沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第6号
- 発言数
- 165 件
- 登壇者
- 30 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1973/05/09
会議録
○委員長(星野重次君) ただいまから沖繩及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。 参考人の出席要求に関する件について、おはかりいたします。 沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査のため、本日の委員会に、沖繩振興開発金融公庫の役職員を参考人として出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議がございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(星野重次君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(星野重次君) 次に、沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査を議題といたします。 質疑のある方は、順次御発言を願います。
○佐々木静子君 この五月の三日から四日間にわたって、沖繩の本土復帰を記念する若夏国体が開かれまして、強く明るくそして新しい沖繩県民の力を特別国体で大いに発揮されたわけでございます。しかし、この新生沖繩県の全島の一二%を占める基地があり、四万人をこえる米軍人と家族が、いまなおわがもの顔にこの中にのさばって歩き、その基地と隣合わせに、沖繩県民の屈辱の生活が、復帰前と何ら変わることなく続いているという一面も、私どもほんとうに無視することができないと思うわけでございます。そしてこの復帰したものの、アメリカに占領されていたときと実態はあまり変わらないということをはっきりと物語った事件、この四月十二日、金武村の米海兵隊ブルービーチ訓練場で、近くに住む七十三歳の安富祖ウシさんが、この海兵師団所属の戦車にひかれてなくなったという、ほんとうにりつ然とするような痛ましい悲劇がいまなお沖繩で起こっているわけでございます。米側は公務執行中の事件であるということから裁判権を主張し、政府もこの事件の翌日の、十三日の衆議院の外務委員会で、日米地位協定十七条にいう公務執行中の作為または不作為から生じた事件に該当するというふうな見解を述べておられるわけでございます。けれども、これは地元紙の報ずるところによりますと、この沖繩の現地の警察捜査官憲が第一次裁判権を主張して、たいへんに努力をされたというようなことも伺っているわけでございます。この第一次裁判権が米軍側にあると、これは簡単に政府が答弁しておられるわけでございますが、日本政府とすると、まずこの事件をどのようにしてお知りになり、そしてまた、捜査機関としてはどのような処置をとって、この事件の第一次裁判権が米軍側にあるというふうに、軽率に断定されたのか、まずその経過をちょっと述べていただきたいと思います。
○説明員(小林朴君) 日本人の女性が米軍戦車にひかれて死亡したという事件につきましては、四月の十二日の午後四時十一分ごろだということでございますけれども、沖繩県の石川警察署へ米陸軍の憲兵隊から、本日午後三時三十分ごろに、金武村にございますブルービーチから、日本人女性がヘリコプターで北谷の陸軍病院へ収容されたけれども死亡したと。で、原因は金武のブルービーチで演習中の戦車にひかれている疑いがあるという旨の通報を受けたことによりまして、警察側としてはその事案がどういうものかということで捜査を、まあ捜査といいますか、調査を始めたわけでございます。
○佐々木静子君 そうすると、その調査を始められた、その調査着手の時期はいつか、そして現実にどういうふうな方法で捜査をされたかを述べていただきたい。
○説明員(小林朴君) そういう事件の報告を受けまして、同日、本部長以下捜査の幹部が現地に参りまして、現地の米軍側と打ち合わせをして、まあ参ってから暗くなってまいったものでございますから、一応現地は見たわけでございますけれども、実況見分等につきましては翌日に行なったという形になっておるわけでございます。 それから、なくなられた女性につきまして、解剖等について、どちらがするかというような打ち合わせをいたしまして、その問題につきましても、日本側の執刀によりまして解剖したというような状況でございます。
○佐々木静子君 警察がこの事件で捜査なさるときに、米軍が非常に協力的であったかどうか、この点を伺いたいんです。たとえば、実は私もこの事故後に現地を視察、調査したいと思って、これは地元の警察署長とともに現地へうかがったわけですけれども、米軍のほうは、私ども、これは警察官を含めて入ることを拒否しているわけですね、そういうふうな状態のもとに、警察が思う存分の捜査ができたか、捜査をする上でいろいろな支障が現実に起こっているのかどうか、そのあたりを率直に述べていただきたい。
○説明員(小林朴君) 調べにつきましては、米軍側がたいへん協力的であったというふうに考えております。
○佐々木静子君 この米軍が第一次裁判権を主張している、公務執行中の事件であるからということで第一次裁判権を主張しているようでございますが、これは行政協定第十七条のこの適用に関するいわゆる日米合意書の第六の規定に、この公務中の作為または不作為という点に対して、「公務の定義等に関する事項」というのがございますね。この行政協定第十七条三項に関する「公式議事録にいう「公務」とは、法令規則、上官の命令又は軍慣習によって、要求され又は権限ずけられるすべての任務若しくは役務を指す。」というふうに指定し、第(二)項に、この「公式議事録に掲げる証明書は、要請に基づき又は自発的に当該被疑者が所属する部隊の指揮官から、犯罪が発生した地の検事正に対し提出される。」こういう文言がございます。これは法務省に伺いたいのですが、いわゆるこの日米合意書に定められたところの証明書、これは那覇の検事正に提出されたのかどうか。
○説明員(根岸重治君) 四月十九日の午前十時に、現地の検事正に対しまして、公務証明書及び第一次裁判権行使通告が同時になされております。
○佐々木静子君 これ承っておきたいのですが、公務証明書の内容はどのようになっておりましたか。
○説明員(根岸重治君) ただいまここに持ってきておりませんので、正確にお答えできませんが、公務中の犯罪であるという旨が記載されておったような記憶でございます。
○佐々木静子君 これは、私の質問時間はまだだいぶありますので、ほかのことを先に伺っていますから、法務省のほうで、いま至急取り寄せていただきたいと思います。と言いますのは、このあとのこの証明書が出されたときに、この日米合意書の第六条の第(二)項の先ほど申し上げた検事正に対して提出するのあとが、「この証明書は、反証のない限り、公務中に属するものであるという事実の充分な証拠資料となる。」となり、そしてこの反対の証拠は、検事正が、「反対の証拠があると思料するときは、直ちに証明書を発行した指揮官に対しその旨通知する。」という規定がございますが、この場合は、検事正はそういう通知はされたのか、されなかったのか、まず伺いたい。
○説明員(根岸重治君) 現地の検事正からの連絡によりますと、特にそれについて反証を提出すべき事情にないので、公務中という米軍側の主張は承知せざるを得ないという趣旨の連絡がまいっております。
○佐々木静子君 現地の検事正が、この反証をお出しにならなかった、そういう反対の通知を出されなかったということは、いま伺ってわかりましたが、それの当否について、私どもどうしてもこの証明書の内容というものを知りたいと思いますので、至急法務省から取り寄せていただきたいと思います。
○説明員(根岸重治君) ただいま連絡さしております。
○佐々木静子君 それでは次の質問に移りますけれども、この事件で演習中であったということでは、一応公務中であるというふうに、大ざっぱに考えると、そのように受け取れる節もないではないのですけれども、この件で一番問題になるのは、この日が、住民が基地の中に立ち入ることを許可されていた日であった。そしてその許可されていた日に立ち入った者がこういう災害にあっているという点が非常に問題になるんじゃないかと思うわけです。で、この事件についても演習日である、ちょうどこのときは、四月十四日までは米海兵隊が同基地で演習するということが通知されていたようでございますけれども、現実に沖繩で演習日の通知というものは、どこの機関が米軍から把握されて、どういう方法でこれは国民に伝達されているのか、その責任の官庁はどこであるのか、それをひとつ責任の官庁の方からお答えいただきたいと思います。
○政府委員(高松敬治君) 演習通報は、沖繩におきましては、那覇防衛施設局が通報を米軍から受けます。それから那覇防衛施設局から、この場合には金武村役場に通知をする。金武村役場のほうからさらに末端の区あるいは班というものに対して通知をし、あるいは班の掲示板に掲示をするというふうなやり方をやっております。
○佐々木静子君 いま金武村の方に通知する方法は一応伺いましたけれども、これ本土からの観光客だけでも沖繩はたいへんな人出でございまして、別にここへ来る人が金武村の人とは限らない。国民にどういう方法で通達されるのか。これは金武村の役場に通達しただけでは私は通達にならぬと思うわけです。まずその点について伺いたいことと、それから当時、あの金武村の方々ですね、村民の方々は演習日の通知を確かに聞いておられたかどうか。私の聞いておるところでは、そういう通知が十分に流れておらなかったというふうに現地の方から聞いているんですけれども、現実はその当時どうであっためか、防衛施設庁の調査の結果を述べていただきたい。
○政府委員(平井啓一君) まず最初の点でございますが、通常地位協定に基づきまして米軍にその使用を許しておりますところの施設・区域というものは、常時その部分に立ち入らないようにするということが本来のたてまえになっているわけでございます。しかしながら、演習場のような地域につきましては、従来から地元の住民の方たちがその演習場の中で草を刈ったり、たきぎ用の木を切ったりするというような、いわゆる採草、葉木等の生業目的のために利用しているという従来の慣習があるわけでございまして、そういった点を尊重するために、演習場の使用条件の中にそういう旨をうたって、地元の人たちがそういう利用をされるために演習に支障のない範囲で立ち入りを認める。そういう取り扱いを本土におきましても沖繩におきましてもやっているわけでございます。したがって、御指摘のありましたような、一般観光客の方たちの立ち入りということにつきましては、本来は施設・区域である以上は、そこの中には入っていただかないということがたてまえになっておりまして、そういった点につきましては、ここは演習場地域である、あるいはここは米軍のキャンプ何々であると、そういう表示をしたりいたしまして立ち入れない場所ということを明らかにしているわけでございます。 それから第二点の演習通報の点でございますが、ただいまも施設庁長官から御答弁申し上げましたように、金武ブルービーチ演習場の場合は、那覇防衛施設局から金武村に伝えるわけでございます。そのあとの周知の方法につきましては、村役場のほうにおまかせしてあるわけでございますが、私どもが事前にいろいろ金武村と那覇防衛施設局の調整したところで承知しておりますのでは、まず金武村の中が五つの区に分かれております。そこでまず金武村役場からは五つのそれぞれの区長に連絡をいたします。そうすると区長が、その区の中にそれぞれ班が分かれておりまして、その数はまちまちでございますが、五ないし十五班ぐらいにそれぞれ分かれていると聞いておりますが、それぞれの班長さんのほうへまた連絡する。それと同時に、役場は、役場の前あるいは各区等に設けられておりますところの掲示板にその演習通報を張り出すと、そういう方法を講じているわけでございます。当日行なわれました演習について、一般の村民の方たちにどのように徹底していたかという点につきましては、まだ十分私どもは今回の特別の場合について確かめてはおりません。
○佐々木静子君 これはあなたのお話を伺っていると、人が死んでいるのですよ。しかも私どもが見たところでは、これは責任の官庁の怠慢なり落ち度なりによって米軍に殺された。死に至らしめられたという現実ですよ。そして事件が起こってから、もうかれこれ一カ月もたとうというのに、そのとき住民にその伝達が到達していたかどうか、まだつまびらかにするとかしないとか、そういうことで役所のつとめが果たせるとお思いになるのですか。それからいまのお話では、一応防衛施設庁は村役場に通告した。だから自分たちは責任がないのだ。あともし漏れていたら村役場の責任だと言いたい、言わんばかりの御答弁ですけれども、そういう窓口根性であなたは米軍のほうの——米軍ではないのですからね、日本の役所なんですからね、日本の役人として、日本の国民の、住民の生命とか身体を守るというのは、これは当然しなかったらたいへんなことになるのであって、そういう窓口根性の窓口業務で、自分の管轄ではないから自分は責任がないのだというような態度では、これはとても話にならぬと思いますですね。そうしてしかもいまのところでは、一ヵ月以上もたって、人一人が悲惨ななくなり方をしているのに、それに対して住民に、その当時演習があるということの通報が到達していたかどうかもまだ調べておらないというようなことでは、これはもう話にも何にもならないじゃないですか。これは施設庁の長官、いかがなんですか。
○政府委員(高松敬治君) 通報が十分にまいっておったかどうかという点につきましては、私もこれについては、今後そういう通報を一般住民にわからせるにはどういう方法がよろしいのか、たとえば有線放送施設をつくるというようなことを内地ではやっておるところもございます。しかし、これも地元負担、その他の経費の関係もいろいろございまして、そう簡単にはいかないであろう。あるいは広報車を何とか、そういう演習場その他危険のあるところには、役場に設置するようなことはできないだろうか、そういうことをいま那覇施設局にも、地元ともいろいろ相談をさせております。ただ、いま御指摘のように、一ヵ月もたって、その点どの程度徹底したかわからないかという点につきましては、私は本件の場合につきましては、演習中であるという認識は被害者には十分にあった。村の人たちも知っていた。少なくともあの当時十数名の人がその演習場に入っていたということが警察の調べで出ておるわけですけれども、それからその村の人の一部が、被害者に対して、演習日であるから、危険だから帰るということを告げている、こういう事実もはっきり出ているわけでございます。そういう点から申しますと、演習があることを知らなかったから本件が起こったのだというようには私ども実は考えておりませんでしたので、したがいまして、それの徹底度がどれくらい行なわれておったかということについては、あまりその点の調査は行なってなかったというのが実際でございます。ただ一般問題として、そういう方法を、演習通報がきた場合に、その周知徹底方法というものがいかに迅速に、かつ、確実にそれがいくようにするかということは、これは十分に考えてみなければいかぬことだと、その点については、私どもとしても、内地、本土府県の場合よりも沖繩につきましては、やはりまだ復帰後日が浅いせいもありますけれども、まだその辺の施策に足りないものがあったのではなかろうか、こういうように反省しておるわけでございます。
○佐々木静子君 先に伺いますが、当日立ち入り許可日であったということは、長官もお認めでございますね。
○政府委員(高松敬治君) 間違いございません。
○佐々木静子君 いま個々的にこの被害者がどうであったかこうであったかという御説明がありましたが、私はそういう個々的な問題よりも、この立ち入り許可日に米軍が演習をしているということ自体が非常に大きな問題じゃないかと思うんですよ。長官そのようにお考えにならないんですか。
○政府委員(高松敬治君) まさにそうだと思います。で、本土の場合におきましては、立ち入り許可日というものはそれぞれ設けられますけれども、その日については演習をやらないというのが普通でございます。この日に、立ち入り許可日に演習をやっている、そういうことがまあこのときだけではなしに従来もあったようでございます。それは私どもとしては非常におかしいと思いますし、この点は、いま米軍のほうにも、那覇施設局を通じていろいろ今後の予防策を折衝さしておりますけれども、やはり立ち入り許可日には演習をやらないと、演習をやる日には立ち入り許可をしないということを明確にすべきであると、こういうふうに私は考えております。
○佐々木静子君 これはちょうど交通が、ゴーストップで青になっているときは渡ってもいいということですよ。その渡ってもいいと思って渡ったときに、横からトラックが飛び込んできてひかれたというような話で、そのときにトラックが目の前にきたことわかっていたんだから、ひかれた者がやっぱり悪いんだとかばかだとかという理論です、いまの話は。立ち入り許可日というのは信号が青なわけですよ。だからそこへ入っておったところ演習が、トラックがまあきたというわけですよ。それだったら、その立ち入り許可日を無視して演習をやって、やってきた戦車が悪いんであって、この戦車を運転していた兵隊は上官に言われてやったんならば、その一番上の上官が一番これは悪いと思う、責任があると思うわけです。そういう線で防衛施設庁のほうは米軍と交渉していただいているわけですか。どういうふうに、米軍はその交渉の結果どういう回答になっているんですか。
○政府委員(高松敬治君) まあほかはまだ一、二の点をあわせて演習場の安全管理という問題でございますが、これについていろいろやっておりますが、その一つとしてやはりこれを明確にすると、立ち入り許可日には演習はやらないと、演習をやる日は立ち入り許可日にはしないと、そういうことが事故防止上しも非常に必要であると、従来のいろんな慣習みたいなものとかいろんなものあるようでございますけれども、そういうものはこの際一切断ち切ってそういうふうにはっきりルールをきめるべきであると、こういうことで話をしておりますが、大体においては話がつくであろうと、こういうふうに考えております。
○佐々木静子君 これは話がつくまで演習を米軍がやめてくれれば問題ないんですけれども、おそらく米軍は話つかないでも演習はやるだろうと思いますからね、とりあえず、この演習の通知というものを、いま施設庁長官とするとどういう方法で責任を持って万全を期す、どういう方法をいま立てられているのか。もうそう待っていられないわけですから、またあすにでも人が殺されるかもわからないという状態なんですから、いま長官とするとどういう方法で住民に伝達しようと思っているか。思っているだけじゃなくて、そうしようという、まあ意思表示をここでしていただきたい。それとこれは人の人命に関することですからね、費用がかかろうがかかるまいが、そういうことを言っている場合じゃない。しかも、ここの住民は米軍に来てほしくて来てもらっているんじゃない。もう早くのいてほしいというのをいろんな日本の政治上の理由で居すわられているわけなんですからね。それに対してはその住民の命を守るためにこれは予算がどうのこうの言っている場合じゃないと思うんです。これ長官として責任を持ってどういう方法で的確に伝達するか、いまここで御説明いただきたいと思うわけです。
○政府委員(高松敬治君) まあ具体的な方法のつくまで、ともかく従来による通知の方法の徹底ということについて、金武村を中心にこれは従来よりももっと徹底した方法をひとつやっていただく。従来も区を通じ、班を通じ、そういう掲示をすると言っておりますけれども、しかし、ほんとうにそれが正確に厳格にやられておったかどうかということになりますと、私ども実は自信がございません。とりあえず、そういう方法を通じてもやってもらう。それからさらには、私どもとしては、できるだけ至急措置をとりたいと思っているのは、せめて広報車程度のものは金武村に備えつけたい。それによって住民の皆さんにもわかるように、できるだけの措置をひとつ早くとっていきたい。問題は、金武村だけでは沖繩はないと思いますけれども、それをあわせまして、そういう方法をなるべく早期にとり得るように措置してまいりたい、かように考えております。
○佐々木静子君 これは先ほどの御答弁で、この基地内に表示があるというお話でしたが、私も現地を見まして、ああここに表示がありますと言われれば、なるほど木の陰に看板が立っているわけですよ。しかし、実際のところ、そこより手前にも幾らでも何の看板もなしに自動車も通れる道があるわけです。まして歩いて入ろうと思ったらどこからでも入れる。これ一般の人から見るとどこが基地だか、どこが基地でないのか、さっぱりわからないわけですね。現に魚釣りの人もどんどんあそこを通っていっているそうです。これは基地に表示があるということ自身も非常にわかりにくい表示じゃないか、といって、これ金網全部張られたら、これまた金網の中に住民が押し込められる状態になりますから、私はそういうふうな方法をやれと言っているわけでは全然ないんですけれども、基地に表示があったというようなことは、これは大きな声で言えるほどの表示はこれはなかったと、これはよく見ればなるほどここに看板が立っているなという程度のことでしかなかったというふうに私は思うわけですので、特にこの演習中の、いまは演習中なのだという通報ですね、これはまあ日米間の取りきめではその単位の村民に通告すればいいということになっているのかもわかりませんけれども、 〔委員長退席、理事黒住忠行君着席〕 もうこれだけ簡単にどこの町からでも交通がひんぱんに行なわれている時代なんですから、これは演習中なら演習中だということが一般の国民にすぐにわかるような表示、そういうことを決定していただきたい。いまの長官のお話でも、自信はないですがと言われましたけれども、自信がないようで日本国内で米軍の演習を許してもらっては困るわけですよ。それを認める以上は、自信のある通報を考えていただきたい。これは早急に実施していただきたいとお願いするわけですし、また、次の機会でもとらえまして、現実にどのように実施されたかという御報告もまた承りたいと思っているようなわけです。 この事件はそういうことで、立ち入り許可日に七十三のおばあさんが戦車にひき殺された、そういうことで、これはどう見ても米軍側、あるいは米軍側というか日本政府の側において落ち度がある。いまの通報の問題においても非常に欠けたところがある、そういうふうに私考えるわけなんでございますが、この補償問題は現実にどういうふうに進められておりますか。
○政府委員(高松敬治君) 補償の問題につきましては、現在、現地米軍、それから現地の警察というものと連絡をとりながら、事実関係をまず固めるということで調査を進めてまいっております。それで米軍のほうからもまだはっきりした、取りまとめた回答に接しておりません。私のほうではなるべく急いでほしいということで、現在それを督促をしているという状態でございます。で、まあこれが公務執行中に発生した事故だと、こういうことになりますと、これは地位協定の十八条第五項、それから民事特別法というふうなものによって補償の問題を取り扱っていくわけでございますが、その前提としては、やはり事案の実態というものが明確でなければいけない。それから加害者、被害者と申しますか、両方における過失があったのかなかったのか、その程度はどれくらいであるかというふうなことも明確でなければいけませんので、そういう意味で、現在その事実関係をいろいろ調査をしている。ただ、現在のところでは、先ほど申し上げましたように、米軍のほうの調査というものもまだ回答がまいっておりませんので、その点については私どもも明確にその実態を把握するという段階には至ってないと、こういうことでございます。
