま三代目の校長になっているわけですね。この初代の校長というのが、この防衛大学校についての理想を五点ほど原則をおあげになりまして発足したわけですけれども、それは一つも実っていない。しかも逆に行っているんですね。たとえば、あまりこまかくなりますと時間がたちますから簡単にやりますけれども、まあ一つとして実行されていない。少なくとも国立大学の理科系統と同じ程度の学力を養うんだというお話だったけれども、そんなものには全然ならなかった。最初は訓練というのが五分の一ぐらいだった、全体の時間の五分の一ぐらいだったけれども、それがいまや三分の一以上という、訓練が三分の一以上という形になっちまっている。あるいは教養科目というようなものが非常に少ない。また教養科目というような学科はあっても、大学と同じように科目は並んでおるけれども先生がいない。あるいは制服の教官というのがどんどんふえてくるという数字もはっきりしておりますですね。 そういう中で、この防衛大学というのは当初の発足とは非常に変わったものになりつつあるという印象を受けるわけですが、ここで私が言いたいのは、学生服務等に関する通達というのがありますね。これを見ますと、これはとても自由というようなものは、これはとても、たいへんな狭められたものですね。あるいは学問の自由とか、そういうものもこれはもうほんとに狭められたものですね。たとえば同期生会を開くについても、これは訓練部長の許可が要る。あらゆるものが許可ですね。こういうところで、私は論文を発表するにしても、評論を発表するにしても、これは非常な許可が要るのですね。自衛隊に関する、あるいは国家社会に関する論文みたいなものについて、あるいはまた評論みたいなものについては学校長の許可を得なければ発表できない。あらゆる面について、自由というものですかね、民主主義というものかな、こういうものがほんとうに圧迫されていますね。私が一番心配しますのは、こういうところで四年間訓練を受けた者が、これが自衛隊の幹部になる、そしてそれが日本の民主主義を守る、これはりつ然とするですよ。だが、最初はそういう出発点じゃなかったんです。学生の自由を認めると、あるいは学生の自由も認めるし民主的な教育もやると、かつての軍のような精神主義の教育はやらぬとか、あるいは英国紳士型のそういう人物を養うんだとか、あるいは学士号も与えるんだとかというために努力するとか、いろいろな構想を持って出発したんだけれども、実際あの通達を見てみますというと、学生服務等に関する通達なんというものを見てみますというと、あるいはまた同窓会誌等を見てみて私の感じますことは、これは自由というもの、民主主義というもの、それについて非常な狭められたものだと、そういう中に育った者が自衛隊の幹部になって、これが日本の民主主義を守るんだということは、私はりつ然たるものがあるという感じがしてしようがないわけなんです。そういう点について、ひとつお考えを聞きたいと思います。
○政府委員(大西誠一郎君) 防衛大学の教育方針は、先生すでに御存じのとおり、広い視野を持った、豊かな人間性を備えた、科学的思考力に富んだ伸展性のある人間を育成をするということを目標に置いております。そうしてこの人間像に向かって教育のあらゆる分野が構成をされ、また運営をされているわけでございます。 具体的な御指摘がございましたので、順を追ってお答えを申し上げますと、防衛大学校は普通学として理工学の科目を中心に置いておりますが、これは文部大臣が定める大学設置基準に準拠をして教授要目が組み立てられておりまして、この考え方は、当初の考え方から今日まで何ら変わっておりません。また、内容についても充実をこそすれ減退をしているということはございません。 ただ、学士号につきましては、槙校長はじめ関係者、あるいは学生の希望がございましたし、またその教育内容については、ただいま申し上げましたように、一般大学の理工学部と遜色がございませんので、文部省と再三話し合いをいたしましたけれども、学校教育法に定める大学と、それから防衛大学校の間では、教育目的が特定をされているということ、それから国家公務員という特定の身分を持っているということがネックになりまして、今日まで学士号についての問題は解決をいたしておりません。たいへん困難な問題であるというふうに思っております。 それから訓練が当初五分の一ぐらいだったのが三分の一ぐらいになっているということでございますが、これは訓練の時間は、当初は約千六百時間ございましたが、現在は……失礼いたしました。訓練と体育を合計いたしまして、当初千六百八時間、現在は千五百六十六時間でございます。 訓練について申しますと、当初は週二時間の課程訓練と、年間八週間の定期訓練でございましたのを、現在では週二時間と、年間六週間というふうに約二百五十時間ばかり少なくなっています。そこで、全体に占める訓練の割合というものは、現在若干高くなっておりますけれども、これは昭和四十年に防大の普通学の時間を若干削っております。これを削ったというのは、やや当初欲ばり過ぎまして、いろいろなものを盛り込んだというために、学生の消化能力が十分でないということで自習時間に回したというようないきさつがあったからでございます。 それから制服教官につきましては、現在、指導官及び訓練教官、これは兼務でございますけれども、百四十一名おりますが、これは昭和三十三年から変わっておりません。 次に、学生の自由でございますけれども、現在、学生の自由活動を促進をする、できるだけ自発的にいろいろなことをするために校友会活動を認めております。その中で、学生は自主的に運営につきまして自分たちの意思でやっております。もちろん、学内の秩序というもの、あるいは国家公務員としての節度というものがございますから、所定の手続に従って集会その他について許可を受けるということになっておりますけれども、これは実質的にはがんじがらめにしているということではございません。総じて、防衛大学校の教育は、そのあとに一年間の幹部候補生学校の教育を控えておりまして、ここで自衛官の職務に密着をした職業訓練をやることになっておりますので、防衛大学校の四年間は素材教育ということで、できるだけ将来伸展性のある人間をつくるという方針で臨んでおります。 以上でございます。
○鶴園哲夫君 私が先ほど申し上げましたように、アンケート事件一つとってみれば明らかなことなんですけれども、さらにまた、先ほど申し上げましたように、学生の服務等に関する通達というのを見てみましても、あるいは同窓会誌ですね、を見ましても、いろんな雑誌を見てみて非常に感じますのは、いま言ったように、民主主義というもの、自由というもの、人間性というものに対する非常な狭さというものを痛感をするわけです。したがって、私が先ほど申し上げたように、こういうところで育った者が自衛隊の幹部として日本の民主主義を守るということについても非常な不安を感ずるといいますか、りつ然たるものがあると。詳細に学生服務に関する通達を見てみればわかるとおり、これはたいへんなものですね。ですから、この防衛大学について、私は国が持っております中で最大な国費を投じて……、こんな学校は一つもないわけで、農林省にも水産大学校というのがありますけれども、これは全部授業料を取っているし、衣服を支給するとかなんとかありませんし、普通の学校と同じ、やっぱり水産大学校という、校がついておりますけれども、この防衛大学校というものは、もうあらゆる点について軍事最優先のこれは学校です。その学校の中におけるたいへんな、私が見ますところによりますと五割というものは抜けるという感じですね。しかも中に、こういう学校の内容、教育の内容というものは、学問の自由とか、民主主義とか、そういうものについて非常に狭められたところに育っているということを繰り返し申し上げておきたいと思います。 次に、今度は防衛大学校に文科系統の学部をつくる、二つの講座ができる。そして大学でいえば大学院に該当するものもつくると、こういうことでありますが、今度自衛隊の医科大学をつくろうというお話であります。で、私はその医科大学についても真正面から反対。いま申し上げましたように、防衛大学校に文科系統のものができ、そして大学院に該当するものもできる、さらにこの医科大学ができる。そうなりますと、自衛隊として一つの大きな総合大学を持つということになるわけであります。きわめて閉鎖的な、自由と民主主義の非常に狭められた、そういう閉鎖的な総合大学ができていく。これが自衛隊の幹部になっていくという事態が予想されておるわけですけれども、私は、これは第四次防とともに日本の自衛隊というのは新しい軍事段階に入ったと、こういうふうに考えるわけです。そのことは後ほど申し上げることにいたしまして、この医科大学の問題について若干伺ってまいりたいと存じます。 まず一つは、医官と言うんですね、医官がたいへん不足をしている。年々不足をしてきて、もともと十分じゃなかったんだけれども、たいへん不足をしてきて、非常に少なくなったと。したがって、これを解決するためということだと思いますが、これを解決するために防衛医科大学をつくるということだと思うんです。いま確かに医者がたいへん不足をしている。いま医学部をつくろうというブームにあるわけです。その中の一つとしてこの防衛医科大学を持ってこられている。しかし、私は、その防衛医科大学というのはいまの医学部ブームとは全然性質の違うものだというふうに思いますけれども、いまこの医者の不足の状況について、若干のひとつ御説明をいただきたいと思います。
○政府委員(鈴木一男君) 現在の自衛隊医官の不足状況を御説明申し上げますと、まず昭和三十八年度におきましては、定員が七百九十名でございまして、それに対しまする現員が三百八十二名、充足率にいたしまして四八・四%という状況でございましたが、これが逐年低下を見まして、四十七年度末におきましては、定員八百三十六名に対しまして現員が二百六十八名、充足率にいたしまして三二・一%、で、ごく最近の四十八年七月三十一日現在でとりますと、八百三十七名に対しまして現員が二百五十五名、充足率にいたしまして三〇・五%ということに相なっております。
○鶴園哲夫君 たいへんこの十年の間に定員に対しまして実在員が減少してきて、まあ三〇%というたいへん少ない数字になっているというお話でありますが、これは病院と部隊によりまして非常に差があるように思うんですけれども、自衛隊の病院の医者の充足率と、部隊におります。医務室と言うんですか、医務室にいるその充足率ですね。
○政府委員(鈴木一男君) 病院におきまする医官の状況でございますが、まず陸上自衛隊におきましては、定員百七十二名に対しまして現員が百二十八名、充足率は七四・四%であります。次に海上自衛隊におきましては、定員が三十九名に対しまして現員三十二名、充足率は八二・一%であります。次に、航空自衛隊でございますが、定員二十二名に対しまして現員十四名、充足率は六三・六%でございます。 一方、部隊におきましては、陸上自衛隊につきましては、定員四百五十二名に対しまして現員五十九名、充足率にいたしまして二一丁一%、次に海上自衛隊におきましては、定員七十三名に対しまして現員十一名、充足率一五・一%であります。航空自衛隊におきましては、定員七十八名、現員二十四名、充足率三〇・八%でございます。
○鶴園哲夫君 いまの説明を伺っておりまして、自衛隊、海陸空とも病院そのものは七五・六%という、まあまずまずの充足だけれども、実際の船あるいは医務室といいますか、部隊にある定員というのが一五%、大体平均して、ここで言いますと一五%ぐらいになっておりますね。 そこで、私は、病院にあるものは七五、六%ということなんですが、これは、法務省からお見えになっているんですけれども、法務省で、刑務所とかいろんなところがありまして、そこへいらっしゃる医者の充足率というのを伺ったんですが、そう充足率は悪くない。それから厚生省の国立病院、それから悪いといわれます国立療養所というところですね、ここの医者の充足率というのもたいへん高いと思うんですね。これは私は行政管理庁に電話で聞いたんですけれども、厚生省の国立病院では九九・三%という充足率になっている。それから療養所の充足率も九六%ぐらい、これは悪いといわれておるんですけれども、九六%ぐらいの充足率。それから法務省の矯正施設の医師、これはたいへん条件が悪いわけですけれども、しかしそれでも、私が伺ったところによるというと、九〇%ぐらいというふうに、電話でこれは伺ったりしたんですが、この点について、厚生省からも見えておりますし、法務省からもお見えになっておりますので、伺いたいと思います。
○説明員(吉永亨君) 医療分類課長でございますが、法務省の矯正医官につきましては、いま先生御指摘のように、定員三百三十三名のうち三百二十一名現員ございます。欠員は十二名でございます。
○説明員(手塚康夫君) 先生御指摘のとおりでございますが、これは実は医療法の定員というのがきまっておりまして、現在国立病院、療養所、なかなか定数がないということでぎりぎりになっております。そういう趣旨で、医療法の定員を割るということは実はゆゆしき事態なんですが、これはまあ若干何といいますか、途中の欠員を生じたということで割っていると、そういう状況の数字でございます。
○鶴園哲夫君 いま申し上げましたように、厚生省の国立病院は九九・三%、それから厚生省の同じように療養所、たいへん不便なところに多いんです。旧軍隊の結核療養所ですからたいへん不便なところに多いわけですが、そして結核患者がどんどん少なくなるということで非常にいま編成がえもしておるんですけれども、それで九六%をこすという、それから私はいまちょっと誤解をしておったんですが、法務省の矯正施設、これは条件が非常に悪いと思いますが、そこで九七%ぐらいの充足率ですね、九八%ぐらいですね。たいへん高い充足率になるわけですが。 そこで、私はなぜこういうことを申し上げたかといいますと、自衛隊のほうの病院、これは大体便利なところにある。その便利なところにある自衛隊の病院の充足率というのが七五%ぐらい。一方、法務省の非常に条件の悪い矯正施設のところのその充足率が九六%ぐらい。この差はやっぱり何といっても自衛隊というところに問題があるんじゃないかというのを私は考えるわけです。自衛隊というところにある。防衛大学の学生がやめるという、自衛官になることを拒否するという、卒業して拒否するというのが高い。それもやっぱり根底はもう全部と私は言ってもいいと思うのですが、自衛隊に対する考え方というところに大きな原因があるというふうに思うのですね。ですらこの問題は、だから単に病院をつくったからどうかという問題ではないという、私は基本的な考え方を持っておるわけです。 そこで、自衛隊の定員の中の七〇%というのは病院にいないわけですね。八百六十三名ですか、八百六十何名という定員の中の七割というのはこれは部隊にあるわけです。三〇%ぐらいの人たちが病院にいる。ですから、部隊といいますか、医務室といいますか、そこのところはこれは一五%割るぐらいの徹底的な現象になっている。そこで、この部隊が一五%を割るという、充足率一五%しかいないという理由をひとつ伺いたい。
○政府委員(鈴木一男君) 部隊におきます医務室は、先生御指摘のごとく、一般の国立療養所のごとくわりと都会から離れたところに全国にばらまかれておるわけでございます。したがいまして、いわゆる若い医者を指導する指導医もおらない、それから医療施設も十分じゃない。そういう受け入れ体制が十分確立しておらないというようなことで非常に希望者が少ないということでございます。 それで、先ほど病院が平均、全体の七十数%であるという御指摘でございましたが、これはこの病院が比較的充足率がよろしいのは、三宿にございます自衛隊中央病院が、四十七年度末で申し上げますと、定員九十三名に対しまして百一名現員がおります。これはこのうち十三名ばかりは大学を出てから、臨床研修制度がいまございまして二年間勉強するわけでございますが、その研修生を含んでおります。したがいまして、そういうことから充足率は一〇八%というふうな高い充足率になっておるわけでございますが、一方、その他地区病院が陸海空合わせまして全国に十カ所ございますが、これらにつきましては、定員が全部で十カ所含めまして百四十名の定員がございますが、現員は七十三名、充足率にいたしまして五二・一%というふうに、自衛隊の中央病院だけが一〇〇%近くございますが、これは一つはやはり都会地でございますし、中央でございますし、そういう関係でいいりっぱな指導医がおるということと、受け入れ体制の医療施設、設備も十分に完備しておるということが大きな原因じゃなかろうかと、このように考えておるわけでございます。したがいまして、部隊、特に医務室関係につきましては、先ほど御説明申し上げました人並びに物という点において非常に魅力に欠けるということでございます。これはアメリカの事情あたりを聞きましても、諸外国いずれもやはり医務室あたりに行き手が、非常に希望者が少ないということで非常なアン・バランスがあるというふうに聞いております。
○鶴園哲夫君 この前ゴジラ事件というのがありましたですね、防衛大学で。ゴジラ事件というのがあって、そのときの事情が載っておるのですけれども、この自衛隊の中央病院というのは、ゴジラ事件で死んだ人はあすこの横須賀の地区病院に入院したらしいですね。あるこはえらい悪名高いところだというふうに書いてあるんですが、この中央病院というやつは、いま充足率百何%と言もれるところは幹部の病院だというふうに書いてありますね。自衛隊の幹部の病院だから、なかなかいいんじゃないですか。それで、この地方のところはなかなかたいへんまたこれ下がっている、五十何%というふうに、充足率が。医務室へいくと一五%。医務室というのは、これはまあおっしゃるように、指導者がいない、技術を高める方法がなかなかない、いい指導者がいない、あるいはなかなか働きがいのあるところでないというような事情があってこの実態になっているんだろうと思うんです。 で、続いてもう少し進めていきたいんですが、区切りとしては、いまちょうどいいところですけれどもね、委員長。
○岩間正男君 ちょっと関連して。 先ほどの久保局長の発言の中に、部隊編成のことについて戦闘能力を発揮できないということばがあった。これは非常に問題じゃないですか。私はこんなことばじりをとるのはおとなげないというふうに考えております。しかし、問題は、きのうここでも田中総理に来てもらって質問した。そうして、あの長沼判決との関係で、判決はすでに自衛隊は陸海空三軍であると、そして違憲であるということを明白にした。ところが、これに対して政府側はあらゆる機会に、これは軍隊でない、戦力でないという規定をやっている。そういう中で、戦闘能力ということばは、これはどこから出てくるんです。これは失言じゃないですか。事実は、しかしもうほんとうにばかくさいぐらい、戦闘能力ということばを自衛隊の中で使っておるのが問題だなどということがここで論議されていることがこっけいなほど、つまり、そういう事態が起こっているほど実際はこれは防衛庁側がうそをついているということだと、さっきから。しかし、あなたたちつじつまを合わせる立場からいったら、戦闘能力が発揮できないというような、そういう想定のもとにこれは訓練をやっているということだったら、これは非常に問題じゃないですか。防衛力とか自衛力とかと言うんなら、これはまだわかる。ところが、軍隊でもない、戦力でもない、こういうものが戦闘能力を発揮できないと言う。だから、戦闘能力を発揮させる、そういうねらいを持って、想定を持ってやっておることは、非常にこれは私は問題だと思う。したがって、当然このことばはあなた取り消すか、これに対することをどうするか。あわせて防衛庁長官もこれにはっきりした答弁をしておいてほしい。これは議事進行とも関係します。この問題は明確に処理しておかぬというと、今後のこれは例にならぬ。
○国務大臣(山中貞則君) 自衛権は認められておるわけでありますから、自衛のために敵の侵害を排除する行為は、これは明らかに戦闘行為と言ってもそれは戦力でもなければ交戦権にもつながるものではありませんので、その態様を言うわけでありますから、これは局長が取り消す必要はない、そう思います。
○岩間正男君 戦闘行為と言ったんじゃない、戦闘能力。戦闘能力ということばは、戦力とか軍隊でないそういうところから出てきますか、出てきませんよ。どんなに強弁したって、それは出てこない。そうすれば、明らかにあなたたちは、実際やっていることと言っていることが違うのだということを何よりも証明している。きのうのきょうでしょう。現にきのう田中総理が出てはっきりこれは長沼判決というものを否定したのです。そのあとだから、なおこういう問題は厳格にしておかなければならない。あなたたちは、つじつまを合わせる立場からいえば、戦闘能力などということばをこのまま維持してやっていくのですか、どうなんですか。
○国務大臣(山中貞則君) ちょっと岩間先生の御意見がわからないのですが、やはりわれわれは自衛の力を持ち、侵害を受けた場合においてほかに適当な手段がなく、そして必要最小限の排除行動に出るというのでありますから、その形態は戦闘であり、それを排除する能力は戦闘能力ということで、このことは戦力でもなければ交戦権の問題にもつながっていっているものでないということを言っているわけでありますから、これは少しもおかしくないと思うのです。
○委員長(高田浩運君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時半再開することといたし、休憩いたします。 午後零時三十分休憩 —————・————— 午後一時三十八分開会
○委員長(高田浩運君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。 午前中に引き続き質疑を行ないます。
