法務委員会 第21号
- 発言数
- 76 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1973/04/20
会議録
○中垣委員長 これより会議を開きます。 この際、御報告申し上げます。 去る十六日、最高裁判所から国会に、尊属殺人被告事件等に関する判決正本が送付され、昨十九日、議長より当委員会に参考送付されましたので、御報告をいたしておきます。 ————◇—————
○中垣委員長 おはかりいたします。 本日、最高裁判所牧刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○中垣委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————◇—————
○中垣委員長 内閣提出、刑事補償法の一部を改正する法律案及び横山利秋君外六名提出、刑事補償法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。沖本泰幸君。
○沖本委員 私の質問は、質問の順序が前後している場合もいろいろあると思いますので、その点については御了承いただきたいと思います。 それで、本日の刑事補償法につきまして御質問するわけでございますが、以前に、昭和四十三年の十二月の十九日に、わが党の山田太郎議員が、この問題に関連して御質問したことがございます。それは、当時新聞紙上で問題になりました、殺人を犯しながら精神病のため心神喪失で無罪となった男からの刑事補償請求に対して、二十六万五千八百円、こういう補償を行なった、こういう点についてでございます。当時の新聞に、 事件は、アパートに住むタクシーの運転手が隣に住んでいる夫婦のけんかに対して、安眠を妨害しているということで隣の御主人を刺殺し、その奥さんを刺して一カ月の重傷を負わしたという点。兵庫県の加古川に住む学生が女子学生を強姦しようと企てて日本刀を持っていったけれども、その女子学生が目をさましたので日本刀で殺したという二つの点について刑事補償が行なわれた、こういうことに関してでございます。当時は非常に話題になりまして、新聞の投書におきましても相当激論が出ておるわけでございます。その一例をとらえてみますと、簡単に申し上げますと、この法律で定められたところによって、憲法の四十条ないしそれの無罪という点と、それから刑事補償法によるところの無罪と字は同じだけれども、中身は全然違うではないか。いわゆる殺したほうが無罪をとってそれによって今度はいろいろな条件があり、心神喪失という点から刑事補償を受けている。ところが殺されたほうは何のあれもないということが、道義的な、社会的な立場からこれはおかしい、納得できない、こういう意見がずいぶん出た点をとらえて、山田君がいろいろ御質問したわけでございます。この点に関しまして、憲法の第四十条は、無実の罪であった冤罪をそそぐ意味において国家が補償する精神の規定であって、有実の場合をも補償する精神ではないのではないか。また刑事訴訟法の無罪、すなわち憲法の無罪を解しようとするところに大きな法理論の無理、盲点があるのではないか、こういう趣旨の質問に対しまして、当時の川井刑事局長は、その見解は敬服に値する、しかし政府の立場として一たんとった解釈、憲法第四十条の無罪には違法性または責任性がない場合、無罪をも含むという、こうするという解釈をそう簡単に変えるということは妥当ではない、そういうお答えがあって、しかしまた人を殺しながら国家から補償金をもらうということは、心神喪失者の行為とはいえ社会正義という観点からいって異常であり、非常に合理的でない、こういう答弁もされて、その御指摘の点は部内において検討を進めているところである、こういうふうにお答えになっていらっしゃるわけであります。この検討を進められているという点がどういうふうに検討を進められたか、あるいはその検討の結果、どう いう御見解に達せられて、あるいは今回の刑事補償法の中にそれがどういう形で生かされてきておるか、あるいはそのまま、お答えがあったままで放置されてきたのか、それ以後の経緯について御説明願いたいと思います。
○安原政府委員 いまの点は私も就任以来山田先生のかつての御質問を議事録で拝見いたしまして、一つの尊敬すべき議論ではあると思いましたが、何ぶんにもこの憲法の四十条の無罪というのと、刑事補償法の無罪とは違うということはやはり検討の結果無理である。憲法の四十条の無罪というのと同じ解釈を刑事補償法がしておるのは当然のことで、その無罪も、憲法の四十条に基づいた刑事補償法でございますので、憲法四十条の無罪というのと範囲が同じでなければならぬというふうに考える次第でございまして、その無罪は何ら区別はしておりません。したがって、心神喪失による無罪というのも無罪であるという結論に達したのでありまするが、御質問が後ほどあるかと思いますが、確かに客観的には構成要件に該当する行為をして、心神喪失ということで無罪になった者に対して高額の補償をするということは、御指摘のとおりいかにも国民感情に合致しない部分もあろうということで、補償はするが、今回の改正の最低限を六百円にとどめたのは、そういう御指摘のような国民感情を考慮して、心神喪失のような場合には補償するとしても最低額にとどめるべき場合が多いのではないかということで、最低額の引き上げということを行なわなかったのは、山田先生の御指摘の議論などに含まれるところの国民感情を配慮した結果であるというふうに御承知願いたいと思います。
○沖本委員 これも一つの議論としてでありますけれども、自己の自由意思での飲酒めいていの場合は、欧米法では防御にならない、こうされておるし、ドイツ法でも、その間に刑を科せられる行為を行なったことを処罰条件として、飲酒めいてい自体を処罰する構成要件を設けているぐらいである。憲法四十条の無罪の裁判も、主として証拠のないこと、または罪とならないことによる無罪をさすと解し得ないことはないわけだと考えるのです。こういうことで、法律上これを除外する規定を設けられると考えられるし、またその他心神喪失を理由とする無罪の場合も、立法例の多くが保安処分としての治療目的の監置を認めているというようなことを考えてみますとこれらを立法論として除外すること自体が憲法に触れるものであるとは考えない、こういう点も言えるわけではないかと思うわけであります。また禁断処分のため、裁判所の手続を求め、鑑定留置することも当然予定されますし、それがまた公訴の提起によって開始され、勾留された後に保安処分の判決があったということだけで刑事補償を与えるべきであると解することが必ずしも合理的であるとは考えられない。保安処分の必要のない場合でも、無罪になったのであれば、それをも刑事補償から除外することはできないことでしょうけれども、こういうことはきわめて少ないわけであります。ですから責任能力を理由とする無罪の多くを刑事補償から除外することは憲法問題でもないし、差しつかえないと考える考え方もあるわけです。したがいまして、自己の自由意思でめいていした者についても、その他の心神喪失者についても特別の犯罪構成要件を規定せず、また保安処分についての規定を欠いているのではないか、こういうふうな、現行法の解釈としてこれらの理由で無罪になった者が刑事補償の請求権がないと理解することは全くできないことでありましょうか、こういう疑問が出てくるわけです。こういうふうな、被害者側から見れば、こういうような場合に補償まで与えるということは割り切れないものがあるという点が考えられるわけですけれども、むしろこれはもとへ戻って除外例をつくったほうがいいんじゃないかという考えもある、こういう議論もあるということになるわけでございますが、そういう点について大臣、どういうふうにお考えでしょうか。
○田中(伊)国務大臣 先生抑せのお気持ちは、私もそのとおりに響くのでございます。ございますが、憲法四十条、この条文がどうも御意に沿えない結果になるんですね。それはいまさら言うまでもございませんが、無罪の判決を受けたときは、法律により補償を求めることができるということが書いてある。無罪の判決を受けた者は場合によっては補償を求めることができない、こういう法律をつくれば、この法律は憲法違反でございます。だから憲法どおりいいますと、無罪の判決を受けたら、無罪の原因が責任無能力であろうが、人違いであろうが、何であろうが、無罪の判決を受けた以上は無罪の理由のいかんにかかわらず補償を求めることができる。補償の内容、補償の程度は法律に基づくのだ、こういう趣旨に解釈せなければその法律自体が憲法に違反をする法律になるおそれがございます。そういうことでありますので、先生抑せのおことばは私も胸に響くのでございますが、やはりこの憲法四十条のたてまえから申しますと、責任無能力の原因が大酒を飲んでめいていをしたとか、あるいは心身喪失におちいっておったとか、心身喪失者であったというような事情がかりにございましても刑事補償はしなければならぬ。いま局長の申しますように、補償の限度は軽微でいい、軽微でなければ国民感情は許しません。先生抑せのとおりです。そこで今度は大体において物価が高くなっておるから、いろいろな意味において補償を上げていくのですから、上を二千二百円に上げていくのだったら下の六百円も上げていくべきだ。上げないことは物価だけをいうならば不合理です。どうして上げなかったのかというと、いま局長の申しましたような、こういう特殊な事情のある責任無能力を原因として無罪が言い渡されたような場合において、ほんの軽い補償、憲法の条項の手前軽いものを補償するということができるようにという点から下限は上げなかった、上は上げた、こういうふうにおくみ取りいただきたいのでございます。