○佐々木静子君 この日米行政協定は相手方のあることだから、そうはこちらの都合ばかりいかないところもあるかもわかりませんけれども、この補償問題については、これは日本国内の問題なんですから、これは行政協定がどうであろうとこうであろうと、いまの話のように、これは過失の有無とかなんとか言っている問題じゃない、結局青信号のところへいきなりトラックが飛び込んできて起こったような事故なんですから、これは日本政府として早急に責任をもってこの遺族補償ということをやっていただかないと困ると思いますし、また、それが政治というものじゃないかと思うんですが、大臣、この点についてどういう御見解でございますか。
○国務大臣(坪川信三君) 佐々木委員の先ほどからの、このたびのまことに遺憾な事件に対しましての取り組み方についての御意見を交えての御質疑、先ほどから十分傾聴いたしておるわけでございます。事、われわれ血を分け合った日本人の人命、財産にかかわる重要な問題でもございますので、それらを踏まえまして、私はやはり厳粛な気持ちで、使命感をもってアメリカに対して折衝をいたすべきであるという基本方針は、われわれといたしましてぜひ堅持しながら、ひとつ御指摘になりました点等の憂いを除去いたすべく、最善の配慮と指導を関係省庁にいたしてまいりたいと、こう考えております。
○佐々木静子君 ぜひとも早急に具体的にこの住民の救済ということを考えていただきたいということを特にお願い申し上げて、ほかの議題に移りたいと思います。 次は、沖繩の特に主として那覇地区の医療問題についてなんでございますが、昨年、四十七年の五月に、旧琉球政府立の那覇病院が琉球大学保健学部の付属病院に移管されましたね。この琉球大学付属病院に配置されている人員の現在数をちょっとお知らせいただきたい、これは文部省にお伺いいたします。
○説明員(齋藤諦淳君) 昭和四十八年度の定員で申しますと、教育職、つまりお医者さんである教授、助教授、助手等でございますが、これが五十三人の予算定員になっております。それから事務官でありますとか、あるいは看護婦さんでありますとか、その他の職員を含めまして、それが百六十五人、全体で三百四十人になるわけでございます。——失礼いたしました。看護婦が百六十五人でそのほかのものを含めて、全体で三百四十人になるわけでございます。これの充実状況でありますが、教育職(一)につきましては、五十三人の定員に対して五月一日現在で三十五人と、こういう状況になっております。それから、看護婦さんにつきましては、百六十五人の定員に対しまして百二十七人という看護婦さんがある。なお、これだけでは看護婦の看護要員として不足しておりますので、看護助手として別に三十八人が採用されました。これがおもな現在の状況でございます。
○佐々木静子君 これは旧那覇病院の時代にはこの地域医療とか、緊急医療というもの、那覇市民のそういう問題をこの琉球政府立の那覇病院が担当しておったわけですけれども、大学付属病院ということになってから、この病院の形態が教育とか研究とか、そして診療をあわせ行なっているということになってきたわけですけれども、こういうことになると、復帰前まで人口五十万の那覇地区の地域医療に当たっていたこの病院が、いまのように教育部門の病院になった。そういうことで、那覇地区の市民が地域医療、特に緊急医療というものがたいへんに手薄になっているために、不安な状態に陥っているわけなんでございますが、この病院が琉球大学に移管されたときに、これにかわる地域医療、緊急医療を担当する病院というようなものを厚生省のほうで特にお考えにならなかったのかどうか、その点をまず伺いたいと思います。
○説明員(山高章夫君) 昨年沖繩が本土復帰した際は、県の計画に基づきますと、いまのお話の病院が琉大の付属病院になったあとに残った部分がございます。これを拡大強化しまして、いまお話のような病院にするという県の計画がございました。ただ、その後いろいろな事情がございまして、それが実現しないままに今日に至っております。
○佐々木静子君 これも先ほどの話、まあそれ以上にこの病院がいろいろな計画で実現しないで今日に至っているとおっしゃるけれども、その間、病気のほうは病院できるまで待ってくれないわけなんですからね。現実に那覇の市民の人は非常に不安に思っているわけです。特に、御承知だと思いますけれども、まあ緊急患者が出た場合、その那覇市の緊急患者を収容する病院がないために、やむなく三十キロも離れたところの中部地区の病院へ——これは具志川市ですね、ここの病院に運ばなければならない。そういうことで、もううっかりひどいけがもできないというふうなのがいまの那覇市民の非常に不安な気持ちなのでございます。それと同時に、この中部地区のこの県立病院も、これは南の那覇市からどんどんと緊急患者、また地域医療の一般患者がやってくるために、今度は中部地区の病院が非常にいま苦しい状態になって、過労のために医者とか看護婦がどんどん倒れている。そういうふうなことで、中部地区の人もまた病気になっても医者にかかれるかかかれないかわからないというような、たいへんな不安な状態にあるわけです。実は、ただいままで参議院の本会議がありまして、厚生大臣からも、特に医療体制を完備するということを盛んにわれわれの質問に対してお答えになってたんですけれども、その具体的な方法として、まず、この一番医療が手薄になっている那覇地区の地域医療問題、また緊急医療の問題、あるいはまたそのしわ寄せでいま苦しんでいるこの中部地区、あるいは周辺地区の医療の問題、これに対して厚生省はどのように考えていられるわけですか。もう少し具体的な方法を、考えていられる計画をお述べいただきたいと思うわけです。
○説明員(山高章夫君) いま沖繩県の、特に救急医療の点でございますけれども、まあ何ぶんにも医師、看護婦ともに不足でございますので、非常に困難が多いわけでございますが、私ども、さしあたりは、いまお話の沖繩の中部病院を——これ非常に優秀な病院でございます。この病院を沖繩の救急医療センターにしたいということで、実は開発庁の予算をいただきまして、四十七年度で救急医療センターとしての整備を実は補助して、現在整備中でございます。 それからまた北部のほうは、名護病院を中心にしましてやっていかなければならないということで、これは四十八年度の予算で、やはり開発庁の御援助をいただきまして整備したいと思っております。 それから、南部のほうは、いま先生のお話のとおり、一番問題の多いところでございますが、これは実はさしあたりの対策としましては、県と那覇市とそれから地元の医師会が協力いたしまして、夜間急病センターというものを開設するように、現在非常に急いでおります。これは間もなく開設を見ることと思っております。 それと同時に、また二次救急——一次の救急の患者はそういうことでみていただくとして、二次の患者につきましては、やはり中部病院に持っていくのはたいへんでございますので、まあ大学に移管になったあとの那覇病院を整備しまして、そこで二次救急をしていくようなふうに現在計画中でございます。 それ以外、八重山とか宮古はそれぞれ県立病院ございますので、これは四十八年度の予算でそれぞれ若干整備の補助をいたしていく、これも開発庁に御協力をいただいて補助をしてまいりたいと思っております。 将来の点でございますが、将来の点は、これは実は今月の中旬に全国のこういった問題担当の県の責任者が集まって会議することになっておりますので、その機会をとらえまして沖繩県全体の医療問題、医療計画というものをこまかに県と私どもで詰めて、できるだけの協力をしていきたい。もちろん開発庁の御援助もいただきまして、協力していきたいというふうに考えております。
○佐々木静子君 沖繩の医療が非常に弱体化している現状である。この場合、沖繩で医師並びに看護婦さんの総数は何人おられるわけですか、それぞれについて。
○説明員(山高章夫君) 沖繩で、四十六年末の調査でございますが、医師が四百八十三名、看護婦と准看護婦を合わせまして千六十六名でございます。
○佐々木静子君 日本の、沖繩県以外の本土と比べて、医師の比率、特に看護婦の比率が非常に低いと思うわけなんでございますが、人口十万に対して本土と沖繩とでは医師、看護婦それぞれどういう比率になっておりますか。
○説明員(山高章夫君) 全国の平均でございますが、平均で申し上げますと、医師が十万で百十七でございます。沖繩が約五十一になっております。それから看護婦と准看護婦でございますが、これは全国が約二百七十七でございます。それから沖繩が百十二になっております。
○佐々木静子君 これはやはり医療が非常に弱いというのは、これ当然でございまして、人員の点から見てもたいへんに、二分の一よりもまだ低いという状態ではないかと思うわけなので、これは早急に医療従事者を補充する必要があると思うわけでございますけれども、きょうの本会議でもそういう話がございましたが、僻地といいますか、どうしても大都会に医師が集中しているので、大都会から離れたところに医師に来てもらうことがたいへんむずかしい状態である。そういうことから考えると、これはそう簡単にこの医療従事者を沖繩の各地に充実した状態で配置してもらうということがむずかしい事情じゃないかと思うわけなんです。 これを解決する方法とすると、やはり地元で医療従事者を養成するということが何より大事な問題じゃないかと思うんでございますけれども、琉球大学に医学部を設置するという話が前から、佐藤前総理のときにもこういうお話がありながら、なかなか実現しないでおるということですけれども、この問題を早急に進める方法はないのか。そういう点について、これは文部省のお考え、厚生省のお考え、そして大臣のお考えも伺ってみたいと思うわけです。
○説明員(齋藤諦淳君) 医師並びに医療技術者の不足状況にかんがみまして、琉球大学には四年前に保健学部がとりあえずつくられました。ことし第一回の卒業生を出す、こういうことになったわけでございます。この医学部の設置につきましては、保健学部なりあるいは付属病院の状況をにらみ合わせまして、それからその卒業生が沖繩に定着する方策なり、並びに医学部の先生方の確保が具体的にできるかどうか、こういう方策をいろいろ検討しなければ、まだ具体的に直ちに医学部が発足するというわけにはまいりません。従来総理府のほうでいろいろ懇談会等をつくって調査をいただいておったわけでございますが、四十八年度は文部省予算におきまして、琉球大学の医学部の設置に関する調査会を発足さす、そういう予算もつけて、近く調査会を発足させることになっております。そういう調査結果を待って、できるだけ早く設置をはかりたい、このように考えております。 当面、医師の養成につきましては、昭和二十八年以来国費で毎年沖繩県の方を特に日本の各大学に別に募集いたしまして、張りつけておるわけでございます。これをこの近年は毎年六十人ずつ、必ず内地の大学で教育をして、卒業後帰ってもらうということにしておるわけでございます。 こういうようにして、沖繩県の人をいままでに、昭和二十七年からこの制度を始めておりますが、六百二十一人という学生を採用いたしました。ただ残念ながら帰還した者はまだ八十八人にすぎません。それは、八十八人にすぎないということは、発足当初は十人未満の非常に少数しか採用しなかったという点がございます。大量に採用するようになった四十年代以降は六十人になったわけでございますが、これはまだ在学中あるいは卒業いたしましても研修医等として勉学をしておりますので、まだ帰れる状況にはない、こういう状況になっております。これが六十人ずつが着実に帰れるようになれば、当面、相当医師の充実については見込みがあるのではないか、このように期待しておるわけでございます。
○説明員(山高章夫君) 医療関係者の充足の問題でございますが、ただいま文部省から御答弁がありましたようなことで、特に医師は大学教育で養成することになっておりますので、文部省にお願いしまして、その点充実をお願いしたいと思っているわけでございます。それ以外の医療関係の職員につきましても、やはり学校教育が一番適当でございますので、これもまた琉球大学にいろいろお世話になっておるわけでございますが、私どもといたしましても、それだけではもちろん済ますわけにまいりませんで、四十七年度は沖繩で国立の准看護婦の養成所を新しく開設したわけでございます。 それから四十九年以降も、機会を見まして、特に沖繩の場合に准看護婦さんが看護婦さんになれる道がないために、本土のほうに移っていくというケースがかなりあるようでございますので、そういう、沖繩におりまして看護婦になれる道を開くという意味で、いわゆる進学コースといっておりますが、准看護婦さんを入学資格にしまして、一般の養成所より短い期間で看護婦さんを養成する、その進学コースをいずれ国立でつくりたいというふうに考えております。
○国務大臣(坪川信三君) 佐々木委員御指摘になりました沖繩における最も重要な医療の緊急体制の整備ということは、沖繩の保健衛生、民生安定の上において非常に重要な部門を占めておると私は見ておるのであります。したがいまして、これに対しましては、やはり施設の面とそれに携わっていただく医師、看護婦の養成、こういう問題が一番早急に配慮せなきゃならぬ大事なことだと考えておるのであります。 医療の施設等につきましては、御承知のとおりに、内地の補助率は三分の一でございますが、沖繩に関しましては四分の三の高率補助をもって施設を十分急いでおるという体制で御理解をいただきたいと思いますが、これでは決して満足のいく状態ではありませんので、こうした点を考えながら、いま厚生、文部両省から、それぞれの責任担当の政府委員から述べていただきましたような考えを持って、開発庁が推進的な役割りと調整の役割りを果たしながら、琉球大学の医学部の設置の問題、あるいは御承知のとおりに、沖繩の本島あるいは八重山、あるいは宮古その他を含めますと七十幾つかの島々からなっておる。しかも、それが御承知のとおりに離島であることを思いますときに、そうした離島の中に住んでおられるお気の毒な客観的な地位、条件等を考えるときに、こうした点も考えてのやはり医療施設の配置を考えていかなきゃならぬ。これが施設面での私の考え方であります。 また、いわゆる医師、看護婦の問題、これが非常に重要なことであります。これはもう内地も同様であると私は考えておるのでございますが、内地以上に沖繩の復帰後二年目を迎える今日、やはりお医者さんが四百八十名にすぎない、看護婦さんが千六十名にすぎないということを考えますと、内地から比べますと非常にこの点も劣っておることを考えると、やはりどうして人材を養成していくか、内地から送るというようなことも、とても、内地自体が不足いたしておりますので、私は、やはり現地におけるところのこうした養成機関の配慮をいたすべきであるというような考えを持ちますとともに、新たなる一つのシステムを繰り入れまして、いわゆる医療情報センターなるものの設置も急がなければならぬ時世だと考えております。要は、人と物との問題に取り組んでいくことが今後の沖繩の緊急医療体制の重要な部門であることを考えながら、ひとつ予算配慮にも行政指導にも留意してまいりたいと、こう考えております。 〔理事黒住忠行君退席、委員長着席〕
○佐々木静子君 これは、長官とするとこういう沖繩の特殊な事情でたいへんに御苦労が多いと思うわけでございまして、前向きな姿勢で医療問題に取り組んでいただけるということでたいへん心強く思っておるわけでございますが、結局、何を標準にして言うかという問題があるかと思いますが、形の上で沖繩が本土に復帰したというだけじゃなしに、ほんとうに医療の面でもいわゆる本土並み——本土もおっしゃるとおりに、御指摘のとおり、いろいろ問題が多くて、国民は困っているわけなんでございますが、せめても、現在の本土並みになるのは、まあ先ほどお話の厚生、文部両省に開発庁として働きかけて、十分にその体制を整えていただくということで、めどは、何年後ぐらいには本土並みになるか、大臣はどのぐらいの目標を立てておられますか。
○国務大臣(坪川信三君) 一つのめどといたしましては、私の意欲から言いましたならば、なるべく早いということでございますが、これもやはり国全体の予算上の考えもありますので、そうした点は、やはりこちらが、私のほうが積極的にひとつ取り組んでいくと。 もう一つ私は、やっぱり配慮せなきゃならぬのは、看護婦さんたちの手当ての問題でございます。内地も非常に重要な問題だと——私の守備範囲じゃございませんけれども——非常に私は、やっぱりこうした問題が大事なことだと、政治の面で強く感じておりますので、いわゆる沖繩におけるところの看護婦の養成、また看護婦さんたちの手当ての問題等をも踏まえて、ひとつ前向きというよりか、当然なことでございますので、積極的に取り組んでまいりたいと、いよいよ七月から来年度の予算の事務が開始されますので、そうした点も、私は、忘れずにひとつ配慮して、強く厚生省や文部省にもお願いいたし、私どもが指導役に立って財政当局に強く働きかけてまいりたいと、こう考えております。
○佐々木静子君 ぜひそのようにお願い申し上げたいと思います。 それからもう一つは、沖繩の医療の問題として、これは非常に特徴的なことだと思うんでございますけれども、沖繩における性病の蔓延、これは性病患者の数が、木上が、厚生省で把握していらっしゃるところで一万二千五百四十七名に対して、沖繩県だけで二千三百三十八名で、これ、人口十万当たりの罹病率は、本土が一一・九人のところに対して、沖繩が二四七・四というふうに、二十倍以上の多くの罹患率になっている。特に、この性病のうちで梅毒とりん病、この二つの病気が非常に大きなウエートを占めている。まあそういうふうに、沖繩県の病気のうちで特に性病が著しい特徴を示しているわけでございますけれども、医療の責任者として沖繩の性病対策というものを、どのように具体的な方法を考えておられるのか、お述べいただきたい。
○政府委員(加倉井駿一君) ただいま先生がお述べになりました数字は、昭和四十六年の数字でございまして、四十七年の数字を御参考までに申し上げますと、御指摘のように、やはり、本土に比較いたしましてかなり高い罹患率を示しております。梅毒におきまして沖繩が人口十万単位罹患率が四六・六、それに比較いたしまして本土が五・一、りん病が沖繩が人口十万に対しまして四四・三、それに対します本土が六・六、その他が一・一、〇・二というような数字になっております。御指摘のように非常に高い罹患率を示しておりまして、私どもといたしまして、復帰と同時に、やはりこの性病対策に重点を考えまして、保健所を中心といたしまして検診並びに治療を実施いたしておりますが、四十八年度も引き続き保健所を中心といたしましてその対策を進めてまいるつもりでございます。 特に、この性病の問題は、感染源が非常に重要なことでございまして、特に沖繩につきましては感染源調査、接触者調査というために、保健所に接触調査員を設置いたしまして、特に多い那覇、コザ保健所には、それぞれ二名ずつ配置をいたしまして、接触者調査を実施いたしております。しかしながら、この接触者調査という問題は、非常にやはり人権問題その他とからみまして、困難な点がございますけれども、私どもといたしましては、まず、この接触者調査によりまして感染源をたたくことが大事だというふうに考えておりますので、それを今後引き続きさらに推進してまいりたいと思っております。 なお現在、検査、治療とも、保健所におきまして無料で実施いたしておりますので、この保健所の利用につきましても、さらに周知徹底をはかってまいりたい、かように考えております。
○佐々木静子君 非常に御苦労なさっているということ、よくわかるわけでございます。そうして、特に、その性病の罹患者が那覇とかコザとかに多いということは、やはり基地周辺に多いということになってくるのでございまして、その基地とこの性病の蔓延というようなことが、この問題からも十分に指摘できるのではないかというふうに、私どもも、いまさらのように、基地が沖繩県民に、日本国民全体に与えている悪影響ということを、御答弁の中からも感じ取ったわけでございますけれども、非常に困難なことが多いと思いますが、ぜひともこの不幸な性病がこれ以上蔓延しないように、ひとつ万全を期していただきたいと思うわけでございます。 大臣、お忙しいところ何でございますが、沖繩において性病の罹患者が本土の二十倍というありさまで、いまも厚生省から伺いますと、特に基地周辺にそのような性病の方々が本土とまるで単位違いに多いわけでございますので、これらの対策はたいへんにむずかしいとは思いますけれども、大臣とすると、どのように対策を考えていただけるのか、これはやはり県民の健康上重大な問題でございますので、ひとつ御所信をお述べいただきたいと思うわけです。
○国務大臣(坪川信三君) 性病の発生の状況、まことに憂うべき、寒心にたえない事態でございます。私は、それの対策の前に、やはり売春行為という問題についての施策を考えてまいらなきゃならぬと、総理府の中に売春、また道徳の問題からいっての麻薬、これは沖繩のやはり大事な私は道徳に関する重要な問題だと考えます。そうした面で総理府にございますところの麻薬、売春法の委員会も積極的な働きをしていただいて、菅原通済さんが会長でございますが、累次にわたって、沖繩に渡っていただいて、行政的な意見、あるいは指導をもお願いしておるということでもございますので、元凶を断つということ、これにやっぱり全力を注ぐことがそうした問題の一つの大きな抜本策ではなかろうか。これを十分ひとつ心得てまいるということ、また、発生いたしました事態に対するいわゆる即効対策ということも必要でございますので、これらについてもやはり医療の施設、あるいはその他の問題を含めて、ひとつ対策にできるだけ万全を期したい、こまかく配慮してまいりたいと、こう考えております。
○佐々木静子君 いまおっしゃるように、この性病と並んで、それと不可分一体をなす売春の問題、そして麻薬の問題、これがいま暴力団と結びついて、沖繩では非常に新たな復帰後の大きな問題として提起されている。そういう問題にもぜひとも長官としてこの対策に前向きにお取り組みいただきたいと思うわけでございますが、この沖繩で、そういう影響もあってのことでございますが、少年犯罪が非常に多いわけでございますが、それに伴って、この少年の場合は、一般の刑務所ではなしに、一般の施設じゃなしに、少年鑑別所へ収容することが多いわけでございますが、この少年鑑別所が非常に不備である。最近伺うところでは、少年鑑別所の支所を離島に、宮古と八重山とそれから石垣の三ヵ所に設けられたそうでございますけれども、そこには男女を別々に収容する房がないために、男の子と女の子と同時に収容することができないというようなことまで聞いているわけでございますが、この少年鑑別所の施設について矯正局、法務省のほうで何かいい対策を考えておられるのか、どういうふうなことになっているのかお述べいただきたいわけです。