○鶴園哲夫君 もうそんな長いことございませんですから。 まず初めに、防衛庁長官に感想をひとつ承っておきたいんです。感想というのかな、考え方と言うのか。で、わが党のほうでは、上田哲議員のほうから長沼問題についての質疑を行なったわけですが、私が先ほど申し上げましたように、国会の中でも長年にわたって真剣な論議が行なわれまして、また公法学会におきましても、憲法学者の間でも、九割は違憲である、憲法違反であるというようなものも終わって、そして最終的に、ああいう長沼の判決が、違憲だと、こういうふうに出たわけです。まあ、いま高裁あるいは最高裁というふうに、途中でありますけれども、この判決はきわめて重大だと思うのです。四年二カ月にわたりまして、初めて自衛隊を審理の爼上にのせまして、まっ正面からのせて、そうして現役の空幕長、海幕長、陸幕長、さらに自衛隊関係二十四名という人たちが証人台に立って審理をして、そしてその組織なり、規模なり、装備なり、それからその能力なりというものから軍隊である、したがって違憲である。こういう判決が出たわけで、一国の軍隊が——ぼくらに言わせれば、軍隊がその国の裁判によって憲法違反であるという判決を受けたということは、これは異常なたいへんな問題だとわれわれは思うわけなんです。おそらく世界に例がないでしょう。そういう事態にあって、政府の受けとめ方が何かえらく法律的な受けとめ方をし過ぎている。もう少し政治家としてはここで真剣にやはり受けとめて考えなければならぬのではないかと私は思っておるわけなんです。どうもこの間の、私は田中総理に聞きませんでしたが、田中法務大臣の話を聞いておりますと、これは弁護士の話、政治家の話では絶対にないというふうに私は受け取っておるわけですけれども、大臣はどういうふうに考えられるのかというのが一つです。 そこで、この間公務員に会いましたら、公務員はこういうことを言うのですね。国家公務員は、御承知のように起訴されますと、これは直ちに休職になるわけです。休職になるということは、これは公務から切断されるわけですね。公務遂行をやってはならないという、そういう切断をされるわけですね。一審が出ましても、これ有罪になったとしても、上告いたしましても、これは同じ休職で公務遂行まかりならぬという形で、公務員に対しては非常にきびしい態度で臨んでいるけれども、その政府自身は一体どうなんだと。国の成り立ちをつくっておる憲法違反だということを指摘されたにかかわらず反省の色がない。真剣に受けとめている空気がない。一体これはどういうことだというのが、公務員の意見を述べる人が非常に多いですね。私の聞いたのはそうなんです。一体どの程度真剣に考えているだろうというのが一つです。 もう一つは、これは民間人ですけれども、民間人はこういうことを言うのですよ。政府というのは、これは悪質な建築屋みたいなものだと、大家さんみたいなものだと。建築法違反だということで一審の判決が出た。それを普通であれば、それはみな違法建築であるということであれば、それを受けとめるのが普通だと。受けとめないとするということであれば、これは仮処分の申請をする。ところが、国に対してはその仮処分の申請ができないということもあって、これからこの最高裁の判決の出る間、六年かかるか、七年かかるか、平気の平左で、これはどんどこどんどこ倍増ゲームを続けていくと。一体政府というのは悪徳の大家さんよりも、建築屋さんよりももっと悪質じゃないか。下々の者はこれじゃ困ると。下々というのはおかしな話ですけれどもね、ことばとしてはそういうことですよ。下々としては、これは何のことだと、これは。こういう意見があるわけなんです。 これは私は率直な声だと思うのですよ。国がああいう判決を受けて何ら反省するところがない。こういう私は二つの国家公務員の話と民間人の話を申し上げましたのですが、大臣はどうお考えになっていらっしゃるんですか。
○国務大臣(山中貞則君) 違憲判決については、昨日、総理が政府の責任者としての答弁をされましたので、その方針に従って、自衛隊を総理の指揮監督権を除き統括する者として、そのままの使命を遂行すべきであると考えます。また、訴訟については、政府の訴訟者としての法務大臣の見解を、私としてはそのまま政府の姿勢として受けとめるしかありません。しかし、それを、判決を受けた姿勢はどうだという話でありますが、これは先ほど欺瞞に満ちた自衛隊、こういう表現を使われたんですが、率直に申し上げて、私のほうは隊員募集から始まって違憲判決に至る苦悩に満ちた自衛隊ということでありまして、その意味ではたいへん深刻に受けとめております。 それから公務員とまあ建築法違反の問題等も取り上げられましたが、これは比べるのにちょっと適当でないのではないか。まあ公務員の場合でも、やはりいわゆる犯してはならないという、スト権その他の議論の分かれる問題と別に、通常の人でも犯罪に問われるべき問題等にひっかかる者がおりますから、そういうものはやはり公務員法でもきちんとしておかなければならない問題であると思います。これは道義の上の問題です。したがって、それと建築基準法の悪徳家主とか、そういうものと、国の存亡をかけて政府が被告としてそれに対して不服であって服従しないという姿勢をとるということと、ちょっと比べるのにぐあいが悪いのではないかと思います。
○鶴園哲夫君 まあ、比べるのにはもっと政府のほうが私は悪質だと思うんです。逆だと思うんですよ。それはまさに悪質きわまりない建築屋じゃないか。しかも建築法じゃないんです。これは。国の成り立ちをきめている憲法違反だと。しかもその判決が、先ほど言いましたように学界ではっきりしておるんですよ。憲法違反だとはっきりしている。それを踏まえて裁判所が出した。だから、これは真剣にやはり考えなければならぬ問題だと思うんだけれども、これは建築法違反以上に深刻に受けとめなければならぬと思うんですよ。ですから私は、上田議員もおそらくその凍結論を出されたと思うんです。凍結ぐらいのことは当然考えるべきだと思うんです。これは下々の者に対して何ともならぬです。こういうことでは。公務員の問題については、これはどういうことであろうと逮捕されますと、逮捕されて起訴されますと、何であろうと、とにかく疑いがかけられて逮捕されますとこれは休職ですよ。これは公務から停止です。今度は憲法違反だと言われておりますからね、これ。それを平気でどんどこどんどこ倍増ゲームをまた平気の平左で続けていくという、その姿勢がわからぬと言うわけです。これは民間人もそうです。国家公務員もそうです。わからないと言う。これは山中長官だって、そこにお並びの方だって、合憲だと思っていらっしゃらぬと思うんです。これは三十一年までは憲法改正せにゃいかぬ——防衛庁設置法が通ったのは二十九年です。二十九年です。それから自衛隊法が通ったのも二十九年です。その直後出てきた鳩山さんが、これは憲法で軍隊を持てないというのは不都合だと、これは防衛庁設置法が通ったって、自衛隊法が通ったって、憲法改正するんだという所信表明をしたでしょう。そのとおりだと思うんですよ。自分からわかっていながら、そういうような解釈をしておるんだと私は思うんですけどね。もう少し、私はもっと根本的に、二の憲法違反については、姿勢があまりにも弁護士的と言うんですかね、政治家としての態度ではないと私は思うんです。まあインチキ弁護士というか、悪質大家とか、悪質きわまりない建築屋だと、こういうことを言うんですよ。そのとおりじゃないでしょうかね。まあしかし総理がこうきめておると言う。防衛庁長官としては、それでということでしょうけど、だから私は感想を求めたわけですけれども、これはどうも何ともならないですよ。ですから、まあ法治国家であるとか、法は尊法せよとかおっしゃるけれども、これは尊法精神を大いにそこないますね。まあ言うならごまかしごまかしでやってきておるわけですから。そして法は守れと。これはたいへんな問題だと私は思うんですけれどもね。受けとめ方がきわめて弁護士的ですな。それは弁護士ですからやむを得ない点もありましょうけれども。まあ以上先に申し上げまして、続いてさっきの続きにひとつ入らせていただきます。 さきにお伺いしたのは、医官の定員の問題で伺ったんですが、まず伺いたいのは、定員が足りない足りないと言われる、あるいは不足しているとおっしゃるのですから、その定員の基準はどういうふうにしてきめていらっしゃるんですか。
○政府委員(鈴木一男君) ただいまの御質問の前に、午前中の御質問の中で一言明確にしておきたい点がございますので御説明申し上げたいと思います。 自衛隊中央病院が、鶴園委員の御指摘で、幹部の何か専用の病院のように御発言がございましたが、自衛隊中央病院というものは幹部だけの病院でございませんで、曹士も、隊員は上から下まで、また家族も一様に入院、外来ともに利用できる病院でございます。それから中央病院もそうでございますが、他の地区病院もいずれも職域病院として、隊員はもとよりその家族も収容できる病院であることを明確にしておきたいと存じます。現にそのようにやっておるわけでございます。 それから定員の考え方でございますが、これは各自衛隊の医官の定員というものは、陸で申せば連隊、それから海で申せば各護衛艦、空では航空団といった各部隊につきましては、部隊の運用を十分考慮いたしまして医官を配置しておりますし、また病院につきましてはベッド数等の規模に応じまして医官を配置しておるわけでございます。また、そのほかに医療行政上医師としての職能が必要とされる職員につきましては、若干のこれまた医官を配置いたしております。現在、御案内のごとく、自衛官の総定員約二十六万に対しまして、自衛隊の医官の任務、これは非常にバラエティーがございまして、単に診療のみならず、教育訓練あるいは健康診断、健康診断にも定期とか臨時だとか、あるいは特別の健康診断とかございますし、また予防接種だとかあるいは体力の検査、身体検査、あるいは環境衛生の問題、労働衛生の問題と非常に多岐にわたっておるわけでございまして、これらのバランスをちょっと御説明申し上げますと、現在、四十七年度末で定員は八百三十六名でございますが、それのうちにおきまして、行政部門に対しましては全体の約四%、それから教育、研究部門に対しまして約五%の定員を配置しておりますし、それから病院等につきましては全体の二七・八%、それから先ほど来の問題の部隊等でございますが、これに対しましては六二・八%程度の配員を行ないまして、八百三十六の総定員の中のバランスがとれておると確信をいたしております。
○鶴園哲夫君 私、午前中に中央病院の問題について申し上げましたのは、ゴジラ事件というのがあったときに、あの記事を見てみますというと、つまり防衛大学の仮装行列でゴジラをつくって、そのあと足になった人が発煙筒を中でたいて、そのためにその有毒ガスで倒れた。それを横須賀の地区病院に運んだ。横須賀の地区病院に運ぶか中央病院に持っていくかということは、そのときの指揮官の指示に従ってやるんだと。横須賀の地区病院というのは、その方によりますというと、自衛隊の中では横須賀地区病院と言わないで家畜病院というふうに言われているというような形でありましたですがね。そこで、そこではとてもだめなんだと。そこへ行って、そして何ともないということで帰って——帰ってと言うのか、一週間後に死んだという記事が載っておるわけですね。その中に——たてまえはいまあなたのおっしゃるように全部の者と、中央病院でも何でも全部の者ということになっているけれども、そうではないんだと。実際はそのときの指揮者の指示に従って、どこの病院へ行くかはきまってくるんだと。おれはそこに行きたくてもそうはいかないんだと。こういうことが書いてあるから、たてまえはおっしゃるとおりだと思うんですよ、しかしながら、実情はそうなっていないということを私はそのときに見てとったものですから、この際にちょっとそこのところを触れたわけです。そういうことです。 それから、いまのお話がございましたですが、これで八百三十六名という定員は、これ、医者一人に対して隊員どのぐらいの数字になっておるわけですか。
○政府委員(鈴木一男君) 医官一人当たり隊員三百九・八人でございます。
○鶴園哲夫君 あと、それで伺いたいと思うんですけれども、自衛隊は民間の病院にも入れるわけですよね。それで隊員に対して三百九人と、国民の立場からいえば、いま医者一人に対して国民は八百人ぐらいだと思うんですよ。その立場からいいますと、この三百九人というのは非常に濃厚な医療という形になると思う。もちろん国民一般の中には病人から何から、老人から乳幼児から一ぱいおりますから、そういうようなことを考えますと、これは非常に高い、たいへん高い数字だというふうに国民としては見ざるを得ない。外国の軍隊の例もありますけれども、しかし、国民の立場からいえばたいへん高いものではないかと。そして現在の実在の医官で割ってみて八百幾らから九百ぐらいになるんだろうと思います。そういたしますと、現在の自衛隊の医官の状況でいった場合に、国民の立場からいえばそう変わらないのではないかという感じを持つのは自然だと思います。そういう点については、どういうふうに考えていらっしゃいますか。
○政府委員(鈴木一男君) いわゆる国民一般に寄与いたします医師、大体いまのところ十二万ぐらい現時点でございますが、その中で四十六年の時点で見ますと、医療従事者、これは厚生省の統計から見ますと、医療従事者が大体全体の九五%を占めておるわけでございます。これはいわゆる診断、治療等に従事する医師と一応お考えいただいてけっこうかと存じますが、私どもの自衛隊医官と申しますのは、もちろん診断、治療は行ないます。また行なわないと困るわけでございますが、そのほかに、先ほども御説明申し上げましたように、非常に多岐にわたる業務をいたしておるわけでございます。先ほどの一般の医師の場合、いわゆる公衆衛生業務にタッチするような医師は除外いたしましても大体が九五%、全体の医師の九五%を示しておるというような状況でございまして、一般の国民に寄与する医師とそれから自衛隊医官という医師と、これをにわかに比較することは非常に困難かと存じます。
○鶴園哲夫君 これは率直に言いまして、定員の数字からいえば三百人に一人だということになりますし、現在の実在員の関係からいっても国民一人当たりの医者とそう変わらないということになりますれば、国民の立場からいえば、まあまあ自衛隊もそんなおかしいことはないんじゃないかという判断に立つのは私は自然だと思いますね。それを納得させてどうこうということには、これはえらい話だと思うんですよ。大体の納得としてはそういうことになるんじゃないかと私は思います。特に、だから別な意図があれば別ですけれども、医官の不足そのものについては、どうも国民の立場からいえば、たいへん不足しているということにはならぬのじゃないかという判断をせざるを得ないと私は思っております。 それはそれにいたしまして、そこで、先ほど私ちょっと申し上げましたが、自衛隊員はもちろん民間の病院も使えるわけであって、で、これ、陸上自衛隊の例が出ておるのですが、患者の受療個所というのが出ておって——これは「こぶしの会」というのがありますね。自衛隊のやつですが。その資料によりますというと、民間の病院が三割近くあるわけですね、民間の病院の受療が。民間の受療というのはだんだんふえておりますね。ふえておりまして、三割近いのが民間の病院でやっている。そのあと、部内の病院というのが、それよりはるかに低い、一六%か一七%ぐらいですね。それと、まあ今度は部隊の病院、これがだんだん部隊としては減ってきている。これは医者が減るせいでしょう。医者が減るせいでしょうが、個所としては半分ぐらい、全体の診療、受療を受ける中の半分以下、部隊の医務室。そして民間の病院が約三割、残りの一割七分か八分ぐらいのところが部内の病院というような数字が出ておりますですね。だから、民間の病院が果たしている役割りというのは非常に大きいわけですよ。三分の一ぐらいですから高いわけですね。だから、これで充足しているんじゃないですか。何かそれ以外の理由がありますか。受療的に見れば、これで自衛隊のいわゆる医療の受療というものは充足されているのではないですか。
○政府委員(鈴木一男君) ただいまの御質問の中で、部内が一割ちょっとというふうな数字をおっしゃったのでございますが……。
○鶴園哲夫君 一割七分。
○政府委員(鈴木一男君) 一割七分でございますか。——私どもの調査いたしました四十七年度のデータで申し上げますと、病院入院で部外にかかった総延べ数でございますが、患者延べ数でございますが、四十八万四千二百八十四名、それから同通院が二百八十五万三千九百五十九名、帰宅治療——家に帰りましての帰郷治療でございますが、その数が三万八千六十五名、合計いたしまして三百三十七万六千三百八名となっておりまして、全体を申し上げますと、総計、部内を合わせまして九百二万八千三百五十一名に相なっておりますが、率から申し上げますと、部外にかかっているのが四十七年度におきましては三七・四%。この点につきましては、先ほど鶴園委員の御指摘の数字に大体合っておりますが……。
○鶴園哲夫君 いや、もっと高い。
○政府委員(鈴木一男君) 部内につきましては、時間がございませんので計だけ申し上げますと、五百六十五万二千四十三名で、六二・六%ということになっております。ちなみに前年度の四十六年度の実績を申し上げますと、部外が約四十二%。したがいまして、四十七年度では若干部外にお願いしている患者数が減ってきているというふうな状況でございます。 これらにつきましては、ただいま御指摘のように、これだけ外部にお世話になっておきながらもう医者をふやす必要はないんじゃないかという御指摘でございますが、先ほど来るる申し上げておりますように、自衛隊医官の業務、任務と申しますか、非常に多岐にわたっておりまして、特に外部の医療機関では教育訓練、特に衛生面におきます教育訓練というものは不可能でございますし、また一般医療機関のほかに委託医師、これも一般医療機関の先生に部隊でございますと医務室等に来ていただきまして診療していただくわけでございますが、この先生方も週に二回とか、あるいは多くて三回とかいうことでございますし、それも午前中、あるいは極端な場合三十分程度と、しかも診療科も内科、外科に限定されているというふうな制約がございまして十分な医療ができないというふうなことがございますので、われわれはやはり専任の医官を期待するわけでございます。
○鶴園哲夫君 私が申し上げました資料というのは若干古くて、しかし、資料としては「こぶしの会」の資料によって出ているわけです。 それで、いま局長おっしゃった部外の、民間の病院で三七%、この数字は急速に高まっているわけですね。これは医官が不足してきたということもあるでしょうが、急速にたいへんな勢いで高まってきている、民間に対する受療率というものが。これは一面においては医官に対する不安感というのがあるんじゃないですか。こういうふうに民間の医者が減ってくるということもあるでしょう。ですが、それ以上に、ふえ方というのは非常にたいへんな、民間病院に対する受療というのは非常な勢いでふえている、三七%といいますと。ですから、これはやはり自衛隊の医官に対する、医者としての能力に対するやはりあれがあるんじゃないかと私は思いますね。まあしかし、いずれにいたしましても、こういう状況だけれども、局長としてはやはり定員を満たしていく、医官をつくっていく必要があるんだというお話ですがね。こういうふうに満ちておれば、医療はこれでやっているじゃないか、国民とそんな差はないじゃないか、特に国民と違ったことをする必要はないじゃないかというのがこれは率直な考え方だろうと思うのですが、それは一応おきまして……。 次に伺いたいのは、医者の募集というのはどういうふうにやっていらっしゃるのですか。二通りあるようですね。一般の公募と言うのですか、それともう一つは委託学生——衛生学生と言うのですか、その二つについて御説明をいただきたい。
○政府委員(高瀬忠雄君) 医官の募集は、ただいま御指摘のように二通りといいますか、こまかく申し上げますと三つの方法で医官を採用しております。まず一つは、すでに医師の免許を有する者、一人前の医者になりました者から幹部の医官ということで採用する方法でございます。で、これはいつでも採用するというような体制でございまして、年間大体百四十五名くらいを目標に——もっともこの中には歯科医も含まれておりますけれども、すでに一人前になりました医者。それから次には、医科大学校を卒業しました者につきまして、これを自衛隊の幹部候補生ということで年間約百二十三名の募集を行なっております。これは大体志願受付期間をきめておりまして、五月−七月というようなときに志願受付をいたしまして、そしてその翌年の卒業しました四月に採用するというふうなことにしております。それからもう一つは、いま先生御指摘になりました貸費学生制度というのがありまして、これは医科大学校に在校しております者につきまして、貸費学生といたしまして一定の金額の金を貸す、貸与する、そして将来卒業の暁には自衛隊の医官になるというようなことで貸費学生制度をとっております。大体医者を採用する方法といたしましては、この三つの方法で現在募集を行なっております。
○鶴園哲夫君 私が問題にしたいのは、一般の一人前の医者になっている人を公募して採用する。それから医学の大学を卒業する人に対して募集をする。もう一つ、いまの最後の貸費学生ですね、これがかつては百何人というような数字になっておったんだが、いまやゼロになっている、一人も来ないということになっていませんか。どうですか、一人か二人は来ますか。
○政府委員(鈴木一男君) 三十八年から衛生貸費学生の採用状況を見ますと、三十八年の時点では年間を通じまして九十三名ほど来たのでございますが、その後漸減をいたしまして、特に四十二年、四十三年ごろから非常に著減をいたしまして、四十七年度におきましては残念ながら一名ということに相なっております。
