法務委員会 第4号
- 発言数
- 144 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1973/02/23
会議録
○中垣委員長 これより会議を開きます。 おはかりいたします。 本日、最高裁判所田宮総務局長、矢口人事局長、大内経理局長、西村民事局長、牧刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○中垣委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————◇—————
○中垣委員長 内閣提出、裁判所職員定員法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 初めて質問するのですし、ぼくは法律のほうはしろうとでよくわかりませんから、一応法学通論のつもりでやるわけです。 裁判所職員定員法の一部を改正する法律案が提案されておるわけですが、この提案の説明等について法務大臣がやられているわけですが、それはどういうわけで法務大臣がやられるのですか。裁判所の定員法の問題なら裁判所がやられたらいいんじゃないか、こう思うのですが、そこら辺はどういうようなことになっておるのでしょうか。
○田中(伊)国務大臣 おことばのとおり、この法律ができますと、その適用を受けるのは裁判所でございます。これはおことばどおりでございます。ただし、私のほうの職務としまして、法律の改正の作業、これはすべて法務省の所管となっております。そういうことで、法律の提案をいたしまして、その改正の手続を私どもがやっておるという事情でございます。
○稲葉(誠)委員 なぜ最高裁判所に法案の提出権というものが認められないのか。これはもちろん三権の分立あるいは司法権の独立、いろいろな問題にかかわってくると思うのですが、そこのところはどういうふうになっておるかということをお聞きしたかったわけです。ぼくの聞きたいのは、裁判所と法務省と国会との関係、この関係について聞きたいものですから、その前提としていまのような質問をしたわけです。予算の場合は二重予算の制度が憲法上認められておるけれども、実際行使されたことはないのですが、——一回あったかな、忘れましたけれども、それは別として、これは憲法上の最後のあれですからないのがほんとうかもわかりませんが、最高裁がどうして法案の提出権というものが認められないのかということですね。そこで、結局、法務省と最高裁との関係ができてきて、あらゆる法案の提出その他について、法務省という窓口を通さないと裁判所関係の法案が提出できない。このことからして、法務省がいろいろな面での裁判所に対するいわばコントロールというか、コントロールということばは悪いですけれども、そういうふうなものがそこにできてきては困るわけなんですが、そういう問題もあるので、なぜ法案の提出権がないかということをちょっとお聞きしたい。
○田中(伊)国務大臣 私の先ほどのことばが足らなかったのでございますが、法案の提出をいたしました場合の責任は政府、内閣にある。本来申しますと、先生仰せのとおりに、裁判所が提出すべきものである。裁判所が提案の理由を説明すべきものであり、答弁すべきものである、こういうことになるのでありますけれども、法案の提出権が政府、内閣にある。しかるに、裁判所は内閣の一員とはなっていない。責任のとりょうがない。そこで、責任をとるものは政府ということになりますと、政府の中で法務を担当する法務大臣がその責任を負う以外にない、こういうところから、国会に提出をいたしました法案の責任をとるたてまえが、裁判所としては責任のとりょうがない、内閣にいないわけでございますから、そういうところから私がこれをつとめておる、こういうふうにお聞き取りをいただきたい。
○稲葉(誠)委員 それはそのとおりなんですけれども、なぜ内閣が法案の提出権を持って、最高裁が法案の提出権を持たないかというと、結局は、最高裁が法案の提出権を持つことによって政治的な責任を最高裁がかぶることがあっては、三権分立なりあるいは司法権の独立というが、そういうようなことに影響してくる、それでは非常に精神にも反するし、困る、こういうことなんですが、そこら辺のところがわかったようでもあるしよくわからない。わからないこともありませんけれども、そういうふうに承ってよろしいのか、どうでしょうかね。
○田中(伊)国務大臣 国会に対して内閣が責任をとっておる。裁判所は内閣に参加をしておらぬ。そこで政府、内閣のどこかが国会に対して責任をとらねばならぬ。だれにとらすかということになると、法務を担当する内閣の一員である法務大臣が責任をとる以外にない、こういうことからこの制度ができておるもの、こう御理解を願いたい。
○稲葉(誠)委員 制度はそういうふうにできておるのはわかるんですが、そうすると現実にこの定員法というものを提案するに至るまでの形式的な経路はどういうふうになって提案されるようになったのか。これは最高裁判所とそれから法務省と、それから内閣あるいは国会に対する提出の関係、形式的な経路はどういうふうになってきておるわけですか。それを具体的にちょっと御説明を願いたいと思うわけです。
○田中(伊)国務大臣 おことばどおり、法務省と裁判所が綿密に協議をいたしまして、その結果法案をつくり上げていく、でき上がったものを閣議にかけまして国会に提出しておる、こういうことでございます。
○稲葉(誠)委員 形式的には綿密に協議をした、それはそのとおりかとも思うのですが、大事なことはそこらの経過だと思うのです。これは最高裁で原案をつくるかあるいは法務省の司法法制調査部で原案をつくるのかは知りませんけれども、内閣へ提出されるまでの具体的な経過、たとえば緊密な連携というのだけれども、どういうふうなことになるのですか。そしてそれが自民党ならば自民党の法務部会とか、あるいは総務会というのがあるのですか、よく知りませんが、そういうところにかかるのですか。そこらへんのところの、司法法制調査部長でもいいですが、もう少し順序を追って、現実にこの法案、——一般論じゃなくていいんですが、この法案のできできた過程、これを、何月何日にどうだということまでの詳しい日時は別としても、それはいいけれども、おおよそのプロセスをひとつ御説明願いたいのです。
○味村政府委員 裁判所職員定員法の改正法案の提出のいきさつにつきましては、まず最高裁判所のほうで原案をつくられまして、それに基づきまして私どものほうで緊密に御協議を申し上げまして、そして最高裁判所と私どもの協議の結果を法律案といたしまして、他の法律案と同様に自民党におはかりをいたしました上で閣議を経て提案をするということになっております。
○稲葉(誠)委員 それはいまの話は大臣の答弁とちっとも違わないのでもう少し大臣の言っておることを当局ならば詳しく説明をされて、事実を追って、それで初めて政府委員の答えになるので、大臣と同じことを答えているんじゃそれは意味がないのだし、言いづらい点があるのかもわからないが、ちょっと聞き漏らしたこともあるのですが、最高裁で原案をつくるのでしょう。緊密な連絡というのは、要するにそれが自民党なら自民党の部会なら部会だとか、あるいは内閣だとか、そういうふうなところに通りやすいように、ざっくばらんに言えばチェックするということでしょう。チェックということばはあとで問題を起こすから言わないかもわからぬけれども、現実にそういうことなんでしょう。そこら辺のところを答えていただきたいわけです。
○田中(伊)国務大臣 まずいま部長から申しましたように、原案を裁判所でおつくりをいただきまして、それを法務省の司法法制調査部へちょうだいをいたしまして、ここで先ほど申し上げましたように緊密な連絡、協議をいたしまして、これをつくり上げます。そこで大体の草案ができますと、まず第一番に、ありのままに申しますとこの場合は自由民主党の法務部、裁判所の仕事と法務省の仕事を担当しておる法務部の部会にこれを持ち込んで、公開の席で審議をいたします。それで大体よろしいということになりますと、今度は同じく自由民主党の政策審議会にこれを持ち込む。——政策審議会というものが別に政務調査会の中にございますが、政務調査会役員会を少し拡充したようなものでございます。そこに持ち込みまして、ここでよろしいということになりますと、自由民主党の総務会にこれを持って出ます。総務会で了承を得ますと、そこで初めて法務大臣の手でこれを閣議に提出する。閣議の了承を得ましたものを政府、内閣の責任で国会に提出をして、当委員会の御審議をいただく、こういう順序でございます。
○稲葉(誠)委員 それから閣議で最高裁判所関係のいわゆる司法行政、司法行政ということがただ通俗的に司法行政、司法行政といわれておるのですけれども、やはり具体的にそれが何かという内容を、やはり限界をしっかりしなくてはいけないと、こう思うのですが、法務行政の場合はわりあいにわかりいいのですけれども、司法行政の場合はその点をぴしっとしていかなければいかぬと、こう思うのですが、これは最高裁のほうに聞くのか法務大臣に聞くのか、どっちに聞いたらいいのか、あとからお答え願いたい、こう思うのですが、そうすると、閣議の中でいわゆる司法行政というか何というか、そういうふうな面のことを主張したりなんかするということは法務大臣がされるわけですか。 その前に司法行政ということの定義かなんか、そういうふうなものを厳格にしていかないというと、議論が進展しないかもわからないと思いますから、まず司法行政というのは一体何なのかということを、これはどっちが答えてもいいですけれどもお答え願っておいて、そうしてそれからそれを閣議なり何なり内閣の中で代弁というか発言するというか、そういうものを一体法務大臣がやられる立場にあるのかどうか、そこら辺のところをお聞きしたいわけです。
○田宮最高裁判所長官代理者 司法行政の定義につきましては、いろいろな考えがあると思いますけれども、一般的にいわれておりますのは、裁判所の本来の使命である司法裁判権を行使するために必要なところの人的な機構とか物的な施設、これを維持し、整備し、裁判事務処理の合理的、効率的な運用をはかるといったような、いわゆるわれわれどもではハウスキーピング的なもしくはサービス的なそうした事務を主たる内容とするものであるというふうに一応考えておるわけでございます。ただこれにつきましては、やはり事柄の性質上、司法裁判権の行使と密接な関係がございますので、その司法行政のやり方等については裁判に影響を及ぼさないようにということ、このことは裁判所法の八十一条にも規定があるとおりでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると司法行政ということについて、人によって範囲が広い、狭い、相当違うわけです。それから司法行政上のいろいろな問題をかりに閣議なりあるいは内閣に対して要求するときには、それはだれを代表としてやることになるわけなんですか。私も司法行政上の問題というのが閣議に出てきたりなんかすることがあるのかないのかよくわかりませんが……。
○田宮最高裁判所長官代理者 司法行政の関係におきましては、裁判所内部のことでございますので、一応内閣とは関係がないことになっております。ただ、予算の関係では、財政法によりまして内閣に直接予算の要求書を出すという関係がございますので、これが内閣で審議されるというような場合には、事柄の性質上、法務大臣のほうにお願いして説明していただくということになっておろうかと思いますけれども、そちらのほうはちょっとよくわかりません。
○稲葉(誠)委員 いまの関係で、もし法務大臣のほうから何かあれがあればお答え願っておきたいと思うのです。
○田中(伊)国務大臣 いまのお話の中で、比較的はっきり出てまいりますのは予算の関係でございます。これも、具体的に申し上げますと、裁判所の予算について言いますと、裁判所と大蔵省との間にいろいろな折衝段階を経て当該年度の予算の数字が決定をするわけであります。その予算の数字を確定的に取りきめますまでの段階は、私はタッチしない。これは最高裁判所の事務当局が直接に大蔵省と交渉をせられて金額が確定をする、確定ということばはおかしいのですが、予算案の金額はきまる、こういうことでございます。 そういうことでございますから、予算について閣議で法務大臣が裁判所にかわって発言をしたという例は、私の記憶ではまずございません。私はこれで三度目のおつとめをしておるわけでございますが、一度もございません。実際問題としては、そんな余地のないように裁判所と大蔵省との間で予算案としての金額はきまってしまう。ただ、きまったものに形式的に内閣の一員としてサインをするというだけの関係でございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、予算が通らなかった場合のいわゆる政治責任、これはそうすると国会に対しては最高裁判所が負うのですか。あるいは法務大臣が負うのか、連帯で内閣が負うのか、これはどうなんですか。