○沖本委員 一応以前の委員会で議論したことについての御検討がいろいろあった、こういう点で甲論乙駁あるという点を残しながら一歩前へ進めていただいておるということで、この問題に対して御質問はおいておきたいと思うわけです。これ以上突っ込みますと私自身がだんだんわからなくなってきますので、いろいろな議論がたくさんあるのはあるのですけれども、それをやっていると、私は専門家でありませんので、行き詰まる点もあると思いますので、この辺でおかしていただいて、またこの問題はあとで時間をかりて、いろいろ勉強してから御質問したいと考えております。 少しあらためまして、いただいた資料がありますが、刑事補償の請求事件として四十二年、四十三年、四十四年に少年鑑別所に収容された少年についてでありますけれども、一応補償請求がされた数字が出ております。四十二年に少年鑑別所に収容された者で、全国総数第一審で二十一名出ておるわけです。それから四十三年が三十二名、それから四十四年が六十四名、こういうふうに刑事補償の請求をしているのがあるわけですけれども、どういう内容で補償がされたかという点をかいつまんで御説明いただけたらと思います。
○安原政府委員 まことに申しわけないのですが、いま御指摘の資料はどうも私どもが提出いたしました資料ではないようでございまして、私どもの資料の中にはそれがございませんので、おそらく裁判所から御提出になった資料だと思うのでございます。したがいましてその内容につきましても、実は補償は裁判所がやることでもございますので、いまお尋ねの点を、いまここでお答え申し上げる資料を持ち合わせませんので、裁判所が後ほどおいでになるようでございますので、そこからお尋ねいただければと思います。要するに少年鑑別所について、鑑別所留置等を受けた者がその後刑事事件として訴追を受けて、そして無罪になった者に対する補償であるということは間違いないと思いますけれども……。
○沖本委員 それじゃ、これは後ほど稲葉先生の御質問でまた質問をしていただくように稲葉先生にお願いしておきます。 質問をあらためます。 現行の刑事補償法の第四条第一項の中で規定しております、抑留または拘禁日数に応じて一日幾らの割合で補償するとするその規定のしかた、これは基本的人権として規定した憲法四十条の趣旨に沿ってあるものでしょうか、どうでしょうか。この点について御質問いたします。
○安原政府委員 御指摘のとおりであります。
○沖本委員 主権者の信託に基づいて刑罰権の行使に伴ってその機関に強制力が許されておる反面、その権力の行使が裁判所によって認められなかった場合の、主権者、信託者のこうむる不利益を、他の方法が考えられない結果、金銭で賠償しようとするものであります。この憲法の規定は、公権力の行使者に、不当不法な権力の行使等を抑制することを金銭の補償をするという方法で規定しているものである、こういうふうに考えてみますと、権力の行使機関の行為が認められない場合は、抑留、拘禁された者の受けた損害は金銭で補償されることが力の均衡からいっても当然じゃないか、こういうふうに考えられるわけですけれども、こういう点について法務省のほうではどういうふうにお考えになりますでしょうか。
○安原政府委員 公権力の行使が不法であるという場合の損害の補てんということにつきましては、御案内のことと思いますが、憲法の十七条で、公務員の不法行為により損害を受けたときは、何人も国または公共団体にその賠償を求めることができるという規定がございます。これが、公権力の行使が公務員の不法行使によって損害を与えたときの基本原則でございまして、国家の賠償ということをする原則はこの十七条にあるわけでありまして、憲法の四十条を受けました刑事補償ないしはこの憲法の四十条は、そういう不法行為による場合のみならず、抑留、拘禁ということの国民に与えます特殊、重大な損害にかんがみまして、当該公務員に過失がなくとも、故意がなくとも、その与える損害の特殊、重大性にかんがみて、平均的な補償をすることが公平の原理にかなうということで、憲法の四十条ができたわけでございます。御指摘のとおり、いわば適法な行為としてなされたものであっても、結果において抑留、拘禁というようなことに相なりますれば、それが無罪であったということになりますれば、それを国民個人の忍ぶべき範囲、受忍の範囲に属すべきものとしておくのは限度を越える。それはやはり国民全体の負担とすべきではないのかというのが憲法四十条ないしは刑事補償法の考え方でございます。
○沖本委員 憲法の規定はその補償の内容については立法に譲っておるということになりますけれども、現在のような規定の方法では、前のような趣旨からしますと、違憲でないにしても疑問が出てくる、こういうことになると思うのです。行政権も司法権であっても、主権者の自己統治ということを考えてみると、自分たちの不当な権限行使に基づく結果の責任は、おのおのみんなの責任において救済をはかるのが当然のことであると思います。こういう意味からも補償は完全な補償をすべきである、こういうふうに考えるのでありますけれども、憲法の趣旨であるからこそ法務省の顧問である小野清一郎先生はじめ多数の学者が完全な補償を主張する、こういうふうに述べられているんじゃないかと思うのです。 以上のとおりであるといたしますと、日額を幾らにするという点に疑問が出てくるわけですけれども、現在の段階では日額を定めてもまあ国の財政上やむを得ないといたしましても、今回の改正のようなことでは基本的人権は守られない。立法政策の問題であるといたしましてもあまり少な過ぎるんじゃないか。上限が増加されても、すべての補償を上限一ぱいにしなければならないとするものではなくて、その範囲内で決定されるものであるわけですから何ら不都合はないと考えられます。こういう点についてはどうでしょうか。現在のような経済事情のもとでは、二、三年もしたらすぐ改正をしなきゃならない、こういう事態を招くわけなんですけれども、そういう点についてどういうふうにお考えですか。
○安原政府委員 刑事補償と申しますのは、先ほども申し上げましたように、故意、過失を問わない。したがって、故意、過失のない場合、いわばその行為の時点において適法であった行為についても、結果的に無罪であったということでありました場合には補償するということでございまして、いわば無過失補償を含む制度でございます。したがいまして、憲法十七条の不法行為による場合はまさに全損害を補償することになっておりますけれども、刑事補償法はそういう意味で無過失の場合、いわば適法行為である場合も、結果的には無罪であった場合には補てんするという意味において、全損害を補償する必要はないという考え方に立っていわば定型的な形で補償する、補てんをするという考え方であります。したがいまして、全損害額を補償いたしません。そのかわりに補償の金額の最低限がきまっております意味においては、実際の損害よりも多いものを与えることもあり得るといういわば平均的な補償をする。それはどこからくるかと申しますと、先ほど来申しておりますように、公平の原理からくるんだということでございます。そこで、平均的な補償をするという定型的な補償ということになりますと、いわば一日幾らということで一つの金額の幅をきめまして日数を掛け算するという定型的な補償でいいんだという考えであります。 そこで、これくらいの金額では上げ幅が小さいではないかという御指摘かと思いますけれども、これも従来この法律制定以来、そのときにおける経済事情、賃金、物価の事情に応じまして、経済情勢の推移にかんがみて金額を従来数回にわたって引き上げてきたわけでありますが、先ほど申しましたように、何ぶんにも全損害の補償でもなければ生活の補償でもないということで、必ずしも賃金や物価が上がったからそれにスライドをしなければならないということではない。ただしかし損害の補てんございますから、お金で補てんをする以上はお金の価値の変動というようなことを無視してはいけないということで、必ずしもスライドはしないけれどもそれは無視しないという形で、今日このような金額の上げ幅で改正をお願いしておるということに相なるわけでございます。