○鶴園哲夫君 委託学生という制度は、これは戦争前にもありましたですね。いまはこれを採用していらっしゃる、だが一名、一名しか来ないということですよ。これは数字的にも明らかなわけで、四十五年ごろから一名だということですね。一名ゼロと言ってもいいかもしれぬけれども、一名、あることはあるわけです。一名という数字になるのですが、これは私は非常に重要だと思うんですけれども、私は厚生省のほうもそれから法務省のほうも調べてみましたけれども、漸減していることはこれは事実ですね。医者が非常に不足をしているということもありましたし、価値が非常に高まってきたということもあって、減少はしていますけれども、かつては百六十名もあった、百六十名という時代もあったわけですよね。そういう時代から、四十三年、四十四年から急激に減ってきて、いまは一人というのが続いておるということは、これはたいへんなことだと思うわけなんですよ。あと大学を出る者に対して百二十三名公募すると言うんですが、これは何名ほど来るんですか。
○政府委員(鈴木一男君) 三十八年ごろには公募が十七名程度でございましたが、多いときで三十六年あたりは三十四名、大体十台から二十台、多いときで三十四名という程度でございまして、四十七年度につきましては二十七名でございます。
○鶴園哲夫君 この貸費学生というのは昔からあったわけですけれども、六千円という金額ですね。月六千円という金額ではこれはどうにもならない。厚生省は何か五万円、月五万円、今度は四十九年度の予算で要求しているようなふうな記事を見たことがありますけれども、防衛庁としては、この問題についてはどうお考えですか。
○政府委員(鈴木一男君) 私どもも月額六千円という数字は確かに低いと存じまして、厚生省、ただいま五万円というお話でございますが、われわれも厚生、特に法務、それからうちの防衛庁の中にも技術関係、他の理工科関係でございますが、そういった貸費制度もございまして、いろいろ相談いたしまして、大体いまのところ要求額といたしましては衛生貸費学生につきましては三万円を出しておるわけでございます。
○鶴園哲夫君 私は防衛大学をつくることについては基本的に反対なものですから、いろいろな理由で反対なわけです。したがって、いままでやっていらっしゃるやり方というもの、月額六千円で貸費学生だということではどうにもならぬじゃないか、やりようは幾らでもあるんじゃないかというふうに私は思うのです。そうしますと、これはいまおっしゃった三万円というお話ですが、そういうことも何もやらないでおいて、もうさっそく医科大学だ医科大学だという考え方、これはどうも理解されないですね。何でそういうことをなさらなければならないのか。いままで六千円で来ているのですよ。その前三千円だったかな、それが六千円になっている。そういうものについての従来努力というものがはかられないで、そうして防衛医科大学というようなふうにいかれるのは飛躍があるように思えてしようがない。
○政府委員(鈴木一男君) ただいまこの制度は三十年から発足をいたしておりまして、発足当時は確かに御指摘のように三千円でございましたが、三十一年に四千五百円に上げまして、その後四十六年に六千円、これは防衛庁関係の衛生貸費学生のみが六千円ではございませんで、全部、厚生、法務省矯正関係も一律現在六千円でございます。そういうふうな経過がございますが、これも確かに低いということで毎年お願いをしておるわけでございますが、現在六千円にとどまっているというふうな状況でございます。 奨学金制度というものはこれは各国で取り上げている制度でございますが、何もアメリカのまねをするわけではございませんが、御案内のごとく、四十七年度でアメリカにも国防医科大学校をつくる計画があります。いわゆる私どもが考えておりますようなアンダーグラデュエートのコースで、高等学校を卒業してから医学関係のコースに入っていく、六年制度の大学、アメリカでは四年でございますが、そういうものをつくることに決定かいたしまして、その際やはり奨学金制度も並行して考えていきたいというふうなことを言っていろようです。で、その際の奨学金も、アメリカの場合は初年度におきまして、七三年度の予算でございますが、約四千万ドル、対象人員は大体五千人以内にとどめたいということでございます。さらに次年度から年額四千万ドル、初年度に大体千八百人くらい、これは医者だけではございませんが、歯科医師と、その他の衛生関係者をも含めましたいわゆる衛生関係者の医学関係の制度でございますが、そういうふうな奨学金制度もあわせて考えていきたい。これは御案内のように徴兵制度を七月にやめましたものですから、今後志願制度に切りかえれば医官の応募が非常に少なくなるだろうという配慮から、このような決定を見ているというふうに聞いております。
○鶴園哲夫君 先ほども私申し上げたのですが、非常に条件としては自衛隊と似ているような法務省の矯正施設における医師の問題ですね。そこでまた厚生省がやっております貸費生制度というようなものを見てみますと、まず九六%か七%充足しておるわけですね、非常に条件の悪いところですよ。ところが、自衛隊のほうはたいへんな事態になっている。この貸費学生の問題についても一人しかない、一人しか応募してこないというような状態になっていること等々考えますと、これは貸費生についてもっと抜本的に考える必要がなかったのか、いままでの間に。これは厚生省のほうでも法務省のほうでも悩んでいらっしゃるわけです。悩んでいらっしゃる。医者はおるけれども貸費生はいない。だけれども防衛庁ほどじゃないのですね。これはもう全然違いますけれどもね。違いますけれども、たった一人というようなところまで、応募者が一人しかない、かつては百三十人も百六十人もあったというところが、一人に落ちるまでほうっておいたなんというのはどうも理解がつかないですね。ですから、やはりこういう制度についてもっと抜本的に考えていくべきにかかわらず、何か医科大学というような形で出てこられるものだから、いま話を聞くとアメリカのまねをなさったような感じもしますけれども、何もアメリカのまねをする必要はないわけで、もっとこれは考えてよかったのじゃないかと思うのですけれどもね。三万円だったら集まるのじゃないですか。
○政府委員(鈴木一男君) 何か事前に抜本対策を考慮しておくべきじゃなかったかという御指摘でございますが、この点につきましては、もうすでに前から一般の医官確保対策ということでやってまいったわけでございまして、一つは、やはり先ほどもちょっと触れましたが、受け入れ体制の確立ということで、人並びに物——人も御案内のように、いまのように慢性の症状を呈しておりまして入ってまいりませんが、せめて医官を受け入れるための医療施設の整備、こういったことに、あるいは備品の整備というようなことで整備をはかってまいったわけでございますが、四十六年から四十八年の三カ年を見ましても、医療施設整備費では十四億の投資を行なっておりますし、それから医療用備品につきましては約十一億の投資を行なっておるわけでございます。その他、定着対策といたしまして、一つは、いま申し上げました医療施設の受け入れ体制の整備、それからやはり外国に留学したり、あるいは研修に出たりするというような魅力化、この件も逐年派遣人員をふやしております。それから研究費の増額、これも大体国立病院並みの研究費に近づけておりますし、その他の処遇改善、あるいは、もう一つやはり医師にとりまして魅力は博士号の獲得でございますが、いままで大学校もございませんで、大学を卒業いたしましてまだ博士になってない方に対しましては通修制度という制度を設けまして、外部の大学へ勉強に通いまして、そこで論文を出していわゆる論文博士を獲得するという道も講じてまいったわけでございますが、これも三十八年度からそのような施策を講じてまいっておりまして、四十三年度までに十三名ばかりその実績がございますが、残念ながら四十四年度以降皆無になった。これも一つは、特に四十二、三年の問題につきましてこういうふうにゼロになったということは、御案内のやはり学生運動が激しくなったということもあろうかと存じます。そういうふうな確保対策、魅力化対策をやってまいったわけでございますが、それにもやはり限度がございまして、これからもますます充実していかなくちゃならぬわけでございますが、それはもちろん大学校をつくる前の施策として並行していままでもやっておったわけでございますが、これとてどうにもならない、来てくれないというようなことで、抜本的な解決策としては、やはり自前で、人にたよらずに自分で大学校をつくって、そして医者を養成していこうという発想に立ち至った次第でございます。
○鶴園哲夫君 防衛医科大学の学生の優遇措置、これは高等学校卒業の公務員として取り扱う。そうすると、高等学校を出た公務員としての月給を出す、入学金はもちろん要らない、授業料は要らない、宿舎も要らぬ、さらに衣服も要らぬということになるわけですか。
○政府委員(鈴木一男君) いまの防大の学生並みに考えております。まだ法案が通りませんので最終的な決定の段階には至りませんが、大体防大に準拠してまいりたいと、このように考えております。
○鶴園哲夫君 私は、防大の場合にも申し上げたんですけれども、国の建てている、国がつくっている学校としては、これは独特な優遇ですね。われわれに言わせますと、これは至れり尽くせりの優遇です。これはおそらく防衛大学以上の問題だと思うんですね。いま国立の医科大学、医学部をつくるということになりますと、地元で負担だということで、二十億や二十五億や二十八億という地元の負担が要るわけですが、そういうものもないのでしょうし、それからこれは授業料も要らぬ、何も要らぬ、月給もくれてやる、期末手当も出るのだというようなたいへんな優遇措置ですね。なぜこういうことをしなければならぬのかということを私は非常にふしぎに思うわけなんです。国が建てている学校でこんなべらぼうに優遇措置を講じているところはどこにもないですよ。だれが何といってもこれは軍事最優先です。こんな学校ないですよ。
○政府委員(大西誠一郎君) 防衛大学校の問題と共通でございますので申し上げますが、現在運輸省にございます海上保安大学校がやはり防衛大学校と同じように国家公務員として給与を支給し、さらに期末・勤勉手当も支給をする、そのほか被服等についても貸与いたしております。したがいまして、防大あるいはこれからつくりますところの防衛医大のみが唯一の学校であるということではございません。
○鶴園哲夫君 防衛大学校というのは自衛官じゃないんでしょう。警察大学校というのがありますが、警察大学校はあれば警察官、それから税務大学校というのがありますが、これは税務官。これ、自衛官じゃないでしょう。学生でしょう。ここはそうじゃないでしょう。これはだから、当然警察大学校でいえば、これは警察官ですから警察官としての月給をもらっておりますよ。あたりまえの話。あるいは税務大学校でいえば、これは税務官の税務公務員が税務大学校に入っているわけですから、これはれっきとした公務員です。これはだからそういうものを出しています。しかし、ここは違うでしょう。自衛官じゃないんでしょう。
○政府委員(大西誠一郎君) 大学校という名前がつく政府の機関がいろいろございますが、大別いたしまして、いわゆる将来その省庁の職員となる者を養成をする養成機関としての大学校と、それから現任教養と申しますか、現在の仕事をさらにレベルアップするという意味の大学校と両方ございます。あとのほうは、たとえば警察大学校とか自治大学校とか、あるいは税務大学校等はあとのほうでございまして、防衛大学校並びに海上保守大学校は前のほうの例でございます。
○鶴園哲夫君 政府機関としては二つあるわけですね。海上保安大学校といまのこの防衛大学校ですね。あと農林省に水産大学校というのがありますけれども、これは実際普通の学校と変わらない、授業料も取っておりますしですね。ほかのいまの警察大学校あるいは税務大学校、これはいずれも国家公務員です。いまおっしゃる防大は、これは自衛官じゃないでしょう、この防衛大学校の学生は。
○政府委員(大西誠一郎君) 自衛官ではございませんが、防衛庁職員でございます。
○鶴園哲夫君 そこで、卒業して九年間の義務任限を課するというのですね。それで途中でやめた者に対しては、これは義務じゃないんだな。義務ではないわけですね、九年間つとめるということ、途中でやめた者については。卒業と同時にやめた者については一千二、三百万の金を払わせる、つまりその間に使った金を償還してもらう、返してもらうというような制度のようですね。そこのところを若干説明してもらえませんか。
○政府委員(鈴木一男君) まず、九年間の勤務義務でございますが、これはいわゆる強制ではございません、努力規定でございますが、まあ御指摘のように、国家投資、巨額の金を投資してつくるわけでございますので、卒業してさっさと逃げられたのじゃ、何のために、行政目的のためにつくった大学校とは言えないわけでございますので、そういう意味でまず九年の義務を課する。 で、九年という数字はなぜ出てきたのかということがございましょうから、その点まず御説明申し上げますと、大体三佐の階級になるまで、初任時でございますが、九年かかるわけでございます。それからだんだん二佐、一佐、将補というふうに上がっていくわけでございますが、その間が一番やめる人が多いわけでございます。やはり統計的に調べてみますと、特に一尉の階級あたりが非常に目立つようでございます。そこで、その離職の原因を調べてみますと、やはり先ほど非常に利用率の高いと御指摘もございました国立病院に勤務したいとか、あるいはその他の医療機関に勤務したいとかいう者が非常に多うございます。これは三割をこしておるようでございます。いままでの実績の平均でございますが。それからその次に多いのが学位取得のためにほかへ移って勉強すると。それから次が開業でございます。そういう順序で大体やめていくわけでございますが、したがいまして、その九年までは何とかつとめてもらいたいというのが九年で押えた一つの数字でございます。 それから、ちなみに自治医科大学の例をとりましても、やはり同じく九年と、これは大体先ほどの衛生貸費学生制度もそうでございますが、大体修業した一・五倍、防衛医科大の場合は六年の修業期間でございますのでそれの一・五倍、すなわち九年。それから衛生貸費学生の場合も、その借りた期間の一・五倍ということになれば大体返さなくてもいいというふうな制度がございまして、それに準じて考えたわけでございます。 それから償還金につきましては、先ほども冒頭に触れましたように、単に九年の勤務義務は努力規定でございますので強制ではございません。それで、やはりそれだけ国家利益を与えたわけでございますので、国益の公平の原則から申し上げまして、償還金の制度で歯どめをする必要があるだろうということで償還金制度を設けたというふうな次第でございます。
○鶴園哲夫君 防衛大学校は自衛官ではなくて防衛庁の定員外職員ということになっておるわけですね。それで四年間の大学校教育を受けて、そしてこれは自衛官になる義務はない。ところが、今度できるこの防衛医科大学校は九年間はつとめなきゃならない義務がある。これはちょっとさっきのほうの、かけた金は返してもらうのだという話になるとだいぶ違うのですが——そこはいいですよ、防衛大学校のほうは私はいいと思います。これは自由というもの、最後の選択の自由というものはあるべきだと思いますね。ただ私は、九年の義務年限はあるが、それは義務というのではなくて拘束力はないのだ、やめていこうという者はやめさせざるを得ない。そのかわりひとつ卒業と同時にといいますか、医者になると同時にやめる人については千百万か二百万程度を返してもらうのだと、年数によってその金額は違うというようなふうに聞いてるわけです。その場合に、一体残るかどうかということです。せっかくおつくりになったが、一体残るかどうか。一方、この防衛大学校は、これは私は先ほど申し上げましたが、五割と見ている。これは防衛大学校というのは、出てもすぐ社会に役立つという面を持ってないものも相当教育を受けるわけですけれども、これは権威はともかくとして医師としての免許が出る。いま私立大学に入れば一千万という入学金はこれは常識。その六年間の、月給もらって、衣食住もらって、授業料も何も要らぬという中で、これは先ほど申し上げました食い逃げというのか、いうようなものは、これはどうにも防衛大学校とは話にならぬと思うのですが、これは全然歩どまりはないのじゃないか。大体これは歩どまりはないというふうに私は思いますね。どうですか。全然ないです。これは。全然意味ないと思いますね。
○政府委員(鈴木一男君) 防衛医科大学校ができますと、その防衛医科大学ができました設立趣旨を十分了解した人がまず受験するであろうし、入ってくると思います。その上、九年間の勤務、さらには償還金制度を歯どめで置いておりますし、さらに申し上げまするならば、私は何と申しましてもこの医科大学校の教育内容の問題だろうと思います。そこに魅力を持たせるべきだと思います。と申しますのは、自衛隊医官の養成医科大学校はどういう内容の教育を主眼とするか。医の倫理の問題はさることながら、総合臨床医を養成していくのだ。 この総合臨床医というのはおわかりにくいと思いますので、簡単に御説明申し上げますと、これは四十六年の十一月に武見日医会長が座長になられまして懇談会を開きまして、その意見書にも出ております定義でございますが、一般内科、一般外科を基礎とし、人間の健康、疾病に関与する肉体的のみならず心理的、社会的要因までも理解できるように幅広く訓練される、と、単独にあるいはグループプラクティスの一員として総合医療を適用できる知識と能力を持つ医師を意味する一これは簡単に申し上げますと、普通、内科の医者だと、外科の盲腸、虫垂炎の手術もなかなかできない、そういう医者じゃ困る。簡単な外科ぐらいは、内科の医者であろうがある程度の外科的な技術はつける。また外科の医者でも、かぜ引きぐらいなら医者ならだれでもできましょうが、もうちょっと内科的な高度の疾患におきましても外科医者でもなおせるという、そういう者を養成していくことを考えております。したがいまして、そのカリキュラムの内容におきましても、既設の大学とちょっと変わった形のものにしたい。これは卒前の六年間の一貫教育でございますが、その後、先ほど来問題になっております九年の義務、この義務期間の中に、研修医制度の二年間のほかに、これがいわゆるジュニアコースといたしますと、さらに総合臨床医を完成させるためのシニアコースを、九年おれば部隊にも勤務すると同時にそういうふうな腕をみがく。九年の義務が終わるころには、いわゆるここで申し上げております総合臨床医というものが完成できるというような教育内容にしてまいりたい。そういう教育内容をモットーにいたしておりますので、したがいまして、これはどこの社会に行っても、内科でござれ、外科でござれ、何でもやり遂げるという医者を養成したいということでございますので、そういう魅力化をまず教育を通じてはかりたいということでございますので、私は、逃げるどころか、ますます魅力を感じて歩どまってくれるのじゃないか、確信をいたします。
○鶴園哲夫君 私はたいへん魅力があると思うのですよ、大学そのものは。これは魅力がある。ただし、金が要らぬし、何も要らぬ。おまけに月給五万円くれるのですから、これはみな入りますよ。まあ入るか入らぬかはわからぬけれども、魅力はある。しかし、医者の免許をもらったら、これはいないですよ。これはとてもお説のようなことにはならぬですね。これは何も全部をやれるような者にはならぬでもいいのであって、内科は内科でいいし、外科は外科でいいし、眼科は眼科でいいし、それはもう出たらぱっぱっぱっと散っちゃって、クモの子を散らすようにいなくなっちゃう。一千万払えばいいんですから、一千二百万払えばいいんですからね。入ることは入るだろう、これはただですから。全然金は要らぬのだもの、こんなありがたい話はないですよ。ですけれども、私はそこのところはそのとおり、おっしゃるとおり受けとめますけれども、ただ、医者の免許をもらったらこれはいないだろうと。防衛大学でこれは自衛隊の幹部を養成する学校として四年間訓練をする、教育をする、そしてその五割というものは私は抜けると、こう見ているわけです。これからますますひどいだろうと思うのですけれども、これは医者はますます残りませんよ。千百万、私立大学の入学金を払えばいいんですから、残らないですよ、これは。しかもそういう人は現地に派遣しなければいかぬ、現地部隊に。まあそこのところはいいですよ、どうであっても。足らぬのは現地部隊が足らぬのであって、しかも七割は現地におるんであって、定員の中の七割というのは現地にいる。そこが一番足らぬわけで、一五%しかいないので、若いのをそこへやると、ますますぱあっとなっちゃってどうにもならぬというところから、免許をもらったらこれはいないと私は思うわけです。しかもこの義務というのは、義務じゃなくて、これは拘束は何もないわけですから、またあってはならぬわけですから、それを見ないと、これはおめでたいですよ、少し。おかしな話だと思うですね、これは。防衛大学があれだけ見ているのに、免許もらったらいやしないですよ、それは。そう見たらいいんじゃないですか。局長、どうも申しわけない話なんだけれども、これは常識論じゃないでしょうか。
○政府委員(鈴木一男君) 教育内容の魅力化で、特に先生の抑せだと、やはり六年間で卒業したらさっさと逃げるのじゃないかと、まあそこが私ども一番心配の種でございますが、先ほど申し上げましたように、いわゆる研修医制度並びに、これをジュニア課程と考えますと、あとシニア課程をやっぱり三、四年考える、その間に、先ほど来御指摘のように、病院と部隊とのアンバランスでございますか、これをいかに行政的に解決するかということは、やはり末端に行っても勉強できると、腕がみがけるということにあろうかと思いますので、そういうあとにジュニアコースを済んで部隊勤務に、これはどこの国でもそのような形を考えておりますが、部隊勤務を二、三年やらせて、そして再度防衛医科大学校に帰しまして、それでシニアコースをやらせる。そこで初めて九年たてば先ほど申し上げました総合臨床医というふうなものができ上がる。それともう一つ、教育の魅力化は、防衛医科大学校は学校教育法第一条の規定に基づきますいわゆる大学の医学部のような大学院は設けられませんので、それに相当いたします研究科課程四年間をこの勤務期間中に設けたい。で、卒業いたしますと、二年間は臨床研修医制度、厚生省の法律に基づきます臨床研修医二年がございますので、それを済ませてからそういういわゆる、研究科課程に四年間入る。これはどういうものを目ざしておるかと申しますと、将来におきまする防衛医科大学校の教授スタッフ、そういうものの養成、それから部隊あるいは病院等のいわゆる指導医的な人たちの養成、そういったものを別に考えておるわけでございまして、そういういわゆる一番やめていきそうなところで行政的に病院と部隊とのアンバランスを是正したいという施策と、それから教育の魅力化ということ、これをあわせましてこの九年間知らず知らずのうちに進んでいくというような形のスタイルを教育方針として考えておるわけでございます。