○田中(伊)国務大臣 内閣が負うことになります。
○稲葉(誠)委員 結局、いまの話を聞いていますと、最高裁というか、裁判所全体にとって一番大事なこういう法律ですよね。それから、報酬なり給与の問題もあるのですが、そういうふうな法案も最高裁にとって大事ですね。それが、法務省の窓口を通すというだけではなくて、その中で法務省なりあるいはいまの政権をとっている与党の自由民主党のコントロールを受けるわけですね。そこら辺のところが、三権分立、司法権の独立は各国によってみんな違うし、そう純粋な形でそういうふうなものが抽象的にあり得るわけではないとしても、あとからまた質問するつもりですけれども、結局において最高裁が法務省あるいはそれを通じての与党というものに対して、俗なことばで言えば頭が上がらない。司法権の独立に反して、ことばは悪いのですけれども、頭が上がらない。とにかく、いずれにしてもそういう形でチェックあるいはコントロールを受ける、こういうふうなことがそこに現実に起きてくるんじゃないですか。これは政党政治だから、裁判所であってもそんなことはやむを得ないのだと言われればそれまでかもしれませんけれども、そこら辺のところはどうなんですかね。
○田中(伊)国務大臣 おことばのとおり、裁判所に関する関係をとらえてみますと、幾らかそういうふうに矛盾をしたところが出てくるのです。出てくるのですが、本来、先生御承知のとおりに、議院内閣制をとっておるというたてまえから申しますと、法案その他一切の行政につきまして、国会に対して責任を負うものは内閣でございます。特に、衆議院に対して全面的、絶対的な責任を負うのは政府、内閣であります。 そういうたてまえからいたしますと、最高裁判所関係の法案あるいは予算についてだけ、これを裁判所が直接国会に提出をして責任を負うということは、原則にもとることになる。そこで、すべて政府が責任を負うというたてまえから申しますと、最高裁判所の関係についても、これを内閣のほうを通しまして国会に提出してその責任は内閣が負う、こういうことにする以外に道はないので、そういう制度になっておるものと私は理解をしております。 そこで、そういうことになるならば、ただいま先生仰せのとおりに、裁判所は内閣に対しても、ことにその内閣は政党内閣でありますから、政党が背景となって内閣が組織されておりますから、政党がこれにタッチをして、政党の各正式機関を通じて手続を進めていくということも当然のことでございますが、その当然の結果は、政党に対しても頭が上がらぬではないか、また内閣の一部である法務省に対しても裁判所は頭が上がらぬではないかというような懸念が幾らかあるような外形を備えておりますことは、これは私はお説はよくわかるのでございます。わかるのでございますが、この問題は、裁判所の独立とは一体何を言うのか。裁判所の建物でやっておること全部を独立と言っておるのじゃございません。具体的な裁判、固有の裁判事項につきまして、立法府、行政府がこれを論難することは許されないという意味で、司法権の独立ということがあるのでございます。司法行政ということにつきましても、固有の裁判と非常に密接な関係がございますので、裁判所の御意向というものを政府は心より尊重する傾向は持っておるのでありますけれども、決してそれ自体が独立をしておるという筋のものではない。 こういうふうに考えてみますと、裁判事項以外の広い意味の司法行政というものにつきまして、裁判所がそういう関係を持っております政府と相談をしたり、政府の背景をなしておる自由民主党の公式機関と相談を重ねていくということは、必ずしも頭を押えられるようなことになると考えなくともいいのではなかろうか、こういうように私は解釈をしておるのでございます。
○稲葉(誠)委員 形式的な話はそれとして、では内容的にいって、この法案が最初最高裁から法務省に持ってこられたときの内容、それがどのような変化を遂げて今日の法律案となってきたかということ、それをひとつお示しを願いたいわけです。
○田中(伊)国務大臣 私からざっくばらんに申し上げますが、具体的な本件法案というものについて御説明を申し上げますと、裁判所で立案をいただきまして、裁判所から持ってこられました原案のとおりがこの法案の内容となっております。これはいつでもそうでございますが、裁判所から持ってこられたものが、この点は立法技術的にいかがなものであろうかというような点を除きましては、いつでも裁判所の持ってこられた原案がそのまま生きておる。ほとんど手を加えていないというように御理解をいただきまして間違いございません。
○稲葉(誠)委員 手を加えていないということはあれでしょう。最高裁のほうの予算の要求の額がきまったので、それに基づいてこの法律案をつくってきておる。こういう経過によるわけですか——そうですね、きっと。そうすると、概算要求の場合はどういうふうな形で出てきたのですか。その点については法務省はノータッチですか。
○田中(伊)国務大臣 予算概算要求に関する限りにおきましてはノータッチでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、最高裁としては概算要求の場合はどういう形で出してきて、それがどういう形でこういうふうに変化してきたわけですか。
○田宮最高裁判所長官代理者 ただいま大臣から御説明ありましたように、概算要求は各省と同じように八月の末に概算要求を出します。それで、予算の中には当然法律を伴う経費がございますので、要求を一応出しますと同時に、それに関連する法案としてこういうものが一応予定されるということを法務省のほうに御連絡申し上げまして、予算折衝に関しては裁判所全く独自で予算折衝をいたしまして、大蔵省と話がついたということでしょうか、そういうようなことで大体額等を決定いたしますと、それに関連する法案として裁判所のほうで一応その案をつくりまして、法務省のほうにそれを示して、法務省のほうでそれを法案化していただく。こういう手続になっておりまして、裁判所のほうでいろいろ、法案の素案ですけれどもそれをつくる段階でも裁判所みずから——はたしてやれるかどうかわかりませんけれども、法制局等とも一応話なんかをして、そして法務省のほうにその案をお願いするという形にしております。
○稲葉(誠)委員 だからこの概算要求はどうなっているのですか。あとでいいですけれども……。 そこで、もう一つお聞きをいたしたいのは、最高裁判所の判事それから長官、長官も判事ですけれども、長官と一般の判事と分けてもいいですが、それが任命されるまでのプロセス、その中で法務省あるいは法務大臣が一体どういう役割りを果たしているのかということですね。プロセスはどういう形になってきているのか。
○田中(伊)国務大臣 これは御承知のごとくに内閣が任命をする人事でございます。そこでお尋ねの内閣が任命をいたしますまでのプロセスはどういうことになっているのかと申しますと、慣例、任命に至るまでの経路を慣例というふうなことばでお聞き取りをいただきたいのですが、慣例として大体裁判所側から三分の一、弁護士側から三分の一、学識経験者から三分の一という、これは大体の見当でございますが、割り当てというわけでございませんけれども、そういう方向から内閣が採用するということが慣例になっている。そこで甲なら甲という人が辞任をする。任期が満了するということが起こります。甲の任期満了あるいは辞任をなさる。その甲なら甲の属する方面から一応内閣に対して推薦を受ける。御推薦をしなければならぬ規定があるわけでも何でもないのですが、慣例として推薦がある、メモで。あるいは口頭でくる場合もございます。それが数名にのぼる候補者があるとメモが出てくる。それで御推薦がある。その推薦の中から適任者があれば、できるだけ推薦の中から適任者を採用したいという考え方で内閣は任命の手続操作を行なうわけです。しかし適任者がない場合においては必ずしも推薦に拘束されることはない。本来、任命権は内閣にあるわけでございますから、推薦された具体的な名前以外の人を任命することもある。なるべく推薦された人の中から適任者を選ぶ努力をする、適任者がない場合においてはそれ以外の方面からもとっていい、こういう経過を経て任命になっておるということがありのままの真相でございます。
○稲葉(誠)委員 それはそのとおりなんで、そのとおりといってはことばがあれかもわかりませんが、私の聞いているのはそれと同時に、その中で法務大臣なり法務省というものがどういう役割りを受け持つかということですよ。おそらく内閣だってわからないわけですから、あなたに下問というのはおかしいけれども、聞くのかどうか知りませんけれども、そこら辺のところですよ。その中で法務大臣の果たす役割りのことを聞いているわけです。いま推薦があるというのは、日弁連の場合はそういう団体だから今度だって九名も推薦してきたわけでしょう。ぼくは九名も推薦するのは多過ぎると言って笑ったのですが、これは関係ありませんからやめます。そういう人事のことに介入するつもりはございませんけれども、それはそれとして、あなたがどういう役割りを果たすのか、そこだよ、問題は。
○田中(伊)国務大臣 法務大臣に対しましては任命権者である内閣の責任者である総理大臣から意見を聞かれることがある、こういう程度でございます。これは採用してくれということを私から持って出ることはない。またそれは行き過ぎでございます。そういうことをしたこともない。ただ何名かの候補者が、先ほどから申し上げますように複数で候補者が出てきた場合には、この複数の候補者中、甲なら甲というものが一番適任だと総理がお考えになった場合には、私に対して意見の聞かれ方が違う。これにきめたいと思うがどうだろうか、こういうふうに仰せになる。そういう場合にはよかろうという以外に異議の言いようがございません。ところが聞きようによりましては、甲、乙、丙三人いずれとも決しがたいが、この三人のどれがよかろうかという御諮問もある。そういう場合には、私のほうが情勢はわかっておりますからあらかじめ用意しておりまして、これは適任である、これは適任でない、こういう理由で適任でない、これはどういう理由で適任である、これにしなさいという意見を具申するということがございますが、何にも言うてこないのに積極的にこれはよろしい、これはいけませんということを言ったことはございません。またそういう行き過ぎた所見を述べたことはいままでにございません。
○稲葉(誠)委員 そこでこれが適任だという意見をあなたが述べる場合があるのですね、法務大臣が。どういう人が適任かということで——個人名じゃないですよ。あなたが意見を述べられるかということだよ。それは言うまでもなくあなたがここでこの前就任のあいさつというのか、何かプリントで刷ったもので読み上げられましたよ。三たび法務大臣になったと読み上げられた。原稿には二度と書いてあったけれども、三度法務大臣になった。法律的には三度がほんとうらしいのですね。それはいいのですが、そうすると、どういう人が適任だということは、結局あなたがここで述べられたようなあいさつ、そういうようなのに合致するような人が適任だということになるわけですか。
○田中(伊)国務大臣 これはたいへん申し上げにくいのですけれども、そういうお尋ねがあると言わぬわけにもいかぬので申し上げるのでございますが、やはり私はこういうふうに適、不適をきめておる。一般裁判官の場合、右に片寄らず、左に偏せず、中庸、中道、中立的な態度において裁判を行なうことのできる人、そういう人でなければ裁判官は適当でない。どんなに学識がありましても、どのような卓見の持ち主であっても、偏した人はいけないのだ。右でもいかぬ、左でもいかぬ、中庸でなければいかぬというのが私の信念でございます。それぞれ法務大臣によりましてその考えは違うのでしょうが、私の場合はそういう考えによって、これが適当だ、これが適当でないという理由を付して私の意見を申達しております。そういうことでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、いまの政治、ことに自由民主党のやっておられる政治、これに対して批判的な人、これは偏した人になっちゃうわけだな。結局論理の筋道からいくと、そうなりますね。そうなるんじゃないの。
○田中(伊)国務大臣 そうはなりますまい。自由民主党の主張に賛成であるか反対であるかなどというけちな考えで私たちは当、適、不適を考えようという考えはないのです。ただ、左偏向もいけないが、右偏向もいけません、天下の裁判官はやはり中道でなければいけない、こう考えるのです。そういう立場に立っておりますから——自由民主党にだってずいぶん左はおりますよ。(「そんなのいないよ」と呼ぶ者あり)いえいえ、おります。自由民主党は右ばかりに限らぬ。左はずいぶんおる。左の端から右の端まで、バラエティーに富んでいると言う人もおるくらいですから、自由民主党の考え方に反対のやつは適任でないのだということは、私は考えていない。もっと純粋に考えております。
