社会労働委員会 第5号
- 発言数
- 228 件
- 登壇者
- 28 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1973/04/17
会議録
○委員長(矢山有作君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。齋藤厚生大臣。
○国務大臣(齋藤邦吉君) ただいま議題となりました原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案の理由を御説明申し上げます。 昭和二十年広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者につきましては、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により、健康診断及び医療を行なうほか、本法により、各種の手当の支給を行ない、その福祉の向上をはかってまいったところであります。 今回の改正案の内容は、第一点として、いわゆる原爆症であると厚生大臣が認定した患者に対し支給されている特別手当の額を現行の月額一万円から一万一千円に引き上げ、第二点として、原子爆弾の放射能を多量に浴びたいわゆる特別被爆者に対し支給されている健康管理手当の支給年齢を五十五歳から五十歳に引き下げて対象範囲を拡大するとともに、支給額を現行の月額四千円から五千円に引き上げることにより、被爆者の福祉を一そう増進しようとするものであります。 以上がこの法律案を提出いたしました理由でありますが、何とぞ慎重に御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
○委員長(矢山有作君) 以上で趣旨説明聴取は終わりました。 本案の自後の審査は後日に譲ります。 —————————————
○委員長(矢山有作君) 次に、社会保障制度等に関する調査を議題といたします。 まず、千葉ニッコー会社の食用油の熱媒体混入問題について調査を進めます。 この際、齋藤厚生大臣の報告を聴取いたします。齋藤厚生大臣。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 先般、食用油に熱媒体の混入をいたしました事故につきまして、その概要並びにこれに対してとりました措置等につきまして申し上げたいと思います。 まず、厚生省は去る四月十日、千葉県衛生部より、千葉ニッコー株式会社が熱媒体の混入した食用油を販売しており、その実情を調査中であるとの報告を受けました。千葉県がこの情報を得て調査に着手いたしましたのは四月九日でございます。 この事故の原因は、三月十五日、熱媒体が通っておるコイルに穴があき、熱媒体が製造中の食用油に混入したことによるものであります。漏出した熱媒体の量は約四十五キログラムと推定されております。会社の検査によれば、熱媒体が混入した食用油の中に含まれる熱媒体の濃度は九PPMであるということでございます。なお、この熱媒体の組成分は、ダウサムAとKSKの混合物でありまして、この物質の毒性はPCBよりかなり弱いことが知られております。 次に、この熱媒体で汚染された食用油の流通は、現在一都一府二十三県に及んでおります。 こうした事故に対処いたしまして、御承知のように、食品衛生法によりますと、現実的な一切の措置は千葉県知事が行なうのでございますが、これに対し厚生省は十分に指導をし、一体となって次のような措置を講じてまいりました。 当該食用油の販売停止、移動の禁止、製品の回収でございますが、まず、二月二十一日から三月二十日までに製造されました食用油の販売停止、移動の禁止、製品の回収を命じております。 なお、三月二十一日から四月十日までに製造いたしました食用油につきましては、販売の停止と移動の禁止を行ない、この部分につきましては、千葉県において関係府県に対し製品の回収を要請いたしておる次第でございます。 当該食用油につきましては、その分析検査を急ぐことといたしておりまして、国立衛生試験所並びに財団法人食品分析センター等において分析検査を行ない、さらに関係府県の衛生研究所におきましても、目下、分析検査を行なっておる次第でございます。 次に、この千葉ニッコー株式会社に対しましては、千葉県知事は四月十一日午後三時営業禁止の命令を発しました。消費者に対しましては、その事故の発生いたしました当日の晩から、すなわち四月十日以降、当該食用油を摂取しないよう新聞、ラジオ、テレビ等を通じまして広報することにいたしてございます。 なお、消費者で当該食用油の摂取により、健康に不安を抱く方々に対しましては、保健所において健康相談に応ずる旨の広報もいたしてございます。当該食品を摂取した場合の人の健康に及ぼす影響については、熱媒体の毒性及びその濃度から検討を進めております。 なお、こうした事故が発生いたしましたので、この際、全国の食用油製造工場につき、一斉に総点検を行なうことといたしまして、十八日から一週間の間、全国の食用油製造工場につきまして総点検を行なうよう指令を発しておる次第でございます。 以上がこの事故発生以後今日までの経過並びにこれに対しましてとっておる措置の概要でございます。 以上御報告申し上げます。
○委員長(矢山有作君) 以上で報告は終わりました。 それでは、これより質疑を行ないます。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○田中寿美子君 ただいま厚生大臣からの御報告を伺いました。それで、去る十二日、衆議院に千葉ニッコー会社の社長の喚問を要求したわけですけれども、それができないで、厚生大臣からのやはり説明であったようでございます。全体として非常に対策が緩慢であったような気がいたします。それでいま御説明になりました事柄にもたくさん私まだ疑問を持つわけなんですが、カネミ油症の問題であれほど人体実験をやり、——あの場合は塩化ビフェニールでございますけれども、ああいう状態が起こったあと、私ども何回かカネミの問題については、この社労や公害の委員会などでたびたびこの問題を追及しましたし、その当時の厚生省側の御説明では、食品を扱うその器具ですね、製造するときのその器具そのものまでもちゃんと管理監督することができるようになっている、だからカネミの場合のあのピンホールから流れ出た塩化ビフェニールのあの問題のようなことは今後起こらないというような説明であったわけなんですが、今回こういう事件が起こってみますと、食品を製造する器具にいろいろ破損があったり、あるいは汚染があったりするようなことに対して、一体どういう措置をとっているのかたいへん疑問に思うわけなんです。昨年のちょうどいまごろに食品衛生法の一部改正がありまして、ちょうど私、食品衛生法を担当していたものですから、たいへんこまかくこういう問題についてお聞きしたわけなんですけれども、一体この今回の事件が四月四日に千葉県が情報を得て十日に衛生部からの報告が厚生省にあったということになっておりますね。一体これは最初にどうやって発見したのか、その事情をお知らせいただきたいと思います。
○政府委員(浦田純一君) その事故が起こったという情報を受けたのは、先ほど大臣のほうから御報告がありましたように、千葉県は四月九日のことでございまして、これは何と申しますか、いわば会社側のほうからの内部告発といったような形で通報があったということでございます。会社のほうといたしまして、この事故が発生したのを知った時点はいつかと申しますと、会社の言い分では三月の十五日に熱媒体を入れておりますタンクの液面が異常に下降しておるということから、どこかに漏ればないかということになりまして、それでこの製造工程、油を高温にいたしまして脱臭をいたしますその工程において、その高温を与える器具、装置であるコイル状のパイプ、それに穴があいてそこから熱媒体が漏れておったということに気がついたのでございます。なお、四月九日に千葉県当局がこの情報を得たということにつきましては、私どもといたしましては、いろいろと事情もございますことで、千葉県のほうはこの点につきましては、ただ内部からの情報があった、それを人を介して情報があったというふうにしか私どもとしては承知しておりません。
○田中寿美子君 これはたとえばPCBの場合のように急性毒性があらわれて、病気になってわかったと、そういうのじゃないわけですね。いまおっしゃいましたように、内部告発があったと、それはニッコー油の会社からじゃなくて、その下請の会社の社員からの届け出だというふうに聞いておりますが、その辺を御承知でしょうか。
○政府委員(浦田純一君) 私どももそのように聞いております。
○田中寿美子君 ですから、もしもこれ、内部で働いている者の告発がなかったら、そのままほっかぶりしよう、その後の千葉ニッコーのとったあらゆる手段から見ましてたいへんそれは危険な状況にあるわけですね。もしあらわれなかったら、もし告発がなかったらそのままに済ませてしまうというたいへんあぶないことが可能であった。こういうふうに考えますと、千葉ニッコーだけじゃない、ほかにもこういうことはあり得るというふうに思います。この点を私は食品衛生を担当する厚生省として、特に食品衛生行政が、たいへん食品行政というのは弱いんでございますね。もう毎回私はこれを言っているわけなんですけれども、予算にしましても、人員にしましても、たいへん小さいと思います。このごろのように、あらゆるものが食品の中に有害な物質が入ってくるときには、思い切ってこれは食品行政に力を入れなければならない。昨年の食品衛生法の改正もそういう趣旨であったと思うんですけれども、その後あまり進歩が見えていないような気がします。いまこういう内部から、あぶないじゃないかという告発が下請の会社の社員からあって、そして初めて千葉県の衛生部のほうにこれを持ち込まなければならなくなってしまったという、こういう状況がございますので、いまの御説明によりますと、一斉点検をするということですけれども、よほどのことをしないと、その一斉点検がはたしてできるのかどうか、たいへん疑いを持つわけなんですけれども、どういう方法でこの一斉点検をなさいますか。十八日から一週間というふうに言われましたけれども、まず食品衛生監視員の数だって昨年の食品衛生法改正のおり五千五百ということでしたね。で、これはたいへん少ない数であって、たとえば東京都内のおすし屋さんの点検をするのには、年間四回しなければならないのに、その四分の一ぐらいしかできない。その他のところは四年に一回回っていくような状況の食品衛生監視員、今度はどういう人々を動員して、いま知らされて初めて驚くわけで、みんな国民が何を食べさせられているかわからない、ことに油は、カネミ油症のときもそうだったんですけれども、米ぬか油はたいへん血圧を下げるのによろしいというようなうたい文句で売り出した油だったわけです。で、油はたいへん使用するわけで、植物性油というのはたいへん使うわけなんですが、こういうことがどこにまだあるかわからないと、その一斉点検の体制というのを聞かせていただきたいんです。
○政府委員(浦田純一君) 全国にこの種の食用油脂を製造している工場は三百八十数施設、私ども約四百というふうに申し上げているわけでございますが、これに対しまして食品衛生監視員を動員いたしまして点検をするわけでございます。そのために完全に当該工場は運転を停止いたしまして、ことに先ほど説明申し上げました熱媒体を通ずる工程、そのコイル等の状況を重点として点検するということでございます。なお、もちろんいろいろと必要な施設並びに書類等についても点検する範囲内に含めてございます。
○田中寿美子君 その食品衛生監視員はふえましたか、五千五百人からその後。そうして食品衛生監視員にそれだけの能力があるかどうか。つまり業界の脱臭プラントの構造そのものに問題が私はあると思うのですが、そういうことまでみんな点検できるような能力があるのかどうか、どうですか。
○政府委員(浦田純一君) 食品衛生監視員の数でございますが、約五千五百名の数がございますが、私どもは、この食品衛生監視員は県の職員ということでございまして、交付税でもって要求を見ているわけでございます。したがいまして、毎一年交付税の中身といたしましての監視員の数についていろいろと自治省のほうにも折衝いたしまして、例年わずかではございますけれども着実にふえてきておるということで、標準団体当たりの人数で見ますと、標準団体百七十万人当たりでございますが、見ますと、昭和四十三年には四十名でございましたが、今年度——昭和四十八年では六十七名、昨年は——四十七年度は六十二名でございますので、五名の増というふうな形でもって逐次増員、また、それに伴う監視体制の強化につとめてきているところでございます。 それから御指摘の検査能力の件でございますが、今回の食用油脂製造業の総点検にあたりましては、場合によりましては専門家の御協力を得て監視を実施するというふうに指示してございますので、足らないところはそういった方々のお知恵を拝借するということで監視の実効を期することができると期待いたしております。
○田中寿美子君 三百八十数施設もあるわけですね。
○政府委員(浦田純一君) はい。
○田中寿美子君 それで、しかもどこにほんとうに流れていったか、ほんとうのことをつかめないでいる。それから加工用に使われているわけです。そこまで調べていくのには、私は、そんなぐらいの、食品衛生監視員くらいの体制ではできないと思う。これ、一斉点検するんだったら、私は、それぞれの職場に働く労働者にも協力してもらわなければいけないと、一番それを扱っている職場の人たちがよく知っています。臭いもわかるでしょう。ですから、こういう協力をさせないと、これは消費者問題なんかには、消費者に一緒に協力せよ、せよ、不買運動までせよなんという、このごろはいう時期なんですね。ですから、今回だってこれが発覚したのは、その中に働いている労働者がこれはおかしいんじゃないかということがわかって、告発されて、初めてわかった。で、こういうのは、全くカネミの場合と同じことを繰り返しているんですから、こういことがたびたび起こる可能性があるし、この際、総動員して、これは企業の側にも管理の責任者おりますね、それの、昨年、食品衛生法のときに、企業の側の管理者を相当今度は企業のモラルとして使うんだという話だったわけです。それも指導のもとに、厚生省なり県衛生部の指導のもとに使わなければいけないと思いますけれども、その職場に働いている人たちが一緒になって総点検するという体制を考えるべきだと思いますが、いかがですか、これ、大臣。
○国務大臣(齋藤邦吉君) おっしゃるとおりと、私も考えておるわけでございまして、こういう食用油製造工場には、衛生管理者という制度があるわけでございます、先般の法律によってできておるわけですから。そういう方々をはじめとして、会社の方々の御協力をいただき、さらにまた、業界の専門家の方もおりますから、専門の技術者の。そういう方にもお手伝いしてもらおうということで協会にも呼びかけまして、協会のほうも業界のモラルの上からいって、これは協力しなけりゃならぬということを申しておりますので、そうした方々の協力、さらに会社、工場における衛生管理者その他の方々の御協力をいただいてやると、こういうふうにいたしたいと考えておりますし、そういう計画で進んでおるわけでございます。
○田中寿美子君 今回は、ほんとうに緊急にそういう体制をつくって、全部がそれを、メーカーも、そこで働く者も、それからその県の衛生関係の人も総動員して、ある一定期間にちゃんと調べると、これをお約束していただかないと、私ども心配でならないですね。いかがですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 今度はこの事故がありましたので、十八日から一斉総点検ということをいたしたわけでございますが、現在でも、実はそういう工場には、数回、年に行っているわけでございますが、やっぱりこれは、もうはっきり制度的に確立したいと、実は、先般も局長に食品衛生法に基づく施行省令みたいなもので、その構造について一年に一回なら一回、二回なら二回必ずやるということを義務づけて、それで衛生管理者も立ち会ってやるというふうな、これを制度化する必要があるということを、私、指示したんですが、そんなふうなことをいま事務当局も考えておりますから、そういうふうな制度をはっきりつくるということにいたしたいと考えております。
○田中寿美子君 昨年、そういう約束だったんです。ですから、昨年は冷凍のお魚を売り歩く商人だって、その入れものがちゃんと冷凍設備ができているようにしなきゃいけないんだというところまでおっしゃっていたわけです。したがって、そういう熱媒体、たいへん毒性を含む熱媒体を使うような場合に関しては、その設備を、全くカネミのことを考えますと、おそきに失するんですけれども、設備の点検、それから私はもう一点、いまのような、直接油の中にパイプを入れる、その中に有毒な熱媒体を入れるという装置ですね。そのものがはたしてもっと改善の余地がないのか。ちょっとでも穴があけば、腐蝕して穴があけば、もうまことにあぶないものがわれわれの体内に入ってくるという、そういう設備の構造を今度はぜひ改善するような指導してほしいんですがね。いかがでしょうか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 実は、この事故が起こりまして次の日でしたか、通産省のほうに、この熱媒体が漏れた場合にすぐわかるように、熱媒体に色をつけたらどうだとか、いろいろなことを通産省と相談いたしたんです。しかし、やっぱり基本的には、こういうコイルの中に毒性のある熱媒体を使って油をつくるという構造の問題、これを何とか改めないと、機械ですから、パイプですから、やっぱり何かのときに穴があくというようなことは防ぎ切れないと思うのです、なかなかこれは。ということもありますので、こういうふうな熱媒体を使うような構造を改めることができないのかということを、実は私のほうではちょっと判断できかねますものですから、通産省のほうに実はいま申し入れをいたしておるところでございます。できるならば、そういうふうなコイルの中に熱媒体を入れてやるという方式を改められるようなことができないかどうか、通産省も真剣にいま考えるといっておりますから、そんなようなことでやっぱり構造改善ということを究極的にはやる以外にないんではないか、こんなふうにも考えて通産省と相談をいたしております。
○田中寿美子君 それでフェニールとか、カネミのときの塩化ビフェニールの場合も、脱臭するために、これを使うほうが安いから、非常に危険なことをやっているわけですね。構造を改革するということも一つですけれども、そういうあぶないものを使わない方法ですね、脱臭のために必ずしもそういうものを使わないでやることができるんじゃないか、高圧水とか、高圧スチームなんかを使って……。これは金がよけいかかるから使わないんじゃないかと思うのですが、そういうことはお考えになりませんか、厚生省としては。
○政府委員(浦田純一君) 実はカネミの事件が起こりましてから、熱媒体として有毒なものを使うのを極力禁止すべきであると、これは農林省のほうにもお願いいたしまして、日本油脂協会を通じまして塩素の化合物、つまりPCBなどはそうですけれども、これの使用を禁止、これは自主的な、行政指導という形でございますが、自主的な形でもって使用禁止ということをいたしております。御指摘のビフェニール等々につきましては、したがいまして塩素が含まれてないというだけ、その分だけ有害性は少ないということが言えるのでございますが、はたしてこれを高圧の蒸気にかえるとかといったようなことでもって油の脱臭工程がうまくいくかどうか、その点につきましては、私も専門家ではございませんのでよくわかりませんが、なかなか、いままでの私の聞いた範囲ではむずかしいように聞いております。通産省のほうに、なお、その辺についてはよく私どもとしては意向を伝えまして、無害な熱媒体を使うということもあわせて御検討願うようにいたしたいと思います。
○田中寿美子君 それからパイプそのものも、私は、素材をもちろん検討すべきだと、これは通産省のほうのことだと思います。通産省の方、もう帰られましたね。——それで、いま塩化ビフェニールに比べれば毒性は少ないというふうに言われたけれども、フェニールの毒性のテストというのはおやりになっているんですか。で、大体、今度これ、警察が捜査に入っているのは、食品衛生法四条によるというふうに新聞で報道されておりますね。四条のどこに相当するんですか。
○政府委員(浦田純一君) 第四条の第二号に相当するということで、告発を県のほうとしてはいたし、それから県警のほうは、それに基づいて捜査令状を発して捜査に入った、こういうことでございます。
○田中寿美子君 四条の二号というと、「有毒な、若しくは有害な物質」云々ですね。それでビフェニールは有毒な物質、あるいは有害な物質として指定してありますわけですか。
○政府委員(浦田純一君) ビフェニールにつきましては、オレンジの防腐剤として、添加物としての指定がしてございます。しかし、自余のものにつきましては指定はございません。
○田中寿美子君 たいへん重大だと思うんですね。これ添加物として許されているものだということになると、これは、場合によっては食品の中に入っていてもいいということになるんでしょう。一体そのビフェニールの急性毒性あるいは慢性毒性のテストというのをやっているんでしょうか。これは食品添加物なんかで衛生試験所でやっていらっしゃった中に入っておりますか。
○政府委員(浦田純一君) ビフェニールの毒性でございますが、これは国際的にも実験を行なっておりまして、大体、急性毒性につきましては、PCBの約三分の一程度、慢性毒性につきましても九分の一程度ということでございます。さらに、今回の事件がございましたので、国立衛生試験所を中心として、主として慢性毒性を中心にしてさらに毒性の究明に当たるように手配してございます。
○田中寿美子君 何かちょっとはっきりしないんですが、国際的に認められているというのは、WHOか何かの基準でそういうふうになっているんですか。つまり、急性毒性はPCBの三分の一という程度だというふうにまあ厚生省では言っていらっしゃるようですけれども、その三分の一という根拠は一体何にあるのか。 それから、食品添加物に許しているということは、一体どういうことなのか。どういうものに許されているのかということですね。そして、そういうことになると、これが有害であるとか有毒であるという判定はできなくなってしまうと思うんですよ、たいへん重大なことだと思いますので。
○政府委員(浦田純一君) ビフェニールに対しまするWHOあるいはFAOの見解といたしまして、WHOの技術報告シリーズの中で、ビフェニールの摂取許容量は一日当たり〇・一二五ミリグラム体重一キログラム当たりといたしまして、恕限量をかんきつ類に対しまして一一〇PPMと定めてございます。それで日本はこれを七〇PPM以下に押えておるわけでございますが、これはかんきつ類に使ってあると申しましたのは、かんきつ類を輸送する場合に、その箱の中の下敷きとしてビフェニールが含まれておる紙を敷くということでございまして、それがかんきつの皮などに付着して残る場合、これが七〇PPMというふうに定めてございます。 いま御指摘のビフェニールの毒性ということにつきましては、もちろん量によらず人体への影響はあるわけでございますけれども、実際上の問題として、ここに定めて、WHOあたりの報告にもございますように、実際には、いわゆる摂取許容量という形でもって、事実上人体に無害であると、これを長年月にわたって摂取しても無害であるというふうなことで、実際上の使用を制限し認めているわけでございます。 今回の千葉ニッコーの毒物の混入ということにつきましては、ビフェニールの点につきましては、あるいは先生の御指摘のような、量との関連を考えなくてはいけないかもしれませんが、同様に含まれておる疑いのありますKSK等につきましては、これは食品衛生法上の添加物としての指定もないわけでございますし、この辺については、明らかに私どもは有害あるいは有毒の疑いがあるというふうに考えております。
○田中寿美子君 何か、はっきりしないんですね。 それで、食品衛生法の別表のところにね、有害物質としてフェニールというのがありますね。これは、だから制限して使うべきものということなんでしょう。で、私はこういう議論をしている時間が十分ありませんけれども、会社側が発表した熱媒体の量約四十五キログラムといい、そしてその熱媒体に混入した食用油の中を分析してみたら——これは会社の分析ですね、そうしたら、九PPMであったというようなことをそのままに私は厚生省が信頼することはおかしいと思います。で、いま調べていられると思いますから、迅速にその内容をよく調べなければいけませんが、しかし同時に、これはほかのものに加工されて入ってきているわけですね。それで私、どうしてもこれは、この際、さっき申し上げましたように、一斉点検を非常に強力にしてもらいたいんですが、ここでたとえば自分のからだに異常のある人は保健所に行けとかなんかいうようなことがあるんですが、私は、そういう油を買った者の回収、小売り商に一般消費者がどうやって回収するかというところまで、はたして見届けられているか。それからわかるようになっているか、非常に不安でございます。 ですから、もっと、あらゆる媒体を使って徹底的に周知させなければいけないと思うんですが、特に学校給食にマヨネーズたくさん使いますね。ですから、私は、学校給食を全部点検して、学校給食に使う油、これは全部各学校に点検してほしいと思うんですけれども、いかがですか。それを厚生省から要望していただきたいと思いますが。
○政府委員(浦田純一君) 汚染された油の出先、これは会社の出荷伝票によって次から次に追っていっているわけでございまして、非常な困難な作業ではございますが、千葉県の非常な努力によりまして、ほとんど先までわかっております。ことに最も有毒の疑いの濃い、三百トン余りでございますが、この行き先については詳しく先までわかっております。したがいまして、私どもは、この先、その先々と追っていきますれば、末端の消費者の方々までもわかるわけでございますが、さらに、この件につきましてはかなり報道関係の方々に御協力いただきましたことと、また、私どものほうは、別途に、都道府県のほうを通じまして、末端の消費者の方々に周知徹底するよう、もちろん健康上の不安の問題の相談も含めまして、周知徹底するように通知いたしております。できるだけ皆さま方の御不安にこたえるように努力いたしているところでございます。
○田中寿美子君 いままでにどのくらい回収されたかというようなことをつかんでいらっしゃいますか。つまり、普通の末端の消費者からもどのくらいのものが回収されているか。 それから、日本油脂協会を通じて方々の業者に渡っていますね、そういうところからの回収状況なんかがどのくらいになっていますか。
○政府委員(浦田純一君) 昨日四時の報告でございますが、出荷量千四百二十五トン余に対しまして七百二十二トン余り、比率で申しますと五〇・六六%現在までのところ回収されております。
○田中寿美子君 いまのは油としてでしょう。つまり、ニッコーからメーカーへ出た油の回収ですね。
○政府委員(浦田純一君) 大部分が原料油として、油としての形でございますが、出荷伝票の整理が全部終わっておりませんので、一部いわゆる二次製品として使われた量も含まれております。それから、いずれもこれは原料油としての換算でもって出ておるわけでございます。
○田中寿美子君 換算ですか。
○政府委員(浦田純一君) はい。
○田中寿美子君 もうほんとうにどこにまじってしまったかわからないような状況になっておりますので、全体どのくらい出たかということがつかめないし、会社もしばしばうそを言っておりますので、厚生省がこうやって発表していらっしゃる数字も変わってくる可能性が私はあると思います。それで、さっき申しましたように、学校給食に使うようなものは、たとえばキューピー・マヨネーズなんていうのはみんなが使うものですね、こういうものは全部回収するように、また学校で油いためをよく食べさせるわけなんです、そういう意味で、学校給食はぜひ点検してほしいと思うんですが、そういうことは厚生大臣から文部大臣のほうに要望なさることはできないでしょうか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 特に学童給食用に使ったではないかというふうなこともございまして、学校からうちのはあぶないというふうなことで届け出がありまして、きのう食べさしたとかいう報告を聞いたりしておるのも間々あるわけでございます。全般的には、私も一番心配なのは子供であったものですから、この事件が起こりまして、給食用に使われておるじゃないかという疑いを持ちましたので、文部省にもすぐ連絡をとって、学校のほうで給食用に買った油ならば注意してくれよということで連絡もしてございますし、今後ともその方向でさらに努力をいたしたいと思います。
○田中寿美子君 昨日、きょうこの質疑の時間はほんとうに短いということを聞いておりましたために、私は農林省や通産省も初め要求しておったんですけれども、あれしなかったわけなんです。 実は、今度の油もみんなJASマークがついておるわけです、農林規格品だということで。それで、この前のカネミ油のときに、これは厚生省と農林省の連絡というのは、食品に関して——出席していらっしゃるわけですか——たいへんちゃんとしていないんですね。カネミ油のときに、最初、ダークオイルを食べさした鶏が一ぱい死んだ、そこまでは農林省の管轄なんですね。それで、そのダークオイルは食べさしてはいけないということにしたわけでしょう。ところがそれが、厚生省にちゃんとした連絡が行っていないために、そのまんまそういう油を人間に食べさしたということになっているわけですね。そのとき、そこまでは農林省の責任でございますというようなお答えがずいぶんあったわけなんですけれども、今回でも密接な連絡をとっていただかないと、JASマークをつけているということは、これは規格品であって、安心して食べられるとだれだって思うわけなんです。この辺は農林省は、中身をあんまり調べもしないで登録機関に持ってきたものを許可しているんじゃないかと思うんですが、急いで今度取り消しをしたという話ですけれども、いかがですか、農林省の方。
○委員長(矢山有作君) ちょっと速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(矢山有作君) 速記を起こして。
○説明員(堤恒雄君) JASマークは、御承知のように、食品を中心として、農林物資の品質の改善とか取引の公正化とか、さらには品質の内容について適正に表示させることによりまして、消費者の商品選択に資するというふうなことを目的として行なっているわけでございます。したがいまして、このJASマークは、農林省が定めた商品の規格というふうなものに基づきまして、農林省が指定した格づけ機関というふうなものが製品のサンプリング調査をいたしまして、これに合格したものにJASマークの添付をさせるというふうな仕組みになっているわけでございます。したがいまして、食品等のJAS規格につきましては、規格の対象品目というものは食品の色沢とか、あるいは香味——におい、かおりですね——それから食味とか、こういうふうなものを対象項目としているわけでございまして、安全衛生といいますか、そういうことにつきましては食品衛生法のほうにゆだねると、こういうふうなたてまえにたてまえとして仕組んでいると、こういうふうな形になっているわけでございます。 それで、しかしまあ私どもとしては、今般のこういうふうな問題が出ましたんで、せっかく私ども一定ロットごとに製品のサンプリング検査をやっているというふうな仕組みが現在あるわけですので、たとえば食用油のような安全衛生上問題があるようなもの、こういうふうなものについてはJASの格づけ検査の際JASの検討項目に加えて安全性の問題について検査する方式を考えることが適当なんではないかというふうなことを考えますので、厚生省ともこの辺十分に連絡をとりまして検討してみたいというふうに思っておるわけでございます。
○田中寿美子君 JASマークがついていますと、安心して買えるものというふうにだれでも思うんですよ。そして食品が多いんですよ。それを、安全衛生の立場は厚生省の分野だから、自分たちはJASマークだけ、登録機関に持ってきたものについて風味だとかにおいだとか、そういう点からだけ考えてすると、これも全く縦割り行政の一番の欠陥で、人間は縦割りにものを食べてやしないんで、全くこれはたいへんなことだと思う。今回の場合の登録機関が日本油脂協会ですね。ですから、いま問題になっているその油を方々に配ったり、それから今回回収する役目を果たしたりしているのは日本油脂協会なんで、私はやっぱりJASマークをつける以上は、中身が人間が食べるものとして安全であるかどうかということもチェックしてほしいし、またこれはもちろん厚生省も徹底的にやってもらわなければ困ると思うんですね。 それで厚生大臣、これは農林省の問題はまた別途にやるといたしまして、厚生大臣の所信表明の中にもあるんですよ。ところがこれは、食品に関しては一番びりっかすのところにあるんですよ、環境衛生なんかに関するところにちょっとだけ。「消費者の安全確保対策については、食品の安全性の確保、医薬品の安全性有効性の確保などの施策に一そう努力を払うとともに、近年問題となっております家庭用品の安全確保についても積極的に取り組んでいくことといたしております。」と。厚生行政というのは非常に幅が広くてたいへんでございますけれども、私はいまの話からも、食品に関しては前から統一食品法が必要だという主張をしているわけなんです。昨年の食品衛生法改正のときにもそういうことを申し上げました。食品というのは人間の中に総合的に入ってくるものでございますから、ちょうどアメリカにFDAがありますように、フード・アンド・ドラッグ・アドミニストレーション、食品・医薬品の行政というものは一本化されている。イギリスだってそうです。ですから法律を一本化して、これは厚生省、ここまでは。ダークオイルは、カネミオイルは農林省です。それから先は油のピンホールから流れ出たところは厚生省の責任だという考え方があったからこういうことを繰り返すのだと思う。それで私は、食品に関してはこれは非常に総合的な行政が今後必要であるというふうに考えます。環境に関して環境庁があるように食品に関しては食品行政の一本化された強力なものがあって、そして国立公衆衛生院だとか、それから衛生研究所だとかというようなところは、食品に関してもっともっと本格的な検査を検討していかなきゃいけないと思います。 それで、厚生大臣、なぜことし四十八年度、昨年も食品衛生監視員の数が少な過ぎるということが問題になって、参考人もいらっしゃって、最低一万人は必要ですというようなことを言っていた。そういう状況なのに、ことし食品衛生関係の予算、減らしていますね。まことに少ない予算なんですよね、たった十九億なんですよね。十四兆以上の大きな一般会計予算の中でたった十九億で、しかもこれは昨年よりマイナスになっている。どうしてこれは減ったのか、私は疑問なんですが、どういうわけでしょう。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 私からお答え申し上げますが、実は私、厚生大臣に就任して以来、実はその食品、それから添加物、それから薬、それから石油たん白のような、これは食品衛生法の食品かどうかは別としまして最後は私どものからだに入ると、こういうわけですから、こういう問題はもう少し本格的に取り組むにはどうすればいいかということを実はいろいろ考えてまいりました。仰せのごとくこういう方面の検査の予算というのは、環境衛生局の予算がせいぜい二億、——十九億じゃなくて一億九千万の間違いだと思うのですが、非常に少ないんですね、これ。話にならぬのですよ、実は。話にならぬのです。
○田中寿美子君 話にならない。
○国務大臣(齋藤邦吉君) そこで、実は先般も総理大臣も非常にやかましく指示をいたしておりましたので、実はちょうどきょう閣議で、こういうふうな検査体制を強化しますということを閣議の席上で私、申し上げたんです。 その中身としては、食品添加物の問題、それから熱媒体を使って、それによって間違って、うっかりすると漏れるかもしれぬというふうな有害物質、これはカネミはPCB、今度のやつはダウサムA及びKSKオイルですね、ダウサムA及びKSKオイルだけでございます。それから薬品の問題、それから中性洗剤の問題、それから今度国会に御審議をお願いするようにいたしておりまする家庭用品の規制の問題、こういう問題をひっくるめまして、問題起こったら追っかけるという行政でなしに、大体常識的に考えれば五十か百くらいの品目だと思うんです。そういうものについて毒性、それは急性、慢性含めて毒性の検査、安全の検査、こういうものをひとつ強化する、それから規格、基準を厳重にきめていく、こういうやり方。それがためには、現在の国立の衛生試験所だけではできっこありませんから、研究項目に応じて全国の衛生研究所あるいは大学の先生方、全国にも専門の方がたくさんおりますから、そういう方々を総動員してこういうふうな食品等についての毒性の検査、安全、それから基準、規格、こういうものを思い切ってきめさすようにしたい。それにはとても、何かゆうべ聞いたのですが、実は厚生省のこういう方面の予算はたった一億九千万きりないんですって。とても話にならぬのですね、これは。 そこで、けさも実は閣議の際に大蔵大臣に申し上げまして、検査体制を強化いたしますと。それがためには特に大蔵大臣から全面的協力をしてください、わかりましたと、こういうことを実はけさ言うたばかりなんです。総理もこれは非常に熱心に考えておりましてね、何としてでもこれはやれと、こういうわけです。要するに、問題が起こってから追っかけていって、これは毒性何ぼですかというようなことでは間に合わぬのですね、実際。私、率直にきょう申し上げておるのですが、そういうことで私は、いままで、——なるほど厚生省はこういう方面に、どうも厚生省というのはいままで健保だとか年金ということになりますと、これは夢中になってやるのですが、こういう——まあお許しいただきたいと思うのですが、(笑声)こういうふうなじみなことになりますと、私は率直に言うんですが、大蔵省もなかなか予算つけないんです、これ。これはもう田中先生、役所におられたこともおありでしょうから予算のことおわかりでしょうが、じみなことには予算つけたがらぬのです。そこで大蔵省にもこういうじみだからといって投げるわけにいかぬじゃないか。人間が食べるものについてはいやしくも不安を抱かせない、これが厚生行政の根本だというようなことをだいぶきょうも大蔵大臣に話しましてわかったと、できるだけ予算を出しましょうと。そこでただいま科学技術庁あたりの研究調査調整費もございますね。ああいうところからも出すようにしましょう。それから、それで足りぬときは予算も成立したあとでございますから、予備費を出してもけっこうですから、予備費も出しましょう。こういうわけで、私としては真剣にこれ取り組みたいと思っております。きょうは先生のお話、非常に激励されたような感じで、私も真剣に取り組むつもりでございます。したがって、環境衛生局、公衆衛生局、それから薬務局、その三局に対してさしあたり研究をする項目を出してみろと、百でも二百でもけっこうだから、それをことしじゅうにある程度の研究に着手するにはどうすればいい。そういうネットワーク検査体制というものをしけということを実はけさ指示したばかりでございまして、私としては真剣に取り組みまして、人間の食べるものについては不安を与えない、こういうふうにいたすべく今後とも努力をいたしたい考えでございます。