○政府委員(長島敦君) お答え申し上げます。 少年鑑別所につきましては、御承知のとおり、那覇に少年鑑別所の本所がございますが、ここは施設といたしましては比較的新しい施設でございまして、比較的完備しておると存じておりますが、定員が男子が二十七名でございますか、女子の定員が四名でございまして、ここは男のほうと女子のほうと別々に完全に分隔をして別の寮舎になっておるわけでございます。で、御指摘のように、離島のほうの宮古、八重山等につきましては、少年で非行を犯しまして鑑別所へ入ってくる者が非常に少のうございまして、月平均で見ますと一名ないし二名という程度でございます。それで独立の鑑別所の支所をつくるには足らない人数でございますので、拘置所の支所とか刑務所の支所がそれぞれございますが、その一部を特別の少年用の房といたしまして、少年が入りました場合には、おとなのほうとの交通はもちろん当然遮断いたしまして、できる限りの努力はしておりますが、離島のほうにつきましては、特に宮古のほうでございますか、三十四年の建設でございますので、やや古くて、いろんな設備の点で不備があるというふうに存じておるわけでございます。
○佐々木静子君 まあいろんな事情があると思うのですが、このおとなを収容する施設、まあこれは逃げないようにするとか、そういうことに主眼が要るわけですけれども、少年の場合には、やはり中へ収容して情操面とか教育面とかを非常に考慮しなければならない、その収容する意義が違うわけでございますから、やはりこれはいろいろ予算面もあるでしょうけれども、成人のあの施設を、一部を使うというのは非常に問題じゃないか。かりにやむを得ず暫時お使いになるとすれば、これは大いにこの使い方を——趣旨がまるで違うのですから、大いに留意して法務省のほうでお考えいただかないと、少年に対してかえって悪影響を及ぼすのではないかということを心配いたしますので、その点特にお願いしたいと思います。 それから、沖繩の那覇の拘置所の話ですけれども、拘置所の面会室が非常に不備なように聞いておるわけです。といいますのは、最近まで一般面会のところで一般人、一般の方の面会もやり、弁護士面会もやっているというような状態で、御承知のとおり弁護士の場合は秘密交通権を持っておりまして、時間の制限もないわけですが、同じ場所で次々一般面会の人が来られていると、弁護士もゆっくり自分の時間ばかりとっておれないものですから、やむを得ずそそくさと立ち去らなければならない。これでは十分に人権の擁護を果たすわけにいかないということで、最近やっともう一つ窓口をつくっていただいたということですが、それでも非常に不十分である。ほかの拘置所と比べると格段の差がある。しかも秘密交通権が十分守れない。というのは、面会所で弁護士のほうは部屋があって面会するが、普通は面会されるほうも個室になっているからこそ、何をしゃべっても外から聞こえないわけですけれども、那覇の場合は、向こうは廊下に立って話をするそうですね、被疑者のほうは。そうすると、弁護士のほうは個室であるけれども、しゃべる相手は廊下で筒抜けだから、だから十分に事件の打ち合わせもできなければ、事情聴取もできないということが、これは那覇の弁護士さん方の不満で出ているわけです。これは単に弁護士が困るというだけじゃなくて、そういうことであれば、県民の人権が十分に守れない重大な問題だと思いますので、拘置所の設備というものも、これは少なくとも早急に、本土もいいわけじゃないですが、先ほどの話のように早急に、少なくとも本土並みにつくり変えていただきたい、それを特にお願いするわけですが、その点について矯正局としたらどのようにお取り組みいただけますか。
○政府委員(長島敦君) 御指摘のように、那覇の拘置所につきましては、最近弁護士さんの一つ、特につくったように聞いておりますが、御指摘のように、もし不備な点がございますれば早急に調査いたしまして、実は私どものほう、一般的に沖繩の施設が悪うございますので、優先的に営繕、修繕費その他を配分して、いまの整備につとめておりますので、実情調査いたしまして、早急に処置をいたしたいと思います。
○佐々木静子君 いま拘置所の問題と関連しまして、警察の留置場がまた非常に秘密交通権が守られておらない、そういうことでいまのお話のように、警察の場合はほとんどようやく弁護士の面会室ができても、その面会される相手の被疑者が廊下とかに立っているために、話をするとみんな向こうに聞こえてしまうというようなことで、お互い何もしゃべれないという現実なようでございますが、この留置場の施設、特に秘密交通権の確保について警察は今後どのように取り組んでいただけるか、ひとつその点非常に沖繩は人権問題の意識は高いと言われている反面、またこれ復帰して非常に予想外だったと言われるくらいに人権に関する訴えが本土と比べると非常に低いわけでございますね、御承知のとおり。そういうふうな状態でございますので、せめて弁護人との秘密交通権ぐらいは確保していただかないと、これは県民の人権が守れないということが憂慮されますので、その点警察としての今後の取り組みのしかたをちょっと御所信を述べていただきたいと思います。
○説明員(小林朴君) ただいまお話がございましたとおり、施設面におきましては非常に劣っておるというのが現状でございます。したがいまして、これは早急に整備をしなければならないわけでございますが、私のほうもそれについて放置をしておったわけではございませんが、この施設のほうの問題は補助金対象でございまして、一応県の予算できまるわけであります。私のほうは、できるだけ補助金の面で、とにかくそういう接見室等につきましてこちらでプッシュをいたしまして、早急に改善をしていくということをはかりたいと思っております。
○佐々木静子君 それでは法務省のほうも、警察のほうも、ひとつ大いに、これは県民の人権問題として非常に重大な問題だと思いますので、よろしくお取り組みいただきたいと思うわけです。 それから話が変わりますが、最近の一流紙の報ずるところによりますと、沖繩の世論調査で、いま政府に何をしてほしいかというアンケートに対して、第一が物価の安定ということ、これは本土でもそうですが、特に沖繩ではそのことが要望されている。八五%までが物価の安定ということを第一位にあげているという状態でございます。これは、復帰とともに、御承知のとおりに非常に物価が上昇した。そして、復帰後生活が苦しくなったと答えている者が世論調査によると過半数を占めている。そういう状態で、復帰前に三・三平米当たり五十セントから一ドルぐらいであった僻地が、これは本土資本による景勝地の買い占めによって、平米当たり一万円以上にすでに押し上げられている。そういうふうなことで、都市部の土地もどんどんと値上がりして、特に那覇市はもうたいへんな高値を呼んでいる。そういうふうな土地の値上がりが、物価の値上げということの一番の原因になっているんじゃないかと思うわけでございます。この実態を開発庁とされてもいろいろと御検討になり、実情の把握につとめていらっしゃると思うわけでございますが、私の聞いているところでは、復帰後約三百二十億円の金が沖繩の土地に投資されて、六千万平米の土地が、これは昨年末だと思うんでございますが、本土企業によって買い占められたということも、一流紙によって報ぜられているようなわけでございますが、開発庁でこの大手の土地の買い占め業者、こういうふうなものは、大体どういうふうなものがたくさん沖繩の土地を買い占めたか、そういうふうな調査もなさっておられますか。おられるとすれば、一位から十位ぐらいまでの大きな土地の所有者、最近買い占めた、資料といいますか、そういうふうな資料がありましたらひとつ御提出いただきたいと思うわけですが、開発庁でどの程度実情を把握しておられますか、まずその点について伺いたいと思います。
○政府委員(渥美謙二君) 土地の買い占め、売買というものを的確に把握いたしますのは、御承知のように非常に困難なことでございまして、登記面で、何のだれがしが土地を買ったということがはっきり出るものはつかめるわけでございますが、大体表に立って直接に何のだれがしが買うのでなくて、現地で合併の法人をつくるとか、そういうようなことをやっているような事例が多いようでございまして、ただいまお話のございましたようなものの調査はできておりません。
○佐々木静子君 そうすると、それは全然表向きは別名の会社であるとか、あるいは個人の名前になっているとかいうようなこともあると思いますが、そういう意味で、最近大きく土地を買ったということで名前のあらわれているものがどういうところが大口にあるかというような調査も全然なさっておらないわけですか、開発庁のほうでは。
○政府委員(渥美謙二君) 私どものほうで、従来国会等に御報告いたしておりますが、これは、なるべく実態的なものをつかまえる必要があるというところから、手分けをいたしまして、市町村当局からいろいろ情報を得まして、すでに御報告したような調査はいたしております。
○佐々木静子君 そうしたこの大手の土地所有者のその資料というようなものは全然ないわけですか。もしあれば、資料として出していただきたいと思うわけです。そういうようなものは全然ないわけですか。ないとなれば、またこちらである程度集めなければなりませんけれども、あるのであれば出していただきたい。
○政府委員(渥美謙二君) 特にそういう観点から整理いたしました資料はございません。
○佐々木静子君 そうすると、どういう観点から資料を整理しておられるわけですか。
○政府委員(渥美謙二君) どの程度の土地が売買されたのであろうかと、いろいろ断片的なお話はございますけれども、まず総体として、どういう土地で、どのぐらいの地域で、どのぐらいの動きをしているかと、こういうのをつかまえる必要があるという観点からの調査でございました。
○佐々木静子君 そうすると、結局、本土の資本が沖繩の土地をかなり買ったというようなことについて、大体何%ぐらいの土地が買われたとか、そういうことも、これは新聞社でもわかっていることが開発庁でわからぬわけですか。
○政府委員(渥美謙二君) 先ほどおっしゃいました数字は、ちょっと私どもわからないんでございます。私どもは、大体百坪以上ぐらいのものを、まあ全島にわたりまして聞き込み調査というような形で調査をいたしました。それによりますと、大体復帰を前後いたしまして一年半の間に売買が確実だという土地が約六千万平米、その他うわさ程度のことであると、または賃貸借の形式であるけれども実態はどうも売買じゃないかというものがそれぞれ千二百万平米、あるいは八百万平米でございまして、合計約八千万平米ぐらいのものが動いている、こういう調査を持っているわけでございます。
○佐々木静子君 そういうことで私のほうも、おたくにその資料があると思うんですけれども、私の思っているとおりの資料でなくても、そのような聞き込みをなさったのなら、その合計を足していけば資料ができると思うんですが、各町村に聞き込みをされたというわけですから、そういうふうなもうちょっとまとまった資料というものはいつごろできるわけなんですか。これは新聞社などでもかなりよくつかんでいらっしゃるし、いろいろほかの機関がつかんでいらっしゃるのに、肝心の開発庁がわからぬじゃ私ちょっと話にならぬと思うんですが、一生懸命やっていらっしゃったら何がしかの資料があると思うんですけれども。
○政府委員(岡田純夫君) 私ども統計的に整理しておる段階では、ただいま振興局長からの説明のとおりなんでございますけれども、総合事務局ございますので、現在特に御指摘のような地価の値上がり状況というものは私ども非常に気づかっておる点でございますが、そういったことから金融機関が多くなります、あるいは沖繩銀行、琉球銀行とか、土地開発公社あるいは沖繩振興開発金融公庫の資産の評価のために評価した結果が取得の時点とはどうだったかとか、そういうふうな角度から、主として地価値上がり状況に着目しながら個々のものは、状況把握は詰めております。しかし、大手がどうという、その概念の問題もございますので、そういう角度からは調査いたしておりませんけれども、なお県当局のほうでも別の角度からまたやっておるかと思います。よく聞いてみたいと思っております。
○佐々木静子君 いろいろたいへんだと思いますが、まあおたくのほうで考えられる角度でもけっこうですから、そうした資料が統計的にまとまりましたら、ひとつぜひとも早急に拝見させていただきたいということをお願いしておきます。 そして、この地価対策というような事柄について、もう時間もありませんが、開発庁長官とするとどういうことをいま最も手を打たなければならないこととしてお考えになっていらっしゃるか。また、この沖繩の地価の高騰をもうここら辺で手を打つだけの自信がおありかどうか、そういうことなどもひっくるめて御所信を伺いたいと思うわけです。
○国務大臣(坪川信三君) 佐々木委員の先ほどからの沖繩の現在における重要な県民の大きな課題、悩みとなっておるのは、きょうの新聞等にも報ぜられましておるがごとく、やはり物価問題、物価問題の中身は、消費者物価もあるいは土地問題も含めての、卸売り物価すべてを含めての問題だと思います。もう一つは、やはり交通難の問題、これなども、私先日の国体に参りまして、なお一そう痛感もいたしておるような事態でございます。したがいまして、その土地の問題は、いま関係両局長も申しましたごとく、いわゆる沖繩全土の二・四八%が売買がうわさされ、確実であったというような取りざたもされておる、その数字的な累計の数字を見ますときにも非常に憂うべきであり、いま御指摘になりましたように、やはり開発公社あるいは県あるいは総合事務局等にも私は十分に配慮してもらって、これらに対する実態というものをやはりわれわれも知っておかなければいかぬ。これは大事な問題だと思いますので、いまも両局長にも、こうした問題大事だから、やはり県とも十分連絡をとって、実態というものを把握して、それに対してどういうような措置を講ずべきであるかということが、これらを抑制する大きな道であろうと考えてもおるわけでございます。そうした点を考えますときに、私は土地対策ということが非常に重要でございますので、内地以上の重要な問題でもございますので、いま御審議をお願いしつつあるところの土地に関連する諸法律案の制定議決がなされました場合、内地同様、沖繩に対しましても、土地の規制からあるいは土地の買い占めその他に対する抑制策とか、あるいは税対策とか、あらゆる問題に、私はやはり施策に万全を期してまいりたいと、これを一つの大きなこれからの対策にいたしたいと考えておりますとともに、屋良知事が期待された土地基金の制定の問題、いわゆる公共用地の先行投資による取得をどうするか、これもこの間も知事さんに、あの十億はひとつ生きがいのある土地対策として使ってくださいよと、特別私はお願いしてまいったのも、そういう重要な土地問題を踏まえてからの考えであります。ただ、決して楽観的な気持ちで御報告申し上げるのじゃございませんけれども、四月の中旬に全国の銀行協会が会議が開かれましたときの、いわゆる何といいますか、そのときの説明、情報等を聞きますときに、もう沖繩の土地の買いあさりは頂点に達し、峠を越したというような報告もなされておるわけでございまして、どうも南から北へ移動しつつある、そういうようなブローカーの連中が。というような一つの情報として報告もされておるわけでございますが、そういう情報には決してわれわれといたしましては甘い気持ちを持って楽観すべきでございませんので、土地問題に対してはさらに万全を期して、きびしい態度で臨んで土地の高騰の抑制をはかってまいりたいと、こう考えております。
○佐々木静子君 どうも土地問題に前向きの姿勢でお取り組みいただけるという御所信を伺ってたいへんに心強く思っているわけでございます。まあ峠を起したとかいう説があるようですが、この峠を起すまでになぜ手が打てなかったかということを私非常に残念に思うわけでございますが、これ以上土地の値上げで、また住民がせっかく復帰したのにという嘆きを続けることがないように、ひとつこの新生沖繩県民百万のために、大いに長官としてもがんばっていただきたいとお願い申し上げるわけでございます。 最後に、法務省にお願いしておりました資料、手に入りましたでしょうか。ちょっとお読み上げいただけますでしょうか。
○説明員(根岸重治君) 翻訳が完全にできておりませんので……。
○佐々木静子君 なるたけ日本語でお願いいたします。
○説明員(根岸重治君) はい。 地位協定十七条三項(a)(ii)及び刑事裁判管轄権分科委員会における合意事項四十項に従い、私は——というのは司令官で、以下三人の米兵の名前が書いてありまして、私は三名が下記の事件——というのは安富祖ウシさんが戦車にひかれた事件に関係した一九七三年四月十二日十五時十分の時点において公務遂行中であったことを証明する、こういう文章でございます。なお、念のためですが、三名の名前を書いたあとに、英文で言いますと、ワー・イン・ザ・パーフォーマンス・オブ・ゼア・オフィシャル・デューティーズ、これだけでございます。
○佐々木静子君 よくわかりました。この点については、またあとで伺いたいと思いますが、きょうは時間がありませんので、できましたらその文書を資料として委員会にお出しいただきたいと思います。私の質問を終わります。
○説明員(根岸重治君) 実は、御承知かと思いますが、それは不起訴その他の処分をしますと刑事訴訟記録になりますので、あるいは要旨という形でお出しするということになるかも知れませんが、全文そのままの写しということは従来の例にもございませんので。
○黒住忠行君 今回の若夏国体は、新生沖繩にふさわしい大会であったと思います。坪川長官は親しく参加、出席されましていろいろ御感想を持っておられると思います。その御感想を承りたいと同時に、また沖繩には諸問題が山積しておるわけでございますけれども、一そう決意を新たにしてこれに取り組んでいただきたいと思うわけでございます。その御決意のほどもあわせて承りたいと思います。
○国務大臣(坪川信三君) 黒住委員にお答え申し上げたいと思います。 期待されました沖繩の復帰記念の若夏国体、ぜひ私もその運営その他を拝見いたしたいと思って楽しみにいたしてまいったわけでございます。ちょうど一カ月半ほど前に沖繩にまいりましたときに、国体の施設の場なども視察しておったのでございますが、そのとき市長さん、あるいは知事さん、あるいは関係者当局の皆さんとともどもに見せていただきたいのでございますが、実は私は、心の中では、はたしてこれができ得るだろうかというようなひとつの危惧を持つほどまでまだすべての準備が進んでいなかったような状態でもございました。私は私なりのお願いと励ましの気持ちをささげて東京に戻ったわけでございますが、その一カ月半たちました今度の国体にまいりましたところ、市長も知事も飛行場にお出迎えをいただいて、長官、御期待を願い得る大会になると信じておりますからと喜んでおられ、私もそれはけっこうでした、ほんとうにその晩行なわれた歓迎のパーティーがございましたときにも、申し上げたのでございますが、さすがは復帰された沖繩のバイタリティーがいよいよあす示されるほどまで一体となってこれに取り組んでおられる力強さの予感を非常に深く感じましたので、そうしたものを含めてのごあいさつもいたしたのでございますが、さて、いよいよ当日になってみますと、おのおの内地における国体の実態というものの体験もいたしておる私どもといたしましては、どういう姿であろうかなと非常な楽しみと期待を持って臨んだわけでございますが、田中総理の出発に際してのメッセージもいただきましたので、そのメッセージを含めましてお喜びのごあいさつをいたしたのでございますが、非常に私は実態そのままを申し上げますならば、素朴な気持ちと御理解願いたいと思いますが、非常に感激いたしたのでございます。よくぞやっていただいたな、よくぞこんなにりっぱに運営されているな、二十七年の不幸な沖繩の歴史というものが、暗さがどこかに追いやられてしまって、そうして新生沖繩の県民一体となっていく意気といいますか、バイタリティーといいますか、一体となっているのが、あのグラウンドの中に如実に現実の上に出ておる姿は、やはり血をわけ合った民族の同じ感激をいたした一ときであったわけでございますが、私といたしましては、こうしたこと、ことに小学校の五年生の、十一歳になるかわいい小学校の学童が演壇に立たれて、そうして本大会の喜びに満ちたあいさつ、しかも、その間にあって沖繩が日本の内地に復帰した喜びが今日ほど感ぜられるものはないと言って演説されたそのことばと姿に対して、私はほんとうに深い感動を受けたほどでございますので、私は、今度の沖繩の国体は高く評価いたし、県民の皆さんに敬意を表してま上げてまいりたいと考えておるのであります。それは内地と一体となっている姿、県民が一体となってこれに取り組んでおられる真摯な姿、これに私は深い敬意を表し上げておる気持ちがここにあるような次第でございます。これがまた、いろいろ御批判もちょうだいいたすではあろうかとも思いますが、一時かなり沖繩の海洋博に対するところの批判、あるいは延期説、小規模の説、いろいろの問題が出てまいったことは、事実その間あったわけでございますけれども、私は、このとき、この国体が次の世界的な関心を集める沖繩の開発の跳躍台になっていただかなきゃならぬ、起爆剤になっていただかなきゃならぬところの海洋博に対するところの大きい一つの跳躍台になったと自信を抱いておるということを思うときに、東京のわれわれ政府といたしましても、こうした点を踏まえながら、ひとつこれらに対する今後のこうした問題と沖繩振興対策に万全を期すべきであるという使命感をなお一そう強く持ちまして帰り、田中総理にも報告もいたし、また官房長官あるいは中曾根通産大臣にもそうした点をつぶさに報告いたしまして、ひとつ大いに政府はなお一そう屋良知事を中心にした県と一体となって、国、県並びに県民一体となった姿でひとつ沖繩の開発の振興と、また海洋博の推進に取り組んでまいりたいという決意を新たにいたしてまいったような次第、そのまま率直に申し上げて御理解をいただきたいと、こう思っております。
○黒住忠行君 沖繩にはたくさんの問題がありますが、その中で、陸海空にわたる運輸交通政策を確立してこれを推進するということは非常に重要であると思います。またその場合におきまして、法律なりいろいろの規則等を適用する場合に、二十七年のブランクがあるわけでございますので、本土と同じように適用するということについてはいろいろ問題があると思うわけでございまして、いわゆる現地に即した生きた法律の適用ということが必要ではないかと思うわけでございますが、そのような方向のもとに政府がいろいろ法律規則を適用されるというふうに考えていきたいと思いますけれども、御所見を伺いたいと思います。
