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71回国会衆議院1973/07/18

法務委員会 第43号

発言数
105
登壇者
14
会派数
3
開催日
1973/07/18

会議録

中垣國男自由民主党

○中垣委員長 これより会議を開きます。  法務行政に関する件、検察行政に関する件及び人権擁護に関する件について調査を進めます。  本日は、まず、旧軍法会議に関する問題につき質疑を行ないます。  本問題につきましては、参考人として菅野保之君、花園一郎君、結城昌治君が御出席になっておられます。  参考人各位には、御多用中のところ、御出席をいただき、まことにありがとうございます。  これより質疑に入ります。小林進君。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 ただいま委員長からのお話のありましたとおり、戦時中における軍事裁判、軍法会議の問題を主体にして質問を申し上げたいと存じますが、この問題は、私は衆議院の予算委員会でも取り上げ、なおかつこの法務委員会でも再度取り上げておりますので、御列席をいただいた大臣各位には、もう私の質問の内容は大かた御推察をいただいておると存じます。けれども、参考人の先生方には、あるいは問題の核心をおつかみになっていないかと存じますので、ごく簡単に、この問題の発生から申し上げて御理解をいただきたいと思うのであります。  実は、私がこの問題を国会で取り上げるに至りましたそもそもの動機は、吉池事件という問題がございまして、昭和二十年の八月の十二日であります。まさに天皇の詔勅が出る三日前、ブーゲンビル島という南方軍の駐留いたしますその島で、吉池という軍曹が敵前逃亡という軍刑法で死刑の処罰をされた。この問題に対して遺族、この吉池軍曹の奥さんでありますが、私の主人は敵前逃亡死、軍刑法で死刑になるようなそういう方ではない、それは間違いであるということで、実は現在まだ東京地方裁判所に無罪であるということを訴訟されておる。訴訟の相手は厚生大臣であります。  私は、この問題を中心にして実にくまなく調査をいたしてまいりました。この調査の過程において不公平と、あるいは隠された戦争にからまるもろもろの醜悪な事実を私はつかむことができたのでございまして、この吉池軍曹の有罪、無罪を論ずるだけの問題ではない。戦争が済んで二十七、八年もたっている今日、なおその侵略戦争の中における犠牲者といっていいと思いますが、いわゆる軍刑法、軍事裁判、特に日本の国土を離れた海外の戦場の中、閉鎖された社会の中における特殊な軍事裁判という想像もつかないようなそういう裁判によって処刑を受けた。今日なお一般人としての待遇を受け得ない。遺族は涙に泣きぬれておる。子供たちはその汚名のために世間一般の交際もできない。精神的にも物質的にもたいへんな戦争の被害と差別を受けて、なお人世の暗やみを歩くような気持ちで暮らしている。そういう方々が、処刑を受けた人だけで五万人、それを取り巻く遺族を加えれば、あるいは関係親族を加えればまさに百万、二百万にも達するような人たちが、この戦争の亡霊におびえながらいまなお暮らしている。たいへんなことではないか。で、この問題について、実は法務大臣には、戦争の責任もない、一銭五厘のはがきでかり出されて妻子眷族と別れて、そうして天皇の忠誠な部下として戦場で働いたその人たちが、まだ汚名をしょっている、これを一体何か救済する手はないか、法務大臣に訴えておる。手はないとおっしゃる。了承できない。厚生大臣は、なぜ一体そういう人たち、不当な軍刑法で処罰された人たちの救済に対してまだ踏み切られない、それを救済をしようという考えに立たないで、厚生省援護局、そういう戦争の被害者を助けなければならぬ地位にある厚生大臣が、親子眷族、妻子眷族が、私の夫はそんなむごたらしい罪は犯さない、最も天皇に忠誠な部下であったと泣きぬれて訴えるものを、違う、おまえのおやじはやはり軍刑法に値する、最も極悪非道な死刑に値する男だということをなぜ裁判まで争っていかなければならないのかという問題。それからそこに総務長官もいらっしゃいますけれども、そのためにいまなおこの軍刑法に付随して、みんながもらう、戦犯でやられた人たちも勲章ももらっておる、恩給ももらっておる、遺族扶助料ももらっておる中に、こういう一銭五厘でかり出されて戦争に何も参画もしなければ忠誠な軍人として働いたその人たちに、あなた方満足に恩給もくれてない、遺族扶助料もくれてない、そういうことをおやめになったらどうかということを私は三人の大臣にお訴えしてきたのでありますが、あなた方は、私の言わんとする趣旨はわかりますけれども、しかし何やかやと事情があってこういう人たちの救済はできないとおっしゃるのであります。そんなに一体めんどうな問題なのかどうか。そこで私はきょうお三人の参考人の先生方にお忙しいところを来ていただいて、先生方の御意見も承りながらこの問題をさらに掘り下げていきたい、こういうことで実は質問に立ったわけでございますので、以上御了承をいただいて、私の質問にお答えいただければまことに幸いと存ずる次第でございます。  限られた時間でございますから、私は簡略に各大臣並びに参考人の先生方にお伺いいたしたいと思うのでございますが、まず第一に、菅野先生にお伺いをいたしたいと思うのでありますが、菅野先生は旧陸軍の法務官でおいでになりました。しかも軍法会議の基本問題については非常に権威者でいらっしゃるということは私もかねがね伺っておりましたし、またそういう軍刑法あるいは戦時刑法等に対する有名な御著書、御発行になりました本もあって、名実ともにこの方面における権威者であるということは衆目の帰するところでございますので、その先生の専門的な知識といいますか、学問を通じて私は御所見を承りたいと思います。  すなわち、一体、戦時中における軍法会議というものがどんなものであったのかということについて、まず御所見を承りたいと思うのでございます。あるいは当時を振り返って今日どういう御心境でいらっしゃるか、それを含めてお伺いできれば幸いと存じます。

菅野保之元陸軍法務中佐豊島簡易裁判所判事

○菅野参考人 ただいま御質問ございましたが、私、過去におきまして軍法会議の仕事に携わっておりました関係から本日お招きを受けたと思うのでございます。  軍法会議はもちろん終戦後に廃止になったのでございますが、戦前の軍法会議は、陸軍軍法会議法、海軍軍法会議法というれっきとした法律によって制定されております。申し上げるまでもないと思いますが、旧帝国憲法の第六十条には特別裁判所の管轄に属するものは別に法律をもってこれを定めるというふうになっております。現在の日本国憲法は第七十六条の第二項で、特別裁判所の設置は一切認めないことになっておりますが、旧憲法においてはこれを公然と認めておったわけでございます。旧帝国憲法の第六十条におきまして特別裁判所は別に法律をもってきめるということになっておりまして、その法律としていま申し上げました陸軍軍法会議法または海軍軍法会議法が大正十年の法律第八十五号あるいは九十一号で制定されまして終戦まで施行になっておったわけでございます。  軍法会議は申し上げるまでもなく軍に付置されておったわけでございますが、しかし決してこれは軍のいわゆる統帥機関あるいは作戦のための機関というわけではないのでございまして、純然たる国家の機関でございます。国家の司法機関でございます。ただ軍の作戦に密接な関係を持っておるその情勢からいたしまして、絶えず軍と行動をともにするということになっております。したがいまして、軍が国内にある場合はもちろんでございますが、国外に軍が出動していわゆる作戦行動に従事した場合におきましても軍法会議は影の形に添うごとく絶えずこれと一体をなして活動いたしておりました。したがって、たとえば外地におきまする作戦の非常に苛烈な場所におきましても、軍法会議そのものは制度上はもちろんでありますが実際上も軍法会議は絶えず働いておったというふうに私どもは考えております。  ブーゲンビルの状況は寡聞にして私はわかりませんけれども、しかし法のたてまえからすればあくまでどんな孤島におきましても、いやしくも部隊がありそこに指揮系統、統帥系統があってそこに軍が活動している限りにおいては軍法会議はやはりれっきとして存在しておったというふうに考えます。  そこで、軍法会議がしからばどういうふうな仕事をするか、これはもう明らかに、いま申しました陸軍軍法会議法あるいは海軍軍法会議法に規定されておるところの訴訟手続に従って、しかもそのとるところの実体法規は、刑法はもちろんでございますが陸軍刑法あるいは海軍刑法によってやられるわけでありまして、決して軍の指揮官の一存によっていわゆる懲罰刑として行使されるものではございません。したがって、そこには厳格なる訴訟手続が支配いたしておりますから、事実の認定あるいは証拠の取捨判断等はすべて法律の定めるところによって行なわれ、裁判はその結果として生まれてくることになりますから、法律に従った裁判が行なわれるということになるわけでありまして、決して軍の作戦の要求に従った裁判ということではあり得ないのであります。あくまでもその事実の認定に立脚いたしました判断が下される。ただ軍法会議が部隊、作戦軍に付置されている限りにおきましては作戦軍の要求とはやはり常にうらはらの関係に立ち、これと一体をなして相協調していくということは必然的なことでありまして、全然作戦行動を離れ軍の要求を無視して軍法会議が独走するということはあり得ないと思うのであります。これは当然であります。さらばといって先ほど申しましたように軍法会議が純然たる国の司法機関であります限りは、その本来の面目からして法律に従って厳格に行なわれておるわけでありまして、決して作戦軍の指揮官の一存によってその軍法会議が行動するということは絶対あり得ないということを確信し、また法のたてまえもそういうようになっております。  以上お答えいたします。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 総務長官は十時半でございますか、次の委員会に行かれる御都合があるということでございますので、私は参考人のいまの貴重な御意見がございました、その御意見とあわせて実は大臣にお伺いしたがったのでありますけれども、貴重な参考人のお話を承りながらまたあなたの意見を承るということができないのは残念でございますけれども、前後いたしますがひとつあなたにだけ一問御質問いたしたいと思います。  ともかく戦時中における軍事裁判によって処刑をされて、そしてまだ差別待遇を受けている者は、大体推計ですが陸海軍合わせまして五万人いらっしゃる。その中でも、あなた方は、いや、恩赦でそれはもう権利を復活したじゃないか、あるいは十年たったら一般刑法の規定に基づいて罪名は消えたじゃないか、だから実害はないじゃないかというようなことをおっしゃるのですが、実はそうじゃない。あなたがおやりになっている恩給法に基づいても、まだやはりそういう軍事裁判に処せられたために恩給ももらえない、遺族は遺族扶助料ももらえないというような方々がたくさんいらっしゃる。その資料を持ってこいと言うのだけれども、そういういまの政府の恥部に関するようなことは何だかんだと言ってなかなか資料を出さない。これは官僚のサボタージュですからね。そういうようなことになっておりますが、私のところにはそういう方々がたくさんだずねてきているわけです。その中には、たとえて言えば、恩給をなぜもらえないか、それは軍刑法でも三年以上の刑罰に処せられた者はだめだ、いわゆる恩赦に基づいて、三年以下の刑罰に処せられた者はひとつ恩給をやろう、遺族扶助料もやろう、こういうことになっておる。  ところが、そのほかに、今度は軍刑法——旧陸軍刑法、海軍刑法に触れた者だけは恩赦でひとつ将来に向かって罪名は消してやる、しかし一般刑法に触れた者はだめだという。これまたいわゆる恩給法とかその他の対象になっていない。もらえないのだ。そこで、一体軍刑法と一般刑法の併合罪による処刑者はどれだけいるか。ようやく私がもらった資料だけでも、四千六十名いるのです。その併合罪は何かというと、逃亡と窃盗だ。逃亡はいわゆる旧軍刑法だ。窃盗は一般刑法だ。逃亡と横領、逃亡と詐欺、上官暴行と傷害、略奪と窃盗、横領、詐欺、これはずっとあるが、時間がないからやめますけれども、一体逃亡するときに窃盗が何でついたか。軍服を着て逃げるわけです、裸で逃げられないから。そうすると、この逃げたのは軍刑法で逃亡罪、軍服を着ていったのは一般刑法の窃盗罪。  あとで言いますけれども、山下馬吉さんなんというのは、終戦になった、降伏しようじゃないか。しかし陸軍大臣と天皇は何と言ったか。「生きて虜囚の辱を受けず」、生きて捕虜になるということは、逃亡よりも軍刑法で一番罪が重いのだ、虜囚になるなと言われたから、投降しようと司令官が連れていったときに、「生きて虜囚の辱めを受けず」というので私は逃げたというのです、投降はいやだから、捕虜になるのはいやだから。そのときに何を持って逃げたか。手榴弾を一つ持って逃げた。おれはいよいよ最期のときにはこの手榴弾で死ねばいいのだからというので、手榴弾を一つ持って逃げた。そうしたら、軍の手榴弾を盗んだから、お前は窃盗だ。逃亡と窃盗だといって処罰を受けて、いまなおいわゆる恩給の恩典にも浴さない。こういうものを併合罪と称して、逃亡罪のほうはいわゆる軍刑法で恩赦をしてやったが、窃盗があり、逃亡があり、詐欺があり、横領がある限りは、お前はどうもいわゆる恩赦の恩典に浴させるわけにはいかないといって、いまなお恩給ももらえない、遺族年金ももらえぬ者がたくさんいるじゃないか。なぜ一体それを直さないか。  ならば、私は言いたくないが、一体横井庄一さんは何だ。あれは裸で逃げたのじゃない。軍服を着て逃げたんだ。ただそのときに彼はつかまらぬで、二十八年間穴の中に入っていた。これが出てきたときになぜ一体逃亡罪で処罰しないのか。窃盗罪でなぜ処分しないのか。英雄のごとくあなた方はそれを迎えて——もっとも知恵をつけた。お前、黙っていると窃盗罪になるから、少しじょうずにやれと言って厚生省が横井さんに知恵をつけた。厚生省の援護局長そこにいるが、わざわざあそこまで行って、飛行機の中で知恵をつけた。お前は黙っていると、旧来の陋習上窃盗罪だ。鉄砲を持って、軍服を着て逃げたんだ。だから、帰ったらすぐ宮中に行って、天皇陛下の前に行ってこう言え、あの宮城の前にぬかずいてこう言え、こう言って教えた。何と言ったか。天皇さま、お預かりいたしましたこの菊の御紋章の入った鉄砲でございます。二十八年間お預かりいたしました、いまつつしんでお返しいたします、こう言えとお前さん方は教えた。そして横井庄一はあなた方に教えられたとおり、二重橋の前にぬかずいて、天皇さま、不肖横井庄一、ただいま帰ってまいりました、お預かりいたしましたこの菊の御紋章の入った鉄砲はここにつつしんでお返しいたします。よし、これで窃盗罪は成立しない、お前は英雄だ、陸軍病院に入りなさい、その費用は全部国家が持ちましょう。費用を持って、そして全部あなた方めんどうを見ているじゃないか。ちゃんと恩給もくれているじゃないか。私はいい悪いを言うのじゃない。私は横井庄一さんを打とうというのじゃない。あまりにもやり方が不公平じゃないかという一つの例として申し上げたのです。  小野田寛郎さんは何ですか。フィリピンにいた小野田寛郎は、現地のフィリピン人を殺害している。中野のスパイ学校で教育を受けた。出てこれない。逃亡した。兵器も弾薬もみな持って逃げたじゃないか。それをあなた方は、ほんとうは軍刑法で処罰せねばならぬものを、国の刑法に基づくのを、何だ、厚生省の援護課長か何かが三カ月も四カ月も本省を捨ててフィリピンに行って、小野田さん、小野田寛郎さん、小野田やあいと言って、国の費用で探し歩いているじゃないか。何でもいいから出てきてくれ、あなたの罪は問いません、恩給もくれます、処罰もいたしません。こういうことを一方にやっておりながら、一方にはこうやって五万名も、——逃げているんじゃないのだ。ブーゲンビル島なんて、カエルも食った。草も食った。食うものがないといってふらふらと食糧をあさりに出て、現地から離れた。戦場から離れたというので逃亡罪、敵前逃亡だといって死刑にして、その遺族の者をいまでも泣きぬらしているという、そういう法律の不均衡は一体許されていいのか。  厚生大臣、一体小野田少尉に国費を幾ら投じたか。けちなことを言うのじゃないが、その国家の使った費用を全部出してください。小野田少尉のために一体何億の金を使って彼の捜査に任じたか。これは国費だ。そのために一体あなた方は厚生省の役人に本省を離れて何カ月出張をやらせ、捜査をやらせたか。これも国民の税金だ。その費用を全部あとで数字にして出してもらいたい。そういうようなことをやっておいて、なおかつこの人たちを救う道がないという話はないじゃないか。  そこで、私はもう時間が三十分になるからあなたを解放いたしますけれども、一体恩給法を改正して、こういう戦時中における併合罪で泣きぬれている人たち、この併合罪というのは必然的に軍事刑法について回るのだから、そういう併合罪の人たちを全部救済して、普通どおりの恩給をやってやる気持ちはあるかどうか。  いま一つ申し上げますよ。これは併合罪ではない。上官暴行ではあるけれども、上官を暴行したということで二年時の刑を着せられて、曹長から一等兵に降格をされた、新潟県、私の選挙区です、小出町における佐藤竹松君という曹長、これは戦争に負けて外国の捕虜収容所に入れられた。もはや天皇の統帥権も及ばない外国の管理体制の中に入れられたときに、悪い準尉がいてあまりにも兵隊を虐待したというので、四十名の兵隊が立ち上がってばんばんその準尉をなぐった。上官暴行だ。戦争が済んだあと、昭和二十年の十一月だ。そうしたら、おまえ曹長として、班長として部下の掌握ができなかった、おまえもいわゆる党与罪だ、上官暴行の党与罪だといって曹長の地位からたたき落とされて一等兵に降等されて、戦争が済んで外国で捕虜になっているときの上官暴行罪に軍刑法の適用を受けて二年間、日本へ来てまた日本の監獄に入れられてそうして出た。ようやくあなた方の昭和三十七年かの恩給法の改正によって恩給はつけられた。つけられたけれども、一等兵だ。一等兵の階級で恩給をつけられて、曹長の階級には復活しない。そのときの班長諸君が軍曹その他七人いる。毎年一回ずつこの七人が集まって、だれにこの不満を言っていいか、われわれは部下の罪をしょって降等されて、なおかついまこういう冷遇を受けておる、子供の前でも話ができない、残念でしようがないと七人だけで慰さめ合って毎年会っていた。  それで、佐藤君、きょう君のことで質問するから、君出てこないかと言ったら、奥さんからけさ電話がありました。ちょうど四日前に死にました、涙に泣きぬれて、遺族に残すことはない、これ一つだ、私の終生を通じてどうしても胸におさまらぬものはこれ一つだと言って、私の夫は四日前に死んでいきました、先生のおことばをいただきましたけれども、来るわけにいきません、そういう人たちを、あなた方はなぜ救済できないのですか。横井庄一君に対して何億の国費を使うのが悪いというのではないのです。小野田少尉の一つの命を救うために、厚生省の課長連中がフィリピンに行って、何カ月も捜査に任じておるのを悪いと言っておるのではない。いいが、一方にこうやってその人たちの十分の一も百分の一もしない。そういう罪の人たちを人間並みの扱いができないのか、普通の恩給もくれないのか、遺族年金もくれないのかと私は言っておる。やりますかやりませんか。やるということならすぐ帰ってもいいです。

