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71回国会衆議院1973/06/15

文教委員会 第22号

発言数
358
登壇者
19
会派数
5
開催日
1973/06/15

会議録

田中正巳自由民主党

○田中委員長 これより会議を開きます。  国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  この際、参考人出頭要求の件についておはかりいたします。  ただいま審査中の国立学校設置法等の一部を改正する法律案について、来たる二十日、参考人の出席を求め、意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田中正巳自由民主党

○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  なお、参考人の人選その他所要の手続につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田中正巳自由民主党

○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。     —————————————

田中正巳自由民主党

○田中委員長 次に、本日は、国立学校設置法等の一部を改正する法律案審査のため、参考人として、桐朋学園理事木村正雄君、埼玉大学教授長島貞夫君、東京教育大学教授福田信之君、及び東京教育大学教授松本三之介君に出席を願っております。  参考人の各位には、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございました。質疑の申し出がありますので、順次これを許します。木島喜兵衞君。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 きょうは、たいへん御多忙のところ、ありがとうございました。私に与えられた時間はたいへん短いのでございますので、なるたけかいつまんで福田先生中心にお聞きしたいと思うのであります。  昭和四十二年の九月に、閣議了解事項として、東京教育大学、東京医科歯科大学医学部付属病院霞ケ浦分院など三十六機関が、筑波移転の予定機関として決定をされました。以来、多少の曲折がございましたけれども、この霞ケ浦分院は、医学部を持たない東京教育大学が母体となってつくられる筑波大学のいわゆる医学専門学群として発足することになりました。  新しく大学や学部が創設される場合には、いわば無から出発するために、文部省は世話校や協力校組織をつくって開学の準備を依頼することを常としていることは、御存じのとおりであります。たとえば、秋田大学の医学部をつくる場合には、東北大学と新潟大学というように世話校なり協力校をつくってきたのは御存じのとおりであります。  そのようなことから、筑波大学の医学専門学群は、母体である東京教育大学に医学部がなかったのでありますから、専門的な準備をするために、文部省は東京医科歯科大学を世話校として、昭和四十六年の末ごろか昭和四十七年の初めごろでございましょうか、依頼をして、そのこともあって、文部省の筑波大学創設準備会の医学部会の主査に、当時の東京医科歯科大学の医学部長であった落合京一郎教授か——この方は現在埼玉医科大学の学長でありますけれども、就任されて今日に至っております。  以来、落合教授を中心としていわゆる新構想の医学教育研究組織運営等が考究されてまいったようであります。同時に、その準備は医科歯科大学のみでは不十分でありましょうから、ことに人事面での片寄ることなどを排除する意味も含めて、昭和四十七年の八月に、医科歯科大学の清水学長は、東大、千葉大、群馬大、信州大の医学部長に協力を要請し、昭和四十七年八月、第一回の五大学の医学部長会が開催されました。当日は東京教育大学の宮島学長も出席されて協力を依頼されております。創設準備は、当然にして医学関係の最高責任者となる医療担当副学長予定者の決定が必要になりますから、五大学医学部長会に推薦の要請がなされました。昭和四十七年十二月、最初から創設準備会の主査として改革案作成に当たってきた落合教授を最適任者として文部省、東京教育大学に推薦をしたことが——大ざっぱに言って、そのような経緯を通って、五大学医学部長会は落合教授を医療担当の副学長として推薦をいたしました。  それらはきわめて大ざっぱでありますから、このことは別にいま質問の中に入るのじゃございませんけれども、そういうことを前提にして落合さんが候補者に推薦されたのでありますけれども、ことしの三月の中ごろに、福田さんが落合教授に電話をされて、実は自民党か副学長に——名前はかりにA氏といたしましょう。A氏をどうかと言ってきて、困っておる。五つの医学部長会できめた人事はたな上げをしてもらいたい。この件は奥野文部大臣も了解しているはずだというお電話をなさったと聞いておるのであります。落合さんはあなたに、あなたはいかなる資格でもってそのようなことをなさるかと聞いたところ、あなたは、これからのことは全権が委任されておるとお答えになったという話を聞いておるのであります。  こういう質問はたいへん失礼に当たるのでありますけれども、しかし、このことは、もし事実とするならば、大学の自治の上において非常に重要でありますので、そしてこれは新聞等にも出ておる問題でありますだけに、この際明確にしておく必要があると思うので、たいへん失礼でございますけれども、そのような事実があったのかどうかをまずお伺いしたいと思うのであります。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 教育大学の福田でございます。ただいまの御質問に対しまして私のお答えをいたします。  最初に、私は文部省の筑波大学創設準備の委員を委嘱されておりまして、そういう立場でこの医学関係の問題に関与していたということで、医学専門部会とか、そういうものには一切直接関与はしておりません。それを最初に第一に……。  それから、どっちに答えていいのかちょっとわかりませんが、私のほうは、いま世話校の問題がちょっと出ましたけれども、これは筑波の医学部をどういうふうにするかということが総会でもいろいろ議論されまして、それでまだ去年の八月段階総会でも、大体筑波大学の一環にしてはどうだろうかという委員の話は出ておりましたけれども、われわれのほうに対して、文部省が原案としてどういうふうに考えられるかということは、それほど正確には伝えていられなかったように思います。したがって、世話校というよりも、世話校の前段的な位置づけではなかったろうか、そういう感じがするのでございます。  それから落合先生に私が電話をしたという件につきましては、私はきのう学長にいま言われた記事を見せられまして、これはたいへん事実に反しているということをはっきり答えました。  それで、私、手元にはございませんが、いま先生のおっしゃった内容について申し上げますと、これは三月の時点でそのようなことがあったように記憶いたします。しかし、単に電話だけでなくて、落合先生と何度もそのころお会いしておりますから、電話一回だけで云々というのは、たいへんあれだろうと思います。ポイントは、その当時問題になっておりました医科歯科とそれから教育大学のいろいろな意見の問題——副学長といいましても、御存じのように、これは法案が通りませんと副学長になるわけではございませんが、そういう責任ある地位の人にだれがいいんだろうかということで意見の対立がございまして、そこで私は医科歯科に対して、落合氏とA氏か相談——大学のほうにたとえば創設準備室というものがありますが、あるいは学長がそういう相談相手になるようにしていただけないだろうか、そういう調停と申しますか、そういうことを申し上げたのが私のすべてでございまして、それはその電話だけではございません、何度も申し上げております。  それから、自民党云々の問題は私は全然関知しておりませんし、そういう事態は私は言われたこともございません。私はさっぱりわからないということは申し上げたのでございますが、一時間半にもわたる話をあの関係記事の人としていたわけですけれども、あの記事に出ていることは、何を言っているのかちょっとよくわからないのでございます。私が申し上げたポイントは、三月の電話だけではございませんが、いろいろいきさつもあることだから、両方でひとつ協力してやっていただけないだろうかという調停役だけでございまして、その際そういう話を聞いたこともございませんし、それから文部省の高官云々とかいうことが出ておりますけれども、それも全く内容が食い違っているので、何のことを言っているのか私自身よくわかりません。したがって、いまの先生のお尋ねに対しては、そういう自民党云々ということは私も聞いたことはございませんので、私のほうからちょっとお答えのしようがないというのが実情でございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 そうしますと、自民党云々ということは全く関知しない。したがって、あなたが新聞記者に話されたという「落合教授や清水学長に「落合教授とA氏が協力してやって欲しい。政府、自民党から奥野文相のところに“A氏はどうかといってきた”と文部省の某高官がウワサしている」というようなことは話した。」ということは、これも全くないといまおっしゃったわけでございますね。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 そのとおりで、これにつきましてはきのう東京タイムズに私のほうから抗議を出しました。これはある通信社から流されたものをそのまま流したものであって、社としてもたいへん申しわけないと、私のところへきょう午後、このあと来まして、そしてその結果をあすの新聞に出したいということが編集局次長の発言でございました。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 ところが、落合教授の談話は「福田さんから電話があったとき、これが大学人の口にする言葉かと一瞬耳を疑ったほどだ。」と言っていらっしゃいます。このことは、きょうは落合さんがいらっしゃいませんので、真偽のほどはわかりませんね、いまあなたがおっしゃるように。でありますけれども、あなたが「落合教授とA氏が協力してやって欲しい。」ということだけであるならば、そのことを中心とするならば、「これが大学人の口にする言葉かと一瞬耳を疑った」とおっしゃるようなショッキングなことではなかったと思うのです。この記事をお読みになりまして、あなたは何か心当たりになるものはございませんか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 申し上げます。  これは私もその記者にたいへん何べんも聞かれましたが、残念ながら全然思い当たる節はない、その考え方は清水学長にもひとつ話してくれ、自分のほうからも話するということ。それから、私は落合先生とは、文部省の、医学に関するよりも、総会——創設準備会、準備調査会の段階からずっと御一緒でございまして、たいへん尊敬している先生でございます。そういう方にそんな失礼にとられるようなことは言った覚えもないし、何を言っているのか私はたいへんふしぎに思っておりまして、私の言っていることばがたいへん違った意味に載っているので……。まあそういうことではなかろうかと、個人的にはそういうふうに感じておるだけでございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 あなたが先ほど、両者がお互いに協力してやってほしいということを言った。しかし、経過からすれば、先ほど私が経過を大ざっぱに申しましたごとく、東京教育大学には医学部がないのでありますから、新しく医学部に相当するものができるわけでありますから、それはいままでどの場合でも新しくつくる場合には、専門的ないろいろな知識なりあるいは人事面において、そういう意味で世話校なりあるいは協力校——ことばが正しいかどうか、これはどう使うか別としまして、そういうようなものがつくられて、そこで、いま人事の問題でございますから、人事委がつくられる、そしてそういうものが推薦をする。それはその人の適否やあるいはいろいろな問題が他にあるのかもしれませんが、それを別として、しかし一応候補者として上がってくることは、いままで新しい大学や新しい学部ができるときには、どの大学でもそういうことを文部省としては常例としてやってきた。現にやっておる。来年度筑波と同時に開設される予定の三つの大学、たとえば宮崎とかその他の大学もそういう準備をいまやっておりますけれども、それは文部省が当然やらねばならぬことであります。でありますから、そういう意味では、その推薦というものを尊重することが当然であって、ただ、協力せよということは、たな上げとは全く違って、あなたは副学長になられるのだけれども、協力ということは、A氏とは協力してやってくれという意味であったのですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 お答え申し上げます。  私が申し上げましたのは、あくまで対等と申しますか、そういう意味で申し上げました。A氏に協力せよということは一切申しておりません。それが第一点。  それから、いまのどっち側のほうに重点を置いて私のほうでお答えしていいか、申し上げにくいのでありますが、専門家の意向を尊重せよ、そのとおりだと思います。ただし、専門家というのが大ぜいおりますので、どういう専門家がいいかとか、いろいろ関係がございますが、結果的にはその当時の段階では——これは昨年のことでございます。現在の政府の筑波法案によりますと、筑波のそういう人事は、東京教育大学の学長の意見に基づいて、あるいは意見を聞いてでございましたか、文部大臣が発令する、こういうふうになっております。ですが、その当時の段階では、筑波の初期の重要人事をどういうふうにするか、これはまだ何ともわれわれもわからない時期でございまして、できるだけいろいろな意見が出たほうがいいのではないか、そういうことでございまして、別に、筑波大学の位置づけがはっきりして、その上で筑波大学の人事について総会なりどういうところでこういうふうにやりましょうということはまだなかったのでございます。今度の法案が一応はっきりした形をとっておりますが、その時期でございます。  それから先ほどの五学部長が推薦されたのを無条件で受ける云々の問題でございますが、これにつきましては尊重しようというのは、教育大学も一貫してそういう立場をとっております。しかし、その当時一番問題だったのは、落合先生が——これは落合先生が最近医科歯科から移られたという新聞報道、これは間違っております。昨年でございまして、もうその当時ある大学の学長になっていらっしゃる。これは専門家のいろいろな意見を聞きまして、その学長さんをかってに筑波大学の副学長として導くということは、医学設置審に対して非常に問題ではなかろうかとか、その点、私は落合先生御自身にも伺いましたところ、それは非常に問題であるというようなことを言っておりました。  そういうことなんで、決して対立した空気の中で話した覚えはございません。だから、むしろ落合先生の立場上の問題が私は一番大きかったように——その当時のことですから、半年も昔でございますから、こまかい点は覚えておりませんが、一番大きな問題は落合先生のそういう問題だと思います。落合先生に対しては、先ほどから申し上げましたように、たいへん信頼しておりますので、落合先生を拒否するとかしないとか、そんなことは考えてみたこともございません。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 いまおっしゃいました法律の形は、おっしゃるとおりであります。学長から文部大臣ですね。しかし、それは形式であって、新設の場合においては、実質的にはそういう準備が進められてくるのは当然であるから、いまあなたのおっしゃったのは形式であって、だから、あなたがおっしゃったように、尊重するということは教育大学の一貫した方針だということにつながるのだろうと思うのです。だから実質的にはそうなりますね。したがって、尊重するということであるならば、それは落合さんが埼玉医科大学の学長になられたのが先であって、候補者として推薦されたのはそのあとであります。学長になった後であります。しかし、いまもなお文部省の創設準備会の医学部会の主査でありますから。しかし、それをお受けになるかお受けにならないかは、これは別であります。したがって、尊重するという立場をとっておるとするならば、新聞に書かれておるようなたな上げにするという考え方はないという意味でおっしゃったことでございましょうか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は記憶に誤りないと思いますけれども、たな上げなんということばは一切使ったことはございません。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 昭和四十八年四月二十日、東京教育大学長の名でもって「筑波大学における医学部門の人事について」という書類と、同じ日に東京教育大学長の名のもとに、「「医学部長会」の皆様へ」、すなわち五大学の——私が先ほど協力と申しましたが、協力ということばが当たっているかどうかは別といたしまして、この「皆様へ」という二つの文書が学長の名で出ております。これは、この日に五大学の医学部長が会議をやったときに、その会議に宮島さんが出られて、最後の段階でもってこの書類を御提出になり、突然だったから、五大学の医学部長はこれを受け取っただけで、後に検討しましょうといって、今日に至っておるようであります。この「筑波大学における医学部門の人事について」ということは、これは東京教育大学の医学部の人事に関する方針と受け取られます。そして二枚目の「「医学部長会」の皆様へ」という文書は、これはいままでそういうための努力をしてきたところの五大学の医学部長会議に、東京教育大学の医学部の人事についての方針の変更の文書と見られます。  これについてはこまかくは後日文部省に聞きたいと思うのでありますけれども、もう時間がありませんから、福田さんに、いまあなたは、たな上げする意思がない、落合さんがそれを受けるか受けないかは、学長になられておりますから別として、尊重するし、たな上げするということばは使ったことはないとおっしゃっていますけれども、その「筑波大学における医学部門の人事について」という四月二十日に学長の名で出されたところの文書の第一は、「先般、本五学部長会から副学長候補の推薦があつたが、諸般の事情で、副学長については棚上げせざるを得なくなつた。」というのが第一項であります。すると、たな上げするということばをあなたはお使いになったことはないといまおっしゃいましたけれども、これは三月二十日前後ですね、あなたは電話されたり、あなたが東京医科歯科大学の清水学長や落合さんともお会いになっていらっしゃる。これらについては、先ほどちょっとあなたがおっしゃったのですが、それは三月下旬からでありますから、四月二十日にこの文書が出ておる。この文書では明確に「棚上げせざるを得なくなつた。」と書いてあります。あなたはたな上げということを一度も言ったことがないと言う。しかし、あなたがお会いになったり電話された限りにおいては、相当な権限をお持ちでなければそういう話はできないはずであります。すると、この問題に関する限りたな上げする考えはないとおっしゃって、そのような考えはないと言ってあるいは電話をされ、お会いになったところのあなたの立場と、そして四月二十日に出たこの文書におけるところの「棚上げせざるを得なくなつた。」ということの関係はいかに考えたらよろしゅうございますか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 申し上げます。  私は、三月の時点のときは、まだ医科歯科——つまり筑波大学の進め方は、言うまでもなく今度の法案ができた段階で、一応政府原案ができましたので、これは二月九日でございました。ですから、医学の問題をどう進めるかということについて、先ほど先生の御質問にありますように、医科歯科との問題は法律上はございませんけれども、実質的にはわれわれは従来の関係を尊重していきたいという態度は基本的に一貫しております。しかし、ああいう政府原案がきまった段階になりますと、学長としても自分の責任を果たす上に、実質は実質、形式は形式の問題を整えなければいけないということで、大学としてもいろいろな議論をいたしまして、どういうふうにこれを進めたらいいのかという問題が出ました。たしか私が三月二十日の時点でやっていたのは、その医科歯科の意向について打診するということが目的でございましたので、そのたな上げとか云々のことばを使った覚えはないし、それは、そういう式のことについての前段的な折衝でございます。     〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕 そのあと、いま先生がおっしゃったたな上げの問題の段階、ことばを使われた一カ月の間に医科歯科がいろいろ本学と接触いたしまして、そしてたな上げしてはどうだろうかという話が進んだことは、ごく現時点では私はまだわかりません、学長でもございませんので。しかし、その二十日の時点までの間に、一たんたな上げしようではないか、つまり、はっきり言いますと、法案が出ないから、法案が通った段階までは少なくともたな上げしないことにはしかたがないというような空気にその一カ月の間に変わったことは間違いございません。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 およそ新しい大学なり新しい学部ができるときに、法律ができるのは一年後でありますが、準備を進めるのは一年前であります。それらの準備が進められてきて、そして、法律ができたときには、法律は形式的に——先ほど言ったように形式的なことがありますけれども、実質的には一年前から進められてくる。だから、従来の慣行なりあるいは経緯を尊重するということは一貫した方針である、そういう経過の中でもって推薦されたところの副学長候補というものをたな上げするという考え方は、少なくとも東京教育大学のこの文書に見る限り、その限りにおいては私はたいへんに疑問に思うのであります。そして、経過を尊重するとするならば、たとえば「「医学部長会」の皆様へ」という文書の中にも「準備室長が医学部門の人事について発議するにあたって意見をきくため、準備室に医学に関する「補佐」をおく。」あるいは「三、広く意見を聞くために、本「医学部長会」に今後とも協力を願いたいが、この会に人事の選考を全面的に委任することはできない。四、以上の趣旨から、東京教育大学長および準備室長は、本「医学部長会」へは今後参画しないが、必要に応じて本学の連絡員が陪席するのはよいと思う。」これではあなたの、過去の経緯を尊重するということと、法律ができてからの、あるいは原案ができてからの、いまそういう形式とおっしゃるなら、たいへん変わってきておるということとの、この変化の原因は一体どこにあるのであろうかと、私は実は勘ぐりたくなるのであります。もう時間がありませんからやめますけれども、そしてそのポイントは、新聞にいわれるところの、自民党がA氏を推していることに困っている、奥野文部大臣も了承をしているということにその変化の転機があったのではないか、実はそういう気がするものですから、こういう点をお聞きしておるのであります。たいへん失礼な言い方で恐縮なんです。けれども、先ほどあなたがそのことの事実は否定なさいました。  そこで、お聞きいたしますけれども、このことは、大学の自治、学問や教育の自由というものの基本が人事であると思いますだけに、きわめて重大であり、もしそのようなことがあるとするならば、私は、大学の自治そのものがたいへんな、出発にあたって崩壊をして出発するということになるのだろうと思いますから、それだけに、失礼を省みずにお聞きしているのであります。  そこで最後に聞きますけれども、落合教授なりあるいは清水学長が、公の席上に出てそして自分は証人としてもその事実を述べていいと言っておられます。したがって、こういう場で対決されるというのもおかしゅうございますけれども、事きわめて重大でありますだけに、このことは私は等閑に付するわけにはいかないという気がいたします。落合教授や清水学長は、会って自分の事実を述べていいと言っていらっしゃる。あなたは本日否定をなさった。これは当事者でなければわからないことかもしれない。したがって、いまおっしゃったことが間違いないとすれば、どこでも、いずれの場でも主張なされる事柄かと存じますので、そのような機会にいつでも出ておいでになってあなたの所見なり事実をお述べになるところの御意思がございますかどうかだけをお聞きいたします。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 もちろんどこでもけっこうでございます。それはもともとないことでございますから、私は聞いた覚えもないことでございますので、申し上げます。  それから一言だけ。たいへん大学の自治に対して御関心を持っていただいているのでございますけれども、これだけは一言言っておく必要があろうと思います。と申しますのは、大学の自治の場合に、たとえその専門分野がなくても、たとえばある大学に何々学部を置く場合でも、その人事に関してその大学が主体的にそういう専門家にお願いする、これが慣例でございます。どこの大学に医学部を置いても、その大学の学長がその責任においてそういう専門家の集団に御依頼するというのであって、そしてその人事について尊重するけれども、その大学の評議会としては、これでけっこうだということで多くの場合おそらく私は全部受け入れられると思います。そういうたてまえ論を述べたのであって、実体における尊重の問題と形式上の問題とは私は区別していただきたい。したがって、たとえその大学の専門以外の人事でありましても、大学の自治である限り、その大学が責任をもってやる、そういう所信を述べたのでありまして、決して実体的にその意向を尊重しないという意味ではございません。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 私の大学自治と言っているのは、もし自民党がA氏を推しておるということで出発するならばという前提で申し上げたのでございます。(発言する者あり)あるかないかは、一方の人が言っているのだから、その点はどこへでも出ておっしゃるというのでありますから……。  したがって、委員長、委員長にお願いを申し上げますが、これで質問を終わりますが、このことについては、後日、文部大臣及び文部省について詳しくお聞きをいたしたいと思います。しかし、いま申しますように、このことは大学の自治にとってきわめて重大でありますし、このことは、新しくつくられる大学の、あるいは副学長の性格、あるいは人事委員会、参与会等の言われておることにたいへん疑いを持たれる。そういう疑いをみずから疑いでなくするような——出発にあたって、このことがもし事実であるとすれば重大問題でもあるかと思うのです。新構想というけれども、新構想というものは、大学の自治というものを否定することを前提とした新構想かと疑わしめる部分すらありますし、     〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕 このことはきわめて重大でありますので、証人として福田教授、東京医科歯科大学の清水学長、埼玉医科大学の学長である落合教授、この三人を成規の手続によってこの委員会に招致されるように、委員長において手続されんことをお願いを申し上げます。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 本件については、後刻理事会で御協議いたします。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 時間も参りましたから、終わります。