○国務大臣(坪川信三君) お答え申し上げたいと思います。 沖繩の振興開発をより一そう進める場合において、やはり海陸の運行の問題に対して政府がもっと積極的に取り組むべきであるという黒住議員の御指摘、全く同感でございます。したがいまして、那覇港を中心とし、あるいはその他幾つかの大きいりっぱな良港を持っておる沖繩でございますので、これらに対するところの港湾の整備、あるいは施設、桟橋等を含めましての整備をより一そう適切に促進しなければならぬという問題、非常に重要は問題であると考え、運輸省その他にお願いいたしまして、こうした面の整備と配慮を十分いたしてまいりたいと思います。 それからやはり何といっても大事なのはこの沖繩の縦貫道路、高速道路の問題でございます。これ等におきましても、建設省の了解も得つつありますので、料金問題等も含めまして、高速道路の施設にひとつ積極的な体制で進めてまいりたいと、こう考えております。また、国道三百三十一号線の使用の問題も、七月中にはこれが実施が開始されるという明るい見通しでいま進められており、地域住民にも非常な期待感を持たれておりますので、こうした道路の問題、港の問題等、陸海運行体制の整備をしなければならぬ。 もう一つは、黒住委員よく御理解をいただいておりますが、あそこの交通の規制の問題、左側と右側の問題でございますが、これがやはり沖繩県民にとっては、また沖繩の海洋博等を含めましての重要な問題点でございますので、先日参りましたとき、屋良知事とも話し合って、ひとつあの点はどうなっておりますかということについて、屋良知事も、いまたいへんおくれておりますけれども、慎重に運びたいと思っております、私はそれでけっこうですと、やはり地域住民に大きな混乱と支障を与えるということは非常にいけないことであるから、あまり、事を仕損じてはいけませんから、いまのお気持ちで県民の実感というものをとうとびながら、その規制の変更に取り組んでもらいたいということを要請いたしておりますので、こういうような点も、知事と一体となってひとつ行政指導もしてまいりたいと、こういうような気持ちでおるような次第でございます。
○黒住忠行君 全般的に全部の問題に触れるだけの時間がございませんので、少し、その中で若干の問題に触れてみたいと思います。 まず、海運の関係ですが、一昨年の八月ごろからいわゆる建造停止を一般的に政策として行なわれておるわけです。ところが、最近の情勢は変わってまいりましたので、本年いつごろ内航海運業法によるところの適正船腹量の告示が行なわれるか。また、その場合に予想される内容、そして内航海運につきまして沖繩における問題をどのように把握してよろしいか、運輸省のほうにお伺いしたいと思います。
○説明員(見角修二君) ただいま先生御指摘ございましたように、従来本土では一昨年来の非常な内航海運界の不況とそれに伴います船腹過剰の状態を呈しまして、それに伴いまして、内航海運組合の連合会におきまして、これはタンカーを除く一般貨物船の建造は、原則として今日に至るまで停止をされておったわけでございますが、最近に至りまして、船の船齢十一年以上のきわめて老朽な船につきましては、ことしの四月からこの一部代替の建造を認めることになったわけでございます。なお、そのほかの船につきましては、最近の市況の好転に伴いまして、非常に建造意欲が旺盛になっておりますので、この建造停止を何とか解除いたしたいということで、目下運輸省当局と内航海運組合連合会のほうとで鋭意検討を行なっているわけでございまして、近く前向きの結論を出したい、かように考えているわけでございます。 沖繩航路につきましても、これは本土業者と全く同一の基準で建造できるように、いま申し上げましたような線で今後指導を行ないたいと、こう考えておるわけでございます。なお、御指摘のございました適正船腹量の策定につきましては、鋭意ただいま準備を進めておりまして、なるべく早急に実態に即した今後五ヵ年間のあるべき船腹量について、早急に策定をしたい、かように考えます。
○黒住忠行君 次に、沖繩と本土間の旅客航路ですが、それにはフェリーもございます。それの現状、すなわち航路と輸送の実績、それから新しいフェリー等の申請が出ておりますけれども、これに対する結論はいつごろ出されるのか承りたいと思います。
○説明員(見角修二君) 本土、沖繩間の旅客航路につきましては、現在東京から那覇までは会社の数二社、船の数二隻、それから阪神から那覇までは一社二隻、それから鹿児島から那覇までは三社四隻、合計八隻、トン数にいたしまして四万一千トンの旅客船が現在就航しているわけでございます。 輸送実績につきましては、昭和四十六年、復帰前でございますが、東京航路が九万人、大阪航路が六万人、鹿児島航路が十一万人、あわせて二十六万人でございましたが、本土復帰に伴いまして、かなり輸送量の伸びが著しゅうございます。たとえば四十六年の六月から十二月までと四十七年の同じ期間の伸び率をとってみますと、約二五・八%という、かなり飛躍的な伸びを示しているわけでございます。こういった本土復帰に伴います輸送量の増加に対処いたしますために、多客期、特に夏あるいは春の多客期等におきましては、臨時の増便を認めますとか、あるいは非常に緊急性の高うございました鹿児島から那覇までの延航問題につきまして、これは早急に免許を行ないまして、今日に至るまで輸送力の増強措置を講じてきたところでございます。 以上のような今日までの措置済みの事案のほか、現在ペンデングになっている問題が御指摘のとおりございます。これにつきましては、東京−那覇間について一社一隻、それから阪神−那覇間につきましてはなお三社三隻、それから博多−那覇間につきましては一社一隻の現在新規の免許申請が出ておりまして、これにつきましては、現在動いております、先ほど申し上げました航路の免許の切りかえ、新しい内航の本土の航路への切りかえの申請とともに、現在運輸当局といたしましては運輸審議会に諮問をいたして、早急に結論を出していただくべくお願いをしているわけでございます。これらの事案につきましては、非常にむずかしい問題がございまして、先ほど申し上げましたように、これを全部免許いたしますのに、かなり供給輸送力が一挙にふえてまいるというようなおそれもございます。その結果、あるいは過当競争を引き起こすおそれがないかどうか、あるいはこれらが全部就航した場合に、こういった船を受け入れる港湾施設の状況がだいじょうぶかどうかというような点、その他免許基準に照らしまして、目下運輸審議会と慎重に打ち合わせをしている段階でございまして、早急に結論を得たいと思っております。
○黒住忠行君 時間の関係で、まとめてお聞きしますが、造船業あるいは造船関係工業はいわゆる無公害な工業だといわれておるわけでございます。沖繩におきましても、当然これを伸ばしていくべきだと思うわけでございますけれども、さきに船舶振興会のほうから造船業に対して融資が行なわれたようでございます。その点と、沖繩の造船業に対する見解、それからさらにヒトデ退治等で船舶振興会から今年度ですか、助成金が出るように聞いておりますけれども、その内容等を船舶局長からお聞きします。
○政府委員(田坂鋭一君) 先生仰せのように、造船業並びに造船関連工業は、非常に公害の少ない産業といたしまして、また労働集約産業でございますので、労働力を過疎地帯にとどめるというようなことで、現在非常に各地方から誘致歓迎をされておるわけでございます。そういう観点から、私ども、沖繩におきましても造船業並びに関連工業の振興ということにつきましては心がけておるわけでございまして、昭和四十五年に、沖繩復帰に先立ちまして、造船の今後のあり方というようなことを探求いたしますために政府、業界を募りまして調査団を出したような次第でございます。 さて、船舶振興会からの助成の問題でございますが、船舶振興会は、御存じのように、モーターボート競走法の定めるところによりまして、造船、造船関連工業、海難防止事業並びに海事思想の普及、観光、体育、福祉等一般公益事業の振興のために事業を行なっておるわけでございますが、その中で、造船並びに造船関連工業につきましては、直接的に運転資金並びに設備資金を貸し付けましたり、また、これらの事業の振興を目的といたします公益法人を通じまして、その公益法人に対する運営並びに事業の補助を行なっておるわけでございますが、その一環といたしまして、沖繩の造船業に対しましても、四十七年度におきまして二件、八千五百万円の設備資金を貸し付けております。また本年度は、まだ融資の公募が七月でございますので、七月までに御希望がございまして、それが適正であるということになれば、相当の資金を貸し付け得る状態にございます。 その次にまた、これは公益法人、たとえば少型船舶造船工業会を通じまして、本土と同じような形で技術講習会とか経営講習会とかを行なっております。 次に、公益事業といたしまして、ただいま先生からお話のございましたオニヒトデの駆除に対します資金といたしまして、本年度約三千万円の予算を計上いたしまして、必要なときにこれを沖繩県観光開発公社にお支払いできるように準備をいたしておる次第でございます。
○黒住忠行君 沖繩には鉄道がありませんので、陸上交通におきましては自動車運送事業がたいへん重要な交通機関であります。ところが、バスにしろ、トラックにしろ、タクシーにしろ、大部分の会社は中小企業でございますし、また、長期間のブランクもあるわけでございますので、本土と同じような運営といいますか、法律の適用ということはいかがと思う次第でございます。 現在、それらの運送事業に対する運賃の申請の状況はどのようになっているかということ。 それから次に、軽貨物自動車によるところのタクシー行為が行なわれて、もう四千台以上だと聞いているわけでございますけれども、それの対策は、タクシー事業を育成していくと、適正化していくということ。また、旅客へのPR、哲蒙ということも必要だと思います。そしてまた、取り締まりも必要だと思うわけでございまして、総合的政策によって解決をしなければならないと思いますが、それに対するお考え。 それから次に、バスターミナルも平地になっておりますけれども、ああいう地帯におきましては、やはり土地も狭いわけですから、立体化する必要もありますし、駐車場は非常に少ないわけでございますので、これを立体パスターミナルにしたらどうか。その場合におきましては、特殊の助成措置を考慮すべきではなかろうか、こう思うわけですが、その三点につきまして、時間の関係で、ひとつ簡単にお答え願いたいと思います。
○説明員(高橋寿夫君) お答申し上げます。 まず初めのお尋ねのバスとタクシーの運賃の申請状況等について御説明申し上げます。 現在沖繩におきましては、バス事業者が本島で五社ございます。それからその他離島に十三社ございます。そうしてバス運賃の賃率は、本島の場合にキロ当たり四円十九銭でございます。これは本土に比べまして相当低い賃率でございます。離島につきましては、まちまちでございまして、三円五十二銭ないし六円八銭と、いろいろ段階がございます。たとえば、那覇の市内におきましては、二十五円均一という料金でございます。すでに本土におきましては、市内均一の場合に四十円あるいは大都市では五十円というふうな賃率が適用されておりますのと比べますと、相当に低うございましてそうしてこれらのバス会社の経営状況は非常に悪うございまして、たとえば本島の五社の赤字の合計が三億五千万円というふうなことになっておりますが、こういうことでございまして、バス会社はすでにことしの四月二十五日に運賃値上げの申請をいたしております。なるべくすみやかにこれを審査いたしまして、適正な運賃を認可するようにつとめたいと思います。 それからタクシーにつきましては、現在いわゆる小型タクシーが一・四キロメートル七十円という料金でございます。これも本土に比べまして相当低い水準でございます、これにつきましては、まだ運賃改定の申請が出ておりませんけれども、近く現地におきまして申請を取りまとめて出すということを聞いておりますので、これにつきましても、出てまいりましたならば、すみやかに審査をいたしたい、こう思っております。 それからタクシーに関連いたしまして、いま御指摘のように、沖繩ではいわゆる軽貨物自動車にお客を乗せましてタクシー類似行為をやっているということがございます。この車両数が四千近くあるということでございまして、本来のタクシーの車両数三千両よりもむしろ多いということでございます。これは形式的には明らかに道路運送法違反でございますけれども、沖繩というところの特殊な事情、非常に復帰直後で、まだまだ一般産業がなかなか振興しないために、働きたい人がかなり余っているというふうなことでありますとか、あるいは沖繩の都市内におきまする交通混雑状況等々から見まして、なかなか私ども形式的に違反だからというだけで根絶やしにするということも、かえってまた社会的混乱を招くおそれもあるということも考えまして、現地の警察当局と連絡いたしまして、悪質なものにつきましては取り締まりを行なっております。ただ、先生お示しのように、やはりタクシーの供給力が足らないからこういったものが出るということもございますので、現在沖繩の総合事務局のほうに出ております免許申請、二千四百件ございますが、これは個人タクシーでございますけれども、これをすみやかに審査をいたしまして、できるだけ早くたくさんの正規の個人タクシーを免許いたしたい、こういうことでいま事務を急いでおります。そうしてそれと並行いたしまして、この違法な軽貨物自動車によりまするところのタクシー行為を取り締まりたい、こう考えております。 それから第三番目のバスターミナルの問題でございますけれども、沖繩は、お示しのように、鉄道がございません。バスが唯一の大量交通機関でございます。そうしてまた、バスの走りまするところの道路状況はよくございません。特に市内におきまして劣悪な状況がございます。したがいまして、基本的には、道路環境の整備ということが先決でございまして、道路建設当局にお願いいたしまして、できるだけ早く市内道路の整備をお願いいたしたい、こう思っております。そして考え方といたしましては、市内交通と市外交通を分けたい。その場合に、どうしても市内と市外の接点になりますところにターミナルが要ります。現在約四千坪の土地に平面のターミナルがございますけれども、これは平面でありますために、せっかくございましても、五十八号線に出るルートがありません、非常に込んでおります。そこでお示しのようにこのターミナルを立体化いたしまして、市内のターミナルから市外の五十八号線に高架で出られるというふうにいたしまして、市内市外の交通を分離いたしまして、両々相まって沖繩のバス交通を円滑化したい、こういうふうに考えております。ただ、その場合でも非常に金がかかります。私どもやっておりますところの沖繩開発公庫への融資あっせん等では、ちょっと手ぬるいこともございますので、これはまだ先のことでございますけれども、できれば公共事業費等の何らかの御援助をお願いいたしまして、バスターミナルを整備する方向を考えたい、こういうふうに思っている次第であります。 以上でございます。
○黒住忠行君 時間がございませんのでまとめて。 佐竹理事長来ていただいておりますので、四十七年度における開発金融公庫の融資実績の中で、運輸交通関係というのの実績が、ホテルを含めましてどのようになっておるか、そして理事長として沖繩の運輸交通ということにつきまして、いろいろ助成をしていただいておると思うのでございますけれども、どのようにお考えか、承りたいと思います。 それからもう一つは、先ほど坪川長官から触れていただきましたが、いわゆる通行区分の切りかえの問題につきましては、警察のほうでもいろいろ御研究でありますし、事務の取りまとめ等もやっておられると思いますので、これをお伺いいたしまして、私の質問を終わらしていただきます。
○参考人(佐竹浩君) お答え申し上げます。 ただいま黒住委員からお尋ねのございました沖繩振興開発金融公庫におきます四十七年度中における運輸関係の融資の貸し付けの実績がどのようになっておるかということでございますが、この運輸関連の貸し付けにつきましては、当公庫の中の産業開発資金でございますとか、あるいは中小企業関係の資金でございますとか、生業資金といった各種の資金からこれが賃し出されるわけでございます。その主力は、ことに運輸交通関係は産業開発資金の関係でございます。 当初この産業開発資金の予算のワクといたしまして百十億円を予定いたしておったわけでございます。総額百十億円でございます、この中には運輸以外、通産その他各省関係の資金を予定しておったわけでございますが、その百十億のうち、運輸関係といたしましては、おおむね四十五億円程度を実は予定をいたしておったわけでございます。実際に四十七年度の貸し付けを締めてみますというと、総額で百十億のうち運輸関係の融資は六十五億一千五百万円という当初の予定よりも二十億円ほど多い貸し付けの決定をいたしております。これは特に海運関係、離島航路等を中心といたしました海運関係、それからさらには航空の輸送力の増強、あるいは倉庫、那覇新港のアジア地区に新しい倉庫を増設するという問題等々ございまして、それらを含めまして総額六十五億を若干こえるという決定になっております。 なお、今後における沖繩の海陸空の運輸交通についての考えはどうかというお話でございますが、これは先ほど来、開発庁長官並びに運輸省御当局からるるお話がございましたとおり、私どもも全くそのように同じく考えておる次第でございまして、ことに、この沖繩におきましては、陸上交通は自動車、バス以外に実はない状況、また、離島方面の各遠隔地における交通の一そうの迅速化といったようなことから、海陸空の輸送力の増強につきましては、国の方針に沿いまして、金融公庫といたしましても、できる限りこの融資を進めてまいりたいと、かように考えておる次第でございます。
○説明員(寺尾繁君) 沖繩の通行区分の問題でございますが、大綱的には先ほど坪川大臣からお話されたとおりでございます。 本来、現法律のままでいきましたならば、三年を過ぎた日以降の政令で定める日ということになっておりますけれども、当初、法律の制定当時予想されませんでした海洋博覧会が本ぎまりになったということで、海洋博の前後いずれがいいのかという問題が出てきたわけでございます、この問題につきましては、もし切りかえるとすれば、沖繩の全面的な支援を必要とするようなこと、あるいは沖繩県民の生命、身体の安全にも非常に影響があるというようなこと、さらにまた、この問題につきましては警察庁のみならず、関係の運輸、建設、大蔵等の調整をする必要もございます。そうしたことで関係省庁、きょうも午後四時から総理府に寄って協議をするのでございますけれども、今後事務的に十分海洋博の前後いずれがよいか、メリット、デメリットを詰めまして、事務的な結論を得た上で政策的な判断を仰ぎたいと、かような段取りになっておる次第でございます。
○鈴木美枝子君 坪川長官、先ほども長官は祖国復帰記念若夏国体においでになりました感動したお話を伺いました。その成果はいままで沖繩の住民の人、それからスポーツや古典舞踊もあったようでございますけれども、あれはやはり総合的な教育の結果だと私は思うんです。本土の国体などと違うところは、民族舞踊も、やはりこちらのほうで、何県でやるのとはだいぶ違うようでございますし、それからブラスバンドなども生徒の、子供さんたちがやったようでございます。そしてまたこちらでしたら警察とか自衛隊があのバンドはやるんでしょうが、その点もずいぶん違うようですね。教育の成果が文化の花を開いたといいますか、スポーツにも思想がありますし、演芸にも思想がありまして、そしてそういう美しいものができ上がったんだというふうに長官が感激していたのを私はそういう立場でとらえました。あれは相当けいこをしたんじゃないでしょうか。三月ごろからきっとやったと私は思います。そして五月の三日から四日間、とてもすばらしいあの若い人たちのエネルギーが、急にできたんじゃなくて、長い間の教育の、スポーツの成果が、こちらのほうのスポーツの若い人たちを迎えてやったんだというふうに私は思います。 そのやっている最中に、世界一の軍事力を持つ、先ほど一二%の基地と言いましたけれども、アメリカ軍とそれから世界第七番目でしょうか、自衛隊の日米合同演習ですか、軍事演習、国体の練習中に演習がありましたけれども、あの演習は何のためにやっているんでしょうか。防衛庁の人はおいでになりませんでしょうか。大臣でもいいです。何のためにやっているんでしょうか。私なぞ女は、簡単なことばで聞いて、簡単なふうにお答え下さいませ。
○国務大臣(坪川信三君) 冒頭、鈴木先生のおっしゃった御質問でございますが、これはやはり演劇、芸術に深い鈴木委員として高く評価しておられることを私もうれしく思います。集団演技を見ますときに、やはり沖繩古来の文化を、どこかにひそんでおるその民族の誇りの文化がその律動の中に表現されている、それも沖繩県民一体となってやっておる、若きも、あるいは婦人も、青年も、壮年も一体となって、一つの美しい美を発揮されておる、私はそうした面で率常に深い感動を受けました。また、鼓笛隊に至りましても、あるいは合唱団に至りましても、あるいは吹奏楽団にいたしましても、すべて学生生徒——内地でございましたら、消防庁とかあるいはその他の大人の方がそうした役割りを果たしておられるのにかかわりませず、沖繩の次を背負っていただかなきゃならん若い世代の方々が、教育の実った姿でこれに取り組んでおられるところに、私も深い感動を受けたようなわけでございまして、この点はともどもひとつ評価していきたいと、こう思っております。 次は、先生にとっても大事な問題でもございます れども、沖繩がその民族的な、県民的な祭典をやっているさなかに、日米合同の演習がやられておるということは、私は、つゆ知りませんでした。また、そうした行なわれたことも、実態ということも私現実には把握いたしておりません。 ただ、これは当然なことではございますけれども、あの沖繩の国体のときに、あの基地の使用というものを暫定的ではありましたが、あの基地内の二百三十一号でございますか、使用を認めた、あれは当然ではございますが、当然の姿として私は喜んだわけでございます。こういうようなことは当然でございますから、ここで事誇らしげに報告する必要はございませんけれども、日米関係のそうした問題はそうした姿で、両国が一つの良識と誠意を持った姿で協議の場を続けていけば、必ずわれわれの悲願が、一つ一つもつれが解けていくのではなかろうか。こういうような気持ちで、私は、やはり沖繩の何といっても重要な基地の整理縮小という問題に対して、熱意をもって積極的に取り組んでまいりたいと、こういう考えであることを御理解願いたいと思います。
○鈴木美枝子君 大臣は、軍事的共同の演習については御存じなかった。今度調べておいてください。だけど、それはやっぱり国体にぶっつけたと私は思うのです。住民の方たちの、またそこで行なわれた子供さんたちの長い間の教育の成果を住民全体に軍事的に演習をぼやかしていく目的もあったんじゃないか、そういうふうに私は思うんです。で、だからこそ住民の人たちが自衛隊に対しての反戦的と言いますと、反戦ということばに対する受けとめ方がいろんなふうにありますけれども、女の私は、反戦ということばは、平和という裏づけの中で、平和を要求する人々にとって、自衛隊が来ることに対して沖繩の方がたいへんに危惧をするということは当然あると思うんです。——すみません、大臣、読まないで聞いてください。その国体の中へ、自衛隊のあれは野球チームでございます。それから重量上げ、重量のほうは四人でございましたね、埼玉県から。それから佐賀県から、野球チームは十四、五人でございましたでしょうか。その演習の四月の前後のときに沖繩の人たちが来ないでくれと佐賀県のほうへ申しましたときに、文部省の方、文部大臣はどう言ってお断りになったんですか、大臣がいらっしゃいませんから、澁谷局長さん。