坪川信三自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○坪川国務大臣 小林委員の、本件に関しまして正義感に満ちた人道上の立場から、倫理感にあふれた御意見を交え、また法律に詳しい小林委員の法律的な解釈の立場から御指摘になっておる本問題につきましては、過般来、政府といたしましてもいろいろの角度から検討をいたしてまいったわけでございますが、御承知のとおりに、もう私から申し上げるまでもございませんけれども、恩給は公務員が忠実に国家に奉仕し、専念したことに対する国の報償として給せられる趣旨のものでありますから、公務員が犯罪により刑に処せられたり、または懲戒処分を受けた場合には、恩給を受ける権利が失われておるということは御承知のとおりでございます。  しかし永久に失権の状態に置くということは、まことに酷なことでもあり、またそうした意見も多くありますので、そうした立場から参酌いたしまして、刑が三年以下の懲役または禁錮に処せられている比較的軽微な者に対しましては、その後恩赦によりまして刑の言い渡しの効力が失われた者、または懲戒免除の措置を受けた者については、先ほどもお話がありましたごとく、昭和三十七年の法改正によって将来に向かって恩給権を回復させることとしたような次第であります。このよな措置は、恩給の考え方と退職公務員の処遇と両側面から見て適当なものであると考えております。  ところで御質問の本件の場合には、お話しのとおりの併合の一般の刑法による罪の効力が失われていないため恩給権は回復しないこととされているのでありますが、このような場合についても、恩給を給する道を開くかどうかということについては、恩給制度の根本精神とも関連する事柄でもあり、現状ではまことに恐縮ではございますが、かなり困難な点も多く伏在いたしているような次第でございます。  しかし具体的な事情を考慮いたしますれば、まことに人道上お気の毒な場合の方々ばかりであることを考え、また、そうした面を踏まえて、十分承知もいたしておりますので、今後陸海軍刑法に関連する犯罪の恩給上の取り扱いについて、何とか御趣旨を生かすような方途を求むべく目下慎重に前向きの姿勢で考慮している、検討しているというような段階であることを率直に申し上げて、何とぞ御理解をちょうだいいたしたいと思う次第であります。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 総務長官、あなたの慎重に考慮中という話は、もう三回聞きました。一回なら私もそれでおさまりしょうけれども、三回も四回も同じことを——お経を聞いているわけじゃないんですからね。ですから、もうそろそろ慎重の域も脱して結論を出していただきたい。それは天皇の名において天皇の命令を受けたというのは、一般の刑法と違うのですから、一般の犯罪と違うのですからね。しかも軍隊という一つの閉鎖社会、ものも言えないという閉鎖社会という、これまた一つ条件が違うのです。その中において、しかも軍刑法に当然従属していく併合罪、そういうものに対して、私は一般と切り離して恩給を復活しなさいと言っておるのでありますから、その点も含めて慎重に御考慮いただきたいと思います。

坪川信三自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○坪川国務大臣 承知いたしました。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 それでは、私は次に結城昌治先生にお伺いをいたしたいと思います。  どうも先生には御多忙の中をおいでいただきまして、委員長からもお礼のおことばがございましたが、私も心からお礼を申し上げる次第でございます。  あなたは、「軍旗はためく下に」という著書で直木賞をお取りになりました著名な作家でいらっしゃいます。きょうもテレビを見ておりますと、きのう直木賞の新しい受賞が行なわれたということでありまして、ここにおいでいただくのもくしき因縁かなと私は感じたわけでございます。先生は軍人の戦時中の犯罪についてたいへん御造詣も深く、たいへん御研究になっているということをかねがね承知をいたしております。なお、聞くところによりますれば、先生は検察庁におつとめになった御経験もおありになりまして、広範な戦時犯罪の記録にも接していらっしゃいますし、またもろもろの貴重な資料もお持ちになっているということを聞いているわけであります。  つきましては、特に文学者としての繊細、英敏な御感覚でこの種の問題をどういうふうにお受け取りになっているのか、ひとつ忌憚のない御意見を、先生のお感じのままに率直にお聞かせをいただきたいと思います。

結城昌治作家

○結城参考人 私は軍法会議について特に造詣が深いわけでもないし、特に研究しているわけでもありませんけれども、たまたま、いわゆる昭和二十七年の講和恩赦というものが行なわれたとき、東京地検で事務官をしておりまして、それから数年間ぐらい講和恩赦事務というものを取り扱っておりました。そのとき軍法会議の膨大な資料を読みまして、一時恩赦事務、本籍地役場や本籍地を管轄する検察庁へ通知する事務を扱っておったわけです。大体先ほど小林委員からおっしゃられましたように、明治二年の軍法会議開設以来約五万件、日中戦争以後から数えても約その半分、二万数千件の軍法会議処刑者がございます。そのうち、はっきりした数字は覚えておりませんが、東京地検に問い合わされれば私どもが参加した統計がとってございますけれども、外地における軍法会議の判決書類、判決謄本はほとんど、約九〇%は東京地検の倉庫に眠っております。それをぼくらはいわゆる恩赦カードというものをつくって処理するために一件一件全部見たわけです。東京地検というと、特捜部とか刑事部とか非常にはでなことが言われておりますが、私は病気だったものですから、そういう非常にひまなところに配属されておりまして、数年間にわたってそういう仕事をやっておったわけですけれども、そのおかげで軍法会議の書類に接する機会が数年間にわたった。その中で特に記憶に残っておりまして、その後小説にも書いた例を一つだけ申し上げますと、これは中国でございましたけれども、戦闘の最中に敵弾を受けて意識不明におちいる。それで動くにも動けない。そこを敵軍に捕えられて運び去られてしまった。その場合の敵軍はいまの中国共産党の八路軍、当時パーロと言っておったそうですけれども、捕えられて八路軍に介抱されて傷をなおしてもらって、八路軍と一緒に行動させられた。そうして戦闘に参加をさせられたわけではありませんし、八路軍に入ったわけでもありませんけれども、行動をともにさせられた。その間その兵隊は何とかして日本軍に戻りたい。さあ自分が逃亡したということになれば、さぞかし故郷の両親、兄弟、親戚の者が恥ずかしい思いをしておるだろう、たえられない毎日を送っておるだろうということで、戦地を転々としておりまして、そのわずかのすきを見て敵軍から逃亡して日本軍のところに戻ってきた。それで私は戻ってまいりましたと言ったところが、日本軍はそれをつかまえて、おまえは敵前逃亡である、あるいは奔敵であるといって死刑です。こういう例が一つや二つではない。おそらく枚挙にいとまがないくらいあるわけです。せっかく日本軍に戻ってきたのに、なぜ死刑にしてしまうのか。これはその背後には先ほど菅野参考人がおっしゃられましたけれども軍法会議は法律に基づいて厳正に行なわれたと申されましたけれども、いわゆる「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」ですか、そういうものが思想的に背景にあって、兵隊、下士官を思想的に統一するための見せしめとして、敵につかまったらこのとおり死刑になるんだ、つかまるくらいなら自決をしろという思想あるいは威嚇が背景にあったのではないか。それでせっかく敵の手中から脱出して日本軍に戻ってきてもう一度日本のため天皇陛下のために戦いたいという者を死刑にしています。いま一例だけ申し上げました。  そういう方の遺族が、ついおととしから恩給権、遺族扶助料や年金をもらえるようになりましたけれども、依然として逃亡兵の遺族であるという汚名は消えてない。東京ではわからないでしょうけれども、いなかのほうではそれはもうどんなに世間に顔向けのできないことであるか、それこそ子々孫々に至るまでという感じでおるという話を聞いておりました。  それから私、東京地検におるころでも、たとえば戦地強姦という罪がある。これは中国に多かったのですけれども、戦地強姦というのは軍刑法にありますけれども、強姦罪というのは一般刑法にありますから、当然恩赦の対象となっていない。三年以上の刑であれば恩給の対象にもなっていない。だけれども自分は何の罪もないんだ、ただその場にいたというだけで巻き込まれて憲兵におどかされて無理やり、裁判らしい裁判もしない、外地においては上訴権もないし弁護人もつかない、一たんおまえがやったんだと言われればそれまでという状況でその刑を受けた。それで泣く泣く忍んで来たけれども、敗戦後になってもそれが依然として消えてない。女房子供に話せることではない。毎日びくびくしているというのです。できるならこれを恩赦にしてもらえないかということを言ってきたことがあります。恩赦にする場合には、その場合は個別恩赦ですが、いろんな調査をしなければならない。本人の素行から何から地元の警察署や何かにも照会するわけですね。そうすると本人がかつて中国あるいはどこでもそういう罪名を負ったということを知られてしまうわけです。そういうことを言いますと、それじゃいまのまま黙っていたほうがいいといって引っ込んでしまうわけです。たまたまその人は東京地検に恩赦の道はないかと言ってきたのですけれども、そういうことを言い出せないでいる人がどれほど多いかわからない。先ほどから小林委員おっしゃられておりますように、横井庄一氏の場合あるいはルバング島における小野田少尉の場合を見ましても、たとえば小野田少尉、小塚金七両兵士、将校と兵隊がフィリピンにおいて何人かの現住民を殺傷している、あれは一体だれの罪なのか、戦後三十年になんなんとする現在、なお山にこもって出てこられないのは一体だれの罪か、現住民を殺したのはだれの罪か、これは国家の罪じゃないのか、そういうことをつくづく考えるわけです。日本国家というものは、私は詳しいことを知りませんけれども、大体サンフランシスコ条約において国際的には謝罪をしておる。だけれども日本国民に対しては一片の謝罪もしていない。一億総ざんげということばとそれから国際軍事裁判、いわゆる東京裁判ということのその二つの中に吸収されてしまって、一銭五厘でブーゲンビルのような食べ物も何もないところに引っぱっていった、そういう兵隊たちに対してはだれもあやまっていないわけです。罪だけをそのまま残しているということは、国民に対する国家の道義というものが失われて、二十八年たって失われたままじゃないか。その点は国政をあずかる方々によく考え直していただきたいという感じをふだんから持っております。  そういう厚生省の援護行政にも大いに不満を持っておりますけれども、先ほど言ったように一昨年から自決した兵隊の遺族や逃亡兵の遺族にも年金や扶助料や弔慰金がおりるようになりましたけれども、それ以前は一体何をやっていたんだということですね、二十何年も。だから根本的な姿勢が厚生省の援護局において旧軍隊のままじゃないか、現に厚生省の援護局の幹部というものは旧軍人、職業軍人ですが、そういうことも根本的に考え直していただきたいと思います。  以上率直な意見、あとお聞きになりたいことがございましたら何でもお話させていただきたいと思います。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 たいへん貴重な、胸を打つような真実のおことばを拝聴いたしまして、私もますますこの仕事がたいへん重大であるという感じを受けたわけでございますが、先生には、またあらためてひとつ後ほどお伺いさせていただきます。  次に花園先生にお伺いをいたしたいと思うのでございますが、先生は悲惨な戦地において、特にブーゲンビル島において直接吉池軍曹の問題にも関連をされておりまするし、軍法会議を事実上執行された方でございますので、現地の軍法会議の実情については一番経験が深いわけであります。実際にみずから軍法会議を行なわれたその体験について、ひとつ率直な経験ないし今日の御心境等をお聞かせ願えますれば幸いと思います。