田中正巳自由民主党

○田中委員 長嶋崎譲君。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 参考人の先生方、たいへん御迷惑をかけまして、ありがとうございました。私、嶋崎譲でございます。しばらくいろいろ御質問させていただきたいと思います。  過ぐる委員会で大臣並びに文部省当局と、この筑波大学が東京教育大学の中でどのように構想されてきたのか、大学の自主的な改革という考え方に立って、東京教育大学のほうでどのような経過を経ながら形成されてきて、それがその後文部省のほうで受けとめられながら今日の構想に完成してきた、その諸過程について幾つか御質問をしてまいりました。その過程でどうも私が勉強し調査した資料ではわからないことが非常にたくさんございましたし、文部省のほうとの討論の中でも、食い違っているところが二、三出てまいりましたので、その点についてきょうはお聞きさせていただきたい、こういうふうに思います。  最初にちょっと福田先生にお聞きしますけれども、東京教育大学が筑波大学のビジョンを決定されて、そしてそのビジョンに基づいて新しい大学をつくる、そういうふうに大学の意思を決定されたのはいつでございましたでしょうか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 ちょっと、いろいろ段階的になりますので、どういうレベルであるかによって違いますが、大学のほうでは、昭和四十二年の、これは日にちは六月十日でございますが、それは条件付でもって筑波にひとつ教育大学用地というものを確保しておこうじゃないか、こういう決定でございます。これは昭和四十二年の六月十日でございます。  それから昭和四十四年の七月二十四日だと思いますが、マスタープラン委員会の報告を受けまして、こういうビジョンを実現を期して筑波へやろうではないか、移転しようではないか。これも一〇〇%条件がないという意味ではございませんで、ビジョンには、環境問題、いろいろな問題が含まれておりまして、事実上、学内外で、また評議会の意向としても、四十四年七月二十四日の決定が一番大きな意味を持っていると思います。  それからその次に、昭和四十六年の六月段階だったと思いますが、評議会の日はちょっとわかりません、マスタープラン委員会がいわゆる最終答申を出した過程、それに基づきまして評議会が開かれております。それはワク組みよりももう少し具体性をもった、内容をある程度持った、純粋なビジョンよりはもう少し具体性を持った、機構図をある程度入れた意味で、これは昭和四十六年六、七月ごろだと思いますが、その評議会だったと思います。  そういうふうに段階が大体三段階あろうと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いまの福田先生の経過の御確認と、この間から討論してきた文部省当局との御確認と大体一致しておると思いますけれども、昭和四十七年七月二十四日の評議会で、ビジョンを前提にして新しい筑波大学を構想することを評議会できめた、それで続いて四十六年に基本計画案を評議会できめた、大体これが東京教育大学側のビジョンに関する評議会決定の大きな段階的な決定だというふうに御確認させていただきたいと思います。——まだありますか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 もう一つ、四十七年三月段階で、さらにそれを数等もある程度盛り込んだ、さらに具体的になったものが学内開設準備委員会の議を経まして評議会でアプループされておる。それがもう一つでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 文部省から出ている筑波大学に関する文書も、昭和四十四年の七月二十四日の決定を基礎にして、その後文部省側と東京教育大学内部のマスタープランとが相互に交流しながら構想が練り上げられた、こういう過程の説明になっておりますから、それを確認さしていただいたわけでございます。  さてそこで、この間、前の委員会で文部省との間でいろいろ議論をしたときに私は幾つかのデータをあげたのですけれども、その過程でどうもはっきりしなかった事実について、東京教育大学内部の参考人の諸先生方にそれぞれお聞きさしていただきたいと思います。  最初に、文学部のほうは比較的まとまりがはっきりしていますから、あとにさしていただきまして、私の調査した限りでは、この昭和四十四年の七月の評議会決定に際して、教育学部は、当時、その決定に対して、最終決定ではないという条件を付されておられるやに聞き及んでおり、資料の上でもそういう文書がございます。また体育学部についても、いろんな条件つきでの決定を行なったかのような文書が残っております。  そこで、この間から委員会で何度か議論をしたのですけれども、問題は、昭和四十四年の七月の段階で筑波における新大学のビジョンというもの、つまり、新しい大学構想が決定されて、そしてそれが案になりまして、七月二十四日の評議会決定になっているという過程をとっている。問題はこのビジョンですから、これはなかなか思想的なものや何か、研究、教育のあり方、大学のあり方に関係しますから、たいへん事は重大な問題提起になると思います。  そこで、この昭和四十四年七月二十四日の評議会で東京教育大学が自主的におきめになったという過程に関連して、はたしてこの段階での決定が大学の意思とみなし得るかどうかについて、当時教育学部にいらっしゃって付属の大塚の校長先生か何かなすっていたとお聞きしていますが、長島先生に、その辺の経過についての教育学部を中心にして御意見、実情をお伺いさしていただきたいと思います。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 ただいまの御質問ですが、教育学部できめたのは、投票いたしまして、そして賛成が多かったわけでありますけれども、それにこれは最終決定でないことを確認したい、こういう付記がついておるわけでございます。これは私どもは最終決定でないというふうに考えておるわけなんです。これは私どもばかりじゃありませんでして、その当時、大学の前途を深く憂えながら考えておった人々はみなそのように考えております。  それはどういう根拠かと申しますと、その根拠をまず申し上げてみたいと思うのでありますが、先ほどお話に出ました昭和四十二年の六月十日、これは教育大学にとりましてたいへんな日でございまして、評議会が筑波に条件つきで土地を求めるかいなか、それをどういうふうに表明するか、あるいは打診するかということで、ある学部は意向表明だといい、ある学部は打診だということで、とにかく評議会でそれがきまったわけですね。ところが、御承知のように、これは本題からはずれますから言いませんが、文学部がいままでのことをその評議会の席上で修正案を出したのですが、それが採択されないために、それが紛争の原点になったわけであります。  それはまあおくといたしまして、十九日に文部省に学長及び五部局の部局長が参りましてそして会見をいたしまして、そのあと七月十三日に文章化して文部省に出しておるのであります。その文章と申しますのは、「本学は移転のための土地確保につき下記のとおり決定いたしましたのでご了承の上これが実現方について何分のご高配を賜わりますようお願いいたします。」「東京教育大学は総合大学として発展することを期し、条件付で筑波に土地を希望する」、こういう冒頭の文章で始まるのでありますが、終わりに「ただし、移転の最終決定は、上記の条件が満たされることを確かめたのちに、本学の自主性において行なうものであること。」これは非常に大事な評議会決定でありまして、各学部ともにこれを非常に大事にしてまいったのであります。  教育学部におきまして、もう一つ、これは教育学部の問題は、御承知と思いますが、教育学部は当分の間大塚地区にとどまるということであります。これは事情はここで申せませんが、それは教育学部の希望であり、評議会で採択されておるわけなんであります。この二つのことは紛争の経過でずいぶん確認されてまいりました。一つは、教育学部がイニシアチブをとる——昭和四十三年の終わりであったと思います。紛争が最高潮に達したころでありますが、私どもは教育学部がイニシアチブをとることに教授会決定いたしまして、そうして各学部間調整をやろう、これは実際に何回か努力したのであります。それから教育学部は、学生との対話、これを学部集会といいますが、これも教授会決定で、実は昭和四十三年の終わりから機動隊導入直前まで、十何回か学生と対話を続けてまいりました。この二つの活動のために教授会の見解をさらに確認しなくちゃいけないということで、教授会確認メモというものをつくりまして公表し、そうしてその確認メモに基づいて学部間調整及び学生、院生、助手等との話し合いを続けてまいったのであります。この確認メモの中に、先ほど申しました二つが入っているわけですね。  それから昭和四十三年、これは教育大学が御承知のように入試中止になりました。それで責任者の方々が辞職されまして、教育学部は新たに和田学部長が学部長に選出されたのであります。学部長はこれを受ける前に、自分の見解といいますか、所信を表明されまして、これを受けてくれるならば学部長を受ける。そうして教育学部教授会は投票いたしまして、それを承認して学部長になられる。その中でも学部長はこの二つのことを申しておるわけであります。  教育学部にとっても大事でありますし、同時に他の学部にとりましても、移転の最終決定は、諸般の条件が満たされることを確かめたのちに、本学の自主性において行なうものである、こういうことを全学的に確認しておりました。このことは、将来この移転という重大な決定をするのにふさわしい折り目正しいきちんとした最終決定が行なわれるであろう、こういうことを期待しておった向きが多いと思います。ところが、この新大学ビジョン、先ほど言われました四十四年の七月二十四日に決定されたその経過では、どうもそういうことが折り目正しく行なわれなかったように思うのであります。  ちょっと長くなりましたが、あとでまた質問に……。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、教育学部は、いまその確認メモとして二つの条件、大塚に残りたいという問題と、それから諸般の条件が整うまでですか、その条件という内容についてはいろいろな議論がおありなんでしょうけれども、昭和四十四年の七月段階のビジョンを前提にして筑波に移転するということについては、そういう条件つきで最終決定ではないという御確認でよろしゅうございますか。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 そのように思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 最初にお聞きしますが、松本先生、文学部は当時の評議会決定に御参加になっていないという事実のように私は確認しておりますが、それはどういう考え方でございましたでしょうか。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 文学部の松本でございます。  昭和四十四年の七月二十四日の評議会に文学部は参加しておりません。それは、先ほどお話ありました四十四年の評議会の決定の前提には、四十二年六月十日の評議会決定と称するものがあるわけでございますね。いわゆる土地希望に関する決定でございますが、これにつきましては、文学部は、従来の教育大学の慣行にのっとった評議会の運営及び決議ではないという見解を持っておりまして、一口に申しますと、学部間の調整が不十分なままで決定されたものが昭和四十二年六月十日の土地希望の決定である、したがって、それはわれわれは認めることができないという立場をとっておりますので、それを前提とした四十四年の評議会決定というものに参加することができない。また、昭和四十四年評議会決定の原案になりました大学のビジョンといろものもマスタープラン委員会でつくられたものでございますが、これにも文学部は参加しておりませんので、四十四年の評議会には出席しておりません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 文学部が参加していないということに関連してあとでまた二、三御質問させていただきますが、当時体育学部は条件つき云々ということを、私、文書で見たことがございますが、長島先生、当時はいかがだったんでございましょう。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 当時公表された文書がございまして、「体育学部教授会の決定文」これはやはり速報等に発表されておるものでございますが、「本学部は評議会原案の骨子を了承し、その実現を期するとともに今後具体化の段階において学部の要望が十分配慮されることを条件として移転の意向を表明する。」それで、註がございまして、「(計)骨子は13頁までを意味する」と書いてあります。「13頁まで」というのは、ビジョンの総論の部分ということになっております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、私が調査させていただいた過程の認識といま出てきたデータでほぼ共通しているのですが、つまり、教育学部は、ビジョンを前提にして筑波大学に移転するということについては、教育学部教授会の確認メモがあって、最終決定ではないということが前提にされているのが、四十四年の七月段階の状態だということ。それから体育学部の場合には、いまおっしゃったその骨子だとしますと、筑波大学ビジョンの最初には、将来大学というのは今日の情勢の中ではどういうふうに考えなければならぬかという、一口で言えば大学が大衆化してきているということと、同時に、非常に科学技術が発展してきているから、それに関連して専門的な研究が必要になってきている、そういう意味で、たくさんの学生が進学するようになった現状の大学にどう対応しなければならないかという、そういう大学の見方と、同時に、科学技術の発展に伴って大学の学問研究は深くどうあるべきかという、この二つをどういうふうに新しい大学のビジョンとして確認しなければならぬかという、そこの部分でございますね。ですから、その前段において——そのあとに入っていきますと、研究体制、教育体制、いろいろややこしいことばを使ったものがあるのですが、その前段の確認だということになるわけですね、いまの御説明ですと。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 これは評議会で体育学部長はどう説明されたか知りませんが、この文書を見る限りは、そう理解せざるを得ないと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それで私は、東京教育大学が四十四年の七月の段階で新しいビジョンに基づいた筑波移転ということを評議会では形式的には決定されながらも、実体としては、学部間にはたいへん足並みが乱れていて、そして全体的な大学の意思としてはたいへん確認しにくい状況の中での決定だなということが予測されるわけです。私の調べた資料でも、この評議会での最終決定というものが行なわれる前に、マスタープラン委員会がビジョンを発表された、そのビジョンに対して教官の四割強の方々が反対の声明をなさっているという事実があります。評議会が決定されたそのあとに、今度は全学教職員のまた四割強の人たちが評議会決定に反対されている声明が出ているものも見ておりますから、そういう前後の状況からすると、確かに評議会決定というのは東京教育大学の一つの大きな踏み切りの決定になってはいますけれども、実体は伴っていないというふうにどうも確認できるのではなかろうかというのが、私の資料での判断でございます。  そこでもう一つお聞きさせていただきますが、そういうわけですから、おそらく東京教育大学では、自分たちの大学の自主性において筑波大学というものをどう構想しなければならぬかという努力が、その後もマスタープランの中で十分に討議されながら事態が進行していっていると私は思いますが、それに関連して、四十四年の七月に教育大学の評議会が決定して、その年の十一月に文部省に筑波新大学創設準備調査会というものができて、そして文部省のほうが今度調査会でもって、教育大学から出てくるものを受けとめながら、次第にまた専門的な学者を入れて新たなものをアレンジしながら構想していき始めるわけです。そしてあくる年の四十五年の十月二十一日、約一年数カ月後ですけれども、四十五年の十月に文部省が「筑波新大学のあり方について」中間発表というのをなさっているわけです。それに関連して木村先生にちょっとお伺させていただきます。  その前に、私のこのコメントがこういう理解でいいかどうかを前提にした上でお聞きさせていただきますけれども、木村先生はマスタープラン委員会の副委員長か何かで、大学のそういうマスタープランの委員だということをお聞きしておりますけれども、そうでございましょうか。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 おっしゃるとおりに、私はマスタープラン委員、それから最後の段階ではマスタープラン副委員長をいたしました。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 昭和四十五年に文部省が「筑波新大学のあり方について」というのを発表されたときに、当時の東京教育大学のマスタープラン委員会から文部省に対して要望書が出ております。その「中間発表についての要望」これは昭和四十五年十月二十一日。「筑波新大学ニュース」ですから、これはマスタープラン委員会の当時の機関誌の四十五年十一月十六日号ですけれども、それに文部省の中間発表に対する要望書が出ております。その要望書を読んでみますと、「中間発表の内容については今後これにこだわらず十分に検討すること。」これが第一の項目になっております。第二番目は「東京教育大学の意向を十分反映し、また本委員会の意向を学内でうけとめられるような運営を希望する。」運営についての希望です。三番目には「中間発表の問題点として、次の事項につき慎重な検討を希望する。」三番目は、今度は組織の問題についての慎重な検討を希望させております。その三番目の一は「教官組織のあり方、教官組織と管理組織との関連」つまり、学系、学群と、遠い将来に発展していく問題に関連します。二番は「学生の指導掌握の方法」は「学内における利益対立の処理のプロセス」というふうに、三番目に三つの項目を設けておりまして、そして最後の四番目に「専門委員会において、東京教育大学から出す具体案をたたき台として進めてほしい。」という要望書。筑波新大学創設準備調査会委員であられる大島清さん、福田先生、浅川さんの名前で文部省に対する要望書が出ております。  そこでお聞きいたしますが、昭和四十五年に文部省が、お出しになったビジョンを受けて中間報告をお出しになった。その当時の中間報告に対して、教育大学からいま言ったような自主性という要望書が出ております。その後、あくる昭和七十六年になりまして、基本計画案というものが東京教育大学の評議会で決定されるに至っております。ですが、その過程について木村先生にちょっとお聞きさせていただきたいのですけれども、たとえば教育研究というような問題に関連して、東京教育大学の側で構想された考え方と、当時の文部省のほうの準備調査会との間に、東京教育大学側の自主的な改革というものを受けとめていくような形でスムーズに事態が運びながら四十六年の決定に至っているんだろうか。この点について、当時の木村先生のマスタープラン委員のメンバーとしての御意見をお伺いさせていただきたい。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 私の考えを述べさせてもらいますが、おっしゃるように、私たちは、自主的な大学の改造案、自己改造案というものをビジョン以来つくってきたつもりであります。そしてあくまでも自主的な立場が貫かれるようにという配慮をしながら改造していくというのでありますから、自己のほうではビジョン以来マスタープラン委員会をつくりまして、いろいろな専門委員会などをつくりまして熱心に研究討議して積み上げてきていたわけです。しかし、おっしゃるように、この問題は非常に政府側にも関心があられて、そしてまた、われわれは開かれた大学の理念をビジョンにも打ち出しましたから、多くの人々の意見を開く必要があるという考えもありまして、そしてこの大学の委員会ばかりでなくて、文部省にも準備会が持たれるようになったわけであります。しかしながら、そういうふうになりましたときには、教育大学の主体性というものと、文部省に置かれるそういう会議との間の関係がどうも明確を欠くおそれがある、また、欠いては困るというので、機構上の問題としてはかなり問題はあったと思います。しかしながら、大きな仕事をするのにはそういう機構も必要であろうと思ってやったわけですが、実はその関連がはっきりしないために、両方で議論されておることが必ずしも一致しない、食い違いを生ずるというおそれがあったので、われわれ大学側としては、そういう中間報告に対しては、こういう自主的なものを十分尊重してほしいという意味の、何項目かにわたる希望を出したわけであります。これは機構上の問題。  しかし、この次の問題がもっと重大だと思いますが、その段階よりも、その次のもう少し実行プランを立てる段階になりましてもいろいろ食い違いを生ずることがありますので、そこまで及んでよければそこまで説明いたしますが、いかがでしょう。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 簡潔に。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 たとえばこちらの創設準備会に対して、学内には開設準備委員会というものを対応してつくりまして、幾多の専門委員会をつくりまして討議した結果は、十八学系案というものを基礎にいたしまして日夜討議を重ねて、一応中間報告案というものを出したわけであります。ところが、その段階になりまして、文部省の準備会のほうからも、第一次のまとめですか、そういうものが出てまいりまして、それを比べてみますと、十八学系が二十五学系になっている。しかも十八学系というものは、その中のあるものは削られて、こちらが主体的に希望をしたわけでもないものが入ってきているというようなズレが生じまして非常に困惑するという状況がございましたので、私たちとしては、実体的にこの自主性が貫かれ得るようにするためには、ここのところが大事なんですが、どうしても大学側から出ている委員の皆さんを大学の代表として送らなければならないだろうと考えまして、教育大学の代表として送ってもらいたいことを希望したのでありますけれども、あくまで、そうではない、あの委員は個人の専門委員であって、大学を代表しているものではない、したがって、大学の内部の機関にはかる必要もなければ、大学の内部の案と食い違っても差しつかえないんだという執行部の答弁でありまして、したがいまして、形式はともかくも、実質的に食い違わないようにしようとするためには、うちでこしらえたところの案を十分に反映できるように代表として送るべきだと考えたけれども、それは行なわれない。したがって、両者の間の調整とか連絡とか、あるいはそれを訂正する方法というものはあまりはっきりしません。下部機構でもなければ、並立したような形になっておりまして、そういう食い違いを生じたときにはどうするかというと、最終的には評議会がきめて、学長が文部省のほうに持っていくんだということになっておりましたけれども、なかなかそういうふうにスムーズにいかないということがありまして、いろいろと内部で悲観的な見解だとか、反対だとか、あるいは相互不信というものが生まれてきたことは事実でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 たいへんどうもたびたびありがとうございました。おそれ入りますけれども、もう一つ……。  つまり、そういう四十四年の段階から四十六年の基本計画案の過程でも、大学側の要望書に出ているような意向と文部省の調査会との間に往復があって、民主的な意向が反映しにくい経過があって、そして「第一次まとめ」というのはグリーンの表紙のやつですね、あの案が一方文部省から出てきたときに、東京教育大学の案との間にズレが出てきている。しかも、そういう過程で、東京教育大学で出ていらっしゃる文部省の側の委員は、正規の東京教育大学の代表ではないという形で、筑波大学構想が文部省主導型の形で事態が進行していくというようなそういうプロセスと、それを受ける大学の管理体制側と、それからマスタープラン委員会という大学の中のグループとの間になかなかコミュニケーションがうまくいかない、そういう状況の中で事態が進行していたということになりますね。そのことが何か学長不信任の問題なんかには一つの要素として考えられませんでしょうか。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 先ほど申しましたことは、たいへん世間の常識には反しているかと思います。私たちも、当然学長が委員になり、それから重要な人たちが参加しているわけですから、世間は、学長が委員である限りは、個人的資格などといったところで、大学を代表していると考えるに相違ないし、おそらく文部省もそういうふうに受け取っていらっしゃるだろうと思います。しかし、学内では、あくまで個人であって、学長として代表しているのではないという見解であります。その他の者も学識経験者個人として参加するのであるという見解でありましたから、そこのところの大学側と文部省側あるいは会議側とのつながりの関係がはなはだどうも明確を欠くと申しますか、はなはだ断絶しているというところに非常な問題点があったことは事実であります。したがいまして、そのいろいろな食い違いが生じましたときに、どうしてそれを直すか、どうして訂正するかということになりますと、大学執行部が責任を負うのだと言われますけれども、なかなかそううまいぐあいにいくわけではない。そうしますと、下部の専門委員会だとか下部の教授諸公と大学執行部との間に相互に次第次第に不信感がつのってくるというのはやむを得なかった事情だと思います。それが、遠い原因からいえば、確かに議長不信任というものの根拠になっていないとは言えません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 どうもありがとうございました。  私に与えられた時間もあまりございませんので、かいつまんであとまた二、三御質問させていただきたいと思います。  東京教育大学では、昭和三十七年に「大学の管理運営について」という、朝永振一郎先生が学長だった当時、朝永原則というのが出ているように聞き及んで、その文書を拝読させていただいております。さらに例の昭和四十四年の七月に、筑波に移転するということを評議会で決定した。そのあくる年の昭和四十五年の四月に「教官選考基準に関する申し合わせ」という評議会決定が行なわれているように思います。  そこで、松本先生にちょっとかいつまんでお伺いしたいのですけれども、朝永原則で考えられた教官の人事という問題についての、教授会か発議権があって、そして「教授会の議に基き」という、教育公務員特例法の四条一項に基づいて教授会がきめた人事を当時の朝永原則では優先してすべてきめていくという考え方の管理運営だと思います。ところが、昭和四十五年の四月十七日の「教官選考基準に関する申し合わせ」を見ますと、評議会が教官の人事の一般的基準に関して、これはおそらく教特法の二十五条の読みかえ規定を適用し、また同時に、文部省の省令による評議会の暫定規則、これに基づいての規定だと思いますけれども、要するに、昭和三十七年の朝永原則では、人事に関しては、教授会という、教特法四条一項の考え方で人事権が運用され、四十五年の四月の「教官選考基準に関する申し合わせ」のところは、評議会が教官の人事に対して一定の発言を持つ、ないしは基準をきめるという考え方に変わっているように思うのです。そのために、教育大学内部の人事問題について教特法四条一項違反の疑いのある事実がその後幾つかあるように私は見受けられますので、最初に、この三十七年の朝永原則における人事についての考え方と、それから四十五年の四月の段階における教官選考基準についての考え方、特にこれは文学部の人事問題に非常に密接なつながりがあるように思いますので、その関連を念頭に置いて、かいつまんで、相互に矛盾しないかどうかについての御意見をお伺いしたいと思います。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 朝永原則と申しますのは、御承知かと思いますが、昭和三十七年の六月二十一日の評議会で、評議員一同という形で明確にされました、大学の管理制度についてという事項に関する原則でございますが、これは必ずしも人事に限らず、大学の運営にあたって評議会と教授会との関係はどのようにあるべきかということについて原則化したものでございまして、その際、それをささえる基本的な精神、考え方というものは、評議会がもし統一体としての大学として何らかの意思決定をしなければならないという場合には、学部、つまり部局、学部あるいは研究所という部局の自主性を尊重し、そしてその間の調整を十分はかりながら決定すべきであるという、一口に申しますとそういう原則でございます。したがいまして、特に人事ということになりますと、いま御指摘のように、教特法におきましても明確に、教官の選考というものが「教授会の議に基き学長」ということになっておりまして、人事における教授会の選考権というものはきわめて重視されているわけでございます。したがいまして、評議会がもし人事、教官の選考に関する基準をきめるということ、これは従来の教育大学におきましては、四十五年以前は特別そういう評議会決定の明確な基準はなかったわけでございますが、これは大学設置基準でございますか、その精神に基づいて行なわれていたわけなんで、しかし評議会できめるということになれば、当然、これは人事であるならばなおさら、選考権を持っております各部局、つまり学部教授会の意向というものが尊重されなければならないということは言うまでもないところかと思います。したがいまして、四十五年の教官選考基準を評議会がきめるという過程におきまして、一部局の、具体的には文学部の強い反対があった場合には、それは当然十分その間の調整をすべきであり、それを形式的な多数決とかというような形できめるべき性格のものではないというふうに私は考えております。また文学部はそういう見解でございます。したがいまして、四十五年に定めました教官選考基準というものについては、文学部はそれを認めるわけにはいかないという立場をとっているわけでございます。それが今日の文学部の人事についての非常に大きな停滞の原因になっているということでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そこでお伺いしますが、東京教育大学では、この昭和四十五年の「教官選考基準に関する申し合わせ」というのは、平たく言えば、筑波ビションというものを認めない教官は——教官の昇任人事を、かりに助教授を教授にするということを教授会で、大学設置基準の要件に基づいて、業績が非常にすばらしくて、そしてすぐれた学者としての判定をしながら文学部教授会で教授人事をきめた、それにもかかわらず、筑波大学のビジョンないしは筑波大学という移転の問題に賛成ができないということがつけ加わりますと、せっかくきめた教授会の人事が、筑波大学に反対ないしは考え方が違うということだけで昇任人事が行なわれていないという事実がどうもあるように私見受けられるのです。  そこで、ちょっとこまかにお聞きしますが、昭和四十五年の教官選考基準がきまる前に、文学部教授会で、助教授を教授にするという人事があったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 二件ございました。もし御必要ならば具体的に申し上げたいと思いますが……。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いつごろか。人の名前はA、Bでもいいですから……。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 昭和四十四年の十二月十七日に、ドイツ文学講座に関する人事が一つございました。それから、同じ日に西洋史の講座に関する人事がございました。いずれもよその大学から助教授としてお招きするという人事でございます。それは実は学長の当該の大学に対する割愛願いを必要とするわけでございますが、それが学長によってなかなか出してもらえないという事態がございまして、御当人はもちろんのこと、当該の大学にもたいへん御迷惑をかけたということがございました。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、教官選考基準で、筑波大学を認めるか認めないかというこれ自体についても、教官選考の基準にするのはおかしいという考え方を文学部ではお持ちになっている。しかし、そういうものが評議会で決定される以前に文学部教授会で決定された人事が、あとできまる評議会のその基準に合わせて認めないということが行なわれていたわけですね。そういうことですね。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 いま申し上げました二件の人事は、手続的に申しますと、必要な学長の当該大学に対する割愛願いをなかなか出していただけないということでございまして、そしてその点について、文学部のほうから数回にわたりまして学長に至急割愛願いを出してほしいという交渉をいたしました。なかなからちがあかなかったわけでございますが、たしか二月の下旬であったと思いますが、ようやく学長が割愛願いを出すというようなことで、これは四月一日からの授業計画に予定されていたものでございまして、その点でたいへん困ったことがございました。結果的には二カ月ほどおくれて上申手続が済んだわけでございますが、しかし、これは通常のことならば、たとえば十二月十七日の教授会の決定があるならば、早ければ一月一日付あるいは少なくとも一月十六日付で発令ができるはずであろうかと思いますが、二カ月ほどおくれた。もちろん、そのときはたしか四月一日付の発令ということで教授会の決定があったわけでございますけれども、割愛願いが非常におくれたために、相手の大学ももちろん後任の方を考えるというようなこともございましょうし、そういう点では、当然これは正式の割愛という手続を早く済まさなければならないものでございますが、それが滞ったということでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その後、教官選考基準の前でも、教育大学のいままでの人事は、普通の大学と同じように教授会で決定されて、教授会で発令の日にちをきめますね、慣行として。そしてその慣行に基づいて、学長が大体それを承認して文部省に上申するという手続をそれまでとってこられたと思いますが、いかがですか。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 通常事務的に最も早い時期、一日と十六日が発令時期でございますから、普通十日か、おそくとも十四日程度で発令の手続になるかと思いますが、その日を発令の日とするということで教授会では議決をしております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その後、教官選考基準がきまって以降も、文学部で、たとえば助手から助教授とか、助教授が教授になるとか、助手が講師になるとか、そういう一連の人事について、教官選考基準が適用されながらプロモートできなかったという事実がありますか。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 ございます。現在八件、ごく最近のものを入れますともう一件、九件でございますが、事実上この問題として滞っているものは八件。そのうちの一件の方は他大学に転出されましたので、現在残っている案件としましては七件でございますが、特にもう一つ申し上げたいことは、そのうちの二件に関しましては、人事選考基準が評議会で決定される以前に教授会で議決があり、学長に上申方の手続をとったにもかかわらず、いま評議会でこういうことが問題になっているのだから、上申手続を待てということで、いわば上申手続をしてもらえなかったという件が二件ございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、文学部の教授会でそういう上申手続をとろうとしてもうまくいかなかったとおっしゃいましたが、この間委員会で文部省との間でいろいろ議論しましたら、教授会で教授人事ないしは助教授人事を決定したにもかかわらず、それを学長に上申するという手続を文学部長がとっていないということを局長がおっしゃったのですが、その点は文学部はどういう考え方でございますか。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 上申の手続をとっていないというのは、きわめて誤解を招く表現ではないかと私は思います。教授会でご議決された人事を促進するようにということは、しばしば学長に対して申し入れております。しかるに学長のほうでは、昭和四十五年の五月一日かと思いますが、この新しい選考基準、つまり、端的に申しますと、移転問題に賛成であるということが人事選考の条件になるという、そういう選考基準に従ったものであるという書類を添付しない限り、それは文部大臣への発令のための手続はしないということをいわば根拠にいたしましてそれを受け付けないというのが実情でございまして、文学部としては、従来の教育大学の慣行、先ほど申し上げました朝永原則という形で明確にされました慣行に従って評議会が運営されるならば、そういう教官選考基準のようなものは本来認めらるべき性格のものではないというふうに考えておりますので、そのために、書類が不備であるということで学長が文部大臣への発令の手続を進めないというのが実情でございまして、文学部のその発議をする、あるいは上申する意思がないというものでは全然ございません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そこで、人事問題に関連してあと二つお聞きしますが、一つは、東京教育大学では、名誉教授を推薦するという手続に関連して、筑波大学に賛成したかいなかが、いろいろな条件の中の一つの踏み絵になって名誉教授に推薦されてないという事実があるように、私が調べた限り、感ぜられます。さらに、定年退職でおやめになるときの指定職、つまり、退職金が多くなるために、大学に功績のあった方々には特別に指定職というものをやって、退職金や何かを加算していくような手続がいろいろとられておりますが、その指定職の場合でも名誉教授推薦の場合でも、いままでの大学の慣行を無視して、筑波大学に賛成かどうかが一つの踏み絵になって差別人事が行なわれているように見受けられますが、その点について松本参考人いかがでございますか。時間の関係で簡潔でよろしいです。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 名誉教授の問題につきましては、昨年名誉教授の称号を与えるという件が評議会でございまして、その際に、三人の先生が、名誉教授の称号を与えるという件について否決という結論が出た方がございます。これはどういう根拠であるかは存じませんが、結果的に見ますと、この筑波問題について批判的な見解をお持ちの三先生が、これは当然名誉教授の要件というものを備えておりながら否決をされるという事態がございました。いままでは、名誉教授問題につきまして、条件さえそろっておれば、採決をするということはなかったわけでありますが、その際だけ採決が行なわれまして、否決されるという事態がございました。  それからまた、指定職につきましては、昭和四十六年度の文学部の指定職の件について、四名の指定職に該当する先生がおられたわけでありますが、そのうち二名の先生が指定職になることができないという事態がございました。どういう根拠かは存じませんが、結果的に見ますと、その指定職俸給を与えられなかった先生は、やはりこの筑波移転問題について批判的な立場をとっておられた先生であるということは結果的には言えると思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 これで私の質問は終わりますが、先日来の委員会で、文学部の教授人事の停滞、この筑波問題が踏み絵にされているということをめぐって文部省と討論した際に、文学部長が手続をとっていないという局長のおっしゃった意見と、いま文学部長がおっしゃった意見との間に明確な食い違いがございます。さらに、教官選考基準というものを中心にして相当な人事上の問題が起きているという点があるように思います。それで、いずれ委員会でその食い違いについて再度討論をさしていただく機会を委員長にお願いしたいと思います。  これで終わります。委員長、いかがですか。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 次、栗田翠君。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 先生方お忙しいところを御足労いただきまして、たいへんありがとうございます。私、共産党の栗田翠でございます。  きょういろいろ伺わせていただきます一番中心の趣旨は、私どもも大学が建設的に改革されていくということには大いに賛成しているものでございます。ただ、今度の筑波大学建設の問題いろいろ調べてみましたところが、東京教育大学の御意思が十分に反映されていないのではないかということを、私はその調査の中でいろいろ疑問に感じております。特に文部省側は、東京教育大学で練り上げられた構想を基礎にして、教育大学の自主改革のその意思を大いに尊重して今度の新構想を出したのであるということが繰り返し述べられております。その辺を中心にしながら、幾つか伺わせていただきたいと思います。前に質問された方と趣旨も似ておりますので、多少ダブる点もあると思いますけれども、その辺はお許しいただきたいと思います。  最初、木村先生に伺いたいと思いますが、先生の最初の移転問題に関するお立場、賛成でいらしたか反対でいらしたか、まあ先生のお立場です。  それから、この移転に関していろいろ準備のための機関が、学内にも、また文部省のほうにもつくられましたけれども、その中でのお役職をちょっと伺わせていただきたいと思います。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 私は今年の四月一日まで教育大学の教授をいたしておりましたが、その間、移転問題に関しましては、初めから終わりまで終始賛成でありました。私といたしましては、あくまで大学は自主的に移転して、新しい、われわれの考える自主的な大学をつくるべきであるという立場であります。  経歴は、簡単に申しますと、先ほども言いましたが、マスタープラン委員会ができましたときに、マスタープラン委員と、それからあとのほうでは副委員長をいたしました。それから、新しく大学の中につくられました開設準備委員会の中では準備委員、それからその専門部会では管理体制専門委員長、それから文部省の創設準備会の中では管理体制の専門委員というものであります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 筑波大学構想、東京教育大学で最終的にきめられています案は基本計画だと思います。これが評議会決定もまたされていると思うのですが、これと、それからいま出されてきております法案の中での構想、それから特に創設準備会の「第一次まとめ」、それから「第一次まとめ改訂案」、いろいろ出ております。この最後にいままとまっております案と、東京教育大学が学内できめられました案との間には、実にたくさんのズレがあるように思います。さっき学系の問題もちょっとおっしゃっておられましたけれども、学系の問題その他、木村先生がお考えになりまして、非常にずれていると思われるようなところがありましたらば、お話しいただきたいと思います。それからその辺の御感想もまた伺わせていただきたいと思います。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 先ほどもちょっと触れましたけれども、機構上の問題、それから連絡上の問題と、それから案の扱い方ということになりますと、文部省に設けられました創設準備会というものが主体性を持っているわけであって、大学の側から申しますと、われわれの主体性、意思を、文部省側に設けられた委員会にどのように反映するかという努力が必要であると思います。したがいまして、形式上からいいましても、実質上からいいましても、どうしてもずれる傾向があることは避けられなかったし、また事実いろいろな点でずれがあると思います。学系案のことは先ほど申しましたけれども、「第一次まとめ」、それからその「改訂案」、第二次まとめ、これは私は実は最近ちょっと見せてもらいましたけれども、こまかには調べておりませんが、かなりいろいろな点で違っているようでありますが、そういうものが、われわれといたしましては大学の主体性において自己改造案として新大学をつくりたいという終始一貫した意図であったと思いますから、その当時の状況で申しますと、法案をどういうふうに扱うか、案をどういうふうに扱うかというところでも、大学が自分たちの自己改造案として完結するためには、まあ法案の改正も必要でありますけれども、それはあくまで筑波大学においてはこうするんだ、また、それに従って法案改正が必要であれば、その法案改正をしていただくように手続をしたいというのでありまして、それが不可能な場合には、現行法規のもとでも自己改造をしたいというのが私たちの願いでありますけれども、主体が向こうのほうに——というと悪いてすか、移ってしまっている場合には、そういう発想の根源がこちらにありましても、しばしばそれが、わからないといいますか、われわれのほうではちょっとタッチできないところでその扱い方がきめられるということがありまして、いろいろな点で食い違っているということはあると思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 重ねて木村先生に伺わせていただきますが、この練り上げられた構想を基礎にしているというふうに文部省のほうでは言っておられるわけです。それで、東京教育大学の構想があとで変更されていくということはあるとしましても、それが学内に特ち帰られまして先生方の討議に付されていますのかどうか、また先生方がそれを納得していらっしゃいますのかどうか、その辺をちょっと伺わせていただきたいと思います。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 されている場合もありますし、されていない場合もあります。私の関係しておりますときには、私は単なる一個人の委員ではあるけれども、あらかじめ委員会に申し出まして、私は一委員であるが、学内の主体性を尊重していただきたい、そのためには、学内の意向を尊重する具体的な方策として、問題がありますときには母校の委員会に持って帰りますから、その点御承知ください、もしそれでなければ、私は委員をやめさしてもらいます、そういう趣旨の発言をいたしました。したがいまして、それは往復していることがあります。しかしながら、やはりいまのように二つの会議がありまして、こちらが討議している、こちらも討議している、しかも、こちらがまだ母体のほうで討議されていないうちにこちらの結論が出ることもあるという状況では、どうしてもそれは往復されることもあるし、されないこともある。非常にされないために、どうしてこういうふうになったのだ、どうしてこういう変更案ができてきたのだということについて疑問が出て、いろいろと問題が起こることもしばしばありました。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、結果的には主体性はあまり尊重されたようになっていないということでございましょうか。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 主体性は尊重されたようになっていないと、われわれはその修正の努力をいたしましたから、なっていないと断言することはできません。文部省側もたいへん好意を持っていただいて、なるたけそうしようと努力されていることは私も認めますが、何せ手続上、だれがどういう資格で、どういうふうにして直すのかということになりますと、なかなか直せないという実情がございまして、中には、やむを得ず認める、あるいはこの点についてはずいぶん意見もあるんだけれどもということはたくさんあるわけです。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 最後に木村先生に伺いますが、今回のこの構想を筑波大学に実現するために一般法の改正がやられておりまして、特に学校教育法などの基本的な法律の改正までがされていますが、その辺についてどうお考えでいらっしゃいましょうか。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 これは私の考えでございますけれども、先ほどからたびたび申しておりますように、大学の自主改造案が完結する必要がある。そのために、ほかの方々の同意が得られないままに、あるいは非常に障害があるままに強行されることは、私たちとしては、早くつくりたいという立場からいいますと、またわれわれが一つの試験台となってその新しい大学をつくりたいのだということからすると、はなはだ困るので、もし一般法でなくて単独法でできることならやっていただきたい。またそうでなければ、現行法規の中で認められる限りの改革もやむを得ない、そう考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもありがとうございました。  それでは続きまして松本先生に伺わせていただきます。  松本先生、文学部の問題が今度の経過の中で非常に問題になりまして、私どもの審議の中でも、しばしば文部省側から文学部の問題が出されております。  ここでまず最初に、なぜ評議会の移転審議に文学部が参加されなかったのかという、その辺の経過を伺わせていただきたいと思います。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 文学部が移転問題についての審議に参加しなくなりましたのは、昭和四十二年の六月十日の評議会決定以後のことでございますが、これは基本的に申しますと、先ほど申し上げましたような四十二年六月十日の評議会決定というものが、従来の評議会に関する大学の慣行及び評議会自身が昭和三十七年に決定いたしました評議会の性格並びに役割りに関する原則、いわゆる「朝永原則」といわれているものでございますが、そういう大学の評議会運営に関する慣行及び原則に反した決定であるという観点からでございます。  御承知のように、四十二年の評議会決定は、土地希望に関する決定でございますが、この土地希望の決定の前段階といたしまして、全学将来計画委員会というのがございまして、そこで将来計画に関する問題を、各学部の代表からなります委員で行なっていたわけでございます。そこでは文学部も委員を送りまして、将来計画に参画していたわけでございます。  その全学将来計画委員会の最後のまとめといたしまして、そこでは文学部の案と、それから文学部を除く五部局の調整案というものが併記されて結論として出されたわけでございますが、その際に、全学将来計画委員会のまとめといたしましても、評議会への要望として、それを単純に二者択一的に決定するのではなくて、民主的な手続によって十分調整を行なってほしいという要望が特に付せられていたわけでございますが、そういう委員会の要望も無視した形で、きわめて形式的な形で四十二年の評議会決定が行なわれた。  特に、こまかい手続になりますが、文学部ではその際修正案を出しましたが、その文学部の修正案が、それをセカンドする者がいないという理由で採択されない。修正案が採択されないということは、同時に原案が採択されたことであるという、私どもにはたいへん理解に苦しむ議事運営が行なわれまして、したがって原案に対する採択もない。修正案が否決されたことは原案に賛成であるということであるという、そういうロジックできめられたわけでございますが、そういう形式的な手続もさることながら、根本的には、大学の学部自治を根幹といたしました従来の原則というものが評議会によって守られなかったということが、われわれが評議会決定を認めることができないという立場の最も中心的な点でございます。したがいまして、その点につきましてはさらに学部間の調整をしてほしいということを評議会にも学長にもしばしば申し入れたわけでございますが、そういうことが一切いれられないというままで既成事実が進行するという事態になりました。  文学部が移転問題に参加しなかったというのはそういう事情からでございまして、むしろ評議会のほうで大学の長年のルールが守られなかったというところにあると私どもは考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 松本先生に続けてもう一つ伺いますが、文学部の教官が充足されなかったことにつきまして、木田大学学術局長は、文学部長が上申しないからだというふうにおっしゃっておられましたが、事実はどうでございましょうか。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 先ほど申しました点でございますが、上申されなかったということは、おそらく学長からそういう上申がなかった、学長が上申しなかったという意味ならば、われわれはわかりますけれども、文学部としてはしばしば学長に上申方を要請しております。学長は、先ほど申しましたような、四十五年の人事選考基準にのっとって選考が行なわれたという文書をつけない限りは受け付けないという態度を改めませんために、文部大臣のほうにその上申方が届かないということでないかと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもありがとうございました。  それでは続きまして、長島先生に一言だけ御質問させていただきます。  筑波大学の今度の構想に反対しているのは文学部だけだと一般的に考えられておりますけれども、他の学部はどうなっていますでしょうか。その辺のことを伺わせていただきたいと思います。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 お答えします。  私は一年前に教育大学をやめた者なんですが、その私のおった時代、いまはどうなっているかわかりませんけれども、これは各学部とも少数なんですが、その比率は非常に接近しておりまして、六、四という比率であると推定されます。いろいろの反対声明とか批判声明とか、あるいは七・二四のビジョンの決定の後に出されたいろいろの抗議声明等を分析いたしてみますと、六、四というふうに考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもありがとうございました。  それでは私の質問を終わります。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 山原健二郎君。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 どうも御苦労さんです。私は、先ほど木島先生のほうからお尋ねになりました例の副学長問題について伺いたいのです。  それは福田先生のほうに伺うわけですが、A氏という方の名前が出てまいっております。また新聞によりますと文部大臣のほうもA氏はりっぱな方であるということを言われておるというのが出ておりますが、その真偽のほどは、新聞だけしか見ておりませんから、これはあとでまたお伺いを文部大臣にしたいと思っておりますが、このA氏という方が出てきた経緯はどういうところにあるのですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 どっちのほうか知りませんが、きょう文部大臣もいらして、私そういう話を文部大臣と一度もしたことがございません。  それからA氏が出た経過そのものは、ちょっとこれは必ずしもわかりませんが、先ほど木島先生でございましたか、五学部長の会というのがございまして、これは非公式でございますが、そこへ学長がかなり前に、おそらくは去年の十月ぐらいじゃないか、九月か十月か、かなり早い時期に出しております。それは各委員が——五学部長だけではございませんが、いろいろな候補者を、一人や二人じゃございません。私の記憶では五、六名ぐらいな、こういう人を検討の対象にしたらいかがでしょうかという形で出てきているということでございます。  それからなお、それについては教育大学の学長が、いろいろな方にも意見を聞いたと思います、専門家の。ですが、それは私自身はちょっとよくわかりません。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 福田先生が落合教授に対して、A氏と協力をしてほしいということを言われたというのは、先ほどおっしゃったわけですね。この協力というのはどういう意味なんでしょうか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 その当時、先ほども申し上げましたけれども、医科歯科の希望、これは必ずしも五学部長が一致して推したというものではないようでございますが、それからまたそういうものをきめる際に、委員であった本学の学長の招集はございません。ですから出席していないのでございますので、その辺のいきさつは、それは欠席じゃございませんで、議長からお呼び出しがなかったということでございます。そういうところできめましたので、大学側としてはどういういきさつで、A氏に対してO氏ですか、なったかちょっとわからないのでございます。  そこで、しかしわれわれとしては、二人の候補が最後的にはかなり出しているんだが、いずれも実際問題として専任にお願いするという立場にございません、そういうポジションもございませんし……。そこで法案以後の問題ではあるにしましても、いろいろそれまでの準備がございますので、準備をするのについて、大学側が、先ほど私、大学の自治の立場で申し上げましたけれども、専門的な討議はそこであるとしても、大学が責任をもってやるためには専門家の信頼できる責任のある人に御相談して、こういうのが出ておるが、けっこうでしょうか。一応そういうような手続ぐらいはやりたいということで、そこでそのお二人にそういう相談役になってくれないかということでございまして、そういう以上でも以下でも全然ございません。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 A氏というのは、この方はたとえば文部省の創設準備会などに関係のある方ですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私、文部省の立場を説明する立場にはございませんけれども、常識的にいっていろいろ大学設置のための、あるいは学部をつくるというときに、いろいろ文部省はそのための委員を——どういう委員か知りませんが、設置の基準を審査するとかこういう案が出ておるが……