○政府委員(澁谷敬三君) 今度の復帰記念の沖繩特別国民体育大会は、先生も御承知のように、復帰を記念いたしまして、国家的な行事として行なわれたものでございます。主催は沖繩県、日本体育協会、文部省、三者の主催で行ないました。このスポーツの競技大会、アマチュアスポーツの競技大会におきましては、社会的な身かとか職業とか、そういうことで差別はしない、本別は許されないというのが基本的な考え方でございまして、これは単に日本のみならず、国際的な一番大きな競技大会はオリンピックでございますが、オリンピック憲章などを見ましても、第一章根本原則というのがございまして、その第一条に、オリンピック競技大会はすべての国のアマチュアを公正かつ平等な競技会に参集させる、これは直訳でございますから意訳いたしますと、参加するに際しては、公正かつ平等に参加させる。それから大会においてはいかなる国家または個人に対しても、人種、宗教または政治上の理由から差別待遇することは許されないということが書いてございますが、これは国際的にも、各国におきましても、およそアマチュアスポーツ競技大会の基本的な考え方になっている。それで、佐賀県におかれましては、たとえば今度自衛隊に所属する選手が県の代表として参加されたのは陸上競技で七人、それからボクシングで一人、それからウエートリフティングで四人、軟式野球で十四人ございました。これはいずれも各県におきまして、県の、この特別国体に参加いたします県代表選出のルールによりまして選ばれた県の代表でございます。県の代表といたしまして参加をし、参加する場合は所属がどこであろうと、これはスポーツマンとして参加するわけです。そういう基本的な考え方がまずございます。 それから、沖繩県のいろいろな御事情から、一部におきましてそういう自衛隊に所属する選手の参加反対というようなことが新聞報道等でも報ぜられておったわけでございますが、この三月三十日に特別国体の全国連絡者協議会というのが東京で開かれました。これは各県の選手団の総監督会議に当たるものでございます。沖繩県当局からも、この新聞報道等におきまして心配をかけております自衛隊の参加の問題につきましては、県としては最善の努力をいたしておりますので、自衛隊に所属する方が都道府県代表選手団として参加することについては御安心の上御来県いただきたい。この際、派遣の選手に対して御迷惑をおかけしないということも県としては表明をされておったわけでございます。 それから佐賀県の問題が起きました時点におきましても、この特別国体の幹事会が東京で開かれまして、沖繩県からもおいでになっておりましたが、この三月三十日の考え方は佐賀県の問題が起きた時点でも変わりはないということを確認されておったわけでございます。 大体そんなようなことで……。
○鈴木美枝子君 法律はそうかもしれませんけれども、またもう一つ過去においてはサンフランシスコ条約のそういう法律もあるわけで、住民の方たちが、その国体の会場さえも市民の方たちの手で地ならしから、子供さんがブラスバンドをやるという、そういうふうな形の中で祖国復帰を望んでいるという中で、やめてくれということをどうしても通さなければならない理由がそこにあると思うんです。それは大臣お答えになってください。
○国務大臣(坪川信三君) 決しておことば返す意味じゃございませんけれども、私はスポーツには政治にはなしという気持ちであり、また、国体に政治を入れてはいけないと、こう思っております。そうした立場から考えるときに、佐賀県で優勝したチームがどんなチームであろうと、優勝したという事実と、やはり人間の人権というものを思うときに、差別を加えてそれを拒否するということは、私はどうしても真の民主主義を考えたときにどうも納得がいかないというような気持ちもいたします。 先ほどおしかりいただきましたが、きょうの新聞をちょっと見ておったのでございますが、きょうの新聞の沖繩の現地の世論調査などを見るにつけましても、やはり自衛隊というものが必要であると、沖繩においてやはり公共事業の推進、あるいは台風等の復旧、あるいは生命、財産の保持というような立場から、戦争につながる自衛隊ではなくして、平和へのための、民生安定のための自衛隊というものには賛成だという意見が半分占めておる。私はやはりこの半分の気持ちも謙虚にやっぱり聞くべきであると、こういうような気持ちを持っておりますので、これは私の守備範囲じゃございませんけれども、文部省がとられた態度というものは私は当然ではなかろうかと、こういうような気持ちを持っております。
○鈴木美枝子君 五月の三日から始まったわけですから、五月の二日に那覇に船で着きますときに、反対の人たちが大勢港に来ました。どうしても正面から上がることができなくて、裏の港から入ってった。そのあと機動隊が出ているわけでございますけれども、あのたてを持つというのは、たてを持つことをやめてもらえませんでしょうか。やはり民族のスポーツのそういうものにたてを……、機動隊の方おいでになりますでしょう、お願いしてありましたから。 たてを持つことはやめることはできないんでしょうか。そういうスポーツの、いま大臣がおっしゃったようなスポーツのたてまえを持ってしたとしたら、たてを持つのはやめてもらいたいんですけれども。
○説明員(室城庸之君) お答え申し上げます。 五月三日から御承知のように四日間沖繩県で特別国民体育大会があったわけでございますが、これについては県知事はじめ関係機関団体がこぞってこれを成功裏に大会を進行したいというふうな願望を持っておられることでもあり、警察といたしましても、万事円滑に大会が運営されるということで、最大限の努力を惜しまないという姿勢で動いてまいったわけであります。その中で、一部の自衛隊の上陸を阻止するとか、あるいは文部大臣の来県を阻止するというふうな人たちの動きが早くから出ておるということを私ども承知しておりましたし、県当局といたしましても、こういった人たちの反対行動のために大会運営が支障を来たすということになっては困るということで、何かの際には警際のそういった面での協力もぜひお願いしたいということを、あらかじめ要請をいただいておったわけであります。たまたま五月の二日の日に、ただいまおっしゃいましたような選手団が船で到来するという時点で、反対派の人方約五百人ばかりが波止場のところに集まりまして、絶対に上陸させないというふうな動きを見せておりました。もちろん警察といたしましては、そういった反対行動のために行事が滞るということにならないように、また、現場でいろいろ暴力ざたなどにならないようにということで、警戒のために部隊を前進させておったわけであります。結果的には、警察官が一人投石のためにけがをするというような事態も起きておるわけでございますけれども、われわれは、たてをいわゆる場違いのものというふうには考えておりませんで、実際に防御用の用具ということで通常も使用しておるわけであります。したがって、理想を言いますと、そういったたてを使うというようなことにならないで、事態が円滑に進行するということが実は警察としても希望するところでございますけれども、必要に応じてこういった防御用の用具を使用せざるを得ないという現実がありますこともまた御了察願いたいと思うわけでございます。
○鈴木美枝子君 いつも持っていらっしゃるから、かれているんじゃないでしょうか。私なぞ俳優ですから、持ちつけているものを持っているとたいへんなれてきまして、客観的にそのものがどういうふうな姿をしているかということに気がつかないでいることも多うございます。先ほどスポーツに対して政治が介入しないと佐賀県の問題でおっしゃいました。ああいうものを持っていると国が介入していると、国の権力が介入しているように見えるんですけれども、私は、一番先に日米軍事演習をしていると、そのさなかにやっているというふうに言いました。米軍が剣をそのまま抜いて出す、あそこは小さい島ですからというようなことも前にありました。剣を出すのとたてを持っているのとの間にはさまった住民の人たちが、子供たちが、小さい青年たちがやはり見るでしょう。それを見ながらスポーツをすると。ちょっとやめてほしいんですけれども、そういうことは。そのなれ方をやめてほしいんです。そのものを持つことになれていることをやめてほしいんです。
○説明員(室城庸之君) おっしゃいますように、警察としても決して好きこのんで持っているわけじゃございませんで、できるだけそういう事態にならないで済んでほしいということを期待いたしまして、実は反対行動が早くから計画されておるというようなことも事前に承知いたしておりましたので、県知事はじめ関係の方々には、そういった反対行動をとられる方々に、どうかそういった混乱を招くようなことをしないように、十分当事者の間で警告あるいは指導してほしいということをあらかじめ再三繰り返してお願いしてまいりました。その結果、県当局がそれぞれの関係機関でそういった反対行動をとられる方々に対して事前に十分のお話し合いなり御指導があったように承っております。なおかつ、現実にそういった反対行動があらわれ、そこでいろいろ混乱の事態を招くようなことがあったということについては、おっしゃるとおり、はなはだ遺憾でございます。私どもできるだけそういった事態にならないように、最善の努力をしておるわけでございます。なお、警備の内容におきましても、常時出動服を着てたてを持ってというようなことがあたりまえだというふうには絶対考えておりません。御承知のように、いろいろな催しの実態に応じまして、制服で行く場合もありますれば、婦人警察官を先頭に立てて行く場合もございますれば、いろいろ対象に応じて私どももこまかく気をつかっておるわけでございます。ただ、受傷事故防止というようなことのためにも、防御用の用具を持って出なきゃならないというような現実がありますことについては、はなはだ遺憾でございますけれども、現実やむを得ず、私どももそういった事態に応じてこれを携行するというようなことにいたしております。
○鈴木美枝子君 たては、本来は何かのときに自分を守るものだと思うのです。沖繩の方たちは絶対にそういうことをしない人たちだということを信じるたてまえにおいてあれをやめるべきだと私は思うんです。自分を守りながら、自衛隊の選手の人たちを守るという、沖繩の人を守るという立場においてあれをやめるべきだと私は思うんです。 〔委員長退席、理事黒住忠行君着席〕 五月二日に船、裏側から入って、宿舎まで自衛隊の人たち、百幾人の人たちに守られながら、また宿舎で毎日毎日守られながらあのスポーツの会場に行ったということを現地の人から私は話を聞きました。そういうことが沖繩の方たちの歴史の中でどういうものを持つか。自分を守りながら、相手を守りながら、沖繩の人を守らない結果を生むようなことがあっては私はいけないんじゃないか。政治が介入しないなら国が介入したという、そういう形にもなるということを、私は、よく沖繩の方たちが、沖繩の人たちの心をわかってくれ——心をわかってくれと言っているのはどういうことかというと、ああいう自分を守るものを持ちながら自衛隊を守るという形ではない、その心を知るということが大事なことなんだと私は思うんです。それこそは政治だと思うんです。そういうふうにしていただきたいと思うんです。だからやめていただきたいんです。
○説明員(室城庸之君) 繰り返し申し上げるようでございますが、私どもは、今度の国体につきましても、特に沖繩復帰の記念すべき特別国体ということで、警察的にも十二分にこまかく気をつかって、大会運営に支障のないように、陰の力で努力をいたしたいというふうにつとめてまいりました。また、現実に交通処理などにつきましても、かなり警察力を導入しておるわけでございます。それだけで事が終わることを実は私どもも心から念願いたしておりますけれども、現実に出てまいります事象に対しましては、警察の責任上、これを適宜措置していかなければならないということも、また、私どもの責任の一つでございまして、その点決して過剰にわたらないように、いわゆる警察比例の原則と申しますか、現実に措置しなければならない事態の度合いに応じて私どもも警察力の運用を考えるということで、必要やむを得ざる点につきまして、それなりの措置をとったという点につきましては御了承をいただきたいと思います。
○鈴木美枝子君 いままではたいへん人間的な差別があったわけで、いま起きようとしていることは経済的差別だと思うんです。大きく切り開かれていくと思うんです。さっき土地の問題だのいろいろ出てまいりました。たとえば看護婦さんの問題にしましても、病院が閉鎖されるのに、本土に来て、また、いままでやっていた、年をとった看護婦さん、准看制度というのがあって、八ヵ月ぐらいまた教育の受け直しというような、だから、ますますもって足りなくなると思うんです。こまかく言ったらいろんな差別がある。海洋博覧会をやるについても、土地を買われるということの中で物価が上がっていって、農業のこともこの間ここでやりましたんですけれども、経済的差別の上にまた人間的差別が起きないようになることが沖繩の人の心がわかるということだと思うのです。 私は美里小学校五年生の子供さんから詩をもらいました。この詩には祖国復帰の日から最近のことを簡単に書いてあるのですけど、よく沖繩の子供さんの心がわかるのです。美里小学校五年生知念さん。 おばあちゃんが言った。 「世の中がいく度も変わって、ヤマトセ、アメリカセと変り、通貨が三回も変った。何がどうなることやらチットモ落付けない」 おばあちゃんはそう言いました。 おかあさんが言いました。 「もうこれからは変りませんよ、心配なさらないで下さい。アメリカセは終りました」 とおばあさんに答えた。 小学校五年生の子供は、 「カデナ基地もなくならないのに、アメリカセはまだ終らないさ」 と言った。 その子供たちが、国体で力一ぱい私たち日本人みんな一緒に見せようとした姿だと思うのです。そのときに、たてはやめてください。 終わりです。
○藤原房雄君 沖繩の問題につきましては、先輩議員の方がいろいろな角度からお話ございました。まだまだ問題は山積しております。私もそれらの問題についていろいろお聞きしたいと思っておりましたが、次回に譲りまして、まあこれは毎年のことでございますが、やはり北方領土のことにつきまして、時期からいいましても、ここでひとつ、毎年毎年行なわれますので、またかという気持ちじゃなくして、ひとつ非常に大事なときを迎えておりますので、この問題につきまして、真剣にひとつお考えいただきたい、ともに考えてまいりたい、こういうことで北方領土の問題につきまして、二、三お伺いしたいと思うのであります。 まず、いろいろな問題がございまして、これは各大臣にきちっと来ていただいて、一つ一つお伺いしたいところでございますが、いろいろな御都合があるようでございます。どうか、大臣のかわりにいらっしゃいました長官または参事官の方々、ひとつ大臣にこの意向をよくお伝えいただきたいと思いますし、また、冒頭申し上げましたように、この北方領土の場合は、現地に島民の方がいらっしゃらないだけに、沖繩とは違った考え方がどうしても出てくる。沖繩の場合は、そこにもう百万からの方がいらっしゃいますので、少しでもこれらの方々のためにという真剣な気持ちがあったろうと思いますが、たとえ北方領土にはお住いにならなくとも、ここから引き揚げていらっしゃった方々が、一万何がしの方々がいらっしゃるわけでありますので、どうかそういう点でひとつ真剣な気持ちで、また大きくいま変わろうとする外交交渉やいろいろな問題の中にありまして、お考えをいただきたいと思うのであります。 まず最初に、外務省の関係のことについてお伺いしたいのでありますが、外交上の問題につきましては、これは大臣に直接お伺いをしなければなりませんので、この点については避けなければならないと思います。非常に重要な問題であります。ただここで、田中総理が、まあ十月訪ソというような当初の考えのようであったのでありますが、これはまあ八月になったということ、それからいままでまあ難航に難航を重ねておりました漁業交渉というものが、このように十月から八月になったということとともに、非常にまた高い政治的判断といいますか、いままで難航をきわめておりました漁業交渉が急転直下と申しますか、妥結の方向に進んだという、こういうことも考えられるわけでありますが、特に八月と申しますともうすぐであります。こういうことからいたしまして、この日ソ平和条約締結、その前におきまする第二回の交渉という、こういう時代背景の中にありまして、外務省としては、また特に大平外務大臣は諸外国を回ってこられたわけでもございますし、これは対ソ問題のことではないかもしれませんが、そういうことからいたしまして、感触として明るい見通しが、また本年懸案の事項が大幅に話し合いがつくような感触があったのかどうか、外務省としてその辺どのようにとらえていらっしゃるのか、まず冒頭にその点お伺いしたいと思います。
○説明員(山田淳治君) お答えいたします。 領土問題を含む平和条約交渉につきましては、昨年一月、グロムイコ外務大臣が定期協議のためにわが国に参りまして、その際に、平和条約交渉を年内に行なうという合意ができまして、その結果に基づきまして昨年の十月大平外務大臣がモスコーを訪問いたしまして、そこでグロムイコと福田前外務大臣の合意に基づきます平和条約交渉を開始したわけでございます。しかしながら、領土問題につきまして合意が達成されないので、引き続き交渉を行なうという合意をして、その交渉を終わったわけでございます。その後、ソ連側におきましても、ブレジネフ書記長が十二月の演説で、第二次大戦後未解決の問題を解決して平和条約を結ぶ必要があるというような意向を表明いたしまして、ソ連側でも非常に積極的に平和条約を結ぶ意向が見える次第でございます。 総理の訪ソにつきましては、先生いま八月とおっしゃいましたが、具体的にソ連との間に、いつにするかということはまだ未定でございます。しかしながら、もしそれが実現すれば、当然領土問題について交渉が行なわれると考えます。ソ連の態度がどうであるかということでございますが、この点に関しましては、先ほど申し上げましたとおり、ブレジネフ書記長が第二次大戦後未解決の問題を解決する必要があるということを言っておりますが、具体的に領土問題に関して従来と変わったことを言っているというような徴候はございませんので、われわれとしては決して楽観しておりません。しかしながら、われわれとしては、今後ともねばり強く、わが国の主張を貫くようにいたしたいと存じております。
○藤原房雄君 次に、いまのお話はもうちょっとお聞きしたいんですが、外務大臣の七十一国会の所信表明の中に、北方領土問題につきまして、「政府としては今後とも、北方領土問題に関する基本的立場を堅持しつつ、広く世論の支持を背景に」云々と、こうあるわけですが、「北方領土問題に関する基本的立場を堅持しつつ」、この「基本的立場」というのは、現在の外務省としてどのように、どの範囲のことを言っているのか、その点ちょっと明確にしてください。
○説明員(山田淳治君) 政府といたしましては、歯舞、色丹のみならず、国後、択捉両島は日本の固有の領土である。したがって、この歯舞、色丹、国後、把捉の四島の返還を要求するというのが政府の立場でございます。
○藤原房雄君 まあ、これは大きな問題で、また大臣が来たときにあれしますが、外交的な問題についてはやはりもっとはっきりさせなきゃならない問題がございますが、それは一応さておきまして、当面する問題何点か申し上げたいと思いますが、一つは、やはり田中訪ソですね。これは領土問題を抜いては考えられないわけでありますけれども、田中総理が現地へ行かれまして、まあ話し合う第一の条件というのは、とても避けて通れないのがこれは領土問題だと思いますが、それに伴いまして、その問題はさておくとして、現実的ないろんな問題につきましても、ぜひ話し合っていただきたい。そしてまた、もと島にいらっしゃった方々が心から熱望している何点かがあるわけでありますが、これらにつきましても、決しておろそかにしてはならない。はっきりお話し合いをしていただいて、大きく前進さしていただかにゃならない問題がたくさんあるわけです。 その一つは、まあ人道上から言いましても当然のことでございますが、墓参の問題です。この経過につきましては、いろいろ資料をいただきましたし、私も十分承知しておりますけれども、いずれにしましても、四十六年、四十七年行なわれなかったわけであります。御存じのとおり昭和二十年、終戦当時一万六千といわれておりました方々が、だんだん老齢化しておりますし、早くに墓参を果たしたいという、この気持ちは当然わかるのでありますが、この四十六年、四十七年に実施されなかったということから、地元におきましても、早くから、この四十八年こそ何とかひとつ実施していただきたいということで、いろいろ準備をなさっておるようであります。特に、択捉につきましては、いままで一度も墓参に行ってないわけであります。こういういままでの懸案であります問題につきまして、ぜひ大きなひとつ転機といいますか、総理がいらっしゃる中におきまして、いままで懸案であったこの問題を大きくひとつ道を開いていただいて、戦後二十数年行きたくても行けなかった。しかも、人道の上から申しましても、墓参ということは、まあ大事なことでもありますし、この計画を進めるように強力に交渉していただきたい。これはまあ地元の強い要望であります。この墓参につきましては、やはり外務省が大使館を通じて交渉なさるんだろうと思いますけれども、四十八年度につきましては、外務省として一応の考え方をまとめられてお話ししたかどうか、これからなさるのかどうか、また田中訪ソのときにこの問題についても十分な話し合いをなさるのかどうか、この辺のいきさつについてちょっと。
○説明員(山田淳治君) ソ連地域への墓参は、昭和三十九年以来毎年行なわれているわけでございますが、ことに昭和三十九年以来北方諸島についても墓参を行なってきたところでございますが、ただいま先生御指摘のとおり、四十六年、四十七年につきましては、ソ連はソ連本土ないし樺太の墓参は許しましたが、北方地域に対しては、これは外国人の旅行禁止地帯であるという理由で、これを許さなかったわけでございます。しかしながら、われわれとしては、ぜひこの北方諸島への墓参を要求していく所存でございまして、本年につきましては、ソ連本土、樺太及び北方諸島のうち歯舞島、色丹島、国後島、そしてまた先生が御指摘の択捉島につきましても、それぞれ墓参個所を指定いたしまして、すでに駐ソ大使館に訓令を発して、ソ連政府と交渉する手はずを整えておるわけでございます。まだこの訓令が執行されたという報告がございませんが、近く駐ソ大使館のほうからソ連の外務省に申し入れることになると存じます。
○藤原房雄君 まあ北海道では、一月に少なくとも総理府のほうに要請されたと、こう言われているのです。御存じですか、総理府長官。
○国務大臣(坪川信三君) 十分承知いたしております。
○藤原房雄君 十分承知しても、外務省へもう少し強くひとつ働きかけていただいて、もう五ヵ月もたつのに、いろんないきさつがあるかもしれませんけれども、一つも交渉のまだ手だてがないということでは、これは総理府としましてもまずいんじゃないですか。やはり日本人の慣習として八月ですね、お盆のときに行かしていただきたいというのがこれは当然のことです。地元からも八月十日から三十一日、四泊五日で行かしていただきたい。 それから、こういう話し合いはなるべく早くしていただかぬと準備の都合もある。いつも船がどうだこうだというようなことでもめておる、こういうことも総務長官十分御存じないかもしれませんけれども、よくひとつこれ勉強していただきまして、早くにやっていただかぬと困るんです、実際。これは相手のあることですから、きょう聞いてあしたというわけにはいかないかもしれません、外務省さんも。しか、五カ月も経過しておりますし、八月といいますともう幾日もありませんからね。これは早くに話し合をつけて、そして遺族の方々が十分な準備を整えて行くことのできるように、しかも四十六年、四十七年、二年行けなかったわけでありますから、しかも択捉につきましてはだれもまだいままで行っておりません。こういう現状を考えますと、坪川長官は長官になられてからひとつも、この墓参のことについては、こういう実績をつくったという、強力にひとつこれを進めてもらいたい。外務省にも強くひとつ働きかけていただきたいと思います。