○田中寿美子君 ことしの予算のつけ方が列島改造の方向にたくさんいって、実はその中にいる人間の命のほうにつけ方がたいへん間違っている。で、昨年食品衛生法を改正して強化したはずなのに、その食品行政の予算を減らしているというのはもってのほかだと思いますので、いまおっしゃったように、たとえば科学技術庁にあります特調費でも、私いつもそれを要求するわけですけれども、あれをふんだんに取ってきて使ってほしい。 それからその際に御要望したいと思いますが、いま申しました脱臭のための構造ですね。構造とか、あるいはそれにはたしてそういう熱媒体を使わなきゃいけないのかどうかということについて、さっき申し上げましたような蒸気をうんと熱くした高圧水を使うようなことができないのかどうか。そうしたら金がかかるから困るということなら、金をかけても人間の命を守るほうにはやらなきゃいけないので、そういう方面の研究と、それから同時にいまのフェニールに関してどうもはっきりしなかったんですね。今回この熱媒体の中でフェニールのほかに私もちょっと名前をきのう知ったんですが、アルキル・イソプロピルナフタリン、モノイソプロピル・テトラハイドロナフタリンなどみんなそれ相当有害物質、こういうものの有害性についてはあるいは有毒性があるかどうか、安全性をほんとうに知るために、動物実験をやらなければいけないわけですね。それで、慢性も急性もみんな調べる体制をとってほしいと思うんです。それもいつもお金を安く済ませるために、ラット、マウスというふうにおっしゃるけれども、ラット、マウスだけじゃなくって、また二種類以上の動物について発ガン性試験だとか、催奇性だとか、代謝性試験などの試験を必ずやってもらうことが、食べるもの、食品あるいは薬品については絶対に必要だと思いますので、いまたいへん大臣がそう決意を披瀝なすったんだけれども、そういうことを申し入れて、そうすると相当の人員と金がいるということであります。 それからさっき申し上げましたように、食品に関する行政がばらばらで、私のところはここまでというようなことをやってもらっては困りますので、できるだけそれを集中していくという方向に、これは食品問題懇談会からも答申が出ておりましたですね、意見書ですか。あれにも食品行政は統一的にやらなきゃいけないと、ばらばらだから責任のがれがあるということをいわれておりますから、その方向もぜひもう一つ行政の面で検討してほしいと思います。 もう時間がきましたので、まだいっぱい問題も残っていますし、会社の発表も次々と変わっているし、警察当局がいま調べている最中で、私もたいへんまだ皆さんのお答えにも不十分な気がいたしますので、また通産省や農林省ももっと出ていただきたいと思いますので、委員長、適当な機会に、この千葉ニッコーの会社の社長、それから日本油脂協会の会長を、本委員会に参考人として一度ぜひなるべく近い機会に呼んでいただきたいと思いますが、いかがですか。
○委員長(矢山有作君) 先に答弁を……。
○田中寿美子君 最終的にいま申し上げたこと、行政と構造とそれから試験体制。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 仰せのお話、まことにごもっともでございますので、そういう方向に努力をいたす考えでございます。食品の問題はいろいろ所管がまあばらばらになっておりますけれども、私のほうは国民の健康を守るという一点が一番の大事な点でございますから、権限があるとかないとかいうことは別としまして、統一的に全般にわたって十分今後とも努力をいたしたいと考えております。
○委員長(矢山有作君) ただいま参考人招致の要望がありましたが、この問題については後ほど理事会で協議をして御希望に沿うようにしたいと思います。
○田中寿美子君 お願いします。 じゃ終わります。
○小平芳平君 ただいま田中委員の触れられていたこの毒性について、私は質問をいたします。 新聞報道を見ていてさっぱりわからないのがこの毒性のことです。で、厚生省はもう少しはっきりした毒性についての資料を持っているのかと私は思っておりました。なぜならば診断基準を至急つくると言っているのです。診断基準をつくるには、毒性がわからなくてできるわけがないじゃないですか。そこで、きょうの委員会を期待していたのですが、冒頭、この大臣の説明の第五番目、PCBよりかなり弱いことが知られているということ、こういう前提で、大臣、ものごとを処理することは、先ほど来、田中委員に対する大臣のお答えが全くとんちんかんになっているのです。まず実態を明らかにすべきだと私は思います。 そこで、先ほどの局長の答弁は、このダウサムAとKSKを混合して答弁しておられましたから、そうではなくて、まず最初に、KSKの毒性だけを私は質問いたします。KSKの毒性については厚生省はどのように調べておりますか。
○政府委員(浦田純一君) まず、KSKの組成でございますが、KSKオイル二六〇という商品名でございますが、これはビフェニールが二・三%、それからモノイソプロピルテトラハイドロナフタレン三三・六%、モノイソプロピルナフタレン三一・三%、ジイソプロピルナフタレンとジイソプロピルテトラハイドロナフタレンを合わせまして三二・八%という組成だということがわかっております。 これの毒性でございますが、急性毒性につきましてはしD50で体重一キログラム当たり五・四グラム。これはマウスの雌でございます。それから慢性毒性でございますが、最大無作用量といたしましては、ラットの雌で経口投与で三十日間行ないました結果がわかっておりまして、これは一日当たり体重一キログラム当たり〇・四ハーグラムということになっております。それから影響が出る量でございますが、影響が出ます最小の量でございますが、一日あたり体重一キログラムあたり〇・九六二グラムということで、どういう影響が出るかと申しますと、体重減少あるいは肝、じん、ひ、脳の重量増加、GOTの上昇、血糖値の低下、赤血球数の減少、ヘマトクリット値の低下といったような影響が出ております。これをPCBと比較いたしますと、急性毒性で約三分の一、慢性毒性では約九分の一以下というふうに計算したわけでございます。
○小平芳平君 そのラットの実験は、KSK二八〇はノーカーボン紙に使っておる、KSK二六〇はニッコーがこうした熱媒体に使っているというところから、ある会社が大学に依頼をして、そしてラット五匹の実験をやったという、そのデータを私は持っておりますが、そのことですか、そのほかのことですか。
○政府委員(浦田純一君) 東京歯科大学衛生学教室のデータを中心にして申し上げております。
○小平芳平君 そうすると東京歯科大学のデータによりますと——局長は一体どこを見ているのですか。このデータによると、急性毒性ではKMC——A、またはKSK二八〇は、PCBの約二分の一としているじゃないですか、最後の結論として。二分の一をどうして三分の一と読むのですか。
○政府委員(浦田純一君) これは急性毒性をLD50で計算いたしますとこういうことになったわけでございます。PCBのLD50とKSK二六〇のしD50の比較でございます。
○小平芳平君 いや、ここで発行——発行したかどうかしらないけれども、ここで出した印刷物に、結論として、二分の一、急性毒性はPCBの二分の一、それから経皮毒性は五分の二であった。ナンバー2というところに出ているでしょう。そんなら何もそんなにむずかしい表現をしないで、東京歯科大学の研究によれば二分の一、急性毒性は二分の一、経皮毒性は五分の二であったと、こう言えばいいじゃないですか、どうですか。
○政府委員(浦田純一君) 主任教授の上田博士にこの点電話で照会いたしまして得た数字でございます。ですから、歯科大学の研究を中心としてと申し上げたのは、こういった意味でございます。
○小平芳平君 ぼくの数字はそういうふうにプリントされておりますから……。 そこでこのほかにはやっていないのですか。これだけPCBの代替品としてノーカーボン紙に使うということはどこの事務所に行っても依然としてノーカーボン紙は使われている。そのノーカーボン紙といい、この熱媒体といい、このわずかラット五匹の実験だけですか、どうですか。
○政府委員(浦田純一君) このKSK二六〇、こういった素性を持っておりますもの全体についてでございますので、これは国産、日本で開発されたものでございますので、私どもこのKSK二六〇全体としての毒性というものについてはなかなかまだ知見が得られてないのでございまして、先ほど申しましたように東京歯科大学衛生学教室の研究が主たるものであるということで、それによって申し上げたのでございます。
○小平芳平君 したがって、田中委員が指摘されたように、ラット五匹ですよ、ラット五匹。それでPCBの二分の一だ、三分の一だで争っているんですよ。第一、PCBの毒性がじゃあ、このPCBの毒性の二分の一といったって、PCBの毒性がどこまで根深いかわかってないじゃないですか、いまなお。黒い赤ちゃんが生まれる、生まれた赤ちゃんに歯がはえてる、そういう毒性はわかってないじゃないですか。ですから、もっと本格的に、まあノーカーボン紙をどうするかということは厚生省じゃないかもしれませんが、診断基準つくるのは厚生省ですから、本格的に取り組むべきでしょう。いかがですか。
○委員長(矢山有作君) ちょっと速記とめてくれ。 〔速記中止〕
○委員長(矢山有作君) 速記起こして。
○政府委員(浦田純一君) 東京歯科大学衛生学教室で行ないました実験は、五匹という先生の御指摘でございますが、これは各群にそれぞれ五匹ずつ選んで行なったということでございまして、もちろん推計学的に、統計学的にいろいろと詳しく実験計画を立てた実験であるというふうに理解しております。残念ながら、KSK260につきましては国産品でございまして、外国の文献というものについては私ども承知いたしておりません。したがいまして、この東京歯科大学の衛生学教室の実験ということが実際上唯一の資料であるということは御指摘のとおりでございます。しかし、その実験内容につきましては私はこの教室におきまして推計学に基づいた実験計画を立ててやっていったものであると、その結果であるというふうに理解いたしております。
○小平芳平君 いや、ですから私の、あるいは先ほど田中委員の指摘する点は承認してるんですか、してないんですか。たとえば農薬ならば、ラットで実験をし、今度はより人間に近いサルを何十匹か百何十匹使って現に実験している研究所があるじゃないですか。それを各群五匹——KSK五匹あるいは一ミリグラム与えるのが五匹、まあ各群五匹でしょう、それは。それで事足れりじゃないですよと、私も田中委員も言っている。そうでしょう、大臣。答えてください。
○政府委員(浦田純一君) もちろん私ども、この実験だけで十分と考えているのでございませんので、至急国立衛生試験所にも手配いたしまして今後の毒性の究明に全力をあげて取り組みたいということでございます。
○小平芳平君 それにしてはおそいんだ。この東京歯科大学の実験は四十六年九月になってるんだ。もう一年半も前にこれだけの実験をやって、そしてPCBの二分の一——PCBの二分の一ということ自体に、私はPCBの毒性がはっきりしないんだから、その二分の一だから大臣の表現のようにたいしたことはないなんということは言えないという考えを持っておりますが、それにしてもPCBの二分の一の毒性ありと言われておるものを、四十六年九月からほっておく手はないじゃないですか。どうですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) この毒性の検査につきましては、私いろいろ御指摘のとおりだと思うのです。そこで、私は先ほど田中委員の御質問にもお答えいたしましたが、このダウサムAにいたしましてもこれはアメリカの製品なんだそうです、聞いてみますと。片方のKSK、これは日本で開発したものだということを聞いたわけでございます。そこで、これについては御指摘のように毒性の検査というものがないのですね、ダウサムAについては。ビフェニールにつきましてはWHO、その他のいろいろな資料があるということを私も聞きました。そこで、そういう問題をとらまえて実はけさの閣議で第二番目にあげましたのは、熱媒体を使用し、それによって漏れるおそれのある物質についてひとつ検査体制を厳重にやりますと、それについてはできるだけの金を出してくださいということを実は申し上げたわけでございます。こういうふうにほんとうに国会で、私も今度大臣になりまして国会でいろいろ指摘を受けたのです、いろいろ先生方に御指摘いただきました。もう問題起こってから追っかけていくような行政ばかりのような私、印象を受けたのです。そういうふうなこともありましたので、このダウサムAの問題、あるいはKSKの問題、そういう問題について急性毒性の検査を本気になってこれはやらなければたいへんなことになる、そういうことを考えたものでございますから、けさの閣議でも実はそういうことを発言いたしまして、大蔵省に協力を求めたわけでございます。そういうわけで、今日のところ私、率直に言うて、毒性あるいは安全性の問題等について十分の研究がない、私は率直に認めざるを得ないと思います。ただありますのは、先ほど局長が言うたように、WHOの資料とか、そういうものをもとにしていろいろ申し上げているだけでありまして、これでは私としても責任を負えない、こういうふうな考え方からけさの検査体制の強化ということになったことを、そのことだけを御理解をいただきたいと思う次第でございます。
○小平芳平君 それでは厚生大臣、そういうわからないものを食品製造業の熱媒体に使っていることが問題でしょう、あるいはノーカーボン紙として使っていることが問題でしょう。しかも、四十四年四月、カネミ油症の事件にびっくりした日本油脂協会は、日本油脂協会技術委員会、ここで熱媒体の取り扱いと管理という取り扱い要領をきめているのです。その取り扱い要領の中には食品製造の過程にパイプを使う方法ですね、熱媒体の。そこで、装置に大きい変更することなくとなっておる。したがって、装置に大きい変更をしてないのだから——カネミ油症のときはPCBが漏れた、今回はダウサムA、KSK等が漏れた。ですから、そういう現在の装置を変えるならともかく、このままの装置でいままでのような正体のつかめない、毒性のつかめないものを現在の装置に使うべきでないと、少なくとも検査体制を強化すると閣議で発言したと盛んにおっしゃっていらっしゃるのですから、それがわかるまでは現在の装置で使うべきでないと、これが常識でしょう。ノーカーボン紙なんかも正体不明のうちは使うべきでないと、私はこれがきわめて市民の常識だと思いますが、大臣いかがですか。
○委員長(矢山有作君) ちょっと待ってください。あわせて教えていただきたいのですが、大臣の答弁を聞いておって、非常に前向きで問題に対処しようとしておられることは私もわかります。特に検査体制の立ちおくれに対して積極的にそれを解決しようということで閣議で発言され、大蔵省に協力を求めておられることはわかりますが、しかし、こういう問題の処置というものはやはり早急に手を打っていかれぬと手おくれになりますので、そういった点の予算措置等についてはどういうふうな考え方を持って早急に検査体制の強化をはかろうとしておられるのか、ただいまの答弁にあわせて御答弁いただきたいと思います。
○国務大臣(齋藤邦吉君) ただいまのお尋ね、私まことにごもっともだと思うんです。そういうパイプを通せばそのパイプにいつか穴があくかもしれないと思うんです。先ほど田中委員にもお答えいたしました。ですから、できることなら、私その構造の専門知識はありません、ありませんが、できることなら、うっかりすれば漏れるかもしれないようなものを熱媒体として使うという、油をつくる製造構造、これのやっぱり改善というものが私は大事だと思うんです。そんなおっかないものがいつ漏れるかわからぬような状態において油をつくってもらう。年がら年じゅう心配して歩かなけりゃならぬ。これはおっかない話です、私も。そういうこともありましたので、実は昨日でございましたか、通産省のほうに別な構造で油をつくる道はないだろうかということを実は申し入れをいましておるわけでございます。で、その結果によりまして、通産省がどういう技術的な指導そういうことができるかできないか私もわかりませんが、何とかそういう構造を改めるようなことはできぬだろうかという実は申し入れをいたしておるわけでございます。で、その結果は、私も専門家ではありませんから、そういう機械ができるとも言えませんし、言えないけれども、何とか考えてくださいという申し入ればいたしておるということを御承知いただきたいと思うんです。 それから二番目の……
○小平芳平君 使用中止はどうです、使用中止。
○国務大臣(齋藤邦吉君) そこで、こういうものを使うことについて、実は以前はこれはPCBをみんな使っておったのですね。ところがカネミ問題以来PCBは禁止ということになったので、今度のようなダウサムAというビフェニールだけということになったようでございまして、その機械構造の改造について通産省がどういう意見を持ってこられるか、それともにらみ合わせながら研究をしてみたいと思います。 それから委員長のお尋ねでございますが、けさ私、局長さん方に言うたのは、たとえば食品添加物、それからここで言いますとPCBとビフェニールの検査というふうな項目をずっと、私どもの頭にいま当面考えなければならない数十項目あると思うんです。で、数十項目についてこの項目の研究をどこの研究班でやる、どこのこれは衛生試験所でやるならやる、それから先生方専門の方おりますから、そういう方々にお願いする計画を立てて、そしてこれには幾らの金がかかるという積算をして、それを大蔵省に近く出すつもりでおります。それに基づいて大蔵省としては、これは科学技術庁のほうの研究費からこの分とこの分は出しましょう、PCBの研究は環境庁のほうにも所管の研究費がありますからそちらのほうから出しましょう、で、足りないところは予備金で出しましょうと、こういう結論になると思います。したがって、私の局長さん方にみな話したのですが、当面食品の安全の上から研究しなければならない項目を五十項目でも百項目でも出してごらんなさい、そしてそれについてはどこの研究所でやる、何ぼくらい大体金がかかるということを積算さして、そして大蔵省と折衝をしてできるならば科学技術庁の金あるいは環境庁の研究費、そして足りないところは予備金で出すと、こういうふうなおぜん立てでこの問題に取り組んでいこうと、こういう大体の考え方でございます。
○小平芳平君 大臣、この昭和四十四年四月の日本油脂協会技術委員会の熱媒体の取扱と管理ですね、こういうことは別に大臣あるいは厚生省が直接タッチした問題じゃないですけれどもね、特に大臣がこのときタッチしたわけではないですけれども、大臣、これはけしからぬと思いませんか。「装置に大きい変更することなく」と、何事ですか。「装置に大きい変更することなく」、いままではPCBを使っていた、今度はその半分の毒性のものを使うんだと、ですからそういう点大臣、通産省にお伺いをした程度ではなくて、とんでもないと、装置に変更を全面的にする必要もあるし、また熱媒体としてはより安全か安全でないかを確かめる必要があるし、大臣、そういうきびしい姿勢で臨んでいただきたいと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) ただいま実は見せていただいたばかりでございますが、もう少し私も読みませんとよくわかりませんが、ここに書いてある文字だけで言いますとあまりどうも私としては感心いたさない感じでございます。したがって、感心できませんので、もう少しこれは読ましていただいて、いま見たばかりでございまして、私、そんなことを率直に言うて失礼かもしれませんが、見たばかりでございますから、もうちょっとひとつ読ましていただいて、私も見ただけではこれはどうも感心いたしません。率直に申します。
○小平芳平君 それでは私の時間はなくなりますので、次はダウサムAのほうですね。ダウサムAのほうは局長はWHOの基準を引いておられました。これはWHOの基準は新聞にも出ておりますから、私もそれは見ました。しかし、一番最近発行された、本年二月二十六日にアメリカのメディカル・アソシエーションというところで発行した「環境・健康紀要」という、ここにはビフェニールの毒性についてとして相当世界的なフィンランドとか、いろんな例をあげて毒性を述べておりますが、それで大体これはお持ちですか。
○政府委員(浦田純一君) いま御指摘のものは私もいま先生から御紹介いただいて初めて承知したわけでございまして、課のほうには検討した資料はございます。
○小平芳平君 先ほど局長はミカンを出荷するときに底へ敷くようなことを言ったでしょう。そういうことをやっているのですか。それともミカンを紙で包むその紙そのものに浸しているんですか。その辺もはっきりさしてください。そうしてまた、十一年間そうした作業をしていたオイルマンとなっておりますが、病気で死んだと、患者はほかにも何人かいるというようなことが載っておりますが、ですからWHOには基準があるから、その基準内でたいしたことはないというような取り組みでは困ると思うんですよ。局長のほうでわかっているのは、ミカンを出荷をするとき下へ敷くということとWHOの基準だけですか、いかがですか。
○政府委員(浦田純一君) WHOの基準というものは、これはやはり各国の権威の方が集まって検討してきめたものでございますので、私どもとしては一番信用のおける資料であると思います。わが国におきましては、労働衛生の権威であられる久保田先生の御意見などを聞きましていろいろと勉強さしていただいたわけでございます。 それからビフェニールの用途でございますが、これは国際的に見ましても、かんきつ類の防ばい剤として使うこととして、紙に普通ビフェニールを含浸といいますか、しませまして、そうして、それからそれでもって出てまいりまする蒸気で防ばいの効果を発揮させているということでございます。普通、箱の中にかんきつ類を詰めます場合に、その底にビフェニールをしませた紙を敷くといったことが通常の用途のようでございます。
○小平芳平君 それではもう少しよく調べてください。 それで大体このビフェニールの健康障害は何と何ですか。
○政府委員(浦田純一君) 影響として考えられますもので、入る道によって違うと思いますが、まず気管あるいは呼吸器を経由するものといたしましては、これは主として悪心とか、あるいは器官、呼吸器の障害、場合によりましては肝臓や腎臓の障害も考えられると思います。 それから皮膚、粘膜経由によるものといたしましては、皮膚や粘膜の刺激症状、場合によりましてはそれがさらに湿しん等に進むというふうなことが報告されております。
○小平芳平君 PCBの毒性が底知れないと、これは局長も御承認ですね。同じように、その二分の一か、とにかくこのほうも底知れないものがあるんではないかということを、私は憂える一人です。 で、この論文は冒頭、毒性は中枢神経の障害と肝臓障害であるというところから始まっているんですよ。ですから、いま局長の言われたような症状も、当然、考えられると思いますが、局長の言われた中に中枢神経の障害というものがなかったから、あえて一言つけ加えました。 それで、これで終わりますが、大臣の先ほど来の積極的な答弁に了承いたしますが、積極的な点は了承いたしますが、もう少し行政の姿勢がカネミ油症を起こし、また、今回のこういうことを起こすという、それに対する、大臣、けしからぬと、とんでもないと、もう徹底的に変えていくという姿勢を、特に要望いたしまして終わります。
○中沢伊登子君 すでにおふた方の委員からいろいろ私どもの質問したいことをほとんど質問していただいたんですが、先ほど委員長から衛生局長に対して、どうも答弁を聞いているとまじめにやっているのかどうかわからないと、こういうふうなお話がありましたけれども、まあ、私からここで拝見しておりますと、紙を読みながら局長はありったけの努力をして答弁をしているように見受けられますけれども、しかし、その答弁が、そして、いろいろおっしゃられる紙の上に書いてあることが実際の面に生かされているかどうか、それはたいへん疑問だと思います。何だか、たいへん懇切に答弁をしておられるようですけれども、実際、それでは油の製造になると、そのことが生きて働いているのか、ただその紙に書いてあるだけなのか、そこら辺がたいへん私は疑問に思いますので、その点から御答弁をいただきたいと思います。
○政府委員(浦田純一君) 私といたしましては、今回のような事件が、カネミ油症の過去の例があるにかかわらず、再び起こったということにつきましては、行政監督上の責任をいたく感じております。この上は、できるだけ早く消費者の皆さま方に与えました不安の解消ということに全力をあげて取り組みたいと、それから再びこのような事故が、それこそ再び起こらないように、大臣の御指示も得ながら、万全を期してまいりたいということが私の基本的な考え方でございます。 ことに、カネミ油症の事件が起こりましてから、私どもといたしまして、まず、政令を改正いたしまして、それまでは許可の対象になってなかったのでございますが、新たに食用油脂業を許可施設といたしまして、施設の基準を設けるというふうに改めたところでございます。 それから食品衛生管理者というものを企業の中にも設けるようにいたしまして、いわゆる自主管理体制というものを、強化をはかったところでございます。 それから、日本油脂協会を通じてではございますけれども、さっそく危険な熱媒体の使用、ことに塩素糸の熱媒体の使用ということを自主的に禁止させたと、これは後にPCBを全面的に製造停止といったような措置がさらに行政的に加わりましたので、現在では、全く事実上PCBは使用を禁止されております。そういったようなことをいたしてまいったところでございます。 さらに田中委員から御指摘ございましたが、昨年、食品衛生法を改正いたしまして、新たに第十九条の十八という規定を設けて、有害物質が食品に入る場合に、これを防止するための基準というものを厚生大臣がつくるというふうなきめをいたしました。残念ながら、実は、これにつきましては、現在どのような有害物質が使用されておるかといった状況がわかっておりませんので、その調査中でございますが、それもおいおい調査の結果出てきておりますので、至急に防止に関する措置基準を作成いたしたいと、このようなことで努力もいたしてきたところでございますが、今回のような事件が再び起こったということで、さらに私どもは、先ほど大臣からのお答えもございましたように、製造工程の抜本的な改正ということも含めまして、また、先取りでもって、いろいろと考えられる有害な物質、有毒な物質についての人体への影響というものの研究体制を早急に確立すると、充実するということなどをいたしまして、ほんとうに今回のような事件を再び繰り返してはならないということの歯どめとして努力してまいりたいと考えております。
○中沢伊登子君 先ほどからの御答弁と違いまして、だいぶ元気がよく答弁されました。ぜひともその、いろいろな紙に書いてあることをただ読むんじゃなくて、それが実際の面で今度のビフェニールを使った、そのビフェニールがわれわれのからだにどういう影響があるかということを、ただ、学者の調べたことが紙に書いてあるだけじゃなくて、ビフェニールがこの会社で使われる、その段階で、こうこう、こういう影響があるんだから、これはどの程度使ってもいい、これは使ったらいけないということまで十分生かされなければならないと、こういうふうに私はいま申し上げたんで、その辺を今後もただマウスを使ってこうだった、ラットを使ってこうだったという、その研究の発表だけに終わることがないように、それを強く要望をしておきたいと思います。 そこでいまもお話にありましたように、衛生監視員の問題ですが、千葉県の監視員はわずかに百二十八人だと聞いておりますが、そうですね。
○政府委員(浦田純一君) そのとおりでございます。
○中沢伊登子君 これで、食堂から工場まで、数多くの事業所を担当するために、食用油の工場では年に二回程度しかチェックをしていないのが現状だと聞きますが、そうですか。
○政府委員(浦田純一君) 当該の千葉ニッコー工場につきましては、昨年三回——たしか三回だと思いますが、立ち入り検査をしておる報告があります。ことしに入りましてからは、まだ、事件が起こりますまでの間には立ち入り検査は行なわれていないという状況でございます。
○中沢伊登子君 私の聞いたところでは、千葉ニッコーの会社は、昨年の十月の五日に施設の点検をして以来、事故の連絡を受けるまで、一度も立ち入り検査をしていない。これではカネミ事件の教訓が全く生かされていないではないか、こういうふうなことを聞いたんですが、そうですか。
○政府委員(浦田純一君) その点まで、私、承知いたしておりませんが、よく確かめてみたいと思います。
○中沢伊登子君 これはほんとうに大事なことですからね。先ほどからも田中委員が盛んに食品衛生監視員のことを質問されておられましたけれども、これは昨年の食品衛生法の改正のときも、私どももこの問題については、ずいぶん厚生省を督励をさしていただいたつもりでございました。また、一般の家庭婦人が食品衛生監視員にならしていただいてもいいというような希望もあるんです。だけれども、ほんとうに専門的なことは家庭婦人ではなかなかわからないから、そこら辺の何といいますか、職業訓練といいますか、そういったような訓練まで受けてでもいいからこういうものをわれわれもやらしてほしいというような家庭婦人の意向もあるんです。このことも、私、たぶん去年の食品衛生法の改正のときに申し上げたかと思います。とにもかくにも、食品というものは、われわれ家庭婦人にとっては家族の食料を供給しなければならない立場にありますから、自分たちの家族が、自分もひっくるめて、善性の強いようなものを食べさせられたりすることはたいへん心配でございますから、家庭婦人がここまで発言をする気持ちはおわかりいただけるかと思います。ですから、こういう点では十分調査をしていただいて、早く皆さんが安心できるようにしてほしいと思います。 そこで、先ほどから厚生大臣も相当強い姿勢で御答弁がありましたけれども、こういう事件が起こってしまってから、四百ぐらいある施設を総点検するということは、やっぱり追っかけ行政であって、この辺を何とかもっと早く手を打ってほしい。しかし、手を打ってほしいとここで申し上げましても、いままでこういう追っかけ行政はたくさんあるわけです。 それは、一つあげますれば、あのBHCが使われたときも、母乳から、あるいは牛乳を飲んだその中にBHCが検出されたというふうなことで、これもまたずいぶん大きな問題で、家庭婦人あるいは皆さんが非常に心配されたところでございますね。こういうものは、BHCなんというものを使ってきたからこそこういう問題が起こった。そして、いろんなことが起こってから、やっぱりこれは禁止しなければいけないというふうなことになってきたし、先ほど話もありましたようなPCBも同じことです。 それから、先ほどお話のありました中性洗剤、私どもずいぶん、中性洗剤が使われるようになって以来、この問題も取り上げてきました。この間の予算委員会でも私申し上げました。中性洗剤がどうも私どもの手を荒らして、結婚した当初たいへん幸福に暮らしていた人たちも、その中には、手が荒れてしまってどうしてももう水が使えなくなった、お茶わん洗いまでだんなさんがして会社に行かなければならないような家庭もあるわけです。ですから、こういう中性洗剤の問題も、取り上げてみますと、すぐそのあとで、中性洗剤は安全でございますというような本が、わざわざ私どものもとに届けられるわけです。これを読んでごらんなさいというふうなことで、中性洗剤が心配だと言えば安全だと言ってくるし、そしてまた最近になって、ようやく、中性洗剤はやっぱり何とかしなくちゃならないんじゃないかということが出てくるわけですね。たいへんこういうこともおそ過ぎるわけです。 それから、この間のまた予算委員会で私質問したわけですけれども、田子の浦のヘドロのあと始末はどうなっているんだ、PCBの回収は一体どうなっているのか、チッソのあとのトラック十万台分ぐらいのヘドロのあと始末をどうするのかというふうなことを質問をいたしましたけれども、これらの問題は、最近魚の奇形がたいへん出ている。日本人はお魚をたくさん食べるので、そういったものが回り回って国民の健康をおかすんではないか。こういう心配の中で私は質問をしてきたわけです。 つい最近、サルがずいぶん奇形児が産まれていると。それは高崎山のおサルもそうであるし、私のおります兵庫県の淡路島のモンキーセンターのところでも、ずいぶんたくさんの奇形児が産まれております。これは、いま京都大学の先生たちが、淡路島に渡ってこのおサルの研究をしているようでございますけれども、つい最近の新聞情報によりますと、豚にも、何か、ひざの辺にこぶのできるような奇形の病気がはやっていると。これは、病気なのか、やっぱりえさからこういうことになってきているのか、そこら辺がまだ十分解明されていないようですけれども、こういったような問題が次々新聞紙上をにぎわしてまいるわけでございます。 そうすると、サルまでやってくると人間ももう間近いと、こういう心配が非常に私どもを案じさせるわけです。ですから、この今度のニッコー油の問題なんかも、十二分に調査研究をやってもらって、特にこの千葉ニッコーはいろんなことでずいぶんふらちな、不都合なことがたくさんあることを私どもも新聞で見ているわけですけれども、これにはほんとうに強い姿勢で対処してもらわなければならないと思いますが、その辺のことについて御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 私からお答えを申し上げます。 最近ほんとうにいろいろな問題が発生しておりまして、国民が自分の食べる食物について非常な不案を感じなければならないというふうな事態になっていることは、ほんとうに私も責任上遺憾しごくのことと存じております。 そこで、先般も申し上げましたが、やっぱりそれには、どうしても、いろいろな最近化学物質が盛んに利用されるようになってまいってきております。そういうふうなことで、従来のような観念で毒性とか安全性の問題について律し切れないいろんな事態が起こってきているわけでございます。そこで私も、大臣就任以来、この問題を何とかしなければなるまいと。それで厚生省の予算ということになりますと、たった三億足らずというふうな研究調査費、それっきりないんですね。こんなことでは、とてもそれはやれるものではない。何か事件が起これば、PCBについてはどうだ、というようなことばかりでこれ追いまくられておると。やっぱりもう少し先手を打って、私どもの食品関係においてさしあたり問題になるのはそうたくさんあるはずはないんです、品目として見れば——だと私は思うんですが。まあ五十なり百なり程度のものではないかと思うんですが、——もっと多いかもしれませんが、まあそんなような感じもする。そこで、そういう当面問題になっているようなものについてだけは、毒性というもの、安全性という問題を明らかにして——それは中性洗剤の問題でもまあ長いことの問題でございます。これなどについても、使用方法によって、異常体質の方々がいろいろ手が荒れるとか、いろいろな事態が起こっておるわけですが、家庭の主婦の方々は自分が異常体質であるなんということを御承知ないんで、やっぱりそれは、使用方法を教えることも必要でございますが、ひび割れしないようにというようなことをやっぱり頭に描いて考えるのがほんとうではないか。そこで、これについては、昨年できた食品衛生法によって基準をきめることになっておりますが、基準ができていないと、こういうわけです。そこで、そんなら基準をつくったらいいじゃないかと。大体、原則としては、ひび割れしないという原則に立ってひとつ使用方法も含めてやったらどうだというようなことを言うておるわけでございまして、特に、問題でありまするハードは使わせない、ソフトだけにしようというふうなこと、というようなことでいたしておるわけでございまして、私も毎日毎日追いまくられておるのもたいへんでございますから、何とかこの際、五十なり百の品目について前向きに、たとえばダウサムAということが問題になれば、それはこういう研究の結果安全はこうですと、毒性はこの程度でございますということを厚生省が言えるようにしておかないでは、これはやっぱり食品衛生の責任を果たせないんじゃないかというふうなことを前々から実は考えておりました。で、総理からもそういうふうな強い指示もございましたので、けさの閣議で、先ほどもお答えいたしましたように、食品の添加物、それから、こういうPCB、それからビフェニールのような熱媒体として使って漏れることのおそれのある物質、あるいは薬品の問題、中性洗剤の問題、それから家庭用品の問題、こういうふうな五項目についてさしあたりひとつ思い切って金でも——まあ思い切ってといってもそんなに何十億も金は私は要らないと思うんです、たいした金じゃないと思うんです。ですから、そういう金を出して、国民の健康を守る上において一番大事な安全性をまずひとつ研究してみようじゃないかということにいたしておるわけでございまして、私も、ほんとうに今日まで、率直に言うて十分であったと思っておりません、率直に申します。十分でなかったと思いますからこそ、こういうことをやろうではないか、こう言うわけでございますから、今後とも一そう御指導、御鞭撻のほどを私はお願い申し上げたい、こう考えておる次第でございます。
○中沢伊登子君 最後に、JASマークのことについて質問いたします。 これも田中委員が先ほど質問をしたわけですけれども、日本人は油の摂取量が少な過ぎる、昔からこう言われてきたわけです。せいぜい油をとって、油の料理をして食べなさい、こういうふうによく言われてきたんですけれども、その油をたくさん使おうと思って一生懸命で油の料理を考えたりなんかしているのに、カネミの油事件が起こったわけですね。そして再びまた千葉ニッコーの問題が起こってまいりましたけれども、この千葉ニッコーの油にははっきりとJASマークがついていた、こういうことですが、そのJASマークは一体どのようにしてつけるのか。油ができてしまってからつけるのか。あるいはもう初めから、千葉ニッコーが使うかんにはJASマークはつけてあるのか。その辺のことをひとつ伺わしてください。