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 創設準備会に関係があるのか……

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 創設準備会だって同じで、創設準備の……

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 A氏は創設準備会に関係がありますか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 関係ございません。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 全く関係のない個人を、A氏と落合氏とが協力してもらいたい、こういうことを福田先生言われているわけですね。  福田先生の御資格というのは東京教育大学の理学部長さんですね。そして文部省の創設準備会の委員をしておられるわけでしょう。そのほかに何か委託された御任務というのがおありになるのですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は評議会のメンバーでございますので大学の評議会について、したがって学長に依頼されたり、そういうことはしばしばございます。したがって、私が対外的に行動する場合には、学長の依頼が必要でございます。  それから創設準備会は、私はメンバーでございますが、いまのA氏の云々の依頼の件は、学長の委託を受けて行動していたということはさっきも申し上げました。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 この落合教授とA氏——A氏というのは全く無関係な人なんですね。これはたくさんおられる無数の方の中から出てきたお名前だろうと思うのですが、その方に協力してもらいたいなどという権限を福田先生が持っておられる立場におられるわけですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は、繰り返し申しておりますが、これはほんとうなのは、プライベートな表現でございますから、そのことについては学長の権限を私が委託を受けて行動したと申しておるので、私が理学部長として行動しておるわけではございません。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 そうすると、宮島学長のあなたは代理といいますか、この他に関して委託を受けておる、こういうかっこうになるわけですか。それは個人的にお二人の間で成立した委託関係ですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 そうではございません。実はこの医学部の問題につきまして、学長が各学部長にも相談いたしましてどうしましょうかということのおりに、学長が福田理学部長と相談しながらやれという委託を各部長さんも了解されて行動しておりました。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 それは部長会とかいうものを開いてやるわけですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 そのとおりでございます。部長会で話し合ったことでございます。ただし、いまの問題はまだそういう評議会の議題にするかどうか非常に問題なんでございますが、これは別にいまその人事の候補者のような、非常にプレリミナリーな段階だから、まだ評議会の問題ではないだろうということを前提としまして、部長会では、そういう段階なら、いま学長が理学部長と相談してやれという委託を受けたということを申し上げました。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 副学長の人事について、そういうような個人的な、しかも、部長会というのがどういう権限を持っているか私は筑波の問題についてはわかりませんけれども、部長会などというものは、全く権限を持っておるものじゃないのです。この関係ではないのです。だから、そういう関係が生じているのですから、人事の問題についても、福田理学部長は、もうすでにそういう権限を委任をされておる関係になっておるのですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は大学の自治——先ほどから問題になっておるようですが、私は大学の自治というのは多くは慣行でございまして、すべて自治の問題、非常に重大でございます。大学側がどういうふうにやるかは、大学側がいろいろな慣行をつくりながらやるのがたてまえだと私は思います。その際、これは評議会で決定すべきだろうか、あるいは学部長レベルで話をしろとか、これはたとえば予算等でもいろいろございます。たとえば評議会できめる場合と、配分についての部長会で予算の委員会をつくってやる場合とか、いろいろございます。本学では初めてのケースでございます。ですから、慣行があるのじゃなくて、実は慣行が  一つもないのでございます。ですからそのつど、学長はどういうふうにこの問題を進めるかということをやって、これは評議会の議題とすべきであるとかないとかいうようなことをやりながら進んでおるわけでございます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 慣行がないというのはこれはちょっと間違いでして、「すぐれた伝統と特色をもつ東京教育大学」と、PR資料にぱっと出ておるわけでしてね。そういう言われ方をすると、これまた時間がかかりますからそのことは申し上げませんけれども、すでに東京教育大学の中においては、副学長をはじめとする人事について、そういうスタッフができているわけですね。たとえば宮島学長からあなたは委託を受けた形になって、人選その他がすでに内々に行なわれておるというのが実情ですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 全く私の発言を誤解されておると思います。私は医学の、特定の医学の副学長のまた候補の候補のようなものをどうしてやろうかということに関する件に関してだけでございます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 医学専門学群の一番重要な副学長の問題については、ではその人選の基礎をつくる意味で、その権限はあなたに委譲されておるというふうに把握しておられるのですね。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私が権限を持っておるわけではございません。学長が持っておるのでございます。私はそのおりに、学長の考えを伝えてくれということを委譲されたということを申し上げたのです。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 こういう経過があるわけですね。私は、人選人事というのは、まさに公明正大な形で行なわれていくことが必要だと思っているのですよ。ところが、五医学部長会議における副学長の人選行為があったということは、これは事実。これはもう文書の中に出ておりますから、そういう行為があったということは事実。それに対して、一理学部長であり、しかも、その間学部長から委任を受けたといわれますけれども、そういう人選が個人によって行なわれているというのが筑波大学の人事構成の姿であろうか、こういう疑問を持ったわけですね。だからそのことをお尋ねしているわけですが、そういう個人的な委譲関係でこの人選が行なわれる、あるいは人選の基礎がつくられるというふうに理解してよろしいのですか。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 全く誤解をしていると思います、先ほどから副学長候補だと申しましたけれども、筑波大学の人事をどうするという問題ではございませんで、筑波大学を誕生させるためのいろいろな主要人事をどういうふうに配するとか、まさにいまおっしゃいましたような機構をつくるためのいわば中心人物というのがわれわれの考え方でございまして、その人が将来副学長になるかならないかということは、私は別問題だと了解しております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 いまの問題については、先ほど木島委員のほうから落合さんをはじめとして関係者を証人として呼んでいただきたいというお話がありまして、私もそれに賛成をいたしますが、これはやはり筑波大学の最も重要な部分を占める問題でありますから、この事実関係はどうしても明らかにしていただきたい。しかも、文書が宮島学長名で配付されておるわけですね。すでに五医学部長会議における人選については、これをたな上げにするという文書まで出ているわけですから、この辺の経過は、どうしてもこの筑波大学問題を究明する意味において明らかにしてほしいということを委員長に申し上げておきます。  それから松本先生にお伺いをしたいのですが、文部省のほうでは文学部が学生に教えないという決定をして、これはきわめて不当なやり方だということがしばしば木田大学局長を通じて委員会の席上で言われました。了解できない事項だというような話がありましたが、その後授業再開の問題も出ているわけですが、この辺の経過について簡単に伺っておきたいのです。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 いま御質問の文学部が授業云々ということは、おそらく昭和四十四年五、六月段階の、つまりいわゆる紛争の末期の段階のことであろうかと思いますが、私も、授業をしないというようなお話で、全く理解に苦しむのでございますけれども、文学部がそういうような決定をしたことはございません。御承知のようにそのときは、四十四年の二月の末に学長事務取扱が機動隊を導入いたしまして、学生の建物封鎖を排除した。その後ロックアウトをしきまして、そしてたとえば理学部においては、誓約書を提出した学生のみ入校させるというような事態が続いていたわけでございまして、文学部といたしましては——授業を行なうというからには、学生が来ようが来まいが、ただ教師が教室に行って講義をすればいいという性格のものではございませんで、これは授業の根本には、やはり教師と学生との間の信頼関係というものも必要でございます。また、学生が自由に校内に入れるという状況が必要でございます。したがいまして、文学部は、授業をする前提といたしまして、そういう教師と学生との間の信頼関係の回復及び学生が自由に入校できるような状態をつくるべきであるということを主張したことはございます。したがいまして、文学部はロックアウトが行なわれておりませんほかのキャンパス、たとえば理学部あるいは体育学部というようなキャンパスにおきましては、一般教育を担当している文学部の教官はそこに参りまして授業を行なっておりますし、それからまた文学部の学生に対しましても、学外におきまして小クラスでできるものは授業なりゼミなりあるいは卒論指導なりというものを、できる状況の中で極力行なったわけでございまして、決して、授業を拒否したとかいうようなことは毛頭ございません。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 いまの点はわかりました。基本組織の問題について四名の先生方に一言ずつ最後に伺いたいのです。  いままで学部が基本組織、こうなっておるわけですね。そして学部教授会にいろいろな権限が与えられてきておった、これが今日までの戦後における大学の自治を守る大きな理念になっておったわけです。ところが、今度筑波大学構想の中での基本組織というのは何かと聞けば、学群である。学群教員会議というものが予想されるわけでございますが、この学群教員会議と今日までの学部教授会、この二つの基本組織にどういう違いがあるか。学群教員会議というものを真に基本組織として認識し得るものであるかどうか、この点について松本先生、そして長島先生、木村先生、福田先生、簡単でけっこうですが、伺っておきたいのです。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 筑波新大学の基本組織でございますね。私は学系、学群という形で研究と教育が分離されるという組織に対しましては反対の見解を持っております。今度の基本組織によりますと、結局は教師が、従来の考えでいいますといわば非常勤講師的な形で、ただ教室においてのみ学生と接するというような状況、その危険性が強いというふうに思いますし、本来大学というところは、研究と教育というものは不可分のものでございまして、これは組織としてもそういうものを分けるということについては私は反対でございます。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 私は、いまの御質問の趣旨によりますと、いままでの学部教授会というものと、それから学群あるいは学系、新しく立てましたものとは非常に違っているんだと思います。したがいまして、従来の学部別というようなものが学群でイコールであるとは思っておりません。特にその中で、人事面でいえばはなはだ違っているところがある。それから教育と研究ということについて申しますと、教育と研究というのはもちろん一体であるべきであるけれども、組織としてどういうふうな組織を持つかという点で、学系に所属しながら学群であるという構想を出したわけですが、しかしながら、確かに言われるような、教育をする場合にほんとうにそこへ定着して教育ができるかという問題になると、いろいろと新しくやってみないとわかりませんから、問題が起こる可能性は十分あると思います。したがいまして、先ほどからたびたび私は言っておりますように、こういうことはやってみなければわからないのであるから、まだ一般化する前にわれわれ自身が実験してみたいのだということを申し上げていて、従来の大学の長い慣行の上に立っているものを改めます場合には、いろいろと問題点があろうから、その点は十分客観的にたえ得るように批判し、訂正し、われわれはそれを訂正されるのを受け入れるのにやぶさかではないという、そういう立場であります。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 ほぼ木村先生のおっしゃっていることと私は同じでございます。ですから、おそらく今度の法案、私は法律上の問題はよくわかりませんけれども、教育大学がいろいろ試行錯誤をある程度までしながら、固まった段階でいいところはまた採用していくということは起こるだろうと思います。それから、そのためにも、大学側が自主的に初めやり出したが、この点はまずいということを改められるような柔軟性をひとつぜひ文部省のほうでも持っていただきたいし、また持っているものと私は確信しております。  それからなお簡単に、学群、学系への転換は単に組織論という面もありますけれども、従来の大学はいい面もずいぶんございますけれども、例をあげますと、必ずしも正確な比喩ではございませんが、かつての徳川時代の封建的な体制、つまり藩を中心にして、すべてのものがそこに集中している。それで、日本国がその意味でばらばらになっている。いまの学部というものはそういうものに非常に近い。その間の交流かきわめて薄い。われわれは、新しい大学は情報が、縦の関係はもちろんございます、教えると教えられると。しかし同時に、大学全体が風通しよく、しかも社会に対しても風通しよくなるような横の一つの大きな流れをつくりたい。それが根本的な理念でございます。これはいろいろなところに書いてございます。それを可能にするような組織が、そういう意味で、廃藩置県によって、藩主のかわりに知事ができただけじゃないかという以上に、日本には各種の情報が、政治、経済、人的文化、すべての情報が日本全体に流れて、藩の人間から日本へという大きな転換がなされて、それが日本の発展とつながっていると私は思うのであります。いままでは私は理学部物理学科量子力学講座担当の教授であるという、そういう線が非常に強いのですが、すぐにはいかないと思いますが、やがては教育大学あるいは日本の大学の教授なんだという形で、情報がだんだん各大学間にも、あるいは国際的にも流れていく。こういうことは、廃藩置県によって一どきに全部の現代が生まれないと同じように、学群、学系組織、いろいろな試練を経ながら大学にいろいろな、特に最も根本的なものは学術情報でございますが、そういうものが流れるような大学へだんだんと進化させる、その出発点をつくってみようということで、初期の段階でそれほど大きな変革は私は期待しておらないし、また危険だと思っております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 最後に長島先生に伺いたいのですが、この筑波大学構想に参画され、また文部省にも非常に協力されてきた方の言によれば、筑波大学構想というのは、いわば芸者の置屋が学系である、そして待合が学群である、そしてその間に調整をしていく管理機構が実は検番であるという。私はそういう戯作的なことをやぼったく非難するつもりはありませんが、まさにそういう感覚があるんじゃないかという感じを持っています。だから、ほんとうに学群において、教育の面においてただ出向していくというような形ではなくして、教授と学生の真に魂の触れ合いといいますか、そういうことがなければならぬと思うのですけれども、そういう論までなされるような今日の現状の中で、この問題について長島先生の見解を伺っておきたいのです。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 申し上げます。  私も学群、学系を分けて、そして一方の教官は教育に専念し、一方の教官は研究に専念するという、そういうやり方ですね、これは絶対反対です。教育大学の若い教官の中には、非常に有能な教官があるわけですが、紛争中等に学生が話し合いを求めてくる、あるいは問題をひっ下げてくる。そうしますとこういうことを言うのですね。自分は教育者じゃないんだ。研究者なんだ。であるから話し合いをする必要はないんだ。こういう若き——実は私の後輩なんですけれども、そういうことを言うのですね。これは学問をやっていることによって人間が分裂していることになりますね。そういう意味で、むしろ研究者であって、学生が提起してくる問題の中から、たとえばわれわれのような心理学というような——私は心理学の専攻なんですけれども、そこに学問の目が開けていくわけですね。学生にフィードバックすることになる。そういう意味で、系と群に分けるというのは非常に能率本位の、人間形成の観点を、あるいはほんとうの学問の発展から目をそらした体制である、こういうふうに考えております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 終わります。どうもありがとうございました。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 高橋繁君。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 本日、お忙しいところを参考人の方々ありがとうございました。  私、公明党を代表しまして若干質問をしてまいりたいと思います。  東京教育大学の筑波新大学の創設準備室の室長の選考につきまして福田参考人にお聞きいたしたいのですが、どのような経過でなされましたか、お願いいたします。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は評議員でございまして、評議会の過程を申し上げます。  評議会で室員の問題あるいは室長の問題が出ましたのは、先ほど木村先生の御説明にもございましたが、大体夏ぐらいまで、さらに具体的な案を煮詰めるのに時間がかかりまして九月ごろになりまして——これは五月三十日付て文部省令か出まして、筑波創設準備室を置く。たしか五月三十日だったと思いますが、ですが、学内のほうはむしろそういう具体案を練るのに非常に忙殺されておりましたことが第一。それから第二は、開設委員会というのが広範な専門委員会を持っておりまして、多くの仕事ができるし、また準備室が大きく活動しなければいかぬほどの段階にまだ来ていなかったために、その二つの理由で、たしか評議会で問題になりましたのは九月の評議会だと思います。  そこで、それについての室の人事につきまして、手続きを、まず準備室の任務だとか、それから組織だとか、それから選考の経過だとか手続とか、そういうものをきめまして、そこできめ方といたしましては、普通の学内の共通人事、これはたとえば図書館長とか学生部長というようなのが評議会のいわば権限下にある人事でございますが、それとほぼ同じような形で選考するということになりまして、人事のこまかい点は省略いたしますけれども、そこで評議会内に小委員会ができまして、小委員会にいろいろな候補者を各委員が各学部の意向を踏まえまして提出する。そこで投票によって決する。投票の手続も、普通の、先ほど申し上げましたような図書館長あるいは学生部長の場合に準ずる。ただし、問題になりましたのは、現在、中にいる方はいいわけですが、もしそうでない方を持ってこようという場合にはいろいろの問題がございます。一つは定年制の問題がございます。それから、その室員の人事に限って定年制をはずすべきだという意見が——その意見も評議会全員一致でございます。いまの案も全員一致でございます。それからさらに、持ってきた場合に、大学——これは大学教授になりますので、大学教授の選考がございますから、それは関連部局で審議していただく、教授としての適格性は、関連部局で審議していただくということになりました。  そこで、現在の室長につきましては、さらに別な候補も出まして、それで小委員会で練りましたところ、最終的には一人にしほれまして、評議会の満票——これは文学部は参加しておりませんが、それ以外の全部の部長の満票によりまして選出されたのが現在の室長でございます。     〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 ただし、この方はすでに——理学部の教授ではございましたけれども、定年になっておりますので、その教授適格については理学部教授会にまかせられて、私は理学部の教授会の議長としてこれをはかりまして、正規の手続によって教授の適格性が判断されるということで発令されたわけでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 いま福田参考人から聞いておりますと、きわめて民主的に選出をされているようでありますが、このことについて教育大学の文学部教授会ですか——抗議をされておるようでありますか——から見ますと、室長の人選についてはかなりの問題があったのではないか、こう思うわけです。この点について松本参考人から説明をお願いいたしたいと思います。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 いまお尋ねの室長の問題でございますが、これは新大学に関することでございますので、文学部は、先ほど来申し上げておりますような立場から、その評議会には参加いたしておりません。しかし、教育大学の内部の教官の人事に関する問題でございますので、これはそのほかの教官の人事にも関連するところがございまして、文学部としてはきわめてこの問題を重要なものと考えたわけでございます。     〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕 特に文学部が問題といたしましたのは、室長及び室員の任用についての規定でございますが、これは文書によりますと、昭和四十七年十月十一日の評議会決定ということになっておりますが、そこでは「室長及び教員たる専任の室員の任用にあたっては、評議会の議に基づき学長が選考するものとする。ただし、教員としての資格の認定については、関係部局教授会にはかるものとする。」ということが第一項にうたわれているわけでございます。御承知のように、教員の選考というのは、教育公務員特例法によりまして「教授会の議に基き学長」ということが規定されているわけでございますが、ここでは「評議会の議に基づき学長一ということになっておりまして、教授会との関係においては「はかるものとする。」という単なる諮問ととられる表現があるわけでございまして、これは大学の教員の選考の手続としてきわめて重大な問題を含んでいるものである。私はこれは教育公務員特例法の規定に違反するのではないであろうかというふうに考えている次第でございます。文学部もそういう立場から抗議書を提出したわけでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 福田参考人がお帰りになるようでありますので、その前に自民、民社で質問したいという申し出がありましたので、ちょっとあとで以下の問題はお尋ねいたします。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 塩崎潤君。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 参考人の皆さん御苦労さまでございます。福田参考人が早目に退席されますので、私、与えられた時間内で若干の御質問を申し上げたいのでございます。  まず第一は、ただいま証人喚問までというようなお話がございました、昨日の東京タイムズの筑波大人事の問題でございます。私は、いま福田先生が自分の本意でないことがあらわれているというふうに言われましたので安心したわけでございます。そしてまた奥野大臣も、私の質問に対しまして、たびたび、大学の人事について権力を持つ文部省に拒否権はないということを答えられたわけでございまして、このような新聞記事が出る理由が私はどうもよくわからないのです。そして、その背景に何かありはしないかというふうに勘ぐるわけでございます。  そこでひとつお伺いしたいのは、こんなようなことがおありになったかどうか、昭和四十四年の二月八日に、移転賛成派でございますところの福田先生をはじめ理学部の他の二人の先生が、茗渓会館で食事中に、突然、文自闘というのですか、学生のストライキの連中に乱入されて拉致されて拘禁されて、確認書に署名することを強要された、こういった事実があったかどうか、お答え願いたいのです。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 全くそのとおりでございます。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 しかも、私はその経過をよく知りませんからまたお答え願いたいのですが、市民として食事をとっておる私人を、学生の多数で暴力で拉致して拘禁することは、どうも刑法上の問題にも該当するというような意見もあるようでございますが、しかも、伺ってみると、氏名それから風貌まで確認されておった学生が、いろいろと先生方も気がつかれたと思うのですが、そのような確認をされながら、文学部教授会ではこれに対して処分が行なわれなかった、こんなような事実があるかどうか、その間の経緯をちょっとお話し願いたいと思うのです。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は、非常に重大視しまして、とにかく私ちょうど病気中で、それを押して茗渓でちょっと理学部の教授団と相談をしていたのです。それを強引に連れていったものですから、たしかにその次に直ちに私は告訴をいたしました。そうして何人かはすべて、執行猶予がついたかどうかよくわかりませんけれども、刑法で裁判になって、私は証人にも出ました。だから、この問題は、すべて刑法上の問題は処理ができております。ただ、たいへん遺憾なのは、大学の評議会に私はその事実をすぐ伝えまして、とんでもないと言うけれども、一度も——文学部は、補導は教授会の責任だと言って大学の本館封鎮を放任しておく、しかも、この事件に対して、われわれ三教授に対する何らの陳謝も何もないわけです。それからその関係した学生が処分されたかどうか——ほかの悪いことをずいぶんしておりますから、処分は何人かしたようですが、これに関して処分をされたということは私は聞いておりません。あるいはされたかもしれませんが、少なくとも、われわれが知るのは評議会を通じて以外はございませんので、私は陳謝もされていなければ、これに関して処分をしたということも聞いておりません。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 いろいろこのような行動に対しまして、これまた私は当時まだ代議士に出ておりませんので経過をよく知りませんが、四十三年十月八日の読売新聞では、「学生と一種の共闘をしていた文学部教授会」というような新聞記事が出たようでございますが、このような新聞記事、あるいは世評と申しますか、これらについて、文学部ではないところの他の学部の教育大学の先生方がどのように考えられておったか、当時の事情をちょっとお話し願いたいのでございます。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 われわれは実際に、文学部の教授団が学生と共闘するということばを現実に使われたかどうか、それはちょっと記憶にございません。ただ、先ほど授業の問題で質問がございましたが、ここにちゃんとした資料がございまして、文学部のほうでは入江宣言というのがございます。そうして文学部教授会は、入江宣言を行なった文学部長を信任をしております、この文章によりますと。「ロックアウト下においては文学部学生に対する授業は行なわない。ロックアウト解除が実現したときも、文自闘との合意なしには授業を再開しない。」こういうことを事実上決定しております。つまり文自闘との合意なしにはやらないというようなことを言っているわけでございます。  それで、学長、評議会の勧告をしばしば行ないましたけれども、これを無視したし、それからもう一つもっと重大なのは、大学院の入試問題をかってに——これは入試問題というのは大学の行事でございます。全部評議会の問題になりますが、かってに大学院の入試を中止、延期した、そういうことがございます。  それから、教育大学の封鎖が始まったのは本館で、いまのこのたいへん大事にしておる、つまり文自闘との合意がなかったら授業を行なわないという、大事にしているこの集団が、最初に本館を実力で封鎖したわけでございます。それに対しまして昭和四十四年の八月でございますが、封鎖解除の対策の委員会を評議会で決定いたしました。文学部は最初評議会では賛成していたのです。しかし、結成されるとこれに加わらないとまた声明を出しまして、そして私は、その中に入って有効な説得をしたということを聞いておりません。文学部長なりその責任者が、その封鎖の中に入っていって、解除を説得したということを聞いておりません。それからまた当然そういうものについてきちんとした処分をしたことについても聞いておりません。  したがって、われわれは、こういう文書が幾つもございますが、われわれの判断は共闘をしていたのではなかろうか、つまり文学部の本館封鎖解除は、大学は一生懸命でやろうというのに、おれのほうは知らぬ、学生補導責任はおれのほうにあるのだから、あれはうちの文学部の学生がやっていることだから要らぬことを言うなというような内容のことで拒否してしまったわけです。では、その封鎖を解除したかというと、封鎖は解除しない。そのうちに大学はもう非常に混乱いたします、本館封鎖でございますから。そのうちにだんだんと他学部に封鎖が広がっていく、あるいはそういうことを歓迎しておったのではないかというふうにわれわれは感じております。これは事実の確認は非常にむずかしゅうございます。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 先ほど松本先生は、文学部の先生方はストライキ決行のさなかでも、他の学部に、教養学科のない教育大でございますから、たいへん御努力して講義に行ったというようなお話がございました。私もそのような御努力は払われたとは思うのです。しかし、どうもいろいろの記事、たとえばことしの四月出ました文芸春秋の「通俗筑波大学三国志」という読みものを読みますと、たいへんこの間の事情について松本先生のおっしゃったこととは違ったような印象を与えるような記事になっているわけでございます。この記事は、教育大学の文学部の小西甚一教授と堂々と銘打って出ておるだけに、私はどちらが正しいかこれはよくわかりませんけれども、他の学部から見られまして、文学部の先生方のそのときにおける教育活動はどうであったか。これは先生方を非難する意味ではありません。つまりそのときにおける雰囲気、そしてまた全学的な意思決定がどういうふうに行なわれたかを示す一つの雰囲気だから伺っているわけでございますが、理学部の先生でございました福田先生からその間の事情をお話し願いたいと思うのです。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 私は、その小西先生の文章自身は読んでおりませんので内容のことはちょっとわかりませんが、もうちょっと具体的にしていただけるとあれなんでございますが、どういうことでございましょうか。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 こんなことが書いてありますが、ともかくも教育大学では、他の学部もロックアウト中は授業はしないのだ、こういうようなことの決議が行なわれているにもかかわらず、他の学部で授業を行なうのはけしからぬというようなことで、たいへんなつるし上げを食らったというようなことが書いてあるわけでございます。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 お答え申し上げます。  それはここにも出ております。文学部関係の教授会が出された資料の中に出ておりますが、文学部の当時三十八人の先生方が、授業を行なわないというのは大学教授の本分を放棄するものである。それで、それまで文学部の教授会の中の意見は分かれておりましたけれども、文学部教授会としては一体だったのでございます。その先生方が授業は行なえぬということになると、いままでのような教授会のワクに縛られることはできない、つまり、これはもう教授としての任務を放棄するものである、そういうことで声明を出されまして、授業参加を声明するわけです。それが文学部教授会が分裂したきっかけでございます。  そのときに文学部教授会は、そんな授業は正規じゃないのだといって認めないという教授会決定をしております。これはたいへん重大問題だと思います。つまり自分たちが授業を放棄しながら、授業参加した教授のやった単位は認めないのだということを教授会で決定しております。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 そこで、委員長にお願いしたいのでございますが、先ほど木島委員から清水教授、落合教授等についての証人喚問の御要求があったわけでございます。山原委員も御賛成になったのでございますが、私はいま述べておりますように、二の東京タイムズの記事が出る背景はたいへん根深い問題がある。単に私は清水先生あるいは落合先生を呼んだだけで片づく問題ではないと思う。確認されながら処分を受けなかった学生とか、あるいは文学部の当時のあり方とか、いろいろ問題があるわけでございまして、これは私は慎重に取り扱っていただきたいと思うのでございます。ベテランである委員長でございますから、その点十分心得ていただけると思うのですけれども、非常に背景が深いことをいま浮き彫りにしたつもりでございますので、ひとつぜひとも委員長にお願い申し上げる次第でございます。  そこで、もう一問だけひとつ、退席されますので福田先生にお答え願いたいのでございますが、いわゆる朝永原則でございます。先ほど朝永原則が東京教育大学にはプリベールしておって、これによって人事が行なわれておったのであるがというようなお話がございました。しかし、いろいろと調べてみると、この意思表示というものは昭和三十七年八月二十七日の「大学の管理運営について」という正式の意思決定の中には触れられていない、評議会の決定としてはないということがいわれるわけでございますが、これらの朝永原則について福田先生の当時の評価あるいはそのときの慣行についての考え方はいかがであったか、それだけひとつ最後に伺いたいと思います。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 申し上げます。  朝永原則につきましては評議会で長い間検討いたしまして、評議会の結論がすでに出ております。そしてその当時参加した方々の意見も参考にしながら結論が出ております。  朝永原則というのはもちろん評議会の決定ではないということなんでございます。それはなぜないかと申しますと、国大協が当時教授会、評議会の関係いろいろごたごたしているので、少しこの際正確に、必要ならば法改正も文部省のほうに勧告するというようなことがございまして、国大協の会に朝永学長が、国立大学の学長会ですから、そこでどういう意見を言おうかということで、そこでその意見をまとめたのを、これは評議会議長でもございますので、こういうことを教育大学としては意見を言おうということを、それでは国大協へ出す意見としてまとめたのが朝永さんの——ですからこれは原則なんということばはどこにもありません。これは学生や何かがかってにつくり上げたことで、どこにもございません。したがって、これは教育大学の管理運営についてでしたら評議会決定になります。しかしそういうことではなくて、国大協へ——これは教育大学のそれに関する評議会のその後の決定がございます。これは朝永学長が国大協において教育大学学長としての意見を述べる際に、評議会の意見はどうだ、こういう方向で改革を考えてはどうだろうかというようなことについてのことでございまして、これは本学では評議会で文学部以外のすべての学部の賛成のもとに確認されております。それが一点。  それからこれに関連しまして、非常に重要ですから……。教官人事の問題がございますが、これは必要なときには教特法を出したり評議会を出したりする、必要なときはかってなことをすると申しますけれども、これは教育公務員特例法によりまして、教官選考は学部教授会、ただし教官選考は教官選考基準によって行なうということになっております。教官選考基準は評議会の仕事であることは、はっきりと教育公務員特例法にいっております。したがって、教官選考基準の問題は大学自治の内部の問題でございまして、文部省ではございません。そこで、教育大学は、その基準がいいか悪いかは、皆さんの御意見を伺うことはけっこうです。私も必要ならば幾らでも意見を述べます。ただしそれは先ほど朝永原則云々と申しますが、われわれは移転に反対だから承認しないとか——承認した人も幾らもおります。移転に反対の人で名誉教授になった人も……。全くひん曲げておりますので、朝永原則とからんでおりますから、関連してお答え申し上げます。

塩崎潤自由民主党

○塩崎委員 私に与えられた時間は終わりましたので、これで私は終わります。ありがとうございました。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 受田新吉君。

受田新吉民社党

○受田委員 四先生、御苦労さまでございました。きょうは、文部大臣、局長御一緒の席で国立大学の先生方が参考意見を述べられるということは、ちょっと私から見ると、非常に厳粛ではあるけれどもたいへん奇妙な——と言っては失礼でございますが、特別の状態であると思います。  そこで、一言だけ……。東京教育大学は、戦前の日本の教育をささえた人材を育成されたところでありまして、その名のとおり、教育を大切にする大学であるとわれわれも考えてまいりました。そこで、教育を担当しておられる先生方が、今度東京教育大学が筑波大学に変わることについての一つの夢もお持ちでしょうし、またそれに対してきびしい反対の気持ちの方もあるという中で、私、すかっとお尋ねしたいことがあります。  それは、これは賛否両方の立場からですが、福田先生は賛成されるお立場であると思いますので、一足先にお帰りということでございますから伺いますが、新しい構想の中に、副学長制度なるものが新しくできる。その選出方法は一応学長の立場、評議会の意見を聞く、わかります。けれども、教授のようなきびしい条件のない副学長でございますから、学長とか副学長とかいう方々の立場は、文部省の古い官僚の方を退任まぎわに急に副学長に、学長の意向を確かめないで文部省が押し売りをするというような状態が起こる危険はないか。しかも、五人も副学長を置かれるというのでございますから、文部省の古い役人の方々のうば捨て山にはかっこうのポストがここにできるということにもなるわけで、局長がいまにっこり笑っておられるような状態が発生するのではないか。教授の中から人材を発掘して副学長にするというのが私は本筋だと思うのですけれども、そういう問題はどうか。  それから、副学長は五人も要るのか。私は、学長の補佐役としては、一人か二人か、精一ぱい三人程度で、五つの部門を兼ねてでも学長補佐という立場でやるべきものではないかと思うのですが、新しい独立した機関のような印象を与える副学長であっていいのかどうか。  それから、もう一つ御一緒に聞きます。  全学一体の開かれた大学という構想、それをどう見ておられるか。そのためにはやはり大学の構成員である学生というものを無視できないんだ、大学の教授、職員、学生一体となって、父兄も地域社会の人も、みんなが盛り上がって立ち上がるという夢が、まじめな意味で筑波大学を考えていこうとされる側の方々、もう一つは、制度的にこういうものを持ってはならぬ、封建的な管理体制が強化されるという意味で、そのほうでまた真剣に考える方々、立場はいろいろあるんですけれども、筑波大学構想を実現するためにすなおにこれを受けとめておられるという賛成側の福田先生としては、全学一体の構想の上において、学生の地位をどう見ていくべきか。特に、学生の組織機関としての協議会のようなものを、何かの形で持ってあげる、しかも、それは法的基礎が一応あるような形にしてあげて、暴力でも学校封鎖をするというような、古いタイプの偏向学生がもしおったとしたならば、それに対して制約をするためには、学生のほとんど全員が参加できるようなかっこうで代表者を選ぶ、そういう方法をとればいいし、また無記名で投票するということになるならば、圧力もないわけでございますから、学生の代表者が教育課程その他に、大学の管理運営にもタッチできる、また一方、学長選挙に少数の学生代表がタッチできるような形で、真剣に学生が大学の繁栄に貢献できるようにする意味の学生協議会、こういうものがあってしかるべきではないかと私は思うのですが、それだけお答えを願って質問を終わります。

福田信之東京教育大学教授

○福田参考人 受田先生の御質問に私の意見を申し述べたいと思います。  第一点の副学長の問題でございますが、二つの御質問があったと思うのでございます。  一つは、副学長が何か文部省関係の人材を送り込むのに利用されぬかということについては、われわれは少なくとも、全く想像もしていないし、好ましいこととは思っておりません。この副学長は、やはり大学のみなが受け入れられるような、つまり学長さんや何かを選ぶような、そういう姿勢をとるべきだと思っております。ただし、学長の補佐でございますので、学長と右と左を向くような、方向が違っていたんじゃ混乱しますから、学長の補佐的な機関であるという受田先生の考え方は、全くそのとおりでございます。したがって、学長とはほとんど同じようなレベルでしか考えておりません。  ただ、学長さんの場合に、必ずしも教授が一番いいとは限っておりませんで、ある大学ではそうでない方もある。しかし大学が受け入れられるという意味で選んでおりますので、ほとんどの場合教授団がなるとは思いますが、そこまで制限する必要はないのではないかということでございます。  それが一つの答えでございます。文部省もそういう意見を全然言われたことはないし、その点についてはわれわれと全く同意見だということを申し上げておきます。  それから、数の問題でございます。これは、われわれ管理体制の強化ということばをほとんど使っておりません。管理の機能の強化ということは使っております。私、先ほど申し上げましたように、いままでは学部分立でございますから、学部長といういわば領主がずっとおりまして、これらの連合体というか、利益代表の集団で大学は運営されているわけですけれども、今度はそれを一本化していこうとしますと、そういう多くの機能が出てまいります。ですから、機能を分担しなければとても、おそらく完成しますと教員、学生で一万五千以上になると思われますが、それをたった学長さん一人で——われわれか考えておりますのは、大部分は調整機能なんでございます。ですから、そういう機能を考えたときには、われわれも初め小さな大学を考えていたので、初期の段階では、昭和四十三年から四十四年にかけては三人くらいでいいんじゃないか。いや、そのうち医学部ができる、工学系も入れなければいかぬ、それから開かれた大学としての機能を大きくしろというようないろいろなことがございましたので、やはり五人くらいが必要じゃないかということになったのでございます。それで、これは機能強化でございまして、一番大きな役割りは全学的な調整機能だと思います。  それから学生協議会の問題がございますが、いまのわれわれ大学側のほぼ一致した批判は、いまの学生自治会というのは学生の意思がほとんど尊重されていない実際は。一握りのきわめて過激またはきわめて政治的な集団が握ってしまっていて、大部分の学生の意思が踏みにじられているという判断を持っている方が非常に数多いと思います。私もそう考えておる一人でございます。実際は、いま受田先生がおっしゃったようなことが理想なんでございますけれども、あまりにも学生、教官の間に非常に不信感が依然として——不信感といいますか、不安感というのが相互にあります。いま先生のおっしゃるような積極的な意見から、もっと極端に、もう困ったというように、大学の中の意見で申し上げますと、非常に連続分布をしております。私なんか、あるいは最近いろいろ学部での審議から出てきておりますのは、大学の中で共通にだれも文句なく言えるのは、大学会館みたいなものを中心に、大学コミュニティー、アカデミックライフのセンターにしよう、ここで教官、学生、地域社会の人、家族も、そういうような交流の場をつくり上げて、大学にふさわしいようなコミュニティー形成の中心にしようじゃないか。そうすれば、必然的にいろいろな不満が、学生の不満、あるいは職員の不満、教員から学生に言いたいことが、こういう場のほうが全くこれは対等ですから、教わるとか教えるとか、点数とかないのでございます。こういうところで先生のおっしゃっているような学生協議会的なものを——これならもう教官も学生も地域社会も対等に加われるじゃないか。そういうことでいま構想しておる途中でございまして、それからステップ・バイ・ステップに考えていかないと、一どきにやってもはたしてうまくいくだろうか。だから、まずそういうアカデミックな活動をする大学会館をつくって、そういうものを中心に、対等の形で参加しながら徐々に拡大していったらどうかというのが大体大勢のようでございますが、なお御意見がございましたら、大学側でも大いに検討してみたいと思います。

受田新吉民社党

○受田委員 それでは終わります。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 高橋君。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 先ほど福田参考人から嶋崎委員の質問に答えまして、種々説明がありましたが、当時からよく承知をされておる、文学部に籍を置く松本参考人から、そのことについてもう一度説明を願いたいと思います。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 お答えいたします。  一つは、文学部の学生補導ということについて先ほどお話がございましたですが、文学部は、学生が本館を封鎖いたしましたときに、すぐその翌日学生に対しまして、こういう行為に対して厳重な注意を促し、即座に封鎖を解くべきであるということを学生に伝え、それからまた学生委員長あるいは学生委員というものを通して学生と接触し、絶えず補導を続けておりまして、補導の責任を果たしていないということは、私といたしましては全く受け入れられないおことばと思います。  それからまた、本館封鎖対策本部に対して文学部が反対をしたということでございますが、これは、学生がそういう行為に出たときに本館封鎖対策本部というようなものをつくる、これは行政機関としては、あるいはそういうようないろいろな事態に対策本部をつくるということは必要かもしれませんが、大学というところでそういう本部というような組織をつくることが大事なのではなくして、学生と話し合って、そうしてその間に一つの信頼関係を回復し、そして学生のそういう行為を中止させるということが教育の場である大学の本来のあり方である。したがって、文学部はその過程の中で絶えず、これは移転問題が契機でございますから、学長あるいは評議会が学生と接触し、そうして大学側の意向を少なくとも説明すべきであるということを主張いたしまして、たとえば全学集会であるとか、そういうようなことをたびたび提案し、そしてそれは理学部を除く各学部においては支持され、あと理学部さえ賛成すれば全学集会が持たれるというところまで行ったわけでございますが、理学部がこれに反対をいたしましたために、本学におきましては、そういう大学の最高の責任者が学生と接触するという機会を全く持たないというたいへん不幸な状況で、結果的には、最後に機動隊を導入するという形で解決し、その後の大学執行部と学生との間のきわめて根深い不信感のもとになっているわけでございます。  教育の場である大学のあり方からいたしまして、文学部はまさにそういう観点から学生と絶えず接触し、それからまた教育学部につきましては、先ほど長島先生からも学部単位で行なったということがございましたが、文学部でも学部単位におきまして、あるいは教室単位、いろいろなレベルにおきまして学生と接触し、学生の補導につとめたわけでございまして、補導の責任を放棄したというようなことは全然ございません。  それから、いわゆる朝永原則につきましては先ほど福田教授からの御発言がございましたが、これはたいへんな誤解でございまして、私は先ほど朝永原則が三十七年の六月二十一日ということを申し上げました。確かにその後、つまり二カ月後の八月に評議会で再び「大学の管理運営について」という事項についての決定がございますが、ここでは対外的に発表するという立場から、きわめて簡潔な表現での決定になっているわけでございます。  しかし、この原案をつくりました大学制度研究委員会というのがございますが、そこではこの八月の評議会の決定も、その以前の六月のいわゆる朝永原則といわれているものも、これは修正ではなくして単なるパラフレーズであるということを確認し、それがその委員会の議事録にも載っているわけでございます。いわばその証拠といいますか、その裏づけといたしましては、その同じ八月の評議会におきまして国立大学協会会長あてに諮問されております大学の管理運営について、学長が評議会の決定に基づいて回答を出しているわけでございますが、その場合に評議会の地位及び権限という事項がございまして、その事項について国立大学協会のほうからは、単に「全学的な機関であって」と、評議会は全学的な機関であるという表現しかございませんでしたが、それに対して「各部局の意思を反映させつつ、全学的な意思を形成する機関であるが」というふうに、わざわざ訂正するように国立大学協会に学長の名前で申し入れているわけでございます。これは八月二十七日あ評議会で決定した線に沿ってそういう訂正を学長が国立大学協会に申し入れているわけでございます。  したがいまして、その後この移転問題をめぐりまして評議会と文学部とがいろいろとその間に意思の疎通を欠くときがあったわけでございますが、具体的には昭和四十一年の十一月に、やはり評議会と文学部教授会とがその点につきまして意見の対立を来たして、当時の学長の評議会における議事運営について問題が起こったことがあったわけでございますが、その際に、その結論といたしまして、当時の学長が文学部教授会あてに次のような回答を寄せているわけでございます。これは昭和四十一年十一月九日付の当時の学長の文学部教授会あての回答でございますが、その中では「私は、これまで評議会の議長として昭和三十七年六月二十一日評議会決定「大学の管理制度について」」、これは先ほど来申し上げておりますいわゆる朝永原則といわれるものですが、「の精神に則り、民主的な運営に努力して参ったつもりでありますが、今後議長として各部局の意見を尊重し、その調整に一層留意したいと思います。」という文書を文学部教授会に寄せているわけでございます。  ここでも明記されておりますように、昭和三十七年六月二十一日の評議会決定というものは本学の、つまり教育大学の評議会運営における根本原則としてこれまでは尊重されていたわけでございますし、その後も尊重するということを学長はそのときに文学部に対して反省の意味を込めて表現をしているわけでございます。したがいまして、いわゆる朝永原則というものが、先ほど福田教授が言われましたように、東京教育大学の運営の原則ではないという御発言は、私はこれは全く根拠のないものであるというふうに存じます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 朝永原則と教授会と評議会の関係についてお尋ねしようと思いましたが、お答えがありましたので……。  東京教育大学における筑波大学創設調査会並びに準備会ですかに、東京教育大学のいろいろな組織の面についても教育大学の自主性というものが反映をされていないというように私は理解をしているわけですが、その辺について、もう一度松本参考人からお答えをお願いいたしたいと思います。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 組織の面で私が一番感じますことは、いま申し上げました学部教授会を中心とした大学の管理運営という、これは御承知のように東京教育大学に限らず、日本の大学における基本的な管理運営のあり方であり、非常に長い歴史を持ったものでございますが、そういう教授会という研究教育の基本的組織というものが、この筑波新大学の構想におきましては解体させられているということが、私は最も違っている点である。特に教官人事に関する選考の権限であるとか、あるいは研究、教育において、あるいは学生補導において、現在持っております主体的な責任ないし権限というものがすべて機能的に分化し、そうして学内の研究、教育に直接携わっている——御承知のように、大学はいわば専門領域の専門研究者の集団でございますので、そういう高度の研究教育を行なう機関としての、組織としての大学におきましては、それぞれの研究分野、教育分野における教官の意思というものが集約されて大学の運営に反映されなければならない、そういういわば下から積み上げて大学の運営が行なわれる、大学の意思というものが形成されるという構成こそが、大学のあるべき方向であろうと私は思います。さらにそれは、教授会のみならず、学生あるいは教職員というようなものの意見も大学の運営の中に反映する、そういう方向でこそ新しい大学の方向というものを考えるべきであろうというふうに私は考えますが、今回のこの筑波大学構想におきましては、いわば方向が全く逆になっておる。先ほど福田教授は版籍奉還ということを申されましたが、まさに明治憲法的な一君万民的な構成というものを今回とっておる。すべての権限が学長及びその補佐役である副学長に集中するという、まさに明治憲法的構成をとっておるのではないかと  いうふうに私は思います。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 大学の移転の決定あるいはその後の筑波新大学等の問題につきまして、学生の意見、要望というものがどのように反映をされておりますか。私は、教授と学生というものはともに真理を求めて価値を創造していく先輩、後輩の形にあるのが理想であると思うのです。したがって、そうした意味において学生諸君の意見、要望というものがどういうふうに反映をされましたか、長島先生でも松本先生でもどちらでもけっこうですが、お答えを願います。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 その点では、教育大学の紛争がありましてから、教育学部等は、先ほど申しましたように、十一回教授会決定で話し合いを続けてきております。しかし、大学全体としては、一度も学生との対話をしていない。そして、先ほど私が申し上げました四十四年の七月二十四日の最終決定の前後にも学生が要求を出し、それからビジョンについての説明をせよ、こういうことを要求してきても執行部は全然出ない。学生はおろか、われわれが非常に大事にしなければならない助手の集団、これは助手会というものができておりましたけれども、助手会も、連日ビジョンについて説明をしろというふうなことがあったわけでありますが、これに対しても説明しない。その他付属学校あるいは職員、これの意見というものを全然聞いておらないのです。先ほど問われたと思うのですが、ほかの学部ではどうであったかという、これもみんな文書が出ておりますが、理学部教授会は実はいち早くこれを承認したのであります、数の上では。ところが十七人の教官が退席をして投票をしておりません。これはたいへんそのことを聞いてショッキングだったのでありますが、翌日三十何名の教官がこれに対して抗議声明を出しています。その文書がここにありますけれども、それを見ますと、議長が発言を封じ、それから批判的な見解を述べようとすると、それはためにするものである、聞く必要がない、あるいはあんなやつを筑波に連れていってやらないぞ——この抗議文によりますと。そこで十七人の教官が、そういうわれわれの批判的意見を聞いてもらえないならば、われわれの意見表明を封ずるならば退席をするといって退席されたのです。  それから農学部も、二十三日に承認しております。しかし、この場合も、この意図は何であるか、いわゆる七・一三の文書にあるところの最終決定とどういうかかわり合いを持つか、こういう質問をする、あるいはもっと危機的な質問などをすると、答えられないという、そういう中で採決が行なわれ、これまた農学部が三十数名の連名で翌日抗議文を発しております。その抗議文をここに持っておりますが、だから非常に十分話し合われたということにならないわけです。  それから教育学部でありますが、教育学部は、実は四日間かけて四回この審議をいたしました。それで回数からいいますと、これは非常に慎重審議であったということが言えますけれども、内容は、これは教育学部には教育行財政等の、あるいは教育哲学等の専門家がおりますから、執行部が逃げようとしても逃げられないわけで、結局四回の話し合いをしたのであります。  ただ、このビジョンを教授会に執行部が持ってきて可否を問うたときに、こういうことを言っておるのですね。実はこのビジョンの終わりにマスタープラン委員会の要望があるのです。その要望には、七・一三の文書にある諸条件を尊重してほしい、こういう要望がある。そして評議員は、こういう要望があって、その中には教育学部の要望が含まれているかと言いましたところが、学長はそうだということなんですね。そして論議を進めていくうちにいろいろな疑問が出てまいりましたけれども、なかなか答えられないところがあるのですね、そこで最後には、やはり他学部と同じように、もういいだろうというような発言がありまして、表決を急ぐようでした。  そこで、ある教授が、最終決定ではないという前提で投票をしたらどうかという提案があったわけです。そうしますと、いやこれは骨子だけでよろしいんだからとか、もうほかの学部はきめてしまったんだから、うちがおくれるのは悪いからというような発言がありまして、また別な提案がありまして、ほかの学部との関係で悪いから、強い要望にしてほしいというような提案があり、そして表決をいたしまして、最終決定でないという前提にするか、要望にするかということについて投票をいたしました。わずかの差で強い要望ということが出まして、そして投票しましたところが、わずかの差でこれが可決されたわけです。  しかし評議会への報告は、教育学部は当分の間大塚地区にとどまること、それから七・一三文書にある最終決定ではないという注をつけて評議会に報告されたはずです。したがって、本部から出されておる速報にはそのとおり出ております。ただし、翌日の二十五日のものには、ただ簡単に、評議会は各部局の結論を検討した結果、「筑波における新大学ビジョンの実現を期して筑波に移転する」という、これが文部省に行っておるんじゃないか。これは、ですから学生はおろか、助手、付属学校教官、それからその他の職員の意向を全然反映してないものなんですね。私たちは、七・一三文書にある折り目正しい最終決定ができるようにもっていってやっていただきたかった。したがって、七・一三文書にある最終決定とは認めがたい、こういうように私は考えるわけであります。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 私は少し立場を変えて大学の意思がほんとうに反映できると思っているかどうかということについて、賛成論の立場でお話しをいたします。  申しますのは、確かに学生問題、学生の意向だとか職員の意向だとか助手の意向だとかいうのが、まだ十分反映されていなかったということは、私もそうだと思います。しかし、私たちはビジョン以来自主的な改革をしてまいりまして、一応評議会の決定に従いながら案をつくってまいったのでありますが、先ほど申しましたように、実はそういう賛成論である私の立場から申しましても、現時点のような状況ではこの実現ははなはだ困難ではないか。非常に不安であるというような考えにならざるを得ない。先ほどのお話のように、どなたかの質問でありましたけれども、たとえばつい最近は執行部と下部との間の不信感がつのりまして、五学部一研究所の、つまり十六人の評議員のうちの十二人が全員一致で不信任案を出すという事態が起こったり、それから現在に至るまでほとんど一回学長代理でもって評議会が開かれただけで、現在評議会が開かれていないという実情。それから移転室員の問題につきましても、室長だけはきまりましたけれども、室員は去年の九月以来今日に至るまで、なおきめられていないという事実。  それからもう一つ申し上げたいことは、いろいろな事情がありまして、私にも意見がございますけれども、現時点においては筑波新大学を、私たちの考える自主的な大学をつくるためには、文学部の教授会メンバーの全部とは申しませんが多数の方々の御賛成を得て、文科系の学群でもそれから学系でもそうでありますが、そういうものをつくらなければ、実際的に四十八年の十月に法案が成立し、四十九年から発足するという事態にはなかなかむずかしいのではないか。なぜかと申しますと、一般的なことばで申しますと、一般語学とか一般教養というのを担当するのに必要な人員がはたして確保できるであろうかという心配がございます。  それからもっと根本的にはいまのような状態で学内の自主的な条件が整わないままに、つまり執行部と下部との間が非常に離れてしまっている状態でどういうふうにすればわれわれの主体的な大学改造案が政府なりあるいはこの委員会なりに反映するかという反映の方法というものは、学長もしくは執行部の若干の人々が、先ほど何か副学長なんていう話がありましたけれども、どなたかが評議会、そういう場所ではなくて、全く独自の判断で交渉されるよりほかに方法がない。そうなればわれわれの主体的な積み上げた案というものが、どういう手段、方法によって実現し得るかということについて、はなはだ不安を感ぜざるを得ない。したがいまして、私はできるだけそういう自主改革案が盛り込まれますような、ちゃんとした筋道を通してやらなければ、そういう状態にならなければ主体的条件が整ったとは考えがたい。そういう意味におきまして非常に心配をしている、そういうわけであります。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 最後に質問いたしますが、先ほど福田参考人から、大体教育大学の中で各部とも六対四の割合で反対をしているのだというような話がありました。私は六対四という数字等を考えたときに、これは大きな問題だ。いわゆる朝永原則というものが厳然としてある以上は、やはり多くの教授の方々、大学人の方々の合意を得なければなかなかむずかしい、こう思うわけです。この六対四という数字でもって乗り切れるかどうかということが非常に懸念をされるわけですが、そうした朝永原則に伴って六対四という反対、賛成ということについて、先生方の感想なりを簡潔にお述べをお願いいたしたいと思います。