○国務大臣(坪川信三君) ほんとうに、御指摘になでございまして、皆さんにとっては非常な悲願でございます。ここ三年ばかりとだえておること、まことに不幸のきわみでございます。そうした点を考えますときに、総理府といたしまして、また北方対策本部長といたしまして、十分いままでも、この春以来累次にわたりまして、外務省に対しまして外交ルートに乗せるよう強く申し込んでもおり、さらに、私は大平外務大臣にも促進をいたしたい決意であることをここにはっきり申し上げておきたいと思います。
○藤原房雄君 道からの要請書はもう総理府に行っておりますから、遺族の方が四十五名、そのほか七名ですか、五十二名にふやしたい、それから十日から三十一日、四泊五日にしてもらいたいとか、二十カ所について墓参週間を設けてもらいたいとか、いろんな要望については総理府では十分承知しておられると思います。それとともに、現地へ行ったときに慰霊祭がちゃんと行なわれるようにさしてもらいたいということや、墓参の個所にちゃんと墓標を立てるようにしてもらいたいとか、非常にこまごましい一つ一つのことを総理府のほうに要請しているはずです。そういうことを私一々申し上げるのもどうかと思いますけれども、どうか、地元の方々の、前に自分たちが住んでおったそこへ行くわけでありますから、これはもう、人間として何にもかえがたい気持だろうと思いますので、十分ひとつ、北の端にある北方領土なんという気持ちじゃなくて、あたたかい気持ちでひとつ推進していただきたい、このように思うわけであります。その点ひとつよろしくお願いしますね。
○国務大臣(坪川信三君) ほんとうに、御指摘になるとおり、これらの方々の悲願をぜひとも実現いたしたいと、こう考えて、十分総理府といたしましては配慮いたしたいと。私も、国会の余暇を各党にお願いいたしまして、一度北海道にも参りまして、そしてやはり皆さまの声も十分ひとつお聞きしてまいりたいと、こういうような気持ちであることもここに表明申し上げておきたいと、こう思います。
○藤原房雄君 国会終わってからというともう時期を逸しますから、代表して私が申し述べたわけでありますから、よろしくお願いします。 それから、毎年行なわれて、これはもう私だけではない、皆さんも当然だと思いますが、漁業交渉ですね、ぎりぎり一ぱいになってからでないとなかなか話し合いがつかない。やはり船が出るには、人員をそろえるということや、また漁具、また油のことから、一切そういう準備が整えられてあの北の海へ出かけるわけですけれども、実際、早期に妥結させる、出航に十分な希望を持って行けるようにするためには、やはり交渉というものは早くに話し合いを進めるようなサイクルをつくらなければならぬじゃないか。時期的にいままでのことを踏襲されると、毎年同じことが繰り返されるんじゃないかという、これはだれしもがお考えになっていらっしゃることだと思います。いろんな外交上の問題もあろうかと思いますけれども、この点については水産庁長官も同感だろうと思いますけれども、外務省とお話し合いしていただいて、これは早くに、十二月ごろに話し合いを始めて、一つの、出航するにあたりましては十分な準備の整えられる時期に話し合いのまとまるような、そういう方向にできないものかどうか。また、そういうことについて今後強力に、時期の問題ですね、早期に話し合いのできるような十分な準備期間の保てるような、そういう時期に話し合いのきまるように交渉をするお気持ちがあるのかどうか、その点についてちょっと水産庁長官からお伺いして、外務省の意見もまたちょっとお伺いたしたいと思います。
○政府委員(荒勝巖君) ただいま御指摘の日ソ漁業交渉の件につきましては、私たちといたしましても、やはり早期に妥結して、安定した操業が維持できるということ、日ソの漁業関係につきましてはそういうふうになることを私たちとしては非常に希望している次第でございます。ただ、御存じのように、日ソの漁業交渉につきましては、やはり資源評価ということが非常な第一義的に交渉のスタートになっております関係もありまして、やはり前年度の漁獲量を前提といたしまして、その資源状態を双方資料を整備して、交渉開始にあたってその問題を突き合わせるということにやはり全力が注がれるわけでございまして、これは日ソの双方の科学者が議論を尽くすわけでございますが、その点が、やはり前年度の十月末ごろの、ソ連の沿海州に遡上いたしますサケ・マスの漁獲の終漁期が十月ごろということになりますと、ソ連側におかれましても、やはりそれを集計して前年度の資源の評価が、状態がどうであったかというようなこともお調べになりますと、やはり三月一日前後にスタートする、交渉を開始するだけでも、たいへんに向こうとしても努力を要されることではなかろうかと、こう思います。これにつきましては日本側も同様でございまして、四月の半ばごろからサケ・マスの回遊は始まりますが、やはりそれは産卵期以前の回遊でございまして、秋口ごろにようやく大きくなりました、産卵するようなサケ・マスが回遊してくるというふうな事情からいたしますと、日本といたしましても、北海道に遡上するサケ・マスの資源状態の評価というものは、やはり秋口の遡上量でないと明確なことがわからないというようなこともありまして、それらの科学的データを取りまとめるのにやはり相当の時間を要するということで、三月一日に交渉を開始して、そのときに資源評価から始まるということが非常に——これでも非常に急いで行なっているような経緯でございます。さらに、この漁獲量の決定になりますと、三月一日から交渉開始いたしまして、非常に日ソの漁業委員会の関係がスピーディーに決定いたしますときは、約三十日ぐらいで、四月の初めには大体おおむね決定という時期もございましたが、この二、三年来また少しおくれてまいりまして、四月の中下旬にならないと漁獲量の決定が行なわれない。したがいまして、北洋に出発する予定のサケ・マス船団なりカニ船団なりが四月の終わりごろには相当やはり待機されていまして、いろいろと御心配になる向きもありまして、われわれといたしましては、やはり四月早々には妥結したいということで全力をあげているわけでございますが、日本の立場というものを守るためには、やはり時間がどうしてもかかっておそくなりがちでございますが、これらにつきましては、今後ともなお努力いたしまして早期に妥結できるよう、外務省も含めまして、ソ連側に強く申し入れをいたしてまいりたいと、こういうように考えている次第でございます。
○説明員(山田淳治君) いま水産庁長官が言われたとおり、いろいろな事情で毎年三月一日に委員会が始まるということになっておりますが、外務省としては、日ソ関係からいって、この日ソ漁業交渉が円滑かつ迅速に行なわれるということは当然と思っておりますから、外務省といたしましても、外交ルートを通じて側面から、漁業委員会の議事が迅速かつ円滑に行なわれるようにということをソ連側に申し入れて、そして早期妥結をはかるということに心がけていきたいと思います。
○藤原房雄君 これは、いま長官がおっしゃるように、資源評価云々ということでたいへんなことは私もよく承知をしておりますが、そういう、こっちの立場に立てば科学的データを整えるのにたいへんだということでありますが、実際その作業に当たる方々の立場、そしてまた、魚にはやっぱり時期がありますので、その時期ということを考え合わせるならば、いま長官のおっしゃったように、早く妥結するように最大の努力をしていかねばならないと、こう思うわけです。毎年同じことを繰り返すことのないようにひとつその点の御配慮をいただきたいと思います。 外務省の参事官、わずかな時間でありますからあれですけれども、こういう領土問題という大きな、どうしてもなさねばならない、避けて通れない問題もさることながら、具体的にいろんなところに従事する方、または、もとその島にいらっしゃった方、その立場立場で、ぜひ解決していただきたいという問題が山積しておるわけであります。で、こういう問題もひとつ、田中総理が訪ソするという大きな一つの転機に、これが大きく窓口が開かれて、いままでの問題が大転換できるような、そういう万全の態勢といいますか、交渉というものを強力に進めていただきたい。これはもう地元からいろんな問題について、陳情、請願、いろんな形で出ていることは外務省も当然御存じだと思いますし、私もくどくど一つ一つは申し述べませんけれども、また今年、そういうことでは大きな一つの、日ソ交渉の平和条約締結という第一歩を踏み出す大事なときでもありますので、いままでの懸案が大きく解決され、旧島民の方々にほんとうに喜んでいただけるような解決をしていただきたい。これを強くひとつ外務大臣、また交渉にいらっしゃる方々についてお話をしていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
○説明員(山田淳治君) 先生のいまおっしゃった御趣旨を体しまして、対ソ折衝に当たりたいと思っています。
○藤原房雄君 さて、今年のこの漁業交渉のことについてでございますが、まあこんなことになってはならないと思いながら、本年もまた——まあたいへん努力なさった努力は高く評価するといたしましても、現実、サケ・マスにつきましては前年度より四千トン減、また休漁区が新設されるということ。これはニシンにつきましても、昨年と同様な妥結をみたと言いながら、四日おくれて——まあニシンというのは非常に微妙で、この産卵期という時期を逸すると一尾もという、まあ非常に微妙な魚でありますけれども、四日おくれた。モスクワで行なわれたカニ交渉につきましても、まあゼロということであったのでありますが、しかし、これが五万箱強ということで話がついたようであります。まあこういう、毎年毎年交渉の結果がじり貧といいますか、だんだんこれが漁獲量が制限される。本年は非常にきびしい条件を当初突きつけられておりました。で、同じことを毎年繰り返しております。これについては、水産庁としましても、カニについても、これは資源の問題からいろんな話し合いのあることは私どもよく承知しておるわけでありますけれども、やはりその取り分をどうするかというこの漁獲量の取りきめ云々だけではなくして、これは数年前からやってるようでありますけれども、やはりこの魚族の保護、さらにまた共同ふ化ということや、もっとこれを前向きでものごとを進めるような方向に話し合いを進めていかなければ、そしてまた、現在一部ではそれが、共同ふ化、共同調査、いろいろの問題についてはだんだんなされるようになりつつあることはよく承知しておるのですけれども、いずれにしましても、年間通しまして日本の水産界に大きな影響を及ぼすサケ・マス、ニシン、カニ、こういう重要な問題でありますから、毎年毎年押され押されてだんだんだんだんじり貧の傾向にいくということではなくて、もっと積極的な対策というものを、恒久的な対策というものを打ち立てなければ、そのときそのとき、その年その年、ほっとため息をついているようなやり方ではこれはどうしようもないと思うのですね。これはもう水産庁ということよりも、農林省として、国家的な観点から、やはりもっと大がかりな、増殖事業とか、また、ソ連との共同のふ化、こういう大がかりなものをやっていくような対策を、恒久的な対策を講じないと、毎年毎年同じようなことを繰り返すようなことであってはならぬ。これは長官も同じような意見ではないかと私は思うのですけれども、何かそういう点について、今後のことについてお考えがありましたらお伺いをしたいと思いますし、これは早急にひとつ検討していただいて、やはり近いうちに大きく転換のできるようにしなければならない。早晩そうしなければならないと私は思うのですけれども、これらの問題について、長官、どのようにお考えになっていらっしゃるか、お伺いをしたいと思います。
○政府委員(荒勝巖君) 北洋におきますサケ・マスあるいはカニの資源を確保し、かつまた、日本側としましても、長年にわたりまして開発いたしてきました過去におきます実績というものも十分に確保するように、水産庁といたしましては努力している次第でございます。 ただ、ソ連側と毎年このように交渉をいたしまして、その年その年によりまして毎年状況が変わっているわけでございますが、まずサケ・マスにつきましては、日本側のソ連に対します提案といたしましては、やはり長期協定が必要ではなかろうかということで、再三再四にわたりまして、せめて二カ年協定——豊漁年不漁年というものがまたがる関係もありますので、二カ年協定ということを盛んに申し入れするわけでありますが、これについては、ソ連側は一年単位ということで、毎年の交渉にゆだねざるを得ないような形になっておるわけでございます。さらにまた、サケ・マスの資源の確保並びにその増養殖を大いにやろうではないか。御存じのように、北海道で、日本側がサケ・マスのふ化場を国営で設定いたしまして、養殖もいたしておるわけでありますが、最近の技術の発達に伴いまして、非常に北海道の沿岸の漁民の方々もサケ・マスのふ化によります経済効果といいますか、遡上してくるサケ・マスが非常にふえてきているということは十分にまあ了解されておられますので、われわれといたしましても、相当自信を持ちまして、ソ連側に対しまして、カムチャツカを中心といたしまして、一番資源が枯渇しつつあるとソ連側が主張しております紅ザケの共同ふ化をカムチャツカで行なったらどうかということにつきまして、強い申し入れをしているわけでございます。これにつきましては、先年イシコフ漁業大臣が来日されましたときにも、当時の赤城大臣からこの問題について強く要望され、イシコフ大臣のほうでも、これについては検討の用意あるような御意見もあったわけでありますから、今回、さらに日ソの委員会の際にも、開会式にあたりまして農林大臣からこの問題についてあらためて共同ふ化方式を強く要望したわけでありますが、今回の委員会の議題としては、やはり条約上無理があった関係で、この問題については後日に譲らざるを得なかったわけでありますが、われわれといたしましては、共同ふ化によるサケ・マスの資源の拡大ということにつきましては、今後ともあらゆる機会をとらえましてソ連側に提案し、この日本の技術をある程度ソ連側に持ち込むことによって、ソ連の紅ザケの増産に大いに貢献できるよう努力いたしてまいりたい、こういうように考えておる次第でございます。
○藤原房雄君 水産庁もいろいろ御検討のようでありますが、ひとつ、とにかく毎年毎年同じことを繰り返されるのじゃなくて、前進のできるような体制で、これには相当農林省としても本腰を入れなきゃならないことだと思うんでありますが、ひとつ長官、がんばっていただきたいと思います。 それで、去年、おととしですか、突然抱卵ニシン、ニシンの漁獲をとってはならぬということになりまして、たいへん問題になりました。国会でも、本会議等を通じまして、ニシンの交渉についてはもっと積極的にやるべきだということで、北海道にとりましては、ニシンの漁獲というものは、まあ漁業者の方々もさることながら、これは加工やなんかでたいへん、たん白資源として重要な位置を占めておったわけです。しかし、打ち切られてしまったという。本年、タラバガニが最初は全面禁止ということでありまして、西カムチャツカのタラバがたいへん危機を迎えたわけでありますが、これは強力な交渉によりまして、前年の半分といいますか、大体そこまでこぎつけることができた。私はこれはニシンの全面禁止というときに、政府が手抜かりがあったとは思いませんけれど、どっちかというと、ニシンは中小漁業者というか、沿岸漁民の方々を中心にした漁獲の対象になる魚ですね。厚岸にいたしましても、北のほうにいたしましても、非常に沿岸漁業の方々のやっている方が多かったし、中小漁業者といいますか、こういう方々がやっておりまして、急な禁止ということで、北海道ではたいへんな問題になりました。それに対する、幾ぶんなりとも農林省としても対策を講じたようでありますが、あれは社会的にたいへんな波紋を起こしたことは御存じだと思います。今年、タラバガニが全面禁止になるということで、やはりタラバというのは、われわれなかなか食べられませんで、最近は高級な、相当良品といいますか、大手水産業者がやっておるのが大部分でありまして、一般庶民にはあまりまあ縁のないものであります。こういうことからしまして、取り組み方、さらにそのときの社会情勢とかいろいろなものがあるだろうと思いますけれども、ニシンのときにもっと真剣に——今年のタラバガニ全面禁止というとき、それを何としてもはねのけて、少しでもとらしてもらうようにしようという、こういう取り組み方があったら、ニシンについても同じことが言えたんじゃないかと、どちらかというと、中小漁業者の対象であるニシンと、それから大手水産業者の独占的な形になっておりますタラバガニと差があるんじゃないかというふうに、私は私なりに感ずるのですけれども、これはとんでもない憶測であるといえばそれまでかもしれませんけれども、いろんな諸情勢の中でありまして、相手のあることでありますから、一がいにきめつけるというわけにはいかないかもしれませんけれども、大日本水産会等につきましても、強力に政府にも働きかけた、そういう圧力もあったろうと思います。当時、零細な中小漁業者が政府に呼びかけた、このニシンのときには相当したはずでありますけれども、こういうことから、漁業交渉につきましても、やはり国民の重要な動物性たん白質の供給ということで、また、そこに携わる方々の立場に立って、先ほど長官もおっしゃいましたけれども、いろんな対策を講じていく。そういう漁獲の割合を云々するというだけではなくて、将来にわたって、長期的な展望に立って、ここらで何かはっきりしたものをつくらなければたいへんだろうと思いますし、交渉につきましても、やはり実際漁業に携わって、その経営の悪化のためにたいへん苦しんでいる中小漁業者の立場というものを忘れてはならないと思いますし、こういうことで、漁業交渉というのは非常にむずかしい面があると私は思うんです。こういう点で、水産庁としましても十分なひとつ配慮をしていただきまして、全面禁止をはねのけたような勢いでほかの魚種につきましても交渉に当たっていくという、こういう姿勢を私は心から望まずにはおれないのですけれども、その点については、長官、どう考えますか。
○政府委員(荒勝巖君) ただいま御指摘ありましたように、今回の日ソ漁業交渉にあたりまして、水産庁、あるいは農林省といたしましては、やはり日本側の立場を堅持しながら、減船というものは一隻といえども何とか回避したいという前提で交渉に臨んだ次第でございます。特にこのニシンにつきましては、一昨年の大減船がありましたにもかかわらず、ことしもまた、わずか十九隻の調査船をオホーツク方面に出しているわけでありますが、この調査船につきましても、十九隻の抱卵ニシンの調査については減船ということを強く要望してきたようないきさつがございます。これにつきましても、ことしは十九隻は確保するということで最後には妥結を見たわけでありますが、カニにつきましても、特に沿岸の零細な漁場の、このタラバ以外のアブラガニなりズワイガニなりその他ケガニといった、千島の一部を含むあるいは樺太の分も含むそのほかのカニにつきましては、当初提案は、およそ半減に近いような形で減船なり漁獲量の禁止を相当きびしく言ってきたわけでありますが、これにつきましても、あらゆる努力を払いまして、おおむね昨年同様、場所によりましては、根室方面あるいは樺太方面につきましては、おおむねどころか、昨年と同様ということで妥結を見ました地点もございます。一番やはり最後まで残りましたのが、ただいま御指摘になりましたこのタラバガニの点でございましたが、これにつきましては、最後まで減船ということにつきましてはわれわれとしましても反対いたしましたが、漁獲量につきましては、このタラバガニが、やはりソ連側といたしましても相当資源の枯渇ということをたてまえといたしましてまあ強い主張もありまして、最終的には六万ケースということで、昨年に比べますと、約半減に近いような形で減量せざるを得なかったことにつきましては、われわれといたしましては非常に遺憾に思っておりますが、ただいま御指摘もございましたが、われわれといたしましては、今回の日ソの交渉の中で、中小関係の漁業に関します限り、およそ減船も、それからまた漁獲量も、わずかな漁獲量の減で、まあ一割にも満たない縮小という形で、おおむね中小企業の漁業者の関係につきましては妥結できたことにつきまして、われわれとしましてはむしろ非常によかったことだと、こういうふうに理解している次第でございます。
○藤原房雄君 次は、北方問題でいつも問題になることでありますが、漁船の拿捕ですね、これの防止ということが最大の問題だろうと思うんであります。この北方海域における漁船が拿捕される原因というのは、いろいろな原因があろうかと思います。本年もうすでに何そうか拿捕されておるわけでありますが、この原因につきまして、水産庁ではこれはどう、どのように拿捕される原因というものを把握していらっしゃるか、その点ちょっとお伺いしたいと思います。
○政府委員(荒勝巖君) この拿捕の原因につきましては、多少、日ソ双方の間に見解の相違がございまして、またケース・バイ・ケースもございますが、主たる大きな原因は、やはり千島周辺、根室からの沖合いであります歯舞、色丹、国後、択捉四島周辺におきます地点の操業中の拿捕ということが基本的には一番多い問題だと私は理解しております。その問題につきましては、日本側といたしましては、日本政府のとっております立場といたしましては三海里、距岸三海里を領海とし、それ以外のところは自由に航行できるという前提が日本側にございます。それに対しまして、ソ連側は十二海里という立場を持っておられまして、この三海里と十二海里ということが非常に大きな問題になっているわけでございます。日本側のこの根室を中心とする海域の出漁の漁業者は、場合によってはやはりカニを中心としましてとれますこの四島周辺の三海里近くまで入り込んで操業する場合が非常に多い。それに対して、ソ連は、領海侵犯であるということでこれを拿捕する場合が非常に多いということで、これらにつきまして——これは外務省のほうから御答弁願いたいと思いますが、日本側といたしましては、やはり四島は日本側の固有の領土であるという前提もありますが、ただいまのところ、まだ領土問題が片づいてないという立場から、日本側といたしましては、この根室中心の零細な漁民の人道上の問題といたしまして、安全操業というものについてソ連側に強く申し入れをしている。この十二海里と三海里の問でも操業できるように、また沿岸の漁民が自分の食膳のおかずにする魚も根室の地元ではとれないということではおかしいというので、この四島周辺の安全操業につきまして、ソ連側にしばしば強く申し入れ、特に赤城大臣とイシコフ大臣の話し合った昨年の経緯から、四島については特に早急に解決をはかるように、ソ連側に日本側の立場を明らかにして要求をしている次第でございます。
○藤原房雄君 長官のおっしゃるとおりでしてね。十二海里と三海里、その問題が大きなあれだと思います。ことしの十二月ですか、ニューヨークで国連海洋法予備会議が開かれ、そして来年の四月から五月にかけてサンジエゴで国連海洋法本会議が開かれることになっていますね。これに臨むわが国の態度というものは、これはもう日も迫っておりますし、国際法上いろんな議論が今日までなされてきたわけでありますけれども、これに対してはどのような態度でお臨みになられるのか、これはもう協議なさっていらっしゃるでしょうか。
