決算委員会 第7号
- 発言数
- 164 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1973/05/09
会議録
○委員長(成瀬幡治君) ただいまから決算委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 去る四月二十四日、佐々木静子君が委員を辞任され、その補欠として鶴園哲夫君が、また昨八日、藤原道子君及び鶴園哲夫君が委員を辞任され、その補欠として森中守義君及び和田静夫君が選任されました。 —————————————
○委員長(成瀬幡治君) 参考人の出席に関する件についておはかりいたします。 昭和四十五年度決算外二件の審査中、全日空機と自衛隊機の衝突事故に関する件について、本日全日本空輸株式会社常務取締役中塚良太郎君の出席を求め、その意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(成瀬幡治君) 御異議ないと認め、さよう決定をいたします。 —————————————
○委員長(成瀬幡治君) 昭和四十五年度決算外二件を議題といたします。 本日は大蔵省とそれに関係する日本専売公社、国民金融公庫及び中小企業信用保険公庫の決算につきまして審査を行ないます。 この際、おはかりいたします。議事の都合により、これらの決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれも口頭報告を省略して、本日の会議録の末尾に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(成瀬幡治君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 それでは、これより質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言を願います。
○森中守義君 国家賠償関係につきまして、全日空の関係が非常に問題でございますから、あえて決算委員会で少しくお尋ねいたします。つきましては、策定をされているジェット・ルートについてですが、私の調査では、昭和三十六年十月三十一日、それから三十六年の十二月十八日、三十七年四月二十三日、三回にわたりまして事前通告及び決定通告、こういう三回にわたる運輸大臣もしくは航空局長の通達が、通告が米第五空軍並びに防衛庁長官もしくは防衛局長あてに出されておる ようです。このことは、この通達が現実に順守されているかどうか、あるいはそのことを運輸省が現認をしているかどうか、及びこの通達、通告によれば、ジェット・ルートの機軸線を両脇おのおの十六キロ、こういうように通達では規定をしております。これに対して防衛庁では、この十六キロをおかして、七キロ圧縮を加えて九キロにしている。この事実関係はどういうことになっておりますか。並びに運輸大臣あるいは航空局長が通告を出している十六キロを防衛庁は守っていない。そのことは両者の特別の取りきめによってすでに合意に達しているものかどうか、このことをひとつお答え願いたい。
○政府委員(内村信行君) ただいまの森中先生の御質問にお答えいたします。 先ほど先生御指摘ございましたように、ジェット・ルートの件につきましては、まず昭和三十六年の十月三十一日にジェット・ルートを含みまして、高々度管制というものをどうするかということについての実施方につきまして、こういうふうにしましょうということを防衛庁長官並びに米第五空軍にしております。それから、第二回目に昭和三十六年の十二月十八日、このときに必要なジェット・ルートの幅、いわば保護空域と申しますか、それについての通告をしております。それからさらに三十七年の四月二十三日にいままで申し上げました業務を実際実施するのは三十七年の九月五日にしようということにして、そういう通告をしております。それからなお十六キロと九キロ、これについては何らかの合意があったかというお尋ねでございますが、これは私ども管制上の一つの基準というもので防衛庁のほうにも言ってございますので、当然防衛庁においてもこれを念頭に置いていただいておると思っております。別に十六キロと九キロということについての合意はございません。
○森中守義君 そうしますと、運輸大臣、合意はないという航空局長の答弁ですが、しかし、大臣もしくは航空局長が航空行政の統一的な運用、統制に当たる立場から、機軸線を両脇十六キロなければならぬ、こういう一つの規定を防衛庁もしくは米第五空軍に指定をしている。これはどうして放置しておいたのですか。そのことがあらかじめわかっておったならば、当然運輸省は防衛庁に対しまして、九キロということはおかしい、どうして十六キロに直さないか、こういうことの指示をされたかどうか。また、この通告を受けた防衛庁では、当然運輸省が定めた十六キロを制限空域に当然なこととして順守すべきであったと思う。これが守られておったならば雫石事件は起きていない。だから、盛岡の地裁で起訴状では、全日空機を防衛庁機が撃墜せしめた、こういうきびしい実は起訴状の内容になっている。おそらく検察庁が起訴に当たりまして撃墜せしめたというきびしい表現を使ったのは、そういうことを意味していると思う。いかがですか。
○国務大臣(新谷寅三郎君) 私どもとしてはただいま政府委員から説明をしたとおりでありまして、このジェット・ルートの保護空域というのは十六キロということを示達しておるのでありますから、防衛庁においてはその示達を守ってくれておるものと考えます。事務当局間で何か合意があったかどうか、よく存じませんが、そういうことはないと私は考えております。 補足説明は事務当局からさせます。
○政府委員(内村信行君) ただいま大臣の答弁で全部を尽くしておると存じますけれども、あえて補足させていただきますならば、そういうふうなことでございまして、私どものほうから十六キロというものは一応管制上の基準でございまして、その間の十六キロ幅、片幅十六キロにつきましては、大体高度が上がりますと、やはりNDBとNDBの間を結んでまいりますので、やはりある一定の幅をもってその範囲内に飛行機が飛んでいるだろうというふうな想定に基づいておりまして、したがいまして、それは管制上の基準ではございますが、防衛庁としても当然そういうことを認識していただいてやっているというふうに考えております。特に法律上ジェット・ルートを自衛隊機が通っちゃいけないという規定はございません。ございませんけれども、やはり望むならば十六キロの幅、さらに一定のバッファーを置いたところで訓練をするということが望ましいのではないかというふうに私は考えております。
○森中守義君 確かに航空法上のそういう規定はありませんね。けれども、十六キロにしておかなければ危険である。安全運航を確保したい、その必要に迫られて運輸大臣もしくは航空局長が防衛庁及び第五空軍にそういう通告をしたわけですから、この限りにおいては私は正しいと思う。問題は、航空法にあるないにかかわらず、いわば一つの統制官庁として基準を示したわけですから、これに従わしめる権利がある。従う義務がある。守っていない。それがこの事故の最大の原因、これが第一点。 そこで、防衛庁はなぜ、運輸省が十六キロというようにしておるのに、九キロというように、七キロも制限をおかしたのか。もちろんあとで議論いたしますが、十六キロを九キロに縮める。しかも九キロに縮めておきながら、今回のこの事件では九キロをさらに五キロも侵犯しておる。機軸線に四キロまで接近しているのですよ。どういうことですか。これは責任の所在を、事件の核心をついていく上にはきわめて重大な問題だ。だから、運輸省のほうでも防衛庁が運輸省の言うことを聞かないで、十六キロを九キロにしたということを知っていたかどうか。知っていたとするならば、当然この通告に合わせるように指示をすべきであったと思う。私が仄聞したところでは、隈、市川両君も座学の場合においてこの通達は知っておった、事故調査委員会の喚問に対して、座学内に十二分にそのことは承知しておりました、こういう供述をしているようですね。だから防衛庁はどうしてこれを十六キロを守らないのか。運輸省は九キロを承知の上で、なぜ十六キロを守らせなかったのか、この辺の事実関係を少しく詳細にお答えいただきたい、両者から御答弁を願います。
○政府委員(内村信行君) ただいまの森中先生の御指摘、たいへん申しわけないと思いますが、私どもといたしましては、それまで九キロの幅でやっておるということは承知しておりませんでした。たいへん申しわけございません。
○森中守義君 航空局のほうでは、この通達というものが、第五空軍並びに防衛庁が隷下の全機関に対して趣旨の徹底をはかっていたという、こういうことを現認しておりますか、ただ通達の出しっぱなしですか。
○政府委員(内村信行君) はっきりと現認したわけではございませんが、先ほど先生のおっしゃいましたように、いわゆるパイロットの訓練の場合、座学においては必ずそういうものが教程の中に入っておるというふうには聞いております。
○政府委員(大西誠一郎君) このただいま先生が御指摘になりました十六キロの空域の問題でございますが、これは航空局長がいま御説明になりましたように、管制の方式基準の中に入っているものでございます。そこでこの管制方式基準と防衛庁との関係でございますが、航空法によりまして、運輸大臣の航空交通管制に関する権限の一部が防衛庁長官に委任をされておりまして、その委任をされた範囲内において運輸大臣はその業務の運営について、防衛庁長官を統制するという規定がございます。そこで防衛庁長官に委任されている業務は政令で定まっておりますけれども、飛行場を中心とする管制業務でございまして、いわゆるエアウェールートについての管制については防衛庁は委任をされておりません。 そこでただいま問題になっておりますところのジェット・ルートの管制につきましては、防衛庁ではなく、運輸省がこれを担当することになっておりまして、その担当するにあたっての基準が、ただいま十六キロと御指摘があった点にかかわってくるわけでございます。したがって、防衛庁といたしましては、もちろんこの管制方式基準というものを受けまして、これを関係の部署に徹底をいたしまして、それに従って業務をやっているわけですが、実際に管制の業務として、その基準を使っておりますのは、飛行場を中心とする管制について使っているわけでございまして、IFRでエアウエーを飛ぶ場合の管制方式基準については、防衛庁のパイロットが運輸省の管制に従うという性質のものでございます。 それから九キロの問題でございますが、これは防衛庁が訓練飛行を行なうにあたりまして、特に航空法ではジェット・ルートあるいはその周辺の空域に立ち入ることを禁じてはおりませんけれども、飛行の安全というものを考えまして、一定のジェット・ルートを基線とした一定の距離を制限空域といたしたわけです。なぜ九キロかということになりますが、これは航空路の幅が中心線から九キロになっておりますので、そういうものを参考にしてきめたわけでございまして、これは念のために自主的な規制を行なっているものでございます。したがいまして、この十六キロと九キロは直接対応するものではないというふうに考えております。