長島貞夫埼玉大学教授

○長島参考人 私が六対四ということを申したわけなんですが、しかし、もう少し数字的に申しますと、七・二四の最後決定のとき、これは文学部を除いた部局を全部通算すると六五%ですね。六五%が賛成です。ですから、三五%が反対ということになります。ただし、そこには文学部が入っておりませんから、文学部の賛成者、反対者をそこに加算します。それから五十七名の欠席者がありますが、これはどっちかわかりませんから、これは統計上半々にしてあれします。そうすると賛成がそこでは五七%ですね。それでまあ六、四というのが私は大体正確ではないか、そういうように考えます。  それでいまの質問なんですが、私は新しい大学をつくるのには全学をあげて、しかも若い層の助手層が何と言いますか、全身全霊をあげた熱情でなければ、これは築くことができないと思うのですね。そういう点で私も高橋先生の御心配のこと、非常に心配しております。

松本三之介東京教育大学教授

○松本参考人 私も、やはり移転あるいは大学の自主的な改革ということは、これはいわゆる大事業でございまして、全学一本化するようなそういう条件のもとにおいてのみ初めてできることであるというふうに考えております。特に大学の管理運営において非常に重要な立場にある一学部の教授会が、これに参加しないというような形でこの問題を進めるということは、私は全く誤りであるというふうに考えております。ましてやそれ以外の構成員においても十分意見の反映が行なわれてない。また、いまお話しのように、ほぼ六対四というような割合できわめて接近した形で意見の対立というものが存在しているという状況においては、私はこういう問題を進めるべきではないというふうに考えております。

木村正雄桐朋学園理事

○木村参考人 私は、数字的に六対四であるかどうか、それが正しいかどうかについては疑問があります。しかしながら、その当時と現時点とではだいぶ事態も変わっております。そうしてその当時はいわば移転賛成、反対というような、わりと簡単な条項でありましたけれども、今日におきましては、教育大学の断続性、つまり断絶するのか連続するのか、その点について非常に重大な変化を来たしている。つまり移転とかいうだけではなくて、教育大学が廃学になってしまうという事態を含んでおるわけでありまして、その時点においてこそは、どんな比率であるか知りませんけれども、大学全体がこれに対して十分主体的に討議したり考えたりして一致した意見でなければ、非常に憂うべきことが起こる可能性がある。  そして同時に、先ほども申しましたように、前とは違っている条件なのであるから、前に反対したから出ないとか、あるいは出さないとかというようなことではなくて、大学自体がもっと新しい事態に応じて、柔軟に全学の共通の意識のもとで討議されなければ、やはり非常にむずかしいのではないか、それが私の心配の理由であります。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 たいへんありがとうございました。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。参考人各位には、御多忙中のところ御出席をいただきまして種々御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。  午後二時三十分まで休憩いたします。    午後一時三十一分休憩      ————◇—————    午後二時三十四分開議