○鶴園哲夫君 それは局長、どうもありがたい話で、しかし、私が言っているのは、医者の免許をもらえば外科でも内科でも通用するんですから、何も内科も外科も兼ねたような医者というのは、あればいいでしょうけれども、いま内科は内科で、外科は外科で通用するわけですから、ですから、おっしゃるような形の中には残らないだろうというのを、これはつくる必要ないじゃないですか。別な方法で考えられたらどうかと私は思うわけですよ。しかし、まあせっかくおつくりになろうというのですから、そのつくるという趣旨に沿って質問をしたいと思いますけれども、これはどうも防衛大学よりはるかに歩どまりはないですからね。簡単ですよ、これはもう理屈からいったって。どうもそこのところ、少し考え過ぎですよ、局長の。これはもう全然意味ないですね。おめでたいです。ほんとうにお笑いですよ、これ。私はそう思いますよ。 そこで、私は、この防衛医科大学というのは、これは別にその目的があるのじゃないかというふうに考えておるわけなんですよ。医官が足らぬということでおつくりになるというのじゃないんじゃないか。それだけのことじゃないんじゃないかという私は感じを持っているものですから、それならまたこれは意味があると思うのですよ。それはそれとしてまた意味があると思う、私は反対ですけれども。 そこで、自衛隊の医科大学の設置要領みたいなものを見ますと、自衛隊の特性を考慮した研究テーマというような言い方をしたり、それから自衛隊における医学研究センター、大型プロジェクトチームをつくるとか、あるいはもっと的確な言い方では、自衛隊の任務遂行に必要な医学に関する高度の理論、応用研究、訓練、こういうようなことばがありますね。これは一体どういうことなんですか。航空医学とか潜水医学とかいうような話ですか。
○政府委員(鈴木一男君) 後段の点から御説明に入りますが、医学の高度の——あの表現でございますが、これは先ほど九年の中にあとでつけ加えました研究科課程のことを申し上げているわけでございます。いわゆる学校教育法第一条に基づきます大学の医学部の場合の大学院に相当するコースでございますね、これを言うておるわけでございます。それが非常に高度なものだということでございまして、それから前段の自衛隊の性格にマッチしたような研究だとかプロジェクト研究。現在、御案内のごとく、海におきましては潜水医学実験部が横須賀にございますし、それから空の低圧の問題につきましては、御案内のごとく立川に航空医学実験隊がございまして、低圧、高圧、それぞれ研究をいたしておりますが、そのほかに自衛隊の性格にマッチしたという考え方は、いまやはり国家的な問題になっております救急医療の問題、これもひとつの一例としてわれわれは頭の中に強くあるわけでございます。救急医療の問題をこれをシステマチックに解明していこうという研究所が、日本を見渡しましても非常に少のうございます。ほとんどないと申し上げても過言ではないのじゃないかと思うぐらいに少ない。しかも十分な体系づけが行なわれておらない現今におきまして、自衛隊といたしまして、そういうふうな救急医療の研究所、こういったものを将来考えていったらどうか、これは例示でございますが、現段階ではそういうふうな考え方を持っておるわけでございます。 〔委員長退席、理事内藤誉三郎君着席〕
○鶴園哲夫君 私は、まあ第二次大戦の前半までは軍事医学というのか、軍医官というのか、これは戦傷者の事後処理、あるいは伝染病であるとか、あるいは栄養失調であるとか、そういうような医学としてあったと思うのですけれども、しかし、第二次大戦の中ごろから情勢が非常に変わってきておるのではないでしょうか、医学というのは。つまり、医学というのは、戦争そのものも無差別爆撃が行なわれる、原子力の利用で無差別爆撃が行なわれるということになってから、戦術そのものも非常にみな殺し作戦として変わってきている。医学そのものも、これは戦争によって負傷した者をどうするとか、訓練によって負傷した者をどうするとかという問題のほかに、軍事医学としての面が非常に大きな意味を持ってきているのじゃないかというふうに思うのですよね。つまり、細菌兵器といいますか、兵器として医学を使うという面が第二次大戦の中ごろから変わった面として非常に伸びてきているんじゃないかというふうに考えるんですね。それで医官が不足だとおっしゃるけれども、こんなことをやったって医官は残らぬだろう。残らぬけれども、たいへん手厚い特別な国立の医科大学校をつくってやられるには、医官の不足という問題じゃなくて、質的にこれは違ったものを考えていらっしゃるんじゃないかというふうに思うわけです。大体もう医科大学生だって、特に医科大学の民主化運動以来これは自衛隊に志望する者がいなくなっちゃった。貸費生も一人しかいないというようになっちゃった状態でしょう。ましてや、何かそういうような自衛隊の任務遂行に必要な研究を行なってもらおうと思っても、これはもう学校に拒否されて、医科大学に拒否されてしまう。だから私は、どうもこの医科大学というのは、医官の不足ということがその表面には出ているけれども、またそれも事実でしょう、しかし、中身は残りませんよと。残るのは何かというと、どうも私は、いまの軍事医学の半面ですね、より兵器としての医学という方向へこれは動いていくのではないかと、こういう感じを強く持つんですよ。それでなければ、この医科大学というのはどうもおめでたい話になっちゃう。それはどうでしょう。
○政府委員(鈴木一男君) ただいまの御指摘でございますが、これは鶴園先生純粋にお考えいただきまして、私どもの先ほど来るる申し述べましたように、非常に深刻な医官の低充足状況であると。で、あくまでもこれは医師を養成していきたい、いわゆる自衛隊医官としての医師を養成していきたいという観点に立ちまして、しかも外にたよらない、ほかの医科大学にはたよらない、既設の医科大学にはたよらないと。先ほどの充足状況から見ましても、採用状況から、これの採用を上回る大量の離職者を出しているという状況から、どうしてもほかにたよれない、自前でやるより道がないだろうというようなことで、こういう発想になった次第でございます。したがいまして、もうほかに考える余地はございません。医師を養成する立場から自前でやっていこうと、そういう立場に立ちますと、やはりその教育課程というものは、大学の設置基準によりましてきめられております医学部医学科の課程に準拠しまして、一般の医科大学の教育と何ら異なるところはないわけでございます。 それと、ただいま御指摘のような、軍事医学というおことばをお使いになされたわけでございますが、私は、あえて言うならば防衛医学じゃないかと、これが穏当だろうと思いますが、その防衛医学というものをたとえば正規にやろうと思いましても、これは大学設置基準の第三十三条の規定にこういうのがございまして、進学の課程においては、特に次に定める単位を含め六十四単位以上やらなくちゃいかぬと、その中に一般教育科目だとか、あるいは外国語の科目だとか、あるいは保健体育の科目だとか、あるいは基礎教育科目だとか、こういったものを六十四単位以上修得しなくちゃいかぬと。あと専門課程につきましても、基礎講座につきましては、基準といたしまして十三講座、それから臨床講座にいたしまして十四講座、合計二十七講座を最低基準として必要だというふうにきめられておりまして、その中に防衛医学という講座を必須で入れられることは大学設置基準からも不可能でございます。純粋にやはり医師の養成ということをわれわれは目ざしておるわけでございますので、そういう防衛医学の講座が必須でなくたって一向差しつかえないわけでございます。
○鶴園哲夫君 私もその点は、先ほど申し上げましたように、医官が非常に不足していると、しかし、そのことは国民と比べた場合にそう特殊なものではない。国民から見れば、そう足りないということであなたがお考えのようにどぎまぎするような話じゃないと、そう国民とは違っていない。が、しかし、何としても医官を養成をして定員を充足していきたいと。しかし、そうおっしゃるけれども、実際は、いまのような御説明では、学校に入ってくることは入ってくるでしょう、これはただだし、こんなところはありませんから。いまどきこんなものはないですよ。天国に行かなけりゃこんなものはないですから、ですからこれは来るでしょう。しかし、それは残らないでしょう。歩どまりというのは、全然これは防衛大学校の比じゃない、直ちに役立つわけですから。しかしながら、なお、にかかわらず医科大学をおつくりになる。しかも自衛隊任務遂行に必要なあるいは大型のプロジェクト、それは潜水についての研究をなさるでしょう、あるいは航空についての研究をなさるでしょう。しかし、いま軍事医学というのは、防衛医学というのは初めて聞いたのですけれども、軍事医学というのは、先ほど私が申し上げましたように、これは医学であると同時に、半面、兵器として使われていること、天下周知の事実ですよ。ですから私は、その意味の面があるのではないかと。だから、防衛大学という閉鎖的な大学をつくって、そこでこういうような大型のプロジェクトをつくって、そういう軍事医学としての半面が動き出してくるのではないかということを言っているわけです。心配しているわけです。これ、防衛庁長官、どうですか。そういう心配はしていらっしゃらない……。
○国務大臣(山中貞則君) そのようなわが国が外国に対して軍事的に使用し得るような医学的な研究をするということは、わが国においては許されないことでありますし、そういう必要もなく、したがって、そのようなことの、防衛医科大学校設置に伴う教科内容として全く考えていないところであります。
○鶴園哲夫君 どうもいまの大臣のおことばでは、大臣のおことばは、おことばのとおりですけれども、私はどうもどういう立場から考えましても、先ほど申し上げたようなことで、これはやはり軍事医学というものが動き出していくというように見ざるを得ないのではないかと、こう考えるわけですけれども、しかし、その心配はないのだ、そんなことはあり得ないというお話ですが、私はそういうことに発展していくんだと、これは。いままで日本が軍国主義の時代だって、自分みずから軍の大学をつくってやってこなかった。明治の初めは別ですけれども、つくってこなかった。だけれども、今回そういうようなことで、そういう非常に閉鎖的な軍事医科大学というものを——私は軍事医科大学と、こう言いたいのですが、軍事医科大学というのをおつくりになるということは、医学の、半面の兵器としての医学というものが動き出してくるのではないかという点を非常に懸念しておるものです。 関連があるそうですから、前川君のほうからひとつ。 〔理事内藤誉三郎君退席、委員長着席〕
○前川旦君 いまの問題は、たいへん私も大事な問題だと思うのですよ。いま局長が防衛医学ということばを言われましたね。それから防衛庁長官は、外国でこういうのを使うという、これは細菌兵器のような考え方なんでしょうけれども、そういうものを研究したり、つくったりすることは毛頭考えない。それは私は正しいと思います。正しいと思いますけれども、ただそのあと出てくるのは、やはりこういうことではないでしょうか。われわれは外で扱わない。しかし、よそからそういう細菌兵器とかで攻撃される可能性はある。それを防護するための手段といいますか、そういうものはやはり研究しておかなければいけないという発想がつい出てくると思う。ということは、それを研究するということは、それじゃその大もとも研究しなければ防ぐ法がないということになりますですね。そうすると、連鎖反応で、意思がなくともやはりそういう方向に行かざるを得ないというようなことになるんではないだろうか。そうなると、それをじゃチェックするのか、それも認めないのか、あるいはそれは防御的なものは研究することがあっても、それはあくまでそれにとどめるのだというようにチェックするのか、その辺の考えはどうなんですか、これはいろいろな問題を含んでいると思うのですよ。
○国務大臣(山中貞則君) これのもう限界はきわめて明白でありまして、いまは海上自衛隊にしても、核によって汚染された場合に洗浄、浄化する、そういう機能は持っております。かといって、それをわが国が核の開発に結びつけてやろうという考えは全く持っておりませんし、やれないことですし、それをひそかに研究するということもあり得ない。したがって、防衛医科大学校というものは、まさに設置の目標どおり、それは一朝有事の場合においては普通の人たちと違う戦傷等が起こるわけでありますから、そういう昔の野戦病院的なそういうものも一般の医科大学では教えないところでありましょうけれども、そういうところはやはり防衛医科大学校は習熟する必要がやっぱりあると思いますが、それを越えて、本来日本が人道上、国際法上においてもCBR兵器等についてみんなが申し合わせておることに違反するような端緒を開くとか、もちろん核についても対応・浄化だけはあるけれども、それから先に進むことがないように、これはやはり厳然とした限界は私たちの国においては破ることはできない、私はそう思っております。
○前川旦君 いや、そこなんです。問題はね。核の問題を私はぴんときたものですからね。それは対核とか防御の方法をいろいろ海上自衛隊はやっていますね。陸上自衛隊でも教範か何かで教えているようですけれども、話を聞いていますけれども、こちらは核攻撃しないけれども、核攻撃があったときの対応のしかたはやっぱり教えなきゃいけない、準備しなきゃいけないという発想だろうと思う。そうなると、やはりいまの野戦医学的なものだということになると、細菌兵器、化学兵器を使われたときのその対処のしかたをやっぱり教えるということに必然的になっていく。そうすると、そのためにはやっぱりどういうかっこうでそういう状態になるのかという原因を考えなければ対応策出ませんから、そういうところでずるずると歯どめがなくなってしまうんじゃないかと、その辺はどこで歯どめをするんですかということがポイントなんですね、私のお尋ねしたのは。それに対して、いまの長官のお答えはやはりちょっと私はまだ納得できないような気がいたします。その歯どめをどこでするんだというね。 それから、もう一つ私はちょっと気になることなんですけれども、だいぶ前に私はレーダーサイトへ見に行ったことがあります。そのときにレーダーサイトの指揮官に一番心配になることは何ですかと聞きましたら、いざというときに電源が切れることだと。ですから、自主的にこのサイトで、自分ところのレーダーの電源だけは自分ところでちゃんとできるようにしたいという、これはもうその人にとってもっともな発想だと思いますがね。そこで私は、ちょっとやっぱり奇異な感じがした。やっぱり一般の社会とか国民とかと切り離されたところで、もう自分ところだけで処置すべきであるという、つまり一般国民と切れるんだと。それからいまの医科大学の話も、一般大学のところから卒業生を求めてくるという前段のところよりも、一応それを切れたところで自分たちのところだけでこれをやるんだという発想ね。それからこの間も新聞に出ていましたね。防衛大学の卒業生を国内の大学ではなくて外国の大学に留学さすと、何か社会と切れたところ切れたところへ閉じこもっていこうというかっこうね。私はそういうちょっと心配なことなんです。実を言うと。その辺のことと二つ。初めの問題これはまだちょっと私長官の御答弁には満足できないんですけれども、気になりますので再度お答えいただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) これはもう私たちの国の持つ自衛の力というものは、相手の国に脅威を与えるということを前提に全くしない前提の中にあるわけでありますから、そのようないわゆる医学上の見地から見て、今日の時代において使用し得る、いわゆる兵器として使用し得るというようなことを日本の立場において研究し開発をするというようなことは考えられないことであり、そういうことは国家が許さないことである。したがって、学校をつくったからといって、そういうものを独自にひそかに研究するということのあり得ないことは当然であると思います。 さらに、いまの閉鎖的な集団へみずからが閉じこもっていこうとする気配がある、このことは、いま指摘された事項は別でありますが、私として、制服全体を含め、ときには防衛庁全体を含めて閉鎖集団になってはならぬと、いろんな複雑な環境がありますし、そういう集団になりがちな傾向のあるときに、私は開かれた集団でなければならぬ。ことに武装集団でありますから、その閉鎖性というものは極限にまで追い詰めることはきわめて危険である。したがって、絶えず開かれた、開放された自衛隊ということであるべきだということを着任の日から言っております。したがって、ただいまのようなレーダーサイトの問題等も緊急の場合にはそういうことの用意が将来はやはり考えられなければならないかもしれませんが、一般社会と自分たちが違った集団なんで、したがって特権を持って何かが許されるという気持ちは、私たち防衛庁、自衛隊には許されないことであります。したがって、電話回線でも郵政省の認める範囲においてみずから布設もしておりますし、その能力の足りない場合は電電公社その他にお願いをして分けてもらっているというような状態でありまして、人に迷惑をかけないようにするという努力はしなければなりませんが、かといって、一般社会からの目の届かない隔絶された集団社会を構成して不気味な存在になるということだけは、私たちの日本自体の平和のために絶対にそれはやってはならないことであるし、認めてはならないことである。それがまた文民をもって国務大臣として防衛庁の統括者に据えておるゆえんでもあろうかと考えます。
○上田哲君 一言。 非常に重大なことだと思うんです。防衛医学というお話が出ました。これはあなたの単純なその場の言いくるめならすぐ訂正をしていただかなきゃならない。ところが、必須科目というようなお話が出た。これが講座の中に科目としてあるんなら具体的に科目名を出していただきたい。防衛医学なんということばは、少なくともまだわれわれの語彙にはありません。防衛医科大学というものをつくろう、そこにはカリキュラムがあるんですから、そのカリキュラムが具体化されなければ医科大学の内容は明らかにならない。たいへんそれが不明確であったけれども、あなたがそこで防衛医学ということばを、あなたのその場の思いつきじゃなくて、具体的なある種の単位を想定して言われるのであればこれは具体的に説明をしていただかなきゃならない。周知のとおり、医学部というのは、医科大学というのは、学部ができてから付属病院ができる発生経過はありません。いかなる医学部も、まず病院があって、臨床があって、その臨床から学部ができて、グルントができる、これが発生の当然な経過です。よろしいですか。そこは逆にはいかないのが実態です。そういう立場から出てくると、一体防衛医学というものの臨床はどこにあるのか、非常に問題ですよ、これは。その臨床をどこに想定するのかということは、実験、追試という当然な医学のパターンからいうと、あなた方は全然そういうことを前提にしようとしないで言っているんなら空中楼閣もはなはだしい。先ほどもおめでたいなんというやじが飛んだけれども、おめでたいどころの騒ぎじゃない、とんでもない荒唐無稽な話です。あるいは一変してそういうことを想定しているんだったらどういう想定に立つのか。こんな医学体系はありませんよ。もしあなた方が今日一般の医学体系をはみ出しかところで全然別な語彙と内容を持つ防衛医学などというものがあるんなら、さっきから特殊な兵器に対して云々という、野戦病院云々ということばが出ておりますけれども、そういう特殊な状況に対応する医学を想定していくのであれば、事を治療医学の範囲に限定するとしても、あなた方は今日の医学知識やレベルによっては判断することのできない全然別なカテゴリーを想定しているということになる。いいですか、関連質問だから何回も立ちませんからね。そういうことを想定しているのであるのかどうか。想定していないのなら防衛医学体系などというものは存在しない、訂正すべきです。いいですか、医学の体系は、あるいは水準は、どこどこ大学の医学部、どこどこ病院、それ以外のところでそれ以上の水準を一挙に別系統で高めることができるほど簡単なものじゃありません。最もシステマチックなヒエラルヒーの上に立っておるんですよ。そういうことを全然抜き出して、別なところで防衛医学などという概念をつくることはまことに荒唐無稽です。だから常識的に言うならば、あなたはそのことばを全面的に撤回される、そういうカリキュラムが、そういう単位などの想定はありませんと言われるんなら私はまだよくわかる。よくわかるということは、それならそういう特殊の大学、学校をつくる必要はないというところへいくんですよ。いくんですが、まあしかし、そこのところは私のきょうは質問じゃないから鶴園委員におまかせをするが、そうでないんだったら具体的にその点を明らかにしてください。これはあとで重大な問題になりますよ。
○政府委員(鈴木一男君) ただいまの上田委員の御指摘でございますが、防衛医学というのは、私、軍事医学というおことばが出ましたものですから、それに対応して、しいていまの時代に即応して言うならば防衛医学かなあということでございまして、防衛医学という定義は、確かに人口に膾灸いたしておりません、学界におきましても。ただわれわれが愛称といたしまして内部で使っております。防衛医学……。
○上田哲君 まじめに話をしろよ。