○沖本委員 御質問もあったのではないかと思うのですけれども、自賠法の賠償の金額が、死亡の場合五百万円である、この自賠法の補償金額に対応して考えて金額を一応きめる、こういうふうな考えを持つとしますと、そういう考え方自体が問題になるじゃないか、自賠法の場合は強制保険に基づいて給付される場合で、なくなった場合最高五百万円、こういうふうにきめられておりますし、一千万円に上げるということも出ておるわけですけれども、こういう点について死刑の執行の場合は慰謝料であるとしても、自賠法と同じにしなければならないということにはならないと思うのです。モスクワの場合でも請求金額は五千万円を請求しているわけですし、飛行機の事故の場合はうんとこういう問題が変わってきている。これはもう年々に違っていっているわけですけれども、この間の参考人の御意見の中にも、自賠法の賠償金を一千万円にすることが検討されているときに、このような点から考えても同じにするというふうな発想はおかしいのじゃないか。被疑者の補償というのは大臣の訓令によるものであり、国の法律上の義務で定めるものでないから、被疑者はその規定によって補償請求権を取得するものではない。こういう点から被疑者の人権というものが全然保障されていない。こういうふうな二つの点につきまして、補償法の中に取り込んで被疑者の権利にすべきようなものも含めるべきじゃないか、こういうふうに考えるわけでありますけれども、こういう点についてはどういうふうにお考えでしょうか。
○田中(伊)国務大臣 先生の御主張になる点を一口に申し上げますと、一体公務員の行為によって損害を受けたという場合、刑事補償法もそうろうもないのでありまして、お説のとおり補償全額を国家は補償すべきものであります、原則は。刑事補償法というわずかな金額に限定しておるという意味ではないのでございます。国家に全額補償をする義務はあるんだ。その場合はどういう条項に基づくかといえば、憲法十七条に基づいてもらえば全額出すんだ、削りません、こういうことです。ただし故意、過失を原因とします不法行為の立証ということは必要がなくて、ただ無罪の判決を受けたというのは、どんな理由で無罪の判決を受けようとも、無罪の判決を受けたというそれ自体を理由にして刑事補償法及び刑事補償法に準ずる被疑者補償という二つのものについては、先ほど刑事局長が申しましたように、定型的にあらかじめの金額の幅をきめて、そうしてきわめて簡単にこれに対しては賠償をしようという立場でございますから、この被疑者補償ないし刑事補償という二つの制度に基づく補償金額で足らない部分はあるわけです、全額補償が原則ですから。足らない部分は憲法十七条に基づく補償のやり方をする。足らぬところはそれでいくのだ。削るという意味ではないのです。削るということでは人権の擁護ができぬではないかというおことばどおりであります。削るのではない、これだけとりあえずあげるけれども、これ以上損害がある場合においては憲法十七条で御請求を願います、こういう趣旨でございますから、制度としてはたいへんよくわかるのではないか、こういうふうに思います。
○安原政府委員 いま沖本先生から自賠法のお話がございましたけれども、死刑の損害の補てん額の三百万円あるいは今度の五百万円というのは、自賠法とは何ら関係がないわけでございます。自賠法の保険額が上がるのは、それはまた自賠法自体において、経済情勢の推移にかんがみて上げていくのでございます。しかも、自賠法は、精神的な損害のみならず、いわゆる財産的な損害も含めての保険額でございます。ところが、死刑の、この場合の五百万円というのは、財産的な損害は別にいたしまして、まさに慰謝料でございまして、対象とする範囲が自賠法とも違いますし、それから、自賠法は故意、過失を要件としない、今度の死刑の場合も故意、過失を要件としない点は似ておりますが、自賠法は、あくまでも損害額は物質的損害を含めてのものであり、かつ私どもとしては死刑ということの結果の重大性を特に重視しておりますので、自賠法の自動車事故におけるそういう死亡事故というものと同視すべきものであるとは思っておらないわけでございまして、いま自賠法と関係を結びつけて考えるというようなお考えの御指摘がございましたが、そのことは全然関係がないというふうに考えております。
○沖本委員 終わります。
○中垣委員長 次に稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 法務大臣、いま最高裁からこの前の尊属殺についての判決正本の写しを議長あてに送付したものが、当委員会に配られたわけでありますが、これに関連して、救済規定のほうは、けさも新聞に出ておったのですが、それはそれとして、刑法の一部の改正ですね。私どもは、これは刑法二百条とそれに関連する未遂、予備、同時に二百五条の第二項、それから二百十八条の第二項、それから二百二十条の第二項、全部でこの四つになりますね。それ全体を、これは改正案もそうですから、削除すべきだ、こういうふうに考えておるわけです。これは立法府ですから、立法府として議員提案するのが筋かもわかりませんが、政府のほうで提案するということなら、そういう行き方も当然基本法ですからあるわけですが、法務大臣個人の考えではなくて、法務省としてどう考える、現在の刑法の一部改正、尊属殺関係の削除といいますか、どういうふうに考え、どういうふうに進めておるかということを最初にお伺いしたいわけです。これは法務大臣個人の考えではなくて、法務省としての考えをお聞かせ願いたいと思います。
○田中(伊)国務大臣 これはたいへん正確なものの言い方をしますと、法務省の考え方というものが成り立つには、法務省全体会議でこれがよかろうということがきまらねばなりません。それで閣議の決定を受けますと、法務省の意見でない、それは進んで政府の意見となる、こういうことでございます。法務省の意見をきめるに至るまでの手順をちょっと一口だけ申し上げますと、まず何をおいても私の意見であります。法務大臣はどう思っておるかということです。法務大臣の意見で省議を開き、省内を指導するわけでございます。法務省は、今度は自分の意見をきめるまでに、御承知のように制度として存在いたします、私の諮問機関である法制審議会の意見を非公式にも公式にも聞かねばならない。それからもう一つは、政党政治をやっておるわけでございますから、政府・与党のそれぞれの正式機関にかけまして、政府・与党の意見を聞かねばならない、そういうことを聞きました上で、法務省の意見というものが正式にきまる、こういう筋でございます。法務省の意見というものは、かってに思うようにきめるというわけにはいかない、これが現在の制度上のたてまえでございます。そういうたてまえから申しまして、いまどういうことになっておるのかと申しますと、その法務省の正式態度をきめるための諸般の手続を踏んでいる、こういうことでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、現在の段階では法務大臣としての考え方はどうなのでしょうかというふうに第一にお聞きをして、そして法務省なりあるいは政府全体としての考え方はいつごろきまるのでしょうか、こういうことを第二点にお伺いをし、第三点に、それに従って国会に提案するとすればいつごろになる目安なのか、これを第三点としてお聞きしたい、こういうわけです。
○田中(伊)国務大臣 私の大臣としての意見はきまっております。 それから第二のお尋ねでございますが、法務省の意見がきまりますのには、いま一生懸命やっておりますが、ちょっと時間がかかるのではないか、ちょっと見当がつきませんが、火のつくように早急にはきめかねる事情がございます。ちょっと時間がかかるかと思います。 それから、いま言ったような手順を踏みまして法務省の意見を取りきめまして、さてこの改正案を国会に提出する時期でございますが、その法務省の方針がきまりませんと閣議にかけられない、閣議にかけられないといつごろ出すかというおことばに答えができかねる。これはぐずぐずしておるという意味じゃないのです。一生懸命にやっておって、そういうふうに時間がかかっているのであります。法令審査権に基づかれた裁判所の御判断というものに対して、えりを正してこれに従って法改正を行なうということは重要な事柄なのでありますから、いいかげんにやっておるのではございません。非常に熱意を込めてやっておりまして、時間がかかる、そういうことで第三のお尋ねであるいつごろ国会にということは、ちょっと見当がつきかねておる、しかし急がなければならぬということで、急ぐ体制になっております。
○稲葉(誠)委員 それでは大臣の自身のお考えをお聞かせ願いたいのが第一。第二は、なぜ急いでおるにもかかわらず、法務省の中の意見がまとまらないかというその理由。第三は、五月二十日までが会期ですから、その会期内に提案できる見込みかどうか、これが第三です。
○田中(伊)国務大臣 私の意見は、削除がよかろう……。(稲葉(誠)委員「範囲はどこまで。」と呼ぶ)まず二百条については削除がよかろう、こういうことです。それから二百条以外の、先ほど先生お読み聞けの関連条文についても修正がよかろう、この二百条削除に右へならえをした改正がよかろう、こういうふうに第一のお尋ねに対しては考えております。 それから第二は、それは目下検討中でございまして、検討に時間をかけている、こういう事情で時間がかかるということは、検討中のことでございますから申し上げかねますが、検討に時間がかかっている。時間というほどではないでしょう。この間判決があったところでしょう。いま届いたところです。そんなに仰せになるほど時間がかかっておるわけではありません。