○稲葉(誠)委員 いまぼくが自由民主党と言ったのはちょっと言い方が悪かった。現体制といったほうがいいかもしらぬ。現体制に批判的な人は、裁判官としては不適任だということになるのじゃないですか、あなたのものの考え方からいうと。だけれども、あなたは法学博士だから、そこでぼくの言うようなことを、そうですといったらたいへんなことになるから、そこで用心をしながら、にこにこ笑いながらいろいろ考えて、持って回った答えをしているわけでしょう。だけれども、それは現体制に批判的な人を、あなたが、自由民主党の法務大臣が、推薦することは普通考えられないじゃないですか。常識的にすなおに考えればそうなるんじゃないですか。答えはむずかしいわね。それはあなた、そうですなんといったらたいへんな騒ぎになる。あなたの首が飛んじゃう。あなたの首だけじゃなくて、飛んじゃう。えらい騒ぎになるから言えないけれども、そこら辺のところが本筋じゃないのですか。答えは非常にしづらい答えでしょうけれども、そうなるんじゃないでしょうかね。
○田中(伊)国務大臣 そんなにお考えにならないで、もう少し私の言うておることをすなおにお取り上げをいただきたい。右でもいかぬ、左でもいかぬ、まん中でいくのだ、これは天下国民の大部分の人がそのとおりだと言うてくれるものですよ。自由民主党は右だ、こうきめてしまわれると、自民党に反対の者は採用せぬのかということばが出てきますね。(稲葉(誠)委員「自民党ということばが悪いかもしらぬ」と呼ぶ)それは私のほうもちょっと迷惑しごくのことである。答弁できにくいということになりますが、要は、私はもっと純粋に考えまして、右に片寄り過ぎた人、左に片寄り過ぎた人はいけないのだ、適任でないのだ、こういうことは私の在職中は貫きたい、こういうふうに考えております。 最高裁判所長官の人事についてはどうかというと、これは別でございます。念のために申し上げますが、最高裁判所十五人の裁判官のうちの十四人について以上申し上げたような考えを持っておる。最高裁判所長官はまた別個の条件を必要とする、こう別なことを考えております。
○稲葉(誠)委員 最高裁の長官はまた別ですよ。これはわかっていますから……。 そこで、自民党と言ったのはちょっとぼくもことばが走ったというか、間違いでしたね。現体制、現体制というより、よりはっきり言えば資本主義経済体制、これに対して批判的な人というのはやはり片寄ったということになるわけでしょう。
○田中(伊)国務大臣 そういうことにはなるまいと思います。資本主義社会、現社会に反対の立場をとる人は(稲葉(誠)委員「反対じゃなくて批判的な人」と呼ぶ)批判的な人は行き過ぎた人だというふうには考えておりません。資本主義社会にも修正を要する個所は幾多ございます。それに対しましての所見を持っていらっしゃるから、これはけしからぬという考え方によってはおりません。
○稲葉(誠)委員 そうすると最高裁の長官の選び方、これは十四人の判事さんと違うというのですが、そのプロセスはどういうのですか。それに対して法務大臣というのは全くノータッチなのか、あるいはどの程度関与されるのか、そこら辺のところを差しつかえない範囲でというように言ってはいかぬと思うのですが、いずれにしても、差しつかえてもいいから話をしてもらいたいわけです。
○田中(伊)国務大臣 全く同様のことであろうと私は想定をしております。何らか場合によっては意見を聞かれることがあろう、こう想定をしております。
○稲葉(誠)委員 そうすると、たとえば国民審査でいろいろ罷免を可とするというかバツなどの数、これは人によって違うわけですね。違うのですけれども、あれも国民の意思のあらわれとして一つの判断の材料になることもあり得るわけですか。
○田中(伊)国務大臣 お説のとおりと思います。
○稲葉(誠)委員 いまの大臣の答弁は、ぼくはなかなか影響するところ大きいと思うのですよ。ですけれども、それについてこれ以上ここで論議することは、ぼくは国会の性質上からいっていかがか、こう思うものですから、この程度にこの問題はしておきたい、こういうふうに思います。 そこで、今度の定員法の問題にも関連をするのですが、司法試験はいまは法務省の管轄なわけですね。そして司法修習生は最高裁判所の管轄というか、そういうふうになっているわけでしょう。これはどういうわけで二つに分けたのですか。ぼくらが聞くところによりますと、どっちがこれを持つかということでいろいろ、摩擦というとことばが悪いのですけれども競合、そういうふうなことがあったように聞いているのですが、それはどうなんですか。昔はぼくらも、あのころは司法省ですか、たしか試験はやったのですけれども、何か合格証書は法制局長官のほうからもらったような感じがするのですけれども、そこら辺のところはどうなんですか。いま聞くのは、なぜ二つに分かれて法務省が司法試験のあれをやったかということです。
○味村政府委員 それでは私からお答えいたします。 司法修習生に関する修習事務、そういったものをどこでやってもらうかということにつきましては、これは憲法が制定されまして、それが公布、施行になるという際に裁判所の体制が問題になりました。そのときに法務大臣の、当時の司法大臣の諮問機関でございます司法法制審議会において議論をされたわけでございます。それで、従来どおり司法省の管轄にしておくほうがいいという議論もあったわけでございますけれども、やはり司法行政事務は最高裁判所がつかさどるということになって、検察官、弁護士といったような人々の事務につきましても最高裁判所規則で関与できるというようなこともございますし、さらに司法修習生の修習のうちでは裁判所の修習が非常に大きな比重を占めるといったようなこともございます。そういうようないきさつから最高裁判所の所管にするという答申がされたわけでございまして、現在の裁判所法が司法修習生に関する事務を最高裁判所の事務としているのも、そのような司法法制審議会の審議によったものと考えております。
○稲葉(誠)委員 そこで、司法試験は法務省の管轄だし、修習生のほうは最高裁の管轄なんですが、この前新聞に出ておった京都の全盲の方、あれは竜谷大学の方ですが、あの方が司法試験を受けたいというので一生懸命勉強されて何回か法務省に来た。なかなか司法試験を受けさせないと言っていたのが結局受けさせるようになった、新聞紙上ですがね。これはぼくの読み違いかもしれませんが、それも短答式だけで論文式のほうは何かはっきりしないようなことがちょっと出ておったらしいのですが、司法試験に受かっても、何か新聞紙上では司法修習生としては採用しないというふうなことがあたかも最高裁判所できまったかのごとく出ているわけですね。ぼくらこれは間違いだと思うし、間違いだということを祈るのですが、それはもちろん司法試験は採用試験じゃなくていまは資格試験ですね。それがすべてそのまま修習生に採用されることにはストレートにはいかないとしても、せっかく一生懸命になって弁護士になろうとして勉強していて、そうして司法試験にやっとこさ受かった、便宜をはかってもらって受かった。それはその中でもいろいろ技術的なりいろんな面で配慮しなければならぬ点はあると思う。配慮をお願いしなければならぬこともあるが、それで受かった。ところが、なるほど条文からいえば修習生のあれがありますよね、何というか、なる適任条項というかあるいは欠格条項というのはあるにしても、せっかくあそこまで勉強して、一生懸命やって、そうして将来なりたいと思っていた人を、それで受かったはいいけれども今度は門前払いという形でやったら、それは冷た過ぎますよ。これは世論が承知しないと思うのです。この点について法務大臣あるいは最高裁の両方のひとつあたたかい配慮をぼくは期待するわけですが、それに関しての両者の答えをぜひ前向きな形でいただきたい、こういうふうに思うわけです。
○田中(伊)国務大臣 私から先にお答えを申し上げます。 憲法の明文に基づけば、すべて国民は平等でなければならない。司法試験制度というものがあって健康な者は受験ができる、健康でない者は受験ができないなどということがあろうはずのものではない。極端に言うと憲法違反であります。それに合格いたしました者を司法修習生に健康な者は採用する、おめめの見えない者は採用しないのだ、どんな理由があろうとも、そういう考え方は憲法の精神を尊重した考え方ではない。したがって試験は受けさす方向、点字の準備をいたしまして、受けさす方向に向かって遺憾なきを期していきたい。同時に、これを採用することは私の所管ではございませんけれども、所管であろうがなかろうが憲法だ、こういう考え方から最善を尽くしまして、修習生として採用して修習をしていただく、こういう前向きの方向に向かって私は努力をしていきたい、法務省としてはそう考えます。
○矢口最高裁判所長官代理者 いま大臣から御答弁がございましたが、私どもも司法試験を受けて合格するということになりますれば、修習生の採用という問題が当然出てまいります。そのことについては十分検討をいたしていきたいと考えておるわけでございます。 ただ、御承知のように実務修習の問題がございます。事件記録等でやるのでございますれば、あらかじめ点字に翻訳いたしておきましてこれを修習させるということも十分可能であろうかと思いますが、なまの事件を修習するということになりますと、そういったものがはたしてすぐ点字にできるかどうか、その辺のところに問題がございます。また一度弁護士等におなりになってからたとえば失明されたというような方でございますと、これはまあ検証とかそういう問題も比較的イメージを描くということができるわけでございますが、そうでないような方にはたしてそういった面での修習が可能であろうかということも考えなければいけないわけでございます。 さらに、現在考試ということで集中的な二回試験、俗に言う二回試験を行なっております。そういったものを点字に反訳して、同じような方法で考試を受けさせることができるであろうかといったようなことも十分検討いたさなければいけないわけでございます。そういう意味で、採用の申し込み等があったような場合には、これは主として実務修習の見地から、裁判所のみならず弁護士会も、また検察庁も十分に御検討いただき、その上で慎重に決定をいたしたい、そういう問題があるんだということはあらかじめわかっておいてほしいという趣旨以外の何ものでもないわけでございます。
○稲葉(誠)委員 その問題については最高裁から技術的なお話がありまして、これは私もよくわかるわけですけれども、それは本人一人だけでなくてみんなが助け合ってやっていけばできることだと思うし、法務大臣が言われたこともありますし、ぜひ前向きなあたたかい配慮で、最高裁もそのときになればやっていただきたいということを私は希望をいたしておく次第でございます。そういうふうなあたたかい配慮というか、そういう点については最高裁としてもその時点で十分考えるということはあるわけですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 そういう問題が出てまいりましたときには、当然検討するつもりでございます。
○稲葉(誠)委員 別の問題というか、いまの問題にも関連するのですけれども、修習生がいま公務員じゃないわけでしょう。これはどういうわけで公務員でない形になってきているのですか。これは終わってから弁護士になる人も多いのだけれども、それとはまた違うのじゃないですか。ぼくが聞いた範囲では、最初、戦後パージの人なんかが相当いた。そうするとそれを修習生にするのに、公務員にしちゃうと修習生になれないじゃないか、こういうような配慮があって公務員にしなかったということもちょっと聞くのですし、また別のことも聞くのですけれども、これは公務員でないのはどういうわけですか。それでまた公務員でない者が検察庁では、実務修習か知らぬが、調べをやっていますね。ここら辺のところもおかしいのじゃないですか。この二つの点、これはまた別な機会にいずれ聞くことになると思いますが、簡単に二つの点だけお答え願いたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 御承知のように、戦前は司法官試補ということで公務員でございました。これは判事、検事というものになることが予定されておりましたので、当然のことであろうかと思います。戦後、弁護士を希望する方もこれは全部一丸となって修習生ということになりまして、弁護士さんになろうとしておられるような方が一たん公務員的な身分を取得しないと弁護士になれないという法制にすることは在野精神と申しますか、そういった観点からもいかがであろうかという考慮がございます。それに加えていまおっしゃいましたような現実に検事等になったような方もあったわけでございますが、これはむしろ付随的なものでございまして、根本は法曹の養成というようなものを公務員としてからでないと養成できないというような形をとることはやはり大きな新しい司法というものの理想からいっていかがであろうかということが主たる理由であろうと思います。