○説明員(堤恒雄君) JASマークは、先ほども申し上げましたように、格づけ機関が、農林省が定めた規格に合格した、こういう段階でつけるというふうなのがたてまえでございます。ただ、最近のように、食品自体が大量生産になってきたこと、それからかんとか包装資材、こういうふうなものについては商標その他マーク一切をあらかじめ印刷するというふうな仕組みになってきているというふうなことなんで、JASマーク等のたてまえと現実を調和させる、こういうふうな意味で認定工場というふうな制度を設けまして、一定の施設基準あるいは品質管理基準、こういうふうなものを備えたものについて格づけ機関があらかじめそういうふうなマークを付することを許してもいいじゃないかというふうなことで、農林大臣の認定を受けたものについてはそういうことを許可している。ただ、先ほど申し上げましたように、製品のサンプリング検査をいたしますから、その過程でその製品が規格基準に合致してないというふうなことが判明した場合はJASマークを消させる、あるいは回収させる、そういうふうなことで処置すると、そういうふうなやり方をとっております。
○中沢伊登子君 政府委員でございませんから私もこれ以上追及はできないかと思いますけれども、そうなりますと、これは下請業者のほうから密告されて初めてこのビフェニールが入っているということがわかったんで、これがわからなければずうっとJASマークのままこの油も売られていることになるわけですね。そうすると、これはもうほんとうにゆゆしい問題だと思うんです。だから、そこら辺の制度といいますか、そういうものも改正しなくちゃならないんじゃないかと、こういうふうに思いますけれども、どうですか。
○説明員(堤恒雄君) 先ほど申し上げましたように、JAS制度は、安全については食品衛生法にゆだねるというふうなたてまえで仕組んでまいってきておりますので、今回のような事件も起こってくる。したがいまして、私どもといたしましては、今後厚生省とも十分御相談しまして、せっかく製品検査をやっているわけですから、JASの規格基準のほかに安全の点もチェックするような方式、こういうものを、こういう油のような安全性について問題が起こるおそれがあるもの、こういう食品についてはそういう措置を考えてみたらどうかということでぜひ検討したいというふうに思っております。
○中沢伊登子君 浦田局長はこれをどう思われますか。
○政府委員(浦田純一君) いま農林省のほうからもそういった考え、お答えがありましたが、私どもといたしましては、やはり工程そのものとかいろいろと問題がございますけれども、最終段階、製品の段階で検査をかける、その中にやはり有毒、有害な物質が入っておるかどうかという検査項目もかけるということについてぜひやりたいと思っております。これはまた農林省や関係のほうとも十分相談してやりたいというふうに考えます。
○加藤進君 今度の千葉ニッコー事件というのは、食品衛生法では食品に混入さしてはならぬ、こういう有毒物質が油の中に混入した、しかも、その混入したことを知りながら平気でこれを出荷した、こういう重大な企業の犯罪行為があるわけでありますが、たまたま一ヵ月程度で、あるところからの通報があった、通報があってこの事態が明るみに出た、こういうことでありますけれども、これは私は非常に重大な問題を含んでおると思うのです。企業家の良心だけにまかせておいていいのかどうかというきわめて根本的な問題にかかわると思います。もしこれが、事故が起こった、故障があった、これはもうあり得ることでございます、あり得ていけないことでございますけれどもあり得ることでございますが、こういうことが起こったときに直ちに事故が発見される、こういうことがもしできるなら、私はこの油も倉庫で出荷以前にこれはとめることができる、市場に出さなくても済んだ、未然に防止ができたと、こういうふうに考えるわけでございますが、そこで私は、先ほども大臣の所信として、こういう有害物質を製造工程の中に使わないような、いわば施設あるいは工程をぜひ考えなくてはならぬ、こういう意見がありました。これもけっこうです。けっこうですけれども、そういうことを検討し、そういう製造過程をさらに工業化していくなどというようなことになりますと、これはそうきょうあすにはでき得ないことだと思う。私たちがやらなくてはならぬことは、きょうあすに緊急に有効な手を打つということではないかと思います。そこで、いまある施設につきましても、もしここに故障が起こり、あるいは事故が発生するということを発見した場合には、直ちにこのような事故に対して緊急な措置がとれる、こういうことがいわば制度の上、体制の上ではっきりしなくてはならぬと思う。そういう点で、私はこの事故発生の場合に、直ちに発見できるような、安全性を確認できるような措置、確認できるような体制、この体制を企業に義務づけるということ、このことが私は今回の教訓の最も重大な内容の一つだと思いますけれども、そのような義務づけ措置を大臣は考えておられるかどうか、この点をお聞きしたい。
○国務大臣(齋藤邦吉君) こういうふうな事故が起これば、実は食品衛生管理者というのが工場に置いてあるんです。工場におるんです。その人が私はすぐ知らせるべきだったと思うんですね、ほんとうを言いますと。これが仕事なんですね。その点について、私どももやっぱり今後食品衛生管理者というものの仕事、責任、それを明確にして、それが当然の仕事だと私は思っているんですが、そういうふうにして知らせるべきだと思います。したがって、現在の法律でどういうことになっているのか私もいま存じませんが、これはもう通報させるのは当然のことであり、それを通報するのが食品衛生管理者の私は仕事だと思いますから、今後そういう方面の指導を厳重にいたすようにいたしたいと思います。
○加藤進君 厳重に、と言われますけれども、企業側の良心だけにまっては、こんな事件は今後繰り返される。したがって、これを何らかの意味で歯どめをつけなくてはならぬ、そのための義務づけ措置がぜひ必要だ、こういうふうに考えるわけでございますし、いま管理者の責任だという話も出ましたけれども、食品衛生法にはこういう事故が起こった場合の届け出制の義務というのはありますか。どこにあるんですか、そういう義務づけは。ないでしょう。
○政府委員(浦田純一君) 明確に申しまして、ないわけでございます。いま御指摘の点について、まあ、これはまだ動いておりませんので、言いわけにあるいはなるかもしれませんが、第十四条によりまして、製品を検査する義務を負わせるということが一つ考えられると思います。それから、これもまだ基準ができておりませんので、間に合わなかったわけでございますが、第十九条の十八で、有害物質が混入する場合の防止の基準を厚生大臣が定めるということでもって、それはただ単に施設基準だけでございませんので、措置ということも含めてやれる形になっておりますので、この中でもって構造基準の義務といたしまして何らかの措置がとれると、たとえば報告その他についてもこの関係の食品製造業につきましてはとれるというふうにできるものと考えております。
○加藤進君 じゃあ、聞きますけれども、この食品衛生法によって千葉ニッコーの企業経営者、どういう処分がやれるんですか。
○政府委員(浦田純一君) 最もいま問題になっておりますのは、食品衛生法第四条の第二号「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは附着し、又はこれらの疑いがあるもの。但し、人の健康を害う虞がない場合として厚生大臣が定める場合においては、この限りでない。」、ということで、頭に「左に掲げる食品又は添加物は、これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。」、この項に該当する疑いでございます。 それから行政上の措置といたしまして、これは都道府県知事が行なうことになりますが、販売の禁止、移動の停止並びに営業の禁止あるいは製品の回収、こういったような措置がとれることになっております。
○加藤進君 それはまあその限りにおいて事後の処置としてはある程度有効かもしれませんよ。しかし、問題は起こってからではおそ過ぎる、こういう点で事故が発生したといった場合に緊急にこれを発見する、発見したら直ちに届け出る、届け出て処置をとる、こういう体制をつくらなくては、今度の問題は教訓として今後に生きないと思うんです。その意味で私は食品衛生法の中に届け出制の義務、届け出の義務をうたうべきであるということを重ねて強調いたしますけれども、大臣、所見はいかがでしょうか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 有害なるものを混入してならないという規定がすでにあるわけでございますから、混入したときは届けるというのはどういうことになるのかはっきりわかりませんが、してはならないと禁止しているわけですから、私、混入いたしましたと、こう届けることになるのかどうか、その辺わかりませんが、しかし、いずれにせよ、衛生管理者には何かしらのやっぱり私そういう責任を負わす必要があるんではないかということを考えますので、十分ひとつ研究さしていただきたいと思います。
○加藤進君 研究、ぜひしていただきたいんですが、今度の事件はとにかく事件が起こって隠せば幾らでも隠せた。しかし、密告者が、まあことばが悪いのでございますけれども、通報者があった。あったためにたまたまわかったというわけでございまして、こんな状態ではいけない、そのための措置として事故が起こった場合には企業者は責任によってこの事故を届け出る、こういう措置だけは絶対にとらなくてはならぬと思うんです。その点の重ねての御所信をお伺いしたい。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 十分ひとつ研究さしていただきます。
○加藤進君 そこで次に、いま小売り店では非常な被害が起こっていますね。返品してほしい、返品してほしいというのがもう殺到しているそうですよ。こういういわば小売り店の方たちの被害については、これは当然のことながら千葉ニッコーの会社にその補償の責任があると思いますけれども、その点はどうでしょうか。厚生大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 私もさように製造したところが責任を負うべきものである、それはもう常識的に私はそうじゃないかと思います。
○加藤進君 もし、今後被害がさらに深刻化いたしまして健康にその被害が及ぶというような場合には、この補償についてもやはり当該会社の負うべき責任ですね。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 健康に悪影響を及ぼすということのないように期待はいたしておりますが、もしそういうことになりますれば、その会社が加害者でございますから、当然の責任を負うべきものであると、私はかように考えております。
○加藤進君 ビフェニールというのは食品の中に混入してはならないとなっておりますけれども、これは食品に添加していいというふうに厚生省は考えておられるでしょうか。
○政府委員(浦田純一君) 特殊の場合といたしまして、かんきつ類の防ばい剤としての使用を認めておりますが、それ以外の使用は認めていないわけでございます。
○加藤進君 なぜそのかんきつ類だけそれは認められるんでしょうかということと、もう一つは、いつからかんきつ類にはこれを認めるという措置をとられたのか、その点をお伺いしたい。
○政府委員(浦田純一君) かんきつ類にのみなぜ許しておるかということでございますが、かんきつ類の使用方法は、先ほど小平委員からの御質問にもお答えいたしましたように、輸送する場合にダンボールの箱に入れて、かんきつ類、通常の場合入れまして輸送しておるのでございますが、その下敷きにビフェニールを含浸させた、含ませた紙を敷いて、そうしてその……。
○加藤進君 それはわかっています。
○政府委員(浦田純一君) それで、これはやはりビフェニールというのはなかなか揮発しやすい物質でございまして、外からそういったようにして何といいますか、包装といったような形でもって使用した場合に、通常食べるまでにかなりの部分が蒸発してしまうという事実と、それからWHO、FAOその他の報告によりまして、これの毒性というものについて一一〇PPM以下の場合には長期にわたって人体に摂取しても何ら影響はないという報告、こういったものを参考といたしまして、日本におきましては残存量七OPPM以下に押えることを条件としてかんきつ類についてのみ使用を認めているものでございます。
○加藤進君 次のまだ質問がありました。
○政府委員(浦田純一君) その点至急に調べまして、たしか昨年だったと記憶しておりますが、いま記録を調べまして……。
○加藤進君 大体その時期は合っているようですけれども、四十六年の一月の十日前後だと思います。そうでしょう。なぜこの時期に食品衛生法の一部を変えて食品添加物には使っていいというふうに解除されたのでしょうか。なぜですか、それは。
○政府委員(浦田純一君) その点は国際的にいろいろとこのビフェニールの使用状況というものを私ども調査いたしまして、現在ほとんどの西欧、欧米の先進国で使われておるといったような実態、それから毒性につきましてのWHOのそういった報告という両方から、また現在、現にかなりのかんきつ類等がお互い貿易の品目として取り扱われているといったような実態、そういったようなことからビフェニールをかんきつ類に限って使用を認めたものでございます。
○加藤進君 当時の新聞報道ははっきりしていますよ、いろいろ。これはアメリカを初めとする農産物の自由化、くだものの自由化、そのためのレモン、オレンジ、グレープフルーツなどの輸入くだものに対して使用することを許可したのでしょう。国内用のために許可をあえてしたわけではなしに、輸入くだもののために許可したのでしょう。どうですか。
○政府委員(浦田純一君) 世界的な情勢、大勢というものもございまして、日本のみビフェニールの禁止ということについての理由はないという、むしろビフェニールを国際的な水準である一一〇PPMよりもきびしい条件を付しましたけれども、私どもは世界のこういった情勢というものを勘案し、また人体への影響というのは、これはもちろんでございますが、勘案いたしまして、差しつかえないというふうに判断したわけでございます。
○加藤進君 世界の趨勢とか、それは人体に特に有害ではなさそうだとおっしゃいますけれども、一体それは厚生省はどこと相談されて、どこにそういう点の確認を得られてきめられたのですか。
○政府委員(浦田純一君) その点につきましては、食品衛生調査会のほうの御意見を徴しまして、差しつかえないという答申を得まして、それで実施したものでございます。
○加藤進君 もし、そういう差しつかえないというような答申があったとしたらそれは文書報告をしてください。これは委員会に出していただくように委員長にお願いいたします。 この食品衛生調査会の意見というのはどんな内容でしたか。日本では安全性を確認する実験は何もないから、これは私は保証の限りでない、これは第一項目ですよ。使うなら実験の上でやってください、こういうわけです。第二、将来、国内でこの防腐剤を使うとなると、扱う労働者が中毒のおそれが出てくる。労働衛生上からも注意が必要ですというのが第二のいわば条件ですよ。第三番目、添加物を使った場合、消費者にわかるように表示させるべきである、これが第三番目の条件です。この三つの条件を満たすこともなく、実験もやることもなしに、これ、認めたでしょう、許可したでしょう。どういうことですか。
○政府委員(浦田純一君) 労働衛生上の問題並びに表示につきましては、それぞれの関係の省庁のほうに厳重にこの点について実現方について要請してございます。ビフェニールの毒性につきましては、自今国立衛生試験所で、ことに慢性残留等につきまして研究を進めたというところでございます。
○加藤進君 以上申し上げましたような三条件が満たされた場合ということで答申は出ておる。これは事実ですよ、そうでしょう。ですから、この責任者である小林会長はこう言っていますね。われわれがつけた三条件は、これが満たされなければ認めらるべきでないという重要なものだ、今回を皮切りに今後もどんどん条件をつけていくつもりだ。たとえば一定期間に限って認め、その後あらためて安全性を確認してきめる方法も考えている。厚生省の役人はもっと国民の気持ちにこたえてくれなければ困るという注文までついているのですよ。結局どういうことですか、これは。いま私たちの問題としたのは、これはもう食品の中に混入したらたいへんに有害なものだ、だから、防止しなくてはならぬということで議論しているわけでしょう。ところが、一方では厚生省、どうですか。これは有害ではなさそうだから、添加物ならいいといって、かんきつ類にだけ、取りわけアメリカを中心とする自由化の品目についてだけこれを認めている、こんな片手落ちがありますか、一体、行政の上で。はっきり答弁してください。
○政府委員(浦田純一君) 当時の記憶を、いま先生のほうからいろいろと御質問ございまして、私も思い出しているところでございますが、三条件あったことは私は確かにそのように記憶しております。それで、その後、ビフェニールの残留について早急に研究を開始する。その着手したことも承知いたしております。また、労働衛生上の問題、それから表示上の問題、これは担当のそれぞれの省、労働省あるいは通産省、また公取その他関係のほうの省庁に私どものほうから要請したということも事実でございます。小林会長の御意見並びにそれに伴いましての自今の措置、一一〇PPMの国際的な基準を七〇PPMに押えたといったような経緯もございまして、その点についてどのようなこまかいいきさつがありましたか、私、早急に記録を調べまして明らかにさしていただきたいと思います。しばらく時間をいただきたいと思います。
○加藤進君 最後に、大臣にちょっとお尋ねしますけれどもね。こういう論議を聞いてわかりますように、とにかく国際的には安全性がある程度認められておるなどということを論拠にされますけれども、日本の科学者はこの安全性について確認ができていないと言っているのです。実験もできていないと言っているのですよ。実験もできていないのを、これを認めるとは何ごとだと、こう言っておるわけですよ。ですから、大臣、この実験を早急にやって、国民が納得するように、心配は要りませんという保証がはっきりするまでこの使用は禁止すべきであると私は考えますけれども、大臣はどうでしょうか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 実は私もいま聞きながら、どういういきさつでそういうことになったのか、私もよく承知いたしておりませんから、そのときのいきさつを十分調査いたしたいと、かように考えております。しかし、いま局長が言うように、それを契機として国立衛生試験所に対して研究するようにということで指示しておるわけでございますから、もう少しいきさつを調査させていただきたいと思います。
○加藤進君 これはもう調査——大臣、いろいろありますから、その当時の大新聞は全部連載していますよ。出しています。これ読んでいただいても大体概要はつかめると思うのです。そこで私、最後に局長が、とにかく今日いろいろ検査をさせておりますということですから、検査はけっこうです、やっていただいて。やっていただいて結論が出るまで待てということなんです。これはできませんか。結論が、どんな危険な状態の結論になるのか、あるいは安全性が保証されるのかわかりません。わからない状況のもとで、厚生省はなおかつこれを使用させることを認めるなどということは、私は絶対許しがたいと思うのです。その点のあなたの所信をお伺いしたい。
○国務大臣(齋藤邦吉君) もうちょっと、したがいまして、そのときのいきさつ等を調べまして、それによってお答えをいたしたいと思います。
○加藤進君 最後に一言だけ。ともかくこの問題の発端は、アメリカの農産物自由化によっていわば政治的な圧力に屈服したのだ、これは世間、見ております、事実。こういう厚生省の行政が今日行なわれてはたいへんでございますから、その点の警告を発しながら、ともかく厚生省のやるべきことは、国民の安全、国民の健康を守るという立場に立たなくてはならぬ。そういう点をしっかり行政の基本に置いていただきたいということを最後につけ加えて私の質問を終わります。
○委員長(矢山有作君) 本件につきましては、本日はこの程度にとどめます。 —————————————
○委員長(矢山有作君) 次に、厚生行政の基本施策について質疑を行ないます。 質疑のある方は御発言を願います。
○大橋和孝君 私はこの委員会で行なわれました厚生大臣の所信表明に対しまして、時間も非常に短いことでありますから、その基本的なことを一、二お伺いしたいと思います。 第一点は、福祉というものの中身が非常にあいまいだという点であります。すでに私が申し上げるまでもなく、現在国民各層には戦後四半世紀における経済最優先活動への明らかな疑問と、それからくるところの福祉優先への新たな考え方が定着化して、そして福祉と経済成長は観念の上では調和できても、現実には両者は両立していないということ、そういう認識のもとに社会福祉政策を真剣に求めるに至っておるのはご存じのとおりでございます。ところが、それにこたえるべく厚生行政の内容を見ますと、どうも私たちが要請している福祉概念と申しますか、その中身と食い違っているように思えてなりません。そのことが、具体的にあとでお聞きしますようないろいろな点で、それが非常に混乱を国民の間にもたらしていると思うのでございます。 そこで、厚生大臣の言う福祉の意味の内容についてお伺いするわけでございますが、福祉といった場合に、福祉六法では社会福祉という意味、内容をかなりはっきり示しておるわけでありますが、一般的には社会保障を意味するような場合、さらにはまた生活環境の整備という意味で社会資本の充実にウエートを置いている場合もあります。またさらには、もっと広く国民所得の向上あるいは経済成長の増大という意味をも含めている場合もあるわけで、いろいろなそういう点を考えてみますと、実際にはいろいろと混乱して福祉が語られておるわけであります。特に厚生大臣の所信でもその辺がだいぶんあいまいに、安易に使われているように私は感ずるわけでありますが、厚生行政の立場から見まして、はたしてこの田中総理が時あるごとに言っているごとく、経済成長とか、国民所得の増大というものまでもが、この福祉の意味、内容に入っているのかどうか、こういう点を考えてみますと、この際にはやっぱり、どうしても大臣のはっきりとした御答弁をひとついただいておかなければいけないように思いますが、その点をひとつ。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 私はこういうふうに考えておるわけでございますが、福祉といいますときには、一つには地域的な福祉という問題が一つある。それからもう一つは、やっぱり人間としての福祉、人間的福祉、こんなふうな二つの私概念があるんではないかと、かように考えております。したがって私は、厚生省の仕事は、後段に述べました人間的福祉、これが厚生省の当面の大きな仕事であると、かように考えております。そこで、人間的な福祉ということになりますと、人間社会において私どもが生活していく上においてのいろんな悩みを解決する、そこから出発して、そして多少といいますか、悩みを解決した上に、さらにゆとりのある生活まで求めて進んでいく、そこに私は福祉の将来発展というものがあるんではないかと、こういうふうに考えております。すなわちILOの社会保障のいろんな条約、勧告等もございますが、すなわち人間社会における悩み、すなわち貧困、失業、疾病、それから児童の生活費の問題、それから何人も避けがたい老齢という問題、こういうふうな人間社会におけるいろいろなそうした悩みと申しますか、そういうものを——まあ、やり方の方式についてはいろいろあると思います。社会保険方式のようなものでいくのがいいか、あるいは国家が全部責任を持ってやるような方式がいいか、そういう方式についてはILOも何ら触れておりませんが、こういうふうな悩みを解決し、そしてさらに人間として健康にして豊さを持ったような生活まで持っていく、そういうところまでいくのでなければ福祉国家というのは言えないんではないかと、こういうふうな私率直に感じを持っておる次第でございます。
○大橋和孝君 日本で使う社会保障体系も非常に私は不明確な点があると思うんです。昭和四十八年度の社会保障関係費は、昨年より約三〇%強の伸び率を示し、一般会計予算の約一四%を占めておるわけでありますけれども、ところが、日本とGNPがほぼ同じであるか、また多少低い国々、たとえばイギリスは一般会計中約二一・九%ですか、スウェーデンあたりは三〇%、西ドイツでは二九・四%、これはすでに一九六九年、昭和四十四年の国家予算総額において社会保障費というものをさいているわけであります。この点から見ましても、今年度のわが国の社会保障費のウェートは、厚生大臣の指摘するところとは逆にいかにも低いように私はこのパーセントの上からも言えると思います。また、予算編成の方法を見ましても、従来の方法と何ら変わるところがなくて、依然としていわゆる総合予算主義、あるいはまた平均的な福祉水準への目配ばりだけであって、初めにきめられた考え方のワク組みの中で、いま大臣がおっしゃる人権的な視点、人間を中心とした視点からではなくて、むしろ政治的な主義に基づいて積み木細工のように分配されたというように私は言わざるを得ぬように思います。したがって、この福祉問題に対しての対応ととらえることもあまりにも観念的に終わってしまって、そして、社会福祉だとか、社会保障で保障されるべき最低生活水準というものの根拠、あるいはまた、国の負うべき責務とその財源の裏づけ、こういうものが何ら国民の前に提起されておらなくて、むしろ行政官庁中心の個々の単価や生活費の算出、あるいはまた配分方式がまかり通っていると指摘せざるを得ぬように私は思うわけであります。なぜそうなったのか、私はこの際基本的な問題を再度問うてみたいというふうに思うわけであります。 ただいま私はイギリスや西ドイツの例を示しましたけれども、イギリスの社会保障の体系を見ますと、その費用の半分は国が負担しております。そこには国民生活の最低限は国が受け持つんだという筋が一本貫かれておるわけでございます。とりわけ年金だとか、医療だとか、児童、老人とともに保健衛生への負担もかなり大きい割合で国が負担をすることになっておる。これがイギリス型といいますか、より広義には北欧型といわれるような社会保障の特徴ではないかというふうに思うわけでございます。その次に、まあ、いま西ドイツを申しましたが、西ドイツはといいますと、社会保障の大体半分は資本家の費用負担の上に成り立っております。そして社会保障の給付は主として所得保障に向けられているわけです。その意味で国の役割りはイギリスと多少違っておりまして、労使関係が主導して、そして国家はそれを裏づけていくというふうな、形においては費用負担は主として資本家が負うている。こういう意味では西ドイツ型、あるいはまたこれを大陸型といってもいいのではないかというふうに思われるところでありますが、日本はどうかと申しますと、御承知のように、社会保障費は労使と国のそれぞれ三分の一づつの負担にワク組みされておるような感じがいたします。しかも、社会保障給付が医療の面へ少なくとも今年度社会保障予算の六〇%近くも流れておるわけでありますから、憲法第二十五条にいう公衆衛生あるいは保健衛生面への支出は外国に比べると実にとるに足らないものだと、こういうように言わなければならないと思います。この辺がわが国の社会保障の特徴であり、しかもきわめて悪い特徴ではないだろうか、こういうふうに私は考えなければならないと思います。社会保障で保障されるべき最低水準もあいまいだし、また福祉そのものの内容も混乱していると考えざるを得ないのであります。 一体わが国が目ざそうとしている社会保障というものは厚生省ではどう認識していられるのか。北欧型なのか、あるいは大陸型なのか、あるいはまた日本独自のような体系なのか。その基本的な問題をここらでちょっとはっきり示しておかないと、またこういう社会保障の問題もはっきりいたしませんし、その点がはっきりしないと日本の社会保障はいつまでも行政官庁主導型で政治的レベルで保障がきめられていくという、国民各層が望んでおる真の社会保障がいつまでたっても育っていかない、こういうのになるのじゃないかと思いますが、大臣、その辺のところをひとつはっきりと考え方を示していただけないでしょうか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 非常にむずかしい御意見を交えての御質問でございますが、確かに国家予算全体というものを考えてみますると、そればかりじゃなしに、私は率直に言うて、日本の社会保障というものは西欧先進諸国に比べれば私は十年おくれていると率直に数字的に申し上げることができると思います。と申しますのは、まあ、先生にこんなことを、もう釈迦に説法みたいなことになると思いますが、私、統計的にはっきり申し上げてみたいと思うのですが、ILOが国際比較を社会保障でいたしてございます。これは一九六六年、その当時の社会保障というものの数字は社会保障の給付費と国民所得との比較において出ておるわけでございます。その一九六六年、だいぶ前のことでございますが、それ以後のILOの統計ございませんので、それを私引いて申し上げるのですが、それによりますと、日本は社会保障給付費の所得に対する比率は六%でございます。で、それに対して西欧先進諸国は一四%、まあ、もちろん国によって多少の違いはありますが、一四%ということでございますから、一九六六年を比較いたしてみますと、日本は非常におくれておる、こういうことが私、はっきり申し上げることができると思います。 そこで、なぜ一九六六年に日本の社会保障がそんなにおくれておったのか、原因が二つあると思います。一つは、わが国のいわゆる年金が当時は一万円年金でございました。国民年金、それから厚生年金、いずれも一万円年金でございました。そういうふうに年金額が非常に低かったということがまず一つの原因でございます。それからもう一つの問題は、児童手当制度というものが日本になかった、これが根本でございます。児童手当制度というものが一九六六年に日本にはなかった。ところが、西欧先進諸国にはりっぱにできておった。年金も成熟しておった。この二つのために日本が一九六六年で六%に対して、西欧が一四、五%になっている、こういうことでございます。 そこでその後、わが国で着手いたしましたのは御承知のように児童手当、これは昨年度から実施をいたしておりまして、ことしは二年目でまだ完成いたしておりません。来年でやっと三年目で完成する、そこまで追いついたわけでございます。それと同時に、年金につきましては、一九六六年のときには一万円年金でございましたが、その後二万円年金になりました。それから今度の国会で御審議をいただく年金法は五万円年金水準ということでいたしており、しかも物価によるスライド制も背景に持った五万円年金というものを打ち出したわけでございます。 そこで、そういうふうになってまいりますと将来日本はどうなるか、こういうことを申し上げてみたいのでございますが、大体五年後になりますと社会保障給付費は国民所得に対して一〇%になります。間違いなく一〇%になります。それから十年後になりますと大体一五%程度になるわけでございます。国民所得に対する比率が一五%に十年後なります。しかし、そこでいろいろ問題になりますのは、いや、そうなったら諸外国も進むだろうと、こう御意見がございますが、ここがわが国と西欧先進諸国との一つの違いでございまして、一番問題は年金で違うのでございます。西欧先進諸国は老齢化社会というものがすでに現出しておりまして、すでに現在でも、一九六六年のときもそうでございましたが、老齢化社会が現出しておりますために、六十五歳以上の方々が総人口に占める比率というものは一四、五%になっているわけでございます。で、その数字はいまでもほとんど動いておりません。私、いまはっきりした統計を持っておりませんからあるいは多少の違いがあると思いますが、そういうことで老齢化社会ができておりますために、その老人の総人口に対する比率はそうたいして変更がございません。ところが、日本は老齢化社会というものにまだなっておりませんで、六十五歳以上の人口が総人口に占める比率はたしか現在七%程度でございます。で、それが十年後になりますと一二、三%になるわけでございますから、そこで私は追いつける、これが私の見通しでございます。したがって、先般の経済企画庁の経済社会基本計画というものが完全に実現したという場合においては、なるほど現在は出発でございます。十年おくれております。きょうの現在とヨーロッパに比べれば十年おくれておりますが、いま私どもが国会にお願いしておりまする年金法が皆さま方の御協力で成立をし、さらに児童手当が来年度完成いたしますれば、五年後に大体国民所得に対して一〇%、十年後に一五%程度ということで、十年後にやっと追いつけるということを私は率直に申し上げることができると思います。したがって、私はきょうの現在と西欧先進諸国に対しましては率直に十年おくれている。この十年を何とか取り返さにゃならぬ、これが私のつとめであると、かように考えておる次第でございます。
○大橋和孝君 根本的にはそのことは理解をしているつもりでありますが、この十年の間に老齢化されている人たち、子供たちということを考えますと、何かこの十年を待って云々するのが非常にいまの日本の経済の進歩の上から、いわゆる今度の大臣の所信表明を聞いて、私はもっと何とかする処置をいま講ずるために、もう一つ大臣のお考え方をひとつ根本的に考えてもらいたい、こういう点が私は目的で質疑しているわけなんです。 特に、そこで私ちょっとこれから公費負担の医療というものを一つ例にとりまして、そしてここで混乱をしておると私申しましたいろいろな問題、これをあとには育成医療その他の公費医療というものについてひとつ例をあげてみて、ここで一ぺん大臣の考え方も聞いておきたいと思うわけです。 わが国の社会保障体系のその弱さはその当然の帰結として現在の問題として国民各層に日々はね返ってきていることはいま私が申したところでございますが、ことにこの公費負担の医療でどういうふうになっているか。過去十数年間この公費負担医療費は国民総医療費の約一割前後となっておったのでありますが、そして最近では幾つかの新しい負担がふえておるわけであります。老人医療あるいはまた乳幼児医療、それから老人の白内障あるいは育成医療、これは対象が非常に拡大をしてまいっております。それからまた先天性の代謝異常児の医療給付、あるいは小児ガン、小児ぜんそくあるいはネフローゼ、腎不全、小児心臓病の医療費あるいは難病だとか公害病、こういうようなものが非常にあるわけであります。疾病別、年代別、性別に区分も非常に複雑化しておるわけでありますが、この各種の医療費無料化の動きをごく最近について追ってみますとたいへんな混乱に気づくわけであります。 今年二月末の老人医療無料化で山口県の各市町村の国保会計がパンクをし、相次いで保険料の値上げを準備をしておるという表明もありました。老人医療費の増加で、国民医療費の総額は昨年より三一・二%も増額、黒字分の八億円はもうすでに食いつぶしてしまった、こういうふうなことが出ておるわけであります。 事例の第二を見ますと、二歳児以下の乳幼児の医療の無料化で東京の北多摩医師会あたりが、十四市の医師会で編成しておりますのが、その市長あてに非常な非協力を表明しておる。これは非常にけしからぬように思いますけれども、何か内容をいろいろ見てみますと、無料化のために乳幼児の健康管理に対する母親の責任が非常に安易になっておると、医師の業務量が非常にふえてしまってその診療がおろそかになら、ざるを得ないようになっておる。身障者対策に手をもっと回すべきだといういろいろな理由をつけておるようであります。 それから事例の三としましても、三月五日には東京府中市では医師会の協力態勢が得られないままに妊産婦の医療あるいは乳幼児医療費の無料化に見切りをつけて発車をしてしまった。見切り発車をしたんだと。老人医療の無料化の上に妊産婦、乳幼児医療費までを無料化するとこれは膨大な事務量になっていまの医師の体制ではなかなかできない。そういうことに先に手をつけるべきではないか、こういうことも言われておりますし、非常にこの乳幼児なんかには短期疾病が多いために、無料化の効果が薄いではないか、このことも言われております。 また、朝日の新聞で三月二十日ごろにも一律の無料化、乳児の無料化よりは乳児に対する診料券といいますか、体格検査、そういうふうなものをひとつもっと徹底的に無料化するほうがいいじゃないか、こういうふうなことも出されておるようであります。関連事務費の繁雑化、いろいろなものが算術的に増加してくるわけでありますから、なかなかほんとうの中身の医療が薄められていくというふうなことがだいぶ心配されておるようであります。これらの動きは公費負担医療ではないけれども、健康保険原理との関係で重大な問題点を含んでおる点もあると思いますが、国におかれましても、各種の医療費無料化を進める関係上、どう認識してこれに対処すべきか。その前にやらなければならない点がたくさんあるんじゃないか。たとえば保健所の増設あるいは、それが先決になるという点もありましょうし、あるいはまた医療の中にもいろいろな整理をしなければならぬという点もあると思いますが、こういう点で、この公費負担医療から通ずるいろんな問題をひとつ振り返ってみることも一つの大きな問題ではないかと、これらの点について、厚生省あたりは、今後この問題をどういうふうに考えていかれるか。この点をひとつ、伺っておきたいと思います。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 先ほど申し述べました社会保障の中の医療の問題でございますが、これがなかなか、非常に私、人によって考え方が違うと思うのですが、私の考え方を率直に言わしていただくならば、やっぱり医療費の問題というのは、社会保険方式を原則とすべきではないかという考え方でございます。 そこで、それを原則としながら、ただいま、戦争による犠牲者に対しては国家賠償的な考え方の公費負担、それから伝染病予防のような社会に不安を与えるようなものは、やはり国家的に公費負担でめんどうを見る。それから、そういうふうな伝染病、結核、精神病、こういうふうな社会不安を惹起するおそれのあるものは公費負担でいく、そのほかの公費負担につきましては、たとえば老人医療の問題あるいは育成医療の問題、こういうふうな問題、さらにまた、難病、奇病、こういうふうなものは、やはり、その疾病の特殊な要請に応じてできるだけ公費に移していくと、すなわち、そういうふうな国家的な立場でめんどう見なきゃならぬもの、社会的にめんどう見なきゃならぬもの、さらにまた、難病、奇病、それから育成医療、こういうふうな疾病の特殊性によるものは公費負担に移す。そのほかの一般の疾病については、社会保険というものを原則としていくべきではないかと、こんなふうに、私、率直に言わしていただけば、考えでございます。 しかし、そこで問題なのは、その社会保険をいかに改善して国民の負担を軽減さしていくか、これが医療保険のやっぱり最大のねらいであろうと、一般の疾病については社会保険を原則とし、そして、その内容を改善し、社会的、国家的な立場によるもの、これは公費負担でいくと、こういうふうなのが筋ではないだろうかと、こんなふうに考えておる次第でございます。 幸いに、今度健康保険の話をしたらしかられるかもしれませんが、今度の私どもの政管健保などは、家族給付がいままで五割だったのを六割にする。しかもまた、高額医療ということになりまして、三万円さえ持っていればどんなむずかしい、金がかかる医療にもかかれると、こういうふうな仕組みを考えたのも、実は経済負担を軽減させ改善する、こういうわけでございますが、まあ、それは別といたしまして、一応、私どもの考え方は、国家的なもの、社会的なもの、それから医療の特殊的なもの、疾病の特殊的なもの、これは公費負担でいく。そのほかの一般的な医療というものは、社会保険方式でいくというのが筋ではないだろうかと、まあ、これはいろいろ意見の分かれるところだとは思いますが、率直に言わしていただければ、そんな感じを持っている次第でございます。