○稲葉(誠)委員 内部の、家庭にまで立ち入ってお尋ねするのもいかがかと思われるので、これはよしますけれども、私もよくわからないのですが、四日の判決ですから、十日の訂正期間があるのでしょう、十四日に確定しておるのですから、当然あの判決が出た瞬間から判決訂正の申し立てというのは、事実上ないわけですから、当然すぐ検討しているので、もう結論は出ていいはずですが、なぜ出ないのか、ちょっと私にはよくわかりませんが、まあ仄聞はいろいろできますけれども、それはまあ私の仄聞であって、これ以上申し上げませんが、どうもちょっと理解に苦しみますね。政策的な判断がちょっと多過ぎるのではないかとぼくは思うのですがね。それから自民党の中でこの二百条を削除することに反対があるんだということを聞きますが、そんなこともあるんでしょうか、そういう古い頭の人はいないと思うのですが、どうなんですか。そこまではわからないんですか。そこまで聞いては悪いですかね。いいですか。(田中(伊)国務大臣「悪いでしょうね。」と呼ぶ)内部のことですから、そこまで聞かないことにしましょう。 それで、私としては、関連条文全部を含めて早急に削除する改正案をまとめて提案していただきたいということを、まず申し上げておきます。 それから、これに関連をして、救済の問題で、これは判決の効力が、多数説が、二百条そのものが憲法違反というよりも、むしろ規定のしかたが、死刑または無期という規定のしかたが重いという形で、八名の多数説はそういう説ですわね。それもあるし、一般に憲法違反の判決の効力の問題、一般的な効力があるのか、個別的な効力があるのか、いろいろなむずかしい議論があるとしても、現実にこの尊属殺人関係で裁判を受けて、現に刑の執行中の人たちに対する救済をどうするかということについてはいろいろ検討されたと思うんですよね。その検討した結果どういうふうに落ちついたのかということを、これはお聞かせ願いたいと思うわけです。
○田中(伊)国務大臣 判決の効力がいつ発生するかという問題でございます。これは過去にはさかのぼらないということは学界、実際界においても定説でございます。過去にはさかのぼらない。したがって、二百条を適用して過去に行なわれた判決は有効である、これは無効にならぬ、こういうことです。そこで、先生仰せの救済問題というのが起こってまいりますのは、判決があった以前は有効で、以後は無効だということになるならば、その間均衡がとれぬじゃないか、均衡のとれない点はどうするのかという問題、この問題はだいぶ何度も申し上げましたが、個別的恩赦、個別恩赦によって救済をする以外にない、それは申し上げるまでもないところでありますけれども、過去にやった判決全部を個別恩赦にかけるという意味じゃございません。個別恩赦にかけねばならぬ必要のある内容を持った事案についてはと、こういうのであります。そういうものについてはやる。どんなものがその必要が考えられるのかという具体的事件はここにございませんが、抽象的に申しますと、親を殺して三年半の懲役というような判決を受けておる者は大部分検討を要するものになるのじゃないでしょうか。というのは、十五年の無期懲役というものは、あるいは未遂であるとか心神耗弱であるという事情がございますと、これは七年まで法律減刑ができますね。七年の法律減刑をいたしましたその上に情状酌量の減刑をいたしますと、三年半になります。二度も法律酌量と情状酌量等をいたしまして、適用して、三年半に親殺しが落ちついておるような事案があるといたしますと、こういう事情のある事案は二百条適用をせず、百九十九条を適用しておれば執行猶予になっておるということが考えられます。そういうような一番下の、もう法律制度、刑事訴訟法制度においてこれ以下はないといわれる三年半を前後とする——親殺しで三年半とか四年とか五年とかいったような実刑を受けております者につきましては、再検討の対象になり得るものではなかろうか。こういう者につきましては、個別恩赦で救済の道を考える。そして判決言い渡しの前と後とのアンバランスを直していこう、こういうふうに大体は考えております。
○稲葉(誠)委員 いま大臣の言われた、二回減刑で三年半の判決ですね。これは実刑以外にないわけですから、実刑になっているわけでしょう。それが百九十九条の適用の場合なら、当然執行猶予と普通考えられておるというようないまのお話でしょう。それが特赦という形であっては、特赦だから執行猶予にならなかったのですね。特赦では、そういう場合には救済し切れないではないですか。それは直ちに早くやって、そしてそこでもう仮釈にするとかあるいは減刑して、そこで終わりにするとかいうことなら、あるいはとも思いますけれども、本来百九十九条が適用されておれば執行猶予になったであろうものが、二百条であるために執行猶予にならなかった。 それで、いま刑を受けておる者が七人ぐらいいるわけですかな、ちょっと忘れましたが。その者に対する救済としては特赦では不十分なので、これはあなた方のほうから言うのはおかしいかもわからぬけれども、そういう関連を含めた全体の救済としては、特別の立法措置が必要になってくる、こういうふうにならざるを得ないのじゃないですか。特赦の場合には、執行猶予という場合にもう一度裁判をし直すというわけにはいかないでしょう。本人に弁明する機会があるわけではないし、本人から申請、あるいは職権でもやれるのでしょうかな、それが却下されても不服の申し立ての方法はないのですか。そういうことを考えると、特別立法によってそういう人たちを救済するという必要が出てくるのじゃないですか。特赦では救済し切れない者が出てくるのじゃないですか。
○田中(伊)国務大臣 御親切、かつごもっともなおことばで、ありがたく思うのでありますが、ありのままに言いますと、先生、こういうことなのです。この問題の判決、最高裁判所の御判決があります以前は、二百条は有効なんだ、こういう考え方が根本にあるのです。有効なる法律を適用されて、合法的な裁判を受けておる。裁判自体には何ら欠陥はない。で、上告の道もなければ再審の道もないのだ。有効なる二百条によって判決を受けておるのだ。その有効な判決で、有効な判決を受けておるという立場をとりますと、有効な判決を受けて刑に服しておる者を、制度としての道は恩赦以外にない。個別恩赦ならいつでもできます。個別恩赦以外にない。それを、法律を制定してということは、私は、妥当ではなかろう。法律を制定して、有効な判決を直す。恩赦制度というものがあるのにかかわらず、それ以外に法律を設けて、特別の恩赦という意味になりますが、無効であるとか疑いがあるというのなら別ですが、有効だ。有効だということになりますと、いま先生の仰せになる法律は、特別恩赦法みたいな法律ですね。それはちょっとぐあいが悪いのではなかろうか、こう思います。
○稲葉(誠)委員 この辺は判決の効力をめぐって、かりにそれがさかのぼって無効になるという説をとれば、大赦の問題が当然起きてきますね。いまの政府の考え方では、それは問題ないんで、一応有効だという考え方をとって、それで救済を恩赦でやりたい、こういうことなんでしょう。それはそうだとしても、それに伴ってそれだけでは救済し切れないものが現実にあるんではないか。そこら辺のところに一つの立法施策の問題があるというふうに私どもは考えるのですが、これはなかなかむずかしいという点も確かにあります。この程度にしておきますが……。 そこで、刑事補償の問題で、予算書を見ればわかるといえばわかるかもしれませんが、四十八年度の刑事補償の金額としてはどの程度見込んでおるわけですか。と同時に、計数的な根拠をお聞かせ願いたいと思うのです。
○牧最高裁判所長官代理者 刑事補償の額は、まあ裁判で無罪になった分に対してなされるわけでございますが、数がそう多くございませんので、正確な件数はなかなか予測がつきにくいわけでございます。したがいまして、大体全体の事件数の推移を見て、従前の支出実績にその推移の傾向を考慮してきめておるというのが予算積算の実情でございます。実際問題としては、一時に、たとえばメーデー事件のような分がございますと、その分はとても予算に間に合いませんので、あるいは流用なり予備費の使用というようなことでまかなっておるというのが実情でございます。
○稲葉(誠)委員 ですから、ことしはどの程度組んでおって、その根拠はどこかということをお聞きしたいわけです。それと、四十七年度との違いはどこにあるのですか。それは最高裁の答えることなの、筋として。最高裁が答えることですか。法務省が答える筋じゃないのかな。
○安原政府委員 刑事補償の法律そのものの改廃等につきましては、これは法務省の所管でございますが、刑事補償金の予算請求は刑事補償を決定いたします裁判所の所管になっておりますので、裁判所からお答えいただいておる次第でございます。