田中正巳自由民主党

○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行ないます。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現在提案になっております法案の中身の筑波大学関係に限って御質問いたしたいと思うのですが、法案の出し方については、すでに前々皆さんで論議されて、採決で決定されておるわけでありますが、将来に向かって大臣から御感想を聞いておかなければならぬと私思うのです。  私もうかつで、別に疑問を持っていなかったのですが、国立大学の設置に関するものは、各大学ごとに一つ一つ独立した問題で、他の法案と違って、一条と何条と関係あるものじゃなくて、私立大学の場合に大臣が認可することと同じような意味において国会が認可する、そういう審議の内容であることは大臣もお気づきだと思うのです。したがって、たとえば旭川の医科大学は賛成か反対か、愛媛の医科大学は賛成か反対か、そういうふうな審議のしかたが一番正しい。一つの国立大学ができるときに、ある政党が賛成で、ある政党が反対だ、そんな歓迎されざる誕生はさすべきじゃない、そういうふうに思うのであります。したがいまして、いままで大体、大学が幾つか設立される場合については、各党に根回しをして、大体賛成だというので一括出してきているのでありますが、今度のように、現行大学制度を前提とした各大学と違って、母法に当たる学校教育法も改正しながら出すような大学と一緒に出てきますと、賛成の大学に対しても、全体として採決するものですから反対の立場になってしまう。たとえば北海道の旭川医大は、国会が一致して設立されたんでないという記録を残すことになることは、日本の学校の歴史の発展のためにまことに遺憾だ。何かやはり審議のしかたに方法はないだろうかと、将来の問題として私は非常に矛盾を感じております。ある意味においては、政府の法案の提案のしかたで、国会議員の審議権を実質上制限をするということも、これはできるんだなという感じがしてきた。  そういうことでありますから、今後こういう国立大学の設置に関する法案については、各党が賛成のものは、全部賛成をして大学が誕生をするという記録が残るような政府の提案のしかた、われわれの審議のしかたがないものか、将来の課題として御検討願っておく必要がある。現在出しておる法案は、多数決で、いろいろの関係で一括というふうになっておりますけれども、これは将来の問題として考えなければならぬのじゃないかというふうに思うのですが、大臣いかがでしょう。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 たいへんうかつなことを申し上げるようでございますけれども、筑波大学に関しましてこんなに強い御反対をいただくとは夢にも思っておりませんでした。  また、国立学校設置法にすべての国立大学は網羅して御提案を申し上げておりましたし、また政府が提案いたします場合には、一括して御提案申し上げたほうが審議も御便宜だろう、こう考えてまいってきておるわけであります。  しかし、山中さんから、ひとつ将来の問題としては考えてみないかという御提案でございますので、国会の意思に反するようなことを政府としてもすべきことじゃございません。今後の問題といたしましてはよく検討して結論を出すようにしたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私、いまの法案をずっと見ますと、既存の大学に学部を設置する事項、それから新しい大学を設置するもの、付属の研究施設を置くもの、そしてほかに既存の大学を廃止する事項、そして新しい大学を創設するというように、見てみますと四通り、五通りぐらいあるようですね。そこで、いま大臣が言われたような予想しないような論議が出ているというのは、既存の大学の一つである東京教育大学の廃止と関係があるかどうかということで、また論議をしておる筑波大学の創設ということが中心になっているのですが、旭川医科大学の設置と四国の医学部の設置というのはそれぞれ独立した事項ですから、ほかの法案のようにこちらとこちらを修正してやるというものではないものですから、一方が反対で一方が賛成という場合に、一つ反対のために全部反対しなければならぬような意思決定を国会議員がせざるを得ないような提案のしかたというのは疑問に思うものですから、ひとつ御検討願いたいと思います。  そこで私、この法案をあまり偏見を持たないでずっと見せていただき、考えてみたのですが、いま申し上げたように、日本の学校発達史といいますか、教育史の発展からいって、非常に重要な事項が二つある。  一つは、既存の特定の大学が、一片の法律において廃止をされるということが一つ重大な問題であろうと思うのであります。これは私が卒業した学校だという私情をまじえて言っておるんではなくて、東京教育大学というのは、明治初年から日本の義務教育、中等教育が制度として発展するときの教員養成という立場で、日本の教員養成のセンターとして百年の歴史を持ってきておる。戦後学制全体が改正になったために教育大学となっておるので、日本の学校の中においては、いい伝統も悪い伝統もありますが、そういう長い歴史と伝統を持っておる。これを一つの法令で廃止をするということは重大なことだと思うのであります。いままで現実に一つの既存の大学が廃止される場合は、どこか昇格という形で発展的解消というような意味での廃止が一つある。それから全体の学校制度が根本的に変革されるので、戦前と戦後のような六・三・三・四という姿で形式上既存の法律が廃止になって新しいものをつくるという手続が行なわれるものもある。そういう事例からいうと、実質的にどこにもはまらなくなってしまっている。この点について、非常に重要な問題があるのであとでお聞きしたいと思うのです。  それから戦後の大学制度の変革を意味しておる筑波大学、日本の伝統的な学部自治主義というものが否定されておること、学外者が参加をしておること、教育と研究の分離という三つぐらいの大変革があるので、これは実験大学としてもそう軽率にやるべきものではなくて、これぐらい重要な変革を意味しておる新しい大学の創設の場合には、各党が一致するような体制でやりたいものである。日本の学校制度における世紀の大事業ではないかと思うのであります。それを一つの政党だけが賛成して他が反対なら、その政党大学になってしまう。誕生からそういう出発をさせたくない、そう思うので非常に重要だと思うのであります。  そこで、この二点を頭に置きながらお聞きしていきたいと思うのでありますが、教育大学が連続性をもって筑波大学に移行するかということは次にして、筑波大学そのものについて御意見をお聞きいたしたいと思います。  まず、日本の伝統的な大学観といいますか、これは他の大学以外の学校と比較して、日本の大学とはどういうものをさしておるのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 たいへん幅の広い大きな御質問でございまして、どこからお答えしていいかちょっと戸惑うのでございますが、非常に事務的な役人流のスタートを切らしていただきますと、現在学校教育法の中に大学につきましては第五十二条という規定がございまして、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」という定めがございます。今日、日本の大学につきましては、この趣旨のものを大学と考えておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 ばくとした質問だからばくとした答弁でやむを得ないと思うのですが、そういう意味じゃなくて、大学の形態から実はお聞きしたので、私は日本の学校の中には教育を主とする学校形態と、それから教育と研究を一体化した学校形態と、研究を主とした形態と、三つあると思っているわけです。それで、幼児から成人に至る未成年を対象とした学校は、教育を主としておるので、われわれは教育を主とした小中学校その他については、教育と研究の一体化なんて論議して口角あわを飛ばすことはしていない。ところが、大学については、これは教育と研究を一体化した形態ということを前提としてわれわれは大学を考えてきたでしょう。皆さんもそうだと思うのです。教育と研究を分離したものは、われわれのいままでのイメージの大学観には入らないと思ってきたわけなんです。研究を主とするというのは大学院で、学生というけれども全部研究員なんで、先輩の研究者が後輩の研究者と研究を共同にしていく、その研究の中に自然に教育があるのだというものなので、研究を主とする学校としては大学院、教育と研究の一体化を原点とするのが大学、それで教育を主とするものがいわゆる未成年に対する現実には高等学校まで、あるいは高等教育の中には短大まで、これを教育をする学校として考えて論議してきたつもりであります。したがってそのうちの大学については、日本の学校制度の位置づけをすれば教育と研究を一体化した形態を持っておる学校だと思うのですが、どうでしょう。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま御指摘がございましたように、学校制度を通じまして教育を主とする学校、あるいはただ単に教えるということでなくて、知的創造活動というものを踏まえながら教育活動を行なう学校、学校としてはその二つがあると私は思うのでございます。一般的に大学というふうに考えます場合には、そこで新たな知的創造活動の充実ということを考えながら、その知的創造活動の成果を教育の場に活用すると申しますか、普及をしていく、学生に知的創造活動の成果を普及するという意味の教育活動を行なっておる。私は、大学は一般的にその意味で知的創造活動というものに力が入り、その成果を学生に教える、そういう機能を本質的に持っておるところだと思います。  もう一つ、大学の機能といたしましては、そういう大学の教育研究という活動を通じて社会に奉仕するということを、第三番目の大きな役割りと考えておる国々がたくさんございまするし、また、大学の機能といたしますならば、教育研究活動を通じて社会に役立つ、社会に奉仕するという性格を非常に強く考えてしかるべしという論議もあると思いますし、私どももその活動を今日の日本の大学の中にやはり考えていっていいのではなかろうかというふうに思っておりますが、大学の機能といたしましては、初等中等教育の学校のごとくに、ある定まった知的内容を教育するという機能だけでなくて、未知の部分に向かって新たな知識の創造ということを同時に考えていく場である、これがやはり大学として大事なことだというふうに思っております。  今度の筑波の構想を考えますときにも、筑波大学が、その両様の新たな知的創造活動を展開する、その研究を充実して行なうという大学の機能と、それを学生に分け与えていくという教育の機能をよりよく充実しようという、二つの基本的な性格は持っておるものだというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 わかったようなわからないような答弁のようですが、おそらく、わかったかわからないかと思うのは、大学の社会的機能、目的からあなたはおっしゃった、私は形態から聞いたわけです。教育と研究の一体化を形態としておるものを大学といってきたし、それが日本の大学観ではないのか。教育と研究が分離したときには大学ではなくなるんだと思うのですが、いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学といたしましては、教育と研究というものを両面持っておるべきものだというふうに考えます。筑波大学におきましても、このことには変わりはございません。ただそれを、大学のその機能を、学内でどういうふうに職務分担をするかということは、おのずから別個のものでございまして、大学内の機能分担として必要な場合には研究所も置き、研究施設も置き、そして必要な場合には教育の場を別に設けるということはあるわけでございます。今日までの大学におきましても、そのために大学に大きな付置研究所等が置かれておるわけでございまして、教育と研究の活動を分担いたしますための分担のあり方というのは、さまざまにあろうかと思います。しかし、それは、全体として大学が教育と研究の場であるということを何ら妨げるものではございません。その意味におきましては、筑波大学におきましても全く同様でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 高等専門学校でも付設研究所があるんで、私はそれは大学に対する説得力がある説明にならぬと思うのですよ。教育を主とする学校は、教える者はいわゆる研究者といわれない、教育者なんですね。教育というのは、与えるということを本質とした精神構造を持ったものなんです。教えるために必要だから研究をする。だから教員養成学校もあるわけで、対象は児童、生徒と区別をしておる。大学は、教授という名前で研究者というイメージを出してきたはずなんです、教育行政でもわれわれの常識でも。研究をする姿の中に研究者の成果が伝わって、それが教育機能を果たす。そこで教育と研究の一体化、そこが大学の形態であるということは、ほとんど疑問なくわれわれが使ってきたことばであり、感覚だと思うんですがね。だから研究者というものは、求める精神構造なんです。探求した結果が子供に伝わって教育作用をする。高等学校以下の、われわれが教育者というイメージをつけておる教育者は、与える精神構造で、与えるために研究し教え伝えていって、研究者と教師というものを、一応大学の場合と大学以外の学校の教師の場合と、われわれはちゃんと区別してきたんじゃないですか。したがって、大学というのは、研究と教育の一体化という形態を前提としてわれわれは大学といっている。そうでなければ高等教育の中でも、教育を主とする高等教育学校は、戦前旧制高等専門学校といったのである、あるいは旧制の高等師範学校といった。大学の場合には、研究と教育の一体化する形態というものを前提としてしか扱ってこなかったと思う。筑波大学は、その意味において大学でなくしてしまっておるんじゃないかと、伝統的な私の考えでは思うんですがね、それはどうです。教育を主とする学問というイメージを出してしまって——研究室はとこだってあるんですよ。教官の研究室は専門学校でもみなあります。大学観というものをその意味において違ったものにして、伝統的な大学観からいえば、大学でないものを大学という名前をつける、いまの短期大学もそうですね。研究を主とする教育と研究の一体化で大学という名前をつけておるけれども、教育を主とした高等教育を行なう学校だとわれわれも解釈して、文部省もしてきておるはずである、それはどうでしょう。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学が一つの大きな機構といたしまして、教育と研究をともどもに進めていかなければならない存在である、こう申し上げておりますことは、その大学の機構の中に参画をいたします個々の教官が、自分の研究していることをそのまま教育するということではないと思うのでございます。申し上げるまでもございませんけれども、大学の教養課程におきまして、学問の一般的な基礎をつちかうためのいろいろな概論その他の教育が行なわれます。研究者は、その概論の研究だけをしておるわけではないと思うのであります。その教官は、ドイツ文学の概論の講義をなさるにいたしましても、研究をするのは概論の研究だけをなすっているのではない。ですから、研究者の研究をしておられることが、講義のカリキュラムの中にどこかにそれが生きてくるべきものであり、カリキュラム全体を生き生きとしたものに活気づける素材でなければならなぬとは思いますけれども、大学の学生に与える教育のカリキュラムというものは、教育のシステムとして教官の研究内容とは別個に組み立てられるべきでありますし、また現在行なわれておりますどこの大学におきましても、学生に対する教育のカリキュラムはそのままが教官の研究の内容ではない。このことは山中委員も十分御承知のとおりだと思うわけでございます。でございますから、個々の教官が、ある学生に対する教育のカリキュラムの中の役割りをそれぞれ分担するということと、それから教官として研究の主題を持って研究を深く突っ込んでいくということとは、その分担の領域は当然に異なっておるというふうに考えるのでございます。ですから大学として教育のシステムをどのようにするかという点は、学生にどういう適切なカリキュラムを与えるかという意味におきまして、カリキュラムを中心にした教育のメカニズムができ上がる。またそれをほんとうに生き生きしたものにいたしますためには、教官はそのカリキュラムのワクを越えて、もっと深く、もっと特定の領域について専門の研究を進めていかなければなりません。そうした専門の研究を進めるために、他の研究者と共同で幅広い研究をするということも当然に必要になってまいります。でございますから、ある教官は現在でも研究施設の中で研究に専念をする、あるいは研究所の教官として研究に専念するという教官が出てきておりますし、そのための施設も現在の大学の中で設けておるところでございます。ですから大学は、大学全体としては教育の活動をし、研究の活動をいたします。個々の教官は、みずから研究もし教育もいたします。しかし、学生に与えられるべき教育の内容と、学内で共通に、あるいは個々の教官が研究者として詰めていく研究の課題とは別のものでありまして、それを遂行する組織は現在の大学においても別になっておりますし、将来いろいろなことを考えます場合にも、教育と研究の目的に即した組織運営を考えるべきものだ、こう考える次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは私は違うと思う。大学の教授というのは自分の研究体系を持っておって、学問を真理化をして、未熟な学生に対して教育化してやっておるのじゃないのですよ。研究体系をそのままそこに伝えている。だからその講義自身も著書にもなる。だから高い研究者がその研究の方法と体系をそのまま授業にぶつけるから、それに学生がついて、また学んでいる。高い研究者なるがゆえにまた学生は魅力を感じて勉強している。大学以外の先生はそうじゃない。最初から教材化をしてやっている。だから大学の教授自身は自分の研究しておる体系化した哲学を説き、心理学を説き、考古学を説いている。それを学問の類型から省いて教材化してやっていないでしょう。だから研究者なんです。教育的機能を果たしておるけれども、あくまでも研究者として機能を果たしておる。それをつぶしてしまえば大学でなくなるのではないかと私は言っているのです。  なぜこんな混乱した論議をしなければならぬかというと、戦後の大学は、戦前の教育をすっぽり高等教育の中に一緒にしたからでしょう。旧制高等学校は研究を主とする高等教育でなかったはずです。教育を主とする高等教育であった。府県の師範学校は教育を主とする教員養成の学校であったので、研究を主とするものでなかった。その府県の師範学校を新制大学の構成要素に入れた。教育を主とする高等教育部分も入れた。教育を主とする高等学校も入れた。教育を主とした旧制専門学校も入れた。     〔委員長退席、塩崎委員長代理着席〕 そこで教育と研究の一体化を前提とした大学の中に混乱をして、その混乱をどう解決するかというときに筑波大学みたいな混乱をした、教育と研究を分化した、いわゆる大学の機能というものがどこかへ行ってしまうような間違った構想か出ているのではないか。もし整理をするならば、いわゆる教養学部の前期二カ年という、いわゆる教育を主とした高等教育部門を離せばいいのじゃないか。そしてあくまでも教育と研究を一体化した文化を創造する機能、価値を創造的に発揮する大学に整理をすればこの混乱も解決できるだろう。戦後の矛盾をそのまま受けたものを解決するのに、教育と研究を分離して解決させようとする構想は非常に危険である。実験学校としてもまことに危険なものがあって、ぽつんとわれわれに出して、一カ月や二カ月で賛成、反対するような、そんな軽率なことで決すべき問題じゃないのじゃないかと私は思うのです。偏見を持たないで、日本の大学発展史からいって、たいへんなものをつくってしまったと思う。どうしますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 山中委員の御指摘になっている点がようやく少しわかりかけてまいりました。私が間違いなく理解いたしたといたしますならば、いま山中委員の御発言にありましたように、戦前の専門学校、高等学校等を戦後大学として吸収したけれども、その部分は実は大学ではなくて教育をやる学校ではないか、本質的に考えてみて、現在の大学の一般教養というのは大学などという名に値するものではないんだ、こういう御意見ならば、そのこと自体は一つの考え方としてわからないわけではございません。しかし、その場合に、現在の大学の専門課程まで含めまして大学で講義が行なわれておりますことがすなわち研究と一体的なものであるかという点につきましては、私、なお疑問に思います。現在の大学の専門課程といわれているものにつきましても、やはり教育のシステムとして所定の講義内容が組み立てられて、専門の内容ではありましても一般的な学生に対する教育内容としてのカリキュラムが積み上がっていく。山中委員の御指摘のような、教育と研究がほんとうに一体的なものというような形で扱われる部分があるといたしますならば、それは大学院もかなり高度の段階で、その実態を私も認めるにやぶさかではございません。しかし、今日わが国で大学といっておりますものは、すでに三百九十九校の多きを数えますし、それから学生数も百四、五十万にのぼっておるわけでございます。短大を加えますならば百八十万人にものぼっておるわけでございます。これらの学生に対して教育されておる教育の内容が、大学の教官の研究の中身と同じ、あるいは同じ次元のものであるということはあり得ない。それはまた大学の実態から考えてみまして、研究というものがそういうあまりにも一般化したものであってはほんとうの研究にならないというふうに思うのでございます。でございますから、山中先生のおっしゃいましたほんとうの大学というものは知的創造活動の先端を行くものであって、その先端的な研究者の研究そのものが、教育の内容として、しずくのごとくにほとばしって出てくる、こういう意味での大学は、現在の制度の大学とは別の理念としての大学としては私も同感を感ずるにやぶさかではございませんけれども、今日の学校制度の中におきます大学は、もっと現実的で、一般的な教育のシステムと、それから研究をしていくシステムとが別になっておる、そう私は理解をする次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 早稲田大学も、戦前においては早稲田大学全体が教育機関であったが、教育を主とする高等教育部門は高等学院といって別にして、研究と教育を主とするのは学部としてちゃんと大学というものがあって、それが日本の大学の伝統なんだ。これが日本の近代化、日本の発展のために大きい役割りを果たしてきておるのですね。だから、それは三百になろうが何であろうが、高等教育の中で教育を主とするもの、それは対象は大体未成年ですね。それは教育を主とする。市民権を得、民法で成人と認められた満二十歳以上の者についてはやはり教育と研究というものの一体化の大学の伝統を生かして、日本国民の教養水準、専門職業水準に上げていくというのは、依然としてやっていかなければならない。いまのこの案というのは、そうではなくて、現在の戦前の教育を主とする高等教育の部面と、教育と研究を一体化した、大体満二十歳以上の、先生の教えを受けなくて自主的に先生の研究の姿をもってやっていける年齢の者を一つにした矛盾を、そのまま教育と研究を分化して大学でないものにすることによって解決しておこうというようなことは、時代逆行で、後退させることだとぼくは言うのです。なぜそれなら教育を主とする旧高等教育部面をそこから分けて大学の混乱を整理しないか。そういうことをなぜ言うかというと、民族の素質の何%まではエリート、そういう偏見は捨てなくてはならぬと思うのです。もしありとしても、三〇%ぐらいまでは高い教育を受ければ受けるだけ引き上がっていくだけの素質があると統計も出ておるのであって、その年齢の関係からいって旧制高等学校もやはり十七、十八、十九歳だ。旧制専門学校もそうなんだ。そして、その旧制高等学校の教育を主とする高等教育を受けて、満二十歳、二十一歳ごろに学部に入って、そこのところにおいては、いまことばを使っているような、厚生補導というような、子供を補導するようなことばのイメージでなくて、教育と研究一体化で自動的に学問が進み、研究が進んでいくという、実にとうとい日本の伝統、大学というものができたはずである。そういう意味において、筑波大学を持ってくることについては、教育大学というものをスクラップにして、また危険な、そういう教育と研究を分離するような、日本のイメージにおいて大学ならざる大学に下がっていくと思うのですよレベルは、うかうかすると。そういうことについて、発想に非常な間違いがあるんではないかと私は思う。現実に未成年、十七、十八、十九の子供を含んだ大学、戦後の混乱した大学制度を前提として、大学ならざる大学の方向に持っていくことに整理をするつもりですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いまの御意見を私なりに理解いたしますならば、山中委員も現在の現実の大学の中に、未成年の学生に対する教育の部分と、そうでない部分とが別々にあるということを前提にして、教育だけを行なう部分と、それから研究の部分が現在の大学にもあるということを承知の上での御意見のように拝聴いたしました。そして、それを将来どのように改善することがいいかという点につきまして、私は研究の部分をやはり充実強化していかなければならぬと思うのでございますけれども、いまの先生の御意見を私なりに理解いたしますと、十八歳の大学一年生に研究部分をおろせという御意見のようには受け取れませんでした。私どもも今日の大学というものを考えました場合に、幅広い学生層が入ってまいります。大学自体にいろいろな性質の大学もでき得るであろう。学生の素質も、年齢によって一律というわけにはまいりません。でございますから、その教育のシステムをどういうふうに考えたらいいかということについて、各大学なりの改善くふうがあってしかるべきであろうというふうに考えます。  筑波大学におきましては六つほどの教育のシステムが構想されておりまして、そのうち三つと、残り三つとは、かなり性格が違った内容のものになっております。初めの三つは第一、第二、第三という数字で呼称しております学群でございまして、教育内容をできるだけ一つの教育システムとしては総合的な内容のものに取りまとめようというシステムでございます。あとの三つは体育、芸術、医学というそれぞれ専門の教育システムをとろうとするものでございます。  こうした教育の観点から見て、どういう内容のものを考えていったらいいか。一方では幅広い教育の内容を考え、一方では専門の教育を比較的早い時期からはっきりと教えていく、こういう違った性質の教育のシステムをそれぞれにとっていくという考え方は私はある。そして、大学としての研究水準を高めるために、先ほどたまたま年齢で二十を過ぎたら研究というふうな御意見も出ておりましたけれども、私はこの研究の分野は年齢を越えて、社会のいろいろな各方面で活躍をしている第一線の方々にも、ほんとうに意味のある基礎的な研究は大学で充実して行なわるべきだ。これは学生の年齢とか教育内容とは別に、充実した研究、深い研究というものを大学が行なうべきだ、そういう大学として構想していきたいということでございまするから、決して大学としての内容、水準を低めようという趣旨のものでない点は御理解を賜わりたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 動機は別にして、客観的に、教育と研究を分離すると下がる、これはいまから私は申し上げておく必要があると思うのですが、非常に冒険的な実験学校だと思う。教育と研究の一体化ということでないと、戦前の大学水準の維持はできないじゃないか。年齢と言ったのは、必ずしも満二十歳前後というのではないけれども、心身の発達状況からいって、国家制度として満二十歳までは未成年だ、完全なる能力もないという見方を学問的にも制度的にもされておるから、それを対象とした学校教育は、教育を主とする学校形態にすることは自然なことだ。しかし、すでに民法上、刑法上も完全能力を認められ、思慮分別あるいは心身ともにもうおとな、一人前だという認定の者を対象とした、ちょうどそれは大学にあたる、これは教育と研究を主として、研究者がみずから研究をする、みずから自発的に入学した学生がついて学ぶという、いわゆる大学形態がその年齢に応じて発達するのだ、それに合う制度をつくるべきだと私は言うのであって、現在矛盾をした戦後の大学制度を前提として、一時ああいう思想、イデオロギー、戦前戦後の価値観の混乱の中に学生が紛糾してこうなった、その現象をとらまえて間違えた制度に持っていくべきじゃないじゃないか、これを言っておるわけであります。  文部大臣にもたまに質問しないと眠くなるそうだから、大臣にも聞きますが、いまの学部というものの内部が硬直化しておれば学部を改革すればいいじゃないですか。公害問題ならば、法学部というのでなくて、あそこに人文学部もつくればいい。そして教育と研究というものの基礎単位を維持していくという、日本の近代化に大きい意味を持ったこの教育研究一体化の、いわゆる研究教育基礎単位というのですか、これを保持していくことを簡単に捨てることにはたいへんな間違いが起こる。大学紛争に目がくらんで百年の大計の制度を間違えようとするのではないかということを心配する。目ざましに文部大臣にひとつ御答弁を……。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 私は学部の壁を取りはずしたのが筑波大学だ、こう考えているわけであります。学部ごとに教育と研究を一体化して行なう、それを大学全体に押し及ぼして、大学全体で研究と教育とを一体化して行なう、こういうことだ、かように考えておるものでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣が、ごく単純にこの世紀の大事業をお考えになっておるので、非常に心配だと思うのです。大学のあり方を、むしろ学部が日本の大学の伝統的な発達を遂げた核ですから、むしろ核に独立性を与えて、教育と研究の一つの独立的な学部の改正は、学問の発達に応じて大いに改正すればいいのですが、それを、いわゆるカレッジのように、単科大学的な独立性を持たせて、むしろ学部長、学長を核にして研究を総合化するのなら、いわゆる総長のかっこうで、学部同士が研究の交流をするとすれば、大学として発達していく。学部を取ってしまったらどうなるのですか。  私は戦前の東京高等師範の卒業生です。府県の師範学校を卒業して高等師範に入った者は、年齢的に大体大学の年齢とそう変わらない。入学するときは、そう質の悪い者はいなかった。入って、教育が悪いからみなばかになってしまったという傾向がある。その東京高等師範は、ちょうど筑波大学と同じです。文科、理科、体育科と分けて、そして、一類、二類、三類、四類となっている。ことばをかえれば、私らは文科群の第一類卒業なのです。あなたは専門は何ですかと言うと、私は専門はありませんと答える。第一群卒業といったって専門のことにならないのなら、学部を出たということはいえない。そのことはどういうことか。戦前には身分的に大学という学校の格づけをして、旧制高校を出た以外の者は大学というイメージを出さなかった。特別の格づけをしておった。その高等師範の文科群に一類、二類、三類、四類あり、そして理科群に一類、二類、三類があったのです。しかし、それは中等教育の教員になるという免許状と結びついていて、中学校のカリキュラムと結びついていて群ができておるから、文科群、理科群の目的がそれに結びついておるから、一つ、二つ、三つくらいの免許状付与と結びついた教育を主とした学群であったから、まだそれは何か生きたと思う。筑波大学は教員養成の目的も何もない。それで群にしてしまっておる。どんな人間が生まれてくるか私知りませんが、かりに教員養成という一つの目的、あるいは医者にするという目的があって、わかっているなら、まだ何か人間論ができたかもしれませんけれども、ただ一般に教養部に相当するような分類のしかたで、どんな人間が生まれてくるのだろう。散漫な抽象的教養を持っておる人間が出るのか、依然として現在の教養部の二年程度の講義が繰り返されて、そして卒業していくのか、非常に個性のない者が出てくるのじゃないか。戦前の高等師範のいわゆる文科群、理科群、それだって教官の研究室というのは、これは学系に当たるのでしょう。そこから、小西さんのことばでいえば、置屋から待合に出てきて、教育を受けておった。群には担任の先生がいましたよ。ところが生徒はばらばらなのです。教育と研究が一体化してないから、先生と学生はばらばらなのです。どこで一つになったか。全寮制度であっただけなのです。寮の中で一つのものができただけなのです。そういうものを再現をするのではないか、ある意味では。  しかも、伝統は全部つぶしておる。旧制高等師範学校の伝統なら教員養成なのです。現在の教育大学なら学部なのです。大学というイメージの中に、現在の教育大学の学部をなくし、旧制高等師範学校の教員養成という伝統をなくして、そして、現在の筑波大学をだれがつくったか知りませんよ。知りませんけれども、日本の大学制度の実験制度としては、まことに危険なものがある。取りとめのない人間が出てくるのではないか。そういうことを私は痛感をするのです。ぽつんと出したから、とにかく通せばいいのだというふうな政策法案ではないのです。健保その他は修正すればいい。これは制度の法案ですから、そう簡単にメンツだけで処理されるべき問題ではない。小委員会をつくって一年ぐらいやればいい。しかも、この法案の中には、他の学校は四月一日から施行が、これは十月から。施行期日も違うものを一括出してきて、半月や一月やったからいいじゃないかというふうな形式論議で終わる法律内容ではないと思う。小委員会をつくって、分科小委員会のように吟味するぐらいの大事な問題であろうと思う。しかも数百億の金を使う、国民の税金を使う学校構想です。どうですか、文部大臣。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 学部ごとに教育と研究を一体として行なうその利点、これは私わからないわけではないのでございます。しかしまた、そのことから起こる弊害のあることも、私、山中さんにもわかっていただけると思うのです。そういういろいろなことを踏まえて、教育上からも研究上からも学部の壁をひとつ取っ払ってみようじゃないか、これが筑波大学の考え方で、やはり学問研究を一体として行なう、小さい範囲で行なうようにしたほうが、少なくともその限りにおいては学問と研究とが生き生きとしてくるように思えると思います。それも私は否定いたしません。しかし、今日のように学問か広がりを見せる、深みを増す、そうなってくると、幾つもの学部があります場合に、やはり学部の壁を取っ払って、ひとつ問題ごとに力を合わせてやっていったほうが効果がある研究ができはせぬだろうかという要請も生まれてくる。また、教育の面からいいましても、小さくなってきた場合には、やはり教育という面から、いろいろな人たちに教育の場に出向いてもらおうじゃないか、学部の壁というのは障害になるなということも起こってくると思うのです。  ですから、筑波方式を全大学に広げていくのなら、私もいろいろ御懸念もいただいて当然だと思うのでございますけれども、筑波大学がやりたい、東京教育大学かやりたい、やらせてあげようじゃないかということでございまして、しかも、その中身はこれからつくられるのだと思うのです。一応は学群、学系といっておりますけれども、どういうかっこうで先生方に研究に従事してもらい、また教育に出向いてもらうか、これはやはり今後もどんどん変わっていくのじゃないかと思うのです。それこそ大学の自治の範囲内におきまして、研究の面におきましても、教育の面におきましても、成果をあげる努力をしていただく、またそれだけの弾力あるはからいをしていかなければいけないのじゃないか、こう考えておるわけでございます。  しかも、これがきのうきょうでき上がってきた案ではございませんで、長い間時間をかけて、東京教育大学だけではなしに、他の大学の先生方も協力されてこういう構想にでき上がってきたわけであります。構想ができ上がってきましたけれども、法律的に制約いたしますのはほんとうにこの大学だけでございまして、あとは自由におやりください。文部省はそれに対して力を合わせていきましょう、こういうことでございますので、この成果が上がるようにやらせてあげたいし、見守ってあげたい、こう考えるわけであります。しかも、すべての大学が非常に円滑にいっているのなら何をか言わんやでございますけれども、この数年来大問題を各大学が起こしておるわけでございます。それぞれにおいて教育上の見地からも指摘がなされておるわけでございますし、また研究上からもいろいろ問題があるということがいわれておるわけでございますので、そういうような改革の一つの新しい構想としてでき上がってきたこれを、筑波大学でひとつやらせてあげよう、しかも、中身は今後どんどん変わっていくと思います。変わっていってしかるべきだと思います、その中でよき伝統をつくりあげていっていただきたい、こういうように希望を持っておるわけでございます。山中さんのおっしゃることよくわかります。決して否定いたしません。しかし、こういう問題もあるじゃないかということは、理解を持って見てやっていただけないだろうかなということを私はお願いをしたい、こう思うわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現在の大学がこのままでいいとは思わないで、改革すべきだということは一致をしておる。その改革の方向について——筑波大学の改革の方向は、ぼくからいえば一番あぶない方向ではないか。学部を解消すれば全学一致するんじゃなくて、学生もばらばらになるだけだ。むしろ大学紛争の一つはマンモス大学で、何万という学生を入れておけば、どんな優秀な学長、管理者が出ても、整理がつけられるはずはないと私は思うのですよ。だからむしろ管理の単位は小さくしたろうがいい。むしろ学部を独立さして、学部ごとに管理単位をつくったほうがいい。研究は総合化する。研究は全学的に総合化し、管理は小単位にしていくという方向ならば、現在の教養部を分けるという方法も一つだが、よいと思う。大学を一つの学部の連合形態みたいなものにして、学部長を学長にして、学長を総長にする構想ならまだよい。研究は総合化し、管理は細分化する。筑波大学は反対ですね。管理は中央集権化してしまう。そして研究のほうは分散しちゃっているような感じである。だから、これは最初の発想が間違っておるのではないかということを心配するので——やってみなければわからぬですよ。わからぬですが、私の高等師範の経験、群に入れられて、その第一類の中で学問を身につけないで卒業してしまった体験からいって、これは危険だ。それは私の率直な、偏見を持たないで筑波大学構想を見たときの一番の疑問なんです。これは疑問の問題としておきましょう。もし皆さんが、無理でも、拙速でもこれをやっていって、その結果何かあれば、あと硬直化しないで、また改造するという考えを持たないとたいへんなことになるということを私は警告をしておくのです。  次に、教育大学は最初移転というイメージで全部移ってきて、閣議でも移転で閣議決定してきた。教育大学の移転という姿から、発展をしてきたが、途中で異質のものになってきた。それが混乱の状況になってきておる。文部省の皆さんのパンフレットその他には、東京教育大学のよき伝統と特質を生かしと書いてある。どこを見ても伝統と特質がないんですね。(「心の中にある」と呼ぶ者あり)この人は心の中にあると言っている。局長の心の中に幾らあったってどうにもならない。制度のどこに出ているか、具体的に説明してほしい。自分の身近な学校の何が残っているかといえば、一つもない。そこまでまっこうからうそを書いているように思えてならない。説明してください。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど御意見ではございましたが、現在の大学で一般教養課程の部分と、学部教育とは申しながら、二年あるいは二年半の短期間の教育で、その取り扱いについては、現在の大学発足以来関係者の大きな問題意識があり、なお何とか改革をしなければならぬという課題をほとんどの大学関係者が持っておられる。それは、学部、学科の割り方、現在の割り方のままで教育の制度を詰めていっていいかという問題があるからでございます。東京教育大学が筑波大学という新しい大学を構想されました際に、東京教育大学が現在までつちかってこられた学部、学科を基礎にいたしまして、その長い教育あるいは研究のシステムを基盤とした筑波大学を構想されたわけでございます。端的に申しますならば、現在の文学部、理学部を主体にいたしまして第一学群を構想し、第二学群には教育学部、農学部を主体にした教育研究のシステムが手を合わせることによって新たな教育研究のシステムを考えよう、こういう構想でございます。ただし、現在たとえば農村経済学科のように、農学部の中に経済部面で一つありますものは、むしろ社会科学の諸領域とあわせて取り上げて教育を考える、研究のシステムを考えるということのほうが適切であろうというような再編成の意見等は出ておりまするけれども、御提案申し上げております筑波大学の第一学群、第二学群、そして体育専門学群、これらは現在あります教育大学の伝統ある教育システム、研究システムというものを基本にして考えられておる。その発展として芸術専門学群のようなものが、これは現在も根があるわけでありますが、それを拡充整備しようという構想になっておるわけでございます。第三学群は現在の東京教育大学には基盤のないものでございます。また医学専門学群も基盤のないものでございます。     〔塩崎委員長代理退席、委員長着席〕 しかしこれらの新たな領域を東京教育大学の既存の体制に加えることによって、総合的な教育研究のシステムをつくり上げることができる。これはやはり東京教育大学の発展的充実である、こう考えておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それがよき伝統、特質を受け継いだということになるのですかね。東京教育大学は百年、日本の教員養成のセンターとして発展してきた。しかし戦後、封鎖性免許制の弊害を反省して、いわゆる一般大学になっておるけれども、名前はやはり教育大学とつけて、教員の養成の歴史と伝統を持っている地域、大塚にあることによって伝統は生きておった。広島高等師範も広島の長い伝統の地域の中で総合大学へ持っていったところに、あそこの伝統は生きている。今度はもう場所を野っ原に持っていく。一番中核である国立大学の教育学部というものは各府県にありますね。教員養成を主とした教育学部、それをばらばらにして何が伝統が残るんです。教育大学にはよき伝統と悪い伝統がある。私、あまり好きな伝統でないのが多い、率直にいえば。しかし、清貧に甘んじて生涯教育に従事して生きがいを感じる人材をずいぶん出している。それはよい伝統だと思う。一方に、当時の軍国主議的な国家の統制が一番強い学校であり、国家統制のもとに、学問を身につけるよりも、そういうかたくなな性格をつくっていったというところに悪い伝統がある。しかし、少なくとも計算のこの社会において、給料は安くても何しても教育の中に生きがいを感ずるような人間をつくる伝統だけはまだ残しておった。筑波へ行ってそれは生まれてきますか。何もないでしょう。それならば、教育学部を中核として考えていくか、あそこに教育学部を残していくか、あるいはあの地域を活用して教育学部を昇格して、全国の学校の先生の再教育の場を考えて水準を上げるための研究大学院にするか、何か配慮があっていいのじゃないですか。制度的に何もない。大学の中の先生がつくったから、だからそういう先生はおかしいと言うんだ。個人が、そこに籍があっても、総合大学になって自分がその地位につけばというような立身出世主義の動機から出ておるものもあるかもしれぬ。だれがつくる、つくらぬにかかわらず、客観的に百年の日本の近代化の中に大きい役割りを果たした、そういう伝統を残すということを考えないで、しかも全然筑波大学を——橋本幹事長の橋本試案の中にもこれに似たような構想も出ておったんですが、いろいろの方向から違った大学をつくって、この一片の法令においてこの伝統をつぶしていくのはあまりにも惜しいじゃないか。一つの違った大学をつくるために、完全にいけにえにするというような前例はどこにもない。筑波大学へ行って、何が残るのです。あそこの教育大学の伝統が何が残りますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波大学にありましては、修士課程の中に、従来の修士課程とは異なりましたかなり規模の大きい教員教育の修士課程を予定しております。また体育、芸術の修士課程も、これまでの修士課程とは異なった新たな考え方でその充実を期したいと考えておる次第でございます。  東京教育大学は高等師範の伝統を引き継ぎまして、主として中等教員の養成を考えてまいりました。今日では高等学校の教員養成ということに相なろうかと思います。でございますから、現在の高等学校教員の資格養成基準等から申しますならば、大学の学部辛だけではなくて、むしろ修士を主体にして、高等学校教員の資質の充実ということを考えるべきだと思います。また同時に、東京教育大学は、東京文理科大学の伝統も引いておるわけでございまして、充実した研究の体制を持っておるという流れをくんでおります。教育学につきましては、全国の各地域にございます教員養成学部の教育学の中心になるべき大学である。それはむしろ大学院において教育学の力強い充実を考えるべきものではなかろうかというふうに考える次第でございます。  山中委員のお話を伺いながら、昭和四年に東京文理科大学をつくります際の嘉納治五郎校長のそのときのおことばなどもかえって思い出した次第でございまして、嘉納治五郎校長は、学者養成の大学ではなくて、教師養成で、高師でいいんだという考え方を主張されておられます。私も、これは教育を考える方の立場としてわからない議論ではございません。嘉納先生のことばの中には、高師から、博士より以上の、二千人、三千人の校長を出したらいいではないか、東京文理科大学というものを考える必要はないという御意見もございました。しかし、今日の流れの中で考えますときには、学問的な水準を高めるために文理科大学というものがあり、今日、東京教育大学が高等師範のほかに文理科大学も含めた大学として新しい大学の発足を見てきた。将来の日本の大学を考えておきます際に、この両者の伝統を踏まえながら、教育学につきましても、またそれ以外の学問分野につきましても、高い水準の研究能力を打ち出していくということは、私は、東京教育大学が長い間持っておりました歴史的な伝統を筑波大学が十分に引き継ぎ発展させていくものである、こう考えておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 学問を身につけた教師でないと、もう教育者として資格がない。したがって、学者にするんでないからという治五郎さんの戦前の感覚とは違う。いまの教師の、学問を身につけて一つの学問の方法を知り、そしてそういう姿の中に感化もあり、子供の教育もできるので、戦前とは違う。その点は局長と同じ。それなら、筑波大学というなら、学問を身につけた教師の養成の伝統が残るか、つぶしておるんじゃないかというのです、ぼくは。答弁にならないんです。府県の師範学校も、戦前の弊害を考え、閉鎖性免許制度も開放して、大学において教師を養成するという戦後の一般の要望にこたえて、法的には府県の師範学校は廃止になったが、府県の国立大学の教育学部、学芸学部として発展的に伝統を残した、そうでしょう。東京高等師範の伝統を筑波大学に何も残さない、わざわざ教育学部を解体をして、どこを見たって、学群という変な名前のところを見たって、何もないじゃないですか。伝統どころか、一片のことばもないじゃないですか。府県の師範学校は、弊害を除去して、大学で学問を身につけた者でなければ教師の資格がないという考えで、昇格の姿で廃止をして学芸学部、教育学部も残っておるんだ。東京高等師範は何も残さない。どこにあるか。うそを書いちゃいけません。もったいないじゃないですか。長い伝統を一片の法律でつぶすのはもったいないじゃないですか。学校というのは、数年の歴史がなければ人間形成はできない。早稲田も慶応も、最初は何もなかった。いまは堂々たる一つの半世紀の歴史の中に日本の大学機能を発揮している、その伝統を生かし、時代の変遷に応じて発展するから。これを、野っ原につくってすぐできるものじゃないのです、大学なんというものは。何も残っていない。私の答弁になっていない。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 山中委員の御指摘ではございますけれども、今日と以前と比べて見ますと、以前東京高等師範学校がありました際に、東京高等師範学校は師範学校よりもより上位の学校として考えられ、そしてまた運営もされてきたというふうに思う次第でございます。今日、師範学校は、いま御指摘がございましたように、全部各地域にあります教員養成大学教育学部というふうに相なっております。東京教育大学が学部段階で教育学部を持っておることが、戦前の長い東京高等師範の伝統を受け継ぐというふうには私は考えたくない。むしろ、今日各地域にあります教員養成大学に対しまして、これは東京教育大学発足のときの関係者の意見でもございますが、やはり教育学について充実した研究の場でなければならない、そういうことを期待したい。よって東京教育大学ということばも関係者の間でつけられたというふうに考えたいと思います。今日、各国立大学に教員養成の学部があり、筑波で東京教育大学等が従来の伝統をよりよく生かすとするならば、私は大学院にこそその伝統を引き継いで生かすべきだというふうに思います。したがいまして、筑波大学におきましては、従来の各学部が必ずしも十分に持っておりませんでした大学院をドクターコースまで、全部の専門領域について充実発展させる、そうしてほんとうにここが教育学の中心的な充実したものになり、また体育、芸術につきましても、高度の研究も含めた大学になり得るというふうに発展させることこそ、他の一般の教員養成大学に対する東京教育大学が伝統的に持っておりました位置づけ、意味合いというものをよりよく生かすことになる、こう考えまして、修士課程に先ほど申しましたような教育あるいは体育、芸術の大きな修士区分を考え、すべての学問領域につきまして博士課程までの充実した大学院を設けていく、これがやはり伝統を生かすことにも相なっておるというふうに考える次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そういう精神ならば、大塚にある教育学部を修士水準の大学院に昇格をして、教師の再教育も含んで筑波大学の一つのブランチとして、あの伝統の大塚に教育研修の大学院を置くというふうな構想が入っておればいい、伝統を生かすことになるけれども、何かうわさによると、あれは中国の大使館に使うなんといういろいろなうわさが出て問題になったことがある。いけにえにしたのじゃいけませんよ、いけにえに。伝統を生かす精神は、イギリスのケンブリッジにしてもオックスフォードにしてもイートンにしても、何百年の歴史、伝統があるから、学校は古ければいいというものではない、表から見るとなかなか古色蒼然たるものはなくなった、しかし、依然として人材を得ているでしょう。大学も法律でつぶしたり立てたりするものではないのだ。いわゆる学校史というものについての真髄を知らぬと思うのだ。伝統の中に新しいものをつくっていくことこそ、私は学校の改革なんだと思うのです。紛争しているからつぶすなんということは学校行政じゃないです。何もない、そんなこと。大臣、着想ないですか、あそこをもっとそういう方向に使う、よき伝統を残す。文書に書いたものは何もないから、一つぐらい考えたらどうかというのだ。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 東京教育大学が筑波に完全に移転した暁に、従来の東京教育大学のあと地をどう使用するかということにつきましては、またいろいろな発想が浮かんでくるだろうと思いますし、またよい点、それはお互い実るように努力しなければならない、かように思うわけでございます。  しかし、いずれにいたしましても、山中さんが筑波のいまの研究学園都市をごらんになったかどうか知りませんけれども、環境は全く違います。大塚はほんとうにごみごみしたところにありますが、筑波学園のほうは広大な土地、筑波山を仰ぎまして、学ぶにはほんとうにふさわしいところでございます。ですから、だれの立場で移転を考えるかということも一つの観点だと思います。先生の立場で考えるのか、学生の立場で考えるのか、あるいは社会全体の立場で考えるのか、いろいろな観点から考えなければならぬと思うのですけれども、ほんとうに東京教育大学が発展的に筑波に移っていくのだ、こう理解をし、またそういうつもりでりっぱな大学をつくりたいということで意気込んでやっているわけでございます。先生方もだいぶ東京教育大学から筑波に行ってくださるでしょうし、またおそらく私は、東京教育大学の先輩は筑波大学の学生を後輩だと思われるだろうし、筑波大学の学生は東京教育大学卒業者を先輩だとお考えになると思うのでございます。そういう意味で、気持ちの上では私は完全に引き継がれていくものだ、こう考えているわけでございまして、先輩としていろいろ御懸念もあるだろうと思うのでありますけれども、お教えをいただきながら、ぜひこれだけの気概を持って筑波の学生がりっぱに学んでくれる、そういう態勢をつちかわなければならない、こう思います。東京教育大学がりっぱな学校でありましただけに、筑波におきましても多くの若い人たちがあこがれの的にするような、りっぱな学校にぜひ育てていかなければならない、こう思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 向こうはりっぱ——私は行っていないのですけれども、環境はいいでしょう。ただ、大塚という伝統の中に実験学校としての付属高等学校、小学校、中学校、特殊教育、ろうあ学校があの周辺を取り巻いている、それを全部向こうへ移すんですか。こちらの都民の人が入っている小学校までも、伝統があるのですね。そういうものを生かす着意かないと——だから、伝統生かすなんて、うそばかり書いているじゃないかと言っている。あの歴史のある付属の小中学校を活用する構想というものがあれば、あそこをどうするかということは一番大事なこういう問題を考えるときでしょう、何も考えていないじゃないですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 東京教育大学の付属の学校、高等学校とか中学校とか、それは旧来どおり残す予定をいたしております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それだけが残っても普通の学校になってしまうので、昔は伝統的に教員養成の母校があって、卒業生がそこに行って実習をする、また研究しながら、そこの先生をしながら教授法を教える形、高等師範と付属学校というのは、教員の研究と実験と特殊教育その他を含んで、こん然一体としてその伝統ができている。あの付属だけ残って何になるのですか。そう簡単なものじゃないですよ、移転移転と言っているけれども。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま大臣がお答え申し上げましたように、付属の学校は従来の土地に残る、そして付属学校としての機能を果たしていく、(山中(吾)委員「果たしてないじゃないか」と呼ぶ)多少、学生が学びます筑波大学の土地との距離が、今日の付属よりも遠のくということはございましょう。(山中(吾)委員「多少どころじゃない」と呼ぶ)しかし、これからの首都圏の道路事情あるいは交通の状態その他を考えましたならば、これは付属学校としての運営その他にはいろいろな改善くふうも十分持ち得ることでございます。  また、今日でも、付属の学校とそれから学生の学びます学校の位置とは、かなり離れておる例も少ないわけではございません。いろいろな事情がありましてそういうことになっておりますが、筑波の地に大学をつくります際には、付属は都内に置きまして、都内での整備をし、そことの関係を緊密にしていく、その改善にはつとめてまいる所存でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 答弁に値しないですね。答弁に値しない。(奥野国務大臣「時間的に近いのですよ、距離で考えるから……」と呼ぶ)あ、そう。ですから、あそこに教員の再教育大学院でも置くというならわかる。あの場に、筑波におもやを置いて、付属をそのままにほっといて、そこには伝統も何もないじゃないですか。そういうことを考えないで、一方の教育大学は廃止をして、片一方筑波大学、異質のものをつくるのは無責任だ。大体自民党の諸君も無責任だ。学校というものは、そんな簡単に……(「反対していることだって無責任だ」と呼ぶ者あり)反対も何も、一番問題にしているのだ。学校なんというものは、それは一ぺんにつくったところで、そんなものがすぐ伝統的な人間形成の能力の出る環境にならないのだ。もう少しこの付属学校というのをどういうように活用するかということを、具体的に着想を出さなければいかぬです。答弁にならぬ。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 付属学校が大塚の地に残りまして、筑波との間にどのような脈絡のある連係組織をつくっていくか、これは東京教育大学におきましても、現在なお検討が進められておる課題でございます。いずれにいたしましても、付属学校としての機能をよりよく営めるように改善努力をしなければなりません。東京教育大学では、教育研究センターという形のものを考えたいというふうな御構想もございます。教育学の大学としての主体が筑波の地に参りまして、そことの関係の結び方もいろいろあろうと思います。道路だけではなくて、最近の情報技術その他を使いましたならば、それは距離を越えていかようにでも教育上使える道は出てくるわけでございますから、私はそんなに心配をいたしておりません。大塚の地に残っていなければ両者の一体感がとれない、そういうことではないというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 法案に教育大学の廃止、筑波大学の設置という出し方をしているんだから、何かの方法が出るなんという抽象的なことをいまの段階で出すのは責任ある立場じゃない。これが一番大事じゃないか。具体的に、教育大学の廃止をしておるけれども、あの長い歴史のできておる付属をこういうふうに活用する、こういう構想でこうなるという一番大事なものを出していないで、そして伝統と特質を生かすというふうに書いてあるから、うそを言うなと言うんです。これから何か方法が出るでしょうという答弁は無責任でしょう。私の言うことはそんなに飛躍していますか。もっと具体的に出して初めて提案すべき問題じゃないですか。こういうものが固まるまでは小委員会をつくって吟味しなさいとぼくは言うんだ。あわてないで、百年の大計を——ことしつくったからといって日本の国が発展するわけでもないんだ。一、二年がっちりかまえて検討すべきだ。あなたの答弁を聞いておると、ますますそう感ずるが、これを話しておると朝までかかるから……。何か答弁できますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 付属学校の運営につきましては、付属学校部を設けまして、それに付属学校部運営委員会を置き、大学との連係をつけていくという計画になっておるわけでございます。また、必要な各種のセンターを設置するという構想になっておるわけでございます。それらの構想はやはり大学の設置がきまりまして逐次進んでいくべき性質のものでございまするから、付属学校部につきましては、すみやかにこのまとまりがとれ、その運営ができるように、すでに事前の配慮もいたしたところでございますが、山中先生御指摘になりますような付属学校との関係の重要性という点は、今後大学の準備研究を待って、私どもも対応を十分に考えていきたいというふうに思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 不満足だけれども、そのくらいの答弁で見守ることにしましょう。  それから、向こうの筑波地域に新しく学園をつくって、一つの大学をつくる。現実に東京都内におる学生諸君は、まず半分以上アルバイトをして、何ぼか学資をかせいでいると思うのです。地方の父兄が出すのは、月五万、六万要る。二、三万はアルバイトをしている。向こうの学生はアルバイトも何もするところはないだろうと思うのです。そういうことも考えながら、学校制度としては、目的大学についてはいろいろ論議もあるし、またいろいろと吟味をしなければならぬので、教員養成目的大学というものは、免許制の封鎖性、その他の問題もあるから、速急に結論を出すべきものではないと思いますが、あの伝統を生かす場合には、自発的に教壇に立って教育に生きがいを感ずるという卒業生が出るような大学であれば望ましいと私は思うのです。現在の教育大学も、目的大学ではないが、その伝統が生きて教壇に立っているものはずいぶん多い。そうでないと、何を見ているのか、取りとめのない卒業生しか出ない。どういう職業人になるかちょっと見当がつかない。そういうことを考えるときに、現在教育学部一般の大学の学生で教員の希望の者には、奨学金を一〇〇%やっているのですか。六カ年教壇に立てば返還免除になるんでしょう。どうなっていますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 いろいろお尋ねがございましたが、三つあったと思います。  一つは、学生のアルバイトの御心配、私も心配をいたしております。筑波大学の当局は、大学のいろいろな仕事を学生に思い切ってやってもらおう、そういうことを通じて学生のアルバイトの必要を満たすようにできよう。アメリカの大学などはかなりそういう配慮をしているようでございます。そういうことで、かなり大きな予算でございますから、大学の準備をしておられる方々のおっしゃること、たいへんけっこうなことだな、こう私は思っております。私も実は最初心配いたしまして、そういうことでいろいろ相談をしてみました。そうしたら、相当大きな予算を持っておりまして、学生にやってもらえる余地がずいぶん多いようでございます。そういう先べんをつけてくれるので、ありがたいなと思っております。  それから二つ目は、先輩としてたいへん御心配になっておられますが、またいろいろ先輩としてお気づきの点を教えていただきたいと思います。同時にまた、参与会の構成におきましても、やはり先輩の方に入ってもらう、これはいま考えられている構想の一つでございます。地域の代表者にも入ってもらう、また同窓会の代表者にも入ってもらう、あるいは入学試験問題などがございますので、高等学校の校長先生にも入ってもらう、そういうことでございます。  第三番目は奨学金の問題でございますが、御承知のように、卒業いたしましてから研究教育に従事する方々、これはもう免除をいたします。同時に、大学の場合で学生の五割足らず、大学院で学生の九割足らずになっておるわけでございますけれども、教育関係に当たる方々、これはもう優先的に奨学金の配慮をしなければならないと思いますし、希望者の全員に奨学金が行き渡るように文部省としては当然配慮しなければならぬ、こう思っております。そういうつもりで努力してまいります。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 第三点の、大臣からも御答弁がありました点、ちょっと補足して訂正さしていただきます。  現在、教員養成学部の学生に対しましては、二人に一人の割合で奨学金の貸与が行なわれております。これは一般貸与と特別貸与を合わせまして、大体二人に一人という形になっております。また大学院につきましては、修士レベルでこれまた二人に一人という割合で貸与が行なわれております。博士レベルにつきましては九人に一人という割合で支給が行なわれております。その点だけ、ちょっと数字を補足して申し上げておきたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 参与制については私は反対ですから、賛成を前提として話をしていませんから、あとでまた……。  筑波大学については、入学者全員に奨学資金を支給する。それで、六年教壇に立った者は免除になる。義務的にそういうことをするのでないけれども、教壇に立つことが望ましい。そこに伝統が生きるのですから。あそこに行ったらアルバイトの場所もない。奨学資金は全部支給するんだ、そして、後顧の憂いのない勉強をし、おのずからその雰囲気の中で教壇に立つと、その伝統が制度で強制するのでなくて、自然に生きるような、そういう構想であれば一つの伝統の生き方もある。普通に何か新幹線構想だとか、いままでのせっかく積み上げた歴史というものを切り捨ててやるような軽率な発想のようだから、私はいま異議を申し上げているので、そういう発想ぐらい持つのでないと意味がないじゃないか。それ考えていますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波の学生に対しまして、特に教員の資格ということを考えます修士課程の教育の課程、あるいはまた体育、芸術等、やはり教育の伝統を持った課程等につきましては、いま御指摘がありましたことを十分念頭に置きながら、育英資金の運営も考えていかなければなりません。しかし、育英制度全体につきましても、これは筑波とは別に考え直さなければならない点等がございまして、今後の大学進学者の拡充と合わせて育英奨学制度の改革そのものにも検討を進めたいと思っておるときでございます。  ただ、筑波は御指摘のように生活環境が違いますから、東京都内におりますようなアルバイトその他の、いいアルバイト口がすぐにあるというわけでもなかろうかと思います。生活の問題は真剣に取り組んでいきたいということを考えておりまして、そのために学生の宿舎につきましては、完成時におきまして学生の六割方が宿舎に入れる。初年度はこうした地域の生活施設も不十分でございますために、全員が宿舎に入れるというような生活環境を整備してまいるつもりでございます。  育英奨学につきましては、奨学制度全般として、希望者にできるだけ多くのサービスができるという方向を今後考えたいと思っておりますが、教員志望者に対しましては、現在でも、先ほど申し上げましたような特別の努力をいたしておりますので、筑波の地でそうした目的を持ちます、そうした希望を持ちます学生に対して、十分な対応ができるように努力をしたいと思います。  なお、先ほど御答弁申し上げました中で、博士課程の場合に九人に一人というふうにちょっと間違った御答弁を申し上げました。博士課程の学生に対しましては在学生は九割に対して支給をしておるということでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私は、高等教育を受けて社会から学んだものは子孫に返す義務がある、すべての国民は、兵役の義務なんて古いことばは言わないが、社会から学んだ文化は子孫に文化を伝達すべきである、そういう国民の文化的義務をつくっていいのじゃないかと思っておるのです。したがって、大体大学を出た者は、一度三年、四年教壇に立つ義務があるくらいの常識をつくるべきだと思うのです。したがって、ここで筑波大学というものを目的大学としてでなくて、伝統を持ってきたんだから、入学する者は教員の希望、教壇に三年、四年も立つというふうなことを前提として全部奨学資金をやるのだ。そうして各教科の中に教員の免許状をとる教科があって、卒業すれば全部教員の免許状保持者になるのだ、六年教壇に立った者は免除をする、そういうような構想で心身相関の人間形成に、肉体を守る医学と、精神的な部面の形成を担当する教師は、教師であると同時に基礎医学の知識を持っていなければほんとうの教師にならないと思う。肉体の先生と精神の先生が別々に養成される。だから一つの総合大学の中に医学があり芸術があり、そうして一般の人文科学その他がある。その中で一方に医学の基礎知識を持って教壇に立てるような、聴診器を持たない医者がほんとうの教師だと思う。そういう構想の中で百年の伝統が生きるような筑波構想ならば相当検討されるべきものがある。そういう着想が一つもなくて、美辞麗句で形容詞として伝統、特色を生かすように書いているから無責任だと私は言うんだ。そういう着想で検討さるべきものであると思うので、いまの構想については私は賛成ができない、非常に危険なものがあると思うのであります。朝まで時間があればもっとやりたいのですが、一応問題を提起して良識のある皆さんの判定を期待するわけであります。  次に、一番問題になる筑波大学の管理のあり方でありますが、大学という特殊の教育機関の管理のあり方というものを、官庁の管理とか会社の管理と同じように考えては非常な間違いがあると思うのです。官庁の管理、会社の管理と教育機関の管理、ことに大学の管理という原理が違わなければならぬ。どこが違うのでしょうか。同じような考えでやっていないでしょうね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の管理運営は、教育研究という大学の本来の機能が最もよく行なわれるように考えて必要な処理をしていくことだというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 官庁の管理というのは、与えられた法律を執行するための一つの管理でしょうから、既存の価値を保持するための秩序で、新しい価値観を創造するようなことをいったら、これは秩序が乱れる、行政官庁その他は。したがって、ピラミッド型の管理体制というふうなものも是認される要素もあると私は思うのであります。また会社の管理は、利潤を追求する合理主義のための秩序が原理になると思うんですね。大学の管理というのは、自由に価値を創造していくための秩序でなければならない。そういうことから権力による秩序からは創造ができない、学問的な権威というものが秩序の原理でなければならぬと思う。それを制度的にいじくって、大学のもとに学者でない副学長まで置いたりして、そうして全学の教授を統制していこうというふうな構想の中に、何か大学の管理の原理について誤りがないかということを聞いているのです。だいじょうぶですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の組織規模が非常に大きくなっております昨今、世界の主要な国々の大学を見ましても、学長を補佐するたくさんの副学長が設けられております。副学長がいるからといって、これが全く研究教育に無縁の人が副学長に迎えられるとも思いません。やはり研究者であり、教育者であり、大学の運営にふさわしい人が副学長として迎えられることになると思います。ですからイギリスの大学でもアメリカの大学でもソ連の大学でも、その他フランス等多くの国の大学で、教育研究あるいは一般的な大学の総務について補佐する副学長が置かれております。それと同様の発想を考えましても、何も会社や何かの管理なんかと同じようになるとは考えておりません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 一応聞いておきたいと思うのです。  そこで、この筑波大学の管理方式というのは、既存の大学と違って、学長に管理の権能を集中していくという大体構想のようですね。そのもとに副学長は五名配置をされる。さらに参与制によって学外から管理に対して助言をし、勧告のできる一つの機構を置いてある。そして国立であるから文部大臣の関係からも、一つの秩序のひもがある。このあり方の中に非常に私は危険なものがあると思うのですが、一つは筑波大学構想その他の中に、当時大学紛争の中で論議をしたのは、大学に法人格を与えるべきではないか、国立、私立の中に設置者差別主義があって、一方は国が財政的に責任を回避する私学、一方は国が全責任を財政的に持つという国立、その国立、私立の差別の問題から経済的な設置者差別主義をなくそうということから、国立についても特殊法人あるいはその他の大学法人という名前をつけたものもありますが、法人格論がだいぶ出た。それで私学と国立の関係をだんだん近づけて国の差別をなくしていくという論争があったはずであります。筑波大学の構想も、最初は特殊法人、法人格を与えようという構想があったのではないか。どうです。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 御指摘のとおり、大学自体に一種の法人格を持たせるという御意見も出ておったと考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そのときに、法人格を与えれば当然執行機関としての理事会が要るから、理事会構想も論議をされた。ところが、大学の先生のほうから、やはり国立のほうがいい。退職金その他いろいろなことがあって、まだわが国は伝統的に官尊民卑の思想があり、制度的にもまだ差別がある。そういう心理も働いて、特殊法人にするよりやはり国立にしてほしいという論があった。ところが法人格を与えるという前提として出てきた理事会構想を、法人格をなくせば執行機関ということにはならないから、諮問機関あるいは建議機関というふうな形で参与制だけは残った。そこにちぐはぐな、竹に木をついだようなものができたと私は解釈しているが、そうではありませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 この大学の管理運営に対して広く市民の参加を求めていく、あるいはまた市民の声を聞きながら大学の運営を進めていく、これまた諸外国で取り入れられておる制度でございまして、フランスのように国立大学でありましても理事機関を持っているところも少なくございません。イギリスの国のチャーターでつくられます大学につきましても、同様にたくさんの学外者が理事機関を構成しておるわけでございます。ソ連も国立大学でございますけれども、学外者の加わった評議会等設けられております。大学が地域の関係者の意見を取り入れ、またその意見を聞きながら教育研究の仕事を市民のために行なっていくというのは、自然の姿であろうかと思います。御指摘のように、たまたま国立大学という従来の大学の性格を維持していこうということになりました関係上、そうした市民社会からの意見の反映をはかる組織を理事機関として位置づけることはしないで、参与会という形で位置づけることになった次第でございますが、しかしこれは、大学の運営の考え方として決して不自然なものでもないというふうに考える次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私は、日本の風土から考えて、この国立大学に学外からの管理についてのタッチを認めることは非常に危険があるのじゃないか。理屈じゃない。風土ですね。アメリカと違うので、大体同窓会とか、そういうふうなものはよけいな干渉をする風土なので、日本の大学というのは大学人によっていろいろ苦心をしながら発達をしてき、戦後価値観の混乱で一時的に混乱をしておるけれども、やはり大学の自治というのは、学内の者によって自主的に維持していくということが、日本の場合において一番大学の自治を守る適切な道ではないか。アメリカの制度を竹に木をついだような形で持ってくるのは非常に危険であるとまず考えているわけなんです。  日本の場合の私立大学の場合には、自己管理であって、そこに理事会があり、別に学長以下の教育体系があるが、私学においてもどうも理事が学問の自由、人事に対して、正当な発言をしない。裏口入学の接触点になる。決して私は大学の発展に長所が発揮されているとは思っていない。  しかし、それは法人格があるので、理事会そのものが訓練をされて発展していく以外に道はないのですが、国立大学になった場合に、わざわざ学外の者をそこへ持ってくる。しかも、参与というのは任期がないので終身、学長は任期二、三年でかわっていく。やがてボス的存在になって、外からその大学の管理が人事まで、この学長反対だ、これはどうだといって、デメリットだけが出てくると私は考える。そういう吟味をされましたか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 山中さんのお話を伺いまして、大学の自治、非常に大切なことでございますけれども、大学の自治が目的ではなくて、私は学問の研究を守っていく、それが目的である、それを守るために大学の自治がある、こう考えておりますので、御了解を得たいと思います。  また筑波大学自身は、みずから社会に開かれた大学として発展していきたい。そのためには社会のいろいな声に耳を傾けやすいような仕組みをとりたい。それが参与会の設置になっている。これもぜひ御理解を賜わりたいと思います。  それじゃ参与の構成をどう考えて、どういう点について社会の声を聞きたいと考えているのかということになっていると思いますけれども、やはり大学の施設、できる限り地域の住民の方々にも役立っていきたい。そのためには土地の代表者にも参与として入ってもらう。体育施設などは、一番地域の住民に利用していただけるものだと思いますけれども、大学会館その他も同様のことだろうと考えております。同時にまた、先ほど先輩としての御心配がございました。やはり同窓生の代表に入ってもらおう。先輩からいまの大学を見た場合に、いろいろな懸念もあろうかと思うのでございまして、先輩の立場から後輩に対していろいろ助言を送っていく。だから、そういう人たちも参与として入っていただきたい。また他の大学の関係者にも入ってもらおう。他の大学から見た場合に、筑波大学がはたして適切であるかどうか、私、よく批判しやすいと思うのであります。その声も聞こうと考えているようでございます。同時にまた、高等学校長の代表にも入ってもらおう。やはり高等学校が自分のところで教えた生徒を大学に送っていくわけでありますから、また入学試験の問題もあるわけでございますから、送り出したもとの学校側として筑波大学にいろいろ助言をしていきたい、こういう気持ちも多分にあるかと思います。そのほか、社会のいろいろな事情から考えましてこういう公開講座を開いたらどうか、また修士課程についてもこういう科目を積極的に取り上げていったらどうかとか、いろいろなことがあるだろうと思います。みずから社会に身を投げ出そうと考えている筑波大学の関係者、けなげだという気持ちを持っておるわけでございます。やはり大学も孤立してはいけない。従来のように、象牙の塔にこもってはいけない。みずからこもらないように努力するばかりじゃなしに、こもらないようになっていける仕組みを私は考えていく。それが参与会の組織だ、こう考えておるわけでございます。  もとよりこの参与会の組織も、筑波大学にしか法定していないわけでございます。同時に先ほども申し上げましたが、いろいろなことを今後筑波大学ができまして筑波大学みずからが築き上げていくわけでございます。したがいまして、参与の任期なども学内規則できめていかれることだと思うのでございますし、またそれができるようにしていかなければならない、こう考えておるわけでございます。いろんな点は今後具体的に筑波大学みずからがおきめになって、そして具体的なものをつくり上げていただく、こういう期待をいたしておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私は、国立大学で外からの参与が、いろいろな人が入って、これはもう外からめちゃめちゃにする危険が非常に多い。これは確信に近いほどそういう危険がある。  そこで、心配をするのは、またこれは制度がなければいいですよ。法律の制度としてこれを置き、参与は文部大臣の任命ですね。学長の任命じゃない。権威のある文部大臣の任命された参与が、学問のあり方まで、大学のあり方まで勧告ができるという強力な権限まで入れて、私は大学というものは逆に外から曲がった牽制を受けるだけだ。どうしてまた文部大臣の任命にしたんですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 学長であれ、副学長であれ、参与であれ、みんな学校からの申し出を受けまして、そして形式的に、国家公務員でありますので、文部大臣が任命をするわけでございます。私はよくこう申し上げるのでございまして、お互い選挙で投票を受ける。そうして当選者に対して選挙管理委員会が当選証書を渡す。その選挙管理委員会が当選証書を渡す役割りを文部大臣がしておる、こう申し上げておるわけでございます。したがいまして、参与につきましても「学長の申出を受けて文部大臣が任命する。」その場合には、学長の申し出そのままに任命をしていきたい、こう考えておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私はまあいかようにも言えると思いますがね。学長が民族の最高の教養と何かを持って学長がもし地域にいろいろの空気を入れるというならば、みずからの任命で参与制をとるというならわかるが、文部大臣の任命で自分も文部大臣から任命されるんだが、そんなかっこうで制度としてうまくいくと思っているんですか。これは絶対そうはうまくいかない。だから、これはずいぶんと思いつきの法案だと私は思っておる。  そういうことを考えるから、一方に私立大学の学長が理事会から牽制される要素を国立のままに入れて、上にまた文部大臣がおる。だから、この筑波大学の学長の管理体制、そして学部の人事権をとって副学長が自分の周辺におる。どんな管理が出るんだろうということを、なかなか私は整理がつかない。その中で、文部大臣の任命権は拒否権があるんじゃないですか、どっちです。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 学長や副学長につきましては、学長の申し出に基づいて文部大臣が任命すると書かさしていただいております。参与の場合には「学長の申出を受けて文部大臣が任命する。」と書いてありますから、「申出を受けて」にとどまりますから、幅広い、適当でないなら法律条文上は、これは変えてくださいと言うて差しつかえないと思います。しかし、「申出を受けて」と書きましたのは、学長や副学長と参与とは立場が違うわけでございます。学長や副学長につきましては、大学がおきめになっていいんです。大学の自治というものは非常に尊重する、そういう気持ちを正確にあらわすために基づきという表現を使っておりますので、参与のような助言機関、諮問機関、これはやはり性格の違いを明確にしたほうがいいだろうというようなことで表現に差を設けておるわけです。ですから、法律形式的には拒否することができると思います。しかし、実質的にはそうするべきではない、そのとおりに発令すべきだろう、またそうしたい、かように考えておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 これは私がいなかったので、ちょっと確認したいと思うのですが、五月九日の文教委員会で上田委員から「学長の選考で、文部大臣が任命するということなんですけれども、それでは、文部大臣に、その選ばれた副学長というものに対する拒否権というようなものがあるのでしょうか。」奥野大臣はこれに対して、「学長の申し出に基づいて文部大臣が任命する。」したがって、違法なものでない限りについては、「適当だ、不適当だということで拒否することはできない、」拒否権は明確に打ち消しておりますね。間違いないですか。間違いありませんか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 上田さんに御答弁申し上げたとおりでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 もしこの筑波大学のような管理体制で文部大臣が拒否権があるとすれば、たいへんな、ほとんど現在の教特法の上に立った大学の、学問の探求のための大学の自治は私はもう空洞化してしまう。したがって、大学の機能というものは行なわれないと思うのです。  これについては私はぜひ確認いたしたいのですが、前の大学紛争の問題のときにもこれは取り上げたのですよ。文部大臣に拒否権があるかどうか、ここにおる坂田文部大臣の在職中なんです。文部大臣は、拒否権は狭いけれども、あるという答弁をしておる。あなたは拒否権はないとずばっと言った。筑波大学という構想の場合には、これは文部大臣が拒否権を持つなんということになれば、副学長五名その他含んでたいへんなことになる。あなたは拒否権はないと言ったが、坂田文部大臣は、狭い幅であるけれども、あるという答弁をしておるわけなんです。これは非常に重要なことなので、歴代大臣ごとに違ってくればたいへんなことだ、これはぜひ確認をしておかなければならぬと思うのでありますが、こういう経過の中に出ておるのですから、ひとつ認識をしていただかなければならぬと思うのです。     〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 坂田大臣のほうは、狭い範囲という意味で、著しく不適当であることが客観的に明らかに認められる場合においては、拒否権はあり得ると、こう解釈すべきである、こう言っている。それについてもう一歩さかのぼりますと、荒木文部大臣のときには完全にあると言っている。大学総長の認証に関する法案のときに、私はそういうことはないとすっぱく言っても、荒木文部大臣は再三拒否権はある。大臣がかわるごとに解釈が変わってはどうにもならないと思います。私はこれだけは明確な政府の回答がなければ、これは私はほかのことはどう論議あってもこの法案に対しては全面的に拒否しなければならぬ、もう一度大臣に伺いたい。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 上田さんに答えたとおりでございますが、たしか私は上田さんに答えたのは、もちろん違法な申し出、これをそのとおり任命すること、これはできないと思います。国家公務員法等に公務員である者はこうでなければならないといった式の規定がございます。違法な申し出、これはできない。それから、大学設置の目的に照らし明らかに客観的に適当でないもの、これはやはりそのまま任命できないでしょう。一般に拒否権があるとかないとかいわれていることは、本人が適当であるか不適当であるかというような裁量で拒否する、こういう場合に私は拒否権があるとかないとか、こう言われるのだろうと思うのであります。そういう意味で適当であるか適当でないかで拒否すること、これはできないと考えております、こうお答え申し上げてきておるわけでございまして、今日もそう思っております。でありますから、抽象的なものの言い方をしますと、人それぞれに拒否権というものはいろいろに解釈するものですから、違いが出てくるのではないか、こう思うわけであります。私が上田さんに申し上げたことをいま重ねて三点について申し上げたわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 申し出により、議により、というのは拘束力があって、文部大臣は、任命権はこれは形式的任命権である、違法である場合は——当然精神異常その他というのは最初からこれは失格条項ですから……。そうでなくて、主観的に判断をする余地のある拒否権はないということでしょう。間違いないですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 大学の設置の目的に照らし明らかに客観的に適当でないということ以外には、適当であるか不適当であるかというようなことで拒否することはできない、かように考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 だから、正当に学内の手続を経てきたものは、精神病とかそういうものでなければ拒否権はない。坂田さんは狭い範囲内であると言っている。あすこにおるのですが……。  それでは、もう少しその当時のなにを読んでみますか。坂田文部大臣と当時の村山局長が一緒に答弁しているのですがね。最近判決で問題になった井上正治九大法学部長の学長代行の例を出しながらこれは問題にしたものなんです。井上氏が警察は敵だと発言したということから問題になって、これを学長代行に対して拒否するかどうかというようなことが閣議で問題になった。そういうときに、明確にすべきだというので、これは判決のほうは違った解釈をしておるようですが、その当時はまっ正面に、文部大臣の任命権の問題として論議になったわけなんです。そのときに私が問題にしたのは、閣議で問題になって、その当時の法制局長官は、これは拒否権があるのだ、そういう解釈を下した。そういうことも含んででありますから、非常に重大な問題で、天皇の場合の認証と同じように拒否権があるかないかということの論議をしたのですが、若干狭い範囲内においてと、坂田文部大臣は——その当時のを見ますと、こういうふうです。「これは、もう何回も繰り返し私予算総会でもどこでも、ずっと言い続けてまいっておることでありまして、別段いま急に思いついて言っているわけではございません。やはり先ほど局長が答弁をいたしましたように、非常に幅が狭い、狭いけれどもゼロではない。」これはなかなか名答弁です。「ゼロではない。このことだけははっきりいたしておるわけでございます。法制局の見解も同じ」、私はゼロと主張しているのです。あなたの答弁も、ゼロとして拒否権はないと私は聞いた。それはどうですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 拒否権ということばの解釈によっていろいろなものの言い方が出てくるのじゃないか、私はこう思うわけでございます。違法なものを申し出ても、それを拒否したら、拒否権がないのにけしからぬじゃないかとおっしゃらないだろうと思うのであります。その意味においては山中さんも拒否権は認めておられるのじゃないかということにもなってしまうと思います。ですから、そういうふうに、違法の場合、それから大学設置の目的に照らし明らかに客観的に不適当なものを申し出る、それは受けるわけにはいかないでしょう。大学設置について政府は国民に責任を負っているわけでございますから、その目的に照らし明らかに客観的に不適当なものまで任命していいとはいえない、しかしそういうことは拒否権あるなしの問題からはずれた問題だと思うのです。違法の問題でございますとか、いまの問題、それ以外に一般的に、適当か不適当かということで任命したり任命しないでおいたりすることができるかということを拒否権があるかどうか、こういうふうに使われておると思うのでございますので、そういう意味で先ほど来お答え申し上げているわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 このときに問題にいたしましたのは、「佐藤首相は二十五日の閣議で」、四十四年三月ですね。「「警察は敵」と発言した井上正治九大法学部長の学長代行就任上申に関連して「文相がどんな場合に拒否できるかを法律的に十分検討するよう」高辻内閣法制局長官に指示した。」という事実があって、そういうことに関連をして当時の坂田文部大臣は、「思想問題で拒否するようなことはしたくない。ただ、言動が国家公務員としてはなはだしく不適格なら拒否できるだろう。」というふうな、やはり自主的拒否権を、狭いけれども認めておるプロセスなんです。  これは大問題なんだ。それは拒否したくはないという個人的な思想その他は別ですよ。これは制度論ですから。これについていろいろと論議をしたときに、狭い範囲内であっても拒否権を否定はしていないのですよ。  そこで、現行法の教特法の趣旨から、文部省においても、戦後十年くらいは拒否権ないと明確に、文部省の役人の出しておる著書その他に全部書いてある。だんだん変わってきたのです。それで荒木さんのときには、認証官の問題で私が質問したことについて、これは明確にあると言っている。私の、学長に対する任免について拒否権があるかどうかという質問に対して、あるとお考えになっているかどうか。そのとおりでございますと、きっちり言っております。私はあとで速記録をお渡ししてもいいのですが、筑波大学法のように、副学長まで、あるいは参与制まで含んで文部大臣の任命権というのは新しく規定をされ、そうして学長に権限が集中をしてくる、それに対して文部大臣が、言動とか意見の相違もはなはだしいような場合、ごく狭い場合を考えてもいいのですが、欠格条項にはずれた違法でない場合に若干でも自主的拒否権があると解釈するならば、この法案全体について別な角度で批判をして、これは成立は何としても許されないような感じがする。どうしても各大臣が三人ずつニュアンスが違ってきている。だんだんと、奥野文部大臣に至っては、教特法の解釈が筑波法案というふうな実体を見て、これは拒否権はないと見るべきだと考えてきた。これは閣議で明確にしてもらわぬと困る。国務大臣個々に変わってきて、少しずつ違ってくるんでは、これは私は、閣議で明確に政府として解釈を下してくれなければこの法案の審議は一応停止すべきだと思う。委員長、各三大臣が違うのであるから、これは統一を政府見解としてしなければ、速急にその辺の権威のある解釈をしてくれなければ、この法案の管理体制、筑波大学管理体制そのものが根本的に私は違ったものになってしまう。委員長に要望します。閣議の決定をもってしてくれなければ困る、その約束をしてくれなければ、私はこれ以上質問は続けません。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 ここに、四十四年に山中さんと当時の法制局長官高辻さんとの間の問答がありますので、ちょっと見てみましたら、やはり私が答えているのと同じことを答えています。これは結局拒否権というものをどう理解するかということによって違ってくるんじゃないか。拒否権ということばで議論したら間違ってくるんであって、内容で議論しなければならない。私は内容を三つに分けてお答えをしたわけでございます。一つは違法に対する場合、一つは大学の設置の目的に照らして問題がある場合、第三が要するにそれ以外に適不適で拒否することができるかできないか、一般的に拒否権のあるなしは、私はここに問題があると思います。山中さんは大体その点は御理解いただいておると思います。適不適で拒否する、これはできない、これは四十四年の答弁においてもそういう見地に立ってお答えしているようでございます。  ちょっと御参考に読ましていただきますと、こう当時の高辻法制局長官は答えております。「申し出がありました者が、何らかの理由で主観的に政府当局の気に食わないというようなことではなくて、そういうことで任命しないというのはむろん違法であると思いますが、そうではなくて、申し出があった者を任命することが、明らかに法の定める大学の目的に照らして不適当と認められる、任命権の終局的帰属者である国民、ひいては国会に対して責任を果たすゆえんではないと認められる場合には、文部大臣が、申し出のあった者を学長に任命しないことも——理論上の問題として私はお答えするわけでありますが、理論上の問題としてできないわけではないと解されるというのが当時の考え方でございます。」こう答えているわけでございまして、山中さんが理解しておられ、私も理解している拒否権という範囲には拒否権はない、こう答えておるわけでございまして、食い違いはないようでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それが違うんですよ。大学の、文部大臣の申し出については、申し出る前にこれこれの者をと書いてある、いまちょっと見えないんですが、その学識その他何か書いておったようですが、それは学内が認定する事項である。学内がそれでその法律の手続に基づいて議を経て申し出てきた者については無条件で認定するんだ、欠格条項でない限りは。主観的に文部大臣が判定をして、拒否するなにはないんだ。これが戦後ずっと文部省の解釈であったわけです。  ところが、だんだんと自主的任命権に近づいてきて、荒木さんの時代には、当然あるんだ、学長が総長に昇格する法案のとき、閣議で決定する場合には文部大臣以外の閣僚も一人反対すればだめだ、こういう答弁をしている。文部大臣は閣議の問題のときに、「文部大臣に拒否権ありとする私の前提に立って考えましても、むしろ文部大臣だけで拒否権を行使するよりも、より慎重な結論が生まれ出ることが当然期待される」のでありますが、他の大臣も拒否権がある。閣議にはかる場合一人反対してもだめだ、こういう答弁をしている。だから私もこれだけは、閣議が教育公務員特例法の精神に基づいて、文部大臣の任命権についての各大臣ごとに、また時代の変遷によって変化のない閣議の決定を受けなければ、この法案は私は成立するのを保留すべきであると思う。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 いま三十八年の荒木大臣の答弁をここで見ているところでございます。違法の場合の拒否などを頭に置いて、そちらを強く出すものだから、山中さんとの間に受け取り方に若干違いがあるのではないか、こう考えるわけであります。政府としては法制局を中心に考え方をまとめておりまして、そのまとめた見解に立っておそらく坂田前大臣もそういうお答えをしておられると思いますし、私もまたその見解に立ってお答えしているわけであります。でありますので、坂田大臣のときからずっと一貫してこの考え方は変わっておりません。私が申し上げているとおりでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それが変わっておるのです。荒木文部大臣の場合については、もう少し詳しく吟味すればいいのですが、「拒否権というものがあるはずだ、その解釈が私は憲法解釈上正しい、こう思うものでございます。このことはむろん私一個の立論ではなしに、中教審の答申の線もそのことを基本的には認めたいわゆる中央の機関というものをもう一つ設けて、拒否する場合においてもそのものについては慎重を期すべきである」と考えるとあるけれども、一人できめるのは危険だから、中教審に相当するような審議会をつくってやりたい、こう言っているのです。だから、教特法のその基本思想からいえば非常に逸脱している。そうでないと幾ら言ってもがんとして荒木文部大臣は意思を通してきたので、そこから言うと、坂田文部大臣はだいぶ幅を狭くした。奥野文部大臣は大体ゼロというふうなことになってきた。また文部大臣がかわると幅広く出てくる。それで今度学長に集中し、学外の者を文部大臣が任命する筑波大学法案が出たのですから、閣議で速急にきめて回答してもらわなければ私は信用してこの法案を吟味できない。委員長、これを私は切望しておきます。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 いま荒木さんの答弁の内容をお教えいただきましたが、それはただ拒否権ということばを中心にしてお話しておられるようでございます。具体的に割って考えていけば、一つは違法か適法かという問題、一つはその大学の設置の目的に照らしてどうであるかという問題第三に適、不適の問題こう分けて考えていきますと、拒否権のあるなしの問題は私は第三のグループについて言われていることばだ、こう思っているわけでございます。その点は御理解をいただいている点だと思うのでございます。それを三つひっくるめて言うものですから、違法なものまでそのまま任命しなければならないという意味で一部は拒否権はあるのだ、こういう答え方にもなるんじゃないか、こう考えるわけでございます。いずれにいたしましても、内閣の法制局を中心としてまとめた見解でございますので、ずっと一貫してこういう見地に立って答えているはずだと思います。いま荒木さんの御答弁を、三つに分けて別にしゃべってはおられない、三つ一緒にしてしゃべっておられるというふうに私は理解をいたしました。でありますから、私の申し上げましたことをそのとおりぜひお受け取りいただきたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは違うのです。そういうふうに考えるだけで、客観的に違うので、大学の人事については学内に判定をまかして、そして議を経て、形式的に文部大臣に申し出る。文部大臣のほうでは判断をしない、違法の場合は別ですよ。ところが、文部大臣のほうで判断する立場を前提として、審議会を設置して慎重にやるとかいう答弁をしているのですから、違うのですよ。だから、法制局長官が何を言おうが、国務大臣がみんな違ってくる。閣議できめてくれなければ、これは審議できませんよ。これはぼくは無理を言っているのじゃないですよ。文部大臣ごとに変わるんだから、国務大臣として。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 荒木さんの話も、三つ一緒にしてお答えしていらっしゃる。そのことは、私は御理解いただけると思うのであります。また、三つに分けてお答えをする場合に、見ていただきましたら、私は食い違いはない、こう考えるわけでございまして、少なくとも文部大臣として私はお答えをしているつもりでございまして、そのことについては、ぜひ御信用をいただくように、お願い申し上げておきたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部大臣、私と荒木文部大臣のときの速記録、それから坂田文部大臣との速記録、法制局長官の解釈、あなたの答弁、全部お読みになって次の機会に明確に答弁をしてください。それによって理解をするかしないかを私はきめます。委員長いいですか。この問題を保留します。(発言する者あり)なっておりません。速記録を知らない人ばかりが、そう言っている。私は当事者なんです。     〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕  その次に、これは二日ほど時間をいただかないとやれそうにないな、大部分を省略していきたいと思うのですけれども、この法案の附則の四項を見て、これはたいへんだと思ったのが一つあるのです。附則の4の「第一項第一号に掲げる規定の施行後最初に任命すべき筑波大学の学長及び副学長は、文部大臣が東京教育大学の学長の意見を聞いて任命する。」と書いておるんですね。しかし、現在東京教育大学においては、現在の学長は四学部のうちの三学部から、不信任をされているのです。きょう参考人がいろいろと述べた中に、正式に昇進の申請をしても、文部大臣に進達をしていない。助教授が教授になる者、あるいは名誉教授になる資格と手続をとった者、それも筑波大学反対だということを理由に、それが評議員の決議にあるとかいってそういうことをして、反対意見の者に対する差別が非常にはなはだしいというので、文学部だけでなくて、体育学部、農学部、教育学部も、四学部が不信任をしているのですよ。その不信任の現学長が推薦をした学長、副学長をつくって、この筑波大学が全教授の信頼の中で動くと思いますか、私は動かないと思う。  一体この次の学長の問題について、法律で最初の学長を、いま言った教特法の体制、その他からいって、学長、副学長というものは、学者の世界であるから自主的にきめて、形式的に大臣が任命をするというたてまえがある法体系のときに、これは法律できめている。どうにもならないですよ。これではおそらく筑波大学は最初から混乱するであろう。しかも、副学長については、非常な疑問を持っている。これは法律で、みんなにそれをはかる必要がないのです。学長の一存で好きな者を——きょうだってずいぶん変な空気が出ている。もう副学長に予定されているのだろうなんということも出てきておった。私はこの条項では、この筑波大学はもう発足の当時から大混乱をすると思うのですが、これは削除する意思はありませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど来御指摘がございましたように、筑波大学は東京教育大学の実質的な発展という性質を持っておるものでございます。ただ、学校として新たに四十八年の十月に設置を予定さしていただく。その間、東京教育大学は東京教育大学としてなお存続をいたすわけでございますが、そういう関係上、法律的には全然別個の大学として筑波大学はできるという形になるわけでございます。  しかし、前々から御意見もございますように、筑波大学は東京教育大学の発展的なつながりのものであるということを考えます、実質的には移転ということを中身に含めたものであるということを考えますと、この新たな大学の学長は、既存の東京教育大学と無関係に発令をしていくという筋のものではない、その大学間の実質的なつながりを明確にしておくという意味におきまして。これは通常の場合に大学をつくるときの規定には例がございません。旭川医科大学等の学長の任命については何らの規定も設けておらないわけでございまして、新設大学の場合には大臣が任命する、それ以外にやりようがないのでございますから、大臣が学長その他の発令を、法律の公布がありました時期で行なうわけでございますが、筑波大学につきましては、東京教育大学との関係を考えておきたい。それを制度上も明確にしておきたいというのが、この附則四項の規定であります。これは東京教育大学の学長という組織上の職名でございまして、特定の個人がだれであるかということとは、関係ございません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 どうも竹に木をつないだような教育大学との関係の説明になるので、関係づけるのなら、次の初代の学長は東京教育大学の教授から選ぶとか、そういうことならわかるのですよ。そうではなくて、東京教育大学の学長が、とにかく独断で、教授会の意思を聞かないで単独で選ぶことになっているのでしょう。しかも、現実にいま四学部のうち三学部から不信任を受けている学長。どうにもならないでしょう、これは法律ですからね。大体、こういう法律は私は見たことがない。たとえば教育委員会をつくる場合でも、初代の教育長というのは、暫定的に、選挙で選ぶまでの暫定教育長というものはあったけれども、これは正式の学長ですよ。どうします、これは。とてもこれではできませんよ。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 文部大臣が大学の教官の発令その他をいたします場合に、通常、学長の申し出に基づいていたします。学長がその申し出をするにつきまして学内でどのような手続をとるかは、それぞれの場合によって学内手続があるわけでございますから、学長の申し出によってとか、あるいは学長の意見を聞いてというときに、その学長の意見あるいは申し出の内容が固まってまいります手続は学内問題であろうかと思うのでございます。この規定は、確かに前例のない規定である。それはまさに東京教育大学と筑波大学との関係を明確に意識したからでございます。通常、学長はその大学の教授の中から選ばれるとも限っておりません。部外の人が学長に迎えられる場合もたくさんございます。ですが、少なくとも筑波大学の学長の人選につきましては、東京教育大学が連続性を持って発展的に筑波の地に新しい大学をつくるという東京教育大学の考え方がつながり得る、こういうふうに考えたい、こう思う次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現在の学長が、先ほど四学部と言ったが、五学部中の四学部が不信任になっているのですね。それは知っていますか。学長不信任の現在の状況、評議会も開かれない現在の状況をひとつ説明してください。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 この二月ごろでございますが、ちょうど受験生の取り扱いをめぐりまして、評議会の間に、評議会の開催をめぐって評議会議長としての学長のかじのとり方に不審があるということから、臨時評議会の開催の要求に対して、学長が、定例日に開催をすればいいではないかということで、すみやかな開催手続をとらなかった。二週間か十五日、もうちょっとあったかもしれませんが、二月の二十日過ぎの定例日に評議会を開けばいいということで、臨時評議会の開催手続を取り上げてくれなかったという議事運営につきまして学長に対する不信任が出たというふうに承知をいたしております。しかし、そのことはそれ以外の残余のものにつきましてみんな非協力であるという趣旨のものではございません。したがいまして、学長及び関係者から、筑波の地に新しい大学として移り進んでいくという事柄につきましては何も反対しておるものでないという御趣意もちょうだいいたしております。したがって、筑波新大学がどういう構想の大学としてどういう人事になるかというような事柄につきまして、東京教育大学の関係者が適切な意見をおまとめになること、このように期待をいたす次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは表面に出た事由であって、いろいろなものがうっせきしてそこに来ておるのだから、それは局長もわかっておるはずなんだ。そして、けさも参考人で論議がちょっとあったようですが、四十五年の四月に決定した教官選考基準、この二項を読んでみると、「採用または昇任のうえは、評議会の決定を遵守すること。」遵守するというのは新筑波大学に反対をしないということなんですね。この評議会で決定した事項、だから採用、昇任をしてやった者は、これから筑波大学に反対をしないという約束をしなければ昇任をしないというので、学長に進達しても文部大臣に持ってこないときょうの参考人も言っておった。そういうものがうっせきしてきておるのじゃないですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 私は、いまお読み上げになりました評議会の選考基準は、筑波に行くこと、あるいは筑波のビジョンに賛成の者だけというふうには私としては読めないのでございます。前回も当委員会で御答弁申し上げたかと思いますけれども、評議会できまったことはきまったこととして尊重してもらう。そのことを頭から無視するということであっては大学の構成員として不適切だから、評議会できまったことについてはきまったこととして遵守する、守ってもらう、その事柄につきまして賛成でなければならぬということまで要求しておる趣旨とは思えません。これは世の中の一般のルールがそうでございまして、自分としては根本的に反対のことでありましても、きまったことはさまったこととして秩序を守るということでございませんことには構成員にならない次第でございますから、その意味で、前回も御答弁申し上げましたけれども、山中委員がいまお尋ねになったこととは違う趣旨のものではないかというふうに考える次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうでないのですよ。私もそんなばかな、非常識なことはないと思って聞いてみたのですが、評議会の決定事項の中で、一番問題になっている四十四年七月の評議会で決定した事項、「筑波における新大学のビジョンの実現を期して筑波に移転する」というのがある。それが具体的に一番の中身になって、「評議会の決定を遵守すること。」というのがここに政治的に出てきた。そうして反対した者は数名進達してないんだ。これはきょう九名と言ってましたね。それが一番の問題なんです。だから、昇任はして、反対する者はさらに納得するようにというのがこれはあり方なので、昇任の条件にこれを入れている、これは事実なのです。ここから来ているということは局長わかっているじゃないか。そうでしょう。だから決定に従うことは当然なんだ。しかし、その決定に従わない者を、助教授を教授にするという昇任の条件にすることは違法ですよ。これは間違いですよ。それはよくわかっているでしょう。そのことはわかって答弁しているんじゃないですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 私は、この評議会の教官選考基準というものは、実は中嶋文学部長に初めて見せていただいて知ったわけでございます。中嶋文学部長は私のところへ両三度お越しになったかと思いますが、こういう評議会決定があるから文学部としては教官の上申を出したくても出せないのだ、出していない、それで欠員が起こっておるから困るので何とか知恵を貸してくれぬかという御相談を受けました。私はそのときにこの基準を初めて読ましていただきまして、そして中嶋文学部長にこの意味をお尋ねいたしました。それでこの二項は、「評議会の決定を遵守すること。」とだけ書いてあるわけでございますから、きまったことは守るというあたりまえのことではございませんか。それをことさらに何か特別の意味があるように言って上申をしないでおるとか、この評議会の決定による手続をとること自体心よしとしないのだ、そういうかたくななことをおっしゃらなくたっていいじゃありませんかということを申し上げた記憶があざやかに残っておるわけでございます。これは学内ではいろいろなお考えがあるいはあったかむしれませんけれども、私ども初めてこう見せていただきまして、「評議会の決定を遵守する」というのは、きまったことはきまったこととして取り扱ってくれということでありまして、その事柄の賛否を強要しているものだというふうには私には理解できません。したがって、文学部以外の他の学部におきましては全然問題がない。この規定によって——先ほどの参考人の御説明にもございましたけれども、筑波に反対の方の発令も行なわれておるというようなことでございまして、これは文学部だけが何かこだわりがあるのじゃないかというふうに思う次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そのとおりだが、それを昇任の条件にしているという。これは名前まできっちり出ておるのですが、言うと悪いから……。  そういう実態に置かれておる。五学部で四学部の不信任というのですからね。そういう実態の上に立って、教育大学の学長の意見を聞いて、初代の学長、副学長五人をきめて大学ができますか。これは法律でつくらなければ融通がきくんだ。だから選ばれた人がだれであろうが、適任であろうがなかろうが、その学長が選んだ学長と副学長で六人、しかも人事委員会その他の構成の主導的役割り、執行機関の中核ですね。そういうようなところから出発をしてはできっこないんだ。なぜこんなものを法律に書くのです。それで、この始末はどうしますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほども申し上げましたように、筑波大学は東京教育大学の発展である、東京教育大学と無関係に文部大臣が新大学であるからといって人事をすべきものではなかろう、こういう趣旨から東京教育大学とのつながりを規定いたしたものでございまして、しかし、なおかつ別個の大学でございますから、その書き方も、東京教育大学の「意見を聞いて」というつながりにいたしておる次第でございます。私どもはやはり筑波大学に対する東京教育大学の熱意と努力、自分たちがつくっていく大学だという気持ちは、制度の上で、あるいは最初の大事な人事の上で、やはりつながりがあるように考えておくべきだ、このように思う次第でございまして、これは職責上の学長でございますから、その時点で特定の個人がどうだこうだということとは別のことだというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは、答弁はそのとおりでいいのだが、事実上不信任を受けておる学長なんだからどうするかと言っておるんだ、法律にこうなっているんだが。そこで、しかしそのことなくても、今度いろいろな問題が大きくあるときに、一体、全学一致した学長、副学長でなければできないでしょう、ほんとうに。これはしかも何も大衆討議を経ないで、単独で個人一学長が新しい筑波大学——しかし、筑波大学というのはぼくからいえば伝統はほとんど残ってないのだ。これは廃止になる教育大学の学長が、全然無縁の異質の学長、副学長までおまけで選んで、大衆討議をしないで個人の意見で、実質上だれに聞こうが——そしてまたいろいろな勢力から何か言われて、それを参考にしなければならないようなことも出そうだ、きょうの参考人の話を聞いていると。そして文部大臣は高潔だから、いろいろな影響は受けないでそのとおりするんだろうと思うけれども、新聞記事にはまた変なものが載っているのですね。これは何にも大衆討議を経ない、これではこの法律できませんよ。この法律とりなさい。修正しなさい。修正したって賛成しませんがね。私はほかに修正点がたくさんあるのだから、私の言うとおり全部修正するなら賛成しますがね。参与制を廃止するとか、その他ある。しかし、これは反対する立場を含んでも、賛成して何とかいい大学ができると思って賛成する人はやっているのでしょう。できませんよ、これは。まだたくさんありますよ。そんなこと言い出したらどうするのか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほどお答え申し上げたことの繰り返しになるかもしれませんが、東京教育大学の学長が文部大臣に意見を述べます場合には、やはり学内としての相談があってのことだというふうに考える次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 法律上……。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 法律上学長からの意見というものを文部大臣としては期待をいたしておりますが、その学内問題の取り扱いにつきましては、その時点において私どもも教育大学の意見と申しますか、正当性と申しますか、先ほどの学長の申し出に基づくいろいろな、人事ではございませんけれども、その意見の申し出の手続その他は十分考えて、東京教育大学学長としての正規の意見であるということを確認の上で、法律上の処置は進めたいというふうに思う次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 たくさん疑問があるのでありまして、経験のない実験大学でありますから、また私のいろいろの分析の姿からいうと非常に危険なものがある。その中で特に私は顕著にこれだけは何とかしなければならぬということを一、二申し上げたのです。それで、文部大臣の任命権については、大臣の更迭ごとに解釈がかわらぬように明確な答弁があるまでは私は保留します。責任があるから質問を保留します。  それから、この教育大学の学長が、法律上だれの意見も聞かないで——新発足でいろいろ問題かある。しかも世紀の実験大学の基礎をつくる。学長ばかりでなくて副学長まできめるという法文は、どうしてもこのままでは私は反対だ。賛成の者もおそらく問題になると思うのですが、非常に危険なものであるから検討することを要望いたします。そういう二つのことを要望して、さらに当局からの責任のある答弁があるまで質問は保留して、やめておきます。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 この際、暫時休憩いたします。    午後五時二十六分休憩      ————◇—————    午後五時三十八分開議