○政府委員(荒勝巖君) この海洋法会議を来年開くということで、昨年来準備会がしばしば持たれておりまして、つい最近では、この三月から四月にかけまして、ニューヨークの国連におきまして海洋法会議の準備会が開かれ、この七月から九月にかけましてまたジュネーブで準備会が開かれるというふうな経緯になっている次第でございます。で、来年の早い機会に正式の海洋法会議できめるというスケジュールは、ただいま御指摘のとおりでございますが、今回ニューヨークで開かれました会議の空気につきまして、外務省とともに、水産庁からも相当大人数の代表を送りまして、いろいろ各国と折衝し、また討議をいたした次第でございますが、私たちが考えている以上に各国の利害が非常に錯綜してまいりまして、海洋国である日本とソ連、それに対しまして、先進国でありながらも漁業については沿岸国と理解されるようなアメリカあるいはカナダ、その他ヨーロッパの一部と、こういうふうにまた立場が違う。さらに、発展途上国でありますアフリカ諸国、それからあるいはラテンアメリカ諸国のように、距岸二百海里の領海宣言をするというふうないろいろな立場がございまして、なかなかまとまるということがむずかしいというふうに日本側としては見解を持っている次第でございます。しかし、いずれにいたしましても、世界の流れというものが、非常にやはりこの沿岸国の立場というものを強く表に出してきておる。特に日本側で、ただいま問題になりましたようなサケ・マスのように、遡河性魚種と言って、卵を生むときには必ず領土の中の川に上がってこないと卵を生めないというサケ・マスのような魚につきましては、これは一つの国籍があるのだというふうな考え方等が支配的になってきておるということが問題の点でございますし、さらに大陸だな資源ということで、カニのようなものについては、大陸だなにしか生息しないというものは当然に大陸だなに所属するものであるというふうな見解も、これも有力になってきているというふうなこともありまして、広くたん白資源を遠洋地区に求めております日本とかソ連とかというものの立場が非常に苦しくなってきているということも事実でございます。私たちの簡単な判断でも、距岸二百海里の領海宣言というものをかりに認めるということになりますと、日本のわれわれが摂取しております約一千万トンの魚のうち、まあ半分以下、六百万トン近くがとれなくなる。日本の沿岸でとっております魚の二百五十万トン前後に、多少の遠洋魚であります回遊性の強いマグロ等がわずかにとれるだけでありまして、日本のたん白資源の確保ということが非常に困難な段階に来つつあるというふうに理解しておる次第でございまして、われわれといたしましても、全力をあげて日本の国民食糧のたん白の確保のために——またそのために、海外におきます漁場の確保ということにつきましては、今後ともあらゆる機会をとらえて努力をいたしてまいりたい、こういうふうに考えている次第でございます。
○藤原房雄君 これはまたたいへん大きな問題なんで、五分や十分で云々はできませんので、また機会をあらためましてやりたいと思いますが、さっき長官もいろいろ仰せになりましたが、北方海域における拿捕が続くのはいろんな原因があるわけですが、根本的には長官のおっしゃるとおりと思いますが、いずれにいたしましても、やっぱり領海に入らなければ魚がとれないということですね。いわゆるここから危険水域だということは漁業者は十分承知しているわけでありますが、魚を追っていく、漁を追っていく、その熱心さのあまり侵してしまう。それから底びき等で日本の船が危険なくとれる海域というのは、もう魚族というようなものはほとんど住みつけないような状態になっている。ですから、どうしても魚をとるには危険をおかして中に入らざるを得ないような環境の中にあることは、これは長官もよく御存じだと思うのですけれども、しかし、現地の方々にお聞きしますと、まあひどいものだそうです。 そこで、この拿捕の問題につきまして、巡視船が警戒に当たるとか、いろいろな対策が今日までもなされておったわけでありますけれども、とにかく漁業者の方々は漁がなければならないわけですから、あぶないということはわかっておっても、やはり少しでも漁をとろうとして、夢中のあまり侵犯してしまうということも間々あることだろうと思うのです。地元では、やはりそういうことから、根本的に、抜本的に、漁船の拿捕を防止するためには巡視船で警戒に当たるとか、またこれはスピーカーで叫ぶとか、いろんなことを、注意を喚起するだけではだめなんで、最近農林省でも言っておりますように、とる漁業から育てる漁業とか言われますけれども、栽培漁業についてやはり栽培施設を十分に施して、領海侵犯といいますか、三海里以内に入らなければとれないということではなくて、あの世界の三月漁場と言われる非常に条件のいいところでありますから、栽培施設をきちっとすれば、もっともっと漁師の方々が、漁業者が危険をおかして行かなくてもとれるような条件の中にあるわけですから、そういう施設を強力に国の力でやってもらいたいという意見があるんですけれども、私も大事なことだろうと思います。この危険水域と危険でないところとは、もう線が引かさっておるようにはっきりしておるというんですから、これはまあどうしても危険を知りながら魚を追っていると、そういう姿になるだろうと思います。これはまあ、おいそれと簡単にはできないことだと思います。まあ、水産庁の、また農林省として、最近日本列島のこの公害ということで、好漁場がだんだん狭められておる今日にありまして、この北方水域というものは、一度思いを新たにして、ここに栽培施設を十分に設置して魚を十分にとれるような環境をつくるという、水産庁でも根室のほうに試験施設をつくったようでありますけれども、もっとひとつ強力にこれを進めて、試験段階から、さらにもっと当地の漁業者が、コンブにいたしましても、また高級魚にいたしましても、とれるような栽培施設というものに力を入れていくようにしなければ、同じことが毎年毎年繰り返されるんじゃないか、このように私は思うんですけれども、さらに、その近くにあります風蓮湖の開発とか、いろんなことも言われておりますが、いずれにしましても、これは世界三大漁場の一つと言われる、寒流暖流のかみ合う好漁場、それだけに、その高度な利用というものについて、栽培漁業に力を入れる水産庁としては、ここを何とか生かすという真剣な気持ちでこの問題に取り組むべきじゃないかと、こう思うんですけれども、これらのことについて今日までお考えになっていらっしゃったかどうか。お考えがありましたらひとつ承りたいと思いますし、また具体的なことがなければ、これから真剣にひとつこの問題については取り組んでいただきたいと、こう思うんですけれども、いかがでしょうか。
○政府委員(荒勝巖君) この北方におきます安全操業の問題につきましては、やはり基本的には、われわれといたしましては、北方におきます安全操業問題解決ということで、ソ連側とこれは本気にあらゆる努力、機会をとらえて解決できるように努力いたしてまいりたいと思っております。それによりまして、この四島周辺の島民、漁民が安心して操業ができるようになることをわれわれとしましても切願している次第でございます。 なお、この資源の開発ということにつきましては、まことに御指摘のとおりでございまして、約十年ほど前に、瀬戸内海で栽培漁業センターということで、高級魚、タイあるいはクルマエビを中心といたしまして、栽培漁業を実験的に約七、八年継続してまいりましたところ、非常にまあ技術的に向上してまいりまして、これならなんとなくやっていけるんではないかという自信を持ちましたので、四十八年度予算から、日本海方面におきまして、栽培漁業につきまして新たに五カ所、稚魚の放流を含む栽培漁業を行なうということで、高級魚を中心として今後開発してまいりたい、こういうふうに考えております。今回は日本海で五ヵ所の県を指定したわけでございますが、さらにこれを北海道、ゆくゆくは太平洋岸まで、こういった栽培漁業の構想を押し広めまして、日本の国民が必要とする、特に日本人の嗜好に合う漁業について大いに増養殖を進めてまいりたいということにつきましては、ただいま先生御指摘のとおり、われわれといたしましても、今後実験が進む過程で、大々的にこの問題につきましては正面から取っ組んでまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。 なお、サケ・マスにつきましても、ただいま申し上げましたように、非常にいま北海道あるいは東北地区で、このサケ・マスの共同ふ化といった事業というものが最近非常にまあ成功しつつありまして、これは漁民の方々も非常に信頼されておられますので、われわれといたしましても、このサケ・マスのふ化事業もさらに今後深めまして、日本周辺におきます魚族の保存と開発に今後とも努力してまいりたいと、こういうふうに考えておる次第でございます。
○藤原房雄君 まあ、水産庁もいろいろ全国的な立場に立ちまして計画なさるわけですから、いまお話のありましたこともよくわかるわけでありますが、非常に大事なところでありますし、毎年拿捕事件が起きておる海域でありますので、特にひとつ御配慮をいただきたいと思うのです。本年ももうすでに二そうが拿捕されて九名の方が拿捕されたという、こういう痛々しい問題になっております。根本的な問題については、私が申し上げましたように、やはり魚が向こうに行かなければいないということですね。この根本を解決しなければ、毎年毎年、二百人、三百人、たくさんの方々が拿捕される、こういうことがやはり続いて、そのために家族の方々が泣かなければならないということをいつもまあ繰り返さなければならない。特にもと島にいらっしゃった方々は、当時豊富に魚族のあったときのことを思い起こすにつけても、島を見るにつけても、昔のことを思い出しながら、やるせない気持ちでいらっしゃるのじゃないかと思います。そういう点で、日本の漁業も大きく転換しつつあるこういう時代でもありますし、ひとつ抜本的な対策として、いま長官おっしゃったようなことを強力に推し進めていただきたい、こう思うわけであります。その点ひとつよろしくお願いします。 海上保安庁の方、いらっしゃっておりますか。——時間もありませんので、いろいろお伺いする予定になっておったのですが、一つだけお伺いしたいと思いますが、この道東海域は、サケ・マスの時期になりますと、北洋を入れまして二千から三千そうの船が漁に出るわけです。そして、非常に広範な地域に対してこういうたくさんの船が出るわけであります。毎年事故が起きまして、何十人の方々が——詳しいデータ持っておりますけれども、いろいろな事故にあうわけですね、毎年繰り返されておるわけです。これに対して、海上保安庁としましても、いろいろな訓練をしたり、教育をしたり、それからまた、ゴムボートを載せるようにしまして、そういうことから事故がだんだん、同じ事故が繰り返されない、また、船が大型化しつつある、こういうことからいいまして故障事故も少なくなったという、データ的にはそういうこともよく承知しておるわけでありますが、何といいましても、人命にかかわることでありますし、あれだけの広範囲のところでありますので、一たび事故が起きますと、なかなか捜索には時間もかかる。こういうことから、助かる人も助からないという場合もあります。つい最近、火災の起きた船もありました。また小型船で消息不明になったのも御存じだと思います。とにかくまあこうやって話しておる間にも、二千そう、三千そうですから、事故が相次ぐということで、やはり地元としましては、こういう事故のときに早急に捜索し救助するということからいたしまして、巡視船の大型化、近代化ということと、やはり航空機による——ヘリコプターや、大きく言えば飛行艇のようなもので、時間的にもっと早く救助する体制というものを整えていただきたいというのが地元の大きな要望です。これは毎年同じようなことが叫ばれておるわけですから、海上保安庁としてもその点は十分御承知だろうと思います。しかし、なかなかこれがはかばかしく進まない。海上保安庁といたしましては、戦後つくられた古い船を新しいのにかえるのがせい一ぱいのようでありまして、増船するということや、飛行艇なんて、そんな高価なものを維持するだけの体制にないということも聞き及んでおりますが、しかし、これは人命にかかわることだけに、毎年何十人という方がとうとい命を落とすことだけに、真剣にひとつ取り組んでいただかねばならないことですし、財政当局に対しましても、これはねばり強い——私どもまあバックアップいたしますけれども、要求をしていただいて、これは人命尊重という、こういう立場からいたしまして、速急な強力な体制整備というものが必要だろうと私は思うんです。十分その間についてはお考えも今日まで進められてきたと思うんでありますが、この新しい大型高速船により早く、特に最近は海上汚染ということから海上保安庁もたいへん任務が大きくなったんじゃないかと思いますが、二千から三千というたいへんな船が広範囲に操業しているという現状からしまして、北方海域につきましては特に力を入れていただきたい。飛行艇、これにつきまして海上保安庁としては現在どのようにお考えになって進めていらっしゃるか。まあ早々にもう来年の予算なんかにつきましても極力ひとつ進めてもらいたいと思うんですけれども、その間につきましてどのような御見解持っていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。
○説明員(船谷近夫君) 北海道周辺を担当しております管区は第一管区ですが、そこでは巡視船を十七隻、巡視艇十五隻、それから航空機を、固定翼二機、ヘリコプター二機を置いて、こういったことに対処しております。で、勢力は十分とは、先生おっしゃるとおり言えませんが、できるだけ能率的に海難救助その他の業務を行なうために、前進哨戒というものをいたしております。その時期時期に応じまして、たとえば冬はカムチャツカ方面まで漁船が参りますので、そのほうに常時一隻配置したり、あるいはサケ・マス時期には常時三隻の巡視船を遠距離、中距離、近距離に配置してございます。その一隻は医療パトロールもやっておるわけでございますが、そういった効率的な運用をはかっております。しかしながら、御指摘のとおりの勢力でございまして、まあ幸いと言いますか、われわれとしましても、北のほうの非常にわれわれの業務対象が多いというところから、今年度釧路の大型の巡視船を代替建造いたします。それからまた、同じく釧路の中型の巡視船も代替建造する計画になっております。また、ヘリコプターにつきまして、函館におります二機のヘリコプターは非常に老朽、低性能でございまして、これもことしじゅうに新鋭の中型ヘリコプターに代替する計画でございます。いま御指摘の飛行艇でございますが、御存じだと存じますけれども、防衛庁で開発されまして、非常に高性能の飛行艇でございます。が、これは救難用の飛行艇として海陸両用機に改造をするということで進められておりまして、四十九年の九月に初出航をやるように聞いております。で、この状況を見まして、十分にわれわれの業務にたえ得るかどうかというようなことも聞き、調査しまして考えたいと思いますが、何さま一機三十五、六億かかる飛行艇でございます。まあ予算の制約もございまして、直ちにそれが実現できるかどうかということについては何とも申せないところではありますが、できるだけの調査をし、また許すならば持ちたいと考えておる次第でございます。
○藤原房雄君 時間もありませんので、いろいろ海上保安庁にもお話お伺いしたいことがあったわけでありますが、とにかくたいへんな高額なもので、その維持費もたいへんなものだろうと思いますけれども、やはり人命を守るということに政府当局が真剣な態度でなければ、あるいは後継者育成ということからいいまして、だんだん最近の若い人はそういう危険な仕事から遠ざかるという傾向にもありますし、はた目からいいましても痛々しい限りでありますし、毎年事故が繰り返されておる現況からいたしまして、やはり最大の効果をあらわすであろうと思われることについては、少しぐらいのお金がかかったといたしましても、鋭意その方向で進めるべきだと、私はこう思いわけですが、どうかひとつ強力にその飛行艇の問題につきましても調査等なさいまして、漁民の方々にも安心して操業できるように、ひとつ努力していただきたいと、こう思うのです。 時間も迫りましたので、さらに総務長官にお伺いいたしますが、総理府の北方関係予算というのが組まれまして、それによりまして年間の予算、あらあら見さしていただいております。当初この国会始まったときに、総務長官の所信表明の中にも、「政府としては、わが国の立場を広く国民に訴え、その理解と支持を得るため、行政広報をより充実するとともに、」云々とありますが、これは当然のことだと思います。しかしながら、沖繩と違いまして、現地に人がいないということや、島にいらっしゃった方々も最近はだんだん老齢化しておるという、こういうことからいたしまして、この運動のあり方というものは、沖繩とは違いまして、政府のあたたかい、力強いささえがなければこれは進まないと思います。全国的にいろいろな形で進められておりますけれども、やはり一番熱心なのは地元の根室市であります。根室では、五万そこそこの人口しかない町でありますけれども、一千五百万から予算をとりまして、これを広報宣伝のためにいろいろなことをしております。これは総務長官御存じかどうかわからないので、私は身近にあるものだけちょっと持ってきたのですけれども、はがきに印刷をするということからも、それから封筒に印刷をするとか、それから北方領土の絵を書いた茶わんをつくる、その他旗をつくるとか、市として乏しい財政の中からたいへんな努力をしておるわけです。北海道としましても四千五百億ぐらい予算を計上しているようであります。国は何もしていないと私は言いませんけれども、こういう一番関心の強い、一番関係の深い根室なればこそやっておると。やるのは当然かもしれませんけれども、とにかくこの小さい町で 一千五百万からの予算を組んでやるということは、これはたいへんなことですよ。自治省当局としましては一千万からの特交を見ておるなんと言う。特交なんというのは何にどう使うかということは明確になってないのです。中身は。そういうことからしまして非常に不明確でありますし、もっと、地元だけ、根室のことだけ私言うんじゃありませんけれども、地についた活動というものは、PR活動というものは必要だろうと思います。国がいまやっていることも必要なことばかりだと思いますが、地元に対して、これは全国的な世論形成ということは必要だろうと思いますけれども、何と申しましても、当時島にいらっしゃった方の六割、七割は根室にいらっしゃるわけでありますから、その地元に対し、さらにまた北海道に対し、そこから火の手を上げていくということが大事だろうと思います。こういうことで、国としましてももっと地についた活動、講演会、また資料を集めるとか、こういうことは一生懸命やっておるようでありますが、もっと一人一人、根室の町でやっているような地についた活動を積み重ねていっていただきたいと私は思うんですけれども、とにかく、まあごらんになったかもしれませんけれども、もう市の封筒全部印刷してあるんですよ。これは茶わんだって全部こういうふうにね。もうこれはマッチの果てから、たいへんなこれはあれですよ。はがきにしましても、これは官製はがきです、下のほうに、根室から出したはがきには全部北方領土のことが書いてある。ここまで気を使ってじみちにやっているわけです。国でやることは、それは講演会それからキャラバン隊をつくるとか、広告塔をつくるとか、大きいことに主力が注がれておるようでありますが、この市の現状というものもよくひとつ知っていただきまして、地元の意見もよくひとつ聞いていただいて、このPRのあり方についてはひとつより強力な推進をしていただきたい。確かに、あっちこっち歩きまして、北方領土に関する広告塔というのは多くなったように感じますけれども、それで広告塔を建てたからいいというわけじゃ決してありませんので、 〔理事黒住忠行君退席、委員長着席〕 もっと全国的な世論を巻き起こす方向につきまして努力していただきたい。それからまたPR費につきましても、政府・自民党といたしましては、沖繩が返ってきたら今度は北方領土だという標語だけは勇ましいですけれども、いままでと大差のないやり方を繰り返しておる、このように私は思うんです。ほんとうにこれから北方領土に取り組むというんだったら、取り組むらしい積極的な姿勢というものがなければならぬと思いますが、かけ声ばかりで、いままでと大差のないことが行なわれておる、私はそういうふうに考えられてしようがないんですけれども、少しひとつ、坪川総務長官になってから、確かに政府が言う北方領土だと叫ぶには叫ぶらしい対策が立てられたと、こう言われるように、強力な世論形成の運動を進めてもらいたいと思います。それからいろんな国内についての活動のあり方、さらにまた海外の有力な学者に対する呼びかけ、まあいろんな内外にわたっての活動のあり方があろうかと思いますが、それらのものをひとつ総合していただいて、北方領土問題につきまする世論形成に十分な効果のあがるようにしていただきたい。これがまず一点です。 次は、いま北対協から、もと島にいらっしゃった方々に対して資金の融資があるわけでありますが、これは去年限度額が引き上げられたわけでありますが、これはうちを建てる方は二百十万ですよ。それから土地を取得する方については、これは条件あるんですけれども、六十万。四億という限られたワクの中でのことですから、いろんなやりくりをしなければならないかもしれませんが、これは長官、根室だって、もう土地、町のまん中ですと三十万、四十万するところがあるんですよ。木材なんか、もうこちらよりずっと高いですから。ですからワクの中で二百十万とか六十万とかこうきめておりますけれども、実際、家を建てるとなりますと相当な自己資金がなければ建ちませんし、結局うちを建てるためにこの北対協から借りたあと、融資を受けたあとのやつは銀行から借りるということになりまして、あとになったら結局たいへん苦しい思いをしなければならないという人があるわけです。それで申し込みの状況を聞きますと、やはり去年限度額が上がったせいもありまして、たいへん申し込み数が多いということも聞いておりますが、やはりこれだけ旧島民の方々が熱望しております融資の制度につきましては、十分それにこたえられるような限度額——まあ総ワクはやはりこれはふやしていただかなければいかぬじゃないかと思いますが、これは時間もありませんでもう申し上げられないんですが、もと北方領土にいらっしゃった方々のおよそ七六%は漁業に携わっておったんです。しかし、こちらへいらっしゃって、これは昭和三十三年ごろのデータですから、現在だいぶ変わっているかもしれませんけれども、現在漁業に携わっているのは三十数%です。大多数の方々、大多数というか、こちらへ帰って来ましてからいろんな業種についているのですけれども、やはり単純労働というのは一五%で、たいへん大きなウエートを占めています。やはり事業の能力のある方といいますか、そういう方々は大きく伸びていらっしゃるかもしれませんが、漁業者として、島にありまして漁業に携わってた方々が全財産をなくしてこちらへいらっしゃって、二十数年、単純労働でたいへん苦労しているという方々がたくさんいるというデータが、こういうことからもわかるのですが、それだけに、貸し付け限度額または総ワクというものを十分配慮してあげるということが、これはもう沖繩が返ったら次は北方領土だと、こう叫ぶからには、北方領土、元島民の方々に対するあたたかい配慮じゃないかと私思うのです。こういう点で、限られた人なんです、島にいらっしゃった方々は。何十万もいたわけでないのです。その方がだんだん老齢化していくのです。生きていらっしゃる間に、墓参のことにつきましても、またこういう融資のことにいたしましても、ほんとうに単純労働なんかで苦しんでいらっしゃる方々には、それ相応にあたたかい手を差し伸べてあげるのはこれは当然なことだと思うのですね。こういう点では、沖繩とは非常に趣を異にしているので、長官、現地にいらっしゃったことがないのではしようがないのですけれども、私は限られた時間内の話ですけれども、どうぞひとつ深い御理解をいただきまして、これに対する対策というものを早急にひとつ、もう来年度の予算の中にこれらのものが十分に反映できるような御配慮をいただいて、また早急に現地にも行っていただいて、実情をよくひとつ御承知いただきたい。このことを心から要望するわけでありますが、この二点について、長官の所見をお伺いして終わりたいと思います。