○牧最高裁判所長官代理者 昭和四十八年度の予算として、刑事補償分の予算として認められております総額は千二百七十万三千円でございますが、このうち今度の法改正に伴う分が三百二十六万五千円で、旧基準によります分が九百四十三万八千円という数字でございます。
○稲葉(誠)委員 具体的な積算の根拠がどうもよくわからないのです。これは根拠がないといえばないかもわからぬけれども、あるといえばあるかもわからない。将来の見通しのことなんですからどのくらいあるかといったって、そんなものはやってみなければわからぬといえばわからないのですが、どの程度見ておって、その金額としてはどの程度の金額をかけているわけですか。上限と下限があるでしょう。上限が二千二百円、下限が六百円ですか、そのどの辺の数字をとって平均を出しておるわけですか。
○牧最高裁判所長官代理者 詳細に申し上げますとちょっとわかりにくいかと存じますが、改正される前といいますか、現行の基準による分は一応支出実績に事件率というものを掛けておりますが、予算要求の時点におきましては、四十七年度の支出実績がまだはっきり出ておりませんので、四十六年度の支出実績額に対して事件率というものを掛けておるわけでございます。 事件率はどのようにして出しておるかと申しますと、一番新しいところの事件を考えまして、四十六年六月から四十七年五月までの新受件数と、それの対前年比とを見まして、それから同じように既済事件数の比を見まして、それの合計を二で割って、大体事件の比率がこの程度推移するのではなかろうかという比率を出しまして、それを先ほど申し上げました四十六年度支出実績に掛けておるということでございます。 それから今度の改定になります分につきましてどの程度所要額がかかるかという数字は、結局最高額が千三百円から二千二百円に上がりますので、その上がった差と千三百円との比率、これに最低額は変わりませんので、それらをあわせ勘案したような比率を増加率としてつくりまして、その分を旧基準額に掛けていく、それが所要額ということになっておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 そこら辺のこまかい計算の根拠を、ぼくのほうは決して引延ばすというわけではございませんけれども、まだ日にちもありますから、資料として出てくれませんか。やはりそれを検討しないと、私のほうも、慎重審議というんじゃないけれども、責任を果たせませんので、出してください。どうでしょうか。
○牧最高裁判所長官代理者 方式は先ほど申し上げましたとおりでございます。それの具体的な事件率の率が、一・幾らというような数字がいまちょっと手元にございませんですが、それは後ほどにでもさっそくお届けするようなことで御理解いただけたらと思います。
○稲葉(誠)委員 いま説明されたこと全体を含めて、どうしてこういう数字が出てきたかという積算の根拠ですね、これを口頭でも言われたのですけれども、それを一つの全体の表なら表として出していただいたほうがわかりいいからという意味でお尋ねしているわけです。本来なら当然審議の最初にそれが出てきていいはずだったと私は思うのです。質問しなかったのが悪かったのかもしれませんが……。それを要求するわけです。よろしいでしょうか。
○牧最高裁判所長官代理者 数字を至急お届けしたいと思います。
○稲葉(誠)委員 そこでお尋ねをしたいのは、安原刑事局長は、これは無過失のものも含むんだと盛んに言われるんですよ。なるほど無過失のものも含むでしょう。それから過失のあるものも含むでしょう。それから重大なる過失があるものも含むんでしょう。なぜ重大なる過失ということをいうかというと、国家賠償法の求償権の関係があるから重大な過失ということも出るのです。あるいはそのほかに故意もあるでしょうけれども、故意というのはなかなかないかもわからぬけれども、故意も入れて、そういう四つのものを含むんだ、こういうふうに受け取ってよろしいでしょうか。
○安原政府委員 刑事補償の対象となるものとしては、無過失という場合も含むわけでございますが、故意、過失のある場合も含む。しかしながら、無過失の場合を含む制度であるから、平均的補償であり、全損害額を補償する制度ではない。全損害額を補償する制度としては、故意、過失のある国家賠償の制度によるべきだというふうに申し上げておる次第であります。
○稲葉(誠)委員 平均的な損害とか何とか、そういうことはまだ聞いてない。これから聞くところですが、ぼくの言うのは、いま言った故意も含む、重大なる過失も含む、普通の過失も含む、無過失も含む、こういうふうだとすれば、平均的な支出かどうかは別として、一応故意のある場合にはどの程度の支出を考えられるか、重大なる過失の場合にどの程度か、過失の場合にはどのくらいか、無過失の場合はどのくらいかということの数字が一応考えられて、そして初めて平均的な支出というものが出てくるわけですね、理論的に。そういうものを全然抜きにして、初めから平均的支出というのはぼくは理屈に合わないと思うのです。ぼくの言うのは多少理屈詰めかもしれませんけれども、私はそういうふうに考えるのですが、その点はいかがでしょうか。
○安原政府委員 補償法の四条の二項の中に、補償額を定める場合の考慮すべき事項の中に、故意過失というものが入っておることから見まして、刑事補償というものの対象としての、いわゆる損害補償の対象となる場合の原因として、当該機関の故意過失のある場合も含まれることは、ここからも言えるのございます。いま、それならば補償額は、故意のある場合幾ら、過失のある場合幾らということで考えるはずだがという御指摘でございますが、そこが先ほど来申し上げておりますように、過失のない場合も含めて考えている制度として、故意の場合はどう、ということではなくて、一応勾留、抑留、拘禁によって与えた損害というものの通常の場合を一応考えて、平均的な額を考え、そこで六百円から二千二百円という範囲で、実質的な損失、財産上の損害と精神的な慰謝を考えればいいという、これぐらいで一応平均的には損害の補てんができると考えるべきだということできめたわけであります。そういう意味において、何と申しますか考え方としては、故意の場合は幾ら、過失の場合は幾らということではなくて、抑留、拘禁をされた場合に、通常考え得る平均的な損害としては、賃金、物価等を考えて、六百円から二千二百円というのが相当であろうというようなことで、この改正案が出ている次第であります。
○稲葉(誠)委員 上限を考える場合に、無過失の場合だけでなくて、故意の場合には、あるいは重大なる過失の場合もあるとするならば、そのものも含めて上限を考えなければ筋が通らなくなってくるのじゃないか。ただ平均だ平均だというのじゃなくて、これはもちろん上限を適用するという意味ではないわけですよ。理論的にそういう場合に上限が考えられるのなら、そういうふうな問題も含めて額を一応きめるべきではないか。ただ、直ちにそれが適用されるかどうかは別の問題だとしても。そうなれば当然上限というものはもっと上がってこなければならないということになるのじゃないですか。そうじゃないと、筋が合わないのじゃないですか。大臣、それはどうでしょうかね。
○安原政府委員 先ほど来申し上げておりますように、全損害の補償としては国家賠償という制度があるということを前提といたしまして、そうでない、不法行為がない場合のことを考える、それをも含めて考えるのがこの刑事補償の趣旨でありまするから、いま御指摘のような実際の損害をカバーするに足らぬということであれば、故意過失のある場合には全損害を補償する制度として国家賠償の制度があるのであるから、それで十分であるというふうに考えておる次第でございます。
○稲葉(誠)委員 無過失の場合を含めるというなら、無過失の場合には下限の決定について一つの、何といいますか目標になるというか、それなら話はわかります。故意の場合も含め、重大なる過失の場合も含めるというなら、その場合に払わなければならないものは、平均的なものよりもっと上のものに出てこなければならないはずだし、それを勘案しながらこの数字を出したとすれば、その数字はもっと科学的−科学的たって無理かもわかりませんが、それらのものがある程度出てこなければ私はわからぬと思うのです。これは目の子算ですよ。それであとは国家賠償法でいけ、国家賠償法でいけと言ったって、そんなに簡単に国家賠償法でいける筋合いのものではないですよ。これはたいへんですよ。訴えを起こさなければならないし、それから無罪の判決があったからといって、直ちに故意過失が推定されるのだ、だから立証責任は全面的に国側が負うのだということになってくれば、あるいはこういうふうに実際には立証責任を転換されるかもわかりませんけれども、それならば簡単かもわからぬけれども、そうでもない。一般の人はそんなに簡単に国家賠償を起こせる筋合いのものではないですよ。そうなってくれば、故意を含み、重大なる過失も含むということになってくれば、上限というものをもっと上げてやらなければいけないのじゃないですか。そうでないと話が違うのですよ。これは法務大臣、ひとつ常識的な御判断を願いたいと思うのです。