○政府委員(鈴木一男君) いやいや、そういうことでございまして、これは昔軍事医学と申しますのは、私も海軍の軍医学校出身で、かつて軍事医学を習ってまいりましたが、これは非常に意義が多うございまして、たとえば現在の衛生学だとか、公衆衛生学だとか、あるいは細菌学だとか、そういう公衆を対象にした学問を体系づけて軍事医学と総称しておったようでございますが、私も防衛医学ということばが内部で使われておりましたので、衛生学校その他で識者に聞いてみたわけでございますが、現在、御指摘のごとく、これは外部に使うことばではないと思いますので、防衛医学というものは存在しない。現在の段階で学界でもまだ認められておりませんので、防衛医学ということばは撤回さしていただきます。ただ、そういうものを、特に昔の旧軍時代の軍事医学というふうな形で講座には取り入れないということを申し上げておきたいと思います。
○上田哲君 人口に膾炙してませんなんて言い方じゃ困るのですよ。愛称なんて話をここでしてもらったって困る。学問体系の話でしょう、いま言っているのは。講座体系の話でしょう。それを法に基づいて予算をつけてつくろうという話でしょう。愛称なんかの話でいってもらっちゃ困る。いいですか、人口に膾炙しておらぬという話は、存在しているけれども世の中に知られてないということですよ。これは存在してないことです。いいですか、われわれ存在していないはずだと思うんだ。もし軍事医学なんということばがいま存在しているのは憲法違反ですよ。わかりますか、あなた、このことは。きのう来総理までここに出席を願って議論しているのは、長沼判決まで戻ろうとはいわないけれども、軍事医学なんということばがあったら、それ自体憲法違反の用語ですよ。おわかりでしょうな、このことは。あなたの出身はどうだろうが知らないけれども、きれいさっぱりそれを忘れなきゃならぬ語彙なんだ、平和憲法のもとでは。だから、軍事力と言わないで、兵力といわないで、自衛力とかなんとかわけのわからぬことばを使っているじゃないか、いままで二十年間。ところが上手の手から水が漏れるように、ついついあなたのところから軍事医学なんということばが出てくるなんということは、憲法違反がちらっと見えるんじゃないか、よろいのそでが。そんなところでもって全部ひっくり返すつもりはないけれども、そういうことばを使うのはいかぬですよこれは。いいですか、とんでもない言い方だ、これは。シビリアンコントロールというシビリアンのところで、メディシンというようなところでそういうことばが平気で使われるということになると、あなた方は憲法次元の判断というものを、意識というものをまるで失っているということになる。こんなあぶないシビリアンにはまかしておけない。いいですか。だから、軍事医学なんということばは絶対に使ってもらっちゃ困る。使う気があるのなら、防衛庁長官の許諾を得て、内閣総理大臣の許諾を得て、憲法違反のことばを使いなさい。札幌地裁にも訴えなきゃならぬ。いいんですか、そういうことばを使ってはいかぬのだというのは、どんなに口をすっぱくして言い過ぎても言い過ぎるところではないのが日本国国会だと思うんですよ。そうですな、長官。私はそういう意味で、そういうことばがちょろっと出ることは現に戒むべきだと思うが、それを人口に膾灸しておらぬというような説明では、非常に不徹底です。存在をしてないといとうことをはっきりしてもらわなきゃいかぬ。 そこで、いまの話を聞いていて、私が不思議に思うのは、まだ公にはできない、外部には使えないけれども、そういう体系、医学体系、あるいは教科体系をつくろうとするのか、そこを聞いているんですよ。いいですか、そういう医学体系、教科体系はあってはならぬのですよ、あってはならぬ。しかもそれは講座として存在するだけだということもできない、医学に関しては。物理の世界なら出来るかもしれないが、医学に関しては臨床から発するんだから。そんなこと、あなたたち御存じでしょう。臨床から発するんだったら、そんな講座は成り立たない。それを軍事医学ということを、カリキュラムでつくろうということになるならば、その教科体系は非常に危険なところへ実体的に踏み込むということになるのだから、それを想定されているのかどうかということを私は聞いている。外にはまだ知れ渡っていないけれども、できればそういうものを総稻稱したものを、またアレンジしたいと思うのだと言われたんだが、そういうことであるのかどうか、きれいさっぱりそういうことは全部根本に戻って考えていないのだということになるのかどうか、そこをしっかりお答え願いたい。
○政府委員(鈴木一男君) ただいまの御指摘のようなことは全然考えておりません。
○上田哲君 訂正しなさい、さっきのことば。
○政府委員(鈴木一男君) 私はそういう、また繰り返すようでございますが、軍事医学ということばは、われわれはもう非常にタブーにいたしておりますから、そういうものは絶対につくりませんということを申し上げたつもりでございます。
○鶴園哲夫君 最後になりますが、防衛大学校の問題から防衛医科大学の問題へと質問してまいったわけですが、先ほども申し上げましたように、防衛大学校が理工系にプラス文科系の講座を設ける、さらにまあ今回新しく防衛医科大学を設ける、これによって自衛隊に総合大学ができるわけでありますが、文字どおり総合大学、きわめて閉鎖的な、先ほど長官は閉鎖的でないようにとおっしゃるけれども、きわめて閉鎖的な防衛総合大学ができる、こういう事態になるわけであります。しかも私はこの防衛医科大学というのは、軍事的な方向に発展する危険性を十分持っている。先ほどそういうことはないという長官のお話でありますけれども、どうしても私はその懸念を、疑いをすっきりするわけにはいかない気がしてしようがないんです。医官の問題は量的な問題です。質的な問題、つまり新しい軍事兵器、医学的な軍事兵器というものの方向へ動く懸念というものが非常に深いというふうに言わざるを得ないと思うんです。そこで、自衛隊にきわめて閉鎖的なたいへん手厚い総合大学ができるわけですから、つくろうとしていらっしゃるわけですけれど、第四次防とともに、私はここで全く新しく軍事的な段階に入ったという気がしてしようがないと思うんです。われわれ絶対に反対であります。 以上申し上げまして、私の質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 鶴園委員の三回にわたって、自衛隊の装備、あるいは主として人的な充実の問題その他について述べてこられました。そのつど答弁いたしてまいりましたが、最終的に防衛大学校と防衛医科大学校とを持つことによって総合大学的な、しかも外部社会からうかがいしれないような閉鎖的な総合大学校というものをつくることになるという、まあ注意をしろというお話でありましょうが、これは御案内のように、義務年限を課しておりませんから、先ほどおっしゃったとおり一千百万か二百万を返せば、そのまま開業しようと、どこに行こうとかってでありますから、私としては、それが成功した場合に、医官だけがやたらと卒業生が自衛隊に残ってふぐれ上がって処置に困るんじゃないかというその推定を逆に一方計算させましたし、一方においては一千万以上返しさえすれば、普通の医科大学の入学金というような程度のもので済むんなら、修得した知識はもうけものだといって出ていってしまうものというものの推定をさせました。しかし、最終的には大体うまくそれが推定としては回転しつつ定員に対して充足を遂げる目標の方向に進んでいって、過剰にもならず不足にもならずという一応の部内の討議に私も納得をいたしまして、同意をしているわけでありますが、最後の御要望あるいは御意見としての、われわれは、全体としても閉鎖集団であってはならず、また学究の場においても、うかがい知ることのできないものを研究したりすることが実際にあってはなりませんし、そんなことをしたらすぐに在校生、あるいは卒業してすぐ千百万払って逃げ出す者からばれることでありますから、ばれて困るようなことは実際上また逆に言うとできないということでありますので、長時間にわたる御要望その他の趣旨は、十分踏まえてまいりたいと思います。
○前川旦君 防衛庁長官にお尋ねしますが、長沼判決が出ましてあらためて防衛論議というのが国内的にずっと起こってまいりました。私は、いま非常に大事なときなんで、こういう防衛論議、それから日本の安全保障はいかにあるべきか、こういう基本的な問題、これをまじめに展開されるということは非常にいいことだというふうに思います。その点、長官、どう思われますか。私は非常に必要なことだと思うんです。真正面からそういう論議をするということは。原則に返って、原点に返った論議をすべきであると思いますが、いかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) 上田委員の最初の質問に私が答えましたとおり、私もこの判決が明快であったことにむしろ歓迎の意を表しております。これを契機として各党がそれぞれ、最終的には国民のどの立場における合意が得られるかということについて、真剣に、そして率直に、そして基本的な議論をかわす機会が来たということについて私としては非常に歓迎する。そしてお互いに国家、民族のためにどのような姿が一番日本にとってしあわせなのか、妥当なのかという議論を展開していく契機となることを歓迎するということを申しておりますので、いまからそういう意味で御質問くださることを私も乏しい能力の範囲内で精一ぱい努力をしてお答えをしてまいりたいと存じます。
○前川旦君 私は国内の政治の問題であれば失敗してもやり直しがきくと思います。きかない問題もあるかもしれませんが、−大体国内の問題であれば、失敗すればやり直しがききます。しかし、この安全保障の問題はやり直しがききません。間違ったらたいへんなことになります。ですから、これを論議するには、もう徹底的に冷静、科学的といいますか、感情論を抜いた、ヒステリックな感情論を抜いた、そうして非常にクールな論議、これが必要であると思いますし、それから、わが党の石橋書記長がいつも言っていることなんでありますけれども、一〇〇%の安全度というのはないんだと、したがって、より安全度の高いほう高いほうを求めて歩くしかないんだと、そういう立場をわが党はとっているわけなんです。ですから、冷静かつ科学的に何が一番安全度が高いかということを探り出していくということは、私はたいへん必要だと思いますが、その点であなたと合意ができますでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) もちろんそういう姿勢で論議すべきものが一国の安全保障であると思いますし、また、それに対する自衛の体制はいかにあるべきかということだと思いますんで、私もおっしゃるとおりクールな姿勢で、気持ちで答弁をいたします。
○前川旦君 その点で合意ができましたが、十八日付の防衛庁長官の所属しておられる自由民主党の「自由新報」では、元防衛庁長官の有田さんの論文が出ていますね。「自衛隊違憲は偏向判決」「この判決は憲法解釈の名をかりて国の防衛義務を真っ向から否定しており、左翼革命勢力が青法協を本拠として司法界に食い込み、革命戦略の第一弾を放ったという点で注目すべきである」とか、「この判決が下るや、社共両党をはじめ左翼勢力は一斉に全面支持を声明した。金大中事件において声高に主権侵害を呼号する彼らが、主権防衛の最大の手段、すなわち自衛力を否定するのである。その目的は憲法擁護にあるのではない。憲法解釈による自衛隊否認革命−憲法改正−人民軍創設というコースにおける戦術にほかならない。この判決は彼らの革命戦略の第一歩であり、福島裁判長はその先ぽうをうけたまわったものである」。これは現物ではない。私、新聞に転載されておりましたので、九月十三日の読売新聞ですけれども、これはおたくの政党の正規の機関紙ですね。それにしても内容はひどいじゃありませんか、これ。いまあなたは政府の立場でそういうふうに言われました。これは与党の立場で、政府とは違うとおっしゃるかもしれないけれども、私は、こういう「社共」といいますから、私のところと、それから岩間委員のところとが対象になっておりますけれども、われわれの革命のための「自衛隊否認−革命−憲法改正人民軍創設というコース」だというような、こういうヒステリックな論議は百害あって一益なし。私はほんとうにこういうのはやめてもらいたいと思うんですよ。もっと冷静な論議をしてもらいたいと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) クール過ぎるかもしれませんが、党のほうのことは、私のいわゆる行政の責任を預かる立場として関知いたしません。したがって、どうしてもとおっしゃるならば、有田さんなりあるいは党の責任者を招致願って、御意見を交換される以外にはなかろうと思います。
○前川旦君 まあ、そういう御答弁だろうと思いました。自分は政府だから党とは関係ないんだ、これは党の問題だから政党同士でやってもらいたい——。ですけれども、私は日本の安全保障についてこういうヒステリックな議論が横行することを非常に苦々しく思っているんです。実を言うと。それからいろんな防衛に関する論文とか記事の中身も、これに類したことがずいぶん出てくるんですよね。そのことを非常に苦々しく思っていますが、私は、ここは政府のあなたとの対話ですから、これ以上追及しませんが、いずれ政治の場で私はこういうのは問題にしていきたいと思います。 それでは、今度の判決でもそうでありますし、それからわれわれ社会党も、それから公明党さんも、民社党さんも、共産党さんも、全野党同じでありますが、国には固有の自衛権がある、憲法もこれを認めておる。国には固有の自衛権がある。これはわれわれも同じなんです。あなたも同じですね。これは一つのコンセンサスができますね。それはいかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) 最高裁砂川判決に見られる司法の場における最終の判断が示しておりますように、自衛隊合憲のことを私は言っているわけじゃありません。いまおっしゃった範囲の国に自衛権ありということについては、私どもも同じように考えております。
○前川旦君 私は、日本の安全の問題でナショナルコンセンサスがないということをしきりに嘆く方が多いものですから、あえてこの合意点をいまちょっとあげているんです。これはりっぱな合意点ですね、ナショナルコンセンサスですよ、これは。 それから、一体日本が不幸になることを願う者が世の中にいますか。いるはずがありません。独裁者なら別ですよ。たとえばヒトラーのように、自分の最期に国民の最期を道連れにするというふうな、ああいう気違いじみた人がいるはずがない。そうでしょう。いかなる野党であっても、国と国民を愛する情熱に変わりはないんです。この点で与野党やっぱりコンサンサスがあるでしょう。どうなんですか。
○国務大臣(山中貞則君) 私は野党の方の一人一人のそのような気持ちを聞いて回ったことはありませんが、少なくとも平和憲法のもとにおいて国会に手続を経て国民から選ばれてきた代表の皆さんでありますから、わが国の永続する平和、民族の安定した生活の向上を願う人ばかりの集団であると私も思います。
○前川旦君 私は、いやしくも政党である限り、国の自主独立を願わない政党はない。野党一緒です。全部、われわれ野党も一緒なんです。しかし、いまあげましたように、往々にして、どこどこの国のひもつき何々党、こういう誹謗、中傷が自由民主党の側からよく出されるのです。これは国会の外で、いろいろな選挙運動だとか街頭演説だとかで。しかし、ソ連のひもつき共産党だなんていまごろ言っていたら笑いものになりますね。これは一番先に岩間さんなんかかんかんにおこるだろうと思いますね。それから中共のひもつき社会党だとか、そんなばかげた議論を街頭演説される人がたくさんおって、私はほんとうに苦々しくてしかたがないんですが、自主独立を願わない政党というのは野党の中にはいないのだ、この点でも私はナショナルコンセンサスがあると思いますが、いかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) もちろんそうだと思いますが、その反面、自民党政権、いまの政権はアメリカの手先である、アメリカの帝国主義の手先であるということもまた同じように私たちは賛成できません。
○前川旦君 まあ、それは売りことばに買いことばで、私が言っているのは、そういうことばの遊びではなくて、日本の独立と自主性を願わない政党はないということでコンセンサスはできるのじゃないですか。そのことを言っているのですよ。それはいかがなんですか。
○国務大臣(山中貞則君) それを信じなかったら、ある政党は非合法政党に指定せざるを得ません。そういう政党はないと信じているからすべてが合法政党であるはずであります。
○前川旦君 日本にとって一番大切なのは平和である。平和が国民のためには絶対必要である。平和のためにお互いにありとあらゆる英知をしぼり合おうではないか。私はここにもナショナルコンセンサスがあると思いますが、この点いかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) それは私も同感ですし、したがって、防衛のみを専門に議論をする防衛委員会を、これは国会のことでありますから、政府のほうも希望するということもきのう総理からも言われたとおり、私も同感でありまして、専門的にその問題だけを審議するような委員会があれば、ほかの來雑物を排除して純粋に国家、民族のあり方について議論をかわす委員会というものがあって、私どももそれに対して自分たちの意見なり考え方なりというものが、あらゆる党の間においても、できれば政府を抜きにしてディスカッションをされる機会も、私どもの党の源田議員から提案がされたようでありますが、そういうようなこともやはり一つの手段かと思っております。
○前川旦君 私の申し上げることをはぐらかさないでいただきたいのですが、あなたの言われるようなことを——ことばじりをつかまえるのじゃありませんよ、裏返したら、それじゃ内閣委員会ではそういう議論ができないんだというようなことに裏返したら論になってしまう。ですから、私はそういうようなことをいま言っているのじゃないんで、平和の維持のために英知をしぼり合おうではないかということについてコンセンサスができるであろう、これはナショナルコンセンサスだろうということを申し上げたので、それはそのとおりであろうと思います。 それから不幸にして平和がおかされ、明らかに客観的に不正の侵害のある場合には、当然われわれ抵抗する、あたりまえのことだと思いますね。この点についても私はコンセンサスがあると思います。国民的な。これはいかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) 手段についてはいろいろあると思いますが、全く拱手傍観して不正の侵害にわが祖国あるいは民族をゆだねる、あるいは家庭や財産をゆだねるということはあり得ないだろうと思いますから、基本的には賛成であります。
○前川旦君 私はいま申し上げたようなことでナショナルコンセンサスがあると思います。実を言うと。ですから、この日本の安保問題について国論が百鬼夜行のように分裂しているからどうのこうのというふうな議論がいろいろありますけれども、一番基本的な大事なところでは、決して百に分裂して百鬼夜行のようなかっこうではない、ナショナルコンセンサスというのはある。ただ、どうやってその平和を維持するかという手段、方法についてはたくさん意見があります。意見があるのはあたりまえでしょう。これが一つしかないというのであれば、それを理想とするのであればファシズム、ナチズムですね。ああいうふうに言論を押えてしまえばそれは一つのものになりますよ。しかし、そうでない限り、本気でこの日本の平和、日本の安全を考えていく場合に、その手段、方法についていろいろなありとあらゆる方法が出てくる、議論として出てくる。私はこれはあたりまえだと思うんです。ですから私は、きょうからあなたと議論をしたいと思うことがこれからずうっとありますが、いまのような基本的なナショナルコンセンサスを踏まえた上で、どうやれば平和が維持できるかというその手段、方法について率直な意見の交換と対話をしたいというふうに思っているんです。 そこで、まず最初に、第一点、聞いておきたいと思いますが、昭和四十五年十月に出されました防衛白書の中にも出ておりますし、たびたび言われておることでありますが、日本は経済大国になっても軍事大国にはならない、こういう答弁がいろいろと出ているわけですね。防衛庁長官は、じゃ、軍事大国にならないというお考えに賛成されるのか。賛成されるとすれば、軍事大国とは一体具体的にどういう国をさしているのか。長官、どういうふうにお考えですか。
