文教委員会 第35号
- 発言数
- 39 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1973/08/24
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 去る七月二十五日の当委員会の開会は、まことに遺憾な事態でした。ここに反省の意を込めて所懐の一端を御披露申し上げます。 文化財保護に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。吉田法晴君。
○吉田委員 文化財保護、特に古い遺跡の保存その他についてお尋ねをいたしたいと思います。 お尋ねをする個所は、福岡の最近問題になっております筑紫の門田遺跡、中原古墳群、それから小郡三沢の横隈遺跡、それから九州全体に分布をしておりますけれども装飾古墳、それと水城の問題、そして最後に文化庁の予算と発掘調査の陣営の整備についてお尋ねをいたしたいと思うのですが、文部大臣はお急ぎでしょうか、いいですか。それでは一つ一つについて、代替性のない、たいへん価値の高いものですが、どうも十分保存の体制ができずに問題にしてまいりましたから、お聞き取り願いたい。 第一は、門田遺跡、中原古墳群、こういうことにつきましては、当委員会で質問をさせていただく機会がおくれましたから、文化庁に直接申し出たところではございますが、縄文時代あるいは弥生時代にわたりまして——新幹線を建設する、その新幹線とその機関庫が、遺跡の一部にかかりますので、これは十分な調査をしないうちにこわれるのではないか。そこで五十メートルほどの一線の移転を願うならば、完全に保存ができる、こういう状態にあるということで、現在調査をしておりました福岡県の教育委員会が、現地の調査責任者の意見等もございましてお願いをしたところでありますが、まずその点がどういうことになりますか、文化庁に御答弁をひとついただきたいと思います。
○清水政府委員 ただいま御指摘になりました中原古墳群につきまして、御指摘のとおり車庫線におきまして、いま予定地域に三十基程度の古墳群があるということは確かでございます。そこで御指摘のとおり五十メートル計画をずらしますと、調査によりますと二十五基程度は保存できる、こういうことでございまして、県の段階におきましても現地でそういう折衝をいたしておりますが、文化庁といたしましても、ただいま国鉄本社と五十メートルずらすことについて申し入れをして協議中でございます。
○吉田委員 五十メートル移転をしていただくという点は、大体その方向で御努力いただいておる、そういうぐあいにいまお答えをいただいておるようでございますが、そうしますと、五十メートル移転をすることによって幾つかの古墳群は保存される。ただ心配されますのは、家屋の何戸かがかかるという問題等もございまして、その移転とともに、その周辺の保存の措置あるいは移転に伴います家屋の補償等も、あるいは費用が増加するということも考えられますが、これらの点について、これは文化庁だけというわけにいかぬかもしれませんけれども、予算的な措置が必要になるだろうと考えられますが、これらの点についてはどういうぐあいに措置されようとしておりますか、お尋ねをしたいと思います。
○清水政府委員 ただいまの点でございますが、五十メートルずらしました場合に、技術的に家屋のほうへどうしてもかからなければならぬのか、あるいは五十メートルちょん切っただけで済まないのかどうか、こういう点を私どもは御相談をしておるところでございまして、家屋のほうへいった場合の移転補償の問題とかいうことにつきましては、私どもまだ考えていない、こういう段階でございまして、できるだけ五十メートルちょん切ることによって、何とかその中で操作ができないものか、こういうことを考えておるわけでございます。
○吉田委員 五十メートル移転をすることは、私は不可能ではないと思います。ただ、調査の費用が国鉄から出ている。たしか二千万円であったと思いますが、国鉄が二千万円を出している。それから小郡の横隈遺跡の場合には西鉄不動産が五百万円を出しておる、こういう工事をするところから費用をとって調査をされるということになりますと、その金を出したところの都合によって、十分調査が進まないでも、あるいは行なわれないでも、あるいは保存されようとされまいと、国鉄は国鉄の意図が貫かれる、あるいは土地造成についていえば、西鉄不動産の主張が貫かれるという心配がございます。それだけに五十メートル移転をするだけでなくて、その地域を保存するだけの予算と、それから発掘調査の費用は、国鉄でなしに文化庁から、これは地方自治体、県市等が協力するとしても出すことが必要だと考えますが、その予算を見る決意になっておりますかどうかということをお尋ねしておきたい。 〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
○清水政府委員 ただいまの調査費の負担問題の点でございますが、御指摘の点も貴重な御意見かと思いますけれども、現在私どもといたしましては、調査の場合、財源の負担関係につきましては、原因者負担をたてまえにいたしておるわけでございます。ただし調査自体は、県教委とかその他の専門の機関なりあるいは専門的な組織に委託をしてやっていただく、こういうたてまえでございまして、国鉄当局との間でも、その趣旨にのっとりました覚書を交換してやっておる次第でございますので、このたてまえをこのケースにつきましてはずして、国で調査費についてどうこうということにはちょっとまいらない、こういうように考える次第でございます。
○吉田委員 五十メートル動かせば中原古墳群あるいはその下に広がっておる縄文時代の遺跡の大半が保存できる、この希望が出てきたわけでありますが、費用の点については、必ずしも文化庁で見ぬといいますか、施行者負担ということで国鉄から出るそれにおんぶをする、こういう御答弁でございますけれども、実は文化財についての考え方、これをお願いするときに、私は文化庁というのは文化財を保護するためにあるものだと考えましたけれども、接触をしておって、はたしてほんとうに文化財を保護するために文化庁は全努力をなされておるのか。あるいは予算が少ないから施行する民間におんぶをしながら、成果だけはできるだけ取り上げる、それではほんとうに文化財の保護というものが全うされるかどうかに疑問を持つ。この点はあとで文部大臣にもお尋ねしたいところであります。 特に西日本で新幹線やらあるいは縦貫道路の工事が進むにつれて、至るところで文化財が発見をされる。そこで、一々取り上げておったのでは、地元の希望どおりあるいは地元の文化財保護の運動をしておる人たちの意見を聞いておったのでは、幾ら金があっても足らぬ、自分の持っているところの予算からするならば、文化庁としては応接にいとまがない、こういったような御意向であったかに思うのでありますが、総体的なことはあとで申し上げるとしても、この中原遺跡あるいは縄文遺跡について調査をしました責任者からしますと、石器時代から鎌倉時代までの全期間の各種遺構がすべてそろっておる遺跡はほかには見ることができない、こう書かれております。 そこで、その価値の認識でもございますが、西日本なりあるいは九州で、日本の文化の始まりの時代のこうした遺跡を保存することにほんとうに熱意と全努力を傾けようとするならば、もっと予算を獲得して、保存のためにあるいは調査のために御努力願わなければならぬと思うのであります。五十メートル移転をするということでお考えをいただいておる点は感謝をいたしますが、あわせてこの縄文時代の遺跡の大半あるいはその後の遺跡が保存されるような努力を、予算措置とともにお願いしたいと思います。 それから次は、小郡三沢の横隈遺跡でございます。