花園一郎元陸軍主計大尉

○花園参考人 ただいま小林進委員から御要請を受けましたが、私が本日呼ばれましたのは、いわゆる軍法会議問題の発端になりました吉池軍曹事件——私はいわゆる職業軍人ではございませんで、兵役法の規定によって現役入営し、現地召集のまま六年間を軍隊に従事したわけでございまして、その後半の三年間ブーゲンビル島におった。そうして軍法会議法の改定に伴いまして、一般将校の中から法務官を任命するということになりまして、私は二十年の三月以降ちょうど戦争が終わりますまで軍法会議の法務官職務を取り扱っておりました。その関係で吉池軍曹事件は私が裁判官たる法務官として関与した事件でございますので、その面からお呼び出しをいただいたわけでございます。  ソロモンの実況を申しますと、一番痛切に感じますのは、そういった飢餓の状態に追い込まれたソロモンといった島の中で、そういった軍規犯罪を犯しました諸君が、一般市民としてはおそらくは立ち小便をするにしても巡査のほうを気にするというくらいな善良な市民でございます。おそらく戦争などに引っぱり出されなければ、一生警察とか裁判というものには関係なしに済んだであろうと思われる純情な人々が、ああいった島で非常に悲惨な飢餓の状態に追い込まれて、それで食糧を持って敵前逃亡する、私は職務上そういったものを、起訴されて法廷に出てまいりますにつれまして一々これを裁き、判決を手伝ったわけでございますけれども、その間非常に痛切に感じましたのは、この情勢に追い込んだのはだれなんだ、これは実は一カ月ほど前に、当時のブーゲンビル島の師団長であり後に軍司令官に昇進されました神田中将とも会見いたし、神田さんとは私は六師団以来四年半六師団司令部の部員としてつき合ったわけでございますが、神田さん自身が、あれは君、大本営の責任だよ、あのとおりの飢餓の状態に軍を置いて戦争しろというのは大本営の責任なんだ、おれも厚生省がもう少し何か計らってやってもらえぬものかと思うのだけれども、官僚というやつは度しがたいと言って苦笑いしておられたんですが、あわせて、私に言わせますと、そういった飢餓の状態の中でなぜむちゃな作戦をしたんですか——相手が八十を過ぎた御老人ですから、あまり言うとからだにこたえると思って言いませんけれども、やはりこれは統帥の失敗であり、現地の最高指揮官の責任である。しかし、軍律というのはそういうものではございませんで、やはり一つの陸軍刑法上の罪を犯しますと、法廷に連れてこられる。これはやはり条文どおりに処刑せざるを得ませんし、当時の非常に苛烈な状態の中でも大多数の下士官、兵がまじめに働いて戦っておるわけでございますから、その意味でこれは落後者でございまして、これはやはり厳重に処罰せざるを得ない。したがいまして、軍刑法というのは一般に重いものでございまして、その処刑は非常に重刑を科さざるを得なかったわけでございますが、しかし、そういった状態の中で責任をしょうべき最高指揮官というのは、戦後もきわめてのんきに、優雅に暮らしておられる。神田さんにはちょっと気の毒な言い方でございますけれども、りっぱな方でございましたから——。  そういったことを感じますと同時に、私が執行しておりまして非常に痛感いたしましたのは、そういった一般状況の中で起きます犯罪、いろいろございますけれども、階級差があり過ぎるということです。ただいま、当時陸軍省の法務局におられた菅野さんからの御説明がございましたが、軍法会議を常に軍の高等司令は携行しておった、またそこにおいては指揮官がどうあろうとも、軍法の立場から厳重、厳正に行なわれた、もちろん作戦目的を遂行するために現地指揮官の意向というものは相当尊重されたのだ、これは当然でございましょう。そういうことを言っておられますが、私が痛感いたしましたのは、階級差がはっきりしておる。軍法会議というものは、あくまで軍の統帥指揮のためには下のほうにかなりきついものになるのは当然でございますが、日本の軍法会議というものの実態は、上級将校に非常に甘くできておった。たいへん菅野さんに申しわけないのでありますが、それを実感したわけでございます。  その第一は、一番いけない——いけないというのは語弊がございますが、軍法会議の起訴提起命令権と不起訴処分命令権が長官にございます。長官というのは軍法会議開廷命令権を持っておる方でございますが、そうなりますと、下のほうはむぞうさに検察官の上申どおりに起訴されるわけでございますけれども、あいにく上のほうはその段階においてほとんどつぶされてしまう。私は裁判官でございますから、起訴以前の事件にタッチすることは当然できません。したがいまして、ひどいものだと思っておっても、やはり出てきた事件を裁くだけが裁判官たる法務官でございますから、これは逃げるわけではございませんが、まことにやむを得ないのでございますけれども、私が見ておりますと、菅野さんを横に置いておりますと非常に言いにくいのでございますが、どうもやはりいわゆる現役軍人と申しますか、そういった軍閥グループに対する一つのなれ合い的な相互保護があるという感じを露骨に感じました。ブーゲンビル一つの例をもって全般を推すことは非常に危険だと思いますが、しかしながら、ある意味では共通点があるかどうかは皆さんの御判断におまかせしなければならぬ問題でございますけれども、たとえば二十三連隊長の辱職抗命、騎兵六連隊長の凌虐致死、また四十五連隊長の連続殺人、これはそれぞれ私はっきり承知しておるわけでございますけれども、そういった事件は全部全然出てこない。これはなぜかと申しますと、一つは憲兵隊が警務をやるわけでございますけれども、憲兵隊自身がそのような上級官職についておられる方については手を出し得ない。一方にはこれは指揮統帥権の保護がございます。保護といいますのは、指揮上必要なんだということばで一切葬られるわけでございますが、そういったあり方の中でで、下士官、兵だけが非常にきつく処理される。階級的な差別が露骨に出た。はっきり言いますと、大隊長クラスで内山というのは、士官学校出の方ですけれども、非常に憶病な方で、しょっちゅう逃げてしまうんです。師団参謀長の江島さんが、大佐でしたが、あれはもうお前のほうに回すからなとおっしゃるから、それはけっこうなことだ、せっかく軍律維持上軍法会議をおやりになるなら階級差別だけはやめてもらいたい、階級を問わずおやりになるのはたいへんけっこうだ、いまのままでは下士官、兵いじめにしかなりませんからねと言ったら、ちょっと苦い顔をされたんですが、これは来るなと思ったら、これも来ない。  私実は、陸軍省法務局の方をそばに置いてたいへん言いにくいのでございますけれども、高等司令部におりました関係上、陸軍省から送付されますいろんな書類は一々見ておりますけれども、法務局では毎年犯罪統計をつくっておられる。それによると、兵隊の犯罪率が一番高い。それから下士官がそれに次ぐ。その中でも召集のほうが現役下士官より高い。その上に将校の犯罪率がさらに低い。こういうことになっております。しかし、その将校の中でも陸軍士官学校卒業は、最もりっぱで犯罪率が低いことになっておりましたけれども、私が見るところでは、これが一番高い、逆でございます。とにかく佐官クラスを例にとりますと、ブーゲンビル島第六師団の佐官クラスの犯罪率は一〇%でございます。これはおそろしく高いものでございます。そういった実況でございますが、現実に軍法会議に引っぱり出されるのは、そのほうはゼロでございます。これは階級差別があまりにも露骨である。これは当時の昭和軍人の軍人グループというものが、明らかに軍法会議を私兵視といいますか、要するに兵隊を統御していくための一つの材料にお使いになった、こう思わざるを得ないのでございます。  それからもう一つ、ただいま必ず軍法会議を作戦軍は携行しておったという菅野さんのおことばがございましたが、これもいささか実態とは違っておりまして、法務官の皆さんというのは、いわば半分文官、私も主計でございましたから、その意味では、いわば非戦闘員側でございますけれども、そういった文官的な素質が非常におありになる。したがって、あまりこわそうなところにはおいでにならない。だから軍法会議が事実上開けない。これが二十年の春の法律改正で一般将校から法務官を任用できるというたてまえができましてから、ブーゲンビルにも軍法会議が事実上置けるようになりました。また私がやったわけでございますけれども、その間は軍法会議が合法的な開廷はできませんでした。そういった状況における第一線というのは、私、苛烈なところにおったわけでございますけれども、どうしても部隊の任意処理になる。そうなりますと、各部隊は部隊長権限と申しますが、ちょっとこういう権限はあるとは思わないのでありますが、かってに虐待して殺してしまうわけです。もちろん、かっこうの上では適当に自決なり、または戦病死なり戦死なり、または決死隊に出て事実上戦死させて名誉を保たせる場合もございますけれども、そういったくふうがなされる。そうなりますと、私、終戦当時に非常に痛感しましたのは、結局刑名を残してしまったのは文字どおり一握りであった。しかし同じような犯罪行為が非常に多発しておったが、それは隠されておる。そうなりますと、いわゆる刑名をしょっておる一握りの人というのは、実はちょっと語弊がございますけれども、ほんとうに氷山の一角みたいなもの。この方々だけが、実は相変わらず、ただいま小林先生が言われましたとおりに汚名に泣く。これは非常に不公平ではないか。法を守っておられる法務省の方、または旧陸海軍省を引き継がれた厚生省援護局の方は、そういったそれぞれのお立場から、それでもしようがないじゃないかという御意見もおありのようでございますけれども、そこで基本的にもう一ぺん考え直してみますと、この戦争の基本的な戦争責任というものとの関連で考えざるを得ない。  一つは、戦争責任というものは、一般に非常に混淆して用いられておるのですけれども、対外的な戦争責任というものは、いわゆる極東軍事裁判その他で戦勝国が裁いたわけでございますけれども、私が特に国民として考えなければならぬ問題は対内責任ではないのか。要するに戦争の是非はなかなかむずかしい問題でございましょうけれども、少なくともそういった戦争によって日本人を、戦闘員はもちろん、非戦闘員にまで、一般市民にまで非常な大きな犠牲を生じたということ。これは、いわゆる国の指揮階層の高級階層、上級階層の責任問題ではなかったか。そうなりますと、やはりその責任ははっきりされなければならなかったはずです。これは、たまたま占領されておった期間が七年も続きましたので、その間に、日本人はそういったものに弱いようでございますから、何となく手をつけられずにずるずるときたわけでございましょうけれども、この間の国内責任の追及という面ではなかったと言うべきではなかったか。同時に、そういった責任者が、戦後においてはむしろ優雅に暮らしておるというのは、非常に語弊がございますけれども、一々それを——いつか小林さんが言われましたように、やれ東條大将の遺族が百万円もらっておるそうだ、そういうことはずいぶんけしからぬ話だということにしても、それを一々取り上げるということもおとなげないわけでございますけれども、しかし一方で戦時中のそういう犯罪で泣いておる。それを、やれ敵前逃亡は許してやるの、戦地強姦はいかぬのといったこまかい法技術的な視野からの差別とか恩赦の適用の是非とかいうものとは違って、このような戦争で事実上——何も好きこのんであんな蛮地まで行く人はいないのですから、そういった人たちをなぜそういう境遇に落とし込んでおくのか。その面から何らかの政治判断に基づく、まさに立法府のお役目だと思いますが、措置ができないものか。行政なり司法なりの関係で法規を守っておられる官庁の責任としてはなかなかできにくいことでございましょうけれども、やはりこれは国会議員の皆さんのなさるべきことではないか、かように存じておる次第でございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 たいへん貴重な御意見を拝聴いたしまして、私がかねがね法務大臣や厚生大臣に追及をして言いたいと思うことも、三先生方からむしろ同じようなことを言っていただいた、非常に意を強うしたわけでございますが、ここに法務大臣も厚生大臣もおられる、両大臣に質問がありますが、きょうは時間もおありにならないようでありますから、せっかく参考人の貴重な御意見に対して少し質問させていただきたいと思いますが、まず端的に結城先生にお伺いいたします。  先ほど中国の戦場において負傷して倒れて無意識になっているのをパーロ、共産軍に捕えられて同行されながら、いま一度祖国日本、天皇の忠誠な軍人として祖国のために働きたいということで、すきを見て逃亡して本隊に帰ってきた、日本軍に帰ってきた、それが君はいわゆる敵前逃亡だ、「生きて虜囚の辱を受けず、」これは軍人精神の基本だ、これは逃亡も窃盗もない、強盗もない、軍人の最大の恥は戦陣訓に教えられておる、「生きて虜囚の辱を受けず、」これが最大の罪悪なんだ、やはり生きて虜囚のはずかしめを受けたのだから、おまえは死刑だ、こうして天皇のために忠誠を誓うために帰ってきた者が死刑になったということをおっしゃった。  私は、その問題でお伺いしたいのでありますが、「生きて虜囚の辱を受けず、」断じて捕虜になってはいかぬぞ。天皇の命令の戦陣訓。そこで複写をして大きな判こを押してきたのが東條英機大将であります。断じて虜囚のはずかしめを受けるな。私も兵隊です。陸軍歩兵二等兵で、星一つで召集を受けたときに初めから教育されたのがこれだ。初めから頭の中に強制されたのがこれだ。生きて虜囚のはずかしめを受けるな。これを受けた者は罪万死に値するのだ。子々孫々の恥になるのだと言われた。それを言って、天皇の名においてわれわれに教えた司令官の東條は虜囚のはずかしめを受けなかったのか。東條は連合軍という敵軍の前で腹を切って自殺するようなまねをして、腹も切れなくてよぼよぼして自殺に似せたような形になって、ついに捕えられて虜囚のはずかしめを受けて極東裁判にかけられている。極東裁判にかけられたときに、われわれに虜囚のはずかしめを受けるなと言った本人が、極東裁判の裁判長に何と言って言いわけをしたか。自分の罪をのがれるためにああでもない、こうでもない、戦陣訓を通じてわれわれ国民に号令したそのことばを一言も彼はあの極東裁判で言わなかったではないですか。そうして七人の軍人とともに外国裁判の前に死んでいったけれども、あに東條のみならんや。虜囚のはずかしめを受けるなと言った、あのときは板垣征四郎大将もいた、あるいは鈴木貞一という人もいた、あるいは佐藤賢了という人もいた。軍人として一番恥なのはこれなんだよ、これが一番罪が深いんだと言った諸君がみな虜囚のはずかしめを受けた。その諸君に対して一体国は、法務大臣、あなたの先任者でもいい、国家はそれに対して一体何の軍刑法を与えた。なぜ彼を日本の刑法は死刑にしなかったか。まだそのときには軍刑法はあったはずです。しばしばここで言ったように、軍刑法が効力を失う、軍法会議が効力を失ったのは、新憲法が生まれた昭和二十二年五月三日である。その前までは旧刑法は厳然として存在していた。効力があるんだ。なぜならば、虜囚のはずかしめを受けるなと教えた東條がつかまえられたのは昭和二十年ではないか。なぜ一体その軍刑法を活用してこういう人たちをこそ日本国家は死刑にしなかったのか。もし虜囚のはずかしめを受けるなといって、自分が意識を失って敵に捕えられて敵の介抱に生きながらもわが祖国のために尽くしたいといって帰ってきた一兵隊を死刑にするならば、何で一体この万人、日本国民注視の中で虜囚のはずかしめを受けているそういう人たちに対して何も処罰しなかったのか、なぜ死刑にしなかったのですか。私はこの問題を聞きたい。これは最大の矛盾ではないですか。私は結城先生にも法務大臣にも齋藤厚生大臣にもみな所見を承りたい。——お答えください。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 小林先生の深刻なお話を承って政府として思うのでありますが、要は誤った戦争に従事をさして、その従事したことに関連をして陸軍刑法、海軍刑法に触れたとして軍法会議で刑に処せられた、三十年を経過した今日の段階において、この人たちをどう取り扱うかということが御質問の御趣旨であります。  これは私はこう思う。いろいろと仰せになりました。これを承って思うのは、何としても刑に処せられた御本人並びにその遺族の名誉を回復して差し上げるということ以外にはない。それは理屈はいろいろあるのですよ。法律上の理屈をいうと冷たい理屈がいろいろある。刑を受けて十年たったら刑は言い渡しを受けなかったことになるんだとか、すでに恩赦になっておったらそれでいいではないかとか、いろいろ冷酷なものの言い方、法理論というものから、ものの言いようはいろいろあって、今日どうもしようがないではないかということが言えるのであります。しかしそういう言い方では事が済まぬ。小林先生の御心配と強い御主張に応ずるにはどうすればよいかといえば、名誉を回復するには具体的にどうするのか、こういう問題以外にはないように思うのですね。  そこで具体的な行き方でございますが、これは恩給を復活したといったところが本人がなくなっていらっしゃるということでございます。せめてもの手段、方法は御遺族に対して遺族扶助料を差し上げるようにするということができますならば名誉の回復になる、なくなられた個人に対する名誉もこれによって回復される、人間社会の名誉の回復はこれ以外にはない、こう考えるのでございます。これは何も私の所管でもありませんが、私は国務大臣でありますから、言及してよろしいのでありますが、先ほど坪川総理府長官が仰せになりました答弁の内容に御信頼をいただく以外にない。恩給局を中心としてどういう内容の法律を制定すれば名誉を回復するか。名誉を回復することができればいいので、金など要らぬのだと仰せにならぬように、金品を国が御遺族扶助料として一定の限界を設けて差し上げることによって別の名誉回復の効果が生ずるんだ、こういうふうに私は考えますので、私の所管事項ではございませんが、本日の坪川発言にひとつ内面協力をいたしまして、その実現に努力をしてみたい。どういう内容のものにしていくか、こう考えるのでございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 私は結論をお伺いします前に順序としてお伺いしておるのですが、さっきも言うように、同じ戦時中です。同じ軍刑法の中で片方の兵隊は死刑になった。生きて虜囚のはずかしめを受けたからおまえは死刑だ、軍刑法で死刑になった。同じ軍刑法があるのに片方の、なっちゃいけないよといって指導した東條さんや、もろもろの大将が生きて虜囚のはずかしめを受けているじゃないか。その人たちに軍刑法が適用にならぬのが一体公平であるとお考えになるか、不公平であるとお考えになっておるか。私はそれだけ聞いているのです。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 これは申すまでもなく法理論を離れて政治論をいたしますとおことばのとおり不公平きわまるものである、お話にならぬのであります。お話にならぬのでありますけれども、すでに国際裁判において処刑せられておるという今日におきましては、どのようにもいたしようがない。しかし政治論をいたしますとおことばのとおりだと考えます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 国際裁判をもって国内刑法の適用が免除になったなんという話は、私は法務大臣としては実に無責任きわまる放言だと思っております。国際裁判と国内裁判とは関係がないんだ、こういうことであなた方は終始せられたから、軍事裁判でやられた東條さん以下遺族の方々には先ほどもお話がありましたように百万以上の遺族扶助料もやって、そうしてそういう軍刑法に基づく違反行為というものは一つも追及されていないじゃないか。靖国神社に行ってごらんなさい。東條さんの勲章も東條さんの軍服もちゃんと祭ってある。祖国の英雄であるといわんばかりに祭ってあるじゃないですか。その陸軍刑法の前で、いわゆる意識をなくして捕えられて、しかもなお祖国のために残された命をといって、敵方のすきを見てのがれて来て、そうして天皇に忠誠を誓った者を、おまえは敵前逃亡だ、生きて虜囚のはずかしめを受けたからおまえは死刑だといって、片方は殺されて靖国神社に、祭られないでしあわせかもしれませんが靖国神社に祭られないで、遺族扶助料ももらえないじゃないですか。それが一体公平であるかどうか。あなたは外国裁判で戦犯で処刑を受けたからそれで罪の償いは済んでいるような話をされたのでは、遺族はますますもってこれはたまりません。一体そんな法の適用はどこにありますか。  結城先生、私の言うことに対して、私の言うことが間違っておるかどうか、ひとつお知らせいただきたいと思います。