○森中守義君 そういうことを言っちゃいかぬよ。防衛局長かだれかくろうとを出したらどうだ。何を言っているんだ。あのね、航空法をもう一回読みなさいよ。なるほど防衛庁へ権限を委譲しておりますよ。しかし、この中で「運輸大臣は、前項の規定による委任により防衛庁長官が行なう業務の運営に関する事項を統制するものとする。」、何とこれを読むんだ、そういう意味で、運輸省はさっき私が言ったような通告を出している。守る義務がありますよ、これは。十六キロとか九キロ関係ないとは何ですか。そういう答弁納得できない。 それと松島分遣隊における訓練準則、この中にもややこれを受けたような個所がある。たとえば市街地の上空を通ってはならぬとかあるいは訓練空域、制限空域を守らにやならぬ、ちゃんとありますよ。いま参事官の言うような九キロと十六キロは質的に違うんだ——本気でそんなことを考えておりますか。航空局長どうですか。いま大西参事官が言うように、運輸省が通告をした、示達をした十六キロを受ける必要はない、それとはかかわりなく九キロつくったんだ、こういうことなんですが、いいですか、それで。
○政府委員(内村信行君) 確かに理屈から申しますと、これは先ほど来申し上げておりますように、これは管制の基準でございます。管制の基準としてNDBとNDBをつなぐ場合、高々度の場合には、大体NDBから、もう少し詳細に申しますと、百ノーチカルマイルまでの間には片側十六キロ、さらにそれが百五十ノーチカルマイルの点につきましては二十四キロというふうにしております。と申しますのは、やはりNDBの性能というものが高々度になりますと、そういった場合には広がりが大きくなってまいります、電波が広がって。したがって、そういったことを勘案して、安全作用として、先ほど申し上げましたような幅十六キロ、幅二十四キロ、そういうふうな基準を設けまして、ここでこの間に管制された飛行機というものが、大体まっすぐに行ってるつもりでもこの間にはいるんであるということを前提にして管制というものはしてある、管制上の安全というものをする場合にもそういうことを考えた上でやると、こういう意味でございます。したがいまして、先ほどの防衛庁の言いましたように、あるいはこれは性質が違うのかもしれません。違うのかもしれませんけれども、やはり私どもといたしましては、安全サイドから十二分にこれを考える場合には、これを下げていただくほうがベターであるというふうに考えておるわけでございます。
○森中守義君 これはしかし、航空局長、性質が違うというようなことでは、やっぱり問題残りますね。何のために、じゃ十六キロという通告を出したのか。その辺に問題があったならば、もう少しやはり両者は詰める必要があった。私は、運航の安全ということを考えますと、何としても、運輸省が通達をした十六キロというものは、安全運航のために、安全確保のために絶対不変のものである、そういう認識を航空当局も持つべきであるし、防衛庁も持つべきである。国務大臣、防衛庁長官、どうですか。どうお思いになりますか。事務当局の間では必ずしも十六キロ、九キロについて割り切ったような気持ちがない、そういうふうに言えるんですか、これは。
○国務大臣(新谷寅三郎君) 非常に専門的なものですから、詳細なことはわからない点があります。政府委員から答弁をしたとおりであると思いますが、ただ、これは、ほんとうに、十六キロだとか九キロだとかいう問題は、われわれ運輸省の立場としては、空の安全というところから見て十六キロがいいんだと思うから、そういう通告をし、指示をしているものに違いはないと思うのでありますが、ただ専門的に見ていろいろの議論があるとすれば、これはひとつ専門家の間で、事務当局間でもう少し煮詰めてみなければならぬと思いますけれども、私たちの態度としては、そういう航空の安全という点から見ると、やはり安全空域というものは十六キロがいいということはこれは当然のことだと思います。
○森中守義君 これは、防衛庁の政務次官ね、常にこういうことは、防衛庁側から、運輸省が出してきた十六キロがどうも合点がいかないということであれば、直ちに協議に入るべきですよ。いまはそんなことやっておりませんね。十六キロを示されてきた。それを、これは質が違うからということで九キロにしている。いわば、航空の安全について防衛庁は全く関心を持っていない、ために今回の事件が起きた。こういうように極言をして私はいいと思う。 だから、この問題につきましては、十六キロの示達をした運輸省も十二分に現認をして、防衛庁が守っているかどうか、また防衛庁が十六キロには承服しがたいということであれば、何をおいても航空の安全という立場から、専門的な角度からでも検討すべき問題ですよ。ただし、国民世論というものは、運輸省が言っている十六キロ、これは安全の専門的な立場から規定を加えたわけだから、当然なこととして防衛庁はこれに符節を合わすべきである。疑問の照会もしない。しかも航空安全に符節を合わせようともしない。こういう防衛庁の姿勢は、非難を受けてもしかたがない、その責任は免れない、こう私は思う。 それからもう一つ、これに関連しまして、高々度を飛ぶ場合、西から東、東から西へというように、それぞれ高度差がこれはついていると思う。これも通達の中にありますね。たしか千フィートの高度差をつけておったはずですが、その内容をちょっと航空局長からでも御説明願いたい。
○政府委員(内村信行君) これは通達ではございませんで、航空法にじかにある問題でございます。航空法の八十二条でもって「航空機は、地表又は水面から九百メートル」「以上の高度で巡航する場合には、運輸省令で定める高度で飛行しなければならない。」、こういうふうに書いてございまして、二万九千フィート未満の場合にはIFRとVFRの間に五百フィートのセパレーションをつけております。これは高度でございます。それから、二万九千フィート以上の場合にはそれぞれの間に千フィートずつのセパレーションをつけております。これが省令できまっております。したがいまして、これは通知をするとかしないとかいう場合じゃなくて、航空法がじかにきめている問題でございます。
○森中守義君 確かにいま御指摘のように、八十二条、巡航高度で高度差をつけねばならぬとなっておる。八十三条では、確かに、衝突予防のために万全の措置をとれと、こう書いてある。今回、市川機及び隈機はこの高度差を守っておりましたか。——守っておりませんね。これはどうですか。
○政府委員(大西誠一郎君) ただいまの御質問にお答えいたします前に、先ほどの九キロの問題について補足をさしていただきたいと思います。 簡単に申し上げますと、ジェット・ルート十六キロの空域というのはIFRとIFRの飛行機の関係を定めたものでございます。VFRにつきましては特別の規定はございません。もちろん先生がおっしゃいましたように、安全という点を考えた場合にはベターかどうかというような問題がございますけれども、この九キロというものは、IFRでございましたらこれはまさに通達に相反するということでございますが、VFRの飛行についての訓練空域を定めた場合の考え方として取り上げたものでございます。 それから、ただいまの巡航高度につきましては、航空法の施行規則にありますように、ジェット・ルートの中を巡航で飛行する場合には当然その規定は守らなければならないものでございます。ただ、たまたま今回の事故は、もともと訓練空域の中で飛行すべきものであったのが、それを逸脱をして、全日空機が飛行しておりました空域の中に入ったということでございまして、それ以前、逸脱をしたということが問題になるというふうに考えます。
○森中守義君 要するに、その十六キロという通達を受けたときに、やはり安全確保ということを防衛庁が少しでも考えるならば、質が違う違わないという問題じゃなくて、当然運輸省と詳細な協議を行なうべきであろうし、十六キロに合わすべきですよ。そういうことを考えていけば、防衛庁は、航空の安全については、無関心というよりも、特殊権益という思い上がりがある。その辺にこの事故の一つの端緒を見ることができると思う。これはひとつ大いに戒心をしてもらわなければいけません。 それから、いまたまたまその空域を逸脱をしておったということなんですが、これは率直にお認めになりますね。まあいま、認めたからこそ言ったわけなんだが、しょっちゅうそんなことをやっているんじゃないの。
○政府委員(大西誠一郎君) 自衛隊の航空機がその当日、教官機及び市川機が、予定をされておりました訓練空域から逸脱をしたという事実は、これはそのとおりでございます。 しょっちゅうやっているかどうかということでございますが、これは、私どもはそういうふうにやっていないというふうに考えています。
○森中守義君 運輸大臣間もなくお出かけのようですがね、ちょっとこの際だめ押しをしておきますが、運輸大臣としては、事故調査委員会の報告書を是認されますね。重ねての質問になりますが、もう一回ひとつ念のために決算委員会でお答え願いたいと思います。
○国務大臣(新谷寅三郎君) 報告書というものは、ああいう事故が起こりまして、結局その事故原因を探求するために設けられた委員会であると思います。その事故原因につきましては、この報告書にもありますように、ある部分は推定をしなきゃならぬ部分もあると思いますし、ある部分は、残ったいろいろの資料によりまして、大体こういうことであったというふうに書かれておる部分もあると思います。いずれにしましても、その結論に対しましては、これは専門家が長い間かかってそういう結論を、報告を出した。結論といいますよりも、報告を出したものでありますから、その報告はそのとおりであると私は考えております。
○森中守義君 運輸大臣、是認するということですね。
○国務大臣(新谷寅三郎君) そうです。
○森中守義君 けっこうです。 それで、あまり時間がありませんから次に進みますが、報告書の推定原因の第二原因のところで、全日空機は「訓練機を少なくとも接触約七秒前から視認していたと推定される」、こういう推定原因が出されております。これに対して防衛庁は、これもあとで問題にいたしますが、四十七年の十二月二十五日に質問書を出した。この中でこう言っておりますね。調査委員会は「十四時二分三十九秒に接触した」と推定をする。これに対して、防衛庁では、そうではないと思う、「十四時二分三十二秒」に接触したと思われると。こういうように七秒の差がある。これが意外に重要なポイントだと私は思っている。これについて航空局の——むろん防衛庁は、これを解体をして存在しない委員会に突き出しているんです。これはあとで問題にしますがね。けれども、航空局の専門家では、はたして三十九秒が衝突の瞬間であるのか。つまり、運輸大臣はいま、この調査報告を是認すると、こう言われた。その限りにおいては調査委員会の三十九秒説を運輸省は是認さるべきであると思う。しかし、防衛庁は三十二秒じゃないかと、こう言っておる。この七秒差を一体どう解釈しますか。調査委員会の推定原因と防衛庁の判断には七秒の差がある。これは非常に重大な問題です。どういうようにお考えになりますか。
○政府委員(金井洋君) ただいまの御指摘のまず第一の是認するかどうかということですけれども、先ほど大臣からも答弁がありましたように、運輸省としましては、衝突時刻は推定二分三十九秒ごろであるという委員会の結論を全面的に是認いたします。 それから次に、防衛庁が主張されておる七秒前の三十二秒ではないかということについては、三十二秒と三十九秒のいずれかということについては、非常に大きな差があるわけですけれども、もし三十二秒ということであれば、これは事故調査委員会としてどういうふうな結論なり推定なりをしたかということは、私は直接聞いておりませんけれども、三十二秒ということになれば、周囲を監視する時間的余裕が三十九秒よりは少ないということが言えます。三十九秒に衝突したという推定に対して、もし三十二秒に衝突したという推定が可能であるとすれば、それは三十九秒に比べて三十二秒のほうが全日空のパイロットにとって周囲を監視する時間的余裕が少なかったということは一般的に言えるのではないかと思います。