これも私どもも参りました。文化庁にもうかがいました。それから小郡市の市長をはじめ、この遺跡を保存する市民運動が起こっておりますが、県の種畜場のあとは県有地でございますから、おそらく保存されると思うのですが、この種畜場のあと、一山はすでに縦貫道路の土石用に山をとってしまっておる。残っておるところはおそらく保存されるのだと思いますが、その県有地であります種畜場あとの保存の方向、それが質問の第一点。 それから、その次は西鉄不動産が買収をして宅地としてつくろうとしております土地、横隈遺跡の中心かと思うのでありますが、それについて市は全部を買収をして、そして遺跡を含む自然公園として残したい、こういうことでまいったようであります。ところがいまの次長のお話ではございませんが、一と七との保存ははっきりしたようでございますけれども、その他の点については破壊されるのじゃないか。 それから、現地を調査した人の報告等を見ますと、完全な調査をするには少なくとも数年を要する。しかるにその調査費が五百万円西鉄不動産から出ているせいもありまして、契約のことしの三月でしたか、五月でしたか、それまでには調査を終わってしまわなければならぬ。不完全な調査のままに破壊をされる、あるいはブルドーザーが入ってしまう、こういうことを心配をし、地元の人たちは文化庁の、一、七を保存をするだけだという方向が出ても、全部について何とか保存はできないか、それこそ金を集めても、カンパをしても、民間の運動を加えても、市議会で議決をされた全部の保存のために努力をしたいという意向が示され、あるいは訴えられておるところであります。 この西鉄不動産が宅地予定をしております土地について、考古学者の意見を聞きましても、前の九大教授、いまの九大名誉教授で九州歴史資料館の館長でございます鏡山先生も「三沢遺跡の面積は短期間の調査では完了しない。私どもは今まで緊急調査に追われ、調査済みか、未了のまま旬日にして壊滅するものがほとんどで、保存出来る史跡の対策になれていない。」「研修発掘調査地区に指定するのも一案であろう。」それから全体を保存するための施策が講ぜられなければならないのではなかろうかということで、同じ文化人の中から上野文雄さんは、「弥生時代中期初頭を中心とする農耕集落跡の問題である」として、「竪穴式住居と袋状竪穴式貯蔵穴を一セットにした「家族」が十数個以上ある。」これが水田を経営した単位であり、それから防御用の溝もあり、あるいは竪穴式住居は単位集団の集会所とも見られるが、要するに大家族として狩猟をなされることもあるが、定着をして農耕を始めたこれは最初に近い集落ではなかろうか、こういって、その大家族の遺跡やらあるいは農耕を始めた、その農耕、狩猟、採木、経済活動の場としての集落あと地が見られる。 その価値については、これは私が申し上げるよりも鏡山先生なりあるいは上野先生なり等が、ごらんになっていると思いますけれども、この「ふるさとの自然と歴史」の中に書いてございます。それでそれを見ながら、あるいは現地を見ながら、実は中国の半被村を思い出しました。あれはもう四千年あるいは五千年前の遺跡だと思いますが、人間が狩猟から定着をして農耕を始める、だから野猪をつかまえてきて豚に飼いならすことを始める。あるいは野鳥をつかまえてきて鶏を飼い始める遺跡、そして大家族の遺跡が歴然と残っている。登呂の遺跡は十分に見たことはありませんけれども、私は登呂の遺跡以上に保存されているという専門家の意見も聞きました。その遺跡が完全に上屋をこしらえて保存されておるのを見ると、日本民族の最初の集落のあと地等がはたして十分発掘調査をされ、あるいは認識をされているのだろうか、あるいは科学的に認められておるのだろうか。あるいは金印が発見されましたけれども、奴の国はどこにどういうぐあいに存在しておったのか、あるいは耶馬台国がどこなのか、そこらの点についてもまだ明らかになっておらぬが、そういう中で貴重な遺跡が、発見はされるけれども、十分発掘調査も保存もされないでこわされていくというのは、たまらぬという感じがいたします。それだけに、この小郡横隈遺跡のいままでの文化庁の意見等も多少は伺っていますが、この際、はっきりお答えをいただきたいと思います。
○清水政府委員 ただいま御指摘の小郡市の横隈遺跡につきましては、吉田先生からかねがね御指摘、御鞭撻をいただいてきた点でございます。 お尋ねの種畜場の件につきましては、御指摘のとおり県有地でございまして、幸い手がつけられておりませんので、これは県自体におきましても保存をするという方向で、どういう保存のしかたをし、環境整備をするかというところを、ただいま県当局におきましても検討中でございます。それが出てまいりましたらまた協議をいたしたい、かように考えております。 それからなお西鉄不動産株式会社所有の地域、二十三ヘクタールの問題でございますが、御指摘のとおり、この地区に一番から八番までの古墳があるということでございます。これにつきましては、御指摘のとおり、南九州大学の鈴木先生が中心になられまして、当初は西鉄不動産の委託を受け、それから途中から小郡市自体の発掘調査ということになりまして、小郡市から委託を受けて進められてこられたわけでございます。私どものほうといたしましても、こちらの関係の調査官を派遣いたしまして、現地について調査をいたしております。 そこで、これまた御指摘のとおり、一番のホタテ貝式の前方後円墳と、それから七番の弥生時代の周溝住居あと貯蔵穴、これにつきましては相当価値の高いものであるという見方を、ただいまのところ、しておるわけでございます。 それから、その他、二、三、四、五、六につきましては、中にはすでに、いつのときかわかりませんが、保存状況が相当悪くなってしまっておるというところもございますし、それからまたその他の事情と申しますか、ことばは悪うございますが、価値の点等から見まして文化庁としましては、全部残るのが非常に望ましいわけでございますが、ほかの公益との調整ということも保護法自体で書かれておりまして、ただいまのところ一と七は、これはぜひ保存をしてもらいたい、こういうことで県また会社に申し入れをしておるところでございますし、会社側もその趣旨は理解をいたしております。 それからその他の地区につきましては、八月、先生方の調査が完了をしたわけでございますが、私どもの調査官等の見解からいたしましても、これを必ず残せというところまではいかないのではないか。ただし、端的に申しまして、あとの学術研究等のための記録保存の措置はしっかりとっておくべきものである、かように考えておる次第でございます。
○吉田委員 先ほど引き合いに出しました鏡山九大名誉教授は、三沢遺跡の面積は短期間では調査が完了しない、そこで恒久的な研修発掘調査地区に指定するのも一案であろうといっております。要するに全部をとっておいて、そして研究発掘調査地区として使うのもどうだろう、こういう案を出しております。 それから「横隈山遺跡を保存する市民の会」、これは小郡市の市民の中で文化人を中心にしてつくられておりますが、その会の責任者の木村さんという人からこういう手紙がまいっておる。「保存地域は全面積二十三万平米の中の一万平米にすぎず、古墳も中心部のみである。特に調査は二〇%すんでいるにすぎぬ段階で、文化庁のあたりで、大体わかったから、あとはこの程度でと、早急に結論を出したのは、文化財を守る立場からいっていかがなものであろうか。」——「いかがなものであろうか」ということばは、やさしいけれども、相当重大な批判を含んでいると私は思います。そして「弥生遺跡はいくらでもあるというが、九州で保存されたものは一つもなく、全部破壊されてしまったことも考えねばなるまい。」と私に対する手紙でいってきております。