田中正巳自由民主党

○田中委員長 休憩前に引き続き会議を聞きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。長谷川正三君。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 去る六月十一日の夕刻、国電新宿駅と小田急の新宿駅で、また翌日の六月十二日の同じく夕刻に国電高田馬場駅で国士舘大学生及び同高校生による東京朝鮮高校生に対する集団暴行事件が発生いたしまして、たいへんな衝動を与えました。  この問題につきましては、実は十三日、前回の文教委員会の日に、緊急の問題として、学校の生徒の起こした問題でありますから、当文教委員会がまっ先に取り上げて事態の真相を究明し、正しい解決への方途を探るというのが私は当然の責任であったと思いますが、一方、筑波大学法案のような重要法案の審議のさなかでもあり、委員長の強い要請もありまして、当日この問題を取り上げることができませんでしたので、本日その機会をお与えいただきまして、これから若干の質問をさせていただきたいと思います。  すでに昨日法務委員会あるいは外務委員会、本日はまた地方行政委員会でもこの問題が取り上げられておりまして、問題がいろいろな意味でたいへん重要な要素を含んでいることは、国会でこのように幅広く取り上げられているということでも明らかだと思います。特に直接教育の問題を扱う当委員会としては、ひとつこれについては徹底的な究明ができますよう委員長においてお取り計らいをいただきますよう、特に冒頭要望を申し上げておきます。  そこで第一に、文部大臣は、この二日間のできごとについてどう把握をされ、どうお感じになり、どうお考えになっておられますか、まずそれを伺  います。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 お話しのとおり、まことに重大な問題でございます。ことに他の国の学校との関係まで生じておりますだけに、国際的な信頼を得ていく上におきましても、こういう問題はすみやかに解決をはからなければならない。また、それが学校の教育のあり方に原因があるといたしますならば、文部省としても責任をもってその解決を求めていかなければならない、こう考えるわけでございまして、さきに事務当局が国士舘大学の学長等に出頭を求めまして相談をしたところでございます。それに基づきまして、大学も深く責任を感じて、積極的に今後こういう問題が起こらないように是正につとめていきたいということで、強い決意の表明もあったと承知いたしておるわけでございます。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 大臣も事の重大性を御認識になって、事務当局をして大学当局を呼んで十分注意、指導をされ、大学もこれに対してそれにこたえる態度を示した、こういうお話でございます。どなたがどなたを呼んで、いつ、どういう御注意を与えたのか、それに対して国士舘大学当局のだれがどういう釈明といいますか、処置の表明をされたのか、その内容を詳しく明確にお願いをいたします。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 私も学長を招きまして、事柄の経緯その他、今後の学内の是正措置その他について学長の考え方、意見その他を聴取いたしまして、私どものほうからも必要な見解を申し伝えた次第でございます。  いま御指摘がありました十一日と十二日の事件でございますが、学長が申しますのは、十一日に新宿で国士舘大学の学生が朝鮮高校生約五十人に袋だたきにあった。高田馬場は国士舘大学の学生かその仕返しのような形で待ち伏せを行なったので、この日のことについては国士舘大学側のほうが悪いということはきわめて明白であります。従来、この四月以来朝鮮高校との間にいろいろなトラブルがございまして、本年四月以降約五十件にのぼるトラブルが起こって、主として国士舘高等学校の生徒だそうでございますが、生徒からは被害報告が来ておる。そうしたことに対しては、なぐられてもむしろ抵抗しないで、端的に言うと逃げるようにという指導をしてきて、かかわり合いになるのを避けるようにという注意は十分してきたんだ。しかし、何ぶんにもたくさんの件数その他のこともあり、血気にはやる学生もおることでございますので、それがいいというわけじゃございませんけれども、こういう問題を起こしてまことに恐縮しておるというお話でございました。  私はまた、いままで新聞その他で、この朝鮮高校生との関係だけでなくて、他のいろいろな事柄についても国士舘大学の学生が暴行を行なっておるというような報道その他がございます、そのことについての確認も求めたわけでございまして、応援部と称するところに二、三十人の、いわば不良なということばを学長も言っておりましたが、そういう学生がいるということは事実で、こういう者が、申しわけないことだけれども、いろいろな方に御迷惑をかけているという点につきましては、大学としても全く弁明の余地もないことだというふうに申しておりました。  私は、国士舘の学校全体が、学生全体が、そういう暴力的な集団であるというふうには、その御説明では考えられませんでしたが、しかし、少数なりといえどもそうした一部の学生に非常に世人のひんしゅくを買い、また世人に危害を与えるような者がいるということにつきましては、重大な反省を求め、またその善処方を求めた次第でございます。  学長からは、問題のあった応援部の解散その他校内の規律の立て直し等につきまして、学内でも最善の努力を払っていく所存であるという御意見の表明をちょうだいをいたしました。今後ともこうした非難のあがることのないように、また大学全体がそうした汚名を着ることのないように、十分な注意をしていただきたいということをお願いいたした次第でございました。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 一応大学学術局長が学長を呼んで御注意を与え、それに対して学長から釈明と今後の処置の表明があった、こういうことでございますね。  それでは、いまの局長のお話によると、国士舘大学側は新宿で袋だたきにあったから高田馬場で仕返しをした、要約するとそういう説明であったということでございます。この点について警察庁はなお具体的に詳しく調べ、これは治安の問題としても処置をとられておると思いますが、詳細な報告を求めます。