○田中(伊)国務大臣 私の常識的な御判断というお尋ねでございますが、こういうふうにお考えをいただいて的中すると思います。 刑事補償は国家賠償の内金だ。内金を差し上げる。それ以上の国家補償が金額として計上できる場合においては、先ほど申し上げましたように憲法十七条に基づいて、故意、過失を立証して御請求を願いたい。とりあえずこれは内金だ。内金だから簡単に故意、過失を問題にせずに計算をするんです、こういうことにおくみ取りをいただいて、常識論でありますけれども、命中する答えである、こう思います。
○稲葉(誠)委員 どうもよく理解できないのですよね。これは固執しているのですよ。おそらくこれは、あれでしょう、大蔵省で値切られたのでしょう。値切られたというとことばは悪いけれども、あなたのほうの概算要求では幾らですか。それで大蔵省、どういう結論を出したのですか。最高裁だからおそらく要求どおり通った、こういう答えでしょう。それはそうだ、答えはわかってる。けれどもその前の段階で、法務省を通じて下相談をしているわけですよ。大蔵省から実際に削られていると思うのだが、しかしこの前に言われたように、最高裁の予算はそのまますっと通ったというなら、大蔵省としては削らなかった、こういう答えだろうと思うから、聞いても同じでしょう、答えはね。 だが、どうもぼくは納得できませんね。これはこだわり過ぎていますよ。いまどき二千二百円というのは無理ですよ。もうさっき法務委員長も言っていたけれども、塗装屋さんを頼んだら四千円とか五千円とられたという話、これは非公式の話ですからここだけの話ですけれども、とにかくいろいろなものが上っているという中で、国家権力によって勾留されてどれだけの苦痛をなめているのか。それを国家賠償でやれ国家賠償でやれ、そんなに簡単に一般の人は訴えを起こせる筋合いのものではないじゃないですか。 交通事故で入院するでしょう、入院した場合には、大体いま慰謝料だけで基準は十万円でしょう。多少変わってきましたけれども、十五万円のもあるけれども。入院が長くなればスライドしてきて下がってきますよ。 それから考えたって、一日三千円か三千円以上のものは当然出してもいいはずのものですよね。それをあなた、無過失のものも含む、無過失のものも含むと言うけれども、そんなに無過失のものがこの中にはあるのですか。 それじゃ聞きましょうかね。無過失のものはどの程度の割合か、過失のものはどの程度か、重大なる過失のものはどの程度か、故意はどの程度の割合と見ているか。実際出しているならそれを具体的に検討してみるとどうなのか。答えは簡単ですね。ほとんどのものが無過失、こう言うに違いない。そう言わざるを得ない。そうでなくては、あなたのほうの話はつじつまが合わなくなってくる。そうでしょう。 答えはそうであるかもわからぬけれども、それじゃ四つのものを分けてごらんなさい。いままで出していたものはどうなっているか。だんだんこまかくなってきて恐縮だけれども。
○牧最高裁判所長官代理者 従前の裁判所での決定例につきまして、それを故意、過失の有無を内容的に判断いたしておりませんので、それらの数字で、故意であったものが何%、過失であったものが何%という内訳の数字はちょっととりょうがない状況でございます。
○稲葉(誠)委員 これはこまかい、とりょうがないですよ。ないけれども、出した金額その他によってわかるのじゃないですか。大ざっぱに言うとどうなんですか。わからないかな、それは。わからないことないですよ。 まずだから問題は、こういう質問をしましょうか。刑事補償法の第四条に書いてあるでしょう。第二項に、「補償の内容」の中に、「警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮しなければならない。」と書いてあるでしょう。それは裁判所の故意過失、検察の故意過失、警察のものをしんしゃくしているのでしょうが、ただ頭だけでいきなり結論出しちゃうわけでもないはずだ。それは統計の上であらわれてくるかこないかは別ですよ。そこでぼくはお聞きしたいのですけれども、一体裁判所の故意過失というのはどういうことなんですか、検察の故意過失というのはどういうことなんですか。具体的にどういう場合にそれが出てくるのか。多少どうも質問としてはむずかしいというかきついと思うのですけれども、これを聞きたいわけです。まず裁判官が故意によって裁判を下すということ、それから過失による場合で有罪の判決を出す場合、そういうようなことは現実にはどういうふうに考えられるのですか。どんな場合にありますか。
○牧最高裁判所長官代理者 一応考慮すべきだということの中にそういうことがあげられていますけれども、実際問題としては非常に考えにくい場合ではなかろうかと存じます。ただ、例外的に考えるといたしますと、たとえば一審が有罪で二審で無罪になった、そのときに一審の有罪を下す際に証拠その他の価値判断はこれは裁判官の自由心証によるととろでございますけれども、通常であれば当然こういう結論になるはずだというのを証拠を看過したというようなことで有罪の判断になったというようなことがもし考えられるとするならば、そういうことが一つの例になろうかと思いますけれども、実際問題としてはそういうことはほとんど考えられないことだというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 ほとんど考えられないことだというのに、一審で有罪になったのが二審で無罪になったり、一審、二審が有罪だったものが最高裁で無罪になったり、しかもこれは最高裁の判決を見れば証拠判断をしてそれで無罪にしておるわけでしょう、破棄自判している場合もありますし。そうなれば一審、二審の証拠判断が少なくとも間違いであった、過失があったというふうに一応推定されてくるんではないでしょうか。これはなかなかむずかしい点はありますけれども、証拠の自由心証だって、この自由心証ということの内容にもよりますけれども、ただ何でも自由心証という意味ではないわけでしょう。厳格な事実の認定、厳格な証拠によるのだから、ただその証拠の判断の問題だけの話でそれを全体として誤っておれば、そこに過失があったと認めざるを得ないのではないですか。
○牧最高裁判所長官代理者 証拠の価値判断ということは非常に複雑なことになろうかと存じます。したがいまして、それについての価値評価を人によって異にするということは十分あり得ることでございます。それで、結論が無罪になったから有罪にした裁判官の価値評価が過失であるということには認定できないのではなかろうか、それはやはり上級審という制度でその点は解決していくというだけで、それぞれの証拠の価値判断はまた別個であろうというふうに思います。
○稲葉(誠)委員 それはまあそのとおりですよ。こっちはわかって聞いているのですけれども、そのとおりです。 それで今度は問題は、いま言ったことに関連するのですけれども、刑事補償の場合には、そうすると故意も含む、重大なる過失も含むとなれば、そこで求償権の問題が当然起きてこなければならぬはずですよ。そうでしょう、理屈からいえば。国賠法だって重大な過失の場合に求償権の問題があるわけですから、実際に判断した裁判官なり起訴した検事なりあるいは警察官なりに対して求償権の問題が起きるわけですよね。そうすると、刑事補償法によって補償を決定して金を渡した場合には理論的には求償の問題というものもあり得るわけですが、ここはどうなんですか。
○安原政府委員 その前に先ほどの故意過失の問題でございますが、稲葉先生の御議論を拝聴いたしておりますと、故意過失がなければ刑事補償としては最高限はやれないのではないかというふうにも解釈できるような御発言のように思いますけれども、それはそうではございませんので、この刑事補償では故意過失の有無を考えるということは範囲をきめるときの要件ではございますが、故意過失がなかったら最高をやらないという趣旨では絶対にないのでございます。このことはこの法律ができるときにもその当時の国会で質問がございまして、故意過失がなければ最高はやらぬのかという質問に対しましては、そうではなくて、この補償の額の中でまかなえる場合において故意過失ということも一つの要件として額をきめる参考にする。いわば参考にするだけであって、最高を与えることの要件ではない、したがって故意過失の場合で、いわゆる平均的な補償では足らぬときには国家賠償にいくということが五条一項に規定している精神でもあるということを言っておるのでございまして、たとえば先般もお答えいたしたのでございますが、極端な例といたしまして、心神喪失であることが捜査の過程で通常の注意を払うならばわかったというのに、それを看過して、検察官が公訴提起し、そしてもちろん抑留拘禁を継続した、しかし無罪であったというような場合には、その心神喪失者という点を考えるとあまり高い額をやる必要はないわけだけれども、捜査機関に過失があったということが一応認められる事例だと思います。そういう場合にはその過失があったということを考えて六百円より高くやるというような場合に働くのであって、故意過失がなければ最高をやらないという趣旨ではない、まかなえる範囲で故意過失も一つの情状として考えるという趣旨であるというふうに御理解願いたいというのが第一点。 その次に、いまお尋ねの、しからば故意過失があった場合に求償権の対象になるかということにつきましても、これも現行法ができますときの国会の質問がございまして、政府の解釈としては、刑事補償もいわゆる定型的ではあっても国家による賠償の評価の場合であるから国家賠償法の規定による、故意又は重大な過失がある場合は当該公務員に対して求償権が行使できるということが解釈としてできる、だから明文を置く必要がないという当時の審議の経過になっておりまして、私どもはさように考えております。