そして「従来この種の運動に見られるような、一時的な盛上りで、後は何も残さぬということでなく、資金カンパによって、たとえ一坪でも二坪でも土地を賢いもどし、そこに出土品収蔵庫ぐらいは建てたいと考え」て、その運動をしております、それで資料をお送りいたしました、そう書いてございます。 そこで直接の予算からするならば、いま四十八年度予算からするならば、第一と第二の後円墳と、それから七の住宅地域かもしれませんけれども、少なくともあのV字形のみぞを含んで大体全体を——ほとんど全部であればいいことですけれども、もし買うことができなければ、市が議決しているのですから、市が起債をしても買うことができれば、これは買います、あるいは市民が金を集めて、われわれもそういう資金カンパは喜んで応じたいと思うのですが、一坪でも二坪でも買い戻してでもそこに収蔵庫をつくりたい、こういう熱意に対して、政府として予算を持っておるのはこれだけだから、これだけにとどめる。地元からはこれだけの熱意があるのに、いま調査をされて八月調査を完了したが、必ずしも全部を残さぬでもいいというのは、それは少ない予算しか持たない文化庁の委嘱した調査なのかもしれませんが、現地にはこれだけの熱意がある。その熱意にこたえる方法は——起債を許す権限は文化庁、文部省にないかもしれませんが、そのくらいの方法を、責任ある役所としてあるいはほかに相談することができぬということは言えぬと思うのです。これは公園で残す、公園にする土地を買う金が起債に当たるかどうか、私知りません。私が言うのはどうかと思いますけれども、文部大臣もそういうことについて相談に乗っていただいて、何らかの方法を考えて、ほかにはない、いわば西日本においては、農耕をはじめもみですけれども、米やらあるいはアワやらたくさんのその当時の食糧が、なお炭化をして残っておる。この遺跡の範囲としてはできるだけ広いほうがいいと言われましたけれども、そういう方法を考えることは、それは文化庁直接権限を持って考えるわけにいかぬかもしれませんけれども、何らかの方法を、あるいは自治省に相談をし、文部大臣もいま相談をされたようでありますけれども、方法は考えられないものでありましょうか、あわせてお尋ねをいたします。
○安達政府委員 遺跡の保存につきまして、私どもの基本的な考えといたしましては、一つは学術的な価値というものを客観的に調査をし、それに基づいて保存の方法を考えるということを中心にいたしておるわけでございます。その場合、その遺跡の学術的価値と同時に、その遺跡の保存状態というものを同時に考えなければ、かりにその遺跡のかつての価値はあったといたしましても、現在破壊されておるとするならば、これにつきまして現状のままの保存ということは困難になる、こういう点がございますので、総合的にそういう事情を勘案して対策を考えるべきだと考えておるわけでございます。 先ほど来、次長から申し上げておりますように、一号と七号につきましては、これは保存状態からいたしましても、価値の上でも比較的価値の高いものである。したがって、それについては現状での保存が必要である、こういうように考えておるところでございますが、その他全般的にわたりましてこれを保存するにつきましては、もしこれを史跡に指定して保存するという程度の価値がなければ、国が補助をいたしまして買い上げをし、整備をするという段階には至らないわけでございます。したがいまして、私どもが現在考えるのは、一号と七号についてはそこまでいくかどうかの限界線でございますが、その辺について何らかの形においての現状保存をいたしたい、こういうことでございます。 そのほか、全体の土地につきまして、国の補助ということと関係なしに、県または市がこれを緑地的な意味も兼ねまして保存をしたいということで、これを起債によって買い上げをしたいというような希望がございますれば、それはわれわれの職務、権限という形でなくて、その遺跡の保存に協力するという意味におきまして、自治省のほうに起債についての配慮方をお願いをするということは、われわれとして十分考え得るところである、こういうように考えておるわけでございます。
○吉田委員 一及び七は買い上げて保存する、それから全体を史跡として指定をするかどうか、あるいはそれらの点については、必ずしもここで急に積極的な回答ができる段階ではない、市が独自で自然公園も含めてその地域を保存したいというのならば、起債その他について自治省の協力を求めることについてはやぶさかでない、こういう話、一応了承いたしますが、そこで文部大臣にお願いをしたいと思うのであります。 いま二つの問題をもって文化庁にお願いに参りました。私は、これは選挙区でもございません、テレビで、遺跡がこわされる、ブルドーザーにかかるというニュースを見て、実はその翌日飛んでいって見たのです。その見るときに、さっき申し上げましたけれども、よその国における文化財の保護の状態も思い合わせて、もっと文化財の保護について力を入れてもらわなければならぬと考えて、県の教育委員会に文化課というのがあります、それから国の機関としては文化庁がつくられておる、この文化庁なりあるいは教育委員会文化課は、私どもが言わなくても、文化財を保護するために最善の努力を願っておるものだと思いました。ところが、実際には、この門田遺跡なりあるいは小郡の横隈遺跡の保存について、文化庁の長官、文化庁の次長あるいは責任の部長、課長に会いましたら、どうかすると、予算がないからかもしれませんけれども、保存をする遺跡は少ないほうがいい、率直に申しまして、こういう姿勢に感じました。そして中国の例やあるいは韓国の例、よその国の例まで引いて、もっと文化、遺跡を保存するのに力を入れてもらわなければ困るではないかと一応具体的な要望もして引き下がったのですが、小郡市のごときは、それは権限ではないけれども、市が積極的に全体を残そうとするならば、その起債については自治省にお願いをしよう、こういうお話でありましたが、私はお願いするのは当然だと思うのです。政府の内部のことですから、もっと予算をとって、全国的な遺跡を保存するために努力を願えないものでしょうか。これは私は、文化庁以上のことだと思いますから、文部大臣にお尋ねをするわけであります。
○奥野国務大臣 史跡を保存してまいりますことは、わが国の歴史、文化等を理解します上に欠くことのできないものでございますし、またそれが今後の文化向上発展の基礎をなすものでもございますだけに、お考えには私全く賛成でございます。 周知の遺跡だけで十四万カ所あるわけでございます。今回さらに再調査をしようということにしておるわけでございますが、その結果はあるいは三十万カ所にもなるのではないだろうか、こういわれておるわけでございます。 遺跡につきましても、重要性の度合い、いろいろあるわけでございましょうけれども、重要な遺跡につきましては、積極的に国なり地方公共団体が買い上げてしかるべきだ、かように考えるわけでございます。そういう意味で、ことしは、地方公共団体が買い上げるにつきましても、国庫補助の割合を八〇%に引き上げさしていただきました。同時にまた、一挙に買えるものは買ってしまう、そういう意味で、地方公共団体に買ってもらったものを、あとで国費買い上げすべき性格のものについては元利の全額を年賦で払っていく、そうでないものについては八割を払っていくという仕組みをとらしていただきまして、さしあたり本年度において七十億円別途に買い上げさしていただくことにしたわけでございます。こういうことで、かなり積極的な姿勢をとってきておるということについては御理解をいただきたいと思います。 同時にまた、周知の遺跡をさらによく皆さん方に理解してもらう手だても強化してまいりたいと考えておりますし、また調査の費用につきましても、原因者負担で逃げてしまわないで、必要なものは積極的に国費で支出できるようにしたいというようなことで、四十九年度予算に対しましてはそれに対応した予算を要求してまいりたい、かように考えておるところでございます。