○国務大臣(坪川信三君) 非常に詳細、具体的にわたっての重要な御質問でございます。北方領土の問題は、もう私から申し上げるまでもなく、国民的な課題になってきておることを考えますときに、私どもの責任も非常に重要であると考えるのでございます。田中総理も先日国会において、訪ソの場合においては、もちろん領土を含めての会談になるであろう、こういうふうなことも述べられておることはすでに新聞で報道されておるような次第でございますので、田中内閣といたしましても、この問題にはそうした点から、積極的に国民的課題の解決に取り組む覚悟は当然であろうかと考えておりますので、私どもが北方対策の責任者として国民運動を展開するにあたりましても、やはり背景の外交的な力強い交渉というものを相呼応していたすということが、私の責任ある立場ではなかろうかと考えておるようなわけでございます。かつて四年前に、私は建設省におりましたときに、ソビエトの建設大臣に、来訪されましたとき、大臣室で、国の古来からの歴史上、地理上、国際法上、四つの島が固有の領土であるという建設省の地図なども明示いたしまして迫ったような思い出もございますけれども、私は田中内閣といたしましては、これの問題の解決に全面的なひとつの努力をいたすべき時期が到達しつつあると、こういうような気持ちをもって、御指摘の第一の問題には取り組みたいと考えております。 第二番目の問題は、やはり国民の理解と国民の協力を得るということが非常に大事でもございますので、御承知のとおりに、先般も二万枚のポスターを作成いたしまして、全国の特定郵便局、あるいは東京のふろ場、あるいは全国の農協等にお願いいたしまして、その展示などをいたして国民の関心を深くさせているというようなこともございますが、御承知のとおりに、こうした国民運動の展開の予算はまだ一億七千万というような状態でございます。 〔委員長退席、理事黒住忠行君着席〕 これなどもやはり私はぜひ目標を達成する場合の、国民的結集を行なう場合を考えましての予算配慮をもいたさなければならぬと考えながら、その普及、宣伝、啓蒙に北方対策の本部といたしましては全面的にこれをひとつ推し進めてまいりたいという覚悟であることを御理解願いたいと思うのでございます。 第三点の、いわゆる一万三千名に及ぶものと島民の方々に対する産業援助の生業資金のお世話をするということ、これも非常に重要なことでございますので、われわれといたしましてもその資金ワクの拡大に、また生業資金の援助のためにもつと力強くひとつ拡大してまいりたいと、こういうような予算配慮も、ひとつ新しい予算編成に対して覚悟を申し上げたいと、こう考え、こういう具体的な施策にも万全を期したいと考えておるような次第でございます。 〔理事黒住忠行君退席、委員長着席〕 最後に申し上げたいことは、やはり私も国会の余暇を得まして、各党の了解をいただきました場合には、ぜひとも根室市にも参りまして、そうして根室市のそうした積極的な御協力と運動に対してよく感謝も申し上げ、敬意も表し、またもとの住民の方々にもお会いをいたしまして、そうした点についての具体的な問題をこの耳でも聞いてまいりたいと、こういうような気持ちもいたしておるような次第でございますので、全く同感でございます。積極的にこれに取り組む覚悟であることを表明申し上げて、御了解をいただきたいと思います。
○委員長(星野重次君) ちょっと速記とめて。 〔速記中止〕
○委員長(星野重次君) 速記つけて。
○喜屋武眞榮君 沖繩の問題は、未来への展望を語りながらも、現実の苦悩の中から派生している問題にどう敏速に対決していくかという、このことがしっかりとられておらなければ、対決姿勢が弱いというといけないと思う。かえりみて、どちらかというと政府は、沖繩の未来に対する展望はよく語られるけれども、現実に派生するとこうの問題に対する対決の姿勢が弱いというか、おそいというか、そういう感じで一ぱいであります。たとえば、国体の成功をたたえながらも、沖繩には例のベンジャミン事件、あるいは金武の老女の轢殺事件、あるいは那覇軍港湾における労働者の首切り事件、このように現実のなまなましい問題が一ぱいあるわけなんです。それに対する対決を、むしろそれを積極的に優先して取っ組んでいくという、この中から明るい平和な豊かな沖繩づくりも可能であると私は思うのです。 そこで私は、その現実の苦悩の中からいま派生している軍港湾労働者の問題、もうはしょって、時間も制限され、おそくなっておりますので、たいへん皆さんにも御苦労と思いながらも、どうしてもたださなければいけない問題、二、三申し上げたいと思います。 軍港湾労働者の雇用問題、その後の各省庁、第四種問題の連絡会議ですね、その対策はどうなっておるか。これもきわめて、もう時間も制限されておりますので、簡潔に現在の時点を語ってもらいたい。——おられないですか、労働、運輸、外務。——それではそういった不手ぎわがあるようでありますので、それを了承します。 次に、沖繩振興開発金融公庫の設置は、沖繩県の産業開発のためとれっきとうたわれておる。こういったたてまえを踏まえて、四十七年度の融資の実績はどうなっておるか。これも簡単でようございますから、どうなっておるか。そうして、その未消化の分は四十八年度に繰り越して貸し付けてもらいたいという強い要望があるが、それにこたえてもらえるかどうか、まずこの点。
○参考人(佐竹浩君) 沖繩振興開発金融公庫の四十七年度におきます貸し出しの実績は、総額で三百二十三億円となっております。これは当初の予算が五百三十億円を予定いたしておりましたので、大体約六割強の消化率ということでございます。その中でも産業開発資金の関係は百十億円と、これは当初の計画どおり一〇〇%達成をいたしております。なおまた、住宅関係の、これは個人住宅その他分譲、賃貸等ございますが、この需要も非常に強くございまして、これも大体約八五%以上の消化、百億円の予定に対しまして約八十五億円という状況でございますが、ただ御承知のように、中小企業等の関係が、復帰直後の見通し難と申しますか、先行き不安といったようなこともございまして、当初、投資の手控え等もあったせいか、その関係で多少資金の出方が少なく、同時にまた、市中金融がかなりゆるんでおりましたから、そういう関係もございまして、中小企業等資金の消化が若干これは予定に比べまして少のうございました。全体といたしまして、ただいま申し上げましたような約六割という消化でございます。でなお、これは先生よく御承知のように、貸し出しの事業計画が毎年度毎年度予算できまってまいります。したがいまして、本年度これで大体においてお申し込みをいただきましたもののかなりの部分を消化いたしました。なお、今度は新年度におきまして、全体として六百三億円という事業計画の総ワクがございます。その中で、十分この需要に対してまかなってまいれるかと、かように存じております。
○喜屋武眞榮君 特に消化率の概況をお聞きしましたが、中小企業、農林漁業、医療、この三項目の消化率が悪いようで、その原因はどこにありますか。
○参考人(佐竹浩君) 中小企業の関係につきましては、ただいま申し上げましたような先行きの経済動向に対する見通し難等から投資が手控えられておりまして、ことしに入りましてから逐次だんだんに投資意欲が出てまいりました。昨年一ぱいは大体どちらかというと低迷状態でございました。同時に、市中金融も比較的緩和しておりましたといったような事情、その関係で、お申し込みをいただく事業そのものが比較的低調であったしいう事情がございます。それから農林関係でございますが、農林関係につきましては、これは御承知のように農業政策、水産政策等、いわゆる政府の補助金を伴います事業との関連もございまして、それらの事業の進捗等との関連、全体といたしまして、この農業の将来に対しますいろいろ先行きの不安等々もございます関係で、全体として、やはり投資がまだ本格的に出てまいりません。手控えられておるという関係かと思います。したがいまして、水産関係の遠洋カツオ、マグロ等の船の建造でございますとか、あるいはパインもしくは砂糖の企業の合併、合理化等によるものなどを中心にいたしまして出ておりますけれども、それ以外のいわゆる構造改善事業といったような形のものは、実は需要としてはあまりまだ熟してまいりません。むしろこれからの問題かと存じます。 そのほか、この医療の関係、これは比較的、いろいろお医者さまの数が少ないといったような基本的問題ももちろんございますけれども、これらにつきましても、むしろこれからの、四十八年度からむしろ本格的に需要が出てくるんじゃないか、かように考えております。
○喜屋武眞榮君 そうしますと、先ほどちょっと触れました四十七年度の未消化は四十八年度に繰り込んで、そしてそれを、特に県議会からの要望も御存じかと思いますが、中小企業零細企業特別資金貸し付け等特別資金の未消化分を認めよという強い要望がありますが、それはそれにこたえてもらえると、こう受けとめていいですね。
○参考人(佐竹浩君) ただいま先生御指摘の特別資金でございますけれども、この特別資金につきまして、県議会の代表の方々からの御要望等も十分存じております。この問題につきましては、これまた先生よく御承知のところかと存じますけれども、復帰直後のドルの経済から円に切りかわる、そうしますと中小零細の企業で賃金を三百六十円に読みかえていくということはなかなかむずかしい経営状態にあるところも相当多いわけでございます。そういう場合に備えまして、そこのところを低利の、三分という非常に低利の、しかも二年据え置き七年という特別の資金、これはまあ衆参両院の御決議によりまして出たわけでございますけれども、そういういわゆる復帰直後の円経済移行をスムーズにもっていくという対策を主眼として立てられました関係で、つまりこの取り扱いの期間が昭和四十七年すなわち昨年の五月十五日から本年の五月十四日までということに実は定められておりまして、したがいまして、これについて期限内にできる限りこれを消化すべく努力をいたしてまいりました。当初、先生も御承知のように、昨年の六月ごろは非常に申し込みの件数も多うございまして、一週間に五百件をこすというような状態で、六月、七月にかけては相当大量に出てまいりました。それが逐次だんだんに、秋以後になりまして少しずつ需要そのものが落ち着いてまいりまして、もう十一月以後になりますというと、大体一週間の間にも一億円以下の申し込み程度にだんだん下がるということで、全体といたしまして、締めますとこれが四十五億一千七百万円、件数にいたしまして三千四百九十六件。三千四百九十六件の四十五億円余りの貸し付け決定が行なわれました。これは御承知のように、一人当たり八万円ということでございます。かれこれ人数にいたしますと六万人弱と、六万人よりちょっと少のうございますが、大体、当初考えられておりましたところの資金を需要なさる方々の需要は、大体におきまして三月一ぱいぐらいまでにほぼ充足をされてきたんではないか。多少ずれておる関係もございましょう。これは、五月の十四日まで取り扱いますから、その間にできる限りまだお申し込みをいただいていない方につきまして、お取り扱いを申し上げまして、そしてこれは当初定められましたように、五月の十四日でもって取り扱いが終わることに実はなっておるわけでございます。したがいまして、その三分の特別資金という制度は、これは四十八年の五月十五日以後におきましては、これはすでになくなるという形になるわけでございます。
○喜屋武眞榮君 世論としても、県議会におきましても、県の側からの強い声がある。貸し出し条件を大幅に緩和して、そして手続を簡素化してもらいたいという強い要望があることは御存じだと思いますが、それにたとえば住宅資金の貸し出し額の増額の問題、それから農林漁業に対する金利を引き下げるという問題、それから市中銀行への委託業務を広げるという問題そういった点からの——これも結論でようございますから、時間がないようでありますし、すぐ次へ移らんといけませんので、結論だけおっしゃっていただきたい。
○参考人(佐竹浩君) 第一の、特別資金につきましての貸し出し手続の簡素化でございますが、これにつきましても、申し込み手続に必要な書類等の中でできるだけ簡素にいたしまして、省略すべきものは省略をするということで、これは昨年の暮れ以来実行いたしております。 それから住宅資金につきましては、これは市中金融機関、ことに銀行、相互銀行、そのほかに農林漁業関係の系統金融機関でございますね、信農連でございますとか、信漁連、そういうところに業務の委託をいたしまして、そしてお客さま方の、つまり窓口をできるだけ広げる。公庫の店だけじゃなしに、そういう市中金融機関の窓口を御利用いただけますように、これも昨年来取り計らってまいっております。そして農林漁業の関係につきましては、これは金利の引き下げの問題は、昨年来、長期金利の引き下げが昨年八月以来ございましたけれども、それに対応いたします部分について引き下げがはかられております。ただ、農林漁業の貸し出し金利は御承知のようにもともと非常に低利でございます。三分五厘でございますとか、四分でございますとか、四分五厘といったような、非常に低利なものが実は大部分でございます。また同時に、土地改良その他の事業の補助金の裏につきます融資につきましても、これも本土の公庫に比べますと、相当割り安の金利に実はなっておるわけでございますので、その関係で、農林関係といたしましては、今回四十八年度からはこの流通関係のところで若干金利の引き下げが予定されておりますけれども、大体においては従来の金利をそのまま踏襲してまいる、こういうことになろうかと思います。
○喜屋武眞榮君 この問題には、もう少しこう具体的にお尋ねしたいことがありますが、次の機会に譲りたいと思います。 労働省関係、さっきの問題に返りたいと思いますが、よろしゅうございますか。見えておられますか。軍港湾労働者問題、触れてようございますか。
○委員長(星野重次君) はい。
○喜屋武眞榮君 職場を追われてもう一ヵ月、問題は実質的には前進しておらない、この実情、あの国体の中でも、道一つ隔ててすわり込みをしておるというこのうらはらな実情、何としてもこの緊急な問題は一刻も早く前進されなければいけないと、こうあせりを感ずるわけですが、その後の離職者対策、雇用の継続を要求したその点がどういま進められておるのであるか、その点を結論がけを早くお聞きしたい。
○政府委員(道正邦彦君) 沖繩の旧四種業者問題に関する対策連絡会議は、三月二十九日に第一回の会合を開催して以来、すでに五回にわたって会合を重ねております。当面の問題は、国場組の軍港湾労働者の解雇問題でございますが、これにつきましては、現地に設置されておりまする港湾離職者問題対策本部、これと緊密な連絡をとりまして、問題の解決に努力してきております。先般来、関係者から申し入れいたしておりました米軍による直接雇用の問題は、米軍が了承しないということで、現在は次期の民間業者の決定のための入札の問題に移っております。したがって、現段階におきましては、問題は、米軍と港湾運送業者とが、港湾運送事業法にのっとった内容の契約を早期に継続するということに問題はしぼられてきております。
○喜屋武眞榮君 その米軍の示した契約、いま呼びかけの内容を見ますと、その問題点は、契約期間の半年、それから荷役料金が低額、従業員の半数削減、免許取得業者以外にも契約対象とされておるという、こういった条件で持ち出しておるようですね。これに対してどう対処しようとしておられるか。
○説明員(高橋全吉君) いま労働省のほうからお話がありましたように、米軍の貨物の取り扱いをできるだけ早く免許事業者による請負契約に戻すことが必要だと思いますけれども、米側に対しまして、国場組の撤退によりまして非常な変化、すなわち、港湾運送事業はわが国におきましては港湾運送事業法に基づきまして免許制度をとっており、それから料金あるいは約款、こういうものは認可制度をとっておるということをよく説明しまして、今後は、米軍の貨物であっても、港湾運送事業法に基づいて処置するのであるということを、政府側から米軍に対して説明する必要があるかと思います。したがいまして、米軍に対して運輸省よりこれを説明することといたしておりますか、外務省のあっせんによりまして近く説明を行なう予定になっております。しかしながら、中央で米軍に対してそういう説明をいたすこととしておりますけれども、一方、現地におきましても、やはり直接米軍に対してその事情を説明する必要かあるかと思いますので、先月の二十六日に、運輸省といたしましては、沖繩総合事務局の運輸部長に対しまして、説明するように指示をいたしました。
○喜屋武眞榮君 先ほど、離職者対策と雇用の継続という二つに分けて私強調しましたが、もう一ぺんこれを強調したいことは、離職者対策よりも、現在の雇用継続を強く望んでおるということを私はさらに重ねて申し上げまして、いままでの労働省との折衝中でも明らかにされたことは、港湾運送事業法に基づく免許業者であること、それから米軍に認定料金を守らせる、こういうことを話し合いの中で私は受けとめておりますが、ところが、今回の契約内容ではそれが守られておらない。そういうことで、新しい業者がこの雇用条件にはたして応ずるだろうかという心配をしておるわけですがね。その点、私は非常に疑問に思う、その条件で応ずるかどうか。そこで、契約内容の改善について真剣に対米折衝されたかどうかということにも疑問を持ちますがね。ほんとうに前向きで、対等の立場に立って強硬に主張されたかどうかという疑問を私は持ちます。 そこで、免許業者との契約認定料金を順守する、人員削減を最小限に押える、こういう線で強く折衝してもらいたいということを要望しまして、もし御答弁がいただけるなら答えていただきたい。一応、要望しておきます。
○説明員(高橋全吉君) いま先生のおっしゃったとおり、全くそのとおりだと思いますけれども、現地におきましては、この入札に参加した業者を呼びまして、運輸部長からその点は注意したという連絡を受けております。したがいまして、実は私もきょう、県知事から向こうの米軍に対しましての要望書、五月二日付の文書を拝見いたしましたけれども、まさにこのとおりの趣旨を米軍によく理解していただく、こういうことが必要だろうと思います。
○喜屋武眞榮君 大急ぎで次に外務省に移ります。 ボリビア移住民の問題につきまして、これにつきましても時間をかけて次の機会に十分論じたいんですが、せっかくおいで願っておりますので、問題点だけ私は簡単にただしたいと思います。 まず一つは、ボリビアにおける日系市民が何人おるか、その中で沖繩県民は幾らおるか、どんな仕事をしておるか、生活状態はどうなっておるか、このことを簡単にひとつ。
○説明員(平野文夫君) ボリビアにおきます日本人の永住者の数でございますが、これは一昨年の調査では約四千五百名でございます。その職業別の内訳は、大体九〇%以上が農業でございます。あとは大体商業あるいは事務員、こういったものでございます。その生活程度でございますが、大体、これはボリビアにおきます移住者は、いまのところ残念ながら、ブラジルその他に行かれました移住者に比べまして必ずしも生活程度は高いとは言えません。しかし、昭和四十五年度の調査によりますと、これは数字に基づく調査でございますが、大体二戸当たりの平均が五十万円程度の農家所得と、こういうことになっております。
○喜屋武眞榮君 私があえてそれを冒頭にお聞きしますのは、沖繩からの移住者は、戦争で住宅を失い、家財を失い、そして土地を奪われ、そういった方々が行って開拓者の苦難の道をいまたどりつつあるわけです。ところが、聞きますというと、いまの御答弁にはなかったけれども、電灯もない、電話もない、テレビもラジオももちろんない。そういった、ともしびもない状態の中で営々と苦難の道をたどっておる。そういった開拓移住者に対して、日本の今日の実力からして、東南アジア開発途上国への経済援助、資金援助がなされておりますが、ボリビア開拓移住団への資金融資の意思があるかどうか、そのことをお聞きしたい。
○説明員(平野文夫君) 沖繩の移住地は、もともとアメリカの指導によりまして開設されまして、以来、ずっと飲料水対策、道路網その他について援助が行なわれたんでございますが、これは非常に不完全でございまして、昭和四十二年に日本側に引き継がれまして、その後、移住事業団で鋭意力を入れまして、道路それから井戸これを中心とする総合対策を行なっております。それで、たとえば井戸をとりましても、深い井戸を、これは平均七十メートルでございますが、これを各戸に掘るということをもうすでに完成いたしております。それからさらに道路につきましても計画を進めております。 それから日本の経済協力でございますが、これは東南アジアのみならず、南米諸国にも今後力を入れていく必要があると、やっていくというのが政府の方針でございます。それで、ボリビアにつきましては、従来、技術協力に力を入れまして、過去十カ年におきまして約八十万ドル程度の協力を行なっております。それから資金援助でございますが、これもボリビア政府からの要望がございますので、これを、現在非常に好意的に、できるだけ実現するように努力いたしておる次第でございます。
○喜屋武眞榮君 先ほど、生活状態からもまず電化が、これはもう緊急の要望事項であるということと、さらに、今日までの苦難の開拓の足あとから、棉花が非常に有望であると。綿ですね、これは世界的にも非常に有望であると言われている。ところが、その開拓地はかんがいをすれば現在の三倍の収益があがるというのですね。ところが、水はある。あるけれども、足元に、畑に水を引っぱってくることができない。そういった両面から、ぜひひとつ国の施策としてボリビア開拓移住団への積極的な援助を、こう思うんですが、総務長官、ひとついかがですかね。
○国務大臣(坪川信三君) ボリビアの沖繩県出身の移住者の現状を、いま参事官からの説明も聞いておりますが、なかなか重要な問題であるなということを感じておるような次第でございますので、これらの開発問題、援助問題等についてはひとつ沖繩県民の立場になって考えてみたい、こういうふうな気持ちを持っております。
○委員長(星野重次君) 本件に関する調査はこの程度にとどめ、本日はこれにて散会いたします。 午後五時五十六分散会