○森中守義君 非常に正確な証言で、私もそうだと思う。そうなると、もう一つ話を先に進めますが、防衛庁が、さっき申し上げたように、四十七年の十二月二十五日、この日に三項にわたる質問書を調査委員会に出しております。調査報告書が出たのが四十七年の七月二十七日、約五ヵ月経過しておりますね。これは防衛庁といえども——もちろん調査委員会が任務を終了し、解散をしている。つまり答えをする相手がいない。相手がいないことを承知でなぜこういう質問書が出たのか。その意図は何なのか。答弁は求めなくてもよろしい、ただ防衛庁の立場を表明をし、そこで責任を回避するという材料に使おうというきわめて悪意ある意図があったというように類推をしてもしかたがない。他面、調査委員会の設置を、しかも報告を求め、閣議の了承を得たという総理府が、総務長官が媒介したということは一体どういう意味ですか。しかも十二月の二十七日以降相当の期間が経過しているのに、この質問書というのはどう処理しようとするのか。具体的にいえば、もう一回山縣さんをはじめ五名の委員を、この質問に答えるために委員会を再編をさせるのか。さもなければ、防衛庁に、これは相手がいないのだから質問書を出してもしようがないじゃないかということで返すのか。まあしかし、これは私が言う前者の、もう一回山縣委員長以下、防衛庁の質問に答えるために委員会を再編するということはとうてい考えられない、できないことでしょう。そうかといって、山縣さんはじめ個々の委員から個別見解を求めても、五名の人が合同して調査をし、合議して結論を出したわけですから、やはりこの答えというものは五名の合議によらざるを得ない。これが大体筋だと思う。だから、このことを考えると、なぜ総理府は、相手がいないじゃないか、閣議も了承しているのだ、いまごろこういうものを五ヵ月間も経過して出そうという防衛庁の不見識、非常識を非難をしながら、これを抑制しなかったのか。この責任はきわめて大きいですよ。どういう措置をとろうとしますか、これで。とうてい私は理解できない。国の機関が、相手がないことがわかっているのに、わざわざ文書をつくって、これこれの疑問がある、答えてくれ——できますか、そういうこと。その当時は総理府は、もう一回受け取ってひとつ返事をもらおうとまともに考えたのですか。そういう経過並びにどういう方法でこれを処理しようとするのか。まあこの内容が、さっき申し上げたように、三十九秒・三十二秒の問題が一つの中心です。あとルートに入ったとか、見張りの義務がある、ないということを言っておる。けれども、この質問書で感ずる限り、運輸省通告の十六キロをかってに防衛庁は九キロに、せばめたものにし、しかもその防衛庁が制限した九キロを五キロもおかして中心線四キロまで侵犯した。高度差などはつけていなかった。そういう重大な問題については全然防衛庁は知らぬふりをしている。むろん防衛庁はこういう質問を出すことによってみずから侵犯したことが免責になると思っているのですか。免責を一応前提に置く、ないしはこれを法廷等における一つのたてにする、こういうような悪意の措置であったというように私は理解する。よって、防衛庁が出した理由、これを媒介をした総理府の見解、宙に浮いてしまったこの質問書をどう処理しようとするのか、きょうはひとつ正確にお答え願いたいと思います。
○政府委員(小宮山重四郎君) いまの森中先生の御質問は、総理府は八月の初旬に事故調査委員会を解散したのになぜ防衛庁の質問書を受け取ったのかという御質問でございますけれども、これについては昨年の九月に航空安全推進会議のほうでも質問書を提出いたしておりますし、また十二月に先生の御質問の防衛庁の質問もございます。委員会は解散いたしたとしても、その後山縣元委員長に、こういう事項についてこういう要望があったということの伝達をする義務が総理府にはあるかと思います。そういうことで私のほうとしては取り次いだわけでございまして、質問に対して答えるか答えないかは山縣元委員長の問題であって、私たちとしては、こういう報告書をつくった元の委員の方々に、こういう疑問があったのですよということの伝えだけはお取り次ぎした次第でございます。
○政府委員(箕輪登君) 調査委員会が調査報告書を作成した後直ちに解散いたしましたことは先生も御承知のとおりだと思いますが、防衛庁も当事者の一人として報告書の内容をしさいに検討いたしまして、若干日数はかかったのでありますが、その中で先生御指摘の不分明な点が二、三ございましたので、これを明らかにしたいという考え方で山縣前委員長に照会を申し上げたものでありまして、お取り次ぎを総理府にお願いをいたしまして、私どもは何らかの回答が得られるんではないだろうかと思ってお願いを申し上げた次第でございます。
○森中守義君 そういうことを前々からずっと言われておりますけれども、だれが考えてもまともじゃないですよ。大体事故調査委員会というのはそれじゃどういうつもりで総理府はつくったのですか。つくるときに、当事者間において疑問があれば、相当の期間を置いて、この期間内に質問をしなさい、あるいは受理してくれ、そういう話でもしておるなら別です。しかし在来の航空事故で随時設置される事故調査委員会ではそういう例がない。例がないということは、権威あるしかも識見の豊富な代表によって調査が行なわれた、まあいわば最高裁等の判例にも準ずるようなそういう値高いものであるという、そういう認識が、航空事故調査委員会の一つの定見でありませんか。諸外国でもそういうことを例にしておる。だから、事故調査委員会では審判ということがないんですよ。承知の上でそういうのをつくっておきながら、しかも五ヵ月間経過していまさらのように質問を出す。もともと不見識のそしりを免れませんね。それが一つ。 それと、閣議が了解をした、その際に、防衛庁の長官は閣僚の一員として、防衛庁は承服するかしないかということについては検討したい、そういう意見でも述べたことがありますか。しかし、私が聞く限りでは、閣議は、総理以下全閣僚が満場一致でこの報告書を了承していると聞いておる。ということになれば、防衛庁は閣議の了承・了解というものをくつがえしたことになる。結果的にはそういうことになるでしょうね。そういうことが今日の内閣のもとにおいて許容されるかどうか。もともとおかしいじゃないですか。この二点について、もう少し正確にお答えいただきたい。 それと、総理府はこれをどういうふうに処理されるのか。十二月の二十七日に取り次いだものが、早くも小半年たとうとしておる。山縣さんに「どうでしょう」ということを言ったためしがないようだし、そうかといって、防衛庁に返そうという意思もないようである。山縣さんに聞いてみても、個人としちゃ答えられませんよ。防衛庁のねらいもそこにあるわけです。回答は返ってこない。けれども、言いたいことは表に出しておく。事実上調査報告を是認をしない。そのことが、刑事訴訟並びに民事訴訟いずれの場合もこれを争点に立てよう、相なるべくは責任の回避をしよう、こういう道具に使っておる。百六十二名の犠牲者に対してこういう不見識なことで済みますか。許されません、こういうことは。どうですか。
○政府委員(箕輪登君) 先ほど先生の御質問の中で、事故調査委員会が解散してもうなくなったあとで、しかも、だいぶ日数が過ぎてからこういう質問書を出すということはけしからぬじゃないかという趣旨の御発言があり、その際、こういう前例はないじゃないかというお話がございましたが、私はその前例があると聞いております。これはあとで大西参事官から御説明をさせていただきたいと思います。その前例に従って御質問を申し上げたわけでございます。 また、閣議で了承された、その閣議の中には防衛庁長官もいたじゃないか、それを了承しておきながら防衛庁が質問書を出したということはおかしいじゃないかという御質問の趣旨だと思いますが、閣議了承と先生おっしゃるわけでございますが、その後、当日、すなわち、去年の七月の二十八日の閣議の模様を私どももよく調査いたしました。調べたのでございますが、当日は、この調査報告書が閣議の席上で配付されまして、配付したときに、総理府総務長官から発言がございました。その発言は、先生も御承知だと思いますけれども、推定の原因、報告書が示している事故の推定原因並びに今後の航空交通の安全を期するための必要な勧告が行なわれているわけでありまして、そういうことが書かれた報告書ができましたということを報告いたしておるわけであります。その総務長官の発言を了承したということでありまして、当日その内容についての質疑、討論というものは閣議の席上では一つも行なわれておりません。すなわち、総務長官の発言を了承された、書類は参考書類として報告書が配付されたというだけのことでありまして、その点を先生に御報告申し上げる次第であります。 大西さんから前例のことがございますので発言を許していただきたいと思います。
○政府委員(大西誠一郎君) 従来、大きな航空事故が起こりましたときに部外の専門家に調査を委嘱をするという例が幾つかございますが、その場合に、調査団なり委員会が調査を終わりまして解散をしてしまう。そのあと関係者がやはり疑問に思う点につきまして……
○森中守義君 簡単に、時間がないから。困るよ、そんなに長々言われちゃ。
○政府委員(大西誠一郎君) ……照会をするということが、昭和四十一年の727の事故及び最近の「ばんだい」号の事故についてあるように思います。
○森中守義君 727や羽田、どういう意味かね、全然あとがわからなかったよ。前例があるという説明のようだったけれども、その二つに前例があったと言うの。もう少し正確に言ってごらんよ。
○政府委員(大西誠一郎君) 昭和四十一年の二月四日羽田沖で墜落をいたしました全日空機の事故調査と、それから昭和四十六年七月三日函館付近の山中に落ちました「ばんだい」号の事故調査につきまして、調査報告書が出ましてから、運輸省当局を介しまして当時の委員長に照会がなされている、そういうことであります。
○森中守義君 航空局長、これは事実ですか。そのときどういう扱いしました。
○政府委員(内村信行君) それはおっしゃるとおりでございます。と申しますのは、そのいずれも疑問点がございました場合には、臨時に委員会を つくりまして事故調査を実はやる。事故調査が終了後は、その調査結果を発表いたしまして解散してしまうということでございます。したがって、一般の方々はその調査報告書を読むまでは内容がわからない。したがいまして、その報告書を読んでみると、こういう点に疑問がある、こういう点に疑問があるというふうな方々もなきにしもあらず。そういう方々がこういう点についてはどうなんでしょうか、こういうふうな疑問を提出されてきた場合もございます。そういった場合には、私どもといたしましては、とかぐ事故調査というものは非常にむずかしいものでございますが、なるべくよその方が御納得いただくことが必要だろうというふうなことから、便宜かつての委員長ないし委員の方々に御相談申し上げて、こうこうこういうふうな事故については私どもはこういうふうに考えたんでございますよというふうな説明を口頭あるいは文書をもってしたということがございます。