○吉田委員 少しずつ前進しておることは、私はあえて否定をいたしません。しかし、この間文部大臣も中国の出土品展覧会をごらんになったと思うのですが、日本の歴史よりもはるかに古い数千年の有史以前からちゃんとあれだけ発掘しているのは、あれは文化財が国民のものになっている、そして国民の手で発掘もされ、保存もされておる、その姿があの展覧会に出ていると思うのです。あれを見ながら、それでは周辺の文化財の調査あるいは発掘あるいは学問的な整理、それから全体としての文化の歴史がどういうように整備されているか、率直に申しますけれども。このごろになって太宰府の鏡山さんが館長になられました九州歴史資料館ができました。それから筑紫野の門田遺跡の近くに町の小さい博物館ができている。おそらくこれは国から補助されたのは何百万かでしょう。一千万をこしておらぬと思う。その地方の遺品が整備されている。 全体的に見て、それこそいま全国で十四万あるいは三十万にも及ぶかと思われる、こういうようなお話でございましたが、規模をどういうぐあいにとらえるかは知りませんけれども、いままでいわれておりましたこの指定をされた遺跡、それらの遺跡から出ました品物にしましても、あれだけ中国が日本で展覧をしましたものほどもこれはそろっておりません。 〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕 個人が持っておりますもの、あるいは学校にありますもの、あるいはおくれてできました博物館、資料館に整備されておるもの、これは京都、奈良は相当保存されていると思いますけれども、しかしこの間の明日香の壁画にいたしましても、まだまだ日本の歴史の初めのほうについては、未知な部分が残されておりますものがたいへん多いことは、私が申し上げるまでもないと思うのです。それだけに、いまの予算と、それから文化庁の権限というものは、あまりに弱くて、あるいは少なくて、文化庁も文化課も、遺跡をこわすことを許可する機関になっているのではないかとさえ疑問を持ちます、正直に申します、よその国に比べると……。 そうすると、もっとこの予算をふやし、それから権限を拡大し、自治省にお願いをするのではなくて、保存のためには補助を、できるだけのことをしてやらなければならぬと思います。あるいは調査にいたしましても、九州で私どもが見ましたところでいうと、県の文化課に十人を出ない専門官がおるだけであります。全国的に日本の文化のこの幕あけの時代を調査をしていくについては、もっともっと陣容も必要だと思われます。あるいはさっきの三沢の地域について「研修発掘調査地区に指定するのも一案であろう。中国では遺跡調査担当者の訓練の場として、古代村落遺跡が撰定されている。」云々という例を引くまでもなく、私はもっと考えられるべきではないかと思いますが、その点についてはひとつ文部大臣、文化庁長官にお尋ねをいたします。
○奥野国務大臣 これまでどちらかといいますと、地域開発ということに国民の目が向いておったと思います。しかし、近来おっしゃいますように、文化財保存の重要性が広く認識されてまいってきておりますので、文化庁としてもたいへん仕事がやりやすくなったということで、勇気づけられているところでございます。そういう意味で、文化財保護法の改正もぜひ着手したい、そして単に届け出を受けるだけではなしに、場合によっては工事を待ってもらうということも求めることのできるような権限を持たせてもらうことも考えられないものだろうかというようなことも、いろいろ話し合いをしている最中でございます。 同時にまた、埋蔵文化財につきまして、必ずしも調査能力が十分だとは言い切れませんで、そういう人を養成いたしましたり、あるいは発掘されたものにつきまして保存の措置を講ずる必要などもあるわけでございまして、そういうような意味の機構の拡充もぜひやらしていただきたい、こういう考え方を持っているわけでございます。 同時に、買い上げの必要なものにつきましては、国費で予算を計上するばかりじゃなしに、先ほど申し上げましたように、弾力的な措置もとられるように、くどいようでございますけれども、ことしも別途に七十億円の金を使わしていただいたわけでございます。 そういうことで、必要な遺跡は保存できる、また必要な土地は積極的に公有化していけるというようなことに一段の努力を払わしていただきたい、かように存じているところでございます。
○吉田委員 文化庁長官はお答えございませんか。
○安達政府委員 ただいま大臣からお答えのあったとおりでございますが、なお埋蔵文化財の保存、活用等につきましては、先ほどお触れになりました筑紫野の場合は、埋蔵文化財の収蔵庫ということで半額を補助いたしておりますし、九州の歴史資料館につきましては、一億五千万円の半額の七千五百万円を補助をいたしまして、地方におきましての考古資料、歴史資料、民俗資料等を集め、これを展覧いたしまして、国民の皆さん方にそういうものをよく知っていただき、また学術上の参考にもいたしたい、こういうことでございます。 そのほかに地方の歴史資料館といたしまして、一カ所二百万円で、低額ではございますけれども二十館の予算等も計上し、これをさらに増額をいたしたいと思っておるようなわけでございますが、さらに日本全体につきまして、国立の歴史博物館をこしらえまして、これに系統的な収蔵をいたしまして、日本の歴史を物によって知ってもらうように努力する、こういうような形におきまして努力をいたしたいと思っておるわけでございます。 また、埋蔵文化財の発掘の専門家の養成、研修等の問題につきましては、これは非常に焦眉の急を要する問題でございまして、一つは大学における考古学講座等の拡充の問題もございますし、それからそれが間に合わない場合におきましては、早急に研修体制を整備いたしまして、研修をしてその能力を高めていただくというようなこともやらなければならないし、また発掘等の結果の情報の処理が十分でない、調査報告書が十分に出ていなかったり、あるいは一カ所での発掘の結果が他で利用できないというようなこともございまして、そういう発掘の関係の情報資料の収集、またその利用というような体制も、根本的に考えていかなければならないというようなことで、来年度におきましては、ひとつそういう埋蔵文化財の調査指導あるいは研修、情報資料の収集、利用というようなセンター的な機能を持つものもぜひつくっていくべきではないだろうかというようなことで検討を重ねておるところでございます。
○吉田委員 いまの文部大臣と文化庁長官の答弁でやや方向が出たと思いますが、この筑紫野の収蔵庫あるいは太宰府の歴史資料館等について、国が補助した云々ということを言われましたが、その中に収蔵されておりますものは、九州でいままで散発的に発掘をされましたものの十分の一が保存されておるだろうか、おそらく十分の一以下だと思う。おそらくその他のものは分散をしております。そのことは御存じだと思いますが、強く指摘をしておきたいと思います。少なくとも今後はそうであってはならぬ、あらしめないように、ひとつ十分機構とそれから調査人員あるいは予算等を確保していただきたいと思うのです。 これから装飾古墳のことについてちょっとお尋ねしますが、いまのことに関連をして、個人で写真をとり、あるいは展覧会をやり、そして守る運動を進めてまいりました榊晃弘君という、これは装飾古墳のりっぱな写真をとった人ですが、こういうことが書いてございます。「諸外国のように、民族の遺産は国家で大切に保存しなければ子孫に残すことはできません。今日のように開発を民間業者の自由に任すことは、残念ながら保存と逆行するのではないでしょうか。発掘調査と保存を併せて研究する国の機関を早急に設置する必要を痛感いたします。」