○国務大臣(山中貞則君) まず、私たちの国の自衛力というものは、通常の国家の軍事力と全く基本的にその立場を異にすることは、憲法第九条の制約下にあること、また、その制約下でかりに解釈上許されたとしても戦術核といえども保有しないこと、あるいはまたB52のような相手に長距離の攻撃能力を加え得る可能性のあるものも持たないこと、あるいは航空母艦等も移動する飛行場的な性格のものである以上は保持しないこと、徴兵制をしかないこと、海外派兵をしないこと、数多くの制約を持っておるわけでありますから、私が国会において答弁しましたいわゆる経済大国即軍事大国という表現を使ったのは、東南アジアのかつて日本の脅威を、いわゆる軍事的な脅威を受けた、あるいは日本の軍国主義の被害者になった国々の間から、経済大国は常識として軍事大国の道を歩むのが必然である、したがって、日本の自衛力の増強というものもそういう道をたどるのではないかという御批判があるということについて触れただけであって、私自身が、軍事大国ということを、日本がそういう意味で通常世界にいう軍事力の大国になる、ならないという議論はまだしておりませんが、あらためて申し上げますと、日本の場合は——世界の国々の通常の概念である国が攻められたらもちろん反撃するでしょうし、あるいはまた、攻める気配があれば、攻撃は最大の防御として攻撃を先にかけるでありましょうし、あるいは報復攻撃をするでありましょうし、あるいは敵の首都を制圧して自分の国の国権というものを軍事力によって相手方に示そうとすることをするでしょう。そういう一切のことが日本においてはできない。 したがって、あくまでもみずからの国民の生命、財産と独立を守る範囲内ということにとどまっておる以上、よその国の軍隊と全く異なる。これはもう砂川判決を見て私が答弁をいたしましたとおり、かろうじて理解らしきものを示したのはアメリカ一国だけであって、よその国は、どうして独立国家であってその国の軍隊——外国から見て、軍隊というものが、司法の場においてその存在が憲法に違反すると言われるのかという事実について驚愕の色を示した、わからないと。私たちはわからない国家であると思うんです。ということは、よその国はそういう憲法を持っておりませんし、そういう理想というものも掲げて進んでおりません。しかし、私たちは諸国民の公正と信義に信頼をして、そして平和を守り抜こう、そして憲法第九条もそれによって定めておりますから、したがって、自分たちの国土、生命、財産が直接、間接に重大なる脅威にさらされない限り、自分たちは外国について攻める、外国に脅威を与える、国際紛争解決の手段としてこれを用いる、どうかつをする、一切の交戦権も戦力も持たない、そういうまことに外国においては理解しにくい力を持っておることを、むしろ私たちとしては憲法に沿った平和的な姿勢であって、それでいいのだ、そうであるべきだ、そういうふうに考えます。
○前川旦君 長官の軍事大国にならないというその軍事大国の基準は何ですかという私の質問に対して、いまのようなお答えは、そういういま述べられたような手段を行使しない、つまり行動の面で縛ってあるということが基準だというふうに言われましたね。まず最初いろんな攻撃兵器とか航空母艦を持たないとかICBMを持たないとか言われましたが、そういう攻撃的兵器は持たないとか核兵器は持たないということだけで軍事大国の基準になり得るのだろうか、これが一つある。ですから、軍事大国になるべきではない、あるいは、ならないというお考えは、私はその軍事大国の基準というものをどの辺に置いているんだろう、どの国ぐらいまでが軍事大国で、どの国からあとは軍事大国と言えないんだと、こういう具体的な指標というのをお持ちになっていらっしゃるのかどうか、この点についてお尋ねしているんですから、その点いかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) あなたの御質問は、編成、装備、能力等の問題だと思うんです。私が経済大国即軍事大国ということばを使った背景を言ったのは、東南アジアの苦い思い出を持っておられる国々の人たちがそういうような表現を使っておられるようである、しかし、それについては私たちは外交的な手段その他を通じて、日本はいくさに敗れた後にこのような憲法を持っておりまして、絶対に他国に派兵することも徴兵もできない国なんです。交戦権もありません、こういうことを知らしむべきであるということを申しました。そういう意味で申し上げたんでありますが、しからば、どの程度の力を持っていたならば軍事大国と言えるのかというのは、これは人によっていろいろ違うと思いますが、大体みんな異論がないといえば、米ソ両極の超巨大国、これは軍事的にも巨大なる力を持っておりますから、これはまあ軍事大国と言って差しつかえないんじゃないでしょうか。
○前川旦君 そうしますと、米ソ両国だけが軍事大国だというふうな考えでしたら、米ソ両国までは至らないけれども、そこまでの防衛力は持っても軍事大国とは言わないんだというような論理になっちまうんです。それでもいいんでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) そうじゃないんです。軍事大国というのは、たとえばどういう国かとおっしゃるから、たれしも異論なく軍事大国だという国があれば、それは米ソであろうと。しからば日本も米ソの軍事力というものに近い自衛力までは持てるのかということを私が言っているわけではありません。したがって、日本は日本の各種の制約のもとに許容された、最終的に国会で認められなければ二年も定員増すらできないわけでありますから、そのシビリアンコントロールのもとにおいて許された範囲内においてしか日本はできないんですから、諸外国の軍事力と比べて、日本のいまは軍事大国なのか中国なのか、小国の域は脱したんじゃないかという議論はちょっと当てはまらぬじゃないかということを言いたいんです。
○前川旦君 これは大体どの国以上が軍事大国なのかということで防衛庁長官の御意見を承っているんです。そうすると、いまの米ソだけが軍事大国だというのであれば、フランスや西ドイツ、それからイギリス——フランスとイギリス、中国は核兵器を持ってますわね、その辺までは軍事大国じゃないんだということになれば、日本は経済大国になっても軍事大国にならない——これは防衛白書にもはっきり書いてあるんですけれども、その歯どめが一体何なのか、はっきりわからなくなる。そうでしょう。ですから私は、いま防衛庁長官が、日本はなってはいけない、なるつもりはない、その軍事大国とはたとえばどういう国なんだという説明がないと国民が変に思うんじゃないですか、その辺を聞きたかったんですよ。私の質問のしかたが悪かったかもしれないけれども、それ、どうですか。
○国務大臣(山中貞則君) これは日本だけの持っている装備、編成、能力、そういうものだけでもって世界の他の通常の備え得る能力は全部備えている性格の軍隊と比べることはなじまないということを言っておるのでありまして、国連の安全保障委員会の常任理事国もくしくもすべて中国の加盟に伴って全部核兵器の保有国のみで構成されておる。したがって、日本は分担金においてその五大国の中でも上位のほうを占める拠出をしながらも、なおかつ常任理事国の仲間入りは安保理事会においていまだに果たせないでいる。そうすると、やはり核兵器を持ってやることが国際外交場裏においても優位を占めるのかなあという疑問も起こります。かといって、イスラエルとか、あるいは南アとか、あるいはインドとか、そういうところにおいてもやろうと思えば能力もあり、あるいはまたやることについて、核兵器を持つか持たないかですね、そういう国になるかならないかについての議論も半ば公然と行なわれておるし、あるいはまたイスラエル等については、むしろアラブ側のほうからイスラエルは持つんじゃないかという危険性を指摘されたりしておりますが、そういうたとえば面積、人口その他において小さな国であったとしても——インドの大きさは別でありますが、たとえば南ア等において、そういうものが核兵器を持ったとたんに安保理事国の仲間入りをして六大国になるのかどうか。そこらのところはちょっとこれから先の世界情勢を見なければわかりませんけれども、核を持っている国が軍事大国であるとすれば、明らかにそれはフランスも中国もイギリスも現時点において、それは核保有という、おそるべき兵器を持つことによる限りにおいては軍事大国という定義を下していいのかもしれません。しかし、これはどこも、軍事大国はどこの線から上は軍事大国であるという、そういう定義をしておるところはないんだろうと私は思います。
○前川旦君 私は、いまのお答えであれば、核を持っている国が軍事大国であって、日本は核を持たない限り、核さえ持たなかったらどこまで自衛力増強しても軍事大国ではないんだということが言われそうなんで、ですから、いまのお答えでは納得できないんです。ですけれども、これは抽象論ですから私はまた論議できるところあると思いますが、しかし、これは防衛力の歯どめという問題もありました。どこまでいくんだろうかというのはやっぱりいまの率直な不安なんですよ、はっきり言って。ですから、軍事大国にはなりませんと、こう言っても、それじゃ軍事大国とは何なんだと、これこれこういう国は軍事大国だとみなすと、そういうところまでは日本はいきませんよと、こういうのがないとそれは非常に不安なんです。はっきり言って。ですから、それは私は防衛庁長官の御意見をはっきり承りたかったんですけれども、うまくかみ合いませんから、こればっかりやってもしょうがない。 そこで、いまの軍事大国の概念の中に、憲法の制約があって自衛権の発動だけしかしないんだということが大きな、何といいますか、歯どめというか、大きな質の違いなんだと、こうおっしゃいました。しかし、私は、長沼判決をちょっと読んでみますと、フランスの一七九一年の大革命憲法では、「フランス国民は、征服の目的をもっていかなる戦争をも行うことを放棄し、またいかなる国民の自由に対しても決して武力を行使しない。」と、これが一番最初に出てきたことらしいですね。これは自衛権だけしか認めないという意味でしょう。同じようにフランスは一八四八年、一九四六年第四共和国の憲法でも前文に引き継いでいる。それからブラジルは一八九一年から、同じ内容ですね、一九三四年の憲法、一九四六年の憲法も第四条で、自衛戦争しか認めないという内容を入れている。それからこれは一九六七年の憲法第七条に入れているということが述べられてあります。それから一九二八年には不戦条約が大多数の国、ほとんどの国で署名され、かつ批准をされていますが、スペインの一九三一年の憲法でも、フィリピンの一九三五年の憲法でも、一九四七年のビルマ憲法でも、一九四九年のタイの憲法でも、一九四七年のドイツ民主主義共和国憲法でも、イタリア共和国憲法でも、一九四八年の大韓民国憲法第六条、あるいは一九六二年の憲法第四条、たとえば「大韓民国は国際平和の維持に努力し、侵略戦争を否認する」と規定してある。それから一九四九年のドイツ連邦共和国憲法、「諸国間の平和な共同生活をみだすおそれがあり、かつその意図をもって行われる行動、とくに侵略戦争の遂行を準備する行動は違憲とする。これらの行動は処罰する」、こういうように、あとずっといろんな例があげてあります。それから国連憲章にも同じ精神のものが入っているわけでありますが、そういうのを見てみますと、侵略をするのだということを言っている国はないわけなんで、いまあげたような憲法では自衛のための戦争しか認めていない。いま大韓民国の憲法でもそうです。そうすると、そういう国の、たとえば韓国なら韓国の軍備、自衛権の発動という考え方と日本の自衛権の考え方と質的な違いはどこにあるのか。いま言いましたように、イタリアでも、それからドイツ民主共和国でも自衛戦争しか認めないわけでしょう。要するに自衛権の発動しか認めないわけですね。それと日本とどこに質的な違いがあるのでしょうか。どうお考えですか。
○政府委員(角田礼次郎君) 御指摘のように、各国の憲法の中でいわゆる侵略戦争の放棄ということをうたった規定が多々あることは御指摘のとおりだと思います。むろんわが国においても、そういう意味の侵略戦争が放棄されておるというか、禁止されておるわけでありますが、しかし、その反語として、直ちにわが憲法においていわゆる自衛戦争が許されるというような言い方は、政府としてはしていないわけであります。自衛権の行使という場合においても、わが国は御承知のような憲法の上では自衛のための必要最小限度の実力行使しかしない、専守防衛とかそういうふうなことばで言われることもあります。 それからまた自衛のための措置として、私どもは必要な実力組織を保有することは必要最小限度で許されると言っておりますが、これまた自衛のためであればどのような実力組織を持つことも許されるというような、そういうほかの国の何といいますか、実力組織の保有のしかたとは違うわけでありまして、憲法上の制約としては最小限度のものでなければいけない。たとえば、先ほど防衛庁長官から御説明申しましたようないろいろな、徴兵制であるとか、海外派兵ができないとか、あるいは侵略的、攻撃的な脅威を与えるような兵器は持てないとか、そういう意味におきまして規範的な拘束力があるわけでございますから、単に各国の憲法と比較しまして、各国の憲法ではそういう意味の規範がないという意味におきまして、私どもはやはり質的に違っているというふうに考えております。
○前川旦君 質的に違っているという、いまのよくわかりませんよ。私、あなたの説明よくわかりませんが、それじゃ一言だけ伺って、あとに関連がありますので、これは法制局に伺っておきますが、自衛権の発動は戦争ですか、自衛のための戦争ですか、戦争ではないのですか、どう考えるべきなんでしょうか。
○政府委員(角田礼次郎君) これは私国際法の専門家じゃございませんけれども、最近の国際法の考え方から申しますと、自衛のための武力行使は、従来のような伝統的な国際法上の戦争とは別であるという考え方ではないかと思います。むろんわが憲法のもとにおいては伝統的ないわゆる戦争というようなものはできない、つまり自衛のための最小限度の武力行使、敵の侵略があった場合にそれを排除する意味の最小限度の武力行使しかできないわけですから、通常の意味の戦争というようなことはできないと思います。
○前川旦君 そうしますと、自衛のための最小限の武力行使と、それから自衛戦争とはどういう違いがあるのですか。表にあらわれた姿ではどういう違いがあるか、それはどうなんですか。
○政府委員(角田礼次郎君) 私どもは自衛戦争はできないと思っておりますし、また、自衛戦争ということばをお使いになる方がどういう意味で使っているか確実には言えませんけれども、しかし、外にあらわれた形では、私どもは、たとえば一般に自衛戦争の場合にはおそらく国際法上の交戦権というようなものもできるでしょうし、それから、場合によっては相手国に対して相手国の領域に進んで兵力を派遣するという、いわゆる海外派兵もできるのだろうと思います。しかし、われわれはそういうことはできないと言っているわけですから、そういうような意味で、海外派兵というような一つの例をとってみても明らかに外にあらわれた形において違った現象があると思います。
○前川旦君 防衛庁は、この自衛権の発動というものの限界ですね、これといまの戦争、その差がどこにあるのかということ、どこまでが自衛権の発動として許される武力行使であって、どこから以上はいけないかということを詰めて研究されましたか。
○国務大臣(山中貞則君) 当然いろんな想定をいたしますから、わが国が攻められた場合というのは、どこの国が攻めてくるのかという問題にもなりましょうし、まあ日本が攻められない可能性というのは、安保条約を結んでいるアメリカが日本を攻めることがあるということはそれは予想できないことでありますから、そのことは考えていませんけれども、日本が攻められた場合において、それは領海、領空、領土——もう領土に上がるときは明白な意図がありますが、領空等においてはアラートでスクランブルをかけましても、やはりそれは領空内であることを相手に知らせ、退去を命じ、あるいは退去しないという場合においては着陸を命じ等のことが明記してありますし、向こうが追ってきてそして逃げられないという場合以外には、向こうが追ってきてもこちらのほうは原則として発砲はしないというようなことでありますから、明確な、だれの目にも明らかな明確な状態をもって日本本土を目ざして海空陸ともに進攻が始まるというときにおいて、わが国は初めて自衛のための措置をとり得るというふうに考えております。
○前川旦君 これは私もよくわかりません、いまの御答弁ではね。 そうすると、侵害があった場合に、これは人間の個人でいうように正当防衛あるいは緊急避難という場合もあるでしょうけれども、そういう発想法がこれは個人がそのまま国にも当てはまるんだ、それが自衛権の範囲なんだ、こういうお考え方なんでしょうか。となると、個人の正当防衛、緊急避難で許されている範囲しか反撃が許されない、こういうふうな結論になりますわね。その辺を詰めてどういうふうにお考えになっているのですか。
○国務大臣(山中貞則君) 個人の正当防衛と国家の正当防衛というのはやはり少し違うのじゃないでしょうか。ということは、似たような意味でもありますけれども、個人の正当防衛というのは、法制局あたりから答えてもらいますが、おそらく自分の身を守るためにやむを得ず抵抗しあるいは戦うということが個人の場合にも言えるのでありましょうけれども、概観的に言えば、やはり国家を一つの個人と見れば、それは個人たる、個人のような国家に対して加えられる攻撃に対して、ほかに手段がないという場合に必要最小限度の反撃、侵害排除の手段に出るわけでありますから、ある意味では共通点もあるかと思いますが、正確に個人の法律上の正当防衛権と国家の防衛権と一緒であるとは言いにくいと思います。
○前川旦君 私は、戦争を認めないということですね、法制局は、自衛戦争というのを認めない。そうすると、自衛権の発動というのは一体どこまでが自衛権の発動の範囲になるのか、その限界というものを私は防衛庁はやっぱりきびしく詰めておいでになるだろうと思うのですよ。あるいは詰めておいでにならぬのであればこれは少しおかしいんですね。ですから、その辺の意見をはっきり聞いておきたいのです。ですから、いまもしかみ合わないのであれば、日にちをかえて御答弁いただいてもいいと思います。時間的にちょっと置いていいと思います。これはあとになって私ちょっと聞きたいことと関連がありますので、こういうことをお伺いしました。 それでは次に、国の安全保障というのは、国の安全保障と平和を考える限り、脅威がなくなるということが一番理想的な姿ですね。つまり安全保障の終局的な目的は一切脅威がないことである、平和なことである、そういうふうに割り切って長官も考えておられますか。
○国務大臣(山中貞則君) 究極的には国連憲章のもとに国連軍と申しますか、そういうものが——警察軍でもよろしいですが、あって、諸外国が完全に個々の独立した軍備というものは放棄して、そして国連軍のみが残るという、全地球人的な安全保障機構というものが確立されることが私たちとしては最も望ましいわけでありますから、基本的な考え方においては、脅威の存在しない国際社会というものを人類の英知の上に立ってわれわれはつくり上げる必要がある。ましてや、究極的な兵器といわれる核兵器がついに大陸間弾道弾、多核弾頭誘導までできるようになった時代において、われわれは小なりといえども平和な地球社会というものの実現に懸命の努力をしなければならぬし、また当事者同士も、米ソ核不戦条約に見られるような、あるいは欧州安保会議等に見られるような、少なくとも五、六年前まで考えられなかったような時代が来つつある。このことは喜ばしい方向に進んでいるものとして歓迎しているところであります。
○前川旦君 それは私同意見であります。そうなりますと、戦争の危機、脅威がなくなると自衛隊は必要なくなるんです。はっきり言いまして。そうですね。その割り切り方が防衛庁にできるかどうか。これはたいへん大事なことだと思うんですよ。というのは、この武力集団、軍人——これは自衛隊、そういうものが世間からもてはやされて、ちやほやされる時代は悪い時代である。したがって、制服が脚光を浴びる時代というのはほんとうはいい世の中ではないんだ。自衛隊がなくなるということがほんとうはいい世の中で、必要がなくなるということが。こういう割り切り方を自衛隊の隊員まで通すことができるのかどうか。私はこれは一つの問題だと思う。たとえば私も自衛官に接触というか、友だちもおります。同期生もおりますからね、いろいろ。そうすると、やっぱりうっせきしたいろんな発想があるんですよ、考え方が。いま非常に日陰者扱いにされていることに対する抑圧された感情がある。それが、いつかおれたちが日の目をみることがあるというような発想法にちらっとつながるんです。ということは、制服の武力集団というものが脚光を浴びる日を気持ちの中で待ち受けている。どっかにそういう気持ちがある、潜在的にある、ことばに出さなくても。社会的にそういうことで地位が上がる。ですから、私はこれは教育の面でも関連があると思うんですけれども、防衛庁のいろんな文書あるいは話を伺っていると、絶えず脅威というものを強調されていますね。私はそういうふうに思うんです。緊張緩和は定着しつつある、あるいは広がりつつあるけれども、なお脅威はあるんだ。脅威というものが存在しないと、それを一方であおり立てていないと軍事力の基礎かくずれる——軍事力ということばは悪いですね、武装力といいましょうか。私はそこに矛盾があると思うんです。その割り切り方ができるかどうか。たとえばこれはこの間私は読みましたが、「防衛の実態、防衛庁ビッグ4との対談」ということで率直なことをいろいろ書いておられます。その中に、脱脅威なんて困ると、脅威がないとなったら隊員の意識がくずれてしまう、脱脅威というのは困りますね、というような発言が中にあるんですよ。私はこれは正直なことを言っていると、その人は気持ちとして言っていると思う。ですから、脅威がない、平和な状態だというと部隊が維持していけない、精神的に維持していけない。いつも脅威というものを強調していないと精強な武力集団は育たない。その矛盾をどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、どういうふうに割り切っていらっしゃるのか、その点を伺いたいんです。