○森中守義君 そうすると、防衛庁はいま参事官が言っているように、先例を一つの基礎にして出したということなのか、それとも追及をされてあわててそういう先例を拾い集めたというのか、どっちですか。それが一つと、総理府のほうもいま航空局長が答えたようなことを承知の上で扱ったものか、それならばどういう処理をしようとするのか、その辺はどうですか。ちっともはっきりしないよ。
○政府委員(大西誠一郎君) 最初の点でございますけれども、まず防衛庁が報告書を読みまして疑問点について照会を出した趣旨は、防衛庁は事故の当事者であります。それからさらに防衛庁自身が航空機を運用する立場にございます。したがいまして……
○森中守義君 いや、簡単に言いなさいよ。聞いたことに答えたらいいんだよ。長々としゃべるな。時間がないんだよ。
○政府委員(大西誠一郎君) 今回の事故に対して航空安全推進会議が総理府に質問状を出したということは、承知をいたしております。 それから、全日空羽田沖のときにも同様のことがあったということは承知いたしております。
○森中守義君 それをどう処理するの。
○政府委員(須藤博忠君) 昨年委員会を解散したわけでございますが、私どものほうといたしましても、ただいま運輸省が申し上げた先例というものも当時知ってはおりましたが、むろんそういうことも念頭に置きつつ、この委員会解散後にいろいろ質問が出てきたわけでございますが、もちろん先例も参考とはいたしましたが、総理府は総理府といたしまして、まあ上司とも相談の上、こういうような措置をとった次第でございます。で、この質問書の結着につきましては、また上司なりもとの委員の方とも今後十分御相談したいというふうに考えております。
○森中守義君 だから、どう処理する。その答えがないんだよ。これはね、いまそういうそれぞれ答弁がありましたがね、たとえば「ばんだい」号とか、あるいは松山事故とか、こういう事件とこれは質的に違うということだ。私も多少記憶にあるんだけれども、当時は原因の究明がきわめて困難であった。しかし、推定されるものはパイロットのミスではなかったか、まあこういうことがケースとしては印象にある。しかし、この場合は、事故調査委員会は結論としてきわめて明確になっている。そういったように、事件の実態が過去の事故とは本質的に違う。しかも、盛岡地裁に、先ほど言うように、訴訟に展開をしている起訴状によれば、撃墜せしめたと、こう言っている。問題の内容が質的に違うんだという、こういう認識を持つ必要がありますよ。 よって、総理府は防衛庁から受け取っているんだから、中に入ってどうしますか、この処理を。山縣さんに一回も会ったことないじゃないか。防衛庁に返そうという意思もない。ただ宙ぶらりになっている。どうするんですか、これを。どう処理しますか。防衛庁はどうする、これを。内容は、しかし訴訟等では確かに防衛庁はこれによって何がしかの責任をのがれようという意図がある。そういう材料に使っている。だから、極端に言うならば、総理府も防衛庁のそういう悪意ある意図に手を貸しているということになる。百六十二名の犠牲者に背を向けているということになりますよ。手を貸していると言われてもしようがない。どう処理しますか、これを。
○政府委員(小宮山重四郎君) この問題については、総理府といたしましては、山縣元委員長あるいは総務長官、運輸大臣、防衛庁長官ともう一度協議をいたしまして、結論を見たいと思っております。
○森中守義君 まあそういったように協議をしてなんて言われるんだけれども、調査報告が出て五ヵ月目、しかも質問書が出て早くも五ヵ月、こういったように時間をかしてどうしますか。官庁機構というのはそれでいいんですか。もうこの問題で私が一、二回お尋ねしてどのくらい期間がたっている。いつまでにこれは処理するんですか。まあしかしそれはいま協議をしてきめたいと言われるから、はっきりしてもらいましょう。 それから、いまのことについては、こういう措置をとったということをきちんと委員会に報告してくださいよ。聞かなければいつまでたってもほったらかされてはかなわない。約束できますね。
○政府委員(小宮山重四郎君) 仰せのとおりにいたします。
○森中守義君 それから、国家賠償の問題ですが、これは、防衛庁と全日空それぞれにお聞きしたいのですけれども、四十六年の八月三十日、全日空の若狭社長から防衛庁の田代一正経理局長あてに書簡が出されている。この中で、「弊社は遭難者ご遺族のために一日も早く補償の問題が解決されることを望むものでありますが、本件については、その事故の内容に鑑み貴庁において交渉の窓口となられるよう、よろしくお願い申し上げます。」、こういう書簡が出ておる。そこで、いままで出された往復書簡の中で防衛庁はこう言っているのですね。「貴書簡に……「貴庁の強いご要求によりやむなく「交渉の窓口」という表現に至ったにすぎない」とありますが、乗客ご遺族の補償問題は、賠償責任が明確になるまでの間、とりあえず当庁が交渉の窓口となって処理したものであること及び当庁が交渉の窓口となることについては貴社から当庁に依頼されたものであることは熟知の筈であり、貴書簡の表現はまことに理解に苦しむところであることを申し添えます。」、こういう両方で書簡上の言い合いがなされている。これは、全日空の場合ですね、防衛庁に窓口になってくれということを依頼をされた真意というものはどういう意味であったか。つまり、あとでまた申し上げますけれども、当然民法上の求償権は留保されてけっこうだと、とりあえず防衛庁が窓口になってくれという意味であるのか。当時の経緯からして全日空には責任がない。当然防衛庁がこういうものを処理すべきであるという認識に立っていたのか。つまり、求償権の留保というものをお考えになったかどうか。それと、この往復の中では、全日空は逆に防衛庁が窓口になるように何か話をしてきたというような文書もある。その辺の事実関係どうなのか。防衛庁が全日空に窓口になってくれるように文書か何か出してくれと言ったからこういうものにしたのか。あるいは、防衛庁が言うように、非常に強い要求として全日空から防衛庁に窓口になってくれと、こういう主張であったのか。その辺の事実関係をちょっとお話し願いたい。防衛庁人は変わっておるのです。経理局長変わっておりますからね。
○参考人(中塚良太郎君) いま先生の防衛庁と全日空の窓口の問題ですが、実は当社といたしましては、防衛庁のほうからひとつ文書がほしいというお話が最初あったわけです。その辺のいきさつを少し申し上げますと、事故が起きましたのは、四十六年の七月の三十日です。それから約一ヵ月くらいたちまして、八月の二十五日に武道館で合同の法要がございまして、その翌日の実は二十六日でございますが、当時の経理局長の田代経理局長、この方から呼び出しがありまして、当時この問題の処理を担当しておりました松下常務——私は去年の六月から引き継いでおりますが、松下常務がそこへ参ったわけであります。その結果、田代局長からのお話では、防衛庁のほうとしては早く御遺族の方々に賠償を行ないたい、しかしながら、これはやはり、全日空のほうからそういう依頼の文書がほしいというふうなことがあったわけです、率直に申し上げますと。 そういうことで、当時としては私どものほうには全く責任がないということで、田代局長のほうにも全日空としてはそういう文書は書けない、こういうふうに申し上げたんですが、防衛庁としては、大蔵省あるいは法務省等の予算を取る上において、やはりそういう手紙がないと非常に困るというふうなことがありまして、当時の事情といたしましては一刻も早く乗客の皆さま方に、そしてその御遺族の方々に早く支払いをしてほしいという気持も確かに当時の事情としてはございました。しかしながら、われわれがそれを賠償するということは全くその当時は考えてなかったわけですが、そういう客観情勢もありましてこういう文書をつくったわけです。その文書の中にも、最初は実は事故の内容にかんがみ防衛庁が窓口になられるのが至当と考えるというふうなことを文書にちょっと書いたこともございましたが、しかし、やはりこれでは困るというふうなお話もございまして、いま先生がおっしゃったように、内容としては四十六年の八月三十日の文書では、「その事故の内容に鑑み貴庁において交渉の窓口となられるよう、よろしくお願い申し上げます。なお、上記に関し将来弊社にも万が一……万が一と書いてございますが、万が一……法律上の賠償責任の所在が分明となった場合はお話し合いさせていただきたいと存じますので、この旨申し添えます。」という文書を出したわけです。そういうふうにして、当社といたしましては、初めはこういう文書を出すつもりは毛頭なかったわけですが、やはりこういう文書を出してもらえないと、御遺族の方に支払えないということで、当社としてはやむなく出したというような次第です。その後ずっとこの「窓口」のほうはときどき問題になって多くの文書が出ておりますが、当社からのその後の文書の中にも、貴庁よりの強い申し出によって窓口になってほしいということを申し上げたということを別の文書にもそれは書いてございます。 以上です。
○政府委員(小田村四郎君) ただいま森中先生御指摘のとおり、私当時在庁しておりませんでございましたので正確なことをお話することはできないわけでございます。ただいま、中塚常務がお話になったことについて、事実の経過としてこれを否定するつもりはございません。ただ、当時の状況といたしましては、乗客の方々に過失がないということはこれは明らかでございます。したがいまして、御遺族に対する補償を一刻も早くいたしますためには、どこか窓口になるべきであるということで一つ問題があったわけでございますけれども、今回の非常に航空史上最大という事故に関しまして、政府が窓口になるべきであろうと私どもも考えたわけでございます。で、「交渉の窓口」という表現を使っていただきましたのは、いまだに当時といたしましては事故原因を調査中でございまして、原因の解明は行なわれていないという状況でございましたので、はたして過失責任がいずれに属するかということはわかっておりませんでした。したがって、そのような状況において、いずれかが払うとすればこれは窓口ということばを使わざるを得ないということでございまして、その点ただいま全日空のほうからお話がございましたように、全日空とされましてもその点に御同意をいただいたと見ております。その結果、この文書が全日空から防衛庁あてに発せられたということと存じます。