綾田文義警察庁刑事局保安部長

○綾田政府委員 十一日の新宿の事案でございますが、これは私どもが現在まだ捜査中でございますが、十一日午後四時二十分ごろから五時五分の間、新宿駅のホーム並びに小田急の駅の地下ホーム、それから新宿駅の南口と、三つあったわけでございますが、国士舘の学生約二十名と朝鮮高校生約二十名が——これはまだ被害者から事情を聴取しておりまして必ずしもはっきりしませんが、一応推定されますのは、やや偶発的な衝突ではなかったかと思うのですが、国士舘の学校のほうの生徒、それから朝鮮高校の側、それから一般人もそうでございますが、被害者を出しております。それから、その後新宿署で警戒を厳重にいたしましたところ、木刀を持った国士舘の大学生を三人現行犯で逮捕いたしております。  そういうことで新宿駅が非常に厳戒だということであったのでしょうか、十二日の午後四時ごろに高田馬場駅で、これは国士舘の学生十数名が電車内の朝鮮高校生三十名に暴行いたしまして、朝鮮高校側に被害者六名を出しております。国士舘の大学生は現場で八名逮捕いたしております。そのあとから四名任意に出頭してきまして、これは現在捜査中でございます。  新宿駅の事件につきましては、国士舘のほうの被害を受けた生徒から事情を聴取しておりますが、朝鮮高校のほうの生徒はまだ署のほうへ出頭してきておりませんので、その範囲で現在捜査中でございます。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 ただいまの警察庁の見解によりますと、新宿のほうはどうもまだはっきりつかめていないような、偶発的衝突という表現がございましたが、新聞等はかなり目撃者の見た様子などを浮き彫りに報道しておりますね。これは確かに乱闘後は、お互いに片方が全く無抵抗、片方だけがやったというより、やはりなぐり合いになったとか、追いつ追われつというような状況が出たようにも見受けられますが、しかし、先ほど国士舘の学長の、新宿で袋だたきに一方的にあったので、それに復讐をしたんだ、こういうことは、いろいろ各紙の新聞報道から得たところでは、そうはとれません。たとえば、非常に生き生きと描写しているところを見ますと、一人の高校生がかけおりてきたのを大ぜいの国士舘生が追いかけた、そのときに七十歳の老婆が階段から落とされてけがをなさる、そしてかけおりてきた朝鮮高校生がころんだところをみんなで取り囲んでなぐる、ける、あるいはびんをぶつける、灰ざらをぶつける、そして血に染まってうずくまったのをたたいた、こういうようなことがはっきり書かれております。したがって、私は、これは一方がやった、一方がそれに対して仕返しをした、いわばけんか両成敗的なニュアンスの受け取り方をもし文部省が学長の言うとおり受け取っているとすれば、これはたいへんな問題だと思います。警察庁の見方はそうは見ていないようでございますけれども、大学学術局長の見方は、それをそのまま信用されているのかどうか、ここでもう一度ただしておきます。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学長から聞きましたところをお伝えをいたした次第でございます。実態は私どもにはちょっとよくわかりません。おそらく学長からの話で推測できますところは、四月ごろから、先ほども申し上げましたように五十数件、国士舘高校の生徒だそうでございますけれども、被害届けが学校に来ておる、そういう関係上、上級生である大学の若い一、二年の大学生が中心だというふうに言っておりましたが、少し常軌を逸した行動に出たのではないかという説明をいたしておりました。何件か新宿かいわいでそうしたトラブルが累積してきた、そのために六月十一日に偶発的にそういうなぐり合いになったんではないかというふうに考えられる次第でございまして、かなりある期間の間の気持ちの蓄積が触発的に出た、それに対する今度は組織的な仕返しに出かけていった、こういう経緯だろうというふうには含んだ次第でございます。しかし、そのことのどちらがどうであったかというようなことは私どもわかりませんので、先ほど学長が申しましたようなことをお伝えをしたような次第でございます。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 本問題は私はたいへん重要な問題を幾つか含んでいると思います。この事件の中には、一つは国士舘大学の教育、局長が言われるように、国士舘大学生、高校生の全員というようなことは考えないにしても、一部に顕著に暴力的傾向が出ているという問題これは教育問題として、特に文部省として、文部大臣として、直接責任のある側面があると思うのです。それからもう一つの重要な側面は、問題が在日朝鮮人の子弟、外国人である在日朝鮮人の子弟、しかも明治以降のきわめて特殊な関係の中から在日朝鮮人が日本に生活をしておるという事情を背景にいたしまして、その東京朝鮮高校の生徒が二日間こうした暴行事件の中に巻き込まれた。しかも、ただいまもちょっと局長からも四月以来という話がありましたが、四月以来どころではない、過去数年にわたってこういう事件が、小さい事件、大きい事件を含めて連続的に起こってきておる。これはどこから起こっているのか。これには大きな政治的背景、外交問題を含む政治的背景、あるいは民族感情あるいは民族べっ視というような、大国意識とうらはらのそうした問題も介在しているのではないか、こうした幾つかの面についてやはりこの際に深く究明をし、これに対して万全の対策をとる、このことが教育上もあるいは政治上も、国際関係の正常な発展の上にもきわめて大事である、私はこういうふうに思うわけであります。  そこで、まず第一に、問題を国士舘大学並びに高校の教育の問題にしぼってひとつ御質問を申し上げたいと思います。  ただいまの大学学術局長の御答弁では、長い間両校の間にトラブルが続いてきて、これがこういう形になったというふうに把握をした、こういうふうにおっしゃっておりますが、実は昨日、「暴力から市民を守る会」というのが、小田急沿線の国士舘大学の学生によるいろいろな暴行を受けた被害者の親たちを中心にして、川崎市登戸の会館において結成されたという報道がなされております。したがって、いろいろ高校生や大学生が旅行先などで偶発的にけんかするというようなことは、確かに好ましくはないけれども、間々聞くところでありますけれども、国士舘大学の問題は、単にそういう偶発的な問題とは考えられない。国士舘大学の教育にやはり基因するところがあるということを多くの人々が指摘をしておる。これを文部省は放置をしておくのか、警察当局は放置しておくのか、こういう声がらまたに満ちておることは事実であります。これに対して、文部大臣並びに担当局長は、国士舘大学の教育について深くメスを入れてお考えをいただいたことがあるのかないのか、あれば、どういうふうに把握をされ、どういうふうなところに問題があるとお考えか、その点を明らかにしていただきたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 不幸なことでございますけれども、朝鮮高校生とのトラブルというのは、過去に、他の、主として高等学校であったかと思いますが、二、三の高校生との間にも継続的にトラブルがあったということを耳にいたしておるのでございます。私も、なぜ新宿でこんなことが起こるのかというようなことを尋ねたりいたしました。最近はかつて朝鮮高校との間でいさかいのありましたところの事態は平静になっておるということでございまして、もっぱらと言ってもよろしいんでございましょうが、国士舘高校との間、国士舘大学との間にトラブルが多い。この点は国士舘大学のほうにもいろいろ考えなければならぬ要素があると思いまするけれども、しかし、これは私どもの少年期のことを考えましても、何か学校間の学生の対抗意識といったものは若いころに持ちやすうございまして、仲間がなぐられたといったようなことが一つ起こりますと、次々と連鎖反応式にそういう問題が起こっていく。そうした動きがかつては他の高校生との間にあり、最近国士舘高校との間にまた起こっておる。しかし、国士舘高校の教育、指導上いろいろ考えなければならぬ点はあるといたしましても、これはやはり一部の学生のことというふうに考えられるべきものがあるんではないか。国士舘大学あるいは国士舘高校の生徒の多数がこうした問題を、暴力集団の学校であるかのような動きになっておるならば、それは教育全体のあり方の問題として考えなければなりませんけれども、約一万人近い国士舘大学の学生の中で、これは私どもが詳細に把握できる限りではございませんが、やはり一握りの学生の間にこういう問題が重なって起こっておるということでありますならば、その学校全体の教育ということもさりながら、やはり特定の学生に対する指導というものが十分でない、こういうふうに考えるべきではなかろうかと思う次第でございます。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 局長は解釈だけを自分でなすっておりますが、具体的に学校をごらんになる、あるいは校則とか学生心得というようなものが出ておるようでありますが、そうしたものを詳細に検討をしてごらんになったことがありますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 詳細についてはまだ承知しておりません。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 ある新聞が「国士の日に国旗立てよ」という見出しで学生心得の一部を紹介しております。国士舘大学には、四十ページにわたって「国士舘精神」や「家庭、通学途中、校内外のしつけ」などの学生の心得があるそうでありまして、その中に「万世一系の聖天子を戴き」といったような解説があったり、あるいは「毎月二十七日を国旗掲揚日と定める。この日は、維新の国士吉田松陰の処刑された日であると共に、日露戦争において我が連合艦隊が露国のバルテック艦隊を日本海において打ち破った日であり、本学体育部、短大、工学部の開学の意義ある日である。当日は全員出席する。」こういうような記事があったりいたします。  私はぜひ「学生心得」というのを見せていただきたいと思いますが、それぞれ私立学校が特別の方針をお持ちになることを私は決して非難するものでありませんが、新聞もそういう一節を抜粋して出しておるようなところに、右寄りといいますか、国粋主義といいますか、そういったものがいわゆる日本民族の選民的な思想、同時にそれが他民族のべっ視、こういったものにつながったり、あるいはバルテック艦隊云々のことなどは、憲法、教育基本法の精神に比較していかがか。ここに非常に軍国主義的なもの、あるいはそれがもう一歩進むと、ときには暴力をもっても不義を討つんだというような、そういった思想につながっていくんではないか、こういう危惧を感ずるのは私はかりではないと思います。こういう教育が行なわれている中から、全部でないにしても、一部逸脱した学生が出てくるという温床がつくり上げられているんではないか、こういうことをやはり教育の問題を考える立場から憂慮するわけでありますが、これについて文部大臣の御所見、あるいは補足があれば局長の御所見を伺いたいと思います。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 まず原因を明らかにする、これが大切じゃないか、こう思うわけでございまして、警察当局はまだ捜査中というお話でございましたけれども、やはり一日も早く事情を明確に解明をしていただきたい、こう考えるわけでございます。その上に立って判断をしていくべきだろう、こう思います。  いまお読み上げになりましたところから、国士舘大学が右寄りな学風を持っているというふうに御判断になっていますが、私もその点はそう思います。それはいいとか悪いとかという点は別で、そうだからそれがすぐ他民族べっ視につながるというふうにはよう類推しない。しかし、いずれにいたしましても、警察当局の明快な原因の解明、これを基礎にいたしました上で、さらに国士舘大学のあり方につきましても私たちなりに検討さしていただきたい、そう思います。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 国士舘大学が他の大学と比べて暴力的な傾向があるということが一斉に指摘されたという事実ですね、この事実はお認めになりますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 暴力をふるった学生がおるわけでございまして、その事実は明確だ、私もそう思います。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 私の申し上げたのは、この十一日、十二日のことだけを言っておるのではないですよ。もうずっと沿線に非常に被害者が出て、川崎市の多摩市民会館というところで「暴力から市民を守る会」が結成される、こういうようなところまでいっておるわけですね。これについて、普通の大学と違うそういう暴力的傾向があるということを認めざるを得ないということは、私そういう意味で伺ったのですが、十一、十二日に暴力があったことを認めますというのではなくて、一部にせよ学校としてそういう傾向があるということをはっきり認めますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 先ほども申し上げましたように、警察当局の解明を待って判断をいたしませんと、間違ったことを申し上げても失礼だと思っておるわけでございます。右寄りであるということは、私もお話しのところからよくわかったわけでございますけれども、全体が暴力的な風潮があるかどうかということについて断定をするのは、私としてはまだ早い、こう思っておるわけでございます。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 文部大臣のそういう御態度が、実はこういうものを依然として放置、助長しているような遠因になるのではないかということを心配するので、しつこく聞くのです。と申しますのは……(発言する者あり)自民党の皆さんから、この事件に対して盛んに国士舘を応援するようなやじが飛ぶということは、私は実に意外ですね。まあそれが語るに落ちているのかもしれませんけれども、静かに聞いてください。私は決して一方をきめつけるのではなくて、日本の大事な青少年の将来を間違いなく、しかも国際関係をほんとうに正しく発展させるために、ここでやはりきちっとしておかなければいけないから言っておるのですから、非常に興奮したようなやじをなさらないように。私はきわめて冷静にやっております。と申しますのは、すでに大学学術局長も一応は呼んで注意されておるわけです。これはきのう、おとといの事件についてだと思いますが、すでに東京都の学事部も、それから警視庁におきましても、これについてはそれぞれの責任者を呼んで厳重な注意を与えておるのですね。そして、単なるこの事件というのではなくて、もう少し教育の内容に触れて考えようということで、少なくともいまの文部省の答弁よりははるかに血の通った教育的指導がなされておる。たとえば学事部でも、両校の教師あるいは生徒間の交流というようなものをもっとやって、そしてこういう民族べっ視とか反感とかといったものが一刻も早く解消するような手だてをとれというような、きわめて具体的な指導をなさっております。それから警視庁でも同様なんですね。治安維持を中心にしている警察官でも、補導という面に配慮をすればそういうことをぜひやれということを両校に勧告している。東京都の学事部では、すでに昨年九月にそれを強く勧告したのに、何でいままでやらないのかということを強く要求しております。教育の問題を一番総括的に責任持って取り扱わなければならない文部省が、対応のしかたが一番緩慢であり、今日までもほとんど放置してきたのではないか。今日まで具体的にどういう指導をなさったことがあるか、もし指導なさったことがあるなら、それも御報告いただきたいのですけれども、私はいまの御答弁を聞いても、最も立ちおくれているのが文部省ではないか。逆にたいへん慎重を期しているんだと言えばそういう言い方もあるかもしれませんが、私にはそうはとれない。こういう問題についてはもっとしっかりと身を入れた対策を立てなければいけないし、処置を講じなければいけないのじゃないか。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 一般に大学に対しましては、学生の厚生、補導を中心にいたしまして大学の担当者にいろいろと連絡を行ない、相互連携も密にし、大学としてのとるべき措置をいろいろと講じてもらっておる次第でございます。しかしながら、遺憾ながら、現在までの大学におきましては、いろんな学内の暴力が起こっておりまして、学生に対する適切な指導というのが必ずしも功を奏してない面があるということは、私も全く残念に思います。いろんな意味での暴力事件も起こっております。これらに対しまして、大学関係者に対しましては、機会あるごとに、個々の大学ということだけでなくて、全体としての注意を促すということにいたしております。ただ、大学のことでございますから、あまり指導内容にこまかにわたりましてああしろ、こうしろと言うようなことは差し控えるべきだというふうな立場におる次第でございまして、一般的な相互連絡という形を従来とってきた次第でございます。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 私ぜひここで申し上げておきたいのは、東京朝鮮中高学校のじき近くに帝京高校がございまして、これは隣接しているために、やはりかつてたいへんトラブルが多かった。ところが、たまたま朝鮮サッカーチームが来られてサッカー試合等がありましたことを契機にして、スポーツから、さらには文化的な交流まで、教師間あるいは生徒間に行なわれるようになって、トラブルは最も多かったのが激減をしている、こういう事実があるわけであります。だから、高校生同士が、特に集団的にぶつかる、旅行先などで起こりやすい単なるトラブル、それの日常的な発展というようなものであれば、教育的配慮によって明らかにそれを直していける、そしてむしろたいへん友好親善の気風というものを、雨降って地固まるというように育てる契機にすらなる、こういうところに私は教育の明るい希望を見出すわけです。  ところが、国士舘に関しましては、東京都も昨年九月にそういうことを強く要請し、先日この事件が起こりましてからも朝鮮高校側からは教師、父母が、まず向こうの教師と話し合いたいといってたずねて——もう学校の中にも入れず、外で話し合ったそうです。これは何かぶっそうなことが起こる可能性があったかどうかわかりませんが、しかし、その応対の様子を聞きますと、積極的にこれをやるという姿勢があるように受け取れなかったようです。そういう面から国士舘の大学に問題があると思う。このことについては、文部当局は今後とも十分——確かに学術局長言われるように、文部省があれこれと教育の細部にわたって指図する、そういうことを私は要求しているのじゃありません。しかし、憲法、教育基本法の基本精神を逸脱する暴力行為、法治国として許されない暴力行為というものが青少年の間に芽ばえておるという事実、こういうことについては、特に国士舘大学については、さっきも申し上げたとおり、被害者が決して朝鮮高校生だけでないのです。和光大学の付属高校にもそういう問題が起こっておるし、そのほか沿線のいろいろな人々が被害を受けている。これはもう天下周知の事実です。そういうものをほっておくということについて、そういうものもこれは大学の自由だというような言い方は、ちょっと違うのじゃないか。このやり方については十分ごくふうをいただきたいと思いますけれども、たとえば両校が十分に話し合うようなそういうあっせん活動を文部当局自身がやるとか、いろんな方法があると思います。不幸な事件が今後起こらないように、特に暴力的傾向がなくなるように強く要望いたします。  時間がありませんが、私が先ほど指摘したもう一つの側面として、これは私たいへん重要なことなんであります。こういう事件の起こる背景にやはり大きく国際情勢なり日本の外交方針なり日本の政治姿勢なり、そういうものが陰に陽に影響しているのではないか、このことを憂えるわけです。と申しますのは、この朝鮮高校生に対する暴行事件が急に激増する時期があるのです、過去の例を見ますと。それがどういう時期かというと、外国人学校法案が国会で問題になるとか、今回も出入国法案というのがたいへん問題になっている、あるいは日韓閣僚会議が開かれる、韓国の要人が日本を訪れている、現在も金鍾泌国務総理夫妻が見えておるようでありますけれども、こういう時期に非常に多くなるということの裏に——的確に私どもにはつかめません。警察当局がつかんでおるかどうかわかりませんけれども、そういう時期にこういう事件が急にふえる、こういう関連があるのです。このことはやはり非常に重大なことだと思います。  それから、不幸にして朝鮮が南と北に分かれておる。かつては自民党政府は中国を敵視しておったようでありますが、幸い、昨年田中内閣が生まれて、中国との国交回復が、それまでの先人の多くの人の努力の上に乗ってこれが開かれたということはたいへんけっこうなことであります。朝鮮民主主義人民共和国も、すでに中国と同様に国連に正式に登場する日はもう時間の問題と言ってもいいのではないか。先般も、世界保健機構に圧倒的多数の支持を得て入っております。すでに国連の諸会議にオブザーバーとして出席するということにもなっております。昨日の外務委員会でわが党の河上民雄議員の質問に大平外務大臣は、北朝鮮との国交の問題についてもあらためて考える段階に来ておるということをはっきり言っておられます。こういう中で南北統一の努力がなされているものの、まだ二つになっていることは事実であります。こういうときに、いままで長い間、南のほう、韓国を唯一の朝鮮を代表する政府というふうに言ってきた田中自民党内閣として、それがおのずから朝鮮民主主義人共共和国を敵視する、こういう関係がもし背後にあって、こういうものが起こってくる温床となっているとすれば、これはきわめて重要であります。少なくとも文教の府にある文部大臣は、これに対してきわめて積極的な、進歩的なお考えを持っていただかなければならぬと思いますが、こうした朝鮮民主主義人民共和国に対する態度、そして東京朝鮮高校、朝鮮総連の皆さんが努力してつくられておる学校でありまして、朝鮮民主主義人民共和国の公民であることを誇りとしている、そういう人たちであります。そういうことから、私がいま申し上げたような政府の姿勢からこういうものが起こってくる温床ができているというようなことも心配するのでありますが、文部大臣、どうお考えでしょうか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 国士舘大学の問題につきましていろいろいま長谷川さんからも示唆に富むお話がございました。こういうことを十分伝えまして、積極的に改善を練らせたい、こう考えるわけでございます。国士舘大学当局も、暴力をふるった学生につきまして退校処分にするとか厳重な懲戒処分にするということを言明いたしておるわけでございますので、私はその改善に期待いたしたいわけであります。またそれに対して役立つような役割りを文部省としても打つべきだと思います。なお、長谷川さんが、かっては中国を敵視したじゃないか、あるいは朝鮮民主主義人民共和国を敵視ておるじゃないかというお話がございましたが、できることならこういうことばを使っていただきたくない。そうおっしゃることは、相手がそう思うのじゃないだろうか、このことは逆にまた相手が日本を敵視することにもなるんじゃないか、不幸な対立がお互いの間に生じてくるんじゃないか、こう考えるわけでございます。決して政府は中国を敵視したこともございませんければ、朝鮮民主主義人民共和国を敵視したこともございません。不幸な国際環境というものが、やむを得ず双方と国交を結ぶことができない。中華民国と国交を結んでおった、これはそれなりの経緯がございます。いずれも、中国を代表するものは自分なんだ、こういうことでありますから、双方と国交を結べない、そのために、やむを得ず、中華民国とは国交が開かれておったけれども、中華人民共和国とは国交を結べなかったという時代があっただけのことでございます。朝鮮民主主義人民共和国に関しましても同じことでございまして、大韓民国と国交を持っております。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との間はきびしい対立をしておりまして、双方と国交を結べない不幸な事情、これがこのように今日の国際環境をつくっておるわけでございますので、私たちといたしましても、できる限り早くこういうことのないように、みんなと交わりを開けるような国際環境をつくり出したいわけであります。そしてあくまでも、社会体制が違おうと、平和共存、手を握っていくべきだ。これは政府としてもそういう姿勢を強く打ち出しておるわけでございますので、そのような考え方でおっていただきたいものだ、かようにお願いしたいわけでございまして、いまのお話、十分文部省としても努力していきたいと思います。

長谷川正三日本社会党

○長谷川(正)委員 終わります。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 山原健二郎君。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 警察庁へ最初伺いますが、国士舘大学に関係する暴力事件、また暴力ざたといいますか、そういうものは、新聞等によりますと、この九年間に大体五百七十件ほどあるというふうに出ているわけでございますが、その辺、件数がわかりましたならば、最初にお答えいただきたいのです。

綾田文義警察庁刑事局保安部長

○綾田政府委員 お答えを申し上げますが、朝高生と国士舘高生との紛争事件は、昭和四十六年が二十件、四十七年が三十六件、本年が二十七件と、私のほうで認知いたしました事件はそういう内訳でございます。  御参考までに申し上げますが、それ以外に、昭和四十七年百四十二件という件数がございますが、これは国士舘以外の学校の関係でございます。  それから、これは学校の生徒の関係でございますが、国士舘の学生がいわゆる一般の人に対して暴行あるいはそういう不法事犯を働いたのが、本年に入りましてから四十八件だと思いますが、そういう件数になっております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 こういうかなり多数の事件が発生しておるという事実は、文部省としてもお認めになっているわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま警察庁のほうからお話のあったとおりと考えます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 事件の数あるいは事件の内容等についてはここでは省略をいたしましょう。単に朝鮮人学校の問題だけでなくして、小田急関係、また駅におけるノー切符で入っていくとかいうような問題、あるいは芸術大学の講師の方が暴行を受けまして左眼失明の状態になっておるというような問題、あるいは共産党の川崎北部地区委員に対する二回にわたる乱暴行為とか、あるいは和光大学付属高校生への暴行事件とか、多種多様にわたっているわけですが、その中心になっておりますのは、いま長谷川先生が指摘されたような、朝鮮人学校に対する襲撃事件、これはもうまぎれもない事実でありまして、そういうことから、どちらが加害者であり、どちらが被害者であるかわからぬというような、そういうあいまいもことしたものでは、もうすでに世間の上においてもないということですね。これを文部省はまず認識をする必要があると思います。さらに、その点では文部省の態度が、一昨々日でしたか、法務委員会における答弁におきましても、たいしたことはないのだ、また、いまからかなり前、十年前ですか、四十一年にも、本衆議院の文教委員会においてこの問題は問題になっているわけですが、そのときも、文部省の報告を持っておりますけれども、たいしたことないのだ、こういう見解が出されているわけです。しかし、ここまで問題が発展をしてきた以上は、そういう甘い観測ではなくして、この問題の禍根を断ち切るという態度をしっかりと文部省が持つことがまず私は必要だということ、この点を強く最初に要請をしておきます。  第一、この背景となる国士舘大学の教育の実態についてどれほど把握されておるか。たとえば、天長節——天皇誕生日でありますけれども、このときには、学長がオープンカーに乗って閲兵をするという。これはたいへんなことですね。そして全校生徒がそれに分列行進を行なう、そして最後には教育勅語が朗読されて、そして天皇陛下万歳を行なわれる、こういう事態ですね。これはちょっと、だれが聞きましても、新憲法下における教育の姿であろうかという疑問を持つのは当然でありますけれども、これらの事実は文部省としては御承知ですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 逐一承知しているわけではございません。しかし、一般的な風潮としてそういうことがあるということは聞いております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 これは正当の問題ではなくして、全く異常な状態でして、笑い声が起こるような状態だと思うのです。  五月二十二日の自由新報を私はここへ持っているわけですが、五月三日に第五回自主憲法制定国民大会というのが行なわれておりまして、それに団体として国士舘大学が参加しているのですね。これは自由新報の記事でありますが、「第五回自主憲法制定国民大会は、五月三日、東京・日本武道館に一万七千人を集めて盛大に行なわれた。国際勝共連合、生長の家、仏所護念会、日本人の和を願う国民運動、国士舘大学など参加団体八十七で広い武道館もいっぱい。」こういう記事が出ているわけでございます。  これは、考えてみますと、国士舘大学が大学として参加をしておるのではないかという疑問が出てくるわけでありますが、こういう自主憲法制定国民大会というのに国士舘大学としてこれに団体として参加をしておるのかどうか、その点はお調べになっておりますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学関係者から聞いたところによりますと、学生の自由参加であるという説明でございます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 学生の自由参加という御認識のようでありますけれども、これはあらかじめ学内におきましてこの場所が指定され、そうしてそれに対して参加する人員に対して百五十円の会場参加の旅費が支給されているわけでございます。こういう状態から見ましても、単に自由参加ということではなくして、これが一つの学校の教育の行事として行なわれているというふうな状態があるわけです。そういうことがもしあるとするならば、これはまさに教育基本法の精神とは全く相反するものではないかと思いますが、この点についてどうお考えですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学生のことでございますから、そういう記念日等にいろいろな行事に私的に参加するというのは、別段取り立てて論ずる必要はないのじゃないかというふうに考えます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 学校として団体参加をしても問題ないわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど大学側の説明としては、学生が自主的に参加をしておるという説明でございますから、その前提に立ってお答えを申し上げておるわけでございます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 自主的参加というのはどなたからお聞きになりましたか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の教務関係の職員から私どもの担当課の職員が聞いておる次第でございます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 学則は私ここに持っております。国士舘大学学則、この学則にないところの実践倫理という科目があることを御承知ですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 承知しております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 承知しておるということがわかりましたが、この実践倫理について、これはどういうものか、私は少し学内の資料をいただいたのでありますけれども、実践倫理というのは単位になっておりまして、一年生から四年生まで四単位、一年ごと区切りの、一単位ずつ取っていくという、これはまさに教科課程の中に入っておる単位でございます。  それで、その実践倫理というものはどういうものか、他の学校にはそういうものがありませんから、調べてみますと、実践倫理の説明というのが、国文科の学生監が出しておる資料でございまして、昭和四十三年のものでありますが、その中を見ますと、「実践倫理とは本学の教育方針と信条を実践することである」、「実践倫理の単位とその優位性」、これは他の科目より優位性を持っているわけですね。「1、一年間に一単位(各学部共通)、各年次毎にしめ切る。2、この単位が取得できない学生は、他の学科の単位が全部取得できても、卒業できない。(従来その例あり)3、実践倫理の成績は他のすべての成績に優先する。」こういう状態になっているわけですね。こういう実践倫理というものがあるわけでございますが、その実践倫理の中身を見てみますと、これに出席をしなければ単位が取れないものでありますから、学年諸君にとっては重大な問題ですね。その中には、総長訓話、団体訓練、行事参加、掃除、警備、こういうものから成り立っているわけであります。だから、この行事参加というのも、私が先ほど自由新報のことを申し上げましたが、五月三日の憲法記念の日に自主憲法制定国民大会に出席するのも、これも行事参加の実践倫理の仕事になっているわけです。だから、参加しないとこれは単位が取れないという一つの項目になっているわけですね。こういうことがはたして今日の教育基本法下における教育のあり方として正しいのかどうか、これを伺っておきたい。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 実践倫理というのは、毎週一回総長の訓話、学校諸行事実践面ということで、きのう学長に聞いたところによりますと、主として学長が一週間に一回ずつ、月曜日には四年生、火曜日には三年生、水曜日には二年生、木曜日には一年生に対して講話を行なうというふうに説明がございました。そのほか校内の清掃、あるいは心の清掃という説明もございましたが、校内の清掃を分担するとか、あるいは学寮の警備その他キャンパス内の警備というのも分担するという実践活動もある。その回数は、学寮は別でございますが、大体一万人近い学生がおることでございますから、一般の昼の学生は一年間に一回か二回その割り当てが回ってくる程度であろう、こういう説明がありました。  いろいろと御指摘になりました点は、御感想としてあろうかと思いますが、私立の大学が、ある一つの教育理念を持ちまして、そうした学長の講話を毎週聞かせる、あるいは学内の清掃その他を分担さして行なわせるというようなことなど、他の大学と異なった点があろうかと思いますが、しかし、私学のことでございまするから、これを教育の要件として課していくということに取り立てて非を言い立てることもなかろうかと考えております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 そういう私学の特殊性を私は非難したりなんかしているんじゃないんですよ。そういう他の学校にない持殊科目でありますところの実践倫理、しかもそれが最優先をされるということ、掃除をする、警備をする、そういうことがあらゆる科目に優先をして、それにその単位をとらなければ、他の科目をすべてとってしまっても卒業できないなどということが正しいのかどうか、このことを聞いているわけです。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学校で卒業までの履習要件をそれぞれ定めた場合には、それを欠いたときに卒業できないということもまたやむを得ないことだと思います。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 この実践倫理の中に、いま木田局長もお認めになりました総長訓話の問題があります。この総長訓話、ちょっと読んでみます。  これは四十三年度国士舘大学入学式における総長訓話でございますけれども、こういうふうに言っています。「日本は諸君が生まれる八年前、アメリカ、イギリス、オランダ等西洋の強国を相手に宣戦を布告し、約三ケ年半にわたって大いくさをした。それは数世紀にわたって、ヨーロッパの国々がアジア諸国を属国として植民地化し、人民を奴隷にした。ゆえにこれら諸国の奴隷解放戦争をしたのである。そして見事にイギリス人、オランダ人、フランス人をすべて追払って、アジアの同胞、奴隷にされていた者二十億を解放した実に人道上尊い大戦であった。それは、諸君のお父さん、おじいさんがなされた実に偉大なことであり、神わざである。そのお父さん、おじいさんの英雄的な血が諸君の身体にも流れている。そこで日本人、殊に諸君は非常な責任がある。大いになすべきことがある。」ということを含めまして、さらに、「自分自身に満身創痍の大怪我をした。即ち、千島、樺太をソ連にとられ、満州を支那にとられ、朝鮮を南北にわけてアメリカと共産側にとられ、台湾を蒋介石にとられた。第二に大病を背負いこんだことである。即ち、敵の占領軍マッカーサーが日本を六ケ年間監獄にした。日本人全部を捕虜にし、その捕虜収容所規則を“日本国憲法”といって押しつけた。」こういうことが訓話として出されている。これが科目なんですね。これは明らかに戦争賛美あるいは反憲法的な考え方、今日の日本国憲法というのは捕虜収容所規則だ、こういうわけですからね。  これは全く今日の戦後における学校の教育だろうか。そこまで、これが教科として単位の一つになるということまであなたのほうはお認めになるわけですか。それでも、私学の特殊性だからいいんだ、こういうふうにおっしゃるわけですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の教育内容に対しまして文部省としていろいろと感じる点はございましても、その適否を言い立てるということは、大学と文部省との関係としては慎重でなければならぬと思うのでございます。まあ奇矯にわたるような印象のあります部分もございますけれども、しかし、かつての大学におきましても、まるで対立した御意見を堂々としゃべられる教官もおられたことでもございまするし、若干当否ということを感じることがあるにいたしましても、大学の中におきますそういう教育の内容につきまして文部省側から不用意な発言をすべきことではないというふうに考えております。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 ずいぶんいろいろな形で文部省は大学に対する指導その他をやられておることは、先般来も委員会で問題になっておるわけですが、このような問題については全くあなたは野放しの状態で、何をやってもいいんだということですね。  だから、今度の朝鮮人学校の問題にしましても、また、たとえばソ連に対してどういう見解を持っているか。これは教科の中にあるわけですが、「ソ連(ロシア)国民性残忍・譎詐・暴行・強奪」こう出ているわけですね。これが実際に訓話その他の中で教えられているのですよ。たとえば、このソ連というものをどう見るかというと、ソ連人をスラブ民族というのは、原住民はみな奴隷に売られ、その奴隷のことを英語でスレーブという語源による、こういうわけです。そして残忍、うそつき、暴行、他国侵略、強奪、これがこの大学におけるところの総長訓話にあるロシア民族に対する考え方なんです。国際友好もあったものじゃないわけですね。私はちょっと「西洋辞典」というので、スラブというのは、それはいわゆる奴隷という意味かということで調べてみますと、スラブの語源は、スラヴァ、光栄あるということばなんです。また、スローヴォ、これは言葉、あるいはスロヴ、スラヴという地名から出たという、そういう説があるわけです。これを奴隷のことばだという、こういう他民族べっ視、敵視の考え方。これがベトナムの問題につきましても、これはあとで出ておりますが、時間の関係で全部申し上げることは省略しますけれども、ベトナムについても、訓話教材の中身は、米国の介入は必要性がある、共産化の魔手の蔓延を防ぐための介入である、はっきりとアメリカのベトナム侵略に対してこれを容認する態度。こういうところから、今日の朝鮮民主主義人民共和国公民によって構成されております朝鮮人大学に対するべっ視観が学生諸君の中に系統的に植えつけられているのではないか、これはだれしもそれに対する疑惑を抱くわけでございまして、このような教育というものは、今日の日本国政府が口で言っておる国際友好の立場あるいは憲法、教育基本法の立場から申しますと、明らかにこれは問題があるわけでしょう。  いかに大学といえども、文部省は指導助言の立場にあるわけです。その指導助言の原則は、日本国憲法と教育基本法であるわけです。それに対して著しく違反する教育が系統的になされ、また、その単位をとらなければ卒業できないなどということになってくると、これに対してまでも指導助言を一切しないという態度が正しいのか、私はこの点文部大臣にはっきりと伺っておきたいのであります。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学で行なわれます教育の内容に対しましては、場合によりますと多少奇矯にわたるようなこともあり得るかと思いますけれども、文部省として大学に対する場合、特にその中で行なわれております教育活動、研究活動に対してのものの言い方というのは慎重でなければなるまいというふうに考えます。いまいろいろと御意見がございました。また御指摘もございました。しかし、この総長のそういう訓話が国士舘大学の学生の暴力の根源になっているというふうににわかに結びつけていいのかどうかは、私、疑問に思います。先ほど警察庁のほうからお話ございましたように、朝鮮人高校の生徒と日本人の学生生徒との案件でトラブルが起こっておりますのは、昭和四十七年百四十二件ございまして、国士舘高校の生徒とだけ起こっているわけじゃございません。国士舘高校の生徒と起こったのは、そのうち三十六件という御報告がございました。ですから、このトラブルが起こりましたことが、すべていま国士舘高校のそれに直接に関係があるというふうに考えていいかどうか、これはにわかに断定できない。全く無関係だと私は言い切るつもりはございません。しかし、私どもも、自分のことで恐縮でございますが、学生時代に、いろんな教官のいろんなものの言い方は聞かされてまいりました。ふしぎに思うこともあり、いろいろなこともございましょう。しかし、ある程度の範囲で、そういう教官のものの言い方に対しての許容性があるということは見ておかなければならないことじゃなかろうかと思う次第でございます。もとより、おっしゃいましたように、憲法、教育基本法のもとでの学校制度でございまするから、その基本にもとるというような点について注意を喚起し、留意を促すということは行なっていかなければなりませんし、先ほど大臣もお答え申し上げましたとおり、一般的に国士舘の学生にそうした問題学生が多いという御指摘があることにつきまして、われわれも十分注意を喚起していくにやぶさかではございません。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 私は国士舘大学の出しておられる文書を見ながら、しかもこういう総長訓話ですよ。総長訓話というのは、これは一度お読みになったらいいですね。こういう訓話が単位として認定をされて、しかもその単位がすべての単位に優先をするという、これが正しいですか。私は木田さんの答弁はまさに強弁だと思いますよ。そんなこと普通では許されないですよ。小学校、中学校でもそんな奇矯な教育が行なわれている、奇矯な教育が単位になる、しかもそれがすべての科目に優先する、すべての科目を通っても、これが通らなければ卒業できないなどという拘束性を持つことが、いわゆる学生諸君にとって正しい教育のあり方であるかどうか、これは文部省として私は深刻に考えていただかなければならぬところだと思うのですよ。だから、少なくともいろいろのものの見方はあるわけですから、それを学生諸君に教授するということ、その場合には、いろいろの見解も教授の考え方によって出てくるではありましょう。しかし、総長訓話という訓話が、これがきわめて重要な科目となっておって、それを取らなければ卒業もできないということになると、この一方的な考え方ですね、その一方的な思想、考え方というもの、これは右翼の思想です、明らかに。極右の思想です。かつて戦前に頭山満その他が持っておった思想そのものが、教科の重要な科目として存在をし、それを受けなければ、それを取らなければ卒業できない。ここまでくると、これはほんとうにはたして学校教育法に基づく学校としての意味を持つのかどうかという疑問すら出てくるわけですね。私はそれについて文部省がほんとうに正しく姿勢を立てて指導していくということをやっていただかなければならぬと考えているわけです。  きょう、私どもの事務所がしばしば襲われておりますので、国士舘大学にこの抗議に行ったわけです。きょう坂本辰男総長代理とお話ししましたのですが、それによりますと、文部省はたびたびわが校に来ている、皆さんのような憲法について注意はしなかった、こういうことを言っているんですね。私どもは憲法の問題として総長代理の方にお話をしているわけですが、それについて、文部省は来ておるけれども、皆さんのように憲法についてはいろいろ言わなかった、しかしわが校は文部省が認可、許可している憲法に従っている学校だ、こういうことを言っておられるわけでございますけれども、文部省の姿勢というものはやはり私ははっきりしなければならぬと思います。  さらにまた、この学校に対しては、特に自由民主党の方たちがいままで非常に協力してこられておるのですね。あるいは訓話講師の中には、現在国会議員をしておられる石原慎太郎さんなんかも出ておりますし、ここに写真がありますが、工学部開会式には、石井光次郎さん、田中角榮さん、荒木さんあるいは椎名さん、木村篤太郎さんなどという元、現閣僚がずらりと並んで出席をされているんです。自民党としてもこの国士舘大学についてはよく内容を知悉しておる大学だと思うのです。そういう大学においてこういう教育が行なわれておるということ、これは全くその辺のつながりといいますか、それに私もほんとうに疑惑を持たざるを得ないのでございまして、そういうことを私は十分文部省として反省をしていただくべきではないか。また、こういう教育が行なわれる背景には、やはり何といいますか、いま教科書あるいは指導要領が、たとえば戦争の項目について戦争反省の条項を削除していくという、今日までの文部省のとってきたこの戦争に対するあいまいな態度、そういうものがこういう形になってあらわれてきておる、こういうふうに私は考えざるを得ないわけでございます。だから、今後私どもは教育をやっていく上に、実際に民族べっ視あるいは敵視あるいは戦争に対する謳歌、こういうものは少なくとも排除していかなければならぬ、これは日本国憲法の精神であり、日本の教育基本法の精神であると私は思うのです。その点について文部大臣の見解を伺っておきます。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 フジワラさんの話を伺いながら、先ほど長谷川さんのお尋ねに対しまして、私も右寄りの学校だと思います、こう答えさしていただきました。伺いながら、なるほど右寄りの学校だな、こう思わせていただいたところでございます。ただ、学校の内部のことにつきましてはどこまで文部省が立ち入っていいものだろうか、そこが非常にむずかしいところだと思うのでございます。大学研究の成果を教育に使っていく、そこから未来を開いていく、未来を開く力を持っている大学に対して、政府がいろいろと勧奨を試みる場合に、はたして一方的な傾向を招いてしまわないだろうかという心配があるわけであります。戦前は反対な事例がございまして、共産主義じゃない自由主義に対してまで国家においてきびしい批判が加えられました。いまは右寄りに対しまして日本共産党のフジワラさんが特に強い批判を加えていられるわけでございまして、もっともなことだと思います。ただ、政治的な見解をどこまで大学の内部の教育について勧奨していっていいものだろうか、そこが非常にむずかしい問題だと思うのでございます。私もよく考えていきたいと思います。いずれにいたしましても、憲法なり教育基本法なり、それを守りながら教育に当たってもらうように国士舘大学といえども文部省から求めていきたい、こう考えておるわけでございます。いまのお話を、さらに私どもとしても今後どう対処すべきものであるか、たいへんむずかしい問題だと思うのでありますけれども、よく考えていきたいと思います。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 ちょっといま、日本共産党フジワラさんが何とか言いましたが、どういう意味ですか。ちょっと聞き漏らしたのですが……。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 国士舘大学は右寄りな大学だ、こう思います。あなたのお話を伺いながら一そうその感じを深ういたしました。そうすると、日本共産党は左のほうでございますから、そちらから見た場合には、一そう強い批判を加えられることは当然だと考えられる。戦前におきまして逆に右のものが左のものに攻撃を加えたのであります。大学から自由主義の教授まで追っ払ったわけであります。そうしてとうとう戦争に追いやっていったわけであります。でありますだけに、政治的な見解をどこまで大学の教育のあり方に持ち込んでいっていいのかということになりますと、慎重な配慮を必要とするものだから、私としましても、いまの重要な御意見、これを受けとめて、どう対処すべきかということについて深い検討を続けていかせていただきます、こう申し上げているわけでございます。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 共産党の名前がそこでどうして出てくるのか。私どもははっきりさしておきます。  日本共産党は、教育の面において社会主義思想、共産主義思想を教えようなどということは毛頭考えておりません。これは政策の中ではっきり出しておりますから、この点ははっきりさしておきます。私どもは、社会科学、自然科学におきましても、学生や生徒に対して社会の事実を教えていくということですね。その中で学生や児童生徒が真に将来国の主権者としての役割りを果たしていく、そういう成長というものを願っておるのが共産党の見解です。したがって、子供たちに対してほんとうに手の足りた教育をやっていけるようなそういう体制、設備その他を充実していくというのが、私たちの今日持っております確固とした方針でございますから、そういう点は明らかにしておきます。ただ、教育の面でそれはいろいろの教授によってあるいは法律の面でも経済学の面でも見解の違いはあるでしょう。それはそれぞれ教えられることはこれはもう当然のことでございまして、そして同時に、その際に、私が言っておりますのは、そのことを悪いなどと言っているのではないのです。それはたとえば経済学の面でも違った思想を持っておられる方もおいでになるわけですから、そのことを言っておるのではありません。私が言っておりますのは、国士舘大学において、実践倫理という、他の学校にはない科目があって、しかもその実践倫理の中身が、いま申しましたような総長訓語、総長訓話の中には、いま申しましたような民族的べっ視観あるいは憲法に対する考え方、これはきわめて一方的な考え方が、率直に言って、出ているわけですね。それが単位となる、しかもそれが他の科目の単位よりも優先をする、こういう学校の方針というのは、これは教育基本法に照らしまして正当ではないではないか。その点につきましては、文部省といたしましても指導助言の立場から、これは学校に介入をするというようなことではありません、これは話し合いをすれば私はやっていけると思うのです。現に東京都は、学事部がこの国士舘大学につきまして幾つかの項目の反省を要請をしまして、そうしてそれによって暴力をなくしてもらいたいという要請をしているところでありますから、こういうことを考えましても、文部省がそのことができないはずはないわけです。したがって、再度調査をしていただきまして、もし教育基本法や憲法に抵触するようなことが系統的に行なわれておるとするならば、当然、指導助言の立場をとられるべきではないかということを申し上げいているのです。その点について簡単に最後に御答弁を伺います。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 憲法、教育基本法を守りながら教育を進めていく、そういう考え方は、私もそう思いますので、そういうような趣旨を国士舘大学にも伝えたいと思います。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 有島重武君。