結城昌治作家

○結城参考人 ただいまの法務大臣の御答弁で、遺族扶助料を交付することによって刑死された兵士及びその遺族の名誉が回復されるのではないかというような御発言でございましたけれども、私は決してそう思わない。恩赦ということと無罪、裁判そのものが誤りであった、戦争中の特殊な状況におけるやむを得ないことであって、今日から見ればそれは誤りであったという国家の見方が示されることと、扶助料を与えるからこれでいいではないかということは、世間の見る目が全然違うと思うのです。  それともう一つ、現行法の体系の上で——私、法律の専門家ではありませんから詳しいことは言えませんけれども、この前の予算委員会における会議録を来る前に拝見してきたのですけれども、現行法の法体系のもとではいまさら刑を取り消すことはできない、刑の効果をなくすることはできるけれども、刑を受けたという歴史的事実そのものをなくすことはできないという法務大臣の御発言もございましたが、法律というものはもともと人間がつくったものであって、その人間のつくった法体系にとらわれて何もできないというのは、これはもう人間が法を扱っているのではなくて、法律に人間が縛られて動いているのじゃないか、本末転倒しているのじゃないか、そういう感じを非常に強く持ちました。  それで、現行法の体系でできないならば、それに拘束されているのはおそらく司法関係だろうと思いますから、立法府においてその司法上なし得ないことを補うように考慮できないものかどうか、そういうことをぜひお願いしたいと思います。戦後二十八年もたっていまさらという意見もございましょうけれども、いまさらと言えるのは現在平穏に暮らしている者が言えることばであって、戦地で死んだ兵隊たちにはいまさらということばは通用しないと思う。いまからでもおそくない、幾らたってもおそくない、とにかくやってもらいたい、そういう気持ちがあると思うのです。そういう気持ちを抜きにして戦後責任の問題は解決しないと思うのです。戦後というものは決して終わっていないと思う。  ですから、昨日の朝日新聞によりますと、ミンダナオ島で生存兵士が現地人と結婚して生活していて、日本語も忘れてしまったということが報道されておりますが、それがかりに事実としましても、そういう例はおそらくその人だけではない。あちこちにいる。日本に帰りたくても帰れない、日本語をしゃべりたくてもしゃべれない何らかの事情がある。それは何かというと、やはり日本国家が兵士たちに対して国家の道義というものを明らかにしなかった。国というものが間違っていたということをはっきりさせなかったということが彼らに負い目を負わせているのではないかというふうに考えます。  ですから、今後お考えいただくとすれば、少なくとも外地の臨時軍法会議で裁かれた者に対しては、何らかの立法措置を考えていただきたいと思います。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 たいへんありがとうございました。  私はいまのお話に法務大臣も大いにお考えいただく点がたくさんあったと思います。ひとつ法務大臣に、いま一回念を押しておきましょうか。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 大事な故人、遺族をもって御発言になっておる事柄が誤解があってもいかぬ、こう思うので、私はあえて申し上げるのでありますが、最小限度御遺族扶助料を差し上げることによって名誉の回復をする以外にないということを私が申し上げておるのは、それで十分だということを言っておるのじゃないのです。ほかに方法がないじゃないか、何か方法がありますかということを言っているのですね。誤った戦争で軍刑法にかけられて、軍法会議法に基づく軍法会議で処刑された、これはもってのほかだということは、そのとおりなんです。ところが、そういうことがなかったことにせよ。なかったことにする法制上の道があるのか。国家がやることでありますから、国家が制度としてやるという以上は、制度としてそういう具体的な消す道があるかというと、消す道がいまのところ見当たらない。それはけしからぬと仰せになるとおじぎをする以外にないのでありますが、制度は見当たらぬ。あった裁判の効力を抹消する道はある。恩赦もある。法律もできる。先ほど、具体的な歴史的事実と参考人が仰せになりましたが、そのおことばのとおり、軍刑法に基づいて軍法会議で処刑されたという歴史上の事実を抹殺する道はない。法律をつくれと、こう仰せになりました。それはたいへんよくおことばの意味はわかるのでありますが、かりに法律をつくったら、何の何がしは何月何日軍刑法によって刑に処せられた、この処刑は三十年を経過した何年何月公布された新しい法律によりその効力を失ったんだという二重の歴史的事実が発生する、これをやる以外にない。そのことをやるのがいいのかどうなのか。軍刑法に処せられたという、間違った、いやなことを確認して、そしてその効力をなくするという、判決言い渡しはなかりしこととするという新しい法律をつくる。なかりしこととした新しい法律ができましたという歴史上の事実だけが残る。前の歴史上の刑に処せられた事実というものは消えるものじゃない。そういうことを深刻に法制的に判断をする。法制的判断を離れて、これの救済の道はでたらめでございます。そういう法制的判断をするときに、私の言うように御遺族に扶助料を差し上げて、申しわけがなかった、こういたしましたということを法律制度の上で表明する新法律をつくりまして、これによっておわびを申し上げて、これを差し上げる、これが人間社会の制度として考えた最小限度のものであろう、これ以上のことがなかろうかをいま検討しておりますが、どうも見当たらぬ、こういうことでございます。参考人の皆さんも、せっかくお忙しいところをお越しをいただいて、おことばをいただいておるのでありますから、どうぞこの点は御理解をいただいて、そういう趣旨で法務大臣が政府を代表して所見を述べておるということをお聞き取りいただきたいと思います。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 私はいまの法務大臣の御答弁は、旧来のと少し変わってきたというふうにとったのでありますが、いずれにしましても、いま結城先生がおっしゃったように、法律は人間がつくったんだ。その人間が、悪い法律があればその法律を改廃することは一向差しつかえないじゃないか。一つの法律体系があるから人間がどうにもならないといえば、法によって人が動かされることになる。人が法律を動かしているのじゃないじゃないか。しかしそれは現体制の中で、司法の中でそういう措置をするのは困難だ。それは立法府の仕事だ。立法府で旧来のそういう法律を改廃する、あるいは取り消す、あるいは無効にするというふうな何らかの法的措置をとれば——いま法務大臣のおっしゃるように、現法律のもとで、なるほどあなたは恩赦であると言った。しかし恩赦はまだ適用されない。いわゆる併合罪があったり、あるいは旧軍刑法に基づいて曹長であった者が一等兵になったら、一等兵の恩赦の恩典しかもらえない、そういう経済上、名誉上、実際上の不公平がまだたくさんあるじゃないか。それを先ほど申し上げたように個々の特赦という形でいけば、その人の功績、過去の経歴、これをみんなほじくり出さなければならぬから、こんなことをやられてはさらに妻や子供に恥をかかせるから、黙って泣きぬれていようといって泣いている人もいる。それを法律の一般的なワクでさっと廃止をするなり取り消しをして、その形の中で全部不公平な差別がなくなるように持っていく立法府の措置がとられればいいのじゃないかというのが私は結城先生のお話だと思ったのですが、これに対して私は同じ参考人の花園先生に、ひとついまの法務大臣の御答弁に関連して御意見があれば承りたいと思います。

花園一郎元陸軍主計大尉

○花園参考人 私も元役人をやっておりましたので、法規的な面で、いわゆる過去の判決が死因の事実を表明するわけですが、そういった死因について、これをなかったとするというのは、やはり問題があろうと思います。やはり私としては、法務大臣が言われましたとおりに、国が戦争責任についての何らかの意思表明をして、要するにその間のそういった軍法上の刑事犯罪については、ある時点から効果を失うというふうなやり方が一番穏当なのではないか。それについては、たとえば新憲法が公布された時期とか、またはサンフランシスコ講和条約が発効した時期とか、そこら辺までは当然さかのぼり得る問題ではないかと思うのでございますけれども、そこら辺にそういった一つの時点を置きまして——そういった宣言的な意味を持つ法律というのは、ある意味では国家意思の表明だと思うのであります。要するに戦争に対しては、国がこういうことで遺憾の意を表するという趣旨にもなるのかと思うのでありますが、そのようにするのが、せい一ぱいなのではないか。ただ私としては、いや、あの連中はかわいそうだから金をやったのだというふうな、いわば物質主義的な感覚だけではちょっと無理だ、やはりそこに国家が名誉を回復しますというような発言が正式になされるべきじゃないか、それがいまの時点までまいりますと、限界じゃなかろうかと愚考いたします。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 たいへん貴重な御意見を拝聴いたしました。いまの両先生の御意見等を基礎にして立法作業というものを、私ども再度真剣に考えていかなければならぬと思いますが、この問題はこの程度にしておきまして、まことにしつこいようでありますけれども、なかなかこういう機会がないものでありますから、大臣が繰り返してもう二十七年も過ぎたことじゃないか、東條さんも死んだことじゃないかとおっしゃるかもしれませんが、私はこの問題をいま一回念を押しておきたい。  それは先ほども花園先生がおっしゃったように、どうも日本の軍刑法というものは、軍事裁判といいますか、軍法会議というものは階級差があり過ぎる。上には薄く下には厚いとおっしゃった。私はこれはやはりたいへん重大な発言だと思いますので、私の意見も加えて質問したいと思うのでありますけれども、先ほどもおっしゃった同じ戦争責任にも二つある、対外的な責任と対内的な責任。なるほど対外的な責任は、いわゆる連合国の軍事裁判というものが行なわれて、そしてそこではA級、B級、C級で、B、Cで処刑された者の約六千人、死刑になった者だけでも五千人。A級では東條さんをはじめ八人ですか七人ですかが死刑になった。岸信介さんをはじめ賀屋興宣さんも含めて、この人たちは、いわゆる対外的な軍事裁判で終身刑を受けられた。けれども、これはあくまでも対外的な責任であって、占領国軍の解消とともに風のごとく去ってしまった。岸さんは一つも戦争に対する責任は感じない。外国の軍事裁判の席上においては、実に自分が悪かったような、自分の命をのがれるような言いわけに終始されたけれども、国民に向かっては、おれは戦争の責任があると謝罪されたことも反省されたこともない。ついには輝ける総理大臣になって、生まれかわった日本にまた君臨されたことは、皆さんも御承知のとおりであります。だから日本には上級という、戦争を指導し、戦争を計画し、一銭五厘でわれわれを戦争にかり立てて、南海の弧島で食わせるものも食わせないで、飢餓線上に彷徨させて、期待可能性ぎりぎりの線で食を求めて彷徨した者を全部軍事裁判にかけて死刑にしておきながら、そういう国自体を誤り、国民自体を誤り、東京を焼き、都市を焼き払って、あるいは外地から引き揚げてきた者に食を与えない、それほど大きな迷惑をかけたその戦争責任者たちで一人戦争の行為を反省する者がわが日本にいないじゃないですか。処刑をされた者が一人もないじゃないですか。そういうことを私はいま言おうというのじゃない。言おうというのじゃないが、そういう人のためにかり出されていった一つまみの人たちが、いまなお遺族や親族や家族や身内が、裏道も歩けない、親きょうだいや子供の前にも、自分の夫の話もできないという状況で一体放置していいのか。私はそれを言う。その点については同じ敗戦国でも西ドイツのごときは、いまでも国内において——対外的な責任は軍事裁判でやはりドイツもやられた。ドイツは対外的な責任は連合国の軍事裁判でやられたが、それとは別に国内においては、やはりこの誤りの侵略戦争をやった者の責任の追及はいまでもやっております。ドイツはみなやっております。だれがこの戦争をやったか、もし軍刑法があるならば、軍刑法に照らして、その上級の指導者こそほんとうの死刑にし、極刑にしなければならぬという当然の姿勢に立って西ドイツは責任の追及をしているのじゃないか。アメリカは戦勝国だ、戦勝国だけれども、しかし軍事刑法というものがある、あるからこそ、その刑法に基づいてちゃんと上級将校もその責任を追及しているじゃないですか。その点私はアメリカはりっぱだと思う。かつて、わが日本において占領軍で来たマレー大佐というのがいた。日本銀行に行って、日本銀行のダイヤを一つ、中の一番大きな五十カラットのダイヤをかっぱらっていった。ほかのやつもみんなかっぱらっていった。そのときにに、当時いたマッカーサー司令官は、それが解除になってロスアンゼルスの港に上陸したときも窃盗罪、軍刑法と同時に窃盗罪でマレー大佐をつかまえて一等兵に降等してちゃんと処罰をしている。わが日本の軍人で、一体大佐や高級将校で戦地に行ってかっぱらってこない者がいますか。私はそれを言うなら幾らでも例をあげますよ。途中で解除になって帰るときになると、旅団長でも師団長でも兵隊に、駄馬の十台に積むような品物を渡しておれの留守宅に届けてくれ、戦地においてみんなかっぱらった品物です。戦争で入ったその中国の骨とう品や貴重品をかっぱらって兵隊にかつがせて自分の留守宅に届けさせた。名前を言えといわれれば、私は幾つもあげますよ。枚挙にいとまがないですよ。陸軍二等兵から陸軍主計大尉まで来ているのだから、私のところに。みんな知っているのだ。そういうものに対して処罰を受けた者がありますか、わが日本の軍刑法で。しかもアメリカは、日本に戦争に勝っても作戦を間違えれば、やはりニミッツですか、ああいう大将でさえも法廷に呼び出して、戦時刑法に基づいて処罰できるものは処罰している。わが日本で一体軍刑法で大将、中将、大佐で処罰を受けた者がいますか。私は先ほどの花園さんのお話を聞いて実に痛感したのでありますが、これ一つでも、この人たちは気の毒な状態に追い込まれているじゃないか。私はそれをいますぐ法務大臣や厚生大臣が深刻に考えてくれれば道はおのずから通ずると思う。まだ私はあなた方の認識が足りないと思っている。外国のいわゆる軍事裁判のやり方を日本の軍事裁判は一つもやっていないじゃないですか。あなたは外国に対する責任と国内に対する責任をごっちゃにされて、いわゆる戦勝国の裁判によってもはや事件が処理されているから、国内においては一つも黒白を論ずる必要がないといって、そしてこういう人たちに全部国民の税金で恩給をくれたり、扶助料をくれたり、暖衣飽食といっては悪いですけれども、暖衣飽食の生活を与えておきながら、そういう人たちにこき使われ、一銭五厘で持っていかれて——平常な状態じゃないんですよ、繰り返して言いますけれども。ブーゲンビルには物がないんですよ。カエルも菜っぱも食えないんですよ。四千名の部隊が四百名に減って、食うものもない人たちが食糧もあさって出て歩いたからといって敵前逃亡罪で死刑にしておるという、一体こういう不公平がこのまま許されていていいかということを私は申し上げておる。それをあなたがいま法体制の中でどうにもならぬではないか、どうにもならないといって済ましておける問題とあなたはお考えになっておるのかどうか、私はそれを言っておるのです。いかがでございますか。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 小林先生、私の言うておることは御理解をいただかないと——それは東條の話が出ましたから、それは国際裁判によって処刑されていまはいないではないかということを言っておるのです。国際裁判で処刑されて姿、形のこの世になくなっておる者を軍刑法で処理のしょうがないではないかということを私が言うておるのですよ。そんなむずかしいことを言うてないですよ、私は。国際裁判が有効か無効か、これは一体国際法上どういう意味があるものかということについては山ほどこの論議はあります。それをその効力を認めておって、そうして国内法上道がないということを言っておるのじゃない。国際裁判で処刑されてその姿、形のなくなった者をわが国の法律である陸軍刑法、海軍刑法によって処理の方法、道がないではないかということを申しておるのでございます。したがって、いま先生の仰せのような不合理が山ほどあるということはよくわかる。一つも私は否定しない。それは心から敬意を表してこのお話をえりを正して承るのであります。方法、道としてはどういう方法があるかといえば、法律をつくりましてその法律の第一条で、いま参考人がお話しになりましたような寸まことに申しわけがなかったという意味を十分にそこへ示すことによりまして、この法律によって御遺族に対して扶助料を差し上げるという道がなかろうか、それをすることができますならば、これがただ一つの法制的な名誉の回復のやり方となるのではなかろうか、これをどうするかということが坪川大臣のお手元で御検討になっておる、これを期待する以外にないではないかと言うておるのですからね。大きな声でしかられると、政府だから、日本政府というものはわけのわからぬものかということになるから、私の申し上げることはよく御理解をいただきたいのですよ。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 まだ私に与えられた時間あるのですから、私はまだゆうゆうと質問を繰り返しておるのですよ。  それであなたは東條さんは死んだとおっしゃるけれども、片方のほうもやはり死んでおるのですよ。けれどもお互いに遺族はあるのです。遺族は死んでないのですよ。片一方の遺族は暖衣飽食だ。百万も百五十万ももらっておる。片一方は村道も歩けない。恩給のひとつももらえない、遺族扶助料のひとつももらえない、決して問題は死んだというだけで処理できないではないか。私はそれを言っておるのです。しかしあなたの御趣旨もわかりましたから、早急にひとつ実行に移していただきますが、この際ひとつ菅野先生にも、これは厚生省がいま逃亡事件で、逃亡死刑になった者は正当だということでまだ訴訟をおやりになっておるのですから、私はその問題に関連してあなたにお尋ねしますけれども、先ほどから貴重な御意見を承りました。軍の法務官、軍法会議というのか、軍の司法行政というものは決して軍の統制に属しておるのではない。軍司令官の指示、命令で動くのじゃない。やはり司法省といいますか、立法、司法、行政の三権の中の司法権に直属している。その中で独立をして、そうしてやはり日本の法律に基づいていわゆる判決を下し、処罰をきめておるんだ。けれども軍に所属して歩いておるから、軍と行動をともにしておるのですから、その点においては若干の制肘はあるだろうけれども、裁判それ自体に対しては決して軍の統制下にあるものではないというふうな御答弁があったと聞いております。しかし実際の面において、あなたが言われるように正しく、司令官や部隊長やあるいは軍の現地における統制官の意思を離れてそれほど公平にいわゆる軍法会議というものが行なわれて、司法の独立を守るような公正な軍事裁判が行なわれていたとあなたはお考えになっておりますかどうか。私はこの点をお尋ねをしておきたいと思うのであります。