○稲葉(誠)委員 検事の修習の点はいまでなくていいです、また別の機会に問題になってきますから。 そこで、もう少しの時間をいただきましてちょっとお聞きしたいのは、いわゆる憲法で裁判官が十年間の再任問題が規定されておるわけですね。昔は、——昔のことを言ってはあれですが、裁判官は終身官だといわれておったわけですね、検事は違っていたけれども。終身官だといわれておったものがどうして十年間で再任というような問題が起きるようになってきたんですか。これはどちらかでもいいですが、最高裁ですかな。
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判官の身分保障というようなものが絶対にその職務上必要であるということは、これは当然のことであろうかと考えます。問題はやはり戦前の裁判官に比しまして、戦後の新しい憲法における裁判官の職責というものは非常に加重されたということが一つございます。その最大のポイントが違憲立法審査権でございます。違憲立法審査権というようなものは、これは戦前とは比べものにならない大きな力でございまして、国会の御制定になりました法律そのものを場合によっては違憲であるというふうに判断する権限でございます。三権分立という考え方はこれもいろいろの方式があろうかとは思いますが、大体三権がお互いにチェックし、バランスをとっていくというところにその分けておる意味があるわけでございます。国会が御制定になりましたような立法を違憲であると判断できるような裁判官、そういう裁判官の権限が一方で加重された場合に、これをそのバランスをとる意味において任期制というものを設けていかなければいけないのではないかということが一つと、それからそれと同時に、もう一つ問題は、やはり法曹一元化というような考え方でございます。できるだけその時点、その時点においてりっぱな法曹人を裁判官にとっていきたいという思想がございます。終身官にして一度任命されると定年になるまで何十年もの間交代がないというようなことになったのでは、そういった理想というものが実現しにくいということもあったろうと思います。 以上、大体二つの点から身分保障というものは必要である。しかしその身分保障ということは終身ということではなくて一定の任期を限るべきであるということに相なったものと承知しております。
○稲葉(誠)委員 いまの違憲立法の審査と法曹一元化、これは結局アメリカの法体系といいますかキャリアシステム、こういうふうなシステムからおもにきて、そしてこういうふうな再任制度というものができてきた、こういうふうに考えてよろしゅうございますか。
○矢口最高裁判所長官代理者 アメリカにもいろいろのシステムがございますが、アメリカのある州と申しますか、相当範囲の州の立法とは似通っているということでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、その十年間の再任の問題の憲法の規定のしかた、これは再任することができるという規定でしょう、いまの規定は。その前の案は、再任を妨げないという規定でしょう。それはどう違うのですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 案の字句そのものについての多少の変更はあったようでございますが、中身については変わりないものと考えております。
○稲葉(誠)委員 そうすると最初の原案というか素案というのか、英文憲法ではどういうふうに書いてあるわけですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 いろいろの過程においては案があったわけでございまして、いま御指摘のものがどういう点を、どの案について御指摘なのか、ちょっと正確に把握できませんが……。(稲葉(誠)委員「マッカーサー草案」と呼ぶ)マッカーサー草案といたしましては、いわゆる七十二条という形におきまして、「下級裁判所ノ判事ハ各欠員ニ付最高法院ノ指名スル少クトモ二人以上ノ候補者ノ氏名ヲ包含スル表ノ中ヨリ内閣之ヲ任命スヘシ 右判事ハ凡ヘテ十年ノ任期ヲ有スヘク再任ノ特権ヲ有シ定期ニ適当ノ報酬ヲ受クヘシ」云々というふうになっております。
○稲葉(誠)委員 そこで、元来この文章としては再任することができるということになっておりあるいはその前は妨げない。妨げないという文章とできるという文章とニュアンスの違いが多少あるようにも思うのですが、その元来のやつはいま言った再任、特権でしょう。そういう特権あるいは権利、そういう形で出てきているわけですよね、日本の憲法の流れというのは。そうなってくると、十年目に再任されるかされないかということ、このことについて最高裁判所が再任をしない、全く新たな任命だということだとしても、それはもう完全な自由裁量のものとして受け取っていいかどうか。これはちょっと問題があるんじゃないですか。それを私は聞きたいわけです。ここのところはどうなんですか。完全な自由裁量ではないでしょう。
○矢口最高裁判所長官代理者 いま読み上げました特権ということばが出てまいりましたけれども、そのことばが、いわゆる日本で書くと特権、特別の権利と書きますが、いわゆるプリビレジでございますが、プリビレジの法的な意味は、最初に問題になるわけでございますが、結論だけ申し上げますと、それはいわゆる若人の特権であるとかというふうに使われるような意味合いで、法律上の権利を意味するものではないというのが正確な解釈であろうかというふうに私どもは考えております。そういうことでまいりますと、むしろ再任を妨げないというふうになっております言い方と変わらないわけでございまして、一度任命された者は、再任を妨げるというような規定もあるものもございます。特定の政府の官職の中には、通算何年間はいいけれどもそれ以上はいけない。人事官などそういうふうな規定のしかたであったのではなかろうかというふうに考えておりますが、そういうものではないというだけのことに考えていくのが正しいのではなかろうか。したがいまして、自由裁量という言い方が、いわゆる法規裁量、自由裁量という意味と並べた意味において正しい使い方であるかどうかということは別といたしまして、新任の場合と同様に自由にきめ得るものである、こう考えていいのではなかろうかと考えております。
○稲葉(誠)委員 これはこの前の国会あたりで、私はいなかったんですが、ずいぶん議論されたことだとこう思うのです。その議事録を私まだ読んでないものですから、またあらためてやりたいと思うのですけれども、裁判官がもし十年たって任期が終わった。新しく新採用だというのなら、それなら憲法で裁判官の任期は十年とすると書いておけばいいんじゃないですか。ほかのことは書かなくたっていいんじゃないですか。そこはどうなんですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 憲法の八十条で、御承知のように第一項は、「その裁判官は、任期を十年とし、」とございます。それはそういう意味でございますが、ただ先ほども申し上げましたように、この十年というのはもう十年やったらあまり長くやらせないほうがいいんだという趣旨のものではないということを明確にするために「再任されることができる。」というような、むしろ再任を妨げるものではないという側から明確に規定しておるというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 そうすると、例は悪いかもわからぬけれども、たとえば見習い社員が見習い期間が済んだ、普通の人はみんな本採用になるけれども、ある特定の人が本採用にならなかった、こういう場合には、おまえは本採用にしなかったという理由の主張責任なり立証責任というのは一体どっちにあるのですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 試験任用期間というのは、いわゆる試験任用期間を設けたその目的に照らして、場合によっては本任用と申しますか、正規の任用にならないことがあり得るということでございます。したがいまして、試験任用の問題とこの任期の問題というものは性格が全く違うものでございまして、任期の点は、いわゆる任期内は本採用であるわけでございます。本採用は、ただあらかじめきめられた、憲法によってきめられた期間を経て終わったというだけのことでございます。
○稲葉(誠)委員 本採用と見習い社員の場合ともちろん違いますよ。しかし、見習い社員から本採用になるのに、たとえば通常の場合ではあらゆる者がみんな本採用になる。いいですか。本採用にならない者はきわめて例外だというときにですよ、例外である場合、本採用しませんというときに、では、なぜ本採用にしないのかということの主張は、その首切るほう、首切るほうと言っては悪いけれども、採用する側というか、それにあるわけでしょう。それはあたりまえでしょう。それから、臨時が本採用になる場合もありますね。それが臨時がたまたま本採用になるというのじゃなくて、通常の場合ではあらゆる場合にみんな本採用になる、こういうふうな場合に、たまたま例外となれば、これは主張責任だって挙証責任だって、その例外をやるほうにかかってくるのは当然過ぎるくらい当然なんじゃないですか。だから、普通の裁判官の場合だって、たとえば通常の場合なら、原則としてほとんどあらゆる者が、それがそのまま再任されるというときに、たまたま例外として再任されないというならば、あなたは例外としてこういう理由で再任されないのだということを、再任しないほうで主張して、そして立証しなければならないという責任があるということはこれはもうあたりまえじゃないですか。これは法務大臣に聞くのもあれだけれども、最高裁としては、いまの段階ではそうだとはなかなか言い得ないでしょうね。いままでの見解とは違うかもしれぬから、言えないかもしれぬと思います。しかし、常識的に見たってそうですよ。一橋大学の杉原さんなんかそういうふうに言っているけれども、一橋大学の杉原さんだけではなく、だれが考えたってみんなそう思うんで、それだったら裁判官はみんな不安でやっていけないですよ。だから、裁判官の志望者はどんどん減っている。今度は司法修習生は三十何人しか希望しなかった。かねや太鼓でもないが、一生懸命やって六十何人になったんでしょう、これは。そこに原因がある。確かにあの事件なんかのときに、いま言ったように主張責任なり立証責任というものは最高裁側にあるのだと言ったら、あなた方は非常に困っちゃうから、それははっきり言えないとしても、一般の臨時の場合とか見習いの場合などを考えてみたって、その場合だって首を切るほうというか、そちらにあるのだから、いわんや十年の任期のある裁判官の場合に、それが例外中の例外なら、なぜ例外かということを立証するのは最高裁側にあるのはあたりまえなんだよ。それがないというのなら、ぼくはとても納得できないな。常識的だよ。労働法だって民法だってみんなそうでしょう。これは法務大臣に聞くとまたいい答えが出ると思いますが、悪いから聞かないのだけれども、きょうの答えでなくてもいいと思う。それはむずかしいと思うのです。現在十五期で問題になっている人は何人いるかということが町でいわれている。それは非常に不安になっている。ぼくは、おそらくことしはないと思っているんですよ。ことしはないと思っているのだけれども、いろいろ話題になっている人がいるけれども、ことしの再任についての見通しというか、いまの段階で言うのもあれだと思うけれども、その点についての考え方だけを言ってもらって、あとの質問者がおられますから、私はきょうは法学通論ですから、さあっとやっただけできょうはこれで終わりにしますけれども、その点は答えられるだけ答えてもらいたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 十五期の裁判官は八十一名でございます。例外も相当数ございますが、大体四月八日に任期が終了して判事の資格を取得するということで、目下、はたして裁判官として、判事として適当であるかどうかということについて事務当局で検討いたしておる段階でございます。
○稲葉(誠)委員 最後に一点。その事務当局に検討さすという調べ方、これがまた問題なんですよ。これはいろいろな問題があるのだけれども、きょうはあれしますけれども、ぼくは大きな問題があると思うんですよ。平賀事件、平賀事件というとおかしいけれども、ぼくが疑問に思うのは、このことでいつか質問しますけれども、裁判所の所長の権限の問題ですよ。これはぼくは非常に大きな問題に思っているのですが、これはあとにしますけれども、再任拒否ということで、二十五期の修習生というか、今度の採用の問題、これらのことで要らない混乱を起こさないように最高裁としても配慮を願いたいという希望をきょうはしておいて、私の質問を終わります。