○稲葉(誠)委員 理論的にそうですよ。故意や重大な過失のときに求償権が行使できる、これはあたりまえのことですよね、それも含まれているというのですからね。 前のあなたが言われた故意過失が一つの条件であるということ、これは条文を見たってわかることで、故意過失があった場合に上限へいくので、それがない場合にはそこまでいかないのだとか、そんなようなことを言っておるわけではないのです、ぼくの言うのは。ぼくの言うのは、故意なり過失あるいは重大なる過失の場合には一般の損害賠償の場合に逸失利益の問題あるいは尉謝料の問題、積極損害というものが出てくるでしょう。これは当然出てくるわけだ。それらのものが一応条件として考えられるのが筋合いのものではないか。無過失の場合が一応下限のものとして考えられて、そこで計算上の根拠が出てくるんじゃないか。とすれば故意や重大なる過失の場合も含むとすれば、そういう場合の損害額というものが当然上限に出てこなければ話がおかしいんじゃないか。それをどうやって適用するかは別の問題だけれども、こういうことを言っておるわけですよ。これは間違いじゃないとぼくは思うんですがね。それは定型的だ定型的だと盛んに言ってそして逃げるというか、逃げるわけじゃないかもわかりませんが、そういう答弁をされるわけですね。ぼくはどうもその点の上限のきめ方が理解できないのです。定型的というならば、じゃ一般の故意過失の場合の損害はどの程度までいくのだ、それで無過失の場合の損害というと語弊があるかもわかりませんが、とにかく上限のものはきめて、そうするとその場合は全体としての割合の中で非常に少ない、故意過失のある場合は少ないのだ、だからそこまできまってもそのものは適用されないのだという形で上限が下がってくる、こう言ったらまた話はわかると思うのですよ。故意の場合はどの程度、重大なる過失の場合はどの程度、過失の場合はどの程度、無過失の場合はどの程度、こういう割合が出てこなければ数字がどうも出てこないんじゃないか。故意の場合や重大の過失の場合だって損害がもっと多い。しかし、これはきわめて希有の例なんだ。希有の例だからそれは参考にならないということで、その上限は要らないんだというならこれはまた筋が通っているかと思うのですけれども、どうも説明自身がよくわかりません。こういう法案を出してしまったからとにかく何とか通さなければならぬということでやっているのではないかと私は思うのです。 そこで、死刑の場合だけ、計算のしかたが逸失利益と尉謝料とを分けているのですか。そういう考え方をしているのですか。これはどうなんですか。
○安原政府委員 死刑の場合は、事柄の重大性にかんがみまして、この金額で規定しておりますのはいわゆる尉謝料に当たるものであり、そして損失額につきましては、現実に死刑ということによって出現した損害と得べかりし逸失利益をも含めて損失額として補償するということで、死刑の場合は、他の場合と違って、事柄の重大性にかんがみてかように手厚く補償するというたてまえになっているということでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、ぼくが疑問に思いますのは、まず、いままでの答弁の中で、無過失のものを含むんだということは、刑事補償というものは本来やらなくてもいいものなんだけれども、国家のいわゆる仁政としてやるんだという部分が相当あるということを意味しているんじゃないかということです。これは旧法のときにもそういう説明ですよ。渡邊千冬さんが司法大臣でしたかね、そういう説明をしておりましたよ。それが一つ。 もう一つは、いま言ったことの中で、死刑の場合だけそういうふうに分ける、それならば、一般の場合でも当然分けられるはずだ。理論上分けられるんだけれども、分けるのが非常に煩瑣だ、だから一本にして金額を出すんだ、こういうことならこれはまた話はわかる。どうもその点がはっきりしないのが第二。 三番目は、死刑の場合の計算として、現実的な損害ということを言われた。現実的な損害というのは一体何か。弁護士料を含むとかいろいろな問題が出てきますけれども、それをどうやって計算するのか、逸失利益といったってどうやって計算するのか。いろいろな計算方法があるのでしょう。逸失利益の計算方法と、それにプラス今度はこの金額になってくるのです。これが問題ですよね。これをお聞かせ願いたいと思うわけです。
○安原政府委員 死刑の場合と、死刑でなくて一般の抑留、拘禁の場合と立て方が違うということですが、確かにいま申し上げた点で、死刑の場合手厚く考えるということでございまして、これはこれで一つの立法政策として相当であると考えたわけでございます。と申しますのは、たびたび申し上げて恐縮でございまするけれども、無過失の場合を含む、しかしながら結果的には、損害を国民に与えた場合の負担を国民個人が受忍するか、あるいは国民全体の負担とするかということは、公平の原理からその損害の分配をはかるというたてまえでございますから、その配分のしかたの問題として、抑留、拘禁の場合はこういう考え方、死刑の場合はこういう考え方というのがいわば一種の立法政策の問題としてこれを相当としたということでございます。 それから、死刑の場合の損失額の計算のしかたにつきましては、要するに第四条三項の損失額と申しますのは、本人が死亡したため、本人の財産中から支払う金額、したがいまして、先ほどの弁護士費用というものでなくて、死刑を執行したそのことから生ずる損失と、それから逸失利益ということに相なるわけで、本人が死亡したため本人の財産中から支払われた金額と、本人が将来生きておれば得られたであろう利益の喪失額ということに相なるわけでございます。たとえて申しますれば、本人が死亡したために本人の財産中から支払われた金額としては、いやな例ですが、葬式の費用等がございますし、また本人が将来生きていれば得られたであろう利益の喪失額の計算としては、いわゆるホフマン式で、まず本人が何年間生存するはずであったという平均余命を出しまして、その間の得べかりし収入を計算して、その間の生活費を差し引き、それによってその間の得べかりし純利益を算出いたしまして、さらに、この純利益は将来取得すべきものであるから、いわゆるホフマン式計算による中間利息を差し引くことによって逸失利益が算出されるというふうに一般的には考えております。
○稲葉(誠)委員 無過失で人を死刑にするなんということがあるのですかね。どうなんですか。それが一点です。 それから、ホフマン式ホフマン式と言うけれども、ホフマン式のどれを言うのですか。ホフマン式の中にもいろいろあるでしょう。これはちょっと刑事局長にはお気の毒かもわからぬですね。それで訟務部長に来てもらっているんだけれども、訟務部長もこれはわからぬかな。どのホフマン式のことを言っているのですか。ホフマン式にもいろいろあるのですよ。そこら辺のところを……。
○貞家説明員 実は私も、方式のこまかい点は存じていないのでございますけれども、最近はホフマン式にもいろいろあるということは御指摘のとおりでございますし、ライプニッツ方式というような若干違った方式も用いられているようでございますが、下級審におきましても、どこの裁判所でも共通に、まだはっきりしたものがないわけでございまして、私どもといたしましては、そういった問題につきまして早く最高裁のほうの判断が示されることを期待しているわけでございます。この程度で御了解を願いたいと思います。
○稲葉(誠)委員 これは本来、民事局長に来ていただいてあれすべきだったのですけれども、民事局長を呼んでなかったのですから、ぼくのほうが悪いですね。ぼくの質問も非常に詳しくて悪いと思うのですけれども、ホフマンだっていろいろあるわけですね。単利も複利もあるし、月別もあるし、内容はいろいろある。それと、いま言われたライプニッツでしょう。東京地裁ではライプニッツに切りかえているわけですね、二十七部では。そういうようなことからいろいろな混乱が起きているわけですけれども、これはここで論議すべきことじゃありませんからこの程度にします。 そうすると、大臣、この慰謝料の額ですが、今度は五百万ですね。これはどうなんですか。あなたとしては少ないというふうにお考えなわけですか。提案していて少ないとも言えないでしょうが、そこのところはどうなんですか。