○大橋和孝君 その点を、いま議論しているわけじゃなくて、もうその医療を無料化していくというのを、そういう方向でいいと、その無料化をするときに、やはり保険主義でいくということに対しての云々は、まだこれからやろうと思います。これは、また保険法を審査する中でやろうと思いますから、これは触れておりませんけれども、こういうのでいろいろ公費負担をふやしていく前に、ただふやしていくことだけを出していったんでは、混乱を招いていくんじゃないかと、たとえば医師会あたりでも、そういうことをやられたら、もういまのままではとてもやり切れないと、看護婦もいなければ何もないじゃないかと、それは自治体病院に行きましても、それなら老人無料化したらそれだけの人はみな入ってもらえるか、できてないじゃないかと、こういうような問題を同時に進めないで、ただ無料化だとかなんとかということだけでは、これはますます混乱を来たすだけのことではないかと、いま私は、厚生大臣がおっしゃっていることを進めようと思っても進まない現状でありながら、進めることだけのスローガンをあげている。だから、ぼくは、そういうようなスローガンではだめなんだと、もっとそれをするための段階で保健所はどうするんだ、医療機関はどうするんだ、あるいはまた、そういうふうな制度はこうやるんだということを、そのために従業員はどうしていくんだと、どういう地位でもってやっていくんだ、こういうようなことをしていかないと、それを何にも先に言わないで、いま言っている公費負担だ、あるいはまた、何だといっても、これはから念仏じゃないかと、それでは、国民のほうでは、病院に行きましても、何ぼか待って、一分間治療というようなことになってしまえば何ら公費負担だ、云々だと言ってもらっても安心にならぬじゃないか、こういうことが問題になるわけです。そういう点を、ひとつ、十分究明してもらいたいというのが私の希望です。
○国務大臣(齋藤邦吉君) おっしゃるとおりでございまして、私の先ほどのお答えは、経済負担のところだけ申し上げたわけでございまして、問題は、やっぱりあまねく国民が医療を受けられるようにしていくということが基本だと思います。 で、そういうふうな意味合いにおいて私どもが、いま、一番悩みに考えておりますのは、医療機関における従業員をどうやって確保するか、これが、一つ問題でございます。病院ができても看護婦さんがいない、こういう問題、さらにまた、医療施設の体系的な整備がまだ十分できてない、こういう問題も一つの大きな問題だと思います。それから老人医療その他の無料化の問題に関連しまして、お医者さん方からもいままでいろいろな意見が出ているんです。もう少し安易に手続できるような方法ができないだろうか、こういったふうな問題等もあるわけでございます。 そこで、私どもは、そういうふうな保険制度だとか、公費負担だとか、いろいろな経済的な問題の周辺に、より根本的な医療施設の体系を整備するという問題、さらにまた、医療機関における従事者をどうやって確保するか、こういう問題。それから地域によりましては、僻地医療、離島の医療問題をどうするか、こういう問題があるわけでございます。で、私どもも、今日まで、それなりにできるだけ努力をいたしてまいりましたが、まだまだ十分だとは考えておりません。 そこで、今度できました経済社会基本計画の中の社会保障五ヵ年計画というものを今度つくることにいたすわけでございますが、その中では、医療供給体制を整備する、どうやって整備するか、年次別にどうやって整備するか、これが最大の重点でございますので、そういう方面に今後努力をいたしてまいりたい、こんなふうに考えておる次第でございまして、確かに先生のおっしゃるとおり、経済負担が無料化になった。そこでたいした混乱が起こっておる。おっしゃるとおりだと思います。特に老人医療無料化に伴いまして、病院が御老人の方々ばかりで占領されるというふうな問題も地域的には起こっておりますので、そういうふうなところには、何か別な、やっぱり老人の専門的な病院を考える必要があるんじゃないかとか、あるいは老人ホームの近所にそういう病院をつくる必要があるんではないかとか、さらにまた、そういうふうないろいろな問題がございますので、そういう医療供給体制の問題に、今後は全面的に取り組み、努力をいたしてまいりたい、こんなふうに考えておる次第でございます。
○大橋和孝君 それから私は次には、国の責任は一体どうなっているかという点からひとつ話を聞きたいと思いますが、今日の公費負担医療というものを区分してみますと、負担の根拠は、国家補償だとか、いま大臣もおっしゃっていますが、自治体が責任を持つ、あるいは社会が防衛する、あるいはまた患者負担を軽減する、あるいはまた加害者の不明な場合、あるいはまた健康保持のため、こういうようなものが負担の根拠になっているかのように思います。それからまた対象は、疾病別には、いまおっしゃったように伝染病だとか、結核だとか、あるいは精神病とか、いろいろあるでありましょう。また、年齢別には乳幼児とか、老人というようなものが入ってくる。性別には妊産婦なんかのものがあると、まあこれは対象を分けるような分け方であると思います。また、負担のほうを考えますと、国とか、都道府県とか、市町村とか、医療保険とか、こういうような負担の区分があるわけでありますが、また、負担の内容も、健康診断、あるいはまた治療からリハビリまで一貫して負担のいろいろ内容があると、それから負担の方式は全額、あるいはまた一部保険で給付、また一部給付しない患者の負担分、あるいはまた所得制限のあるもの、ないもの、こういうようなものが負担の中には入ってくると思います。給付の種類につきましても、現物給付、これは契約機関から直接医療そのものの給付を受ける。あるいはまた現金給付、これは患者窓口で領収書に対して償還をする。このような給付の種類もあるわけでありましょう。あるいはまた、給付期間につきましても、一定期間内ときめたり、あるいは一定期間を越えるものだけだとか、まあいろいろ……。あるいは金額では三万円以上とか、いろいろ出てくるわけでありますが、こういうさまざまな方法と対象が組み合わされるので、現在の公費負担は実に複雑な制度といわなきゃならぬようでありますし、地方自治体の制度、国の制度の関係がまた一様でもありません。その年々の予算獲得の程度によって対象や単価もまた違ってくる。年度末にはまた予算がなくなってきて適用ストップもなりかねない、こういうような状態があるわけでありますが、したがって、医療機関や医師への報酬も、あるいはまた運営要綱によって異なっておりますし、患者、家族の側にあっても全くその全体とか、制度そのものが理解できないという点もあるわけであります。こま切れ的に上から自治体と国との助成が地域におりてくるというような形にもなっているわけであります。しかも実際にやってみると、適用範囲あるいは資格が実に制限的になっておる。一体、公費負担の根拠、あるいはまた国の責任、あるいはまた自治体の責任がこれはどうなっているのか。こういうような点が非常に混乱をしていると思うのでありますが、こういう点なんかはどういうふうに整備して、考えていただけるのか、こういう点もひとつ大臣としては、もう、こういうときには、少し方向を出しておいていただかないとぐあいが悪いんじゃないかと思いますが……。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 仰せになりましたように、いままでの医療のいろんな制度というものができた当時のいろんないきさつで出ておるものですから、おっしゃるとおりばらばらでございます。これは率直に認めざるを得ないと思います。 それから公費負担の問題、それから所得制限の問題、実は私どもも覚え切れないほどさまざまになっておるわけでございます。で、この問題を、まあこれはこれなりに制度が発足するときのいろんないきさつでできているものですから、いまにわかにこれを全部一本に統一的にするということは私はなかなか容易ではないと思いますが、やっぱりこれをもう少しわかりやすく統一的な方向に持っていく必要があると私は実は考えております。 そんなことで、先ほど申し上げました長期五ヵ年計画の社会福祉計画の中で、制度のばらばらを何とか統一する方法がないだろうか、こういうことを一つの命題として、一つのプロジェクトをつくりまして研究をさしてやろう、こんなふうにも考えております。いますぐこれを全部一本の形で統一するということはなかなか容易じゃないとは思いますが、なるべくそういう方向を目ざして私は進んでいくべきではないか、こういうふうに考えております。
○大橋和孝君 次に、私はこの公費負担医療と保険との関係、先ほど大体大臣がおっしゃいましたが、これをもう少し解明してみたいと思うのですが、日本の医療そのものは、公費負担医療をめぐって、どの病気、どの年代がどういう内容と順序で施行されていくかによって大きな変化を余儀なくされるだろう、その見通しを抱いておられるのかどうなのか、こういう点が私は問題だと思うのです。現在の時点で、医療保険の役割りを重視していくのか、あるいはまた保険の限度を意識して、そして全額公費負担の方向に移行していくのか、に道筋をつけなくてはならないような時代ではないかと。ですから、いまのお話では、むしろ医療保険を主体においていくんだといま大臣がおっしゃっていますが、そればかりでいいのか。私はもっと、医療保険そのもの、あるいは保険そのものに限界があるわけでありますから、そういうものを意識して、やはり公費負担というものは全額公費負担に持っていくべきではないかという点を私は考えているわけであります。 で、病気そのものの社会性を中心にして判断する場合、あるいはまた医療そのものの公共性に力点を置いていく場合、この考え方のいずれをとるのかも現在方向が明らかでないように思います。いずれにいたしましても、国と地方自治体はどういう根拠で何をどれだけするのか、こういうこともある程度メスを入れておいていただかないと、こうした負担区分といいますか、あるいはまたその社会性とか公共性とかというものを見る考え方においても違いが出てくるのじゃないかと思います。その点はいかがですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 確かに、社会保障の将来の医療費の負担区分をどうするか、これは将来相当大きな問題に私はなると思うんです。現在のたてまえでは——たてまえというばかりじゃなくて、現在私ども、先ほども申し上げましたような国家賠償的なもの、社会的なもの、疾病の特殊性、そういうものによって公費負担というものをそちらにやる、そして一般的には保険制度というものでいくのが筋じゃないか。しかし、保険制度であってもその保険制度は昔のような労使の保険料だけでやるという保険であってはならない。私はそういうふうに変わりつつあると思います。現在でもすでに国民健康保険制度は四割五分国が持っておるわけでございます。日雇い健康保険は三割五分持っている。これから一般の中小企業の労働者のほうは今度の改正で一〇%国が持つ。こういうふうに労使の保険料だけで保険制度をやっていくという時代は私は過ぎたと思うんです。これはやはり、できるだけその疾病構造なりいろんな状況をにらみ合わせながら国がめんどうを見ていく、こういう方向にいくべきじゃないか、私はそう思うんです。労使だけにまかしてはいかぬ、保険料だけじゃいかぬ、やっぱり国もできるだけ年を追うて出すようにしていくというふうな方向でいって、そして、何十年先になるか何百年先になるか、これがまた一本の形に、公費負担というのか何になるのか知りませんが、将来私はなるかもしれません。なるかもしれませんが、いまのたてまえは、保険制度というものをひとつたてまえにし、公費負担はそういうふうなものでいく、こっちの保険についても国ができるだけ金はつぎ込んでいく、こういうふうに、社会化といいますか、何といいますか、そっちのほうを推進していくという方向に私はあるんではないか、こんなふうに考えております。将来のだいぶ先のことをいま言うわけにもまいりませんが、私は方向としてはどうもそういうふうに向いていくべきではないか、こんなふうに考えております。
○大橋和孝君 これはまだいろいろ議論を詰めたい点が一ぱい残っておりますので、この問題だけについてももう少しずつと議論しなければならぬと思いますが、きょうは時間があと二十分しかありませんので、これは問題提起的にちょっと申し上げているだけで、またこれは一応健保診療の間でもろて具体的にいろいろと意見を伺いたいと思いますが、こういうふうな形でいま申したような点をひとつ問題検討して、私、これからこの問題点について詳しい詰めばまたやることにして、申し上げていきたいと思います。 それから今度はその医療保険との関係です。もう一つの面から見ますと、客観的にとらえてみますと、今日の公費負担医療の実態は、その多くが、いま大臣も多少お触れになりましたけれども、医療保険の補完的な制度になってきておる、こういうように位置づけられているといわなければならぬように思うわけです。たとえば六十歳以上の医療や、あるいはまた特殊疾患医療の場合でも被保険者本人であっても保険から脱して全部が公費負担とはならないわけであります。ところが補完的な機能であったとしても、ほとんどの疾患について実質十割給付もしくは公費負担を受けるときには、社会保険はもはや社会保険ではなくなって、医療サービスが公共化して国保だ、健保だ、本人か家族かの区分も不要になる、こういう意見が一部にはあるようでありますが、厚生省は一体こういうふうなことはどう把握されるのか。むしろそういうふうにして全部公費に変えてしまうというふうなことはどういうふうにお考えですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 私は、これ全部が公費負担になるというのは、かりになるとしても私はだいぶ先ではないかと思うんです。 それから、御意見の中にありました十割給付という問題なんですが、これはなかなかいろいろ意見があるところでございまして、私が申し上げなくても御承知のとおり、現在の十割給付というのは健康保険の本人だけでございまして、国民健康保険のほうは本人も七割給付になっているわけでございまして、この十割給付というのは、専門家の中にもかえって乱診乱療になるんじゃないかという実は意見があるんです。これはその道の専門家の中にも、十割給付というのはほんとうはいけないんだよ、あれは本人負担にしても九割負担くらいにすべきじゃないか、こういうふうな意見もあるわけでございまして、私は、将来の方向として全部公費負担のような形になるのかどうか、私はその点はまだ自信は持てません。いな、むしろ保険制度というものに対して国の補助をできるだけふやしていくという方向で進めていく、そういう方向で進めていくべきではないだろうか、こんなふうに私率直に考えております。 それから、十割給付のようなやり方がはたしてこれがいいのかどうかというところにもやっぱり問題はあるような感じがいたしておるわけでございます。
○大橋和孝君 それは、そのことは私としてもまた先のほうで議論しようと思っておることだから触れてないのですけれども、大臣がそう言われたら、それはやはり非常に後退をした考え方で、私は、それは外国でもいまそういう議論もあるやに聞いております。けれども、それじゃなくて、むしろいまの方向としてはやはり公費負担も無料化しようという中でありますから、当然そうしたものもして、むしろ乱診乱療は別な意味でチェックすべきだというふうに私は考えます。ことに私がいま申し上げているのは、一体こういう問題をやはりいつまでも保険主義的な問題じゃなくて、やはりむしろ公費負担のものは公費として全部やるほうがかえってぴっちりして、そしてそれが別な意味でチェックをすればいいわけですから、私は考え方としては、やはり保険の足しまえだけを公費でやるというふうな考え方ではいけないと、こういうふうなことを私は申し上げ、いまの質問なんです。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 私は、先生は全部公費負担の方向と、こういうふうに誤解しておったんですが、どうもお話を承っておりますと、自己負担だけの公費負担ではなくて、根っこからの公費負担という御意見のようでございます。これについても私は意見のあるところだと思うのです。そこで、まあ現在のところは、御承知のように国家賠償的なものだけが根っこから公費負担、そのほかのものは自分の自己負担分だけと、こういうふうになっておりますが、これは私はやっぱり将来の方向としては——これは非常に手続がめんどうなんです、実際問題として。特に老人医療なんかの問題になりますと、保険でやって自己負担分だけ無料化、しかもこれは国と県と半々持ちと、こういうわけですね。私は、これはやっぱり将来の問題としてはそういう問題は改善していく必要があるんじゃないか、こういうふうに考えております。私は、最初先生のお尋ねは、全国民に対して何やら全部公費だというふうな方向だということならば、それはなかなか遠い先でございますと、こう申し上げているので、根っこからの公費負担かというふうな問題、自己負担だけの公費かという問題については、私は相当考えていくべき問題であろうと考えております。特に現在の老人医療無料化の問題は、国と県と半々持つ、——めんどうだと思います、これ実際。まあ、そういうふうな問題は今後の問題として私は改善をはかっていく必要がある、こういうふうに考えております。
○大橋和孝君 それからこの公費負担医療の負担割合でございますが、いずれにいたしましても、この医療保険の給付を家族にも平等に充実させるとの国民からの要請でございますので、こうした年々高まっておる、社会的な性格が高まっておると思われますので、医療の潜在需要の顕現化を促して、老人医療無料化による、さきの山口県下の事態なんか、あるいはまた広島や長崎でも見られる原爆被爆者医療費の高騰、こういうようなものが保険者をして必ずや財政困難を主張させ、それを懸念がらせておる強い大きな力になっておると思いますが、患者の立場で考えると、医療利用が伸び、質的内容も高度化しておりまして、医療費にはね返るのは当然ということにもなってくると思うわけでありますが、問題はその負担者と負担割合ということにつながってまいりますので、事業主が持つのか国なのか、あるいはまた労使折半の体系を押し通していく考えなのか、あるいはまた、冒頭の質問の関連でございますけれども、現実の問題としてやはり私は提起されておる、しなければならぬというふうに思います。現在の時点ではその意味で非常に今後の方向づけの重要な段階にきていると思いますので、もしそうした問題をいたずらに不明にしておきますと、これから非常に困難が起きます。ですからこの負担割合、国はどうする、事業主はどうする、あるいはまた個人の負担はどういうふうにする、そういうふうなところをもう少し明確にして、むしろ先ほど一番初めにも提起しましたが、こういう問題を、こういうことではっきりしておかなければいかぬ、大臣はいまちょっとお触れになりまして、国もやらなければいかぬだろうと、労使だけじゃまかしておけぬというお話もありますが、そこらのところがいまのところは非常に見通しがつかぬので、今後の方針として、大臣はある程度明確にそこらをしておいてもらうほうが今後の進め方にいいのではないか、こういう点から質問しているのです。
○国務大臣(齋藤邦吉君) この医療問題についての国と県、それから国と県一つに考えて公費という問題としまして労使の問題、これはいろいろ将来私は相当考えなければならぬ時期がくると思います。大体いまの考え方は、保険というもの、一般的な疾病は保険でいく、一般的な保険はやっぱり労使の保険料だけではいけない、こういう時代だと思うのです。労使の保険料だけでまかしてはいかぬ、やはりその割合は別として、国ができるだけの金を出していく、こういう形でいくべきではないか、そうして国が出した残りは労使折半がいいかという問題があるわけです。大体わが国の社会保険制度は労使折半というのが今日までの原則でございますから、それが一応私は定着していると思います。しかし最近労働組合のほうからも労使折半という原則をやめたらどうだという強い私は要求の出ていることは十分承知をいたしておりますが、この問題はいますぐというわけにはいかぬと思います。いかぬと思いますが、やっぱり諸外国のいろいろな情勢等もにらみ合わして、将来の課題としては私はりっぱに一つの課題になるのではないか、こういうように考えております。 それから最近、実は老人医療の無料化ということをやりまして、ここが国民健康保険、地域健康保険が非常に苦しんでいるという事情を聞いております。この問題は実は七十歳以上の老人医療化をことし一月からやり、四十八年度は六十五歳まで寝たきり老人は下げるということにいたしました。そんなようなことで、ショックを緩和するというような意味において国保運営にある程度の補助金を出そう、受診率がぐっとふえるために保険料だけにしわ寄せがあってはいけないから、できるだけ緩和をするために国も金を出そう、こういうふうなことをいたしておりますが、それらでもまさしく労使−労使といいますか、労使の保険料だけではもう済まない、だからそれには国ができるだけめんどうを見ていくという方向の一つのあらわれだと私は考えておるわけでございます。労使折半の原則をどうするかということは私はいますぐというわけにはいかないと思いますが、将来の政治課題としては私は将来大きく浮かび上がってくる問題ではないだろうかというふうに、将来の問題として私は理解をいたしておるつもりでございます。
○大橋和孝君 いまの問題で、特に大臣が方向づけをしてもらう場合に、先ほど大臣からだとか言って申したように、やはり資本と国とで非常に大きくウエートを持つと、幾らか被保険者のほうにも負担をさすというふうな形で、言うならば、ことに大きなワクはそういう方向で打ち出してもらうということが、いまの日本の経済の伸び、そういう点から考えてみますと、ぼちぼちそういう新しい方向を示すべき時期じゃないかということを含めて私は質疑をさせていただいておりますので、その点は大臣、十分御答弁の中にもありましたが、含んでおいていただきたい、こういうふうに思うわけです。 それから今度は公費負担と医療機関との関係をとってみましても、いろいろなことがあると思うのです。 先ほどの老人や乳幼児の医療費の無料化をめぐる地域の医師会の反発は確かに医療機関の側に書類の山となってくるということを主張しておりますけれども、公費負担医療の泣きどころの一つとなっておるわけでありますから、患者側にもそれがはね返り、あるいは不満が高じてくるということにもなりかねないので、結局根本的な対策が迫られているように思うわけでありますが、急激な受診増があると、現在の医師数とか医療従事者数ではお手あげの状態も地方自治体病院なりあるいは国立病院でもあるわけでありまして、看護婦の夜勤、病院、診療所の外来において、あるいはまた歯科診療所におきましても、医療の質的な低下をせざるを得ないようになってきているわけです。いずれにいたしましても三十六年の皆保険の二の舞いだけは避けなければならない、こういう責任を厚生省は持っていただかなければならぬと思うわけでありますが、そのため、少なくともこの公費負担医療はどの医療機関でも受けられるようにする。そして、差額の室料だとかあるいは付添看護婦料なんかは、これを自己負担をさせないようにする。こういうことが行なわれるためにはそれなら一体どういうふうにするか、こういうことをひとつ大臣のほうでもある程度しっかりしたものをつくっておいていただかないと、現場ではやっぱりこれが患者さんにはね返ることになるわけでありますから、こういう点をひとつ十分に考えていただきたい。これは医療の制度あるいはまたいろいろなところへ波及する問題ですから、そういう点はひとつお考えをいただきたいと思うのですが、どうですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) この老人医療無料化等に伴いまして、一番医療機関が相当いろいろ事務の繁雑を来たすというふうなことがいわれておりまして、私どもはこの問題については、医療機関に手続上の煩瑣をできるだけ来たさないようにということを前提として診療報酬の請求事務を簡素にするようにいたしたい、こういうふうに考えております。 それから、患者さん方に対しては、無料化によってあまりこれも迷惑のかからぬようにということをいたしたいと考えておりますが、これには御承知のように扶養義務者の所得制限というものがあるわけでございますが、今度は六百万円ということにだいぶ上げましたから、この問題の関連で患者さんのほうには実はあまり影響、迷惑がかかるということは私は少ないんじゃないかと思いますが、医療機関のほうには非常な事務的な繁雑を来たすといういろいろな意見がございます。これについては医師会ともいろいろ十分話し合いをいたしまして、事務の簡素化という方面に努力をいたしてまいりたいと考えております。 ただ問題は、私どもこれ、ほんとうに悩んでおるんですが、老人医療無料化ということになりますと受診率がふえる、これは当然なんです。そのために実は町場の薬局が非常にいま困っているんですね、実際。薬が売れなくなったというわけです。これまで持ち込まれておりまして、実はこれどうしたらいいのか。将来、私どもは医・薬分業というような方向も考えなくちゃならぬ問題なんですが、この問題が実は副次的に出ておりまして、いまやんやと攻めたてられておるわけなんです。老人医療無料化のために薬局から薬を買ってくれないというんです。みんな病院にばかり行ってしまう。それでこういう実は副次的な問題がいま出てきておるわけでございまして、これもまたなかなかむずかしい問題ではないかと考えております。 それから、そういうふうな無料化に伴いまして、これは冒頭にいろいろお尋ねいただきましたように、医療機関の整備をやっぱりひとつ考えていかなければならぬ、今後こういう無料化に伴って医療機関の体系的整備、これをどうやっていくか、そういう方面が相当力をいたさなければならない問題になるのではないか、こんなふうにも考えております。
○大橋和孝君 こういういまの問題の中でも、医療機関の整備もありますし、あるいはまた従業員である看護婦をどうするかというような問題、たくさんあるわけです。非常にこのごろ厚生省のとっておられる、国立関係だけの夜勤手当を上げておられるというような話も非常にてまえみそな変な措置でありまして、そういうような問題、いろいろまだこの中でやりたいと思っておりまして、各局長さんにもおいで願っておるんですが、時間がもう五分しかありませんし、こういう問題はまた後に譲ることにいたしまして、もう一点だけ伺って、もう時間がありませんので終わりたいと思います。 それは、今度は一ぺん患者側から公費負担を見てみたらどんなふうなものがあるか。現行の公費負担医療の各種制度が患者、家族の理解を非常に困難としている点はさきに指摘したところでありますけれども、とりわけ適用範囲と資格の制限が問題ですが、大臣は資格制限は上げているからいいとおっしゃっておりますけれども、実はそうではなくて、患者さんあたりの考えているのは、一体所得制限については所得制限の根拠をどこに置いておられるのか、こういうようなことなんかも非常に了解に苦しんでいる点ではなかろうかと思います。たとえば例をあげて申しますならば、母子保健法に基づく乳幼児の精密検診では三歳児ではなくて、三歳児以外は所得税九万二千四百円以下、こういうふうになっておりますね。養育医療でも所得税が九万二千四百円以下、こういうふうになっているわけですね。これに対しましてある所得以上だと医療費は重い負担にならないというデータが一体それならば、それ以上にあるかどうか。これもまた一つの問題であるように思います。それとも予算上の限界があってそうしなければならぬというのか。ということは、患者さんに対してはまだ説明がされておりませんし、われわれはこういう制限は撤廃してもらいたいと思っておりますが、そういうところで患者さんの了解を得られぬでおるだろうと思う。 また、所得額に応じた自己負担額の算定基準が設けられておりますけれども、申請者、つまり患者さんは医師をたずねた際に自分の所得証明を必ず持参しなければならず、その手数のわずらわしさは公費負担医療を遠のかせてしまうような点もないことはない。患者もまた書類の持ち込みを余儀なくされるので非常にめんどうである。医療機関も幾ら専門とはいいながらも、次々と新しい制度ができてまいりますから、他法との関係もむずかしくて、申請事務がたいへんだ、こういうふうな問題も出てきておるわけです。 それから医療費の支払い制をとっておる公費負担もありますし、これを受ける患者さんの多くは借金でもしないと窓口現金払いができない人たちでありますから、このために事実上は公費負担を制限するような措置となっておる場合もあるわけであります。 また、精神障害者や慢性疾患で一部に見られる文書料負担も小額ながら患者の負担になっておるものもあるわけですね。 あるいはまた、老人の白内障の援護なんかは所得制限が低過ぎるために、都市部のほうの現状では対象者はごく限られた数になっておるという不満も直接に聞いております。年齢制限六十五歳以上の撤廃も必要ではないかと思います。 こういうようなことを考えてみますと、やはり患者側から見た公費負担に対しても非常な問題があるように思います。こういう点を含みまして、この問題についてもある程度撤廃するものは撤廃する方向である程度整理をしてもらわないと困るのではないかというふうに思いますが、いかがですか。
○国務大臣(齋藤邦吉君) 確かに患者さんの側から見れば所得制限などが額によってだいぶ違いますね、皆さんいろいろなあれによって。そこで、実は私もこの老人医療などについてもほんとうをいうと撤廃したいという気持ちがあったんです。ところが、御承知のように、老人医療無料化ということになりますと、その本人のむすこが一千万もの所得のある人にやってやるのもどうかなという意見も出まして、そこで月五十万以上の所得のある人、年六百万という程度の方ならば大体千人に四人くらいになるわけですが、そういう方にはやっぱり無料化というものを及ぼすのはどうであろうかというようないろいろな意見が出まして、それからそのほかの育成医療とか、そういうふうな問題につきましても、その制度のできたときのいろいろないきさつでもそれぞれ違った制限を受けておるわけでございますから、患者さんの側から見れば、どうも何だか理解しにくい、わかりにくい、私はおっしゃるとおりだと思います。こういう問題は、私も撤廃すれば撤廃するでいいでしょうが、撤廃ができないにしても、何かもう少し一本化して、統一化してわかりやすくする、これはやはりおっしゃるとおりだと思います。将来とも私はそういう方向で努力していくべきであろう、こういうふうに考えておる次第でございます。
○大橋和孝君 一言だけ。こういうふうなことをいろいろ申し上げて、これをもっと詳しくお尋ねをして問題点を明らかにしたいと思いまして用意したのでございますけれども、きょうは予定時間を半分に縮めて申し上げたので要領を得ておりません。けれども、これは一貫して大臣に私は考えてもらいたいというのは、いま国民の側でどういうことを考えておるかといえば、非常に福祉が低いといわれているけれども、実態としてどれだけわれわれに返ってくるか、こういうことを問題にしていると思うんです。特に、今度は健康保険の問題も出てきましょうし、年金の問題も出ているわけですから、ほんとうにやっぱり年金なら食えるだけの年金がほしいと、やっぱり医療に対しては病気しても心配がないようにしたいというのが、これはもう国民の率直な念願ですね。それに十分こたえたものにまだなってないという不満が私はあると思うんです。一方にはいま申したように、経済は非常に成長してドルの非常に大きな所有国にもなっているし、あるいはまた物価もどんどん上がるような経済政策が進んでおると、一体こちらのほうで考えてみた場合にはどうされるのかというのが非常に私は国民の不満だと思うんです。そういうことをいろいろなところからもっと大臣にひざ突き合わして、そして詰めてみたいと考えておるわけでありますが、そういう意味で、一つだけ、私はきょうは公費負担の医療のことだけをやってみてもこういうふうに非常にばらばらであると、こういうことから考えてみて、私はこれはどうかひとつ福祉を優先する政策をとると、初めの大臣のお気持ちをどうかひとつここのところでは何とか具体的にあらわして、どうそれをはっきりさしていくかということを重点的にやっていただかないと、私は非常に国民の受け取り方では福祉といいながらも、ほんとうに福祉なのかということにおちいってしまう、こういうふうに思います。ですから私は、今度の厚生行政は大臣の所信がよほど明確にされるように、閣内においても大臣のおっしゃることが通るような形を十分にしない限り、私は総理大臣がうそをついたことになる。あるいはまた、いまの閣僚の方々、政府のすべてがうそをついたことになっちゃ困るわけですから、どうぞひとつそういう点は所信表明にからんで特にお願いをして、私の質問を終わります。
○委員長(矢山有作君) 午後二時まで休憩いたします。 午後一時三十二分休憩 —————・————— 午後二時八分開会
○委員長(矢山有作君) ただいまから社会労働委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き社会保障制度等に関する調査を議題とし、心身障害児・者対策について調査を進めます。 本件につきましては本日は参考人の方々の御出席をお願いいたしております。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は本委員会の調査のため御多忙のところを御出席いただきましてまことにありがとうございました。つきましては心身障害児・者問題について忌憚のない御所見を拝聴いたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。 まず、それぞれのお立場から各自三十分程度の御発言を願い、そのあと委員からの質問に対しお答えをお願いいたしたいと存じます。 それでは宮尾参考人にお願いいたします。