○中垣委員長 正森成二君。
○正森委員 きょうは法務大臣にもお伺いしたいと思っておったのですが、お聞きのような事情で稲葉委員がなさいましたので、時間がございませんので、哲学的な問題についても伺いたいと思ったのですが、またの機会にさしていただきます。 きょうは、主として最高裁判所にお聞きをしたいというように思っております。 国民の人権を守るとりでである司法の独立と裁判の公正ということは非常に重要な問題です。田中二郎最高裁裁判官が辞任を申し出られたということでも、ここに新聞の切り抜きがありますが、司法の危機というような見出しをしているものもあります。そこで私は、裁判の公正と司法の独立を願う国民の一人としてこれから質問をいたしたい、こう思っております。 裁判所職員定員法の一部を改正する法律案が出ておりますが、これで見ましても、定員と実人員との間に、一定の差があることは人事局長もお認めになりました。それについてはこういうぐあいに補充をするのだということも先ほど来の質問の中で言われましたけれども、私が裁判所の職員録から、あなたの御説明でなしに、職員録から集計してみますと、実際の充足しない率というものは、いま御説明になったのよりもずっと大きいのではないかというように思われるわけですが、あなたの御説明は正しいですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判所の職員の欠員数等につきましては、お手元に法案関係の資料が出てございますが、それがそのとおりの数字でございます。
○正森委員 昭和四十七年九月一日付の裁判所の人員を法曹会発行の職員録から調べますと、実際には充足率はもっと少ないように思われるわけです。判事が何人、判事補が何人ということは言いませんが、実際には充足率は九二・七%ぐらいしかない、こういうようになっております。それをさらに、裁判官のおらない庁ということで見ますと、職員録からの調査によりますと、地裁の乙号支部が六十六名、簡易裁判所で百五十七名、家裁の乙号支部で六十一名、合計二百五十四の庁では裁判官がおらないということになっております。こういう状態でほんとうに国民の切実な要求を満たすことができるのかどうか。私は、この裁判所職員定員法の一部を改正する法律案に、増員ですから反対はしませんけれども、これで十分なのかどうか。それでほんとうに国民の権利を守ることができるかどうか、その点についてお答えを願いたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判官の配置につきましては、一定の調査に基づきます事件計算をいたしまして、公平に分配をいたしておるわけでございます。ところが、簡易裁判所でございますとか相当数の乙号支部ということになりますと、そういう計算から参りまして〇・二人とか、ひどいのになりますと〇・一人分ぐらいの事務量しかないというようなところがあるわけでございます。そこで、そういう庁に、あり余る裁判官がおりますれば、これを配置するということも、またそれはそれでけっこうなことではなかろうかと思いますが、それほどの余裕はございませんので、勢い総合配置をせざるを得ないということになります。総合配置をいたしますと、形式的には、ある庁には裁判官がおられないという形になるわけでございます。
○正森委員 そうすると、人事局長のいまのお答えでは、私の指摘した裁判官不在の庁があるということをお認めになった上で、あり余る裁判官がおらないのだから、やむを得ないのだというように伺ってよろしいですね。
○矢口最高裁判所長官代理者 そのとおりでございます。
○正森委員 そうすると、そういう考え方にそもそも問題がある。たとえば国有鉄道で東京都内の環状線では、日本列島改造論でも定員の二七六%だというくらいの過密だ。しかし、赤字線は一ぱいある。それなら、それを廃止すればいいという議論が通らないのは当然であります。裁判においても、東京、大阪のように、過密なところもあれば、過密でないところもある。しかし、国民はひとしく裁判を受ける権利を有するということで、裁判所としては、実際の事件数からいえば〇・二だとか〇・一だとかいう観点でなしに、国鉄さえ赤字のところを保持するというのは、内閣総理大臣が本会議で言うておる。そういう点から考えれば、裁判所はもっと大胆に裁判所の定員を増員するという態度をとるべきではありませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判いう仕事は、これはもう申し上げるまでもないかと思いますが、国家意思を形成する非常に重要な仕事でございます。私どもそういった観点から、先ほど大臣もおっしゃいましたが、厳正、公正な裁判官、しかも法律に通じ、社会常識にも通じたという裁判官が一人でも数多く司法部に迎え入れられることを念願いたしておるわけでございますが、現実問題といたしましては、なかなかそう適任の方を多数に得るということも困難な事情がございます。そのために私ども決して、先ほども申し上げましたように、事務量が少ないから裁判官を配置しなくてもいいと申し上げているわけではございません。むしろ、総合配置をいたしまして、その現地の国民の方々にはできるだけ御迷惑をかけないように、そういう意味で裁判所を廃止するというようなことを言うのではなくて、そのまま存置いたしまして、そこでも裁判ができるように一定の総合的計画を立てて実施しておるわけでございます。
○正森委員 裁判官が十分に適材が得られないという問題については、定員法とからんであとで詳しく質問します。しかし、そういう問題でなしに、たとえば設備の問題についても十分でありましょうか。 たとえば、ここに全司法の一九七三年一月二十日の機関紙があります。これを見ると、沖繩において冷房施設は検討中であると総務局は答えておられます。私は沖繩に二へん行きましたが、汗がだらだら流れるぐらい暑いところです。そういうところで裁判官は黒い法服を着なければならない。私はあえて申しませんが、ある委員会で、すててこの上から法服を着ておるということが、うそかほんとうか知らないが、問題になった裁判官がおる。これは裁判官が悪いのではない。だれでも、冷房完備のところですててこの上から黒い法服を着ようと思う者はいない。汗がだらだら流れるようなところだから、やむを得ず人間としてそういうことをするんだ。沖繩のようなところで冷房の施設を検討中というようなことで、裁判所は予算について十分の努力をしたということができますか。 もう一つ聞きましょう。それほどの資格が要るかどうかわかりませんが、ここにも書いておられる速記官がおる。同じ交渉の中で、速記官は三百名以上も欠員がある、それをどうするかということを質問されて、十分な回答をしておられない。こういう問題について、予算を十分に獲得し養成するという気持ちはありませんか。
○大内最高裁判所長官代理者 沖繩の冷房の件についてのお尋ねでございますのでお答えいたします。 正森委員の仰せのとおり、沖繩は非常に暑いところでございまして、裁判所に冷房をつけなければいけないことは当然のことでございます。幸いにいたしまして、昨年秋の国会の御審議におきまして、補正予算におきまして、沖繩那覇地方裁判所全館冷房の予算が認められ、ただいま工事実施中でありまして、三月までに完成することに相なっております。
○正森委員 そうだとすれば、一月二十日の交渉のときに交渉中というような不親切な答えをなぜするのですか。あるいは沖繩には那覇地方裁判所以外にはないのですか。ほかにもいろいろ裁判所があり、そこではまだついていないということがあるのではありませんか。
○大内最高裁判所長官代理者 ただいま那覇地方裁判所についてお答え申し上げたわけでございますが、家庭裁判所も全館冷房に相なっております。なお支部が数カ所ございますが、支部につきましても法廷の冷房が予算上認められておりますので、すでに昭和四十七年度においてその工事を実施したところでございます。
○正森委員 一定の努力がなされているようですけれども、私どもは、速記官の定員についてはお答えがありませんでしたし、その他の点についても努力が不十分だと思います。また、できている点については全司法という、実際上いろいろ問題がある働く労働者に対して、ここで答えられるぐらいのことはもう少し親切に答えてあげることが必要だということを指摘します。 時間がありませんから次に移ります。 本年度の予算は八百四十六億円ぐらいです。それで裁判所は十分だったのですか。それとも当初予算から若干削られたのですか。もし削られたとすれば当初予算額を承りたい。
○大内最高裁判所長官代理者 昭和四十八年度の裁判所の概算要求、これは昨年の八月末に内閣に提出したものでございますが、総額八百七十五億六千百五十二万八千円でございまして、ただいま国会で御審議を仰いでおります四十八年度の予算、これは八百四十六億三千三百八十九万一千円でございます。私どもといたしまして、昨年八月末に予算を提出以来、秋以降鋭意折衝に努力いたしまして、最終的に、ただいま申し上げました、御審議をいただいております予算で落着いたした次第でございます。私どもといたしましては裁判所の予算につきまして、裁判の運営あるいは司法行政の運営全体にわたりまして必要不可欠な予算を確保すべきことは当然の責務でございます。折衝の過程を通じまして十分それらの点を勘案いたしまして、八百四十六億三千三百八十九万一千円という予算は裁判所の四十八年度の裁判並びに司法行政その他全体の運営に十分な経費であると考えております。
○正森委員 「裁判所時報」という雑誌があります。この雑誌は大体最高裁当局にとってどういう意味を持つ雑誌ですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判所の通達でございますとか最高裁の判例あるいは下級裁の判例でございますとか、あるいは裁判所内部の人事異動でございますとか、そういったものを職員に周知徹底させるという性格のものでございます。
○正森委員 そうすると少なくとも公的な雑誌ですね。そしてそこにときどき年頭の辞というものを最高裁判所長官がお載せになることがある。これはどういう性格のものですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 最高裁判所長官はいわば司法府のシンボルでございます。最高裁判所長官が新年にあたりまして年頭の所感を発表され、全職員にごあいさつになるという慣例のものでございます。
○正森委員 したがって、それはかりに最高裁判所の会議を経たものではないにしても、最高裁長官の真情を吐露したものであると受け取ってよろしいですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 そのように御承知いただいてけっこうでございます。
○正森委員 それでは伺いますが、昭和三十五年に最高裁長官田中耕太郎氏が年頭の辞を書いておられます。これを見ますと、身につまされることが書いてある。たとえば予算が必要だが、「三権の一の担い手である裁判所は、現状では、予算編成に関するかぎり政府国会と対等の地位にあるかないかなど問題ではなく、各省よりもはるかに不利な立場におかれているのである。裁判所予算が難行すると、閣議において代弁者をもたない裁判所として、表て向になし得ることは最高裁判所長官が内閣総理大臣に要望し、また適当な機会があれば大蔵大臣に意向を伝える位なことである」。そして実際は裁判所の経理当局と大蔵省の予算当局が折衝するんだ。「一人最高裁判所長官だけ何故に苦労させられるのであろうか。」「本年度の裁判所予算の総額は、国の総予算額の〇・八七六%にすぎなかった。」よっぽど執念があったと見えてこれだけこまかく書いてある。「それをせめて一%まで引き上げることは、「法の支配」の重要性、司法の憲法上の地位から当然の要求といえないであろうか。」「私は既往十年間の自身の経験からして、将来の長官が予算問題で毎年悩まされないですむように、何等かの制度上の改革がなされることを切望せざるを得ない。」こう書いておられる。私は田中長官の年頭の辞というものはあまり感心しないものがある。あとで時間があれば言います。しかしこれは身につまされました。こういうように最高裁長官に真情を吐露させておくということで事務総局はいいのか。八百四十六億円の予算といえば〇・六%だ。〇・八七六%のときにせめて一%ほしい、こう言ってあのクリスチャンの田中さんがわざわざ公的な「裁判所時報」に書いておられる。そういうようなことを考えると、あなた方としては予算の点についてそのときよりも比率が低下しておるのだから、ずいぶん不十分な点があるのではありませんか。