○田中(伊)国務大臣 ありのままに申しますと少ないと思うのです。しかし、少ないのになぜ出したのかというと、やむを得ない事情で、最高裁と大蔵省との間の予算折衝でその限度にきまったものでありますから、少ないとは思いましたが、将来を期して、今回はこの程度で御審議を願いたいということで立案に入ったわけでございます。
○稲葉(誠)委員 それから、これは大臣のほうに通告をしたつもりだったのですけれども、あるいは通告がいってなければあとで研究して答えていただいてもいいと思のですがね。ちょっとこれには関係がないのですけれども、実は、おとといですかな、地方行政委員会で——農地の調整区域で大商社がどんどん買っているわけですよ。そして、その仮登記をしているわけですね。これについて、違法ならば取り締まるというようなことを、何か国家公安委員長が答弁したらしいのですが、速記録をとろうと思ったのですが、まだできていないのですよ。 そこで、いま商社のいろいろな買い占めが行なわれている。特にこれは私、この前も本会議で言ったことですけれども、調整区域内の買い占めが非常に行なわれまして、そこで仮登記しているわけですね。これが農地法三条の違反として、農地法の九十二条で三年以下の懲役になる罰則があるのです。この関係がどういう場合に、この商社が農地法違反として——いまどんどん買い占めているわけでしょう。それで仮登記しているわけだ。これは仮登記を拒否するわけにもいかないかもしれませんが、いまの法律のたてまえからいけば。それについて、買い占めのような場合なんかについては、あなたは徹底的にやると言われているわけですが、この商社が調整区域内の土地をどんどん買っているということが農地法の違反になる場合があるわけですよ。知事の許可を得ないで、またそれは停止条件としてやっているにしても、そこら辺のところの法務省としての考え方、それから将来これに対する法務省としての対策というか、あなた、大臣としての考えというかな、そういうふうなものをお聞かせ願えれば、こう思うのです。
○田中(伊)国務大臣 私のところは、あらゆる法律の中で罰則に関する関係が私の所管でございます。そういう点からお答えをいたしますと、ただいま先生仰せになりましたこの農地法違反の場合、許可なくしてこれを買い受けた、それからもう一つ、最近行なわれておりますことは、地目変換なしに使っておる——地目変換は許可が要ります。そしていま仰せのように売買そのものも、これは知事の場合もあるし大臣の場合もありますけれども、許可が要る。それからいま農地法だけのお話をいただきましたけれども、この農地の買い占めに関連をいたしまして大事な点は、業者が、宅地建物取引業法、無免許で、登録のないやつが、悪徳業者が中に介在して、そして売買が、買い占めが行なわれておるという事態もございます。 それからもう一つの場合は、都市計画法は、御承知のように市街化調整区域の中で、いわゆる宅地をめぐる開発行為をいたしますには、この開発行為は許可なくはできぬ、許可なしにやっておるという例が全国にずいぶんある。そういうものは、いま申しますような農地法の罰則、それから都市計画法の罰則、宅地建物取引業法罰則というようなものは、容赦なくこれを適用して取り締まらねばならぬ、こういうふうに私は考えておる。江崎大臣も、取り締まりを厳格にということはこの間仰せになったことが新聞に出ておりましたが、意味はおそらくそういう意味だろうと思います。ただ、取り締まると言ったって、売買を取り締まるというわけにいきません。それぞれの関係法令における罰則違反の場合があれば、これを厳格に取り締まる、こういう趣旨でございます。
○稲葉(誠)委員 いまの三つの法律ですね、私もあとで都市計画法と宅建業法、農地法、この三つのことを——宅建業法と都市計画法は次に触れようと思ったことなんですが、いずれにしても三つの法律違反が目に余るものがある。それはわかるのですけれども、それはぼくも取り締まらなければならぬと思うのです。ところが、大臣がここで力んでみても、あなたが具体的にここで、力むというとことばは悪いのですけれども、一生懸命やると言われても、具体的にどうするかということなんです。ここでただそう言っただけの話で、国権の最高機関であるここで言っただけでは意味がないでしょう。あなたは具体的にだれにどうするかということですよ。それをはっきりさせていただかないと、結局絵にかいたもちになっちゃうわけです。具体的にだれにどういうふうにされるわけですか。
○田中(伊)国務大臣 それは、現行制度のもとにおいて法務大臣のやることというものにちゃんと限度がありますね。何でもやるわけにはいかぬ。検事総長を通じて全国検事に仕事をさせておるわけでございますから。そこで、その全国検事はどんなことをやっておるのか、これも限度がある。まず第一、警察から関係事件を送付してくるという場合にこれが扱える。いま言うた方針に基づいて厳格にやれる。もう一つは、新聞、テレビ、ラジオ、ことに最近重要なのは、あまり感心はせぬけれども投書、こういうものがありまして、こういう事件、こういう買い占めがあるじゃないかという投書があるような場合には、これは検事の認知事件と一口に申しておりますが、検事が送付を受けないが、認知することができた事件、そういう事件に手をつけて調べます場合においては、これは大げさな話じゃない、現実にこれがやれるわけですね。そういうふうに、やれると同時に、某事件を調べておる、その途中に買い占めがある、買占めの中身においては三法に違反をしておるという事実が出てくる。他の事件を取り調べ中に買い占め事件が出てくるといったような認知事件がありましても、これが厳格にやれる。現行制度のもとにおいて、私の立場を申し上げますと、検事がいま言うたような場面に当たりましたときに、厳格なる処置ができる。これはすべて私が厳格厳格とこう言うておるのは、大げさに言うておるのじゃないんです。事件が手に入ってきたときに厳格にやるというので、警察と違いますから、こんにちはと言って事件をさがしに歩くわけにはいかぬ。ですから、入ってきたときにそれを取り扱ってぴしゃりやる、こういうことですね。そういうことです。
○稲葉(誠)委員 そうすると、大臣はこの前も、たとえば物統令を適用するとか、今度の場合でいえば、農地法、都市計画法、宅建業法違反、こういうことで厳格にやる、断固やるということを言われて、そのことを、たいへん失礼なことを開くのですけれども、検事総長に−法律的にいうと指示になるのかどうですか、条文はあれですけれども、検事総長にそういう話をしていらっしゃるのですか。たいへん失礼なことを聞くので申しわけございませんけれども、そういうふうにされていらっしゃるのでしょうか、そこのところ。 それからもう一つ。あなたの場合、何か警察から送ってこなければ事件はまるでできないような、検事認知の問題もありますけれども、これは刑事訴訟法のたてまえは多少変わったかもわかりませんけれども、それは検事は、何も自分のほうへこなくたって積極的にやろうと思えばできるので、そのために特捜部というようなものがあるわけですから、これはできるわけです。あまり立ち入った失礼なことを聞くのは私は本意ではございませんが、検事総長に対してこういうふうなことについてはやれというようなことの、抽象的かもわかりませんよ、指示をされているのでしょうか。ここでやるやると言われただけで終わってしまったのでは、ぼくは意味がないと思うです。
○田中(伊)国務大臣 私の発言に関する大事なことでございますからお答えをいたしますと、いま申し上げますようなのが、現行制度における検察庁の活動し得る場面でございます。そういう場面を離れて厳格にやるといっても、やりようがない。警察から送致があるか、認知するか、事件の最中に、なるほどこれがということが発見できるか、そういう場面を迎えて厳格にやるということで、それ以外には厳格にやりようがないわけでございます。 それから、検事総長に対する私の物統令適用をめぐる問題につきましては、私の検事総長に対する指揮権の補佐を法務省刑事局長がいたしております。具体的にどういうやり方で伝達がしてあるかということは刑事局長からお答えをいたします。
○安原政府委員 いま大臣申されましたように、稲葉先生先刻御案内のとおり、検察庁法の十四条の、大臣の検察官に対する一般的指揮権に基づきまして、今国会におきます大臣の御発言を体しまして、私から最高検察庁に対しまして、物統令その他最近の売り惜しみ、買い占めをめぐる経済事犯については厳正、公平な態度で捜査処理を行なうようにということは伝えてございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、いま大臣が言われた三つの法律違反のこと、このことについても、直ちに同じような措置をとる、こういうふうに承ってよろしいですか。それだけお聞きして、時間が来ましたので、きょうは質問を終わります。
○田中(伊)国務大臣 きょうここで答弁をいたしました内容につきまして、同様の処置をいたします。
○中垣委員長 次回は、来たる二十四日火曜日午前十時理事会、午前十時十五分委員会を開会する こととし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時一分散会