○森中守義君 これはね、往復の文書等ずっと読んでいけば、四十七年、経理局長がかわるまではかなり穏やかな文書のやりとりです。そのあと急激に変化しているわけです。これは、読んだだけでも、にわかに何か様相がおかしくなった、そういう印象を受けますよ。 それと、人がかわっているから正確でないということのようだけれども、いま全日空からのお話をもう一回前任者によく聞いてごらんなさい。不正確な答弁じゃ困る。想像でも困る。私は、いまの経理局長の答弁は、そういう意味では必ずしも信憑性があると思わない。 それが一つと、よしんば防衛庁が言っているように、全日空が窓口になってくれと言ったから窓口になった、しかして、国家賠償法の適用を行なったということは、窓口になってくれといったから国家賠償法の適用で犠牲者に支払ったという意味であれば、これをそのまま理解していくなら、そういうこと以外にない。そうなると、賠償法の適用は、少なくとも公権力の行使云々ということがちゃんと規定されている。賠償法適用の原則というのは確立されているんですよ。それなのに、要件の不十分な状態、満たされない状態で賠償法の適用というものができますか。 大蔵大臣、予備費からこれは出ておりますね。賠償法の適用の要件、予備費承認の要件というものは、ちゃんとこれは財政法以下会計法に至るまで一つの要件がある。賠償法一条が確立されたものとして現存するのに、これを根拠に賠償法が発動されたのか、単にいま全日空及び防衛庁両方から言われたような、まあその真偽はこれからまたただしていかねばなりませんけれども、一歩譲って全日空から窓口になってくれと頼まれたから、それで防衛庁が支払った、その財源は予備費である、しかも支出の根拠は賠償法であるということになれば、きわめてこれは不確定な要素のもとに出されたということになるわけですね。そういう簡便な扱いで賠償法の適用及び予備費の支出ができるものですか。どうでしょう。
○国務大臣(愛知揆一君) 賠償は御指摘のとおり国家賠償法によって規定されておりますから、それに該当するかどうかという問題、これが御指摘の点だと思います。これはしかし、国か、あるいは私は裁判の結果あるいは事故究明の結果というものにあえて触れませんし、それについて意見を言うわけではございませんが、少なくとも国の、どんな場合であっても共同責任であるということは否定できないと思います。事故の原因究明がどうあろうともですね。したがって、その事故の原因の究明がどういうことになるか、それから裁判の結果がどういうことになるかということは、いまだわからざる状況でありますから、その進展いかんによっては、法律論としては全日空と国との間の求償権の問題というものが起こり得る可能性はございましょうけれども、いずれにしても国の、どんな場合であっても共同不法行為であるということだけは断定していいのでありませんでしょうか。そういう点から申しまして賠償法第一条の規定に該当する。したがって、またこれは当時の遺族の方々の状況を思えば、一日でもすみやかに支払うべきものは支払うということで予備金を支出するということは、私はむしろ政府としては当然の義務ではないかと、こう理解してしかるべきものだと、私はかように考えます。
○森中守義君 大蔵大臣、支払いが不当であるとか不法とは言っていない。なるほどいろいろ見てみますると、これはやっぱり出し得る要素は十分ありますよ。ただし、国家賠償法で出すものはきちんとした一つの確立された条件があると、そのことを踏まえて出したのかどうなのかと、こう聞いている。それといまお話の中に、共同不正行為というものがあるというお話ですが、正確にやはりそういったようなお考えをお持ちなんですか、ちょっと重大な問題です。
○国務大臣(愛知揆一君) まず第一に、これは乗客に責任がないということははっきりしているんですね、これだけはもう非常にはっきりしていることではないでしょうか。そしてその遺族に対して、そして加害者が国か全日空かこれは争いのあるところかもしれません。しかし、私はそれに対して意見を言うわけではございませんが、それは意見は慎むべきことであるし、言うべきでありませんけれども、しかし、賠償とか予備金の支払いとかいうことに関する限りは、少なくとも国が共同責任を負うべきものであると。しからば防衛庁が窓口になり、そしてその要請を受けて予備費を支払うということは、私は当時の国の立場としてはむしろ当然であったのではないかと、こう思いますし、法理的に言いましても、賠償法の適用の対象にすることは一向——少なくとも不当ではないと、私はかように考えます。
○森中守義君 もう時間がきましたのであと一、二問で終わりますが、防衛庁の場合ですね、今回のこの質問書がどういう処理になるかは、さっき総理府のほうからできるだけ早く協議してきめるとこういっているが、それを期待することにいたしますけれども、あくまでも仮定のものとして調査委員会がこのことを、防衛庁が言わんとすることを全部容認をしたとした場合、この事件について免責になり得るという、そういう考え方を持っておりますか。
○政府委員(箕輪登君) 何分にも先生御承知のとおり、ただいま訴訟中の問題でありまして、防衛庁としてはなるべく早くその過失責任というものを法廷の場で明らかにしていただきたいと思いますし、また先生のいまの御質問は仮定の質問だということでございますが、いまそういう訴訟中であるということでございますので、私どもは御答弁を差し控えたい、かように考えるわけでございます。
○森中守義君 答弁にならないね。こういう事件については国会においてでももちろん黒白をつけ得る、つけねばならぬ責任がある。法廷だけがすべてではありませんよ。ですから、いまはその訴訟が進行中だから言えないということなんだけれども、これは皆さんは信じているんでしょう。これをかりに調査委員会のほうでそのとおりだとかりに答えがあった場合に、この事件として防衛庁は免責になると思っているかどうかと、こう聞いているんだからお答えしなさいよ。免責になろうという意図、があるんじゃないか。
○政府委員(箕輪登君) ただいまもお答えいたしましたとおり、訴訟が進行中でございまして、私のいま先生に対する質問に答える答弁が、やはり訴訟に影響いたしますので、答弁を差し控えさしていただきたいと思います。
○森中守義君 それじゃもう少し聞きますが、ジェットルートを侵したということ、高度差をつけなかったということ、そういうこの問題の前にある重大な過失についてはどうなんですか。その責任を認めますか。むしろ、私は端的な言い方をすると、こういったようなことは二次的なもの、三次的なもの、ちゃんと守るべきことを守っておれば、事件は起きなかった。そのことはたな上げにして、ほかのもので異論がある、その余のことで責任をのがれよう、そういう防衛庁の考え方が理解もできないし、国民の支持を受けないであろう、社会の糾弾を受けるであろう、まあこういうことを言っているわけですよ。事件を発生せしめた、百六十二名の命を奪い取った、民間機を撃墜せしめたというそもそもの責任は感ずるのか感じないのか、こう聞いているわけです。どうですか。そのくらいのことは言えるのじゃないか。
○政府委員(箕輪登君) 先ほども大西参事官からお答えいたしましたが、訓練空域を逸脱したことは、これは認めておりますし、私はきわめて遺憾であると考えております。したがって、全くの責任がないんだ、責任を回避しようというような考え方ではございませんで、先生が先ほどからおっしゃっておりますが、防衛庁は悪意に満ちて、(「そのとおり」と呼ぶ者あり)そうしてこういう質問書を出したのだ、こういうことであるならば、全日空と相談をして窓口に防衛庁がなろうというような発想は生まれてこないと思います。決して悪意に満ちてそうしてその質問書を出したということではないことを、先生にお答えをしておきたいと思うわけでございます。
○森中守義君 それははなはだ了承しかねる。最初の、前段の場合においてはややそういったようなことが言えたでしょう。つまり、田代という当時の経理局長が、一応、全日空並びに防衛庁が百万円ずつの補償金を仮払いというのか、前渡金というのか出した。あとで、田代局長のそのことを含めた——賠償法を適用されたあとですね、全日空の書簡に答えて、調査報告書が出たあとでいろいろと話し合いをいたしましょうと、このくだりまではわかる。ただし、全日空のさっきの説明からいけば、窓口にどちらがなるのか、むしろ防衛庁から、なってくれるように表現をしてくれというような話があったという、こういうことなんですよ。だから、その時点までは責任を感じ、しかも世論の袋だたきにあった防衛庁のあの状態というものから、それはわからぬでもない。けれども、小田村経理局長になったあと、最後の文書などでは、いま責任をのがれようなどという意思はないと、こう言われるけれども、ありありとそういう意思が出ている、これににじみ出ておりますよ。抗弁しますか、それでも。 まあ書簡の問題は時間もないからいずれかの機会にしましょうけれども、要するに、この質問書は、何としてでも免責を一つの目標に置いておる。さもなければ、法廷論争でこれだけのことを防衛庁としては言いたいことがある、そう言わんばかりのことなんですね。 だから、そもそもの根本的な主因、原因というものをどっかに置き忘れてしまって、枝葉末節のことで責任をのがれようというふうなことは許されないと私は言うのですよ。ジェットルートを侵した、十六キロ、九キロ、さらに五キロも中に入ったのを認めるということは、責任を感ずる、それがすべての責任に帰属するということにはならないのですか。私はそのことがすべての帰属になると、こう思うのですがね。もう一回重ねて、ジェットルートを侵したということは責任がありますと言い切れるかどうか。ただ認めるというのじゃ意味がない。すべての責任は防衛庁にある、百六十二名の命を奪ったのは、人殺しをやったのは防衛庁ですと、少し正々堂々と言っておくべきじゃないですか、どうですか。
○政府委員(箕輪登君) 先ほども私がお答えいたしましたとおり、隈・市川機が、準則に定められておりますところの飛行訓練空域を逸脱してああなったことにつきましては、このことがひいては事故につながることはまことに遺憾でございます。遺憾であると考えておるわけでありますが、この件の法的評価の問題につきましては、先ほども申し上げましたとおり、現在訴訟が係属中でございますので、裁判所における公正な判断に待ちたいと考えているわけでございます。
○森中守義君 これも仮定のことになろうかと思いますが、もし盛岡地裁で刑法百二十二条がずばり適用される、航空法侵犯が判決として下った場合、控訴するのですか。なお争いを続けますか。それから法務省は見えておりましょうか、法務省——控訴するかどうか、そのことをお聞きして質問を終わりましょう。答えてください。
○政府委員(箕輪登君) これは先生も御承知だろうと思いますが、現在係争中の裁判は、隈、市川両氏個人が訴追を受けているわけでございまして、防衛庁としてそのような判決が出た場合にどうするこうするということについては、これは個人が、隈、市川両氏が決定することでありまして、お答えすることはできません。
○森中守義君 あのね、たいがい政務次官、とぼけないでまともに答えなさいよ。まだ隈、市川両被告は、自衛隊という組織の一員でしょう。自分の飛行機を使ってやったんじゃないのですよ。そういうばかげたことを言うもんじゃありませんよ。それならば、いま、たとえば弁護士を依頼するとかいろいろな訴訟費用等は、隈、市川両被告が出しているのですか。何を言うのですか。なるほど、被告は隈、市川両名でありましょう。しかし、検察庁が防衛庁を相手取って起訴していないわけだから、そういう裁判の手続においては明らかに隈、市川ということになるでしょう。しかし、個人市川、個人隈じゃありませんよ。その背景、その立場、その地位、しかも遂行した任務、そういうものから考えまして、個人がやったのだから防衛庁はあずかり知らぬ——前言取り消しなさいよ。その背景というものは、その地位、立場というものは、防衛庁ですよ。それは私も、隈、市川個人がやっているというならこういうところでこんなことを言いませんよ。何を言いますか。訂正しなさいよ、ばかばかしい。