○大内最高裁判所長官代理者 ただいま仰せのとおり、裁判所の四十八年度の予算総額は国の総予算の約〇・六%に当たるわけでございますが、私どもといたしましてはただいま申し上げましたように裁判所の仕事の実際の運営に必要な経費を十分考えまして、先ほどお答え申し上げましたようにこれで十分であるというふうに考えて落着いたした次第です。
○正森委員 われわれはまだ不足だけれども、これでがまんしているという場合は進歩がある。しかしこれで十分だと満足してしまっては進歩はないのです。人間の勉強でも同じです。おれはこれで偉いと思えばもう進歩はないんで、まだまだおれはだめだと思えばこそ上を見て勉強して向上できるのです。進歩ができるのです。いまのお話を聞けばこれで十分だともう大喜びしているように聞こえる。しかしそれでは多くの裁判官あるいは職員、不十分な庁舎で裁判をしている人々、決して喜ばないでしょう。現に全司法の職員だって喜んでいないじゃないですか。 そこで伺いますが、裁判所法八十三条及び財政法十八条と十九条によれば、この年頭の辞で田中さんも主張しておられます。裁判所は予算編成上独自の権限を持っておる。司法の独立を保つためにこれだけの予算が要るというのであれば出しなさい。これが削られるというような場合には、当初の最高裁の出した予算とそしてそれに見合うだけの歳入も一緒につけて両方出さなければならないという制度になっておる。これは予算面から司法の独立を守るために特に設けられた制度です。それをあなた方は終戦以来一度でも利用したことがありますか。お答え願いたい。
○大内最高裁判所長官代理者 二重予算の制度は非常に大事な制度である。われわれは常に頭にとどめまして予算の折衝につきましては最後までそれを念頭に置きつつ折衝いたしておるわけでございます。 終戦後それを実際に使ったことがあるかどうかというお尋ねでございますが、昭和二十五年度の補正予算、二十七年度の予算並びに昭和三十五年度の補正予算におきまして、その折衝の過程において政府と最終的な意見の妥結を見なかった事態が三度ございます。それらにつきましてそれぞれ財政法の規定による所定の手続をとったというような事態は実際ございました。ございましたが、さらに最終の折衝の結果また妥結いたしまして、現実に国会で御審議を仰いだ例はございません。しかし、ただいま申し上げましたような事例もございますし、私どもといたしましては常にそのことを念頭に置きまして折衝いたしておる次第でございます。
○正森委員 いまのお答えで三度ほどそれは考えたことがあるというが、実際上実施したことがない。それで十分に行なわれているならいいです。御承知のようにこういう司法行政あるいは裁判内容が私どもは非常に不十分だと思う。三カ月に一回くらいしか裁判に入らないところが幾らでも東京、大阪ではある。そういうようなことを考えると、あなた方はせっかく法律の規定があるのだから、権利の上に眠らず遠慮なく二重の予算を出しなさい。そうすれば、自由民主党はそうおっしゃらないかもしれませんが、われわれ野党は少なくともあなた方の意見のうち聞くべきものがあれば聞くように自由民主党を説得するようにしたいと思います。ですから、権利の上に眠らないというのはイエーリングかだれか言われたので、釈迦に説法であなた方が十分知っておられることです。それを私としては希望して、この問題をおきたいと思います。それは裁判を充実したいということから言っているので、決してあなた方をとがめる意味で言っているのじゃない。時間の関係で次の問題に移ります。 私は今度の質問で最高裁判所の長官の出席を要求いたしました。それについて昨日出席できないという意味のお返事がありました。最高裁判所の長官が憲法上出席できないという規定がありますか。
○田宮最高裁判所長官代理者 憲法上規定はございません。
○正森委員 それは当然のことであります。ここでの速記でも必ず最高裁判所長官代理者ということで矢口何がし、こう書いてある。それは最高裁判所長官が本来出席すべきなんだけれども、たまたま代理者が出ておるということなんで、最高裁判所長官が出席してはならないなら代理者というようなことをいわないで、矢口人事局長というりっぱな職名があるのだからそういうことになっておるはずです。しかるになぜ最高裁判所長官は出席しないのか。特に田中最高裁判所長官はこういうように閣議において代弁者を持たないということを言って情けないことをいうておる。そんなことをいうなら、二重予算を出し、堂々と国会の予算の分科会に出てくる、あるいは法務委員会の冒頭に出てくるという態度を当然とり、それを慣例とすべきではありませんか。それについての最高裁の見解を伺いたい。
○田宮最高裁判所長官代理者 国会法上は出席を求めるということになっております。長官が求められるかどうかということなんですが、やはり最高裁長官は裁判官会議の構成員であるという立場から、長官が出席要求をされるということは、やはり制度的にどうかというふうに考えております。
○正森委員 いまの発言は非常に重大ですよ。あなたは田宮総務局長だろう。最高裁判所に司法行政が与えられたのは、戦前の裁判官の苦闘によって、司法省が裁判行政を握っておったのでは裁判の独立が保たれない、だから最高裁判所の会議に司法行政を与えるということになっておるのですね。ところが今度はそれを逆手にとって、最高裁判所長官には裁判があるから出てこられないのだ。一方では閣議に代弁者を持たないということをいっておるということになれば、論理的に行きつくところは、何か司法行政を最高裁から取り上げるということ以外にありませんよ。そんなことになっては一大事でしょう。最高裁判所の会議はあくまで司法行政の責任者だ。それでこそ自立権というのはあるのです。そうだとすれば、あなたの最高裁判所長官は、裁判があるから出てこれない、裁判の長としての最高裁判所長官と司法行政の長としての最高裁判所長官は同一人物であるけれども、法律上は別です。それを理解しないような発言というのは実に問題だ。私は司法の独立を心から願うものとして、少なくとも求められるということは、求めて出てくれるということなんだから、少なくとも私どもは、裁判に支障を与えるように、つまらない問題で毎度毎度呼び出そうなどとは思っておりません。けれども、年に一度か二度、予算委員会の裁判の問題が問題になる分科会あるいは法務委員会の冒頭などで、出てきて所信を述べる、あるいは自分の発言が司法行政上の問題になった場合には、出てきて堂々と所信を述べるということは当然ではありませんか。
○田宮最高裁判所長官代理者 御趣旨は長官にもよくお伝えいたします。
○正森委員 そういうお答えがございましたからこの問題は終わります。 ただ一言申し上げておきます。ちょっとかた苦しい話が続いたので言いますが、昔、近藤勇というのがおった。新撰組でなかなか強かった。しかし、あれは竹刀剣術はなかなかへたくそで、他流試合がやってくると負けるから、こそっと裏から出ていって、江戸の三大道場の斉藤弥九郎と桃井春蔵のところに行って師範代を借りてきて追っ払った。しかし、なかなか真剣が強かったから人の首を切るのはうまい。石田長官も、阪口君とかなんとか、人の首を切るときは村正のように切れ味がいいけれども、斉藤弥九郎や桃井春蔵じゃないが、いまでは矢口とか田宮とかいう師範代を借りてくるということでは国会軽視もはなはだしい。だからそういうことのないようによく言っておきなさい。近藤勇じゃなしに、竹刀も強い、剣道も強い、こういうことを猛省していただきたいということを申し上げておきます。 そこで外国の例をいろいろ申し上げようと思いましたが、外国の、英米独仏の例も調べておりますが、時間の関係で省略します。 そこで次に、あなたは予算の上で、なかなか裁判所というのはほしいんだけれども人材が得られないのだということを言われました。そこで裁判所の人員というのが少ない上にもどうしてまた欠員になっておるのか。簡易裁判所や地裁、家裁の乙号ではおらないことがずいぶんあるのはなぜかということを伺いたい。あなた方にお聞きしても紋切り型のお答えが戻ってくるだろうから、私から一つ一つ聞いていきたいと思います。 矢口人事局長は先ほどの横山さんの質問に答えて、思想、信条によって差別することは一切いたしませんとたしかお答えになりましたね。うなずいたから間違いないでしょう。ところがそれに反するようなことをいままでやってきたじゃないですか。例をあげましょう。もうこの委員会ではよく御存じのことですけれども、昭和四十五年の五月二日に石田長官は、極端な軍国主義者、無政府主義者、はっきりした共産主義者は——私ははっきりした共産主義者ですけれども、その思想は憲法上は自由だが、裁判官として活動することには限界がありはしないか、こういっております。念のために言いますが、法務委員会でわが党の松本委員に追及をされて、はっきりした共産主義者というのは松本先生の方のようなことを言うのではありません、日本共産党を言うのではない、これは極端なはっきりした共産主義者のことでございますという意味のことを言っております。 だが、これは、私は弁護士だが三百代言の言うことだ。だれが考えてもはっきりした共産主義者といえば、これは日本共産党員だということになります。これは憲法で保障された思想、信条によって差別しないということに、まっ向から違反するものではありませんか。最高裁の責任者がそういうことを言っておって、ぬけぬけと国会で思想、信条によって差別はいたしませんと言っても、国民のだれが納得しますか。その点についてお答えいただきたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 その当時長官の御発言に対しまして、当時の岸事務総長が当委員会で申し上げておりますが、それによってすでに御承知いただいておるようでございます。私さらに蛇足を加える必要はないのではなかろうかと考えております。
○正森委員 もう一ぺん聞こえなかったので言ってください。
○矢口最高裁判所長官代理者 当時長官の御発言に対しまして岸事務総長が当委員会においてお答えを申し上げております。私のお答えも同様でございます。問題は、決して長官が思想、信条によって差別をしようということを言っておられるものではございませんし、また私どものこれまでのやり方にいたしましても、今後のやり方にいたしましても、思想、信条あるいは特定の団体加入ということによって差別をするということは一切いたさないというつもりでございます。
○正森委員 あなたはそう言われますけれども、私も速記録はその部分は全部読みました。しかし政治的な色彩のある団体に加入しておることは好ましくないとかいうような形の発言というものは、自由民主党の委員その他の方の質問で随時出ております。それはよもや御否定になることはないと思います。そこで好ましくないという表現で、実際上はいけないということになるのです。法律上はいいけれども、考えの上で好ましくないということは、結局法律上も再任あるいは新任拒否の理由になるのだ、こういうようにみな受け取っていくわけなんですね。その点についていまでも好ましくない。少なくともこの議会において公党として活動している政党に所属し、そして積極的には政治活動をしていない者について好ましくないと思っているのかどうか、その点を伺いたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 裁判官の政治的運動ということにつきましては、裁判所法五十二条の規定があることは御承知のとおりでございます。これはそれに触れた場合には分限、懲戒等の問題が起こるという趣旨のものでございまして、特定の政党に加入するということ自体を五十二条は禁止しておりません。少なくともそう言うべきではなかろうかと思います。 ただ問題は、法律の規定に触れなければそれで万事がいいという問題ではございませんで、やはり現下の非常に価値観の対立いたします状態におきまして、いろいろの裁判をいたしていく上におきましては、裁判官の公正、中立ということがこれまで以上に要求され、国民から期待されておるところでございますので、裁判官のモラルの問題としては、やはりできるだけ国民からそういう厳正、中立、公正でないと見られるような状態というものをつくらないようにしていくことが、モラルの上で必要なことではないだろうかということを申し上げているにとどまるわけでございます。