○参考人(宮尾修君) 宮尾でございます。 本日はこのようにお話しできます機会をお与えくださいましてありがとうございました。委員長並びに委員の諸先生及びいろいろとお世話くださいました皆さまに厚くお礼申し上げます。 日ごろからお話ししたいことが重なっておりますので、あれも言いたい、これも言いたいというぐあいになりまして話の時間が長くなるかもしれませんが、その点最初にお許しをいただきたいと存じます。 最近、社会福祉ということがようやく大きな問題となりまして、国や自治体の政策もこれに重点が置かれる方向に転換されるということが言われております。たとえば、この東京都におきましては、歩道と車道の段差をなくして、車いすでも町を楽に歩けるようにするとか、文化施設のような公の場所に身障者用エレベーターやスロープ、トイレの設置が計画されているということでございます。そうした設備のないために不便を感じていた人たちにとりまして、これは一つの朗報でありましょう。同じ身障者といたしまして喜ばしいニュースでありますが、その反面、私のような車いすを動かすこともできないほど障害の重い者たちは、このニュースからさえ取り残された存在であることを申し上げなくてはなりません。私たちの中には、何十年も家に閉じこもったままの人や、天井をながめるだけの毎日をしいられている人も少なくありません。こうした人たちと比べますなら、車いすを動かして町へ出られる人たちはまだしも非常に恵まれていると言うことができましょう。 私がこれからお話ししたいと思いますのは、そのように町へも出られず、日常の身の回りさえ自分では処理できない、そういう重度身障者の一人といたしまして、日ごろ感じたり考えたりしていることなどでございます。 私は、この十一月がきますと四十歳になりますが、生まれてからまだ一度も歩いたことがございません。生まれると同時にかかりました脳性麻痺が原因で、私の足は歩くことも立つこともできなくなってしまったのでございます。また、ごらんになっておわかりのように、私は手も自由ではありません。右手は全く使えませんし、左手もペンとはしを持つことと、電話のダイヤルを回すぐらいのことしかできません。すぐそばのたなから本一冊をおろすにしましても、一々母を呼ぶような状態でございます。一人ではトイレにも行けませんし、寝ることも起きることもできません。着がえや洗面や入浴とあわせて、これらはことごとく母の介護にたよっております。ですから、もちろん外へも出られず、こうして車いすにすわった毎日を過ごしているわけでございますが、幸い私は友人が多いものですから、そういう友人たちと電話でおしゃべりをしたり、手紙のやりとりや、あるいはささやかな文集などの交換をしておりまして、そうしたことが生活の喜びになっております。昔からの友人、文学仲間の友人、七年前に同じ身障者の人たちと始めた「羊の声」という雑誌の友人と、その範囲はさまざまですが、私はこの人たちによってどれほど教えられ、励まされ、またささえられてきたかわかりません。この中には健康な友人も少なくありませんが、数からいいますと、やはり身障者の友人が多数を占めております。特にいま申しました「羊の声」を始めましてからは、こうした大ぜいの身障者の人たちと親しくなりました。 この雑誌は私が住んでおります千葉県の身障者を中心に始めたものですが、始めました動機は、少しでもつながりを持ち合い、お互いに励まし合っていく必要があると思ったからでございました。いまでは事あるごとに意見をかわす友人もたくさんできまして、この原稿もこの人たちと電話などで話し合った結果をもとにしてつくったものでございます。手足が不自由なために外に出られず、家の中に閉じこもった生活を続けておりますと、どうしても社会から忘れられがちになり、友だちもできにくくなります。ですから、雑誌を通してお互いに知り合い、心の結びつきを持つことができましたなら、それだけでも一つの意味があるのではないかと思ったのでございます。最初は十人足らずのごく小さな集まりでございました。いまでも大きな集まりとは申せませんが、百人近くの身障者がこの雑誌を読んでおり、それぞれの生活の中で感じたこと、考えたこと、あるいは詩や俳句などの作品を発表しております。また、そうして書いたものがきっかけになって知り合いになり、友だちをつくった人も少なくありません。 一例をあげますと、両手が使えないために足で字を書く望月さんという人がおりますが、この人は雑誌の仲間になってから何人もの友だちを持ちました。実に筆まめな人で、ほとんど手紙を書かない日はないとのことですが、びっしりと書き込まれたはがきなどをもらいますと、よくこれだけ足で書けると思わずにいられません。この人は未熟児で生まれたのが原因で、そういうからだになったと言っておりますが、いまも申しましたように手が使えませんので、目の前にお茶が出ていましても飲むことができません。つまり、どんなごちそうを出されても、食べさせてくれる付き添いがなかったら、この人にとってはからの食卓にすぎないということでございます。 話が横にそれましたが、このように手紙のやりとりが行なわれ、雑誌の上でも交わりが深くなりますと、今度は直接会ってみたい、席を並べて話がしたいという気持ちが起きてまいります。これは当然でございますが、しかし、これをかなえるのは容易ではありません。ことに歩けない者の場合は、当人がいかに会いたいと思いましても、相手の家なり集まりの席に連れ出してくれる人がいなかったならば、この希望は実現不可能でございます。そういうことから手紙や電話では親しくなっているのに、まだ顔を合わせたことがないという友人関係も身障者の間では珍しくありません。ですから、お手元にお配りしました「羊の声」に写真入りで出ております一泊二日のつどいにおきましても、参加したほとんどの人がお互いに初対面でございました。このつどいは、せめて一年に一度ぐらい出てこられる人だけでも集まって、交流の一ときを持ちたいということで開いたのでございますが、ありがたいことに多くの健康な人たちの応援を得まして、歩けない人の参加者も予想以上にございました。 沢路さんという女性もその一人ですが、この人は進行性筋萎縮症にかかって手足の機能が失われたと言っております。その上不幸なことに御両親と早く死別されまして、かなり長い間きょうだいだけで暮らしたということでございます。現在は弟さん夫婦と生活しておられますが、非常にしっかりした人でありまして、私はこの人の家を一度訪問いたしましたが、茶の間のすみにいすを置いて、そこに腰かけておりました。外出のときは車いすを使いますが、家ではそうして普通のいすを使っているということでした。この人で特徴的なのは、腕が曲がったまま固まってしまっていることでございます。私の腕も非常に変形しておりまして、右手は口のあたり、左手は額のあたりまでしかあがりませんが、この人は両手とも胸までしかあがらず、しかも前にも伸びないということでした。そのためテーブルや机が役に立たず、ひざの上に食器や紙を置いて食事をしたり字を書いたりしているということでございました。さらに身につまされましたのはトイレに行く話でございます。この人は一人で行くことができません。家の人に連れていってもらうわけですが、負担をかけるのに気がひけて、ついがまんして行かないことがある。そのうちにからだのほうが行かないことになれてしまって、いまでは四日か五日に一度でも平気になったというのでございます。 トイレといえば、最初にお話しましたように、私も行くことができません。毎日母に運んでもらうのでございますが、考えてみると、よく運べるものと実際ふしぎな気がいたします。長い年月繰り返してきましたので、お互いに息が合っているというのでしょうか、運び方、運ばれ方をいつの間にか会得したのだと思いますが、六十四歳という年齢を思いますと、母親だからできるのだとしか言いようがございません。きたない話になりまして恐縮でございますが、私はまだ自分のおしりを自分でふいたことがなく、四十年間母にふかせてきました。一日一回としまして、一年は三百六十五日ですから、その四十倍は一万四千六百回ということになります。一万四千六百回むすこのしりをふいてきた母親と、ふかせてきたむすこの関係とは、一体、何だろうか。妙なものだと思わずにいられません。しかもまだ、あと何年続くかわからないのでございます。考えますと、悲しくなりますよりおかしくなりまして、福祉だの社会保障だのということばが、自分と関係のない、全く無縁なことばにさえ見えてまいります。 話をもとに戻しまして、沢路さんはホームヘルパーに来てもらったことがあるということでございました。掃除、洗たく、買いものと、ずいぶん助かったということですが、トイレの用までは頼めなかったと話ししておりました。それに、週一回の二時間か三時間しか来てもらえないので、頼むことも限られてしまうと言っておりました。この人は、福祉年金を受給しておりますが、それだけでは足りないのでしょうか、お話しましたような不自由な手にもかかわらず、わずかに動く指先を使って内職をしておりました。私が訪ねましたときは、ライターの部品を詰める仕事をしていましたが、以前は長い間刺しゅうの内職をしていたということでございます。このように重い障害を背負った上に、いろいろと苦労してきた人でありますが、親睦のつどいでは、明るい声で歌を歌い、暗い影のようなものは全く見られませんでした。 暗さがないといえば、今岡君という青年が、太陽そのもののような明るさを振りまいていたのを思い出します。昭和三十年代にポリオが大流行したことがございましたが、この青年は、これに感染しまして、下半身麻痺になり、歩けなくなったということでございます。その上、全身的な変形と発育不良によって、外見は決してノーマルではありませんが、心と頭はそれを補って余るほどの優秀な青年でございます。義務教育は普通の小、中学校に通学、高校は通信教育で学んだと聞きました。家庭の努力も並々ならぬものがあったと思いますが、彼の身体的状態を考えますと、これは驚異に値すると申し上げても過言ではありません。私は、最初、彼のような歩行不能者が普通の学校に通ったということが信じられませんでした。なぜなら、彼よりもはるかに軽い障害の子供でも、最近は養護学校に入るのが常識のようになっているからでございます。彼と彼の家庭がなぜこの常識に反旗をひるがえしたのか、正確な理由はまだ詳しく聞いておりませんが、彼のこうした教育の歩みが示す意味は、よく考える必要がありそうに思われます。 また、自分のことになりますが、私は、母からわずかばかり文字を教えてもらいました以外は、全く教育を受けておりません。私が学齢になりましたころは、戦争中でございました。健康な子供たちは、少国民と呼ばれて熱の入った教育を受けておりましたが、障害児の教育というようなことはほとんどの人が考えてもみなかった時代でございます。さらに、すべての物資が統制され、配給制度になっておりましたから、私のような未就学児童は、教科書を求めることもできませんでした。それでも、小学校の教科書は一年から六年まで目を通した記憶がありますが、これらの教科書は残らず近所の子供たちから譲ってもらった、使い古しでございました。私は、この使い古しの教科書によって文字を学び、書くことを覚えました。きょう、このようにつたないながらお話できますのも、そのときそうして書くことと読むことを知ったからでございますが、しかし、私が受けました教育といえるものは、ただこれだけであり、普通の意味におきます教育の機会はついに与えられませんでした。 私のからだの中で普通の人と同じレベルの能力を発揮できるところといえば、ただ一つ、頭脳しかございません。そのただ一つ残された健全な能力を生かすことによりまして、何とか生きる道を見つけたいというのが私の希望でありました。しかし、現実には、教育を受けなかったことが致命傷になり、そのような道を見つけ出す知識や教養を身につけることができませんでした。これはもちろん、私自身の努力が足りなかったからでもございます。一冊の古い英語の辞書をもらったことがきっかけになって、外国語の修得に独力で打ち込み、現在、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、イタリー語、中国語とマスターし、現在、翻訳家として活躍しているような人もおります。この人は二日市さんといいまして、ただいま傍聴席に見えておりますが、教育を受けなかった身障者の大部分が私のような状態に置かれている中で、その悪条件を乗り越え、みずからの道を切り開いた彼の努力は、血のにじむ以上のものがあったに違いありません。 いずれにいたしましても、何年か前までの日本の社会では、からだの悪い子供が学校に入れないのはあたりまえだったわけでございます。最近は、生涯教育ということばまであらわれまして、こうした昔と比べますと、身障者の教育環境も改善されていることと思われますが、私たちとしましては、それだけに取り残された感じを持っております。この問題につきましては、「羊の声」とともにお配りしました小冊子「脳性マヒの本」の中でも触れてありますので、お読みいただければ幸いでございます。この「脳性マヒの本」を書きましたのは花田さんという私の友人でございます。先ほど御紹介した二日市さんと一緒に傍聴席に見えておりますが、私の最も尊敬している友人の一人でございます。手足の不自由に加えて言語障害まであるにもかかわらず、「しののめ」という身障者の同人雑誌を二十五年間続けておりますほか、俳人としましても全国的に知られた人であります。この花田さんの作品に、「不具よりも無収が苛責ちちろ虫」という句がございます。これは作者自身の解説によりますと、からだの不自由もつらいけれど、それ以上につらいのが収入が得られないことである。からだの不自由にはなれるとしても、収入のない悲しさはことごとに身をせめつけてくる。そんな身の上にコオロギの鳴く声は一そう切なく聞こえるというのでございます。私たちは、この俳句にありますように、自分で収入を得ることができません。生活にかかる費用は、すべて、家族の負担になっているわけでございます。ですから、身障者をかかえた家族は、好むと好まざるとにかかわらず、果てしなく働き、果てしなく身障者を養っていかなければなりません。私の父は七十歳になります。普通ですと、働くことをやめてもふしぎではない年齢ですが、私がこういうからだをしていますために、自分の生活を自分でささえねばならぬ上に、私のことまで養わなくてはなりません。幾ら親とはいいましても、年老いた父や母が働くのを見ていますと、幾つになっても収入がなく、ただ扶養されているだけの自分が情けなくなってまいります。まして、兄弟などに養われている身障者は、絶えず気がねを感じていなければならず、本の一冊も買いたいと思いましても、そうした希望を言い出すこともできないでありましょう。先ほどお話しました親睦のつどいにおきまして、これらの現実が話題にされ、自分で自由に使えるお金がほしいという希望を述べた人が何人もおりました。私は現在、福祉年金の支給を受けております。たばこ代や郵便代に使っておりますが、電話料までにはなかなか回りません。また、本日はここに参りますのにお迎えの車をいただいたわけでございますが、もしタクシーを利用したといたしますと、一回の往復で一月分の福祉年金が消えてしまいます。勢い、集まりなどがございましても出ていくことを控えるようになりますし、ときには、なまの音楽や絵画に接したいと思いましても、すべてあきらめなくてはなりません。なまの音楽を聞かなくともテレビがあるではないかと言われればそれまでの話でございますが、いかに重度な身障者といえども同じ人間であります。春になれば桜が見たいと思いますし、夏になれば海へ行きたいと思います。さらに経済的保障さえ与えられるなら、養われる身分を離れて独立したい、自分が主人公になる家庭を持ちたいと思っているのでございます。私たちの仲間が書きました詩の一節に、「ゼイタクをいっているのではありません。なんの気がねもなく生きたいだけなのです。」、ということばがございましたが、このことばは私たちの気持ちをそのままあらわしたものと言えましょう。現実はしかし、こうした私たちの願いとは全くかけ離れておりまして、五千円の福祉年金ですら自分の自由にできない人が少なくありません。 最近もこういう例を聞きました。親がなくなりまして、きょうだいに扶養されている人の話でございますが、郵便局からもらってきます年金を本人に渡さず、全部きょうだいのほうで押えてしまうというのでございます。この人は寝たきり同然の状態に置かれていますが、生活の楽しみといえば、まくらもとに置いたラジオを聞くことしかありません。クイズ番組をよく聞いているということでした。クイズを聞けば回答のはがきを出したくなります。ところがこの人はせっかくの年金も手にできませんので、はがき一枚買えずにいるのでございます。養っているきょうだいに言わせますと、おまえのためにかかる費用は五千円では済まない、食べさせてもらえるだけでもありがたく思いなさいというところのようでございますが、これではあまりにみじめではないでしょうか。このような場合、年金とは別に扶養手当といったようなものがありましたなら少しは違うのではないかと思われます。つまり扶養手当を受けることによりまして、現在は年金を渡してくれないきょうだいも、おそらくそれを本人に渡すと思われるからでございます。 福祉年金の問題につきましては、最近のインフレ傾向と関連しまして、千円や二千円の金額の引き上げでは実質的アップにならないという意見も出ております。先ほど御紹介しました沢路さんの意見でございますが、沢路さんの小づかい帳によりますと、ことしは昨年の四割も物価が上昇しており、二年前に比べると倍になっているものが少なくないとのことでございました。ほとんど身動きのできない人ですからいろいろと他人の手を借りる場合があるわけですが、そうした場合のお礼の品物を買うだけでも、こんなに物価が上がってくると五千円ではとても足りない、買いものを頼むたびに驚いているとこぼしておりました。二年前の年金額は月三千円ほどでございました。物価が倍に上がったといたしますと、月額五千円の現在は二年前よりもかえって金額が低くなっていることになります。身障者の生活は一向によくなっていないと言わなければなりません。このほか身障者の老後の保障といたしまして、軽費老人ホームに入れる程度の金額にしてほしいという意見も出ておりますが、このようにさまざまな希望や問題が出されることを見ましても、重度身障者を取り巻く現実のきびしさがおわかりいただけるものと思います。お手元の「脳性マヒの本」にはこれらの点につきましても、花田さんが詳しく書いておりますので、御参考にしていただきたく存じます。 次に、私たちの間で最近問題になっているものの一つに電話料金のことがございますので、この問題について少し述べさせていただきたいと思います。 伝達手段としての電話が現代の日常生活に欠くことのできないものになっていることは御承知のとおりでございますが、わけても私たちのような外出の困難な身障者にとりましては、郵便と並んでただ一つの交流の手段であると言えましょう。自由に歩くことのできる人たちは、好きなときに好きなところで友人と会うことができますが、私たちの場合はそれがかないません。 私は花田さんと二十年以上のおつき合いをいただいておりますが、お互いに歩くことができませんために、顔を合わせて話す機会は数えるほどしかございませんでした。会合の連絡や原稿の打ち合わせをはじめ、お互いの近況報告などは、もっぱら電話にたよっております。したがいまして、私たちにとって電話はそれぞれの足のかわりになっておりますとともに、家に閉じこもった状態から起こりがちな孤独感をまぎらせ、心理的安定をはかるための薬の役をも果たしているのでございます。 その上、こうした心の触れ合いに欠くことができないばかりでなく、何事かありました場合は一本の電話線が不慮の死を免れさせる命綱になることも十分に考えられます。現に、一人暮らしをしております心障者が、電話が故障したばかりに食事の出前をとることもできず、まる一日絶食をしいられたという例が最近ございました。 このように、生活面でも精神面でも私たちにはなくてはならない電話でございますが、昨年からことしにかけましてこの電話が広域時分制に切りかえられております。電電公社のお話によりますと、市内通話は高くなるかわり遠距離通話は安くなるということでございますが、私たちがひんぱんに電話をかわします対象は、ほとんどが市内区域かそれに準じる近いところに限られております。この近いところの通話が高くなりますことは、すでに申し上げましたように、収入の得られない私たちにはたいへんに大きな打撃でございます。手短に要領よく話す習慣をつける上では時分制にもそれなりの意味はあるかと存じますが、私たちの中には、からだが不自由なだけでなく言語障害のはなはだしい人が少なくありません。ことばの出だしがスムーズにいきませんために、一つの単語を言うたびに「あのう、あのう」と繰り返す人や、花田さんのように、一度ではことばの内容がわかりませんために三度も四度も聞き返しまして、ようやく通じるという人もあります。 さらに、言語障害はない私のような場合でも、からだの移動に時間がかかりますので、電話がかかってきました際にすぐ電話口に出るということができず、時分制が実施されますと思わぬ迷惑を相手にかけることになりかねません。 いずれにいたしましても、時分制のもとにおきまして私たち重度身障者は、普通の人より高い料金を払いながら普通の人より少ししか話ができない状態に置かれるのでございます。 三年前のことでございましたが、私たちのグループが出しております同人雑誌の郵送料金を郵政省の御好意によって三種扱いが受けられることになり、大きく軽減させていただいたことがございました。この軽減によりまして、私たちの雑誌は廃刊の危機を救われただけでなく、物価高の現在も発行を続けることができておりますが、いま申し上げました電話料金につきましても、この際電電公社の御配慮によって何らかの措置をいただけますならば非常にありがたいと思うものでございます。 話が前後いたしますが、最初に申し上げましたように、私たちの会がいたしました親睦のつどいは、ふだん会いたくても会えなかった友人と会って楽しい時間を過ごすことができたといってみんなに喜んでもらうことができました。けれども、それが楽しければ楽しかったほど、さまざまな事情から出てくることのできなかった人たち、不幸にしてなくなった人のことなどが私はしきりに思われてならなかったのでございます。 出てくることのできなかった人たちの中には、会場が遠いために来られなかった人もおりますが、外出の手段がなかったために出席できなかった人も少なくございません。歩行の困難な私たちは、駅や停留所まで行かなければならない電車やバスはほとんど利用することができません。したがいまして、外出には好むと好まざるとにかかわらずタクシーにたよらざるを得ないわけでございますが、昨年タクシー料金が値上げになりました結果、この唯一の外出手段さえも奪われつつあるのでございます。 御承知のように、身障者には現在国鉄や都バスなど公営交通機関の割引乗車が認められておりますが、これをさらに進めていただきましてタクシー料金につきましても特別の対策を講じていただけますなら、私たちにとりましてこれ以上の朗報はございません。 このような対策が実現いたしましたならば、さらに多くの身障者たちがグループに加わり、つどいや会合に出るようになると存じます。出席したいのは山々だが、タクシーが高いので出席できないという手紙などを受け取って胸が痛むのを覚えることもなくなるでありましょう。私は、いまの雑誌を始めましてから約七年になりますが、この七年の間には、いま申しましたように胸が痛むことが何回かございました。中でも、忘れることができないのは、二十八年間も寝たきりの生活を続けましたはてに、手おくれからなおる病いもなおせずになくなった人のことでございます。この人は農家の長男でございましたが、子供のころに発病した関節炎が悪化いたしまして、十九歳のときに歩くことができなくなりました。それから四十七歳でなくなるまで病室としてつくられた小さな部屋に寝たまま文字どおり天井を仰ぐだけの年月を過ごしたわけでございますが、そういう極度の悪条件に置かれながら、この人は書くことに生きがいを見出し、童謡や俳句の創作に打ち込んでおりました。また、身障者の生活をよくしていくには、自分たちの現実を社会に訴えなくてはならないと申しまして、医療や住宅の問題などを取り上げ、毎号のように雑誌に書いておりました。その一つにこういう文章がございます。三月に一度でもよい、医者、看護婦、ケースワーカーの三人をチームにした巡回診療班をつくり、在宅身障者の訪問健康診断をしてもらえないだろうか、そこで適切な健康管理を指導するとともに、万一重大な病気が発見された場合は直ちに指定の病院に入院できるシステムが確立されたならいまのように不安を感じないでも済むに違いない。ここに書かれております希望は単にこの人だけのものではなく、身障者全体の願いであることは言うまでもございません。しかし、この人の場合、医療についての訴えには特に切実なものがあったのでございます。それといいますのも、家族の世話になることによりまして絶えず気がねをしいられる立場に置かれていましたこの人は、病気になりましても医者が呼べないという不安を感じていたのでございます。おそらく経済的な負担をかけるというおそれからこのような不安も生じたのでありましょうが、悲しいことにこれが現実のものになったのでございました。彼の命を奪いました病気は特別おそろしいような病気ではなく、早く治療を受けてさえいましたならなくならずに済んだのではなかったかと思われます。治療を受けることに伴う費用の全額をふだんから気がねを感じている家族にたよらなければならない立場の弱さが、手おくれになるまでがまんするという形でこの人を死へ追い込んだと申し上げましても過言ではございません。その意味におきまして、最前御紹介いたしました文章はまことに痛切な響きを帯びていると存じます。この人のことにつきましては、決して恵まれた環境にあったとは言えないにもかかわらず、施設に入る考えは全く持っていなかったこともお話しておきたい問題の一つでございます。童謡や俳句づくりに打ち込み、書くことを生きがいにしていたこの人は、集団生活の施設ではそれができなくなるに違いない、それでは生きがいがなくなってしまうと思ったのでありましょう。私はまだ実際に施設の生活を経験したことがございませんので、この点に関しましてここで結論を下すつもりはありませんが、この人に限らず、施設に入るのを喜ばない身障者は少なくございません。規則に縛られる、プライバシィーが保障されない、社会からはじき出された感じがする、人間らしい生活がない、このように理由は種々でございますが、私たちの間で施設の評判は思いのほかによくございません。むしろ身障者向きにつくられた住宅とホームヘルパー、給食サービス、その他各種のサービスを組み合わせ発達させることによりまして、普通の人と同じ社会生活を営みたいという考えがきわめて強くなってきております。私たちのグループにおきまして以前行ないましたアンケートでも、親が死ねば施設に入るが、生きているうちは家庭にいたいと答えた人が大半でございました。家庭のほうが自由がある、自分のやりたいことが好きにできると考えているのでございます。もちろんこの家庭は親があっての家庭であり、親が死んでいなくなったときのことを考えますと、そこから先は何もございません。その意味で施設の必要性は確かにあると思われますが、同時に私たちの最も願っておりますことは、普通の社会において自分の家庭を持ち、そこで暮らしていくことであるということもはっきり申し上げておきたいと存じます。 最後になりましたが、かねてから私たちの間で問題になっておりますことに、選挙の際の投票の問題がございますので、これにつきましてお話いたしたいと思います。 すでにおわかりいただいたと存じますが、私たちのグループはお互いの交流と生活の向上を願います立場から、会員の文章や作品を掲載しました雑誌や会報を出しております。私が編集しております「羊の声」もその一つでございますが、ほかに、「しののめ会」、「リュウマチ友の会」、「青い芝の会」、「ともしび会」、「アマリリスの会」たど、私の知る範囲でも三十数団体の会がございます。そして申し上げるまでもないことでありますが、このいずれの団体も決して思想的な傾向を持って集まっているものではございません。したがいまして投票の問題につきましても、体が不自由なために投票所へ行くことができず、選挙のたびに棄権しなければならない状態を純粋な立場から取り上げているのでございます。 これは私個人のことになりますが、私はことしで選挙権を得ましてから二十年になります。ところが、この二十年の間に私はわずか二回しかその選挙権を実際に行使したことがございません。それ以外の選挙はことごとく棄権の連続でございました。同じ棄権にいたしましても、故意になされる棄権と違いまして、気持ちは投票したいわけでございますから、これほど腹立たしいことはありません。ふだんは忘れております自分の身体障害をいやというほど思い知らされるのもこの投票日でございます。私の場合、投票所まで行きますには、まず車いすに乗せてもらい、さらにその車いすを押してもらわなければなりませんが、これは容易なことではございません。自治省のお話によりますと、家族の協力によって投票所へ来るようにということですが、年老いた親しかいないような家庭ではそうした協力を望むことは不可能と言えましょう。その上投票所に当てられた場所に階段などがございましたら、たとえ付き添いがおりましても一人や二人では上げることができません。このような意味におきまして、現在の投票制度は私たちからいたしますと、たいへん冷たいものがあるのでございます。さらに、投票の秘密という点につきましても、現行制度が最善であるとは言えない面もあるように思われます。これは昨年十二月の総選挙の際にあった例でございますが、車いすを押してくれるという親切な人が出てきたので頼んだところ、投票用紙に候補者の氏名を書くときになってもその親切な人がそばから離れずに困ったという話を耳にいたしました。親切と投票とは別であるといえばそれまでの話でございますが、なかなか理屈どおりにいかないのが現実でありますことはいまさら申し上げるまでもないでありましょう。 以上お話してまいりましたことから考えまして、身障者を対象とした在宅投票制度が実施されましたなら、たいへん便利でありますばかりでなく、基本的権利の行使という満足感も得られると思うのでございます。つきましては、こういう機会を与えられましたことを契機にいたしまして、私たちの希望の一つを御理解いただきたく思い、在宅投票制度の復活を求める請願を持参してまいりました。請願には先生方の御紹介が必要と伺っておりますので、後ほどお手をおかしいただけますなら幸いに存じます。 御清聴ありがとうございました。(拍手)
○委員長(矢山有作君) ありがとうございました。 次に、金沢参考人にお願いいたします。
○参考人(金沢英児君) 本日ここにお招きいただきまして、私たちの問題について意見を述べる機会を与えてくださいましたことを感謝いたします。 一口に身障者問題といいましても、私たち脳性麻痺者の問題は特にむずかしいと思います。本日は、おもに脳性麻痺者の職業問題について意見を述べさせていただこうと存じます。時間の制約もありますし、お聞きになっておりますように私はうなっている時間もございますので、脳性麻痺についての説明は省略いたしますが、職業の面から見て、脳性麻痺は単に手とか足あるいは目や耳が悪いというのでなしに、その障害はおおむね全身的でありまして、その障害の程度も重度である場合が少なくありません。それに脳性麻痺者の多くの者は多かれ少なかれ手が不自由でありまして、その手が不自由であるということは仕事につく上で致命的なことだと思います。そういうようなわけで脳性麻痺者で一般の形で職業につける可能性のある者あるいは現に職業についている者は少ししかありません。そして、その人たちのしている仕事は単純なものが多く、また私自身の経験からいってその仕事をやっているうちにある程度まではできるようになりますが、といっても普通の人なら一週間でできるようになることでも二週間も三週間もあるいは一ヵ月もかかってしまうのです。そして、できるようになるといってもどうしても普通の人よりも能率が落ちてしまいます。 私は、クリーニング工場でおもにロールという機械から出てくるシースなどをたたむ仕事をしておりますが、もともと蒸気を使うので夏には三十五度から四十度にもなる暑い職場ですが、初めはそれこそ汗びっしょりになってシースをたたむことに奮闘いたしました。それから三年近くになり、いまでは何とかたためるようになりましたが、それでもたたみ切れずにたまってしまうことが往々にしてございます。そういう能率のあがらないところは、私としましては、仕事のやり方を考えるとか、最後のまとめや整理をするなど、ない頭ながらもそれを使うことによって補うようにしておりますが、ともかくわれわれは一生懸命働いてもなかなか生産があがらず、したがって賃金も少なく、脳性麻痺者の大部分は普通の人の平均以下の賃金だといわれております。私の場合、この春、小学校に入った娘が一人おりますが、家賃も払わねばならず、夫婦で働いてやっとの生活です。ついでながら、家内も同じ脳性麻痺者で、洋裁ができますので、同じ工場で修理の仕事をしております。 ところで、脳性麻痺者のついている仕事はさまざまでありますが、脳性麻痺者全体から見て適合する職種はないのではないかと思われます。しかし、いままで述べてきましたようなことから、脳性麻痺者の就職先としましては、直接利益を追求しない官公庁か、あるいはその作業が細分化されていて脳性麻痺者にもできるような仕事があり、そして資金もたくさんある大企業が望ましいと思われます。それも、一人、二人では周囲の圧力に負けて定着しにくいということも考えられますので、何人かの者がそこで働けるようになることが望ましいと思います。そして、大企業ならば国からの援助を受けて職業訓練の施設を設け、そこである程度訓練してから現場につかせるということも考えられるのではないかと思います。 しかし、今日大きな会社は自分のところでの障害者以外は雇わないとのことであり、脳性麻痺者の場合は、ほかの身体障害者に比べても著しく小さな事業所で働いており、またそういう小さな事業所にしか就職できないというのが現実であります。小さな事業所がいけないというわけではありませんが、一般に小さなところはいろいろな仕事をしなければならず、また労働条件も待遇も悪くて、本来脳性麻痺者には不向きなところではないかと思います。ところで、大きなところであれまた小さなところであれ、一般の事業所では能力に応じてしか給料は支払われませんが、われわれの場合、生活に必要な分との差額を国で補償してくれるような制度がぜひほしいと思います。そういうことによって、働く張り合いもより一そう高まるのではないかと思います。そういう点からしばらく前にたしか民社党さんからも提案されました負の所得税の制度、つまり免税点以下の所得の者には、その所得と免税点との差に応じて国から逆に給付を受けるという制度も大いに検討されてほしいと思います。 それから一定の基準による重度の身障者を、一定の比率以上に雇用している事業所には補助金を出すなり、長期でしかも低利の資金を貸すなりの国の援助がほしいと思います。私のいる会社は従業員が百人ぐらいで、その半数以上が障害者であり、しかも、脳性麻痺者が多く働いておりますが、私たちのところに限らず、身障者を多く雇用しているところでは、どうしても人件費の割合が大きくなりますし、ということは同じ仕事をするにも普通の人なら一人でやれるところを二人も三人もつけなければならないからです。また障害者が多くいることによって、特別な設備をしたりするのにお金がよけいかかったりして、どうしても経営が苦しくなるし、たいへんなことです。ちなみに普通のクリーニング工場では人件費を四二%以下に押えなければならないと言われておりますのに、私たちのところではそれが五五%もかかってしまう。そういう点、今度労働省に身体障害者多数雇用促進資金というのが設けられ、身体障害者を五〇%以上雇用している事業所に資金の貸し付けがなされると聞いておりますが、たいへん喜ばしいことだと思います。現在、私たちの会社もその貸し付けを希望しておりますが、ぜひそれを融資してもらいたいものだと仲間同士でも話しております。そして、そういう資金の予算がもっと大きくなれば身体障害者の雇用ももっと促進され、また、よりよい設備の中で働けると思います。また、先ほどわれわれが仕事を覚えるのに長い日数かかると申しましたが、そういう点からいっても、受け入れ準備金というようなものもほしいですし、また、寮や社宅なんかも国でつくってもらえたらと思います。特に私のような家族持ちには社宅がほしいと思います。それから資金とともに身体障害者を多く雇用しているところには仕事を優先的に回してほしいと思います。と申しますのは、たとえば私のいる身体障害者が多く働いておりますクリーニング工場のような場合、少なくとも公立の病院などの寝具類はぜひ優先的に回してほしいと思います。それが現在は公立のところのものでも一般の業者と一緒に入札しますので、われわれのようなところはどうしても不利になってしまいます。ともかく働いて生活していくということは、人間としても大きな喜びです。どうか、身体が不自由でもその働きによってしっかりと生活がささえていけるように、また一人でも多くの身障者に仕事が与えられ、そしてよりよい条件、設備の中で希望を持って働けるように、いろいろな面からの対策が切に望まれます。 ところで、職業問題ではないのですが、身体障害者福祉法によって脳性麻痺者を等級づけする場合に、その人の職業能力や生活能力を十分に考慮してほしいと思います。というのは、脳性麻痺者の場合、不自由ながら五体がそろっているせいか、実際の能力よりも軽く等級づけられている人が少なくありません。特に手とか足とかあるいは耳とか、からだの一部にだけ障害のある人に比べて不公平な点があると思います。ちなみに私のいる会社でも、ろうの人、つまり耳が聞こえない人が二級であって私は五級です。耳の聞こえない人もそれなりに不自由はあると思いますが、仕事によっては普通の人並みに働けるのです。しかし脳性麻痺者の場合、五体がそろっていましても、いままで述べてきましたように、なかなか人並みには働けません。また同じ脳性麻痺者の間でも等級づけの基準がまちまちであります。ともかく以上のようなことではその等級によって福祉の措置がなされる場合、いろいろと問題が生じてくるわけで、さきに言いましたように、脳性麻痺者の場合その外見だけにとらわれず、その能力を十分に考慮し、またその等級づけの基準を統一してほしいと思います。できることならば、脳性麻痺者については再認定をする必要があるのではないかと思います。 以上、脳性麻痺者の職業問題を主として意見を述べてまいりましたが、人間を単に職業的な能力だけから見ることなく、そしてそのような能力がないからだめだというような見方をしないで、どのような人でも人間としてとうとばれ、特に職業能力、生活能力の低い者には、きめのこまかい、あたたかな配慮をしてほしいと思います。そして、たとえ職業能力がなくても、他の能力や才能があるならば、それを十分に伸ばし、生活のほうは年金などでささえられて充実した人生を送れるような社会であってほしいと思います。ともあれ、これからは身障者問題の中で、脳性麻痺を中心とした重度者のことが大きなウエートを占めてくると思われますが、国としてもそれに真剣に取り組んでほしいと思います。 どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)
○委員長(矢山有作君) ありがとうございました。 次に、石坂参考人にお願いいたします。