菅野保之元陸軍法務中佐豊島簡易裁判所判事

○菅野参考人 けさほど私は純理論的に、軍法会議なるものが国家の司法機関である、純然たる独立した司法機関であるということを申しました。それに対しましていままで拝聴いたしましたところでは、軍法会議の結果が結果的には非常に偏向しておるのじゃないかというような御意見もあったようであります。もちろん私は、これは聞き違いかもしれません。私自身としては、あくまで軍法会議は独立した機関であり、妥当な適正な判断が示されておると考えます。しかしかりにそういうようなことが、結果的には小林委員がおっしゃったようなことがあったとすればそれはまことに遺憾にたえないことでございますが、私は、私の扱った関係においては幸いにしてそういうことはございませんでしたが、全軍の見地からしてあるいはそういうものがあったかもしれないということは決して私は否定するものではございません。したがいまして、もし今日においてなお軍法会議の示した判断に基づいていろいろなそこに問題が残っておるとすれば、当然これは是正されなければならぬと考えるのでございます。しかし是正するにつきましては、やはりもともと法律のワクによってこれが事が運ばれておるものでございますから、当然法律のワクを離れてやることはできないわけでございます。しかし元来が今次の戦争はまことに歴史的にも異例の事態と考えなければなりません。したがいましてこの処置は単に在来の法体系のもとに与えられておるところの処置をもって満足すべきものではない。そこにはもっと高所から高度な政治的な判断を下さなければならないのではないかというように考えます。したがいまして、これの解決につきましては十分に考えて、単に法理論的に事を処理するだけではいけないのではないかというような感じがいたしますので、念のために申し上げておきます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 たいへん貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。  やはり先生はまだ現職もお持ちになっておりますから、まあ手一ぱいの貴重な御意見をお漏らしいただいたと思うのでありますけれども、いずれにしても高所に立ってこれを処置すべきであるという、その御意見は、お三人とも同じだと思います。  そこで、時間もございませんから急いで申し上げますけれども、いま厚生省のこの種の問題に対する態度であります。吉池軍曹に始まって吉池軍曹に返るということにもなりますけれども、ブーゲンビル島で先ほどの神田軍司令官も言われたというお話もございました。神田司令官はブーゲンビル島における最高の司令官であります。敵を前にして四千名の軍が四百名に減ってしまった。マラリアでやられ、熱帯熱でやられ、そして飢えに泣いた、しかも終戦直前の八月十二日です。それが正常なわれわれの常識でものの考えられるような形でないことはあたりまえだ。ないんだから。みな飢餓線上に彷徨して、ここでマラリアで倒れて飢え死にするか食を求めて一日でも生き伸びるかというそのぎりぎりの、法律でいえば期待可能性の問題であります。その中で往復していた人が部隊を離れたって、島ですから何も遠くのほうまで行けるわけじゃない。佐渡島の大きさだか四国の大きさだかは別といたしまして、その中でいたからといってこれは敵前逃亡だといってそれを死刑にしたとおっしゃる。したかしないか、なかなか証拠もたくさんありましていま裁判問題でありますから、私は結論を急ぐのじゃないが、この問題について、先ほども結城先生が言われたように、戦時中における軍の裁判では弁明の余地も与えないんじゃないか、上告の余地も与えないんじゃないか。軍裁判にかかれば、もう最初から結論が出ている。そういう形でやられているものを、これを裁判にかけて、あくまでも敵前逃亡した、あくまでもこれは死刑に値する極悪非道な人間だといって争わなければならぬ理由は一体どこにあるのか、私はほんとうに厚生省の常識を疑わざるを得ぬ。  私は法律は皆さん方のような専門家じゃない。しかし、犯罪というものが成立するには故意か過失がなければいけないでしょう。犯意なり過失がなければ犯罪というものは成立しない。一体こういうふうな飢餓線上でぎりぎり死の直前において、食を求めてさまよっている者に犯意があったのか、故意があったのか、犯罪成立の要素があったとあなた方お考えになりますか。そういう問題をも取り上げて、なおかつ、私の夫をそっと戦地で死んだ形にしておいてくれと泣きぬれている遺族を泣かせてまでも、何で一体これを裁判で争わなければならぬのか、何で一体これに極悪非道の判こを押さなければならぬのか。私はこの人の行動があるいは陣地を離れたかどうかわからぬ、その証拠もない、判決文もない、記録もないのでありますから。何もない中に厚生省の判断だけでこれを黒である、黒であると言われているのだが、一体そこに犯意があったと考えられるのか。もしこういう事実があったとしても、期待可能性だ、もはや常識的な犯罪構成からのがれた特殊な問題だと私は思うが、どうですか。その意味において、厚生省としては、やっぱり間違いである、この問題はひとつ吉池遺族に陳謝をして、これは取り下げますという普通の心境になれないものかどうか、私はこの問題をお尋ねをいたしたい。  私は厚生大臣の前に菅野先生にお伺いする。あなたは軍法会議の権威者でありますけれども、一体これに犯意があったでしょうか、犯罪を構成する要素があったとお考えになりますか、こういう場合において。この点をお尋ねいたします。

菅野保之元陸軍法務中佐豊島簡易裁判所判事

○菅野参考人 具体的なケースでございますから、犯意があったかどうかということを断定することはもちろんできません。のみならず、そういう非常に極限状態に達しておったという場合は、もちろんこれは刑法の理論からすればあるいは期待可能性がないということになって犯罪の成立を阻却するということもあり得ると思うのでありますが、しかし、巷間伝えられるところによると、非常にそういう状態に近いものがあったやにうかがわれますので、仮定の問題でございますけれども、そういう場合には犯罪の成立を阻却するということもないとも言えないと思います。しかし、これはあくまでも仮定でございまして、私は現にそのケースを扱っているわけではございませんので、それに対して責任あるお答えができないことは非常に残念でございますが、ただ一般論としてはそういうことが申し上げられると思います。

齋藤邦吉自由民主党厚生大臣

○齋藤国務大臣 吉池さんの問題につきましては、私も小林委員からの深刻なお話、これで三回お尋ねをいただいたわけでございます。この事件につきましては、仰せになりましたように、証拠の書類は全然ないわけでございます。本人の御家族の方々は、名誉の戦死でなくなったのだ、心からそう信じておられるわけでございまして、御承知のように二十七年に遺族年金の請求がありましたときにそれが却下になり、もちろんこれは厚生省が却下したのでもございませんで、審査会の審議を経まして却下をした。しかし、本人の御家族はこれをあきらめない。途中援護法の改正がありまして、かりにこういう敵前逃亡であっても遺族年金を支給するということになりましたけれども、それでもなおかつ名誉の戦死であるというふうに信じて訴訟を出しておるわけでございます。私は個人的には——個人的というよりも、証拠がないんですから、私は実際のところ証拠を知らないんです、記録がないんですから。ですから、犯意があったかなかったかと言われても、私も返事のしようがない。しかし、非常な飢餓線上にある戦地であったということは私は理解しなければならぬ問題だと思うのです。そこで訴訟になっている以上、私があれはそういう犯意がなかったのでというふうなことを言うたがいいのか悪いのか、私自身何もないのです。ですから、せっかく裁判になったわけでございますので、私は事実関係を冷静に裁判長に御判断をいただいて、そしてそういう戦地の事犯であったということ、戦後何年もたりておったということ、それから名誉回復的な動きも、法務大臣の非常な御心配によっていろんな道がないだろうかということもお考えいただいておることでもございますから、公平な、冷静な判決によって事態を収拾していただくより道はないんじゃないか、こういうふうに私はいまのところ考えておるような次第でございます。

小林進日本社会党

○小林(進)委員 時間もありませんので結論を急ぎますけれども、このブーゲンビル島の吉池軍曹事件の問題を私が取り上げることになりましたら、方々から手紙が参りまして、裁判ですから、あなたのほうの証言に対しては、うそだ、あれは食糧を受領に行って、その食糧を持って逃げたといっても、あの状況では食糧なんか受領に行ける状況になかったし、おれをひとつ証人に呼んでくれ、上京して何でも言いますという人たちがたくさんおります。いまここに持っておりますけれども、時間がないからやめますけれども、ただ大臣、西太平洋上の西カロリン諸島のメレヨン島に、広島県の福山地方出身者の第六十五独立歩兵団で編成された独立混成第五旅団というのが駐とんしておりました。昭和十九年の八月から終戦までの一年間、岩盤ですから遂に食糧は一つもなくなってしまって、要請もできない。飢餓の地獄のままで、大本営もどこもみな放置していた。そういう中で、六千八百名の将兵のうちの五千二百名がそこで餓死をしてしまった。まず熱帯病マラリヤでやられて、そして飢え死にをして五千二百名が死んでしまった。千五百名が帰ってきたんです。ところが、その帰ってきたのを見たら、みな上級将校だけなんです。そこで当時の安倍能成文部大臣が、雑誌「世界」の誌上で、メレヨン生き残りの将校を告発する、将校が死んで兵隊が帰ってくるのがあたりまえじゃないか、上級将校だけ帰ってくるとは何事かといって告発をされた。同じ大臣でもやっぱりこれだけの差があるものか、世の中が変われば変わるものだと、つくづく私は当時の記録を見返して感激しておる。当時、世論もわいたのです。生き残りの上級者たちはひきょう者だ、こういう悪罵、非難が出たことがございましたが、こういうこともひとつよく考えていただきたいと思う。  東久邇宮さんが終戦直後の総理大臣になられた、そのときに何と言われたか。この際総理大臣として、軍も官民も国民全体が徹底的に反省をし、ざんげをする、自己の罪をざんげしなければならぬと思う、全国民総ざんげをすることがわが国再建の第一歩である、わが国内団結の第一歩であると信ずるということを発表された。新聞は一億総ざんげといって、国内に全部これを流した。結果はどうなりました。だれがざんげいたしました。だれが反省いたしました。反省を無理じいされているのは、いま私が取り上げている一つまみの軍事裁判にかけられた戦争の犠牲者、あるいは引き揚げ者もその部類でしょう。あるいは罪なくして敵襲、空襲にやられて死んだ戦災者でしょう。こういう人たちが無理じいにざんげをさせられているだけであって、いわゆる上級将校、指導者というものの中に一人もざんげした者はないじゃないですか。東久邇宮さんの言うようなことでざんげする人は一人もないじゃないですか。そしてぬくぬくとして戦後のわが日本の上級の地位を獲得して、そしてわが世の春を謳歌しているような状態でいるというこの姿、私はそれを振り返ってどうせいと言っているのじゃないのです。ほんとうにいまなおざんげをしいられているこの一つまみの人たちだけを、せめて東久邇宮さんが言う総ざんげの中から浮かび上がらしてもらえないかというのです。吉池軍曹も天皇の軍隊、天皇の赤子と言われた。その一つまみの赤子だけを泣かしておるというようなことは、私はとうてい了承できません。お三人の参考人の先生方の貴重な御意見を含めて、まあ総務長官、法務大臣、厚生大臣。厚生大臣からはあまり見るべき発言はありませんでした。ことばは懇切了寧だけれども、心の中ではやはり吉池悪者なりという心情がどうもあふれているようで、私は了承をしませんけれども、この問題はひとつ真剣に考えていただいて、こういう戦争の残された傷あとをぜひ埋めていただくために立法措置を講じていただきたいと思います。心から私はお願いをいたしまして、まだ御質問したいことがたくさんありますけれども、私の時間が参りましたので質問を終わらしていただきます。

中垣國男自由民主党

○中垣委員長 以上で旧軍法会議に関する問題についての質疑は終了いたしました。  参考人各位には、長時間にわたり貴重なる御意見をお述べいただきまことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。     —————————————

中垣國男自由民主党

○中垣委員長 次に正森成二君。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 本日は三つ四つの問題について政府の所信をただしたいと思います。  まず第一に刑法の一部改正でございますが、御承知のように尊属殺の重罰規定を削除する問題について、社会党、共産党・革新共同、公明党から改正案が出ております。刑法改正小委員会におきましては、当委員会では珍しいことでございますが、横山、青柳、沖本各法務大臣がその前に並んで、なかなかの名答弁をなさるということが起こっております。ところが、残念なことに、政府では百二十四本の法案を閣議決定しておきながら、その一本の刑法の一部改正案、野党が出しておるのと同じものについて、自民党内でいろいろのことがあるためにそれが出せないということになっております。たとえば本日付の読売新聞の朝刊を読みますと、自民党の法務部会長は尊属殺の重罰規定を削除するという方針であったが、倉石政調会長に扱いを一任し、さらに中垣法務委員長が重大な問題なので時間をかけて慎重に審議したいという強い意向を示したために、寺本案を党議決定をするのを見送ったというように新聞紙上報道されております。この是非について、私は新聞報道のとおりであるかどうかわかりませんが、いままで聞きましたのは、刑法改正小委員会として主として野党の提案者に質問したわけでありますから、政府の責任者である大臣として、この問題についての経過はどうか、所信はどうか、もし今国会に改正できないとすれば、その政治責任についてどう考えておられるか、この点についてまずお答えいただきたいと思います。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 過般御承知の最高裁から刑法二百条を目して違憲立法だ、憲法違反だという決定が出ました。最高裁判所は憲法八十一条に基づいて終審的な権限を持っていらっしゃるということでございますから、直ちにこの違憲立法の御趣旨に従って処理をする以外にない、その処理の道は判決の御趣旨を一〇〇%尊重をいたしまして削除することが適当である、この二百条を削除するにあたりましては尊属致死傷の条文につきましても、また遺棄の明文につきましても、もう一つは尊属の逮捕監禁の明文につきましても同時に削除する以外には道がなかろう、それが妥当である、こう私の責任で私が判断をいたしまして、省内にこれをおろしまして、一切の準備を整えて法制審議会に諮問をいたしました。法制審議会も満場一致その道以外になかろうということの御意見をちょうだいをいたしました。党の了承が得られるならば国会に直ちに提出したい。時を急ぐ。よって、党の了承はまだ得てはいないけれども閣議の決定を願いたいということで、私がみずから発言をいたしまして、閣議決定を条件づきで、党の了承が得られた場合は出してよろしい、こういう意味の了承を受けまして閣議決定もいたしました。これがいま仰せになりました百二十四本の決定をいたしました法律の一本でございます。これを除きますと新聞に出ておりますように百二十三本の法律を決定して国会に提出したということになっておるわけでございます。  そういう事情のありますところ、党はなかなか賛否両論、意見がございます。これは皆さんのお立場からは何かお笑いになるような傾向でございますけれども、これは笑いごとじゃないので、三百人近くの自民党党員を持っております大政党が、いやしくも刑罰法規の基本法ともいうべき刑法の重要な二百条、これに関連する条項をめぐりまして削るか削らぬかという問題でございますから、熱心に論議をされておりますことに対しましては、私は迷惑などに思っていない、敬意を表しておる。しっかり論議をしてもらいたい。現に花の咲くような論議が展開されておる、それを私は非常に興味も持ち感謝もし感服をして、この成り行きを見ておるのであります。私の希望いたしております政府提案を出してよろしいという御決定のあることを期待してお待ち申しておる、こういうことでありまして、大いに論議があるということは、どうかひとつ非難をしていただきませんように、これを期待して待つという態度が私の態度でございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 花が咲くようなとか、中国でいえば百家争鳴といいますか、そういう発言がございましたけれども、昨日、十七日の衆議院の法務委員会の刑法改正小委員会でも、四人の参考人がいずれも削除に賛成なさった。植松正教授というのは、われわれ刑法を多少やっておる者の中ではいわば保守的な学者だといわれておる人です。しかしその人も、親殺しは被害者である親のほうにむしろ責められるべき例が多い、こう言っておりますし、鍛冶千鶴子弁護士は、親孝行は美徳だけれども、これは重罰のおどしで維持されるべきものではない、こういうように言っておるのですね。ですから、憲法ができましたときにも、たとえばだれだって姦通がいいとは思っておらない。しかし、かつては妻だけが罰せられた。それじゃ男女平等で夫も罰しろ、こういうことになれば、この部屋におられる中にも何人か被害者が出るかもしれぬ、そういうようなことで、これは両方とも罰しないでむしろ道術律にまかしたほうがいいということになったのは大臣御承知のとおりです。したがって、尊属殺についても何も親を殺しても刑罰がないというのじゃなしに、百九十九条で死刑、無期もしくは三年以上の懲役というのがあるのだから、それについて自民党の中でそれほど論議があるということは、しかも文教関係の方がいろいろおっしゃって、はなはだしきは刑法出て孝行滅ぶというような見当違いのことをおっしゃっているということについては、われわれは納得がいかない。  そこで再度伺いたいわけですが、おそれ入りますが、法務委員長、法務委員長は議長から、院の権威、威信のために刑法改正小委員会を法務委員長の責任においてつくって善処されたい、こう言われたはずであります。もし現在のような状況でじんぜん日を送るならば、それは議長の言われたように院の威信に傷つくことになるし、ある意味では自民党のいろいろの事情によって刑法改正ができないというどろを刑法改正小委員会がかぶる隠れみのになるということになりかねません。したがってそういうことのないように、その点について中垣法務委員長の所信並びに今後大臣は自己の所属している与党に対してどういうぐあいに政治的に行動をなさるのか。当委員会でも大臣は、私は舌が長かったり短かったりいろいろいたすと言われておりますが、この際は大いに舌を長くしてもらわねばいかぬ、こう思いますので、まずお二人についてお答え願いたい。