——これは、装飾古墳の写真の展覧会を東京でやりました。文化庁の長官にも、次長にも、部長にも、課長にも、みんな御案内を差し上げましたが、期間中、文化庁のお役人さんたちは、一人もおいでいただけなかったのではなかろうか、少なくとも署名がなかった、そういうことが別のところに書いてございますけれども、そういう現実を踏まえて、開発を民間業者の自由にまかせることは保存と逆行することになるのではなかろうかということが一つ。 そこで、「発掘調査と保存を併せて研究する国の機関を早急に設置する必要を痛感いたします。」ということで、文化庁はその任務を持っておられると思うのですが、その自分が進めております装飾古墳の保存については文化庁のほうからあまり御協力を願えぬものだから、そういう機関が国にあるとは知らぬでこういう手紙を書いたんだと思います。これは文化庁に対する相当鋭い批判のように思うのですが、どういうぐあいにお考えになりますか。 「民間の個人の力で記録(写真を含めて)をとり、民間の市民運動を起こさなければ守ることさえ出来ない現状は悲しいことです。日本は文化国家とはいえないようです。」と書いてございます。 東京で写真展をやりましたところが、文化庁のおえら方には一人も見ていただかなかったようだから、これは国の政治のおひざ元ではだめだと、帰って、装飾古墳のあります九州で次々に、福岡で二カ所、あるいは佐賀、長崎、熊本と展覧会をやっていって、たいへんな激励を受け、いまでは、学者、文化人から学生に至るまで、数十人でこの市民運動を始めておるところであります。 装飾古墳の写真はあとでお上げいたしますが、こういう動きについて、あるいは批判について、文化庁はどういうぐあいにお考えになりますか。たいへん皮肉な質問のようでございますけれども、関係者からの切望を含めて手紙が参っておりますから、お尋ねいたします。
○安達政府委員 いわゆる装飾古墳といわれるものは、主として北九州、東北の一部に見られるわけでございまして、文化庁におきましては、これまで、装飾古墳のうち四十四件の史跡の指定を行なっておるわけでございます。 装飾古墳につきましての問題点は、何と申しましても、地下水とか降雨、カビなどによって自然に破壊されていく、そして壁画が退色するというような問題が非常にむずかしい問題であり、これは早急に考えなければならないのでございますが、しかしそれはまた、へたなことをしますとかえって悪化をするおそれがあるわけでございます。 そこで、文化庁におきましては、装飾古墳保存対策研究会というものを組織いたしまして、専門家によりまして、昭和四十四年度から三カ年計画でその基礎的な調査研究をしていただきまして、この成果をもとに、四十七年、四十八年度におきましては、熊本、福岡県下の一部の装飾古墳につきまして、現地におきまして技術的な保存対策の検討を加えてまいっておりまして、本格的な保存、整備についてぜひやりたい、こういうように考えておるわけでございます。また、昭和三十年度から、この壁画の現状の模写、それから四十六年度からは、これをかつてあったであろうという程度にまで復元した模写を行なうなどいたしまして、記録の措置を講じておるところでございます。 なお、高松塚古墳は、従来の装飾古墳とは全く面目を新たにするものでございますが、この保存につきましては非常に慎重に考えまして、本年度は十月にイタリアから技術者を招きまして、応急的な修理あるいはまた保存施設を設置するというようなこと、あるいは壁画の模写というようなことをいたしまして、高松塚古墳の保存に遺憾なきを期したい、かように考えておるわけでございます。 したがいまして、文化庁といたしましては、この装飾古墳につきましては、その重要性にかんがみまして、できるだけのことはいたしておるつもりでございます。しかし、われわれの力の足らないところは、さらに一そう御叱声をいただいて努力をいたしたいと思うのでございますが、従来から努力をいたしておるということは、ひとつ御理解をいただければありがたいと思っておるわけでございます。 こういういろいろな史跡その他の保存につきまして、民間の方々の御協力と申しますか、そういうものがなければやはりこういうものはできないわけでございまして、私どもといたしましては、その民間の声を待ってというわけではなしに、われわれも積極的にやりたいのでございますが、同時にやはり民間の方々の御理解と御支援を得まして、国民的な協力一致のもとにこの保存に今後とも当たってまいりたい、かように考える次第でございます。
○吉田委員 一々については申し上げませんけれども、東京における展覧会を文化庁の関係者が見ていただかなかったのは、私もたいへん残念に思います。 私は福岡で見ました。福岡で見ましたら、これはかけがえのない文化財です。ところが、その装飾古墳の壁画の一部に落書きがしてあります。写真を見ますと明らかに落書きがしてある。その点は日本人の非常に悪いくせですけれども、あの装飾古墳を見たら、その装飾古墳の壁の一部に自分の名前を書いて、何の意味があるのか知りませんけれども、壁画をこわすような落書きをしておるのを一カ所見ました。それだけじゃないと思います。そうすると、その装飾古墳のいわば貴重性といいますか、代替性のなさ、あるいは文化的な価値はお認めのようでございますけれども、それはやはり保存をしなければ何にもなりません。 新聞の中に一つございますけれども、これはいつの新聞か日にちが書いてございませんが、文化の日のことを書いてございますから大体日にちは想像できますが、「文化庁、やっと調査に 荒れはてた現状」と書いてあります。 それから別の新聞には「保存は必要、予算はない」。これが現状だろうと思います。そしてこれは一つ、近くこわすという例ですが、福岡県八女郡広川町の弘化谷古墳、それは国、県、市で買い上げるというのがなかなか進まぬものだから、結局土地の所有者は近くこわすという事例であります。おそらくこれは御存じじゃないかと思いますが、新聞の記事によりますと、「貴重な古墳ということで、竹内理三(早大教授)井上光貞(東大教授)鏡山猛(九大教授)氏ら考古学者や、文化庁文化財保護部長の内山正氏なども見学に訪れ「ぜひ保存すべきだ」と訴えていた。」「地主の田中さんに工事延期を要請、補償金十五万円を払った。しかし、当初の指定予定面積は約三千平方メートルにおよび、買収すれば約九百万円もかかるため、文化庁は「保存する必要は認めるが、予算化出来ない。県、町段階で保存を考えてほしい」と三月末、県教委に連絡してきた。現在、県と町で保存を計画しているのは、三分の一の約千百平方メートル。」云々と書いてございますけれども、町の「社会教育関係の年間予算はことし六百万円。長峯丘陵、広川台地の二つの山系にそって数百基の古墳があるといわれながら、文化財担当の専門職員もいないという文化財行政に関心が薄い町だけに、年間予算の四分の一をひとつ古墳買収費に使うことはまず考えられない」ことだ。 あるいは全く御存じないことはないと思いますが、文化庁がやっと調査に乗り出したが、全体的には荒れ果てている、あるいは保存は必要だと考えるけれども予算はない、さっきの答弁でございませんが、自治体にまかせる。それでは幾らわかっておっても保存はできないと思いますが、これは高松塚古墳についてはイタリアからも専門家を呼んで修復をするというお話、私は隣の国のことではありますが、中国ならばこれだけの装飾古墳を私はりっぱに復元すると思います。一つのお寺を、あるいは一つの文化財を修復しているのを見ますと、これは国がやっておるせいもございますけれども、金に糸目をつけずにやっております。この具体的な装飾古墳の荒れ模様あるいは保存をしなければならぬけれども、予算はない。いまのまま放置をいたしますと、さっきお示ししました装飾古墳の本にも書いてございますけれども、だんだんつぶれていく、かけがえのない古墳が、古墳の装飾が、装飾壁画が消えて、古墳が荒らされていく分がだんだんふえるのを心配をいたしますが、これについてはいま御答弁がございましたけれども、具体的に指摘をいたしましただけに、具体的な問題については、あるいはその保存の方法についても四十七年、四十八年には復元模写をするお話でありました。全部について復元をし、模写をされるのでしょうか、その点を承りたいと思います。