○参考人(石坂直行君) 本日はお招きいただきましてありがとうございました。 私は、自分自身身体障害者ではございますが、外国の身体障害者の日常生活など、実情を調査研究することをやっておるものでございます。一昨年になりますが、いま、ごらんいただいております車いすに乗ったまま、ヨーロッパの十ヵ国を一人で旅行いたしまして、自分の身障者の目でもって、彼らの、向こうの身障者の日常生活をとらえてまいりました。その実情を中心にこれからお話したいと思います。そして最後に締めくくりといたしまして、若干のまとめといいますか、提案の形で申し上げたいと思います。資料といたしましては、お手元にございますぴらぴらの「いずみ」といいましたか、あの一枚めくっていただいたところに、私の書いたものがちょっとございます。 その前に、私の立場を申し上げさしていただきます。私は、御案内のとおり、現在銀行に勤務しております。五年ほど前に交通事故で車いすに乗るようになりました。通勤の途中、自分の車がとまっているところにうしろからわき見のダンプが追突しまして、それ以来、こういうことになりました。現在もまだ自動車の運転は可能でございますので、自分で運転いたしまして銀行まで参りまして、銀行につきますと、車いすに乗りかえて一日仕事をしております。そういうわけでございますので、私は身体障害者でありながら、これまで、現在もいわゆる非身障と申しますか、産業経済の社会の中にまあ足の一本は突っ込んでいるわけでございます。もちろんもう一本の足は身障者の世界に突っ込んでいるわけでございます。そういう立場でございますので、いまお二方のお話しになりましたような、身体障害者の特殊な事情というものもよく理解できます。それと同時に、皆さんのような産業経済界の方のお考えや、なさっていることも理解できます。ところが、これは裏返して言いますと、まあたいへんお二方の前で申しわけないんでございますが、これまでの日本の身体障害者の生き方というものには、私個人として批判がございます。それと同時に、こうやって身体障害問題に御関心を寄せてくださるんでございますが、産業経済界の方のそういう問題に対する姿勢にも批判がございます。そういう立場でございますので、そういう目で私が見た話を、旅行の話をすると御了解いただきたいと思います。 旅行の動機は、いま申し上げましたように、車いすに乗るようになりまして、何もかもできなくなって、どこにもいかれなくなったんですが、たいへん困りました。いまお話があったとおりでございます。ところが、外国の人は、非常に明るくて活発にやっていると、なぜだろうと、それをまあ知りたかったわけでございます。それで、何も外国まで行かなくても、たとえば私、東大のリハビリテーションセンターであるとか、国立の身障センター、都立のセンター、先生方ずいぶん存じ上げている方がおりますので、伺ったんですが、どうしてだかこまかいことは御存じないんですね。結局、身障者がなぜそれが可能かということは、やっぱり身障者でなくちゃわからないことだということがわかりましたもんですから、自分でまあ全くプライベートに行ったわけでございます。 ところが、行く決心はいたしましたけれども、日本航空だとか交通公社だとか、そういうところが全部切符を売ってくれないということが起こりまして、一時はもうだめかと思いました。結局、ある小さなグループに私自身、だますようにしてもぐり込んで行ったんでございますが、その前に外国の身障者に、今度そちらに行くからあなたに会いたいと、日常生活を見せてくれという手紙を出しまして、返事をもらったりいたしました。出発までに私が自分で出した手紙が約百通をこえたと思います。このあとのこともあるので申し上げておきますが、私は銀行の外国部に二十年おりまして、外人相手に仕事をしておりましたので、外国語でもって外人とまあコミュニケーションをするといいますか、そういうことはたいへんなれておりまして、抵抗がなかったもんでございますから、そういうこともまあ思いついたといいますか、やってきたということになります。 それから訪問先国は、北欧のデンマークから入りまして、スウェーデン、フィンランドと、それからずうっと下りまして、オランダから、イギリス、フランス、ドイツと大体おきまりのコースでございますが、南下しまして、スイス、イタリアあたりから、ギリシアを通って戻ってまいりました。その各地で、私と同じような、実際は私よりも軽い人はおりませんでしたけれども、私と同じような身体障害者の人の家庭なり、住んでいるところにもぐり込んで、場合によっては、その人の家に一晩も二晩も三晩もとめてもらいまして、一緒にぞろぞろその人のあとをくっついて歩いて、トイレのしかたであるとか、顔の洗い方であるとか、着物の脱ぎ着であるとか、食事のしかたであるとか、そういったことを一緒にさせてもらいながら、ながめさせてもらったわけでございます。 感想を先に申し上げますと、どういうわけでございましょうか、私ども日本の身体障害者に関する限り、回りにあるべき情報というものがまるでなかった。ということは、これまでの皆さんがお進めくださいました行政なり、そういう対策なりというものの中に、そういう意味の国際感覚というものは全然なかったように見受けられる。私自身は、まるでわれわれ身体障害者には明治維新はなかったんではないかと、まるで鎖国のままの状態のまま置かれたんではないかということを、ヨーロッパのあるところでふと考えました。よくものの本には、日本の身体障害者は欧米に比べてその環境が百年おくれていると書いてございます。現にそういう職業に従事しておられる専門家の方も、事もなげに百年とおっしゃいます。私は実際にそういう身体障害者の人たちが日常使っている道具のようなものを見るだけでも、なるほどこれは五十年ではなくて百年であるということがよくわかりました。短い旅行でございましたけれども、私はたいへん安楽に、たいへんエンジョイいたしまして、あっという間に済んでしまったんですが、ヨーロッパを立って日本に戻りますときに、もうこのままヨーロッパのどっかに住みたいと、日本へ帰りたくないという気がいたしました。まあそういうことを言うとしかられるかもわかりませんが、それが実際の感じでございます。こういったことは、まあこれは私の想像でございますが、いつかは外国からも事実として知られるんではないかと。私が行く先々で、彼らの実際の話を引き出すためにはまず私どもの実情を話さねばなりません。まるで私は日本の悪口をまず触れて歩くようなかっこうになりましたけれども、彼らはなかなかそれを理解してくれません。まさかそんなことがあるわけはないと、どうしても信じてくれませんでした。まあしまいには信じてもらいましたけれども、日本が身体障害者についてこれほどひどい国であるということは、まだおそらく外国の人は知らないと思います。ですから、こういうことはいずれ知られてくると思います。そのときには、いろんな国際会議であるとか、そういう場面において話題に取り上げられるようになるだろうと思います。 それから、感想の各論に入りますが、一つ感じましたことは、日本と外国とは、少なくとも現在の外国は身体障害者というものに対する考え方がまるで違うということでございます。一つの例は、「身体障害者」ということばが外国には、ないと言ったほうが正確に近いと思います。あることばは何かと申しますと、「ハンディキャップト・パーソンズ」、「ザ・ハンディキャップド」、要するにからだの上でハンディキャップがある人という意味でございます。ところが、ハンディキャップがあるのはわれわれ身体障害者——お医者さんが診断して位づけをしてくださる身体障害者だけではないわけでございます。たいへん失礼でございますが皆さんにハンディキャップがおありで私にハンディキャップのないものがございます。それはめがねでございます。私は目だけは人並み以上によくて、昔ライフル射撃の選手をしておりましたから、いまでも鉄砲を持たせて相対するならばどなたとでもおそれませんが、自分の撃ったライフルのたまが的のどこに当たったか見えます。でございますから、目が不自由になったらさぞ不便であろうと思いますが、皆さんはめがねというたいへんいい道具が安直に得られるおかげでもって、ちっとも不自由がっておられない。これは私から見れば非常にふしぎなことでございますが、私の乗っております車いすは皆さんのめがねと同じでございます。皆さんがめがねというものをいまの時点からお使いにならないで、私が車いすを使わないで生活すれば、お互いにその不自由はイコールでございます。 ちょっと脱線いたしましたが、そういうわけで、日本における身体障害者というものは厚生省の統計によれば、詳しいことは存じませんが、百三十万とかなんとか書いてあるそうでございます。これは全く事実無根で、うそでございます。しかし、厚生省の言ってることはうそじゃございません。よく読みますと、日本の身体障害者のうち、身体障害者福祉法ですか、福祉法の対象にしている者が百三十万人であると書いてございますね。たいへん正直で、正確でございます。これは人口の約一%に当たります。ところが外国では、こういう印刷物を見ますと、どこの国でも人口の少なくとも一〇%以上、たぶん一五%以上は「からだにハンディキャップのある人」であるというとらえ方をいたします。これが行政でも民衆レベルでも常識でございます。そのからだの不自由な人、ハンディキャップのある人の中には、そうでございますね、われわれいわれるところのプロパーな身体障害者のほかに、老齢によってからだが不自由になられた恒久的身障者と、そういう方も含まれます。それから内科疾患による方も含まれます。それから、これはまたちょっと話が飛びますけれども、行政レベルで、いわゆるサービスを提供する側からおっしゃいます場合は、これは向こうの公文書にそういうふうに書いてありますのですが、たとえば、旅行をする上でハンディキャップのある人はそのハンディキャップを消すように配慮しなければそういう人たちは一人で安楽な旅行ができないから云々というような表現をいたします。そういうことになりますと、いまの一〇%、一五%という数字のほかにハンディキャップのある人がございます。 〔写真掲示〕 それは、ここにいまうば車の写真が出ておりますが、身体障害者の話をするのにうば車の話から始めるのはまことに妙な話でございますが、こういううば車を押しておるおかあさんは行動面においてハンディキャップがございますですね。ですから、こういう人が自由に一人で町の中を用足しができて歩き回れるようになっていなければその人はハンディキャップのある人であるわけでございます。 次に、外国と日本とかなり違うと思われますことは、日本では非常に例外的などうしようもない人であるから、しかし、哀れであるから、かわいそうだからせめて何とかしてやらねばいかぬではないかというようにお考えであるように私は感じます。しかし、外国では、何とかしてこの人を自立させることはできないか、自立ということは介助しなくて一人で行動をしたり生活したりすることでございますね、何とか自立させることはできないかというふうに考えます。自立した状態がインディペンデントでございます。人間は人間でなぜあるかと言いますと、それはインディペンデントであるから人間であるわけでございます。介助されている人間は外国人の最もきらうところのインディペンデントな人間ではないというふうに考えます。でございますから、その介助にかわる自立させる方法といたしまして非常に道具というものが発達して普及しております。身障者の自立に必要な道具は何でもすべてやってよろしいと向こうの納税者は考えているようでございます。その一つが自動車でございます。ちょっと道具という話から自動車に飛ぶのは飛躍がございますが、歩く自由を失った身体障害者が再び歩いて走る道具が自動車でございます。ここにいま出ておりますのは、これはロンドンで見かけます——たぶん皆さまもごらんになったことがあると思いますが、彼らはトライクと呼んでおります三輪車でございますが——三輪自動車でございます。これは歩行障害者のために英国で特にわざわざ設計された特殊な自動車でございます。非常に古くからございますので見かけはたいへんクラシックでございますが、たいへん性能がよくて全然歩けない身体障害者がこれに乗りまして一人でもって自分の折りたたんだ車いすを出し入れして積みおろしして動き回ることができます。電気自動車とガソリン自動車と両方ございます。色はライトブルーに塗られておりましていろいろな特権が認められております。 これも道具でございますが、これはデンマークの私と同じような立場の御婦人が家庭で乗っておられるものでございます。ごらんのとおり、下にちょっと機械がついております。これは電動式の車いすと申します。この方はたいへん明るくて元気そうに見えますが赤ん坊のときから筋ジストロフィーの方でございまして手にも足にも全然力がございません。さっきのお話のように自分の力では車いすをこぐ力がないわけでございます。それで、この方はこういうふうに電動式の車いすを使いまして一この電動式と言いますのはここにあります小さなスイッチ、操縦かんでございますね、これを前に倒すなれば前に進みます、うしろに倒すなればうしろに進みます、左に倒せば左に向きますし、もう自由自在です、倒す角度によって早くなったりおそくなったりいたします。この人は一人で何の付き添いもなく自分の家に住んでおりまして、この方は未亡人だものですから一人で住んでおりますが、そうして一人で買いものをして掃除をして近所に出かけていく。たいへん明るく暮らしております。私ども行きましたときに、たいへん手の込んだディナーをつくってごちそうしてくださいました。 それから、道具のほかに身障者を一人で自立させるのにもう一つの方法がございます。それは社会のほうの受け入れでございます。言うならば、その一つは町づくりでございます。町が身体障害者でも一人で歩けるようにつくられてあるならば、その人たちは介助を要せずに一人で動き回れる。町をそういうふうにつくろうではないか、これが彼らの考えでございます。その結果、まず公共建造物というものは重度の身体障害者が一人で自由に安楽に出入りできるように、その入った中でそのビルの中のファンクションを全部一人で動かせるようになっていなければならないという原則がございます。 これは昔々つくられました足の立たない人が車いすで自分の自動車の運転席まで参りまして、そしてあの見えておりますブランコのような、あれは自動車の中から取り出したクレーンでございますが、これで自分のからだをつり上げて、運転席に移してそして自分で運転していくと、他に介助する人は一人も要らないわけでございます。 これは言うまでもなくトイレでございますが、これが公園の公衆便所のトイレであると申し上げなければ、おそらく何かホテルかなんかのけっこうなトイレというふうにごらんになると思います。ごらんのとおり、トイレのボールが非常に高くて、車イスのシートに合わしてございます。車いすの乗り移りに楽でございますね。それから、手すりがございます。ただし手すりはごらんのとおり壁ぎわにございます。よく日本で身障者用のトイレをつくると、手すりを前のほうに持ってきます。そうすると、われわれ車いすの者はそこから先に近づけませんから使えないわけです。中には十分スペースがございまして、車いすで自分の好む方向からボールに密着することができます。 これはごらんのとおりバスですね、ミニバスバンでございます。このうしろにごらんのとおり簡便な電動式のエレベーターがついております。そして本人でもやれますが、ああいうふうに女の人一人でもって安全確実に乗せたりおろしたりすることができます。 これは地下鉄のエレベーターでございます。これはデンマークの郊外でございまして、ごらんのとおり日本と同じように地下でなくて高架になっている部分でございますが、私がいまエレベーターからプラットホームに出たところでございます。私が車いすに乗るようになりまして地下鉄というものをデンマークで初めて見ました。ごらんのとおり、向こうでは車いすの人が自由自在に一人で町を歩いて地下鉄の駅に入って、そして一人で地下鉄を使って通勤しているわけでございます。 次のは、これはオランダの市電でございますが、ちょっとわかりにくうございますが、入口のすぐそばの席に、これはほんとはまつ黄色で非常に目立つのですが、この席は身障者用の席であるということが書いてございます。ですから、普段身障者でない方はすわらずにあけておくわけでございます。こういうものがちゃんとある段階、日本のようにない段階、これ北欧に参りますと、こういうものは、ないことはありませんけれどもほとんど目につきません。昔は大きかったんだろうと思いますけれども、いまはさがさないとないくらい。しかし、子供も知っておりましてその席にはすわりません。ですからこういうように、バスであるとか市電であるとか地下鉄であるとか、そういうものは全部入口のわきに身障者用の席というものがリザーブされております。 これはさっきの公共建造物が身障者に出入り可能だという話の一例でございますが、これは実はストックホルムの市役所の一部でございますが、私はアポイントメントでここへ行きましたら、階段があるじゃありませんか。これは話が違うと、ちょっとむくれかけたところですが、ごらんのとおり掲示がございます。これは身障者に対する掲示でございます。そのまん中にヒスと、こうスエーデン語で書いてございます。これはエレベーターのことです。下に矢じるしがございます。身障者の方はエレベーターがこの向こうにあるから矢じるしのほうに行きなさいというわけです。それで行きますと横の入口にちゃんと階段のない入口がございまして、その前にエレベーターが来ております。そういうふうに公共建造物、——さっきの公園の公衆便所もそうでございますが、公共的なもの、公衆の使うものは一つ残らず車いすの身体障害者が一人で使えるようになっていなければならない、そうなっていないものは公共的なものでもないし、公衆のものでもないという常識がございます。そういう環境の中におきまして、外国の身障者はどうしているかといいますと、たとえば私のように、身体障害者になりますとリハビリテーションを終えまして、すぐ再教育を受けさせられます。すぐに再教育を提供する場が、日本でいいますと成人学校のようなものがございます。そうして、たとえば従来やっていた仕事が継続できなければ、現在のあなたの残存能力からすればこういう仕事が選択可能であると、あなたはどれが向いているかというようなことで再教育を受けるわけでございます。そうしてそのコースを終えますと、ちゃんとりっぱな職業につくわけでございます。でございますから、職業は何らハンディキャップのない、落度のない、りっぱな職業を得られるわけです。たとえば私がスウェーデンで三日間泊めてもらいました身障者アパートの住人の例を申し上げますと、この人は電報局の配達夫をやっておりました。自転車に乗って電報配達。ところがポリオのために両足もだめになって両腕だめになりました。わずかに残ったものは、頭と左の手がちょっと動くだけでございますね。それでこの人は何をしたかといいますと、再教育を受けてコンピューターのプログラマーになりました。その結果おもしろいことが起こりました。この人は電報配達やっていたころは、平均的給料の月給約十万、向こうで十万でございますから、日本でいえば七、八万ですか、であったのですが、身障者になったばっかりに月給が倍増いたしまして、三十万近い給料を取るようになった。コンピューターというのは御存じない方もあろうと思いますが、その方がやっておられるように、鉛筆と紙があればできる仕事なんです。コンピューターというのはものすごい機械ですが、それを動かすのは一種の手紙でございます。その手紙は、普通の字で書いたのではコンピューターばかですから読めませんから、コンピューターの読めることばでさらさらと書くわけです。それをコンピューターに食べさせると、向こうが一生懸命仕事をするわけです。そのさらさらと書く手紙、一種の外国語と考えていただけばいいんですが、それがプログラムでございます。ですから頭と、その字を書く、鉛筆で字を書ける能力と紙があればできるわけでございます。事実身体障害者にはコンピューターの仕事はできないかしらというふうに、だれもがまず考えます。一番向いているからです。アメリカなんぞでは大学とコンピューター会社とがタイアップしましてそういう教育を施します。卒業と同時に、その学生はそのコンピューター会社の社員として、しかし自宅から一歩も出ずに、自宅で仕事をいたします。それによって本人はもちろん収入を得ますが、コンピューター会社もたいへん利益を得ます。そういうふうに、私どもと比べまして、彼らは個人的には最大限にしあわせであるというのがよくわかります。さきのめがねの話でございますが、めがねをかけているから一生ふしあわせだと思い続ける人もないでございましょう。車いすになったからといって毎日車いすをかこつ人もないわけでございます。実際に自分は人に負けない有能な仕事をして、それにふさわしいりっぱな給料を得て、社会から大事にされて、尊敬されて、友達からも敬愛される、そういうことになれば個人的には最大限にしあわせでございます。その結果、若い人でございますと何らからだにハンディキャップのないきれいなお嬢さんから熱をあげられまして、恋愛されて結婚しておるわけでございます。そのお嬢さんはよりによって身体障害者を自分のパートナーとして選ぶわけでございます。これが現在は普通の姿でございます。そういうわけで、社会人としては、動き回るにしても何をするにしても何もハンディがない、どこにでも自由に行ける、そういう保障はもうすでにできているわけです。ですから、外国人の私がぽんと行きましても、どこにでも行きたいところにすぐ行けるわけでございます。タクシーでもバスでも、何でもかんでも自由自在に一人で乗れるわけでございますね。タクシーやバスの運転手は、自分の仕事の一部であると心得て、すぐに飛びおりて私を乗せて、私の車いすを積み込む仕事をいたします。目的地に着いたらさっと飛びおりて、車いすをおろしてきてセットして私を乗せる、それが当然のサービスでございます。さっきの、うば車のことを申し上げましたが、うば車、ごらんになったとおり、非常に大きくてりっぱですね。あのうば車に赤ん坊を乗せたおかあさんが、市内のバスを使って動き回るということはちっともおかしくない、あたりまえでございます。そのように、身体障害者を自立させる手段として、最初に申し上げました道具、二番目に申し上げました社会的な受け入れ——町づくりであるとか、建築であるとか。しかしそれで補えないものもございます。それは、それを補っているものは何かといいますと、あたたかい町の人の気持ちでございます。 私は、専門家でございませんので、どこの国よりもどこの国がどうであったというようなことを言うことを非常にきらいますが、あえて申し上げれば、北欧のほうは、そういうものによる受け入れば非常に発達しておりますが、南欧のほうは、やや日本に近いといいますか、そういうことはあまりとんじゃくしなくて、ということは、あまり必要がなくて、町の人がそればそれは親切でございます。でございますから、道具が要らないとも言えるんですが、これはローマのそばにありますバチカンのサンピエトロという名所でございます。ものすごい何十段という階段がございます。ここに行きましたときも、これは私の、現地の友人でございますが、もうごらんのとおり、ぱっと回りの人がかけ寄ってきて、わっしょいわっしょいと持ち上げるわけです。もうホテルの前に戻ってきて、このホテル、階段がある、弱ったなあと思う間もなく、そこらにいる人が、しめたとは言いませんが、まるでそういうふうに感じられるように集まってきて手を出そうとします。もういち早く手を出すことがまるでプライドであるかのように手を出します。でございますから、物による受け入れ体制のないところでも、身障者は何ら不自由なく、明るく、元気に動き回れるわけでございます。 まあ、あとで申し上げる機会があるかどうかわかりませんが、たとえば自動車のことを申し上げましたけれども、日本で身障者一般が行政から露骨な差別を受けていると感じている典型的な例は、身障者の自動車運転からの締め出しでございます。私どもは、幾ら何といっても普通の免許証はもらえません。どこかで、特殊な自動車で練習をして、警察の試験場で試験を受けると、そうすると三六〇CCであるというような、非常に限定された、特殊な免許をもらうわけでございます。でございますから、現在、免許人口二人に一人が免許証を持っておるといわれております今日、身障者で免許証を持っている人は、千人に一人でございます。 その点、たとえばスウェーデンなどでございますと、もちろん自動車はただでくれます。身障者の自立に必要なものは何でもくれるわけですから、自動車によって自立する人は、自動車をただでくれるわけでございます。それから感心しましたのは、日本のタクシーのカー無線みたいなラジオがついております。これは何するんだと聞きましたら、これは、ことづける用事が起こったときこれで電話をするんだというんです。それで、ちょっと用事ができたから何分おくれるということをすぐ言えるわけでございます。これは非常に私、うらやましいと思いましたのは、私どもは、途中で故障しても、何かあっても車から出て公衆電話まで行くとか、公衆電話のボックスの中に入って電話をかけるということはできません。そういうことを考えると、もう車に乗って出ること自体が非常に不安でございます。そういう点で、たいへんうらやましいと思いました。この話をイタリアでいたしましたら笑われました。そんなものは要らないよと、とまったら手をあげて人に言えばいいんではないかと、とまればみんなわっとやってくるよと、そんなものは要らないと言われました。このどちらも日本にはございません。そういうふうな点、日本人はどういうわけでございますか、私どもに対する非常に遠慮なさっている気持ちがあると思う。これはなぜであろうかと、私、考えましたけれども、結局、欧米の人は、一般の教育が違います。日本の身体障害者は、たとえば子供の障害児でありますと、障害児であるということだけでもって普通の学校には、もちろん入れません。特殊学校、特殊学級、養護学校というようなところに向けられるわけでございます。そこがまた、非常に入れものが小さくて、ごく軽い扱いの簡単な、一部の人しか入れてくれないわけでございます。これは、欧米的な言い方を言いますと、昔の隔離教育でございます。こういうやり方は、実は欧米でも昔は、もちろんあったわけでございます。日本のこういう文明開化的なことはみんな欧米から来たわけでございますから、昔はあったわけでございます。しかし、あれは誤りであったと、昔のあのやり方は非常に安直な方法であったけれども、あれは欠陥が多くてまずかったということが強く反省されまして、いまではやっておりません。でございますから、日本で身体障害者と皆さんが想像なさる程度の方は、つまり寝たつきりでない人はみんな普通の学校に入れられます。学校は、もちろん、建築的にはそういう人たちを受け入れられるようになっております。それから小学校や中学校の先生は、身体障害児の取り扱い方ということをちゃんと必須教育で受けておりますから、ちっとも驚きません。そうやって一緒に遊び、一緒に教育を受けるわけでございますから、お互いに十分理解し合っているわけでございますね。いずれ、社会に出たら一緒に生活して、一緒に働いて、一緒に暮らすんだから、その理解と協力は絶対に必要だと、身障者と身障でない人が理解し合う場所は学校よりもいいところがあるか、ない。だから、学校を別にすることはすべての差別の始まりであったというようなことがいわれまして、いまでは無差別教育と申しますね、インテグレーテッド教育、そういうことになっておりますので、日本のような隔離教育は行なわれません。職業面で、その後、差別や隔離をしないということは、すでに申し上げましたが、住居面でもたとえば身障者だけが生活するなどということは考えただけでもぞっとすると、そういうところを望む身障者は、身障者の側にも一人もいないということが明らかになりまして、普通のコミュニティーに一緒に住んでもらいたい。それで、それが個人の住宅でございますと、便利なように車いすで何もかもできるように改造すると、そういう方法はすでに示されております。そういう改造の費用は、全部、国と地方公共団体で負担いたしますから、本人は負担はございません。それから日本ではよく福祉をやろうではないかというと、それでは予算を倍にしてコロニーをつくれ、コロニーをつくってくれということを事実、言う人があります。そういう収容施設を一日も早くつくって、どうかうちの子供を家庭から引き取ってもらいたいということをおかあさんはよく涙ながらに申されます。しかし、欧米ではこれもやりません。そういう身障者だけ住む施設などというものは、これはもうこの世の地獄であると、そういうものはつくらない。そして、できるだけ一般のコミュニティーの中で生活してもらうというふうに切りかえております。これが私の見ました限り、彼らの実際の姿でございます。 こういうことが行なわれますといいますのは、本日この会のように、やはりディシジョン・メーキングの立場にある方々が、身障者のなまの声というものをお聞きになって、それを判断しておやりになった。そういう行政の姿勢があるからでございます。そして前にも申し上げましたように、向こうの身障者というものは、身障でない人以上に教育を受けさせられておりますし、非常に視野が広くて、よく勉強しておりますし、人格、識見どこから突いてもびくともしないりっぱな人でございますから、そういう人の提案というものは非常にりっぱなものでございまして、行政当局もそれを非常に尊重しております。言うならば、そういう身障者福祉行政の中心にあるわけでございます。これは私もかねがねそう思っておりますが、身障者のために何かしてくださろうなどとおっしゃる方が身障者の方を御存じないということは、たいへんこっけいなことでございます。日本には、自分は福祉の専門家であるとか、身障者を扱う職業の人であるとおっしゃる方がかなりにおられますが、そういう方ですら、残念ながら、あまりわれわれのことは御存じではありません。やっぱり身体障害者の問題は、身体障害者とともに生きている、それから一日も離れることのできない身体障害者をおいて、それにまさる専門家というものは一人もあり得ないわけでございます。身体障害問題に関する限り、身体障害者は、どこの大学の教授にも、どこのリハビリテーションのベテランにも譲ることのない専門家であると私も思いますし、欧米ではそういうふうに扱われております。日本のそういう身体障害者を扱う立場の方の無知なために、善意であるにしろ無知なために、非常にまずいことをたくさんやってくださっているというのが実情であると私は申し上げたいと思います。こういう旅行のことにつきましては、若干コマーシャルをさせていただきますと、非常に赤裸々に出発の日から帰国の日まで、毎日日記をつけまして、それをそのままに本にいたしました。来月NHKから単行本として出版されますので、もし御関心のおありの方は、それを読んでいただけば、もうちょっと資料的にわかっていただけると思います。 それからいままで申し上げたことの繰り返しにもなりますが、まとめる意味で、もう一回同じことを申し上げさせていただきますが、これは私個人といたしましての提案ととっていただいてもけっこうでございます。約十項目ございます。 その一番は、考え方と目標の転換ということでございます。身体障害者というカテゴリーによる考え方、扱い方というものをやめていただいて、からだにハンディキャップのある人というふうにお考えいただきたいと思います。 転換ということのもう一つの面を見ますと、従来のそういう福祉対策というものが、職業を与えるというようなことで、まあ税金を使ってもいいというようなことがあります。これは非常に古いイギリスの救貧法的な思想だと思いますけれども、そういう経済問題さえ解決すればいいんだという従来の日本人の考えが、今日どれだけ日本人というものを荒廃させているかということは、皆さんのほうがよく御存じであろうと思います。でございますから、そういう職業さえやれば、金さえやれば、経済面さえ支持してやればというようなお考えはやめていただきたいと私は思います。それにかわる、そういうリハビリテーションといいますか、身障福祉の目標は、やはり人道的なものでなければならないと思います。別のことばで言えば、人権ということでございます。身障者も人間であると先ほでからほかの方がおっしゃっておられますが、身障者も精一ぱい生きる権利があるんだという人権というものをお考えいただきたいと思います。 それから二番目に、方法といたしまして隔離教育というものは、一日も早く皆さんの御努力でおやめいただきたい、廃止していただきたいと思います。現在隔離教育を受けさせられておるような身体障害者の方は、一人残らず普通の学校に収容が可能であると思います。でございますから、そういう方は一人残らず普通の学校に無差別に受け入れて教育をしていただきたい、そうしてあいた入れものに、ほんとうに例外的な寝たきりに近いような方を受け入れていただきたいと思います。 それから公共建造物の改造でございますが、この議会から何からしてそうでございますが、これは欧米的な常識からいいますと、まことにけしからぬことでございまして、およそ税金を使って建てる建物、建てた建物、あるいは税金を補助金にもらっているような団体などの建物、そういうものは、もう強制的に改造なさるべきでございます。 その方法といたしまして四番目に、公共建築基準というものがなくちゃならぬと思います。さっきもちょっと申し上げましたけれども、私どもの回りにおられる専門家というものは、実は御存じないことがたくさんございます。その一例は建築家でございます。そういう身障者が自分の家を改造したいとか、あるいは身障者の訴えによってある市長さんがもっともだと、じゃ市役所、図書館をそういうふうに改造してあげますと約束なさる、そうして、そういうことをりっぱな設計事務所や大工務店でオーダーなさる、承知しましたとでき上がったものが、われわれには使えないものであるわけです。これはなぜかと申しますと、そうそうたる建築家や設計家は、そういう知識を全然お持ちでない。なぜかといいますと、大学の建築学科では、そういうことを教えないからでございます。十階建て、二十階建てのビルは建てられる方は一ぱいおりますが、身障者にぐあいのいい家を建てられる方は日本には一人もおりません。そうして、そういう建築基準というものを制定いたしまして、当面はガイドラインでもけっこうでございますが、それはやがてはやはり強制力を持つべきだと思います、欧米のように。どういう形の強制かといいますと、新築・改築のときに、そういう基準を満たしていなければ新築・改築を許可しないということでございます。ちょっと先日も読んだ雑誌にございますが、アメリカのミネソタ州などでは、二月建ちの個人住宅以外のあらゆる建造物は、車いすの身障者が一人で自由に出入りして云々というふうになっていなければ、新築・改築を許可にしないというふうになっております。その基準というものが、ここに私のほんの一部持ってまいりましたけれども、これはアメリカのものでございます。これはカナダのものでございます。これがオーストラリアのものでございます。もうおよそちょっとした文明国ではみんなこれがございます。そうしてどういう表題かと申しますと、「ハンディキャップのある人が出入りできるような建物を設計するには」と、こういったものが条文でできておりますばかりでなくて、たとえば、スロープのつくり方はどう、車いすが通れる通路とはどう、車いすで利用できるトイレとは幅が何センチでどうなっていなければいかぬとか、ドアが外開きでなければならぬとか、そういうことが図をもって示されております。こういったものが日本にはございませんので、一日も早くこういうものをおつくりになって、そうして当面はガイドラインとしてでも、やがてはそういう強制力を持たせるべきであると思います。前に申し上げました税金でもってつくられた公共建造物は、即刻強制的に改造せらるべきだと思います。 そうして、身障者に出入りできるようになったものには、どういうことになるかと申しますと、こういうマークがございます。これはアクセスシンボルと申します。アクセスといいますのは、出入りできるということでございます。アクセスシンボル。これはたいへんけしからぬことでございますが、昔々国際会議で、日本の代表もちゃんと賛成だといって採択したものでございます。私が欧米から戻ってまいりますまで、日本にこういうものがございませんでした。私は説明にたいへん困難を感じまして、一枚持っておりました現物を見本にしまして、百枚つくりまして、全国にばらまきました。いまではこれに近いものが、ですからあちこちに見られるようになっております。身体障害者専用というような文字を使いません、専用というものはございませんから。ですから、この参議院の玄関にこれが張ってあれば、この建物は車いすで一人でだいじょうぶだという意味でございます。 それから次に六番目に、交通機関の改善というものがございます。公共交通機関というのは、先ほど申し上げました公共と名がつくのであれば、やはり身障者が使えるようになっていなければ公共ではありません。 ちょっと変にお思いになる方があろうと思われますので申し上げますが、おまえはさっきから車いすの人のことばかり言っておるではないか。マークも車いす、これも車いす、全部車いす、おまえは車いすの人のことしか言わないのか、外国の車いすの話だけしているのであろうと仰せられるかもわかりませんが、そうじゃありません。身体障害者には松葉づえの人も、つえの人もあるいは、つえも何もつかないんだけれども心臓病で階段が上がれないとかいろいろございます、からだの不自由な人には。しかし、車いすが通れるように道をあけておけば、それ以前の人は全部通れる。だから、その目標は車いすでございます。だから、その目標を達成したという意味で車いすがシンボル、これは車いすの人のためのマークではありません。オール身体障害者のためのものでございます。 交通機関も、そういうふうに身体障害者が安心して自由に利用できるようになっていなければならぬと思います。たとえば、アメリカのテキサス州などでは法律がございまして、テキサス州内のいかなる交通機関といえども、身体障害者の利用を事実において拒否した場合は、刑罰に処するということがございます。そういうふうに行なわれております。 それから時間の関係で先へはしょりますが、福祉のビジョンというものを、ひとつ考える必要があるんじゃないか、福祉であるとかリハビリテーションということは非常にわかりにくい、ある意味においては非常に都合のいいばく然としたことばでございます。みんな自分に都合のいいように解釈しております。でございますから、ひとつ福祉のビジョンというものを明確にする必要があろうと思われます。 次に、八番目といたしまして、そういうことをそれではしかたがないからやろうかいなということになりましたら、どうか従来のようないわゆる一握りの学識経験者に御相談になって相談した相談したとおっしゃらずに、実際の身体障害者を中心メンバーといたしまして、同じ高さのテーブルにつけて、そういう人たちの意見をお聞きになりながら、あるいは反論されながらデザインを描いていかれるべきだと思います。身体障害者を中心メンバーとする総合研究チームの編成ということなくしては何もかも役に立たないものができるおそれがございます。それから、そういうものはたまたまはやってきたから、ここらで流行だからやろうかというような思いつきではなくて、やはり長期のシステムをつくってやるべきだと思います。経済の方面でございますと、私どもお願いしませんのに所得倍増であるとか、まして軍事の何年計画とかどうとかこうとかといって先生方は戦っておられますが、そういう方面には五年も六年も先の計画がございますのに、身体障害者のことをおっしゃりながら長期計画がございません。やはり長期計画をまずつくって、それを一年一年消化していくというようなことでなければ事はでき上がらないと思います。 それから、最後になりますが、九番目に、身体障害者の人権の確認宣言ということはどうでございましょうか。身体障害者にも実は人権はあるんだということを皆さん一回でいいからおっしゃっていただきたいと思います。身体障害者の人権の確認の宣言、それから、それに伴うのでございますが、身体障害者を自立させる、その援助のためにばすべての公的なサービスを優先的に適用するということを一回おっしゃっていただいてはどうでございましょうか。いろんなその末端な行政面だとか、学校だとか、そういう面にいろんな実際の身障者とそれを受ける側とでトラブルがございます。それをさばく哲学として身障者の自立にプラスするのであれば、優先的にそれをやってやるという原則を一回宣言していただいてはどうでございましょうか。たいへんやっかいなたいへん勇気の要ることでございますが、ほんとうにおやりになる気持ちがもしおありでしたら、うそでもいいから一回おっしゃっていただきたいと思います。 宣言のサンプルでございますが、さっきテキサス州のことをちょっと申し上げましたけれども、テキサス州の民法にはこういうことが書いてございます。読み上げます。「盲人及びその他の身体にハンディキャップのある人が日常生活上及び社会生活上で人の介助にかわる最大限の個人的自立を可能とさせ、よい環境で雇用され、州内のすべての公的建造物を完全にエンジョイし利用できるようにすることで、ハンディキャップのある人を励ますことは、テキサス州の根本方針である。」と書いてございます。 最後に一言、ちょっと抽象的なことになりますが、アメリカのケネディがあるところで演説した一くだりを読み上げさせていただきます。「われわれが、」——「われわれ」というのはアメリカの政府でございます。「われわれが、心身にハンディキャップのある人に関心を寄せるのは、単なる政治の指標のためではないし、国家の利益や人的資源の保護のためでもない。それはアメリカの未来を拓く鍵だからである。」——どうか皆さん、どこかで一回こういうことを大きい声でおっしゃっていただきたいと思います。 私のお話を終わります。(拍手)
○委員長(矢山有作君) ありがとうございました。 それでは、本件につきまして、質疑のある方は順次御発言願います。
○大橋和孝君 ただいまたいへん三参考人からいろいろなまなましいお話を承りまして、非常に感銘深く拝聴いたしました。少し参考人の方に一、二点ちょっとお尋ねをさせていただきたいと思いますが、初めに承りました宮尾さんのほうのお話を承っておりますと、非常にわれわれ機会におる者にも考えなければならぬ点がたくさんございまして、拝聴させていただいたわけでございますが、学校にも行かれなかった状態、学校に対する問題とか、あるいはまた電話だとか、教育の問題ですが、あるいは電話が唯一のあれになっているというお話も聞きまして、非常に感銘深いわけでありますが、そのほか住宅だとかあるいはまた在宅の投票の権利までもいろいろ伺ったわけでありますが、電話なんかでは大体どれくらいに、——それがほとんどの外へ出られるかわりの問題でありますから、先ほどでは電話のほうでも相当の出費になるようにお話になっておりました。こういうような事柄とかあるいはホームヘルパーなんかもないわけでございましたり、いろいろな点がございますが、何かおたく方の生活の面で支出はどういうふうなパーセントになって、ウエートがかかってきておるのか、そこであとから私政府のほうにもこの問題についてはお尋ねをして、投票の問題についてもあるいはまた教育の問題についても、いろいろな問題について一ぺんあとからゆっくり話をしたいと思いますが、きょうはそういうようなことで資料的なふうでいまお考えになっているところのなまの声を聞いておきたいと思います。