中垣國男自由民主党

○中垣委員長 委員長からお答えいたします。  いままでの慣例、前例等から見まして、小委員会というものは大体円満な一致点を見出すということに努力しておりまして、多数決で事が決せられたことはない、そういう機関であります。そこで、このままでありますと多数決というようなことになる心配がありますので、いま少し時間をかけて、できるだけ与野党が一致いたしまして賛成のできる、そういう案を見出すためには時間が必要である、そう判断をいたしておりまして、なお小委員会は今後といえども審議は慎重に続けてまいりたい、そしていま御指摘のようにできることなら早く結論を得たい、こういう考えであります。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 ただいま中垣先生仰せのとおり、小委員長として御苦心をいただいておることでもあります。私は先ほど申し上げましたとおり、私の正しいと信じて提出せんとしておりますこの法案にオーケーを与えられることを強く期待して、いろいろな策動はいたしません。誤りである。議論をしっかりやって、おさまるところでおさめてもらわねばならぬ。ただし、私の主張しておることに御同意をいただいて提出してよろしいと言われることを期待して待っておる、こういうことであります。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 そういう答弁がありましたが、そうすると、大臣としてはもし自民党のいろいろの部会あるいは集まりに呼ばれて所信の表明を求められたときには、あくまで全面的な削除が妥当であるという意見を貫かれる決意でございますね。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 それはどのような事態、どのような意見がありましても私の所信に変わりはない。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それでは次の質問に移らせていただきます。  私は、昭和四十八年の三月の八日に予算委員会の第三分科会におきまして、主として大阪に起こりました部落解放同盟の一部暴力分子の暴力事件について、江崎自治大臣兼国家公安委員長及び山本警備局長に質問をいたしました。そのときにいろいろ答弁があったわけですが、その後七月三日に警察庁の中島参事官から捜査の進展状況について一定の報告がありました。  そこでその問題について今度は法務省に伺いたいというように思っておりますが、まず大臣に心がまえについて承りたいと思いますが、警察法の二条によれば、警察は不偏不党で、かつ公平中正を旨とするというようになっております。その捜査を受けて検察官が公訴を提起するわけでございますが、検察官は公訴権を独占いたしております。しかし、それはどうでもいいというのではなしに、検察庁法の四条によれば、裁判所に法の正当な適用を請求する、公益の代表者として事務を行なうという意味のことが書いてあります。したがって、不偏不党、公平中止という立場、公益の代表者という立場は、これは起訴を行なう場合あるいは行なわない場合にも貫かれなければならないというように考えますが、その点について法務大臣の所信を承りたい。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 不偏不党、公正でなければならぬ、そういう態度で臨まなければならぬものと信じます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 もう一点伺いますが、そういうことをやる上におきまして、私は第三分科会でも伺ったのですが、昔、十八世紀の啓蒙思想家のボルテールは、私は君の意見には反対だ、しかし君がそれを言う権利は私の命にかけて守るという有名なことばを言っております。これは社会科の教科書にも載っておることです。意見には反対だ、しかし君がそれを言う権利は私の命にかけて守る、それが民主主義の原則であろうと思います。したがって、意見が違うものあるいは異なる意見がビラに記載されておるものをまかせない、言わせないというようなことを暴力で行なうということはもってのほかであるというように考えますが、その点について原則的に大臣の御意見を承りたい。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 原則的ですけれども、この辺から具体的な事案に入りますね。あなたはうまいことを言うけれども、そうでしょう。そこで、事件の内容に詳しい刑事局長から先に答えさせます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いや、だめです。江崎自治大臣でさえ——さえなんて言ったらいけませんけれども、直接に実力部隊二十一万を持っておる江崎自治大臣でさえ、その問題に対しては明確に答弁しておる。それを検察官を指揮する法務大臣、まして弁護士として私の二十数年先輩である田中大臣がそういうことを事務官僚に答えさせるということでは、法務大臣、これはもう問題外です。しかも、事は言論の自由、議会制民主主義の根本にかかわる問題だ。したがって、それについては確固たる方針を答弁なさるのが当然です。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 伺いますが、具体的事案に関係せず、一般論でよろしいな。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 そうです。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 一般論ならば、あなたの仰せのとおり。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それでは、その次に安原刑事局長に伺います。  私は具体的事案については、いきなり伺えばあなたのほうも御迷惑なさると思って、わざわざ七月三日付の警察庁の捜査状況ですね、それをリコピーして、政府委員を通じてお手元にお渡ししたはずでございますが、お受け取りでございますか。

安原美穂法務省刑事局長

○安原政府委員 受け取りました。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 そこで、そのうちの幾つかについて伺いますが、八つございますが、そのうちの七点について伺います。  四十六年六月七日に発生した吹田市役所における松本洋一郎日本共産党市会議員に対する傷害事件、これは大阪地検で不起訴になっておるそうでございますが、松本洋一郎氏から私のところへ手紙が来て、自分自身は検察庁で何ら調べを受けておらない、突如として不起訴処分になった、こういっておる。一体それは何ゆえか、それが一つ。  それからその次に、昭和四十七年六月二十六日から三十日にかけて行なわれた吹田二中の阿部教諭に対する暴行事件、これは警察としては、告訴側を十六名、解同府連側を十二名、医者を二名、こういうように調べて、高田ら四人を暴力行為、傷害等で大阪地検に送付した、こうなっております。これは三月十六日です。それについてどういうように処置されておるか、これをお答えいただきたい。  第三番目に、昭和四十七年九月十八日に部落解放同盟の解放会館前で、吹田でございますが、佐々木、石川、土居原という三名の教員が、高田登美雄ら四人に暴力行為、傷害を受けておりますが、これについても、四月二十五日、捜査が完了して大阪地検に送付されております。その内容は、告訴人、関係人八人を調べ、被疑者も、出頭しなかったが、出頭を求めて捜査を完了した、こうなっております。これについて、大阪地検はどういう態度をおとりになったか。  次に、昭和四十七年九月二十七日、吹田市長榎原さんに対して暴行を加えた。これは、榎原市長が政治的配慮から出頭はされませんでしたが、秘書課長をはじめとして関係者から事情を聞き、さらに高田登美雄自身を取り調べて、傷害罪で大阪地検に送致しておる、こういっております。それについてどういう処置をとられたか。  次、昭和四十七年十一月十九日、大阪市東淀川区日ノ出町で、日本共産党の宣伝隊に対して集団暴力、約二百名近い者が暴力を加えておりますが、これに対しては、被害者十二名、参考人、目撃者十四人及び被疑者の向井等を調べることによって、なお山中、広岡も調べたそうですが、四十八年五月十日、被疑者向井正を暴力行為、傷害で送付、山中、広岡も取り調べを終了したので、完了次第送付予定、こうなっておりますが、それについてどういう処置をおとりになったか。  昭和四十七年十二月六日、阪急の高槻市駅前広場において、やはり日本共産党の選挙運動員に対する傷害事件が起こっております。これは四十八年五月九日、被疑者藤岡外氏名不詳七名を傷害、暴力行為及び強盗罪で送致しております。これは十四名を調べ、さらに被疑者も三月末に出てきて、取り調べを行なった、こういう報告になっております。  最後に、昭和四十七年十二月九日、芦原橋の日本共産党選挙運動員に対する傷害、逮捕監禁事件、芦原橋といえば私の選挙区です。そこで暴行を行なった。これは四十八年四月五日、被疑者七人を傷害、逮捕監禁罪で大阪地検に送付した。この件については、十名の参考人を調べ、被疑者も出頭させ、取り調べを終わっておる、こういうことになっております。  そうだとすれば、その内容については私は捜査中であるから知りませんが、警察としては、被疑者を氏名のわかっておる者はできるだけ調べ、参考人、被害者を調べて、検察に送ったということになれば、検察官として不偏不党、公平中正、公益の代表者として、どういう処置をおとりになったか。送られてからすでに長きは四カ月、短きでも二カ月たっておる。そこで、それについて簡潔に結論及び経過をお答え願いたい。

安原美穂法務省刑事局長

○安原政府委員 お尋ねの件を総括的に申し上げますと、最初に御指摘の四十六年六月七日に発生いたしました吹田市役所における松本市会議員に対する傷害事件は、不起訴になっております。その理由は、嫌疑不十分ということでございますが、その他の御指摘の六件については、現在なお捜査を継続しておるというのが一般的なお答えになるわけです。  それからもう一つ、不起訴の理由を申し上げますと、要するに被疑者が特定できない、だれが犯人であるかについての嫌疑が十分でないという嫌疑不十分が理由でございまして、警察では、御指摘の松本市会議員、被害者の調査について、捜査はいたしておりますが、検察庁では捜査したという報告がございませんので、おそらく十中八、九正森先生御指摘のとおり、調べなかったものと思われます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いまの答弁一つを見ても、検察庁がいかに怠慢であるということがわかると思います。嫌疑不十分といって、そんな実際に手を下した者がわからないという場合に、不起訴にする場合に、たとえわからなくても被害を受けた市会議員を一ぺんでも形の上で呼び出して、名前はわかりませんかぐらい聞くのはあたりまえじゃないか。残りの事件については、警察が渋りに渋っておったけれども、わが党が、予算委員会で松本善明議員が質問し、さらに三月八日に私も質問したから、それからあわてたかどうか知らないけれども、三月十六日から五月十日にかけての間に捜査を行ない、完了しております。そうすると、五月十六日から数えてももう二カ月たっておる。私どもは修習生のときに検察の見習いもしましたけれども、警察で捜査をするというのはなかなかむずかしい、しかし警察である程度名前が出てくれば、あとの捜査は比較的やさしいものなんです。それを現在捜査中でございますというようなことを言う、そんなことでは検察も同じ穴のムジナで、部落解放同盟に対して一方的に非常に甘く取り扱っておるというようにいわれてもしかたがないじゃありませんか。後学上、ものの本を読むと、こういうぐあいに書いてある。検察官というのは、これは被害者の私怨をはらすものではもちろんない。しかし、社会秩序を維持しなければならぬ。「検察官は、政治的な利害によって左右されてはならない。検察官に、裁判官に準ずる身分の保障が認められ、法務大臣の指揮権に制限があるのもそのためである。」、法務大臣を前に置いてえらい悪いですけれども、自民党だけは少し手をゆるめてやれというようなことは、田中法務大臣に限っては夢にもおっしゃらぬと私は信じておりますけれども、万が一そういう不心得な者が出てきたとしても、検察官は公益の代表者としていかなければならない、こういう立場に立っておるはずなんです。しかも事案は、大部分は意見の相違とか言論の自由、表現の自由をめぐって起こっておる。その点について安原さん、私はわざわざ一週間前にも言ってある。きのうは異例のことだけれども、私はこの警察庁のリコピーをお渡ししてある。これについて、結論から申しますと、捜査中でございますというような、わずか十秒、二十秒で片づけられるようなことを言って、あなたはそれで済むと思っているのですか。警察でさえこういうぐあいに答えておる。そうすれば、捜査中ならば、これだけおくれたのはなぜであるか、あるいは捜査の指揮をする者としてはどういうたてまえでやろうとしておるかというようなことを、誠意をもって答えなければ、検察官は公益の代表者だといっておるけれども、実際は公益の代表者ではない、暴力分子の代表者だ、そういうぐあいに国民に思われてもしかたがないじゃないですか。あなたはもう少し検察の任務というものを考えて御答弁になるのが当然だと思います。もう一度答えなさい。

安原美穂法務省刑事局長

○安原政府委員 検察官のあるべき姿につきましては、正森先生御指摘のとおりでございまして、不偏不党、厳正公平に、かつ迅速に事件を処理するのがたてまえでございますが、警察から送致を受けましてから若干の日時を要しております理由として、現地検察庁に問い合わせましたところによりますと、大阪地検管内におきましては、昨年末以来市内にいわゆる爆発事件が発生する等、過激派集団の検挙、捜査に繁忙であった。この種事件は、大阪地検の公安部で処理するという事件の配点の割合になっておりますので、その同じ地検の管内におきまして、地検の公判部が取り扱うべき過激派集団の検挙捜査に繁忙であったということが一つの理由。もう一つは、本年六月に行なわれました参議院議員の補欠選挙の間捜査を見合わせたことによるものであるという理由が報告されておりまして、それが遅延の理由でございます。  そこで、さらに先ほどいただきましたリストに基づきまして、大阪地検では、現に捜査中の事件についてどのようなことをやっているかをやや詳細に申し上げますと、まず、四十八年三月十六日に受理いたしました吹田二中の先生に対する暴行事件につきましては、告訴人側の関係人の呼び出しを手配中であり、すでに告訴人一名の取り調べは済んでおる。他の一名の告訴人及び関係人も呼び出しをかけて捜査に当たろうとしておるというのが、四十八年三月十六日の吹田二中教諭に対する暴行事件の捜査状況でございます。  それから、九月十八日解放会館前における市の職員に対する暴行事件につきましては、告訴人側の関係人の呼び出しを手配しており、今週から来週の初めにかけて告訴人、関係人を取り調べる予定であるということに相なっております。  それから、吹田市長に対する傷害事件、これは四十八年五月十日に受理した事件でございますが、これにつきましても関係人の呼び出しの手配をしておって、今週中に告訴人、関係人の取り調べを開始するということでございます。  それから、日ノ出町の集団暴行事件につきましては、四十七年十一月二十四日、被害者から告訴がございまして、告訴人側の関係人の呼び出し手配中であり、告訴人三人の取り調べはすでに済んでおる。残る告訴人と被疑者、関係人の取り調べを近日中に行なう予定であるということに相なっております。  それから、阪急高槻市駅前における傷害事件につきましては、告訴人側の関係人の呼び出しを手配済みであり、告訴人四名の取り調べは済んでおり、あと告訴人四名の取り調べは先方の都合で延びているが、近日中取り調べを予定しておる。  最後に、芦原橋駅前における集団暴行事件につきましては、告訴人の取り調べを終了し、関係人の取り調べに入っておるというのが現在の状況でございます。  御期待のとおり、迅速に処理ができないのは、こういういわゆる集団暴行事件につきまして、犯人を特定することが、検察の運営におきまして非常に捜査がむずかしいということも一つの原因であろうと思いますが、そのほかには、先ほど申しました過激派集団の検挙捜査、それから参議院補欠選挙の捜査ということが間に入っておりましておくれておるというのが実情でございます。  以上でございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いま比較的詳細な説明がありましたが、それだけでは納得できない点が幾つかあります。それは参議院の補欠選挙は、なるほど六月十七日に終了いたしましたが、本件については警察でいろいろ手間取りましたが、三月十六日に送検されておるものがあります。したがって、それが調べられないということはない。また暴力分子がいろいろ大阪であばれたというようなことを一つの理由にされましたが、これこそ暴力分子じゃないか。何十名、場合によっては二百名集まってあばれ回っておる。しかもそれは一回や二回じゃない、継続的に行なわれておる。この間の六月十七日の参議院選挙においても実際に行なわれておる。これについては私は最近起こったことだからまだ聞いておらないということになれば、あなたのおっしゃったことは理由といえば理由になるけれども、しかし、その姿勢が怠慢であるといわれてもしかたがないと思うのです。検察が国民に威信を保つゆえんのものは、これは不偏不党、公平中正に、迅速に処理する、そして法の正当な適用を裁判所に求めるということをやってこそ威信を保てるのである。そうではなしに、ある者にはへんぱな扱いをするというようなことでは、幾ら権力を持っておっても国民から支持されないし、そういう人の権力はいずれは後退しなければならないということになります。私どもは警察、検察というものは存在理由を持っておる、国民の生命、身体、財産、自由を守るという任務を持っておる、したがってそれだけに一そう厳正な態度をとっていただかなければならぬというように思いますが、その点について法務大臣、あなたは一般的な指揮権を持っておられますけれども、もちろん検察庁において限度がつけられておりますけれども、そういう立場から、これらのことについて検察庁あるいは法務省の刑事局長において適当な指導を行なうというようにしていただきたい。特に、このことの内容は私は予算委員会で繰り返し伺いましたから言いませんけれども、意見が異なる、そこでその演説をさせない。ビラを配らせないということが、しかも選挙の直前もしくは選挙中というように行なわれておる。ある場合には市会になだれ込んで行なわれておるというようなことであります。もしこれが国会で行なわれたとしたならばたいへんなことになります。したがってそういう風潮をなくすためにも、法務大臣の厳正な態度——労働公安事件について訓示なさるばかりが法務大臣の能ではないというように私は思いますので、この場で所信を表明していただきたい。