○清水政府委員 前段の広川町の点でございますが、福岡県のほうで県指定をいたしまして、昨年の終わりでございますか、県で公有化をはかって保存をするというふうに私ども承知をしております。 なおいま第二点の四十七年、八年でございますが、予定あるいはすでに済みましたものにつきまして申しますと、土地の買い上げにつきまして県が買いますものにつきまして国が助成をいたしましたもの、具体的に申しますと、四十七年度におきまして乗場古墳、それから王塚古墳がございます。それから環境整備の関係といたしまして四十七年度王塚古墳、これは雨漏りビニールの整備でございます。それからチブサン古墳の石室修理、これは四十八年度でございます。それから綾塚古墳、これも石室の補強でございますが、本年度でございます。なお、四十七年度に福島の中田横穴につきまして助成をいたしております。 なお、現状模写、復元模写の点でございますが、本年は日田穴観音の古墳を行なうことに相なっております。 それからなお、四十八年度におきまして、熊本県の大坊古墳ほか四十九件の装飾古墳につきまして総合調査を行なう、こういうことでございます。
○吉田委員 復元模写のこと、それから環境整備云々という点はございますが、高松塚古墳についてはたいへん大事にして、写真をとるのも制限をされた、それから出入りについても自由に許しておられぬようであります。保存の点からいうと当然だと思いますが、これは地元の教育委員会が管理はしておりますけれども、その管理についても予算が十分でないと見えて、中には、やはりかぎをその人が持っているけれども、行くときにはついていかれないで、見ることができるような事例もあるようです。それから関係者の中からはぜひ気密室にすべきだ、民族の遺産はこれは教育委員会にあるいは教育委員会の特定の管理人に、管理人も十分給与が出してあるわけではないから、あまり十分の監視もできてない、こういう実態も中にはあるようでありますが、この保存の方法についてはもっと金もかけ、それから十分の施策が講ぜられなければならぬように思うのですが、その点はいかがですか。これはいろいろな意見が出ておりますから、こまかく一々は申し上げません。
○安達政府委員 全くお説のとおりでございまして、ぜひこの保存のための恒久的なりっぱな施設をつくりたい、こう考えておるわけでございますが、具体的にどういう方法が最もいいかということは、やはり先ほど申し上げましたように、かえって破壊するといいますか、自然の崩壊を誘うようなことになってもいけませんものですから、いま研究をいたしておりますので、その結論が出次第、ひとつ十分な保存の施設等もつくってまいりたい、かように考えておるところでございます。
○吉田委員 文部大臣に予算を含んでお願いをしておきますが、これはいま委員長に見ていただいておりますが、できれば一本差し上げたいと思うのですが、高松塚古墳の壁画に比べると、たいへん原始的です。原始的ですけれども、いわば原始的なだけにたいへん芸術的な価値の高いものです。それこそエジプトやあるいはアラビアの古代の文化にも匹敵する。これが私は東京や大阪に近かったらどんなに大騒ぎになるだろうかと思うくらいです。時代は違いますけれども、高松塚古墳の壁画に比べて決してまさるとも劣らない文化価値を持っておると思いますだけに、ぜひ保存のために予算をつけ、そうして万全の保存ができますように、それから修復ができますように、これはぜひ要望をしておきたいと思います。これは来年度からもっと思い切った予算をつけて保存をしていただくようにお願いします。 ついでに、似たような点で一、二申し上げますが、これは何と言いますか、埋蔵文化ではございません。大分県の国東に石仏がございます。これはおそらく文化財に指定をされ、保存をしておる、あるいは予算も出しておると言われるだろうと思うのです。ところが、行ってみますと、この石壁に彫ってあります石仏についてはおおいがつくってあります。ところが、保存をする前から放置をされておると見えて、一番大きな菩薩の像は首がもげていて、その首があったところに置いてございます程度。いま日本山妙法寺の系統のお寺がございますが、そのお寺の前に仁王さんが二体立っております。この仁王さんは、これは何百年前から、あるいは千年をこすのかもしれませんけれども、とにかく雨ざらしになって、風雨にさらされて鼻がくえ、傑作であることはわかりますけれども、運慶、湛慶が彫りました仏像にまさるとも劣らないと思いますけれども、風雨にさらされ、何千年かの風雨で容貌も変化をいたしております。変化をしておりますけれども、その傑作であることはうかがい知ることができるのでありますが、何もしてございません。いわば石仏の保存についてはしてある、あるいは助成がしてあると言われるだろうと思うのですけれども、あるいはそれこそ東京の近くであるならば、関西の近くであるならば、あんなに風雨にさらされてほってはおかれない。あるいは胴体がくずれ、こわされ、あるいは首がもがれるような状態にはならなかっただろうと思いますだけに、あれはやっぱり足らぬと思います。そのことについてどういうようにお考えになりますか、承りたい。 それから、ひとつついでのことですから一緒に言いますが、太宰府の近くの観世音寺の近くに国宝の大きな仏像がある。一つのお堂の中に、五、六体一緒に入っております。私は京都や奈良ならば、あんなに倉庫みたいな建物の中に五、六体一緒に押し込まれておることはないと思います。あの当時は太宰府政庁というものがあったから、それぞれ伽藍があって、寺院があって、そしてその中におさめられたと思いますが、かけがえのない国宝級の仏像が、一つの建物の中に五、六体も一緒に押し込められる例はほかにはありません。あるいはこれは文化庁の力を少し越すかもしれぬと思うのですが、これらの点についてはどういうぐあいに考えておられますか、あるいはしようとされますか、お伺いをしたいと思います。
○安達政府委員 まず、臼杵の石仏でございますが、これは史跡のうちでも特別史跡に指定されておりまして、たいへん価値の高いものでございます。そこで、従来の保存につきましては、昭和三十二年度から三十七年度にかけまして樹脂を注入する保存科学的な処理とか、覆い屋をつくるというようなことを、国庫補助事業で行なってまいりましたけれども、なおその後風化が進むということで、保存方法を再検討すべきであるということで四十五、四十六年度に調査をいたしまして、その補助をいたし、調査をいたしましたその結果をもとにして保存工事の方法を検討しておるのでございます。これはやはり大事なものでございますので、この保存に万全を期すべきであり、従来以上に力を入れていかなければならないことであると考えておるところでございます。 それから、なお福岡県のほうの、重要文化財の仏像と一緒にほかの仏像も非常に狭いところに入っておる、こういうことでございまして、やはりそれにふさわしい仏様のおられるところのようにしなければならないということは、まことに同感でございます。従来このようなことにつきましては、収蔵庫をつくるにつきましての補助の制度等もございます。私どもまだ実態を十分存じておりませんけれども、よく調査をいたしまして、またその方法等にきましても御相談を申し上げたい、かように考えておるところでございます。