○参考人(宮尾修君) 電話の料金が幾らぐらいかかるかというお尋ねだったと思うのですけれども、私の場合がすべての重度身障者の基準になるかどうかということは直ちに断定できませんが、私の場合を見ますと、雑誌を編集しておりまして、原稿の打ち合わせとか、あるいはきょうのような会がありますとどういうことを書いたらいいだろうかということで、先ほど御紹介いたしました二日市さんとか、花田さん、そういう方とのいろいろな意見の交換、そういうことがありまして、かなり使うことがございます。現在のところ月平均五千円から六千円ぐらいかかっております。ですから、先ほども申し上げましたように、福祉年金ではとても足りないというような実情でございます。やはり一番問題なのは、そういう出費がかさむということで、かけたいなあと思っても、そのお金が家族の負担になるということになると自由にかける気持ちにブレーキがかかる、その結果、身体障害者が友だちとの交流もできなくなる、したがって社会とのつきあいも狭くなる、そういうことが一番問題ではないのだろうか、こういうふうに思われます。電話のことだけについてのお尋ねだったらば以上のようにお答えできるかと存じます。
○大橋和孝君 金沢さんのほうでは、いろいろだくさん身体障害者の方がおつとめになっているわけですが、そういうところの会社で特別にあなた方に対していろいろとやってくれている状況へ特にまた職業を開発して入れてもらうときにどのようにしておるか、また、会社は国のほうからあるいは公共団体からどれくらい入れられているか、そういうところをあなたが見られましてかなり効果はあがっているのですか、全然あがっておりませんですか。
○参考人(金沢英児君) 最後の御質問の公共的なお金はどのぐらいもらっているのかということについてですが、現在、自転車振興会ですか、いわゆる競輪のほうからの補助金はいただいていますが、そのほかの公共的な援助は全然受けておりません。それから、そのほかに障害者のためにどういうようなことをしているのかということについては、現在まだなかなかそれだけの余裕もありませんので、特にそういう面のあれはなされていないように思います。
○大橋和孝君 いろいろお話を聞いた中で、いまちょっとお話を聞いてみたいのは、就学の状態、いわゆる教育の問題ですが、先ほども御意見にありましたように、もっと普通の教育の中に入れていけるものが多いんじゃないか、そして、ほんとうに重症の方は別として、そうでなければ、そういうふうな教育で差別をつけないほうがいいんじゃないか、こういうようなことを見ますと、いま義務教育を受けていない児童の数は相当の数でございますね、局長さんのほうでもわかるだろうと思いますが。そこらの中で、いまお話を承わられて、そういうことを配慮できる範囲はどのくらいあるだろうとお考えになるんでしょうか。たとえば精薄なんかでは一万何千人とあるわけでしょうし、肢体不自由の方でも四千何百人、病弱の方が二千何百人、これはもう未就学の方の統計が出ているはずなんですが、あるいはまたこういう方々をもう少し平等な、隔離しない教育に持っていけるのはどれくらいあるんだろうか、それから養護学校なんか見ましてもだいぶ数も少ないわけですが、そういう点を考えてみますと、そういうふうに仕分けをしながら、また学校をどういうふうにしていくのか、その就学をされてない方、また、されている方の中でどれくらい養護学校へ行っておられる方をそういうふうな普通のところへ移せるかというようなこともこういうところで少し考えておいていただきたいと思いますが、そんなふうなところを、概略のところを……。そういう数からいえば厚生省のほうでいいですよ。文部省のほうでは何かそういうふうなことはわかりませんか、まだ聞いたばかりですぐわからないかもしれませんが。
○政府委員(穴山徳夫君) 私どもからいま精神薄弱児の施設に入っている子供の就学状況だけちょっと御説明させていただきたいと思いますが、四十七年の四月の数字でございますが、措置されている子供が精神薄弱児の施設に二万二千五百人おりまして、その中で学齢児童が一万六千五百九十一人おります。その学齢児童の中で就学しておりますのが一万二百四十一人、パーセントにいたしますと約六二%でございまして、その残りが五千百人ほどおりますが、それがいわゆる就学猶予なりあるいは就学免除ということを受けて入ってきているわけでございます。
○説明員(国松治男君) いま先生のお尋ねのありました就学猶予、免除児の数について申し上げます。 四十六年度に押えておりますのは、いま厚生省のほうの局長さんからもお話がありましたように、全体で、就学猶予と免除と両方含めまして二万一千六百六十三人というふうに押えておりますが、そのうち障害の別で見ますと、視覚障害が八十一、聴覚障害が二百十八、精神薄弱が一万二千四十六、肢体不自由が四千五百三十五、病弱が二千四百五十三、その他は二千三百三十、こういうふうな数字になっております。これに対しまして、いま厚生省のほうからもお話がありましたように、施設に入っている人もありますし、それから在宅でおられる方もあるわけでございますが、御承知いただいておりますように、養護学校がまだ全体の数が不足いたしておりまして、この養護学校を整備することによってこういう人たちの教育の場を拡充していきたい、こういうふうに考えているところでございます。
○大橋和孝君 これは先ほどからの話を聞いておりますと、この免除を受けている人はとても一緒にはいけないというふうな形のようですけれども、なお一そうこの中でもいまの話を聞いておりますと、あまり特殊なそういう免除等にしてしまって、そうして養護学校に入るよりはもっとその中から救済をしてというか、もっと普通の学校に一緒にやってもらえるような人はその中からさがされないものか。いままでの基準というものを少し変えるべきではないかと、こういう感じを持つのですが、その点どうですか。もっとも憲法の立場からいえば何とかもう少ししなければならないので、そんな免除をしている人があってはならないわけですから、重症の方はそういう養護学校、特殊な学校でやるべきだと思いますけれども、もっとその中で一ぺん基準なんかを変えてみる必要あるのじゃないかと思いますが、そういう点はどうですか。
○説明員(国松治男君) 心身に障害を有する児童、生徒の教育といいますのは私どものほうも非常に大まかに申し上げますと、障害の軽い者は普通学級でやれ、それでその次に少し重い者は特殊学級、かなり重度の者は養護学校というふうな考え方で指導をいたしてまいっております。先ほど申し上げました二万一千人の猶予、免除になっている児童につきましては、四十七年度もその実態を調査いたしておりまして、その分析をただいまやっておるところでございますが、非常に大ざっぱな言い方をしますと、かなり重度の人がやはり猶予、免除になっておりますので、私どものほうの考え方からしますと、やはり重度の人を収容するというふうに考えております。養護学校の整備、これが必要ではないかというふうに考えております。
○大橋和孝君 もう一点だけ伺います、きょうは質問者が多うございますから。 私は、先ほどのお話の中にも在宅の投票制度と いうのがありますが、これはちょっと調べてみますと、昭和二十五年に公職選挙法が制定されて、もう二年ですぐに廃止されておるわけです。そうして、その内容なんかを見てみますと、違反が非常に多いとかいうようなことが出ておりますし、その違反の状態は選挙に行かれるほうの障害者あるいは病人のほうの側ではなくて、むしろ選挙運動をしているほうの違反が多いというようなことがあげられておったと思いますが、そういう点から申しまして、やはり在宅投票が必要とされている、また、選挙権、参政権を持っておりながら行使されていないという数は相当の数ではないかと思いますけれども、そういうふうな方を考えてみるならば、特に私どもは、この在宅投票制度というものはほんとうにこれはないがしろにはならないものだなという感じがいたしております。外国なんかを聞いてみましても相当どこの国でも行なわれております。イタリアはどうか、やっていないかもしれませんが、あとの国はもうほとんどやられているわけでありますし、それからまた身体障害者の調査なんかみましても、一級の障害でも十五万何ぼあるようだし、また二級の障害でも二十二万くらいいらっしゃるというわけだから この数は全国で相当大きな数になるわけでございます。そういうところを見て、これはどっちのほうに聞いたらよいかわかりませんが、こういう問題をひとつ、こういう話を聞いたときでありますから、特にひとつ明記をして考えてもらうように、ことに最近ではいろいろな選挙制度の改正も言われているところでございますから特にこれをしてもらいたいなあという感じを持ちますから、その係りの人がおられましたら……。
○政府委員(山本悟君) ただいま御意見のございました在宅投票制度、ただいま御指摘のございましたように、戦後一時制定をいたしまして、数回の選挙の経験によって廃止されたというふうな事情がございます。ただし、それはもうすでに御案内のとおり二十七年に廃止されておりまして、その後二十年、やはりいろいろ世の中も変わってきていることでもございますし、ただいまのいろいろな御意見に基づきまして前向きでひとつ検討したい、かように存じているところでございます。 なお、この問題につきましては、先般自治大臣におきましても前向きで検討しようというような御答弁申していることでございまして、まあいつのものに入り得るか、いろいろ不在者投票制度については問題がございますので、それらとあわせまして検討させていただきたい、かように存じております。
○大橋和孝君 もう一点だけ。 あと、石坂さんのお話にもございまして、特に外国と比較して日本ではほんとうにハンディーを持っているというふうな立場の考え方と、同時にそういう施設がどこにも組み入れられていないという点は、確かに私はいま反省すべき点だろうと思うのです。 それから、このごろたとえば公共の建物をつくるとき、あるいはまた住宅を建設するときには、何かそういうものをつくるべきだということはもういろいろ論議もされているし、一部それに参加をしてもらって、画策してもらっているとは思いますけれども、もう一つここのところで、こういう問題でどこへ行っても何と申しますか、そういうハンディーのある方が苦労をせずに行けるというものをつくるためには、最近道路なんかにも、目の見えない方に対してのあれもあったりあるいはまた高低をなくしたり、いろいろなことが考えられておりますが、まだまだ普及してしないわけですね。そういう点をひとつ、建築の方面からも、それからまたその他の公共施設の面からもこれはひとつ考えなければならぬ点だと思いますので、建築関係の方、あるいはまたそういう公共施設の方面に携わるほうの側でひとついままでのデータを含めながらひとつ問題をどういうふうに把握していただくか、ちょっと聞かしていただきたい。
○政府委員(沢田光英君) 私のほうは住宅の担当でございまして、住宅につきましてはいわゆる公共住宅で身障者の方々に対処をしようということとで、公営住宅あるいは公団住宅、公庫の貸し付け、これにまあ優先的に扱うということにしております。 公営住宅等につきましては、いまのところ私どもは年間十数万戸やっておりますが、実際に建てられておりますものが、都道府県、市町村の希望で出てまいりましたものが千五百から二千の年間の量でございます。まだまだ非常に少ない。どこかに問題があるのだというふうに、これは厚生省ともよくお打ち合わせをしなければいかぬというふうに思っております。また、公庫等いわゆる自立のための、賃貸住宅でないものにつきましても、特別な加算等でいろいろ配慮をしていきたいと考えております。こういうものはいわゆる特別の身障者向け住宅と名前は言っておりますが、団地の中にこん然一体で、たとえばアパートでございますれば、上の階は不便でございますから下の階にするとかということで、設計上各種の配慮をしてやっております。 住宅のほうはそういうふうなことでやっておりますが、ほかの分野につきましては、私、担当でございませんけれども、しかし、総理府のほうにおきまして身障者に関する審議会がございます。こういうもので道路その他町づくり、公共建築、こういうものにつきましての、ただいま参考人からのようなお話がすでに出ておりまして、これをどういうふうな制度あるいは法制にいきますか、その辺につきましては関係各省お打ち合わせの上、日本の町づくりは非常におくれておりますし、おくれた中の一つでもございますので、お打ち合わせの上進めたいというふうに考えております。
○小平芳平君 たいへん長い時間にわたりまして、御意見を承りまして、たいへんに感謝をいたしております。 石坂参考人から発想の転換、考え方の転換が第一だという点、この点について政務次官あるいは社会局長から御答弁いただきたいんですが、そうした、特にこの問題の一番の知識を持っている人は身障者自身であると、一握りの学識経験者がその国の政策をきめているのは時代おくれになるもとだという点について御感想をお開きしたい。
○政府委員(山口敏夫君) ただいま私どもも三人の参考人の方々の率直な、またまことに心情、われわれ銘記すべき貴重なお話を伺いまして、一そうの身障者対策、あるいは問題に対する努力と、また社会的啓発をはかっていかなければならないということを十分感じさせられたわけでございますが、特に、いま先生御指摘の身障者の問題に対しまして、学識経験者あるいはそうした一握りの専門的な立場の方々の御意見だけではなくって、身障者問題を推進する上において、十分当事者の立場の方々の意見も取り上げるべきだという御意見に対しましては、まことに同感でございまして、特に今年度の予算の中で、国立リハビリテーション等の建設等の予定もございます。そうした面におきましても、私ども行政を進める上におきまして、十分身障者の方々のお立場あるいは体験的な発想、またお気持ちを行政の中に取り入れ、そして少しでもそうした皆さん方のお役に立てるように一そう近づけたい、かような願いに立っておるわけでございます。
○小平芳平君 石坂参考人に一つの伺いたいのですが、この国の立ちおくれ、あるいは百年立ちおくれている。あるいはいまつぶさにこの写真で拝見いたしましたが、ちょっと先ほど石坂さん御自身が日本の身障者の考え方自体にも私は意見があるというふうに、さっきおっしゃったようにお聞きしたんですが、そういうような点で、何かつけ加えることがございましたら、この際お聞きかせいただけたらたいへん幸いだと思います。
○参考人(石坂直行君) あんまり申し上げたくないので割愛いたしましたが、御質問ですからあえて申し上げますと、従来は力でもって押すと。陳情、請願という形をもって圧力をかけて、そして少しでも予算を出させてそれをぶんどるというようなことで、精力のほとんどのものが費やされていたんではないかと。そしていまも都庁ですわり込みが続いているそうでございますが、それが聞き入れられなければすわり込みだと、オール・オア・ナッシングですね。こういう身障者の側の、身障者の団体やそういう人たちの持っていき方が、行政や産業や経済やそういうところから、またかというわけでうんざりされる。そこにコミュニケ−ションが行なわれないんではないかと私は思います。そうでなくて、何もほかのことを全部やめてこれをやれというようなことを言うわけではないんでございましょうから、お互いの都合というものをもっとオープンにして、たとえば戦闘機一台減らしてこの施設をつくれというようなことをいう、つくらなきゃすわり込みだというようなこと。実際戦闘機一台減らすということは、これはまたそれ以上にたいへんなことであるかもしれないので、そういったことを御説明いただくこと。身障者のほうも、それを納得したらわかりましたと、じゃもう一年待ちますというふうに、どうしてこう同じレベルの意見の疎通、コミュニケーションが行なわれないんであろうかと、私は非常にふしぎに思います。それば一つにはさっきも伺っておりますと三十何団体あるそうで、私は現在まで、どの団体にも属しておりませんので、ちょっと部外者でございますが、そういうところにもすでに問題があるんではないかと。これを打って一丸としてこの行政なり、立法なりの同じレベルにおいて対話をするならば、もっとコミュニケーションが行なわれていたんではないか、これをばらばらばらばら無数といっていいようなものが数でもってかわりばんこにぶち当たるから、ちっとも肝心な話が伝わらない。そういう請願とかアピールが必要でないなどとは絶対に申しませんで、そういうことは引き続きやっていただきたいと思いますが、そればかりじゃなくて、もっと、あまり大きい声を出さなくても納得づくで説明できる、そういうコミュニケーションがあっていいんではないかと思います。
○石本茂君 先ほどお三人の参考人の話を聞いておりまして、それぞれお三人とも、現在の身体障害というと石坂参考人に申しわけないのですが、負っていらっしゃるハンディの状態が違いますので、まず私はお三人のお話の中から、しかも私自身もそういう社会に生きてきておりますので、むしろお三人の参考人のおっしゃったことを心において当局に一つ、二つ聞いておきたいと思うのです。 まず、初めに厚生省にお聞きしたいと思うんですが、宮尾さんが申しておられましたこの福祉年金でございますとか、あるいは家族への扶養手当でございますとか、これは現にございません。それからあるいは在宅者に対します訪問指導のチームをつくってほしいというような、ほんとうに聞いていて当然だと思うようなお話があったわけでございますが、そういう事柄に対しまして全くそういうチームを編成して医師、看護婦等によって健康状態を観察し、それに対応できる処置をするというようなことが考えられているのかいないのか。それから新規の扶養手当等につきましても、そういうことは全く考えていないのかどうか。それを聞きたい。 あわせまして、石坂さんの申されました目標の転換ということで、特に福祉のビジョンを明確にしてほしい、するべきだ、特に長期的な計画の中で実践活動していくのをやはりちゃんとしなさいという御意見だったと思うのですが、こういうことにつきましても、どの程度まで当局におかれましてはお考えを持っていらっしゃるのか、私は具体的にこうしよう、ああしようと聞こうとは思いません。ただ、あるとかないとかでけっこうです。これは厚生省にお聞きしておきたい。 それから金沢参考人が申されました、これは労働省へのお伺いでございますが、適応できる職業の選択とその再教育、就職のあっせん、あわせまして、そういう方々を雇う、雇い者側に今度初めて促進のための手当が出るように思っておりますけれども、そういうことにつきましても、さっき宮尾さんが要望されました、いろいろございましたが、私はいまここでその方の負っておられますハンディの状況に従って適応できる職業の選択でございますとか、その他の教育ですとか、その後の就職のあっせんということをどの程度までに現在実施していらっしゃるのか、今後さらにどこまでそういうものを幅を広げていこうとしていらっしゃるのか、その辺をちょっと聞いておきたいと思います。 以上でございます。
○政府委員(加藤威二君) 福祉年金につきましては、先生御承知のとおり、この十月から七千五百円、非常にこれでも不十分でございますが、一応五割アップという予算が組んであるわけでございますが、そのほかお話にありましたお医者さんあるいは看護婦のチームで訪問診査をやる、これも現実に予算を組んでやっております。ただ問題は数が非常に少ないために、なかなか行き渡らないという点がございますので、まあ大体四十八年度予算で千二百万ぐらいでございますが、やはりこういうものを大幅に増額していくということが必要だと思います。 それからもう一つのお尋ねの扶養手当の問題、これはまだ予算としては四十八年度ないわけでございますが、実は私どもは、まあ寝たきり老人の問題とあわせまして、在宅の寝たきり老人あるいは在宅の重度の身体障害者に対する対策というものをどうするかというのを、四十九年度予算−ちょっと先の話になって恐縮でございますが、来年度予算の社会局あるいは児童局におきまして、重要な項目として検討いたしたい。その場合に、扶養手当という形になるかどうか、これはまだいまの段階で申し上げかねますけれども、やはり私どもといたしましては、来年度の社会福祉関係の予算といたしましては、そういった在宅の寝たきり老人あるいは在宅の重度の身体障害者に対する対策というものをやはり思い切って打ち出す必要があるのじゃないか。その具体案についてはまだちょっといまの段階では申し上げかねますけれども、そういう気持ちを持っておるということだけを申し上げておきたいと思います。 それから発想の転換につきましては、いま政務次官から申し上げましたとおりでございます。石坂さんの御指摘一々ごもっともでございます。私どもじくじたるものがございますが、まあ確かに身体障害者については、私どもは施設をいま一生懸命つくっておりますけれども、やはり施設に収容するということだけでは、これは身体障害者の対策がそれで終わるわけでもないわけでございまして、むしろ一般の社会の中で、身体障害者がしあわせな感じを持って生きていただくということのために諸般の手を打つ必要があろう。ことに補装具点の、そういう点はわが国は非常におくれております。そういう点についてもできるだけ今後努力をしていきたいというぐあいに考えます。
○政府委員(中原晁君) 身障者の方々の就職問題でございますが、いま先生御指摘のように、現在十八歳以上の心身障害者の方は百七十二万人おりますが、この方々の就職率、就業率というものは一般に比べてかなり低くなっております。労働省といたしましては、関係各省とも協力いただきまして、毎年たとえば職業安定所で三万人ほどの方が、求職申し込みございますが、このうち約二万人弱の方に就職の決定を見ております。少しずつでございますが、就職の件数、率等は高くなっております。まだまだしかし不十分でございますが、それと職業訓練の面におきましては、やはり手に技能をつけていただくということが一番大事でございますので、今年度の予算が通りましたので、年間約大体二千人の方に対しまして、全国の職業訓練校で職業訓練を行なっていくというような計画になっております。 それからそのほかのことでございますが、身障者を雇っていただいた工場に対しましては、従来から雇用促進手当という手当を事業主の方に一年間差し上げることになっておりますが、それから、なれるまでの間、職場適応訓練ということで、訓練をしながらなれていただくというような制度もやっております。今年度は特に先ほど参考人の金沢さんからもお話がございましたが、六億円の予算が通りまして、身体障害者をたくさん雇っていただいた工場、これはモデル工場と称しておりますが、こういうような工場に対しましては低利の融資を行なう。しかもいままでの融資は非常に限られておったわけでございますが、これは土地以外のあらゆる施設全部に対しまして、低利の融資を行なう。一ヵ所一億五千万円、特別の場合には二億円を限度としましてやっていこうということで、現にすでに申し込み等もきておるわけでございます。 そのほか、働く身体障害者の方々のために、働く身体障害者のための体育館というものもことし予算が通りまして、三ヵ所ほどつくっているというようなことになっております。いずれにしましても、就職問題は、生きがいの点あるいは経済的な面からも大事でございますので、労働省としましても、関係各省の応援をいただきまして、これを今後とも一そう充実してまいりたいと思います。 先ほど、雇用促進手当と申し上げましたけれども、雇用奨励金というふうに訂正させていただきます。
○石本茂君 一つだけ、私はこの機会に山口政務次官に特にお願いしておきたいのですが、さっき石坂参考人が申しておられました中に、身体障害者自身を中心メンバーとする長期の計画ですね、そういうものには必ず入れて、そうして中心にしてほしいという御意見があったわけでございますが、こういうことにつきましては過去におきましても、そういう長期の計画などお立てになるときに基礎的な資料としてお聞きになってきたのか、もしそうじゃなかったら今後ぜひひとつ本日のおことばを尊重していただきたいと思うわけです。お願いしておきます。
○政府委員(山口敏夫君) 先ほどお答えさせていただきましたように、当然身障者の方々のお立場やお気持ちあるいは御判断、あるいは体験を通じて提言される御意見、これはもう厚生省の仕事を進める上においてきわめて大事なことでありますし、いままでにおきましても身障者の審議会等の中で一部御意見を承っておったわけでありますけれども、さらに国立リハビリテーション等の設置等の建設の中におきましても、あるいはそうした審議会の中におきましても、より一そう当事者の方々の建設的な御意見を十分拝聴し、また実施のための方向に大いに役立たせていただきたい、かように思っておりますので、この席ではっきりとお約束できると思います。
○川野辺静君 本日はお三人の参考人からいろいろ伺いまして、ほんとうにいまもお話が出ましたが、その当事者とともに語り合うということのいかに大切かということをつくづく感じたわけでございます。すでに三人の先生方から私がお尋ねしたいと思うことのお尋ねもございましたので、そのほかのことをお尋ねさせていただきますが、宮尾参考人のお訴えでございましたが、ほんとうに自分たちは、とかく電話とか通信とか、そういうことでやる以外にはなかなか連絡がつかない、そこに望みと生きる希望を持っていらっしゃるというお話でございましたが、ほんとうにそれは当然のことのように思います。したがって、こういった郵政省関係で、電話料とか、そういう方々のための郵便料とかということにつきまして、今日までにこれに対してお考えになったことがございましょうか。あるいはまた、将来どんなふうにお考えでいらっしゃるか、ちょっと伺いたいと思うわけでございます。
○説明員(玉野義雄君) 電話につきましては、ただいまございましたように、私たちも皆さん方がいまおっしゃいましたようなお気持ち、非常によくわかるわけでございますが、現行法制の中でできる限りのことをいたしたいということで、電話をつける優先順位につきましては、もう優先的におつけするということで考えてやっておるわけでございます。それから債券につきましては、これは福祉事業法にございます、福祉事業団が仕事として、個人の、たとえば老人で御不自由な方とか、そういう趣旨で福祉事業団の名前で電話をつけるというときには債券を免除するということをいたしております。それから、そのほかに目の悪い方のために、ダイヤルで電話をかけるのにかけにくいということで、目の見えない方でも電話がかけられる電話器をつけるとかというようなことで対処をしておるわけでございます。
○川野辺静君 さらにまた、そういった電話料等につきましては、今後とも積極的な対策ができますように願うわけでございます。 続きまして、金沢参考人から、たいへん一生懸命でお働きになってもなかなか生活が容易でないというお話を伺いまして、まあ立ち入って、一ヵ月にそれだけ一生懸命にお働きになってどれくらいの御収入があるかということもお伺いしたいのでございますけれども、まあそれはさておきまして、先ほども出ておりましたけれども、やはり共同に職業の訓練をし、そして、そういった同じ身体障害を持っておる方たちの共同の職業所というものがあることが、たいへんに収入面におきましても、働く人たちの精神面においても大きな力になると思います。その一つの例は、過日ちょっと視察させていただきました、浜松にあります福祉法人天竜厚生会の福祉工場で働いている人たちが、月ほとんど普通の人と同じくらいの収入を、しかも明るい気持ちで張り切って収入を得ているというような面を見ましても、これは将来ともたいへんに大切なことじゃないかと思いますので、まあ金沢さんも、それを職業について盛んに強調していらっしゃいましたが、今後とも共同職業所というようなことにつきましてお力を入れていただきたいと思いますが、現在それはどのくらいの程度に国としてやっておるのでございましょうか。またそれに対する将来のお考えなどもちょっと伺いたいと思うのでございます。
○政府委員(加藤威二君) 身体障害者の関係の方々の、いわゆる私ども授産施設と申しておりますが、授産施設が大体現在ございますのが百十ばかりでございます。それで特に私どもの重視いたしておりますのは、重度の身体障害者の授産施設、先生が御視察になりましたのもいわゆる福祉工場というのでございますが、これは車いすの方々がみなその工場で働けるような、そういう特別の設計による福祉工場、これが現在全国で七ヵ所ございますが、こういうものをやはり今後できるだけたくさんつくっていきたい。それからその賃金も、とにかく能率を上げればそれにふさわしい賃金が与えられる、こういうような体系をつくってまいりたいということで、私ども身体障害者対策の一環としまして、重度の身体障害者のそういった授産施設、これにつきましては今後ますます充実をしてまいりたいというぐあいに考えます。
○川野辺静君 石坂参考人が、外国の教育面につきましてもそういう障害者の方たちが全く平等にやられている、そしてまた、自動車免許などもほんとうに普通の人と同じようにやっているというお話がありましたが、これは教育面は義務教育から大学まで、ほとんどその教育を受けようと思う者は全部入学できる、入れるようになっているのでございましょうか。
○参考人(石坂直行君) あんまりそういうことを専門的に突っ込んで確認したわけではございませんが、私が接触した身障者の経歴などからわかりますことは、普通教育、それから高等教育でございますね、それを受けるにあたって身体障害が何らハンディキャップにならないということ。それからもう一つ、そういうプロパーな学校制度を離れて、さっきちょっと申し上げましたけれども、日本でいいますと成人学校的な、社会人になってからもすぐもう一回別な教育が受けられる、もちろんまわりからすぐそれをアドバイスする、受け入れる場所がちゃんといつもあるということは事実でございます。
○川野辺静君 いま日本で、よく身体障害者の子供たちの親の訴えは、養護学級に入ろうとしてもなかなか思うように入れないという声が多いのでございますけれども、そういったことにつきまして、これはまた、きょう時間がございませんから、まあこういう外国の例を見まして、ぜひその点は考えていただきたいと思いますが、今回お尋ねしたいことは自動車の免許でございます。過日、盲ろうの人たちからの訴えでございましたが、現在はどうしても、畑仕事をするのにも自動車を使わなければならない、それにはぜひ盲ろう者の自動車免許につきまして、これをできるだけ勘案して、できれば、むしろ普通の人よりは盲ろう者のほうが注意をするので、これは事故を起こさないのだ、だからぜひ盲ろう者の自動車免許というものはできるだけみんなが取れるようにしてほしいというような声も聞いているわけでございますけれども、こういうことにつきましていかがでございましょうか、ちょっと教えていただきたいと思います。
○説明員(鈴木金太郎君) 盲ろう者の運転免許につきましては、ただいま道交法の八十八条二号によりまして、耳の全く聞こえない者は受験する資格がございません。これはずっと道交法創設以来そういう形になっております。しかしながら、私どもといたしましては、実は実態を調べましたところが、耳の全く聞こえない人の中に、従来いわれている人の中に、いわゆる難聴者といってかすかにではあるが聞こえる、こういう方々がいるわけでございます。これを何とか道交法上のいわゆる八十八条の二号に入らないというふうに考えて救っていくというような努力をいたしておりまして、特別にたとえば高知とか福岡の場合、ほかの県もやっております。耳の非常に難聴者の方を集めて、それを特別に適性検査をいたしまして、そうして多少とも聞こえるという方は要するにそれに適性は合格しておりますという証明書を出すなり何なり処置をいたしまして、できるだけ普通免許を取れるように、あるいはもちろん農耕車などはあと学科試験だけでよろしゅうございますので、普通免許が取れるように、まあそういうふうな形で努力しているわけでございます。現に数字を申し上げますと、これは福岡と高知だけの例でございますが、この適性に合格いたしましたのが、とりあえず二百五十六人受験いたしまして百六十五人、約六五%合格しておりまして、この中から直ちに、それぞれ普通免許を受けられるように、皆さん技能を習ったりなんかいたしまして、大体五十九人が、私どものいまの手元数字ではこの中から免許を取得をしている。こういう点につきまして御所見もございますので、なおひとつ今度とも努力をいたしたいと考えております。
○参考人(石坂直行君) 参考人から申し上げるのは順序が違っているかもしれませんが、いまのことについて関連して一言発言させていただきたいのでありますが、身体障害者の自動車運転免許の扱い方について、日本と欧米先進国とは全く方向が逆でございます。そのことはたいへん説明を申し上げるのが困難でございます。なぜ困難かと申しますと、おそらくここにいらっしゃるどなたもまあそういう事実のもとになっていることを理解していただけてないと思うんですが、それは、日本では身体障害者は自動車を運転するとあぶないんじゃないかという常識がございます。社会的な常識がございます。こういうことがございました。先般も朝日新聞の記者が私のところにこのことについて取材に来まして、私いろいろな写真だとか資料だとかで説明しましたら、本人は納得いたしました。しかし、帰ってその人から電話をもらいまして、身体障害者が自動車なんか運転し始めたらあぶないよという朝日新聞の中の世論によって、その記事は没になったということを聞きました。朝日新聞にしてしかりでございます。ところが実際は、身体にかなりの障害がありまして、見た目にはたいへんあぶなっかしく見えましても、自動車運転練習をさせたり、運転をさせたりいたしますと、ほとんどハンディキャップがないというのが、これが欧米の実験による学説でございます。数字で申し上げますと、重度の身体障害者が自動車の運転練習に要する時間というものは、障害のない人に比べてわずかに数時間しか多くは要らないという事実がございます。こういったことは、私どもがどこで幾ら言ってもだめでございます。私どもは実際に免許試験場のようなところでおまわりさんにぶつかるわけでございます。そうすると、私もこの前こういうことがございました。その警察官は、私の顔を見るなり、いきなり大きな声で、あなたはそのからだでまさかまだ車を運転するんじゃないでしょうね。冗談ではありません。私は車がなかったら隣の家までも行かれないのです。いまあるところの非常に困った制約が私の免許証に書いてございます。これこれこれこれの小さい車しか運転しちゃいかぬという免許証です。しかし私は、自分の車いすを取り込むスペースもほしい、それから力が十分にないおそれがあるのでパワー・ステアリングであるとか、そういう倍力装置もつけたい、そのためには自動車のスペースであるとか、エンジンの余力が必要である、実はもっと大きい車を運転させてもらいたいのだと申し出ました。ところが、その警察のかなりえらい方ですけれども、いや、見たところあなたの障害だとその免許は甘過ぎると、もっときびしくしたいくらいだといっておどかされまして、結局現状維持で泣き泣き帰ったのですけれども、そういうふうに身体障害者の残存能力を正しく判定する能力があるのは、リハビリテーションの専門医とか、あるいは教育を受けた理学療法士以外には日本にはいないわけでございます。それ以外の人が直観でもって、この人はあぶないと、この人には免許をやめておこうという判断を窓口でしますと、それはすなわち公安委員会の決定となって、われわれはどこにも訴えるところはございません。たとえば、荒木さんのことで新聞にも出ましたが、ああいうふうに裁判所に訴えてもだめでございます。裁判官も同じ認識を持っております。それを戦ってもらおうと思っても、弁護士も同じ認識を持っております。世論で戦おうと思いましても、さっき申し上げたとおり、新聞記者も同じような考えを持っている。これはやはり長年の日本の行政といいますか、国家教育がそういうことを社会常識としてつくってくれた非常な誤りの典型的な例だと思います。外国ではどうかと申しますと、身障者にはもうあの手この手で自立させる。たとえば、一番ものをいうのは自動車であるから、何とかしてこの人は自動車でもう一回動けないかということをアドバイスいたします。そうして、もし改造が必要ならば改造、自分に一番ぐあいのいい自動車を選んで改造して、それでもって運転できればよかったよかったといって免許を与えるわけでございます。ところが日本は、身障者は自動車の運転を遠慮せられたいと、いまでも車が多くてわれわれは困っている、これ以上身障者までが乗り出してもらっては世論が許すまいというようなことを警察の当局はよく新聞に談話として発表しておられますが、そういう世論がまさにあるそうでございますが、これが困るのです。ですから、身体検査であるとか、ある部分の筋肉の力であるとか、そういうことでもって運転能力ありとかないとかいうふうに御決定にならないで、この人にはなるべく運転させないといかぬのだということで御判定願いたいと思います。