田中伊三次自由民主党法務大臣

○田中(伊)国務大臣 あなた、ときどき要らぬことをおっしゃるね。労働公安事件の訓示とこのことは関係がありません。しかし、熱心に仰せになっていること、被害者の立場だけに立っておっしゃっておるとは私は思わぬが、あなたのおっしゃるとおりです。これはやはり文字どおり不偏不党、公平中正に、いま局長が言いましたように、もう一つは迅速に——迅速にということばはあなたもおっしゃられましたけれども、迅速にこれを処理するという、むずかしいけれどもむずかしいながらに処理をしていくという努力をするようにしっかりやります。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いま大臣からそういう答弁がございましたから、それに納得いたしまして、なお公平しかも迅速な処理を期待いたします。  次に、公安調査庁関係に伺いたいと思います。  北海道の事件でございますが、北海道の公安調査庁関係の人物に高瀬末吉あるいは宮村正男ですか、公安調査庁というところはペンネームもいろいろお使いになりますので、どれがペンネームで、どれが本名かちょっとわからない場合があるのですが、その二人の人物がかつておられたかどうか、いまもおられるかどうか、それについてまずお答え願いたい。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 ただいまおあげになりました二人は、かつて公安調査庁の職員として在職したことがあります。しかしその後退職いたしまして、今日はおりません。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それでは、その二名がおやめになったのはいつごろであって、そのおやめになった理由はいかなるものであるか。それを監督官庁として公安調査庁長官はおつかみになっておるかどうか、それを伺いたい。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 高瀬のほうは四十三年の十二月に退職をいたしております。宮村のほうは四十五年の三月に退職をいたしております。いずれもいわゆる依願退職でございまして、本庁のほうに報告があった事由を調べてみますと、それぞれ家庭の事情が原因でこの際退職をしたい、こういうことで退職をいたしております。こういうことでございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 そうすると退職金ももらい、そういう退職のしかたであって、懲戒ではもちろんないし、何らの処分もされずにやめておられる、こういうぐあいに承ってよろしいか。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 そのとおりです。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それでは私から申しますが、高瀬末吉なる人物は田中重行という人物を情報提供者として公安調査庁の情報収集活動、私たちのことばでいえばスパイ活動、それをなさっておったことがありますが、それについて長官は御存じですか。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 私はまだその件については存じておりません。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それでは私から申し上げますが、田中重行という人物は、札幌大学の学生課に勤務しておった男でございます。それに対して高瀬末吉が接近いたしましていろいろ情報提供を求めました。私どもはこういう情報提供を求める行為そのものがけしからぬことだと思っておりますが、それについてはあなた方は破防法があるからとおっしゃるでしょうから、いまここで深く論議しようとは思いません。しかしその過程の中で高瀬末吉という男は酒と女に身を持ちくずしておる。非常に金がかかる。田中重行を酒場その他へ連れていきましていろいろ飲み食いをする。その金に困る。結局その金を高利貸しあるいは一般の金貸し業者から借りるということをやって、それを自分が使い込む、こういうことを幾つも重ねております。こういう人物です。そのことをあなた方は知っておりますか。全然知りませんか。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 これは古いことでありますけれども、当時の記録によりますと、やめたときの理由としては、同人の妻が家庭不如意のために商売を始めたいということでかなりな金額を他から借金をいたしまして、それで商売を始めたのでありますけれども、うまくいかなくて間もなく失敗いたしまして多額の借財を残してどうにもならなくなった、こういうことでありまして、そのために多少なりともその退職金をもってその一部に充てて、あとはまた適当な方法で借金の支払いをしたい、こういうふうなことで申し出があってやめたのだ、こういうことに当時の記録はなっております。  そこでこの件について御質問をいただくということで、それだけの理由なのか、それ以外にも多少の理由があるのかどうかというようなことにつきまして、当時一緒に勤務しておった同僚で、今日まだ在職しておる者というようなものにつきましてその辺の背景を若干私、調べてみました。その結果によりますと、ただいま御指摘ありましたように、その妻が商売に先敗したことも事実でございますけれども、そのほかにも本人自身がかなり遊興といいますか、遊びのほうも金を使ったというふうなことが重なり合いましてどうにもならなくなって結局退職に追い込まれた、こういうふうな事情があるということがわかってきたわけでございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 私は公務員というのは身を厳正に持さなければならないと思いますけれども、自分の金でお酒をお飲みになる、あるいはよくないことですけれども、自分の金でつい遊ぶということは、ほめられるべきことではないけれども、これはたまには目をつぶってあげなければならぬこともあるというように思います、お互いに人間ですから。しかし本件の高瀬末吉なる人物、ここに私は証拠写真を持っていますが、あとでごらんになってもよろしい。こういう人物です。この人物は自分の身銭で酒を飲みあるいはバーへ遊びに行く、女を囲うというようなことをやっておるのではない。自分の情報提供者をおどかしてそこから金を巻き上げて、そうしてその金で遊んでおるということが明白に証拠上歴然としておる。ここに私は金銭消費貸借契約証書というものだとか、内容証明とか公正証書まで持っておる。これを全部、これだけある。全部は私とても読む時間がないからその一部だけをあなたに示すと、何なら参考のためにあとで上げてもよろしい。綱紀粛正のためにこういうことは断じて許してはならない。たとえばこう書いてある。「第五五九五号金銭消費貸借契約証書 当事者の嘱託によりその法律行為に関し聴取した陳述の本旨を左のとおり録取する」となっていて「第壱条 昭和四拾参年拾月七日債権者島田忠敬は金拾万円を貸渡し債務者高瀬末吉は次条以下定むる約旨に依り借受け該金員は当事者間に於て受渡を了したり」こういうぐあいになっておる。高瀬末吉が借りておる。あとは全部省略しますが、その最後のところで、「保証人田中重行」これが問題の札幌大学の学生課の人です。こういうように、金銭消費貸借で自分の情報提供者を保証人にして金を借りて、それでそれを使い込んで女遊びをする、酒を飲むということをやっております。  あるいはもう一つ見せますと、これはひどいもので内容証明まで書かれておる。そのほかに札幌信用金庫幌北支店支店長水野弘作の手紙もあります。内容証明の部分だけを読みますと、昭和四十三年十一月三十日の消し印がある。「昭和四参年拾壱月参拾日札幌市南弐条西参丁目拾五番地ノ壱札幌信用金庫融資部長武知敏郎 札幌市南弐参条西拾参丁目田中重行殿」これは情報提供者に対して札幌信用金庫からあてられた手紙ですね。「催告書 拝啓昭和四参年六月壱日貴殿を連帯保証人として融資いたしました金員は昭和四参年八月壱日以降再三の督促に拘らず御返済がありませんので全貸出金につき借受期限の利益を失うことになりましたから来る拾弐月五日までに左記金員を幌北支店に御支拂い下され度く催告いたします。万一右期日までに御返済のないときは法定手続をもって請求いたすことと相成りますので念のため申し添えます。」「記」と書いて「請求金額 一貸付金元金、金弐拾九万五千円也 一遅延損害金、金弐万弐千四百七拾九円也 合計金参拾壱万七千四百七拾九円也 一借受名儀人高瀬末吉殿」こうなっている。札幌中央郵便局から内容証明として四七九号、こういうものがある。  いいですか、高瀬末吉という公安調査庁の職員が情報提供者である田中重行を連帯保証人として十万円と二十九万五千円というようなものを借りて、かわいそうに田中重行は強制執行まで受けておる。ほかにこれだけあるけれども、あまり多いから言わないけれども、合計で大体八十五万六千円、利息を入れると九十万をこえる金額。しかもこの金の借り方が実にえげつない。自分でそういうことをやっておいて、そして田中重行も酒が好きだというので一緒に飲みに行き、ある程度情報提供者と定着したと思うと、金を貸さなければおまえがスパイだということをばらすぞ、学生課長に知らせるぞ、簡単に首にできるぞ、ぼくが言えばおまえはパーだ。つまり札幌大学の学生係におるから、それが情報提供者だということになれば学生の怒りが巻き起こる。身分が安全でないということを種にゆすっておる。これは脅迫どころか恐喝ではないか。しかもある場合には自分がかってに田中重行の印鑑を借りて、そして金を借りる。私文書偽造、同行使、詐欺をやっている。もちろん破防法にいう職権乱用だ。こういう破廉恥きわまることは、私はいままで聞いたこともない。こういうことをやっておる人間が正常の退職になって、堂々と退職金をもらっておる。一体何事か。刑事訴訟法の二百三十九条によれば、私は前にも言いましたが、「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」となっておる。本件については恐喝罪が成立し、あす返すなんというて返さない、寸借詐欺が成立し、私文書偽造、同行使詐欺が成立し、もちろん破防法の職権乱用が成立する。少なくとも懲戒三年は食らっていい人物。そういう人物に退職金を出しておって公安調査庁が知らぬというようなことで、一体公安調査庁というところはどういう役所だ。綱紀紊乱もはなはだしいではありませんか。何なら私はここにある資料を全部上げてもよろしい。それについてあなた方は、私が事前に通告をしてあるけれども、なおかつそういう事実は知らなかったとおっしゃる。もし知らなかったとすれば、私はこの写しのうち上げられる分は上げてもよろしいから、いまからでもおそくない、厳正な捜査をして、公訴時効になっていない部分は、横にちゃんと安原刑事局長も聞いておられるから、すみやかに告発するのが当然だ。それがせめて、公安調査庁というのは少しは公務員としての姿勢を正す態度が残っておるというように国民から思われるゆえんだというように思いますが、川井長官の答弁を承りたい。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 本日質問があるということで、昨日取り急ぎこの事件、退職の背景をできる限り取り調べをしてみたわけでありますが、その調査の結果によりますと、いろいろの方面からかなりな借財がかさんでおったということは当時わかっておった。なぜやめなければいけないんだということでどんどん問い詰めていきまして、ここもある、ここもあるということでいろいろな口が出てきて、これではとてもこれ以上やっていけないので、何とか少しでも内金を入れて、そしてその債権関係を延ばしていかなければいけないというふうになったんだということでありますけれども、それはほとんどが町のいわゆる高利の関係の金を借りているわけでありまして、ただいま御指摘になりましたようなかつて協力者であった者、そういうふうな者を保証人その他に利用して金を借りたり、あるいはその方面に非常な迷惑をかけたというようなことは、いままでの調べでは全然私のほうには出てこないわけであります。保証人の関係はむしろ協力者の関係じゃありませんで、あるいはあとからお話が出るかもしれませんけれども、同僚の職員の中に頼み込んで、その人に保証してもらって金を借りて、それが焦げついた、そういうような事件も一、二件出てきておったということで、役所としましてもこれをこのままほうっておくことができなくて、そしてこういうふうな退職というふうな処分になった、こういうことでございまして、御指摘のありましたような関係につきましては、当時の管理者もその辺のことを知らなかった、こういうものだと思います。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いまの答弁を伺っていると、公安調査庁というところは、われわれも知らないようなことまで共産党について調査なさるという役所だ。それが自分のところの者がよそから金を借りておってどうにも首が回らなくて役所をやめなければならないという場合に、どんなところから金を借りたかというように調べるのは当然じゃないですか。われわれのようなしろうとが——私は北海道へ行って田中重行自身に会ってきましたけれども、すぐこういうことの資料ぐらいは入手できる。どこのおかみと仲がよかったかということも、本人にはかわいそうだから言わないけれども、それもわかっておる。それを当時はわからなかったというようなことでお済ましになる。もってのほかだ。だから私は、ここに高瀬末吉というふうにちゃんと名前が載っておる、田中重行という情報提供者が保証人になっているということも残っておる、こういう資料を場合によったらリコピーで差し上げるから、なぜこういうことをやったのかということを調べ——しかもそれは札幌大学の学生課であるということをばらすぞ。しかも話によると夜中の二時、三時に何べんも電話をしてくる。うるさくてしかたがないということがあり、かわいそうなことには、こっけいな話ですけれども、この田中重行というのが高瀬末吉の奥さんに呼ばれて、あなたが金を借すからうちの主人がうわ気をして困るということまで言われておる。私は、公正証書あるいは内容証明をもとにそういうようなことを言っているんだから。ほかにまだたくさんありますけれども、そんなの言うていたら時間がないから。これを参考にして捜査をなさって、必要によれば刑訴二百三十九条にいう告訴、告発をなさるかどうか。そのことによって公安調査庁の姿勢を正されるかどうか、その点についてだけお答え願いたい。こんなものをほっておくということは絶対許されませんよ。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 きのうの調査の段階では、管理者の側の話を聞くだけでは心証がこないという私一流の調査の方法で、高瀬末吉自身にも話を聞く方法はないかということでその所在を確認したんですけれども、これはあるいは御存じかもしれませんけれども、かなり前から行くえ不明になっておって、所在がつかめないというんだそうであります。  ただ、それはそれといたしまして、ただいま御指摘のような事実関係があるとしますならば、これはやはりもう過去の時点ではありますけれども、しかし全体の綱紀を正していくという意味合いにおきましては非常に必要なケースだ、こう思いますので、私、その資料をいただけるならいただきまして、私なりの調査をし、それから善処のしかたをさしていただきたい、こう思います。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いまそういう答弁がありましたけれども、資料だけ心は入手して、共産党はこんな資料を持っておるかということで、それをまた公安調査庁の資料入手調書で報告するということだけでは何をやっておるかわからぬから、私が資料を上げるから、それに基づいて厳正な調べをし、そして犯人がどこにおるかというようなことは警察や検察庁も協力してくださるから、それについてあとで私に報告をするということまで約束ができますか。それならあなたが誠意があるということで、私が入手した資料あるいは顔写真というものは全部差し上げてもよろしい。お答え願いたい。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 公式の委員会の席上の御要求でありますので、私の回答はやはりこの委員会において適当な機会にさせていただきたいと思います。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 委員会で適当な機会にしてもらうのはけっこうですが、それには一定の期間が要る。あなた方が捜査もしないうちにまだかまだかと言うて何べんも聞くわけにはいかない。だから一定の中間的な、ある程度わかりましたとかわからないとかいうようなことは私に言うていただいて、その上で質問するということでなければ、私は一体いつ質問していいかわからない。したがって、詳しいことはもちろんこの委員会で言われるのはけっこうですけれども、その過程において、大体こういう点までいきましたとかいう最小限度のことは言うていただく必要があるというように思いますが、いかがですか。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 御趣旨は了解いたします。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 次に伺いますが、北海道ではこの男だけではない。林田正男という人物がいるということはあなたがおっしゃいましたね。林田とか宮村——ペンネームをいろいろ持っておりますからちょっとわからぬ。林田正男とか、宮村正男とか、林正治郎とか名前を三つか四つか持っておられる。どれが本名ですか。まずそれから明らかにしてください。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 いまあげられた中で私の手元に資料がありますのは、宮村正男であります。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 私どもの調査では、この人は林田正男という名前をお使いになっておることが——ほんとうは宮村という男のようであるということは私どもも確かめておりますが、この人はなぜ退職になりましたか。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 大体先ほど問題になりました高瀬と同じような事情ということに報告に相なっております。  ただ、この場合には先ほどもちょっと触れましたが、高瀬の借金の保証をしておるためにその補償が非常な金額になり、また自分も若干のものを他から借りておったというようなことで、同じような事情をもって退職になった、こういう報告に相なっております。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 この宮村という男はかつて警察官をしておりました。警察で上司に罵倒されたとかなんとかということで折り合いが悪くなって、それから公安調査庁に移ったということがわれわれの調査では明らかになっております。しかしその点はともかくとして、この林田正男こと宮村正男はこの田中重行に近づいて、その借金を解決するためだと言ってまた田中重行から金を借りさせて、その金をそっくり自分が持っていってふところに入れる、あるいは自分が保証した金の支払いに充てるということをやっておる。これも同じように情報提供者の弱みにつけ込んでそこから金を取ってくるということではありませんか。ここに確かに預かりましたという五万円の預かり証がある。林田正男が自筆で書いて田中様ということで出しておる。  こういうことをあなたのほうの職員は次々になさる。しかも法務省だなんということを言って——田中大臣にはえらい悪いのですけれども、いまの日本人の中では、法務省といえばまじめ人間がせびろを着ておるというように考える人がずいぶんおるのですね、中にはぐっとくだけた人もおるかもしれませんけれども。そういうことを利用して金を借りてきては飲み食い、女を上げるということをやる。その借金を返すのだといって別の男がまたいいカモにして金を取る。その金を取ってきた証拠がここにある。見てごらんなさい。私は田中重行にちゃんと会って事情を聞いて持ってきたんだから。これも普通の退職ということになっておるということになれば、公安調査庁というところはけっこうな役所ですよ。現職にあるときは好きほうだいなことをし、それで責任も問われずに退職金をもらってやめることができる。それで、この金は全部田中重行の家族の者が自分の仕事をやめて退職金を取ってその金で返済するというようなことまでやっているんですよ。これは公安調査庁が故意過失で国家賠償でもしていいくらいだ。ただの一ぺんでも、私のほうから払わしていただきましようとか——へたに払ってもらってまた情報提供者になれと言われても困るけれども、しかし少なくともそういう誠意を示すというようなことは一切ない。  これについてもいまと同様にお調べになり、私が再度質問するまでに一定の経過を私に報告してくださいますか。何ならこれを手にとってごらんなさい。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 昨日までの私どもの調査の結果では、宮村の場合には妻のほうの実家がたいへんしっかりした家でありまして、その実家とそれから妻の兄弟がみんな一緒になって多額の金を出し合って、退職の際の退職金も入れて一切の借財を整理した、こういう報告に相なっておりまして、ただいまの田中云々の件は前の高瀬と同様に私は全然知りませんでした。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それは答弁になっておりません。現にこういう預かり証を出しているんですから、五万円預かって返していないということになれば、この場合は寸借詐欺になるかどうかわかりません。高瀬の場合は非常にはっきりしておる。しかし、こういう事実があるなら、自分の家族が金を持っておるから全額返したというけれども、それが間違いであったかもわからないから適当に善処するとかなんとか、そんなこと義理でも答えてもよさそうなものじゃないですか。もう一度答弁してください。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 何も答弁を渋ったわけではありませんで、いままでの調査の結果を申し上げたわけでありまして、ただいまそういうふうなまた新しい資料がありますれば、その資料をもとにいたしまして、もうすでに退職してしまった者でありますけれども、いろいろな方面からしてその間の事情というものを調査いたしまして、今後の当庁のあり方について生かしていきたい、こう思っております。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 さらに、あなたのところには高橋義明という調査官がおりますか。これは三原というペンネームを使ったこともあり、その他もう一つくらいペンネームもあるようですが、本名はどうやら高橋義明らしい。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 高橋義明という調査官はおります。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 その高橋義明が、本年になりましてから四月、一番近いのは六月十三日に再び田中重行に接近して、これはあるマダムを介してでありますが、そしてお金の件などを聞いております。これは事実です、私が田中重行に会って確かめたんだから。そうすると現地の北海道の公安調査局は、もう一度近づいてスパイにする気か何か知らぬけれども、しかも金のことを聞いておるということになれば、そういうことを十分に知っておって、しかもそれを種にまた情報提供者にするというように見なければなりません。ですからそれは、いま私が言って急にそんなことがあったのかと調べたものではなしに、北海道の公安調査局ではその点をあらゆる角度から調べる、あるいは接近するということをやっているに違いありません。私どものところでは、高橋義明の面割りもできております。ここに写真があります。ふだんはめがねをかけておる男ですが、これはめがねをとったところをとっております。この写真も場合によったらごらんなさい。この高橋義明という男が接近をしてきております。しかも金のことについて聞いております。そうだとすればこの問題は非常に根が深いと言わなければなりません。その問題について調査をなさり、なぜ金のことについて接近してきたのか、それは正当な弁償をするつもりで接近してきたのか、それともそれを種に一たん手が切れた者に対してまたもや情報提供者にしようとしたのか、それについても明確な調査と答弁を願いたい。お答えできますか。