○吉田委員 埋蔵文化はそれで大体終わりたいと思いますが、もう一度九州あるいは山口、島根等、さっき申しました高松塚古墳の壁画と、それから九州、西日本の——東北にも一部ありますけれども、装飾古墳を対比をいたしますと、その史的な価値あるいは私は文化的な価値も対比をされるべきだと思いますけれども、しかしその保存の方法あるいは程度については、ずいぶん違いがあると言わざるを得ません。 〔委員長退席、木島委員長代理着席〕 それだけに西日本、九州について、これは日本のいわゆる文化が、大陸からあるいは南のほうから伝来してまいりました初期のものだけに、その存在あるいは態様等も十分ではないと思います。全体の調査、そして全体の調査の中からある程度体系づけられれば、先ほど言われるような保存すべきもの、保存しなくても調査して資料を残せばいいものというのと分けられると思いますが、いまのところでは出てきたところだけを問題にして、——予算の関係もございまして、これはいい、あるいは一から七まではとっておこう、あとはできれば自分のところはとっておいてもらえればなおいいけれどもということで、いわば地方まかせである。もっと思い切って九州全体についてあるいは西日本全体について調査をし、そして発掘、体系づけることをやられるべきだと思います。これも予算を伴うことでございますが、来年度思い切って文化関係について費用を計上するというならば、いわば全体の調査費を、これは何千万円になるか、何億円になるかわかりませんが、ぜひ計上願うべきだと思います。予算編成の時期に差しかかりますけれども、文化庁としてどう考えられますか。あるいはそれを文部大臣としてもバックアップを願えますかどうか、そのことを承りたいと思います。
○安達政府委員 北九州及び東北の一部に存在をいたしまする装飾古墳と、それから高松塚の装飾といいますか、壁画とは、全く系統を異にするものでございます。時代的に見ましても一世紀ぐらいの隔たりがあるわけでございまして、北九州等に存在するところの装飾古墳が、歴史的に見てもまた美術的に見ても非常に価値の高いものであるということは、これは言うまでもないことでございます。私自身も北九州を訪れまして、これらの装飾古墳につきましても、この目で見、その価値を認識しているつもりでございます。そういう意味におきまして今後装飾古墳についての調査を十分いたし、またその保存についても万全を期したいと思っておるわけでございます。 なお、最近東大の前の教授の斎藤忠氏が「装飾古墳の研究」という膨大な書籍も出しておられますし、われわれはこういう資料等も十分参考にし、装飾古墳の実態を明らかにし、またその保存方法を科学的に究明し、それらに基づいた保存方策を今後とも強力に講じてまいりたい、かように考えているところでございます。
○吉田委員 装飾古墳のことだけ触れられましたが、埋蔵文化についての全体的な調査を、新年度に思い切って予算を計上して、していただけませんかということについては答弁ありませんでした。
○安達政府委員 一つは先ほど大臣からもお話がございましたけれども、工事等に関連いたしまして埋蔵文化財を緊急に発掘調査する、その費用等につきまして、非常に件数が多うございまして、またそれに対応するだけの予算につきまして十分でないというようなことにかんがみまして、明年度の予算では、できれば三倍程度の調査費等も要求をいたしたいというように考えておるわけでございますし、また調査体制の確立というような面におきまして、埋蔵文化財センターというようなものを設立し、そこに専門に全国的な調査について指導をする調査の専門官を置き、また研修を行ない、それからまた情報、資料の収集、利用というような点に万全を期するようにいたしたい、かように考えておるところでございます。
○吉田委員 最後に水城のことについてお尋ねをしたいと思うのです。 〔木島委員長代理退席、委員長着席〕 九大の先生たちあるいは九大の名誉教授をしておられます干潟龍祥先生を中心にして、水城大堤を守る国会請願という運動が起こされまして、すでに十万に近い署名を集めたといわれます。先般来署名を持って陳情に来られたようであります。これは文化人あるいは市民、あるいは政党にいたしましても幾つかの議員の同僚の皆さんが御協力をいただいておるようでありますが、水城大堤の性格あるいは水城大堤を守れという請願の内容等は御存じだと思う。二十八年に特別史跡に指定されたけれども、だんだん開発が進みあるいは宅地がつくられていって、大堤の周辺まで迫っておる。ところが大堤そのものの構造もあるいは役割りも明らかになっておらぬ。基底部分の発掘調査によると、堤の外側にいわば水をためるべき貯水槽といいますか、あと等があらわれて、水をためる目的であったのか、あるいは水城大堤の、堤防の前なのか、あるいは内なのか、特別の装置がしてあったのか、それらのことが一切不明なのに水城自身に開発が迫っておる、あるいは宅地等ができておる、こういうことにかんがみて、両側それぞれ最低百メートル幅に拡幅して特別史跡に指定をされたい。あるいは水城両側百メートルの学術調査を緊急に実施してもらいたい。あるいは国指定の史跡地の買い上げを全額国庫負担にされたいということであります。金額が大きいということで文化庁は腰を抜かさんばかりにしておられるようでありますけれども、せっかく特別史跡に指定をしたならば、水城が保存されるように、あるいはその役割りがどういう意味を持ったのか、その前後には何があるのか、いわば大野城址や大宰府の政庁のあと地の保存等、あるいは調査等も必要でございますが、解明をされてない水城の保存とその前後の特別史跡指定について、いままで聞いておられると思いますけれども、文化庁あるいは文部省としてどういうぐあいに考えておられますか、承りたい。
○安達政府委員 水城は天智三年、西歴六六三年に大宰府の防衛のために築造されたということで、現在特別史跡として指定をしているところでございます。そして昭和四十五年度以来土地の買い上げを太宰府に国庫補助事業としてやっていただいておるところでございます。 この水城の問題につきましては、一つはなお追加指定をすべきところがあるのではないかということで、大野城市にあるところの小水城、春日、大土居、それから天神山土塁などの既指定地の史跡と、同時期、同性格と考えられるものが残存しているということで、追加指定が必要であるということが一つ問題でございます。 ただいまお話しになりました水城の両側百メートルを保存すべきであるという御意見でありますけれども、この百メートルがどういう意味を持っておるかということにつきましてお話を聞いてみましても、一種の環境的な意味のようにおっしゃるのでございます。この百メートルの幅というものをもし考えるとするならば、史跡に指定するとするならばこれについての学問的な根拠がなければならない。ただ先ほどの御説のようにこの水城沿いに堀などがあったかどうか、こういう点は調査をしてみなければわからないわけでございまして、その調査の結果でその堀の幅等を考えた追加指定はできますけれども、いきなりいま百メートル幅に指定をするということは、現在におけるところの史跡指定ということが学問的な根拠に立っておりますので、これは無理であるということを私どもも申し上げておるわけでございます。しかし問題は、調査をしてその堀があったかどうかということを究明することが必要であるということでございますが、幸い福岡県教育委員会におきましても発掘調査をしたい、こういう御希望もございますので、われわれといたしましても大いに御援助と申しますか、指導、援助をやりたい、かように考えておるわけでございます。 したがいまして、水城とその水城の周辺の問題とは、一応区別をして考えなければならないわけでございますが、周辺の問題ということになりますと、文化財保護の問題というよりは、もう少し広い広域保存の問題ということになるわけでございまして、あるいは古都保存法によるような保存という点につきまして、福岡県では太宰府歴史公園計画というようなものもお考えのようでございますので、われわれといたしましては、文化財の面で協力できる範囲におきましてできるだけのことをいたしたい、かように考えておるところでございます。