○正森委員 そういうお答えは、私が読ましていただいた速記録にも随時出ております。しかしその考えが非常に危険であります。われわれが法学概論でまず教えられるところは、法律と道徳とは違うということであります。たとえば、夫が妻でない女性と関係を持つということは道徳的には正しくありません。しかしそれが両者の合意に基づいておる場合には法律上犯罪ではありません。だからといってそれはしていいということには必ずしもなりませんけれども、あなたのそういうようなモラルとして好ましくないということが、結局裁判官になろうという人々に、いや裁判官はやめようと思わせ、再任、新任拒否についてそれが一つの理由であると思わせ、事実そう思われる節もあったとわれわれは受け取っておる。そうなれば、それは一種の法律的効果を及ぼしております。したがって、裁判官というものはやはり憲法と法律に忠実に従うということであって、良心に従い独立して職権を行なうという規定がありますが、多くの学者が客観説をとっておるように、良心というのは独立してということとほぼ同意義であって、裁判官の良心で、いわゆる主観的な良心ではない、こういうようになっておりますが、そういう立場をとるべきではありませんか。 それに、最高裁事務総局が四十四年一月に発行した有名な解説がございますね。御存じだと思います。そこにはあなた方自身「単に特定の政党に加入して政党員になったり、一般国民としての立場において政府や政党の政策を批判することも、これにふくまれないものと解すべきである」というように明白に書いておられます。これは四十四年一月のことでございます。そうだとすると、それで必要にして十分であって、好ましくない、好ましくないということをどんどんと広げていくならば、それは無用の誤解を生むことになるのではありませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 私ども総務局のほうで発行しております解説にそのように書いてあることも、そのとおりでございます。私どもはそれはいまでも額面どおりそうであるということを言っておるわけでございます。 ただ、私が申し上げておりますのは、先ほども申しましたように、裁判官の心がまえ、モラルの問題として、やはりこうあるべきであるということを言っておるだけのことでございまして、そのことによってどうこうするということは一切考えていないわけでございます。
○正森委員 必ずしも納得しませんが、きょうは時間がありませんのでこの問題はこれで終わります。 裁判所に人を得にくいという問題についてさらに突っ込んで伺いたいと思います。 あなたは司法研修所の講堂で、十二月二十一日に、二十五期任官説明会で説明をしておられますね。いや間違いない、ここにあるのだから。
○矢口最高裁判所長官代理者 そのとおりでございます。
○正森委員 そこでの発言によりますと、裁判官の志望者が減っておらないのだということの理由として、十期は六十七名だ、それから二十三期が七十八名、二十四期が五十七名というように人数をあげておられますね。当二十五期は大体六十七、八名、こういうことになって、減っておらないということの証左にされておるわけです。それは間違いありませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 各期のうちで比較的少ないほうの数字をあげて御説明をしたと記憶いたしております。
○正森委員 あなたの御説明では、一番多いのは十五期の八十数名ということになっております。しかしこういう比較のしかたというのは、若干最高裁に対して失礼ですが、詐欺的な要素があるのではないか。たとえば現在司法修習生は約五百名、われわれのときには、私は十期ですが二百五十名だった。そうすると、応募率というのは五〇%に減っておる。つまり裁判官になり手がないためにと伺っておりますが、二百五十名の修習生を五百名にふやしたが、なり手の数はやはり変わらない。つまり、裁判官になろうとする魅力が二分の一に減っておるということになるのではありませんか。それが統計の示す冷厳な事実ではないか。
○矢口最高裁判所長官代理者 当該年度の終了する修習生に対する裁判官の割合ということになりますと、御指摘のようなことが言い得るのではないかと思います。それは私も、数字の問題でございまして明白なことでございまして、率直に認めるべきだと思います。ただ、やはり裁判官の希望というのは、これは十分御承知のように、当初相当数の希望がございますが、二年間の修習の期間を経ている間に、最終の段階ではかなり減少いたしてくるわけでございます。おそらく、裁判官の仕事の重要性とシビア性といったようなものを考えて、まあやめておこうかというふうになられる。一方在野法曹等の御活躍が非常に目立っておりますので、そっちのほうの魅力というものも戦前に比して問題にならないほど増してきておる。そういう相関関係の中から志望者の数がきまっていくということでございまして、そういうことで、ある程度は私は現状態としてはやむを得ないのではないかと思います。しかし、現在の数字がもう十分であるということを申すわけではございません。適任の方々にはもっともっと来ていただきたい、これは念願いたしております。
○正森委員 いま相関関係とかいろいろ説明をされましたが、結局のところは、相対的に見て裁判官の魅力が減っておるということをやはりこのパーセンテージは示しているというように私どもは思います。それで、優秀な人材が三権の一つである司法に集中するように——あまり集中して弁護士がおらなくなっても困るのですが、そういうように努力していただくということをぜひお願いしたい。そしてそれを行なう上について、私は、最高裁判所のほうに裁判官に魅力を失わせる幾つかのことがあったのではないかということを、定員法とからめて申し上げたい。 一つは、たとえばこの間、私はもう時間がないので多くは申しませんが、週刊新潮その他に坂口修習生の再採用について相当詳しい記事が出ておりました。そこで、再採用のことについては伺いませんが、罷免のときの最高裁判所長官代理者矢口さんの発言について申し上げたい。 ここに私は四十六年四月十三日の速記録を持ってきておりますが、当時私はテレビでしさいに拝見しておりましたが、あなたはこう言っておられます。いろいろ事情を述べられて、「問題になりました時間というのは十分足らずの時間」こう言って、みなの見ておる前の「いわゆる現行犯的な行為でございますので、この事実の認定ということについての意見を聞く必要はなかった」そして、「このような行為に出ました動機あるいは情状という点につきましても、これをどのような動機であり、どのような情状であるというふうなことでありましても、その行為が罷免に値すると考えられましたので、」こう言っておられるのですね。これは賢明な矢口人事局長は記憶にあるでしょう。
○矢口最高裁判所長官代理者 記憶いたしております。
○正森委員 そこで伺いたいのですが、あなたはその後訂正されたそうですが、十分間という事実についても、当時テレビに映っておって、一分十五秒であったということは、当時の岡沢委員なども指摘されておりますし、あなたも後ほど訂正されたと聞いております。そういうように、現行犯的と言っておっても時間が違っておる。そしてもう一つ指摘したいのは、現行犯というのは、刑事訴訟法二百十三条で、何人といえどもこれは逮捕令状なくして逮捕することができるという規定であります。しかし、現行犯を裁判なしに懲役何カ月といっていいとは、日本の憲法、刑事訴訟法はきめておりません。したがって、かりに現行犯であったとしても、しかもその現行犯というのは、釈迦に説法だが、当時その場にいた人にとって現行犯だ。罷免という結論を下す最高裁判所の各裁判官にとっては伝聞事実にすぎない。それを、現行犯であるから、だから事実認定についても調べる必要がない、そういうことは法律家としてきわめて乱暴な議論ではありませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 現行犯的というふうに申し上げたわけでございます。決して現行犯であるというふうに言ったわけではございません。私がその際申し上げたかったことは、教官方の面前において行なわれた行為であるということを言いたかったわけであります。
○正森委員 私は「的」という字が入っておったかどうかを聞いておりません。事実について聞く必要がないと言っておられることについて申しております。 そしてさらに、あなたは動機あるいは情状という点について、これを調べる必要がないと言っておられます。しかし、われわれは刑事裁判もやってまいりましたが、弁護士の目から見て極悪人と思われる者でも、親鸞ではありませんけれども、必ず裁判官は、どこか助けてやるところがないか、死刑にしないでもいいところがないかということで弁護人申請の証人については調べます。本人尋問をすることは当然のことです。しかるに、あなたは、あなた個人としてではなしに、最高裁判所長官代理者として、違っている事実認定十分というようなことをぬけぬけと言い、現行犯的だから事実についても調べなくてもいい、動機、情状について聞かないでもいい。そして罷免にしておる。私は当時国会におらなかったからよく知っておるけれども、最高裁というところはひどいところだ、こういうことで裁判をいつもやっておるのかということで、最高裁判所長官は、裁判の内容が公正であるだけでなしに、公正らしさを国民から疑われてはならないという意味のことを言っておられますが、この処分というのは公正らしさの一片もないではありませんか。そういうことをやるから、司法修習生の中で、こういうようなのが最高裁判所の裁判官や事務総局であるなら、裁判官というようなものはなってもしようがないな、こう修習生は言うておるのです。その点について現在どう考えているか伺いたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 阪口修習生の当時の行為というものは、やはり非常に遺憾であったと考えております。しかし、私どもが当初から問題にいたしておりましたのは、別にその前後の問題ではございませんで、終了式の当日のごく限られた時間内における行為であったわけであります。この点について阪口修習生のほうで反省の色が見えましたので、これを再採用に決定していただいたということでございます。
○正森委員 いまのお答えは、私の質問に対する答えになっておりません。あなた方が二年たって阪口修習生を採用されたというのは、その後のいろいろな事情によるものだというようなことを言われました。それは裁判の用語によれば情状でございます。加害者が弁償をしたから執行猶予にするとかいうようなことでございます。そうだとすれば、もしあのときに本人から事情を聞き、どういう動機であったか、どう思っておったかということになれば罷免をしないで済んだ可能性があります。国民ももっと信頼をしたでしょう。ある意味では、あなた方は今度の再採用によって被害弁償をしたのだ、あなた方が被告で、というように国民は受け取っております。その点について、あなたは当時のこの軽率な発言について、いまの時点になって遺憾であったと思われませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 当時研修所長から御報告を受けておりましたわけでございますが、その委員会の席上には、その御報告の文書等を持参いたしておりませんで、私どもとしては、その後参議院の法務委員会等でも率直に申し上げておりますが、記憶に基づいてごく短期間の行為であったということを申し上げる、そのつもりで申し上げたことでございまして、事実と違っておりましたような点につきましては、率直におわびしておるわけでございます。それ以上のものではございません。
○正森委員 時間が迫ってまいりますので、私がお聞きしたいことは若干はしょりますが、修習生から裁判官になり手が少ない。したがって裁判所がなかなか定員をふやせないという一つの動機に、二回試験等の考試委員会の実情がございます。修習生の資料によりますと、かつては考査委員会というのは百二十名から百三十名おったのが、昭和四十五年に及落判定権者である考試委員は四十四名に限定し、そのうちクラス担当者の教官だけだと過半数に足りないということになっておるようですが、それは事実ですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 考試委員会の委員が非常に多数でございましたので、お仕事もたいへんであるということで、一部の方を考査委員ということにいたしたのは御指摘のとおりでございます。
○正森委員 十分なお答えになっておりませんが、その及落の判定権者が四十四名になったということは事実ですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 正確な数字を現在覚えておりませんが、大体その程度の数字であったろうと記憶いたしております。
○正森委員 もう一つ聞きます。二十一期以前では修習生全員の成績が及落会議に出されていた。二十二期には落第候補者の氏名だけがやっと公表された。二十三期以降は、氏名は表記されないで考試委員会にかかるようになったというように聞いておりますが、それは事実ですか。