川井英良公安調査庁長官

○川井政府委員 公安職四等級以下は、私の任命権を地方の公安調査局長に委任いたしておりますので、退職の際の事情につきましては公安調査局長の長官に対する報告を信用して処置するよりいたし方がないわけでございますけれども、ただいまの田中云々は全く私ども知らない事実でございますので、田中一連のことにつきましてはあらためて調査してみたいと思います。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 それでは、質問が迫ってまいりましたので最後の質問に移らしていただきます。公安調査庁関係ではなくなりますが、もうしばらくですから最後までおっていただきたいと思います。  それでは自治省、文部省、場合によりましたら人権擁護局、したがって法務大臣というところに伺いたいと思いますので、法務大臣まことに申しわけありませんが、できれば残っておってください。もしどうしても参議院でございましたら、人権擁護局長に伺いますので、御退席いただいてもけっこうです。刑事局長も、伺おうと思っておりましたけれども、時間がなくなりましたのでどうぞ。  それではまず自治省に伺いたいと思いますが、地方自治法の第十条第二項によりますと「住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。」こうなっております。これは地方公共団体がサービスを与える相手方に対して公平、平等でなければならぬという精神規定をきめたものである、そしてこれは順守されなければならないと思いますが、いかがですか。

宮尾盤自治省行政局公務員部公務員第一課長

○宮尾説明員 御趣旨のとおりでございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 同じようなことは、今度は行政を担当する地方公務員についても、これは平等に扱われなければならず、思想、信条等によって差別をしてはならないという規定が地方公務員法にあるはずですが、もし御承知なら、その参考条文を読み上げてください。

宮尾盤自治省行政局公務員部公務員第一課長

○宮尾説明員 ただいまの御指摘の条文は地方公務員法の第十三条でございまして、「すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われなければならず、人種、信条、性別、社会的身分若しくは門地によって、又は第十六条第五号に規定する場合を除く外、政治的意見若しくは政治的所属関係によって差別されてはならない」こういう条文でございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 第十三条にはそういうように書いてございますが、その例外規定である第十六条の第五号というのは、「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者」、こういうのが例外規定になっております。しかし現在国会で席を有しておる政党あるいは民主青年同盟というのは、いまの一般の扱いでもこの第十六条の第五号に該当するとは認れられていないというように思いますが、いかがですか。

宮尾盤自治省行政局公務員部公務員第一課長

○宮尾説明員 十六条の五号の解釈といたしましては御趣旨のとおりでございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 人権擁護局に伺いたいと思いますが、いま自治省が言われたようなことを憲法の根本規定について考えますなら、それは憲法第十四条の「法の下の平等」であり、あるいは憲法第十九条の「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」ということに根拠を置くものであり、労働関係でそういうことが行なわれれば、労働基準法三条の思想、信条あるいは社会的身分によって差別してはならないというようなところに根本を置くものであり、人権擁護局としては、もしそれが侵害されるならば人権侵害があったということで適切な措置を要請があればとらなければならないものだというように考えますが、いかがですか。

萩原直三法務省人権擁護局長

○萩原政府委員 お答えいたします。  そのような条文に違反するような行為がありました場合に、われわれの許される範囲内ででき得る措置がとり得る場合には、当然そのような措置をとるべきだというふうに考えております。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 ぬるま湯につかったような答弁で、人権を擁護しようとする気魄があまり見られない、ほんまの話。委員会だから私、ことばをちょっと慎んだけれども、われわれの先祖のことわざでは、ぬるま湯の中でへをこく、こう言うのだけれども、そういう答弁ですね。もっとき然として、具体的事例を別に聞いているわけじゃないんだから、そういうものは人権擁護局としては許されない、できる限りの能力をあげてやる、こう答えてもいいじゃないですか。もう少し気合いの入った答弁をしてごらん。

萩原直三法務省人権擁護局長

○萩原政府委員 ただいま申し上げた趣旨は、たとえば問題のケースが訴訟等になった場合には、その裁判によるべきだというふうな、いろんなケース・バイ・ケースで考えられなければなりませんので、そういうもの等を考慮いたしまして先ほどのようにお答えした次第でございます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 私は裁判になっておっても、裁判の結論が出なくても、行政として処置しなければならない問題はある。裁判になっておれば人権擁護局は何ら一歩も手を出すことができないという性質のものではないと思いますが、その点について論争をしていると時間がなくなりますので、次に移ります。  まず第一に申し上げたいのは、大阪で橋本浙子という人がおります。その人は浪速区青少年会館の同和事業の指導員、同会館で小学校一年生から三年生を対象とする低学年部の学童保育を担当しておったけれども、その人について、狭山問題を低学年の子供に理解させるのはむずかしいではないかという意味のことを言ったことにからんで、矢田問題というのがあります、矢田問題を突如として出して、橋本さんに、木下文書というのは差別か差別でないかというように問い詰め、差別でないと言うのはこれはふさわしくないということで、一方的に七カ月にわたって中之島公会堂というところにほうり込んで研修を命じるということをやる。そしてそういう主導力を発揮した部落解放同盟の浪速支部の長谷川睦夫執行委員は、昨年八月八日の父兄参観日に、ここの指導員の中に共産党と民青がおる。これらにいてもらっては困るので、徹底してやっつけるので、急に指導員がいなくなっても驚かぬでほしいというようなことを言っております。こういうようなことになると、明白にこれは思想、信条によって差別してくるということになると思うのです。  御存じない方がおられると思いますので、矢田問題についてごく簡単に言いますと、昭和四十四年三月に行なわれた大阪市教組東南支部の役員選挙に立候補した木下浄さんが、「労働時間は守られていますか。自宅研修のため午後四時頃に学校を出ることができますか。仕事に追いまくられて勤務時間外の仕事をおしつけられていませんか。」「教育の正常化に名をかりたしめつけや管理がありませんか。越境、補習、同和などどれを取上げてもきわめて大事なことですが、それに名をかりて転勤、過員の問題や特設訪問や研究会や授業でのしめつけがみられて職場はますます苦しくなります。」こう言って労働条件の改善を訴えた選挙用のはがきに対して、これが差別だというようにいわれたことであります。こういうようなことは私どもは断じて許されないことであるというように思いますが、まずこの矢田問題について、文部省はこういうようなことを差別だと言って、それを差別だと認めなければどうこうするというようなことがはたして監督官庁としていいと思っておられるのかどうか、それを地方課長からお答えください。

鈴木勲文部省初等中等教育局地方課長

○鈴木説明員 ただいまの御質問でございますが、これは組合内部の問題でございますので、私のほうが教員の服務とかそういう関係からどうこうと判断すべき筋合いのものではないというふうに考えます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 いまそういうような答弁をしておられますけれども、たとえばことしの一月和歌山で開かれた日教組教研の「人権と民族」分科会では、現在週休二日制というようなことも出ておる、これは文部省も出しているのでしょう。週休二日制といわれておるぐらいだのに、定時で帰るということをできるだけとるようにしましょう、例外はあるでしょうけれども、というようなことを言うのは当然じゃないか。和歌山の教研集会でもこのことが問題になったら、解同府連の山中多美男組織部長は、大阪の同和校では年休、生休は一〇〇%とれている、こういうことを言うておるのです。こんなことを言うということになれば、木下文書などは全く正当な文書だということになるではありませんか。週休二日制を出しかけている文部省として、それについて、組合内部の問題でございます——組合内部のことには干渉する必要はないけれども、一般的原則については述べることができるでしょう。

鈴木勲文部省初等中等教育局地方課長

○鈴木説明員 週休二日制の問題につきましても文部省におきましてはただいま検討中でございまして、それについてどうこうと申し上げるようなものではございません。ただそれが一般的にアンケートをして教員に聞くというふうなことについては、当然であろうと思います。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 一般的には当然でしょう。

鈴木勲文部省初等中等教育局地方課長

○鈴木説明員 はい。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 そこで私は、時間がもうありませんので、非常に残念ですが結論を急ぎます。  この橋本さんは、中之島公会堂へ押し込められて——押し込められてというと語弊があります、それは取り消しますが、入れられて、そしていろいろ研修のレポートを与えられておりますが、それは全部部落差別についてあなたの考えを述べてください、部落解放のにない手となっている子供の育成についてあなたの考えを述べてくださいというように、考えについてどういうことであるかということを研修させられておる。そしてその考えが一定の考えでなければ研修を解かない。そしてとうとうことしの四月には、実際には保母であり低学年の指導員である教育者が、大阪市の消防局の総務部の機械課、こういうところへ配置転換になっておる。これはまさに考えを問題にし、考えが自分たちの意向に合わなければ配置転換をする、こういうことではありませんか。もしこういうことが地方公務員に対して許されるとするならば、文部省は中教審に対してどう思うか、筑波大学法案についてどう思うかあなたの考えを述べなさい、こういうことをいい、文部省に反するような考え方であれば、全部それは配置転換ができるということになってくるじゃありませんか。そんなことが大阪市ではまかり通っておる。それについてあなた方は適切な指導をする、人権擁護局長、それについてあなた方は適切な調査をなさるというようなお考えはありませんか。

萩原直三法務省人権擁護局長

○萩原政府委員 昨日先生から御質問いただくということを承りまして、直ちに所管の大阪法務局にこの問題について問い合わせたのでございます。大阪法務局からの報告によりますと、先ほど来先生御指摘の事件は、同和問題に関連してきわめて重要なものであるということで、情報収集につとめているようでございます。ただ大阪法務局には、人権侵犯事件としての申告はございません、しかも本年の六月十四日に、高橋浙子さんが大阪市長を相手方としまして、大阪地方裁判所に対し執行処分無効確認の請求並びにその取り消しの予備的請求を提起いたしますと同時に、また大阪市人事委員会に対しまして不利益処分審査請求をなしている、そして現在この二件が審理されているということがわかりました。そこで、われわれの立場といたしましては、このように訴訟になっている段階では、その訴訟による審理にゆだね、その判断を待ちたいということでございまして、現段階におきまして私どもがそのことについてどう考えるかということについてのお答えは、非常に残念でございますけれども、差し控えさしていただきたいと存じます。

正森成二日本共産党・革新共同

○正森委員 大体からして、名前を橋本浙子を高橋と間違っておる。速記録はあとで訂正しておいてください。  そういうことがありますけれども、裁判になれば、やれやれ、これで人権擁護局は御用済みだというような考え方一般というものは適切ではありません。裁判というのは長い時間がかかる。行政当局としては、裁判を待たなくても是正しなければならないものは是正しなければなりません。ですからそういう点について、あなた方がより一そう人権感覚を持たれるということを特に期待しておきたいと思います。  裁判の点についていえば、その事件はきのう大阪地方裁判所第五民事部において第一回の公判が開かれました。ところが大阪市をはじめ動員された百数十名の人が喧騒をきわめ、橋本浙子というわずか二十五歳の女性が法廷において本人として十五分陳述している間、喧騒なやじを飛ばし、さすがの裁判所が、民事事件であるにもかかわらず退廷命令を二度、三度出し、ついに一名は退廷させられたという報告が入っております。もってのほかじゃないですか。そういうことに対して人権擁護局なり法務省というのはもう少し姿勢を正してもらわなければいかぬというように思います。  委員長、いろいろお聞きしたいと思いますが、一時半から刑法改正小委員会があると公報に載っておりましたので、最後に文部省や関係行政官庁に、三月八日の予算委員会第二分科会における奥野文部大臣の答弁を引用します。時間があればその前後を全部引用するのですけれど、時間がありませんので一部だけですから、あとで速記録を見ておいてください。村上弘分科員がいろいろ質問されて、解同問題についてお聞きになったのに対して奥野国務大臣、「たいへんひどい姿になっているなと、心配いたしておる一人でございます。」こう答弁しております。また続いて「私は、行政権に対する不当な介入だと思います。」「私は、いまの部落解放問題をやっておられるあの方に対しまして非常な疑問を持っておりまして、これではぽんとうに同和問題を根本的に解決しようとしていくのに、むしろ障害になるものが出てきているのじゃないかというように、深く心配している一人でございます。」こう言っております。さらに奥野文部大臣は「解同自身がもう一ぺん、いままでの行き方でいいかどうか考えてもらいたいという気持ちを持っているわけでございます。私自身、」——これは「にんげん」という教材について言われたことですが、「この「にんげん」を公費で全体的に大阪府教委が配ったことは、適当でない行為だと考えております。」というように言っております。またいろいろ聞いたのに対しても、それに近い答弁をしております。文部大臣が国権の最高機関である国会においてこういうようにき然とした答弁をしておる。しかるに、人権擁護局長がそれについて気迫を持っておらないということは非常な問題だ。文部省地方課長、手をあげてください。あなたの上司の文部大臣が、大阪をはじめとする部落解放同盟の一部暴力分子に対して、国会でこういうように明白に答弁しているということを前提として、あなた方はしかるべき指導監督、法で許される行政措置をとるべきであるということを申し上げて、私は質問を終わりたいと思います。大臣の答弁を尊重されるかどうか、それだけお答えしてください。

鈴木勲文部省初等中等教育局地方課長

○鈴木説明員 大臣の御答弁でございますが、当然私たちはその趣旨に従っていかなければならないと考えております。

中垣國男自由民主党

○中垣委員長 次回は、来たる二十日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後一時二十八分散会

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