○吉田委員 陳情につけられました本文によりますと、——私は春日あるいは大土居につきまして落としましたが、文化庁長官から御指摘をいただいたのはありがたいことでございます。いまの御答弁によりますと、水城の前後あるいは水城それ自身の構造もまだ調査をされてない、あるいは学界にも定説がないということで、調査をしようということの考え方がこの陳情の中心をなします。水城それ自身を保存をしたい、あるいは調査をしたい、確認をしてそして保存したいという中心の概意については、大体御考慮いただいておるように聞こえますが、同じようなものでいいまして、福岡の周辺に防塁がありましたが、ほとんどなくなってしまいました。これらについては、もう調査の余地はありません。いや、幾らか形が残っておるかもしれませんけれども、ほとんど形はありません。箱崎あたりについてもなくなっております。それだけにだんだん侵食が及んでくる、あるいは九州縦貫道路ができる、そうしますと、いま水城を国道と西鉄と国鉄とで三カ所で分断をしておる。それが周辺に宅地が及んでまいりますと、本体自身も荒らされかねない。そこで陳情運動、署名運動が始まったんだと思いますが、何よりも水城の構造なりその周辺の調査は、お話しのように急ぐことだと思います。本年度予算にその調査費を計上をして、水城の前後を調査をし、そしていま歴史公園の話もございましたが、保存をすべきものは保存をする、あるいは県なり何なりで歴史公園として保存をするものは、その歴史公園の計画に待つ。あるいは公園ということで、建設省あるいは厚生省の所管になる部分もあるかもしれぬと思うんですが、文化庁の関係でその調査を可能ならしめるために、調査費の計上等については四十九年度予算で計上を願えるかどうか、お尋ねをいたしたいと思います。
○安達政府委員 調査につきましては、先ほど申し上げましたように、福岡県教育委員会が主体になってやられるわけでございますが、調査をするにつきましての問題点は、予算のほかにもう一つは所有者の了解を得られるかどうかという問題でございまして、これはなかなかむずかしいのでございまして、了解が得られた場合におきまして県が予算措置をされるならば、国としてはぜひその補助もいたしていきたい、こういうことでございまして、私どもの予算といたしましは、特定のところでどうというふうに計上するんじゃなくて、調査費全体を増額いたしまして、県の計画に応じまして、それに対して援助をいたす、こういうたてまえでございます。
○吉田委員 調査については、何ぶんの援助をしたいということで了承をいたしますが、そういたしますと、その調査の結果、既定部分で一部発掘調査をいたしましたように、県のこれは教育委員会文化課だったと思いますが、全体についてやはりわかってくると思います。そうすると百メートルがそのまま必要なのか、あるいはもっと狭くて五十メートルでいいということになるかもしれませんが、調査の結果根拠ができれば、その範囲について買い上げることについて、史跡指定地の拡幅と、それから史跡地買い上げの負担金について財政的な援助を考慮してもよろしい、こういう答弁をいただけるかどうか、最後に承りたい。
○安達政府委員 調査をしてみないとわからぬのでございますけれども、あくまでも科学的、学問的な調査の結果、これが水城と一体をなすものであるということであるならば、当然追加指定を考えるべきでございますし、その場合におきましての土地の買い上げ等につきましては、現にたとえば家屋が建っておるとかいうような事態でございますと、そうしかく簡単にはできないのでございますけれども、可能な範囲におきまして、史跡に指定した以上はこれの買い上げについて公共団体が行なわれる場合に、国庫補助をやっていくという方針につきましては当然なことだと考えております。
○吉田委員 最後に文部大臣に、せっかく初めからしまいまでお聞き取りいただきましたから、理蔵文化財なりあるいは文化財保護のために、もっともっと金が要る、予算が要るということもお気づきいただいたと思いますし、それから大臣自身が言われました、開発行政よりも文化財保護のほうが優先をするといいますか、無計画的なあるいは民間による開発のために、全国的に自然と文化が破壊をされつつございます。ここで鏡山先生の、飛行機の上から見た日本の荒廃と、それから自然と歴史の保存の必要性を痛感をした外国の例等も幾つか引かれておりますがそれは引き合いには出しません。引き合いには出しませんけれども、諸外国に比べてみて、これは先進国もですが、あるいはアジアの国々のほかの例からいってみても、日本における古代文化の調査と保存の程度は、私は残念だけれども劣っておると思います。それだけにこの開発についての規制といいますか、先ほど文化財保護についての立法の拡大を考えなければならぬのではなかろうかというお話でございましたが、これらの点は、これは国の政治の基本にも関連すると思います。 ちょうど、たまたま太宰府の歴史資料館のそばに参りました際に、歴史と自然をまもる会の事務局長と行をともにいたしましたが、この太宰府の近くの自然が荒らされている。その自然と文化が荒らされているのを嘆きながら、何千年かの歴史、そしてその中に残された文化、それから自然それ自身も、あるいは何万年、何百万年の間に落ちついておるものを人間が恣意的にこわすならば、それは天の怒りを買うだろう、こういう話をいたしました。ことしの夏には、この太宰府の少し奥のほうになりますけれども、県有林を二カ所も伐採をしたということもあって水が走り、水害を起こしました。何名かの人命も失ったところでございますが、いわば自然と歴史を守るためには思い切った政策の修正が私は必要だと思います。 そういう意味において、先ほど古代文化を保存するために、さらに勇断をもってしなければならぬのではなかろうかということでございましたが、具体的にその拡充の方向と、そして四十九年度予算をこれから編成されるところでありますが、私がお尋ねをいたしましたものに関連をして予算を要求するとしますと、それだけでもやはり何十億にはなります。あるいは百億近くなるかもしれないと思います。それだけに、これは全国的にいえば思い切った調査とそれから保存の仕事が必要だと思いますが、せっかく文化庁をつくられたけれども、私は、この幾つかの文化財の保護のことについて関連をいたしましても、必ずしも十分の活動ができておらぬ、あるいは十分の期待にこたえておられないと思いますだけに、思い切ってひとつ御援助と予算措置を講ぜられるように最後に要望をいたしますが、大臣の答弁をお願いをいたしまして、質問を終わります。
○奥野国務大臣 文化財を保存するために政策の修正を要するという意味の御意見がございましたが、すでに私は、文化財保存に向かって大きく歩み出している、こう先ほど来お答えを申し上げているわけでございます。そのような成果を一そう強めていきますために、予算の面におきましてもさらに増額をはかっていきたいと思いますし、また文化財保護法の改正にも取り組んでいきたいと思いますし、また調査なりあるいは保存なりについて、人や技術、これを前進させるための努力もしていきたい、かように考えているところでございまして、今後一そう文化財を保護、保存し、これを活用するという方向に向かって努力を払ってまいる決意でございます。
○吉田委員 ありがとうございました。これで質問を終わらせていただきます。
○田中委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後零時六分散会