○国務大臣(山中貞則君) いま脅威といえば、それはかつてアメリカは、自分の国土そのものが脅威にさらされたと感じたことは、アメリカの短い歴史の中でありました幾多の戦争の中で、イギリスとの独立戦争を別にすれば、自国の領土、国民の生命、財産というものが戦争で脅威にさらされる時代というものは味わったことはないと思うのです。しかし、いまは戦争はない時代でありますけれども、しかし、アメリカの国民たちは、確かに先ほど申しました大陸間弾道弾等の脅威というものを実際上ひしひしと感じていると思う。これはソ連においてもやはり同じように、同じような立場において、ここまでくると、もう思想、体制の違いを越えて、お互いの両国民の生存、場合によっては地球の生存に関連するような脅威になっておりますから、お互いが、みずからの力を知れば知るほど、そして相手の力を比べてみれば、どうしてもこういうものは使わない時代をつくろうということに追い込まれたと私は思うのであって、その意味では、そういうような地球壊滅につながる脅威というものは、逐次脅威の極まできたために、それを逃がれんがための努力を必死に展開しておる。このことはきわめて喜ばしいことだと思うわけです。かといって、一転して、日本列島のみが、世界じゅうの局地にいかなる紛争が起こっても、日本列島のみは永続して安全であるという保障はどこの国からも取りつけられていない。したがって、先ほど申しましたように、国際連合憲章のもとに、国際連合の武力のみが唯一の地球上の武力である。アメリカもソ連も全部引っくるめて、自国のための軍隊は持たない時代が来るならば、われわれ地球上の人類は永続した平和と繁栄を楽しむことができるだろう。だから、日本もそれに対して努力をしなければならないということを申し上げたのも、そこにあるわけであります。
○前川旦君 私は、日本だけでなくて、ヨーロッパでも大変な問題になっていると思うのですよ。緊張が現実にはだで感じられるときには、それは何というか、ヨーロッパの軍隊でも精強な教育ができる。しかし、現実に緊張緩和が起こってきて、いかに抽象的に脅威が存在すると言っても、はだでこれはもうわかるんです。そのときに、いわゆる有事即応体制というような形の対応のしかたがどうなのかということですね。それと、脅威を強調しないと精強な部隊ができないという矛盾は、この矛盾はどう解決されるのかということ、脅威があるぞあるぞと言ってことさら教育するということは、いまにも脅威があるぞと言って教育することは、結局外国に対する不信というものをあおるということになりますから正しい姿かどうかわかりませんね。その辺の割り切り方を皆さんどういうふうにしていらっしゃるのだろうか。末端までの隊員に対する割り切り方、私はこの海上自衛隊の海幕長の方でしたか、脅威がなくなったら部隊なんか維持できませんよと言って笑っているのは、非常に正直な率直な意見のあらわれだろうと思いますけれどもね。これは一つの基礎的な考え方かもしれませんけれども、どういう割り切り方をしているのか。だからいつも有事即応体制で、いまにも脅威があるのだ、だから、それに備えて精強な自衛隊を築き上げるのだ、こういうことで通していて、いまの現実と合わないじゃないか。ということは、脅威があるほうが望ましいというゆがんだかっこうになる可能性もあるということなんです。ですから、その辺をどういうふうに割り切っていらっしゃるのか、それを聞きたいんですよ。
○国務大臣(山中貞則君) 前提が違うので——自衛隊を維持するために脅威を強調して、自衛隊の何と申しますか、維持をはかるというような気持ちはありません。むしろ、いまの自衛隊は、かつて存在した、あるいは軍隊であるならどこでも存在する軍法というものもありませんし、国家公務員法違反に右へならえした程度のものでありますから、いざ自衛のための戦闘行為であっても、それが反乱、通敵、上官抗命あるいは逃亡というような行為等がはたして確実に担保されているだろうかということは、諸外国ならば当然軍法というものがあってそれが担保されている。しかし、日本の場合はそれはありません。ですから、むしろ脅威をあまり強調したら、先ほどの鶴園君のひやかしじゃありませんが、応募する者もいなくなっちゃうし、いまいる者も、退職金ぐらいではとてもじゃないが引き合わないやというので逃げ出していっちゃうだろうと私は思うのです。率直な話。したがって、脅威があるから諸君よがんばれという、そういう言い方だけでは日本の場合は通用しないので、やはり日本の平和憲法というものを守っていく。いくけれども、しかしわが国が思いも寄らぬことで領土その他を侵略される、国民が不幸になるという場合には諸君が守らなければならないんだという意味においては言っておりますけれども、それはあくまでも受け身のことであって、絶えざる脅威下に日本がある、したがって、諸君は日夜緊張していなければならぬというような、そういうことは全然教育の方針としておるわけではありません。
○前川旦君 これはどこまでいっても非常にむずかしい、どこの国でも非常に頭を悩ませている問題だと思いますよ、平和状態になってくるとね。ですから、アメリカも志願兵制度に移行して——これは新聞に出ていました。たいへん優遇して、退職金も給料もものすごく上げておるのに、さっぱり集まらないでどうしようもないという記事が出ていましたがね。私これは偽わらざる姿だろうと思うのですね。ですから、その辺は基本的に考え方をどう整理していらっしゃるのかと思って伺ったのですが、そこで、私は先ほど来心配しているのは、武力集団が閉鎖的になるということは非常に心配なことなんです。私の耳の聞き違いかもしれませんけれどね。この間、長沼判決が出ましたときに長官は訓示をしておられました。その訓示の全部の文章を、私は聞いておりませんし、知りませんが、NHKの——これは私、耳が確かでないかもしれませんけどね、国のためを思って努力しているのは自衛隊だけだ、こういうことを強調されたようなことばがあったように思いましたがね。 私はそれに関連して、西ドイツでは二度と失敗を繰り返さないために、軍隊の教師は社会であるという観念を通しているという話を聞いたのです。社会が軍隊にとって教師である。日本の場合は、社会は間違っているが、自衛隊だけが正しい姿なんだ、こういう発想法が私は感じられてならないんです。私の誤解であればいいんですけれども。ますますこの閉鎖集団に追い込むような感じですね。私はそういうふうな感じがするんです。間違っていれば、そうじゃないということをお答えいただきたいと思いますけれども、一番閉鎖集団に閉じこもるということが危険なことだと思う。そういう意味で、シビリアンである皆さん方が制服に対して、制服にとって社会というものは教師であるというふうな、西ドイツでやっているような、そういうような教育は貫いておられるのかどうか、この点、伺いたいんですが、どうでしょう。
○国務大臣(山中貞則君) 西ドイツの、社会は教師であるという軍隊の教育の方針は私は現時点ではつまびらかにしておりませんが、一方、西ドイツは敗戦国家としての憲法を——西ドイツは憲法といわずに基本法でありますか、と呼んでおりますが、独立を回復すると同時に改正をして国軍を持ち、NATOにも加盟しております。これは性格は根本的に日本とは違うわけでありますが、心がまえの問題でわれわれの社会というものをわれわれはさげすんでいる、そういうことは言っておりません。しかし、人のため、世のためにのみ存在する集団は、それはほかにもあります。警察官も消防士も私はそうだと思うのです。しかし、民族のため、国家のために自分の青春をささげているものは、私は自衛隊という、集団においては自衛隊のみである、そのように確信しておりますし、これは国民に伺って呼びかけたものでなく、判決に伴って、私が隊員に対して、統括者として隊員に呼びかけた訓示でありますから、当然のことを言ったまでのことであります。
○前川旦君 私は、そういうことをやっているのは自衛隊のみてあるという——まあことばじりをつかまえるのはきらいなんですけれどもね、そういう発想法は私は賛成しません、実を言うと。賛成しないのです。ますます閉鎖集団を固めていくような感じがしていけない。しかし、これは主観の問題かもしれません。 防衛庁長官に伺いますが、ここ三年間、ヨーロッパでもアジアでも、緊張というのは大きく緩和して定着しつつあるというふうに判断されますか、どうですか。長官としての御意見、いかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) そのように思います。
○前川旦君 アジアのこの緊張緩和というものは何によってもたらされたと、長官、お考えになりますか。私は最もドラスティックであり、かつドラマティックであったのは、やっぱり中国の国連加盟であり、ニクソン訪中だったと思いますけれどもね。長官の御意見を伺っておきたいのです。何によってこのアジアの緊張緩和がもたらされてきたか、どうお考えですか。
○国務大臣(山中貞則君) それは東西冷戦構想に立脚した、極東の、それぞれの立場からする、東西の立場からする極東の混迷というものが明るくなってきたということにおいて同感だと私も思います。しかし、他面、一枚岩といわれた、鉄の団結だといわれた中ソの間において、両方とも国境に軍を集結し、双方に攻撃し合っている。かといって、その両国は、日本に対して向けられたとしか思えないお互いの、まあ日本を相手にしたとしか思われないようなお互いの協定も、国際的には二国間で設けておる奇妙な間柄であるし、一枚岩といわれたのが、東西冷戦時代にはまさにひび割れも入らなかったが、緩和に伴って、その中において中国とソ連との間が尋常でない関係になりつつあるということは、両国の責任ある立場の者の投げかけておるお互いのことばの応酬が示しておるとおりでありまして、したがって、東西冷戦構想というものは、これがくずれつつあることは、全欧安保会議においても、アジアでなくてヨーロッパにおいても、私はそれは言えることだと思うのです。しかし、それは今度は逆に、もう東西冷戦構想が完全に終わったのである、そうしてあとはもう全然脅威というものは、別な要素は存在しないかということについては、いまの中ソの一つの例をとってみても、これは日本に対して何もとばっちりが来ませんから、日本の脅威ではもちろんないことでありますけれども、違った形において、あるいは局地において、宗教上あるいはまたいろいろな過去のもの、いきがかりをめぐっての紛争が終結していない事情等もありますので、態様がかわりつつあるということは言えますし、東西激突ということはおそらくあり得ないだろうし、あってはもう人間は、人類はおしまいだというような時代にさしかかっていることだけは認めております。
○前川旦君 私は、態様は変わりつつあるという意見は私も同じなんです。あの緊張緩和——デタントというものが、ヨーロッパでは既存のワク組を固定化することから始まっている、これは私は言えると思うのですよ。しかし、アジアでは、逆に既存のワク組みをつくろうと思ってできなかった、既存のワク組みをくずすことから緊張緩和が始まったというふうに私は判断をしているのです。ですから冷戦構想が変わってくる。つまり、このベトナムなり、台湾なり、朝鮮半島なりで、ヨーロッパのような東西の冷戦構想、ワク組みをつくろうとする努力か転換された——転換というか、変わった。つまり民族の自決、脱イデオロギー、そういうところからワク組みをつくろうとするアメリカの努力が、転換というか、不可能になったということから私はアジアのこの緊張緩和は出てきたというふうに思っておるのですけれども、いずれにせよ、冷戦構想は変わりつつあるということで、私はあなたと意見が一致します。 そこで、私は、あなたにちょっと意見を伺いたいのですけれども、ベトナム戦争はどういう結果を——このベトナム戦争の終結ですね、こういう結果をもたらしただろうか。私は力による支配というものがくずれたというふうに考えているんです。世界最強の軍隊が人の心に勝つことができなかった。私はこれは非常に歴史の転換の節になる大きな事件だというふうに思うんです。力がすべてであって、力で支配するという発想法がベトナム戦争の終結によってくずれていく端緒が開けたと私は思いますけれども、長官はどういうふうにお考えですか。
○国務大臣(山中貞則君) 私は、それも一つの見方でしょうし、また、そうでない見方もあると思うんです。いわゆる自由主義を守るドミノ理論というものから出発したベトナムの戦争でありますから、要するに、同民族相戦うところに、一方のほうが実力部隊を、外国の軍隊を派遣をして、これは合意の上のことですけれども、やってみた。しかし、力が敗れたかといえば、アメリカは持てる力を出さなかった。いわゆる原爆、核兵器というものを使えば勝負はついたでしょう。しかし、そういうものを戦争の手段として局地的にも使えない社会になっていること、それを使ったらどのような連鎖反応を起こすかということ、それを承知しておりますから、したがって、限られた空陸の力だけでは、もうどろ沼からはい上がる方法はなくて、結局は栄光ある撤退じゃなくて、屈辱の撤退を余儀なくされたというふうに私は見ておりまして、したがって、力による制圧というものは、やっぱり私は使われなかったけれども、将来に向かって絶対にない時代が来たということが、ベトナムの一例をもってそれが全部に当てはまるものであろうとは考えません。
○前川旦君 使わなかったということは、使えなかったということですね。使えなかったということは、もう力として役に立たなかったというふうに考えていいと思うんですよ。ですから、世界最強の軍隊が人間の心に勝てなかったという、最強の力を持っていながら使えないということは、力にならないことですから、私はたいへん歴史の大きな節だったと思う。ですから、力で支配するという思想が後退しつつあるというふうに——これを契機にしてですね、グローバルなかっこうで進みつつある、こういうふうに見てよろしいのじゃないでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) これはまあベトナム戦を契機にしなくても、第二次大戦後の、イギリスの領土から太陽の没することはないというようなことを言っていましたイギリスですけれども、連邦制度というものは残しながらも、やはり民族自決の波には勝てずに、結局はイギリス本土のみの島国に変わりつつある、実態的にですね。そういうような状態を見ても、やはり民族は同じ民族の手によって治められるべきであるということから、国連加盟国の数も飛躍的に戦後増加しておりますし、このことが物語っておりますように、やはり少なくとも他国人が来て自分の国を支配する、あるいは自分の国を他国の者が支配するというそういう体系というものは、もういまから先はあまり通用しないということの時代に来たことは確かにそのとおりだと思います。しかし、一方において、米ソ核不戦のことばの中にも、お互いの二国間もしくは多国間の関係をも含むということで、それを踏まえての合意であることもまた認めざるを得ない、そのように考えます。
○前川旦君 防衛庁は、今後起こり得る戦争として、三次防でも、四次防でも、情勢判断でいろいろ書いておられますが、まず、全面核戦争は起こらないというのが一つの前提になっておりますね。全面核戦争は起こらないというふうに想定をされておると思いますが、その根拠は一体どこにあるんですか。防衛白書を読んでも、全面核戦争というのは起こる可能性はない、それから起こり得るとすれば、もう局地紛争的なものだという発想がずっと流れておりますが、全面核戦争は起こらないだろうと、こういうふうに想定する根拠は一体どういうところにあるんでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) 先ほど、ベトナムで力は心に勝てなかったと言われたんですが、力を私は使えない環境になってきた。ということは、一カ所で局地的に使ってもそれが連鎖反応を起こす。要するに、アメリカないしソ連なんという核の超保有大国というものが、それがどっちかが引き金を引いたときには、それは引き合う結果を招来いたしましょうし、そうすると、中立国も非同盟国も何もあったものではなくて、アメリカ映画の「渚にて」というのがありましたが、あれは古い映画でしたけれども、いま見ても非常な不気味さ、なまなましさというものをやっぱり覚えますが、要するに地球人類消滅の日である。それを覚悟の上で、核全面戦争というものが起こることを想定をして、それに日本が何かできるのか。私は全く日本はそのときにとめる力もなければ、その脅威から、戦争の実際に起こった被害からのがれ去ることもできない。そう思いますから、そのようなことを考えるだけむだなことである、したがって、核の全面戦争ということを想定しない、そういう立場に立つのが少なくとも狂気の人間でない限りは、国家も含めて正常なる認識じゃなかろうかと思います。
○前川旦君 私は、自分の意見といまの長官の意見と全く同じであることがわかりました。「渚にて」は私もたいへん感動して見た映画であります。念のためつけ加えておきますが。 長官は、全面核戦争が起こったらわれわれとしてはなすすべもないと。そのとおりだと思います。しかし、全面核戦争は起こらないということは言い切れないんですね。ゼロではないわけです。現にスウェーデンは徹底したシェルターをつくっていますでしょう。アメリカだってそうですね。ずいぶんつくっている。それから、いざというときに備えて、大統領が空中から指示できるような特殊な飛行機もできている。中国はできるだけ地方に産業を分散して、地下壕なんかもつくっているという話を聞いています。偶発戦争というのだってあり得るわけですね。ですから、全面核戦争が起こらないという判断よりも、全面核戦争なんか起こったら、もう打つ手はないんだと、もう考えるだけこれはむだなんだということを言われましたがね、私、そのとおりだというふうに思います。しかし、それでは一体、この日本の防衛構想で、核の抑止力はアメリカに依存すると、こういうことが前提になっていますね。この核の抑止力というのがはたして有効に働くのかどうか、その辺はどういうふうに割り切って考えていらっしゃるんですか。どうなんですか。はたして有効だというふうにお考えになっていらっしゃるのかどうか、どうなんでしょうか。いわゆる核のかさの有効論ですね。
○国務大臣(山中貞則君) まあ、外務省も来ておってもらうとたいへんよろしいんですが、たとえばアメリカとソ連が少なくとも国際間の信義に立脚して核を使用しない協定を結んだわけです。そのときに、その中に二国間もしくは多国間というものを尊重するということを踏まえておりますから、同時にそれは日本に対しても、日本のみに対してその協定を触れないからといって、まあ米ソということであればソ連と言わざるを得ませんが、ソ連の核兵器が発射される可能性があるということは、少なくともアメリカというものがソ連とお互いにそういうものを尊重しつつ核不戦の誓いを結ぶというのであれば、われわれもその意味において、その脅威からは、少なくとも協定の中によって保障の範囲の中にあるものであると考えております。
○前川旦君 核の抑止力がゼロであるというふうに、私はそうは実は思ってないんです。核抑止力という理論はある程度はうなずける点もあるんですよ。しかし、私はいま言われたことに関連して、核保有国同士にはそういった抑止理論が働くでしょう、保有国同士の米ソの間には。しかし、同盟国にまでそれが働くのかどうか。これはガロワ理論みたいになりますけれどね。いま同盟国にも働く務だというその確信というものがどこから出てくるんだろうかと、それはいかがなんですか。核保有国同士ではそれは働きますよね、それは可能性があります。
○国務大臣(山中貞則君) まあそれは、一つには米ソ核不戦条約の受けとめ方であり、そして一つには、アメリカと結んでおる安保条約というものの信頼度というものであろうと思います。日米安保条約において、アメリカが、日本が危機にさらされた場合は守るということにはっきりなっておりますから、それに対してアメリカは、対応する日本に対する責任を持ってくれておるわけでありますから、私たちはそれは信頼しておるわけです。それが信頼できなければ日米安保条約は不必要なわけでありますから、したがって、われわれとしては条約を結んで、そしてお互いがそれを尊重している以上、日本に対してアメリカの核抑止力は、米ソ核不戦という場合にでも、日本も含んでその恩恵が与えられておるというふうに受けとめております。
○前川旦君 私は、最後になると、条約、安保条約で約束しているから、条約上の義務を果たしてくれるだろうと、最後になると願望になってしまう。防衛庁の発想法というのは、おそらく侵略はないだろうと、しかし、万が一侵略があるとすれば、それに備えておかなければいけないというのが基本的な発想でしょう。その万が一ということをそこでなぜ考えないのか。その発想がなぜないのか。いつでも最後になるとその信頼するというところに逃げ込んでしまう。そこのところをシビアに考えて詰めるということはお考えになっていらっしゃるのかどうか、私はこれは一つ疑問だと思う。 そこで、核の抑止力というのは、私はある部分ではそれは効力があると思いますけれども、全面的にそれは信じられない。たとえば抑止力というのは、こっちが使ったら向うも使うかもしれない、その損害がこわいから相互に抑制し合うということなんでしょう。で、たとえばこの前の戦争のときの、じゃ毒ガスの例で見ると、連合軍はドイツに対して毒ガス使いませんでした、最後まで。日本に対しても使わなかった。それは使ったら逆に使われるからという抑止力が働いたんだろうか。私はそうじゃないと思う。結局そういうものを使うことによる軍事的な勝利よりも、政治的なマイナスのほうが大きかったから使えなかったんでしょう。核の問題でも、朝鮮戦争のとき、それからディエンビエンフーのとき、金門・馬祖のとき、ベトナムでも、声は出たけども使えなかった。使えませんでした、現実に。いずれにせよ、朝鮮戦争のときは核報復能力がなかった。ソ連になかった、中国もなかったはずです。抑止力は働いてなかった、一方的なものでした。それからディエンビエンフーのときも、金門・馬祖のときも同じですね。使ったら使い返されるという心配ではなくて、そのことによって受ける政治的マイナスのほうが軍事的勝利よりこわかったということですね。これが私は核兵器に対する最大の抑止力だというふうに思います。もちろん、いわゆる武力、核の面での抑止力がゼロだとは考えておりませんけどね、そのほうがはるかに大きい。となると、私はその点で長官と合意ができるんであれば、日本のこの安全保障が、核の問題については米軍の抑止力にたよるんだという、これはまあすでにガロワ理論なんか出てますけれども、そういうあいまいな、最終的にあやふやなことになることではなくて、むしろ核使用を押えるような政治的マイナスをつくり出すような、そういう国際的な環境をつくることに全力を尽くすことのほうが核を抑止する有効な方法じゃないだろうか。そういうふうに長官、お考えになりますかどうかということをお尋ねしたいんです。