○政府委員(箕輪登君) ちょっと誤解をされたようでありますが、(「誤解してないよ、言い方が悪い」と呼ぶ者あり)決して防衛庁は責任をのがれようということでただいまのような答弁を申し上げたわけではございませんで、御承知のとおり、隈、市川両氏が訴追を受けているわけでありまして、いま防衛庁が、そういう判決が出た場合には控訴するのかという質問については、隈、市川氏とやはり相談をしないというと、判決が出た上でないとこれはお答えすることができないという趣旨を申し上げたわけでございます。
○和田静夫君 大蔵大臣は外国へ行って、いらっしゃらなかったんですが、去る三月二十六日の参議院の予算委員会で、三光汽船の社長の河本敏夫さんの昭和四十三年から四十六年までの三光汽船株保有による手取り配当所得が一億六千三百八十四万円であったのに、彼が芦屋税務署に申告した配当所得はわずか三百七十万円にすぎないという問題を実は取り上げました。そしてここに脱税行為があったのではないだろうか、あるいはなかったか。国税庁からはいま指摘のことを前提とするならば、脱税行為が成り立つでしょうというような形のことで、確たる御返事はいただけません。なお国税庁の側はこの問題について調査を進めている、こういう段階でありますから、なお調査結果が出るまでにはかなりの時日を要するでしょう。ただそのときにはっきりしたのは、国税庁側から言われたことによれば、河本さんが三光汽船の株を借金買いをし続けた場合、所得税法に基づいてその借金に対する利息の配当所得からの控除が認められている、そういうこともあり得ないことではないということでありました。国税庁は一般論としてそう私に答えられたわけでありますが、河本氏は私の質問が新聞紙に掲載をされたその場のコメントとして、ずっと銀行から金を借りて、そして三光株を買ってきたのだと言明をされているわけです。もう一度ここで確認をしたいのは、これは国税庁、事実ですか。
○説明員(磯部律男君) 河本氏個人の確定申告書を見ますと、その中で受け取り配当金、それから、それと相殺要因となりますところの株式を取得するために借り入れた借り入れ資金に対する支払い利息というものがあがっておりましてそれの差し引き計算で確定申告書の最終所得金額が出ておりますが、その申告書から見ます限りにおきましては、借り入れ金によって株式の取得をしたというふうに国税庁は見ております。
○和田静夫君 そういたしますと四十三年から四十六年までの三年間、私は予算委員会に表を掲示をしましたが、河本氏の配当所得から控除された利息分から逆算をしてみた。そうすると河本さんは累積的に、つまり一度も返済をしないで七億六千三百六十万円の借金を三光汽船株購入のためにしたことになります。この融資は大和銀行によって行なわれたそうでありますが、大蔵省はこの融資内容について十分御承知ですか。
○説明員(岩瀬義郎君) 河本社長が三光汽船の増資払い込みのために必要な資金を大和銀行から借り入れた金額につきましては、これは現在貸し付け残高として処置いたしておりますけれども、個人の借り入れ金額につきまして私どもで直接お答えしてよろしいものかどうか、院の御決定をいただいてから公表を申し上げたいと思います。
○和田静夫君 これはそういう答弁にならないので、三月二十六日の予算委員会の答弁では調査をあなた方は約束された。したがってその調査結果について答弁をしてもらいたいのです。
○委員長(成瀬幡治君) 岩瀬審議官、少し声を大きくしてください。
○説明員(岩瀬義郎君) 四十六年の四月三十日に増資の際の株主割り当て分は、河本氏に対しましては六百二十四万株でございます。この払い込み資金を河本氏が大和銀行から借り入れたということは確かでございます。
○和田静夫君 金額については、いまここでは述べないと、こういうことですか。
○説明員(岩瀬義郎君) さようでございます。
○和田静夫君 それではあとで教えてもらいましょう。 そこで二月二十七日の衆議院の予算委員会でわが党の楢崎弥之助委員が、売船契約をめぐって三光汽船と住友あるいは丸紅、これらの有価証券報告書の間に食い違いがあることを指摘をしていました。私の知る限り楢崎委員が指摘をした「国光丸」の売却が三光汽船のほうでは売り掛けになっているのに、住友商事のほうでは未払いに計上されていないという問題がある。このほかに私の調査によれば、「かすみ丸」にしても丸紅の帳簿との間に同様のことがあります。それから「大光丸」の問題にしてもやはり住友との間に同様のことが存在をいたします。これらの一つ一つについて三光汽船の帳簿が正しくて、商社側の帳簿に操作があるのか、あるいはその全く逆なのか。これは一つ一つについて、証券局の調査結果をまず述べてください。
○説明員(大谷邦夫君) ただいま御質問の件でございますが、有価証券の届出書、報告書では必ずしもその内訳は出ておりませんが、総額の中に含まれておるということでございます。つまり住友商事の買い掛け金の中に入っておるということでございます。
○和田静夫君 丸紅の場合も……
○説明員(大谷邦夫君) はい、さようでございます。
○和田静夫君 やはり、楢崎氏の質問のあとに、三光汽船のこの河本敏夫社長は、記者団を前に、ジャパンラインの株式を大量取得した東光商船、それから瑞星海運、両社の、一〇〇%新会社である新光海運は、三光汽船の株を多く保有しているが、三光側は一株も持っておらず、三光の子会社ではないと述べられていますが、新光海運が三光汽船の子会社でないというのは事実に反するのではありませんか。
○説明員(大谷邦夫君) お話しのように、三光汽船の有価証券報告書の中には子会社——いま子会社ではないかと言われました新光海運等に対する株式の保有は、載っておりませんということでございます。
○和田静夫君 私はここに新光海運の登記簿の写しを持っていますが、これはごらんになればわかりますが、取締役の名簿の中に河本東光という名前が見られます。この方は、ことしの三月一日に取締役を辞任をされていますが、これは河本敏夫さんの長男の方であります。三光汽船の社員であります。そのほかにも、この新光海運の登記簿には、河本敏夫さんの縁故の方、あるいは三光汽船の元社員や株主の名が見られます。また有価証券報告書によれば、四十七年九月期、三光汽船は新光海運に対して十五億七千六百万円の債務保証を、御存じのとおりしています。うち、八億円に対しては三光汽船保有の有価証券あるいは船舶を担保に提供しております。これは間違いありませんね。この三光汽船は四十二年三月期から四十七年の九月期まで、何と八十七億九千万円の債務保証をして、そして現在、短期貸し付け金として三億二千万円、長期未収金として一億円、立てかえ金として十二億円を新光海運に与えているのであります。これでも子会社と言えませんか。
○説明員(大谷邦夫君) 証券取引法によります子会社の定義でございますけれども、これは株式所有というものを前提にしまして、たとえば過半数の株式を持っていると、あるいは非常に密接な関係があって、十分の一以上の株式を持っているというものを一応子会社と定義づけておりますので、それとは別に、実際上非常に密接な関係がある会社というものはあり得ると思いますけれども、法律上、子会社になるかどうかと言われれば、それはならないということでございます。実質上の関係はまた別の問題であろうかと思います。
○和田静夫君 いま私が述べましたように、そうしてあなたも言われましたように、実体としては、新光海運というのは三光汽船の子会社です。いわゆる世でいうところの一般論としてはそうです、法律でもって、その株式が云々というような意味ではなくてね。実体としては、いま申し上げたような形にあることはお認めになりますね。
○説明員(大谷邦夫君) 私のほうでは、三光汽船側の有価証券報告書等がございますが、新光海運等は有価証券の報告書の提出がございませんので、実質的にはどうかということは、詳しくは判明しておらないわけでございます。世間的に考えれば、非常に密接な関係にあるということが言えるのではないかと思いますけれども、それがぴったり子会社と断定するには、われわれとしては、ちょっと、そういう断定する立場にないということでございます。
○和田静夫君 とにかく、有価証券報告書によって、十五億七千六百万円の債務保証をしている、それは認めないですか。
○説明員(大谷邦夫君) それは事実でございます。
○和田静夫君 事実ですね。そうしてこういうような形のものを——いわゆる法律用語としての子会社というものにはあんまりこだわりませんが、いま言ったように、実体的にはたいへん深い関係にある、このことは間違いありませんね。
○説明員(大谷邦夫君) そうであろうと思います。
○和田静夫君 そこで、いわゆる一般論として非常に深い関係にあり、まさに子会社的な存在であるその新光海運が御存じのとおり三光汽船の筆頭株主であります。ジャパンライン株の買い付けで問題になった東光商船や、あるいは瑞星海運の九〇%以上の株主になっている、こういうかっこうになっているわけですね。この三光グループ——私はそう言っていいと思うんです。この三光汽船の岡庭専務の書かれた三光汽船発達史論という著書にも、これらの名前が関連会社としてずうっと出てきているわけです。一々その内容を言わなくても、まあ三光グループと言って、だれも疑う人はいないと思うのでありますが、新光海運は、株保有の面では、この三光グループの中心というかっこうになっています。ところが、私はたいへんふしぎに思うんですが、この新光海運の本社はどこにありますか。
○説明員(大谷邦夫君) 三光汽船の有価証券報告書によります新光海運の住所は姫路市ということになっております。
○和田静夫君 それをもっと具体的には……。
○説明員(大谷邦夫君) 姫路市新在家字高田二百三十六番地の四という記載がございます。
○和田静夫君 大蔵大臣、この写真ちょっと見てもらいたいんです。これは私がとってきたいわゆる二百三十六番地四、新光海運の本社。 〔写真を手渡す〕 もうごらんになったように、まあ大蔵省、調査を——予算委員会でされたのだから、調査されたと思うんですがね、これが本社の写真です。ここには戸田須耐己さんという、十五年前に三光汽船から河本敏夫事務所に出向をして、そうして現在は河本後援会の責任者であります。これは社員もいません。事務所もありません。デスクもありません。大阪に支店があるということになっていますが、これは実体がありません。それゆえ、海運手帳に当然載っていません。電話番号簿にもないのは当然であります。全くの幽霊会社であります。この事実を、衆参両院の予算委員会を通じて、ずっと取り上げてきたんですから、愛知大蔵大臣、御存じですか。
○国務大臣(愛知揆一君) 三光汽船の問題については、ただいまも御指摘がございましたが、二月の末から衆議院の予算委員会をはじめとして、いろいろ国会の中でも話題になっておりますから、大蔵省としても、念には念を入れて調査をいたしております。大要は私も承知いたしておりますけれども、こまかい点につきましては政府委員のほうがよく知っておりますことは御承知のとおりであります。
○委員長(成瀬幡治君) 政府委員のどなたか……
○和田静夫君 七百人目かけて調査された国税庁が実体を一番よくおわかりになっているんじゃないですか。