有島重武公明党

○有島委員 国士舘大学とそれから朝鮮人民共和国の学生さん方との事件をめぐって、いまさまざまな指摘がございました。私は、重複しないようなごく二、三のことを伺っておきたいと思います。  最初に、大臣が、これは非常に重大な問題である、それは一つには国際的な問題である、早く解決したい、こういうことをおっしゃいました。国際的だと言われた意味合い、それをもうひとつよく承っておきたい。  もう一つは、早く解決したいということが、直接暴力の挙に出た学生を処分することによって何か解決するんだというような、そういうニュアンスに聞こえたわけでございますけれども、いまさまざまな指摘がございました。そのほんとうの解決ということはどの辺までの解決をお考えになっていらっしゃるのか。  この二点をまず承っておきたいと思います。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 早く解決したいということを申し上げたときに、私の頭の中にありましたのは、朝鮮民主主義人民共和国の学校と国士舘大学と対立になっておるわけでございますので、このことは国際的な日本の立場に対しましても非常に悪いことだ、こう思っておりますので、こういう問題を早く解決しなければいけないんじゃないか、こんな気持ちで申し上げたわけでございます。国士舘大学自体でも反省しなければならない、改善していかなければならない、そういう問題もございましょうけれども、早く解決しなければならないというのは、この対立関係を何とか早く解消させることができないものかな、こういう願いを込めて申し上げたわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 表面的な解決だけだとまたこれは再び起こるわけでありまして、いまの大臣が国際的な問題としてとらえて、国際問題そのものも早く解決したい、そのようなお心であるということはわかりました。  なお、大臣が今国会の所信表明でもっておっしゃっているのは、世界の平和と繁栄に寄与していくための教育を一段とやっていきたい、そういうようなことを言っておられるわけなんですね。こうした問題を通じて、さっき長谷川先生からも最後に御指摘がありましたけれども、わが国はほんとうに国際的な地位を持たなければならない、国民、人一人が非常に国際感覚を持っていかなければならない、世界の人たちに対してのほんとうの連帯というか、親愛の情をほんとうに持てるような広やかな国民になっていかなければならない、その責任を持っていらっしゃると思うのですけれども、そこで固定観念を持ったおとなたちがつき合うよりも、まだ若い人たちが何も先入観を持たないで友だちになっていくということは、これは非常に自然であろうと思うのです。それで、若い人たちならスポーツや文化を通じての交際ということ、これを積極的におすすめになろうというお気持ちは十分おありになると思いますけれども、こういう際にやはり朝鮮民主主義人民共和国の方々もそうした仲間にどんどん積極的に入れていってあげるということを文部省としては指導できるかどうか、そこはできないのかどうか、その辺はどういうふうに思っていらっしゃいますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 やはり事情を客観的に明確にしない、その上に立って、どういう方法があるかということを考えてみたい、こう思っているわけでございまして、やはり警察当局が早く事情を私たちにも客観的に明確にして教えてくれることじゃないか、こう思っております。新聞を読んでいましたときに、警察当局の間でも両者の和解に乗り出したいというようなことが書かれておりました。やはりみんなそういう気持ちで努力をしなければ実を結ばないと思うのでございますけれども、いまの私といたしましては、まだ客観的に事情が明確でないという気持ちを持っておるわけでございまして、ぜひそれを早くしたいな、かように考えております。

有島重武公明党

○有島委員 今度の事件が起こらなくとも、あるいは今度の事件だけが解決しても、この問題は残るのだと思うのです。それで、確かに、不幸なことに国交が開けていない、両国民がしかも近いところに住んでいるという、これは一つ矛盾があるわけなんですけれども、そうした矛盾を解決したら始めましょうという考えではなしに、若いうちの先入観のないところからむしろ積極的に解決していく方向が私は大切であろうと思うのです。もうこんな変則的な状況がいつまでも続くわけではない。ということは、もう見通しもだんだんできてきたことでもございますし、むしろ教育の上で積極的にいままでの差別待遇を解消する方向に努力を開始なさるべきじゃないか、そのように思うのですけれども、いかがですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 差別待遇の意味がよくわからないのですけれども、私たち他の民族をべっ視する気持ちなどさらさらないと思いますけれども、国士舘大学当局に対しましても、その点についてはさらにこういう意見があったということで注意を促さなければならない、こう思います。同時に、国際関係が不幸な状態にあるわけでございますけれども、それとこの問題とは全く別個な問題だ、こう考えておるわけでございます。別個な問題としてこの解決を早くはからなければならない。もとより、国際関係が全体的に正常化する、一日も早くなることを私も期待いたしております。日本政府としたってその点に私は全体として変わりはない。たいへん不幸な姿が続いているわけでございますけれども、東西ドイツの問題とか南北ベトナムの問題とか、いろいろな問題がだんだんと現状を肯定して解決に進む道をたどっておるわけでございますので、私もそういう意味で朝鮮民主主義人民共和国との問題も明るくなるということを期待している一人でございます。しかし、そんな問題を離れて、いずれにしましても、学校同士が、生徒同士が対立するなんということはある得べからざることでございますので、そういうことのないようにあらゆる面から配慮して努力していきたい、すべきである、こう思っておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 暴力問題としては、これは警察の問題でもって、どんな立場であろうとも暴力は許せないことであろうと思います。こうしたことを通じて一段と、さっき解決を急がねばならないとおっしゃったことを、それこそほんとうに——それでは、どのような形で文部省としては、教育をつかさどる省としては、形としてあらわすことができるか。それは口でだけじゃなしに、何か御用意がおありになるかどうか、その辺を承っておきたかったわけです。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 学校当局としましては、暴力をふるった学生を退校処分にしたり、その他厳重な懲戒処分をしますということを一つ言っております。もう一つは、応援部を解散しますということを言っておりますし、またもう一つには、駅頭に補導の教官を配置する、それをさらに増員していこう、こういうことも言っておるわけでございます。しかし、根本的に、もし、伝えられるように朝鮮関係の学校と国士舘大学との間できびしく従来から対立を繰り返してきたとするならば、それを解きほぐすために何か手当てはないか。先ほど長谷川さんはスポーツの交歓等のことを言っておられましたし、警察当局は話し合いの機関をつくったらどうかというようなことを考えているということが新聞に出たりもしておりました。そういう問題について私はいま具体的な考えを持っておりませんが、いずれ客観的な事情が明確になった暁において考えていきたい、こう思っております。

有島重武公明党

○有島委員 いまの大臣のお答えですけれども、一番最初に承ったのは、ただこれを刑事問題として早く解決したいということではなしに、大きな国際問題としておとりになったというふうにおっしゃったから、それについて申し上げたのでありまして、そうした意味でも何らかの手をお打ちになることをここでもって約束しておいていただきたい、そういうことでございます。お答えは要りません。      ————◇—————

田中正巳自由民主党

○田中委員長 次に、国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。高橋繁君。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 いわゆる筑波新大学の法案の中で、しかも管理運営の面で、参与会であるとか、あるいは評議会、あるいは研究と教育を分離するという重要な問題がありますが、その中でもたいへんにまた重大な問題であります人事委員会について質問をいたしたいと思います。     〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕  今回の国立学校設置法第七条において人事委員会が新しく設けられたということは、従来は教授会にあった人事権が、今回の法案では人事委員会に吸い上げられたという形になるわけですね。いわゆる大学の研究あるいは教育活動の中核を実際にになう教員によって構成された教授会にその教員の人事権があることが、いわゆる大学の自治、教育、研究の自由を保障するための基本的な要件である、これが従来からの考え方でありますが、ここに新しく人事委員会をつくったこの根拠について、どういう理由でこういう新しく人事委員会を設けられたのか、この点についてまず質問をいたしたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波大学におきましては、教育、研究の組織を、従来のような学部、学科の組織ではなくて、教育上の組織として学群というシステムを考え、研究上の組織として学系という組織を設けることにいたしておるわけでございます。教官は、この学系に所属しながらいろいろな学群、大学院等の教育に従事し、また研究活動を組織的に行なうということになります。したがいまして、その教官の新たな補充あるいは採用等につきましては、学系からの要請が上がってくるということも考えなければなりませんが、それと同時に、教育上の要請もあわせて考えなければならないことに相なってまいります。したがいまして、従来教育と研究を一つの学部、学科という構成単位で処理をいたしておりましたときには、教官の採用をその単位だけで考えていくということができたわけでございますけれども、学系からの要請、学群からの要請、それぞれの発意を、また意見の上申を求めて、全学的な調整をして人事案件を固めるという必要が起こってまいるのでございまして、そのために全学的な調整機関としての人事委員会を設けた次第でございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 いまの局長の説明でありますと、従来のいわゆる教授会に教員の人事権があった。それが学系、学群という組織からの要請を考えなくちゃならないということになりますと、いわゆる学系教員会議、この全体計画の中でそういう名称で呼ばれておる、あるいは学群教員会議というものが、かなりの人事権を握っていいように考えますが、その辺はどうなんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 御指摘のように、すべての教員が学系に所属をすることになります。したがいまして、学系からはその立場における教員の人選その他を発議するということに相なろうと思います。また、学群におきましては教育を担当いたしますから、必要な教育内容との関連で、同じ歴史の教官を採用するにいたしましても、この時期を専門とする歴史の教官が教育上はほしいといったような学群サイドからの要請が出てくるわけでございます。で、人の後任につきまして、両者の立場からの要請というものを考え合わせてそれを調整するということが起こってくるわけでございます。学群だけで教員の人事をきめてしまうわけにもまいりません。学系だけで教員の人事をきめてしまうわけにもまいりません。したがいまして、それぞれの立場を勘案しながら、人事委員会に置かれる専門委員会で個別の案件を審議する、こういうシステムにいたしておる次第でございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 学系の教員会議でそれぞれ協議をされるといいますが、それは学系に所属する教員全体をさしていますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 これはそのように行なっていくような考え方になっております。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 それはいわゆる学系に属する教員全体じゃなくて、ある一部の責任教員という特別に指名された者により構成されるというのが学系の教員会議ではないのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 物理の学系でございますならば、物理の学系全体の会議で発議が行なわれるということに相なってまいります。ただ、人事委員会には、教育審議会から互選された委員、研究審議会から互選された委員、それに、関係専門委員会の委員長が入って構成し、その人事委員会に設けられます専門委員会には、たとえば物理の教官でありますと、物理の中の一番中心に選びたいその専門に近い方々を中心にいたしまして数名の人が参画をするということになります。しかし、その人事案件の発議は、個々の学系から、そしてまた学群から要請が上がってくる、こういうことになっておるわけでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 発議はいわゆる学系教員会議、学群教員会議というものでなされていくというお話でありますが、この選考の段階に入りますと、従来は教授会の議に基づき、今回は人事委員会の議に基づきということになる。これはかなり従来と性格的に違ってくる、こう思うわけです。  それから、専門委員会は個別の案件についてそのつど審議する、こういうことですが、その専門委員会の構成は、全体計画等から見ると、関係の学系ごとに互選によって選出される委員、関係学群ごとに互選される委員、あるいは学類ごとに互選される委員——それだけならまだいいと思うのです。ところが、専門委員会に重要なことは、人事委員会の総会から専門分野に応じて委員を委嘱する、こういう形になってくるわけですね。学系、学群、学類以外のところから、そういう人事委員会の総会から専門分野に応じて委嘱される委員が出てくるということになると、個々の案件について審議する場合に、かなりへんぱな審議が行なわれやしないかという疑問を持つわけですが、その辺についての考えはどうですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 新たに教官を選びます場合に、現在までその専門の教官が比較的手薄であるとか、おられない領域であるとか、そういうことを考える、そうした場合には、現在の学群、学系にはその新たな専攻の教官を採用するにふさわしい方ばかりでないということが起こり得るわけでございます。英文学の先生を、英文学のままで後任を考えますならば、多くの大学でそろっておるかもしれません。しかし、ロシア語の教官を今度新たに加えたいといったような問題になってまいりますと、既存の関係教官だけでは足らないということも起こってまいりますから、そうした場合に、人事委員会の総会で専門分野に応じてこういう方を加えられたらどうであろうかというふうな余地を残しておるわけでございます。そういう意味で、学系ごとに、学群ごとに互選される、あるいは学類ごとに互選される委員のほかに、専門委員会の構成を適正ならしめる必要がある、人事委員会はそうした観点で全体の調整を考えていく、こういう仕組みにしておるわけでございます。     〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 局長の答弁だとそういうふうに言われるのですけれどもね。人事委員会の構成が、総会と専門委員会というものになっておるわけです。従来は教授会であった。その人事委員会、専門委員会の委員の選出にはかなり参与会、評議会というものが関係をしてくる。そういうところから、案件につながる人事をやる場合に、そうした専門委員会まで総会から人を出さなければできないということになると、学系、学群等の意見に対して助けるという意味ならいいけれども、ややもするとそこに強力な意見を挿入することができるというふうにも考えられるわけであります。  それから総会の構成でありますが、三分の一が、大体副学長、こういう方々がメンバーになっておるわけであります。そうなりますと、副学長を中心とした総会、いわゆる人事委員会というものがそうした管理者の集団によって構成されていくところに非常に問題がある。そういうところからいって、人事委員会あるいは人事委員会の中にある専門委員会の構成、審議については、ここでいう学系、学群、従来教授会といわれた、下から上に積み上げて集約する発想というものが、いわゆる上から下へ逆な方向に行くということも私は考えるのですが、その辺の心配はないのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学内で人事を中心にいろいろな組織を考えます場合に、多くの場合、その専門の方々が集まって御相談をなさるわけでございます。しかし、いま御指摘になりました下からの発想だけでございますと、往々にして人事なり教官の陣容というものが現状の相似形ということでしか考えられないという問題があるのでございます。大学として新たな分野への発展ということを考えますと、下からばかりの発想ではなかなか動きにくいという要素がございます。ですから、担当のところ以外にも、他の専門領域との関係を考えながら人事上の調整をとっていくということは必要になろうかと思います。また、上からとおっしゃいますけれども、人事委員会が全体としての調整を考えながら、専門については専門領域の専門委員会を設けて、その人選によって事を進めていくわけでございますから、大学の教官が専門家集団によって教官を人選していくという現在の体制はそのまま維持されておるわけでございまするし、また考えようによりましては、現在の学部、学科の縦割りでやっております人選よりは幅広く、同じ専門の教官が参画をして人事を適正ならしめるということも可能になってくるわけでございます。大学の自主的な人選という点につきましてごうも変わりはございませんし、その趣旨をよりよく行ない得るという面を考えておるわけでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 専門委員会は総会の諮問機関である、これは間違いないですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 お答え申し上げます。  正確に申しますと、法律上は、人事委員会の構成につきましては「副学長及び評議会が定めるところにより選出される教員」ということで、筑波大学ができましてからあとの評議会の定めにゆだねておるわけでございますが、ただいままで御指摘がございましたような事柄につきまして、新大学の創設準備会で合意が得られておるわけでございます。  その合意の内容に基づいて申し上げますと、人事委員会というのは、総会と専門委員会からなる。つまり、総会と専門委員会を合わせたものが人事委員会であるということになっておりまして、ただし、専門委員会というのは、個別の案件について審議をする、総会は、個別の案件については必ず専門委員会の議を経て、専門委員会から上がってきた案件について総会としての立場で判断するという仕組みにしたらどうかということでお考えがまとまっておるわけでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 専門委員会の個々の案件について総会が審議するということになれば、総会からわざわざ専門委員会に専門分野に応じての委員を派遣するといいますか、その委員の中に含めるということは、これは理屈に合わないと思うのですが、その辺はどうなんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま構想されておりますところは、先ほど高橋委員も御指摘になりましたように、専門委員会は、関係学系ごとに互選する委員、学群ごとに互選により選ばれる委員、あるいは学類ごとに互選される委員、それに総会が専門分野に応じて委嘱する委員と、こうなっております。その委嘱する委員をどのように委嘱するか、それらはすべて個々の運営にまつべきだと思います。今日でも、情報科学等新たな領域につきましていろいろな教官を充実したいという場合には、かなり学部、学科のワクを越えて、場合によれば学外の知恵も聞きながら、幅広い人選というものを考えなければなりません。でございますから、こうした専門委員会を構成します場合に、学系、学群、学類ごとに選出をされてまいりました委員の状況によりまして、それに足らない領域のものを人事委員会としては補うという、そうした配慮は必要なことではなかろうかというふうに思います。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 それは専門委員会でなくて総会で十分できるじゃないですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 総会の人員にはある程度やはり限りがございまするから、非常に専門分化した専門領域につきまして慎重な検討をしていただきます場合に、学類、学系の関係者と一緒になって論議する他の専門家の方に入っていただくということがよろしいのではなかろうかというふうに思います。もちろん、事柄によりましては、いま御指摘がございましたように総会で補充できるということもあろうかと考えます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 先ほどちょっと質問いたしておりましたが、専門委員会が総会の諮問的な立場に立つと、教員のいわゆる選考に関する法的な根拠はどうなりますか、専門委員会について。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ただいま御審議いただいております法律案で教育公務員特例法の一部改正の部分がございます。教育公務員特例法で、教員の人事につきましては、読みかえ規定等も含めて申し上げますと、現在、学部の教授会の議に基づいて学長が選考するという趣旨になっているわけでございますが、その部分を、筑波大学につきましては、人事委員会の議に基づきまして学長が選考するというふうに改めるわけでございます。人事委員会の内部の意思決定の方式につきましては学内規則にゆだねるということになろうかと思いますが、その人事委員会としての意思決定の過程に専門委員会、総会がそれぞれの役割りを果たされるということになろうかと存じます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 専門委員会で出ました結論というものを拒否できるということが総会にはありますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これも、正確に申し上げますれば、学内における人事委員会の運営規則のようなものの定め方だと存じますが、通常は専門委員会の御意見が尊重されるものであろうというふうに考えられるわけでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 それははっきり言えないわけですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ただいま申し上げましたように、学内規則でその点をどうお定めになるかでございますが、ただ、総会というのが、いわゆるパーマネントメンバーと申しますか、いわゆる常任委員的な色彩が強い集まりでございますので、総会が全く形式的な判断しか下さないというようなおきめ方はたぶんなさらないだろうという感じはいたしております。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 この専門委員会の構成でありますが、一応十名というような規定があるようでありますが、たとえば学系、学群、学類ですか、あるいは総会が専門分野に応じて委嘱する委員、どんなふうな割り振りになりますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これも一応の御議論の過程での検討でございますが、専門委員会で、個別の案件について設置されるわけでございますが、やはり専門事項にしぼりまして御審議をいただくのでございますから、あまり多人数でも御相談がいただきにくかろうということで、大体十人程度がよろしいのではないかというようなことに現在なっております。それで、その十人程度の委員の構成のしかたとしましては、関係の学系ごとに互選により選出する委員と、それから関係の学群ごとに互選により選出する委員、それから第一から第三までの学群についてはそれぞれさらに学類というのがございますので、学類ごとに選出する委員というものが主体になる。それで必要に応じまして、先ほど御質問ございましたように、外部のその道の権威者をお招きするということが適切と認められる場合には総会が特にお願いをするというようなことで、数量的には外部からお願いする委員は限定されたものであるということが大体共通の御了解だというふうに考えております。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 いまの説明でありますと、必要に応じて総会が専門分野に応じて委嘱するというような説明でありますが、必要でない場合は専門委員会の中に総会からの委員は派遣しないんですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 外部の委員が必ず加わるべきだというような強い御主張ではなかったように記憶いたします。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 そうなると、これは必要に応じてということになるわけですね。ということは、常時入るということです。先ほどから申し上げておりますように、いわゆる従来のパターンというものは、教授会にその人事権があった。ところが、今回は、いわゆる教授会というものはほとんど意見というものが通らなくなるというふうに私たちは理解をするわけです。その「教授会の議に基づき」というのが、「人事委員会の議に基づき」ということになりますからね。一切の人事の問題が、そうした人事委員会、いわゆる総会でいう十五名ですか、副学長が五名、あるいは教育審議会から互選された五名、研究審議会から互選された五名、そうした人たちによって運営されていくということになると、全く従来でいう教授会の意思というものはこの人事委員会には反映されないという結果に私は理解するわけですが、そういう点の心配はないかどうかという点。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 いまの大学の人事でいろいろ議論されている問題に、閉鎖的な人事という問題がございます。これはやはり打開をして、広く人材を求めたい、そういうことでいろいろなくふうが行なわれているわけでございまして、人事委員会構想もそういう点も含まれていると思います。同時に、人事委員会といいましてもみんな先生方でございます。全部先生方でお進めになるわけでございまして、副学長といえども先生方とお考えいただいていいわけでございますし、また最高責任者としては学長があるわけでございますけれども、これも学内規則でどういうふうにおきめになるかということでございますが、学長リコールの制度をつくりたいということも考えられておられるようでございます。不信任の仕組みをつくりたい。ですから、人事のことにつきましても、人事委員会という仕組みは設けましたけれども、あとは全部学校にまかせてあるわけでございます。だから、先生方みんなが一番よいという方法をつくり出していただけるのじゃないか、こう考えているわけでございます。学部というものをなくしましたので、自然、人事の問題につきましては人事委員会構想をとらざるを得ないわけでございますけれども、その運営をどうするかということは一切学校当局にまかせておるわけでございます。また、最高方針がいけなければ学長不信任だって学校当局でおやりになれるということでございますので、そこはやはり先生方で人事を進めていかれるのだ、こう考えていただいたほうが私は穏当だと思うわけでございます。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 御参考までに、十分御承知とは思いますけれども、現在、学部教授会で人事をやる、こういう制度になっております。現実には、やはりある講座の教授、助教授等が欠けました場合に、専門の関係者で数名、あるいは十名以内の関係者が多いと思いますが、人事選考委員会というのが設けられて、そこで論議が進んでいく。また、非常に限られた場合には、教授がやめたら助教授が上がるというふうに、その講座の中だけで事が進んでいくというようなシステムになっているわけでございます。それを制度としては、学部教授会の議を経てということにまとめていくかっこうになるわけでございます。今回人事委員会を設け、そして学群、学系の関係者から入っていただく専門委員会等は、現在やっております人事選考委員会と似たような構成になりますが、むしろ現在の縦割りの学部、学科、講座制度による、教授のあとに助教授がというような縦の系列よりはもう少し幅広い専門家の集まりで選考を進めていく、現状よりもよりよい選考ができるのではなかろうかというふうに思います。現在は学部教授会に上がっていく。これは学部の大きさにもよりますから、一がいに議論はできませんけれども、非常に教官数の多い学部等では、もう学部教授会はセレモニーのような形になってしまうわけでございます。けれども、今回学群、学系と分かれております関係上、それらを人事委員会ということで取りまとめていく、専門委員会を含めた人事委員会で取りまとめていく。人事の実際の扱いにつきましては現状の実態とあまり変わらない。しかし、それでいて私は、縦割りの講座制等の壁にわずらわされないいい人事ができることになる、こう考えるのでございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 それでは具体的に、たとえば教員会議が特定の候補者を指名して要請ができるのか、単なる欠員の補充を要請ができるのか、その辺についてはどうなんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 運営上のことでございますから、いろいろな類型があるのだろうと考えます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 学系が一つの研究組織として研究活動を行なう、そういう上から必要と判断される教員、先生をみずから選べないということになると、教育研究活動を続けていく上からいって非常に問題が起きはしないか、機能的に研究活動が遂行されていかないのではないかというように判断をするわけですが、その辺の問題についてはどうなんですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 筑波大学というのは非常に大きな大学でございます。たいへんな人数でございますので、欠員が起きた場合に、一々上から下におろしていけるものではございません。やはり学系のところで——学系も二十六でしたか、もっとありましたか、欠員を生じたときに、私はまずそこから話が上がってくると思うのです。そしてだんだん上に上がって人事委員会で決定されるという姿になるのが私は普通だろうと思います。たいへん大きな大学ですから、とても上のほうでそういうこまかい人事を一々下におろしていけるものではない。やはりほんとうに現場で欠員が起きた場合には、現場で必要な人が一番責任を負って補充を考えていかなければならない。それが上に上がっていく。その際に、いろいろな話し合いの過程で広く人材を求めるというくふうが行なわれるのではないか、私は、常識的にはそういうことだろう、こう思っておるわけであります。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 ここで議論するということについて、実際の組織の面からいくと、私はたいへんな問題があるというように感ずるわけですよ。お答えするのはいとも簡単でございますが、それと、いわゆる人事委員会における総会ですね、そうした中に、いわゆる教育の専門である方が入っておらない。そういう外部から入ってきた副学長等が、ほんとうに確実に教育の持っておる専門の適格性というものを一体判断できるかどうかということがたいへん危惧されるわけでありますが、その辺についてのお考えはどうなんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 副学長が人事委員会の構成員になるように法の上で御提案申し上げてあるわけでございますが、副学長といえども教育者であり研究者である方がほとんどであろうと思います。学内の教官の中からだけ選ばれるとは限らないというだけでございまして、その点、学長も全く同じでございます。やはり大学人であるという点では同様でございまして、教官の人選その他につきましては、十分な識見をお持ちの方々が副学長として研究の責任者になり、教育の責任者になる、そういうことであろうというふうに考えます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 もう一つ、専門委員会と総会との関連、これは先ほども出ましたが、いわゆる専門委員会の審査の結果、これが総会に対してどの程度の拘束力を持つものであるかという点ですね。いわゆる人事委員会の最終決定、これがだんだん集約されてまいりますと、いわゆる学長に最高の権限があるということになるような仕組みになっておるということを考えると、たいへんな仕組みになるわけですが、その辺の、専門委員会における審査結果が総会におけるどの程度の拘束力を持つことになるか、その点についてお伺いします。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 人事委員会として、専門委員会、総会を通じた人事委員会としての決定が尊重されることになるわけでございます。二段の形で行なうようになるか、あるいは専門委員会に委嘱したものをもって人事委員会がそのまま受け取るようにされるか、今後の運営にかかる点が多かろうと思いますが、法律上は人事委員会というものが一つあるわけでございまして、その中の運営をどういうふうにされるかというのは、学内の処置だと考えておる次第でございます。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 具体的に、東京教育大学のいわゆる移転ということで最近よく述べられておるわけですが、そうであるならば、東京教育大学の教官というものは当然筑波大学の教官と併任になるかどうか、その辺はどうなんですか、具体的な問題ですけれども。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波大学の研究部門、教育部門を構想いたします際に、第一学群、第二学群は、東京教育大学の現在の教育、研究の構成を考慮いたしまして、それらの方々を基盤としてこの第一学群、第二学群の構想ができ上がっておるわけでございます。ですから、専門領域につきましては、現在の東京教育大学の御専門の方々は、一応筑波大学でその専門として迎えられるような教育、研究上の構成になっております。一応そうなっておるところでございまして、また現実にはそれらの方々が逐次この新大学のほうへ移ってこられることを期待をいたしておるわけでございますし、また、希望される方々を全部受け入れるだけの体制は整えております。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 もしこの東京教育大学の教官が筑波大学との教官の併任を拒否した場合、その身分は一体どうなるんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 東京教育大学の教官のままでおられるという方につきましては、発令のしようもございません。筑波大学の教官は一応別大学でございまするから、筑波大学へお移りになることを断わられるという方は、東京教育大学の教官のままで東京教育大学にお残りになるということになろうかと思います。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 昭和五十三年の四月一日以降廃校になるということになると、一体この教官はどうなりますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 その時点におけるその教官のお考えだと思います。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 この筑波新大学については、午前中の参考人の御意見にありましたように、たいへんな問題があるわけです。また、大ぜいの大学人の方が反対をされておる。その中で強行をされようとしておるところに非常に問題があると私は思うのであります。  そこで、もう少しちょっと具体的に聞きますが、この東京教育大学、特に文学部で人事が著しく停滞をしておる。この停滞をしておる東京教育大学が、教育活動上に一体支障が出ないと考えておるのか、その点についてはどうなんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 文学部の教授に欠員がたくさんありますことは、教育運営上支障が起こっておるというふうに考えております。また、現に中嶋文学部長等数名が私のところにも再三お運びがございまして、何とかこの現状を打開したいという御相談がございました。それらの御相談を聞いておりましても、お困りになっていらっしゃるということは知っております。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 かりにそんなことはないと私は判断するわけですが、来年四月から筑波大学が授業を開始する、あるいはそうなった場合、現在の一般教育の大部分はいわゆる東京の文学部が担当しておるという関係上、筑波大学の第一学群、あるいは体育専門学群の一般教育については非常な支障を来たすという結果にもなる。その辺はどういうようにお考えなんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波大学といたしましては、筑波大学の教官としての人事を一刻も早く整備をいたしまして来年の開学に備えなければならないと思っております。

高橋繁公明党

○高橋(繁)委員 そういうお答えであろうと思うのですが、そういうことについても、私は、開設された場合、あるいは筑波大学の教官が併任を拒否した場合、昭和五十三年の四月一日以降どうなるかというような面についても明らかにされておらない。現在つとめておる大学の教授に非常に不安を与えておる。と同時に、いわゆる筑波大学の法案について、人事委員会だけでも、非常に管理社会化をされていくようなそうした人事委員会の構成等にもずいぶんの問題があります。そのほか、参与会、あるいは研究と教育、あるいは評議会、副学長、いろんな問題を指摘していきますと、人事委員会でも約一時間やったわけでありますが、かなりの問題が山積をいたしております。  きょうは人事委員会のみについて、まだ他にありますけれども、具体的なことだけ質問をして、おそくなりましたので本日はこれにて終ります。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 次回は来たる二十日開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後八時散会

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