○須原昭二君 貴重なお話を承っておりまして、実は石坂参考人にまず最初にお尋ねをいたしたいのです。 肢体不自由児の父母の指導紙「いずみ」ですね、これにも石坂参考人は「車いすと人権」の中にも書いておられますし、実は前に四十七年、昨年の十月、「世界」でしたか、「身障者と日本社会」、ここで石坂参考人と伊東法政大学教授との対談が出ているわけです。いまもお話がありましたが、問題はやはり身体障害者の対策を立てるためにはまずその実態をつかむこと、これが一番重要だと、基本的な問題だと思うのです。その基本論、基本的な問題の中で、いまいみじくもお話がございました、記事も、対談も読んでおりますけれども、欧米ではもうほとんどの国が少なくとも人口の一〇%、たぶん一五%以上は恒久的な身体障害者であると参考人は言っておられるわけですね。これについて厚生省の発表によると百四十万人だ、そうしてそれは人口の一%ちょっとだと、ここら辺に私は基本問題が、一番大きな問題があるのじゃないかと実は思うのです。やはり民主主義の時代ですから、その階層の人たちがたくさんになればそれだけ声が大きくなるであろうし、やはりここらは基本的な問題でありますが、何か厚生省では、身体障害者の統計は、ここの記事によりますと、非常に近代的な手法において、統計学者の支持を得て、間違いございませんと、こう言っているわけです。この差がやはり一つ問題点と思いますが、参考人の御意見と、それから厚生省のほうの御意見と、両方ひとつ承りたいということが一つ。 時間の関係がございますから、総括をして二、三点問題点をあげておきたいと思います。 先ほど、身体障害者のハンディをカバーをする、カバーをするために、社会的なたとえば公共的な施設、そうしたものの不備が鋭く、——鋭くという表現はどうかと思いますが、欧米国と比べてほんとうにおくれておると、こういうことで、国鉄はことしの三月でしたか、まず、上野と仙台の駅を車いすで旅行をどうぞと、こういうふうに計画を立てられたようでありますが、将来いつまでにこういう計画をやられるのか。先ほども石坂さんがおっしゃったように、やはり長期計画というものが必要なんだ、まあ、ちょっとアドバルーン上げた程度で、この二つの駅だけをやるのか、その長期計画はどうなっているかということをひとつ国鉄にお尋ねをしたい。 それからもう一つは、車の構造もさることながら、やはりいまお話を聞いておりますと、やはり車体の構造がきわめて乗車に不可能な状態である。したがって、車いすでは列車の中に入れない。そうすると、前日から身体の調節を行なって、節水だとか節食をしておかぬと、トイレットまでも行けない。あるいはまた、乗車の時間の短縮は生理的なやはり大きな苦痛になってくるわけで、これは非常に人道的な私は問題点だと思うんですが、いま私たちが知っておる範囲内におきましては、国鉄は重度の身体障害者には、本人と介添え人の一人、これは運賃の五割引きをしておるわけですね。これはしかし鈍行と急行だけなんです。したがって、やっぱりこの時間の関係を短縮をする。乗車時間の短縮をするということになれば、当面新幹線、走っておる特別急行だとか新幹線「ひかり」、「こだま」、これまでわれわれは拡大をすべきだと、私は直ちにやるべきだと思うんですが、その点は国鉄はどう考えておるか。 それから先ほども宮尾参考人ですね、花田春兆さん、この方のお話が先ほど出ておりました。私も実は「社会新報」でこの記事を読んだわけですが、この花田さんが、いまあなたは何が一番ほしいんですかと尋ねたら、私は、この足ですね、手足の足、足にかわるおあしがほしいと。「おあし」というのは「お金」のことなんです。こういうことを言っておられたことを「社会新報」の記事で読みました。そこでいまタクシーの問題ですが、名古屋では、実はこれは全国でも初めてだと思うんですが、愛知県自動車交通労働組合、豊交通労働組合、朝日タクシー労働組合、こういう労働組合が経営者に対して身障者や老人の料金を半額にしようじゃないかと、こういう提案をした。画期的なことで、経営者も七社これにやろうじゃないかとこたえている。しかし実際、これやるという段階になりますと、経営悪化で値上げをせざるを得ないというようなことで切り抜けておるというような現状。それからその国、自治体等の援助の体制がどうなるのか。税制問題として税金を免除してくれるのか、あるいはまたそれに対する補助をするのか。あるいは先ほども石坂参考人がおっしゃったように、諸外国のように、そういう運転手が非常に人間的にあたたかい気持ちでそういうサービスをしておるような環境に持っていくためには、乗務員の教育をどうするかということがこれまた問題点になってくるわけだし、あるいは車の改造の問題、法律面でのいろいろ支障があると思うんですが、そういう問題についてどう対処されようとされておるのか。これは具体的に名古屋でもう提案をされ、労使ともに協賛をしてやろうという段階になっていますから、具体的にひとつ御答弁をいただきたいと思うわけです。 それから三つ目は、先ほども電話のお話が川野辺先生からございました。この電話の問題についても、一人暮らしの老人の電話制度というのは、いまお話しのように、債券の引き受けの免除だとか、優先設置基準の第一位適用だとか、それだけでなく、設置料や使用料、それから通話料の負担は、国や地方公共団体で負担をする。通話料は、基本料金と一日当たり一定限度の通話料を無料にするということにしておるわけです。で、聞くところによると、福岡なんか、基本料金と一日一回の通話料金、大体合計して千三百六十円を市が負担をしてこれにこたえておるんです。そういう具体的な例がもう地方自治体にも出てきておるんですから、また老人医療の問題ではございませんが、地方自治体がどんどん進んでいってしまって、国があとからつけたりをすると、こういうような形ではなくして、もう少し積極的なことをやるべきだと思うんですが、その点は所感はどうか、この点だけ総括をしてお尋ねをいたしておきます。
○参考人(石坂直行君) 日本の厚生省の身障者統計が外国の十分の一しかないということについて、私は非常にふしぎに思いまして、実は厚生省のその御担当の方にも率直にお話をしたことがございます。そのときに答えていただいたことは、統計のとり方が違うんだよと、その一語でございました。それから、じゃあ外国とどう違うのかとたたみ込みましたら、外国のことは知らないとおっしゃいました。ここから先は私の想像でございますが、身障者に入れる人の範囲が著しく違うんではないか。そのとき厚生省の方から伺った話では、たとえば指が一本なくなったとか、目が片一方失明したというのは身障者としてカウントしないんだそうでございます。それがまあ片目あればいいではないかという、がんばれという精神論であれば、それはけっこうでございますが、そういう行政の姿勢があらわれているわけです。 それから何かサンプルでアンケートをお取りになって、調査員が訪問されるそうですが、「こんにちは、おたくに身障者いますか」というときに、いないと言って隠す人がおります。身障者が自分の家にいることを非常に恥じて隠して隠して隠し抜く人がいます。ですから、「こんにちは」と言ってきた調査員に、おりますと言う人は非常に少ない。そこで、かなりの者が隠れるということなんです。 それから、これは私の実感でございますけれども、かりにそのときに私が応待に出ても、いないと言うかもわからぬ。いると言っても何にもメリットがないからです。私は車椅子を三台持っておりますが、三台とも一文の補助もありません。実際問題として何にもメリットがない。ですからめんどうくさいから、いないと言っておこうと、何か千円でも一万円でもくれるならおります、おりますと言いたいけれども、メリットがないから、もうやめておくということなんです。 それから、ながめて見ますと、いや、うちの子供は病気なんですよ。それでいまのところ病気の原因が不明で薬がないから、あんなかっこうをしていますけれども、あれは薬さえ発見されたらけろりとなおるんですよと、親が信じたい気持ち、それがそういうように言って、いや、あれは病気はいましていますけれども、身体障害者なんかではないですよと言う人があります。 それから、最初申し上げましたように老人がおります。老齢のためにからだが不自由になって、階段をたったったと上がれないとか、走れないという人が多いはずでございますが、いや、あれは老人であるから、身体障害者ではないのだと、光栄ある老人であって、屈辱ある身体障害者ではないのだという持ち出し方があります。 それから十八歳以上という限定がございます。十八歳未満の子供の障害者はそれにカウントしていないという事実、これもたいへん問題で、十八歳未満であろうと、たとえば一歳であろうと、この子は一生障害者として過ごすのであれば、やはり障害者という統計に入ってしかるべきじゃないかと思います。たとえばヨーロッパなどは、何の慢性病にかかわらず、一年以上寝ていると身体障害者としての年金がもらえるのですね。ですから、もちろんそれは身体障害者とは言いはしませんけれども、そういうように身体障害者であるということにメリットがあります。日本はメリットがなくて屈辱がございます。そういう点で、かなりどんどんふるっていかれるのじゃないかと思います。 それから二番目のお話のタクシーの点でございますが、さっき私は、できるだけ自動車を与えて、運転させて、そうしてそれに伴う駐車場であるとか、あらゆる便宜はどんどん与える、優先的に与えると申しましたけれども、それでもなおかつ、いや、車の運転はしたくないという人がおるわけです。そういう人が通学であるとか、通勤のときに、タクシーなら出れるという人には、タクシーにただで乗れるクーポンを支給いたします。ですから、運転手やタクシー会社では、一文の損もないわけです。そのクーポンを持っていけば全部フルにレートがもらえるわけですから、そのクーポンが国によって、たとえばスウェーデンのような場合は、非常に身障者の団体が強力で尊敬されておりますから、身障者の団体が発行しております。それからスイスやイギリスのような場合は保険機構が非常に強力でございますから、保険機構から支給されます。行政から支給されているのもあります。地方自治体が出しているのもあります。とにかく身障者の側はクーポンを持っているわけです。ですから、タクシーが自由に利用できるということであります。
○政府委員(加藤威二君) 身障者の数でございますが、これはまあ諸外国に比べて非常に少ないという御指摘でございますが、これはやはり国によって、石坂参考人からも話がありましたが、国によってやはり身体障害者の範囲が違うということが一つ言えると思います。たとえばノルウェー等におきましては、腰痛症とか糖尿病といったようなものもある一定期間たてば、みな身体障害者の中に入ってくるというような、内部障害を相当大幅に取り入れているというような違いが一つあるようでございます。 それから石坂参考人からお話が出ましたけれども、わが国の身体障害者の範囲では、親指ですと一本なくともこれは身体障害者の中に入りますけれども、親指以外でしたら、たとえば小指とか薬指というのはこれは一本なくても身障者の中に入らぬというような点がございます。そういうことで若干範囲が相当きつくなっているという点があろうかとも思いますが、一応この身体障害者の等級でそれぞれどの程度の障害という規定がございますので、そういうことで諸外国と範囲が違っているということだと思います。 なおこの身体障害者の統計につきましては現在の一番新しいのは昭和四十五年に厚生行政基礎調査ということで千八百十五の地区につきまして二百六十分の一の無作為抽出で実施した調査でございます。ですから、その限りにおきましてはそうでたらめな調査ではございませんが、いま申し上げましたような範囲の違いということで諸外国に比べて非常に数が少ないと、こういうことになっているんだと思います。
○説明員(服部経治君) ただいま先生から二点にわたりましておしかりを受けましたが、まず第一点の駅の改良でございます。率直に申しまして国鉄の駅設備あるいは車両設備、いずれも身体の不自由な方々の利用という点に関しまして配慮をしてつくられたものでないということは率直に認めざるを得ないところであります。で、たいへんおそまきでございますけれども、このほどまず仙台駅、そして上野駅とこの二駅を全国の中から選びましてモデル駅といたしまして車いすを使っておられる方が国鉄を御利用なさる場合にいささかでもその御利便をはかり得るような方向で施設の改良をはかろうというところまでこぎつけましたのが現状でございます。したがいまして、現段階ではそういった長期計画といったようなものはないわけでございますが、今後全国の各県庁所在地駅は少なくともそういう方向でというような基本的な考え方でこの問題に対処してまいりたいというふうに考えております。 それから第二点は、特急料金につきまして現在割引制度がないのはおかしいというおしかりでございました。たいへんこういう席で国鉄の財政事情などを持ち出すのはまことに申しわけない次第でございますけれども、御承知のようにたいへん国鉄の財政事情というものは悪化の度を加えてきておりまして、極端に言えば破局に面しております。したがいまして、そういった御要請にこたえられればこれ以上幸いなことはないわけでございますが、いろいろと実施に移していく場合には困難な面もございます。が、この問題につきましては、引き続きまして厚生省御当局をはじめ関係の省庁となお協議を続けてまいりたいというふうに考えております。
○説明員(宇都宮寛君) 地下鉄その他大都市交通のにない手でございます私鉄等につきましてもいま服部業務課長が申し上げましたような線で対処してまいりたいと思います。
○説明員(森雅史君) ただいま先生から御指摘のございました愛知県のタクシー運賃の問題につきましては、タクシーの運賃改定ということになろうかと思いますけれども、ただいまのところまだ具体的な問題としては、私のところまで上がってきておりませんので、一般的な問題としてお答えをいたしたいと思います。 身体障害者の皆さん方に対します運賃の割引という点につきましては、バスにつきましては鉄道と同じように運賃の半額ということで割引を実施しております。しかしながら、タクシーについてはそういう制度がないというのが現状でございます。これはタクシーがまあ一人ないし二人、せいぜい数人ぐらいしか運べないという少量の輸送機関だということ、それから一日の輸送回数、お客さんに利用していただく回数が四十回程度というような輸送機関だという点が原因であるというふうに考えております。しかしながら、このタクシーはたいへんに便利な交通機関で、戸口から戸口へというので、好きなところへ好きなときに乗って自分の希望するところに行けるという特殊性を持っておりまして、おそらく、先ほど宮尾参考人のほうからお話もございましたように、からだの御不自由な身体障害者の皆さん方にしてみれば非常に使いやすい便利な輸送機関だということだろうと思います。またその運賃の負担というものがおそらく相当の家計上の負担となっておるというのも事実であろうかと思いますし、この問題につきましてはここで、そのはっきりしたことは申し上げられませんけれども、将来の問題といたしまして、おそらく社会福祉政策的なものとして国なりあるいは地方公共団体なりの補助というものも出てこようかと思いますけれども、将来の問題として検討してまいりたい、こう考えております。
○説明員(玉野義雄君) 先ほども申し上げましたように、再検討につきましては福祉事業団その他地方公共団体がやっていただいておる場合に、その名前で電話をつけていただく場合に免除するということで考えておりますが、通話料等につきましては、先ほどもございましたように、関係地方公共団体とか関係の国等とも御相談いたしまして私たちも検討してまいりたいというふうに考えております。
○須原昭二君 そこで先ほどの統計の話ですがね。いま石坂参考人がおっしゃったことばにずっと続いておって、厚生省は「外国の統計のしかたが間違っているんじゃないかといわれました。」と、こう書いてあるんです。これは石坂参考人がそこにお見えになりますから、この発言は間違いないと思うんです。それで「これはいつか国際会議へでも持ち出してみると面白いと思う」と感想を語っておられます。そのことは全然知らぬと、いわゆる諸外国のことは御存じないということでしたら、これはほんとうに国際会議へ行ったら日本の厚生省は非常に恥をかきますからよくひとつ勉強してもらいたいと要望しておきます。 それから電話の問題はまあ一ぺん検討をするということですから、この検討を早くしていただくということをひとつ要請をしておきます。 タクシーの問題点については、やはりそれだけ熱心に労働者も経営者側も真剣に討議をしかけているんです。ですから、それに対して、あがってこなければ、といってこれは全国紙に実は載っているんですよ、ね。あなたのほうへ、耳に入っていないばずがない。盲人だったらわかりませんけれども、目があいてればこれは全国紙に出たんですから、この点はちゃんと考えていただいて、この問題についてどうしたらいいのかさっそく検討に入っていただきたい。 それから「ひかり」「こだま」の料金まで、特別料金までひとつやれと言っているんですが、まあいまの国鉄の料金の実態、料金を値上げをしなければならない実態を御考慮いただきましてというのはいただきません、私は。赤字ではないんだ、旅客は黒字なんですよ。「ひかり」、特に新幹線は大きな黒字なんだ。その実態を考えれば当然できるはずですよ。当然できるはずですよ。ですから、そういううしろ向きの討議ではなくして、もっと適切な答弁を出すように省へ帰ったらひとつ御検討をいただきたいと思います。 それからやはり先ほど石坂参考人もおっしゃったように百年おくれておる。やはりこれはいろいろのものの考え方を転換をさせなければならない、これも一つの大きな問題点だと私は思います。ですから、先ほど石坂参考人は笑いながら——笑いながらというのは私たちに対する失笑というふうにも実は感じました。われわれに対するおしかりの笑いだと思うんですが、身体障害者に対する人権確認の宣言をしたらどうだと、うそでもいいからやったらどうだというふうにまで言われた。こういう点はわれわれは看過するわけには参りません。ですから、したがって、ちょうど山口政務次官がお見えになりますから、少なくともこの宣言ぐらいは、先ほどのうそでもいいと私は言いませんけれども、ことばだけでもやっぱり天下に公表して、やはり身体障害者に対する国民のものの見方を変えさせる、その先頭に私は厚生省は立つべきだと思うんですが、山口政務次官はどうお考えになりますか。
○政府委員(山口敏夫君) それぞれ参考人の方方の御発言の中にも、十分私ども考え、また実行していかなきゃならない問題の一つとして、いま先生が御指摘になったいわゆる身障者の方のより理解と教訓を呼ぶための人権宣言のような形で、より社会的な啓蒙、啓発の中で、からだにハンディのある方々の諸施策を組む立場からも強力に推進すると、まことに私は大事なことだというふうに感ずる次等でございます。 そこで、実は今月からも、身障者の方の月間としていろいろなキャンペーンやあるいは啓蒙、啓発の中で、国民の方々の身障者の方々に対する理解、たとえば先ほど参考人の方々から御指摘ありましたように、例外であるとかあるいは気の毒だとか同情というような見方ではなくて、いわゆる自立を促進するための協力的な行為を進めるべく月間運動を進めておるわけでございまして、これもまあたとえれば一つの人権宣言の運動と非常に共通の基盤に立った趣旨であろうと思います。そこで、そうした運動をさらに拡大をしていくことがより効果的な理解を示すことなのか、あるいはこうした立法府の議会の立場やあるいは行政の立場が十分連絡を取り合って、人権宣言のような形でより身障者の問題を理解、啓蒙していくことが大事なのか、その辺は私、気持ちはまことに全く先生と同感でございますので、その辺の問題につきましては、私は十分、前向きというときわめてありきたりの表現になってしまいますけれども、より積極的にこの問題を趣旨に沿うよう取り上げたいということをお約束申し上げたいと思うわけであります。
○藤原道子君 私は、先ほどから皆さんが御質問になりましたので、ごく簡単に二、三伺いたいと思うのです。ことに参考人の皆さんがたいへんお疲れになっているようにお見受けいたしますので、ごく簡単なお伺をしたいと思います。 私は教育問題につきまして、過日も、高校だと思いますが、合格したのに最後にからだが不自由で体育ができないからというので不合格にしたのがありますね。体育ができなくとも頭脳の非常にすぐれた人ならば今後の社会に相当役に立つお仕事ができるし、本人も満足できると思うので、この教育問題をもっと真剣に考えてほしいと思います。 それから身障者の職業訓練所がございますね、労働省に。私は、知人が家庭で非常に粗末にされるというので、知人の子供が家出をして私をたよってまいりましたので、一時施設へ入れてもらって、それから労働省の身障者職業訓練所へ入れていただきました。試験に幸い合格して入れてもらった。ところが一年ですね、あそこ。一年で卒業して、来たけれどもまだ十分就職ができなくて、社会施設で少し訓練してもらってやっと最近就職しましたが、非常に明るくなった。いままでと見違えるほど明るい子供になった。やはり教育さえすれば社会人としてりっぱに生きていけるということを私はこの子でしみじみ感じました。したがって、私のお願いは厚生省にもあるけれども、この職業訓練所を一年のを二年くらいにして、ほんとうに卒業するととたんに就職して自活のできるような方向へ私はお考え願えないかということを申し上げてみたいと思います。 それから就職の件でございますが、石坂さんからいろいろお話がございましたが、私も諸外国へ参りまして、この身障者が非常に明るいんです。そうして軽労働でございましたら二四%くらいは身障者を使うというような方向で、まあドイツでございますけれどもやっているようでございます。したがって、身障者に会っても非常に明るい。足らざるは国が保障しているというようなことでりっぱに社会人として働いておいでになる。重労働のところでも、受付あたりへ行きますと両足のない方が受付をりっぱにやっています。いろいろそのからだに応じた職業へつけてそうして身障者の自活のできるような方向へ努力していらっしゃる。ところが日本はそういうことが非常に少ない。私はこの問題はたびたび委員会で要求いたしましたが、それが一向に進まないように考えるんです。官公庁にしても一・何%ですか、身障者を使うのは。こういうことをもう少しふやしたらどうだというのでございますけれども、一向にふえていかないこと、これらについてどういうふうにお考えになっているかを伺ってみたいと思います。 それからいま一つ、年寄りと身障者が困るなあといつも思うのは、横断歩道橋です。あれは建設省ですか。あれは一体、年寄りとか身障者とか、あるいは子供を連れたおかあさん方がうば車なんということは全然登れないですね。これに対して何か考え方はないんでしょうか。地下道をちゃんとゆるやかなのをつくるとか、いろいろ考え方はあると思うんですが。歩道橋はそれは交通事故から見ればいいかもわからない。それは健康な人だけです。一番交通事故に危険を感じる年寄りなりあるいは身障者の方たちはあれを利用することができない。それならばどうするかというようなことをお考えになっているかどうか。これをひとつお伺いをしてみたいと思います。 いろいろ聞きたいことはございますが、ことに電話の問題は、先ほど来お返事もございましたけれども、これは思い切った対策を立ててほしいということを強く要望いたします。 それから、宮尾さん、学校もお出にならないでそれでいまのようなりっぱなお仕事をしていらっしゃる。これに対して御努力していらっしゃるおかあさまの御苦労が私は身にしみて感じております。もしもおかあさまが御病気にでもなられたら一体……と思うと胸が痛くなりますが、政府といたしまして、ホームヘルパーの組織ですか、こういうものをもっと拡充して充実させて、そういう御不幸のないように、不安のないようにしてほしいと思いますが、現在そういう方向へ働いていらっしゃるホームヘルパーはどのくらいございますか。 それから、さっき、医者が往診ですね、車で回っていくというようなことがどの程度にやられているか。言いわけだけでなしにはっきりした御答弁を伺いたい。
○政府委員(中原晁君) 先生の御質問三点ほど労働省に関係があるようでございますので。 第一点の身体障害者の職業訓練校、これは大体一年でやっておるけれども、二年ぐらいに延ばす考えがないか、こういう御指摘でございますが、現在お話のようにごく一部の例外で二年というのもございますが、ほとんどが一年でございます。これにつきましては、健常者と違いましていろいろありますので、ぜひもっと延ばしてほしいという御指摘もありますので、私どものほうとしましては、いろいろな関係もございますが、これを現在審議会で検討しております。それで、一年の場合でもいろいろな就職したあとの補習といいますか、アフターケア、こういうようなものも活用しまして、何ぶんにも心身障害者の方でございますので、一年で足りない分は十分いろんな形で補っていく、こういうふうに考えております。 それから雇用率の問題でございますが、民間と役所と分けて雇用率というのはさまっておりますが、民間のほうは現在一・三%というのが法律できまっておる雇用率でございます。役所のほうは現業が一・六%、非現業が一・七%というふうになっておるわけでございまして、こういう率が低過ぎるんではないかと、こういう御指摘でございますが、現在の実績を申し上げますと、遺憾ながら民間のほうでは一・三%に対しまして一・二九%という実績でございまして、わずかではございますが、未達成といいますか、雇用率に達しておらない実情でござます。その結果、雇用率の未達成事業所というものもまだまだ少なくないわけでございまして、大企業を中心としましてなお三六・二%の対象事業所が、四割近くの事業所がこの率を達成しておらない。協力的な事業所は大きく上回っておるけれども、平均するとそういうような実績になっております。 役所のほうは一・七%の法定に対しまして一・七一%、それから現業的部門におきましては一・六%の法定に対しまして実績は一・六七%ということで、これは率は上回っておりますけれども、このほうももっともっと高めたいと思っております。で、この率を、法律といいますか、きめておる一・七%、一・三%をもっと上げたらどうか、こういう御指摘でございますが、こういう点につきましても、現在の実情、その他の点も勘案しまして、審議会等で検討しておりますので、これも、そういういまの先生の御指摘の点も含めまして、実態をも踏まえた上で検討してまいりたい、かように存じておるわけでございます。
○政府委員(加藤威二君) ホームヘルパーの数でございますが、これは身障児とそれからおとなの身障者、両方合わせまして、対象ホームヘルパーの方二千百六十人でございます、四十八年度でございます。これは私ども、やはり在宅対策といたしましてホームヘルパーの充実ということが非常に重要であるということで、とかくこれまではヘルパーの待遇の改善に非常に予算的に力を尽くしたわけでございますが、やはり数が非常にまだ不十分でございます。待遇の改善と同時に、今後その数の増加をはかっていくということで努力をいたしたいと思います。 それからお医者さんと看護婦さんのチームによります訪問診査費でございますが、先ほど千二百四十三万と申し上げましたが、対象とする家庭は、四十八年度は八千三百五十八という数で、非常に数からいってまだ少ないということでございます。
○委員長(矢山有作君) ちょっと速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(矢山有作君) 速記を起こして。
○政府委員(沢田光英君) 私の担当ではございませんから的確なお答えにはならないと思いますけれども、先ほど私の説明の中にもございましたように、総理府の審議会でその話が出ておりまして、やはり歩道橋の問題、身障者に関係しまして出ております。これは都市局あるいは道路局の所管でございます。そこへおりて現在検討しております。どういう結果になるかは的確に私申し上げられませんが、検討中でございます。そういことで御報告だけ申し上げておきます。
○説明員(国松治男君) 先生のほうから府県のほうのお話もございましたが、先ほども申し上げましたように、私どものほうも、障害の種類とか程度に応じまして、最も適切な教育の場に行くというふうなことが非常に肝心ではないかというふうに考えております。したがいまして、先ほども申し上げましたように、普通学級に行く者もあれば、特殊学級あるいは養護学校に行く者もあるというふうなことでございます。これは実際に現場で、適切に、この障害のお子さんはこの学校がいいというふうな判断がなされていくことが必要ではないかというふうに考えております。そちらのほうの判断が適切になされるように、いろいろ指導・事業等もやっておるところでございますが、今後とも一そう力を入れていきたいというふうに考えております。
○参考人(宮尾修君) 先ほど厚生省の方から、福祉年金がことしの秋に七千五百円になると、そういうお話がございました。確かに七千五百円になるわけでございます。しかし、七千五百円になっても、それで私たちの、重度の身障者の生活が保障されるわけではないわけです。依然として、やはり、おやつ代程度というものなわけです。 そこで、その福祉年金の性格というものが問題になってくるのではないだろうかと私は思うわけです。厚生省は、どういうふうなお考え——お考えといいますか、思想といいますか、この福祉年金の性格というものをどういうふうにお考えになっているか。つまり、これはもう少し基本的な問題になりますけれども、私たちは、三つ、基本的な要求といいますか、要望を申し上げたいと思っております。一つは、同じ人間として扱うということ。一つは、したがって、この社会の成員として身障者を、どんな重度な身障者でも位置づけるということ。それから第三には、そうであるならば、障害者の福祉対策の行政、政策立案、それから実施過程に障害者を参加させるということ、つまり障害者参加の政策であり、障害者参加の行政である。まあたとえて言いますと、コロニー懇談会とか雇用審議会とか、いろいろな審議会がございます。しかし、いまだかつて、そこに私たちが参加したということはございません。私たちが審議会の委員に呼ばれたということもない。意見を聞きに来たこともないし、参考人としてこういう席に呼ばれたのはきょうが初めてでございます。そういう意味でこの委員会に非常に感謝しておりますけれども、それだけに、もう少し——先ほど山口政務次官から発想の転換ということをお約束になり、また、いろいろ精神的に考えなきゃならないというお話がございました。それは非常にけっこうなことでございます。しかし、その新しい精神が具体的な政策の中に生かされなかったならば、私たちの生活は実質的に救われることにはならない。つまり、その福祉年金の問題に返って言いますと、一人の人間として同じように認めるということは、身障者でも、そのままで生活できるだけの所得保障をすると、当然そういう権利が障害者にもあるんだと、そういうことになるのではないだろうかと思うのです。つまり、私たちが政治に要求していることは、一人前の人間として扱ってほしい、つまり扶養制度の中や、あるいは生活保護という制度の中で、親とか家族とか、あるいは貧しい者というようなひけ目の中で、周囲や国に気がねしながら生きるのではなくて、当然これだけのものは保障してもらっていいんだ、つまり自分で処分できる十分な金というものを国が当然のこととして出してくれる、そういうふうな政策というものをぜひ立案していただきたい、こういうふうに思うわけでございます。 それからもう一言申し添えますと、先ほど障害者の数ということが問題になりました。確かに、私たち、専門家ではございませんから、厚生省のほうの方からそういう御説明を受ければそうかなあとも思います。しかし、はたしてどれほど日本の障害者の実態を把握された上でそういうことをおっしゃっているのか。実は、二日ほど前に、茨城県の取手で「全国重症心身障害児(者)を守る会」の診療相談があったわけです。これは「守る会」の方が自分で、親の中にお医者さんがおりまして、自動車でやったわけです。それで、どういう子供が、幾つくらいの子供がいて、どういうふうな状態があるかということを市の福祉事務所・社会福祉協議会の人に聞いても、お役人さんはそれを答えることができない。取手に何人いて、どういう名前で、幾つであるか、どういう家庭状況であるか、どういうふうな障害であるか、いままでどういう人生を過ごしてきたか、そういう現実をお役人さんが答えることができないわけです。そういうふうな実態の中でつかまえてきた数字というものにはたしてどれだけの信憑性があるか、いささかならず疑問を感ずる次第でございます。
○参考人(金沢英児君) ただいま、職業訓練をという話が出ましたが、現在障害者の職業訓練所で教えている職種といいますと、まあ洋服だとか洋裁だとか、あるいは時計の修理だとか彫刻だとか、いわゆる手先が普通にきく人間のできるような仕事ばかりで、われわれのような手のきかない者には向かないようなものがほとんどなので、それですから、それを二年やっても三年習ってもある程度まではできるようになるでしょうけど、それが職業として成り立つかどうかというと、無理ではないかと思います。そこで、われわれの場合は、職業訓練所に入るよりか、直接に事業所の現場に入って、そこで手当てを受けながら自分にできる仕事を覚えていくというやり方でなければならないと思います。 それから、先ほど共同作業所の話も出ましたが、いわゆる授産所形式の内職的な仕事ではだめであって、やはり近代的な設備も大いに取り入れたものでなければならないと思います。そして、そこで障害者ばかりが集まってやるのでなしに、できるだけ普通の人もそこにまざって働くという形態が望ましいと思います。さもないと、障害者ばかりがおくれてしまいます。ひいてはそれが差別ということにもつながりますし、また障害者でも、特に重度の者ばかりでは補い合えるものではありません。したがって、まあそこに、ろうとか何か他の障害者及び一般の人もまじって、その人たちの埋め合いにもよって、その共同作業所というよりか企業を成り立たせていかなければならないと思います。
○田中寿美子君 もうたいへんおそくなりましてお疲れだと思いますし、皆さん六時にはお帰りになる予定だと伺いましたので、私はもう質疑は御遠慮いたします。ただ、きょうはほんとうに皆さん方がお話になりましたことはきょうここに出席しております官庁の皆さんとともに、私たちみんな政治家も大きな啓蒙をしていただいたということで心から感謝申し上げます。石坂さんが諸外国で見ていらっしゃったような考え方が身障者対策としてもし日本でとられていたら、おそらく宮尾参考人なんかはいまごろコンピューターを扱う一人前の専門家としてどこかで働いていらっしゃるに違いないと私思います。それで、私たちもことしは重症身障者の問題、身障者の問題を福祉の問題の中の重点な課題として取り上げたいということで、あちこち視察なんかをしながら、先刻からほんとうに問題をたくさん教えられておるわけなんですが、特に私は厚生省と文部省が重症身障児を扱う態度についてすべての身障児あるいは重症身障児は教育を受ける権利があるので、教育の免除というようなことがはたしてあってよいのかどうかということを厚生省と文部省両方で意思を統一していただかなければならないというように感じておりました。療育ということばで呼んでいる中身が教育権を拒否しているというようなこと、あるいは養護学校あるいは特別の施設に隔離収容するということが福祉対策じゃないのじゃないかという疑いを私どもも持ち始めていたわけなんです。今後の国会の審議の中で、きょう皆さんからお聞きしたことを参考にしながら、ほんとうに徹底的に議論をしていきたいと思っております。なお、身障者の方がすわり込みをしなければならない、こういう状況はもう外国にないことで、こういうふうなことをしなかったら予算も取れないとか、政策が進まないなんていうことはこれは私ども政治家——立法も行政をも含めてほんとうに反省しなければならない重大なポイントをきょうは指摘していただいたと思っております。そして、それぞれの官庁が、それぞれの所管のところでばらばらにやっているのじゃなく、もう私はけさからしばしばその問題に触れているわけですけれども、総合的な対策を身障者その人を中心にして考えるような政治や行政のあり方を今後ぜひ考えていくために、私たちこれからも懸命に検討していきたいと思います。 きょうはもうおそくなりましたので、私は質疑を御遠慮申し上げます。 今後とも皆さんからそういう御意見を寄せていただきまして、私たちの行政に対する、あるいは政治における、立法における活動に協力していただきたいということをお願い申し上げまして、私のこれだけごあいさつにさせていただきます。ありがとうございました。
○加藤進君 どうもおそくまでごめんなさい。 いろいろ皆さんの貴重な御要望をお聞きしまして、その御要望に基づいて政府関係省庁にいろいろお聞きしたいことがございましたけれども、時間の都合上残念ながら割愛さしていただきまして、たった一つだけ自治省にお尋ねしたいと思います。 それは選挙権の保障という重要な問題でございますけれども、いま御要望のありましたような在宅投票を復活さしてほしい。このことをぜひ早く実現していただきたいということでございます。これはいまでも病院、二十床以上の病院ではもう実施されておる。それが十九床の診療所になるとだめ。障害者、お年寄りも在宅の方で出られない方はだめ。こういうきわめて不当な差別が行なわれていることは御承知のとおりでございますから、これをぜひとも憲法の趣旨、精神に基づいて平等に政治に参加するという権利を保証する。これは政府の私は大きな責任だと思います。そこで、それを実行するという自治省側の態度でございますけれども、すでにきょうの自治省の見解でも明らかになりましたし、また予算委員会における大臣の答弁でも前向きで検討するということははっきり私たちも聞きました。そこで、私のところへもそういう意味の要望書が出ておりますけれども、この要望書の趣旨を十分に拝見し、その気持ちを私たちはくんでみますと、これは将来いつかやるというような問題ではなしに、できるだけ早い時期にできるだけ早くこの選挙権の行使を実行させてほしい。こういう要望であることは、これは当然だと思いますけれども、そこで、自治省にお尋ねしたいのは、もう六月には東京都では都議会の選挙ですね。来年は参議院選挙です。こういう選挙に向けて、初めてと申しますか、かつて障害者の方も持っておられたような投票権、在宅投票の権利を復活さしていただけるかどうか。これは何も選挙法を改正する必要は何もございませんから、まあ必要だというなら、予算措置を若干つけなくてはならぬ点があるかもしれませんけれども、これはやる気ならできる。やる気ならできることですから、ひとつ自治省も前向きの立場でやられるなら、東京都議会の選挙に間に合うようにできるのか。それとも参議院選挙に間に合うようにはぜひともやってみせますと、こういう御答弁がいただけるのか、その点だけお尋ねしておきたいと思います。
○政府委員(山本悟君) 先般お答え申し上げましたように、前向きの姿勢で検討していることは事実でございます。ただ、ただいまの御質問のように、いつまでということになりますと、なおやはり検討しなければならない問題が実はいろいろと先ほど申し上げました中身の中にかかえているわけでございます。一つは、従来の在宅投票のままでいいのかどうか。これはやはり一ぺんやりまして失敗したという経験は、経験として実はあるわけでございます。そのままでいいかどうか。さらに身体障害者の場合、この場合には比較的厚生省の法律関係等におきまして手帳その他の制度が整っておるように聞いております。しかし、在宅投票一般ということになりますると、そういうもののない分野も非常にあるわけでございます。まあ、そういったような範囲の問題、さらに諸外国の場合におきましても、郵便投票制度のあることは先ほどどなたか御指摘になりましたとおりでございます。そういうところで行なわれておることであるから、日本の場合に全く当てはまらないというようなことを申し上げるつもりは毛頭ございませんけれども、やはり管理、執行を担当いたします者といたしましては、制度的に確実な制度であるというような方向に持っていく努力はしなければならないことだろうと思います。さような意味で、やはりいろいろと検討しなければならないことが多分にあるわけでございますが、もちろんこの御要望のあることはよく存じているわけでございますので、まあ目の前に控えております選挙というようなことにつきましては、私どもとしてもいささかその前にということは申し上げかねるわけでございますが、次の大きな選挙までにということには、いずれにしろ結論はつけなければいかぬ、かように存じております。
○委員長(矢山有作君) 他に御発言もなければ、本件につきましては、本日はこの程度にとどめます。 参考人の方々に一言お礼を申し上げます。 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお聞かせいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、ここに重ねて厚くお礼を申し上げます。(拍手)
○委員長(矢山有作君) 委員の異動について御報告いたします。 本日、玉置和郎君が委員を辞任され、その補欠として塩見俊二君が選任されました。 本日はこれにて散会いたします。午後六時五分散会 —————・—————