○国務大臣(山中貞則君) もちろん長沼判決でも私どもは合意する点があります。それは、まず外交交渉によって片づけることに全力をあげるべきだと、そのとおりであります。したがって、日本も外交交渉が優先する基本的な安全保障の大前提である、そのことは変わりません。そしてアメリカとの安全保障条約に逃げ込むと言われますけれども、日本は、核を持たず、つくらず、持ち込ませず、戦術核といえども憲法上の解釈は別として持たない、こう言っている以上、核を持っている国というものがかりに日本のみを目ざしてくる場合において、それはアメリカにおいて——条約を結んでいる以上、私どもはアメリカを信頼しなければ条約を結んでいる意義はないんですから、条約を結んでいても、アメリカはまさかの場合には知らぬ顔をして逃げていってしまうだろう、助けにも来ないだろうというんなら、これはもうまさにあなた方の安保解消論に私たちも賛成せざるを得ないんで、それは信頼の上に成り立つのが外交上の関係であり、結ばれた条約、取りきめであるんじゃないでしょうか。私たちがそれを信頼することは、決して逃げ込むということではありません。
○前川旦君 私どもがたとえば日ソ、日中ですね、あるいは日朝、日米、そういったところで相互不可侵、武力不行使ですね、それと新ロカルノ条約というのがわれわれの考え方ですよ。そういうもので安全を確保していこうということを言いますと、皆さん方のほうは必ず、条約だけでは安心できない、条約は必ず破られる、だから自衛力が要るんだ、そういうふうな論理でくるわけですよ。そうすると、いまのこの条約を信じないとどうもならないということと、われわれがそういった外交努力と外交の条約を中心にして国の安全を守ろうと、それに対する御批判と矛盾をするように私は思うんですね。ですから私は、日米安保条約の万能みたいな、信じなきゃどうにもならないということは、実は皆さん方の論理を使ってもちょっと疑問が出てくるというふうに思うんです。 そこで、この防衛庁関係の人の書いた論文とかいろいろなものを読んでみますと、アメリカの核の抑止力をより確実にするために、米軍人質論というのが最近ちらほら出ているように思います。つまり、米軍が人質になっておれば必ず核攻撃された場合には核を使ってくれるだろう。その人質論が、たとえば横須賀のミッドウェーの母港化論に結びついたりする論議がいろいろあります。これについてはどういうふうにお考えですか。この人質論というのは、核の抑止力を期待するために人質論というのは必要なのか、また成り立つのかどうか、どのようにお考えでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) 私は人質論というのは初めて聞きましてですね、そういう意見が西ドイツあたりには何かあるような話もちらほら聞いたことありますが、日本でアメリカの軍隊を引きとめておくことによる、軍隊が、アメリカ人がいるんだから抑止力を働かせなきゃ同胞がやられるという意味の、そういう人質論的な考え方というものを日本側からとるというようなことはいま初めて聞いたんで、私はそういうことは考えておりません。
○前川旦君 これはまあそういう論議がいろいろ出てきます。これはあとで、こういう表現が出てきていますよという——ここにもいろいろありますけどね、これはまあいまここでお示ししない。そんな時間がもったいない。 それじゃ長官は、人質論という発想法ですね、核の抑止力を確実にするためのアメリカ人質論、きっぱり否定をなさいますか。そういう発想法についてはきっぱり否定をされますか。
○国務大臣(山中貞則君) 安保条約を結んでいる相手方を人質にするということも矛盾しておりますし、日本の力で、アメリカがじゃ日本から全部出ていくと言った場合に、それを人質でつかまえておくという力もありませんし、そういうことはやっぱり議論としても成り立たないんじゃないでしょうか。
○前川旦君 私は人質論というのが何かずいぶん危険だなあと思っておりましたので、いまの長官のお考えは私は歓迎をいたします。 いずれにせよ、全面核戦争というのは、起ったらもうお手あげだと、これは確かにそのとおりだと思う。それじゃ限定された、限定核戦争は起こる可能性がある、日本も巻き込まれる可能性があるとお考えですか。これもないというふうにお考えか、あるいはあってはお手あげだというふうにお考えか、この点はいかがでしょう。
○国務大臣(山中貞則君) いまの核世界の国家群は、ごくわずかな例外を除いて何らかの集団安全保障体制のワク組みの中にあります。したがって、どこかのところにおいて——これはもちろん持っている国は五大国でありますから、そういう国が核を行使するということになった場合に、これはやはり非常な事態を招来することを覚悟しなければなりません。私は、おそらくキューバのミサイル基地建設に対するケネディの孤独に耐えた三日間の、弟エドワードも遠ざけて寝ずに考えたという、決断したというその決断というものは、まさにキューバということによって起こるかもしれないという事態についてケネディは苦悶し、最終的にアメリカを背負って立つ一人の孤独な責任者としての決断を下したものであろうと、これは私の単なる推断でありますが、したがって、いま、どこかの局地であるから、それはおれは知らぬよというような状態で核が使えるようなことはおそらくあり得ないだろう、どこかで核が使われたら、それは直接核保有巨大国を相手にしていない場合でも、当然そこにいろんな集団安全保障の横の系列からいって大きな力が連動して動くことになる可能性は必然的でありますから、したがって、局地的にも——戦術核は別です。将来はわかりません。が、私は戦略核というものが使われるということは局地的においても将来ともあり得ないだろう、そう思っております。間違っておるかもしれません。
○前川旦君 限定核戦争ですから、私は戦術核も大きな問題になるわけですね。「核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとする。」と、これは四次防の情勢判断です。このアメリカの核抑止力に依存をしているという考え方ですね、これは戦術核も含んでいるのでしょうか、どうなんでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) 理論的に言えば、日本は持たないと言っているのですから、そういうものが実用化される脅威が起これば、それは当然含むと思います。
○前川旦君 戦略核と違って、戦術核というのは、足が短いといいますか距離が短い、範囲が短い。もし戦術核についてもアメリカの抑止力に依存をするというのであれば、日本の周辺に米国の、米軍の戦術核を配置しなければいけないという、そうでないと実効があがらないということになりますね。必然的にそうなると思う。そうすると、持ち込ませずという非核三原則との関連が出てきます。米軍の戦術核に依存するのだ、核抑止力に依存するのだということになると、これは自衛力、武力にたよろうとする限り、やっぱり周辺に配置しなければいけないと、必然的に出てくるわけです。これはいかがなんですか。
○国務大臣(山中貞則君) これは法制局のほうで間違っているなら直してもらいますが、たしか私の記憶では、憲法解釈上、戦術核は持てないとは言えない。しかし、日本は非核三原則を踏まえて持たないのだということになっていると思います。間違っていたら直してもらいます。その前提に立てば、これはアメリカが絶えず日本の周辺に戦術核を持っていてくれるというような状態が必然的に起こってくると言われますが、それならば今度は、日本に向かって、絶えずその周辺で戦術核を備えたものが日本をうかがい上陸しようとねらっているという情勢が一方になければ、アメリカがわざわざ日本のために戦術核を持って周辺を守ってくれるということは、私としては正常な状態のときには考えられないことだと思うんです。したがって、日本に対する侵略というものがあった場合に、アメリカの外援というものは即座に期待できるもの、即座には期待できないものというような、いろいろと分け方もあろうかと思いますが、そのために常時日本の周辺に戦術核をアメリカが——本土には持ち込めないんですから、海の上のことでしょうが、そういう状態になければならぬということにはならぬと思います。
○政府委員(角田礼次郎君) 戦術核は憲法違反でないというような言い方は実はしていないと思います。いわゆる純粋に防御用の核兵器は憲法上持てないことはないと、こういうことを申し上げておきます。
○国務大臣(山中貞則君) いまのとおり訂正いたします。
○前川旦君 この防衛ということである限り、緊急事態を想定するわけでしょう。そうすると、戦術核についてもその抑止力を米軍に期待しているんだということになると、緊急時にはやっぱり持ち込んでもらわなきゃ有効にならないということに論理的になってしまうでしょう。足が短かい兵器ですからね。これは飛行機に載せるとか、艦載機に載せるとか、そうなると、あるいは何でしょうか、潜水艦防御用のものもあるでしょうしね。結局日本のそばへ近づけないと、いざというときには抑止力として働かない。結局そばへ緊急時には寄せつけなきゃいけない、こういうことになるでしょう。で、私は、そのことは、核兵器を日本に近づけるということは、つまり日本が持ってなくても、これはやりの役割を果たす。アメリカが持って日本の中へ入ってくる。これは結局核攻撃の誘引力になる可能性のほうが強い。ですから非常にあぶないと思うんです。抑止力よりか誘引力のほうが強い、こういうことはいろんな論議の中で、防衛庁からも核についての一般的見解として言われているはずなんですね、日本が核武装しないという理由として。ですから、戦術核兵器にもこれが適用されるんだと、核の抑止力を戦術核兵器にも期待するんだということになると、非常に私どもは心配しております。核兵器の持ち込みをどうしても許さざるを得ないというふうな論になりませんか。そうじゃないでしょうか。そういうふうになってしまうんじゃないでしょうか。どうでしょう。
○国務大臣(山中貞則君) そうじゃないんで、アメリカの核抑止力の中に戦術核も含むのかということについては、理論上含まざるを得ないでしょう。日本が、防御用ということを先ほど法制局に直してもらいましたから、防御用の戦術核ならば憲法解釈上われわれは持ち得ると思っているけれども、それも持たないことを決意した。したがって、その中に、当然相手がそれを使う場合において、日本は持たないわけでありますから、アメリカの補完してくれる軍事力というものの中にはそれは入ってくるだろう。かといって、それは単に戦術核のみでなくて、日本を核抑止力でアメリカが守る場合において、日本は絶対に戦闘状態、いわゆる核で攻撃される状態になっても、核三原則というものがそのときも守られるんだということになると、日本は一方的にだけ攻められることになりますし、まあしかし常識上いえば、それはアメリカは、いわゆる弾道弾兵器としての核のことであって、何も近距離の核を日本の基地に据えつけてというような、そういうゆうちょうきわまる状態というものが予想されるわけではありませんから、そんなことはあり得ないことでありますし、したがって、現実的にはアメリカが日本の国土の中に戦術核といえども持ち込むという事態は、ことばの上ではいろいろやりとりしておれば出てきますけれども、現実には出てこない、私はそう思うのです。
○前川旦君 私はことばの上じゃなくて、実際にそれじゃ武力による進攻があったと仮定した場合——これはそういうことを仮定しないと防衛が成り立ちませんからね、万一ということを考えておるから防衛庁ということになるんでしょうから。そういう場合にどうなりますか。核の抑止力を戦術核にもたよって、それで相手の国の戦術核を抑止する。それでいまASMですか——でも、飛行機から発射する小型の核兵器、戦術核、ありますね、簡単につきますわね。ですから、それを抑止するために、米軍も、核のかさでこの抑止力にたよるということになれば、やっぱりそういうものをつけた飛行機を日本の国の中へ入れなきゃいけない、そういうものを装備した第七艦隊を日本の港へ入れなきゃいけないということで、論理的に矛盾するんですよ。ですから、私の意見は近づけちゃいけないという意見なんです。近づけるとあぶないから。かえって核の攻撃の誘引力のほうが強いから、近づけちゃいけない。ですから、戦術核なんかの抑止力を期待してはいけないというのが実は私の結論なんですけれども、その点どうなんですか。先ほどのお考えでしたら、やっぱり持ち込んでしまわなんだら有効なことにならないということになっちまいますよ。
○国務大臣(山中貞則君) 日本が戦術核といえども核兵器で攻撃されるような状態が起こらないようにアメリカの核抑止力というものを期待しておるわけでありますから、したがって、日本の国内にそれが起こらないように、アメリカの軍の基地内といえども戦術核を常時持ち込ましておく必要があるということには直結しないんで、日本のもろもろ受ける、もろもろに受けるであろう、日本が保持し得ない核兵器の脅威に対してアメリカの抑止力が働いている。これは目に見えないものが働いているんであって、日本の国土の中にアメリカの戦術核をあげて、そして配置して、そして抑止力にするという、そういう具体的な展開になってはこない。そう思います。
○前川旦君 私はこれはあとで、次々と今度は各論で聞いていきたいと思うことがあるんです。対潜水艦作戦なんかの能力なんかで、結局そいつを果たそうと思ったら、水中に対する核兵器を持たないと有効な防御ができないというふうになっていくと、やっぱりこの米軍の第七艦隊の戦術核の抑止力にたよるということになると、おかしなことになるんですよ。私はそういうことはしてもらいたくないから、これはほんとうはもっと詰めた議論をしたいんですけれども、抽象論のすれ違いになりますから、具体的な話になります。 それじゃ一体、防衛庁は自衛力を備えて、起こり得る可能性が万一でもあるこの侵略に対して反撃をするということで備えているということになっているわけですね。それじゃ一体、長官の見通しとして、これからのアジアの緊張ですね、いま緊張緩和が進んでいると思うけれども、これからどういう地点で、どういうかっこうで日本に影響を及ぼすようなアジアの緊張が生起するのか。どういうふうにこれを想定されているのか。備えているんですからね、備えている限りは想定がなければいかぬと思う。前提がなければいかぬと思う。どの地点でどういう形で日本に影響を及ぼすようなアジアの緊張が激化すると予想されますか。どういうふうな見通しを立てておられますか。
○国務大臣(山中貞則君) 直接日本に向って緊張を破ってくるような態勢は、いまのところどこにもないと思います。しかし、今度は日本以外の国同士で何か起こり得るだろうかといえば、それはだれにもわからないんじゃないでしょうか。したがって、よその国と、どことどことが近く戦端を開くであろうというような、そういうようなことは、たとえ中ソ国境に双方兵力を集結しているととかいうようなことがあったにしても、それが戦争につながるであろうということは私どもは思ってもおりませんし、そうならないことを願っておりますし、個々の国別にどういう態様で局地戦が起こるであろうということは、全くのこれは未知数であり、起こらないことを願うということのほうが正しいんじゃないでしょうか。
○前川旦君 私はそれでは答えにならないと思う。膨大な子算を使って、そして現実にこうやって増員が出ているわけですね。そして四次防がどんどん進んでいるわけでしょう。何もないのにこういうことを進めるというのであれば、これは私おかしいんですよ。これは私どもの論理になるんですよね。ですから、それは毎年、その年その年で、ちゃんとその見積をやるでしょうが、制服のほうで。ですから、どういう形の侵略が万が一でもあり得るんだ、アジアのどこからどういうふうに日本に影響するんだ、それがいまの可能性のある武力進攻なんだと、それならそれに備えてどこに何を配置するんだ、幾らのものを装備するんだと、こういう結論が出てくるわけでしょう。ですから、その大もとの、どこに緊張があって、どういう形で、日本に対する局地的な、武力侵略に対してということですから、局地的な、地域的ないし期間的に制限された武力紛争の生起する可能性を否定することはできないと。したがって、「侵略を未然に防止することを基本とし、」と、こうずっとありますが、基本的な方針で。それを明らかにしていただかないと、防衛論議のまともな、同じ共通点に立って、最初に言いましたコンセンサスの上に立って、どういう方法でやれば安全度が高いかというまじめな論議というのはできないと思うのですよ。この間源田実委員から、お互いに委員同士で論議しようじゃないかという提案がありまして、私は賛成なんですよ、実を言うと。ですから、これだけの予算を使って、これだけの装備を注文してつくらして、そうして部隊を配置して、人員をふやして。ですから、どういう形の、どういう地点の、どういう侵略を考えているのか、あり得るものとしてですね。なければこしたことはない。そのことを論議しないと、私はほんとうの国会のシビリアンコントロールはならないだろうと思いますがね。その点いかがですか、それはやはり論議しなければならないのではないでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) それは論議しなければならないことかもしれませんが、逆に言うと、日本のほうは、だからといって、あの国は敵だから、非常に危険な状態になってきたから、先にその危険な芽をつもうという態勢はとれないのだということを言っておりますから、日本は仮想敵というものを持たない、そう言っております。反面において、じゃ完全に、当分の間、永続して日本に対して仮想敵ならざる国はどこかと言えば、それはアメリカである。何となれば、われわれの存立をかけた安全保障を、アメリカとの間に安保条約を担保として持っているからだと。その相手国が日本を攻めるという場合は、それは考えられないことであるということで、アメリカについては脅威がないと言えましょうが、かといって、その他の国は日本に対する仮想敵かと言えば、私たちはそうは思っていない。日本には仮想的はない。しかし、それであっても、日本列島を局地戦でもって脅かす場合においては、日本は独立国として最小限の力をもってそれを排除する能力は持たなければならないということでやっておるのが防衛力の整備であります。
○前川旦君 私の論議とかみ合わない。仮想敵を持たない、これは仮想敵がどこであるかというようなことは、国際信義にも反しますし、緊張緩和にも反しますから、どこどこの国であるという名前をあげて論議しないという姿勢について、私はそれは同感なんですよ。しかし、それはことばであって、お互いに注意すればいいこと、これはX国でもいいんですよ。いま現実にないかもしれないけれども、実際にはこうやって、ばく大な費用を入れて自衛力を増強しているわけでしょう。しかもちゃんと部隊を配置しているわけでしょう。現実に、戦車が幾ら要る、やれF4EJが幾ら要る、こう言って、現実に装備の具体例が出ているわけでしょう。そうなると、基本的にいまはないと、これはわかりますよ。しかし、基本的にどこの可能性があるからそれに備えるのだということが前提になっての裸の論議をしない限り、もう一歩も二歩も進まない。抽象論だけで終ってしまう。かりに長官の言われたような防衛専門の委員会をつくった場合に、同じようなことであれば、やはり同じむだなことになるのですよ。ですから、そこのところを明らかに、その万が一の可能性はどういう地点でどういう形で、どういう国からあるかもしれないから、それには備えておくんだと、こういうようなやはり前提がないと、ばく然と、いまはありません、侵略の可能性はありませんけれども、しかし万一に備えて準備しておくんですということで、ことしは一兆円をこす予算要求が出ていましたね。それで装備はどんどん更新されますね。論議が進みませんね。私は進まないと思うのですよ。その点を私は本気で考えていかなければならないと思うから、明らかにできませんか、それは。おそらくこれは実際に制服のほうは毎年毎年考えていると思うのです。考えていると思う。それはシビリアンである皆さん方もちゃんと知っていらっしゃるはずなんです。それをコントロールするわけですから。それをここでいろいろ軍の秘密——軍て言ってはことばが悪い。さっきの話で、また私どものほうがしかられますからね。秘密、秘密というベールで押し隠していたんでは論議が進まないということになるんですよ。それを私は、そこからスタートして議論を進めることではできないものなのか、どうなんです。その点、私は聞きたいんですよ。
○国務大臣(山中貞則君) ですから、申し上げているように、日本は仮想敵国は持たない、そう言っております。しかし、日本が侵略を受けることがあった場合にはそれに対応する、こう言っているわけで、その中で、一つだけ日本を侵略する可能性が全くない国をあげることができるのはアメリカだけであるということを言っているわけでありますから、仮想敵国は持たない、アメリカは敵国の中に入らない、そういうことであります。
○前川旦君 時間は、法務委員会の時間……。(「切りのいいところまで」と呼ぶ者あり)切りはここでいいようにいたします。 これからあと、具体的に、この航空自衛隊、陸上自衛隊、海上自衛隊、それぞれについてどういう武力進攻を想定して、どういうふうに計画を立てているのか。一つ一つ、私、実は各論として伺いたいんです。それからほかに、私、特に興味があるというのは、大事なことだと思っているのは、間接侵略と治安出動のことなんですけれども、いまちょうどこれは切りがいいですから、法務委員会のほうも長官をお呼びしていらっしゃるそうですから、ちょっと総論のしまいのところで、もうあしたにまわしてまいりたいと思います。
○委員長(高田浩運君) 本日の質疑はこの程度といたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時二分散会