○説明員(磯部律男君) ただいま大臣のほうから、大蔵省国税庁としては入念な調査をしておるという御答弁ございましたけれども、国税庁といたしましては、東京国税局、大阪国税局、調査部、直税部、関係税務署、それを全部、いわゆるわれわれで言うところの連携調査ということを言っておりますけれども、そういった調査で、実際の本社に、それぞれの本社に行きましていま調査をやっている最中でございます。したがいまして、ただいま先生御指摘のありました新光海運、その本社にもお伺いしておりますし、そこが、どういった本社がまえである、それからどういった人がそこに事務をとっておる、帳簿はどういうふうな帳簿をその事務所に備えておるか、そういったことについてはすべて把握しております。
○和田静夫君 それで、私が指摘しましたように、全く幽霊会社ですよね。よくおわかりになっていますよね。
○説明員(磯部律男君) 幽霊会社というのがちょっとどういうことかはっきりわかりませんけれども、どういったオフィスであり、どういった帳簿があり、どういった事務所であるかということを把握しております。
○和田静夫君 じゃ、この写真あなたごらんにならなかったけれども、これ認めますね。これが本社である。
○説明員(磯部律男君) 私は現地に行っておりませんので、はっきりわかりませんけれども、いずれ報告があると思います。
○和田静夫君 そんなの答弁にならぬですよ。これ間違いない。
○説明員(磯部律男君) 私どもの調査によりますと、新光海運は、一応登記面では姫路地新在家宇高田二百三十六番地の四ということになっておりますけれども、税務上で調査いたしますときには、登記上の事務所の所在地を確認すると同時に、実質的にそこの事務所の帳簿なり事務員なり、それが実質的にどこにおるかということも同時に把握して、そこで調査いたしますので、その登記上の事務所を確認すると同時に、実質上の事務所も確認し、そこで調査をするということになっております。で、現在私たちが把握しておりますところは、実質的な事務所というのは大阪市の西区江戸堀北通り一の十一番地ということになっております。
○和田静夫君 もう一ぺん。
○説明員(磯部律男君) 大阪市西区江戸堀北通り一丁目十一番地でございます。
○和田静夫君 それで、それではそこにどういうていさいの事務所がございますか。
○説明員(磯部律男君) 先ほど申しましたように私実際現地に行っておりませんので御説明できないのでございますけれども、そこには、先ほど和田先生御指摘ございましたけれども、いわゆる関連会社と思われております東光商船、瑞星海運、それぞれ同じ場所がそこの事務所になっております。
○和田静夫君 それで明らかです。私も全部調べていますからね。前に大阪市旭区大宮町十丁目四十番地にあった本店を先ほど言ったとおり姫路に移したわけです、これは。そうして姫路には実体がない。そうしていま言われた大阪では確かにいわゆる三光グループと言われるそういう形のものが混然として存在をする、こういう状態でしかない。そういう意味で、まあ一般的な用語でどう言うのか知りませんけれども、この新光海運というのはまさに実体のないところの幽霊的な会社ということになっています。 そこでもう少しこれ突っ込んでいきますが、幾つか尋ねますが、四二年三月期から四十七年九月期までの新光海運の三光汽船株の保有状況を示してください。
○説明員(磯部律男君) 新光海運の三光汽船株の保有量でございますか。
○和田静夫君 はい。
○説明員(磯部律男君) これは新光海運そのものの決算書が公表されておりませんので、三光汽船の株主名簿からたぐるしかないかと思いますが、私どものいま手元に持っておりますのは四十三年九月期からでございますが、三光汽船の有価証券報告書によりますと、四十三年九月期、新光海運の持ち株が七百一万三千株、四十四年三月期七百万株、四十四年九月期千百二十万株、四十五年三月期千百二十四万株、四十五年九月期千百十五万株、四十六年三月期千百七万株、四十六年九月期二千四百九十四万株、四十七年三月期二千四百四十四万株、四十七年九月期三千七百八十八万四千株ということに有価証券報告書では報告されております。
○和田静夫君 そこで国税庁にお尋ねいたしますが、四十二年から四十七年までの六年間、いま四十三年からしか言われなかったですけれども、で、これが私の計算によりますと、新光海運は三光汽船の株を保有することによって四億五千万円の配当収入を得ています。一千八百七万四千株を売却して、そうして代金の十八億九千八百八十万円、計二十三億四千八百八十三万円を得ております。これは決算に計上され、申告されていますか。
○説明員(磯部律男君) 新光海運の決算、これは法人の所得でございますけれども、これは先生十分御承知かと思いますが、公表になりますのは、法人の場合には半期二千万円、年間で四千万円以上でないと法人の所得が公表になりませんので、新光海運そのものの各年分の事業年度の所得についてここで申し上げるというのは実は私どもの立場から申し上げられないし、御遠慮させていただきたいと存じますけれども、一応各年分ごとに配当収入それから株式の譲渡益というものは申告されております。ただ申し上げられますことは、先生のおっしゃいました数字ほど大きくないということだけは申し上げたいと思います。
○和田静夫君 六年間分で私の言ったほどの数字にはならないのですか。おおよそどのくらいでございますか。
○説明員(磯部律男君) およそというとちょっとぐあいがなんでございますけれども、問題は譲渡益の計算の問題だろうと思います。つまり簿価とそれから売却価額、その差ということになりますけれども、その計算がかなり先生の御調査とは違っておるのではないかと私は思っております。
○和田静夫君 ここの部分はきのうていねいに質問通告してあります。そして、きょう長官がここにお出ましにならない理由としては、克明に答弁をさせますから、代理でかんべんをしてください、勲章授与式かなんかがありますから——したがって私はOKした。抽象的な答弁では許すわけにいかないです。
○説明員(磯部律男君) たとえば一株当たりの配当収入でありますけれども、各期によりまして配当率が違っておるということ、それから特に四十六年九月期には、旧株あるいは新株それから第二新株、そういうふうに、それぞれの期の途中で増資の割り当てを受けておりますので、配当率がそれぞれの株式ごとに変わっておるわけですね。ですから、そういうところで実はこれは一株当たりの配当をずっと計算してみなければ、はたして申告が正しいのかどうか、あるいは持ち株が正しいかどうかということがわからないわけでございますけれども、一応配当収入というのは、私たちの手元のこれは資料で、四十三年三月期から各期それぞれ配当収入というのが法人の所得の中に算入されておりますし、それからまた、株式の譲渡益というのはやはり決算書に上がってきておるということでございます。ただその場合に、これは何ぶん資本金が五千万円に満たない会社で税務署のほうの所管の、いわゆる署所管法人ということで、ずっと過去までさかのぼってこの数字を拾うという時間的な余裕はなかったわけでございますが、われわれの調査いたしました限りにおきましては、株式の譲渡益というものがずっと上がってきておりまして、特に四十七年三月期というのは、その株式の譲渡益、それから配当収入というものが飛躍的に大きくなっているということは申し上げられると思います。
○和田静夫君 きょうはちょっと一覧表を用意してきておりませんけれども、予算委員会で提示しましたあのとき、私は新光海運の株の提示はしませんでしたけれども、河本社長のやつはいま言われたとおり、各期ごとの単価を明確にして、それで全体として国税庁の次長にいわゆるこの計算の方法については確認をしてもらいました。うっかりしてあれ会議録に載せることを忘れましたけれども、それと同じ計算の方法を新光海運にしてみれば、いま言った私の計算になります。このことは、もう私は間違いがありません。 これ、逆の面から聞いてみますが、この新光海運という会社が三光汽船株で四十六年九月期と四十七年、この二年間で新規買いをどれだけしていますか。
○説明員(磯部律男君) 三光汽船の株式だけを申しますと、三光汽船の有価証券報告書によりますと、四十六年九月期末が二千四百九十四万株、それから四十七年三月期末が、これが二千四百四十四万株で、この間におきましては五十万株の減ということになっています。ただ、その期中における売り買いというのは、これはやはりその会社の決算書から拾いまして、有価証券の売買益というものがどういうふうになっているかを見なければわかりませんが、期末から見ると五十万株だけ減少しているというかっこうになっております。
○和田静夫君 そこはまだ調査がついてないということですか。
○説明員(磯部律男君) そういったことを含めまして、先ほど申しましたように、東京国税局、大阪国税局ですべていま調査をやっている最中でございます。
○和田静夫君 そこで、この新光海運の会社、いま言われたやつを金額に直します。そうすると三光汽船株で四十六年九月期に二十三億八千五百二十四万円、それから四十七年九十八億五千四百五十四万円、この二年間で実に百二十二億三千九百六十九万円も新規買いをやっているのです。四十二年からの六年間では、百二十七億八千百七十九万円もの金を三光汽船株買いのためにつぎ込んでいるのですが、この会社は全く私が先ほど指摘したとおり幽霊会社。というのは、この原本にある目的、一、海運業——をやっているわけではない。二、船舶代理業——をやっているわけではない。三、海運仲立ち業——をやっているわけではない。四、保険代理業——をやっているわけではない。一体どこからこの金が出てきているのですか。ふしぎでたまらないのです、われわれしろうとにとってみれば。で、株なんていうものは見たことも買ったこともない者が株に取り組んだのですから、たいへんわからないことばかりなんですが、全く三光汽船の株価操作のための会社。これは株価操作が行なわれなかったという答弁が衆議院で愛知大臣からあったし、参議院でもそういうことを言われたのだが、どうも私は株価操作のための会社と疑われてもしかたがない。こういうことになる。これはいま調査を東京、大阪両国税局でやるということでありますが、これは調査を約束されますね。
○説明員(磯部律男君) 御指摘の点を含めまして、綿密な調査を続行中でございます。
○和田静夫君 私が指摘をした結果が出れば明確に株価操作になるでしょう。
○説明員(磯部律男君) 国税庁の立場としましては、ただ適正な課税処理のための調査でございますので、何とも申し上げられません。
○説明員(大谷邦夫君) これは衆議院、あるいは参議院の予算委員会でも御質問になりまして、お答えしているわけでございますが、三光汽船というのは市場でかなり仕事的な動きを示しておりますが、東京証券取引所におきましては、かねてから非常に注意深く見守っているわけでございますが、その調査によりますと、株価操作というものは認められないということでございます。
○和田静夫君 これはこういうことになるんですよ。三光汽船株の四十六年十月十五日の安値が三百七十円、ところが四十七年一月六日の高値が九百円、この間四十六年十二月十九日に円の切り上げがありました。で、この円切り上げによって海運業は御承知のとおり膨大な為替差損をこうむっております。一般に株価は下がっているはずです。ところがひとり三光汽船株のみがこのような大暴騰をしているわけですね。これは四十七年四月の割り当て値段六百六十円の第三者割り当てを見越した株価工作相場ではないだろうかという疑惑が生れてきているのです。これは三光汽船株問題については、いろいろのルポやら論文やらたくさん出ておりますから、それらをずっと読んでみて、幾つか持っておりますが、私みたいなしろうとが考えたのと同じような専門家のいわゆる疑惑が生じていますよね。その点どうです。