○矢口最高裁判所長官代理者 以前の点についてはちょっと正確な記憶がございませんが、二十三期以降の御指摘の点についてはそのとおりでございます。
○正森委員 修習生は、あなたが司法研修所でおっしゃった説明にも、なるべくいい方に来ていただきたい、それは二回試験等の成績を加味するのだということを非常に気にしております。しかも、その試験の結果というものは、二十一期以前では全員の成績が教官にわかるようになっておった。ところが二十三期以降問題になったところでは、だれがどんな成績かさえわからない。したがって、そうだとすれば、成績によって落とされたということであっても、実際は思想、信条によって、もっとはっきり言えば、青法協の会員であることによって採用されなかったのではないかという疑いが修習生の中で持たれております。そういうことでないようにするためにも、全員について、少なくとも、一番や二番はいいとして、半数以下の者については氏名を明らかにして及落委員会にかける。そして成績が悪いのだというのであれば、あなたの成績はこのくらいであるということが客観的にわかるようにすることが、修習生の誤解を解き、裁判官の志望者をふやす上において効果があるのではありませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 多数の修習生でございまして、早急にやらなければいけないことでございますので、御指摘のような方法をとったわけでございます。それ以上に他意があるわけではございません。 なお、考試の委員会における判定というのは、二回試験だけではございません。むしろウエートとしましては、二年間の実務修習ということのウエートのほうが多いくらいの問題でございます。教官方にも日ごろの修習生の修習の実績等は十分おわかりいただいておるところと思いますが、そういう点で、修習生が疑問があるようでございますれば、どしどし教官方に御相談をいただければいいのではなかろうかと思っております。
○正森委員 いまの御説明では十分納得できませんけれども、時間が、四十五分か、どんなにおそくとも五十分に終われということですのではしょります。参与判事補制度についても伺いたかったのですけれどもそれは全部省略します。 あなた方は、司法研修所の所長が座談会に出て修習生と発言し合ったり、訓辞をされたりする場合がありますが、特に田宮さんは御関係があったと思いますが、それはやはり教育の一環あるいは広い意味での行政の一環としてなさっておることですか。
○田宮最高裁判所長官代理者 私個人の経験で、所管であるかどうかはちょっと問題でございますけれども、そのとおりでございます。
○正森委員 それでは伺いますが、昭和四十五年三月三十一日裁判官志望者と裁判教官との座談会における当時の鈴木所長の発言がございます。それを私は申し上げて、こういうことでは裁判官の志望者はないということを申し上げたい。 こう言っております。「裁判官にも市民として思想良心の自由はある。しかし、公正さを疑わせるような行動はつつしむべきだ。世間を広くすることは問題はない。しかし、一定の限界がある。裁判官だって人間であり、酒を飲むことは問題ない。しかし労働者ばかりゆく酒場でコップ酒を飲むことは問題がある。諸君は地方においては名士である。裁判官としてふさわしい行動をとってほしい。諸君の給料からして一流どころで飲むことは無理だろうがね。」、こう言っておる。いいですか。現在、厚生省等の調査によれば、ホワイトカラーを入れた労働者というのは就労人口の六〇%に達しておる。その労働者ばかりが行く酒場で酒を飲むことはよろしくない。金がないからできないかもしれないが、一流のところで飲むのは無理だろうが、金があればいい、金持ちや資本家が行くところならいいと言わんばかりのことを、事もあろうに研修所の所長が言うようなことは、いいですか、ほんとうに国民が、あるいは若い人々が納得すると思いますか。
○矢口最高裁判所長官代理者 研修所長がどういう趣旨でそういう御発言をなさったか伺っておりませんのでわかりませんが、おそらく憶測いたしますところ、やはり裁判官という公職につく以上はそれだけの心がまえで、もちろん一般国民としての生活に変わりはないけれども、あらゆる点においてき然とすべきであるということをおっしゃったにすぎないと私は考えております。
○正森委員 あなたはそういう神経でおられますが、この発言は修習生の中で大問題になって、あらゆるところで印刷して配布され、なるほど、酒一つ飲むにも注意しなきゃいけないのか。別のところでは、マージャンはいいけれども研究会では気をつけろというようなことを言っておられる。時間がないから読みませんけれども。こういうことでは大多数の国民、それを構成している労働者というものは、裁判官というのはわれわれとは酒も飲めないと——何も酒を飲んで話をするというのじゃないのです。その酒場へ行くということがいけない。それでは若い裁判官は裁判所を魅力あるものと思わない。したがって人を得られない。したがって裁判官不在の簡易裁判所や地方裁判所に不都合がたくさんできる。国民は不便をこうむるということになるのは当然ではないでしょうか。あなたがもしそれをそうではないんだ、修習生にいい影響を与えておられるのだとおっしゃるなら——時間がありませんから、私はなぜ裁判官になることをやめたかという二十五期の、現在修習生が行なっておる手記の若干をあなた方にお示ししたい。こう言っておる。「僕が青法協に加入しているので、任官を希望しても、真の理由は団体加入であるとしても、成績を口実とされ、任官を拒否されるのではないかというおそれが気持のうえであって」やめた、こういう人がおる。あるいは「参与判事補制度の採用で判事補は更に忙しくなって記録の検討に追われ、事態は一層悪くなるのではないだろうか。」ということでやめた人がおる。あるいは「実務修習地でも実際若い裁判官の中には、何年か後の再任に非常な不安を持ち、場合によっては再任を拒否されることを予想されている方がおられ、そのような裁判官を見ていると、とても自信をもって裁判官の職責をはたせそうにないと思いました。」こういう人がおる。あるいは、これは実に重大な発言ですよ、よく聞いておきなさい国務大臣。修習地で、「他の部の右陪席の判事補が、酒を飲みながら、「任官希望者なんか大きらいだ。任官希望者がゼロになってしまえばいいんだ。」と現状を嘆いているのを聞いたり、若手で最もバリバリ活動している判事補に「今の時期には任官しろとは勧められない。」」こういうことを言われたと書いてある。あるいはもう少しあげますが、「阪口さんの方に対しては、ああいうことだけで首を切るということは全く大人気ない行為であり、教官への人格への疑いとすすんだのです。」、「座談会やコンパのおりで、クラス名簿をもって来て私達がそこで何を話し何を歌ったかメモをとっていることなどきりがありません。」、スパイをされておるということを言っております。こういうような実情を修習生は現に、私はなぜ裁判官になることをやめたかの中で言っておる。そういうことをあなた方はよく考えて、そして修習生大会というのは二月十六日に開いておりますが、そこでは四百三十一名の修習生のうち実に四百十七名が思想、信条、団体加入等によって任官差別をするな、本人の希望があれば不採用者に理由を具体的に開示しろ、こう言っております。ここに決議を持っておる、それについてのあなた方の御所見を伺いたい。
○矢口最高裁判所長官代理者 最初に御指摘の、なぜ修習生から裁判官を希望しなかったかという手記のようなものをお持ちのようでありますが、可能であれば私どもも拝見させていただきまして、十分参考にしていきたいと考えております。 修習生大会の決議の点でございますが、昨日研修所のほうから、こういう決議があり要望があったということを承知いたしました。それによりますと、いま御指摘のようないわゆる思想、信条、団体加入等によって区別するなということと、不採用者に理由を具体的に示せということがあるようでございます。 第一点につきましては、先ほど来申し上げておりますように、そういうことで差別をするつもりは毛頭ございませんので、御承知おきいただきたいと思います。 第二点の不採用者に理由を示せという点でございますが、これは一般の新規採用の場合に理由を示さないというのは、これは一般のことでございまして、ただいまのところ、その扱いを変えるつもりはございません。
○正森委員 もっと伺いたいのですけれども、時間の点がありますので、最後に一点だけ伺って、終わらせていただきます。 田中二郎最高裁裁判官、この方が辞表を提出されました。それについては切り抜きを持ってきておりますが、読売がスクープをした後、その他の各紙に載っております。その理由について表向きあげておりますのは、学究生活に戻りたいということと、それから清新の気を吹き込みたいということの二つのようであります。しかし、田中二郎さんは私の恩師でもございますが、五十七歳で学究生活を去って裁判所に入られました。これは学究生活よりも裁判官のほうがやりがいがある仕事だと思われたからにほかならないと思います。その方が、定年までまだ三年五カ月もあるというのに最高裁判所を去ろうとしておる。これは若い司法修習生だけではなしに、裁判官としていわば功なり名を遂げた人までが、現在の裁判所が司法の独立と裁判の公正を守る上においてたよりがいのないものであり、魅力のないものであるということを身をもって示したものではありませんか。
○矢口最高裁判所長官代理者 田中裁判官が辞表をお出しになりましたことにつきましては、新聞紙等で御承知のとおりでございます。私ども伺いますところによりますと、やはり学究人として、長年の御専門の法体系を何としてでも完成をし、その面において貢献したいということを御念願なさったようでございまして、それをやるためには、七十歳の定年まで裁判所におったのでは体力的に無理であるということをお考えになった、そのことによるものかと私どもは伺っております。 これも仄聞するところでございますが、田中裁判官は、最高裁の判事に御就任になりますときにも、決して最後までやるのではなくして、それでは数年やってまた学究生活に戻りたいということをおっしゃっておったというふうに承知いたしております。そういうお考えを御実行になったものと承知をいたしております。 もっとも、裁判所に身を置きます者といたしましては、田中裁判官のように高邁な人格と博識をお持ちの裁判官が、定年を残してお去りになるということは非常にさびしいことでございまして、何とかお引きとめを申し上げたいというふうに思う念は一ぱいでございますが、しかし田中裁判官の学究としての御盛名というものを考えますと、それもいたしかねる次第でございます。
○正森委員 それでは、最後にこれで終わります。 いまあなたのお答えを伺いましたが、それは非常に楽天的な、ことばは悪いがドンキホーテ的な評価ではないかというように思います。田中さんは新聞記者に会われてもノーコメントで通しておられます。しかし、いつの日か、おれはほんとうにこういう理由でやめたんだということを言われる日が来ないとは限りません。ことわざにも、「女はおのれをよろこぶ者のためにかたちづくる」、「士はおのれを知る者のために死す」といいます。もしほんとうに自分の真価を知り、自分の司法の独立と裁判の公正のためにがんばりたいという気持ちをわかってくれる人がおるならば、自分はそのために死のうという気を持たれるでありましょう。それを持たすことができなかったというところに現在の司法府の問題があると思います。 また、多くの若い志のある修習生は、裁判所がこの間までは九万七千円、聞くところでは近く十二万円に給料が上がるということらしいですけれども、うそかほんとうか知らないが、そういう普通の弁護士よりも有利な条件であるにもかかわらず、前途がさだかでない弁護士になろうとしております。それは国民の六割を占める労働者の行く酒場で酒を飲んではいけないというような、浮き世から離れた、国民から遊離した考えを持っている裁判所に対して、「燕雀いづくんぞ鴻鵠の志を知らんや」という気持ちで若い人々が去っていっているのではありませんか。これについて最高裁判所が三思三省されるということが必要だ。そうでなければ、国家から予算をもらって最高裁判所の庁舎がもうすぐ建とうとしておるけれども、あたかもこの国会議事堂ができたときには軍国主義がはなやかになって民主主義が滅びたように、裁判所の建物だけはりっぱだが、その中には司法の独立はなかった、公正らしさはあったが、憲法に基づくほんとうの公正はなかったということに後世の史家からいわれるかもしれません。そういうことにならないように切にあなた方のお考えの再考を求めて、きょうは時間がありませんので、浪花節ではありませんけれども、ちょうど時間が来ましたから、これでやめさせていただきます。
○中垣委員長 次回は、来たる二十七日火曜日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時五十三分散会