○説明員(大谷邦夫君) おっしゃるような市場の動きと申しますか、非常に株価が急激に上がっておりますので、そういう状況を踏まえまして、東証としましては取り引き状況というものを調査をしておったわけでございますが、その結果そういった株価操作というものは認められないという話でございますので、事実そうであろうかとわれわれも考えておるわけでございます。
○和田静夫君 私が疑惑をもっていますから、この疑惑が解消するまでこの問題をずっと追及し続けますが、国税庁の調査結果も出てこなければなりませんから、それとの対応においてずっとやりますけれども、いま私が述べたところの疑惑というのは明確ですよ。四十六年十月十五日から四十七年の一月十三日までの立ち会い七十一日間の三光汽船株の東証における出来高は二億二千六百九十六万株、このうち日証金の貸借取引出来高はわずか四千四百二十八万株にすぎません。残る一億八千二百六十九万株の出来高は証券業者の信用取引出来高と現物取引出来高ということになりますが、三光汽船株のような性格の株の場合、私は現物取引は甘く見積もっても二割相当程度が常識であると思われますから、一億四千万株以上の株の信用の取引出来高がここにあったことになります。すなわち、四十六年十月十五日から四十七年の一月十三日までの立ち会い七十一日間に証券業者は信用取引のから売り客に対して一億四千余株の三光汽船株をまあ品貸ししたことになりますが、有価証券報告書によりますと全国証券業者の三光株の持ち株というのは四十六年九月末千九百二十二万株、四十七年三月末で千二百八十二万株であります。ここに業者による膨大なのみ行為があるように思われます。この判断に何か間違いがありますか。
○説明員(大谷邦夫君) 手元に詳しい内訳の数字をただいま持ち合わせませんので断言いたしかねますが、まあ証券会社につきましては種々監督もやっておりますし、そういったような行為はないものと考えております。
○和田静夫君 いや私がいまずっと述べてきたことに対して何か間違いがありますか。
○委員長(成瀬幡治君) 答弁は質問者の趣旨に答えてください。
○説明員(大谷邦夫君) ただいま申し上げましたように、手元にそういった内訳の数字を持ち合わせておりませんので、後ほどまたすぐ調べて御返事いたしたいと思います。
○和田静夫君 それはそうはいかないんですよ。これちゃんときのうあなたに質問通告してあるんですからね、具体的な数字をあげて。ここに持っていませんから答弁できませんなんと言ったら決算委員会ならぬじゃないですか。私が述べたことに間違いがあったら、ここが間違ったと言ってください。きのう大蔵省との間で夜七時までかかって具体的に打ち合わせしているでしょう。それがここにきてまだ調査してませんということにならないですよ。
○説明員(大谷邦夫君) 信用取引というのは御存じのように売り買い両方あるわけでございますが、日証金等につけ出されますのは足りない分でございますから、それをもって、日証金にいった分が少ないからといってその差額を全部証券会社が自分でのんでいるということではないと思います。
○和田静夫君 私が、述べてきたところで間違いがあれば指摘をしてくださいよ。
○説明員(大谷邦夫君) 数字の点につきましては、行き違いがございまして私手元に持ってませんのであれでございますが、先生の御調査なされた数字はおそらくは正確であろうかと思います。しかしその数字が正確でございましても、いま申し上げましたように、日証金には売り買いの差額がつけ出されるわけでございますから、それをもって証券会社ののみ行為があったということにはならないというふうに考えております。
○和田静夫君 それじゃあったかなかったかということを調査されますか。ぼくはあったと思う。
○説明員(大谷邦夫君) それではいまお話しの期間の貸借取引の状況を調査してみます。
○和田静夫君 大蔵大臣、よろしいですか。
○国務大臣(愛知揆一君) よろしゅうございます。こまかい点について答弁が不十分で申しわけないと思いますけれども、相当よく調べておるわけでございまして、私もたとえば、いま御指摘になりましたが、東証の売買審査室で株価の形成調査をやっておりますことも御承知のとおりと思いますが、特に株価の変動が激しかった期間をたまたまとって、一週間ずつにわたって、たとえば四十六年十一月四日から二十五日までとか、それから四十七年三月末から四月二十日までとか、あるいは四十七年九月二十一日から二十八日までとかいう期間をとって売買審査室でその状況を審査をして、そしてその期間のいずれの場合においても審査室の見解としては多数の一般顧客を中心とした売買注文が集中した結果であると、価格形成上あるいはその他特に不自然あるいは不法な点は認められなかったというのが売買審査室から証券局を通して報告されておる事実でございますが、なおこういったような点については、さらにいま大谷君から申しましたように、御趣旨に沿うように、できるだけの調査をいたしたいと思います。私も問題が非常に世間の視聴を集めておる問題でもございますし、また当事者としての名誉ということもございましょうから、いろいろな点から真相はできるだけ明確にしなければならない、そういうふうに感じております。ただ御案内のように、非常にカバーする範囲が広いもんですから、これは運輸省のほうにも御協力をいただかなければなりませんし、また大蔵省としてもこうやってごらんのとおり証券の関係は証券局で、それから融資の関係は銀行局で、そして国税庁のほうは税の関係からということで、非常に広範に総合的に突き合わせ調査をしなければなりませんので、たまたま各時点において答弁がどうももたもたしているという御印象を与えていることで、私もその点を遺憾に思いますけれども、なお一そう真剣に調査をいたします。同時にこれは御承知の予算委員会でもいろいろお願いをいたしておるわけでございますが、政府としての守秘義務ということもございますから、われわれも誠意をもって調査を進めておりますが、ひとつ委員会のほうでも御協力をいただきたい、場合によりましては秘密理事会等においてお取り扱いを願いたい部分もあるようでございます。私としては真剣に取り組んでまいります。
○和田静夫君 その調査結果を待ちますが、ひとつちょっと違った角度から聞いておきたいんですが、四十三年の五月十二日、当時の日経新聞によりますと、東証における証券会社の自己融資、まあ正確な表現を用いれば信用取引ということになると思うんですけれども、この自己融資の内容公開の方針が出て、そして大蔵省としても大衆投資家擁護のためにも、その方針を支持した。こういう談話記事が載ったんですね。ところがいまだにこれ公開されません。これは大蔵大臣、なぜ公開されないんですか。
○説明員(大谷邦夫君) いま御質問の点でございますが、これは従来は日証金の融資残だけしかわからなかったわけでございます。そうしますと、まあ売買しようとする人は証券会社の分が幾らあるかわからないということではいろいろ判断にも差しつかえるということで、その総量について発表しようじゃないかということで、三年ばかり前からその自己融資の分、それから日証金の分、総額でございます、発表しております。したがって、新聞記事の趣旨に沿った取り扱いをやっているわけでございます。
○和田静夫君 そうしますと、さきに述べたこの四十六年の十月十五日から四十七年一月十三日までの立ち会い七十一日間において、三光汽船株に株価操作があったかなかったか、そのことをはっきりさせるために、この期間の証券業者の自己融資の内容を公開すべきだと思うんですが、これはいかがです。これは大臣どうですか。
○国務大臣(愛知揆一君) 個別の問題になりますので……。
○説明員(大谷邦夫君) いま大臣からもお話がありましたが、個別の問題になりますので、公の席上ではちょっと御遠慮さしていただきたいと思います。
○和田静夫君 そうすると、どういう取り扱いになるんですかね。
○説明員(大谷邦夫君) 取引所におきましても総額、総量を発表しておりますので、その内訳、個別については発表しておりませんわけでございます。かつまた、証券会社別の個別の銘柄に対する自己融資の量というのは、われわれもつかんでおらないわけでございます。
○和田静夫君 この問題の本質は、あっちこっち行ってたとえばいろいろな調査をする過程で、幽霊会社であるとかあるいはのみ行為だとかいうことでもって指摘をしましたがね、問題の発端は御存じのとおり株価操作にあるわけですから、で、株価の操作があったんではなかろうということの疑惑を少なくとも持っている。これは一般的に多く持っている、それを立証するために何回か取り上げてきているわけでね。そうすると株価操作があったのかなかったのかということをはっきりさせるためには、この期間のいわゆる三光汽船株に対するところの証券業者の自己融資の内容というものが明らかにされなければ——あなた、それじゃ、株価操作なかったと答えられているんだが、そんなことわからずに一体どうして株価操作なかったと答えられたの。
○説明員(大谷邦夫君) 通常、株価操作と言われておりますのは、いわゆる市場での出合い、それにつきまして百二十五条というものが証券取引法にございますが、ある特定の目的をもって株価を動かそうとする行為ということでございますから、その観点で取引所は売買審査をやっているわけでございます。したがって、その観点からすると株価操作とは考えられないというのがいままでの結論でございます。
○和田静夫君 いやいや、それだから私はそれをはっきりさせるための手法としてこういうやり方をやったならばはっきりするじゃないかと言っている。
○説明員(大谷邦夫君) したがいまして、先ほどお答えいたしましたように、貸借取引の状況については至急調査してみたいと思っております。
○和田静夫君 もう質問、これで終わるんですがね、そうすると委員長、これどういう取り扱いになりますか。したいと思っています、それから大臣の、何か希望的な発言がありましたね。取り扱い上の問題は。
○委員長(成瀬幡治君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(成瀬幡治君) 速記を起こして。
○国務大臣(愛知揆一君) 先ほど来の三光汽船の株式売買等の問題につきましては、先ほど申し上げましたように、たとえば東証の審査室等においての報告というものは現に存在し、またそれは御答弁申し上げたわけでありますけれども、和田委員の御意見は、それだけでは納得ができない、もっと掘り下げた調査が必要であるという御主張であります。私もごもっともだと存じます。事柄が大きな問題であり、また場合によりましては、当事者の名誉にかかわる問題でもございますから、取り扱いは慎重にいたさなければならぬと思いますけれども、政府としては誠意を尽くして御審議に便宜がより多く提供できるように資料等の作成等については誠意を持って努力をいたしたいと思います。そして、その結果をいかにして発表いたすかということ等については、理事会等において御相談をいただくということにしていただければ幸いであると思います。
○委員長(成瀬幡治君) 他に御発言もないようですから、大蔵省とそれに関係する日本専売公社、国民金融公庫及び中小企業信用保険公庫の決算につきましてはこの程度といたします。 次回の委員会は明後十一日に開会することとし、本日はこれにて散会をいたします。 午後四時十一分散会